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電子書籍が開く新時代 記録保存と表現拡大の可能性

産経新聞 7月19日(火)15時50分配信

 東日本大震災は筆舌に尽くしがたい大きな被害を引きおこした。4カ月たった現在も多くの人が避難施設で過ごし、がれきなどの整理、復興の目途はたっていない。そういった中で子ども達は勉強をしたい、本を読みたいと思い、また大人は健康問題、家事や住居など種々の問題で調べものをしたいと思っている。

 役場の人達も新しい事態に直面し、種々の参考になる資料が必要となるが、それらはすべて流されてしまって手元にはないという状況である。全国から多くの本が送られて来ているが、それらを適切に整理して各地に振り分けるのは大変だし、それらを置く図書室はなく、また貸し出しなどをする図書館司書もいない。

 このような状況において電子書籍が見なおされている。電子読書端末をもっていれば必要なものを直接読むことができるからである。

 したがって国として出版社に呼びかけ、過去10年、20年の出版物を電子書籍として1カ所のデータベースに集める。この際、多くの人が同時に読むことを前提として、1冊あたり定価の何十倍かのお金を電子書籍提供の出版社に支払う。そして学校や役場、避難所など、必要なところに電子読書端末を多数配布して、自分の必要とする本、資料を自由に読めるようにする。こうして、公共図書館や学校の図書室が整備されるまでの何年かをしのぐことが考えられる。幸い被災地への資料の送信は著作権者の方々から一般的な許諾が得られているようなので、これは1つの有力な方法と考えられるだろう。

 国立国会図書館においては電子図書館の建設をずっと続けてきており、現在では100万冊が電子的に読めるようになっている。またネット上の多くの貴重な情報を集めているが、特に東日本大震災の時は被災した各地の地方自治体や関係機関の発信する情報を毎週のように集めてきた。

 このような歴史的な大災害における人々の声、記録、ビデオ映像、インタビューの記録、政府や地方自治体その他の関係機関の発する情報などを種々の観点からの研究に役立てるようにすることが大切であり、これらの記録の収集と保存を呼びかけている。

 このような大災害でただ1つしかない貴重な資料がなくなる危険を避けるためには、それらをデジタル化し、そのコピーを何カ所かに分散して保存することが大切となる。既に京都の社寺が持っている国宝級の美術品などをデジタル複製する努力がなされているが、これは適切な方法である。拠点分散という意味からも国立国会図書館は東京だけでなく関西館をもち、そこに資料の一部を保存するとともに電子図書館機能を置き、万一の場合もサービスができるようにしているのである。

 電子書籍を推進してゆくことが大切だという人と、紙の本の良さを重視しそれに反対する人との意見がいろいろと交差している。

 しかしそこでの議論の多くは、現在の紙の本をそのまま電子化した電子書籍と現在の電子読書端末を前提としてのものであり、将来もっと便利な電子読書端末が作られること、紙の本では絶対に表現できないすぐれた機能を電子書籍が持っていることを念頭においた議論が必要である。

 たとえば外国語を学習するテキストの場合、単語や文の発音は紙の本では聞けないが、電子書籍では聞くことができる。紙の本なら写真しか貼れないが、電子書籍ならビデオ映像を埋め込んで見せることもできる。また電子読書端末に読者が文章を打ちこんで、作者に感想や意見を伝えることもできるし、同じ本を読んでいる人達とネット経由で意見交換をすることも出来るだろう。

 これまでの読書の様態とは全く違った世界が展開されるようになるわけで、著作者、読者にとって魅力のある時代が来ることは間違いないのである。(長尾真)

【プロフィル】長尾真 ながお・まこと 国立国会図書館長。昭和11年生まれ。工学博士。同36年、京都大学大学院修了。同大学教授を経て、平成9〜15年、京都大学総長。情報工学、特に画像及び言語という情報メディアを用いた知的な情報処理に関する研究などで業績を挙げ、平成20年度の文化功労者。

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最終更新:7月19日(火)19時44分

産経新聞

 

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