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  シーカー 作者:安部飛翔
第一章
9話
【静炎の迷宮】地下15階(最下層)“蒼炎の間”最奥の広間
 そこには静寂がたゆたっていた。
 赤く輝く材質も知れぬ壁で囲まれた巨大な広間。
 その中央にソレは居た。
 炎を纏いし巨人。
 B級ボスモンスター・イフリート。
 スレイを視認するとソレは唸り声を上げ、その瞳に狂気と戦意を宿す。
 だが、現在のエーテルにより強化されたスレイの眼と脳には、それが擬態であることも、そしてその理由も、それに目の前の存在の正体までもが理解できた。
 それゆえにスレイは、眼の前の哀れな神々の虜囚にこう呼びかけた。
「芝居は必要無いぞイフリート、神々に縛られし哀れな奴隷たる炎の精霊王よ」
 その言葉に、イフリートはその瞳から狂気を消し去り叡智を感じる理性を宿す。
 まさに静炎と呼ぶに相応しい静寂を宿した炎が燃え盛り、そしてその温度は限りなく上がり、その階層の名に相応しい蒼き炎をイフリートは纏う。
 広間の壁までもがイフリートの纏う炎に同調し、赤から蒼へとその輝きを変える。
 そしてどこまでも静かな、叡智を感じさせる声が響いた。
「おぬし、何者だ?」
 言葉は強烈な威圧感をもって放たれ、そこに在る者が決してB級ボスモンスターなどという脆弱な者ではないことを否応なく対峙する者に理解させる。
 しかしその威圧感すらも今のスレイにとってはそよ風に等しいものであった。
 その全てを受け流し、静かな声で答えを返す。
「俺はただのしがない一介の探索者だ、ただ自らの起こした事の贖罪の為に邪神を殺す事を目的とした、な。S級相当・炎の精霊王イフリートよ」
 スレイの言葉にも威圧感が漂い、それは炎の精霊王たるイフリートすらも呑む程のものであった。
「神々の都合でこのような場に縛り付けられ、自らよりも弱い探索者達に倒されたふりをしては、探索者の魂の強化まで行ってやり、そして他のボスモンスターの様にまた違う個体が召喚されたふりをしては、また別の探索者に倒されたふりをしてやる。どこまでもあんたの尊厳を踏み躙っているな、この神の作りだしたシステムは」
 ただ自らの肉体を循環し全身を覆い、世界全てとすら繋がったような全能感を与えるエーテルの囁きが教えるままに、目の前の存在の全てを暴き出していく。
 スレイにはエーテルの囁きにより目の前の存在の高貴さが理解できた。
 それゆえに目の前の存在の現在の在り様が歯痒かった。
 こんなことを強制している神々の卑劣な行いに腹が立った。
 だが今はそれはどうでもいいことだ。
 今の自分ならばそんな神々の呪縛すらどうとでもできる。
 それが分かるが為に、ただ目の前の存在ともっと多くの言葉を交わしたいと思った。
「そこまで見抜くか、青年よ」
 イフリートはこの神々の創り出したシステムに捕えられてから初めて、己自身の意思で言葉を発していた。
 目の前の存在、矮小な人間の青年にしか見えないその身から溢れ出す得体の知れない何か。
 だがそれはイフリートに懐かしさすら感じさせた。
「して青年よ、汝は我が試練を望まぬのか?」
「試練、試練か、全く以てその通りだな。神々が創り出した修練場、古より謳われしこの迷宮都市アルデリアの存在理由、それが事実であることが良く分かった。ゆえに一つ聞きたいことがある、炎の精霊王よあんたは自由が欲しくは無いか?」
「自由を望まないかと問うか、その言葉は流石に無礼に値するぞ少年。確かにこの神々が創り出したシステム、それに我が縛られているのは事実だ。しかしこれは我が望んだ事でもある。弱き人々、本来我ら高き者達が守護すべき対象に力を与え、少しでも弱き人々が高みに至れる可能性を引き上げる為にな。そうでなければ、例え神の創り出したシステムと言えども、我は自らの消滅を以てでも、この呪縛から逃れたであろうな」
 誇り高い自信に満ちた言葉であった。
 神々のシステムに縛られながらも、自分の意思を持ち為すべき事を為している。
 そんな重みがイフリートの言葉にはあった。
 目の前の存在、その誇り高き在り様は、神々の創り出した愚かなシステムに縛られても一欠片たりとも汚されてはいない。
 その事実は、なお以て目の前の存在の今の在り様に怒りを覚えさせる。
「ならばイフリートよ、あんたは例え自分を縛り付けているこのシステムが無くなったとしても、今あんたが果たしている使命を、未来永劫果たし続けると言えるのか?」
 イフリートは僅かに瞳に怒りを宿し、自らの誇りの為に宣言する。
「当然だ青年よ!このようなシステムなどなくとも我は我が在り様を変えたりなどせぬ。弱き人々の守護は元より我が使命、そのような言葉で我が誇りを疑うか!?」
 スレイは喜びを以て笑った、そして決意を示す。
「わかった、ならば俺があんたを縛り貶めるその下らない鎖を斬り裂いて、あんたに自由を与えてやる。だからあんたは、ここでその己が誇りを何のしがらみもなく貫き通せ」
 イフリートはただ呆れたように言葉を紡ぐ。
「愚か者。仮にも神々がその力を以て創りし呪縛、人の子に破れる訳もあるまい」
 スレイは答えず、ただ確信のままに剣を振り上げる。
 そしてエーテルを剣に徹し強化する。
「ならば、その不可能を可能とするだけさ」
 剣の輝きに自らを構成する一部でもある物の純粋な原形を見たイフリートは驚愕する。
「なっ、純粋なエーテルによる強化だと?!馬鹿な!人の子が?!」
 スレイはそのまま前傾姿勢となって、エーテルによる自分自身と世界そのものへの干渉で世界の理からその身を外し、亜光速へと至り刹那で走り抜けながら剣を一閃させる。
 何の感触も存在しなかった。
 しかし剣は確かにイフリートの身体を通り抜け、その内にあった何かを確実に斬り裂いていた。
 数秒の静寂。
 そして静寂は破られる。
「青年よ、礼を言おう。まさかあの忌まわしき呪縛より解き放たれる時が来るとは」
 イフリートはただ感謝の念でスレイを見つめた。
 スレイが何者かなどはもはやどうでもいいことであった。
 確かに今、イフリートは自由と尊厳を取り戻したのだ。
「礼などいらん。ただそうだな、この数日の内に俺と3人の探索者が一緒にここを訪れる事になるだろうから、あんたの誇りであるその役割を果たしてくれればそれでいい」
 だがイフリートは首を横に振る。
「いや、それでは我の気がすまん。少年ほどの者相手に我のできることなど限られているが、せめてこれだけでも」
 言うなり蒼炎がスレイを取り巻いた。
 そこに熱さを感じることは無い。
 ただ存在していたのはどこまでも優しい暖かさであった。
「いったい何を?」
 スレイの疑問にイフリートは答える。
「お前の持つカードを見てみるがよい、それで今あった事の意味は分かるであろう。尤もこの程度の事で借りを返せたとは思わんが」
 その言葉にスレイはカードを取り出し全能力値を表示し見る。

スレイ
Lv:11
年齢:18
筋力:C
体力:C
魔力:C
敏捷:S
器用:S
精神:EX
運勢:G
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)
特性:天才、闘気術、魔力操作、闘気と魔力の融合、思考加速、剣技上昇、炎の精霊王の加護、炎耐性
祝福:無し
職業:剣士
装備:ミスリルのサーベル×2、鋼鉄のロングソード×2、革のジャケット、革のズボン、革の靴
経験値:1010 次のLvまで90
所持金:2540コメル

 スレイは苦笑いする。
「こいつは人に見せられないな」
 そしてその場にくず折れた。
「これは、エーテルの強化の反動か?」
 何時の間にか全能感は消え去り、ただ倦怠感のみが全身を覆っている。
「大丈夫か?青年」
イフリートの言葉にスレイは笑って答えた。
「ああ、何とか動く分には問題無い。ただ明日が探索でなく買い物の付き合いで良かった……いや良かったのか?」
 最後はかつての幼馴染達との買い物を思い出し疑問形になる。
 そしてイフリートを見やると比翼の首飾りを取り出し念じる。
「それでは誇り高き王よ、数日後に、また」
 そしてその夜のスレイの探索は終わった。

 グラナリア家の邸宅。
 アッシュとルルナは自宅住まいで学園に通い、そして現在は探索者をやっている。
 学園卒業後の実家からの支援無しというのはあくまで探索に限られたものだからだ。
 よって金銭面などで実家を頼ることはできないが、実際は自宅住まいの場合、宿や食事にかかる金額は節約できて有利な一面がある。
 そして今、ルルナの広く豪奢な部屋は雑多に広げられた服で散らかっていた。
 2時間も前からずっと今日着て行く服を選んでいるからである。
 今日はエミリアも一緒に出かけるのであって、決してスレイとデートと言うわけではない。
 ただ3人で買い物に行くだけだ。
 だけど自分にいくら言い聞かせても、スレイの前で自分のより綺麗な姿を見せたいという欲求は止まらない。
 特に一緒に買い物に行くもう一人であるエミリアは、元々人間よりも美形揃いのエルフである。
 自分も容姿には自信がある方だが、エミリアを相手にするとそれが霞む気がする。
 だからこそお洒落には気を遣い、スレイに自分の一番良い姿を見せたかった。
 今までルルナは恋という物をしたことが無かった。
 元々同年代の相手で自分に及ぶような実力の男性には、双子の兄以外には出会ったことがない。
 探索者養成学園の名門と呼ばれるエルシア学園の生徒達でもそれは変わらなかった。
 だからと言って、自分より実力があったとしても、自分より極端に年上の人物にそのような感情を抱けるはずもない。
 やはり自分と釣り合いのとれた年齢でいながら、自分より実力のある人物というのがルルナの理想であった。
 そしてスレイは自分と同い年である。
 時折、その落ち着いた佇まいに年上と錯覚してしまうこともあるが、間違いなく自分と同じ年齢の青年なのだ。
 アンデッド・ナイトが現れ命の危機に瀕したあの時、あの瞬間、絶望に包まれていた自分達、あの絶望をあっさりと目の前で覆して見せた彼の姿を見た時から、彼の姿が眼に焼きついて離れなかった。
 スレイほどの素質の持ち主ならば、いずれは必ず相応の地位を手に入れるだろう。
 だから自分一人で彼を独占できるとは思っていない。
 今の時代、女は自分にも強さを求め、男には更なる強さを求めているのだ。
 大陸が大局的には平和に満ちていると言っても、未だにモンスターや盗賊達と言った危険は存在し、その中には天災といってもいいようなモンスターの突然の出現すらある。
 さらにこれは仕方の無いことではあるのだが、貧富の差というものも大陸が大局的な平和を手に入れてからは広がりを見せている。
 なのでルルナやエミリアのように女探索者となる者は数多くいるし、更には自分の容姿を武器にして、強く権力を持った男の許へ嫁ぐ事を目的とする者もいる。
 そんな中でスレイという少年は、確実に数多くの女性を抱え込む事になるだろう。
 これは人格などとは関係ない、生物としての本能のレベルの話なのである。
 現に名君と言われる現クロスメリア王国の勇者王アルスとて側室を11人持っているし、その中でも元S級探索者であった側室の一人が生んだのがあの姫勇者カタリナである。
 そういう訳で今の時代、スレイが数多くの女性を自らの物にしていくのは自然な事なのだ。
 今でさえ女の勘というもので、あの元S級相当の探索者で宿屋を経営している、時々臨時講師として学園に来ていた大先輩のフレイヤとの間にも怪しい物を感じている。
 だから、かまわない。
 彼が少しでも自分の方を振り向いてくれるのなら、少しでも自分にその気持ちを向けてくれるのなら。
 ただ強く純粋な想いで服を吟味する、残り時間は少ない、あと2時間ほどで約束の時間だ。
 ルルナが懸命に頭を働かせているところへ、ドアをノックしてアッシュが現れた。
「うわ、お前、何だよこの有様」
 無遠慮な双子の兄の態度に少し腹立ちが芽生える。
 だが淑女として、落ち着いた言葉遣いで返す。
「今日のお買い物の準備ですわ、やはり淑女としては殿方の前ではそれなりの見栄えという物も気にしなくてはなりませんから」
 ルルナの言葉に、アッシュは愚かにもからかいの言葉をかけてきた。
「ははーん、淑女としてねぇ?じゃじゃ馬お嬢様として名高いお前もやっと色気付いたか。これは兄として喜ぶべきか悲しむべきか」
 続けてルルナの逆鱗に触れるような愚かな言葉を口にする。
「でもまあ、お前は元々それなりの容姿なんだし、服を変えたからって劇的に何かが変わる訳でもないんだから、もっと気軽に選べばいいのに。流石にこれはちょっと引くぞ?」
 普段のルルナだったらそれは軽く流せた言葉かも知れなかったが、ある意味臨戦態勢に入っている今のルルナには、それは火に油を注ぐような発言だった。
「お兄様の馬鹿ーーー!!!」
 闘気を込めた渾身の拳がアッシュの鳩尾に食い込む。
「ぐはっ!!」
 気を失って倒れた兄を放置してルルナは服の吟味を続けるのだった。

 エミリアはとある宿の自分の借りている部屋で悩んでいた。
 今日の買い物にでかける際に着て行く服についてである。
 元々人間との交流を、特に有望な人物との関係を深める為に送り込まれたエミリアである。
 グラナダ氏族の中でも抜きん出た美貌を持つなどという理由で、そんな自分を餌扱いするような命令を下した長老衆に反発して、エミリアはその責務を果たすつもりなんて欠片も無かった。
 だから大した服は持ってきていないし、特に必要も感じなかった為、この迷宮都市にやって来てからも増えた服はそう多く無い。
 だが今回ばかりは流石にそれがわざわいした。
 今日のエミリアは今までに無いほどに真剣である。
 有望な人物が集まっているだろうと思われた探索者養成の名門エルシア学園。
 だけれども、長老衆が望むような将来が極めて有望で自分と同等以上の実力がある相手というのは、自分にできた初めての友のルルナの双子の兄アッシュだけであった。
 元々反発していた使命であるため、エミリアはアッシュに対し全くそういう想いを抱く事は無く、またアッシュも既に恋人を持つ身であったため、自然エミリアの思い通りこの使命は反故にできると思われた。
 なにせ大人である教官達でさえ、迷宮の更なる深遠を見ようとは思わずに教官職を自ら選んだ、または自分の限界に気付き引退して教官職に就いた元探索者たちであるので、とても有望とは言えない者が殆どで、卒業前には自分達の方が上では無いかなどと思った程なので、エミリアが望んだ通り、とてもエミリアの使命の相手には成り得なかった。
 このままなら、学園卒業生の進路のままに自分も探索者になれば、長老衆の命令を無視して一人で都市で生活していけると思い、そのまま探索者への道を歩んで来た。
 普通の学園生活、普通の日常。
 ルルナという友人に恵まれたこともあり、またアッシュも友としてはとても良い関係を築けたので、自然3人でパーティを組み過ごした学園生活は森の外への憧れを持っていたエミリアにとってとても有意義な物であった。
 そして訪れた卒業試験の日。
 訪れたのは円形闘技場の他に時々実技の授業に使われる、初心者用の迷宮と言われる【始まりの迷宮】。
 今回の卒業試験は今まで一度も訪れた事の無い地下10階(最下層)“試練の間”の最奥の広間において、Eランクボスモンスターのスライム・アークを倒す事が卒業条件で、まして一応は過去に探索者だった、つまりEランクのボスモンスター程度なら軽く倒せる教官達が有事に備え3人も同行していた。
 何も危険は無い筈だった。
 しかし危険は訪れた。
 決してあのような下級のダンジョンに現れる事などありえなかったBランクボスモンスターのアンデッド・ナイト。
 たちまちにして蹂躙され、無惨な遺体となった教官達。
 教官達の実力はD級相当と言ったところで、更に不意を突かれた形となった為に3人での連携すらできず、あっさりとその命を奪われていた。
 正直に言えば恐らく自分達3人は教官達よりも実力は上で、3人で冷静に連携して対処さえできれば、アンデッド・ナイトも決して倒せない相手ではなかったと思う。
 だが目の前で起きた惨劇は、自分とルルナには衝撃的過ぎた。
 初めて見る人の死の場面、しかも残虐な暴力により生み出された醜悪な死体。
 アッシュだけは何とか精神の均衡を保ち自分達を護るために戦おうとしていたが、あくまでもアッシュとルルナと自分の3人が揃って連携したならなんとか勝てるだろう相手、アッシュ一人でどうにかできよう筈もない。
 そんな時、突然救い主は現れた。
 自分とルルナの悲鳴を聞きつけ駆けつけた探索者、自分達と同い年のスレイという名の青年。
 驚くべきことにその細身の体躯で、一撃でアンデッド・ナイトを吹き飛ばし石壁に叩き付けめりこませた少年は、自分達に対し静かに状況を聞くもそれどころでは無いと瞬時に判断し、すぐに身を起こすアンデッド・ナイトに向き直り、閃光のような眼で追えない速さでアンデッド・ナイトの前に何時の間にか迫り、最後は真っ二つに切り裂きアンデッド系モンスターの弱点である核を砕いて、アンデッド・ナイトを消滅させていた。
 これは運命だとさえエミリアは思った。
 自分が森から出ることになったのは、スレイと出会う為だったのだと。
 もう長老衆への反発心も忘れていた、彼相手なら責務を果たしてもいいと思えた。
 だからギルドにおいて彼の姿を見かけた時、強引にパーティを組む事を願い出て、勢いで了承させていた。
 彼との、スレイとの縁を決して失わない為に。
 エミリアは決意した表情をすると、故郷の森から持って来た荷物の中にある、大きく胸元の開いた少し過激な衣装を取り出す。
 これは森を出る時に、長老衆の一人である祖父が、自分に持たせた物であった。
「将来有望な人間の男を誘うんじゃったら、やはりおぬしはその豊かな胸を武器に迫るべきじゃな。じゃからこれを持っていくと良い、ただここを出る前に一度だけ儂にもその姿を見せてくれんかのぅ?」
 勿論そんな祖父は瞬時に魔法でぼろ屑へと変えておいたが。
 だがしかし、確かにこれはスレイに対しても武器になるかも知れない。
 恥ずかしさを我慢し、エミリアはその服装に着替える事を決意する。
 ルルナもまた自分と同じ想いをスレイに抱いているのは分かっている、だからこれくらいは勇気を出さなければ。
 スレイほど将来有望な探索者なら、自分一人で独占できないとは分かっていても、少しでも多く自分に対し眼を向けてほしい、そう願いながらエミリアは服を着替えることにした。

 待ち合わせた都市の広場、初代勇者と呼ばれる者の銅像のすぐ側で、スレイは肉体と精神の気だるさを何とか僅かに回復した闘気と魔力で一時的に回復させながら、2人が来るのを待っていた。
 男が時間よりずっと前に来て待ち、それを女性に悟らせないのは当然の嗜みだ。
 昔、幼馴染達にしつけられたものである。
 やって来たのは約束の1時間前、今は30分前というところだ。
 女性が早く来る可能性を考えてそのくらいの時間の余裕を持って待ち合わせ場所にいろ。
 幼馴染達は昔からこういったことに厳しかった。
 なので既に慣れきってしまって、この自分の行動に疑問を持つことすら今はもうない。
 そうしてまた15分程の時間待っていると、突然遠くから僅かに喧騒の音が聞こえてきた。
 喧騒はどんどんとスレイの居る場所まで近づいている。
 喧騒の中心が目に入った時、スレイは全てを察して目を覆った。
 地味でありながらも貴族らしさを感じさせる、上質な服でめかしこんだルルナ。
 清楚さと豊かな胸の谷間を見せる妖しさを両立させた服装のエミリア。
 彼女達に引きずられるように歩いて来る男達。
 面倒臭い事この上無い事態であった。
 状況は留まることなく進んでいく。
「お待たせしましたかしら、スレイさん」
「スレイさん、遅くなってしまってごめんなさい」
 答える言葉は決まりきっていた。
「いや、まだ約束の時間の15分前だし、何より俺も今来たばかりのところだ」
 3人のやり取りに、彼女達に群れる様に付いてきて、なんとか関心を得ようと話しかけていた男達が三々五々に散っていく。
「くそっ、男がいたのかよ」
「なんで、あんな青二才があんないい女達を」
 好き勝手なことを言って去っていく男達。
 広場にはまだ人が多くいる為、未だ注目の的になっている3人。
 早速移動して買い物に付き合おうとするが、最初に言わなければならないことがあることを思い出す。
 とことん幼馴染達に躾けられた男としての習性で、スレイは言葉を発していた。
「2人とも綺麗だ、よく似合ってる」
 ルルナとエミリアは顔を赤くする。
「ま、まあ当然ですわね」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
 だが2人の言葉には続きがあった。
「でも、2人ともなんて一括りで褒めるのは減点1ですわね」
「スレイさんはもう少し女心を勉強して下さい」
 スレイは顔を引きつらせるも静かに答えた。
「すまない、確かに俺の見識不足だった。今後は気をつけよう」
 2人はスレイの態度に顔を見合わせてくすくすと笑うと、スレイに笑顔を向けた。
「ですけれども、加点が多いですから、総合ではプラスですわ」
「それに、そんなに女心を勉強されても困ります」
 スレイは何とも居心地が悪い思いをするが、ここに留まっていても仕方がない。
「それでは、行こうか」
「ええ」
「はい」
 2人は笑って答えていた。

 その後、散々2人に付き合わされたスレイは見事に荷物持ちとして扱き使われていた。
途中、女性服や下着売場につき合わされそうになった時には流石に懸命に抗弁し、一人外で待つ事を許されたが。
 楽しい時間は過ぎるのが早いらしい。
 買い物も殆ど終わり、近場のカフェテラスでお茶をしている時だった。
 突然エミリアがカップを落とすと、カップが割れる硬質な音が響き渡る。
 店の従業員が駆けつけ、割れたカップを片付け落ち着いたところで、スレイとルルナの2人はまるで幽霊を見たかのような蒼白な顔をしたエミリアに問いかける。
「いったいどうしたんだ?」
「そうですわ、エミリアがこんな失敗をするなんて珍しいですわね。それにもの凄く顔色が悪いですわよ?」
 エミリアはかすれた声を出す。
「アレスタ先生がいたんです」
「アレスタ?誰だそれは」
 ルルナは驚いた顔をしながら、スレイの疑問に答える。
「わたくし達がスレイさんに助けて頂いた時の、卒業試験の教官の一人ですわ」
 スレイは訝しげな顔をする。
「それは、つまり」
「ええ、もうあの時に死んでおりますわ。エミリア、他人の空似ではないの?」
 エミリアはかすかに顔色に蒼白さを残しながらも、自分に言い聞かせるように答える。
「え、ええ、そうですね。世の中には3人は似た人がいると言いますし、きっとただの見間違いでしょう。ごめんなさい、雰囲気を悪くしてしまって」
 それ以降は特に何の問題もなく……いや、エミリアとルルナの2人が買い物で10240コメルの所持金の殆どを使ってしまったのは、探索者としてはかなりの問題だろうか?
 残高は2人とも僅か1000コメルほどしかない。
 ともあれ山ほどの荷物をかかえたスレイは、エミリアとルルナをそれぞれ宿と邸宅に送りとどけると、闘気と魔力をいくら活性化させても相変わらず引かない心身の疲労に、今日は夜中の探索を止める事を決め、宿へと帰るのだった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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