今でもあるのだろうか。ひと昔前まで日本の田舎では、保守系議員の事務所の看板にデカデカと「愛郷無限」「だれよりもふるさとを愛す」などの標語を見かけたものだ。党人派の政治家に多かった。
「具体的な政策でない」「地元利益優先の開き直りだ」といった批評は、政治を「税金の分配業」とみなす貧しい見方である。これこそ保守政治の精髄を端的に言い表す宣言(マニフェスト)なのだから。
保守主義は、理性を過信するフランス革命への批判から生まれたが、では、自らの根拠は何かと問われるなら、人は生まれ育った土地や風物、人とのつながりに根ざして生きる、という考え方に行き着く。
これは強い。「保守」とは言いながら、繰り返し新たに人々の政治意識をかき立てずにおかない。サンデル・ハーバード大教授の正義論が関心を呼んだのは、白熱講義の技だけでなく、共同体に価値を置く主張がなじみやすかったからでもあろう。
日本では小泉・安倍・麻生政権の時期に、やたらと「保守」が連呼された。保守主義が勢いづいたのかと思いきや、幻想だったようだ。大震災と原発事故でふるさとの山や海や人がかくも痛めつけられたのに、保守陣営からの悲痛な叫びや行動をほとんど見聞きしないからだ。あるのは菅政権を「市民運動上がり」「左翼くずれ」とくさす、ののしりばかり。それで保守か。
小泉時代の「保守」は靖国参拝を巡る中国批判、安倍政権は集団的自衛権見直し、麻生政権は対中包囲外交(自由と繁栄の弧)が眼目だった。ネオコン(新保守)が先導したブッシュ米政権時代とほぼ重なる。「保守」隆盛と見えたのは、衰えゆく対米追随主義のあだ花だった。愛郷無限に根ざす本物の保守主義は今、別の姿で黙々と脈打っていると思いたい。
毎日新聞 2011年7月19日 0時05分
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