異例ともいえる意見の発信だった。
6月23日、長崎大の片峰茂学長は「福島県における放射線健康リスク管理活動について」と題するメッセージを発表した。
本県の放射線健康リスク管理アドバイザーを務める長崎大の山下俊一教授を一部の民間団体が批判し、解任を求める署名活動が行われたことなどに異を唱えたものだ。
山下氏は事故後、県内各地で講演し、メディアにも度々登場した。放射線への過剰な反応を落ち着かせ、緊急時に安心感を与えようとした発言を、低線量被ばくのリスクを軽視し、安全側に偏っていると受け止めた県民もいた。
片峰学長はメッセージで延べ100人以上の大学職員が本県を訪れ、支援活動を展開していることを紹介し「専門家として福島の原発事故による健康影響について一貫して科学的に正しい発言をしている」と山下教授を擁護した。「放射線による健康リスクに関する議論は、さまざまな見解が流布され、ある意味で混乱の極みにある」とも述べた。
山下教授自身は今の状況について「私自身、やましいところは全くない。本当に間違っていて不必要であれば解任されているはず。広島も長崎も私を応援しない」と語る。
事故後、本県には放射線医学、放射線防護、原子炉などの研究者、チェルノブイリでの医療経験者、反核評論家らさまざまな立場の専門家が訪れた。県民は講演会やインターネットで頼れる情報を探し続けている。
放射線医学総合研究所・放射線防護研究センターの笠井清美研究推進・運営室長は現状について「警鐘を鳴らす人の方が正しいと考える人が多い。目に見えない放射線の不安の増大が、公表されている情報への不信感につながり、公表データとは逆の極端な情報に走りがちになっている」と分析する。
低線量被ばくによる健康影響は未解明の部分が多い。
放射線による健康影響研究の基礎となっている広島、長崎のデータは100~150ミリシーベルト以上では、がんの発生が被ばく線量に対して直線的に増えることを示す。それ以下では発がんリスクを明確に証明するデータはない。しかし放射線防護の世界では、低いレベルでも被ばく線量に応じてリスクはあるとする「しきい値なし直線仮説」という考え方が取られている。
一般の人が「安心」派か「慎重」派か、どちらの専門家の意見に傾くかは、この100ミリシーベルト以下の健康影響の捉え方にほぼ集約されるように見える。「安心」派は「人類は自然放射線の中で遺伝子の傷を修復して進化してきた。低線量被ばくによる健康リスクは酒、たばこなどより小さい。自分の生活を維持するための利益と、放射線を含むさまざまなリスクを比べながら判断するしかない」と思う。
しかし「慎重」派に言わせれば「線量が少なくても健康影響はある。裏付ける研究も出てきつつある。細胞分裂が盛んな子どもが放射線の影響を受けやすいのは当然だ。『安心』派はチェルノブイリ原発事故の健康被害を軽視している」となる。
山下教授は事故直後、パニックを抑える役割を求められたが、その後、放射線対処や不安解消に変わった中で県民の理解を得るのが難しくなったと感じている。「逃げる選択は決して悪くない。後ろめたい思いをすることもない。しかし自主避難は経済的問題も含めさまざまなリスクがある。覚悟が要る。避難には慎重になってほしい」。山下教授は15日、福島医大の副学長に就任する。
安心派か慎重派か 専門家の言説に揺れる
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