青空の下信じられないほどの巨躯を誇る竜が2体飛翔する。
一方は全長300メートルほどの巨大さなのに対し、もう一方は150メートルほどと 半分程度の大きさで、どちらも色は漆黒の輝きを誇り、親子の関係を連想させる。
なんにせよこれだけの巨体を持った竜など、そこらの竜種のモンスターには存在しない。
古に謳われし神々と互角に戦ったという名持ちの邪龍か、SS級以上の竜種のモンスターのごく一部か、竜人族の皇族ぐらいのものだろう。
そして全長300メートルほどの竜の巨体の上には一人の少女がいた。
白い髪を靡かせ、赤い瞳を超高速で飛ぶ風圧の中でも閉じる事なく開き、落ち着いた所作で悠然と座っている。
ふと、全長150メートルほどの竜が地上を見やる。
次の瞬間にはその竜は一瞬で地上に向かって直滑降を開始していた。
慌てたように全長300メートルほどの竜はその場でターンし、地上に向かった竜の上空を旋回して地上の様子を見やる。
その目は我が子を心配する親のもので、そして同じくその竜の上に乗った少女も心配げな視線を地上に向けている。
そして全長300メートルほどの竜は、背中の娘になるべく負担をかけない様、旋回しながら地上へと近づいて行った。
金属音が響き渡る、襲い掛かる野盗に護衛の探索者達が立ち向かい、剣で切り結ぶ音だ。
近くにはなかなかに豪華な馬車があり、その中では一組の夫婦とその娘が震えながら抱き合っている。
馬車の豪華さに比例しそれなりに裕福な馬車の主一家は、今回それなりに優秀な探索者達を雇っていた。
探索者ギルドの支部は大陸各地や島国ディラクにも在り、探索者達は迷宮都市アルデリアから出て、大陸各地を冒険し新しい物や稀少な物の発見を目指したり、あるいは船で外洋に漕ぎ出しこのセレディア大陸以外にも存在すると言われる新大陸の発見を目指したり、大陸各地に点在する誰が創ったのか分からない迷宮に挑んだり、様々な依頼を受けたりといったこともしている。
無論神々の創ったシステムは迷宮都市にしか存在しない為、最初の登録と肉体改造は迷宮都市の探索者ギルドで、クラスアップに関しては迷宮都市の職業神の神殿で行う必要があるが。
だが迷宮都市で探索者になった後、すぐに迷宮都市を出て、大陸各地での冒険や依頼に従事する者はかなり多い。
探索者になるというのは最も手っ取り早く強くなる為の一番の手段であり、そのシステムを活用する者は多いのである。
尤も迷宮都市の迷宮はそんな探索者達を更に効率良く成長させる為に創られた物であるので迷宮都市の外でのLvアップは難易度が高い。
その為に迷宮都市の外は、探索者とは名ばかりのLv1のまま成長していない者がいたり、逆に迷宮都市で徹底的にLv上げした後に迷宮都市の外に出る者がいたり、或いは探索者の力を手に入れて野盗と化す者がいたりと、実に玉石混交である。
今回も野盗がLvは低いと思われるが元探索者らしく、しかも圧倒的多数である為、いくらそれなりに優秀な探索者達が護衛をしていても、もはや時間の問題では無いかと思われた。
護衛として雇われた探索者達の切り札であった虎の子の魔術師も、もはや魔力を使い果たし戦力外となって、雇い主一家と一緒の馬車の中で座りこんでいる。
そんな窮地の中、上空から突然声が降ってくる。
「そこな悪党共!待つがいい!!」
あまりに突飛な事態に、上空を振り仰いだ探索者と野盗一同は、最初は幻を見ているのかと思った。
何もない空から少女が降って来ているのだ。
それも信じられないような高さの上空から。
そしてみるみる間に少女は地上へと近づくと、体を捻り回転させ、見事なまでの着地を決める。
だが大きな衝撃音がなり、少女の足は地へめり込んでいた。
しかし何ら痛痒を感じた様子も見せず、少女は両足を順に引き抜くと、そのまま見事な胸を張り仁王立ちする。
そして呆然と立ち尽くす一同の中、右手人差指で野盗達を指さすと、左肩を引き、左拳を腰に構え、両足を広げ、ポーズをとる。
「お前達!恥を知れ!お前達の悪行、まさに厚顔無恥にして悪逆非道!今、ここにオレが在る限り、もはやお前達の悪しき欲望が叶う事はない!我が右手は天意!!我が左手は正義!!疾風怒濤、断固征伐!もはやお前達の未来は決まったと知るがよい!!勧善懲悪、正義執行!お前達に待つのは死の安寧か、豚箱行きの未来のみだ!!」
呆然としていても、流石に少女の自分達に対する暴言に反応し気を取り直した野盗達は、まず少女の容姿に反応する。
見事なまでの煌く長い漆黒の髪に、意志の強さを宿した漆黒の瞳、何よりもまず圧倒的なまでに美しい。
強さと美が人の形をとったら、このようになるのでは無いかと思える少女であった。
そのことに気付いた野盗達は、男の欲望を滾らせ、性欲に満ちた視線を少女に向ける。
「へっ、わけのわからん頭のイカれた嬢ちゃんだが、大したイイ女じゃねぇか。どんな手品を使って空から降ってきたかは知らんが、どうせ魔法の類だろう?この人数差相手にどうするってんだ?嬢ちゃんこそ、未来は決まったな。俺たちに散々弄ばれた挙げ句奴隷商人に売り飛ばされるって未来がな!」
「お頭、商品にするのに手を出しちまってもいいんで?」
「おう!流石にこんだけ虚仮にされたらな、俺たち自身の手で徹底的に犯ってやらんと気が済まん。行くぞお前達!」
野盗達が自分に対し欲望に染まった目を向けてくるのを見ると、少女は薄汚いゴミを見る目で続けた。
「度し難いまでの無知愚劣!その下らん欲望は、オレが今ここで断ち切ってやろう!おい、そこのお前達、邪魔だからどいていろ」
そう言い護衛の探索者達の前に出る少女、流石に止めようとした探索者もいたが、少女に軽く押されただけでそのまま倒されてしまい呆然とする。
そして荒唐無稽な活劇が始まった。
少女の拳が当たっただけで数十メートルは吹き飛ばされ、少女に地に叩き付けられれば、何十センチも地面にめり込み、軽く少女に触れただけで腕が折れ曲がる野盗達。
あまりにも一方的な蹂躙であった。
そして十分も経たない内に、100人近くいた野盗は全員戦闘不能に追い込まれ、再起不能とすら思える者もいる。
あまりのことに唖然とする馬車の主一家と護衛の探索者達。
そんな中、追い討ちのように上空からとんでもないものがゆっくりと降りてきた。
300メートル近い巨躯を誇る漆黒の竜、背中には少女を乗せている。
魔力で抑えているのだろう、その翼がはばたいてもそよ風すら起こらない。
馬車の主一家と護衛の探索者達は腰を抜かしへたり込むが、竜はそのまま少し離れた人を巻き添えにしない位置に着陸する。
その背中から高さを問題にせず、少女が軽やかに下りてくる。
途端に竜は光り輝き姿を変えていく、300メートルの巨大な竜から通常の人のサイズへ、そして壮年の黒髪黒瞳の威厳ある男性の姿へと。
男性の姿になった竜はイリナに対し苦言を呈する。
「まったく、イリナ。お前は少し落ち着きというものを覚えなさい。何でもかんでも暴力で片を付けるとは。野盗を退治して力無き民を護るのも大事なことだが、お前の場合やりすぎだ。すまないがそこの方々、野盗達を縛り上げるのに手を貸してもらえないだろうか?」
だが馬車の主一家も探索者達も、それどころではなかった。
勇壮なる巨大な竜の姿、何よりも人へと姿を変えた事、そして少女の名前、それらから、彼ら3人の正体に気付いてしまったのだ。
全員がひれ伏し、3人に対し畏怖と崇拝の視線を向ける。
「あ、貴方様達は、り、竜皇陛下と、そ、そのご息女である、2人の皇女様達でいらっしゃいますでしょうか?」
そんな態度に困ったように竜皇は頬を掻くと、親しげに話しかける。
「すまないが、そうかしこまってもらっても困るな。ここはもう私の領地の外だし、忍びの旅の最中でね。ただちょっと手を貸してもらえると助かるんだが」
竜皇の言葉に、ただただひたすらに頷いた全員が、それこそ馬車の主一家まで総出で、野盗達を縛り上げていき、野盗は一箇所へと集められた。
そうしながらも全員がイリナを見て先ほどの活劇を思い出し、あれが闘竜皇女かと、良く知られた呼び名を呟く。
「エリナ」
竜皇の言葉に、エリナと呼ばれた白髪に赤い瞳のアルビノと思われる少女は頷くと、そっと手を前に差し出した。
その手が一瞬光り輝いたかと思うと、野盗達の怪我は一瞬にして全快していた。
「い、癒しの竜皇女様」
今度はエリナを見て全員がそのように呟く。
皆が皆、ただ畏敬の念を向け、三人に畏まっていた。
その後、野盗達のことは、治安維持の役割も果たしている探索者ギルドの、どこかの町の支部に突き出してくれるように頼むと、野盗達を突き出す事で得られる賞金については探索者達で山分けしてくれて構わないと言い残し、3人は空の旅へと戻っていった。
再び空の旅の最中、流石に竜の姿なので、竜皇とイリナは人の言葉を発する事ができないため、3人は念話によって会話をする。
『いや~、しかし楽しみだなぁ。スレイの奴どのくらい強くなってるかなぁ?』
『おいおい、イリナ。いくらそのスレイくんが探索者になったと言っても、せいぜい数ヶ月経ってるかどうかだろう?その上ただの人間の18歳の青年を、竜人と比べるのは酷と言うものだろう』
竜皇が嗜めるように言うのに、イリナは反論する。
『確かにそうだけどさー、あいつはこう、何か人としても他と違う匂いがするんだよなー。だいたいそんな事言ったら探索者でもなんでもないただの18歳の人間が、素の身体能力だけで悉くオレの攻撃を躱して、剣をオレに突きつけてみせたんだぜ?まあ、ただの剣なんかじゃオレの身体に傷を付けることさえ不可能だから、引き分けって事で手をうったけど。その後竜化してオレ達を嵌めたバカ貴族の別荘を山ごと吹き飛ばした時だって驚いてはいたけど全然恐がってなかったし』
竜皇は少し驚いたように言葉を紡ぐ。
『ほう、お前がそこまで褒めるとはな。少しばかりそのスレイくんに会うのが、私も楽しみになってきたよ』
そんな2人に対し少し弱々しげな念話でエリナが告げる。
『あの、私としてはアッシュと会えるのが楽しみなのですが』
『なにぃ~、あのヒョロ男と会うだって~!?そんな事オレは許さんぞ!!』
竜皇は苦笑し仲裁に入る。
『こらこらイリナ、誰もがお前のように強さばかりを相手に求める訳じゃないんだ、確かに今は強さに男の魅力を感じる女性が多い時代ではあるがね。エリナにとってはアッシュくんはそれこそ白馬の王子様なんだよ。まあ、実力が足りず、結局お前に見せ場を奪われたとはいえ、エリナにとって重要なのはアッシュくんが見せた勇気なんだからね。それに何故かスレイくんからも手紙が来たんだろう?アッシュくんが心根の真っ直ぐな良い男だから、エリナとの仲を認めてやれという、ね』
イリナはますます頑なに反応する。
『ちくしょー、スレイの奴も父様までアイツの味方をしやがって!あんな弱い奴エリナに相応しい訳ないのにー!!』
エリナがピクリと反応した。
『姉さま?』
念話の声に込められた威圧感に、イリナの背筋に得体のしれない寒気が走る。
『な、なんだよ。アイツが弱いのは事実だろ?』
エリナは念話の声を、つまり意思の力をさらに強めてイリナに言う。
『重要なのは戦いの強さではありません、心の強さなのです。あの時私はアッシュに間違いなく心の強さを感じました、それを否定するのであれば姉さまとて許しません』
『ゆ、許さなかったらどうするって言うんだよ?』
念話の声が弱々しげになったイリナにエリナは追い討ちをかける。
『絶交です』
『そ、そんな~!!』
イリナの悲鳴が念話で響き渡り、真下の地上にいた人間や、近くに居た鳥などの中でも感受性の強い者達は、それによって暫くの間大きなダメージを受けたのだった。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
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