ある兵士の話
「なんだ、おまえ?」
そう言って彼女は僕を見る。ゴミでも見るかのように僕を見る。
いや事実ゴミなのだろう。その証拠に彼女は僕に対して一片の容赦もしていない。
両腕は砕かれ、両足を破壊され、腹部には穴を空けられた。戦闘能力はゼロに近い。
そんな彼女が僕に目を留めたのはなぜなのか。そんなことには僕にはさっぱりわからなかったが今ひとつだけ言いたいことがある。
「・・・・・・の、ろわっれ、ろ、売女・・・・・・」
彼女はハッと鼻で嗤うと颯爽とした姿で去っていった。
そんな彼女をかっこいいと思ってしまった自分に腹が立った。まぁ、立つはずの腹は吹き飛ばされたのだけど、ね。
所領も財産も少ない貧乏貴族の三男に生まれた僕は18歳で地元のハイスクールを卒業し、中央の軍学校に入った。
延命魔術理論や空間超転移法、悠久魔導理論が発展しても人々の行いは昔も現在も変わらない。
軍学校を卒業し、新米少尉として隣国との国境にある戦場に立った僕は古参の軍曹たちに戮し手管を叩き込まれ、戦地を転戦していった。
父も兄たちも学者肌だったのだが、意外にも僕には才能があったらしく。三年も経った時には立派な兵器扱いだった。
兵士達曰く【死神】、上層部曰く【前線】、敵兵曰く【悪魔】。とにかく、どこへ行っても人間扱いはされなかった。
戮して戮して戮し尽くして、負傷のたびに損傷した躯を改造した。
戦って戦って戦い尽くして、周りを見る度に皆、骸しかなかった。
そうして、戮した敵兵の数が9を4つほど越えた当たりで僕は、彼女に出遇ったのだ。
出会い頭に剣を持つ手を吹き飛ばされ、獲物の魔法剣を破壊された。
周りの同僚を戮すついでに両足をもぎとられ、腰から下が動かなくなった。
それでも何か抵抗を、と残った片腕で短剣を投げようとした瞬間、背後にいた隊長と共に僕の腹が吹き飛んだ。ナイフを持った片腕は余波で砕け散った。
そうして、突如現れた真物の悪魔を睨み付けていた僕は、彼女に声をかけられたのだ。
これが最初の出会い。
二度目はもう少し穏やかな状況だった。
北の方で大きな国同士の競り合いがあり、それに勝利した方がこちらに攻めてくるという情報が流れてきた。
その尖兵たる第七鉄甲騎士兵団を僕たちの国と彼女の国とで追い返そうという話になったのだ。
その時には彼女に空けられた腹の風穴とかは新造の兵器に取換えてもらっていたので僕も戦地に向かうように言われた。
彼女に会えるかも、と少しどきどきしたのは内緒である。
合流は敵方の陣地内でやっぱり戦場だった。僕の国も彼女の国も長年争っていたのでやっぱり仲は悪い。事前の連絡とかは開戦前の一度きりだった。
それに戦地で知ったのだが、一緒に追い返すと言ってもお互い戦場で攻撃は仕合わないというだけの契約だった。
だから、話しあうことは一度もなかったし、共に同じ作戦をすることは一度もなかった。だけど同じ戦場に立つことはよくあった。
こう言うと惚気になるだろうが、そこでの彼女はただただ恰好が良くて、周りの敵を戮し尽くした際に空を眺めてぼけーっとしてる姿とか、命令を無視して上官らしき男性に怒鳴られている彼女を僕は遠目に視ていた。そこでの自由闊達な彼女を視ていると周りの同僚におびえられてる自分がなんだか情けなくて、そんな彼らに嫌われないように努めている自分が馬鹿らしくなってくる。まぁ、それでもそんな自分は変えられないのだけれどね。
僕や彼女や同僚たちが戮しまくったせいか大国は兵を引き上げた。引き上げたというか僕たちの国の領土に足を踏み入れた彼らが一人たりとも故郷の土を踏めなかっただけなのだけれど。
そうして大国の戦力を見切った僕たちの国の王様と彼女たちの国の王様は躊躇なく同じ決断を下した。
つまりは大国の蹂躪。前回の戦いで兵隊の損耗率が異常に低かったのでイけると踏んだらしい。らしい、というのは後日に新聞や風評で知ったからなのだが。
まぁその時には僕も全身の70%に改造を施していたので戦場にはしっかり立つように言われた。というより【前線】の二つ名の文字どおり、しっかり一番先頭に立てと元帥閣下に直々に言われた。
だから戦った。戦って戦って戦って戦って、大国と同じ名前の都市で彼女に出遇った。その時は同盟を結んでいなかった。
だから、再び僕は敗北した。
僕も強くなったが、彼女はそれ以上に強くなっていた。
接触は三回。一度目で両腕を抉られた。僕の攻撃は擦りもしなかった。
だけれど彼女に触れるぐらいはしたかった。足は残っていたので再突撃。彼女は自分を恐れずに向かってくる僕の姿に喫驚していたが構わず僕の両足を過去の時と同様に薙ぎ払った。
バラバラになった脚と一緒に空中に吹き飛ばされながら彼女に向かってニカッと笑った。
彼女は驚いていた。だけれどその後に頬笑んでくれた。僕はなんだか嬉しくなってずっと笑っていたような気がする。彼女もそんな僕が可笑しくなったのか最後には馬鹿笑いしてた。少しむっとしたけれど彼女が笑ってるならいいか、と思って僕も笑っていた。
だけれどどんな時間にも終わりは来る。やがて彼女を呼びに彼女の上官が現れた。彼は瀕死の僕を見ると彼女に戮すように要求した。だけれど彼女はそれを拒否した。何故だかは僕にも解からなかった。
彼女は去り際に僕の頭にコツン、と拳骨で叩いていった。それがなんだか彼女らしいと思って。僕はひとり嬉しくなった。
僕の隣には彼女の上官の無残な死骸が転がっていたけれどそんなことどうでも良いとすら思えた。
そうやって彼女とは戦場で出遇い、話すような仲になった。
「僕は蓮根が好き」「犬より猫が好き」「うちの上官はハゲなんだ」「軍服はきつきつでまいるよね」「クジラの夢を見た」
「私は人参は嫌いだね」「猫もいいが犬も善し!!」「上官は度々変わるからね。覚えてないよ」「軍服は緩いぜ、こっちはよ。つーか着たトキねぇかも」「夢は見ないね」
僕らはいろいろなことを話した。大抵は彼女の上官が来て、彼女が戮して別れたけれど僕のときもあった。最初は抵抗があったけれど何度かやっているうちに抵抗はなくなった。
そうして、今、この時になって僕は・・・・・・。
それは必然だった。同僚殺しは最も重い罪であり、戦場での敵兵との談笑などその次辺りに重い罪である。ゆえに僕は捕まった。
瓦斯で身体の動きを止められ、特殊部隊の人間に拘束され、電子錠と南京錠、魔術錠の三重構造の牢屋に入れられ武器兵器は全て没収された。
拘束衣を着せられ床に転がらされ、糞便を垂れ流し、泥のような食餌を与えられ、そうして僕は自身の罪を再確認している。
だけれどしょうがないじゃないか。いや、この言い方は彼女が嫌う。だから僕は言い直す。
だけれどこれは必然だった、と。僕は彼女に惹かれていたし、彼女は自由な存在だった。だから、彼女の方に会ってくれる意志があった以上僕が会おうとしたが故に彼女に会える。
僕は会って話したかった。彼女を見ていたかった。だから、これは必然だった。
無様で滑稽で間抜けな姿をさらし、牢番たちの嘲笑と愚弄と蔑視の視線に耐えながら僕は彼女を思い出す。
鮮烈なまでに僕を粉々にしてくれた彼女。清々するような笑顔で敵兵を戮しまくっていた彼女。僕に向かってコツンと拳骨をしてみせた彼女。その全てが僕の脳裏に刻まれている。いつだって色褪せないその追憶を糧に僕はこの状況を噛み締めた。
嗚呼、そうだよね。君だったらそうするだろうね。
拘束衣からの脱出は簡単だった。看守が居眠りブッこいてる隙に二の腕内に仕込んであった骨で内側より切り裂く。肩と肘の関節を自力で外し可動域を拡げ自らの身体が通り抜けられるほどの隙間を作り脱出。
牢屋はまず電子錠を脳内に蔽してあったツールにより解除。魔術錠は捕まっている間に陣を理解したので対抗魔術を展開、無効化。物理錠は鼾を掻いていた看守を牢屋の隙間越しに殺害、その腰の鍵束から鍵を奪った。
こうして、ようやく外に出れた僕は看守たちを次々と戮しながら上へと目指す。この牢屋は軍基地に作られていたので――というよりも、僕は軍基地で寝ているときに捕まったのだ。本国への移送前に脱獄を決行したので軍基地内を疾走する羽目になっている――目指す先はいくつかある。
まずは基地内の指揮を司る中央作戦室、次に兵士達の武器と服のあるロッカールームと武器庫。そして――――
「とま――」
通路の先で制止の声を上げた敵を牢番から奪った鍵を投擲して戮す。どうやら脱走はばれているらしい。それならば中央作戦室はもう放ってもいいだろう。ならばやはり武器の類を回収しなければならない。
鍵の残りはあと数個しかない。だから先ほど斃した敵からナイフの類と剣を奪っておく。基地内だからか奪えたナイフは一本きり、腰の剣も護身用のショートソード並みの長さしかない。
それでも僕が持てばそれなりの役には立つ。
騒ぎを聞きつけてやってきた人たちの中に踊り込む。
一人目の頚を剣で一閃、血が吹き出し周りが混乱している隙に鍵を二人目の眼球に投擲、結果は確かめずに三人目の腰にナイフを拗り込み腰の長剣を奪うとそれで周囲を一薙ぎする。
血溜りの中で一息つく。武器庫のほうには行かなくて済んだ。長剣一本あれば余裕で基地内の人間を皆殺しにできる。死体を漁り、目的のものをいくつか手に入れた。
まずは制服、いつまでも裸のままではいられない。血でぐしょぐしょになっているがそれぐらいは我慢できる。
物陰に死体を引きずり込んで服を奪う。鍵で戮した人の服は損傷がないのでそれを着ることにした。
長剣を二本、腰に帯びる。死体から回収した何本ものナイフを身に帯びる。
そのまま物陰から溝鼠のように飛び出した。
長い廊下を駆け抜けて、出会い頭に即座に戮す。そうすれば皆、僕に気づけない。絶対に気づけない。
熱情を伴って、冷酷に冷徹に、嗤いながら駆け抜ける。
目的はこの基地の壊滅。僕の逃走とか反逆とかそういうものが本国に知れない内に即座に潰してしまうことにした。
大軍を対手にするときの常識として頭を狙う。この基地のトップのいる部屋。一番潰されにくい奥に配置されたところまで一息に攻める。
長い長い廊下を駆けぬけ。僕は腕を吹き飛ばされた。
彼女にやられたのとは違う。空間ごと巻き込むようなその一撃。
「魔術師っ!!」
メイガスと呼ばれる彼らは脳を僕たちとは違うものに換えた新人類だ。その知覚は海や空や空間を軽く越え、違う場所から僕を視ている。
ぎゅるんぎゅるんと音を立てて空間ごと肉が巻き取られる。視覚とか聴覚とか嗅覚とかそういう五感とは違うもので僕を拘えているのだろう。全くどこにいるのかわからない。わからないので駆け抜けることにした。
空気に狼狽てたような気配がまざる。その気持ちはわからないでもないが僕の目的はこの基地の殲滅とはいえそれにも優先順位がある。
一撃で僕を戮せないような奴等はあとにする。肉体の損傷はあとで修理してしまえばいいのだから。
それに。
「汗の臭いがしたよ」
隠し部屋からに潜んでいた彼は驚いたような貌でこちらを見て、死んだ。
別に後でも先でも戮すことに変わりはない。
大佐は苦渋に満ちた貌で僕を視た。
「何が目的だ?」
僕が大佐に求めるものなどひとつしかない。
僕は彼女に会いたくて、それを邪魔するこの人は僕にはいらなくて。
「いや、別に」
大佐の頚はもろかった。身体を守るべき筋肉が贅肉になってたからか。それとも奪った長剣が良いものだったのかは知らないけれど。
「ああ、終わった」
大佐の金庫から僕の装備を取り出す。最高品質のレーザーブレードとワイヤーブレード、超軽量のナノスキンスーツ、各種ツールに戦闘用のドラッグ。
戦闘の痛みを失くす錠剤を奥歯で噛み砕き、僕はその日、自分の国と完全に決別した。
損傷した身体を基地のメディカルルームで治療して、ぼけーっとする。
「これからどうしよう」
一人呟き考える。まぁ、目的は決まってる。
彼女に会って、彼女と話す。それが良い。それだけで、良い。
「会いたいなぁ」
ぼけっとしながら見た天井は。なんだかいつも以上に白く見えた。
―――――了
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