次の日、いつも通り早朝というより夜中に近い時間に目を覚ましたスレイは隣に感じる温もりに隣を見て、疲れ果てた様子で乱れた格好で寝ているフレイヤを見て頭を抱える。
またやってしまったという思いが湧き上がる。
どうやら自分はよほどの女好きらしく、しかも独占欲もとてつもなく強いようだ。
半年前18歳になってすぐに、フィノ以外のもう1人の幼馴染であった村長の娘に誘いをかけられ、旅に出るまでの一ヶ月間フィノの事を忘れるように爛れた日々を送った事を思い出す。
最初の時は互いに始めてだったので散々だったが、すぐに溺れるように女にのめりこんで行った。
自分が相手にとって始めての相手だったということも独占欲を満たされ満足を感じた。
相手が村長の娘だけにこなをかけているような男もいたが、彼女は相手にすらしてなかったにも関わらず、独占欲の発露で思わず叩きのめしたりしてしまったほどだ。
五ヶ月間の旅の中でも色々とあった。
そして昨晩も、もう既に亡きフレイヤの夫に嫉妬して何度もスレイの方がいいと言わせたりもしてしまった。
自分の最低さに呆れながらも、だが関係を持った誰一人とて他の男に指一本触れさせてたまるかという独占欲が無くなる事なく自分の中には存在している。
スレイは乱れたフレイヤの格好を整えてやり、日課の剣の修練の為、宿の外へと出るのだった。
剣の修練後朝食を取り、約束の待ち合わせ場所で3人と合流した後、スレイの提案で4人は円形闘技場へと赴いていた。
神々がかつて創り上げた迷宮都市、その中で唯一神々が迷宮以外で創り上げた円形闘技場、人と人とが戦い自らの戦術・技術を磨き上げる鍛錬場としての役割を果たしていた物。
あるいは神々が、悪趣味にも自分達の娯楽として人と人との戦いを観戦していたのかも知れないとも言われる、迷宮と同時代の遺物である。
今となってはその正確な使用目的は謎であるが、その広さ頑丈さから、現在の探索者達は紛れも無く前者の意味の鍛錬場としてこの場を使い、迷宮に赴くにあたって予め戦術・技術等を鍛え上げるのに使っていた。
円形闘技場の中では何組もの探索者達が、戦いにおける戦術・技術の錬度を上げるその為に、ある者は武器で戦い、ある者は魔法で戦い、あるいは一対一であるいは集団対集団で、自らを高めるのに余念が無く鍛錬を行っている。
円形闘技場ではLvが上がったり新たな特性を身につけるなどといった急激な成長は不可能だが、自らが身につけた技術、それに集団戦での戦術を、磨き上げ使いこなせるようになる事は決して迷宮の探索においても無駄にはならない。
その為に円形闘技場での鍛錬をする探索者は毎日かなりの数が存在していた。
ちなみに探索者養成学園の生徒達の普段の実技授業の場も、この円形闘技場である。
この円形闘技場には神々の結界が張られ、どのような攻撃や魔法でも、周囲に被害を与えたり、致命的な怪我を負ったりといったことは起こらない為だ。
スレイはそんな円形闘技場へと辿り着くと早速、奇しくも自らとパーティを組むことになった3人組との模擬戦闘を開始していた。
「しゃあっ」
叫び声を上げたアッシュが特性・狂化を使い底上げされた身体能力で、戦斧を持ってスレイに躍りかかる。
しかしその戦斧は力においてはアッシュより遥かに非力な筈のスレイの剣によって易々と受け止められていた。
スレイの身体と剣からは黄色い闘気の光が漏れ出し、身体と剣を覆う蒼い魔力光と反発し合うように、せめぎ合いながら輝きを放っている。
闘気術により強化されたスレイの力は、併用した魔力操作で重量と威力を殺されたアッシュを、易々と戦斧ごと数メートルほど吹き飛ばしていた。
スレイはそのまま、自らの死角より闘気術を用いて高速で走り、突きを放って来たルルナの拳を掌でやすやすと受け止め巻き起こった衝撃波も魔力操作で消滅させる。
止まらず繰り出された蹴りも空いた片腕でもってガードし、体勢を崩したルルナの腹へとその掌を当てるとやさしく突き出すように力を込めた。
力を殺され軽く転んだルルナは自らの身に起きた事を理解できずそのまま地面に尻を着いて呆然とする。
間髪入れずスレイの四方八方から襲い掛かるエミリアの水の中級魔法で作り出された水の大蛇。
思考加速を用いて戦いの中で同時に構成を編み既に詠唱を終わらせていた炎の魔法で障壁を張るも、元々スレイより魔力が上のエミリアが放ち更に精霊の加護により強化された水の大蛇は、一部水蒸気となってスレイをエミリアの視界から隠しながらも炎の障壁を易々と突破する。
しかしその結果を予測していたスレイは、強化された速度で既にその場から一瞬で離脱し、水蒸気を隠れ蓑にしながらエミリアの直近まで雷速で踏み込む。
エミリアはいきなり現れたかのようなスレイに虚をつかれ、やはりスレイの掌に押されそのまま尻餅をついた。
「お~!」
「すげぇ!」
「何だよ今の、速すぎねぇ!?」
「あいつ何者だ?」
何時の間にか自分達の鍛錬を中断し、スレイ達の近くに集まり観客となっていた物見高い探索者達から歓声が上がる。
見事なまでのスレイの圧勝だった。
スレイの戦いぶりに刺激を受けた探索者達は気合を入れなおし、それぞれ自分達の鍛錬へと戻っていく。
その場には超然と立つスレイとペタンと座りこんだ二人の美少女、それに地面に倒れ落下の痛みに呻くアッシュのみが残された。
突然アッシュは痛みに耐え立ち上がるとスレイに怒りの表情で抗議する。
「おい!スレイ!!俺だけ他の2人と扱いが違いすぎないか!!」
「当然だろう、美少女2人とむさ苦しい男とじゃ扱いに多少の違いは出るさ」
飄々としたスレイに美少女と呼ばれた2人はどこか嬉しげに頬を赤く染める。
スレイに対し抗議の視線を向けなお続けようとするアッシュを手で制すると、スレイはエミリアを見る。
「さてと、とは言え今回の一番の問題はエミリアだな」
「わたしが問題ですか?いったいどういうことでしょう」
不満げな表情をするエミリアにスレイは頭を痛そうに押さえる。
「おい、いったい学園で何を習ってきた?少なくともこの場にいる中で俺の闘気術と魔力操作の併用を妨害できたのは、俺と同じく思考加速を使えて魔力においては俺より確実に上で精霊の加護まで持つエミリアぐらいのものだろう」
「ええ、それはまあ」
「闘気術と魔力操作の併用による俺の肉体と武器の強化を妨害出来たら、素の状態かもしくは闘気術か魔力操作のどちらか一方だけになり、確実に俺より力が上のアッシュが一撃で吹き飛ばされる事はなかったし、逆に俺が受けに回っていた可能性が高い。そうなればルルナの攻撃も避ける必要があったし、その時にアッシュの妨害があればルルナの攻撃を避けれなかった可能性もある。そこから俺の防御を崩して勝利する連携も可能だったかもしれない」
「それは……そうですね」
「闘気術と魔力操作の併用は少なくとも闘気術単体や魔力操作単体の四倍は強化の効率が上がる、つまりその妨害こそが今回最も重要な役割で、その役割を果たせなかったエミリアが敗因という事だ。最初の魔法の選択が間違いだったということだな、思考加速して魔法の構成を速めたら、君ならできるだろう無詠唱の下級魔法を放って俺の強化を阻止する牽制をすべきだったということだな」
そこで、空気の読めないアッシュがまるで生徒のように手を上げる。
「はーい、スレイ先生。前々から疑問に思ってたんだが、その闘気術と魔力操作の併用ってのと、カードにあった闘気と魔力の融合ってのは何が違うんですかー?」
「ふむ、いい質問だなアッシュ。さてそれでは聞くが何故今回俺は闘気術と魔力操作の併用をして、闘気と魔力の融合をしなかったと思う?」
「おう!全くわからないぜ!」
「はぁ……、単純なことだ、闘気と魔力の融合には併用以上の莫大な時間がかかるんだ。さて、話は変わるがそもそも生命と第一質量をエーテルで結合したのが闘気、精神と第一質量をエーテルで結合したのが魔力という事になる。それらの融合とは生命と精神を相殺させ第一質量を分離し、純粋なエーテルのみを取り出すということだ、時間がかかるのは当然だな。だがエーテルでの直接強化は闘気術と魔力操作の併用による強化のおよそ十倍に及ぶ効率となる、それがまず第一段階だ」
「第一段階という事は次があるんですの?」
「ああルルナ、その通りだ。闘気と魔力を相殺して分離された第一質量プリマ・マテリアを集め、純粋な第一質量プリマ・マテリアのみで構成された剣を創造する、これが闘気と魔力の融合の第二段階にして究極だ。純粋な第一質量プリマ・マテリアは全ての原質と言え、俺の場合は斬るという意志をプリマ・マテリアに込め全てを斬り裂くという絶対概念を持った剣とすることが可能らしい。これはエーテルでの直接強化以上に莫大な時間と精密な制御を必要とする文字通りの必殺技だ。まあ、この知識は闘気と魔力の融合を特性として身につけた時に自然と頭に刻まれた物だが」
スレイは3人があまりにも喋る自分に若干引いている事に気付くとごほんと咳払いをして話を締めた。
「まあ、話が大分ずれたな。ともあれ併用と融合が全くの別物というのは分かっただろう?」
3人は頷くと代表してアッシュが尋ねた。
「なあ、闘気と魔力の融合については分かったけど、なんでそんなノリノリだったんだ」
「昔、2年前まで俺の夢は学校の先生だったんだ」
顔を赤くしたスレイの言葉に耐え切れず、アッシュは爆笑していた。
数分後、粗大ゴミとなったアッシュの姿がそこにあった。
今度は代わりにエミリアが質問する。
「その、エーテルによる強化と、プリマ・マテリアの剣というのが凄いというのは分かりましたが、具体的にどのような物なのでしょう?」
スレイは罰が悪そうな顔をする。
「わからん」
エミリアは、え?と呆ける。
「実はエーテルによる強化はまだ一度も使ったことが無いんだ。それにプリマ・マテリアの剣についてはまだ使用すらできない段階らしい」
「それでは今までの説明はいったい」
「実は意味はない」
そして2人の少女の笑い声が響き渡った。
ただし今度は粗大ゴミが誕生する事はなかったが。
「それでスレイ先生」
真面目な顔のエミリア。
「もう先生は止めてくれ」
「それではスレイさん、わたしはどうすればいいのでしょうか?」
「魔法の使いどころ、今回の戦闘の場合では牽制が重要だったということを覚えててくれればそれでいい」
「え?」
顔に疑問を浮かべるエミリア、スレイは告げる。
「魔術師のエミリアの場合、そのうち特性としての無詠唱も身について、強力な上級魔法も無詠唱で使えるようになるから、元々火力は十分以上だしな。ただ牽制などの細かいテクニックの実戦での重要さを覚えてほしかっただけだ」
スレイは続ける。
「次やればもう同じ失敗はしないだろう。明日もう一度ここに来て、3人の連携で俺に勝てばそれで終了だ。3人で十分やっていけると分かるはずだ」
突然の言葉にただ呆然とするエミリア、それに話を聞いていて同じく呆然としているルルナを残したままスレイは去っていった。
「あいつ、パーティを解消するつもりか?」
いつの間にかアッシュが復活していた。
「そんなこと絶対させません」
エミリアが決意を込めた視線をスレイが去った方向に向ける。
「当然ですわ」
ルルナは唇を噛み締め手を握り同意する。
「ま、そりゃあ当然だよな。2人にとっちゃスレイはピンチを救ってくれた白馬の王子様だからな?ぐふぅっ!?」
ニヤニヤと意地悪そうに笑うアッシュに、顔を赤く染めた美少女2人の肘鉄が決まる。
そして3人はスレイとのパーティを続ける為の作戦会議を行うのだった。
翌朝、昨晩もフレイヤとの密事に耽りながらも、きちんと日課である早朝の剣の修練を行い、宿へ戻って来たスレイを出迎えたのは、何とも判断に困る光景であった。
アッシュ、エミリア、ルルナの3人が宿に入ってすぐのカウンターの前に立っていたかと思うと、スレイが帰ってくるなり土下座をして、そんな様子をフレイヤがカウンターから面白げに眺めている。
「頼む!!俺たちとのパーティを解消しないでくれ!お願いだ!!」
「お願いします!!」
「お願いですわ!!」
3人はただそれだけを言うとそのまま頭を上げずただひたすら土下座を続けている。
そんな中、フレイヤがカウンターから出ると、スレイの側まで歩み寄ってくる。
「これは、どういう状況なんだ、フレイヤ?」
フレイヤは苦笑する。
「いえ、かわいい後輩達から是非ともスレイさんと一緒のパーティを続けたいから、力を貸して欲しいと頼まれてしまってね?なのでまずは誠意を見せてみたらどうかしら、と言ってみたのですけれども」
「その誠意がコレと言う訳ですか?というか後輩?」
フレイヤは真面目な顔でスレイの耳元で囁く。
「ええ、同じ学園の卒業生としての後輩よ」
「フレイヤもエルシア学園の卒業生だったのか、道理で」
「流石に、以前に巻き込まれた事件のことなども聞いたので、先輩としては心配でね、あと数回で構わないから彼らに付いていてあげてほしいというのがわたしの希望なんだけど」
「ふぅ、フレイヤがそんなに心配なら、あと数度は彼らの探索に付き合ってやることにする、それで構わないか?」
フレイヤはええ、と頷く。
「悪いのだけれどあと数回、彼らが冒険者として本当に3人でやっていけるまで付き合ってあげてちょうだい」
スレイはフレイヤから離れると、土下座してる3人の顔を上げさせる。
「おい、お前達、迷惑だからその格好は止めろ」
カウンターから隣接した食堂にはそろそろ他の宿屋の宿泊者達の姿が見え始めている。
「フレイヤからの頼みだ、仕方がない、とりあえずもう当分の間は付き合ってやろう。パーティ解散は暫く無しだ」
3人は飛び上がるように起き上がると、確認するように叫ぶ。
「本当だな!嘘じゃないな!!」
「これからもわたし達とパーティを続けてくれるのですね?」
「良かったですわ」
美少女2人などは、涙ぐんでさえいた。
それだけ喜びの感情が大きかったのだろう。
アッシュでさえ、何か力の抜けたような、安堵した表情をしている。
「ほら、な?フレイヤさんに頼んで良かっただろ?スレイの泊まっている宿屋のことを聞いて、“あの”フレイヤさんのやっている宿だって思い出して良かったよ」
「ええ、今回ばかりはアッシュに感謝してます」
「お兄様でも、頭脳労働で役に立つことがございますのね」
どこか浮かれた様子の2人の美少女の言葉にアッシュはこめかみをひきつらせる。
アッシュの様子を無視したスレイはある言葉に食いついた。
「“あの”フレイヤさん?」
明るい表情のままのエミリアがスレイの質問に反応する。
「ええ、かつてはS級相当探索者で、『疾風のフレイヤ』などと呼ばれていて、今でも時々学園に臨時講師として来てくれる事があるんですけれど、知らなかったのですか?」
フレイヤを見るスレイ。
「ああ、昔上級の探索者だったって事は聞いた事があるが。S級相当探索者だったことや二つ名のこと、それにエルシア学園の卒業生で今でも臨時講師をする事があるなんてことは知らなかったな」
フレイヤは艶然とした流し目で微笑む。
「女は謎が多い方が魅力的でしょう?」
スレイは苦笑するしか無かった。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。