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[24734] (試作:末期戦モノ)幼女戦記Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siens
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/02/01 21:17
あの時代を、一人の政治家は以下のように評したという。

“戦争から煌きと魔術的な美がついに奪い取られてしまった。
将軍や、英雄が兵士たちと危険を分かち合いながら馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する。
そんなことはもう無くなった。
これからの英雄は安全で静かで物憂い事務室にいて書記官たちにとり囲まれて座る。
一方何千という兵士たちが電話一本で機械の力によって殺され、息の根を止められる。
これから先に起こる戦争は女性や子供や一般市民全体を殺すことになるだろう。
やがてそれぞれの国には、大規模で限界の無い一度発動されたら制御不可能となるような破壊のためのシステムを生み出すことになる。
人類は初めて自分たちを絶滅させることができる道具を手に入れた。

これこそが人類の栄光と苦労の全てが最後に到達した運命である。”

そして、その栄光と苦労の到達点であるイルドリア戦線は、辛うじて均衡点を保っていた。

突破せんと欲する連合と、守り抜かんとする帝国。
じりじりと押しつつも、連合はあと一歩を抜けず
押されつつも、辛うじて守り抜く帝国には、打開策がとぼしく。

ただ、断続的に砲火を交わしつつ、砲弾で大地が耕作された。

しかし、すでに、帝国側は余力を漸減させ始めている。
戦線の維持が、帝国には、すでに大きな負荷であった。
さしもの、戦争機械も錆びつき始めていた。

だが、前線では崩壊の兆しとは程遠く、日常となった擾乱射撃の音を時計代わりに、いつものごとく日常が営まれていた。




中隊長は、ふと思った。
観測班からの、定時連絡はどうしたのかと。
彼が、そう思い通信士官に其の事を問いかけようとした。
其の時、彼の意識は途絶える。

捩じれ、肉が弾ける様な音を残して、彼の頭部が吹き飛んだ。
地面に叩きつけられた体の何処かは、電気信号の名残か、ぴくぴくと痙攣する。
だが、周囲は飛び散った脳漿にまみれたことに、気がつく暇もない。
なぜなら、彼の頭部を肉片に変えた弾丸が、中隊に引き続き降り注ぐのだ。
あるものは、肺を撃ち抜かれ、あるものは指揮官同様に頭を持っていかれた。
運のない者は、砲弾の直撃で、肉片すら判別できない程に飛び散った。
運良く、手や足で済んだものは、苦悶の声を上げる。
そして、生き残った彼等の悲鳴に応じるように、第二撃目が放たれる。

「っ!」

鉄の暴風雨。
しかし、戦場の習いによって、塹壕に飛び込めた生き残りたちは、頭を低くしてそれに耐えしのぶ。

だが、それはスコールと異なり、通り雨のようにすぎ去ってはくれない。
断続的に轟音と共に、大地が嫌な振動で着弾を告げる。

その、着弾の振動音と共に、なにか、嫌な音がすることに観測班は気がつく。

何事だ!?と、士官が声を上げる。
彼らは、混乱し、動揺しているものの、情勢を理解できてしまう。

いや、これは……馬鹿な!
いえ、間違いありません!

敵です。敵が、こちらに!

敵だ。敵が、全面攻勢に出たのだ。
砲撃は、常の擾乱射撃とは程遠い。
それは、徹底した準備射撃。
頭を隠し、こちらが伏せているその間に、歩兵が突撃してくるのだ

観測装置にとりついている兵士たちは思わず動揺せざるを得ない。
生き残りの士官も、思わず絶句してしまう。
全面攻勢が始まったのだ、と推測はできる。
予期されてはいた。しかし、その攻勢正面に自分たちが立つとは。
思わず、居並ぶ面々は、意図せずにお互いの表情を覗きこみあう。

共通しているのは、恐怖。
死への恐怖。ありうべからざる事態への動揺。
わずかに、運命の理不尽さへの恨みごと。

「敵、小隊規模で浸透してきます!」

ありえん!連合王国がご自慢の火力戦ではなく浸透強襲作戦を?
敵は攻撃方法を変更したというのか!?

そんな無情な思いが、士官らの頭をよぎる。
だが事実として敵が、浸透してきているのだ。
開戦初期に、帝国が得意とした戦術で、蹂躙していた敵に蹂躙されようとしているのだ。

過去の戦果と、その脅威が咄嗟に頭をよぎり、反応を鈍らせる。

無論、何とか頭を切り替え、状況に対応すべく、気を取り直した彼らは何をなすべきか理解できた。
火力に頭を押さえられ、伏せていればよかった昨日までとは異なるのだ。
今日は白兵戦をやってでも、何が何でも、敵を追い返さねばならなぬ。

で、なければ死あるのみだ。

「総員、敵浸透部隊を近づけるな。敵の射撃は面制圧に過ぎない!本命は歩兵だ!」

生き残りの先任士官が、ともかく応戦の指揮をとる。
中隊長以下、先任士官が特進する事態とて、ここでは日常に近い。
号令と共に全員が素早く応戦配置に取り掛かる。
だが、間に合わない。反応からして、魔導師がすでに、こちらの視界に飛び込んできている。
一個小隊とはいえ、混乱によって我々の応戦が遅れてしまった。
敵ながら、素晴らしい勇気だ。
あっぱれな判断力だろう。微妙なこちらの遅れに乗じて、懐に飛び込んでくる。

「少尉殿!敵が侵入してきます!!」

「押し返せ!」

他に、どうしろというのだ。
そう悪態を吐きながら、彼らは、銃剣とライフルを手に、演算宝珠で爆炎をまき散らす魔導師に立ちはだかる。
どちらも、人間だ。撃たれれば死ぬし、撃てば殺せる。

偶然、ライフル弾で肉を穿たれた敵魔導師が、躓き、そこに容赦のない銃火が降り注ぐ。
その隣では、トーチカごと、魔導師達の爆炎によって生きたまま生焼にされる悲鳴が。

そこへ、砲兵が、榴弾を撃ち込み、纏めて、魔導師を吹き飛ばそうとするも、すでに、魔導師達は退避済み。

とはいえ、ただで引かせるはずもなく、可能な限りの銃撃でお土産を送りつけている。
お返しとして、いくつかの魔力弾。鉛玉と魔力が、しばしば応酬されあう。

だが、重要なのは、敵はこちらに比して圧倒的に優勢であり、こちらは遺憾ながら劣勢であることだ。
全体としては、思わず敵に悪態の一つも吐きたくなる。

「敵大隊規模が、前方2000より急速接近中!此方に接近しています!」

「敵魔導小隊を排除しろ!このまま大隊に懐に入られれば、チェックメイトだぞ!」

兵士たちは、思う。
魔導小隊は、優秀な敵だ。
こちらをかき回すだけかき回し、時間を稼ぐことに徹している。
そして、こちらは、それに煩わされ、防御態勢をまともに整えることができずにいる。

交わされる銃火に、魔力が干渉し、顕現させる事象。
肉を穿ち、骨を砕き、トーチカを吹き飛ばし、人間を殺す。
単純作業に、彼らは没頭する。だが、時間がない。
致命的なまでに、時間が足りないのだ。

迫りくる、敵大隊。
防衛戦は、覚悟の上の事ではある。
しかし、死にたくはない。誰だって、死にたくはない。

わずかならが、神に、救いを願い、それは、かなえられる。

唐突に、縦横無尽に空からこちらを翻弄していた敵の魔導小隊が全力で散会し始めた。
その直後、紅い、紅い魔力光が空を横切る。
それを避け損なった敵の魔導師は、肉を裂かれ、熱で生きながらにして焼かれる苦悶を上げつつ、大地へ。
生き残りも、間髪をいれずに、飛び込んでくる魔力の嵐に呑まれ、急速に数を減らしてゆく。

「友軍です!!友軍の魔導中隊が、こちらに!」

通信士官の仕事は、こういった朗報を大きな声で友軍に知らせる役割も持つ。
少々、大げさに叫ぶ彼に、皆笑いを浮かべながら、心の底では、生き延びられたことで安堵。
当然、部隊をたてなおす好機であり、生き残りの古参兵共は、何をなすべきか知悉し、行動する。
生き残る、チャンスを無駄にはできない。

「急げ!敵大隊を近づけるな!ぼやぼやするな!」

「負傷兵を下げろ!死体は、後でいい!」

下士官たちが、辛うじて統制を回復。
この調子ならば、迎撃は辛うじて間に合うだろう。
防衛陣地に、魔導中隊の増援。
一応、敵旅団程度ならば、持ちこたえることも不可能ではない。

「224中隊、応答せよ、224中隊、聞こえているな?」

だが、無線に飛び込んでくるその声で、指揮所の生き残りは、暗澹たる思いに駆られざるをえない。
まだ、声変わりしていない幼い声。女児故に、さほどの変化がないとしても、その違和感は歴然。
子供の声だ。そう、戦場に、子供が、出てきているのだ。

しかし、人間的な感傷は、明日後悔することにし、今は、生き延びねばならない。
誰ともなく、必要な事を、手順どおりに進めていく。

「こちら、第224中隊。救援に感謝いたします。」

「義務を果たしたのみだ。」

子供の教育問題は、一発で解決できる、と幾人かはそこで確信した。

規律と、戦場だ。

我がままいっぱいに騒ぎたいであろう年頃の娘をして、淡々と、義務について語らせられるのだから。
それは、人類の進歩か?・・・まあ、敗北だろうが。
理性と知性は、この事態を将来、どのように、評するだろうか。

「こちらは増援指揮官、ターニャ・デグレチャフ魔導中尉だ。生き残りの先任は?」

そう、帝国は、すでに魔力適正さえあれば、女子供にですら依存せねばならぬほどに追い詰められている。
全人口の半数で戦争をするには、物足りず倍を必要として、なお足りないのだ。
追い詰められているのだろう。

すでに、少年兵どころか、促成教育で士官として前線で血のまどろみに浸かりきっている者さえ、当たり前にいる。
彼女も、その一人であり、最も練達した士官の一人だ。
つまりは、未だ子供にして、すでに血塗れで、泥に使って、戦士となり、殺し、殺されを経験してきている。

「自分であります、中尉殿。」

「む、少尉か。残りは?」

ごく当然のように、大人を顎で使える子供というのは、驚くべき存在だろう。
年齢に怯むことなく、為すべきことを為せる士官というのは、理想的な軍人だろう。
大人どころか、子供も戦場に立つのだ。
まともな、感覚を持つ人間には、生きにくい時代である。

「戦死なさいました。」

「やれやれ、今日も今日とて、特進と野戦昇進の大盤振る舞いだ。」

それが、日常。
すでに、下士官からの叩き上げが、少尉どころか部隊によっては、大隊長にごろごろいる。 
部下の兵隊は、戦時促成教育を受けただけの新兵か、新任士官ども。
誰だって、有能ならば、すぐに上に昇れる戦場だ。

「この分だと、戦争が終わるころには、貴様も私も将軍様だな。」

それを、日常の一環として受け止め、肩をすくめてカラカラと乾いた嘲笑を上げられる少女は、狂っている。
軍人として、完成した子供など、狂気の沙汰以外の何物でもないが、生き残りとは、そういう狂人だけだ。

「さて、豚共をどうにかせねば。屠殺場の仕事を肩代わりするのは、いい加減うんざりなのだがね。」

接近してくる魔導中隊は、普通のことのように、敵を殺す。
それは、我々と同じだ。
では、何が違うか。
それは、狂人が指揮し、狂人が武器を振るうという一点だ。

この戦場で飛びまわる魔導中隊は、碌でなしの戦場を飛び回って生き残ってきた精鋭だ。
文字通り、叩き上げの精鋭達だが、どこか狂った戦争の代表格ですらある。
指揮官は、子供。完全に実力主義ということは、あの子が人殺しの才能にあふれているという証明だ。
本当に、誰にとっても名誉も糞もない戦争としか言えない。

「我々は、敵大隊を側面から喰い破ろう。支援は可能か?」

「もちろんです、中尉殿」

クソッたれ。
本当に、クソッたれ。
昨日も、今日もまったく同じの地獄模様。

中尉殿のような、悪魔にでもなれば、ここも心地よいホームかもしれない。

だが、ただの兵士にはここは、少々居心地が悪すぎるのだろう。

「私の中隊は、戦争を早食い競争だと勘違いする間抜けが多い。申し訳ないが、早い者勝ちだ。」

安堵させようと、軽口まで、兵士たちの娘のような年齢の兵士が利いている。
居並ぶ兵士たちに、それが上官で有るというのが、すんなりと何故か理解できる。
理解し、特に疑問に思わないという異常。
異常が、日常。


「ああ、ご安心ください。中隊長殿。」

こちらは、無線で会話を交わしているが、部隊間通話。
特に、暗号化されていない、汎用回線で接近中の部隊は楽しく会話。
戦場のど真ん中で、敵に突撃しながら。
それでいて、誰も疑問を浮かべない。

「何事か?」

「いくら、大食いどもでも、あれだけいれば分け合うこともできるかと。」

先ほどの、軽口、早食いにからめて、副官と思しき主が、中隊長と呼ばれる少女に応じている。
碌でもない世界。
誰も彼も、一度は狂った末に頭の産み出した、悪夢かと疑う。
だが、断続的に耳に飛び込んでくる砲声が、夢ではないことを不幸にも兵士達に実感させるのだ。

「私は育ち盛りだ。多少多めに喰わねばならないのだよ。」

「これは、確かに。育ち盛りの胃袋を甘く見てはなりませんな。」

子供の冗談だ。
ごく、当り前のように子供が、子供であることを主張しているだけなのだ。
口調からして、子供じみていないが、それでも、子供の主張としては理にかなう。

そう、死体の数を競う事でさえなければ、普通の子供なのだ。
それが、軍服をまとい、軍用の高価な演算宝珠と、ライフルをかついで、人を殺して飯を喰らう。



うん、すまない。

これは、サンプルみたいなものなんだ。(思い出したように、消すかも。)

つまり、こんな感じでずるずる絶望的になっていくのだ。

そう、地獄のような、末期戦ものが急に書きたくいなったんだ。

本業というか、書きかけの完全に別の作品の事は、ご容赦願いたい。

ちょっと、気分がこういうものを、書きたい気分になってしまったのだ。

無責任と言われないように、できるだけ、あちらも、更新したいと思うけれども、気がついたら・・・。

これを、書いてしまっていたというので、ご海容いただければ、と思う。

当然、東部戦線も真っ青の代物となるといいなぁ・・・と。

なお本作は、

商業作品では
鷲は舞い降りた
鷲は飛び立った
擲弾兵
皇国の守護者
等々を読み漁り、

(ネットで見れるもの)
やる夫が雪中の奇跡を起こすようです
魔法少女リリカルなのはAnother?Fucking Great?

等々、を最近読んだ勢いで書きあげてしまった。

※これらの作品から大きな影響を受けました。(魔王とか、血塗れとかの活躍に。)
お勧めですので、是非一度。
(いや、最後のリリカルは、絶望的な情勢とは、違いましたが。うん、ぐんじん幼女+勘違いって有りだと天啓が。)

うん、率直に言うと、こういうものばっかり読んでいたら、急に書きたくなって、しまいました。気がついたら、こんな時間に、こんなものを書き上げていたorz

辛うじて戦術的勝利を収めつつも、じりじりと負けていく

この末期戦の雰囲気が、何故か、良く思える不思議。

(なんか、最近のハッピーエンド系に食傷気味なのかも。)

ついでに、自己犠牲モノとか、英雄譚とかもノ―サンクス。

どちらかと言えば、卑怯な主人公いても良いじゃない。


とか、考える筆者はひねくれ者でしょうか?



そうそう、ご安心を。

手ぬかりなく、潤いとして、まほう幼女を投入しておいた。

(アンサイクロペディア準拠のため、「エターナルヨウジョ」第5章10条4項を順守している)

まほう幼女という一説は、法的措置により変換できない旨、ご理解いただければ幸いである。


















(ようじょの中身は、リバタリアンのリーマンとか、想定しますが。)


ちなみに、タイトルは、霊験あらたかなお言葉。
迷える人々に、導きを与える教皇特使のお言葉です。
もしも、貴方が何か判断で、迷うことがあれば、是非。

心やさしい、教皇特使アルノー・アモーリの言葉を思い出してみてください。神への溢れんばかりの信仰心は、きっとあなたの心の安らぎをもたらしてくれると思います。

興味があれば、ぜひ、検索してみてください。

きっと、なにか、言葉にできない思いを、貴方も共有できると思います。



いろいろ、ごちゃごちゃ申しておりますが。

最後に。

こーゆーのって、ニーズありますか?

2/1
テスト版⇒チラ裏



[24734] プロローグ・ベータ版
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/01/29 03:44
僕からしたら、人生とは栄達と挫折の混合物であった。
ついでにいうと、離人症じみた、若干現実味のない世界でもあった。
人並み以上の頭は有った。良くも悪くも、小学校では学校で一番の頭があり、其の時は幸せでいられた。
中学の時、私立の進学校に合格した時、初めての躓きを経験した。

進学校の中でも、本物の進学校とは、数多ある小学校で一番程度の頭では、平凡程度の評価しか与えられない。
中高一貫校故に、僕は努力した。6年も、落ちこぼれを見下してきて、6年見下されることになれるのは耐えられない。
だが、辛うじて中位の上程度にまでは喰い込むことができたが、逆に言えばそれが限界であった。

僕から、一人称が、私に変わるころに、限界をいよいよ痛感し始めた。

大学は、有数の名門校に入れた。嗤うべきかもしれないが、進学校の中では、それが当然だ。
ごく少数の、本当の天才は、大学どころか、一芸の世界に道を見つけたようだが。
ともかく、一般的なエリートとして僕は歩み始めた。

まあ、屈折した内面だろう。
なにしろ、学歴エリートという存在は、プライドが高い。
当然のように、周りの愚鈍な連中を見下すことで、自分を保ってきた。
すこしは、角も丸くなるにしても、当然のように心のどこかには残っている。
自分がてっぺんならばともかく、誰かの下に置かれるのは、耐えがたい。

何かへの、逃避。
それは、当然のこととして、惹き起こされる。
高学歴どもに、オタクが多い?当たり前だ。
僕自身を含めて、世間でどうふるまうかを常識として知っている学歴エリートの素顔なんて、そんなものだ。

政治学・法律学・経済学について、大学ではごくごく当然のこととして学んでいる澄ました連中。
そいつらは、頭が二つの世界に生きているといってよい。
一つは、現実の世界。もう一つは、妄想の世界。
大学で、はっちゃけて楽しい人生を送ろうとすることができるのも、少なくはない。
だが、多いわけでもないのだ。

人間関係は、まあ、無難にこなす。
逆に言えば、自分のテリトリーに踏み込ませない程度の距離感を保つ。
公と私の空間の区別があまりにも明確だ。
はっきりと言えば、自分の側に人がいると寝られない。
自分が、無防備なところを晒すのは、正直言って怖い。

まあ、天下国家を論じ、政治に悲憤慷慨するということも、あった。
だが、醒めているのだ。自分自身が一番かわいいというのは議論の余地がない。
もちろん、ここまで社会的に恵まれた立場を享受させてくれている両親へは感謝している。
できれば、親孝行をして、楽な老後をとも思う。
まあ、両親は共に高給取り。放っておいても、すでに老後の安泰は約束されているようなものだ。
できることは、まず心配をかけないことだ。

オタクであることは、秘密に。
大学では、勤勉な学生を。
サークルでは、ほどほどに拘束されない文科系を。
友人は、高校時代のものと、それに加えて類は友を呼んだの類。
あとは、コネと能力を構築して、社会に出るまでのモラトリアムを過ごす。
当然、人的資本投資に勤しみ、シグナル理論も併せ持って、世間では評価される学生が出来上がる。

さて、こういった人間の使い道は社会では意外と多い。
就職不況も、さしたる逆風にはならなかった。
なにしろ、スタートラインが違うのだ。事実として述べるならば、ハンデ戦だ。初めから、約束されたようなものだ。
OB・OG達への訪問は、当たり前。どころか、人事部の採用担当者と飲みに行く学生は、少ない。
其の先輩が、中高一貫校の同門で、大学のOBともなると、もっと少ないかもしれない。
だが、少ないだけでゼロで無いのだ。
ゼミでは、わざわざ先輩がリクルーターとしていらしてくださった。
業界の裏側をあっさりと説明いただき、レクチャーを受ける。

曰く、あの会社の人事部はこういう人材を求める。
こういった面接が望ましいなどなど。
大学というツールと、名門高校というツールを組み合わせれば、無能でもそこそこに行ける。
人並みであれば、確実極まりない。

そこで、僕は、私という一人称にいつしか、一人称を切り替えていた。

そこに、子供じみた性格とは程遠いつまらない精神を注ぎ込めば、少なくとも、企業にとっては戦力足りえる。
働きがい?自分らしさ?報酬が正当な労働対価である限り、なんら問題ではないと、断言できる。
必然、最良の企業人になれる。忠実なのだ。限りなく、企業の理屈に従い、率先して利益を追い求める。
そういう、企業の狗として、人生を送り始めた。

仕事において、情は、必要以上には関心を払わない。
心がない?サイボーグ?ドライ?
違う、ただ、そういった他の事に関心がないのだ。
そして、趣味と仕事の世界にいる。これに、満足している。
たとえばPS3を買う時、それでFPSを楽しむことを考える。
同時に、その原価計算を行い、ライバル企業に赤字を与えられるかどうか真剣に考えているのだ。
当然、仕事は効率的に行い、企業の求めるところに従い、正当なトレードが成立してきた。

だが、人生とは、上手くいくことがないのが定石だ。
30代に足を踏み入れ、ようやく報酬が両親の額に迫り、出世コースに確実に乗った時のことだ。
人事部長から、誘われ、人事部に入ったことが面倒事の始まりである。

「なんで、私なんですか!」

費用対効果が悪いからに決まっているではないか。
そう答えたいのをこらえて、しぶしぶ可能な限りの丁重さをもって答える。
慇懃無礼?大変結構。それは、法で禁じられていない。
録音され、訴えられることが有るというが、実に理不尽だ。
企業は、利潤追求団体であり、社会的無能の扶養組織ではないのだが。
とはいえ、これも仕事だ。裁判官の心証を鑑み、ごくごく穏やかな口調で応じておく。

「馬鹿にしないでください!」

「いえ、ですから、業績の悪化という事態があり、我々といたしましても・・・。」

疲れるのだ。果てしなく、啼き散らし、喚き散らし、組織に依存しようとする連中を相手にするのは、疲れる。
泣いて結果が変わるなら、結構だ。営業の一環としてその戦術は、アリだ。
だが、無駄だとわかっているではないのか。
散々、人のことを、感情の無い化け物だの、ボスの狗だの、サイボーグだの言っておいて、いざとなってこれとは。

自分という人間が、劣っているというのは自覚している。
天才どもには、比肩できず、努力で秀才たちに及ばない。
人格は、歪みまくっている。なにしろ、屈折したコンプレックスの塊だ。
本当の善意の人間は、眩しい。
偽善に関してならば、社会全体で良識あるとされる水準にあるが、それだけに、偽善だとわかる頭が、あざ笑う。

だが、これほど醜悪な自分であっても、なお、この目の前で喚く無能よりはましだと驕る心がある。
なにしろ、費用対効果という点では、自分は優秀な成績を保っているからだ。
だから、系列会社の、整理統合対象となった部門でリストラを行うのも、面倒ではあるが、きっちりとやる。
そして、本社に業績を引っ提げて帰ればよいはずだった。

ところがだ。
人の感情は、倫理や、禁忌に優先する物らしい。
所詮、学歴エリートこと良い子ちゃんたちの集団と異なり、感情に身を任せる人間が、多いというべきだろうか?
部長から、駅では背後に注意するように、と忠告された意味を理解できていなかった。
後は、物流網を肉片で混乱させたとのみ、申し上げよう。

そして、気がつけばだ。

「御主ら、本当に生身の生物か?」

「失礼、どちら様だろうか?」

テンプレ小説で良く見る老翁が、ため息をつきつつこちらを観察している。
答えは三つに一つ。
一、私は奇跡的に一命を取り留め、医者が私を診察している。で、私の眼か脳に深刻な障害が生じた。
二、私は死につつあり、妄想か幻覚を見ている。
三、私は、胡蝶之夢を経験し、現実の世界で起こされた。

「・・・つくづく、人間性の狂った連中だ。つまらんことを考える。」

こちらの胸中を読んだ?
事実であれば、プライバシーと、機密保全上、極めて、好ましくない不快な行為だ。

「その通り。御主ら、他者への共感力のない連中の心を読むのは、不快だがな。」

「驚いた・・・。悪魔が実在したとは。」

「何を言うかと思えば。」

この世の理を外れうるのは神か悪魔である。
神がいるならば、世の不条理を放置するはずもなし。
故に、世界に神はいない。
よって、存在Xは悪魔である。
証明終了。

「・・・創造主を、過労死させるつもりか貴様ら。」

貴様ら?複数形。つまりは、自分に加えてその他の存在。
私の仲間が多いという事実は、慰めになるだろうか?
微妙だろう。自分という存在を、私は本質的に嫌いではないが、別に愛してもいない。

「最近多いのだよ。そなたらのような狂った魂は。何故、人間性の進歩で、解脱せん?涅槃に至りたくないのか?」

「人間性が、社会の進歩に伴い、そうなるからでしょうな。」

ロールズの正義論は、結構極まりないが、現実に適用するには、無理がある。
人間は、すでに、持っている者と、そうでない者として区切られているのだから。
悪いが、持っているものを他者のために投げ出すことはできない。
未来よりも、明らかに現世利益追求が当然ではないか。

しかし、だからといってどうせよというのだ。
私が死んだならば、魂はどうなると?
建設的な議論をしよう。これからの事の方が大切だ。

「輪廻に戻し、転生させるまでだ。」

神と自称する存在Xからの解答は、実にシンプルであった。
なるほど、これが説明責任の全うというものか。
仕事とは、なるほど、手を抜くべきものではない。
私も、説明責任と法令順守の重要さは、良くわかる。
例え、不快であっても、社会の一員、組織の一員として、踏むべき手続きには、理解を示すべきだろう。

「結構です。では、よろしくお願いします。」

さしあたり、次の人生では背中に気をつけることにしよう。

「・・・、もうこりごりなのだが。」

だが、微妙に、呟かれた言葉に困惑することになる。

「は?」

「貴様ら、いい加減にできぬのか。どいつもこいつも、解脱して涅槃にいたるどころか、信仰心のかけらすらない。」

と言われても、困るのだが。
正直に言って、目の前の存在X(神と自称)が、何に憤りを感じているのかわからない。
老人が短気な事は理解しているつもりだ。
だが、微妙なことに、それなりに地位のありそうな人間が激怒していると、判断に困る。
アニメなら、ギャグですむが、実社会では冗談ではすまないことも多い。

「最近の、人間は世の理から外れすぎだ!物事の理非をしらん!」

いや、存在Xに世の理を説かれても困るのだが。
そもそも、世の理とやらがあるなら、予め告知してくれないと困る。
さすがに、僕らであっても、言葉にされないことは理解できないのだが。
テレパシー能力に目覚めたり、ニュータイプになった記憶もない。

「十戒を定めたであろう!!」

1. わたしのほかに神があってはならない。
2. あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
3. 主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
4. あなたの父母を敬え。
5. 殺してはならない。
6. 姦淫してはならない。
7. 盗んではならない。
8. 隣人に関して偽証してはならない。
9. 隣人の妻を欲してはならない。
10. 隣人の財産を欲してはならない。

無理に、心にテレパシーか何かで流しこまれてくるものの、うん、その、困る。
一応、多神教圏に生まれて、宗教の寛容性という名の適当さになれている。
一神教とか言われてもね?ほら。困惑してしまうとしか、言えない。

それに、父母は敬っているし、人を殺したことはない。
男だ。性本能は、生物学的に組み込まれている。
自分を自分で、設計したならばともかく、私達を設計したのは、自分自身ではないはずだ。

「生涯痛恨の過ちであったわ!」

神の一生とはいかなるものなのだろうか?
純粋に、学術的な観点から、関心がわく。

それと、殺人願望も、殺人衝動もないはずだ。
ああ、FPSでヘッドショットを決めた時は爽快だが、別段、殺人願望が人並み以上というわけでもない。
動物愛護にも協力し、保健所の補殺が減るように努力する運動のポスターくらいは、もらっていたはずなのだが。

「やってないだけで、殺す行為は楽しんでおろう!?」

盗んだことはないし、他人に関して、偽証したことも、略奪愛を楽しんだこともない。
なにより、誠実な一人間として生きてきた。
職責に忠実であり、法に忠実であり、人間としての行動規定に積極的に背いた覚えもないのだが。

戦争に行けば、パラシュート降下中にエビの養殖に励むべしという神の啓示も得られるかもしれないが。
残念ながら、軍役の経験はオンライン限定だ。
みんな大好きドラッケン族の前衛
主要成分
* ギギナニウム:100% 
* オモイヤリン:不足 
* ヤサシニウム:無配合 
* 心、魂:皆無
を後方から援護する腐れ眼鏡そっくりのキャラだったが。


「結構だ!どうあっても、反省しないというなら、相応のペナルティーを科すほかにない!」

言いがかりにも、程があると思いたい。
何故、私が?

「いや、お待ちいただきたい。」

「うっさいわ!」

キレないでいただきたいのだが。
まがりなりにも、超上の存在と称するなら、もっと精神の円熟を。
あるいは、その偽装でも結構なので、求めたいところだ。
知人の弁護士など、法廷と、オンラインでの姿が全くの別人同然だが、社会生活はできている。
彼くらい完璧になれとはいわんが、もう少しだね・・・。

「六十億の管理など、オーバーワークなのだ!」

産めよ、増えよ、地に満ちよ
と聖書にあるのだが。
教養の範疇で、間違いなく、この事実を人類はおそらく忠実に守っている。
さすがに、管理職なら自分の指示くらいは、覚えておいてほしい。
それすらできねば部下から軽蔑され、リストラ対象になりやすいのだが。

そして、自分の出した指示の結果には、しっかりと責任をとってほしい。
なにしろ、それが、あるべき倫理というものだ。
そうは、思いませんかな?

「き、貴様らのように信仰心のかけらもない連中ばかりで、赤字なのだ!」

ビジネスモデルの欠陥では?
ボスコンかThe Firmに見てもらうことをお勧めしますが。

「契約を破っておいて良く言う!貴様らが、解脱する機会を欲したのがそもそもではないか!!」

知りませんがな。告知してくれなきゃ、わからん。
内容証明郵便で送るのが重要なものだったら常識で、契約書ならそもそも直接手渡しのはずだが。

「超上の理にひれ伏しただろう!」

いや、今や科学の進歩がまるで魔法ですからな。
発展しすぎた科学は、まるで魔法というし、自然科学万歳。
世の事は、すべからく、問題無かりし。
満ち足りた世の中で、切迫していなければ、危機感も、信仰も生まれません。
縋る、という行為は、窮地に追い込まれなければ、宗教に縋らないのですからな。

「・・・つまり、それは、あれか?」

わかりませんがな。
だいぶ、存在Xへの対処が適当になりつつあるのは、いたしかたない。
だが、会話できないのは、さすがに、困る。
どうしたものだろうか?
翻訳代行サービスであれば、契約したいところだ。

「貴様は、信仰が足りず、性欲に駆られ、我を恐れず、さらには倫理観もかけらもない。」

異議あり!
そこまでではない。
すくなくとも、屑ではあっても、さすがに、それほどでもないのだ。
道徳的に、社会規範的にみた場合は、決してそう悪く言われるほどでもない!

「黙らんか!貴様らがそうだから、毎回毎回手間をかけて輪廻に戻しても、すぐこうなる。」

いや、ですから、人口増加が問題であって、少なくとも人類全体の寿命は上がってますが。
平均寿命なる概念がありまして。いや、もちろん、マルサスの人口論もありますが。
お読みになっていない?
ネズミ算式に増えていくから、まあ、大変でしょうが。
我々は、特に、何かをしているわけではないので、コンサルティングすると、ビジネスモデルの欠陥かと。

「その分、信仰が増えれば、事足りるのだ!」

ああ、ですから、それはビジネスモデルの欠陥です。
消費者の心理分析が甘かったとしか、言いようがない。
消費行動分析を、きっちりとやって、もう少し、採算性を考慮すべきでしたな。

「その原因は、貴様の場合は、科学の世界で、男で、戦争を知らず、追い詰められていないからだな?」

・・・アレ?ん?なんか、マズッた気がする。

OK.落ち着け。今の存在Xは、他社に、たたき上げ技術職を大量に引き抜かれた時の人事部長並みに危険だ。
状況は把握。
対応も、検討。

「ならば、その状況にぶち込めば、貴様でも、信仰心に目覚めるのだな?」

いや、その結論は端的に過ぎませんか?
落ち着きましょう。確かに、私は、進みすぎた科学は信仰を曖昧にすると言いました。
ですが、神様。落ち着いてください。そう、落ち着いて。

ですから、神の恩寵を実感出来れば、問題ないのです。
いえ、もちろん、わかりますよ?こうして、我々を管理していただいているのは、良くわかります。
ええ、わかりますから、その手を下していただけますか?
それと、戦争を知らないというのは、誤解でして。

「今さら、媚びても遅いわ!」

いや、主よ。思い出してください。
魔法使いなる人種は、この世界にいませんし、自称しているやつらは神を信じておりません。
魔法の存在だって、そう言うものですよ!

それに、性欲は男女、関係なくあるものにきまっています!

「もう、良い。分かった、ともかく、試してやる。」

「はい?」

「貴様で試してやろうというのだ!!!!」



んで、

「おんぎゃーー!おんぎゃーー!!おんぎゃーーーーーーーーーーーーーーーー!!??」(どうして、こうなった!?)

コンクリの上、何故か、バスケットの中で、身動きできずに無くは目になっていた。
まさに、劇的な運命。ついでに言うと、良い笑顔の自称神のサムズアップが眼をつぶると眼下に。
何?コミカルで、最高に、MADな一生を送れ?
どうしろと?
いや、テンプレなのか?
そうか、そうなのか?
いやな予感しかしないのだが。






おーけ、落ち着け。戦場では、慌てた奴から死んでいく。いいか、生き残るのは、臆病で冷静な奴だ。
だから、恐怖は抱いて良い。だが、落ち着こう。
うん、身動きできん。そして、先ほどの会話を思い出そう。

『その原因は、貴様の場合は、科学の世界で、男で、戦争を知らず、追い詰められていないからだな?』

ここは、科学の世界ではなく、魔法の世界で、
相互確証破壊理論で、平和だった世界ではなく、戦争の真っただ中で、
ひょっとして、股間の例の戦友がいない世界なのだろうか?


いや、落ち着け。
うん、ロールズの正義論を出したはず。
ついでに言うと、持たざる者になりたくないと・・・。


「おぎゃぁあああああああああああ!?」




さて、皆様に近況報告をば。

我が名はターニャ・デグレチャフ。命名は、信じるならば、神と称する存在Xによる凶行。
うん、この前ターニャさんなる人物、対物ライフル、デグちゃんに撃ち抜かれてましたよね?
いや、さすがに中二アニメは、嗜んだ程度なので、はっきりとは覚えてませんが。
死ねという悪意を感じるのですが。
ちなみに、なぜ、名前がわかるかというと置手紙が。
絶対、この世界では存在しないハズの両親が、僕を捨てる経緯を涙ながらに記した手紙にお名前が。
発見した人達曰く、良いお名前だったので採用とのこと。

うん、孤児なんだ。
それも、捨て子。

パパは軍人。
うん、戦死しているらしいのだ。
で、ママは、パパと婚姻前にみーを身ごもったと。
そして、ママンの、パパンに責められて、哀れ、僕は捨て子になりにけり。
そして、やっぱりちょくちょく耳にする限りでは、ここは、魔法の世界なのだ。

2歳の誕生日(なんでも、生後1歳の誕生日に捨てられたらしい。)に
僕を抱き上げた院長さんが、手紙を読んで、くれた。
意味は分からないだろうけど、貴女のご両親は、決して貴女を見捨てたのではないですよ云々と。

心温まる思いですた。
本当に、ありがたく、思わず、涙を流してしまいました。
マジ、マジで勘弁してください。

・・神様、ごめんなさい。謝るので、許してください。
許してくれませんか、そうですか。
そう思いつつ、今日も今日とて、孤児院でシスターたちの有りがたいお祈りに交じる2歳児。

うん、ごくたまに、すごくごくたまに、忌々しい気配がするんだ。
なんか、すごく不本意極まりない上に、むかつくことこの上ないけど。
でも、交渉するには、まずなにごとも、交渉相手を見つけなくてはならない。
だから、嫌でも、嫌であっても、とにかく相手をしなくてはいけない。

いや、よちよち歩きだから、年配のシスターに抱いて連れてきてもらっているのだけどね?
取りあえず、コミュニケーションの重要さを良く理解した。
ひたすら、大泣きして、聖堂の前で泣きやみ、中に入るとようやくね?
言葉一つとっても、口が動かない。
『聖堂に入れてほしい』なんて、『せ』がはっきりと発音できずにつまずく始末。
ほんと、うん、死にたい。
いや、誰だって幼少期の記憶をなくしたいはず。
まともなら、おしめ一つとっても屈辱ものだ。

しかも、なんか、呪いでもかけられている傾向がある。
間違いなく、悪意によってだが、この世界の魔法の才能が与えられているらしい。
それも、中途半端に。
そう、中途半端に。
大切だから、二回言ったが、そう、この世界はワールドアットウォー!!!の可能性が濃厚なのだ。

でね、どうも、この世界、というか、私の生まれた国は、帝国で、拡張主義国家で、ついでに、軍国主義らしい。


うん、大事な事だから、繰り返して言わせてもらおう。
軍国主義国家なんだ。それも、国民皆兵制で、男女平等主義という、妙なところだけリベラルな。
またの名を、男女が平等に、徴兵される世界ということである。

そして、帝国は、周辺国と同盟を結んだり、戦争をしたりと、とにかく、戦争が大好きときた。
もちろん、国民は、平時には兵役を2年済ませれば、御役目ごめんとなるけどね?

いやいや、この世界、かなり、生存のハードルが高い。

私のような、知的インテリゲンツィアが、生き延びるのには、組織が必要なのだ。
忌々しいことに、文系の身では、技術職と異なり、腕一本で食っていくのは、難しい。
まあ、この世界の技術体系が、私の知るそれとかなり異なっているようではあるが。
ともかく、今から、理系に転向するならば、それ相応の教育を受けねばならない。

そう、教育だ。

だが、教育を受けるというのは、生活が安定していなければ、ならないのだ。
この、孤児院は、所謂宗教系の団体が善意で経営しているとはいえ、極めて貧しい。
養子の貰い手が見つかるか、義務教育の小学校に相当する学校を卒業すれば、自動的に卒院だ。

それから先は、自前で生活していかねばならない。
うん、この世界は、児童福祉とかに優しい世界ではないのでね。
授業料一つとっても、頼る大人のいない子供一人、それも言いたくないが、幼女では、払えるものじゃない。

必然、低賃金労働者にならざるを得ない。

ところが、戦争ばかりやっていると、世の中は、不景気。
植民地では、多少景気が良いとのことで、一旗組が、よく出ていくようだ。
・・・大半は、夢破れて、没落し、ごくまれに一部が成功するだけのようだが。
ともかく、こんな世情だ。
仕事一つとっても、そうそう、簡単に有りつけるものではない。

たとえ、魔法の才能があっても訓練せねば、使い物にならないのは、当然のこと。
魔導師の給与水準は、極めて高いとはいえ、それは、教育投資費用が莫大だからだ。
一介の孤児に用意できる額では到底ない。

つまり、現状では、宝の持ち腐れ。

ところが、世の中には、奇特な学校があってね?
授業料は、全額無料。
衣・食・住が保証されて、これも、無料。
在学中の医療は無料で、最先端治療が24時間受けられる。
高価な教材も使い放題で、魔法の教育にも極めて熱心。
その他の教育も、帝国どころか、この世界でも有数の高水準。
教師陣も、帝国の優秀どころがかき集められている。

それに飽き足らず、学生に、給費まで、支給される学校があったりする。

この、就職氷河期において卒業生の就職率は100%。
もちろん、社会のエリートとして受け入れられる。
一度、この学校を卒業してしまえば、天下り先まで、約束されるというから、破格の待遇だ。
しかも、頑張りによっては、大学へも、さらに好待遇の条件で入れてくれるという。
内容も、完全な、実力主義。
望めば、他国の大学に、留学に行く費用も成績次第では出してくれるという。


こんなに、素晴らしい学校だが、何と世界各国にあるというのだから、世の中は上手くできている。

ちなみに、我が国にあるのは、そのままである。

帝国軍士官学校である。





・・・・・・軍国主義国家に、転生させられる。
そして、将来の進路が、士官学校一つしかないような、条件。
ああ、一応、陸か海か空か、魔導か、選べるらしいが。


うん、これは、戦争があると考えるほかにない。
そして、たぶん、士官学校にかなくても、戦争になる。
で、戦争になれば、当然、帝国臣民は、戦争にとられる。
つまり、一兵卒として、お国のために、行ってこなくてはいけないのだ。




神よ、我を、見捨てたもうたか。
それとも、神なぞそもそもいなのか。


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本作は、ネタとネタと、純然たる趣味によって形成されております。



[24734] 第一話 学校生活
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/01/30 18:51
やあ、平和な日常から、戦場報道を見て、ひどいねとつぶやき、ランチに戻る常識人諸君。
おいしく、楽しい、ランチの最中に、このように泥まみれで薄汚く、硝煙臭い軍装で誠に失礼。
時に、紛争地域の原油で、他国船舶で、飢えている国々から輸出される原材料で食べるランチとはおいしいのだろうか?

まあ、おいしいのだろうね。
飽食万歳といったところかな?
ああ、気を悪くしないでほしい。
別段、嫌味を言うつもりはなかったんだ。

いかんせん、我々のランチは、泥まみれになって演習場で食うレーションか、スパムばかりでね。
もちろん、純国産だ。多国間で輸入封鎖を喰らっている地域で、外国産のものは、まあそうない。
こちらの同盟国との貿易もあるにはあるが、食糧の優先度は果てしなく低い。
なにしろ、自給できるのだ。必然的にだ。希少資源や原油が優先されてしまうということにすぎない。
要するに、バリエーション豊かな食事とは、程遠い生活なのだよ。
唯一の利点は、風情ある大自然の中で、虫達の鳴き声を聞きながら、食べられるということくらいだ。
虻や蚊が、たくさん湧いている野戦演習場を風情というならば、だが。

まあ、そんなわけで、少しばかり羨ましいと思っただけなのだよ。
気にせずに、お食事を続けてくれれば、幸いだ。

では、始めまして。ターニャ・デグレチャフ魔導少尉候補生だ。
なんと、クソッたれの軍隊め、8歳児を、帝国軍魔導士官学校に入れやがった。
てっきり、義務教育が終了するまでの余裕が有るかと思っていた。
なんでも、戦時特例だそうで、魔導師の強制徴募対象となるのが嫌なら、士官学校しか選択肢がないと。

連中、小学生くらいの子供にすら、軍事教練を始め出した。
魔導師適正の高い子供は、子供であっても幼年学校という名目で、囲い込む気が満々である。
ちなみに、笑うほかにないのだが、幼年学校には、入学資格として年齢制限がある。

だが、士官学校にはないのだ。
ある意味では、実力主義ここに極まれりとも言うほかにないだろう。
ちなみに、軍幼年学校をでても、士官にはなれない。
つまり、兵となるか、士官となるか、この年齢で魔導師は決めろと言いやがるのか?

まあ、自分の適性の中途半端な高さを呪うことにしよう。
主よ、存在Xに呪いあれ。つまり、神が、存在Xであれば、自分を呪われたし。
違うのであれば、神を詐称する奴に災いあれ、というわけである。

今すぐにでも、何とか、この狂った世界から抜け出したいが、そうもいっていられないらしい。
そういうわけで、士官学校の試験に飛び込み、無事合格というわけだ。
曲がりなりにも、中身がそこそこにはエリート出ということもあって、さすがに、この程度は受かるよ。

なにしろ、本気でこれしか選択肢がないとわかれば、人間どんなことでもやれる。
まして、子供の頭というのは、学習機能に関して天才的なのだ。
幼児は、全員天才だと、改めて痛感せざるを得ない。言語一つとっても、幼児は、勝手に習得できるのだ。


まあ、そういうわけで、楽しい楽しい魔法のお勉強だ。
極論からいうと、生まれ持った才能依存の誤魔化しとも言うのだが。

なにしろ、個々人の魔力絶対保有量は、個人の魔力保持可能量に依存する。
まあ、タンクにどれだけ入れられるかということである。

そして、魔力の供給は、個人の魔力生成可能量による。
ようは、タンクにどれだけ給水できるかということである。

で、魔力放出量は、一時に行使できる魔法の規模を決定する。
つまり、タンクから、どれだけ最大量水を出せるかということである。

生まれ持った才能依存というのは、要するにタンクとホース、それに、給水力は、変えられないということにある。
無論、運用によって、生まれ持った差をカバーすることはできる。
だから、我々は、それを運用によって誤魔化す教育を受けるのである。
だが、適性が高い方が、有利であるのも、紛れもない事実。

故に、魔導師の戦力化に際しては、魔力による事象の発動を、効果的に行うべく、演算宝珠が重要となる。
世界に干渉し、変化を強制的に惹き起こす魔法。
その干渉力を最大化するために、最適化する演算宝珠は極めて重要な要素だ。

演算宝珠抜きでは、人体発火や、不思議パワーでテレビを騒がす程度の干渉しか世界には行えない。
逆に、適切な演算宝珠と一定以上の魔力があれば、個人で重火器並みの火力を行使し得る。
この発見は、この世界における軍事革命とも言うべき大発見であった。
当然、魔法という、これまで否定されていた概念の再評価と、魔力保持者の捜索が各国で行われるようになる。
これが、だいたい150年程前の話である。
まあ、ここら辺は、さほど重要でない魔力理論史や、魔力‐人体相関論の専門なので、促成教育に伴い省かれている。
興味があれば、図書室で漁ればよい。

それほどの、ものだ。
演算宝珠の価格は、品質による差があるにしても、極めて高価なものとなっている。
我々、魔導士官候補生に支給されている量産型一つで、我が軍の主力戦車並みの価格。
量産型でこれだ。個人向けにカスタマイズされた代物など、戦闘機並みの価格という。
まして、初期の演算宝珠は、あまりにも高価すぎた。
ゆえに、各国ともに研究にこそ取り組めども、本格的な実戦での運用となると、及び腰にならざるを得ないでいた。

例外が、列強としては新参格に相当する帝国である。
もともと、軍事大国として名高い国家であるだけに、その潜在的な可能性を高く評価。
むしろ、積極的に投資、研究に勤しんだ。
結果は、今日でも帝国が魔導戦力における優越を確保していることからも明白だ。
最も先駆的に魔導師を実戦投入した事で、投資に見合うだけの配当を手にしている。
それほどまでに、バルミラ極地事件、カラドニア半島介入戦争などの最初期における魔導師の軍事的戦果は絶大であった。

極端な例えだが、最も優秀な魔導師一人で、小隊から、中隊を一人で相手取れるのだ。
機動性は、歩兵でありながら、機械化部隊並み。
費用対効果を考慮しても、帝国の先見性は間違いなくあった。
・・・少なくとも、帝国軍魔導士官学校はそう主張している。
加えて、列強各国もそれ以来、なりふり構わず、魔導師の戦力化に励んできた。

では、そんな世界の戦争だ。
さぞかし、リリカルで、ファンタジーかというと、実に合理的にできている。
可能な限り、魔導師の能力を均質化し、戦力として、汎用性を確保しようという努力は涙目めぐましいほどである。
わざわざ、陸軍と分離した形で、空軍に続く第四軍として魔導軍があることを思えば、其の程が分かる。


だが、問題点が二点ある。
まず、個人差が大きいのだ。どうしても、個人技の範疇が大きい。
さらに、魔導師の絶対数が、少ない。
なるほど、かき集めれば、数個師団、或いは、無茶をすれば軍団程度は、編成できるかもしれない。
だが、それが限界なのだ。それでは、全面戦争はできない。
100万の予備戦力を持つ相手国がいるとして、せいぜい2~3万の魔導兵だけでは、物量に蹂躙されるのみだ。

当然、通常の質量兵器が飛び交う世界で、時たま魔法が飛び交うという何とも夢もかけらもない戦争が繰り広げられる。
そして、帝国は、戦争が大好きだが、どうも発想が私の世界で言うところの一次大戦型だ。
つまるところ、機械による生身の虐殺が、待ちかまえているか、二次大戦のようにボロボロにされるかだ。

世界中で、小競り合いが頻発し、各列強の代理戦争が前哨戦として始まっている。
一応、帝国と各列強は名目上中立関係ではあるが、情勢はいよいよ緊迫してきた。
神と、悪魔も、もうすぐ大忙しとなるような、とにかくろくでもない世界の蓋が開きかけている。

そんなご時世だ。
士官学校の教育を時間をかけて何年もと、ご丁寧にやってくれるはずもない。
情勢の悪化に伴う、短期促成というやつだ。
本来は、4年かけて行う教育を、なんと2年でやるという。
それも、魔導師としての訓練と、陸軍部隊との協同の関係上不可欠な陸戦に関する教育込みでだ。

一年目に行うべき普通学、つまり物理・数学・語学・一般教養は、なんと任意学習対象ときた。
さすがに弾道計算や魔導処理係数程度はやるにしても、公式を叩きこまれ、あとは実地だというではないか。
体力育成を兼ねて、野外演習に、魔法理論を、一年目で、徹底的に履修。
最後の、2か月ほど隊附という名目で、野外行軍の一環と称して国境付近の陸軍部隊で研修。
不幸な誤射や、偶発的な暴発事件が頻発する愉快な、国境音楽を子守唄にトーチカの薄暗いひと隅で死んだように眠る2か月。
これにて、二号生から、一号生に進級となるわけだ。

その後は、より高度な戦術的指導や、各種技術の研鑽と、二号生の指導というわけである。
ここで、部下の扱い方をまなび、あるいは、魔導師としての専門的な戦闘技術を身につけることとなる。
そして、実質的に陸軍の指揮系統に組み込まれることになるため、2ヶ月ほどは陸軍士官学校で最終課程を行う。
これで、陸軍側の試験に合格できれば、晴れて、教育が完了することになる。
この2年の教育を完了すれば、どうなるかと言えば、栄光ある帝国軍魔導少尉殿に任官できるという次第。

どういうことかと言えばだ。
9歳児の先任少尉候補生様として、英雄願望の間抜けどもを、教育しなおすという、大変ありがたい職責を賜ったのである。

そんな、時間があれば、自分が生き残るための研鑽をしたいので、正直迷惑極まりない。
しかし、微妙な問題として、私は比較的成績優秀な少尉候補生として、この任務を与えられている。
つまり、より上級の選抜将校としての、資質をテストされている身でもあるのだ。

率直に言うと、連中がいつ死のうが、私の知ったことではない。
だが、連中の統率を失敗すると、私に無能の烙印が一つ押され、その分、価値がないとみなされるわけだ。
そうなれば、生存率に良からぬ影響がもたらされることとなるだろう。

「栄光ある帝国軍魔導士官学校の狭き門を潜り抜けてきた、諸君。合格おめでとう。」

貧しくとも、ただで学べるうえに、給料さえもらえる素晴らしい環境だ。
当然、競争率は軍が小競り合いで死者が出ていようと関係ないようだ。
自殺死亡者どもか?選択肢がなくて、ここに消極的選択として入ってきた、私と同じ口は何人いる?
まあ、うん、学歴エリートの仲間入りおめでとう、と言ったところだろう。
落ちこぼれたら、相当悲惨だが。

「私は、諸君ら二号生の指導先任となるターニャ・デグレチャフ一号生である。」

本来ならば、四号から始まるべきにもかかわらず、促成教育とのこと。
ここにいるのは、わずか2期分に過ぎない。
だから、こんなにも、不慣れで、遣りたくない仕事を、気がつけば遣る羽目になっている。

しかし、教育任務に従事する私の同輩は何人くらいだろうか?
命令とあれば、即座に行動。軍の原則というだけのことはある。
先立って、私が指導先任となることを教えられたのは、つい1時間前だ。
本当に、嘆かわしいくらいドタバタしている。

「はっきりと言おう。我々は、実に困難な情勢において、常に最良の結果を求められる。」

というか、死ぬような戦場に行きたくない。
捨て駒にされたくなければ、私は、常に帝国にとって惜しむに足る価値を提示する必要がある。
人事の発想は、究極的には費用対効果だ。
軍隊の評価とは、極めてしまえばコストの発想に近いものがある。
要するに、ここで使い捨てても惜しくないか、最後まで使いたいかだ。
まあ、兵隊を使い捨てとはさすがに思いたくないが。

「だが、安堵してほしい。我々は、貴様らに期待しない。だから私としては、望む。私を絶望させるなと。」

名目上、指導する義務があるが、これは率直な意見でもある。
自分の身を守ることが最優先。諸君が、弾よけにでもなってくれるならば、大歓迎。
せいぜい、無能で無いことを期待したい。

というか、足を引っ張らないでいてくれればベターだ。
出世に役立つなら、ベストと表現してやるが。

「断わっておくと、私の使命は、帝国軍の防疫である。すなわち、無能という疫病を、帝国軍から排除することにある。」

大学の教授に偏屈なゼミ指導で有名な教授がいたが、今ならお気持ちがよくわかる。
無能な学生、それを社会に出すことで、自分の評価がどうなるかわかるのだ。
当然、間引くにきまっている。その程度も間引けないと、評価されたくはない。

「かかる情勢下において、帝国軍に無能が蔓延するを許すは、罪ですらある。」

ついでに言えば、ここで建前論を言っておくことは、保身にもつながる。
軍事国家で、国家への忠誠心を疑われるほど厄介なことはない。
さすがに、帝国に政治将校はいないとしても、面倒事は避けるべきだろう。
逆に、忠誠心が確かだと認められれば、後々生き残りやすい。
敗戦後は怖いが、だからこそ負けられないし、ついでにいうならば、そこまで生きていられるかが先だ。

「諸君は、48時間以内に、私の手を煩わせることなく、自発的に退校可能である。」

居並ぶ新入生を、何とも無しに見やりながら、できれば、有能、無能関係なく、減ってくれることを祈りたい。
有能すぎれば、競争相手になり、無能すぎれば、足を引っ張る。
まあ、有能な分には、我慢もできるが。
本当に、救い難い無能は、今後の私の評価に悪影響を及ぼしかねないので、なんとしても排除する必要がある。
早期自発的退職を募集するようなものだ。

「誠に遺憾ながら、48時間有っても、自分が無能であると判断できない間抜けは、私が間引かねばならぬ。」

誠に、遺憾ながら大半の新入生は、10代後半である。
すなわち、それほどの年月がありながら、自分が有能か、無能かの正常な判断ができないアホもいるわけである。
まあ、見た目ようじょにこれほど悪しざまに罵られているのだ。憤っている連中が多数いるのが、正常な反応。
とはいえ、馬鹿ばかりだというのがよくわかる。子供ではないか。戦争に連れて行って何が楽しいのだろうか?
つまるところ、これは愚痴に過ぎないが、それでも言いたとして、口に出てしまう。

「まあ、ヴァルハラへ行くまでの短い付き合いではあるが、新兵諸君、地獄へようこそ。」

まあ、できれば、諸君が行くまでの間、となるのが一番理想的ではあるが。
ともかく、歓迎しよう。新しい新入生に多少愛想を振りまいておくのも重要だ。
かつては説明会の後で、少々無感情すぎると上司から注意されたものだけに、一応気を付けたい。
嫌われ過ぎると、下手なところで、足を引っ張られるのが、人間社会なのだから。

視点変更:一般

「栄光ある帝国軍魔導士官学校の狭き門を潜り抜けてきた、諸君。合格おめでとう。」

あれほど、淡々と祝われては、言祝がれている当事者達が、それと気付かないのではないか?
そう、おもわず益体もないことが、頭をよぎるほど、彼女の第一声は平坦であった。
成績だけ見るならば、優秀な生徒だ。

やや、理論よりも実践を重視する傾向から、微妙に評価が難しい。
しかし、席次こそ、第3席だが、首席との点数差はわずかに3点。
長距離非魔導依存行軍と、近接格闘演習以外の教科では、彼女が常に一つ頭飛びぬけている。
体格や、そもそもの年齢を考慮すれば、実質的に首席と言ってさえよい。

そう、評価は難しい。
9歳児として、天才であると評すべきか、9歳児にして、完成しているというべきか。
ともかく、必要な水準を満たしてはいる。

おそらく、彼女は必要とあらば、明日からでも現場に出せる。それほどまでに、完成されているのだ。

間違いなく今と同様に、唐突に小隊や分隊を与えられても、動じることなく掌握するだろう。
というか、既にした。やってのけた。

今さらながら、本当に、9歳の餓鬼かと、思わず教官達で頭を抱えるだけのことはある。

魔導師の精神は概ね早熟だとしても、これは異常だ。
普通、大多数の見ず知らずの人間の前で、前準備なしでのスピーチ。
確かに、士官ともなれば、これは当たり前に行うべきことだ。
しかし、間違っても士官学校の生徒が慣れているようなことではない。

「私は、諸君ら二号生の指導先任となるターニャ・デグレチャフ一号生である。」

彼女は、なんだろうか。
そう、我々の教え子である、一号生だ。
しかし、我々は彼女を教えているという実感がない。
まれに前線研修で人が変わるという話は聞くが、この一号生、二号生の時からなんら変わらない。
つまりは、これが地なのだ。

「はっきりと言おう。我々は、実に困難な情勢において、常に最良の結果を求められる。」

そう、情勢が悪化しているのは、周知の事実。
だが、彼女ほど、そのことを深刻に受け止めている人間は、現役でもさほど多くはない。
研修先の陸軍部隊からは、陸軍大学への推薦状が二号生の時点で送られてきている。
曰く、今すぐにでも、陸軍に欲しい。

「だが、安堵してほしい。我々は、貴様らに期待しない。だから私としては、望む。私を絶望させるなと。」

有象無象を眺めやる視線は、なにがしかの矜持をもつ新兵ならば、反発するに足るだろう。
過酷な教練を乗り越えるためには、その何くそという反発が大きな力となる。
自分達も、新兵のころは指導軍曹を鬼か悪魔かと思い大いに恨んだものだ。
それを、思えば彼女の演説は新任どもを迎える上で、最適の選択をしている。
だが、今さらであるが、自分と年が変わらないどころか、幼い少女だ。
それを為しているということを、二号生は理解できていないのだろう。

「断わっておくと、私の使命は、帝国軍の防疫である。すなわち、無能という疫病を、帝国軍から排除することにある。」

だが、これは、彼女の嘘偽りなき本心だろう。
新入りの彼女を侮った当時の指導先任である一号生は、今や使い物にならない廃物とされている。
戦略・戦術理論で、新入りに足を取られて、教官から苦言を言われた。
総合分隊対抗演習で、洗礼を浴びせるべき一号生が、二号生の分隊に打ちのめされるという最悪の記録を刻まれた。
極めつけには、魔導師として、条件的優位にありながら、教導演習で一方的に弄ばれた。

自我のつよい人間が、発狂してしまうには、十分すぎる条件だった。
なによりも、当時の指導先任生を発狂させたトリガーは、彼女が、彼をそもそも歯牙にかけないことだった。
彼女にしてみれば、彼は、無価値であり、同時に、積極的に排除するほどのものでもないという認識。

「かかる情勢下において、帝国軍に無能が蔓延するを許すは、罪ですらある。」

まさしく、彼女は有能極まりない防疫官であった。
帝国の利とならない、無能は排除し、弾よけ程度は、容認する。
無能を蔓延させるは、罪だというのも完全な本心だろう。
費用対効果の概念に、実に忠実だ。・・・忠実すぎるほどに。

「諸君は、48時間以内に、私の手を煩わせることなく、自発的に退校可能である。」

低能がいるとすれば、48時間の意味を知らない間抜けくらいだろう。
入学後、48時間に申し出れば、入校辞退と同じ扱いになる。
つまみだされるのと、辞退を申し出るのでは、全く意味合いが異なる。
覚悟なきものを、選別するという意味にいては、まあ、配慮された制度だろう。

「誠に遺憾ながら、48時間有っても、自分が無能であると判断できない間抜けは、私が間引かねばならぬ。」

遺憾と言うが、彼女は、仕事と判断して、一切情け容赦なくやりかねない。
むしろ、其の手間を惜しむかのようだ。いや、そうなのだろう。
どうも、彼女は、極端だ。
矯正できる可能性を、評価せずに、費用対効果なしと判断すれば、すぐ切る傾向がある。
教育者としては、微妙だろう。
実戦指揮官向きなのかもしれない。
確かに、前線では、無能は最悪の悪夢を味方にもたらす。

「まあ、ヴァルハラへ行くまでの短い付き合いではあるが、新兵諸君、地獄へようこそ。」


視点回帰:デグレチャフ

さて、士官学校の一日とは、清掃に始まり、野戦演習その後の用具整備で終わる。
極端な事であるが、促成教育で求められるのは、実戦的な士官である。
当然、おかざりでなく、実戦で戦える事が求められる。
どこまで、達成できるかという問題はあるにしてもだ。
だからこそ、徹底した教育が追求される。
そのため最近では、教育プログラムがより実戦的になりつつあるという。

例えば、一号生になって、最初の山場が、銃殺隊だ。
社会の屑と上層部が判断した、標的。つまりは、死刑囚を我々候補生が処刑し、二号生は楽しい見学タイムとなる。

本日私は、自分の分隊を率いての、第二回目の銃殺隊である。
といっても、前回同様、教官の指示に従って、発砲するだけであるが。
的となっているのは、連続婦女暴行殺人犯。
検察、弁護の双方が、事実認定ではなく、被告の精神状態と情状酌量で闘争したというから、真黒である。
だから、こうして、我々の下に送られてくるわけであり、私が銃殺隊を指揮している。

ちなみに、こう言ってはあれだが。
経験談として言うならば。一回目は比較的楽だ。なにしろ、死刑にふさわしい犯罪者だと自己欺瞞できる。
引き金は、随分と引きやすい。だが、そのあと、自分達で撃った人間を、殺したのだと実感させられる。

なぜ、その日に限って朝食が軽めのものになっているか、よくよくわかるというものだ。
貴重な食料を、大地に還元する間抜けどこに喰わせるのは、確かにおしい。
軍隊とは、どこまでも、合理的な発想を重んじる組織であるということが、良くよくわかる。

加えて、長距離襲撃訓練は、抜き打ちで発令されるが、夕食が、妙に豪華であると、それがシグナルだ。
最後の晩餐、というわけでもないが、さっさと飲み込まなければ、食堂にやってきた教官殿之指定する時間に間に合わない。

本題にも戻ろう。
今日は、分隊で、死刑執行という実に精神衛生上愉快になれない仕事を行うわけである。
午前中の戦術論は、上の空になるのも、無理はないと言いたい。

「おい、デグレチャフ一号生。想定条件、攻勢。この状況で半包囲下におかれた部隊の取るべき戦術を述べよ。」

「はい、中央突破、背面展開、包囲殲滅が最適であります。」

どこぞのグータラ元帥ぐらいしか、やってのけらる人間はいないと思うのだが。
ブラックホールを背水にするのは、戦術であってもやりたいものではない。
まして、敵前でやれるかと言われればノーだ。
まあ、紅茶党は趣味が悪いから、麗しき珈琲党としては、真似すべきでないのだろう。

「状況防衛、かつ敵戦力が優勢の場合。」

「はい、一点突破による離脱、もしくは遅延部隊を設け、後退を推奨致します。」

最大のロマンは、当然島津さんちのまねごと。
関ヶ原からでも敵中突破は不可能じゃなかった。イエス、ウィ―キャン。
捨て奸は、エグイよね。人間業じゃないと思う。
理論上ならば、いくらでも選択肢がある。

「貴様が、分隊指揮官であるとする。この状況下での遅延戦闘の本旨は?」

分隊指揮官?
随分と、選択肢が乏しいシチュエーションである。
たぶん、指揮官に任官するとすれば、確かに分隊指揮官から始まるから、序の口としては当然か。

「はい、狙撃戦術が最適かと判断します。」

一人の犠牲で、みんな、特に自分が逃げられるのだ。
美辞麗句を尽くしてでも、これに限ると思いたい。
もちろん、全体には、そんなことは言わないが。
部隊と命運を共にする?お断りだ。給料くれる分以上の貢献は、する気がない。

「想定を追加、撤退が許可されない場合。」

「はい、敵の損害最大化、もしくは敵拘束時間の極大化のどちらかを戦術目標に設定していただきたいと思います。」

死守するなら、理論上は、敵に損害が大きすぎて、攻略を別の方に向けさせるか、拘束戦をするかだ。
当然、最後の最後で、降伏するし、指揮官の私は最後まで生き残るつもりであるが。
言うまでもないが、敵の捕虜となるのは、敵の物資を浪費させ、補給線に負荷をかけるためだ。
ようは、生き延びたい名目だけどね?
逆に拘束するだけなら、ひたすら守ればよい。
排除したい地点に拘束するというだけで、大きな戦果なのだ。

「何れの場合も述べよ。」

「はい。敵損耗最大化を目的とする場合、伏撃より混戦に持ち込み優勢なる敵支援投射能力の無力化に努めつつ、近接にて刺し違えます」

半包囲されるということは、要するに敵の支援火器になぶられるということを警戒する必要がある。
ならば、混戦こそが最も敵にとっては望ましくない戦闘だ。
なにしろ、誤射を恐れずに発砲し、こちらもろとも優勢な敵軍が吹き飛ぶか、泥沼の消耗戦かを敵に強要できるのだ。

「そして、敵拘束時間の最大化でありますが、少数の部隊を殿軍とし、ゲリラ的に出血を強要する戦術を採用します。」

具体的には、島津@関ヶ原である。捨て奸舐めると、撃ち抜くよ?
あの戦術を魔導師がやると、敵拘束は完全に目標を達成し得るだろう。
一人で、下手をすれば一般の歩兵中隊並みの戦力が分散して、遅延防御に努めるのだ。
突破には最大限の戦力を必要とし、多方面で戦力を展開する必要があるために所定の拘束は達成し得る。
なにより、島津とて、関ヶ原から主将は生き延びている。
私も、その過去の成功にあやかりたいものだ。

「・・・大変結構である。」

しかし、微妙に気になるところがある。
生き残り、存在Xに報復するためにも念を押しておくべきことだ。

「教官殿、質問をよろしいでしょうか。」

「かまわん。なんだ?」

「はい、半包囲下におかれるという想定は、攻防戦でありえる設定であります。」

例えば、一番ポピュラーな浸透強襲における第一挺団のような例だ。
第一挺団は戦線を突破し、突破力を消耗した際、後続の到着まで耐えることが求めらる。
だが、それは友軍部隊が存在する戦場で、複数の連携を前提とした過程だ。

「その通りだ。一般的に、部隊の孤立は忌むべきではあるが、ままあることである。」

突破破砕射撃で粉砕でもされない限り、突破戦において、一時的に孤立することはままある。
だから、半包囲下で持久せよという、想定は士官ならば、ごく当たり前にやらされる命題といえよう。

「はい、ですが、敵が優勢、かつ後退が許されない状況とは?」

だが、敵が優勢、かつ後退が許されない状況というのは、微妙な想定だ。
たいていの場合、殿軍やそれに準じる形式とならざるを得ない。
少なくとも、攻勢に転じるまでの遅延防御ではなく、攻勢下での耐久とは、負けている側の軍隊だ。

「なにが、言いたいのかね?」

「はい、死守命令が、下される状況は、どの程度ありえるのでありましょうか。」

できの悪くないオツムは、この子供の体故に大量のエネルギーをどうしても必要とする。
だが、解答は導き出せる。最も一般的な予測は、我が軍が不利になりつつあるということ。
しかし、未だ列強間での本格的な衝突が始まっていないこの現状で、その予測はどこからくる?

「珍しいな、怖気づいたのか?」

っ、要するに、頭でっかちであることを見破られて?

顔面が、思わず強張りそうになる。
ばれたら、発覚したら当然戦意過小との評価で、内申に響く。

「はい、いいえ。教官殿。」

声は、震えていないだろうか?
最大限、平静を装っているつもりだが、動揺を表に出すわけにはいかない。
相手の眼を、耐えがたきを耐える意志で持って睨み返し、内心の動揺を糊塗せねば。

「・・・ならば、よし。」



[24734] 第二話 良い一日。
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/01/31 20:25
視点:一般(教官)

銃殺隊を、士官学校候補生に行わせるのは、何故か?
彼らが、実際に戦地に赴き、殺人を行うことが、確実に見込まれるからである。
だから、前線に準じる国境警備研修で、硝煙の香りを嗅がせる。
その匂いを復習し、定着させるために、わざわざ銃殺を執行させるのだ。

「おい、デグレチャフ一号生。想定条件、攻勢。この状況で半包囲下におかれた部隊の取るべき戦術を述べよ。」

「はい、中央突破、背面展開、包囲殲滅が最適であります。」

だから、この時期に多少なりとも、多くの士官候補生は動揺する。
人を殺すということの意味を、考えすぎて、壊れかけるのだ。
生命を奪うという事は、本質的にそういうものだ。
どの動物が同族殺しを積極的に行おうか!
まさに、人間の呪われた特権としか思えないような代物だ。
いや、だからこそ、我々は殺人という行為の忌避感を乗り越えさせねばならない。
だが。平然とした表情のデグレチャフは、淡々と自明の解答を読み上げるように応じてくる。
学業に逃げる秀才、というのではない。過去の経験からいって、そういう連中はどこか思いつめた口調になる。
だが、彼女は、明日の食事を伝えられて、知識として了解しつつ今日を過ごすにはさしたる影響も無しという態度。
むしろ、無意識のうちに奴は嗤っている。
やってのけると言わんばかりに、気さくな雰囲気なのだ。
いや、奴にしてみれば、銃殺を命じられる意図を理解しても、意味が理解できていないのかもしれない。

私自身、激戦区帰りの古参兵に、新兵に対するフォローをしているような気分だ。

「状況防衛、かつ敵戦力が優勢の場合。」

「はい、一点突破による離脱、もしくは遅延部隊を設け、後退を推奨致します。」

想定状況を悪化させ、貴様にやってのけられるのかという問いかけを視線に乗せる。
だが、解答は模範的かつ、迅速なもの。
まるで、軽い問いかけに応じるかのようなごくごく冷静な解答。
むしろ、これが魔導士官としての有るべき模範なのかとすら、錯覚させるほどあっさりとだ。
葛藤も、躊躇も存在していない。
つまりは、気負いがないのだ。
歩けと言われて、歩く程度、普通にできるというような自然体なのだ。

「貴様が、分隊指揮官であるとする。この状況下での遅延戦闘の本旨は?」

では、士官として最初に遭遇しうる状況でどう処理する?
国境研修で上がってきた報告は、彼女でなければ別人の報告と混同されたと断じて良い代物だった。
実質的な機会さえあれば、敵兵を前に舌舐めずりしかねない程だと所見があった。
叩き上げの中隊付き軍曹によれば、行為だけを見れば、歴戦の士官同等であり、良く部下を苛めたと褒めている。
訓練で、これほどまでに兵を苛めぬいた将校はおらず、彼女の在任中に実戦が無かったのは実に不幸だとすら記載された。
指揮官先頭の精神で、屈強な兵士が悲鳴を上げる長距離浸透訓練を、実質敵地で行う。
あれは、訓練という名目の匪賊討伐だと、報告書を見た将校は一致している。
完全戦闘装備で、夜間に、匪賊徘徊地域を、長距離浸透襲撃行程で孤立した友軍基地まで、行軍。
誰にとって幸運なのか、わからないものの、匪賊に遭遇せず。
遭遇していれば、虐殺か、屠殺か、蹂躙かの何れかだろう。
曰く、敵よりも候補生殿が恐ろしいと、良い意味で言わしめた、らしい。

「はい、狙撃戦術が最適かと判断します。」

完璧すぎる解答。
分隊の兵士たちは、訓練時、徹底した遂行能力を強要されたという。
曰く、やるか、私に処分されるか選べと。
反抗した数名の兵士は、躊躇なくライフルで撃たれている。
いや、正確な名目上の理由は、銃の暴発事故。
間抜けな兵士が、夜間行軍演習中に整備不良や、不注意で大けがをしたというだけのことだ。
本来、責任者の責任が追及されるような形式での報告だが、だれも、額面通りにそれを受け取らない。
受け取れるわけがないのだ。

・・・偶然兵士に銃口が向かった状態で、銃が何度も暴発?

それこそ、冗談に過ぎない。

この文字通り鉄血の統制によって、彼女の長距離浸透襲撃行程時には、ツーマンセルでの分散進撃ができていた。

兵士が嫌がる狙撃戦術も、彼女ならば命じれば、兵は従うのだろうと信じられるから恐ろしい。

「想定を追加、撤退が許可されない場合。」

「はい、敵の損害最大化、もしくは敵拘束時間の極大化のどちらかを戦術目標に設定していただきたいと思います。」

淡々と言ってのける。
若者特有の、軍事的な浪漫ティズムとは無縁の、ごくごく計算式に従っての解答。
戦場に酔うのではなく、唾棄しつつ、最高の解答を計算している結果としての解答。
もはや、私は、士官候補生を教えているという気にはなれない。
なにか、少女の皮をかぶった戦闘機械に語りかけているのだろうか?

「何れの場合も述べよ。」

「はい。敵損耗最大化を目的とする場合、伏撃より混戦に持ち込み優勢なる敵支援投射能力の無力化に努めつつ、近接にて刺し違えます」

生まれは、誰も知らない。
彼女は、孤児院出身であり、魔導師の適性があるがために、兵士として徴兵される代わりに、こちらに来た。
適うならば、親の顔が見てみたいものだ。
人が、この少女を産みえるものだろうか?
人以外の何かが、兵器として産むべきを誤って、人として生んだのではないのか?

「そして、敵拘束時間の最大化でありますが、少数の部隊を殿軍とし、ゲリラ的に出血を強要する戦術を採用します。」

士官学校の採点としては、決して完璧で無い解答。
敵拘束時間の最大化には、理論上は、徹底的な遅延防御が最適だとされる。
少数の分散は、確固撃破の対象であり、最もさけるべき戦力配置と、教えている。
だが、どうだ。
理論はともかくとして、実践は異なるのだ。言うは易し。だが、それを実践するのは別の議論だ。
実戦で、最も恐れるべきは、彼女の解答なのだ。
戦場で、実戦で、最も最適な解答を、彼女は教わらずとも知悉している。

「・・・大変結構である。」

このまま、前線に送り出そうとも、なんら問題なく、彼女は活躍するのではないか?
正直なところ、彼女を教育するということは、これ以上無意味なこともないように思えてならぬ。
前線帰りで、硝煙と帰り血の臭いを燻らせる野戦指揮官に、指揮官のイロハを説くように思えてならない。
だが、彼女は、貪欲な知識欲を持ち、かつ頭の回転が廻る。

「教官殿、質問をよろしいでしょうか。」

「かまわん。なんだ?」

「はい、半包囲下におかれるという想定は、攻防戦でありえる設定であります。」

そう。士官学校の教育においても、一般的に想定される事例である。
やや、乏しい事態であるのは事実だが、設問としては不思議なものではない。
そして、実戦でも、少なからずの将校が直面してきた。

「その通りだ。一般的に、部隊の孤立は忌むべきではあるが、ままあることである。」

だから、最悪を想定して、対応していることは、最悪に備えるという軍隊の性質上、誤ったことではない。
促成教育にも関わらず、この分野は削減されていないのだ。
当然、それだけ重要な戦術上の判断が迫られるという想定だ。

「はい、ですが、敵が優勢、かつ後退が許されない状況とは?」

だが、敵が優勢、かつ後退が許されない状況というのは、微妙な想定だ。
たいていの場合、殿軍やそれに準じる形式とならざるを得ない。
少なくとも、攻勢に転じるまでの遅延防御ではなく、攻勢下での耐久とは、負けている側の軍隊だ。
つまりは、劣勢に追い込まれつつある帝国の有りうる未来なのだ。

「なにが、言いたいのかね?」

「はい、死守命令が、下される状況は、どの程度ありえるのでありましょうか。」

できの悪くないオツムは、この子供の体故に大量のエネルギーをどうしても必要とする。
だが、解答は導き出せる。最も一般的な予測は、我が軍が不利になりつつあるということ。
しかし、未だ列強間での本格的な衝突が始まっていないこの現状で、その予測はどこからくる?

「珍しいな、怖気づいたのか?」

我ながら、うかつであった。
彼女の人間らしさが発露したと、ただ、咄嗟に誤解してしまっていた。
その誤解に安堵し、不覚にも適切でない質問を、考えればわかるようなミスをしてしまう。

「はい、いいえ。教官殿。」

冗談でも、訊ねるべきではなかった。
そう、即座に後悔する。
眼にあるのは、至誠。
疑われたことに対して、わずかながらも隠しきれない反発。
どれほどの憤怒がその胸中には渦巻いているのだろうか。
聞くべきでなかった。

「・・・ならば、よし。」

理解する。
彼女は、戦局を理解し、その上で、なお覚悟を決めている。
驚くべきことに、その対処すら考慮の上でだ。
明確な意思で持って、其の手に武器をとれる。


視点回帰:デグレチャフ


精巧な戦争機械をして、耐えがたい負荷とは何か?
実のところ、歴史的にみた場合、戦争の決定打なるものは存在せず、支配戦略も皆無である。
なるほど、ドイツはその強大な戦力を維持することに失敗した。
一次大戦も二次大戦も、ドイツは最終的な敗者だ。
だが、一つ留意しておくべき事項がある。
少なくとも、一次世界大戦時、ドイツはロシアを破り、二次大戦時はフランスを降した。
だが、経験則から捕捉しておくと、一次大戦のドイツ敗戦要因は、国力の限界だけにはとどまらない。
中から破れたのではないか?
精巧な戦争機械とて錆びつけば、それまでだ。

まあ、共産主義以上に軍部独裁も悪質なので、どちらもどっこいだろう。
ロシアの一次大戦敗戦要因とて、国内の情勢が主たる理由なのだから、国内を政治的にクリーンするのは常識だ。
だから、この世界においても統治サイドがごくごく常識的に国内の潜在的敵対勢力を削ぐのは合理的。
反抗する連中を取り締まるのは、もっと自明。

当然、その取り締まられた連中に対峙するのは、国家のみが所有する暴力装置。
すなわち、私こと、ターニャ・デグレチャフ一号生が属する帝国軍というわけだ。
精確を期すならば、帝国軍憲兵司令部や、野戦憲兵隊の専門だがね。
細かいことは、実際にはどうでもいいことでもある。
なにしろ、これからそういう憲兵隊の下請け作業だ。

銃殺の指揮を執るという微妙にありがたいのか、ありがたくないのかわからない仕事なのだ。

・・・仕事は、前向きに取り組んだ方が精神衛生上望ましい。
勤労意欲もわいてくる上に、効率もそちらの方が望ましいとされる。
如何に、部下の意欲を引き出すかということも重要だが、まずは、自分からとも。

よし、善は急げ。今日できることを、明日に持ちこすな。
その視点で、考えをきり替える。
すなわち、銃殺の指揮は、人を殺すという一点からは解放されない。
しかし、直接手を降すわけではない。
そう、個々が重要。
銃殺の指揮って、良く考えると自分で撃たなくてよいですね。
考え方を変えてみればよいという結論は実に正しい。
すなわち、あいあむ無罪。
引き金を引くのは、同期の面々。
銃殺命令を出すのは、お偉いさん。
私は、ただのメッセンジャー。
つまりは、組織の一歯車。
むしろ、その潤滑油。
結論は、実に気分よく仕事をさせてくれそうだ。

「なにか言い残すことは?」

本日の銃殺対象は、筋金入りの共和主義者。ああ、共産主義者の疑いもある?
国境侵犯の上げくに、偽装した戸籍で帝都で騒乱を引き起こそうとしたそうな。
達が悪いことに、越境の際に、国境警備隊を襲撃し、警備兵に死者までださせている。
罪状は真黒。

「目覚めよ!何故、君達は、同じ階級から搾取せんとするのだ!」

本人は、それを恥じるどころか、堂々と述べるありさま。
要するに、信念のある男だ。
立派な男だ。資料として渡された供述調書によれば、堂々と自説を展開している。
軍上層部が搾取構造に味方し、本来は許されるはずもない皇帝専制に味方した?
本来、社会には支配構造など無意味であり、それは階級の欺瞞である?
てっきり、尋問に当たった憲兵隊が締め上げて無理やり自供させたのだろうな。
そんな風に、誤解するほどに典型的な共産主義的イデオロギーが散々記載されていたが・・・。

これは、本物のアカではないか。

「ああ共産主義者かな?なかなか、御立派な信念をお持ちのようだ。」

まったく、なかなか御立派なゴキブリモドキではないか。
しぶとさではゴキブリを上回り、自己の正義に陶酔し、周囲の迷惑を顧みないなど、道徳観はゴキブリ以下だ。
まだ、修正主義者ならば、汚泥を飲み込む程度には我慢できるというのに、これは共産主義者だ。
本物の。
吐き気を催したくなる。
自分が、相対する世界。
その中に、こういった本物の狂人どもがいるとは!!
さっさと、共産主義者同士、自己批判なり、総括なりして、自浄してくれればよいものを!

目的のためには、何だって許されると勘違いしている共産主義者?
宗教の原理主義並みに危険思想であり、連中が夢破れるまで付き合えと?

おお、存在Xめ!よっぽど無神論が嫌いと見える!!
それほどまでに、私を屈服させたいのか!
よろしい、自由意思はなによりも重要だ。
私は、私の愛する自由と権利のために最後の一歩まで譲歩することなく、不断の権利擁護に努めて見せる。

「・・・子供か。無批判になるな!自分の頭で考えよ!君は、騙されているのだ!!

「つまりは?」

「悟れ!体制の狗だと!」

御立派だ。本当に御立派だ。
自分が正しいと信じてやまない本物どころか純正の共産主義者だ。
そんなに、みんなで貧しくなりたいならば、人を巻き込まずに自分たちで不幸を共有してほしいものだが。
なにより、ここで私に変に言葉を残さないでくれないだろうか。
これは、一種の踏み絵であり、ここで動揺すれば、御目付の教官殿から、何と評価されるか。
いや、私の名目上の指揮下にある銃殺隊への影響すら私には、マイナス評価になりかねん。
全くもって迷惑な存在だ。

「失敬な。私は、諸君が爆破し、吹き飛ばそうとした無辜の市民を守る軍人だよ。」

故に、私は反論せねばならない。
これ以上、このゴキブリに囀られる前に、叩きのめしてでも黙らせねばならない。
故に、演算宝珠を起動。
殺さず、生かさず。この曖昧さはバランスが重要だ。

「自分の頭で考えよか。実に、ご正論である。素晴らしい正論だ。ぜひとも、参考にさせていただこう。」

対象周辺の酸素を瞬間的に消費。呼吸困難になり、口をパクパクさせる姿は、共産主義者のしぶとさか。
しばらくは、さすがに黙っているだろう。
まあ、顔面が赤くなったり青くなったりするのは、生物学的反応として見ておく。
共産主義者なのだから、紅くなるべきだろうに。
赤が見足りなくて、内ゲバなぞやっているのではないのだろうか?

「だが、やはり、考えてみたが下郎の囀りを耳に入れるのは不快なのだ。」

大学で、一番前の席に何故座らないと思う?
簡単だ。アジ演説をする間抜けが未だに大学の学籍にしがみついているからだ。
内ゲバと総括で全滅すればよいものを。
自分達に未来が無いからと、私達を勧誘し、あまつさえ、貴重な時間の効用を低下させる下郎どもがいた。
我々が、適切にその無価値なものを無視することによって、辛うじて時間の浪費を避けているにも関わらずだ。
あの、アホどもはビラを配り、アジ演説をし、立て看板をたてるなど、資源の浪費も甚だしい連中であった。
奴らなど追放してしまう方が、よほど大学の人的資源投資効率上望ましいはずなのだが。
まあ、ゴキブリと同じか?

「私は、あくまでも指揮官なのでな?今殺すわけにはいかないのだ。残念ながら。」

本当に、銃殺なんぞ、趣味ではないものの、共産主義者と赤とマルキストならば、自分でやってしまってもよい気がする。
これが、所謂攻撃性なのだろうか?
組合にしたところで、双方にとって合理的な解決策の模索をするのはまだしも、旧国鉄系のはしぶといと聞く。
一切合財含めて、共産主義者の跳躍跋扈を防止するのは、人類共通の責務ではないのだろうか?
共産主義者が自前で飢えてくれるのは、自由だが、一緒に私を飢えに巻き込もうとすることには、断じて抵抗する。

「このままではいつか破綻する日が来るぞ、であっているかな?」

連中の言うことは、いつもきまっている。
軍靴の足音が聞こえてくるだの、平和万歳だの、武器を捨てて、バンコクノロウドウシャヨダンケツセヨだ。
実に正論だ。
だから、お願いだから、其の正論で持って、戦場の前に立ってほしい。
非武装宣言なりなんなり、敵前で勝手にやってほしい。
私と、はっきりと明確に無関係であるという前提条件で。
きっと、きっと、それで私の苦労は半分くらいは軽くなるのだから。

「ふむ、深謀遠慮のほど恐れ入る。」

本当に、彼らは我々の理解できない世界に生きている。
確か、ソ連の未来は電化にありだっただろうか?
建国早々電気椅子を賛美するとは、恐ろしい国家もあったものだ。
私は、民主主義国家で座り心地の微妙な普通の椅子で十分なのだ。
帝国主義の襤褸椅子であったとしても、最新のソ連式電気椅子はごめんこうむりたい。

「だが、いかんせん、あなた方の言うプロパガンダで、何といったか・・・」

そして、ここはアピールポイント。
反体制派に対してシンパシーを感じるのではなく、攻撃性を持っていることをアピール。
これに理屈付けと模範的な解答ができれば、評価は上昇間違いなし。

「ああ、近視眼的で感情的な生き物なのだ。」

なによりも、最近どうも戦意や体制への忠誠に関して、教官から問われる機会が増えている。
教官が何を考えているか、相手の立場に立って考えてみれば、一目瞭然。
要するに、危惧されているということだ。
指導する立場を任されてはいるので、一応戦意はともかく、帝国への忠誠心皆無という事はごまかせているはずだが。
なににせよ、徹底しておくことにしくはなし。

「私は、私が守るべき人々の敵を撃たねばならない。」

本音で会話するならば、共産主義者は、嫌いだし。
プロ市民もあれだが。
正直、リストラしただけで、会社に対して抗議デモとはひどくないだろうか。
まあ、会社が生活を保証すべきという発想も分からないではないけれどもね?
それは、共産主義の世界の発想だと、どうして分からないのだろうか?

「それで十分ではないのかね?少なくとも、無辜の人々を吹き飛ばすために正論を吐くよりは、よほどましだと思うのだが。」

ああ、昔はさらにひどかった。
大手の企業がテロリズムに狙われることも多かったという。
ビルが爆破されたりと、散々な事も多かった。
共産主義者は爆破と、誘拐と、内ゲバにしか才能がないのかもしれないが。
ともかく、そう言った共産主義者が誤りを認めるかというと、何故か認めないのだ。

「必要な犠牲だった?とでも?。なるほど、悲痛な決意なのかね?」

搾取構造を批判し、爆弾で人間を吹き飛ばすことのどこに正当性を見出すのだろうか?
功利主義的概念から言えば、それで善が為されるならばいたしかたない。
しかし、労働者を労働者の味方と称する連中が吹き飛ばすとは!
なんたるアンチテーゼ!
造反有理!愛国無罪?だっただろうか。
世の中、まともな人間が苦労するというのは場所を全く選ばない共通事項なのだろう。
これが、世界的な真理だというならば、なるほど、私もなかなか悟りが開けそうだ。

存在Xが何を考えているのか、不明だが、これが奴の言う解脱なのだろうか?
(おそらく、何も考えていない短期的衝動にかられる存在だと私は疑ってやまないが・・・)
今一つ、わからないが、賢くなった。
知識を血肉とすることができたというのは大いなる喜びだ。

まあ、連中のいう労働者とは奴らの頭の中にだけ存在する不思議ちゃんかもしれないが。
さすがに、そこまでは付き合いきれぬ。
まだ、抑圧された貧困層の宗教的抵抗の方が理解しうる。
何故、精神科医が繁盛するのかよく理解できる。
世界に狂った連中が多ければ、一般人が苦労し、心が病むのだろう。
うむ、狂った連中は、自分から精神科の世話にはならないだろうし。
つまり、ここでの論理的な結論は、一般人のみが犠牲になる理不尽さだ。
許容するわけにもいかない。断じて、この事に対して抵抗する義務があるのだ。

「ならば、我らも百殺一戒で臨まねばなるまい。つまり、これも必要な犠牲ということだ。」

共産主義を許してはならない。
我々はそれを断じて許さない。
こういうスタンスを示す必要があるとしか思えない。
必要な犠牲というよりも、むしろ、必要なコストくらいなのかもしれない。

「ああ、囀るな下郎。どう言おうと、貴様は下劣な屑で、私が正義だ。」

アピールポイント2。
ともかく、有る程度自分達の正当性をアピールしておけば私が銃殺命令を下したところで、同期の諸君も気が楽だ。
私の評価もましになって私もハッピー。
共産主義も減少して、世界もハッピー。
四方八方丸く収まる。
気配りは、社会人のスキルだというが、本当に面倒くさい。

「爆弾魔を、民衆を守るべく射殺する。さて、他に私の行動を定義できるのかね?」

さて、銃殺だ。
手を振り上げ、銃殺隊に銃を構えさせる。
本当は、告解なり懺悔なりをしたい奴らのために牧師がいるはずだが。
共産主義者は無神論者だし、それも気にせずに良いだろう。
神がいるのかどうかも、私にとっては疑わしいことだし、無意味な事はしない方がよい。
なにしろ、この銃殺指揮が完了しても、新任の指導計画を提出し、訓練指導をせねばならないのだ。
時は金なり。
黄金よりも重い、時間を、これ以上浪費するわけにはいかない。

「諸君の言う、賢明な市民諸君は、石を投じることは有っても、月桂樹の冠は差し出さないと思うが。」

そう言うなり、手を振りおろし、銃殺を指令。
なにか、良いことを為したような気にすらなれる。
単発の発砲音が、綺麗に揃ってこだまする。
素晴らしい。まさに、完璧だ。
どこぞの、メトセラ風に言うならば、パーフェクトだ!と執事を褒めるところですらある。
この幼女ボディでは、股ぐらがいきり立つこともないとしても、機嫌が上気する。

「ああ、今日は良い日だ。善をなした。」

皮靴から泥を落とし、靴を磨いたような爽快感だ。
あるべき、秩序。あらまほしき世界への貢献をなしたという実感。
たまには、こんな一日も素晴らしい。

そう思いつつ、諸般の手続きを完了。
本日最後のお勤めである新任指導に取り掛かるべく行動を開始。
銃殺隊を解散し、そのまま、次の野戦演習助手として野戦演習場に向かう。
指導教官の手伝いというよりも、半分権限を委託されたような形だ。
遅刻は、絶対に許されない。
魔導士官学校の時間は、有限であり、その有限の時間を徹底的に活用せねばなにもできない。

生き残るために、腐れ眼鏡なみに、深謀遠慮を張り巡らし、何とか、ヤサシニウムを含んだ盾を確保せねば。
それが、できなければ、せめて防御用の干渉式だけでも洗練させてしまいたい。
つまりは、生き残るために何でもしなければならないのに、他人の指導とは!

ああ、面倒だ。面倒極まりない。
しかし、そうは言っても、これをやってのけねば自分の組織における価値が低下するのだ。
それは、自明なことだ。なにしろ、組織にとってみれば、一匹狼など、扱いにくいだけ。
ならば、周囲の価値を高める努力をしなければ、いつかは切り捨てられる。

だから、模範的な指導姿勢を示す。
あるべき、要求されている水準に達するように何をしてでもやってのける。
その決意を胸に、私は、今日も今日とて、野戦演習場にて、銃殺の余韻を楽しむこともなく、声を荒げて指導する。
そのうち、カルシウム不足で背が伸びなくなるのではないかと思うほど、声を震わせてだ。
グッドライフには、健康が不可欠なのだが、どうもいけない。

まあ、いい。

「さあ、始めよう。今日も、楽しい楽しい、お遊びだ。」

演算宝珠を全力で活用。
ライフルの弾丸に干渉式を封入。
演習弾故に、さほどの容量も入れられないものの、まあ吹き飛ばすには十分。

「道具は、用意したかな?問題ないかな?さあ、さあ!!」

演算宝珠とライフル、それにぴかぴかの制服が我ら候補生の三種の神器である。
では、その中でも新任にとって最も価値あるものとは何だろうか?
答えは難しい。
何しろ、演算宝珠は尤も重要な魔導師の武器である。
今、私が握っている宝珠と同型を彼らも手にしている。
ライフルは、兵を兵たらしめているものである。
彼らのライフルは、彼ら一人ひとりのライフルだ。
身にまとうは、野戦演習場で私に汚されるためにぴかぴかに磨き上げられた制服。
ぴかぴかの制服が無ければ、彼らは鬼のように優しい教官殿に可愛がって頂ける。
(どちらを選ぶかは、個人の自由だ。)

そういうわけで、これは実に難しい好みの問題だ。
まあ、私個人としては、汚れることのない制服が一番ありがたいのだが。
なにしろ、演算宝珠で防御装甲を展開すれば、制服が汚れることなどありえん。
それが、できるならば、という条件付きだが。
故に、ぴかぴかに磨き上げねばならないライフルの分解清掃が一番面倒である。
演算宝珠は、定期的なメンテナンスを除けば扱いやすい。
だが、定期的なメンテナンスが相当に手間なのだ。

では、無価値な存在とは何かというのは、極めて簡単である。
それは、私の目の前で横たわっている新任の二号生どもだ。
今日も今日とて彼らは、私を失望させる。

「遺伝子を後世に残すことが、害悪ですらある無能諸君。」

本日は、簡単な攻防演習と、機動防御訓練をベースとした体づくり。
ちなみに、魔導士官は、男性女性の比率が実戦部隊でも比較的イーブンな部門。
であるだけに、ここでも配慮する必要がある。
まあ、さすがに、この身でセクハラ訴訟されるかは微妙だが。
それでも、手順に変更の必要もないだろう。

「諸君を紳士淑女に育て上げるという無理難題が私の職責である」

実弾射撃を楽しむなと言いたい。
トリガーハッピーか?トリガーハッピーなのか?
ただ、弾丸をばら撒けばよいとでも勘違いしている間抜けなのか?
面制圧だの、擾乱射撃だの、そんな戦術的判断は、当てられるようになってからだ。
まして、魔導師の本質は、演算宝珠を活用することを求める。
兵士であるということは、ライフルを使えてなんぼ。
狙ったところに、干渉式をライフルで投射することもできねば、宝珠とライフルの組み合わせも理解していない。
総合職だろうと、一般事務職だろうと、ワードとエクセルが使えてなんぼだというのに。
なにより、反抗心丸出しでこちらを睨みつけてくるといは良い度胸だ。

「だが、任である以上やり遂げねばならない。貴様らは、私が、確実に、泣いたり笑ったり出来なくしてやる」

その反抗心を教育してやる。

と、思ったら、少数の跳ねっ返りと、少数の屈服組。

そして、大多数のサイレントマジョリティとなりました。

さて、どう料理しよう?これ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
求ム感想!!

※勢いで書いてるけど、作者には特定の人種・宗教に対する偏見はありません。本作は、完全なフィクションです。作中に出てくる用語は、学術的に価値のあるものではありません。



[24734] 第三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/02/01 19:16
視点:二号生

最初は、信じられなかった。
なんだ、と思った。
曲がりなりにも、軍の士官学校だ。
高官や、お偉いさんの子供がいてもおかしくはない。
それが、式典でスピーチをするのだろう。
面倒なことだ。
そう思い、壇上に上がった少女を見て違和感に気がつく。

軍装をまとった子供?

あれが、先任?

そこで、あたかも新入生に全く期待していないと言わんばかりの罵詈雑言。
子供に言われているという実感よりも、憤り、思わず感情のままに激昂しかけたくなるような代物だった。
あれが、強面の軍人然とした人間ならば、恐怖もあるだろうが、少女ではそうもいかない。
だから、何くそという反発の方がつよかった

あれほど、現実離れした経験もないだろう。
想定外の事態に対処せよという軍の教訓ならば、まごうこと無き大成功だ。
・・・そう思った。思っていた。

入学式を終えて、今後の教程が説明されたのちには、これが、軍隊の洗礼かとみんなで話し合ったものだった。
声色に不釣り合いな、鬼気すら漏れるようなスピーチも絶大な効果ありだなと、同期で笑いあったものだ。
役者として、なかなか優秀な子だなあ、と呑気に笑うこともできた。

次の日に、僕達が、爆破干渉式で叩き起こされるまでは。

不慣れな生活故に、もたついていた僕たちは、隊舎ごとデグレチャフ一号生殿に吹き飛ばされていた。

曰く、5分前行動もできない無能は、間引いておくが祖国のためと。

デグレチャフ一号生殿は、本気で、一言一句其のままの意だった。
それを理解できねば、ここでは生きていけない。

激昂し、反抗しようとした奴を、命令不服従と、上官反抗だと告げて軽く撫でる。
少女が、激昂した青年を撫でるということは、なかなか衝撃的な光景だ。
撫でられた方にしてみれば、死んだ方がましな激痛なのだが。
曰く、神経系に痛みを誤認させる干渉式だ、と。
外的な損傷もなく、後も引かないがために、実に思いやりと慈悲が溢れる教育的な干渉式だろう?
冗談じゃない。あれは、拷問用か、悪意の塊にきまっている。
神経に何かを溶かされるような違和感。
直後に、発狂してしまえば、楽になれるような狂った神経を駆けまわる痛覚の大合唱。
痛みで気絶し、痛みで意識が蘇生させられる最悪の循環。

あれを一度食らえば、とてもじゃないが、反抗する気はなくなる。

罵詈雑言の嵐とて、百聞は一見に如かずだ。

“エビのようにピクピク痙攣し、私の餌になりたいのか?”
“そののろまな尻で誘っているつもりか?この蛆虫どもめ!”
“私は、差別が大嫌いだ。公平性こそが人間を人間たらしめると思う。貴様らと私の違いは、まさにそこだろう。”
“安堵せよ。私は、誠実だ。貴様らとて差別はしない。故に、蛆虫一匹だけ特別に罰を与えはせん。”
“貴様らの足りない頭に、連帯責任という言葉を、教え込むためだ。難しいだろうが、頑張って覚えたまえ。”

ごく、少数、本当にごく少数の連中は、それが理解できていない。
頭よりも、本能で動くような、連中。
それが、なまじ人並み以上の頭脳を持っているがために、ここに存在してしまったような連中。
学歴の割に、無能というべきだろうか?
誰にとったって、望ましくないのだろうが。

例えば、そいつらが、演習計画を完全に無視して、暴走したとすればどうだろう。
デグレチャフ一号生殿は、実に平等な方なので、我ら二号生一同ことごとく、懲罰ものだ。
当然、煉獄から地獄に突き落とされるに等しい。

クソッたれ!
同期の足を引っ張る無能どもに災いあれ!!!
悪魔のような一号生殿にもだ!



視点回帰:デグレチャフ

前回の連中は、教科書通りの戦術を、無批判にセオリー道理採用した。
少し掻き乱すだけで、混乱し、碌に対応もできずにいたので、一人一人丁寧に指導してやった。
まあ、この短期間でセオリーを曲がりなりにも形にしたということは評価してやってもよいだろう。

応用ができないという点もある。だが、さすがにそこまでは現時点では求めない。
しかし、実によろしくないことに、あれがあるべき戦闘の手法だと勘違いしているようなのだ。
てんでばらばらに散会し、分散進撃という態を取るところは、無能の極み。
確固撃破の最適対象である上に、統制がとれていないために、分散進撃にすらなっていない。
連中、後続との支援体制を構築しつつ、継続戦闘能力を維持するという発想が頭からごっそりと抜け落ちている。
というよりも、動物的な暴走だ。
おおよそ、理性がある人間が採るべき戦術ではない。
いや、アメーバなのか?アメーバなのだろうか?

「さて、糞のように無能諸君」

私は、とにかくひたすら生き延びるべく自分を鍛えねばならない。
或いは、上層部に自分の有用性をアピールし、生き残る機会を最大化せねばならない。
にもかかわらず、新任どもはこのありさまだ。
前線では、華々しい戦果を求めて、盛大に自爆するだろう。
自爆テロにでもつかうならば、まだしも、戦争には全く使えないにきまっている。
与信では、人格に問題があると報告されて仕方ない水準だ。
こんな連中の指導者に、誰がまともな評価を出すだろうか。
そして、実に遺憾ながら指導を担当する一号生は私。
つまり、責任者とは私のこと。
常識的に考えて、信賞必罰が軍隊どころか、社会の基本。
さて、人事が採用した新人すら教育できない管理職は?
当然、まともに評価されるわけがない。
全く我慢ならん。

「48時間以内に、申告せよという私の忠告が難しかったことは詫びよう。」

普通は、仕事をやる時に一通りの訓練を受けて、その最低限度の試行錯誤の中から、必要なスキルを身につけることになるはずだ。
つまりは、ある種の新人研修は模倣である。
模範となる形を模倣し、やがて、自分のスタイルを確立することになる。
企業の管理職を見てみればいい。
千差万別であるが、みな共通して抑えるべきところは抑えている。
だが、それは、基本ができてからの話。
新人が、好き勝手にやれということでは断じてない。
創造性など、独創性などというのは、基本を知っているからこそ飛躍し得るものでもあるのだ。
よっぽどの特異な例外的天才ですら、基礎的な分野に関する知見はあった。
ナポレオンしかり、ビスマルクしかりだ。
この無能どもには、何故それが理解できないのだろうか?

「諸君に、頭脳が存在すると、確認もせずに断定した私の落ち度だ。」

人は、言ってみせ、やって見せねば動かぬという嘆きがある。
実際に、教育する身としては、幾度も痛感してきた。
だが、ここは軍隊。言ってやらねば、銃殺のはずなのだが。
研修時も、反抗する部下は、銃殺してよいという軍令に乗っ取って処理しようとした。
恥ずかしいことに、ハズしてしまい、経歴のために暴発事故として処理したのは苦い思い出だ。
暴発事故と記載する時ほど、教育役としてついてきた軍曹の眼がきつかった事もない。
彼が、上手く処理してくれたおかげで、キャリアが守られている。
やはり、優秀なノンキャリアとは上手くやっていくことが肝要だ。
そういうのを見つけておくと、人事の評価もよいし。
ああ、益体もないことだ。今は、目の前のことをどうにかせねば。

「諸君の頭蓋骨を解体し、頭脳があるかは自然科学の基本に乗っ取り、自分で確認すべきかもしれん。」

それにしても本当に、言われたことも覚えられない連中に、頭脳があるのだろうか。
案外、魔法の世界。
これは、新任をまともに指導できず、新任の素質を疑うべしという教訓を与えるべく魔法人形か何かではないのか。
少しくらい、脳を覗きこんでみても賢明ではないだろうか?
幸い、演算宝珠は多少の外科的手術は可能なのだ。
頭蓋骨を切開し、閉じるくらいであれば、そこまで難しくはない。
炎症も魔導で抑えられるうえに、痛みは、四肢を麻痺させれば、暴れられることもない。
問題は、特にない上に、近接魔導刀の生成・発現は割合得意な干渉式だ。
ふむ、少し撃発させれば、名目は立つかな?

「諸君は、どう思うかね?」

ほどほどの表情。
疑問を呈しているのだという印象。
これが人事部の誇る、殴られ役だ。
具体的に言うと、法的は問題が無くとも、感情には著しく影響することを呟く役割だ。
後は、首を切りたい奴が撃発し、殴られ役を公衆の面前で殴打すれば完璧だ。
ただちに、医療機関に運び込み、診断書を作成し、懲戒免職一発。
軍は、もっとシンプルで、上官に反抗するだけで、事足りる。
この点は、実に効率的だ。
なにしろ、自己完結している組織なので、問題を起こすものは、内部で自由に料理できる。
まさに、私達人事にとっては、最適な環境だ。
これで、生命がかかっていなければ完璧なのだが。

「ふざけるな!!いい加減にしろ、この糞アマ!唯々諾々と聞いていれば、何様のつもりだ!!!」

ああ、単純。
なるほど、有る程度の学力があり、試験に突破したのだ。
相応の自負やプライドもあるのだろう。
だが、幼い。いかんせん、自負が高すぎる故に、自制ができない。
知性では、私が上官だとわかっていても、見た目が自分よりもはるかに幼い私に罵られるのだ。
耐えきれず、撃発する輩は、必ずいると見たが、予想通りすぎる。

「しまった、また失敗だ。無能に意見を聞くとは。わかっていたのにミスを犯すとは、私もまだまだだ。」

ここで、煽れば完璧を極める。
なにしろ、先ほどの発言で十分に問題発言だ。
後一歩、彼が踏み出してくれれば、銃殺すら可能になる。
この記録は、あまり私のキャリアに傷をつけることもないだろう。

「さて。ミスを繰り返すわけにもいかない。」

さあ、オペの始まりだ。
手順は完璧。
干渉式で、微弱なスタンガンモドキを目標に射出。
着発式で、麻痺を確認。
子供のなりでは、頭を抑えるために倒れてもらう必要がある。
故に、痙攣している二号生を足払いし、大地と熱烈な抱擁の機会を贈呈。
彼が、大地を思う存分抱擁し、私はその間に彼の頭を覗くことにする。

「ああ、動くな二号生。私は近接魔導刀の発現には自信があるつもりだが、オペは本職ではない。」

簡単な応急処置と野戦救命措置の講習は完了しているが、魔導師とて万能というわけではない。
近接魔導刀は、無菌状態に保たれているとはいえ、傷口が広がりすぎるのは一応望ましくはない。

「手元が狂えば、貴様の、まあ、有るとすればであるが、頭脳に刺さりかねんぞ。」

それに、暴れまわられては、手元が狂いかねない。
私は、サディストではないので、彼に死んでほしいのでもないのだが。
むしろ、せっかくの機会なのだ。
二号生に応急措置と魔導師の可能な治療法について説明していしまう事としよう。
で、あれば講習の時間を短縮できる。

「離せ!離せぇええ!!!誰か、この狂人を止めろ!止めてくれ!!」

「ふむ、猿のオペは、四肢を拘束してだったな。ああ、拘束すれば麻酔は、無用か?」

だから、狂人ではないというに。
じたばたされると危ないので、拘束用干渉式を起動。
実戦ならば、手足を撃ち抜くらしいが、ここは魔導士官学校。
優しく、後を引かないように、魔力スタンに留めておく。
舌が上手く回らなくなっているようなので、魔力スタンは有効に聞いている模様。
ならば、わざわざ麻酔を使い、傷の治りを遅れさせることもないだろう。

「デ、デグレチャフ一号生殿!このような事、許さるとお思いなのでありますか!!?」

「はて。命令不服従。上官反抗、かつ暴言。彼に精神疾患か、深刻な頭部の以上が無い限りは、銃殺ものだ。」

本来は、銃殺一発。
でも、それでは、私に指導教官としての資質不足というレッテルが。
それは、断じて避けねばならない。
精神に異常ありとでもすれば、放校処分。
私こと指導担当者も、彼を取った採用担当者も、彼が狂ったとなれば免責。
ついでに、彼の周りをフォローしておけば職責も全う。
つまり、みんなハッピーになれる。

「なれば、銃殺前に上官としては、彼に命令を理解するだけの頭脳があったのかを確認する義務がある。」

本人のためでもあるし。
二号生の後期課程前には、近接魔導刀なんて、実戦使用で演習だし。
だから、今後のためにもこういう馬鹿を生贄に、治療課程を教え込むことには意義があるハズ。

「問答無用で銃殺するのでは、彼に頭脳があると断定しているのと同じだ。それが、偏見であったら私はどうすればよい?」

はっきり言って、なんでこんなに苦労しなくてはならない。
だから、無能は嫌なのだ。
私の足を引っ張るのではないかと常々危惧していたが、まさか、あっさりと出てくるとは。
リスク分析していなければ、思わず頭痛でこの場なんぞどうにでもなれと思うところだ。
我々は、諸君に給料を払っているのだ。
働くふりではなく、働いてもらわなければ困るのだが。
ああ、もう、うっとおしいことだ。

「常々思っていたのだ。何故、これほどまでに私の命令に従わないのかと。従う頭脳が無いのではないかと真摯に疑ってきた。」

頭を振り、本意ではないということをアピールしつつ、手早く清潔な布と縫合用の糸を用意。
消毒用アルコールは常備のもので事足りる。
光源が欲しいところだが、まあ野戦演習場だ。一定の光量はある。
足りなければ、発光式を誰かに唱えさせればよい。


「疑念がある以上、それを確認せずに、銃殺送りというのは不誠実だろう。きちんと確認しておくべきだ。」

「教官殿をお呼びすべきです!!せめて、せめて諮問会議にかけられるまでは、処遇を・・・。」

「現行犯なのだ。防疫官として、私は為すべきことを為さねばならない。」

言っただろうに。
まったく、48時間という時間厳守もできない連中が多すぎて困る。
5分や、10分ではない。48時間だ。
まったく、時計や時間すら理解できていないとは!!
帝国の国防を担う魔導士官候補生がこれだ。
よっぽど国力や人材面に深刻な欠陥でも抱えているのではないかと危惧しておくべきか。
上申書でも出すべきだろう。このままでは、私が生き残れそうにもない。

「それに、良い機会だ。魔導師がどういった医療行為が可能かを実演しよう。見ておくように。」

そう言い、実演に入ろうとした瞬間に静止。
急速接近してくる魔導師。
干渉式の精度よりも発現速度を優先した力技か?
漏れている魔力光の規模から、あれは教官クラスだ。

「何事だ!?」

「はい、教官殿。二号生が狂ったので、少々確認を。」

手早く立ち上がり、敬礼をしつつ、応答。
参ったな。
無能の処分に上司がたちあうというのは、やりにくいのだが。
最も、ご用件次第だろうが・・・。

「殺される!!殺されてしまう!!!!」

「ああ、黙りたまえ二号生。ただすこし、脳を覗くだけだといっている。簡単なものなのだよ?」

敬礼もできんのかね?
まあ、四肢を拘束しているから、それを要求するのは無理だとしてもだ。
もう少し手順という物を踏めないのだろうか。
やはり、むのうとは掛詞で、無能兼無脳のことではないのだろうか?

「デグレチャフ一号生?」

「はい、教官殿。」

「何をしている?」

ああ、この無能をどうして放置しておいたのかと。
許容してきたのかという実に、嫌なご指摘だ。
思い出したくもないが、採用した奴が使い物にならないと営業本部長から怒鳴りこまれた時を思い出す。

「はい、教官殿。指導であります。」

「彼は?どう見ても、拷問の用意にしか見えぬが。」

「はい、いいえ教官殿。発狂し、命令不服従・上官へ暴言を吐き、上官反抗を為しましたので、拘束いたしました。」

言葉を選ばせてくれない。
ああ、いやだ。
おかげで、無能がいて、私が指導責任を全うできていないということの証明が成立してしまう。

「それで、処刑しようと?」

「はい、いいえ教官殿。彼の頭脳が存在するかが疑われたため、上官として免責できないか、頭脳の存在を確認すべく用意しているところでありました。」

「・・・正気かね一号生。」

ああ、これでは、やはり、処刑しとけということなのだろうか?
軍人の精神構造は理解しにくい。

「はい、教官殿。部下を満足に指導できず、恥いる次第であります。」




気がつけば、輸送車両で北方管区に運ばれることに。
何故かは、知らないものの、6か月の紛争地域研修ってなりふり構わぬ動員令では?
陸軍さんからは、試験の免除を告げるお知らせまでいただいた。
曰く、優秀な貴官の研修成績及び士官学校での成績に鑑み、陸軍は、貴官を選抜す。
選抜幹部候補生として、ただちに、任地に赴き、少尉課程を全うせよ。
とのこと。

陸軍が試験免除。
しかも、よりにも寄って、選抜ときた。
そう、選抜幹部候補生研修だ。
つまり、戦争でさっさと死んでこいというに違いない。
一般企業の人事で解釈してみよう。
わが社の中核事業において、高度に専門知識を必要とする重要なプロジェクトのために、関連会社に出向し指導を行うべし。
要するに、オブラートに包んだ肩たたき。

何がまずかったのだろうかね?
やっぱり、無能の間引きを怠ったからだろうか?


※これまでに解除された実績
・「エターナルヨウジョ」第5章10条4項準拠
・初級サディスト
・解体者見習い
・くびきり幼女
・救い難いMAD

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとがき

本作は、ここから、末期戦ものに突入です。
戦術的勝利、局所的優勢は望めるかもしれません。
心底嫌になるような泥濘にまみれ、夢も希望もない敗走が待ち受けているかもしれません。

なにより、勝利を錯覚し、夢見、あげく、現実に突き落とされるかもしれません。(状況としては、1942年のドイツ軍夏季攻勢前くらいです。)

本作は、戦略的敗北を現場がのたうち回るという形で末期戦の本旨に忠実です。

くりーく?
ja!!!☜
nein



[24734] 第四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/02/02 02:30
投稿も電撃戦に準じて迅速かつ速やかに。
※作者の投稿ステータス:1939年ドイツ国防軍並み



画面の前の皆さまこんにちわ。
ターニャ・デグレチャフ9歳です!
もうすぐ、10歳になります。

ここ帝国北辺も、ようやく春です。
暖かくなり、私達も外でいっぱい動き回ることができるようになりました。
みんな、元気いっぱいです。
あっちこっち、駆けずり回り、もうこのあたりの事では、迷ったりしませんよ!

ここにきて、いろいろな人たちと知り合えました。
全てが、勉強です。
まだ、小さいのいろいろと失敗してしまいますが、一つ一つできることを頑張っていきます。
例えば、これまでは、小さくて、重いものをしっかりと持てませんでした。
でも、工夫すれば、できるというのです。
私には、わかりませんでした。
だから、なんとかやってみても、いつも失敗の繰り返し。
でも、優しく指導してもらって、何とか、できるようになりましたよ!









ようやくライフルの反動にも負けずに、連発することができるようになったんです。











と、言うわけで、死んでくれ。

納得できるかどうか、わからないけれども、死んでくれ。

すまないね。戦争なんだ。


では、ようじょの皮をかぶったリバタリアンより皆さまへ改めてごきげんよう。
ターニャ・デグレチャフ帝国軍魔道准尉であります。
ああ、そう構えないでいただきたい。
今は、非番でありまして、単なる一個人としてお話し申し上げているところです。
医薬品関連企業の株価にはご注目されましたか?
ああ、できれば研究に強みがあるところではなく、今製造ラインを確保しているところがよいですね。
御覧のように、ここしばらく業績がうなぎのぼり、株価も連動中でありましょう?

大きな需要がある。要するに、そういうことです。

さて、経済学的に考えてみれば、需要があるというのは、それを欲する消費者がいるということになります。
言うまでもなく、欲望の二重一致が成立してこそですからね。
ここまでは、経済学のことを全く理解できないマルキスト以外には、自明でしょう。
もちろん、そういうわけですから、医薬品が大量に必要な方々がいるということです。
では、いまさらですが、医薬品を欲する消費者とは誰でしょうな。

ああ、もちろん現在帝国や世界で特定の疾患が流行しているか、その兆しがあるというわけではありません。

ご安心ください。帝国の衛生水準は、おそらく世界有数の高水準を維持しております。

我が国由来の伝染病等で皆さまを煩わせる事はおそらくないでしょう。
ワクチンや、特効薬等の備蓄はしておくにこしたことはないかもしれませんが。
製薬会社のスポークスマンではないので、あまり強く推奨することもないですね。

さてさて、インサイダー取引は証券取引法に抵触いたしますから、これ以上は口をつぐむと致しましょう。

ですが、明日の朝刊をお楽しみにしていただければと思いますよ?







はい、デグレチャフ准尉であります。
気がついたら、士官候補生ではなく、准尉に。
いつの間にやら辞令を頂き、士官候補生から昇進だそうで。
研修終了と同時に少尉に任官できるそうですが、どうも、雲行きがあやしい。

それが、つい先日までのお話です。
紛争地域に直面している国境。
名目上では、この地域の帰属権は、争われてはいない。
そういうことになってはいるものの、それは単純に帝国が圧倒的だから。

自重しないソ連に対して、領土要求する国家に理性があるとでも思いますか?

単純化するとそういう図式でした。
はい、過去形。

ここしばらく、国境では、ちょっとした偶発的事故が散発していました。

具体的には、ライフルの弾が帝国軍の宿舎に撃ち込まれたりとか。
国境付近の鉄道に爆弾が仕掛けられているのが発見されたりとか。
その何れにおいても、協商連合製と思しき兵器だったりとか。

ああ、物騒。

そういう物騒な世情にもかかわらず、私は呑気に飛行哨戒班で陸軍との連携研修。
あくまでも、士官学校の教育の一環です。
ちなみに、コールサインはピクシー04。
魔導士官学校からの促成組や、現地の研修要員などなどからなる臨時の編成。

で、48時間の待機命令。
まあ、よくある実戦のピリピリとした緊張感を維持させるための奴でしょうな。

まったく運の無いことに、24時間ほどした時に、なんと、本格的な武力行使。
いやいや、なんでも協商連合の首脳陣が選挙で変わって、方針が一変したらしく、一気に進駐してきましたよ。
馬鹿じゃないの?
それとも、必勝の方策でもあるの?

そう聞きたいところです。
よくわからんのですが、何故、向こうから手を出してくる?

普通、セオリー通りに行くならば、帝国がいちゃもんをつけて、武力行使。
もしくは、挑発しまくり、一発撃ち返されたところで、大進撃。
あるいは、もう名分など気にせず蹂躙戦。

ところが、気がつけば、協商連合から宣戦布告代わりに、退去勧告?
“24時間以内に、我が国固有の領土より退去せよ”
“進駐する協商連合軍に投降し、武装解除するか、速やかに退去せよ”

・・・本気なのか、それとも協商連合側に偽装した帝国の自作自演勧告?

ええ、そう真剣に混乱するほど衝撃的な勧告でありました。

ところが、実際に、協商連合軍が、意気揚々と国境を越境。
なんですかな、なんと言えばいいのか。
こういう時に、どういう顔をしていいのか、良くわからないのです。
無謀なレミングス?もしくは、自殺志願者の群れ?


私にはさっぱり理解できない深謀遠慮もあったのか、ともかく協商連合は大々的に侵攻してきます。
まあ、私がここによこされた時には、お上は開戦を決断していたのでしょう。
物資の集積量・軍団の集結度合い。
全て、秘密裏に行ってのけたということは実に見事な手際。
早い話が、馬鹿が飛び込んでくるのをもろ手を広げて待ちかまえていた状態。


ウェルカム・トゥ・ヘル!!

・・・さすがに、帝国も協商連合から戦端を開くというのは半信半疑だったらしいですが。


ええ、だって、平時でさえ、軍団規模の駐屯軍。
そこに、一応来るかもということで動員されたらしい我ら追加の一個軍団。
まあ、情報封鎖@北方演習という名目でしたが。
あとは、いつもよりも多めにマスメディアを用意。
我々から撃ってないよアピールまでしておいたのに、本当に向こうから来るとは。

世の中、摩訶不思議すぎる。

気分としては、本当にフィンランドかポーランドから武力行使を受けたソ連の気分。
いや、腕まくりして、叩き潰したいけど名分が・・・
オヤ?向こうから鴨がネギと鍋と燃料セットできたような、という気分。

“開戦です!!ご覧の皆さま、繰り返しお伝えいたします。
開戦です!!たった今、戦争がはじまりました!!
帝国が、レガドニア協商連合の最後通牒に対して、宣戦を布告致しました!!
ご覧になれるでしょうか!?
帝国軍の魔導部隊が続々と国境を突破しております!!
すでに、各所で交戦中との情報が入って来ております!”

眼下では、友軍機甲部隊と、なんか、同行してきて叫び声をあげている報道関係者。
・・あら?
個々に至ってまで報道関係者ってことは、情報戦をやる気が上にはあるということか。
強大さアピールは悪くはない。
加えて、正当性を示すためにも、向こうが先に国境を越えたという証明があるので、気分は楽。
ついでに、マスメディアを入れるということは、要するに勝てるということだろう。
負けてるところを報道してほしい首脳陣なんていないし。
不祥事隠しは、どこも考えること。
逆に、隠すことが無いか、少ないということは順調なことの証。
少しは、気が楽になる要素だ。

正直、北方に飛ばされた時は研修とか、左遷とか、そういうものだと思っていました。

・・・まさか、人手不足の特殊プロジェクトに出向だったとは。

そういうことは、こっそりと言い含めてくれれば、気持ちよく出立できたというに。
おかげで、気分が乗らないまま、北方紛争地、今では北方戦線に赴任したせいで、周囲から浮いてしまっている。

まあ、もともと不本意ながらも私の外見は幼子。

加えて、これまでのエリートコースから逸脱して不貞腐れているように見える子供。

自分だって、仕事でもなければ関わりたくすらない厄介さ。
それが、准尉というそれなりの地位。
誰だって厄介事には近づかないという実に自然かつ賢明な判断力を有している。

さすがに、帝国軍の人材不足もそこまで深刻ではないのか、北方にはまだ余裕があるのか。

いや、中身はともかく、一応は子供である私を動員せねばならない時点で、根本的にはあれだが。
平時と戦時の境界線が曖昧になりつつあることを考慮しても、相当厳しいのではないだろうか。
企業で言えば、銀行から与信を与えられない程ぎりぎりの自転車操業に等しい状況。

ともかく、今はこれを乗り越えなくてはならないのだが。
やれやれだ。
しかし、これが初戦。
味方が圧倒的に優勢な戦場で初戦というのは運がいい。
まだ破局点に達していないからだろうが、比較的余裕のある部署に付ける。

ぎりぎりかもしれないが、少なくとも帝国という緻密な戦争機械は、未だ健在なのだ。
当分は、いくばくかはましな状況で戦争ができるだろう。
その間に生き延びるために必要な権力と地位。それに、コネクションを確保してしまいたい。

幸い、ここ北方方面軍は任地の性質上中央からの出向者が多い。
私自身、名目上は中央からの出向だ。
つまり、ここで成果を上げれば、中央軍への復帰も叶うし、後方勤務も夢ではない。
帝国軍親衛隊にまで選抜されれば、帝都防衛の任で、ずっと後方待機も可能。

要するに。
ここで、盛大に活躍し、後々に有効なキャリアを積んで来いという有りがたい魔導士官学校の思し召しだ。
教官殿には、感謝状を速やかに投函しておくべきだろう。
人事に意を配っていただいたのだ。
こうした好意に対しては、礼節として感謝を述べておくべきものだ。
コネを軽視すると、大失敗しがちなのだ。
先方がこちらに好意的であり、こちらがその好意に気付いていないとは、まさしくありえない失態。

それに不平不満を抱いていることが発覚すれば、考査になんと記されるか知れたものではない。
失態は速やかにリカバリーし、取り繕い、事後の予防に活用する必要がある。
さしあたってはPXで封筒と紙を購入してきた。
軍隊のいいところは、手紙に関しては、まあ、書いていても邪魔されないということだろう。
出撃前に遺書を、という軍隊の伝統もあり、こうしたところには融通がきく。
まあ、検閲はされるのだが。

しかし、ここは全くの無問題。
なんなれば、私はお世話になった士官学校の教官殿にお手紙を差し上げるだけなのだ。
賞賛される行為でこそあれ、なんら問題がある行為ではない。
強いて言うならば、遅いという懸念がある。
だが、ここには完璧な大義名分が。
すなわち、情報封鎖。機密保持。
全くもって素晴らしい。
職務に忠実であったという名分があり、かつ時期的にも最適なのだ。

そういうわけで、じつのところ、私は珍しく今高揚している。
失敗があったけれども其れを取り繕い、さらに得点にできるのだ。

だから、実際に戦場に参加し、戦域で、弾着観測を行っていても私の気分はご機嫌であった。

「ピクシー04より、CP」

「こちらCP、ピクシー04。感度良好」

実戦では、演習ほどに無線感度がよくないと想定されていた。
にもかかわらず、協商連合からの妨害もなく、さしたる障害が無い以上、感度は極めて良好。
本当に、協商連合は何がしたいのだろうか?
ゆっくりと、行軍隊列を保ちつつ、進軍し、しばらく混乱した揚句に停止?
実弾演習の的になりたいなら、素直にそう言ってくれればよいのだが。
七面鳥ならぬ、ドードー撃ちなら、私も参加したかった。
友軍が、これでもかと言わんばかりに最適な射撃目標を実戦で撃てるとは。
羨ましくて、思わず、ライフルをかついで飛ぼうかとすら本気で出撃前には考えてしまった。

「ピクシー04より、CP。同じく感度良好。観測データを送る。」

「確認した。現在砲兵隊に転送中。弾着観測継続されたし。」

「ピクシー04了解。別命あるまで、弾着観測に当たる。オーバー」

「CP了解。オーバー」

いや、実に楽な仕事です。やってることは、極めて重要ですが。
無線と観測機材一式背負って、弾着観測を行うだけ。
仕事は、リアルタイムで数的処理は演算宝珠の得意とするところであるためただ飛んでるだけ。
後は、我が帝国軍の誇る砲兵隊の仕事。
その見事な曳下射撃や同時着弾射撃を見学するだけの本当に簡単なお仕事です。
もともと新興の軍事大国だけあって、帝国陸軍は比較的新型の装備を誇り、火力主義の信奉者。

銃剣は嘘をつかないのかもしれませんが、物量も嘘をつかないのです。

そういうわけで、ゆっくりと飛びつつ、データ収集。
あとは、人任せにしつつ、出撃前に基地で行われた非公式の戦果トトカルチョの結果を思いをはせる。
私の属する観測班で、誰が担当した砲兵隊が一番戦果を上げるか。
まあ、戦果確認という仕事を自分達で兼任しているために若干水増しの懸念もあるのだが。
なにしろ、単独で、観測やれというあたり、微妙に嫌なものが背中を走らざるをえない。
最悪、水増しされていてはたまらないのだ。
しかし、まあ、今は大丈夫だろう。

さすがに、戦果確認機が仕事をさぼって誤情報を発信すれば、利敵行為だ。
憲兵隊にお世話になりたいほどに、憲兵隊を恋しがれている奴は魔導士官には少ない。
我が観測班に隠れた憲兵隊のファンがいない限りは、うちの班はクリーンのはず。

なにしろ、こちらから待ちかまえていた開戦。
要するに、制空権も、対空魔導監視網も万全に整えられている状況。
散発的な抵抗も、対空砲火の輝きを、先生こと砲兵隊に告げ口すれば、一発きついげんこつで黙らせてくれる。
だから、私は戦場見物という実に呑気な立場に等しい。
全力で戦争をやっている連中には申し訳ないが、実に良い身分だ。
全くもって素晴らしい。叶わぬ願望かもしれないが、今後もこうあってほしいものだ。

なにしろ、特等席で、花火の打ち上げを眺めて、今か今かと待ちかまえている状況。
富士総合火力演習が可愛く思えてくるような、盛大な規模で今から撃たれるのだ。
気分も最高に素晴らしい。
砲兵隊が耕し、歩兵と機甲部隊が前進。
対地援護兼直掩が我々魔導師。
その上空を戦爆混合戦隊が、奥地侵攻の先遣として先行中。
演習でもこれほど上手くできるかどうか。
それが、現実に成功しているのだ。もう、笑って乾杯するほかにない。
戦争が、楽しくてしょうがないものに思えてしまうほどだ。

「CPより、ピクシー04、砲兵隊による観測射撃開始。データ、送レ。」

「こちら、ピクシー04、弾着確認。演算宝珠のデータを砲兵隊へ転送中。」

「CP了解。効力射に留意せよ。全力射撃は200秒後の予定。オーバー」

「ピクシー04了解。オーバー」

やや、高度を上げつつ、少し距離を取るように西側へ動く。
そう簡単にずれるとも思わないが、破片に巻き込まれて、味方に落とされるのは全く理不尽。
さすがに、らりって落ちたいかといわれれば微妙だ。
しかし、観測射撃一つとっても、かなりの投射量。
これは、ぜひとも本番に期待せざるを得ない。
砲兵隊は気分よくぶっ放し、私は指をくわえて見物といえども、これはこれで見ごたえがあるだろう。

なにより、有象無象が右往左往して混乱しているのを上空彼方から見下すのだ。
その事実だけで、かなり気分が良いものではないか。
これで、私が直接砲撃できていれば最高なのだが。
まあ、人生において、最高の追及は完全に達成し得るものではない。
だから、最善で我慢するほかにないのだろうが。

「・・・・ザッ・ザザザ・ザッーーーーーーーー」

ああ、まったく。こんな良い時にもかかわらず無線にノイズ。観測射撃が始まったから?
これからが、良いところだというのに。
しかし、演習ではこれほどは無かったはずだが。
実戦だからかもしれないが、これでは弾着観測の精度が微妙に不安になる。
ん?照射?
・・・照射!?

「メーデー!メーデー!ピクシー04より、CPへ。戦域警報!至急処理を要請。」

国境付近に残存している敵戦力の中で、最も脅威足りえるのは、間違いなく魔導師。
レガドニア協商連合は、魔導師に関しては後発国であるため数こそ少ない。
しかし、少ないという弱点を補うために、徹底的な質的増強が、行われている。
それを、可能としているのが主としていくつかの反帝国的国家の援助だ。
実戦試験というのもあるのだろうが、協商魔導師は、装備の面で極めて優れている。
というか、どこからどう見てもレガドニア人ではなく、アウストリア人とか、ファリウス人とかがいる。
まあ、もちろん、個人が、あるいは、団体が国籍離脱したり、他国軍に志願するのは自由である。
我が帝国においても、過去にそういう事例は結構あった。
人の事は、とやかく言えるものでもないらしい。
だから、レガドニアという一つの協商連合ではなく、実質他国の精鋭軍が援軍として駐屯しているようなものだ。
さすがに規模は小さいし、戦局に大きな影響を及ぼせるものではないはずだが・・・。

事前諜報では、敵魔導師らは、やや南方のエリヤンス防衛のために急遽集結中と、説明されている。
レガドニアの後ろ盾であるアウストリア連合王国やファリウス共和国の意向は不明だ。
しかし、少なくとも進駐しようとしてきた連中には確認されていないとのこと。
もし、発見すればただちにCPへ、急報せねばならない。
戦術的価値もそうだが、政略的にもつ意味合いは果てしなく大きい。
もちろん、手順通りに報告は行うし、そもそも、敵を一人で引きつけて、大活躍という英雄願望は無い。
死にたい奴は、勝手に死ねばいい。
生き残ることが最優先なのだ。
敵発見という手柄で、私にとって十分すぎる。
ついでにいえば、背後にいる連中の政治的な背景を考えれば、こちらから仕掛けるのは避けたい。
まあ、さすがにそれは無理な願望だろうが。

「我、敵魔導師群を感知。中隊規模、急速接近中。」

「座標、戦域α、ブロック8、高度4300!」

向こうは、どのような葛藤や政治的な思惑があったにせよ戦意旺盛。
極めてやる気に満ち溢れた勤勉な軍人だ。
最悪極まりない。
全力で持って、回避機動。すぐ先ほどまでいた空間に、プラズマと誘導弾多数が撃ち込まれる。
こちらに向かってきているのは規模からして、すくなくとも小隊?いや、精鋭分隊もありうるか。
敵中隊主力は突破し、こちらの支援火力をつぶす気だろう。
どちらにしても、望ましくない。
砲兵隊は自走砲ならばともかく、大半は牽引式。
逃げるにしても、隠れるにしても、時間は絶望的に足りないだろう。
必然的に、直掩部隊の活躍にかかってくる。
だが、さすがに魔道中隊規模の突撃を受け止めるには、相応の戦力が必要になってしまう。

「オン・エンゲージ!」

無線の向こうでCPでも動揺するような声が漏れ聞こえてくる。
予想の範疇であっても、最悪の事態なのだ。
誰だって動揺するし、愚痴の一つや二つくらいは付きたくなるだろう。
それは、理解できる。理解できるが、しかし、その問題の矢面に立つ私としてはどうにも困る。
なにしろ、面倒事の当事者なのだ。

「CPより、ピクシー04!」

ほら来なさった。
面倒事の予感が100%。
女の勘は、的中率が高いというが。
さて、外見ようじょといえども中身は別段、女性のつもりは無いのだが。
なんだろうな。この嫌な感じは。
今なら、碌でもないことである確率に生涯所得を全部賭けてもよいくらいだ。
どうぜ、外れないのだろうから。

「こちらピクシー04。感度は悪化しつつあるも、聞こえている。」

「射撃観測を中断、接敵を維持。遅延に努めよ。また、可能ならば情報を収集せよ。」

ああ、きた。
全くもって最悪極まりない。
接敵し、情報を収集?
いやいや、それ以前に、遅延に務めろと?
一人で、中隊をかき回せと?
隠れる遮蔽物一つないこの大空で?

死ねと言いたいなら、はっきりそう言ってほしいのだが。

「現在、友軍魔導小隊がスクランブル中。600以内に急行予定。」

ああ、10分で来てくれると。
インスタント食品が出来上がり、食べ終わって、片付けまでやってのけられるだけ有るじゃないか。
正直、中隊相手に10分遅延防御なんぞ、やってのけらる訳が無い。
個人の保身と生命の安全を勘案すれば、三十六計逃げるに如かず。
いや、敵前逃亡ではなく、戦略的に価値の無い空域からの転進だ。
より重要度の高い任務に向かうために転進すべきなんだよね。

「ピクシー04より、CP。即時離脱許可を。繰り返す、即時離脱許可を。」

「CPより、ピクシー04。許可できない。機動により遅延防御に努めよ。」

ああ、クソッたれ。
後方から命令一つで人の命を奪える指揮官に災いあれ!
そういうことを命令するならば、私と席を変われと本気で叫びたい。
機動防御でも遅延防御でも、攻勢防御でも好きな奴を選ばせてやんよ!!

「友軍砲兵隊は?」

とはいえ、私は大人なのだ。
感情に任せて、恨み事をぶつけてやると後々、面倒にあることは理解している。
恨みは、将来偉くなってから返せばいいことだ。
そのためにも、なんとか今は、今できる最善をしておくだけだ。
そう言うこう次第だから、取りあえず、後ろにいるはずの砲兵隊の状況を聞いておく。

「現在、直掩の魔導小隊が急行中なれども厳しい。すまないが、離脱は許可できない。よろしく頼む。」

ああ、最悪決定。
クソッたれな事態を招いた因果律に、災いあれ!!
まったく、いったいぜんたい、何故、私の後ろにいる砲兵隊めがけて、敵魔導師隊が突撃してくるのだ。
隣の戦区でも一向に良いじゃないか。
どうして、よりにもよって、こっちにくる!
悪魔め。未だに私を呪うか!?
もう、決めた。
こうなったら、やけくそだ。
どいつもこいつも、私を殺そうというのだな?
ならば、一人では死なない。
今決めた。
死なばもろともだ。

「ピクシー04了解。Semper Fi!!」

「Do or die.May god breath you...」

・・・やけくそで叫んだのは認めるがね。
なんですか、その最後の沈黙は。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
うん、すまない。
絶望的な戦局を期待しているところで、御預けなんだ。

でも、ご安心あれ。
確かに作者は、マブラヴもガンパレも好きだし絢爛舞踏章の英雄も大好きです。ルーデルとか、絶望的な戦況なのに、奴がいるところだけ絶望的なのはソ連軍とかいうリアルチートも、もちろんいける口です。

しかし、しかしです。
大好物も、そればかりでは食傷気味になります!

タマニハ末期戦モノデモドウダロウカ?



[24734] 第五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/02/02 23:37
視点:デグレチャフ

寡兵でもって、大軍団を破るにはどうすればよいだろうか?
シンプルな解決策は、質的優位を確保することとと、核戦力でもって対抗する事である。
ところがだ。
私は、この空域においてNBC戦を敢行することができない。
なんなれば。
この素晴らしい世界は、機甲師団や魔導師といった変なところで近代的でありながらNBC戦は未発達。
故に、碌に有効な干渉式の術式すらないのだ。

では、何故NBC戦は未発達なのか?
答えは、単純に無力化されているからだ。
笑うほかにないが、魔導師は、自身への干渉を可能な限り排除しようという意志を持つ。
意志は、それが魔力を有することによって、顕現し、結果毒ガス程度ならば有る程度まで耐えられる。

信じられないかもしれないが、魔導師とはとにかく健康な連中なのだ。
さすがに、季節外れの流行病に疲労困憊している時は罹患するらしいが。
ともかく戦場で暴れ回るような連中は、馬鹿は風邪をひかないという古典的な概念の実証例だ。

故に、これまで研究するだけ無駄と割り切ってきた。
割り切ってきたのだが、追い詰められると、一発逆転の可能なものが欲しくなるから、人間というのは不思議なものだ。

さて、現実逃避を諦めて状況を確認しよう。

私の現状は、関ヶ原でSHIMADZUなる変な連中の進路にうっかり陣を置いていた徳川さんちの兵隊さん。
つまり、言いたいことは、こっちにくんな。
あっちいけ、あっちに。

なにしろ、全戦線で帝国軍が圧倒的に優勢。
部分的に越境してきた協商連合軍をドードーと同じく絶滅危惧種にした揚句に、追撃戦だ。
先遣隊に至っては、協商の首都を爆撃すべく驀進中。
これにて、めでたく協商連合軍は壊滅という寸前のところ。
ここに、何を狂ったのかは不明だが、少数精鋭の連中が友軍の撤退支援で飛び込んできた。

おかげで、私はちっともやりたくない局所的敵戦力優越空域での遅延防御という虐待を受けている。

これが、楽しい楽しい現状である。
児童相談所でもないものか。
曲がりなりにも、私は子供なのだが。
少年兵は、子供の権利条約で禁止されているはずなのだが。

・・・まさかとは思うが、私は国際法上兵士足る資格が認められないがために、捕虜になれないということはないよな?

そこに関しては、帰還後、法務士官を問い詰めなくてはならない。
最優先事項に入れておくことにしよう。

さて、遅延防御だ。
こういった情勢下において。敵の足止めをするにはどうすればいいだろうか。
私の装備は軽い防弾効果のある魔道師用の軍装に、観測用機器一式。
後は、一般量産型の演算宝珠に、人並み程度には優秀な頭脳だけ。
本来は、干渉式を封入し、射出するライフルは現在なし。
元より、搦め手でしか戦えないのはわかるが、さすがにこれはきつくはないだろうか。
無論、ただで死んでやるつもりは、微塵もないので、最悪は自爆でも何でもしてやるつもりだ。

しかし、できれば生き残りたい。
むしろ、できるかぎり最優先で生き残りたい。
つまり、逃げ出したい。
こちとら、観測用に軽装備。
観測機器を投棄すれば、文字通り軽装備。
敵中襲撃なんて考えるクレイジーな連中が重装備である以上、距離は稼げる。
本来であれば、躊躇の余地なく逃げ出したい。
しかし、ここは帝国軍。
敵前逃亡は言うまでもなく銃殺刑。

私自身が、結構な頻度で名目として活用していただけにわかる。
敵前逃亡なんてやってのけた日には、憲兵隊と壮絶無比な鬼ごっこを永遠に楽しむ羽目になる。

だから、戦うしかない。
僚機どころか、そもそも孤立無援であるにも関わらずだが。
ああ、やってられない。
なんだって、こんな戦勝確定の戦場で、死を覚悟して戦争せねばならん。
ちくしょう、この思考は危険だ。
無理やりだが、思考を切り替え。
ガンホー・ガンホー・ガンホー。

覚悟を決めるしかない。
どのみち、敵の目的は私の排除ではなく友軍砲兵隊を叩くことによる撤退支援。
つまり、まとわりつく蝿を排除する程度の感覚で私を落とそうとしているだけ。
屈辱極まりない。
私を、敵兵ごときがそのように見たことを一生後悔させてやる。
見下すのは、私であって、私が見下されてよいはずがない。

腐れ眼鏡に倣ってアドレナリンやら、脳内麻薬やらドバドバだして、戦意高揚。
後の事なんぞ、考えずに、干渉式でドーピングを連発。
反応速度向上、瞬発力増大。
魔力回路をこじ開けるひきつった痛みを脳が受け取る前に、脳内麻薬で緩和。

ああ、テンションが上がり、体が昂ぶってくる。

「何たる光栄。楽しいぞ。最高に愉快だ。ああ、楽しくて楽しくて、どうしようもない」

「ピクシー04?」

独り言だが、CPには聞こえているようで安堵。
一応、戦意旺盛で、奮戦する意志があったということを万が一の際には証言してもらわねば困るのだ。
ここで計画倒産ならぬ、計画墜落しているということを露見させるわけにはいかない。

テンションは最高にご機嫌だし、世界がぐるぐる愉快な感じとなっても、魔導師の頭脳とは実に優れモノだ。
こういった、理性分野の思考を狂気や薬物の汚染からは実に的確に防御できている。
これだから魔導師は止められない。
できれば、帝国軍所属は速攻で止めたいのだが。

「戦勝確定の戦場。つまらぬ仕事かと思えば、一人で一軍を相手取り、戦場の主役だ。」

つまり、こんなところで死ぬわけには断じていかない。
世の中は公平ではないし、フェアから程遠いけれども、それは市場の失敗でしかない。
究極的には、コストの問題でしかないのだから、自分自身のコストを如何に高くするかだ。
それには、マーケティング戦略が不可欠。
だから、売り込みはきっちりと。
アピールは最適な機会を逃すことなくガンガンと。
要するに、だ。
“世の中を、甘く、見る事”
これが、できれば、人生はなかなか愉快になるということだ。

「敵味方共に、有象無象に紛れての戦争かと思えば、こんなひのき舞台」

ちっとも嬉しくないし、この空域にいるのは私だけ。
こっそりと逃げ出すことすらできないという最悪な状況。
これほどまでに選択肢が乏しい戦況。
実は、謀殺がたくらまれているのではないかとすら疑いたくなる状況だ。

「感無量とはこのこと。It's a good day to die.」

観測用装備を投棄。
さて、重装備でのろまな対地攻撃装備の敵魔導師と踊ってやろう。
連中はかなり素早いし、火力も絶大だが、単純に有る理由で私には絶対に勝てない。
すごく、嫌だし、気乗りしないし、最悪の中の最善でしかないが、それでも、この際構うものか。
重要なのは、私が飛行不能になり、落ちれば私の戦略目標は達成できるということだ。
しっかり飛んで行って、無茶でも砲兵隊を叩かねばならない連中とはそもそも条件が異なる。

敵前逃亡ではなく、奮闘及ばず継戦不能になり、可能な限り友軍付近に不時着。
それさえ出来れば、私は少なくとも敵前逃亡の咎めを受けることはない。
ついでに、協商連合の蛆虫のような連中にとって、貴重極まりない時間を分捕り、友軍も苦労させられる。

つまり、連中は私に遭遇した時点で戦略目標においてはすでに失敗しているということだ。

なにしろ、奇襲の予定が、強襲に変更され、あまつさえ増援まで呼ばれたのだ。
あとは、私の保身をいかにして達成するかという次元の問題。
必然的に、この戦闘に勝者なぞ存在させないし、よしんばいたとしてもそれは私だ。

痛いのはすごく好みでないし、泥を付けられるのは全くもって不本意だが、汚泥を啜ってでも生き延びねば。



視点移動:一般


『フォン・リヒテン・ヴァルター魔導士官学校校長殿

御無沙汰しておりました。
ターニャ・デグレチャフ准尉であります。

本日は、出撃前に身辺整理と遺書を用意する時間を頂きましたのでこれを記しております。
さて、遺書、というものでありますが小官は、孤児であり身寄り、というものがございません。
故に、誰に何を書いたものかと思い悩んだ挙句の御礼状という形式になっております。

むろん、言うまでもなく本来は死後に送付されるとのことです。
ですが、小官のそれは大凡遺書というにもおこがましい代物であり、依頼したところ、お届けいただける運びとななりました。
可能であれば、御世話になった教官殿達にお礼のお手紙を記したいところでありました。
ですが、北方が情報封鎖環境におかれていたために、このようにぶしつけな形となっております。
どうぞ、ご海容いただければと思う次第です。

短い間ではありましたが、最良の御指導を頂けたことには感謝の念に堪えません。
何よりも、帝国軍人として先陣を賜るという最高の栄誉。
この機会を得ることができたのはひとえに、魔導士官学校より推薦を頂くことができれであります。

機会があれば、ご期待に添えるような確固たる戦果をあげたい、そう自負する次第であります。
とはいえ、私の所属ではそうそう戦果を上げる機会には恵まれ得ないでありましょう。
無論、一個人の願望よりも職責と義務を全うするという意志を欠くものではありません。
機会があれば、と思う一方で職責を全うせねば、との思いにもかられるという次第であります。

個人として、軍人としての義務を全うし、名誉に恥じぬ戦いを為せることをどうぞ、ご覧ください。


ターニャ・デグレチャフ』





粋がるなよ小娘が。手紙を読み終えた彼は、そう呟きかけるも、やや躊躇した。
そう。呟きたいが、実績が思わず躊躇させるのだ。

本来は、単独で砲兵隊の観測支援に当たるはずが、強襲してきた敵部隊と遭遇戦に陥る。
当然、装備に至っては観測支援用に軽装備にきまっているだろう。
基本的なライフルどころか、僚機すら存在していない。
普通ならば、鎧袖一触とならざるを得ない状況だ。
だれが、どのように考えたところで、碌に時間稼ぎもできない。
せめて、増援が到着するまでの一秒二秒でも、稼いでほしいという無茶な願望だ。

ところが協商連合の一個魔道中隊を単独の遅延防御で、増援到着まで実質的に拘束?

戦果は、撃墜2 撃破1 継続戦闘能力喪失1
実質一個小隊を叩き潰してのけている。

散々暴れ回り、複数からの射撃と干渉式の併用で仕留められるも、増援到着まで持ちこたえた。

当人も、結局付近を捜索した友軍歩兵部隊に回収され、辛うじて一命を取り留めている。

その戦闘の有様も、まるでかくあるべしと教本が推奨するような敢闘だ。
四肢に広範な被弾があり、演算宝珠を歯で銜えた形跡あり?
早い話が、バイタルパートを死守、可能な限り抵抗し、時間を稼がんとする冷静な戦術判断なってのことだ。
おかげで、四肢が残っているのが不思議としか言えないようなありさまらしい。
軍医曰く、文字通り見事なまでに壊れている。よくぞ、生きているものだ、と。

今後の経過は不明だが、すでに北方方面軍の知人からは、叙勲が決定したと知らされている。
曰く、銀翼突撃章だ。
おそらく、戦争初期における最功だろうと、軍は評価したのだ。
それに見合う戦功をあげ、戦績があるのだ。
ストーリーとしては完璧極まりない。

だから、戦意高揚のために英雄ではないにせよ、信賞必罰が行われた。
救援を受ける形となった砲兵隊の親元。
つまりは、陸軍が、研修の繰り上げ合格として少尉任官を上申。
寛大な上層部がそれを即時採決し、彼女は今や、押しも押されぬ帝国軍魔導少尉となったわけである。

だが、怖い話だ。
まだ、10にもならない少女が、戦場で一人前の顔をして飛んでいるという事実はうすら寒いものすら感じる。
自分の学校で仕込んでおいて、何とも情けないが。
魔導少尉を育て上げたというよりも、殺人人形の訓練に付き合ったような疑念が付きまとってやまない。

彼女の資質に疑念を抱き、無理やり北辺の研修に送り出したことに対して、真摯に感謝されては困惑が尽きない。
なにしろ、普通の人間ならば、口で言っている事とやっていることが全く違う。
だが、彼女は言動一致の典型例だ。
無能は間引くと宣言し、良い意気込みだと笑っていた教官連中が青ざめるほど過激だった。
確かに、確かに命令違反をした候補生には厳罰が必要だ。

しかし、頭蓋骨を切り裂き、直接命令を叩きこんでやるといわんばかりの行動は、さすがに限度を超えすぎている。
前線では、優秀極まりない士官として働けるであろう。
だが、絶対にまともな感性ではない。どこか、人間として一本ねじがずれて完成をしているのだ。
それは、帝国軍にとっては理想的な資質であるのかもしれない。
実際、そうとしか言いようがないのだろう。戦争に適した人間は、そう先天的には多くは無い。
だから、彼女は逸材だ。素晴らしいまでに、軍が欲してやまない魔導師だろう。
どこか、人間として壊れている人格が、今後の戦争には求められるということなのか。

まして、単独で敵を食い止め、あまつさえ損害すら与えてのけた魔導師は有能極まりない。
そうとしか表現しようがないのだ。
たとえ、ぎりぎり禁忌一歩手前の干渉式を濫用し、自爆まがいの戦術だとしてもだ。

はっきりと言えば、劇物だ。
部隊が求める均質な戦力という意味合いからは大きく逸脱。
個人の裁量で行動を任せるには、あまりにも危険すぎる思考。
本物の戦争狂だ。

敵も味方も構うことなく、巻き込んで手段を選ぶことなく戦争に邁進しそうな狂人だ。
多くの生徒を見てきたが、あれほど異質な人間は随分と珍しい。
はっきり言えば最初の事例だろう。なにしろ、兵器として完成した子供などそら恐ろしいだけだ。
せめて、その機能が敵に向かい十全に機能するように仕向けるくらいしか使い道がない。

英雄と持ちあげてやろう。
可能な限り、その戦功を尊重してやろう。
叶う限りの自由裁量を認めてやろう。
できうるすべての支援を行って、戦えるように手はずを整えてやろう。
そうしてやる。
だから、お願いだから、前線で戦ってくれ。

貴様らが愛してやまない戦争に、これ以上一般の兵を巻き込まないでほしい。
戦争は、戦争を愛している連中だけで好きなだけ狂気に浸りながらやってほしい。
誰もそこに混ざりたいとは思わない。
教え子に対してあまりにも冷淡であることは望ましくはない。
自覚してはいるが、思考が理解できないのだ。

認めよう。はっきりといって、恐ろしい。
あまりにも、常識を外れすぎていて、私には理解も及ばない。
そのすべてが、あまりに、あまりにも異質なのだ。
最初は、行き過ぎた帝国の人材収集機構に、適合しすぎたからかと勘ぐった。
よほど狂った愛国教育でも施されたのかと、彼女の出身孤児院を情報部の知人経由で調べたほどだ。
だが、結果はシロ。
孤児院の経営は、まあ、他のそれと比較しても、異常なし。
強いてあげるならば、多少寄付等によって経営に余裕があり、栄養状態が平均並みにあること程度。
つまりは、飢餓からの脱走でも、虐待からの経験でもない。
確かに、幼年学校での訓練は不可避だろうが、しかし、あれは魔導師としての才能がある子供を発掘するための仕組み。

なぜ、士官学校に志願した?
入校試験の際に、彼女は、少女の皮をかぶった化け物は言っている。
“他に道はない”と。

溢れんばかりの国家への献身と、忠誠。
見事だというほかにない理想的な軍人の資質。
たゆまぬ訓練と自己鍛錬の意志。

全て賞賛されてしかるべきものだ。
これらが単独であれば、教官として喜ぶことができた。
それらを兼ねそろえてあれば、我々は歓喜することができた。
ところが、今それの体現者を前にして、我々は自らが欲したものに応じた化け物に直面している。

戦意旺盛は理想的な軍人だ。
戦術的な判断を有効にできるというのは、士官として理想的な状況だ。
命令に絶対服従し、最善を尽くすという規範も完璧だ。
なのに、どうしても怖いのだ。

“他に道はない”という言葉に何が含まれているのかが分からない。

奴が、溢れんばかりの殺人嗜好を合理的に昇華しようとしたのではないか?
本質的な戦争狂で、自らの嗜好に合わせるには、軍以外には道が無かったからではないと誰に断言できるのだ?
滴る血を見て、喜び殺戮の旅に飛び出しかねない危険人物だと誰が保証できる?

行動の一つ一つが、狂っているか、狂人だ。

もちろん、平静に戦争ができるものではないということは、理解できる。
酔わずに戦争ができる奴は本物の、狂人か、壊れてしまったということくらいは経験則として理解できる。
だが、ひょっとして、それを楽しんで戦争をしているとすればどうか。

理論も実践も殺戮者にとってみれば、一つの美学に過ぎないと、過去に耳にした。
其の時は、随分と突飛な見解だと一笑に付したが、今ならば、其の意味合いをよく理解できる。
嫌々ながらも、理解してしまったのだ。
よく言っても、彼女は異質であり、我々とは異なるのだ。

あれが、英雄というやつなのかもしれない。
つまり、常人とはどこかずれている。
英雄を賛美するのは結構だ。
だが、断じて英雄に続けとは教えない。
教えるわけにはいかないのだ。士官学校とは、人材育成機関であって狂人を産む何かではない。


視点回帰:デグレチャフ


無意味やたらに気分をハイにした挙句に、暴れ回った経験は有りますか?
私は、つい先ほど初めて体験しました。
実に、碌でもない理由と必然性がそれを欲したからでありますが。
率直に言って、必要が無ければ二度とやりたくない代物です。
何故、世間一般でこういう愚行が平然と行われているのかなど、理解の範疇外にすっ飛んでいるものとしか。

なにしろ、周囲との人間関係に深刻な悪影響を及ぼします。
まずもって、戦争が大好きで大好きでたまらない変人という碌でもないレッテルが張られてしまい困惑どころではありません。
確かに、脳内麻薬等々で多少トリップし発現が危なくなったのは覚えていることです。
敵兵と空中で交戦しているうちに、好戦的な発言があったのもレコーダーに残っているので事実でしょう。
ですが、発言とは必ずしも額面道理に受け取るべきではない。
そういうこともわからないのかと言いたいところです。
ですが、誠に遺憾ながら映像で見た限り薬物でハイテンションになっていると思しき私自身の姿を見る限り、誤解を解くのは至難の業。

幸い、最低限の目標であった敵前逃亡に準じる戦意放棄を誤魔化すことには成功。
ついでに、奮戦も評価されるにはされています。

ここまでは、計画通り。

で、ここからは全く計画と異なる大きな問題。
まずもって、空中戦で自分から墜ちようとできるだけ防御重視したのが失敗。
うん、手に持っていると落としそうで不安だったから演算宝珠をがっちり歯で噛んだのがまずかった。
魔導師って頑丈だった。
想像以上に。
やられた振りをして降下しようとすれば、偽装⇒反転強襲には引っ掛からないと敵が誤解。

なし崩しに、近接戦に持ち込まれて、しぶしぶ格闘戦を二度もする羽目になった。
演算宝珠を歯に加えていなければ、間違いなくやられていたよ。
で、ここでうかつに頑張ったのが大失敗の根底だった。
敵がわーっと殺到してくるものだから、煙幕でも張って逃げようとしても、其れすら叶わない。

このボディー、実に数十発のライフル弾に、数度の爆裂干渉式を受ける羽目になって、防御に使った四肢がずたぼろ。
これ以上壊せないのじゃないかというくらいぼろぼろ。
敵が同士撃ちで多少うごきを鈍らせていなければ、地面に落ちる前にきっと挽肉になっているところだった。
一応、友軍勢力圏に降下することはできたために、何とか、回収されたけどね。

無理やり、反応速度やらなんやらをドーピングした付けが来て、全く動けずにしばらく痛みと仲良く付き合って行く羽目に。
命あってのこととはいえ、二度とやりたくはない。
この負傷をこれ幸いと後方に回れるのではとの淡い期待も軍医殿が実に親切だったために会えなくついえる。
うん、魔導医療なめたらいけないね。
一定水準以上は自然回復に任せる方がいいとか言うらしいけど、自然回復に任せられる程度には治せるんだ。
生きてれば、なんとでもなるんだね。

おかげで、回復次第前線に復帰可能という有りがたくもなんともない診察結果。

これも、どうやら、戦意旺盛と上層部がこちらの予想通りの評価をしてくれたのが原因。
厳密に言うならば、私は戦意がきちんとありますよとアピールしたつもりが、何故か戦争ジャンキーと誤解されていた。
いや、もちろん、戦意過小疑惑よりはまだ良い。
でも、戦争ジャンキーって何だ。
戦争に行きたくて行きたくて仕方がない奴みたいじゃないかと思わず、激昂したくなる。
ともかく、そういう誤解のせいで酷い目に会う未来がほぼ確定しているのだ。

その証明が私の制服できらきらと光っている銀の物体である。
たぶん、地獄への旅券に違いない。
もしくは、煉獄への入国ビザ。

群を抜いた敢闘精神。
見事なまでの自己犠牲の精神。
帝国軍魔導士官の模範そのものである。
貴官の武勲を讃え、これを授与する。
なんて、言われて銀翼突撃章まで、司令部の連中送ってよこした。

突撃章って、ようするに、敵陣に突っ込む突撃大好きな戦争狂。
私のような自由人かつ知性の信奉者とは程遠い人種が授与されてしかるべき勲章ではないか。
誤解もはなはだしい。
もらえるものはもらっておく精神ではあるが、さすがにこれは辞退したかった。
できることならば。

・・・意識が無いうちに授与が決定されて、軍情報誌で公布されていると知るまでは。

実に愉快な事だが、人に人事部がなにがしかの好意を示し其れに応じない時の評価は怖いことになる。
それこそ、可愛さ余って憎さ百倍だ。
メンツの問題もあるし、何より組織において決まったことをひっくり返すなぞ、論外極まりない行為。

だから、私としては本意じゃないと叫びたいにもかかわらず神妙な表情で、授与された銀翼突撃章を制服に付けねばならない。
何か深刻な悪意ある嫌がらせではないのかと切実に、切実に叫びたいところである。
まるで、何か悪魔が呪ったような変な具合に、戦争好きだという自分のイメージが軍で形成されている。

おかげで、このままでは、最前線送りが確定だ。
いや、すでにもう確定したか?
すでに、陸軍から昇進の推薦があり、認められて、晴れて魔導少尉に私は任官だ。
辞令は目が覚めたらベッドの隣においてあった。
昇進そのものは喜ぶべきだが。
これが、出向前に箔をつけるだけの昇進とどう違うのか微妙に怖くて分からない。

或いは。
生前贈与という可能性かもしれないのだ。
二階級特進を見越して、候補生から、少尉にしてやって、さっさと死んでこいという。
そこまで、突き放した意図で無いにしても、戦争好きなら戦死しやすい戦場に行く。
だから、早めに少尉に任官させてやろうとか言う微妙にピントのずれた好意の線も捨てきれない。

好意ならば甘んじて受けるとでも思っているのだろうか?
できれば、安全かつまともな待遇の部署で働かせてくれることを切望してやまないのだが。
そんな、ささやかな願いすら叶わぬとは。

常に職責に忠実であったというのにこの報い。
世の中は実に不公平だ。


追加で解除された実績
・銀翼突撃章
・戦争中毒(軽度)
・前線送りフラグ


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとがきというなにか。

状況は、グルジアに殴られて、本気で殴り返すロシアみたいな構造。
協商連合:グルジア
帝国:ロシア
つまり、これ幸いとフルぼっこにするところです。


で、あとは、グルジアがたまたま、ベネルクス三国みたいな地理的条件にあれば?

帝国:ドイツ
???:フランス

さあ、帰結は大戦争だ。
ちっとも、夢も希望もない、大戦争だ。
ということに。

※作者の更新ステータス:1940年5月くらいのドイツ国防軍



[24734] 第六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/02/03 23:57

『銀翼突撃章』

それは、数ある勲章の中でも最も価値のある勲章の一つである。
そもそも、帝国軍の勲章は実力を賞賛する類のものが多い。
(この点が質実剛健かつ実利的な帝国らしい所以とされるが、ナショナリズムの範疇かもしれない。)
昔は、各個々人が月桂樹の冠で個々人の勇気を賞賛していた。
だが、軍の近代化に合わせて、これらが現在一般に採用されている勲章に変更されたという。
その中で、敵に対して勇猛果敢に戦った兵士に対して授与されるのが突撃章である。
大抵は、大規模攻勢の先鋒を務めた部隊に一般の突撃章が授与され、その中でも確固たる功績を上げたものが柏葉付突撃章を授与される。
しかし、それらでさえ比較できない程の名誉が銀翼突撃章には込めらている。

なんなれば、それは、危機に陥った味方を救いあげた大天使のごとき救い手のみに許される名誉なのだ。
これらの推薦資格からして、通常の突撃章と異なり、この銀翼突撃章は上官の推薦によるものではない。
戦友に対する溢れんばかりの敬意をもって、救われた部隊の指揮官が一般には推薦する。
(たいていの場合は、救われた部隊の最先任が、ということになるが。)
だが、それらにもましてなによりこの銀翼突撃章の最大の特徴は受賞者の大半は故人ということにある。

危機的状況にあって、個人が部隊を救いうるものだろうか?
其の手段はいかほどもあろうか?
尋常な手段で持って、其れを為し得ようか?

答えは、語らずとも、白銀突撃章授与者の記念撮影でとられた写真を見れば一発だ。
大半は受賞者のライフルに乗せられた帽子に勲章が付けられている。
公式規定として、ライフルと帽子が代理として授与されすることが認められる。
その、規定が熾烈なまでの過酷さを物語っていると言っても過言ではない。

故に、この銀翼突撃章は受賞者の階級に関係なく、将兵らから敬意を払われるにふさわしい。
それほどまでに、誉れの高い勲章なのだ。

私が意識不明で昏倒しているにもかかわらず、叙勲があっさりと決まったことにもこの背景があるらしい。
なにしろ、生きているうちに叙勲される例は少ないのだ。
上が、容態が判明する前も勲章を放り投げるようにしてくれたのにも過去の経験があればこそである。
そして、運よく生き延びた私は、久方ぶりに生きて銀翼突撃章を授与された軍人となる。

其の御利益のほどは、確実極まりないというほかにない。
なにしろ、本来であれば、魔導士官任官後、一定期間を経なければ許されない二つ名があっさり決まったのだ。
それも、北方総監部から直々の賜り物としてだ。おかげで、拒否できなかった。
その名も“白銀”。
つまり、公式文章に魔導師としてサインする時は“白銀のターニャ”という泣きたくなる名前でサインせねばならない。
随分と、皮肉なことだが、私の外見は所謂ロシア系の美少女。
不本意極まりないが、確かに私の外見は白い。
そして、初陣で銀翼突撃章。
だから、白銀。なんと、安直極まりない帰結。

馬鹿じゃないのかと思った私は、しかし、現実はもっと馬鹿げていることを忘却していた。
随分と美しい響きであるものの、中身は自由主義経済市場で競争万歳のリバタリアン。
無論、心にもないことを言ってのける程度はやれないものではないし、仕事なら努力もする。
しかし、戦意高揚のためと、正統性のプロパガンダ用に、式典に出ろと言われるのは苦痛極まりない。
わざわざ、精鋭のエース級にしか許されていない個人記章までお上が用意してくれた式典用礼装をまとってだ。
ご丁寧に、北欧神話のヴァルキリーを白銀の刺繍であつらえた目立つことこの上ない個人記章。
わざわざ一種礼装には、白銀の参謀モールまで付いてきた。
個人に異常とも言えるほどの特権授与。
これが意味するところは元より、魔導師の重要度もさることながら、明らかに戦意高揚のプロパガンダだ。
エースが戦場に存在すれば、安心感がある。
それが、友軍を救うという実績を過去に持っていれば、ことさらだ。
少なくとも、兵士の感覚としては、友軍もろと敵と心中するよりは、自分を救ってくれる士官についていきたいだろう。

というか、私のように士官の大半も同じような見解に違いない。
ただ、ちょっとばかり、私自身が救う側におかれてしまい、これでもかと言わんばかりに目印が付けられているのだが。
これで、戦場だろうと、後方だろうと常に目立つことを避けられないというわけだ。
まあ、もとより子供は目立つということもあるが、しかし、これではっきりと個人が特定できてしまう。
つまり、今後も、そのように危機的状況にある部隊を救出することを義務付けられる死刑執行猶予書のようなものだ。
敵からすれば、怨敵。
味方からすれば、最低でも助けに来てほしい存在。
その願望をはっきりと裏切っていることがばれた時に来る反動は考えたくもない。
つまりは、以後もしっかりと敢闘精神を発露するか、後方に上手い事引っ込まなくてはますます拙いということだ。

しかも、しかも、しかもだ。
これから、国外のメディアに露出させらるのだ。
その際、口調と服装を其れ相応にせよとの厳命。
・・・さすがに、こればかりはと、泣きつき、辛うじてメディアの前ではということに落ち着いたが。
しかし、化粧までどこからともなく現れたご婦人に施される始末。
うっとおしいことこの上ない。
メディアに露出する前の研修などはっきり言って苦痛以外の何物でもなかった。

傷が治りかけであまり動くなと軍医殿からありがたくて泣きそうになる御忠告故に逃げ出すことすら叶わず。
ただ、ひたすら女言葉と、表情の作り方を叩きこまれる経験なぞ、生涯に一度すれば十分すぎる。
できれば、次の世界があるかどうかは不明だが、二度とごめんこうむる。
どうもつい先ほどから、存在Xの悪意の波動が感じられてやまないのだ。
私は第五感なるものをさほど信用しないが、こちらの困惑を見て歓喜しているまさに悪魔の意志が感じられて仕方がない。

魔法があるのだ。
いつの日か、この存在Xに人誅を降してやりたいところだ。
神殺しか、悪魔殺しかは不明だが、むしろこの方が世のため人のためである。
そう、人間は自らの運命を自らで定められるということだ。
人は、考える葦である。故に、神は不要なのだ。悪魔の誘惑にも屈しない。

・・・現実逃避はこのくらいでやめておくことにしよう。
うん、いたしかたないし、不本意極まるが、ここまでだ。
無駄な抵抗は断念し、次回の反攻に全力を温存できるようにしなくては。
恥の心があるということが、これほどまでに実存に悪影響を及ぼす。


おお、友よ。慈悲の心あらば、眼を閉じ、耳をふさぎ、口をつぐんでほしい。
また、明日会おうではないか。








































友よ。裏切ったな?
君を友と呼び、信じた我が心を裏切ったな?
もはや、Vangeanceあるのみか。
本当に、本当に残念だ。












































さようなら、良き友よ。
始めまして、我が怨敵。






「始めまして。今日はよろしくお願いします。」

相手の顔を視界にとらえたら、如何にも好意的に受け取られるように微笑む。
“お会いできてとても嬉しいと、相手にメッセージを出すのです。”
派遣されてきた指導員の言葉通りに相手がこちらの微笑みに気がついたところで、さりげなく握手。
力を込めずに、そっと、おずおずとしない程度に気品良く手を差し出す。

何度も練習させられた成果として、実に絵になるのは事実だ。
反復動作でこれを、ひたすら練習したのだ。
心の精神衛生を除けば、問題は確かに無い。
見ている側には楽しいのだろう。
正直なところ、外面だけ見れば、確かに私の行為は尤も自然だ。
しかし、私には女装癖があるわけでも、被虐趣味があるわけでもない。

です、ます、といった丁寧語で誤魔化してはいるものの、女言葉を積極的に使え?
この命令を思いついた、広報官がいるとすれば、そいつは間違いなく悪魔の手先であるか、悪魔そのものに違いない。
軍装に至っては、本来は任意選択可能なパンツが排除されて如何にも少女趣味なスカートがいつの間にか届いている始末。

そして、忌々しいことながら、実に似合っているのだ。
おかげで、自分に合わないからといって謝絶することすら叶わない。
軍人としての本分は質実剛健であり、小官の心情と合わないといっても、軍令であると押し通される始末。

今にして思うのだが。
私は、以前はアイドルや芸能人といった連中にほとんど無関心であった。
それは、正直に言って興味がなかったのだが・・・。
これほどまでに過酷な職業だと知っていれば、今少しばかり、相応の敬意を払っていた。

まあ、ジョークではあるが、『我々男性が知っている女性のもつ10の秘密』は










10

だけだというから、私以外の本物の女性群はこういった演技をなんなくできるという可能性を排除するものでは無いが。
とはいえ、さすがに、自分がやっていることの気持ち悪さ。
精神が、拒絶してやまない。全くもって忌々しい限りだ。
無遠慮にじろじろと眺められるだけでも耐えがたいというのに、それを誇って撮影され、挙句インタビュー?
それだけ、過酷な仕事なのだ。
ハリウッドや芸能界で薬物が蔓延るのももはや、構造上の欠陥ではないだろうか?

「こちらこそ、よろしくお願いします。ターニャ・デグレチャフ少尉です。ターニャと呼んでください。」

自分の名前を、相手に親しみを持って呼んでもらえるようにすること。
これで、相手の印象はこっちにかなり近づいてくる。
同時に、名前を交換する際に相手も自分の愛称を述べてくる可能性が高められるので、効果は大きい。
どこにでも、いるではないか。
誰とでもすぐ仲良くなれるタイプの人間が。
彼らは、実にフレンドリーに話しかけてくる。
それをだ。幼く、愛しいげな子供がやるのだ。
子供の暗殺者までも真剣に警戒するスターリンでもない限り、誰だって心の障壁をゆるくしてしまう。

「ああ、これはどうもご丁寧に。」

「私達は、こっちが、マーロリー。私は、リリーよ。よろしくね。」

実際、男性の方は、笑顔を浮かべて自然に握手をかえしてくれている。
見た限り、明らかに仕事では有能そうなタイプだが。
案外、こういったタイプは子煩悩なのかもしれない。
子供も存分に甘えているのだろう。甘えなくてはならないこの身としては、気持ち悪いだけだが。

「ミスター・マーロリー。ミス・リリーですね。」

しっかりと、礼儀正しくも相手の眼を見て微笑むこと。
しつけのなっていない子でもないし、大人びようと努力している微笑ましさも持ち合わせられますよ?
そこまで、考えて微笑んでいるとすれば、女性とは本当に魔性の生き物だ。

「しかし、驚いた。帝国軍の方から、確かに伺ってはいましたが・・・。」

「こんなに、小さいおこちゃまだとは、思っていなかったと?」

我知らず不快の念故に少々言葉をオブラートには包んでも反論したくなる。
何故かは知らないが、この体。
微妙に成長が遅い。
本来は、女性の方が、やや男性よりも一定期間先行して成長するはずなのだが。
おかげて、見下される機会が多くて実に不愉快な思いをする。

「ああ、いや、これは失礼。」

「ごめんなさいね?マーロリーは、レディに対する礼儀を知らないの。」

しかし、先方はこちらの言葉を、別のニュアンスで受け止めている。
それは、なんかな?子供扱いされた子供が、憤っていると?

・・・今日は気分が悪いから帰っていいだろうか?
こんな気分になるのは、体調が悪く試験が終わり次第速攻でベッドに飛び込んだ時以来だ。

「大丈夫。気にしてませんよ。」

まあ、その悲痛な思いも叶うわけがなく。
私の外面は、コロコロと笑いながら、謝罪を受け入れて機嫌を直しているかに見せている。
ここまで、表情を自由に動かせるようになったことは、素直に驚いているが、嬉しくないのは何故だ?

「でも、本当に驚いたのは事実だよ?」

「まあ、そうね。」

「そうですか?」

首をかしげて、子供らしいしぐさを交えつつ、口元に指を伸ばして、考える素振り。
はきそうだ。
演算宝珠で、鎮痛術式と、安静術式を即時形成。
まさか、これほどまでに、精神に打撃を与えうるとは。

「ええ、まるでお人形さんみたいに可愛いもの。こんな可愛い子が、と言われてもちょっと想像できないのよ。」

褒められたら、素直に喜ぶ事。
素直に、喜ぶ・・・こと?
喜べと?
これも、仕事のうちか?
仕事なのか?

「本当ですかー?」「本当よ。」・・・・・・・

気がつけば、微笑みを浮かべながら、目の前の女性記者と談話している。
だが、どうにも、記憶があいまいだ。
いくつかやりとりをした、記憶はあるのだが、内容を思い出せない。
思い出したくもない。

「ええ、もちろんよ。」

「うん、それでは早速本題に入って良いかな?」

「ハイ。大丈夫です。」

気がつけば、このインタビューのために北方方面軍司令部がわざわざ用意した紅茶が届けられる。
ここら辺は、まあ理解できないものでもない。
前線において、物資が欠乏していないどころか、外国からの来客に応じて、それぞれの好むところを用意できることを示す。
まあ、一種のプロパガンダであり、見栄でもある。
とはいえ、実際のところ、これは司令官から、参謀連の私物をひっくりかえして何とか、取り揃えたらしいのだが。
なんとも、ご苦労な事だが、できれば、それほど難しいなら、無理をしないでいいのだが。

「それでは、さっそく聞かせてほしい。ああ、もちろん、しゃべれないことは、無理に話さなくても大丈夫だからね?」

「はい、わかりました。」

男性が質問役。連れの女性は、記録兼フォローといったところか。
まあ、基本的な形式ではあるものの、しかし、実にいやらしい配慮だ。
しゃべれないことを無理に話すなということは、逆に言えば軍機以外は話せということだ。
子供相手にやることではない。
うっかりと、口を滑らせることを期待しているのであれば、その手には乗らぬ。

「じゃあ、初めに。どうして、君は軍に入ったのかな?」

「ええと、軍隊に入った理由ですか?」

入りたくて、入ったとでも思われているのだろうか?
それとも、無理やり入れられたということを引きだしくての質問だろうか?
前者の解答は、これ以上戦意旺盛であるということを物語ってはまずい。
激戦区送りの確定が決定になってしまう。
かといって、後者はもっとまずい。
軍全体を敵に回す碌でもない答えだ。
つまり、自分の意志で入隊。理由は、好戦的でないもの。

「正直に言えば、それが一番良いと思ったからです。」

「うーん、どうしてかな?」

理由?
士官学校は、軍隊のエリート?
翻って私は孤児の出身。ただし、父は軍人。
ふむ、そこからのストーリーは一応作ってはある。

「実は、私は孤児なんです。」

「それは・・・その、すまないね。」

「マーロリーったら。ごめんなさいね。本当に、気の利かない人で。」

やや、上目に相手を見やる。
うん、効果があるのは、認めよう。
だから、指導要員が嘘をついていないのは、事実だと認めるにやぶさかではない。
同情を引くことが、これほど、これほど効果的とは。
相手の精神をこちらに引け目を感じさせつつ、自分の精神をこれほど蝕めるとは!

「あ、そういう事じゃないんです。」

別段、経済的に苦しくて軍に行くしかなかったというマイナスの要素を出すわけにはいかない。
これからの出世や、保身を考えれば、美談が望ましいのだ。
なにしろ、プロパガンダである。マイナス要素を自国のプロパガンダにいれるなど、減点要素でしかない。
誉れ高き皇軍の実態が、貧しい学生の数少ない選択肢だと、認めることは旧軍ですら憚られた。

まあ、日常的に貧しい生活出身の兵卒と接している小隊長クラスの連中は、実態を知悉していたようだが。
おかげで、民衆レベルの感情と、軍組織との整合に悩んだ挙句、暴発した事例はまあ、ままある話だ。
とはいえ、それは下の常識。
上にとっては許容できない異端思想。
異端思想は、隠し持つことはまあ、見逃されうるが、公表したらただでは済まない。

「私の父は、軍人としてこの国を守っていました。」

だから、遺伝上の死人を活用しよう。
ちっとも良心は痛まない。
ついでに、世間的な評価も高まる。
普段ならば、まあそれほど悪いやり口でもないだろう。
しかし、この私自身でやっていて気持ちの悪いしゃべり方はどうにもならないのか。

思考が危険域に突入。
再度、演算宝珠の干渉で、辛うじて、精神を維持。
人間の精神は、辱めの方向次第では容易に崩れるということを実体験として今学ぶ羽目になっているとは。

「母が、病気で亡くなるまで、私がいつか字を読めるようになったら、と書き残してくれていました。」

公式には、私の母は病死した人間のそれを孤児院の先生が手配してくれている。
お優しいことだと思いたいが、まあ、これは世の中のシステムだ。
そして、公式には私は軍人の遺族年金受給資格を持つことになり、士官学校合格時に、まとめて手渡された。
そう、軍にはいらねばもらえないシステムだった。
死んでしまえと叫びたい。

「私は、この国が好きなんです。そして、父と同じように、守りたい。そう考えて、入りました。」

そこで、けなげな子供らしからぬ一面を見せつつ、あとは、誤魔化す。
取りあえず、面会前に軍から広報用に言わんとするところをまとめられた資料では以下の事を伝えよと指示された。

『平和と自由は、一度それが確保されたからといって、永遠に続くものではない。
我が国家は、何ら拡張主義的な野心を持たず、領土の征服などを夢見るものでもない。
しかし我が国は、その領土を維持し、自ら作った制度を守り続けることを望む。

そのために力を尽くすことが、我が国当局と国民自身の義務である。
軍事的防衛の準備には、絶えざる努力を要するが、精神的防衛にも、これに劣らぬ力を注ぐ必要がある。
国民各自が、戦争のショックを蒙る覚悟をしておかねばならない。
その心の用意なくして不意討ちを受けると、悲劇的な破局を迎えることになってしまう。
「我が国では決して戦争はない」
と断言するのは軽率であり、結果的には大変な災難をもたらしかねないことになってしまう。

だから、不断の覚悟で持って有事の備え、結果、このような事態にも対処できたのだ』

要するに、公式の防衛見解と同様のことを、子供らしくたどたどしく説明しろという辱めだ。

領土拡張意欲は、ロシア並みの本能があるし、新興の強国である我らが帝国はバリバリの軍国主義だ。
だけれども、世の中には、建前なるものが存在し、それに制約されている。
他国の介入を阻害したいし、おまけで自国国内の団結も望んでしまう。
だから、こうしたむちゃくちゃなプロパガンダを、外見だけとはいえ、子供にまで話させるのだ。

記者がどう思ったかは、まあ言わずもがなだろう。
子供個人に対する好意的な雰囲気とは裏腹に、こちらの説明を聞いている姿勢は、甚だアレだった。
北の某国が垂れ流す電波を耳にしている常識人のような対応だ。
こんな言い子に、こんなことを言わせるなんて。
そういう呟きすら聞こえてきそうなインタビューはまさに茶番。

そもそも、少年兵を誇らしげに広報するということに、帝国の国際政治における感覚の甘さというか素人差がみられる。

うん、もともと軍事力で統一を成し遂げた軍事国家だ。
外交なんて、不出来なのは分かっている。
だけど、その犠牲なる身としてはやはり、不条理なものを感じざるを得ない。

まるで、悪魔の意図にからめ捕られたか弱い純朴な人間の気分だ。
悪魔は狡猾であるというキリスト教の教訓はまさに読んで字のごとし。
神の存在を賛美し、悪魔を罵るという点から、ゴッドの存在を肯定し、そちら側よりの見解なのだろう。
だが、少なくとも存在Xが悪魔であることは、私の中では、自明故に、悪魔に関する資料だけ読めばいいのだ。
各宗教の伝承から、悪魔の資料を抜粋すれば、十分対策は取れるはずだ。

今日のこの屈辱。
願わくば、やつの屍で晴らしてみせん。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
急にようじょ分が不足しているとのご指摘があったので。

予定では、勲章⇒前線フラグだけでしたが、急遽追加で。


うん、要するに、ルーデルみたいな人間だと勘違いされた平和愛好家な立場を御連想ください。
生き残りたければ、難易度EXで大戦果を上げねばなりません。
で、そしたら、ルーデル率が上昇してさらに、死亡フラグが!

ちなみに、現状:これから、パリぼっこぼっこにしてやんよ!



[24734] 第七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/02/04 19:12


本日は晴天なれども、風強し。
現在の高度は4000。
予定の航程は半分ほどを通過。
対地速度は、巡航速度を維持。
混成魔道襲撃大隊は、所定のコースを予定通り帰到中。

早い話が、本日のお勤めを完了してきたところということだ。
実に、御役所的だが、別段間違ってはいない。
私の属する軍隊というやつは、公務員だ。
それも、24時間どころか、25時間命を鉋で削って過労死寸前まで戦う官僚とは違い、命あってのものだねという発想のだ。
もちろん、命をかけているのはこちらも同じだし、職業に貴賎は当然ない。
だから、私の部隊がゆっくりと晩御飯と、ビールを期待しながら帰っているというのは、別段サボっているわけではない。
あくまでも、仕事を完了した定時退社というやつだ。
誰からも後ろ指を指される所以はない。

ああでは、あらためてごきげんよう。こんな時間に、大変失礼。
帝国軍北方方面司令部直轄第17混成魔道襲撃大隊、通称アフター5所属のターニャ・デグレチャフ魔道少尉である。
私の近況かね?
実戦能力ありとコンバットプルーフされてしまったがために、私は、前線送りと相成ったところだ。
望ましいか望ましくないかで言えば、まあ、現状の職場は望ましいところだろう。
司令部直轄の魔道襲撃大隊の主任務は、進撃を続ける北方軍の直掩だ。
飛んで行って、地上の防御拠点を粉砕。あとは、地上軍が蹂躙。
時折、空軍の支援を受けつつの、敵主要航空拠点強襲制圧が厳しいと言えば厳しいが、その程度だ。

なにしろ、協商連合はもともと、少数の精鋭魔導師を試験的に導入しているような段階。
はっきり言って、魔導師は、質的にはともかく、数的は圧倒的に少数。
まして、少数の大半は、紐付きだ。協商連合の意図する戦術にどれほど従順かという点に関しても問題があるのだろう。
航空機と魔導師の交戦はそもそも、管轄する戦域が異なるためにほとんど無意味。
人間サイズの的に、機関銃を直撃させるというのは、容易ではないし、これが小回りのきく魔導師ともなれば、さらに難題だ。
そして、魔導師の防御を貫くのは、なかなかに厳しい。
一方で、魔導師にしても、航空機の速度は脅威であるし、なにより、逃げを打たれると、追いつけない。
高度も速度も、航空機は魔導師に優越しているのだ。
根本が魔道技術であるとしても、航空機は、科学技術の発展した世界同様に、空を自由に飛び回れる。
だから、シンプルに敵航空機は、航空機に相手させるのが実は正しい解答だ。

しかし、小国が航空部隊を十分に整備できるかと言えば、それもまた異なる。
当然、輸入するか、旧式で我慢するかの問題だ。
本気で、戦争機械に対峙するには、あまりにもぜい弱に過ぎる。

だから、私の仕事は弱い者いじめの手伝いだ。
ナイフくらいを振り回すチンピラ相手に、重火器を持ちこんで、ガンホー叫ぶ連中の上空から、AC-130で旋回すると言えばわかるだろうか?
区画ごと吹き飛ばし、あるいは、一発一殺で確実に仕留めたり、と方法はいろいろだが。

そんな、アフター5所属であるが、私は大隊付き遊撃参謀という肩書だ。
仕事は簡単。友軍の作戦行動に随伴し、適宜必要と判断し、支援する独自裁量権付きの将校である。
ある程度の実績が無ければ、独自裁量権を没収される前提だが、かなりの厚遇と言えるだろう。
指揮系統に属しながらも、ほとんど自由なのだ。
これも、銀翼突撃章の霊験あらたかな御利益だ。

これほど、優秀かつ勇猛な将校は放し飼いにしておくのが一番いい。
お上の判断を、いちいち細かい指示を出すよりも、自由にやらせておくのが最良の結果につながるというものだ。
つまり、リバタリアンにとって最も話のわかる状態とも言う。
・・・それを行うことを、個人が欲していれば、であるが。

放し飼いにしておくというのは、要するに猛獣扱いされているということ。
加えて、大隊付き参謀というやつは、使い勝手のいいパシリでもある。
私自身、自分で自分の労働を決められる自由裁量権を失いたくはない。
だから、自前の仕事は地味なものでも、きっちりとやっている。
やっていた。
しかし、仕事を終えたらどうなるだろうか?
デスクに、新しい仕事が放り込まれるのが世の中のシステムというものである。

だから、ほどほどの水準を見極めるべく行動してきたが、最近ようやく感覚がつかめてきたところである。
手をさほど抜いているわけでもないが、さりとて厳しいというわけでもないワーク量。
かつ、其れ相応に上の求める水準に応じられる程度を見つけるのは難しいものだった。
しかし、それも、難しかったという過去形。
いまや、ルーチンワーク化し、ゆとりある最低限の文化的な生活を楽しめる一歩手前といえよう。

なにしろ、大隊の通称からして、アフター5。
もっぱら、不定期出撃の多い他の魔導部隊からやっかみ半分に付けられている通称だ。
地上部隊の進軍に合わせて出撃する任務の性質上、夜間の出撃はほぼ無し。
おまけに、司令部直轄の性質上、基本的には後方の基地から出撃する。
故に、まあ、戦争をやっているとはいえ、立場としてはそこまで拙いものでもない。
戦時下にあるとはいえ、後方の司令部。
それも、優遇されている魔導師だ。
この戦時下にもかかわらず、三食のうち二食はまともなものが食える。
なにしろ、暖かい。
昼食はさすがに軍用のレーションと、喧嘩を売っているのかというくらい固いビスケットだが。
人の飲むものとは大凡思えない味とは言え、珈琲等の嗜好品もまずまず確保できる。

戦争というのは、それはそれは大変なものだ。
前線で兵隊がライフルの弾丸一発を撃てるようにするためには、想像もつかない労力を必要とする。
まずもって、弾丸を加工する機械と職人がいなければ弾丸は作れない。
弾丸に加工する前の原材料を、労働者が採掘し、製錬するためは溶鉱炉に投じなければならない。
この繰り返しを経て、ようやく弾丸ができ上ったとしよう。
だが、弾丸というものは、それに適合する銃が無ければ、撃ちようがない。
そのため、弾丸に適した銃が存在するところに運ばねばならぬ。
で、運ぶためには当然鉄道等の様々な交通手段でもって、運ばねばならぬ。
当然、運ぶためには人手だけでは足りずに、様々な郵送手段を敵から守らねばならない。
そこまでして、ようやく前線に弾丸と銃が揃ったとしよう。
しかし、これを撃つだけならばともかく、戦争をやるには、訓練された兵隊が必要だ。
銃の分解清掃方法から始まり、基本的な射撃方法を叩きこみ、戦争の仕方を覚えた兵隊を育てるには時間がかかる。
だから、圧倒的に国力に差が無い限りにおいて、近代以降の戦争とは総力戦が不可避となった。

そのためには、当然、国民一人一人の力を、一人はみんなのために、みんなは一人のためにと全体主義に走るのは構造的宿命である。
つまり、その団結を維持し、高揚させるためにはいかなるプロパガンダも惜しまずに、行われる。
しかし、人間はパンのみにて生きるにあらずというが、パンが無ければ死んでしまう。
戦争は、究極の消費競争であり、両国はありとあらゆる物資をつぎ込んで引くに引けなくなる。
そして、ようやく終結したとしよう。
残っているのは、焼け野原。
戦争を継続するためにありとあらゆるものを犠牲にし、挙句に何ら得るところ無し。
こんな馬鹿げた戦争を延々とやれば、どのような大国とて、没落は必須だろう。

これで、没落しない方法があるとすれば、それは戦争が戦争を養う方策以外にありえない。
それとて、問題の先送りでしかないが、しかし、目の前の破局を避けることは叶うのだ。

まあ、そんな盛大な浪費である戦争中にだ。
勝ち戦とはいえ、暖かい食事を取りつつ、嗜好品に不満が漏らせる状況が如何に恵まれているか、お分かりいただけるだろうか?
魔導士官学校の一食よりも若干良いものを食べれているのだが。

私としてはそれほどつまり、現在の部隊に不満があるわけでもないし、現状にはまずまず肯定的とならざるをえない。
理想としては、本国の後方警備部隊か、司令部付きだが、そのために必要な経歴と実績もまずまず稼げている。
戦局が致命的に悪化する前に、後方に下がることも決して不可能ではないだろう。

「ホテル1より、アフター5。貴隊を確認。帰還を歓迎する。」

「ブラボーリーダーより、ホテル1。貴様のツケを回収するまでは、死ねんよ。」

このやりとりも、最早聞きなれた日常の風景だ。
我らが大隊長殿は、鬼のようにカードが強く、ほぼ基地中の管制官や後方要員からむしり取っておられる。
演算宝珠のバックアップを大隊長の個人資産で大隊全体に用意できるほどなので、部下としては何ら不満はない。
なにしろ、鴨られるとわかって勝負するなど論外。
故に、各基地の何も知らない間抜けか、復讐者と大隊長殿は戯れる毎日である。
世が世なら、ギャンブラーとしてその道で名を為したのではないかと私などでも、信じるほどだ。
本人いわく、金は金が大好きだから、私のように金を集めてくれる人間の下に集まりたがるのだ、そうである。

「ホテル1より。ブラボーリーダー。貴官の武運長久を祈る我が誠意の表れだ。戦争が終わるまで、待ちたまえ。」

「ブラボーリーダー了解。ならば、もう一度むしり取られてくれ。ランディングに入る。オーバー」

「ホテル1、ランディング了解。わざと負けるのも大変なんだが。オーバー」

ホテル1とブラボーリーダーの勝負は其れなりに長い。
お互いに、腕は良いが、ホテル1は運が無いのだ。
ここ一番で、何故か天に見放されているように、ツキがこない。

全く合理的でないことは事実だし、認めたくないが、事実として、戦場では運が重要だと認めよう。
例えば。
今降下機動で、基地へと着陸途中の我がアフター5であるが、過去にはここで殉職者を出した。
戦闘で演算宝珠に被弾し、基地上空で回路が吹っ飛び、そのまま失速して地面に墜落。
魔導師にとって、空戦起動中に、演算宝珠が落ちるということは恐怖そのものでしかない。
だから、というわけだろう。
直後に、簡易飛行制御式程度の発現が可能な予備の演算宝珠を大隊長が個人資産で自弁し、部隊に配布した。
頑丈で、信頼性の高いと評判のやや旧式に属するタイプだが、バックアップとしてみれば最適だ。
地面にたたきつけて、蹴り飛ばしても、正常に動作するという堅牢な作りと、其れなりの能力。
実際、これがあるのと、無いのでは全く恐怖感が異なるといってよいだろう。

もともと、頑丈な魔導師とて、演算宝珠の支援がなくなればただの人間だ。
地面と衝突すれば即死間違いなし。
しかし、簡易とはいえ、飛行制御ができれば、墜落することは避けられる。
さらに、弱かろうとも、演算宝珠の防御支援があれば、着地に多少失敗しても一命は取り留められる。
だから、着地機動をとり、地上での点呼を受けながらもこうして、のんびり考え事をする余裕に恵まれるということである。

しかし、いつものごとく、という光景は必ずしも毎度の再現が約束されているものということではない。
そして、今日は私にとっての短い毎度の光景がぐるりと暗転したようなものである。
本日の戦果確認機が、アフター5の戦果報告を完了し、いつものごとく解散命令が出るのを待っていたことろ、大隊長殿が胡乱な顔をなさる。
・・・司令部からの通達事項に不明な事でもあったのだろうか?
そう思い、何事やらと思えば、いつの間にか、大隊長から変な顔のまま命令を受ける羽目に。

曰く
『デグレチャフ少尉!召還だ。ただちに司令部へ出頭せよ』とのこと。

いったい、何故呼ばれる?
また、プロパガンダにでも付き合わされるというのか?
それとも、なにか失態を犯しただろうか?

考えてみよう。
ここ一週間は、地上軍の援護に際して、大隊主力と別行動をとり、主として背後の残敵掃討を野戦憲兵を支援する形で行っている。
もともと、野戦憲兵隊からの要請があったが、大隊では規模が大きすぎ、さりとて無視するには少々問題が大きいために、私が出向くことになった。
その掃討戦で、其れなりの成果は上げているし、野戦憲兵隊に感謝され度も、文句は言われていないはずだ。

だとすれば、あとは、プロパガンダか。
実に、気分が重くなるほかにない。
また、あれをやらねばならないのだろうか?
そう考えるだけで、気分がどんよりと重くなっていく。

「ターニャ・デグレチャフ魔導少尉、入室いたします!」

から元気を出して、半ば自動的に入室する。
外面としては落ち着いているかもしれないが、何を言われるか正直不安。

「きたか、白銀の。」

「・・・はっ。」

・・・其の白銀のというのは、止めていただけないだろうか?
中二病臭くて、どうにも、心の免疫機構が免疫不全を惹き起こして膠原病にでもなりそうなのだが。
これが、名誉だというのだから、帝国魔導師の心理構造は、永遠に私とは分かり合えないのかもしれない。

「そう固くなるな。吉報だ。」

其れをどう受け取ったのかは知らないが、ともかく先方は悪い知らせだとは思っていないようだ。
実態がどうであるのかは不明であるが、まあ良い知らせというからには、プロパガンダ出向ではないはず。
軍人の多くは、まともにプロパガンダと付き合いたいとは思わないもの。
戦功を軍の広報紙で取り上げられる程度ならばともかく、外部に向かって建前を延々喋るなど、誰にとっても基本的には苦痛だ。

「拝見いたします。」

差し出された封筒を受け取り、開封。
中にあったのは、発令日の日付が無い人事書類。
つまり、正式ではないものの、日付を記入し、上官がサインすればいつでも有効になる代物。
所謂、内定だ。
就職する時と異るのは、内定辞退など全く考えられない会社ならなぬ軍隊からの内定であるというのが、わずかな相違点だろう。
わずか、と受け取るのか、越えがたい壁と取るのかは、個人の自由裁量である。

「喜べ。本国戦技教導隊付きの内示と、総監部付き技術検証要員としての出向要請だ」

とはいえ、内容そのものは理想的な提案だ。
本国の後方。それでいて、そこそこ以上に高い地位と、安全性。
なにより、本国戦技教導隊は、装備面でも最優遇されている上に、一番自分を鍛えるにも適した環境だ。
私自身、他者の指導をしながらというのは、厳しいかもしれないが、周りから技術を盗むという意味では、最高の同僚ばかりだろう。
教導隊所属という経歴は、決してマイナスの評価につながるものでもない。
加えて、総監部付き技術検証要員という曖昧な出向要請も、そうまずくはないだろう。
なにしろ、総監部と言えば、後方の代表格だ。
技術検証要員ということは、兵器検証要員とは微妙に異なり、実戦試験を想定していなかったはず。
つまりは、試験の名目で、後方に引きこもることも可能。

悪くない。アフター5の定時退社も悪くはないが、どの道、お上が転属を命じてくるのならば、これは諦めだろう。
そして、新たな転属先も、勤務そのものは厳しいかもしれないが職場環境としては、ここよりもよいほどかもしれない。
妥協の余地は限りなく存在する。むしろ、妥協するほかにない。

「可能な限り貴官の意向を尊重するつもりだが、異議を申し立てるかね?」

これほど、好意的な申し立てを拒絶するということは、よほどの意志が無ければ。無理だ。
まあ、意志だけで拒絶し、後々高い買い物をするという事になるので、合理性を勘案すれば、イエスか、ウィ―かヤーの三択でしかない。

「はい、いいえ。」

「よろしい。兵站総監部で、新型のテストだ。形としては教導隊からの出向になる。」

司令はそう言うなり、私が同意したことを書類に書き込み、それが辞令となり私に手渡される。
この手際の良さからして、内示ということすら、形式的な手続きだったのだろう。
すでに、発令間際の辞令であり、断りでもしない限り確実に発令される寸前だったに違いない。

「とはいえ、聞きたいこともあろう。質問を許可する。」

ものわかりのよい、上司は大好きだ。

「ありがとうございます。では、まずわざわざ教導隊所属とするのは?」

本来は、総監本部付で事足りるのではないだろうか?
教導隊というキャリアは大歓迎だ。
大歓迎なのだが、その人事の背景にある政治力学なり、事情なりをぜひとも知っておきたいところ。
そうでなければ、何か厄介事に知らぬうちに足を取られて、躓きかねない。
それは、まったく歓迎できない事態だ。
望ましくない。
故に、知らねばならぬ。
なぜ、そのような人事なのかと。

「エースとはいえ、子供を前線に送ることは、対外的によろしくない印象をばら撒く。」

・・・今さらながら、軍上層部の感覚がずれているのは理解した。
いまさらそういうことに気がつくとは。
自軍内部で戦意高揚に使うならばまだしも、それを対外プロパガンダに使っている時点で、外交の素人臭さを露呈していると何故わからない?
帝国が、軍事力を偏重してきた結果、国家戦略を欠いているのでは無いかという危惧は、最早現実の問題だろう。
協商連合を簡単に料理している軍事力も、逆に言えば周辺諸国にしてみれば、重大な脅威でしかない。
安全保障のジレンマだろうが、我々は囲まれているのだ。
全てを倒すことができなければ、大人しくしておくほかにないという事実は、黙殺されているのだろうか?

まあ、これ以上は別の機会に検討しておくべき問題だ。
今のところ、聞いておくべきことは、上層部が子供に配慮したという事実。
私は、書類上子供。
つまり、配慮される立場。

「だから、エースは、後方のお飾りになれと言うことでありしょうか。」

ようするに、前線に出なくて、後方でまともな食事と、暖かい宿舎でぬくぬくとしていればよいか、という事実確認。
これは、まさに自分の生存戦略上最適かつ理想的な状況ではないかとすら思えてくる。
素晴らしい。素晴らしいではないかと、思わず叫びたくなるほどに、状況は理想的かつ完璧だ。
実にワンダフル。
今なら、世界中の人々と分かり合える気がしてならない。
喜びのあまり、らちもない電波すら受信できそうだ。

「斬新な見解だな、少尉。私には、思いつかないような見解だ。」

ふむ、外れではない。
少なくとも、強く否定するほどではないということ。
つまり、上層部の意向は不明だが、目の前の上官は少なからず私の意見に同意しているという事だろう。
意味するところは、無難な線をハズしていないだろうということだ。

「失礼いたしました。」

「上は、貴様を評価している。新型の開発功労者という地位を用意したのもそれだ。」

それが、対外的な理由か。
まあ、内部でも十分に通用しないこともない理由だろう。
しかし、総監部での新型と言えば、なんだろうか?
さすがにモルモットという事はないのだろうが、せめてどのような技術を検証するのか程度は知りたい。

「その新型について、お伺いすることはできましょうか?」

さすがに、機密というならば、引き下がるし、後で知ればよいだろうが、心構えというものがある。
人間、殴るぞと警告を受けてから殴られるのと、唐突にぶん殴られるのでは全く受けるダメージが異なるものなのだ。
殴られるとわかっていれば、無意識のうちに出会っても体がそれに備えられる。
だから、私個人の心構えとして、それを知って覚悟を決めておくというのは有意義な事。
まあ、好奇心も大きいのだが。

「ふむ、演算宝珠の試作機としか、知らされてはおらん」

「わかりました。ありがとうございます」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回は短め。

短かったことは反省であります。

戦局:ファニーウォーみたいなもの?
つまり、西方への進撃前です。
比較的余裕があって、外見を取り繕う余裕がある時期とも言います。

生温くて、御不快かもしれませんが。
今後の予定としては
①新型を喜ぶのは、アニメの主人公だけという話(Ju 87 Gみたいなじゃじゃ馬?)
②神、女性らしいおしとやかさを欲する。
③赤と黄色の黄色野菜を電気で加工。
④グッドモーニング・『正義』の巨人
⑤赤ひげの王様
の予定です。

思いのほか、同好の士が多い事に歓喜の極み。

いや、もちろん我々は外道ではありません。
ただ、逆境にあっても、屈せずに努力する姿が好きなのです。
つまり、頑張る人間が大好きだということです。 
頑張る人間を応援したくなるのは当然ではありませんか!



[24734] 第八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/02/05 21:55
帝都ベルンより、南西方面。
クルスコス陸軍航空隊試験工廠上空。
高度は12000
すでに、既存の演算宝珠では実用限界の高度を突破している。
メートル換算で約3600

酸素の残量も心許ないが、体温の低下はより深刻だ。
高所順応をおこなうために、6800付近で時間を取りすぎた。
はっきり言って、生身の人間が長くいられる領域ではない。

「デグレチャフ少尉?意識はありますか?デグレチャフ少尉?」

管制機が無線越しに問いかけてくる声に応答する事さえ、恐ろしく億劫だ。
防寒服があるとはいえ、酸素ボンベと空中用無線を抱え、非常用のパラシュートを背負ってようやく実験できる高度。
この高度に生身の人間を送り込もうと考えた連中は、一度自分で体験してみるべきだ。そうすべきだ。

「一応あるにはあるが、長くは持たない。はっきり言って、生身でこれ以上の高度は不可能だ。」

地上よりも21.6℃も寒い。酸素濃度に至っては63%弱。
空戦機動で辛うじて一時的に滞在し得るかどうかという高度は、明らかに人間を拒絶する領域でしかない。
そもそも本来の演算宝珠では高度6000が上昇限界。
それ以上は、推進力が足りずに重力を振り切れないはずだった。

だから、魔導師というのはせいぜいが攻撃ヘリ程度の制空能力しか有していないのだ。
にもかかわらずだ。

この新型、エレニウム工廠製95式試作演算宝珠は本来ではありえない推進力を発揮している・。
方法事態は極めて単純かつ古典的なものだ。
エンジンと同じ発想で、単発で弱いのならば、双発に。
双発で足りなければ、四発にというシンプルなもの。
ただ、重要なのは。

「なにより、魔力が底なしに喰われる。魔力の変換効率は最悪だ。」

ガソリンの代わりに、魔力を消費する演算宝珠はエコかもしれないが、魔導師にとっては無謀もよいところだ。
カタログスペック上は革新的な性能だ。
だが、従来の4倍の魔力を消耗する上に、4機の演算宝珠核を同調させねばならない。
驚くべきことに、核を4つも載せているにもかかわらず、試作演算宝珠は従来のものとさほど大きさが変わらない。
故に、恐ろしいほどの小型化を達成したことは技術上の敬意を払われてしかるべきなのだろう。
だが、使う側にしてみればたまったものじゃないとしか言えない。

精密機器を、小型化するということは、遊びが無くなるということだ。
ただでさえ、難解な4機同調起動を行わねばならない上に、安定性と信頼性が乏しい機構だ。
理論上、魔力の消耗は4倍のはずなのに、実際には、ロスがあまりにも多く、6倍程度は垂れ流しになっていると見てよい。
この高度に慣れていないことも大きいのだろうが、全力で空戦起動を行ったような恐ろしい疲労感は急速に高まっている。

「少尉、もう少し、高度は取れんのかね?理論上は、18000までは固いはずなのだが。」

・・・このMADめ。
無線に割り込んできた元凶の乗っている管制機を思わず睨みつけたい衝動にかられる。
声の主は、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師。
睨みつけたからといって、問題が解決するわけではないので行わないが。
このまごうことなきMADの作品を試験する羽目になるとは、人生は実に理不尽だ。

「ドクトル、無理を言わないでいただきたい。」

防寒服よりも電熱服でもない限り、これ以上の高度は飛べない。
そもそも、なぜ、このような高度実験をしているのだろう?
酸素ボンベに一発被弾すれば、愉快なことになるのは自明だ。
仮に、電熱服を着こんで、この世界に耐えられたとしよう。
その電気を演算宝珠に依存するとすれば、さらに、魔力消耗度は跳ね上がる。
この高度で意識を失わない保証がない以上、パラシュート装備は必須。
しかし、意識を失ってのパラシュート降下とは、実戦ではただの的だ。
趣味でやらされているのではないかと本気で勘ぐりたいのだが。

「まだ、魔力に余裕はあるはずだ。演算宝珠の負荷もまだ許容値以前の水準だろう。」

「ドクトル、遊びがなさすぎますよ。この欠陥宝珠め、いつ火を噴くかわからないんですよ!?」

前回の上昇速度実験は、本当にひどかった。
同調がわずかに狂った瞬間にバランスが崩壊。
原因は、魔道バイパス回路のほんのわずかな伝道速度のずれ?
原因を知らされた時は、どんな精密さを要求しているのだと、本気で叫びたくなった。
演算宝珠内部で魔力暴走で、核が過負荷に耐えきれずに魔力爆発。
咄嗟に、バックアップの通常演算宝珠で抑え込んだが、あれは、高度4000程度だからできた代物だ。
高度12000で行いたいかと言われれば断じてノーだ。
仮に、こいつが火を噴いた場合、パラシュートが燃えれば後は大地と激烈なキスを交わす羽目になる。
ファーストキスに思い入れがなくとも、誰だってそんなことは、嫌だろう。

仮に、火を噴いたとして、投げ捨ててしまいたいが、機密の塊としか表現できない試作演算宝珠である。
そんなことが、許されるわけがない。
可能な限り、こいつを無事に回収させなくてはならないのがテスト要員の使命なのだ。
だから、慎重にならざるを得ない。
こんな、一輪車で綱渡りをしながら、ナイフのお手玉と、火の輪くぐりをするような遊びの無さの演算宝珠でだ。
ガンガン高度をあげるなぞ、馬鹿のやることか、自殺志願者のどちらかでしかない。

「私の最高傑作に、言うに事欠いて、欠陥宝珠だと!?」

ああ確かに、性能は最高だよドクトル。
この4発の同調機構を曲がりなりにも実現したことそのものは、恐ろしく精密な技量だ。
従来のものと同じだけの機能をこれほど小型化した核で実現したのは、まさに天才的だとしか言えない。
だが、だからこそ、頼むから使う人間の事を考えて作っていただけないだろうか。
ドクトルの作品に合わせて人間がいるのではなく、人間に合わせべきだということを理解してほしいのだが。

「ドクトル、お願いだから無線機で大きな声を立てないでください。」

「黙りたまえ!まず、先に発言を取り消したまえ!」

ああ、もうこの専門バカどころか、精神的餓鬼め。
本当に頭の痛い限りなのだが、よりにも寄ってこいつは、主任なのだ。
こいつが主任で私が首席テスト要員。
つまり、どうあってもお付き合いせざるを得ない関係だ。

「ですから・・」

ッ!?
あああ、畜生!
また同調が狂った。
ただちに、魔力供給を緊急カット。
同時に、演算宝珠内部の魔力を緊急排出。
一動作でただちに緊急措置を実行。

思った以上に、前回の教訓を取り入れた安全機構は有効に機能。
だが、演算宝珠内部の魔力が完全に排除できたというわけでは無し。
各核がそれぞれてんでバラバラに魔力をぶつけ合い、回路が一瞬で吹っ飛ぶ。
散々要求した外殻の強化が間に合っていたこともあって、辛うじて実害なし。

「管制。確認しているだろうか?パラシュート降下する。」

この高度では、予備の演算宝珠を起動するよりも先に、パラシュートを開いたほうが安全だ。
なにより、ここは帝都。パラシュートでゆっくりと降下しようとも狙われる心配は無用。
さしあたり、現状では深刻な問題はない。おとなしく、着地に備えるくらいか。

「了解しまし、ちょっ、ドクトル、止めてください!離れて!離れて下」

だが、管制機の方は、こちらとことなり、問題だらけのようだ。
無線を通じて、聞こえてくるのは、なにか揉め合うような音。
どうやら、無理やり無線機を奪い取ろうと、誰かが横暴にも暴れているらしい。
才能と、人格が一致しない事例は多々あるとはいえ、これほどひどい人物を見る機会が我が人生にあったとは。
よほど世界に嫌われたのか、悪魔が私を呪っているのか。

「デグレチャフ少尉!またかね!?」

どうやら、通信員の奮戦も空しく、無線は邪悪な科学者に奪取されてしまったらしい。
彼が無線機を守るべく敢闘したという事実には感謝しなくてはならないだろう。
そして、彼が力及ばず邪悪な科学者が私の前に立ちはだかるという以上、自衛権を行使せざるを得ない。
まさか、自力救済の世界になっていたとは。
法律は本当に、どこに行ってしまったというのか。
今ならば、法学者に心の底からの敬意と、尊敬を払うので、ぜひとも法秩序の再興を為してほしいところだ。

「言わせていただければ、私こそ、またかと言いたいのですが!」

なにしろ、最初は単純な爆破系干渉式でさえ、妙に凝った複雑な機構故にまともに動かった。
飛行試験をと言われた時は、飛ぶことの偉大さと大変さをこれほど再確認させられる羽目になるとは思わなかった。
安全機構を、機能美がないだの、バランスが崩れるだの言われた時は、思わず撃ってしまいそうになった。
ようやく、辛うじてまともに試験ができるようになった瞬間に、変な試験項目とオプションが加えられた時は、転属届を発作的に提出してしまった。
却下されたが。
理由?
まともに、実験まで行けたのが私だけだからそうだ。

前任者達の屍を越えてゆけとさ。

てっきり修辞学的な意味かと思っていたが、どうもそのままの意味らしいので、帰りたいのだがね。

「君が、集中をとぎらすからこういうことになるのだ!それでも軍人かね?」

軍人だとも。
なりたくてなったわけでも、楽しい職業でもないけど、軍人だ。

「御冗談を!私の職責は兵器を扱うことであって、欠陥機械のご機嫌とりではありません!」

少なくとも、私の仕事はライフル担いで、演算宝珠片手に戦争することであって、欠陥機械抱えて、自爆する事じゃないはずだ。
いくら、軍隊といえども壊れたライフルか、狂った演算宝珠を支給されれば文句の一つも言う権利はある。
まして、魔導師の装備とは、過酷な現代戦において、信頼性と堅牢さが不可欠というのは子供でも知っている常識のはずだ。
魔導師に限定せず、軍用の装備というのは、そもそも頑丈でなんぼ。
ワンオフの妙に凝った作りなど、はっきり言って戦争向きではない。
競技用のレースカーが、まともな実用に耐えないのと同じで、全く無意味だ。

「なに?また、欠陥と言ったのかね!?」

ワールドレコード競争でもやっているならば、ともかくだ。
このMADめ、まともに兵器開発する気があるのか?
明らかに、趣味の世界で、やっているのではないのか?
兵站総監部も、兵站総監部で、どうして、こんなことを許しているのだ?
本当に、世の中は不思議な事ばかりというほかにない。

「こんな高度で、突然壊れる演算宝珠のどこが、まともな兵器ですか!」

航空機だって、エンジンが突然止まるようなものは、殺人機よばわりされる。
酷いクラスの欠陥なら、未亡人製造機の栄光を授与されるほどだ。
其れに比べたって、この演算宝珠はそもそも動くことそのものが奇跡な水準だ。
すぐ壊れる上に、出力は安定性に乏しく、おまけに信頼性は皆無。
兵器以前の問題の気がしてならないのだが。

「君らがホイホイ壊すからだ!どうして、君達は、そんなに簡単に精密機械を壊せる!」

「壊れるような構造で作るからでしょう。軍用ということの意味を御理解しておられるのですか?」

本当に、軍用ということの意味を絶対に理解していないのだろうな、と思わざるを得ない。
確かに、軍の要求したスペックはことごとく満たしている。
大幅に上回る水準であるとさえ言ってよいだろう。
実用高度が、簡易とはいえ、爆撃機の迎撃可能性を持ち得ている時点で、魔導師の戦術的価値はさらに跳ね上がる。
瞬間的な火力の増大に関して言うならば、理論上は4倍だ。
従来の魔導師が持ち得ていた攻撃力を飛躍的に跳ねあげられるということは、間違いないだろう。

まともに、こいつが動きさえすれば、の話だが。

はっきり言って、稼働率と整備性が最悪だ。
本来の演算宝珠は、一か月に一度程度簡易なメンテナンスを行えば、問題なく動く精密機器だ。
一度使用するたびに、技術スタッフ総出でメンテナンスをせねばならないなど論外極まる。
それも兵站総監部という最も充実した後方支援設備を有する研究機関の技術スタッフでだ。
先行技術検証という意味合いはあるのだろうが、どの程度反映されているのか果てしなく疑問が尽きない。

「この4機同調という技術が、どれほど、革新的であるのかどうして理解しない?」

「革新的であるのは、認めますとも。ですから、まともに動くものを作っていただきたいと何度も申し上げた。」

「理論上、動くではないか!」

頭が痛い事を、本気で言ってくれる。
理系の人間と付き合う時に、たった一点だけ注意すべき点がある。
それは、特に優秀な科学者や技術者の場合に留意すべきことだ。
すなわち、MADか、どうかというただ一点だ。

ちなみに、天才とMADの区別は実に簡単だ。
私が、殺したいのがMADで、平和に会話できるのが天才だ。

「ドクトル、私は実用的な水準を望んでいるのですが。」

「そのための、実験ではないか!PDCAサイクルも知らないのかね!」

PDCAサイクルなら、熟知しているともドクトル。
だから、ぜひとも言わせてほしい。
もう少し、まともなプラン立案と、チェックをしてほしいと。
やらされる側にしてみれば、たまったものじゃないレベルの欠陥が多すぎる。
安全機構が組み込まれなければ、本気で投げ出しているレベルだ。
その水準とで、必ずしも十全ではない。
今回は、どうやらまともに動作したようだが、それでも、完璧には魔力暴走を封じ込めるには至っていないのだ。
万が一、酸素ボンベにでも引火すれば、愉快とは程遠いことになっていた。

パラシュートも、防刃繊維に防火加工を施して作られた特注品だが、これだって、100%の安全を約束するものではない。
万一意識が飛んだ場合、自動開くかどうかの不安はあるし、なにより、爆発の規模いかんでは碌でもない体勢で首をつりかねん。
地面に降下したら、こんどこそ本気で転属願か、出向から出戻りできるように、人事部にかけ合ってやる。
このままでは、いくら命があっても本当足りない。
この際、教導隊で本格的に活動できるように、嘆願したほうが、いいかもしれないだろう。


視点変遷:兵站総監部会議室


・・・これは、また、随分と本気で転属を願っているようだ。
なんと、これで、4度目である。
そのたびに、切実さと、懇願の度合いが高まっていくのだから、よほどだろう。

届けられたばかりのデグレチャフ少尉による嘆願書と転属希望要請に目を通して、兵站総監部技術局では管理職がことごとく頭を抱えていた。

「で、どうするのかね?受理するのか?」

「論外だ。あのシューゲル主任技師が求める水準に、曲がりなりにも到達したのは彼女だけなのだぞ」

才能だけ、というよりも才能しかないにしてもシューゲル主任技師のそれは突出していた。
基礎分野のデータ収集という一面と、先進技術の開発・検証という目的で控え目に評しても意欲的な要求水準であった、95式要求概要にカタログ上とはいえ、応じているのだ。
純粋に技術の研究という面から勘案した場合、95式のもたらしたデータは大きな成果を上げていると言える。
しかし、それは研究という分野からのみの評価を行った場合だ。
研究機関としての性格は、それで良いとしても兵站総監部としては総合的な判断を求められる。

「だが、95式を辛うじてにせよ、まともに使えている。それだけの才をすりつぶすのは、惜しい」

デグレチャフ少尉以前に、殉職した人間のリストは、決して短くはない。
しかも、厄介な政治的事情として次期演算宝珠の座を求めるのは、何もエレニウム工廠だけではないという事情もある。
ここで、銀翼突撃章保持者を殉職させた場合に惹き起こされる政治的なごたごたは、可能な限り回避したいと誰だろうと願わざるを得ない。
まして、そのデグレチャフ少尉は、これからさらに才能を飛躍的に伸ばしうるのだ。
使いつぶせるかと言えば、さすがに惜しい。
軍上層部が、出向には同意しながらも、教導隊所属としたことも、上からのメッセージだ。
いじくりまわすのまでは許すにしても、生かして返せということだろう。

「その、95式も失うには余りに惜しいから、こうして苦悩する羽目になるのだ!」

本来であれば、それほどの厄介さが付きまとう試作兵器はお蔵入りするのが普通だ。
しかし、そうした通常では考えられない程の優遇を95式が受けられたのは、その可能性故にである。
ある程度のリスクは許容してでも、莫大なリターンが見込める。
そう判断されてきたがゆえに、95式には湯水のように予算が投入され、ここに至っている。
少なくとも、可能性の入り口は見え始めているのだ。
行けるのでは、ないだろうか?そう、考えてしまうほどに、リターンは大きい。

「4発同調という技術的な意義は認める。だが、ほとんど実用化の目処は立っていないではないか!」

無論、反対派としてもその技術的な意義は認めるに吝かではない。
その革新性を評価しないわけでもない。
だが、彼らにしてみれば、それはあまりにも高い買い物であり、しかも本当に買えるのかすら不明な代物だ。
現時点で可能であるかと言われれば、眉唾ものだと感じている。

「技術レポートを読んだかね?デグレチャフ少尉の分析は、なかなか卓見だ。魔力がいくらあっても足りないというではないか」

10歳という子供の書く内容で無いな、という驚きもあった。
だが、技術レポートの内容そのものは、全うかつ極めて卓見であった。
なにしろ、この時点で魔力保有量が人並みにある魔導師だ。
将来性は保証されたようなものだろうが、その魔導師でさえ、魔力不足でまともに運用できないと悲鳴を上げている。
いくら、技術検証が目的とはいえ、これは4発という仕様の構造上の欠陥でしかない。
瞬間的な火力は増大するかもしれないが、継続戦闘可能時間の減少はとてもではないが、これほどを許容できるものではない。
技術検証の重要性は、こうした先進技術の欠点を洗い出すことにあるとはいえ、これはどうしようもない。

「もとより、先進技術の検証と試行目的だ。その程度は、許容範囲に留まる。」

その点に関して、どうしようもないというのは、同意する。
しかし、それが技術検証という目的に特化した場合、運用上の制約はさほど重要ではないというのが技術派の見解だ。
周辺列強に対する技術競争は過酷な水準であり、彼らは彼らで、95式の可能性に賭けざるを得ない。
技術的な競争で後れを取る事が大きな脅威である一方で、優越できれば圧倒的なリターンが見込める。
その可能性という基準で評価した場合、彼らは95式の全ての費用を是認し得た。

「技術的な意義はともかく、軍にとっては遊んでいる余裕はありません。」

だが、それは、技術者の見解であって、軍隊の理論とはまた別だ。
並みの演算宝珠ですら主力兵器並みの価格がするというのに、ワンオフの特注試作型だ。
信じられない金額をすでに飲み込んで、なお足りない?
即刻別の方面に予算をシフトしたほうが、まだ費用対効果がましではないか。
その主張もまた当然の理屈である。
帝国は強大で、軍事費が乏しいわけではないが、それとて有限だ。

「それでも、魔力変換固定化の可能性があるということは、継続するには十分すぎる理由では?」

「錬金術でも追及されるおつもりですか?有限の予算と人員はいつまでも浪費するわけにはいきません。」

魔力を演算宝珠で最適化し、現世に自らの意志を干渉。その干渉により、実態をもった現象を発現。
それが、基本的な魔導師が使う干渉式の原理だ。
当然、発現する現象は一時的なものになる。
爆発を引き起こそうという意志でもって、現世に爆発を発現したとしよう。
それは、一時的な現象であって、爆発を惹き起こした魔力は拡散し、固定化できるものではない。

ならば、固定化という意志を乗せればよい。

其のような概念事態は、演算宝珠が実用化されたかなり早い段階から検討されてはいた。
だが、魔力を魔力で現世に固定化するという発想は、極めて実現が困難であった。
楽観的な見込みによる研究や、実用化の試みは、現在に至るまでことごとく列強各国において頓挫している。

世界に干渉する意志に干渉し、それを現世にあるものとしてなす。

もはや、錬金術の世界の話だ。

なるほど、実用化すれば、質量保存の法則を無視しえる。
技術としての魔法ではなく、それは伝説や神話の魔法に分類できるような技術といえよう。

確かに、理論としてはすでに、確立されている。
膨大な魔力を必要とするために、最低でも双発の核で持って現象を発現。
同じく、その固定化のために、同数の核でもって、現象を固定化。
そのために、最低でも4発の核を完全に同調し、かつ別々のタスクを並行して行える精密制御。

これまでは、理論上の話でしかなかったのだ。

「すでに、4機同調は実現されているのだ。可能性は否定できない」

「完璧な同調が、全く見込めない状況なのですよ。唯一うまくやれているデグレチャフ少尉の稼働率でさえ、とてもまともなものじゃない。」

試験のたびになにがしかのトラブルが生じている。
無論、試作兵器という性質上、そのことはある程度は予想される範疇だが、これは重大ほど重大な事故が多いのは異例のことだ。
間一髪でぎりぎりデグレチャフ少尉が生き延びているのが実態だろう。
実際、稼働状況は辛うじて、動かせているというほかにない。
これでさえ、従来に比べれば、著しい進歩だというのだから、程が伺える。

「それにしても、何故彼女なのだろうな。」

逆に言えばだ。
彼女が従来の試験要員に比べてなぜ、成功したのかを探った方が解答は出るのではないだろうか?

「どういう意味ですか?」

「これまでの試験要員は、帝都防衛魔道大隊の精鋭。あるいは教導隊か前線で最低でも2000時間以上のキャリアがある魔導師だった。」

本来、試験というものは、それを評価し、分析できる人材によって行われるものだ。
実際に、兵器を運用する現場の人間の意見を取り入れつつ、技術的に洗練させていく。
そうした兵器開発の在り方からすれば、今回の試験要員は、これまでにないほど選抜されていたはずだった。
しかし、実際に試験が始まると、それにもかかわらず状況は一向に進展を見せなかった。
豊富な経験と、実績を持った人員がことごとく失敗。

「そのことごとくが、一度たちともまともに使えていない95式を、運用できるということは、特筆すべきことだ。」

そう。
95式の特異性故に無視されがちだが、何故、デグレチャフ少尉は運用できる?
言いかえれば、何故彼女は、先達と違うのだ?

「彼女の選抜理由は?誰が、推薦した?」

そして、そもそも誰が彼女を試験要員に回したのだろうか。
今さらであるが、人事を承認したのは確かに兵站総監部だが、そこに書類を出した人間がいるはずなのだ。
だとすれば、当然その選抜理由も記載されている。

「シューゲル主任技師が自分で選んでますね。なんでも、彼女ならば動かせる可能性が最も高いとか。」

「奴には、何故そのような事がわかるのだ?」

散々前任者たちが失敗したことを踏まえて、デグレチャフ少尉を欲しがるということは、なにがしかの確信あればだ。
肝心な事としては、その確信の理由だ。
実際に、ある程度の進捗が見られたということは、その理由になにがしかの意味があるということ。
思い込みだけと断じきれない以上、何故前線からそのような人材を欲したか?
彼女の特質、あるいは技能に由来するのか、それとも何か別の理由があるのか?

「既存のものに慣れ切っていないならば、従来の演算宝珠同様に、無茶な使い方はしないはずだと。」

なるほど。
確かな話ではある。
この4機同調という機構は、全くの別物だ。
これまでと同じ感覚で魔力を通すのは、難しいだろう。
そして、魔力の通し方に違和感を覚え、力ずくでねじ伏せるなと説明され、なんとなくでも理解できるのは子供の柔軟さだ。
彼女ほど早熟であれば、感覚の制御や、理屈の理解も不可能ではないし、それを実現する技量もあるのだろう。
大変結構かつ、順当な理屈だ。

そこまでは、理解できるとしよう。

「・・・おい。一定以上の力量があって、従来の演算宝珠に慣熟していない魔導師なぞそういるものではないのだぞ」

当たり前の話だが。
そんな都合のよい魔導師は、そこらへんに転がってなどいない。

95式で示されたことは、同調機構は、通常の運用には余りにもハードルが高すぎるということではないのだろうか?
つまり、これまでの魔導師をことごとく再訓練し、訓練体系を一変しない限り、到底使い物にならないと?
しかも、従来の演算宝珠よりも難易度そのものも高い故に、新兵の訓練も一からの再研究が必要になるだろう。
それらを実現したところで、同調機構のもたらすメリットと、費用を考えるとあまりにも高価だ。
運用がどれほど、職人技を要求されることになるかと考えれば、碌でもない事態というほかにない。

「予算も無尽蔵にあるわけでもない。やはり汎用性にかけすぎるのではないのか。」

「すでに、演算宝珠の安全機構といった新機軸のデータは揃いつつあります。ここらが潮時では?」

結論としては、やはり開発打ち切りが妥当ではないのか?
少なくとも、縮小すべきではないのか。
そうした提言が、会議場の空気を支配し始める。

「火力増強の可能性そのものは、あまりにも魅力的だ。なにも、4発で無くとも、双発にはできないのか?」

其れに対して、惜しむ側としては断ちがたい未練が未だにある。
まだ、火力増強ということを勘案すれば、2倍というのも悪いものではない。
4発に比較すれば、双発という選択肢はそれほど難易度が高くないのではないだろうか?
そのような見解で、運用上の選択肢を増大できないかとの意見が、惜しむ側からは提示される。

「それもそうだ。双発ならば、同調そのものは簡易になるのでは?」

「確かに、難易度は比較的ましにはなります。」

4機同調に比べれば。
双発は容易ではないだろうかではないだろうか?
其の質問に対する答えは、実に皮肉なことに開発推進派の技術部から出されることになる。
確かに、4機同調に比べれば楽だろう。

「ですが、それさえ複雑すぎ、かつ稼働率が低迷せざるを得ないというのが技術部の見解です。」

だが、そもそも同調という機構自体が新機軸で難解なのだ。
稼働率の改善も、さほど見込めるものですらない。

「それならば、いっそ演算宝珠を2個単純所有したほうが早いな。」

「前線で稼働率が低いなど、話にもならん。そうしてみれば、同調技術は未だ時期尚早か。」

開発打ち切り。
それが、出された結論である。



視点回帰:デグレチャフ


世の中には、良い知らせと悪い知らせが混在しているものだ。
上手い話など、そうそう転がっているわけもないということである。
確かに、この欠陥宝珠の開発打ち切り通達と、私の教導隊への帰還は、喜ぶべき事態だ。
まだ、正式な決定ではなく、内々の通達に過ぎないが、おそらく本決まりだろう。

だから、これ以上命を危険に晒さなくてよいというのはこの上ない朗報だ。

で、最悪なのは、どの道これ以上開発できないのであれば、リスクが大きすぎてできなかった実験をやろうとMADが開き直ったことである。

落ち込むとか、へこむとかしていればよいものを。
どこからか電波を受信する機能までMADは備えているらしい。
突然、天から天意のアイディアが降ってきたと絶叫し、『今ならやれるのだ!!!』と叫び散らしていた。
当たり前のことであるが、このMADですら、普通の精神状態ではリスクが大きいと判断する実験である。

碌でもない事態しか想像できない。
だが、開発打ち切りということもあって、これ以上付き合わなくていいならばと、スタッフも消極的な抵抗に留まってしまう。
故に、ここまで生き延びておきながら、本当にどうしようもない実験を、私が行うことになる。
まともな常識ある科学者ならば絶対に眉をひそめるような代物だ。

なんでも、95式の開発における最終目標はもともとこの実験の成功にあるらしいが、成功率は失敗するとしか思えない。

その実験を、複合多重干渉誘発による、魔力発現現象の空間座標への変換現象発現固定化実験。
通称、魔力変換固定化実験というぶっ飛んだ空想上の産物である。

理屈そのものは、もっともらしい。
95式は、その精密な内部構造故に、脆弱とならざるを得ず、稼働率・整備性共に難があった。
故にこの課題を克服するためには、これを魔力でこの世界に同定し、固定化することで強度を確保し維持する必要がある。
そして、95式は理論上、4発同調機構の搭載により、これを可能としえる技術的素地を有す。
95式の技術的最終到達点に、駄目もとで挑戦してみることには、技術的課題を洗い出す意味でも大きな意義があるのだ。


実に其れらしいことを言っている。
だが、絶対にMADの好奇心由来なのは間違いない。
もしも、まともに成功する見込みがあるならば、本来もっと最初の時期にやっているにきまっている。
それを、この時期になって追及するということの背景を勘案すれば、本気で駄目でもともと。
上手くいけば、ラッキーぐらいの狂った判断でやってやがるに違いないのだ。

「少尉、準備は良いだろうね?」

何故、そう、うきうきとした笑顔までこいつは浮かべているのだろうか?
周りを見てみろと言いたい。
ここは、周囲に本当何もないだだっ広い実弾演習場の一角。
周囲には観測機器とドクトルだけ。
スタッフは大いに距離を取って観測機器越しにしかこちらをモニタリングしていない。
ようするに、誰だって爆発確定だと信じて、退避している。

「ドクトル、本気でやめませんか?試算では、最悪我々は演習場事吹っ飛びかねませんが。」

今回の実験は完璧に制御するか、吹っ飛ぶかの瀬戸際なのだ。
その完璧な制御という眉唾ものの達成を信じて疑わないのはドクトルのみ。
気が効いたスタッフはわざわざ医療チームを待機させてくれている。
それも、救命医療班と野戦治療施設一式の本格的なものをだ。

「それが、なにか?科学の進歩には犠牲がつきもの。それに、君だけではなく、私もここにいるのではないか。」

「正直に申しまして、その潔さを別のベクトルに向けていただきたいのでありますが。」

きさまは、自分の発明品で吹っ飛ぼうとも本望かもしれない。
それに、自業自得もよいところだろう。
だが、付き合わされる私が、MADの発明品で、こいつと心中しなくてはならないのはどういうことだと言いたい。
無理心中もいいところではないか。

「・・・?科学者足るもの、探究に忠実であるべき。つべこべ言わず始めたまえ。」

なら、勝手に死んでくれ。
できるだけ、周りに迷惑をかけずに。
それが無理なら、せめて、私に迷惑をかけずに。
第一、科学者ではなく、私はこの場では軍人で子供なハズだが。

「私は、軍人です。」

「じゃあ、命令だ。とにかく、さっさとやりたまえ。」

なんとたること。
まったくもって、どうしようもない。
確かに、その通りだ。
ちくしょう。

「・・・95式へ魔力供給開始。」

「観測班了解。無事を祈る。」

その、どなどなが聞こえてきそうな通信は止めてほしいのだがね。
できれば、今すぐにでも、実験中止を宣言してくれないものか。

私の不安げな表情を察したのだろう。
めずらしく、というか初めてドクトルが私に微笑みを向ける。
まるで、安心せよと言わんばかりの表情だが、一体何を安心せよというのだ。

「なに、安心したまえ。成功は約束されたようなものだよ。」

「・・・ドクトル、一体どこからそのような自信が?」

MADがサイコであったとしても、私は一向に驚かない覚悟はすでに決めているのだが。

「なに、簡単なことだったんだよ。」

「と、申しますと?」

「私は、主任技師。少尉が、首席試験要員。つまり、我々が反目せず、協力すれば事を為すは容易いということだ。」

・・・まあ、尤もな理屈ではある。
今さらではあるし、開発がここまで迷走し、打ち切りが決まったような時に悟っても遅いのでが。
それでも、まあこのMADがそれを理解できたということは、奇跡であるには違いない。

「なるほど、その通りではありますな。」

「だろう?そして、私は先日天啓を得てね。」

「・・・天啓、でありますか?」

なんだろうな。
言葉の綾だろうに。
何故か、嫌な予感が。
それも、超ドレッドノート級の嫌な予感がするのだが。

「そうだとも。我々が共に、神に成功を祈願すれば、信ずるものは救われようとな。」

「・・・・・・・・・・は?」

思わず、疑問が素直に口から洩れる。
神に、成功を、祈願する?
この、科学者が?
正気か?
いや、打ち切りで気が狂ったのか?
ありうる話だ。
今すぐにでも、安全機構を作動させるべきか。
いや、まずは魔力供給量を絞るほうが重要だ。

「驕らず、謙虚な気持ちになるのが重要だということだが。」

「いえ。その前なのですが・・・。」

まずいまずいまずい。
こいつは、本気で、なにか、電波を受信している。
あまりにも普段から狂っているから、発覚が遅れていたらしい。
よりにもよって、こんな時になって、この事態に気がついても手遅れだ。

「いい機会ではないか。二人で、神に成功を祈ろうではないか。」

「ドクトル、貴方は無神論者では?」

「発明の神が私に舞い降りたのだ。私は、今や敬虔な信徒だよ。」

やばい。
事態は、もうどうしようもない。
95式は、製作者同様に、どうしようもなく狂い始めた。
魔力でコーティングの制御をしているが、もう制御が効かない。
回路の調子も違和感しか感じられない。
このままでは、魔力暴走一直線。
だから、安全機構を作動させたいのだが、なぜか、機能していない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

魔力を引き抜こうとすると、全体のバランスが崩れて崩壊確定。
しかし、魔力を注ぎ続けると、何れ制御が効かなくなり暴走が待ち受ける未来が確定。
なんだろうな。
悪魔の契約を迫られているような気分は。

「我らが発明の信徒となり、祈願すれば成功は間違いないのだ。」

「・・・ちなみに、私が祈願せねばどうなりますか?」

「まあ、二人して殉教というところだろう。」

あっさりといってくれる狂人。

「今すぐに、メディックを呼びましょう。或いは、私が楽にいたしましょうか?」

今なら、こいつだけでも始末してしまった方がいいかもしれない。
どうせ死ぬなら、せめてこいつだけでも自分で殺しておかねば納得できない。
こいつを殺して、こいつの欠陥宝珠に殺されれば、まあお互いむかつくとしても因果応報だろう。

「落ち着け少尉。君も神に会ったことがあるのだろう?お互い、神を信じれば救われる。」

おい。
ちょっとまて。

「魔力係数が、急速に不安定化!?魔力暴走です!」

「そんな!?核が融解寸前!総員退避ー!!!!!!」

観測班の悲鳴を耳にしながら、私は意識をうしなう一瞬前に、間違いなくあの悪魔。
存在Xが、にやりと笑うのを確かに実感した。
ああ、そうだった。
あれは、超常の存在。
人間を弄ぶろくでもない悪魔だった。

“図ったな!?悪魔め!!!!!!!!”

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとがき

うん、MADが、投影魔術の消えないバージョンを求めたようなものです。

そういえば、大戦中ドイツの兵器開発は意味がわからないものを本気で大量にやってましたね。

技術開発というより、もはや趣味な気がしてならないのですが。

一応この世界の情勢を参考までに
帝国:ポーランドぼっこぼっこにしてやんよ!
世界:ファニーウォー

そろそろ、次の局面。
本格的な大戦争を?
でも、勝ち戦はつまらないので、飛ばす予定です。
サクサク進めて、赤ひげの王様にお会いしなくてはなりません。



[24734] 第九話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/02/11 14:21
状況を説明しよう。
上が間抜けだった。
だから、こうして、前線で飛んでいる。

説明終了。


それにしても、空を飛ぶのは、実に恐ろしい。
姿を隠せる遮蔽物が雲以外に乏しく、身を守ろうと思えば、せいぜい身を丸める程度しかできないのだ。
魔導師は、ある程度は頑丈だ。
だが、頑丈だからといって死なないわけではない。
近距離でばら撒かられるライフル弾程度ならば、防御できる。
だが、貫通力重視の狙撃兵や、そもそも口径からして別次元の機関銃の前に立ちたいかと言われれば、断じてノーだ。
それでも、戦術上の優位を欲するがために、上は、飛べと命じてくる。

しがない一少尉としては、サラリーマン同様に、職務規定に従うほかにないのだ。
泣きたいことに、私は軍人で、しかも航空戦技に関しては士官学校で空戦技能章を授与されるほど頑張っている。
今さら、飛べませんという泣き言は通用しない。
だから、嫌々飛んでいる。
地上軍に先行する形で前方警戒線の斥候要員兼航空警戒要員というやつである。

「ホークアイ03より、ヴァイパー大隊。」

前方で鵜の目鷹の目で敵を探し、発見次第進撃中の友軍に伝達。
後は、接近中の敵集団と一定の距離を保って接敵しつつ情報を継続して収集。
場合によっては、直掩集団の誘導といった管制を兼ねる。

早い話、我が帝国軍地上軍を狙っているありとあらゆる軍隊にとって、真っ先に叩き落としたい的だ。
なにしろ、放置しておいていいことは何一つとしてない。
だから、最初に落とす。
こちらも、同じように、相手の前衛斥候を叩き落とす以上、お互い様というべきかもしれない。

「前方より、高速接近中の群影を感知。」

が、それはあくまでも飛んでいない人間の意見だ。
飛んでいる魔導師にしてみれば、たまったものではない。
敵を直接撃つ訳でもないのに、真っ先に狙われるのだ。
一番割に合わない。

無論、嫌々飛ぶ以上、身の安全は最大限配慮している。

通常の魔導師では、到達し得ず、敵航空機の襲撃時には、接近前に急降下して逃げ切れるぎりぎりの高度。
地上からの対空砲撃に関しては、下方に全力で防御膜を形成しているので、一撃程度ならば耐えられるだろう。

高度8000。
主の加護を受けし、95式様々だ。

詳しい理由?
呪われているからであって、不本意極まりない状況故にだ。
話したくもないような事情が背景にある。
昔読んだ漫画で、秘密は女性を美しくすると呟いた犯罪組織の一員のお方がいたが、あれは間違いなく嘘だ。
主を讃えることしかできない私には、内心の自由を回復したくてたまらないのだ。
まあ、いろいろと考えるよりも先に、目の前の仕事をやっつけでもよいからやっておかなくてはならないが。

「3時方向より、推定中隊規模の魔導師隊が急速接近中。」

西方からの進撃。
私が、こうして敵の的になる羽目に陥っている諸悪の根源ですらある。
つまるところ、間抜けにも西方からの進軍を招いた上の責任だ。

なにしろ、帝国は北方戦線に傾注していた。
戦果の拡大を欲して、本格的に蹂躙し始めた。
征服による併合すら、夢見ていた兆しがあるほどだからだ。
ここで、重要となってくるのは、地理的な条件である。
北方は北方方面軍という名とは裏腹に、実質的に北東の戦線を担当していた。
東方軍の支援が主たる戦略課題なのだ。
そのため、大規模な侵攻作戦を行うに際しては、動員した部隊が侵攻部隊として割り当てられる事となる。

これによって、問題が複雑化した。
あるいは、極端になったとも表現できるだろう。
軍隊の動員とは、事態をいろいろと加速させるのだ。
主として、悪い方向に。

長年の国境紛争や、領土問題に加えて過去数度にわたる局地的戦闘といった衝突を抱えていた西方の問題も再燃せざるを得ないのだ。
なにしろ、留守を撃てるとすれば、西方地域が大人しくなるわけもない。

それに、西方地域にしてみれば、この期を逃すわけにはいかない。
主力が北東にある時を狙う。
その考えは実に正しい。
なぜならば、放置しておけば、やがては北東の圧力から解放された帝国と対峙せねばならないのだ。

だが今ならば、東方への牽制から、東方軍が動けずに、本来西方軍が有していたであろう侵攻戦力が留守。

何しろ、こちらが軍を動員し、北東に戦力を投入している状況において、西方も沈黙し得るものではない。
最初はあくまでも、軍の動員には当然軍を動員することで、対抗せざるを得ないために童心したに過ぎないだろう。
だが、こちらの主力が、北東に赴いているとすればどうか?

相手は、軍事的にみた場合、主力が遥か彼方の戦線に投入されている。
自らは、動員が完了した戦力を相手の前線に完全に配置している。

なるほど、純粋な時間で見た場合には、一撃で北方戦線はけりがつきつつあるだろう。
まさに一瞬といってもよい。
だから、戦争の早期終結という発想は成立し得る。

だが、軍事的にみた場合あまりにも大きな時間をそこで必要とするのだ。
国の崩壊が数ヶ月というのはあまりにも、急激かもしれない。
しかし、軍事力が数ヶ月拘束されるということは、あまりにも長い。
長すぎるのだ。
今日の軍隊は数週間もあれば動員を完了し、完全充足の軍隊で、大挙して進軍し得る。

「さらに、1時方向より大隊規模の地上部隊を確認。加えて、機種不明なれども航空機複数が急速接近中。」

北方戦線で勝利を収めることを優先した。
つまり、戦略的な判断だと、上は強調しているが、要するにだ。
愚かにも、単純に裏をかかれただけだ。
もしくは、間抜けにもこの事態を想定していないかのどちらかだろう。

どうも、うちは軍隊が国家を所有しているような軍事国家で、外交下手というイメージがぬぐえないのが怖いところである。

『それは、帝国にとって、二正面作戦を避けるための秘策であり、新秩序の誕生を告げる砲火の咆哮でもある。』

などと、新聞やラジオは喚いているが、前線で戦う兵隊にしてみれば、そんなことはどうでもよい。
一発の銃弾や、一回の援護の方が切実に望まれている。
せいぜい、塹壕で退屈しのぎにジョークを作る以外には使い道のないプロパガンダなど、後方の連中にでも聞かせていればよいのだ。
前線では、大義や、理想よりも、現実が極端に重んじられる。

「敵前衛魔導師集団、我を感知した模様。なおも急速接近中。」

どう言葉で取り繕うとも、現実は実にシンプルイズベスト。
要するに、西方の方面軍は主力が戻ってくるまでサンドバッグにならざるを得ない。
卑近な事例で申し訳ないが、もっと具体的に言うとこの空域では私から。

教導隊やら、先行量産型を受領し実用評価を任務とする評価部隊などは、残留部隊といえどもは基本的には充実した戦力を持っている。
何故、前線で戦わなくてよいかといえば、本国において全軍の質的改善に努める方が、長期的には利益が大きいからだ。
精鋭をすりつぶすよりも、その精鋭が幾多もの部隊を精鋭に育て上げさせる方が、当然利益は大きい。
だが、誤解しないでほしいのだが、彼らはやはり精鋭部隊なのだ。
何かあれば、当然のごとく戦力として期待される。

具体的には、予想もしない火事が起きた時の火消し役としてこうして、表に立たされることとなるのだ。


「我、空域より退避す。貴隊の武運を祈る。」

敵から嫌われるのは簡単だが、友軍から嫌われるのはもっと簡単だ。
正々堂々と見捨てればよい。
もっといえば、助けられるにもかかわらず、自己の安全を優先すれば完璧だ。

「ヴァイパー大隊了解。貴官も無事で。」

つまりは、こちらに直掩を廻さずに防御に入っている連中のことだ。
まあ、地上戦力で互角。
魔導師の支援と航空援護があるという状況で、一介の魔導師を救うべく軍が動くというのはありえないのだが。
ありえないのだが、その連中に危機を知らせるということを体を張ってやっている魔導師に、それはやはり酷くないだろうか?

無論、自分自身が相手の立場なら、それが魔導師の仕事だと割り切るのでダブルスタンダードだとは理解するが。
仕方のないことだと割り切るほかないのだろう。
とはいえ、其れ相応の給料くらいは、求めても悪くはないはずだ。
双方の契約関係上、これほどの献身ならば、高給でも払われない限り、不平等もよいところである。

95式は、使いたくない。
この、神の恩寵篤き演算宝珠めに頼るのは、本当に嫌なのだ。



視点変遷:共和国第228魔道捜索中隊


「Golf1より、CP。敵哨兵と遭遇。」

「CP了解。付近の直掩と思われる。排除しつつ、敵主力を引き続き捜索せよ。」

運がない相手だと、思う。
中隊規模の魔導師。
それも、軍集団の先鋒を務める精鋭に追いかけまわされるのだ。
優秀なのだろう。
先にこちらの接近に気がついていたらしい。
すでに、実用的とは程遠い高度8000にまで上昇している。
長くは持たないのだろうが、逃げを打つにはそれしかない。
こちらが、追撃を躊躇するような環境に持ち込むか、あとは、運を身に任せて低空のランダム機動しかない。
長距離進出している我々も、通常ならば、高度8000での追撃戦は忌避すべきだろう。
しかし、地上軍主力をむざむざと観測させるわけにもいかない。

「Golf1了解」

「聞いていたな?よし、Mike小隊は敵哨兵の排除。残りは私と強攻偵察だ。このまま突っ切るぞ。」

なによりも、帝国の警戒線が手薄な今こそが、共和国にとって唯一の勝機なのだ。
このような防衛線に時間を取られて、敵主力が引き返すに任せるわけにはいかない。
防衛線に一当てして、可能な限り情報収集。
可能であれば、錯乱と、突破起点の形成すら我々には期待されているのだ。
哨兵には悪いが、あまり時間をかけるわけにもいかない。

「了解、すぐに追いついて見せますよ。」

小隊長がそういうなり、Mike小隊は急速に高度を上げていく。
まあ、高度8000は、さすがに、共和国の精鋭といえども厳しい消耗を強いられる。
通常は4000が基本。よほど無理をしても6000までが実戦で耐えうるとされる高度だ。
その意味において8000を選択した敵は賢明だ。
実際、この追撃でMike小隊は消耗し、実質的に強攻偵察は2個小隊に規模を落とさざるを得ない。
戦力の誘因と遅延という観点からして、敵哨兵は極めて有意な貢献をしている。
とはいえ、そのように敬意を払うべき相手と、我々は戦争をしているのだ。

「Engage。Fox1,Fox1!」

戦域無線に耳を傾ければ、干渉式を封入した長距離射撃戦が開始され、逃げ切れないと悟ったのだろう。
Banditは急速に旋回し、獲物を手にMike小隊へ反転攻勢に出たらしい。

「Fox2,Fox2!信じられん!これをかわすのか!?」

いや、遅延による時間稼ぎか?
すでに中距離での応戦だ。
私の指揮する二個小隊からかなり離れた距離ではあるが、かすかにMike小隊が格闘戦機動を取り始めたのが確認できる。
混戦に持ち込み、時間をひねり出す?
悪くはないだろう。
だが、中隊ではなく小隊規模なのだ。
掻き乱すには少なすぎ、圧倒するには多すぎる戦力差だ。
勇気と決断に敬意は払われるだろうが、それは無謀という物。

「Tally-Ho!! Break!Break!」

私の判断と同じく、Mike各員は分散。
敢えて、格闘戦に応じる。
目的は敵の排除と、後続の支援なのだ。
奮戦する相手は知らないだろうが、どのみち、Mike小隊を消耗させようともすぐに後続が来る。

だが、それは、私の油断だった。

「Fox3!Fox3!クソッたれ!なんて固さだ!」

近距離故に、双方の射撃による応酬は当然激しさを増す。
だから、こちらの射撃が当たり始めるが、無線は、好機よりも、嫌な気配を漂わせ始める。
いや、嫌な予感しかしない。

「Mike3! Check six! Check six! ああ、畜生!」

「PAN PAN PAN!」

「なんなんだあれは!なんなんだ!あいつは!ええい、Fox4!」

錯綜する無線。
何なのだ?
思わず双眼鏡でのぞき込み、目の前で繰り広げられている光景に思わず私は目を疑う。

空戦機動において、中隊随一を誇るMike小隊が、翻弄され、遊ばれている?

・・・ありえん。

魔導師は、あそこまで、あそこまで動けるものなのか!?

「Mike1? Mike1?」

気がつけば、すでにMike小隊は半身不随だ。
1と3は落とされ、4は演算宝珠をやられたのだろう。パラシュート降下中だ。
2が辛うじて、持ちこたえているが、あれとて長くは持たない。

「くそっ、Bravo,Golf反転、Mikeを援護するぞ。」

ありえん。
魔導師にいくら個体差があるとはいえ、ここまで一方的とは。
帝国の魔導師は確かに一部にチューンされた特機と称される演算宝珠と、生まれ持った高出力魔力で武装しているのはいる。
だが、それとて、せいぜいツーマンセル相手に持つかどうかだ。
対魔導師戦闘で、確固撃破ではなく、小隊規模を相手取ってそのまま料理できるなど、想像もつかない。

「Bandit in range!」

すでに、Banditはこちらの射程に入っている。
距離はややあるが、決して長距離射撃をはずす距離ではない。
相手もそのことを理解しているのだろう。
急激に回避機動を取っている。
ほとんど、信じられないような乱数機動そのものとしか言えない。

「Fox1,Fox1!」

しかしなにより悪夢なのは、その防御膜の固さだ。
長距離射撃故に命中精度を優先したとはいえ、曲がりなりにも誘導干渉式に爆裂式くらいは混ぜている。
その直撃に微塵も動ぜず、応射してくるなど、何かの冗談かとすら思いたくなる。

「I'll engage! cover me!」

らちが明かない。
そう判断したのだろう。
golf2が、近接魔導刀を手に突進していく。
いくら固かろうが、近接戦で魔導刀をを叩きこめば、無事では済むまい。
其の判断自体は、悪くない。

「Got it, Fox2,Fox2!」

「Bandit未だ健在!?そんなバカな!」

「golf2,Break!Break!」

だが、牽制と援護を兼ねた中距離射撃は、ことごとく防御膜に弾かれる。
それどころか、近接戦に持ち込もうとしたgolf2に至ってはMike2の援護があって辛うじて虎口を脱しているありさまだ。
加えて、敵からの射撃は、こちら側の防御膜をあってなきもののように引き裂き、あっという間に2機喰われた。

嵌められた!高度8000は、欺瞞行動。
こちらの分散を狙っての行動だ。
まんまと乗せられ、確固撃破される愚を犯している。

「MAYDAY MAYDAY MAYDAY!敵新型と遭遇!」

「糞ったれ!何が、楽勝だ!Golf1よりCP,ただちにRTBを要求する。」




視点変遷:95式評価委員会

新型兵器というものは、コストに加えて、整備性・稼働率といった前線でなければ評価しにくい要素も多い。
だから、急遽西方からの脅威に備えるということで試験的に導入された95式もめでたくコンバットプルーフされる事となった。
それも、極めて良い方向に予想を裏切る形で。

「それで、戦果は?」

「見事なものです。撃墜6、撃破2、未確認2です。観測班によれば、未確認2も帰還できるか果てしなくおぼつかないとのこと。」

駄目でもともと。
それが、奇跡的に実験に成功したというから、試験運用してみれば驚きの戦果だ。
確かに、デグレチャフ少尉は、銀翼突撃章を授与されるほどの戦上手ではある。
だが、それとて混戦を幸いに、上手く増援到着まで持ちこたえられたということに過ぎない。

「実施的に、ほぼ単独で中隊を屠りました。」

そう。
相手が引いたから、全機撃破には至っていないというだけで、単独で中隊を駆逐してる。
この持つ意味は、圧倒的な質的優位以外の何物でもない。

「ふむ、まさか、これほどとはな。」

常識からすれば、信じがたい成果としか形容しがたい。
まさに、革新的以外の何物でもないだろう。

「ですな。エレニウム工廠での実績からすれば、よほどの欠陥機かと覚悟していましたが。」

蓋を開けてみれば、これまでの失敗続きとて、一気に許容できるような成果だ。
なるほど、コストがかさむのだろう。
製造も複雑なのだろう。
だが、これほどの成果ならば全てが許容し得る。
コストも、量産すれば案外かなり下げることも見込みうる。

「いや、実際に欠陥機以外の何物でもないのですよ。」

だが、そういったもくろみに対して、技術部からが盛大に水を差す。
彼らにしてみれば、運用側の思考が手に取るようにわかるのだ。
革新的な技術。
革命的なまでの、質的改善への願望。
その全てが、技術部に言わせれば、不幸なことに幻想でしかないのだ。
夢からは、早く醒めてもらわねばならない。

「どういうことですかな?戦果としてみた場合、単独で望みえる戦果以上だ。」

「さよう。魔導戦の在り方を変えるような代物ではないのか。」

たしかに、それは事実だ。
だからこそ、95式は評価試験対象となったのだ。
4機同調による魔力変換固定化の実戦運用とその可能性。
その探究は、魔力を固定化し、弾丸のように保存し得ることの戦術的価値の探究に尽きる。
いつでも、好きな時にためておいた魔力を戦闘に活用し得る。
これは、魔力保有限界を事実上消失させた。
加えて、4機同調による4倍の出力実現。

はっきり言って、試してみたかった。
だから、投入してみた。

身も蓋もない言い方をすれば、技術検証以外の何物でもないのだ。

「成功例は、一件のみ。技術検証目的とした場合を除けば、大失敗ですよ。」

「他の事例は?」

一番の成功事例は、同時に唯一の成功事例なのだ。
まともに量産できるめどがあるかと言われれば、そもそも再現できるかすら怪しいと言わざるを得ない。
なにしろ、恒常的に暴発だの回路不備による自壊だのが起きている代物だ。
確かに、魔力で一度コーティングを成功させてしまえば、後は頑強だろうが、そのコーティングの成功率は絶望的水準なのだ。

「酷いのだと、前線で爆発事故を起こして小隊ごと駄目にしています。」

同調実験に失敗し、4倍の魔力爆発による相乗効果で、試験運用中の小隊が吹き飛んだ。
あれは、ひどい損失としか形容しがたい出来事である。
なにしろ、教導隊や先進技術検証団の精鋭が小隊規模で吹き飛んだのだ。

「・・・しかし、魔力をバーストできるのだぞ?捨てがたい魅力だ。」

運用側が、喰いついてくるのは想定し得る。
なにしろ、本当に魅力が豊富極まりないのだ。
これまでの、魔導師中隊に匹敵する火力と機動性に防御力まで単独の魔道師が保有し得る。
その可能性だけで、彼らは目の色を変えて、欲する。

「使いこなせているのは、デグレチャフ少尉のみ。彼女以外の検証要員では、吹き飛ばないのが最大の成果です。」

だから、釘を盛大に刺しておかざるを得ない。
技術的な革新性ということには、技術部も衝動的に探究の精神が刺激されるのは事実だ。
しかし、冷静になってみればその危険性や、困難さも一番よく理解できる。
理解できていしまう。

「成功事例があるのだろう?それの再現を行えばよいではないか。」

「・・・エレニウム工廠が消失寸前までいったのですよ?デグレチャフ少尉の成功とて、ほとんど偶然です。」

4機同調による魔力変換固定化は、想像以上に危険が大きい。
奇跡的に成功したが、失敗していればエレニウム工廠を吹き飛ばすには十分すぎる量が観測されているのだ。
当然、まともに考えて、それほどの規模が消失するような実験を何度も失敗させるわけにはいかない。

「偶然とは?」

「核が魔力暴走で融解しかけた瞬間に、暴走した干渉波が一致したがために辛うじて、融解寸前で同調。」

要するに、制御できなくなった魔力が、勝手に上手く絡み合ったということだ。
検証しようにも、偶然としか形容しがたい。
敢えて言えば、魔力が暴走し、上手く調整し得れば、可能性がありうるという結論だが、結論とも言えないような代物だ。
まともに再現できるものではない。
雷が落ちて、その結果できあがったオブジェがたまたま立派な形をしたというのを、再現せよというに等しい。

「それによって、暴れていた魔力が魔力変換固定化を起こした。要するに、ほとんど奇跡の偶然です。」

実験の報告書にシューゲル主任技師が、『神の御業』故に成功したと記載したことからして、その奇跡の度合いが推し量れるというものだ。
ほとんどありえない事態。
それが、たまたま人の理解を越えて起きてしまったようなものなのだ。
95式を作り上げたシューゲル主任技師からして、この継続開発を断念してるのだ。
彼でさえ、この演算宝珠は神にでも選ばれねば使えまいと最終的に結論している。
この事からも、その至難さが推し量れる。

「つまりは?」

「よくわからないものを、よくわからないまま、無理やり運用しているのが実態です。」

技術の成果を試験的に試してみたい。
たまたま実戦の機会があったがゆえに、投入してみよう。
投入してみたら、大きな成果が上がった。

要するに、そういうことくらいしか、わかっていないのだ。
原理の解明にも、再現にも、莫大な時間と労力を必要とする上に、その成功確率事態も、賭けるに値しないようなものしか算出できない。

「いっそ、デグレチャフ少尉を祭り上げたほうが、有効かもしれんな。」

「・・・同意いたします。そちらのほうが、寄与するところは大きいでしょう。」

ならば、いっそのこと。
こうした技術を宣伝し、相手に研究させるのではなく、個人の力量に起因させてしまった方がプロパガンダに使いやすい。
幸い、デグレチャフ少尉は銀翼突撃章をあの若さ、あるいは率直に言えば幼さで授与されているのだ。

その力量を賞賛するという意味では、そちらの方が賢明やもしれない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
うん、更新はペースが落ちて申し訳ない。

今回は、95式という前回出てきた演算宝珠が何故か上手く機能していると認識してもらえるだろうか?

まあ、世の中には上手い話などあるわけもないから、いろいろと訳ありなのは御理解いただけると思う。

空戦の描写は、敵さんに限ってすこしやんきー風に。
これで、特徴を付けて区別してみようという発想です。

英語力?
うーん、日本の教育システムを信じてほしいとしか・・・・。



[24734] 第十話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/02/13 19:53

「諸君、ゆゆしき事態だ。」

神域
その一角で、彼らは、極めて誠実に苦悩している。

「すでに、承知の通り、信心深い人間は急速に低下。」

「文明の発展と信仰の両立は極めて困難である。」

より高次の世界へ導く。
或いは、最低限無干渉を貫く。
そのどちらにしても、輪廻というシステムを保ち続けるには、多くの限界が見えつつあった。

特に、発展し、人々が幸福になればなるほど信仰が崩壊するのだ。

システムにとって、これほどの悪夢は存在し得ない。

「例の検証結果は?」

「駄目です。超常現象だと認識しても、それ以上には。」

過激な大天使などは、超常現象を惹き起こすことで、信仰心をよみがえらせるべきだと主張。
モーゼの例に倣って実行すべきだとし、試験的に超常現象を発現させてみてはいる。
だが、結果はとても成功とはおぼつかない。

何れ、科学が解明し得るだろう。

それは、あくまでも現時点で理解し得ないという程度であって、探究と研究の対象でしかないのだ。

「やはり難航しているのですか。」

「なぜだろう。昔は、語りかけるだけで、神だとわかってくれたものだが。」

「時には、あちらから、呼びかけすらありましたな。」

そう。

人々の信仰が篤い時は、語りかければ、彼らと意志を疎通することができた。
あるものは、自発的にこちらに呼び掛けさえしてきた。
だが、今となってはそれも最早ほとんど皆無だ。

真に救いを求める声すら、碌に届けられないのだ。

どうして、こうなったのだろうか?

『成功事例を調べなおしてみるのも重要だ。』

その主張自体は極めて理にかなったものであった。
だから、彼らは崇高な理念と、使命感故に行動を開始し、神話の世界から現世までを網羅して調べ尽くす。
彼らにしてみれば、神話の御世も、過去の思い出に過ぎない。
当然、一つ一つを思い出し、調べ上げることはその意志さえあれば、成し遂げられる。

「・・・やはり、恩寵が存在したからではないでしょうか?」

出された結論は、ある意味とても、現実的なものとなる。

「どういうことだ。」

「過去、人間の文明があまりにも未成熟の時、彼らだけでは回避し得ない災害から彼らを守るために介入いたしました。」

現代において、先進国ではすでに嵐は、さしたる脅威ではない。
ハリケーンですら、国家を滅ぼし、屋台骨にヒビを入れることすら叶わないだろう。
大半の国家でも嵐や大雨程度は、はっきり言って都市機能をマヒさせる程度でしかない。
それは、一度の嵐で畑が全滅し、人が流され、一族が路頭に迷う時代とは全く異なる環境だ。

だから、神々は、人が欲しない以上介入を自重してきた。

そして、忘れられてきたのだ。

自立を促すことは、彼らを高次の概念へと成長させるために不可欠であった。
だが、それが、信仰心を欠落させるきっかけになるとは、長らく誰も予見し得ないでいたのだ。

古代の人々は、発展を神々の恩寵と讃えた。
ローマ帝国は、神々と共にあった。
ローマが滅びし跡に教会が中世を支配した。
だが、王権が神から与えられたものと王権神授説者は唱えた。
科学者は、信仰心から、世界の、神の作った真理を探究した。

それが、いつしか、この信仰心がごっそりと抜け落ちているのだ。

「ああ、最近は地上の文明も相応に発展しつつあるから、介入は成長を阻害すると判断し、独り立ちさせてありますね。」

「逆にだからこそ、我々の存在を認識しにくいのではないでしょうか?」

別に、彼らにしてみれば、発展を妨害する意図はない。
むしろ、それは本来の予定からしてみれば、望ましいことですらあった。
神の作りたもうた秩序を探究せん。
そうした、意図からの自然科学の発展は、むしろ、大歓迎ですらあった。

思考停止の礼賛から、本質を理解して、崇拝する。
其の理をもって、より高次の概念へと至る。
記念すべき第一歩であるとすら認識していたのだ。

だが、それが逆効果を今になってもたらしているとすれば、非常に深刻な問題を惹き起こす。
惹き起こさざるを得ないのだ。
それを是として、これまではぐくんできた世界は、あまりにも多い。

「うむむむむ、だとすれば難しいぞ。」

おもわず、一同揃って考え込む。
できれば、さほど大がかりな修正を要さない形で解決せねば、とても大きな労力を必要としかねない。
相当に、これは、厄介な事態だ。
しかも、放置しておけばしておくほど問題の悪化が予見される。

「だれか、打開策に提案は?」

ここで、期待を裏切らず智天使が考え抜いた案がある旨を説明。
一応の、基本方針には問題がないことを主張。
本質は、信仰心の忘却を補填する構造さえあれば、問題はないのだ。

「ですので、やはり信仰心を再興させるべく一部には微修正を施すべきです。」

概ねは、全体からも同意を得た提案。
しかし、それは、これまでの方針からすれば、具体的な方策というアイディアが出尽くしているようにも思える。

「その方針は、理解できるものです。しかし、具体的にはどうすればよいのでしょうか?」

「これは、確信を持てる提案ではありませんが、聖遺物を現世に新たに与えるべきではないでしょうか?」

「うん?どういうことだ?」

聖遺物ならば、すでに、星の数ほど大地に降ろしてある。
やや、国や地域によって数に偏りはあるかもしれないが、すでに十分以上の数を投入してあるはずだ。
そして、信仰心をはぐくむという点からしてみれば、あまり成功していない。
せいぜい、歴史的に珍しいという理由で珍重されているようなものだろう。

「既存のそれは、珍重されて厳重に保存されており、人々に知らしめるという役を十分に果たせておりません。」

しかし、その実態を彼らは知りえていなかった。
なにしろ、長い生だ。
聖遺物を人々に与えた、時の記憶は残っているが、さすがにずっとそれを覗き続けてきたわけではない。

実態を調査して、ようやく聖遺物が飾りになっていることに気がついたのだ。

「なるほど、だから信仰も祈りの言葉も忘れられるわけだ。一種の皮肉であるなぁ・・・。」

必要とされなくなっている。
言ってしまえば、それだけだが、彼らにしてみればやはり、いろいろと感じざるを得ない。
一方的に、押し付けるつもりはない。
だが、そうしなければ、システムにはよろしくない事態が予見され得る。

だから、自発的に理解してもらうには、定期的に聖遺物を必要とされるところに降ろすべきではないのか?

その意見は、試してみるだけの価値はあるように思われた。

「だとすれば、祈りの言葉を教えられ、かつ彼らに必要な聖遺物を現世に降ろすことにしましょう。」

「いい考えだ。さっそくそうしてみましょう。」

「ちょうど良いものがありました。」

故に、決定は極めて迅速に行われる。
もともと、気が長く、おおらか彼らにしても、この事態を深刻に受け止めていたのだ。
だから、行動は一切手を抜くことも、神々に特有のどこか抜けた帰結もなく、一切がマジで行われた。

「ほう?」

「神の領域に至る一歩手前、まあ、あと1000年もすればそこに至れるような代物を研究している人間が地上にいまして。」

「ほう、特異点か。その人間とのコンタクトは取れたのかね?」

ごくまれにだが。
過去にも、自然科学を探究し、神々の領域に至りかけた人間は各世界に其れなりに、現れている。
珍しい。
確かに、近頃では例外的に珍しい事例だが、しかし、前例がないわけではない。

そして、今回のケースでは尤も最適な事例であるように思われるのだ。

「彼も、道が長いことを悟ったのでしょう。語りかけ、神の御業を説いたところ、甚く感じ入っておりました。」

「では、そこに聖遺物を降臨させると?」

「いや、奇跡です。」

「奇跡?」

かくして、天上の方々は、かく語り、かく決定されにけり?


「と、まあ、そういった議論の末に、貴女方が開発されているエレニウム95式でしたか?これの機動実験に奇跡をもたらすことを主は御認めになられたのです。」

気がつけば、また見覚えのある空間で、前回の存在Xよりは、いくばくか理知的な存在に迎えられたのがつい先ほど。
今回の来訪原因は、MADが強行した無謀な実験が直接の原因ではある。
だが、奴はせいぜいが、狂った科学者であって、狂信者ではない。
しかし、直前の言動から察するに、彼もまた被害者なのだ。
黒幕は、存在Xの一派だろう。
MADもこの件に関しては、彼らに踊らされたのだ。
まったく、微塵どころか、分子単位で同情する気がわかないが。

「はあ、なるほど。」

眼の前の存在も、これまでの比べてまともという程度に過ぎない。
ようは、話ができる狂信者という程度なのだ。
油断は、禁物。

はっきり言って、なにか宗教に染まっているような相手だ。
神か悪魔かはこの際どうでもいいだろう。
だが、注意すべきは、相手は合理的ではなく、価値観を押し付けてくる可能性が高いという事。
頭の価値観が完全に、狂っているのだ。
理知的だろうと、その本髄は、無能な働き者と同じ。

即刻排除すべきだ。
せめて、無能な怠けものならば、まだ耐えられよう。
しかし、狂信者というのは、有能無能に関係なく、みな勤勉だ。
実に礼賛すべき美徳なのだが、たった一点、『狂気』が全てを無に帰させている。

「そして、おめでとうございます。貴女は、その無知ゆえに罪深き存在であったということを主は御認めになり、導くことを決意されておられます。」

「一向に結構だ。」

・・・ウォイ。

直球か?
なにか、あるかと思っていたがど真ん中に、直球で豪快にストレート?

はっきり言うが、人の人生を左右するのは楽しいが、私がされるのは論外。
何故私の人生を、私が決め得ない?
私という個人は、私が支配し得る最低限の存在ではないのか?

「ああ、ご安心ください。貴女の不安は、何を強制されるかということでありましょう?」

いや、なんだろうな。
この不安な気分は。
確かに、他者に強制され、自分自身の進路を決定されることに反発しているのは事実だ。

思考を制御されたり、誘導されたりするのも、屈辱極まりない。

共同幻想は、その物語に酔いたい人間だけで共有していればよいのだ。
その幻想から利益が産み出せるならば、我々は投資し、利がなければ関心を寄せるまでもない。
こちらに、害が及ぶのであれば、夢から叩きだして、現実の汚泥を啜らせてやるのもよいだろう。

だが、共同幻想を共有するように強制する思想の自由への攻撃には、一個の人間として徹底抗戦せざるを得ない。
自由だ。
私は、自由なのだ。
誰からも私の自由は侵されたくない。
自分という存在が、原則に反して他人の自由を犯すのは、耐えがたいがまあ、耐えられる。
だが、私個人の自由を、他社に犯されるのは、絶対に耐えがたい。

私には、その自由を守り抜くだけの才覚と、人脈が過去にはあった。
現在には、それを擁護するための具体的な力と、その価値の重要性も理解している。

「ですので、ご安心ください。我々は、貴方の演算宝珠を祝福し、奇跡を為せるように致します。貴女は、それを使い、神の恩寵を実感し、祈りの言葉を唱えられるようになるでしょう。」

「祈りの言葉?」

「そうです。主を讃える言葉を貴女方の祖先が忘却し、貴女方に語り継げなかった責任は、貴女方には存在しません。」

「当然だな。それ以前の議論でもあるが。」

どうやったら、そういう理屈が成り立つのだ。
だれか、まともに、説明してくれ。
できれば、今すぐに。
翻訳機でも通訳でも良い。
特急料金に、割増しでチップも出す。
だから、何を言っているか、誰か、理解できるようにしてくれ。

「ですから、主は、祈りの言葉が湧き出るように、心に語りかけられるように、奇跡を信じられるように至らしめました。」

「・・・それは、すごく悪質な洗脳に聞こえるのだが。」

状況を整理してみよう。
この邪悪な連中は、私をこの世界に投入した。
拉致もよいところだ。

で、私が屈しないので新たな方策をとった。
それが、呪い付きの演算宝珠を使わせることである。

使えば使うほど、心が蝕まれていく?

全く糞喰らえ。

だが、たちの悪いことに、高すぎる対価にも関わらず過酷な戦争を生き抜くためには、其れを使わざるを得ない。

なんという、マッチポンプ。
インサイダー取引と比較できない程、悪質な行為だ。
こんな横暴が許されるとは、法と正義はもはや地上から一掃されたに等しい。

私は、地上における法と正義の代理人を目指すべきなのかもしれぬ。

「別段強制するものではありません。ただ、神の奇跡を実感し、真摯に祈りをささげられる。貴女の持つ演算宝珠はその加護を受けたのです。」

よく言う。
こんな戦争でいつ死ぬかもわからない環境に放り込み、強制するつもりはないと?

それは、砂漠で水を飲むなというようなものだ。
死ねというに等しい。
要するに、脅迫も良いところだ。

「なるほど。ところで、私の実体は?」

「あなたがたは、神の恩寵に守られます。さあ、いざ行きなさい。主の御名を広めるのです。」


そういう怪しげな言葉を最後に、私の意識は、地上に引き戻された。
少しも嬉しくないことに、人類の中では一番見たくない奴の顔と声によってだ。
私が、帝国法務官吏であれば、MADは即刻銃殺する法律を作っておく。
それが、帝国の為すべき責務ですらあると、今の私は確信するのだ。

「主はおられた!奇跡だ!!!信じる者は幸いなり!!」

預言者にでもなったつもりか、このMADめ。

「落ち着かれよ、主任。」

頼むから黙ってくれ。
MADが狂信者に転職できることが科学的に証明されたことを全身でもって誇示する必要はないのだ。
頼むから、視界から失せてくれ。

「おお、デグレチャフ少尉。実験は、成功だ!!共に神の御名を讃えようではないか!!!!!」

だが、いかんせん、MADは狂信者で、かつ相も変わらずMADなのだ。
奴め、信心深く狂ってやがる。

「さあ、さあ、私に奇跡の恩寵を見せてくれ!」

「管制、95式の制御術式は正常か?」

できれば、技術的な障害から制止が入らないかと期待。
しかし、曲がりなりにも超常の存在たちが仕掛けた呪いだ。
私の願望など、容易に蹂躙していることだろう。
なんと、人は無力なことか。

「見た限りにおいては。ですが、観測機器の故障かもしれません。」

「やもしれんな。仕方ない。95式は封印し、研究所で検査をするべきだろう。」

素晴らしい。
慎重なのは、技術者にとって必要不可欠な資質だ。
私を見捨てて、全員退避したことは許し難いが、今ならば、其れすら甘受できる。
彼らは、制止するために生き残ったと考えれば、許容できるではないか。

「何を言う!!今すぐに、起動したまえ少尉!!」

押し問答に持ち込まれる。
このMADめ、本当にいつか誤射か事故でも起きないだろうか?
いや、すでに数回そういう事態に巻き込まれているはずだが、何故生き延びている?
まさかとは思うが、存在Xならびにその一党の手先なのか?

私の敵だとは分かっているつもりだが、不倶戴天の敵だったのか?

「・・・起動する。理論上は成功するか工廠が吹き飛ぶかだな。」

「笑えないジョークですな少尉。」

全く笑えんよ。
まあ、呪いというからには、碌でもない結果しか予想できないが。
演算宝珠の回路に魔力を走らせ、4核の同調を開始。
実に順調かつ、スムーズに魔力が走り、核の同調に至ってはそれを意識せずに済むほど滑らかだ。

魔力のロスに至っては、理論値と同等の結果を出せているに違いない。

なるほど、これは確かに、性能だけ見れば実にすばらしい。
素晴らしい発明だと絶賛されるだけの代物だろう。

だが、誠に遺憾ながら、こいつは、呪われている。

「おお、主の奇跡は偉大なり。主を讃えよ。その誉れ高き名を。」

高らかに、口から出た感動の言葉。
主を讃えんと全身の細胞が瞬間的に欲した。

「成功した?・・・まさか、本当に!?」

観測班が驚愕の渦に叩きこまれ、疑問の叫びをあげたことで、ようやく我に返る。

「・・・今、私は何を?」

今、何を思った?
何を口にした?
賛美した?
アレを!?

「ああ、少尉。君もわかるかね?この信仰が。奇跡だよ奇跡!」

「奇跡?」

「唱えたまえ、主への賛美を。見たまえ、奇跡を。」


ここまでが悪夢のような事実。
結局呪われて、ろくでもない目に会い、やっと、やっと私が解放されたのは結局一定のデータ収集が完了してからだった。
ここ以外ならどこでもよい、とにかく逃げ出したい。
そんな願望をかなえるべく、わざわざ西方から共和国が宣戦を布告。
その待望の知らせが、私が世の中に悲観しかけたときに、飛び込み、私の精神を救ったのだ。

だが、結局、楽をするのは難しいらしい。

「転属、でありますか?」

その知らせを、一日千秋の思いで待ち望み、耐えてきた。
やっと、やっと嘆願が通ったらしい。
これで、精神も救われる。
そう思って、配置された今の場所からすぐに移動だ。

「ああ、転属だ。上は、エースをあそばさせるつもりはないらしい。第205強襲魔道中隊の第三小隊長だ。」

士官学校での魔導師が、一番最初指揮する小隊長。
やっと部下を得ることができるのだ。
これで、自分一人で行ってきた仕事を分散して行うこともできる。
あまり、上の覚えは良くなくなるが、最悪の事態で盾代わりもなる。

まあ、無能でなければだが。
極端にひどい場合には、相応の措置が必要になるとしか言えない。

「それと、おめでとう少尉。先の戦功で、貴官には航空突撃章が授与される。さすがに、銀翼に比べるのはおかしいかもしれないが。」

「ありがとうございます。」

それだけ人事担当に伝えると手際よく宿舎の荷物を整理。
ただちに、指定された部隊へと移動することになる。
もともと、前線での辞令だ。
余裕があるわけもなく、さっさと行くべきであり、遅刻は敵前逃亡とすら見なされかねない。

・・・良くても脱走未遂だ。

だから、さっさと移動し、出頭する。

「よくきたな少尉。歓迎しよう。中隊長のイーレン・シュワルコフ中尉だ。」

転属先の上司は、極めて正統派の魔導師だった。
中隊長が中尉。
年齢からして、おそらく其れなりの軍務経験あり。
加えて、従軍章から察するに実戦経験も豊富。
まあ、敵より怖い無能な上官でないだろう。

さすがに、ビルマ・インパール戦線を崩壊させたという伝説の将官が上官であれば、私も覚悟を決めて、抵抗せざるを得ないだろうが、さすがに、この上官は真っ当だろう。

そうでなければ、中隊長になる前に、友軍誤射で悲劇的な特進を遂げられているはずだ。
まあ、単に運よく誤射が起きていないだけならば、私のライフルが暴発する悲しい事もあり得るが。

「ありがとうございます。ターニャ・デグレチャフ少尉であります。」

できれば、上手くやっていきたいものだ。
いくらなんでも、そうホイホイ上官に悲劇的な事故を何度も起こすのは、誰にとっても喜ばしいことにならない。
やるとしても、次回からはキャリアを思えば、適度に時期を冷ますくらいはしなくてはならないだろう。
つまり、相応の決断を必要とする。
逆に言えば、一定以上の水準さえあれば、仲良くやっていくべきなのだ。

「うむ、銀翼突撃章保有者だ。期待している。」

「はっ!」

やれやれ。
本当に、銀翼突撃章様々だ。
望んでいないどころか、今すぐに投げ捨てたい『白銀の』という二つ名も、精神のSAN値チェックを除けば現状実害はない。
他部隊から好意的にみられるというのであれば、それは、まあ歓迎しておくべきものだろう。
好意は、少なくとも敵意よりはましである。

「よろしい。さっそくだが、状況を説明する。」

だが、まずは、仕事に取り掛かるためにも情報を集めねばならない。
具体的には、敵情と、こちらの状況である。
特に、管理職の一員が報告する報告書と、現場の実態が全く異なることがあるために、ここは、最も重要な部分である。

「貴官も承知しているように、現在大陸軍主力は、急速に再編・集結中であるが、西方戦線に来援するまでにはしばしの時間を必要とする。」

その軍団概要は知悉している。
なにしろ、急な事態だ。
お上の狼狽具合は、教導隊まで動員して、とにかく西方防衛の確立を急ぐ姿勢が物語っている。
95式も継続評価試験という名目で、実質的に戦力として計算されているほどだ。

これは、規格外の演算宝珠であるとはいえ、正直、まともな神経なのか疑ってかかるべきだ。
わかってはいるが、経営者がまともじゃない企業や集団がまともな結果を出せるわけがない。
こんな、極めて自然の道理を恨む日が来ようとは。

帝国軍の主攻として認識される、大陸軍は、その主力をひきつれて北方に配置され、再編には、軍事上あまりも長い時間を必要とする。
現在の集結度合いは、望ましいものではない。
そう聞いているが、では、どの程度遅れて、どんな影響が前線にもたらされうるのか。

生き残るためには、全てを知らねばならない。

「集結状況はどのようなものでありましょうか?」

「芳しくない。北方に輸送車両が払底しているせいで、西方への再配置には想定より1~2週間ほど遅延するらしい。」

本当に、2週間で収まるのだろうか?
再配置というが、移動し、再編し、統制を回復するのは、容易ではない。
軍隊は、進軍するだけで、消耗するのだ。
燃料や、物資どころか、疲労という数値化しにくい要素も無視できない。

「そこで、西方戦線では遅延防御を断念。機動防御に移行することが決定された。」

・・・・・・・・そんなに不味い状況なのか。

一部の突出部形成を許さざるを得ない程に、我々は、戦力において劣勢なのか?
それとも、敵損耗を意図的に引き出すための方策か?
後者ならば、本国は大陸軍の来援がスケジュール通り進められると考え、攻勢の前準備だろう。

だが、意図せずに遅延防御を断念せざるを得ない状況に追い込まれているだけならば、楽しくない防衛線だ。
楽しい防衛戦があるとすれば、マジノ線くらいだろ。
なにしろ、戦うことなく無力化されたという戦略的失敗はともかくとして、内部環境はまともなのだから。
正直、消耗抑制戦術で戦争するつもりならば、国境をきっちり全部要塞で固める程度の発想を用意すべきだろうに。
なぜ、一部の要塞にドイツ軍がレミングスのごとく突っ込んでくると期待したのだろうか?
果てしなく謎だ。
世界の七不思議に数えるべきかもしれない。

フランス人は、感情や理屈抜きの冷徹な情勢分析に関して、一言あるはずなのだが。

まあ、御国柄か、そういう冷静な分析をなぜかいつも中央が理解できないという欠陥も大きい上に、プライドが強すぎる弱点も大きいとは言える。

どこの国でも知識人もピンキリであるし、政治家がナショナリズムに流されたと判断するべきなのだろうか?
だとすれば、帝国の首脳陣も情勢を理解したうえで流されている可能性はありえる。
そうであるならば、明確な戦略方針によってではなく泥縄式に戦争だ。

「我々の中隊はその機動打撃部隊に抜擢されている。貴官の奮戦に期待する。」

救いは、配属された中隊の任務が機動打撃部隊ということくらいだ。
戦場の点ではなく、面を任務地域とするだけで、生き残れる可能性はかなり広がる。
動き回ることが、生き残る秘訣なのだ。
だからこそ、それがどの程度可能であるかが極めて重要となる。

「なにか、質問は?」

「はい、中尉殿。我々の出撃地点は防衛拠点でありましょうか?それと後方の拠点でありましょうか?」

塹壕掘って拠点構築に追われつつ、ひたすら敵の襲撃に怯えるか、反撃要員として後方でぬくぬくできるかはあまりにも大きい。
反攻部隊は、確かに最前線に突入するという意味では、被害を受けるが、基本的に反攻作戦ができる程度には優勢な戦力比を楽しめる。
要するに、圧倒的劣勢な状況下で反攻ということはあまり考えずに良い。

「喜べ少尉。最前線だ。」

「光栄であります。」

最悪極まる。
前線で、機動打撃要員?
つまり、拠点防衛兼反攻時の陽動ではないか。
命がいくつあっても足りる気がしない。

塹壕防衛ならば、手近な連中を盾とすればよいが、陽動で拠点から打って出るとなれば、それもできない。
後方からの連中と、拠点からの出撃で敵突出部を挟撃するといえば聞こえは良いだろう。
だが、実態は態の良い的だ。

「貴官ならそう喜ぶと疑わなかった。場合によっては、我々も拠点防衛の支援に従事しうる。」

予想的中を喜ぶべきだろうか?
嫌な予感というものが外れなくなるのは、碌でもない経験だ。
危機管理という点からすれば、まあ悪い能力ではないのだろうが、一生使う機会がない方がよっぽどましだ。

「では、機動打撃を優先しつつも、防衛支援でありますか。」

「其の認識で間違いない。」

拠点に固定され、挙句機動打撃部隊として酷使される運命を甘受か。
オーバーワークにもほどがあるだろう。
労働条件の改善を要求するか、最低限ベースアップを希望したいところだ。
もちろん、契約の範疇である以上、軍務に服することに異論はないが、これほど酷使されるのだ。
相応の見返りが欲しい。

「最悪ですな。よほど、大陸軍の終結は難渋しているようだ。」

「ほう、わかるのかね?」

「敵戦力の摩耗を狙った機動防御ではなく、純粋な遅延目的となれば、時間が如何に足りないか、間抜けな新任将校ですら悟りえましょう。」

広範な戦線全てで遅延防御ができないのだ。
敵戦力を消耗させることを前提とした機動防御線ではなく、抑えきれないがために、一部で敢えて突破させて叩かざるを得ない程に状況はよくない。
一応、組織的な機動防御ということなので、末期の東部戦線ほどではないのかもしれないが、これは覚悟を決めざるを得ない。

「・・・評判通りの毒舌だな。まあ、いい。我が中隊の状況は知っているな?」

「はっ。当該方面軍全体で基幹要員が不足。すでに第205魔道中隊からも一個小隊抽出されており、我ら第三小隊はその補充と認識しております。」

「問題ない。つまり、貴官の小隊は錬度不足も甚だしいのだ。拠点防衛を主たる任務として欲しい。」

錬度不足なのは分かっているが、だから固定戦力とすると?
機動戦に耐え得ないから、それを再教育し、訓練する間は拠点の防衛戦力とすると?
つまり、無能に足を引っ張られろということではないか!
いっそ、さっさと戦闘に耐えない状態にして、自由の身になってしまう方がまだ、安全かもしれない。

機会があれば、それを狙うべきか。
いや、さすがに、あってもいない小隊のことを判断するのは、さすがに速すぎる。

「機動防御線にもかかわらず、小官は、拠点防御でありますか?」

「予備戦力だ。」

ならば、再教育する時間はありえる。
だが、敵がどの程度の猶予を我々にもたらすかは完全に不明。
必然的に、いつ敵が攻めてきてもいいような状態を維持しなくてはならない。
機動打撃部隊ならば、ゆっくりと敵が攻めてきてから行動すればよいが、拠点防衛の任があると、そうゆっくりと英気を養う時間すらない。

「了解しました。状況によっては、拠点の放棄は許されるのでしょうか?」

「残念だが、これ以上の戦線後退は許容されていない。」

「では、可能な限り固守せよと?」

「上は、勝利かヴァルハラかを選ばせてくれるそうだ。」

勝利か、ヴァルハラか?
選べるとでもいうのだろうか。
それは、要するに死守命令をオブラートに包んだ表現でしかない。
死にたくないし、誰かのために盾となるのもごめんこうむりたい。

何故、私が、他人のために、死なねばならない?

勝手に他人が私のために死ぬのは、その方の完全な自由意思だ。
だが、私が、他人のために死ぬのは、私の自由意思に完全に反する。

自由こそ至高。
民主主義もまあ、自由故に、肯定しよう。
だから、お願いだから、戦時国債の発行をくい止めてくれ。
帝国の勝利を前提とした戦時国債増刷による戦費調達など、勝敗に関係なく戦後はハイパーインフレ確定だ。
勝っても負けても、楽しい未来しか想像できないのは、愉快極まる。

「素晴らしい。どちらも大好きです。」

「大変結構。では、さっそく中隊に貴官を紹介しよう。」

さあ、ちっとも楽しくない戦争を一緒に頑張る仲間に挨拶だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・欠陥兵器?いいえ、聖遺物です。
・解除された実績
 聖遺物の所有者
 小隊長
 MAD被害者会会員資格

そろそろ、泥沼が完成。

後は、人を配置し、突き落とすだけ?




[24734] 第十一話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/06/24 04:18
やあ、宗教に寛容という名の無頓着なみなさまごきげんよう。
随分と御無沙汰してしまって本当に申し訳ない。
ええ、本当に申し訳ないと感じているのですよ?
改めて、ごあいさつを申しあげましょう。

狂気は十分ですか?
神を讃える覚悟はおありですか?
あるいは、神を信じない御覚悟はおありですか?


自分という物を信じられるのは何故ですか?
貴女の、貴方の寄って立つ理性は健在ですか?
遺憾ながら、小官はそこまで、傲岸不遜になれるほどには愚かにも自惚れ得ない凡人であります。
故に、どうしても理解しがたいのです。
だからこそ、知りたくてたまらない。
お伺いしたくてたまらないのです。
どうか、どうかご無礼をご容赦いただきたい。
貴女は、貴方は、あるいはあなたは、何故自分が正常だと確信できますか?
確信できているとすれば、そのあなたの精神は、誰が保証してくれますか?
あなたが狂っていないと誰が保証してくれますか?
実は、あなたを含めた誰もかれもが狂っていて、単純に気がつかずに済んでいるだけではありませんか?

だから、救いをもたらす信仰が必要ではありませんか?
神は必要ではない?
それは、結局のところ、自己欺瞞であはりませんか?
あるいは、救いなど欺瞞で神なぞ存在しないと豪語できますか?
一つの孤として完結できるほどに完成した種なのですか?

教えてください。

どうか、お願いです。

教えてほしいのです。

かつて、狂った狂人が問いかけました。
“私の狂気をあなたが肯定し、認定してくれるとしよう。”
“では、そのあなたの正常は誰が認定してくれるのだろうか?”
と。

其れに対して、私は答えましょう。
神が、その神意を表すことによってであると。
あるいは、神が存在していないことが証明であると。

祈りましょう。
声が神に届くように、ひたすらに声をそろえて祈りましょう。
そして、神の御旗のもとに、進みましょう。
神に逆らわんと欲する連中は蹂躙してのけましょう。
或いは、神なぞ存在しないのかもしれません。
それでも結構です。

神に刃を向けんとする異端者を、神から遠ざけましょう。

少なくとも、行動の主観性など無意味ではないでしょうか。
私が、神の存在を信じようと信じまいと他者には本質的に意味がないのです。

神を信ずる者にとってみれば、私は悪夢をばら撒く災厄の使者となりましょう。
神を信じない者に対しては、神の鉄槌を下す殲滅の使者となりましょう。

行動には両義性があり、くだらない定義にはさほども重要性がありません。

故に、事態を簡潔にするためにも仮定で話すことをお許しいただきたい。
いやなに、重要なのは私は少なくとも神と名乗る存在を知っているという事。
それを神と定義するかどうかはともかく、客観としては神なるものの尖兵というわけである。

つまり、皮肉な見方をしなければ使徒とも言える。いや、使徒だろう。
敬虔な信徒の一員にして、信仰を同じくする仲間と歩みながら、信仰を深める巡礼の最中ということになるのだろう。
とはいえ、聖務の途上ではあるものの、皆様にごあいさつ申し上げる時間は有る。

と、まあこれくらいにしておこう。
信仰の在り方は人それぞれだから、まあ懐疑的になるという私のような存在があることも理解してほしい。
最も、私自身、戦場という地域で、熱烈に信仰されているある宗教の一派に帰依している身だ。
公平を期すために言っておくと、敵味方わけ隔てなく信仰されている普遍的なものである。

さて、ごきげんよう。

帝国軍、西方方面司令部直轄機動打撃群第七強襲挺団、第205強襲魔道中隊所属ターニャ・デグレチャフ少尉だ。

ちなみに、火力戦の信徒であり、運動が大嫌いにもかかわらず否応の無い運動戦の権化であり、ついでに魔導師である。

あなたは、神を信じるだろうか?

信仰は、貴方に救いをもたらす。
それは、前線で、塹壕で、火力陣地で、うずくまっている全ての敬虔な信徒に、神の啓示を約束してくれるのだ。

私も、これまで特定の信仰を奉じたことはなかったが、近頃宗旨替えをし、敬虔な信徒の一人となった。
唯物論者や、無神論者とて、おそらく私と同等の経験をすれば、同じ結論に足るだろう。
少なくとも、砲兵隊の突破粉砕射撃なり、一斉射撃なりを直視すれば、異論は文字通り粉砕されるはずだ。

おお、神を讃えよ。

そは、砲兵。
そは、戦場の神なり!

我らが、無線で請願し、神は呼びかけに応じる。

有象無象を、
突破部隊を
防御部隊を、
敵砲兵を、
すべからく神は粉砕する。

諸君はお気に召さないかもしれない。
だが生き残りたければ、神に祈りたまえ。
さすれば、砲兵隊は実にすばらしい加護を諸君にもたらす。
というか、砲抜きの戦争などもはやありえない。
砲抜きの戦争など、アルコールのないビール並みで無意味に等しい。
あるいは、湿気たマッチだ。

突撃前の準備射撃は心強い味方だ。
擾乱射撃がなければ、敵集団とまともにぶつかり、大きな犠牲を払うことになる。
突破破砕射撃で敵の戦意事粉砕する時など、思わず神を賛美してしまうだろう。
頑強な防御陣地に閉じこもった鈍亀共を、80サンチの巨砲で押しつぶす時など、形容しがたい喜びだ。
神の御業を模倣せんとする異端者どもを、対砲兵戦射撃で粉砕するのは、信徒の喜びである。

ああ、誠にすばらしい。
ただ一つ、この喜びと信心に対抗し得るものがあるとすれば、それは朝のナパームくらいだろう。
だが、結局それとて砲兵の支援にとって代わるには不足なのだ。
なにしろ、ここはジャングルなどないのだ。
海に面していないことはないこともないのだが・・・。
誠に残念だが、私はサーフィンはさほどに好きではないし、私の部下にサーフィンが上手い軍人もいない。
だが、その精神には敬意を示し、素晴らしい波がとある中佐殿にはあることを祈ってやまない。
何れの分野であれ、求道者には相応の敬意を払ってしかるべきだ。
少なくとも私はそう思う。

「小隊、撃ち漏らを狩るぞ?用意は良いな?」

双眼鏡越しに眺めていた戦局は、いよいよ弱い者いじめの態を示しつつある。
つまりは、正しい戦争のやり方に準拠しているということ。
撃てるところから崩していくのは、間違った方法ではない。
むしろ、奨励されているとすらいえよう。

「拠点内部でぬくぬくと給料泥棒も悪くないが、たまには仕事をしないと追い出されるからな。」

「違いありませんな。」

例えば、目前で崩壊寸前のボロボロの敵前衛。
これを的に待ち構えていた砲兵隊が演習以上に活躍するのもありだろう。
ついでに、我々のような機動打撃部隊が楽しい楽しい御挨拶をかねてピクニックとしゃれこむのもよいかもしれない。
お弁当と演算宝珠を抱えて、御歌を楽しく歌いながらのハイキング。
ライフル片手に突撃軍歌を謳いながら、陽気に吶喊するのが戦場の作法。

「まあ、ハイキングだ。美容と健康のためにも適度な運動を積むとしよう。」

「ああ、少尉殿は身だしなみに気を使われるのですな。」

「当たり前だ。社会人のマナーだぞ?」

確かに敵は戦線全般で驚くべき敢闘精神と攻勢精神を発露している。
おかげで、本来は拠点で陣地防衛に従事し、塹壕構築にこき使われて、擾乱射撃の的である我らも出撃できる始末だ。
最悪、拠点で敵侵攻部隊に蹂躙されるという事態は回避できるが、しかしこき使われているとも言う。
まあ、運動不足にはならない。加えて、給料分の労働もしているのだ。
社会人として最低限度の勤務を果たしていると思えば、仕事をきっちりとやらねばならぬ。
個人的には、危険手当と残業手当も欲しいところなのだが。

「我々は、顔なのだ。」

「顔、でありますか?」

そう、我々は戦場の顔なのだ。
我々の任務は逆襲部隊。
この種の任務に従事するのは精鋭である。
つまりは、どこでもかしこでも投入されるのだ。
言い換えれば、会社の顔に等しい。

そして、会社の顔とは営業や渉外の担当者のこと。
少なくとも一番お客様に接するのは彼らなのだ。
よれよれの営業担当者なぞ信用されない。
頼りない雰囲気の交渉担当者なぞ、使いたくもない。
むしろ、リストラするのが正しい解決策だ。
ネゴシエーターを外注するのは望ましくはないが、一つの解決策なのだ。
首にされたくなければ、顔はきっちりマナーを守らねばならない。

「軍の精鋭だと自覚を持て。ここでは我々が、軍なのだ。」

最も今回は、比較的楽であるし、おまけのようなものである。
砲兵が、耕し、歩兵が前進。
まさに、古典的な展開である。
個人的には食べ残しのおこぼれをもらうのは、不本意とまではいかないが、あまり気の進まないことだ。
しかし、せっかくのパーティーを集積軍団砲兵がやってくれているのだ。
ご招待を蹴り飛ばすのはマナー違反にもほどがある。
ビジネスで言えば、契約書を持っていくだけで纏まるような子供でもできる仕事だ。
今日は彼らの良き行いを讃えるとしよう。
遮蔽物もない平野をのこのこと行軍している所に、集中砲火を浴びた残敵だ。
中隊どころか、私の小隊ですら過剰戦力と思えるような残骸でしかない。

「アイ・マム。しかし、120㍉の集中砲火とは壮観ですな。」

「全くだ。しかし単なる猟犬役はつまらない。できれば、もっと別の方が良いのだがな。」

大人しく華役に収まるしかないとはいえだ。
営業担当にしても、渉外担当にしてもきっちり仕事をするのは重要だ。
たまたま、敵が不用意にも火力陣地付近にのこのこと現れるものだから今回はそこに誘導するだけで済んだ。
機動打撃部隊の仕事は、本来側面強襲だから、まあ楽と言えば楽なのだが。
しかし、逆に言えば、今回は戦功を稼ぐこともできないのだ。
きっちり仕事をするのは、もちろん、評価はされる。だが、相応にだ。
なにしろ、集積軍団砲兵が、120㍉で吹っ飛ばした残敵掃討など、片手間でできる仕事だ。
パートでも済むような仕事を正社員が頑張っても、なかなか費用対効果は上がらない。
つまり、評価も微妙。
いい加減、練度抜群と見なされて後方で温存されるほど重視されたいのだが。

「少尉、貴様ならそう言うと信じていたぞ。」

「中隊長殿、いかがされました?」

しかし、うちの中隊長は良い人だ。
ほどほどのリスクで、そこそこの評価を得られる場をわりと優先して回してくれる。
おかげで、ぼちぼち功績が溜まりつつある。
もう少しすれば、部隊錬度も向上したとみなされ、本格的に拠点防衛から解放されるはずだ。
上司で言えば、上に引き立ててくれるような堅実なタイプ。
下としては、割と付いていきやすいタイプである。

「仕事だ。友軍支援になる。」

「友軍支援?この戦域で友軍に支援を行うのは、まずもって砲兵では?」

集積軍団砲兵が展開している地域だ。
我々魔導師が飛んで急行するよりも、120㍉で吹き飛ばす方が確実に速い。
なにより、せいぜいが中隊規模の魔導師よりも砲兵隊の方が圧倒的な火力を投入し得る。
統制射撃が保たれ組織的戦闘が可能な砲兵隊は、戦場の支配者である。

「弾着観測班が、敵魔導師中隊にまとわりつかれている。我々は、其の援護だ。」

「おや、人事ではありませんなそれは。」

ああ、それでは仕方ない。
確かに、我々魔導師の出番だ。
飛行目標に対する砲兵部隊の命中率などお寒い限りだし、なにより友軍ごと吹き飛ばしかねない。
そして、割と至急の支援を必要とするものでもあるだろう。
それは、統制射撃を維持するためにも、早急に対処が必要な問題だ。

なにしろ弾着観測は、敵にしてみれば実にうっとおしい存在だ。
当然、魔導師か戦闘機部隊が出張って来て、叩き落とすなり、空域から排除するなりするだろう。
我々だって、敵の観測要員がうろうろしていれば、即刻叩き落とせと叫ぶのだから、お互いさまと言えばお互い様だ。
友軍の航空優勢が確立された戦域で観測せよと言われるならばまだしも、混戦状態にある戦場での観測は死亡率筆頭グループだ。
別命、二階級コース。
にもかかわらず、弾着観測が求められるのはそれほどに重要だから。
目をつぶって砲撃するよりも、リアルタイム観測があるほうが絶対良いにきまっている。

「ああ、そう言えば、貴様は以前北方で経験していたな。」

「はい、二度と御免ですが。」

砲兵隊の支援任務に就くということは、要するに敵魔導戦力の的になるということだ。
よく言っても、せいぜい護衛になるかということぐらいしかないのだろうか?
いつもいつも敵観測要員を叩き落とさんと意気揚々な共和国なり協商なりの魔導師とじゃれるのは疲れること極まりない。
本格的に残業手当の増量を要求したいところである。
加えて、危険手当も増やしてもらう必要があるだろう。
これは、現状ではさすがにあまりにもローパフォーマンスすぎる費用しか支払われていない。
もう一度行けと言われれば、抗命寸前まで粘りたい。
二度とごめんというのは、嘘偽りない言葉だ。

「ならば、援護は貴官に任せよう。我々は、残敵掃討だ。」

「よろしいのですか?まだ、突撃許可は出ておりませんが。」

さしあたり、苦労を知っているだけに、早々と助けに行けと?
まあ、苦労している観測班人の支援というのは、悪くない。
功績としても悪くない種類だし、心情的にも同情しているのだから悪くない。
少しばかり、問題点があるとすれば、上からの許可が下りていないことだ。

「なに、私の裁量権の範疇だ。なにより、砲兵隊からも要請が来ている。」

だが、これが話せる上司というものだ。
悪くない。
本当に、後ろから発砲など考える必要すらない。
全くもって、今回は付いているとしか形容できない。
MADの次が常識人ということで、世界のバランスは保ち得ているように思えてならん。
これが円環の理というやつだろう。

「では、いた仕方ないですね。」

そういう人物からの命令だ。
さっそく正しい理屈に従って、戦争を再開しなくてはならない。
今なら、まがいモノの神ではなく、砲兵隊という真なる神のために戦えることでもある。
ハレルヤを今なら謳ってもいい気分である。

いや、まて。
・・・ハレルヤを謳いたいという概念は刷り込まれたものではないだろうか?
つまり、存在Xに対する心理的抵抗感が減衰させられているという危機的状況ではないだろうか?
人間は、追い詰められた状況では少々心理的に弱くなるという。
もしや、これがその症状ではないかと心配になる。
これは、のちほど検討するべき課題だ。

つまり、現状では考えても仕方がない。
帰還後に軍医にでも聞いてみるほかにない種類の問題だ。

「ぶちのめして、よいと。」

「そういうことになる。」

いい笑顔を浮かべる上官殿。
きっと私も素敵な笑顔。
つまりは、みんな笑顔で今日もハッピー。
うん、笑顔は重要だ。
笑う門には福来るということであるし、笑顔を忘れるわけにはいかない。
さあ、笑顔をばら撒きに行くとしよう。

「はっ、デグレチャフ少尉、ただちに救援へ赴きます。」




「糞ったれの情報部め!何が、この地域が最も手薄だ!?」

ひらりひらりと。
傍目には優雅に。
実際には文字通り懸命に回避行動を取っている帝国軍魔導師に向かって、光学系干渉式を光の雨さながらに撃ち込む。
これで、ようやく4度目だ。
先ほどから、ばらばらに動きまわっている敵観測手を落としているが、敵の砲撃は精度にいささかも動揺をきたしていない。

砲声から察するに、120㎜の重砲だろう。
下手をすれば、180-240クラスもあるかもしれない。
戦域から全速で離脱しようと試みる友軍地上部隊は、混乱し、良いように撃たれてしまっている。
なまじ、突破速度を優先した編成であるために、撃たれ弱いのが完全に裏目に出ている。

直掩の魔導師が突破優先のために増強されているのが唯一の強みだ。
しかし、泣きたくなることに管制まで手が回っておらず、迎撃効率は頭を抱えて適当に撃っているに等しい。
今でこそ、単独行動中の敵観測手を確固撃破してはいるものの、警報が発されたのは間違いないだろう。
通信妨害の意地にも限界がある。
すでに、相応の迎撃部隊か、即応班が上がっていると見ざるを得ない。
そうすると、我々は地上軍援護どころか、自分達の退路すら断たれることを覚悟せざるをえなくなる。

「口が動く余裕があるなら、さっさと手を動かせ!この馬鹿野郎!」

だから、ともかく友軍の後退を支援するためにも敵砲兵の無能力化は何としてもやらざるを得ない。
問題は、その方法。
砲兵隊を叩くのが一番シンプルではある。
しかし、規模からいって集積砲兵クラス。
師団や大隊付きの砲兵ならば、犠牲覚悟で懐に潜り込める可能性は無くはないが、集積砲兵となれば対魔導師戦闘も十分に考慮されている。
ならば、次点の観測手狩りしかない。
しかし、こちらは手間がかかる上に効果が出るには時間がかかる。

「アイサー。ええい、光学系のみでは限界があります。爆裂系の使用許可を。」

空間まるごと爆裂術式で吹き飛ばせば、地表で隠蔽や欺瞞している観測手も吹き飛ばせる。
光学系でいちいち地面を走査していては時間が足りない。
高度をある程度落とさなければならない上に、見落としを警戒して何度もやらなければならないのだ。
最初は空を無防備に浮かんでいるところを狙えるが、敵とて愚かではない。
すぐに警報が発せられると想定しないのはアホのすることだ。
こちらの襲撃はすぐに知れ渡り観測手らはただちに隠れるていることだろう。
当然、こいつらの発見には恐ろしい労力が必要となる。

「このペースでは、半数も狩れません!」

だから、怪しい区画を丸ごと吹き飛ばすというのは、方法論としてはなかなか有望なものとされる。
実際、対砲兵戦の前哨戦はお互いに、位置を探り合いながら、相手への妨害として観測手を吹き飛ばす。

しかし、それは一定以上の火力が現存する時に限られる。
要は、魔導師中隊の瞬間的な最大火力を常時叩きつける程度が最低限でも求められるのだ。
その消耗は、はっきり言って増強されたとはいえ、現在の前衛集団直掩部隊には荷が過ぎる。
地面を焼き払う規模ともなれば、継続戦闘に深刻な悪影響を及ぼす。

「論外だ。長期的には結局索敵にさし障る。」

だが、長期的、というには彼らは本当に付いていなかった。

「高魔力反応!敵増援と思しき魔導小隊、急速接近中!」

「ああ、畜生!観測狩り中断!迎撃用意!」

分散し、疲労が蓄積した状況。
本来の教典は、戦闘の回避を強く推奨している。
だが、理屈という物はとにかく実戦では無用の長物なのだ。
『それができれば、苦労しない』ということである。



二個増強魔導中隊?
つまりは、通常ならば手強く単独で仕掛けようとは微塵も思わない相手である。
通常ならば。
ポイントは、彼らが疲弊しきっており、ふらふらということだ。
直掩部隊ということは、長距離をわざわざ警戒進軍で疲労しきっていることだろう。
帰路の事を思えば、全力など大凡だせないということだろう。
さらに言うならば、正確な位置さえ特定できれば砲兵隊が勝手に処理してくれる状況である。
熟練のFACならば、それだけで料理できるだろう。
少々難しいのは、我々は観測手ほどの装備ではない上に、敵は死兵になりかねない状態ということだ。
さすがに、死兵ともなってしまうと厄介である。
油断しているどころか、手負いもよいところだろう。
ただ、最後のデータリンクによれば、かなり分散して掃討戦を行っていた。
密度で言えば、戦域には高々小隊規模しか存在していない。

「小隊諸君、誠に遺憾だが、敵は二個中隊。つまり、私が一個。君たちは残りものだ。」

つまり、こうして確固撃破兼スコア稼ぎができる大変おいしい職場である。
稼ぎ時だ。
仕事ができるということを示すには良い機会である。
どうしてもやばくなったら、砲兵隊に力任せでぶっ放してもらうのもありだろう。
幸い、集積砲兵様々が後方にはおわしますのだ。
多少の余力はあるということ。
聞けば、散弾をわざわざ用意しているという。
完璧ではないか。

「小隊長殿だけ、エース願望でありますか?」

「いやなに、あと10機も落とせば規定で恩給と恩賜の休暇だ。そろそろ、休みが欲しいのだよ。」

撃墜スコアが50の大台に乗れば、特別な休暇がある。
具体的には、2週間の恩賜休暇と、ボーナスに加えてベースアップ。
勤務時間もフレックスタイム制が導入される独立行動裁量権が部分的に導入可。
5機落とせばエース。
50機落とせばエース・オブ・ザ・エース。
つまり、勝ち組。
なにより、この戦果は戦争犯罪の訴追対象ならないのが素晴らしい。
戦後を見据えても全く問題がないとはこれいかに。

つまり、殺人は犯罪でも大量殺人は叙勲される功績なのだ。
一般論とは矛盾するが、経済学的にはありなのだろう。
倫理と経済学は必ずしも一致しないとシカゴ学派が以前証明したはずだ。
要は、効率性の追求は道徳感情による抵抗感を克服できるということだろうか。
可能であれば、大学で博士号を取る時にでも研究したいと思う。

「そして、休みでゆっくりとグルメを極めるつもりだ。悪いな、諸君。」

「なんともお羨ましい。」

全くもってその通り。
実にすばらしい。
ベリーグッド。
恩賜休暇中の勝ち組は、後方で上手いご飯すら食べられるのだ。
さらには、企業の経営陣と会食する機会もある。
要するに、人的社会関係資本の構築には最適な環境である。
繰り返しになるが、実にすばらしい。

「貴様らには相済まないが、まあ早い者勝ちだ。」

まだ、戦争にもかかわらず我々には余力がある。
言いかえれば、まだ、後方に下がることができる時期なのだ。
ここで、後ろに下がっておかなければずるずると前線に張り付けられて摩耗し、後は愉快な収容所ライフ。
それだけは、絶対に嫌だ。
だから、戦争に勝つことを目標にしつつ万一に備えなくてはならない。
・・・勝てるだろうか?

確かに、帝国は精密無比な戦争機械だ。
私の知るドイツ同様に、おそらく一国ならば必ず勝てる。
二正面も、戦えないことはない。
しかし、それらは帝国の強大さを物語っても勝利を約束するものではない。
なにしろ、一対世界だ。
問題は、世界大国を何カ国まで相手取れるかということに集約される。
勝てるか?

はっきり言って、厳しいだろう。

「戦争は、勝っているうちに楽しむものだからな。」

「おや、少尉殿ほどの方ならば、絶望的な防衛線をもお好みになるかと思いましたが。」

・・・出世できるなら、少しは考えないでもないけどね。
はっきり言って、奇跡を一度!じゃなくて、奇跡連発!は無理だ。
95式は呪いの塊だし、そもそも使いたくないものを使っても勝てるかどうか微妙ですらある。

「軍人だよ。命令があれば行くがね。」

業務命令に総合職は従わねばならない。
仕方がないことである。
望んで士官になったと世間的には見なされるのだ。
国家に忠誠を誓わねば、契約違反となってしまう。

「お好みになるわけではないと?」

「言うまでもないことだがな。さて、彼らが殿軍を楽しんでくれるとよいのだが。」」

誰が、好き好んで銃など担ぐものか。
呪われている世界に、災いあれ。
或いは、私以外の全てに災いあれ。
せめて其れが不可能であるならば、私には災いがありませんように。

「ほう、どうされるおつもりで?」

「せいぜい、歓待してやるさ。鉛と魔力光は私のおごりだ。」

官費なのだ。
もちろん浪費すれば評価が下がるが、営業努力で資源を投じるのは業務の一環である。
交際費が経費として認められるのは、それが必要だから。
つまり、必要とあらばガンガン使っても結果を出せれば問題が無い。
死体の量産ができるのであれば、鉛玉を乱射しても文句ひとつでないだろう。
唯一の懸念材料は、財務官の胃だ。
彼らの心労を慮ると、実に申し訳ない気持ちになる。
本当に申し訳ないと思う次第であり、ぜひとも担当者には財務官の精神的な健康回復に貢献してほしいと思う次第だ。

私は、経費を使うのが仕事。
財務官は、経費を捻出するのが仕事。
メンタルケアは、専門のサポート要員の仕事。
つまり、みんな自分の仕事をきっちりするのが、あらまほしき世界である。
秩序を賞賛するべきだ。
あるいは、分業の行きつく先を予見した経済学の先見を賞賛するべきかもしれないが。

「ついでに、パスポートをお持ちか確認してみますか?」

「よし、そうしよう。」

確かに、戦時交戦規定は入国管理法を無効化するものではなかったはずだ。
当然のことながら、我が帝国が国境線と主張する地域を越境した連中相手となれば入国審査は不可欠だろう。
部下に言われて気がついたのは少々うかつだった。

「では、それがスタートの合図ですね。どうせなら競技にでもしますか?」

「ふむ、では撃墜数で競うとしよう。私に勝てたら、中隊長殿秘蔵のワインでもがめてやろう。」

以前テントを覗いた時、場違いなほどよいワインが秘蔵されていたのを記憶している。
大方は、カードで手に入れたのだろうが中隊の財産を功労者に渡すことに同意させるのは難しくない筈だ。
駄目ならば、穏便に手に入れることを諦めればよい。

「なんともはや。では、小隊長殿独り勝ちの際は、我ら揃って本日の手当て返上ですな。」

「うむ、悪くない。悪くないな。その賭け乗ったぞ!」



小便はすませたか?

神様にお祈りは?

部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?

さあ、お仕事の時間だ。















こっそり、投稿中。



[24734] 第一二話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/07/10 04:42
頭が重い。それに、意識も霞む。
部隊は、部下はどうなっているかの心配どころではない。
それどころか、次の瞬間には飛びかける意識をつなぎとめるので限界。
咄嗟に光学系の屈折光学デコイを展開したにもかかわらず、安全規定を大幅に超過する乱数回避の連続。
辛うじて、統制を維持しているものの共和国の精鋭と自負した中隊が、わずか一人に翻弄されている。

わずかな間に、事態があまりにも急激に進展していた。

「MAYDAY MAYDAY MAYDAY」

始まりは、接敵を知らせる緊急警報。
あの前線戦域管制官が悲鳴を上げるのを聞くのは初めてだった。

「Break!break!」

指揮官が散開を指示。
遠距離から纏まって撃たれるほど馬鹿げたことはない。
即座に其れに従い散開したが、その指示に迅速に応じれる練度の高さであったが甘かった。
敵が見当たらないと首を傾げた瞬間に、バディの上半身が吹き飛ぶ。

「ショーン!?」

「Bandit!Angel12」

「Angel12!?」

攻撃を受けた方向を走査し敵を発見するも、あまりの高度に絶句する。
高度12000
魔導師の実用限界高度6000が馬鹿馬鹿しくなる高度だ。
対地上比で6割程度の酸素濃度という過酷な環境云々以前に魔力が枯渇する。
航空魔導師の実用限界が6000というのは、生半可な理由ではない。

「It is supposed to be a fighter!」

「Shit!It's not!The magi particle is detected!!」

戦闘機かとも勘ぐるが、やはり間違いない。
感知される魔力の粒子反応と魔力光。
紛れもなく航空魔導師だ。

うすくなる酸素濃度。
急激に低下する体温。
魔力の枯渇は致命的だ。
加えて、高所順応も大きな問題になる。

信じがたいことに敵の魔導師はそのすべてを克服し、あまつさえ戦争をしていた。
悠々と飛ぶ姿は、帝国の武力を如実に体現しているかの印象すら纏ってやまない。

「Climb! Climb and maintain 8000!」

疲れ切った部隊。
敵観測班排除に集中力を喰われた上に、長時間の滞空は全てを摩耗させていた。
質・数が互角の部隊と戦えば鋭気に満ちている方に分があるのが道理。
帝国の航空魔導師はその精鋭が謳われてやまない存在。
対する我々は質的劣勢を数で補う傾向がある。ましてや、この敵はあまりにも非常識。
たとえ、充足しきった状態であったとしても苦戦は免れ得ないだろう。
そもそも高度12000へのアプローチは不可能に等しいのだから。

「Sir!?Are you sure!?」

「We have no choice!」

理論上は航空魔導師と航空機ではやや航空魔導師に分がある。
ただし、それは高度6000以下という限定的なフィールドでの話。
航空魔導師は魔法が使えるが所詮生身の人間なのだ。
高高度での戦闘では、ただの的に過ぎない。

「That's why AWACS is in so panic.」

「I agree. It's a horrible.」

なるほど、規格外も良いところだ。
AWACSが慌てるのもよく理解できる。
なにしろ、一般に航空魔導師空戦規定によれば6800以上への上昇は不可能とされてきた。
いや、実際不可能なのだ。

演算宝珠とライフルで殺し合えるのは6000が限界。
ごく例外的な高地連隊出身の航空魔導師は7000以上で戦闘ができるというが、桁が違う。
高度12000。
戦闘機だすら酸素供給が無ければパイロットがブラックアウトする世界。
酸素濃度があまりにも薄すぎるのだ。
この高度以上へあがる場合は、よほどの緊急避難的な措置とされる。

例えば、圧倒的に劣勢であり離脱を試みる際など、本当に限定された局面でしか行われない。
戦闘起動など論外とされる。
たとえ仮に敵魔導師を撃墜したところで帰還は絶望的だ。
一時的に敵地で潜伏し回復を図れれば、よいが其れも希望的観測。
それ以前に、ブラックアウトで墜落するか動けなくなって的にされるか。
しかし、今ばかりは例外的な事態である。

「Otherwise, our ground troops will be annihilated.」

「Sir,you are right.We've no choice.」

しかし、航空魔導戦に限らないが空で上を抑えられるのは致命的。
故に、上がるしかない。
せめて、こちらの射程にとらえなければ鴨だ。
逃げるにしても、戦うにしても上がらなければ何もできない。
だが、逃げるのはなしだ。
地上軍が退却するまでの時間を稼がねば、我々どころか地上軍そのものが壊滅しかねない。
元より選択肢はないのだ。

「Engage until Bingo fuel.」

魔力限界まで、交戦。
なにより、ショーンの仇だ。
生かして返すわけにはいかない。

「Go for engage and defeat them or just die!」

指揮官の決意がこもった号令とも叫びとも付かない一言。
叩きのめすか、我々が叩き潰されるか。
選択肢は二つしかない。
魔導師というものは、兵隊なのだ。
殺すか、殺されるかという本質は不変。

「B in Engage!」

ブラボーチームも交戦に突入。
各個撃破されかねない情勢に思わず、神を呪いたくすらなる。
あんな厄介な敵の他にも、敵増援があると思えば実に憂鬱にならざるを得ない。

「My God!」

だが、長距離観測術式を展開した先にあるものは、それ以上だ。
目標の個体魔力素をライブラリで検索。
敵増援という事実以上に最悪の答えが叩きだされる。
『登録魔導師』
速い話が、複数回の戦闘における記録で照合した結果碌でもない物を引いたということだ。

「It's a Rhine's Satan!」

戦術的脅威と認識されて軍のライブラリに登録された魔導師.
その中でも、ラインの悪魔は出会いたくない航空魔導師筆頭格である。
当該方面の戦闘で出現が確認されたのは、わずか1か月前。
わずか1か月。そして、奴の撃墜スコアは60を超えている。
特に、重魔力系の空間爆撃や精密な光学系狙撃式は恐ろしい。
狙撃兵と同様の手段、『友釣り』に掛った部隊など半数が壊滅した。
なにより嫌らしいのは、辛うじて帰還できる程度の致命傷を負わされた魔導師が多いという事実。

貴重な航空魔導師を惜しみ、治療に傾注したとしてもほぼすべてが死亡。
医薬品の消耗は厄介であるし、なにより軍医達の手が拘束されるのは痛い。
おかげで、地上軍は多くの兵士に軍医が不足する羽目になってしまう。
しかも、航空魔導師が損耗することにより、戦術的に見た場合危険なまでに魔導師が減少している。

単独の個が、戦略を、軍隊を相手に渡り合うのだ。

悪魔と呼ばずして、これを何と呼べというのだ。
ここで、何が何でも撃墜せねばならない相手。
無論、高度12000を相手取るのは無謀だろう。
だが8000程度の高度ともなれば、十分に狙える。
何より、こちらは落とされたとはいえ、数で勝る。

12000で飛んでいるのだ。
相当無理をしなければ、できる話ではない。
たとえ、規格外であるとしてもだ。





視点:デグレチャフへ回帰

デグレチャフという個人からしてみれば、敵部隊がこちらに吶喊してくるというのは想定外もよいところであった。
通常の魔導師では高度6000を越えての戦闘は自殺行為。
まして、長距離進出せざるを得ない航空魔導師。
そのような連中に魔力の余裕があるはずもない。
そうとばかりにたかをくくっていたのは完全に失敗だった。

遠距離から、一方的に攻撃するのは最高だが、さすがに皮算用だったらしい。

「ラインの悪魔め!今日こそ、今日こそ貴様を叩き落としてやる!」

「・・・貴方とは初見になるはずだが?」

軍人だ。
さすがに、恨みを買っていないとは思わないが初見の人間から執念じみた叫びを聞くのはどうなのだろう。
悩む、というよりも純粋に疑問を覚えるにとどめ戦術的判断を続行。
動きが素早く、しかも乱数機動を取っていることから、精密狙撃はもはや効かない。
故に、大まかな領域ごと爆破する爆裂系か、空間目標に対する誘導射撃が最適と判断。

目標捕捉。相対速度修正。無意識のうちに、エレニウム95式で最適な射撃方法を選択。
ニューラルリンケージ、イオン濃度正常、メタ運動野パラメーター更新。
全システム、オールグリーン。



nicht!

微弱な初期照準魔力照射を複数検出。
形式、不可視の誘導系射撃式及び空間発現系爆破式。

敵のアプローチ圏内に侵入していたにもかかわらず、意味のない会話に気を取られ、思考が停滞していた!

頭の中に照射警報が全開で鳴り響く。
即座にエレニウム95式の核で魔力発現プロセスへ緊急割り込み。
体勢を崩すことを承知で魔力をつぎ込み最大加速。
同時に乱数回避機動が自動起動。

辛うじて、間に合ったその直後に、つい先刻までいた空間に雨霰と魔力光が降り注ぐ。
一部には爆裂式まで混ざっていたいらしく爆風の余波で大きく高度を狂わされる。

「っ、と。これはさすがに、どうしたものか。」

高地連隊の部隊かとも思ったが、高度8000へ高知順応すら省略して上昇してくるとは。
高低差を考慮しても、敵射程圏内に捉えられた。しかも、まずいことにこちらは数的に劣勢。
咄嗟に、光学系デコイを緊急生成し、欺瞞行動を展開。
複数の幻影をばら撒くものの、即座に射撃魔法が飛んでくる。
咄嗟射撃でここまでの統制射撃。

「アレを回避する?化け物か!」

うるさい連中だ。いや、わざとやっているのだろう。相手は数的優位を活用している。
会話に引き込み、集中力を削ごうというやり方を繰り返したのだろうが、もうその手には乗らない。

統制された射撃魔法による戦闘形式は、個人技に依存する帝国魔導師の鬼門だ。
特に、質的優勢を誇る帝国に対して、共和国は数的優位を徹底的に活用してきた。
中でも、目の前の連中のように一糸乱れぬ交戦具合。
戦域通達で注意が呼びかけられるネームド以外にありえるだろうか。
違うとしたら、有力な敵部隊がたくさん存在するということで、実に望ましくないことこの上ない。

検出された魔力反応をライブラリで照合。実にありがたいことにライブラリはきちんと仕事をしていた。
その忌々しい予想は見事なまでに的中する。連中、ネームドの中隊だ。
わざわざ、本国戦技教導隊から統制射撃に警告が発されるほどの厄介な連中。
明らかに給料分以上のサービス労働だ。見合わない事この上ない。

「CPへ至急、敵魔導師はネームド。繰り返す、敵はネームド。」

「CP了解。現在増援が急行中。無理に撃破する必要はない。」

ありがたいお達しだ。
死んでこいと言われないだけ上出来と言ってしまってもいいいだろう。
だが、軍人という生き物の社会では「勇敢さ」と「大声」が評価されるのだ。
臆病よりは、蛮勇が尊ばれる狂った集団の中で正気であるのは実に大変である。

しかし、出世のためだ。いた仕方ない。

「増援把握。なれど、ここは私の戦場。」

やりたくないが、吶喊くらいはしておかないと戦功評価にさし障るのだ。
思い起こせば、よくぞ関東軍なぞあそこまでお気楽に自己幻像を肥大化させたものだと思う。
だが彼らの真似をすれば出世はできるのも事実。愛国者と自称する奴に碌な奴はいない。
真の愛国者というのは、行動で示すが、似非共は口で表わすのだ。
だが、出世のためならば、行動と口でアピールしてこそである。道具としての愛国主義は実に便利なのだから。

「帝国を侵すのであれば、協商連合だろうと共和国だろうと有象無象の区別なく排除するのが我らが使命。」

エレニウム95式は全力で使えば使うほど精神を蝕む呪いつき。
要するに、性能の代償として神と称する存在Xを全力で賛美する悪夢の様な仕様である。
関東軍式出世ドクトリンを採用している手前、それらしい言葉に聞こえることが唯一の幸いか。

しかし、頭でっかちのつじーんのような連中の真似をすればするほど出世できるとは、軍とは何かが間違っている。
だからこそ戦争なんて馬鹿げているものを望むような軍人まで出てくるのだろう。
本来ならば、軍人ほど平和を希求し、無駄飯ぐらいであることを望む職業もないというのに。

「空間座標把握、各目標の乱数回避軌道算出、チャンバーへの魔力充填正常」

敵は数的優位をいかし、こちらを狩らんとする。
協商連合の航空魔導師相手に各個撃破が通用するとも思えない。
個別に撃破していては数に押しつぶされてしまうだろう。
なにしろ、相手は一糸乱れぬ統制を誇っている。
最初に狙撃で行く分減らせたのは僥倖に等しい。
二度目は望めないと覚悟するべき。

だから発想を転換させる。要は、連中を統制のとれた群像と認識すればいい。
ジャイアントキリングだ。

ちまちま狙うのではなく空間を標的にすればよい。

「CPへ戦域空間爆撃警報。」

「CP了解。戦域空間爆撃警報を発令する。」

エレニウム95式は4核の同調機構と魔力のストックが可能。
そして、ため込んだ魔力と全力稼働による爆裂系式は、戦術戦域全体を巻き込んだ干渉が可能。
もちろん欠陥演算宝珠による全力稼働だ。碌でもないことを惹き起こすのは保証を付けられる。
敵味方の区別なく吹き飛ばす上に、魔力ノイズまで撒き散らし、爆煙が有視界領域を狭め、そして孤立を生む。
組織的戦闘を著しく困難にし、統制を皆無するために組織的戦闘において使い勝手は最悪だ。

教導隊の評価では、自爆以外に使い道はあまりないというありがたい講評まで頂いた。

だが、個人対組織だとなれば、組織を吹き飛ばし、個人対多数の個人に持ち込める。

「去ね。不逞の輩よ。ここは、我らが帝国、我らが空、我らが故郷。」

愛国心を空間全域に垂れ流すことで、戦功評価に期待しよう。
ついでに、一般的には信心深いことも比較的評価されるのだから、存在Xによる呪いも出世のためだ。
今回ばかりは甘受しよう。例え、自己の自由と尊厳が耐えがたい苦痛に悲鳴を上げるとしても、である。

「汝らが、祖国に不逞を為すというならば、我ら神に祈らん。」

敵魔導師が散開。左右より十字砲火を形成しつつ、こちらの火線が集中できないような空中機動だ。
全く、油断のない連中で通常の爆裂系術式に対する散開基準より大幅に間隔を取っている。

「主よ、祖国を救い給え。主よ、我に祖国の敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ」

低酸素環境下において、基準を大幅に超える高機動を連続した揚句に、牽制の射撃を行ってくる戦争狂だ。
まったく、そんなに戦争が好きならば自分たちで二つに分かれて殺し合えばよいモノを。
何を好き好んで、人を巻き込むのだろうか。本当によい迷惑である。人に迷惑をかけてはいけませんと、教わらなかったのだろう。
つまりは、教育に深刻な欠陥があったに違いない。子供達の未来を決定するのは教育なのだから、しっかりしてほしいものだ。
それとも、こちらと同様に戦争による出世と生存を狙った経済的合理性でもあるのだろうか。

いやまて、そうであるならば、交渉するべきだろうか?
交渉によって、より大きな利益を見出すことも可能ではないだろうか。
利益追求という合理的経済人としての自覚まで失いかけさせるとは、なんたること。
戦争とはかくもまでも、過酷であり人間の理性を失いかけさせるとは。

理性的に考えれば、利益が一番なのだ。
当然の自明のことではあるが、交渉する前に相手を空間ごと吹き飛ばしてしまっては交渉にもならない。
ここは、ジャングルではないのだ。

ジャングルのように掟ではなく、合理的論理性がすべてを支配する。
弱肉強食といっても、経済的利益による弱肉強食が単純な力に優越するのは疑問の余地がない。
例えば、殺し合いを趣味としていない以上、私に相手を殺すのは利益があるからに過ぎない。
ゼロサムゲームで無いとすれば、協力関係の構築はゲーム理論上可能。

なら、八百長でもやりたいところだ。
私は生き残る保証と出世の可能性があってハッピー。
相手は、出世なり生き残る何なりできてやはりハッピー。
所謂Win-Win関係が構築できるだろう。

確かに、ジャパンの国技なるものは、八百長だと統計的に示した経済学者の予想も正しかったことだし、経済学は侮れない。
優秀な経済学者ならば統計で、勝敗の不自然さを指摘し、分析できる。
だが、彼らが八百長を見抜くようになるころにはきっと戦争も終わっているに違いない。
なにしろ、戦争中なのだ。経済学者のやるべき仕事はいくらでもあるし、重要度も遥かに高い。

「信心なき輩に、その僕らが侵されるのを救い給え。神よ、我が敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ。」

一応、術式の展開を行うように見せかけるべく意味のない讃美歌を全力で垂れ流す。
これによって、こちらの意図をしばらくCPに隠すこともできる。
上手くいけば、魔力ノイズでこちらの様子がうかがわれない間に交渉を妥結させてしまえばよい。

やはり、そうなると相手を見極めねばならないだろう。

・・・ここは、メッセージを送るべきではないだろうか?
ひょっとすると、相手は交渉の窓口を開いてくれるかもしれないし、お互いに上手くやれるかもしれない。
先入観に縛られてしまうのは、社会人として失格だ。
共和国軍人という連中のことを私は、共和国という先入観で見ていたのかもしれない。

人は見た目ではないのだ。
きちんと、相手の中身で本質を見極めて丁寧に対応しなくてはいけないだろう。
人間の個性とはかけがえのないものなのだから、尊重されてしかるべきもの。
いくら、戦争中とはいえ、交渉できるかもしれない相手に対しては誠実であるべきだ。

だが、もちろん言うまでもないことであるが、敵との交渉は当然のことながら軍法会議ものだ。
戦闘放棄など、敵前逃亡扱いに等しく、言い逃れの余地なき銃殺刑が待っている。
いくらなんでも、背任で捕まりたくはないし、殺されるともあれば非常に微妙だ。

しかし、善良なる一個人として、無用な戦闘を避けることができるとあれば個人の犠牲も甘受しよう。
話が通じる相手であれば、個人的な出世と休養の機会を先送りするのは吝かでもない。
それは、戦争狂から自衛する際に戦果として稼ぐことにする。

だが、こちらの労働は明らかに給料を上回る不当労働でもあるし、休暇が欲しいのもまた事実。
つまり、バランスを取ることができれば最善にできるに違いない。
連中に話が通じれば、素晴らしいハッピーな関係が構築できるだろう。
話が通じなければ、叩き落として後方でゆっくりと休暇と上手い食事を楽しむことにしよう。
ワインが飲めないのは残念極まるが、後方地域は魚のソテーが有名であるところだ。
ぜひとも、美味に期待したいところ。

「告げる。諸君は、帝国の領域を侵犯している。」

だから、取りあえず、当たり障りのない言葉を選んでみよう。

「我々は、祖国を守るべく全力を尽くす。我々には、守らねばならない人々が背後にいるのだ。」

軍人の義務は、祖国の人々を守ることらしい。
暴力装置としての軍隊と、皇帝の軍隊という性質があるとはいえ、やはり軍人とは国家を守るものだ。
まあ、国家が軍隊を保有するのではなく、軍隊が国家を保有するプロイセンの様な国家もあるので、一概には言えないのだが。
一般論として言えば、建前論のアピールにもなる。

「答えよ。何故、帝国を、我らが祖国を、諸君は侵さんと欲す?」

譴責するようで、その実問いかけ。交渉の糸口をこちらから投げかけてみるとしよう。
この程度であれば、敵兵に対して話しかけるという非常識さが、誤魔化すこともできる。
まあ、相手に対する戦場での抗議や嫌がらせ音楽と同じ扱いだ。

さて、御返事は如何に?
と期待するも、帰って来たのは罵詈雑言と雨霰と降り注ぐ射撃。

乱数回避機動を取っているために、被弾こそしないものの、やはり気が進まない。
やはり、言葉なき獣に等しい戦争狂なのだろうか?
正気になって合理性をお互いに追求できる近代的な経済人ではないのだろうか?

だとすれば、本当に悲しいことではあるが戦争を楽しむ連中に付き合わねばならない。
時間外労働手当と危険手当を請求したいところであるが、どこに請求するかも規定されていないのを思えば、泣きたくなる。

『CPより、戦域へ警報。高魔力ノイズに警戒せよ。』

ご丁寧にCPが要請通り警報を発してくれている。
すでに、十分な魔力も蓄積されていることだ。
合理的な経済人であれば、0よりも1を重視するに違いない。
つまり、ひょっとすると電波状態が悪化しない限りリスクを取る気にならない慎重な相手がいるかもしれないのだ。
そして、そういう合理的な相手ならば爆撃されても生き残ったら合理的解決を選択するに違いない。

少なくとも、私ならそうする。
そういうことならば、仕事は迅速さを追求するべきだろう。
一切の躊躇も、一切の遅延も排除し滞りなく事態の進展を促す。
溜めに貯めた魔力を全力で制御しつつ、思考にノイズが入ることを甘受。

「聖徒よ、主の恵みを信じよ。我ら、恐れを知らぬものなり。」

充填されていた魔力が急激に解放される脱力感。
全身の細胞が吸い取られる魔力によって悲鳴を上げそうになるが、エレニウム95式の呪いが封じ込む。
苦痛が強制的に法悦へ変換されるぬぐい難い違和感。
喜びと苦痛のブレンドで頭がシェイクされる感覚は、何物にも形容しがたい最悪なものだ。

「運命を嘆くなかれ。おお、主は我々をお見捨てにならず!!」

全身で感じる喜びと、自由が奪われる忌避感はもやは耐えがたい水準。
許される事ならば、今すぐにでも悪態をつきたいにもかかわらず、口は讃美歌を口ずさみかねない。
忌々しいことだがアカが唯一正しかったとすれば、宗教は麻薬だという認識に違いない。

麻薬はシカゴ学派的な見解で言えば、経済的に統制し得るものではあるが。
とはいえ、この麻薬はやめたくても止められないのではなく、止めたら死にかねないところに問題がある。
実に厄介極まりない。シカゴ学派の見解には、止めた場合即死しかねない薬物なぞ考慮されていないのだ。
考慮する方が、どうかしている想定であるのは言うまでもないだろうが。

「遥か道の果て、我らは約束された地に至らん。」

瞬間的に、気化爆弾と類似のプロセスが発動。
圧力が限界に達した魔力が、計測不能な速度で噴出。
沸騰魔力拡散爆発反応に加えて、拡散した魔力が空気と混合され自由空間魔力爆発を誘発。

急激な気圧の変化は、急性無気肺や肺充血を惹き起こし、燃焼によって唯でさえ薄い酸素濃度は致命的な水準にまで低下する。
高度8000での酸欠と一酸化炭素中毒は頑強な航空魔導師をして一瞬でブラックアウトさせ、地面へ突き落とす。
辛うじて、意識が残った魔導師を襲うのは、もがきたくなるほどの苦痛。
急性無気肺と一酸化炭素中毒、それに酸素分圧の急激な低下による合併症状は地獄のような苦しみを伴う。

「っ、ゲホッッ、ゲホッ。」

有効攻撃圏外であるデグレチャフですら、ともすれば酸素濃度の低下に息苦しさを覚える程だ。
攻撃圏内に留まっていた魔導師では、飛べたとしても最早長くはない。
なにしろ、自由空間魔力爆発で魔力が広域に拡散され魔力ノイズを形成している。
通信の途絶程度で留まるどころか、飛行術式の維持すら困難になれば、戦闘の継続は不可能。
煙で視界が制限されているのが厄介ではあるものの、直撃を受けた相手の様子は容易に想像がつく。

「交戦中の共和国軍に告げる。すでに、勝敗は決した。」

故に、勧告を試みることにしてみる。
ここまでやって生き残っている相手がいるかどうかという疑問があるが、さしてコストがかさむ行為でもない。
まあ、生き残っていなければ中隊撃破の功績をもって後方でお茶を楽しむとしよう。

「投降するならば、ヴォルムス陸戦条約に基づき、捕虜としての権利を保障する。」


※ひっそりと時々、更新します。



[24734] 第一三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/07/12 01:34
視点変遷:共和国東方方面司令部、第4ブリーフィングルーム。

『登録魔導師』通称、ネームド。
航空魔導師の世界は狭い世界だ。
中隊規模であっても、12人編成。
航空魔導大隊でようやく36人編成。

そんな世界だ。

5人も航空魔導師を撃墜すればエースと呼ばれ、スコアが50に至れば、エース・オブ・エースと認められる。
エースを6人以上有している部隊か、個人の撃墜スコアが30を超える頃が一つの境界線だ。
それを越えれば、敵軍に『登録』され、警戒すべき好敵手として認知される。

ネームドは戦場を支配する。

ネームドに対抗できるのは、圧倒的な物量か、同格以上のネームドのみ。

空に存在する味方のネームドは戦場において、友軍将兵にとってこれ以上にない精神的支柱だ。
特に数的優位に依存する傾向の強い共和国軍にとって、帝国の精鋭とも渡り合えるネームドへの信頼は群を抜いて強い。
ネームド自体の希少性と、戦術的価値から重要な作戦に投入された彼らは勇名を轟かせている。
第4航空魔導師団所属、第42航空魔導団106捜索魔導中隊もその精鋭として名を轟かせていた。

つい、先日までは。

「これより、106捜索魔導中隊及び、107捜索魔導中隊壊滅に関する戦技評議会を開始します。」

初期想定では、帝国の主力は東方に位置しネームドを含めた有力魔導部隊は不在とされている。
故に、ネームドとそれに準じる精鋭が壊滅するなどということは通常ならば、ありえないことだろう。
だが、壊滅したのだ。

それも、圧倒的に数的優位にありながらも、ほぼわずか一人の魔導師の手によって。
初めて耳にした時、誰もが自分の耳を疑った。
何かの間違いだ、と。

「106及び107は、敵観測魔導師の排除に従事していた際、迎撃に上がってきた敵魔導小隊と接触。」

長距離侵攻の必要性からネームド部隊が出された。難しく、厳しい任務であるがために余人では代えがたい、と。
だが、信じがたいことに同数以下の部隊によって甚大な被害を被ったとなれば状況いかんによっては戦局に影響しかねない。

そのことを理解している参謀たちの表情は、畢竟、険しくならざるを得ないのである。

「現在配布しているものが、回収された演算宝珠と、生存者の報告を総合したレポートです。」

だが、分析に従事した魔導士官らの表情はそれ以上に思いつめている。
彼らは、先だって分析に従事する必要から、回収された演算宝珠の記録と、レコーダーの分析を行っていた。
生存者への聞き取りも、重傷者相手ということもあって制限されたものではあるが、衝撃的な内容を耳にしている。
半生半死のわずかな生き残りらから回収したもので無ければ、まず信じがたいものなのだ。

いや、信じたくない、というべきか。

「・・・ですが、まず、交戦記録の画像をご覧ください。」


「MAYDAY MAYDAY MAYDAY」

接敵を知らせる緊急警報。いつだって冷静であることが仕事の前線戦域管制官が悲鳴を上げている。
これが、新人ならばまだ笑えるが、彼はベテランだ。
106壊滅の記録を最初に司令部に報告し、撤退支援要請を発している。
おかげで、辛うじて107と106の生存者が収容できた。

「Break!break!」

ノイズ交じりの画像には、指揮官の命令に即座に従い、迅速に散開する部隊が映し出されている。
分析した航空魔導士官らは、ここからの光景が未だに、現実のものとして受け入れ難く感じていた。
記録によれば、この時限界交戦距離を遥かに上回る超長距離より精密狙撃をされた、とあるが未だに信じがたいのだ。

全力で乱数回避を行っている106。

「ショーン!?」

そして、急激な乱数回避軌道によって画面が急激に移動を繰り返す。
すでに、幾人かが被弾し、落とされていた。

「Bandit!Angel12」

「Angel12!?」

そして、高度12000。
そう、信じがいたことに高度12000からの攻撃だ。
すでに、本国へ急報しているが、既存の倍以上の高度へ帝国軍魔導師は至っている。
これが事実であれば、既存の航空魔導師は軒並み無力化されるに等しい。

『・・・馬鹿な、ありえん』

誰が呟いたか不明瞭なその一言が、司令部の総意を体現した言葉だ。
12000という数字に、彼らの頭は一瞬麻痺してしまう。
それほどのものなのだ。

魔導師の実用限界高度は6000

それが、常識だ。人間の限界と言い換えても良い。
対地上比で6割程度の酸素濃度に加えて、信じがたい魔力消費量になる。
戦闘機動など、取った瞬間に魔力が枯渇するだろう。

「It is supposed to be a fighter!」

「Shit!It's not!The magi particle is detected!!」

実際、部隊も戦闘機かとも勘ぐっていた。だが、相手は紛れもなく航空魔導師である。
複数の光学処理された映像から映し出されるのは、帝国軍制式仕様ライフルとアンノンの演算宝珠反応を伴う敵影。
距離があるため、相手の姿までははっきりと映し出されていないが、随分と小柄か。
しかし悠然と、支配者のごとく空を遊弋するその姿からが、一切の障害を物ともしていないことを表してやまない。

「Climb! Climb and maintain 8000!」

疲れ切った部隊。すでに、長時間の任務に従事していた106の戦闘力は十分な状態ではなかった。
ましてや、この敵はあまりにも非常識。ありえないのだ。たとえ、充足しきった状態であったとしても苦戦は免れ得ないだろう。
本来であれば、高度8000ですら、戦闘機動は自殺行為に等しい見られる環境。
そこへのアプローチを部隊長に即断させるほど、高度差があるというのは俄かには信じられない。

『・・・8000へのアプローチ?』

『俄かには信じられん。』

しかし、航空魔導戦に限らないが空で上を抑えられるのは致命的。
故に、上がるしかない。彼らは、上がるしかなかったのが映像でよくわかる。
視界は全てこちらが見上げる形で記録されているのだ。上がらねば、一方的に鴨撃ちされてしまう。
逃げるにしても、戦うにしても上がらなければ何もできない。
彼らに選択肢はなかった。

「Engage until Bingo fuel.」

魔力限界までの交戦を部隊長が宣言。
後退の許されない重要拠点の防衛か、戦闘の回避が不可能と見なされた時のみのそれだ。

回収されたレコーダの記録と並行して映し出されているのは、戦域航空図。
厄介なことに、彼らが後退すれば退却中の友軍が敵砲兵隊に叩かれかねない状況にあった。
加えて、迎撃に上がってきた敵魔導師は迎撃に上がったばかり。
余力がある以上、追撃戦は容易に想定できた。

故に、106の活路は、敵魔導師を排除しての後退のみ。
それ以外に、選択肢が無かった。
だからなのだろうが、Bingo Fuelの覚悟で持って交戦に挑んでいる。

「Go for engage and defeat them or just die!」

指揮官の決意がこもった号令とも叫びとも付かない一言。
叩きのめすか、我々が叩き潰されるか。そこに込められた悲壮感は、全滅を覚悟している。

「B in Engage!」

ブラボーと呼称されていた107がほぼ同時に魔導小隊と接触。
これによって106は完全に孤立する事となる。わずか、一機の航空魔導師相手に、孤立してしまうのだ。
同時刻に107が交戦した小隊は、練度こそ高いものの、平均的な帝国軍であったと報告されている。
明確な足止め。
相手は、本気で106を狩りに来た、と戦術担当士官は分析している。

「My God!」

そして、106はここに至って交戦相手が『登録魔導師』であると確認した。
達の悪いことに、この戦域で急激に頭角を現して来た新鋭である。
詳細なデータはすべてアンノン。
対策はおろか、一般的な戦術手法に至るまで未知の脅威。

情報部の尻を蹴っ飛ばして現在再調査させているが、未検証ながら前線の噂として否定されていた報告がいくつか既に見つかった。
曰く、中隊と単独で交戦した。曰く、ありえない高度を飛ぶ魔導師がいる、等々。

戦場だ。情報に混乱があることは承知しているが、相手の異常さゆえに発覚が遅れたのが悔やまれる。

「It's a Rhine's Satan!」

『止めろ。カギール大尉、ラインの悪魔とは?』

『詳細不明のネームドです。魔力反応で同定されているにとどまります。』

問い詰められる情報参謀の顔色は真っ青だ。
魔力反応のみでの同定とは、要するに何も分からないのと同じだ。
それは居並ぶ高級将校の前で、情報部の無能を告白するに等しい。

交戦した際の演算宝珠のレコードを解析すれば、概要程度は把握できる。
意味するところは、レコードの分析を怠っているか、単純になにも記録されていないかのどちらかでしかありえない。

『レコードの分析はやったのか。』

当然、誰もが思いつく疑問を座長の参謀長が問いかける。
貴様らは、その程度もやらなかったのか、と。

『撃墜され回収された物を17件検証しました。生存者への聞き取りも既に完了済みです。』

だが、情報部の解答は実に明瞭である。
彼らとて、仕事はしっかりと行っていた。
未確認の魔導師によって甚大な被害が出ているという情報はそもそも、彼らが発したものだ。

特任の調査班を編成し、わざわざ撃墜され、回収されていない魔導師の遺体収容作戦まで敢行している。
その結果として、複数の演算宝珠を回収し、残骸から何とか物になる資料が無いかと調べまでした。

・・・だが、なにも出てこないのだ。
その存在を示唆する証拠は山ほど積み上げられたにもかかわらず、実像が一切出てこない。

『・・・それで魔力反応のみ?どういうことか。』

『近距離有視界交戦後の生存者がほとんどおりません。生存者の大半はアウトレンジで撃墜されていました。』

近づいた魔導師は軒並み、全身が爛れるほどの火力で吹き飛ばされていた。
回収された演算宝珠は、頑強な外殻が融解し、核が損傷している。
通常兵器でこれを為そうと思えば、重砲か1トン爆弾を引っ張りださねばならない程だろう。

近接戦では極めて高火力によって排除し、遠距離からは精密狙撃を行ってくる魔導師が存在する。
そのような戦術的脅威と認識されて、未確認ながら魔力反応によってのみ軍のライブラリに登録された魔導師だ。
ラインの悪魔とは、見えない敵への恐怖と嫌悪がこもった二つ名である。
なにしろ、当該方面の戦闘で出現が確認されたのは、わずか1か月前。
そう、記録が正しければ共和国軍の進撃と同時に出現し、撃墜スコアが60を超えた。

前線からは、ネームドの投入による駆逐を切実に希求する要請まで出されている。

『続けます、これは、奇跡的に生存した106部隊員の演算宝珠が機能停止前に記録した映像です。』

映し出されたのは、中隊規模の統制射撃をものともせず回避する敵影。
何処を狙っているのかと訝しいほど、こちら側の火線はあたりそうにすらない。
信じがたいことに、十字砲火を受けているにも関わらず、敵の軌跡はいっそ優雅と表せるほど穏やかなものだ。

『・・・まさか、踊っているのか?』

思わず、誰かが呟いてしまうほどに、その姿は蠱惑的ですらある。
魔力光が盛大に光を発し、あまたの光源が降り注ぐ中、敵影はひらりひらりといっそ優雅と評したいほど見事に回避している。
忌々しいことに、まるで当たる気配がしない。
誰が名付けたのか知らないが、ラインの悪魔とはよく言ったものだ。
統制射撃を掻い潜り、危なげなく応戦するなど常人では考えられない。

『統制射撃が追いつかないのは、機動性が追いつかないからか?』

『それほどの高機動だというのか。』

従来、帝国軍魔導師の質的優位を背景として、共和国軍では統制射撃を生み出すに至った。
個人の力量を過信し、突出しがちな敵魔導師を集団で確実に仕留める。
その教義は、数的優位を前提とはするものの、共和国軍にとっては一つの解答と見なされてきた。

弾幕を展開すれば、落とせない航空魔導師など存在しない、と。

『空間爆破も回避されています。おそらく、こちらの初期照準を検出し、回避機動をとるまでのタイムラグが一切ありません。』

『数秒あるかないかの時間に回避するだと?それでは、魔力誘導系は全てかわされるではないか!』

統制射撃の基本は、多数の誘導弾を複数用いることによって、回避軌道を著しく限定し、直撃に持っていくことだ。
空間爆破は、相手の大凡の速度と方位を測定し、予想進路上を広範に吹き飛ばし、巻き込むことを狙う。
だが、何れも相手を照準し、測定しなければ有効弾は極めて困難とされている。
それが、集団での戦い方なのだ。

つまり、これが有効でない相手とは、集団による戦いのメリットが全くとは言わずとも、大幅に減少せざるを得ない。

息を飲む列席者の心臓は、次の瞬間縮み上がる。

敵演算宝珠からの測定魔力値が観測限界を振り切ったばかりか、魔力を還元し、増幅させている。
複合多重干渉誘発による魔力素の衝突がいくつもの光を生みだしているではないか!
多重詠唱規模の魔力を、帝国軍は単体の魔導師が発現させしめた。

『観測機の記録も、観測値の限界を突破した、とあります。』

『馬鹿な!?それでは、』

言葉が途切れたのは、魔力素の固定反応が、惹き起こされているという観測データが突き付けらたことにある。
観測不能規模の魔力、意味するところは多くの魔導師が、国家が意図して遂に断念した現象。
理論上、魔力発現現象が空間座標へ干渉し得るなど、ありえないとされた。

魔力の変換現象発現固定化実験など、狂気ざた、とされているのだ。
それが、ありえるはずもないことなのだ。

『・・・ありえん、ありえん!』

その意味を誰よりも理解している技術士官は、壊れたように現実を否定し始める。
それは、魔導師の技術ではなくもはや神話の世界の議論だ。

「汝らが、祖国に不逞を為すというならば、我ら神に祈らん。」

最大望遠で記録された姿は衝撃的だ。

『・・・子供ではないか。』

まだ、幼いと形容して差し支えのない魔導師。
それにもかかわらず、紡がれる言葉は撃滅と殲滅の音。
計測される魔力値と、忌むべき音は、破滅を予兆している。
貴様の祈る神がいるならば、悪魔か、破壊神か、と頭を抱え主に縋りたくなるほどだ。

「主よ、祖国を救い給え。主よ、我に祖国の敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ」

だが、言葉は純粋だ。
そのまなざしは、ただひたすらに無垢である。

彼女、と敵魔導師を形容するべきだろうか?

その言葉はひたすらに神へ縋っている。

「信心なき輩に、その僕らが侵されるのを救い給え。神よ、我が敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ。」

我らが、許されざるものであるか、というべき存在か。
そう問いかけたくなるほど、彼女の眼差しは敬虔であり我々を批判している。

「告げる。諸君は、帝国の領域を侵犯している。」

その言葉は、神託を告げる巫女のように、厳かであった。
その威は明らかに、信仰に裏付けされている。

「我々は、祖国を守るべく全力を尽くす。我々には、守らねばならない人々が背後にいるのだ。」

その言葉は、ひたすらに義務感に支えられたものだ。
其ればかりが、彼女の義務であると言わんばかりに。
守るべき人々が背後にいるのだという切実感と共に。

ただ、ひたすらに彼女は義務を果たさんと立っている。

「答えよ。何故、帝国を、我らが祖国を、諸君は侵さんと欲す?」

災厄を予見したのだろう。
106は、全力で阻止せんと火力を集中させる。
わずかなりとも詠唱を防ごうとするのだ。

「聖徒よ、主の恵みを信じよ。我ら、恐れを知らぬものなり。」

だが、現実は無情だ。
運命は、彼らに味方しない。
神が、いるとすればだが、それは彼女に微笑んでいた。

「運命を嘆くなかれ。おお、主は我々をお見捨てにならず!!」

収束された魔力が急激に観測記録にノイズを走らせ始める。
意味するところは、空間を攪拌する規模で魔力素が滞留しているという事。

「遥か道の果て、我らは約束された地に至らん。」

そのことばがとりがーであった。

思考が停止した彼らが眼にしたのは、すさまじい規模の閃光を放ったモニター。
やがて、演算宝珠が破損し、再生された映像が停止する。

『・・・神よ、我らを、救い給え。』


帝国軍陸軍大学選考再審議会

「では、次に東部方面軍より、軍功枠推薦者をご覧ください。」

議事進行を務めるのは、陸軍大学の教官。
居並ぶ列席者は文字通り、陸軍の中枢を担うにたる人材。
そして、彼らが扱うのは、次代を担う人材の選抜。

通常、再審議とは合格に届かなかった存在を再審査し、場合によっては合格とするために開かれる。
もちろん、逆に合格に不適格と見なされた人物を弾くこともあるものの、通常はありえない。
軍の未来を担う人材の選抜に際して、帝国軍は一切手抜かりがないように最善の注意を払っている。

だが、信じがたいことに、今回は合格者に対する疑義が提示されているのだ。

「今回の審議対象は、公平性追及の観点より、匿名審議の時点で最優が出されております。」

出願者の個人情報は一切省かれた書類を、複数の審査員が考査。
与えられるのは、実績・情報部・教育担当者による数値評価。
それによる講評は情実を一切排除し、比較的的確な審査を可能としてきた。

そののち、個人情報が開示され、最終的に陸軍のエリートコースに上る士官が決定されるのだ。

この人事は厳正かつ公平なものでなければならないものとされている。

「ですが、陸軍大学人事課長よりの異議によって、再審査請求が出されました。本審査は、その要請によるものであります。」

故に、議事進行役を務める教官の口ぶりも訝しむという口調にならざるを得ない。
匿名審議で優が出る士官ですら、数少ないのに最優、つまり首席合格者に疑義が出されているのだ。
これが、軍に有力な影響力を及ぼす将校の子弟や貴族関係者であれば、公平性に疑義ありとも言えるかもしれにない。

だが、身上は軍人の遺族。
有力な身内はなし。
推薦者は何れも、赤の他人。
派閥や貴族との縁故も皆無。
推薦者は何れも、軍内において堅物と有名な現場上がり。

問題行動すら記録されていない士官だ。

これほど見事な経歴を実力で昇り詰めてきた士官に門戸を閉ざすように主張するなど、陸軍の伝統では大凡考えられない。

「レルゲン人事課長、貴官は何故、異議を申し立てられた?」

そのために、居並ぶ面々の眼差しは理解できないと言わんばかりの目線を陸軍大学人事考査局人事課長レルゲン少佐に向ける。
これが、陸軍人事の中枢を担うエリート中のエリートにして一切の瑕疵が許されない人事局課長で無ければ怒声が出ていただろう。

「現地部隊の推薦、士官学校席次、軍情報部による身辺調査、憲兵隊による調査報告書、軍功、何れも卓越した士官だ。何処に問題が」

軍功推薦枠とは、卓越した士官を選抜するための枠だ。
そこに、少壮、いや若年と言える士官が選抜されたのは優秀な人材の適材適所を実現し大きな益をもたらすと期待できる。
現地部隊の推薦は、手放しの絶賛に等しい。士官学校の席次は年齢を考慮すれば、首席相当だろう。考課評価は完璧に近い。
通常、うるさい事この上ない情報部と憲兵隊がそろって絶賛するなど、過去に何例あったか疑問なほど。

「さよう、全て最優か、それに準じるものであるのは事実であります。ですが、小官は断じて受け入れがたいと認識します。」

だが、レルゲン少佐はその何れも認めたうえで、再審査を請求した、と明言する。
言い換えれば、それらのいずれも受け入れがたい、と。

「席次が2位、憲兵とのもめごとなし、情報部は愛国心特優、機密保持能力保証ときた。現地部隊からは勲章の申請まで出ている士官だぞ?」

当然のことながら、居並ぶ列席者にしてみればまさに戯言としか形容しがたい言掛りに等しい。
唯でさえ希少な銀翼突撃章保持者が、前線から軍功により野戦航空戦技章の推薦まで貰っているのだ。
人格、技量共に突出していなければ認められない野戦航空戦技章の推薦である。

「これを跳ねるならば、今季は入学者ゼロとせねばならない程だ。」

重々しげに呟かれた一言が、ほとんど全員の総意であった。
力量・軍功・考課の何れも卓越した士官であると形容する以外に、評価のしようがない。
こんなスコアの出願者を跳ねるならば、今季の出願者は軒並み選考外と宣告せざるを得ないだろう。

「今回は、特例で匿名審議が解除されております。こちらをご覧ください。」

さすがに、見かねたのだろう。
同席した人事局総務課長が関係書類を配布する。
本来であれば、匿名審議の内容を再審査する際も匿名が原則ではある。
だが、状況次第では彼の権限によって解除する事もできた。

曲がりなりにもレルゲン少佐を知っている彼は、少なくともレルゲン少佐に助力しようと思っている。
ただ、それはどちらかと言えば彼の意見を指示するからではなく、彼のキャリアを守ろうという善意からだが。

なにしろ、この戦果をあげたのが齢11の幼子だ。
まともな士官ならば、誰だって戦場に出すことを躊躇するべき子供。
レルゲン課長が、彼女の軍大学進学に反対する理由もその年齢を危ぶんでだろう。
そのくらいの認識だが、ともかく彼はこの案件については機密保持を解除することに同意したのだ。

「・・・・・このような子供が、このような戦果をあげたとでも、いうのかね?」

さすがに、事態の異常さが認識されたためか、室内も静まり返る。
若干11にして、魔導中尉任官。士官学校次席卒、白銀突撃章保持、野戦航空戦技章推薦保持。
撃墜スコア62、(協同22)のエースオブエース。二つ名は『白銀』
そして、教導隊所属の経歴あり?

笑うか、どうすべきか迷うところだ。

異才、そう形容するほかにない経歴である。

「魔導士官の養成は急務でありますが、さすがに年齢が引っ掛かるか。」

だが、さすがに若すぎる。
部隊を、それも大隊規模の部隊指揮官として部隊を任せることができるかどうか。
何より、魔導士官の育成が必要であると叫ばれて久しいが、魔導士官は何れも近視眼的になりがちだという批判も存在する。

「さよう、魔導士官としての能力がいくら優秀でも、将校として使えるかは別の問題だ。」

なにしろ、極めて専門的な領域で卓越するだけでも一苦労なのだ。
航空魔導師は、個人レベルでは卓越した能力を誇るが、部隊指揮を得手とするものは案外少ない。
それだけに、魔導士官としての優秀さは必ずしも、指揮官、将校としての力量には直結しないのだ。

名選手は必ずしも、名監督とならない。
つまりは、個人としてはエースであっても、部隊指揮官としてはまた別な要素が求められてくるのだ。

故に、一部の将官らはレルゲン課長が年齢と実力に疑義を有したのか、と解釈する。
確かにその面からみれば、疑義をはさむ余地はあるかに見えなくもない。

「能力に問題はありません。なにより、軍功、現地の推薦と形式は完全に満たしております。否定する要素であはりません。」

だが、考課担当者は、その疑義を否定する。
小隊規模の指揮経験が記録されているものだが、瑕疵は見当たらない。
まあ、小隊指揮程度もできねば、そもそも士官教育の意味がないのだが、案外ここで躓くのも少なくないのだ。

現地の推薦を勘案すれば、少なくとも部隊指揮能力に現時点で疑義を呈するのは適切とは言えぬ。

「短期促成教育の士官だ。戦術知識に偏りがあろう。将校教育の方が、適切ではないのか。」

だが、一部の将官はそれでも疑義を呈する。
なにしろ短期促成の教育だ。実戦である程度は通用するにしても、知識に穴がある可能性は常に付きまとう。
単純な戦術レベルの指揮ならばともかく、複合的な要素を勘案せねばならない部隊長以上の指揮には適切な能力を有するだろうか?

その疑問を彼らは常識的に抱く。

「彼女の卒業論文は、『戦域機動における兵站』です。以前、陸軍鉄道部が絶賛した代物ですよ?」

しかし、匿名審議の時点で特優を付けた考課担当者らは譲らない。
なにしろ、戦略レベルで議論ができる、という実証を彼女は卒業時点で出していた。

それが『戦域機動における兵站』というタイトルの論文。
通常、勇ましいことを好む士官学校生とは思えない程地味な題材だ。
彼女の戦果を考えれば、意外と思われるほどに。
だからこそ、匿名審議の時点で彼女が11歳などと誰も想像し得なかった。
戦域における兵站を論じるなど、熟練の野戦経験者かと、匿名審議時点では想像したほどである。

概要は、単純明晰だ。
物資集積の重要性と、デポの配備と規格化による円滑な物流による兵站線の確保。
極めて、効率化を重視し物資の緊急備蓄を除き、死蔵を排除する事を目的にしている。
後方で死蔵される物資への批判から、前線で正常な戦闘行動を継続するために不可欠な物資管理の提案。
一読した陸軍鉄道部長が絶賛し、鉄道部への配属をほとんど懇願したというのは兵站関係者では有名な話らしい。

事実、査読した幾人かの熟練した野戦将校も軒並みこの論文を絶賛している。
曰く、前線で攻勢に出て、物資が不足した経験を持つ人間ならば、この論文が理解できないわけがない、と。
その多くが、陸軍大学の卒業論文であると誤解していたことも付記しよう。

兵站レベルの議論ができる時点で、もはや近視眼的と形容するのは困難だ。

「士官学校時代の現地研修で、すでに陸軍大学への推薦がヴァルコフ准将名義で出ています。現場は高く評価しているようです。」

それどころか、一部の将校らは彼女の資質を極めて高く評価していた。
紛争地域における活躍を賞賛して、ヴァルコフ准将などその時点で陸軍大学へ推薦しているほどだ。
能力が評価されることこそあれども、疑問が提示される事は一度たりとも彼女にはない。

「それこそ、何故その時点で審議されていない。」

さすがに、というべきか。
これまで沈黙を貫いていた座長が口を開く。

「・・・小官が、年齢・戦功不足を理由に棄却いたしました。」

そして、レルゲン少佐の解答に対し、やはりかとばかりに頷くと、厳しい目線を向けた。

「レルゲン少佐」

「はっ、なんでありましょうか、大佐殿。」

「貴官の公平性に疑義をはさみたくないが、一度目はともかく、今回の審議要求はどのような理由によるものか。」

もはや、公平性に疑義が出るレベルの無理難題をレルゲンが口にしているに等しい。
座長は口にこそしないものの、同じ疑問をほぼ全員が共有していた。
これほどの逸材、これほどの戦功。

卓越した士官だ。
何故、これに疑義を彼は呈するのか?

「・・・デグレチャフ中尉の人格に深刻な疑義を感じたためであります。」

レルゲン少佐にとってその答えとは、デグレチャフ中尉の人格へぬぐい難い不信感を有するからであった。
彼は、幾人もの将校を見てきた経験から、ごく自然に違和感を抱かざるを得ないのだ。
そして、今やその違和感は深刻なまでの不信感として固まっている。

あのような異常人格者を、帝国軍中枢に入れることは断じて阻止しなければ、と彼は決意している。

「精神鑑定・情報部の機密保持能力検査、何れも極めて高い数値が出ていることを踏まえての発言か。」

「はい。」

なるほど、精神鑑定も、情報部の調査もクリアするだろう。
それどころか、場合によっては宗教家から敬虔さを褒め讃えられるほど敬虔な信徒かもしれない。
交戦時に、神に許しを請うなど、大半の軍人とは無縁の精神構造なのだから。

だが、それは彼女の異常さを発見できないだけなのだ。

「貴官は、この検査に疑義を呈するのか?」

「はい、いいえ。何れも適切な検査結果であったと認められます。」

それらの調査は、いずでも適切な数値を出すことだろう。
なにしろ、彼女の異常性はそこにはないのだ。
まあ、無理もない。

その精神鑑定は、大半の場合成人した職業軍人としての精神を鑑定するものであって、彼女のような異常者のためではない。
だからその結果は、公平かつ厳正に行われた検査の結果としてみていいだろう。
そこにこそ、この異常性の原因があるのだ。

「レルゲン少佐、私は貴官の発言が記録に残されていると明言した上で確認したい。」

「はっ。」

レルゲン少佐にしても、記録を取られる事も、キャリアに深刻な打撃を受けることも恐ろしい。
実際、選良中の選良としてエリートコースを驀進してきた彼にしてみれば、本来こういった議論は避けたいものだ。
だが、言わねばならないという衝動が彼を襲っていた。
全身が、全精神が、人間としての彼に、天敵種の存在を告げているのだ。

それは、異端であり、許容できない異常だ、と。

「何故、貴官はデグレチャフ中尉に対し、人格上の疑義を抱くのか?」

「小官は、3度彼女を見かける機会がありました。」

一度目は、卓越した士官候補生だと思った。
二度目は、恐るべき士官候補生だと思った。
三度目は、狂った士官候補生だと確信した。

「公的にか、私的にか?」

「何れも陸軍大学の公務によるものです。士官学校査察時に彼女を3度見ました。」

おそらく、彼女ほど記憶に残る候補生はいなかったし、これからも現れないだろう。
少なくとも、そう現時点で確信できるほど、彼女は異常なのだ。
冷静かつ、合理的。そして、愛国的かつ平等主義。敬虔な信徒にして自由主義者。
何れも、賛美されるべき人間としての資質を有しながらも、彼女は歪んでいた。

形容しがたい違和感と歪さが同居しているのだ。

「彼女が問題行動をおこした、そう主張するのかね?或いは、言動に問題が?」

「当時の教官らの所見をご覧ください。一言、『異常』と書きなぐられております。」

一番彼女に接する機会が多かった指導教官が面白い記録を残している。
全てにおいて卓越した、と評価しつつも『異常』と私的に書きなぐったのだ。
彼の抱いた違和感こそが、彼女の本質ではないのか。

通常、欠点を指摘する事はあろうとも、『異常』と指導教官が記すのはありえない。

「・・・ふむ、故なしとも言えないか。説明を。」

さすがに、座長も糾弾する姿勢を解き、聞く姿勢を見せる。
彼にしてみれば、あくまでも公平な議論の観点から、事実を確認する必要を覚えただけだが。

「異常なのです。すでに、完成した人格と視野を有し、人間を物と認識している士官候補生など初めて見ました。」

まるで、完成した機械の様であった。
命令を完全に順守し、達成する。まさに、理想的な士官だ。
それでいて、現実を理解し、空論なぞ一度も耳にしなかった。
到底、常人とは思えん。
だからこそ、三度目であんなことができたのだ。

「秀才特有の現象とは?」

「間違いなく現場で通用します。事実、ヴァルコフ准将と情報部が連名で二級鉄十字の申請を出していました。」

なにより、あれを新任というには、違和感しかない。
権限を限界まで活用した結果、すでに少尉任官以前に実戦参加の疑惑すら見つかった。
わずかな手掛かりだが、総合すれば情報部の作戦に関与した疑いが濃厚。

叙勲の手続き段階でさすがに棄却されているものの、二級鉄十字が申請される時点で、何かがあったのはまちがいない。

「・・・現地研修中にか!?」

驚きが全体に広がり、一瞬室内にざわめきがよぎる。
いくらなんでも、信じがたい話だが短期間のうちに叩きだした経歴は、それに信憑性を付与するのだ。

現地研修中、つまり9歳程度の子供が、実戦参加した揚句に叙勲の申請を得る?
もしこれを外部で聞けば下手なジョークと一蹴するところだ。

「情報部を締め上げたところ、極秘裏になんらかの作戦に関与させた可能性を示唆しました。」

国境の紛争地域。
士官候補生の研修地としてはかなり危険度の高い部類だが、そこまではまあ、良いだろう。

だが、屈強な兵士が悲鳴を上げる長距離浸透訓練を、実質敵地で行っている?
完全戦闘装備で、夜間に、匪賊徘徊地域を打通して、孤立した友軍基地まで行軍するなど、士官候補生の指揮とは思えない。
締め上げた知り合いの情報部員は、てっきり叩き上げの少尉が指揮した部隊が作戦参加したと考えていたほどだ。

それはそうだろう。そんな力量がある指揮官ならば、情報部だって頼ろうと思うはずだ。
まさか、研修中の士官候補生だとは夢にも思わなかったはず。
今では、叙勲申請が棄却されたのも、案外情報部が候補生だったと遅れて悟ったからではないかと疑っている。

「・・・士官候補生が、現地で、情報部から叙勲申請をだされるほどの作戦に関与した、と?」

ここまでくれば、さすがにその異常さが無視できない。
睨みつけられた情報将校らは知らないとばかりに首を振る。
だが、彼らにしても左手のしていることを右手が知らないという原則は知っているのだ。

調べれば、すぐに何かが出てくるだろうということぐらいは、予想しているに違いない。
顔色が、先ほどから急激に青ざめ始めているのだから。

「許されるならば、機密情報の開示許可を頂きたく思います。」

「そちらは調べておこう。それで?それだけならば、優秀な士官というに過ぎないはずだが。」

検証はこちらでおこなう。
そういう意味合いを込めつつも、座長はそれが事実だろうとは確信していた。
だが、それだからこそ、彼は疑問に思わざるを得ないのだ。

年齢、戦功、考課、何れも問題のない士官に、何故彼はここまで疑義を呈するのか、と。

「士官学校在籍中に、彼女は命令違反者に魔力刀を突き付けています。」

「・・・跳ねっ返りを叩き潰すのも、上級生の仕事では?」

極言すれば、私的制裁は軍法で禁止されているが、明文化されていないルールもあるのだ。
例えば、訓練中のけがは事故であり、上級生と格闘訓練中にけがをすることもままあると。

言い方は悪いが、その程度で、処罰していれば、軍人の半数近くはなにがしかの悪評を得ていることになる。

「本気で頭をこじ開けかねませんでした。教官が制止しなければ、一人を廃人にしたはずです。」

だが、違うのだ、とレルゲン少佐は叫びたい衝動を抑えて説明する。
居合わせた者にしか、理解できないことはよくわかっているつもりだ。

「・・・少佐、教育係の発言を信じていれば、今頃軍は死体だらけだぞ?」

軍の教育係が新兵に過激な言葉を飛ばすのは、軍にとって通常のことに過ぎない。
海兵隊や航空魔導士官において訓練時の新兵に対する罵詈雑言など、殺してやるならば、まだ可愛い方だ。
貴様の頭をかち割ってやる、空っぽの頭を吹き飛ばしてやる、などいくらでも平然と教練場で響き渡っている。

「やや過激な傾向があったとしても、さすがにそれは、微妙な評価だ。」

「年齢を考慮すれば、よく自制したと評価もできる。」

その程度、はっきり言って、可愛いではないか、と多くの軍人は自らの経験則で判断してしまう。
彼らは、見ていないがためにそう判断してしまうのだ。

彼らの多くは、新兵教育時に、それこそ家畜のように怒鳴られ、まごまごするなと魔力刃で斬られかけている。
そして、今現在に至るのだ。その経験からしてみれば、不服従を繰り返す新兵に対して魔力刃を突きつける程度、驚くことでもない。
言葉にしても分からない馬鹿には、多少お灸をすえるか、素振りを見せるくらいは、許容されているのだ。
むしろ、いちいち不服従の咎で、軍法会議にぶち込まないだけ温情的だとすら判じている。
なにしろ、上官への反抗は最悪銃殺すら含めた極刑。
言い換えれば、判断能力の少ない新兵を銃殺するくらいならば、殴り飛ばす方が温情的だと彼らは信じている。

「ふむ、まあ人事課長の危惧は年齢と自制できるか、という点で見ればまあ、わからなくもない。」

そこまでくれば、彼らの結論は揺るがない。
確かに、年齢不相応のところがあるのは認めよう。
新兵をしごいているという人事課長の論説も、まあ行き過ぎはあるにしても、許容範囲。
異常な才能を持っていることに、人事課長が危惧を有するのもまあ、理解できなくはない。

だが、陸軍大学への進学はむしろ彼女が受けいてい教育を提供することで、有能かつ卓越した士官を養成できるに違いない、と。

「だが、やはりレルゲン少佐、君の意見は主観的に過ぎる。客観性を欠くと言わざるを得ないのだ。」

そして、やや動揺こそしたものの、彼らは彼女の合格を素直に承認することにする。

「もちろん、君が公平に見ようとした事実は認める。だが、君ともあろうものも、印象に囚われすぎだな。」

「まあ、よく調べている。情報部の締め上げが課題だな。」

むしろ、彼らは人事課長が本気で彼女の問題を取り上げた、とは今やだれも認識していない。
軍内力学において、卓越した遊泳術を発揮しなければならない人事課長が表だって情報部を批判できるはずもないだろう。
だから、別の話題にかこつけて批判を展開したのだ、と多くは見ている。
言葉にこそしていないものの、人事考査の途上で、発見した情報部の不透明な動向を叩く題材としてこの審査請求だと。
情報部からの評価が、過去の秘密作戦を反映した不透明なものだ、と。
確かにこれならば、彼の失点とも言えないが、功績の方が大きく、評価されるだろう。
情報部に至っては、レルゲン少佐を追求するどころか、謝罪する側に回る。

つまり、大凡の評価は人事課長はよくやるな、という程度の認識であった。

要するに、公平性を追求しつつ、情報部の秘密主義に疑義を呈したのだろうと。

「ご苦労だった、レルゲン少佐。彼女の審査請求は棄却するが情報部の再調査要請は受け入れよう。」

「・・・ありがとうございます。」

かくして、レルゲン少佐の意図とは裏腹に、だれも、だれもそれを止めようとはしないのだ。




※常識人苦労する?
今後の予定:陸軍大学⇒大隊長(少佐コース)
そう、少佐コースなのです。
あの、少佐です。例の最後の大隊のww



[24734] 第一四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/07/12 21:35
前線に比べれば、後方のなんと快適なことか。
まさか、一日三食暖かい食事が取れるとは驚きです。

いやはや、もう一度前線にいけるでしょうか。

っと、大変失礼を。ごあいさつを申しあげるのが遅れてしまいました。

キャンパスライフを満喫中の皆さま、これよりよろしくお願いしたく存じる所存です。
ああ、失敬。ライフルではなく、筆記用具を持参するべきでした。
いや、まだ前線の気分が抜けていないようです。
どうにも、手元に演算宝珠とライフルが無いと落ちつかないのですよ。
幼児性と笑ってくれますな。
子供がお気に入りの毛布や人形を手放せないのと同じとは考えたくないのですが。
しかし、身体に精神が引きずられる可能性もあるので、戦々恐々としているところです。
実に、実に、お恥ずかしい限り。
窓がある生活にもそのうち慣れると思います。
さあ、机を並べて楽しく平和に、たくさんの敵兵を排除し、明るい帝国の未来を確立するべく共に学びましょう。

こんにちは、ターニャ・デグレチャフ中尉、11歳です。
今年から、晴れて大学生になりました。
ええ、大学生です。陸軍大学は、立派な大学です。

何度でも言いますが、大学です。

ああ、世間的には飛び級ということになります。
素晴らしい教育制度と奨学制度のおかげで、私は学費に悩む必要どころか、給与まで受け取って学べるのです。
しかも、ただ学ぶだけで昇進し、エリートコースまっしぐら。
生命の安全度も跳ねあがり、軍中枢への道と、安全な軟着陸戦略も模索できるのです。

ああ、なんと学びの素晴らしいことか。
歴代の賢人が積み上げてきた英知を継承し、あまつさえ其れにじかに接する機会を与えられることの素晴らしさ。
規律正しい清き正しい平和な学生生活の素晴らしさ。
学生とはなんと、なんと素晴らしいことでありましょうか。

ああ、これほど素晴らしい環境です。
離れたくなくなる気持ちも、理解できますが、如何せんここは陸軍大学。
正常な組織ですので、無能は陸大に不要と、前線送りです。
そういうわけなので、長くいることはできません。
まあ、頑張れば優秀な成績次第では後方勤務なので、インセンティブには不足がありませんが。

さあ、そういうわけで今日も今日とて楽しくお勉強です。
さすがに、ライフルと演算宝珠を持参し、衛兵司令にとがめられるのは、今日でおしまいにしたいのですが。
やはり、一度染みついた習慣という物は恐ろしいですね。
サラリーマンが定年退職後もうっかりスーツに着替えてしまうのも納得という物です。

さて、無意識のうちに担いだライフルは何処に隠せばよいのでしょうかね?




「おはよう。ラーケン衛兵司令。」

かけられた声で、ようやく接近に気がつく。
本当に、気配すら感じられなかった。
曲がりなりにも、実戦を経験してきたとはいえ、やはり戦地帰還組からすればなまっているのだろう。

それとも、彼女が卓越した兵士だからだろうか?

「おはようございます、デグレチャフ中尉殿。失礼ながら、今日もライフルをお持ちで?」

下士官として、幾人もの将校を見てきたが、彼女ほど前途が明るい士官も少ないだろう。
聞けば、わずか10代で陸軍大学に入るなど前代未聞という。
それ以前に、10代で中尉任官という経歴もありえないのだが。

もしも、何も知らずにそのことを聞けば、一笑して笑い飛ばすに違いない。
頭でっかちの秀才参謀だって30代に行くか行かないかだ。
そんな限られた枠を10代前半の餓鬼がとれるものか、という笑い声を自分が出していても不思議ではない程に。

だが、世界は広いらしい。
まさか、戦場で一度も遅れをとったことのない自分の背後を、あっさり取ってしまう士官がいるものだ。
明らかに、デグレチャフ中尉殿は、外見で侮ってはいけない部類の士官だろう。
聞けば、毎日のようにライフルと演算宝珠を持参し、当直の衛兵司令に預けているらしい。

武器を手放さないのは、戦場での経験だろう。
たまに、戦場帰りで武器を精神的に手放せなくなる奴もいるがこれとも違うようだ。
別段、武器を手放すと不安に駆られるという様子もない。
要するに、習慣として、武器をもつことを自らに課しているということだ。
常在戦場の心得というが、ここまで貫徹していれば、繰り返しになるが、この年で野戦航空戦技章を授与されるだけのことはある。
叩きこまれた戦訓と、下士官兵への適切な態度。

次に戦場立つ時は、年齢で敵兵を区別することなく、撃たなければ死ぬかもしれない。
一つ学んだと思っておこう。

「ああ、恥ずかしながら、なかなか習慣という物は治らないらしい。」

その気持ちはよくわかる。
自分も、月明かりのある寝台で寝られるようになるまで、常に遮蔽物を無意識のうちに探していたものだ。
別段、安全と分かっていても、戦場において命がけで見つけた習慣は簡単には変わらない。

「いえ、御立派なものです。」

むしろ、しっかりと戦場の要点を理解しているということに他らないのだ。
正気を保ったまま、戦場で何が重要かを理解することが、青い新任少尉にとっての試練である。
戦場とは彼らの信じる建前が激しく現実に蹂躙される世界なのだ。

勇ましさ、栄光、名誉なぞ泥まみれになって、殺し合い、その中で少数の例外的な士官が名声を手にする。
その少数だけが知っている秘密は、実は難しいことではない。
下士官兵の言葉に耳を傾けて、彼らを心服させる意見を出せればいいのだ。

だが、これができる士官は本当に、本当に少ない。

「ありがとう。叩き上げに保証されるほど嬉しいことはない。」

だから、目の前の少女の外見ではなく、内実に敬意を払い、真摯に対応する必要があった。
叩き上げを評価できる士官は、伸びる。

そう思いながらも、衛兵司令は自分の職務を忠実に果たすことで、小さくも恐れ多い中尉殿への敬意を示す。

「しかし、失礼ながら、本日の御用向きは?」

世間一般で言うところの安息日。
つまりは、日曜日だ。敬虔な信徒ならば大半は教会に行くし、人によっては懺悔もする。
この中尉殿も午前中はよく教会でひたすら真摯に祈っていると聞く。
なにより、実際ひたすら聖像を見つめる彼女の姿を目にしたのは、一度ではない。

時間帯からして、昼食をすましたところだろうし、陸軍大学とて日曜は任意だ。
まあ、月曜から土曜は過酷極まるらしいが。

「なに?どういうことか。」

「ご存じのように、本日は休日であり、講義はありませんが。」

講義があるならば、学生が登校するのは当然だが、休日に陸軍大学へ要件もなく足を踏み入れさせるほど軍はぬるくない。
もちろん、相応の理由がある限りにおいてその限りではないのだが。

「ああ、簡単だ。図書室を使いたい。寮の資料室では事足りん。」

そして、誠に単純なことながら、デグレチャフ中尉殿は実に、実に勤勉であられる。
気難しい司書長ですら、その知識と好奇心、向学心を賞賛しているというのだから、軍人の鏡というべきかもしれないだろう。
何より、古い戦訓の分析と概念の再分析は参謀本部の作戦課をして驚嘆させるほどだと、古い上官から耳にした。

この小さな頭に、何が詰まっているのだろうかと、本気で感嘆したことを覚えている。

「失礼いたしました。毎度のことで、恐れ入りますが、武器をお預けになってご利用ください。」

普通ならば、将校の私物を預かるのは、余計な手間がかかり気も乗らないものだが、この中尉殿は別格だ。
戦場で、ライフルほど信頼できる戦友は皆無である。
そして、魔導師にとって、それと同じくらいにかけがえのないものが演算宝珠だ。

これを預かるのは、名誉でこそあれ、手間と感じることではない。

「そうさせてもらおう。では、失礼する。」

手早く所定の位置で申告書を書き上げ、慣れた手つきで、保管証明書を受け取りデグレチャフ中尉殿は校内へと進まれる。
さりげなく見たが、背後から見ても、その足取りは一切躊躇が無い。
戦友を預けることに躊躇が無いほどに信頼された、と思えば我もなく嬉しくなるものだ。

「・・・准尉殿、随分と、態度のでかい餓鬼ですね。」

だが、その下士官冥利につきる感情を理解できない馬鹿が水を差してくる。
軍隊生活に慣れてきた上等兵は得てして士官学校での士官を馬鹿にする傾向があるが、これは修正が必要な水準だ。
その程度の頭だから、未だに曹への道が無いのだとすら思えてきて、頭が痛い。

あの程度の年齢の方が、士官で、この馬鹿は年齢以外なにも取りえが無いとは。

「馬鹿か貴様?ション便臭い餓鬼どころか、戦地で浴びた帰り血の匂いをまだ漂わせている硝煙臭い餓鬼だぞ?」

さすがに、実戦経験のある軍曹がたしなめるものの、まだ認識が甘い。
あそこまで徹底した軍人になるには、古参兵の中でも才能と戦争への愛情が必要だ。

言い換えれば、人間として戦争を嫌い抜きながらも、どこかで戦火に恋焦がれる人間でなければ、彼女を理解できないのだろう。

「軍曹、貴様の認識はその程度か?」

「はっ?いえ、もちろん良い上官になられるとは思いますが。」

もちろん、よい上官になられるだろう。
自分であれば、彼女が大隊長であれば、喜び勇んで従うはず。
突撃だろうと、突破粉砕だろうが、遅滞防御だろうが、いや殿軍だろうと従事するに決まっている。

彼女は戦争に愛されているのだ。
軍人として、名を残し、あるいは無上の栄光が約束された部隊となるだろう。
その誉れが確実に約束されたと確信できる。

幾人もの将校を見てきたからこそわかる。
あれが、所謂英雄なのだ。

「気が付け、間抜け。中尉殿は二個演算宝珠をお持ちだが、御預けになられたのは一個だぞ。」

だが、理解できない間抜けには口にしても仕方がないだろう。
中尉殿が、こちらの職責に譲歩し、ライフルと予備の演算宝珠をお預けになったのだ。
最後に一つ、一番使い込んだ演算宝珠を手元に残すのは、権利に等しい。

最も、それを理解して持ち込みを黙認したのではなく、気がつかなかっただけの馬鹿にはいう気にもならないが。

「無意識なのだろうが、本当に気を抜かれないお方だ。」

「・・・週番士官殿にばれたらことですな。」

・・・ああ、貴様らはまだその程度の認識か。



・・・ああ、恥ずかしい。

心なしか、またあの間抜けがライフル担いできましたよ、と衛兵たちに笑われている気がしてならない。
ラーケン衛兵司令が気のきいた人物で本当に良かった。
何も言わずに、しっかり保管してくれるおかげで、こちらも自然体に校内へ入ることができる。

自分のミスが許しがたく、かつ屈辱でしかないが、かといって醜態を晒すことも望ましくはないのだ。
気配りをしてくれるラーケン准尉には、機会があれば職責上許す範囲内で便宜を図ってくれたことへの返礼を考えるべきか。
まあ、本心から恥を感じるのはミスをしたという事実があればこそ。

そして、ミスの原因は単純だ。
いい加減恨みつらみをぶつけようと、休日になると飽きもせずに最寄りの教会で、存在Xの模倣像を呪っているからだ。
もし現れればその場でライフルをぶっ放すつもりで持ち込んでいるのだが、残念なことに一度も出会えていない。
うん、自分でも、いい加減非効率的極まる非生産的活動は自粛すべきかとも思うのだが。

しかし、これを怠ると、エレニウム95式の呪いで本当に敬虔な神の信徒とされかねないのだ。
だから、存在Xの像を見るだけでおぞましく思える心を維持する事は、精神衛生上不可避の必要行為。
これを怠ることは、呼吸を怠り、思考を放棄するに等しい行為に他ならない。
そんな馬鹿な真似は断じてお断りだ。

人間の尊厳は、思考するところにあるのだとすれば、思考を停止した時点で私という人格は消失する。
そんなことを受け入れるのは、精神的な自殺以外のなんだろうか。自殺でしかないのではないか。

要するに、私は生物として自殺できないのだ。
証明終了。

まったく、それにしても存在Xが遠因で恥をかくところになるところだった。
忌々しいことこの上ない連中だ。
っと、これ以上のミスを重ねるわけにはいかない。

「デグレチャフ中尉、入室いたします。」

一言断って、図書室の扉に手を駆ける。
休日とはいえ、多少の利用者がいることもあり得るのだ。
そしてここは陸軍大学。
入学者の最低階級が中尉以上ということは、私など下から数えたほうが早い位下っ端なのだ。

上位者が中にいることを考えれば、常に気が抜けない。

「む?」

ほらみろ。

如何にもと言わんばかりに偉そうな将官がいくつもの地図と記録をほじくりかえしている。
戦史研究は比較的マイナーなジャンルとはいえ、重要な分野なのだ。
当然、ごくまれにお偉いさんが資料を求めて陸軍大学にまで足を運ぶこともままある。
なにしろ、持ち出し厳禁の記録だ。見たければ、自分で足を運ぶしかない。

「っ、失礼いたしました。准将閣下。自分は、」

そして、これこそ千歳一隅の好機である。
いつの時代も、上に知己を得ておいて、損は無いのだ。
出会いを求めるならば、可能性のあるところに足で出向き、機会を増やすことが不可欠。

誠に遺憾ながら、この身はまだ、若い。
故に、アルコールを活用する場へ出入りは憚られる上に、相手の酒を不味くするので逆効果だ。
しかし、逆に言えば他の場では、好印象にもなる。

自分の外見を活用する事は、前世のことから得意ではない。
確かに、笑顔を造る程度のことはできるが。
とはいえ、足を引っ張らない程度に常識で判断することはできるのだ。

「ああ、良い。今は卒業生として先輩に対する敬意でかまわん。」

さいわい、相手は気さくなタイプ。
ここは、せいぜい真面目な陸軍大学の大学生として振舞うことにしよう。
そうすれば、何かの折に役に立つことがあるかもしれない。

「はっ、ありがとうございます。自分は、デグレチャフ学生。帝国より魔導中尉を拝命しております。」

「ゼートゥーア准将だ。参謀本部戦務参謀次長拝命している。」

参謀本部の戦部参謀!
後方のお偉方トップに近い集団ではないか。
全くもってついている。

「お目にかかり光栄であります。」

心より、そう言えたと思う。
なにしろ、参謀本部の人事を司る連中と同じくらいに連中は権威がある。
企業で言えば、経営戦略を形成する中枢部門。
そこの住人と職務外で知見を得られるのは、ついていると形容するほかにない。

「ふむ、中尉、君は何か急ぎの用事があるかね?」

「はい、いいえ。准将殿。本日は、知見を得るための自学目的であります。」

思わず、飛び上がりそうになるのを自制しつつ、素直に自分の目的を申告する。
幸い、知的好奇心を充足させる必要性と、法令研究の用事で頻繁に図書室を利用しているので不自然さは無いはずだ。

言うまでもないことだが、偉い人間という物は、つてを求めて近づいてくる人間を一番嫌うものだ。
ここは、素直に相手の知見を得られたことを幸いと思うことにして、せいぜい好印象を得るにとどめるべきだろう。
お互いに良好な職務関係を構築する事が利益になると思っていただけるように、自己アピールはしたいが。

「いい機会だ。座りたまえ。たまには、若い者の意見も聞きたい。」

「はっ、失礼いたします。」

そして、相手は幸いにもこちらにある程度の関心を有してくれている。
こちらへ関心のない相手へのプレゼンに比べれば随分と楽なものだ。
人員削減のプレゼンで、必要性を理解してくれずに反発してくる役員を相手にするよりはるかにましと言える。

「さて、貴官のことは少しばかり耳にしている。随分な活躍のようだな。」

「はっ、過分な評価を頂いております。」

『白銀』という身も悶えたくなるような忌々しい二つ名。
帝国軍の命名センスを徹底的に再検証するべきだと確信しているが、少なくとも目立つことは目立っているらしい。
少壮の精鋭ということもあり、多少知名度が上がったのは出世に幸いか。

ただ、目立ちすぎると出る杭は打たれるので、どこかで、調整できるように注意する必要があると思う。

「ふと思うのだがね中尉。この戦争はどうなるだろうか。」

世間的な会話として、軍人が戦局を語るのは、まあ普通の世間話の様なものだ。
ここで、下手に自分が馬鹿であるとアピールし、機会を失う間抜けでもなければ、無難な会話に徹するだろう。
それは、確かに凡俗の発想としては間違いではない。

だが、相手がこちらに関心を示しているのだ。
素直に、自分の意見を表明する事ができれば、ある程度意欲的と見てもらえるものである。
もちろん、馬鹿なことをいわないのは最低条件だが。

「お言葉ですが、閣下の御言葉は含意が広すぎます。」

だから、相手の質問の意図を確認するという積極性のあぴーるは出世に不可欠。
一を聞いて、十を知るができれば理想だ。
だが、十を聞いて、一を知るよりは、遥かにましである。

なにより、帝国軍人という生き物は、正確さに対して偏執的なまでにこだわるのだ。
加点を狙うよりも、失点を防止する方がここは大切だろう。
声が大きければ、出世できるわけではない。
ちまちまと細かいところに気がつき、大きな声で叫ぶことで、出世できるのだ。

「ふむ、確かにそうだな。言い換えよう。貴官はこの戦争の形態をどう予想する?」

「僭越ながら、自分は言及すべき立場にないと考えます。」

そして、自らの職責を越えた発言は自粛するべきだ。
例えば、人事部が営業に口を挟むべきではないし、営業が人事部に口を出すのも同様だろう。
もちろん、積極的なブレインストーミングの類は推奨するべきである。
無能な人間であろうとも、集まれば、なにがしかの知恵を出せるというのだ。

もちろん、単なる衆議では集愚の意見となりかねないので、注意せねばならないのだが。

「よい。諮問しているわけではないのだ。自由に述べよ。」

「では、お言葉に甘えて失礼たします。」

本来は、やりたくない。
だが、これ以上固辞するのも逆に失礼にあたる。
なにより、語ることのない無能と見なされかねないのはまずい。

黙っていても、わかってくれるだろうというのは甘えだ。
それも、超ド級の幻想でしかない。
人間は、耳を2個持っているが、口は1つしかないのだ。

要するに、聞く耳を持っている相手には、口が一つで十分ということに他ならない。
だから、最低限口を動かせばある程度は話が通じるにしても、動かさないで通じるわけがないのだ。

「今次戦争は、大戦に発展するものと確信します。」

プレゼンの基本その一。
予想は、断言したほうがよい。
ついでに、独創性をブレンドしつつも堅実に。

「大戦とは?」

「おそらく、主要列強の大半を巻き込んだ世界規模での交戦に至るかと。」

この世界では、これが世界大戦の嚆矢となるのだろうか?
まあ、間違いなく列強同士の本格的な戦争になるのだ。
大戦と形容して間違いない。つまり、常識的に考えて、世界大戦になるということを認識しているに決まっている。

列強と列強が覇権を求めてぶつかるのだ。
陣営別に本気で戦わないわけがない。
だから、甘い認識ではないと、現実を見つめていると、アピールする方が評価されるだろう。

「・・・根拠は?」

「帝国は列強として新興ながらも、従来の列強と比較し単独ではかなりの優位を誇っております。」

そして、説明を面倒くさがらないこと。
言うまでもないこと、などと油断してはいけない。

認識のずれは、会議をボロボロにしてしまうという事をもっと熟慮するべきなのだ。

無駄の多い会議を防止するための唯一の解決策は、徹底的な共通認識の確立。
そういう意味では、准将殿は実にしっかりとされた方だ。
たかが中尉を相手に、ここまで真剣にこちらと会話をなさろうとしてくださるとは、驚くほどの寛容さ。

「そのため、帝国は他の列強と一対一ならば負けることはなく、勝利が収められるでありましょう。」

「うむ、共和国に対しては勝利できるだろうな。」

そして、言いにくいことを言葉にしてくださる。
『共和国に対しては』ということは、逆に言えば、その他はその限りではないということだ。
上位者が軍の潜在的な敵の存在を示唆してくれるおかげで話が勧めやすい。

部下の力を活用するという点においては、部下を選びにくい軍隊は企業よりも徹底して取り組んでいる。
このことは、人事部でリストラを行っていたころには持ちえない視点なので、真摯に学ぶべきだろう。
軍隊では、企業と異なり、部下を選びにくいのだから、育てるしかないのだ。

「ですが、連合王国や、連邦がこれを座視するとは考えにくいのが実像であります。」

「・・・彼らは今次戦争に直接の利権を有していない筈だ。」

そして、当然のことを再確認。
うん、実にいい。
実に、素晴らしい。
これこそ、知性的な会話というやつだ。

相手が、こちらの知性がどの程度あるのか、と興味を持っていなければ成立しない会話。
素晴らしく楽しい。
これこそ、社会人の醍醐味だろう。

「はい、いいえ。彼らは、覇権国家の誕生を許容するか、拒絶するかの選択を迫られることになるのであります。」

「覇権国家?」

「はい。大陸中央部において、共和国を排除した帝国は他の列強と比較し相対的ではなく、絶対的優位を確立します。」

ドイツ帝国が単独ではフランスにも、帝政ロシアにも勝てたであろうことを考えてみればいい。
大英帝国がそれを放置するほど、間抜けだろうか?
そうであれば、今頃あの島国は、単なる辺境扱いされていたに違いない。
だが、彼らはシビアに現実を理解していたからこそ、参戦している。

この世界の列強だって、国家理性の命じるままに戦争に参入してくるに決まっているではないか。

「故に、共和国の排除を短期に、それも他国の干渉を許さない形で実現できない場合、必ず連鎖的に他国の干渉を誘発します。」

「なるほど。確かに、そうかもしれないが、だとすれば共和国が覇権国家足るのではないのかね?それも受け入れがたいはずだ。」

っ。

ああ、言葉が足りなかったことを補ってもらえるとは。
こちらが幼げにみえることを考慮してもらえたのだとすれば、情けをかけられたのだろう。
これ以上の失敗はまずい。

強かに頑張ろう。

相手の眼をしっかりと見据えて、はっきりと答える。

「同意します。ですので、それ故に帝国と共和国が共倒れになるように図られると思われます。」

「介入はあると?」

「はい。おそらく、共和国への借款から始まり、武器供与もあり得るのではないでしょうか。」

有名なレンドリースや、戦費調達。
英仏は、戦争に駆ってもふらふらだった。
このことを思えば、帝国と共和国が楽しく戦争し、疲れ果てたころに連中が介入してくるのは自然な帰結だろう。

「・・・なるほど、見えてきた。」

「はい、共和国に多額の資金を貸し付け、共倒れを狙い最後に介入する、という青写真を他の列強が描くと思われます。」

まったくもって、国家とは邪悪な存在に違いない。
善良な個人をして、邪悪な組織人に至らしめるのだ。
人間の本性を大幅にゆがめる存在の可能性を真剣に検討するべきだ。
例えば、忌々しいソビエトや東独など、秘密警察が人間性を大きく損なったという。

見たまえ、シュタージに監視される社会の恐怖を。

自由を。
精神の自由を!

個人主義こそが世界を救う唯一の正しい道だと、人類は今こそ悟るべきなのに。

「では、帝国が圧倒した場合は?」

「即座に、介入を決意するものかと思われます。」

だが、思想の自由という崇高な命題も重要だが、智的な会話をおろそかにするわけにもいかない。

こちらが、なんとかつじつまを合わせて解答しているという見苦しさを出さないように留意。
誠実に、考え深く常識的な見解を述べている、という様式を保持するのだ。

「なるほど、興味深い想定だ。ならば、どのように対応する?」

「それほど、奇策があるわけではありません。」

実際、奇策が思いつくならば、上申している。
そうすれば、きっと出世の種になるだろうに、軍事的な才能が乏しいことは残念だ。
まあ、軍事的創造性なぞ、ナポレオンやハンニバルに任せるべきなのだろう。

平和を愛する善良な一個人としては、恥じるべきことでもない。

「ですので、過去の歴史に倣い講和を模索し、不可能であるならば消耗を抑制する事を第一目標といたします。」

「・・・勝利を目指すわけではないと?最悪、敢闘精神を疑われかねない発言だな。」

ああ、まったく。
口が随分と迂闊になったものだ。

よりにも寄って、戦務参謀次長殿の前で、敢闘精神を疑われるような迂闊な発言をするとは。

本当に自分の口が行ってのけたのだろうかと、口を撃ち抜きたくなる大失態だ。
キャリアに傷がつきかねない。いや、以前臆病者は、最前線で酷使されるとも耳にした。
大変まずい。実に不味い。

なんとか、動揺を顔に出さず、ごくごく冷静な口調で、そのような意図が無いと、間接的に主張するほかにない。
同時に、多少勇ましいことを言って、敢闘精神を見せねば危ないだろう。

「はい、いいえ。勝利を目指さないのではありません。ですが、まず負けなければ帝国の勝利であります。」

「それで、どうやって勝利する?」

「徹底的に敵に敵の血を流させることを貫徹し、敵の戦争継続能力を粉砕します。」

徹底的、貫徹、粉砕、等軍人が好む言葉を選択。
いかにも、戦意旺盛を示しつつ、現実的な言葉遣いを何とか模索する。

「敵野戦軍の殲滅かね?」

敵野戦軍の撃滅?理想ではあるが、困難だ。つまり、この質問は釣り。
こちらが、迎合するために強硬論を唱えているのではないと示すためには、敢えて反対する必要がある。

「それは理想ですが、おそらく困難と思われます。陣地戦で防御に徹するべきではないでしょうか。」

「それで、勝てるのかね?」

「わかりません。ですが、負けることもありません。そこで、一撃を与える余力を保つことこそ、戦略上の柔軟性を増すかと。」

勝てるとは断言してはいけない。
だが、負けると取られるわけにもいかない以上、この解答が限界だ。

一応、保険として、一撃という言葉を入れておいた。
敵を殴り飛ばす意欲があるという言説を止めるわけにはいかないのだ。

「ふむ、興味深いな。だが、相手も何れ同じ戦術に至ればどうする?」

ここだ、ここで積極性を示すしかない。
相手はある程度こちらに関心を示している以上、最後の印象が一番大きくなるはずだ。
であるならば、最大限攻撃性をアピールし、敢闘精神の不足という非常にまずい真実を糊塗しなくてはならない。

「はい、そのことを考慮し、航空魔導師による戦場錯乱と突破浸透襲撃を提案いたします。」

突破浸透襲撃なぞ、正直狂気の沙汰だと思うが、魔導師による実現可能性がわずかなりともある以上、提案する価値はある。
実際に、やるのは自分ではないことだし、無茶は言うだけならばいくらでも言えるものだ。
つ○ーんを見たまえ。かれなぞ、満蒙国境地帯で散々好き勝手にやらかした挙句に、本国で栄転を遂げているではないか。
あるいは、連合国最高のスパイと称された無茶口だか、鬼畜口将軍。
いや、まて、ひょっとしたら死ぬ死ぬ詐欺の人だったか?死ぬ死ぬいって示談金をむしり取るのだろうか?
うん、なんか、違う気がするし、思い出せないが、まあ、いい。

あれほど、無責任になれれば、人生も苦労しないのだろうが。

如何せん、私は善良な個人だ。そこまで、人間を止めていない以上、自分の経験談をもとに、まあ、やれるだろうという程度に留める。

ああ、なんと私は常識的な人間か。
私こそが、善意の塊と言えるに違いない。

そう思い、自分の正しさをそれとなく確認しておく。
うん、間違いなく自分は正義だ。

「うん?魔導師は支援が任務ではないのか?」

「陣地戦において、火砲並みの火力を展開し、歩兵以上の俊敏性を持つ魔導師は理想的兵科です。」

正直に言うが、機動防御は本当に大変だった。
ネームドと殺し合いをやらされた時など、ウォージャンキーを相手にする厄介さをつくづく思い知ったものだ。
神がいるのならば、ああいう輩を全部消し去ってから神を主張するべきだ。
同族殺しを好むような種族など狂っている。
つまり、存在Xが神で無いことは証明済みなのだ。

ああ、如何に悪魔から逃れればよいのだろう。

「なるほど、売り込みが上手なことだ。」

「恐縮であります。」

多少はここで恐縮しておくべきだろう。
だが、相手の反応は悪くない。

肩をすくめつつ、手元に書類に何か書き込み始めたところをみると、問責する気はなさそうだ。
実にすばらしい。口先で誤魔化しきれるのならば、ネゴシエーターの職も検討するべきかもしれない。
だが、専門は人事なのだ。
広く浅くよりも、狭くとも深い方が、給料は良いのだが、どうしたものだろう。

戦後の人生設計を始めたいので、手に職を付けるべきかもしれない。
其れを思えば、資格は絶対にとるべきだろう。
魔導師としての実戦経験豊富・いつでもどこでも殺し合いに対応なぞ、どこのギャング志望かといいたい。
いつの時代も、復員兵士の職業問題があるのだから、人材として自分に投資しておかねば問題だ。

「で、仮にだが、魔導師を陣地戦に使うとして、規模はどの程度欲しいか。」

・・・こうして、人生設計を頭の片隅で考えていたので、良くなかったのだろう。

問いかけられた質問に、あまり意図を解釈しようとせずに、答えてしまう。

「大隊が、適切であると確信します。兵站への負荷が少なく、かつ戦力として最低限の単位になるかと。」

「面白い。まあ、検討してみることはしてみるとしよう。若い意見は常に面白い。」

「ありがとうございます。」

それが、普段の彼であれば絶対に違和感に気がつき、なんとしても回避しようとした事態だと気がつかなかった。
そう、不注意こそが、人生のもっとも恐るべきミスを誘発するのだ。



帝都某所にて

『ゼートゥーア閣下?』

いつになく、考え込んだ様子を懸念したのだろう。
幾人かの参謀が気がつけば自分の顔を心配げに注視している。

部下の前だというのに、と思いつつ、一方で知的な衝撃の余波が未だに頭に渦巻いているのだ。

なんでもない、と誤魔化す気分にもなれず、つい素直な感想を漏らしてしまう。

『風聞とは、存外正しいものだな。』

『はっ?』

どうされたのだろうか、という表情が一斉に並ぶのを見て、ぜートゥーア自身、信じられない思いを口にするのは憚られた。
新任少尉が、エースオブエースにして、銀翼突撃章保持?
ライフルよりも、人形を抱いている方がよほど似合うような少女が?

・・まあ、魔導師だ。突出した天性の才能があれば、まだ可能かもしれない。

だが、明るく笑っている方が、よほど魅力的であるべきなのに、軍人然とした姿に違和感を覚えさせない時点で、何か狂っているようだ。
魔導師の英才教育は考えものかもしれない。
いや、それだけならばともかく、プロパガンダに使う時点で、軍人として違和感を覚えざるをえなかった。

だから、それが陸軍鉄道部に絶賛されるほどの論文を書いたというのは、さすがに無理があるだろうと思った。
十中八九代筆だと確信していたのだが。
たまたま見かけたのを幸い、試すつもりで声をかけたが、これでは予想外も甚だしい。

まさか、あの年齢で、参謀本部が躊躇している戦争の先行き予測をこれほど明瞭に語れるとは。
他の余人が言えば戯言と断じられるような戦争案だが、妙に説得力があった。
まるで、見てきたかのように断言するのだ。あれほど断言できるのは、よほどの確信があるものに限る。

人の意見を語る、というよりも自身の考えを述べていると考えざるを得ないのだ。

『すまないが、出所は言えないが、この案を検討してほしい。』

『・・・随分と、過激な戦局予想でありますが。』

それはそうだ。自分だって、世界中が戦争に突入するなどという案は、考えつかない。
過激にも程があるだろうが、一考すれば恐ろしい可能性が頭をどうしてもよぎるのだ。
そんなことは、ないだろう。
どこかに、穴が見つかるだろう、とは思うのだが。

しかし、仮にだ。あくまでも仮にだが。
もしも、もしも彼女が正しかったとしよう。
その時は、約束通り一個大隊預けてやるのも悪くない。
狂気に身を任せねば戦争に勝てないというならば、何でもやるのが自分の仕事なのだ。

『・・・嫌な大人にだけはなりたくなかったのだがな。』

そしてふと、自分の思考に愕然としてしまう。

子供を戦争に送る?
軍人として最悪の恥だ。
・・・ああ、自らの無能が恨めしい。

あとがき
※つじー○とは、作戦の神様のことです。
無茶口将軍なる名前の将官はたぶん日本帝国陸軍に存在しません。
大隊長フラグを構築しました。
常識人の自己嫌悪フラグを構築中です。



[24734] 第一五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/07/13 21:06
参謀本部人事局人事課

帝国陸軍の中枢を担う参謀本部。
閑静な帝都の一等地に建つ歴史的な建造物は、積み上げてきた歴史にふさわしい威厳を放っている。
そして、小さいながらも、参謀本部には人事局が設置されていた。
通常、士官人事は教育総監部の主管である。それにもかかわらず、参謀本部が人事局を有するのは独自の人事制度を意味する。
つまり、陸軍大学の卒業者に限っては参謀本部が排他的な人事権を有しているのだ。
言い換えれば、高級軍人の人事は全て参謀本部が直轄してきた。

「レルゲン中佐、昇進おめでとう。」

陸軍士官・魔導士官は、ここで昇進を告げられるようになれれば軍の主要ポストへの道が開かれる。
そのため、常に陸軍大学卒業生に対してはやっかみと妬みが渦巻く。
そのように特権的とすら評された陸大卒の中でも、選ばれた者だけが、人事局人事課長によって昇進が祝って貰える。

レルゲン陸軍中佐は、その中でも出世の筆頭組だ。
彼は順調に陸軍のエリートコースを驀進している。
陸大卒時点で大尉であった彼は、陸軍駐在武官として連合王国勤務を経験。
現状分析に卓越した能力を発揮し、陸軍大学の人事課長として抜擢される。
新任に対する選抜と教育の手腕を参謀本部より高く評価されていた。

「ありがとうございます。大佐殿。」

「貴様にもそろそろ、参謀本部付きの辞令が出るだろう。いい機会だ。眼を通して置きたまえ。」

そして、彼は参謀本部の身内と認識されている。
軍の中枢と極めて近い位置に存在していると表現しても良い。
それゆえ応接室で、軍事機密の塊をそれとなく渡されるレルゲン中佐の表情は平然としたものだ。
でかでかと、極秘と押された書類の束は、部外持ち出し厳禁の機密書類を意味している。
参謀本部の人事局で渡されるということは、広く参謀本部で議論されているものだろう。
つまり、参謀本部での一般論を集約中であり、貴様も読んで意見を出せ、ということか。
それが許されるということは、いよいよ参謀本部への移動も間近ということでもある。

そう解釈したレルゲン中佐だが、渡された論文に眼を通すにつれて、怪訝な表情を浮かべる。
論文をめくるにつれて、その表情は怪訝なものからどんどん変化していく。
最後には、突然強かに頭を殴られたように唖然としたものとなっていた。

「『今次大戦の形態と戦局予想』?」

これは何だろうか?
今次大戦とは?
いや、ここにそもそも書かれている戦争の形態はありえるのか?

そのような疑問の響きが込められた呟きに、人事課の大佐は疑問を肯定するように頷く。
彼は、疑問を、反論をとにかく何かを叫ぼうとするレンゲル中佐を眼で制して淡々と事実だけを口にする。

「戦務参謀次長殿肝煎りの代物だ。軍内には異論も多い。」

「だが、無視し得ない、と?」

異論が多い上にできの悪いものを、わざわざ機密扱いにはしないだろう。
まして、そろそろ参謀本部入りするであろうから、わざわざ見ておけと言われるはずもない。
そのように無価値なものであれば、黙殺される。
しかし、黙殺されるどころか異論を複数招くにも関わらず価値があると見なされたとすればどうか。

少なくとも、戦務参謀次長殿肝煎りの代物というだけのことがあるのだ。

「その通りだ。戦略レベルの予見では、戦務・情報・外局・作戦の各局が同意を示した。」

そして、まさしくその通りだと肯定された。

・・・ありえるのか、とレルゲン中佐は頭を抱えざるを得ない。

戦争の戦略論は常に喧々諤々の議論を伴ってきた。
その帰結は概ね多様な可能性を示唆しており、一長一短あるものだ。
極論を言えば、一致するということはほとんどありえない。
その百家争鳴的な議論を集約し、最適と思われる戦略を描くのが本来の参謀本部のあり方だ。
陸大で、戦略論を議論する時、教官が常に積極的な議論を促すのもそれが理由である。
多角的な視点を、複数採用することで、議論の精緻さを向上させている。

どれほど完璧に見える提言も、どこかに穴があるというのが陸大の常識。
だからこそ、少しでも弱点を補うべく議論が奨励されてきた。

「で、あるとすれば、この戦争は、世界戦争に発展する、と?」

その伝統を誇る陸軍参謀本部で戦務・情報・外局・作戦の各局が戦略レベルで同意した?

実質的には、この提言を戦略レベルで否定し得ない可能性を濃厚に有していることを認めるに等しい。
異論が多い、というのは受け入れがたいという戸惑いに近いのだろう。
実際、自分にしてもいきなり『世界戦争』と言われたところで釈然としない。

「貴様は、『総力戦理論』という概念に聞き覚えは?」

「いえ、寡聞にして。」

そして、思考の渦に飲み込まれかけていた時に耳慣れない言葉が突然飛び込んでくる。
『総力戦理論』?
どこか、『世界戦争』『今次大戦』という概念と呼応していそうな概念であるように思われてならない。

確かに、耳にしたことはないのだがどこかに引っかかる。
少なくとも、見たことはあるはずだ。
どこかで、同じ事を経験しているはずであるのだ。

「鉄道部が機密保持指定で提出した論文だ。」

そう言って差し出された論文の概要に急いで眼を走らせる。
執筆者は鉄道部の若手参謀ら。
覚えのない名前だが、機密保持を考慮すれば偽名もあり得るか。
冊子に眼を通していくうちに、どうしても先ほどの衝撃と同じ匂いを嗅ぎつけてしまう。

曰く、戦争遂行において国家は、国家の有する国力を総動員する必要に迫られる?

反駁したい感情が咄嗟に沸き上がるものの、そこに述べられているのは事実に基づく推論だ。

戦争の質が本質的に変質し、弾薬・燃料の消費量が増大。
これは事実だ。東部方面軍の兵器消耗量・弾薬射耗はすでに開戦前の見通しを上回る。

戦闘員の著しい犠牲者?
ああ、確かにこれも正しい。すでに一部では補充の速度が限界だと聞いた。
すでに、平時の兵員補充計画は破綻している。

これらを前提として、戦争はそれまで予想されていなかった様相に至る、と?
兵器・兵士は大量消費の戦闘に巻き込まれ、人的資源の莫大な消費と、国家経済そのものを破壊しかねない規模で資源を消費?
この狂気の競争は、どちらかがその負担に耐えかねた時点で、勝敗が決するという予想は不可解ですらあるだろう。

「最近、急激に出回っているが、どうやら戦務課が配っているらしいな。」

「・・・率直に申し上げまして、随分と過激な予見であります。しかも、破滅的です。」

どちらかが、完全に破綻するまで、人とモノを消費し続ける戦争形態が世界規模で繰り広げられるという予言に近い。
事実であれば、帝国と共和国の戦争が拡大し、世界規模の世界大戦に至るという発想だ。
そこには、人を数字として見なし、消耗品と見なす恐ろしい世界が口をあけているように思えてならない。

一瞬、禍々しい死神が鎌をもってこちらを凝視しているような感覚に襲われる。
背筋を冷たいものがよぎり、情けないことに全く未知の恐怖を覚えてしまう。

「だが、上は真剣に検討している。憲兵隊は、すでに赤狩りの用意を始めたらしい。」

『消耗戦にお互いが耐える上で、最も重要な留意点とは何か。
それは、国内の騒擾分子による団結の弱体化と厭戦感情の高まりである。
総力戦において、国家は持ちえる経済資源の動員を妨げようとする如何なる勢力とも妥協し得ない。』

確かに、『総力戦理論』はこのように説いている。
理屈としては、一貫しているようだがそもそも世界大戦という認識に基づく議論だ。
憲兵隊が赤狩りを始めているということは、世界大戦が起こるという認識を持っているに等しい。

受けた衝撃の大きさで頭が上手く回転しないが、お頭の良さに感謝するべきだろうか?
破滅的な未来しか思いつかない。

「ありえるのですか?この形態の戦争は、破滅的です。到底、どの国家も為し得るとは思えないのですが。」

全ての列強が、自国の人的・経済的資源をどちらかが破綻するまで消費し尽くす。
そんな形態の戦争は、考えずとも破滅的な結果に至るのが眼に見えている。
常識で考えれば、お互いに利益がないばかりか損害だけが積み上がっていくのだ。

おおよそ、国家戦略を主導するまともな為政者や軍人が惹き起こすとは思えない。
国家の利益を追求するという観点からすれば、利益が見いだしえない破滅的な戦略なのだ。

「わからん。貴様に言えることは、覚悟しておけ、という事だけだ。」

だから、敢えて参謀本部付きの辞令が出る前に、見せたのだ。
如実にそう物語る表情に、思わず背筋が伸びる。

確かに、このような狂気の世界を議論するとあれば今一度心構えを冷静にし、現場を見ておくべきかもしれない。

「はっ、失礼します。」

退室し、参謀本部の静かな廊下に足音を響かせながらレルゲン中佐は全力で回転させる。
総力戦・世界大戦、いずれも理論としてはいくらでも批判できそうだが、何故か現実味がある。
否定しようとも、否定しがたい何かがあるのだ。
だが、何故だ?何故、否定できない?
何かが違和感として喉に引っ掛かっている。

「・・・なんなのだ、この違和感は?」

総力戦も世界大戦も、何か身近にあったはずなのだ。
いや、そんなものが身近にあるはずもないのだが、なにか覚えがある。
異質な感覚には覚えがあると言っていい。

「どこかで、いや、何かを、忘れて?違う、なにか、引っ掛かる。」

以前何かの論文で眼にした。いや、これは違う。総力戦・世界大戦なる言葉は初めて聞いた。
では、類似する概念?その記憶は一切ないはずだ。一番類似したものは、確かSF小説でみた。
だとすれば、なにか経験なものか?
しかし、前線の経験は乏しい。
中尉までは現場だが、連合王国駐在武官以来、後方勤務だ。
だとすれば、連合王国で耳にした?

「それこそ、ありえない。」

連合王国の報告書は山ほど書いた。
何れも、良く記憶しているがそのような概念があったとの記憶はない。

・・・考え過ぎだろうか?いや、どこかで何かを見たはずなのだが。




戦争の真っただ中だろうと、いや、戦時中だからこそ、参謀は必要になります。
だから、参謀教育には湯水のごとき資金が投じられるわけです。

こんにちは。
こちらはデグレチャフ中尉。
現在、学生生活の一環として参謀旅行中です。

保養地として名高いマインネーンの温泉地で、伝統を保持し、帝国軍人としての誇りを涵養するべく参謀旅行を行っております。
古代より帝国諸族が伝統的儀式を行った地域なので、軍の研修地としても有名ですが。
ええ、もう毎日山を登って、ハイキングを楽しんだ後に、温泉と格式高いディナーでマナーの御勉強です。
これもお国のためと思い、毎日を過ごしております。

陸大選抜の学生で女性は自分一人と実にジェンダーフリーとは程遠いので実に快適です。
逆説的ですが、一般の連中は安宿ですよ?

ですが、私は例外。
参謀旅行で使う旅館は男性用。なにしろ、修道院ですからね。
なので、現地の軍関係施設を利用することになります。
でも、考えてみてください。現地の軍関係施設に何故、女性用保養施設があるか、と。

単純なんですけどね。皇族用なんです。皇帝陛下のご息女とかの。
軍に入ることなんてほとんどありえないのですが、予算を取ったら造らなきゃいけません。
これが官僚主義。うん、まあ、何も言わないでほしい。

でも、明言されていないので、女性士官は使えるという実に逆差別仕様。
ああ、平等じゃないことが本当に心苦しいのですが、国費を無駄遣いさせないためにも、ここを活用する次第であります。
もちろん口には出しませんが、随分と心苦しいのですよ。
ええ、もう罪悪感で胸が張り裂けそうなほどに。
だから軍が無駄な箱モノを、と批判されないようにせめて私が活用しようと思います。

だから、拷問の様な参謀旅行にも耐えようと思います。
この旅行の制度設計は実に単純明快。
思考が極端に鈍る極限状況下の耐久訓練。
魔導師は、演算宝珠の補助式があるという理由で、重機関銃のダミーと完全装備。
そう、完全装備で登山どころか、50キロ近い重機関銃をかついで登山とは。

もちろん、ハイキングコースなどなく、山岳旅団の訓練エリアです。
制度設計を行った人間は、絶対にサディストであると確信する次第。
軽装が身上の山岳旅団が根を上げるようなコースを重装備で登坂?
ああ、考えたくもない。児童虐待で告訴できないのか。
使える権利は、なんでもつかってやるぞ、この野郎。

まあ、疲れ果てている時でも、馬鹿な判断をしないですむようにという訓練です。
疲れ果てた参謀が勢いで立案した作戦なんて、大抵ツジーン級の核地雷です。
ええ、危険極まりない。だから、予防しようという意図はわからないでもない。

だから、そういう事を予防しようという発想は十分に理解可能でしょう。
ただ、個人的にはそもそも参謀が疲労困憊しないようにしてほしいのですが。

「ヴィクトール、あそこの丘陵に敵が防御火点を構築したとする。貴様は大隊を速やかに前進させねばならない。」

だが、参謀教育というものは徹底している。
疲れ果てた士官らに対して、容赦なく戦闘指揮を想定しての質疑が繰りだされるのだ。

「攻略法方法を提言せよ。」

火点が丘陵の上に存在?
こんな峻厳なところにあったら、突破も迂回もできそうにないではないか。
すごすごと引き下がるか、重砲兵隊を使って遠距離から潰してもらうほかにない。
あるいは、魔導師を吶喊させるか、だろう。

「突破は困難です。速やかな進軍のためには迂回を提言します。」

だが、ヴィクトール中尉はどうやら疲れた頭で突破が無理と判断するに留まるらしい。
教本通りの迂回戦術を採用してしまう。
まあ、確かに見た限り突破できそうにはないのだが。
とはいえ、同じくらい迂回できるとも思えない。遮蔽物は乏しく、相手は上を占位しているのだ。
速やかな前進以前に、鴨撃ちにされるのがオチだろう。

「なら、自分でやって見せたまえ。」

「はっ?」

「この峻厳な地形で、迂回できるというならばやって見せろ!この大馬鹿ものが!地形を読めと言っているだろう!」

当然、教官の怒声も強まろうというもの。
ここで地形を把握せず、無謀な作戦を立てることほど忌むべきこともないらしい。

だが、人の失敗という蜜の味を楽しめるほどの余裕もない。

「デグレチャフ、貴様ならどうする?」

畜生、あとで何か奢りたまえヴィクトール中尉。
君が答えていれば、どやされるのはだれもいなかった。

そういう思いで、彼を睨みつけたいところだが、まごまごしているとありがたい雷が落ちてくる。
ヴィクトールは役に立たないにしても、良い避雷針であるのだ。
避雷針は使えるようにするべきであって、折ってしまうべきでもない。
今は、素直にこの場をしのぐことを優先しよう。

「重砲の支援はあるのでありましょうか?」

まず、基本の確認だ。
こんな山岳地帯に歩兵大隊が歩兵砲を持ちこむことは考えにくい。
だが、師団直轄砲兵でもいれば支援は期待できるだろう。
或いは軍団管轄砲兵でも構わないが、ともかく援護があるかないかの確認は重要だ。

どうせ、援護のない場合を考えさせたいのだろうが。
まず手札を確認する姿勢を見せないと、何故『重砲兵の支援を考慮しない!』とどやされるに決まっている。
わかっているが、理不尽なことだ。

「ないものとする!」

「第一案、大幅に後退し、別の稜線沿いに迂回機動を取ります。」

ならば、無理に犠牲を出すのを回避するに限る。幸い、稜線次第では時間もさほど全体では変わらない。
なにより、無謀な攻撃を仕掛ける必要はないだろう。
良い射界を確保している拠点を相手に突撃を命令するなど、無謀か蛮勇も良いところだ。
そんなのが参謀になれるかと言えば、なってほしくはないとしか言えないのだが。

いずれにせよ、肉弾で火力を超越できるかどうかは、弾丸より多い兵隊でもいない限り無理にきまっている。

「時間的余裕がない場合。」

「・・・魔導師と歩兵の散兵戦術を採用します。魔導師で火点を潰し、歩兵を援護に回します。」

航空魔導師による拠点攻略は鉄板だ。
ある程度の犠牲は覚悟せざるを得ないが、歩兵単独で突破するよりは遥かにまし。
なにより、自分が航空魔導師なのだ。
貴様が指揮すると仮定して、という質問ならば歩兵大隊に魔導師が随伴していてもなんら不合理ではない。

まあ、ややずるい解答かもしれないが。

「よろしい。では、歩兵のみで攻略せねばならないと仮定しよう。」

当然のように教官はハードルを上げてくる。
しかし、陣地を歩兵だけで『攻略』せよとは問題が変わっているのではないだろうか。

大隊の進軍が目的のはずなのだが。
いつの間にか、歩兵大隊で攻略するようにと命じられる始末。
・・・嵌められたのだろうか?

「はっ?歩兵のみで『攻略』、でありますか。」

「そうだ。少し時間をやろう。野営したくなければ、答えは早めに出すように。」

無茶を口になさる方だ。
陣地を歩兵で攻略できるならば、そもそも陣地戦などで頭を悩ませる必要はないというのに。
こんな状況で攻略戦をやれというのか。
工兵も、魔導もなしで?
いっそ、肉弾三勇士でもやれというのか。

いや、考えるまでもないことだ。

「教官殿。考えるに、攻略は、不可能であります。」

一瞬、学友たちの表情が変わる。
考え込んでいた彼らの多くが、不可能という言葉に衝撃を受けているかのようだ。

いや、実際そうなのだろう。
なにしろ、露骨に教官の心情を悪化させかねない言葉だ。
自分の席次が下がるかもしれない発言。

実にいやな気分になる。
どうせならば、席次を争っているウーガ大尉殿あたりが指名されてくれればよかったのだが。
全くついていないと頭を抱えたい。
両手は重機関銃で埋まっているので絶対にできないが。

某日帝のように銃剣突撃に定評があり、阻止火力が貧弱ならばまだ期待もできよう。
だが、共和国軍の防御陣地へ銃剣突撃をしかけたところでハチの巣だ。
夜間大隊襲撃を考慮しないでもないが、山岳地帯で大隊規模の夜襲は全滅の恐れすらある。
そこまでしても、成功の公算は乏しい以上、答えは不可能ということになる。

「何?どういうことか。」

「参謀の職責とは、何か。其れを考えれば、小官は不可能であると具申いたします。」

だから、責任を回避するための言葉をきちんと用意しておく。
人間は失敗から学ぶ生き物なのだ。以前、図書室で准将殿相手に失敗した経験を繰り返すつもりはない。
前回は幸いにも私的な場と見なされたがゆえに追及されずに済んだが今は、公的な場。
失敗は高くつくだろうが、そもそも失敗は未然に防止策を用意してある。
無理だというのを自分の敢闘精神の欠如ではなく、職責に起因させてしまうのだ。

「その職務とは、実行可能な最善の方策を追求することにあります。」

つまり、参謀的に考えれば、そんなことは不可能。
やれないのだ、ということにしてしまう。
もちろん、参謀の仕事は勝つための作戦立案である。
だが、名目だけならいくらでも口実にできる義務があるのだ。

「ただ、徒に兵員の犠牲を積み上げることは最も忌むべきであります。」

兵隊の命より勝利を重視するに決まっているだろうと、怒鳴られたらもうどうしようもない。
だが、少なくとも敢闘精神の欠如という批判を回避するための方策はばっちりだ。
兵隊を慈しめというのは、士官学校で繰り返し、繰り返し、それこそ何故かさらに繰り返し指導された。
思い起こしても不思議なことに、何故か一番私が協調して言われていた気がする。
部下を選べないのだから育てろ、ということを理解できていないと思われたのなら残念だ。

ともかく、名目は完璧。
大義は十分。
堂々と胸を張って今回は言ってのけられる。

「以上により、本案件に対する解答は、攻略を回避すべきであるということになります。」

こちらを睨みつけてくる教官殿の眼差しは、こちらの真意を見抜こうというそれだ。
嘘偽りを口にしているつもりは、全くございません。
そう言わばかりににらみ返すのは、ビジネスマンなら誰でもやれる。
あとは、軍人の様な眼力の強い連中に負けない胆力があればよい。
要するに、慣れが5割だ。後は、内心の自由を信じる心が5割である。

「結構。記録しておこう。よし、行軍を再開!」

っ、やっぱり記録されるのか。
やはりサラリーマン的な思考では、軍人思考には好まれないらしい。
ああ、どうしたものか。

上手く誤魔化したと思いたいが、記録されるということはあまりいいことでもない気がする。



参謀本部第一会議室。

「西方方面の情勢は悪化しつつあります。」

示された地図で西方軍は、だいぶ防衛線を押し込まれている。
辛うじて、共和国軍主力の侵入に抵抗はしているものの前線は限界に近い。
前線の部隊はほぼ満身創痍。

緊急で首都の戦力をかき集めて増派したため一時的には持ち直していたが所詮限定された数だった。
緩やかではあるが、戦線全域が圧されていた。
事実、一部の後方拠点と見なされている地域が既に敵魔導師の航続圏内に入っている。

「ですが、大陸軍主力の集結は完了しました。」

だが、次の報告でようやく安堵の息が広がる。
懸念されていた鉄道による大規模輸送であるが、致命的な事態を招く前に辛うじて間に合った。
当初の予定を大幅に超過したとはいえ、まだ戦線は持ちこたえている。
西方軍からの悲鳴二近い援軍要請にも何とか応じることができたと言えよう。
今ならば、まだ戦線は立て直せるのだ。

「・・・なんとか、間に合いましたな。」

予定ではもう2週間は速く現地に展開可能であった。
間にあったとはいえども、本当にぎりぎりでだ。
大陸軍という主力の国内機動に手間取っているようでは、戦略的な選択肢に制限がかかりすぎる。
中央の予備も少なすぎて、即応という点においては大いに課題がある。

「やはり、即応性が課題か。」

そのためには、大陸軍がより軽快に動けるようにしなくてはならない。
鉄道ダイヤの調整も重要だろう。
遊兵化するのは避けたいが、中央が随時動かせる部隊も必要かもしれない。
片方の戦線に戦力を集中し、勝利をもぎ取るという帝国軍の伝統的な戦略は速度が命だ。

「或いは、二正面作戦を想定するしかない。」

一方、近年急激に主張されているのが重点配置の見直し論だ。
曰く、片方で勝利を収めている間にもう片方が破綻するリスクが近年あまりにも高すぎる、と。
取り繕って誤魔化し誤魔化し運用するのも限界がある。
ここは、そもそもの前提を切り替えて二正面作戦を覚悟するのも一つだ。
方面軍を中心に、いくつかの指揮官は戦略の転換を要求している。
各地の方面軍は防衛を主任務とし、攻勢には大陸軍を充てるという発想ではもう無理だと彼らは感じているのだ。

「本気ですか?二正面作戦を回避することこそ、基本戦略であるハズです。」

だが、当然のことながら戦力の分散投入は軍事戦略上忌むべきであるという原則はいつの時代も鉄則に近い。
『全力で片方の敵を倒し、しかる後にもう片方の敵に当たるべし。』
所謂内線戦略は金科玉条として参謀本部に根を張っている。
局所優勢を確立し、絶対の勝利をもぎ取るまでの間方面軍が頑強に時間を稼ぐ。
列強に囲まれた帝国の伝統と地政学上の必要性が産み出した戦略だ。

そもそも二正面作戦を全力で戦い抜ける国力があればそれほど苦労はしない。

「情勢が許さないとしたらどうだね?最悪に備えておくべきだと思うのだが。」

だが、方面軍がある程度の規模を持つとはいえ共和国軍の前に崩壊寸前になったのも事実。
大陸軍が間に合わなければ、西方工業地帯が失陥するところだったという事実は大きい。
内線戦略は片方が耐えきれるという前提が無ければいけないのだ。
故に、当面は防衛戦力の増強こそが急務だとする方面軍らの主張もあながち間違いではない。

「・・・現状での大規模な軍管区再編は、困難。なにか、妙案が?」

しかし、平時ですら軍管区の再編は大仕事だ。
敵と戦争をやっているさなかに司令部の再編などというのは無理難題にも限度がある。
サッカーの試合中にフォワードとディフェンダーを総入れ替えするようなものだ。
大混乱で済めば良い方だろう。

「即応軍の創設を提言したい。戦域機動の改善によって、必要な時に、必要なところへ展開できる部隊が必要なのだ。」

そこに提案されるのは、かねてから主張されている即応軍の創設だ。
戦域機動によってある程度の即応性を担保した軍規模の集団が欲しいという声は常々出ていた。
特に、ゼートゥーア参謀本部戦務参謀次長を中心とした戦務参謀らは近頃強硬に主張している。
実際の運用を担う作戦も戦務の意見に同意を示し、即応性の向上が必要だとの認識を露わにしてきた。

「そのための大陸軍では?」

「でかすぎて、展開が遅い。だからこうして西方軍が苦労しているのではないか。」

従来では、大陸軍がその任を補うと考えられていた。
だが、すでにでかすぎてその任に堪えないと見なされている。
西方軍が英雄的な奮戦を行わなければ、今頃西方工業地帯は失陥し講和会議の条文作成をしていたかもしれない。

「まったくだ。軍功をばら撒き過ぎて、すでに西方軍分の叙勲分が埋まるなど尋常ではない。」

「加えて陸大の軍功推薦枠、割り当てられる中央のポスト減少。この不満は大きい。」

実際、西方軍が今期の枠を全て使い果たすという異常な事態になっていた。
予算の関係から恩給や褒賞枠には限界があり、他の方面軍が割を喰らっている。
一部の将官人事はすでにいびつな形になりつつある。
同期どころか、下の期に抜かれる士官が続出しているのだ。
各方面軍が輩出している陸大の推薦枠等では東部軍が泣く泣く一部を西方軍に割いている。

「その影響を過小評価していただきたくないものだ。」

「さよう特に、割を喰っている東部軍の不満は凄まじい。」

軍の人事上あまり望ましい事態ではない。
なにしろ、西方・北方の両軍がひたすら戦功を稼いでいる時に放置されているのだ。
東部全域を防衛とする重点配置方面で良い思いをしてきた連中が、突然の待遇悪化に不満を覚えても仕方ない。

「東部方面軍は協商連合とも共和国とも無縁だ。東方の抑えとして存在しているとはいえ無駄飯ぐらいの評判は良いものではない。」

「実戦経験の不足も問題だ。ある程度バランスを取る必要がある。」

彼らの心情も問題だが、なにより問題なのは実戦経験が偏るという事。
西方軍の将兵だけを戦争に使うわけではないのだ。
何れは、東部軍の兵士も戦場に立つことも想定しなければならない。

まさか、戦闘が始まるまで傍観させておくというのも無為な話である。
かといって、激戦中の西方よりベテランを大量に引き抜き東部軍の教育に充てることも論外。

「つまり、東部軍を中心に、ある程度柔軟な部隊を形成したい、と?」

そうなると、一番現実的な案は即応部隊として東部軍から部隊を抽出することだ。
最激戦区に投入されることになるだろうが、少なくとも軍功は稼げるし経験も積める。
東部軍が軍全体に貢献しているという形にもなり、反目も多少はましになるだろう。

「なるほど、意見としては悪くない。」

それゆえ、参謀本部内部でもある程度の部隊を抽出する事には合意できる。
戦争体験というわけではないが、実戦の雰囲気から部隊を遠ざけるよりは有益だろう。
西方軍の負担も軽減できる上に、えてして予算を争う両者の融和にもつながる。

「そこでだ、戦略機動の実験を兼ねて、師団規模で試してみたい。」

だが、各論には賛成でも規模となるとやはり合意は容易でない。
ゼートゥーア准将らのグループは戦域機動実験に対して強い関心を持ってはいるものの、モノは有限だ。
鉄道部と合同で、師団規模の実験を要請していたがさすがに戦時中には贅沢に過ぎた。
即応軍構想と合わせて息を吹き返した案ではあるものの、反対も根強い。

「反対だ。東部にある戦略予備は2個師団だけなのだぞ?」

「規模が大きすぎる。東方の守りまで薄くなどできない話だ。」

大陸軍の編成時に、西方の守りが薄くなったという教訓がある。
西方軍の苦戦も原因の一端は戦力抽出と見なされている。
其れを考えれば、主戦場から遠いとはいえ東部軍より部隊を抽出しすぎるのは危険だった。
なにしろ、戦略予備として東部軍が固定要員の他に持っているのは一個軍のみ。
最低水準の戦略予備からさらに部隊を抽出する事には異論がでる。

「東部方面と北方方面から抽出すればどうか。」

「それは、北方が片付いてからの話だ。」

北方で協商連合を処理し終えればいくばくか余裕も出るだろう。
だが、現実問題として大陸軍主力が敵主力を粉砕したとはいえ制圧には時間がかかる。
ここで北方軍から部隊を抽出するのは本末転倒だ。
なにより、部隊を引き抜かれた北方軍司令部は激怒することだろう。

「では、一つ実験的な要素を試したい。魔導師の大隊を実験的に中央の即応司令部管轄下に置くのはどうか。」

そこで、一つの提案を次善の策ではあるが現実的には本命として戦務は持ち込む。
ゼートゥーア准将が中心となった構想で、『即応魔導大隊構想』がすでに参謀本部には提出されている。

「例の『即応魔導大隊構想』か。私としては賛成だが。」

事前に根回しをしてある作戦は支持を表明する。
現実に、作戦は魔導部隊によって局地的な優勢を確保することに心を砕いているところだ。
前線で柔軟に運用できる魔導大隊は歓迎するところだろう。

「魔導大隊をわざわざ引き抜くと?」

「東部方面軍からならば、余力はある。何より、魔導大隊ならば、航空輸送も可能だ。展開力は高い。」

一部からは、東部軍の戦力低下を懸念する声が上がるものの、展開力の高さという要素で反論される。
魔導大隊は、36名編成。陸軍で言えば中隊より輸送が容易なのだ。
36人の兵士が45日の規定分物資を必要とするとしても、兵站への負担は極めて限定的。
必要とあれば、一日で大隊は西から東への展開を完了する事が可能とされる。

「・・・では、実験的に魔導大隊の設置を認めよう。参謀本部直轄部隊、という扱いでだ。」

元々、さほど反対意見が出るような要素の乏しい提案だ。

「即応軍司令部の設置は見送るが、魔導大隊の結果次第だ。」

さすがにこれ幸いと設立を希望した即応軍司令部は認められないものの、実験的な要素が許されている。
即応魔導大隊の設置は、おそらく将来的には即応軍司令部の形成にも至るに違いない。

「では、次の案件に移ろう。」

どうやら、約束は守れそうだ。
そう安堵し、ゼートゥーア准将は密かに肩を下ろす。
そして、気分を切り替えると次の案件へと集中し始めた。


あとがき
本作は常識人が大好きです。
もちろん、戦闘妖精も嫌いじゃありませんが。
取りあえず、大隊長ルート確定
帝国軍⇒総力戦フラグ構築中



[24734] 第一六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/07/14 18:26
世界大戦には、謎が多い。
特に、帝国側資料は終戦期の混乱もありほとんど謎に包まれている。
いくつもの禁忌に両軍が手を出したとされるが、全ては分厚い機密のベールに包み隠されたままだ。
私はあの戦争に、world today's newsの従軍記者として参加した。
大戦に関わった多くの同世代人と同様に、私は真実を欲している。
断罪のためではない。
ただ、何が起きていたのかを知りたいのだ。

私は、賛同してくれる仲間たちと戦争の真実を追求したいと思い、WTN編集会議でドキュメンタリーを作成する事を提案した。
告白するが、何から手をつけていいかもわからないという状態で。
自分でも、なにをしていいのかわからなかったのだ。
しかし、幸いにも理解ある上司と仲間たちの協力を得ることができた。
WTNと素晴らしい仲間達に満腔の感謝を。

しかし何から手をつけていいのか、という疑問は尽きないのが実態である。
戦場の真実は何か?そんなもの、各人によってそれぞれではないか。
そんな意見すら飛び交い、我々は方針を決めかねていた。
いくつも機密文書の機密指定が解除されたが、それは全体図の理解を深めるというよりもむしろ混乱を招くものだったからだ。

当初、私達は比較的機密指定解除が早かった連合王国の資料に注目した。

初めは、大戦後半のダカール沖事件を調べてみた。
陽動作戦として語られる事の多い南方作戦。

その作戦へ参加した連合王国海軍本国第二戦隊が旗艦フッド以下7隻まるごと全滅した事件は有名だ。
艦隊が唐突に消滅したのは何故か?
きっと機密にされる理由もそこに違いない。

私達は帝国が欺瞞情報に掛り全迎撃部隊をダカールに集結させたのでは?と考えてみた。
つまり、本命の帝国奇襲作戦を隠匿する生贄として、連合王国は第二戦隊を差し出したのだろうという想定だ。
その事実を隠匿するために機密指定にされたのではないのか?

戦場で、そういう陰謀があったのではないかと私達は想像していた。
実際、汚い話は従軍記者の時に耳にしていたので資料で裏付けられか、とも予想したほどである。

そう思いさっそく機密解除された資料を読んだ我々だが、一気に予想が狂わされた。

『連合王国海軍最悪の一日は×××××××××××によって惹き起こされた。』

わずか一文のみが解除されたそれだが、軍関係者は全て口を貝にしてコメントを拒絶している。
そんな時、知り合いの戦史関係者が興味深い話を持ってきてくれたことは何かの縁だったのだろう。
戦場の噂を良く分析してみると真実が見えると彼は示唆してくれた。

曰く、×××××××××××という11文字のコードはいくつかの戦線で散見される、と。
彼によれば、おそらく高級将官かスパイのコードではないかとのことだ。

我々はこの×××××××××××をタロットに関連付け『11番目の女神』と名付け調査を開始した。
調査の結果は驚くべきものだった。
『11番目の女神』は帝国の大規模な戦闘には、ほぼ全てと言ってよいほど顔を出していた。

最も初期に確認されるのは、大戦の2年前。
国境紛争地域で某国の情報部が報告していた。
ここから我々はおそらく、情報将校かエージェントではないか?との仮説をたてた。

だが、奇妙なことに気がつく。
当時一線で交戦していた軍人の一部が、『11番目の女神』という我々のネーミングに敏感に反応したのだ。
曰く、『最高に悪いジョークを聞いた思いだ』。

ひょっとすると、偶然11文字のXが一致しただけで複数のものを混同しているのではないだろうか?
そう思った我々は、文脈と地域からできるだけ合理性の高いと思われる『×××××××××××』を抽出するべく統計挑んだ。

そして、最も×××××××××××というコードが散見される戦場を発見した。

ライン航空戦(大戦の天王山とも呼称される)
最激戦区として『空が3割血溜まり7割』と恐れられたライン絶対防空圏を巡る魔導・航空戦。

同僚のクレイグと私はWTN派遣の従軍記者としてライン航空戦を見ていた。
『悪魔の住むライン』『ネームドの墓場』『銀すら錆びる戦場』など、大げさに聞こえるだろうが、全て事実だった。
経験から断言させてもらうが、あの戦場には本当に悪魔が存在する。

例えば、我々と酒場で意気投合した気の良い魔導師がいるとしよう。
だがわずか6時間後には、彼の葬儀に私達が参列しても不思議ではない。
少なくとも、3度其れを経験した。

『あそこは、人間が人間でなくなる』
親しくなった航空魔導士官の一人が戦死する直前に漏らす声は、今でも生々しい質感を伴って思い出すことができる。
あそこは、人間の狂気が集まった戦場であった。

そのライン航空戦で『11番目の女神』は絶対な存在感を示している。

私達は俄然興味を抱くことになった。
無理を承知で、当時の帝国軍関係者から聞き取り調査を行った結果はNEED TO KNOWの壁が想像以上に分厚いということだけ。
参謀本部勤務だったある将校がただ重い口を一言開いてくれた。
彼からは、自分と連絡が取れなくなった時に公表してほしいと言われている。
そのことを、聞こうと思って連絡を取ろうとしたが既に音信不通となった。
以後、今に至るまで彼と連絡は取れていないことを付記する。

匿名を条件に彼が語った一言を、彼との約束に基づきここに記す。

『V600』

私達はこの謎を追っていく。
あの狂気の時代に、何があったのかを知りたいのだ。
※アンドリューWTN特派記者


クリューゲル通り三番地、ゾルカ食堂

陸大の教育は、かなり贅沢な時間の使い方をしていた。
それだけに、戦時には随分と削られた科目も多い一方でより実戦的な教育が志向されたとも言える。
実際、通常2年の教育が一年弱に削減されたが中身はより厳しくなったと評されるほどだ。

自分自身の能力は、決して劣っていないと思いたいが綺羅星のごとき俊英らと机を並べると世界が広いと実感させられる。
世間的には、一家の長として幸せな家庭を持ちながら軍のエリートコースを昇っている自分は恵まれた方だろう。
両親は軍人への道を強制しなかったが、士官学校に合格した際には我がことのように喜んでくれた。
自分には不釣り合いなほど、良い妻と巡り合うことができたのは最大の幸福だった。
つい先日生まれた我が娘は、自分の血を引いた新しい命がこれほどまでも愛おしいとは信じられない程に愛くるしい。

だから、という表現は適切ではないのかもしれない。
しかも曲がりなりにも持つものが、持たざる者に問いかけるというのは許されないかもしれぬ。
それでも、これまで敢えて気にしないようにしてきたことを、聞く気になったのだろう。

聖グレゴリウス教会近くの閑静な食堂。
事前に聞いていた通り、ライフルと演算宝珠を無造作に机の上に放り出した少女が昼食のオーダーを頼んでいた。
教えてくれた憲兵隊の知人によれば、いつも日曜はここで食事をしているとのことらしい。
なんでも、武装したまま入れる教会近くの食堂が他にないからだとか。

「ウーガ大尉殿、珍しいところでお会いしました。」

ウェイターの視線でこちらに気がついたデグレチャフ中尉が、見事な敬礼をこちらに向ける。
答礼しつつ、彼女の席へ近づきウェイターに適当なものを注文しつつチップを渡して追い払う。

「いや、いつもここだと聞いたのでね。少し良いか。」

「もちろんであります。どうぞ、こちらへ。」

見る限り、彼女は軍装以外には、飾り気すらない。
正直に言えば、彼女が私服でいるところを見ても彼女とは気がつかない程軍装が馴染んでいる。
11という年齢よりも、中尉という肩書がしっくりくるほどに彼女は軍人なのだ。
私物と思しき私物も官給品以外には、これといって見当たらない。
強いて言えば、机の上に広げられた新聞と書き込みの為されたロンディニウム・タイムズやWTNの特集号。

だが、陸大の語学教育は周辺国の言語習得を推奨している。
中立国のロンディニウム・タイムズやWTNなどは一般に手に入る中では良い教材だ。
私物、という程のものでもない。

「大尉殿は、ふだんこちらに?」

新聞への書き込みを中断し、こちらを見つめる眼差しは意図していないのだろうが私の背筋を冷たくする。
この小さい彼女は、同時に帝国軍魔導師の中でも有数の誇り高きエースオブエースなのだ。
迂闊な質問は、侮辱を意味し、最悪決闘になりかねないだろう。

だが、人は無謀というかもしれないが、私はどうしても知りたいという欲求を抑えることができなかった。

「デグレチャフ君、失礼なことを聞くが君は何故志願した?」

「・・・はっ?」

なんと問いかけるべきだろうか。
そういろいろと考えていたが、言葉を飾ることに意味はないのだろう。
結局、口から出ていたのは単刀直入な疑問であった。
単純化され過ぎていて、彼女がこちらの質問の意図を理解しそこなっているほどだったが。

まさか、あのデグレチャフ中尉が顔面に疑問符を浮かべる姿を目にすることになるとは。
どうやら鉄仮面の様だと同期ですら語られる彼女にも、表情はあるらしい。
感情表現に乏しいとは思っていたが、やはり人間じみたところもあるのだな、と安堵する。

「ああ、大尉からの問いかけではなく、同期の疑問だと思ってほしい。」

なんとなく上官の疑問に応じようとする姿勢ではなく本音が聞きたかった。
そのためには、上官としてではなく陸大の同期として胸襟を開くつもりだ。

「君ほどの才幹があれば、道はいくつもあるだろう。なぜわざわざ軍に?」

単に魔導師としての才能が突出しているだけならば選択肢もさほどないのだろう。
軍は優秀な魔導師を渇望しているのだ。才能があれば、あまり年齢には頓着しない。
彼女ほどの才能があれば、確かに若くして軍に徴用されているかもしれない。
そうであるならば、彼女は一個の兵器として扱われるに留まっていた。

だが、それにしてもまだ年齢の猶予はあるはずだ。

まして、彼女は純粋に才知で持って陸大までたどり着いている。
わずか齢11で、末席とは言え陸大12騎士の一翼を占めるに至った。
天性の魔力だけでは、一個の兵器留まりだっただろう。

それほどの才能があれば、技術者としてでも研究者としてでもいくらでも選択肢があるはずだ。
事実、帝国大学は飛び級を受け入れているし、優等な学生には学費を免除するどころか奨学金も出す。
道はいくらでもあるはずだが。

「・・・私の父は軍人でした。」

「でした、ということは。・・・すまないな。」

でした、という表現に引っ掛かりを覚えすぐに悟る。
珍しい話ではないが、帝国軍人というものは死と隣り合わせだ。
いつ何時、誰だって死んでしまう。

その死んでしまった人間には、それぞれの家庭があり、残される家族がいる。

「御気になさらずに。いまどき珍しくもない話です。」

しかし、デグレチャフは気にした様子もなく笑って見せる。
もう慣れた。
そう言わんばかりの態度だが、まだ子供の様な年齢の彼女がそこまで悟っていることの方が私には悲劇に思えてならない。
彼女は、復讐を意図して軍に入ったのだろうか?

「孤児だった私には他に道が見つかりませんでした。その中で、最善を選んだつもりです。」

だが、復讐を意図したというには微妙な表現が気にかかる。
そう、ぼかした表現だ。
他に道が見つからないという表現は引っ掛かる。

何がか?
簡単だ。確かに彼女は、最善の選択を選べる中から選んだとは言っている。
だが、それは望んで自発的に選んだとは言っていない。
他に見つからなかったといっているのだ。

まるで、それでは選択の余地がなかったと告白するに等しい。

「しかし、士官学校に入れる学力があれば高等教育も選べたのではないのか。」

この年齢で、あそこまでの難関を突破できる頭脳があるのだ。
奨学金など希望すればいくらでも取れるだろうし、飛び級も可能だろう。
幾人かの篤志家は、こうした才能ある若手を応援する事を喜んでやるとも聞く。

何故、彼女は選択の余地がないと?

「・・・大尉殿、失礼ながら大尉殿のご家庭は恵まれておられるのでしょうな。」

「いや、幸福ではあるが普通の家庭だったが。」

父は官吏として、中堅どころ。
母は、平凡な家庭の生まれ。
これと言って、権門とのつながりもない。
父方の祖父は海軍軍人だったために、軍人になることを喜んでくれたがその程度だ。

だが、次のデグレチャフ中尉の言葉には言葉にしえない衝撃を受ける。

「ああ、羨ましいことです。孤児には、選択の余地などありませんよ。その日暮らしでかつかつでした。」

まるで、そのひもじい日々を思い出すような口調。
言葉にはされないものの、彼女は自らの凄まじい境遇を全身で匂わせる。
想像もつかない重みのある雰囲気に我しれず、背もたれに背がぶつかっていた。

「・・・軍人遺族には、恩給があるはずだ。」

「大尉殿、私は母親の顔も覚えていない私生児なのですよ。孤児院が無ければ、今頃は野たれ死んでいたことでしょう。」

淡々と紡がれる言葉は、ウーガにとって想像もできない世界の言葉だ。
彼は、ごくごく善良な中流階級出身の士官である。
言い換えれば、まともな生活を送ってきたのだ。


それ故に、なればこそか、と悟る。
教会付きの孤児院だろう。
不幸な始まりとはいえ、彼女は教会に救われたからこそ、ああまでも熱心に教会に通うのか。
だからこそ、真摯に祈るというのか。

「しかし、あれだ。何と言っていいのかわからないが、君はまだ子供だ。軍人は止めるべきだ。」

だが、それにしてもだ。
戦時中故に、軍を止めるのは夢物語だろうとも道をいくつも捨てるべきではないだろう。
軍人という生き物は、本質的には無駄飯ぐらいでなければならないのだ。
無駄飯ぐらいとはいえ、いざという時には死なねばならない。
そんな仕事を、仕方なく子供が選んでいるというのは悲劇だ。

「・・・ウーガ大尉殿、大尉殿は小官の資質を疑われると?」

だが、余計な一言だった。
曲がりなりにも、名誉と誇りある軍人に対しての一言ではない。
彼女を憐れむのは不遜だろうが、今の発言は完全に余計なものだった。
それでは、憐れみに等しい。

「それは違う!だが、君のような子供が戦争に行くことに違和感を覚えるのだ。」

弁明じみてしまうが、これが本音だ。
こちらを試すような目線でにらんでくる中尉は、少女なのだ。

誰が、娘を戦場に送りたいと思うだろうか。
生まれたばかりの娘を、戦場に送るかと思うだけで気が狂いそうになる。
命をかけてまで帝国に殉じた彼女の父親とて、そんなことは望んでいなかったに違いない。
同じ父親として、間違いなく断言できる。

「軍務です。軍人である以上、避けようのないことではありませんか。」

だが、彼女は平然と、一片の躊躇なく軍務と断言する。
軍人としてあれ。
その言葉を、文字通りで体現しているのだ。
建前としての軍人論ではなく、他に道を知らずに軍人となり、まるで軍人としての自我を成長させたかのように。

彼女の自我は何処にあるのだろう。
我知らず、そんな意味もない疑問すら頭をよぎる。

「本気で言っているのかね?」

そして思わず、我ならが意味もない問いかけを発してしまう。
彼女は本気も本気だろう。
こちらを見つめる眼差しは、こちらの真意を見逃すまいとする真剣な眼だ。
戯れや偽りで、こうまでも断言できるとは思わない。

ましてや、実戦経験を存分にえた人間だ。
現場を知らない人間の空論とは全く違う。
硝煙と鉛でコーティングされたゆるぎない信念がある。

「・・・大尉殿、さきほどからどうかされたのですか?」

ウーガの煩悶を訝しんだのだろう。
礼節を保ちながらも、デグレチャフは目前の相手にわずかながら疑問をぶつける。

それが、ウーガにとってはとてもいたたまれない。

「子供が生まれたんだ。女の子らしい。」

「それは、おめでとうございます。」

丁寧に祝辞を述べてくれるが、実に礼節によった対応だ。
子供への愛情というよりも、単純に慶事があったことに対して淡々と祝辞を述べられているような感覚。
まるで、自分とは縁のない世界に対する視線かと感じてしまうほどだ。

それは私の思い込みが原因なのだろうか。
確かに私には、彼女が母となるところが想像できない。
だから、そう感じてしまうのか。

「君を見ていると、ふと思ったんだ。自分の娘も、戦争に行くことになるのだろうか、とな。」

すでに、彼女は随分と胸襟を開いている。率直な意見を聞けたという実感もある。
だが、まるで乗り越えられない認識の齟齬と違和感にぶつかってしまう。
正体不明の感覚。
言葉にできない違和感と壁が、厳然として存在している。

「可愛い盛りの子供を、戦場に送る社会などどうかしている。そうは思わないだろうか。」

自分でも、何が言いたいのかよくわからない。
ただ、思ったままに感情をそのまま言葉で表現している。
こちらを見つめる視線が何かを見極めようとするものになっているのはわかる。

正直に言えば、自分だってここまで我を見失うとは思っていなかった。
だが、言葉をぶつけてしまった以上、後には引けない。

やがてその様子を観察していたデグレチャフ中尉は、ゆっくりと宣託を告げる巫女のように口を開く。

「・・・大尉殿、貴方は常識的な方だ。退役をお勧めします。」

まるで、立場が逆転したかのような言葉だ。

「何を言うかと思えば。戦火を次の世代に引き渡さないように自分たちでけりをつける時に退場しろとはひどいことを言う。」

「貴方は、戦場を知っている良識ある人間だ。貴方が退役すれば、一つの力になれる。」

そうすべきだ。
言外に含みを込めた彼女は、テーブルの上で小さな手のひらを握り拳にして力説する。
貴方は、止めるべきだ、と。

「私とて軍人だ。軍人以外にはなれないよ。」

「いいえ大尉殿。貴方には理性がある。同期として厚かましい助言をさせ頂くと、狂気の幕が明ける前にせめて後方に下がるべきだ。」

「それは、許されない行為だ。」

戦争なのだ。悠長にデスクで仕事をできるような状況は終わった。
それに、自分一人、仲間を、同期を、戦友を置いておめおめと下がれるものではない。
友らよ、君達と共にあの戦列に並ぶと誓ったのだ。
ゆめゆめ、下がれるものではない。

「大尉殿、生きることも戦いなのです。娘さんを戦場へ送らないためにも。」

「・・・考えておこう。」

だが、彼女に反論できない。
反発は覚えるのだが、それ以上に言葉にできない。
まるで、11歳の言葉に呑まれているかのようだ。
いや、呑まれているに違いない。

「あまり時間もない以上、決心はお早めに。」

「参謀みたいことを言うやつだな。」

「そういう教育しか受けていませんので。」

まったくもって、余裕が無いらしい。
陸大の学生相手に参謀じみているなといったところで、無意味だ。
なにしろ、高級参謀や幕僚としてそうあらしむべく教育されている。

むしろ、褒め言葉だ。
使い道としては、これほど間違った使い方もないだろう。

よほど、動揺していたのだなと自分でもそれとなく悟る。

「・・・なるほど。確かにその通りだ。」

確かに、としか言いようがないではないか。

「ああ、昼食がきたようです。ご一緒しましょう。」

「・・・ああ、そうしよう。」




お昼時であったウーガ大尉は、どうやらお子さんができて錯乱していたらしい。
うん、まあ親になるということが心理学上の変化を誘発するという学説には同意することにしよう。

まあ、彼が善良であったということなのだろうが。

なにしろ、世の中には虐待や育児放棄など珍しくもない現実が広がっている。
一介のリバタリアンとしては、自由を愛するし、できる限りの尊重もするつもりだ。
だがそれでも、最低限度自主的に運命を選択できない子供には、保護を与えるべきだと思う。

でなければ、児童保護の名目で国家が個人の家庭に介入する口実をもたらすことになるのだ。
曲がりなりにも、自由を獲得するための不断の努力を義務付けられた個人がそれを怠るに等しい。
そんなことだから、これ幸いと介入されるのだ。

まあ、確かに同情すべき点はなくもない。
それが自由意思による出産ではなくルーマニアのコミュニストの様な例もあるのだ。
チャウシェスクの落とし子といった例は、個人の自由に原因があるのではない。
完全に、個人に自由が無いことが原因なのだ。

シカゴ学派の某教授にいたっては、経済合理性と自由意思の尊重こそが虐待と性差別を撲滅するとまで断言された。
私も、それを強く支持する。
帝国も、多少自由を認めてほしいものなのだが。
そうすれば、さっさと退役するなり亡命するなり考えるのだが。

まあ、組織に忠誠を誓った手前そう簡単ではないのだろう。

ともあれ、これでウーガ大尉殿は陸大の出世コースから脱落だ。
相手が精神的に無防備になっているところで説得するべきだと主張したファシストは悪魔的な天才に違いない。
これで、なんとか陸大で100人中12位を確立できる。
まあ、すでに開示された成績に異議申し立てを行うほど大尉も無粋ではないだろう。

なまじ、中途半端に下では陸大のメリットも微妙だった。
高すぎれば戦後何を言われるかわかったものではない。
下手をすれば責任を取れとか言われかねん。
しかし、低すぎては自由に行動する事も難しいのだ。

その点、一応は優をとり軍の誉と称される陸大の騎士と賞賛されるランクに入れた。
まあお勉強の出来と、教官との相性の問題だ。
積極的敢闘精神にやや疑いがもたれたことを思えば、この順位は妥当なものだろう。
次からは、もう少し積極的なところを見せていかなければとは思うのだが。
いつも運が無いだけに、もう少し注意深くあらねばならない。

まあ、今日はその点ついている。
先ほどの昼食は、舌先で丸めこめたウーガ大尉が立て替えてくれた。
夜は、参謀本部に招待されている手前何か出るだろう。
海軍ほどではないが、参謀本部の食堂もまあそこそこの質だときく。
ぜひとも期待しよう。


同時刻参謀本部第二会食室

格式と伝統は、参謀本部内部に豪勢な晩餐室を設置させしめた。
豪勢であり、兵卒からは無駄の極みと言われ、将校からも使い勝手が悪いとあまり評判はよくない。
だが、ある一言が全てを一変させた。

曰く「陸軍は、晩餐室も無駄が多い。」

このことを笑った海軍に対して、陸軍は戦艦の無駄な設備の削減を勧告した。

曰く「ホテルで戦争に行く連中の気がしれない。」

そのため、陸軍において今では晩餐室への批判は裏切りと見なされるほど一致団結している。
豪勢なその部屋で、昼食を兼ねた会議が開かれるという通達。
それがレルゲン中佐へ届いたのは、作戦課のデスクにかばんを置くのとほぼ同時であった。

「反対だ。絶対に反対します。」

手紙を開いた瞬間にレルゲン中佐は思わず瞠目したのだ。
これは、断じて受け入れられない、と。其ればかりを午前中は思って碌に仕事もはかどらなかった。
それほどまでに、受け入れがたいのだ。
目的を遂げるべく並べられた食事には手もつけずに、居並ぶ高官の中でレルゲン中佐は独り奮戦していた。

「レルゲン中佐、貴官の意見は尊重するが主観的な要素は排除せねばならない。」

直接の上司に当たる作戦課長は、不幸にもレルゲン中佐の意見を支持していない。
なにしろ、彼にしてみれば待望の戦術的改善案だ。
そう簡単に手放すには忍びないのだろう。だが、現場からすればそれは危険すぎる。

「彼女に即応大隊を持たせるなど、論外です。全滅するまで、前進を止めないような性質を持っています。魔導師を磨り潰すような行為です!」

デグレチャフ中尉を陸大卒業と同時に大尉へ。
恐れていたことだが、この程度ならばまだ修正が効く。
技研か、教導隊に枠があるだろうと油断していた。

まさか、上が実験的な部隊をデグレチャフ大尉指揮下に編成しようなどと考えているとは!

それは悪夢以外の何物でもないに決まっている。
曲がり間違っても、受け入れがたい事態だ。
彼女は、危険すぎる。

「何度も貴官が主張しているそれだが、陸大の教官らは兵を慈しむと評価している。」

デグレチャフに対する繰り返しの疑義提起。
一応、参謀本部の人事課が再調査を行ってはくれた。
確かに、士官学校では一部の教官らがレルゲンの見解を支持している。

『彼女は、好戦的に過ぎる』と。

だが、陸大の教官らは違う意見を示した。
参謀旅行という極限状況下でも兵を慈しみ、損耗を忌避したと。
建前論で行えるものではない、というのが彼らの結論だ。

陸大卒で編成される参謀本部では、これが決定的な重みを持ってしまう。

曰く『戦闘意欲は旺盛。なれども、損害を忌避する正常な感覚を保持す』と。
要するに、優秀な資質だと認識されてしまっているのだ。

「先入観に囚われすぎではないのか。」

「・・・士官学校時代の報告をご覧になりませんでしたか。」

諦めきれずに、彼女に対する否定的要素を調べ上げて提出はしている。
だが、レルゲン自身が陸大卒の参謀なのだ。
どちらの判断に重きが置かれるかなど、考えるまでもなく熟知している。

「最終的に彼女も教育を受けて成長していよう。陸大では問題ないという。」

陸大で問題を起こせば全く真逆の評価になることだろう。
だが、陸大で優等と評され、選抜されて騎士となった彼女は瑕疵がない。

「彼女の行動は、教育の成果というよりも本性です!あれでは、大隊など預けられません!」

だが、せめて反対しておかなければならない。
それが高級士官とのキャリアを傷つけるとしても、軍人としての義務からは逃れるべきではないのだ。
彼女に大隊を任せれば、大隊が敵と戦う前に彼女に殺されかねない。
そんなことは、軍人として許容できないものだ。

「なにより、若すぎるし階級もつりあいません!」

「デグレチャフ中尉はすでに大尉への昇進が決定している。中隊指揮官よりは、大隊指揮官となるべき人材だ。」

「帝国には、有能な軍人をあそばせる余裕はないのだ。貴官も承知しているだろう。」

だが、すでに上は方針を決定している。
いや、既定の方針なのだろう。
なにしろ突発的に戦務課から持ち込まれた案にもかかわらず、支持されている。
『即応魔導大隊構想』なるものは、初めから戦務と作戦がうち合わせていたに違ない。
でなければ、もう少し審議も活発となるはず。

即応性の改善という早急な課題を解決するためだ。
多少の問題にすら眼をつぶる気に違いない。
これは、新参者にも説得するというポーズと配慮に過ぎないのか。

「ならば、教導隊に戻すか、技術研究要員にするべき問題です。彼女は、子供だ。子供の無邪気な残酷さを御存じないのか。」

試しに別の案を提示してみる。
参謀本部は伝統的に議論を歓迎してきた。
多様な視点は、瑕疵を減らすと信ずればこそだ。

「レルゲン中佐、貴官の意見は傾聴しよう。だが、これは決定したことなのだ。」

「参謀本部の決定だ。貴官ならば、意味するところもわかると信じる。」

逆に言えば、一度議論が決定すれば異論は許されない。
徹底的に論じることは推奨されるが、方針が決定すれば一致団結し遅滞なく遂行する事が求められる。
其れができないということは、参謀本部からの放逐でしかない。

「・・・っ、失礼いたしました。」

実質的に決まっていたことなのか、とレルゲン中佐は肩を落とす。
参謀モールがこれほど忌々しく見える日もないが、彼とて自制できる。
いや、本来ならばこれほどまで中央にかみつくこと自体ありえない。

だが、それでもなお、彼は不安でたまらなかった。

「結構。では、予定通りデグレチャフ大尉には大隊を新編させる。」

「編成が完了次第少佐への昇進と大隊長への辞令を用意しておけ。」

「以上だ。次の議題に移ろう。」

・・・本当に、これで、これでよいのだろうか、と。



※ノリノリで更新中。
⇔金土日と所用があり、世間様だけ祝日の月曜日。
更新は極めて不定期になることをご了承ください。



[24734] 第一七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/07/14 23:58
こんにちは。
陸軍の最大秘密を御存じでしょうか?
口が裂けても海軍には漏らせないと皆が口にしていることです。

ところで、私は魔導師なので厳密には陸軍軍人でないのですがおわかりでしょうか。
ええ。
ここは、一つ陸軍最大の重要機密を露呈しようと思います。

これによって、陸軍が粛軍されればと切実に願うからであり、一切の私心がないことを明言しておきます。
私は、帝国軍を愛し、帝国陸軍を愛しているからこそ申し上げるのです。

参謀本部の会食室で喰う飯は、海軍が誇るワードルームどころかガンルームの飯より不味いのです。
本当に驚きのまずさ。民間人から人気が無いのは、絶対に食事の質に原因があるハズです。
海軍の会食パーティのにぎわいをご覧ください。

いえ、もちろん前線の塹壕で喰らう缶詰よりはましですが。

それにしたって、これは酷いと叫びたい代物でした。
絶対箱モノに予算をかけすぎたせいで、中身にかける予算が底をついたに違いないですね。
もしくは、料理人が逃げ出したに違いない。
唯一まともに食えるのが、ジャガイモのサラダという時点でなくしかないですよ。

まあ、海軍に見栄を張って高い食器を買い込んだおかげで、見栄えだけはそこそこ良いです。
ですが、それ以外は酷い。評価できるのはそれくらいとしか言えないくらいに酷い。
正直、連合王国の食事ぐらいとしか競えないのではないかと思うほどです。
それでも、せいぜい違う点は冷たいか、暖かいかの違いかくらいしか上げられないのですが。

証言者:匿名希望の幼女


参謀本部人事課応接室

参謀本部というものは、外部からの人間にとって極めて居心地が悪い空間だ。
常に中で働いている人間は、外からの来客をじろじろと眺めればよい方で、大抵は誰何してくる。
物珍しいというよりも、外部からの訪問者を基本的に疑ってかかるのだ。

もちろん、機密を扱う部署故にと思えば仕方のないことなのだろう。
だが、訪問者にしてみれば居心地の良いはずもない。
そのため、参謀本部は伏魔殿とまではいかずとも軍全体からはやや忌避されている。
一般論で言えば参謀本部は嫉妬の対象であると同時に、なんとなく虫の好かない連中の巣とされているのだ。

まあ、一般論であり各人それぞれ受け止め方は違う。
大尉殿、どうぞ、と従兵に伝えられた人物はその点、実に独創的な印象を抱いた。

曰く、構造上非効率的なオフィスだ、と。

機密保持を徹底しようにも、ソフト面・ハード面で劣る。
その上、作業効率も欠陥がある建物に本社機能が集中しているようなものだ。
以前西方で見かけた海軍の軍艦の方がよほどスマートに設計されていた。

空間が限られている中で最大限効率性を追求することにかけては、海軍の方が上手に違いない。

・・・陸軍軍人が聞けば激昂して斬りかかってきかねないような独創的な表現である。

「デグレチャフ大尉、命により出頭いたしました。」

実に、軍人然とした申告。
誰だって、初めて知遇を得る相手には相応のふるまいをするものだ。
将校ならば、軍人ならばこうするべきだ、こうあるべきだというステレオタイプの模倣。
少なくとも、軍という大きな組織では無駄ではない。

事実、相手もそうするべきだ、そうあるべきだという態度をとってくれるからだ。

「おめでとう。」

事実、初めて出会う人事部の大佐殿が満面の親しげな笑みを浮かべてくださる。
相手もそうするべきだという態度をとっているに過ぎないが、礼節とは無意味なものではない。
少なくとも、交渉に際して相手の隙を付けるかもしれないツールなのだ。

油断して隙を見せるよりは、相手の隙を探す方が有益なのは言をまたない。

「昇進だ。デグレチャフ大尉」

「ありがとうございます。」

内心の無関心とは裏腹に、盛大に声を出す。
昇進はすでに辞令が出ていることだ。いまさら、さもありがたく大佐殿に言われずとも知っている。
重要なのは、これからの本題だ。

「さて、来てもらったのは昇進だけではない。貴官の配属についてだ。」

そう。
陸大卒業後の進路だ。
陸大卒組の人事は、教育総監ではなく参謀本部が握っている。
少数の仲間意識の強い連中が、人事権を管轄するのだ。
当然、気に入られなければ割を喰らう。
逆ならば、大いにやりやすい。

「できる限り、希望を考慮することになっている」

「有り難くあります。」

大佐殿は、考慮するという。
要するに、聞くふりだけはしてやろうというメッセージだ。
人事部の人間ならば、誰だって少なくとも頭越しに命じることは少ない。
リストラする時ですら、一応は情理を尽くして説得するものだ。
極めて、理不尽なことに我々が相手に同情する態を演じながら、である。

首を切る人間が、切られる人間に同情する振りをさせる会社もどうかと思う。
だが仕事なので仕方ないのだが、やはり社員の生命保全という観点からすれば変えてほしいところだ。
後、リストラ担当者はリストラ名簿を作成されて仕事をするので、必ずしも選んでいるわけではないことも告知してほしい。
自分の部下に首を告げられず、我々に告げさせた挙句に同情する振りをする上司も上司だ。

だから、人事の人間がいくら友好的であろうとも油断してはならない。
むしろ、建前論の世界で生きている人たちなのだ。
建前論には建前論に限る。

「ですが、小官は軍人です。命令とあらば、どのような配置でも謹んでお受けいたします。」

しらじらしく答える。
どのみち、最終的には人事命令という形で辞令が来るのだ。
どのような配置でも謹んでお受けしますという方が、下手に藪蛇となるよりもましな場合も多い。
もちろん、貧乏くじを引かないように注意は不可欠だが。

「結構だ。貴官にはこのように書類が回されてきた。」

大佐殿はご丁寧にも人員要望書の束を取り出し、差し出してくる。
いずれも、第一線の部隊。そして、切実に魔導師と士官を必要としているようだ。
見た限り、後方で再編中の部隊もなくはないが。
仮に、何か下手なことを言えば選ぶ余地もなく一番厳しいところに送られたに違いない。

「ああ、それと参謀本部からも一枚出ている。」

出された書類は、ただ参謀本部が参謀本部付きを求めているという配属希望書だ。

「貴官の武功を考慮し、人事部では選択を強制しない。好きなものを選びたまえ。」

「選り取り見取りでありますね。迷ってしまいます。」

いくつもの選択肢がある、といはいえあってないようなものだ。
人事を決定する参謀本部がいくつものオファーが来ていることを知らせてくれたのは、まあいい。
だが、決定権を持つ部署がうちに来いと言っているのに聞かない馬鹿はいないだろう。
断れるなら、断るに決まっているが、断れるわけがない。

「だろうな。」

大佐殿は重々し気に、熟慮したまえと促してくる、
ポーズであっても、その姿は真摯にキャリア選択を悩む若者に助言するという人物像を造りだしていた。
まったく、大した役者だ。
まあ、こちらの大根演技に付き合ってくれる時点でオチの見える三文芝居。

「だが、いつの時代も楽な仕事というものはない。」

「はっ」

背筋を伸ばした姿勢のまま、応じる。
相手にしても忙しいのだ。
こちらの下手な芝居に長々と付き合える時間は無いらしい。

「参謀本部が君に何を命ずるかは知らないが、幸運を祈るとだけ伝えておく。」

「痛み入ります大佐殿。」

幸運を祈る、という表現は私的な表現だ。
要するに、個人的な好意を表明してくれたというメッセージに違いない。
相手は、何かこちらを高く評価する要素をもっているということ。
つまり、最初の『何を命じるかは知らないが、』は嘘偽りで何をさせられるか知っていると見るべき。

なにかを御存じなのですか?

それを聞くべく、微妙に首をかしげたターニャ。
其れに対して、心得たりとばかりに大佐殿は頷き、意味深な一言を残した。

「なに、貴官のことだ。すぐにまた会うことになるだろう。」



人事の応接室から退室するデグレチャフ大尉。
ゼートゥーア准将は、副官を待機させており、そのまま自分の執務室へと案内させた。

開口一番目をかけている部下の昇進を受けて満面の笑みを浮かべる。

「久しいな、デグレチャフ大尉。昇進おめでとう。」

「閣下の御言葉、誠に光栄であります。」

優秀だとは思っていたが、まさか齢11にして騎士に選抜されるほどの才幹あるとは。
いや、教官連中の見る目が無いのだろうか。
この小さな大尉の頭の中には、今次大戦の行く末が入っているかもしれないというのに。

もっと、違和感を抱くべきなのだ。
こんな幼い段階から、卓越した才能を発揮している人間は異常なのだ、と。
独創的な発想を評価するべきか、狂気と評するべきか。

だが、少なくとも目前の彼女は理知的な将校だ。
そして、自分は彼女のプレゼンを受けて大隊を用意することになっている。
相手の見通しが正しく、其れに対する対応も知っているとあれば人材を活用することに躊躇いは無い。

「貴様のことだ。実務的な話の方がよかろう。」

なにより、お話よりも、実務的な会話の方がお互いに有益だ。
言葉を飾ることを好む性格とも思えず、必然、実務の話が一番早い。

「参謀本部よりの配属を受けたな?」

「はい。参謀本部付きで。」

当初の約束を考えれば、参謀本部からの辞令は不可思議にも思えるのだろう。
優秀ではあり、選択肢が無いことを悟って自発的に参謀本部を選ぶ頭脳はあるようだが、若い。
訝しむような表情がどうしても浮いて出ている。

「結構だ。」

「・・・小官には、話が見えません。」

実際、彼女にしてみればすぐにでも大隊に配属されるつもりだったのだろう。
戦史編纂室で、大隊規模の機動を研究していたという話を陸大で耳にしている。
その彼女からしてみれば、話が見えないというよりも違うと言いたいのだろう。
呼び出された挙句に何も告げられずに参謀本部付きという辞令は訝しいのもわかる。

「逸るな大尉。なに参謀本部は、すぐにでも貴様に大隊を任せるつもりだ。」

まあ、実際のところを言えば彼女が逸ったのも仕方ないだろう。
彼女の配属を希望した部隊の多くは実際大隊であり、前線では彼女を評価している。
自分自身を前線向きと彼女が評価しているらしいことは、教官らの多くが指摘しているのだ。

曰く、兵を慈しむが、極めて積極的果敢に戦闘を志向する、と。

もちろん卓越した魔導師だ。前線向きだという資質は評価できるし、卓越している。
だが、私としては数少ない陸大卒の魔導師により広い広範な役割を期待したいのだ。
故に、ある意味ではこれが良い機会になるとすら思っている。

「だが新編の魔導大隊になる。」

「新編、でありますか。」

「組織の常だ。諦めろ。面倒事は多い」

部隊を組織し、訓練し、統制を確立する。
その何れも、経験と熟達した古参兵の支援が無ければ極めて難しい仕事だ。
人が組織をつくるが、組織は人をつくらない。
故に、何かを組織できるだけの人間は本当に貴重な帝国軍の大黒柱なのだ。

「そこで、貴様は明日にでも編成官の辞令を受けることになる。」

そして、蛇の道は蛇というが、制度上利用できる制度は全て利用してしまう。
例えば、編成官という職業は本来傭兵隊を正規軍に組み込む際の職務だ。
雇用する傭兵団をいくつかまとめて管理し、その上に君臨するための制度。
本来は、300年ほど前に活用されていた制度だが、廃止されていない以上有効だ。
書類上は有効である以上、だれも異議を挟めない。

そもそも、編成官なる職務を知らないので抗議もできないかもしれないが。

「編成官?随分と、古式めかしい職務でありますが?」

だが、優秀なことだ。
少なくともデグレチャフは編成官について古式めかしいと認識している。
事実上のごり押しを制度上で糊塗する術もそのうちすぐに覚えられることだろう。
実に頼もしい。これが男だったら自分の孫娘をやっても良いくらい卓越している。
頼もしすぎて、目の前の軍人が、ただの少女に過ぎないということを失念しそうなほどだ。

「大尉に大隊を預けるのは難しい。大隊編成の功で無理やり少佐にねじ込んでおく。」

本来は、あまり言うべきでないのかもしれない。
だが、彼女にはむしろこちらが味方だという事を素直に納得させた方が良い仕事になるだろう。
大隊の新編だ。
やるべきことは多い。
彼女にとって、戦務は警戒するべき方面ではないと伝えておくことは有益だ。

「・・・実質的に大隊長と認識してよろしいのですか。」

「案ずるな、そこの約束は果たすつもりだ。全力で取り組め。」

さすがに、大隊が欲しいと言ったことを忘れてなどいない。
ただの中尉が、准将にだ。並々ならぬ決意と自負があればこそに違いないだろう。
その能力は本物だ。
魔導師にして指揮官の器を持っている稀有な人材を活用する事は、すでに覚悟している。

「周囲の反感を買う事を前提で申し上げてよいでしょうか。」

なにより、何食わぬ顔で念押しをしてくる用心深さ。
周囲の反感を買う事を前提で、というが既に買っているのだ。
直訴して大隊を手に入れたなどという噂は広がっていないにしても昇進の早さで十分目立つ。

だが、言葉にするということはしっかりと認識したうえで助力を求めているということだ。

「いまさら気にする口かね。なんだね?言ってみたまえ。」

「編成に際しては、全権が与えられたと考えてよろしいのでしょうか」

「言った通りだ。大隊兵員、装備は可能な限り充当する。」

『大隊が与えられないならば、自由にやらせてもらってよいのか?』
彼女の疑問に対する答えは明確だ。
もちろん、自由にやってよろしい。必要とあれば、戦務を上げて支援する用意がある。

初めから、そういう約束だった。
大隊兵員、装備ともに可能な限り融通するように手配してある。

「48名以下であれば、好きなように編成してかまわん。」

そして、大隊を基礎から編成させる詫びも兼ねていくばくか配慮をしておいた。
その目玉が、大隊の規模だ。
増強大隊相応分の予算を確保してある。
名目は、実験部隊に付き例外的措置ということだ。

「48名だと、増強大隊になりますが。」

「即応大隊が増強大隊なのは当然の処置である。新編ということで、予算はねじ込んだぞ。」

即応部隊が貧弱で使えるのか?
そう囁けば、運用に従事する作戦も息を合わせてこれを支持してくれる。
遠くに点在している複数の兵力よりも、手元で纏まって使える大隊の方が価値は高い。
常識的に考えて、誰もが手を挙げて賛成し得る内容だ。

「ただ、人材は東部軍と中央という制約がつく。こればかりは動かせん。」

唯一の制約は人材の供給源。
東部軍と中央軍以外から勝手に精鋭を引き抜かれるわけにはいかない。
そういう運用側と方面軍の意向もあり、部隊の中核は東部軍と中央軍出身の部隊になる。

その意味において、東部軍の陸大推薦枠を一つ潰したデグレチャフは恨まれがちだがいい機会でもある。
東部系の軍官らとも上手くやることで、少なからず身内意識を養うことができれば評判も上がるだろう。
それは、有形無形の形となって彼女の支えになるに違いない。

「大隊は貴様の本業に合わせて、航空魔導大隊になる。」

これは、言うまでもないこと。
航空魔導大隊の編成はすでに発令されたも同然に等しく、後は時間の問題に過ぎない。
デグレチャフもそれは了承していると見え、何も言ってこない。

まあ、無駄な会話が無いというのは機能的ではある。

「指揮系統は、どうなるのでありますか?」

率直に聞いてくる奴だ。
ここで即応軍司令部と答えられれば随分と楽なのだが。

まあ、部隊を誰の下で使う事なるかと考えるのも指揮官にとっては必要なことだ。
分析的に聞いてくるだけでも、十分な合格点をやるしかない。
嫌味というよりは、純粋な疑問なのだから。

「即応の観点から参謀本部直轄だ。編成番号はV600番台を用意してある。希望はあるか?」

「空きの番を埋めます。」

躊躇のない即答。
要するに、番号や飾りにはさしたる興味もないということか。
まあ、部隊の特定と業務上の必要性には配慮しているようなのだが。

「ならば601だ。基本的に貴様の上官はいない。喜べ。参謀本部会議直轄だぞ。」

「・・・まさに我が世の春ですな。」

「全くだ。誰だって羨ましいことだろうよ。」

俗に大隊長が一番楽しいという。
指揮官として現場に立ちつつ、ある程度の自律的な指揮権も持つ。
要するに、自分で戦争をしつつ、戦争を指揮できる立場だ。

優秀な連中にとっては、さぞ楽しい立場だろう。

うっとおしい制約が大幅に取り払われる参謀本部直轄の大隊長ともなればなおさらだ。

「編成の期限は?」

「早いに越したことはないが、明確な期限は無い。」

「なるほど、ではせいぜい選抜に勤しみます。」

にやりと笑うデグレチャフはいささか、悪い噂を思い出させてしまう。
曰く、部下の選抜基準がきびしすぎる、と。
戦場への早期参入を希望しているだけに、彼女は相当思い切って部下を厳しく選抜しかねない。

もちろん、部隊の質を保つのは指揮官の仕事だが、部下を育てるのも指揮官の仕事だ。

「大尉、忠告しておくが貴様は部下を選びすぎるという評判がある。」

その意味において、部下を育てる才能や力量がないのではないかという疑念は大きなマイナスになる。
軍では、部下も上官も選べないのが当然なのだ。言ってしまえば、上手くやるしかない。

それができないのであれば、個人として如何に突出していようとも軍の力にはなれない。
せいぜい、一匹狼として組織の中ではぐれて孤立することになるだろう。
群れは、圧倒的に数で勝るのだ。

「能力を疑うわけではないが、あまり良い風評ではない。留意しておけ。」

「御高配に感謝致します。」

だが、彼女には淡々とそれを受け流すだけの余裕がある。
すでに、ある程度の人員のアイディアも練っているのだろう。
実際、部下を使いこなす才能もあると士官学校から報告されていることを併せて考えれば、それほど悪いことにはならない筈だ。

「なに、貴様が実力でもぎ取った成果だ。誇ってよいぞ。」

「驕って墜ちるよりは、謙虚で生きながらえたいと思います。」

「結構。その様子ならば、問題なかろう。」

なによりも、この者は出世や特権に驕ることが無い。
自然体に、恩恵は享受しても溺れることなくその分も義務を果たせる。
実に稀有な士官だ。

いや、貴族的と言っても良いかもしれない。

もとより貴族とはあり方であって、血ではないのだ。
ありようが、高貴であることに血は関係ないのだから。

「明日にでも辞令は出るだろう。今日は、宿舎からでないことだな。」

「・・・随分と手回しのよいことですね。」

あきれたような響き。
まあ、昨日の今日で辞令が変わるともなればそうも言いたくなるに違いない。

「せめてもの詫びだ。気にするな。」

「いえ、ありがとうございます。」

「では、期待しているぞ大尉。武運を祈る。」

実験的な部隊を預けるのだ。
重責ではあるだろうが本当に期待している。
願わくは、この実験的な措置が実を結ばんことを。




『V600』


この編成番号は、記録には一切存在しない番号だった。
戦後公表された部隊資料には、いくつかの機密指定されたものを例外として番号は全て公表されている。
だが、V600系統はどこにも存在しない。

帝国軍の編成は中央軍のV000番台から始まり、各方面軍を合計してもV400番台に留まる。
例外として考えられるのは、中央技研所属の部隊。
だが公表された資料ではV000番台か、V500番台に留まる。

一部の専門家は、高度な機密維持のために例外的にV600番台が特殊な実験部隊に付与された可能性を指摘した。
大戦中、激烈な技術競争は大戦以前に比べて世界レベルで技術を発展させている。
その技術競争に勝ち抜くためには、高度な機密保持がどうしても不可欠とされてしまう。
機密保持のため、別枠で部隊を設けたのではないか?

その指摘は、確かに考えるところが大きかった。
さっそくエンダーのチームがそれと思しき関係者のリスト作成にとりかかる。
同時に、私達のチームは帝国軍技術部の資料に手を伸ばしてみた。

浮かびあがってきた結果は一人の中央技研に所属した技術者。
我々は、直接その中央技研の元技術将校に直接尋ねる機会を得た。

彼の名前はアーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師。
大戦中盤に傑作と謳われたエレニウム工廠製97式『突撃機動』演算宝珠の主任開発者だ。
敬虔な信仰をもつシューゲル氏は日曜の午前中に礼拝を欠かさないという。
氏が毎週訪問する教会の司祭が口をきいてくれたおかげで、面会が叶うことになった。
幸いにも厳しい監視の中ではあるが、我々の訪問は受け入れることになる。

シューゲル氏は、前評判通りの理知的な人物だ。
『神に祈った日に、遠来より来る客人を歓迎する事ができるのは、私の喜びとするところです。』
神のご遺志でしょう。

そう呟き、安息日の午後に押しかけて来た我々を心からもてなしてくださった。
実を言えば、私達は氏のような帝国の技術者というものは気難しいと覚悟していたので拍子抜けである。
ここに、善良なるシューゲル氏のごとき人物を疑った自分の偏狭さを告白し、許しを請う。

『過ちを悟ったのです。何事も、みこころの導きですな。』

そう一笑して謝罪を受け入れてくださったシューゲル氏に我々はさっそくV600番台の部隊について問いかけた。
だが、我々がV600の番号を口にした瞬間、監視と思しき憲兵が答えようとしたシューゲル氏を制止してしまう。
何かがある。我々は確信を抱く。

しかし、シューゲル氏は苦笑いを浮かべて憲兵を見やると、思いもしない話をしてくださった。

「V600なる部隊番号は存在しない。だがね、諸君。記録を漁りたまえ。歴史の勉強は記者にとって重要なことではないのかな。」

苦笑いを浮かべた氏の言葉に混乱しつつも、我々はV600なる番号を部隊名ではなく別の何かと判断し調べることにする。
カギとなるのは、歴史の勉強というシューゲル氏の言葉。
まるで存在しない部隊番号だ?違う。存在しないのだ。

軍制の専門家が、我々の一か月近くにわたる苦悶を解いてくれるまで、我々はひたすら頭を抱えていた。
見かねたのだろう。
外信部の同僚が紹介してくれた専門家は一刀両断に我々の過ちを見抜いてしまった。

曰く、『VXXX番というのは、そもそも編成番号である。』
帝国軍は、その軍事制度上戦務課が編成し、作戦課が運用する。
重要なのは、編成する部署と運用する部署が異なるのだ。
通常、運用側は編成側が編成した番号をそのまま引き継ぐ。
例えば、中央軍の補充目的で戦務がV101部隊を編成したとしよう。作戦はそれを第101任務部隊として運用する。
だが、明確に配属が決定されていない場合誤解を避けるべく普段使わない番号を使う。
だから、編成番号V600は存在し得るが、600番部隊は存在しないことは自明。

底の部分で混同が起き、我々は第600番台部隊という存在しないゴーストを自分たちで作り上げていたのだ。
まあ、笑ってほしい。真実を知ったと思えば、こんなありさまだ。
突発的にビアホールへ取材に赴くことを決し、一日ぶっ続けでビアホールをチームで体験したとだけ記録する。
(残念ながら、ビアホールの取材経費は認めらなかった。)

なるほど、賢明なるシューゲル氏には我々が何か変なものを追っかけているように思えたに違いない。
氏にとって誤算だったのは、あの助言悟れるほどに私が勉強しているという誤解くらいだろう。
さあ、これではかどるに違いない。
そう思った我々は、何故か痛い頭に悩みながら帝国軍参謀本部の戦務課が残した編成資料を読み漁った。

すると、事実お目当ての物はあっさりと見つかるのだ。
なにしろファイリング分けされている中で600番など一つしかなかった。
まるで、見つけてくれと言わんばかりに放置されていたそのファイル。
しかし、中身は空っぽだった。ただ、簡単なメモが残されている。

帝国軍参謀本部戦務課通達

『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。
全ては、勝利のために。

求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。
生還の暁には名誉と賞賛を得る。』

参謀本部第601編成委員会

それにしても、編成番号601は、一体どのような部隊番号が割り当てられたのだろうか?
残念ながら、資料はメモ書き一枚しかない。
だが文学的な修辞を嫌った帝国軍にしては異例なほど情感がこもっている。

眼にした人間がいれば、印象に残っているに違いない。
そう判断した我々は、当時帝国軍に従軍していた魔導師達へ調査を開始した。

すると、一人目で見事にビンゴ。

実に情けない話を伺う羽目になる。

『ああ、それなら有名ですよ。プロパガンダ部隊を造るという話でしょう?本気で志願した連中がぶつぶつ言いながら帰ってきましたよ。』

『プロパガンダ部隊?』

『ええ、“帝国の正義と高貴さを表すための部隊”とやらを広報部が欲したとか。』

『ええと、プロパガンダといっても我々の手元にそのような資料ありませんが。』

『当然でしょう。プロパガンダのために航空魔導師の大部隊を引き抜かれて問題が起きない筈がないじゃないですか。』

『ええと、つまり?』

『作戦課と前線から激烈なクレームの嵐で編成話そのものが流れたと聞きました。結構有名な話だと思いますが。』

まさか、と思った取材班は幾人かの元帝国軍魔導師に話を伺った。
否定してくれるだろうという願望5割。
ああ、知っているよという解答が来るのではというあきらめが5割だ。

だが、運命のいたずらか幸運かは知らないが、事態は微妙に違った。
有力な証言を幾人かの魔導師から得ることができたのだ。

『ええ。知っています。即応軍司令部構想の妥協に失敗した末の産物ですよね。』

『プロパガンダ部隊だったのでは?』

『ああ、あれは単なる噂でしょう。私は、即応軍にV600番台が割り当てられると聞きましたよ。』

『即応軍?』

『ええ、大陸軍より小回りが利く部隊を欲したみたいです。まあ、失敗したようですが。』

これは、元中央軍の兵士。

『西方方面軍と東部方面軍の合同部隊を便宜上V600と呼称したそうです。』

『・・・即応軍やプロパガンダ、という話に聞き覚えは?』

『ああ、ブラフですよ。戦時中はよくある話だ。』

『それで、そのV600部隊とはどういう部隊なのですか。』

『はっきり言えば、開戦当初に消耗した西方方面軍と東部方面軍の再編ですよ。』

『再編?』

『ええ、解散させるのではなく便宜上整理のために設けたとか。』

『では、いろいろな風聞は?』

『諜報上のブラフと聞きましたが。なんでも、精鋭部隊を新編中と脅すために。』

これは元北方方面軍の兵士だ。

そのほかにも、如何にもありそうな話から荒唐無稽に近いものまでありとあらゆる話が出てきた。
まるで戦場の噂大全だ、そう私達は笑いながらも迷いを抱いている状態に置かれてしまう。
調べれば調べるほど、別の側面が突然新たに湧き出てくるのだ。真実は一つではないが、それにも限度がある。
我々は、完全に五里霧中におかれた。

何が正しいのだろうか?まず、其れから考えてみよう。いろいろな話を聞くことができたが、何か違和感がある。
集めて統計をとってみれば、相互に一致したり矛盾したりしている。
つまり、何かしらもとになる事実は間違いなくあって噂が独り歩きしているのだろう。
それによって、私達にはまるで、真実がつかめない。
この戦争そのもののようだ。戦争について多くのことが語られ、戦争の惨禍は理解されている。
だが、この戦争の真実は未だに明らかにされていないままだ。

『V600』と『11番目の女神』の混沌さ。
それは、まるで、この戦争の本質ではないか。

※アンドリューWTN特派記者



※あとがき

すまない(´・ω・`)
数時間前に更新が不定期なるとお詫びしたよね。

うん、別に嘘は言っていないんだ。
確かに、投稿のペースは変わっている。
だが、別に遅くなるとは一言も言っていないんだ。ヽ(・ω・`;)ノ

うん、テンションあがっているうちに書き上げてしまった。
気まぐれでごめんね。( ;´・ω・`)



[24734] 第一八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/07/15 20:31
参謀本部戦務課第601編成委員会

こんにちは。
自分の感性が、他人と合わないと感じたことはありませんか。
受けた印象が全く真逆で、同じものをみたとは思えない事態です。
同じ言葉を話しているつもりでも、全く違う結論に至って不思議に思う事はありませんか。
なんか、合意できたと思ったら全く違う合意でした。
常識という言葉は何処に言ったのだろうかと勘繰ったことはありませんか。
まともに考えたらこうなるはずだと思って用意してみたら、全く違って笑うしかありません。

他人と、意志疎通できるならば忌々しい悪魔にでも祈って見せると歎いたことはありませんか。

私は、現在進行形で全てを体験しております。
申し遅れました。
私、第601編成部隊編成官を拝命しております、ターニャ・デグレチャフ大尉であります。
参謀本部が実験的に設置を決定した即応魔導大隊構想に基づく遠大な計画。
このたび軍人としてその一端を担えるは、無上の喜びとするところ。
随喜の涙を流すあまりに、なんでこうなったのだろうかと考えてしまうほどであります。
意味がわからん。ただ、なんとなくそう申し上げたい気分です。

何故か知らないうちにお偉いさんから大隊を好きにしていいよ?といわれるなど意味不明にも程があります。
率直に申し上げて、訳がわかりません。
強力なバックアップに、官僚機構が出したとは信じられないような大盤振る舞い。
逆に、怖すぎます。
気前の良い大蔵官僚に出会った気分とはまさにこれ。

信じられないものを見て、思わずだれかの頭をライフルで撃ち抜いて現実かどうか試してみた衝動に駆られるほどに不気味です。

しかも、ほぼフリーハンドとはこれいかに。
編成の規模は増強大隊。締め切り自由?
なんの冗談かと本気で笑いたくなりませんか。私は、笑ってみました。
ニヤッと笑っているところを見られて、死にたくなりましたが。
本当に、下士官のという気のきいたベテランじゃなければ言いふらされて精神がぼこぼこにされるところでした。

いや、優秀な補佐役らとしての彼らは大したものです。

彼らにそれとなく意見を聞いてみたところ、素晴らしい意見がありました。
編成が自由なら、大尉殿が納得されるまで要員を選抜されてはいかがですか?なんて、言ってくれるのですよ。
古典的な牛歩戦術とはいいますが、悪くない。

精鋭の選抜には時間がかかりますからね。

ブリテンのスペシャルなエアーのサービスとか選抜に時間がかかって仕方がないと聞いたこともあります。
おかげで、ようやく育った隊員が民間軍事会社にヘッドハントされて涙目とか。
これが、供給が限られた状況での売り手市場というやつですね。

自己投資を怠らなければ、この世界でも戦後には民間軍事会社へ転じることができるかも知れません。
そうすれば、いつの日か約束されたビバリーヒルズも夢ではないかもしれないのですから。

『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。
全ては、勝利のために。

求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。
生還の暁には名誉と賞賛を得る。』


どうみても、地獄への片道ツアーの案内です本当にありがとうございました。

常識的に考えて、こんなむちゃくちゃな募集要項に応募してくる連中はいないでしょう。
自分だったら100%応募しない自信が保証つきであります。
当然、部下の戦意不足と再訓練に補充とやることは多いでしょう。
下手をすれば、部隊の編成そのものが危ぶまれることになりかねません。
それでも、時間は稼げますし何より自分の要求水準が高くて部下が集まらないならば、参謀本部にも問題を転嫁可能。

合理的に考えて、これにまさる募集広告は無い!
そう確信していたのが、一週間前です。
思えば、よくこんなむちゃな募兵要項を戦務課が通してくれたものだとすら感心していました。
いやー現場を知らない連中だから、大言壮語を好んでくれて助かるとすら思っていましたとも。
ええ、前線からしてみればこんな無理難題を言われるのがわかりきった部隊に志願するのはアホだろうと。

だって、そうでしょう?
ようするに、常に最前線に放り込まれ、撤退時は最後に後退。
無理難題だろうとも、戦線をこじ開け、降伏も後退も認められないような常在戦場配置を宣言。
素直に、戦場は至難の場所と書いた挙句に、報酬はわずか。
うん、これで普通なら十分以上に説明義務を果たしたはずだ。
これに加えて、剣林弾雨の激しさと一寸の油断もできず、油断すれば即死とまで書いてある。
生還の暁には、一応メダルとかもらえるとは書いておいたけど、要するに特に何もないということだ。

エリートとして名高い魔導師が、こんなむちゃな求人条件で応募してくるはずがない。
いってみれば、ウォールストリートで
『サービス残業あり、労災適用外、休日出勤常態化、低賃金、医療保証なし
成功の暁には、満足と充実感を保証(成功の見込みは甚だ乏しい。)』
という求人広告を出すようなものだ。
エコノミストやトレーダーが応募してくるとは、誰だって思わないに決まっている。

応募してくるのがいれば、そいつはアホか天才だ。

それより過酷な募兵条件を出した時点で、3か月は志願者集めで時間を潰せると想定したほど。

・・・現実逃避は時間の無駄。
一介の常識的なリバタリアンとして、自分の時間を自由に使う権利の行使は何物にも代えがたい喜びではある。
が、可能であればできる限り満足度の高い時間を使いたいもの。つまり、逃避行動は時間の無駄。

ここは素直に積み上げられた志願書に向き合わなければならないだろう。

『従兵!従兵!』

参謀本部の一角にオフィスを設けて以来、一週間が経過しているが従兵を呼び出すのはこれが初めてだ。
正直に言えば、最初は如何に時間を稼ぐか、に思考を没頭させていた。
幾人かのベテラン下士官らに目的をそれとなく匂わせて、彼らの提案を参考にしたのだが。

何故だ?
何故、こんなに志願書があつまる?

・・・ひょっとして、半ば強制的に志願させられたとかだろうか?

だとすれば、牛歩戦術は見破られているということになりかねん。
そうなれば、この書類にケチを付けるためにまず事務員を結集する必要がある。

とにかく、一刻も早く事態を打開するべく行動を開始せねばならない。
そうしなければ、いつの間にか既成事実化してしまう。
ここは、些事も見逃さない口うるさいタイプの憲兵将校がダース単位で必要だ。
できる限り、今すぐに。

『はっ、はい大尉殿。なにか、ご用でしょうか。』

ん?
女性?

入ってきた若い(とはいえ、自分よりは年配になる)女性が敬礼してくる。
答礼しつつ階級章に眼をやれば特務伍長。ようするに、一芸で評価された人間か。
男女平等な帝国軍は、主として後方勤務に女性を大量に動員している。
まあ、一部では動員の代わりに労働に充てることを戦争経済の必要性から検討しているらしいが。
ようするに、事務員として戦える人間を後方におくのは無駄という発想らしい。
実に合理的極まる発想だ。案外、女性の社会進出も早いだろう。
もちろん、それ以上に前線送りのリスクもあるが。
例えば、能力があれば女性だろうと前線送りだ。
さすがに、歩兵には皆無に近く、少数の航空隊や魔導師。それに、例外的な狙撃兵くらいだが。
おかげで、敵国や第三国によって帝国軍は女性まで戦わせるとプロパガンダでぼこぼこにされる。

まあ、事務員くらいならば別にどうでもいいと思うのだが駄目なのか。

『・・ん、ああそうか。貴官とは初対面になるか。官姓名を申告したまえ。』

そもそも着任して以来、忙しすぎて従兵を呼ぶ暇すらなかった。
一応、習慣として人を呼びに行きたくなったので呼び出したのだが。
そもそも、彼女は誰だ?あと、私が顎で使ってよいのか?
重要なのは、この二点である。

『サーシャ・カヴェーリン特務伍長であります。大尉殿付きの従卒を命じられております。』

『ターニャ・デグレチャフ大尉だ。なるほど、どうやら随分と気を使われたようだ。』

同性を従卒に付けるという時点で、わりと気のきいた配置だ。
プライベートのことを従卒にやらせるつもりはないが、まあ女性の方がやりやすかろうという変な配慮が見えて仕方ない。
正直、やりにくいともやりやすいとも思えないのだが。

無能で無ければ、それでよい。
無能であったら、さっさと別の人物に交代してもらおう。
普通であれば、扱き使ってやる。
有能だったら、秘書と副官としてひたすら扱き使おう。

「さて、特務伍長。すまないが、衛兵司令にお願いして何人か憲兵をお借りしたいと伝えてくれ。」

だが、無能な怠けものですらメッセンジャーは務まると過去の偉人も言っていた。
衛兵司令に憲兵をお借りしたいというメッセージくらいは誰にだって運べるだろう。

正直に言えば、憲兵のオフィスにまで通じる館内電話が欲しいが何故か陸軍参謀本部内にはない。
伝声管や、艦内電話がある海軍はよっぽど先進的なのだろう。
それとも、陸軍は全体的に予算が欠乏しているのだろうか。だとすれば、それはそれでよろしくないのだが。

「憲兵ですか?」

そこは、わかりました大尉殿が理想的だった。
憲兵の部署を聞いてくるならば、まだ評価できるのだが。
それとも、彼女は私のお守でもするつもりなのだろうか。

「特務伍長。憲兵が他にいるのかね。できれば、ダースはお借りしたいと伝えること。」

部下になめられては、仕事にならない。
何のために、職責と序列が決まっているかを理解してほしいものだ。
特に、馴れ馴れしくしてくる部下なぞ、碌な連中がいたためしがない。
戦場で分かったことは、馴れ馴れしさとリラックスの一線が大きく違うという事だろう。
機会があれば、人事マネジメントのコツとでもして本を書くのも悪くない。

「失礼しました。すぐに、お伝えしてまいります。」

「結構。」

まあ、見た目が幼いのだ。
敵から外見で侮られる事で、生き延びられるのは歓迎しよう。
味方から侮られて足を引っ張られるのは、我慢できないにしても、だ。

ともかく、志願者が多すぎる。
リストを見れば、東部軍と中央軍どころか何故か西方方面と南方方面のものまで混じっていた。
・・・志願者は東部と中央軍から選抜しろと言われているはずなのだが。

いやまて、これは使える。
どのみち、これだけ志願者が多ければ確認でひと手間かかるハズ。

・・・これは、上に相談するべきだろう。

うん、そうであるに違いない。なにしろ、規定違反だ。
こんなことを許容していては、組織の規律が崩壊してしまう。
そういうわけなので、再選考を行う必要がある。

「よし、さっそく准将閣下のところへ行かねば。」

話が違う、そうねじ込むだけでもだいぶ時間は稼げるだろう。
そう思い、腰を浮かしかけた瞬間に自分の短慮を歎きたくなる衝動に駆られた。

マテ、待て待て。
単純すぎないかその見方は。

志願者が集まらないと見越して出した募兵は何故か、逆に成功した。
ここで、下手に再選考の必要ありとか言えば、いっそ全軍から募兵して良しと言われかねん。
そんなバカなことになればますます面倒だ。

西方軍と南方軍の書類は、見なかったことにしてしまおう。
所謂、厳正な審査の結果、今回は運よく前線送りを見逃して上げます的なのりだ。

そうだ。どの道、無理やり志願させられたに違いない連中。
行きたくもない戦場に派遣されそうになっているに違いないから、本心では選外を願っているはず。
つまり、選ばないことが最善。
絶対、そうしたほうが陰徳も積めるに違いない。

そうなると、むしろたくさん応募者がいることを活用しよう。
ここから最高の部隊を造るためにハードルを上げるのだ。
そうすれば、きっと時間もたくさん必要になる。運が良ければ、編成に時間をたくさん使えるだろう。
最悪でも、この選抜を乗り切れば盾くらいにはなるに違いないのだから悪くない。
悪くないどころか、素晴らしいと言える。

そうだ。
ここに至っては、損害を最小化することに頭を切り替えるべきだ。
コンコルドのようも馬鹿な決定過程の真似をすることは、避けたい。

損害の最小化とは、失う物を極限まで減らすこと。
つまり、藪蛇を避けるべきだろう。
其れさえできれば、全く問題ない。

悪鬼どころか、鬼神ですら逃げ出すようなむちゃくちゃな基準で選抜してやろう。



「アイシャ・シュルベルツ中尉、ただ今着任いたしました。」

「クレイン・バルハルム中尉、同じく着任いたします。」

東部軍から首都へと呼び出されて駆けつけてきた若い中尉達。
彼らが、首都郊外に設けられた第601編成委員会駐屯地に出頭したのは定刻通り11:00だった。
最精鋭の魔導部隊が結成される。
志願者は名乗りでよと言われ、義務感と功名心から志願した二人は、意気揚々と官姓名を申告する。

「御苦労。参謀本部第601編成委員会委員長、グレゴリオ・フォン・ターナー大佐だ。」

それを受け入れるのは、グレゴリオ・フォン・ターナー大佐。
正面のデスク越しにこちらを見極めんと睨めつけてくる歴戦の古兵を思わせる彼の威圧感に思わず二人とも背筋をただす。

しばらく、こちらを睨みつけてくる大佐の眼光によって直立不動となった二人に対し、何かを納得したように大佐は頷く。

「諸君には、すでに本日の予定が通知として来ていると思うが変更を告知する。」

予定の変更を通知。
これは、ひょっとして既に試験が始まっているということではないだろうか。

士官学校でも、予定の変更。
目標の変更は一般的なことであった。
柔軟な反応が求められているに違いない。

そう判断した二人は、一言も聞き洩らさないように全身を集中させる。

「通達してあるように、本日1400までに第七演習場集合は取りやめ。諸君は、ただちに第六航空戦隊司令部へと向かいたまえ。」

ただちに。
そう、ただちに第六航空戦隊司令部へ出頭せよということだ。
おそらく、『ただちに』というところが重要なのだろう。
如何に、緊急の命令に対応できるかが問われているに違いない。

「・・・なお、当然のことではあるが選抜過程による機密保持義務が貴官らにはかけられている。」

そして、選抜過程による機密保持義務。
やはりか。
そう思った二人は、機密保持と使える手段の検討に修正を加える。

市街地の飛行は原則厳禁。
一般の交通手段は使えるだろう。
だが、タクシーは機密保持規則上推奨されていない筈だ。

基本は、軍の車両。
それもできる限り憲兵や司令部付きの奴がいいはずだ。

「機密保持資格に疑義が出た場合、即刻原隊へ処分付きで送り返すので注意せよ。」

「はっ。」

言わずもがなの注意事項を通達され、速やかに退室した二人は即座に打ち合わせを始める。

「第六航空戦隊司令部?すまないが、所在地はわかるか?」

「ええ、問題ないわ。確か、アウグスブルク空軍基地所在の部隊ね。」

バルハルム中尉にとっては聞き覚えのない戦隊司令部。
だが、幸いにもシュルベルツ中尉が頭に叩きこんでいた。

帝都郊外のアウグルブルク空軍基地。
確か、輸送部隊を擁立し、大規模な輸送任務にも対応できるというはずだ。
精鋭部隊というだけに、空軍との連携も重視しているのだろう。

機密保持を勘案すると、たしかに郊外の基地の方が適切でもある。

「そうなると、郊外か。参ったな。軍用車両をどこかで調達できるか?」

だが、そうなると軍用車両の調達が課題となる。
二人とも、かなしいかな現在の所属は東部軍。
一般の部隊に対する命令権など存在しないし、つかえる手段は限られる。

「・・・参謀本部付きの憲兵隊なら持っているはずよ。予備を借りられないかしら。」

しかしシュルベルツ中尉は頭を廻すとこちらへ敬礼をしてきた憲兵の姿で活路を思い出す。
丁寧に答礼し、彼女は目の前の憲兵が参謀本部付きの憲兵軍曹であることを確認した。

彼ならば、車両を持っているはず。
機密保持資格も問題が無い。

「軍曹、車両を回せるかしら?」

「はい中尉殿。問題ありません。」

打てば響くような快諾。
取りあえずは、間に合うだろう。
そう思い肩の荷を下ろした二人に車両を手配した憲兵軍曹は最敬礼で二人を見送ると、同僚と共に肩を落とした。

騙されて基地へ飛んで帰る連中を見送るのが使命とは言え、多すぎではないか?

「・・・これで、14組目か。」

口に出して確認し、改めて多いなと思う。

「今日は、あと何組だったかな。確か、5組だと聞いたがな。」

彼らは、すでに今日だけで同じような相談を14件も受けている。
わざわざ彼らの目につくように巡回さえ、させられているのだ。
一人二人ならば、偶然なのだろうがここまでくれば試験官の意図もなんとなく見えてくる。

「まずいなあ、4組ぐらいは受かると思っていたのだが。」

まさか、あっさり騙されて原隊送りにされていると気がつかないとは。
あの中尉殿達もアウグスブルク発東部方面行きの輸送機で原隊に送り返されるに違いない。

「3班の連中が正解でしたか。」

全滅するに賭けたのが3班。
4組に賭けたのが1班。
ちなみに半数は受かると見込んだ2班はすでに脱落している。

頼むから、受かってほしいものだ。

持っていかれるボトルのことを思い、憲兵軍曹は切実に志願者の合格を祈った。
信心深い方ではないにしても、神にすがりたいと思っているのだ。



『つまり、V601は宣伝目的のプロパガンダですと!?』

若い少尉は、論外とばかりに口角泡を撒き散らしながら抗議の声を上げる。
握りしめた拳は今にもデスクを殴りつけようとするほどだ。

今にも、苦戦している西方方面軍へ助力せんと駆けつけた東部軍の軍人はプロパガンダをやっておけ?
冗談ではない。全身でそう物語る少尉。

『落ち着きたまえ少尉。私とて、このようなことを言うのは本意ではないのだ。』

相対する少佐は、実に申し訳なさ気に頭を下げる。
そう、少尉に対して少佐が謝罪するに等しいのだ。

彼もまた、この事態に憂慮している。
だが、少なくとも少尉に対して申し訳ないという気持ちを切実に言葉にできずとも態度で表わすのだ。

さすがに激昂している少尉も、目の前の少佐にぶつけるのは意味がないことを悟れる。

『・・・つまり、黙って踵を返せ、と?』

『すまんな。貴官の意欲は嬉しく思う。機会があれば、志願してくれ。』

心底から同情したような少佐の声色。
そこに込められた思いをくみ取ったのだろう。
少尉は握り拳をほどき、見事な敬礼をすると一礼し、退室していく。

『・・・失礼します。』

そう言って少尉がドアを閉めた瞬間、室内で失望のため息が盛大に零れた。

「・・・これではいい加減、対光学系術式対策を徹底しようという気になるな。」

つい先ほどまで、壁しかなかった一角に忽然と現れた数人の将官が苦虫をダース単位で噛みしめるように吐き捨てる。
彼らは、嫌になるほど単調な三文芝居を延々と見せつけられ嫌気がさしているのだ。
全くもって嘆かわしいことに、演じさせられているとは気が付きもしない間抜けの演説を延々聞き続ける。

それを演出するのは簡単な仕組みだ。

光学系で欺瞞の立体映像を作成。存在しない人物を部屋の隅に置いたデスク前に映し出す。
そして、部屋の違和感を光学系偽装式誤魔化す。
要するに、隅っこの方にある違和感を誤魔化すために内装をいじるのだ。
そうすることによって、そのデスクが中心にあるかのように偽装。
つまり、室内は随分と小さく見えることになる。
余剰スペースでは、高級将官らが苦虫を潰して観察しているというわけだ。
ようするに、少尉は独り芝居を盛大に居並ぶ査察官の前で演じていた。

結論は仮にも、魔導師であるならば常識以前の基本である認知力。
それすら欠落していると如実に証明された彼は、東部軍の実戦経験欠如を見事に宣伝してのけた。
そういうことになる。

敵軍ならばともかく、自軍の無能さが証明されたのだ。
愉快な参謀などいるわけがない。

「でしょうね。視野狭窄と言われても仕方ないはずだ。」

肩をすくめるデグレチャフ大尉。彼女のうんざりとした表情にいら立っていた面々はむしろ蒼白だ。


精鋭部隊の選抜試験で、すでに東部軍は全滅に近い結果を突きつけられた。

曰く、無能、怠惰、傲慢、無策、低能、注意力散漫、観察力皆無、最悪の給料泥棒と言いたい放題。
結論が、東部方面軍魔導師全般に対し、再教育の必要性を認ムル?

冗談ではない。

そう言って東部軍から参謀本部に怒鳴りこみに送られてきた参謀が目にしたのは実に情けない光景だ。


『口で申し上げるよりも、ご覧になった方が早いでしょう』

そう言うや、デグレチャフ大尉は試験官として抗議に同調していた将官らを招聘した。
試験自体は単純な仕掛け。
ようするに、光学系の欺瞞という基礎的なトリックに気が付けるかどうかだけだ。
例えば、はなしかける映像は実態が無い。

だから、机越しという配置である程度誤魔化すらしいが、一日中見ていれば非魔導師の自分ですら違和感に気がつく。
なにより、立体映像は口を動かす真似をしているだけ。
後は、合成音声でデグレチャフ大尉がでっち上げた話を横から適当にしゃべっているだけなのだ。

本当に耳を澄ませていれば、横から聞こえてくることに気がつく。
種が分かっている人間からしてみれば、忌々しいほど単純な仕掛けにほとんど全員が引っ掛かった。
大半の連中は、行けと言われた空軍基地からそのまま原隊に送り返されるという。

これでは、抗議よりも東部軍が訓戒されかねない内実である。いや、確実にそうだ。
東部軍から抗議に出向いてきた参謀らには、軍中央から叱責目線が四方八方から飛ばされる始末。

「なるほど。貴様が散々不合格を突きつけるものだから、視察しに来てみたが納得だ。」

戦務次長のゼートゥーア准将が笑いながら、東部軍の使者を睨みつける。
一体、貴様らは今まで、何をやっていたのか、と。
魔導師の教本には、共和国軍の活用する統制射撃へ光学系欺瞞式が有効な対処法として記載されている。
また、共和国軍も戦場で多用する事から対光学術式対策は魔導師の基本とされているのだ。

選抜段階で基礎すらできないと証明されては、東部軍の立つ瀬がない。

「しかし、中央軍の実戦経験者が半数は見破れる詐術か。」

「同水準のそれを東部軍では、ほぼ全員が見破れないのは問題だな。」

「光学系の式で幻影を形成しているだけの単純な術式です。実戦では一般的なデコイとしてつかます。」

暗に、デグレチャフ大尉が練達しているからではないのか。
そういう意味合いを込めた疑問に対しても、デグレチャフ大尉は淡々と答える。
実際、中隊規模の統制射撃を相手に光学系欺瞞を活用し生き抜いてきただけにその言葉は凄まじい重みを持つ。
なにより、中央軍で先に西方へ派遣された部隊が半数近く見破っているという事実。

「光の屈折で、眺めている試験官の前で実在しない映像相手に踊っているのです。採用したくない気持ちもお分かり頂けるでしょう。」

実戦経験者やベテランが、前提条件と見なす条件。
それは、最低限度の要求水準と見なすには合理的と言わざるを得ない。

これでは、最低限度の要素すら欠落している志願者では、意欲以外に評価できずとも無理もないだろう。

「それで、東部軍の成績は?」

「東部軍志願組は、これまで29組中27組が幻影に騙されて原隊復帰となりました。」

淡々と報告書を読み上げてくる事務官の言葉に、一日中喜劇を見せつけられていた査察官らは思わずため息をつく。
あれほどあっさりと騙されているようでは、無理もないのだろう。
東部軍の再教育を真剣に検討するべきかもしれないと、すでに作戦参謀らは頭を抱え始めている始末だ。

あんなにあっさりと誤魔化されるような部隊で、戦争ができるものかと深刻な疑いが生じている。

「中央軍の10組中5組が受かったのと合わせても、中隊分しかありません。」

そして、2人1組で行われている一次試験の合格者はわずかに12人。
これでは全員採用しても中隊分の人員しか編成できない。
目標のわずかに25%に留まる。

「現在、残っている東部軍65組に期待したいところです。」

一応は、期待しないでもない。
しかめっ面をしつつ、ぼそっとデグレチャフ大尉が一言呟いて見せる。
そういう口調だが、目は無理だろうということを主張してやまない。
実際、今日のあり様を見ている査察官らも同感である。
いや、東部軍の参謀らですら同意せざるを得ない。

あんなありさまでは、確かに厳しいだろう。
突然東部軍の練度が向上でもしない限りは、せいぜ4、5組受かれば良い方だ。
下手をすれば、増強1個中隊が限度となってしまいかねん。

「この割合では駄目だろうな。」

諦観と共に、東部軍の将校らの肩が落ちる。
彼らとて、自分達の部隊が無能だという烙印を押されるのは望まないが現実は残酷だ。

当分、東部軍魔導師は冷飯ぐらいになるだろう。

「・・・要求水準を引き下げられるか?」

「再訓練を施せば、使い物になるという基準設定が必要です。編成に時間がかかります。」

失望の念もあらわに戦務課の将校らが、編成期間の見直しに言及する。
訓練で何をやっているのだ。
そう言わんばかりの目線を東部軍参謀らにむける者も珍しくない。
なにしろ、要求水準を引き下げると必然的に部隊の編成に時間がかかる。
一番厄介である部隊の教育期間が信じられない程長くなるのだ。

誰だって苛立たない方がおかしい。

ベテランを部隊に馴染ませるのと、新兵を基礎から叩きこむのでは全く意味合いが異なるのだ。
能力差がありすぎる部隊は運用にも支障をきたすために、均質化せざるを得ない。
つまり、デグレチャフ大尉が選抜した中隊を基幹としつつも部隊を形にするには時間がかかるということだ。

「具体的には?」

「一月ほどは。」

針のむしろに座らされた東部軍の面々を救ったのは皮肉にもデグレチャフ大尉の一言だ。
一月という数字に、思わず全員の意識がそちらに集中した結果、東部軍のことが意識外へ落ちている。

選抜し、再教育するということは本来恐ろしいほど時間を必要としてしまう。
だが、居並ぶ高級将校の前でなんということも無しにデグレチャフ大尉は大言壮語するのだ。
一月もあれば、無能どもですらまともな兵隊に叩き直す、と。

ただの大尉がこれを口にするならば、虚言癖かただの馬鹿だと思われるに違いない。
新兵教育で2年かかるのだ。いくら経験を積んだ魔導師だからと言って大隊を1カ月で作るという方がどうかしている。
『無理だ』『不可能だ』『実現性が無い』と誰もが喉元まで出かかっている。

しかし、其れを言わせないだけの風格がデグレチャフ大尉に漂っているのだ。

叩き直してご覧にいれよう。

実力に裏打ちされていなければ、不遜なほどの自信を彼女は示す。
孫の様な年齢の大尉に、居並ぶ高級将校が軒並み呑まれているのだ。

東部軍への問責は一時的に棚上げされてしまう。

「ならこの際構わない。多少手荒でも、再教育してやれ。」

唯一、この事態を予想していたのだろう。
戦務課の参謀次長を努めるゼートゥーア准将がニヤリと笑った。
多少、手荒でも。
この場合は、死なない程度にやってよいという許可だ。
一か月しかないのならば、しごくほかにない。

「はっ。」

良く理解しているのだろう。
応じるデグレチャフ大尉も、良く似た微笑みだ。
まるで、吸血鬼が獲物を獲得したかのような獰猛な微笑み。
そう、笑うという行為は、本質的には攻撃的な行為である。

「この記録を、教導隊におくってやれ。連中に、東部軍を再教育させてやる。」

そして、彼らはそつがない。
思い出したかのように付け加えるゼートゥーア准将は、東部軍を放置する気はさらさらないのだ。
これを機会に、むしろ徹底的に叩き直す所存を示す。

「全く先が思いやれる。今後は戦訓の共有が課題だな。」


あとがき?
やあ、大隊戦友諸君(´・ω・`)ノ
うん、マッセナ師団の真似は無理だorz
すまない。

今後の更新は金曜:がんばるお。土曜:やってみるだけやってみるお。日曜:ムリぽ。月曜:神よ祖国を守りたまえ。火曜:たぶん復活してるお。

という予定(暫定)。

あと、多くの反響とかコメントとか感謝感激であります。
頑張っていくので、今後ともよろしくお願いします。

※微修正しました。



[24734] 第一九話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/07/15 23:06
はたから見れば、異常な光景だ。
いや、本当に自分の正気を疑うべきかもしれない。

『こののろまども!尻を引きずらずに、さっさと高度を上げろ!』

『たった8000だぞ?不抜けどもめ。聞こえていないのか?』

先ほどから、感情を感じさせない平坦な声が無線で流れている。
信じられないかもしれないが、これは声変わりも微妙な少女が発しているのだ。

展開された魔力光は禍々しく点滅し、高度を下げようとすれば容赦なく撃ち落とす意思を示している。

『むりです、もう無理です大尉殿。』

『よろしい。ならば、死ね。今すぐに死ね。貴様が死ねば諸経費が仲間のために役立つ。』

弱音を吐くと冗談抜きで砲撃術式が展開される。
意識がブラックアウトするか、魔力が尽きて降下せずに高度を下ろすものは、断固撃墜する。
そんな馬鹿げた宣言が、本当に行われると予想しなかった魔導師らは、文字通り百聞は一見にしかずを学んだ。

『さあ、潔く死ぬか上昇しろ。』

今日もまた随分と規格外だ。

共和国軍魔導師が、高度8000に至っている。
で、あるならば我々は高度10000を目指さざるを得ないと信ず。

たった一言、そう呟いた教官は『直ちに』全力で上昇するように命令した。
その時点で躊躇した志願者は選外。おそらくは、其れが幸運なのだろう。
通常、高度6000を越えての交戦は自殺行為だと見なされている。
その高度6000を平然と越えて高度8000を指向。

この選抜試験は狂っているかもしれないが、参謀本部も各方面軍も大真面目だ。

『無能』をたった『一月』で精鋭に育成して見せる。

大言壮語などではない。デグレチャフ大尉は、本気だ。
本気で、骨の髄まで叩き直し、精鋭へと叩き上げるつもりに違いない。

「レルゲン中佐、いかがでしょうか。」

第601編成部隊の訓練を視察したい。
そう申し出たレルゲン中佐を、デグレチャフ大尉は実に簡単に受け入れた。
まるで、何一つとして問題はないと言わんばかりの態度。

いや、実際に問題はないのだろう。
少なくとも現時点では訓練で死者は出ていない。
重傷者も皆無に等しく、ぎりぎりの見極めが異常に上手くなされている。

「見事なものだ。」

本当に、見事というしかない。
兵を限界ぎりぎりまで絞り上げることにかけては天才的だ。
生かさず殺さず能力のぎりぎりまでを文字通り絞りださせている。

死に直面する恐怖に等しい経験で、兵士が大幅に能力を伸ばすというプログラムなのだろう。
一か月も疑似的に死の恐怖に追われれば、確かに急激な能力向上予想も納得いく。
しごかれる将兵には、つくづく同情するが。

「・・・酸素ボンベも無しに、何故高度を8000に上げられる?」

だが、居合わせた技術将校らは別の視点から衝撃を受けていた。
訓練とは言え、高度8000へのアプローチが平然となされている。
あのデグレチャフ大尉だ。別段、高度12000を飛んだところで驚くには値しない。
だが、将兵をその高度へ上がらせられているということは大きな意味がある。

「ああ、それは単純です。」

だが、茶飲み話をしながら話す話題のように案内役の憲兵はあっさりと答える。

「酸素発生の精製式を常時展開させているそうです。」

その意味を理解するまで、一瞬間が空いた。
常時展開。つまり、式として常駐しているということだ。

「・・・常駐式を二つもかね?」

「はい。最低限度の要求水準として要請された模様です。」

憲兵は、技術職ではない。
故に、その専門領域での革新性に衝撃を受けることもないだろう。

だが、参謀本部の技術者たちは愕然としている。
がやがやと騒ぎだし、一部ではそんな馬鹿な囁き声まで漏れてくる始末。

そう。魔法式の多重起動。一応、理論上は可能だ。
技研の研究でも、常にそれ自体は実験として成功している。
だが実戦使用に耐えうる並列常駐式を可能とする演算宝珠の開発は難航しているはず。

いったい、何処からそのような代物が出てきたのかと彼らは騒ぎ始める。

「どこから、そんな無茶に応えられる演算宝珠を?」

まだ、正式に軍へ納入されてすらいない代物。
何処の試作品かは知らないが、随分と伝手のあることだ。

まったく、あきれるしかないとレルゲン中佐は肩をすくめる。
あれほど才能だけは突出した軍人だ。
どこの軍事メーカーが新型の検証を依頼しても不思議ではない。

「大尉殿がエレニウム工廠から先行量産群を強奪同然に徴用したそうです。」

其れを聞いても、ああ、あそこか、というぐらいの意識しか思いつかない。
なにしろ、彼女はそこで技術開発に従事していた経歴がある。
当然、主任技師との接触は今でもあっておかしくない。ならば、そのつてで新型が流れてくるのは自然な流れだ。

機密が多いエレニウム工廠から徴用したというのだ。
参謀本部装備調達部の黙認があったのだろう。
そうでなければ、今頃憲兵隊が死体の山となって転がっても不思議ではない。

『単調な機動を取るなと言っただろう!良い的だと何故気がつかない!?』

高度8000で、何とか安定した飛行を確立しようとしている訓練生。
そののろまさを嘲笑うようにデグレチャフ大尉の機動は滑らかだ。
まるで、亀の様な動きの訓練生に対して大尉の機動は燕のように素早い。

これが、ネームドなのか。

『よろしい。言ってわからないなら、実践あるのみだ。』

『ら、乱数回避!急げ!』

「・・・信じられん。常駐式を並列起動して乱数回避機動が取れるのか。」

目の前で繰り広げられている訓練は、ほとんど訓練生が逃げ惑うだけの訓練だ。
一見すれば、情けないにもほどがあるだろう。

だが、技術的に理解が深いものから見れば、ほとんど信じられないことの連続。

技術的に不可能に近い並列機動を安定して実現。
あまつさえ、戦闘機動に等しい乱数回避機動に耐えうる演算宝珠など夢の様な存在だ。

「デコイも出していますね。」

いや、それどころか幾人かの訓練生は砲撃を回避するために光学系のデコイを積極的に活用し始めた。
つまり、乱数回避を行いながら、光学系の欺瞞用デコイを生成できるだけリソースに余力があるという事だ。
みたところ、かなり展開速度と欺瞞性の高いデコイらしい。
いくつかは、自律行動を見せているようにすら思える。

全く大した性能だ。

しかも、それを量産可能な規格に落とし込み、量産してのけている。

「・・・エレニウム工廠の新型は想像以上に優秀ですな。」

次の制式採用はアレ以外にはありえないな。
あの光景を目にすれば、誰だって反論しないだろう。
少なくとも、耐久テストは彼らが現在進行形で行っている上に、性能は申し分が無い。
課題はコストくらいだ。それとて、本格的な量産が決定すればだいぶ下がる。

「エレニウム工廠に資料を請求したい。」

「わかりました。手配しておきます。中佐殿。」

副官に資料請求の手配を任せるとレルゲン中佐は上空の軌跡に目を向ける。
実に見事な空中機動だ。
ほれぼれすると言っても良いほどに、技量が卓越している。

才能と人格は反比例するのだな。
そう思った自分の人の悪さが、逆に仮説を証明するようで不快だ。

『いい機会だ。貴様らの価値を証明して見せろ。』

「デグレチャフ大尉、いささか行きすぎではないのか?」

素朴な疑問だが、彼女は兵隊の損耗を嫌うという。
一体なぜだろうか。彼女が隣人愛に目覚めるわけもないし、兵士を駒としてみているからか?
それにしては、この訓練は本当にぎりぎりだ。
駒を育成するという目的からすれば、行き過ぎなほどに。

『いえ、問題ない範疇だと認識しております。ここで選別し、排除するべきです。』

だが、その疑問は彼女の解答でさらに深まる。
何故か?
選別し、排除するという発想は士官学校時代のスピーチそのものだ。
曰く、『無能という疫病から帝国軍を防疫するのが我が使命』。

駒の育成というよりも、切り捨てに近いものが感じられる。

「限度がある。すでに、半数が脱落したのだぞ?」

一体なぜだろうか。

『まだ、二個大隊分の人員はあります。人的資源には、まだ問題ありません。』

「そうか。わかった。続けたまえ。邪魔をしたな。」

ああ、畜生。
そういうことか、よくわかった。
資源か。
そうか、人的資源か。
人的資源と言うのか兵隊を。

貴様にとって、兵隊は人的資源という代替可能な資源というわけだ。

『いえ、御気になさらずに。』

なるほど、違和感が理解できた。
あいつは、デグレチャフは、デグレチャフ大尉は、人間を数で数えている。
それ自体は、参謀に珍しいタイプでもないが彼女は意図してではなく、資源として数えているのだ。

ならば、やつは実に合理的だ。

資源の有効活用ということにかけては、実に計算高いに違いない。

「良くわかったよ。なるほど、貴様が書いたに違ないない。」

総力戦や世界大戦の認識に、どこかで見た記憶があるはずだ。
すぐそばに、根源があった。
だからこそ、見覚えのある足跡を見出せるのだ。

数字の狂気。
狂気の世界。
世界がおかしいのか?

まったく、嫌な時代に軍人になったものだ。
嫌な奴がいる時代に、戦争が起きたものだ。
糞ったれの神様とやらがいるならば、悪魔に味方している時代に違いない。

「中佐殿?」

「やれやれ、彼女が狂っているのか、世界が狂っているのやら。」

あの訓練が、全てを物語っているように思えてならない。
いやはや、彼女の本質を見極めることのなんと恐ろしいことか。
あれは化け物だよ。

後日、レルゲン中佐は参謀本部に辞表を提出するに至る。
戦時中故、慰留され現職にとどまることになったが、彼は変わったと以前を知る人間からは評された。
とにかく、現場の意見を尊重する。
同時に、下士官兵の意見を極力収集したというのだ。
参謀本部主流の高級士官としては異例なことに、彼は常に現場からも認められていた。

そのことを他人から褒められたとき、レルゲン中佐は笑って指揮官先頭の精神と現場主義の大切さを説いた。

なにしろ、信じがたいことに、デグレチャフ大尉は教導過程の全てに参加していたのだ。
兵士と同じタスクをこなし、なおかつ兵士を指導し、あまつさえ兵士を介護する。
大の大人が悲鳴を上げるような過酷な演習を、平然とこなすどころか、全体を俯瞰する余力すらあったのだ。
率直に言えば、訓練の一つ一つがありえない程限界ぎりぎりまで兵士を絞るものだろう。
一つ間違えば、死人が出ても不思議ではない。いや、出なかったのはほとんど幸運に過ぎないだろう。

それでも、兵士が不可能だと抗弁できないのは、単純に目前で平然とデグレチャフ大尉がこなしていたからに過ぎない。

そこまでやったからこそ、彼女の下に部隊は集った。
で、あるならばだ。
学ぶべき点から学ぶことを、彼も厭わないのだ。

・・・少しでも狂気に抵抗するために。



一月で精鋭が育つわけがありませんとも。
ええ、常識で考えればわかる話。
それを、大勢の高官の前で宣言すれば後には引けなくなる。

言ってしまえば、失敗すれば普通は大問題。
それこそ、キャリアに傷が付き懲罰的に最前線送りもありうる話。

しかし、デグレチャフ大尉ですら育成できない程資質に問題ありという結論が誘導できれば意味が逆転する。

臭いものには蓋の発想で、この話が無かったことになるのも予想されるのだ。

加えて、戦務課からは非常の手段を用いるも可との許可を得ている。
徹底的に、かつ限界ぎりぎりで訓練すれば絶対に根を上げるはずだ。
そうすれば、耐えられる訓練を放棄した根性無し共という評価が他の人間に行くだけで済む。

私は無傷だ。

だから、古今東西ありとあらゆる特殊部隊の訓練方法を取り入れようと思う。
米国風のメニューは以下の通り。
水中順応訓練ならぬ高度順応訓練。
文字通り、限界まで根性を出させることにしよう。

この訓練が終了すれば、後は悪名高いヘルウィークだ。
4日間の合計睡眠時間は4時間。
徹底的に極限状況に追い込み、人間の本性を暴きだすという過酷な訓練。
いくら、魔導師が思考分割可能とはいえ、限度がある。

仲間よりも自分を優先する帝国軍人にあるまじき愚者を暴きだすという大義名分のもとにやってやろう。

もちろん、部下を苛めるのは本意ではない。
無意味な暴力をふるって喜べるほどの低能ではないのだ。
きちんと、意味付けし合理化し、意味がなければ暴力など振るいたくもない。

だから、リタイアはいつでもウェルカム。
むしろ、さっさとリタイアしてほしいくらいである。
抑圧から解放されたいと思う。だから、早くリタイアを選びたまえ。

取りあえず、ヘルウィークを凌がれたら一週間のSEREだ。
対尋問・サバイバル訓練をみっちりやってやろう。
一週間の間に、発狂寸前まで追い込めばすぐにリタイアするはず。

それでも粘る戦争狂素質の連中対策もばっちりだ。
ヘルウィーク直後にSEREで疲労困憊した連中。
そのまま、非魔力依存長距離行軍演習をアルペン山脈で一週間ぶっ続けで行う。

もちろん、睡眠時間も休息時間も限界ぎりぎり。
戦場の記録で、一番悪いモノを基準としてある。
たとえば、水は水筒半分だけとか。
もちろん、手持ちの食糧はなし。
演算宝珠を使用すれば即失格。
使ってよいのは、二人でナイフ一本。
参謀旅行をより厳しく、稠密な代物にしたと言えば、お分かりいただけるだろうか。

険しいアルペン山脈を一週間で横断できねば則リタイア。
通常、一週間での踏破は厳しいとみられる程度だが、健康体が万全の装備と状態で挑んでの話だ。
こんな条件で突破できる人間がいるとしたら、呪われているに違ない。

ようするに、そこでミスをした者から容赦なく落とすのだ。
そうしていけば最後には、程良い結論になるだろう。

なに、これだけでは万が一ということもある。
そこで、絶対に確実となる保険も用意した。

これだけは、これだけは絶対に使いたい手ではなかったと言っておく。
私にとっても、全く本意ではないのだ。
だが、これ以上に確実な手段も皆無。
故に、ええ、涙をのんで保険を用意しました。

わざわざ、エレニウム工廠のMADが新開発した試作量産型を標準装備としたのです。
あの歩く災厄ことアーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師。
彼が開発中というエレニウム工廠製97式『突撃機動』演算宝珠の先行量産モデル。

きっと、あの忌々しい主任技師の責任追及問題に発展される事も期待できようという物。


ええ、そう思っていた時期が私にもありました。
なんで、でしょうかね?
本当に、人生とは、呪われているものなのか。
それとも、人間の可能性とは無限なのでしょうか。

信じることは大切かもしれません。
でも、思い出してください。
希望的観測は徹底して排除しなくてはならないと。

経験的なアプローチは常に有益です。
思い出してください。
いつでも、貴方の失敗は、貴方に原因がある場合が多いのだと。

気が付いた時には、もう手遅れになっていることが多々あると。


本日をもって貴様らは無価値なウジ虫を卒業する

本日から貴様らは帝国軍魔導師である

戦友の絆に結ばれる

貴様らのくたばるその日まで

どこにいようと軍は貴様らの兄弟であり戦友だ

これより諸君は戦地へ向かう

ある者は二度と戻らない

だが肝に銘じておけ

そもそも帝国軍人は死ぬ

死ぬために我々は存在する

だが帝国は永遠である

つまり―――貴様らも永遠である!

故に、帝国は貴様らに永遠の奮戦を期待する


・・・なんで、私はこんなことを言う羽目になっているのだろうか?

前後の記憶があいまいだ。
遺憾なことに、訓練中にエレニウム95式を起動したためか、部分的に記憶が飛んでいる・・・。




戦場には、面白おかしく語られる噂が少なくない。
例えば、首なしお化けが首を探して未だに彷徨うというたぐいのものだ。

実際のところを言えば、戦場の噂というのは何か根本は存在する。
それが、どこかの段階で膨れ上がって肥大化した噂に化けてしまう。
戦場の噂・怪奇現象というのは得てして何かしらのエピソードが誇張されたものだ。

私達は『V600』と『11番目の女神』を調査する過程で、多くの噂にも接した。

“これもあの戦争の記憶である。”

そう判断した私達は、戦場で語られていた噂の収集も並行して行うことにしていた。
実のところを言えば、『V600』も『11番目の女神』に関する情報収集も難航している。
ロンディニウム・タイムズのジェフリー特派員が私達に個人的に協力してくれいるため、彼に期待したいところだ。

そういう事情なので、今回は『戦場の噂』にスポットライトを当ててみよう。

ある者は、荒唐無稽な話を語った。
ある者は、まことしやかな話を語った。
ある者は、真実とも偽りとも判然としない話を語った。
ある者は、一切のコメントを拒否したが、真実は違うと沈黙で示した。

そんな戦場の噂は戦後かなり有名なものもいくつかは知られている。
そして、それが本物だということもたまにはある。

例えば、帝国の『B作戦』なる大規模な通貨偽造作戦だ。
正式名称は『高度戦争経済打通戦略第七号提案』というごてごての名前のそれだ。
発覚したのは、『帝国軍の隠し財産』を信じたトレジャーハンターに夜発見がきっかけだった。
噂どおりに、帝国が引き揚げた占領地から、馬鹿げた規模の外貨が発見された。

しかも、驚くべきことに専門家も欺くほど精巧な完成度の偽造通貨だったのだ。
発見された通貨は終戦直前に製造され、隠匿されたものだったと判明した。

この作戦は一般に、偽造を行ったB機関の名前由来の『B作戦』として知られている。

なんとも驚くべきことに、共和国と連合王国が戦後調査した結果がここにある。
戦後すぐには、経済混乱の懸念から秘密にされていたものの、遂に隠しきれずに両国が公表したファイルだ。
それによれば、帝国は、大陸本土ではなく共和国・連合王国の植民で大量に偽造通貨をばら撒いたらしい。

その量、総流通量の13%。
大戦後、植民地が武装独立運動を展開する上での秘密資金元は、このB資金だとも語られる。

戦時中に、帝国が後方錯乱を狙ってばら撒いたB資金は世界史に大きく影響を与えたとまで嘯かれているほどだ。
さすがに、この辺は真相が曖昧であるので、コメントは差し控えることにしたい。

そんなわけなので、噂が真実を含んでいないとは、さすがに断言できない。

例えば、エレニウム工廠製97式『突撃機動』演算宝珠は、エレニウム95式なるもののダウングレードに過ぎないという噂もある。
まあ、これはさすがに傑作演算宝珠の制作秘話がほとんど失われてしまった故の戦場伝説だろう。

先行試作機の多くが、誤解を招いたのかもしれない。
実際、連合王国にも似たようなエピソードは事欠かないのだ。
戦闘機として名高いスピリット・アーサーには、スピリット・ファイヤなる別の機体があったと軍事専門誌が騒いだことがある。
議会が、空軍の二重予算を疑うに至るまでいったこの騒動。
調査の結果は?

まあ、みんな御存じのように制式採用を競ったF202ドラゴンのことを、帝国軍が誤認して新型と記録したのが原因だ。
この新型疑惑を、帝国軍はスピリット・ファイヤと推測し、それを専門誌が丸呑みにしたというのが真実らしい。
おかげで、空軍は逆に戦後予算が少なすぎるという実態が把握し予算が増えたとも言う。

この疑惑、実は空軍の自作自演疑惑も一部では噂になっていた。
ここまでくると、何が何だかさっぱりということだ。

そういうわけで、まあ、本物を見つけるのは困難。
この世界で私達は、砂漠におちている宝石を見つけようとしているわけだ。
たまに、其れと思しきものを見かけても大半は蜃気楼。
蜃気楼にも種類があって我々が幻惑されるものから、さすがにそれはないな、というものまで様々なだが。

まあ、中にはほほえましい噂もある。

例えば、近年一番笑えたのは、帝国軍魔導師は子供恐怖症だという戦場伝説だろう。
曰く、子供が笑うとパパが怯えるのよ、と奥さんが笑って言ったという話だ。
由来は不明だが、まあ、世界を恐れさせた帝国軍魔導師にも敵わないものがあるという噂は面白い。

彼らにも、苦手なものがあったのだ。

そう思えば、だいぶ戦後の融和にも役立つことだろう。


ふう。お疲れ様。え?共感できるかって?微妙だね。
どちらかと言えば私は子供よりも妻が怖いし。
ん?

ちょっ、ちょっとまて。ちょっと待ってくれ。

止めたんじゃないのか?おい、待ってくれ。今すぐに止めてくれ。

ん、ああ、ええっと。
いや、違うんだキャッシー。
本当だとも。うん、そう、軽いジョーク。いや、本当だって。
え?いや、うん、話し合おうじゃないか。きっと、何かの誤解・・・・


※アンドリューWTN特派記者

※アンドリュー記者が、たまたま一身上の理由により休暇を取ったため本連載は一時休載致します。
WTN


あとがき
・・・アンドリュー記者同様に、作者もお休み致します。
申し訳ない。
ちょっと土曜日曜はムリぽ。
フリとかネタじゃなく、まじむりぽ・・・。
月曜も頑張るけど、たぶんむりぽ・・・。

鋭気を養って火曜日から頑張りたいと今は・・・。


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