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  シーカー 作者:安部飛翔
第一章
11話
 翌朝、スレイは両脇に温もりを感じて目を覚ます、そこには2人の少女が疲れ果てた様子で眠りについていた。
 昨夜の事を思い出し少しやり過ぎたかと自省する、2人ともあれだけ身体をほぐし溶かしても最初の痛みはかなりのものだった様だが、すぐに治癒魔法をかけると痛みを治める事ができた為、ついつい体力の限界まで攻めてしまったのだ。
 何気に便利だな治癒魔法、などとすっ呆けた事を考えてしまう。
 スレイは2人の少女の眠りを覚まさない様、慎重にベッドから抜け出ると、服を着替え自分の部屋を出た。
 すると宿の廊下、すぐ近くにアッシュが壁にもたれ掛かっていた。
 アッシュはスレイが部屋から出てきたのを見ると、ゆったりと近づいてくる。
「すまないが、こいつはルルナの兄としてはやっておかなきゃいけないと思うんでな、歯ァ食いしばれよ」
 スレイは左頬に衝撃を感じるも、なんとか踏み留まる。
 アッシュはスレイに一撃を入れて、それで満足したかのように笑い拳を納めた、それにスレイは拍子抜けしたように聞いた。
「それだけか?はっきり言って俺はもっと責められても仕方無いような最低なことをしてると思うんだが」
「ルルナが自分で選んだ事だしな、それに今の時代一夫多妻だってそう珍しい事じゃない、今のはただのけじめみたいなもんだよ」
 アッシュは笑ったままそう言うと、その笑みを下世話なものに変えて質問してくる。
「それで、エミリアのあの胸はどうだった、やっぱり挟んでもらったりしたのか?あの胸は男としちゃあ夢の詰まった代物だからな、さぞかし……げふっ!」
 スレイは思いっきりアッシュにボディブローを見舞うと告げる。
「人の女をそういう目で見るな、この事はエリナに報告しておくことにしよう」
 ちょっと待ってくれと懇願するアッシュを無視してそのまま宿の階段を下り、カウンターの中の調理場にフレイヤを見つけ声をかける。
「フレイヤ、昨日のことはあんたの差し金らしいな。いったいどういうつもりだ?」
 スレイの言葉に振り向いたフレイヤはどこか寂しげに笑う。
「別に何も思惑なんてないわ、ただあの娘達が後悔しないように後押しをしただけよ。あとは貴方があの娘達をそういう対象として見ている事にも気付いていたしね」
 そういうと今度は視線を鋭いものに変える。
「ただ、あの娘達にかまけて、私の事を忘れたりはしないで下さいね?」
 その視線の力強さに、スレイは何故かただ頷くしかなかった。

 4人パーティでの最後の探索に繰り出す前に、スレイの強化されたミスリルのサーベルを取りにギルドへやって来た4人。
 ギルドの鍛冶工房で強化の代金として2000コメルをカードで支払った後、ダンカンが持って来た柄に火の精霊石が填められ刀身が赤く染まったミスリルの剣の醸し出す雰囲気に、スレイ以外の3人は気圧されたようにその刀身を見つめる。
「これはたいしたものだな」
 スレイは平静を保ちながらも、その強化されたミスリルのサーベルの見事さに驚きの声を上げていた。
 刀身が赤く染まっているのはミスリルに火の魔力が完全に浸透している証だ。
 元々ミスリルが魔力に染まり易いとはいえここまで鮮明な赤に染まっているのは、火の精霊石の純度とダンカンの腕の両方が揃って成せた業だろう。
「ほれ、注文の品だ、受けとんな!全くとんだ苦労をさせてくれたと文句を言えばいいのか、いい仕事をさせてもらったとお礼を言えばいいのか、本当にとんでもない代物だったぜその火の精霊石は。というよりそいつは本当に火の精霊石なのか?ありえないと分かってても、伝説に語られる火の純元素のことを思い出しちまったぜ」
 ダンカンの言葉にスレイは笑って答える。
「特別製ではあるんだろうが、火の精霊石には違いない。だがまあ、それをここまでのものに出来たのはあんたの腕だろう。素直にいい仕事だと感謝している」
 ダンカンは豪快に笑う。
「まあ、なかなかに得難い経験をさせてもらったぜ。お前のことだからまた何かとんでもない代物を取ってくるんだろうが、その時もまた俺のところに持ってこいよ?換金なんかでどっかの貴族に流れるのはもっての他だ」
 ダンカンの笑いながらも真剣な言葉に、スレイも笑う。
「ああ、分かった。また何か手に入れたらそうさせてもらう」
 そうしてスレイ達4人が鍛冶工房を出ると、スレイは受付に向かって歩き始めた。
「おい、何処に行くんだスレイ?」
「なに、エミリアが気にしてるだろうから件の教師のことで何か進展があったか、リリアに話を聞こうと思ってな」
 エミリアはすまなそうな顔をする。
「すいません、わたしの所為で余計な手間を」
「なに物のついでだ」
 言うなりカウンターに居た受付嬢に話しかける。
「すまないが、リリア・アルメリアを呼んでもらえるだろうか?」
「リリアですか?……ああ!貴方があのスレイさんですね?リリアからお話はかねがね。分かりました、それではすぐに呼んで参りますので少々お待ち頂けますでしょうか?」
 何やら意味ありげな視線をスレイに向けると、受付嬢は奥へと引っ込んでいく。
 そうしてリリアが奥から慌てたように走り出てきた。
「おはよう!スレイくん、何か私に用事かしら?」
 出てきた時はややテンションが高めだったリリアだが、スレイの後ろの3人を見ると次第に言葉が尻すぼみになっていく。
 そして以前以上に強くスレイに胡乱げな視線を向けると、不機嫌そうな顔になる。
 そんな様子にも気付かずにスレイはリリアに質問を投げかける。
「ああ、少々聞きたい事があるんだが、昨日のエルシア学園の教師の死体が消えたという件は今どうなっているだろうか?」
 質問にリリアは投げやりに返す。
「ああ、そのことね。それだったら、今あのアレスタ教師の死んだ場所でもある【始まりの迷宮】にそのアレスタ教師が入って行くのを見たって目撃情報が入ってね。捜索依頼を受けてる探索者達の殆どが【始まりの迷宮】に潜ってるって話よ。何しろ彼ら初心者でも問題の無い迷宮だからね、そのまま捜索しても問題無いって判断したんでしょう」
「そうか、すまない。情報提供感謝する」
 何やら言いたげなリリアを残し、スレイは3人と共にギルドを出ると3人に対し提案した。
「どうだ?難易度は少々低すぎる迷宮だが、エミリアが気にしてる件でもあるし、何より俺たちが初めて出会った良い意味でも悪い意味でも俺たちにとっては特別な迷宮だ。このパーティ最後の探索は【始まりの迷宮】にしないか?」
「いいのですか?」
 エミリアの質問に他2人アッシュとルルナが答える。
「いいんじゃねぇか。確かにアレスタ教師の事は気になるし、あの迷宮が俺たちにとって特別なものだってのも本当だ。何よりリベンジにもなるからな」
「そうですわね、わたくしも2人の意見に賛成ですわ」
 賛意が得られた事を確認するとスレイは告げた。
「よし、決まりだ。俺たちが正規のパーティとして臨む最後の迷宮探索は【始まりの迷宮】にする。ついでにエミリアが気にしてる教師の件も、できるなら俺たちで片を付けたいと思う。それで構わないな?」
 スレイの言葉に3人はそれぞれ同意の声を上げた。

【始まりの迷宮】地下9階

スレイ
Lv:14 
年齢:18
筋力:C
体力:B
魔力:C
敏捷:S
器用:S
精神:EX
運勢:G
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)
特性:天才、闘気術、魔力操作、闘気と魔力の融合、思考加速、剣技上昇、炎の精霊王の加護、炎耐性
祝福:無し
職業:剣士
装備:ミスリルのサーベル(火属性+9)、ミスリルのサーベル、鋼鉄のロングソード×2、革のジャケット、革のズボン、革の靴
経験値:1384 次のLvまで16
所持金:540コメル

 襲い掛かって来るモンスターを切り裂くスレイの剣。
 しかしスレイの手には全く抵抗が感じられない。
 これほど違うものかと、強化された剣の性能に流石のスレイも瞠目する。
 いくら初心者用の迷宮のモンスター相手とは言え、何の強化もせずに剣の素の性能でただ切り裂いているだけだというのに、斬ったという感触すら感じられないほどの切れ味には驚かざるを得ない。
 イフリートの贈り物と、それをここまで仕上げてくれたダンカンに感謝しつつ、スレイは今回限りで正規のパーティを解散する事となる仲間達と共に、圧倒的なスピードで迷宮の地下9階まで降りてきていた。
 だが気にかかる事もある。
 アンデッドと化したと思われるアレスタ教師を追って、この迷宮へと入ったはずの探索者達に今まで一度も出会っていない。
 かなりの数の初心者探索者達がここを訪れた筈なので、何らかの成果があっても、もしくは何の成果を上げられなくても、戻ってくる探索者達に出会う事になるはずなのだが、それがないということは……。
 不吉な予想が脳裏を過ぎる。
 だが予想は予想に過ぎない、確信を得る為にはやはりこのまま突き進むしか無い事に変わりはない。
 仲間達が相手をしていたモンスターを倒し終えたのを確認すると、多少の言葉をかけあって、彼らはそのまま迷宮を奥へと進むのだった。

【始まりの迷宮】地下10階(最下層)“試練の間”
 最下層、最奥の広間の手前で異様な雰囲気と濃厚な血臭を感じたスレイは思わず歩みを止め、他3人を制止していた。
「これはっ!?」
 最奥の広間から感じられる雰囲気、それは圧倒的な力に満ちていた。
 以前存在したアンデッド・ナイト、そんなものとは比較にならないほどの圧倒的な力。
 スレイは以前闘竜皇女イリナに勘違いで襲われた際に一度見た、自分達を嵌めたバカ貴族の別荘を山ごと咆哮一つで吹き飛ばしたイリナの竜化した姿、それを遥かに越えたプレッシャーを持つ存在が最奥の広間にいるのを理解した。
「これはまずいな」
 今の自分では確実に持て余すであろう相手、流石にそんなものにこのような場で出会うなどとは考えてもいなかった。
 しかもこの血臭、ここに潜ったという初心者探索者達の末路までもが分かってしまった。
 スレイに恐怖心は全く無いが、贖罪の意識と自分の女達への責任感から、命は大事にすると決めている。
 悔しいが、ここは一度戻って探索者ギルドに知らせ、探索者ギルドが幾人か子飼いにしているというS級相当探索者達全員の派遣を頼むしか無いかも知れないと思う。
 そんな時だった。
「だ、誰か助けてくれぇ!」
 最奥の広間から助けを求める悲鳴が上がる。
 とたん他の3人が最奥の広間へと突入していく。
 しまったと思うも、もう遅い。
 3人も異様な雰囲気は感じていただろうが、そのプレッシャーから相手の力を図れるだけの力量は持ってはいなかった。
 この血臭とそれに助けを求める悲鳴から状況のみを先に理解して最奥の広間へと突入してしまったのだろう。
 こうなってしまっては、スレイとしても3人を見捨てるという選択肢は無い。
 スレイが自分の命を大事にしなければいけないと感じる責任感の一端はあの3人でもあるのだから。
 だが最低限の準備はしなければ、一瞬の抵抗すら敵う相手では無いだろう。
 スレイは焦る気持ちを落ち着けると、闘気と魔力を循環させ、反発し合うそれらを苦痛を無視して融合へと至らせる。
 生命と精神が相殺しあい、消え去った分だけ残った純粋なエーテルで身体を満たし、循環させ放出し、肉体を強化し知覚の次元を上げ世界の法則すら書き換える。
 かなり時間のロスをしてしまったが、まだ許容範囲だろう。
 スレイはそのまま現在の自分の最高速度である亜光速で、生じる反動や衝撃波は全てエーテルで殺し、最奥の広間へと突入していった。

 最奥の広間へと突入した時、生きた人間はもはやアッシュ達3人だけとなっていた。
 恐らくアレスタ教師の捜索にやってきた、初心者探索者だろう全員が、見るも無惨な死体と成り果ててることから、先ほどの声を上げた人間ももはや殺されたのだろう。
 アッシュ達3人も地に伏せていた為最初は、まさか、と思ったが、どうやら圧倒的なプレッシャーにより地に押さえつけられ、そのまま動けないでいるようだ、生きている事は感じられる。
 ふぅっ、と安堵したスレイに声がかけられる。
「ほう、まだ新しい客人が居たか」
 途端、グンっと視線と共にプレッシャーがスレイの方へと向けられる。
 エーテル強化した今、動けない程のプレッシャーではないが、スレイは少し様子を見る事にする。
 何とか相手を倒す方法を見出さなければならない。
 3人を死なせるつもりは無いし、自分も死ぬつもりは無いのだから。
「ふむ、大したものだな。膝すらつかず立ったままとは、これまでの連中とはモノが違うようだ」
「アレスタ先生!あんたはアレスタ先生のアンデッドじゃないのか?!なんでそんなに鮮明に意識を持って、しかもそれほどの力を!?」
 スレイにプレッシャーが逸れた事で、僅かばかりプレッシャーが軽減したのだろう、上半身を何とか起こしたアッシュが、最奥の広間中央に立つ男に怒鳴るように問いかける。
「ふむ、アレスタ先生か。この肉体は生前教師だったと言う訳か。よかろう興が乗った、冥土の土産代わりに色々と説明してやろうでは無いか。それではまず前提として問うが、何故私がそのアレスタという男のアンデッドだなどと思ったのかね?」
 わずかにアッシュへと興味を向けたようだが、依然としてその男の視線とプレッシャーはスレイへと向けられたままだ、そもそもスレイ以外の3人を何の脅威とも思ってもいないのだろう、そしてそれは事実だ。
「それは貴方が、アレスタ先生が、ランダム召喚の魔法陣によって召喚されたアンデッド・ナイトによって殺されたからですわ!高位のアンデッドに殺された者はアンデッドへと変貌する可能性を持つ、その為に貴方の死体が消えた事でギルド内でも騒ぎとなったのですから」
 同じく上半身を起こしたルルナの言葉に、アレスタ教師の姿を持ったその男は、僅かに笑う。
「ランダム召喚、そうかあの魔法陣はランダム召喚と判断されたのか。それは面白いな、そのように見立てた未熟者の顔が見てみたいぐらいだ」
 どこか馬鹿にしたように笑い続ける男に、エミリアも上半身を起こし問いかける。
「ランダム召喚の魔法陣だったから、あのアンデッド・ナイトが呼び出されたのでは無かったのですか?」
 エミリアの言葉に笑うのを止めた男はふむ、と頷くと一人ごちる。
「アンデッド・ナイトか、やはり異物は混る様だな。今のこの肉体も脆弱なものに過ぎんし、どうやらもっと改良の必要があるようだ」
 言うなり、男は大仰に手を上げて長い説明を始めた、まるでさっき言った教師の真似事の如く、知者が愚者に智を与えるが如く。
 始まりは魔法陣の説明からであった。
「それではまず勘違いを正そう、アレはランダム召喚の魔法陣などではない、寧ろ逆だ。
封印の地より這い出る為に応用を施したランダム送還の魔法陣、その出口とでも言うべきものだ。まあ尤も送り出せたのは意思の一部のみ、しかもそれとて何処に出るのか分からない、そこらの次元の狭間にでも出てすぐ消滅するかも知れない、そんな迂遠な上に長い刻をかけた、成功の見込みの低い、実に忍耐を必要とするある意味愚かな試みではあったがね。無数の試みの末それが成功して、今わたしは一部とは言え自らの意思をこの肉体に宿しここにいる」
 そして常軌を逸した名乗りが発せられた。
「それではまずは名乗らせてもらおう、我が名はシェルノート、遥かなる過去に封じられし“智啓”が邪神シェルノート、上級とされた3柱の邪神が1柱、それが我が本体の名だ」
 意思の一部とはいえ邪神が、自らの世界への降臨を告げた、それが始まりであった。
 そしてスレイにとっては、二度目の邪神との邂逅であった。
 衝撃が走り、静寂が場を支配する。
 だがスレイは、ただひたすらに自らへと囁きかけるエーテルの声を情報を聞き、その導きに従い、己の成すべきこと、成せる事への準備を始めていた。
 エーテルによる強化、それだけでは相手に対し不足に過ぎる、ただの一部とは言え邪神、しかも感じるプレッシャーはSSS級以上。
 だが、第一質量プリマ・マテリアを用いて創造する剣、邪神の本体にも通用するとエーテルが囁きかける切断の絶対概念の剣、スレイはそれを扱える領域にはまだ至っていない。
 だがエーテルとそして精霊は、代わりの選択肢を与えてくれた。
 その選択肢を掴み勝利を得る為に、今はただひたすらに、興に乗って話し続ける敵の言葉を聞き続け時間を稼ぐ、スレイにできるのはそれだけだった。
 幸いなことにその時間稼ぎは、自然と3人が邪神の言葉に反応して行ってくれている。
 スレイはその時初めて3人に完全に頼り、自らは時間との戦いへと没頭するのだった。

「そんな、嘘ですわ!邪神は神々によって創造された職業:勇者様達の封印によってもうこの世に出てくることは不可能な筈!貴方が邪神だなんて、そんなこと!」
 ルルナの叫び声が響き渡る。
「ふむ、まず私は邪神ではなく邪神の意思の一部だと言った筈だが、まあそれは置いておこう。さて、封印か、確かにな。我々邪神はあの実に巧みに構成された卑劣な封印によって永年封印され続けてきた訳だが、君達は永遠に続く封印などという物が存在すると思っているのかね?」
 今度はアッシュが叫ぶ。
「当然じゃないか!神々に創造された勇者様達の封印だぞ!いくら邪神と言ったって、その封印を破るなんて!」
 面白そうに笑うシェルノートの1部。
「さて、それでは聞こう、君達はいったい我々邪神について、そして君達が崇める神々について、どれだけの事を知っているのかね?」
「それは……っ」
 口ごもるエミリア。
「何、そう恥じることは無い、知らされていないものを知るはずも無いのは当然のことだ。さて、それでは私が君達に真実を与えよう、何せ私は“智啓”の邪神、智を啓く者だからね。まず最初に我々邪神のことを語ろうか、君たちは我々邪神を世界を滅ぼそうとした邪なる神々とでも聞かされているのだろうが、それは実に正しくない、不正確だ。なにせ我々邪神は、この世界が滅ぼせない……いや、もっと正確には壊せない世界だからこそ、この世界に惹かれやって来たのだからね」
「壊せない、世界?」
 アッシュは話のスケールにただ口を呆然と開く。
「そう、我々邪神は元々は自ら世界を創り、そしてその世界を自らの力で滅ぼしてしまった真の神、つまりは創造神にして破壊神、今は亡き別の世界において最高神だった存在、そういうものなのだよ。邪神の中でも最強と呼ばれる上級をも越えた規格外の1柱“憤怒”の邪神イグナートなどは無数の高位多次元世界を一瞬で塵としたらしいね、まあこれは余談だが。それに対し君達が崇める神々は、創造神でも破壊神でも無い。この世界では光神ヴァレリアに闇神アライナが最高位の神々と言われているが、彼らが人間や闇の種族を創造したという話を聞いた事はあっても、世界を創造したなどという話を聞いたことはあるかね?」
 3人はただ黙りこむ。
「ふむ、やはり彼らもそこまで厚顔無恥ではいられないようだね、それでは教えよう。この世界はかつて真に最強たる最高神として全次元全世界に知られた超神ヴェスタ、そのヴェスタが自らの身体を材料として築き上げた最高位の世界なのだよ。故にこの世界の名は創造者の名を取ってヴェスタと呼ばれている、君達も知るこの世界ヴェスタの名の由来はそこから来ている訳だ。真に最強たる神、その身体によって創られた強固な世界、故に我らは自らの力をいくら振るおうとも壊れないこの世界に惹かれ、自然と集まったという訳だよ。尤も、力の振るい方や楽しみ方には個体差があったが為に、それこそ人にとっては災厄に過ぎないような邪神もいただろうがね?」
 ただ聞きいるも、理解すらできない話に呆然とする3人。
「さて、ではだ、確かに不完全な神々でありながら彼らが創り上げた“後期対邪神封印システム・職業:勇者”は実に巧みで面白いシステムであった、我らを一時封じるに足るほどにはね。しかし所詮は不完全な神々の創りしシステム、真の神たる我々邪神の永遠の封印など叶う筈もなく、もはや封印は緩みはじめている。とはいえ、まだまだ直接世界に顕現するなどということは出来ないために、私のような知能派の邪神はこのような小細工を弄して自らの一部を封印の外へと出す事を成功させた訳だがね?」
 もはやこの場は邪神シェルノートの一人舞台であった、3人にはその話の一部でも理解が及んでいるかどうかも怪しい。
 それに気付くと、シェルノートは苦笑いをして話を締めくくった。
「つまりはだ、君達が信じる程に君達の崇める神々は万能では無いということだ。さて、そこの君、先程から何やらやっていたようだが、準備はできたかね?」
 突然声をかけられたスレイは、やはり不意打ちをさせてくれるほど甘い相手ではないかと、苦笑いをする。
 そんなスレイに、シェルノートは突然プレッシャーを緩める。
「どういうつもりだ?」
 シェルノートはただ笑って答える。
「いや、私の悪い癖でね。私のプレッシャーに耐えてみせた君と、君の用意した手段に好奇心が湧いてしまったのだよ。つまりは君の用意したその手段、それを受けてみたいと思ってしまったのさ。さて、仮にも真の神であるこの邪神“智啓”のシェルノート、一部とは言えこの私に通用する手段なのかどうか、さあこの私に見せてみてくれないか?」
 舐められている、スレイはそう感じた。
 それと同時に、まさにシェルノートにとっては一時の好奇心に過ぎないのだろうと、そうも思った。
 だが今は下らないプライドは要らない、敵に与えられたチャンスに無様に縋りつけばいい。
 所詮は今の自分はその程度の存在でしか無いのだから。
 己自身の無様さも弱さも何もかも今は呑み込んで、ただ目の前の存在を滅ぼすことに全てを賭けなければならない。
 いずれはシェルノートの本体にも、邪神にさえ届く刃に、その力を手に入れる為に今は生きなければならないのだから。
 そしてなにより守らなければならないもの、それが自分にはあるのだから。
 その想いに応えエーテルが集まる、より強化される肉体と世界を侵食するエーテル、まだ僅かに残っていたプレッシャーからも解放され肉体は自然と動き出す、コマ落としのように突然一瞬でシェルノートの眼前に現れるスレイ。
 しかしその剣撃を、シェルノートはあっさりと片手で防いでいた。
「ほう、人の身で、その若さでありながら、大したものだ。だがそれでは私には届かぬよ」
「分かっているさ!」
 そう分かっている、今の自分の力が邪神に届かないことなんて嫌と言うほどに。
 だがそんなことは関係無い、今は目の前の存在を滅ぼす事に全てを賭けなければいけない。
 刹那でシェルノートより離れて飛び退ったスレイはそのままエーテル強化と世界への侵食により到達した亜光速で、シェルノートの周りを駆け回り、剣撃をそれこそ数え切れないほどに浴びせる。
 決して仲間達を巻き込まないようにエーテルで周囲の世界の法則を弄り衝撃波も攻撃も仲間達には届かないようにする。
 流石に今は人間の肉体の身、スレイの攻撃を余裕を持って受けるという訳にはいかないのだろう、邪神はその力を、一部とはいえ神の力を用いて反撃をしてくる。
 亜光速で奔るスレイに対し、光速で襲いかかるシェルノートの周辺一帯に浮かんだ光球。
 エーテルによる知覚強化は光速にすら事前で反応して見せた。
 だが今の自分の動きは光速に届かない、光速の攻撃に反応できるだけでは躱せない。
 スレイはより強く自らの肉体をエーテルで強化し、世界に対するエーテルの侵食もより深くして、ついには光速へと到達する。
 スレイとシェルノート以外の世界は静止し、光速の光球をスレイは躱し或いは斬り落とし、全てに対応してみせる。
「素晴らしいな、その若さで我が光速の域に達した攻撃に対処するとは、とんでもない才能だ」
 全ての光球を躱しきり、切り裂き、今度は怒涛の勢いでシェルノートに対し攻撃を仕掛け、未だ止まったままの世界の中で、一瞬で数え切れないほどの斬撃を放つスレイに、その斬撃を片手で防ぎながらシェルノートが言う。
 そしてシェルノートは何かに気がついたようにハッとした顔をする。
「待てよ!?先ほどから気になっていたが、君が纏っているのはエーテル光か?!その若さで異常なまでの戦闘力を誇る存在。創造神かつ破壊神クラス以上の神でなければ操れない筈の純エーテルを自在に操る者……。そうかっ、貴様!“前期対邪神殲滅システム・特性:天才”か!最高神ヴェスタの世界の構築後に残った遺骸、その全てを使って神々により創り出された我々を滅ぼす為の存在!!」
 スレイの攻撃は激しさを増していく、それを防ぎ続けるシェルノート。
「ははっ、素晴らしいな!その若さでこの戦闘力、実に好奇心が疼く。しかし皮肉なことだ、かつてその神々すらあっさりと越えていかんばかりの成長力と、力に驕ったその傲慢に染まりゆく様を恐れた闇神アライナの手によって、魂の全てまで滅ぼし尽くされた筈の存在、ヴェスタの御子たる者よ。自らの同類を全て滅ぼした神々の尖兵としてまだ働くというのか!?」
 そう言いながらシェルノートの力も膨れ上がっていく。
 やはりこのままでは、及ばない。
 一時的に圧倒できても、全て防がれ、体力が続かない。
 今の自分の刃では邪神を、たとえその一部たりとて滅ぼす事はできない。
 だから力を借りる、今の自分では到達できないその領域に辿り着く為に、邪神を貫く刃を手にする為に。
 スレイは連撃の最後の一撃がシェルノートに防がれると、強化されてないノーマルなミスリルのサーベルを床に突き刺し、そのまま後方に飛び退る。
 靴と床が擦れて音をたてる。
 そしてシェルノートの言葉に答える。
「そんなつもりはない。ただ俺は、俺の成した事の責任を取る為、そして守りたいモノを守る為に戦うだけだ」
それから自らに囁きかけるエーテルと精霊の声に応え、まずは一言告げる。
「ブレイク!」
 シェルノートの眼前に刺されたミスリルのサーベルがエーテルを遠隔操作で暴発させたことで粉々に砕け散り、スレイの編んだエーテルの構成のままにミスリルの粉末が立体型かつ積層型の魔法陣をシェルノートを中心として創り上げていく。
 続けてスレイは自らの持つ強化したミスリルのサーベルの柄に填められた火の精霊石を叩き割る。
 中から赤い小さな輝きが現れる。
「火の純元素だと?」
 それを見て驚きを示すシェルノート。
 だが、スレイはただエーテルと火の精霊の囁きのままに、エーテルと火の純粋元素を融合させ、邪神を滅ぼすための刃を創り上げて行く。
 燃え上がる輝きはただひたすらにその輝きを増し、止まるところを知らずに規模を拡大させ、ミスリルの粉末とエーテルで創られた魔法陣にもその輝きを伝播させる。
「真なる炎、始原の炎だと!?かつては私も世界の創造時に創り上げたものだが、それを特性・天才とは言え、人間が成すと言うのか!!?」
 燃え上がる炎、それは純粋なる炎、世界の始原たる始まりの炎であった。
 エーテルと火の純元素より生み出されたその炎を掲げ、スレイは現段階での最高到達速度である光速で以てシェルノートに迫り、剣を振りかぶり、叩き斬るように切り下ろし始原の炎を魔法陣の内側に放つ。
 咄嗟に力の全てを用いて防ごうとするシェルノート、しかしミスリルの粉末で創られた魔法陣の内側に放たれた始原の炎は魔法陣と反応しその内側に宇宙開闢の熱量を現出させ、邪神の宿った人の肉体を焼滅させていく。
「ははははははっ!!!!素晴らしいな天才よ、甘美だぞお前の力は!!!!」
 ただ満たされる自らの好奇心に、焼滅しながらも悦びの表情を湛えるシェルノート。
「貴様達天才との戦いは遥か昔においても実に甘美であった、ああ、楽しみだ。勇者達の封印は放っておいてもいずれは解ける、今回はただ私の好奇心ゆえの試みだった、だが、敵が天才相手ならば死すらもまた甘美、いずれは自身の肉体でまみえ貴様と戦いたいものだ。だが、今の貴様ではまだ足りん!!私が復活するその時まで、その無限の成長力を以て、せいぜい高みへと至るがいい!!それこそ、我が真の肉体すらも滅ぼし得るほどにな!」
「もとよりそのつもりだ!!」
 一瞬魔法陣が膨れ上がり、宇宙創生の刹那の超絶的な高温がシェルノートを包み込み、そして全てを焼き尽くす。
 僅か刹那、ほんの人一人分の小さな空間内に現れた宇宙創生の炎はシェルノートを完全に焼滅させていた。
 辺りは静寂に包まれ静止していた周囲の時が流れ出す。
 そして、スレイの持った強化されたミスリルのサーベルも刀身から柄そして割れた精霊石に至るまで全て完全に消滅し消え去っていく。
 そうして全ては終わった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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