荘厳なる玉座の間。
やや暗色系に偏った装飾の数々が少し変わってはいるが、他国のどのような城と比べても見劣りはしないその豪奢さ。
もう幾度目になるのか、彼女が数えるのも飽きた質問が繰り返される。
「陛下、本当に行かれるおつもりですか?」
自らの側近である宰相が繰り返す言葉に、いい加減辟易としたように、豪奢な玉座に座るには外見上やや不釣り合いに見えながらも、しかしその玉座に座るに相応しい圧倒的な覇気を纏った少女が溜息を吐く。
十代半ばに見える、だが実際は二百年以上生きている、長いストレートの蒼髪に蒼瞳というあり得ない色合いの絶世の美少女、魔王サイネリアは溜息の後で、心底うんざりとした様子で言葉を返した。
「しつこいわよグルス、わたしは行くと言っているでしょう?何度同じ言葉を繰り返せばいいのかしら?」
だが魔王サイネリアの側近である宰相グルスは諦めることをせずに、また同じ言葉を繰り返そうとする。
しかし横合いからかけられた第三者の言葉により、ようやくその同じ会話の繰り返しは終わった。
「宰相殿、あまりしつこい男は女性に嫌われますぞ?齢を百も数えながら、未だに浮いた噂一つ無いのは、それが原因では無いですかの?」
いつの間にかその場に現れていた女の言葉に、見事に反応が二つに分かれる。
明るい笑顔を浮かべ歓迎の意思を示す魔王サイネリアと、渋い表情に変わった宰相グルスとに。
女は、妖艶さと無邪気さを兼ね備えたかのような、不思議な雰囲気の絶世の美女であった。
ゆるやかにウェーブした豪奢な金の髪は腰まで届き、その赤い瞳はどこか深淵を感じさせる深紅を宿す。
「シャルロット!やっと来たのね!待っていたのよ?貴女が早く来てくれないおかげでグルスがネチネチと言ってきて、本当にうるさいったら無かったわ。で、もちろんリュカオンとダートも来たのよね?」
期待の色が込められた言葉に反応するように、いつの間にやら玉座の間には2つの影が現れていた。
「ハッ、ここに」
「只今、遅参致しました。お待たせして申し訳ございません」
現れた2つの影にますます苦々しい顔をしたグルスは、だが諦めずに3人に向かっても同じく反対の意思を示そうとする。
「シャルロット殿、それにリュカオン殿にダート殿まで、王城までやって来たと言う事は貴方達も今回の下らない話に賛成という事ですか、全くいくら古参のっ!?」
「黙れ」
「っ!!?」
一言だった。
それまではただ外見相応の言葉で話していたサイネリアが、魔王に相応しい圧倒的なまでの力と威厳の籠った言葉を発する。
その言葉の圧力によって、もはやグルスは言葉を続けることすら、それどころか微動だにする事すらできなくなっていた。
「なあ、グルス?お前の立場も分からんでもない。闇の種族の中でも保守派の頂点たるお前としては、このわたし、魔王直々に人との協力体制を取るなどとは認め難いのであろうな」
優しく、それでいながら恐怖を与える威圧感を兼ね備えた言葉は、ただグルスを硬直させるのみならず、他3人にまでも畏怖の感情を抱かせる。
「だがな、お前達保守派はそもそも勘違いしているんだよ。わたし達闇の種族がかつての邪神との聖戦に参加せず、傍観に徹していたのは決して我ら闇の種族の創造者たる闇神アライナ様の本意ではない。現にアライナ様御自身はあの聖戦に参加し、今も他の神々と共に職業:勇者の施した邪神の封印の維持にその力の殆どを注いでおられて、顕現もできぬ状態だという事は分かっているだろう?」
どこまでも優しく、しかし威圧感に満ちた、力で以て言い聞かせる言葉は続く。
「かつての聖戦時、我々闇の種族は最も新しく生まれた種であった為にまだ未熟であった。竜人には戦闘力において及ばず、人にはその生命力・繁殖力において及ばず、数も少なかった。ゆえにあの戦争時に我々闇の種族が参戦していたならば、闇の種族は滅びの運命を辿っていただろうな」
「な、ならば」
再び反論しようとするグルスに、サイネリアは意にも介さず話を続ける。
「だまれ、とわたしは言ったぞ。さてと、それではかつての聖戦時から現在に至るまでに、もはや我ら闇の種族は別物と言っても構わないほどに成長を果たした。これはかつての聖戦時に傍観に徹していたおかげだな。私という、かの竜人族の頂点である竜皇にも匹敵する力を持った魔王という存在が生まれ落ち、さらには流石に繁殖力では人間には及ばんが、様々な種の闇の種族が生まれ落ち、闇の種族は数においてもなかなかの勢力となった。もはや我ら闇の種族は、竜人に匹敵する戦闘種族と呼んでも申し分無いと私は自負している」
魔王は少女の外見には不釣り合いな不適な笑みを見せる。
「そんな我々がだ、邪神復活の兆しのある今、なお自国に籠ったままなど笑止千万。そろそろ我々に付けられた傍観者の悪評を雪ぎ、何よりも今の我らがどれほどの力を持つかを他の種に見せつける良いチャンスではないか」
そして、その纏った威圧感を叩きつけるように言い放つ。
「グルス!分かったか!!これは我ら闇の種族にとっても一大事である!お前はただ、私の留守中に、下らん中央の中小国家の人間共が、我が国に対しちょっかいを出して来るのを防いでいればそれでいい!!自らの職務を果たせ!!」
「は、ははっ!かしこまりました」
そうしてグルスは、サイネリアの言葉通りに自らの務めを果たす為、玉座の間を後にする。
残った3人の内、シャルロットが目を瞠って言った。
「これは、なんともまあ。この前まではただの子供かと思うておりましたが、いつの間にやら魔王として相応しい威厳を身に付けられたようですの」
「茶化さないでよ。いくらシャルロットが私より遥かに年上と言っても、いつまでも子供扱いされる謂われは無いわよ?」
少し恥ずかしげな魔王。
「それで、今回我らが集められたのは、例の邪神復活の兆し有りという探索者ギルドからの密使の件についてで構わないのでしょうか?」
巨大な、10メートル近い体長の黒い狼の姿を持つ、魔狼族の長にして最長老リュカオンが尋ねた。
「ええ、そうよ」
肯定する魔王に対し、続いて一族内でも特別な、三つの角を持つ鬼人族の長ダートも尋ねる。
「今回の人選は、いかな理由でしょう?我ら闇の種族が大々的に動けば人間達の反応が激しいので、少数精鋭が望ましいのは分かりますが。シャルロット殿は別格ですのでともかく、我々二人と同等の者は他にも何人かいると思うのですが」
魔王はまた不適に笑う。
「ふふっ、ちょっとした悪戯心よ。他の国の代表達の面子を聞いてね?どうやらシチリア王国からは魔狼フェンリルが、ディラクからは鬼刃ノブツナがやってくるみたいなの。それでわたし達、闇の種族の誇る魔狼王リュカオンと鬼王ダートをその二人と絡ませてみたいなと思ってね」
その言葉に流石に呆れる2人。
「魔狼や鬼刃と言ってもただの人間の二つ名に過ぎますまい。それを我らとわざわざ絡ませてみようとは酔狂にも程があるかと」
「まことに」
「それに噂通りであれば、魔狼フェンリルはともかく、鬼刃ノブツナという男はダートや私では相手にならない可能性が高いかと」
「鬼人族の長としては悔しながら、私もそう思います」
2人の言葉に魔王は不敵に笑う。
「酔狂大いに結構じゃない、やっぱり人生ユーモアが大事だと思うのよ。それにそんな弱気でいてもらっちゃ困るわよ?今回はわたし達闇の種族の力を見せ付ける絶好のチャンスなんだから」
そして再び威厳を纏って告げる。
「それでは吸血姫シャルロット、魔狼王リュカオン、鬼王ダート!これより我ら4人でクロスメリア王国へと向かう!異存は無いな?」
「うむ」
「ハッ」
「かしこまりました」
3人は最大限の忠誠の念を以って、了承の意思を示した。
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