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帰りたい。でも、放射能に汚染された土地、失われた生業が元に戻る見通しはなかなか立たない。ひょっとするとわが町が消えてしまうのでは――。避難を続ける8万人余の福島の人々は[記事全文]
ハイテク部品に欠かせない鉱物資源のレアアース(希土類)について、生産量で圧倒的なシェアを握る中国が輸出を制限している。国際相場の暴騰や品不足を招いており、ハイテク製品を産業の柱とする日本は特[記事全文]
帰りたい。でも、放射能に汚染された土地、失われた生業が元に戻る見通しはなかなか立たない。ひょっとするとわが町が消えてしまうのでは――。
避難を続ける8万人余の福島の人々は、焦り、怒り、戸惑い、空しさを募らせている。
九つの町村は役場ごと移転した。3万6千人が県外に出ている。うち1万人が子どもだ。子育て世帯の不安の大きさがうかがえる。行政がつかんでいない自主避難者も少なくない。
住民が、自治体が、漂流を続ける。前例のない事態だ。
全域が警戒区域と計画的避難区域に指定された浪江町は、50キロ離れた二本松市に仮役場を置いた。同市や周辺に仮設住宅を建て、廃校を借りての小中学校再開や、介護施設の準備を進める。間借りする地に、できるだけ集まろうとの考えだ。
だが、2万1千人いた町民の4割は福島県外にいる。仕事などの都合で、1200人近くは住民票も移した。町内企業はよそでの再建を考える。「町はあって無きに等しい状態なのです」と馬場有(たもつ)町長はいう。
散り散りになった住民の暮らしと絆をどう守り、行政機能を維持するか。前例にとらわれない支援制度が要る。
総務省は、住民票を移さなくても避難先で行政サービスを受けられるよう、特例法を準備中だ。税や保険料は元のまちに納めつつ、教育、保育、介護、予防接種などのサービスは避難先のまちが提供する。財政上の調整は、国が責任をもつ。
また、住民票をよそに移した人が元のまちの復興議論にかかわれる仕組みも検討する。
ある地域に住所を置く人々で構成するのが自治体の原則だ。だが未曽有の大災害を機に、属地主義を超えて、複数のまちと人とがつながる新しい仕組みをつくるべきだ。一刻も早い実現を望む。
埼玉県鳩山町は住民票代わりの避難者証を発行し、行政窓口で示せるようにした。新潟県柏崎市は福島からの人々を雇い、避難者のケアにあたる事業を始めた。より多くの受け入れ先のまちに、きめ細かで継続的な支援を考えてほしい。
人々の支えは、いつかわがまちに帰る道筋を描くこと。よるべなき難民にしてはならない。
政府の仕事は山積している。原発事故対応と並行して、除染や健康管理の計画をたて、新しい産業を考え、帰還の可否のめどを示すことだ。
先の復興構想会議の提言でも、そんな協議の場づくりを促している。急ごう。
ハイテク部品に欠かせない鉱物資源のレアアース(希土類)について、生産量で圧倒的なシェアを握る中国が輸出を制限している。国際相場の暴騰や品不足を招いており、ハイテク製品を産業の柱とする日本は特に大きな影響を受けている。
どう解決していくか。
ひとつの筋道は、世界貿易機関(WTO)だ。WTOの紛争処理小委員会(パネル)はこのほど、中国による鉱物資源の輸出制限をWTO協定違反だとする報告書を発表した。対象となった品目にレアアースは含まれていないが、輸出制限の構図は同じであり、パネルの判断から戦略を構築していきたい。
モノの貿易に関するWTOの協定では、資源や環境の保護などでやむを得ない場合、国内への供給も絞るなら、輸出制限を認めている。今回、紛争となった鉱物資源をめぐって、中国はこの例外規定を理由にしているが、輸出を抑えた分を国内に回していた。環境を守る措置も不十分だった。
輸出制限は鉱物資源だけでなく、農産物などにも広がる懸念があった。今回けじめをつけなければ自由貿易体制が揺らぐという危機感も、パネルにはあったのではないか。
中国はパネルの結論に従い、是正に動くべきだ。
ただ、中国は上級審に上訴する可能性が高い。その場合、日本は米国や欧州連合(EU)などの提訴国と協調し、中国に改善を求めていくことが必要だ。
日本は利害関係をもつ第三国としてパネル審理に加わったが、提訴国ではなかった。過去に中国をWTOに提訴したこともない。だが日本も、WTOの紛争処理プロセスによる解決をためらうべきではない。今や相手は世界第2の経済大国だ。
中国は資源の囲い込みで、レアアースが必要な外国企業を誘致し、技術の移転を狙っているようだ。しかし、技術移転は自由貿易を尊重したうえでのことだ。国際社会は厳しく監視していかねばならない。
レアアース問題に対処するもうひとつの道は、調達先の分散である。中国以外での資源確保を急ぐとともに、家電や自動車などの廃棄物からのリサイクルを徹底していかねばならない。ありふれた物質で代替する「元素戦略」も進めたい。
東大などの研究チームが太平洋中部の海底にレアアースを豊富に含む泥の層を発見したことも朗報だ。課題は山積みだが、国際ルール作りや採取コストを低減させる技術開発など、多角的に貢献していきたい。