とある世界と穴についての記述。
神についての知りたいのならば虚無の穴に向けて己を放つが良い。
全てにおいての神。並行した時空に存在する鬼。天より落ちてくるは何者か。
力の全盛。己の善性。神の善政。それらにおいての何者かを私に求めるのならば。神は決して振り向かないだろう。
己が力を神に捧げよ。そして祈れ。その降臨を。その先にこそ私たちの求める理想郷がある。
ケネル著『我らが友の言葉』序文
世界についての記述。
ドネルケバブのおいしい食べ方。
道路作成法。
農業新書。
スパゲッティーの適切な茹で方に関する考察。
全ての崩壊した世界。そこで私はこの世界の始まりから終わりを記述していた珍しい竜の村へと来ていた。
狭まっていく世界の原因とされる種族であったが、その最後は世界や多種族からの粛清でなく、内紛によって壊滅したとされている。賢竜と呼ばれていた種族だが、やはり世界が狭まったことが己らの所業と知り、それの責任を村全体でとったということなのだろうか。
首を振り、本の一冊を棚から抜き出した。外界調査書と呼ばれるものだ。賢竜が世界崩壊の二ヶ月前に亜人についての調査をまとめ、それを本にしたものらしい。紙の無駄や記述の容易さからのためか、人間の扱うものと同サイズのそれを開き、私は読み進めることにした。
始めにオークがこの世に生まれ、コボルト、リザードマン、ミノタウロスと様々なそれが発生した。形質を調べ、魂の有無を調査する。調査結果を推察するに、やはりアレが原因だろう。穴の力によるものか、あれらが神と呼ぶものの所業か。悩む。オークの親、というより源はアレだろうが。アレを殺せばオークは消える? いや、そんなことはあるまい。長には悪いが胸に仕舞っておくべきか。……一応話しておこう。所詮は脆弱な亜人どもだが、それの原因が我らだと知れるのもまた面倒を呼ぶ。人間が徒党を組めば我らのうちの弱い個体程度なら潰せるだろうしな。報告書に記載しておこう。
調査書には様々なことが書かれていた。主に人間を使った実験では複数の人間の村に亜人をけしかけ、その行動を調査するものなどもあり、人と竜との間の価値観。それらが圧倒的に違うことを知り、私の身体に嫌悪を生み出させた。
……滅んで当然だったのだ。この村は。
ぼろぼろの図書館を見。私は首を振った。生き物の気配を感じぬこの村は、いや、この世界に生き残った種族は人間ぐらいのものだ。亜人種の殆どは最後の大戦で様々な種族と共倒れになったからだ。理由は、後で語ろう。今はこの村が全滅した理由を探るほうが先だ。
神についての記述。
穴についての考察・3。
全世界書物。
卵焼きのおいしい作り方。
歴史書・世界の神聖について。
亜人種駆逐方法。
適当に書物のタイトルを流し見して、それを見つける。最後の一週間。なんとも小説的なタイトルだが、これが歴史書なのだろうか。一応は歴史書の棚に収まっているし、一番新しく造られた書物のようなので私はそれを棚から抜き出した。埃が舞うも気にせずページを捲り、目次を見てみる。
(前)
私についての記述。
天が落ちた話。
幼いころの記憶。
兄さんに惹かれる理由。
村に宗教を広めるのこと。
絶望についての当日の記述。
(後)
滅びの前の日々。
滅びの一週間。
男と女について。
滅んだ後の記述。
日記のようだった。ぱらぱらと捲ってみるも、主観的すぎて、しかもデータなどが知らされていない。周辺状況がわからない以上、いつの時代のものなのかも、いや、宗教についての記述や外界調査の単語から一応これが世界崩壊について、竜から見た視点のものだとわかったが。
兄さんとやらばかりで、他についての記述があまりないな
私はため息をつくと、(前)の方は流し読みしてしまう。既に調べたことを個人の目から書いているだけだからだ。学術的には価値のあるものだろうが、私にはあまり意味がない。私の目的は、この村に生き残りが存在するかを調べ、二度と穴を利用されないように排除することだからだ。
腰の剣を握り、小さくため息をつく。賢竜は竜の中でも弱い部類とはいえ、竜は竜だ。倒せるだろうか。
己の弱気に喝を入れ、私は(後)に手を掛け、ふと誰かの視線を感じ、周囲を見回した。しかし何もいない。気のせいだったと思い、再び本に視線を落とした。
これを読んだら野営の準備を始めた方がいいかもしれない。水場と食料は確保してあるが、そろそろ準備し始めないと、準備を終えるころには宵闇が迫るだろうから。
夜に襲われたらひとたまりもないだろう。
胸糞の悪さを抱えながら私は図書館の外へと戻ってきた。空を見ると夜が太陽を駆逐し始めている。これはまずいと私は野営地へと走り出した。
かきんかきんと剣を叩きつける音が響く。
私が野営地へと戻ると騎士団と僧兵の一団が夜との戦闘を開始していた。
私は急いで腰の剣を引き抜くと、黒い邪悪な想念の塊へと向き直り、戦闘を開始した。
夜は、世界を囲む負の想念が移動し、領域を広げることを指す。侵攻速度はそれほど速くはないが、生物無生物を問わず攻撃を仕掛けてくるので厄介だった。
夜は陸地を削り、生物の生存権を減らすことに執心しているが、ときどき流れてくる個体は先ほどのように群れを成して生き残った人々へと襲い掛かる。いまや人類の数も全盛期の百分の一、いや、千分の一ぐらいまで減少した。夜の襲撃を受け、いくつもの生き残りの村落が崩壊したと聞いている。
私は剣を最後の夜へと叩きつけ、ため息をついた。
いつになったらこの戦いは終わるのだろうか。生き残った竜を倒すことも、道程の途中にしか過ぎず。結局のところ、解決策など存在しなのでは……。
弱気が襲ってくるも、小さく己に喝を入れる。私が諦めたら誰が姫様を護り、王国を再建するというのだ。私には夢があるのだ。諦めていられない。
懐から取り出した姫様の絵姿の入ったネックレスを見て私は決意を新たにする。この世界の果てへと旅する中で何度も行ったことだった。
騎士殿。首尾はどうでしたか?
僧兵の一人が私へと図書館での成果を聞いてくる。私は最後に読んだ日記を彼に放り投げてやった。ついで、さきほど感じていたむかむかとした胸糞の悪さが甦ってきた。
僧兵は私の渡した日記に困惑を示すものの、私が促すとそれを読み進める。彼も私と同じく関係ないと思われる箇所を飛ばし、そうして、苦い顔をするようになる。(後)を読み始めたのだろう。
ひどい、ですね。これ、同じ生き物のすることですか?
僧兵の言葉に私は首を振った。
愛ゆえに、という奴だろうな。とも思ったが、口には出さない。愛が許容できる範囲を超えてると思ったからだ。外界調査書を読んで感じたが、やはり竜は邪悪な生き物だ。姫様の絵姿に誓う。奴らの生き残りは徹底的に探し、駆逐しなければ人類に明日はないだろう。
そういえばと僧兵に穴をふさいでいる蓋について聞いてみた。あれがなければ人類だけでなく世界が滅ぶ。私の言葉に僧兵は蓋は健在であることを説明してくれた。傷もなく、良い具合であると。
かつて竜の悪意のすべてを飲み込み、夜の発生源となった虚無の穴は、世界崩壊の時に神が使わした第三天使の権能によって封じられた。今も人類の残った戦力の一部が蓋の警備をしているが、やはりそれだけでは不安だろう。人にあだなす、いや、世界を危機に陥れようとする全てを我らは、私は排除しなければなるまい。
決意を新たに私は剣の柄に手を当て、僧兵に身体を休めることを告げ、司令部へと向かっていった。
世界崩壊と名づけられた一週間は、まさしく地獄をこの世に体現したものだった。
爆発的に増えた亜人種による人類への捕食活動。世界を覆う闇の衣。果てにあるとされる世界の敵たる竜の群れ。そして、夜。
夜による攻撃活動は大陸、亜人、人々を問わず行われ、陸地は狭まり、人は襲われた。傷ついた亜人たちはその鬱憤を晴らすかのように人々へと襲い掛かったし、世界が狭まり生活圏が人と重なり始めたことで更なる争いが行われた。
騎士や僧兵、冒険者と呼ばれる戦える人々は亜人を討伐し、人類同士のつながりは国の垣根を越え、人々は団結した。
民衆は神官とともに神へと祈り、多くの戦士たちは世界の果てを目指した。
あれがたったの一週間であったことは、今でも疑問視されている。世界はあのときだけ、酷く縮んでいたように私は思うのだ。
まるで、誰かの掌の上だったかのように……。
嫌な想像を振り払い、私は本の山の、日記の部分を読み漁っている。
昨日の日記の裏付けと、他の日記が残っていることを確かめ、竜の生存を探るためだ。もちろん、あの日記を書いた個体は生き残っているだろう。雄か雌、そのどちらかはわからない。両方の可能性もあるかもしれないが、なるべくなら雌がよかった。記述が本当ならば幼生の竜よりも弱いはずであるからだ。
いや、と私は首を振る。どうせなら雄のほうが良いかもしれない。雌の個体とであったならば私は何を叫んでしまうかわからないからだ。むしろ智謀によって殺される可能性もある以上、と私は日記の記述を見て首を傾げた。
友、という個体の日記だ。これは世界崩壊の最後の六日目の記述で日記が止まっていた。どうやら生き残れなかったようだ。最後の記述はめちゃくちゃで文章の体を成していなかったが、一体なにがと起きたのだろうと想像しかけ、首を振る。そんなもの、昨日の日記を読めば想像は簡単につく。
ただの、殺戮だ。竜同士の。
たった一頭の竜を欲するために群れの全てを謀にかけた竜。それに操られていた哀れな教祖。その日記を棚に戻し、私は背を伸ばした。
やはり生き残れたのはあの日記の二頭だけだろう。最強の賢竜とその妹。
剣の柄を握る。倒せるだろうかと不安になる。竜族を滅ぼした竜と戦うことになるのだ。身体の震えも武者震いの類ではない。
懐から姫の絵姿を取り出すと私はそれに口付けし、胸元で十字を切る。
―――どうか私に勝利を。
ねえ兄さん。
人間の集落のひとつ。そこに私たち兄妹はいた。
滅んでしまった故郷の村を捨て、私たちは人化の法を用い、人間に化け、その中に入っている。
かりかりと相変わらず私にはわからない本を書いていた兄は私の呼びかけに振り向くとなんだと声を返した。
あの人間と仲が良いみたいね。
パン屋のか? まぁな。あの子は俺の物語をよろこんでくれてな。
人間に、理解ができたのかしら? 概念図なんて読めないでしょう?
うん? ああ、昔王都の学術院にいたらしくてな。崩壊の影響でこっちに戻ってきたらしいが。
ふーん、と兄さんに答えるとまたこの集落に夜が来るように小さく祈った。願わくばあの娘が死んでくれると助かるのだけれど。
―――結局。兄さんは私を受け入れはしなかった。
それが義務感からか、それとも本能かはわからないけど。私の告白に兄は小さく笑い。私の耳の裏を小さく舐めるだけに留まった。それだけだ。それだけだった。
それでも性欲を発散するために他種族を襲い、人間の娘を何人か手篭めにしている。
人間も滅ぼさなければならないのかしら。集落を変えた程度では意味もなさそうだし。
はぁ、とため息をつき、私は鍬を片手に畑へと向かうのだった。
人間の間では私の脆弱な力も十分な怪力に入った。ならば兄に繊細な畑仕事を任せるわけにもいかず、もっぱら私が働くことで我が家の家計は賄われている。
兄を養うというのは、それはそれで楽しいのだが、その間に兄が新しい猿を懐かせているのだと思うと少し腹が立ち。ああ、ぎりぎりと鍬が壊れそうだったので力を抑えた。
人間を滅ぼせば兄さんは振り向いてくれるのかなぁ……。
同族みんな殺しちゃったんだし。もう、番になってもいいと思うんだけれど。
私のため息が空へと溶け、彼方の夜へと向かっていった。
……………了
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