『今日はなんだよ?今更、俺みたいな燻りに用はないだろう?』
引き籠り生活を続けているが本来、人と接するのが好きなほうである。
せっかく訪ねてきた、部下に感謝したいところであったが、高級なスーツにロールスロイスで参上した安田に対し、俺は1年着続けているヨレヨレのランニングにポジャマのズボン姿である。
昔っから服装に拘らないが、それは“いつでも買える”余裕があったからである。
真紀子にも裏切られ、すっかり疑心暗鬼になっていた俺は、急成長を遂げている安田の訪問を鬱陶しく思っていた。
『いつものように姐さんが、様子を見て来いっていうものですから』
『あのババア、まだ彼氏できないの?』
同じく、20数年来の腐れ縁の美和の事も、信用出来なくなっていた。
『人は落ち目の時は、誰もついてこない』
弱り目に祟り目。ヤクザ時代に、嫌というほど目のあたりにしてきた現実である。
『なにを言ってるんですか?ボス。こんな処にいるから気がおかしくなるんですよ!どんなに落ち込んでも、ボスはボス。自分たちにはなくってはならない存在なんですから。姐さんも“首に縄つけても連れ帰ってこい!”って言ってるんですから、このまま姐さんの処へ帰りましょうよ!』
『今更、どのツラして美和の処へ行くんだよ。みっともないだろ…』
と言いかけたところ、安田はムキになって吠えた
『こんな処にいるほうが、みっともないですよ!』
とにかく、一度でいいから現在の自分の関係者たちと会ってください。
ヤクザとか関係なく、俺が堅気社会で通用出来るような手配や協力はしてくれるブレーンがある。
新着冷静な安田にしては、珍しく熱弁して俺が美和の元へ帰ることや、再度起業するよう説得していた。
引き籠りのせいか、考えた方が消極的になるばかりである。
真紀子への借金だけ返済できれば、誰も知らないところで、独りで和花に過ごすことだけが、唯一の希望であった。
数カ月に一度なんとか“元”のように、恥ずかしくないような生活環境へ戻るよう根回ししてくれる安田に対し感謝しながらも、俺は何にも興味をもたない抜け殻のようであった。
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