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[27203] パチリアさん、暗躍する(IS、オリキャラ)
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/07/18 22:56
・このSSはにじファン様にも投稿させて頂いています。

















少女にとって、他人とは恐怖そのものだった。
必死に、自分なりに努力をしても適応出来ない自分を疎ましく思い、他人に受け入れてもらおうとする努力は無為に終わり、ついには他人全てに恐怖した。
少女の何が悪かったという訳ではない。ただ、ほんの少しだけ他人とは違うだけだったのだ。
だが、その僅かな躓きがみるみるうちに壁となって行った。
少女を囲む壁は高く、厚く。少女から足掻く気力を削り取って行く。

だが。

少女を受け入れないのが他人であるのなら、部屋で独りきりで泣く少女を受け入れるのも、また他人。
少女の壁を颯爽とぶち抜くのは、これまた少女。
彼女の名は、

「わたくしの名前はセシリア・オルコットですわ。貴方のお名前は何とおっしゃるの?」

まだ齢十にも満たない少女ではあるが、その魂はすでに高貴。
涙に沈む少女へと微笑みかけるセシリアの姿に人は慈愛を見るだろう。
人を信じられなくなっていた少女はセシリア・オルコットに希望を見た。
いや、希望という言葉ですら足りない。

「あ、あたくしは……」

これは、ある少女の愛の物語である。













それから数年後。

「あたくしキシリア・スチュアートの剣にかかって、死ぬがいいですわ! 織斑一夏ァァァァァァァァァっ!!」

「ちょっと待て!? 白目剥きながら、斬りかかってくんな! マジで怖い!」

IS学園クラス代表決定戦。
キシリア・スチュアートが駆る量産型IS『打金』は織斑一夏のワンオフ専用機『白式』を追い詰めていた。
機動性に劣る打金での巧妙なステップワークで白式を逃さない。
打金の標準装備である身の丈ほどある刀ではなく、更に巨大なツヴァイハンダー(両手持ちの西洋剣)を右手に一本。左手に一本。
セシリアより、僅かに短い金髪の縦ロールを振り乱しながら、荒ぶる竜巻の如き熾烈な猛攻。
血走った白目を剥き、狂乱の舞を踊り続けている。
だが、怒りと憎しみと嫉妬に狂いながらも白式を逃がさぬ間合いの潰し方は、IS搭乗時間が一時間にも満たない織斑一夏を苦しめる。
対する一夏と言えば、完全に気合い負け。ブレード一本しか無い近接戦闘特化型だと言うのに、キシリアに踏み込む素振りすら無く、必死の形相で防ぎ続ける。
だからと言って、一夏が特別に臆病だとは観客全員は思わなかった。

「死んで、畑の土におなりなさい!」

文章に起こせば、こうなるだろうが実際、キシリアは叫び過ぎて、

「じんでばだげのずじにおな゛りなざぁぁぁぁぁぁい゛!」

と、老婆が癇癪を起こして叫んでいるような嗄れた声。
うら若き少女が涎が飛び散らせながら暴れまわる姿は怒る闘牛の方がまだ可愛げがある。
関わりたくないタイプの人であった。
どうして、こんな状況となったのか。それは少し時間を遡らねばならないだろう。



キシリア・スチュアートとセシリア・オルコットはかなり似ている。
キシリアの方が僅かに髪が短い程度で顔ではなかなか見分けがつきにくい。
楚々とした所作は二人とも貴族の出らしい礼にかなったものである。
セシリアに憧れるキシリアは必死の思いでちょっとした仕草、表情、ファッションの全てを真似たからだ。

だが、セシリアとキシリアを間違える者はなかなかいない。
何故ならキシリアは大草原。セシリアはなかなかの二つの山を持っている。
つまり、キシリアの胸はぺたんというより、すとん。
欧州では巨大さよりも総合的なシルエットを大事にする以上、どちらが上とは言えないだろうが。
しかし、キシリアはセシリアと自分と比べれば確実にセシリアが上だと固く信じている。
と、いうよりもそんな愚論は語るまでもないと思っている。
それでも身に付ける物は常にセシリアよりワンランク下を維持。
セシリアに何かを言われたからではなく、キシリアにとって、それは至極当然の事なのだ。



―――天上におわす御方よりも神々しく、羽ばたく蝶より華麗なお姉様と同程度の物を身に付けるなど、あたくしがより惨めになってしまいますわ。
あたくしはお姉様の影であればいいのです。



それを真顔で言い切る女がキシリア・スチュアートである。
そして、憎き怨敵織斑一夏はキシリアが言う所の世が世なら女神として崇め奉つられていたであろう美姫セシリアに、

「ちょっとよろしくて?」

話しかけられるという彼のおがくずのような下らない人生の中で唯一、光輝くであろう栄誉に対し、

「へ?」

あろう事か間抜け面でとんまな返事を返したのである。
本来であれば即座に跪いて、

「この豚めに何かご用で御座いましょうか」

と答えるのがあるべき姿なのである。
それをあの男は、

「ギ、ギギ、ギギギギギギギギ…… キシャァァァァァァァァァァァァ!」

「え、何この声!?」

あらかじめ何かをやらかさないようからセシリアに待てと言い付けられたキシリアは必死に耐える。
周りの有象無象が騒いでいるが、キシリアにとってはどうでもいい事だ。

「まぁ、なんですの、そのお返事!? わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら!?」

―――こんな無礼な男に何とお優しいお姉様……!

キシリアはセシリアの宇宙の如き広大無比な広い器に涙した。
もし、世の凡愚共を救う弥勒菩薩がいたのならば、セシリアの姿をしていると再確認した。

「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」

キシリアは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の織斑一夏をを除かなければならぬと決意した。セシリアには男がわからぬ。キシリアは、セシリアの愛の僕である。常にセシリアの背後で近付く男達を排除してきた。だからこそセシリアには、人一倍に敏感であった。

―――お姉様は案外、ちょろいのですわ。

友人が少ないセシリアだが、その分懐に入った相手にはどこまでも優しい。
キシリアのように懐いて来る相手も突き放せはしない。
もし、一度、織斑一夏がセシリアの警戒を破り、内側へと入ってしまえば?
過去、オルコット家を強欲な連中から守るためにキシリア以外に心を開かなかった時期もあるセシリアだが、

―――お姉様はちょろいですから、心配ですわ。

今までは近付く男はキシリアが物理的に、社会的に、生物学的に叩き潰して来たが織斑一夏は世界初のISを動かせる男性である。
各国の諜報機関が二十四時間、完全に監視していて手が出せなかった。
もし、一夏が学園内で女性と「イタした」場合は全世界の国のリーダーに一時間以内に報告が入るだろう。
更に生徒会長更識楯無と対暗部用暗部『更識家』もなかなかの手練れである。キシリア単独で生徒会長と更識家を相手をするには少しばかり荷が重い。
そんな織斑一夏を始末してしまえば、キシリアだけではなくセシリアにまで迷惑がかかるだろう。
機会を待たねばならない。
「仕方のない事故だった」と受け取られるようなタイミングを待たなければならない。
キシリア・スチュアート、臥薪嘗胆の心意気である。



そして思ったよりも、その機会は早く訪れた。

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

この学園で織斑千冬を無視出来る者は何人いるだろうか。
凛として、清廉。現在、学園内踏まれたいランキング一位を独走し、史上最強の名に最も近いと噂されるIS乗りである。
名も実も兼ね備え、教壇に立つ彼女を平然と無視し、自らの思考に耽るような者は現在、一組の教室ではキシリア・スチュアートのみである。
何百、何千通りの織斑一夏を陥れる策を練り続ける彼女は見た目だけは模範的な生徒であるが、千冬の話は右耳から入って、左耳から抜けている。
ちなみに副担任の場合は全く耳にも入っていないのだから、まだマシな方だ。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出るクラス代表者を決めないといけないな」

その時、キシリアに電光が走った。
合法的に織斑一夏を抹殺出来る手段が。しかも、衆人環視の元での"事故"を起こせるチャンスが来たのだ。
だが、まだ待たなければならない。

「はい! 織斑くんを推薦します!」

キシリアの未来予測はこの先の展開を読み切った。

「私もそれがいいと思いますー」

「では候補者は織斑一夏…… 他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

お姉様の素晴らしさを知らない愚民共がただの物珍しさで織斑一夏を推薦するのは"読み筋"だ。
そう、織斑一夏は次に、

「(へへえ、あっしのような豚が素晴らしきセシリア様を差し置いて、クラス代表者になれるはずないでゲス!と言う……!)」

「ち、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。 他薦されたものに拒否権はない」

人間、誰にでも間違いはあるのだ。
だが、

「そのような選出は認められません!」

セシリアが机を叩いて、立ち上がるのはキシリアにとっては確定事項。
一夏を深く知らないせいで多少、間違えたがセシリアが次に何を言い出すかは全て読める。

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。 それを物珍しいからと言って、極東の猿にされては困ります!」

ヒートアップして行くセシリアにさすがにかちんと来たのか、情けなく緩んでいた一夏の表情に少しずつ怒りが浮かぶ。

「(これは……不味いですわね。 お姉様はプライドの欠片もない相手はお嫌いですが、意地を見せる相手には……ちょろくなってしまいますわ!)」

罵倒され、情けなく笑っているような人間はキシリアも嫌いではあるが、セシリアは更にその思いが強い。
魑魅魍魎のような、金のためなら誇りを捨てる連中を相手にオルコット家を守るためIS操者になったくらいだ。逆に見事な矜持を見せた相手には賞賛を惜しまない。
下手な転び方をしてしまえば、キシリアにとって不味い事になるだろう。

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。 世界一不味い料理で何年覇者だよ」

正直、キシリアも一夏と同意見だが、セシリアにはこの言葉は許せないだろう。
セシリア・オルコットは誇り高き貴族だ。国を馬鹿にされて笑ってはいられない。
だから、

「なっ……「我が祖国を侮辱されては黙ってはいられません。決闘ですわ!」 ち、ちょっと、キシリアさん!?」

ここで割り込む。
キシリアが国のために怒った。そう思い、割り込んでも不興を買わないタイミングで。

「申し訳ありません、お姉様。 しかし、この男の暴言……許せませんわ!」

キシリアは何故、日本のオープンカフェはどうでもいいような景色しか見えない場所に作るのだろうと考えながら、立ち上がり、セシリアならこうするという動作で一夏を指差した。

「セ、セシリアが二人……? いや、パチリア?」

「最高の誉め言葉ですわね! しかし、あたくしは手加減しませんわよ!」

なかなかこの豚は見る目が有るではないか、とキシリアは一夏の評価を一段階上げた。
ただの排除対象から敵へ。この上手く回る口でセシリアを口説くつもりなのだろう。

「あれ、今、俺はいつ誉めたんだ? と、とにかく」

「織斑先生、よろしくて!?」

「あ、ああ、では勝負は一週間後、第三アリーナでだ」

一夏が今の千冬を見れば驚く事だろう。あの織斑千冬がキシリアに呑まれ、口を半開きにし、目を丸くしている。
完全に横から無理矢理に入って来たキシリアに主導権を奪われてしまったのだ。

「あたくしが勝ったら、お姉様がクラス代表ですわ。 もし、わざと手を抜いて負けるような事があれば去勢しますわよ」

「ああ、真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいないさ」

そう言い切った織斑一夏は表情を改めると、キシリアを真っ直ぐに見つめ返す。

「(不味いですわ…… こういうタイプの方、お姉様は好きですもの……!)」

セシリアを完全に決闘から排除するには成功したのだが、改めて怨敵織斑一夏の恐ろしさを思い知らされるキシリアだった。



[27203] 二話『お前に決闘を申し込む』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/22 01:17
油抜きしておいた厚揚げを寮の部屋に備え付けられたコンロに置いた網に乗せ、火にかける。
その間、ボウルに味噌と砂糖、みりんとほんの少しの日本酒を入れ、かき混ぜる。
キシリアはじりじりと焼き色が着いて来た厚揚げをひっくり返すと、あらかじめ用意してあったネギを刻み始めた。
これを食べるセシリアの喜ぶ様を想像するだけで、キシリアの胸は甘い感情で一杯になってしまう。
そんなときめきと共にネギを切り終えると足取りも軽く冷蔵庫から、ライムのジュースを取り出し、クラッシュアイスを入れたコリンズグラスに僅かに注ぐ。あとはシュガーシロップとジンジャーエールを注いでマドラーでかき混ぜる。
カットしたライムを完璧な角度でグラスの縁に飾り付け、ストローを刺してサラトガクーラーの完成だ。

狐色にこんがりと焼けた厚揚げに刷毛でさっと、作っておいたタレを塗り裏返す。再び裏面にタレを塗り裏返す。
この間にまな板と包丁をさっと洗い、厚揚げを焼いている網を漬けておくための水も用意。
朝、さっと洗い物を終わらすための一工夫だ。
あまり焼け過ぎないように、だが味噌の香ばしい匂いが漂い始めたら用意しておいた皿に盛り付け、刻んだネギを乗せて、残ったタレをかける。

「我ながら完璧過ぎますわ……!」

自画自賛する出来はきっとセシリアを喜ばせる事だろうとキシリアは確信した。
シルバーのトレイに厚揚げの味噌焼きとカクテルを乗せたキシリアはキッチンを抜け、セシリアの待つ部屋へと戻る。
ネギと味噌の香ばしい匂いが辺りに漂う。
窓辺に置かれたテーブルには、すでにセシリアが座っていた。
頬杖を着き、物憂げに窓の外を眺めるセシリアの美しさはキシリアの心を弾ませる。

―――同時に"だが"とも思う。

開け放たれた窓から、僅かにそよぐ春の風。眼下には夜の中でも鮮やかに咲き誇る桜並木が見えるだろう。
セシリアは寝間着の白いキャミソール。
月の光が美しい身体のラインを浮かび上がらせ、

「辛抱溜まりませんわ……!」

「今、何か仰いまして?」

「いえ、桜が綺麗だと思っただけですわ」

そうですの、とキシリアの言葉を疑った気配も無く、セシリアは目線を再び桜の花へと戻した。
その間にもテーブルの上にキシリアは料理とカクテルを並べて行く。
セシリアが手伝おうともしないのは自らが邪魔になるだけだと自覚しているからだ。
容姿端麗、学業優秀。しかし、それは生まれもって才能のみではない。常に不断の努力で自らを鍛え上げている。
しかし、そんなセシリアではあるが家事は全く駄目なのである。いくらキシリアが教えても不器用だった。
だが、そういう弱点が無ければ、自分が役に立てる事がないと思うキシリアにとって喜ばしい事で、セシリアを尊敬する気持ちに変化はない。
弱点や対人関係の弱さはキシリアが補えばいい。補いたいと思っている。

「さあ、お姉様。 冷めないうちに頂きましょう?」

「あら、とても美味しそうですわね。 今日のお夜食はなんですの?」

「厚揚げの味噌焼きという日本食ですわ」

「えっと……。 日本ではお料理を頂く時は……いただきます、でしたわね?」

「はい」

「それではキシリアさん、いただきます」

胸の前で手を合わせ、先程までの物憂げな表情では無く、柔らかに微笑むセシリアを見て、

「はい、どうぞ召し上がってください」

キシリアも自然に笑みが零れた。

―――お姉様はやっぱり笑顔の方が素敵ですの。

キシリアは胸の内で万を超えるセシリアを賞賛する言葉を生み出し続けるが、それを口にする事はない。
何故ならナイフとフォークで厚揚げを切り分けたセシリアが厚揚げを口に運び、

「ん……」

声を漏らし、僅かに前後にこくこくと頭を揺らし、厚揚げを咀嚼していく。
これがセシリアが美味しいと思った時の癖だとわかっていて、この後に発せられる言葉はわかっている。
しかし、

「美味しいですわ、キシリアさん」

セシリアに眉尻を下げた微笑みと純粋な賞賛を受けるのはキシリアにとって、何物にも代え難い幸福だ。
踊り出したくなるような喜びを無理矢理、理性で縛り上げて優雅にキシリアは微笑んだ。

「ありがとうございます」

「こちらのカクテルもお味噌の香りとライムの香りが綺麗に合っていますわね」

セシリアのためにキシリアは色々とカクテルを研究している。
セシリア本人はアルコールを嗜むも淑女の勤めだと思っている。それを理解しているキシリアではあるし、言われた通りにカクテルを出している。
ただノンアルコールのカクテルだと伝えていないだけだ。
酔うと脱ぎ癖と甘え癖のあるセシリアに色々とされてしまうと心の象さんがぱおーんして色々といたしてしまういそうになる自分を必死……いや、絶死の域で抑え込まねばならない。
セシリアのカクテルにアルコールを仕込んでしまえと囁く悪魔の誘惑に耐えるキシリアであった。

「キシリアさん、もう一杯……そうですわね、カトレアを頂けます?」

「それは今夜はオッケーという事ですね」

「何がですの?」

きょとんとしたセシリアの表情を見て、キシリアはちょっと死にたくなった。
天使よりも純粋無垢なセシリアは地を這いずりまわるキシリアには時々、眩し過ぎるのだ。





セシリア・オルコットにとって、キシリア・スチュアートは二人目の親友だ。
何の利害が絡まない、という意味では彼女ただ一人だけかもしれないし、一人目は素直に友人だと言うには色々と差し支えがある。
だからこそ、自分のやった事の責任を彼女に取らせる訳にはいかないとセシリアは思う。
何故ならセシリアは、

「(わたくしは、この子のお姉さんなのですから……!)」

セシリア・オルコットはキシリア・スチュアートの目標であらねばならない。
夜風に舞う桜の花びらは風情があり、これまでに食べた日本食はどれも美味しかった。
こうして日本に来てみれば、野蛮な猿の住む島だなどとは言えない。ただ文化の色が違うだけで、イギリスと日本の文化のどちらが上かなどと喚くのは大人気ない態度だった。
あとイギリスの料理が不味いと言われても正直、セシリアには反論は出来ない。
食に関してだけ言えば国籍を移したいくらいだ。

「ねえ、キシリアさん。わたくし考えましたの」

作ってくれたカクテルを口に含むと紅茶の芳醇な香りが心を落ち着かせてくれる。
セシリアは淑女らしく、アルコールを窘める自分に満足感。
そして、一杯目よりも氷を減らされたカクテルは、寝る前にあまり身体が冷え過ぎないようにというキシリアの気遣い。
こういう所は勝てない、と思いながら、口を開いた。

「えっと……一夏さんを最初に侮辱したのは、わたくしでしたわ。
まず、彼に謝ろうと思いますの。
そして、謝罪を受け入れて頂ければ、改めてわたくしがクラス代表を決めるために一夏さんと勝負をしますわ!」

最初に一夏を侮辱したのはセシリアで、一夏はそれに怒っただけ。
それは正当な怒りだろう。むしろ、自分の祖国を馬鹿にされて怒らない方が間違っている。怒らず、へらへらと笑っているような者がいれば、男女問わずにおかしい。
セシリアは織斑一夏に僅かに興味を持ち始めていた。

織斑一夏は間違っていない。
キシリア・スチュアートも間違っていない。
なら誰が間違っている?

結局、何故かセシリアの代わりにキシリアが決闘する事になってしまった。
セシリアが侮辱し、一夏が怒り、キシリアが決闘する。
何一つとして筋が通っていないではないか。
そして、筋を通していないのはセシリア・オルコットだ。
きちんと間違いを認められる所は認めなければならないという事を身を持って教えるのが、お姉さんの勤めだろう。

「わかりましたわ、お姉様。 お姉様がそうすると言うのであれば、あたくしに否はありません」

きちんと話せばわかってくれるキシリアはセシリアの自慢の妹だ。
色々と間違いの多いセシリアだが、これだけは胸を張って言える事だった。

「キシリアさん、感謝いたしますわ」

「いえ、あたくしも考えてみれば、お姉様の邪魔をしてしまったと思っていましたの。 ……それでお姉様、今日は一緒に寝てもよろしいですか?」

紫の、セシリアとは色違いの寝間着を着て顔を赤らめ、もじもじとはにかみながら言うキシリアを可愛いと思う。

「ええ、よくってよ」

セシリアは答えた。
しっかりしているようで、まだまだ甘えたがりなキシリアをとても可愛らしく思ってはいる。
しかし、

「(わたくしの胸に顔をうずめて、すりすりする癖は何とかならないかしら)」

ちょっぴり"きゅん"として、"もやもや"と来てしまう自分はお姉さん失格だと思ったが、なかなか断る気にもなれなかった。
寂しがり屋の妹を持つとお姉さんも大変なのだ。





「(むにー。むにー)」

天蓋付きのキングサイズのベッドに二人で入り、セシリアの胸に即顔を埋めるキシリアは幸せの絶頂。
イギリスに居た時は勿論、家は別であり、こうやって一緒に寝れる機会は滅多に無かった。

「(えへへ……。 うふふ……。 げへへ……)」

新しい三段階笑いを生み出すキシリアの表情が見えないのは、お互いにとって幸せな事だろう。

「もうっ、キシリアさんはまだまだ甘えん坊ですわね」

そう言いながら、セシリアはキシリアの頭を優しく撫でる。
もう、とっくの昔に撫でぽ(撫でられて、ぽの意)されているが、とっくに上限突破しているキシリアの好感度がぎゅんぎゅんと上がって行く。ぎゅんぎゅんである。

「あ、そうですわ」

幸せ一杯、色々な意味で胸一杯なキシリアの背筋がぞわりと何かを感じ取る。
セシリアが何かロクでもない事を言い出そうとしている事にキシリアは気付いた。

「日本にはお花見という風習があるそうですわね。 キシリアさん、ご存知かしら?」

「……はい、確か桜の花の下で飲めや歌えの酒席を開く事でしたわね」

「ええ、一夏さんが謝罪を受け入れて下さった時は三人でお花見をしましょう!」

さも名案だ、とばかりに声を弾ませるセシリアに、

「(むにむにむにむにむにむにむにむに)」

顔をすりすりと動かした。
むにむにでした。

「あ、ちょっとキシリアさん、動き過ぎですわ。 ……やんっ」

ちょっと満足したので動きを止めた。

「……キシリアさん、お嫌でしたの?」

「違いますわ! 想像しただけで楽しそうで、つい……!」

セシリアの嬉しそうな声につい嫉妬の炎が燃え上がる。キシリアは織斑一夏を抹殺しなければならないと改めて誓った。
セシリアの言い付けを破るつもりはないが、だからと言ってそれは別の話。

「うふふ、その時は美味しいお料理、期待していますわよ」

「はいっ!」

セシリアの楽しげな声を聞くだけで嬉しいし、セシリアに期待されるのも嬉しい。
セシリアと"二人っきり"での花見も、さぞ楽しい事だろう。
キシリアはセシリアの胸に顔を埋めながら、にたりと嘲った。

「あっ……! こらっ、どうしてお尻撫で回しますの!?」

「そこにお尻があったから……もとい、お姉様と一緒に寝るのが久しぶりだからですわ」

「もう、仕方有りませんわね」




















「どういうことだ」

「いや、どういうことって言われても……」

時間は放課後、場所は剣道場。
俺は箒に怒られていた。
手合わせを開始してから十分。結果は俺の一本負け。
それも俺は防戦一方。一矢報いるどころじゃない。

「どうして、ここまで弱くなっている!?」

「受験勉強してたから、かな?」

まぁ実際は家計を助けるために、バイトしてたから三年間、帰宅部だったせいなんだけど。

「織斑くんてさあ」
「結構、弱い?」
「ISほんとに動かせるのかなー」

辺りにはギャラリーが満載。
ひそひそと聞こえる落胆の声。
珍獣扱いされてるのも惨めだけど、女よりも弱い男だと失望されるのも情けない。
くそう、格好悪い……。

「お姉様、いましたわよ」

何だか聞いた覚えのあるキンキンとした声に俯いていた顔を上げれば、

「……パチリア?」

と、セシリアなんとかさんがいた。

「ま、また、そうやってあたくしを褒め千切って……! なんですの!? あたくしに惚れたんですの!? お生憎ですが、あなたのような野蛮な方とはお付き合い出来ませんわよ!」

「一夏、貴様!?」

「訳わかんねえ!?」

パチモンのセシリアって、どう考えても悪口じゃないのか。
なんでそれを言って、俺はパチリアに惚れた事になって、いつの間にかフラれて、ついでに箒は怒ってるんだ!?
箒の打ち込みを必死に防ぐ俺に、

「まあ、お稽古中ですの?
一夏さん、話がありますので、終わったら少し、お時間いいかしら」

ぎりぎりと鍔競り合いをする最中、セシリアが話しかけて来る……って今、話しかけられても。
片手に抱えていた面を足元に放り投げ、必死に両手で押し返す。
片手じゃ無理だ。

「やっぱり、あのような軟弱な男などお姉様が構う事はないのですわ」

「キシリアさん、そのような事を言うものではなくってよ」

押し込まれる竹刀を必死に防いでいる最中だというのについ、のんきに話している二人に視線を送ってしまった。
セシリアと比べて、パチリアは全体的にちっこいんだな。
胸だけじゃなくて、身長も十センチくらい小さいし。

「どこを見ている!?」

「ぐえっ」

更に怒った箒が足払いを仕掛けて来る。お前、これが試合だったら反則だぞ。

「ふんっ! この軟弱者め」

どす!どす!と足を踏み鳴らして、箒は更衣室に行ってしまった。
あー、これは俺が悪かった。後で謝っておかないと。
稽古中に気を逸らすなんて、付き合ってくれていた箒に失礼だった。
でも、ちゃんと防具は自分で片付けて行けよ。

「一夏さん、大丈夫ですの?」

俺の、箒に叩き潰されるというあまりの醜態にギャラリーが散っていく中、セシリアが心配そうな顔で手を差しのばしてくれた。

「……ああ、大丈夫だよ」

女に負けて、更にここで女助け起こされてなんて……これ以上、みっともない所は晒せない。
箒に叩きつけられた背中の痛みをぐっと我慢して、立ち上がった。

「まぁ、なんて失礼な方なのかしら! せっかくお姉様が!」

「キシリアさん、少し静かになさい」

「はい、わかりました!」

パチリアに尻尾があったら、ぶんぶん振り回してるんじゃないかと思うような笑顔。怒られたんじゃないのか、今?
女はさっぱりわからんけど、パチリアは更にわからん。なんでそんなに嬉しそうなんだ。

「そうだ、何か話があるんだろ?」

「そうでしたわ。そ、その……一夏さんに謝罪に参りましたの!」

「へ?」

セシリアは左手を腰に手を当てて、右手の人差し指にピシッと突き付ける……って近い近い。
指が俺の鼻に触りそうだ。
決闘ですわ!と言葉を変えても違和感がないと思うのは俺だけか?
人に謝る態度じゃないと思うんだが。

「き、極東の猿だなんて言って……ごごごごごごごごご」

「ゴリラ?」

「ら、ラッパですわ!」

「……パンダ?」

「だ、ダージリン!」

「ン・ビラ」

アフリカにある打楽器らしいぞ。俺は見た事ないけど。

「違いますわ! どうして、しりとりになってますの!?」

「さあ?」

何が言いたいのかさっぱり……ってこればっかりだな、俺。

「とにかく! ご、ごめんなさい!」

金髪をばさっと翻すようにして、セシリアは頭を下げた。
よくわからんけど、いいぜ。
そう答えようとした時、セシリアは頭を上げて、

「わ、わたくしとした事があなたのように軟弱な方を相手にムキになり過ぎましたわ! し、仕方なくあなたの無礼を許して差し上げますわ!」

カチン。
覆水盆に返らず。転がる石は止まらない。
そんな流れに乗せられての話じゃない。

「いいぜ。お前の謝罪を受け入れる」

「あ……」

顔を真っ赤にしながら、喋りまくっていたセシリアは安心したように止まった。

「だけど、改めて俺からお前に決闘を申し込む」

俺は俺の意志でセシリアに決闘を挑む。
興味本位の期待が無くなっても、どうでもいい。
だけど、ここまでナメられて引き下がったら男じゃない。

「え」

「さすがお姉様……自爆の天才ですわ」

セシリアの後ろでぶつぶつパチリアが言っているが、知った事じゃない。
それにこんなに馬鹿にされてへらへら笑って逃げ出したら、俺だけじゃなくて千冬姉の名前まで汚す事になる。

「ち、ちょっとお待ちになって!? な、何故そういう話になりますの!?」

「そうですわ! お姉様と戦いたいなら、あたくしを倒してからになさい!!」

パチリアはセシリアにそっくりなポーズで、セシリアを押しのけて前に出て来た。

「ああ、望む所だ!」

望まない場所に望まない状況。
だけど、まだ俺にだってプライドがある。
久しぶりに味わった底辺の気分を更に叩き落としてくれた、この二人に俺の意地を見せてやる。

―――やってやる。

俺は、久しぶりに誰かに勝ちたいと思った。
これから本気で鍛え直す。

「わ、わたくしは望んでませんわよ!?」

セシリアの叫びを背中で聞きながら、俺はその場を後にした。
試合まで、今日を入れてあと五日。
やれる事をやり尽くしてやる。















自分が何のために戦ってるか思い出せ、織斑一夏!
クラス代表がどうこうじゃない。俺は男の意地見せるんだろ!
代表決定戦が始まってから、パチリアに気合い負けしてしまって、すでにシールドエネルギーを半分にまで落ち込んでいる。クリーンヒットこそ無いが、とにかくコツコツと当てられてしまった。
こんな有り様で負けたら、俺が俺を許せなくなる。
だけど、かなり手の内は見せてもらった。 ……そろそろ仕掛けてみるか。

「そろそろ落ちなさい、織斑一夏ぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「やなこった!」

キレてる分、パチリアの攻撃のタイミングは単調だ。
右手のツヴァイハンダーの振り下ろしを一、左手のツヴァイハンダーハンダーの切り上げで二、右手のツヴァイハンダーの逆道で三、次の一は左手のツヴァイハンダーの打ち下ろし!

「もらった!」

今まで防戦一方で下がり続けていたけど、ここで前に出る。
右足を一歩前に踏み出し、踏み込みは十分。パチリアのツヴァイハンダーを思いっきり弾き返す。

「なっ!」

片手じゃさすがにあんな長物を保持出来なかったのか、ツヴァイハンダーが遠くに飛んで行き、

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

俺は近接用ブレードをパチリアのがら空きになった胴に完璧なまでに叩き込んだ。
決まった……!パチリアの背後に抜けて勿論、残心を忘れず、

「馬鹿者! これは剣道の試合ではないぞ!」

箒の声が聞こえて、やべっと思った瞬間、

「お返しですわ!」

俺のブレードの衝撃による反作用、重量級武器の遠心力、踏み込み、IS自体の推進力。
それら全てをまとめたキシリア全力の回転斬りが背後から迫る。

「ぐっ……!」

話で聞いただけの『瞬時加速(イグニッションブースト)』をぶっつけ本番で!
思いっきり踏み込むようなイメージ!

「間に合いませんわよぉぉぉぉぉぉおおッ!!」

あ、と思った瞬間に『瞬時加速』が発動。だけど、パチリアのツヴァイハンダーはシールドを抜き、俺の右のブースターを切り裂いた。
突然、片方のブースターが破壊されたせいで左右の加速力がズレた結果、

「ぐえっ」

一秒にも満たない時間の中で何回転したかわからないくらいに錐揉みして、地面に叩き付けられる。
何とか操縦者保護機能で意識が吹っ飛んだりはしなかったが、それでも消せなかった衝撃が俺の頭をくらくらさせる。
だけど、

「無様ですわね!」

追い討ちかけてくるよな、こいつなら!
寝ている暇も無く、その場から飛び退いて、何とかギリギリに避ける。
回転斬りの遠心力を更に乗せたのか、一瞬前に俺のいた場所から凄まじい砂煙が吹き上がった。
ちくしょー、油断しなけりゃなあ。
とにかく、

「お互い一発ずつ。まだまだここからだな」

「ダメージはあなたの方が大きいですけどね」

その冷静な声を聞いて確信した。さっきまでの暴れっぷりは罠か……。
砂煙が晴れた先に立っているパチリアはまるで屠殺場に送られる豚でも見るような冷たい表情だった。
もし、俺が『瞬時加速』を使えなければ、あの一撃で沈められていただろうし、追い討ちに気付かなければ確実に終わっていた。
なんで演技してる時より素の方が怖いんだ、こいつ。

だけど、そろそろ思い出して来た。



―――俺が一番、強かった頃を。



[27203] 三話『俺を、恐れたな?』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/16 20:38
「織斑先生、お願いがあります」

一日の仕事も終わり、自分の部屋に帰って、ちょっと一杯引っ掛けようか。
そう思って気を抜いた矢先に織斑千冬は弟の一夏に引き留められた。

「……話してみろ、織斑」

普段は叱られても叱られても、千冬姉と甘えの混じった呼びかけを続ける弟が突然、『織斑先生』と来た。
千冬でなくても、一体どうしたものかと訝しむだろう。
常の柔らかな、悪く言えばお気楽な表情をしている一夏が千冬の目をしっかりと見返す。その視線は真剣そのもの。

―――今日はビールを飲めそうにもないな。

千冬は思った。

















これ終わったら絶対、千冬姉に怒られるな……。
千冬姉に教わった事、全然生かせてないよ。自業自得とは言え、試合の後が怖い。

両手剣が一本になった事によって、パチリアの動きは劇的に変わった。
二刀流の時は遠心力と推力を生かした勢いのある嵐のようなデタラメな剣線。刃を立てる気すら最初から無い動きはとにかく俺をぶん殴ろうとしていたようにしか思えなかった。荒れ狂う二本の剣と、あの気迫に踏み込むのには、かなりの勇気がいった。
その分、隙も多かったし、読みやすくもあったんだが、

「しっ!」

パチリアの両手剣は綺麗な踏み込みと腰の動きの連動が合わさり、上段からの速くて重い一撃に生まれ変わる、って!?
俺はサイドステップ、というより身体を投げ出すように飛び退く。

「ちっ、避けやがりましたわね」

振り下ろしの途中からいきなりISの推力を生かしての突きに変化して来やがった!
パチリアの剣は正統派の剣術とISの特性を使ったいやらしい剣に仕上がっている。
こいつの性格そのままの動きだな、これ。

俺の残りシールドエネルギーは48。多分、軽くかすっただけで終わる。前半の防戦一方が大きく響いてしまった。だけど、まだまだこれから。

「ふうー……」

俺は一度、息を深く吐く。
もっと、もっと深く行けるはずだ。
もっと深く、冷静になれ、織斑一夏。







「織斑先生、俺にISについて教えてください」

「毎日の授業で教えている」

まさに一刀両断。
それはそうだろう。毎日の授業はIS操縦者のための授業だ。あれでISについて教えていないのならば、何を教えているというのだ。

「言い方を変えます。織斑先生、俺に戦い方を教えてください」

だが一夏は引こうとはしなかった。
過去に剣道を習っていた時も見た事がないくらいに深々と、しっかりした礼に則り、一夏は頭を下げてくる。
どうしたものかと千冬は頭をガシガシとかいた。
他の女性がやれば粗野で下品になりかねない仕草のはずだが、千冬の場合は不思議とそれが様になっている。

「あー……くそ」

千冬はそう吐き捨てると下げていた一夏の頭に手をやり、撫で回しすというよりも激しく乱暴な手付きで自分によく似た一夏の癖の無い髪を掻き回す。

「頭を上げろ、一夏」

「織斑先生!」

「今は千冬姉だ。
全く……本来であれば、クラス代表戦でどちらかに肩入れする事は望ましくないんだが……」

「千冬姉……ありがとう!」

「その代わり今日明日だけではない。これから毎日、お前に稽古をつけてやる。いいな?」

にやりと口角を跳ね上げて笑う千冬に、冷たい汗が背筋を伝った。
少し早まったかと一夏は思った。



再び場所を剣道場に移した二人は竹刀を手に向き合う。
すでに夕日も暮れようかという時間となり、織斑姉弟以外の人影はない。照明も点けず、千冬は言った。

「そのまま動くな」

防具も付けないままの一夏に上段に構えた千冬がじりっと近付く。

「え、ち、ちょっと待てよ、千冬姉!?」

「動くな。ただ見ていろ」

じりっ、じりっ。
僅かずつ、焦らすかのような動きで千冬は一夏への間合いを詰める。

―――やべえ、マジでこええ!?

動くなと言う以上、一夏は動く訳にはいかない。
それがわかっていても剣を握るは最強のブリュンヒルデ織斑千冬である。
その剣がいつ落ちて来るかわからなず、なぶるかのようにじりじりと間合いを詰められるとなれば、いっそ自分から斬りかかって楽になりたいと思うほどのプレッシャー。

「…………………………」

まだ剣を一度も振っていないというのに一夏は先程、箒と行った試合よりも酷い汗を全身にかいていた。
だが、動かない。動けない。
蛇に睨まれた蛙のように間抜けに突っ立っているのが精一杯。

「…………っ!」

唾を飲み込もうとした瞬間、一夏の目の前、皮一枚を残した距離に千冬の竹刀が置かれていた。振り下ろされた竹刀が全く見えず、最初から、そこに置かれていたようにしか一夏は思えない。
ずっと見ていたはずなのに、振り下ろしは全く見えず、さらりと一夏を撫でる刃風が汗に濡れた身体を、心を冷やす。

「もう一度だ」

再び千冬は竹刀を上段に構えた。
竹刀が真剣にしか見えない程の威圧感に、一夏は必死に耐えた。









「くっ!? なんで! いきなり当たらなくなりましたの!」

右、左、横薙ぎからの変化で籠手。それを見せ札にして『瞬時加速』からのショルダータックル。
爆発的な加速が空気を押し除け、俺の髪を揺らす。だけど、それなりのエネルギーを使って効果があったのは、それだけだ。
全てをぎりぎりで避け、『瞬時加速』で吹き飛ぶようにして加速して行ったパチリアに、わざと見せ付けるようにして向き直る。

小学生の頃に俺は剣道を習っていた。
あの時、体格差も力の差も大して無かった箒に俺が圧勝していたのは一重に視野の広さの差だった。
相手の動きの起こり―――例えば、踏み込み。股と膝を動かしてから足底が地面に着く―――を見切れば、その先の動きは全て予想出来る。
一つ一つの僅かな動きを、相手の攻撃を恐れる事なく拾い上げれば、後の先を取れる。
これが俺のスタイルだった。
本人が覚えてない事まで千冬姉はよくもまぁ覚えていたもんだ。
最初はパチリアに呑まれたものの、千冬姉にプレッシャーほどではなかった。
パチリアは千冬姉より、怖くない。
なら、

「今度は俺から行くぞ」

ISの足はきちんと摺り足が出来るほどに、僅かに硬さはあるが精密に俺の動きに着いてくる。
構えは上段。
イメージは俺よりも遥か高みにいる千冬姉。
背筋を伸ばし、自分を大きく見せて圧迫感を与える。
散々に見せられた。だけど、俺じゃあの完成された技には届かない。
千冬姉に比べば不細工な動きだろうけど、今のパチリアには通じる。
何故か当たらない攻撃、逆に飲まれていた事を忘れれているかのように冷静な俺。それは不可解でパチリアに焦りを生む。
本来であればエネルギーもまだまだ残っていて、ブースターがやられていないパチリアの方が圧倒的に有利だ。
だけど、

「………………………うう」

顔を青ざめさせ、考え込んでいるパチリアに僅かの余裕も無い。
ここでパチリアが機動力を生かして、ヒットアンドウエイを繰り返す作戦に切り替えれば、俺はかなり不味い事になるだろう。
しかし、人間、心に余裕がなければそんなアイデアも浮かばないものだ。
じりっ、じりっと千冬姉にやられたように僅かずつ間合いを詰める。
対するパチリアは円を描くように左に回って行く。

「なあ、気付いてるか?」

「な、何がですの!?」

俺の苦しい台所事情を思い出されないように、あえて不敵に笑って言ってやる。

「下がったな?」

綺麗な円を描いていたパチリアの軌跡が一カ所だけ大きく歪んだ。

「な!?」

「お前、今、下がったな?」

たった一歩。たった一歩だけど、これまで前に出続けて来たパチリアは一歩、俺から下がった。

「俺を、恐れたな?」

一歩下がろうが、二歩下がろうが本来であれば関係ない。間合いの調節は本来であれば、当たり前の事だ。
だけど、

「お、お黙りなさい!」

焦りに飲み込まれたパチリアには、それがもう理解出来ない。
これまでの基本に忠実で綺麗な動きに比べれば、それは雑の一言。間合いすら読まず、気息すら整えず。乱れた心身のままパチリアは手にした剣を振り下ろして来る。
落ち着いて、まずはきっちり一撃ずつ決めて行こうか。

振り下ろしを半歩下がって避ける。本当であれば横に避けたい所だったが、そこまで上手くは行かなかった。
下がりで体重の乗っていない剣だけど、それでもまともに頭部にヒット。動きの止まった所で改めて踏み込み、返す刀でホームランを撃つような気持ちで全力での胴打ち。

「行ける……!」

俺の剣で吹き飛んだパチリアの残シールドエネルギーは20前後と白式が報告してくる。
あと一発で俺の、勝ちだ。
もう少しで俺の、勝ちだ。





「はぁぁぁぁぁぁぁ、凄いですねぇ、織斑くん」

やっと登場の機会が与えられた山田真耶がため息混じりに呟く。
ピットにあるリアルタイムモニターには仰向けに倒れ、胸が上下し荒い呼吸を繰り返すキシリアと自信に満ち溢れた表情の一夏。
空を駆けるのが本分であるIS戦闘の定石は外れているが、一夏は二回目の起動とは思えない見事な戦いぶりだった。
しかし、千冬の表情は忌々しげに歪んでいる。

「あの馬鹿者。浮かれているな」

ブレードの柄尻を引っ掛けるように握る左手を閉じたり開いたりを繰り返すのは浮かれて調子に乗っている時の一夏の悪癖である。その浮かれた精神は大抵、簡単なミスを誘発してしまう事を千冬はよく知っていた。
それだけではない。倒れた相手に追い討ちをかけないのは確かにスポーツマンシップの観点から見れば正しい。
しかし、ISはあくまで兵器なのだ。
スポーツの大会と大して変わらないモンド・グロッソにしても、賭けられているのは個人の誇りなどではない。あくまで「この国の技術力はいかほどの物であり、我が国とはどの程度の差があるのか」という事を一番、わかりやすく各国に実例を挙げて、見せ付ける場なのだ。
毎回、一回戦負けした国は上位の国に色々とむしり取られており、ISについては先進国の日本が外交下手でも、なかなかの躍進を見せている事からも明らかだ。
モンド・グロッソに出場するヴァルキリー達に求められるのは泥臭くとも、如何なる手を使ってでも常に勝利をもぎ取る貪欲さだ。
必要なのは綺麗なスポーツマンシップではなく、国家間の代理戦争を勝ち抜く冷静さだ。
つまり、まだ"織斑一夏は戦士ではない"。むしろ、キシリアの方がその事を、よくわかっているくらいだ。

「ふ、ふふ、ふふふふふふあはははははは」

千冬の頭の中では不甲斐ない弟をどのように鍛えてやるかで一杯になっている。
今までなかなか接する時間もなかったが、これからは"沢山、可愛がってやれそうだ"と思えば、笑みの一つも零れる。
あくまでどう"可愛がろうか"と考えているだけだ。千冬の基準での可愛がりだが。

「お、織斑先生どうしたんですか!? 元々、怖い顔が更に怖くなっていますよ!」

「………………………………いやなに。 今後、どうやって愚弟を鍛えてやろうかと思ってな」

千冬は真耶の肩に手を置くと、

「そうだ、山田くん。 君も教員生活でなまってるだろう? 愚弟と一緒に私が"可愛がって"やろう」

「お、織斑先生の"可愛がり"ですか!? き、拒否権は!? 拒否権をください!」

「無い」

「田舎のおっか、とうちゃん……真耶はもう……そっちさ帰れそうにねえだ……」

静かに絶望に沈んで行く真耶を気にもかけていない様子で、ずっとモニターを見つめているのは箒とセシリア。二人の表情は対照的だ。

「「………………………………」」

箒はわずかに口を開き、ほっとした表情。
セシリアは眉根に皺を寄せ、モニターを睨みつける。
もし、箒は一夏が負けそうになっていたとしても、心の中で僅かに祈っただけだろう。
彼女の秘めた想いは、ただ一夏の勝利を望む。

もし、セシリアはキシリアが有利であったとしても、眉根に皺を寄せていただろう。
可愛い妹分が怪我をするかもしれないと思うと、セシリアお姉さんとしては気が気ではない。
だが、今のセシリアはそれよりも許せない事がある。

「オルコット、貴様!?」

千冬の叱責など耳に入らない。
モニターを見つめたまま、セシリアは専用機『ブルーティアーズ』を開放。
ピットにいる全員を瞬き一つの間に抹殺出来るだけの兵器を開放した。
しかし、そんな力よりも今、セシリアに必要なのは、ただ一つ。





「はあ……はあ……はあ……」

キシリアはこれでもかと言うくらいに折れていた。
キシリアは元々、自分に自信がある方ではない。才能がある方でもないし、何よりもちっこい。
すごく頑張って、セシリアの二番手のイギリス代表候補生候補の座を手に入れたものの、何しろちっこいのだ。
ちっこいという事はそれだけ体内に蓄えられるエネルギーが少ない。どれだけ鍛えても筋肉が着かないから、体力も着かない。
国家代表候補生なら軽々と走り切る10kmで、もう限界だ。
それなのに織斑一夏はズルいと、キシリアは思う。
少し鍛えただけで、キシリアの頑張りをあっさりと超える。元々の性能が違う。男はキシリアとは違う。

男だから。男は怖い。私をイジメるから。もうやだ。私は寝て暮らす。お家から出ないもん。お布団から出たくない。頑張っても当たらないし、凄い頑張ったら腕も上がらない。足も動きたくないって言ってるし、何より脳が動けないって言ってる。
最初から私が男に勝てるはず無かったんだもん。

キシリアは空を見上げながら、完全に全てを投げ出していた。
手も力が入らないし、あちこち痛い。身体中の筋肉が蛙にでもなって、げこげこ言いながら暮らしたいと思っている。げこー。
足はだらしなく放り投げられていて、一夏から見れば霰もない姿。
もう、そんな事も気にならない、

「キシリアさん!」

訳がなかった。
オープンチャンネル。
キシリアの視界にセシリアの怒った顔が一杯に広がる。
あ、ヤバい。とキシリアは反射的に立ち上がった。
半透明のセシリアの顔の向こうには、いきなり立ち上がったキシリアに驚いた織斑一夏。
ブレードを構えた一夏にキシリアは頭上で大きく腕をクロスし、

「お姉様ターイム!!」

お姉様の時間。
お姉様が通信を入れて来てくれたから、ちょっとタイムね。
この二つの意味が混ざったキシリア語である。

「お、おう?」

スーパーお姉様タイムは全てに優先されるのだ。
これはキシリア大聖典第二条に書かれている。
第一条は『好き好き大好きお姉様!』。
これを破ったら、キシリアは死ぬ。確実にめっちゃ死ぬ。
怒られるな、というしょんぼりとした気持ち。
お姉様だー。お姉様ー。お姉様ぁーという気持ち。
それらが1:9の割合でキシリアの中に生まれる。
体力が尽きて、ちょっと頭の可哀想な子になっているキシリアは、飼い主が帰って来たわんこの如く撫でくりまわしてくれるのを待った。セシリアの言葉を待った。

「キシリアさん」

「はい」

画面の向こうのセシリアが息を深く吸って、











「頑張りなさい!」

「はいっ!」

セシリアのシンプルな言葉は痛みも、倦怠感も、諦めも、男嫌いも、蛙になりたいという気持ちもぶっ飛ばし、キシリアは一夏に向かった。

そうは言ってもあちこち痛いし、ISのアシストが有っても、そろそろ体力限界。
さっきお姉様分が補給出来たけど、いきなり尽きちゃいそう。お姉様の胸に顔をうずめて、むにむにしなければ死んでしまう。むにむにしなければ死んでしまう。大事な事だから、もう一回。むにむにしないと死んでしまう。
これはレズとか性欲じゃないの。綺麗な穢れなき愛なの!
それに、

「今日のお姉様を称えるポエムがを書いてませんのよ! お姉様の素晴らしさをエクストリームアイロン掛けに例えて高らかに全っ!世界にっ! 届け、お姉様へのあたくしのラァァァァァァァァァァァブッ!」

「本気で意味わかんねえ!
そんな事よりも今は俺を見ろよ!」

俺もパチリアもカス当たりでもした時点で試合は終わる。もう一秒でも、空を飛ぼうとした瞬間にエネルギー切れで落ちるんじゃないか?
だけど、そんな下らない決着は、望んでない。俺もパチリアも望んでいない!
相手を正面から、ねじ伏せようと足を止めての叩き合い。
明らかに正気の目をしていないパチリアだけど、その剣は精密にして荒々しい。さっきまでの読みやすい剣とは違う。
これがパチリアの本気。
今だって俺の胴を真っ二つにしようと、パチリアの剣が風を切り裂いて迫って来る。

「な、何を馬鹿な事を仰ってるのの!? 私が見たいのは、お姉様だけです!」

あたくし……ああ、もう酸素が足りなくて、お姉様の模倣する余裕がない。私もう本当に限界でお姉様分が欠如してめまい、頭痛、目の霞みなどの症状が……。
お姉様お姉様お姉様ぁぁぁぁ……って、お姉様の次に綺麗に纏まっていた私の縦ロールが織斑一夏のブレードで切られた!
真面目にショック!?

「な、なんて事するの!?」

「おっと、悪い。 だけど、縦ロールより、ストレートの方が似合ってるし、今の素のお前の方が好きだぜ!」

初めて見たにも関わらず、セシリアと比べると、少し覇気の無さそうな、唇を尖らせた拗ねた子供みたいな表情がパチリアの素だと確信した。
一合一合打ち合う毎に自分が強くなって行く実感。
こんなにも楽しくて気持ちいいのに、こんなにも俺はお前を見ているのに、つれないパチリアに少しむっとして言葉を返す。髪の毛については、あとでちゃんと謝ろう。
もう、何合打ち合ってるかはわからないけど、百は超えた気がする。
だけど、まだまだ行ける。
パチリアに俺はまだまだ着いて行ける。
俺にパチリアはまだまだ着いて来れる。
昔、剣道をやっていた頃……違う。強くなりたかった頃の俺にはまだ届かない。
でも、こいつともっと戦えれば……いつか千冬姉を守れる力が手に入るはずだ!

「ななななななななー!」

本当におかしな奴だな。いきなり真っ赤になったと思ったら、間合いの外に飛び退いた。
やっぱ、パチリアはよくわかんねえ……と思ったけど、そうか。
最後はやっぱりこうするのが、お約束だもんな。

「行くぜ、パチリア。次が俺達の最後の一撃だ!
閉幕(フィナーレ)はお互い派手に行こう!」

ブレードを左の脇にだらりと構える。
ぎりぎりまで脱力。体力も使い果たしてる今は逆に丁度いい。
インパクトの瞬間に今の俺の全てを叩きつける。

「これで俺が勝ったら、パチリア……。
俺と付き合ってもらうぜ!」
















「は?」

箒はまーるく、ぽかんと口を開いた。

「……………………………………」

千冬は静かにキレた。

「わぁぁぁぁぁぁぁぁ……! わぁぁぁぁぁぁぁぁ! いいなっ、羨ましいですね、キシリアさんっ!」

真耶は目をきらきらさせた。

「あらあら、まあまぁ。 どうしましょう」

セシリアは一夏の猛烈なアタックに彼が可愛い妹を任せられる男かどうかを考えた。











これからは俺の稽古に付き合ってもらうぜ、パチリア。
深く、地面に埋まるくらいに右足で踏み込む。二之太刀は考えない。
ISのエネルギーを残った左バーニアに叩きこんでの『瞬時加速』。
エネルギー切れより速く、この剣を叩き込めばいい。俺の剣をパチリアより、先に叩き込んでやる。
右のバーニアを失った『瞬時加速』は踏み込んだ右足を軸に左への回転運動に生まれ変わり、そして、その力はそのまま俺のブレードの速さになる!










「え?」

え、今、告白された? ……いやいや、そんなまさか。 お姉様相手ならともかく私なんかに。 あ、そうか。私を踏み台にして、お姉様に近付こうと!
あれ、でも、さっきの彼の表情は……。 真剣で、ちょっと格好よか―――わ、私にはお姉様という方が!
でも、嘘ついてたようには思えなかったし……ええ!? まさか本当に、











「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

織斑一夏の人機一体となった剣はキシリアを胴を左脇から入り、右肩から抜ける逆袈裟一閃。同時に絶対防御が発動し、ISがロック。
一夏は右手に保持していたブレードを突き上げると、

「俺の…………………………勝ちだぁぁぁぁぁ!」

天に届けと、全てに自分の勝利を伝えるかのように、一夏は吠えた。
一夏のISも勝利を喜ぶかのように一瞬、光輝くが、すぐに収まる。
エネルギー切れで絶対防御が発動し、第一次移行は失敗。
だが、そんな事は一夏は知らない。知っていたとしても、どうでもいいと思うだろう。

そして、全てが終わった事を知らせるかのようにブザーが鳴り響いた。

「試合終了。 勝者―――織斑一夏! おめでとうございまいたたたたたたた!? 織斑先生、痛たたたたたたたた!」

アリーナに山田真耶の悲鳴が響いた。
その声を聞きながら、

「さすがに疲れたー……」

一夏は深い満足感と疲労に包まれながら目を閉じた。
言葉とは裏腹に一夏の顔には笑みが刻まれていたのだった。



[27203] 四話『ここにいるぞ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/17 18:45
クラス代表決定戦が終わった次の日。
眠気を誘う春の陽気。
そして、日曜日で学園はお休み。綺麗にて整備された中庭には外出しなかった生徒の姿があちこちに見られる。
寮内で異性の目がないせいか色々な意味で彼女達は見せられる格好ではない。
そんなだらしない彼女達を気にせず、キシリアは椅子を、セシリアは大きな布と竹で編まれたデイリーバックを小脇に抱えて中庭に現れた。

腕から肩にかけて白い肌が見える、淡い桃色のサマードレスをキャンパスとして、彼女自慢のブロンドが太陽の光を浴びて鮮やかに映える。
咲き誇る桜の木々のように華麗に歩くのはセシリア・オルコット。
柔らかく微笑む彼女を誰もが目を奪われる。

「今日はいいお天気ですわね、キシリアさん」

「はい、晴れてよかったです」

キシリアは鮮やかなセシリアとは違う。
無地の白いTシャツにクラッシュジーンズ。ラフと見るか活動的と見るべきか。
昨日、織斑一夏に縦ロールを一本、カットされたために片方だけ残った縦ロールが物悲しい。
相方を失った寂しさのせいか、心なしか残された縦ロールは力無く垂れ下がっているように見える。

二人は人のいない木陰に椅子を置いた。

「お姉様、この辺りでいいでしょうか?」

「ええ、そうですわね」

「それでは、よろしくお願いします」

「はい、ではこちらにお掛けになってください」

おどけながら、キシリアは椅子に腰掛けた。
セシリアは、ばさりと手にした布を広げると手際よくキシリアの首に巻く。
それはキシリアの身体をすっぽりと覆い隠し、頭以外の肌は見えない。

「お客様、今日はどのように致しましょうか?」

地面に置いたデイリーバックから霧吹きを取り出すと、しゅっしゅとキシリアの髪に湿り気を与えてゆく。

「可愛くしてくださいませんか?」

セシリアとは違い、湿り気を帯びた、キシリアのちょっと強い癖のある髪に気を付けながら、櫛を通す。

「お客様は元から可愛いですから、それは難しいですわね」

縦ロールにもしゅっしゅ、さっさと小気味いい音を立てながら櫛を通して真っ直ぐに戻す。
正面に回ったセシリアが見たキシリアの表情は目を瞑り、どこか嬉しそうだ。

「ありがとうございます」

―――…………………………えいっ。

セシリアは、ちょこんとキシリアの形のいい鼻を摘んだ。

「ひうっ!? び、びっくりしましたわ!」

びっくりして目を開いたキシリアに、

「あんまり可愛いから、つい悪戯してしまいましたわ」

「も、もうっ! お姉様ったら」

二人は見つめ合い、しばし楽しげに笑い合う。

「さて、カットいたしましょうか」

セシリアの手にはプロ仕様のカット鋏。
きちんと手入れしてある刃は顔が映るほどに輝いている。

「真面目にどうカットしましょうか? この際ですから、イメージを変えてみません?」

具体的には縦ロールを切り落とす感じである。
セシリアとしては、自分と同じようなヘアスタイルを見ても楽しくはない。妹分が自分の真似をしようとするのは、とても胸きゅんではあるのだが。
その複雑な心境はすでに縦ロールだった部分に向けて鋏を構えている事から明らかだ。目を瞑っているキシリアは気付いていないが。

「いえ、今回もお姉様と一緒がいいですわ! また伸びたら戻しますので整えるくらいにして頂けませんか?」

予想通りの返事にセシリアは胸の内で、ちょっとため息。
仕方ない、と思いながら鋏を、

「ふぇ〜、せしりーとぱちりーは仲良しさんなんだねぇ〜」

しゃきっ。

いきなりかけられたら声に振り返れば、モップに似た赤いもこもこ。
頭にはどこを見ているかわからない多分、目っぽい何か動くたびに揺れる。その下の部分には人の顔。

「い、いきなりで驚きましたわ……! え、えーと、確か……布仏さんでしたわね」

「そうだよぉ〜。布仏本音さんですぞぉ〜」

赤いモップのようなもこもこした着ぐるみに身を包んだ少女、本音は威嚇するかの如く、ぶかぶかの袖を挙げて言った。まぁ、ゆるゆると笑う表情のせいで恐ろしくとも何ともないが。

「ご挨拶が遅れましたわ。わたくし、セシリア・オルコットで」

「あたくし、キシリア・スチュアートですわ」

「うん、よろしくねぇ〜」

えへへと笑う本音にセシリアも、うふふと笑い返した。
セシリアのお姉さん力(ぢから)が発揮されたのである。
しかし、背後でお姉さん力が発揮されて面白くないのはキシリアだ。
ただの友達なら構わないにしても、セシリアの妹はキシリアだけでなければいけない。

「あ、あのお姉様……」

本当なら、あたくしだけを見て!と言いたいのを我慢しながら、キシリアは控えめにアピール。

「あら、ごめんなさ……………………………………」

「……………………あらぁ〜」

視線をキシリアに戻した二人は、

「え、どうしましたの!?」

「…………………なんでもありませんわよ?」

「……………………なんでもないよ?」

「え!? ここで布仏さんがいきなり普通に話始めるとか、何がありましたの!?」

キシリアは膝の上に僅かな重みを感じた。視線をそこに移すと無残な縦ロールが、

「ぱちりー、ぱちりー。 私は本音でいいよぉ〜? せしりーもね」

「あ、えと、はい」

「あら、もうお二人はお友達になりましたのね。 わたくし、ちょっと妬けてしまいますわ」

「せしりーもお友達ぃ〜!」

「うふふ、光栄ですわ、本音さん」

「えへへ〜」

「えー?」

流されていると理解しながらも、キシリアは口を噤んだ。
髪を切られている時、目を開くのは怖いし、耳元でしゃきしゃきと踊る鋏はひどく楽しげでセシリアの気持ちを表しているようだったから。

―――お姉様はそんなにあたくしの髪型を変えたかったのでしょうか……?

ちょっとへこんだ。





「おはよ……」

「む、どうした一夏? 教室の入り口で止まるな。後の者に迷惑ではないか」

朝、箒と一緒に登校して来た俺は思わず足を止めてしまった。

「………………………………………………………………………………」

教室に入ると自分の席に座ったパチリアがじとーっとした暗い目でこちらを睨んで来た。

「キ、キシリアさん、そんなにその髪型、嫌でしたの?」

「す、すっごく似合ってると思うなぁ〜!」

パチリアの周りにはセシリアと、いつものほほんとした……名前知らねえや。のほほんさんでいいか。
二人が慌てた様子でパチリアを慰めていた。

「……………………………………………………お姉様と一緒が良かったんですの」

パチリアは残っていた縦ロールも切ったのか、髪型ががらりと変わっていた。
肩の辺りで真っ直ぐに切り揃えられて、前髪もぱっつん。
金髪の市松人形みたいだ。
パチリアは唇を尖らせて、じとっとした目つきで俺を見上げて来る。
何を求められてるんだ、俺は…… そうか。

「よく似合ってるぞ、パチリア」

ただでさえちっこいのに余計、幼く見えるけど。

「今のあたくしにパチリアという名は相応しくありませんわ……!」

「パチリアって名前に、そんな厳しい条件があるのか」

パチリアは勢いよく立ち上がると、

「当然ですわっ! あたくしのお姉様への愛が! つまりは愛ですわ! そう……Loveですわね?」

「愛しか言ってねえ!?」

結局、どういう事なんだ!?

「愛されてるねぇ、せしりー」

「わたくしとしてはキシリアさんに、もう少し姉離れしてもらいたいんですが」

しかも、もう外野に回ってる人達がいますよ、奥さん。
これは俺が何とか纏めなきゃいけないのか?

「大丈夫だ、お前以外にパチリアに相応しい人材はいない」

パチリアって呼ばれたい奴も他にいないだろうし。

「駄目ですわ……。 今のあたくしは出来損ない。 つまり、パチパチリアですの……」

「ややこしいな、パチパチパチリア」

吉本みたいだな。

「うー……! パチパチパチリアって! パチ一個増やすくらいに今のあたくしは見苦しいと言いたいんですのね……!」

「すまん、ただ間違えただけだ」

「お姉様への愛は間違ってませんわよ!」

「お前、面倒くさいな!?」

「そ、そもそも貴方が悪いんですわ!」

パチリアはちょっと涙目になって、顔も赤くなっている。
俺にはよくわからないけど、パチリアにとって、セシリアと似たような格好をするのは大事な事なんだろう。
人生色々だもんな。
それに女の髪を事故だったとはいえ、ばっさり斬ってしまったんだ。
誠心誠意を込めて謝らなければいけないだろう。

「本当に悪かった、パチリア。 俺に責任を取らせてくれ」

少しでも気持ちが伝わるように、俺は深く頭を下げた。
まぁ俺に出来るのは飯を奢るくらいだけどさ。 ……はぁ、自業自得とは言え、また財布が軽くなるぜ。

「………………ん。 どうした、皆?」

「「「「「なんでもないよ!」」」」」

あちこちで好き勝手に話していたクラスメイト達が、いきなり黙り込んだと思ったら一矢乱れぬ返事が返って来た。
ひょっとして新手のイジメか、これ?

「待て、一夏!」

「ん、どうしたんだ、箒?」

なんだか顔が青いぞ。 寝不足か?
……いや、それは無いか。
昨日はぐっすり寝てたもんな。 ……ああ、そうか。"あの日"か。
口に出して怒られるほど俺は間抜けじゃないぜ。
何度、口に出して千冬姉に怒られたかわかったもんじゃないからな!

「一夏、きちんと答えてくれ……!
お前はこいつと……その付き合うのだろう? そ、その……そして……………つまり、責任を取るという事は」

「ああ、そういう事だ」

稽古に付き合うんだし、飯くらい奢らないとな。
しかし、どうして箒はそのくらいの事で、こんなに言いにくそうにしてるんだ?

「なあ、箒」

「待て、一夏! まだ出会って一週間くらいだろう!? は、早すぎやしないか?」

出会って一週間で稽古に付き合ってもらうのが早いのか……?
あ、そうか。 きちんと髪を切った責任取ってからにしろって事か。
こんな事だから、いつも女心がわからないって言われるんだろう。
反省しないとな。

「ありがとう、箒。 お前のお陰で目が覚めたぜ」

「そうか! わかってくれたか!」

「ああ」

俺はパチリアに向き合うと、しっかりと目を見た。


「俺と日曜日、飯食いに行こうぜ」

「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁ! デートよ、デート!」」」」」

なんだか皆、盛り上がってるな。誰と誰がデートするんだ?

それはともかく、ちょっと奮発して、ステーキ!……はさすがに無理か。 ファミレスでパフェ付きくらいで許してくれないだろうか。
バイト出来ないから金が無いんだ。

「え、え、え、え、えっと、そそそそそそその…………お姉様!?」

パチリアはどこかで見た事のあるような、明らかな挙動不審な動きを始めた。
キタキ○踊りみたいだ。

「あらあら、キシリアさん。 殿方に恥をかかせてはいけませんわ」

「そ、そんな!?」

パチリアは涙目を超えて半泣き。そんなに嫌だったのか?
それよりセシリアと離れるのが嫌なのかもな。
将を射るなら馬からと言うし、ここは一つ。

「そうだ。 なら、セシリアも一緒にどうだ? 大した物はご馳走出来ないけどさ」

「そうですわね……」

セシリアは小首を傾げ、少し考えると、

「構いませんわよ。 貴方という人を確かめさせてもらいます」

「ああ、失望はさせないつもりだ」

俺の誠意を見せて、謝罪を受け入れてもらおう。

「お、お姉様、待ってください! え、えーと……えっと……………他に行く者はいないかぁ!」

「ここにいるぞ!」

おい、待て箒。
お前、そんなに食い意地張ってたのか……。
そこまで必死になって……腹空かせてるのか。

「ここにもいるよぉ〜」

のほほんさんまで!?

「……仕方ない。 じゃあ、この五人で行こうか」

千冬姉、少し金貸してくれないかな……。



[27203] 五話『遠いな』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/05/31 17:29
木刀を正眼に構える。

最近、見つけたあまり人目につかない雑木林の中にある僅かに開けた場所に箒は独り立つ。
とっくに太陽は沈み、夕飯も食べ終わり早い者なら、すでに夢の中に落ちている事だろう。
誰かと話したい気分でも無かった。特に一夏と顔を合わせているのが、ひどく苦痛だった箒はまるで逃げ出すかのように、この場所に来たのだった。

ゆっくりと木刀を持ち上げる。
構えはクラス代表決定戦で一夏が見せた上段の構え。
普段は意識せずとも背筋がぴしりと伸ばされる構えなのに今日は力を込めなければ自然と背中が丸まってしまう。

箒はゆっくりと息を吸い、ゆっくりと優に普段の三呼吸分ほどの時間をかけて息を吐いた。
ゆっくりとした呼吸に合わせるかのように、ゆっくりと足を踏み出した。
あまり最近の剣道では見かけない、古武術でよく見られる一つ一つの動作を確かめるための動きである。
斬る、という動作に腕力はいらない。

肉体改造と称し、ひたすらに上半身を鍛えた、あるプロ野球選手がいた。
腕力があれば、ホームランが打てる。子供でも考きそうな理屈だ。
しかし、超一流のプレイヤーが皆、上半身のみを鍛えているのだろうか。
答えは否である。
彼はそれまでに培って来たバッティングフォームを捨て、力任せに打とうとした結果、打てなくなってしまい、最後には上半身と下半身のバランスを崩し、身体を壊してしまった。
腕力も確かに必要だが、絶対の条件ではない。
本当に必要なのは身体の稼働部の連動により、対象に体重を乗せる事だ。
超一流のプレイヤーは皆、フォームに力みがない。
何故なら力を入れるという事は、それだけ筋肉を収縮させているという事。それはエネルギーを無駄にロスしているという事だ。
身体を連動させ、望んだパフォーマンスをするには余分な力を入れず、心静かに自然体を維持する必要がある。

それを理解している箒だが今日はどうにも上手く行かない。
膝は流れ、腰は揺れる。体幹がブレる。
箒の心のように流れ、揺れて、ブレている。

くそっ、と胸の内で罵りを発する。
自分か、一夏か、あの女か。
誰に向けて放ったのか。それもわからずに余計にイラつく。

くそっ、とまた剣を振る。
不細工な剣線は空気すら斬れぬ。
一のブレは連動され、結果的に十のブレになる。箒の揺れる心はブレを増幅させ百のブレ。
上手く行かない焦りが振りをどんどん速く。そして、乱雑にしていく。

くそっ、とまた剣を振る。
何も斬れないなまくらの技。
これなら素人の方がよほどマシだと箒は自嘲する。
この溢れる感情が自嘲だと思い込む。

くそっ、また剣を振る。
斬れぬ。斬れぬ。何も斬れぬ。
木に打ち込めば弾かれる。
空気は斬られるよりも速く逃げ出すだろう。
この迷いに迷う我が心も斬れぬ。



未練も斬れぬ。



何故だ、と箒は自問自答。
私の方が先に一夏を好きになった。私の方が一夏との付き合いは長い。私の方が一夏を理解している。私の方が一夏と沢山、稽古をしてきた。私の方が一夏をあの女よりも好きなはずだ!ずっとずっと私は一夏を想って来た!私は一夏が好きなんだ!
なのに、

「どうしてだ、一夏……」

何故、あの女を選んだんだ。
何故、私じゃないんだ。
何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故!?

「どうしてなんだ!? どうして!?」

責任を取る、と言った真剣な一夏はとても格好よかった。
ただ真っ直ぐに、傷付けてしまったあの女と生涯を共にする事を、いっそ無造作に見える程に決めてしまう姿は箒に男を感じさせた。
それが他の男であれば、見事と褒め称えたであろう。
だが、

「私は何て見苦しい女だ……!」

責任を取ろうとした一夏に、まだ早いと説得した。
真っ直ぐに生きよう。生きたい。生きるべきだ。
ずっとそう思って来た箒があろうことか嫉心に狂ってしまった。
醜い。何と醜き事か。
自分が許せないし、許してはいけない。

「一夏は……悪くない」

ただ一夏は選んだだけだ。

「あの女も……悪くない」

選ばれただけだ。一夏に。

「私も……悪く……ない」

選ばれなかっただけだ。一夏に。

「なら……!?」

この想いをどうしろと言うのだ。
ただ持て余し、吐き出す事も出来ないというのか。

「好きなんだ!」

幼い頃から篠ノ之箒は織斑一夏を好きだった。

「お前じゃなきゃ駄目なんだ!」

離ればなれになっても、いつか出会えると信じていた。

「一夏ぁ……………」

また出会えた。
出会えれば想いは通じると信じていた。

「好きなんだ……一夏ぁ……!」

だが、箒は選ばれなかった。

「私は……私は……………私は」
箒は、ただ泣く事しか出来なかった。
声も出さず、ただただ箒は泣いた。





少女のキラキラとした美しい想いは儚く砕け散る。
そして、残骸から溢れ出すのは真っ黒な感情。

―――自分はこんなにも醜いのか。

純真無垢だった少女の心はあっという間に穢れに満ち満ちる。
嫉妬は悲しみになり、悲しみは憎しみへと生まれ変わる。
穢れなき乙女の想いは無残。無残。無残。




















だが、箒にはまだ残っている想いがあった。




















「点呼を取りますわよー。1」

「にぃ〜」

「3だ」

「4……って、おい」

「5。 なんだ、私がいるのが不満か? 一夏」

朝九時、学園校門前に五人揃っていた。
上から、
セシリア・オルコット。
布仏本音。
篠ノ之箒。
織斑一夏。
そして、織斑千冬である。

「はぁ〜い、質問でぇ〜す。 どうして織斑先生がいるんですかぁ〜?」

「ふっ、愚問だな」

休日だというのに一部の隙もない黒いスーツはまさに麗人。
触れれば切れるような冷たい美貌。
千冬は口端を吊り上げ、威風堂々と言う。

「一夏の金で酒が飲めると聞いて」

「千冬姉、何言ってんだ!?」

「冗談だ。 オルコットから今日は花見に行くから引率として来てくれと頼まれただけだ」

「ん、花見?」

聞いていないと一夏は首を傾げ、セシリアが答えた。

「はい、人数が増えましたので、どうせなら、お花見をいたしましょう!」

胸の前でぱちんと手を合わせ、セシリアは朗らかに笑う。

「え、俺、何も聞いてないんだけど」

「あら? わたくし、篠ノ之さんに伝えましたわよね?」

最初に点呼に答えてから箒は俯き、言葉を発していない。
どことなくぼんやりした姿は普段の竹を思わせるようなすらりとした印象からは程遠かった。

「あ……すまん、一夏。 伝え忘れていた……」

「おい、箒。 しっかりしてくれよ」

「す、すまん」

「おりむー、おりむー」

てこてこと一夏の正面に本音が立つ。

「ん、どうしたんだ?」

「めっ」

ぺちん、と一夏のおでこに本音の平手が当たった。

「うえっ!?」

一番、このような事をしそうにもない本音に叩かれた一夏は痛みよりも純粋に驚き。

「おりむーはちょっと黙ってた方がいいと思うなぁ〜」

「そうですわね」

「愚弟め」

「ちょ、どういう事だ!?」

「おりむーはおばかさんだねぇ〜」

「な、なんでだ……」

知らぬは本人ばかりなり。
一夏に悪気があろうとなかろうと、乙女の純情を踏みにじっているのだ。

「む、そういえばスチュアートはどこだ?」

「キシリアさんなら今、車を取って来ますわ」

「……車?」

黙っていろと言われても、つい口を開くのは一夏の悪癖だろう。
考えがすぐに顔と口に出てしまう。

「はい、この近くの桜の名所を調べたら、歩いて行くのも大変みたいですもの」

「ん? あれ、千冬姉って車の免許持ってたっけ?」

「私は持ってないぞ。 今日はスチュアートの運転だ」

「え、なんでパチリアが免許持ってるんだ?」

「キシリアさんは十八歳ですもの。 免許を持っていてもおかしくないでしょう?
イギリスで国際運転免許に切り替えて来たのですわ」

「誰が十八歳?」

「だから、キシリアさんですわ」

ぷっぷー、と軽快なクラクションを鳴らしながら、ワンボックスのワゴン車が止まった。
運転手は無論、

「皆さん、お揃いですわね」

キシリア・スチュアートである。

「嘘だ!?」

叫ぶ一夏。

「私は知ってたよぉ〜」

「無論、私も担任だから知ってる」

そんな一夏を尻目に本音と千冬はさっさと乗り込んだ。

「一夏さん、年上はお嫌いですの?」

「あ、いや、そういう事じゃないけどさ」

「なら、いいじゃありませんの」

セシリアは一夏の胸をとん、と押すと、

「さあ、行きましょう?」

桜の花よりも美しく微笑んだ。




パチリア……いや、パチリアさんだったのか。
何故か助手席に座らせられた俺は横目でパチリアを見つめた。

「なんですの?」

「いや、なんでもない」

明らかにセシリアより幼い感じだよな。
ロリセシリア。略してロリア。
やっぱパチリアがいいか。

「……不愉快な視線ですわね」

「生まれつきだ」

「そ、そうですか」

な、なんだ。この空気は……。
なんでパチリアは言い返して来ないんだ。
やっぱりまだ怒ってるのか?

「なあ、パチリア。 確かに昨日、少し先走り過ぎたと思う。
すまなかった」

「うー……」

女の髪を切るだなんて、男として最低だった。
それを忘れて稽古に付き合ってもらおうなんて虫のいい話だ。
何よりも先に俺はきちんと謝って許してもらわなければいけなかった。
本当に十八歳か気にするよりも俺にはやらなければいけない事があったんだ。

「本当に悪かった。 お前の気持ちも考えないで……。
それだけお前に付き合って欲しかったんだ」

「あ、うー……う、うぇい……」

「一夏さん、キシリアさんは今、運転中ですのよ。 あまり困らせないであげてくださいな」

「あ、そうか。 すまん」

のほほんさんと一緒に二列目に座っていたセシリアに窘められる。

「そういえば今日のご飯はぱちりーが作ってくれたんだよねぇ〜」

「そうですわ。 キシリアさんの作るお料理は絶品ですのよ!」

妹……姉? いや、妹か。
セシリアは妹が誉められたのを喜ぶ姉のようにしか見えない。

「一夏さん、あとで材料費は請求させて頂きますわね」

「ああ、勿論だ」

セシリアは逆にここで割り勘なんて言われてしまえば俺の面子が立たない事を察して、ここであえて金の話をしてくれている。
もし、その気遣いに気付かない相手なら不快に思われてしまうかもしれない。なのに、こうやって自分から泥を被れるセシリアは俺なんかより凄く大人なんだろう。
俺もこうやって自然に相手に気遣い出来るようになれば、のほほんさんにおばかさんと言われずに済むんだろうか。

「それは多分、おりむーには無理だと思う……」

「待ってくれ。 声に出してないし、そこまで本気で暗くなるような話じゃないはずだ」

のほほんさん、何か俺に厳しくない!?


















「本当に悪かった。 お前の気持ちも考えないで……。
それだけお前に付き合って欲しかったんだ」

後部座席に、一夏から一番遠い所に座る箒の耳にもその言葉は聞こえて来た。
一夏らしいまっすぐな告白は箒の心を抉る。

―――来なければ、良かった。

何故、好きな男が別な女を口説くのを見せつけられねばならないのか。
だが、泣く訳にはいかない。一夏が心配する。
篠ノ之箒が知る織斑一夏は泣いている誰かを放っておきはしない。
一夏の負担にはなりたくない。

「……篠ノ之。 ん、今の私はプライベートだから箒でいいか」

「何でしょうか、織斑先生」

冷静に返そう。そう思って発した言葉は控え目に言っても涙声一歩手前。何とか泣いていないというだけ。

「まぁこれでも飲め」

千冬から渡された缶を確認もせずにぐいっと呷った。
舌に苦味。 飲んだ事の無い味と喉に触れる淡い炭酸。
不味い、と思いながらも箒は一気に飲み干した。

「ぷはぁ……美味しくありませんね」

「お前……たまに私が冗談を言ってみれば完全にそれを上回って来るな」

手にした缶を見てみれば、ビールだった。
普段なら酒を飲まされたと怒る所だが、今の気持ちを誤魔化せるなら法律すらどうでもいい。

「千冬さん、もう一本ください」

「……山田くんを連れて来て押し付ければよかったな」

露骨に嫌そうな顔をする千冬が嫌々渡してくれたビールを開け、再び呷る。

「ぷはぁ! ……不味いですね」

もう一本、と手で催促。

「せめて、一気飲みはやめろ」

味わうと美味しいのだろうか?と思いながら一応、ちびりと飲んでみる。
舌の上でビールを転がしてみるが、箒にはやはり美味しいとは思えなかった。



晴れたる空。満開の桜並木。
桃色の花びらが風に流される。
そんな美しいはずの光景を見ても、箒の心はぴくりとも動かない。

「よくこんな場所取れたな」

「ふふん、朝早くから場所を取りましたのよ!」

「なんだ、言ってくれれば俺も一緒に来たのに」

「お姉様と二人きりの時間を邪魔しないでください!」

小さな身体で胸を張るパチリアと一夏。何だか兄妹のよう。
似合っている、という事なのだろうか。
二人の距離。
一夏とパチリアの距離は近い。 肩が触れるか触れないか。 そんな距離感は一夏と箒では滅多に無い。

一夏が言うようにいい場所を取ってなのだろう。
桜の名所として有名な公園の中でも一際、大きな桜の木の下に六人が輪になって座っても悠々と出来る。
シートの下を軽く均したのか、箒の尻に石の感触が伝わって来る事は無かった。

「うわっ、この唐揚げうまいな!」

「そうでしょう? キシリアさんの唐揚げは絶品ですわ」

「えへへ、お姉様ぁ〜」

セシリアに誉められ、頭を撫でられ喜んでいる。 そして、

箒は恋する乙女だ。 恋する乙女が恋する乙女を見間違える事は有り得ない。



―――パチリア・スチュアートは織斑一夏の言葉に喜んだ。



待って……。
まだ心の準備が出来ていないんだ。
傷つく準備が出来ていない。
それがいつ出来るのかわからないけど、今はまだ無理だ。
見ていられなくて視線がつい自分の膝に向かう。

「ほうきん、ほうきん?」

「あ、ああ。 布仏か……どうした?」

「んーん、コップが空になってるから、お酌してあげるぅ〜」

「……すまない」

気を使われているな、と思った。
だが、それがどうした。そうも思った。
僅かばかりの煩わしさを感じながら、紙コップを差し出した。

「はぁ〜い」

とく、とく、とく。
黄金色の泡立った液体が注がれて行く。

「一夏さん、ご飯粒がお顔に着いてますわよ」

「うわっ、本当か? ……取れたか?」

「こら! お袖でごしごしするんじゃありませんの! ……仕方有りませんわねぇ」

パチリアはハンカチを取り出すと一夏の顔を拭ってやった。

「……………っ!」

それを見て箒は、

―――とく、とく、とく。 溢れても、まだ注がれて行く。

「……布仏?」

そこで初めて彼女の顔を見た。

「ほうきん、駄目だよぉ〜」

笑顔。
笑顔のはずなのに、

「ほうきんは何もしてないんだよぉ〜?」

何故、彼女はこんなにも悲しい顔をしているのか。
よく冷えたビールが箒の手を、腕を、脇を、腰を濡らして行く。

「誰も悪くないなんて、そんなはずないの」

背筋に広がる冷たさはビールのせいか。それとも、

「違う」

反射的に箒は答えた。
なら、悪いのは誰だと言うのだ。

「待ってたら王子様が来てくれるなんて事はないんだよ?」

箒は待ち続けていた。いつか一夏が迎えに来てくれるのを。
仕方ない話だろう。
ISを生み出した篠ノ之束を付け狙う人間は、それこそ星の数ほどいる。
その巻き添えで箒達を人質に、テロの標的にするような連中も同じくらい存在している。
だから、箒は身を隠さねばならなかった。
一夏と離ればなれにならなければならなかった。

そんな事情を知らないまま、この女に好き勝手に言われるのは我慢がならない。

「お前に何がわかる」

「ほうきんの事情なんて知らないよ? でもね」

箒の怒りを籠めた視線に本音は小揺るぎ一つしない。

「ほうきんも私を知らないよね」

「当たり前だ! 殆ど話した事もないお前の事など私が知るか!」

「うん、だから同じように話してもいない気持ちをおりむーが知ってるはずないんだよ」

「…………………っ!」

「ほうきんはまだスタートラインにすら立ってないと思うな」

想いは通じる。そう思っていた。
だけど、現実は何も通じてはいない。

「だけど……迷惑になる」

一夏に迷惑に思われる。
そんな事を考えただけで、箒の身は震えを帯びる。

「なるね」

「だったら、言わない方がいい」

「ほうきんはそれで諦められるの?」

一夏に迷惑に思われるのは怖い。
一夏に嫌われるのは怖い。
一夏に選ばれないのは怖い。

「…………………………………………られない」

「ん〜?」

「諦められない」

小学生の時から想っていた。
そんな簡単に諦められるなら、とっくに諦めていた。

「大丈夫だよ。 おりむーなら」

箒は俯いていた顔を上げた。
雲一つ無い青空が桜の花々の隙間から見えた。
ビールと食べ物と桜の香り。
ビールに濡れた身体に服がまとわりついて、箒の身体のラインを露わにしている。
濡れた身体の冷たさが箒の目を覚ます。



見えなかった物が見えてくる。



一夏は案外、しっかりしている。
服を脱ぎ散らかす事もないし、誰かに言われずとも掃除もする。
だけど、どこか面倒くさがりで目の届かない所は露骨に手を抜く。
自分がいなければ、どうなっているかわからないと思う。

パチリアと戦ってから何かを決心した一夏は毎朝、四時に起きて、ランニングを始める。
窓から走る一夏を見れば、真剣な表情はとても格好がいい。
だから、低血圧で朝起きるのが辛いのにタオルとぬるめのスポーツドリンクを用意してやっているのだ。

「ありがとな」

そう一夏に言われると凄く嬉しい。
胸がぽかぽかして、とても暖かい。
もっと、と思ってしまう。

小学生の頃、男女だといじめられていた箒を助けてくれたように曲がった事を一夏は許せない。

―――この時、はっきり一夏を好きだって気付いたんだ。

でも、多分それはただのきっかけけ。
本当はとっくの昔から一夏が好きだった。

―――篠ノ之箒は織斑一夏を大好きなんだ。

篠ノ之箒が惚れた織斑一夏は想いを寄せる女を邪険にするような器の小さい男だろうか?

―――違う。

そんな事も忘れていたというのか。
どれだけ自分の目が曇っていたのか気付き、少しおかしくなる。
織斑一夏がいい男なのは、篠ノ之箒が一番よく知っているはずだろう?

「布仏、感謝する」

「ならぁ〜本音って呼んで欲しいなぁ〜」

へにゃりと笑う本音。

「ああ、本音には結婚式で友人代表の挨拶をしてもらうさ」

「楽しみにしてるねぇ〜」

箒は並々と注がれたビールを一気に飲み干した。
色々と気付いた箒だが、ビールだけはやはり美味しく感じなかった。

「やっぱり、不味いな!」

「あは〜、いい飲みっぷりだねぇ〜」

本音から勇気を貰った。
答えはこの胸に最初からあった。
無かったのは、

―――私の一夏への信頼だけだった。

一夏は女一人の想いくらい、しっかりと受け止めてくれるだろう。

一夏に選ばれるのを待つんじゃない。
篠ノ之箒が選んだんだ。
世界中の男の中から、たった一人。 篠ノ之箒が織斑一夏を選んだんだ。
こんなにも溢れる気持ちを押さえつけておけるものか。

「一夏が私を選ばないなら、私が一夏を惚れさせればいい」

決めた。 決めた。 そう決めた。
篠ノ之箒に惚れさせるのだ。 織斑一夏を惚れさせるのだ。

自己中心的なエゴイスティックな想いだろう。 この想いは一夏の迷惑になるかもしれない。
だけど、そんな事は知らない。 知った事ではない。 目覚めた篠ノ之箒には関係ない。
何故なら、

「恋する乙女は盲目だねぇ〜」

ああ、まさにその通り。
何も見えない中、篠ノ之箒は戦うのだ。
ただこの胸を焼き尽くすような炎を武器に戦うと決めた。

そもそも箒は頭がよくない。
多分、生まれて来る時に姉に全部、吸い取られたのだろう。馬鹿が馬鹿な事を考えても馬鹿な答えが出るだけだ。
馬鹿+馬鹿=馬鹿だ。
だから、馬鹿なりに馬鹿らしく行こう。

「一夏」

「ん、どうしたんだ、箒?」

考えずに動いた結果、いつの間にか一夏の傍らにしゃがみ込んでいた。
一夏まで30cm。

――ふむ、遠いな。

普段の距離をあっさりと乗り越えて箒は一夏に近付く。

5cm。

慌てて逃げようとした一夏の頬にそっと手を伸ばす。

「なあ、一夏」

「な、なんだ!? てか近い!?」

知らん、と箒は流した。
私が近付きたいんだ。 何の文句があると言うんだ。

「私は決めたよ。 もっといい女になって、お前に私を選ばせてみせるさ」

「……あ、ああ」

何もわかっていない一夏にちょっぴりムカっと来る。
しかし、同時に一夏の頬はひどく熱い事に箒は気付く。

―――この熱が、もっと欲しい……。

もっと触れれば、もっと熱が伝わるだろうか?
無意識のうちに唇を舐めた。
熱に浮かされた頭は自然と熱に引き寄せられる。

「一夏ぁ……」

一夏の唇から目が離せない。
考える事を止めた箒の身体は勝手に動く。
自分がこんなにも媚びた声を出すなんて……とも思ったが、まぁいいやとも思う。

「ほ、箒?」

まだ何もわかってないのか、馬鹿者。
私はお前が欲しいんだ。

3cm。

2cm。

1cm。

































2cm。

3cm。

「…………………………………」

「………………箒?」

「出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「うごぁ!?」

思いっきり振りかぶった頭突きが一夏の顔面に叩き込まれた。

馬鹿が馬鹿なりに動いても結果はやはり馬鹿な事になるのだった。
篠ノ之箒の道は、まだまだ遠いようである。




















「きゃあ!? 鼻血がお料理に!!」

「大惨事ですわ!?」

騒ぐキシリア、一夏の心配をするセシリア。

「一夏ぁ……一夏ぁ……」

一夏を揺する箒。

「…………………………………」

完璧に落ちた一夏。

「………………なんであいつノンアルコールビールしか飲ませて無いのに出来上がってるんだ?」

静かに酒を飲みたいから面倒には関わりたくない千冬。
引率などする気はない。

「あはは〜」

笑いながら、本音は千冬にお酌。
あらかじめ二人とも自分の分の料理は退避済み。

「しかし、お前が首を突っ込むとは思わなかった」

千冬は当然の如く本音の酌を受ける。
受け慣れているその姿は明らかに飲兵衛そのもの。

「ほうきんにも味方がいないとぉ〜可哀想ですよねぇ〜」

それに、

「……あいつが一夏と結婚したら束が義妹か。 ぞっとしないな……」

「あはっ」

結局、自分の後悔を押し付けただけだ。
千冬の独白を聞きながら、本音は思った。

「ガキはガキらしくしておけばいいものを」

「私は早く大人になりたいですねぇ〜」

「はっ! 大人になっても酒を飲んでも文句言われなくなるだけさ」

千冬は笑った。



[27203] 六話『フラグ職人の朝は早い』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/21 05:06
織斑一夏の朝は早い。
午前四時、まだ寝たりないと抗議する身体を無理矢理、意志の力でねじ伏せると、ベッドから身を起こす。
顔を洗い、同室の箒を起こさないように、というよりも色々とまずい姿を見ないようにこっそりと支度を始める。
浴衣が着崩れ、ちょっと動いたら、あちこち見えてしまいそうな有り様。
鈍感要塞サイガスと呼ばれた一夏でも、うっかり引き寄せられそうな艶姿なのだ。

冷たい水で顔を洗い、眠気を追い出すと寝癖だけを直し、ジャージに着替える。所要時間は五分もかかっていない。
前日から用意しておいた室温のスポーツドリンクを持ち、汗を拭くためのタオルを首にかけると部屋を出た。
扉が閉まった後、寝ているはずの箒が舌打ちした事を一夏は知らなかった。

相撲に入った力士がまずやらされる事は徹底的な柔軟だ。股割りをするなら、泣こうが喚こうが徹底的に伸ばされる。
怪我を防ぐためにもスポーツ選手、武道家を問わず、柔らかい筋肉を持つ事は絶対条件だ。
一夏もまずはストレッチから始める。

ゆっくりと、だが一カ所につき十秒程度で三セットずつのストレッチは科学的も正しいやり方だ。二十秒以上のストレッチを繰り返すと筋肉がリラックスし過ぎてしまい、反応速度が落ちてしまう。
どの筋肉を伸ばしたいのか。きちんと意識した上で行われるストレッチは確実に効果を上げていた。
左右に足を180度開脚し、体を前にべったり倒す股割も今の一夏には苦にはならない。
そのまま上半身を捻り、腰回りの筋肉も伸ばす。

三十分ほどの時間をかけて、ストレッチを終えるといよいよランニングを始める。
日が上り始め、足元が見やすくなり、辺りが見えるようになって来ると案外、色々な発見がある。
山田先生がこっそりと植えた花壇の花々が蕾から花咲こうとしているのが見えるし、寮の方をふと見てみれば箒が窓からこちらを見ていたりもする。(何故かすぐに慌てて隠れたが)
昼間は人から隠れているような名前も知らない鳥が沢山いる事に気付く。
そのうち図鑑でも見てみようか。一夏は思った。

「おはよう!」

「げえっ」

「おはようございます、一夏さん」

毎朝、一夏はセシリアとパチリアに出会う。
二人とも一夏と同じようにランニングだ。
髪をポニーテールに纏めたセシリアとサイドテールのパチリア。
そんな彼女達を一夏はそのまま、

「じゃあ学校でな!」

「はい、また後で!」

「フシュー!」

スルー。
怒った猫のように毛を逆立てて威嚇音を発するパチリアに恐れおののいたという訳では無論ない。
織斑一夏はストイックな男なのだ。トレーニングはあくまで自分のペースを崩さない。
そんな彼が『IS学園一のジゴロ』と呼ばれるのは、とても"不思議"な事である。

一時間ほど走り込んだ一夏が向かう先は剣道場。
軽く汗を拭い、水分を補給すると一夏は言った。

「用意はいいぜ、千冬姉」

「ああ、どこからでもかかって来い」

ジャージ姿の千冬とジャージ姿の一夏。
二人が手にするのは木刀。
当たり所が悪ければ、命を奪いかねない凶器を手にしているというのに、防具を着けていない。
初めはその事に難色を示していた一夏だったが、

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「気合いだけは入るようになったな」

千冬の普段となんら変わる事のない声音。しかし、人命を容易く奪うだけの威力を宿した一夏の木刀にその身を晒している。
一、二、三。十、二十、三十といくら打ち込もうとかすりもしない。
持つ者がいない凶器を恐れる者がいないように、当たらぬと解っている剣に怯える理由が千冬にはない。だからこその平常心。だからこその明鏡止水の心意気。
そんな千冬を相手にして、防具を着けろと一夏は言えなかった。

「右腕」

一夏は千冬から目を離さなかった。だらりと下げられている剣から目を離さなかった。
しかし、激痛が右腕から唐突に発生。
打たれた、と思う間も無く、千冬に打たれたのだ。

「左足」

せめて、距離を取ろうと思えば出足を潰された。

「左腕」

打ち返そうとすれば、叩き潰される。

「腹。 耐えろよ?」

ずしんと来る鈍い痛みが一夏をうずくまらせる。
全く見えない千冬の剣は、一夏を痛みと屈辱に涙を浮かばせた。
しかし、必死に涙をこらえ、必死にせり上がって来る反吐を飲み下す。

「あ、ありがとうございました!」

千冬に稽古を着けてもらい始めて、そろそろ一カ月になるが、自分が強くなっているか一夏には解らなかった。
毎回、反吐を吐かなくなったのは進歩なのだろうか。

千冬が去った後、一夏は再びストレッチを始める。
今回はクールダウンのストレッチで一度に三十秒近く伸ばし、全てを一セット。
じっくりと、しかし手早くストレッチを終えた一夏は最後に道場の雑巾掛けを始める。

「ありがとうございました!」

雑巾掛けが終わると誰もいない道場に一礼。
腑が煮えくり返りそうな悔しさと次はこうしよう、こうしてやろうという工夫が脳内で入り混じる。
明日も百考えた事を一も使わずに終わるにしても、一夏は強くなりたかった。





部屋に戻った一夏を出迎えるのは、

「おかえり。 疲れただろう?」

ここ最近、全く心当たりは無いが優しくなった箒である。
どういう理由か一夏はさっぱり解らないが今も柔らかな笑顔を浮かべて労ってくれている。
ひょっとしたら、離れていた時間をやっと埋められたのだろうか?と一夏は考えている。
恐らく彼が真実に辿り着く事はしばらくは無いだろう。

「あ、ああ、ただいま」

出来るだけ箒を見ないように一夏は風呂場に向かった。
最近、これまたさっぱり理由がわからないが部屋の中では豊満な胸がこぼれ落ちそうなタンクトップ、何とかぎりぎり尻を隠しているくらいのホットパンツを着ている箒が目の毒だ。
一夏の青春棒とて、木石ではない。青春の青い暴走、または暴発を恐れる心が、一夏にもあった。

「(箒の奴、いくら幼なじみだからって俺の事、男と思って無いんじゃないか?)」

つくづく考えれば考えるほど逆方向にすっ飛んで行く男である。





シャワーを浴びて上がってみれば、脱衣場には下着と制服が用意してあった。

「箒、」

ありがとな!と続けようとした時である。

「呼んだか?」

がらりと扉を開け、入る女は篠ノ之箒。

「うわ、おま!?」

「ふむ……」

箒の視線は下、そして徐々に上に。

「し、閉めろ!?」

「ああ、すまなかった」

ばたん。





最近、一夏は座学の方もなかなかの頑張りを見せている。
さすがに一万分の一の確率を抜けて入学して来た少女達ほどではないが、どうしようもないくらいに理解出来ないというレベルではない。
むしろ、どうしようもないのは、

「………………………………」

黒板をキリッとした表情で見つめる箒。

「(あわわ……。 篠ノ之さんが怖いですよ!?」

山田先生にそう思われているとも知らず、まるで怒りをこらえているかのようだ。
何をそこまで彼女を掻き立てるのか。
















「(いいいいいいいいいいい一夏の【青春棒】を見てしまったではないか!? 違うんだわざとじゃないんだ。 つい出来心で……だが、大きくなっていたな!
つまり……私にこ、興奮していたのか!?)」

織斑一夏誘惑計画はなかなかに順調なようだ。箒は確信した。

「(いや、だがさすがに最後までは駄目だぞ、一夏! そ、そそそそそんな破廉恥な事は結婚してからなのだからな!)」

やはり、女の子としては純白のドレスもいいだろう。 だが、やはり神前式も捨てがたい……。

「(ふむ、これほど悩ましい問題だとは……………………えへへ)」

「し、篠ノ之さ〜ん?」

「(結婚したら一夏と呼ぶべきか、あなたと呼ぶべきか……。
むむむ、何という難題だ!?)」

「篠ノ之さぁ〜ん、先生の話聞こえますか〜? 無視しないでくださーい!」

「山田先生!」

「ひ、ひぃ!?」

「結婚したら、名前とあなた。 どちらがいいのでしょうか!」

「え、ええっ!? ……………………わ、私はあなたがいいですね〜!
おかえりなさい、あなた。 お風呂にする? ご飯にする? そ・れ・と・も……」

「授業だ」

千冬の無慈悲な出席簿が箒と処女(おとめ)山田真耶に振り下ろされた。











「うへぇ……」

「お疲れ様です。 今日は五分三十秒でしたわね。 また少し伸びましたわ!」

「あー、ちくしょー……」

放課後も放課後で一夏に休みはない。
セシリアに付き合ってもらい、ISの模擬戦を行う。
どれだけ必死に避けても、セシリアの専用機ブルーティアーズの特殊武装『ブルーティアーズ』のみで叩き落とされている。

「あー、ところでパチリアはどうしたんだ?」

「あの子は恥ずかしがり屋さんですから」

「……恥ずかしがり屋さんねえ?」

そう言いながら、白式を待機状態に、

―――ガガガガガピーガー。

戻すと異音。

「なんなんですの、その音は」

「さあ? パチリアと戦ってからなんだよな。 整備科には頼んだけど、ハード面でもソフト面でも問題はないらしいぜ」

「精密機械なんですから、凄く問題ありそうですわよ……」

「だよなぁ……。 よし、今日はありがとうな!」

「いえ、わたくしもいい訓練になりましたわ」

「……次は一太刀入れてやるからな!」

「期待してますわ」











「パチリア! 待ってくれ!」

「いやぁぁぁぁ、またですの!?」

また走り始めた一夏。
走っていたら見つかったパチリア。

「今日こそ、付き合ってもらうぜ!」

「いーやーでーすー!」


ランニングというより、すでにダッシュ。
ここ数日、周りの人間が「またやってるよ……」と思うくらいに繰り広げられている。





「な、なんなのよ……。 あの女!?」

鳳鈴音は見ていた。
建物の影から、逃げるパチリアと追う一夏を余す所なく見ていた。

「待てよぉ、こいつめぇ〜!」

「あははぁ〜、捕まえてごらんなさぁい」

という会話でもしているに違いない。鈴音は思った。

「本当にしつこいですわね! これでも食らいなさい!」

「ぐおっ! 砂は卑怯だろ!?」

「ふははー、卑怯で結構でしてよ!」

現実はこうだが。
しかし、声まで聞こえない鈴音にはわからない。

「う、羨ましい……!」

鈴音の乙女回路はまさにフルドライブ。

「捕まえたぜ、俺の可愛い子猫ちゃん……(キラッ)」

「やぁん……ダーリン、駄目だっちゃわいや」

「君より一秒でも長生きする。 だから、俺と……」

「い、いっちー!」

ひしっと抱き合う二人。
バックには沈む夕日。
そして、流れるBGM……。

「えんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 嫌ァァァァァァァァァァァァァ!?」

鈴音は叫んだ。

「春ねぇ」
「春よねぇ」

そんな通りすがりの連中の言葉は耳に入らない。
乙女道とは修羅の道である。
余計な言葉に耳を貸している暇はない。

「そうだ」

鈴音は考えた。
恐らく一夏はあの女に騙されているのだ。
何がどう騙されているのかは知らないが、とにかく一度、がつんとやってしまえば、

「大丈夫だった、一夏? ごめんね……痛かったでしょう」

「Oh、My Goddess……!」

鈴音の強さと華麗さと優しさを見せ付けてやれば一夏も目を覚ますのではないだろうか?
そうと決まれば話は早い。

「クラス代表を……乗っ取る」

鈴音が"優しくOHANASI"をすれば、きっと"わかってくれる"。
人は理解し合えるはずだ。
鈴音はそう確信している。
どっちが上で、どっちが下かとかそういう辺りは特に。



[27203] 七話『俺にいい考えがある』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/22 21:00
「ここがあの女のハウスね……!」

よし、殺そう! いつそんな物騒な事を言ってもおかしくないような光を反射しない目でセシリアとパチリアの部屋の前に立つ鈴音。
"穏便に話し合った"結果、二組のクラス代表は鈴音になる事が穏当に決まった。
次は不埒な泥棒猫に『退場してもらわなければならない』

「ブロンドきたない。 さすがブロンドきたないな」

日本の成人男性の八割はパツキンダイナマイトな白人女性が好きだという統計が出ている。 鈴音調べでは。

「同じモンゴルマンの中国人じゃ不利じゃないのさー!」

どうせなら鈴音とて、むちむちぷりんになりたかったのである。
いいではないか、むちむちぷりん。
なのに鈴音の胸は貧しい。
貧乳は希少価値だ、という意見があるが希少価値よりも汎用性……いや、対織斑一夏用ぼいんが欲しい。

「モンゴルマンとはなんですの?」

「ラーメンマンよ!」

「そうなんですの?」

「そうよ! ……ん?」

豪奢なブロンド、白磁の肌。
柔らかい微笑みは同性の鈴音もどきりとさせる。

「な!?」

何故、鈴音の奇襲がわかったというのか。
部屋の扉からイギリス代表候補生セシリア・オルコットが姿を現していた。
あまり、他人には興味の無い鈴音ではあるが彼女の名前くらいは聞いた事がある。 むしろ、IS乗りでなくても知っているだろう。

現役のIS学園生でありながら、ロシア代表操縦者の更識楯無。
そして、更識楯無の次に現役学生で国家代表操縦者が出るとしたらセシリア・オルコットではないか?
そんな噂を鈴音は何度も耳にしてきた。

「あわわわわ……」

他にもセシリアには数々の武勇伝がある。

曰わく、拳銃一本でマフィアを潰した。
曰わく、プロのIS乗り十機を単独で落とした。
曰わく、射撃戦のみに限定すれば現役最強。

どう間違っても、鈴音に勝ち目のある相手ではない。

「どうしましたの?」

「は、はい、いいえ! なんでもないであります、マム!」

「………………………………」

一度だけ見た事のあるセシリアの戦闘映像はシャレにならない衝撃を鈴音に与えていた。
相手がわざわざそこに突っ込んで行くようにしか見えないような、偏差射撃どころではない魔技を見た。
牽制弾で相手のルートを固定し、最後の本命を撃ち込む。 そんな生易しい技術を使ってくれる相手ではない。
ただセシリアは撃った。
三発だった。
それが全て当たった。
ただ単純に撃たれただけの弾丸が歴戦の代表候補生を撃ち倒していた。
全く理解出来ないような高みにいるセシリアを鈴音はそれ以上、見る事を拒否。
心が折れる前にセシリアから逃げ出した。

そんな相手が今、鈴音の前にいる。
唇に指を当て、小首を傾げ、

―――あれ、何か可愛いな。 この人。

「そうでしたのね……」

「ひい!?」

心でも読まれた!? 一夏じゃあるまいしー!と内心では大慌てになりながら、とにかく鈴音は直立不動。
せ、せめて優しくしてください……!とすでに鈴音の心は完全に服従している。

「キシリアさんのお友達ですわね!」

「は、はいぃぃぃ!?」

「……違いますの?」

「いいえ、違いません!」

キシリア? パチリアじゃないの?と思いながら、とにかく少しでも命を長らえようと返事。

「あらあら、では中でお待ちになってくださいませ。 今はまだ帰って来ていませんが多分、すぐに戻って来ますわ。
それまでは、このわたくしセシリア・オルコットが! キシリアさんのお友達であるあなたを全力で歓待しますわよっ!」

歓待ってイギリス流の隠語かなぁ……。 せめて、顔はやめて欲しいなぁ……。
そんな事を再び光を反射しない瞳になりながら、鈴音は考えていた。





「そういえば、お名前はなんと仰るのかしら?」

「ふ、鳳鈴音です!」

さすがセシリア・オルコット。
部屋の中に入っても、セシリアだった。
鈴音にはよくわからないが、高そうな絨毯。 高そうな家具。

―――天蓋付きのベッドってどこに売ってるんだろう。 部屋の中で屋根つけて何の意味が?

よくわからないけど、とにかく何かすげー部屋だと鈴音は理解した。

「鳳さん、烏龍茶と紅茶どちらがいいかしら?」

「あ、そんな! お構いなく」

「キシリアさんの淹れたお茶はなかなかの物ですわよ。 どうか遠慮なさらず飲んでください」

セシリアは冷蔵庫を開けると、二リットルのペットボトルを取り出した。
さすがにどんなに美味しいお茶でも時間が経ってしまえば、香りが飛んでしまうだろう。
お茶の味には、あまり期待出来そうにないな。 鈴音は思った。

「はい、どうぞ」

何故か湯飲みに冷えた烏龍茶。

「ありがとうございます」

「鳳さんとわたくしは同級生でしたわね。 そんなに堅くならないでくださいまし」

「い、いえ……」

そんな事を言われてもタメ口でセシリアの気に触って消し飛ばされるのは嫌だ。 めっちゃ怖い。
間を保たすためにも、鈴音はお茶に手を伸ばした。

―――中国の同期にあの『青の射手(ロビン・フッド)』にお茶ご馳走になったって言えば自慢になるよね。

「あ……美味しい」

話題作り、間を保たすため。 その程度の気分で手を伸ばしたお茶は緊張でガチガチになっていた鈴音の心を溶かした。
冷蔵庫で一度、冷やしたお茶がこんなにも豊潤な香りを保てるなんて、想像もしていなかった。

「うふふ、でしょう?」

思わず漏らした鈴音の声に自分が褒められたかのように、嬉しそうなセシリア。

「わたくしの自慢の妹が淹れたお茶はお気に召しまして?」

「はい」

「こちらのゴマ団子もいかがかしら?」

勧められるままにぱくり、と食べればゴマの香りとこしあんの甘さ。
もぐもぐ、ごくんと一個。 また、ぱくり。

「うふふ、感想は聞くまでも無さそうですわね」

「あはは」

お茶もゴマ団子も美味しい。
セシリアも噂より怖くない。 それどころか妹が大好きなんだな、と顔を見れば、よくわかる。

―――結構、好きかも。 この人。

すでに鈴音はここに来た目的を忘れ始めている。
美味しい物をくれる人に悪い人はいないはずだと鈴音は思った。






「あはは、セシリア小姐。 それはペンですわ」

「うふふ、鈴さんこそベンに貸してあげるだなんて」

ビクビクしながら始まったお茶会はか和やかな雰囲気になっていた。
セシリアの柔らかい雰囲気と豊富な話題は鈴音の緊張をほぐした。緊張がほぐれれば、元々の人懐っこさを発揮した。
敬語だけは無くならなかったが。

「だーかーらー! 着いて来ないでくださいまし!」

「お前を追いかけまわして流石に疲れたから、お茶でも飲ませてくれよ」

「なんて図々しいのかしら!
あーもう……飲んだら帰ってくださいましね!」

ばたんと派手な音を立てて入って来たのはパチリアと一夏である。
二人ともどれだけ走って来たのか、滝のような汗。 ジャージが水に濡れたように湿っていた。

「おかえりなさい。 一夏さんもお疲れ様でした」

「ただいま帰りましたわ!」

「ああ、またお邪魔するぜ」

"また"?
一夏はそんなにもこの部屋に出入りしているのか。

「臭い! 男臭いですわよ!? ……はい、タオル使ってください」

「おう、ありがとう」

―――あれが……ツンデレ。

なんという破壊力であろうか。
通常のツンデレが200万乙女力。
更に顔を赤らめながらタオルを渡す事によって二倍。

「お、うまいな。 このゴマ団子」

「何を勝手に食べてますのー!」

そして、料理も上手で1200万乙女力……!
これなら、あのバッファローマンだって上回る。
恋のファイティングコンピューターだとでもいうのか。

「ま、負けないからね!」

「え、誰ですの?」

「お前、鈴か! 久しぶりだな!」















「ひ、久しぶりね」

鈴が中学の時に引っ越して以来だから……。

「一年ぶりか! 変わってないなぁ、お前」

貧乳とか。

「何だかいきなりあんたを殴りたくなって来たわね……」

「待て、俺は何も言ってない。 人間には思想の自由があるはずだ」

「言い訳するにしても、せめてゴマ団子に手を伸ばさないで私だけを見なさいよ!」

だってこれ、本当にうまいよな。作り立て食べてみたいぜ。

「あ! ……私だけ見なさいよってそういう事じゃなくて……。
あ、でも」

「パチリア、ゴマ団子もう少し作ってくれよ」

「嫌ですわよ。 なんであたくしがあなたのために作らなきゃならないんですの!」

「そう言わずに頼むよ」

「キシリアさん、わたくしももう少し食べたいですわ」

「はい、喜んでー!」

どこぞの居酒屋か。
やっぱりパチリアに頼むより、セシリアに頼んだ方が早いな。

「………………………………………こ、こ、この!」

ん、なんで鈴の奴、顔を真っ赤にしてるんだ?ぷるぷる震えて、生まれたての小馬か。

「風邪か?」

鈴の髪を軽くよけて、鈴のおでこに俺のおでこを合わせた。

「んー……よく考えたら今、運動して来たばかりだから俺の体温が高くてわからないな」

「!?!!?!!!!!」

「……鈴、本気で大丈夫か? 凄い顔赤いぞ」

おいおい、本気で不味いんじゃないのか?

「よし、鈴。 ちょっと我慢してろよ!」

「あ、ちょっと!? やぁ……!」

膝の裏に手を入れて、俺はそのまま鈴を抱え上げた。
お姫様抱っこなんて恥ずかしくてしょうがないが、久しぶりに再開した幼なじみが調子悪いのを恥ずかしいって理由で見過ごす方が男として恥ずかしいぜ。

「一夏さん、鈴さんは大丈夫ですわ」

「でも、セシリア。 鈴こんなに顔真っ赤にしてるし」

「大丈夫ですわよ。 ね、鈴さん?」

「は、はい、セシリア小姐。 お、降ろしてよ、一夏……」

なんだ、小姐って。 確か目上の女性に付ける言葉だった気がするんだが。 だけど、同い年のはずなのに俺もセシリアさんって言いたくなるから気持ちはわからなくもない。

「……本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ……」

本当か?
普段は真っ直ぐ目を見て話す鈴が俯いて、目を逸らしている。
正直、心配で仕方ない。

「あらあら、そんなに心配ですの?」

「ああ、鈴は俺の大事な幼なじみだ」

「一夏……!」

鈴の親父さんにもお世話になったしな。
ああ、また親父さんの酢豚食べたいな……。 さっきからずっと食べ物の事しか考えてないけど。

「そう言えば酢豚……」

「お、覚えててくれたんだ!?」

おかしな奴だな。 あれだけ親父さんの酢豚食べさせてもらったのに忘れるはずないだろ。



















夕暮れの教室。
見つめ合う二人。

「わ、私が料理、上手になったら……私の作った酢豚を毎日食べてくれる?」

心臓が口から飛び出ちゃうくらいに私はドキドキしていた。
だって、生まれて初めての告白で。

「ああ、いいぜ」

















覚えててくれたんだ……!
一方的な約束で一夏はきっと忘れてると思ってた。
でも、覚えててくれた。
これってひょっとして……両思い!?
……え、本当に?
………………………………ヤバい。 凄く嬉しい。
お姫様抱っこは嬉しいけど、このまま泣いちゃいそうな今は不味い。
泣き顔なんて、とてもじゃないけど見せられない。

「お、降ろして!」

「ん? ああ」

り、両思いなのに普段と変わらないぽけっとした顔してるわね。
でも、これが一夏のいい所なのかめ。 たまに真剣になった時は格好いいし。
わぁぁぁぁぁ……ヤバい。 泣く。 本当にこれは泣く。 泣いちゃう。
だ、だって唐変木オブ唐変木の一夏が……夢? まさか夢オチ?

「一夏、私のほっぺたを抓りなさいよ!」

「何を言ってるんだ、お前は」

「い・い・か・ら! 早く!」

「意味がわからん」

「一夏が私を抓らないなら私がやるわよ!」

むぎぃ! 痛い。
……夢じゃない? 夢じゃないんだ!

「一夏!」

「うおっ、どうしたんだ。 いきなり抱き付いて来て!?」

一夏ぁ一夏一夏一夏! 大好き大好き大好き!
ま、まだこんな事を言えないけど……いつかちゃんと言うからね?















鈴……。 そうか。
長旅で疲れてたんだなぁ、お前。
足がもつれて、転んだのを隠すためにそんなにすりすりしなくても。

「鈴、わかってる」

昔から意地っ張りだもんな、こいつ。
照れ隠しにしても、ひどいな。

「ほ、本当に……? 私の気持ち、わかってくれてるの?」

そんなに顔赤くして……恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに。

「ああ、わかってるさ」

「一夏……!」

「……なんですの、この空気。 蛍光ピンクと何も考えてない真っ白が見えますわよ」

「うふふ」

ごま油のいい香りと一緒にパチリアが戻ってきた。
手に持った皿には山盛りのゴマ団子。
これまたうまそうだな。 ちょっと、よだれが出てきた。

「もーらいっと」

「あ、最初の一個はお姉様の!」

あちち、やっぱり揚げたては熱いぜ。

「鈴、あーん」

「あ、あーん……」

パチリアから奪ったゴマ団子を鈴に食べさせてやる。 久しぶりに出会った幼なじみへの優しさというやつだな、うん。

「美味しい……。 えへへ、一夏。
私……幸せだよ」

大げさな奴だな。 そんなにうまかったのか。
俺ももう一個。 ……こ、これは!
かりっとした食感とゴマの風味が絶妙に絡み合いながら、中のあんこは甘すぎない。 しかし、それでいて甘くない訳ではない。しっかりした甘さが絶妙なバランスで成り立っている。
これは……至高だ。 こんな至高のゴマ団子を食べられるなんて、

「俺も幸せだ……!」

もう一個もらおう。

「……………………………………………」

「あらあら、キシリアさんどうしましたの?
そんなにむくれてたら、可愛いお顔が台無しでしてよ」

「な、何でもありません! もうっ、お姉様は考え過ぎです!」

どうしたんだ、パチリアの奴?ほっぺたが膨れたフグみたいになってるぞ。

「鈴、ちょっといいか?」

「あ、うん。 ごめん」

足元もしっかりしてるし、もう俺に寄りかからなくても大丈夫だろう。 まだ顔が赤いのが気になるが。

俺はパチリアの前に立つと、

「ていっ」

ほっぺたを押した。

「ぷひゅー!」

「あはははははは!」

口から空気がぷひゅーって!
面白いな、これ。

「や、やめりゃはい! こ、こにょお!」

「わはははははは!」

お、そうだ。

「俺にいい考えがある!」

「……何だか嫌な予感しかしませんわよ、そのフレーズ」

「何でだよ。 司令官御用達だぞ」

それはともかく、よくわからないがイライラする=ストレスが溜まってる=稽古で身体を動かせばいい。

「だから、俺と付き合えばいいんだって。 パチリア」

セシリアは思った。

―――地雷源でタップダンスを踊るのが趣味なのかしら。



[27203] 八話『少々、怒りましたわよ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/25 18:15
ぜんかいのあらすじ。

好きだった幼なじみに再会して両思いだと思ったら次の瞬間、幼なじみが別の女を口説いていた。
何を言ってるかわからねえと思うが、にこぽ、なでぽなんてチャチなもんじゃねえ……。
もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ……。


















「……………………………………………………」

殺す。 死ね。
そんな言葉を言われた経験は恐らく誰にでもあるだろう。
だが、そこに本当の意味での殺意など乗ってはいなかった。 怒りはあれど真の殺意は存在していなかった。
しかし、ここにあるのは純粋な殺意。
観客席を守るシールド越しですら、見る者の肌をひりつかせる。

クラス代表対抗戦。
本日、第二アリーナに集まった観客達は生まれて初めて真の殺意を肌で感じ取った。
小さな体躯に装甲を纏い、肩の横に浮いた特徴的な非固定浮遊部位(アンロックユニット)。
まるで今の鳳鈴音(ファンリンイン)の心を現すかのような尖り具合である。
中国代表候補生、鳳鈴音が駆る専用機『甲龍(シェンロン)』。
仁王立ちする鈴音は感情の浮かばない瞳で敵を見据える。

「鈴……」

対するは織斑一夏。
困惑したような、何がどうなっているか理解していない表情。 ここに至って、まだ何もわかっていない凡愚。
だが、戦意はある。
姉、千冬との激しい稽古に比べれば、まだ鈴音の殺意など春風の如し。
さらりと流せるが旧知の友人に殺意を抱かれる彼の思いは複雑だ。
何故、という疑問。 果たして自分が本気の代表候補生とどこまで戦えるのか、という好奇心。

蛙の子は蛙。
彼も所詮は最強のブリュンヒルデ。 『人修羅』織斑千冬の弟だという事か。
織斑の血、戦を嗜む。
そして鷲の弟、大鷲となるか、下らぬ雑鳥か。
未だ答えは出ずとも、翼はここにある。
纏うは専用機『白式』。
一夏と同じ、一次移行もしていない未熟な存在。
しかし、唯一の武装であるブレードを天を突くかの如く上段に構える姿は堂に入っている。

すでに言葉を交わす理由は存在していない。 ならば、もはや剣にて語るのみ。

互いの目を見れば、互いの気を感じ取れば、相手の覚悟がわかる。すなわち相手を倒し、どちらが強いか。 相手を屈服させるという意志。
その意志のみが織斑一夏と鳳鈴音を突き動かす。
先に動いたのは一夏。
剣しか持たない彼が先に動くのは道理だ。

そして、鈴音が下がり、肩の非固定浮遊部位に搭載されている衝撃砲にて、とにかく一夏を撃つのが道理だろう。 一方的に攻撃する事で上手く行けば無傷で倒せるかもしれないのだ。 例えどんな素人でも考えつく策である。
天才軍師が神算鬼謀の限りを尽くしたかのような複雑な策は一つ崩れてしまえば脆い物だ。
素人でも理解出来る単純極まりない策こそが正道。
だが、鳳鈴音はその正道たる道理を選ばない。
それどころか最大速度で一夏に向かうではないか。



鳳鈴音、必勝の策あり。



異形の、柄の先と尻の両方に備え付けられた青龍刀をバトンのように回転させ、遠心力を充分に刃先へと乗せながら一直線に突っ込んで来る鈴音に一夏は出遅れる。
射撃を警戒し、緩い弧を描くようにして進む一夏は白式を最大加速に乗せられなかったのだ。

「ああああああああああああ!」

前方へのショートジャンプ。
軽い体重を補うためにも鈴音は自らの身体すら回転。
青龍刀の遠心力と鈴音自身の遠心力。 更にはIS自体の推力を全て叩き込む一撃。
天から地を這う虫けらを叩き潰す龍の如し。

「おおおおおおおおおおおおお!」

上段では不利と見切った一夏は即座に下段へと切り替える。
重い踏み込み。 出遅れを無に返すために全身を跳ね上げ、バネを生かした斬り上げを放つ。
その斬撃、まさに跳躍する虎の如し。

鋼と鋼。 意地と意地。
ぶつかり合う両者の軍配はまずは鳳鈴音に上がった。

跳ね上げられた一夏の剣は空に浮かぶ鈴音の青龍刀を弾いた。

「しまっ……!」

そう、軽く弾けてしまったのだ。
しまった。 一夏が全てを言い切る前に鈴音は動く。
全力の斬り上げで身体が泳ぐ一夏に対し、鈴音は一夏の剣撃の衝撃を受け流し、即座に青龍刀の柄を分解。左に一刀。 右に一刀。 つまりは二刀をその手にした。
回転の勢いが終わらぬ中、右に手にした青龍刀の斬撃が一刀の脳天を叩き割ろうと迫る。
何とか身を捻る事により、それをかわした一夏ではあったが次の左はかわせなかった。
まるで独楽のように回転した鈴音の左の青龍刀が一夏の前腕の装甲を斬る。

「くっ! だけど、ここまでだ!」

何とか腕をねじ込み、二刀連撃を防いだ一夏。
青龍刀を振り抜き、ぴたりと回転を止めた鈴音は地に伏せるかのように、一夏に背を向けている。
このような背後を取られる状況に至れば、剣聖と呼ばれる技量を持たない限りどうしようもあるまい。
そして、鳳鈴音にそのような技の極みは立っていない。
あるのは、

「甘いよ、一夏」

ほぼ360度全てをカバーする二門の衝撃砲『龍咆』の見えない弾丸が鈴音に襲いかかろうとした一夏を吹き飛ばした。
倒れる一夏を見下す鈴音の瞳に色は無し。





二刀という術理は、かの大剣豪宮本武蔵が名を成した。
宮本武蔵以前にも左右の腕で一本ずつ刀や剣を扱う術理自体は大昔から存在してきた。
しかし、何故、現在二刀流は一刀流に比べて、その数が少ないのか。
答えは単純である。 遅いのだ。
二本の腕を使った方が一本の腕で剣を振るよりも速く振れるのは幼子とて知る道理。
更には片手のみの握力にて、剣を保持するのはなかなかに難しい事。

しかし、鳳鈴音は克服した。
二刀の弱点を克服したのだ。
鈴音の動きは全て回転から始まる。 常に止まらず、休まず加速し続ける。
太極拳の動きをベースとした変化に富んだ剣は一夏に見切りを許さない。 ISの機械仕掛けの握力は武器を巻き落とす事すら許してはくれない。
パチリア・スチュアートがはったりに使ったパチ二刀とは違う完成された術理である。
パチリアを雑な台風とすれば、鈴音は小さな、だが巻き込まれれば確実に命を失う竜巻か。
そして、強引に竜巻に割り込もうとすれば、死角無き衝撃砲が一夏を襲う。
これぞ鳳鈴音、必勝の策『二刀二砲の構え』である。





鳳鈴音は織斑一夏を見ている。
鳳鈴音は織斑一夏を感じている。
一夏の瞳に斬り崩せない焦りはある。 だが、一片の諦めもない。倒す、という強い眼差しが鈴音を貫く。

「あはっ」

獲物を狙う蛇のような殺意を込めた刺突と一緒に思わず、笑みが零れた。
斬り払われ、刺突は大きく弾かれたが、それでも二の矢、三の矢、四の矢が残っている。
一夏がどう鈴音に相対するつもりなのか。 それがどうにも不味い事に楽しみで仕方がない。
一夏を打倒し、怒りと嫉妬のままに彼を跪かせたいという欲求。 一夏に打倒され、彼の前に跪かされてみたいという欲求。
本来なら矛盾する事だろうが、鈴音の中ではイコールだ。

世間の女はこんなにも強く男に求められる事はあるのだろうか、と疑問が浮かぶ。
迷いなき真っ直ぐな一夏の想いが伝わって来る。 どっちが強いか、きっちりはっきりさせようと全身全霊を賭けて鈴音に向かって来る。
高速の一撃の交換は、則ち高速の心の交換。 一夏がどこを狙うか、防ぐか、捨てるのか。
一夏が何を望んで、守って、譲れるのか。
鳳鈴音と、織斑一夏にとって戦闘とは会話以外の何物でもない。
殺意は殺意のまま、殺意を抱く程の理由に辿り着く。

―――ああ、そうなんだ。 一夏は、




















「お、お姉様だぁ……。 うへへ、久しぶりのお姉様タイムだぁ……」

しがみついて来るキシリアを小脇に抱えながら、観客席に座るはセシリア・オルコット。
その瞳はアリーナでの絶剣乱舞に向かわず、虚空を睨んでいた。
所々、雲の残る空は人の視線を拒むベールのよう。
しかし、

「なんて、無粋」

何者がセシリア・オルコットの魔眼から逃れられるというのか。

「お二人の不協和音が、やっと美しい交響曲になって来たというのに……不愉快ですわ」

響く剣戟はリズム。
荒々しい吐息のメロディ。
指揮者は二人。 交わる響きはついには一つに。

だと言うのに、

「そんなお二人のクライマックスを邪魔しようとするどなたかも」

キシリアを小脇に抱えたまま、セシリアは立ち上がった。

「それを止められなかったわたくしも」

光がセシリアの身体を包んで行く。

「わたくし……少々、怒りましたわよ」

専用機ブルーティアーズを開放。
天より降り注ぐ極太のレーザーがアリーナのシールドを破ると同時に、セシリア・オルコットは翔んだ。
常の柔和な微笑みを、僅かに寄った眉間の皺に変えて。



















高度6000m。
吹きすさぶ寒風を超える速度。 瞬時加速を二回、繰り返す事による爆発的な加速により、セシリアは昇った。
アリーナでのシールドが破られてから僅か二秒。
頭上には黒い全身装甲(フルスキン)のIS。

「無人機ですわね」

人体のサイズを逸脱した巨体。 自らを抱き締めるように巻きついた長い腕。
腕に比べて短い足は着地に備えてだろう。 折り畳まれている。とにかく数を取り付けましたと言わんばかりのセンサー類が頭部に所狭しと密集している。
卵のように丸まった姿勢は恐らく衛星軌道上からアリーナへと落下するための衝撃吸収のためか。

そんな見た目からの情報。 そして、ISに無人機は存在していないという固定観念。
全てを知った上でセシリアは自分の勘を信じた。
あのISから人は感じない。

「なら、思いっきり全力出しちゃってもいいですわね」

「ひ、ひいっ! お姉様の全力ですの!?」

キシリアを胸に抱きつかせたまま平然と音速超過して高空に昇ってきたセシリアはくるりと頭を地に向けた。

「……ああ、なんであたくし着いて来ちゃったんだろう」

専用機の無いキシリアは無論、普通の制服しか着ていない。
セシリアが億が一、被弾して墜ちるとは思っていないが本気のセシリアは物凄く怖い。

「あら、わたくしの事が大好きだからですわよね」

上昇するための速度を殺すため空に向かってブースターを一つ吹かした。
直後、真横を無人機が落下。 押しのけられた空気がソニックブームを生み出し、

「うー……それはそうですけど。 でも、少しは手加減とか」

「行きますわよー」

そんな緩い言葉とは裏腹に卓越した姿勢制御でソニックブームを軽く凌いだセシリアは宙を蹴った。
ビット『ブルーティアーズ』を足場としての反転加速。
大した速度にはならないが、それでも確かに下へと向かう。

「ジェットコースターみたいで、ワクワクしますわね」

「うー……」

実はジェットコースターが苦手なキシリアは目を瞑っているのも怖いので、セシリアの顔だけを見つめる事にした。

しゅっとした綺麗なラインを描く顎にちゅっちゅしたり、小さな可愛い耳にちゅっちゅしたいなー。 あと鼻もぱくんと。
お、お姉様とちゅっちゅしたいですわ!
でも今、目を合わせると怖いから、おっぱい。 うん、おっぱいがいいですわね。
お姉様の変態機動見てると酔ってしまいますしね。

「むにーむにー」

「こら、悪戯するんじゃありません」

キシリアが目を伏せた瞬間、セシリアの背後にビームの光が流れて行った。
レベル7のシールドを破る程の出力はないが、それでもIS一機を落とすほどの威力はある。
そんな弾幕に向かい、セシリアはブルーティアーズを全力でぶん回す。
セシリアの全力機動はブルーティアーズの慣性制御を超えて、圧力がキシリアの小さな身体にのしかかる。 内臓が左右にシェイクされて色々と乙女的に不味い物がばしゃばしゃ出そうだ。

「こ、これはヤバいですわ!?」

恐らくセシリアが瞬時加速を入れたのだろう。 内臓が押し付けられる感覚。
着地を考えなければ行けない無人機はキシリアの目算で高度約3000mを切った今、減速をしなければならない。
対してセシリアは着地に関しては"アテ"があるから加速し続けても問題はない。
それに乙女的に不味い物が瞬時加速の圧力で抑えつけられているお陰で引っ込んだが多分、地上に降りたら、大観衆の前でやらかしかねない。
そこまで理解しているキシリアだが、一番の問題はそんな所には無かった。

―――圧力でおっぱいに顔が押し付けられて息が出来ない!

柔らかい乳肉に鼻と口が完全に押さえつけられ、呼吸が全く出来ない。
更にそれも一番の問題足り得ない。
何故なら、

―――このままでは幸せ死してしまいますわ!

生物はストレスが一切無い状況に陥ると死を迎える。

ストレスという言葉は現代で悪い物の代名詞にすらなっているが、そもそもの意味は負荷。 負荷が無くなれば人は死ぬ。
例えば一切、動かさないままの人間がいた場合、三日ほどで起き上がるのが困難になるほど筋肉が落ちてしまう。
真空に生物を何の装備も無く、送り込めば外圧と拮抗していた体内の内圧により、内部から自然に破裂するのだ。

キシリアにとって、セシリアの胸とはつまり理想郷。 エデンはすぐそばに有ったのだ。
最強無敵と信じるセシリアの胸の内にいれば外敵を恐れる理由があろうか。 しかも、むにむにしているのだ。
絶対的な安心感と絶対的なむにむに感の中、キシリアの魂は安らぎに包まれ、天に召されようとしていた。

―――あ、あとはお尻。 お尻を触れればあたくしの人生、一片の悔い無し……!

だがしかし、なんという強欲か。 理想郷に住みながら禁断の果実に手を伸ばしたイブのようにキシリアはもがく。

―――あと、あと少し……! あと少しなんですの! 動け、動きなさい!

死に絶えつつある魂と満足死、つまりサティスファクションデッドを迎えつつある身体を必死に奮い起こし、キシリアは祈る。

―――我が曇りなき身命、ご照覧あれ! 尻神様よ、あたくしに力を!

それはキシリアの無垢なる力。 ただ純粋に"お姉様のお尻をめっちゃ触りたい"という想い。
その尊い想いがキシリアに力を与える!

「ぐえっ!」

訳はない。
八百万の神様とて、こんな欲望丸出しの願いは嫌だったのか。 天罰が下った。
セシリアは無人機の頭部に着地。 その衝撃に片手を離していたキシリアは耐えきれず、思いっきり装甲に叩きつけられ、車にひかれた蛙の断末魔のような声を上げる事になった。

「何を遊んでいますの」

跳ね返って来たキシリアを左手で抱きかかえると同時に右手には近接用武装"インターセプター"を展開。
接敵からここまで一秒。
地面まで恐らく三秒はかからないだろう。
だが、充分。

インターセプターを手放すと重力に引かれ、ゆっくりと落ちる。
展開しておいた二機のビットがインターセプターを器用に保持し、刃先を頭部装甲の継ぎ目に差し込んだ。
ここまで接近されてはシールドも発動しない。
ようやく無人機なりに危険を覚えたのか、長い右腕の先に備えつけられた砲口をセシリアに向ける。

「ちょろいですわね」

がつん。
インターセプターを蹴る。
がつん、がつん、がつん、がつん!
蹴られるたびにずっ、ずっ、ずっと刃が無人機の頭部に埋まって行く。
びくん、びくんと無人機の腕が痙攣するかのようにもがいた。
最後にがつん!
まるで牡蠣の殻でも剥くように頭頂部がぱかんと開いた。

「取ってきなさい、ブルーティアーズ」

無人機の頭の中に無数のコードに繋がれ、中空に張り付けのようになっている物体。
"ISコア"。
セシリアに声をかけられ、喜ぶかのように身震い一つすると三機のビットが侵入して行く。

「"また"員数外のコアですわね……」

全世界に467個しかないはずのコア。 数個はある組織に強奪されたという噂があるにしても、このような使い捨て前提の作戦で貴重なコアを失うような真似はどこの国も出来るはずがない。
出来るとすれば、コアが貴重ではない、"コアの製造能力を持つ組織"だけだ。

「参ってしまいますわよね。 わたくし、ただのか弱い学生なのですから」

あんまり妙な陰謀に顔を突っ込みたくないのですわよ、と右手を頬に当てて、ため息一つ。
再びがつん、とインターセプターを蹴ると、開いた頭部装甲に当たって明後日の方向に跳ね返った。
その先には最後の足掻きとばかりにセシリアを狙う無人機。 チャージしていた砲口にインターセプターがホールインワン。
同時に砲身内で解放されたレーザーの熱量が無人機の腕を大空に大輪の花火を咲かせた。
破片が爆圧に押され、飛び散るがシールドで防ぐ事もなく、セシリアを避けるかの如く、かする気配もない。

「まぁいいですわ」

頬に当てていた右の掌を空に向けると、落ちて来る物。 無人機のISコアだ。
ビットを操作し、内部のコードを切断。 器用に打ち上げて回収したのだ。

「これでキシリアさんの可愛い可愛いドレスを作りましょうね」

戦利品は勝利者の物だ。
イギリス代表候補生セシリア・オルコットは、過去の祖国を見習い、海賊の理論を押し通す事にした。
花咲くような笑顔で。


















「ふぅ……」

緊急自体を知らせるために鳴り響く警報を無視して織斑一夏は覚悟を決めた。
鳳鈴音もどうやら、そのつもりらしい。

―――そうこなくっちゃな。

にやり、と一夏は自覚のないままに、ひどく男らしい笑みを浮かべた。
二刀二砲破りのビジョンは見えた。 しかし、いくつかの不確定要素、『織斑一夏がどこまでやれるのか?』という問題が残っている。
超えるべきハードルはいくつかあり、超えられる自信が無い物もいくつかある。

―――だけど、

「前に進むしかないんだよな、俺!」

射撃武器が欲しい、とも思うし、剣一本担いで突っ込む以外、自分に何が出来るのかとも思う。
セシリアのような華麗な機動も出来なければ、パチリアのようないやらしい駆け引きも出来ない。 鈴音の技巧に満ちた動きも無理だ。
何より千冬のように絶対的な力もない。
織斑一夏に出来る事などはたかが知れている。

だから、バックハンドで回され、自分の首を狙う鈴音の剣を同じように迎撃。

「馬鹿の一つ覚えよね!」

全く鈴音の言う通りだ。
その通り過ぎて、

―――我慢した甲斐があった!

鋼と鋼がぶつかり合う音……がしなかった。

「無手にて、お相手仕る!ってな!」

打ち合う寸前に近接用ブレードを格納。 想像もしていなかった展開にまんまとひっかかった鈴音の腕をキャッチ。

脇固め。
プロレスなら、ただ相手の関節を痛めつけるだけの技だが千冬に仕込まれた戦場の技は一味違う。

「極めたら、即へし折れ」

という千冬の言葉通り、鈴音の腕を脇に抱え、手首と肘をロック。 これだけでも肘を痛めるはずだが、更に一夏は自分の身を投げ出し体重をかけ、へし折る。

「まだっ!」

寸前に鈴音の殺意が一夏の顔面を射抜く。 同時に衝撃砲が発射。

―――あと二本!

ここまで全て読み筋通り。
極めていた腕を視点に、体操の鞍馬のようにくるりと周り回避。
地面に降り立つと再びブレードを展開。 構えはいつもの上段。
鈴音の二刀二砲は一刀一砲へと半減した。
次に来るのは、

「……っ!」

見えないはずの衝撃砲を一夏は振り下ろしにて切り払う。
どこに来るかわかっていれば、何とかなる。

セシリアのような華麗な機動も出来なければ、パチリアのようないやらしい駆け引きも出来ない。 鈴音の技巧に満ちた動きも無理だ。
何より千冬のように絶対的な力もない。
しかし、一夏にも模倣は出来る。
パチリアのいやらしい駆け引きを模倣し、罠にはめたのだ。

―――次がラスト……!

だが、一夏は動けない。
振り下ろしから切り上げるまでのタイムラグに対し、鈴音はすでに刺突の動きが始まっていた。
ここからどう足掻いても、一夏の剣は間に合わない。
間に合わないから、一夏は諦めた。

鋼と鋼がぶつかり合う。

「馬鹿じゃないの、あんた!?」

鈴音の刺突は一夏への胸部装甲に突き刺さった。
"シールドをカットしたため"、何の抵抗も無いままに鈴音の青龍刀は一夏の胸部装甲へと突き刺さった。

「だけど、二刀二砲……全部、止めたぜ!」

一夏は踏み込んだ。
膝の力は抜き、あくまでゆるりと。 背部ブースターを半舷のみ解放。 『瞬時加速』。
パチリア戦で編み出した織斑一夏の、一夏だけの必殺技。

「瞬時加速斬りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

音速超過、目にも止まらぬ一夏の剣が鈴音のシールドを切り裂いた。
鈴音の絶対防御が発動。

「試合終了! 勝者」

山田真耶のアナウンスが響く。

―――俺は、強くなっている。

そんな確信と共に空を見上げれば、黒い影。
鈴音の剣先が僅かに刺さった胸から、漸く痛みが伝わって来た。
疲れきった身体が思わず、ふうっと息を吐く。

「……黒い影?」

と、呟いた一夏に音速を超えた黒い何かが落ちて来た。

「ええ!? し、勝者セシリアさん!?」

一夏を潰した黒い無人機の上に立つのはセシリア・オルコット。
無人機をクッションに華麗に着地成功。
小脇に抱えたパチリアすら優雅に見える立ち姿。
鈴音は倒れた。 一夏も倒れた。
乙女の純情を弄ぶ悪に天誅を下した。
地面に優しく下ろされたパチリアは、

「おろおろおろおろおろおろおろ」

パチリアは乙女の秘密液ゲ○を吐いている。
つまり、戦場で最後に立つのはセシリア・オルコット。

クラス代表対抗戦、織斑一夏vs鳳鈴音。
勝者はセシリア・オルコットという事になった。
そういう事になった。






















目の前に浮かぶ文字列。

―――白式のフォーマットとフィッティングが終了しました。 一次移行しまうわなにをすくぁwせdrftgyふじこlpふんぐぃるふんぐいる! いあいあ! 天才束お姉さんにエラー報告をしますか? Y・N?

ちくしょう、これ以上カオスにしてたまるか……!
一夏は消えゆく意識の中、Nを連打した。




















 ヘ○ヘ
   |∧   荒ぶるのほほんさんの構え!
  /



[27203] 番外『覚悟しておけよ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/28 17:36
アンケート結果を元にした結果、NsT様の、

>次回のお話はキャラクタ問わず甘くて、辛くて、でもネタに溢れていて、それでいて時々しょっぱいような。
>そんなお話だったらとっても嬉しいなって……

と、あとアンケートに入っていて出せるキャラ全員!
そして、まさかの0票だった箒さんメイン回です。
メインヒロインェ……。

詰め込み過ぎて完全に字数オーバーしたので、またPC使える時に後編と纏めます。










鏡に映った笑顔はひきつりすぎて血に飢えた狂戦士のように禍々さすら感じた。

「…………………………………………マジか」

篠ノ之箒、十五歳の初夏の事である。
揺れる乙女心は大ピンチ。

―――まさか私は普段からこんな笑顔を浮かべていたのか……!

一夏と再会した時に彼がこんな笑顔を浮かべていたら、小さな恋についての歌が、みかんについての歌に変わるくらいの衝撃を受けるだろう。
多分、話した事もないクラスメイトに愛媛のみかんがどう日本一かを説明していただろうと箒は思った。
『愛しのカレをキュートな笑顔でフィィィィィィィィッシュ!』と表紙にでかでかと書かれた雑誌を見て、笑顔の練習をしていただけだというのに凄まじい現実を発見してしまった。
他には『肉食系女子のススメ』『女は猛禽であれ』などと書かれているような雑誌は色々と間違っている事を箒は知らない。
昨日の深夜、サングラスとマスク。 全身を隠すトレンチコートを着てコンビニで三時間かけて迷いに迷って買ったという涙ぐましい結果がこれである。 女性向け雑誌を買うのは自分には似合わないと変装するのはいいが、コンビニの店員に非常に迷惑だ。
篠ノ之箒。 女は黙って、チャン○オン一択。
弱虫ペ○ルで泣いた。

「待て……まだ慌てるような時間じゃない」

やれやれ、と両手を上げて、ダンディーなジェスチャー。
まだ『ふぁっしょん』に気を使えば、挽回出来るはずだろう。 出来るはずだ。
しばらく前に不審者の装いを着込み、"ぶてぃっく"なる店舗にて、ディスプレイに飾られていたマネキンを指差し、

「これだ! このマネキンをくれ!」

と店員に詰め寄ったら、マネキン込みで売ってもらった"わんぴーす"を試すしかあるまい。
何と"ぶてぃっく"とは面妖な場所か。 マネキンが邪魔くさくて仕方ない。

「いざ!」

気分は決闘。
すぱんと漢らしく服を脱ぐと、わんぴーすを着る。

「……………………………………さすがにこれは丈が短すぎやしないか?」

真っ赤なわんぴーすが隠している部分<<<<<(超えられない壁)<<<<<肌。
少しでも動けば、スカートが捲れて、ぱんつが見えるだろう。 と、いうかブラの上部の縁がちょっと見えている。
試着もサイズの確認もしていなかったせいで二サイズほど下を買って来た箒である。
腰回りもぱつんぱつんで、むちむちだ。

「さすがにこれは無理だろう!?」

無理があろうと押し通す。 それが武士である。
だが、武士篠ノ之箒にも不可能な事はあった。

試しに前屈みになって、両腕で胸を挟むグラビアでよくあるポーズをとってみる。

「あほかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

"あひる口"なる男を誑かす技も併用してみるものの、鏡に映った箒は控えめに言って、痴女がひょっとこの真似をするが如く。

「ただいまー……って、お前ぱんつ丸出しで何を」

そして、空気を(色々な意味で)読む事に定評のある織斑一夏、帰宅である。
また稽古をしていたのか、汗に濡れた額がセクシー。

「な!? な! …………………しゅっ!」

弓術、馬術、水術、薙刀、槍術、剣術、小具足、杖術、棒術、鎖鎌術、手裏剣、十手術、居合・抜刀術、柔術、捕手術、もじり術、隠形術、砲術。
古来、武士とは武芸十八般と呼ばれる技能を身に着けていた。
無論、箒とて心得はある。
突如、乙女の秘密を覗いた不埒者にチャン○オンが唸りを上げて飛んでいく。 箒の手裏剣術もなかなかの物だ。

「あぶなっ! おい、何するんだ、箒! まだ俺、今週のチャン○オン読んでないんだぞ!」

「う、うるさい! ……然らば御免!」

軽くチャン○オンを避けた一夏ではあるが、逃げる隙は生まれた!
開いていた窓からの、

「私は飛べる!」

大跳躍。
ほうきはにげだした。

「……大した奴だ」

二階から飛び降りて、即座にダッシュする箒を見て一夏は呟いた。



















「今日のは自信作なんだよぉ〜。 えっへん」

布仏本音こと通称のほほんさんは誉めろとばかりに胸を張った。
生き生きとする緑の木々。 そんな木々が生み出す木陰を借りて、テーブルと椅子四つを出して優雅にお茶会をする三人。

「まぁ、とても美味しそうですわね」

ぱちんと胸の前で手を叩いた彼女はセシリア・オルコット。
『蒼の射手(ロビン・フッド)』『人間台風』『お姉様』など数々の異名を持つセシリアではあるが、わざわざ気の置けない友人のみが集まるお茶会で微笑まない理由がない。

「むむっ……腕をあげましたわね、ほんね!」

紅茶を淹れながら、呻くちっこい淑女はパチリア・スチュアート。 通称キシリア・スチュアートだ。
パチリアの視線はテーブルの上に用意された丸い、まるで半分に切られたレモンのような形をしたケーキに向けられている。
白いテーブルクロスに少し濃いクリーム色の可愛らしいお皿。 淡い爽やかな黄色を帯びたケーキ。
このお茶会が始まった当初、場の色合いまでは考えていなかった本音の長足の進歩にパチリアは震えた。

―――面白いですわ。 これでこそ我がライバルほんねですの!

すでに次のお茶会ではどんなお茶菓子を出そうかと脳内パチリア会議が始まる。
"お手軽なお菓子"で"優雅なお茶会"を、という暗黙のルール。 毎回、パチリアと本音の死闘は熾烈の一途を辿っている。

見よ、この艶やかさを。 まるで真珠のような鈍い輝きを見せるケーキは何と乙女中枢を何と刺激する事か。
フォークで切ってみれば、僅かにかかる重さ。 中のしっとり感はパチリアの想像を超えていた。
口に運ぶ前に香りを楽しむ。 くっ、これは……レモンだと!?
レモンの香りに引き寄せられるように、パチリアはケーキを口に入れた。

「…………………………………」

「どうかなぁ〜?」

答えはわかってるんだよ?と言わんばかりの本音のチェシャ猫のような笑み。
悔しいが、ここは認めねばなるまい。

「うンまぁぁぁ〜い!ですわ! やりますわね、ほんね。 今回はあたくしの負けでしてよ!
ですが、次のあたくしのお菓子をで、ぎゃふんと言わせてみせますわ!」

「やったぁ〜!」

「あらあら。 仲良しさんですわね」

きゃいきゃいと騒ぐ二人を優しくセシリアは見つめる。
IS学園に来る前はセシリアしかキシリアの友人はいなかったというのに。 それを思えば、

「来てよかったですわね」

イギリスの国家代表を蹴って、遠い異国に来た甲斐があったものだ。
セシリア・オルコットは冷たい過去と幸せな今を想った。

「よう、ガキ共。 今日も喧しいな」

最後に空いていた椅子に当然の如く座るのは織斑千冬。
その堂々とした姿は場の空気を千冬の黒に染め上げる。

「お待ちしておりましたわ、織斑先生。
キシリアさん、先生の分をお出しして差し上げて?」

「はい、お姉様! ほんね、ケーキはお任せしましたわよ」

「お任せあれぇ〜」

だが、セシリアが口を開けば、そのピリッとした空気も暖かな、色に例えるなら柔らかな蒼。 晴れの空の色に変わる。

「はっ、こういう場ではさすがにお前には勝てないか」

触れれば切れる氷の刃を絵に描いたかのような千冬も、これには苦笑いを浮かべるしかない。

「踏んでいる場数が違いましてよ」

柔らかく微笑むセシリアに千冬は降伏する事にした。
それにセシリアを怒らせて、目の前のレモンケーキをふいにするのは惜し過ぎる。
レモンケーキの香りが鼻に。 その刺激を受けた脳が口に命令を出す。
じゅるりと千冬の口の中に唾液が充満した。

「今日は布仏の番だったか? もらうぞ」

「はい、召し上がれぇ〜」

フォークを手に取ると獲物を狙う目になった千冬はレモンケーキに、










「そのテーブルクロス、少し借りるぞ!」

テーブルクロスを高速で引き抜く事により、テーブルの上の物を倒さないという芸がある。
高速で引き抜く力。 そして、真っ直ぐに引き抜く技。
突如、乱入した篠ノ之箒には絶対的に後者が足りなかった。
結果は、

「あ」

「あ〜」

「あらあら」

「………………………………」

無残。 千冬のフォークが何もない虚空を刺す。
一瞬前にはレモンケーキが存在していた虚空を刺す。

「す、すまなかった!? この詫びは後で必ず返す!」

痴女ファッションの箒はテーブルクロスを纏うと踵を返して、再び走り出した。

「逃がすかぁぁぁぁぁ!」

「ひい!?」

突き刺さるフォーク。
箒の足をガチで狙ったフォークは怒りで狙いを外し、巻いていたテーブルクロスに命中し、地に植え付けた。
地面に埋まったフォークは柄の中ほどまでしか見えない。 一体、どれほどの力で投げつけたというのか。

「ふふふふふふふ……久しぶりだ。 久しぶりだなぁ!
こんなにも私にナメた真似をする愚か者は……!
姉妹揃って、よくも私を虚仮にしてくれる喃、篠ノ之ぉぉぉぉぉぉぉぉ」

箒は地獄の鬼をそこに見た。
織斑千冬に地獄の鬼を見た。

「あ……………………」

あ、漏らした。










乙女回路はショート寸前。 今すぐ死にたいよ……。
箒は思った。

走りまわったせいで、スカートはずれ上がり、ぱんつ丸出しで地面の上に正座させられている。 しかも、ぱんつ冷たい。

「……何のプレイでしたのかしら?」

パチリアの得体の知れない物を見る目が痛い。

「そんな事はどうでもいい……。
問題は私のケーキを……! 万死に値する」

ただの木の枝を振り上げる千冬。 この烈女が操れば、木の枝とて死を箒に与えられるだろう。
三寸切り込めば、人は死ぬのだ。
酒飲みから酒と甘味(かんみ)を取り上げる事の恐ろしさを箒は知った。

「では、これで解決ですわよね?」

む?と呻いた千冬の前にはビット『ブルーティアーズ』。
その上に乗せられているのは、

「おお、ケーキ……!」

いち早く気付いたセシリアがビットを操る事により、セシリア、パチリア、本音が自分達で持ち込んだお気に入りのカップ三つとケーキ一皿のみを救出していたのだ。
千冬の湯飲み(ブランデー入り)は飲めればなんでもいいだろうから諦めた。

一機のビットが皿に乗ったケーキを。 もう一機がフォークを千冬に差し出す。

「………………………」

ケーキを口に運ぶ千冬に箒は祈った。

―――どうか勘弁してください……!

「……………………ふん」

切なる祈りが天に通じたのか、

「布仏に感謝をしておくんだな」

千冬は背を向けてクールに立ち去る。
これから飲むつもりだ。

「あ、ありがとうございます!」

箒は本音に深々と土下座。
本音のケーキが、もし千冬を満足させていなければ……箒の首は繋がっていなかっただろう。

「うむぅ〜、よきに計らえ〜」

布仏本音、今日は全員に認められて満足である。
しかし、

「さて、あのような暴挙を行った理由をお話して頂けますわよね?」

まだ終わってはいない。
四機のビット『ブルーティアーズ』で箒を囲んだセシリアは微笑んだ。
自分がホストのお茶会で、このような不手際を見せたとあればセシリアの面子が立たぬ。
貴族とヤクザの差は、法の内にあるか外にあるか。 その一点のみ。












かくかくしかじかまるまるうまうまと半泣きになりながら、箒は説明した。
いっそ、シチューになりたいと思いながら説明した。

「あらあら、まぁまぁ!」

その結果、セシリアは白い頬を赤く染め、

「ごくり……」

パチリアが生唾を飲むくらいに色気のある様だ。
セシリアのお姉さんエンジンがぎゅいんぎゅいんと回転を始め、その身にお姉さん力(ぢから)を充填。

「キシリアさん、本音さん! 今日のお茶会は中止して、箒さんを一人前のレディーにして差し上げますわよ!」

「了解ですわ!」

「あいあいさぁ〜!」

「い、いや、そんな。 これ以上、迷惑をかける訳には!」

四機のブルーティアーズが、ぷるぷる震えながら、テーブルを運び、

「先に戻って、準備しておきますわ」

「わぁ〜」

パチリアが椅子を、本音が食器類を運び、走り去る。

「ま、待て!」

それを追おうと箒は立ち上がり、

「さ、行きましょうか?」

セシリアに首根っこを掴まれた。



















クレンジング、洗顔料、化粧水、乳液、クリーム、ファンデーション、アイシャドー、アイライン、マスカラ、チーク、アイブロウペンシル、コンシーラー。

「待て、何の呪文だ」

セシリアの部屋に連れて来られた箒の前に並べられる化粧品の山、山、山。
何か瓶に入ってるやつやら、筆みたいな物やら、化粧のような物には縁がない箒には、さっぱり理解出来ない光景だ。

無理矢理、座らせられた箒の前にはパチリア。

「とりあえず、まずは無駄毛の処理からでしょうか?」

「さ、さすがに無駄毛の処理くらいはしてるぞ!」

女の子にもすね毛も生えれば、脇毛も生えるのである。

「違いますわよ。 顔の無駄毛ですわ」

「顔の?」

「眉毛や産毛、髪の生え際とかですわね。 箒さんは眉の形は綺麗ですし、そこまで弄る必要はないと思いますわ」

パチリアの説明に、

「はあ……」

としか答えられない箒である。
産毛があるとファンデーションのノリが悪い、など基本的な事を説明しようかと思ったパチリアだったが、

「面倒くさくなってきましたから、とりあえずやっちゃっていいですわよね?」

「い、いい訳あるか!?」

「はいはい、お姉様達が箒さんに似合うお洋服見つけるまでベースだけは済ませますわよー」

「や……やぁぁぁぁぁぁぁ!」

〜五分後〜

「特に変わったようには思えないんだが……」

「まだ最低限の最低限をしただけですわよ。 ……本当は、もう少し細かくやりたかったんですけど」

「これ以上、毛なんてどこにあるんだ?」

「……今度、細かく一から教えてあげますわね」

〜三十分後〜

「うう……動いていいか? お尻が痛くなってきた」

「少しは我慢しなさい!」

「ぱちりー、ぱちりー。 この服とこの服、どっちがいいかなぁ〜?」

「わたくしはカジュアルな感じがいいと思うんですけど」

「違うよぉ〜。 普段とのギャップを見せ付けて、おりむーをどきっとさせないとぉ〜」

〜一時間後〜

「お姉様はわかってないですわ! 長身でぼいんぼいんの箒さんにはドレスより、スタイリッシュな感じに!」

「キシリアさんがそんなに分からず屋だとは思いませんでしたわ! 敢えて優雅な装いを!」

「あ、あの私の意志は……」

「「お黙りなさい!」」

〜二時間後〜

「胸を生かすべきですわね」

「腰を生かすべきですわね」

「えろぼでぃを生かすべきだねぇ〜」

「……帰りたい」

〜三時間後〜
















「瞬時加速斬り!はやっぱり無いと思うわ、私」

「いいじゃないか。 俺の必殺技はロマンなんだよ、ロマン」

鈴とだべりながら、寮の廊下を歩いていた。 夕飯を食べに外に出たら偶然、外にいたのだ。
しかし、女にはロマンがわからないのだろうか。

「いや、必殺技が欲しいっていうのはわかるのよ。 でも、どうせならイグニッション斬!とかの方が格好いいわ」

ああ、そう言えばこういう奴だったな……。 中学の時から微妙にセンスがおかしい奴だった。
どう考えても瞬時加速斬りの方が格好いいのは確定的に明らかだろう。

「それならイチカストラッシュの方が」

「それはない。 ……はぁ、元通りで安心していいのか、悪いのかわかんないじゃない」


「ん? 今、なんて言ったんだ」

「なんでもないわよ!」

いきなり怒り出してどうしたんだ。
そんなにイグニッション斬がよかったのか? でも、叫ぶのは俺だから譲らないけどな!

「やってられるかー!」

うおっ!? いきなり扉が開いたと思ったら、中から黒と白を基調として、あちこちにひらひらとしたフリルの着いた服。 そう、メイド服を着た誰かが飛び出して来た。
腰で結ばれた大きなリボンがポイントだな。 長い黒髪が少しウェーブがかかっていて、後ろ姿だけでも多分、美人さんだという事がわかる。

「お、お待ちになってください! 少し悪ノリが過ぎましたわ!」

ん、この声はパチリアの声か。
と、いう事は……ん〜っふっふ、わかりました。 この部屋はセシリアさんの部屋ですね。

「あんた、またくだらない事考えてるでしょ」

刑事ごっこをしてただけなのに読まれるとか何なんだ、俺。

「やっぱり悪ノリだったのか!? も、もしこんな格好を一夏に見られたら、どうするんだ!?」

「ん、呼んだか?」

ぴしっ、とメイド服の子から何かが砕けるような音。
ギ、ギ、ギと錆び付いた機械のように振り向いたのは、

「どうしたんだ、箒。 そんな格好で」

おお、化粧もしてるのか。
普段の凛々しい美人さんな所が、ちょっと女の子してて尖った感じを抑えて、しっくり来ている。
似合ってるな。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!?」

と言おうとした瞬間、箒は走り出して行った。
ひょっとして泣いてたか?

「な、なんだぁ!? ……いてっ」

どかっ!
いきなり足元に痛みが!?

「何すんだ、鈴!?」

「いいから早く追いかけなさいよ! あんた、どうせ誰にでもホイホイいい顔するんだから、責任取りなさい!」

「意味がわからん!」

あーもう、鈴に怒るのは後だ!
泣いてる女の子を放っておいたら、

「千冬姉に怒られるからな!」









「なんで私が他の女の面倒まで見てやんなきゃならないのよぅ……」

「……あなたも難儀な方ですわねぇ」

「キシリアさん、箒さんにクレンジングオイル持って行って差し上げてくださいな」




















……見られた。 見られた。 見られた!
一夏に見られた!

「どうしたんだ、箒。 そんな格好で」

そんな格好って言ってた。 やっぱり私みたいな男女が、こんな可愛い格好をしても似合うはずないんだ!
やだ、嫌だ。 私みたいな女が誘惑しようなんて考えた事自体が間違ってたんだ。
化粧なんて似合うはずないし、一夏が私なんかを好きになってくれるはずないじゃないか!

「待て、箒!」

嫌だ!
私みたいな乱暴でがさつな女じゃ駄目に決まってる。
例えば鳳鈴音のような可愛らしい女の子が一夏と並んで歩いていたら、きっと絵になるだろう。
例えばパチリア・スチュアートのような美しい少女と一夏が歩いていたら、美男美女のカップルだ。

「一夏の小さい女の子好き!」

「待て!? 根も葉もない不名誉なデマを流すな!」

くっ、一夏がスピードを上げた!
最近、頑張っている一夏はどんどん足が早くなって体力をつけてきている。
それを一番わかっているのは、いつも近くにいる私だろう。
でも、それだけじゃ足りない。 私じゃ一夏の一番にはなれない。

一夏の側にいるのが辛い。

「でも、いたいんだ!」

「どこが痛いんだ! まず止まれ!」

絶対、何かを勘違いしている一夏。
だけど、そんな抜けている所も可愛いと思う。
トレーニングに励む一夏の真剣な眼差しは格好がいい。
一つの事しか目に入らなくなる愚直な所も好ましい。
好きで好きでたまらない。 一夏の一番近くにいて、一夏の一番になりたい。
ずっとずっと、絶対に誰よりも長く想っていたんだ。
ああもう、くそ! どうして私は可愛く生まれて来なかったんだ。 どうして私はもっと素直になれないんだ! あの人の妹に生まれなければ、もっとずっとずっと一緒にいられたはずなのに!

「一夏のばかぁっ!」

大体、気付いてくれてもいいじゃないか!
こんなに……こんなにお前が好きなんだから! 少しくらい気付け!

「はあ!? ば、ばかって言う方がばかなんだぞ、ばか!」

「うるさい。 うるさい。 うるさい! ばかにばかって言って何が悪いんだ、ばかー!」

もう訳がわからない。
自分が悲しんでいるのか、怒っているのか。
この流れる涙は後悔なのか。
自分が何一つわからないけど、

「受け身取れよ、箒!」

背後から一夏のタックルを受けて地面に倒される。
走っていた勢いそのままにゴロゴロと地面を転がされた。

とりあえず、この追いかけっこがここで終わりだという事だけは確からしい。























ヤバい。
何がヤバいって超絶ヤバい。

赤く染まった頬が涙で濡れている。 確かに化粧は少し崩れてはいるけど、潤んだ唇に触れている一本の髪の毛すら綺麗で、

「綺麗だ」

うおっ!? 俺は何言ってんだ!? く、口が勝手に!? お、お口にチャックだ、俺!

「嘘だ」

「嘘じゃない」

でも、本気で言った事を箒に嘘だと思われるのは……何か嫌だ。
なんだ? 今の俺は何かおかしいぞ。

「だったら……一夏」

箒は目を閉じて、顎を少し突き出した。

「その言葉が嘘じゃないと……証明してくれないか?」

その言葉を最後に箒は口を閉じて、唇を……。
……嘘じゃないんだ。 だったら、俺は……。
























「駄目だ」

「ああ、うん。 そうだろうな……」

寂しそうな声で箒は呟いた。

「違う。 そうじゃない」

くそっ、俺は箒に、こんな声を出させたい訳じゃないんだ。
考えろ、考えろよ、織斑一夏。

「正直、今の箒はすげえ可愛くて、キスしたくなるけど、やっぱりこういうのは雰囲気に流されてじゃなくて、しっかりとお互いに色々確かめ合ってからだな!?」

あー! 自分が何を言ってるかわからん!
いや、でもちゃんとつき合ってる訳でもないし、最近の乱れた高校生の性というのは日本男子たる者――――

「ぷっ」

「む、なんだよ。 俺は真剣に」

「ああ、わかった。 真剣に一夏が私の事を考えてくれたのはわかった。
今は……それだけで十分だ」

そう言って笑う箒は、何か俺の柔らかい所にずきゅんと来て、

「だから、これは私の宣戦布告だ」

頬と唇の境界に柔らかい感触。

「次は一夏、お前からしたくなるようにさせてやる。 覚悟しておけよ?」

にっこりと悪戯っぽく笑う箒。
ああ、もう……こんなにも格好いい、いい女に応えられない俺は格好わりいなぁ……。
好きとかよくわかんねえんだよ、俺。



















「―――よし、殺そう」

そんな不吉な言葉が耳に入った。
クラス代表対抗戦で、目に焼き付くくらいに見た完全展開された甲龍。

「おほほほほ。 よくわかりませんけど……イライラしますわねぇ」

笑ってるはずなのに全然、笑っていない。
目の前に突き出されたのは、クラス代表決定戦で流星のように俺を斬ったツヴァイハンダー。
待て……どうして生身なのに、そんな長物を普通に扱えるんだ、パチリア。

「待て、話せばわかる」

「あたくし聞いた事がありますわ」

「そうね、こういう時はこう答えるのよね」

鈴とパチリアは一分の狂いも無く言った。

「「問答無用!!」

「あ、やめて。 死んじゃう! 死んじゃう!」

「あは、あはははは! あははははははは!」

ちくしょー! 箒も笑いやがって! 助けてくれよ!?
でも、まぁ……笑ってくれてるならいいか。

「一夏ぁ!」

「一夏さん!」

でも、出来たら助けてくれないかなぁ?



[27203] 九話『それは謝らん』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:c798043f
Date: 2011/04/28 18:13
がきん!
と、木と木がぶつかったとは思えないような音が朝の剣道場に響いた。

「ほう」

「いよっしゃあ!」

生まれて初めて千冬姉の剣を止めたぜ!
よっぽど驚いたのか、普段よりも目が心なしか見開かれている。

「右腕」

がきん!
と、俺が立てた木刀に千冬姉の木刀が衝突する。 たったそれだけの事なのに手が痺れる。
どういう力してるんだ。

「右足」

と、言葉とは違い、左膝を狙うようにして抉るように飛んで来る剣先……じゃない!

「ほう、今のを避けるとは。 ちゃんと私の剣が見えているな」

危ねえ……。 いきなり左膝狙いから、跳ね上がって顎砕きに来たぞ。
そんな変化、どんな力があれば以下略。

「ふふふ、今までの俺とは一味もふた味も違うぜ」

今日は更に一太刀入れてやる。

「面白い。 ……確か瞬時加速斬りだったな、お前の必殺技」

あ、やべ。 何か地雷踏んだ。
ただでさえ目の前に立つだけで冷や汗をかくレベルの千冬姉の圧迫感が更に増した。

「私の必殺技も見せてやろう」

構えはいつもの上段。 ただ握りが違う。
右手一方で木刀を握り、左手は添えるだけ。 バスケットマン?
いや、そんなしょーもない事を言ってないと気絶してしまいそうだ。
震える膝に必死に力を込め、臍の下の丹田を引き締める。

「頭。 死にたくなかったら動くなよ?」

棒一本担いで魔王退治に行く気分だ……。
ああ、無情。




















「キシリアさんのドレス……。 どうしたらいいかしら? 何かいいアイディアはありません?」

剣道場とは別にある畳道場でセシリアは向かい合っていた。
相手は、

「うーん……。 一つだけアテがない訳じゃないんだけどなー」

IS学園生徒会長、更識楯無。
二人とも袴と胴着。 そして、空気が似ている、とキシリアは思った。
全体的に余裕を感じさせる態度。 しかし、嫌みはなく、人を落ち着ける雰囲気。
だが、セシリアが相手を包み込むとしたら、更識楯無は相手の心の隙間に入り込む。

「(お姉様と外側が同じなだけで根っこは性悪ですわ)」

とキシリアは評価している。

「……妹さんですの?」

とん、と軽い踏み込みの音がしたと思えば、セシリアの拳が突き出されていた。 キシリアの目には過程が見えず、結果だけが映る。
その拳風は道場の壁際に座るキシリアの髪を僅かにはためかせた。

「ええ……。 弐式の事は聞いてるでしょう?」

楯無はセシリアの拳を避わした。 いや、避わしていた。 また過程がさっぱり見えない。
無拍子を極めた達人同士の一分の無駄の無い動きは未熟なキシリアの目には止まらない。
正確には"認識出来ないのだ"。

例えばプロ野球でピッチャーがボールを投げて、キャッチャーミットに飛び込むまでにまばたき一つの時間も無い。 そんな高速で飛ぶ小さなボールを、どうやって細いバットで打つのか。
ピッチャーの投げ始めと、ボールの落ち方を見る事により、ボールの進路を予測。 そして、そのルートにバットを置くのだ。 二人は初動を無拍子にて殺す事し、その予測を非常に困難にしている。
つまり、キシリアをバッターとするなら、二人は一メートル先から投げ込んで来るピッチャーのような物だ。 見えるはずがない。

「楯無さん、わたくしにそのような建て前が通じると思いまして?」

「うー……」

だが、セシリア・オルコットの魔眼は全てを見通す。
常人では捉えきれない身のこなしを見せる楯無の動きに普段の冴えが無い事を。
正拳をキャッチしようとした楯無の手を腕を回す事で弾く。

「わたくしはきちんと言って頂けないとわかりませんわよ?」

関節技に持ち込む事に失敗した楯無だが、打撃とて超一流。 筋肉の境目を貫手で突く事により破壊する高等技術の乱打にてセシリアを後退に追い込む。
一打決殺ともなろう技の連打は並大抵の格闘者では手も足も出なかろう。

「セシリアの意地悪!」

普段の飄々とした生徒会長、更識楯無を知る者なら驚愕に目を見開く事になるはずだ。 学生最強の名を欲しいままにし、現役ロシア国家代表更識楯無がただの乙女の如く叫ぶとは。
そして、その心の乱れを逃すほどセシリア・オルコットは甘くない。

「え、ちょっと待って」

大振りの一撃を、身を低くし、避けたセシリアは楯無の身体を肩に乗せて、跳ね上げた。
頭を地に、足を空に。
ISも無しに人は空を飛べない。
いや、違う。

「これで、わたくしの六十六勝七十一敗ですわね?」

セシリアの矢のような直蹴りは人を地面と平行に飛ばす事もあった。
更識楯無を地面と平行に空を飛ばす事も、たまにはあった。
















「……妹をよろしくお願いします」

楯無は壁にめり込むほどの痛みより、恥ずかしさの方が堪らないとばかりに顔を背けて言った。
楯無の細身でありながら、頑強な肉体にはせいぜいかすり傷程度しかない。

「ええ、お友達の頼みですもの。 一肌脱ぎますわよ。
ついでに、今回の勝負はカウントしないでおいてあげますわ」

と、セシリアは微笑むと、

「キシリアさん、頑張ってくださいね?」

「え!?」

可愛い妹分に丸投げした。





















「お願いと言われても、どうしたらいいんですのよ……」

愛しのお姉様から与えられたミッションは、

―――更識簪さんから打鉄弐式の基礎フレームのデータを、お借りして来てくださいな。

『打鉄弐式』。
倉持技研が制作した第三世代型IS。
名機、打鉄の後継機として、更なる高機動と更なる高火力を追求した全距離対応型の機体である。
しかし、

「また、あの男のせいですの……!」

世界で唯一ISを動かせる男、織斑一夏の専用機『白式』の開発を優先したために現在、基礎フレームのみしか完成していないらしい。 本来であれば更識楯無の妹である簪はすでに専用機持ちだったはずなのだが、いつまで経っても完成しない弐式に苛立っている。 元から仲の悪い楯無経由から弐式のデータを受け取る事も不可能。
盗み出すにしても、使うのは自分自身。 狭い学園内で盗品背負っておく訳にはいかない。
つまり、何とか頑張って簪から快く弐式のデータを譲ってもらわなければならないのだ。

「無茶ですわ……」

はあ、とパチリアは深いため息を放課後の通学路に落とした。
まさに意気消沈と言った様子で、とぼとぼと歩いている。

「お姉様はたまに無茶を言いますの……。 自分が出来るからって、あたくしが出来るかは別なんですからね! ううー……」

帰ってお姉様力(ぢから)を補給したいが、何の成果も無いままには帰れない。
進む(理由)もお姉様、退くもお姉様地獄である。

「……何かやる気出て来ましたわね!」

―――お姉様地獄とは、お姉様にダメ人間になるまで甘やかされる地獄である。

「お前は何を言ってるんだ」

「じゅるり。 ……なんですの、種馬はハウス! お家に帰りなさい!」

いつものようにランニングをしていた一夏が足を止めた。
最近、どんどん筋肉が付いて来たが元々、細身なせいか。 すらっとした印象は変わらない。

「まぁ、そう言うなよ。 ちょっと俺の悩みを聞いてくれ」

「いきなりなんですのよ。 あたくしだって、悩みがありますのに!」

「他に話せる奴いないんだよ。 ……これを見て、どう思う?」

「……イメージチェンジですの?」

一夏の顔には額から右目、頬骨にかけて、うっすらと目を凝らさないと見えないような赤い線が一直線に走っている。

「皮膚には傷が着いてないようですし……なんですの、これ?」

「千冬姉の必殺技を寸止めされたらついた」

人は予測する。
無拍子のように相手の予測を妨害する技もあれば、その逆で相手に予測させて破壊する事もある。
千冬のあまりの剣気により、一夏の細胞は耐える事を諦めて、死を選んだのだ。
その死に絶えたラインが一夏の顔面に着いた赤い線である。

「……話には聞いた事がありますけど本当に恐ろしい人ですわね」

「俺さ……少しは強くなったと思ったけど……やっぱりまだまだ千冬姉を守れやしない」

めんどくさいですわね、と思うキシリア。
何か調子狂いますわね、と普段の覇気の無い一夏を見て思うキシリア。
何か諦めた感じに黄昏る一夏は一夏らしくない。 そんな事をうっかりとキシリアは思ってしまった。
こんなへこたれた一夏を見ていたくないと思ってしまった。

「一夏さん……」

「あ、ああ、なんかごめん。 いきなりこんな事言っうごぉ!?」

キシリアの小さな拳が、一夏の腹筋を貫き、その奥の肝臓に衝撃を伝える。
お姉様直伝のレバーブロー。
完全に気を抜いていた所に、いいパンチをもらった一夏は膝から崩れ落ち、腹を押さえてうずくまった。

「一夏さん」

「おまうぇい!?」

うずくまる一夏の頭を踏みつけ、キシリアは言った。

「おーっほっほ! あなたのような下半身でしか物事を考えられない凡才!非才!お馬さんが、うじうじ考えても意味はありませんわよ!
あなたに出来る事なんて……最後まで走る事だけでしょう?」

キシリアは自分の言葉の中に、いつもと違う何かが含まれているような気がした。

「パチリア……」

その何かを確かめる前に、

「なんですの?」

一夏は言った。

「ぱんつ、黒はまだ早いと思うぞ」

キシリアは無言で、一夏の頭を踏み抜いた。

「あぶねっ!」

「避けるなぁぁぁぁぁぁぁ!」

「避けなかったら死ぬわ!」

空手で最強の必殺技をご存じだろうか?
正拳突き、上段回し蹴り。 色々あるが正解は倒れた相手への踏みつけである。 地面と足の間に挟まれる事により、衝撃を全て受ける事になるのだ。
地面でもコンクリートでも素人がやっても危険な、人を致死に至らしめる事が出来る技だ。

「このっ! あたくしがせっかく優しくしてあげましたのにっ!」

―――あれ? あたくし一夏さんに優しくしてあげようと思いましたの?

「いたっ! いい加減にしろよ、パチリア! 大体、いつ優しくしたんだよ!」

考えていた事が形になる前に、いいのをもらい続けた一夏はついに反撃のローキックを放つ。

「あいたー! な、何しやがるんですのー!」

フシュー!と叫ぶキシリア。
色々と鬱憤が溜まっている一夏。
二人の喧嘩を見ていたカラスが、あほーと鳴いた。



















「すまん」

大の字に寝転んで、一夏が見る空は真っ暗。 学園の明かりで星が見えなかった。

「あー……あちこち痛いですわー……」

フィニッシュブローは一夏のストレートに合わせたキシリアのハイキック。
同時にヒットでダブルノックダウン。
女を殴ってしまったと思う半面、パチリアとこうやって喧嘩するのは、やっぱり楽しいな。 一夏は思った。
冷たい地面が火照った身体に、気持ちいい。

「お姉様に頼まれ事してましたのにー……」

「悪かった」

「女の子を殴るなんて、ひどいですわー」

「それは謝らん」

あはっ、と笑い声が頭の上から聞こえた。
同じようにパチリアが大の字になって寝転がっているのを、一夏は強く感じた。

「なんでですのよー。 謝りなさいよー」

「やだ。 お前とこうやって喧嘩するのは楽しい」

「また、あたくしとしたいですの?」

「ああ」

「ふーん……どうしましょうかねぇー?」

「頼む。 またやらせてくうぇい!」

ごちんと頭にかかとが落とされた。

「言い方を考えなさい! ……条件がありましてよ」

「金はないぞ」

「知ってますわよ。 ……明日、ちょっと付き合って頂けます?」

今まで聞いた事がない険の無い声に、パチリアの顔を見てみたくなった一夏だったが、

「ああ」

身体が動かず、そう返事をするのが精一杯だった。



[27203] 十話・1day1
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/30 17:58
注意・前話の楯無の強さは原作通りを想定しています。
普通に無拍子とかします。
ちょっとタイトル変更。











「(ククククク……ウヒヒヒ………クェーヘッヘ!)」

朝のホームルームの時間、キシリアはほくそ笑んでいた。
更識簪。 軽く調べた所では、専用機持ちでありながら、専用機が無い状況が続き、四組では孤立しているらしい。
そんな状況で正面から馬鹿正直に「打金弐式のデータをくれ」と言っても無駄だろう。
ならば、ここは一つ。 あのハーレムキング織斑一夏と噛み合わせてみるのも、面白い。
フラグメイカーである彼なら、恐らく簪に対して何らかの影響―――惚れるか、反発するか―――を与えるはずだ。
どちらに振れるにせよ、キシリアが付け込む隙は出来るだろう。

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」

「「「「「ええええっ!」」」」」

キシリアは周りのざわめきを無視して、にたにたとほくそ笑んでいた。
しかし、まだ彼女は知らない。
織斑一夏の底力を。










「シャルル・デュノアです。 フランスから来ました。
この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

仕込まれた礼儀作法が伺える整った動き。 人懐っこい笑顔。 濃い金髪(ブロンド)を首の後ろで縛っている。
華奢な体格でありながら、その身には必要十分な筋肉が付いている。
貴公子然としたイヤミの無い笑顔が眩しい。

「きゃぁぁぁぁぁ!」

ソニックブームにも似た歓喜の叫びはあっという間にクラス中に広がる。

「男子! 二人目の男子!」
「しかも、うちのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
「地球に生まれてよかった〜!」

ガッツポーズすら始めるクラスメイトがいる中、セシリアは頬に手を当てて呟いた。

「あらあら」



セシリア・オルコットの魔眼は全てを見通す。



礼儀作法が伺える整った動きの中に余裕が無い。 つまり、短期間の内に叩き込まれた付け焼き刃。
人懐っこい笑顔はまるで仮面。 目尻に僅かな笑い皺があるシャルルは恐らく元はよく笑う子だったのだろう。
しかし、あの笑い皺の位置に今の笑い方では力がかからない。 微かな、普通は気付かない程の化粧は泣いた跡を隠すためか。
そして、何よりセシリアの勘が嘘だと言っている。

筋肉の付き方に違和感。
恐らくは元々、フランスの田舎で畑をやっていた方ですわね、とセシリアは筋肉の付き方から予測。
それが性に合っていたのだろう。 のびのびと生活していたというのに、無理矢理に今の生活に叩き込まれたせいで身体に大きなストレスを抱えている。 更に胸を何らかの形で目立たなくしているせいで首と肩に大きな負担。

「(これは少しお話しなくてはいけませんわね)」

千冬に気付かれないように携帯のメールを机の下でめるめると高速打鍵。
本音に協力を要請した。

セシリアのお姉さん回路に火が灯る。
セシリアのお姉さん力(ぢから)は泣いている子供を見捨てたりはしないのだ。
だが、セシリアもまだ知らない事があった。
織斑一夏の底力を、セシリアは知らなかった。




















―――明日、四組の更識簪さんとお話をしに行きますから付き合ってくださいな。

そうパチリアに言われたはいいものの、俺は一体、何をすればいいんだ?
知らない人と話すのが苦手とかか?

「ラウラ、自己紹介をしろ」

おっと、色々と考えているうちにシャルルの自己紹介が終わって、もう一人の子の番になっていた。
目立つのは左目のごつい眼帯。
伸ばしている、というより、ほったらかしにしてたら伸びたという感じの銀髪がきらきらと輝いている。。
身長は横に立っているシャルルと比べて明らかに小さいが、全身から放つ冷たく鋭い気配は武芸者というより軍人。

「はっ、教官!」

千冬姉に向けられた敬礼は、その名の通り敬意に満ち溢れている。
多分、死ねと言われたら本気で死ぬんじゃないだろうか……。
千冬姉を教官と呼ぶという事はドイツ人か。 一年ほどドイツで軍隊の教官をやっていたらしいし。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

かかとを合わせ、ぴしりと伸ばされた背筋。 両手は腰の後ろで組まれていて、堂々としている。
明らかに、ラウラは強い。
勝負してくれないだろうか。 パチリアは稽古に付き合ってくれないからなぁ。

―――あなたに出来る事なんて……最後まで走る事だけでしょう?

ふと昨日、パチリアに言われた言葉を思い出した。
確かにそうだ。 考える事は後からでも出来るが、行動する事は今しか出来ない。
簪?と話して、終わったらパチリアを稽古に誘う。 それが駄目だったら、ラウラを稽古に誘おう。

「貴様が――」

ん、なんだ?
ちょっと考え込んでたら、ラウラがつかつかと俺の所に歩いて来た。
振り上げられる平手。

―――そうか。

その瞬間、俺はラウラの想いを理解した。
これはまず挑発の一撃。 大した力もこもっていない平手を俺は"あえて"受ける。
頬なんて生ぬるい、脳を揺らす事の無い部位を狙って来る辺り、まだまだ俺はナメられているのだろう。
ラウラの平手に合わせて、首を高速で回して受け流し。 そのまま身体も回転させる。
挑発には挑発を。 勝負はある程度、モチベーションを高めた方が楽しめる。
身体を回した勢いに、腕を乗せた。

「……………!」

もっとしっかり俺を見ろよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
俺が本気なら、これで終わってるぜ?
そんな想いを込めて、ラウラの顎を、ギリギリで止めた拳で"優しく"ノックしてやる。

「貴様……! 私は!」

「待てよ、ラウラ。 お前の言いたい事はわかってる」

「…………………………………」

静まり返る教室。 ラウラの真剣な赤い眼が俺の言葉を待っている。
言葉をぐだぐだ重ねる必要はない。

「俺達は両思いだ。 そうだろう?」

俺はラウラと勝負したい。
ラウラも俺と勝負したい。
両思い過ぎて、ゾクゾクしてくるぜ。











「「「「「……………………………………………………」」」」」

あれ、何この空気? ここはラウラが「ふっ、いいだろう……」みたいな感じで勝負する所じゃないのか?
どうして、千冬姉はまたか……みたいな顔で頭抱えてるんだ。 ……ああ、確かに弟がバトルジャンキーじゃ困るか。
いや、でもこれはきっと千冬姉の弟だからだ。

「お、お、お、織斑くん!」

「は、はい!?」

うおっ、山田先生が怒ってる。

「あ、あんまり女の子に誰彼構わずに何人もに、そういう事を言うのはいけないと先生は思いますよ!」

その言葉は例え先生と言えども聞き逃せない。
何故なら、

「誰彼構わずじゃありません! 俺は真剣に全員としたいんです!」

背骨に氷柱を差し込まれるような緊張感溢れる勝負でも、絶対的に不利だとやる前からわかっている勝負でも、互角の相手と鎬を削るような勝負でも。
相手が女の子でも、というと所が少し問題だけど真剣勝負には絶対に手を抜かない。

「いつか山田先生ともしたいですね」

前に現役時代の映像を見たけど凄かった。 拘束射撃から本命を当てるまでのお手本になるような流れは鮮やかの一言。
そして、弾む胸も……って、そんな所ばかり見ていた訳じゃないぞ。

「ななななな!? え、えと、えっと!? どどどどどうしましょう、お義姉さん!」

「誰がお義姉さんか」

ばしん!
ああ……千冬姉の出席簿アタックが山田先生に。

「り、両思い……? つまり、あれか。 私が奴を。 奴が私を……? こ、これは援軍が必要だ!」

「ラウラ、貴様も話をややこしくするな!」

ばしん!
何故か顔を真っ赤にしながら、あたふたしていたラウラに千冬姉の二発目が落ちる。

「織斑ぁ!」

「は、はい!」

やっぱり来るよなあ、トホホ……。

「お前は国語の勉強をしろ!!」

がつん!
な、なんで俺だけ出席簿が縦なんだ……。





















「いつか山田先生ともしたいですね」

はわわ……まさか私までハーレム入りですか!?
で、でも、私は先生なんですから駄目なんですよ!
お、織斑くんは生徒です。 私は先生!
……でも、織斑くんの眼は何の曇りもない真剣な眼差しでしたね。
そ、それを先生と生徒という建て前でお断りするのは失礼かもしれません。 し、真剣に考えた上で……卒業してからなら、です。
あ、でも、高校生の青い性の暴走が……とかになったら、どうしたらいいんでしょう?
その時は……お、お姉さんらしく! お姉さんなんだから頑張れ、まや!

とりあえず実家に手紙を書きましょう。
ひょっとしたら次に帰る時は彼氏を連れて行くかもしれませんって。

「山田先生、そろそろ帰って来てください」

ばしん!

「ご、ごめんなさい、千冬義姉さん!」

えへへ、織斑先生が義理のお姉さんっていいですね。

がつん!
た、縦はきついです……。



[27203] 十一話・1day2
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/05/21 16:17
更識楯無とはヒーローである。
まるでおとぎ話から飛び出して来たような楯無に出来ない事はない。 どこまでも強くて、楯無は最強無敵。
楯無が戦う姿はとても綺麗で、見る者全てを虜にするだろう。
そして、未完成だったISを独りで完成させる知識と技術力。
どこまでも完璧な在り方は誰もが彼女に憧れる。
まさに主人公だ。

それに比べて、自分は何なのだろう。 簪は考える。

「ああ、"あの子の"妹さんね」
「"お姉さんを"見習って君も頑張りなさい」

誰もが更識楯無の妹の簪としか見ない。
必死に努力した。 一を聞いて百を知る姉に追い付こうと、百を知る努力をした。
あんまり好きではなかった武術だって頑張った。 痛いのは嫌だし、相手に痛い思いをさせるのも嫌だった。
だけど、どれだけ頑張った所で楯無は遠い。
簪が反吐を吐きながら必死に走った距離を、楯無は鼻歌混じりに飛び越えて行く。

それでも何とか日本代表候補生になってみれば、

「流石は"お姉さん"だね」
「"楯無さんの"教育が良かったんだろう」

それは絶対に違う。
簪が歯を食いしばって、努力して来たからだ。
だけど、もう誰もが簪の影しか見ない。
更識楯無しか見ないのだ。

簪の専用機『打鉄弐式』の待機形態である右手中指に填められたクリスタルの指輪を眺めてみる。
マルチロックオン・システムによって6機×8門のミサイルポッドから最大48発の独立稼動型誘導ミサイルを発射する山嵐を始め、荷電粒子砲などの武装。 打鉄で蓄積されたノウハウを元に発展されたスラスター類を搭載。
名量産機打鉄の後継機である弐式を預けられたのだ。
これからはきっと楯無に追い付いて、肩を並べられるに違いない。
そう思った矢先だ。

「弐式の開発延期のお知らせ」

マルチロックオン・システムによって6機×8門のミサイルポッドから最大48発の独立稼動型誘導ミサイルを発射する山嵐を始め、荷電粒子砲などの武装"する予定"。 打鉄で蓄積されたノウハウを元に発展されたスラスター類を搭載"する予定"。

人類史上初の男性IS搭乗者である織斑一夏のIS開発を優先するから、弐式の開発はちょっと待ってね!

ちょっと待て、と思った。
ここはヒーロー達ならピンチの後パワーアップして、怪人をばったばったと薙ぎ倒すシーンのはずだ。 なのに、「こんな事もあろうかと」用意していた天才科学者が何故か別な奴にパワーアップパーツを渡してしまった。
ちょっと待って。 そう思ってしまうのは間違っていないだろう。
だが、

「っ! は、は……い……」

それを聞かされた簪は受け入れてしまった。
本当に納得出来ないなら、もっといくらでも抗議出来た。
なのに、受け入れてしまった。

―――ああ、私はやっぱり"そう"なんだ。

更識簪はヒーローにはなれない。 自分が道端を歩いている通行人Aなのだと自覚した。

簪は折れた。
逆によくここまで頑張ったものだと自分を自分で誉めてやりたいくらいだ。 生まれてこの方、頭の上に更識楯無という重い重い重りを乗せられて、これまで折れなかっただけ大した物だと思う。
外野がやいのやいの言うのは気楽だが、それは外野だから言える事だ。
君達、もう少し私の話を聞いてもいいんじゃないかな?と思う時もあるが正直、面倒だ。 更識楯無の妹やってる時点で、やりきった感すらある。
頑張って、姉の真似をして独りで弐式を完成させようとしているが、これが惰性だと簪は気付いていた。
今まで楯無に追い付こうとして来た。 いきなりそれをやめると言っても何をすればいいかわからないのだ。
だけど、

「お、パチリア。 これうまいな」

「こらっ! 勝手に人のおかずを盗るんじゃありません!」

「いいじゃん。 もう一個くれよ」

色々と諦めた簪だけど、ひっぱたいてやりたい相手の織斑一夏とお昼を一緒に食べなければいけないのか。
しかも、小さな可愛い女の子をはべらかせて嫌がらせに来たのか、このやろう。

「ぱくっ」

「あ、簪さんまで!?」

美味しい。
美味しいけど、腹立たしい。

「ぱくっ」

「一夏さん、いい加減にしないとあたくし怒りますわよ!」

何故、こいつらは人を誘っておきながら痴話喧嘩してるんだ。

「ぱくっ」

このチャーシューの味噌焼きが絶品。

「う、ううー……!」

「わ、悪かった。 俺のウインナーやるから」

結局、この二人は一体、何をしに来たんだろう。



















僅かばかり時は遡る。

「こうしてはいられない!
さあ、出撃だ、ガーデルマン!」

「誰かそいつを病院に戻して来い! または第二次世界大戦に送り返して来い!」

IS配備特殊部隊黒ウサギ隊『シュバルツェア・ハーゼ』。その副隊長を務める、クラリッサ・ハルフォーフ大尉は激務に追われていた。
隊長であるラウラ・ボーデヴィッヒが愛しの教官、織斑千冬を追いかけて、日本に行ってしまったせいで全ての業務がクラリッサの肩にずしりとのしかかっている。 冷酷残忍を絵に描いたような隊長だったが、これだけの職務を平然とこなせたのだから能力は有ったのだ。 クラリッサは再確認した。
確かに他者とのコミュニケーション能力は最悪。 冷たい目で見下されて泣いた隊員は数知れず。
だが、今のように馬鹿共のケツを蹴り上げる仕事を効率よく行うにはそれが必要なのだとわかって来た。
しかも、隊長業務の手当てが出ないってどういう事だ。
まだ一週間も経たないというのに、クラリッサは本気であの鉄面皮の帰りを心から待ち望んでいた。

「む……? ―――受諾。 クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」

専用機『シュヴァルツェア・ツヴァイク』に緊急暗号通信と同義のプライベート・チャネルが届いた。

『わ、私だ……』

規則では名前と階級を言わなければならないのだが、向こうの声が妙に落ち着き無く揺れているために、クラリッサは規則について触れるのを止めた。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長、何か問題が?」

『あ、ああ……とても……そう、とても重大な問題が発生している』

―――これはただ事では無い。

『鉄の処女』と名高いラウラの動揺。 転入初日からそれほどの問題が起きているとは。
ハンドサインで訓練中止を隊員に通達した。

「……部隊を向かわせますか? 今ならルーデルとガーデルマンならすぐに送れますが」

後ろから悲鳴一つ、歓声一つが湧き上がるが無視。

『い、いや、部隊は必要無い……。 軍事的な問題ではないのだ……』

「軍事的な問題ではない……では?」

後ろから歓声一つ、舌打ち一つ。 戦争狂(ウォーモンガー)と常識人を無視して、クラリッサは自らの勘に従った。
自らの勘に従い、ISの記憶領域に通信を録音開始。

『じ、実はだな……』

そもそもこれは本当に隊長からの通信なのだろうか? こんなに可愛らしい……可愛らしいだと!?
ドSの中のドS、織斑千冬教官殿の自他共に認める後継者、鬼の隊長ラウラ・ボーデヴィッヒを私は可愛いと思ったのか!? 馬鹿な!!

だが、クラリッサは何度も自分の命を助けてくれた勘を信じる事にした。 理性の警告をカットし、クラリッサはクラリッサ・ハルフォーフ自身を信じる事にした。
彼女は後年、この時の事をこう語った。

―――ええ、あの時、もし私が自分を信じていなければ……あの戦争を勝ち残る事は出来なかったでしょうね。






『お、男から、俺とお前は両想いだと言われたのだが、どうすればいいだろうか!?』

クラリッサ・ハルフォーフは優秀な軍人である。
優秀な軍人には色々な種類があるが、最低限必要なのは即座に判断する瞬発力だ。 一分迷うだけで死者が増える戦場では、どれだけ愚かな命令でも無いよりはマシなのだ。
そのクラリッサの優秀な軍人としての頭脳が作戦を導き出した。



作戦目標 ラウラ・ボーデヴィッヒからの信頼を得よ。

プライベートで間違いなく友達のいないラウラ(この事は職務上での付き合いでしか無いクラリッサに相談して来た事から確実だと思われる)の恋愛相談に乗る事により、信頼を得て最終的には【XXX】に持ち込む事を狙う。
効率的に作戦を遂行するには、男にフラれ、傷心のラウラに付け込む事だろう。
しかし、まだ今の段階ではラウラは相手を好きかどうかすらわからない状況。 フラれようとフラれまいと効果は薄いと判断。
つまり、第一目標としてラウラに告白して来た男への恋心を抱かせる必要性がある。

「恐らく隊長の気持ちを相手の男が汲み取ったのでしょう」

『な!? わ、私と一夏はまだ初対面だったのだぞ!!』

一夏、織斑教官の弟一夏。
クラリッサは敵の名を知った。

「いいですか、隊長……。 こんな言葉があります」

『な、なんだ?』

ごくり、と唾を飲む音すら聞こえそうなくらいのラウラの緊張が伝わって来る。

「恋はハリケーンなのです!」

『恋はハリケーンだと……!?』

「今、隊長の胸はドキドキと高鳴ってはいませんか……?」

『あ、ああ! 確かに心拍数が増加し、普段のコンディションではない!』

かかった! クラリッサは確信した。 革新クラリッサである。

「それが恋……ラァァァァァァァァァァ…………………………ブっ! Leidenschaft! ハリケーンのように突如として発生し、人間には制御出来ないのが恋! 自分ではどうしようも無い恋心は嵐のように吹き荒れるのです! シュツルム!ウント!ドランクゥゥゥゥっ!という事ですお分かりですか! 理解出来たら復唱を!」

『し、シュツルム!ウント!ドランクゥゥゥゥっ!』

何故、そこを?と思ったが今、必要なのはまさしく疾風怒濤だ。 ここで一秒たりともラウラに冷静になる時間を与えてはならない。

「声が小さい! そんな事で男のタマを握れるか!」

『シュツルム!ウント!ドランクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥっ!』

端末の向こうから「やっぱりドイツ人だから、ゲルマン忍法使えるんだ……」という知らない女の声がしたが、クラリッサは無視した。

「ふむ、隊長の想いは伝わりました」

『か、感謝する、ハルフォーフ大尉……』

「いえ、私の事はクラリッサと」

『……ああ、ありがとう。 クラリッサ』

ハンドサインを隊員へ。 『ティッシュ持って来い』
くそっ、愛国心が鼻から吹き出しやがった!

「そしてですね、隊長」

『……………………待て、クラリッサ』

びくりとした。
年相応の幼い声は消え、一瞬で『鉄の処女』が戻って来た。

「は、はい! どうしましたか!?」

やべえ、これ罵られてえ……という内心を軍人としての仮面に隠し、クラリッサは答えた。

『今日、告白して来た男が別な女をはべらかせて食事をしている時はどうすればいい?』

「はっ! 私の知る日本の知識では、そのような場合―――」

―――ふはははは! 思ったより早く私の時代が来たじゃないか!

慣れない隊長業務のプレッシャーから、色々とおかしくなっているクラリッサはラウラを手にする未来を想像し、ほくそ笑んだ。
これがもし、一カ月。 いや、半月後ならクラリッサも仕事に慣れ、落ち着きを取り戻して誠心誠意応えた事だろう。
しかし、現実はこうなってしまった。

そして、クラリッサ・ハルフォーフは、まだ織斑一夏の力を知らない。









「コノドロボウネコー。 ……本当にこれでいいのか?」

いきなり現れた、陽光に不気味に輝く黒を基調としたどこか角張った印象のあるIS。 ドイツの第三世代型『SchwarzerRegen』(シュヴァルツェア・レーゲン)。
右肩の大型レールガンは、見る者に本能的な恐怖を与えるだろう。
シュワルツェア・レーゲンを駆る、釈然としない顔をしたラウラは左手のプラズマ手刀を振り上げ、一直線に地を這うように疾走。 狙いは簪。
何せラウラより胸がある。

「おっと! お前の相手は俺だろう、ラウラ!」

対する一夏は瞬時に白式を展開すると簪との間に割り込む。

「簪、パチリア、逃げろ!」

「「えっ」」

一夏の言葉に反応は一種類、結果は二種類。
突然の事態に一夏の背後から動けずに座り込んだままの簪。

「そんな事、今更言われてもですわ」

すでに50mほど離れた木の影に隠れているパチリア。

「早いな、逃げるの!?」

「あたくし、関係無さそうですもの」












「……っ!」

簪は恐怖した。
訓練で戦った事は何度もある。 しかし、それはあくまで人対人。 IS対IS。
生身でISと戦った事などあるはずがない。
何とか一夏が右に左にラウラの攻撃を凌いではいるが、プラズマ手刀以外の武装を使い始めた時点で、この均衡は崩れるだろう。

―――逃げなきゃ……!

だが、震える足は簪の意志を裏切り、腰には力が入らない。
どうすればいいのかという疑問が溢れ出し、それが更に焦りを生み、簪の身体から自由を奪う。

「簪!」

一夏の呼びかけ。
ごめんなさい、と思うが声も出ない。
何とかしなきゃ。 何をどうやって? まずは立たなきゃ。 立てない……。 姉さんなら? 姉さんなら、まずこうなる前に何とかしてる。
私は? 私は……何も出来ないの?
やっぱり私は、うずくまっているだけの通行人なの……!?

「簪、俺がお前を守る」

「……ぇ?」

「俺がいる限り、お前に指一本触れさせない!
……だから安心して、そこにいろ」

白い一夏のISは日の光を浴びて、輝いていた。
広い背中はしっかりと根を張る巨木のようで……簪はそこにヒーローの姿を見た。

「…………………!」

簪の小さな胸が、大きく一つ高鳴った。




















現状、何とかしてるけど、ラウラにあと一手あれば今の均衡は崩れてしまう。
俺はラウラのプラズマ手刀を弾きながら、そう考えていた。
インファントは間違い無く俺の方がラウラより上。 肩の大型レールガンはどう考えても接近戦では取り回しが悪い。 ついでに動きの中に一つ二つ、駒が足りていない。 何か奥の手を隠した動きだ。
このままの距離を維持し、このまま戦い続ければ押さえ込める。
だけど、ここで中、遠距離戦に持ち込まれては分が悪い所の騒ぎじゃない。
だと言うのに何故、ラウラは距離を取らないのか。
それは簪がいるからだろう。
万が一、流れ弾が当たってしまえば生身の簪は木っ端みじんだ。 それはラウラにとって不味いはず。
やれやれ……簪を守るために、簪を人質にしているようなもんか。
情けない話だけど今の俺に出来る最善手を打ち続けるしかない。 もし、ここで俺が負けてしまえば、ラウラに殺す気が無くてもどうなるかわかったもんじゃない。
たまにはきっちり格好よく決めたいぜ……。

「お二人共、そろそろ教員の方が来ますわよー」

「……………」

パチリアの声に弾かれるように、ラウラはバックステップ。
ハイパーセンサーで確認すれば、ここから300mほどの距離に山田先生が歩いている。 何とか遮蔽物で見えないが、これはまずい。
しかし、山田先生に慌てて走って来る様子も無いし、本気で通りかかっただけか。 パチリアは本当に何もせずに見てたのか。

「パチリア、お前は何やってんだ?」

「お構いなく」

「お構いなくって……」

その三脚付きの本格的なビデオカメラは何だ。 何を撮影してたんだ。

「オニイチャンドイテソイツコロセナイー。 ……おい、クラリッサ。 これはどういう意味だ」

ラウラはラウラで何を言ってるんだ? まだ日本に来たばかりで日本語が不自由なのかもしれない。

「ラウラ」

それよりも俺はこいつに言っておかなければならない事がある。

「クラリッサ、どうした? 応答を!?……何?鼻血を吹き出して倒れた? ガーデルマン、意味がわからんぞ! 報告は簡潔にしろ!
……くっ、なんだ」

焦った様子のラウラに俺は声をかけた。

「ラウラ、お前……綺麗だな」

ラウラの技は綺麗過ぎた。
確かに型稽古をする時には丁寧に綺麗な動きを心がける必要がある。 しかし、今のような実戦で綺麗な動き。 つまり、ワンパターンな動きは命取りになってしまう。
勿論、今の戦いはお互いに本気じゃなかった。 だけど、ラウラはそれにしたってやる気が無さ過ぎた。
俺をナメるな。 そういう気持ちを込めて言ってやった。

「き、き、き、綺麗!?」

「ああ、綺麗過ぎる」

やっぱりこう言われるのは屈辱だったんだろう。 ラウラは、その顔を真っ赤に染めた。

「き、き、き、綺麗……!」





















この発想は無かった……!
私が好きなヒーローでも敵の幹部と恋をするというパターンがある。
だけど、織斑くんはその上を行った。

「き、き、き……綺麗って言うなぁぁぁぁぁぁぁ!」

恥ずかしさで顔を林檎みたいに赤く染めたラウラさんは、ドップラー効果を残すくらいの勢いで、全速力で飛んで行った。

相手のメンタル的な弱点を見抜いて、的確に攻撃を加えるという作戦。
ヒーローとしては汚いやり方かもしれない。 だけど、織斑くんはヒーローだった。 私を身を挺して守ってくれた。
作り物のヒーローなら必ず最後は勝つだろう。 そう決まっている。
だけど、実際にヒーローになろうとしたら? 負ける事もあるし、泣く事もあるはずだ。
だったら正々堂々と戦うベストなやり方ではなく、汚いけれど負けないベターなやり方があってもいいんじゃないだろうか?
誰かを守って戦う以上、ヒーローは絶対に負けてはいけない。
負けたら守るべき人が傷付いてしまうのだから。
彼は御伽噺のヒーローじゃなくて、きっと御伽噺のヒーローになろうとしているんだろう。

「なんだったんだ、一体……」

そんな事を言いながら、織斑くんはISを待機状態に戻しながら頭を掻いた。 少し憮然とした表情。
汚い手を使って勝利した所で、この誇り高い人は喜ばないんだろう。 だけど、それを表情に出してしまえば助けられた人が気にするから、こんな形で表に出すしかない。

―――とても優しくて、とても不器用な人なんだ……。

同じように不器用な、今まで何も出来なかった私だけど……この人のように私もなれる……のかな?

「大丈夫か、簪……。 あ、いや、すまん。 馴れ馴れしかったな、更識」

織斑くんはそう言うと私に手を伸ばしてくれた。
彼の優しい笑顔を見て、私は決めた。
不器用な、今まで何も出来なかった私だけど……この人のように私もなる。 私も誰かを助けられる人になりたい。
ヒーローに憧れていた。 私はヒーローになりたかったんだ。

「簪で……いいよ、一夏くん」

まずはここから頑張ろう。 少しずつ踏み出すんだ。

「ああ、よろしくな。 簪」

この人の横に立つために……打鉄弐式を完成させよう。













「パ、パチリアさん……お願いがあります」

「なんですの?」

私は戻って来たパチリアさん(キシリアさんじゃなかったっけ?)に声をかける。

BTシリーズ。
イギリスの開発した第三世代IS。 弐式の設計コンセプトと似ていて、更に姉の楯無と並ぶ現役最強の呼び声が高いセシリア・オルコットが実戦証明をした機体。
そのデータがあれば、きっと開発は進むはずだ。
イギリス代表候補生候補のパチリアさんなら、彼女とBTシリーズのデータを持っているはず。

「こ、交換して欲しいものがあるんですっ……!」

弐式のデータとなら釣り合いは取れるはずだ。 開発元の倉持技研も、BTシリーズとセシリアさんのデータがあれば義理は通せる。 ……多分。
パチリアさんは軽く頬をひきつらせながら、言った。

「ほ、本当にここまで上手く行くとは思いませんでしたわ……」

……どうしたんだろう? やっぱり不味いのかな?



[27203] 十二話・1day3
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/05/03 02:53
まえがき
空気変わり過ぎですかね。
あと一カ所、意味のわからんセリフがあるかもしれませんが、自分で検索してください。私が言うのも野暮だし。





















少し、僕の話を聞いてもらってもいいかな?
僕の人生は結構、幸せだったんだな。 今になって思うんだ。
寵愛を失った愛人とその子供。 言葉にしちゃうと他人には可哀想と思われるかもしれないね。
でも、母さんと一緒に麦を育てて、いつか好きになった人とこの麦畑を眺める事になるのかな?なんて想像していた。
平凡で、仕事は大変だったけど……でも、収穫前の麦畑は黄金色に輝いていて。
そんな中、好きな人と口付けを交わす。
いやぁ、思い出すとちょっと恥ずかしくなっちゃうや。 だけど誰だって、このくらいの事を考えるでしょ?
私だけじゃない、と思うな。 その後の事を考えて、ドキドキして夜眠れなくなる事くらい誰にでもあるよね、うん。

沢山のお金はいらないし、贅沢したいとも思わない。 出来たら、お母さんを少しでも楽にさせてあげたいなとは思う。
お母さんと優しい旦那様と……そうだね、子供は三人くらいがいいな。
一夏は……うん、考えた事も無さそうだね。 あはは、怒らない怒らない。
一夏らしいなって思っただけだからさ。
でも、忠告しておくけど、これからそんなんじゃ大変だよ? 僕みたいになった時、苦労するんだから。
いつも、こうやってニコニコ笑ってるふりしなくちゃいけないようになると思うよ、一夏の立場って。

ん、ああ、ごめん。 話がずれたね。
でも、俺の事よりって言ってくれるのは嬉しいけど、僕の話も覚えておいてね? 僕が一夏に出来る最初で最後の事だからさ。

ん、まぁそんな感じで幸せに暮らしていた可憐な美少女シャルロットちゃんは……あは、自分で言うなって? うーん、僕可愛くないかな?
ふふ、顔真っ赤にしちゃって。

可憐な美少女シャルロットちゃんは、父の使いを名乗る一ダースの黒服達が来た時、どう思ったでしょう?
……ん、よくわかったね。

「え、私にお父さんいたんだ」

びっくりしちゃったよ。 一夏も両親いないんだよね。
一夏と僕はよく似てる。
一夏は織斑先生がいて、僕にはお母さんがいる。
もう、それで十分だよね? あとは何もいらないから、あと少しだけ大事な人が幸せになってくれれば満足。
それなのにさ。

「白式のデータを奪って来い」

だって。
僕の父……あ、デュノア社って言って、IS開発してる会社なんだけどね。 第三世代型の開発が難航してて、あんまり業績よくないんだよね。
だから、今まで存在も忘れていた会った事もない娘を使って、男の格好させてスパイさせたくなるくらい焦ってる。
生まれて初めて話した娘に、こんな事を言ったら何だとー!ってなるじゃない? 優しい優しいシャルロットちゃんだって、怒ったし、泣いちゃったよ。
あと笑ったのは本妻に殴られちゃった。
本気で怒った女の人って怖いんだよ? ……一夏はよく知ってそうだけどねー? あははははは。

……ごめんごめん。
一夏がそんな顔をしなくていいんだよ? ね?

まあ、そんな感じで僕は男のふりをするために色々と教育された訳だよ。
『貴方の小鳥のような可憐な声で僕の耳元で歌ってくれませんか?』なーんて、ピロートークまで……ピロートークって知らない? うふふ、一夏はお子様だなぁ。
でもさ、それも全部、無駄になっちゃった。
セシリアさんは本当におっかないよね。 あの目で見つめられると、隠し事とか出来る気しないもん。
「シャルルさん、貴方は女の方ですわね?」なんて、ほいほいお茶会に行ったら、いきなりだよ。
あれにはさすがに参ったね。
まさか一日目からバレるなんて思ってもみなかった。

なんで僕がそんな事を一夏に話してるかだって?
…………………………うーん。 何となく?
もう、僕は"おしまい"だからさ。 すっきりしたかったのかも。
え、そりゃそうだよ。 性別を偽って学園に潜り込んで、ただで済むはずないじゃない。
イギリス代表候補生がフランスのスキャンダルを握ったら、大喜びで火をつけてまわると思うな。 日本人にはわからないと思うけど、フランスとイギリスは未だに仲悪いからね。
最悪、刑務所? よくて刑務所だと思うよ。
………………あ、いい事を思いついた!










放課後、箒と入れ替えになった部屋でシャルル……いや、シャルロットから話があると思ったら何て胸くその悪い話だ。
父親が自分の娘をスパイに仕立て上げるなんて……そんな話をしながら、にこにこ笑ってるなんて、どう考えてもおかしいだろ。

「そんな事よりさ、一夏」

「……なんだよ」

「しよっか?」

「は?」

「もうっ! 一夏は駄目だなぁ。
こんな時、レディに恥かかせちゃいけないんだよ?」

そう言うとシャルロットはベッドに腰掛けていた俺の肩に手を乗せると、

「どーん!」

と、押し倒して来た。

「ま、待て!? 何をする気だ!?」

「だってさー、刑務所入ったら、"出来ない"でしょ? 何年入るかわかんないし、思い出……頂戴?」

「そ、そういうのはだな、大事な人と」

「多分、ここを追い出されたら身分偽造で逮捕されちゃうね。 イギリスの根回し次第だけど逮捕されたら十年は堅いかな? もっとかもしれない。 十年二十年して出てこれても間違いなく僕には監視が付く。 こんな女、誰が大事にしてくれるの? 一夏が貰ってくれるのかな?」

俺に馬乗りになったシャルロットは上着と胸を押さえつけるインナーを脱いだ。
白いブラに包まれた豊満な胸が俺の目に飛び込んで来る。

「……………」

「わかるでしょ? 今、一夏だけなんだよ。 僕を、女に出来るのは」

男の人ってそういうの好きでしょ? 生涯、貴方だけの物であり続けます……って。
シャルロットは恥じらう様子も無く、ブラを外した。
にこにこと笑いながら、そんな事を言うシャルロットに、

「そんなの俺は大嫌いだ」

「ごめんね、スパイの汚れた女で。 でも、安心して? ちゃんと処女だからさ」

「そういう事を言ってるんじゃない!」

「僕にはそういう道しかないんだよ」

「他に道はある!」

「ないよ」

「ある!」

「ないって……。 わかんないかなぁ?」

今にも馬鹿じゃないの?とでも言い出しそうなくらい、うんざりとした顔を見せた。
多分、俺に初めて見せたシャルロットの素顔だ。

「お前の話は理解した。 だけど、そんな事は俺は知らない」

「し、知らないって……一夏って馬鹿?」

「この前、言われたよ。 馬鹿は考える前に走れってな」

「馬鹿じゃないの!?」

うーむ、本気で馬鹿を見る顔をしているぞ。 これはこれでショックだ。

「馬鹿だ! 俺は馬鹿だ!」

「馬鹿しか言ってないよ!?」

「大体、シャルロット。 お前が言わなきゃいけない事は他にある」

「ないよ!」

「あるさ!」

「何言ってんのさ、ばかぁ!」

「俺が助ける」

「どうやって」

「今からすげー頑張って考える」

「馬鹿じゃないの……?」

「馬鹿だって言ってんだろ? だからさ……言えよ」

俺は身体を起こして、シャルロットと正面から向き合った。
人に想いを伝えるには、同じ高さで目を見て話さなきゃいけない。
それは俺の絶対的なルールだ。

「無理だよ」

「絶対、俺が何とかしてみせる」

「裏切られるのはもう嫌だよ……」

両親に裏切られる気持ちはよくわかる。
だから、

「俺はシャルロットを絶対に裏切らない」

「嘘」

「嘘じゃない」

「だったら……」

助けてよ、一夏。

「ああ、助けてやるさ」

絶対に。



















布仏本音から見たセシリア・オルコットは単純明快過ぎて、逆にわかりにくい人物だと思う。

「は?」

「聞いてなかったんですの?
わたくしの利益になりませんから、シャルロットさんの秘密を守るのはお断り致します」

布仏本音が見る織斑一夏は単純一途。
今も信頼していたセシリアに裏切られたと思っているのだろう。

「ま、待ってくれ! 本気で言ってるのか!?」

「ええ、わたくしはイギリス代表候補生です。 祖国の利益のために最大限、配慮する義務がありますわ」

一夏に詰め寄られようとも、セシリアはあくまで優雅に紅茶を嗜んでいる。 強さを増して来た一夏ではあるが、まだまだセシリアの足元には及ばない。 今だって子犬がじゃれついて来た程度にしか見えていないだろう。

「見損なったぜ、セシリア・オルコット」

「あらあら、それは悲しいですわね。 "織斑さん"」

「…………………!!」

「待ってよ、一夏」

激越し、飛び出そうとした一夏を抑えたのはシャルロットだった。
先ほどのお茶の席とは違い、今は落ち着いているように見える。
表面上、落ち着いているように見えるだけだろうが。

「僕は君に何を示せばいい?」

「罰と矜持。 そして、勝利を」

「誰を相手に?」

「今度、行われるタッグマッチで、わたくしの妹分であるキシリアさんに」

「わかった。 これでも僕は貴族の端くれだ。 僕は貴族であろうとしている」

「あろうとしているだけですわね」

「ああ、あろうとしていただけだ。 これから僕は貴族として、騎士たらんと望む」

「なら、後はおわかりですわね?」

「ああ、行こう。 一夏」

「あ、ああ?」



















高貴なる義務、という言葉がある。

僕のお母さんは没落した貴族の末裔だ。
農家に落ちぶれても、お母さんは誇りだけは手放さなかった。
事ある毎にお母さんは僕に言った。

「シャル、貴方は勤めを果たしなさい」

今までは何の事か理解は出来なかった。 だけど、

「ああ、助けてやるさ」

何の価値も無い僕を助けてくれる一夏を裏切れない。
自分から諦めて、一夏を裏切る事は出来ない。

僕は僕に義務を課した。

多分、日本に来る前に何とかする方法はいくらでもあったはずなんだ。
アメリカ大使館に逃げ込んで、かくかくしかじかこういう訳なんです、とでも言えばよかったんだ。 それだけでデュノア社は苦境に追い込まれるはずだ。

でも、僕は父に愛されたいと思ってしまった。
父が愛してくれるはずないなんてわかっていても……愛されたかったんだ。
だから、今の道を選んでしまった。
これは僕の罪だ。
父が原因だけど結局、僕が選んだ事なんだ。
僕は自分で道を選べない子供だと、思っていたかっただけなんだろう。

だから、罰を受けなければいけない。
そして、恩には恩を返さなければいけない。
一夏に僕は救われた。 あそこで抱かれていたら、僕は落ちる所まで落ちていただろう。
僕の心は彼に救われたんだ。

僕の矜持を、一夏に捧げよう。
シャルロット・デュノアの魂を彼に捧げよう。
僕の忠義を貴方に捧げよう。

「ねえ、一夏。 僕が一夏を守るよ」

まぁそこまで言っちゃうと引かれちゃいそうだし、このくらいにしておこう。

「何言ってんだ、いきなり……。 それより、ごめんな。
セシリアがあんな奴だなんて思わなかった」

言葉の裏を読めないんだなぁ、ほんと。
部屋に戻って来た一夏はずっとふてくされてる。

セシリアさんが僕を条件付きでも許してくれる理由なんて無いんだよ?
僕は義務を裏切り、セシリアさんは貴族として、それに怒った。
貴族の義務はそれほどに重い。

ああ、でも一夏が言葉の裏を読めないのは……好都合だ。
僕はこれから一夏の騎士になる。
いつ何時、どんな事があっても君を守ると決めた。

だから、今だけ、僕は……私は貴方に言うよ。

「ねえ、一夏」

「なんだよ……」

「今夜は……月が綺麗ですね」

私、死んでもいいわって言うより、こっちの方が綺麗だね。

「?……見えないぞ、月」

窓の外の月は雲に隠れて見えやしない。
きょとんとした顔をしている一夏が、僕はたまらなく愛しかった。



[27203] 十三話『あたくしの本気だと思いますの?』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/05/03 19:02
なんなんですの……。 なんなんですの! ううー……うぎぃ!

キシリアは怒っていた。
朝のランニングでは、

「……………………………」

すれ違ったのに、無視された。
昼休みになれば勝手に近寄って来たと思えば、勝手におかずの一つ二つを摘まんで行く不作法者が今日に限って、キシリアに近寄りもしない。
授業中もペアになっても必要最低限しか話さない。
そのくせ、ずっとシャルルと一緒にいる。
いくら男子のクラスメイトだからとはいえ、ずっと一緒にいるのはやり過ぎではないだろうか。 そんなに男がいいのか。

「俺と付き合ってもらう」

そうキシリアに宣言したのは何だったんだ。
乙女の純情を弄んで、男が来たらぽいっ。 これが織斑一夏の本性なのか。
あいつはやっぱりゲイなのか。

一夏の事を好きでも何でもないが、ランニング中に会いそうなポイントに差し掛かれば、髪が乱れていないか淑女的にチェックしている。 あくまでも淑女として、だ。
お昼のお弁当だって、他のおかずを守るために仕方なく……仕方なく、一夏が好きな味が濃いおかずを一品入れているというのに。 お腹が弱いキシリアは、あんまり味が濃い物を食べると、お腹がごろごろするから困るというのに。 一夏が処分しなければ、誰が処分するというのだ。

「キシャー!」

「!? ……ど、どうしたの……キシリアさん?」

「思い出し怒りですわ! ……簪は悪くありませんの。 ごめんなさい」

「う、ううん……」

整備室で簪とキシリアは二人で、キシリアの専用機を組んでいた。
簪の弐式は派手に仕様変更をする許可が、まだ降りていないのだ。 それでも簪がキシリアを手伝うのは生来のお人好しのせいか。
キシリアのISコアは所属で揉めに揉めまくっている。 元々、テロリストが使っていた無人機の物である以上、戦利品として最終的にはイギリスの物になるだろう。 それ以外に落としどころが無い。
しかし、ゴネたらうちの国に貰えるかもしれないという思惑で、どこの国も狂犬のようにきゃんきゃん吠えている。
イギリスが日本のように押したら腰砕けの弱腰外交をするはずないが。

「うぇへへへへ……」

「!?」

だが、キシリアにしてみれば都合がよかった。
本国の許可取れない(何しろ名目上は現在、"落とし物扱い"だ)のだから、今のうちにやってしまえば、事後承諾でいけるだろう。 押し切る。 これで一夏をボコる。
とは言え、

「……なんなんでしょう、この機体は?」

「なん……なんだろうね?」

打鉄より、剛性が高まった弐式のフレームとデュノア社の学園で使われている量産型IS『ラファール・リヴァイヴ』。 その予備に置いてあった多方向加速推進翼を背中に六枚取り付けてある。
更にブルーティアーズの予備ビットを腰にスカートのように取り付けているが、キシリアのBT特性―――どれだけ上手くビットを扱えるか―――はCなので、まともに扱えないだろう。
仕方ないので、オリジナルのブルーティアーズの強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』と同じようにスラスターとして使用出来るように仕様変更済み。
とにかく機動力だけは凄い事になるだろう。 第三世代型とは言えない仕様になっているが。
何せ現段階で載せられる武装が一夏戦で使ったツヴァイハンダー一本しかない。
超高速で突入して、叩き斬って来る超特攻専用の機体なんて尖り過ぎた物はキシリアも扱いたくない。 タッグ用の隠し玉も用意してあるが、使い勝手のいい物でもない。

「でも、これからですわね」

「うん……エネルギーが干渉しないか、チェックして……あとは拡張領域の拡大。 スラスターの調整して……」

「……やる事が色々とありますわね。 今日はこのくらいにいたしましよう」

「え……」

辺りを見渡せば、広い整備室には誰もいない。
簪が時計を見てみれば、日付が変わるのに一時間ほど。

「あ……食堂、閉まっちゃった……ね……」

「うー……夢中になりすぎてしまいましたわ」

キシリアは一夏ボコるの一念。
簪は"初めての友達"との共同作業で舞い上がっていた。
内心では全く共通点が無い二人だが夕飯を取る事も忘れて熱中していた。

「そうですわ、簪さん。 あたくし何か作りますから、ご一緒にいかがですの?」

「い、いいの……!?」

「構いませんわよ。 一人分作るのも……三人分作るのも同じですもの」

「三……人?」

もう一人が誰だかわからないけど、友達が出来るといいな……。
一夏と出会ってから、いい事ばかりだと簪は思った。





「……誰だ、貴様ら」

「えっ? ……お友達じゃないの?」

「話した事もありませんわね」

なにそれ、と簪は思った。
学園の中のコンビニで買い物を済ませるとキシリアは真っ直ぐラウラの部屋に向かい、躊躇なくノック。 出てくるまで、どんどんどんどんノックした。
チェーンのかかったままの扉の隙間から、ラウラは姿を現す。
明らかに迷惑以外の感情が見当たらない。

「……まぁいい、帰れ」

「お話がありますの」

「私には無い」

取り付く島もないとは、この事だ。
ラウラの絶対零度の視線に簪はびくりと身を竦ませた。

「織斑一夏の事ですわ」

「……なに?」

「わたくし達は織斑一夏という男を中心に協力出来ると思いますの」

織斑くんと一緒に頑張ろうって事かな。 えへへ、いいね……と簪は考えるが無論、違う。 恐らく、それを聞いてもキシリアは訂正もせずに笑うだけだが。

一度、扉を閉め、チェーンを外す音。

「話を聞いてやる。 入れ」

ラウラは扉を開いた。





「そして何故、いきなりキッチンを使い始めるのだ」

「お構いなく」

「構うわ!?」

おほほ、と笑って誤魔化すキシリア。 あわわ……と身の置き場が無さげな簪。
寝る時は全裸派のラウラ。

「な……なんで、ラウラさんは裸……なの?」

「私のライフスタイルだ」

「……そ、そうなんだ」

「他人のライフスタイルに口を突っ込む物ではありませんわよ、簪さん」

「貴様は私のプライベートスペースで好き放題だがな!」

「おほほ」

と、笑って誤魔化しながら備え付けられているフライパンを見つけ出した。
使われていなかったはずなのに、フライパンは綺麗な状態。

―――こんな事だから、まやまや先生は苦労を抱え込むのですわね。

部屋の割り当てだけで、本来ならばそこまで苦労する事はない。 多少の書類を書いて、さっと提出すれば寮長の山田真耶の仕事は終わりなはずだ。
だと言うのに休みのたびに朝早くから、寮の掃除をするし、転入生が来るたびに部屋の隅々までピカピカにしている。 要領が悪いと言うべきか、愛すべき人柄と言うべきか。
せめて、休みの日くらい男と遊びに行けばいいのに。 後ろでガーガー怒るラウラを無視しながら、キシリアは思う。

「と、言う事で焼きうどん、キャベツのみの完成ですわ!」

「わ……美味しそう」

「む……」

部屋の真ん中に置かれたテーブルに、大皿でどかんとうどん。
うどん、キャベツ、うどん、うどん、キャベツ。
塩コショウと醤油のみで味付けされているだけだが、夜食にはこれくらいのシンプルさが丁度いい。

「はい、簪さん。 取り皿ですわ」

「あり……がと」

「……おい」

「なんですの?」

「私のはどうした?」

キシリアは簪のみに取り皿と箸を渡したが、ラウラには何も無い。

「あらあら、食べたいですの? 食べたいですの?」

ちゅるっとうどんを一本ずつ啜る簪の眼鏡は湯気で曇っている。 ちゅるっと、もう一本。 はふはふしながら食べるうどんはとてもうまそうで、醤油の香ばしさがラウラの鼻腔をくすぐる。 ドイツでは嗅いだ事の無い香りだが、ラウラの胃は活動を開始。
だが、にやにやと笑うキシリアは控え目に言って腹が立つ。 しかし、腹が減る。

「……食べてやる」

「別に食べてもらわなくて結構ですわ」

もしゃもしゃとキシリアも箸を付け始めた。

「うん、さすがあたくしですわ!」

「おい……し」

「ああ、くそ! 寄越せ! 食べさせろ!」

「お願いします、がありませんわね!」

「貴様……後で覚えておけよ……。
お願い……します。 食べさせてください……!」

屈辱と羞恥がラウラの肌を赤く染めた。 まだ全裸のラウラは大事な部分は長い銀髪ので隠されているが、

―――えっ……ちいなぁ。

美人さんはうどんを食べていても綺麗だな、と思いながら、簪はうどんをちゅるっと啜った。

「むぐむぐ……。 単刀直入に言うとラウラさん。 今度のタッグマッチで組んでくださいまし」

「んぐんぐ……。 断る。 私の力を見せ付けるために、私は独りで勝たねばならない」

「ちゅる……。 ちゅる……。」

「あらあら、いいんですの? 貴方が独りで勝とうとするのはいいですけれど……織斑先生が何とお思いになるかしら? もぐもぐ」

「む……。 おい、七味取ってくれ」

「ちゅる……。 はい、どうぞ……」

「あ、次貸していただけますか? ラウラさんは確かにお強いですが……チームプレイを求められる戦闘で独りよがりな戦いをして、本当にそれで織斑先生が認めてくれると思いますの?」

「ほら、七味だ。 ふむ、一理ある。 だが、貴様と組む必要はあるまい。 他の専用機持ちと……そうだな、セシリア・オルコット辺りと組んだ方がメリットは大きいだろう」

キシリアは不敵に笑った。 ラウラから投げ渡された七味を手にしながら。
その姿は幼さこそあるものの、セシリアの妹分として不足はない闘志を感じさせる。

「ありますわ」

「ほう、聞かせてもらおうか。 その話で私のメリットを示し、私を納得させられなければ、ここで"お話し合い"は終了だ」

ラウラは考える。
確かに早い内からパートナーを見つけるメリットはある。 だが、キシリア・スチュアートである理由は一切ない。
専用機も無い彼女と組むのであれば、二組の鳳鈴音と組んだ方がいい。
『蒼の射手』、『人間台風』、『妖精女王』のセシリアと組むのは戦力的には問題無いが、ラウラの力で勝ったのでは無く、セシリアの力で勝ったと言われる可能性がある。 そういう意味ではセシリアと組む事は有り得ない。

―――ふむ、鳳鈴音と話をしてみるか。

ラウラが考えた瞬間である。



「この焼きうどん―――あたくしの本気だと思いますの?」



ラウラ・ボーデヴィッヒに衝撃が走る。
五分とかからず、手早く作った焼きうどんだが、ドイツ時代では食べられもしなかったうまさであった。
何しろ毎日の訓練では軍用レーション軍用レーション。 とにかくあれは臭いのだ。 銀紙の香りとイガイガする薬品風の風味が、人体に如何なる影響を与えるのかラウラは考えたくも無かった。
多分、あれは新種の人体実験の一種だと部隊では思われていた。
たまに基地の食堂で食べる食事とて、大人数の食事を手早く作るためにじゃが、じゃが、じゃが。
ジャガイモ尽くしである。 さすがに飽きた。
試験管ベイビーであるラウラは軍隊以外の食事を知らない。 学園の食堂にしても、ドイツの基地と同じ程度だろうと思い、ラウラ・ボーデヴィッヒがこの世界で一番、美味しいと思っている日本の自衛隊が作っているレーション『焼き鳥』を部屋で独り食べて、にやにやとしていたのだ。
それがどうだ。 キシリア・スチュアートは五分でラウラが最高だと思っていた『焼き鳥』に並ぶ食事を作り出してみせた。
いや、それどころかキシリアはこう言っているのだ。

―――お前の知らない世界を私が見せてやる。

甘美な誘惑。 堕落だと思う心。 しかし、もう……知ってしまえば戻れない。

「……ごくり」

キシリアはラウラが生唾を飲み込んだ瞬間、勝利を確信した。
織斑一夏フルボッコ計画が、また一つ前進したのだった。



[27203] 幕間『皆、一杯食べてねっ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/05/04 23:38
余計に火種振りまきそうだな、と反省したので前書き削除します。

P.S.本題ですが第二次スパロボZで玉城がクリティカル食らいまくるのは仕様なのでしょうか?

P.S.2 一番どうでもいいですが、パチリアのイメージカラーとかなんだと思いますかね?















朝日が登る前に僕は目を覚ます。 無邪気にすやすやと眠る一夏の邪魔をしないよう、静かに。
昨日の夜の内にセットしておいた炊飯器は今日もしっかりと、ご飯を炊いていてくれた。 今日は一夏の大好きなおかかのおむすびだ。
美味しいと笑う一夏を想像するだけで、僕の胸に暖かい物が湧き上がって来る。 汗をかく事が多い一夏のために塩は少し多め。 朝食の前なのに、一夏は僕の拳くらいもあるおにぎりを三つもぺろりと平らげてくれる。

僕が一夏に秘密を話した時、僕は一夏を好きでも何でも無かった。 ただ、刑務所に入って何十年も男の人を知らないまま生きるのが嫌だったから、一夏を誘った。
今考えると、とてもふしだらで……僕、えっちな子だ……!
あ、あの時の事を改めて言って来たりはしないけど……僕の事、えっちな子だって思ってないかなぁ……!?

おにぎりをラップ包むと、僕は恥ずかしい事を洗い流すためにもシャワールームに向かう。
服を脱いで熱いシャワーを浴びても、やっぱり頭の中を洗い流してくれる訳じゃない。
もし、あの時こうしていれば。 そう考えた事は色々とあるけれど、あの夜の事は僕の人生の中で最大級、超特大のやっちゃった出来事だ。
あの夜、僕は自暴自棄で一夏に抱かれようとした。
お陰で今、一夏に今の気持ちを伝えて……えっちな事をしてもらおうとしても、また自暴自棄だと思われるのが関の山だろうね。 それに多分、伝えても「俺に恩を返すつもりで、そんな事を言ってるなら怒るぜ、シャルロット」くらいは言う。
色々と行動が裏目に出ちゃったなー、ほんと……。
まぁあの時、一夏が僕を抱いてたら、こうやって好きにならなかった訳だから絶対に有り得ないifを想像してるんだけど。
だからって僕が横のベッドにいるのに、平然と寝てるのはどうなんだろう。 やっぱり前のルームメイトの篠ノ之さんのせいかな。 ……あのおっぱいはズルいと思う。

シャワーを浴びてたら逆に頭に熱が回って来てるね!
うん、そろそろ一夏を起こす時間になっちゃうし、上がろう。
脱衣場に用意しておいた、お気に入りのピンクのタオルで身体を拭って行く。 首から、肩、胸、腰、足の間……うん、何も問題は無かった。 ぬるぬるなんてしてない。 僕はえっちな子なんかじゃないもんね。
髪を乾かしてから、ブラと男物のショーツを身に付けて、胸を隠すインナーをその上に着る。

―――さあ、今から僕は一夏の騎士(ナイト)だ。

そう自分に言い聞かせながら、男物の制服に腕を通した。
一番、綺麗な一夏の僕を見せるために髪をセットして準備完了。
午前3:50。
今日もいつもと同じ時間だ。
まだ眠っている一夏の額に、そっと唇を落として、僕の一番の笑顔で今日も言うんだ。
「おはよう、一夏」って。


















朝の寒さも気にならないくらいの熱量と、それを全て吐き出し切れないもどかしさを抱えながら千冬姉の前に俺は立っていた。
太刀行きの速さでは、どうやっても千冬姉には勝てない。 どうする?と思う。 何とかしなくちゃ、と考える。
今は現状のカードでどうやって勝機を見出すか。 それを考えなくちゃ行けない。
俺が負ければ、シャルロットは……!

くそっと口の中で声に出さずに呟いた。
セシリアを信じていた。 きっと、あいつはいい奴だと思ってたし……正直に言えば、あいつはすげえ格好よくて、憧れていた。
どれだけ俺が必死に剣を振り回しても届かなくて、綺麗で。 なのに、裏切られた。
いや、俺が勝手に思い込んでいただけで、セシリアは裏切ってなんていやしない。
だけど、やっぱり裏切られたと思った。 だけど、セシリアがセシリア・オルコットに相応しく無い事をするはずはないと思う訳で俺は何か酷い勘違いをしてるんじゃないのか? と、思うと同時にやっぱりセシリアを優しい奴だと信じたいと思うけど、やっぱり裏切られたとも思う訳で。 もし、セシリアと戦う事になったら、俺は戦えるのかと、

「一夏」

そんな事をぐだぐだと考えていると、目の前の鬼教官の背後に炎が見える気がしてくるくらいの鬼気。

「一度、死ね」

千冬姉はいつもと変わらない上段。 ただ、千冬姉から立ち上る剣気が、こう言っている。

―――お前を、斬る。

真っ向唐竹割りで叩き斬る。 喉をかっ斬る。 左膝を立ち割る。 目を突き刺す。 左腕を斬り飛ばす。 腹を開く。 手首のみを斬り落とす。 誘いから、木刀ごとまとめて斬り倒す。

千冬姉の無数の斬線が剣気によって、伝えられて来る。 百を超えるそれは、もう俺に動く事を許さない。 千を超えれば、もはや剣気の結界。 俺をなぶるように覆い隠す。
この千刃を如何にして攻略するべきか。

全てを打ち落とす。 ―――不可能。 俺にそんな太刀行きの速さはない。
全てを避ける。 ―――それが出来たら、苦労はない。
その二つの折衷案。 ―――最大の愚策。

ならば、どうする……? 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ。


















結論・俺は考えるのを止めた。

全てを捨てて、踏み込む。 捨て身にして、唯一の生を拾う道。
最初から勝利条件は千冬姉から自分を守る事じゃなくて、千冬姉に勝つ事。

―――やっぱり俺は馬鹿だなぁ……。

セシリアがいい奴か悪い奴かは知らん。 だけど、目標を見失わず、やる事をきっちりやろう。 それに相手はセシリアじゃなくて、パチリアだしな。
今だって千冬姉に勝つのに、守る事だけ考えるとか意味がわからん。
お、余計な力が抜けたからか、すげー今の俺の腰の回りいいな。 するっと動けてるぜ。
踏み込みの力を腰が増幅。 肩に伝えて、手元に理想的な形で、

―――あれ、まだ千冬姉、全然、動いてない?

コマ送りになった視界の中では、剣を振り切ろうとしている俺と構えたまま動かない千冬姉。
あれ、当たる? 初めて千冬姉から一本取れるかも。

「b」

その瞬間、千冬姉がブレた。

「aか者」

と、言葉よりも早く千冬姉の剣は、

「待ってくれ、木刀で木刀を斬るって何だ」


柄だけ残して、俺の木刀を千冬姉はすぱっと斬ってしまった。 しかも、斬り口が滑らかで元々、そういう形だったようにしか思えねえ!?

「ふん、途中で余計な事を考えるからだ」

ああ、ひょっとしたら千冬姉に当たるかもと思って、力んじゃったもんな。 無念無想の領域には、まだまだ届きそうな気配はない。
そんな俺に呆れたのか、千冬姉はさっさと背中を向けて立ち去ってしまう。 駄目だなぁ、俺……。

「だが、途中までは良かった」

私の指導が良かったお陰だな、なんて言いながら振り向きもせずに歩いて行く千冬姉の言葉に俺は、

「不器用だなぁ、千冬姉は……」

我が姉ながら、その不器用な褒め方に喜ぶよりも先に苦笑いが零れてしまったのだった。
さあ、まだまだやれる事はあるはずだ。 タッグマッチまで、あと三日。 やれる事を全力でやって行こう。























「全距離適応しないISなど欠陥機にも程がある!」

「だーかーらー! 近距離はあたくしが抑えて、遠中距離はお姉様が後ろで何とかしてくれるから問題ないですの!」

「かーんちゃん、差し入れ持って来たよ〜」

「本音、かんちゃんは……やめて」

「その基本ドクトリンは間違っていない! だが、いざ単独行動をせねばならない時は、一体どうするというのだ!? ショットガン二丁とブレード一本なんて接近戦特化型が何の役に立つ!」

「わかったー。 じゃ〜ん! 今日の差し入れは串カレー揚げで〜す! 美味しそうでしょ、かんちゃん〜?」

「そこは気合いで! もぐもぐ。 何とかしますわよ! それに単機性能だけ追求するような機体ほどタチの悪い物はないですわ。 兵器は信頼性と整備性と量産性を重視するべきでしてよ!」

「……本音、何もわかってない。 …………………美味しいけど」

「む、これはうまいな。 気合いで勝てるなら、ドイツは世界征服してたわ! あとイギリス軍が言える事か? パンジャドラムに何の意味があったんだ。 ……もう一本もらうぞ」

「複葉機に落とされる戦闘機よりはマシですわよ」

喧々囂々と言い争うラウラとパチリア。 我関せずとばかりに黙々ともぐもぐ食べながら、シールドとスラスターの干渉チェックを行う簪。
専用機持ちでありながら、専用機が無かった簪。 クラスでは認められず、周囲に壁を作っていた。
しかし、そんな簪が人の輪の中にいる事に本音は内心の感動を抑えていた。 人の輪に合わせ過ぎる事なく、確かに一番、端ではあるが自分の立ち位置を確立しているのだ。
優秀過ぎる姉の重圧に押し潰され、腐っていた簪。 元々、能力はあるはずだ。 重石が外れれば、これからはすくすくと成長するに違いないと本音は思う。
更識家の専属従者である布仏家。 布仏本音は簪専属従者として、彼女の成長。 いや、正直に言えば、簪に友達が出来た事を心から喜んでいた。
妹を見守る姉の気分とは、こういう物なのだろうか。 そんな事を考えながら、今日も本音は道化を演じる。
こんな下らない演技で騙される相手、それは敵であったり、同級生であったり―――簪であったり―――を見下し、こんな事をしている自分が惨めになったりもした。

「まだまだ沢山あるからねぇ〜。 皆、一杯食べてねっ」

だが、いつの頃からか本音は、この道化を演じるのが苦ではなくなっていた。



[27203] 十四話『正々堂々って、いい言葉ですわよね』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:c798043f
Date: 2011/05/31 17:45
謙虚であり。
誠実であり。
裏切らず。
何者も欺くことなく。
我は民を守る盾であり。
我が身は主の敵を穿つ一振りの槍とならん。

シャルロット、いや、シャルル・デュノアは閉じていた目を開いた。

己に課したのは誓約。
誰かに言う必要の無い誓いを交わしたのは自分自身。 ありとあらゆる者を裏切ったシャルルは今こそ織斑一夏の盾となり、槍となる事を誓った。 ただ裏切らぬ事を誓った。

首にかけているネックレスにシャルルは触れる。
憎い父から与えられた。 不運と冷たい言葉以外の唯一の物。

「行こう、僕の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』」

その言葉に呼応するかのように、ネックレスは光を発する。 シャルルの身を纏っていた、胸を隠す特殊なISスーツを避けるように、オレンジを基調とした装甲が展開されていく。
それは鎧。 シャルロットの恋心を抑えこみ、弱いシャルロットを守るための鎧。
現代の騎士のための鎧であり、槍である。 その名をインフィニット・ストラトス。
父への恨みと、母から引き離された事への悲しみの原因であり、愛と忠誠を得る事となった不運と幸運の証だ。
だが、再誕(リヴァイヴ)という名の通り、

―――ラファール、僕と一緒に歩いて行こう。

これから幸運を積み重ねて行けば、きっと生まれ変わったかのように何もかもがよくなるはずだ。 そう信じながら、シャルルは一夏を見た。
硬いコンクリートの床に正座をする一夏の目は閉ざされている。 その姿は戦に赴く前の武人に他ならぬ。
そして、その目をかっと見開けば、次の瞬間、すでに一夏の姿は変わっていた。
未だ一次移行すらしていない欠陥機。 なれど、この展開速度は並大抵の物ではない。
通常、慣れ親しんだ武装の展開にかかる時間は約0.3〜0.5秒とされている。 それだけ武装のイメージし、そこから機械的な反応でISコアが展開を開始するまで、約0.2秒。 つまり、肉眼でも何とか追える速さである。
だというのに最初から最後まで見ていたはずのシャルルが、いつISを展開したのかわからなかった。
常から一夏がIS戦闘について考え、それにコアが完璧に追従してみせた。 まさに人機一体と言うべき極致であった。
コアに意志があるという俗説も、あながち間違ってはいないのかもしれない、とシャルルは考えた。

「行こうぜ、シャルロット」

「うん、行こう。 一夏」

シャルロットと呼んでいいのは、この世に母と一夏のみ。
そんな相手に必要とされるのは何事にも変えられない幸福だ。 シャルルは身体の奥に響き渡る甘い疼きと共に思った。

ピットの扉が重々しい音を立て、ゆっくりと開いて行く。
この場に立つのは、俺にとってこれで二回目。 だけど、この緊張感は癖になりそうだ。
タッグマッチ第一回戦からパチリア、ラウラペアに当たったのは運がいい。 自分の手の内を見せないうちに戦える。
先に太刀筋を見せてしまえば多分、パチリアは対応して来るはずだろうしな。
今回の作戦は単純明快。 シャルロットがラウラを抑えている間に俺がパチリアを落として、二対一に持ち込む。
ラウラは本職の軍人だ。 俺とシャルロットのIS搭乗時間を合わせても、はるかに届かない。 それだけの訓練をしていて、それだけの実力がある。
まともにぶつかって砕ける訳には行かないんだ。 俺の趣味で戦う訳にはいかない。
扉が開ききった所で俺とシャルロットはゆっくりと飛び、外に出る。
晴れた空と大観衆。 ハイパーセンサーを使うまでもなく、見える敵の顔。
パチリアの気合いは十分。
初めて見るパチリアのISはベースは淡い桜色。 要所にアクセントとしてライトイエローが入っている。
背中にはラファールの多方向加速推進翼が十六枚設置されて……って、

「なあ、パチリア。 スラスター多すぎないか?」

「おほほ、これなら直線加速なら一夏さんの白式には負けませんわよ!」

まぁあれだけスラスターくっつければ、そりゃ速いだろう。 ハリネズミのように背負ったスラスターで、パチリアの後ろにいるはずのラウラの姿も見えないくらいだ。
お互いに五メートルほどの高度に合わせ、向かい合う。

「では、一夏さん。 正々堂々、勝負いたしましょうね?」

「お、おう」

びっくりした。 パチリアの口から正々堂々なんて言葉が出るとは。
本気で正々堂々やるつもりなのか、パチリアはいつもの両手剣ではなく、シャルロットが使っているショットガンを両手に一丁ずつ構えた。
不味いな。 さすがに遠距離攻撃の手段くらいは用意してくるか。
頃合い良しと判断したのか、モニター室にいるだろう山田先生が試合開始のブザーを鳴らした。
響き渡るブザー。 だというのに、パチリアは再び口を開いた。

「正々堂々っていい言葉ですわよね!」

「!? 一夏!」

シャルロットの声を受けて、俺は反射的に前に加速。 ブレードしか無い俺が下がった所で、何も出来る事はないし、ラウラのレールガンなら切り払える。
どんなに弾が速くても、千冬姉の剣より速いという事はないんだから。

「残念ですわね」

突撃する俺を見て、パチリアはにやりと笑った。
あ、不味い。 早まった。
パチリアは俺に目を向ける事もなく、地面に激突する勢いで加速。
加速して重心が前に傾いたせいで、パチリアに追従出来ない!

「それはパチの読み筋通りだ」

パチリアの言葉を継いだのは、その背後から現れたラウラだった。
パチリアをブラインドにして、隠していたのはラウラ自身。
ゴテゴテと取り付け過ぎて、明らかに鈍重そのもののIS。 一目見て、ヤバさがそのまま理解出来る!

「ミサイル一斉発射!」

自重で飛行が安定しないほどのミサイルランチャーを全身にくくりつけたラウラの小型ミサイル。 ハイパーセンサーが知らせてくれたミサイルは五十八。
目の前には、もはや壁にしか見えないようなミサイル群が花開く。
これは流石に俺一人じゃどうしようもない。
だけど、

「一夏! 右に抜けて!」

俺には仲間がいる。 シャルロットがいる。
正確なアサルトライフルの射撃が背後から俺を追い越して、ミサイルを数本、撃ち抜き爆発。 他のミサイルも巻き込まれて誘爆を起こす。
よし、これなら抜けられる!

「残念、それも」

「あたくしの読み筋でしてよ」

地面に這い蹲るようにして、背中を俺に向けるパチリア。
十六枚の内、十枚のスラスターから青い、ビットのブルーティアーズに似た光が漏れ出している。
くそっ、ビットをスラスターに偽装してたのか!











―――一夏は墜ちないよ!

シャルルは信じた。 一夏の盾とならん、という誓いはあるが、それは過保護に全てから守るという事ではない。
彼が勝利を求めるなら、それを手繰り寄せるのがシャルルの役割だ。
地面に這い蹲るキシリアの背から、青いレーザーが放たれるのを視界の隅に捉えるが、シャルルの銃口もまたキシリアを捉える。
シャルルの構えるアサルトライフルには、グレネードランチャーが銃口の下に取り付けられていた。
重量があるせいで弾速が遅く、動いている相手にはまともに当たりはしないが、その分の威力は保証付きだ。
ぽん、ぽん、ぽんと少し間の抜けた音を立て、グレネードがキシリアに三発撃ち込まれる。
着弾を確認する間もなく、武装を切り替え。 シャルル得意の『高速切替(ラピッドスイッチ)』は、ラウラがミサイルを撃ち尽くし、デッドウエイトとなったランチャーをパージし終える前に、その手にショットガンを展開し終えた。
同時に金属が叩き付けられる音―――半瞬、遅れてハイパーセンサーが、一夏の地面への激突を知らせる―――銃口には僅かのブレも無く、ラウラに狙いを付ける。
足元では三連続の爆発。

「うぎゃぁぁぁぁぁ!?」

淑女的悲鳴を上げながら、キシリアが派手に吹き飛ぶのを確認。 だが、シャルルもラウラも凪の湖面の如き心境。
シャルルが引き金を引けば、動いておらず速度の無いラウラに、必中は確定している距離。 しかし、パージしているランチャーを盾にすれば、貫通力の無いショットガンの弾丸では有効な打撃は望めない。

だから、シャルルは待った。
ラウラがランチャーを捨て、身軽になるのを待った。
このまま時間をかけて有利になるのはシャルルである。
あと、三秒もすれば一夏が復帰するだろう。 しかし、グレネードで吹き飛ばされたキシリアが、戦域に復帰するのは七秒と予測。
一夏の体勢を整えるという大目標は達成され、さらには最低四秒は二対一に持ち込めるのだ。
ゆえにラウラは急いでパージする手しか残されていない。 ランチャーが干渉し、肩のレールガンも使えない以上、この瞬間だけは被弾覚悟で動くしかない。
シャルルはそう読んだ。
ラウラはミサイルランチャーを固定していたボルトを解放。 僅かな固定しかしていなかったらしく、あっという間に七つのパーツとなり、分解し、ほどけるように重力に引かれ落ちる。
シャルルは引き金を引いた。

「停止結界」

ラウラのISに搭載されているAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)。 ISに搭載されている慣性制御機構を発展させ、慣性停止結界とも呼べる現象を発現させる機構。
デュノア社でも研究しているだけあって、概念としてはシャルルも知っている。
ラウラの呟きは、恐らくAICを発動させるための物。 弾丸を止めるだけの性能があるかはわからない。
しかし、細かく砕ける散弾はAICに多大な負担をかけるはずだ。

超高速のコッキング、射撃、コッキング、射撃、コッキング、射撃。

発射音が連なって聞こえるほどの連続射撃。
同時にシャルルは、ラウラの足元に落ちるランチャーを見た。 正確には落ちる動きを止めた一抱えもありそうなランチャー。
停止結界の目標は、そもそも弾丸を止める事ではない。 停止結界による一瞬の遅滞は、ラウラのアンカーワイヤーがランチャーを捉える事を可能に。
ラウラは横に動く回避の動きを選ばない。 攻撃のチャンスがすぐそこにあるのだから、引く理由がない。
ランチャーを絡め取ったラウラは回転。 背中にショットガンが着弾するも、シールドに任せて無視。 ラウラは銃弾の衝撃を、精密な機動で巧みに受け流した。
まともに当たった以上、ダメージは大きいはず。
しかし、

―――これじゃ、こっちの方が赤字だよ!

確実に当てるために足を止めたのが仇となっていた。
遠心力をフルに生かした、巨大な槌のような一撃がシャルルを横薙ぎに襲う。

「甘かったな、シャルル・デュノア!」

―――くっ……!

思わず、シャルルは舌打ち。 下品だと思うと同時に強い衝撃がシャルルに直撃。 トドメにラウラが一発だけ残しておいたミサイルが爆発。
試合開始から十秒。
その十秒は、ラウラ・ボーデヴィッヒのみを空に残した。














「あいつら……皆、考えてもやらなかった事を堂々とやったもんだな」

「うう……これ絶対、レギュレーション変わりますよね。 また私、残業ですかぁ!?」

IS学園、最大の目的とは何か。 それは言うまでも無く、戦闘データ取りだ。
戦争を起こす訳にはいかないが、まだ若い兵器であるISのデータは必要だ。
だからこそ、正面からの決闘を強いるような状況を望んでいるのだが、

「ふん、まさか本気でやる奴らがいるとはな」

キシリアをブラインドにし、ラウラにありったけのミサイルを積ませる。 現行のルールでは問題無いが、不意打ちをされてはデータ取りという意味では不適格だ。
しかも、後付武装(イコライザ)用の拡張領域を圧迫しないために、最初からパージ前提の使い捨て装備は非常によろしくない。
これを機にレギュレーションの変更が行われる事になるだろう。 そうなれば、また真耶のデスクには山のような書類が積まれる事になる。 各国の思惑の入り混じった交渉に誰かが(仕事量的な意味での)生け贄とならなければならない。

所属不明の専用機を装備したキシリア(まだ、どこの所属になるか決まっていない)が、これを発案したのか。 それとも軍隊育ちで勝利至上主義のラウラが発案したのか。
千冬は少し考えたが、

―――あいつらなら二人共、やりかねんな。

そう結論を出した。

「山田くん、今度飲みに行こうか」

仕事に溺れるであろう真耶にかける情けが千冬にもあった。

「そ、それよりレギュレーション変更の折衝手伝ってくださいよぅ……」

嘆く真耶を、

「それは断る」

千冬は斬って捨てた。 事務仕事などしたくないのだ。 情けはかけるが仕事は手伝わぬ。
そして、常と変わらぬ千冬に、真耶は弟を心配している様子を見付ける事が出来なかった。
真耶への心配も見つけられなかった。










『大丈夫、一夏?』

『ああ、ある程度はかわせた。 スリップダウン程度だ』

地面に叩きつけられた二人だが、これで終わるほど生半可な鍛え方をしてはいない。
シャルロットはショットガンの銃身を盾に、一夏はレーザーの半分を切り払った。 ダメージはあるが、主要な部位を守る事には成功。 動くのに支障は出ていない。

『今の俺なら、フィンファンネルも切り払える』

『一夏が何を言ってるか、僕には理解出来ないよ』

秘匿回線で軽口を叩きながら、ラウラからの追撃を避けるために二人は動く。
しかし、

「ふっ、貴様らの力は、この程度か」

予想に反して、高みにあるラウラが放ったのは弾丸ではなく言葉。 傲岸不遜に腕を組み、一夏とシャルルを見下すようにして笑う。
まるですでに勝利したと言わんばかりのラウラに、一夏の矜持が疼いた。

『落ち着いて、一夏』

『……ああ、わかってる。 何とか隙を作るぞ』

舌戦は古来より、使い古されて来た手である。 言葉により相手の注意力を奪い、冷静な判断を乱す。
一夏、シャルルペアは先手を取る事には失敗したが、ここで舌戦に乗る事により、

「(一夏なら……絶対に訳がわからないペースに持ち込んでくれるよ!)」

シャルルは信頼した。 そう、一夏のフラグメイカーとしての力を。

「ラウラ、俺うぼぁ!?」

「貴方は口を開くんじゃありませんわよ」

しかし、敵はラウラだけにあらず。 一夏お得意、精神攻撃の一番の被害者、パチリアことキシリア・スチュアートがいるのだ。
一夏にロクでも無い事を喋らせるはずがない。
シャルルのグレネードに吹き飛ばされ、一夏とシャルルの視界から外れた。 更にラウラに注意が向いた瞬間、キシリアは展開したラファール用の狙撃銃を展開。
見事、世迷い事を抜かそうとしていた一夏にヘッドショットを決めた。
シールドが吸収し切れなかった衝撃が、口を開こうとした一夏の脳を揺らす。

「パチリア、空気読めよ!?」

「あなたは行間を読みなさい」

「貴様は自分の発言を省みろ」

「あはは……ちょっと僕にもフォロー出来ないや」

「味方がいない!?」

恨みつらみがこもったキシリアの狙撃だけではなく、ラウラのレールガンも一斉に雨霰と一夏に降り注ぐ。
同じ方向からなら、同時に三つの弾丸を切り払える一夏だが、さすがに二方向からではそうはいかない。
しかし、初めてキシリアと戦った時に比べて、格段の進歩を見せる機動で器用にかわし続ける。
単純なスラスターの稼動だけではなく、足で地面を蹴る、腕の振り、視線。 ありとあらゆる身体の一つ一つでフェイントをかける動きは単純突撃するしか無い過去の一夏ではなかった。

「なんて遠距離戦殺しですのよ!」

避け切れないと思えば、的確に弾丸を切り払う。 緩やかな弧を描く機動でキシリアとの距離を詰める一夏を落とすには、セシリア並みの技量が必要だろう。
セシリアの薫陶を受けて、なかなかの狙撃の腕ではあるが、キシリアでは一夏を落とす事は叶いそうにもなかった。

「パチ!」

「僕を忘れないで欲しいな!」

キシリアへの援護に向かおうとしたラウラの前に、アサルトライフルを手にしたシャルルが立ちはだかる。
正面から戦えば、十に八はラウラが勝利する力量と機体性能差がある。 しかし、拘束戦闘という一点に限れば、シャルルとラファールの右に出る者はいない。
接近すれば巧みに距離を離し、遠距離戦に持ち込もうとすれば嫌な距離に入る変幻自在としか言いようが無いシャルルの戦いぶりは、そう簡単に破れるものではない。

「ラウラさん、あたくしを呼ぶなら、きちんとリアまで付けなさい!」

ラウラは、それではただのパチでしてよ!と喚くキシリアの心配をする事をやめ、シャルルへと向き直った。
その声にあるのは確かな自負。 あまり、自分をナメるな、とラウラに伝えているのだ。
頭を冷やしたラウラは思う。

―――パチは甘くはない。

彼女得意の狡っ辛い手は腐る程、用意しているのだから。





「パチリア!」

「お呼びじゃないですわよぅ!」

一瞬の隙を突いて、一夏は斬り込む。 横薙ぎに振るわれたブレードは、キシリアが手にしていた狙撃銃を切り裂き、飛燕の如く切り返しが襲い来る。

「うざいんですのよ!」

「つれない事、言うなって!」

狙撃銃の残骸を投げつけ、何とかそれをかわす。
だが、無手となったキシリアは如何にして、剣狂織斑一夏に立ち向かうというのか。
例えシャルル並みの高速切換により、武装を展開しようとしても、手加減しているとはいえ千冬の剣を止められる一夏の剣速には到底、間に合うはずがない。
武装を展開するのに必要な僅かな時間が、キシリアには決定的に足りなかった。

「ここで落ちてもらう!」

負ければシャルルの身は犯罪者へと落ちる以上、一夏には普段の遊びは無い。 追い立てられているかのように、遅滞無く剣を振り上げた。

「お断りですの!」

キシリア・スチュアートが織斑一夏の事を考えない日は無い。
よくも悪くも、キシリアは一夏を無視する事は出来ないのだ。
それに一体、どういう意味があるかはともかく、このように無手で一夏と対峙する状況を予測しなかったはずが無い。

「これでも食らいなさい!」

腕を振れば前腕の装甲から、何かが飛び出す。
一夏の目の前に投げ出されたのは、卵型の楕円形の物が三つ。
それは卵のような大きさで、卵のように白い。



―――それは何の変哲も無い鶏卵だった。


「な、なんだ!?」

そして、ISのシールド作用というのは単純に言えば、相手の攻撃を衝撃と熱で相殺を目的とする物だ。
シールドに卵を投げつければ、どうなるか?
答えは一夏の視線を防ぐ目玉焼きの完成だ。










「あいつ……まさか、わざわざ卵をシールドエネルギー使って保護してまで持ち込んだのか。
まぁ、IS用目潰しにはなるか」

千冬は感心するやら、呆れるやら。

「えっと……卵使用禁止の提案に……うう、パージ全面禁止は通らないですよねぇ……」

泣く真耶。





「さっき、吹き飛ばされた時、卵が割れないか焦りましたわ」

「そんな手、有りかよ!?」

一夏は視線を塞ぐ目玉焼きに構わず、バックステップ。

「ちっ」

そして、目玉焼きを真っ二つに斬ったのは、キシリアが展開した両手剣。 鋭い刃が一夏の目の前を通過する。
形勢は振り出しへと戻った。



[27203] 十五話『安心しろ。それ以上、馬鹿にはならん』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:c798043f
Date: 2011/05/31 17:46
アンケートでも取るべさ。
決着後、幕間を入れようと思いますが、

1、セシリアさんの一日
2、セシパチ
3、パチラウ簪
4、まさかの一夏単独で一話
5、シャルと誰か(何も考えてない)

これに決めた!というのがありましたら是非、一言。

P.S.アンケ終了しました。沢山のご応募ありがとうございました!










身体が回転するほどの大振り。 一夏ほどの腕がなくとも、普通に剣を学んだ者なら、その隙を簡単に狙う事が出来るだろう。
しかし、一夏は踏み込めない。
何故なら、

「どうしましたの? 手も足も出ませんわね!」

キシリアの隙だらけの背中に取り付けられた十機のビット。
キシリアのBT適性は低く、遠距離ではまともに扱えない。
だが、近距離での直線操作くらいは何とかなっている。
一夏が隙を見て踏み込もうとすれば、十のビットの射撃を受ける事になるだろう。

「これ、鈴のパクリだろ!?」

「パクって何が悪いんですの!」

堂々と言い切り、キシリアは胸を張った。

「そんな貧乳張っても」

「う、う、うるさいですわぁ!!」

「おおっと!」

正しき乙女の怒りに満ちた剣が一夏を襲うが、あっさりと避けられ、キシリアは体勢を崩した。
一夏は反射的に踏み込もうとするが、

「………………」

下から見上げるようなキシリアの目を見て、急停止。

―――危ねえ……明らかに誘ってたな、こいつ。

その証拠にビットが、一夏の脳天をロックしていた。
正面から撃たれれば切り払うのは容易くても、攻撃の最中ではさすがに無理である。
二人の戦いは膠着していた。











『こっちは何とか、はったり成功ですわ!』

『パチはよくもそんな手に賭ける気になるな』

ラウラの言葉にはひどい呆れの色。
それもそのはずで、キシリアのISはまだまだ未完成だ。
フレーム自体の剛性は高いが、弐式との規格があわず、ブルーティアーズのビットにISからのエネルギー供給する事が出来なかった。
あらかじめ充電しておいた分を使い切れば終わりだ。 二斉射すればエネルギーは尽きるだろう。
ただビットを動かすだけでも、ギリギリなのだ。
フレームを組み、問題を起こさずに動く事だけで精一杯。 武装は全てあり合わせと借り物。
打鉄弐式の専用武装も、まだ研究所で開発段階で形にもなっていない。
しかも、切れる手札はあと一つか二つだけ。
開発期間の短さが、はっきりと響いていた。

『相手が一夏さんでなかったら、こんな事しませんわよ』

『誰が相手でも私はしたくないな』

キシリアは大剣の振り下ろし、地面にめり込んだ部分を軸にソバットを仕掛ける。 わざと背中と隙を見せ、

「!?」

「痛っ!?」

足の装甲の一部が剥がれ落ち、ソバットを避けたと思った一夏に直撃した。

「うえぃ!?……おほほほ、これぞロケットキックですわ!?」

冷や汗がキシリアの鼻筋を通って行った。

『ラ、ラウラさんですわよね、この辺りを組み立てたのはー!?』

「さあ、シャルル・デュノア! そろそろ決着を着けようか!」

突如、何の前触れも無く攻撃のテンポを上げたラウラに、シャルルは防戦一方に追い込まれる。
両手のプラズマ手刀を軍隊仕込みの技で操り、それを嫌がり離れれば六本のワイヤーアンカーが変幻自在の動きで追撃が行われる。
シャルルも近接戦闘用短刀やショットガン、アサルトライフルなど、その場で最適な装備で凌ぐが、防ぐ事だけで精一杯だ。
遠、中、近とバランス良く戦えるラウラ・ボーデヴィッヒに死角はない。

「ふふふ……貴様、焦っているな?」

「………………………」

ラウラの言葉にシャルルは無言。
その間にもラウラの猛攻は止まらず、シャルルはやっと避けているだけだ。

「我が左目、ヴォーダン・オージェには貴様の心などお見通しだ!」

「………っ!」

「焦り……不甲斐なさ……怒り、悲しみ。 そして、恋愛感情……。
まさか、あの男に」

「違う!」

「おやおや、図星でも突かれたのか?」

防戦一本だったシャルルが、ここで前に出た。
伸びきったアンカーワイヤーの一本を短刀で、半ばから切り捨てると空いた穴から突撃。 攻守が入れ替わる。

「おっと、怖い怖い。 だが、あの男の周りには女の影だらけだ。
お前のいる場所などありはしないさ!」

「うるさいよ!」

ヴォーダン・オージェに心を読む機能などない。
広義の意味では色々とあるが、今の状況ではちょっと出来のいいハイパーセンサー程度の性能だ。
あらかじめキシリアがシャルルの様子を調べた情報を元に、ホットリーディング―――誰にでも当てはまるような、それらしい事を並べる占い師などが使う手法―――を仕掛けているだけ。

ラウラはキシリアを、実はアホなのではないかと思っている。
リーディング仕掛けるための情報収集する時間があれば、間違いなくISの完成度を上げるために使った方がマシだった。

―――まぁパチがアホでなければ、こんなに気持ちよく戦えはしていなかったか。

いきなり相手の部屋に乗り込んで、飯を作る強引さ。 その飯が腹の立つ事にかなりうまい。
わざわざ逆恨み―――冷静に考えれば、織斑教官が帰国したのは一夏のせいではないと、ふと気付いた―――で戦うよりは、うまい飯のために戦った方がよほどいい。

「シャルル・デュノア。 貴様は何のために戦ってる?」

「ぼ、僕は……!」

「いや、すまん。 聞いておいてなんだが興味はない。
私が言いたいのは」

シャルルの頬が赤く染まる。 怒るシャルルは、ラウラが見ても綺麗だった。
そして同時に、

「私のカレーのために負けてくれ、シャルル・デュノア」

怒りに動きが乱れたシャルルの両腕を、ラウラのワイヤーが生き物のように動いたかと思えば、あっさりと縛り上げた。

こんなにも何かに囚われる彼女を哀れに思った。
ひょっとしたら自分がこんな風になっていたかもしれない。 そう思えば、

「パチ、あれをやるぞ!」

さっさと倒してやるのが情けだろう。
そして、叫んだラウラの視線の先では、

「うぎゅう」

キシリアが一夏に斬られて、また吹き飛ばされて、倒れ伏している。

「くっ、パチ!?」

ラウラの焦りに満ちた声。 しかし、そこで動きを止める事なく、捕らえたシャルルを振り回し、

「避けて、一夏!」

一夏へと叩きつける。

「シャルロット!」

そこに飛び込んだ一夏は、勢いを殺さずに剣を振るう。 見事、シャルルを捕らえていたワイヤーを切断すると、そのままお姫様抱っこ。

「わわわわ!? お、降ろしてよ!?」

じたばたともがくが、両手に残るワイヤーがシャルルの動きを封じ、一夏の腕の中から逃げられない。

「バカ! いいから、まずはその手を何とか」

「そう簡単にさせるはずがないだろう?」

ラウラのレールガンから放たれた弾丸。 いや、

「爆発した!?」

今まで使われていたIS用徹甲弾ではなく、着弾すれば爆発する炸裂弾へと切り替えられていた。
何とか一発目をかわしたものの、足元での爆発と人一人を抱えているせいもあり、さすがの一夏もぐらついてしまう。

「これなら切り払う事は出来まい!」

一、二、三と放たれる砲弾は弾速こそ遅いが、的確に一夏達の退路に撃ち込まれて行く。

「降ろしてよ! 僕は一夏の足手まといになりたくない!」

「うるせえ! シャルロットは俺の相棒だ。 相棒を見捨てるなんてのは、男のやる事じゃない!」

「一夏……! うん、そうだね。 あと、三秒耐えてよ!」

「おう!」

爆炎の中、一夏は低空飛行でジグザグに回避を続ける。
頭をラウラに抑えられている以上、下手に高度を上げれば危険なのだ。

「んっ……! 切れたよ。 降ろして!」

両手を縛られた体勢で短剣をねじ込み、ワイヤーを切ったために、シャルルの剥き出しになった白い肌が僅かに切れている。

「傷が残ったら、どうするんだ! こんな綺麗な肌なのに……」

「一夏は時と場合と言葉を選びなよ」

「全くその通りですわよねぇぇぇぇぇ!」

そんな一夏と巻き込まれたシャルルに、キシリアの声がぶち当たった。
鉄板と怒りと共に、爆炎を抜けてぶち当たった。

―――それはまさに鉄板だった。 前から見ても、横から見ても何の変哲もない鉄板だった。

「あ〜!? 整備課から、アリーナ補修用の鉄板が一枚紛失したって報告がありましたけど、ひょっとして!?」

真耶の悲痛な叫びは伝わる事なく、縦五十センチ、横一メートル五十ほどの鉄板の水平面を一夏とシャルルに押し付けるように、キシリアは突撃。
瞬時加速を連続でぶち込んだ速度は、一夏とシャルル二人まとめて壁に叩きこもうと疾走する。

「あいつ、あんな物を格納領域に入れてたのか」

千冬でもキシリアの評価を上げるべきか、下げるべきか迷う所だ。
しかし、瞬時加速の速度で相手は逃げられず、更に鉄板で相手からの攻撃も防ぐ。 攻防一体の手ではある。
卵といい、鉄板といい、教師としてはやりにくい発想をする生徒だと千冬は思った。

「未完成のISでも何とかしようとする意志の現れ……と思うのは綺麗過ぎるか」

仕事を増やしてくれたキシリアへの、真耶の評価は下がった。





「パチリア、お前たまにはまともに戦えよな!」

「おほほほ! 負け犬の遠吠えは心地いいですわね。 これなら剣も振るえないでしょう?」

鉄板に押し付けられ、剣を振るう余地がない以上、一夏は抵抗出来ない。
しかも、キシリアの連続瞬時加速の速度は、壁に叩き付けられるまで逃げる時間を残さない。
だが、この局面はあっさりとひっくり返せるはずだ。 シャルルは左腕のパイルバンカーを起動。

「僕に任せて」

鉄板に向けて、ずがんと杭を発射すれば直線のベクトルに回転がかかる。

「あわわわ!?」

シャルルと一夏を壁に叩きつけるどころか、逆に一回転したせいで、このままではキシリアが壁に衝突する結果になるだろう。
鉄板をクッションとし、上手く逃げる事も可能だ。

「ナイス、シャルロット!……って」

一回転してみれば、そこには、アンカーワイヤーを地面に打ち込み、身体を固定したラウラの姿。 肩のレールガンには紫電が走る。
砲身を酷く痛め、固定無しで空中でやれば反動で吹き飛ぶ程の連射をもたらすだろう、

「いくぞ、シュヴァルツェア・レーゲン……Schieß alle Munition!!(全弾発射)」

逃げる事も防ぐ事も出来ないほどの炸裂弾の嵐が、二人に降り注ぐ。
結果、地獄の黙示録もかくやという光景がラウラの目の前に出現。
燃え盛る爆炎は、誰もを差別も区別も無く、三人まとめて飲み込んだ。
味方も巻き込んで飲み込んだ。















今、キシリアの考えている事は一つである。

「こ、これが終わったら……あたくし、お姉様をめっちゃむにむにいたしますの……!」

ここまではほぼ計算通り。 鉄板をシャルルにひっくり返される所まで作戦の内。
一人で壁に衝突する事になったが、それでも鉄板に隠れてラウラの砲撃を凌ぎ切る事が出来ただけマシだ。
鉄甲弾では貫通しかねないから、わざわざ威力はあっても貫通力の弱い炸裂弾をラウラに積ませた甲斐があったはず。
その辺りからパクって来た鉄板は十分に役割を果たしてくれた。
急拵えのIS(名称募集中)と専用武装が無い中、やれるだけの事はしたはずだ。
エネルギーは残り三割。 あとは何とかなるだろうとキシリアは疲れを乗せた溜め息を吐いた。





織斑一夏はラウラの砲撃に一歩も引かなかった事を、シャルロットはハイパーセンサーからの報告で知った。
一秒にも満たない時間で切り払った砲弾は八。 そして、シャルロットを突き飛ばし、その全ての爆発を一夏は自分で受けてみせた。
エネルギーはギリギリ残っているだろうが、吸収し切れなかった衝撃が一夏の意識を脳から弾き飛ばしていた。
そして、辺りに燃え盛る炎以上の悔しさに、シャルロットの心は燃えた。
ゆっくりと息を吐き、ゆっくりと深く吸い込む。
焼け付くような熱が、シャルロットの身体に染み渡り、左腕がひどく熱い事に気付く。
そして―――――――





「………………………!」

更識簪はただ観客席で見ているしかない自分に歯がゆさを覚える。
IS学園で初めて出来た友人達が、あんなにも頑張っているのに何も出来ないなど友達甲斐が無いにも程がある。
そう思いながら、見ているだけしか出来ない自分に憤りすら感じた。

「かんちゃん」

そんな中、布仏本音は揺るがない。 潜って来た修羅場と別れの数が違う。
いつものようにのほほんとした笑顔を浮かべていた。

「……本音」

「応援しよ? おっきな声出してぇ〜頑張れ〜!って!」

「……うん!」

簪は長年、一緒にいてくれる従者に感謝した。
それを言葉に出す事は無かった。





そこに在るだけで彼女は女王。
身にまとうのは、周りに座る学生達と同じただの制服。
しかし、在り方が違う。 輝きが違う。 気品が違う。
安っぽい観客席に座っているだけでも、彼女がいれば、そこは飾り立てられた王座となんら変わらない。
何故なら彼女はセシリア・オルコットなのだから。
セシリアはいつものように柔らかく微笑みながら言った。

「惜しかったですわね……。 ―――さん」

セシリアの魔眼は全てを逃さない。













そして、ラウラは叫んだ。

「パチ、逃げろ!」

「ふえっ?」

ラウラが起こした炎の中から、一陣の突風。
気付いた時にはキシリアの頭は、シャルルの右手に掴まれていた。

「ごめんね。 多分、すっごく痛いけど」

「何故、シャルルさんがイグニッション・ブーストを使えますのよ!?」

シャルルの背部スラスターからは光が流れる。 同時に周りの景色も勢いよく流れる。
観客席のシールドにキシリアをぐいぐいと押し込むと、シールド同士の干渉でバチバチとスパーク。
シャルルはデータに無かったと慌てるキシリアの言葉を無視して、

「僕も痛いから我慢してね?」

左腕をキシリアの腹に叩き込んだ。 零距離射撃。

「せめて、顔をやめて、お腹にしてあげる!」

左腕に取り付けた六十九口径のパイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』。
太い鉄の杭を敵に突き立てるだけの原始的な兵器。

「っ!」

リボルバー機構のそれは、鉄杭の連射を可能とする。
薬莢が排出され、

「二ィ!」

再び勢いよく放たれた鉄の杭がキシリアのエネルギー場を抉る。
一発放たれる毎に杭が徐々にキシリアの腹に近付く。 シールドエネルギーが尽きかけているのだ。
そして、

「さぁぁぁぁん!」

杭が発射されるたびに、シャルルの不自然に歪んだ肩が、奇妙な動きをする。

「げほっ……。 し、正気ですの? 脱臼した肩で、そんな!?」

「四ぃぃぃぃぃぃ! 凄い痛いね! 何だか痺れて来たし!」

だが、シャルルはにやりと笑った。

「痛いけど、僕は負けてらんないんだよね!」

キシリアは呑まれた。
脱臼し、猛烈な痛みを無視し、戦うシャルルの姿に。
骨という支えがなければ筋肉は痛み、神経が直接に伸ばされ激痛が走るはずだ。
何を持ってここまで戦うというのか、キシリアには理解が出来ない。
キシリアには戦う理由など大してありはしない。

「だって」

だから、頭を掴まれ、腹に杭を当てられているというのにシャルルの言葉を待ってしまった。
ただ、どうしてそこまでして彼が戦うのか知りたかった。
男のはずなのに、キシリアと大して変わらない大きさの手で彼は何を掴んでいるというのか。















「僕のご主人様が勝ちたがってるんだよ!」

「どこまで見境無しですの、あの男ぉぉぉぉぉぉぉ!?」

五、という言葉を聞きながら、キシリアは動く。
腹に伝わる衝撃を無視して、シャルルに組み付いた。










「うわぁ……」

ラウラの口から思わず声が漏れた。
シャルルのパイルバンカーを食らいながらも、組み付いたキシリアはそのままバックドロップを敢行。
シャルルの瞬間加速の勢いそのままに弧を描き、地面へと向かった。

「……………………私は知らないぞ」

結果、地面に深々と突き刺さるシャルルと、しっかりとした首でのブリッジをするキシリア。
二人とも絶対防御が発動し、エネルギーを回復させるまで掘り返す事も出来ないだろう。

「いたたたた! こ、腰がぁぁぁぁぁ!? 頭がぁぁぁぁぁ!?」

「安心しろ。 それ以上、馬鹿にはならん」

キシリアはまだ余裕があるようだが、脱臼しているシャルルは後遺症が残る恐れがある以上、早めに試合を終わらせなければならないだろう。
ラウラは一夏が倒れていた場所を見た。

「…………あー、荷電……粒子砲? よくわかんないから消していいよ。 うん、それもいらないや。 バリアとか使える気しないしさ……それよりも、もっとこう……そそ、そういう感じでさ」

虚ろな目で、身体を骨が無いかのように、ゆらゆらと揺らしながら、ここでは無いどこかと会話する織斑一夏の姿があった。









『教官、お宅の弟さんが』

千冬は無言でラウラからの通信を切った。



[27203] 十六話『何らいつもと変わる事の無い闘争だ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:c798043f
Date: 2011/06/07 16:42
『クラリッサ、大変だ!』

『申し訳ありません。 現在、副長は席を外しております』

『む、ルーデルか。 まぁいい。
対戦相手が突然、電波を受信し始めたのだが、どうすればいいと思う?』

『はっ!急降下爆撃を提案します。 何なら私が日本に』

『すまない、私自身で何とかする』

何故、あいつは急降下爆撃以外の解決方法を提示しないのか。 自分の教育が悪かったのだろうか?
軽く落ち込みながら、私は本国との通信を切った。

織斑教官の弟、織斑一夏。
教官の弟に相応しいだけの力量を持つ彼だが、真っ青な顔でふらふらしながら妄言を吐き続けている。
まだ二十にも満たない年で、あれだけの剣腕を持つという事は、精神を病むほどの荒行を己に課しているのだろう。
大丈夫なのか、本当に……。
しかし、援軍が無い以上(ルーデルは呼んだら、学園が火の海になりかねない)、独力でこの事態を解決せねばならない。
……とりあえず奴を殴り倒してから、全員を医務室に運べばいいだろう。
あとは知らん。

「……心底、関わりたくないなぁ」

残ったワイヤーアンカー四本を発射。
これで奴のエネルギーが尽きるはずだ。
だというのに、

「なんだと!?」

「もう、ちょっと……こう、あれなんだよな」

まだ視界はどこか遠く。 世界の裏側でも見ているような、ぼんやりとした視線。
だと言うのに、手にした刀の振りは背筋に冷たい物を感じさせるほどの冴え。
上下左右から撃ち込まれたワイヤーアンカーを全て切り払った。

……刀だと?

元々、持っていた近接用ブレードは真っ直ぐな両刃の西洋剣だったはず。
しかし、奴が今、手にしているのは反りのある華奢な印象すらある日本刀だ。

「あとは脚の装甲をさ」

奴が踏み込めば、白く輝く光が走ったと思えば、次の瞬間には形状が変化していた。

「あとは」

刀を振れば腕の装甲が変化し、

「この辺りも」

奴が動けば、動くほど白式が変化していく。

『教官』

『ああ、こっちでも確認している。 ……なんだ、この現象は』

教官は今度こそ通信を切らずにいてくれた。
教官はたまにスパルタが過ぎると思う。

『発言してもよろしいでしょうか』

『許す』

『はっ! 織斑一夏の機体は一次移行をしていなかったとデータにあります。
ひょっとしたら、これが一次移行なのではないでしょうか』

あの光は私が一次移行した時の輝きによく似ていた。

『しかし……一、織斑のISは問題が発生しているはず……。
……いや、目の前の現象を見れば、そうとしか考えられないか』

専用機が一次移行を迎える場合、平均搭乗時間数分~数時間という統計がある。
あくまでこれは平均であり、それ以上に早い事も遅い事もいくらでもあるだろう。
しかし、目の前の光景は明らかな異常。
一次移行に失敗し、そこからずっと一次移行前の状態で戦い続けてきた奴のコアは一体、どれだけ織斑一夏のデータを取って来たのか。
その結果がこの異常。
これではコアと対話しながら、搭乗者の要望を聞きながら、ゆっくりと一次移行をしているようではないか。
一次移行、単一仕様能力というものは基本的に融通が効かない。 近接戦闘が得意な者のISが、遠距離戦仕様になる事もざらにある。
だと言うのに、

「零落白夜? ……シールド切れるのか。 じゃあ、刀身に……燃費が悪いから手元でオンオフ出来るように? おう、ありがとう。 感謝してるぜ」

明らかに奴は何らかの存在と意志の疎通を図っている。
そして、段々と奴の意識がこちら側に戻って来ていた。
一次移行が終わりに近付いているのだろう。

工業的な直線が主体だった装甲は、全体的に丸みを帯びる。
特に腕部はより分厚く、手首から肘にかけて、緩やかな傾斜がついている。
平らな板を叩き割るのは簡単だが、丸い物を綺麗に斬るのは難しい。 相手の攻撃を篭手でいなすつもりなのだろうか。
背部のスラスターは大型の非固定浮遊型でXの字の頂点に、互いが干渉しないように四つ。
目視から把握出来るデータでは、大きな機体特性の変化は認められない。
つまり、完全近接戦闘仕様のまま。
一次移行というよりは、コアからの押し付けではなく、織斑一夏の要望により改修されたマイナーチェンジ版と言った所か。
これが私の予測通りの代物なら……かなり不味い事になりそうだ。

「……こんなもんだろう。 またな、白式」

奴は一度、目を瞑ると少し遅れた、とでも言いそうなくらい軽い調子で言った。

「待たせたな、ラウラ」

「そのまま帰ってこなければいいものを……」

こんなふざけた現象を起こした代物に傷を付けてみろ。 私が研究者に殺されてしまう。
明らかに、恐らくはコアと会話をしているようにしか思えない上、男性初のIS操縦者。 どれだけの研究価値があるのか、私には理解出来ない。

『教官、試合を止めて頂けませんか』

『……無理だな。 一夏がああいう顔をしている時は止められん』

ああ、それは私が見てもよくわかる。
新しく手に入れた玩具で早く遊びたくて、仕方ない子供の顔だ。
それだけなら可愛げはあるだろうが、手にしてるのは日本の刀。 時たま世間の常識がないと言われる私でも、シュールな光景だとわかる。
それに、

『教官に止める気もないのですね?』

『はっ』

鼻で笑われてしまった……。
だが、今ので理解した事もある。
ドイツで教官をしているのは、確かに能力の上では最善だろう。 しかし、弟が好きで好きで堪らない姉には最善ではないのだ。
教官を尊敬している気持ちに代わりはないが、教官も人の子という事なのだ。

『教官の事、少しわかった気がします』

『昔のお前の言う事なら大体はわかったが、今のお前が皮肉で言っているのか。 本気なのかわからないな』

『はっ、失礼しました』

『いや、構わん』

今まで他人の表情など気にした事が無かった私だが、今の教官がどんな顔をしているのか。 それが無性に気になった。
他者に動かされるのは弱さなのか、それとも別の物なのか。
だが、それを思索する時間は今の私に与えられていないようだった。

「せっかちだな」

「いや、この前からやり合った時から、ずっと待ってたんだ。 随分、気が長い方だと思うぞ」

「レディ達の会話に割り込む無粋な男を、気の長い男とは呼ばないさ」

殺気とは違う、辺り一面に吹き上げる暴風ではなく、まるで狙撃手の視線のような、私だけを射抜く意志。
これは剣気とでも呼ぶべきか。
織斑一夏から突き刺さるように放たれる剣気に、遠慮も容赦も感じられない。
ただ勝利のみを求める冷たい意志と、烈火の如き情熱のみがある。

ふむ、他人と接するというのは、こういう事なのか。
ここまで強烈な、訓練を受けていないような素人では奴の視線に晒されただけで気を失ってもおかしくはないだろう。
だが、程度の差はあるにしても他者の欲求を知り、自分の欲求を相手に伝える事が、

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

見えたのは蒼白い光。
反射の領域で身体は、いつの間にか後ろに飛びずさっていた。

「俺だけを見て、俺だけの事を考えろよ」

常に微妙に言葉が足りていない気がする言葉。
しかし、これは取り違えようがない。

―――少しでも気を抜けば、あっさり終わらせるぞ。

奴はそう言っているのだ。
一次移行前とは比べ物にならないスムーズな斬撃に、少し遅れて鳥肌が立った。

「はっ、笑わせるなよ。 新兵」

肩のレールガンは酷使したせいで、撃てば暴発しかねないほど痛み、ワイヤーアンカーは全て切り捨てられた。
プラズマ手刀のみで、刀を持った剣客と真っ向勝負とは、なかなか分が悪い。
リーチが違い過ぎる。 この国では剣道三倍段と言うのだったか。

それにシャルル・デュノアのラファール・リヴァイヴ・カスタムのように全てのデータが公開されている訳ではない。 あれはデュノア社が技術力を誇示するためのモデルだから、話は別だが。
つまり、一次移行した織斑一夏の戦力は不明。 恐らくは桁違いに跳ね上がっている可能性すらあるし、そう予測するべきだ。
つまり、

「何らいつもと変わる事の無い闘争だ」




















―――こんなにも、身体が軽い。

新しくなった白式は完璧に、俺の動きに応えてくれる。
前は装甲同士の僅かな引っかかりがあちこちにあるせいで、微妙に動きが邪魔されていた。
だけど、今は何も着ていないみたいな滑らかさだ。
それにこの刀も、かなり使い勝手がいい。 軽いが、ただ軽いだけではなく、俺の好みの長さと重心バランス。
それに、

「はっ!」

右から左へと、俺の単一仕様能力『零落白夜』の輝きがラウラの首に向かう。
ラウラは身をかがめ、避けるが僅かにかする。 それだけでシールドエネルギーを削った。
俺の方も零落白夜を使っている最中はエネルギーが減って行くけど、刀身全てを零落白夜のエネルギーで覆う方式では無く、刃に最低限のみを纏わす事で相当、燃費がよくなった……らしい。
元の仕様は知らないしな。

まるで水が流れるように、蒼白い光が静かに刃を流れて行く。
だけど、振ればその水の流れが軌跡として鮮やかに残る。
うん、決めた。
この刀の名前は流水雪片だ。
元の雪片弐型とは、ほとんど別物らしいし、名前を付けても構わないだろう。
大体、雪片弐型って名前は正直、ちょっとな……。 多分、束さんのセンスだろ、これ。
あの人って白と並び立つ者とか、そういうの好きだし、二型でいいだろ!とか思うし。
とにかく弐じゃなければ、それでいい。

「楽しそうだな」

それまで無言のまま、俺の刃を避け続けていたラウラが口を開いた。

「ああ、今の俺に怖い物は千冬姉くらいだぜ」

「ふっ、それは私も怖いな」

初めて見た時と違い、どこか力の抜けた綺麗な笑顔を浮かべるラウラの動きは、これまた綺麗だ。
確かに俺は攻め続け、ラウラの装甲を削り続けている。
だけど、逆に言えば攻め続けてはいるが、攻め切れていないし、ラウラの芯まで斬れていない。
しかも、ご丁寧に零落白夜にエネルギーを削られないため、かする部分のシールドをリアルタイムでカットしている余裕まであるらしい。
あっさりと零落白夜に対応して来ているが、やっている事の難しさは俺がやれば即、頭がパンクする。


「で、何の話だ」

正直、この上、話す余裕まであるとなると屈辱以外の何物でもない。
とは言え、手を止める選択肢はないんだけどさ。
一次移行した白式は一呼吸のうちに十の斬撃を送る事が出来る。

「いや、何。 そろそろ決着の時間も近いんだ。
少し貴様と話をしてみたいと思ってな」

ラウラはそれら全ての斬撃を軽やかに避けてみせた。
あくまで涼やかに汗一つかいてやしない。

「俺には無いな」

「確かに貴様の言葉はこれ以上なく、刃に乗っているな。
だが、私の話を聞いてくれ」

「話している余裕があるならな!」

この表情を変えてやる。 その意志を刃に乗せて、十二十三十と重ねて行く。
しかし、ラウラはそれでも変わらずに避け、言葉を発する。

「私はデザインベイビーというやつでな。 肉親という存在を知らないのだ。 ああ、勘違いして欲しくないのだが、私は別に同情が欲しい訳ではない。 まず前提としてわかっていて欲しいだけなのだ」

今まで無口な印象とは裏腹に、ラウラが口を開くと怒涛のように言葉が流れ出した。

「私は軍人になるために生み出され、なかなかに優秀だと自負しているし、客観的に結果も出している。 ISも最初こそ適合率向上手術が失敗したが、織斑教官のお陰でこの通りだ。 どうだ、なかなか動けているだろう?」

なかなかどころじゃねえよ!
くそ……完璧に遊ばれてる。

「だから、教官を私は尊敬……いや、崇拝すらしていてな。 日本に帰る原因になった貴様を恨んだよ」

そんな事は知らん!

「言葉に出さずとも貴様の言いたい事はわかるな。 その通り、これは私の逆恨みで、貴様には何の関係がない。 だが、その事に気付かず、転校初日に殴りかかったのを、ここに謝罪しよう」

ラウラはそう言うと、刃が振り下ろされているというのに頭を下げた。

「すまなかった。 この通りだ」

ラウラの銀髪が一房、落ちた。









斬れない……!
頭下げた相手を……゛罠だとわかっていても゛斬れなかった!
無理矢理、刃を止めてしまえば身体中の動きが乱れて、次の動きへの流れに断絶が入る。
話術で気を引いて、いきなり謝罪。 お陰で完全に虚を突かれて、反射的に動きを止めてしまった!

「そして、ありがとう。 私を勝たせてくれて」

顔を上げたラウラの唇は、「停止結界」と言葉を発した。

慣性停止結界。
シャルロットが「僕も概念的な所までしか知らないけど」と前置きして、説明してくれたが……よくわからなかった。
俺の頭には恐らく脳みその代わりに、おがくずがみっしりと詰まっているに違いない。

だけど、俺にも理解出来た事が二つある。

一つ.当たったら動けなくなる。

うん、まさに読んで字の如くだ。
とにかく当たったら、一対一では凶悪な性能だろう。 何せ捕まったら、一方的に殴られて終わりだ。

二つ.恐らくは結界は見えない。
何か電磁波とかエネルギーとか波とかエーテルとか、そんな感じであれな感じらしい。
シャルロットの話を聞き流していた訳じゃないんだ。 聞いても理解出来なかったのだから仕方ないだろう。
とにかく理解は出来なくても、ラウラの攻撃の意志なら視える。

上下左右。 ご丁寧な事に時間差まで付けて、空間に投射された七本のライン。
放たれた停止結界の不可視の『糸』が、俺の腕や足を狙って絡め取ろうとしている。
この崩れた体勢では、既に避けるのも切り払うのも間に合わない。
流水雪片で防いでも、一本は止められても残りは止められない。
完全に詰みだ。
なら、

「左腕部装甲ロック解除!」

左腕を振る事によって、緩んだ装甲を飛ばす。
これで先に到達する停止結界のライン三つにひっかかり、装甲が空中でぴたりと止まる。
そして、この半の半呼吸分の時間があれば、ギリギリ間に合う!
崩れた体勢で無理矢理、右腕一本で流水雪片を振り、二つ斬る事が出来た。
エネルギーなら零落白夜に斬れないはずはない。

ラウラを斬れなかったのは、その技量のせいもある。 だけど、ラウラが回避に専念していたというのが大きい。
この停止結界の糸の動きの先で、必ずラウラは攻撃を仕掛けて来るはずだ。 停止結界の糸は残り二本。 これは避けられる。
その後のラウラにカウンターを合わせれば、















「さすがだ、織斑一夏。 教官の弟としてではなく、貴様個人を認めてやる」

何故、と思った。
停止結界の糸より先にラウラがいる。

「だが、これで終わりにしてやるさ!」

集中していた視界が、残りの停止結界のラインを視界に捉えた。
そこには巨大なレールガンが空中で静止していた。

「俺のパクリか!」

レールガンをパージして、停止結界に引っ掛けて来たのか!
すでに腕を振りかぶり、ラウラは攻撃体勢。 いつでも狙えると言わんばかりの状況。

「失礼な」

対して俺は残った時間の中、流水雪片を振る余地は無い。

「リスペクトと言え!」

ラウラの全力の一撃が放たれる。
もはや、ここまで来れば俺に出来る事はない。
そう、一次移行するまでの俺と白式だったら!

「白式!」

「何っ!?」

鉄と鉄が激突する音。
その正体は俺の左腕に握られた近接用ブレードだ。

「世界に羽ばたけ、MOTTAINAIの精神!」

「貴様が何を言っているのか、さっぱりわからん!」

雪羅とかよくわからん物を消したら、ブレード一本くらいは格納領域に入るようになったのだ。
これで後付武装に射撃武器を入れる事も出来るぜ! 射撃管制とかないけどな!

全力の攻撃を受け止めた。
今度はラウラが体勢を崩した。
次は、

「俺の番だ、ラウラ!」











こういう隠し玉が脈絡無く増えるから、移行後の機体とはやりたくないんだ!
そう泣き言を言っても、これからの展開は変わりそうにも無かった。

「俺の必殺技……」

奴はしっかりと地面を踏みしめ、右の輝く刀を腰の後ろに振りかぶる。

「瞬時加速斬りぃぃぃぃぃぃぃ!」

超高速の、ハイパーセンサーすら捉えられないような一撃が私を斬り裂いて行った。 ……のだと思う。
奴の動きを見ていたはずが、次の瞬間には空を見ていた。

「負け……る?」

確認するまでも無く、私のエネルギーは今の一撃で尽きる。
私の冷静な軍人としての思考が、そう考えている。

「待て」



―――あんなに頑張ったのに。




軍人ではない私が思う。
いや、思っただけでエネルギーが回復するはずは無いし、無駄な事を考えている。
確かに悔しいが、ベストは尽くしたはず。
なのに、

「ラウラさん……頑張れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

おいおい、簪。 お前はそんなキャラじゃないはずだろう。
お前はいつもボソボソ喋って、クールなキャラではなかったのか。
観客席で必死に大声で応援するような奴じゃなかったはずだ。
しかも、なんだ。 半泣きになってまで。



―――力が欲しいか?



力が欲しい、と思った。
あんなに必死になる簪に「お前の応援があったから勝てた」と言ってやりたい。
だって、そうだろう。
毎日、三人で寝る間も惜しんで頑張った。
パチのISをぎゃーぎゃー騒ぎながら組み立てて、ぎゃーぎゃー騒ぎながら訓練して、ぎゃーぎゃー騒ぎながら作戦を立てた。
ここで負けたら……悔しいじゃないか。



―――力が欲しいなら、



どんな手を使ってでも、悪魔に魂を売ってでも……勝ちたい。
そう思った瞬間、パチの方を見た。
どんな手を使ってでも勝とうとするパチなら、このよくわからない声に魂を売ろうとする私を肯定してくれるはずだと思って。




















「ひぎぃ! シャルルさんの汗が鼻に流れ込んで来ましたわ! 痛っ! 凄く痛っ!」

……何をやってるんだ、あいつは。
未だに埋まっているシャルルに、バックドロップの体勢でいるパチ。
必死にもがいているようだが、絶対防御は外からも内からも動けない。

「くそっ」

一人でシリアスしてるのが、馬鹿馬鹿しくなってきた!



―――力が欲しいのなら、くれてやる!

―――力は欲しいが、お前が私に従え!



これが悪魔の契約なら、悪魔の契約を破って私の力にしてやる!

―――力が欲しいのなら、

それを奪って戦う!
正体不明の存在に電子戦を開始!! クラリッサ特製ハッキングツールの力を味わえ!
ふははははははははははははは!!! どうしたんだ、悪魔よ! そんな防壁では一秒もかからんぞ!!















「…………………なんだ、そりゃ」

倒したと思ったら、次の瞬間にラウラが立っていた。
黒を主体としていたISは、まるで水銀のような鈍い輝きに取って変わられている。

「私にもわからん」

ラウラは答えると同時に一振りの刀を展開し、上段に構えた。

「千冬姉の剣……!?」

ラウラは千冬姉の動きをコピー、いや、劣化コピーしている。

「ふざけるな! それは」

「安心しろ。 これは私が従えた力だ。 私の剣だ」

これまでの戦いと一次移行。 更に瞬時加速斬りの負荷も加えて、すでに満身創痍。
エネルギーだって、燃費のよくなった流水雪片でも零落白夜を維持するのにギリギリだ。
だけど、

「シャルロットのためにも、千冬姉のそんなふざけた事を抜かすお前に負ける訳にはいかない!」

ブレードを格納領域に収納し、俺もラウラと同じ、千冬姉に習った上段に構える。
距離は間合いに入るまで三歩。
まだ、遠い。

屈辱すら感じるようなラウラの所行。
千冬姉を汚されたかのような想い。
俺の中に怒りが込み上げて来る。

「私だって、こんな不出来な物への怒りはある」

「だったら、やめろよ」

二歩。

「だけど」

ああ、もうちくしょう。
ラウラの意志がはっきりと伝わって来る。

「私にだって」

一歩。

「負けられない理由がある!」

「ふざけるな!」

―――何でそんな不細工な代物を使ってるのに、何でそんなに必死なんだよ!

流水雪片を振るうと同時にラウラの剣が、俺の装甲を切り裂いて行くのを感じた。

「負けた……のか?」

手にしていたはずの流水雪片がどこかに行っているのに気付くと同時に絶対防御が発動。
崩れ落ちるように、地面に這い蹲る。

気持ちで、負けた……。
ラウラへの怒りを維持出来ず、激突の瞬間に気組みで負けた。

「なんて……無様だ!」

























―――両者、ダブルノックダウンです! 織斑一夏、シャルル・デュノアペアVSラウラ・ボーデヴィッヒ、キシリア・スチュアートペアの勝負は引き分けとなりました。

「え?」

皆さん、頑張りましたねっ!という山田先生の声。

え、えーと……相討ちだったのか?
必死に視線をラウラへと向けると、

「くそー……勝ちたかったなぁ!」

同じように倒れ伏すラウラがいた。

「お前、そんな風に悔しがれたのか……」

「私も知らなかったがな!」

と、言いながら悔しがるラウラは、とても幼く見えた。
そして、

「もっと強くなりたいなぁ」

と、俺達の声が被さった。



[27203] 十七話『……セシリア許してくれないかな?』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/06/01 20:36
「一発芸ですわね!」

「むぅ……やはりか」

早朝のアリーナでキシリアの前にラウラが膝を屈している。

『ちょっとモーションパターンが、少な過ぎるね……』

簪は観客席から測定用の機材で、二人の動きをモニターしていた。

「最初こそ驚きましたけど、あたくし程度の遣い手でも、少し見ただけで見切れましたわよ。
そんな微妙な代物を、条約破りしてまで作る意味が、さっぱりわかりませんわね」

ラウラの水銀色のISは、鈍い光を放っている。
まるでその微妙な使い勝手のように。
昨日のタッグ戦で取り込んだVTシステムの評価は散々な物だった。

「全くだな。 最初は織斑教官の動きを真似出来るかと思ったが、動きがワンパターン過ぎる。 格納領域に勝手に収まってしまった刀やら邪魔だしな……」

全て削除するか……? ラウラはわりかし真剣に思った。

『私に……少しいじらせてくれないかな……?』

「む。 構わないが、どうする気だ? 簪の格闘戦のスキルでは、大した物にはなるまい」

現状、VTシステムの問題は明らかに格闘を知らない者が作ったという点だ。
織斑千冬の動きをコピーし、太刀行きの速さが優れているだけでは、弾丸すら回避するIS搭乗者には通用しない。
かと言って、ラウラにもキシリアにも、格闘戦で劣る簪が手を加えた所で大した差はあるまい。
せいぜい多少、出来がよくなる程度では自分で格闘した方がマシだろう。

『んっとね……出来るかわからないから……まだ秘密?』

「ふむ、まぁいい。 簪には任せられる。
パチには絶対に嫌だが」

「何でですのよ!?」

「お前に預けたら、絶対に私のシステムに、ハック用のバックドア残すだろ」

ISのシステムに、いつでも侵入出来るようにするためのバックドアを残し、戦闘中にクラックするというのは基礎中の基礎だ。
無論、反則行為ではあるのだが、仕掛けられた方が間抜けであり、はっきりとシステムダウンさせて終わらす以外にも、バレないように―――微妙に照準を狂わす。 空間投影ディスプレイに、いきなりグロ画像を送るなど―――やる方法もいくらでもある。

「当たり前ですわよ」

キシリアは、えへんと胸を張った。

「誰が任せるか!?」

「ラウラさんだって、あたくしのISの装甲の取り付け適当だったじゃありませんの!
ロケットキックは本気で焦りましたのよ!?」

『あははは……。 そう言えば……二人共、来週からの臨海学校の用意は出来てるの?
水着を買ったりとか……』

「いや、学園指定の水着で十分だろう? あれは機能性に優れている」

簪が何を言っているのか、理解出来ないとばかりにきょとんとするラウラ。

「お姉様の分は買いましたわよ!」

キシリアは、再びえへんと胸を張った。

『えっ? ぱちちゃん……自分の分は?』

「えっ?」

簪は思った。

―――この二人、私がいないと駄目だ……!






















僕のために一夏が困っている。

「引き分けだったけど……セシリア許してくれないかな?」

本当はいけない事だけど、僕のために一夏が頭を抱えているのが凄く嬉しくて、胸の奥に甘い疼きが走る。

「うーん、どうだろうね? でも、大丈夫。 もし、セシリアさんが許してくれなくて……刑務所に入る事になっても、僕はやっていけるよ」

この気持ちがあれば、僕はどこにいても耐えて行けると思う。

「いや、そんな事は絶対にさせない。 俺がシャルを守ってみせる」

う、いきなりそんな真剣な顔をするなんて、反則だよぅ……。
ずきゅんと来ちゃう。
それに、

「シ、シャルって……?」

「ん? ああ、昨日、途中でテンション上がり過ぎて、間違えてシャルロットって叫んじゃったからさ。 シャルなら、シャルルでもシャルロットでも問題ないだろ?
……それとも嫌だったか?」

「ううん、すっごくいい!
僕、すっごく嬉しいよ!」

「お、おう。 そんなに喜んでもらえるとは思わなかったけど」

えへへ、シャル……シャルだって。
ちょっとぞんざいな感じがいいよね。 犬みたいで。

「しかし、さすがに緊張するな……」

「そうだね。 でも、廊下でうろうろしててもしょうがないよ。
……行こ?」

僕は一夏の手を取った。
うん、今、凄く自然に手を繋げてる。
うわぁ、やっぱり男の人の手っておっきいし、ゴツゴツしてる。
ああ、不味い。

「お、おい、シャル。 そんなに先に行くなって! 歩きにくいだろ」

無理無理、絶対に無理!
今、僕、顔、赤い。 見られたら、ほんと、恥ずかしい!

「やっぱり……」
「ご主人様……」
「一×シャルル」
「シャルル×一に決まってるだろ、常考」
「シャルルくんは誘い受け」
「一夏くんはへたれ攻め」
「シャルルくん鬼畜攻め」
「一夏くん総受け」
「漲ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

放課後の寮の廊下には、沢山の人がいるけど、彼女達の声は僕の耳には入らない。
一夏と手を繋いでる恥ずかしさ。 これからセシリアさんと会う緊張。 一夏と手を繋いでる恥ずかしさ。 一夏と手を繋いでる恥ずかしさで頭が一杯になっていた。

「おい、シャル! セシリアの部屋通り過ぎてるぞ、シャル! 待て!」

「あ、ごめん。 緊張し過ぎちゃった」

「大丈夫だ。 俺が……何とか……セシリアを……何とか出来る気がしない……」

「だ、大丈夫だよ! 僕達ならきっと! でも……少し緊張するから手を握ってていいかな……?」

「ああ、それは構わないけど」

やったよ、合法化だよ!

「……何してますの、貴方達は。 お姉様とあたくしの部屋の前で」

そんな喜びに浸っていたら、目の前の扉が、僅かに開くと、じとっとした目を一夏に向けるパチリアさんがいた。

「よ、よう、パチリア。 セシリアは」

「貴方に合わせるお姉様はいません! とっととお家にお帰りなさい!
あたくしのウルトラお姉様タイムを邪魔するんじゃなくてよ!」

「待て、閉めるな!」

「フシュー……ギニャア!」

「引っかくな!? 痛い!」

「キシリアさん、お二人を通して差し上げてくださいな」

扉の向こうから、セシリアさんの落ち着いた声が聞こえた。
ヤバい。 駄目だ。 浮かれてたら、セシリアさんに太刀打ち出来ない。

「はい、お姉様! ……お入りなさい、この生産性の無いカップルどもめ。 お姉様のマリアナ海溝より深いお慈悲に感謝する事ですわね!」

最後にパチリアさんは、僕達の繋いだ手を見てから言い捨てた。
……そう言えば、彼女は僕が男の子だって思ってるんだよね。

「?」

パチリアさんの言葉に、不思議そうな顔をしている一夏を見たら、少し落ち着いて来たから……まぁいっか。
カップルだって……えへ。





「はい、シャルルさん。 粗茶ですが」

「ありがとう」

「……けっ」

「おい、待て。 なんで俺には生の玉ねぎなんだ」

「皮は剥いてありますわよ」

「食えるか!?」

「キシリアさん、わたくしお二人とお話がありますの。 少し静かにしててくださいね」

「はい、わかりました!」

レースの付いた上品なテーブルクロスがかかったテーブルに、俺とシャルは座った。
正面にはセシリア。 そして、パチリアが、お腹の部分に張り付いていた。
しかし、セシリアの気品はパチリア一人がしがみついていても、損なわれてはいなかった。
……突っ込まないぞ。

「一夏……」

「俺は何も言わないぞ」

「えへへ……むにっ……むにっ」

「うん、そうだね。 僕が言わなくちゃ」

あいつ、たまに頭でセシリアの胸の感触を楽しんでやがる……。
これはどう考えても、俺が何か言ったらセクハラだろう。

「まずはシャルルさん、いえ、シャルロットさんとお呼びした方がよろしくて?」

「……僕はシャルルです。 それで押し通す事にしました」

……いや、待てよ?

パチリアがセシリアの胸を頭で押す。

揺れる。

それを見る俺もセクハラ。

これはやっぱり突っ込むべきなのか……。

「いいのか、それで……?」

「一夏……。 うん、大変だと思うけど……それでも僕は一夏と一緒にいたいんだ」

シャルが俺の手を、ぎゅっと握った。
だよなー。 突っ込んでも、突っ込まなくても大怪我しそうだぜ。

「あらあら、お熱いですわねえ」

確かに貴婦人然としたセシリアだけど、人一人を抱きつかせていては暑いだろうな。

「そ、それで! 引き分けでしたけど、僕は!」

「あら? わたくしが出した条件は、シャルルさんがキシリアさんに勝つ事でしてよ。
華麗ではありませんでしたが、キシリアさんの絶対防御が、シャルルさんより先に発動していましたもの」

「え?」

「シャルルさんのパイルバンカーで、キシリアさんの絶対防御が発動。 キシリアさんに抱きつかれていたせいで、瞬時加速中だったシャルルさんが地面に激突。
違いまして?」

「ハァハァ……お姉様分補給が久しぶり過ぎて、もっとむにむにしたいですわ……! むにっ……むにむにっ」

やっぱ、これは突っ込むべきだって!
何というかぷるんぷるんで……ヤバいな!

「あ、ありがとうございます!」

更にシャルの手に力が込められた。
あれか、落ち着けという事だな。
オーケー。 クールに素早く。 クールに素早く。

「お礼を言われる事があったかしら?」

「そ、それでもお礼を言いたいんです」

「あらあら、それならこれからは、わたくしとキシリアさんと仲良くしてくださいね?」

「はい!」

いや、だが……どうする、俺。
突っ込んだら、セシリアに恥をかかせる事になるかもしれない。
だが、パチリアのセクハラは、さすがに目に余る……。

「あと……一夏さん?」

「ん? どうした、セシリア」

そんなに顔を赤らめて。

「そ、そのわたくしも……レディですので、あまりじーっと胸ばかり見つめるのは……し、失礼ではなくて?」

普段は凛としたセシリアが、恥ずかしそうに胸を隠してるのは可愛いな……って!

「ち、違う!」

「一夏のえっち……」

「シャルまで!?」

「み、見たいなら、僕が見せてあげるよ!?」

「一夏さん、あんまりえっちなのはいけませんわよ」

めっ!と子供を叱るようにセシリアは言った。
ち、ちくしょう、味方はいないのか!?

「プークスクス、プークスクス」

慌てるな、これはパチリアの罠だったのか!
ジャジャーン! ゲゲェ、セシリア!まで来たけど、まだ取り返せるはずだ。
しかし、これまたすげえ憎たらしい顔してるな、パチリア……。

「違う、俺が見てたのはパチリアなんだ!」

「あらあら」

「一夏は……ちっちゃい方が好きなの……?」

「うぇい!? ……お、お呼びじゃないんですのよー!」

ばーかばーか!と喚くパチリア、何だか悲しそうなシャル。
頬に手を当てて、微笑むセシリア。

「どうしてこうなったんだ!?」

誰かこのカオスの原因を教えてくれ!

「俺はただパチリアに突っぐえっ!」

「教育的指導ですわ」

そう言って、玉ねぎを俺の口に投げ入れたセシリアは、穏やかに微笑んでいた。
……ああ、辛い。










注・玉ねぎは一夏が責任を持って、次の日の自分とシャルのお弁当にしました。




















「やぁやぁ、ちーちゃん、久しぶりだねっ! ……あれぇ、今日は束さんからかけたのに切られないよ!?」

『話があるんだろう?』

そこにマッチ棒がある。
それも大量に。
どの程度、大量かと言えば2億と飛んで3本。

「うーん、この扱いも何だか寂しいな……。 もう、ちーちゃんに身も心も、束さんは調教されちゃってるんだね!」

『切るぞ』

狭い部屋の中、2億と3本のマッチ棒が蠢き続ける。
正確にはマッチ棒を掲げる異形達。

「待って待って待ってよー! 久しぶりのちーちゃんだから束さん、ちょっぴり興奮しちっただけなんだよ!」

『で? 手を回したのは、お前だろう?』

それは二足歩行の鎧。 見る者が見れば、それは一次移行した白式に似ている事に気付くだろう。
それが2億と3体。

「どっちの事かな〜? VT(ヴァルキリートレース)システム? それともいっくんの事?」

『両方だ。 まさかお前が、私と一夏と箒以外に手を貸すとは思わなかったぞ』

「VTみたいな不細工な代物は束さんの趣味じゃないのさ!
それこそ全部、根こそぎ物理的にもデータ的にも、きーっちり吹き飛ばしておいたよ。 残ってるのは、VTを実際に使ってる子の中だけだねっ!
あれはもうコアのシステムに融合しちゃったから、初期化するしかないね。 してもいいかな?」

『駄目だ。 死者は?』

サグラダファミリア。
システィーナ礼拝堂の壁画。
マチュピチュ。

「もちのろんで当然、0さ! ちーちゃんの言い付けを破る束さんじゃないのさっ! 偉い? ねぇ、偉い?」

『ああ、ウザいな』

「わーい、やったぁ! ちーちゃんに誉められちった!」

数々の建物、絵画。 ありとあらゆる存在が、マッチ棒で表現されていく。

『ちっ……まぁいい。 一夏は』

「うん、いっくんの方はあちこちの研究機関から、危うくモルモットにされる所だったけど、"私がお話しておいたよ"」

『お前、何をした!?』

「えへっ☆」

壮絶なまでの技術の無駄遣い。
しかし、これすらも彼女にしてみれば、ただの暇つぶしに過ぎない。

「それはともかく……ちーちゃんにお願いがあるんだ」

『……なんだ、珍しい。 お前が私に頼み事とは』

「うん、実は」

人間オーパーツとでも言うべき天才性。 それと同じくらいの幼児性。
その二つを兼ね備える彼女こそ、

「私にセシリア……オルコットだっけ? 紹介してくれない?」

ISの開発者、篠ノ之束であった。

『お前が……セシリアに興味を……?』

「うーん、興味じゃないかな。 これは……。
おっと、キャッチホンだ! ちーちゃん、束さんが恋しいからって泣いちゃ駄目だぞっ! ばいにー☆」

『待て、束! どういう事だ!』

がちゃん、と音を立てて束は、古式ゆかしい電話を切り、再び受話器を取った。

「もすもすー、箒ちゃん! おっと、おっと、おっとっと! 皆まで言いなさんな! わかってるわかってるわかってるよ。 束お姉ちゃんには、箒ちゃんの事は全てまるっとお見通しさ!
欲しいんだよね、君のISを! 絶対無敵、華麗に最強!
……箒ちゃんは誰にもいっくんを渡さない力が欲しいんだよね?」

薄暗い部屋の中、ディスプレイに照らされた束の顔は、楽しそうに笑っていた。
とてもとても楽しそうに笑っていた。




















「うわーん! レギュレーション変更、今日中とか終わりませんよぅ!?」

「おつかれさまでしたー」

「おーつ」

「誰か手伝っ……あれぇ、誰もいませんよ!?」

泣きながら仕事に埋もれる真耶を見てみぬ振りをする情けが、IS学園の教師達にもあった。



[27203] 真面目に書く気の無い人物紹介
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/06/02 02:58
『パチリア』・オリキャラ。
主人公なのだろうか、とよく悩む。
しかし、扱いとしては間違いなくヒロインでは無い。
ヒロインをここまで汚れにする勇気は無いよ!

本名はキシリア・スチュアート。 十八歳。
たまにキシリア・オルコットと書いている時がある。
お姉様が大好き過ぎて、うっかり世界を滅ぼす勢い。
でも、百合ではなく、お姉様限定。
性格はディアッカくらいに冷酷。
料理もディアッカ並みにうまい。
掃除も出来るが、料理しても後片付けはしたくないタイプ。
一夏にフラグが立っているようで、まだギリギリ立ち切ってはいない。

専用機『名称募集中』
専用武装『無し』
汎用武装『両手剣、鉄板、生卵』
コア『セシリアが無人機から略奪した』

なんだこれ。

『セシリア・オルコット』・ヒーロー
ちょろくないセシリアをテーマにしたら、難攻不落絶対無敵要塞セシリアになった。
十五歳。十八歳の義妹がいる。
強い。 負け越してはいるが、接近戦で更識楯無と戦える。
IS戦闘でどちらが強いかは不明。
パチリア曰わく「超変態機動で、絶対に一緒には戦いたくないのですわ」
その戦闘能力から、数々の異名を持つが、本人的に気にいる可愛いのが無いのが悩み。
人間台風はさすがにあんまりじゃないかと遺憾の意を表明したら、言った相手が泣いて謝った。

曰わく、拳銃一本でマフィアを潰した。
曰わく、プロのIS乗り十機を単独で落とした。
曰わく、射撃戦のみに限定すれば現役最強。

存在しないはずの員数外ISとの戦闘経験多数。

専用機、専用武装共に変更点は無し。
微妙機体で超絶技能。

『織斑一夏』・原作主人公
原作と違い、まともに強い。
接近戦に限れば、学園上位クラス。
毎朝、千冬に稽古されている。 毎日、ランニングで走り回っている。
性格は原作と改変は無し……のつもりでした。
何か決定的に違う気がするが、よくわからない。
あと、迂闊な発言の数々は原作と変わらない。 変わっているのは、タイミングのみ。

専用機『白式(一次移行)』
専用武装『流水雪片(刃にのみ零落白夜に纏わせた刀)、一次移行前に使っていた近接用ブレード』
単一仕様能力『零落白夜』

スラスターは直線加速はさほど変わらないが、即応性と取り回しがよくなっている。
原作二次移行武装は全て削除されている。
二次移行したら、どうなるのかしら。

『織斑千冬』・最強
しかし、何か駄目人間。
お酒大好き。
変な必殺技は沢山、持っている。
事務仕事とかしたくない。
ファミリアは山田真耶。

『ラウラ・ボーデヴィッヒ』・隊長
前作からの焼き直しで、腹ペコキャラ。
彼女がカレーを食べられる日は来るのか?
読者の皆様のラウラへの愛が、彼女にカレーを食べさせる事になる。

パチリアには、ご飯で釣られてタッグマッチを戦う事になった。
パチリアと簪との友情と熱血に目覚めた結果、一夏に負けそうになって動き始めたVTシステムを乗っ取った。

専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』
VTシステムを取り込んだせいで、水銀のような色になっている。
専用武装『両手のプラズマ手刀、肩部レールガン、ワイヤーアンカー、VTシステムで作った刀』
専用機能『停止結界』
特殊機能『クラリッサ特製ハッキングツール』

『更識簪』・ヒロイン
誰のヒロインかは知らない。
多分、これからすげえ苦労する。
パチリアとラウラに挟まれて苦労する。
臨海学校には行く事にした。
自分の専用機をいじるより、VTシステムの改良に手を出している。 お人好し。

専用機『打鉄弐式(未完成)』
専用武装『未完成』

『シャルル・デュノア』・天然ドM
本名シャルロット・デュノア。
デュノア社から男子生徒として、一夏に送り込まれたスパイ。
セシリアに一目でバレた。
ヤケクソになって一夏に抱かれようとしたら、一夏のポ力(何らかの特殊なフラグ構築能力。 多分、GN粒子か、ゲッター線由来)にヤられた。
まだ、ヤられてはいないが、本人としては、いつでもカモン状態。
タッグマッチでは地面に刺さった。
ここまでシャルの扱いが悪いIS二次創作は、アンチでも無い限りない気がする。
何故か私がシャルを書くと扱いが悪い。 別に嫌いではないのですが。
原作とは違い、女バレしていない。
一夏がご主人様。
夏の某イベントには、一夏との薄い本が大量に並ぶだろう。

専用機、専用武装共に変更点は無し。

『更識楯無』・生徒会長
いきなり登場したら、いきなりセシリアに蹴り飛ばされた。
原作セシリアの次に踏み台にしやすいよね! ちゃんと戦わせる予定。
簪に友達が出来て、こっそり喜んでいる。

『篠ノ之束』・コンセプトは秘密
書く前は悩んでいたものの案外、書きやすい。 読んで、違和感はないでしょうか?
主人公側に立つと、何でもあり過ぎて下手なピンチでは「何で束さん何もしなかったの?」となる。
敵側に立たせると、どこまで強化するべきかわからなくなる。
どちらにしても扱いに困る人。
セシリアに何らかの感情を持っている。

『アーリー・アル・サーシェス』・強い、しつこい、ヒロシ
出ない。

『ルーデル』・ルーデル
クローン説、転生者説があるものの出番はない。
一応、言うと♀。

専用機『スツーカ。 第二部でA-10に乗り換える。 でも撃墜されて、またスツーカに』
専用武装『無し』
エースパイロットボーナス『ソ連人民最大の敵・対ソ戦に限り、ダメージ最終計算に×3。 出撃時、気力200。 但し現在、ソ連は存在していない』
サブパイロット『ガーデルマン。 努力、補給、再動など欲しい補助的な精神コマンドは揃っている上、豊富なSP量を誇るサポートの鬼。 しかし、幸運だけはない』

『篠ノ之箒』・空気レッド
『鳳鈴音』・空気パープル
二人は空気ュア!
これから出番の予定はちゃんとあるよ!



[27203] 幕間『誰が立っていいと言いましたの』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/06/06 19:02
熱したフライパンに、オリーブオイルを敷く。

―――一つ焼いては、お姉様のため。

十分にオリーブオイルに熱が回った所で、砂抜きしたあさりをさっと投入。

―――二つ蒸しては、お姉様のため。

全体に行き渡るくらいの白ワインを、さっとかけて蓋をする。
キシリアの好みで言えば、もう少し香りが強い方が好ましいが、セシリアの好みはこの辺りだった。

―――三つ作っては、

「……今度、ラウラさんと簪さんに作ってあげる時は、あたくしの好みにすればいいですわね」

特にラウラは味が濃ければ上等だ、とでも言うような貧乏舌だ。
確かに作る方としては楽だが、作り甲斐が無い。
逆に簪は薄味が好みだから、結局は味の好みは好きにやるしかない。

「全く……手間のかかる事ですわねー」

そう言って、フライパンの蓋を開けるキシリアの顔は、自分でも気付かないくらい、僅かに微笑んでいた。










セシリアは日本の夏が好きになりそうだった。
祖国イギリスよりも窓の外には、はっきりと夏の香りが溢れている。
春が終わり、桜の花は散ってしまったが、木々は生き生きと、葉っぱの一枚一枚まで、闇夜に負けず、翠鮮やかに自己主張している。
暑い暑い夏が、すぐそこまで来ていた。

「ですが………何か来そうですわね」

風の中に嫌な、何か生臭い欲望の臭気を感じた。
セシリア・オルコットは理論派だ。 根拠無く、何かを盲信する事は出来ない人間だと自己分析している。
だが、自分の勘は別だ。
幾多の死闘を生き残って来たのは、自らを信じて来たからだ。 自らの勘を信じて来たからだった。
そう遠く無い未来に待ち受ける死闘の予感を、セシリアは嗅ぎ取った。

「あら」

「お待たせしました。 今日のあさりの白ワイン蒸しですわよ!」

そんな生臭い欲望も、現世のあさりの香りが吹き飛ばしてくれた。
一人では悪く考え過ぎる傾向にある自分には、やはりキシリアは必要なのだとセシリアは思った。

「ありがとう、キシリアさん」

「へ?」

何を言われているかわからないという妹の表情も、また愛しい。
気付けばセシリアは、キシリアの頭を撫でていた。

「……えへへ」

幸せそうに笑いながらも、給仕の手を止めないキシリアに、セシリアは思った。

―――………わたくしもお料理のお手伝いをするようにいたしましょう。

セシリア・オルコット、通算752回目の決意だった。





「そう言えば明日はお休みですけれど、キシリアさんは何かご予定がありまして?」

思えば箸を使うのにも、随分と慣れて来た。
あさりの身を見苦しくないように、丁寧に外し、口に運ぶのも今では慣れたものだ。

「えっ!?」

それと同じように、セシリアにべったりだったキシリアにも色々と変化がある。

「あら、どうしましたの?」

「あ、明日はそ、その実は……ラウラさんと簪さんとお買い物に!」

そんなに慌てる事は無いだろう、とは思うが、やはりキシリアの人間関係にはまだ歪みがある。
どこかまだ他人を、セシリアを信用し切れていないのか。
そんな嘆きよりも、前に進んでいる事の喜びがセシリアの胸に広がった。

「あらあら、わたくしは誘って頂けませんでしたのねー」

―――あら、ちょっと意地悪しようと思ったら、笑いが隠せませんわ。

「ち、違いますわ! え、えっと……何が違うかわかりませんけど……。
とにかく、あたくしが一番、好きなのはお姉様ですの!」

そんなに慌てなくてもわかっているのに、と思う。
自分がいつかいなくなっても、誰かがきっとキシリアを助けてくれる。 それを信じられる。
それは間違いなく、いい事なのだろう。

「うふふ、ちゃーんとわかってますわよ」

「も、もうっ! あんまりからかわないでください!」

「明日は沢山、お友達と楽しんで来るといいですわ。
……ちょっと、電話してきますわね?」

「はいっ!」

あさりも美味しかった。
日本の夏も、とても綺麗だ。
満面の笑顔のキシリアも可愛くて仕方ない。
そんなウキウキとした気持ちを胸に、セシリアは寮の談話室へとやってきた。
幸いと言うべきか、そこには誰も居らず、ノロケ話をするには最高だ。

「…………もしもし、楯無さん? 聞きましたか? いやですわ、明日、うちのキシリアさんとラウラさんと、お宅の簪さんがお買い物に行くんですって!
……あら、それは申し訳ありませんでした。
こうなったら、楯無さんも臨海学校に……生徒会の仕事なんて、知りませんわ!
姉が妹と仲良くするのは、水が上から下に流れるくらい当然の摂理ですわよ!
……ええ、そうですわね。 ですから、楯無さんと簪さんの仲直り大作戦を決行いたします。
…………………虚(うつほ)さんが何て言うか? なら、虚さんを説得出来れば問題ありませんわね? ……それでも女ですか、この軟弱者! わたくしが虚さんを説得いたしますわ!
貴方は臨海学校の用意を、ウキウキしながらしていればいいんですのよ!」

セシリアは携帯を切った。
その足で向かうのは、布仏虚の部屋だ。
更識家に代々、仕える布仏家の者が姉と妹の仲直り大作戦の邪魔をするはずがない。
そう確信する力強い足取りで、セシリアは廊下を突き進む事にした。

―――我ながら、仲直り大作戦とは、ナイスなネーミングですわね!

セシリアは、ウキウキしながら虚の部屋に向かった。


















セシリアが走り回っている同時刻、寮の廊下。

「むぅ……」

鈴音は悩んでいた。
元々、IS学園に行く気がなかったせいで、一夏と同じ一組に転入出来なかった。
すでにフランス代表候補生と、ドイツ代表候補生がねじ込んでいたのだ。
先に転入してきたものの、手続きの遅さは如何ともし難い。
もし、ここで中国代表候補生の鈴音が、更にねじ込むような事があれば、アメリカやイタリアなど各国が一斉に動いていたはずだ。
それだけ男性初のIS搭乗者は重い。 現在、ギリギリのバランスで、いつ爆発してもおかしくないような状況、というより束が動いていなければ爆発していた。
一次移行では謎の現象を起こし、ありとあらゆる意味で規格外の一夏の上には、各国の思惑がずしりと乗っている。

「一体、どうすれば一夏を落とせるのかしら」

しかし、一夏本人も国の思惑は知らないが恋する乙女、凰鈴音も、また知らない。
知っていても、まったく気にしない。

「やっぱり二組ってのは、チャンスが少ないわよね……。 何かいい手はないかしら?
自然に一組に行ける方法……友達を作るとか……。 うーん、駄目だなぁ。 どうやって友達作ればいいかわかんないし」

言いたい事をズバッと言うせいだ。 鈴音もわかってはいるが、わかった程度で、生まれ持った性分があっさり変わるなら苦労はない。
友達がいない訳ではないが、意識して友達を作った事がないのだ。

「うーん……相手が同じくらい言い返して来る相手ならいいんだけど、一組に喧嘩売って回る訳にもいかないし……」

その発想はおかしい。 そうツッコミを入れてくれる相手がいない。
そろそろ毎回、ネタを作って一組に突撃するのは辛いのだ。 毎日、自然に一組に行くネタもない。 ネタもないのに一夏に会いに行くのは恥ずかしい。
しかし、友人をダシにすれば、恥ずかしさも無く、自然にお昼に誘う事も可能だろう。
こんな恋する乙女を哀れんだ神の采配であろうか。

「助けて……! 助けてください……凰鈴音さん!」

鈴音に声をかけた更識簪にとって、それが幸せなのかはわからないが。
とにかく結果から見れば、

―――鴨が葱を背負って来た。

と、いう事になった。


















セシリアが目を覚ますと、ベッドには他に人はいなかった。
あまり朝から動きたくないセシリアと、朝から訓練を始めるキシリアでは時間帯が合わない事が多いが、ベッドに残った暖かさから見て、一時間前には、どこかに行ったらしい。
時計を見れば、午前十時。

「朝ご飯は申し訳ありませんけど、食堂で食べてくださいませ……」

ベッドサイドの小さなテーブルには、キシリアの丸っこい字で書かれた書き置きを読み上げた。

「……食堂も決して美味しくない訳ではないんですけれど」

むしろ、各国からのエリートを集めたIS学園の食堂だ。
質は言うまでもなく、各自の宗教に合わせる事が出来るだけの豊富な種類もある。
しかし、セシリアの好みを知り尽くしたキシリアの料理には勝てはしない。
セシリアは食堂に行くのが、微妙に億劫だった。

「そうですわ! 自分で作ってみましょう」

トーストとスクランブルエッグ程度の朝食のくらいなら、何ら問題ないはずだ。
そう寝起きの頭で考えたセシリア。
これが隣室の住人に、異臭がするという事で通報される、一時間前の事であった。















プップー、と軽快にクラクションを鳴らしてやって、学園前に横付けする軽自動車。
運転席には、

「皆様、お揃いですわね……って毎回、一人はこっそり増えてますわね」

キシリア。

「あはは……」

と苦く笑う簪を挟んで、

「私だって、好きで来てる訳じゃないわよ! でも、この女が……」

「ふんっ! 貴様に来てくれと頼んだ覚えはないな!」

「何ですって!?」

「なんだ。 やる気か?」

互いに威嚇し合うラウラと鈴音がいた。

「何ですの、これ」

「あはは……」

簪は昨晩、鈴音に助けを求めた事を後悔していた。





「だ!か!ら! 何回も言ってるけど、ファッションってのは、機能性だけじゃないのよ!」

「機能性を重視して何が悪いか! 貴様はファッションで戦争をする気なのか!」

「戦争は関係ないわよ!」

「……狭いんですから、静かにしてもらえないでしょうか」

「あはは……」

間に挟まれる事に疲れた簪が助手席に逃げた事により、後部座席では紛争が継続中である。

「何がありましたの、これ?」

「えっとね……昨日、ラウラさんが水着なんて、何でもいいって言い出したから説得してたんだけど…………説得しきれなかったから、鈴音さんに助けてもらったの。
鈴音さん、中国代表候補生で、よくファッションモデルやってるから……」

国家代表候補生ともなれば、広告塔としての仕事もある。
IS搭乗者専門の雑誌もあるほどの人気であり、その中でも鈴音はスレンダーな体型と活発な雰囲気で、かなりの人気だ。
セシリアにも、よくオファーが来ているが絶対に出ない事で有名であった。

「……相性悪いですわねー、あの二人」

「うん……ごめんね」

「構いませんわ。 ラウラさんのお相手を押し付けてる間に、あたくし達はゆっくり選びましょう?」

「あはは、それはちょっとひどいかな。 ……そう言えば、この車ぱちちゃんのなの?」

「そうですわ。 中古車ですけれど。 本当はマゼラーティのグラントゥーリズモSとかに乗りたかったですわねぇ……」

「車はよくわかんないけど……何でその車にしなかったの?」

「足が届かないのですわ……」

「ごめん……」

「スクール水着の何が悪いかー!」

「悪い所以外あるかー! スク水なんて変態ロリ野郎以外に需要ないわよ!」

騒がしい後部座席とは対照的に、二人は微妙にテンションが落ちた。











学園からモノレールで一本で約十分で着くが、ぐるりと遠回り車で約三十分。
キシリアは自分の趣味で車を出したのだが、その事を後悔し始めていた。
駐車場に車を置いて、駅前のショッピングモールに歩いて来る間も、ラウラと鈴音の争いは止まらない。

「だったらいいわよ、私があんたを可愛くしてあげる。 今からぎゃふんと言う準備してなさい!」

「ぎゃふん。 これでいいのか? ん?」

「ムキー!」

「……置いて帰りましょうか?」

「あはは……」

朝から続く喧嘩に、さすがにうんざりである。

「よし、わかったわ……」

ショッピングモールのエントランスホールで、鈴音は宣言した。

「ボーデヴィッヒ、こいつで決着を着けましょう」

「ふむ、これは……」

鈴音が指した先には、おどろおどろしいゾンビの群れが描かれたポスターがあった。

「これは……ショッピングモールオブザデッド……! 現役グリーンベレーでもクリア出来ないと言われる超絶クソ難易度のガンシューティングゲームが、こんな場所にあるだなんて……!」

「簪さん!? いきなりフルスロットルで、何を言い出しますの!?」

「ほう、面白い。 ならば私が見事、クリアしてみせよう」

「先にやられた方が負けよ!」

「三階にあるらしいよ……!」

「簪さん!? 何故、貴方が一番、先頭で歩いてますの!?」










「ルールは単純よ。 協力プレイで先に倒れた方が負け」

「敗者は今日一日、勝者の奴隷。 ふっ、容易いミッションだ」

「ごめんね、ぱちちゃん……このゲーム、三人用なんだ……」

「……いや、別にいいですわよ。 それより何で簪がナチュラルに参加してますのよ」

巨大な画面の前に三人が立つ。
手にするは、ゲームには相応しくない無骨な鉄の拳銃。
無論、コードが繋がり、実際に撃てる訳ではないが、無駄に凝っている。

「フッ……あんなお嬢ちゃん達が、このゲームをクリア出来るはずないだろうな」

「誰ですの、貴方」

妙なギャラリーが出来ているとも知らず、三人は硬貨を投入。

「謝るなら今のうちよ、ボーデヴィッヒ」

「笑わせるな。 ドイツ軍人に敗北は無い」

「えへへ……初めて、お友達と協力プレイ……えへへ」

三者三様の思惑。
しかし、そのような事は何ら影響する事も無く、惨劇の幕は開く。
画面には海外にありそうな巨大なショッピングモールが映し出された。

『ヘイ、ボブ。 こんな話を知ってるかい?』

『なんだい、ジョニー?』

『ある日の午後、道を歩いていたら、向こうから赤い洗面器を頭にのせた男が歩いてきたんだってさ』

『それで? それで?』

『ジョージは勇気をふるってその男に聞いてみました。 すると彼は「実は」』

「長いな」

ラウラがスタートボタンを押すと、ムービーがスキップされた。

「そこまで行ったら、オチが気になりますわよ!?」

ショッピングモールの前に大量の、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。
画面が切り替わるとキシリアが一瞬、いきなり最終ステージに来たと錯覚するほどのゾンビの群れ。

「始まったぜ……この一ステージ目からクリアさせる気の無いゾンビの群れ。 どうやってクリアする気か、見せてもらおうじゃねえか……」

「だから、誰ですの」

「この程度か」

言うより早くラウラは発砲。 的確な二連射で頭と胴に、鉛玉を叩き込む。
狙われたゾンビは確実に撃破。

「はっ、そんなとろくさい射撃で私に勝てると思ってんの?」

対して鈴音はぶっぱである。
とにかく弾をバラまいたら勝ちとばかりに、ひたすら連射。
的確に一体ずつを倒すような事はしないが、辺り一面を吹き飛ばすかのような弾幕である。

「…………………」

無言。 画面の照り返しで、簪の眼鏡が輝く。
確実に倒すが、スピードの遅いラウラと、倒し損ねの多い鈴音をフォローして行く。
何気に一番、ゾンビを倒し、ポイントを稼いでいる。

「やるじゃないか、お嬢ちゃん達……」

「ああ、俺達、名古屋A's並みの連携だな。 しかし、この先は……俺達でもクリア出来なかった」

「……増えましたわ」















―――同時刻、ショッピングモール2F

「何故、女は毎シーズン新しい水着を買いに来るんだろうな、山田くん」

千冬の颯爽とした黒スーツ姿は、道行く者の耳目を引く。
すれ違って、振り向くのは女性の方が多いが。

「織斑先生だって女性じゃないですか。 それに」

真耶は胸元を抑えると、

「私……ま、また胸のサイズが合わなくなっちゃいましたし……」

そこにある豊かな母性は、人を傷付けぬ柔らかな愛を見る者に感じさせる事だろう。
約束された豊穣の大地は、そこにあった。

「………………………」

「お、織斑先生……? 目が怖いんですが……」

「山田くん、前から言おうと思っていたが何故、いつも胸元が空いた服ばかり着るんだ。
君は青少年の模範となる清楚な装いをだな」

「実は……ブラウスとか着ると、ボタンが弾け飛んじゃいまして」

「貴様、その乳で一夏を誘惑するつもりか……!」

「!?」

「なんだ、その手が有ったか!みたいな顔は!? ええい、貴様に私の一夏はやらんぞ!」

「あ、織斑先生、あっちが騒がしいですねー?」

「……後でゆっくりと話を着けようか、山田くん」

千冬から逃げるように、早足で歩く真耶の進行方向は確かに騒がしかった。
その先にあるアクセサリーショップからは、

「……待て、何だか聞き覚えのある声がするぞ」

「ですねー……」

店内には何人かの客がいるが、その中でも一際、目立つ美少年が二人。
一人は黒髪。 細身ではあるが、男を感じさせるような筋肉をTシャツの下に隠している。
しかし、少しぼやっとした表情は母性をくすぐり、いざ事あれば引き締まるであろう表情を想像するだけでフラグが立つ。
人呼んでフラグ職人、織斑一夏。

もう一人は金髪。
ラフなジーンズと、何故か一夏とお揃いのTシャツという服装でも、その気品は隠し切れない。
一夏よりも、細身な身体は触れれば折れてしまいそうなガラス細工か。
言葉は要らず、ただ微笑むだけで数々の女を失神に追い込むシャルの美貌は、今まさに喜びのみを表に出していた。

「本当!? 本当に買ってくれるの、この首輪!」

「あ、ああ、シャルには普段から世話になってるしな。 ……あと、それチョーカーな?」

「うわぁ、僕すっごく嬉しいよ! ねぇ、自分じゃ首輪着けられないから一夏が……して?」

「お会計してからな。 あと、首輪じゃなくて、チョーカーな?」

「駄目ぇ……。 早くぅ……」

「え、いや、でも……」

困った一夏が、女の店員を見れば、イイ笑顔で親指を立てていた。

「是非、お願いします!」

「え、いいんですか? よし、シャル、顎を上げて」

「う、うん……!」

一夏の指がシャルロットの首にかかる。
その指が、ひんやりと感じるのは一夏が冷たいのか、シャルロットが熱を持っているのか。

「(つ、冷たい一夏……キュンと来るね。 でも、たまには優しくしてくれると……ズキュン!だね)」

興味津々どころか、カメラすら持ち出す者がいる。
衆人環視の中、美少年二人のプレイというスーパーご褒美タイム。

「あっ……!」

「ごめん、少し苦しかったか?」

チョーカーがシャルの首に巻かれた。

「大丈夫、もうちょっと……もうちょっと苦し目……じゃなくて、キツい方がいいかな」

「こうか?」

「やぁっ……ぼ、僕……!」











「さすがに今回は貴様が先だ、デュノア」

ごつん!
シャルの脳天に千冬の拳骨が落ちる。

「ゲエッ、千冬姉!?」

「お前は場を弁えろ!」

千冬の腰の入ったボディが、一夏の鳩尾に抉るようにして入り、膝から崩れ落ちる。

「カヒュー……カヒュー……」

腹を抑え、頭を下げたせいで土下座にしか見えない一夏を千冬は踏んだ。

「何を言っているかわからん!」

遠慮容赦なく踏んだ。

「……あの、ご迷惑おかけしております」

「いえ、美少年と女王様も守備範囲ですから」

真耶は店員の返事に答えに窮したが、

「はぁ……結構なお点前で?」

そう返す事にした。
















「俺達、栃木ストライカーズがクリア出来なかったというのに……!」

「まさかこんなお嬢ちゃん達が……」

「ヒュー! 渋いねぇ、まったく渋いねぇ」

ギャラリーからの暖かい拍手の中、ラウラは鈴音と、鈴音はラウラと正面から向き合った。

「なかなかやるじゃないか、凰」

「鈴よ、ボーデヴィッヒ。 友達は鈴って呼ぶわ」

「わかった、鈴。 貴様も私をラウラと呼べ」

「ええ、ラウラ」

がしっと握手する両者。

「仲よし……!」

「何を言ってる、簪。 貴様のフォローが無ければ、私達はやられていたさ」

「そうよ。 私達、最高の仲間じゃない」

「うん……!」

麗しい三人の友情に、ギャラリーの中には泣き出す者すら出てくる。
それだけの激闘、死闘であった。
それだけの絆を、三人は積み重ねたのだった。

「……あれ、ぱちちゃんは?」

「むぅ、パチは団体行動を乱す奴だな」

簪は何も言わない事にした。
誰だって保身は大事だ。
簪とて心に棚はある。

「あ、あれじゃない?」

鈴音の示す方を見れば、確かに小さい体躯に金髪のキシリアがいた。
待合い席のソファーで小さな子供達に囲まれている。

「おーっほっほ! あたくしのターンですわ! そして、ターンエンドでしてよ!
あたくしの終末のカウントダウンまで、あと一ターン……。 超えられますかしら?」

「くそう……この姉ちゃん、トラップカードと攻撃ロックばっかじゃないか……。
プロミネンスドラゴン二枚……どうすりゃいいんだ……!」

「シンジくん、諦めちゃ駄目! カードを信じるのよ!」

「! ……ああ、あかり。 目が覚めたぜ。
俺はこのカードに賭ける!!
俺のターン……ドロー!」

シンジはカードを信じた。
きっと、そこに勝利があると信じて!

「姉ちゃん……これで最後だ……!
モンスターを二体リリースする事により、リボルバードラゴンを召喚!」

「おおっと、奈落の落とし穴発動ですわ!」

「うぉぉぉぉい!?」

「ふっ……まだまだでしたわね。 それでは、貴方の誇り……リボルバードラゴン頂きますわ!」

「くそっ……! くそぉぉぉぉぉ!!」

少年は涙した。 己の弱さに、そして相棒を奪われた不甲斐なさに。
しかし、いつかこの悔しさが彼の力になる事だろう。
だから、キシリアは言った。

「弱い弱い弱ぁぁぁぁぁいですの! 貴方のリボルバードラゴンが泣いてますわよ! ヒュハハハハ!」

思う存分、子供を泣かす大人げない大人の姿が、そこにはあった。
しかし、

「ぱちちゃん……めっ!」

「弱い者をいたぶって遊ぶとは、人として見過ごせんな」

「それはさすがにどうかと思うわ」

「あっ」

キシリアが奪ったカードを鈴音が奪うと、

「ほら、次は負けたら駄目だかんね」

子供に差し出す。

「う、う………うわーん! このチーム貧乳! バーカバーカ!」

その手を振り払うと、子供は泣きながら走り去った。

「な!? なんですってぇ!」

持てる者は言った。 汝、この金貨を取れ、と。
しかし、その愚かな施しは、幼きながら誇り高き決闘者の魂を汚し、自らの真の貧しさを晒したのだ。

「凰鈴音さん……」

ゆえにキシリアに宿るは、正しき怒り。
誇りを知らぬ愚者への鉄槌である。

「あたくし、キシリア・スチュアートは、我が強敵の名誉のため……貴方に決闘を挑みますわ!」

まさにそれは、

「貴様らもか」

鉄槌であった。
千冬の超高速で正確な打撃は、キシリアと鈴音の脳天を打ち据えた。

「騒ぎを起こすな、とは言わん……。
ただ他人に迷惑をかけるな!」

「げふっ! 何故、私まで……」

「きゃっ……」

ついでとばかりにラウラと簪にも鉄槌が下された。
簪には明らかに威力が弱い気がするのは気のせいである。

「止めなかった者も同罪だ。 まだ何か文句があるか、ガキ共……?」

文句があるなら、食い殺すと千冬の目は語っていた。

「そそそ、そんな滅相もございませんわ!? ね、鈴さん!」

「そそそうよねー、ぱち!」

「はっ! 教官、我々は友情、努力、勝利を旗印に掲げております!」

「え、えーと……えーと……」

「……もういい、お前ら帰れ」

疲れ切ったかのように千冬は頭を押さえた。

「はいっ!」

四人の返事が重なった。



















最近、夜になるとラウラは簪の部屋に入り浸っていた。
何故なら茶菓子が出る。
眠くなれば、泊まって行く事もよくある。 だらだらする事、おばちゃんの如き有り様である。
しかし、

「あれ、ラウラちゃん……今日はお煎餅食べないの……?」

「ああ、今日はパチのカレーだからな……!
煎餅で胃を埋めておくなど、私には出来ない」

ラウラの額には『ごんぶと』と書かれた鉢巻きが、きりりと巻かれていた。

―――……遠回し過ぎて、わかりにくいと思う。

夜になればツッコミを放棄する事も、簪にはあった。
それよりも、

「今日はヤギヒーローか」

「うん……昨日、撮ったの……まだ見てなかったから……」

レコーダーを起動させると、TVにシマシマのユニフォームを着た野球選手達が映った。

『代打・山羊』

代打の神様と呼ばれた山羊を主人公に、架空のプロ野球チーム『半神タリナイス』がシーズンを戦って行くアニメである。
主人公が代打なので出番が無かったり、チームが弱かったり、フロントがアレだったりで、応援したくなる人気のアニメだ。

「確か先週は山羊の前の打者が、二人連続で敬遠されたのだったな」

「うん……」

「しかし、遅いな、パチは」

オープニングテーマの六甲おろしが流れる。
簪は毎回、絶対にオープニングを見る派だ。

「そうだね……」

「そういえばあれだな。 ……遅いな、パチは」

「ああ、うん……」

「常々、思っていたのだが日本の政治はだな……。 遅いな、パチ」

「………………」

「ふう、ちょっと暑いな。 ……遅いな、パチ」

「……そわそわし過ぎだと思うな」

「いや、ドイツに比べると、日本の夏はじめじめしているからな。 仕方ないだろう。 ……遅いな、パチ」

「んー……」

ラウラが脱ぎ散らかして行く服を、簪はTVに集中しながらせっせと畳んで行く。
最後にラウラのぱんつを明日、洗濯するための籠にポイッと投げ込んだ。

「お茶いる……?」

「ああ、貰おう。 遅いな、パチは……」

CMカットすると、切り時がわからないと簪は思う。
夢中になりすぎてしまう性分なので、CM中にお茶を淹れるくらいで丁度いい。

「はい……」

「む、感謝する。 ……遅いな、パチは」

お茶をラウラに渡した所でCMが終わった。

―――頑張れ、ヤギさん!

ここは主人公が意地を見せる場面のはずだ。
逆転のチャンスに観客が応援歌を歌い始める。

「遅いな、パチ……」

「!?」

「うおっ! 何だいきなり」

だが、ここでまさかの三振。
タイトルにもなってる主人公が、調子がよくて四割なのだから、ありきたりな予想が当たらない。

―――来週もまた見よう……!

エンディングが流れる。
負けた試合では延々と居酒屋で管を巻き、勝った試合では延々とキャバクラで騒ぐパターンになるという力の入れようだ。

「あれだな、ヤギはあそこで打てなきゃな。 ……遅いな、パチ」

「面白かった……」

エンディングが終わり、次回予告。

『次回、最終回・引退』

「!?」

「む、パチからメールだ」

『部屋に消防が入って、カレーが駄目になりました(´・ω・`)
ごめんなさい><』

「なん……だと……」




















「だから何回も言ってるんじゃありませんの!
お姉様は絶対に! あたくしが監視してない時に料理をしては駄目ですっ!
毎回、トースターでパンを焼いて、小火騒ぎを起こすなんて何がどうなってますの!?」

「はい、ごめんなさい……」

豪華でありながら、品のあった調度品に飾られていた室内は、台風の直撃を受けたかのような有り様だった。
トースターが炎上し、何故かベッドが燃え上がったせいで消防車が出動し、放水をされてしまったのだ。
被害が一番、ひどいキッチンの壁は黒く焼け焦げ、ブルーティアーズのビットが何本も突き刺さっている。

「一体、どうして料理にビットが必要なんですのよ!?」

「目玉焼きの下が焦げて来たのに、上の方が生のままでしたので……つい」

「つい、じゃありませんわよ! 可愛らしく、ぺろっと舌を出しても許しませんわ!」

普段であればハァハァしているであろうセシリアの攻撃に、キシリアは動じなかった。

「お姉様には愛が足りませんの!」

「な……いくらキシリアさんでも、それは許せませ」

キシリアは無言で両手剣を展開すると、憤りに立ち上がろうとしたセシリアの肩に刃を乗せた。

「お黙りなさい」

「はい……」

「いいですか? 料理とは愛。 愛とは手間暇。 手を抜いて、ビットで焼こうとした卵……そこに愛はありますの?
あたくしが三日、煮込んだカレーを超える愛が……そこにはありますの?」

そこにあるのは、明らかにビットの出力を超えた爆発力だけであった。
トースターだけではなく、卵まで爆発させるセシリアの腕に、キシリアは恐れを抱いた。
可愛いビット達が助けてくれと言っているかのように、壁から抜け出そうともがいていた。
料理への愛も、ビット達への愛も、今のセシリア・オルコットには無かった。

「……っ! このセシリア・オルコット……一生の不覚でしたわ!
わたくしが間違っておりました」

「お姉様、わかってくれましたのね……!」

最愛の姉が道を間違えないで済んだ事への喜びに、キシリアの目に涙が浮かぶ。

「キシリアさん……!」

セシリアはその感謝の心をハグという形で表そうと、立ち上がった。

「誰が立っていいと言いましたの。 お座りなさい」

突きつけたままの両手剣の重さが、セシリアの肩にかかった。

「はい……」



[27203] 十八話『このまま死にたい』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/06/14 16:58
俺と千冬姉の早朝稽古は、雨が降ろうが風が吹こうが、臨海学校当日になろうが変わらない。
あと何時間かすれば、バスに乗って出発だというのに、下手に受ければ木刀がへし折れて、当たれば骨が折れるような斬撃が平然と飛んで来る。

「愛が重いぜ、お姉様!」

「お前のようにフラフラ飛んで行きそうな奴には、これくらいが丁度いいのさ」

しかし、木と木がぶつかり合う音は聞こえてこない。
日本刀というのは切れ味の代わりにひどく脆い。
チャンバラのように刀と刀をぶつけ合うような戦いは、すぐに刀を駄目にしてしまう。
だから、理想の上ではこうやって全て避け続けるべきなんだ。
まぁ千冬姉が手加減してくれてるから、避けられるんだけどさ。

「そういえば一夏。 お前は誰が本命なんだ?」

「は?」

「山田くんが言ってたぞ。 毎日、昼になると周りに女を侍らせていると」

えー……そんな人聞きの悪い。
互いに剣撃を交わしながら、千冬姉が妄言を吐き始めた。
何を言ってるんだ、まったく。

「いや、IS学園に男は俺しか……俺とシャルしかいないじゃないか」

「私はデュノアが女だと知っている。 見た瞬間からな」

「なんだ、そうだったんだ。 学園に俺しかいないんだから、友達と飯食べるとなったら女しかいないだろ? ……っと、危ねえ!」

俺の言葉に千冬姉はやれやれ、と首を横に振った。
首を振りながら、ついでに木刀も振るんだから器用なもんだな!

「誰とだ、答えろ」

「シャルに鈴だろ。 あとパチリアにセシリア、ラウラと簪……たまにのほほんさんだな」

「ん? 篠ノ之はどうした」

「箒は誘っても来ないんだよな……。 あいつ、ちゃんと友達いるのかな……」

三年間のうち、最初の一年目に友達作り失敗すると辛いだろうし、誘ってはいるんだけどな。
箒はいい奴だけど不器用だから、ちゃんと友達作れてるか心配だ。

「ふむ……。 まぁなんだ」

「ん?」

「七人は多すぎるだろう」

避けやすく放たれていた千冬姉の剣(それでも残像が見える)が、いきなりテンポを変えて来た。
遅いかと思えば、いきなり速く。 速いかと思えば、いきなり遅く。

「何が!?」

避けやすかったさっきまでの素直な攻撃と違い、緩急が効いた剣はひどく避けにくい。

「聞いておいて、何だが私は少し引いたぞ」

「なんでだ!?」

あ、まずい。

「女にうつつを抜かしているから、こんな揺さぶりにかかるんだ」

動揺したせいで一手遅れて、詰めろ逃れの詰めろがかかった!
体勢を崩すための一撃に、まんまと引っかかり、続け様の攻撃に立て直せない。
このままじゃ、あと数手で王手がかかってしまう!

「たまには私の予想を超えてみせろよ、一夏」

「……っ」

ああ、くそ……いつか絶対、千冬姉を超えてみせるさ。
そして、

「まぁお前の女関係はいつも私の予想を超えるがな」

「へ?」と間抜けな声を出して、間抜けにも動きを止めた俺の顎を、これまたぱかんと間抜けな音を立て、絶妙に手加減されて千冬姉の剣が通り過ぎて行った。
ここは……俺が決意を新たにするシーンじゃない……のか……。
そんな事を考えながら、俺の意識は、

「この馬鹿者が」

闇に落ちて行った。




















まだ顎が痛い……。
携帯のアラームが無ければ、気絶したまま確実に置いて行かれる所だったぜ。
こうなる事を予想して、あらかじめ道場に用意していた荷物を持つと、集合場所に向かっていた。
……気絶させられるのを前提で考えるのも情けない話だけど。

早朝の学園前に数台のバスが並んでいた。
世界のIS学園も臨海学校には、やっぱりバス移動なんだな。

「おーい、一夏!」

「おはよう、鈴!」

「む」

「うい!?」

朝っぱらから元気よく手を振る鈴と、俺に背を向けてベンチに座る肩まである金髪と腰まで伸びた長い銀髪。
パチリアとラウラか。 最近、あいつらよく一緒にいるな。

「何やってんだ、こんな所で」

近付いて行くと、鈴が妙な……やたら楽しそうな笑顔を浮かべている。

「んふー、お化粧してたのよ」

「化粧? そんなのしなくても、お前は肌綺麗だから大丈夫だと思うぞ」

「あ、ありがと……え、えっと、触ってもいいよ?」

「どうしてそうなるんだ」

と、言いながら、ほっぺたをぺたぺた。

「いいさわり心地だな!」

「そ、そう……?」

近所に住んでたミー子(命名、俺)の毛並みみたいなすべすべ感だ。
あいつ野良猫のくせに、やたら毛並みがよかったなぁ……。
そんな過去に想いを馳せていると、

「いきなり来て、目の前でいちゃつくんじゃありません!」

「痛っ!」

パチリアに、いきなり背中を蹴られてしまった。

「何すんだ、パチ……?」

振り返ると、そこには、

「貴様の女にだらしない、その緩んだ根性はどうにかならんのかしら!」

ラウラがいた。
銀髪を翻し、腕を組んで、見下したような表情で……いや、待て。

「パチリア、どうしたんだ、その格好は」

「暇潰しに遊んでいたのだわ!」

よく見ればパチリアだとわかるが、一瞬だとよく似ている。
眉毛のラインを僅かに変えたり、頬の陰影を変えるなど、ちょっとした変化で驚くほど化粧一つで印象がひどく変わる。

「わ、わたくしは……えと、嫌だったんですのよー……?」

「無理しなくていいんだぞ、ラウラ」

棒読みにもほどがある……。
金髪で前髪がまっすぐな姫カットのラウラは、よほど嫌だったのか顔を真っ赤にして、眼帯を外した視線を右に左に泳がせている。
ああ、でも、

「ラウラはそういう髪型も似合うな」

「にゃ!?」

「化粧して、雰囲気が丸くなった感じがするし……うん、可愛いと思うぞ?」

普段の寄らば斬る!みたいな感じからすると、ぐっと親しみやすいしな。
この方が親しみやすくて、友達も出来やすいだろ。

「な、な、な、な」

「納豆か?」

外国の子が多いから、食堂ではあんまり納豆出ないんだよな。
思い出したら食べたくなってきたな、納豆。
と、いうか風邪か?
ラウラの真っ赤になったおでこに手を、

「ナチュラルに女性に触るんじゃありません!」

「この天然ジゴロ!」

「ぐおっ!?」

後ろからのいきなりの二連打に堪えきれず、俺はベンチの背もたれに手を着かされる。

「何すんだ、鈴、パチリア!?」

「あわわわわわわ!?」

泡?
と、聞こえて来た方を見て見れば、

「……………………………」

「……………………………」

ラウラを抱きかかえるように、赤と金の眼が五cmにも満たない距離にあった。
不思議な色合いの瞳には困惑。
強い意志を感じる眉も、今は不意の動揺で下がっている。
唇はパールの入ったピンクの口紅。 そこにひどく目が惹きつけられる。

「ラウラ……」

「だ、駄目だ!? そういう事は結婚してからだって、クラリッサが言っていた!」

慌てるラウラの唇は、髪の金と肌の白さでひどく目立っていた。




















「その口紅の色、いいな。
千冬姉もたまにはそういう色にしても、いいと思うんだよな。
いつもキツい色ばかりだから、ピンクとか」

「……なあ、パチ、鈴。 私はこういう時……いいのか?」

「ええ、天丼という言葉がありますもの」

「思う存分やっちゃいなさい」

何の話だ?

「それはともかくラウラ、よく似合っ……なんで腰に手を回いたたたたた!?」

俺の腰をラウラの腕が回されたかと思うと、万力のように締め上げられる。
なんだ、いきなり!? とにかく逃げないと!

―――この時の事を、後から思えば失策だったと思う。 組んだラウラに背中を向ける意味を、まだ俺は理解していなかった。

「ゲエッ、これは……!?」

「ラウラさんの伝家の宝刀……タワーブリッジですわ!!」

「ぬおおおおおおお!」

あ、ヤバい。

―――ぽきっ、と俺の背骨から致命的な音がした。











「……か! 一夏、起きてよ!」

「ん……」

何だ、後頭部に柔らかい感触が……。
と、いうか何が……。

「よし……起きないなら、チューすれば……!」

「キャァァァァ!」
「デュノア君が行ったぁぁぁぁ! デュノア君が行ったぁぁぁぁ!」
「眠り王子様を起こす王子様……!」
「これで勝つる!」

「なんだ、いきなり!?」

周りで大声出されて、目が覚めたぞ!

「チッ……。 おはよう、一夏」

「お、おう。 今、舌打ちしなかったか?」

目を覚ませば、何故か視界一杯に広がるシャルの顔。
凄いいい笑顔なんだけど、何でだ?

「もうっ、一夏はバスに乗った瞬間に寝ちゃうんだから。 ずっと膝枕しててあげたんだからね?」

そんなに疲れてたのか、俺……?
もっと何かあったような……?

「ありがとうな、シャル。 あと舌打ちしなかったか?」

「ううん、いいよ。 僕もたっぷり堪能したしね?」

「何をだ」

「あ、それより早く降りよう。 旅館に着いたよ」

「ん……ああ」

まったく答える気がないらしい。
一体、俺の身に何が……なんて言っても、シャルが俺に何かするはずないけどな。
一度、信頼した以上、疑わないのが男だろう。

「しかし、妙に腰がすっきりしてるな。 まるで思いっきりボキボキっとしたみたいだ」
















おい、待て!?
しばらく目を離している間に、一夏が男に寝取られただと……!?
篠ノ之箒、一生の不覚ではないか!
将来、子供が出来た時、

「おかーさんの初恋はどんな感じだったの?」

「お母さんはね。 男に好きな男を寝取られたんだ」

という事になりかねん。
いや、一夏が目を覚ました途端、デュノアがキスを止めたという事は実際にどうにかなっているわけではないだろう。
まだ大丈夫……いや、やはり待て。

「一夏、次はお前からしたくなるようにさせてやる。 覚悟しておけよ?」

と、前に私が言って頬にキスまでしたというのに、それでも平然としている一夏は本当にノーマルなのだろうか……?
毎日、なんともないような顔で昼食に誘いに来られては、逆に困ってしまうではないか。
私の方が恥ずかしくて、つい逃げ惑っているというのにどういう事だ。

「……ゲイなのではあるまいな」

「安心しろ、あいつはお姉ちゃん子だ」

はたと気付けば、そこに口端を釣り上げた織斑先生が仁王立ちしていた。
感情の通わない瞳で私をじとっと見つめている。

「……………………………織斑先生」

「なんだ?」

「お慈悲を」

「最後までバスに居座り、私に迷惑をかける者にかける情けはないな」

ごちん!という音が、私の脳天に響いた。
頭蓋骨の急所を的確に狙う技の冴えは昔から変わっていない……!

「では行くぞ」

「はい……」

一夏とはしばらく話す事も出来ず、今また怒られ……私は何をしているのだろう。
そんな憂鬱な気分のまま、私と織斑先生はバスを降りた。

「皆さん、こちらが今日から三日間お世話になる花月荘です。
学園の生徒として、相応しい態度を望みます」

外に出ると整列した生徒達の前で、『薪水之労』と大書された扇子を持った、見た事がない女子生徒が何かを話していた。

「織斑先生、あの方はどなたでしょうか?」

「生徒会長の更識楯無だ。 今回、ある事情により参加している。
……部外者がいる場では、さすがに大人しいものだな」

癖っ毛が僅かに跳ねたセミロング。 整った顔には……妙に信用ならない笑みが浮かんでいる。
至誠、天に通じるとは全く思っていない。 私が昔、姉さんのせいで各地を転々とする前によく見た表情。
『篠ノ之束の妹』をどうにかして利用出来ないかと、他人を上手く利用しようとする表情に彼女の笑顔はよく似ている気がする。
一言で言うと、

「……うさんくさい」

「本日は終日、自由時間となっていますが、従業員の方々に迷惑をかけないように注意してください。
では解散!」

……いや、考え過ぎか。
先程の一夏とデュノアの事と、織斑先生の事でイライラしているに過ぎん。
話した事の無い他人を、悪し様にうさんくさいなどと私は何様のつもりなのだ。

「……なあ、篠ノ之。 私はお前と一夏の間を応援する気はない」

解散して散り始めた生徒達を気にせず、唐突に織斑先生が話し始めた。
手にした荷物を地面に置き、視線は私とは合わず、旅館の方を見ている。

「はい……」

それはそうだろう。
私と結婚した相手は、セットのように必ずあの人―――篠ノ之束が付いて来る。
両親に捨てられ、これまで一夏を女手一つで育てて来た織斑先生が、好き好んで更に苦労を背負い込みたいとは思うまい……。

「って痛ぁ!? な、何をするのですか!?」

抜く手を見せぬ神速のデコピンが私の額を打ち抜いた。
デコピンの分際で効果音が『スパァァァン!』という勢いだったぞ!?

「私を勝手に可哀想な人にするなよ、箒」

「千冬さん……」

千冬さんは、おでこを抑える私に視線を向ける。
普段の無感情とは違って、今この眼にどんな感情が宿っているか、複雑過ぎてわからない。
だけど、口元は不敵に笑っている。 滅多に笑わない千冬さんの笑顔だ。

「私が一番、嫌いな事は望んで背負った苦労を、他人に可哀想と思われる事なのさ。
あまり私を甘く見るなよ」

「……っ! 申し訳ありませんでした」

「わかったら、話を戻すぞ。
束の義姉になろうと、今のままでもかけられる迷惑に違いは無い。
だから、束が原因でお前を応援する気がない訳じゃない」

「では……」

私自身の問題……?

「落ち込むなら話を最後まで聞いてから落ち込め。
私は誰も応援する気はない。 現状、一夏の周りにいる女で私のお眼鏡に叶う奴はいない」

「はあ……」

何が言いたいのだろう?

「だから、これは応援ではないのだが……一夏が心配していた。 何があったかは知らんが、出来たら仲直りしてやれ」

「…………」

今までの話は全て前振りで……ひょっとしてこれが言いたかっただけなのか。

「わ、わかりました」

「……なにか言いたい事があるのだろう?
言ってみろ、篠ノ之……?」

「いえ、何もありません!」

遠まわしに弟さんの心配なんて、一夏もシスコンだけど、貴方も立派なブラコンですね!などと言えるはずが―――スパァァァン!

「あいたぁ!? な、何を!?」

「その笑いをこらえる顔が気にくわん」

「いいじゃないですか、姉と弟が仲良くて!」

「よく吠えた……。
……ふん、羨ましいだろう?
炊事洗濯にマッサージ。 最近ではボディーガードすら出来るようになって来た優良物件だ」

「弟さんをください」

「やらん。 欲しければ私を倒してからにしろ」

「嫁に行きます」

「私が納得出来ないと言えば、一夏は結婚しないだろうがな。 ふはははははは!」

悪役笑いが似合いますね!とまで言うには勇気が足りない。
くっ、今日は私の負けか……。
しかし、いつかは超えねばならない壁……!

「……何やってんだ、二人とも?」

「む、まさか立ち聞きか、一夏」

い、今の会話を一夏に聞かれていたら!?
そそそそそそんな事になった日には……!

「それこそまさかだ。 俺と千冬姉が一緒の部屋なのに、いつまでも来ないから迎えに来たんだぜ」

「ほ」

「ああ、そうだったな。 ……安心しろ、篠ノ之。 この顔は何も聞いてない」

言葉の後ろは私だけにしか聞こえないように、織斑先生は言ってくれた。
これでにやにやと楽しそうにしてなかったら、素直に尊敬出来るのに……。

「ん?」

うん、明らかに何もわかっていないな、この顔。

「箒、この後は一緒に遠泳でもしようぜ。 遠泳得意だったろ?」

「あ、うん。 わかった。 また後で」

「よし! じゃあ、千冬姉行こうぜ。 また後でな!」

そう言って、一夏は千冬さんの荷物をごく自然に持って走って行った。
自然過ぎて、違和感が全く無かったくらいの尽くしっぷりだ。
しかも、極々自然に私を、女を誘う手慣れた感じ。
思わず承諾してしまった……!

「……あれは」

「あれは私の教育の成果ではない。 一夏の素だ」

「ですよね」

むしろ、一夏が素でないはずが無い。
だから好きになった……というより、治して欲しい悪癖だが。





「…………………」
「…………………」

旅館に入った千冬と箒はうさみみを発見した。
宿泊する部屋のある本館と、更衣室のある別館を繋ぐ渡り廊下。 この際だから、一緒に水着に着替えよう。
千冬に言われて了承したのが運の尽きだった。
そう箒は思った。

「私は何も見なかった事にしていいでしょうか?」

「……ああ、うん。 構わないぞ」

「えっ!?」

旅は道連れ、地獄にも道連れと千冬に引き止められるとばかり思っていたが、これは一体どういう事か。
しかも、

―――千冬さんが真剣に考えている……!?

道端にうさみみが生えていて、その後ろに「優しくしてください」と書かれた看板が立っている。
どう考えても、これはシリアスになるシーンではない。

「ぷっ」

研ぎ澄まされた日本刀の如き眼光で、うさみみを見つめる織斑千冬がそこにいた。
篠ノ之箒が思わず吹き出してしまう光景が、そこにはあった。

「篠ノ之ぉ……」

「ぷっ、ぷっちんぷりんが食べたいです」

「黙れ」

「はい」

「引き抜いて来い」

「一夏との約束があるので失礼します」

「正直、本気で邪魔だから消えてくれ」

「ははは、将来の義妹にひどい事を」

「私が一つ予言してやる。 これからお前は足場扱いにされて、空気扱いになるな」

「失礼します」

箒は走った。
何故なら千冬の眼光が、そろそろ箒に向かいかねないからである。
それに、

「わざわざ見えている地雷を踏む気はない……!」















「さて、いるんだろう?」

こじんまりとはしているが、そこかしこに客人の目を楽しませる工夫が施されている日本庭園に人影は無い。
だというのに千冬は、明らかに誰もいない空間に声をかけた。

「誰がー?」

「天才篠ノ之博士」

「ここには可愛い可愛い大!天!才!の束さんしかいないかなー?」

「やかましい」

千冬は文字通り、地を蹴った。
目標はありふれた礫。 しかし、千冬が蹴れば、それは必殺の弾丸と化す。

「あはは、ちーちゃんにはバレると思ってたよ。 でも、せっかくの演出が台無しさ!
どーん!と来たと見せかけて、後ろから驚かそうとしたのに」

何も存在していなかったはずの空間。
だが礫はその空間を貫けなかった。
彼女は最初から、そこにいたとしか思えないほど自然に立っていた。
浮き世離れした、頭には金属製のうさみみ型のヘアバンドを付け、まるで不思議の国のアリスから抜け出して来たかのような装いをした女がごく自然に存在していた。

「多分、今では一夏にもバレるぞ。 最近は殺気だけではなく、気配も掴むようになってきたからな」

「おや、ちょっとデータ更新を疎かにし過ぎちゃったかな。 あとさ、ちーちゃん」

悠然と腕を組み、成熟した身体を強調しながらも、まるで童女のように無邪気に微笑む束。
その世界を震撼させる頭脳を守る頭蓋骨。 そして、頭蓋骨を包む皮膚。

「さすがにこれはツッコミが厳しい!?」

礫が直撃した皮膚から鮮血が噴き出した。
辺りに血の臭いが充満し、風雅な庭園があっという間に新撰組が斬り込んで来たかのような有り様へと変貌する。

「こうでもしないと、お前は大人しくならないだろう」

脳震盪を起こし、血溜まりの中に倒れ込んだ束を肩に担いだ千冬は、さっさとその場を後にする事にした。

「……ふむ」

と、思ったが、つい好奇心に負け、うさみみを抜いてしまった。

風を切る音が聞こえる。
それは巨大な流線型。 弾道弾?
いや、違う。

―――にんじんだ。 それも巨大なにんじんだ。

「人参のくせに生意気な」

しかし、にんじんの相手はブリュンヒルデ織斑千冬である。
これは如何なるにんじんとて、相手にはなるはずがあるまい。

「借りるぞ」

ぶちり、と束の頭のうさみみを片方、千切ればそれが臨戦態勢。
例えどれほどの愚者愚物であろうと、にんじんを片手に千冬と対峙しようと思う事はないだろう。
ならば千冬がうさみみを構えれば、音速超過で弾道軌道を描き飛来してきたにんじんとて、斬れる。 斬れぬ理由があろうか。
そして、斬った。

「……あ」

だが、二つに分かたれたにんじんは辺りに甚大な被害をもたらす。
庭園はにんじんによって耕され、見る影もない悲惨な有り様に。
音速を超えた運動エネルギーは庭園全てを抉り、根こそぎ吹き飛ばした。

「……束を狙ったテロを防いだと報告しておこう。 な、山田くん! 任せた!」

「は、はい!?」

いつからいたというのか。
偶然、通りかかった山田真耶(すでに千冬が選んだ白のマイクロビキニを着ている)は千冬に逆らおうとは思わなかった。
考える事はただ一つである。

―――せめて、今日だけは遊ぼう。

どうせ仕事が増えるなら、一日くらい遊んだっていいではないか。
明日になれば旅館への謝罪、報告書の作成が待っているのだから。



















「ちーちゃん、ちーちゃん」

「なんだ」

「さすがの束さんでも、気絶させられて起きたら、全裸で拘束されてるとか流石に引くわ」

「大丈夫だ。 絆創膏を貼っておいた。 生えて無かったから、貼りやすかったぞ」

「やだ……ちーちゃんに見られちった。 束さん、てれりこてれりこ」

千冬と一夏が泊まる旅館の一室。
何の変哲もない一室である。
だが、そこに全裸(局所には絆創膏)で、こてこてに縛られた女がいればどうか。
変哲のない旅館の一室が、匠もびっくり。 淫靡な空間に早変わりだ。

「こうでもしないと、妙な発明品で逃げ出すだろ」

「まあねー」

しかし、束の表情はその空気を裏切っていた。
両の親指をテグスで縛られ、更には手錠。 肘を外そうと肩を外そうと逃げようが無い、そしてついでに色気もない軍隊式の縛り方により、徹底的に縛り上げられ、芋虫のような有り様で布団の上に転がされている。
だというのに、束は状況が理解出来ていないのか。 千冬と箒、そして一夏のみに向けるいつもの笑顔を浮かべている。
千冬への信頼があるのか。 それとも、いつでも逃げられるという自信の現れか。

「……ちなみに今、逃げたらお前からの電話は、しばらく取らないからな」

「それは困るね! 束さんの脳髄は常にちーちゃん分を求めているのだよ!
ちなみにちーちゃん分が切れると、束さんの頭脳の働きは五十分の一になり、動悸、息切れ、ちーちゃんの幻覚に叱られるなどの症状が出てしまうよ!」

興奮したのかびったんびったんと、縄で縛られた身体で束は跳ね回る。

「うるさい」

「ぐえっ」

天才への敬意など何一つ見えない、一切の呵責が見当たらない後頭部への踏みつけ。

「ちーちゃん、ちーちゃん! ぱんつ見えちゃうよ! 束さんからは見えないよ!
見たいよ、ちーちゃんのぱんつ!」

「やかましい。 そろそろ話をさせろ」

「えー、もう少し愛を確かめ合おうぜ!……あ、ごめん。 やめて、それ以上は中身出ちゃう」

ぐりぐりと力が込められる千冬の足底。

「よし、互いのコンセンサスが取れたな? ……で、何を考えている?」

「確かに棍棒外交もコンセンサス取るのには役に立つね! ……今はちーちゃんの事かな」

「質問の仕方を変えようか。
―――何をする気だ?」

「あはー、箒ちゃんに専用機をあげようと思ったんだよ。 紅椿って言ってね! 第四世代型の」

「私が聞きたいのは、そんな事じゃない。 お前が箒のために何か"イベント"を起こす気だというのはわかっている」

だが、と千冬は言葉を切った。

「お前を止められない以上、そこに触れる気はないし、聞く気もない」

それに私達は共犯者だからな、と千冬は言った。

「そういう割り切りのいいちーちゃんが大好きっ!」

「で?」

「で?」

「そこにセシリアが何の関係がある」

「そこには関係ないかな」

しばし無言。
互いにどこまで踏み込むべきか、踏み込ませないべきか。
そんな迷いを、

「うるさい」

「いだだだだだだ!? 脳が四つに割れる!?」

千冬は足底で更に踏み込んだ。

「……なぁ、束。 そのまま聞け」

「聞くしかないじゃんかよー!」

「他人を区別出来ないお前が、私と一夏、箒と両親しか認識出来ないお前が……何故、今更になって他人を気にする?」

「…………………束さんは天才だけど、理解出来ない事もあるのさ」

「お前も人間だ。 全知という事はないだろう」

どんな目にあっても、常に弾むような、どこか笑うような束の声が切り替わる。

「ちーちゃん達は大好き。 両親は一応、認識は出来るけど興味はない。 所詮は他人だね。
セシリア・オルコットに興味はある。 だけど、この感情が何かが理解出来ない。
束さんに理解出来ない事は、束さんも説明出来ない」

その声は、どこまでも平坦。

「……本当か?」

「うん、だからさ」

再び弾み始めた束の声に、千冬の戦闘者としての第六感が危険を知らせ、背後に飛び退かせた。

「今はちーちゃんに捕まってる暇はないのさ!」

それは如何なる魔法か。
何も無かったはずの空間から、唐突に手が生えていた。
それは全身装甲(フルスキン)。
束が乗っても、なお広さを感じるほど巨大な手の平。
その巨大さと相反するように、繊細さを感じる程に細い指先が動くと、どういう理屈か触れただけで、束を戒めていた縄が切れる。
そして、金属板の集合体でありながら、金属同士が擦れる音が一切しない。

束はその豊満な肉体を見せ付けるかのように立ち上がり、千冬を見下ろす。

「……全身装甲どころか、ISですらないな」

見上げる千冬の表情は、苦い。

「ご明察だね! これはとある理由で、IS作る前にボツにした技術を基にしたロボットなのだよ、明智くん!」

束はいつものように笑う。

「それで何をする気だ」

しかし、

「わからないかな? ふふふ、束さんにもわからないかな」

首を傾げる束が、どことなく無理をしているように千冬には思えた。

「冗談を言っているつもりなのか……!」

「冗談のつもりはないよ」

その目に宿るは正気の光。
そして、同等の狂気の光。
正気にして狂う束の魂は、己の欲する事のみを求めるだろう。
それを千冬に確信させる光。

「知りたいんだ、この感情の正体を」

だから今日は、さよならなのさ―――そう呟いた束と巨大な手は、最初から存在していなかったように消える。
束がこの部屋に存在していた形跡は、どこにもなかった。
気配も無し。 光学迷彩などではない。
織斑千冬が篠ノ之束の天才性を百分の一も理解出来ぬように、篠ノ之束が織斑千冬の眼を眩ませた所で逃れられる道理はない。
光学迷彩、超スピードなどではない。 もっと別の何かだ。

「あいつ……」

何かロクでもない事をしようとしている―――それは理解出来た。
他人に迷惑をかけ、他人を傷付ける事になる―――それも理解出来た。

「あんな顔をされたら……止められる物も止められん」

長年の付き合いもある千冬が見た事のないような。
それはとても、





















「あ、ちーちゃんごめん。 服返して! やー、やっぱり夏って言っても絆創膏だけじゃ無理!
束さんはドMだけど、こういう趣味はないね。 ちーちゃんがこういうのがいいって言うなら仕方ないけどさ。 いつでも付き合ってあげるよ! さあ、かむかむひあひあ!
あ、あとちーちゃん、また明日来るからね。 いやぁ、また明日!なんてひっ……………………さしぶりに使ったなぁ。
ちーちゃん、また明日! いいねいいね、束さんたぎってきちゃったよ。
おや、ちーちゃん、どうしたんだい? ぶるぶる震えて、ぽんぽんでも痛いのかな?
ちーちゃん、ちーちゃん。 ねーねー、ちーちゃん。ちーちゃんどうかしたのかい?」

「やかましい!!」

突然、背後に現れた束。
千冬の本気のグーパンが、その顔面にめり込んだ。










「あはっ! あははははは!」

真耶は砂浜を走る。
悲しい事?
そんな物は青い空に消えて行った。
仕事?
青い海に沈めばいい。

「あははははははははは」

――――お父さん、お母さん。 彼氏は出来ませんが、嫌な事は増えて行く一方です。

飛び込んだ海は、涙に濡れた頬を冷やしてくれた。

「見ろよ……マヤマヤが泣いてるぜ」
「いつもの事じゃん」
「それより何あの胸……走ると、ぶるんぶるん!」

もはや局所しか隠していないような白のマイクロビキニは、同じ女であっても心の野獣がワンワン吠える。

そして、同じように心の野獣というか、心の下半身的なあれがぎゅいんぎゅいん高まっている者がいた。

「お姉様……サンオイル、塗らせて頂きます」

「よろしくお願いしますわね」

うつぶせになったセシリアの背中には染み一つない。

「例えば……好きで好きでたまらない。 そんな時、お姉様は何て言えばいいと思いますか?」

「んー……そうですわね。
いくつも言葉を重ねるより、わたくしは好きの一言がいいですわ」

美しさを喩える言葉は沢山あるだろう。
しかし、この肌の美しさは詩人が百万の言葉を費やしても足りやしない。 キシリアは思う。
ならばこの美しさを何と表現すればいいのか。
そう、答えは一つだ。

「お姉様の肌、ですわね」

こいつは百年先だろうと残るぜ!という確信をキシリアは持った。
美しさを表現する最上級の言葉『セシリアの肌』

「それでは失礼します……」

「はぁーい」

気怠げなセシリアの声とは対照的に、キシリアの指は震える。
だが、それでもやらねばならぬ事がある。
透き通るような青のビキニの紐を、震える手で必死に解いて行く。
身体に押しつぶされた胸が、淫らでありながら、どうしようもなく神聖。
神に手を伸ばす矮小な人は、それでも太陽に向かうのだった。

「ぺたり」

「きゃっ! もうっ、キシリアさん、胸より先に背中をお願いしますわ」

そりゃつい触るのは仕方ないだろう。

「へ、へい、かしこまりまして」

「? どうしましたの?」

「なんでもありゃしませんぜ」

「はぁ……」

最後なら胸を触ってもいい、という事になった。
ならば背中から始めなければなるまい。
サンオイルを手に塗り込む。
ワンピースタイプの水着の胸元に入れ、人肌に温めておくのは基本中の基本。

果たしてこの美の結晶に触れるという行為は冒涜ではないだろうか?
しかし、この胸の奥より湧き出す気持ちは―――

「きっと、嘘ではありませんわ」

だから塗った。
ぬるり、とした感触の奥にセシリアの皮膚があった。
きめ細やかな、柔らかな、それでいてその下には活き活きとした筋肉が宿る。

―――それはまさに完全調和である。

「はぁぁぁぁぁぁ……!」

キシリアは、法悦へと達した。

背中、首筋、腕、おっぱいへとねちねちと塗りたくって行く。

「こーら」

怒られた。

腰、足。

「お姉様、お尻も行きますわね」

「はぁーい」

カットの激しい水着からはみ出す尻が(中略)その秘奥を(後略)こいつはやべえぜ。
だからこそ、

「むにむにむにむにむに」

「きゃっ!?」

顔をうずめた。

「このまま死にたい」

















「よーし、一夏。 私、足持つね」

鈴は尻に顔を埋めるキシリアの足を掴んだ。

「え」

「おっけー。 行くぞ、鈴!」

一夏はキシリアの脇に手をまわし、持ち上げた。

「こ、こら、どこを触ってますの!? やっ……!
お姉様、助けて!」

「あらあら……」

「半分、寝ていますわ!?」

つまり、援軍は無しである。
中国代表候補生の鈴は言うまでもなく、一端の剣客である一夏の足腰も強靭そのもの。
更にはセカンド幼なじみのチームワークなのか、砂浜の上をほぼ全力疾走しているというのにぐらつきもしない。

「速いですわ、怖いですわ、あとそこは胸……ってぎにゃぁぁぁぁぁ!?」

キシリアは五メートルほど放物線を描くと、海に落下。

「一夏……次はあいつだー!」

「何だか楽しくなって来たー!」
















「……人ってあんなに飛ぶんだなぁ」

先ほどまで、ラウラも日向ぼっこをしている猫のようにゴロゴロしていたが、飲み物を買いに行ってしまい、今は簪一人。
今まで独りでいる事は、簪にとって苦痛ではなかった。
それならそれで本でも読んでいればよかった。
だがラウラやキシリアと共にいる時間、本を読む暇などありはしない。 だから、そもそも一冊の本も簪は、この臨海学校に持って来ていなかった。

「……ちょっと、退屈かな」

思わず零れた自分の言葉に簪は驚いた。

―――……なんて贅沢になったんだろ。

今まで友達なんて存在は必要ない。 そう確信していた。
そんな自分が少し独りになっただけで、こんなにも心細くなるなんで、

「確保ー!」

「確保ー!」

「……えっ」















「織斑くん、そこは胸……ってキャァァァ!」

「二人目ー!」

「いぇい!」

一夏と鈴音はぱしんとハイタッチ。
向かい合う二人の距離は三十cm。

―――おおおおお!? あれあれ、これ何かすっごくいい感じじゃない?

甘やかな雰囲気ではないが、自然にいちゃいちゃしているではないか。

「よーし、一夏。 次は? 次は?」

このチャンスを逃す手はないだろう。
どんどん海に投げ込み、最終的には何かこう上手い事、二人っきりで夕日の見える所で、

「次はのほほんさんとか」

「―――次は貴様ですわ、織斑一夏」

「ぬおっ!?」

まるで後ろから誰かに足を引っ張られたかのように一夏が倒れ込む。
そして、その先には鈴音がいる。

「やんっ、一夏ぁ……そこは胸」

―――一夏ったら、こんな所で……もうちょっとムードとか、そういうのをさ。 ん、でも私を選んでくれたなら、

「おほほほほ……行きますわよ、お姉様直伝」

「え」

と、言う間に身体が浮き上がった。

「ジャァァァァァイアント!スィィィング!」

ぶおん、という風切り音。
反射的に一夏を抱き締めていた鈴音も巻き込んでの回転が始まる。

「い、いーち!」

「パチリアー! ちょっと待てー!」

「に、にぃぃぃぃぃ!」

「待てませんわー! 何で鈴さんまでくっついてますのよぅ!」

「さ、さぁぁぁぁん!」

「り、鈴、強く抱かれると何かゴツゴツ痛い」

「やんっ! あんまり動かれると……胸にぃ」

「よ、よーん!」

「あ、もう無理ですわ。 重い」

「諦めんなぁぁぁぁ!?」

と、投げ捨てられた二人は放物線を描いて、海に落ちた。

「うひい〜……目が回りますわー」

ふらふらとふらつくキシリア。

「だ、大丈夫……?」

「無理ー……」

「キャッ! ぱ、パチちゃんまで胸にぃ……」

心配し駆け寄った簪に、それがごく当たり前であるかのようにキシリアは胸に顔をうずめた。

「あらいやだ、こんな所にクッションが……………」

「ぱ、パチちゃん……」

キシリアは簪の胸に顔をうずめていたが、しばらくすると物足りなさそうに、

「……物足りませんわね」

吐き捨てた。

「!?」

「何というか、普通で……」

キシリアは寂しげに顔を背けた。
比べた対象がセシリアだが、簪とて並みくらいはあるというのに何と贅沢な事であろうか。

「パチちゃんのばかー!」

「うむ、万死に値するな!」

とうっ!と叫ぶラウラ。
見事な伸身宙返りからの、

「ダークネスムーンブレイクっ!」

「危ないですわっ」

伏せるキシリア。

「ぐふぉ!?」

飛び蹴りが、起き上がってきた一夏に誤爆した。
ぽちゃん、と音を立て一夏は再び海に還る。

「むぅ、避けるな、パチ!」

「避けますわよ! それよりいきなりなんですの!?」

「愚問だな」

ラウラが纏う紺色の水着は、古き良き旧スクール水着。



前身頃の股間部の布が下腹部と一体ではなく分割されており、下腹部の裏側で重ねられて筒状に縫い合わせてある。前から見るとスカートのように見えるため、スカート型あるいはダブルフロントと呼称される。また、古くから存在するタイプのため「旧型スクール水着」と呼称され、それを略して「旧スク」と呼ぶ例も多い。



wikiから引用である。
知識があればいい訳ではないという好例ではあるが、腕を組む彼女の胸元には、お約束通り『らうら』とひらがなで名前が書かれている。
しかし、その姿は威風堂々。

「私の嫁をいじめる奴は、私が許さん!」

「……嫁?」

「私……?」

「うむ、日本ではお世話をしてくれる女を嫁と言うのだろう? この前、やっていたドラマで言っていた」

毎日、簪の部屋が一人部屋なのをいい事に入り浸り、お茶を飲み、お菓子を食らうラウラは、もはや怠惰な飼い猫の如し。
自室では全裸派であるラウラは、簪の部屋では常に隠す物は一切無しである。

「……ラウラちゃん、それは」

最初は常に全裸のラウラに色々と考えた簪だったが、最近は気にもならなくなっていた。

「でしたら、いつもご飯作って差し上げているあたくしも?」

「ふむ……なら貴様ら二人が私の嫁だ!」

「えー……あたくしはお姉様の物ですわ!」

「私は一向に構わん!」

「パチちゃん……ツッコミ所が違う……」

「そんな事より、よくも一夏を!」

「ふっ、鈴……。 貴様とは強敵と書いて、ともと呼ぶ間柄だ……。
一度、決着をつけねばならんと思っていた」

「奇遇ね、ラウラ。 私もあんたの顔をじゃがいもみたいに、ボコボコにしてやろうと思ってた所よ!」

龍虎相討つ。
愛しき者を傷付けられ、逆鱗に触れられた龍は怒りを発し、虎はただ戦いを望む。
彼女達は再び戦いの舞台に上がろうとしていた。

「何これ……」

「あ、あたくしお姉様の所に戻りますわね」

「待って、パチちゃん……」

「その勝負、私が預かる!」

「誰ですの!?」

「何者だ!」

「誰よ、あんた」

「え、一組の人だよね……?」

突如、現れた謎の声。
長いポニーテールを翻し、奴が来た。
風雲急を告げる展開は一体、どうなる事か!















「やだ、木陰に佇む美少年……」
「あの憂いを湛えた瞳は何を見つめているのかしら……」
「織斑くん以外、認めないわよ」

木陰には一人の美少年。
純白の制服でその身を包みながら不自然なほど、彼は汗をかいていなかった。
彼の瞳はただ真っ直ぐに一夏を見つめている。
細い指が顎に当てられ、僅かに上気した頬、何かを考え込むような表情は鮮烈なまでに色気に満ち溢れていた。
何かを祈るように呟くのは、愛の詩を奏でる金糸雀のようでもある。

「織斑くんの事を……」
「禁断の愛に苦しんでるのね……」
「慰めてあげたい……!」

見る者の心に庇護を与え、その身を与えてしまいたいと思わせる彼の名はシャルル・デュノア。

「これは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイこれは放置プレイ」

男装しているせいで海に入れない哀れな一夏の僕(しもべ)シャルロット・デュノア。
心頭滅却すれば、夏の海もセルフ放置プレイの心意気である。



[27203] 十九話『その喧嘩、買いますわ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/06/27 01:46
ドキッ★女の子だけのパジャマパーティーがあったりした翌日。
四方を切り立った崖に囲まれた岩場に彼女達の姿はあった。

「織斑先生」

「なんだ、スチュアート」

「あたくし、専用機持ちという扱いですわよね?」

「そうだな」

臨海学校二日目は、丸一日かけての各種装備、運用ノウハウなどのデータ取りとなっている。
特に母国から大量の専用装備が送られて来る専用機持ち達は、一般生徒とは別にデータ取りを義務付けられていた。
装備のインストール、セッティングの後は一般生徒と専用機持ちに分かれての各種試験という流れとなる。
しかし、

「あたくしのISの所属も決まっていないお陰で専用装備もありませんし、データの提出先もないのですが、何をしていればいいんですの?」

唐突に降って湧いたようにISが手に入った(予定の)イギリスでは、キシリアの専用機の設計が急ピッチで進められているが、新型機の開発がすぐに終わるはずがない。
その上、所属問題が片付いていない。 名称も無い。
現在、国籍不明のアンノウン扱いである。

「あの……私も打鉄弐式が未完成なので……」

白式開発の煽りを受け、開発が途絶していた更識簪の打鉄弐式だが、これまた降って湧いたようにイギリスの最新鋭機ブルーティアーズのデータが手に入った。
これにより開発が加速するかどうかは未定である。
武装程度なら専用機持ちの裁量で、ある程度は融通が効くのだが、IS本体を下手にいじってしまうと装甲がコアに馴染むまで時間がかかるので、許可が降りなかった。
その辺りは日本代表候補生と、所属不明のアンノウンの差である。

「ふむ、そうだな……」

まだ経験の少ない一般生徒にISを操縦させるという側面がある以上、専用機持ちを今更、一般生徒に混じらせる訳にはいかない。
つまり、

「キシリア、簪、その辺りで座っていろ」

そうするしかないのである。

「あ、じゃあお姉様の所に」

「待て」

「ぐえっ」

踵を返そうとしたキシリアの襟を千冬は右手で掴むと、そのまま猫の子にでもするように持ち上げた。

「イギリスの国家機密になるから、お前に行かれると迷惑だ」

「あたくしは一応、イギリス代表候補生候補でしたわよ」

「こっそり過去系で言うんだ。 駄目な立場なのは、自分でも理解しているだろう」

国籍不明の専用機持ちの所属はどこになるのか?
答えは所属不明である。
そんな者が国家機密満載である他人の専用機のセッティングに関われば、色々と問題なのは言うまでもない。

「いーやーでーすーわー!」

「やかましい。 目の届かない所ならともかく公式行事では、あちこちに監視があるんだ。
大人しくしていろ」

じたばたともがくキシリアの首筋を挟むように、千冬は左手の指を当てた。

「目を離すと絶対に動き回るから、しばらく寝てろ」

「そ、そんな……! 可愛い生徒がこんなにも頼んでますのに!」

「特にお前を可愛いと思った事はないな」

「キラッ☆」

「落ちてろ」

千冬が首筋に当てた指に、ほんの僅かに力を込めれば頸動脈の血流が完全に途絶する。
一秒、二秒。

「きゅう」

三秒もすれば血が回らなくなった脳が、強制的にシャットダウンされる。

「ぱ、パチちゃん……!」

ぶらんと動かなくなったキシリアに駆け寄る簪に、

「あとは任せたぞ、更識」

千冬は全てを押し付けた。

「起こしたらお前も連帯責任だからな」

責任まで押し付けていった。

「えー……」















「あの……楯無さん?」

「今の私はたっちゃん。 美人生徒会長、更識楯無ではないよ」

イギリスから送られてきたセシリアの新装備群の影に、私は隠れていた。
ギギギ……私の簪ちゃんに膝枕してもらえるなんて……これはそのうちキシリアちゃんと、組み手をしなくちゃいけないらしい。

「楯無さん……わざわざカツラまで用意して妹さんから隠れなくても」

「たっちゃんだって。 あとカツラじゃなくて、空間投影技術の応用よ」

持っていたリモコンを操作すると、黒髪のショートヘアーが一瞬で赤毛のポニーテールへと変化。
最近、民間で開発された物でなかなか面白い玩具だ。
お値段の方もなかなかだけど、こんな事もあろうかと友人から借りて来たのだ。
……こんな事があろうかと、の理由が情けないけど。

「楯無さんも大概、不器用ですわね」

「だって、簪ちゃん……お姉さんの事、いっつも無視するんだもん……。 じゃなくて、たっちゃんです」

セシリアは地面にのの字を書き始めた私から視線を外すと、装備群の目録に目を通し始めた。
いや、だってさ……昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって言って懐いて来てくれた簪ちゃんが、段々お話してくれなくなっちゃって……どうしたらいいかわからない内に、ここまで来てしまった。
セシリアは「正直な気持ちを話せば、何とかなりますわ」なんて気楽に言ってくれるけど……。

「あら、スターライトMk-Ⅳ完成しましたのね……あとは」

セシリアは装備の量子変換(インストール)を開始。
視界に広がる空間投影ディスプレイで操作法やスペックの確認をしながら、展開したキーボードでセッティングを並行して行っていく。
その指先は、まるでピアノを弾くかのような滑らかさ。

「……………………」

量子変換に集中して、こっちに目線一つ寄越す気のないセシリア。
今、拳を打ち込めば多分、当たる。 それくらいに無視されている。
セシリアがそこまで他人から意識を外してるのは、逆に有り得ない事だ。
むぅ……そこまでお姉さんを無視したいのかな。

「高機動パッケージ……趣味じゃありませんけど、お仕事ですものねぇ……」

軽く眉間に皺を寄せ、嫌そうな表情のセシリアに私は声をかけた。

「おーい」

「……なんですの?」

「構って」

眉間の皺が当社比五割増し!?

「わたくし、他人に手をお貸しする事を躊躇いはしませんが、自らを救う意気が無い方に手をお貸しする気はありませんの」

「それが落ち込んでる友人にかける言葉なのかな!?」

あまり友人を作れる環境にいなかった私が、学園の中で友人と呼べるのはセシリアくらいだろう。
だから、こうやって相談をしたりしてた訳なんだけど……。

「あら、いやですわ。 昨日からずっとお話しましたわよね。
楯無さんは、明日には必ずと仰っていましたわね?」

「うう……もうちょっと……あと五分」

頭を抱える私を尻目に、セシリアのキーボードを叩く指が止まる。
新型スナイパーライフル『スターライトMk-Ⅳ』の量子変換が終了。
淀みなく高機動パッケージの量子変換の準備に取りかかって行く。

「仕方ありませんわね……。 楯無さん、お暇なら」

「なになに? 何でも手伝っちゃうよ」

もうちょっと……もうちょっとだけ覚悟を決める時間が欲しい。
対暗部用暗部の更識家当主でもなく、学園最強の生徒会長でもない。 ロシア代表でもない。
何の仮面も被っていない、ただの女の子の私は基本的に優柔不断だ。
簪ちゃんの理想のお姉ちゃんであろうと格好つけてたけど、その結果が今に繋がっているのだから、もう何をしたらいいかわからない。

私は話せばわかる、なんて言えば問答無用と斬られる世界に生きている。
人心掌握には長けているつもりだ。 だけど、大多数の支持を得られても、そこから零れ落ちた一人から再び支持を得ようとはして来なかった。

私が頑張って訓練をするのは、怖いからだ。
やった事がないものは怖い。 知らない物も怖い。
だから、訓練をした。 そうしたら、いつの間にか更識の『楯無』をやる事になっていた。
たった一人の妹との距離が、どうしようもなく遠くなってしまった。
妹と話す訓練なんて、どうしたらいいんだろう……。

















「これ貸してあげますから、邪魔にならないようにしててくださいますか?」

差し出されたのはけん玉。

「あれ、本気でセシリアが冷たい」

「違いますわよ。 お客様が来ましたの」









「篠ノ之、ちょっとこっちに来い」

「はい」

織斑先生に打鉄用のパーツを運んでいた篠ノ之箒ちゃんが呼び止められたのを、私は視界の端で捉えると同時にハイパーセンサーを起動した。

「セシリアの言うお客様って……まさか」

「そのまさかですわ」

ハイパーセンサーで盗み聞きをする私から視線を外したセシリアは何も言わない。
個人の誇りと、公の義務では一応、公の義務を黙認してくれるという事なんだろうね。
セシリアにやれと言ったら、こんな事は絶対にやらないんだろうけど。

「私だってやりたくはないんだよ」

「わかってますわよ」

楽しい友人とのおしゃべりを一言で済ませると、私は妹可愛さにへたれていた頭を『更識楯無』に切り替える。

―――セシリアは一体、どこでこの情報を手に入れたのだろうか。

全世界が探し求める超特大のVIPが今日、この場に来るという情報は更識家、FBI、SISなど各国の諜報機関にも無かったはずだ。

セシリア・オルコットという人間はプロファイリングをするまでもなく、公の義務より私の矜持で動く女だ。
表面上は公に従おうとも、最後には必ず自分の信じる所で動く。
それは個人としては美しくても、宮仕えの更識楯無が許せる物ではない。
そんな彼女に下手な情報を与えておくと威風堂々、正義の御旗の元に反乱の一つでも起こしかねない。

個人としての私としては、セシリアとやり合う事になるのは勘弁して欲しいんだけどね。
お互いのISは実験機としての側面が強いけど、使い勝手はブルーティアーズの方がいいし。

さて、それはともかく今は向こうに集中するべきだ。 テストをしている一年生達を間に挟んで十メートルほど。
織斑先生と篠ノ之箒が話している。

篠ノ之箒という人物の情報を再確認してみよう。

IS適性C。
剣術に優れ、IS未使用の白兵戦なら一年生の中ではトップクラス。
しかし、IS使用時には身体の延長として、ISを使う癖があり、機体特性を生かせていない。
座学は中の中。
総合評価としてはC+。
特記事項・篠ノ之束の妹。

多分、このままじゃ専用機持ちには”絶対”に届かない。
彼女を覆う殻を破らない限り、絶対に。
一度だけ剣道部で彼女が戦っている姿を見た事がある。 まるで八つ当たりのように、攻めて攻めて攻めまくる彼女の剣は危ういものを感じさせた。

思春期だね、と結論を出すのは簡単だけど、国家最大戦力であるISを持たせるのには不適格だ。
私は彼女に最低評価を下して、上に報告をした。

しかし、今日ここにVIP、篠ノ之束が来るという事は―――

「篠ノ之、今日からお前に専用のテディベアが来るそうだ」

「きゃはっ!ほうきん嬉しいっ☆」

「は?」

え、彼女はそんなキャラだったか……?
しかも、織斑先生の口からテディベア?

「楯無さん」

二人の会話を聞いていた私に、セシリアが言った。

「わたくし、貴方の事を簪さんに聞いて来ましたの」

「え?」

「大嫌いって言ってましたわ」

「嘘ぉ!?」

「あはは、嘘だよ。 いっつあ束さんジョーク!」

―――……まさか。

視線を動かさないまま辺りを確認してみれば、何人かの生徒が慌てふためいている。
しかも、ピンポイントで本業は諜報員、副業で学生をしている子だけが、だ。

「リアルタイムで多数のハイパーセンサーに介入してるの……?」

どこの研究施設でも理論上でしか存在していないような技術を、こんな場面で持ち出すのは……!

「そうなのだよ、名前も知らない子! 今は感動の再会のシーンだからね。 君達は邪魔さ。
勿論、無人偵察機、監視衛星にも同じように面白おかしい映像を流してあるよ!」

背後に篠ノ之束がいた。
最初からそこにいたとしか思えないくらい、唐突に。
私の背筋に冷たい汗が流れる。

「大丈夫、大丈夫。 君みたいなどうでもいい子に手を出す気はないからさ。
安心したまえー!」

逆にやる気だったら私、死んでるよねー……。

「……束、何をしている」

「おお、ちーちゃん昨日ぶり! さあ、ハグハグしよう! 愛は……昨日の熱い歓迎で確かめられたからいっか」

「うるさいぞ、束。 ちょっとこっちに来い」

さすが織斑先生! 篠ノ之博士、何のその。
アイアンクローで篠ノ之博士を無理矢理、引きずって行く。
全世界の諜報機関の裏をかき続ける篠ノ之博士を、お姉さん一人で何とかするのは無理かな!

「ぐぬぬ……相変わらず情け無用の残虐ファイトだね!
だけど、今日はここでいいのだよ!」

すぽんと妙な音を立てて、篠ノ之博士は織斑先生のアイアンクローから抜け出した。
……身体の動きは明らかに素人なのに、どうやってあの拘束から抜け出したんだろう?

「さーってと……ん、まだいたの?」

「あ」

このままこっそりいたら、バレないかなーと思ったけど、やっぱりダメだった。

「誰だよ、君は。 そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんと数年ぶりの再会なんだよ。
そういうシーンなんだよ。 どういう了見で、そんな所で座り込んでるんだい。理解不能だよ。 っていうか誰だよ、君は」

冷たい口調、冷たい視線。
他人には滅法冷たいと話は聞いていたけど、ここまでとは。
しかも、さっき私に声をかけた事を完璧に忘れている。
そこまで私に興味が無い、となると―――逆にお姉さん燃えてきちゃうなあ。
踏みつけた小石以下の扱いとか、久しぶり過ぎて笑いが込み上げて来るや。

「は、はい、申し訳ありませんでした!」

まぁ今はお仕事お仕事。 こんな情けない演技だって、お手の物。
遠くで唇の動き、読ませてもらいましょうか。





















……なにこの空気。
箒の専用機を束さんが用意して来たという事で、ほいほい着いて来た俺が悪いのか。

「この紅椿は世界で唯一の第四世代型ISで、どこかの島国が作ったへっぽこ第三世代とは訳が違うのさ!」

日本も島国です。とツッコむ勇気も出てこない。今まで見た事が無いくらいに束さんがギスギスしている。
束さんが作ったIS『紅椿』。 説明を聞いているだけで凄そうな(どう凄いのかは知らない)ISなんだけど、

「やっぱりこういう大天才の発想はご飯が美味しくない島国じゃ駄目だよね。やっぱり金髪は駄目って言うか、きっとおっぱいに脳の養分を吸い取られてるんだろうねー」

束さん、それは自爆な上、妹も攻撃しています。とツッコむ勇気が(以下略)
最初は俺と箒、千冬姉に説明(というより自画自賛の自慢)していた束さんだったが、今は俺達を無視して明らかにセシリアの方を向いている。
いつもの底の抜けたような笑顔ではなく、怒ってるけど笑顔な千冬姉みたいな顔をしている。 つまり、おっかない。非常におっかない。

「た、束?」

「なにかな、ちーちゃん。質問?」

「……いや、何でもない」

おいおい、千冬姉まで負けたぞ……。
そんな妙な迫力を持った束さんの視線を受けながらもセシリアは、

「…………」

ただ黙々と背を向けて自分の作業をしていた。 こんなにも祖国をナメられているというのに、爆発しないのはどういう訳か。
しかし、無視しているのは怒りが爆発しそうなのか、陽炎のように背中から鬼気が立ち上っている。

「(一夏、行け)」

「(自分でも出来ない事をやらせようとすんなよ!?)」

さすが姉弟。 目だけ通じ合ったぜ。 内容はロクでもないけど。

「……よし、じゃあ箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズ始めようか。 私が補佐するから、すぐ終わるよ」

「は、はい……よろしくお願いします」

束さんの妙な雰囲気に戸惑う箒が俺の方を向いた。

「(助けてくれ!)」

「( 無理だ)」

さすが幼馴染。 目だけで通じ合ったぜ。 内容はどうしようもないけど。

「箒ちゃん、何してるの?ちゃちゃっと行こうよ」

「は、はい!」

どんどん機嫌が悪くなっていく束さんの視線から逃げるように箒は紅椿に乗り込んだ。
束さんはコンソールを開き、空間投影ディスプレイを六枚展開。 ディスプレイに流れる膨大なデータを見ているのか見ていないのかわからないようなスピードで目配りして行く。
更に同時進行で六枚の空間投影キーボードを叩いていった。

「近接格闘を基礎に万能型に調節してあるから、すぐに馴染むよ。 あとは自動支援装備もつけておいたから」

「あ、ありがとうございます……」

あまりに素っ気無い態度に、束さんを嫌っていたはずの箒が冷や汗をかいている。本当にこれ、一体なにがあったんだ……。
視線だけは箒を見ている束さんだけど、意識のほとんどをセシリアに向けているのは誰だって気付く。 セシリア自身だって、わかっているだろう。

「箒ちゃん、また剣の腕前があがったね。筋肉のつき方を見ればわかるよ」

あ、何かヤバイ。 超特大の地雷が見えた。

「(千冬姉ぇ!?)」

「(酒が飲みたいなぁ)」

「(助けてくれ、一夏!)」

「(ごめん、無理)」

一瞬で交差する視線で大量の情報を送りあう俺達に気付きもせず、束さんは言った。

「いやぁ、お姉ちゃんは鼻が高いなぁ! どこぞの金髪姉妹とは格が違うよね! 天才の姉とちょーきゅーとな妹! あはははははははは! どこぞの金髪ちょろい姉と」

あ、セシリアの鬼気が膨れ上がった。 
真剣を持った千冬姉と同じくらいの圧力がががががががががが―――

「どこぞのへちゃむくれの妹と訳が違うね!」

「その喧嘩、買いますわ」

振り返ったセシリアの笑顔は―――控えめに言うと……非常に俺の帰巣本能を刺激してくれた。 すげえ帰りたいなぁ……。



[27203] 二十話『知った事ではありませんわね』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/06/26 01:55
ハワイ沖で行われていた『銀の福音(シルバリオゴスペル)』の評価試験中、それは起こった。
現れたのは一機のIS。 黄色と黒という禍々しいカラーリング。 異形の八本の装甲脚を持ったISだった。
米軍が敷いていた完璧だったはずの哨戒網のど真ん中、銀の福音の搭乗者ナターシャ・ファイルスの前に現れた。

「いやさ、あんたに恨みとかはないんだよ」

堂々と世界最高であるはずの哨戒網を抜けて来た女は闘志を滾らせる事もなく、淡々と言う。
蒼い海の上、互いに向き合い、これから抜き撃ちの決闘でも始めようという状況だというのに、女はまるでやる気という物をナターシャに感じさせない。

「だけどさ、お仕事だからよ」

アメリカ軍のレーダーも、福音のハイパーセンサーも、ナターシャの知覚も、

「だまし討ちで悪りぃんだけど、落ちてくれや」

全てが反応する前に、直上から一本の、人一人くらいなら丸々飲み込んでしまうような青い光が音も無くナターシャを撃ち抜いた。
絶対防御が発動する寸前、福音のセイパーセンサーが伝えて来た情報が一つ。

―――高度800km以上から狙撃が行われました。 反撃手段無し、退避を勧告します。

「遅すぎる、わよ……」

これが、全世界を震撼させる事になる『篠ノ之束の乱』の始まりだった。



















「た、大変です、織斑先生!?……って私なんだかとんでも無いタイミングで来ましたかぁ!?」

まさに一触即発。 次に誰かが何かを話した瞬間に爆発しかねないような中、山田真耶は飛び込んで来た。
睨み合う『人間台風』セシリア・オルコットと、ISの生みの親であり世紀の大天才篠ノ之束。
まるで怪獣大決戦でも始まりそうな勢いである。

「それより何があった」

普段は厄介事があれば露骨に嫌な顔をする千冬が、ほっとしたような顔をしている。

―――”仕事“なのに、織斑先生が嬉しそうにするなんて!?

一体全体、何があったのだろう。 そう一瞬、考えた真耶だったがすぐにそれを改めた。
知ってわざわざ怪獣大決戦の真ん中に立ちたいとは思わないのだ。

「は、はい。特務任務Aです」

「現時刻より対策を始められたし、か……。 専用機持ちは?」

「全員、出席です。 それでは私は他の先生に連絡を伝えて来ますのでー!」

「あ、待て! 出来たらこの場を」
「嫌ですよぅ!?」

「くそっ、逃げ足だけは早くなったな! ―――全員、注目!」

千冬は憎々しげに走り去った真耶を見送ると呼びかけた。

「これより学園教員は特殊作戦行動に移る。 本日の予定は全て中止。 各班、速やかにISを片付けた後、旅館へと戻り、指示があるまで各自室内待機。 これを破った者は身柄を拘束する。以上だ!!」

「はい!」

どういう訳か、この突発的な事態に生徒達は一糸乱れぬ動きで速やかに撤収していく。
ここでいつまでも、のたのたとしていれば―――巻き込まれてしまう。
それを理解しているのだ。

「あ、じゃあ私も行かなくちゃ……」

「待て、凰。 専用機持ちは全員、集合! 織斑、デュノア、ボーデヴィッヒ、篠ノ之、更識姉妹、スチュアート……オルコット!」

「は、はい……」

明らかに嫌そうな専用機持ち達の顔。
そして、最初から最後まで、

「パチちゃん、起きてよ……!」

「うひひひひひ、お姉様……駄目ですわよぅ……」

簪の腹にすりすりと顔を押し付けて夢見心地のキシリアだった。














照明が落とされた大広間に専用機持ちと教職員が集められていた。
普段はほんわかとして、皆にいじられる山田先生も今日ばかりは厳しい表情だ。

「二時間前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走。 監視空域を離脱したとの連絡があった」

軍用ISの暴走。
……ここに俺達、専用機持ちが呼ばれたという事はつまり、俺達に出撃命令が下るって事なんだろう。
生徒ではあるが、貴重な専用機持ちだ。 数機の量産機しか配備されていない先生達がやるよりは戦力になるはずだ。
俺は戦える。
……それよりも気になるのは、

「あわわわわわわわ……お姉様がお怒りですわ……」

ガクガクと震え、頭を抱えて蹲るパチリアだ。
制服で蹲っているせいで角度によってはぱんつが見えてしまうだろう。 勿論、俺の所からは見えないが。
セシリアは千冬姉の方を見て、俺達には背を向けているが、それでもひしひしと怒りが伝わって来る。

「……大丈夫か、パチリア?」

「何で目を覚ましたら、お姉様がマジギレしてるんですのよぅ……」

少なくとも俺のせいじゃないな。

「色々とあったんだよ……」

「何があったんですの……」

「えっと……束さんと喧嘩?した?」

「篠ノ之博士と……?」

「ああ、喧嘩というより束さんがセシリアに一方的に絡んでたって感じだけど」

俺の言葉にパチリアは何かを考え込む。
顎に当てた指がまだガクガク震えているのは見なかった事にしてやるのが男の優しさだろう。

「お姉様……篠ノ之博士を尊敬していますのに」

……尊敬?
あの束さんを、あのセシリアが?
愉快犯にして世紀の天才科学者の束さんを?
似合わないというか妙な感じだ。

「なんでまた……」

「それは……」

「超音速飛行を続けている機体にワンアプローチ、ワンダウン……一撃必殺の攻撃力を持つ機体で当たるしかありませんね」

「ん?」

何か妙な気配を感じたと思えば、全員からの視線が俺に集まっていた。
……やべえ、何も聞いてなかった。

「一夏、聞いてた?」

鈴の質問に俺は、

「ああ、叩き斬ればいいんだろう」

と、とりあえず答えておく。
……なんだ、その疑いの目は。 いや、聞いてなかったけどさ。
なんにせよ俺は斬る事以外、出来ないのだから間違いではないはずだ。

「はぁ……問題は一夏をどうやってそこに運ぶかよね」

ため息と一緒に言われた鈴の言葉を皮切りに作戦が詰められて行く。

「攻撃に全てエネルギーを使わなければ難しいね」

「目標に追いつけるだけの速度があり、超高感度ハイパーセンサー持ちの機体か」

作戦が詰められて行く中、千冬姉が視線を寄越して来た。

―――やれるか?

―――やるさ。

わざわざ口に出すまでもない。
視線だけでそれを伝えると、千冬姉は話し合いの方に意識を戻した。

「この中で最高速度を出せる機体は?」

「わたくしのブルー・ティアーズが。 ちょうど強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られて来ていますわ」

パッケージと呼ばれる換装装備がISには用意されている。
武装以外にも増加装甲、増設スラスターなど多種多様の装備があるらしい。 パッケージを装備する事により、どんな状況にでも対応出来るようになるそうだ。
俺の白式にはないけど。 無いなら無いでいいんだけど、それはそれでちょっと寂しい。

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

「四〇時間です」

「ふむ、それならば」

「ちょっと待ったー!」

千冬姉の言葉を、明るい……ように聞こえて、どこか普段とは違う束さんの声が遮る。

「とうっ!」

しかも、天井から。 しかも、普段の束さんとは違って、無駄な遊びが無い。
何の溜めも無く、ただ単に飛び降りて来た。
……逆に怖いぞ。

「ちーちゃん、ちーちゃん! こんなちょろ金髪に任せるより、いい作戦が私の頭脳にはナウ・プリンティングさ!」

「頼むから挑発するな」

「聞いて聞いて! ここは断然、あのちょろISより、断・然! 紅椿の出番なんだよ!」

「いちいち喧嘩を売るな、束」

「紅椿のスペックデータを見てみて!」

束さんが腕を一振りすると、室内の全員の目の前に数枚のディスプレイが現れる。
しかも、ご丁寧に紅椿とブルー・ティアーズとの比較付きでだ。
なんで束さんはこんなにセシリアを目の敵にしてるんだよ!?

「…………」

何も言わずに腕を組むセシリアだけど、どんどん眉の角度が厳しくなっていく。

「あわわわわわわ……!? お姉様、怒りを静めてくださいまし……! こうなったら、あたくしの処女を捧げるしかありませんわね!」

「パチちゃん、しばらく黙ってようね……?」

「もごもごもご!?」

……あっちは無視しておこう。

「説明しましょう! 紅椿は展開装甲を調整する事により、パッケージ換装無しで超音速機動が出来るのだよ! 時代遅れの第三世代なんて目じゃないね!」

時代遅れって……今、第三世代型が開発を始められた所じゃないのか?

「ふふり、いっくんは『今、第三世代型が開発を始められた所じゃないのか?』と考えなかったかい?」

エスパーか、あんたは。

「ここで心優しい束さんがいっくんのために解説してあげようじゃないか。
まず第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体だね。 次に『後付武装による多様化』―――これが第二世代。
そして、第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。 空間圧作用兵器、AIC、あと役には立たないBT兵器とか色々だね」

セシリアの前で束さんは無駄に華麗な動きでくねくねと踊り始めた。
目の前でやられたらイラッとしそうだな、あれ。

「で! 箒ちゃんの紅椿はな・ん・と! 第四世代型! パッケージ換装を必要としない万能機なのさ!」

「そんな……まだ、どこの国も机上の空論のレベルのはずなのに……」

思わず漏れたのだろう。 簪が呟いた。

「もごもごもご!?」

パチリアの口を塞ぎながら。
そして、その後ろ立っている人は誰だろう?
制服を着てるんだから、専用機持ちなんだろうけど……赤毛のポニーテールに何故か般若のお面を被っている。
手には『羨望嫉妬』と書かれた扇子を持っている。 なんつーセンスだ……なんちゃって。

「つまり、紅椿は絶対可憐! 最強無敵さ! 全身の展開装甲を開放した最大稼動時には更に倍プッシュ! スペックデータはへっぽこイギリスISに比べて全体で三倍! さあ、どうですか、お客さん!」

誰がお客さんやねん、とツッコむ人もいない。 それはそうだろう。
各国が死に物狂いで開発している第三世代型。 そんな物は無駄な努力で、とっくの昔に通り過ぎた道だと言われてしまったのだ。
こんな風に、お通夜のような空気になっても……いや、どちらかと言えば、

「…………」

何も喋らないセシリアの空気のせいかもしれない。
空気が重い……。

「うふふ、まさに神様、仏様、束様だね。 いや、むしろ束様、束様、束様だね。 偶像崇拝しても何もしてくれないけど、束さんは実像だからね」

篠ノ之束。
十年前にISを発表。 その触れ込みは「現行兵器を全て凌駕する」という事だったが、当たり前のように信用されなかった。
しかし、IS発表から一ヶ月後、全世界はその馬鹿馬鹿しいとすら思える触れ込みを信じるしかなくなった。

『白騎士事件』

日本を攻撃可能なミサイル二三四一発が一斉にハッキングされ、発射され、誰もが混乱と絶望に陥る中、白騎士と呼ばれる白銀のISが現れた。
全てのミサイルをぶったぎり、空中に召喚された荷電粒子砲で打ち落とす無茶苦茶な性能。
更に突如、現れたISを捕獲、または撃破しようと送り込まれて来た各国の戦闘機を『パイロットを一人も殺さず』撃墜した。
夕暮れを迎えると同時に唐突な消失。 目視でもレーダーでも捉えられない完璧なステルス能力。
全世界はISに、束さんの前に敗北したと言ってもいいだろう。

現存するISのコアは四六七機。
三年前に失踪した束さんが最後の一個を作って以来、増えていない。
いや、目の前にいるけどさ。
とにかく公式ではこういう事になっている。

「……セシリア、パッケージのインストールは?」

しばらく考え込んでいた千冬姉だったが、セシリアに声をかけた。

「すでにインストール済みですわ」

「ちーちゃん……?」

束さんは信じられない物を見るような表情で千冬姉を見ている。

「えっと……まさかとは思うけど、束さんの作った紅椿より……その金髪を選んだりしないよね?」

「篠ノ之、いや、箒はまだ試験飛行すらしていないだろう。 性能以前の問題だ」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。 そんなの絶対、おかしいよ。 紅椿は第四世代型で最強の万能機なんだよ。 いっくんを運んで、どかーん!とするくらい」

「……箒には実績がない」

「……なんでさ」

―――ああ、これが絶望した人間が出す声なんだ。

束さんの声を聞いて、真っ先にそう思った。
親に捨てられた子供のように、すがりつこうとするような、だけど突き放される事をわかっているような。 そんなどうしようも無い声が束さんの口から漏れるとは思わなかった。
色々と迷惑をかけられて来たけど、どんな時でも明るいこの人が、こんなにも絶望を表に出す事があるなんて……。

「なんであいつらと……束さんのISを否定した馬鹿共と同じ事、ちーちゃんが言うのさ……どうして束さんを認めてくれないんだよ! 私は凄いんだよ!? 天才なのさ! 知ってるでしょ!? なのに…なのにっ!!」

「束!」

「いいよ、もう。 ちーちゃんは束さんを理解してくれない」

泣き出しそうな声で、能面のような表情で束さんは言う。
視線はただ床を見つめている。

「ならさ……ならさ……また、束さんの凄さを理解させれば。 また『白騎士事件』を起こせば……!」

何かよくわからないが、とにかく不味そうだ。 と、思ったが、どうすればいいんだ!?
俺がそんな風に迷っている間に一人、動いた。

「こんなに早くリベンジの機会が回ってくるなんて、お姉さんラッキーなのかなっ!」

意識の外にあったが、意識の中に捉えていたとしても反応出来たか怪しい。 まるで弾丸のような速度で赤毛のポニーテールが舞った。
正拳突き、と認識したのはすべてが終わってからだ。ここで束さんを捕らえてしまえば、騒動は起きないのだろうけど―――

「うそん」

だというのに最初からそこに存在していたかのように、巨大な手の平がそこには存在していた。
量子変換の光も無く、ただそこに出現し、赤毛の人の拳をその装甲で受け止める。

「誰だよ、君。 今、束さんは機嫌が悪いんだ。 邪魔しないでくれよ」

動きを止めた赤毛の人を、じろりと睨むと束さんは腕を指揮棒を振るうように動かした。
すると同時に巨大な手の平が赤毛の人を掴むように折りたたまれる。 どれだけの握力かは知らないけど、人一人を握りつぶせないという事はないはずだ。
くそっ、なんなんだ、これは本当に!?

「来い、流水雪片!」

イメージだけでは間に合わないと判断した俺は踏み込みながら、声に出して雪片を呼び出し、赤毛の人を突き飛ばして割り込む。

―――狙いは親指!

人体を模した手なら構造上、親指を潰せば!

「あれ?あれあれ? まさかいっくんにまで剣を向けられるとは思わなかったな」

「ち、違」

「違わないでしょ。 だって」

雪片と刃と、鋼の指が激突する。 ……マジかよ、ちょっぴり傷ついただけって。

「今、斬ろうとしたじゃない。 束さんを」

「それは、その人を助けようとしただけで」

「いいよ、もう。 言い訳なんて……箒ちゃんには嫌われてて」

束さんの暗い瞳が箒を射抜く。

「……っ!」

「これでも頑張って、箒ちゃんに歩み寄ったつもりなのに。 紅椿だって、作ってあげたのに」

束さんの暗い瞳が千冬姉を射抜く。

「ちーちゃんと私は共犯者だって言ったのに。 ずっと友達だと思ってたのに」

「違う。 聞け、束」

「聞きたくない」

束さんの暗い瞳が俺を射抜く。
瞳に輝く物は無くて、光の差さない真っ暗な洞窟でも覗いているような、そんな暗い瞳。

「いっくんは束さんを斬ろうとする。 なんなんなだよぅ、これ。 世界を束さんに合わせたはずじゃないか!? なのに、どうしてこうなるんだい!? もう、わかんないよ……。 束さん、もうどうしたらいいのかな!」

「…………」

そして、最後に束さんの瞳がセシリアを射抜く。
いっそ無残と言っていいくらいに歪んだ笑顔を作った。

「何かもーわかんない事ばっかりだけどさぁ……。 やっとこの感情が理解出来たよ。 これが“嫌い”って事なんだね。 束さんはあんたの事が嫌いだ。 殺してやりたいくらい大嫌いだよ」

好きの反対は嫌いではなく、無関心。
そんな言葉を聞いた事がある。
束さんにとって、どうでもいい相手は沢山いるのだろう。 赤毛の人なんて視界にすら入っていない。
好きな相手は“いた”。
箒、千冬姉、俺。 だけど、俺達は束さんを裏切ってしまったのだろうか。
千冬姉も、箒も俯き、動けない。 他の皆も何をどうしたらいいのかわからないのか、動かない。




















「知った事ではありませんわね」

だが、そんな中、セシリアだけが動いた。
腕を組んで、束さんを見下すように。

「はぁ? 言うじゃないか、金髪。 あんたのせいで」

「それ以上、口を開かないでいただけますか? 今、わたくしは自分の見る目の無さを嘆いているのですから」

「……っ! いいよ、いいよ、いいよ! もう全部、ぶっ壊してやる。 全部、ぶっ壊して、また世界を束さんに合わせてやる! 間違っているのは」

「黙りなさい、とわたくしは言いましたのよ」

だだをこねる子供を叱るように束さんの言葉をぶった切って行く。
……すげえな、セシリア。

「本当に嫌な奴だね! あんたのせいでここにいる皆は傷付く事になるんだよ!」

「わたくしはセシリア・オルコットですわ。 あんたでも金髪でもありません」

「くぅー…! 馬鹿にして! いいよ、もう! 一時間後、束さんの全戦力で全員、ぼこぼこにしてやるんだからね! 泣いて謝ったって、もう遅いんだから!」

「いいでしょう。 歓迎の用意をして、お待ちしておりますわ。 首を洗って待っていなさい」

「……絶対、絶対、泣かせてやるんだからね!」

……なんだ、これ。
と、ぽかんと呆気に取られていると、束さんが何も無い空間にドアでも開くように手をかけた。
がちゃり、と音はしなかったけど、“扉を開けたであろう空間”に束さんが身体を滑り込ませる。
何も無い空間に束さんが足を踏み入れると、その足が消えた。
何なんだ、もう。 本当に意味わかんねえな……。

「ばーか! ばーか! 馬鹿金髪―!!」

と、言い残して、姿を消したのだった。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

……気まずい沈黙が流れる。
え、えっと……こういうの昔、経験したぞ。

「さて」

ぱちん、と胸の前でセシリアは手を打ち鳴らすと、

「聞き分けの無い子供を叱る準備、いたしましょうか?」

ああ……確かに小学生の頃、こういう喧嘩したよなぁ。



[27203] 二十一話前編『今、何て言った?』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/06/30 01:17
敵は基本的に大幅強化済みとなっております。

















「レーダー感あり……! これは……IS三機分のエネルギー量三十が西から。 東から測定不能の機体一接近して来ます……!」

「これほどとはな……」

暫定的な管制室となっている大広間に、簪の悲痛な叫びが響く。
束が去って、四十五分。 単純計算で九十体分のISと、それ以上の存在が近づいて来るとなれば、いくら実戦経験の固まりのような千冬とて動揺を隠しきれない。
いまだ実戦経験の無い簪の顔から血が引くのも無理はないだろう。

「恐らく東から接近する機体は速度から見て、暴走した銀の福音(シルバリオ・ゴスペル) だと思われます……」

「現在、作業中の各機に連絡。 撤収し、予定通りの配置に就かせろ」

「はい。 ……何とか、なりますよね?」

大広間には千冬と簪の二人しかいなかった。
専用機八機、試験用のIS五機、警備用IS十機。
合計二十三機が防御陣地を構築しているせいで本来、この場にいるべき教員は出ている。
特に試験用の機体は未熟な学生達に扱わせる事からもリミッターがかけられており、通常の機体の約三分の二ほどのスペックしか発揮出来ていない。
リミッターを解除する専用の機材は学園に戻らないと存在していないが、それでも遊ばせておく余裕はないのだ。
撤退しようにも戦えない生徒達を避難させねばならない。 だが、足がない。
バスは帰ってしまい、近隣から呼ぶ時間もなかった。 あるのは旅館の従業員の自家用車数台だけだ。
つまり、こんなお寒い内実で、これだけの戦力をいつ終わるとも知れない避難完了まで相手にしなければならないという状況。 簪でなくとも誰かに縋りたくなるだろう。
だが、

「知らん」

その弱さを千冬は切って捨てる。

「……っ!」

「勝利の女神なんて最後の一瞬になるまで、どちらに微笑むかわからないさ。 現段階でどちらが勝つか、わかるはずがないだろう」

「そう……ですよね……」

「だがな」

コンソールに集中していた簪だが、千冬の声に含まれる剣呑な気配に振り返った。

「逆にどれだけ絶望的な状況だろうと、勝ちの目は常に存在するという事さ」

餓えた狼の如き形相であった。
その背筋が凍りつきそうな表情を見て、簪は思った。

―――織斑先生の方が……怖い。

「更識、連絡はまだか? そして、専用機持ちを全員、三分以内に集合させろ」

「は、はい……!」

あの笑顔を向けられるのは怖い。 その一心でコンソールを操作する簪の作業は自己記録を更新出来るほど、早かった。





「織斑教官、専用機持ち八名全員、集合しました」

整列する専用機持ちを代表するようにラウラが口火を切る。
一人一人に喋らせておいては時間が勿体無い。 本来であれば最もその配慮をするべき、指揮官として前に出るべき者は何故か般若の仮面を被って、空間投影技術の無駄遣いで髪を黒髪のおかっぱにしている。

「更し」

「今の私はたっちゃん。 それ以上でもそれ以下でもありません」

「……そうか」

千冬も敢えて触れたくないのか、流す事にした。
そして、防御陣地を構築する際にも何人かが触れようかと思ったが、何となく痛々しいので全員が触れなかった。

「簪、説明を」

「はい……」

全員の前に投影されたディスプレイ上に、近隣の地図と敵性存在を示す光点が示される。

「作戦目的は全学園生徒の避難まで、南にあるトンネルを守り抜く事です……。 作業完了時刻は順調に行って三時間を予定……しています」

申し訳なさそうに説明するが、それが簪のせいであるはずがない。 しかし、専用機持ちでありながら未完成で戦力にならないという引け目が言葉を詰まらせる。

「敵戦力は?」

簪の様子に気付いていながらも、ラウラの言葉に淀みはない。
優先すべき事を優先しているだけ、という事は理解しながらも、

―――ちょっと……悲しい。

そう思ってしまうのは仕方のない事だろう。

「クラス代表戦で……セシリアさんが撃破した無人機と同型、または発展型だと思われる機体が西から三十機、匍匐飛行で接近中……。 通常の……ISエネルギー三機分を……感知しています……」

「西からは?」

「暴走中の福音だと思われる機体……あ、監視衛星からの映像が来ました」

そこに映し出されたのは明らかな異形である。 銀という名に相応しい光輝く美しい全身装甲。
そして、福音を伝える天使のように優美な六対の羽。

「福音のエネルギーは、計測不能……です」

それはどれほど絶望的な相手だと言うのか、この場にいる誰もが説明されるまでもなく理解しているだろう。
エネルギーがあれば、高出力の武装が使え、瞬時加速のような機動をいくらでも行える。
しかも、こちらの攻撃は莫大なエネルギーで張られたシールドで届かないのだ。

「わかった」

しかし、ラウラは動じない。
簪の見る所、セシリアとラウラのみが平然としていた。

「教官、作戦は」

「ああ、作戦は単純明快だ。 福音をセシリアと織斑―――お前達で落とせ」

直撃させれば一撃必殺の零落白夜を持つ一夏と、セシリアの組み合わせは簪が考えてみても他の選択肢は無いように思える。
ラウラは教員以上の部隊指揮の経験がある事から、西の多数を相手取る戦場からは外せない。
その次に技量のあるのはシャルルと鈴音だが、中距離戦を得意とする福音を相手にするには武装の関係で難しい。
それを理解しているのか、二人とも悔しそうに俯いている。
一夏とセシリアのコンビが出来るだけ早く福音を落とせれば、という前提にこの組み合わせとなっているのだ。
一夏と組めそうな者が、もう一人いるが、

―――あんな人、知らない。 知りたくない。

箒の実力は未知数であり、戦力としてカウントするのは難しいだろう。
だが、そんな理非を差し置いて、キシリアは叫んだ。

「あたくしも行きます!」

「却下だ」

「お姉様と一緒に戦います!」

「駄目だ!」

「この分からず屋のおば……!」

「キシリアさん」

鼻息荒く千冬にロクでも無い事を言いかけたキシリアをセシリアが止めた。

「大丈夫ですわ。 すぐに片付けて来ますからね。 それまで、そちらはお任せしますわよ?」

「うー……ちゃんと無事に帰って来てくださいまし……」

「ええ、ちゃんと帰って来ますわ」

しぶしぶ、といった様子のキシリアの頭をセシリアは優しく撫でる。

「一夏さん!」

「ああ、セシリアは俺が守る」

「いや、そんな無理を言うつもりはないですわよ」

「えー」

「せいぜい、お姉様の足を引っ張らない事ですわね! ……あとついでに一夏さんも怪我をしないように」

「……ああ、気を付ける」

少ししょんぼりとした一夏を見て、

―――こんなに露骨なパチちゃんのツンデレに気付いてないの……!?

簪は一夏の評価を大幅に下げる事にした。
いくらヒーローのように格好よくても、鈍感は大幅な減点対象だ。

「よし、もうラブコメはないな。 では解散!」

露骨に嫌そうな顔をした千冬の宣言で各々が去って行く中、ラウラが簪に近づいて来る。

「簪、安心しろ」

ラウラはにやりと笑うと、

「嫁は旦那が守るものだと聞いている。 パチも無事に私が連れて帰ってやるさ」

「うん……! 頑張って来てね!」

帰ってきたら一日くらいは、布団の上でお菓子食べても怒らないであげようと簪は決めた。




















「これは……私のせいなのか……」

平穏そのものだったはずの海に、鋼鉄の人形達が水平線の向こうから現れた。
水しぶきを巻き上げながら、ゆっくりと近付いて来る。
装甲で着膨れた、出来損ないの乙女のようなシルエット。

もし、私がもう少しあの人に歩み寄っていれば、こんな事にはならなかったのだろうか。
私があの人と話をして少しでも分かり合えていれば、皆に迷惑をかける事はなかったのかもしれない。

私があの人を理解出来た事は生まれてこの方、一度もないように思える。
一言で言えばどうしようもなく天才。
それが私の中にある篠ノ之束という人だ。
そのせいで会話をしても、宇宙人とでも話しているかのように通じない。
あの人の話は私には難しすぎて理解が及ばず、恐らく私の話もあの人は理解出来ていないのだろう。

あの人がISを発明し、白騎士事件を起こしてから私の生活は激変した。
一夏と別れ転校する羽目になり、そのくせあの人は一人だけ家族を捨てて気ままにどこかへ行ってしまった。
初恋と平穏な生活を壊して、自分だけはふらふらと消えたあの人を、私は―――篠ノ之箒には許せない。
しかも、またこんな事件を起こすだなんて……。
あの人が私のせいで、他人に迷惑をかけるというのなら―――

「この償いは……」

―――私の剣で晴らすしかない。

両手に持った雨月と空裂をぎゅっと握り込む。

『紅椿』

史上初の第四世代型IS。
現行の第三世代型とは、文字通り全ての性能の桁が違う。
専用機、教員の量産機を引き離し、私独りが空にいた。

「行く、か」

三十機に独り斬り込めば、紅椿とて勝ち目はないだろう。
しかし、一機二機くらいは道連れにしてやれば―――

「距離六二〇〇、これより偵察を開始しますわ」

「うおっ!?」

自分の思考に没頭していたせいで、背後から近付かれた事に気付かなかった。
何たる不覚……!

「両腕に大型荷電粒子砲……あとブレード発生機構が装備されているようですわ」

「お、おい」

一度も話した事はないが、名前はキシリア……だったはずだ。
……ああ、いや、確か前に一度、セシリアに化粧をさせられた時にいた気がする。
自身の身長ほどもあるスナイパーライフルを覗き、無人機達を観察し通信をしている。

「むー……正面から確認出来る武装はこのくらいですわね」

「おい」

「なんですの? あたくし今、忙しいのですわ。 ……距離五一〇〇、まだ攻撃はありませんわ。 篠ノ之博士が指定した時間になっていないからでしょうか」

「すまん……。 ではなくてだな」

勝手に戦列を乱した私を連れ戻しに来たとか、そういうのではないのか。

「面倒くさいですわねぇ、貴方。 額に『ゴーレムⅣ』と刻印……お姉様が破壊した無人機の発展機ですわね」

本気で心の底から面倒くさいと言わんばかりの表情は、結構ぐさりと私の胸に刺さった。

「な!?」

「ラウラさんから伝言ですわ。 『突っ込むなら、出来るだけ相手の性能を見極めてから落ちてくれ』ですって」

「もう少し言い方というものはないのか!?」

「『嫌なら大人しく戻って来い』とも言ってますわ」

……いいだろう、やってやろうではないか。
見ていろよ、キシリア・スチュアート……!
思いっきり派手に暴れてやろうではないか。

「ラウラさん、残念ながら説得は失敗してしまいましたわ。 必死に説得したのですが……」

「き、き、き、き」

「あれ、どうしましたの?」

「貴様という奴はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

本気で叩き斬ってやろうか!?

「あ」

食ってかかろうとした私を見ずに、キシリアは私の背後を見た。
どうしたんだ?と振り返ってみれば、

「あ」

三十機の無人機が両腕を掲げていた。
砲口にはすでに荷電粒子砲のチャージ光が見えて―――

「早く逃げた方がいいですわよー」

再びキシリアの方を見てみれば、

「逃げ足は速いな!?」

とっくの昔に退避済み。 彼女はすでにかなりの距離を取っていた。

「いいから、篠ノ之さんも早くお逃げなさいな」

「絶対にあとで殴ってやる……!」

私の言葉と同時に三十体、左右二門、荷電粒子砲六十発の一斉射撃が放たれた。





















「向こうでも始まったようですわね」

「今、誰かの悲鳴が聞こえたような気が……」

まぁ気のせいだろう。
敵を目の前にして、気が高ぶっているのかもしれない。
一度、深呼吸して気を落ち着ける。
シルバリオ・ゴスペル。 距離七二〇〇。 高度三一五。
糸の切れた操り人形のように、だらりと下がった腕と頭に人の意思は感じられない。
アメリカとイスラエルが共同開発した広範囲殲滅型軍用ISだ。
ただし、元の機体のデータでは、頭部にのみ設置されていたはずの一対の巨大な翼。
本体同様に銀色に輝くそれは、大型スラスターと広域射撃武器を兼用させた新型システム。 それがどういう訳か背中に六対、手足に各一対ずつ存在している。

さっき入った簪の通信では、

「暴走の結果か、篠ノ之博士の介入により……恐らく福音は二次形態移行(セカンドシフト)している模様です……こんな事しか言えませんが、注意してください……」

細かい理屈はともかく、多方向同時射撃という機能―――とにかく弾を撃ちまくれて、スラスターの機能を持った翼が本体を覆い隠すように生えている。
どれだけの弾幕を張れるものか、機動性がどの程度か想像もつかない。
だけど、

「セシリア、作戦はどうする?」

「一夏さんが突っ込んで斬る以外が出来るなら、作戦の立て様があるのですけれど……」

柔らかく微笑むセシリアの様子は、いつもと変わる所が見えない。
セシリアからしてみれば、いつもと変わらない修羅場なのだろう。
福音からは千冬姉の暴力的なまでの殺気を感じない。
福音からセシリア・オルコットのような大樹のような揺るがなさも感じない。
ついでに暴走しているなら、パチリアのように小賢しい手も使えやしないだろう。
なら、

「お前を恐れる理由はないな、シルバリオ・ゴスペル」

「ええ、では行きましょうか」

「ああ」

考えてみれば、これが初めての実戦になる訳か。
だけど、もっと怖い人達がいるからなー。
そんな事を考えながら、俺はスラスターにエネルギーをばんばん放り込む。

「一気にっ」

福音だけに時間をかけていられない。 そろそろ向こうも始めた頃だろう。
目指すは一撃必殺。

「決める!!」

瞬時加速で前に出る。
圧倒的な加速の中、視界がクリアになっていく。
一時間の間に突貫作業で積んだ超高感度ハイパーセンサーの補正が効き始めたらしい。
何か気持ち悪いな、この感覚!

「一夏さん、前だけ集中!」

セシリアの声と呼応するように、福音の背中の羽が輝きを増す。
銀の装甲が太陽の光を照り返すだけではありえない光量―――いや、エネルギーの弾幕だ。
ハイパーセンサーが福音の弾幕一発が、ラファール用のスナイパーライフル一発と等しい威力を持っている事を報告してくる。
一発で撃墜されるような事はないだろうが、衝撃で行き足が止って速度が落ちれば二発三発と当たるのは想像に難くない。
広がり始めた弾幕はハイパーセンサーの補正で、ゆっくりと花が開くように全方位へと散らばって行く。

「これで夜だったら花火の代わりになって綺麗なんだろうけどな!」

白い、銀によく似た光の乱舞を夜に見れば、どんなに綺麗な事だろう。
そこに刀一本持って突っ込む身としては、あんまり喜べやしない。
行くしかないんだけどな!
再びスラスターにエネルギーを。 福音の弾幕、というか弾の壁に突っ込む寸前に瞬時加速が終わる。
あくまで瞬時加速は爆発的に一瞬、加速するだけでずっとその速度に出せる訳ではない。
だけど一次移行した白式は、連続瞬時加速―――早いスパンで瞬時加速が可能だ。
普通の機体だとスラスターがオーバーヒートして、爆発しかねない勢いで二回目の瞬時加速!

俺の背後にいる強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備しているセシリアは、全てのビット『ブルーティアーズ』を封印し、スラスターにする必要がある。

「行きなさい、ブルーティアーズ!」

だけど、セシリアは予備のビット四機を抱えて、持って来た。
機体に戻して、エネルギーを補給出来ないビットは数発撃ってしまえば、エネルギー切れで落ちてしまうが、それでも今はその数発の手数がありがたい。
現在、直撃コースだけでも二百三十四発。 しかも、弾丸が互いにぶつかると反射して複雑に軌道を変え、勘だけで捌くのは非常に難しい。
今も直進していた弾丸が、ピンボールのように僅かに進路とタイミングをズラして来た。
直進、鋭角、鈍角、速い、遅い。
だけど、そんな複雑な軌道を描く弾丸の群れを、セシリアのビットは一発で俺に当たりそうな弾のみまとめて撃ち抜いて行く。

「あとは俺が斬る!」

音速超過で、音速超過の弾丸の壁に突っ込む。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

流水雪片のエネルギー無効化能力は、福音の弾丸を何の抵抗もなく切り裂く。
一秒にも満たない中、ひたすら斬って斬って斬りまくる。
一振りで十を斬り、十振りで百を斬り、百振りで千を斬る。
だけど、それ以上に津波のように押し寄せる弾丸全てはさすがに……!

「右上、空けますわ!」

思ったより、セシリアの声が近い。
高機動パッケージは最高速を重視し、加速性や追随性を犠牲にした物が多い。
それに比べて、俺の白式は最高速より、加速性と反応性を重視したセッティングだ。
こういう弾幕の中を抜けるためのセッティングだというのに、高機動パッケージのセシリアに追いつかれるという事は俺の技量が、まだまだセシリアに及んでいないという証拠だ。
屈辱だけど、

「超える山は高い方がいいって思っておくしかないのかねっ!」

視界の中にセシリアの指定した部分が光点として投影されている。 ぎりぎり人一人が通り抜けられ“ない”サイズ。
足りない分は斬れって事だな。
まだそこに穴は開いていないが、セシリアが何とか出来ないはずはない。
そこに飛び込むため、白式の限界……三回目の連続瞬時加速の用意を始める。

「今ですわ!」

と、聞いた瞬間に俺は飛び出していた。
そして、俺を追い越して行く三条の青い光。
エネルギーと、エネルギーがぶつかり合って爆発が起こる。
熱風と衝撃を無理矢理、ねじ伏せて、刀を振るいながら俺はそこに飛び込む。

速度は十分。
爆風の先。 眼下には再び翼を光らせる福音の姿。 二射目か。
だけど、

「もらったぞ、福音!」

このまま―――


















「……っ! 一夏さん!」

瞬時加速の速度の中、肩に衝撃。

―――なんだ?

と、思った瞬間、福音へと向かっていた進路から弾き飛ばされ、水面に速度のベクトルをズラされる。

「……セシリア?」

何とか振り返れば、手に持ったスナイパーライフルを振り下ろしたセシリアの姿だった。
何故、殴られたんだろう?という疑問。
それはすぐに解消される事になる。



















「なぁ、エム。 これ、私いる意味あるのか?」

「黙っていろ、オータム。 束とスコールの指示だ」

「へいへい」

宇宙空間。
生命の生存を本来であれば許さない、水も空気もない空虚な空間に二人はいた。
アラクネを駆るオータムは欠伸でもしそうな表情で月を見ている。

―――さっさと帰って、スコールといちゃいちゃしたいぜ。

ISが開発された本来の目的である宇宙空間での活動。
本来であれば偉業と呼ばれるべき事を成し遂げているというのに、オータムには何の感動も情動もない。
それはエムとて変わらない。
イギリスから強奪したブルーティアーズの姉妹機『サイレント・ゼフィルス』
その姿は一般的なISとは明らかに異なっていた。
一般のISとは違い肌の露出が少なく、特に関節部は強固な固定と機械的な動作機構が施されている。

『サイレント・ゼフィルス超長距離狙撃仕様』

現行のハイパーセンサーを超える、束特製のハイパーセンサー。
それは月から地球の針の穴を狙えるほどの射撃管制をエムに与えた。
しかし、銃器までは同じように行かず、地上八○○Km前後からの狙撃が限界点である。
無論、そんな距離からの狙撃を人体が成せるはずはない。
ほんの僅かな筋肉の収縮が狙撃を大きく外させる距離だ。
ゆえに完全な機械任せで照準を合わせる。
nm単位での姿勢制御と身体各部の駆動。 全てをISに任せ、エムはただ引き金を引くタイミングを待つのみである。

―――くだらない仕事だ。

エムでなくとも、誰でも出来る仕事だ。
ただタイミングが来れば、引き金を引くだけでいい。
しかし、そんなつまらない仕事を受けたのは世界最高峰の狙撃手であるセシリア・オルコットに興味があったからだ。
光学、電磁波などを組み合わせた超望遠スコープを覗く先には福音の弾幕を的確に撃ちぬくセシリアの姿。
エムですら、あそこまで的確に、正確に出来るか自信がないほどの精度で撃ち続けていた。

「お前とやりあいたかったな、セシリア・オルコット」

そんな虚しさが口から自然と零れ落ちていた。

―――あんなにも美しく戦う相手を、自分の力とは思えない機械任せの不意打ちで倒さねばならないとは。

初めの目標は織斑一夏。
福音を一撃で倒す単一仕様能力を持つ彼を撃墜すれば、至近の福音と反撃しようがない距離のエムの同時攻撃でなすすべなくセシリアも撃墜出来るだろう。

「は? 今、何て言った?」

何かに反応したオータムが口を開くと同時に織斑一夏にロックオン。

「私を見た……!?」

まさか、と思うと同時に視覚情報は、セシリアの強い視線が自分を射抜いている事をエムの脳に伝えてくる。

「面白いじゃないか……セシリア・オルコット!!」

オータムを無視し、エムは引き金を引いた。
織斑一夏を殴って進路を変更させ、照準から外させた。
しかし、彼を殴った事により、セシリアの足は止まっている。 止まってしまった。
スナイパーライフルというよりも、もはや砲と言うに相応しい威容を誇る『スターブレイカーⅡ 超長距離狙撃仕様』から青い光がセシリアに向かって放たれた。




















直径一mほどもある青い光が天から降り注ぐ。
どうやっても、あの光からセシリアは逃れられない。
俺が千冬姉の剣を避けられないのと同じくらい確定した未来がそこにはあった。

「セシリア!!」

手を伸ばした先で、セシリアは光に飲み込まれた。



[27203] 二十一話後編『今度は俺が守るんだ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/06/28 01:16
「セシリア!!」

セシリアが光に飲み込まれると同時に福音が動いた。

「AAAAAAAAAAAAAAA……!」

調子に乗りやがって……!
セシリアに殴られて進路はズレたけど、まだ俺の身に速度は残っている。
福音の足元から突き上げるように、突っ込んだ。

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

だけど、歌っているかのような耳障りな声を上げながら、ムカつくくらい軽やかに福音は下がって行った。
二射目。 相変わらず狙いも何もない、ただ弾をばら撒いているだけの射撃。
だけど、セシリアの援護があってやっと、抜けられた万を軽く超える弾幕は―――って、

「セシリア!?」

このままだと撃たれたセシリアに当たってしまう。
落ち着け……出来る事から一つずつこなすぞ。
今、熱くなったら俺だけじゃない。 セシリアだって巻き込んでしまう。
熱くなって福音に突っかけている場合じゃない。
これ以上、足を引っ張る訳にはいかない。
これ以上、パチリアに怒られる訳にはいかない。
いきなり福音に背を向けて、背中から撃たれるのも不味い。
俺が落ちれば、セシリアも終わる。

自己暗示で緊張感の糸を限界まで高める。
落ち着けはしないけど、それでもやるべき事の優先順位は付けられた。
ハイパーセンサーで上下左右をチェック―――いた。

セシリアは気を失っているのか、頭から落ちているのに身動き一つしない。
全身の装甲にダメージが見える。 特にライフルを構えていたはずの右手は誘爆でもしたのか、かなりの血を流していた。
重力に引かれて自由落下するセシリア。
間に合う……間に合うけど、

「問題は狙撃だよな……!」

俺がセシリアに向かっているのは、相手の狙撃手もわかっているはずだ。
ISが存在する前のスナイパーのように、傷付いた仲間を助けに来た所を撃てばいいだけの話だ。
だけど、逆に言うなら、

「撃たれるタイミングさえわかっているなら、俺に斬れないはずはない」

相手が実弾じゃなくてよかった。
あの太いレーザーを斬り払えるかどうかなんて考えない。
瞬時加速を残していれば、とも考えない。
セシリアが助ける必要が無いくらい俺に力があれば、という後悔も今だけは、しない。

海に突っ込む勢いで、セシリアに向かって突っ込む。
ハイパーセンサーでも事前に警告が出せないほどの速度で放たれるレーザーをどう斬るか。
それも今は考えない。

手が届く。
左手一本でセシリアの腰を抱いて、身体を捻る。
何とか水面ぎりぎりで間に合い、フルブーストで落下の速度を殺す。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

セシリアの質量と加速していた速度が左手一本にかかる。
だけど、

「離してたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

肩と腕から、何かが切れるような音。
痛みを感じる間も無く、押し寄せる福音の弾幕を右手に持った流水雪片で散らす。
どうやって振ったのか自分でもわからないほど、がむしゃらに刀を振った。

弾幕を斬り捨て、空が見える。

連続瞬時加速と今のフルブーストで白式のスラスターに危険信号。
短時間にあまりの熱量を叩き込まれたせいで、融解し始めているという警告。

「もう少しだけ耐えてくれ、白式っ……!」

左手に抱いたセシリアの体温がひどく熱い。
濃い鉄錆の臭い。 普段の上品な香水の香りとは違う、セシリアの根源の臭いだ。
どこかから大量に血を流しているだろうけど、それをのんびりと確かめている暇はない。
守らなきゃいけない。
千冬姉に守られて、今もセシリアに守られた。

「今度は俺が守るんだ」

―――きらり、と空が光った。

考える間も無く光へと、右手の流水雪片を叩き付けるようにぶち当てた。
エネルギー無効化と言っても、許容量を超えれば無効化し切れない。
許容量を大幅に超えたレーザーの瀑布。
無効化し切れなかったエネルギーが押し寄せて振り抜けない。

「……っ!」

ぶつかり合うエネルギーは熱量に変化。 どれだけの熱がかかっているのか、流水雪片の刀身が溶けて行く。
ここで全てのエネルギーを使い切ってしまってもいい。
そんな覚悟で流水雪片にエネルギーを回す。 だけど、それでもまだ足りず、少しずつ水面に押し込まれていく。

「まだだ! 俺達の力は……まだこんなもんじゃないだろう、白式!」

セシリアを守るんだ。
このままじゃ、

「パチリアに顔向け出来ないだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

振り抜く。

ぽきん、といっそ笑えてしまうくらい軽い音を立てて流水雪片が真ん中からへし折れた。

流水雪片はもうぼろぼろ。 刃先を失って、制御し切れない零落白夜のエネルギーが紫電と共に無秩序に放出されている。
防いだ余波であちこちの装甲は砕け、シールドで防ぎ切れなかった分がむき出しになっている肌を切り裂いて行った。
だけど、今だけは守り切れた。

「一夏さん……」

「セシリア! 無事か!」

よかった……。 弱々しいながら、声に力がある。

「あと、一発」

「ここは一度、引こう……ってなんだって?」

「あと一発、今の攻撃を耐えてくださいますか……?」

「な!? お前、今自分がどんな状態だかわかってんのか!?」

「わかりますわよぅ……右腕の裂傷と右肩の脱臼、あとは……あちこち怪我していますわね」

セシリアを抱いている俺の左手はぬるぬるとした血が絶えず流れて来ている。
こんな状態で、

「つまり……わたくしはまだ撃てますわ」

何がどういう事でつまりなんだか理屈はわからないが、セシリアが言うなら、そういう事なんだろう。

「福音、落とせるのか?」

「福音は今、どうでもいいですわ。 問題は衛星軌道上からの狙撃です」

確かにまともに反撃手段の無い狙撃手を、このまま放置しておけば無人機を相手にしているパチリア達が不味い。
乱戦の中での狙撃なんて、セシリアくらいにしか避けられないだろう。

「だけど……」

大丈夫なのか。
そんなに距離が離れている相手に当てられるのか。
自分が何て言うつもりなだったのか。 それがわからないうちにセシリアは言った。

「わたくし……実は負けず嫌いですの」





















「お、おい、エム。 今、セシリアって言ったか!?」

まさか、とエムは思った。
束が出して来た白式のスペックデータでは、スターブレイカーⅡの出力で確実に撃墜出来る―――そのはずだった。
しかし、実際はどうだ。
見事、織斑一夏は凌ぎきり、まだ二人とも生きている。

「面白い」

自分でも意識せずに、口端が吊り上る。
歪な笑みを浮かべ、エムは三射目の準備に取り掛かる。
外付けのバッテリーを手早く交換していく。
IS本体のエネルギーでは賄えないだけのエネルギーを連続射撃出来るのはいいが、これがなかなかの手間だ。
しかし、まだ束のみが持っているISエネルギーの大容量バッテリー化技術はこういう時に大きなアドバンテージとなる。

「エム! マジでてめえ……!?」

「うるさい。 相手はセシリアだ。 これでいいか? 黙れ」

オータムに掴みかかられては作業の効率が落ちる。
そんな判断を手早く、言葉も区切るように手早く。
何本ものコードを引きちぎるように銃身から抜き去り、格納領域に入れていたバッテリーを取り出す。

「……オルコットか?」

「ああ」

「逃げよう」

は?とエムは自分の口から漏れたとは思えないほど間抜けな声を出した。
それはそうだろう。
何の冗談だというのだ。 精神的に不安定な所があり、サディスト。
しかし、それだからこそ敵と見れば、大喜びで食いつくスコールの猟犬であるオータムが、

「逃げよう、エム」

エムは彼女がにやにやと笑っているか、怒りの表情か、退屈そうにしている姿以外見た事がない。
そのオータムが真剣な表情で逃亡を望んでいる。

「何を言っている? 相手は手負い。 しかも、反撃手段は……ああ、一応、あるな」

これまでオータムに渡していなかったデータを送信する。
束の指示は、

「本人が聞いてくるまで秘密にしておいてね~」

という事だったので、問題ないだろう。
それに、

「スターライトMk-Ⅳが英国から送られて来ているらしいが、専用の狙撃機材もない。 当たるはずがないだろう」

僅かコンマ一度ズレただけで、明後日の方向に飛んで行ってしまう距離だ。
スペック上、射程保証距離も足りない。
恐らくエムが使用しているハイパーセンサーを使っても、スターライトMk-Ⅳで直撃は望めないだろう。 とりあえず届きはするだろうが、まともに当たる可能性は無い。
もしかしたら一万発ほど同時に撃ち込めば、ひょっとしたら当たるかもしれない。
しかし、スターライトMk-Ⅳは三発も撃てばISがダウンするような燃費の悪さだ。

「くそっ、お前もスコールもセシリアの怖さ知らねえんだよな! ああ、もうちくしょう……どうりで束からの依頼なのに報酬がいい割に楽な仕事だと思った訳だ!」

ぶつぶつとぼやくオータムから視線を外し、バッテリーの交換を終わらせた。
スコープの先には二人の姿がある。
福音からの攻撃を必死に避ける織斑一夏と、ぐったりと力尽きたかのように抱かれるセシリアの姿が―――セシリアの視線がエムを射抜いている。

―――撃って来るつもりか。

ダンスのラストシーンのように織斑一夏に身体を預けて、セシリアはまっすぐに空を見上げた。
展開し、手にしたのは長大なライフル。
届く、が当たるはずの無いライフルだ。 セシリアの利き手の右腕は力なく揺れ、左手でやっと保持している。 当たるはずがない。
だが、何としたことか。

―――その銃口を覗いた時、エムの背筋が、濡れた。

エムは織斑の遺伝子を組み込んだ遺伝子強化素体の成功例だ。
その天才性と綿密な計画に基づいて行われた科学的トレーニングは、常に敵対した相手に一方的な蹂躙を強いて来た。 恐らくこれからもそうだろう。

「あ」

と、エムが気付いた時には引き金を引いていた。
ロックオンはまだ出来ていない。
福音の攻撃を避けるため、織斑一夏は必死の形相で動き続けている。
動き続ける動体目標に、この距離では絶対に当たりはしない。
至近弾になったが、織斑一夏はどうした訳か的確に避けて見せた。
例えるなら、百m先の微生物の目を撃ちぬくような行為を何の補助も無い状態で行える者は人間では無いと言っても過言ではない。

「なら、あいつは―――」

セシリアのライフルから、エムのスターブレイカーよりも鮮やかな青い光が輝く。

「逃げろ、エム!」

オータムの声を認識する前に、エムは動いた。

「人間なのか!?」

額。
ハイパーセンサーの警告は無い。 しかし、背筋を振るわせる何かが、そうエムに教えてくれた。
必死に首を横に傾ける。

「よくも……!」

一拍遅れて、エムの頬に血が流れる。
シールドなど、水に濡れた障子紙のように容易く貫かれた。

―――この顔を傷付けていいのは、私と……!

瞬間的に膨れ上がった怒りがエムの限界を突き破り、その天才性を発揮させた。
ロックオンはまだ。 本来であれば、限界まで肺に空気を送り、筋肉を固定するのが狙撃のセオリーだ。
しかし、エムはそれを無視。

五十六分の一だけ肺から空気を吐き出し、右の胸鎖乳突筋を緩めると“考える”事のみをした。
アーチェリーなどの精密性を要求される競技では筋肉を意識するだけだ。
狙って動かそうとすれば、動作が大きくなりすぎる。

それにより、nm単位での微調整が完了。

―――中たる。

確信を、エムは得た。




















「一夏さん……」

「なんだよ、セシリア!?」

ぜえぜえと息が荒い。
セシリアの初弾はやっぱり外れた。
これ以上は無理だ。
セシリアだって人間なんだ。 これ以上は……!
そう説得しようとした俺の耳に聞こえて来たのは、

「キシリアさんの事、どう思ってますの?」

「へ?」





その瞬間、一夏の筋肉は硬直。 ありとあらゆる機動は止まり、理想的な狙撃台へと生まれ変わる。
重力、大気、コリオリ力、水分、熱。

―――セシリア・オルコットの魔眼は全てを見通す。

全てを見切り、星の光が天に昇った。



















「あれは試射だ! 本命が」

来る、と続けようとしたオータムの言葉を聞くまでもない。
エムは引き金を引いた。
負けられない。
何故なら、

「私が負けたら、織斑の負けだっ!!」

のうのうと平和そうな顔をしている二人を殺すために生きて来た。
だが、こんな所で自分だけが負けてしまえば、

―――私は織斑になれないじゃないか!!

胸に何かを感じて、エムの意識はそこで途切れた。




















「ったくよぉ……私が来た意味って、やっぱこれかー! ちくしょう、マジで腹立つぜ!」

「あ……」

目覚めれば、そこはオータムの背だった。

「ん? 起きたのか、てめえ。 さっさと降りねえと、これ以上は金取るぞ。 ここはスコールの場所なんだからな」

またぶつくさとぼやくオータムを無視して、エムはさっさと降りた。

「ここは?」

「知るかよ。 アラクネの装甲を爆砕させて射撃を防いだ後は、母なる地球様に自由落下だ。 てめえのサイレント・ゼフィルスもコア抜きとって逃げるので精一杯だった」

「……生きて、いるのか」

「ああ、この後はどうなるかは知らねえけどな!!」

そこは見渡す限りの平原だった。
地平線がはっきりと見える。
飛んでいれば、いつでも見えるそれが今のエムにはどうしようもなく新鮮に映った。
なんでもないような平原で、オータムは思った。

「生きているんだな」

「撃墜された俺達を探しに来た軍に見つからなきゃな!」

ああ、もう金貯めて早く引退したい! セシリアと関係の無い生活をしたい!!
喚くオータムの言葉は耳に入らなかった。
風が、吹いていた。

「なぁ、オータム」

「あ?」

「私は、セシリアに勝つよ」

ISの補助も無く踏みしめる土と草はひどく重い。

「無理言うなよ!? せっかく俺が助けてやった命なんだから、少しは大事にしろよな!?」

「私は織斑マドカだ。 負けたままではいられないのさ」

「知るか、馬鹿野郎!」

眼を剥いて感情を露にするオータムを始めて、正面から見た。

「はっ」

それはどうにも滑稽で。
一度、堰が切れてしまえば、どうにも止められない。

「あは……あははっ」

エム、織斑マドカは生まれて初めて腹の底から笑った。



[27203] 二十二話前編『どいてくれ、箒』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/07/02 02:19
光が溢れる。
六十門もの荷電粒子砲は紅椿の光量補正をかけても、なお眩い。

「くそっ……!」

避け切れそうにない。
現行ISの中でも最速を誇る私の紅椿でも避け切れないというのか……!
音速域で活動するためのハイパーセンサーの補正により、視界の流れは随分と緩やかになっている。
しかし、音速超過の速度の中、ゆっくりと、だが確実に私をその顎に捉えようと荷電粒子が迫る。
もし、これが他の誰か―――一夏達に向けられたら?
答えは考えるまでも無い。
全滅……するしか、

「何やってますのよ、貴方は」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

直進していた私の進路が突然、捻じ曲がった!?
一直線に進んでいたはずが、いきなり弧を描くラインに。

「なんで荷電粒子砲が進む方向に逃げてますの!? 車の前に飛び出して来て、びっくりして立ち竦む猫ですか!?」

キシリアは何も無い空間を引っぱるように、いや、ハイパーセンサーでの解析の結果では肉眼では見えないような極細のワイヤーが……私の装甲と彼女の手の中とで繋がっている。
恐らくそれにより私の進行方向のベクトルを変化させたのだろう。

「す、すまん!」

彼女の言う通り、私は真っ直ぐ後ろに逃げていた。
それでは避けられるはずがない。
いくら紅椿が優れているとはいえ、荷電粒子と追いかけっこをして勝てるはずはないのだ。
進路を変えた事によって、全滅を覚悟していたのが嘘のようにあっさりと避けられてしまう。

「すまんじゃないですわよ! 馬鹿じゃないんですの!?」

「ば、馬鹿とはなんだ!?」

「じゃあ、間抜けですわね! いいですの、新兵(ルーキー)。 もう少し肩の力を抜きなさい」

「くっ……」

普段、喚いてばかりいる彼女の声に抗い難い物を感じ、私は口を閉じた。
私の実戦経験……いや、ISの搭乗時間や戦闘訓練などイギリス代表候補生候補である彼女に勝てる面が無い。
それに今の体たらくは何だというのだ。
私は、この戦場に竦んでいた。
しかし、

「だが、私がやらなければ……!」

最新鋭の第四世代型のISを使っているから、というのもある。
恐らく今の私は量産機を使う教官達、専用機の中で最大戦力だ。
瞬発力、最高速度は比べ物にならず、火力、防御力とて他のISの追随を許さない。
そんな機体を扱っている私が何も出来なくていいはずが、

「いや、別に貴方に期待してる人なんていませんわよ」

「…………」

「昨日今日、ISに乗り始めた方がこの状況、何とか出来るだなんて思ってもいませんわよ」

「わざわざ二回、似たような事を言う必要があったのか!?」

「うるさいですわねー」

と、言う彼女の視線はあくまで無人機の群れに注がれていた。
しまった。 彼女の言葉に惑わされ、私は奴らから意識を外してしまっていた。
ハイパーセンサーすら意識の外に置いてしまっては、どうやって相手の攻撃を避けるというのだ。
この体たらくでは、そう言われても仕方が無い。

「安心なさい」

その声には確かに優しさが篭められていたように思えた。

セシリアの明るいブロンドとよく似た髪。
私が抱きしめたら、すっぽりと包めてしまいそうな小さな体躯。
見る者の心を明るくさせるような満面の笑顔で彼女は言った。

「貴方をあたくしが使い潰してあげますわ」

「最悪だなぁ!?」

「いいから、あたくしに従いなさい! ほら、来ましたわよ!」

無人機の群れが再び荷電粒子砲をチャージし始める。

「動きなさい!」

その声に弾かれるように、何も考えずに最高速で右へ。

「トップスピードに乗せたままでどうするんですの。速度をランダムに変化させて、射撃予測をさせにくくなさい!」

「くっ……!」

本来であれば言われるまでもないような基本中の基本。
学園で最初に習う基本の回避運動『乱数加速』すら忘れていた。
ある程度の上下に進路変更を繰り返す回避運動も含めて行う。

「そうそう、やれば出来るじゃありませんの」

妙に声が近いと思えば、キシリアはまだ私に巻きつけていたワイヤーにぶら下がりながらライフルのスコープを覗いていた。
どうやって私に着いてきたのかと思えば、こういうからくりだったのか……。
しかも、乱数加速と進路変更の際には私の動きの負担にならないよう先に動いて、ワイヤーにテンションがかからないようにしている。
器用な真似をするものだな。

「そんなにじろじろ見ても、あたくしはお姉様一筋ですからお断りですわ」

「そんな趣味はない!」

軽口なのか、本気なのかはわからない。
しかし、今度は時間差を付けられた荷電粒子の光が飛んで来る。
一本、一本を確実に。 だが、無理をし過ぎて次の回避行動に支障が無いよう丁寧に避けて行く。

「やれば出来ますわね」

「このくらい当然だ!」

これくらい落ち着けば簡単に……彼女の手の内か。
入れ込んでいた私を怒らせる事により、コントロールしたのだろう。
彼女の方に飛んで行った荷電粒子砲もワイヤーワークのみで軽々と避けている。

「進路、切り返し!」

「あ、ああ!」

突然の指示に考える間も無く、身体が従ってしまう。
慣性制御があってなお、身体に負荷がかかるほどの急ブレーキ。
同時に目の前を同時に八本。 それも私の回避進路を埋め尽くすようにして荷電粒子の光が通り過ぎる。
あのまま進んでいたら、直撃していた……!

「一秒、進路と速度を維持!」

返事を返す暇も無く、左に切り返す。
ダン、ダン、ダンと発砲音。
ここに来て、彼女はついにライフルを使った。
一発一発を確実に当てるというよりも、三発のどれかが当たればいいとばかりに撃たれたライフルは回避運動をする気配も無く、一直線に飛翔する無人機に確かに直撃する。

「あらやだ。 びくともしませんわね」

しかし、シールドに弾かれたのか無人機には全く損傷が見えない。

「ど、どうすれば……」

彼女のライフルは量産機など汎用型のライフルとしては一番、強力な50口径。
対物ライフルとしても使われるこのライフルの効果が無ければ、教員達の攻撃は事実上、無意味となってしまう。

「さて、帰りましょうか」

「なん……だと……」

「十分な量のデータは取れましたわ。 ここに残る意味はありませんわね」

「しかし!」

「あたくし達、二人で何とかならないですわよ。 苦労は皆さんと一緒に分かち合いましょう?」

「む……」

私が一人で突っ込んでも一機落とせるかどうかもわからない。
二人で突っ込んでも意味は無い、のはわかっている。
しかし、敵を目の前にして引くのは……!

「いい事は分け合いませんけど」

「そこはせめて黙っておけ!」

「いいから、早く戻りますわよ」

「くっ……振り落とされるなよ!」

せめてもの嫌がらせとばかりに言った私の言葉は、

「自分の周りをもう一度、ハイパーセンサーで走査してみなさい」

「む……」

さきほどまで一本だったワイヤーが更に三本、私に巻き着いていた。

「いつの間に……」

「これくらいなら候補生は誰でも出来ますわよ」

ラウラさんなら、あと五本は余裕で巻き付けてきますわ、と言いながらキシリアは弾を使い切る勢いで連続で無人機を狙撃していく。

「指示出してあげますから、真っ直ぐ背中向けて逃げていいですわ」

「……了解だ」

自分でも大人気ないと思う不貞腐れた声が出た。
悔しい。
力があれば、専用機があれば私は出来ると思っていた。
一夏の横に立ち、一緒に戦うのを夢にまで見ていた。
それがこの結果だ。
……そして、何より指示を出してもらえると聞いて安心してしまった自分が悔しい。
絶対に、

「私を認めさせてやる……!」

「箒さんの胸の大きさだけは認めていますわよ」

「う、う、う、うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!?」





















ベースキャンプとして利用している旅館に戻って来た二人は、本来であれば見るはずの無い光景を見ていた。

低空飛行に移った箒の視界に入るのは東の空。
わたあめのように纏まっていたはずの雲が白い光弾の群れに引きちぎられ、散り散りになる。
まだ福音との戦闘は続いている。

視界を下に移せば、まだ避難していない十人ばかりの整備科志望の生徒達が何故か更地になっていた中庭に、整備用の機材を持ち出して走り回っていた。
キシリアと箒と入れ替わりに出撃し、遅滞戦闘を行う予定の教員達が一斉に戻って来る事になれば、整備用に宛がわれていた倉庫ではスペースが足りなくなる恐れがあるのだ。
さすがに十機以上のISを同時に整備するスペースを室内に用意する事は出来なかった。

必死に誰もが戦う中、整備の邪魔にならないように端の方で専用機持ち達が集まっている。
これも教員達が抜かれた場合、打撃力として温存されているのは最初からの計画通りだ。
篠ノ之箒の暴走と、もう一つの事以外は計画通りだ。

「どうして……」

キシリアは両手剣を展開すると、一息でその身と箒のISとを繋いでいたワイヤーを切断し、専用機持ち達が集まる一角に降り立った。

「どうして、一夏さんがここにいますの?」

「一夏!?」

一夏がそこにいた。
本来であればセシリアと、福音と戦っているはずの一夏が純白のISスーツを血に染めて立っていた。

「…………」

つかつかと一夏に歩いて行くキシリアの手には両手剣が展開されたまま。
そして、隠す気の無い殺意が、ただの背後に着いて行っているだけの箒の肌をあわ立たせる。

「どうしてここにいますの?」

「すまん」

「謝れ、と言ってる訳じゃありませんの。 どうして、と聞いていますのよ?」

「俺が弱かったからだ」

「その血は?」

「セシリアの血だ。 俺を庇って傷付いたセシリアの血だ」

「ま、待て、キシリア!」

―――何故、皆動かないんだ!?

ぶおん、という刃風と共に一夏の首筋へとキシリアの両手剣の刃が添えられるが、一夏はただ歯を食いしばるのみ。
キシリアの表情は箒から見えなかった。

「箒さん、僕らは下がろう」

「シャルル……だが!」

手を伸ばそうとした箒の肩に手をかけたシャルルの表情は厳しい。
ここは他人が口を挟む場面ではない。 そう彼の目が言っていた。

「お姉様を見捨てましたの?」

「そうだ」

「せめて、足を引っ張らないでって……言ったじゃありませんか!」

「すまん」

「すまんじゃないですわよ!」

キシリアの握り締めた拳。 両手剣を手放してはいるがISのパワーアシストを受けた拳が一夏の頬を打つ。
どれだけの力、どれだけの怒りが篭められていたのか。 一夏は抵抗する気配も無く、無様にしりもちをついた。

「違うだろう、キシリア! お前だって、あれが見えているはずだ!」

シャルルの制止を振り切り、箒は一夏に駆け寄った。
箒が指差した場所には整備用の固定台に上げられた白式の姿。
装甲の大部分はひび割れ、焼け焦げている。
その中でも一番ひどいのは、IS戦闘で最も重要と言われるスラスター部。
四機設置されているスラスターは全て高熱に焙られた飴のように融解し、原型を留めている物が一つもない。
どれだけ一夏が戦ったのか、その痕跡がはっきりと伝わって来るようだ。

「どいてくれ、箒」

切れた口元を拭う事なく、一夏は再び立ち上がった。
あくまでキシリアの前に立つ。 言い訳一つする事なく。

「俺はセシリアを守れなかった。 それどころか俺は怪我をしているセシリアを置いて戻って来ちまった……!」

新兵と呼ばれた箒でも理解出来る事がある。
あんな機体ではまともに戦う事など出来ない。
白式の足元には折れた流水雪片が置かれている。
機動力も抵抗する力も失った一夏を戦わせるよりは、怪我を負ってもセシリアが自ら行った方がマシだという判断なのだろう。

そして、僅かな接点しか無い箒でも、殿(しんがり)をセシリアが進んで引き受けたという事くらいは理解出来る。
その事をセシリアの一番、近くにいるキシリアにわからないはずがない。

―――それがお前にわからないのか!

「箒さん」

「っ!」

キシリアにそう訴えかけようとした箒を再びシャルルが押さえる。
箒は、男だというのに自分と大して変わらない小さな手を今度は振り払えなかった。

「今、君が助けたら絶対に一夏はずっと後悔し続ける」

シャルルのぼそっと呟いた言葉。
それは他人の機微に疎い箒でもわかった。 わかってしまったのだ。

織斑一夏は、泣いていた。
歯を食いしばり、真っ直ぐにキシリアを見つめる瞳。
固く握り締められた手からは血が滴り落ちている。
彼の、いつ崩れてもおかしくない危うさは箒ですら理解出来た。
織斑一夏は、一滴の涙も流さずに泣いていた。

「すまない」

「すまないで済むと、思ってますの……!」

一夏の望む断罪を、再び振りかぶられたキシリアの拳を、箒とシャルルは黙って見ている事しか出来なかった。


























「はい、どーん!」

「ぎゃー!?」

「なんですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

シリアスな空気を吹き飛ばすように放たれたのは、鈴音の衝撃砲『龍咆』である。
二人まとめて、ぼかんと重い空気と一緒に吹き飛ばす。

「はいはい、仲間割れもいいけどさっさとやる事やるわよー」

ぱんぱんと手を打ち鳴らし、話を終えようとする鈴音に一夏が食ってかかる。

「り、鈴! だけど!」

「はい、どーん!」

「ぎゃー!!」

「鈴さん、いくらなんでもこれは酷」

「はい、どーん!」

「ひぎぃ!?」

「と、いうことで私とシャルルがセシリア小姐を助けて来るわよ。 いいわね、ラウラ」

吹き飛ばした二人を確認する事なく、鈴音はきっぱりと言い放つ。
ごろごろと転がった挙句、絡み合うように倒れる二人を無視し、ラウラが答えた。

「ああ、むしろ私から頼もうと思っていたくらいだ」

目の前の光景に最初から最後まで、顔色一つ変える事なくラウラは腕組みをするのみであった。
確かに仲間割れは無益だ。
しかし、少人数での戦闘がIS戦の基本。 下手な遺恨を残していては連携に差し支えが出てしまう。
もし、このまま二人が揉めたままであれば危うくて前線指揮官としては使う気にはなれないのだ。

「待ってくれ! 俺が行く!」

「あたくしが行きますわ!」

「白式ぼろぼろじゃない。 無理よ。 パチの装備じゃ相性悪いじゃない。 無理よ」

「それに僕と凰さんの事、信じられないかな?」

これから戦場に向かうというのに、シャルルに緊張感や気負いの類など微塵も見えず。
何故ならシャルル・デュノアにとって、セシリア・オルコットの存在はそこまで大きい物ではない。
恩はあるが、織斑一夏への忠誠と献身と引き換えにしようとは思わない程度の存在である。
一夏とキシリアの思いは尊いものなのだろう。
しかし、戦場に情と情けは不要である。
それならばシャルルの割り切りの方が熱くなっている二人よりもマシなのだ。

「…………」

それは一夏とキシリア二人も理解している。
そもそも飛べない一夏と、スナイパーライフル程度しか遠距離装備の無いキシリアでは、福音の圧倒的な弾幕の前では勝ち目どころか、時間稼ぎもままならない。

「大丈夫さ、一夏。 そんな顔しないでよ」

「だけど……」

「ああ、それならさ」

シャルルはとっておきの、自分が一番綺麗に見える笑顔を作った。
一夏へと見せるための笑顔を作った。

「帰って来たら、僕とデートしてよ」

「へ? そ、そんな事でいいなら」

「あ、私も! 駅前においしいケーキ屋さんが出来たらしいし、付き合いなさいよ」

「あ、ああ……二人ともセシリアを頼む」

「あたくしからもお願いしますわ」

悔しげに俯く二人を前に、シャルルは微笑んだ。

「任せてよ。 ご褒美のためなら僕は無敵だよ」

「何だか嫌な言い方するわね……」



















「ねえ、あんた」

「何かな、凰さん」

二人は旅館を後にし、福音とセシリアの下に向かっていた。
ハイパーセンサーを使うまでもなく、空には大輪の花。
美しい光景とは裏腹に死を撒き散らす福音のエネルギー弾が猛威を振るっている。

「あんた本当に男なの?」

「実は僕の本名はシャルロット・デュノアって言うんだ。 性別としては女の子だよ」

「……あっさりバラすわね」

「うん、僕には出来ない事をしてくれた凰さんへの感謝と、それに長い付き合いになりそうだから」

「……なにそれ?」

「僕は一夏が望む事をしかしてあげられないから。 ああやって全部、吹き飛ばすようなやり方は僕には出来ないよ」

「あれは、その……あのままだとまずい事になっていただろうし」

「まずい事になりそうなのは僕にもわかってたけど、一夏がそう望んじゃった以上、手出しするつもりはない」

「なによ、それ。 一夏がしろって言ったら何でもするわけ?」

「そうなるね。 だから、凰さんには一夏が間違ったら、進路を修正してほしい。 ぶん殴ってでもね」

あはは、と邪気なく笑うシャルロットに鈴音はため息をつく。

「嫌な所だけ押し付けてない、それって?」

「そうとも言うかな。 でも、あの時の凰さんは格好よかったから。 話しても大丈夫かなって」

僕、悪い人を見抜くのだけは自信あるんだ。
そう言ったシャルロットの笑顔に、鈴音は曇り一つ見つけられなかった。

「あー……! 女の子を褒めるのに格好いいはないでしょ! 男の格好なら、もう少しマシな褒め言葉を用意しておきなさいよ!」

「僕は一夏みたいには出来ないかな。 あんな風に自然に口説き文句言えないや」

「あれは天然よね。 ……私の事は鈴でいいわよ」

歪んではいるものの、シャルロットの在り方は鈴音にとって敬意を示すに相応しい物であった。
一言で言うなら、

―――友達になってもいいかな、と思うくらいには面白そう。

そんな事を思ってしまう程度には、だ。

「僕は……うーん、シャルって呼び方は母と一夏にしか許したくないかなぁ」

これから待ち受ける激闘を前に、シャルロットは真剣に腕を組んで考え込み始める。
流れ弾が飛んでくるような距離で、平然としているシャルロットに思わずと言った感じで鈴音も噴き出す。

「いいわよ、シャルルって呼ぶから。 あと一夏は渡さないかんね!」

「大丈夫だよ。 僕は一夏の側にいられれば、それだけで満足出来るから!」

「……ねえ、前々から思ってたんだけど」

「ああ、そうだよ。 僕はドMさ!」

―――まず、こいつを叩き落とした方がいいのかしら……?

鈴音はわりかし真剣に考えた。




















「ラウラちゃん!」

「む、どうした我が嫁よ」

ぜえぜえと荒い息をつきながら、簪が走り寄って来る。

「無視するけど……山田先生達が無人機のうち三機を目標地点に誘導を成功させつつあるみたい」

「強くなったな、簪……。 よし、たっちゃん」

「ええ、行きましょう」

豪奢なブロンドと般若の面を被った謎の美少女たっちゃん。
その正体は一体、何者だというのか。

「篠ノ之、行けるな」

「ああ、問題はない」

飛んでいただけという事もあり、箒の紅椿のエネルギー補給も僅かな時間で終了。
精神状態も暴走していた時に比べれば、マシになっている。

「パチ」

「……ええ、さっきのような無様は晒しませんわ。 これ以上、見苦しい所を見せてはお姉様に怒られてしまいますもの」

ラウラが見る所、キシリアの精神状態はまだ波打っている部分がある。
しかし、彼女を外すという選択肢はラウラの中に無かった。
視野の広さと、強敵へと正面から当たらない狡猾さはラウラには無い。
そして、何より、

「はっ、頼りにしてるぞ。 相棒」

背中を任せられる相棒は彼女しかいないのだから。

「はいはい、せいぜい頑張りますわよ」

「待ってくれ、俺も!」

「無理だよ、おりむー。 まだ、スラスターの交換も終わってないんだからねっ!」

避難せずに白式の整備を行っていた本音から声がかかる。
普段とは違い作業着のツナギではあるが、袖の長さだけはいつもと変わらない。
煤で汚れた彼女の顔には、一夏への憤りが浮かぶ。

「装甲もちゃんと交換したいけど、おりむーがどーしてもって言うからスラスターだけなんだから、少しくらい待ってないと本気で怒るからね!」

「あ、うん。 ごめん……」

―――のほほんさんに叱られる経験なんてしたくなかった……。

そう嘆く一夏を助けたのは、

「私も……行く」

「かんちゃん!?」

簪の言葉だった。

「駄目よ! ISも無しに危険だわ! 無理に決まってるわ!」

『駄目、絶対』
扇子に書かれた直接的過ぎる言葉はたっちゃんの偽り無き本音であろう。
しかし、それが簪の心に火を付けているとは本人は全く思っていない。

「ラウラちゃん、連れて行って」

「いや、だが」

「ラウラちゃん」

「はい」

「私は必要?」

「必要であります!」

声を荒げる事もなく、ラウラの抵抗の意志をへし折った簪の微笑みは、どこまでも透き通っている。
下手な抵抗をすれば、何をされるかわからないとラウラの心に刻み込む程度には透き通っていた。

「実際、簪さんが必要ではありますけど……最初に出会った頃の簪さんはどこに行ったのかしら……」

ラウラにお姫様抱っこをされる簪を見ながら、キシリアは呟いた。
多分、その原因はパチリアのせいなんだろうな~……というツッコミは賢明にも一夏の口から漏れる事はなかった。



[27203] 二十二話後編『……笑えよ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/07/05 21:11
『三機に抜かれました! あとはそちらにお願いします!』

「了解した。 あとはこちらに任せてくれ」

真耶からの通信を受けたラウラは改めて地形を確認する。
切り立った崖と、疎らに生える木々。 人の手が入った何の変哲も無い雑木林だ。
多少の起伏がある地形だが、空から攻撃が出来るISには特に関係がない程度だろう。
無人機は高度一m前後でホバリングしながら前進してくる事が多いと、遅滞戦闘を繰り広げている教員達からの情報が来ている。
地上戦ではあまり高度を上げるよりも、地上で遮蔽物を生かしながら戦闘をした方がいい場合が多い。
ここまではセオリー通りの防衛戦になっている、とラウラは考えた。

「パチ、簪」

「この辺りで簪さん用の塹壕を掘ればいいですのね」

「出来たら、手足が伸ばせるくらいのスペース作ってね……」

「ああ、塹壕を掘った後はそのまま簪の直衛とバックアップを頼む」

塹壕という第一次世界大戦以前から使用されて来た戦術ではあるが、IS戦でもその有用性は実証されていた。
アサルトライフルのような小口径弾では土の質量を撃ちぬけず、荷電粒子砲では熱により土が硝子化するなどして貫通しない事が多い。
勿論、熱は防げないが直撃するよりはマシだろう。
IS用スコップを展開したキシリアが、せっせと穴を掘り始める。
先端にはシールドと同様の技術が使われており、普通のスコップよりも効率よく穴が掘れる。
無論、打撃武器としても使用出来る優れものだ。

「ギギギ……!」

『輾転反側』と書かれた扇子を持つのは、般若の面を被った謎の美少女たっちゃんである。
言葉通り、あっちにうろうろ、こっちにうろうろ。
一緒に待機している箒にも伝染しそうなほどのイライラっぷりだ。

「あー、なんだ……。 会ち」

「たっちゃんです」

「……少し落ち着いてはどうだ、たっちゃん」

「私は冷静です」

「……そうか」

箒の貧しい対人スキルでは、こんな時にどうしたらいいかわからない。

―――キシリアのように他人を上手く操縦出来るようになればいいのだが……。

と、考えた所でいきなりそんなスキルに目覚める事は無い。

「あー……そのなんだ。 たっちゃんのISは少し変わっているな」

「そう? 普通じゃないかしら」

身体のラインが美しく見えるように計算された装甲は、通常のISに比べて非常に装甲が少ない。
装甲の代わりに特殊なナノマシンで構成された水を纏う、そのISの名は『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』
箒の紅椿が正統派の進化なら、対照的にイロモノと言ってもいいような実験機だ。

「ああ…………何故、仮面を被っているんだ」

別な話をしようと思っていたが、つい思っていた事を口に出してしまう事が誰にでもあるだろう。
まさにそれが箒の身にも起こった。

「今の私は正体を明かす訳にはいかないのよ」

「えーと、あれか。 ロシア代表がここにいたら不味いとか」

「それは別にいいのよ。 ただね……」

本当に正体を隠す気があるのか?と思いつつも、箒は聞き返した。

「ただ?」

「……美人には謎が多い方がいいでしょう?」

「美人かどうか仮面をしていてはわからないのだが」

「細かい事を気にする子ねぇ」

「……すまん」

明らかに誤魔化されたと気付いても、それ以上に踏み込む勇気は箒にはなかった。




「簪さん、このくらいで大丈夫ですの?」

「……うん、大丈夫。 ありがとうね、ぱちちゃん」

キシリアに手を貸してもらいながら、深さ三mほどの穴の底に下りた更識簪は自分の適性について考える。

・更識簪はヒーローであるか?

答えはNO。更識簪にヒーローの素質はない。

簪は臆病者だ。
訓練であれば能力を十全に発揮出来ても、教員達が繰り広げている死闘を映像で目にするだけでも身が竦む。
千冬の殺気に当てられただけで、腰を抜かしてしまいそうになる。
こんな事で打鉄弐式が完成してしまった日には大丈夫なのだろうか、とたまに考えている。

しかし、

「でも、私にも出来る事はあるんだ」

六枚のディスプレイ。 六枚のキーボードを空間に投影。
普段の簪は自作のキーボードを使用しているが、それでは足りなかった。

篠ノ之束。
歩く天災と呼ばれるほどの迷惑を世界的に撒き散らしながら、それでも有用とされる隔絶した天才。
その天才の技を、簪は一度見た。

束の超高速のデータ処理は常人の理解を遥かに超える。
しかし、それは更識簪の理解は超えていない。
束まで届かずとも、その領域に指先がかかっている。

ディスプレイには、この場にいる全員の視界を共有。
ラウラの視界はブレない。
一ヶ所を見るという事は、つまりそれ以外を疎かにするという事だ。
常に狙撃手や奇襲を警戒する彼女の視界はどこを見るという事もなく、全体を薄く警戒し続ける。

逆に箒の視界は常にブレ続けている。
周囲を必死に警戒しようとするせいで、逆に注意力が散漫になっている。
緊張しているのだろう、と簪にすら伝わって来る動きだ。

……一人、穴の方ばかりをじろじろと見ているのがいるが、それは簪のログには無い。
無い事にした。

キシリアの視界は、

『来ましたわ』 「来たよ、ラウラちゃん」

ライフルのスコープに映るのは三機の無人機の姿だ。
教員達必死の遅滞戦闘にも関わらず傷一つ無い装甲は太陽の光に照らされ、爛々と輝いている。
コンディションイエローにまで落ち込み始めた機体の出ている教員達の機体とは大違いだ。
そろそろ何機か後方に下げて、補給をさせる必要を考えればここで手早く片付ける必要があるだろう。
その鍵は、

『頼んだぞ、簪』

―――私にかかってるんだ。

白式の開発を優先され、長く未完成だった打鉄弐式。
その事に拗ねていた過去を思えば、これだけの大規模作戦の要となっている自分が簪にはどうにも信じられなかった。
ISを身につける事もなく、戦場にいるという何かの冗談のような状況は簪の心から現実感を奪っていた。

『撃って来たぞ!』

ひどくふわふわとした気持ちのまま、送られて来る映像だけを見ていく。

『向かって右からa、b、cと呼称する。 aは私、bは篠ノ之、cはたっちゃん。 パチは篠ノ之の援護を優先しろ』

『この場面でたっちゃんと言われると気が抜けますわねぇ……』

キシリアのぼやくような言葉に、簪は吹き出した。

「行ける、かな」

ふわふわと浮いた足元は地の底をしっかりと踏みしめ、視界は全てに通る。
キーボードを叩く指は軽い。

『ラウラさん接敵(エンゲージ)、たっちゃんさん接敵(エンゲージ)、箒さん……何いきなり被弾してますのよ!?』

『す、すまん!』

自分の受け持ちの無人機のみに集中していた箒が、横合いからaの砲撃をまともに食らう。
距離があり減衰していたせいもあり致命傷になってはいないが、一撃でエネルギーの三割を削られている。
しかし、装甲の大部分とスラスターは無事で、継戦能力は奪われてはいない。
だが、ダメージを与えた箒を最優先に狙う事に決めたのか、三機が一斉に箒へと狙いを着けた。

「ジャミングスタート。 D-13、C-39掌握。 まずは箒さんを助ける」

地に足を着け、射撃の安定性を確保した無人機の足元より突然、何かが唸りを上げて飛び出す。
無人機も何があったか、まだ把握していないらしく箒を狙うか、飛び出して来た何かを狙うのか。
人間くさくすらある逡巡がその瞬間、生まれる。
だが、その迷いが無人機の生と死の明暗を分けた。

耳障りな音を立てながら飛翔するのは、ドリルビット。
イタリアが開発した正真正銘の試作兵器である。
その名の通り先端にドリルがついたビットであり、敵のシールドをドリルで突き破ろうという目的で開発され、この臨海学校で試験される予定だった。
無人機のシールドに音を立てて食らいつくドリルだが、無人機の高出力のシールドの前に侵攻を阻まれ、その隙に無人機はブレードを発生されると一薙ぎでドリルを破壊した。

―――ドリルは浪漫だけど、これは悪ふざけの産物だよね。

ドリルを破壊されようとも簪の指は動き続ける。
各国が開発した多種多様なビットが地中から、木の陰から。 普通に地面に置いてあった物すらある。
中には何の役に立つかわからないような実験的過ぎる装備もあるが、そういう訳のわからない物には爆薬を取り付けて接触と同時に爆発するようになっている。
三十六の比較的まともなビットを、予め組んでおいたプログラムで自動的に攻撃させる。
完全に悪ノリの産物、規格が違い過ぎてプログラムが走らなかったビット十八をリアルタイムに直接操作。
臨海学校の期間内に終わるはずの無いほどの弾薬と、試作品が大量に送られて来たからこそ出来る飽和攻撃だ。
このようなポイントを数ヶ所作り、そこに無人機を誘い込む事が千冬とラウラが決定した作戦の骨子となっている。

「今だよ!」

『応っ!』

四方八方からの攻撃を受け、ふらつく無人機に箒が正面からの突破を狙う。

「なんで正面から行くの!?」

悲鳴にも似た声が喉から漏れるが、手足は最適な援護を導き出す。
簪は無人機の荷電粒子砲の発射口にシールドビットをぶち当て、跳ね上げた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

全開で二刀を振り回す箒の動きは、まるで水を得た魚。
無人機の長い両腕の内側に入り、間合いを殺した箒はひたすらに斬り続け、相手の反撃を軽くいなす。

脳の一部で、接近戦なら箒は何とかなる事を確認した簪は脳のリソースを使う場所を切り替える。

「ラウラちゃん、あと二秒後! 動きを止めて!!」

『任せろ!』

握りつぶすような勢いで放たれた慣性停止結界は、無人機の四肢に絡み付き動きを封じる。
だが、無人機は大出力に任せた動きで無理矢理に引きちぎろうと もがく。
あと一秒。 あと一秒あれば、無人機は停止結界から脱出出来ただろうが時すでに遅し。
簪の操作により全方位から放たれたミサイル四十九発がすでに無人機をロックオンしていた。
弐式の未完成なマルチロックオンシステムには精度では劣るが、動かない目標を外すほど間抜けなミサイルは無いと簪は確信。
IS五機分を吹き飛ばすような火力が同時に叩きつけられる事になる。
その光景を最後まで、確定した未来を見る事なく最後の一人に視線を移す。









―――よーし、ここでお姉ちゃん格好いい所、見せちゃうぞー。

更識楯無は考える。
簪が楯無と話してくれないのは、尊敬されていないからではないか?と。
ここで大活躍をすれば、

「お姉ちゃん格好いい! 抱いて!」

となる事、間違いなしであろう。
そこで問題なのは、相対する無人機を如何にして倒すべきか?
その一点だ。
楯無の技の中で一番派手なのは『清き熱情(クリア・パッション)』だが、屋外でやるとなるとナノマシンを散布しても風に飛ばされて効果が薄い。
ゆえに防御用に装甲表面を覆っているアクア・ナノマシンを一点に集中させる『ミストルティンの槍』しかない。

「一意専心!」

―――ここは一つ、格好よく決めるしかないよね!

特に意味はないが、形成したミストルティンの槍を雄々しく天に突き立てるように構える。
正直、この後の取り回しに非常に困るが、何となく格好いいのだから仕方ない。
スラスターにエネルギーを送り、チャージの体勢に。
無人機も両腕の砲口に荷電粒子の光。
抜き撃ちで決着を着けるガンマンのように、向かい合う。
楯無が荷電粒子砲二発をかわし、槍をつければ勝ち。
それまでに撃墜されたら負け。

爆音。

と、同時に楯無は前に出た。
何の爆音かは知らないが、瞬時加速を開始。
瞬間的な加速の中で楯無は地を蹴った。
右の荷電粒子砲が放たれ、楯無の横を通過。
その熱を感じる間も無く、突き進む。
左。
瞬時加速の速度の中で、楯無は地面に投げ出すように身を低く。
空間投影で偽装していた髪と般若の面が破壊され、中から楯無自身が覗く。

―――とった!

「格好いいお姉ちゃんを見ててね!」

ミストルティンの槍は無人機に直撃する。
しかし、

「あるぇ?」

ここは格好よく、無人機を貫通する場面ではないのだろうか?と思うが、現実はそうは行かない。
無人機のシールドの前に、楯無の突撃は軽々と防がれている。
むしろ、思いっきり前のめりになったせいで瞬時に次の動きに移れない。
それどころか小揺るぎもしなかった無人機の腕にブレードが発生し、そのまま突きこまれ―――






『馬鹿じゃないの!? お姉ちゃん馬鹿じゃないの!?』

「愛が厳しい!?」

野球のスイングのような回転をしたシールドビットが、正確に楯無の脳天に直撃し、側転でもするかのような勢いで吹き飛ぶ。

「簪ちゃんに馬鹿って言われた!?」

頭の痛みより、なお巨大な痛みが楯無の心を襲う。
寝ている暇はない。
まずは問いたださねば、と楯無は跳ね起きる。

「反抗期!?」

『いきなり大技で突っ込んで、反撃されそうになるお姉ちゃんなんて馬鹿って言って何が悪いの!』

「!?」

―――……き、嫌われた。

格好いい尊敬されるお姉ちゃんどころか、格好悪い馬鹿なお姉ちゃん。
それが今の更識楯無である。
そんな楯無にトドメを刺そうと、瞬時加速もかくやというスピードで無人機が迫る。
頭上に掲げられたブレードは人体を真っ二つに断ち割る事など容易いだろう。

「……笑えよ」

しかし、そのような光景は未来永劫やって来ない。

「!?」

魂無きはずの無人機が動揺した。
機械仕掛けの腕力を人が受け止めるなどと、誰が思うのか。
俯き、前髪に隠されて楯無の表情は伺う事が出来ない。
軽く手を上げただけにしか見えない彼女に、無人機は腕をつかまれていた。
押せどもびくともせず、引けども抜けぬ。
まるで底なし沼にでも落ちたかのような有様。

「笑えよ、おい」

顔を上げた楯無は笑っていた。
どこまでも深い腐った海のような、粘性の色を湛えた瞳が無人機のセンサーアイと絡み合う。

「この無様な私を……!」

ごきり、と音がした。
それは無人機の腕がねじ切られた音である。
無人機の力を利用した合気の技は、鋼鉄と科学の塊に通用する。

「妹に嫌われた私を笑えよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

そのまま踏み込んだ楯無は身を低くし、全身のバネを生かし抉り込むような肘撃ちを放つ。
魂無き無人機ではあるが、これには安堵した事であろう。
腕が破壊された理由は理解出来ないが所詮は人力。
シールドを貫通し、装甲を穿つ事など―――出来るのだ。

浸透勁。

衝撃を任意の場所に伝える、その技術はシールドで防げるような生半可な物ではない。
螺旋の動きにより、練り上げられた剄はあます事なく、無人機のボディに伝わる。
シールドで肘を受け止めたはずが、正面の装甲が無傷だというのに背中側の装甲が音も無く内部から爆ぜる。
シールド発生機構が破壊されるが、まだ中枢部は生きていた。
それが無人機にとって、幸せな事だったのかは誰にもわからない。

「なんで黙ってるのさ……!」

ごすっ。

「妹に嫌われた私に話す事なんて無いって事……?」

ぎょりっ。

「そうだね。 私もそう思うよ」

べきっ。

「こんな私じゃ笑う価値も無いよね……」

めりめりめりめり。

手足をもぎ取られ、全身の八割を破壊されながら、まだ無人機は生きていた。


















「な、なんですの、あれ!?」

『……お姉ちゃん、すぐに調子に乗って失敗するから。 あれがお姉ちゃんの本当の実力なの……』

普段はお調子者の仮面の下に隠されている、真の更識楯無が解放されていた。
虚飾を剥いだ更識楯無の力は、あのセシリアを上回る近接戦闘能力を全て発揮。
IS学園最強の名に恥じぬ力を存分に見せ付けている。

「笑えよ……笑えって言ってるでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

だが、その力はきっと、悲しみに満ちていた……。




―――残り二十七機。



















「セシリア小姐!」

「あら、援軍ですの……?」

白磁のようだった肌は、すでに蒼白を通り越し蝋人形のような不自然な白さ。
それでも微笑みを絶やさないのは、さすがだと鈴音は思った。
装甲を砕かれようと、背中のスラスターを守るダメージコントロールは巧みの一言だ。
しかし、あちこちから血を派手に流し青と赤が交じり合う色彩は、セシリアには似合っていなかった。
肉体のダメージは深く、今回の戦闘ではリタイヤするしか無いだろう。

「シャルル、頼んだわよ」

「……やれる?」

「やるしか無いでしょう、これ」

下がって来たセシリアをシャルルに任せ、鈴音は前に出た。

「鈴音さん……右腕と左下の羽はもぎ取りましたわ……そこは弾幕が薄いですから……」

「小姐、喋らなくていいです。 シャルル、全速力で戻りなさい」

「うん、鈴も無理しないでよ! 絶対、戻って来るまで耐えてね!」

セシリアを抱え、下がって行くシャルルの後ろ姿を見送る事なく、鈴音は福音に向き合う。
羽の全てが輝き、発射体勢へ。
手足と背中に六対あったはずの羽が、セシリアが言った通り右腕と左下の羽がおかしな風にねじ切られていた。

「……あれって、どう見ても素手でねじ切った跡よね」

華が、咲いた。
福音から光弾の群れが撃ち出される。
逃げるスペースを埋めれば、とにかく勝てると言わんばかりの弾幕が鈴音を海に叩き落とそうと押し寄せる。

「こんな弾幕抜けて、接近戦挑むとか……本当にクレイジーね!」

ただの回避では間に合わない。
左右の『龍咆』で弾幕に穴を開けながら、必死に回避スペースを作り、そこに滑り込む。

「……どうしよっかな、これ」

回避した先には、もう一段の弾幕。
手に青龍刀を展開し、鈴音は色々と覚悟を決めた。

「目標二十分……!」

―――耐えてみせるわよ、こんちくしょー! と、いうか弾幕が厚すぎて、死角とかないわよー!?



[27203] 二十三話『ごちそうさまでした』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/07/12 02:54
セシリアがシャルに抱きかかえられて戻って来るのを、俺はただ黙って見ているだけだった。
担架に乗せられて、運ばれて行くセシリアは絶対防御が発動し、深い眠りについている。
これから治療が行われるだろうけど、あれだけの出血だ。
戦線復帰は不可能だろう。

「一夏、大丈夫?」

そんな事をぼんやりと考えていると、シャルの声がした。
いつの間に着替えたのか、ISスーツに血痕一つない。

「あ、ああ、大丈夫だ。 問題ない」

「そう……僕は問題だらけだよ」

向日葵のように朗らかな笑顔は消えうせ、沈痛な面持ち。
後ろ手で組んで石を蹴るシャルは、今まで一度も見た事が無い表情だった。

「僕は怖いよ、一夏」

「俺が……シャルを守るさ」

セシリアを守れなかったのに?
どの面下げて、俺はシャルにこんな事を言えるんだろう。
今だって皆が戦っている。
なのに、俺はここで口を動かす事しか出来ない。

「うん、ありがとう。 でも、そういう事じゃないんだ」

「……どういう事だ?」

「一夏が傷付くのが、僕にはどうしようも無く怖いんだ」

「でも、それは……俺は男だから」

「それがまずおかしな話だよ。 僕達はここに覚悟を決めて立ってるんだ。 一夏が守らなきゃって思う時点で失礼だね」

IS乗りの収入はサラリーマンの初任給の数倍らしい。
それだけの収入をもらう価値があるだけの責任を持って、彼女達は戦っている。
それは理解している。
理解してる。

「けど、俺も皆に傷付いて欲しくなくて!」

「必要ないよ」

「……っ!」

俺とシャルの差はどのくらいあるのだろう。
ISに乗って、まだ少ししか経っていない俺と代表候補生のシャルではそもそもの技量が違う。
接近戦では俺が勝つ。
だけど、シャルが本気で戦えば、まず俺を接近させてくれないだろう。
前に鈴と戦った時は、鈴が接近戦を挑んでくれたから勝負になっただけだ。
もし、鈴が本気で勝ちに来ていたら勝負はどうなっていたかわからない。
更にラウラ、パチリア、そしてセシリア。
絶対に俺の方が強いと言い切れるのは誰もいない。
俺が助ける、なんておこがましい話だ。

「でも、必要なくても俺は皆を助けたいんだ」

「そう。 じゃあ」

シャルは笑った。
いつものように日向の下に咲く向日葵のように。

「僕が一夏を助けたいと思うのも否定しないでくれるよね?」

「……ど、どうしてそんな話に!?」

「簡単な話だよ。 一夏は僕達に必要無いって言われても助けたいと思うんだよねー?」

「あ、ああ」

「じゃあ一夏が僕の助けを必要無いと思っても、僕が一夏を助けたいと思うのを否定出来ないよね?」

「う……いや、でもそれは!」

「それは?」

自分がやってる事を、他人が同じ事をしても否定出来る理屈……!?
何かないか!?

「お、男だから」

「今は女尊男卑の時代だから、それは通らないかな」

「え、えーっと……」

でも、やっぱり女性に戦わせるのは間違ってると思う訳で……でも、そもそも俺以外の男はISを使えないし、

「ぶー、時間切れー」

「シャル!」

「あ、そうだ。 それなら一夏」

―――僕の事、助けてよ。

震える声で呟いたシャルは、“あの日”のシャルのように弱々しくて。
何が出来るかわからないけど、それでも絶対に何とかしなきゃと思って。
それだけは迷わずに決められる。

「ああ、絶対に俺が助けてやる」

それだけを言った。
それだけしか言えなくても、そうすると決めた。

「本当っ?」

「んあ!?」

と思ったら、弱々しさが一瞬で切り替わった。
なんだ、これ一体!?
ひょっとして、騙されたのか?

「じゃあ目、つぶってよ」

「なんでまた」

「怖い事が無くなるおまじないだよ」

うーん……よくわからないけど、そういう事なら仕方ない。
一体、何をされるんだろう。
景気づけにビンタされるとかじゃないよな?
いや、シャルがそんな事するはずないけどさ。

「こうでいいのか?」

「うん、そのまま動かないでね」

ちゅっ、と唇に柔らかい感触。
はっと目を開くと、
























「たこかよ!?」

活きのいいたこが視界一杯に広がっていた。
どこから獲って来たんだ、これ!

「何だと思ったの? やだぁ、一夏のえっち」

たこを手にしたシャルは、もうおかしくて仕方ないけど笑うのを我慢しているといった表情で顔を引きつらせている。

「それは……ああ、もう!」

「あはは、ごめんごめん」

「まったく……で、大丈夫か?」

「……えっと、何が?」

「怖いのは収まったか」

「……気付いちゃってた?」

落ち込んでいた俺を励まそうとしてくれたシャルに、少しくらいお返しをしてもいいだろう。
俺と話して、ちょっとでも落ち着いてくれればそれに越したことはない。

「気付いちゃってたぜ。 シャルって緊張すると左手の小指が震えるだろ」

“あの日”しか見た事がなかったけど、確かにあの時はそうだった。
俺を押し倒しておきながら、何もかもが怖くて怖くてたまらない。
そう俺に訴えて来たサインははっきりと覚えている。
そのサインは止まって、

「そんな癖あったんだ、僕」

また震え始めた。

「ああ……やっぱりまだ、怖いか?」






















ふぇぇ……これは卑怯じゃないかな。
弱ったふりをして、僕を精神的に上に立ったと思わせておいて、実は君の事は君よりよく知ってるよアピール。
どこのジゴロなんだい、一夏は?

当たり前の事だけど、僕だって戦うのは怖い。
福音の光弾の中にまた飛び込まなくちゃいけないと思うと、逃げ出したくなって膝が震える。
それを色々な物で押さえつけてるのに……一夏はずるい。
たった一言で僕の心の壁の内側に踏み込んで来た。
ああ……そんな事、されちゃうと、

「なあ、シャル。 どうして俺の顔を押さえてるんだ?」

それはね、赤ずきんちゃん。

「一夏を可愛い可愛いしてるんだよ」

「いや、可愛いって!? ……いや、シャルさん、顔近くないですか!?」

それはね、赤ずきんちゃん。

「気のせいだよ。 ちゃんとおまじないするからさ……目、つぶって?」

「シャル、待て」

きゅん、と来るフレーズだけど今は無理。

「早くぅ……」

「待」

「ぱくっ」

待ちきれなくなった僕は開いた一夏の唇に食らいついた。
ファーストキスはレモンの味、と日本では言うらしいけど、そんな事はなかった。
侵入した僕の舌が、一夏の中を蹂躙する。
僕と血の味。 そして、一夏の味。
一夏の全てを飲み干すような勢いで、唾液を啜り尽くして行く。

いっそ、一つに溶け合ってしまいたい。
だけど、一つになればこの脳を直接、焼かれるような快楽は手に入らない。
そんな二律背反。
そんな事を気にする暇もなく、反応する僕の身体。
もう口では言えないような事になっちゃってる。

こんな風に無理矢理、僕にさせたのは一夏が悪い。
一夏が僕の心を踏み荒らすから、僕はがぶっと噛みつくしか無いんじゃないか。
いじわるなご主人様に、ちょっとだけ甘噛みするくらいは許されるよね。

「……ぅあ」

一夏の甘い声を聞くだけで、僕の背筋に痺れが走る。

―――女の子をいじめる男の子って、こういう気分なのかな?

そんな事を思いながら、僕は一夏を貪っていた唇を離した。
僕と一夏を繋ぐ唾液の橋が、ぶつりと途切れるのがどうしようもなく寂しくて、思わずもう一回しちゃおうかと一瞬、考えた。
いつの間にかこっそりとこっちを見てる人に怒られそうだから、さすがに出来ないけど。

「シャ、シャル……」

酸欠になったのか恥ずかしいのか、真っ赤な顔。 とろんとした瞳。
ああ、もうどこまで僕の理性を焼き切れば気が済むの?
やっぱり我慢出来なくて、もう一回だけ触れるだけの口付けを贈る。
びくりと震えた一夏を可愛いなぁと思うと同時に、そろそろまずいかなという理性が働く。

「ごちそうさまでした」

あれ、何か違う。
確かに頂いたけど、まだ僕も冷静にはなっていないみたいだ。
と、他人事みたいに考えてるけど実際は、

「シャル……?」

「おまじないだよ、おまじない。 知らない? フランスでのおまじない。 これから戦地に旅立つ騎士にお姫様がするおまじない!」

「おまじないなのか」

「そう、おまじない。 知ってる? 勿論、知ってるよね? 知らないはずないよね? ね?ね?ね?」

「あ、ああ?」

あああああああああああああああああああああああああああああああ!?
何やってんの、僕ぅ!?
理性飛ばして、キスして舌まで入れちゃって。 絶対、えっちな子だと思われたよ!?
どどどどどどどどどどどうしよう!?
しかも鈴に申し訳が立たないよ!
そうだ、鈴だ!

「じゃ行ってくるね! 元気百倍で頑張って来るよ!」

「あ、ああ、行ってらっしゃい!」

「か、帰って来たら続きをしようね!?」

「続き!?」

何言ってんのさ、僕はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?




















……えっと。

「一体、何が」

飛行機雲を残す勢いで飛んで行ったシャルを俺は見送るしか無かった。
キス、された……んだよな。
しかも、続き……?

「続きって……」

おまじないの続きって事か!
うん、そうだよな。 あはははははははは……。

「気付かない振りはずるいと思うな、おりむー」

「最近、のほほんさんが優しくない……」

「女の子の純情を弄ぶ男の子は嫌いかなぁー」

「はい……申し訳ありません」

「しゃるるんだけじゃなくて他の皆も、ね?」

「他の皆って……いや、あれか。 と、いうか何で知ってるんだ!?」

「ふっふっふ、女の子には色々な情報網があるのだよー」

「おっかないな、女の子ネットワーク」

IS学園だと実質、俺以外全員のネットワークじゃないか。

「おりむーが駄目な子なのは、いまさらだけどね」

「俺だって色々と考えてはいるぞ」

「考えても行動に移さなきゃ駄目でーす」

駄目だ、全く勝てる気がしない。
いや、自業自得なんですけど。

「あー、そのなんだ。 のほほんさんが呼びに来てくれたって事は」

「……うん、スラスターの交換が終わったよ。 らうらーがこっちに来てくれって通信が来てる」

らうらーって、これまたそのままだな。
俺ならラウラを……らうー。 いや、何か違う。

「のほほんさん、帰って来たら……ちゃんと向き合ってみるよ」

「私に言う事じゃないよねー」

「おっしゃるとおりでございます」

もう俺、のほほんさんに一生、頭上がらないんじゃないのか……。


















『これで四機目! 私だって、やれる……!』

浮かれる箒の声を聞きながら、ラウラ・ボーデヴィッヒは戦場を確かめた。

戦場には無人機の残骸が転がっている。
どれだけの弾薬をぶち込まれたのか、原型を留めないほどバラバラに吹き飛ばされた物もあれば、コアのみを的確に撃ち抜かれた機体もある。
捻じ切られた機体、断ち切られた機体。
合計で五機がこの場に転がっていた。
通算で十四機目の撃墜だ。

「よくやったぞ、篠ノ之。 あと一機で貴様もエースだ」

新兵の士気高揚を計りながらも、ラウラの表情は冴えない。
眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げるその表情は勝者の物ではなかった。

「山田先生」

『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁい! なんですかぁぁぁぁぁぁぁ!?』

通信の向こうはどれほどの戦場だというのか。
ひっきり無しに鳴り響く爆音と、悲鳴のような返答。
恐らく半泣きなんだろーなー、と思いながらそれを無視してラウラは言った。

「全機、専用機持ちのラインまで撤退を要請します」

『ええっ!? ど、どうしてですか!?』

教員で全体を止め、一部の無人機を防衛線の内側に入れ専用機で叩くという作戦は現在、順調に行っている。
これを唐突に変更するとなれば、真耶でなくとも疑問に思うだろう。

「空気が変わりました」

『空、気……ですか?』




真耶の嗅覚に伝わってくるのは、荷電粒子が大気を焼く臭い。
そして、微かに漂って来る潮の香り。
ひたすらに無人機の攻撃を避け続ける事一時間半。
疲労が溜まっている真耶はぼんやりと考えた。

―――全部、終わったら一度、休暇を取って実家に帰りましょう。

そこでお母さんが作ったご飯を食べるのです。
そんな甘い空想をした。
しかし、それは弛緩していた訳ではない。 あくまで無人機は機械的な反応しか示さない。
射程に入れば荷電粒子砲を放ち、更に踏み込めばブレードで切りかかって来る。
何らかの条件を満たせば、数機がまとまり侵攻を開始するというルーチンに基づいて動く事がこれまでの戦闘の中から導き出されていた。
六機を教員四機で捌けているのは、そのような理由があってこそだ。

「あ! 三機がそちらに向かいます」

これまでのように三機が真耶達に目もくれず、旅館の方角へと侵攻を開始した。
侵攻を開始すれば基本的に真耶達を無視し、まっしぐらに無人機は突き進む。
ここである程度、突っかければ反応し、ある程度の誘引が効く事も確認されている。
しかし、このままの進路を行くようであれば問題無く、トラップが敷設されているポイントへと向かう事を確認し、真耶は視線を外した。

「あれ?」

と、気付いた時にはもうすでに遅かった。
侵攻し続ける“はず”の無人機が反転。
正面の無人機が二機。 後方から三機。 上空に一機。
驚くほどあっさりと、彼女達は完全に包囲されていた。









『ラウラちゃん! 先生達の八割が一瞬で撃墜されちゃったよ!?』

「くそっ……! 間に合わなかったか!!」

前線に立つラウラを信じ、指揮権をほぼ全面的に委任していた千冬にも予想の出来なかった一つの弊害があった。
戦場を知るのはラウラと千冬のみだが、ラウラはあくまで生徒なのだ。
真耶のように疑問を返すだけなら、まだ可愛い物だ。
一部の教員は生徒であるラウラを侮り、露骨に侮りを向けて来た者すらおり、ラウラの命令に対する反応が明らかに遅かった。

「織斑教官からの連絡は?」

『うん……「任せる」だって……』

ルーチン通りに動くと予想されていた無人機が突然の変化。
長時間に渡る遅滞戦闘で疲れ切っていた教員は、驚くほどあっさりと撃墜されてしまう事になった。
生き残った機体があってもコンディションレベルはCを切っており、戦闘行動は不可能。
残る無人機は十六機。

「避難状況は?」

『……どんなに頑張っても一時間は必要みたい』

「……やるしかないか」




















「……鈴」

「なによ」

「ごめん……」

「え、いきなり謝られると嫌な予感しかしないんだけど」

「……帰ったら全部、話すよ」

「今、話しなさいよ」

「一夏にちゅーした」

「よし、殺そう」

「まずは少し落ち着いて欲しい。 今はそんな事をしてる場合じゃないと思うんだ」

シャルルの言う通り二人に襲い掛かる弾幕は空が3・弾幕が8。
福音の姿が弾幕で見えないほどの圧倒的な量。
必死にアサルトライフルとショットガンとで穴を開け続け、そこに身体を潜り込ませるようにして回避し続ける。
スピンローディングと呼ばれる片手でのリロードを行うシャルルに、予想外の声がかかった。

『そこの金髪ぅ! 今、ひょっとしていっくんにちゅーしたって言ったのかい!?』

「……これって」

「篠ノ之博士の声よね……?」

蒼空に広がる束の声。
弾幕は止まり、空に佇むのは二人と福音しかいない。

『そうさ! そんな事より、金髪……?』

「あ、何かまた嫌な予感がするわ」

シャルロット・デュノアは考えた。
ここでの正解は時間を稼ぐ事だろう。
折角、束が会話にのってきてくれているのだ。 だらだらと答えを引き延ばせば、五分は稼げる。
しかし、この場に乗せられているのは一夏への愛。
愛の証をそのような汚れた計算に利用するべきであろうか。

―――ううん、これは……僕が偽ってはいけない所だ。

貴族であるシャルル・デュノアとして。 そして、一人の乙女シャルロットとして。
ただ真っ直ぐに彼女は答えた。

「ごちそうさまでした!」

『……舌は入れたのかな?』

「めっちゃ入れました!!」

「よし、殺そう」

『ムカムカするね、何故か』

―――僕の人生に、反省はあっても後悔はない……!

シャルロット・デュノア、自らの選択に恥じる所なし。

『本当はもう少ししたらお披露目する予定だったけど……可愛い弟分を傷物にした報いは受けてもらうよ!』

「あ、私も一緒にヤっていいですか?」

「裏切る気かい、鈴!?」

「あんたが最初に裏切ったんでしょうがー!」

「だけど、僕は謝らない」

「こ、こんちくしょー! なにその勝ち誇った顔はー!」

ふふん、と胸を張るシャルル。 髪の毛を逆立てる鈴。










そして、二体に増えた福音。

「……なにがあったの?」

「さあ……?」

『わははははははははは! 白騎士の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)を解析して、複製して改造して、福音のコアに強制上書きをしたのさ! だけど安心していいよ! 所詮は劣化コピーだからね、一度だけしか分裂はしないよ!』

何を安心しろと言うのか。
セシリアがもぎ取った翼は再生していないが、それでも一体に十四枚。
×二で二十八枚。
全てが光、輝く。
その結果は、

「どうしろって言うのよ、こんなもん!?」

「空1! 光弾9!?」

『さすがの束さんでも、五分の調整じゃこれが限界だったよ! ……金髪』

いくら撃ち落とそうとも、その先には更に弾幕。
さっきまでは一枚抜ければ僅かながら空隙があったが、今はそれすらない。
押し寄せる弾丸は弾幕というレベルではなく、すでに地面を銃弾で掘り続けるような状況。

『君は、いっくんには相応しくないね!』

「それは僕が決める事だ!」

そんな中、シャルルは吼える。
自らの意思を貫き通すため。 一夏への愛を貫くため。
シャルロットの乙女心を害する事など、どこの誰に出来ようか。

「いや、決めるのは一夏だと思うわよ」

鈴音のツッコミは爆発の炎へと消えて行った。















灼熱の粒子が地を焼き払って行く。
人の心を和ませてきた風雅な光景は、今や炎の渦に消えた。
花は散り、森は焼け、それでも生き残るのは人。

僅かな時間で人数分の塹壕を掘り切ったキシリアの努力と、それを指示したラウラの先見は大いに賞賛されるべきだろう。
しかし、それでも彼女達の運命は風前の灯火。

「パチ、簪を連れて下がれるか?」

『さすがにこの中を抜けて下がるのは無理ですわよ』

塹壕を伸ばしているキシリアに問いかけながら、ラウラはそうだろうなと一人、頷いた。
半数の無人機が射撃。
その間に残る無人機がチャージ、そして発射というサイクルはラウラ達から空を奪い取った。
下手に飛べば十を超える砲撃で狙い撃ちだ。
しかも、わざわざ三機ほどを射撃のサイクルに組み込まず、狙撃用に回し、いつでも狙えるようにしているという念の入れよう。

―――せめて、空からの攻撃を行ってくれれば、な。

ラウラはそう考えながらも、そんな事をしてくれる相手ではないと自らの希望を否定する。
遮蔽物の無い空中なら簪のトラップによる遠距離からビットやミサイルなどの飽和攻撃の餌食に出来るが、それに気付いているのだろう。
無人機の全てが互いにフォロー出来る陣形を組んでいる。
現状で簪を頼ったとしても、全て撃ち落とされるのが関の山だ。
これほどまでぶ厚い陣容で、一切の油断を見せない無人機の群れの先にラウラは敵の姿を見た。
何の意味があったかわからない先程までの動きとは違い、統制の取れた指揮を行う敵のプレイヤーは戦場のどこかでほくそ笑んでいる。

―――貴様のにやけ面を○○○○で××××にしてやる……!

「ラウラ、私に行かせてくれ!」

紅椿なら、という思いがあるのだろう。
そう具申する箒にも一分の理がある事をラウラは認めた。
だが、

「却下だ。 今は撃ち返す事に専念しろ」

自らの歯がゆさを無視し、箒の意見も打ち捨てる。

「しかし、このままでは!?」

実戦をくぐり抜け、ほんの僅かな時間で箒の実力は驚くほどに伸びた。
瞬時加速並みの速度に怯え、戸惑う事もなくなった箒の思い切りの良さはラウラでも感心するほど。
今ならラウラを手こずらせる"程度"にはなっているだろう。

「今は待て」

だが今、全員でバンザイ突撃を仕掛けて何機落とせるのか?
半数を落とせればいい方だと予測する。
今は耐える時だ。

『ラウラちゃん、織斑先生と連絡が取れない……!』

「そうか。 あと少しだ、箒。 あと少しで戦場のど真ん中に突っ込ませてやる」

何故なら潮の変わり目は、すぐそこにあるのだから。
















森を抜け、地を駆け、戦場を踏破する。
虎が、駆けていた。
ただ真っ直ぐに、狙うは大将首。
虎、いや、織斑千冬の目に背を向けた女の姿が映る。
投影ディスプレイをのんきに眺める女が、この戦場にいるはずもない。

―――敵だな。

と、決め付けると躊躇無く、腰間に差した刀を抜く。
走る音はせずとも、そこは織斑千冬である。
隠す気の無い殺気は、背を向けていた女の生存本能に全開で楔を打ち込んだ。

絶対的な強者が、織斑千冬が来た。

女、スコールは袖に隠していたナイフと拳銃を取り出すと、無造作に背後へと銃弾を放つ。
戦場から遠く、爆音は遠い中、拳銃の発砲音のみが木霊する。
銃弾で足止めをし、振り返ろうとしたスコールだが、身体は脳を裏切り、身を投げ出す事を選んだ。
千冬の剣が、スコールの身体が存在していたはずの空間を、銃弾ごと斬り裂いた。
言葉一つ紡ぐ暇もなく、髪が汚れるなど悠長な事を意識に上げる事もなく、スコールは地面を転げ回るようにして千冬へと必死に身体を向けた。
いまだ立ち上がる隙すら与えられず、膝を着いたままのスコール。
しかし、千冬は遠慮も容赦も、かける言葉もない。
千冬から与えられるのは、獲物に襲いかかる蛇のような一撃のみ。

手にしたナイフは束特製。 千冬の刀は恐らく昔ながらの製法で作られた、ただの鉄の塊。
ただの鉄の刀程度であれば適当に打ち合っても、"刀が斬れる"。
そんな最新鋭の技術を存分に叩き込まれたはずのナイフを持ちながら、それでもスコールの心にあるのは恐怖のみ。

下からの斬り上げを細心の注意を払いながらナイフで受ける。 全身のバネを活かし、背後へと跳躍。
ISのパワーアシストは作動していたはずだが、まともに打ち合う気が起きないほどの力がスコールの手を痺れさせた。
ギリギリの綱渡りを見事に成功させたスコールはISを展開―――

「!?」

数mは下がったはずが、何故か目の前に千冬がいる。
理由は簡単だ。
スコールが千冬の力を利用し、全身のバネとISのアシストを生かしての跳躍よりも、千冬の一歩の方がなお速い。
刹那に刹那を重ねるような時間さえあれば、スコールはISを展開出来る。
だが、その刹那に刹那を重ねた時間が何と遠い事か。

銀閃が疾る。
ナイフで受け止める事など、はなから諦めたスコールは前進を選んだ。
必死に転げ回るように、無様な醜態を晒した結果は紙一重。
豊かな髪を、ごっそりと断ち斬って行ったが、それでもスコールの身にはまだ傷一つない。

そして、スコールは自分の距離を手に入れた。
長い刀の内側に入ってしまえば、ナイフの距離だ。
人の皮膚程度なら、ナイフ自体の重みだけで斬れる。
拳銃も有効だろう。
踏み込み、振って、やっと威力を発揮する刀と違い、引き金を引けば弾丸が放たれる拳銃は刀よりも速い。

「あれ?」

スコールの口から、可憐な少女のような声が零れ落ちた。
手駒であるオータムすら聞いた事のないような、全ての虚飾を剥ぎ取った声だった。

服が裂ける。
対弾、対衝撃、対刃、対レーザー。 考えられるありとあらゆる全ての防御を兼ね備えていたはずのスーツが裂ける。
豊満な胸を押さえつけていたブラジャーが、綺麗に正中線上で切れた。
スコールの茂みを覆っていた下着とて切れる。
露わになった皮膚に赤い線が滲む。

「どう、して?」

両手で自分の胸を握り締める。 自分の内側から何も逃がしたく無いとでも言うかのように。
スコールはいやだいやだと首を振った。
死ぬのはいやだと首を振った。

「十町斬り、とはいかんか」

すでに刀を納めた千冬にスコールは、反射的に拳銃を突きつけた。
しかし、その手には何も握られてはいない。
拳銃など、とうの昔に落としていた。
自らの身体すら握られていない。
赤い血が地面に吸い込まれて行く。

―――誰の、血?

内圧が連結を断たれた筋肉、皮膚から噴き出した。
スコールの内側から、自分でも驚くほど沢山の血が空に舞う。

「綺麗」

と思わず、口に出してしまうほど赤と青のコントラストが鮮やかで。
スコールは、そのまま仰向けに倒れ込んだ。












「……しまった」

情報を取るために生かしてはあるが、これを担いで行っては自分が血塗れになってしまう事に気付き、千冬は後悔していた。

「ラウラ」

『はっ、なんでしょうか?』

「誰か暇な奴はいないか?」

『間違いなく教官が一番、暇であります』

「……やっぱりか」

『ぶっちゃけふざけんな、と言っていいでしょうか!』

「ちっ、冗談のわからない奴だな」

『箒、待て! くそっ、パチ! 箒の首を縄で縛って連れ戻して来い! 戦え、楯無!? 膝抱えて座ってるんじゃない! ……なに? 妹が冷たい? 知るか、バカ!』

「…………」

千冬は無言で通信を切ると、戦域マップを投影した。
専用機以外に動いている光点が一つ。

「生きてるか、山田くん?」

『は、はーい! 飛べないし、ISの格納機能が壊れて、パワーアシストも壊れてますが、頑張って帰還中でーす!』

がっちゃんがっちゃんと音を立てながら、回収に来てくれるんですか!?と喜びの声を上げる真耶に千冬は言った。

「今、私がいるポイントに敵の幹部がいる。 ついでに回収して行ってくれ」

『えっ』

千冬は通信を切ると、真耶からの着信を拒否設定にした。

「さて、束はどこにいるかな?」

千冬の手にはスコールから奪ったISコアが握られていた。
ミシミシと音を立てるほどに握り締められていた。

「あの馬鹿者……少しお灸を据えてやらぬばならんな」



[27203] 二十四話『俺はお前じゃなきゃ駄目なんだ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/07/10 00:15
森を抜け、地を駆け、戦場を踏破する。
織斑千冬は走る。
腰間の刀を抜く事も無く、黒い装甲を纏う無人機の群れに一直線に突っ込む。

「教官、無茶です!?」

まだ塹壕に篭り、目を見開き驚きを露にするラウラを見て千冬は思う。

―――まだまだ未熟だな、ラウラ。 このチャンスを生かせないとは。

指揮官を倒した時点で無人機の動きは乱れに乱れている。
今も迎撃しようとする機体、専用機達を狙う機体、迷って動きが止まる機体。
明らかに生身の千冬に対してどうするべきか処理出来ていない。
ISを装備していない生身の人間を相手にどう対処するかなど、プログラミングの段階では想定もされていないのだろうし、想定する意味もないだろう。
想定した所で織斑千冬の前には意味がないのだが。

とりあえず、といった感じで放たれた無人機の荷電粒子砲を、一歩のみ加速した千冬は軽く避けた。
人体は機械の動きを超える事もあるという実例がそこにはあった。

「本当にあれは人間か!?」

「……篠ノ之、そこを動くな」

進路を僅かに変え、塹壕から頭を出している箒へと一直線。
その間も間断無く千冬へと荷電粒子砲が撃ち込まれてはいるが、いつものスーツに焦げ目一つ付いていない。
変幻自在の脚捌きによる幻惑は、無人機の機械仕掛けの射撃すらも欺いているのだ。

「ふむ、出席簿はないから鞘でいいな」

「いい訳ありません!?」

鉄製の鞘が箒に振り下ろされるが、受け止められる。

「ちっ……まぁいい、お前に構っている暇はない」

「一体、何しに来たんですか!?」

一撃も加える事なく、あっさりと無人機の包囲を抜け、味方にのみ一撃を加えて千冬は走り抜けた。
そして、走り去る千冬を見送った箒に声がかけられる。

「ああ、篠ノ之。 前を向いた方がいいぞ」

「へ?」

無人機にも意地があるのか、あっさりと包囲を抜いた千冬の背にありったけの荷電粒子砲が撃ち込まれる。
ちなみに図にすると、こうなっている。

     ■無人機
      ↓
     △箒
      ↓
     ○千冬

「なん……だと……!?」

無論、弟を狙う不届き者を戦場で亡き者にしようという魂胆である。










「何の嫌がらせですの、あれは!?」

「ああ、箒が空に出たぞ! くそっ、全員、突っ込め! 箒は逃げ回れ!」

思わず塹壕を出た箒に集中砲火が始まる。

『全弾、行くよ!』

「ああ、一発も残すな! 全部、叩き込んでやれ!」

すでにこの場の弾薬は使い切っているが、他のトラップゾーンに仕掛けられたビット、ミサイルなどをまとめて簪は掌握しにかかる。
これまでは遠距離で撃ち落される可能性が高かったが、ここまで来てしまえば全て使い切るしかない。

「ああ……もう死にたい」

「……簪、ついでに頼む」

膝を抱えて、動かない楯無に簪は、

『え、お姉ちゃんなんかに思考リソース割いてる暇ないよ!』

怒鳴り返した。

「うわーん!」

泣きながら突っ込んで行く楯無をラウラは見送る事にした。
調子に乗っている時よりも、ダウナーに陥った方が力が抜けていい動きをするのだから問題は無い。





「ああ、もう……通りませんわね!」

遠距離からの狙撃に専念するキシリアだが結局の所、彼女に有効打となる武装は無い。
エネルギーが尽きかけた無人機なら、シールドを貫通出来るがまともに当たっても、手にしているライフルでは大した打撃にならないのだ。

『そろそろそっちに到着する!』

いまいち役に立てていないキシリアの苛立ちが最高潮に達した時、一夏からの通信が入った。
戦域マップで確認すれば、あと二分で到着という所か。

「…………っ」

まだ許せた訳では無い。
しかし、セシリアが傷を負ったのは一夏のせいでないのは理解出来ている。
やり場の無い怒りは自らの唇を噛む事で面に現れた。

「そのまま来い! 突っ込むしか能の無い貴様向きの戦場だ!」

『ひどいな、ラウラ!? ……パチリア』

指は自動的に射線に入った無人機へと的確に弾丸を送り続けている。
淡々と放たれる狙撃と同じように、キシリアから淡々と言葉が放れた。

「……なんですの?」

謝罪か、それともうだうだと泣き言でも言うのか。
どちらにせよ、

―――あたくしは、まだ一夏さんを許せそうにもありません。



















「パチリア」

高度を上げた一夏の眼下には点にしか見えない無人機。

『なんですの』

キシリアの聞いた事もないような、冷めた感情の乗らない声が一夏の耳に届く。
仕方ない事だ、と諦めにも似た気持ちで一夏は言葉を続けた。

「俺に合わせてくれ」

『はあ!?』

だから、一夏は謝る事をやめた。
悔しさはある。 シャルロットとの事もある。 箒や鈴音の事も考えなければいけない。 気付かないふりをするな、と本音に叱られたのもショックだ。 セシリアの撃たれた姿は脳裏に焼きついている。 俺はパチリアの事をどう思っているのだろうと、何故か考えている自分もいる。
もう一夏の頭の中はぐちゃぐちゃだ。

「行く」

『何をする気ですの!』

だが、結局の所、

―――俺にやれる事なんて、これしかない!

地面に向けてのフルブースト。
いつものように全力突撃。
馴染み切っていないスラスターは、一夏の動きに僅かな齟齬を生む。
しかし、それもいつか馴染むはずだ。
それと同じように、あとは行動で示すしかない。
みるみるうちに近付いて来る地面への恐怖をねじ伏せてのパワーダイブ。
一夏にようやく気付いた無人機が砲口を向けるが、それはすでに時を逸していた。

『ああ、もう! せめて、何をするかくらい言ってから行きなさい!』

折れた流水雪片で零落白夜を起動。
しかし、折れた剣先に僅かに白い光が灯っただけだった。
到底、無人機の装甲を斬り裂けそうにも無い儚い光だ。

「―――っ!」

だが、それでも確信があった。
着地の衝撃は四肢全て使って無理矢理に殺したが、慣性制御とシールドを超えた衝撃が一夏の全身にかかる。
すでに雪片は振るった。
無人機のシールドを頭から股にかけて斬り裂き、だが装甲まではやはり届かない。

カン、と空き缶を蹴ったかのような軽い音が響く。

無人機の胸に小さな穴。 これまでのデータではそこに無人機のコアがある事が判明している場所に穴が開いた。
殆ど原型を残したまま、無人機は動きを止めた。

―――パチリアなら理解してくれるはずだ。

そう確信している一夏は動きを止めない。
それは甘えなのだろうか、と一夏は考えるが、考える暇を自分でかき消すように突っ込む。

「次っ!」

『ふざけるんじゃないですわよ!? あんなの二度も三度も出来ませんわ!!』

シールドを斬り裂き、復元されるまでのほんの一瞬。
その瞬間を撃ち抜く。
言葉にすれば単純だが、実際には数々の障害がある。
一夏がどう動くか? どのタイミングで斬りかかり、どこを斬り、どう残心を取るのか。
その全てを把握していなければ、無駄な射撃をする事になり、シールドに弾丸を絡め取られ、それどころか一夏の背中を撃つ事になる。

「出来るさ、俺とお前なら」

キシリアが失敗すれば、一夏は無人機の前にその身を晒す事になる。
浅く斬り込んだ所でシールドを十分に斬り裂けない。
狙撃手を全面的に信じ、二の太刀で全力の踏み込みを行うしかない。
意味の無い無様な特攻で終わってしまう。

『どうして……あたくしをそんなに信じられますの?』

「俺はお前をずっと見てきた」

何度も戦う相手として立ちふさがって来た彼女を。

「お前は俺をずっと見てきた」

キシリアは常に狡猾に一夏を落とそうと画策して来た。
互いの機動も、互いの呼吸も、互いの腕を互いが一番よく知っていた。
狙撃の腕ならキシリアよりセシリアの方が圧倒的に上だろう。 しかし、セシリアに全てを預けるには互いを知らな過ぎる。
ラウラでも駄目だ。 まだ足りない。
箒の動きは全くわからないし、シャルロットでは一夏の身を案じて撃てないかもしれない。
鈴音では互いに長所を殺しあう事になる。
誰もが信じきれない中、一人だけ彼女がいた。

「俺はお前じゃなきゃ駄目なんだ、パチリア」




















「一夏が折れたフラグを、また立て直した気配がするよ!」

「あの男は本当にもー!」

『いっくんだから仕方ない』


















「だから、行くぞ!」

『勝手が過ぎますわよ!』

スラスターを振り回すようにして、無人機に肉薄。
身体全体を無人機に預けるようにして、雪片を振るう。
袈裟懸けにシールドを斬り裂くと、そのまま地を這うように抜ける。
カン、と音が響く。

「次っ!」

『少しはあたくしに合わせなさい!』

「まだまだ行けるだろ!」

『くぅ……あたくしはまだ一夏さんを許した訳じゃありませんからね!』

「今度、何か奢る!」

『……お姉様の分も合わせて、焼き肉ですわ!』

「……お手柔らかにお願いします」

『駄目ですわ』

その声に、

『財布が空になる覚悟をしておきなさい』

僅かに笑みが混じっていた、と感じたのは一夏の願望だろうか。










『あと十秒! 全方位から一斉に行くからね!』

別々の地点から大小のミサイル九十六発、規格の違うビット八十七機。
速度も特性も違う、その全てを同時に着弾させるという難事を簪は成し遂げた。

「了解だ! 箒、絶対に奴らの足を止めるぞ!」

『ああ、任せておけ!』

ラウラのレールガンの乱射と、空中からの箒のレーザーとエネルギー刃の乱舞が回避しようとする無人機の頭を押さえ込む。

「まともな遠距離攻撃が無い駄目なお姉ちゃんでごめんね……」

そう言いながらも楯無は、風向きを確認してアクア・ナノマシンの散布を開始。
無人機の群れの隅々に、それは行き渡った。

『あと三秒!』

すでに一夏は退避済み。
逃げる事も迎撃する事も出来なかった無人機が右往左往する有様は、人間くさくすらあった。
最後の一瞬まで足掻こうとした無人機に、

「熱き情熱(クリア・パッション)」

ぱちん、と楯無は指を鳴らした。
密閉空間でなく拡散しているせいで威力は低下しているが、一気に加熱したナノマシンが水分を気化させる事により、小規模な水蒸気爆発を起こす。
体勢を崩された無人機達は、

『着弾……今っ!』

前後左右からの飽和攻撃へと備える事も出来ない。
一発、二発は耐えられても、それが十発、二十発となれば耐えようが無い。
見る者の肝を冷やす、地獄の黙示録もかくやという光景。
地面は抉れ、グラウンドゼロには、

「簪、反応はあるか?」

『……全機撃破! 原型を留めている子もいないと思う』

ただ哀れな無人機の残骸があるのみだ。

「簪ちゃん、お姉ちゃんも頑張ったよ!」

尻尾がついていれば恐らく全力で振られている事だろう。
楯無は満面の笑みで簪が潜んでいた塹壕に走り寄ると、穴の底にいた彼女に手を伸ばした。

「……まだ福音が残ってるんだから、油断しないで」

「がーん」

真っ白に楯無は燃え尽きた。

「お姉ちゃん……」

「はい、駄目なお姉ちゃんです……」

「手」

「ん?」

「……手、貸してくれないと登れない」

「……うん、掴まって!」

二人の姉妹の表情は、お互いにしか見えなかった。















うちでの箒さんの扱いは、これはこれでおいしい気がしてきた。



[27203] 『天蓋領域』
Name: 久保田◆1de73606 ID:595bced8
Date: 2011/07/12 02:50
これからの話の展開には関係ないですが、パチヒロインって皆さん的にありなんでしょうか?
参考までに聞かせていただけると助かります。

あと束さんと千冬さんの関係はぼかしまくってる辺りは色々とお察してくださいw










どうにもならない。
鈴音とシャルルの状況は、その一言で説明出来るだろう。
圧倒的な弾幕の前に為す術は無い。
海上で福音の侵攻を食い止めるという作戦目標だけは達成出来ているが、それはあくまで束が遊んでいるから、という事を二人は理解していた。
僅かな時間でISの損傷レベルはBからC一歩手前といった所まで落ち込んでいる。
弾薬は尽き、鈴音に至っては肩に取り付けられている龍咆一門を破壊されていた。

『と、いう事なんだけど、そろそろ君達、帰っていいよ?』

そんな中、唐突に一方的な攻撃が止まり、束が言った。

「はぁ?」

「……どういう事ですか?」

プライドを傷付けられた鈴音が反射的に飛び出そうとした所をシャルルが抑えた。

『いやねー、束さんもう飽きちゃった。 よく考えたら、束さん別にいっくんのファーストキスなんてどうでもいいし……それに』

「真打登場だからな」

「織斑先生!?」

いつの間に現れたというのか。
二人の足元に織斑千冬が風に揺れる水面に立っていた。
いつもと変わらぬ姿で立っていた。

「あれが……NINJA!?」

「違うわよ、シャルル! あれIS使ってる」

「なんだ、バレたか」

千冬が光に包まれたと思った次の瞬間、その姿は一変。
鍛え抜かれたその身体を包むのは黒いISスーツ。
打鉄によく似た装甲配置だが、色鮮やかな淡い桜色が美しく映える。

『おや、ちーちゃん。 そのISはどこから持って来たんだい? 暮桜によく似てるけど』

「途中で何かしている奴がいたから奪って来た」

『あー、あの……ス……酢昆布かな? 駄目だねー、あいつ。 ほんと使えないねー。 生体認証もかけて無かったの?』

「コアにも意思があるんだ。 私のように徳の高い人間なら“話せばわかる”のさ。 話がよくわかるISで私に合わせて二次移行もしてくれたしな」

『そいつはここ最近束さんが聞いた中では最高のジョークだよ! HAHAHAHAHA!』

「まぁな。 ところで凰、デュノア」

「はい!?」

あまりの急展開に話に着いていけなかった二人は、反射的に返事をした。

「帰れ。 邪魔だ」

あまりと言えばあまりの言葉。
国家代表候補生としてのプライドや、ここまでの苦労。
これまで刀折れ矢尽きても、戦っていたというのに千冬からかけられた言葉はこれだけである。
しかし、二人は千冬に反論一つしなかった。
千冬から立ち上る鬼気は、二人に言葉を求めていない。
求めているのは服従だけであった。

「……織斑先生」

「なんだ、デュノア」

しかし、その千冬の鬼気に耐え、シャルルは何とか言葉を作った。
一言だけだというのに、セシリアに弾劾された時よりも、初めて父に会った時よりも、多量の勇気を必要とした。

「一夏を……泣かせないであげてください」

「はっ」

友人である束と千冬。
彼女達が結託し、一夏の敵に回るかもしれない。
ひょっとしたら、あの織斑千冬が束に負けるかもしれない。
そんな事を思いながら言ったシャルルの言葉は、千冬に鼻で笑われる。

「あいつももうガキではない。 私に縛られて生きてどうする」

「……でもっ!」

「……大丈夫だ。 私の予定では、あいつの嫁をいびりにいびり抜いてから死ぬつもりだ。 束ごときに負ける気はないさ」

「……ご武運を」

「あと出来たらいびらないでください。 ……頑張ってください」

二人にもわかっているのだろう。
これから始まる戦いに二人の場所は無い。
大剣鬼・織斑千冬と空前絶後の天才・篠ノ之束。
武と知の最高峰に位置する二人の戦いに、多少の才があるだけの二人では、どう介入した所で千冬の足を引っ張る事になる。










「さて」

二人が去ったのを確認すると、千冬は水面に足を踏み出した。
ISを使って浮かんでいるはずだが、その一歩に上下のブレは一切無い。
完璧な出力調整により、たった一歩でありながら凡才では到底、たどり着けない極致を無造作に見せつける。

『そういえば箒ちゃんはどうかなー?』

そんな魔技を見せ付けられようと束に動揺はない。
白騎士事件での共犯者の千冬の技量はよく知っている。

「ふむ、まぁまぁと言った所か。 さっきも私の手加減した一撃くらいは受けてみせたからな。 ただ視界が狭くて、猪突する傾向が強いのが問題か」

水面ぎりぎりまで、千冬と視線を合わせるように二機の福音が降り立つ。

『ちーちゃんの基準でまぁまぁなら、束さんがいなくなっても大丈夫かなっ』

「箒が駄目でも困っていれば、一夏が動くだろう」

再びの一歩。
水面を滑るように近付いて来るように近付いて来る福音。
距離にして一〇〇〇。

『ふーん、いっくんには合格点出すの?』

「まさか! ただ一夏の周りには人がいない訳じゃない。 何とかなるさ」

『じゃあ、大丈夫かな』

距離がみるみるうちに詰まる。

―――九○○。

「ああ、大丈夫だろう」

『そっかー』

―――八○○。

「私がいなくても、もう一夏は大丈夫だ」

『束さんがいなくても、箒ちゃんは大丈夫なんだね』

―――七〇〇。

「なぁ、束」

千冬は足元にシールドを形成すると、踏み込んだ。





「一度、お前とは本気で戦ってみたかったんだよ、私はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」






跳ねる。
その一歩で海面ははじけ飛んだ。

『さっすがちーちゃん、バーサーカーだよっ』

手には一刀(いっとう)。 触れれば斬れる。
その表情にはまごうことなき歓喜。
その疾走は紅椿の瞬時加速の速度を圧倒的に超過しているだろう。
しかし、束の声に動揺は無い。

『あの子達には使わなかったけど、束さんも本気出すよ!』

言葉とは裏腹に福音から放たれたのは、ただの弾幕。
視界の全てが弾幕で埋まるような有様ではあるが、

「こんな物で私が止まるはずとは思ってないだろう! 次を出せ!」

一度、刀を振れば千冬の前に紙切れでも破くように道が開く。

『もう行ったよっ!』

瞬間、千冬は飛びずさった。
真横から、何も無かったはずの空間から光弾が脈絡なく飛び出して来たのだ。
それも一ヶ所ではない。
全方位八十二ヶ所、十mの至近からの一斉射撃。
光弾の数は二千八百九十二発を数える。

「ほう、なかなかの手品だな」

『一応、人間の反射と最適動作の限界を超えただけの物を出してるんだけど、ちーちゃんは本当に人間かい?』

普通の人間は銃で撃たれれば、対応の暇も無く撃ち抜かれるだろう。
ISのアシストがあれば、一発の銃弾程度なら熟練者であれば容易くかわせる。
しかし、十mの至近から多方向から二千八百九十二発を同時に撃たれれば、どうしようもあるまい。

「この程度、私に斬れぬはずがないだろう?」

その不可能を、刀という原始的な武器で成し遂げる者を人は何と呼ぶのか。
最強のブリュンヒルデ・織斑千冬の剣はもはや天蓋の領域とでも言う他無い。
全てを斬り払っても、髪の一筋すら乱れてはいなかった。

『わはは、それでこそちーちゃんさ! 束さんが世界で唯一、オンリーワン! 一緒に立ちたいと思った、ただ一人だよ!』

再び二機の福音が弾幕を張る。 同時に射手無き弾丸が全方位から撃ち込まれる。

―――織斑千冬と篠ノ之束の幼い頃の環境は、よく似ていた。
―――他者を寄せ付けぬ隔絶した才能。 それに恐れを抱く両親。

千冬ですら捌き切れない弾雨は、ついに彼女の進路を変える事に成功する。
しかし、その僅かな進路変更は凡人では見切れぬ細い細い道を見つけ出す。

―――そして、守るべき相手。
―――お互いに出会うまで、彼女達はどこまでも孤独だった。

天地全てを斬り刻むような千冬の剣。

―――二人が出会ったのは偶然か、必然か。
―――しかし、それでも彼女達は友人になった。

天地全てを埋め尽くすような束の弾丸。

―――世界を変えよう。
―――そんな事を考えたのは、一夏のために生きて、箒のために生きて来た二人の、たった一度だけの我侭だったのかもしれない。
―――束の作ったIS、千冬の絶剣。

音速超過。
水面上、二次元の機動では互いに決着が着かないと見たか空に飛びだす。

―――白騎士事件、結果。
―――束は稀代の天才としての名声と、常にその頭脳を狙われる危険を。
―――千冬は狗(いぬ)としての生き方を強いられた。
―――それでも、二人に後悔は無かった。

「どうした、束! 逃げ回るだけかぁ!?」

『あははははは、ちーちゃんこそ疲れて来たんじゃないかな?』

「抜かせ!」

だが、それでも束も千冬も笑っていた。
楽しくて楽しくて仕方ない。 そんな笑い声を上げ、空を駆けまわった。



















「……これで、終わりだな」

『あは』

福音の片割れはすでに斬り捨てられ、撃墜。
残った一機の首に千冬は刀を当てる。

『楽しい時間はすぐに終わっちゃうね』

「……ああ」

千冬の勘は告げていた。
福音の中に束がいる事を。
元の搭乗者がどうなったのかはわからない。

『束さんを斬る?』

「……ああ」

『だよね。 それでこそ、束さんが大好きなちーちゃんだ』

「言い残す事はあるか?」

『ないよ。 すっごい楽しかったからね!』

「そうか」

ここからいくら弾丸を放とうと、千冬の剣が束の首を叩き落す方が早い。
それは互いに理解している。

「……投降しろ」

『それは無理かな』

「……そうか」

千冬は自分を縛る何かが揺れるのを感じた。
斬りたくない。 そう思ってしまった。
しかし、それを面に出す事なく、

「たまには墓参りに行ってやる」

千冬は刀を振った。





























『あはっ』

「何っ!?」

斬った。
しかし、真っ二つになった福音の中に、束の姿はない。

「これは……!?」

「束さんの勝ちだね、ちーちゃん」

千冬の背にかかる重さ。
一糸纏わぬ束の肌の熱さが、背中に伝わる。

「束……?」

「束さんだよー」

顔だけで振り向いた千冬の目に映ったのは、束のアップ。

「ちゅっ」

「!?!?」

首にかかる腕を外す事も考える暇も無く、束に唇を奪われ。
そして、二人を飲み込むように背後から影が落ちた。

「ぱくん」



[27203] 二十五話『セシリア様が見てる』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/07/14 05:38
パチヒロインのアンケートにお答えいただき、ありがとうございました。
まぁぶっちゃけ話の展開には一切、関係ないんですけどね!





















「美味しいおにぎり作っておいたからねー。 皆たくさんたべてねー」

のほほんさんの言葉を聴いて、俺はやっと一息つけた気分になった。
無人機を撃破した俺達は一旦、補給と整備のためにベースキャンプの旅館に戻って来ていた。
旅館の中庭には俺達、無人機迎撃組とシャルと鈴の福音迎撃組が一同に会している。
誰も彼も薄汚れた顔で、それでもまだまだ戦意に満ち溢れていた。
白式を展開したまま整備班の人達に預け、久しぶりに自分の足で地面に立った。
のほほんさん達、整備班が用意してくれたおにぎりを手に取る。
途中で整備してもらって離脱していた俺の疲れなんて、まだまだマシな方だろう。
ずっと戦い続けてた皆は俺よりも疲れているはずだ。

「あ」

案の定と言うべきか、展開したままの紅椿から降りようとした箒が転びかける。

「おっと。 大丈夫か?」

「す、すまない……」

俺は箒の腰を抱くようにして、体勢を立て直させた。
この細腕でずっと戦い続けていたんだ。 そりゃ疲れるよな。

「と、いうことで食え」

のほほんさんが用意していてくれたおにぎりを箒の前に差し出す。
まだ白い湯気が上がっていて、どうにもこうにもたまらない。

「いや、私は……」

だが、まだ紅椿を受け取って一日。
まともなIS戦闘をいきなりこなす事になった箒は、もう限界に近いんだろう。
ご飯が喉に通らないのはよくわかる。
だけど、

「食え」

「私は今、食べられそうにもなくてだな」

「あーん」

「あーん……ってちがもごもご!?」

少しだけ開いた箒の口におにぎりを押し込む。

「もご……い、今だって千冬さんが戦っているんだ! こんな事をしている場合では……!?」

半分、箒が口にしたおにぎりを、そのまま俺の口に放りこむ。
少し強めの塩が効いていて、疲れ切った身体にひどく美味しく感じた。
如何に千冬姉とはいえ、相手はあの束さんだ。
どんな切り札を用意しているかわからない。
……万が一の事の可能性はある。

「だけど、今の俺達は動けないのはわかってるだろ? だったら、やれる事をやるだけだ」

一緒に用意されていた、キンキンに冷えたスポーツドリンクを一気に流し込むようにして飲みきる。
身体に悪いとはわかっていても、ぬるめのスポーツドリンク派の俺もうっかり鞍替えしてしまいたくなるような美味さだ。

「か、間接キス……!」

何か箒が言ったようだが、スポーツドリンクが喉をごくごくと通る音で聞こえなかった。
顔も赤いし、よっぽど疲れてるんだろうな。

「のほほんさん達が頑張って整備してくれてるんだ。 そして、俺たちは今のうちに全力で休むぞ!」

「し、しかしだなぁ……」

「うむ、その意気だ。 もぐもぐ……あとでこき使ってやるから、今は大人しくしていろ」

ラウラは行儀悪く両手におにぎりを持っている。
どこか満足そうな笑みを浮かべながら、おにぎりをぱくつく姿は年相応よりも幼く見えた。

「む……」

「ほれ、一個やろう」

「……ありがとう」

不服そうではあるけどラウラからおにぎりを受け取ると、箒は大人しく座って食べ始めた。

「もぐ……簪、生徒達の避難状況はどうなっている?」

「大部分は避難完了して……あとは整備班と医療班が撤退出来たら完了……もぐもぐ」

「ふむ……援軍は無しか? しかし、この赤身の焼き魚は美味いな」

「うん、ハワイのアメリカ軍は謎のISの襲撃で壊滅。 ロシアは国家代表のお姉……更識楯無がいる事から拒否……中国も鈴さんがいるから……韓国は西に防衛線を引くって連絡があったよ……。 あと、それは鮭っていうんだよ……もぐもぐ」

おにぎりを食べながら、二人は状況をまとめて行く。
行儀は悪いが今は礼儀よりもしっかりと力を蓄えてるのと同時に、状況を確認しなくちゃいけないという事で勘弁してもらおう。
しかし、本当にどこも援軍来ないな。

「まぁ仕方ないわよね。 これだけの戦力がいて撃破出来ないとなると、どこも動きたくないだろうし」

話に混ざって来た鈴の言う通り、専用機だけで八機。
普通に日本くらいなら余裕で落とせる戦力が揃っている。
それだけの戦力が集まって倒せないとなれば、援軍を出して自分の国に被害を出すのはどこも二の足を踏むだろう。

「ところで簪ちゃん。 ……お姉ちゃんをお姉ちゃんって言っていいんだよ?」

「…………もぐもぐ」

「さっきは呼んでくれたじゃないの!?」

きりっとした感じの人だと最初、見た印象では思ったんだけど……地面に打ちひしがれている姿を見ると、残念な人なんだなぁとしか思えない。

「ああ、そうだ。 これをパチに持って行ってくれ」

ラウラは小皿におにぎりを三つ用意して渡してくれた。

「今、やっぱり」

「ああ、セシリアが寝ている部屋にいる」




















「パチリア、入ってもいいか?」

セシリアが寝かされている旅館の一室の前で一声かける。
さすがに女だらけの園に住んでいるんだ。 一声かけるくらいの危険回避は覚える。
この程度の事が出来ないで、女の園で生活するラブコメの主人公って信じられないよな。

「駄目ですわ」

「お邪魔します」

「ナチュラルに無視して来ましたわね」

そりゃパチリアが素直に入れてくれるとは思ってないしな。
がらりと襖を開けて中に入ると布団にうつ伏せで寝かされたセシリアと、その横にぺたりと女の子座りをするパチリアがいた。
まだISスーツのままで、顔も拭っていないパチリアはあちこち薄汚れている。

「ほら、おにぎり持って来てやったぞ。 あと、こんな事もあろうかと濡れタオルだ」

「珍しく気が利きますわね」

「失礼だな。 俺はいつも」

「はいはい」

俺の言葉を最後まで聞く事なく、受け取った濡れタオルでパチリアは顔を拭き始める。
白かったタオルが埃と煤で真っ黒に染まった。
ああ、風呂にでも入ってのんびりしたくなるなぁ。

「セシリアの容態は?」

「医療班の方々の話では命に別状も無いそうですわ」

「それはよかった」

「他に言う事はありませんの?」

「セシリアが目覚めたら、土下座でもするさ」

「そして、焼き肉ですわね」

「……もうちょっと女の子らしい食べ物でもいいんじゃないだろうか」

「まだ日本の焼き肉という物は食べた事ありませんもの」

「……わかった。 俺も男だ……」

しばらくは極貧生活になりそうだ……。

「…………」

背中を怪我しているのに掛け布団をかける訳にもいかないから、セシリアの背中がむき出しになっていて、傷口には細菌感染などを防ぐ特殊な半透明なシートが貼り付けられている。
……傷、残らないといいんだけど。

「一夏さん」

「ん、ああ? なんだ?」

「淑女の肌をじろじろ見るものではありませんわ」

「あ、すまん!」

「まったく……デリカシーの無い殿方は嫌われますわよ」

「む、デリカシーはあるつもりだぞ」

「へー」

パチリアは何故かにやにやと嫌な笑みを浮かべ始めた。
……何か地雷でも踏んだんだろうか。

『これで俺が勝ったら、パチリア……。
俺と付き合ってもらうぜ!』

これって確か最初にパチリアと戦った時、俺が言った言葉だよな。
それがどうして、録音されてるんだ。

「ISのレコーダーに録音されてたのを引っ張り出しましたのよ。 ……ここだけ聞くと、愛の告白にしか聞こえませんわねー?」

「い!?」

あれ? 稽古に付き合ってもらうって言ってないな?
確かにこれは……。

『だから、俺と付き合えばいいんだって。 パチリア』

「待ってくれ」

「嫌ですわ」

『俺はお前じゃなきゃ駄目なんだ、パチリア』

ぐおおお……改めて聞くと俺、恥ずかしい事を言ってるなぁぁぁぁ!?
マジかよ、俺!

「恥ずかしいですわねー。 こんな事を皆様の前で言う方がデリカシーを語りますの?」

「改めて言うな……!」

「あら、一夏さんは恥ずかしいと思うような事をあたくしに言いましたの?」

「いや、そういう事じゃなくてだな」

「じゃあ、どういうつもりで言ったんですか?」

顔では笑いながら、パチリアの目はじっと俺を見つめていた。
真剣な瞳で俺を見つめていた。

「どういうつもりって……」

ああ、そうか。
俺が何を考えて言ったのか。
そういう事じゃない。

俺の言葉をどうパチリアが受け取ったのか。 それを考えなくちゃいけなかったんだ。
告白にしか聞こえない言葉を言った俺の気持ちをパチリアは聞いている。
そして、冗談めかして言ってくれたパチリアはこうも言っている。

―――今なら冗談で済ませてあげますわよ?

と。
俺の言葉は嘘ではないけど、どこかおかしいと薄々気付いていたんだろう。
でも、本当に勘違いだと思っていたら、パチリアは何も言わずに終わらせていてくれたと思う。
それでも、パチリアは踏み込んで来た。
それは、きっと……そういう事なんだよな。

「なあ、パチリア」

「……はい」

「俺は……」

ちょっと固くなったにやにや笑いと、赤く染まった頬。
随分と伸びて来た髪から、汗とシャンプーの香りが混ざった匂いが伝わって来る。
じっと見つめていた視線は左右に慌しく動く。
顎から首へ、そのままISスーツの胸元へと伝わって行く汗が艶めかしい。
露出している白い肌がどんどん赤くなっていくのが、はっきりとわかる。

「あ、あの……やっぱり」

「聞いてくれ」

「……はぃ」

普段とは違って、しおらしいパチリアは……その、何と言うか凄く可愛い。
桃色の唇が……ってまずい、流されてる!?
違う、ここはあれだ。 明鏡止水の心境でだな!?

「お、俺はだな!」

「はい……」

「俺は、お前の事が」





















『総員集合! 織斑教官のサインが消えた!』

「!?」

「千冬姉が!?」

突然、入ったラウラからの凶報中の凶報。
どこかほっとした様子のパチリア。

ずきん、と胸を刺す痛みが走った。

どっちのせいだろう。
逃げるように走り出したパチリアの後ろ姿を見ながら、俺はそんな事を考えた。










最初からここまでは行く予定でした。



[27203] 二十五話2
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/07/18 22:49
「状況はどうなってるんだ!?」

「……最悪だ」

中庭に戻って来た俺達に視線を向ける事なく、ラウラは言った。
いつも指揮官として揺るがなかったラウラがこんな声を出すなんて……まさか。

「現在、篠ノ之博士からと思われるハッキングを受けている」

必死にキーボードを叩く簪の頭上には、辺り一面の地図と一つの光点が大画面の空間投影ディスプレイに映し出されている。
……特におかしい所はないんだけど、簪が束さんのハッキングを防ぎ返してるって事なんだろうか?
それだったらラウラが感情を隠せないくらいに追い込まれるはずはないか?

辺りを見回すと箒は祈るように手を組んで、下を向いている。
鈴は顔を真っ青にしながら、ガクガクと震え、シャルは滝のような冷や汗を流していた。
楯無さんは……

「どうしたらお姉ちゃんってもう一回呼んでもらえるんだろう……。 脱げば……いや、意味ないわね。 やっぱり格好いい所を……括弧つければいいかしら」

「裸エプロン先輩はさすがにどうかと思います」

いや、そんなツッコミ入れてる場合じゃない。

「あっ!」

「何か気付いたのか、パチリア?」

パチリアが地図上の福音を示す光点を指差す。

―――name グレートらぶりーちーちゃん。

光点の下に書かれている名前の部分が書き換えられている……!

―――TABANE Kill

と、思ったら、書き換わった。

―――name グレートらぶりーちーちゃん。

……千冬姉が恥ずかしい名前に必死になって抵抗しているのか!?
こ、これでもし俺達が何の役にも立たなかったら……千冬姉を助けた時に何をされるかわかかったもんじゃないぞ!?
や、やばい。 束さんのハッキングを止める事なんて俺達に出来るのか!?
しかし、本気で意味が無い所に全力投球だな。
整備班の人達も簪のカウンターハックを手伝ってくれているが努力の甲斐無く、ついに『グレートらぶりーちーちゃん』にされてしまった。

「ラウラ! 行くしか無いぞ、これ」

「ああ……整備は終わっている以上、行くしか……いや、待て。 衛星から映像が来た」

そこに映っているグレートらぶりーちーちゃんは、

―――KILL

……もとい、元福音はシンプルと言っていいデザインだ。
一切の装甲を排除し、白い羽の生えた千冬姉に目隠しのような実体型のディスプレイ。
手には日本刀風ブレード。

「……なんでこのシンプルさが、逆に俺達の絶望感を煽るんだろう」

「私達で教官と……勝算があるか?」

しかも、ただでさえ手の付けられない千冬姉に束さんがどんな魔改造を……―――





『ゼロシフト、レディ!』





束さんの声がこっちの通信装置に割り込んだと思った瞬間、

「消えた!?」

「どこに……!」

「上よ!」

真っ先に気付いてみせた楯無さんの言葉に従って上を見れば、もうそこに千冬姉の姿があった。
殺気も無く、ただ空中に佇む千冬姉から声が響く。

『あははははは、いっくん、驚いたかな? これぞ空間跳躍システム【ゼロシフト】さ! 名前はゲームから頂いたけどね!』

「束さん……!」

『うんうん、皆大好きらぶりー束さんだよ!』

「姉さん、もうやめてください!」

『大丈夫、大丈夫。 箒ちゃんといっくんに手を出すはずないじゃないか、この束さんが』

……なら、誰に手を出す気なんだ?なんて今更、聞く必要はない。

『じゃ金髪、出してくれるよね? セシリアなんたら連れて来てよ』

「どうして束さんは、そこまでセシリアを気にするんだ?」

俺は皆の前に出て、束さんに話しかける。
俺達の専用機の整備は終わった。 だけど、まだ受け取っていない以上、何の意味もない。
時間を稼げば、皆が何とかしてくれる……といいな。
やれる事をやるしかない。 箒に任せると感情に任せて動きそうだから、俺が出るしかないだろうし。

『んー……さあ?』

「さ、さあって!? わからないのに、こんな事件を起こしたんですか!」

『いやさ、束さんって天才じゃない? 天才がわからない事をそのままにしておくってさ……結構、ストレス溜まるんだよね』

束さんの声は普段と変わらない。

「……セシリアを渡したらどうするつもりなんだ?」



『殺すよ?』



普段となんら変わらないまま、束さんは言い切った。
1+1の答えを言うように、当然の答えを言っただけ。
そんな気軽さで束さんは言った。

「わかった。 俺達の答えは」

「お断りだよ!」

「皆!」









物陰で電磁波、熱など各種センサーを遮断するシートに包まり(くるまり)、ステルスモードで、万が一のために待機していたシャルルがアサルトライフルを千冬に向けるまでに0.002秒。
シートに包まり暑さを耐えていたシャルルの汗が、ライフルから弾丸が飛び出すたびに飛び散る。
その0.1秒後、本音ら整備員達が待機状態のISを一夏達に投擲。

『ゼロシフト、レディ』

束はそこから遅れて一秒。
飛来するアサルトライフルの弾丸を前にして呟いた。

「来い、白式!」

「紅椿!」

「甲龍!」

「シュヴァルツェア・レーゲン」

「来なさい、ミステリアス・レイディ」

「いきますわ!」

全員が受け取ったISを一瞬でも早く展開するために、言語を発してイメージ展開の容易化を図る。
結果、シャルルの弾丸が千冬に届く前に全員が展開を完了。

「―――っ」

しかし、弾丸の存在する空間を跳躍した千冬はシャルルを真っ向唐竹割りで斬って捨てた。
絶対防御が発動する。 だが、千冬の神速の剣は絶対防御が発動前にシャルルの額を斬りつけていた。

「シャ」

一夏の叫びが終わる前に、

『ゼロシフト』

ラウラの背後から、

『ゼロシフト』

鈴音の真横から、

『ゼロシフト』

「……!」

二人を一瞬で斬り捨てた千冬が、楯無に真上から襲いかかる。
ぎりぎりで腕にアクア・ナノマシンの盾を形成し、頭上に向けた。

『ゼロシフト』

盾を頭上に掲げた事により、がら空きになった胴を狙える正面に跳躍し、一刀。

「ル!」

一夏の言葉が終わる前に全ては終わっていた。
地に倒れる音に一夏が振り向けば、そこには絶対防御が発動し、意識を失い倒れ伏す三人の姿があった。

『あはっ、さすが天才束さん。 このゼロシフトはISの拡張領域を利用して、任意の場所を繋げる事で擬似的な空間跳躍をしてみたのさ!
いっくん、箒ちゃん凄い? ねえねえ、凄いかな?』

倒れた四人は斬られた部分より、出血が始まる。
地面に落ちた血の臭いが一夏達の鼻腔に伝わる中、束の声だけが明るく響き渡っていた。























八針来夏先生のISvsOFを読んでから始めた私のIS物の連載ですが、ずっとラスボスにゼロシフト使わせようと考えていました。
元ネタのZ.O.Eのラスト付近のジェフティ無双は、胸キュンでした。
と、いうことでそろそろラスト間近です。



[27203] 二十六話『vsゼロシフト』 加筆+多少、修正
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/07/19 23:32
少しは書けるようになって来たような、やっぱり駄目なような。
しかし、最後まで頑張ろうと思います。









篠ノ之箒にとって、篠ノ之束は理解し難い存在だ。
幼い頃から神童どころか、大人と対等どころか遥か上を行く知性と、それに反比例するような社会性。
しかし、それを差し引いても幼い箒にとって、何でも知っている束は尊敬出来る姉だった。
一夏との別れの原因にもなったが、今になって専用機をねだろうと思いつく程度には箒の中に、束へ甘えようとする気持ちがまだ残っていた。
しかし、箒の眼前には血を流して倒れ伏す仲間。

―――そう、仲間だ!

僅かな時間ではあるが、それでも確かに箒達は仲間だった。
戦いの中で守られ、足を引っ張る事が多かったにしても確かに戦友だった。
信頼出来る仲間。 自分の力を認めさせたいと思った仲間だ。
それを躊躇無く切り捨てる束は今、箒の敵となったのだ。

―――考えてみれば常識人みたいな顔をしているが、千冬さんも昔からロクな事をしていなかった……!

思い出すだけでも屈辱的な出来事ばかりが、脳裏に鮮やかに甦って来る。
幼稚園襲撃事件。
日比谷焼き討ち。
アミアンの包囲戦。
どれもこれも箒はえらい目にあってきた。

展開装甲を全てスラスターに回す。
怒りを右手に、左手に社会秩序の尊さを。
束への尊敬をスラスターの燃料にくべて、箒は飛んだ。

「死んで私に詫びろ、愚姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

『うわっ、箒ちゃん顔怖っ!?』

愚直なまでに一直線に、千冬へと斬りかかる。
全力で千冬へと叩きつけるように振り下ろした一刀は、案の定ひらりと避けられる。

「その首、もらい受ける!」

「待て、箒。 それは俺の姉だ!?」

色々と無視しながら、箒は二打目を繰り出す。
最初から当たるとは思っていない。 しかし、当たらないのなら、当たるまで振ればいい。
それだけを思って振る。

「援護とか出来ませんわよ、あれ!」

手の届く範囲は全て箒の間合いだと言わんばかりの連撃の結界。
その中を千冬はすいすいとかわし続ける。
フェイントもエネルギー管理も箒の頭の中には無く、全てが本命。 手にした雨月と空裂はレーザーとエネルギー刃を乱射。

「やばい、キレまくってるぞ」

「と、とりあえず皆さんを避難させませんと!?」

辺り一面が吹き飛ぶほどのエネルギー刃の中、右往左往するのは人の悲しき姿か。
必死に逃げ惑う整備班と、絶対防御を発動して倒れる四人を担いで逃げる一夏とキシリアに箒は目もくれなかった。

『やだもう、本気で箒ちゃん怖いよ!? ちーちゃん、とりあえず傷付けない程度に絶対防御発動させちゃって! 計算では一発叩きこめば落ちると思うし!』

ナメるな、と箒は思った。
そして、下がり続けていた千冬が、ここで初めて前に出た。

―――来る。

と、思った瞬間には雨月で千冬の刀を受け止めていた。

『あれ、どうして箒ちゃんがちーちゃんの剣を受け止められるの?』

「知らん!」

知らんもんは知らん。
景気よく減り続けるエネルギーと体力には目を瞑りながら、本気で不思議がっている束に怒りを覚えながら箒は動き続けた。

『まぁそれはあとでゆっくり調べるとしようか。 行けぇ、ちーちゃん!』

振り下ろし、が来ていた。
いつの間に、どう自分の身体が動いたかわからないが、右半身を開くようにして避けていた。
燕返しとはこういう技だったのか、と得心するような切り上げも避けていた。
何故、千冬の剣を避けられているのかは知らないが、恐らくこの事態に隠されていた自分の力が覚醒したのだろうと結論を出した。
千冬のがら空きになった胴を逆動で打ちに。

『ゼロシフト、レディ』

振りぬいた先には、最初から何も無かったかのような空虚な空間。
背後から肌があわ立つほどの殺気。
箒は展開装甲をエネルギーソードと、エネルギーシールドとして開―――









「装甲ごと一撃必殺って……あたくし達であれを止めますの……?」

「ああ……」

千冬姉とゼロシフトの前に箒はあえなくリタイヤ。
何もかも切り裂く千冬姉の剣と、反則としか言いようの無いゼロシフトははっきり言って、手の着けようが無い……はずなんだけど。

「何かおかしいな」

「な、何か打開策でも見つかりましたの!?」

「どうだろう?」

「どうだろうじゃないですわよ!? お姉様のお命がかかってますのよ!」

……ひょっとしたら行けるか?
いくつか問題はあるが、何とか道は見えて来た。多分。

「束さん!」

倒れた箒の……胸をむにむにと揉んでいた千冬姉(を操る束さん)は、俺の方に振り向いた。

『なんだい、いっくん? 投降でもする気になったのかな?』

「いや、それだけの強さなんだ。 俺も一介の剣士として挑ませてもらいたい」

「え、玉砕ですの?」

……いや、さすがに正面から戦うのはなぁ。
素手で戦車に立ち向かった方がまだ勝率がある気がするぞ。
まぁ策というよりは、仕様上の問題を突くって感じだけど。

『いっくんは本当にちーちゃんの弟だねぇ……』

束さんに呆れられてしまった。
それに確かに千冬姉は尊敬してるけど、俺までバトルジャンキーだと思ってやいないか、この人。
それにどうして「ああ、やっぱり……」みたいな顔でパチリアまで俺を見るんだ。

「いや、そういうのじゃなくてですね」

『いいよ。 うん、そうだよね。 束さんにはわかってるよ』

あれ、敵のはずなのに優しくされてるぞ。

「そうですわね……。 一夏さんはそれでいいんじゃないでしょうか……」

あれ、今度は味方から刺されてるぞ?

「だ、だから!」

『わかったよ、こうしよう! ちーちゃんvsそっち二人ね! ただそれだとハンデ大き過ぎるから、ちーちゃんはいっくんしか狙わないであげるよ』

遊びっぽく話を持って行けば、束さんだとこうなるんじゃないかと思ってたけど予想していた流れとは違うなぁ……。
どうして俺がバトルジャンキーみたいにされているんだろう。
それは千冬姉だけだと思うんだ。

「なぁ、パチリア。 俺、バトルジャンキーじゃないよな?」

「えっ?」

「……いや、いいや。 何も言わなくて」

何か重大な齟齬が俺と世界の間にあるんじゃないだろうか?
それはともかく、ゼロシフト破りの道は見えた……はずだ。
前提条件が間違っていたら、目も当てられない事になるけど。

『おや、いっくん。 怖じ気づいたのかい?』

からかうような束さんの声には答えず、俺はすり足で少しずつ距離を詰めて行く。
箒のようにスラスター突っ込んでしまえば、ゼロシフトの餌食になってしまう。
じりじりと近付く俺に対し、千冬姉は刀を下げたままの無行の構え。
背後に立つパチリアから、立ち上る鋭気。
俺は秘匿回線を繋いで言った。

『まだ撃つなよ、パチリア』

『……どうしてですの?』

『千冬姉にまともに撃っても当たる訳ないだろ』

納得したのか、してないのか。 口の中で何かむにゃむにゃと呟くとパチリアは、鋭気を収めた。
見たい事もあるし、まだ撃たれても困る。

『むぅ、じれったいなぁ。 ちーちゃん!』

いっそ無造作なほど、千冬姉の足取りは軽い。
その足取りの軽さは自信の表れ、じゃない。
ただ意味もなく、歩いているだけだ。
千冬姉なら絶対にやらない動き。 束さんがどの程度、千冬姉を操っているのか確かめたかったけど、これなら千冬姉が完璧に操られている訳じゃ無さそうだ。
一足一刀の間合いを平然と踏み越え、ようやく束さんの操る千冬姉は足を止めた。

『さあ、いっくん! ショーダウンと行こうか!』

「束さんからカードをオープンしてくれて助かったぜ」

当たり前の話かもしれないが、束さんは戦う人じゃない。
間合いを詰めるという行動一つに、剣士がどれだけの駆け引きを籠めてるか何て想像も出来ないだろう。

『ブラフには乗らないよ!』

無行の構えはあくまで受けの構え。
相手の後の先を取る構えで、仕掛けて来るのは愚の骨頂。
しかも、あらかじめ千冬姉の剣が通る道まで教えてくれるなんて、

「これで負けたら、千冬姉の弟は名乗れないな!」

『箒ちゃんに続いて、いっくんまで……。 ちーちゃんの攻撃避けられるなんて!』

束さんの殺意。 いや、せいぜい敵意か。
敵意がはっきりと伝わって来るんだから、あらかじめそこから動けばいいだけの話だ。
千冬姉の剣を軽々と避けた俺に、束さんはここに来て始めて動揺を表に出した。
千冬姉の殺気は常に全開で濃すぎるから、読みようがないんだよな……。

箒が千冬姉の攻撃を避け、ゼロシフトで背後を取られても反応してみせた。
普段の千冬姉だったら、反応なんてさせてくれるはずがない。
箒が教えてくれた、この勝機は絶対に物にしてみせる。

「千冬姉には勝てなくても、束さんには負けない!」

『どういう意味だよ、それは!』

その意味ははっきりと束さんに伝わるはずだ。
千冬姉の暴風のような連撃をかいくぐり、俺は全てを装甲に傷一つ付けさせず綺麗に避けきる。

『なんでちーちゃんの攻撃を、そんな簡単に避けられるのさ!? 意味わかんないよ!?』

動揺した束さんが攻撃を止めた。
まぁ実際、簡単に避けてる訳じゃないんだけどな。
先読みが出来ても、いつもギリギリ。
正直、反撃を入れようとしたら、そこで落とされると思うし、集中力が切れても不味い。
ここで攻撃を止めず、ひたすら来られたら負けていた。
だけど、そんな事は無かったかのように、千冬姉の真似をして、せいぜい不敵に言ってやろう。

「ゼロシフト、破らせてもらうぜ!」


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