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2011年 8月10日記念LAS小説短編 麦わら帽子の女の子 Lover in my heart(前編)
※学園エヴァです。
(エヴァンゲリオンは出て来ません)

中学2年生の夏休みのある晴れた日。
第三新東京市の街並みを一望できる公園で、碇シンジは友達のトウジ達と待ち合わせをしていた。
容赦無く照りつける太陽の日差しを恨めしそうに眺めながら、シンジは集合時間の10分前に来てしまう自分の真面目な性格に苦笑する。

「今日は風が吹いているから、まだ良いんだけどね」

自分に言い聞かせて慰めるようにシンジはつぶやいた。
激しい突風が吹くと同時に、少女の大きな悲鳴が風に乗ってシンジの耳に聞こえた。
何が起こったのかとシンジが振り向くと、黄色いワンピースを着た少女が風でめくれそうになったスカートを手で押さえている。
その少女のかぶっていた麦わら帽子が風に乗ってシンジの側にやって来た。
飛んで来た麦わら帽子をシンジがキャッチすると、黄色いワンピースを着た少女が赤みかかった茶色い髪をたなびかせながらやってくる。

「ありがとう、この麦わら帽子はお気に入りなのよ」

輝くような笑顔を浮かべた少女の青い瞳に見つめられて、シンジは少し目を背けながら麦わら帽子を少女に返した。

「この公園の展望台って眺めがとても良いのね。気に入ったわ」
「えっと、君はここに来るのは初めてなの?」

シンジは照れながら少女の顔をチラチラと見ながら尋ねた。

「うん、アタシは……」
「碇君、その子は誰?」

少女がシンジの言葉に答えようとした時、待ち合わせをしていたレイが姿を現して声を掛けた。
すると、少女は青い顔になって必死に言い訳をする。

「ア、アタシはただ帽子をひろってもらっただけだから! あ、ありがとう! じゃあね!」

少女は慌てて逃げるように立ち去ってしまった。
シンジとレイは訳が分からないと言った様子で、少女の後ろ姿を見送った。
しばらく2人で立ちつくしていると、レイが何か思い付いたかのようにシンジに話し掛ける。

「もしかして、私と碇君がデートの待ち合わせをしていたのかと思ったのかも」
「そっか、誤解されちゃったのか」

シンジはレイの言葉に納得したようにうなずいた。
そんなシンジのつぶやきを聞いたレイは悲しそうな顔になる。

「本当にデートなら良かったのに……」

シンジに聞こえない小さな声でレイはそうつぶやいた。
そのレイの視線の先には、友達であるトウジとケンスケ、ヒカリがやって来る姿があった。
トウジとケンスケは興奮した様子で待っていたシンジとレイに話し掛ける。

「おい、今そこでえらい可愛い娘とすれ違ったで!」
「ああ、スタイルが良くて綺麗な髪をしていて、まるでアイドルみたいだったよ」
「まったく、鈴原ったら……」

ヒカリは少し冷めた目でトウジを見つめてため息をついた。

「待ち合わせをして居なかったら声を掛ける事ができたのになあ」
「せやな」
「鈴原っ!」

ケンスケのぼやきにうなずいたトウジをヒカリがまた怒鳴った。
レイはシンジが黙って考え事をしているのに気がついて声を掛ける。

「碇君、またあの子の事を考えているの?」
「あっ、ごめん……」

レイに言われたシンジは照れ臭そうな顔をして謝った。

「でも、素敵な話ね。ヒマワリ畑で会った女の子だなんて」

ヒカリは陶酔に浸るように両手を胸の前で握って目を閉じながら言った。

「はん、どこに住んでいるのか名前もわからん女の事をいつまで引きずっておるんや」
「現実味が無い話だな」
「嘘じゃないってば、だってヒマワリの種もくれたし」

トウジとケンスケがあきれたようにため息をつくと、シンジは悔しそうな顔をして言い返した。

「それから碇君は、その女の子に見せたいって、毎年ヒマワリを育てているんだっけ」
「うん、ヒマワリの種は何年も持たないって父さんが言ってたから」

ヒカリが尋ねると、シンジはそう答えた。

「碇の親父の研究所でもいろいろなヒマワリを育てているんだろう? そっから持ってきて見せればいいじゃないか」
「まったく、相田ってば夢の無い事を言うのね」

ケンスケの言葉に、ヒカリはため息をついた。

「うん、だけど気持ちの問題だから。ヒマワリって受粉が上手くいかないと発芽する種が出来ないらしいし、ずっと続けられるとは限らないし」

シンジは少し悲しそうな顔をしてそうつぶやいた。
レイはそのシンジの横顔を複雑な心境で見つめている。
碇家のプランターに植えられているヒマワリが無くなってしまえば、シンジはその少女を想う事は止めるだろう。
しかし、シンジはとても悲しむに違いない。
その後、シンジ達5人は夏休みを満喫するように遊んだが、シンジは時折り物想いにふけってしまう時がある。
その度にトウジとケンスケは夏の思い出し憂鬱だと言ってシンジをからかうのだった。
シンジが今日、ヒマワリ畑で会った少女の事を思い出したのは、さっき出会った少女があまりにも似ていたからだった。
友達のトウジ達には話していなかったが、その少女も麦わら帽子をかぶっていたのだ。



夏休みが終わり、始まった2学期。
シンジの教室に新しい机が1つ増えているのに気が付いたクラスメイト達は騒いでいた。

「転校生は男やろか、女やろか?」
「男だったら面白い性格のやつ、女だったら美少女が良いな」

トウジとケンスケも他のクラスメイト達と同じように盛り上がっていた。
そして、担任のミサトの後について教室に入って来た転校生の姿を見て、シンジ達は驚いた。
シンジのクラスにやって来た転校生は夏休みに麦わら帽子をひろってあげた少女だった。
突然現れた美少女に、クラスはさらに騒然となる。

「はいはい、静かに」

ミサトは陽気な笑顔でそう言ってから、転校生の少女に自己紹介をするように言った。

「惣流・アスカ・ラングレーです」

ミサトの横に立った少女は表情を変えずに落ち着いた声でそう言った。
教室の中がしんと静まり返る。
その雰囲気を何とかしようとミサトは冷汗を浮かべながらもアスカに話し掛ける。

「もしかして、もうおしまい? もうちょっと、何かあるんじゃない?」
「ありません」
「あ、そう……」

アスカにキッパリと断言されてしまったミサトはとりつく島も無いと判断したのか、ヒカリの席の隣に追加した新しい席に座るように指示した。

「私、このクラスで学級委員をしている洞木ヒカリ。解らない事があったら、何でも聞いてね」

ヒカリは笑顔でアスカに話し掛けたが、アスカはヒカリの顔をチラッと見た後、返事をせずに席に座った。
拒絶されたヒカリの顔がさっと青ざめた。
ショックを受けたヒカリの姿を見たトウジがアスカに向かって怒鳴る。

「イインチョをシカトするとはどういう事や!」
「鈴原、私の事は別に良いから!」

ヒカリはトウジの方を向いてそう叫んだ。
席に座ったアスカはほおづえを突いたまま動かない。
そんなアスカに、レイが声を掛ける。

「惣流さん、洞木さんに謝った方が良いと思う」

レイに言われたアスカは体を震わせたが、答えようとはせずに顔を伏せてしまった。
そのアスカの態度に、クラスメイト達からため息がもれた。
ミサトもアスカにどう声を掛けて良いものか困り果てていると、1時間目の開始を告げるチャイムが鳴る。
仕方無くミサトは教室の外へと出て行った。
ミサトも彼女の担当する英語の授業があるのだ。
そして休み時間が終わっても、仏頂面ぶっちょうづらのアスカに声を掛けるクラスメイトは誰も居なかった。

「あーあ、せっかくの美少女なのに、もったいないよな」
「あんな性格の暗いやつ、絶対友達なんかできへんわ」

遠巻きにアスカを眺めていたケンスケとトウジはぼやいたが、ヒカリも止めたりはしなかった。
しかし、シンジは異議を唱える。

「おかしいな、夏休みに会った時はあんな感じじゃ無かったんだけど」
「何や、あの女と会った事があるんか?」
「うん、その時は普通に笑ったりしていたんだけど」
「他人の空似じゃないのか?」

疑う言葉を掛けるトウジとケンスケだったが、レイもシンジに同調する意見を話す。

「私もほんの少ししか惣流さんと話して無いけど、今みたいな感じじゃ無かったわ」
「どうしたんだろう?」

シンジの質問に誰も答える事は出来なかった。



その日の放課後、シンジは駅前通りで制服姿のアスカを偶然見かけた。
アスカは手に荷物を持って、外国人の年配の女性とバスターミナルを歩いていた。
興味を持ったシンジは、しばらくアスカの姿を追いかける事にした。
アスカはバス停で待っているいろいろな人に尋ねて回っている。
どうやら年配の女性の道案内をしているようだった。
やがて目的のバス停を見つけたのか、年配の女性はアスカにお礼を言ってバスに乗り込んで行った。
それを見届けたアスカの背中に、シンジは声を掛ける。

「やっぱり惣流さんって、優しい人なんだね」

シンジに声を掛けられたアスカは、驚いて飛び上がる。

「何でアンタがここに!?」
「うん、さっき駅前で偶然、惣流さんを見かけて……」

顔を真っ赤にしたアスカは、シンジに背を向けて逃げようとした。
シンジは逃げようとしたアスカの肩をつかんでしまった。

「離してよ!」
「あっ、ごめん」

アスカに言われて、シンジは慌てて手を離した。

「どうして、アタシみたいのに構うのよ」
「1人で辛そうにしている惣流さんをどうしても放っておけない気がしたから」

アスカとシンジは同じ方向にゆっくりと歩きながら話を始めた。

「アタシは、1人で居るのが好きなのよ」
「僕にはそう見えなかった。洞木さんや綾波と話したくても、わざと我慢している気がするんだけど」

アスカはシンジの言葉に返事をせずに2人とも黙って歩き続けた。

「どこまでついて来る気?」

しばらく歩いて、しびれを切らしたように足を止めてシンジに尋ねた。

「だって、僕の家はこっちの方向だから」

シンジの返事を聞いたアスカは再び歩き始めた。
そして、ついにコンフォート17まで着いてしまったアスカとシンジは驚いて顔を見合わせる。

「アンタの家って、このマンションなの?」
「惣流さんの家もこのマンションだったんだ。でも、今まで見かけなかった気がするけど」
「夏休みの間は荷物が届かなくてホテル暮らしだったんだけど、今日からなんとか入居できるようになったのよ」
「そうなんだ」

シンジとアスカはエレベータのボタンを押そうとして指が重なる。

「5階なんだ」
「そう、5階よ」
「同じ階だなんて、凄い偶然だね」

シンジはそう言って穏やかに微笑んだ。
シンジとアスカが連れ立ってエレベータを降りると、碇家の隣の部屋が引っ越しで慌ただしい事に気がついた。

「シンジ、帰って来たか。お前も惣流さんの家の引っ越しを手伝え」
「ええっ、惣流さんの家って隣だったの?」

父親のゲンドウに声を掛けられたシンジは驚きの声を上げた。
それからシンジはゲンドウとユイと一緒にアスカの家の引っ越しを手伝う事になった。
普段は研究所で忙しく働いているゲンドウも、この日は早退したようだった。
引っ越しの作業が終わった後、アスカ達の家族も碇家で夕食を一緒に食べる事になった。
夕食の席での話題は、アスカの父親の仕事の話になった。
アスカの父親は、ゲンドウと同じ組織でヒマワリによる土壌汚染を浄化する研究員として世界の支部を転々として来たと言う話だった。
しかし、今回は日本に長く居られる事になったと話すと、アスカの顔がぱあっと明るくなる。

「パパ、それなら学校を卒業するまでずっと日本に居られるの?」
「そうだな、アスカが中学だけでなく高校を卒業するまでも居られると思う」
「やった!」

アスカは側に居たシンジの手を取って、跳び上がって喜んだ。

「ちょっと、アスカ!?」

シンジが驚いた声を出して、ユイ達のニヤケた顔に見つめられたアスカは、恥ずかしそうに顔を伏せて手を離した。



夕食が終わると、惣流家の家族は碇家にお礼を言って帰って行った。
部屋に戻ったシンジは、宿題をするために机を向かった。
そんなシンジに自分の名前を呼ぶアスカの声が聞こえて来る。
シンジが碇家のベランダに出ると、隣の惣流家のベランダにはアスカが立っていた。

「ごめん、シンジともっと話したくて。別に構わないわよね?」
「うん、いいけど。名前で呼ばれるなんて少し恥ずかしいな」
「これからアタシの事は惣流さんじゃなくて、アスカって呼んで、ねっ?」

笑顔のアスカにノーと言う事も出来ず、シンジはうなずいた。

「でも、アスカはもう宿題は済ませたの?」
「ええっ、宿題なんてあったの!?」

シンジの言葉を聞いて、アスカは目を丸くして驚いた。
そのアスカの表情に少し笑ってシンジは漢字テストの宿題が出ている事を説明した。

「アタシ、外国の生活が長かったから漢字は読む事も書く事も出来ないのよ」

アスカが困った顔になってそう言うと、シンジは不思議そうな顔をして尋ねる。

「でも、あのおばあさんを案内していたじゃないか」
「漢字が読めないから、他の人に教えてもらってたのよ」

シンジの質問にそう答えたアスカは、憂鬱そうにため息をついた。

「じゃあ、僕が教えてあげようか?」
「本当!? ありがと!」

シンジの言葉を聞いたアスカは嬉しそうに目を輝かせた。

「じゃあ、ちょっと待ってて!」

そう言ってアスカは急いで自分の部屋へと戻り、ノートとペンを持ってベランダへとやって来た。

「これ、持ってて」
「えっ?」

シンジは戸惑った顔をしながらも、アスカのノートとペンを受け取った。
そして、シンジの目の前でアスカはベランダの手すりを乗り越えた。
アスカのようなかわいい子がそこまですると思わなかったシンジは驚く。

「ちょっと、こんな所を通らなくても……」
「近道だから、いいじゃない」

アスカは悪びれた様子も無く、シンジにそう答えた。
さっさとシンジの部屋に入るアスカの後を慌てて追いかけた。
シンジが教えるとアスカは、すぐに宿題の範囲の漢字を覚えた。
アスカは宿題の範囲に含まれていない漢字も、シンジに尋ねて覚えようとする。
そのアスカの学習意欲にシンジはとても感心した。

「凄いね、こんなにたくさん漢字を覚えようとするなんて」
「だってこれからずっと日本にいられるんだから、無駄になったりしないでしょう?」

アスカはそう言って、今まで父親の仕事の都合でどれくらい転校を繰り返したか話し始めた。
同じ学校に通っていられたのは一番長くて6ヶ月。
1ヶ月で転校してしまうなんて事もあったらしい。

「アタシはせっかくできた友達と離れたくないから、何度もパパに転校したくないってお願いしたわ」

アスカはその時の気持ちを思い出したのか、悲しそうな顔になった。

「ごめんね、アスカに辛い事を思い出させて」
「別に良いのよ、アタシが話し始めた事だし」

シンジが謝ると、アスカは首を横に振って話を続ける。

「どうせ悲しい思いをするのなら友達なんて作りたくない、ずっと1人で居ようと思うようになったの。だから、新しい国に行っても言葉なんか、真面目に勉強する事も無くなったわ」
「でも、アスカは日本語の発音とか上手いよね」
「うん、ママも日本人だし、パパもドイツと日本のハーフだから、家ではいつも日本語で話していたのよ」
「だからアスカはわざと人を寄せ付けないようにしていたんだね。だけど、長くここに居られるんだからその必要はもう無くなったんだね」

シンジが笑顔で話し掛けると、アスカは突然涙を流し始めた。
驚いたシンジがアスカに慌てて声を掛ける。

「ど、どうしたの!?」
「アタシ、洞木さんや綾波さんにひどい事をしちゃった……」
「大丈夫だよ、2人とも事情を話せばきっと許してくれるって!」

シンジは泣きじゃくるアスカの手を取って慰めた。
アスカが落ち着くまで、シンジはアスカの手を優しく握っていた。

「ごめんね、すっかり甘えちゃって。明日、学校に行く勇気が出て来たわ、ありがとう」
「どういたしまして」

泣き止んだアスカがシンジにお礼を言うと、シンジは照れ臭そうに顔を赤くした。
すると今度はアスカの方が、顔を赤くしてモジモジとしながらシンジに尋ねる。

「シンジって、好きな子はいるの?」

ドキドキとして期待に目を輝かせるアスカに見つめられて、シンジは胸が痛んだ。
しかし、シンジはアスカにウソをつく事は出来ない。

「うん、僕には好きな子が居るんだ」

シンジがそう言うと、アスカの表情はお通夜のように沈む。

「やっぱり、綾波さん? アタシとシンジが初めて会った時も待ち合わせしてたもんね」
「違うよ、名前も知らない女の子なんだ」
「どういう事?」

シンジの言葉を聞いて、アスカは目を丸くして驚いた。
アスカに尋ねられたシンジは、ヒマワリ畑で出会った少女の事を説明し始めた……。
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