結局罰金と称して財布の中身を根こそぎハルヒに奪われた俺とその他のSOS団の面々は6人目の仲間を加えたり、それっぽいフラグを立てる事も無いままギルガメッシュの酒場を後にし、今度は世界一アコギと悪名高き武具屋・ボルタック商店に訪れていた。
入店するなりハルヒは店の奥へと一直線に突き進んで行く。
「儲かりまっかー?」
「ボチボチでん……やぁ、ハルヒさんじゃないですか。いらっしゃい」
(おい古泉、今ならまだ正直に話せば協力は惜しまんぞ?一発殴らせてくれればな)
(残念ながらその可能性はありません……いや、しかし驚きました)
俺達の面前に立つボルタック商店の主は口伝のドワーフでは無く古泉が所属する機関の一員、多丸圭一氏だった。
一応、役作りの一環なのかご丁寧にも別荘でお会いした時には無かったドワーフばりに立派なヒゲを蓄えていらっしゃる。全くもってご苦労なこった。
「今日はあたしの仲間を連れて来たの。4人分、見繕ってくんないかしら?」
「それが私どもの生業ですからね、喜んで。ただ、本日はくれぐれもお手柔らかに」
「もぉ、先行投資よ先行投資っ。コレでお願いっ、絶対に損なんかさせないわ!」
ハルヒは笑顔で希望予算額を片手の指先で示した。既に一週間分の宿代を先払いしている都合上、装備に全財産をつぎ込んでしまうと迷宮で誰かが寺院送りにされてしまった時の備えが全く無くなってしまう。
出来れば考えたく無い事態なのだが俺達は欠員が出たから、と酒場や訓練場に赴き別の誰かを新たな仲間として迎える訳にはいかないのだ。だからと言って予算をケチって万全の状態で臨まなかった場合、後悔と言う名のツケは余りにも大きい。
ゲームなら前衛に有り金全部つぎ込んで僧侶を馬小屋に連泊させれば済む話なのだが……こんな所で発揮される中途半端なリアリティさが実に恨めしい。一泊すれば全快する宿屋とは、当たり前の様でいて本来ならば究極の施設として崇められるべき存在―――そう、お袋そのものなのだ。
「なぁハルヒ」
「何よ、アンタのおねだりを聞いてるゆとりは無いわよ?当面はソレで我慢しなさい」
「いや、軍資金を俺達に回して貰えるは非常に有難いんだが、お前さんはその装備のまんまで大丈夫なのか?」
メンバー構成と性格的に考えてハルヒを中心に据えた前衛が形成されるのは疑い様もあるまい。両翼を担う俺と古泉のACを心配してくれるのは嬉しいが、こちらにもプライドってモンがある。せめて盾ぐらい買ったらどうなんだ?
「嫌ねぇ、見る目の無いオトコって。あたしの益荒男の鎧(イメージが湧かない人は超勇者でググってみないさい!)の素晴らしさが全ッ然理解出来ないんだから」
「謝れ。世界中の益荒男と呼ばれるに相応しき漢達に全力で謝れ。そもそもお前は(世界一強欲な)ボルタック相手に一体幾ら負けさせたんだ?」
「人聞きが悪いわねぇ、この鎧買うから1つオマケして貰っただけ―――ちょっと有希!アンタそのローブ、メチャクチャ似合うじゃないのっ」
着替え終わった長門を見止めるなり、ハルヒは勝手に話を打ち切り俺を置き去りにしやがった。
それにしても北高の制服の上にザ・魔法使いと言わんばかりの黒マントを纏っただけの長門の姿は、なぜかコイツにはこれ以上似合う装備は存在しないんじゃないかと思わせる。
「ご心配には及びませんよ、あの鎧は当店に置いてある商品の中でも上から数えた方が早い逸品です。何しろ私めから(勲章付の貴族様への)お近付きの印に献上するつもりだったんですから」
「うおっ?!―――そ、そうだったですか多っ……ボルタックさん」
背後からの突然の呟きに俺は心臓が止まるかと思うほど驚いた。やれやれ、我ながらこの調子じゃこの後に控えているであろうダンジョン探索が思いやられるぜ。
「なのにハルヒさんと来たら鎧の代金は支払うからあの髪飾りを貰って行く、と有無も言わせず店を後になさったんですよ。えぇ」
「髪飾りって、あのカチューシャを?」
「はい。ちょうど私の昔の仲間が鑑定の依頼に来た、と店の者が運んで参りまして」
現実世界でも四六時中身に着けているだけあって相当気に入っちゃあいるんだろうが、まさか1,500Gもする鎧を贈ろうとした相手のご厚意と面子を平然と踏み躙るとはな。嗚呼、申し訳無さのあまり俺の胃が悲鳴を上げそうで怖い。
「まぁ稀に呪いが罹ってたり、期待していた効果の得られない贋作だったりする可能性はありますが、十中八九マラーの冠でしょうなぁ」
「えぇ゛未鑑定品なんですか?」
「もちろん1万Gを超える高額商品をお譲りするともなれば当ぉ~~然、鑑定書もお付けしますとも。何しろ本物は鑑定料だけで12,500Gもするお品ですからねぇ、もう時効だと諦めましたが。ハハハ」
そうおっしゃている割には目が笑ってないですよ、多丸さん……金額からして相当なレアアイテムを掻っ攫われては誰だって心中穏やかじゃない筈だ。どうやら俺達と違ってこの多丸さんは本当に姿形を借りただけのNPCらしい。
「スイマセン、ウチの奴がご迷惑お掛け致しま―――」
「ふぇぇぇっ、なんなんですかコレ~~~」
「早く出てらっしゃい、みくるちゃん!さもなきゃコッチから乗り込むわよ?!」
多丸さんとのやり取りの最中、今度は試着室の方から朝比奈さんの愛くるしいお声が聞こえて来た。そして、その前には仁王立ちのハルヒ。これはもう何か小細工があると見て間違いなかろう。
「まっ、大切な宝は肌身は離さず持っておかねば盗人に掠め盗られたりどこかに飛んで行ってしまうと言う教訓ですな。君も良ぉ~~く覚えておきたまえ」
「はぁ……???」
多丸さんは意味ありげな台詞と共にポンポンと俺の肩を叩き、ハルヒの許へ向かって行った。どういう意味なのかはサッパリ解らんが、とりあえず俺もその後を追う。
「あーっ、やっぱりキョンくんのとぜんぜん違いますぅ~」
「ぬわッ?!」
「うん、このアンバランスさが堪らないわっ。流石はボルタックさんね!」
「ハッハッハッ、お気に召して頂けましたかな?」
俺のいかにも安っぽい革製の鎧とは異なり、エナメル塗装が施された朝比奈さんの露出度の高い黒のレザーアーマー(?)は女王様とお呼びするほか無い気品に満ち溢れていた。しかもその艶姿を隠そうとして使っているスモールシールドは中央部が透けて見えるマジックミラー仕様となっており、ご本人のお気持ちとは裏腹に全く隠せていないのである。
ハルヒ&多丸さん、GJだ!!
「こんな格好じゃお外に出られませんっ、いつものメイドさんのがいいですぅ」
「ダメよっ、みくるちゃんはキョンが倒れた時には前衛に立たなきゃいけないんだから、ちゃーんと防御面を考えた装備をしといて貰わなきゃ困るわ!」
「確かに間違っちゃおらんが、ナゼ俺が倒れるのが前提なのだ?」
「ACが低い、HPが低い、ヒーロー性が低―――ハァ、数え上げたらキリが無いわね」
「オィィ、3番目のは関係ねーだろぉ!」
「お待たせしました」
誠に遺憾ながら鎖かたびら姿で颯爽と現れる古泉を目の当たりにして、俺はハルヒの説くヒーロー性を歯噛みする思いをしながら悟った。坊主のクセにパラディンと見紛わんばかりの凛々しさだ。畜生、イケメンは何を着ても絵になりやがる。
「わぁ~~~古泉くんお城の騎士様みたいでカッコイイですねぇ」
「よぉし、合ぉ~格っ!」
(クッ、俺にもアレが装備出来たら……絶っ対に似合わんよなー…長門?別に同意を求めてる訳じゃないから首をコクコクさせんでも宜しい)
一通りの装備を整えたSOS団ご一行は出来れば一生お世話になりたくないカント寺院前を素通りし、町外れにある地下迷宮へと行進した。
ハルヒ(AC.2)……剣/プレートメイル+1/?兜
古泉(AC.4)……フレイル/鎖かたびら/ラージシールド
キョン(AC.6)……短剣/レザーアーマー/スモールシールド
みくる(AC.6)……メイス/レザーアーマー/スモールシールド
長門(AC.9)……杖/ローブ