「ふと思ったんだが、先ほどの派手な魔法、アレは不味かっただろうか?」
森を更に奥深くに向かって進みながら、スレイはジュリアに問いかける。
「うん?」
ジュリアは疑問の声を上げる。
「いや、あれだけ派手な魔法なら、禁足地に誰かが踏み込んだと分かってしまったのではないかと思ってな」
「ああ、そういうことか」
ジュリアは納得すると言葉を続ける。
「まあ、都市近郊と言っても都市そのものからはそれなりに離れてはいるから、あの程度の規模なら心配ないと思うよ。ただ、見張りのギルド員達には確実に気付かれただろうね」
「そうか、すまないな。不味いことをしたか?」
スレイの謝罪にジュリアは苦笑する。
「いや、いくらギルド員達が気付いても、誰かが森に侵入したと探索者ギルドが把握して、それで終わりだよ。せいぜい勇気と無謀を履き違えたどこかの馬鹿が死んだかな?と後で探索者欠員や都市の住人で行方不明になった者がいないかを調べるくらいかな?いくら探索者ギルドが禁足地に指定した森に誰かが侵入したと言えど、抱え込んだ虎の子の貴重なS級相当探索者を天狼との戦いで失う危険を冒してまで、孤狼の森に送り込んだりはしないよ」
「SS級相当探索者はどうなんだ?」
スレイは気になったことを質問する。
「SS級相当探索者に関しては、皆たしかに探索者ギルドに所属はしているけれども既にほぼ独立してるも同然で、個人で色々な国家と関わってるからね。探索者ギルドとしても彼らにできるのは要請ぐらいのもので、命令などできよう筈もないし、今回の件に至っては要請だってすることは無いだろうね。なにせあくまで自分の実力を勘違いした馬鹿な探索者や都市の住人達を守る為と、天狼を刺激しない為に出した禁足地指定なのに、その決まりを破るようなどうしようもない馬鹿を助ける為にギルドがわざわざ無駄な労力を割く事はないだろうさ」
「そうか、俺たちはどうしようもない馬鹿か」
スレイは苦笑する。
ジュリアは続けてスレイに対し一つだけ注意する。
「ただ今後、信用できる者の前以外ではあの魔法を使うのは控えた方がいいかもしれないね。探索者ギルドに知られたら今回の件がばれる危険性がある。いくらギルドが今回直接的には動かないとは言っても、馬鹿な探索者か都市の住人が天狼を刺激した所為で天狼が森の外に出てくる事態に備えて、子飼いのS級相当探索者を全員何時でも呼び出せるようにしておいたり。都市の一番近くに存在しているSS級相当探索者であるこの国の王やその近衛である勇者達に対し、念のため報告をしておくぐらいはしなければならないから相応の労力は使う事になる。そんな迷惑などうしようもない探索者に対する罰則は結構なものになるんじゃないかな?まあ君はソロでの活動が基本と言っていたね、それならそれほど心配は要らないだろうが」
「ああ、気をつけよう」
神妙に答えるスレイ。
突然ジュリアが話題を変える。
「ところでさっきから思っていたんだが、もしかして君の使っているその蒼い刀と赤い刀はシークレットウェポンじゃないか?」
「確かにその通りだが良く分かったな?」
驚くスレイ。
ジュリアは苦笑して言う。
「それはまあね、それだけの力を発している武器と言えばそのくらいしか思い浮かばないさ。迷宮に残された神々の遺産たる武具・シークレットウェポン。全て私達神殿騎士が使っている装備と同じくオリハルコン製だけど、神殿騎士の装備が神から賜ったオリハルコンを鍛冶師が鍛え上げたものであるのに対し、シークレットウェポンはオリハルコンを素材に更に神々自身が鍛え上げ特別な力を与えた、まさに迷宮に眠る財宝の中でも何よりも勝る価値を持つ物だと聞いている。同じオリハルコン製の武具であっても、シークレットウェポンに関してはヒヒイロカネのように自己再生能力まで持っていて手入れいらずだともね。尤も君のソレは最も等級の低い伝説級のようだが、それでも私達の武具とは格が違うだろう?」
「伝説級だと良く分かったな?」
「ああ、究極級や神話級のシークレットウェポンには特殊な能力があるらしいからね。対してその双刀は、今まで見た限りだとただ凄まじく切れ味の良い刀にしか見えなかったのでそう思ったんだ。それともその刀には隠された力があって、君が今までずっと隠して使ってないだけなのかな?」
「いや、そういうことはないな。しかし……」
自分の二本の刀を見つめ、赤い刀を差し出しスレイはジュリアに聞く。
「今回の間だけでも一本貸そうか?」
「いや、先ほども言ったように私達神殿騎士の武装も、鍛冶師の手で鍛えられた物とはいえ全てオリハルコン製でそう捨てた物じゃない。神殿騎士のバスタードソードで私には充分だよ、何より刀の扱いには慣れてないしね。それに君は、二刀流での戦いも先ほどから何度か行っているからね。左右の剣の性能のバランスがあまり悪くても戦い難いだろう?」
スレイは納得したように頷き、赤い刀を鞘に戻す。
そうして2人は会話を続けながらも更に森の奥へと進んでいった。
幾度もの戦いがあり、足場も悪く、流石の2人も疲れ始めた頃だろうか。
突然、森の木々が開けた場所へと出る。
そこには泉が存在し、その周辺に様々な草花が生い茂っていた。
ジュリアは泉の傍の草花を見て目を輝かせる。
「あった!間違いない、ここが森の中心部だ!あの薬草が生えている!」
スレイは驚き呆れる。
「本当に行き当たりばったりで着いてしまったな。てっきり中心部を離れた所を通り過ぎて、森の反対側に出るなんて事態も予想していたんだが」
ジュリアは目的の場所に辿り着いた事で、機嫌が良さそうに答える。
「ふふん、まあ君ならそうかも知れないが、私は運勢:Sの能力値だよ?私が目的としてる場所には、今回の方位磁針のような備えが全く無かったり、対象がよっぽどの、そうそれこそシークレットウェポンのようなよほどの代物を目的とでもしない限りは、探索においては大抵は目的の場所に辿り着けるさ。あくまで探索にのみ影響する運勢で日常生活とは関係ないがね」
スレイはジュリアの言葉を聞き納得したように頷く。
「そうか、確かに俺は迷宮で通常よりも強敵とのエンカウント率が高かったり、今まで一度も迷宮内にあるらしいお宝の類には巡りあったことすら無いな。それではこいつも俺の運勢:Gの賜物かな?」
嘯くスレイに、ジュリアが疑問の声を出そうとした時だった。
2人に対し圧倒的な圧力が襲いかかる。
だが、ジュリアは何とかプレッシャーに耐えて立ったままだったし、スレイに至ってはそのまま何事もなかったように普通に立っている。
スレイが普通に立っていられるのは、S級相当へと成長した賜物だろう。
自分が着実に成長しているという手応えを感じ、スレイは内心喜ぶ。
だが今は、そのような場合では無かった。
上空から、体長10メートルはあるだろう巨体が降り立つ。
ふわりと、巨体に似合わぬあまりにも軽い着地に、何らかの魔法か魔力操作を使っているのだろうと当たりを付ける。
スレイとジュリアの前に降り立ったのは純白の、まるで新雪のような何色にも染まらない体毛の、巨大な狼であった。
金色の瞳が圧倒的な威圧感を以って、スレイとジュリアを見つめる。
「天……狼……」
ジュリアはその存在感に、流石に畏怖を感じているようだった。
スレイはプレッシャーこそ感じれども、恐怖心が全く無い為、そのまま平然と立っている。
以前、シェルノートの一部と相対した時と同じように、そのプレッシャーは物理的な圧力とすらなって襲い掛かってくるが、その程度なら軽く耐えて、スレイは影響を全く受けずにいる。
純白の巨躯の狼、天狼から言葉が発せられる。
『汝等、先ほどから我が縄張りにて無法を行っている者達だな?』
心に直接響く重々しい声、思念によって直接意思を交わす念話である。
天狼の威厳ある声に、ジュリアはまだ畏怖を感じたままに言葉を返す。
「はい、貴方の縄張りにおける勝手な振る舞い、真に申し訳ございません。ですが無礼を承知でお願い致します。ここにある薬草、その一部を私共に分けて頂けませんでしょうか?」
返って来たのは拒否の思念であった。
『断る』
ジュリアは畏怖の感情を持ったまま、それでもなお続ける。
「それは何故でしょう、理由をお聞かせ願えますか?」
『あの薬草はいずれ我が子を生んだ時、我が子らが幼い時分にその内に宿る力に押し潰されないように、我が子らの肉体を力に耐えれるものへと徐々に作り変えていくためのものだ。我が縄張りを好き放題に荒らしながら、いずれ生まれる我が子らにとって重要な薬草を分けろなどと、どの口がほざくか』
「それを承知でなお申し上げます、私共に薬草を分け与え下さいませ。いずれ生まれるあなたの子らとは違う、ほんの僅かな量で構わないのです。私の知人に人の身にて天魔病に掛かった娘がおります、彼女の為にその薬草が必要なのです。ですが所詮は人の身の事、貴方の子らが使う分には全く影響が出ないようなほんの僅かな量で物足ります。どうか何卒私共にその薬草を」
『くどい。断る、と言った筈だ。我は我が縄張りで勝手な振る舞いをした汝等に怒りを感じている、そのような相手に貴重な薬草を分け与える筈があろうか?むしろその身を八つ裂きにされぬだけ感謝して、疾くこの場を立ち去れ!!』
ジュリアはなお諦め切れぬように言葉を続けようとするが、その前にへとスレイが立ちはだかり、双刀を抜き放つ。
「孤狼の森の主よ、一つ聞きたい事がある。ここはアンタの縄張りという事だが、俺たちが倒したモンスター達は、貴方にとっては領民か臣下か何かなのか?俺たちはただ襲い掛かって来たから倒しただけなんだが」
ジュリアから視線を外しスレイを見つめた天狼、その瞳には不敬な者を見る不愉快な感情が宿っていた。
『いや、汝等が倒した者達は我が縄張りに在る事は許しているが、我には何の関係も無い存在だ。もし我に連なる者に汝等が危害を成していたなら、そもそも汝等はもうこの世に存在していない』
スレイは納得したように頷く。
「つまり、俺達がアンタの縄張りで、アンタの言うところの無法を行った事が問題という訳だな?それじゃあ一つ賭けをしようじゃないか、俺達がアンタを倒したらアンタは薬草を俺達に分け与える、アンタが俺達を倒したら俺達の命を奪う。どの道俺達は薬草を諦めないし、アンタは薬草を俺達に渡す気は全く無い。ならばこれが最善だと思うがどうだ?」
「なっ」
『ほう』
ジュリアの驚愕した声と、天狼の興味深そうな声が重なる。
『我に勝てるつもりでいるのか人の子よ』
「さあな、やってみなければ勝負は分からないさ」
なにか琴線に触れたのか、少しばかり機嫌を良くしたような天狼の念話が響き渡る。
『しかも汝、賭けの対象として我が命を上げなかったな?つまりそれは我を殺さずに倒すというつもりか?』
「ああ、そうだ」
ますます機嫌を良くしたような天狼の笑いの思念が響き渡る。
『面白い、そのような不遜な事を我に言ったのは汝が初めてだ。暇つぶしにその余興に付き合ってやろう。ただし、本当に命の保証はせんぞ?』
「ああ、かまわない。さあジュリア」
スレイはなんてことも無いように答えるとジュリアに声をかける。
スレイに声をかけられ我に返ったジュリアが、スレイに対し呆然としたような視線を向ける。
「どうやらこれ以外に方法は無さそうだ、天狼と戦うぞ。どうする、ジュリアは止めておくか?なんなら俺1人で戦っても構わないが」
「冗談じゃない!相手はSSS級の神獣だぞ?君1人で勝てると思ってるなら、それは傲慢に過ぎる、私も戦おう」
ジュリアはいつもの調子を取り戻しスレイに答える。
スレイは楽しそうに笑うと、ジュリアに対して条件を確認し直す。
「そうか、話は聞いていたと思うが、条件は俺達が天狼を殺さず倒せば俺達の勝ち、俺達が殺されれば俺達の負けということだ。はっきり言うと、あれだけ綺麗な存在を殺すことに躊躇を覚えたので殺さずに倒すという事にしたが、かなり無謀な賭けだとは思う。どうだ、この条件でやれるか?」
ジュリアは馬鹿にされたような気分になって強く言い返す。
「もちろんだ、私とて自分の方が無法な事をしている自覚はある。それに加え天狼を殺すなどあまりにも自分勝手だ、その条件で問題はない」
天狼が流石に呆れたように思念を挟む。
『流石に汝等、我を舐めすぎなのではないか?』
スレイは剣を構えると告げた。
「何にせよ、戦ってみれば分かることさ」
そうして、スレイ達と天狼の戦いが始まった。
瞬間、ふっと消え去ったスレイと天狼にジュリアは驚く間も無く、次の瞬間にはスレイの刀と天狼の爪がぶつかり合い、そしてジュリアの方へと吹き飛ばされてくるスレイがいた。
そのまま地面に叩き付けられるかと思ったスレイだが、寸前で手で地面に触れ身体を回転させると、そのまま足で地面に着地し、地面を数メートルにわたり削り取りそのまま静止する。
あまりにも速すぎる戦闘の推移に若干呆然とするジュリアだが、自分のやるべきことを理解し、スレイに声をかける。
「スレイ君、回復魔法は必要か?」
「いや、大してダメージは受けていないから今は必要無い」
今の捉え切れなかった戦闘を見て、やはり自分のやるべき事はこれだと思いジュリアは提案する。
「そうか、だがこれから私は補助魔法と回復魔法での援護に回ろうと思う。あの高速の戦闘には流石についていける気がしない」
言うなり、ジュリアはすぐさま脳裏で構成を編み呪文を唱え始める。
だが敵は待ってはくれない、すぐさま消えた天狼を追いスレイも一瞬で消え去る。
スレイと天狼は現在、ある意味において別世界に存在していた。
スレイは闘気術と魔力操作の併用で現在亜光速へと至っている。
それに対し天狼は素のスピードのみで亜光速へと至っていた。
亜光速での戦闘へと至った現在、周囲の全てが静止したかのように感じられる空間、その中でスレイと天狼だけが亜光速へと加速した動作で普通に動き、同じく亜光速に対応した思考加速で敵への対応を考える。
スレイはそんな中で思考分割も行い、その思考の一部で敵の天狼と自分の戦力差を考えていた。
スピードは負けていない自信がある。
だが、先ほど吹き飛ばされた天狼が誇る力には到底及びもつかない。
考えながらもスレイは何とか天狼の攻撃を受け流し、耐え続ける。
自分と天狼の戦いは体感時間においては既にかなりの時間が経っているが、ジュリアにとっては全く時間が経っていないと同然なのだろうと、余計な思考が混じる。
『我と戦いながら、考え事とは余裕よな』
天狼が話しかけてくる。
スレイは何とか相手と同じく、以前偶然身につけた念話で言葉を返す。
『あんたこそ、会話を行おうなんて随分な余裕じゃないか』
天狼は僅かに驚いた思念の声を出す。
『ほう、汝、念話も使うか。しかし我とて余裕ではない、汝と同じく思考を加速した上で分割しているに過ぎんよ。そのくらいは分かるだろう』
意思を交わす間も互いの攻撃は続き、スレイが一方的に力負けして傷つき、天狼は無傷な状況が続いている。
そしてまたスレイが吹き飛ばされた。
スレイと天狼の2人だけが存在していた世界から弾き出され、駆け寄って来たジュリアから援護魔法と回復魔法が幾重にも掛けられる。
ジュリアの援護魔法により、スレイの速度は更に上がり、力も上昇し、防御力も上がり、魔力も上がる。
天狼はその速度を以ってすれば何時でも今の静止したスレイなど倒せるだろうに、余裕の表れか、追撃をせずただこちらの状況を見守っている。
ジュリアの回復魔法によって、天狼にふき飛ばされ大きなダメージを負った身体は回復し、スレイはまた闘気術と魔力操作の併用によって、天狼と共に亜光速の世界へと突入する。
援護魔法の効果もあり、なんとかスレイは天狼との戦いを互角へと持って行く。
『しかし、驚いたな。思考加速と思考分割は使いこなす、念話にも応じる、闘気術と魔力操作の併用などという真似をやってのける。汝、人としてもまだ大分年若い身であろうに、それでこれほどの力を身に付けているとはな』
無限に近い一瞬の中での思考の交感は続く。
『だが、そろそろ決めさせてもらおうか』
天狼は大きく口を開いた。
スレイは先ほど吹き飛ばされた時に、ジュリアがスレイに魔法を掛ける為、薬草の生えた泉の側から完全に離れた場所に移動していることに気付く。
不味いっ、とスレイは瞬時に判断するとジュリアの前方に静止する。
いきなり目の前に現れたスレイに驚くジュリアに、スレイは思いっ切り怒鳴り声を上げる。
「防御魔法を展開しろ、出来る限り全開でだ!急げ!!」
突然の言葉にジュリアはまごつくことなく、すぐに編んでいた構成の内の防御魔法を呪文で展開する。
スレイはそれでは足りぬとばかりに自らも双刀を携えてそこに立つ。
天狼が口を大きく開いたまま現れる。
指向性が完全に一点に集中された咆哮が放たれた。
咆哮の威力は空間すら歪め、スレイとジュリアに襲い掛かる。
スレイは思いっ切り闘気と魔力を高めると、闘気術と魔力操作で最高に強化したアスラとマーナで以って歪んだ空間を切り裂いた。
瞬間、響き渡る爆音。
スレイとジュリアの背後の森の一画が消滅していた。
スレイが空間の歪みを切り裂いたことで、何とかスレイとジュリアは無事である。
だが、スレイは両腕に大きなダメージを負っていた。
慌ててジュリアが用意していた構成の中の回復魔法でスレイを回復させる。
流石に癒し手の称号を持つだけあり、圧倒的な速度で傷は消えていく。
スレイは驚愕の声を零した。
「とんでもない威力だな。竜化したイリナの山一つ吹き飛ばした咆哮を遥かに超えた威力の咆哮だ。しかもそれを完全に制御し破壊規模を小さく限定して威力のみを超常の域に高めてる。空間を歪めた衝撃波とは、この化物め」
興味と苦笑の交じり合った声で天狼が返す。
『ほう、汝、竜の姫君と知り合いだったか。しかし化物具合に関しては汝に言われたくは無いな、まさか歪めた空間を切り裂くとは。今の汝なら竜の姫君にでも勝てるのではないかな?』
スレイは自分の傷が完全回復した事に気付くと、天狼に言った。
「しかしまあ、こうやって俺の傷が回復するまで待ってくれたのは余裕か?確かにアンタに比べたら俺達などまだまだなのかも知れないが、あまりに過ぎた余裕は身を滅ぼすぞ?」
天狼は笑いながら答える。
『いや、なに。そちらは我の命を保証しているが、我は汝等の命を保証していないという戦いのルールが不平等に感じてな、ゆえに汝の全開を相手にしてやろうと思ったまでよ。汝、まだ全力を出してはいないだろう?時間をくれてやるから早く全力を出せ』
スレイは自分の全てがほとんど見破られているらしいことに苦笑する。
「アンタは何でもお見通しみたいだな。それでは、お言葉に甘えさせてもらおうか。このまま何もできないままやられるというのは、あまりに癪だしな」
スレイは精神を研ぎ澄ますと、自らの中の闘気と魔力を強引に混じらせ融合させていく。尋常でない苦痛がやはりスレイを襲うが、以前よりはスムーズに闘気と魔力の融合は完了し、エーテルと結びついた生命力と精神力を相殺し、結合を離れたプリママテリアはまた別の何かと結合し、スレイの身を純粋なエーテルのみが満たして循環していた。
循環するエーテルはアスラとマーナも強化し、紅い光と蒼い光が眩く輝く。
『ほう、汝、純粋なエーテルを使いこなすか。本当にそちらの方がよほどに化物ではないか』
天狼が驚いたような楽しそうな声を出す。
「それじゃあ、再開と行こうか」
ジュリアに治療の礼を言うとスレイが消え、合わせるように天狼が消えた。
スレイは先ほどまでを遥かに超え純光速に至り、その速度に対し思考加速と思考分割を以てなお思考が追いつかない状態ながら、先ほどとは比べ物にならない程に天狼と渡り合う。
そして天狼もまだ力を隠していたのだろう、天狼もまた純光速へと至り、2人以外の世界は僅かたりとて動かず、2人以外は完全に静止していた。
事ここに至り、先ほどまでは一方的にスレイが傷ついていた状況も変わる。
紅刀アスラが天狼の毛皮を切り裂く。
瞬間、スレイは紅刀アスラから流れてくる意思を感じて思わず驚きの意思を発する。
『なんだ?』
『どうした人の子よ、確かにオリハルコンの剣さえ本来弾き返す我の毛皮を切り裂いたその剣と汝の強化は見事だが、その剣、能力までは分からぬがシークレットウェポンだろう?そう驚く事でもあるまい』
思念の交感を続けながらも戦いは続く。
次は蒼刀マーナが天狼の毛皮を切り裂いた時だった。
今度は蒼刀マーナから意思が流れてくる。
そしてスレイと紅刀アスラと蒼刀マーナの意思は完全に繋がり、双刀からスレイに情報が流れ込んでくる。
双刀は、ディラクでのみ生産されるディラク刀と呼ばれる片刃の美しい湾曲した剣の形を持つ。
剣神フツがその製法を、自らを信仰するディラクの民のみに伝えたと言われ、ディラクの刀鍛冶達はそれ故に、鍛冶師として優れた種族であるドワーフ達にさえ対抗意識を持たれている。
故にこの双刀を創り上げたのもまた剣神フツだとスレイは予想していた。
剣神たる者が創り上げた武具、それがシークレットウェポンとしては平凡な伝説級な事に疑問を覚えていたし、確かに優れた切れ味を発揮してはいたが、シークレットウェポンである以上何か特殊な能力を持っているだろうとスレイは思っていた。
今、その疑問が解消され、スレイの思っていた通りにこの二振りの刀が持っていた特殊能力にスレイは狂喜していた。
何が伝説級だ。
ある意味では究極級すら越えているではないかと。
スレイが理解した双刀の特殊能力、それは。
紅刀アスラは敵の血を啜り、蒼刀マーナは敵の精神を喰らい、成長していく武器であった。
今まではスレイを主と認めていなかった為に何も語られなかったが、今となっては自らについて刀自身がスレイの意思に語りかけてくる。
双刀は、自らが一度主と認めた者が現れたら、その主と完全に繋がり、その主の一生が終るまで仕え続ける。
他の人間が成長させた刀を他の者に使われないように、主との繋がりは完全な物で、もはやスレイ以外はこの双刀に触れる事すらできない。
同様の理由で、主たる者が死んだなら、双刀の成長はリセットされ、また凡庸な伝説級と勘違いされていた最初の状態へと戻る。
ある意味とんでもない能力だ、使い手が成長すれば必然戦う相手も強くなり、そしてその相手から血を啜り精神を喰らう双刀も成長して行く。
今まで、双刀を迷宮で入手した勇者王が試した事がある。
既に持っていた専用のシークレットウェポン絶対王剣エクスカリバーの方が上と判断して双刀は捨て置かれたが、それは逆だった。
勇者王が双刀を判断したのではなく、双刀こそが自らの主を選別していたのだ。
今回エーテルによる強化というスレイのみに使える手段を使い、更にSSS級の神獣・天狼を傷つけたことにより、スレイは双刀に認められ主となった。
これからは、双刀とスレイは共に強くなり成長していく。
全く以って最高の武器だとスレイは喜びを隠せず笑った。
『天狼よ、あんたの負けだ。この勝負、俺が勝つ』
本当にそれを確信したように不適に笑うスレイ。
『フッ、何があったか知らんが勝ち誇るにはまだ早かろう。汝の攻撃はまだたった二回我を傷つけただけだぞ?』
戦いは続く。
最初はエーテルの強化に加えアスラとマーナを以ってしても、やはり天狼の方が上だった。
スレイは空中に風の魔法で足場を作り三次元的な機動で天狼を翻弄し、ダメージを与えようとするも、爪や牙を以て天狼はあっさりと受け止め反撃し、今までよりは少なくなったとはいえ、やはりスレイがダメージを与えられる。
だがスレイが天狼を切り裂く場面も、エーテルでの強化を行ってからは何度も起こるようになっていた。
スレイと天狼は刹那の無限の中で意思を交差させながらもひたすらに戦い続けた、そして。
何度目かのスレイの斬撃が天狼を切り裂いた時、それは起こった。
『なんだ?』
天狼がよろめき、疑問の声を上げる。
その瞬間をスレイは見逃さなかった。
『いくぞ!!』
今まで以上のエーテルを循環させ、アスラとマーナを強化し、そしてアスラとマーナからの恩恵も受け、スレイは超高速の三次元機動の連撃で天狼を切り裂いていく。
斬れば斬る程に剣の切れ味は増しスレイの動きも速さを増す。
ついには光速すら超え時系列を無視して過去・現在・未来のスレイが同時に存在するかのように分裂して行き、幾人ものスレイが存在するような高位多次元機動の連撃はついには天狼を地に叩き伏せる。
そうして全ては始まりの一点へと収束し、スレイと天狼は通常の時間の流れの世界へと回帰する。
ジュリアは自分の前に居たはずのスレイが、いきなり別の場所で双刀を天狼の首筋に当て、天狼に降伏を促している場面を見て混乱する。
ジュリアにとってはあれから僅かたりとて時間は進んでいないのだ。
「さあ、天狼よ。負けを認めてくれないか?」
スレイの言葉に天狼は、なおも誇り高くそれでいて潔く負けを認めた。
『よかろう、ここまでされて負けを認めねばあまりに無様というもの。我の負けだ、人の子よ。約束通り、薬草は持って行ってかまわぬ』
そうして天狼との戦いはなんとか勝利に終わった。
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