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From:  21世紀

【028】一、経を持つ人の事、今日持って明日退するとも、無二の志にて持つ時は然る可し、何れの年、何れの月とも時節を定めて持つ事、爾るべからず云云。

[日達上人略解]

本宗の信心をする人が、今日入信し、明日退転したとしても、その間、真に一心の信心であったならば、その日の信心は結構であり、何かの理由で退転したのだから問題ではないが、しかし、始めから、何カ年間とか、何カ月間とかと、あらかじめ年限を区切って、信心するがごときは、たとい、それが永くて、一代法華であっても、真の信心ということにならないからだめであり、また真の利益も得られないのであります。


【029】一、師弟相対する処が下種の躰にて事行の妙法蓮華経なるが故に、本尊の前より外に、亡者の前とて別に供具をもり、又は三具足を立つる事之れなきなり、霊供なんどをも高祖代々の御霊供に対して備うるなり、代々の御台はあれども何れも師の方に付けて仏界の方におき、今日の霊供をば九界の方へ付けて備うる時、十界互具、一念三千にて事行の妙法蓮華経なリ、仏事の時は必ず仏界へ向わずして通途の座にて御経を読むなり、仏界より九界を利益する姿なり、是れも十界互具を躰とするなり云云。

[日達上人略解]

師弟相対とは、能化、所化倶に在る所をいう。下種の体とは、本因下種の相のこと。

事行の妙法蓮華経とは、寿量品文底の妙法蓮華経すなわち末法の宗祖大聖人の唱える妙法蓮華経のことであります。本因下種、能所不二の所が宗祖大聖人様の南無妙法蓮華経でありますから、亡者の霊は御本尊様に帰入するのが能所不二であります。

それ故に御本尊様に御供物を盛り備え、あるいは三具足(華香灯)を備えるのであって、特別に亡者の霊前を設けて、供物や三具足を供える必要はないのである。御霊膳も大聖人様及ぴ開山、ならびに目師等、代々に対してのみ備えるだけであります。

(注、この正しき方式は、現在も本山において行われておりますが末寺においては、とかく、世俗的になって、精霊台を造り、亡者の霊前の方のみ供物を備えたりしております。これは本来の御本尊様に帰命の姿を忘れたことになった形であります)

歴代法主の台盤(食器台)は、みな、御本尊(仏界)に向って備え、その日の追善すべき精霊の御膳は九界の方へ置きます。これが師弟相対して十界互具、一念三千の行儀を表わしたので、事行の妙法蓮華経と申すのであります。

法事の時は、必ず定まった座にて御本尊に向わないで御経を読んで、追善供養をするのであります。それは仏界(御本尊−能化)から、九界に(精霊−所化)利益を施すものであります。これも十界互具を表わしたのであリます。

(注、これらの儀式は、現在の本山の儀式を拝すれぱわかります。御堂においては、法主は御本尊様に向って読経唱題しますが、客殿は檀信徒の法要回向等の法事を行う場合でありますから、法主は横向きで直接九界に向って読経唱題するのであリます。

特に葬儀の式を見れば、導師は御本尊を背にして、霊棺に向って読経回向します。これは即ち仏界より九界を利益する姿の明白な形であります)


【030】一、経を読むには必ず散花あるべし、信の時は法界妙法蓮華経なる故に一仏なり、その一仏の三身に供するなリ是れ則ち本門の無作なり、天台宗に沙汰する本有の理智慈悲は理の無作なり。

[日達上人略解]

散花は、仏の説法の時は、必ず雨華の瑞相が現われるのであります。それを表わして、一般仏教では、蓮華の花弁に模して色紙で作った花弁を、経行の時に散ずるのであります。本宗においては、もっぱら、四季にわたって色香不変の樒を用い、勤行あるいは説法の時、いつでも読経唱題の後には、樒の三葉を切って散華とするのであります。

いかなる場合でも、読経、唱題した時は必らず樒の三葉を切って散華をしなさい。

信心の眼で見る時は、宇宙法界は妙法蓮華経の御本尊、自受用報身の一仏であります。その一仏には、法身、報身、応身の三身が具しているのでありますから、散華のため、樒の三葉を取って供えるのは、自受用身の一仏に供えるを表わし三葉を切って三つに散華するは、三身に供えるを表わすのであって、本門の無作の三身、一身即三身、三身即一身ということを、事に表わしたのであります。

これは天台宗でいう所の本有の理徳の法身、智徳の報身、慈悲の徳の応身との理の三身ではありません。

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  • 2011.07.17 12:28:36
From:  21世紀

【031】一、卒都婆の事、縦ひ能筆なりとも題目計りをぱ書くべき人にかかすべし、余の願文意趣の事は然るべき作文の人能筆尤も大切にて候、又一向其の時の導師無筆ならば、代官にしても書かすぺきなり、是れも師弟相対、十界互具の事の一念三千の事行の妙法蓮華経なる故なり。但し導師計りの外には沙汰あるべからざる事なり云云。

[日達上人略解]

卒都婆は塔婆で、願文意趣は塔婆建立の趣旨のこと、すなわち何回忌追善供養とか仏道増進とか証大菩提等の意であります。塔婆建立に当って、まずお題目は、その寺の住職(本山は法主)が書写すべきで、たとい、その住職が字が下手であっても、住職が書くべきであります。

その他の追善供養とかの塔婆建立の趣旨は、文章のうまい人や、達筆家が書いてよろしいのであります。もし、その時の住職が全く字が書けない人ならば代理の僧に書かしてよろしい。これは師弟相対した十界互具の事の一念三千の妙法蓮華経でありますから、すなわち師弟相伝した所の妙法蓮華経でありますから、よろしいのであります。

しかし、これらのことは、導師(住職)の心持で決定するので、導師以外の人が、勝手にしてはいけません。


【032】一、法華経をば一部読まざれども、一部本尊の御前にもおき、我が前にも置くべきなり、方便寿量品につづめて読むも本迹の所詮なる故に一部を読むなり、又寿量品の題目を読みそえて自我偈計り読むも一部なり、又題目計り読むも一部なり、されば経文には皆於此経宣示顕説文、御書には、皆於此経宣示顕説とは一経を指すに非ず題目の五字なりと遊ばさるる故なり、仍お法華経に於て文義意の三の読み様あリ、夫れとは一部二十八品を読むは文を読むなり、又十界互具の法門を云うは義を読むなり、亦題目計り唱うるは意を読むな
り云云。

[日達上人略解]

本宗は法華経の一部読誦はいたしませんが御本尊様の前に一部を、導師の前にも一部を必ず置きなさい。そのわけは、法師品「此の中には已に如来の全身有(いま)す」と説かれてあるからであります。

末法の修行としての一部読誦はいたしません。末法の修行としての読誦は法華経迹門の肝心の方便品を借文とし、本門の肝心の寿量品を所用として、この二品だけ読みますが、本迹の肝心を読むのですから、法華経の一部を読んだことになります。

また寿量品の自我偈と寿量品の文底の南無妙法蓮華経を読誦しても、一部を読んだことになります。また、寿量品の文底の題目ばかり唱えても、一部を読んだことになります。そのわけは、神力品には四句の要法をあげて「皆此の経に於て宣示顕説す」と説かれております。

宗祖大聖人は「皆此の経に於て宣示顕説すとは、法華経の一部を指すのではなくて、寿量文底の南無妙法蓮華経を指すのであります」と、解釈せられておりますから。なおまた、法華経には、文句、義理、意味の三通りの読み方もあります。

それは、法華経の一部八巻二十八品を文々句々、全部を読むのは、文を読むということであります。また法華経から十界互具、一念三千等の法門を説くのは、義を読むということであります。また、南無妙法蓮華経と寿量品の題目計り唱えるのは、意を読むということであります。末法今日の修行は、この第三番目の意を読むということが肝要であります。


【033】一、当家の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし、仍って今の弘法は流通なり、滅後の宗旨なる故に未断惑の導師を本尊とするなり、地住已上の聖者には末代今の五濁闘諍の我等根性には対せらるべからざる時分なり、仍って方便品には若遇余仏便得決了と説けり、是れをば四依弘経の大師と釈せり、四依に四類あり、今末法四依の人師、地涌菩薩にて在す事を思い合すべし。

[日達上人略解]

未断惑とは、三惑(見思、塵沙、無明)を、いまだ断尽しないこと。地住已上の聖者とは、地住は天台の五十二位(十信、十住、十行、十回向、十地、等覚、妙覚)の十住以上の智慧の高い聖者をいう。

若遇余仏便得決了とは、方便品の文で、今の仏に遇っても謗法深重で成仏できなかった者は、未来世に別の仏に遇って、成仏を得るという意であります。四依とは、大涅槃経の説で、人四依、法四依とあります。その内の人四依とは、須陀垣、斯陀含、阿那含、阿羅漢の四果の聖人であります。

四依に四類ありとは、観心本尊抄の説で小乗時代の四依は、迦葉、阿難。大乗時代の四依は、馬鳴、竜樹、天親。法華迹門の四依は南岳、天台。本門の四依は、地涌千界の上行、すなわち宗祖日蓮大聖人であります。

本宗の御本尊様は人法一箇の御本尊様でありますが、別して人本尊をあげれば、宗祖日蓮大聖人様であります。その理由は、今は末法で寿量文底の南無妙法蓮華経を弘通すべき時であります。本宗は仏の滅後の末法相応の宗門でありますから、未断惑すなわち凡身の導師を人本尊と崇めるのであります。

もし断惑証理の初住以上に達した聖者は、末法の五濁乱漫、闘諍言訟の根性の下劣の我々には、到底及ぴもつかないし相応しくもないのであリます。そこで方便品には、今の荘厳の仏によって成仏ができないものは「来世に於て別の仏に遇って成仏すべし」と説かれてあるのであります。

別の仏とは、四依弘経の大師と解釈され、その四依には四種類があります。末法の四依の人師は、地涌千界の菩薩で、宗祖日蓮大聖人のことでありますから本宗では大聖人様を御本仏と拝するのであります。

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  • 2011.07.18 19:18:03

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