手動停止した関西電力大飯原発1号機は、定期検査の最終段階として、原子炉を起動して調整運転に入っていた。東京電力福島第1原発事故を受けて導入される安全評価(ストレステスト)では、運転を続けたまま受けられる2次評価とされていたが、今回の停止で一転1次評価の対象となり、地元の理解を含め、運転再開へのハードルは高くなった。一方、原発依存度の高い関電は、本格的な夏場を迎えて節電要請の強化を迫られかねず、関西経済界は危機感を強めている。
大飯1号機などの加圧水型軽水炉(PWR)は、配管の破断などで原子炉内の冷却水が減少した際、温度が上がって核燃料が破損するのを防ぐために複数の注水システムを備えている。トラブルの原因となった蓄圧タンクはその一つで、高圧の窒素を充填(じゅうてん)したタンクに核分裂を抑制するホウ酸水をためておき、炉内の圧力が一定以下に下がった場合、自動的に弁が開いてホウ酸水を炉内に注入できる仕組みとなっている。
関西電力は原因を究明するため、原子炉を停止して点検する。吉田正・東京都市大教授(原子炉工学)は「壊れたからといって、すぐに運転が困難になるという性格の装置ではないが、バックアップの一つが機能しないのでは、地元の理解は得られない。停止して原因を調べるという判断は当然」と指摘する。
そもそも、安全評価は、欧州連合(EU)のストレステストを参考に、地震や津波など4項目で安全性の余裕がどこまであるか調べるものだ。ところが、再稼働の可否となる1次評価は、EUにはない。このため、15日の内閣府原子力安全委員会では「1次と2次の違いが分かりにくい」との指摘が相次いでいた。
また、原発は通常約1カ月で調整運転を終え、国の最終検査を受けて営業運転に移ることになっているが、大飯原発1号機は、地元の理解が得られないなどとして、調整運転のまま、電力供給を続けていた。
福井県はこれまで、一定の安全性は確保できていると判断していた。しかし今回のトラブルを受け、桜本宏・安全環境部企画幹は「福島第1原発事故を受けた安全基準が国から示されないなら、大飯1号機の再稼働は認められない」と明言した。
経済産業省原子力安全・保安院が最終検査を受けるよう関電に求めたのは今月になってからだ。保安院の森山善範・原子力災害対策監は「地元への説明をしっかりやっていく」と繰り返す。しかし、安全評価にかかる期間が明確でなく、最終的には、政治判断にゆだねられるなど早期の再稼働の見通しは立たない。【足立旬子、西川拓、安藤大介】
関西電力は大飯1号機の停止を受け、「電力の供給力不足にならないよう全力を尽くす」としているが、関電が福井県に設置する原発11基のうち、4基は定期検査で停止中で、今月中に2基が定検入りする。大飯1号機の停止で、夏場には過半の7基が停止する公算が極めて大きい。
8月の最大電力需要に対する供給不足率(予想)は従来の2.8%から6.6%に跳ね上がった。関電はすでに中国電力から35万キロワットの電力融通を受け、「北陸や中部など他電力への要請に全力を尽くす」が、各社の融通にも限界があり、穴埋めのメドはたたない。また関電の発電電力量に占める原発の割合は約5割で全国トップ。火力発電などへの代替にも時間がかかり、「関電による15%節電の要請で切り抜けられるのか。節電要請を強めざるを得ないのでは」(アナリスト)との見方が強まっている。
経済産業省は週明けにも関電管内に節電要請を行う方針。水面下で、「15%節電の東京電力管内ほど厳しくない」と要請は10%未満にとどめる検討をしていたが、危機感を強め、10%以上に引き上げる構えだ。
調整運転ながら、電力供給を続けてきた大飯1号機は「関西の電力需給緩和の頼みの綱」とも言える。全国の原発の再稼働延期が懸念される中、同省は大飯1号機を営業運転への移行の最有力候補と位置づけてきただけに、「電力不足ドミノに陥りかねない」(同省幹部)と懸念を強めている。
「突然の原発の停止ほど不安をあおるものはない」。関西の大手電機メーカー幹部は困惑を隠さない。15%の節電の要請で、すでに「生産に影響しない部分を極限まで節電している」ためだ。「これ以上の節電は生産に大きな影響を与える。(強制力のある大口需要者向けの)電力使用制限令の発令も避けられないかもしれない」と不安を漏らす。
町田勝彦・大阪商工会議所副会頭(シャープ会長)は15日の会見で「(電力供給不安が)とどめを刺し、日本でのモノ作りが不可能になっていくのは間違いない」と言明。空洞化の加速への危機感は強まる一方だ。
東電管内の電力不足や震災リスクの分散の観点で、関西に工場を移した企業の悩みも深い。自動車用半導体で世界首位のルネサスエレクトロニクス(川崎市)は、主力の那珂工場(茨城県ひたちなか市)が被災したため、滋賀工場でラインを新設。今夏にも試作を始める予定だが、同社幹部は「関西で電力が逼迫(ひっぱく)する事態は想定しておらず、対策は決めていない」と不安げに話した。【横山三加子、宇都宮裕一、和田憲二、竹地広憲】
欧州連合(EU)のストレステスト(耐性試験)を参考に、原発の再稼働や運転継続を判断するために菅政権が新たに打ち出した基準。定期検査で停止中の原子炉を対象とする1次評価、全原子炉を対象とする2次評価の2段階に分け、1次では地震や津波など四つの場合について、過酷事故に至るまでに安全性にどの程度の余裕があるかをコンピューターシミュレーションで調べる。2次では、より厳しい複合要因の場合も計算する。いずれも原子力安全・保安院が妥当性を評価し、内閣府原子力安全委員会が確認する。
毎日新聞 2011年7月17日 10時09分(最終更新 7月17日 10時16分)