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[28755] 【習作】迷子の赤い死神 リリカルなのは×鬼畜王ランス
Name: 丸いもの◆0802019c ID:2baa930d
Date: 2011/07/09 17:46
これはリリカルなのはと鬼畜王ランス(設定は鬼畜王を基準に戦国ランスまでの
正史ルートを組み合わせたもの)のクロスです。
主人公はランス君じゃないため残念ながらエロはありません。
主軸となる人物が所々でありえない無双をしているため割を食っているキャラが
います。プレシアさんとかごめんね・・・
結構というかかなり自己解釈あり。
色々土下座したい部分ありますが興味が湧いたら暇潰しに読んで頂ければ
嬉しいです。
では、始まります。



[28755] 導入部分のようなもの
Name: 丸いもの◆0802019c ID:2baa930d
Date: 2011/07/09 19:12
 ある宇宙の空間に浮かぶ一つの大陸、
 そこでは人間が魔人と呼ばれる恐ろしい生物と戦争をしていた。
 その戦争はリーザスと呼ばれる国の王となったランスと呼ばれる人物が
 ヘルマンとゼスの二大大国、独自の戦闘集団国家であるJAPANを従えて
 人間と対立する魔人達を打倒するために仕掛けられたものであった。
 ある者は殺された恋人の復讐をするため、ある者は長年続いた大陸の戦争に
 終止符を打つため、様々な思惑を持った人間がこの戦いに身を投じた・・・

 この物語はその戦争に関わったとある男に起きた悲劇、そして不可思議な事件の 始まりである


















「今だ!斬り込めっ!!」
 雪が降り積もるヘルマンの帝都の近く、白く染まった大地にて。
 そこでは人間と魔物による激しい戦闘が行われていた。
 その中で戦闘の中心となっている赤い騎士鎧に身を包んだ部隊。
 指揮官鎧を着込んだ人物がその部隊の先頭に立ち、
 大声と共に魔物の群れへ突撃する。
 その突撃を受けた魔物達は血を空に撒き散らし斬り飛ばされていく。
 リーザス王国精鋭部隊の一つ―――赤の軍は敵陣のど真ん中を一点突破し、
 撹乱する。それに続いて赤の軍を追うように他の部隊も突撃して魔物を
 半包囲しながら少しずつ殲滅していく。
 突破した赤の軍も反転して自分達も魔物の殲滅へ加わろうとした時、
 この軍の副官が急いで将軍の下へ駆け込んできた。


「リック将軍!前方からさらに次の魔物部隊が迫って来ています!!」
 リックと呼ばれた人物は無表情で一瞬だけ考え、命令を出す。
「態勢を立て直せ、先程と同じように敵をひきつけて一気に叩く」
「しかしながら将軍、私達の部隊は今までの戦闘による損耗が激しすぎます。
 一旦撤退して他の部隊と合流するべきでは?」
「いや、撤退するにはもう敵との距離が近すぎる。
 今ここでそんなことをしたら隙だらけになって無視できない損害を被る。
 それにこの場所に穴が開いたら前線が崩壊して軍が総崩れだ。
 損耗が激しいのはどの前線部隊も同じ、自分達が楽をするわけにはいかない状況 だ」
「でも・・・」
「メナド」
「・・・了解しました」

 上官に見つめられて萎縮したメナドと呼ばれた人物は敬礼をしながら急いで
 自分の指揮する部隊へ戻っていく。
 戻っていくその顔には複雑そうな気持ちが見て取れる。
 副官の様子を見て赤の将、リック・アディスンは気持ちは
 分からなくもないと思った。
 すでに自分達の率いる部隊で動ける者は半分近くまで減ってしまっている。
このままでは軍として行動不能となって全滅だ。
 王から賜り、今まで苦楽を共にしてきた大切な部下の命を失うのは
 戦争をする上では仕方のない事とはいえ心が痛む。
 私の指揮が未熟なばかりに死んでいった者達への家族に、手紙を書いた数は
 どれくらいあるのだろう・・・


 魔人との戦争が始まってから半年、各地で激戦が繰り広げられている。
 戦争の初期は人類側が押していたが魔物たちによる圧倒的な物量の前に
 ジリ貧となり、押され始めている地域もある。
 しかも最前線で戦っている部隊には補充される物資と人員が
 だんだんと少なくなっていきそのおかげで敗北してしまう部隊もあった。
 自分達の部隊も満足な補給を受けていないがそれでも他の部隊に
 比べればまだマシ、文句は言えなかった。
 しかしながら十分な補給を受ければこの程度の敵に苦戦することもないと
 心の中で溜息をついてしまう。
 恐らくメナドを始めとしたどの部隊も同じような感想を
 持っているんじゃないだろうか?
 常にギリギリの戦いを強いられている今の状況に悩まされる。
 

「王直属の親衛隊までここの戦いに駆り出されてしまっている・・・」

 本来なら王の最後の盾としてその側に付き従っているべき親衛隊が
 人員不足の為に戦いに参加している。
 それほど人類側は苦しい状態にある。
 もっともそれより辛いのは多分私達が守るべき王国の領民か。
 戦争の為に臨時徴収として食料物資を巻き上げられ、兵士として
 慣れない戦いの場に赴く人達。
 戦時下とはいえこれらの事情は好ましいと思えるものではない。
 だが、悪いと言える人間はあまりいないだろう。
 魔人との戦争がいずれ始まることは誰もが分かっていたからだ。
 だが戦争はいつ起きるか分からない。
 一週間後か?一ヶ月後か?それとも一年後か?
 全く不確定の未来、領民達はいつ魔物に襲われるかと恐慌していた。
 さらに時間を置けば置くほど敵の戦力は増大されていく。
 それこそ人類側の数倍のスピードで。
 これらの要素を踏まえて早く戦争に踏み切ったキングの決断は
 決して間違ってはいないと自分は思う。
 座して待つより打って出たほうがこの戦争に勝利する確率は高かったのだ。
 リーザス影の宰相、マリス様の尽力によって完璧な状態で戦争に突入した
 ものの、
 時が経過するにつれて悪い報告が入るようになっていき、そして今に至る。
 正直、魔人を甘く見ているつもりはなかったがこの戦況を考えると
 頭が痛くなってしまう。


「だが目の前の事を考えるしかない」
 魔物の大群が迫っていた。
 リックは赤く光り輝く長剣、バイ・ロードを両手で握り締め
 突撃する態勢に入る。
 それに付き従うように彼の部下達も剣を構え始める。
 ボロボロではあるが彼らの闘志は消えていない。
 苦境ではあるがこの戦いには負けられない。
 彼らの肩には文字通り人類の未来という重みがのしかかっているのだ。
「よし、行くぞ―――!?」
 いざ、敵陣に駆けようとした時だった。
 魔物の群れの奥から強烈な威圧感がリック達を襲った。
 この独特の感触は魔力の波動。
 魔法大国ゼスの魔法使いが攻撃を放つ前触れとして感じるものであった。
 しかし今回の波動は一般のゼスの魔法使いより桁違いに大きい。
「散開しろ!!」
 怒号とも思える大声に反射して兵士達は各地に素早く散ろうとした。
 自分自身も急いでこの場から離れる。
 だが、その大声をかき消す様に巨大な光と高熱が兵士達を襲い
 跡形も無く飲み込んでいった。


「馬鹿な・・・」
 リックは地面に転がりながらも間一髪で光から逃れることが出来た。
 それでも鎧の一部が熔解しており焦げ臭い臭いを発生させている。
 彼は絶句していた。
 先程まで率いていた部隊が、目の前に近づいていた魔物の群れが
 あっさりと消し炭にされた。
しかも被害は後方で戦っていた敵味方問わずほとんどに及んでおり、
今まで火花を散らしていた剣戟の響きが停止していた。
 どのような魔法を使ったらこんな事が起きるのだろうか?
 以前に魔法使いから白色破壊光線クラスの魔法を受けて損害を
 被ったことはあるがそれより数倍以上の威力がある。
 こんな芸当が出来るのは恐らく・・・


「ん~~、相変わらずミーの魔法はとってもビューティフル!
 くっ…けけけけけけ!!」
 ドシン、と無機質で重量のある大きな足音を立てながらこの惨状に近づいてくる 者がいた。
 明らかに人の気配ではない、魔物以上に流れてくる殺気のようなものに
 皮膚がチリチリと痛みを伝えてくる。
 その気配の方向に目をやると圧倒的な巨体を持つ機械の塊の姿が立っていた。

「魔人か・・・!」
「オー?あのクリティカルから逃れてるとはユーとてもスーパー!でも・・・」

 機械で出来た大きな指がゆっくりリックに向けられる。
 その指先に複数の矢の形をした炎が浮き上がる。

「一応、ラストの自己紹介。ミーはレッドアイ、魔人。そしてユーは人間、
 ゴートゥヘル」

慌ててリックは回避行動に入ろうとするが間に合わない。
 詠唱による魔法攻撃の方が速かったからだ。
 矢が放たれる。
 その魔力量はやはり通常の魔法使いと違う。
 炎であるはずなのに巨大な石の質量をもったような塊だ。
 それらが一気に襲い掛かり爆散した。

「アッサリ終了・・・つまらない」
 まあ仕方ないとレッドアイは思った。
 辺り一面は火の海、この中で生き残る事なんて到底出来ない。
 そもそも彼の魔法を受けて生き残るものは魔人以外にまずいないのだ。
 興味を失って次の獲物を探そうと周囲を見渡す。


「オ・・・発見発見」
「う・・・あ・・・」
 レッドアイの触手のような目玉が捉えた者、
 それは赤の軍の副官を務めるメナドであった。
 奇跡的に彼女とその部下数十人はレッドアイの魔法の射程範囲外にいて
 助かったのだ。
 メナドは睨みつけられて萎縮、姿勢を崩し地面に座り込んで後ずさりをする。
 次に死ぬのはぼくだ。
 魔人の圧倒的存在感に彼女は恐怖していた。
 あの光で兵士が消え去り、頼りにしていたリーザス随一の剣士であるリックも
 目の前で消え去った。
 だれも救いの手を差し伸べる者はいない。
「くけけけけ!そう怖がることはないよユー?これら全てミーのビューティフルアート!
 キルキルキルキルキルー!!」
「ああ・・・!」
 魔人の狂った声が辺りに広がる。
 それがより一層恐怖を増大させた。
 なんとか立ち上がって逃げようとするが恐怖のあまり転んで上手く行かない。
 他の部下も同様だった。
 その様子にレッドアイはいささかがっかりした気分であった。
「ノンノンノン、せっかくいいテンションだったのに台無し・・・
 これだから人間は臆病者で嫌いネ」
 またレッドアイの指先に魔力の渦が発生する。
 先程リックを葬った時と同じ魔法だ。
「メイクドーーラマ!そういうわけでグッバイ!!」
 指先がメナドに向けられた。
 そして魔法を発動させる、が―――


「おおおおお!!」
「ア!?」
 火の海から火球となって飛び出してきた者がいた。
 高速でレッドアイに接近して赤の光の刃を魔力が渦巻いている指先に
 連続で叩きつける。
 結果、魔力は四散して飛び散った場所で爆発をおこし、レッドアイの
 魔法詠唱を妨害した。
 その突然の事に一瞬呆然としている魔人からすぐに離れて
 急いでメナドの元へ駆け寄った。
 その姿に思わずメナドは涙が出そうになった。


「大丈夫かメナド」
「リック将軍!無事だったんですね!!」
「あまりそう言えた状態ではないがなんとかなった」
 そういってリックは苦笑する。
 レッドアイの魔法が迫ったあの時。
 炎の矢が被弾する直前、リックは咄嗟にバイ・ロードを使って
 切り払いを試みていた。
 魔法攻撃を切り払うのは初めての経験だった。
 そもそもそんな無茶は誰もやらないだろうし普通なら剣が魔法に耐え切れず
 壊れてしまう。
 だが、彼の持つ剣――代々リーザス王国赤の将に継承されてきたバイ・ロードは
 けっして刃こぼれせず折れることが無い魔法剣であり、もしかしたら可能かも
 しれないと思ったのだ。
 結果としてはかなりのダメージを負い、意識が飛びかけたものの
 あの強力な矢を切り払い致命傷を避けることが出来た。
「それよりも急いでこの場から逃げるぞ。部隊が壊滅した今、
 私達だけではどうすることも出来ん」 
 あちこちに火傷を負っていたリックは腰につけていた皮袋から世色癌の入ったビンを取り出し、
 数粒飲んで火傷の痛みを緩和させる。
 そして腰が抜けているメナドを無理やり立たせて彼女の部下に大声で命令する。
「後に続け!」
 その声に応じてリックを先頭に小さな一団となってヘルマンの帝都、
 ラング・バウに向かって走り出した 。


「ウゥゥゥゥゥッ!ミーから無事にエスケープ出来ると思っているのか!!」
 気を取り戻したレッドアイが後ろに控えていたモンスター達に号令を出した。
 魔物の群れが一気に動き出して彼らの背を追う。
 それとは別に先程の魔法を喰らわずに生き残った魔物達も逃がさないと言わんばかりに逃げる方向の前に立ち、包囲しようと展開する。
「邪魔だ!どけぃ!!」
「うあああああ!!」
 斬光が魔物たちの間で煌く。
 袈裟斬り、横薙ぎ、全ての攻撃が一刀両断―――
 リックの剣が目にも留まらぬ速度で立ち塞がるモンスターを薙ぎ倒していき、
 その道筋の後には振るわれた剣の赤い残像が残っていく。
 それに負けじとメナド達も必死に追いすがるように剣を振るう。
 その集団――正確にはリックの鬼気迫る姿に畏怖して魔物達の足が後退した。
 それを見てレッドアイが激怒し、近くにいた部下を拳で殴り潰した。
「勝手にホラーしてる!!役立たずはキルキルキル!!」
 辺り一帯に魔力の矢が飛んだ。
 それは敵味方を問わず吹き飛ばしていく。
 リック達はレッドアイの魔法によって
 空に巻き上げられ落ちてくる魔物を何とか避けながら逃げる。


「くっ!見境なしに攻撃してくるんじゃない!!」
「なんなんですかあいつ!?頭のネジが飛んでるんじゃないですか!?」
 毒づきながらも必死に逃げる。
 だが魔法でデコボコになった大地に足を取られないように注意しながら
 進むため体力の消費が激しくなる。
 リックは大丈夫であったが他の者の息が
 だんだん荒くなり走るスピードが落ちていく。
 また、ほとんど不眠不休で戦ってきた戦闘の疲労が全員に蓄積しているのもあって、その影響も大きく出ていた。
 まだ脱落者が出ていないのが幸いであったがリックは心中で焦る。
 まずい。
 このままでは追いつかれて魔物に取り囲まれるか
 奴の魔法に被弾してしまう。
 そう考えていると突如後ろに迫っていたモンスター達に黒い光弾が降り注いだ。
 その光弾が魔物達に炸裂して爆発、狼狽して行軍速度が乱れた。


「おーいリック殿!急ぐのじゃ!!」
 逃げる彼らを遠くから呼ぶ声があった。
 その声の主は帝都の城壁の上に立って数百体の
 魔力人形を指揮してリック達の逃走の手助けをしていた。
「フリーク殿!」
「早く城門をくぐれ!生き残った他の部隊はとっくに帝都へ逃げ込んだ、
 もたもたしていると敵まで雪崩れ込んでしまうぞ!!」
 全身を青銅製の身体――バイオメタルで構成していて青い帽子を
 被った白髭の老人が手首を開いて
 そこに溜め込んだ魔力弾を放出する。
 それに続くように人形達も魔力弾を発射、敵に炸裂させる。
「ぬぅ・・・!数が多すぎる!!」

 それでもフリーク達の攻撃を掻い潜りモンスターがやってくる。
 帝都まで後少しという所で包囲されてしまいリック達は足を止めてしまった。
 リックは小さく舌打ちをする。
 強行突破・・・無事にいけるだろうか?


「リックさん!メナド!援護するわ!!」
 帝都の城壁から跳躍する者がいた。
 それは赤い忍び装束を着た女性で空中で身体を丸めて回転しながら落下、
 跪くようにリック達の側に飛び込んできた。
 着地の衝撃を上手く殺し、降り立ったその女性は口に巻物を咥えて両手で印を組み始める。
 メナドが目を輝かせてその女性の名前を呼んだ。
「かなみちゃん!」
「ハァッ!!」
 爆炎が地上と空に広がった。
 彼女が放った忍術、火丼の術。
 その術から放たれた火が津波のように広がり周囲のモンスターに着火、
 瞬時に全身を炎上させる。
 致命傷には至らないものの撹乱するには十分な効果があった。
 モンスター達は自身の燃える身体の焼く痛みに耐え切れず混乱して
 地面を転がり回っている。
 隙が出来たそれらの魔物をかなみは手にもった首切り刀によって
 切り裂き、わずかながら突破口を作る。
「今ですリックさん!早く帝都へ!!」
「助かりましたかなみ殿、あなたも一緒に」
「はい、こんなところにいたら嬲り殺しですしね」


 リック達数十名は障害物となっている無力化した魔物達を斬り捨て、
 小さな突破口を無理やり押し広げてなんとか無事に帝都へ駆け込むことが出来た。
 そして城門が帝都へ乱入しようとする魔物達の一部を巻き込んで押し潰し、固く閉ざされる。
 獲物を逃がした悔しさと怒りなのだろうか、魔人レッドアイは城門、城壁、
 ありとあらゆる場所に魔法を乱発する。
「ユー達こそこそ隠れてないで出て来るネ!フレッシュミート!!」
 暴れるレッドアイの姿を城壁の上から凝視するフリーク。
 魔人の醜態にしかめ面を浮かべながらも考え事をしていた。
(あの魔人の身体・・・あのボディ闘神か?それにしては・・・どこか妙だぞ。
 いや…間違いない! あれは闘神ガンマ!
 だが…ガンマに乗っていた男は死んだ。奴が死んで…どうして闘神が動いて・・・うお!?)
 考えているところにフリークがいる城壁の部分にレッドアイの魔法が着弾した。
 フリーク自身には直撃しなかったがその衝撃で思いっきり空中に吹き飛ばされてしまう。
 そのフリークを慌てて魔力人形達が地面に激突しないように動いてしっかりキャッチ。
 ゆっくりと地面に下ろした。
「ええい、くそ!かつて儂の友人が乗っていた闘神のボディを悪用しよって・・・。
 死者を、我が友を愚弄する奴は、生かしてはおかん!!後で覚悟せい!!」
 捨て台詞を吐いて急いでフリークは城壁から降りて市街地へ撤退する。
 魔人レッドアイはまだ暴れ続けていた。
 気が付けば空はすでに夕暮れ時となり、夜になりかけていた。
 暗闇が帝都と人間を、魔物たちを少しずつ黒く染めていく。
 激闘に疲れ果てた魔物達は夜の訪れと共に撤退を開始していき
 一時休戦の状態となった。



「戦況報告は・・・あまり考えたくありませんがしましょう」
「そうじゃのう・・・」
 帝都ラング・バウの中にある無人の民家にて、
 各部隊を率いる主要の人物が集まって会議していた。
 リック、メナド、フリークである。
 各人物が椅子に座り、天井に吊るされた魔法ライトがゆらゆらと
 辺りを照らして人影や物影を作り出す。
 街を駆け巡る冷たい風が無人の家の窓を揺らす音が聞こえてきて
 無人の荒野を連想させる。
 元々この帝都を初めとしたヘルマンの各都市は華やかさとは程遠い所であった。
 痩せた大地で民衆は貧しく、かつてのヘルマン帝国では徴税も高く
 その金は決して民衆に使われる事無く王家の贅沢や軍事費用に使われていた。
 リーザス王国に倒されて多少はマシになったものの今度は魔人との戦争である。
 戦火から逃れる為にこの国の国民は避難して安全な後方地帯である
 リーザスに移動していた。
(もっとも国家規模の人数のため全員がリーザスに行く事は出来ず、ヘルマンには
 民衆がまだ各地にかなり残っている。この帝都にもわずかながら民間人がいる。
 JAPANも難民受け入れ体制を取り始めているものの様々な問題が重なって
 上手く行っていない)
 それに魔物達による度重なる襲撃によって今の帝都はかつてのヘルマン帝国が
 誇った権力の象徴の面影はなく、廃墟といっても差し支えない。


「まず自分達が・・・私とメナドが率いる赤の軍、現在動ける者は80人と数名。
 ほぼ壊滅状態です」
 リック達率いる赤の軍は総数約3000名であった。
 リーザス国内でもっとも剣術に優れた者を集めた精鋭部隊、
 それが一気に壊滅状態まで追い込まれた。
 赤の軍の性質を考えると立て直すのは非常に難しく再起不能に近い状態であった。
 しかもこの帝都周辺での主戦力であったため戦略的にも大ダメージであり、
 それに加えて魔人レッドアイが振りまいた恐怖が軍全体に広がって
 士気が下がっておりこれでは戦闘不可能である。
 普通ならばこんな甚大な被害を出すことはまずない。
 リーザスの将軍達は得て不得手はあるもののそれぞれが
 進撃戦、情報戦等、ある一つの分野において特化した優秀な者で構成されており
 大敗をするようなことはまずありえないのだ。
 だが…今回は相手が悪すぎた。
「申し訳ありません・・・」
 メナドが無念そうに俯く。
 手を強く握り締めて肩を震わせていた。
 それを見てフリークが優しく言葉をかける。
「あまり自分を責めてはならんメナド殿。想定外の魔人が出てきて
 悪夢と思える魔法を放ってきたのじゃ。そなたを責める理由はどこにもない」
「ですが・・・」
「私も人の事を言えた義理ではないが・・・メナド、あの怪物を相手にして
 生還出来た。それだけでも幸運だ」
「うむ、そうじゃな」
 それでも・・・と彼女は口ごもる。
 戦争とはいえ部下の死にはあまり慣れていないのである。
 若干17歳にして猛者揃いの赤軍の副将になったメナドであるが、
 精神面ではやはり若者なりに不安定なものがある。
 今回の戦闘で大量の戦死者が出た為、そのショックは計り知れない。
 それに彼女は部下の面倒見がよく稽古には親身につきあってあげる光景が
 軍隊内でよく見られた。
 それだけに部下の死という重圧は強い。
 だが心に迷いを生むのは不味い。
 冷徹にならなければ次に死んでしまうのは自分なのだが
 いつも元気で明るいメナドにそれを求めるのは酷かもしれない。
 あまり気負いすぎるな、とフォローの言葉をかけた所でフリークが話を続ける。


「話を戻そう。
 儂の部隊は後方での援護だったからほとんど無傷じゃが・・・いかんせん元々
 数が少ない。資金があればもっとロボを量産出来るんじゃが・・・我侭は言えんか。
 かなみ殿が率いる忍び部隊が約1800名、敵の撹乱活動も命がけじゃ。
 任務に就いて帰ってこない人間が増えてきておる。
 そしてレイラ殿が率いる親衛隊は確か・・・約1200名。この部隊は多少損害が出たか。
 結果的に見ればリック殿らが敵の目を引き付けて暴れまくったおかげで
 他の部隊は比較的無事だのう。貧乏くじを引いてしまったお主等には申し訳ないが」
「・・・そういえばレイラさんはどこに?」
「確か急遽援軍が来るから迎えに行くと言っておったぞ」
「援軍ですか・・・」


 今の状況ではありがたい話だった。
 このままの状態で次の戦闘をやれば間違いなく全滅する。
 しかしどこの戦線も手一杯のはずなのだが・・・
 一体誰がやってくるのだろう?
 と、そこへドアをノックする音が聞こえた。


「お待たせしました。レイラ・グレクニー、入ります」
「同じくジュリア・リンダム入りまーす!」
「ちょっとジュリア、あなたは呼んでないから自分の持ち場へ戻りなさい!」
「えーだって一人だとつまんないだもん、ジュリアも混ぜて!!」
「どうせ会議の途中で寝るでしょう、大人しく言う事を聞きなさい」
「ぶ~」
「まぁまぁレイラさん、そのくらいにして入りましょ」


 リック達のいる民家に何かにぎやかそうに入ってくる、
 金色の鎧を着たレイラとジュリア。それとかなみ。
 その後ろに古い時代の神官帽子を被り、二つのおさげの髪を肩に下げ
 メガネをかけた小さな少女がいた。


「お疲れ様です皆さん」
「それはこっちの台詞よリック。あなた、今回の戦闘で危なく死に掛けたんでしょう?
 外見からして相当酷い傷を負っているのが分かるわよ」
「ホントだー、リックちゃんの可愛い顔が火傷で台無しになってる」
「大した傷ではないですよ」
「お主のう・・・自分の身体が今どうなっているか分かっておるのか、
満身創痍に近い状態じゃぞ?」

 皆の視線がリックの身体に注目する。
 指揮官鎧と兜を脱いで楽にした状態で椅子に座っているが身体の
 あらゆる部分が火傷しておりそこに包帯が巻かれている。
 どう見ても重傷である事が分かる。


「リックさん、その身体でよく魔人から逃げ出す事が出来ましたね・・・」
「あのリック将軍、会議はぼく達に任せてベッドで休んだ方がいいと思うんですけど」
「心配することはない」


 リックの返答にその場にいた全員がハァッと溜息をつく。
 常人なら寝込んでいてもおかしくない状態なのだがこの男は
 怪我に対する耐性と言うか外傷への精神力は凄まじいものがあった。
 ある程度の傷を負っても普段どおりに行動して王から受けた任務を
 忠実にこなす男であり、ある時大怪我を負っても任務をこなし続けて
 命を落としかけた時は命の心配を通り越して呆れさせたものだ。
 いくらリーザス随一の剣士とはいえもうちょっと身体を労わって欲しいと
 皆は、特にレイラはそう思う。
 その皆のやりとりを見ていて小柄なメガネをかけた少女はクスクスと
 笑っていた。


「困った人ね。皆を心配させるような意地っ張りは駄目よ?」
「いえ、意地は張っていないのですが」
「それが意地を張ってるの、ちょっとじっとしててちょうだい」 


 少女がリックの片方の手を両手で包み、なむなむなむ...と何か呪文を
 唱え始める。
 両手から光の粒子のようなものがこぼれはじめてリックの全身を
 包みこんでいく。
 少女の優しい手の感触のようなものが身体に広がっていく。
 とても気持ちよくてこの感覚にいつまでも
 身を委ねたくなってしまうとリックは思った。


「いたいのいたいの全部とんでいけーーーっ!」
 詠唱と共に光が民家の部屋をいっぱいに照らした。
 その光が徐々に薄れていくと同時に痛みがなくなっていく。
 思わず包帯を取り始めてみると火傷の跡がなくなっていた。
 自分の身体の具合を確かめるように傷を負っていた部分を手でさする。
 平常だ、むしろ絶好調な状態にある
 この少女が施してくれた魔法にリックは感嘆する。


「これはすごい・・・今までの倦怠感や痛みが全て消えている。
 ありがとうございます」
「えへへ~」
 どういたしまして、とにっこり笑う少女。
「おそらく皆さんとは初対面になります。カフェ・アートフルです、
 よろしくお願いします」


 行儀よく頭を下げる。
 その動きで小さな身体がより小さく見えてしまう。
 それでなんというか全体の仕草が子供っぽい。
 いや見た目からして子供な感じなのでメナドがちょっと
 心配そうな表情になる。


「あの、もしかして援軍ってこの子がですか?確かにリック将軍にかけた魔法は
 すごいのですが・・・子供が戦場にいるというのはちょっと」
「失礼ね、私から見ればあなたの方が子供だもん。これでもあなたの
 何十倍も生きてるんだから」
「えー・・・」
「ちょっとメナド、失礼でしょ!外見で判断しちゃ駄目じゃない」
「でもかなみちゃん、そんなこと言ってもぼくよりちっちゃい子に言われても・・・」
「あなただって私と似たようなくらいちっちゃいじゃない」
「うーん、それと何十倍も生きてるって嘘でしょ?」
「きゃはは~、ねえねえカフェちゃん、アメちゃんあるけど食べる?」
「ジュリア!」
「う~、せっかく援軍としてやってきたのにこの対応・・・。
 今に始まった事じゃないけど子供扱いしないでよ・・・」


 相手がまるで納得してない事にぷうっ!と頬を膨らませるカフェ。
 彼女はちょっと怒っている様子だがそれがやはり子供みたいな感じで
 可愛らしい。
 失礼ではあるがリックも子供っぽいなぁ・・・、と思ってしまった。


「これこれ、あまりからかってはいかんぞ。
 まぁ儂も彼女の事情を噂レベルでしか知らんからあまり語れんが。
 じゃがの、カフェ・アートフル・・・この名前に心当たりはないかのう?」


 なにか愉快そうに笑うフリーク。
 彼女の正体を知っているような素振りを見せる。
 この老人は数百年も生きている賢者で、その知識はかなりのものであるから
 知っていてもおかしくは無い。
 余談だがこの老人は昔を遡れば魔法工学における天才であり、
 今の魔法文化の基礎を作った凄い人である。

「心当たりって言われても・・・」
 メナドを始めとした数人が頭を捻る。
 頭の片隅に引っかかるようなものはあるらしいが
 それが何なのかさっぱり掴めない様だ。


「・・・昔の話になりますが」
 一息置いてリックが話を切り出す。
 少しうろ覚えではあるが簡単に説明しようと思ったからだ。
 このままではカフェがちょっと可哀想というのもあるが。
「今から約1500年程前に魔王ジルに戦いを挑んだといわれる
 伝説の冒険者達がいました。
 その冒険者達で構成されたパーティは当時最強といわれ、今後このパーティを
 超えるものは現れないだろうと言われる程です。
 歴史にはその人達をエターナル・ヒーローと記述してますね。
 そのパーティの一人の名前に」


 リックはチラッとメガネの少女を見やる。


「カフェ・アートフル・・・その名前が記されています」
 その説明にうむ、と頷くフリーク。
 これに対してかなり面食らっている数人がいた。
 千年以上も昔の話の為、形骸化してしまっているおとぎ話のような
 ものなのだがどうやら通じてくれたようだ。


「ええー!?この人が伝説の!?とても信じられない・・・」
「だから言ったでしょメナド、が、外見で判断しちゃ駄目だって」
「かなみちゃん、なんかキミも疑ってたんじゃないの・・・?
 それじゃもう一つのツッコミ所として何で1500年前の人が
 今生きてるの?」
「信じないだろうけど今まで不老不死になってたのよ私。
 今は解けて普通の人間だけど」
「ふ、不老不死って・・・あ、フリークさんも似たような存在だから
 納得出来るような出来ないような」
「儂はある過程でほとんど人間やめたのだから参考にされても困るんじゃが・・・」
「そんなことよりアメちゃん一緒に食べようカフェちゃん」
「空気を読・み・な・さ・い!!」


 一応カフェに対する態度を改めるメナドとかなみ。
 対照的にジュリアは能天気な笑いを浮かべてお菓子を勧めて
 一緒に食べようとしてレイラにポカッと頭を叩かれていた。
 そんな皆の様子を見てそれなりに満足したカフェはリックにお礼を言う。


「リックさん説明ありがとう、でも歴史上はそうだけど
 真実は違うのよ色々」
「その辺りは大体、キングとカオス殿から色々聞いています」

 エターナル・ヒーロー。
 キングとカオス殿から事情を聞く限りでは
 魔王を倒す為の手段を探して大陸中を旅していた人達だという。
 紆余曲折を経て彼らは神と呼ばれるに等しい存在に謁見して一人につき、
 ひとつ願いを叶えてもらうという褒美をもらう事が出来た。
 だがそれは悲劇の始まりだったようだ。
 神と謁見して願いを叶えて貰ったものの、彼らは人生を狂わされ
 人の身には長すぎる1500年を越える歳月を不老不死の躰で今も生かされ続けているという。
 例としてカオス殿と日光殿は魔王や魔人を倒せる力を望んだ結果、力は手に入れたが
 剣と日本刀として武器の姿に変えられてしまった。
 これでは自分の力として振るうことが出来ない、本末転倒である。
 そしてカフェ殿も・・・語るには憚れる過去を経験して今を生きている女性だ。


「あ、ごめんなさい。なんだか私のことで色々話がずれちゃっている。
 リックさん達はさっきまで何か会話してたようだけどどんなお話?」
「話していたのは今回の戦闘で残った現在の戦力ですね」


 リックが姿勢をあらためて正す。
 リックの副官であるメナドは慌てて自分が座っていた椅子から立ち上がり
 席を空けてリックの後ろに移動し、手を後ろに組んだ態勢を取る。
 本格的に会議が始まるため階級が低い自分が偉そうに椅子に座ってるのは
 不味いと思っての行動である。
 メナドが空けた席にレイラが座る。
 かなみは援軍としてやってきたカフェの為に椅子をすぐに用意してメナドの横に立った。
 意外な事にジュリアが気を利かせて紅茶とカップ、それにお菓子を
 それぞれの指揮官分用意してテーブルに置いていた。
(彼女は親衛隊随一のお荷物であり、レイラはいつもジュリアの行動に悩まされている)


「私が率いてきたカルフェナイトは1500名だけど・・・
 あなた達の様子を見ると焼石に水みたいねこれは」
「いえ、援軍としてやってきた事にとても感謝します。ここにいる兵士達の
 不安もいくらか取り除けるでしょう」
 しかし・・・とリックがちょっと疑問をぶつけてみる。
「カフェ殿のような人物ならどこでも必要とされます。
 確かにここは激戦区ですがゼス方面でも激戦区域となってる場所が
 沢山あるはず。何故キングはあなたをこちらに援軍として出したのでしょう?」
「それなら理由は簡単。魔人カイト、知ってるかしら?」
「ふむ・・・」

 魔人カイト。
 主にゼス方面の戦線で猛威を振るっている拳法の使い手の魔人だ。
 この地で戦ったレッドアイと比べると戦闘能力は地味そうであるが
 粘り強く戦い、体力と精神力が尋常ではなく疲れというものを
 知らずに戦う相手だという。
 ゼスで戦っている人達はこの者に持久戦を無理矢理持ち込まれて何度も敗退しているらしい。

「あまり詳しくないけどいい噂は聞かないわ・・・何でも
 占領したゼス宮殿に公開処刑場を作って、捕まえた一般民衆を自らの手で殺しているとか」
 そう言って見当かなみは険しい顔を作りそれに釣られてメナドも同様の表情をする。
 他のメンバーも大体の噂は聞こえていたらしくあまりいい顔をしていなかった。

「そのカイトがね、ある日突然いなくなっちゃったらしいの。
 どこの戦線にも現れたっていう報告がプッツリ消えちゃって。
 よく分からないけど魔人が一人消えたからあっちの戦闘は大分楽になったのよ。
 ・・・影でリーザス王が何かやらかしたんだっていう話しがあるけど、本当かしら?」

 まさかね、とカフェは笑う。
 それを聞いてレイラが苦笑を洩らしてしまった。

「う~ん…、ランス君ならありえそうだけど…」

 あの男は予想の斜め上を行く場合が多いから否定出来ないのが困る。
 良い意味でも悪い意味でも。
 ランスが王になって初めての国民に対する演説を思い出す。
 あの時の滅茶苦茶な演説は今でも有名であり、それが元となって反乱が
 起きた事があった。
 最終的には丸く納まり一時的に軍事力は衰退したがこの反乱を素早く鎮圧した
 ランスの軍事的手腕を見て支持する民衆や兵士が増大した。
(これにはマリスの暗躍による宣伝と悪い部分の揉み消しのおかげもあるが)
 王としてのスタートは最悪ではあったが最後に国はまとまって結束力が高まり、
 結果的に良しとなったから王と国に仕える身としては複雑なものである。


「そんなわけで若干余裕が出来たからこっちに私が派遣されたんだけど・・・
 今ここに来たのはベストタイミング?それとも逆かしら?」
「この状況だと両方当てはまるかのう」

 ふう、とフリークは溜め息をついてお茶を飲む。
 ほぼ壊滅状態に追い込まれているところにカフェの援軍は正直頼もしい。
 彼女の率いるカルフェナイトは全員の出自が娼婦という異色の部隊であるが
 かつてカフェが商隊を率いて旅していた時はその護衛を務めており、
 驚くべき事にリーザス正規兵と互角、下手をするとそれ以上の実力を持っている。
 さらにカフェの神魔法の加護により、防衛戦においてはさらに真価を発揮する部隊である。
 だが、そんな優秀な部隊がボロボロになってしまった最前線に回されたのは
 運が悪いと言えよう。
 必然的に彼女の部隊が壊滅してしまった赤の軍の代わりを果たさねばならないのだ。
 今まで主戦力だった赤の軍と入れ替わるわけだから酷使されるのは目に見えている。

「今までの魔物との戦いも激しいものだったしそれに加えてあの魔人じゃ。
 伝説に伝えられるそなたといえども耐えられるか…」
「大丈夫よ、私にとって魔人との因縁は浅くはないし…それに皆が頑張っているのに私だけ頑張らないなんてプライドが許さないわ。
 援軍としてやってきたからには皆を守ってみせる」
 彼女は戦いの決意を表明する。
 だがフリークはちょっと気まずそうに髭を指に絡ませた。
「その意気込みに水を差すようで悪いんじゃが…
 この会議が始まる前に魔法による長距離無線電話で
 パットン達から連絡を受け取っていたんじゃ。
 それによるとあっちも一度魔人レッドアイと交戦して痛手を負ったらしい。
 ハンティがいたおかげで魔人の侵攻を食い止めれたようだが。
 さらに他の方面の部隊についてだがの・・・」

 他の地域で戦っていた仲間の苦戦、被害報告を聞いて部屋にいる皆が
 難しい顔をする。
 たった一人の魔人の出現によって今まで拮抗していた戦力バランスが
 大きく崩されてしまっていたのだ。
 一騎当千とはまさにこのことか。
 改めて魔人の脅威というものを痛感してしまう。

「・・・ここで食い止めるのはもう限界でしょうか?」
「無理じゃな、先程の一戦でコテンパンにやられてしまった影響もある。
 それにこの帝都の防御機能も魔物の襲撃で低下して無いに等しい
 次にあの魔人がやってきたら帝都ごと叩き潰されるかもしれん」
 メナドの質問にフリークが重々しく答えてお茶を啜る。
 何かブツブツ言っては考え事をしているようだがよく分からない。
 多分、この状況をなんとか打破しようと考えているのだろう。


「ん~だったら後ろへ逃げちゃおうよ。
 もう勝ち目無いんだから無理して戦う事ないんじゃない?」
「事実だけど・・・もうちょっと言葉を選んで発言しなさい」

 ジュリアの言葉に同感しつつもレイラはあまりいい気分ではない。
 今までここを守るようにと任された任務を放棄する発言であるからだ。
 危険になってきたら状況に応じて撤退してもいいと言われているが
 任務を果たせなかったという事に彼女の自尊心が傷つく。
 とはいえそんな事を言っている状況ではなくなってきている。

「この帝都とマイクログラードの中間地点にヘルマン方面の軍司令部が
 堅牢な要塞として築かれている。無念じゃが一時司令部に撤退するしかないのう。
 今のまま戦えば全滅は必死じゃ」
「それに魔人相手ではキング、同じ魔人であるサテラ殿やメガラス殿、
 そして健太郎殿がいないと対抗出来ませんね」


 魔人についての対策を考えていた所に扉をノックする音が聞こえた。
 リック達から許可を得て伝令の兵士が入ってくる。
 手には伝令文書と思われる紙を両手に大事そうに持っている。
 兵士がその紙に書かれている文章を高らかに読み上げる。

「ヘルマン方面軍総大将バレス将軍及びレリューコフ将軍両者からの命令であります。
 各地の部隊は戦闘継続をやめて一旦軍司令部に集まり、
 部隊の立て直しを図るようにとの事です」
「・・・そうか。伝令ご苦労、下がっていいぞ」
「ハッ!」

 兵士が敬礼をして部屋から出て行く。
 その後姿を見送って全員が厳しい顔つきになる。

「全部隊の撤退命令が出てしまうなんて、改めて危険な状況だという事を
 認識させられるわね・・・」

 レイラが遠い目をして命令の内容を反復していた。
 戦線の縮小、今まで守っていた地域を放棄して後方に撤退せざるを得ない
 損害がヘルマン方面の軍団に出ているという事だ。
 その事を考えて溜息が出てしまう。
 軍が撤退すれば魔物が一気に侵攻してくるのは明白だ。
 軍の撤退と同時に民衆の避難も同時に行われるだろうが
 少なからず逃げ遅れる人達もでるだろう。
 魔物に侵略された地域で何が行われるかは・・・想像したくもない。
 全力を尽くして戦陣に立っていたというのに敗北して
 守るべき民を敵に蹂躙される。
 自分達のあまりの不甲斐無さに怒りを覚えてしまう。

「・・・皆さん、急いでこの帝都から撤退する準備に入りましょう。
 色々思う事もあると思いますが命があっての物種。私達が死んでは
 守れるものも手の平から零れ落ちてしまいます」

 その場にいた皆が無言で頷いた。
 それを合図に会議室にしていた民家から出て行き、それぞれ行動を開始する。
 無人になった民家には冷たい風の音で軋む音がいつまでも響いた






「急げー!今夜のうちにとっとと帝都から脱出するぞ!!」
「負傷兵が多すぎます!治療班が懸命に頑張っていますが今夜中に撤退するには無理が・・・」
「無理でもやるしかないんだよ!明日には魔物が大量に襲ってくるんだ、出来るだけ運べるように最善を尽くせ!!」
「りょ、了解!!」

 夜の帝都の様々な場所で怒号とも言える指示が飛び、人が忙しなく動いている。
 所々に淡い灯りがついて城下の表情を照らす光景をリックは高い城壁から眺めて いた。

「帝都を守れず撤退か・・・パットン殿に申し訳ないな」
 ふぅっと溜息をつく
 この帝都を中心にしていたヘルマン帝国は打倒され、パットン・ミスナルジと呼ばれる皇子の下に
 国は生まれ変わろうとしていた。
 だがその矢先にこの魔人戦争である。
 いい国にしてやる!と張り切っていたパットンはさぞかし無念であろう。

「リック、こんなところで油売ってていいのかしら?」
 コツコツと足音が近づいてきた。
 その足音に振り向くとレイラが微笑を浮かべて立っていた。
「リーザスを代表する将軍の一人なんだから皆が動いている現場にいないと兵士達が不安がるわよ?」
「すみませんレイラさん、ですがメナドに一任してありますので大丈夫でしょう」
「もう・・・それにまだ私をさんづけするのね・・・いい加減二人だけの時は呼び捨てでもいいのに」
「こればかりは性分なので、すみません」

 その反応にハァーっと白い息を吐きながらレイラはリックに寄り添って城下を眺める
恋人同士になっていた二人は時間の合間を縫ってはこうしていた。
 お互い恋愛経験が少ないからぎこちないが少しずつマシになっている。
 その様子を見てジュリアなど一部の人間はいいなーと優しく見守っていた。
 ただ一人、この二人が仕える王であるランスは事あるごとに呼び出しては
 からかったりいちゃもんつけたりしていた。
 世界の美女は全て俺の物!!と豪語するランスにしては比較的寛容な対応であり、これがただの一般人なら強奪or殺してでも奪い取る展開になっている。
 リックとレイラ、それぞれランス自身がその実力を認めているから二人の仲を認めているのだろう。

「ねぇリック」
「はい?」
「いつ結婚式挙げようかしら?」
「は、はぁ!?」

 いきなりそんな話を振られても困る!
 付き合いだしてからかなり時間が経っているとはいえまだそういうことを考えてはいなかった。
 だってその、色々踏むべき手順があるんじゃないだろうか?
 彼女の両親に挨拶とか世話になった恩人に報告とか、そして一番の難関であるキングにも報告・・・
 キングにこんなこといったらどんな顔されるか分からない。ちょっとだけ怖い。
 そ、それにまだレイラさんとは大人としての関係に至る行為を行っていないし・・・!!

「どうしたのリック、冷や汗かいて?」
「・・・かいてません、気のせいですよ」
「じゃあ兜脱いで表情をよく見せて」
「断じて断ります」
「どうしてよ~?」
「だ、駄目なものは駄目なんです!それでは私はそろそろ持ち場に戻りますのでレイラさんも戻って!!」
「あ!話逸らして逃げるなんてズルイ!待ちなさいリック!!」
「待ちません!大体なんでそんな話を今持ち出すんですか!?」
「今だからよ!戦時中でも幸せの未来の展望について語ってもいいじゃない!!」
「さっき私に将軍として現場の指揮をしろと言われたから緩んだ気持ちを引き締めようと思ってたのに台無しですよ!!」 

 リックが逃げるのを追いかけるレイラ。
 その様子を見守る影が三人。

「あ~リックちゃんまた逃げちゃった」
「リックさんも進歩ないわね~」
「またっていつものことなの?」

 見守る影の正体はジュリア、見当かなみ、カフェの三人であった。
 二人の様子をダシに雑談に入っていた。

「うんうん、いっつもレイラちゃんが恋愛の話を振るんだけどその度に恥ずかしがって話題を逸らすの」
「まぁリックさんは剣術馬鹿と言ってもいいくらい剣に没頭する人だったから仕方ないんだけどいい加減慣れたらいいのに」
「うーん、二人の関係は分かったけど・・・この状況であんな話するのは不謹慎じゃないかしら」
「この状況だからこそだと思うよカフェちゃん、毎日毎日戦いの連続でいつ死んでもおかしくないもん。明るい話題が欲しいんだと思うよ」
「そうよねー・・・死んでもおかしくないよね私達」

 私もいい男と出会いたかったなーと嘆息するかなみ。
 悲しいことに彼女は未だにランスに弄ばれてて涙目であった。
 なんであんな男が私の運命の人なんだと神様を呪っていた。

「あ!レイラちゃんが剣を抜いたよ!!」
「リックさんも剣を抜いた・・・これが恋愛なのかしら?」
「カフェさん、彼らの恋愛観は一般人とは少々異なりますから・・・止めにいきますよ」

 かなみの言葉に頷き三人は二人に近づこうとした時だった。
 天をも揺るがす轟音が帝都を襲った。






「なんじゃあ!?一体何が起こった!?」
 物資運搬の指示をしていたフリークがそう叫ぶとともにすぐさまお手製のフリークロボに集合命令をかけ円陣を組む。
 轟音が鳴り響いた方向を見てみると外からの外敵を許さないように固く閉ざされた黒い城門が大きな槌をぶつけられたかのように
 へこみヒビが入っていた。
 さらに轟音。
 メキメキと音を立てて城門が崩れていくのを見てフリークは舌打ちをした。
「魔物も消耗しきっているはずじゃが・・・夜襲を強行してくるか!」
 体力精神の基礎が違うとはいえ魔物は無限に動けるわけではない。
 人間と同じくちゃんとした思考を持ち、戦えば疲れる生き物である。
 今までの合戦でも疲れる、または傷を負う等をすれば撤退を開始する。
 今回とて激しい合戦で明日までは身動きは取れないと考えていたが・・・
「魔人の出現のせいか」
 多分、あの魔人の出現のせいで敵の士気が高揚しているのだろう。
 それに敵味方関係なく攻撃、狂ったような姿を見せる魔人の性格を考えると
 無茶苦茶な指揮を出してこの強行攻撃に移ってもおかしくない。

「フリーク殿!」
 リックを始めとする各武将が集まってきた。
 集まってきた皆が崩壊しかけている城門を険しく見つめた。
「カルフェナイトの皆集まれ~!皆を守るために戦うわよ!!」
「親衛隊直ちに集合!敵を迎撃するわよ!!」
「私達忍者部隊は敵の牽制!それと帝都から撤退する部隊と民間人の警護にも人を回すわ!!」
「これは防衛戦じゃなく撤退戦じゃ!無防備の者達も守らねばいかぬ故しんどいがやりこなすぞ!!」

 各々が瞬時に指示を飛ばし散っていく。
 後に残されたのは先の戦闘で行動不能状態になっているリックとメナドの部隊だった。

「将軍・・・私達はどうすればいいでしょうか?」
 メナドを始めとする少数の生き残りである赤の軍の兵士達はリックからの指示を待った。
 しばらく沈黙してリックは言葉を切り出す。

「メナド、生き残った部下達を連れて撤退部隊に加われ。今の赤の軍の状態では戦闘は不可能だ。
 撤退部隊の警護ならなんとか役に立つだろう」
 そう言ってリックは立ち去ろうとした。
 どこかへ行こうとする姿を見てメナドは慌てて引き止めた。

「ど、どこへいくんですか!?私達はともかくリック将軍はどちらに!?」
「私は皆の手伝いに行く」
 そう言って背中に取り付けてあるバイ・ロードの柄を軽く手で揺らす。
 メナドはその言葉を聞いて顔を真っ青にした。


「む、無茶ですってー!!いくらリック将軍でも一人じゃ魔物の群れに対抗するのは無理・・・」
「誰も一人で戦おうとは言ってない。他の部隊に混じって戦うんだ」
「あ、ああ・・・そうですか」

 良かったーとメナドは心の底から思った。
 この人なら本気で一人で敵に突っ込むだろうなと思っていたからだ。
 そういう経歴が本当にあるから性質が悪い。

「でもどこの部隊に混じって戦うんですか?」
「ああ、それはだな・・・」




「・・・それで私の部隊に加わって戦いたいの?」
「いけませんか?」
「あのーさっきまでは重体だったんですよリックさんは?治療こそしましたけど
 その後すぐに戦闘なんかに加わったらまた傷が開きます。だからダーメ!」
 メッ!!と両人差し指でバッテン印を作るカフェ。
「ですがこの状況だとそうも言ってられないでしょう。戦える者は一人でも
 いたほうがいい」
「そうかもしれないけどー・・・」

 なんて困った人なんだろうとカフェは思った。
 確かに普段どおりに動く分には治療できたけどそれは戦闘出来るまで回復出来た
 わけではない。ないはずなのに目の前の人は元気に動いて身体の回復具合を確かめるかのように物を試し切りしまくってるし。
 世色癌の一気飲みして体調を無理に誤魔化してるんじゃないだろうか?

「もう駄目なものは駄目ですって!!それになんで私の部隊に混じって戦いたいのー!?
 恋人のレイラさんの部隊に混じって戦いたいとか思わないの?」
「え!?どうしてレイラさんと恋仲だという事を知っているんですか!?」
「・・・なんでそんな返答が返ってくるのかな」

 王様公認で皆が知ってるネタみたいだったのに。
 気づかないのはおかしいと思うよ。

「まぁそれは置いといて、レイラさんの部隊に加わらない理由は私がいなくてもちゃんと指揮が取れるからですよ。
 カフェ殿の場合は率いる部隊こそ優秀ですが合戦の指揮にはあまり向いてないように見えましたので」
「否定はしないけど・・・やっぱり怪我人は参加しないで!何かあったら困るわ」
「大丈夫です、カフェ殿の代わりに臨時隊長を務めるだけです。私は切り込み部隊として最前線に立ちますからカフェ殿は魔法でサポートを・・・」
「私から指揮権半分以上取り上げる上に最前線の切り込み部隊に参加!?冗談言わないでよ!!」
「いえ、冗談じゃなく本気ですが」
「尚更性質悪い!誰よこの人を将軍にしたのは!?」
「先代赤の将であり私の師であるアルト・ハンブラ・・・」
「真面目に返答しなくていいわよ馬鹿ー!!」

 頭痛がする。
 初対面の印象は理知的で真面目な人だと思ったのにその正体は敵の生き血を求めるような獣だ。
 いや、理知的で真面目なのは合ってるけど好戦的過ぎる。
 戦いになると血が騒ぐタイプなのかしら・・・

「これ、いつまでも言い合ってる場合じゃないぞお主ら!来るぞ!!」
 後方支援部隊として戦闘準備しているフリークが声を荒げた。
 その声が発されると同時に完膚なきまでに破砕される音が辺り一面に響いた。
 城門の破片がばら撒かれ魔物が沸いて出てくる。
 闇によって魔物の姿は詳細に見えないが無数に赤く光る瞳がこちらを向いて近づいてきた
 もはや問答をしている場合ではない。
 そう考え、リックはカルフェナイトの部隊を掻き分けその先頭に向けて走り出そうとした。

「待って!!」
 カフェが大声を張り上げてリックの行動を制止した。
 彼女は神官帽子を取って髪を掻き毟り呆れ果てた表情で服のポケットから青の綺麗な袋を取り出した。
 それを手に小走りに駆け寄り持った袋がそっとリックの手に握り締められる。

「これを持っていって。傷が開いたり怪我を負ったりして致命傷になった場合は迷わずこの袋の中にある薬を飲んで」

 渡された袋の中身を見ると緑色の液体が入った小瓶が二つ入っていった。
 ちょっと毒々しくて飲むのを躊躇いそうなものだった。

「これは?」
「とっておきの薬、幼迷腫っていうの。傷だけでなく低下した生命力の回復までする秘薬中の秘薬よ。
 私が商隊を率いていた時に入手したの」

 その時にちょっと無茶苦茶やったけどね、と付け足すカフェ。

「本当はまだ使う予定じゃなかったんだけどリーザスの重鎮であるあなたが危険な行動して死ぬかもしれないから
 仕方なく渡すのよこれ。もっと自分の立場を考えて行動してほしいわ本当に」
「・・・色々申し訳ありません」
「いいわよもう、出し惜しみしてる状況じゃなくなってきたからね」

 そう言ってカフェはチラッと破られた城門を見やる。
 リックも同様にその方向を見る。
 そこから魔物の群れが次々と城下町に溢れていく様子が見え、街を踏み潰してこちらにやってくる音が近づいていた。
 急いでリックは受け取った薬の袋を重要アイテムとしてバックパックに厳重保管する。

「カルフェナイトの皆聞いて!今から私に代わって赤の将のリックっていう赤い人が私達の指揮を取るわ!
 私は補助魔法で皆を全力で守るから安心して!!」
 それを聞いたカルフェナイト達が無言で頷きリックの為に最前線へ誘導する道を作った。
「感謝します」
「死地に赴きたがるような人に感謝されても困るんだけど・・・はぁ」

 この女泣かせー!と内心で毒づきながらカフェは魔法を詠唱する態勢に入った。
 リックは走って部隊の先頭に立つと肩にかけてあるバイロードをはずして柄を握り赤い光の刀身を伸ばして構える。
 眼前にはすでに敵が広がって見えている。
「来るぞ!構えろ!!」





 戦場の舞台となったのは飾り気も無い大きな石床の広場である。
 大体800人が入れるぐらいであり、大量に押し寄せるモンスターを一度に
 相手しなくてすむのが幸いであった。
 もし、これが広い平地であれば主力が壊滅して最低限の戦闘員しかいないリック達は包囲されてあっという間に壊滅してしまうだろう。

「ふぁいやー!!」
 最初に口火を切ったのはフリークだった。
 老人が率いるロボど同時に発射された黒の魔法弾が迫ってくる魔物たちの中に吸い込まれ爆発を起こす。
 着弾を確認すると急いで後方へ退き次の魔法を発射する準備態勢に入る

「せぇぇぇい!!」
 次に高い建物の上を飛び交うかなみ率いる忍者部隊が手裏剣や爆弾を投げ落とし敵を撹乱する。
 無数の爆炎の柱が上がり吹き飛ぶ魔物の姿が照らし出される。

 だが止まらない。
 魔物達はどんどん進軍していきリック達の眼前に迫る。
 双方が白兵戦になる領域になるまで接近するとリックとレイラの部隊が雄叫びを上げた。
「はぁぁぁぁっ!!」
「おおおおおっ!!」

 一気呵成、白刃が煌き敵の中枢にまで斬り込んでいた。
 これには流石に魔物達も狼狽して一時後退することになった。
 二人の部隊はその隙を見逃さずどんどん敵を切り上げていき魔物の進軍を押し返していく。
 しばらくすると魔物の部隊は崩れだし、恐慌して逃げ出し始めた。

「まずは上々か・・・」
 一時的にではあるが次の敵部隊がくるまでの時間稼ぎをした。
 深追いしては不味いので後方部隊と合流しようとした時だった。
 強大な魔力の波動が辺り一面に広がった。
 
「エスケープするのはキル、ミーは言ったのに許さない」

 無数の炎の矢が飛んだ。
 それはありとあらゆる場所に飛び建物を融解、炎上させ
 逃げ出した魔物達は悲鳴を上げながら矢に消し炭にされていく。
 その凶弾はリック達にも襲いかかる。

 マズイ!
 リックがそう思った時、半透明の球体が部隊全体を覆った。

「バリアー!!」

 カフェが大声でその魔法を叫んでいた。 
 高熱が建物・床を融解させ魔物を飲み込み、あらゆる場所に炎の傷跡をつけたが
 リック達前線部隊にはそれを寄せ付けず弾かれて虚空の彼方に消えていった。

「オー?ミーの魔法が・・・くっ・・・くけけけけっ!!」

 何がおかしいのかレッドアイは笑っていた。
 自分の魔法を弾いた人間に対する賞賛なのか機械の手で無機質な拍手を送っていた。
 
「ならもっとビューティフルに・・・メーーイク・・・ドラーーマ!!」

 レッドアイが片手を上げて手の平を広げた。
 赤い光が集まりそれが莫大な熱の量を持っていることが遠目でも分かる。
 一般の魔法使いが使う魔法より規模が違うがそれはファイヤーレーザーと分類されるものであった。
 詠唱を邪魔しようにも距離が遠くこれでは白兵戦を挑めない。
 リック達は急いで後退する姿勢に入っていた。
 そこに赤い光の帯が飛び込む。

「っ・・・バリアー!!」

 カフェが苦悶の声を上げた。
 彼女の張った防御結界に灼熱の魔力を帯びた光線が浴びせられる。
 それは単発ではなく何度も何度も。
 結界を超えて魔力の熱が伝わってきてそのあまりの熱さに兵士達が苦しみの声を発していた。
 レッドアイが魔法を撃ち終わった時には周囲全体がまるで溶岩が活発に噴出する火山の中のようになっていた。

「これにも耐えた、人間のくせにやる」
 何か思慮をするように腕組みをするレッドアイ。
 一方のリック達はそんな様子を見る余裕がなかった。
 辺りは沸騰して灼熱地獄の状態。
 カフェを中心にリックとレイラの部隊は円陣を組んでいたが
 防御魔法を張っていたカフェが荒い息をして膝を地面につけていた。

「カフェ殿!?」
「大丈夫よ・・・大丈夫。それより私の可愛い子達は?」
「数人火傷を負っただけで平気です。レイラ殿の部隊にも損害は無い様子。それよりあなたが」
「へっちゃらよ。この程度で・・・へこたれたりしないわ」
 だがカフェは汗を大量に流して顔色がよくなかった。
 立ち上がろうとして足元がふらつくのを見ると傍に控えていたカルフェナイトが思わず支えていた。
 そこへ後方に控えていたフリークと、リックと同じく前線指揮をしていたレイラがやってきた。

「おのれ、あの盗人め!好き勝手しよって!!」
「無茶苦茶ねあの魔人・・・私達の手に負える相手じゃないわ」
 二人が苛立ちを見せる。
 いくら魔人相手といえどもここまで好き勝手されたことに頭にきているようだった。
 それはリックも同じ気持ちだった。
 先の合戦でレッドアイに部隊丸ごと壊滅させられ、大切な部下達を失ったのだから。
 この中で一番怒り心頭なのはリックであろう。

「儂等も撤退するぞ、このままでは全滅じゃ」
「しかし負傷兵を運んでいる部隊がまだ撤退完了してません。彼らを置いては」
「そこはこやつ等を陽動に使って時間稼ぎをする」

 フリークの後ろに控えていたフリークロボがひょこひょこと姿を現して前進していく。
 小さな人形は無表情ではあるがどこか力強い意思を持っているように感じた。

「いいんですか、あの人形達を使って?」
「人形は時間と手間がかかるがいつでも作れる。陽動役に赴くあやつらに申し訳ないがのう・・・」

 そういって人形に目を向けるフリーク達。
 命令を受けているフリークロボ達はまとまった人数の部隊を数部隊作って色んな 場所に散っていく。
 忠実に動き無言で玉砕命令に従うその姿になんともいえない感情がこみ上げてくる
 過去にリック達は魔人侵攻を止める時間稼ぎの為に数部隊を犠牲にしたことがあったからだ。
 上官の命令を忠実に守り命を散らしていった兵士達の姿が重なってしまう。

「あ~もう!魔人とモンスターの数の暴力の合体って理不尽すぎる事この上ないわね!!」

 静かに暗闇の空からかなみが降り立つ。
 外傷はないが疲れの色が見て取れた。
 
「もう限界です。敵の増援を防ぐ為に工作していましたが魔物があまりに多すぎる事と
 あの魔人による魔法の余波で私の部隊もダメージを受けて活動出来ないわ」
「こちちが戦力的に劣っているとはいえ短時間で勝敗が決するか、まさに化け物だな」

 忌々しげにリック達はレッドアイを睨み付けたがそうしたところで状況は好転しない。
 囮役になったフリークロボ達がレッドアイに攻撃を仕掛け始めると即座に退却を始めた。

「殿は私とリックが務めるわ!皆、早くここから脱出するわよ!!」
 レイラが叫ぶ。
 撤退に移って数分立つと槍やメイスを持った魔物が地上と空の両方から襲い掛かってきた。
 これにかなみが顔をしかめる。
 今も彼女の部隊は襲撃を仕掛けようとする魔物達を牽制していたがそれにも限界 があった。
 魔物達が武器を振り上げると同時にリック達も武器を振り上げ交戦状態に入った。

「せいっ!!」
 リックが瞬時に魔物3体を斬り捨てるが魔物はどんどん襲いかかってくる。
 周りにいるカルフェナイトも必死に応戦するが敵の勢いに押され負傷者が続出して後方へ退避するようになる。
 撤退戦というのは非常に難しい。
 撤退する側は敵の追撃を受けながら後退する形になるので少なからず損害が出る。
 攻勢に出ることは出来ず守りに集中して引き上げなければいけない。
 対して追撃側は逃げる敵に大損害を与えるチャンスである。
 逃げに入っている側はろくに攻撃出来ず守りに入らざるを得ないので猛攻を仕掛ける事が出来る。
 撤退側の思わぬ猛反撃によって逆に追撃側が大ダメージを受ける例もあるがそれはよほど用兵に通じた人間と兵士の士気が高くないと出来ない芸当である。
 残念ながらリックとレイラにはそんな用兵術は持ち合わせていないし兵士は疲労困憊であった。
 リックは尊敬する人物の一人であるバレスにもっと損害を減らす戦い方を心がけるようにと言われてきたがそれを痛感していた。
 また一人、戦っていた人間が彼の横で倒れていく。


「脱出する門まで後少し!負傷兵の搬送ももうちょっとで完了するから頑張って下さい!!」
 そういってかなみが空を浮遊する魔物一体の目に手裏剣を投げつけて
怯ませた後に飛んで首を刈り取る。
 撤退戦に移ってどのくらいの時間が経ったのだろうか。
 昼間の激戦に続いて今夜の夜襲である。
 精神的にも体力的にも削り取られている兵士達はもう倒れていてもおかしくなかった。
 それにも関わらず限界を超えて倒れるのを踏み止まり敵との交戦に入り続けている。

「どうした!?もっとかかってこい!!」
「まだ私はやれるわよ!それとも怖気ついたのかしら!?」
 
 二人の将が気を吐いていた。
 味方がどんどん戦闘不能になっていく状況で軍が崩壊しないように迫り来る敵を薙ぎ払い続けていた。
 満身創痍になりながらも戦い続ける二人の姿に兵士達も力を振り絞り戦線に立ち上がっていく。
 全軍が命を懸けて敵の猛攻に抗い続けるその光景は魂という名の剣による鍔迫り合いであった。

「潮時じゃ!二人とも逃げるぞ!!」
 単身で魔法弾を敵に撃っていたフリークがリックとレイラに退却を促した。
 後方を確認するとあらかたの部隊はこの都市から脱出したようであった。
 今、この都市に残っているのはレイラとリック率いる殿部隊と主要武将だ。

「全軍後退!この都市から出て先に撤退した軍と合流するぞ!!」

 リックが号令をかける。
 足がバラバラになりつつも殿部隊が城門をくぐろうと行軍を始めた。
 だが――――

「いけない!!」

 大声を上げたのはカルフェナイトに身体を支えられて安全な場所で休息を取っていたカフェだ。
 彼女は足がふらつきながらも城門に向かって走り出していた。
 
「どうしましたカフェ殿!?」
「皆急いで逃げて!早く!!」

 カフェは城門をくぐって行く殿部隊を後ろにして防御結界を張っていた。
 全員がその意図を図りかねたがすぐに理解した。
 遠い距離から膨大な魔力の渦が伝わってきたのだ。
 光が集まり帝都の暗闇を晴らしていた。
 
 理解した。
 あれは私達赤の軍を壊滅させた魔法。
 無理だ。
 ありとあらゆるモノを飲み込んだそれを防ぐのは不可能と本能で悟った。

「―――――!!」

 誰かが叫んでいた。
 結界を張り巡らしたカフェか、それとも早く逃げるように指示しているフリーク達か判断出来なかった。
 そして光の塊が彼らを飲み込んでいた。






「く・・・ぅ・・・!」
 
 激痛で目が覚めた。
 どのくらい気絶していたか分からないが気絶していた時間は恐らく短いと思う。
 瓦礫に埋まっていたのでそれを押し退けてリックは周囲を見回した。

「何たる事だ・・・」

 帝都全体が廃墟になっていた。
 無数に立ち並んでいた建物が粉々となるか溶解して熱で溶ける音を出している。
 魔法の影響なのか空を覆っていた暗闇の雲が吹き飛び月が戦場全体を照らしていた。

 またか。
 赤の軍が壊滅し、今度は軍全体が崩壊した。
 奮闘していた部下達は消えて私だけが生き残ったのか?
 酷い仕打ちだ。
 生き地獄をまだまだ体験しろと誰かが言っているんじゃないだろうか。

「あ・・・ぅ・・・」
 呻き声が聞こえた。
 今頃気づいたがリックは自分の胸に抱えていた人物に目がいく。
 その小柄な身体には大量の汗と熱を帯びており思わず声が出てしまう。

「カフェ殿!?大丈夫ですか!?」
「はぁーい・・・大丈夫よ」
 苦しそうな声であったが彼女は自分を抱きかかえているリックを見上げて手をひらひらと振って笑顔で笑ってみせた。
 特に致命的な外傷は見当たらないようだが魔法の過剰行使による影響はどう出るか分からない。
 リックは慎重にカフェを抱きかかえて歩き出した。

「大丈夫よリックさん・・・恥ずかしいから降ろして」
「こんな状況で恥ずかしいとか気にしていられませんよ」

 それもそうかしらと溜息をつく。
 暴れる元気もないらしくじっとして身を任せるようにしていた。

「皆守るって言ったのに・・・守れなかったわ」

 その言葉にどう答えればいいのか分からなかった。
 リックも彼女と同じ気持ちで戦っていたが結果はこの有様だった。
 無言のまま城門の形を成していなかった脱出口へと向かう。

「生きておったかリック殿にカフェ殿、こっちじゃ!」

 脱出口にフリークが立っていた。
 その側にはレイラ、見当かなみ、おまけにジュリアとここで戦っていた主要メンバーが揃っていた。
 皆声を上げてこちらに手を振る。


「皆さんよくご無事で」
「無事というには色々憚れるがのう、なんにせよ生き残ってよかったわい」

 皆がボロボロであった。
 フリークの着ているコートは裂けてバイオメタルのボディの所々に傷がついていた。
 レイラの鎧の一部は吹き飛び、かなみは肩口から血が流れるのを止血していた。

「皆さん急いでここから逃げましょう、奴がやってこないうちに」
 
 皆がその言葉に従いよろめきながらも歩き出した時だった。
 頭の中におぞましいあの声が響いていた。





 ところがフェイント、人間は逃がさないネ





 空からの巨大な風切り音、それが徐々に近づいていた。
 皆が咄嗟にそれを回避しようとするが間に合わない。
 地響きと共に全員が吹き飛ばされていた。

「んー、やっぱり俺様ビッグストロング!ナンバーワン!!」

 片手を天高く頭上に掲げて高笑いするレッドアイ。
 吹き飛ばされた皆が地面に転がりつつも戦闘態勢を取る。
 …ただ一人を除いて。

「レイラ、さん」
「え?」

 リックは吹き飛ばされながらも何とか受身を取ってカフェに衝撃のダメージを与えないように配慮していた。
 彼女を片手に抱えて素早くバイ・ロードの刀身を伸ばしてレッドアイを睨み付けた時、その睨み付けた光景を見て呆然としていた。

「リックさん!どうしたの!?」

 痛みに顔をしかめる。
 カフェは異常に力が篭り始めるリックの手からなんとか抜け出して地面に立つ。
 明らかに彼の様子がおかしい。
 その原因であるレッドアイの周囲を見渡すと彼女は間抜けな声を漏らしていた。

「あ・・・」

 血が広がっていた。
 レッドアイの足元から血が大量に流れ出しそれが徐々に地面を染めていく。
 その傍に見覚えのある剣が転がっていた。
 金色の鎧の一部が足からはみ出して見える
 そしてかろうじて見える顔。

「プチプチ?何か踏み潰したアンノウン?」

 レッドアイが踏み潰していた片足を上げた。
 そこには身体の現状を留めてない人間の女。

「レイラちゃん・・・」

 ジュリアが呟いた。
 フリークが歯噛みして「くそっ!」と吐いて、かなみが怒りで身体を震わせていた。

 レイラは全く反応を示さなかった。
 じっと目を閉じており、ただ血を流しているだけ。
 誰の目に映っても分かる。
 即死だった。

「キタナイ、キタナイ。自慢のボディが汚れた、足の感触悪い」

 詰まらなさそうに言って足を振り下ろした。
 最愛の人が踏み潰される。
 刹那、リックは駆けていた。

「やめろぉぉぉ!!」

 バイ・ロードの赤い光がリックの意思に呼応するように力強く輝いた。
 刀身が異常に伸び、レッドアイに斬りつけようとする。

「ティーゲル!!」
「はぁっ!!」
 フリークの手首の発射口から黒の魔法弾が吐き出された。
 それに続くようにかなみが手裏剣を投げつけた。

 だが無駄であった。
 無情にも踏み潰され救おうとした人間は肉塊となり
 衝撃によって噴出した血が空中に舞い、リックの身体に降り注いだ。

「グッド!お前らのシャウト、踏み潰す人間のハープ、いいハーモ二!!」

 くけけけけと高笑いが夜に響いた。
 強大な災厄の具現は愉快そうにその場にいた人間を嘲笑っていた。


 リックの心は静かに冷え切り、


「ハァァァァッ!!」


 そして爆発した。


「オオおオ!?」

 目に捉える事の出来ない、赤い線がレッドアイの身体を走った。
 衝撃で思わずレッドアイは仰け反りジタバタと身体を後退させた。
 線が走った斬撃の痕が正面の身体に袈裟懸けに残っていた。

「フリーク殿」
「あ・・・な、何じゃ!?」
「私が時間稼ぎをします、その間にあなたは皆を連れてここから逃げてください。
 後の事は頼みます」

 振り返らずにリックはそう告げた。
 捨て身の覚悟であった。
 人間が魔人相手に時間稼ぎをするなんて到底出来る事ではない。
 フリークが声を荒げて言葉を何とか口にした。

「む、無茶じゃ!相手が何か分かっておるじゃろう!?」
「分かってて口にしています」
「だったらとっとと逃げの一手に決まっておるだろう!早まるんじゃない!!」
「誰かかここで長く時間稼ぎをしなければ皆全滅です。でしたら私が適任でしょう」

 その言葉に反論したかった。
 確かにここにいるメンバーではかろうじて戦闘を挑めるのはリックだろう。
 彼が時間稼ぎをすれば皆の生存率が上がる。
 だが、ここで死ぬべき人物ではない。死ぬとしたらこの儂だろうとフリークは考える。
 友人が乗っていた闘神のボディを悪用しているあの魔人を刺し違えてでも倒す。
 だが、今の身体では対抗できない事が非常に恨めしかった。

「・・・皆の者、逃げるぞ」
「で、でもそれじゃあリックちゃんが」
「口惜しいがリック殿以外に対抗出来る者はいない」
 
 その言葉に皆が罪悪感に包まれるも退却を開始した。
 過度の魔法行使で動けない状態のカフェをかなみが背負おうとすると
 カフェはリックに向かってよろよろとした手で魔法を唱えた。

「リックさん・・・最後の魔法、受け取って」

 ヒーリング!と彼女の手から漏れた光がリックを包むのを確認すると
 カフェはそのまま気を失ってかなみの背中に倒れた。
 
 最後まで申し訳ありません、とリックは背中越しに言葉をかけた。








「へい、ヒューマン。一人でミーに勝てるとでも思っているのか?
 ずいぶんとオールド脳の持ち主」
「黙れ」

 先程受けた一撃で若干興奮気味になっているレッドアイにリックは突撃した。
 レッドアイが指に炎の矢を形成して迎撃しようとするが間に合わない。
 赤い剣閃が身体とその中核である紅い宝石に斬り込む。

「む!?」

 初撃の機械の身体への斬撃は傷をつけたが二段目の斬撃による宝石への攻撃は見えない壁によって弾かれた。

「無敵結界・・・だが全身には張り巡らされていないのか?」

 レッドアイは近距離での魔法攻撃は間に合わないと思ったのか腕を払う動作で
 直接攻撃に転じた。
 だが、リックはそれを掻い潜りさっきと同じ攻撃を繰り返す。
 結果はさっきと同じ、身体には傷がついたが宝石には壁で阻まれた。

「やはり宝石以外の部分は結界が張られていない」

 だが、それが分かった所で突破口が無い。
 恐らく本体と思われる宝石への攻撃は無効果。
 攻撃が通じる身体の部分もかすり傷程度であった。
 
「しかし攻撃が一応通じるとなれば致命傷になる部分があるかもしれないが」

 かつてリックはランス達と共にレッドアイに似た兵器、闘神ユプシロンを打倒したことがあった。
 アレと同じならば戦闘不能にすることが出来るかもしれないが自分一人ではそんな事は出来ないだろう。
 だが、戦うしかない。
 怒りに身を任せて最後は死んだあの人の後を追うべきか。

「自慢のボディに傷をつけるなユー!」

 巨大な機械の手が頭上を覆った。
 それを勢いよく叩きつけてくるがその攻撃範囲内から素早く抜け出すと同時に機械の指の溝を斬りつける。
 その斬りつけた衝撃で機械の指に電磁パルスが発生した。

「アオ?指がバチバチ、ビリビリ?」

 暢気な事に指の具合を確認しているレッドアイの背後に回りこんだ。
 そのまま勢いよく飛んで機械仕掛けの身体の隙間に剣を一気に突き入れる。

「オオオ!?」

 ダメージになったらしい。
 一瞬電流が外に迸り目が眩む。
 剣を抜き取り次の攻撃に移ろうとするがそれは振り返り様に放たれた裏拳によって妨害、弾き飛ばされ破片だらけの地面を盛大に転がることになった。

「小賢しい、今のはすごくバチバチした。不愉快ネ」

 どうやら怒らせたようだ。
 距離を十分に取った事により魔法詠唱を開始している。

「ミーはノーヘルプ!楽に殺さない!」

 魔人の両手に炎の矢が大量に形成された。
 それが当たり一帯に撒き散らされ爆炎をあげていく。
 リックは先ほど受けた裏拳のダメージがまだ取れず身体がぐらついて起きれなかったが
 なんとか地面を転がって回避する。

「まだまだ、まだまだ終わらない」

 強力な熱を帯びた光線が周りを薙ぎ払う。
 かろうじてダメージから回復してその光線の範囲内から逃れようとするが
 レッドアイは執拗に追跡した。
 光線が着ている鎧を掠めてその熱に思わず呻き声をあげる。
 薙ぎ払われた石の床と破片が飴状に融けていく
 辺りは火炎の海となり酸素が奪われて意識がなくなりそうになる。
 よろよろと身体をふらつかせるリックの姿に魔人は満足そうであった。

「ジャッジメント!これでユーはデッドエンド!!」

 そう言ってレッドアイは両手を掲げて頭上に光の玉が浮かび上がる。
 小さな玉だったそれは魔人の魔力を吸収してどんどん大きくなっていく。
 リックは確信した。
 あれは自分達を一瞬で壊滅に追い込んだ光の源だ。
 喰らえば跡形も無く消えてしまうだろう。
 時間稼ぎもここまでか。
 後は死ぬだけを待つのみと悟る。

 だが、ただでは消えてやらない。
 最愛の人を惨たらしく殺したあの魔人に一矢報いたい。
 朦朧とした意識で剣を強く握り、彼は飛び出していた。

「あああああっ!!」

 雄叫びがあがった。
 自分で無意識の内に叫んだそれには怒り・憎しみが込められていた。
 踏み込む足に力が入る。
 バイ・ロードが意思に応えるかのように禍々しく輝き、凶刃に変化した。
 気づけば彼は赤い流星のようにレッドアイの懐に飛びこんだ。

「オウァァァ!?」

 レッドアイが悲鳴をあげた。
 本体の宝石の近くにバイ・ロードが突き刺さったのだ。
 驚くべき事に闘神の装甲を貫通して深々と食い込んで電流が周りに火花を散らしていた。
 リックは突撃した勢いを殺さずそのまま剣を根元まで突き刺していく。

「くたばれ化け物が!!」
「ウァウ、アウチ、アウチ!メイクドラーマー!!」

 両手をぶんぶんと振り回し、周りの石等を破壊して悶える魔人。
 収束して巨大な光の玉となっていた魔人の最強最悪の魔法がすんでのところで発動せず無効化した。
 これに激怒したかのように宝石から伸びる触手のような目玉がリックを血走った目で睨み付けた。
 レッドアイの巨大な手がリックを鷲掴みにする。

「ぐぅぉぉぉ!!」

 怪力で締め付けられ思わず声を上げる。
 身体中が悲鳴を上げて訴えてきた。
 だが、そんなリックの様子などお構い無しにレッドアイは怒りの言葉を吐いた。

「ただの人間のくせにやる!ミーは褒めてやる!!そんなユーにはとっておきの
 魔法をプレゼント!!」

 そう言うや否やレッドアイの前方に虚空の空間が展開された。
 中身は真っ暗でなにも見えない。

「何を、するつもりだ・・・!?」
「転移魔法でキサマを異次元に吹っ飛ばす。片道切符の地獄巡りを楽しむがいいネ!!」

 そう言ってレッドアイはリックを力任せに虚空の空間に投げ込んだ。
 レッドアイ!!と、怒りの形相で睨みつけながら彼は真っ黒な空間に沈みこんでいった。
 それを確認すると怒りがいくらか収まったようで彼によって身体に深々と穴を空けられた部分を指でボリボリ掻いた。

「ビューティフルなボディが台無し・・・、隠れているロナを捕まえて帰る」

 無機質で重量のある足音を立ててこの場から去っていく。
 後に残ったものは魔人との激闘によって破壊尽くされ、火の海となっている廃墟。
 いつのまにか太陽が山から少し顔を出して筆舌に尽くしがたい光景を照らしていた。


 魔人レッドアイの出現によってヘルマン方面の軍は悉く魔人軍に破れ
 後に首都であるリーザス王国への接近を許してしまう危機となってしまう。
 これは魔人との戦争においてもっとも甚大な被害を出した戦闘として記録に残る事になった。

















「フェイト、あなたのすることは分かっているわね」
「はい、母さん」

 次元間を移動する移動庭園、その名は時の庭園。
 だが庭園と呼ぶには冷たく、無機質な建造物が広がっておりどちらかというと
 要塞に近い状態であった。

 その建物の中心の広間に二人の人間と一匹の獣がいた。
 一人は紫のロープに身を包んだ妙齢の女性ともう一人はその女性の前に跪いている黒衣のマントを身に着けた女の子。
 女の子の傍には寄り添うように赤毛の大型の狼のような獣が立っている。

 年上の女性は王が座るような玉座に肩肘をつけて頬をついていた。
 フェイトと呼ばれた少女は女王からの命令が無ければ一言も発さず動かないような状態。
 親子のように見える二人だがその関係は主従関係に近かった。

「形態は青い宝石で一般呼称はジュエルシード。ロストロギアと呼ばれるそれを私が集める事」
「そう、母さんの為に集めるのよ」

 少女が顔を上げた。目の前にいる女性――母はどこかつまらなさそうに少女を見つめていた。
 その顔に対して赤毛の獣が不満そうに唸り声を上げた。
 それを制するように少女は獣の頭を撫でる。

「アルフ」

 アルフと呼ばれた獣は少女の意図を理解したのか黙り込む。
 フェイトには絶対服従なのかアルフは感情を押し殺して目の前にいる女性を睨むのをやめた。
 
「それでは行ってきます、母さ―――」

 母に呼びかけた時だった。
 建物に突然衝撃が起こり、侵入者の警告を知らせる地図のディスプレイが頭上に浮かび上がった。
 フェイトは怪訝そうな顔をしてそれを見つめた。

「これは・・・?そんな、この場所には誰にも知られてないはず」
「珍しい事もあるものね」

 女性は警告サインを見ても気怠そうであった。
 興味があるのかないのか、ディスプレイをじっと見つめること数秒、
 彼女はこう切り捨てた。

「侵入者は放っておいて行きなさいフェイト」
「でも、母さん」
「どうやってここに転移してきたか不明だけど大きな魔力は感じられない。すぐに傀儡兵に捻り潰されるわ」
「母さんに万が一の事があったら」
「私の言うことが聞けないの?」

 その言葉にフェイトは息を詰まらせた。
 確かに母ならどんな敵でも容易に撃退できるだろうが心配なものは心配なのだ。
 だが下された命令も絶対な物であり、優先事項だ。
 どうしたものか思考を巡らせている娘の姿を見て不機嫌になる。
 母の顔色が変わったことによりフェイトは身体を強張らせる。

「全くお前はグズねフェイト」
「ご、ごめんなさい母さん」
「まぁ、いいわ。今回は好きなようにしなさい」

 その言葉にフェイトは喜色の色を浮かべた。
 傍から見れば無表情に見えるがアルフには感情の機微が読み取れてやれやれと言わんばかりに
 どっかりと座り込んだ。

 ・・・・・侵入者の動向を伺いながら。








「うわあああああ!!」

 ぽっかりと開いた黒い空間からリックは派手に転がり込んで出てきた。
 床に身体を激しく打ちつけ十数メートルくらい移動して壁に激突、そのまま停止した。
 穴の開いた空間は人間が転送したという事を認識したのか徐々に縮まっていきそして消失した。

 無様な姿であった。
 着込んでいる赤将の鎧はぐしゃぐしゃにへこんでおり
 勇壮に魔人と戦っていた姿はなく、覇気と呼べるものが消失していた。
 大の字に身体を開いて天を見上げる。

「・・・・・・ここは?」

 眼前には巨大な吹き抜けのホールが広がっていた。
 天井は空を見るように高く、壁を沿うように螺旋階段がそれを目指すように作られていた。
 そして周りを見渡すと巨大な像が複数あり、それぞれが剣や斧など様々な武器を握っている。
 その武器が飾り物ではなくやけに切れ味の鋭そうな実用的な物であり嫌な感じがした。

 手に強く握られた柄、バイ・ロードを見る。
 特に損傷はなくまだ武器として使用可能であった。

「あの人の後を追うかと思ったら生き残ってしまった」

 そう言ってみると途端に怒りと憎しみが心の中で激しく揺れ動く。
 魔人レッドアイ。
 最愛の人を殺し、笑っていた魔人。
 奴だけは絶対にゆるせない。
 こうやって生き残ったのも何かの縁だ。
 必ず奴を破壊してやる。

「とりあえず現在位置を確認しないと」

 身体は幸い動く。
 身体中に痛みが走っているが特に問題は無かった。だが体力は限界に近い。
 螺旋階段以外に他の部屋へと続く通路を見つけたのでそこに行ってみることにする。
しかし人の気配が全く感じられない。
 不気味な場所である。

「あー・・・嫌な思い出が蘇るなこれは」

 ある日の事である。
 リックは自分が仕える王、ランスが白昼堂々と女性を襲っていたのを目撃したので騎士として仕える使命感から
ランスに理想の王としての在り方を説いた事があった。
 その後日。

「リック、お前今からその兜被らないで全国のダンジョン肝試しツアーな」

 滅茶苦茶怖かった。
 勇気が湧いてくる赤の将の兜無しでダンジョン探索はこりごりでありキングに
 女性関連で注意するのは二度としないと心に誓いかけてしまった。
 嫌なダンジョンばかりであった。
 モンスターがわんさか出てくるダンジョン、トラップが沢山仕掛けられているダンジョン、
 そして今、目の前にある大量の像が動き出して襲い掛かってくるダンジョン――――

「え?今、目の前にある大量の像が動き出す?」

 間抜けな声が出るのと斧を持った像が首を掻っ攫うように武器を振るってきたのは同時であった。

「うおっ!?」

 瞬時にバイ・ロードの刃を展開してその攻撃を弾き上方に受け流す。
 受け流すと同時に横薙ぎに払い抜けようとするがそれは見えない障壁に喰い込んだ。
 刃が切り裂く一歩手前で停止、空中でバイ・ロードが激しく赤い光を散らしていた。

「なんだこれは!?」

 結界でも張られているのか?
 そう思いながらも障壁にぶつかっている刃は徐々に奥深く喰い込んでいく。
 破れそうに見えたのでそのまま力任せに横に払った。
 結果、何かが破れる音と共に像の足が水平に斬り倒され動かなくなった。

 ただの像の癖に結界魔法を展開しているのか?
 だがこちらからの攻撃が通じる敵でよかった。
 もし、カフェ殿並の張る結界の固さであったら一方的にやられて殺されるところ だった。
 そんな結界を持つ雑魚が沢山いるダンジョンなんて考えたくないが。

 そんなことを考えていると次々に像――傀儡兵が現れて全周囲からリックに襲いかかってきた。

「チッ!」

 リックは次々に襲来する傀儡兵の攻撃を避けて逃げの一手を決めた。
 今までの激闘でもう身体に力が入らない。
 それでも生存本能の為せる技なのか、身体は勝手に動き身の危険を遠ざけようとする。
 みっともない姿で逃げる自分の姿に彼は苦笑していた。

 魔人の言っていた地獄巡りってこれだろうか?
 それにしては随分と生ぬるい。
 まだ序の口なのだろうか?
 なんにせよただでは死んでやらん。
 地獄から舞い戻って目に物を見せてやる。










 どのくらい逃げ回ったのだろうか。
 気がつけば彼は大きな門の前に立ち、荒い息で呼吸を繰り返していた。
 なんとか逃げ切ったのか傀儡兵は周囲にはいなかった。
 
「全く、ここを作った奴は恐ろしいな」

 逃げる先には必ず大量の傀儡兵が待ち構えていた。
 厄介な事に空中を浮遊して魔力弾を撃ち込んできたりするし
 強固な結界を張って刃が通じ辛い奴もいた。
 あれだけの質と量を備えた人形を作るにはフリーク殿でも難しいだろう。
 
 本当にここは一体どこなんだろう・・・?

 呼吸を整えて改めて眼前にある門をみる。
 すると門が開き、風が中から流れてきて外に吹き抜けていく。
 中はよく見えず真っ暗、奥行きが確かめられない。

 入って来いという意思表示だろうか?
 罠が無いか警戒、バイ・ロードを展開して臨戦状態のままゆっくり門の暗闇の中へ入っていた。


 暗さに目が慣れて歩く事数分、明るい広間に出た。
 目の前の玉座に人間が座っている事を確認するとリックはすぐに剣を構える。
 初対面の人間にいきなり剣を向けるのは無礼だが今まで出会った連中と状況から考えて油断は出来ない。

 そのあまりの警戒ぶりに玉座で髪の毛を弄っている女性は嘲笑うように声を漏らした。

「物騒なお客様ね、問答無用で剣を向けるなんて」
「そういうあなたは客を歓迎するにはよくもまあ危険すぎる仕掛けを設置しましたね」
「当たり前よ。本来ならこの建物は誰にも知られないようにしているのよ。侵入者がいたら殺すわ」
「客=侵入者ですか・・・人に知られてはいけない悪い事でもやっているのですか?」
「そうね、あなたが管理局の人間かどうか分からないけど悪人そのものと言える様な事をやってるかしら」
 
 女性は悪びれも無く答える。
 具体的にどういうことをやっているか聞きたくなったがそれ以上追求するのをやめた。
 多分聞いた所で答える気もないだろうし、そもそもそんな事を聞いている場合ではない。
 悪事を働いているなら独断であるが私の手で捕縛して司法の手に差し出せばいいのだろうが
 消耗している今の状態ではそれは難しいだろうし相手の力量が分からない。

 とりあえず今は一刻も早く魔人との戦いに復帰しなければいけない。

「あなたが何をやっているかはひとまず置いておきましょう。ここは一体どこですか?」
「さぁ?どこかしらね?そもそも秘匿したい場所を教える奴なんてどこにいると思う」
「む・・・」

 それはそうだ。
 人に知られてはいけない事をやっている場所を教える奴なんていないだろう。
 言ってみて馬鹿な質問をしたなと少し恥じた。

 ・・・関係ないが女性がさっき口にした管理局って何だろう?治安維持部隊みたいなものかな?

「さて、下らない話は終わりにしてアナタには死んでもらうわ」
「いきなりですか、まぁ予測出来た展開ですが参ったものです」

 目の前の人間は悪人だと公言してるし知られてはいけない場所で何か悪事を働いてる。
 そんな人間が侵入者である私を生きて帰すはずもないだろう。 
 そもそもここはあの女性の腹の中なのだから何かを決める権利は私ではなくあちらにある事を理解する。
 ・・・今の自分は随分と思考が鈍ってしまっているな。



 剣を頭の右側に構え、切っ先を女性に向ける。
 明らかに敵意を示しているのに女性は悠然と見下していた。
 相手の格好とこの場所に至るまでに出会った敵を考えると恐らく魔法使いのタイプだ。
 ならば魔法を詠唱される前に斬りかからなければいけないのだが・・・目の前の敵は無防備すぎる姿勢。
 玉座から動こうとせずこちらの動向を眺めていけるだけ。
 トラップを張って誘っているにしても露骨すぎる。

「どうしたの?一撃だけなら受け止めてあげるわよ」

 その言葉に瞬時に反応してリックは斬りかかった。

 どれだけ自信があるか分からないが大層な発言だ。
 確かにあれだけの実力を持った操り人形を作れるなら納得出来るが。
 大抵の魔法使いは接近戦に持ち込まれただけで敗れ去る事が多い。
 例外として扱える魔法使いは知ってる限りでは2~3人ぐらいいるが・・・
 まさかこの女性も例外と言える部類のレベルに達している魔法使いなのだろうか?
 なんにせよ相手はこちらの力量を確かめるように挑発してきた。
 敢えてそれに乗ってみることに決めた。


 跳躍、赤い死神と恐れられた者の鎌が襲い掛かる。
 それが女性の首下に斬り込まれ死体となって床に転がると思われたが


「・・・!!」
「大したものねあなた、私の結界に侵入してくるなんて。それに面白い武器を持っている」

 振り下ろしたバイ・ロードが傀儡兵の時と同じように見えない障壁に食い込んで いた。
しかもその障壁は堅牢で傀儡兵とは比べ物にならない。
 驚愕する赤の騎士、久しぶりに面白い物を見たと思う魔法使い。
 対照的な反応であった。
 弱体化しているとはいえリックは魔法使い相手に攻撃を無効化されたのだ。
 相手の力に脅威を覚えざるを得なかった。


 女性が軽く腕を横に振るとリックは空中に吹き飛ばされるが態勢を整えて片膝をつけるように着地。
 そのまま助走をつけるようにダッシュ、再度斬りかかる。

 今一度。
 強固ではあるがあの結界に一歩入り込む事が出来た。
 ならば攻撃する箇所を一点集中すれば破れるかもしれない。

 深くしゃがみこみそこから大きく飛ぶ。
 目標を真正面に捉えた。
 それを見て女性は含み笑いを浮かべた。

「さっき言ったわね?一撃だけなら受け止めてあげるって」

 その言葉と同時に横殴りの蹴りがリックに襲いかかってきた。
 奇襲に反応する事が出来ずそのまま吹き飛び、広間の壁にまで飛んで激突。
 壁からずり落ちるように身体を崩した。
 激突した壁はへこみ、破片が彼に降り注いでいた。

「さあフェイト、思いがけないところで敵が現れたわ。母さんを守って」
「はい、母さん」

 どこに潜んでいたのだろうか、いつの間にか黒い死神を思わせるような少女が女性の目の前に立っていた。
 手に閃光を発するスティック?のようなものが握られていてそれから光が伸びて鎌が形成されている。
 その少女に付き従うように赤い獣がこちらを威嚇する動作を見せている。
 新たに出現した敵の姿を確認してリックは頭を抱えた。

 子持ちときたか。
 この手の魔法使いは大抵異性に興味なく自分のしたいことに没頭しているものと思うが私の偏見だろうか?
 今はそれをおいておこう。
 しかし、獣はともかく目の前の少女は戦わせるにはあまりに幼すぎる。
 あの魔法使いは正気なのか?
 現実にはあのくらいの年で戦っている子供はいるがまだ殺すには忍びない。
 武器を構えている以上容赦は出来ないが最低限の攻撃で無力化出来るように努力しよう。

強打した身体の痛みを堪えつつも何とか立ち上がり目の前の少女と対峙する。


「名乗る必要はないと思いますが・・・私の名はフェイト・テスタロッサ。
 そして今、私が持っているデバイスの名はバルディッシュ、私の命を預ける相棒 です。
 そしてこの子はアルフと言いましてとても頼りにしています」

 そして一呼吸置いて。

「・・・参ります」

 その声がリックのすぐ側、側面から聞こえてきた。

「む!?」

 すんでのところで少女の持つ光の鎌が首を刈り取ろうとするのを阻止することに成功した。
 バイ・ロードの赤い光がバルディッシュの放つ閃光と拮抗して鍔迫り合いになる。
 一気に間合いを詰められた事にリックは内心で肝を冷やしていた。

 少女の驚異的な瞬発力を捉える事が出来なければ今頃首が飛んでいた。
 この子はこの年代で戦士としての資質がすでに目に見える形で現れている
 甘く見ていたら間違いなく殺される。
 子供相手と認識していたのを変えざるを得ない。

 バイ・ロードを持つ両手に力が入る。
 鍔迫り合いではリックのほうが体格・力が優位であるため
 自然、フェイトが不利に追い込まれ態勢を床に倒される形に押し込まれる。

 このまま地面に倒し、武器を弾き飛ばして無力化するべきか。
 そう思い力をより一層込めようとしたら背後から強烈な突き飛ばしがきた。
 耐え切れずリックはフェイトを飛び越える形になるが無事に地面に着地して少女の方へ向き直る。
 結果、リックとフェイトの鍔迫り合いが解かれ両者とも仕切りなおしをする形になる。

「ありがとうアルフ」

 立ち上がり少女は唸り声を上げるアルフの頭を撫でた。 
 アルフはリックに対して明らかに敵対心丸出しで今にも飛び掛って来そうであった。

 そうだ、敵は一人じゃなかった。
 今の状態の自分ではフェイトという少女を相手にするだけでも苦しいのに
 さらに妨害して連携攻撃をされてきたら捌ききれない。

「申し訳ありませんが二対一の形になります。多分私一人じゃアナタを潰せそうにありませんので」

 予想通りの状況になった。
 獣は駆け出しリックに向かって突進した。
 アルフは速さこそさっき見せたフェイトには及ばないが人間相手には十分すぎる速さであった。
 体当たりを寸前でかわす。
 アルフは体当たりしようとした速度を殺すことなく壁に向かって飛び、そのまま三角飛び。
 空中から再び襲撃をかける。
 迎撃しようとリックの剣が獣に向かって伸びる。
 だが、驚くべき事にアルフは迎撃の剣に食い付き受け止めた。

「ぬぅ・・・!!」

 剣に食い付いているアルフの口が刃で切れて血の滴が落ちていく。
 だがそんなのはお構い無しとリックから武器をもぎ取ろうとして頭を振り回す。
 獣にしては異常なまでの力を持っており奪われまいとリックは剣ごとアルフを無理矢理持ち上げて
 上段から地面に叩き付けるように振るった。
 叩きつけられる寸前でアルフは口から剣を離して後ずさり距離を取った。

 その時、獣はしてやったりと笑みを浮かべたような気がした。


「バルディッシュ、フォトンランサー連撃」
『Photon Lancer,Full Auto Fire』

 少女の声に反応してバルディッシュと呼ばれた武器から声が上がった。
 何かの攻撃の前触れ、と感じ取ったリックはフェイトの姿を確認せずに即座に
 その場から逃れようとするが身体が動かない。
 何故?
 力を込めようとして力が上手く入らない。
 身体に何か違和感がある

 気がつくと両手両足が光の輪で縛られていた。

「うぉぉぉぉぉ!!」

 雷の弾丸の嵐が降り注いだ。
 尋常ではない速さで撃ち出されるその魔法はリックをノックバックさせ、壁に打ち付けた。
 だが射撃はまだ止まらない。
 周囲の壁を、床を粉砕して空間が粉塵で覆われる。
 フェイトが魔法を撃ち終わった頃には赤い騎士の周辺は大きく抉り取られボロボロ、見るも無残な光景になっていた。
 リックは言葉を発さず壁を背に倒れた状態になっていた。

「もう御終い?がっかりね」

 玉座に座る女性は詰まらなさそうに言った。
 所詮魔導師じゃない人間がどうあがいたところでこんなものか。
 すでにリックに興味を失った彼女はフェイトに命令を出す。

「フェイト、その男を殺して適当に処分しなさい」
「・・・あの、母さん」
「殺さなくてもいいとか言い出す気ねその顔は」
「だってこれ以上のやりとりは無意味だと思う」

 少女は嘆願するように母に言う。
 生来この少女は優しく争い事を好まない性格であった。
 その少女がこんな荒事に身を投じるのはひとえに母親の為。
 だが母親の為とはいえ人の命を奪うのには躊躇いがあった。
 殺すとは一体どういう行為であるか?
 命を奪うという概念がどういうものかまだ完全には理解していないが
 本能的に怖いものだと少女は感じていた。

 それにさっき戦っていたあの男性は見たところ、当初は私達に敵対する気は無かったように見える。
 最初に攻撃を仕掛けてきたのはあちらだがあれは母がわざと誘ったもの。
 止むを得ず戦闘した感じだ。
 その人間をこちらの都合で殺すことに強い抵抗を感じずにはいられない。

「母さん、この人は見逃してあげて・・・」
「フェイト」

 その娘の言葉に母はいつのまにか持っていた杖を鞭に変化させてフェイトの足元を叩く。
 それに身を竦めた主をかばうようにアルフが目の前に立って唸り声をあげていた。
 いい忠犬っぷりだと女は心の中で笑う。

「母さんの為よ、お願いだから言う事を聞いて」
「でも」
「私が注ぐあなたへの愛とあの男、どちらが大事なの?」

 女性は玉座から立ちフェイトへ歩み寄る。
 そして少女の目線に合わせるようにしゃがみこみ頬を撫でた。
 フェイトは母の思わぬ仕草に心から嬉しさが込み上げたが
 次に母が口にした悪魔の言葉のようなささやきにそれはかき消されてしまう。

「もう一度言うわ、あの男を殺しなさい」

 その言葉に迷うこと数巡。
 少女は無言で立ち上がり閃光を発する鎌を持って命を奪おうと男の下へ向かった。
 母の言葉に洗脳されたかその無表情の姿は幽鬼を思わせる。

 アルフが無言でフェイトの前に立ち塞がった。
 やらなくていい、と少女に忠誠を尽くす獣は訴えていた。
 この小さな子に人殺しをさせたら魂が壊れてしまう。
 その一心で。

「どいてアルフ、お願い」

 だがその思いは届かない。
 少女にとって母の言葉が全てであり逆らう事が出来ない。
 アルフを押し退けて歩み寄っていく。


 フェイトが倒れている男の前に立つ。
 バルディッシュを掲げてただ一言。

「ごめんなさい」

 光の鎌が振り下ろされた。









「謝るぐらいだったら最初からやるものじゃない、それに・・・子供が人の命と血で自分の手を汚してはいけない」


 金属同士のぶつかりあう音が響き渡る。
 男の首を切り裂こうとした光の鎌は寸前で止まっていた。
 長い光の鎌が届く前に少女に向かって前のめりに踏み出し回避、赤く血塗れた手甲が振り抜こうとするバルディッシュの柄を弾き、そして強く握り押さえ込まれていたのだ。

「全く、こういう純真な子を利用して人殺しを促すとは・・・どういう神経をしている貴様は!!」 

 それはこの子の母親に対する怒りであった。
 今までの人生の中で自分の子供を利用して悪事を働く輩は見聞きしていたが
 現在そういう状況に出くわしている。
 自分は騎士としての務めを完全に果たしてしているわけではなく善人とは言えない。
 他人の悪行を批判出来る身分ではないが目の前の少女を利用して笑っている玉座のあの女を見ると我慢ならない。
 斬り捨てたいところだが然るべき法の裁きを受けさせてやる。

「はぁ!」

 渾身の力を振り絞り、握っているバルディッシュごと少女の身体を片手で投げ飛ばす。
 それをフェイトは事も無げに空中を浮かんで姿勢を崩す事無く着地する。

 全く大したものだこの少女は。
 戦士だけでなく魔法使いとしても一流とは。
 将来どんな子に育つか楽しみではある。

「・・・まだ立つんですか?」

 フェイトの目が憂いを帯びていた。
 一度殺しかけた罪悪感から来ているのだろうか、もうこれ以上は戦いたくない
 といった表情である。
 確かにこちらはもう戦う力が尽きて指揮官鎧も現状を留めてない有様だ。
 後は一方的にいたぶるしかないだろう。

「フェイト殿とは戦う気はありませんよ。最も、最初から無かったんですが仕方なく」

 そういってリックは何か思い出したかのように腰の後ろにつけてあったバックパックに手を入れる。
 取り出したのは青の綺麗な袋で中にはあの緑色の液体が入った小瓶が二つ。
 今までの戦いでよく無事だったものだ、と心の中で思う。
 その内の一つを一気飲みした。

「ぐほ!?こ、これは・・・!?」
「え・・・?」

 リックは咳き込み、悶える。
 壁に身体を叩きつけて中から焼けるような激痛に無理矢理耐えようとしていた。
 その奇行にフェイトは身構えて様子を伺っていた。
 しばらくして荒い息をつきながらも平常を取り戻すのを確認。
 いったい何を飲んだんだろうと思案する。


 とんでもない劇薬だ。
 確かに身体の傷の痛みが治まり活力が湧いてきたがその代償が大きすぎる。
 下手したらショック死起こすんじゃないかこれは?
 一気飲みしたのが悪かったのかもしれないが。

 ともあれ、これで万全の状態で戦える。

 空になった小瓶が投げ捨てられて地面に落ちて割れる。
 バイ・ロードの柄を両手で握り気合を入れ直した。

 ・・・つくづくカフェ殿には助けられたな。後でお礼をしなければ。

「さて、そこで高みの見物をしている女。降りて来い、性根を叩き直してやる」
「性根ねぇ・・・」

 心底つまらなそうな表情でフェイトの母親は見下す。
 リックはそれに憤りを感じてゆっくりと玉座へと歩いていく。

「いかせません」

 だが少女が立ちはだかった。
 バルディッシュから光が溢れ出し鎌の形状を取る。
 アルフと呼ばれる獣も嫌そうではあるが少女の為に従う

「フェイト殿と戦う気はないのですが」
「私にもありません、でも母さんには手を出すというなら」

 許さない、と少女はバルディッシュの先端をリックに向かって突きつける。
 どうしてこの子はあの母親を慕っているのだろうか?
 非道な命令を出してきたのになお母を庇う。
 まだ子供だから親子としての繋がりを保とうとするのだろうか?

「お願いです、もう決してアナタを殺す気はありません。悪いようにはしませんから
 武器を捨てて投降して下さい」
「断ります、個人的にあなたの母には一度拳をぶつけたい。自分の子供を利用している悪人は許せない」
「・・・母さんは悪人じゃない、決して。何も知らないのに決めつけないで!!」

 母に対する言葉を否定しようとして昂った感情がフェイトの思考を停止させた。
 湧き上がる気持ちに身を任す。
 先程以上のスピードで突進してきて鎌を振るい再起不能にしようとかかってくる。

 だがそれは容易く受け止められた。
 今度はフェイトが驚愕する番だった。
 さっきまで瀕死の状態だった人間が自分の全力の一撃を受け止められるなんてありえないと思ったのだ。
 それを否定するようにバルディッシュで連撃を入れるが軽くいなされていく。

 もっと速く。
 瞬時に背中に回りこんで蹴りを入れようとしたがそれも見切られて足首を片手で鷲掴みにされた。

 信じられない、という顔をしているフェイトにリックが語りかけた。

「フェイト殿、あなたは強い。戦士としても魔法使いとしても優秀すぎる。
 その豊かな才能は私など容易く追い越していくでしょう」

 リックが掴んだ足をフェイトごと軽く上空に放り投げる。
 それに反応してフェイトは空中に持ち上がった身体を立て直し浮遊、様子を伺い警戒していた。
 赤い騎士はさらに言葉を続ける。

「だがまだ幼すぎる。幾戦もの死線を潜り抜けた人間の力、お見せいたしましょう」

 刹那、広間からリックの姿が消えていた。



「え?」

 動きが見えなかった。
 慌ててフェイトが周囲を見回すが時すでに遅し。
 赤い死神が空中を飛んでいたフェイトの背後に回りこんでいた。

「あああああ!?」

 お返しと言わんばかりに蹴りが背中に炸裂した。
 フェイトはそのまま地面に叩けつけられ石畳の破片を撒き散らす。
 だがダメージが無いのかそのまますぐに立ち上がり、着地するリックを凝視する。

 普通の子供なら気絶している打撃だが
 あの女と同じように結界を周囲に張り巡らしているのか?
 ・・・なら多少の攻撃を喰らわせても大丈夫か。

 リックが神速の領域でフェイトの間合いに踏み込む。
 フェイトがそれに対処しようとするが間に合わない。
 バイ・ロードの剣筋が空間に幾重もの赤い残像となって残り、フェイトやバルディッシュに容赦ない斬撃が打ち込まれる。
 ついにはバルディッシュが宙に弾き飛ばされ徒手空拳、丸腰の状態になる。
 そこをすかさず剣の柄で腹に目掛けて打ち込む。
 少女は腹から突き抜ける衝撃が伝わったのか苦悶の表情を浮かべて屈みかける姿勢となる。
 
 さらにもう一発。
 膝蹴りを喰らわせて身体を浮いた所を握った剣の拳ごと腹に叩き込んだ。

 少女はそのまま飛ばされ壁に叩きつけられるかに見えたが赤い獣がそれを阻止した。
 アルフは自分の身体でフェイトを受け止め衝撃を吸収する。
 よろめくフェイトをゆっくり地面に下ろした後、リックに襲いかかった。

 アルフが襲いかかると同時にリックの手足に光の輪――リングバインドが発生して 拘束しようとした。
 だが拘束されるよりも速く飛びかかってくる赤の獣に突進した。

「同じ手は二度もかからん」

赤の獣の手と赤い騎士の手が交差、機先を制したのは騎士であった。
 リックの片手がアルフの首元を掴み高く掲げる。
 アルフはリックの手甲や鎧を引っ掻き、暴れて逃れようとするが強固に締め付けられる手がそれを許さない。

 掲げられた手が一気に地面に向かって振り下ろされた。
 アルフは打ち下ろされ、頭から地面にめり込む形となる。
 リックはまた持ち上げてフェイトのいる方面に向かって投げ飛ばす。
 赤い獣は受身を取ることも出来ず地を転がることになる。
 
 それでもアルフはなんとか立ち上がり、ふらつきながらもフェイトの側に寄り添った。
 頭から血を流しながらこちらに向かって威嚇するようにか細く唸り声を上げた。
 
 戦闘を続行する能力はもうないのに見事な忠誠心だとリックは心の中でアルフを賞賛した。

「困った娘ね、母親が危機に陥っているのに全く役に立たないなんて」
「身をていして貴女を守ろうとした娘に対する言葉がそれか」

 それに対してこの女の悪態はなんだ。
 自分の娘への言動とはとても思えない。
 これならまだ赤の他人の方がマシな言葉をかけてくれるだろう。
 もし、キングがこの場にいたら怒り狂って斬りかかっているはずだ。

「覚悟はいいか、魔女よ」
「魔女ね・・・まぁ間違いではないけど」

 ふぅっと溜息をつくと玉座から立ち上がり杖をトントンと床に突かせる。
 すると雷が一瞬周囲を走り、物に帯電して火花を散らせた。

「どうせなら魔女より大魔導師と言ってもらったほうが嬉しいわね。
 大魔導師プレシア・テスタロッサ、いい響きね」

 雷光が飛び散った。
 辺り一帯に電流が走り広間が雷雲の中にいるような空間に変貌していた。
 どうしたものかリックは思案する。

 ゼスの魔法使いにも雷の魔法を得意とする方がいてそれが中々手強い方だったが
 プレシアと名乗ったこの女も負けず劣らずの使い手のようだ。
 おまけに堅牢な結界魔法を身に包んでいるときた。
 下手をすればカバッハーン殿より凶悪かもしれない。
 流石に範囲型の魔法には剣でどうにか出来るものでもないだろうし。

「ただの凡骨だと思ってたけど興味が湧いたわ。使えないとはいえ剣一つでフェイトを破ったのだから。名前を聞こうかしら、剣士よ」
「・・・リーザス王国軍赤の将、リック・アディスン」

 その返答に満足したのか分からないがプレシアの杖が手元で一回転、
 杖の先端をこちらに向けた。

「義を重んじ、弱者の刃となる者よ。見事この私を懲らしめてみなさいな」

 悪者である自分を退治する勇者がやってきた。
 そんな風に捉えてプレシアはこの状況を楽しむ事にしたようだ。
 
 リックに向けられている杖が発光、すると先端から雷の束が走った。

「っ!?」

 発光した時点で危険を察知したリックはさっきまで立っていた場所から飛び退いていた。
 雷が発生して攻撃された場所を確認すると爪で大きく抉り取られたような跡が残っていた。
 攻撃の比重がフェイトとは比べ物にならない、大魔導師と名乗るだけの事はある。

 一発でもまともに食らったら再起不能。
 それも雷の性質上避けにくいまさに電光石火の魔法だ。
 そんな魔術をいつまでも避けられない、短期決戦で挑まねば。

 突撃する。
 とにかくプレシアに接近して間合いに入らなければ攻撃のしようが無い。
 張り巡らされた障壁に関しては多分なんとかなる、はず。

「そらっ」

 プレシアの杖が横にゆっくりと振られた。
 すると雷球が何個も発生して周りに雷を散らす。
 それらが離れて床を踏み砕き接近しようとするリックに襲いかかる。

 リックは走る身体を止めずに真っ直ぐプレシアの元へ。
 こちらに向かってくる雷球は四つ。
 正面、左右、そして回り込んで背後からやってくる。

「ふんっ!」

 感電するかしないかのギリギリの距離で飛んだ。
 突然目の前から目標が消えた雷球は混乱して雷球同士でぶつかり合う。
 激しい光を散らして雷球は徐々に小さくなり消えていった。
 
 着地してそれを確認したリックは再び突撃。
 玉座を駆け上ろうとする。

「簡単に近づけさせないわよ」

 後、一歩だった。
 プレシアの眼前に雷の柱が複数発生、リックを囲い込むように動き近づいてきた。
 身動きが取れなくなった赤い騎士はこの窮地をどう脱するのかと大魔導師は好奇の目で見ていた。
 直接剣で雷を斬ろうとしようものならどんな魔法剣だって電流が流れ使い手に少なからずダメージがいくはずだ。
 さあどうする?

「はぁぁぁ・・・」

 リックは深く息を吐いて右足を引き剣を脇構えにする。
 そして精神集中の為に目を閉じた。

 かつて手合わせしたことがある人間を思い出していた。
 ヘルマンの人斬り鬼と呼ばれ恐れられていた完全攻撃型の苛烈な剣術の使い手を。
 その使い手の最大の必殺技を盗み取り、身に着けた技を今ここで再現する。

「弐武・・・豪翔破!!」

 斬り上げから袈裟懸けの二段攻撃。
 二つの衝撃波が振られた剣から発生して雷の柱二本と相殺、消滅した。

 本来ならもっと沢山の衝撃波が発生しているのだが必殺技の元となる攻撃スタイルが違う。
 やはり本人の技を完全に真似るには無理があったか。

 だが、わずかに雷の柱で形成された檻に隙間が生じた。
 掻い潜りプレシアの元へ飛びかかった。

「あらあら、困ったわね」

 全然困った様子ではない感想を漏らす間に間合いに踏み込んだ。
 魔法使いとしてはもう致命的な距離に追い込まれたというのに余裕の表情だ。
 
 赤の魔法剣が振り下ろされた。
 先程と同じようにプレシアの障壁によって阻まれると思われたが

「・・・ホント、大したものだことあなた」

 剣が結界の中に沈み込み食い破ろうとしていた。
 原始的な戦術しか持たない人間も極めればここまでの強さになるのだろうか?

 珍しく、本当に珍しくプレシアは目の前の人間に賞賛の声を心の中で上げていた。

 だが余興は終わりだ、それなりに楽しませてもらった。
 そろそろ遊びはやめるとしよう。


 プレシアが結界に食い込んでいる剣にそっと手を触れた。
 すると電流が流れ剣を伝ってリックに流れ込んでいった。

「ぐぁぁぁぁ!!」

 全身が破裂するような感覚が襲ってきた。
 血が沸騰してるような気分とはこういう事を言うのか。
 身体の外側と内側を熱い熱と激痛が駆け巡っていく。

 焼け焦げていく匂いを発するリックを見て魔女は笑っていた。

「無情ねぇ、正義は必ず勝つとはいうけど現実はこんなもの。残念だったわね」

 さらに流す電流に力を入れようとして感電死させようとした時だった。
 突如プレシアが咳き込むように地面に膝をついた。
 結果、雷撃の拷問から解放されリックは空中に浮いていた身体ごと玉座から転がり離れていった。
 その間にもプレシアは苦しみ口を手で押さえ身体の不調を訴えていた。

「忌々しい・・・!何故こんな時に!?」

 遊びが過ぎた。
 本来ならあまり動かせる身体ではないのにあの男の動きをみて興が乗りすぎたか。
 我ながら馬鹿な真似をしてしまった。
 やるべき事があるのに、それを実現する為の私の命――時間を削ってしまった。

「助かり・・・ましたよ、あのままだったら私は死んでいました」
 
 リックはバイ・ロードを支えにして立ち上がりふらつく身体を意志で押さえつける。
 よく分からないがチャンスだ。
 今を逃したら私はここで朽ち果てる事になる。
 まだやるべきことがあるのにこんな分からない所で死ぬわけにいかない。

 もう一度プレシアに向かって駆け出した。
 まだ電撃の痺れに身体の姿勢を崩しながらも走る。
 
「ぐっ!近寄るな!!」

 杖の先端から雷光が走った。
 だがそれは狙いが定まらずボロボロになった赤い騎士の側の地面を抉る。
 繰り返し雷光を放つが結果は同じ。
 再びバイ・ロードがプレシアの結界に喰い込んだ。

「いくら足掻こうと私の結界は抜くことが出来ない!諦めなさい剣士よ!!」
「ならばこれならどうだ」

 剣が結界から離れた。
 リックは両手に握り締めた剣を頭の右側頭部に構え、切っ先をプレシアに向ける。
 本来なら万全の状態で放ちたかったが仕方ない。
 自分が生み出した最高の技。
 これを受けた者は生きて帰れない秘技を今ここに。

 プレシアは本能的に直感したか結界の強化に力を注ごうとした。
 だがもう遅い。

「バイ・ラ・ウェイ!!」


 数え切れない剣閃が空間内を渦巻いた。
 余波が地面を無数に斬り刻み、果ては遠い壁や天井にまで届いていた。
 遠くから二人の戦いを眺めていたアルフがフェイトをかばうように立つ。
 そのフェイトは今まで気絶していたのか朦朧とするように立ち上がろうとして姿勢を崩していた。

「母さん・・・?」

 フェイトの眼前に入ってきた光景。
 それは結界を破られリックに掴みかかられている母の姿だった。


「うぉぉぉぉぉ!!」

 力の限りリックは平手打ちをしていた。
 平手打ちでも男としての力は凄まじく、体重の軽いプレシアは玉座から転がり落ちていった。
 そのまま地面に横たわり天井を眺めて酷く咳き込んでいた。
・・・立ち上がる様子は見受けられない。


 大魔導師は戦意喪失――運に助けられたリック・アディスンの辛勝であった。

「母さん!しっかりして母さん!!

 フェイトがプレシアのもとに駆け寄り手を取った。
 魔力の酷使の影響だろうか、その手は冷たかった。

 そこにリックも側に寄ってきた。
 フェイトは身体を震わせた。
 自分の誇るべき母まで敗れたのだ、もはや勝ち目はない。
 私たちはどんな目に遭わされるのだろう?

「大魔導師プレシア・テスタロッサ殿。経緯はどうであれ勝ちは勝ちだ。法の裁きを受けてもらうぞ」
「法の裁きねぇ・・・まさか私の計画を実行に移そうとした途端に素性の知れない剣士に潰されるなんて困ったわ」

 フェイトに身体を起こされながら自嘲気味に呟く。
 その目には光はともっておらず精力が感じられなかった。

 ・・・確かに謎の人間にいきなり計画滅茶苦茶にされたらこうなるかなぁ、気持ちは分かるかもしれない。

「この子を・・・フェイトを迫害した罪で問われるのかしら?」
「詳しい罪は今のところ分かりませんがその辺りかもしれませんね、後は魔法使いとしての悪行も追及されるでしょうか」
「母さんはそんなことしてない!お願いです、それだけはやめて下さい!!」
「む・・・」

 参ったな、と唸る。
 この子、フェイトは先程の戦闘における母親とのやりとりからしてろくな目に  遭ってないと思う。
 それにプレシアはフェイトを惑わせて私を殺すように命令を出している。
 実際殺されかかったし。
 人殺しをさせようとした事はどんな言い逃れをしようが無理があるだろう。
 そもそもなんでこの子は非道の母を庇おうとするのか?
 考えた所で答えが出ないので自分にとって重要事項を聞くことにした。

「あ、重要なことを聞くのを忘れていました。・・・ここはどこですか?」
「時の庭園よ、次元間を移動する家みたいなものだから決まった場所にあるわけではないわ」
「?あの、リーザス王国のどこかとか自由都市地帯のどこかとか言ってくれると助かるんですが」

 リックの言葉に二人がしばらく無表情になる。
 知らない、と言った感じでフェイトは母に目配せをする。
 対する母はだんだん不機嫌そうな顔になり騎士を睨み付けた。

「え?どうして可哀想な目で私を見るんですか?まさかここは魔人領の領域・・・」
「誰が可哀想な目で見ているのよこの野郎」

 そう言うや否やプレシアの靴の踵がリックの破れている長いブーツ、
 露出している脛に入った。
 悶絶した。
 あまりの痛さに涙が出そうになり思わず蹴られた場所を手で押さえる。

 プレシアはフェイトに支えられながら立ち上がり不気味な笑みを浮かべていた。

「ふ、ふふ、ただの次元漂流者なんかに私の計画を潰されそうになるなんてね。
 法の裁きを受けさせてやるとか調子のいい事言っといて当のお前が迷子じゃ意味ないわ!!」
「あだ!?あだだだ!!なんでそんなに怒ってるんですか!?もう決着はついたでしょう!?」
「黙れ!貴様に計画を滅茶苦茶にされる一歩手前にされるは私の手足になってくれるフェイトを好き放題やってくれたし挙句の果てには私までボッコボコにやられた!!理不尽すぎるわただの迷子の分際で!!
「か、母さん落ち着いて!」
「お黙りフェイト!!」

 鞭状に変化した杖でビシバシ叩かれるリック。
 回避しようにももう力は使い果たしてされるがままの状態になっていた。
しなる鞭の乱舞が身体を竦めているリックのあらゆる場所に後を残す。

 私が理不尽過ぎる存在っていうのならハンティ殿やキングはどんなカテゴリに分類されるんだろうな・・・?

「ぜぇ、ぜぇ・・・色々疲れたわ」

 汗だくになって鞭を握り締めるプレシア。
 息を荒くしながらも咳き込むその姿は鬼気迫るものがあった。
 一通りいたぶって満足したのか杖の鞭の形状を元に戻して膝を地面につけるリックに歩み寄る。

「あ!?私の剣をどうする気だ!!」

 リックの手に握られていたバイ・ロードが容易く抜き取られた。
 もう剣を握る力も残っていないのだ。
 一度プレシアから電流を流し込まれたのが響いている。
 そもそも彼がその状態でプレシアの結界を打ち破ったのが奇跡なのだ。
 後は煮るなり焼くなり好きにされる危機だった。

 あれ?この魔女を倒して私が優位に立っているはずだったのにいつのまにか立場が逆転してる?

「興味が湧いたから借りるわよ。それと回復した貴方が私達に反抗した時の保険ね」

 抜き取ったバイ・ロードは力を失い、刀身が揺らめき始めて長い木製の鞘に包まれていく。
 その様子を見てプレシアは再び剣を抜き放とうと試してみる。
 すると剣は形成されたが剣の長さはリックが振っていた時の半分以下、ショートソードぐらいになっていた。

「使い手の意思・技量で剣の規模が決まるのかしらね」

 今度は試し切り、適当に浮かせた石の破片に向かって斬りつける。
 だが刃は通らず斬りつけた石の破片は受けた衝撃で床に転がっていく。

「・・・単純に私に剣術の心得がないからこの結果か」

 刀身を鞘に戻してプレシアは広間の奥へと消えていく。
 そのまま消えて放置状態にされそうなので思わずフェイトが立ち去っていく母の後ろ姿に声をかけた。

「あ、あの母さん!私たちはどうすれば・・・?」
「戦いで負った怪我の回復に専念しなさい、後は自由よ」
「そ、それじゃあこの人の処遇は」
「そうね、あなた達が世話でもしたら?」
「そんな投げ遣りな・・・」

 何で?と疑問マークがフェイトの頭を渦巻いているのを尻目に完全にプレシアの姿は消え去った。

 普通なら冷酷な処分を下す母が何故か適当に指示を出して消えていった。
 魔力も持たないただの剣士であるこの人を気に入ったんだろうか?
 単なる気分にしては少々無理があると思うし。
 魔法を使わないで母と対等に渡り合ったからかな。
 何にせよこの人が殺されなくてよかった。
 この人、リックという人は子供が人の命と血で自分の手を汚してはいけないといったけどそれは大人も同じ事だと私は思う。
 気絶していたから詳しい戦闘は分からないけどこの人も母さんも互いに死なずに手を血で汚さずにすんだ。
 それは嬉しい事だと思った。
 やっぱり殺し合いをして人の命を奪うのは悲しいと心の中で思う。

「・・・あの、フェイト殿」
「え、はい、何でしょうか?」

 腕を組むリック。
 兜に隠れて表情が分からないが悩んでいるというということは分かった。
 武器を取り上げられている上に激闘の影響もあって体力はもうないと思う。
 多分、自分がどうなるか分からないから不安なんだろうな。

「色々状況整理したいですがまず確認したいことが。
 プレシア殿はああ言われましたがフェイト殿は私をどうするつもりですか?」
「母さんが好きにしろと言ったから・・・私の好きなようにします」
「具体的には?」
「面倒を見ます、怪我の手当てもしますし食事も出します。貴方の事を一任されましたから。ですから安心して下さい。怖がらなくていいですよ」 
「怖がってはいませんが・・・恐縮です。ですが私はあなた達に色々酷いことした のですよ、そんな好待遇されるような身分ではないと思いますが」
「私達も同じ酷いことをあなたにしました。その上、今の状況が分からないリックさんを殺そうとしましたし。酷さで言えば私達のほうが上です」
「そんなことを言ったら私は貴女の母上を殺す一歩手前まで追い詰めましたし・・・」
「あーそこの二人、その話はきりがないからそこで中断しなさいな」

 突如後頭部を優しく叩かれた。
 振り返るとあのアルフと呼ばれる大型獣が立っていてベシベシ頭を叩いてくる。

「とりあえずフェイトがアンタの面倒を見るって言ってるんだから深く考えなくていいんじゃないの?」
「喋れたんですかアナタ、だったら早くに意思疎通出来たのに」
「ごめんごめん、アンタは戦いであっさりやられて退場すると思ってたからさ。会話は必要ないと考えてた」

 そういってアルフは距離を取ると身体の形状を変えていく。
 一瞬にして大型獣から人の姿へと形を変えていた。
 ・・・よくみたら犬耳と尻尾がある。

「なるほど、女の子モンスターか」
「・・・女の子モンスターってなんだよ」
「文字通り女の子の姿をしたモンスターのことですが?」
「アタシはモンスターじゃなくて使い魔だよ、使い魔。フェイトと契約してるんだ」
「はぁ・・・」
「まぁ、細かいこと気にするんじゃないよ。それより!!」

 突然ガシッ!!と首を腕で組まれてフェイトから遠ざけられた。
 そしてフェイトに聞こえないようにアルフはリックにヒソヒソ話を始めた。

「素性の知れないアンタだけどまさか、あの女を倒すなんて思っても見なかった。
 いやーざまぁみろって感じで嬉しかったわ、ありがとうな」
「その口振りからするとプレシア殿に不満が溜まっていたみたいですね」
「当たり前よ!あんの女、フェイトに今まで辛く当たってきたのよ。フェイトが作った飯は全然食わないし
 ちょっとした粗相で体罰やったり挙句の果てには研究が進まないからって私達に当たり散らしたり!!
 思い出しただけでも腹立つわ!!」

 組まれた腕に力がどんどん入っていく。 
 怒りの形相が今までの鬱憤を表していて中々迫力がある。
 怨念が渦巻いても不思議じゃないかもしれない。

 直情的で素直な人だなとリックはアルフという人物を認識した。

「アルフ、傍からみても邪念渦巻く会話を吹き込まないで。リックさんが困る」
「え~アタシは素直な感想をぶちまけただけだよ、別に困らないって。そうだろ赤いの?」
「まぁ困りませんが主人であるフェイト殿を困らせてはいけませんよアルフ殿」

 そういってリックは自分の兜を脱いだ。
 今までの戦いで汗だくだ。
 汗が兜から滝のように流れ落ちた。

 リーザス王国赤の将に代々受け継がれてきた兜。
 被れば勇気が湧いてくる相棒の一つ。
 今までの激闘に付き合ってくれてありがとう、今後もよろしく頼む。
 そう思って大事に抱え込んだ。

「・・・おおぅ、意外と美男子?いや美男子つーか童顔で可愛い系?」」
「声は若いけどもっと年を取っている人だと思ってました」
「なんだろ?軽くカルチャーショック?こんな坊ちゃんに負けたのアタシ達」
「え?」

見つめてくるフェイトにアルフ。
 そういえば人前であんまり兜取った事ないから自分の顔を珍しい目でよく見られたな。
 自分の顔の評価は・・・それなりらしいが。

「どうしました二人とも?」
「時にリックさんや、今何歳?」
「三十代の半ばになりますね・・・身体の衰えが訪れる頃ですから年はこれ以上取りたくないですね」
「フェイトー、こいつ大真面目に嘘ついてる。三十路超えてるっておかしいよその顔で」
「そうだね」

 フェイトが苦笑して相槌を打っていた。
 いや、嘘じゃないんですけど。

「まぁいいや、とりあえずアンタの今の状況とか色々説明しなきゃいけないね」
「私について来てください、まず怪我の手当てからしないと」
「あーそういやこいつに地面に頭ごと叩きつけられて痛いや。剣に噛み付いた時に口も切ったし」
「すみません。戦いの最中とはいえ」
「別に恨んでないから安心しておくれ」

 二人に促されその後を追う。
 ここから脱出は出来なかったが命を繋ぎ止める事は出来たようだ。
 明日も生きていれるかどうか分からないが死ぬわけにはいかない。
 プレシア・テスタロッサの心中は読めないがなんにせよ今日生かしてもらった事には感謝しよう。
 とりあえず今の目標は・・・一刻も早く魔人との戦いに復帰する事か。
 後、出来ればプレシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサの問題か。
 今後の指針にしよう。

 疲れ切った身体を動かして歩いていく。
 リック達もプレシアと同じように暗い闇へと消えていった。

今後どうなっていくんだろうな私は・・・









 後書き

 何も考えずに書いてしまった。
 無事完結出来るかなぁ…頑張ろう 



[28755] 海鳴市に旅立つ そして遭遇
Name: 丸いもの◆0802019c ID:c975b3ab
Date: 2011/07/16 01:36
「なにぃぃぃ!?ヘルマン方面の軍が壊滅状態だと!?」

 ゼス方面の前線軍事基地となっているアダムの砦。
 そこで戦闘に向けて準備している人類の統一王、ランスが素っ頓狂な声を上げていた。
 その声を冷静に受け止める参謀的存在、マリスはさらに報告を読み上げる。
 
「はい、ランス王。ヘルマン方面に展開していたリーザス赤の軍、忍び部隊、親衛隊が
 ほぼ壊滅状態。援軍として赴いたカルフェナイト部隊も致命的な打撃を受けています。
 さらには軍を率いていた将軍にも戦死者が出ています」
「・・・死んだ奴は誰だ?」
「親衛隊を率いていたレイラ・グレクニー将軍です」
「レイラさんがかよ・・・くそ!!」

 ランスは怒りを紛らわす為に様々な書類が置いてあった自分の机を蹴り上げた。 
 机は勢いよく転がり、紙が空中に舞った。
 それでも怒りが収まらず魔剣カオスを抜き、手当たり次第に斬りつけた。

「おいおい心の友よ落ち着け。気持ちは分からんでもないが儂を粗末に扱うな」
「うるせえカオス!叩き折って廃棄物にするぞ!!」

 ランスはカオスを窓の外に向かってブン投げた。

「うおおーい!?いくらなんでもこの扱いは酷くね!?」

 窓ガラスは粉々に砕けてカオスは地面に落下していった。
 そこに運悪く一般兵士が通りがかりカオスに串刺しにされて絶命した。

「それに加えてリック将軍は行方不明・・・恐らく死亡している可能性が高いかと」
「・・・アイツまでか」

 ランスは少し気を取り戻して荒れた部屋の豪華な椅子に座る。
 リックとは友人と言える間柄ではないが信頼の置ける男の一人だった。
 レイラがリックを好きで付き合っていると知ったときもまぁしょうがないかと特別に許した。
 だというのに、何勝手に死んでんだよあの馬鹿は・・・

「さらに悪い知らせがあります。ゼス宮殿の奥深くに封印されていた魔人四天王の一人、カミーラが
 復活してゼス方面の軍に甚大な被害をもたらしています」
「こんな時にかよ、タイミングが悪すぎるぜ」

 泣きっ面に蜂だ。
 ヘルマン方面の魔人をなんとかしたいのにようやく戦線が安定してきたゼスの方面に
 また災厄が降り注いだ。
 
「・・・いかがいたしましょうランス王?」
「カミーラを速攻で片付けてヘルマン方面に向かう。ヘルマンで戦ってる連中にはなんとか持ち堪えろと伝えておけ」
「承知しました」

 頭を下げてマリスは退室する。
 ランスは椅子に腰掛けながら天井を眺めていた。

「今まで俺様の知り合いが死なないように作戦練って戦争やってきたのによ・・・死ぬんじゃねえよ」

 一人嘆息するランス。
 彼はかつてJAPANで出会った織田信長を思い出していた。
 織田信長という人物はランスが対等に語り合えた人間であり初めて出来た友人であった。
 だが彼は魔人となってランスと敵対して殺す事になってしまった。

 その時からだろうか。
 彼は少し、ほんの少しではあるが身内に対して甘くなり、誰かが死ぬことを嫌うようになった。
 普通の人間ならこれが至極当然の反応だがランスという傲岸不遜の鬼畜的な性格を考えると
 これはすごい人間的な成長をしたと回りの人間は思っている。
(もっとも気に入らない人間、ただの男やブスとか簡単に殺してしまうところはあまり変わってないが)
 それだけ信長の存在は大きかったのだろう。
 
「あーくそ、俺様に感傷なんざ似合わん。とっととカミーラぶっ倒してもう一回封印して観賞用の結界にぶち込む」

 後、ハイパー兵器もぶち込む。ヒィヒィ言わせてやる。
 そんな事を考えながらランスは戦闘出撃まで椅子でくつろいだ。














「うわー酷いなアンタの身体、傷だらけじゃないか。よくそんな状態でアタシ達やあの女と戦う事が出来たね」
「その傷であれだけ動き回るなんてすごい強靭的な精神力・・・私達が負けるのも頷けるかも」

 時の庭園の居住部屋の一室にて。
 フェイトやアルフが献身的になってリックの手当てをしていた。
 上半身から下半身に至るまで火傷や裂傷の傷だらけだ。
 アルフは半ば呆れたように、フェイトはおっかなびっくり男性の身体の傷に触れて薬を塗っていく。

 いつもは男に戦場の傷を治してもらってたからなにか気恥ずかしいなとリックは思った。

「治療するついでにアンタの今の状況も教えておこうか」
「リックさん・・・心の覚悟はいいでしょうか?」

 包帯を巻きながらそんなことを言われた。
 心の覚悟か。
 今までの戦争の激戦やあの魔人との戦闘で死ぬ覚悟とかそういうのはいつでも出来ていた。
 彼女達の言葉を聞いてもそんなにショックは受けないと思う。

「直球で言うとアンタは迷子だね、次元漂流者」
「その言葉はプレシア殿からも聞きましたね。どういう意味でしょうか?」
「文字通りです。本来自分がいるべき世界から離れてしまって次元間を漂流して元の世界に帰れなくなって
 しまった人のことを指します」
「・・・本来自分がいるべき世界?元の世界に帰れなくなった?」
「リーザス王国とか自由都市地帯とか喋ってたけどアタシ達にはさっぱり分からない地名だ。まぁ要するに」

 そういってさっきの戦闘で頭を痛めてたアルフは適当に自分の頭を包帯で縛り止血、言葉を続ける。

「アンタにとってここは別世界だってことさ。文化も違えば言葉も違う。不思議なことに言葉は通用してるけど」
「別世界・・・ですか」

 確かに私達の扱う魔法とは別に独特に発展した魔法をこの人たちは披露してくれた。
 戦闘においての戦術もフェイト殿やアルフ殿、そしてプレシア殿も様々で私達とは違った手を使ってきた。
 魔法によって作られた異空間とも違う感じがするし。
 彼女達の言っていることは本当なのかな。

「ここが私の住んでいる世界ではないというのなら元の世界に戻りたいのですが」
「無理」
「即答ですか」
「先程もいった通りリックさんは迷子なんです。元の世界に戻そうにも私達の力では。リックさんの住んでいた世界の場所も分かりませんし」
「むぅ・・・」

 困った事態になったぞ。 
 早くリーザスに帰還して戦線復帰したいのに帰れないとは。
 今は一人でも戦力が欲しい状況だ。
 こんなところで足踏みをしていられない。

「・・・でも母さんならなんとかできるかも」
「本当ですか?」
「げっ、あの人に頼み事かい。アタシ達のいう事なんて聞かないよ絶対」
「今のところリックさんを戻せる方法は私達は知らないし母さんに頼るしかないよアルフ」
「でもなー言っちゃ悪いけどこいつにそこまでする義理があたし達にあるかな」
「私達はリックさんを殺しかけたんだよ、それなのに償いをしないなんて許されないと思う」
「う・・・そうだった」

 ごめん、と頭を下げてくるアルフ。
 まぁアルフ殿の意見も間違っては無い。
 これは余所者である私自身の問題だ、その問題にこの二人を巻き込むのは気が引ける。
 彼女達は彼女達であのプレシアという問題を抱えているのだから。

 参ったな、元の世界に帰れたら帰れたでプレシアをとっちめることが出来ないじゃないか。

「ほい、手当て終了ー。後で食事持ってくるからそれ食ったら今日の所は寝て体力を回復させときな」
「リックさんの着ていた鎧と衣類はズタズタになってますね、鎧は無理ですが衣類の方は持ってきますね」
「重ね重ね申し訳ありません。感謝します」
「どういたしまして」

 アルフは手をヒラヒラさせて、フェイトは頭を下げて部屋から退出する。
 それを確認するとリックはベッドに身体を預けて溜息をついた。

 迷子か。
 自慢ではあるが赤い死神と武名を諸国に轟かせていた自分が迷子なんて間抜けすぎるな。
 戦っていた相手が魔人だから仕方ないもののそれにしたって格好が悪い。
 知り合いに聞かれたらなんと思われるだろう?
 
「・・・レイラさん」

 最愛の人。
 自分が命を賭けて守るべきだった人。
 あの時、ボクはどんな行動をしていれば彼女は救われたのだろうか。
 ・・・何も出来なかった自分こそが死ぬべきだったんじゃないか?

「くそ!!」

 強く握り締められた拳が壁に叩きつけられた。
 叩きつけられた拳から血が滲み出てベッドのシーツを汚した。

「リックさんどうしましたか!?」
「おおい!?なんかでっかい衝撃が部屋越しに伝わってきたよ!?」

 フェイトとアルフがそれぞれ衣類と食事を持って大急ぎで部屋に駆け込んできた
 しまったと罰が悪そうにリックは頭を垂れていた。

「すみません、過去の事を思い出していたらつい身体が・・・」
「・・・何があったか分からないけど自傷行為はやめなよ。見ているこっちが堪らない」
「はい・・・」
「あの、食事を置いておきますから食べてゆっくり休んでくださいね」

 そういって二人は深くは追求せず部屋を出ることにした。
 取り残されたリックは用意された食事に黙々と口にする。

 まずいな。
 魔人やレイラさんを思い出しただけで興奮して冷静になれなくなる。
 この二つはボクの心に深く刻み付けられている。
 時間が経てばある程度感情のコントロールが出来るようになるだろうが・・・
 とりあえずこの世界にいる間は抑えないと。

 そういってパンを裂いてスープにつけて口にいれた。
 長い戦争のおかげでまともな食事を取れる事が少なくなっていたなぁ。
 疲れてるせいもあってか非常に美味かった。










「アルフ」
「ん~なんだいフェイト」

 二人はリックの部屋を退出してフェイトの部屋へ戻ろうと廊下を歩いていた。
 冷たい無機質な石の床が二人の姿を薄っすらと映す。

「さっきのリックさん、少しだけど目から涙を浮かべてた」
「え?嘘、気づかなかった。よく気づいたね」
「私も最初は気づかなかったけど偶然目が合ってそれで気づいた。あの人、ここにくるまでに何かあったのかな?」
「そりゃあ・・・次元漂流者はなんらかのトラブルでどこかの世界に放り出される訳だしそれが原因じゃないかい?」
「・・・」

 その答えに無言になりフェイトは思考を巡らせる。

 トラブルか。
 事故でここに飛ばされて悲観的になっているのかな。
 でも今までの会話を思い出してみるとそれとはちょっと違う感じだ。
 私達を敗退させるほど強い人が涙を流す理由って一体何だろう?
 何か、大切なものでも失ったのかな。

 ふと気がつくとアルフがフェイトの顔を覗き込んでニヤニヤしていた。

「おや~フェイト、何考えてるんだい?」
「何でもないよ、何でも」
「そう?なんかあの男の事考えてそうな顔だったなぁ~」
「え?」
「ん~そうかそうか、意外と面食いだったんだねぇ。確かに腕っ節も強いしあの女にも対抗できる存在だしね。
 童顔な顔立ちでしかも精神的に脆くて支えてあげたいって感じがフェイトの好みに的中したと」
「バルディッシュ」
『yes sir』
「冗談だから怒らないでおくれよ。無表情でバルディッシュ振りかぶるの怖いって」

 クックックと両手を挙げながら笑うアルフ。
 謝っている姿勢を見せているがそれがまた自分をからかっているようで釈然としなかった。

「まぁ私のフェイトに手を出すんならこのアタシを倒してからにしないと許さないけどね」
「アルフはリックさんにもう倒されてるじゃない」
「フッ・・・アタシは後二段階変身を残しているのさ」

 そういって腕を曲げて力コブを作るアルフ。
 おかしいな、アルフの性格ってこんなだったかな?漫画の読みすぎでちょっと曲がったのかな。

「まぁ、あれさ。今はあの男の事を気にしてもどうにもならないよ。
 それに私達はあの女の指示でジュエルシードっていうのを集めないといけないみたいだし」
「そうだね」
「そういうわけでフェイト、とっとと寝よう。夜更かしは肌に良くないからね」

 二人はそのまま廊下の闇へと歩いていく。
 足音が無人の空間に響いては消えていった。









「ふーん、あの男なかなかいい物を持ち込んでくれたわね」

 部屋全体を明るく照らすには光量が足りない薄暗い研究室にて。  
 プレシア・テスタロッサはリックから取り上げたバイ・ロードの解析に勤しんでいた。 
 時折暗い科学者特有の笑みを浮かべて嬉しさを表に出す。

「仕組みは分かったけどこの剣を発動するには魔力ではなく使い手の意思の力が必要というのはユニークね」

 バイ・ロードを手に取り抜き放つ。
 今度はショートソードではなく一般的な長さの剣に伸びる。

「フフ、意思の力で制御か。もしかしたらこの剣の原理を応用すれば私の目的に近道が出来そうね」

 パネルを叩く音が黙々と続く。
 モニターに表示されたバイ・ロードの図面のようなものが回転したり縦に立てられたりする。
 さらにはリックが戦ったフェイトやプレシアの交戦光景が映し出され剣の特性を調べ上げていく。
 半ば狂気に魅入られている科学者は不眠不休で研究対象にのめり込んでいた。


 ・・・身体の状態が良くないと知らせる咳をしながら。















「・・・朝か?」

 食事をとって就寝、そして目覚めたリック。
 だが時間帯を確認しようにも空は真っ暗だ。
 感覚が狂ってしまったのかな、こんな夜に目覚めるなんて。

 いや、元々狂っていたか。
 元の世界では四六時中戦闘態勢で寝る時間はあんまり取れなかった。
 昼夜問わず魔物は襲撃してくるから休む暇も無い。
 常人は精神が狂い、薬に溺れるか自殺を図る人間は沢山いた。
 そのなかで発狂せず精神を健康的に保てるというのはある意味壊れている人間かもしれない。

 とりあえず用意された服に着替えて外に出てみるか。

「サイズが合っている・・・よく用意することが出来たな」

 黒のトレーナーの上にレッドジャケットを身につけ、そして青のジーンズに足を通す。
 なんだか若返った気分がする、気持ち的に。
将軍という職についてからこういう服を着るのはめっきり減ったな。

「おっと、これを忘れてはいけない」

 棚の上に置かれていた赤将の兜を脇に抱える。
 キングのダンジョン肝試しツアーによっていくらか心は鍛えられたがやっぱりこれがないと少々不安になる。
 ・・・いつか私もキングにお返しとしてビックリ作戦でもやってみようかな。後が怖いけど。

 下らないことを考えつつもリックは部屋を出ようとしてドアノブを捻る。
 そのまま外に出ようとするとなにか障害物にぶつかった。

「きゃう!?」
「む」

 可愛らしい声が聞こえた。
 衝突した物体を確認するとフェイトがリックに跳ね飛ばされて尻餅をついていた。
 おでこを強く打ったのかフェイトはそこを手でさすっていた。
 
「すみませんフェイト殿、私の不注意でした」
「あ、いえ、気にしないで下さい。こちらこそ気をつけてなくてすみません」

 両者とも一様に頭を下げる。
 お互い謝りあった後、フェイトはリックの容態を気遣う。

「身体は大丈夫ですか?昨日の手当てじゃ完全に治せない部分もあったので」
「その点はお気遣い無く。元々私の身体は頑丈に出来ていますし昨日の戦闘で飲んだ幼迷腫の効果がまだ残っていたようで傷は塞がっています」
「幼迷腫?」
「私の世界の薬です。特製中の特製らしく傷を負い生命力が低下した人間を復活させる薬とのことです。劇薬みたいですけどね」
「リックさんの世界にはすごい薬が存在するんですね」
「私にとってはこちらの世界も凄い物ばかりが存在してると思っていますよ」
「おーい、二人とも朝から何謙遜し合ってるんだよ」

 アルフがバタバタと二人の間に入ってくる。
 もう怪我が治ったのか頭に巻かれた包帯は解かれていて犬耳をピンと伸ばしている。
 尻尾もゆらゆらと動いて元気であることをアピールしていた。

 フサフサして気持ちよさそうな尻尾だ。ちょっと触ってみたいかも。

「朝っぱらからあの女から呼び出し食らっているんだ、急がないと何されるか分かったもんじゃないよ」
「うん、分かったアルフ」
「呼び出しですか・・・二人ともお気をつけて」
「何いってんだ、アンタも来るんだよ」
「え?」

 何故私も?
 と思ったがよく考えれば昨日までプレシアと敵対していたのだ。
 用が済んでしまえば私は殺されるかここから追放される身だ。
 その処分を下すつもりだろうか。

「大丈夫ですよリックさん、私がいる限りあなたの身の安全は保障します」
「・・・考えが顔に出てましたか?」
「まぁ、派手にドンパチやったからねぇ。そんな風に考えられても仕方ないよ」
「ははは・・・」

 苦笑いする。
 殺し合いをしてどちらかが死ぬ一歩手前までいったのだ。
 私の懸念する事など二人にはお見通しなのだろう。

「しかし、フェイト殿は何故そこまで私を庇うのです?昨日も言いましたがあなたの母親を殺しかけたのですよ」
「繰り返しますが私の好きなようにしたいという理由では駄目でしょうか?」
「駄目ではありませんが。それで私の命を保てるというのなら。でもあなたの理由は人を納得させるには弱すぎる」
「横からの意見だけどいい?」

 片手を上げて発言したいと意思表示をするアルフ。
 フェイトの心を代弁するかのように発言を始める。

「多分さ、フェイトは自分の母親に真っ向から意見を発言出来る人が欲しかったからアンタを庇うんじゃないか?」
「あ、アルフ・・・」
「昨日の戦いのときリック、アンタはあの女に恐怖を見せず母親としての行為を批判し真正面から闘いを挑んだ。
 結果としてはあの女はいう事を聞きゃしなかったけどこれって私達からすれば凄い事なんだよ。
 私達は基本的に逆らう事が出来ないから。それにアンタは殺されずに生き残った。
 何か理由があるかもしんないけどこれも凄い事だ、滅茶苦茶強くて悪運あるのはアタシには羨ましいよ。
 あの女に口を挟むことが出来る実力があるってわけだから」

 アルフの発言を聞いてフェイトは肩を落としていた。
 遠からず当たりらしい。
 何か申し訳なさそうにリックを見つめていた。

「ごめんなさい、大体アルフの言うとおりです。母さん、身体が弱いのに私が休んでって言っても
 今まで聞き入れてくれなかった・・・それでリックさんならなんとかしてくれるかもしれないって思ったんです」

 利用しようとしてごめんなさいと頭を下げるフェイト。
 ・・・事情はどうあれこの子はあの母親を一心に慕っている。
 その母親がなんであんな性格なのか分からないが純真な少女の願いを無下にする事もできない。
 お互い利用しつつされつつだ。
 とりあえずフェイト殿の考えに乗るのは悪くない今のところは。命を保障してくれる訳だし。

「別に謝る必要はありませんよ。逆に役に立つというなら喜んであなたの為に働きましょう」
「り、リックさんそんな跪く真似しなくても・・・恥ずかしい」
「おー流石騎士様だ、あの騎士鎧を着てればもっと様になるんだろうねぇ」

 私にもやってくんない?とリックにねだってくるアルフ。
 断る理由もないからやってみたら気分がよさそうに喜んでいた
 顔がにやけている。
 欲求に忠実な人だなぁ。

「おおっと、あの女が呼んでいるのを忘れた。行こうフェイト、リック」

 そういって三人は廊下を駆け出す。
 後を追うリックは二人の走って流れていく長い髪が綺麗だなと見とれていた。
 そういえば・・・いつのまにかアルフ殿にリックと呼び捨てにされるようになったな。










「早くも無くかといって遅くもなく・・・中途半端にやってきたわね」

 昨日の戦闘の傷跡がまだ残る広間にて。
 到着したフェイトとアルフは膝をつき頭を垂れる。
 リックも今はフェイトの家臣のようなものだから二人と同じ姿勢をとる。
 プレシアは不機嫌なのか分からないような顔をしていたがリックの姿を見つけると表情を変えていた。

「あら・・・随分若い顔立ちなのね騎士よ。赤い色の服装が似合うわねあなた」
「元の世界では赤の騎士鎧を着込んだ姿がトレードマークだったからその影響かも知れません」
「そう、それにしてもなかなか可愛い顔」
「そんなふうに言われるのはあんまり好きじゃないんですけどね」
「もったいない事をいうわね、それも一つの個性よ」

 何か機嫌よさそうに笑みを浮かべるプレシア。
 それをみていたフェイトとアルフはヒソヒソ話を始めていた。

(え、なに?あの女、リックの容姿が自分の好みに直撃したのか?)
(母さんのあんな顔、初めてみた・・・)
(流石親子、好みは似ているのか)
(アルフ)
(分かってるって、冗談だよ。それにしたってありえない反応で気持ち悪い)

「さて、あなた達を呼んだ本題に入りましょうか。二人にはすでに言ってあるけどジュエルシード、
 これを集めにいってもらうわ」
「ジュエルシード?なんですかそれは?」

 リックが疑問の声を上げた。
 二人に目配せするが顔を振っており詳しくは知らないようだ。

「そうね・・・強いて言うなら願いを叶える石といったところね」
「それは大層な代物ですね」

 リックはジュエルシードという物に疑問を抱く。
 願いを叶えるか。
 微妙にぼやかされたような答え方をされて信用しづらい。
 私の世界にも膨大な魔力を使って不老不死、億万長者等様々な願いを叶えることが出来たと言う話を
 知人の女性から聞いたが・・・その手の話は眉唾物だ。
 死者蘇生の話ならキングから聞いたことがあるので信用できるのだが。

「疑っている顔ねその顔は。仕方ないといえば仕方ないけれど」
「願いを叶えるという事事態が胡散臭いものですが。貴女は何をその石に願うんです?」
「・・・知る必要はないわ、その発言はちょっとだけ私に踏み込もうとしているから気をつけなさい」

 そういうとやや気怠く溜息をつくプレシア。
 何か重い物を背中に背負って人生を歩いてきたような表情だ。
 この女は女で深い事情でもあるのだろうか?
 願いを叶えるというその胡散臭い石にまで頼って何をしようというのだろう?
 多分、ろくでもない願いだとは思うが。

「質問はないわね?三人とも探索に向かいなさい」

 そう言い放つと大魔導師は席を立つ。
 そのまま奥へ消えようとしたがふと思い出したかのようにこちらに振り向いた。

「忘れるところだったわ。騎士よ、返すわよ。これがないとまともに活動出来ないでしょう」

 そういってプレシアの手元に長い長剣――バイ・ロードが転送されて姿を現した。
 わざわざ歩み寄ってリックの愛剣を返す。
 その行為に少々驚いた。
 まさか投げて渡すではなく丁寧に自分自身の手で譲り渡したのだ。
 自分の相棒の一つである剣を礼儀よく返された事に嬉しさを覚える。

「丁重に扱っていただきありがとうございます。しかしいいのですか?これを手にしたからにはまたあなたに刃向かうかもしれませんよ?」
「二度も遅れを取るほど私は間抜けではないわよ。それにあの子の手前、それはやりづらいんじゃないかしら?」

 そういってフェイトに視線を移して薄笑いを浮かべる。
 プレシアと目が合ったフェイトは少し身体を竦めて目を逸らす。
 ・・・確かにこの子の前で母親に向かって暴れるものなら再び私の前にフェイト殿は立ちはだかり闘いを挑んでくるだろう。
 流石にそれは勘弁したい。

「ま、それはともかくあなたにはお礼を言うわよ。あなたが持ち込んだその剣で色々データが取れたから今後の研究に役立つかもしれない」
「研究ですか、熱心なのはいいことですがお身体は大事にされたほうがいい。昨日の戦闘で貴女は咳き込み吐血していた」
「自分の身体をどう扱おうと私の勝手よ。忠告は聞いておくけど」
「・・・身体の調子が悪いときはこの薬で症状を緩和されるとよい」

 そういってリックはレッドジャケットの胸のポケットに手を突っ込み薬瓶を取り出す。
 その瓶をプレシアの手元に渡す。

「何よこれ?」
「世色癌という薬です、かなり苦いですが傷や体力等の回復に役立ちます。是非活用してください」
「本当に効くのかしらねぇ?」
「少なくとも私がこちらの薬と私の世界の薬の効き具合を比べたら私の世界の方が大分効きましたよ」
「中途半端に薬学が発展してるわねあなたの世界は、それにしても薬を送ってくれるなんてどういう風の吹き回しやら」
「目の前の人間が身体を悪くしている事実があまり気に入らないだけですよ。悪人とはいえ」
「そう」

 プレシアは世色癌の入った薬瓶をカラカラと音を立てて眺める。
 これも研究対象にいれようかしら、と呟く。
 これでフェイト殿の懸念する母親の身体の具合についてはいくらか解消されるだろう。

 さて、後は自分にとって重要な問題を聞いておこう。

「話は変わりますがプレシア殿ちょっと聞きたい事が、貴女は私が元の世界に戻れる方法があるか知りませんか?」
「知らないわよ」
「・・・」

 バッサリ斬り捨てられた。この人らしいが。
 嘘をついてるようにも見えないしこれで八方塞になってしまった。
 私はこのままこの世界に留まるしかないのか・・・?

「ただ、ジュエルシードを集めて来てくれたらなんとかなるかもしれないわねぇ」
「ジュエルシード・・・」

 願いを叶えるという胡散臭い石。
 それを集めればなんとかなるというのか?
 ・・・藁にも縋る思いだ、本気で取り組むしかないか。

「疲れたわ、昨日は不眠不休で研究をしていたし。寝させてもらうわ」

 探索頑張ってきなさいと声をかけてプレシアは奥に消えていった。
 それを確認するとアルフとフェイトはリックの元に駆け寄ってきた。

「なぁーリック、お前ってあの女の好みに入ってるんじゃないか?あんだけ会話してたのに不機嫌な顔しなかったのって初めて見たぞ」
「随分気に入られていましたね。それでその、私の願いを聞き届けてくれてありがとうございます。母さんを気遣ってくれて」

 ぺこりと頭を下げて感謝の意を表すフェイト。アルフはこんなに話がスムーズに通るなんてなんか納得いかないと頭を捻っていた。
 リック自身も予想外に好感触な感じがしたので驚きだった。
 まさか死闘の末に友情が芽生えたとか・・・うん、絶対にあり得ないな。

「フェイトー、何か意見したい時はリックを前面に出していかないか?色んな陳情通るかもしんないぞ」
「リックさんを悪用しないアルフ」

 へーいとおざなりな返事をするアルフ。
 半分本気だったらしい、陰で楽すること出来たかもしれないのにと漏らしていた。

「それではいきましょうリックさん、アルフも不貞腐れてないでこっちに来て」
「御意」
「不貞腐れてないってばー」

 二人はフェイトの近くに寄った。
 フェイトは何かブツブツと呪文らしきものを唱えると金色の魔法陣が地面に現れる。
 魔法陣の光は強まり、回転しながらフェイト達を包んでいく。

「開けいざないの扉。願いを叶える石、ジュエルシードが眠る地のもとへ」

 光が爆散した。
 三人は光の柱に包まれてしばらくすると三人の姿は消えていなくなっていた。











「妙(たえ)なる響き、光となれ! 赦されざる者を封印の輪に! 」

 鬱蒼と茂る森の中にて。
 片手から血を流している少年が謎の生物と対峙していた。
 赤い球を手にして魔法陣を前面に展開して生物を迎撃する。

「ジュエルシード、封印!」

 魔法陣に向かって謎の生物が突撃する。
 生物は魔法陣に跳ね飛ばされ周囲に体液を撒き散らしていく。
 勝てないと悟ったか生物は血のようなものを地面に残して逃げていった。

「逃がし、ちゃった・・・追いかけ、なくちゃ・・・」

 少年の方は今までの疲労と怪我が蓄積していたのかそのまま倒れこんだ。
 逃がしてはいけないと分かっているが限界だ。
 身体が全く動かなかった。

「誰か・・・僕の声を聞いて、力を貸して・・・魔法の・・・力を」

 その言葉を残して少年は気を失った。
 誰にも聞こえないはずの言葉は後にある少女に伝わり、やがて・・・














「なんと・・・すごい光景です。見たことが無い乗り物が沢山あって種類も豊富、人も沢山集まっていますね」
「なんだリック、こういう場所は初めてかい?」
「恐れながら。それに今の私の世界と比べると非常に活発でとても羨ましい」

 交差点信号前にて。
 三人はジュエルシードが眠っている地域である海鳴市にやってきていた。
 リックはこの世界の文化に圧倒されていた。
 なんとも凄まじい文化だと思う。
 聞けばフェイト殿の出身地域もこれより遥かに上回る文明をもっているらしいから
 恐ろしい話だ。
 果たしてここで上手くやっていけるかどうか心配になってきた。

「そうかそうか、ならこの世界の観光でもしてみる?アタシとフェイトがエスコートしてやるよ」
「それって立場が逆なのでは・・・?」
「二人とも、まずは本拠地となる場所に向かおう。アルフ、私達には任務がある事を忘れちゃ駄目だよ」
「はーい」
「分かりました」

 青信号になると同時に人の群れが動き出す。 
 三人は人混みにぶつからないように気をつけながら本拠地に向かって歩き出す。

 しかしここは様々な人種がいるなぁ。
 白の肌を持つ者に黒の肌を持つ人種。
 髪型も様々で服装も奇抜なものが多い。
 おかげで私みたいなものが紛れても怪しまれないですむので助かるが。

 カバン持ってくればよかったなぁ。
 脇に赤将の兜を抱えているし、バイ・ロードは刀身を発動させて長さを調節して刃が出てない状態にしてから
 首飾りみたいに吊るしている。
 剣の柄を飾りとして通すというのは無理があるが仕方ない、通常の状態では目立ちすぎる。
 その点、フェイト殿のバルディッシュは小型化できて便利だと思う。
(ちなみにアルフ殿は器用なことに耳と尻尾を隠している)

 いかん、やっぱり不審者か私は?

「リック遅れているぞ、離れすぎて迷子になるなよ?」
「あの、私が手を握って誘導しましょうか?」
「申し出はありがたいのですが・・・恥ずかしいです」
「遠慮することはありませんよ、はい」

 そういってフェイトは手をリックに向かって差し出す。
 ・・・せっかくの好意を無駄にするわけにもいかないので手を繋いで引いてもらうことにした。
 こういうときに身体が大きいと人にぶつかりやすくて不便だな。
 大人が子供に手を引いてもらう姿を周りが笑っている気がするのは気のせいだと思いたい。
 頼りない父親がしっかりものの娘に手引きされてる感じだ。悪い気はしないが。

「ははは、しっかりしろよ年長者」
「そう言われましてもこう人の行き来が多いと」

 ふとフェイトの方を見る。
 困っている自分の顔が珍しいらしくクスクス笑っていた。

「もう少しですから頑張って下さいねリックさん」

 そういって手を離さないように強く握る。
 なんというか、こんなにほのぼのしていいのか迷ってしまうな。
 自分の世界の状況を考えると。




「さて、着いたぞ。ここが私達の本拠地となるマンションだ!驚け、でかいだろう!!金持ちが住むところだぜ!!」
「確かにでかいですね」

 目的地に辿り着いた三人。
 本拠地となる場所はとても高く広くよほどの高給取りでなければ住めないような場所だった。
 何故か建物全体が金色に発光しているがアルフ曰く身を隠す為の術と説明された。

 身を隠す・・・誰かに狙われる危険があるというのか?
 確かに願いを叶える石という情報は私達以外にも入っている可能性はあるが。
 この二人を超えるような実力者がいて私達と同じく石を狙っているかもしれない。
 プレシア殿の例もあるし世界というのは全くもって広いな。次元世界の規模となるとなおさらだ。

「それでどこの部屋を借りたんでしょうか?二人の荷物運びますよ」
「借りてませんよリックさん」
「え?それじゃあどこに住むんです?」
「一番高いところの部屋に住むぞー!眺めもいいしお日様の当りや夜景もなかなかのもんだと思うぜ!!」
「借りてないのにどうやって?」
「それはですねリックさん、事前にマンションの管理人さんを魔法で操って洗脳をですね・・・そうしたから大丈夫」
「犯罪じゃないですか!?何気に黒いことやってますねフェイト殿!?」
「え?そうなのアルフ?」
「大丈夫!ばれなきゃ犯罪じゃない!よってフェイトはセーフ!!真っ白な子だよ!!」
「良かった・・・」
「・・・良かったんですか?」

 納得いかない。
 誰だこの純真な子に真っ黒な手段を身につけさせたのは・・・
 母親か?母親なのか?それとも悪乗りしたアルフ殿か?
 どちらにしてもこの子には真っ当な道を歩んでもらわないと困る。
 人格形成が未熟な時期なのだから誰かがちゃんと指導しないと。

「といっても私では偏った性格の子に育ってしまうだろうしなぁ・・・」
「リックー何悩んでるの?」
「将来有望な子供の未来についてですよ」
「フェイトの事ならアタシがいるかぎり大丈夫だよ!任せておきなって!!」
「それもまた不安なんですけどね」
「むっ失敬な」
「二人ともそろそろマンションに入ろう」
「ほーい」
「御意」












「怪我はそんなに深くないけど随分衰弱しているみたいね。きっとずっと一人ぼっちだんじゃないかな?」

 とある動物病院の一室にて。
 ある少女達は怪我をした野生動物を持ち込み治療を頼んでいた。
 院長である槙原愛はそれを快諾して無料で治療してくれていた。

「院長先生ありがとうございます!」
「「ありがとうございます!!」」

 三人の少女は治療してくれた大らかな先生に感謝していた。
 その言葉にどういたしましてと返事を返してくれる。

「先生、これってフェレットですよね?どこかのペットなんでしょうか?」
「フェレット・・・なのかな?変わった種類だけどその首輪についているのは宝石?なのかな」

 院長がフェレットらしきものに触れようとするとフェレットは起き上がった。
 あちこちを見回しここがどこであるかを確認するような仕草を取る。

 フェレットがある少女を目にして止まった。

「なのは、見られている」
「え?あ、うん、えっと、えっと・・・」

 なのはと呼ばれた少女はためらいがちにそっと指をフェレットに近づけた。
 すると指を舐めてきてその行為になのはは感動する。

 だがしばらくするとまたぐったり倒れてしまう。

「しばらく安静にしていたほうがよさそうだからとりあえず明日まで預かっておこうか?」
「はい!お願いします!!」

 なのはと少女二人はアイコンタクトをして申し合わせたように言った。

「よかったらまた明日様子見にきてくれるかな?」
「「「はい、分かりました!」」」

 それと同時に少女達は塾の時間を思い出す。
 いそいで間に合わせようとする少女達のうち院長先生はなのはに向かって声をかける。

「なのはちゃん、この間は美味しいシュークリームありがとうね。寮の人たちも喜んでいたわ。桃子さんには後でお礼するわ」
「あはは~それはよかったです」
「それと恭也君に伝えて欲しいことが。最近那美ちゃんが恭也くんと会わないから寂しがっているみたい。できたら会ってほしいと伝えてね」
「はーい、それでは院長先生また明日来ます」」

 そうして少女達は病院を後にした。
 後にこの病院に暗雲が渦巻く事になるが誰が予想出来たであろうか?
 恐らくは持ち込まれたあのフェレットもどきか。
 少女、なのはの物語はここから始まることになる。












「ほうほう、流石高級マンション。ある程度のものは揃っているな」
「調度品がなかなか豪華ですね。よっぽどの重鎮でなければ住めませんよここ」
「ベッドがフカフカ、気持ちいいね」

 一番高い部屋に入室して三人がそれぞれの感想を漏らしていた。
 アルフ殿の言うとおり外の眺めは最高、他の備品も文句無しであった。
 
「さて、次はどうしましょうかフェイト殿?」
「そりゃこっちに来た目的から決まってるだろう?」
「そうだね、このままジュエルシードの探索の開始を・・・」

 と言いかけた時だった。
 小さくて可愛らしい空腹音と豪快な空腹音が部屋に響いた。
 フェイトは顔を真っ赤にして、アルフはあっはっはと笑いを上げていた。

「前言撤回、お腹減ったから買出しに行こう」
「いやー確かに空腹には叶わないもんね、そうと決まったら飯の材料や必要な調理器具、その他の買い物しよう!」
「気がつけば夕方になって夜に切り替わる時間帯ですね」

 まあ、初日ぐらいはいいだろうということで。三人は出かける準備をしていく。

 いきなり探索しても目星がついてないから見つけようがないだろうとリックは納得して装備を整える。

「おーいリック」
「何でしょうアルフ殿」
「どうしてその兜を持ち歩くのさ?途中で怪しまれるぞ」
「いや、これがないといざという時不安ですから。何かと遭遇した時の為に準備は必要です」
「ただの買い物だよ?そこらへんのチンピラが絡んできたってアンタなら楽勝だろ?」
「あーその、色々言い辛い理由がありまして・・・」

 実際言い辛い。
 この赤将の兜がないと気弱になってしまうなんて。
 アルフ殿が知ったらからかいの材料に使うに違いない、間違いなく。
 それに暗い街でお化けなんか出てきたらまともに闘い辛い。
 この傾向は以前よりマシになったがやはり兜がないと不安だ。

「まぁよく分かんないけど没収だね。そらよっと!」
「ああ!返して下さいよ!!」
「家に帰ったらちゃんと返すって。バイ・ロードぐらいなら持ってもいいからそれで我慢しなよ」
「はぁ、分かりました」

 うぅ、大丈夫かなぁ、怖いなぁ。
 これでもし他の敵対する人物と出会ったらどうしよう。
 その時は全力で逃げたいけど・・・一応騎士だから背を向けるわけにもいかないし。

「うっわ!兜取り上げただけでそんなに落ち込むなよ!?負のオーラが漂いまくってるぞ!!」
「え、そうですか?」
「そうなんだって。リック、そのままだとお前あの女と対等に渡り合ったっていう評価が落ちまくるぞ」
「うーん、そう言われましても」
「あの、リックさん。気休めですがこれを」

 そういってフェイトが懐からアクセサリーを取り出す。
 金色の三日月をあしらったペンダントで綺麗だった。
 それがリックの手に渡された。

「これをつければ魔力の無いリックさんでも念話をすることができますから少し安心できると思います」
「はて?念話とは一体なんでしょうか?」
(こういうのを念話といいます)
「うわ!?頭にフェイト殿の声が響いた!!」
(アタシも念話が出来るぞ~)
(アルフ殿もか・・・って本当だ。私も念話というものを出来ている)
(ちなみに微弱ながらジュエルシードの探索や魔力で張られた結界を感知、侵入することが出来る優れものです。
 大事にしてくださいね)
(分かりました)
(あんまり距離が離れすぎると魔力の無いお前じゃ念話出来なくなるからそこんところ気をつけてな)

 フェイトからいただいた三日月のペンダントを身に着ける。
 なんだかんだでフェイト殿にはお世話になりっぱなしだ。
 後でお礼を考えないといけないな。

「よーしそういうわけで出発!フェイト、リック、今日の晩飯はカレーライスだ!!」
「なぜカレーライスなんですか?」
「気分だよ気分!」






 そして約一時間半経過・・・

「晩飯よーし。調理器具よーし。明日のご飯の食材もよーし。一応使うかもしんないので化粧品よーし」
「服が安売りして色んなのが買えたね。私やアルフ、リックさんの予備の服はばっちり」
「髪の手入れ用品や毛並みのブラッシング、お風呂の用品も仕入れた。ふっ、完璧だ、完璧すぎる。だというのに・・・」

 アルフはこめかみをピクピクさせながら念話で叫ぶ。

(何初っ端から迷子になっているんだリックー!!)
(うわ!アルフ殿!?すみませんすみません!!)

 迷子になったリックの様子をみるに本気で平謝りをしているようだ。
 いい大人が迷子になるのってどーよ?と思ったが実際になる人もいるしましてや
 リックは初めてこの地方を訪れたのだ。迷子になっても仕方ないかなーと思う。

(それでリックさん、今どの辺りにいますか?)
(えーと、人の波に流される内にどんどん人気の無い場所へ。住宅街にいるのかな?)
(変なところに流されたな。まあそこなら特に問題になるのもないし標識見ながら帰れるんじゃないか)
(帰れるかなぁ・・・)
(帰って来い、私達は先に家に戻っているけどもし駄目なようなら念話で助けを求めて来な。迎えに行ってやる)
(出来れば今がいいんですが)
(今の私達にはビーフカレーを作るという崇高な使命がある。暖かい飯作ってやるから何とかしろー)
(崇高な使命って・・・カレーに?)
(深く気にすんな)
(リックさん、ファイトですよ!)

 なんだかよく分からないがフェイト殿にガッツポーズをされたような気がした。想像できないが。
 しかしカレーか・・・元の世界での激薄味のカレーを作ってたあの人を思い出すな。
 あの味のカレーを好む奇特な兵士もいたが私は正直簡便したい。

 って感傷に浸っている場合ではない。
 早く家に帰らないと。





 さらに一時間経過・・・

「・・・何故さらに迷っているんだ私は?」

 ますます分からない場所に迷い込んでしまったリック。
 おかしいな、ちゃんと標識を見て駅前に出るはすだったのだが・・・。
 古い方の道を歩いている訳でもなし、こんなに方向音痴だったかなボクは。

 まいったな、念話も通じなくなっている。このままじゃ路上で一晩明かす事になるかもしれない。

「・・・あれ?」

 ふと胸の間をみると光が漏れていた。
 調べてみるとフェイト殿がくれたペンダントが輝いていた。

「まさかな・・・いきなりビンゴというわけではないだろうし」

 そう思いつつもリックは歩みを止めずペンダントの光が強くなる方向へ歩いていく。
 さて、鬼が出るか蛇がでるか・・・。










「はぁはぁはぁ・・・!」

 少女、なのはは走っていた。
 街灯が照らす薄暗い路上の上を必死に。

 自分を呼んだあの声は何だろう?
 誰にも聞こえない自分だけが聞こえる声。
 幻聴とも思ったが学校の帰り道にも同じ声が聞こえたので気のせいとは言い辛い。
 幻聴だったら自分は病院にかからなければなさそうだけど・・・。

 そうして辿り着いたのは夕方訪れた槙原動物病院。
 病院の敷地内に一歩入ろうとすると突然強い波動が襲ってきた。

「っ・・・!またこの音!!」

 周囲の空気が変わる。
 木の枝が擦れ合って激しく音を立てて風が出てくる。
 波動はまだ発されておりなのははたまらず頭を押さえる。
 何かが響いて頭の中で反響する。
 冷や汗を流しつつも何とかそれをこらえる。

「・・・あっ」

 発されていた波動が消えた。
 ・・・消えたが代わりに不気味な叫び声が聞こえてくる。
 それと同時に建物が破壊される音が聞こえた

 思わず病院の敷地に侵入する。
 再び破壊音。

「あれは!?」

 なのはが見たもの。
 それは夕方助けた野生動物、フェレットが正体不明の者に襲われている姿だった。
 空に巻き上げられたフェレットはなのはの姿を見つけるとそこへ飛び込んでいく。
 それをなのはは上手くキャッチ、勢い余って倒れこむ。

「なになに!?一体何!?」

 目の前で蠢いている生物を凝視する。
 明らかに見たことが無い生物だ。
 いや、そもそもあれは生物なのだろうか?
 身体の形とか色々変わっていてこの世の生物とは思えない。

「来て・・・くれたの?」

 突然声が聞こえた。
 ものすごい近く?と見回すと目の前にいるのはフェレット。
 ということは・・・・

「喋った!?」

 だが、それに驚いてる場合ではない。
 あの怪物が目標をこちらに見据えたようだ。
 急いでなのはは病院内から脱出して逃げ出す。

「う、その、何が何だかよく分かんないけど一体なんなの!?何が起きているの!?」
「君には資質がある。お願い、少しだけボクに力を貸して!」
「資質?」
「ボクはある探し物のためにここではない世界から来ました。ボク一人の力では思いを遂げられないかもしれない。
 だから、迷惑とは分かっているんですが資質を持った人に協力してほしくて。
 お礼はします。必ずします!ボクの持っている力をあなたに使ってほしいんです、ボクの力を、魔法の力を!!」
「魔法・・・?」

 少女は困惑する。
 あまりにも突然すぎる事態の上にフェレットは喋って別世界からやってきたと言うし。
 しかも何の因果か訳の分からない生物に追い回されて人生最大のピンチ。
 そこに魔法を使ってくれと来た。
 こんな分からないことを一気に叩き込まれたので脳味噌に散弾銃をぶち込まれた気分だ。
 なんでこんな事に・・・
 なのはは自分の不運を嘆かざるを得なかった。

 そんなところに突然空中に黒い雲のようなものが渦巻きそれがあの生物となって襲い掛かってきた。

「あ!?」
「しまった!?」

 とっさに逃げ出そうとしたがつまづいて路上に突っ伏す。
 これではあの生物の攻撃を回避のしようがない。
 それ以前に少女の足であの素早い動きをする魔物から逃げるというのが無理があった。

「ああ・・・」

 少女は目の前に迫ってくる魔物の動きがスローモーションとなって近づいてくるのを感知した。

 私、死ぬのかな?こんな訳の分かんない所で。
 もっとやりたいことがあったはずなのに・・・。
 お父さん、お母さん、ごめんなさい。なのはは親不孝者です。
 お兄ちゃんやお姉ちゃんもごめんなさい。我侭ばっかりいって困らせて。
 アリサちゃんやすずかちゃん・・・私が死んだら泣くかな?

 なのははゆっくりと目を閉じようとしたその時だった。




「弐武豪翔破!!」

 一つの衝撃波が走った。
 その衝撃波はなのはを押し潰そうとした生物に命中して吹っ飛ばした。
 いきなり目の前のものが吹っ飛ばされてどう反応していいものか困っていた。
 死を覚悟してそれを受け入れようとしたらいきなり助かった。
 今日は一体どういう日なんだろう?

「誰だ・・・あの人は?」
「え?」

 フェレットが魔物が吹っ飛ばされた逆方向を凝視する。
 なのはも釣られて見る。
 すると路上に赤のジャケットに赤く光輝く刀身の長剣・・・赤が目立つそれらを持った男が立っていた。

「民を脅かす邪悪な魔物よ!貴様の相手はこっちだ!!」

 一喝、それを切り口に男は謎の生物に斬りかかっていった。














 後書き

 キャラの性格がかなり改変というか変なことになっちゃってる。
 特にフェイト、原作と比べて明るくなってる。元は暗い感じなのに。
 とらいあんぐるハート3もちょっと絡めてみたいなと思って槙原さんにそれっぽい事言わせてみたけど
 槙原さん、高町家とはちょっと縁が薄いから違和感あるな~。
 ・・・実はとらハ2・3しかやったことがないのであった。(しかも2は半分しか攻略してない)
 こんな書き手ですみません。
 ちなみにリックさんは兜を脱いでる為、弱体化中。しばらく酷い目にあいます。

 うーん、それにしてもアリスソフト的なノリが面白く書けない。
 もっと推敲しないと駄目か。







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