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[28849] 【習作】ドラゴンテイル
Name: 猫弾正◆b099bedb ID:8b16bcf6
Date: 2011/07/15 21:10
始めまして

マリみてとムーミントロール読んでいるうちに自分でも小説が書きたくなって筆をとりました。

異世界ファンタジーです

以下のような方達にお勧めです


コナンと言ったら、未来少年でも、体は子供、頭脳は大人でもなく蛮人だよね
映画版は結構良かったよね!特にバレリア姉さん!


スティーブ・ジャクソン、イアン・リビングストンの名前に聞き覚えがある人
ようするにタイタンを旅した事のある人


馳夫さん、つらぬき丸を映画になる前から知ってた人


アリオッホ?
アリオッチ!アリオッチ! 御身に血と魂を捧ぐ!


クロムの長剣、イラニスタンの油を未だ所持している方
何時の日か、ファイヤークリスタルやムーンストーンを求めて探索の旅に出る予定の人


以上のような方にお勧め、とも言い切れませぬが楽しんで頂きたい。
此方がお勧めしているからといって、お勧めされた方が気に入るとは限りませんしね


HPにも掲載してます
続きを読んでみたいと云う人がいたら、此方でもブログでも感想書き込んでください



[28849] 01
Name: 猫弾正◆b099bedb ID:8b16bcf6
Date: 2011/07/16 02:28
寒々とした月の青白い光が、静寂に包まれた草原の街道を冷たく照らしていた。

季節は初冬。ヴェルニアでは、野宿するにもそろそろ冷え込みが厳しくなってきた時期だった。
折悪しく、その日は骨まで凍りつくような寒さで、街道沿いで行き倒れたのか。
道すがらの草叢には、息絶えた老いた乞食がそのままに打ち捨てられていた。
歩き続けた街道の先に、やがて漆喰と木造で出来たうらぶれた家屋がぼんやりと浮かび上がった。
闇夜に浮かび上がった建物のうちでは、火が焚かれているのだろう。
木製の扉の隙間からは、微かな明かりが漏れて地面に奇怪な影を踊らせていた。



暖炉の傍らで椅子を温めていた肥満の主人が、扉を開けて入ってきた黒い影に不満そうに顔を歪めた。
女だった。
旅塵に薄汚れた躰、擦り切れた衣服、襤褸のような薄いマント。草臥れたサンダル。
到底、上客には見えない。
顔立ちは整っているようにも見えるが、煤に汚れた顔ではよく分からない。
主人が億劫そうと立ち上がると、体重に耐えかねた椅子がみしみしと厭な音を立てた。
床を軋ませながら客に近づき、分厚い掌を突き出す。
「寝台なら真鍮銭一枚。雑魚寝ならクルブ貨か、ミヴ貨幣で三枚だ」
唸るようなだみ声。個室や大部屋の事は切り出さない。

主人の吹っかけてきた途方もない値に、女は思わず鼻で笑った。
「値上げしたのかい?前は雑魚寝なら一枚だったろう」
声は意外と若い。穏やかだが、自信有りげな言葉に主人は女の顔を訝しげに見た。
エルフの血を引いてるのか。女はくすんだ緑髪をしていた。
見覚えはない。ハッタリかもしれないが、先客と違って少なくとも相場は知ってるようだ。
「毛布の貸し賃だ」
顔を歪めながらさらに硬貨を催促する親父のだみ声は、豚のいびきを連想させて女は僅かに微笑んだ。
この親父は何となく二足歩行した豚人に見えなくもない。
「毛布はいらないよ。マントに包まるから。ミヴ貨幣一枚でいいかい?」
「なら、クルブ貨で一枚。ミヴなら二枚だ」
「空いてる床に眠るだけだよ」
なだめるような口調で女は交渉する。
「床で雑魚寝する人数が一人増えても損にはならんし、まけてくれれば、また来た時にきっと此の宿屋を使わせてもらうよ。それに貧しい旅人に慈悲を掛ければ、神々もきっとあんたの行いに心打たれるに違いない。だが、此処で哀れな女に吹っかけるような真似をするなら……」
主は喉の奥から唸り声を上げて女の長広舌を遮った。
「女め。よく口の廻る」
だが、確かに女の云う事も尤もに思えた。
一番近くの旅籠まで1リーグ(1.5キロ)はあるとは云え、他所に行かれたら一文にもならないし、床の場所を貸すだけだ。
「ミヴ一枚だ。さっさと寄越せ」
「有り難う」
女はにこやかに礼を言いながら、懐から布の巾着を取り出して中をまさぐった。
ろくに中身が入ってないであろう薄い巾着からミヴと呼ばれる小銭を取り出すと宿の主人に手渡した。
乱暴に引っ手繰った鉛の小銭を腰のベルトに結んだ革製の巾着に入れると、主人は暖炉の傍らにある椅子に戻って、再び船を漕ぎ始めた。
女は薄暗い室内を見回した。ちろちろと弱々しい炎の灯った暖炉だけが四方の壁を微かに照らしている。
隙間風に吹かれる度に揺れる暖炉の炎の照り返しが、薄闇に藁の転がる床の様子を浮かび上がらせた。
それほど広くない部屋に、放浪者や貧しい巡礼、自由労働者、乞食など、およそ社会の底辺を構成する連中が雑魚寝している。
中にはちらほらとゴブリンやドウォーフ、ウッドインプなど人族以外の亜人の姿も窺えた。
大半が死んだように眠る中、数人がギラギラとした白い眼で新参の女の様子を伺っていた。
卑しい顔つき、値踏みする目付きから、金と持ち物を奪う。或いは女自身を捕まえて犯すもよし、女衒に売り飛ばすものいいなどと考えているのだろう。
今の世の中、下衆な手合いは何処にでも溢れている。


警戒しながら、されどそれほど気にすることなく、寝るのに都合良さそうな位置を探そうとする。
辿り着いた時間が遅かったが為、既に暖炉の傍は少しでも暖を取ろうと身を寄せ合う先客たちに占められていた。
暖炉の真正面は杖や棍棒、短剣をベルトに挟んだ薄汚れた三人組の男女が陣取っていた。
その横、顔に刀傷のあるウッドインプに屈強のドウォーフが涎を垂らして寝息を立てていた。
やや離れた位置には、自由労働者だろうか。茶の皮服を着込んだホビットの娘。
くしゃみをかますと大きく身震いして、薄いマントを体に巻きつけてむにゃむにゃ呟きながら再び穏やかな寝息を立て始める。
熾き火から離れ、冷たい風が吹き抜けていく部屋の中央では、貧しげな巡礼の母子連れが抱き合って寒さに震えていた。
暖炉の傍に今から割り込める隙間はないし、起こせば嫌な顔もされるだろう。



扉。そして崩れかけた壁からは冷たい隙間風が間断なく吹き付けてくるが、それでも今の季節。
野宿や路傍に身を休めるのに比べれば、屋根があるだけ遥かにましだと割り切れる。
見知らぬ他人と身を寄せ合えば、物を盗まれ、或いは犯そうと試みるやもしれない。
厄介事を自ら呼び込むことはないと、出来るだけ人の少ない処を探しながら、
部屋の奥に視線を彷徨わせて丁度空いている箇所を見つけた。
皆、出来るだけ暖かな炎の近くがいいのだろう。
暖炉に相対した部屋の反対側は人気も少ない。
元は何色だったのかも分からないほど染みで汚れた漆喰の壁際には、木製の簡素な寝台が幾つか雑多に並んでいた。
中には足が壊れて斜めに歪んでいる寝台も置いてあった。
一番奥の簡易寝台の傍らは、近くに殆ど人もおらず寝転べるくらいの隙間が空いている。
暖炉から離れた位置ではあるが、同時に扉の隙間風からも遠い。
寝るにはいい位置に思えて、鼾を掻いているみすぼらしい老ゴブリンの上を跨いで寝台に近づく。
「……う、ううむ」
起きてしまったゴブリンが驚いたように身じろぎした。
文句を言いたげに藪睨みの目で睨んでくるのを無視して、寝台に近寄き、息を呑んで立ち止まった。


物影に、剣を抱きながら壁に寄り掛かるようにして身を休めている人影があった。
得物は剣。紛れもない剣だった。
どんな鈍らな剣でも、最低でも銀貨の5枚から8枚はする。
こんな汚い安宿に泊まるような人間が普通、持っていていいものではない。
金属が未だ稀少な時代。そして鍛冶の技を修めた者が未だ少ない土地。
剣と言うのは、取り分け高価で特別な武器だ。
槍や弓のように狩りに使う用途があったり、槌や殻竿のように本来違う使い方をされる為の武具とは違って、純粋に人を殺し、それ以外に使い道がない、戦う為だけに創られた純粋の武具。槍や鎌よりも良い鉄を多く使い、鍛えるのに手間隙の掛かる剣は、身分ある者が使うのが普通でもある。
故に人々は、剣にはある種の神聖で特別な力が宿っていると感じていた。
剣が象徴する闘争と殺戮の力に対する恐れと畏れが、剣を特別視させているのかも知れない。
いずれにしても長剣は危険な武器だ。
しかるべき使い手が振るえば、あっという間に人一人の命を奪う事が出来る。
まるで魔法のように命を奪う。その脅威は短剣や棍棒の比ではない。

背筋を毛の逆立つような冷たい感覚が走りぬけた。女は腰から棍棒を吊るしていた。
手頃な大きさの樫の棍棒で、上腕よりやや長く、杖にするにはやや短い。
重さも形もよく女の手に馴染んでいる。此れでコボルドの頭を叩き潰した事もあった。
使い慣れた武器のはずだったが、今は其れが酷く心もとなく感じられた。
自分をあっさり殺せる武器を持つ見知らぬ者の傍らで眠るのは気が進まない。
別の場所に行こうか。だが、他に場所もなさそうだ。
剣の使い手を怒らせたり、或いは絡まれるのは厄介だから、と、室内に視線を走らせて思案するうちに、
黒い影がもぞりと動いた。
「上手く値切るものだな」
話しかけてきた。
笑いを含んだ呼びかけは、微かに掠れていたが紛れもない女の声だった。
宿屋に灯る明かりは暖炉の僅かな炎だけであり、薄暗い室内に蟠る闇に人相は良く見えなかった。
「聞いてたのかい?」
肩を竦めながら、
「値切ったというよりは、相場で落ち着いたって処かな」


「あれが相場なら、あの親父め。私から随分とぼってくれたのだな。」
壁際に雑然と並べられた寝台を借りるには、最低でも錫貨一枚は必要だが、食堂の床に雑魚寝するならば、大抵は鉛の小銭で事足りる。
其れが相場というものであったが、皮肉っぽい声で呟いた女剣士はどうやらろくに宿代を値切りもせずにそのまま支払ったらしい。
「随分と吹っかけられたと思ったら……前の客が鴨葱だったから二匹目の泥鰌を狙われたのかな」

呟きながら、足元の半分腐ったような藁を足で遠くにどかして、埃っぽい床に座り込んだ。

剣士の様子を横目で観察しながら、素性を推察する。
赤く染めた目の細かい上物の上衣。灰色狼の毛皮のマント。
些か旅塵に塗れているとは言え、紛れもなく丁寧な仕立ての装束が良く似合っている。
低く見積もっても郷士。値切る事が下手だから豪族や騎士、下級貴族の出でも不思議ではない。

「あんたは余りこういう宿に泊まる人種に見えない。……普段はもっといい宿に泊まってるんじゃないのか?」

「他人の懐が気になるかね?」
くつくつと笑いながら此方を見つめる剣士の目は、だが笑っていない。
此方を警戒するように微かに細められた瞳からは、冷たい光が窺えた。

こいつは頭がいい。しかも嫌味で意地も悪いな。正真正銘の貴族だとしても不思議じゃない。
貧乏人の貴族階級への偏見を全開にして決め付けながら
「……場違いだよ。いい身なりをしてこんな安宿に泊まるなんて、余り感心できない」

「然り。だが、些か手持ちも乏しくなってきた故にな。止むを得なかった。
とは言え、それでぼられていては本末転倒なのだが……」
呟いて肩を竦めると、女剣士はもう此方への興味を失ったのか。話し掛けて来なかった。
荷物を枕に横になって目を閉じる。

此方の近づいた気配に気づいて起きたらしい。
いや、主人との会話を聞いていたという事は扉を開けた時に目覚めたのか。
気配に敏感なようだし、用心深いのは間違いなかった。
半エルフの娘に害がないようだと確かめて、再び眠りに付いたのだろう。
剣を抱いたまま眠る剣士の姿勢は、ひどく様になっているのが見て取れた。
長剣が躰の一部のように馴染んでる雰囲気とでも云えばいいか。

放浪の騎士かな。……如何でもいい事か。
女も剣士の素性への興味を失った。
寒さをやり過ごそうと薄いマントに包まると、堅い床へと寝転んで目を瞑った。
長旅に疲れた体は、すぐに泥のように深い眠りへと入り込んでいく。
「……空気が湿ってる。明日は降りそうだな」
意識が闇に落ちる直前、薄暗い室内で誰かがそう呟いた。





[28849] 02
Name: 猫弾正◆b099bedb ID:8b16bcf6
Date: 2011/07/16 03:02
目覚めは心地いいものではなかった。
外は薄暗い。雨音からすると小糠雨が降り注いでいるようだ。
鼻腔を奇妙な匂いが刺激して、意識が強制的に覚醒へと向かう。

親父がだみ声を張り上げていた。
「ミヴ貨幣二枚かクルブ貨たったの一枚で、バウム親父特製の粥が喰えるぞ!!
さあ、並んだ!並んだ!」
親父の隣では、昨日の夜は見かけなかった痩せた少女が、暖炉にくべられた土鍋から手際よく粥をよそっていた。

「さあ、旦那方。バウム親父特製の粥ですぜ。舌鼓を打つ事間違いなしだ。
竜の誉れ亭に泊まっておきながら、こいつを食い損ねたら一生の悔いだよ!」
こんな古びた旅籠に、よくもまあ大層な名前をつけたものだと感心しながら、欠伸を噛み殺しつつ起き上がる。


簡易寝台に眠った連中は、どうやら朝飯付きらしい。
横に肥えた親父が、獰猛な丸顔に似合わぬ笑顔を浮かべて愛想を振りまいている。
親父の傍らでは、下働きの少女が二十日鼠のようにちょこまかと動き回り、希望する客に粥を配っていた。


昨夜の女剣士も粥を受け取っていた。
一旦は簡易寝台の料金を払っておきながら、思い直して床に寝たのか。
だとしても不思議でもない。
朝の光の下で見れば、蚤か虱でも湧いていそうな不潔な寝台だ。
床に眠った方が幾分ましというものだろう。

客達はいずれも顔を顰めたり、渋い表情をしながら湯気を立てる木皿の粥を不味そうに掻きこんでいた。
僅かに野菜の混じった粥は、如何見ても美味そうには見えない。


意識せずに胃の腑が鳴った。
親父の粥は形容しがたい匂いを漂わせているが、体は食べ物と判断したようだ。

腹も減っていたし、雨天の野外に食べ物を探しに行くのも億劫。
手持ちの保存食も減らしたくなかったので、少女にミヴと呼ばれる鉛の小銭を二枚渡して粥を頼んだ。

茶色の粥は雑穀をとろとろになるまで煮込んだものだった。
客達はいずれも顔を顰めたり、渋い顔をしながら木皿の粥を不味そうに掻きこんでいた。
干からびた蕪の切れ端が混じった粥は温かいものの、しかし、お世辞にも美味いとは云えないものだった。
古い雑穀が混ざっているのか、時折、やたらと固い粒が歯に当たる。
女剣士は一口食べて、食が進まない様子でハンケチーフで口を拭った。
「……まるで豚の餌だ」
腹立たしげな彼女の罵倒は、幸いにも宿屋の主人の耳には届かなかったようだ。

「口に合わないかい?剣士様」
微妙にからかいを孕んでの問いかけを、彼女は吐き捨てるように肯定した。
「こんな酷い代物をよく美味そうに食えるものだな」


腰につけた袋から若葉を二、三枚取り出し、
「ん、これを入れてみなよ」
女剣士は胡散臭そうに、差し出された葉っぱを眺めている。

「まあ、騙されたと思ってさ。試してみなよ。
どうせそのままじゃ、残すか捨てるかするんだろう?それなら、さ」

「……ふむ」
勧めてくる半エルフの旅人が自身でも同じものを食べているのを確認してから、女剣士は香草を受け取った。
相手がゴブリンやオークなら受け取らないが、曲がりなりにもエルフだ。
不思議と嘘つきや乱暴者が少ない種族だとは知っている。
「砕いてかき混ぜてみなよ」

「……ん、驚いた」
多少、苦味があるものの、香草の濃い味が粥を引き立てるし、粥自体も随分とまろやかになっていた。
湯気を立てる程の暖かさもあって、確かに食べられる食事になっていた。
「ちょっとの工夫で豚の餌でも結構食えるようになるものだろ?」
「ふむ。礼を云うぞ」
半エルフの娘の穏やかな笑みにうなずいて、しばらくは互いに無言で粥を啜る。


食べ終わった木皿は、走り回っている下働きの少女が回収していく。
暖炉の近くに固まっていた薄汚い男女は投げて返していた。
食器の乱暴な扱いに痩せた少女は不満そうに頬を膨らませたが、陰惨な顔つきの三人組に抗議はせず、背丈の半分くらいに積みあがった木皿の塔を器用に抱えて、宿の裏手へと消えていった。
宿の親父は下働きの少女に仕事を任せたまま、自分は椅子に座って行商の老いたゴブリンと何か会話している。


食後は暇なので世間話に興じた。
「剣士さまは、さ。巡礼かね?」
剣士は寛いだ様子で壁に寄り掛かっている。優雅な物腰は満腹になって御満悦な猫を思わせた。
昨日は分からなかったが、マントは灰色狼ではなく僅かに黒い。恐らく、より希少な黒狼の毛皮。
仕立ての丁寧な目の細かい布地に見事な赤染めの胴衣と青い糸の刺繍が為された黄麻の上着の二枚を重ねている。
股引も毛皮や革を使った丈夫な代物で、価値を値踏みしようにも見当がつかない。
いずれにしても相当に裕福な素性なのは間違いない。
「ま、そんなところだ。御主は?」
考え過ぎかも知れないが、何一つ詮索を許さずに切り替えしてきた。
「ティレーの町までね」

西にある大きな町の名前に、女剣士からは微かに苦笑の気配が伝わってきた。

「気の毒だが、しばらく西には行けんぞ。数日前から上流で雨が降っているとかで川が増水しているからな」
剣士の言葉に思わず舌打ちしそうになる。
「……なんてこった。ついてない」
安宿とはいえ、宿賃が重なると貧しい旅人には馬鹿にならない出費だ。
天候を司る女神イースを口の中で罵りながら、街道沿いのよさげな廃屋でも探して潜り込もうかと思案を巡らせる。
「私も昨日の昼頃から此処で足止めさ……そろそろ上流の雨も上がる筈だが」
女剣士の言葉には、予想というより多分にそうあって欲しいという希望的観測が含まれているのだろう。
上がる筈というより、上がってもらわねば困ると云ってるように聞こえた。


老いたゴブリンが、数枚の錫や鉛の小銭と引き換えに宿屋の親父に枯れ草を渡した。
受け取った草をパイプに詰めると、親父は味わうようにゆっくりと吸った。
老ゴブリンもパイプを取り出し、併せるように煙を吐き始めた。
湿った空気が扉から吹き付けて、安物のパイプ草に特有の嫌な匂いと混ざり合う。

窓からは暗鬱な灰色の雨雲が地平線の彼方まで広がっている様子が伺えた。
小糠雨の降り止む様子は、見えなかった。




[28849] 03
Name: 猫弾正◆b099bedb ID:8b16bcf6
Date: 2011/07/16 10:02
「艀は出ないよ」
船着場の小屋に住んでる老婆は、ぶっきらぼうな声で告げた。
太陽が中天に差し掛かる頃、雨はやや小降りになっていた。
当面の目的地が同じティレーの町なので、半エルフの娘と女剣士は連れ立って宿を出た。
河辺にある船着場に着くと、確かに対岸までの川幅は広くて流れもかなり早い。
レヴィナス川は轟々と音を立て、水流が絶え間なく岩に衝突しては水面を白く泡立たせている。
此れでは艀は出せまい。泳ぐのも、歩いて渡るのも無謀だ。


「出るのが何時になるか分かるかね?婆さん」
女剣士が訊ねるも、鶏がらのように痩せた老婆は曖昧な答えしか返さなかった。
「さてねぇ。明日、明後日になれば出ると思うよ」
「婆さん、あんた昨日もそう云っていたではないか?」
埒の明かない返答に苛立たしげに舌打ちするも、鈍いのか肝が据わっているのか、老婆は動じた様子を見せない。
雨が降っているのが婆さんの責でもなければ、婆さんを責めても状況が変わる訳でもない。


女剣士が老婆と問答しているその傍らで、エルフ娘は未練たらしく川の対岸を眺めていたが、それで流れが穏やかになる訳でもない。
やがて首を振ると、川沿いの集落とその近辺をプラプラと散策し始めた。
足止めされているらしい旅人たちが、所在無げに集落に屯っていた。
旅人や行商人の他、薄汚れた三人組の男女やホビット娘、ドウォーフの男など、昨日、安宿で見た顔もちらほらと見かけられた。


家とも云えない小屋が三、四軒建っているだけのささやかな集落。
一応、旅人が泊まる為の小屋も一軒あったが、五人も泊まればもう余裕はない。
既に足止めされている旅人や放浪者で一杯だった。
一リーグも戻れば、昨晩泊まった安宿もあるし、街道の途中には朽ちかけた廃屋も時折見かけた。潜りこむ所には不自由しない。
問題は食べ物だ。
本格的な冬が訪れるにつれ、野山で獲れる野草や木の実、小動物が加速度的に減っていく。
急ぐ旅ではないが、出来るだけ早く町へと入りたかった。
城市なら風雨を凌ぐ場所には困らないし、えり好みしなければ口を糊するだけの仕事も見つかるであろうから。


旅人の小屋で無聊を囲っていた行商人たちの会話を小耳に挟んだ所では、
上流では一週間ほど前から長雨が続いており、レヴィナス川も数日前から増水しているのだという。
北の山の峠にはトロル鬼が出没するだの、何処其処の街道にオークが出没しただの、王都では税が上がっただの。
話好きなのだろう年配の行商人が、取りとめもなく埒のない噂を延々と喋り続けていた。
すぐに聞き飽きて、今度は小雨の降る中を河沿いの道を歩いてみる。


河辺に生えてる草木に食べられそうな木の実や葉、薬になりそうな草や苔などを探してみるが、やはり初冬に早々は見つからない。
漸く見つけた冬蔓も、さして腹の足しになる訳でもない。
とは云え、此れは此れで貴重な甘味である。そして女性の大半は甘味が嫌いではない。
幾つかは売る為に袋に入れたものの、残りは味わいながら歩いていると、釣り人が川魚を獲っていた。


甘蔓を噛みながら、土手に立ち止まって観察する。
粗末な服装からして近隣に住む村人だろう。
中々の腕前とみえて、魚籠には数匹の川魚が入っている。
魚。そういえば暫らく魚を食べてない。
眺めているうちに無性に魚が食べたくなり、財布の中身を確かめてから話しかけてみた。


釣れますか、上手ですね。そろそろ夕飯ですね。お腹が空いてきました。出来たら売っていただけないですか?
釣り人と話してると、ドウォーフの男が近づいてきた。
エルフ娘が段階を経ながら交渉しているのを横合いで黙って聞いている。
鮎を三匹。小銭で譲ってもらえそうになった所で、いきなり横車を出してきた。
曰く、倍を出す。
こっちが先約だと抗議するも、錫や鉛の小銭では真鍮銭には歯が立たないのが世の道理である。
おまけに相手は屈強なドウォーフで、喧嘩を吹っかけようにも体格でも歯が立ちそうにない。
「悪く思わんでくれよ、お嬢ちゃん。はっはー」
悪く思わない筈がない。
恨みがましく睨みつけるが、ドウォーフ族にとってはエルフ族の怨みなど蛙の面に小便のようなもの。
満面の笑みで買い取った鮎を懐に抱えると、ドウォーフは小走りで集落へと戻っていった。
小銭と引き換えに小屋で火を借りると、やがて香ばしい匂いが辺りに漂い始めた。





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