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Memory-Loving
作者:止流うず
とある兵士の話。改訂後
「変な奴だったけど。嫌いじゃなかったぜ。じゃぁな」
彼女はそう言って頬笑んだ。

【Memory-Loving】

はるかな大昔、僕の国に偉い神様が降り立った。そのときに僕たちの王様には不老の身体と不死の魂が与えられたのだという。
そうしてから隣の国の王様がそれを羨んだ。彼は二人の優秀な錬金術師を自国に招き、彼らによって不死となった。
聞くところによると、二人の王は己の欲するままに放蕩の限りを尽くしたという。そうしてお互いの存在が目障りになった。そうも聞いた。
だから、国民である僕らが駆り出された。
元々、仲はよくなかったのだ。僕の国が信仰する神様はとなりの国では邪神とされていたし、彼らが好む動物の集落も僕の国の土地にしかいなかったから彼らは国境を越えてよく僕らの領地に入り込んできた。僕らの祖先も彼らが疎ましかっただろうし、彼らの祖先も僕らが疎ましかったのだろう。
だから、戦争の理由も下地も全部整っていた。
そうして何年も何十年も何百年も戦争をしている。そう聞いてる。記録とかそういうのが残っているらしいけれど誰も彼もそんなもの見るほど暇じゃないのでほとんど言い伝えみたいなものだ。だから、正確な記録では違うのかもしれない。しれないけど、もう誰も気にしていない。

僕は今年で24歳になる。
元々貧乏貴族で猫の額ほどの領地しかなかった我が家は家で生まれた子供を我が家の主家にあたる貴族に仕えさせる因習がある。
三男の僕がどうしてその対象になったのかはわからないが雁首揃えた僕たちに向かって主人で在らせられる所の貴族殿はこう云った。
「おまえだ。おまえにしよう」
そうして僕は彼の家に仕えるところとなった。

主家にあたる貴族は古くから我が王の建国期にて戦士団の団長を務めている。そうして今も当主にあたる方が国軍の長を務めている。
だから、戦場にはよく出ることになる。そもそも戦争ばっかりしているものだから国民の数が中々増えないのだ。増えては攻め込み減っては守り、そんなように戦っていたものだから僕たちの軍の数は三千を前後にそれ以上になったことは中々ない。
激戦激戦また激戦。死にもの狂いで戦ったならかならず王のお褒めをもらえる。そう、皆信じている。
お褒めとは強力な武具の類、皆が皆戦争好きなのでそれに関わるものが皆好きなのだ。かくいう僕ももらったことが三度ある。全部現在も使っているほどの強力な品である。
閑話休題。
そんなものだから奉公にいった先では(コロ)しの手管から叩き込まれた。戦場に連れて行かれたのはその後、当主の人の御世話をするためだった。
今でも思い出せるぐらいにあの御方は他人にも自分にも厳しい人で、そんな彼はいつも激戦区か最前線にいた。その彼について自分も戦って戦っていろいろ覚えた。
戮しの技術と治療の技術。首級の取り方と戦場料理の作り方。それらは違うものであって同じものだった。人を活かし、戮し、また活かす。あの御方にとっては皆、同じだったのだろう。その手つきと顔つきはどんな時でも変わらなかった。
そうして僕は少年と青年の時を戦場で過ごした。あの御方の側に生きて侍っていられたのは僕だけだった。それは今でも誇れることである。

二十歳を過ぎた辺りのことだ。いくつかの首級を上げている内に僕に部隊の隊長を任せようという話が出た。あの御方の側付というには年をとりすぎているし、戦果の数も申し分ない。その月の内に兵士と任務が与えられ、僕は階級を与えられた。
任務の内容は単純なものだった。僕は与えられた兵士を使い戦場に新たな橋頭堡を築くことを命じられたのだ。

そして決行日、剣を手に取り、資材を満載した輜重隊を連れて僕らは敵の領地に侵入した。
要所である目的地には当然敵の国の兵士が百ほどいた。だが僕らは怯まなかった。
まず連れてきた魔術師に攻城用の魔術を用意させた。珍しい宝石や貴重な触媒などを消費することで強力な魔術を扱える彼らはどこの国でも珍重されている。僕の国も敵の国も戦争の歴史は長い。所有している魔術師の数は同程度だと把握していた。
「発動」
魔術師の声の後に砦で爆音が轟く。複合材でできた正面大扉に亀裂が入り、敵の砦から狼狽てた兵士たちの声が聞こえてくる。
「魔術師殿、ご苦労様です」
もう一撃といきたいところだが魔術師が強大な力を連続して扱うことはできない。故に今度は僕らが働く番である。
「突撃!!」
僕は部下たちと共に駆け抜けた。砦に取り付き、罅の入った扉に破城槌を叩き付ける。上からは大量の矢や石、溶かした鉛や熱した油などが落ちてくるが僕らは怯まず亀裂に向かって何度も何度も槌を叩き付けた。
「突入!!」
数分もせずに扉を破壊し砦に侵入できた。僕らは輩の死体に目を向けず、砦の中の兵士達に躍り掛かる。
兵士たちは僕たちを用意万全で待っていた。完全軍装の兵士達の中に魔術師の姿がちらりほらりと見えた。
呼吸を整える暇もなく戦いは始められる。僕は国王閣下から以前下賜されたワイヤーブレードを何度も振るった。
最大伸長五メートルにも及ぶ長大な刃によって敵兵たちの(クビ)がいくつも飛ぶ。と、空間が捻じれ僕の脇腹が吹き飛んだ。魔術師の魔術だ。直感する。
即座に魔術師の姿を探すが辺りには見えない。魔術師はある程度距離が離れていても対象を認識しているのだという。というより三次元とは別の次元でものごとを認識しているのだと聞く。故に通常の知覚では彼らに認識できることが僕たちにはわからない。
頚から上を物理的に破壊されれば悠久延命理論の確立したこの世界でも死んでしまう。逆にいくら腕や脚をもがれ、内臓を損い、重要な器官を消失したとしても頭と意識さえ無事ならなんとでもなるのだ。
だから魔術師は怖い。彼らは頭をピンポイントで破壊する術に優れているためだ。優れた戦士が何人も彼らによって戮された。
「魔術師を探せ! 狙われるぞ!!」
部下たちに指示を飛ばす。彼らは応、と答えると。直様敵兵と切り結ぶのを止め、各所に散って行く。
僕はワイヤーブレードを振るう。極細でありながら強靱なワイヤーによって連結した刃は空中に剣の断片を浮かせ、世界を血色に染めていく。
僕は餌だ。僕は戮す。一番戮して一番目立つ。目立つことによって部下たちに向けられる刃を一身に引き受ける。それが隊長の役目だ。
部下を追いかける兵士を追い、戮す。見張り台を切り倒し、敵兵の上に墜とす。暴れて暴れてそれでも狙ってくる魔術は感覚で避ける。それでも肉は削られる。治療はせずに周囲の敵兵を戮しまくる。
敵兵も僕に関わりたくはないのだろうが僕は敵にとって重要な施設を重点的に破壊しているので構わないわけにもいかないのだろう。事実、敵も泣き言を言っているように思えた。
数十分ほどが経った。
あらかた戮し尽くした頃には魔術の攻撃も止んでいた。おそらく部下の誰かがし留めたのだろう。
僕は輜重隊に伝令を出し、砦に入ってくるように命じる。ここを我が国の施設として使えるようにしなくてはならないのだ。
「君たちは重要書類の確保。暗号表や通信機があったらそれも確保しておくこと。まだ隠れてる連中もいるかもしれないから警戒は怠らないように」
頷いた彼らは駆けていった。僕は周りの部下を呼び付けると捕らえた敵兵から尋問した情報を聞く。
ここの砦を任されていたであろう隊長の所在を聞くためだ。一応、その人の首級を本国に届けることで報奨の額も変わってくる。
部下が隊長についての情報を話す。僕はそれに内心ため息をついた。
「最初の攻撃で僕に頚を落とされた、だって?」
頷く部下に落胆は隠す。死体だらけで頚の判別など、面倒臭かったのだ。

僕の初の任務はこうして成功した。
それから一年の間、国境や敵国内のいくつかの軍事拠点で作戦に参加した。
成功する作戦もあれば失敗する作戦もあった。いくつかの時代と同じように僕の国も敵の国も一進一退の攻防を繰り広げていたのだ。
その間、僕は命じられるままに多くの人を戮しつづけた。それこそ9が三つ並ぶほどに。そしていつも最前線にいた。
仲間からは畏敬と恐怖の視線を。敵兵からは憎悪と殺意の視線を。それだけを与えられ、僕は戦場にいたのだ。

彼女に会ったのはそうした事情もあって、単独行動を主とする部隊に配属されてからのことだった。
戦場に遊兵として参加することで戦禍を増大させたり、諜報活動などで敵の意図を挫き、自国に勝利を(モタラ)す役目。
敵兵達は僕たちのことを畏怖の感情を込めて【戦場の悪魔】と呼んでいた。そのことには別に異論はない。僕だってそう呼びたくもなるときがある。
だから、同僚達が【暴君】と呼ぶ彼女には興味があった。同僚達でも僕並みの強さを持つものはいないし、僕より確実に強い人と言ったら軍の長であるあの御方と国王陛下ぐらい。だから、敵兵の中で僕並みの強さを持つものには中々会えなかった。
それでようやく会えても戮し合いになるぐらいで、だから、僕は誰でもいいから話し相手が欲しかった。
同僚達の中に腹を割って話せる人はいなかったし、僕を怖がらず話してくれるあの御方はかなり目上の人だ。国王陛下に至っては目を合わせてもいけないのだから僕は僕の心の内を聞いてくれる相手が欲しかった。いや、そこまでを望まなくてもただ話し相手になってくれるだけでよかった。だから、その【暴君】という人はどんな人なのだろうかと、興味がすごい湧いたのだ。

その週に与えられた任務は三つだった。ひとつは自国の軍事拠点の側に接近した敵の偵察部隊を潰すこと。これは簡単に終わった。森林の中で息を潜めていた彼らを狩りをするかの如く仕留めていくだけだった。
二つ目も即座に終えた。敵の密偵を探し出し、尋問すること。前線基地内の不審な人間を調べ拷問しただけで終わった。
そうして三つ目。前線へ赴き主力部隊のサポート。一人で雑兵五人分の働きをする僕たちを戦場に解き放ち、主力の手の届かない敵兵を狩り戮す役目である。僕は拷問をしたその日の内に戦場に向かった。
そうして会戦日。僕は左翼の一隊の中に紛れ、機会を偵っていた。僕らは戦場では正規の命令系統に属していないために自由行動が許されている。だから突撃の合図の後は軍紀に引っ掛かること以外何をしてもよかった。
「突撃!!!」
鬨の声が聞こえた。部隊の主力と右翼、左翼が同時に敵に向かって駆け出していく。僕も兵士達の中に紛れながら共に大地を敵に向かって駆けて行った。
戦場は平地だった。障害物も何もなく。ただ単純な消耗戦。僕は国王陛下から下賜されたレーザーブレードを振るい奮戦する。ワイヤーブレードを使うにはここは味方が多すぎた。
多くの敵兵が戮されていく。多くの味方が死んでいく。となりで剣を振るっていた勇士が魔術で頭を吹き飛ばされ、目の前の敵兵が僕の手によって両断される。双方の後方部隊からは多くの弓矢が射掛けられ多くの兵士が傷つき斃れる。そんな中、敵の後方から巨大な石の巨人が立ち上がった。古の錬金術師の製造した自動人形である。魔術的な物質で製られているために破壊が困難な戦場兵器だ。
「わぁぁぁああぁぁああ!!!」
敵の群れがさぁっと割れて道を作る。自動人形はその中をゆっくりとだが走り出す。走り出し、割れた敵兵の道に突っ込んだ僕の国の兵士とぶつかった。
剛、と自動人形が腕を振るう。多くの味方が吹き飛ばされうめき声があたりに満ちる。
「僕に続け! 破壊するぞ!!」
僕はレーザーブレードとワイヤーブレードを掲げると巨人に向けて駆け出した。僕の周囲で戦っていた兵士たちも呼応して叫ぶ。僕は平時は畏怖の目で見られているが皮肉なことにそのおかげで戦場ではもっとも頼りになる味方としても見られているのだ。
周囲の敵を戮しながら巨人に近づく。周りの兵士の数は随分と減っていたがそれでも彼らの士気は衰えていない。長年続く戦いではこんな事は何度もあったことなのだから。
僕は丸太のような巨人の片足の半分をレーザーブレードの光る刃で切り裂く。魔術的な物質であるために切断には四半秒掛かったがそれが生命取りになることはなかった。なぜなら巨人は鈍重であるために僕を傷つけることはできないからなのだ。
悪魔だ。悪魔が聖像にとりついたぞ。と敵兵が口々に叫ぶ。僕は叫んだ兵士をワイヤーブレードで戮し、彼らが聖像と呼ぶ自動人形にレーザーブレードを叩き付け、ようやく片足を切断した。切断した片足は何度も切り付けて修復不可にする。片足だけではあの重量を支えきれまい。僕の予想はあたり巨人はその場から動けなくなった。そうなると味方の兵士たちは巨人の傍に近づくことをやめ、別の方向に駆けて行く。巨人が巨大な石を投擲すれば味方の多くが死傷するがそれでも僕たちは巨人から離れて多くの敵兵と剣を交えた。

そして、僕や味方が多くの敵兵を斃し、敵兵が多くの味方を戮した時に彼女らはやってきた。
突然、右翼の兵士が総崩れになる。周囲の味方が騒ぎ出した。敵の増援が現れたらしい。だが、そんな大部隊の気配はしなかった。
一体、何が起きたというのか。周囲の味方が騒然とする中、僕は駆け出した。
そんなこと決まっている。少数精鋭による攻撃だ。僕がよくやる。僕らはよくやった。それがこちらにやられただけなのだ。
多くの兵士を切り刻み、それでも五体満足のまま戦っている姿が遠目に見える。女だ。女の兵士だ。
そして敵兵の中であれだけの強さを持ち、女であるならばひとつの風評が思い出される。
【暴君】と呼ばれる敵兵。とんでもない強さを持つ化け物。その強さはあの御方並みだとも聞き、正直僕では相手にならないとも聞いた。
だけれど僕は会いたかった。話をしたかった。だけれどそんな雰囲気ではないしそんな状況でもない。だから斬りつけた。
風評通りならばこんな攻撃効かないだろう。そして僕に興味を持ってもらうにはこんな方法しかない。これしか思い付かない。
彼女は果たして嗤っていた。敵が自分に向かってくることに喜んでいたのだ。
「君に会いたかった」
剣を振るい。気持ちを伝える。話は戦いの中でいい。伝わればいい。
「は?」
驚く彼女だがその動きが欠けることはない。動揺の中でも身体は動くのだろう。僕も同じだ。どんな時でも身体は動く。
「僕は味方からも敵からも怖がられている。だから、話し相手が欲しいんだ」
「てめぇ、私をそいつにしてぇってのか?」
頷き、剣を振るう。そうして切り結ぶ。彼女は強いがあの御方ほどではない。そして僕が楽勝で勝てる相手でもない。風評通りとはいかなかったがそれでも望みの相手だった。
彼女の振るう剣が残像を残して僕の脚を切り裂く。それに構わず僕も剣を振るう。レーザーブレードは彼女の腕に少しの火傷を作っていた。
「ご、ごめん」
「あやまんな! 莫迦!」
だけれど死んでしまったら少し淋しい。ようやく対等に話してくれる人が見つかったのに死んでしまったらまた淋しい日々が始まる。それは嫌だった。
彼女にまだ何か言おうとしたところで彼女は舌打ちしながら剣を構えた。僕も剣を構えようとして、泣きたくなった。
がくん、と片脚が地に付いたのだ。切られた脚が脚の重要な神経を傷付けていたらしい。なんだ、ここで終わりなのか。
「変な奴だったけど。嫌いじゃなかったぜ。じゃぁな」
そうして彼女は剣を振りかぶり、大きな歓声が聞こえてきたのでそちらを振り向いた。
「負けたか」
敵側の総大将が僕の味方に斃されたのだろう。遠くで騒いでいるのは僕たちの兵士だ。剣を持ち、総崩れになった敵に追い討ちをかけている。そうして誰かが僕と僕に剣を突き付ける彼女を見つけ、多くの兵士が突っ込んでくる。
「命拾いしたな」
そう僕に云い。彼女は兵士の中に突っ込んでいく。殿を努める気なのだろう。
僕に剣を振るわなかった理由も時間のない中では僕は戮す価値がないと判断されたからか。
それは彼女に見留めてもらえなかったようで残念だったがそれ以上に嬉しかったことがあった。
誰かと久しぶりに対等に話せて思った。すごく楽しい、と。もっと話していたいと思った。
だから僕は衛生兵が駆けつけてくる中、もう少し剣を握っていた。そうすれば彼女と同じ戦場にいる気分になると、そう感じた。

彼女と初めて会った日から三ヶ月経ち、大きな会戦の予定があると知った。
彼女は会戦ぐらいにしか出てこない類の敵だったのでそれは嬉しい。手と脚を錬金術師に改造してもらったら更に人が寄りつかなくなってしまったからだ。
少し残念で、少し嬉しい。これでもう少し話す時間が増えればいいのだけれど。



戦場はいつものように始まりいつものように時は過ぎる。
味方と敵がぶつかり合い。だんだんと数が減っていく。そんな中、敵の劣勢な場所に彼女は現れる。
巨大な盆のような地での戦いだったので、その姿は遠目によく見えた。太陽を背にしてこちらに走ってくるその姿を何度夢に見たことか。
「また会ったね」
「てめぇかよ」
ため息をついた彼女に剣を振るい。注意を向かせる。嫌そうな顔をされたが気にしない。気にしないったら気にしない。だって会えたのだから。
「ね、なにか好きな食べ物とかある?」
「ここは戦場だ。莫迦野郎ッ!!」
縦横無尽で千変万化。そんな彼女の太刀筋は僕の目と感覚にやっとのことで引っ掛かる。その感覚に身体を合わせ、レーザーブレードを振るう。ワイヤーブレードはギミックが付いているため彼女の剣とは相性が悪そうに見えた。
彼女の剣は太陽の光を反射しない黒い金属でできていた。レーザーブレードの直撃に耐え切っているためにかなりの強度や耐熱性が見受けられる。おそらく【ミスリル】や【オリハルコン】の類だろう。
「いや、でも、戦場じゃないと君に会えないじゃないか」
僕は剣を振るいながら彼女に声を掛け続ける。普段何を話そうかとか考えているくせにこんな時には気の利いた台詞のひとつも湧いてこない。だけど彼女に会うと急に何を話していいのかわからなくなるのだ。あの御方も女性との付き合い方は教えてくれなかったし。
「てめぇは巫山戯てるのか?」
「いや、そんなことは」
斬、と振られる彼女の剣を受け流し、踏み込んで剣を握っていない手で殴りつける。彼女はそれを手の甲で弾き、その勢いで肘を叩き付けてくる。
「オラァッ、オラオラオラオラッ」
連打連打連打連打連打、拳肘膝坐は勿論、剣の柄などやプロテクターまで使ってくる。その勢いはすさまじく防戦一方に追い込まれる。これでは口を開く暇もない。
急所ねらいの攻撃のみを意識して防御し、彼女の息が切れ始めるのを待つ。体中が痛いがこれも彼女と話すためのステップだと思うとなんとなく耐えられる。それでも次に何を話そうかと思ったところで笛がなった。
(撤退? なんで?)
味方が潮が引く様にして本陣へと撤退していく。そうなると僕も退却しないといけない。いけないのに。
「撤退みたいなんだ。どうしよう」
彼女が強すぎて撤退どころではないのだ。うまい話題もなかったのでつい口に出してみた。
「どうしようもこうしようも」
だけれど彼女は困った顔をしてるであろう僕を思いっきり殴り付けると。剣を掲げた。
「ここで死ね」
落雷のような剣撃を受ける。あまりの威力にビリビリと手が痲れた。僕はここまでと思い覚悟を決めて剣を構える。正直このままじゃ何回も剣を交わせそうにはないが決死の覚悟だった。
と、僕と彼女の間に何本もの矢が飛んできた。当然僕も彼女もお互い距離を開けることになる。これ幸いと僕はバックステップで更に距離を開けた。彼女相手に背を見せるなど自殺するようなものだからだ。僕の意図がわかったのだろう彼女は舌打ちしながら追撃してくる。彼女の前に何本もの矢が降ってきた。
どうやらこの矢は撤退しそこねている僕に対する味方の援護らしい。というか最初の矢の時、僕と彼女の位置はそれほど離れているわけではなかった。もしかして矢ごときじゃ死なないとでも思われているのか。憮然としながらもこれは幸運と思い彼女に背をようやく向け、撤退することにした。
「待ちやがれ! この野郎!!」
彼女の罵声を聞きながらの撤退は心に痛い。もしかして軟弱な野郎とか思われたかもしれなかったからだ。だけれど今回の戦いで彼女は僕のことを少しは意識してくれそうかな、と思うと少しだけ嬉しくなった。

撤退の理由は戦局の不利が原因らしかった。基地に帰った僕たちに大まかな説明が与えられた。
今回の会戦の目的はこの盆地の所有を決めるための戦いだった。そうして300人からなる大部隊が派遣されこの前線基地から出発した。
戦場で本陣150、右翼左翼後方に50ずつ部隊が振り分けられ僕らの部隊も各所に散った。
そうして会戦。敵の部隊も同程度だったから後は部隊の質が勝敗を分ける。今回は敵方に自動人形はなかったし魔術師の数も同程度だった。故に勝負は時の運だった。だが彼女の部隊が現れ戦局がこちら不利に傾いた。それでも根性や努力、気力の類で勝利を掴もうとした。そんな時にこちらの総大将の頭部が魔術によって吹っ飛ばされたのだという。
副官の人はそれでこれはもう駄目だと考えた。そうして撤退命令を出した。今回の結末はそういうことのようだった。
「残念だったな」「ああ、そうだな」「糞、あいつらめ」
周りがそう話す中、僕は思った。
次はきちんと話す内容を考えよう、と。
彼女の反応を今度はきちんと考えて、会話になるよう努めようと。

そうして僕の努力は始まった。
上役の貴族に陳情して会戦がある場合は必ず参戦させてもらえるようにしてもらった。
女性との話し方が分からないからいろいろな書物を紐解いた。読んだ書物は恋愛小説やエッセイの類だったが彼女と僕の場合に当てはまる事例がなかったために参考にはならなかった。
訓練も今まで以上に力を入れた。彼女には負けてばっかりだからだ。このままでは彼女の側から対等に見てもらえないと僕は理解したのだ。それに少しはかっこよく見られてみたかった。

そういうわけでその後彼女にまともに相手をしてもらうまで六度戦った。戦って戦って話し掛けて話し掛けてそうして彼女は根を上げた。
「わかったわかった。話をしてやるよ」
そう言ってくれた彼女。僕は「やった」と内心喝采した。それでも彼女は剣を向けながら言った。
「だがこれで私が甘くなると思うなよ。少しでも気ィ抜いたらバッサリ行くぜ」
それに深く頷いた。彼女が話してくれるからといって己の技能を衰えさせても僕が別の誰かに戮されるだけなのだ。彼女と話せる機会は戦場の中にしかないのだから生き残らなければならない。そうして彼女と話す権利は生まれるのだから。僕は今以上に努力しないといけない。そう深く思った。
折れた腕と体中の傷痕。同じような傷を彼女に負わせながらも僕は満足感を感じていた。
ようやく彼女に認められたと実感したからなのかもしれない。そう、感じた。

それから僕らは戦場で何度も会い。剣を合わせている間だけ話すようになった。
大抵は僕が腕を斬り落とされてから必死こいて逃げ出すことで終わるけれど彼女に傷を負わせて敗走させることがあった。その時の屈辱に染まった顔。恥辱に身を震わす時の体の震え。僕がわざと生かしたことに対する憎悪。それを見て僕は後悔した。
それは彼女に対して剣を振るったことではない。彼女の腕を斬り落としたことでもない。彼女に追い討ちをかけなかったことだ。思えばいつもいつも僕を追撃する時の彼女は本気だった。本気で僕に対してくれていた。それなのに僕は彼女に情けをかけてしまった。それは彼女の名誉を汚すことだったのに。
あまりに彼女と過ごす時間が楽しくて勘違いしていた。僕と過ごした彼女は僕が情けをかけたりかけてもらったりする相手ではなく本気でぶつかって本気で戦って本音を交えて本心をぶつけあう相手だったことを。だから、僕は自分の手で自分の最も欲した相手を軽んじてしまったのだ。

その次に会ったときの彼女は別人だった。
視線に憎悪が見え隠れし、敵兵でさえも寄せ付けず。ただ僕を目指してきた。
その姿が以前の彼女と全く違っていてそれが悲しくて彼女をそうしてしまった自分が憎かった。
それでも僕は自ら死を選ぶわけにはいかなくて、全力で彼女と剣を合わせることで心を表現した。
その時ばかりは僕らの間に会話はなかった。ただ剣を振るい。誠意を示すしかできなかった。
というよりも僕は何を話して良いか全くわからなかった。彼女のほうは僕と話す気があったのだろうか。それは今でもわからない。
だから僕はただ剣を振るうぐらいでしか心を表現することはできなかったし、彼女の憎悪は受け止めるだけで心が張り裂けそうになるぐらい鋭すぎるものだった。
全てが急所かそれに類する部位。全ての攻撃が致命傷に繋がっていて、あからさますぎた。
だからそんな見え見えの攻撃は彼女らしくなくて、致命傷を防げばいいだけの攻撃など僕には簡単すぎて。腎臓を狙った突きを払った時に返す刀で彼女に深く斬りつけた。
彼女は多くの血を吹き出して斃れた。僕にはそれからどうするのか、どうすべきなのかわかっていて。わかりすぎていて。口を開いて出た言葉は別れの言葉だったのか愛の告白だったのか後から何度思い出そうとしてもわからなかった。
ただ、彼女は最初に会ったときと同じ事を言った。
その言葉と表情はいつでも思い出せる。心に煌いている。
彼女は頬笑みながら言ったのだ。
「変な奴だったけど。嫌いじゃなかったぜ。じゃぁな」
僕は懐かしくて泣きそうになった。だけど涙を抑えて彼女の望む行為。僕が望んだ行為をするためにレーザーブレードを構え、鮮血に塗れた彼女に僕は止めを刺す。
彼女の額を覆う装甲を貫き刃の先端は速やかに頭蓋を貫通した。脳を修復不可能なまでに破壊された彼女の目から光が失われ、彼女は永久の眠りについた。
彼女は最後まで笑顔のままだった。

彼女を戮してから三年が経った。その間に僕と対等に話してくれる人が何人か現れた。
皆変わり者だったけれど良い奴等だ。肉体的に僕ほど強くはないけれど心は僕の何倍も強い人たちだ。
だから以前ほど僕も寂しくなくなった。代わりに心のどこかに穴が空いたような気分はするけれどそれも戦場に立てば紛らわせられる。
そうして敵と剣を交わしていくと今でも何度か思い出すことがある。彼女と話したことや彼女と交わした剣の燦めきを。
彼女の首級を上げたおかげで国王陛下から下賜されたナノスキンスーツの調子を確かめながら僕は腰のレーザーブレードとワイヤーブレードをゆらゆらとゆらす。
彼女との想い出はいくつか忘れてしまったけれど。最後の記憶はまだ残っている。
あの笑顔を覚えている。あの言葉を覚えている。
いつまでだって覚えていたい。そういつでも思っている。

いつか忘れてしまうことかもしれないけれど。
それが僕の彼女に対する気持ちだったのだから。

・・・・・・・・・了
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