FC 第三節「白き肌のエンジェル」
第二十五話 クラム、逃げ出した理由(わけ) ~同情もお金も要らない~
<ルーアン地方 マノリア村>
シンジとぶつかった少女が顔を赤くしていた理由を説明すると、アスカの誤解は解けた。
しかし、誤解が解けたとは言ってもシンジの置かれた状況が好転するわけは無かった。
「何をスカートの中をのぞいてなんかいるのよ、スケベシンジ!」
「痛たたっ!」
アスカに耳をつかみ上げられて、シンジは悲鳴を上げた。
そんな2人の様子を、少女は戸惑った顔で見つめ続けるばかりだった。
少女の見ている前で、アスカはさらにシンジへの尋問を続ける。
「アタシの下着を洗っている時も、イヤらしい目で見てるんでしょう」
「えっ、その男の方が下着を洗っていらっしゃるのですか?」
アスカの言葉を聞いた少女が、顔を赤らめてそう言った。
「それは、アタシ達が一緒に住んでいるから仕方の無い事なのよ」
失言をしてしまったと気がついたアスカは慌てて言い訳をした。
すると、少女は憧れの視線をアスカとシンジに向けて話し掛ける。
「お2人とも、私とたいして変わらない年齢の様ですけど、恋人として暮らしていられるなんてしっかりしていらっしゃいますね」
「違いますよ、僕達は家族なんです!」
「まあ、結婚していらしたんですね、失礼しました」
シンジの力一杯の否定の意味を、少女は逆方向に勘違いしてしまった。
「ほら、変な事言うから誤解されちゃったじゃないバカシンジ!」
アスカは怒鳴ってシンジの頭をまた叩いた。
「あの、そんなに叩いたりして大丈夫ですか?」
「いつもの事ですから」
あまりにアスカに叩かれたりされているシンジを心配して少女が声を掛けシンジが笑顔で答えると、アスカは不機嫌な顔になった。
エステル達は少女の誤解を解くために、ブライト家の家族構成の説明を兼ねて自己紹介をした。
「血が繋がって居ないのに家族なんですか、私達の家と似ていますね」
「アンタの家って?」
「あっ、失礼しました」
アスカに質問されて、今度は少女が自分達の紹介を始めた。
少女の名前はクローゼ。
ここルーアン地方にあるジェニス王立学園の生徒で、その学生寮で暮らしている。
クローゼの家族はこのマノリア村とジェニス王立学園の間に位置するマーシア孤児院に居る。
昔、クローゼが肉親とはぐれてしまった時に世話になったようで、院長先生は自分の母親代わり、孤児院の子供達は自分の弟や妹と言える存在なのだそうだ。
「へえ、あたし達って似た者同士だね」
クローゼの話を聞いたエステルは、感心してため息をもらした。
「君はどうしてこの村に?」
「あっ、帽子をかぶった小さな男の子を見かけませんでした?」
ヨシュアに尋ねられて、クローゼは自分の目的を思い出して尋ね返した。
「あたしは見て無いけど、誰か知ってる?」
エステルがアスカ達を見回して質問すると、アスカ達は首を横に振った。
「早くその子を見つけないとヤバいわよ、もうすっかり日は暮れているし」
アスカの言う通り、辺りは夜になっていた。
クローゼの顔がさっと青ざめる。
「ああ、クラム……」
「あたし達も一緒に探すよ!」
「ありがとうございます……」
倒れそうになったクローゼは体を支えたエステルにお礼を言った。
「その子は、確かにこの村の中に居るのね?」
「はい、魔獣がでる街道には出ていないと思います」
アスカの質問に、クローゼはうなずいた。
「どうしてその子は居なくなってしまったの?」
「実は……」
エステルに尋ねられて、クローゼは事情を話し始めた。
クローゼは用事で村へやって来たのだが、その少年クラムもついて来てしまったのだと言う。
そして、村の商人がクローゼにマーシア孤児院への寄付金を渡した時、商人はクローゼ達に対してあわれみの言葉を掛けた。
すると、クラムは怒ってどこかへ姿を消してしまった。
「どうしてクラムが怒り出してしまったのか私には解りません。私がいくら名前を呼びながら探しても出て来てくれないんです」
「それって、避けられてるって事?」
「やっぱり、そうですか……」
アスカに言われて、クローゼは悲しそうな顔をして落ち込んでしまった。
そんなクローゼを励まそうとシンジが声を掛ける。
「見つけて話をすれば、大事に思う君の気持ちを分かってもらえるはずだよ!」
「そうでしょうか?」
「うん、きっと伝わるから……」
シンジは家出をして第三新東京市から去る決意をした時、ミサトに駅で抱きしめられた事を思い出した。
あの時からシンジはミサトが自分を大切な家族だと思ってくれていると信じる事ができたのだ。
だからシンジはミサトが家族では無く、軍人としての冷徹な判断でアスカを見捨てる命令をした事がショックだった。
「そうですよね、諦めてはいけませんよね。私もクラムを探します」
クローゼはシンジの目を見つめて強い意志を示した。
そして、エステル達は手分けをしてマノリア村の中を探し始めたのだが、それほど時間の経たないうちにヨシュアが隠れているクラムを見つけた。
「うわぁ、何でお前はこんなに早くオレを見つけられるんだよ!」
上手く隠れたつもりだったクラム少年はヨシュアに見つかって驚いた。
「職業病かな、こう言うのには鼻が利くんだよ」
ヨシュアは少し悲しそうな表情でクラムに答えると、クラムの腕をつかんでエステル達を呼び集めた。
「クラム……!」
クローゼは目に涙をためてクラム少年に話し掛けるが、クラム少年は目を合わせようとしない。
そんなクラム少年に真剣な顔をしたシンジが話し掛ける。
「逃げちゃダメだ」
「べ、別に逃げてなんて無いぞ! オレは怒っているんだ!」
クラムが怒鳴ると、シンジは首を強く振って否定する。
「いや、理由も言わないなんて、逃げているのと同じだよ。クローゼさんに怒っている理由を話さないと、何の解決にもならないよ?」
「ちっ、分かったよ、うるさいな」
クラムは気に入らないように舌打ちをしながらも、クローゼに怒っている理由を話し始める。
「クローゼ姉ちゃんも、オレ達を貧乏でかわいそうな子供達だと思っているんだろ」
「えっ……!?」
「やっぱり貴族やお金持ちの学校に通っているクローゼ姉ちゃんも、あの商人のおじさんと同じで俺達の事を見下しているんだろう!」
「そんな、私は見下してなんか……!」
クラムが自分の思いを吐き出すと、クローゼは大きなショックを受けた。
クローゼが否定しても、クラムは聞き入れないでさらに声を荒げる。
「じゃあ、どうしてあの商人のおじさんからお金を受け取ったりしたんだよ!」
「そ、それは……」
言いくるめられたクローゼは言葉に詰まってしまった。
クラムは黙ったままのクローゼに悔しさをさらにぶつける。
「オレ達は孤児院の生活が楽しいんだ! かわいそうだなんて同情されても迷惑なんだよ!」
「そ……そんな……」
クラムの言葉に打ちのめされたクローゼは膝を折って地面に着いた。
すると、黙って話を聞いていたアスカは不機嫌そうな顔でクラムに詰問する。
「偉そうな事を言ってるけどさ、アンタ達は自分達の力だけで生活してるの?」
「そうさ、孤児院には畑だってあるし、ニワトリも育てているんだぞ!」
「食べ物は自給自足できるとしても、アンタの着ている服とか靴とかは寄付じゃないの?」
「うっ、それは……」
アスカに指摘されて、今度はクラムが言葉を詰まらせる番だった。
「覚えておきなさい、アンタ達は色々な人達に守られて生きているのよ。身の程を知りなさい!」
「う、うわぁ!」
アスカに思いっきりにらまれて、クラムは悲鳴を上げた。
「アスカ、さすがにやりすぎだよ」
「あっ、つい熱が入っちゃったわね」
エステルに止められて、アスカは冷静さを取り戻した。
そして、シンジは座り込んでいたクローゼに穏やかな笑顔で声を掛ける。
「さあ、今度はクローゼさんが自分の思いを話す番だよ」
「でも、私が今さら話しても無駄です」
クローゼが悲しそうに目を反らすと、シンジは真剣な顔をして首を横に振る。
「逃げちゃダメだ」
シンジの言葉を聞いて、クローゼは驚いてシンジの目を見つめた。
「ここで逃げたら、もっとお互いの心が離れて行ってしまうよ。二度と仲直りする事が出来なくなってしまうかもしれない」
「……はい」
クローゼはシンジに向かってしっかりとうなずいて、クラムと顔を合わせて優しく話し掛ける。
「ごめんね、私も孤児院の子達を助けてあげるなんて考えを持ってしまったかもしれない。でも、私が孤児院に通うのは家族が、帰る場所が欲しかったから……寂しかったからなのよ……」
「クローゼ姉ちゃん……」
目に涙を浮かべて訴えかけるクローゼの姿を、クラムは戸惑った顔で見つめた。
「私はね、何年か前に孤児院のテレサ院長にお世話になった事があるの。私の本当のお母様は、私が小さい頃に亡くなってしまって、テレサ院長は私のお母様のように暖かくしてくださいました」
話しているうちに感情が高ぶり、クローゼは声を荒げた。
クローゼが母親を失っていると言う生い立ちを聞いたエステル達は驚いた。
「私の通っている学園も、家柄によっての差別が少なからずあります。孤児院の子達は私を身分の差なんて関係無い家族だと、思ってくれていると思ったのに……」
そう言ってクローゼが自分の思いをクラムにぶつけると、今度はクラムの方が打ちのめされたような表情になる。
「ごめんよクローゼ姉ちゃん、オレも悪かったよ……」
シンジは泣いているクローゼの背中に優しく声を掛ける。
「クローゼさん、抱きしめてあげなよ。そうすれば、気持ちは言葉よりも伝わるからさ」
「はい……」
シンジの言葉を聞いて、クローゼはゆっくりとクラムの方へ歩いて行った。
クラムもクローゼの方へと近づいて行く。
そして、2人は固く抱き合うのだった。
その姿をエステル達はじっと見守っていた……。
<ルーアン地方 マーシア孤児院>
翌日、マノリア村に泊まったエステル達はクローゼによってマーシア孤児院に招待された。
マノリア村の通信機でルーアンの遊撃士協会に連絡を入れると、受付職員のジャンは快く許可を出してくれたのだ。
ルーアンの遊撃士協会に着いた後はその分もしっかり仕事をしてもらうとの事だった。
「では、エステルさん達はこちらでゆっくりとして居られるんですね」
「うん、お休みを先にもらっちゃった」
クローゼの質問にエステルが答えると、クローゼはとても嬉しそうな笑顔になった。
クラムを筆頭とするマーシア孤児院の子供達も、エステル達の来訪を歓迎した。
「昨日はクラムがご迷惑をおかけしたようですいません」
「ごめんなさい」
院長であるテレサ院長はクラムと一緒にエステル達に頭を下げた。
「何でも、あなたがクローゼとクラムの仲を取り持って下さったとか」
「いえ、僕は自分の感じた事を口にしただけです」
テレサ院長に言われて、シンジは照れ臭そうな顔をして答えた。
「私達が孤児院の子達を助けているなんて、ごう慢な考えでした。逆に、私の方が孤児院の子供達に助けられていたんですね」
クローゼはしみじみとした様子でそう言った。
孤児院の子供達は、無邪気な笑顔を浮かべてエステル達に近づいて来た。
エステル達は孤児院の子供達の遊び相手をする事になった。
「私が本当の意味での孤児院の家族になれたのは、シンジさんの言葉のおかげです。勇気がおありなんですね」
「だからそれは僕が逃げて後悔してしまった事を思い返しただけなんですよ」
「まあ、シンジさんも?」
熱い視線をシンジに向けてシンジと話すクローゼ。
それに気が付いたアスカは、ムッとした気分になったが、孤児院の子供達に恐い顔を見せるわけにもいかず、気持ちをこらえて笑顔を作った。
エステル達は孤児院の子供達に遊撃士の仕事での体験を話し、子供達も目を輝かせて楽しそうに聞いていた。
部屋の中に甘い匂いがしてくると、クローゼはオーブンから焼き立てのチーズケーキを取り出し、テレサ院長がハーブティーをテーブルに並べる。
「どうぞ召し上がってください、昨日のお礼です」
「うわぁ、おいしそう!」
エステルが机の上に置かれた大きなチーズケーキを見て歓声を上げた。
「エステル、がっついちゃダメだよ」
身を乗り出してチーズケーキを見つめているエステルをヨシュアがあきれ顔で注意した。
「こんなに大きいチーズケーキですから、大丈夫ですよ。お腹一杯食べて行って下さいな」
テレサ院長は穏やかな笑みを浮かべながらエステル達に告げた。
「シンジさん、このチーズは私が焼いたのですけど、お口に合いましたか?」
「うん、とってもおいしいよ」
「よかった」
シンジの返事を聞いてクローゼは嬉しそうの顔を赤くした。
そのシンジの言葉をアスカは心の中でつばを吐き捨てながら聞いていた。
アスカはシンジがチーズやケーキはそんなに好きでは無かった事を知っている。
「お菓子を作れる子ってどう思います?」
「い、良いんじゃないかな」
シンジの答えを聞くと、クローゼは嬉しそうに微笑んだ。
アスカはそんな2人のやり取りを横から憎らしげに見ていた。
クローゼの気品あふれる仕草はぶりっ子だとからかう事の出来るものではない。
きっと幼い頃からしつけられていたのだろう。
それに対して自分は……。
アスカはコンプレックスを感じてため息をついた。
「僕達はこれからしばらくルーアン市の遊撃士協会に所属する事になりますから、お困りの事がありましたらいつでも言って下さい」
「まあ、こちらこそ、いつでも遊びにいらしてください。お茶とチーズケーキを用意して歓迎しますわ」
ヨシュアが別れ際のあいさつに、テレサ院長もそう返した。
「クローゼのチーズケーキってとってもおいしかったよね、アスカ?」
「え? ええ」
エステルに言われてアスカは驚いた後うなずいた。
差し出された大きなチーズケーキはエステルのドカ食いと、アスカのヤケ食いによってほとんどの部分が消化されたのだった。
「じゃあ、僕達はこれで……」
「シンジ兄ちゃん、またなー」
「待って下さい!」
クラムに手を振って孤児院を立ち去ろうとしたシンジをクローゼが呼び止めた。
驚いたエステル達は足を止めてクローゼの方を振り返った。
「あの、私にルーアンの遊撃士協会までの道案内をさせて頂けませんか?」
「でも、学校の方は大丈夫なの?」
アスカが聞き返すと、クローゼは軽く首を横に振る。
「あ、学園の方には夕方に帰ると言ってありますので問題ありません」
「そっか、じゃあ一緒に行こう!」
「はい」
笑顔で差し出されたエステルの手を、クローゼも笑顔を浮かべて握った。
「ほら、アスカもクローゼの手を握っちゃいなよ」
「わ、わかったわよ」
アスカはおそるおそるクローゼの手を握ると、意外とクローゼの手が固さを持っている事に気が付いた。
想像ではクローゼは貴族の令嬢と言うイメージだったので、アスカは驚いてクローゼに尋ねる。
「ねえクローゼ、アンタ何かやってるの?」
「ふふ、分かってしまいましたか。私はフェンシングを少々たしなんでいるのです。と言ってもまだまだ精進が必要なのですが」
「へえ、そういわれてみれば手の豆の跡とかそんな感じだよね」
アスカの質問にクローゼが答えると、エステルが感心したようにうなずいた。
「アスカさんも、何かされているようですね」
「え、ええ、導力銃を少し……」
エヴァンゲリオンの専属パイロットをやっていましたとは言う事が出来ず、アスカは適当にごまかした。
「それで、アスカさんにお聞きしたいのですが、シンジさんとは付き合っていらっしゃらないのですか?」
「な、何を言ってるのよ! シンジはただの家族に決まってるじゃない!」
クローゼに直球で質問されて、アスカは力一杯に否定した。
「でも、お2人は好きだから側に居らっしゃるんですよね?」
「アタシとシンジが付き合うなんて、ありえないわよ!」
なおも食い下がるクローゼに、アスカはさらに声を荒げた。
「そうなのですか……」
クローゼはホッとしたように息を吐きだした。
「ねえ、クローゼはシンジのどの辺が好きになったの?」
「はい、まずは優しい所です、他にも……」
エステルに尋ねられたクローゼは、説明を始めた。
しかし、この時のアスカは気が付いていなかった。
シンジとの付き合いを否定する言葉、そして付き合う気持ちが無いと言う言葉をシンジに聞かれてしまっていた事を。
「そんな落ち込まないでよ、アスカが照れ隠しに心にも無い事を言うって事は君も知っているだろう?」
「そうだよね……」
ヨシュアに慰められたシンジは悲しげな瞳でそう答えるのだった。
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