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[28623] IS<インフィニット・ストラトス> 花の銃士
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/07 00:28
はじめまして、人によってはお久しぶりです。東湖です。

型月板でも二次創作を掲載させていただいてます。そちらの方は少し訳ありで今は休止しております。

この作品はにじファン様にも投稿させていただいています。

この作品は織斑家と篠ノ之家ともう一つ幼なじみの家庭を突っ込んだ作品です。
平たく言ってしまえば、一夏の幼なじみのオリ主ものです。

相変わらずの遅筆ですが、それでも読んでいただければ幸いです。

ならびにこの作品は、

・オリ主、およびオリキャラ成分あり

・となると当然オリIS成分あり

・やはり戦闘描写は苦手です

・以前と比べると文章量が足りないかも

・オリ主×原作キャラの成分を含みます。それを認められない方はご退場下さい

 その他諸々の成分を含みます。

 それでもよろしければ、「IS<インフィニット・ストラトス> 花の銃士」の世界へお進み下さい。

 よろしくお願いします。



[28623] prologue 「はじまり」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/01 01:50





 懐かしい夢を見ている。

 いや。懐かしい、と言えるのかどうか怪しい。

 もっと適当な言葉で当てはめるとすればデジャブ。

 見たこと筈ないのに、知っている筈ないのにそのことを頭では知っていると認識できてしまう。

 だが懐かしいと思えるのであれば自分の記憶の片隅に刻まれていることなのであろう。

 何時?――――夕暮れ時。

 どこで?―――どこかで。

 誰と?―――――誰かと。

 何してる?――何かをしてる。

 重要な部分がまるで思い出せないがこれだけは言える。

 彼らとはまた、会える気がする。









「……さん、露崎仕種つゆざきしぐささん」

 アナウンスの声に目を覚ます。いけないけない、集中のために目を瞑っていたがまさかウトウトすることになるとは。

 呼ばれたのは自分の名前。次は自分が飛翔ぶ番であるという知らせ。

 大きく息を吸い、肺に溜めた空気を一気に吐き出す。

「緊張しているか?」

 後ろからよく知った女性から声をかけられる。それはここの関係者で私が非常にお世話になっている人物の声だ。

 どうやら深呼吸している様子から私が緊張していると見られたらしい。

 まあ、大抵は深呼吸して落ち着かせようと思うのが普通なのだが私の場合は単に大きな呼吸をしただけ。

 自分を落ち着かせようなんて気持ちはそこに微塵もないのだが。

「いいえ。でもどうしてここに?」

 かぶりを振って、声のする方に向き直る。

「なに、お前が出ると聞いてな。たまたま時間が空いていたから来ただけだ」

「わざわざありがとうございます。でも、そういうことは身内にしてあげればいいのに」

「あいつの時は丁度、試験官をしていたからな。時間が合わなかった方だけだ」

「またまた。この場で会いたくなかったからでしょう?」

 私の深く考えず言った軽口とともに女性の目が細くなり殺気立てようとするのを本能的に察知する。

 これ以上は狩られる!?

「まあ、いい。で、試験のほうはどうなんだ? お前は」

「問題ないです。私にとって勝つことは息をしているのと同じことですから」

 そして不敵な笑みで声をかけた女性に応える。

「勝つことは息をすることと同じ」

 それは私の口癖だ。

 常勝無敗。そんなありきたりなスローガンのような言葉では収まらない私を私たらしめる根底に沁みついたワード。

 息をするくらいに当たり前なこと。

 息をすることに何を恐れるだろうか? 何を心配するだろうか?

 人間は決してそんなことに怖がるように出来ていない。

 息を吸って、吐いて。血液に酸素を取り入れ、体内の二酸化炭素を吐き出し。

 それはごくごく当然のこと。

 私にとって勝つとはそれと同じくらい些細なことなのだ。

 しかし、それ以外に特別なことがあるとすれば勝負事独特の昂揚感。

 少しだけ心臓の鼓動が速い気がするが、こればかりは仕方ない。何せ性分なんだから。

「そうか。それは頼もしい限りだ。立場上、あまり肩入れ出来ないがこれだけ言わせてもらおう」

 そう言って女性は不敵な笑みを返して来た。

「頑張れよ仕種」

「ええ、頑張って来ます。千冬先生」

 世界最強のIS操縦者、織斑千冬に応援されることほど嬉しい激励など他に存在しない。

「では勝ってきます」

 大きな翼のようなスラスターを吹かせ私は紫雲を棚引かせてピットを飛び立った。















 そして――――――――――、















『試合終了。勝者、露崎仕種』









 少女は言葉通り息をするように一つの勝利を勝ち取った。















「まさか、山田先生を倒してしまうとはな」

 他の教師たちが騒然とする中、モニターに映る映像を千冬は感慨深げに眺めていた。

 山田真耶はあんな可愛らしい容姿をしてこそいるが元日本代表候補生。実力は折り紙つきなのだ。

 それをこうも簡単に打破してしまうとは、予想はしていたが内心は少し驚いていた。

 これで試験官に勝った人間はこれで三人、いや二人目なのだろう。

 もう一人も勝ったことになっているが、どう見たってあれは自爆の他に言いようがない。

 あいつがISを展開出来たことに気が動転してしまいそのまま直進し、かわされ、壁にぶつかって気を失ったという恥ずかしい失態を勝利というのは無理があるだろう。

 そのビジョンを思い出してしまい眉間を抑えながら千冬はハア、とため息を吐く。

「それにしても」

 もう一度、目をモニターに戻す。

 そこに映っているISを装着した一人の少女に彼女の面影を重ねる。

 容姿に戦い方、そして口癖……。その全てが彼女とダブって見えた。

「勝つことは息をしているのと同じこと、か……。やはり、あいつと同じなのだな仕種」

 誰にでもなく、千冬は小さく呟いた。








 IS<インフィニット・ストラトス> 花の銃士

 prologue「はじまり」



[28623] 第一話 「ファースト・インプレッション」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/01 02:06




「全員揃ってますねー。じゃあSHR始めますよー」

 IS学園、一年一組。

 黒板の前でにっこりとほほ笑むのは副担任の山田真耶先生。

 やや幼い顔つきにずり落ちた黒縁眼鏡、少しだぼついたサイズの合っていない大きめな服。

 ちなみにぱっと見の第一印象は「背伸びした大人」。

 うん、我ながら的確な表現である。

 ちなみに入試の時に私の対戦相手だ。あの時はお世話になりました。

「それではみなさん、一年間よろしくお願いしますね」

「………………」

 返答がない。まるで屍のようだ。いや、みんな生きてるけどさ。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 涙目になりながら進める可哀想な山田先生。

 ここが普通の女子高ならばこんなことになりはしないだろうに。

 こんなに教室に微妙な緊張感が流れているのかは簡単だ。

 原因は女の花園の教室、そのど真ん中の一番前に座っている男子、織斑一夏だ。

 あの織斑千冬の弟で、全世界で唯一ISに乗れる男性として世界的にニュースに流れた時の人だ。

 まあ、彼がここに来た……というか強制入学させられたのはここにいた方が都合がいいからだろう。

 第一に身の安全。

 普通の高校に通った日にゃ一夏が何故ISを使えるかの実験体にするためどこかの組織に拉致されるに違いない。最悪ホルマリン漬けなんてことも……。うえ、想像したら吐き気がして来た。

 それに比べてIS学園は在籍している間は国家などから一切の干渉を受けない。そんな感じの特記事項があった筈だ。

 そう言った意味で一夏はここにいた方が身のためなのだ。

 その他にも事情はたくさんあるが政治問題とか外交問題とか私の偏った学習しかしていない頭では理解できないので割愛させていただきたいで候。

 そしてあっちの窓辺の奥にいるのが篠ノ之束の実の妹、篠ノ之箒。

 剣道の全国大会で優勝するくらいべらぼうに強い。

 彼女が纏う張り詰めた雰囲気はまさしく古い時代の日本男子のそれなのだがこの六年でなんか鋭さを増してないでしょうか。

 もう一度視線を前に向けて映り込んできたのは落ち着きない一夏。まあ、それも当然ですよね。

 なんてったってクラスの男女比は男:女=1:28。

 周りからは奇異の目で見られるし私だって逆の立場にはなりたくない。

 そんな一夏は周りの空気に耐えかねて幼馴染みに助けを求めるような視線を送るのだが……、

(……ぷいっ)

 顔を逸らされた。

 うん、箒も相変わらずで何より。

 あ、次は一夏の番か。なのに箒に視線を送り続けていて呼ばれていることに気付いていない様子。

「……織斑くん。織斑一夏くんっ」

「は、はい!?」

 山田先生に目の前で大声で呼びかけられたため思わず声が裏返ったまま返事する。

 そのため案の定、くすくすと周りから笑い声が聞こえてきて余計に落ち着きをなくしている。まったく何やってるんですか。

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑君なんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

 ペコペコと謝る山田先生。

 先生、低姿勢なことはいいことかもしれませんが度を超してるのは流石に生徒に舐められますよ……。

「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いて下さい」

「ほ、本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ? 絶対ですよ!?」

 涙目になりながら手を取り熱心に詰め寄る山田先生。

 自己紹介程度で涙目なんてこの先やってけないですよ……。

「えー………、えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 立ち上がって当たり障りなく言葉を選び自己紹介をする。そしてそのまま着席で終わり。

 これが織斑一夏が描いている自己紹介プランだった。

 だったのだ・・・・・

 彼はそうするつもりだったに違いない。てか、このなんともいえない間はこれで終わりにしようと思っていたと断言できる。

 しかし周囲の女子からの『もっと聞きたいなー』みたいな期待に満ちた眼差しが終わるに終わらせられない状況を作り出している。

「す、好きなことはお風呂。えー、特技は家事全般、です」

 しどろもどろになりながらも自己紹介を続ける。それでも『これで終わりじゃないよね?』みたいな空気に変わりない。

 さて、空気を読まないことに定評のある一夏はどのような言葉を選ぶのか。

 決意したのか一夏は大きく深呼吸をして、

「以上です」

 四文字で締めた。

 ガッシャーン! 一同は某お笑い養成事務所のようにずっこける。

 うむ、想像通りの終わり方だった。

「あ、あれ……?」

 拙かった? みたいなことを言いたげな一夏。

 バカヤロー、拙いに決まっている。

「いっ―――!?」

 なんて私の心の代弁するかのようにパアンッ! と出席簿が火を噴いた。

 その鉄槌を下した人物は私のよく見知った黒のスーツがよく似合う人物でその名も……。

「げえっ、関羽!?」

「誰が三国志の英雄だ、馬鹿者」

 パアンッ! と再びいい音を立てて叩かれる。

 いや、寧ろ彼女の強さからすると呂布……。

「だから、何故私を三国志の英雄で例えようとする」

 チョークが私のおでこを捉えて砕け散った。単に当たっただけなのではない、砕けたのである。

 一体、万力の力を込めればこういうことになる? それを受け止めた私の頭も大概だけどさ。

 それに別にかわしてもよかったのだが、自分の責任で後ろの子にも被害が被るのは悪い気がするので甘んじて受けることにする。超絶痛いが。

 しかし、何故考えてることが分かった? テレパシー? 考えを顔には出さないようにしているのだが……。

「だ、大丈夫……?」

 隣の子がひそひそと話しかけてくる。まあ、出席簿あれの次にチョークこれなのだ。軽く引いてるのかもしれない。

「大丈夫じゃない、って言ったら何かしてくれる?」

 意地悪くそんなことをいうと小さな声でええっ!? と慌てる。

 あら、ブラックジョークはお気に召さなかったか。

「気にしないで冗談ですよ。見ている以上に重症じゃないから」

 くすりと笑っておでこを押さえながら視線を前に戻す。

「織斑先生、もう会議は終わられたのですか?」

「ああ山田先生。クラスへの挨拶を押し付けてしまってすまなかったな」

「い、いえっ。副担任ですからこれくらいはしないと……」

 はにかみながら千冬先生と話している山田先生。あ、なんか初めて教師らしいとこを見たや。

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ないものには出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 なんという一方通行。なんというファシズム。

 そんなことを宣言する教師が全世界にいていいものか。

 が、私の思惑とは裏腹にクラスの女子たちが途端に黄色い声を上げ色めき立つ。

 クールビューティー、強い女性を見事に体現した女性が目の前に立つ千冬先生である。

 第一世代IS操縦者の元日本代表で公式戦無敗。しかも第一回ISの世界大会―――モンド・グロッソの格闘部門及び総合優勝者なのだ。

 つまりは世の女性たちの憧れの的である。

 ところがある日、突然現役を引退し姿を消した……ってことになってるけど一夏の驚きようを見る限りここで教師をしていることを当人に話してないみたいだ。

「キャ―――――――! 千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!」

 いや、別に南北海道からでもいいけどさ。

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」

「私、お姉様のためなら死ねます!」

 ミーハーな黄色い声援が飛び交う。

 千冬先生は見慣れ過ぎた光景なのか非常に鬱陶しそうだ。

 まあ、現役時代から今までずっとこんな調子だったとすると呆れも入ってきて当然だろう。

「……毎年、よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」

「きゃああああああっ! お姉様! もっと叱って! もっと罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 躾というか一部嗜好の矯正が必要な生徒がいるような気がしないでもない。

「で? あいさつも満足に出来んのか、お前は?」

「いや、千冬姉、俺は……」

 パアンッ! 本日三目の出席簿がお見舞いされる。千冬先生、身内贔屓しないからってポンポン人の頭を叩いていいもんじゃないですよ。

「織斑先生と呼べ」

「………はい、織斑先生」

 頭を押さえながら席に着く一夏。

 それにしても学習能力低いよ一夏。何回千冬姉って呼んで叩かれてるのさ。

「え……? 織斑くんって、あの千冬様の弟………?」

「じゃあ、世界で唯一男で『IS』を使えるって言うのも、それが関係して?」

「ああっ、いいなぁっ。代わって欲しいなぁっ」

 ひそひそとそんな話が耳に入って来る。

 今のやりとりで一夏と千冬先生の関係がバレてしまったようだ。

 まあ、遅かれ早かれいずれバレることになるから別に深くは気にしないけどさ。

 いずれ、私や箒のこともバレるだろうし。





 その後も滞りなく自己紹介が進んでいく。

「次、露崎さん」

 教室全体を見渡していたら自分の番が来た。

「露崎仕種です。好きなものは自由、趣味は観葉植物です。よろしくお願いします」

 立ちあがり背筋をぴんと伸ばして自己紹介をしたところでクラスメイトの多くは織斑姉弟に首っ丈でほとんど生徒の耳に届いていない。

 ……なんだかなあ。自己紹介したのにリアクションがないってのは悲しいぞ。

「あ、一つ言い忘れてることがありましたが」

 思い出した、というか言っておかなければならないことがあった。

「私、専用機持ってます。そこんとこヨロシクです」

 最後に興味を引く一言をわざと残して席に座る。

 専用機。

 ISは世界に467機しかこの世に存在しない。

 しかも、ISのコアを作ることが出来るのは全世界で篠ノ之箒の姉、束さんだけ。

 その束さんは現段階ではISのコアをこれ以上増やす気はないという。

 現在その467機のISを国家や企業などに適当な数に割り振られている。

 つまり、私はそんな大変貴重な467分の1を保有していると言う訳だ。

「………………っ」

 クラスもその一言が効いたようでさっきとは違ったざわめきが生まれる。

「み、みなさん静かにっ! じゃあ次の方、お願いしますっ!」

 山田先生はいっぱいいっぱいになりながら自己紹介を進めるように促す。山田先生には悪いことしたなあ。

 自己紹介が一通り終わる頃にSHRの終わりのチャイムが鳴る。

「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」

 ああ、折角あそこでの生活とはオサラバしてこれからは晴れて自由の身だと言うのにここでも自由はないのか。

 まあ、でもここは学校であるからあそこの万倍マシだろうし、ある程度の我慢で色々な自由を手に出来るから別にいいですけどね。

 そんなことを思いながらまだ痛むおでこを擦って机に次の時間までのエネルギー節約のために突っ伏した。





 * * *

 あとがき

 読んでくださってありがとうございます。東湖です。

 記念すべき一話が実にテンプレートでごめんなさい。

 でもやっぱりここから書き始めないと……。

 次回は箒と皆の大好きなあの人が登場します。



[28623] 第二話 「平民の心、エリートは知らず」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/01 02:18





side:織斑一夏



「あー……」

 第一声がこんなので申し訳ないが、俺は参っていた。

 正直、もう駄目だ。ノ―センキューだ。この後の授業を受ける気力すらない。

 一時間目のIS基礎理論授業が終わった休み時間、織斑一夏は机に突っ伏していた。

 周りからは奇異の目が授業中、休み時間を問わず絶え間なく注がれている。

 なにせ全世界において男でISを動かせる人間がここにしかいないのだ。否が応にも目立ってしまう。

 そうなると俺はもう客寄せパンダ。俺を一目見ようと休み時間の度、全学年からここまで俺を観察しに足を運びに来ることになるのだろう。

 これは精神的にかなりきつい。

 女の園をロマンだとかほざいていた悪友にじゃあ、代わってみるか? と言ってやりたい。

 しかも追い打ちをかけるように授業はチンプンカンプン。

 IS学園に入学してくる奴は事前学習しているというのは本当らしい。

 前の授業でも俺が頭を抱えているその横ですらすらとノートを取っていたのだ。

 うう、こんなことなら『必読』と書かれていた参考書に目を通しておくべきだった……。

 古い電話帳と間違って捨てそうになる時に気付いてよかったがそれきりだ。

 だいたい、あんな分厚いものに目を通せというのに無理がある。

 開始、三秒で止められる自信がある。

(誰かこの状況を助けてくれ……)

「……ちょっといいか」

「え?」

 天に俺の願いが届いたのか突然かけられた懐かしい声に顔を上げる。

「……箒?」

 目の前にいたのはさっき助けを求めていたのに助けてくれなかった薄情な幼なじみ、篠ノ之箒だった。

 剣道を続けていたのか平均的な身長よりもポニーテールと相まって長身を思わせる。

 そのうえ彼女の纏う雰囲気は六年前に比べると凛としたものになっていた。

「着いて来い」

 それだけ言ってすたすたと先に行ってしまう。

「早くしろ」

「お、おう」

 箒に叱咤されると急いで後をつける。

 もっともあの空気にいたんじゃ気が休まらない。それなら幼なじみの箒といた方が気が楽だ。

 それにあの箒から声をかけてきてくれたんだ。積もる話もあるんだろう。

 教室の外まで溢れ返っていた女子たちが箒の行く道をざあっと道を空ける。モーゼの海渡りかよ。





 箒というモーゼがいるおかげで一人では行けそうもなかった屋上に出ることが出来た。

 外ということで緊張感から解き放たれた解放感が心地よい。

 それでも何人かの視線を感じるが教室や廊下に比べれば幾分かましなものだ。

「で、何の用だよ?」

「………………」

「六年ぶりに会ったんだ。何か話があるんじゃないのか?」

「う……」

 箒はそこでばつ悪そうに黙りこんでしまう。

 気まずい。教室にいるとはまた何か違った意味で気まずい。何か会話をせねば。

 ていうかそれしなかったらなんで人目を気にして屋上まで呼んだんだ箒……。

「そういえば」

「何だ?」

 ふと言わなければならないことを思い出した。

「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」

 赤らめながら口をぽかんと空けている。

「なんでそんなこと知ってるんだ」

「なんでって、新聞で見たし……」

「な、なんで新聞なんか見てるんだっ」

 いや、逆に聞くがなんで俺は新聞を読んではいけない?

 あれ、褒めた筈なのになんで俺怒られてるんだ?

「あー、あと」

「な、何だ!?」

 興奮しすぎだ。ちょっと落ち着け。

「久しぶり。六年ぶりだったけど、箒だってすぐに分かったぞ」

「え……」

「ほら、髪型一緒だし」

 そう指摘すると顔を赤らめながら長いポニーテールを弄り出す。

「よ、よくも覚えているものだな……」

「いや、忘れないだろ。幼なじみのことぐらい」

「………………」

 その一言で急に視線が厳しくなる。いやいや、なぜそこで睨まれなきゃならない!?

 むしろ、覚えてたことに対してもう少しだけ感動して欲しいんだが……なんて希望を箒に持てる筈もない。

「まあ、仕種の方は自己紹介されなきゃちょっと分かんなかったけどさ」

「仕種か。私もあの変わり様に驚いたが、あれは変わり過ぎだ」

「だろ? あれを仕種だって言われても分かんねえっての」

 露崎仕種。

 箒と同じく、俺の幼なじみの一人。

 あいつは箒とは別の意味で見違えた。

 箒の場合、俺の持っている箒像そのままに成長した感じだったためすぐに判った。

 無銘の日本刀みたいな感じが名匠が作り上げた日本刀にランクアップしたような……そんな雰囲気だ。

 しかし仕種の場合、何もかもが違っていた。

 当時の面影すらない、虫の変態に近い感覚だ。

 アオムシがチョウに変わるのと同じようなあの感じ。

 あんな綺麗な紫がかった黒髪の似合う子になっているなんて思いもしなかった。

 目元は子供の頃の名残があるが、それ以外はまるで同一人物とは思えない変身振りだ。

 だから名乗られるまでホントにあの子が仕種だって判らなかった。

 会ってない期間は箒よりも短い筈なのに……月日というものはこうも人間を変えてしまうのか。

「なあ、一夏……」

 箒が何か言いかけたところで二時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。

「俺たちも戻ろうぜ」

「わ、分かっている」

 他の奴と同じように教室へ戻っていく。流石はIS操縦者、行動が早い。

(ああ、この後もあの訳の分からない授業か……)

 帰り道で次の授業のことが頭をよぎる。

 そう考えるだけで頭が痛くなる。

 よし、後で箒か仕種に聞いてみよう。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うし。

 土下座でもなんでもしたらきっと教えて貰えるだろう。





side:露崎仕種



 一夏と箒が外に出たそんな頃。

 私はちょっとした厄介事に絡まれていた。

「ちょっとよろしくて?」

 金の縦ロールに青のカチューシャ、そして淡いサファイアのようなブルーの瞳。そして『いかにも』今の女子という雰囲気を纏ったこの感じ。

 そう、これが厄介事である。

 今の世の中、ISの登場によって大きく女性が優遇されている、というか女性=偉いという式が完成してしまっている。

 そうなると男性の立場は完全に労働力、奴隷のそれと変わりない。そのため男性が女性のパシリとして走り回る姿が度々目に映る。

 それにこういった自分様は偉いという手合いはあまり好きではない。

 今まで偉そうな奴と散々相手にして来ただけあって適当なあしらい方は知ってはいるがそれでも好きになれない人種に変わりないのだ。

「なんでしょう?」

「貴女も教官に勝ったと聞きましたけど、その情報は間違いじゃなくて?」

 私が試験官に勝ったことを認められないと言いたげな雰囲気を醸し出す。

 彼女の雰囲気からすると実際いいとこの身分なのだろう。

「生憎と、その情報は事実ですが。それとも教官に勝った人物が二人もいては不服?」

 私の言葉に一瞬、悔しそうに顔を歪めるがすぐに体裁よく取り繕う。

「っ。いえ専用機持ちなら当然のことだと思いまして。イギリス代表候補生、このセシリア・オルコットに同じクラスで学べることを幸運に思いなさいな」

 要は自分は代表候補生だから偉いと、選ばれた人間―――エリートだから偉いんだと。だからラッキーなんだと。

 なんちゅう飛躍した思考してるんだ。それにホントに偉い人間って自分を誇らないらしいですよ?

「……まあ、そうですね。一年のこの時点で専用機持ちと同じクラスになれるのは運がいいといってもいいでしょうね」

「ええ、そうでしょう。そうでしょうとも!」

 私が調子を合わせてやっただけなのにえらくご機嫌だ。

 だって半分事実で半分投げやりな回答を全部真に受けているんだもの。

 あれ? もしかしてこの人、案外ちょろい?

「しかしそれを他人に押し付けるのはあまりよくないので次からは考慮していただきたいのですが」

「む。どうしてですの? わたくしの素晴らしさを理解してくださったのですから他の方も理解してくださるはずなのですが」

 勝手に理解したことにされちゃったよ。理解したつもりはないんですけど、ね……。

「……理解したつもりはないんですけどね」

「? なにかおっしゃいました?」

 いけないいけない思わず本音が漏れてしまった。しっかりせねば、口チャックっと。

「それにしても、どうしてあの男はここに入学できたのかしら? 前の授業でも一つも理解してなさらなかったようですし」

 ……後半の点だけは同意。いくら今までISとは無関係だったとはいえここは入学前に事前学習が必要な学校だ。そのための参考書を読んでなかったのだろうか?

「だいたい、男というのは無能なのよ。あの男もきっと何かの偶然が重なってここに来てしまっただけに決まってます! その点、貴女は物分かりが良くて大変聡明な方。よろしければわたくしが仲良くしてあげてもよくってよ?」

 つまりはわたくしと近しい立場にいる人間だから友人になってあげてもよくってよ? そういうことを言いたいらしい。

 二つ返事で返せばいい。それが穏便にすませる反応だ。









「ふっ。冗談を」

 しかし、彼女の放ったその前の一言が私の琴線に触れたためそれが出来なかった。いや、しなかった。

「は―――――――?」

 ピシリとセシリアの笑顔が張り詰める。

「私は友人を卑下する人間とはとてもではないですが仲良くは出来そうにないですね。残念ですが」

「あ、貴女それってどういう……」

 突然の出来事に訳が分からないといった風にうろたえる。

 セシリアは当然、肯定してくれるものだと思っていた。先ほどまで自分の意見を肯定してくれたし好印象だった。おまけに専用機持ち。この人物は自分に相応しいと彼女は勝手に思い込んでいた。

 だから私という人間が手のひらを返したように否定したということに思わぬ事態に狼狽した。

「織斑一夏、彼は私の友人ですが」

 セシリアはその言葉に完全に絶句する。

「半分は認めましょう。しかし偶然とはいえ男がISを動かしてしまったらその時点でここ以外に選択肢がなくなってしまったと考えるのが一番妥当でしょう」

「それに、一夏おとこは馬鹿であれ無能なんかじゃない」

 私の静かなプレッシャーに気押されてセシリアはたじろぐ。

「あ、貴女身の振り方を弁えた方がいいじゃありませんこと!? それはわたくしとブルーティアーズを敵に回してこれから平穏な学園生活を送れると思っての物言い?」

 挑発ともとれる言葉にふと過ったアレと今後の学生生活を天秤にかける。

「ええ、送れるでしょう。何の不自由もなく」

 鼻で一蹴しながら自信あり気に応える。

 自信を持ってこれは言える。

 私は人間としての最底辺を知っている。

 アレには一切の妥協は許されず、一切の自己意思は存在しない。

 あるのは繰り返し行われる作業、作業、作業の数々。

 そんな場所に比べ比べればここは極楽浄土のようなものだ。

 それに、私自身目の前で他人を見下して驕る人間には負けないだけの力は備えているつもりだ。

「それは私が取るに足らないということですの!?」

「そう思うのであればそうなのでしょう?」

 怒りがある点を超えると冷静になるらしい。目をすっと細める。

「日本は礼儀を重んじる国だと聞きましたが、貴女は些か口が過ぎますわね」

「生憎と大和撫子とは程遠い育ちで。平民の不作法くらい寛大な器で流して欲しいんですが、無理でしょうか?」

 にらみ合った二人の間にタイミングよく二時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。

「まあ、いいですわ。詳しい話はまた後ほど」

 そう言い残してセシリアは自分の席へ戻って行った。

 言い過ぎたかな。まあいいか。あんな驕った人間に対しては言い負かすくらいでちょうどいい。









 二時間目の終わり、一夏も私とおんなじように絡まれていた。ご愁傷様。









 三時間目は一、二時間目とは違い山田先生ではなく千冬先生が教壇に立っていた。

「それではこの時間は実践で使用するための各種装備の特性について説明する」

 それに関しては既に詰め込んであるため特段問題はない。

 むしろ、私がヤバいのは一般教養。特に古文、漢文、英文法、数学……あれ、詰んでない?

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 そう思い出したように口にした。

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあクラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスに実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度、決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 色々と大変な役柄がごっちゃになったのだが、要するに小学校でいう学級委員みたいなやつだ。

 選ばれる人にはご愁傷様としか言いようがない。

 もっとも、選ばれる人間なんて決まっているようなものですけどね。

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

「私もそれがいいと思います」

 次々と一夏が推薦される。

 まあ、当然といえば当然。物珍しさとクラスの看板の意味を込めたら彼以外に適役はいないか。

「では候補者は織斑一夏……他にはいないのか? 自薦他薦は問わないぞ」

「お、俺!?」

 いや、織斑一夏は貴方しかいないでしょう。

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権はない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 おおう、なんという帝政。ここの国は民主政治じゃなかったのか。

「いや、でも―――」

「待って下さい! 納得いきませんわ!」

 一夏が反論しようとしたところでバンと机を叩いてて立ち上がるセシリア。そういえば、さっき一夏と揉めてたなあ。

「そのような選出は認められません! 大体、クラス代表が男なんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにその様な屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 おーおー、言いますねえ。いまどきの女の子ってこれほどなまでに男嫌いだっけ。

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこの様な島国までISの修練来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

 男を猿呼ばわり、ね。一昔前は男女平等とか言っていたのによくもここまで身分が落ちたものだ。というかイギリスも島国でなかったか?

「いいですか!? クラス代表には実力があるものがなるべき、そしてそれは国にも選ばれた代表候補生であるわたくしですわ!」

 怒涛の剣幕で捲し立てる。普通ならここで一回落ち着くのだろうが、セシリアの自分自慢は益々熱がこもっていく。

 まあよくもこうも自己主張出来たもんだ。その一点にだけは感心させられる。

 ただ、相手を貶して自分の方が優れているという言い方が気に喰わない。

 それに私自身、恥ずかしい話だが気の長い方ではない。

 だから、もしこれ以上貶されるようなことが続くのであれば。

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなければいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い屈辱で――」

 我慢の限界だ、と思うより先にセシリアの言葉が私の堪忍袋の緒を切った。

 ああ、もうこれ以上エリート様の演説を聞いているのは耐えられない。

「イギリスだって「じゃあ、悪いですが帰っていただけません?」……し、仕種?」

 何かを言おうとした一夏よりも早く私の口が言葉を吐いて出た。

「な……! 貴女、何を言って!」

 予想外の方向から一言だったのだろう、自称英国淑女様は思わず狼狽している。

「こんなところにいるのが耐えられないのでしょう? なら、とっとと荷物まとめてお国へ帰っていただけませんかと言ってるんです」

「だ、誰がそのようなことを! 貴女、わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「私が侮蔑しているのは貴女であって貴女の祖国ではないんですが。それともあれですか? 私が祖国ですとかいうクチですか貴女は?」

 くつくつと笑う。ああ、ダメだ。あの高慢ちき金髪縦ロールが赤くなってく表情が面白くて仕方ない。

 人の不幸は蜜の味……とはいかないが気に入らない相手を言い負かすことに関しては不本意ながら自分の好きなことの一つなのかもしれない。

「日本人を黄色人種イエローモンキーと馬鹿にするのも構いませんよ。貴女がどういう教育を受けてきたかの質がそこで図れますしどういう風に考えているのか分かるので」

 こう言う時に限って相手の上げ足を取るような言葉がスラスラと出てくる。

 舌好調女、露崎仕種です。どこの野球選手だ。

「しかし、貴女の言う猿がISを開発したと言うことを忘れていただいては困りますけどね。それすらも理解出来ていないなんて猿以下ということでしょう?」

 それこそが決定的にして致命的な一撃。セシリアが後進的と称したことの最大の矛盾点。

 周知の通りISを発表したのはまぎれもない日本人、篠ノ之束である。その彼女の多大な功績あっての今の世の中だ。

 つまりは彼女がISを作らなければ女尊男卑の世の中は有り得なかったのだ。

 このような世の中を作った人物の祖国を後進的と称するのはあまりにもおこがましい限りである。

「……あ、貴女、わたくしに喧嘩売ってますの?」

 顔を真っ赤にしながら睨みつけてくるセシリア。しかしその言葉は矛盾点を指摘された動揺が見て取れる。

「日本侮辱して喧嘩吹っ掛けたのはそっちが先でしょうに。私はそれに見合ういい値で買ったまで」

 それを席に座ったまま冷ややかな目で流す。

「あ、あの仕種、さん……?」

 一夏には何故かさん付けで呼ばれる始末。

 周囲の女子も険悪な雰囲気におろおろしているが、そんなことは別にどうでもいい。

 これほど言われっぱなしというのは周りがよくても私が我慢ならないのだ。

 耐え忍ぶというのは日本人の美徳かもしれない。

 しかし、言いたいことを飲み込んでしまっては駄目だと私は思う。

 自分に正直に。言いたいことははっきりと。

 強制に囚われていた自分とは違う。選択権を与えられなかったあの場所とは違う。

 ここには、私の求めていた『自由』がある。

 日の当たらないジメジメした空間ではない。

 ここには、私のしたいように出来る場所があるんだ。

「私、今の時代に珍しい男女平等思想の持ち主ですので男のこと、見下してる人にはどうにも我慢できないんですよね」

 くすくす笑いながらも言葉を続ける。

「男は奴隷なんかじゃない。ましてや猿なんかじゃない。彼らはれっきとした人間です」

 はっきりと全男の意思を代弁せんが如く侮辱したセシリア対して宣言した。

「決闘ですわ!」

 私に指差し、そう宣言する。手袋をしていたら投げつけてくれるんだろうか。

「受けて立ちましょう。それで、時間は何時がよろしいですか?」

「そんなもの聞かれるまでもありませんわ! 今日の放課後、第三アリーナで……」

「何を勝手に決めている馬鹿者。そういうことは教師を通せ」

 パァンッ! と小気味よい音が頭蓋骨に響く。

 いいのは音だけ。実際は無茶苦茶痛い。うおおおおお……何故私だけ……。

「明らかにお前が言い過ぎだからだ。それで、露崎は織斑を推すのだな?」

「はい。クラス代表は全体の意見を聞ける人間がいいと思いますので。強さなんて追々身につければいい話ですし」

 頭を押さえながらそう言ってちらりとセシリアの方を見るとぐぬぬと言い負かされて悔しそうに睨み返してくる。いい気味だ。

「では露崎が勝てば織斑が、オルコットが勝てばそのままオルコットがクラス代表となる。両者、それでいいな」

「ま、待てよ千冬姉! 俺はそんな……」

 反論しようとした矢先にガンと机に叩き伏せられる。

「織斑先生だ。それにこれは決定事項だ、お前の意見は聞く耳を持たん」

「……はい、織斑先生」

 目の前の光景はまさしく女尊男卑の体現。

 女子の無理が通れば男子の道理が引っ込む。

 クロすらシロに変えてしまうとはこのことだ。

「待って下さい。わたくしは織斑一夏とも決闘を申し込みますわ!」

「はあ!? なんで俺まで……」

「あら、露崎さんが男性に対してこれほど買っていらっしゃるのに貴方はそれを無碍にするおつもりですの?」

「ぐ……」

 セシリアにしては間違ったことを言っていないため一夏は反論できない。

「ここで買わなきゃ男が廃りますよ一夏」

「そうだぞ一夏。男を見せろ」

 私の面白の茶化しに何故か箒の援護攻撃。嬉しい誤算である。

「こう二人は言ってるが織斑、どうする?」

「だー! もう分かったよ! その勝負買ってやるよ!」

 一夏がそうやけっぱちに声を荒げるのを見ると千冬先生は口元をニヤリと釣り上げる。これは確信犯だな。

「決まったな。露崎とオルコットの勝負は二日後の水曜、織斑とオルコットの勝負は一週間後の月曜。それぞれ放課後の第三アリーナで行う。織斑と露崎、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 手をパンと鳴らして千冬先生が話を締める。

 準備するための期間は一夏よりも短いがまあ、経験もあるし後は相手のISのデータだけなんだが相手は代表候補生なんだからどこかに露出はあるだろうしなんとかなるか。

 そこに考えが行き着くと、授業に集中し直した。





 * * *

 あとがき

 東湖です。

 みんな大好きちょろいさんことセシリア・オルコットの初登場。

 本作では仕種に絡んでますが、実は一夏に絡むのをちょっと変えただけっていうのは内緒だぞ(マテ

 マジでどうしてこうなったと言わざるを得ない。仕種とセシリアの会話。当時は変なテンションだったからなあ……。テンプレの中にちょいちょいオリジナルを混ぜていかないと。

 次で文庫の一話「クラスメイトは全員女!?」が終わります。一夏と箒と仕種の語らいを予定しています。



[28623] 第三話 「再会する幼なじみたち」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/01 02:30



 授業が全て終わり放課後。教室を後にして現在は職員室前にいる。

 理由は至極簡単。

「露崎、会議の前に少し話がある。着いて来い」

 との千冬先生から直接ご指名をいただいたからである。ちなみに一夏は授業後、授業内容の理解が追い付かず重度のグロッキー状態で私が呼ばれたことなど知る由もない。

 そんなことを考えていたらドアが開き呼び出した本人が出てきた。

「すまない、待たせたな」

 いえ、と短く返すと千冬先生は壁にもたれかかる。

「それで、うまくやっていけそうか?」

 千冬先生からそう切り出される。

 ただ声色は教師の時の厳しいものではなく、近所のお姉さんのような幾分か優しいものだった。

「まあ、それなりに。学校なんて久しぶりなものですから集団行動に馴染めるかどうか」

「ほう、それなのに初日から騒動を起こすのかお前は」

 上げ足を取るように意地の悪い笑みを浮かべる。

「う……」

 そう言われると反論に出来ず言葉が詰まる。

 そもそもきっかけは単に上から目線が気にくわないのと男を馬鹿にしたことに対して吹っかけた痴話喧嘩である。

 それがあれよあれよという間に事が大きくなり、その延長にたまたまISの勝負があったというだけのことであって。

 結局のところ、この両者の争いの根幹は「侮辱さやられたからやり返す」という実にガキの喧嘩みたいなものだ。

「仕方ないじゃないですか、腹が立ったんですよ。それに私が起こさなくても一夏がやっていたでしょうし」

「言いかけたところをお前に被せられたからな」

 とはいえ、一夏も結局あのイギリスの代表候補生と戦う羽目になったけど。何も言えなかったうえに勝手に戦うことが決められてしまって実にお気の毒様だ。

「で、勝算はあるのか?」

 そう聞かれると、私は質問の可笑しさに歪な笑みが零れる。

「勝算がある、ないの問題じゃないんですよ千冬先生。私は、全ての勝負に・・・・・・勝たなければ・・・・・・いけない・・・・んです。息をしなくてはいけないことと同じで私は勝たなきゃ生きていけないんですよ」

 勝たなければ明日がある保障がない。私の人生はそうであったしこれからもそうなのだろう。

 更に失敗すれば明日がない。一時期はそんな生活すら強いられていた。

 幸いと天の助けか敗北とは遠い生活を送れてきた――――というよりも勝負事から身を遠ざけていた――――がここは違う。

 IS戦に常に勝敗は存在する。ISを操縦する限り、勝負に身を置かなければならない。

 自分は人一倍負けてはいけない立場なのに勝ち負けがつく生き方しか選択肢がなかったとはなんとも皮肉な話である。

「そうだったな。お前も、あいつも難儀な宿命を背負ったものだな」

 そう思い出したように呟く。

「家系の問題ですし、こればかりはどうにもならないですね」

 抱えている問題のあまりのままならなさに思わず苦笑する。

 世の中にどうしようもないことは存在する。

 織斑の家も篠ノ之の家も私の家も世の中の不条理にさらされた。

 私たちの場合はその一つが家系のことだったというだけで……。

「それで、あいつの調子はどうなんだ?」

「ええ、割と良好らしいです。医者の方からもそろそろ仕事しても大丈夫だって言われてますし」

「そうか」

 それを聞いて安堵の表情を浮かべる。

「さて、私も行くか」

「これから会議ですか?」

「いや、その前にあいつの荷物のことを伝えにな」

「? 一夏は寮に入ってなかったんですか?」

「本来なら一週間は家から通うことになってたんだが如何せん事情が事情でな。急遽、部屋割りを弄って相部屋にした」

 ……もう何も言うまい。

「道草せずに帰れよ露崎」

 そう苗字で告げて先生として教室に向かっていった。

「そう言われて素直に帰るほど人間が出来てないんですけどね私」

 とはいえ今の時間から行ける場所なんて限られている。うーん、部活見学でも行きますか……。















 色々な場所を巡っていたら案外と時間が過ぎてしまった。

 部屋に帰る途中、夜は何食べようかな~なんて考えながら歩いていたら目の前に黒山の人だかりが出来ていた。

 こんなことになる騒動の元凶なんて鼻っから知れてますが。

「……まったく、なにやってるんだか」

 そう誰にも聞かれないくらいに小さく愚痴ると騒動の中心に向かってすたすた歩を進める。

「一夏」

「し、仕種か……?」

 廊下にへたり込みながら私を見上げる一夏。仏様にでもあったかのような表情だ。

「ええ、何があったんですか?」

「ああ、部屋に入ったら箒がいて……」

「分かりました。皆まで言わなくて結構です」

「え、俺まだ全部言ってないのに……」

 どうやら相部屋の住人は箒で、一夏が部屋に帰った時に偶然持ち前のラッキースケベが発動してしまって追い出された、とそれくらいの予想は朝飯前です。

「一応聞きますが、部屋は間違ってないのですね?」

「お、おう」

「ん、分かりました。なんとかしましょう」

「ねーねー織斑くんってさ露崎さんとどういう関係なの?」

 とりまきの女の子の一人が一夏に話しかける。

「どういう関係ってただの幼なじみだよ」

『え!?』

 周囲の女子たちがざわめく。また一夏がいらんことを言ったのだろう。

「い、いつからなのかな」

「小学校の頃からだけど。箒の家が剣術道場をやっていて仕種も俺より後からだけどそこに通ってた」

「じゃ、じゃあ織斑くん篠ノ之さんとも幼なじみなの?」

「そうだけど」

 その場にいた全女子が息を呑んだ。「これなんて幼なじみ補正?」とか「幼なじみとか……。くっ、鉄板じゃないの……!」とかがちらほら聞こえてくる。しょーもない。

 きゃいきゃいと後ろで質問攻めに合ってるのを知らん顔してコンコンとノックをしてドアに向かって話しかける。大勢の前でこれをやるのってなんかシュールな気が……。

 それにこのドア、いくつか穴が空いてボロボロになっている。打突で木製ドアを打ち抜くなんてどんな……いや、なにも言うまい。

「箒、仕種ですが」

「仕種か? 何の用だ」

 あまりにもつっけんどんな回答。箒の声から不機嫌が滲み出ている。

「要件を簡単に言います。一夏を部屋に入れてくれませんか?」

「な……! どうしてそのようなことを!」

「ここは一夏の部屋でもあるのですが」

「知るか! 廊下でもどこでも寝ればいいだろう!」

 ドアの向こうで声を荒げはっきりとした拒絶の意思を示す。おおよその構成成分は恥ずかしさと怒りによるものだろう。

「そうですか。このままでは一夏が他の人間に喰われることになるのですがそれでも……」

「ま、待てっ! 喰われるってどういう意味だ!」

 私が含みのある一言を言ったら案の定、食いついてきた。

「深く考えずその言葉通り、ぱっくりと」

 だってそりゃそうだろう。一対多。数の暴力に肉体的に普通の高校生の一夏が敵う筈もない。もっと分かりやすく言えば一夏のていそ……。

「一夏! は、早く入れ!」

 早かった。実に早かった。まさしく魔法の呪文のようだ。

「お、おう」

 凄みで押されながら返事を返す。

「サンキューな仕種。そうだ上がってけよ」

「いえ、そういう訳には」

「遠慮すんなよ。それに話したいこともあるし」

 こちらの気苦労も知らずに。

 後ろをちらりと盗み見する。ここで断ればどうなる? 繰り上げ式に後ろの女子が詰めかけてくること間違いない。

 そうなると一夏がまたほっぽり出されて以下エンドレス。

「……じゃあ、少しだけお邪魔します」

 そう言って入ろうとすると後ろから、「ああっずるい!」とか「二人を相手なんて……」と「やはり幼なじみは伊達じゃない」とか一部自重しろと言いたいような言葉が飛び交うが相手にしたくないので無視を決め込む。

 部屋に入るとむすっとした箒が仁王立ちしていた。

 すぐに着られるのが剣道着しかなかったのだろう。帯の締め方が緩い。

「何故だ」

 はい?

「何故、仕種がここにいる!」

 いやいや、第一声にそれはないでしょう箒さん。なかなかに失礼な言われようをした気がする。

「それは俺がここに呼んだからで」

 ギンッ! と箒の視線が鋭くなる。ヤのつくお仕事の人たちも真っ青な怖さだ。

 あまりのやるせなさに思わず溜息をつく。

「別にいいだろ、仕種も幼なじみなんだし」

「確かにそれは、そうだが……」

 箒の歯切れが悪い。

 まあ、箒からすれば二人きりでいたいところなのだが一夏が間違ったことをいってる訳でもないため強くも言えない。

 つまるところ、私はお邪魔虫なんだろう。なんか虫の居所が悪い。虫だけに。

「……お邪魔なら出ていきますが」

「気にすんなって。それに今出ていくの無理だろ?」

「……確かに」

 ドアの外には女子たちがひしめいているのをドア越しにひしひしと感じられる。今あそこに行くのは自殺行為だとしか言いようがない。

 ああ、千冬先生早く外の女子を散らしてください。

 それにしても私が気を使って二人きりにしようと思ったのにそれに気付きもしない相変わらずの唐変朴ぶり。むしろ、パワーアップしてる……?

「日本茶でいいか?」

「ええ、出されたものなら比較的なんでも」

「分かったよ。箒もいるよな」

「なんで、そんなもの」

「いいだろお茶ぐらい。せっかくこうして三人集まったんだからお茶でも飲んでゆっくり話そうぜ」

「……好きにしろ」

 そう言うとそっぽを向いてしまう。箒は昔から一夏に対して変に捻くれたところある。素直になるのが気恥ずかしいからそれを隠してるからなんでしょうけど。恋する乙女だなあ。








「それで一夏はどうするんですか?」

 一夏の淹れたお茶を飲みながら私から今後についてを切り出す。

「ん? 何がだよ」

 何がじゃないだろ。

「一週間後の代表決定戦。ISのこと全然理解してないようですしこのままじゃ勝ち目ないですよ?」

「う……」

「ふん、安い挑発に乗るからだ」

「私の言葉に同調したのはどこの武士娘でしょう?」

「う……」

 負い目があるらしくばつの悪そうな顔をする。

「悪い仕種、このままじゃ何も出来なくて負けてしまいそうだ。俺にISのこと教えてくれないか!」

 確かに私は専用機を持っている。ただそれは他の人間よりうまく扱えるだけであってうまく教えられる訳じゃない。やってみるのと教えるのはまるで違うものだ。

 それに私自身、大したことを教えられるほどISの事を理解している訳じゃない。教えられるとしたらひたすらに反復練習しろとしか言いようがない。

「箒に教えてもらえばいいんじゃないですか?」

「ど、どうしてそうなる!」

「同室だし私よりも一緒にいられる時間が長いじゃないですか」

「い、一緒……?!」

 箒は素っ頓狂な声を出しながら顔を赤らめる。

「ああ、それもそうか」

 しかもそれをそのままの意味で解釈する一夏。

「箒、教えてくれないか?」

「私よりも仕種に見てもらえばいいじゃないか」

 私の後に頼まれたのが不満なのかふん、と顔を背ける。仕方ない無理矢理にでも背中を押してやるか。

「あの時……」

「ええい! 分かった! 何度も言うな!」

「じゃあ、箒。教えてくれるんだな?」

「その前に明日の放課後、剣道場に来い。一度、腕が鈍ってないか見てやる」

「え、でもISの……」

「見てやる」

「……はい」

 何とも言えない威圧感に押され一夏は首を縦に振るしかなかった。

 言っておくがたまたま、一夏の周りに強い女子が集まっているだけである。もしくはそういう星の下に生まれたというだけである。あれ、駄目じゃん。








 三人で夕食をとった後、二人と分かれ1032と書かれた自室のドアに鍵を差し込みノブを捻る。

 IS学園は全寮制で、生徒はすべて寮で生活することが義務付けられている。

 付け加えるなら部屋は個室ではなく二人で一部屋の相部屋である。

 本来なら私の部屋にも同居人がいる筈なのだが、クラスが奇数なため必然的に一人だけ余る。そしてたまたま私が余った一人に選ばれたというわけだ。

 本当はもっと事情があるのだろうけどそれを考えるのはあまりに無粋なものだろう。

 扉を開けると一夏の部屋と同様、国立が用意したヘタなビジネスホテルよりもずっとグレードの高いベッドが目に飛び込んでくる。

 ISは国防力に直結する。IS学園の生徒は何万分の一の狭き門を通っての入学のため基本的にエリート扱いされる。そして、エリートの私たちにはそれ相応の待遇があるわけだが。

「贅沢は敵とは言いませんが、慣れないものですね」

 一人小さくあるとしたらの不満を愚痴る。

 昔から割と質素倹約な生活を送っていたためこういう豪勢なものは落ち着かない。しかしまあ、くれるというのなら厚意に甘えて素直に受け取っておくべきだろう。

「ふわ……」

 広い二人部屋で小さく欠伸をする。

 大したことはしていないのに疲労感が眠気を誘う。

「シャワー……は明日の朝でいいか」

 そう結論付けると寝巻に着替えてベッドにバタン。いかん、このもふもふ感は眠気が加速する……。

 瞼が落ちて完全に眠りへ落ちる前のまどろみの中、ふと思った。

 そういえば。あの金髪ロール、私と一夏と勝負することになってるけど結局はどうなったら代表が決まるんだろ?





 * * * 

 あとがき

 東湖です。

 一夏も箒も平常運転で書けているでしょうか。

 地の文の質がブレるのは作者の未熟さゆえです。申し訳ないです。精進します。

 



[28623] 第四話 「剣をとる者」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/04 21:49





 入学式翌日の朝八時、私は洋食セットのトレーを学食のおばちゃんから受け取って座れる場所を探していた。ちなみにメニューはクロワッサンとロールパン、コーンスープ、ウインナー、マカロニサラダ、ロールパンにつけるプラケースに入った苺ジャム&マーガリンだ。懐かしいな~。

 きょろきょろと見回していると見知った顔が既に朝食を取っていた。

 二人の空気は会話がなく気まずいものの一緒にいてる時点で、

「相変わらず仲がいいというか、お節介を焼いているというか」

 箒はああいう性格なため、一人にしておくとすぐに孤立してしまう。しかも本人がそれを気にしていないのだから性質が悪い。そういうところを知っているから一夏は世話を焼いてるんだろう。

 私も人のことを言えないが、箒ももう少しだけコミュ力の向上に努めたらどうなのだろうか。いや、それこそ無理難題か。箒自身、変なところがあの人に似たんだろう。まったく世知辛いものです。

「一夏、箒、おはようございます」

「ん、ああ仕種か。おはよう」

「……おはよう」

「ええ。横いいですか」

「ああ、いいぜ」

「…………」

 私が気にくわないのかむすっとした表情をする。

 今更なことですが箒、一夏の融通の利かなさに一々目くじら立てていたら神経持ちませんよ。

「箒、なに不機嫌になってるんだ?」

「不機嫌になどなっていない」

 そうやって反芻してる時点で不機嫌だと言ってるようなものですが。

「箒、一夏はこういう人間だと諦めて割り切った方がいいですよ。そうでないとこれからがしんどいですから」

「分かってはいるが、なんか納得いかない……」

 そう言って味噌汁を啜る。……まったく世知辛い。

 それにしても、一夏に向ける視線は相変わらずだ。まあ、一日二日で態度が変わることはないだろうしそのうち自然なものになるだろう。問題は、

「ねえねえ織斑くんの横にいるのって誰?」

「昨日友達から聞いたけど幼なじみなんだって」

「幼なじみいいな~。私も織斑くんの幼なじみに生まれたかったな~」

 一夏を取り巻く私たちまで興味の対象にされてしまうことである。

 知り合いが一夏と箒と千冬先生しかいないんだから一夏たちとつるむのは必然というか。そういった意味で私たちまで見られるのは仕方のないことだというか。

「だから箒―――――」

「な、名前で呼ぶなっ!」

「……篠ノ之さん」

「…………」

 剣幕に押されて仕方なく名前で呼ぶと今度は顔をしかめてしまった。ああ、相変わらず苗字は駄目か。

「ね、ねえ織斑くん。ここいいかなっ?」

 見ると同じクラスの女子三人が朝食のトレーを持って隣に立っていた。

「俺は別にいいけど、仕種いいか?」

「好きにしてください。それとも、私と席代わりますか?」

 そう一番私寄りに立っていた女の子が「へ?」と声を上げたかと思うと頭からボッと音を立てて真っ赤になる。

「冗談ですよ」

「あ、あはは。そ、そうよね。露崎さんて案外お茶目なんだね~」

 照れ隠しに笑みを浮かべながら席に着く。これで六人掛けの席がすべて埋まってしまった。

「ああ~っ、わたしももっと早く声をかけておけばよかった……」

「まだ、まだ二日目。大丈夫、まだ焦る段階じゃないわ」

「昨日のうちに部屋に押しかけた子もいるって話だよー」 

「なんですって!?」

 ……もう、後ろのことは正直どうでもいい。

「うわ、織斑くんって朝すっごい食べるんだー」

「お、男の子だね」

「俺は夜少なく取るタイプだから、朝たくさん取らないと色々きついんだよ」

 そうつらつらと持論を述べるが実は千冬先生の受け売りである。このシスコンめ。

「ていうか、女子って朝それだけしか食べなくて平気なのか?」

 三人のメニューは多少違うがパン一枚と飲み物一杯と少なめのおかずが一皿。

「わ、私たちは、ねえ?」

「う、うんっ。平気かなっ?」

「お菓子よく食べるしー」

 顔を見合せながら苦笑する。女にはマリアナ海溝よりも深い事情があるのだ。それ以上聞くのはあまりに無粋である。というかかなり失礼である。

「……織斑、露崎、私は先に行くぞ」

「ん、ああ、また後でな」

 食べ終わった箒は先に席を立って行ってしまう。

「露崎さんてそんなに食べて大丈夫なの?」

「食べないと頭が働きませんから」

「いいなー。そんなに食べて体型維持出来るなんて」

「ねーねー、なんかコツとかあるのー?」

 パンと手を打つ音が食堂に響いた。

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻した奴にはグラウンド十周させるぞ!」

 千冬先生が聞き耳を立てていた生徒たちが朝食を取ることに意識を戻す。

 ちなみにだがIS学園のグラウンドは一周五キロある。それが十週……軽く死ねる。ていうかフルマラソンを超えているよね?

 とはいえ、私は話しながら食べていたのでそれほど急がなくても食べ終えられる。そのままペースを崩さずに食べ終え、一夏たちよりも先に席に立ち教室へ向かう。















 二時間目が終わって、一夏は相変わらず授業内容が分からずうんうん唸りながら教科書を見ている。マジで大丈夫か? あれで一週間後に代表候補生と戦うんだぜ?

 そこに通達事項があるのか千冬先生が歩み寄る。

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

「へ?」

「予備機が無い。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 事の重大さを理解していないのか一夏はぽかーんとしている。

「専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」

「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」

「ああ~。いいなあ~。私も早く専用機欲しいな~」

 まったく理解できないといった風の一夏。それを見かねた千冬先生がため息交じりに呟く。

「教科書六ページ。音読しろ」

「え、えーと……『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ之博士が作成が作成したもので、これらは完全なブラックボックス化しており、未だ博士以外はコアを作れない。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』」

「つまりそう言う事だ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になった。理解出来たか?」

「な、なんとなく……」

 まあ一夏の場合、例外中の例外のためそのデータ蒐集の役割が大きいですけどね。

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……」

 遅からず気付くと思ったけどね。千冬先生のことも一日と持たなかったし束さんもおんなじぐらいしか持たないか。ということは次は私の番か……。

 篠ノ之束。稀代の天才。ISをたった一人で作成し完成させた千冬先生と私の姉の同級生だ。

 私自身、何度か会ったことあるが普通の人間の思考を逸脱している。だからこそ『天才』と呼ばれるのだろう。

 人を食ったような態度を称するなら「狡猾な羊」だ。ちなみに千冬先生は「真面目な狼」、私の姉は「潔癖な山羊」と言ったところか。

「そうだ、篠ノ之はあいつの実の妹だ」

 言っちゃっていいのかそんな重要なこと。束さん今世界中の人が血眼になって捜索しているんですけど。でも当の本人はそれをけらけら笑いながら隠遁生活をしているんだろうな。何だこの必死さの雲泥の差は。

「ええええーっ! す、すごいっ! このクラス有名人の身内が二人もいる!」

「ねぇねぇっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度IS操縦教えてよっ」

 それがバレた瞬間、クラス中の女子が箒の席に一斉に詰め寄る。

「あの人は関係ない!」

 箒はたまらなくなくなったのか声を荒げた。クラス中の女子は一瞬、何が起こったのか理解が追い付いていない。

「……大声を出してすまない。私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 周りにいた人間はそう言われてしまい渋々と席に戻る。私も箒の気持ちを分からなくもないけどね……。

「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」

「は、はい!」

 千冬先生に促されて授業が始まる。箒、大丈夫かな。
















「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようなんて思っていなかったでしょうけど」

 いつの間にか一夏の席の立っていたセシリアは、手を腰に当てながらそう言った。

「まぁ? 一応勝負は見えてますけど? さすがにフェアじゃありませんものね」

「? なんでさ?」

 あ、その口癖は何かヤバイ気がする。虎道場に四十回近く足を運ばなきゃいけないような猛者の姿が目に浮かぶ私はどうすればいい?

「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますの」

「へー」

「……馬鹿にしてますの?」

「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのか分からないが。あ、そういや仕種も専用機持ってるんだっけ?」

「ええ、これがそうですが」

「コサージュか。それが仕種のISの待機状態か? ずっとオシャレアイテムだと思ったぞ」

「案外と待機状態はそういうものが多いですね。チョーカーであったり指輪であったり……」

「わたくしを無視しないでくださる!? そういう行いを一般的に馬鹿にしてると言うでしょう!?」

 ババン! 両手で机を叩かれる。うるさいですね、こっちが話してる最中になんですか。

「……こほん。先程貴方もう言っていましたでしょう? 世界でISは467機。つまりその中で専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」

「そ、そうなのか……」

「そうですわ」

「人類って六十億超えてたのか……」

「女尊男卑の割に男も頑張ってますね」

「そこは重要じゃないでしょう!?」

 ババン! ああ、教科書が落ちたじゃないですか。

「あなたたち! 本当に馬鹿にしてますの!?」

「「いや、そんなことはない」」

「だったらなぜそんなに同じタイミングで言えるのかしら……?」

 A.それはもちろん、心の中で馬鹿にしてるからでしょう。

「なんでだろうな、箒」

 そう言った瞬間に私に振るな! 的な視線が一夏を貫いた。……ホントに空気読めないですよね。

「そういえば貴女、篠ノ之博士の妹なんですってね」

 ……空気を読めない馬鹿がここにもう一人いた。 

「妹と言うだけだ……」

 一夏を貫いた視線がそのまま、セシリアも貫く。私だってあれは怖いですし。 

「ま、まあどちらにしてもこのクラスで代表に相応しいのはこのセシリア・オルコットだということをお忘れなく」

 そう言い放って自分の席に戻っていく。世間一般、今のセシリアを尻尾を巻いて逃げだしたと言うのだ。勉強になりましたか?

「一夏」

「分かってるよ」

 こういうときの以心伝心は幼なじみで出来るので助かる。

「任せましたよ」

「おおい!? 話がちげえじゃねえか!?」

 あーあーきこえなーい。

 そのまま、一人でお昼へ向かうのだー。

 遠くで一夏の声が聞こえるがシカトを決め込むことにした。辛辣に扱われることは愛される証ですよ一夏。

 早く放課後にならないかな~。















side:織斑一夏



 で、時間は過ぎて放課後。

 箒との約束で剣の腕を一度確かめてもらうことになった、んだけど……。

「どういうことだ」

「いや、どういうことって言われても……」

 剣道場。手合わせして十分でのされてしまった。いやあ、強くなったな箒。流石、全国で優勝するだけの実力はある。昔はあんなに俺の圧勝だったのに。

「どうしてここまで弱くなっている!?」

「受験勉強してたから、かな」

「それならば私もしていた! 中学では何部に所属していた!」

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

 そうは言っているが家計を助けるためにバイトをしていた。とはいえバイトのせいにして剣を握るのを怠っていたというのは紛れもない事実で。

「っ! 鍛え直す! IS以前の問題だ! これから、毎日放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」

「箒、それよりもISのことをだな……」

「だから、それ以前の問題だと言っている!」

 取り付く島もねえ……。

「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、一夏!」

「そりゃ、まあ確かに格好悪いとは思うけど」

「格好? 格好など気にしていられる立場か! それとも、なんだ。やはり、こうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

「な訳あるかよ。どこ行っても珍獣扱いだし、だいたい……」

「やはり今まで剣を取ってませんでしたか」

 剣道場の入り口から仕種の落ち着いた声が響く。なんか俺の寿命を引き延ばしてくれたような気がするのはなんでだ?

「仕種、どうしてここに?」

 まさか俺にISのことを教えに……。

「いえ、一夏が叩かれる様を見に来ようと思いまして。面白いものが見れました」

 いい性格してるなチクショウ! ええい、少しでも期待した俺がバカだったよ!

「まあそれはさておき、一夏、勝負しませんか?」

「え?」

 仕種は俺や箒と同じく篠ノ之神社で剣術を受けていた。無論、実力も把握しているのだが。

「ただし軽くですよ。明日のこともあるので一夏と違って根を詰めてやるべきでもないですし」

 そういえば、仕種は明日セシリアと戦うことになっているんだった。たしかにやりすぎて筋肉痛とかコンディション最悪だよな。

「それに私も三年、剣を取っていないのでいい勝負になると思いますよ?」

 挑発とも取れる不敵な笑み。その余裕がいい感じにムカついたので俺はそれに乗ってやることにした。

「ああ、いいぜ。やってやろうじゃないか」

 それを聞き届けた仕種は竹刀を借りるとそのまま……。

「ってこのままでいいのかよ」

 仕種は制服姿にソックスだけ脱ぐ。防具を借りれるんだったら借りた方が安全のためなんだが。

「私は構いませんよ。一本取れるんでしたら、ね」

 そう言ってすっと上段に構える。

 仕種は相変わらず構えに隙がなかった。三年間、剣を取らなかったといって腕は錆付いたとしても型は忘れていない。見覚えのある型は既に鉄壁。

「では、いつでもどうぞ」

 先制攻撃権を譲る仕種。なんていうか相変わらずなスタンスだな。

「はああああっ!!」

 その言葉に甘えて動く。

 あいつはいつも自分から動こうとしない。全ては受けてから、守りから攻勢に転じる後の先が仕種の典型的なスタイル。

「おおおおおっ!」

 縦に竹刀を振り下ろすが、読んでたとばかりに受け止め軽くいなされる。

「ふっ―――――――!」

 そのまま俺の勢いを利用し一気に後ろに下がられ距離を取られる。仕種との勝負、やりにくいんだよなあ。追えども追えどもあともう一押しのとこで上手く逃げられる。

 とにかく、攻めるしかない。打って感覚を取り戻さないと。









 何十合と打ち合っただろう、いや何度仕種に打ち込んだだろう。攻めては全ていなされその度に距離を離され仕切り直される。仕種の守りは城壁のように硬く、微塵も隙がない。三年間、剣を握っていないというのに相変わらずの集中力。流石は俺たちの中での技巧派だ。

「相変わらずの読みやすい太刀筋と分かりやすい力押し。掠め手とかないんですか?」

「生憎そんなものねえよ。仕種こそ、相変わらずの鉄壁の守りだよな」

 軽口を叩き合うが実力は俺の方が負けていた。

 仕種の決め手はカウンター。相手が攻め込んで来た中のどこか分からないような隙に反撃の手を打つ。そのタイミングは絶妙でどうしても剣で追い切れない瞬間にここぞとばかりに打ち込んでくる。

 仕種はその気になれば何本でも一本奪えただろうがそれをしなかった。馬鹿にしてることはないが、向こうも三年前の感覚を取り戻そうとしているのだろう。

 とりあえず、俺が出来ることは感覚を取り戻すために打ち合うしかない。それに俺から行かないと絶対に自分から攻めてこないし。





 記憶にある限り、露崎仕種は強かった。

 織斑一夏、篠ノ之箒と同門の仲間の中で一番「剣術」を扱えたのは仕種かもしれない。

 真っ直ぐな一夏や箒より、しなやかな仕種は強かった。袈裟で叩き切ろうが真一文字だろうが、全てを巧みにいなす。そしてその僅かな隙を縫うようにして一本を奪う。

 力ではなく技。強いのではなく巧い。それが仕種の剣術だった。

 しかし、こうして向かい合っていると思いだす。

 小学校の頃夕暮れの剣道場、俺と箒と仕種とこうして……。

(あれ……)

 ふと、思考が止まる。

 何か、違う……。いや、違うけど違わない? なんとも名状し難い違和感。

 言い表すならその時の光景と今見ている光景が一直線上にあるような気がしない。箒ではこのようなことはない筈なのに。

 それはまるで、脱線したレールの上を走り続けているような……。

「いっ!?」

 パシンっという音と共に目の前に閃光が走った。

 どうやら、違和感を探すのに必死になりすぎて面打ちを食らったらしい。打たれた場所ががじんじんと痛む。

「……一夏、勝負の最中に呆けるとはいい度胸です。集中力もそこまでおざなりになっているとは救いようがありませんね」

 顔は笑っているが、心は笑っていない。しかも心なしかいつも以上に辛辣だ。

「むう、一戦でなんとなく掴めてきましたがまだ足りません。もう一戦、要求します」

 そう言うと目を細めてすっと上段に竹刀を構える。その構えはさっき同様隙がないのだが、

「……やっぱりなんか違うような」

「? 何が違うというのだ」

「箒も仕種と剣持って向かい合ったら分かるって、ほら」

 竹刀を渡され言われた通り構える。

「む」

 仕種と向き合った箒は思わず声を漏らす。

「確かに……何とも言えない違和感を感じる」

「だろ? それのせいで集中力切れちまって」

「へえ、そんなに可笑しいですか私が剣を構えるのは」

 違和感があると言われて気にくわないのかじとりと睨む。

「いや、なんていうのかな。う~ん、なんていうか……。ああ、分かんねえなあ。なんて言えばいいのか言葉が出てこねえ……」

 もやもやした気持ちが残るがまあ仕方ない、こればかりは突然どこかでこのもやもやの正体が閃くかもしれないし今は保留だ。

「今度は私が見てやろう」

「ふふ、お手柔らかに」

「六年前とは違うことを見せてやろう」

 あれ? これって俺のためのことだよね?







[28623] 第五話 「紫陽花、開花」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/07 00:38





「仕種、お前なに食ってるんだ?」

 食堂に出会って第一声がそれってなんですか一夏。

 今日は珍しく箒とは一緒にいない。後に箒に聞いたんだが箒曰く、「今朝は顔も合わせたくなかった。それだけだっ」とのこと。昨日の晩にまた何かやらかしたんですか一夏……。

「何ってカツサンドですが。見れば分かるでしょう」

 そう言って断面を見せてやる。ソースカツがほんのりと焼けた食パンにはみ出んばかりの大きさに挟まれている。しかもカツがジューシーなことこの上ない。

「いや、分かってるけどさ」

 一夏は煮え切らないのか渋い顔のまま席に着く。私はそんな態度も全く気にせずカツサンドを頬張る。

「食堂のメニューにカツサンドなんてなかった気がするんだがなあ……」

「オバチャンに言って作ってもらいました。いわゆる裏メニューって奴です」

「んなこと出来るのかよ!?」

「トンカツ定食が出来るんですからこれも不可能ではないでしょう」

 それを聞いた一夏はあまりの唐突さにぽかーんとした顔をする。私だってダメ元で頼んだんですがまさか作ってくれるとは、IS学園の食堂のオバチャン恐るべし……。

「あー、カツ食べてるのってやっぱりゲン担ぎ?」

 頬張りながら喋るのは行儀が悪いので無言で縦に頷く。

 今日の放課後にはセシリアとの勝負が控えている。これもそのための下準備だ。

 勝負事がある日にはカツを食べると相場は決まっているのだ。これを食べるのと食べないのとでは安心感が違う、もう既に一種の儀式となっている。

 だがしかし、朝からガッツリ食べたくない自分にとってカツ丼やトンカツというのは胃に負担が大きいため、せめてものカツサンドということでここに落ち着いている。だったら昼にトンカツ定食を食えばいいじゃないかという無粋な質問は受け付けませんよ。

「仕種もジンクスとか担ぐんだな。ひょっとしてIS学園に入学する時も?」

「ええ」

 さもありなん。当然のことだ。

「これで後は昼寝さえ出来ればコンディションは完璧なんですけどね」

「仕種、千冬姉の授業でそれはいくらなんでも蛮勇過ぎるぞ……」

 一夏は呆れたと恐れの含まれた調子で説得を試みた。どちらかというよりもそんなことをした時の惨状を想像しているようでもある。

「出来ればと言っただけです。実際にするつもりはありませんよ」

 一夏の恐れに満ちた表情が滑稽でくすくすと笑う。まあ実際にやってしまいそうなのが今目の前に座ってたりするんですが。

「あれ、なんでだ? なんか今誰かすげえ馬鹿にされた気分だ……」

「気のせいでしょう」

 とはいえそれにどうしてこういうことにだけは鋭いんでしょう? 女性関係は貧血眼鏡殺人貴並かそれ以上に鈍いくせに。





















「仕種、大丈夫なのか?」

「それは一週間後に行われる貴方にかける言葉でしょう?」

「ぐ……」

 相変わらず辛辣な言葉を浴びせられる一夏。箒も隣でうんうんと頷かない。一夏がもっと凹むでしょうが。

 第三アリーナのAピット。時間は放課後、セシリアとの試合開始前に幼なじみがピットに駆けつけてくれた。

 IS学園のアリーナは放課後に全生徒に解放される。千冬先生がそれをなんとか確保してくれたがそれでも一時間が限度。それに専用機持ちの決闘を見ようと学園中の生徒が見に来ているらしい。

「さて、行きましょうか」

 そう呼びかけると髪につけていたコサージュが光を放ち、瞬時に鮮やかな紫色をしたフレームが身体を包む。

 四枚の多方向性推進翼マルチ・スラスター、両肩の展開式スラスターバインダー、脚部自身を覆うような巨大なスラスターユニット。更には肩部や腰部などに多数配置されている姿勢用制御用のノズル。

 多少重装甲にごつくなってしまったがそれでも機動力は折り紙つき。その上射撃補正などもIS自身がかなり学習している。

「これが、仕種のIS……」

 一夏は始めて身近で見るISの展開に感嘆の声を漏らす。

「ええ、紫陽花オルテンシア。カスタム元のデザインとは程遠いものになってますがかなり私好みに弄った優秀な子ですよ」

「カスタム元って、これは元々量産機なのか?」

 隣にいる箒が尋ねる。

「ええ。第二世代、疾風の再誕ラファール・リヴァイヴ。打鉄と同様、汎用性の高い機体です」

 ちなみに打鉄とは純国産の第二世代ISのことだ。ガード型で使いやすく多くの企業や国家が訓練機として採用している。

「露崎さん、準備はいいですか?」

「ええ」

 山田先生の確認に短く答え、そして一夏の方に向き直る。

「一夏、しっかり見ておいて下さい。参考になるかどうかは分かりませんがどうせ刀一本ブレード・オンリーの機体に乗ることになるでしょうから回避の仕方とかは見ておいて損はないでしょう」

「ちょ、ブレオンってなんでだよ!?」

「なんでって一夏は刀一本で世界を獲った千冬先生の弟ですよ? その人が用意する機体も刀一本に決まってるじゃないですか」

「なんだよそのカエルの子はカエル理論は!?」

 残念、カエルの子はおたまじゃくしなんだなこれが。

「言ってくれるな、露崎」

 一夏とやりとりを聞いていたのか、後ろから現れた千冬先生がすっと目を細める。やば、なんか死相が……。

「どうせそのつもりなんでしょう? 千冬先生?」

「まあ、否定はしないがな」

「おおおおおおおいっ!?」

 五月蝿い馬鹿者、とバカンッと一夏の頭に拳骨が落ちる。ご愁傷様。

「それに、お前だって似たようなものだろう?」

「それはまあ、そうですね」

 そう言われると尊敬するあの人のことを意識してしまい、少しだけ照れ臭くてくすりと苦笑する。

 織斑一夏が姉の千冬さんを尊敬するのと同じように。

 私もその高みに立ちたい人がいる。

 それはとても身近で、でも限りなく遠くて。

 私の憧れで、私のたった一人の肉親ねえさん

「ではってきます」

「あいつになんか負けるなよ!」

「ああ、勝って来い仕種」

 あの時と同じようにピットから飛び立った。違うことといえば背負っている人数。幼なじみ二人分、あのときよりも重い。

 それでも私の思いは揺るがない。息をするように、今度も勝ちを重ねさせてもらおう。















「あら、逃げずに来ましたのね」

 先に競技場に出ていたセシリアは私の少し上空で待っていた。相変わらず手を腰に当てているのが様になっている。

「それに、量産機のカスタム機とは笑止万全ですわ。だからそんな貴女に最後にチャンスを上げますわ」

「一応聞いておくことにしますが、それはどんなですか?」

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ」

 セシリアは既に勝った気でいる。いくらオルテンシアが専用機とは言え相手は第三世代でこっちはあくまで第二世代。性能差はカスタムで埋めたとはいえこちらは機体独自の能力を持ち合わせていない。

 それでも。見識や情報で相手を侮るような相手に負けるほどこちらの腕は錆付いていない。

「それはありがとうございます。なら私はお返しと言ってはなんですが、お山の大将でお高くとまってる貴女の社会勉強こうせいのために貴女には敗北の二文字を差し上げましょう」

 私の皮肉に顔を歪める。恩情を仇で返されたのがお気に召さなかったらしい。

「そう、交渉は決裂ということですわね。それなら―――」

 警告! 敵IS射撃体勢に移行。トリガー、確認、初弾エネルギー装填。

 ハイパーセンサーが敵機が攻撃態勢に移ったことを告げる。

 ―――――来る!!

「お別れですわね!」

 閃光が放たれるとほぼ同時、身体を左へ回転させ光線をかわす。

「あら、初弾を避けるのですわね」

「冗談。先制攻撃権を貴女に譲って上げただけです」

「っ。その減らず口、どこまで通用しまして!」

 再びレーザーライフル≪スターライトmkⅢ≫を構え引き金を引く。

 上空からのレーザーによる射撃の雨。本降りにはほど遠いがかなりの数が私を目がけて降り注ぐ。二百メートルのこの競技場で放たれたレーザーが目標に到達するまで僅か0.四秒。いくらISのハイパー・センサーで知覚が強化しているとはいえその時間はあまりにも短すぎる。つまり、かわすには銃口から判断するか完全に直感に頼るかしかない。

「さあ、踊りなさい。わたくしセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲ワルツで!」

「やなこったです。一人で勝手に踊ってなさい」

 戦いは開幕した。









side:織斑千冬

「仕種!」

 一夏は思わずモニターに向かって叫んだ。

 篠ノ之も一夏のように叫ぶことはないがじっとモニター見入っている。

 そんな中、山田先生は不思議そうな、それでいて怪訝な表情を浮かべる。

「山田先生、どうかしましたか?」

「あ、いえ。私と戦った時もそうなんですが、戦い慣れているというか安定感があるというか」

 言葉を選びながらたどたどしく繋げる。

「オルコットさんは代表候補生として長い間ISの操縦してきたから彼女の実力も納得出来るんですが、それを代表候補生でもない露崎さんがオルコットさんを上回るなんて……」

 山田先生が言いたいことが分からないでもない。代表候補生でもないのに専用機持ち。そのうえ、代表候補生と渡り合う。何も知らない人間からすればあいつは異常なのだ。

 一年のことの時期で代表候補生となれば最低でも二百時間はこなしている。その上、オルコットは早くから代表候補生に選ばれていた。つまり、私の示した最低ラインは軽く通過しているに違いない。そのオルコットを以ってしても仕種には届かない。

「やっぱり、姉妹だからなんでしょうか……」

 ぽつり、と山田先生はそんなことを漏らした。その一言に思わず眉を顰める。

「山田先生。露崎も、あいつも、実力に見合うだけの努力を重ねている。才能のその一言で片付けてしまってはあまりにもお粗末です」

「そ、それはそうですよね。失礼しました」

 ばつの悪そうにしゅんと項垂れる。

「にしてもあの馬鹿者は一体何を考えている」

 違和感に顔を顰める。それに気付いている人間は私と篠ノ之だけのようだ。あいつも異変に気付いたようで顔を曇らせる。

 山田先生や一夏はまだ気づいていない。一夏はともかく、山田先生が気付かないのは拙いのではないだろうか。まあ、抜けたところがあるので仕方ないのかもしれないが。

 何気なくモニターを見る一夏の様子を盗み見た。

 ひょっとすると……。

 一つの可能性がよぎった。しかしそれは限りなく確信に近いものであった。

「そういうことか。あのお人よしめ」

 私が心底呆れながらそう呟いた隣で山田先生は不思議そうに首を傾げる。

 ホントに、姉妹揃ってお節介なものだ。

 真剣勝負の最中でIS戦闘のレクチャーなんて一体どこの馬鹿だ。












side:露崎仕種




「―――貴女、一体どういうつもりですの……?」

 先程まで降り注いでいたレーザー光線の雨はその一言と共に止んだ。

 何発が掠って僅かにゲージが減っているが目立った外傷はない。

 戦闘にも全然支障をきたさない、まだまだ戦えるレベル。

 あれだけの砲撃の嵐を小破もしていないとは自分で自分を褒めてやりたいものだ。

「どうして! 一度も引き鉄を引こうとしませんの!?」

 顔を真っ赤にしながらライフルの引き金から指を離して私を指差す。

 引き鉄を引こうとしていないとセシリアは言っているがそれは語弊がある。

 何故なら、私は武装を・・・・・展開すら・・・・していない・・・・・

 ただ、敵の射撃に合わせ回避行動を繰り返しただけ。

 途中からはBT兵器のブルー・ティアーズも投入してきて難易度が上がったが、それでも問題なく回避を続けた。

 徹頭徹尾かわすことだけに専念した結果、痺れを切らせたセシリアは攻撃の手を止め、今に至る。

 今の彼女は冷静さを欠いている。戦いにおいて冷静さでいることは鍵を握る。頭に血が上ると判断力が鈍る。判断力が鈍ればミスを犯す。そのミスが勝敗を分けることとなる。

 だからもう一押しをすることにした。

「一夏」

 プライベート・チャネルを開き、Aピットの一夏に繋ぐ。

『な、なんだよ急に』

 突然通信を入れられて驚き身構えている。

「もうそろそろいいでしょう? 後は任せますから」

『お、おいちょっと待てよ! 仕種、一体……』

 用件だけを告げると一方的に打ち切る。一夏は何か言いたそうだったが特に気する必要がない。というか、説明してる時間がないしこれだけで充分だ。

「まさか、貴女あの男のためにデータ収集をしていたと……?」

 セシリアの真っ赤だった顔がさっと血の気が引いていき青ざめる。

「まあ、そうですね。一夏は何分初心者なものでデモを見て回避の仕方ぐらい参考になればな、と思いまして。それに一夏のISがまだ届いてないので見て感じてもらうぐらいしか出来ないですし」

「どこまで、貴女はどこまでわたくしを愚弄すれば気が済みますの!?」

 青かった顔は再び真っ赤になり激昂する。真剣勝負のつもりがこれまで男のためにわざとかわすことしかしてこなかったのだ。もともとプライドの高い彼女だ。その誇りを汚されたことへの屈辱は私の想像を絶するものに違いない。

「本気を出さないというのなら、そのまま負けてしまいなさい!」

 私の態度がとうとう彼女の怒髪天を突いた。先程とは比べ物にならない光の豪雨スコールが降り注ぐ。しかし、その精度は先ほどよりも数段欠いている。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると昔の先人は言ったが、出る数なんて砲身一つにつき一つな以上狙いが荒くなれば当然それは無駄撃ちなのだ。

 これでかなりやりやすくなった筈だ。

「さて、いきますか」

 13分42秒。この試合初めての武装、二丁のハンドガン<フタリシズカ>を展開し構える。

「ふん、ようやく武器を構えましたわね。しかし散々馬鹿にしてくれた相手に慈悲をくれてやるほどわたくしは優しくなくってよ!」

 左手を横に振り、ブルーティアーズを飛ばしてくる。

 しかし私はもうこの兵器の特性は戦いの中で既に掴んである。

 このブルー・ティアーズはセシリアの癖なのか定石に乗っっかったものなのかは知らないがあれは私の反応のもっとも遠いところ――――死角からの攻撃をしてくる。

 後は簡単だ。どこに飛んでくるかが分かるということは逆を言えば、相手にどこへ飛ばさせればいいかを『誘導することが出来る』。

 BTのレーザーを回避しながらあらかじめ予想した入射角に合わせ、銃のトリガーを引いた。

 そしてビットはビームのマシンガンに吸い寄せられるように弾が命中し、爆発する。

「っ!」

 遠目であったがセシリアの息を飲む姿がはっきりと見て取れた。

「私にとって勝つことは息をすることと同じ、息をするように勝利をもぎ取って見せましょう」

 反撃の狼煙が上げられた。







[28623] 第六話 「その心に問う」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/11 15:28



side:セシリア・オルコット





「くっ、そんな……!」

 セシリアは焦っていた。対戦相手はカスタム機とはいえ所詮は第二世代。第三世代のブルー・ティアーズと代表候補生の自分なら造作もなく捻じ伏せられるという絶対の自信を持っていた。

 しかし、現実はまるで逆。捻じ伏せるどころか相手に叩き伏せられそうな嘘のような本当。

 機体スペックは確実にこちらが上回っている。操縦技術も同年代では抜きん出ているという自負を持っている。

 ではどうして。自分は今、相手に押されているのだろうか? 

「ええい、ちょこまかと……!」

 こちらの照準も相手の三次元躍動旋回クロス・グリッド・ターンにより思うように定まらない。

 仕種あいてはそんな様子を嘲笑うかのようにBT兵器ブルー・ティアーズする。そして、言うまでもなく自分は翻弄されている。翻弄すべき武器に自分が翻弄されては本末転倒もいいところだ。

 そんな思考の間にもまた一つ、ハンドガンによってブルーティアーズが撃墜おとされる。

「二つ」

 爆散するブルー・ティアーズを尻目に冷たい声で宣言する。

「くっ!」

 残るビットはあと二つ。冷静でありたいのに焦りはますます加速する。

 あちらにはまともな被弾がない。それは自分が一度も命中させられなかったから。

 なのに相手が動き出した途端にこちらの被害だけは増してゆく。まるで眠れる獅子を起こしたように……。

 冗談ではない。代表候補生でもない人間など赤子の手を捻るくらいに簡単に撃墜おとせる。いや、そうでなくてはいけないのだ……!

「いい加減にまともに当たりなさい!」 

「そんな無茶苦茶な命令は聞けませんよお嬢様。ほら後一つ」

 こちらの叫びも虚しく、またひとつBTが破壊され仕種のカウントは続く。

(たかが島国の庶民の生意気に……! どうして、どうして!)

 先ほどの挑発も相まってこちらの苛立ちと焦りが最高潮に達する。

 戦闘ではいかに自分が冷静でいられるかが求められる。そのことは重々理解している。しかし理屈あたまでは分かっていてもそうは言っていられない。

 ならば、どうしてこんなにも追いつめられる。こんなにも歴然とした差が存在する。

「ラスト」

 最後のBT兵器ブルー・ティアーズが破壊された時にと心に一雫が波紋を立てた。

 ……ああ、理解した。

 これは機体スペックの問題ではない。認めたくないことだが相手の操縦技術が私よりもずっとかけ離れているだけなんだ。

「さて、これで全部ですか」

 作業終了、と何事もなかったかのように言ってのける。

 ああ、わたくしを邪険に扱ったあの時の彼女の振る舞いは正しい。

 わたくしは露崎仕種にとってその辺に転がっている有象無象いしころに過ぎない。

 彼女の実力からすれば、IS学園の一年生は等しく「下」なのだろう。

 そう考えると何故かさっきまで沸き立っていた頭が不思議と冷めていく。

 その現実を思い知らされた戦慄。

 それを認められない己の矜持。

 板挟みになりながらも相手の瞳を睨み返す。そう、まだこの心が折れるまける訳にはいかない。

 わたくしはイギリスの代表候補生。敗北は許されない。強くあらなければ、オルコットの名を守れない。これくらいの障害てきを乗り越えられずしてこれからどうIS学園を過ごしていくことになるのだろうか。

「……どうやら立て直したようですね」

 仕種はそう感心したように呟く。

「ええ、おかげさまで。頭の方が冷めて参りましたわ」

 軽口で牽制しながら心に闘争心ねんりょうを再投下するとすぐさまに状況判断に移る。

 残された武器はスターライトmkⅢと近接戦闘用のインターセプター。

 そして弾道型ミサイルのブルー・ティアーズが二機。

 そのうえこちらは前半戦で撃ち過ぎたためエネルギーも残り弾薬も少ない。

 対する相手はシールド・エネルギーもまだまだ安全域。おまけに武装の把握もままならない。ホントにキツイ。

 とりあえず、あのハンドガンは射程距離がスターライトmkⅢよりも短いらしい。となれば、あれは必然的にこちらに近づかなければ当たらない。

 ならば近づいてくるのを誘いだして……。

 そう作戦を立てると後ろに飛ぶと距離を詰めるために追うように相手も動いた。

(かかりましたわ)

 あまりの作戦のハマリ具合に思わずにやりと口角が釣り上がる。

「お生憎様。ブルー・ティアーズは六機あってよ!」

 スカート状のアーマーを外しミサイルの砲身を向ける。このタイミングならいくら相手も回避は……!

「そんなことだろうと――――――」

 考えを呼んでいたかのように腕に光が集まる。そして、またたく間武装を展開し構える。この間、僅かに零コンマ五秒。

「っ!?」

 ここの来ての大誤算。相手は回避ではなく迎撃を選んだのだ。

 いや、それ以上にこちらが誘い込んだと思っていたのがまるで逆でそれを読んだ相手にいいように誘い込まれたとでもいうの!?

 しまったと思ったところで時間は巻き戻らない、ミサイルは既に発射してしまっている。

 それをレールガン≪ストレリチア≫がミサイルを発射した直後、スカートのアーマーに偽造した左のブルー・ティアーズを打ち抜いていた。

「きゃああああっ!」

 至近距離でのミサイルの爆発に大きくシールド・エネルギーが大きく削られる。

「――――――思ってましたけどね」

 再び引き金は引かれ銃弾が放たれる。右側が打ち砕かれる。

「これで正真正銘、ビットは全滅ですね」

 そういうとレールガンを収納クローズしハンドガンを再び構える。

 それよりも煙幕によって隠されているその上から右のチェスト部分を撃ち抜くなんてどういう技術をしているのだ。まったく技量の差が一々表れてゲンナリする。

 とにかく、もう一度立て直そうと考え直す。

 相手は自分と同じ射撃型。射撃型の弱点は懐に飛び込まれると弱いところだ。故に間合いを詰めさせてはならない。近距離型は逆に距離を詰めなければ勝てない。

 ならば、ブレードの届くような間合いを詰めてくることはない。

 そう結論づけた瞬間。空中で停滞していた花は紫の閃光となり、爆ぜた。









side:露崎仕種





 瞬時加速イグニッション・ブースト

 内蔵される全てのスラスターを吹かし一気にトップスピードに持っていく強襲戦法ブリッツ・アクション

 おまけにあれだけの数のスラスターが一気に稼動しようものならその速度は現行の第三世代ですら余裕で上回る。

 紫電の如く相手に向かって突貫する。その速度は形容した通りまさしく雷。

 セシリアが間違えていたところはオルテンシアがブルー・ティアーズと同じ中距離射撃型ではなく、高機動・・・射撃型ということだ。

「な――――――!」

 セシリアが驚愕の表情を浮かべる。しかし、その一瞬ですら私にとっては十二分な隙だ。

 こちらの接近に驚きながらもスターライトmkⅢを構えようとした瞬間に、銃身に向かって思い切り鋭い回し蹴りを入れる。

 加速度による威力も相まって蹴りの衝撃で銃身が曲がってしまい使い物にならなくなってしまう。それにたとえライフルが無事だとしてもこれだけ接近された状態でライフルを取りまわすことは無理だ。

「くう……!」

「これで武装は全壊。そろそろ終幕フィナーレと参りましょうか」

 近接武器を呼び出しコールさせる時間すら与えない。

 両手にフタリシズカを構え離脱させる間もなくそのまま零距離射撃。

 撃ち出す有らん限りの光弾の嵐。あるいは数の暴力とでもいうのだろうか。

 前半戦と先程のミサイルの爆風によってかなり消耗していたエネルギーでは堪え切れる筈もなくは相手がようやく離脱に光を見出した頃には、





『試合終了。勝者、露崎仕種』





 勝利のブザーが鳴っていた。















「すごかったぞ仕種!」

 試合が終了してピットに入ったいの一番にそう感激の声を上げた。興奮冷めやらぬ状態を見るとやっぱり男の子なんだなあってしみじみ思う。

「ふん、勝てたからよしとしよう」

 箒も多少言葉に刺があるが喜んでくれている。持つべきは幼なじみだ。

「お前ならこれくらい当然だろう」

 そんななか千冬先生だけは辛辣だった。この人に褒められた試しがない。

「ちょっとくらい褒めてもいいんじゃないですか織斑先生?」

 そうそう、山田先生もっと言ってください。私って褒められて伸びるタイプなので。

「真剣勝負でIS戦のレクチャーする馬鹿に誰が褒めるか馬鹿者」

 酷い……。馬鹿って二度も言いましたよね? ……まあ、言われるだけのことをしたんだから当然といえば当然か。

「千冬先生、今日のIS戦のVTRって借り出しとか出来ませんか?」

「確かに資料として録画されるが……。週末になるが別に構わないか?」

「ええ。試合前に一度でも見られれば充分です」

 口頭で教えてもいいが映像資料があった方が分かり易いだろう。なにせ一夏だし教えるのならば懇切に懇切の二乗ぐらい丁寧でもまだ足りないぐらいだ。

「次は貴方の番ですよ。一夏」

「ああ! 俺も勝つからな!」

 私の試合を見たことにより気合いの入りようが違う。だが、

「どうだか。変なミスで負けるんじゃないですか?」

 一夏が気合いが空回りした場面をしょっちゅう見かける気がする。こういう手合いは調子づかせてはいけないとガイアが囁きかけてくるような……。

「待てえええっ!! 持ちあげた瞬間に落とすって何様だてめええ!? ワレモノの如く丁重に扱えよ!?」

「男の子なんだから多少ガサツでもいいじゃないですか。千冬先生はどう思いますか?」

「調子に乗った織斑ならありえんこともない話だな」

「ち、千冬姉ェ……」

 この二人に容赦の二文字はない。

 ちなみに千冬姉と呼んだ一夏にはおなじみの出席簿がお見舞いされた。いい加減学習せい。














「一夏、箒。今日、千冬先生が言ったこと覚えてますか?」

 夕暮れの寮へ帰る道、二人に問いかけた。

「なんのことだ?」

「私もどれか見当がつかないんだが」

 二人とも私の言いたいことを読み取ってくれない。これでは主体性がなかったか。むう、日本語ってこれだから難しい。

「一夏の機体のことですよ」

「あ、ああ。たしか刀一本がどうとかのくだり?」

 一夏の答えに頷く。

「千冬先生は刀一本で世界を極めた。ならばその人が弟に託す機体も刀一本っていうのが道理っていうんじゃないのですか?」

「んなこと言っても俺は千冬姉じゃないしなあ……」

 そういいながら一夏は腕を組む。

「謙遜しなくても一夏は剣の素質は充分あるんですよ。なにせ、一夏は箒を圧倒してたんですから」

「む、昔の話だ! 今では私の方が強い!」
 
 箒が真っ赤になりながら怒鳴る。あー確かにそのこと根に持ってたな。それに不甲斐なさがプラスされればむきになるのも無理はない。

「だいたい! 何故おまえたちは剣をとることをやめてしまったんだ! 剣の腕は三日欠かせば七日を失うというのだぞ!?」

 やべー。思いっきり地雷踏んづけたかも……。

「あー、それは……」

「一夏、素直にゲロンティしてしまいなさい」

「ゲロンティってなんぞ!?」

「説明がめんどいので省略します。どうせ、一夏のことだから千冬先生にいらん気を使って剣をとる時間がなかったんでしょう? このシスコン」

「な! そんな理由で剣を止めたのか!? 不埒だぞ一夏!!」

 これ以上は余計に遠回りになりそうだ。早く話題転換せねば。

「……とにかく、ISのことを教えるより一夏は箒との鍛錬に集中してください」

「え。なんでだよ」

「ISも所詮は人の延長、パワードスーツです。剣みたいな道に通じるものはそのまま腕がダイレクトに反映されますからね」

 ISそれを動かすのは所詮はヒト。ヒトの技術をISの知識と融合させることで真にISは強さを発揮する。

「そういやさ、仕種も剣強かったけどなんで銃なんだ? あんなに強かったのに」

「……あの人の影響ですよ。それに剣よりも適性が高いんです。僅かだけですけどね」

 一夏の問いに少しだけ戸惑いながらくすりと苦笑いする。それにたとえ剣の方が適性が高かったとしても私は銃を選んでいただろう。……なんていうか私も一夏のこと笑えないな。

「それに私のスタイルだとIS戦に合わないんですよ。後の先、確実に先手を許すのは大きなアドバンテージになりますし。巧くさばけたからといって決定打が与えられる訳ではない、リスクが大きいんですよ」

 私は一夏や箒のようにがしがし攻めるタイプではない。相手のほんの僅かな隙を縫うように埋めて攻める。それが露崎仕種が得意とする戦術だ。

 そのことは当然、ISにも反映される。セシリアの焦りを生じさせ、隙を作りそこを攻め立てる。それが私の戦術。

「とにかく、私はいつも通り一夏を鍛え直せばいいんだな?」

 意気揚々と言う箒。

「ま、そういうことです。あ、試合前の日は軽めにしてくださいね。セシリア対策をしますから」

「まかせておけ」

「こう箒は言ってるので、頑張りなさい一夏」

「お、おう……」

 明日からはきつい扱きになるでしょうね。頑張りなさい一夏。これも勝つために必要なことです、ええ。















「ふああ……」

 相変わらず駄々っ広い部屋の中に緩みきった欠伸が一つ。

 いつものように一夏たちと夕食を取り、その後室内のシャワーを浴びて寝巻に着替え後は寝るだけだ。

 今日はなるべく早く寝たい。模擬戦ではそれほど疲れていないが慣れない学校生活の方にかなり労力を持っていかれておりいつも以上に疲れている。

 身体を横たえ眠りに入ろうとしたそんな時、控えめで上品なノックする音が聞こえる。

「む、う。寝るつもりだったのに誰ですか?」

 ベッドに預けた身体をゆっくり起こしてのろのろと扉を開けるとそこには、

「少し時間よろしいかしら?」

 放課後に戦ったセシリア・オルコットがいた。

「よろしくないです。眠いので明日にしてください。失礼します」

 扉を閉める。ふう、危なかった。

「ちょっとお待ちなさい! その態度はあんまりですわ!!」

 がしっとドアに足をかけ閉じられないようにしている。うわ、なにこの人しつこい……。

「キンキン甲高い声で喚かないでください。こっちはもう寝るところだったのに……」

「わたくしが用があると言ってわざわざここまで足を運んでいるのですのよ!? 客をもてなすのが礼儀ではなくて!?」

 えー、相変わらずの上から目線、非常に面倒くさいです。

「だいたい、あの勝負は……」

「喧しいぞ」

 その一言と共にずがんと、出席簿ではなく拳骨がブロンドの頭に落ちる。ちなみにずがんというのは形容ではなく実際にそういう音がしたのだ。

 殴ったのは言うにあらず千冬先生。一夏の話によるとここの寮長をしているらしい。現れる時にダースベイダーのテーマが流れたのは私だけではないだろう。もしくはターミネーター。

「何を部屋の前で騒いでいる。他の連中に迷惑だ馬鹿者」

 頭を押さえながらセシリアは縮こまっている。うわ、ご愁傷様。

「露崎も少しくらい聞いてやれ。それでこいつが黙るんだろう?」

「え、しかし……」

 反論しようとしたノータイム、すがんという音が脳天に落ちる。実際受けるとずがん、ではなくずどんというのが正しいニュアンスだった。体験してみないと分からないこともあるものだ、まる。

「しかしも駄菓子もない。これは命令だ」

「い、イエスマム」

 教師じょうかんの命令は絶対らしい。一体、どこの軍隊だ……。

 ドアの隙間から覗き見ていた野次馬たちも千冬先生が振り返ると一斉にドアを閉める。

 そうして廊下に取り残されるセシリアと私。

「……入りなさい」

「ど、どうしてわたくしが貴方の指図など……」

「また殴られたくなかったらさっさと入ってください」

 先程の痛みを思い出したのかセシリアはびくっと肩を震わせた後、渋々頷く。人間、痛みには弱いらしい。

 ドアを閉めてパチンと部屋の明かりを点ける。そのまま備え付けの冷蔵庫を開ける。

「なんか飲み物とかいりますか?」

「いいえ。お気付かないなく」

 そう言うと上品にベッドに腰掛ける。そうですか、と短く返答すると椅子に腰かける。

 そして、そこに訪れる気まずい沈黙。

(何故そこで黙るんですか!? 話すことがあってここまで来たんでしょう!? なのにどうして黙りこくるんですこのパツキンロールは!?)

 そんなことを愚痴ってみたところでこちらの思いが通じそうもない。こちらから話しかけるしかないのか。

 とはいえ話題が……そういえば、

「先に言うべきことがありました」

 そう告げるとセシリアに向き直りまっすぐ見据える。相手もそれに応えるように見つめ返しは何を言われるのかと心待ちにして身構える。















「ごめんなさい」

 そう言って頭を下げる。

「へ?」

 突然、想像もしないような一言に素っ頓狂な声を上げる。

「以前、貴女のことを侮辱しましたね? 売り言葉に買い言葉でしたが、貴女を傷つけることを言ったのに変わりありません。ですので、その非礼を詫びます」

「あ、頭を上げて下さいまし! わ、わたくしもあの時は大人げなかったといいますか……」

 バツの悪そうになりながらもわたわたと慌てる。あ、微妙にかわいいぞこいつ。

「ですからっ! この件はお互いが悪かったということでおあいこということで。これでよろしいかしら?」

 そう言って始めて自然な笑顔を見せた。

「そうですね。これで仲直りということで」

 握手をする。白く、か細く、小さな手のひらだった。

「それで、何を話に来たんですか?」

「……わたくしの父はいつも母の顔色ばかりを窺うような人間でした」

 僅かの沈黙の後、意を決したのかセシリアは自信の過去を独白する。

「名家に婿入りしたことを引け目に感じていつも……。逆に母はISが開発される以前、女権があまり著しくない時代でも自信と誇りを持って生きていた。厳しかったけれどわたくしの憧れでしたわ」

 表情に華やかさが生まれるがそれも一瞬、すぐに暗いな表情に変わる。

 そう、だった・・・のだ。

「三年前、父と母を亡くしましたの。その時何故か二人一緒にいて鉄道事故に巻き込まれて……」

 話の内容のせいか沈痛な表情になる。仕方のない話かもしれない。嫌だったとはいえ一応の父と憧れの母を同時に亡くしたのだ。辛くない筈ないだろう。

 私の三年前といえば。あの頃か。

「それからは両親の遺産を守るのに必死でしたわ。さまざまな勉強をしているその一環でISの適性テストを受けましたらA+判定が出ましたの。そして国籍保持のためイギリス政府からISの代表候補生のお誘いを頂いて、即断しましたわ。色々両親の遺産を守るのに都合のいい条件も頂いてますし、世界最強の兵器を自身が操ることが出来るんですから、断る理由がありませんわ」

 明かされていくセシリアがそうならざるを得なくなった過去。

 顔色ばかりをみて過ごす情けない男を見て育ったんだろう。金に群がる男に嫌気は差したのだろう。

 男を見下すのはそういう男を見て育ってきたから。誇りを守るためにそれに降りかかる害虫おとこを払うためにそうせざるを得なかったから。

「その時からわたくしは将来、情けない男とは結婚しないと心に決めておりますの」

「露崎さん。貴女の言う通りならば、男は捨てたものじゃないかもしれない。けれどわたくしはいまいち信用することが出来ない。わたくしが見てきた男の中に少なくともそういう人間は一人もいなかったのだから」

 そう一息を置いて、まっすぐな視線を投げかける。

「だから仕種・・。貴女からみて織斑一夏あのおとこはどういう男なんですか?」

 それがここに来た理由。ならば、真面目に答えてやるというのが当然の筋だろう。

「あいつは馬鹿です。愚直なほどに一直線な男。それでいて他人の気持ちにまるで気付きもしない唐変朴な男。そして心に何と言われようと曲げない一本の柱を持ってる男です」

 それを聞き届けると張り詰めていた頬を緩める。

「随分と評価なさるのね。あの方に惚れてますの?」

「あいつに惚れる? 何を馬鹿な。あんな他人の心を読めない朴念仁に惚れるなんて地球が逆回転するくらいにあり得ないです」

「そ、そこまで言い切ってしまいますの……」

 当然です。私があいつに惚れるなど無料大数にひとつあり得ない。

「でも、気をつけるなさいセシリア・・・・。一夏は貴女の条件を満たした強い意志を持った男ですから。あいつに惚れたら骨が折れますよ」

「そこまで言われると興味が出てきましたわね。注意しておきますわ」

 くすくすと意地悪そうにそれでいて上品に笑う。

「ところで。貴女はどうして、そんなに強いんですの?」

「私の答えなんか聞いて、役に立つか分かりませんよ?」

「それでも、聞いておきたいんです。貴女はどうしてそんなに他人に媚びることのない強さを持っているのかそれを知りたいんです」

「私は巧く戦えるだけ。強い訳じゃない。それでもその根底にある強さを言ってしまうなら」









「誰にも負けたくないから」











[28623] 第七話 「始まりの白」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/14 01:05



 私とセシリアの戦闘から五日、土日を挟んだ月曜日の放課後。私の時と同じように第三アリーナのAピットにいた。

「―――――――なあ、箒」

「なんだ、一夏」

 あの日から一週間、一夏は物の見事に箒に扱かれ続けた。いや、確かに扱いてやってくれとは言ったけど根を上げさせられないところまで扱くとは流石、古き良きスポコン魂に溢れた数少ない人間だ箒。

 おかげで一夏は大分勝負の勘は取り戻せたようだが、それでも「錆だらけ」から「錆ついた」に変わっただけ、というかほとんど変わりない付け焼刃状態なのだがでどこまでやれるか分からない。

「いや、来ないな。俺のIS」

 そう。

 一夏の専用機は一夏が男故に少し調整に時間がかかっているらしい。

 らしい、というのはあくまで憶測だからで実際は間に合わなかったZE! だからまことに、ま・こ・と・に! 申し訳ないんだけど量産型の打鉄で戦ってもらうんだZE! なんて言われてもこの状況下では不思議ではない……って何を言っているんだ私は。不意に謎の毒電波が。

つまりは、試合の開始時刻を回っているが一夏のISはまだ来ていないのである。

「お、織斑くん織斑くん織斑くん!」

山田先生がわたわたとこけそうになりながら駆け寄って来る。足取りが危なっかしいこと限りない。山田先生はこれさえなければいい先生なんだけどなあ。

「山田先生、深呼吸して落ち着いてください。はい、深呼吸。すーはーすーはー」

「すーはー、すーはー。あ、ありがとうございます落ち着きました」

「いえいえ。で、何がどうしたんですか」

「それでですね! 織斑くん、来ました! 織斑くんの専用IS!」

 へ? と一瞬呆けたような顔をする。

「織斑、すぐに準備しろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えて見せろ。一夏」

「……同情しますが、やるしかないですよ。一夏」

「え、あの……?」

「「「「早く!!」」」」

 四人の声が見事にハモる。一夏、貴方がどもってる時間なんて一秒もないんですよ!

 斜めに噛み合った防壁扉がガコンと音を立てて開くと、

 ――――――そこに、『白』がいた。

「これが……」

「はい! 織斑くんの専用IS、『白式』です!」

「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。出来なければ、負けるだけだ。分かってるな」

 千冬先生にせかされて一夏は白式に触れる。

 一夏は不思議そうに固まるがそれも一瞬、白式について理解したのか動くことを再会する。

「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。あとはシステムが最適化をする」

 カシュ、カシュという機会音と共に一夏が白式と一つになる。

「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

「大丈夫、千冬姉。いける」

「そうか」

 千冬姉って呼んでるのに一夏が怒られていない。まあ、千冬先生も「織斑」じゃなくて「一夏」って呼んでるから私人として心配してるんだろうけど。

「一夏、昨日私が教えたこと。忘れてないでしょうね?」

「ああ、ちゃんと覚えてるよ。対ブルー・ティアーズの必勝法、使わせてもらうさ」

 そう言って笑いかける。逆にその笑みが不安を誘う。

「……念を押しますが、最後の最後まで気を抜かないように。私からはそれだけです」

一夏の場合、平気で「やったか!?」みたいな死亡フラグを立てますからね。

「充分だよ。仕種」

「…………」

 隣の箒はなんて声をかければいいのか分からないのか黙りこくっている。

「箒」

「な、なんだ仕種」

 じれったいので、箒に助言をしてやることにする。ほんと、不器用ですよね箒って。

「こういう時は言いたいことを言っておきなさい」

 う、うむと首を縦に振る。うん、素直でよろしい。

「一夏」

「ん、なんだ箒」

「その、なんだ。勝ってこい」

「ああ、行ってくる」

 そう告げて一夏は飛び立つ。

 世界で唯一ISを動かせる男の公式戦が始まった。









side:織斑一夏




 飛び立った僅かな時間に思考を思いめぐらせる。

 箒と仕種と千冬姉の期待を背負って戦う。一人だけでも重いというのにそれが三人分となると流石に重い。

 世界最強ちふゆねえの弟ってだけでもハードル上がってるのに、周囲からの期待の目も充分に重しになる。

 けれど、

「負けらんねえよなあ……」

 そんな重圧にも負けず一人、静かに闘志を燃やし呟く。

 勝つと約束したからには、果たさねばならない。信頼に応えなければならない。

 やっと、守ることの出来る力を手に入れたんだから。

「来ましたわね。織斑一夏。レディをエスコートする男が遅刻するなんてマナー違反ではなくて?」

 空に飛んだその先に、蒼は腰に手を当てて試合の開始を待っていた。

 ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり。先程白式から送られてきた情報を再確認する。

 もっとも、昨日に仕種たちと映像を交えての対策会議はやっているから相手の手の内は知り尽くしている。

 けれどそれで勝負が決まるわけではない。相手は代表候補生、国の未来の代表を担うために訓練を受けてきたエリート中のエリート。

 対してこちらは先日までISのIの字も知らなかった一般人に毛が生えた程度のズブの素人。到底、この差は埋められるものではない。

「悪い。少し立て込んでてな」

 軽口を牽制に戦うべき敵を見つめ返す。

 ふん、と鼻を鳴らしながら腰に手を当てているが以前の彼女とは態度が違う。ハイパーセンサー越しでなくても一週間前との対応の違いははっきり見て取れる。

 前なら俺の一挙一動に対してもっと侮蔑した目で見ていた筈だ。……それが原因でこんなことになっているんだが。

 それに彼女の纏う雰囲気がどこか張り詰めている。ピリピリと、真剣勝負に挑むような、何か見極めるようなそんな空気だ。

 なら、深いことはどうでもいい。

 侮られて試合をするより、真剣勝負で手を抜かれるより、本気でぶつかってくれるのならずっといい。

 この場に来てようやく彼女と対等の立場に立てた気がする。

「試合を始めるに当たって問いますが織斑一夏、貴方は何のために戦うのですか?」

 そんなことを聞かれると思ってもみなかった。

「え……と」

 いきなりの問いに思わずどもってしまう。んなこと急に言われてもうまく言いたいことが纏まらないっていうか……。

「結構ですわ。今答えられないのなら、答えが出た時に聞きましょう」

 おう、勝手に進めるぞこの女。やっぱり根っこは変わりないみたいだな。

「お互いの全てを賭けなさい織斑一夏! このセシリア・オルコットが全身全霊お相手致しましょう!!」

 開幕を宣言すると当時、スターライトmkⅢからレーザーが放たれる。

「うおっ!?」

 耳をつんざくような音のレーザーを間一髪でかわす。

「いい反応ですわ。ですが、それもいつまで続くかしら?」

 続けて引き金が引かれる。降り注ぐレーザーの雨。必死に回避するがそれでも二発、三発と雨に撃たれる。

(くっ! 白式が俺の反応速度に追いつけてない!)

 精密射撃がエネルギー・シールドをどんどんと削る。いくらなんでもこのままではジリ貧だ。

「武器はないのか……!」

 白式に問い、展開可能な武器一覧を開くと一覧の中には近接ブレードしかない……ってやっぱり刀一本これだけかよ!!

「ま、分かってた話だけどさあっ!!」

 悪態づきながらも、唯一の武器である一・六メートルほどのブレードを展開する。

「中距離射撃型に近接武器で挑もうなんて……笑止ですわ」

「これしかないんだから仕方ないだろ。それに剣には一応の心得があるしな」

「確かに素人に銃の扱いについて心得てる筈もありませんし。そっちの方が勝てる確率が上がるかもしれませんわね。しかしっ!」

 右腕を横に振り、背中に配置された非固定浮遊部位アンロック・ユニットのフィン・アーマーを飛ばす。ブルー・ティアーズだ。

「そんなもので経験の差が埋まるほど程、勝負は甘くありませんことよ!!」

 始まるブルーティアーズを含めてのレーザーの嵐。

 しかし、前回の戦いで札は見えているので対処の仕方は分かっている。

(ビットが狙ってくるのは俺の一番、反応が遠いところからだ)

 仕種の対策講義を思い出しながら、白式を撹乱するように飛びまわるビットのレーザー群をかわす。

 どこから来るかが分かるのならばその方向に注意深く意識を向けてやれればいい。

(それにあいつがブルー・ティアーズを扱ってる間はBTの制御に集中しなくちゃいけないからライフルを撃つことはない……!)

 身体をねじながらビットから繰り出されるレーザーのコンビネーションをかわす。

(だったらっ!)

 一瞬の隙を突き、スラスターを吹かしビットの包囲網を突破する。

 ビットを置き去りにして、無防備な奴の懐に飛び込めばいい。

「っ!?」

 一瞬、セシリアの顔がたじろぐのが見えた。

「はあああああああっ!!」

「くっ!」

 セシリアは僅かに遅れながら急いで銃を構え、ライフルから放たれる閃光を――――――かわした。

「うおおおおおおおっ!!」

 そのまま気迫で相手との距離を肉薄し、ついに刀の届く距離まで詰めた。

 近接武器を構えていない相手に対して確実に一撃が入ることは必至――――――だった。

 どくん、と心臓は跳ねる。これは罠だと本能が告げる。

 しかし、そんなもの本能でなくても理性でも充分に理解することが出来てしまった。

 何故なら、セシリアのその口元は全てが思い通りに言ったことを喜ぶように歪んだのだから。

「っ!?」

 嫌な予感と共に、予期せぬ方向から光がスラスターを撃ち抜いた。

「な――――!?」

 予測不能の事態に思わず動きを止めてしまう。

 今、一体何が……!?

「勝負の最中に余所見をしている暇はありまして!?」

「しま――――――!」

 セシリアの声に我に返るが、既に遅い。セシリアはライフルを素早く構え直すと放たれる閃光が右肩を撃ち抜く。

「ぐ、う!?」

 至近距離で攻撃を受けた衝撃で大きく弾き飛ばされる。

 正面から受けたライフルにシールド・エネルギーが削られる。

 詰めていた距離を一気に離される。その距離二十メートルあまり、近接武器の間合いとしては絶望的だ。

 失念していた。

 何故、こうも簡単にセシリアは突破を許した?

 彼女がこっちが対策をとっていることを分からない訳ではない筈だ。

 つまりは、

「まんまと誘い込まれたってことかよ」

 小さく悪態づく。ブルー・ティアーズの特性じゃくてんを理解し、それを利用したのだ。

 しかし、それだけでは説明出来ない。あれは仕種の時ではライフルとの両立はほとんど不可能だと対策講義では結論付けていた。

 では、何故ブルー・ティアーズのレーザー光がスラスターを撃ち抜いたんだ?

「驕りを捨てたわたくしは以前のわたくしとは違いましてよ?」

 誇り高くセシリアはそう宣言する。彼女が戦いに駆り立てるのは驕りではなく誇り。

 理解出来ないまま、一方的な豪雨が降り注いだ。とにかく、今は相手の手数を増やさせてトリックを見極めるしかない。















side:露崎仕種



「仕種! 話が違う! あいつはビットとライフルの併用は出来ない筈だろう!?」

 管制室で試合を見ていた箒がものすごい剣幕で突っかかる。

 無理もない。私たちが対策会議をした時点では想定していないことが目の前で起こっているのだから。

「……確かに私が戦った時点では併用してなかったし出来なかった筈です。私だってこんなの予想外なんですよ箒」

 私だって目の前で起こっている事に対して理解が追いついていない。

「あ……すまない」

 思わず感情的になってしまったのを自省しばつの悪そうに項垂れる箒。

「BT兵器、ブルー・ティアーズの特徴は毎回命令を送らなくてはいけない。その間どうしても操縦者は無防備になってしまう。正規のやり方ならこれは絶対の筈です。そのシステムが一週間やそこらで変わるとは思えない」

「しかし現に……!」

「自律制御だな」

 千冬先生はモニターを見据えながらそう呟くと一斉に視線が集まる。

手動操作マニュアルのような相手の死角を突くような多角的な動きは出来なくなるが、自律制御リモートにプログラムを任せることでライフルと同時使用のコンビネーションが出来るようになったというわけだ。あくまで推論だがな」

 そう考えるのが妥当だろう。だが本当にそれだけなのだろうか?

「でも、たった一週間のうちにBTの自律制御用のパッチを組み立てるなんて……」

「なに、あいつは代表候補生だ。協力者がいない訳ではないだろう」

 山田先生の懸念を切り捨てる。確かにそれは否定出来ない。国の威信を背負って立つ代表候補生ならば、バックアップ体勢は充実しているだろう。

「しかし、一週間で凄い人の変わりようだな露崎。一体オルコットに何を吹き込んだ?」

 そう言うと千冬先生はちらりと視線を移す。

「吹き込んだって人聞きの悪い。少し話をしただけですよ」

 まあ、某魔法少女のような肉体言語的なOHANASHIはしてないんですけど。

「……そうか。ならかまわん」

 それだけ言うと千冬先生はまたモニターに目をやる。千冬先生は必要以上に深く詮索しないでくれるのでこちらとしても非常に助かる。

 私も再びモニターに目を戻す。映っているのはライフルとBTに翻弄されながらも私に言われたことを実行する一夏。

「私の対策会議、無駄にしないでくださいよ。もう少しで、逆転の糸口を掴めるんですから」

 柄にもなく映るモニターに映像に対して語りかける。

 教えたのは必勝法だけではない。相手の機体、武器の特性。

 そして白式の状態。

 今はまだその時ではない。

 その時が来れば、きっと―――――――。









side:織斑一夏



「くぅ!」

 ボロボロになりながら相手の攻撃をかわす。反撃の糸口さえ掴めない。

 先程からはライフルとの連携ではなく同時攻撃ばかりだ。

 いや、ばかりではなくこの試合全ては同時攻撃?

 ひょっとすると、

 確認するために一端、距離を置く。

 それを見逃さずにセシリアはライフルが放たれる。それと同時、飛び回っていたビットも一斉にレーザーを放った。

 懸念していたことが当たり、ついに核心を突いた。

(見えた! BTとライフルが同時に使えるようになったカラクリが!)

「このBTは仕種の時と違って、お前のライフルの引き金がスイッチになっているんだ。だから、ライフルとビットを同時に扱うことが出来る。いや、扱っているのは結局ライフル一本か」

 右の目尻が引き攣った。ハイパーセンサーのおかげか微妙な表情の変化も見逃さない。

「最初はビットの連携もあったが、ライフルを交えてになるとどうしてもトリガーの方が優先度が高い。だから、連携はなくなり同時攻撃しか出来なくなる。違うか?」

「小細工は所詮小細工。対策が裏目に出て自爆すると思っていましたのに存外に戦況を見る目に肥えていますのにね」

 それは負け惜しみではなく、真に感心しての言葉。

 種が分かれば後は簡単だ。

 逆を言えば同期しているライフルを引かせなければBTは飛んでいるだけの飾りだ。

 そう思案したと同時、スラスターを吹かせる。

 だったらそれを撃たせる間もなく距離を詰めれば―――――――――!!

「ですが、これを忘れてはおりませんこと?」

 にやり、と口元を釣り上げると同時、ガコンと弾道型ミサイルの砲身を向ける。

「こちらは正真正銘、自律制御ですのよ!」

 まずい、飛んでいるレーザーのビットが印象が強すぎてこっちのことをすっかり忘れていた!

 真正面に突っ込んでくるミサイルなどかわす術もなくデッドラインを越え、爆発に巻き込まれた。







 昨日の対策会議を思い出す。

 はは、走馬灯って奴かよ。もうすぐ負けだってのに今更思いだすなんて。

『一夏、届くばかりの貴方の機体はまだフォーマットとフィッティングが済んでいません』

『フォーマットとフィッティングってなんだよ?』

『……言葉通りの意味だ。お前は英語も出来ないのか?』

『ぐ……』

『箒のいう通りですよ。初期化フォーマット最適化フィッティング。来たばかりのISはこの二つが行われていません。しかしこれが終了すれば、』

『すれば、どうなんだよ?』

『そのISは真の意味で貴方の専用のISになる、ということですよ。せいぜい、時間を稼ぎなさい』

 ああ、つまり。















「機体に救われたか。バカ者め」

「タイミングよ過ぎて笑えませんね。これが主人公補正って奴ですか」









 仕種が、時間を稼げと言っていたのはこのための布石というわけか。









 爆炎の中から白騎士ナイトの姿が立ち現れる。それは先程のような無骨なデザインではなくもっと洗練された中世の鎧をイメージさせる。

 受けたダメージも修復され、完全な状態が再現される。

 ―――――――――フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押してください。

一次移行ファースト・シフト……。貴方、まさかフォーマットも済んでいないISで私に勝負を挑んだというの!?」

 急な展開にこちらも状況は掴めないがどうやら、そうらしい。

 ISのデザインだけでなく、手に持っている刀の形状も変わっている。そんなことよりも刀の銘が、

「≪雪片弐型≫……。雪片って千冬姉の」

 千冬姉はこの一振りで世界を取った。雪片はその時に使っていた刀の銘。

 そしてこの剣も雪片の名を冠する名刀。弐型というからには発展型なのだろう。

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 三年前も六年前もおそらく十五年前も。俺はずっとあの人の弟であの人は俺の姉だ。

 でもそろそろ守られるばかりも嫌になってきた。だから、これからは。

「俺も、俺の家族を守る」

「貴方、何を言って―――――――」

「とりあえず、千冬姉の名前を守るさ!」

 剣を構え、セシリアに向かって突貫する。

「わたくしだって負けられませんのよ!」

 四機全部のビットを解放し群として飛ばす。

 見える。それにさっきよりも使いやすく、ずっとこっちの思いに応えてくれる。

 一瞬で飛んできたブルー・ティアーズ全てを振り切る。瞬間加速も先程の比じゃない。これならば、やれる!

「な……!」

 無視されるとは思ってもいなかったのだろう。次の行動の第一歩が遅れた。その隙は俺に廻って来た最高のチャンスだった。

(この一撃に全てを賭ける……!!)

 一撃必倒。

 千冬姉はいつもそうだった気がする。だから、弟の俺もそうであらねばならない。

 たとえ、まだ未熟なこの身でもその形に近づきたい。

 やられる前にやれ。

 ブルー・ティアーズを戻すには距離がありすぎる。ライフルを構えるにはあまりに遅すぎる。

 逃げる蒼の雫をついに捉えた。

「おおおおっ!!」

 下段から上段への逆袈裟切りで切り裂いた。

「きゃああああああっ!!」

 一閃。

 振り抜いた剣を構え直し、もう一撃を加えようとした時点で試合終了を告げるブザーがなる。









『試合終了。両者エネルギー切れにより引き分け』




「「え……?」」

 あまりにも唐突な事態に間の抜けた声が重なる。

 見るとシールド・エネルギーのゲージが空っぽになっていた。

 どういう原理か知らないがとりあえず雪片弐型で攻撃したのが原因なのだろうか。

「あーくそ、もう少しだったのに。やっぱつええな、やっぱ前半削られ過ぎたのが原因か……?」

「あ、あの……」

「ああ、そういえば言ってなかったな。俺が何のために戦うのか」

 俺は口を開いて、語った。

 俺の、俺が戦う理由を。









side:露崎仕種



「大見得切って、引き分けとはなんてザマだこの大馬鹿者」

 開口一番、千冬先生から一夏は相変わらずキツイお言葉を頂いていた。

 いや、正直言って代表候補生相手にズブの素人相手が引き分けるのは大健闘だと思うんだ、なんて目をしている一夏。

 甘いですよ一夏、そんな勝ってもいないのに労いの言葉をかける千冬先生なんて幻想に幻想による幻想のための幻想くらい甘いです。

「武器の特性を考えずに使うからああなるのだ。身を持って分かっただろう。明日からは訓練に励め。暇があればISを起動させろ。いいな」

「まあ、負けてない分だけ今日はこれで許してやる」

「ま、負けてた時は……?」

「織斑、知ってるか? 好奇心は猫を食い殺すって言葉があるぞ?」

「い……。やっぱりいいです」

 ……千冬先生、脚色し過ぎです。本当は殺すだけでいいんです。

「じゃあ、はい」

 山田先生から手渡されるIS起動のための電話帳ルールブック。読んでおけということなんだろう。ご愁傷様。

「帰るぞ」

 箒の短い一言に打ちひしがれる一夏。

 にしてもホント、傷心の相手にも容赦ないですね箒。

 寮へ帰る道のり、箒が一夏に問う。

「一夏、悔しくはないのか?」

「そりゃ悔しいさ。後、もう一歩だったのに」

 その一言を聞いて安心したのか、ぶすっとした表情の中に安堵を浮かべた。
 
「なら、いい」

「あ、明日からはあれだな。ISの訓練も入れないといけないな」

「無理すんなよ。あれって申請に何枚も書かないといけないんだろ?」

 確かに一夏の言う通り、学園でISの使用許可の申請書は何枚も提出して初めて通る面倒くさい代物だ。

 専用機持ちには無縁な話だが、生憎と箒は専用機を持っていない……む? 束さんなら専用機押しつけててもおかしくないのにな。どうしてだろ?

「む、無理などしていない!!」

「ふーん、じゃ仕種は?」

「私は一夏が私の動く的になってくれるんでしたらお付き合いしますが」

「ひでえ役回りだな俺!?」

「後ろから刺されるよりはよっぽど本望でしょう」

「仕種の中の俺の評価はどうなってんだ!?」

「女の敵。今日もフラグひとつ立てやがって」

「フラグってなんぞ!?」

 知らなくて結構、時に無知は罪なのです。

「そ、それは本当なのか仕種!?」

 食いついてくる箒。

「ええ。私からも注意したのですが無理でした」

「いや、仕種はよく最善は尽くした、悪くない。全ては一夏、お前が悪いんだ!!」

「……もう、どうだっていいよ」

「とにかく、これからもこの『私』が教えてやるからな! 必ず放課後に時間を空けておくのだぞ!」

 そう声高らかに私のところを強調して宣誓する箒。

 にしても。

 進展しないなあ、この二人。

 方や世紀の唐変朴、方や恋に奥手な純情少女。押し倒して既成事実さえ出来ればそれでオーケーの筈なのに。

 ああ仲人、面倒くさ……。









side:セシリア・オルコット



 負けた筈なのに、今日の戦いは不思議と悔しさが込み上げてこなかった。

 逆に憑き物が取れたかのように清々しい気持ちにさせられる。

『俺が戦うのは……そう、守るためかな』

 彼は戦いを終えた空でそう私の問いに答えた。

『そのために強くなりたい、強くなって誰かを、大切な人を守れるようになりたい。そんな人間になってみたいんだ』

 あの決意と自信に満ちた表情を思い出すと途端に胸が熱くなる。

 母のように自信に満ちたあの目。芯の通った意思の持ち主。

 まさしくセシリアが求めていた男性像を体現したかのような男だった。

 だから知りたい。どうして、そんな風に強く生きられるのか。

 だからなりたい。彼の言う大切な人になりたい。

 ふと一週間前に話し合った彼女が見せた嫌そうな顔を思い出し、思わず笑ってしまう。

「ふふ、申し訳ありませんわ仕種。貴女の忠告無駄にしてしまいましたわ。でもこれで惚れない女は世界に広しといえど、貴女ぐらいなんでしょうね」

 彼女が彼の言葉に揺るがないのは彼と織斑一夏と同じ、もしくはそれ以上の決意を秘めているからなのだろう。

 もっとも彼女の根底にあるのは負けたくないというものだと聞いたところをみると、相当の負けず嫌いなのだろう。

 でも彼女には感謝している。おかげで世界を歪んだ視点で見ることから解放してくれたんだから。

 おかげで彼に出会えたんだから。

「織斑、一夏……」

 名前を愛おしげに口ずさむだけで思わず頬が緩む。それだけで胸がいっぱいになる。

 だから、今回の負けは特別この思いに満たされることで埋め合わせよう。

 セシリア・オルコットは生まれて初めて恋をした。









side:織斑千冬



 寮長室、ベッドに腰掛けながらおもむろに携帯を手に取り、ダイアルをかける。

 三度のコール音の後、ブツという音と共に電話が繋がる。

「ああ、私だが」

『もしもし千冬? 久しぶり。それといきなり私だがって止めた方がいいよ? どこのわたしわたし詐欺って感じだし』

 くすくすと笑い声が電話越しに聞こえる。その笑い方は流石姉妹、妹の笑い方とよく似ている。

 千冬の声をアルトとするならこの声はメゾソプラノ、もう一人の幼なじみはソプラノと称するのが適当だろう。

「お前が私だと分かれば別に構わん。だいたい、お前の携帯にかけてるんだ。お前以外の人間が出ることはない」

『相変わらず、強引というか大雑把というか……』

 はあ、と溜息を吐かれる。失礼な。

『で、要件は何? 千冬って必要最低限しか連絡くれないから私に何か頼みたいことがあって連絡したんでしょ?』

 声は真面目な雰囲気で聞きかえす。

 付き合いが長い分、こちらのかけてきた意図を読み取ってくれるので助かる。

「ああ。実は二組の先生が産休を取ることになってな。五月末までは出るらしいが六月からに休むことになるのだが今、臨時で教師を探している。出来れば腕の立つ人をと理事長は言っている」

『面白そうだね。それと私とどういう繋がりがあるの?』

「なに簡単なことさ。沙種さぐさ、IS学園の臨時教師をしてみないか?」

『それってさ、教職免許いるんじゃない? 私、千冬みたいに免許持ってないし』

「気にするな。大学では教職課程を取っていたんだろう? それに、教師は無理でも講師くらいなら出来るだろう」

『相変わらずああいえばこう言う……。いいよ、受けてみるよ』

「分かった。理事長には私から話を通しておく。と言ってもお前の名が出た時点で即採用だろうがな」

『……それってアンフェアじゃない?』

「仕方ないだろう? お前も私と同じ最強の名を冠する者なんだからな」

『ていうかさ千冬、最初っから私にIS学園の教師させる気でこの電話かけて来たんでしょ?』

「さて、どうだかな」

 笑っていた。ただ、幸いと電話越しなのでこの表情が相手に見えるわけじゃない。

『ま、いいか。そういうことにしておく。私もいつまでも無職ぷーたろーでいる訳にはいかないし』

『じゃあ千冬、また学園で。仕種のことよろしくね』

 そう言うと、プッと電話が切れる。それを聞き届けるとベッドに体を横たえる。

「よろしくね、か……」

 最後の一言を呟く。

 それは、まるで――――――――――。





 * * *

 あとがき

 投稿するのに頭がいっぱいであとがきを書くのを忘れてました。3回分書いてないかも……。

 とにかく、テンプレ展開に食傷気味の主人公で本当にごめんなさい。





[28623] 第八話 「宴と過去と」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:8bd111de
Date: 2011/07/19 23:33


「では、一年一組のクラス代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 嬉々と山田先生が話す。クラスメイトもきゃいきゃいと盛り上がっているそんな中唯一人、一夏おとこは真っ白に燃え尽きていた。

「どうしてこうなった……」

 教室の朝一番、一夏は打ちひしがれている。アスキー的に表記するならOrzといった具合だ。

「それは――――――」

「当然だろう織斑」

 千冬先生が割って説明に入る。

「聞いてなかったのか? 織斑。私は言った筈だぞ、露崎が・・・勝てば・・・代表は・・・織斑だ・・・と」

 その一言を思い出したのかピシリと固まる。あー、そういえばそうだったなこの代表決定戦。

 私が勝てば織斑一夏、セシリアが勝てばそのままセシリアが。

 結果は私の勝ち。イコール代表は織斑一夏。うん、方程式が成り立ったぞ。

「じゃ、じゃあ俺とセシリアの試合って」

「はっきり言えばレクリエーションだ。といってもお前がどこまでやれるかの基準を測るのも一環だったがな」

 真剣勝負をレクと一緒て……。絶対、この人には敵わない。私の勘がそう告げている。

「しかし気落ちする必要はなくてよ。初めての戦闘で代表候補生のわたくしに引き分けたのですからむしろ一夏さんは誇りに思ってもいいぐらいですわ」

 出てきたよ、セシリア・オルコット。出しゃばりというかどこにかしこにもしゃしゃり出るというか……マテ、一夏さん、だと?

「それにそのようなことにならなくてもわたくしは辞退するつもりでしたけど」

「……なんでだよ」

 恨めしそうなのと意外そうなのの双方の入り混じった目で一夏は尋ねる。その声に不機嫌がいくらか籠っているが今の絶好調なセシリアにはスルーされるだろうに。

「IS操縦は実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」

 あーそれに関しては同意。下手な知識よりも実戦の経験の方が何倍も本人のためになる。

 ISは理屈だけで動かす訳ではない。ISは身体に装着するパワードスーツである以上、その動きを身に染み込ませる方が絶対に効率はいい。実際、私もそうしてきたし。

「流石セシリア、分かってる!」

「そうだよねー。折角世界で唯一の男子がいるんだから同じクラスになった以上持ちあげないとねー」

「私たちは貴重な体験が詰める。他のクラスには情報が売れる。一度で二度美味しいね、織斑くんは」

 最後、教師の目の前で営利目的で一夏を使わない。

「そ、それでですわね……」

 こほん、と咳払いした後、顎を手に当てる。お、これは今までに見られなかった行動だ。

「そちらがよろしければわたくしのような優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がISの操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ―――――――」

 あ、確信した。こいつ一夏にフラグ立てられやがった。それもベタ惚れだ。

「生憎だが、一夏の教官は私で足りている。私が、直接頼まれたのだからな」

 がたんと立ちあがり、反論する箒。私が、のところに力を入れているのは第三者の私から聞いても間違いではない。

 それに、昨日のこともあるから箒の心中穏やかじゃないっていうのも頷けるのだが、教室で殺気を振り撒くのはどうかと思うのだが箒さんや。

 しかし今日のセシリアは違った。絶好調女セシ……っとこのネタは天丼だから自重自重っと。

「あらISランクCの篠ノ之箒さん。Aのわたくしに何の用かしら?」

「ら、ランクは関係ない! い、一夏がどうしてもと懇願するからだな」

 してねーなんて目をするんじゃないです一夏。面倒くさいことになるじゃないですか。

「座れ、馬鹿ども」

 すたしたと二人の元に歩いていき、出席簿ぜんたいこうげきで一掃。恐るべし。

「お前らのISランクなんてゴミ同然だ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も敗れていない段階で優劣をつけようとするな」

 なんて千冬先生らしく分かりやすい表現だ。世界最強の言葉は違う。

「代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、生憎私の管轄時間だ。自重しろ」

 そう言い放つと何も言い返せずに二人ともすごすごと席に戻っていく。

「とにかく、クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

 クラスに元気のいい返事がかえる。

 いちか、がんばれー、ふぁいとー。




















 一夏がクラス代表に選ばれて早いものでもう四月の末、桜も花びらが全て散り葉桜に変わった頃。

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、露崎、オルコット。試しに飛んで見せろ」

 まあ、実践の例は私たち専用機持ちがするのですが、不出来な一夏にとってこれはかなり酷だろう。

 なにせ、何かをやらかす度にこうして衆目に恥ずかしいところを晒すわけだから。

 先日もあんな凡ミスを……、ああ情けない。

 余計な思考をしながらでもゼロコンマ秒数でオルテンシアを展開する。まさしく片手間。

「よし、では飛べ」

 そう千冬先生に指示された通りに飛ぶ。

「何をやっている織斑。スペック上のデータでは白式はブルー・ティアーズやオルテンシアよりも上なんだぞ」

 早速叱責の言葉を頂く一夏。ちなみに出力的なデータでは白式>ブルー・ティアーズ≧オルテンシアとなっている。しかし技術ではこれが面白いように逆になるんだが。

「自分の前方に角錐を展開させるイメージってなんだよ」

「イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方がよっぽど建設的でしてよ」

「そう言われてもなあ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだこれ?」

「そういうことを詮索するのは野暮ってものですよ。ISだから飛べる、それでいいじゃないですか」

 まさしく魔法の言葉だ。ISの摩訶不思議万能説は伊達じゃない。

「じゃあ、仕種は飛ぶ時どういうふうにイメージしてるだ?」

「私は飛ぶときは飛ぶとしか考えてないですね」

 ちなみに箒に聞くと『ぎゅん、という具合だな』とお言葉を頂いた。うん、分からん。だがなんとなく言いたいことは分かる。それとしか言いようがない。

 クラス代表の勝負以降、セシリアとも放課後に訓練している。もっとも毎回、セシリアと箒が一夏の指導のことで衝突して最後に一夏がフルボッコされてるのが定例のパターンとなりつつある。

 私? 傍観者ですが何か? 

「一夏さん、一夏さんがよろしければまた放課後にご指導して差し上げますわ。その時はその、ふたりっきりで――――――」

「一夏! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!」

 ……箒、千冬先生の指示が出てないのに無理言いなさんな。

「織斑、露崎、オルコット。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

「了解です。では一夏さん、仕種。お先に」

 そう言うとセシリアが先行して急降下していく。

 みるみる地表に近づいていき、千冬先生が指定した十センチで完全停止した。流石は代表候補生。

「じゃ、私も行きますか」

 そう呟くと地表に向けて背中のスラスターを吹かす。

 ぐんぐんと大地に近づいていく。そして、おおよその感覚で急停止。

 結果は地表五センチ。ん、こんなものか。

「よし、ラスト織斑!」

 千冬先生に促されると一夏も地上へ向けて急降下していく。が、ロケットブースターを背中に点火させたように白式が加速する。機体スペックの高さがよく表れている。

 あ。あのペースだと地面とキスする。

 そう思い描いたと同時、手にレールガン、ストレリチアを展開し落ちてくる目標地点の射線上に放った。

「ぶふぉおおおおおおっ!?」

 放たれた弾は落ちてくる白式に見事クリーンヒット。横からの力学エネルギーによって地面に激突することなくぶっ飛ばされる。ふう、撃墜マークがまた一つ増えちまったぜ。

「へ? え、ええええええ!?」

 一拍遅れて大いに驚いた悲鳴を上げる山田先生。周りの生徒もやってることのぶっ飛び度に軽くドン引きだ。箒やセシリアですらぽかーんと口を開けている。千冬先生だけ例外的にこめかみを押さえている。

「露崎、発砲許可は出してないぞ」

「いえ、あのままだと地表にクレーターを作りかねなかったのでこちらの判断で発砲しました」

「いっっっってえな仕種! 死ぬかと思ったじゃねえか!?」

「ISの絶対防御があるので死ぬことはありません。ですので撃ちました」

「俺は死ぬかと思ったけどな!!」

 ていうかそんだけ怒鳴れるんなら元気じゃないですか。

「では聞きますが、地面にぶつかってクレーターを作るのとレールガンでぶっとばされるの、貴方はどっちが良かったですか?」

「ぶっとばしてから聞くなよ!! どっちも嫌だよ!」

 あーいえばこういう。ホントにガキですね一夏は。

「情けないぞ、一夏。昨日、私が教えてやったじゃないか」

 箒からもお叱りの言葉が届く。と、いっても教えていたのはあの擬音のことを言っているのだろう。うん、だから無理。あんなの分かるの某プロのミスターしか分かんないし。

「大体だな、お前というやつは昔から――――――」

「一夏さん、お怪我はなくて?」

 箒のお小言を遮るようにずいとセシリアが一夏ににじり寄る。

「あ、ああ。別に問題ないけど……」

「そう。それは何よりですわ」

 ほう、これは怒っている箒に対してセシリアは優しくしてポイントを稼ごうという魂胆なのか。

 しかしそれだけでは一夏は落とせないんだな、これが。一夏は好意を厚意として受け取りますからね。それで何人の女が泣いてきたことか。

「ISの装備をしていて怪我をするわけないだろう……」

「あら篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していてもですわ。常識でしてよ?」

「お前が言うか。猫かぶりめ」

「鬼の皮を被っているよりはマシですわ」

「おい、馬鹿ども。邪魔だ。端の方でやってろ」

 ぐぬぬと、睨み合っていたところを千冬先生が二人の頭を押しのけ一蹴。やはりこの人に敵う人は世界に片手で数えられる数しか存在しないのか。

「なあ、仕種。どうして、セシリアと箒は喧嘩してるんだ?」

「分からないんですか?」

「ああ、さっぱりだ」

「……一夏、乙女の純情が理解できないというのなら―――――――女の嫉妬に溺れて溺死しろ」

「で、でき……!?」




















「というわけで、織斑くんクラス代表おめでとー!」

「「「おめでとー!!」」」

 パンパンパーン、と一斉にクラッカーが鳴り響く。

 今は夕食後の自由時間、寮の食堂で一組の生徒はみんな揃っていた。ただ二組や三組の生徒が混じってるような気がするのは気のせいかなあ……。

 それに、というわけでってなんですか。主語をつけなさい、主語を。

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるね」

「ほんとほんと」

「ラッキーだったよね。同じクラスになれるなんて」

「ほんとほんと」

 ……ちなみにさっきから相槌を打っているのは二組の子だ。

「人気者だな、一夏」

「本当にそう思うか……?」

「客寄せパンダであることは間違いないですけどね」

「……否定できねえ」

 箒は機嫌が悪い。こういうところが好きじゃないというのもあるけど、一夏が女子にちやほやされてるのが気にくわないらしい。

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新人、織斑一夏くんに特別インタビューに来ましたー!」

 おおっ! とクラスのみんなが盛り上がる。はいはい、勝手に盛り上がってくださいな。

「あ、私は二年生の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。これ名刺ね」

 そう言って名刺を一夏に手渡す。きっと一夏は画数が多そうな名前だなとかつまらないことを考えているに違いない。

「ではではズバリ織斑くん! クラス代表になった感想をどうぞ!」

「あー、ええと。まあ、なんというか頑張ります」

「えー、もっといいコメント頂戴よ。俺に触れると火傷するぜ! とか」

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的!」

 そういう貴女の言葉も随分、前時代的ですけどね。

「ま、適当に捏造しておくからいいとして」

 ジャーナリストが捏造するなよ! なんて突っ込みもスルーされるに違いないのでそっと横に置き去りにしていこう。

「ああ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ありませんわね」

 とかいいつつも満更でもなさそうな感じ。

「コホン。ではそもそもわたくしが何故、クラス代表を辞退したかというとそれはつまり――――――」

「長そうだからいいや。適当に捏造しておくから。織斑くんに惚れたからにしとこっと」 

「なっ、なっ、ななっ……!」

 あー、図星だ。みるみる内に顔がリンゴのように真っ赤になっていく。

「何を馬鹿な」

「一夏さん、何をもって馬鹿とおっしゃるのかしら!?」

「はいはい痴話喧嘩はそれくらいにしてー。じゃ最後に露崎さんにもインタビューしとこかな! 一組の専用機持ちだし、何せあの沙種様の妹だし!」

 沙種様、ねえ……。千冬様、千冬様とここに来て散々聞いたけどまさか実の姉を様づけで呼ばれるとは思ってもみなかった。

 ま、仕方のない話といえば仕方のない話かもしれない。なにせ、私の姉さんは――――――――。

「まったくよくもこんなに騒げるものだ。実習が本格的でないからといって体力があり余ってるようだな」

 千冬先生がゆらりと立ち現れる。相変わらず、黄色い声援が鬱陶しいそうだ。

「ち、千冬姉どうしてここに?」

「織斑先生だ。お前らが織斑を祝うと聞いて顔を見せに来ただけだ。なに心配するな、すぐ帰る」

「せ、先生! 露崎さんってあの沙種さんの妹なんですか!?」

 クラスの一人が興奮気味に尋ねる。……ああ、とうとう来たよ。

「ああ、そうだ。露崎は正真正銘、露崎沙種の妹だ」

 露崎沙種つゆざきさぐさ

 私の姉で元日本代表候補生。第一回大会は最終選考で千冬先生と決勝で戦い、敗れた。

 そのため日本代表に選ばれなかった。

 そして姉さんに勝利した千冬先生は世界大会でも全勝し格闘と総合部門で優勝した。

 その三年後の第二回モンド・グロッソ大会では射撃部門、及び総合優勝者を果たした。しかし、総合優勝については事件があったため姉さんはたまたま勝ちを拾っただけに過ぎない。

 一般、総合優勝者には「ブリュンヒルデ」という呼び名が栄誉として与えられるのだが、

「えええっ!? 露崎さんってあのジャンヌダルクの妹!?」

 私の姉はその強さ故に自由国籍権を持ち、その第二回大会はフランスの代表として優勝したことからその国の英雄になぞらえて「ジャンヌダルク」と呼ばれている。

 それに「ブリュンヒルデ」の呼び名があまりにも千冬先生に定着してしまったため、代わりに姉さんに別の名が送られたのだが。

「ブリュンヒルデ」――――織斑千冬。

「ジャンヌダルク」――――露崎沙種。

   「天才」  ――――篠ノ之束。

 三人の世界的有名人の弟妹が同じ学び舎、同じクラスにいるなんてなんとも奇妙な縁だ。

「なんだお前ら、気づいてなかったのか? こんなに分かりやすい苗字なのに」

「で、でも織斑くんに篠ノ之さんと二人も有名人が続いたんだから……」

「これ以上はまさか、ねえ……?」

 にしても今の今までよくバレなかったよホント。

「とにかく、露崎は沙種の妹だ。篠ノ之同様、こいつもそういう部分でデリケートだからあまり気にしてやらないように」

 確かにデリケートといえばデリケートですけど、姉さんとの二者間ではそれほど問題ないんですけどね。姉妹仲は悪いわけじゃないですし。

「では私はもう行くが羽目を外し過ぎるなよ小娘ども。今日のことが原因で明日のSHRに出席できなかったらどうなるか分かってるだろうな」

 そう公開処刑を宣告するとなにごともなかったように去っていく。うわ、かっこいい。

「じゃ、じゃあとりあえず何か一言だけでも頂けないかな!?」

「べつに」

「みじかっ! どこの女優さん? でも捏造のし甲斐があるわ! 沙種様の妹だしそれくらい過激な発言があってもいいわよね!」

 よくねーです。大体いつも過激なのは千冬先生ともう一人の天才の方で、姉さんはどっちかというと常識人なんですけど。

「じゃ、写真取るわねー。三人いるから織斑くんが真ん中でいいよわね?」

「はあ……」

 一夏は状況は掴めてないらしくなんとも覇気のない返事をする。

「あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

「そりゃもちろん」

「でしたら、いますぐ着替えて――――――」

「いってらっしゃい、その間に撮影は終わってると思いますけど」

「そんな冷たくあしらわないでくださいません!? このままでいいんでしょう!?」

 そうそう。何もたかが写真一枚くらい制服で構わないじゃないですか。

「それじゃあ、撮るよー。35×51÷51÷35×2はー?」

「えっと……2?」

「ぴんぽーんっ!」

 パシャ。っておおい。

「なんで全員入ってるんだ?」

 シャッターが切られる瞬間の僅かな時間ににクラスメイト全員がフレームに映る位置に移動していた。恐るべし、女子の行動力。箒もちゃっかり映り込んでいた。

「あ、貴女たちねえっ!」

「まーまー」

「セシリアだけ抜け駆けはないでしょー」

「クラスの思い出になっていいじゃん」

「う、ぐ……」

 結局はクラスメイトに丸めこまれてしまったとさ。









 部屋に戻り、部屋の電気を点けると一直線にベッドに身体を投げ出す。

 脇を見ると、時計は十時を回っていた。

「あー、しんど……」

 こうやって馬鹿騒ぎするのは苦手だ。

 一緒になって馬鹿騒ぎするんじゃなくて遠巻きにみて、事の成り行きを見守るのが私の性に合っている。

 でも、たまにはこういうのも悪くはない。箒の機嫌は結局パーティーが終わるまで治らなかったけど。

「ふう……」

 天井を見上げたまま、今日のアリーナでの訓練を思い出す。

 一夏の動きはまだまだ荒い。箒との剣道での訓練でいくらか勘は取り戻しつつあるがそれでも剣筋はまだまだ甘い。

 でも負けながら確実に成長している。敗北は成長の糧になる。負けの中で何かを掴めばいいのだ。

 実を言うと何度負けても這い上がる一夏が羨ましくあったと思う。

 昔から私に敗北の二文字は許されない。

 常勝無敗、負けない強さ。

 しかしその裏は誰よりも負けを嫌い、負けられない宿命を背負っている。

 だが、一度だけ負けたことがある。それが原因で大騒ぎになり、周りに大いに迷惑をかけた。

 特に私に勝ったあの子。たかがあれだけの勝負で大事になったのだ。その子にかけた心配は計り知れない。

 あの子は悪くないのに。悪いのは自分の体質なのに。

 病室に謝罪に来たその子は泣きながら謝った。ごめんね、ごめんねと。何度も泣きじゃくりながら謝った。

 あれから三年。元気にしてるかな。確か名を、

凰鈴音ファン・リンイン……」





 * * *

 あとがき

 東湖です。

 鈴が出てない時点で既にボッコボコに言われてますが、これから進むともっと叩かれそうな勢い……。

 書いている以上ありがたいコメントをいただくだけでなく、厳しい批評も言葉を受けるのは当然だと思ってます。ましてや自分の文才のないのであれば尚更のことです。

 それを承知でこうして続けるのは厚顔かもしれませんがとにかくへこたれずに書いていきたいです。

2011/07/19
ご指摘により、あとがきの一部を変更させていただきました。



[28623] 第九話 「ファースト、セカンド、あれ私は?」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/07/19 22:48




side:???



「ふうん、ここがそうなんだあ……」

 IS学園の正面ゲートに着くと感慨深げに思わず呟く。まあ、世界で唯一ISの専門教育の場なんだしこれくらいのデカイ施設であって当然といえば当然か。

「えーと、受付ってどこにあるんだっけ?」

 上着のポケットからくしゃくしゃになった案内用紙を取り出す。

「本校舎一階事務受付……って、だからそれがどこか聞いてんのよ」

 地図の一つでも書いてくれていればすぐに分かるのだが、生憎とこの案内は不親切で多種多様な言葉で案内が書かれてるくせに肝心なところは書かれていない。

 図画ほど万国共通の分かりやすいものはないのにどうしてそれをしないのよ。

「ったく自分で探せばいいんでしょ。探せばさあ」

 不貞腐れながらも足を進める。考えていて辿り着く訳でもなし、とにかく動かなければ始まらない。考えるよりも動く。口よりも先に手が出る。あたしというのはそういう人間なのだ。

 にしても出迎えがないってのは本当だとしてももうちょっと丁寧に扱ってくれてもいいんじゃないの?

 政府の連中もこんなイタイケな女子高生を外国に一人ほっぽり出してなんとも思ってないの?

 まあ、そんなことを愚痴ったとしてもあの人なら「なんだ、不満があるのなら好きに辞めてもいいんだぞ」とか言いかねない。マジで言いかねない。

 あたしが以前日本で暮らしていたからいいもののこの待遇は絶対おかしいわよ、そうに決まってる。

 くっ、こんなことならあの時にヘソを曲げずに素直にここに入学しておけばよかった……。

 それもこれも、あのバカが……。

 思考を止めるのと同時、足も止まる。

(面倒くさい……)

 開始五分、早速ダレた。昼間に来たのならまだ人影もあっただろうこの通りも夜の八時になると疎らを通り越して閑古鳥だ。

 うまく事が運ばないのに加え、飛行機に乗っていた疲労感の影響で今いい感じにイライラしている。

(いっそISを使って空でも飛んで……)

 一瞬、それは名案だと思い浮かんだが某天気予報士が使っている電話帳の三冊分もある学園内重要規約書を思い出し止める。

 流石に初日から規則を違反するのはマズイ。下手をすれば外交問題だ。それだけは勘弁してくれと政府の偉い連中が懇願していたのでしょうがなく、しょうがなく・・・・・止めてやることにした。

 なにせ今のあたしは国のVIPなのだ。だからその辺はあいつらの顔を立てるために自重してやらないしないといけないのだ。そう考えると少しだけ気が紛れた。

 昔から『年を取っているだけで偉そうにしてしる大人』が嫌いだったあたしにすれば今の世の中は住み心地のいいものだ。

 男の腕力もISにかかれば、児戯に等しいことも楽しい現実である。

(でもアイツらは違ったなあ……)

 そう二人の姿を思い出す。

「元気かなあ、一夏」

 なんて口にしてみたけれど、思い返せば一夏が元気じゃなかった記憶がない。

 風邪すら引いたところを見たことない。馬鹿は風邪引かないというのは真実らしい。事実、馬鹿だったし。

「それよりも……」

 いつも一夏とつるんでいた片割れの方が気になっていた。

 アイツはちゃんと普通に風邪ひいたし……ってそれはなんか変な言い回しだな。

 要するにアイツは一夏と違って人の子らしく病気も怪我もしたって言いたいのだ。

 それにアイツはあたしにとって特別な人間だ。

 あたしがアイツには許されないことをした。アイツはそれを許したが、あたし自身はそれを未だに許せない。

 でも――――――――もう、いいや。そこで考えるのをやめた。

 どれだけ思ったところで、ここで会えることもないし。

「――――――で、だな……」

 遠くから人の声がする。ちょうどいいや、受付の場所聞こっと。

「だからそのイメージが掴めないんだよ」

 聞きおぼえるのある声。あ、この声はひょっとすると……。

「一夏、いつになったらイメージが掴めるんだ。先週からずっと同じ所でつまづいているぞ」

「だからお前の説明が独特なんだよ。なんだよ、『くいっって感じ』って」 

「……くいって感じだ」

「それが分からないって言ってるんだ……って待てって箒!」

 一夏が女の子を怒らせたみたいですたすたと先にいってしまう。

(ていうか、またアイツ女侍らせて……)

 幼なじみの相変わらずっぷりに思わずゲンナリする。

 なにせアイツは少し優しくするだけで、笑うだけで、歩くだけで、軽く女が数十人がオチる一級フラグ建築士なのだ。

 弾がモテない男の敵だとか言っていたのが遠目から観察してみればよく分かる。

 それにアイツと付き合おうと思えばその前に立ちはだかるのが世界最強おりむらちふゆ

 うん、無理だ。あまりにも壁が大き過ぎる。

 あの人を認めさせるなんて幾千、幾万の策を弄したとしても全て捻じ伏せられてしまう。かといって正面突破できるような相手じゃないし。

 それにあいつの好きなタイプが千冬さんみたいな大人……っていうか年上タイプだし。あたしとまるっきり逆のタイプだし。

 そもそもあたしはどうしてかあの人のことが苦手だ。理由なんてない。苦手なものは苦手なのだ。

 あ、女も先に行ったみたいだしちょうどいいや。今のうちに受け付けの場所を聞いて―――――――。

「分かんねえよ。箒の説明、あれで理解出来たか?」

「あれで分かる方が希少というか……やっぱ私には無理ですね。一夏、ふぁいとです」

「……お前は理解できなくとも、動かせるから楽でいいよなあ」

 苦笑交じりで隣の女の子が一夏に話しかける。

 一夏の隣を歩く女の子に妙な既視感を覚える。

 知っている。あの顔、あの髪、あの目、あの口調。全てあたしはあの女のことを知っている。

 けれどそれはあり得ない。とても似ているがあれがアイツである訳がない。

 だって、アイツは……。

 我に返ると、一人暗闇に取り残されていた。一夏たちも寮に帰ってしまったらしくまた人影はなくなってしまう。

 それからすぐ、アリーナの方へ歩いていくとアリーナの裏に総合受付を見つける。

「はい、じゃあ以上で手続きは終了です。ようこそIS学園へ、凰鈴音ファン・リンインさん」

 明るい声がするが、残念と受け付けの声はあたしの耳に届いていない。心はここあらずだ。

「織斑一夏って何組ですか?」

「ああ噂のコ? 織斑くん一組よ。凰さんは二組だからお隣ね。そうそうあの子一組のクラス代表になったんですって。やっぱり織斑先生の弟さんなだけはあるわね」

 聞いてもないのに次々と情報が送られてくる。噂好きは女の性とは言うが目の前の女性はまさにそれだった。

 同じクラスではないと聞いて少し残念な気持ちになったが、気持ちの切り替えは早かった。

(ま、いっか。クラス変えになったら一緒になれるかもしれないし)

 それよりも、この女性には聞きたいことがあった。

「あ、あともう一つ聞きたいんですけど。露崎仕種ってこの学園にいますか?」

 それは希望。そんな筈はない、目を覚ませと自分に言い聞かせるような一筋の願い。

「いるわよ。沙種さんの妹さんでしょう? 露崎さんも一組よ」

 そんな希望すらあっさりと一言で打ち砕かれた。

 じゃあ、あの場所で一夏と話してたのってやっぱり――――――――。

(仕種なんだ)

 気がつけば、部屋に入っていた。

 考えながら歩いていたらしい。自分の無意識の行動に少し戸惑いを覚えるが、今はそんなことも気にならなかった。

「―――――――、―――――――、――――――」

 同室の女子に声をかけられているみたいだが、心は別のところにあるみたいで一つも耳に入ってこない。

「ごめん、疲れたから自己紹介とか明日にして」

 これ以上は相手に悪いので素っ気なくそれだけ言ってベッドに身体を横たえると途端に疲労感と虚脱感から強烈な眠気襲う。

 今日は色々あり過ぎた。身体は睡眠を欲している。あたしもそれに抗うことが出来ない。

(露崎さん、か……)

 そこまでで思考停止。お風呂は……まあ明日でいいや。たまには朝風呂というのも優雅なものかもしれない。

 意識は眠気に勝てずにブラックアウトした。














side:露崎仕種



「ねーねー、転校生の噂って知ってる?」

 クラスメイトが朝一番に一夏に声をかけていた。相変わらず物珍しさというのは中々抜けないようで今朝も今朝で一夏の周りに女子が集まっていた。

「転校生? 今の時期に?」

 一夏が興味を示したのか話を始めた女の子に聞き返す。

「そうそう、なんでも中国の代表候補生らしいよ」

 代表候補生、ね。それにしてもどうしてこの時期なんでしょうか。入るのなら一学期の最初から入ってしまった方が学校としても本人としてもその方がいい筈なんですが。

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 ずいと、一夏の横に現れるセシリア。いや、それはないですから。どうしてそういう風に考えられるんでしょうか。超ポジティブ思考?

「別にこのクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 先程自分の席にいた箒もいつの間にか一夏の横に立っていた。

 それにしても中国、ね。随分と懐かしい人物を連想させる。

「今のお前に女子を気にしている余裕はあるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのだぞ?」

「そう、そうですわ、一夏さん! クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう。ああ、相手ならこのわたくしセシリア・オルコットが務めさせていただきますわ!」

 クラス対抗戦とは読んで字の如く、クラス同士のリーグマッチだ。スタート時点の実力指標を測るためにやるのだとか。

 ただ練習量からすると今の一夏なら機体性能抜きでも一回、二回くらいなら順当に勝ち上がれると思うが。

「まあ、やれるだけやってみなさい一夏」

「おう、そうする仕種」

「やれるだけでは困りますわ! 一夏さんには勝っていただきませんと!」

「そうだぞ。男子たるものそんな弱気でどうする」

「織斑くんが勝つとみんなが幸せなんだよ~」

 ちなみにみんなが幸せという意味は優勝クラスには学食のデザート半年間フリーパスが与えられる。甘味は女の味方であり、女の敵であることは彼女たちは知っている。

「というわけで織斑くん、頑張ってねー」

「フリーパスのためにもね!」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから余裕だよ」

 へー。四組にもいるんですか。後で情報収集しておこう。ていうかこのクラスに専用機持ちが三人もいる時点で異様なんですけどね。

「その情報、古いよ」

 聞き覚えのある声が入り口から聞こえた。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単に優勝は出来ないんだから」

「鈴……? お前、鈴か?」

 一同が唖然とする中、一夏がおそるおそる尋ねる。

「そうよ。中国の代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たって訳」

 ツインテールが小さく揺れる。どやっと言わんばかりに勝ち誇ったいい表情をしている。

「なに格好つけてんだよ、すげえ似合ってねえぞ」

「な!? なんてこと言うのよ一夏! あんたって相変わらずデリカシーの欠片もないわね!!」

 一夏の一言に破顔すると同時フシャーッ!と猫の威嚇みたいにツインテールを逆立てる。実際に立ってる訳じゃないけど、こっちの方が鈴らしい。

「おい」

「なによ!?」

 バシン! 世界最強ちふゆせんせい が現れた!

 千冬先生 の先制攻撃!

 鈴 はダメージを受けた!

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん」

「学校では織斑先生と呼べ。あと入り口を塞ぐな。邪魔だ」

「す、すみません……」

 すごすごと退く鈴。千冬先生が苦手なのも相変わらずか。

「また後で来るから! 逃げないでよ一夏!」

 そう捨て台詞を残して、鈴は自分のクラスに帰って行った。

「ていうかアイツIS操縦者だったのか。初めて知った」

 私も初めて知りましたよ。中国と聞いて、予感はしていましたがまさか本当に鈴が来ることになるとは。人の縁とは面白いものです。

「一夏。今のは誰だ? 知り合いか? 随分と親しそうだったな」

「い、一夏さん!? あの子とはいったいどういう関係で――――――」

 その他のクラスメイトも一斉に一夏の席に詰め寄る。ああ、馬鹿。

「さっさと席につけ、馬鹿ども」

 バシンバシンバシンっ!! 

 情け容赦一切無用の出席簿が立っていた見舞われた。

 ついでに記しておくと、今朝のことが原因で授業でぼーっとしてたため箒とセシリアは何度も叩かれていた。









「お前のせいだ!」

「貴方のせいですわよ!」

「なんでだよ……」

 昼休み開始早々二人は一夏に食ってかかっていた。っていうか二人とも、それはあまりに理不尽な怒りでしょう。恋患いで勉強に手がつかないといっても相手に当たるのは拙い……一夏だからいっか。

「まあ、話ならメシを食いながら聞くから、学食に行こうぜ」

「む、それもそうだな……。お前がそこまで言うのならそうしよう」

「そ、そうですわね。行って差し上げないこともなくってよ」

 この程度の話題転換で宥められるって何か、子供か。恋する乙女とは分からないものです。

 一夏が学食に向かう道に何人かのクラスメイトがぞろぞろと着いてくる。この光景も慣れたものだ。人間、異様なものでも何度も見ていれば抗体が出来るんだな……。

「待ってたわよ、一夏!」

 どーんという効果音と共に鈴が待っていた。いや、実際しませんよ。そんな感じがしたというだけです。

 それになんで先に買って待ってるんですか、麺がのびるでしょう。一夏が来てから一緒に並べばいいものを……。

「まあ、とりあえずそこをどいてくれ。食券を出せないし、普通に通行の邪魔だ」

「う、うるさいわね! 分かってるわよ」

 悪態づきながらも丼を持ったまま一夏の横につける。

「それにしても久しぶりか。丸一年か。お前がISの操縦者なんて初めて知ったぞ。いつ代表候補生になったんだよ」

「それはこっちのセリフよ。テレビ見てたらアンタが出てくるんだからびっくりしたじゃない。あんたもたまには怪我病気しなさいよ」

「どんな希望だよそりゃ……」

 そんなふうに鈴と一夏は他愛もない話をしながら、席に移動する。

 箒とセシリアの表情が険しい。ていうか、嫉妬オーラをこれ以上出さないでください。他の女子もなんか修羅場か何かと興味示しちゃってるじゃないですか。

「一夏、そろそろ説明して欲しいんだが」

「そうですわ! もしかしてこの方とつっつつつつ付き合って……!」

「別にそんなんじゃないわよ。こいつが人の好意に気付いて彼女作れるタマだと思う?」

「酷い言い草だな鈴……。つーか箒、セシリア、仕種うんうんって頷くな!」

 え? 鈴の言うことその通りなんですけど何か文句でも?

「はあ……。見ての通り、ただの幼なじみだよ」

「幼なじみ……?」

 ぴくりと、箒が反応を示す。流石に幼なじみと聞いて黙ってられませんか。

「あーそういや箒とは入れ違いだっけ。箒が引っ越していったのが小四の終わりだろ? で、鈴が転校してきたのは小五の初め。そんで中二の終わりに中国に帰ったから一年振りってこと」

「前に話しただろ? 篠ノ之箒、俺のファースト幼なじみだよ」

「ファースト……」

 いや箒、そこ喜ぶところじゃないですから。

「で、鈴がセカンド幼なじみ」

「ふーん。そこはあんたバカあ?って言っとけばいいの?」

 感心なさそうに麺を啜る鈴。鈴その言葉は拙いです、モロ被りです。性格とか髪型とか立ち位置とか。

「んンンっ! 幼なじみがどうかは知りませんが、わたくしも忘れてもらっては困りますわ?」

「何、このコロネヘア?」

「人の髪型の悪口を言わないでくださる!? わたくしはイギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ! まさかご存じでありませんの!?」

「うん。悪いけど興味ないし」

 悪びれる様子もなく、鈴はけろっと言い放つ。

「い、言ってくれますわね……! 日本といい、中国といいアジア人はイギリス情勢を何一つ知りませんの……!? 言っておきますけど、わたくしは貴方にだけは負けませんことよ!?」

「言ってればー、あたし悪いけど強いし」

 きしし、と笑う鈴。何か確信があるのか嫌味を含んでいない。あれが素でそう思っている分、尚更に性質が悪い。

 セシリアがぐぬぬ、と拳をぷるぷるさせて箒は止めていた箸を再開する。

「で、アンタクラス代表なんですってね」

「おう、なんか成り行きでな」

 ま、あれは仕組まれたものと言っても過言ではないですけどね。

「ふうん、ま。頑張れば? そこの二人に教えてもらってもあたしとの差が埋まるとは思わないけど」

「「っ……」」

 箒とセシリアが顔をしかめる。自分が好いている人を貶されるのは気分のいいものではないようだ。

「ごちそうさま。お先失礼します」

 そんな隣はお構いなく最後に残していた味噌汁を啜ると手を合わせて合掌し席を立つ。うん、塩サバ美味しかった。

「あ。し、仕種。話あるんだけど……」

 鈴が呼びとめるが言葉はどこか歯切れの悪い。

「悪いですけど放課後で。それに急がないと次の授業に間に合わないですよ?」

 時計は次の授業の開始の十分前を指していた。だというのに一夏の皿はほとんど箸が着いていない状態だ。箒たちはなんだかんだ言いながら箸を動かしてたし。

「げ! 本当だ、仕種なんでそのこと言ってくれないんだよ!?」

「いやあ久々の再開なんですし、積もる話もあるんでしょうからお小言はお節介かなあ、と」

「そういうときは言ってくれよ! 仕種の鬼! あくま!」

「はいはい、そんなことに口を動かしている暇があるんなら食べる方に動かしなさい。それと、その言葉まるっと覚えておきなさい?」

 そう言って食器を返しに行くと後ろでちくしょー!とか哀れな断末魔が聞こえてくる。実にいい気味だ。常に女に囲まれてるハーレムな主人公体質はもげてしまえばいいと思います。

「仕種の一夏に対する態度も相変わらずね」

 あくせくと一夏が物を食べている横でスープをごくりと飲み干して鈴はそう小さく呟いた。













 放課後の第三アリーナ、そこにサムライがいた。

「し、篠ノ之さん!? どうしてここに!?」

「一夏に頼まれたからだ。それ以外に何がある?」

 いつもと違うところは打鉄を展開しているところだ。

 打鉄は純国産の第二世代量産型だ。安定性のあるガード型で初心者にも使いやすく多くの企業や国家、IS学園の訓練機として採用されている。

「打鉄の使用許可が下りたからな。近接戦闘が足りていないだろう、私が相手してやる」

 くっ、こんなに早くに使用許可が下りるなんて……と悔しがるセシリア。

「刀を抜け、一夏」

「お、おう」

 剣道のように距離を取り、剣を構える。

 場を独特の緊張が包み込み、動こうとしていた時、KYも動いた。

「お待ちなさい! 一夏さんのお相手はわたくしセシリア・オルコットでしてよ!?」

 割り込むように二人の間に銃弾を撃ちこむ。

「勝負の邪魔するな! 斬る!!」

「篠ノ之さんにそれが可能でして?」

 切りかかった箒をあらかじめ展開しておいたインターセプターでいなすと距離を取りスターライトmkⅢで連射する。

 こうして、一夏を巡る戦いが始まった。当の本人は完全に置いてけぼりだけど。

「うわ、戦闘始めちゃったよ。どうしたものかなあ仕種」

「一夏、一つ尋ねますが箒はファーストで鈴はセカンドなんですよね?」

「だからなんだよ」

「じゃあ、私は? そう言えば聞いてないですね? 私の方が、箒より付き合いが長いというのに?」

「あー……ファーストは箒だし、セカンドは鈴だろ。で、仕種は箒の前か。じゃあ仕種は幼なじみゼロだな」

「幼なじみ、ゼロ」

「おう、幼なじみゼロだ。ゼロ幼なじみだと語呂悪いだろ? だから幼なじみゼロ」

「ふっ」

「は、ははっ」

「んなコーラの商品名みたいな名前もらって誰が嬉しがると思ってるんですか? 私の敵さん?」

「神は死ん……みぎゃあああああああああああああっ!!」

 一夏が言い切る前に呼び出したストレリチアを容赦なくぶっ放す。これでもかというぐらいに、これでもかというぐらいに。大事なことなので二度言いました。

 結論。

 一夏のネーミングセンスは非常にいただけないです、まる。






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