探索者ギルド本部、ギルドマスターの個室にて。
「すまないな、スレイくん。邪神の復活などと言う話は決して公にできるようなことではないのでな、大っぴらに相応の報酬を出す事もできん」
「いや、報酬が目的でやったことではない、何も問題は無いさ。それよりこんな荒唐無稽な話が信用された事が驚きだ」
スレイはどうでもよさげに返す。
あれから、ギルド子飼いの探索者達により始まりの迷宮の死体は片付けられ、公には強力なアンデッドと化したアレスタ教師の仕業として事件は片付けられた。
今この場にいるのは、ゲッシュとスレイの2人だけである。
アッシュ達3人は、スレイがシェルノートへと攻撃を仕掛けた時点でシェルノートが発したプレッシャーにより完全に意識を断たれていて、その上その前の会話さえもシェルノートのプレッシャーの所為で記憶から殆ど消え去っているらしい。
元々スレイ個人にとって都合の悪い会話は、彼らには知覚すらできない光速の刹那の世界において交わしたので、その会話が知られる心配は無かったのだが、邪神云々の事についても3人が忘れているとは実に好都合な展開である、ただあまりにも好都合過ぎるが。
現在スレイは、天才だの何だのと言った自分にとって都合の悪い部分は省き、殆どの話をゲッシュへと伝え終えたところであった。
「だから先程も言ったではないかね、間違いなく邪神と思われる力の痕跡があったと、我々ギルドの子飼いの探索者の占術の力で判明したのだと」
正直邪神の話などしても、信用されるとは欠片も思っていなかったが、どうやらギルドの子飼いの中には、そういうものを調べるのに長けた技能持ちがいるらしい。
先だっての報告時にそのように知らされ、信用する根拠を明かされた。
だからといって、これほど荒唐無稽な話を信用されるとは、と今でも半信半疑だが。
なので思わず同じ話を繰り返してしまった。
しかしそうなると、邪神を倒した手段については調べられなかったのだろうか?
そんな心配も湧き、やはりギルドは油断がならないなと、気が引き締まる。
そんなスレイに、ゲッシュは先程から用意していた大きめの木箱を開いて見せてきた。
「君が問題無くても、やはり私としては完全な無報酬というのは気が引けてね。どうやら都合の良い事に、君の武器としては強化されたミスリルのサーベルでさえ役者不足だった様だね?あのダンカンが自分の渾身の傑作をたった1日で壊されたと荒れていたよ。というわけで、これを受け取ってくれないかね?」
そこにあったのは赤い刀身と蒼い刀身を持った二振りの刀とその鞘であった。
明らかにその造作はディラク刀の物である。
しかも感じる力は、先日のあの火の精霊石を填めて強化したミスリルのサーベルの比ではない。
「これはいったい?」
「過去に迷宮で発掘された最高峰の神々の武具の1つ、シークレットウェポンの双刀だ。大分前のことになるが、もう既に究極級のシークレットウェポンの剣を持っていたあのアルス王の探索者時代に、とある迷宮で入手したのを買い取ったものでね、銘はアスラとマーナという。まあシークレットウェポンとはいえ、伝説級だろうと鑑定されているもので申し訳ないのだが」
スレイは赤い刀身のアスラを右手で、蒼い刀身のマーナを左手で持ってみる。
しっくりとしすぎるほどに手に馴染んだ。
「どうだろう、これが報酬で不足は無いだろうか?」
「ああ、不足は無い、むしろ過剰なくらいだ。伝説級とは言えシークレットウェポンを他に持つ者は、全員が最上級である究極級のシークレットウェポンを持つ職業・称号:勇者達や、他にはSS級相当探索者達、それにS級探索者のごく一部くらいのものだろう。しかもSS級相当探索者達でも究極級を持つのはあの鬼刃ノブツナくらいのもので、他の者はせいぜい良くても中級の神話級か、この双刀と同じく最下級の伝説級を持つ者が大半と聞く。幸運にもシークレットウェポンを入手できた一部のS級探索者達に至っては言わずもがなだな。いったい何を企んでいるのか勘繰りたくなるような高すぎる報酬だな」
ゲッシュは苦笑する。
「何、単純な話さ。戦力が欲しい、それもできるだけ強力な戦士をたくさんね?なにせ邪神の封印が解けるなんて話を聞かされたんだ、そう考えても不思議じゃないだろう?」
「ギルドの子飼いや勇者連中など、この国には腐る程戦力がいそうだが?」
「それでもまだ不足だと、私は考えているんだよ」
今度はスレイが苦笑した。
「探索者ギルドのギルドマスターとしては、不用意な発言だな」
「だね、ここだけの話で頼むよ」
気軽にゲッシュは答えると、続きを語る。
「正直な話、他国にもこの話を伝え、戦力を募ろうと思っている。それこそ全ての国からね」
スレイは、まさかと思いながらも問いかける。
「もしやヘル王国にもか?」
「ああ、もはや闇の種族がどうこう言ってられる事態でも無さそうなんでね」
ゲッシュの器の大きさに流石に驚くスレイ。
以前の邪神との“聖戦”で傍観者に徹していた闇の種族への偏見はそれほど根強いのだ。
「だったらなおさら、俺の力が必要とも思えんが。まあ、求められたなら手を貸すぐらいは吝かじゃない、邪神となると決して他人事では無いからな」
そうして2人の会話は終わり、スレイは部屋を去った。
ゲッシュは暫く椅子に座ったまま、額に手を付き顔を伏せていたが、おもむろに身体を起こすと、机の上に用意されているベルを鳴らす。
「はいゲッシュ様、何か御用でしょうか?」
「ギルドの外交係全員に通達をしろ、世界中の国家に繋がりを取って、邪神復活の兆し有りの報を入れるようにと」
静かに現れた壮年のギルド諜報員は、その静かさを消し驚いた表情をすると、ゲッシュに問いかける。
「なっ、本気ですか?確かに邪神らしき気配を我らの占師が感知したのは確かですが、それだけであのスレイという者の言葉をそこまで信用すると?」
「ああ、彼は信用できる。これは私の勘だ、何か問題があるか?」
諜報員は途端に姿勢を正し、静かな気配に戻ると頭を下げる。
「いえ、失礼致しました。早速通達を出します、それでは」
諜報員が去った後、ゲッシュはただ静かな表情で一人ごちた。
「世界が動くな。さて、吉と出るか凶と出るか?私の代で邪神の復活などに立ち合いたくはないものだが、……せめてリリアだけでも」
そこには子を持つただ一人の、父親の姿があった。
【???】???“???”???
「やあ、久しぶり絶望の」
『貴様、享楽ロドリゲーニか』
「うん、そうだよ、やっぱり分かっちゃうもんだねぇ」
『く、あはははは!!この世界ヴェスタに侵入を果たせた我等10柱の邪神でも上級と呼ばれた3柱の1柱たる貴様がそれほどに弱々しくなるとはな!!それが封印を逃れた代償と言う訳か』
「まあ、そういう事だね。って上級と言われても、憤怒イグナートに比べたら僕達他の邪神なんてどんぐりの背比べって感じだと思うんだけどね」
『まあ確かに、奴だけは別格だからな。それでこのような空間に何用だ?封印され未だ動けずにいる我を笑いにでも来たか?』
「ううん、そんなことして何になるのさ?僕はただ君を解放しに来ただけだよ」
『……貴様、正気か?我等邪神は互いに同士意識など持たず、寧ろいがみ合ってさえいたと記憶しているが』
「うん、そうだね、だから理由はあるよ。君はオメガを覚えているかい?」
『ああ、当然覚えているさ、あの我等邪神を敵に回して一歩も引く事の無かった男。イグナートすら越え全高位多次元世界最強を謳われたこの世界の創造神ヴェスタ、この世界の創造に使われたその遺骸の残り全てから生み出された存在である“前期対邪神殲滅システム・特性:天才”の中でも最強と謳われ、事実我と同じく下級と呼ばれた3柱の邪神の1柱である希望エクスターを滅ぼしてみせた男だろう?奴の所為でこの世界に存在する邪神の数は9柱へと減ったのだからな、覚えていない訳がない』
「実は僕の転生であるこの肉体の幼馴染の青年がそのオメガの生まれ変わりでね」
『ほう、それは何ともまた、輪廻転生のシステムとは面白い偶然を生み出すものだな』
「偶然かな?僕としては彼に引きずられた可能性も考えているんだけど、それはともかく。君、この封印から解放されたくはないかい?」
『当然解放されたいに決まっておろう、何が楽しくてこのような何も無い空間に閉じ込められていたいと思うものか。だがあの憤怒イグナートでさえ未だ抜け出せぬこの封印の牢獄、即座に解放される手段があるとでも?』
「うん、そうだよ。この肉体に宿って力は弱くなっちゃったんだけど、色々と面白い術を覚えてね?今の僕ならちょっと時間をかければ君を解放することも可能なんだ」
『……代償は何だ?もともとこの牢獄とて弱体化してきて、下級の邪神と呼ばれた我でさえ、あと数十年もあれば封印を破壊できるだろう。その数十年を早めるだけでそれほどの代償を求められても割に合わぬぞ?』
「僕からの要求は一つだよ、君にとっても望みに叶う筈さ。オメガの生まれ変わり、今はスレイって言うんだけど、彼と戦って欲しい、ただそれだけのことだよ」
『貴様、何を考えている?』
「うーんとね、楽しい事、ただそれだけさ。何せ僕は享楽の邪神だからね、スレイには色々と期待してるんだ、正直に言っちゃうと君は当て馬って感じかな?そういう理由なんだけどどうする?やっぱり止めておくかい?」
『……まあ、よかろう。当て馬扱いは腹立たしいが、その申し出受け入れようでは無いか。かの男の生まれ変わりの絶望の表情、考えるだけでも悪くは無い。貴様の思惑を破り、それを現実にできるとなれば断る理由は無いな』
「そうか、誘いに乗ってくれて助かるよ。それじゃあ早速儀式を始めるよ?解放されるまでの数ヶ月はオメガの生まれ変わりのスレイ、彼を絶望させることでも考えて過ごすといいよ絶望クライスター」
『ああ、そうさせてもらおう。それではな享楽ロドリゲーニ』
「ふふふ、さあて、恐怖を失った君が絶望を前にしてどんな感情を抱くのか楽しみだよスレイ。これからどんな舞台が始まるのかワクワクするなあ、君も楽しんでくれよスレイ、君の本質である箍の外れた戦闘本能のままにさ」
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