名古屋市の河村たかし市長(62)率いる地域政党「減税日本」が失速気味だ。2月の「名古屋トリプル投票」当時の勢いはうせ、議会では低姿勢を強いられている。足を引っ張っているのは、市長が攻撃してきた「既成政党」でも「お役所」でもなく、身内の議員たちの失態だった。このままではスローガンの「庶民革命」など夢のまた夢?【福島祥】
「私は議会の皆様と、いつまでも市長派・反市長派といった争いに精力を傾けるのではなく、名古屋市政のため、日本全体を牽引(けんいん)していくため、力を合わせたい」
6月定例市議会初日の24日、河村市長は居並ぶ市議らに協調を呼び掛けた。09年春の市長初当選以来、自ら議会との対立をあおり、議会解散請求(リコール)を主導した張本人とは思えない言葉。リコール成立による出直し選を勝ち抜いた他会派の市議らは「今更何を」「前職を当選させるなと言ったのは市長ではないか」と冷ややかだった。
ここにきて市長が「融和」を打ち出したのは、連日のように報じられる減税日本議員の不祥事や問題発言で守勢に立たされているからだ。
“先頭”を切ったのは河村市長の衆院議員時代の秘書、則竹勅仁(くにひと)・前市議団長(45)。会派唯一の前職だった則竹氏は03年の初当選時から、本会議などに出席した際に支払われる費用弁償(現在は廃止)の「受け取り拒否」を公言。支給された536万円を法務局に供託していたが、昨秋、この金をひそかに自らが管理する口座に移し、うち約360万円を借金返済などに使っていた。この「公約違反」に加え、実体のない会社の領収書を提出して政務調査費を受け取っていた問題も発覚。議員辞職に追い込まれた。
さらに会派最高齢で、議長の要職にもある中村孝太郎氏(65)=呉服店経営=が、則竹氏の政務調査費問題について記者会見で「条例や規則に抵触するようなものは感じられなかった」と発言。これに他会派が「認識不足」とかみついた。他会派との協議で減税日本側が議長の辞意を示唆したため「辞めろ」「辞めない」の騒動へと発展した。
トラブルは議会内にとどまらない。
6月下旬には、金城裕市議(51)が役員を務める健康器具販売会社が、医療機器としての承認を受けずに「磁石」を花粉症や腰痛に効くとうたって販売していたことが明るみに出て、薬事法に違反するとして市と県が行政指導。東裕子県議(47)も、経営する化粧品輸入販売会社が未承認の商品の効能を違法に宣伝していたことが分かり、同法違反で行政指導を受けた。
■
一連の事態を受けての河村市長の言葉に、かつての切れはない。則竹氏の問題発覚当初、「泣ける思いだ」とうなだれたが、6月29日の市議会本会議で、則竹氏が供託をやめたことを今年1月には知っていたことを明かした。受け取りを承知の上で市議選で公認したことになるが、「別口座で管理していると思っていた」と苦しい言い訳に終始した。会見では減税日本の現状について「早く慣れてもらわんといかんですけど、なかなかですわ」とこぼした。
一方、にわかに元気を取り戻したのが、選挙で減税日本の攻勢に苦しめられ続けた既成政党の議員たちだ。「わずか3カ月余りで『幻滅日本』と揶揄(やゆ)されている」。本会議で東郷哲也市議(40)=自民=が声を張り上げた。委員会では、薬事法違反問題を取り上げた鵜飼春美市議(62)=民主=が「まず人として誠実に生きていかなくてはいけません」と、減税日本の市議たちを「お説教」する一幕もあった。
10期目の渡辺義郎市議(73)=自民=は「議員はあんな程度かと市民に思われると情けない」と手厳しい。すっかり攻守所を変えた印象だ。
結局、その6月議会では、減税日本は市議報酬年800万円の恒久化案を提出できなかった。
地域政党の雄として、橋下徹・大阪府知事の「大阪維新の会」と並び称される減税日本にして、この体たらく。何ゆえなのか。
相次ぐ不祥事については、「身体検査の甘さ」が指摘されている。僧侶、フリーアナウンサー、不動産コンサルタント、空手道場経営、パチンコ経営研究所長、薬剤師、大学生……。河村市長が政治を家業とする「職業議員」を批判し、「一本釣り」や公募で集めた議員たちの職業はバラエティーに富み、「検査」もそれだけ多岐にわたる。
一方、新人ばかりで議会のルールに不慣れだという事情を考慮しても、市議らの「努力不足」を挙げる声もある。実際、則竹氏の辞職でタレントの済藤実咲氏(32)が繰り上げ当選し、減税日本市議団28人全員が新人になったわけだが、まだ一度も本会議で個人質問に立っていない議員が約半数。常任委員会でほとんど発言しない市議も目立つ。選挙の時は「今の議員は何をしているか分からない」と批判したのに、当選後は黙りこくっているというのでは、批判されても仕方ない。
■
それにしても、である。
「議員像を変える巨大な一歩が名古屋から始まった」
減税日本市議の初舞台となった3月定例会で、公約の市議報酬の年800万円への削減を暫定的ながら実現させ、こう胸を張った河村市長。さらに「6月議会では、800万円を恒久化してほしい。僕も全力で応援したい」と意気込んでいたのが遠い過去のような状況の激変だ。
「山はまっすぐ登らせてもらえない」。減税日本候補が敗れた4月24日の衆院愛知6区補選でこう漏らした市長だが、まさかその先の道が、これほど険しいとは予想もできなかったのではないか。
県議会では大村秀章知事の地域政党「日本一愛知の会」(5人)と合同会派を組むが自民、民主に次ぐ勢力にとどまり、存在感を発揮できていない。東日本大震災の発生で多額の復興費用が求められる中、金看板の「減税」政策が支持を得られにくくなっているのも逆風だろう。
元三重県知事の北川正恭・早稲田大大学院教授は「議員は素人でいい、となるとこうした問題が起きるのは必然。河村さんは今後も苦労するだろう」とみる。一方で「河村さんの登場以来、これまでのなれ合い議会が変わり始めた」と一定の評価もしている。
国政復帰のうわさも絶えない河村市長。こんな状態の市議団を置いて市政を投げ出しては、それこそ市民は“幻滅”するに違いない。初当選以来何度か打ってきた起死回生の一手は、まだあるのか。
==============
2月 6日 名古屋市長選・愛知県知事選・市議会解散を問う住民投票で完勝
3月13日 出直し市議選(定数75)で28議席を獲得し、第1会派に
4月10日 県議選(定数103)で13議席確保。大村秀章知事の地域政党と合わせ18人の会派に
24日 衆院愛知6区補選で減税日本候補が自民元職に惨敗
27日 3月市議会で暫定的に「市議報酬年800万円」を実現
6月 6日 則竹勅仁・前市議団長が公約違反と政務調査費の不適切処理問題で辞職
22日 中村孝太郎・市議長が則竹氏の政務調査費処理を「問題ない」と発言
24日 金城裕市議が役員を務める健康器具販売会社が商品効能を不適切に宣伝し、市から薬事法違反で行政指導を受けたことが明るみに
28日 東裕子県議の化粧品輸入販売会社の業務に絡み市が薬事法違反で指導
7月11日 6月市議会で市長選・市議選公約の「地域委員会」関連予算を自公民が削除した修正案を可決
==============
t.yukan@mainichi.co.jp
ファクス03・3212・0279
毎日新聞 2011年7月14日 東京夕刊