ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  シーカー 作者:安部飛翔
第二章
~聖王~
 神聖さと荘厳さに満ちた白亜の大広間。
 その中心、一段高くなった壇上に一人の少女が立っている。
 大きめに仕立てられた特別製の司祭服の上からすらその豊かな胸の膨らみを見てとる事ができ、その髪も瞳も輝かんばかりの黄金色を持ち、その美貌は神聖そのもので、その身体は黄金のオーラで覆われているようにさえ見える。
 少女の脇には一人の男が立っている。
 金髪碧眼で瞳の色は違うが、どこか少女に似た顔立ちの美形の優男である。
 だがその眼は油断なく辺りを睥睨し、何者であっても少女を傷つけることは許さないとばかりに威圧の視線を向けている。
 だが常ならば効果のあるその威圧も、今回ばかりは無意味なものであるかも知れない。
 この場に集まっている5人の男達もまた、その青年と同等の実力と胆力を持った超一流の探索者達なのだから。
 ここは聖王国ヴァレリアントの中心に座す神殿、その最高司祭である聖王との謁見の間である。
 今ここには、世界に9人しかいないと言われるSS級相当探索者、その半分以上にあたる6人が揃っていた。
 だがなにより、その場の中心に在るのは聖王イリュア。
 もし少しでも絵心のある者がこの場面の存在を知ったなら、命を投げ売ってでもこの場面を絵に描かせてくれと頼みこんでいたであろう。
 それだけの価値のある場面なのである。
 しかしそこで交わされる会話は、その神聖さを台無しにするような、剣呑な雰囲気の漂うものであった。
「それでは、どうあっても我々に闇の種族共の国を攻めるのをやめろと、そうおっしゃるのかあなたは?」
 粗野ではあるが野卑ではない、そんな印象を持った壮年の男が、不遜にも聖王に対し直接言葉を放った。
 傭兵王グラナル、数年前にあった大陸中央の中小国家同士の戦争の中で活躍したSS級相当探索者だ。
 戦争の中でグラナルは、戦いにより利益を得る傭兵国家を作り上げ、その王の座に納まった。
 グラナルにとっては中小国家同士の争いも無い現在、傭兵国家を維持するには、小競り合いとはいえ闇の種族の国を攻める中小国家群から与えられる仕事は、何よりも貴重な収入源なのである。
 聖王の言葉とはいえ、異議を唱えるのは当然であった。
 対して聖王の傍らにある男、聖王の兄であり聖王を守護する為だけに自らを磨き上げたSS級探索者、聖剣ヴァリアスはグラナルの言動に怒りを感じ怒声を上げる。
「貴様!不遜にも程があるぞ。恐れ多くも聖王猊下に対し直接話しかけ、なおかつその言葉遣い、しかも猊下の言葉に異を唱えるなど許し難い。どうしても従えぬというのなら、私が代わって手討ちにしてくれる!」
「ほう?できるかな」
 2人の間に不穏な空気が立ち込める。
「おやめなさい、ヴァリアス」
「やめんか、馬鹿者」
 今にも互いに斬りあわんばかりだった2人に、それぞれ聖王と1人の壮年の男が声をかけ制止する。
 かけられた声に、戦闘体勢にあった身体を渋々と元の体勢へと戻す2人。
「拳聖オウル殿、ありがとうございます」
「いや、聖王猊下にこのように感謝される日が来るとは、長生きはするものですのう」
 聖王イリュアがかけた言葉に感動する壮年の男。
 彼こそが現在、現役で最も古参のSS級相当探索者として名高い、拳聖オウルである。
 もはや老人であるはずの彼の姿が壮年の男のものなのは探索者のシステムに原因があるものだ。
 モンスター達の魂の力を吸収し成長していく探索者というシステム、魂の力を吸収するという事はその生命力を奪うに等しい。
 それ故に探索者はある程度以上の実力者となると、もはや齢を重ねなくなるのである。
 姿が若ければ若いほど、その若さでそれだけ早くある程度の実力を持ったという事を示す。
 数年前に訃報が伝わるまで、オウルよりも古参の、最高のSS級相当探索者と呼ばれていた2人、刀神クロウや白姫サクヤなどは少年少女に見えるような姿を保っていた程だった。
 しかし、とオウルの言葉は続く。
「わたくしめや他の者は良いのですが、こやつグラナルだけは、戦いを以て国を治め戦いを以て生きる術としている者ですから、なかなか「はい」と頷くわけにはいかんのでしょう。そこを斟酌してやっては下さるまいか?」
 どこか罰の悪そうな表情をしているヴァリアスとグラナルの2人。
 若くしてSS級探索者となり経験を積んできた彼らと言えども、自分達とは比較にならないほどの経験を積んでいるオウルが相手では流石に分が悪い。
「それは分かっております。ですのでわたくしが、聖王国ヴァレリアントが、今回の依頼に際して相応の報酬をここにいる5人全員に出す事をお約束します」
 そして、と続ける。
「報酬は小規模の国家なら十年は保つことが可能な金額です。その十年の間に、グラナル様、貴方の国を戦争以外の収入でも生きる事ができる、そんな国にして下さい」
 さらに言葉は続く。
「そして貴方が純粋に戦いを望んでいるのであれば、戦いの舞台も用意できます、それが今回の依頼ですから。そう、闇の種族とは違う我々人間にとっての、そして世界にとっての真の敵、邪神との戦いを」
 邪神という言葉に、流石に5人もビクリと身体を反応させる。
 SS級相当探索者という、人として最強の高みに昇ったと自負する彼らを以ってして、そうさせるだけの重みがその言葉にはあった。
「報酬に拘りはありませんが、あの邪神復活の兆し有りとの噂は本当だったのですね?それなら是非私は参戦させて頂きたいと思います」
 どこまでも清廉に、正義感溢れる表情を以って、英雄ブレイズがその言葉に答える。
「ふん、いい子ちゃんのブレイズの野郎と同じ答えというのは癪だが、報酬も魅力的だし、邪神との戦いというのも面白そうだ。いいぜ、その話乗ってやる」
 続いて、ブレイズを僅かに憎々しげに睨んでから、グラナルも同意を示す。
 傭兵王グラナルにとって、過去にあった中小国家同士の争いで、何度も自分が雇われた国の敵国に属し、戦況を覆されたことがあるブレイズは不倶戴天の天敵であった。
「もちろん儂も、聖王猊下の言葉とあっては否やはありませんぞ」
 拳聖オウルも肯定の意を示す。
 そんな中考え込む残りの2人、そのうちの1人、眼鏡をかけた優男が聖王に対し問いかける。
「勝算は、策はあるのでしょうか?」
 彼はその智謀と魔術のみで、SS級相当探索者まで上り詰めた賢者アロウン。
 流石に勝算の無い戦いに突き進むような蛮勇は持ってはいない。
「ええ、今は明かすことができませんが、光神ヴァレリアさまより間違いなく必勝の策があると神託を伺っております」
「では、私も参加させて頂きましょう。邪神という存在自体にはとても興味を惹かれるものがあります」
 聖王の言葉である以上、そこに嘘は無い。
 聖王が嘘を吐けないのは世界の理として間違いの無い事実なので、勝算があるという言葉に安堵したアロウンは、邪神への好奇心を全開にして、喜び勇んで依頼を受けることを決める。
 最後に1人、どこか暗い雰囲気を漂わせる圧倒的な美女が残った。
 毒蜂あるいは毒蜘蛛ミネア、その肌に指先一つ触れただけで男は悉く死を辿ったなどと語られ、オリハルコンの操糸術を極めた、SS級相当探索者としては2人しかいない女探索者の1人であり、SS級相当探索者として唯一の、暗殺技能を戦いの術とする美女である。
 もちろんSS級相当探索者である以上、正面からの戦闘力においても決して生半可なものではない。
 特にそのオリハルコンの操糸術については変幻自在で強靭にしてどこまでも細く鋭いオリハルコンの糸をまるで自らの一部の様に扱う為、正面からの戦いでも厄介な事極まりない技能であった。
「まあ、私としちゃあどっちでも構わないんだがね、1つだけ聞きたい。どうだい?今回その邪神との戦いに参加する奴らの中には私の毒に耐えられそうな男はいるかい?」
 ミネアは、男という存在と決して結ばれることの叶わない自らの体質を忌んでいた、故に出た何気ない言葉だったのだが。
「ええ、おられますよ。とびっきりな男の方が1人」
「本当かい!?ならば断る手はないね、私も参加させてもらうよ。それでその男は私に紹介してもらえるのかい?」
 期待していなかった答えに、思わず強く反応するミネア。
 聖王は年相応に少し悪戯げに笑い、意地悪をするように答える。
「いーえ、ダメです。ご自身でお見つけになって下さい。わたくしとしてもこれ以上明かすのは避けたい情報ですので」
 聖王のそんな姿を見たミネアは、少し呆然とすると、次に探るような眼で聖王を暫く見て、そして突然おかしそうに笑った。
「はははっ、わかったよ。それじゃあそうさせてもらうかね。ふふん、まあ自分で男を探す苦労ってのも中々乙なものかもしれないしね」
 ミネアの笑いに、聖王も嬉しそうに笑うとこう言った。
「それではわたくしの準備も終わりましたら、一緒に出発致しましょうか?すぐに支度を済ませますので、待っててくださいね?」
 流石に場が静まりかえる、例外は1人聖剣ヴァリアスのみである。
「ちょ、ちょっと待った。聖王さまが直々に公式訪問なさるって言うのかい?」
 代表してミネアが問いかける。
「いえ、今回はお忍びです。結構昔から得意なんですよ、そういうの」
 聖王の性格を良く知っている兄であるヴァリアスはもはや溜息を吐くだけだが、他はそうはいかない。
「し、しかし聖王猊下がお忍びでなど、もし何かがありましたら」
 英雄ブレイズが当惑したように言う。
「あら?何かあるのですか?6人もSS級相当探索者がいるというのに?」
「ハハハッ、大した嬢ちゃんだ」
 おかしそうに笑うグラナル。
「まあ、それはそれで面白そうな体験ですね」
 好奇心を刺激され喜ぶアロウン。
「ふむ、若いもんの行動力には驚かされるのう」
 少々呆れたようなオウル。
 そうして、聖王と6人のSS級相当探索者達の、お忍びでのクロスメリア王国への訪問が決まった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。