チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[28858] あの日見た竜の名前を、私達はまだ知らない(ゼロ魔×5D’s)
Name: いぶりす◆e10fa2b5 ID:96b828d2
Date: 2011/07/16 21:03
 プライド。即ち誇りとはなんだろうかと、ここ数年考え続けてきた。
 貴族として出来損ないも甚だしいルイズ・フランソワーズは、果たして己の中に貴族の誇りなるものを確かに持っているのか。自問自答は、しかし否定的な答えしか導かない。
 貴族とは、即ちメイジであると定義できる。
 多少の例外はあれど、それでも世のほぼ全ての貴族はメイジであり、そしてメイジは魔法を行使できる。



――――――ならば、魔法もロクに使えない自分は貴族なのか?



 血のにじむような努力は、確かに学問においては首席という形ではっきりとした結果を叩き出した。しかし、無常にも実技はその例に習わず、相も変わらずな魔法の才能ゼロという屈辱的な現実を突きつけてくる。
 人は言う。
 学問なら、平民でも首席になれる―――と。
 故に、魔法という貴族にしか持ち得ない唯一の才能が欠如しているルイズ・フランソワーズは、皆から“ゼロ”と蔑まれてきた。自身がどれほど貴族であることを誇ろうとも、あるいは貴族たらんと努力しようとも、しかし魔法が使えないというただ一つの“事実”によって、その存在全てを否定され続けてきた。



――――――魔法を使えぬ者は貴族にあらず。



 そして魔法の才能がゼロのお前が、貴族の誇りを語るなど片腹痛い。
 無論、それらは全て事実であるとルイズ・フランソワーズは肯定する。
 しかし、だからといって諦めることは、なによりも許し難いことであった。自分は能無しであると認めることが、何よりも腹立たしかった。
 何故なら。そう、何故ならば、自分はルイズ・フランソワーズである以上に、ラ・ヴァリエールであったから―――ハルケギニアはトリステイン王国がラ・ヴァリエール公爵家第三息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだからだ。
 その自分が無能であると認めることは即ち、ラ・ヴァリエールが能無しを生み出した公爵家と謗りを受けるに等しいのである。そのような恥辱、決して許容できるものではない。
 だからこそ、此度の“召喚の儀”だけは、命を賭してでも成功させる意気込みで臨んだ。
 結果、幾度もの爆発という“いつも通り”の魔法の失敗の末、生涯始まって以来初めて、ルイズ・フランソワーズは魔法の行使に成功した。
 青い草原の上にもうもうと煙が立ち込め、それまで嘲笑と罵声を浴びせるだけであった野次馬達も、突然の“ゼロ の成功に固唾を飲み込んで沈黙するしかない。
 その沈黙の中心、それまでの失敗ゆえに草原が抉れ、地肌が剥き出しになった地面に座り込むルイズは、その小さな耳で確かに聞いていた。
 それはとても重厚だった。耳朶を叩きながらも臓腑を叩くように重く、静寂中にあって尚その存在を静かに轟かせる。そう、静かに轟くのだ。
 それでいて、その身の底にまで響く音に混じって聞こえてくるのは、鈴の音に似た―――いや、むしろ神話のフェニックスの鳴き声かと聞き違えるほどに甲高い、どことなく神秘的な鳴き声だった。
 声すら忘れたように、ルイズはただじっと煙の先を見つめ続ける。
 果たして、自分は一体どんな使い魔を召喚したのだろうか。
 期待と不安がない混ぜとなった高揚感の中、ルイズは晴れゆく煙の中にその正体を見ようとじっと目を凝らした。
 そして、ついに煙が晴れる。
 何処となく吹き付けた風は、あるいは誰か風のメイジが放った魔法だったのかもしれない。
 ありがたいのは、その風のおかげで、それまでもうもうと立ち込めていた煙が吹き払われたことだった。
 そして、ついにルイズの待ち望んだ使い魔の姿が顕となる。



――――――それは、赤い不死鳥と馬を合わせたような姿だった。



 頭部と思われる前部は、まるで一線級の土メイジの手によって造形されたかのように流麗で、さらにその嘴の様な造形の下に、黒い車輪を咥えこんでいた。
 そして、後部。馬で言うなら胴体に当たる部分は、さながら中心をくりぬいた半月を模った様な形をしており、その後ろには前部が咥えている車輪と同じ物が取り付けられている。
 だが何よりもルイズが“それ”を馬の様に思ったのは、半月状の胴体部分に“人”が騎乗していたからに他ならない。



「……騎士、なのか?」



 誰かが呟いた言葉は、しかしこの時のルイズの心境そのものであった。
 赤い不死鳥の馬にまたがるのは、一目で異国の者とわかる奇妙な格好をした青年であった。
 見たこともない、そして想像すら及び付かない材質の服に身を包み、頭部には、またがる鉄の馬と同じ色の兜。
 腕にも不可解な〝何か〟を巻きつけ、そこにはたくさんの札のようなものが収まっている。
 なにより、ルイズは彼の顔を見て驚いた。
 左目より下に走る黄色いライン。どんな書物にも載っておらず、またどんな寓話にも聞いた事のない、奇抜なフェイスペイント。




「ここは……」 



 呆然とした呟きを洩らすその顔つきは、しかし精悍だった。鋭い眦に、情熱的な熱さと芯の通ったまっすぐさを感じさせる力強い瞳が、慌てたように周囲を見渡す。
 同時に、被っていた兜と思しきものを外しながら、青年は誰に問うでもなく呟いた。
 それに答える人間は、誰もいない。
 静かな風が、草原の青臭さを伴って渦を巻いて空へと舞い上がり、それに巻き込まれて青年の髪もさわさわと揺れる。
 しばらくそうやって周囲を見渡していた異国の青年は、ここにきてようやく自分を見つめる視線に気づいたのだろう。明らかに見知らぬ土地に迷い込んだ者特有の戸惑いの中から、徐々に視線を下げていき、最後にルイズを捉える。
 ルイズは一時、その姿に見惚れていた。
 恋心とか、そんな俗な感情ではない。
 そうではなく、ただシンプルに、その立ち姿――――在り方に魅かれたからだ。
 異国の衣装を纏い、見たこともない鉄の馬に跨り、不可解そのものを身に纏って現れた謎の青年。
 気がつけば、ルイズはよろよろと立ちあがっていた。
 意識したわけでもない。そうしなければ、と自分を奮い立たせたわけでもない。
 だが、ルイズはこの時、間違いなくこの異国の青年に〝特別な何か〟を感じ取っていたのだ。
 だからこそ、ルイズは自身が取った行動にそれほど疑問を抱かなかった。
 爆発魔法によって煤だらけになった顔を無理矢理ぐいっと拭い、埃で汚れた制服を軽く払い、小さく咳払いをしてしゃんと背筋を伸ばす。
 青年が振り向く。一通り周囲を見回しても、どうやら現状の把握が困難だったらしい。
 ならば、とルイズは一つ深呼吸した。
 

 
――――――貴族の誇りとは、なんだろう。



 少なくとも、魔法が使える使えない、という次元の話ではない、とルイズは考える。ゲルマニアは、そう言った意味で本当の貴族という定義に近づきつつあるのかもしれない。ただ、金銭によって貴族の位を貰うと言うのは未だ納得のいく話ではないが。
 であれば、何を以てして貴族と定め、そしてその誇りとはいかなるものなのか。
 まだ、ルイズにはそれがなんなのか、はっきりした形を見る事は叶わない。だが、それでも漠然とした形で自身の中に〝ソレ〟が存在していると、誰にはばかることなく断言できる。
 そして〝ソレ〟はきっと、いつまでも召喚した者に対して無様に尻餅をついた姿を晒すことではないはずだ。
 ルイズは顔を上げた。
 自身よりも幾分も高い身長の青年を見上げて、ルイズはまず、スカートの端を両手で摘み、軽く一礼をした。貴族の礼である。



「初めまして、ミスタ。私はルイズ。トリステイン王国がラ・ヴァリエール公爵家第三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでございます。それで…………」



 突如名乗りを挙げた少女の姿に、青年は面喰っているようだった。
 脱いだ兜を抱えたまま、どう答えたものかと困惑に目を泳がせ、そして言葉を失っている。
 それがなんだか少し可笑しくって、ルイズは一瞬だけその顔に、らしくない優しい微笑みを浮かべた。
 しかし、それは文字通り一瞬。次の瞬間には、ルイズは眦を釣り上げ、眉根を寄せると、いかにも「私、不機嫌です」といった風体でもって吐き捨てた。



「どちら様で?」



 ここに、ゼロと呼ばれた魔法使いと、シグナーと呼ばれた英雄の出会いが成立した、その瞬間であった。










あの日見た竜の名前を、私達はまだ知らない










 不動遊星は、その日久しぶりのツーリングへ出かけていた。
 D-ホイーラーの誰もが憧れた世界大会、WRGP(World Riding-Duel Grand Prix)に突如として乱入したイリアステルによるネオ童実野シティ崩壊の危機を救ってから数ヶ月。
 大会終了直後こそ混乱も多かったが、今となっては、街は以前よりもより活気を増した復興を見せ、旧サテライト区画とトップスとの交流もさかんになっていた。
 特に、物品の流通が盛んになったことにより、両地域の経済的格差が縮まったのが大きいだろう。おかげで、今まで遊星と共にアジトとしているガレージで共同生活を送っていた仲間も、それぞれ自立してガレージを去って行くことができた。
 そんな友の旅立ちに、いつまでも一緒にいたかったとまでは言わないが、それでも一抹の寂しさを覚えたのは事実である。
 チーム5D’sのトリックスターと名高かったクロウ・ホーガンは、現在トップスでまさかのセキュリティに就職。毎日シティの平和を守りながら、週末にはマーサの営む孤児院にちょくちょく顔を出しては子供達の面倒を見ているらしい。
 また、同じくチーム5D’sのパワープレイヤー、ジャック・アトラスは行方が知れずにいる。最後に会った去り際に「武者修行だ」と言い残したことから、恐らくどこかで自分を鍛えなおしているのだろう。
 トップスの富裕層を代表するような双子、龍可と龍亞はというと、今まで波乱に満ちた生活とはうってかわって、アカデミアで充実したスクールライフを満喫している。最近、クラスメイトのスライという少年と遊星との間でひと悶着あったのだが、それも含めて〝充実した〟スクールライフと言えるだろう。
 また、かつて〝黒薔薇の魔女〟と恐れられていた十六夜アキも、今や龍亞達と同じアカデミアの高等部で、なんでもミスコンで優勝したりファンクラブに追いかけ回されたり、はてはその人気をやっかんだ輩からデュエルを挑まれたり――――そして何よりも、自身の目の前に開かれた数多の将来からどれを選択するか悩みながら、龍亞達以上に充実した生活を送っている。
 時折、遊星の元に〝最近どうしているの?〟と言った心配気なメールが届く事もあるが、その類のメールには決まって今の遊星の食生活や金銭面、あるいは元サテライトという地域故のトラブルやWRGP優勝チームとしての取材につけ回されたりしていないか等といった、遊星の生活を心配した内容が書かれている。無論、その度に懇切丁寧な〝大丈夫だ、問題ない〟という返信を送り返してはいるが…………週に一回は未だにそういったメールが来ていることから、あまり安心はされていないのだろう。
 そして、チーム5D'sの縁の下の力持ちであったメカニック、ブルーノは――――。
 
 大きな戦いが終わり、竜の痣がうずく事もなくなった今日。
 緩やかな平和は、しかし確かな忙しさと言う日常を以て、遊星達に戦いの終わりを告げていた。

 遊星は現在、時計屋のゾラに間借りしたガレージで一人、修理屋を営んでいた。
 元々、その地域での評判も高かったのだが、WRGP終了後は、その優勝チームのリーダーと言う看板も相まって、海外からD-ホイーラーがやってきては修理を依頼したり、最近はネットを通じてプロ・チームから勧誘を受けたりと中々に忙しい毎日を送っている。
 加えて、近いうちにシティのメインエネルギー供給機関となる新型モーメントの開発プロジェクトに携わる予定もあり、将来的には今よりももっと忙しくなる事が予想できる。
 無論、それだけ繁盛していれば生活に困る事はそうそうなく、以前に比べれば(D-ホイールの部品調達と言う意味で)遥かにマシな生活を送れていた。
 仲間たちがそれぞれ自立したとはいっても、みんなちょくちょくと顔を出しにくるし、それほど距離が開いたとは思っていない。その程度で揺らぐような間柄でもなければ、物理的な距離など無いに等しい絆で、みんな結ばれている事を知っているからだ。
 しかし、一方で修理屋稼業が忙しいのもまた事実。それ故に最近は友人達とも碌に顔を合わせる事が出来ず、予定も擦れ違う事が多かった。
 遊星とて、いくら周囲の人々が英雄だなんだと祭りあげようとも、一人の人間である。
 どんなモノにせよ、壊れた物を治したり、D-ホイールを弄る事が出来るのは趣味以上に楽しいものであったが、それとストレスの発散は別だ。
 さすがに一ヶ月も自分のD-ホイールを乗り回す事が出来ず、かつ友人達とものんびりした時間が過ごせないとくれば、普段周囲から〝メカフェチ〟だの〝スクラップマニア〟だのと酷い言われようの遊星であっても、なんとなく気晴らしをしたいな、と思いたくもなる。
 そうした推移があって、遊星は今日、この突き抜けるような大空の下をツーリングすることにしたのだった。

 愛機のD-ホイールのグリップを握りなおしながら、遊星はメインパネルに表示されている時刻に視線を走らせる。
 午後三時過ぎ。龍亞や龍可の所属している初等部がちょうど終わる頃だが、アキが所属するアカデミア高等部はまだ授業中だろう。
 ちょうど、先日アキから届いたメールにD-ホイールのメンテナンスを頼みたい、との旨があったので、ツーリングに出かけるついでに見てあげようと、遊星はD-ホイールのツールボックスの中に、たっぷりと(それこそもう一台D-ホイールが組めるのではないかというほど)様々な部品を詰め込んできた。出かけ際に、丁度様子を見に来たゾラに「遊星ちゃん、まさか世界一周の旅にでも出るつもりなのかい!?」と驚かれた程である。その量は推して知るべしだろう。
 遊星の主張は「アキのD-ホイールのどの部位が不調なのかわからないし、部品はいくらあっても困らないだろう」というやや貧乏性なモノだったのだが、当然ゾラがそれを聞いて納得できるはずもない。ただ、最終的に「最近あまり顔を見せないクロウやジャックにも、会えたら会ってあげて頂戴」と言われるにとどまった。
 閑話休題。
 そんなわけで、現在遊星のD-ホイールのトランク内部とツールボックスには、恐らく遊星が現在持ち出せ得る最大量のパーツが詰め込まれていた。
 ただ、このままトップスのアカデミアに行っても、時間的にまだアキは授業中だろう。D-ホイールの様子を見るのであれば、放課後である夕方頃が良い。そう考えると、少し悩ましい時間帯でもある。
 さてどうしようか―――――そう、言葉とは裏腹に楽しい気分になった時だった。



「ぐ……っ!?」



 突如、右腕が疼いた。
 いや、それは疼くと言うよりも神経をナイフで切り刻むような痛みで、一瞬グリップを握りしめる右腕が必要以上にアクセルを捻ってしまう。
 慌てて、しかし痛みを堪えながら崩れたD-ホイールの姿勢を立て直す。
 下手をすれば転倒事故を起こしてもおかしくないほどに姿勢を崩したにもかかわらず、それを元に持ち直した遊星の技量はやはりというか、さすがWRGP優勝チームのリーダーなだけはあった。
 だが、それでも背中に嫌な汗がにじむのは禁じえない。久しく忘れていた事故への恐怖で血の気が引くのを感じながら、遊星は己の右手に目をやった。



「痣が……反応している?」



 遊星の右腕に刻まれたソレ――――〝シグナー〟としての証が、煌々と赤い光を放っていた。
 赤き竜の痣。
 それは、五千年周期で訪れると言われる世界の危機と闘う宿命を与えられた者の証。伝説の戦士の印。遊星の仲間達が出会うきっかけとなった物語の基点。
 WRGPを最後に、まるでその存在の意味を失ったかのように輝く事のなかったその痣が、今まさに世界の危機が再び訪れたと言わんばかりに輝いていた。
 当然、遊星は困惑した。何故今? いや、そもそも何故輝いている? もしや、自分達の知らない間に、密かにこの世界に再び危機が訪れたと言うのか?
 遊星の疑問は、しかし答えのでない憶測でしかない。そして何より不運だったのは、それ以上の事を考える〝暇〟がなかったことだ。
 疑念はあるものの、とりあえずどこかに止まってから考えよう。走りながらではまた何時事故りそうになるかわかったものではないし、何より危険だ。
 そう思って遊星は面を上げ――――さらに驚愕した。



「なにっ!?」



 自身のD-ホイールの進路方向、しかも目と鼻の先、そのすぐ目の前に〝ソレ〟が広がっていた。
 凝った意匠の施された楕円形の金属製のレリーフは、遊星の乗るD-ホイールの二周り程の大きさであり、ぱっと見はかなり大きな姿見である。なにより、そのレリーフの枠内―――つまり〝ソレ〟が鏡の枠であるならば、ちょうど鏡がはめ込まれているであろう中央部分が、まるでフラッシュグレネードが炸裂したかのように眩く発光していた。
 遊星は、本能的に〝ソレ〟が危険であることに勘付いた。あるいは、それは今さっき疼いた右手の痣の御蔭であったのかもしれない。
 だが、どちらにしても遊星はその危険性を感じ取る事が出来ていながら、〝ソレ〟を回避する事が出来なかった。そもそも、時速80キロ以上のスピードで走っているD-ホイールの進路上、それも十メートルどころか五メートルにも届かない距離で現れた〝ソレ〟を回避する事等、ほとんど不可能であったのだが……。
 ブレーキなど到底間に合うはずもなく、遊星は、自身の乗るD-ホイールごと文字通り鏡に呑みこまれた。
 視界を埋め尽くすほどに眩い光が遊星の視界を白く塗りつぶし、重力を失ったかのような解放感に包まれる。反射的に握りこんだブレーキはそのままに、だがD-ホイールはそれまでのスピードを落とすことなく、呑みこまれた鏡の中を走り続ける。

 それがどれほどの時間だったのか、正確なところは遊星にはわからない。

 それは一瞬のようでもあったし、まるで一世紀以上の年月を駆けたかのようでもあった。
 忘我の境地に至り、自分がどうなっているかすらわからない状態に陥ってから暫く。鏡を通り抜けたその世界が、光も何もない漆黒の闇であることに気付いた時、遊星は見た。
 飛び込んだ〝鏡〟と同じように、真っ白に眩く光る道筋が続いている。
 よくよく見れば、それは自分が走っている道と繋がっており、そして自分は無意識にその道の上を走っていた。
 その事に気付いた時、遊星は持ち前の冷静さと豪胆さを以て即座に決断を下した。つまり、行けるとこまで行ってやろう、と。
 覚悟を決めてアクセルを捻りこむ。
 クァン!とD-ホイールのエンジンがひときわ甲高い咆哮を上げ、遊星をシートに圧しつける程の加速力を発揮する。
 出口の光以外、全てが闇に染まった漆黒の世界を赤い軌跡が駆け抜け、それはさながら閃光の如く、光の溢れる出口を突き抜けた。

 途端、再び遊星の視界を光が埋め尽くす。

 感覚だけで自分が〝何処か〟に飛び出した事を理解し、同時にそれが空中に躍り出たという事に気付くと、素早くアクセルとペダルを操作。さらにシートから腰を浮かして重心を小刻みに揺らし、機体前部がやや上向きになるように姿勢をコントロール。確かな重力による落下を感じると共に、遊星の頬を涼やかな風が撫でていく。
 着地。
 ここ数ヶ月御無沙汰だった衝撃を上手くいなし、何故か周囲に充満している砂煙の中で鮮やかなスライド・ストップ。どうにか無様な転倒事故で大けが、という最悪の未来だけは回避できた。
 機体を制止させて右足で支える体勢を取り、ようやく危機的な状況から脱した安堵感を覚えた頃、それまで周囲に充満していた砂煙が、どこからか吹きつけた優しい微風によって取り払われていく。
 そして、遊星はその先に広がる光景を見て、本日何度目ともしれない驚愕に打ちすえら得ることとなった。



「ここは……」
   


 青空が広がっていた。
 草原が広がっていた。
 そしてなにより、その世界は、空は、自分が見てきたどんなソレよりも大きく、雄大で、壮大だった。
 言い知れぬ感動が遊星の心のうちにじわじわと広がっていき、しかし同時にそれに勝るとも劣らない不安が襲ってくる。
 少なくとも、遊星の知るネオ童実野シティにこのような大草原は存在しない。また、近代都市化による弊害とサテライト地区が排出する排気ガスなど、様々な都市廃棄物の影響で、ネオ童実野シティの空はどれほど青空が広がっていてもうっすらと白い空模様となっている。こんな、吸い込まれそうな程青くなければ、昼間にも拘らずうっすらと星の輝きが見える程透き通った空を、遊星は生まれて初めて見た。
 そして遊星の視線は頭上からその下へと降りていく。
 まず目に入ったのは、まるで中世ヨーロッパに見られるような、古い石造りの建築物だった。そして自分を取り囲むようにして棒立ちしてる、たくさんの少年少女達の視線と、あからさまに警戒心を露わにした禿頭の男性の視線。
 それらを受け止めながら、しかし誰よりも最も激しい視線を感じてさらに視線を下ろすと、そこには遊星を見上げたまま尻餅をついている少女が一人。
 初め、遊星はその少女の美貌に珍しくも驚いた。他人の容姿はそれほど気にしない(感心が無いわけではない)遊星でさえ、思わず目を見張るような容姿、と言えばその少女がどれほどの美貌を誇っていたかがわかるというものだろう。
 吊り上がった眦と鳶色のくりくりした大きな瞳。いまでこそ緩く開かれているが、しかし健康的な桜色の唇は小さくも可愛らしい形を保ち、桜色に染まった頬は元来の肌が持つ雪のような白さを際立たせている。
 身長は恐らく、遊星よりも頭一つ小さいくらい――――150センチ前半で、歳は龍亞や龍可よりも上だが、明らかに遊星よりは下のように見えるくらいに幼かった。
 そんな、抱きしめたらそれだけで折れてしまいそうなほどに華奢な少女が、よろよろと立ちあがった。
 一度勢いよく顔に着いた煤をぐいっと拭い、パンパンと服についた埃を叩くと、短い咳払いと共に背筋をぴんと伸ばして遊星を見上げてくる。
 その瞳を真正面から捉えた遊星は、ふと大切な友の事を思い出した。
 皆からキングと呼ばれ、一度底辺まで落ちた後に不死鳥のごとく復活して見せた、永遠のライバルとも言うべき友の瞳を。
 それは燃えるような意志だった。
 あるいは、何物にも砕けぬ意地であった。
 上に立つ者の傲慢を知り、下に傅く者の苦悩を知る者の眼であった。
 その目が自分を睨み据えるかのように捉え、小さな両手で自身のスカートをちょこんと持ち上げたかと思うと、遊星が見ても非の打ちどころのない所作を以てその腰を曲げて見せた。



「初めまして、ミスタ。私はルイズ。トリステイン王国がラ・ヴァリエール公爵家第三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでございます。それで…………」



 少女―――ルイズはそこで一端言葉を切ると、下げていた頭をゆっくりと持ち上げると、再びその鳶色の瞳で遊星を見た。
 突然の出来事に、さすがの遊星も脳内の処理が追いつかない。
 王国?
 公爵家?
 いや、そもそも、この少女はなんだ。そして自分はどうしてこんなところにいる?
 幾分冷静になったが故に、元々聡明な遊星はさらなる疑問と混乱に見舞われる。
 だが、ルイズはそんな遊星の困惑など意にも介していないようだった。
 遊星が何かを訪ねようと口を開いた瞬間、ルイズはそれまで穏和そのものだった柳眉を寄せ、きっと鋭く眦を釣り上げる。そしてぐっ、と目に力を入れて遊星を目一杯睨みつけると、その可愛らしい口からは想像もつかないような、まるでアキの【ブラック・ローズ・ドラゴン】の棘のような辛辣さを込めて、吐き捨てた。




「どちら様で?」




 初めて出会った桃色の美少女は、何故か怒り心頭だった。






















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ひらきなおったいぶりすinゼロ魔
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(追記→以前のはなかったことにして葬り去り、こっち一本に絞り再投稿しました)


なんかむしゃくしゃしたのでやった。後悔してる。


……えー、見た通りのものでございます。ネタです。
せっかく〝これだ!〟と思えるタイトルが思い浮かんだので、使わないのは勿体ないとばかりに見切り発車なのぜ。
反響が良かったら、現在執筆中のアレが終わったらこっちに取り掛かる可能性が……?

ともあれ、ゼロ魔×遊戯王5D'sです。ありそうでなかった組み合わせ。

遊戯王側のカードのルールなんかは独自設定ですでに構想済み。よくあるTCGルールに沿ったようなやり方ではない、とだけ。
ついでに、色々と時間軸に関して細かく煮詰めると色々齟齬が出て厄介になってしまうので、原作のWRGP終了直後を想定しつつ、原作ではなかった空白の期間の出来事ということにしてあります。そこらへんはほら、こまけぇこたぁいいんだよ!の精神で。すみません。




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.00429797172546