第一章『【唯我独尊】と無謀の侍』
唯我独尊との出会い
学園【アーリデイズ】、その無数にある校舎の中の研究室の一つ。そこに三人の男女がいた。
「貴様ッ。我々を騙したのかッ!!」
パーテーションで研究スペースと区切られただけの応接スペースで声を荒げているのは禿頭の中年教師。
欠伸混じりにそれを眺めるのは官能的な美女。胸元の肌蹴たブラウスに白衣を羽織った彼女は、この研究室の室長である峰富士智子だ。
彼女はテーブル越しの正面に座る男をどうでもよさげに見、そうしてからあくびついでに腕を振る。
「騙してなんかないわよぉ。でぇ? 急に怒鳴り込んできて、これがどうしたのぉ」
「三十一名ッ。しかも八院の分家筋が三名だッ!! どうしてくれるッ!!」
「説明になってないわよぉ。もぅ、面倒ねぇ」
智子は渡された資料を読みかけ、面倒くさげに一瞥すると背後で欠伸をしていた青年に放り投げる。
「佐竹ぇ。―――読んで」
「えぇ、ジブンっすかぁ? 面倒だなぁ」
資料を渡され、本当にめんどくさそうに呟くのは佐竹と呼ばれた研究員。
「き、貴様らッ。峰富士ッ!! 元はといえば貴様が適当な情報を寄越すからだッ!! 何が、何がSランクだッ。戦闘記録で確認したぞッ!! あれのどこがSランクなのだッ!!」
「あー。はいはい。後で聞いてあげるから」
「えー、っとですねぇ」
智子の助手である佐竹友之。彼は栗色の髪をかきあげ、闇よりもなお深い漆黒の色をした目が資料を見ながらぶつぶつと呟く。
「あー、こりゃ酷いッスねぇ。三十一人かぁ。三十一脚には一人多いですよ。あはは」
おい、と中年の額に血管が浮く。佐竹が冗談っすよぉ、とおどけていい。先を続けた。
「えーと、まぁリーダーと副はどうでもいいとして。ああ、閃道と護道、天道が死んでるんスね。こりゃ大変だぁ」
「でぇ、死因はァ?」
「ああ、っと、あー、あー? ミキサージャブっすね。語感が懐かしいなぁ。けど、なんだっけ? ねぇ室長。ミキサージャブってなんでしたっけ?」
「ミキサージャブ? なんかどっかで聞いたことあるわねぇ」
揃って首を傾げる。佐竹は途中で考えるのをやめ、コーヒーでも飲みますかー? などといい始めているが。二人はこれでもそこそこ真面目に考えていた。ギリリ、と中年が歯軋りをする。
「……三年前、貴様が捕獲したミノタウロスの亜種だ。貴様が役に立つかもしれんなどと言うから学園側は封印措置を施し、迷宮の隠し部屋に配置しとったんだよ。―――貴様が、Sランクなどという妄言をッ」
ギリリ、と再び歯が軋るが智子は変わらず欠伸をし、佐竹は暢気にコーヒーに砂糖を入れている。
「で、何が問題なのよぉ。あれはもしかしたらギリギリでSSクラスにいくかもしれない生き物だったはずだけどぉ? アリアドネを大量に配置してた部屋を突破できる連中なら問題ないはずよぉ?」
「わからん。我々もそう思っていた……」
ふぅん、と佐竹が差し出したコーヒーを口に含む。
「甘ッ。ちょっとぉ佐竹ぇ。甘すぎるわよぉ」
「そぉっすかぁ?」
で、と佐竹が飲み干し。新たに入れたコーヒーを啜りながら智子は続けた。
「ま、言いたいことはわかったけど。アタシは知らないわよぉ。ま、どこかで変な武器を拾った、なんて可能性もあるかもしれないけどぉ」
冗談めかした智子の言葉に中年教師は嘲りの表情を浮かべて呟いた。
「それこそありえんよ。奴らには制限を施してる。自前の武具ならともかく、新たな武器を扱うなど、な。そういう思考は与えていない。奪ってもいる。我らの管理は完璧だ」
だが、と智子の艶面を睨み、続ける。
「誰かがその制限を解除する、ということもありえなくも無い。例えば、ただの亜種では面白くない、などと考えだ馬鹿がな」
「ああ、ありえなくも無いわねぇ。でも誰がやったのか、それとも誰かが与えたのか。アタシはぁ、無関係よぉ」
「わざとらしい。わざとらしいが証拠もない。どちらにせよ、貴様に聞きたいことはそれではないのだ。貴様が限りなく怪しいと思っていても、な」
ふふふ、とコーヒーを再びすする智子。
「佐竹ぇ。これちょっと苦いわぁ」
同盟暦二〇八八年九月三十日午後一時。学園アーリデイズの研究室のひとつ。峰富士研究室の前に浩一の姿があった。
「では、失礼する。あれに対しては主席パーティーを動かして対応するが。とりあえず俺や学園内での貴様の評価は悪くなったぞ。貴重なAランクが数名失われた。特に、天道まで、な」
「ふぅん。アンタの評価なんてどぉでもいいけどぉ。で、生き残りから話は聞けたのぉ?」
「いや。ショックからか何も話さんが。それでもブラックボックスと送った機械の戦闘記録が残ってるからな。わざわざ強引に話を聞く必要はあるまい?」
ぼそり、と中年に聞こえない声量で善人ねぇ、と智子が呟く。
「でぇ、主席パーティーって魔法系の戦霊院とリフィヌスのアレぇ?」
「ああ。他の二人も八院の分家だ。立派に勤めは果たせよう。記録では対象は近接戦闘系のモンスターみたいだったからな。遠距離から攻めれば損害を受けることなく潰せそうだ。さて、俺も忙しいんだ」
帰るぞ、と去ろうとする中年の耳にくすくすという嘲るような笑いが聞こえたが。いつものことだと男は取り合いもしなかった。そうしてひとつの滅亡が確定したところで智子がずっと立っていた浩一に振り向く。
「で、アンタはぁ。いつまでつっ立ってんのぉ?」
「いや、入り口前でハナシされてたら入れませんって」
そぉねぇ、と智子は浩一の腰にある新しい刀を見て首を傾げる。
「毒って、アンタの領分だっけぇ?」
「ドイルが貸してくれたモンです」
「ふぅん。あの頑固者がねぇ。ま、いいわ。さっさと中入ってデータとるわよぉー」
はいはい、と続く浩一を楽しげに眺めた智子は小さく「……さて、出会えるのかしらね」と呟いた。だが、それが誰かの耳に届くことは無い。
「ミノタウロスねぇ。何色だった?」
昨日の戦果を室長である峰富士智子に問われ、答えていたときだった。
「はぁ? 一般的な土色っていうんですか。茶色っぽい色でしたけど。はっ!!」
研究室の隅、強化ガラスで密閉された小部屋に上半身裸で身体中にコードを繋がれている浩一。コードの先には巨大な計器や小型の機械があった。
浩一はその中でマイクで指示された通りの動きをする。それはコンピューターに取り込まれ、そこからその動きによる影響が計算されていく。
「それハズレよ。黒いのがね、茶色より珍しくて強いのよ」
「はぁ、そうなんですか」
茶色の奴であんなに苦戦していたのに更に強いものと闘えるものか、と浩一は心中で思ったが口には出さない。ただ苦笑いして指示された通りに刀を振るう。
「そこ三十度内側にしてもう一度」
言われた通りに刀は振るわれる。流れるような舞踏は次々と続いていく。技術のみで闘い続けている浩一の腕ならば普段使っていない武器でも手足のように振るうことができる。もちろん、この程度ならその辺りの学生でもできることではあった。
「確か、三十六階辺りよねぇ。佐竹ぇ、さっきの資料に面白いこと書いてなかったぁ?」
「黒いミノタウロスって、あのミキサージャブのことっスか?」
「そぅよぉ。浩一なら上手いこと欺瞞に引っかからないで相対できるでしょう?」
「そうなんスか? あ、火神君。今の動きもう一度お願い」
刀の形をした計測器が次々と外界の情報を取り込んでいく。現在の近接武装は旧世界のように金属をただ加工したものではない。最先端の科学の塊なのだ。故に、振るわれる状況などを計算し、折れず曲がらず砕けない武装が製作される。この研究室では実戦での動きをモーションキャプチャーで取り込むことによって効率の良い武装を創ることを求められている。
「三十一人死亡っスからねぇ。火神君じゃ無理なんじゃないっスか? あ、三番の計測器に換えてもらえる」
「わかりました」
一度、呼吸を整え直し、指示された計測器に持ち替えた。浩一がここに来ているのはバイトだった。一日三時間300G、昼食付き。バイトとしては割安である。というより子供の駄賃程度のものだ。浩一も金より智子の持つ技術とコネを求めてここでバイトをしている。
浩一が持ち替えた計測器も刀の形をしていた。が、先程とは違いかなり重い。40Kgほどあったが浩一は何も言わずに指示通りに振るう。
「あ、ミキサージャブは先日の一件で賞金首確定してるっぽいですよ。うひゃぁ。すごいなぁ」
「ふぅーん。で、いくらなのぉ?」
計測する片手間だろうか。佐竹は手元の手帳を操作していた。浩一のと違いそこそこ新しいため手帳にペンの旧式ではない。佐竹の目の前には三次元で投影された映像が浮かび、それを佐竹は指で押して操作している。
「あー、高いですね。ランクは―――Sっスねぇ、賞金額は2000万。被害は、まぁモンスター相手っぽいですけど。30階から下に集中してますよ」
浩一は話には加わらず無言で刀を振るっている。それを見ながら智子は嗤った。
「ああ、やっぱり、その程度の小物か。なら浩一にはちょうどいいんじゃない?」
刀を振るいながら苦笑いする。有り得ないクラスの敵だ。先月まで18、9階をうろうろしていた人間に言うべき言葉じゃない。浩一は何も言わずに計測器を振るう。ここに来ているのは最新の動きを研究するためでもあるのだから。
「あはは。火神君じゃ瞬殺されますよ。ランクなんだっけ、火神君は?」
「B+です。知識補正、名誉補正なしの純粋な戦技ランクです」
ランクは学生や軍人、モンスターなどこの世界で生きる者たちの順位である。ナンバーズと呼ばれるⅠからⅩⅢまでのローマ数字を与えられたものを頂点として、SS、SからA+、A、A-と下がっていき、Eが最低のランクである。浩一のランクは本人の身体能力から見れば十分に高かったが、それでもミキサージャブを相手にできるものではない。
補正というのは学科試験などで良い成績をとった人間や何かの名誉職などに就いている人間に与えられるランクの補正だ。だから都市長や役員などの人間は、戦闘能力よりも遥かに高いランクが与えられることもある。
「浩一、二倍の速度で動いてちょうだい」
智子の指示で浩一は正確に剣速を速めた。前衛系のジョブに必須の気やオーラと呼ばれるものを計測していた機械が微量にだが、反応する。人間が無意識に纏っている、扱っているエネルギーとして今の時代でようやく正確に確認がなされたものがオーラだった。
「いつも不思議に思うんですけど。気とかオーラってのはなんなんスかね?」
佐竹に問われ智子はその頭を殴る。ぼこん、という音がした。
「いたいっスよぉ」
「阿呆ぅ、気ぃってのはぁ、細胞の中の魔力発生とは違う場所にきちんと発生を司る構造が組み込まれてることが確認されたものよぉ。魔力とは全く質の違う感情やら根性やらで増減する高ランク前衛系必須のエネルギィって奴。だからそういうこと言う前にちゃんと勉強なさいな」
「・・・・・・へーい」
呆れた顔で解説をする智子。涙目になりながらもぼけぇっと聞いている智之。浩一は二人を苦笑しながら見ていた。もちろん、自分には未だ気やオーラを技や技術へと昇華する技術はない。だけれど未完成だからこそ上がる余地はいくらでもある。それを確信しているからこその余裕だった。
峰富士智子の本来の研究。それが完成すれば己の内の奥、そこにあるもの影響を排除して、身体の改造が可能になる。それはまだまだ先の技術だが。だからこそ、今は自分ができることを死に物狂いで極めなければならない。
浩一の求めるものは未だ先の先にあるのだから。
「おぉぉいい!! 姉ちゃん、人にぶつかっておいてそりゃねぇだろう?」
喧騒とざわめき。静寂とは無縁のそれを更に吹き飛ばすように怒声が響く。
六十三番区の商店街。その中の一商店であるアクセサリーショップの入り口。そこでそれは起こっていた。四人の身体頑健そうな男達。それと相対する一人の修道女。
ざわめきが戻ってくる。喧騒が囁く。
「あちゃー、頭が悪いぞあの女の子」
「誰か特課呼んでこいよ」
止めに入ろうとするものはいない。
四人の男達は遠めにもAランクからA+ランクの学生が常用するような煌びやかかつ精緻な細工の為された半身鎧を着込んでいたし、何より、自身が目をつけられたら困る、というような空気が蔓延していたからだ。
「それ、とはどのようなことですの? その腐れた頭でわたくしにもわかるように、人の言葉でご説明願えますか?」
たまたま最初のやりとりを見ていたものは、店から出てきた少女にぶつかったのは男達だったことを知っている。ただ男達もその時は少女に向けて「悪い」と謝ろうとしていた。が、少女が謝ろうとした男達に与えた言葉が彼らの神経を逆撫でし、今のような事態に至ってしまっていた。
周囲の慣習は少女のことを運のない、というより空気を読んでいない間抜けを見るような目で見ている。
フードに隠れて素顔の見えない少女。その服装はあくまでも修道女の線を越えていない。身体の線を隠したローブ。口元とほんの少しの髪の毛を外気に晒しているフード。そして手に握る意匠のない杖。
明らかに豪奢かつ頑健な鎧を着ている男達とのランクの違い。傍目から見ればまるで獅子と兎の喧嘩だ。未だ観衆から抜け出せない周囲の者達は内心で、早く謝っちまえ、と少女に向けて叫ぶが、それが少女に届くことはなく、事態は更に進んでいってしまう。
「くっそ。なんだこの女。おいッ!! やっちまうぞ!!」
男たちもフードの隙間から覗く、蒼い、蒼穹のような髪を見ながら早く謝れ、と脅すような口調で急かす。普段から校舎の迷宮で戦い続けている男たちにとってはこんなもの茶番以外の何者でもないし、何より女一人に謝らせるだけに自身の力を使うことは彼らの矜持を損なうことでもある。だからこそ、手を出したくはなかった。
だが、彼らの傷つけられたプライドは暴言に対する謝罪をさせ、満足して去ることを要求している。
「どう、やっちまう、というのです? 徒党を組み、力ずくでわたくしをどうにかする心算でしたら、あなたたちは愚か極まりない無様な生き物という烙印を、未来永劫押されることになるでしょうが。重ねて聞きます。どう、やっちまう、というのですか? あなたたちが」
「―――……~~~ッ!!」
男達は無言だった。無言で少女を見ていた。フードに隠れ、口元しか見えない少女を見下ろしていた。
「おい。連れてくぞ。これ」
脅しを重ねていた一際豪奢な鎧を着込んだ男が少女を指差して背後の仲間達に声をかける。既に交渉をする必要はないと男の中で結論が出たのだ。だからか、背後の男達もこくり、と無機質な表情で頷いた。
観衆たちが小声で、早く治安維持呼んでこいッ、と叫ぶ。それに応えるかのように周囲の人々がPADを取り出し、連絡を入れていた。武装したAランクの男四人に勝てるのはSランクを超えた強者しかいない。そしてこの750万人を収容するシェルターですら、在籍するSランク越えは30名しかいない。そんな人間が都合よく通りかかるなど、ありえない。
周囲と男達を嘲笑うかのようにローブの口元が嘲笑するように弧を描いた。
バイトを終え、講義を聴き終わり。さて、今日の夕食は何にしよう、と浩一は気軽な気分で材料を買おうと六十三番区の商店街へと訪れていた。
夕食と二日後のダンジョン探索を並列処理しながらの帰り道。手元のPADには自室の冷蔵庫の中身や、ネットワークによって調べた近くの生鮮食品店の商品などが表示されている。
(あー、なに食おう。鳥、牛、ブタ。魚もいいかなぁ。照り焼き食いたい・・・・・・)
調理済みを買うか、調理前を買うか。どちらにしようかと悩みながらの歩行。冷蔵庫の中身を考え、調理の手間を考え、メインをブタの生姜焼きに決定したところで前方の異変に気づく。
(なんだぁ?)
長身を生かして背伸びをするだけで中の様子が見て取れる。なにやら静かな口調で罵詈を重ね、眼前の四人組を罵倒する修道女とそれを受けながらも威勢と威圧でなんとか謝らせようと怒鳴る男たちがいる。
見たところ、男達のランクはAランクだろうか。先日、購読している月刊学園都市に掲載されていた人物だったことを記憶の片隅に存在した画像で照合できた浩一は推測する。自身より数段強さの位階を駆け上がった男たちを見、浩一は思ったことを口にした。
「哀れ、だな」
浩一の呟きに周囲にいた何人かが振り返る。自分達と同じ野次馬だと思った彼らは浩一の呟きに内心で頷き、とうとう我慢ができなくなったのか、男達が実力を行使し始めようとしている光景を見。せめて少女に深い怪我を与えることがないようにと祈りかけ。
「あのAランク」
続いた予想外の言葉に振り向いた。
「な、なに言ってんだアンタ。馬鹿だろ。間抜けだろ。コラ!!」
「と、待て。待て待て。なんで俺? つか誰?」
浩一は困惑しながら自分に突っかかってくる少年を見返した。少年は女連れで装備から見るとCランク。男の傍らの少女も同様にCランク装備で、はらはらと心配そうに囲まれかけている少女を見ていた。少年は男たちに聞こえないように静かな声で浩一を睨みつける。
「あの子、よっくわかんないけどさ。あんなに強そうな連中に囲まれて。精一杯虚勢を張って、そんでそれが間違いだってことに気づいてないんだ。謝れば許してもらえたと思うのに。・・・…でも、きっと怯えてるんだよ。だから、助けてやりたいのに」
少女の手前の見栄か。それとも本心からか。とてつもなく善良かつ手前勝手な意見に浩一はぽかんと口を開けてしまう。
(ほぅ。そういう視点もあるわけか。・・・…じゃない。むしろお前は誰だ。説明しろそこから)
そして語るぐらいならさっさと動け。浩一は少年の視点を正してやるべきか迷いつつ、実力行使に出ようとしている男達を見た。この場の誰もが気づいていない事実がある。兎と獅子の喧嘩。それの正体を。
(いや、まぁ。俺もドイルの店を知らなきゃ気付かなかったから。わからないでもないが)
恐らく、この場の誰もが予想できない結末にこの喧騒は終結する。それがわかっているし。誰かが重い怪我を負うわけでもない、と浩一は看過しようとし。傍らの少年に推測の正体を教えてやろう、と口を開きかけ。それを見た。
(嗤って、る、だと?)
客観的に見れば集団で威圧されているとしか思えない少女。その隠れた顔から唯一見える口元。それが、嘲笑うかのように。侮蔑するかのように不吉に、邪悪に、歪んでいる。
「な、あ、おい。どうしてこんな騒ぎになってるんだ?」
「あ? し、知らねぇで言ってたのかよ!!」
少年に怒鳴られながらも浩一は少女を見る。冷静かつ、落ち着いた物腰。なるほど、流石だ、としか思えない。
加えて男達の妙な怒気と殺気。どちらが喧嘩を売っているのかは明らかなものだ。
「だから、最初、あの女の子が突き飛ばされて。それで、たぶんだけど。あいつらの雰囲気に怯えて、口にしたくないことを口にしちゃったんじゃないのか? だからあいつらも本気になって怒って。糞ッ、俺のランクがもっと上がってればッ!!」
今にも飛び出したいと思っているであろう少年は歯噛みしながら飛び出せないでいた。正義感からでは力の差を覆せないことを、学園都市に在籍するうちに知ってしまったのか。モンスターが相手ならばいくらでも奮える蛮勇が。人間相手では遠慮して出てこない。
しがらみ、か。後の始末、か。そのどちらかか。両方だろうか。
浩一は思案しながら、傍らの少女に背を撫でられ、悔しさと惨めさを心中に蓄えている少年を微笑ましい気分で見た。
既に真実を告げる気分ではない。恐らく、この後の喜劇を止めるために治安特課が来るだろうし。自身もあんな生き物と関わりたくはない、のだが。
(あー。あー。ちょっと待てよ。俺の心情。止めたい、と思ってるのか。アレを)
関わりたくない、と全身が訴えている。浩一の思考と肉体が諸手を上げて賛成している事項を、諦めや絶望と無縁の心根が、傍観しようとしている思考の頬を叩き、アンタ男でしょ。さっさとなんとかしてきなさい、と少女のような潔癖さと頑固さで浩一の身体を動かそうとしている?
(そうなのか? どうにも少し違う気もするが?)
起こってる争いに介入したがる心情に理由をつけたが違和感は残る。それでも思考に反して動き始める肉体。背後で驚きの声を上げる少年を無視し。浩一の身体は動き始めていた。
心情の決定に浩一は逆らえない。自身の性質を知っているからこそ内心、頭を抱えつつ、浩一は抵抗していなかった。
ただ考えた。どうするべきかを。どうすれば自身の被害を最小限にして、ことを丸く治められるか。それに少しの違和感を感じつつも、それが今のやるべきことなのだと。そう信じてみるが故に。
「あぁーーーーーー、黄金剣士連合さんっ、じゃないっすかぁ」
まるで演劇の端役のようにその場に駆け込んできた着流し姿の男を男たちは呆けッと眺めた。黒い着流し。腰の刀。そこそこな長身に、遠目にも鍛えられた肉体。
男の同学年の学生が見ればお前は誰だ、と突っ込みたくなるような棒読み台詞の下っ端っぽさを発揮しつつ、駆け込んできた男は場に乱入する。
男は少女を囲んでいた男達に、正面から立った。その二つの黒瞳には胡散臭すぎる、少年のようなきらきらとした感情が貼付されていた。
傍目から見る限りにはどうにも本気には見えない程度には本音が露呈している。演技にすらなっていない。
「どなたですか?」
「誰だぁ。てめぇは?」
一方、即座に元の空気を構築した少女と男達は無粋な闖入者に向けて殺気混じりの詰問を与える。が、男はまるで応えた様子もなく、棒読みでまるで演じるような下っ端っぷりを見せる。
「フ、ファンっすよ。ファン。この前の月刊学園都市見ましたよぉ。大活躍だったらしいじゃないっすか!! あははははは」
んん? と男達が顔を見合わせ、少女を見た。そうしてから、男を見定める。黒い着流し。腰の刀。そこそこな長身と、近場には戦闘用に鍛えられた肉体。
着流しは恐らく、特殊な縫製で有名な【和】製の、銘無しCクラス品。腰の刀はそこそこ有名な雲霞緑青。脚と手にブーツやグローブをしているが、それらはあくまで防具ですらない消耗品のひとつだろうか。
防具のランクが低すぎるため、ただの日用品と判断した男はとりあえず刀だけ見てランクを判断する。
(良くてS。悪くてBぐらいか?)
浩一の目的を察した男たちは顔を見合わせてくくく、と笑う。生意気な少女に現実を教えてやるつもりだったが代わりが来たのなら少女に用はない。
男たちは生贄を前にした悪魔のような気分で男に相対することにした。
向上心をもっているが故に彼ら、学園都市に在籍するS以上の学生を全て暗記している男達には、この着流しの男がSランクを超える戦闘力、だと仮の推測はしても、現実にはありえない、決して当たることのない推測だと理解できている。だから大体自分と同じかそれ以下の認識で男を甚振ろうと、とりあえず男の口車に乗ろうとした瞬間。
「で、そこの、間抜けで、阿呆で、身の程を知らないあなたはどこのどなたですの?」
空気の読めない奴が残っていた、と肩を落とした。
「もぉ帰っていいぞ。姉ちゃ「そぉっすよ。帰っていいっスよ。自分ッ!! 黄金騎士連合さんに用件がありますのでッ!!」・・・・・・ん」
男は言葉を遮られ、無駄に元気を振りまく男を鬱陶しそうに睨みつける。が、先程までの殺気はいつのまにか雲散霧消していた。とりあえずぶつける相手ができたのが理由のひとつだが。もうこの少女を相手にしなくても良い、という気分がそうさせていることに、無意識ながらも気付けていない。
「二度以上同じ質問をさせないで欲しいのですけれど?」
周囲の観衆ももう、帰ったほうがいいよ、という空気で眺めている。男達もさっさとどっか行ってくれよ、という視線で見ている。ただ、着流しの男だけがわざとらしく、額からだらだらと嘘くさい汗を流し、少女の質問にどう答えるべきか悩み、視線の圧力に屈したふりをしたのかぽつり、と言った。
「ドイル・ザ・スレッジハンマー・・・・・・」
―――――――――刹那。
観衆が、少女が、教師が、軍人が、女が、少年が、学生が、研究者が、男が、中年が。
刀に、剣に、斧に、大剣に、大鎌に、刃に、鉄槌に、魔杖に、槍に、弓に、銃に、双剣に、錫杖に、円盤に。
己が信頼する己の片腕に、全ての生徒が言いようのない感覚から、手をかけていた。
着流しの男の台詞が理由ではない。
ただ、全ての騒動の中心に、たった一人の少女に向けて、あらゆる人間の驚愕と恐怖に満ちた視線が向けられていた。
浩一は、自身が失言を発したことを一瞬で、理解した。
詰問された瞬間、這い寄ってきた重圧と恐怖に負けかけた。だからよく考えもせずに、適当な偽名を言おうとし、思いつかなかったために知り合いの名前で答えた。
少女の隠しているいくつかのうち、浩一がひとつだけ理解していること。その一点がためだけに、浩一が割り込もうと思ったことまで理解できるとは思えず、適当に迷惑がかかっても罪悪感の浮かばない男の名を出した、だけだったのだが。
腕が震えている。恐らく、さきほどの感覚はただの魔力の放射だったのだろう。少女がここで少しだけ本気の威嚇を放ったのか、それとも手っ取り早く自身の存在を露にしたかったのか。
「まさか、わたくしを知っていながらわたくしに声をかけようとする方がいらっしゃるとは思いませんでしたわ」
相も変わらずフードの下から声を出す少女に浩一は首をゆっくりと横に振る。この少女についての情報は、ない。浩一は自身よりランクの高い人間をいちいち調べない。調べないし、知ろうとしない。だから、首を振った。
きょとん、と少女が首を傾げ、揺らいだフードの隙間から奇妙な眼光の深い目が浩一を射抜く。
「では、どうしてその名前を?」
「俺の、名前がどうかし、た、か?」
あまりの無様さにとっさにパンッ!! と口を叩いていた。
(――――――ッッッ・・・!? 俺が、怯え、ッだと!!)
思わず出た言葉は震えていた。演技も忘れていた。だから、浩一は一瞬だけ目の前の相手を意識して忘却し、自身の精神に喝を入れる。
(落ち着け。この、失敗は認める。だから、怯えるな。展開しだいで、殺されるぞ)
比喩ではない。学生同士の諍いで死者が出ることは稀ではあるが、存在する。相手が浩一の予想通りの力を持つ相手であるならば、浩一など造作もなく殺されることは確実だ。また、相手にその意思がなくても、浩一の脆弱さからうっかり殺される可能性もあった。
だから、打倒するためではなく、殺されぬために肉体の震えを意識で統制する。侍という職種の学生ならば呼吸と同じように出来る行為。それを意識して発動する。
肉体と精神。浩一を支える両翼。それらが刹那のうちに【侍の心得】という、修練で肉体に刻みつけた精神操作法を発動。
恐れや恐怖から身体と心が開放され、掴んでいた刀の柄から指が外れる。そうして戦闘時と同じく心中に発生した異常なまでの死地への耐性。
改めて相対した危機は、ただの少女ではない。だが、その肉体はともかく、精神までは人間の域のはず。その確信を持って、浩一は慎重に打開策を模索し、相手を真っ直ぐに見つめた。
「あら、先ほどの行動から予測はできましたが。きちんとわたくしと相対する胆力はお持ちのようですわね」
そんな言葉と共に、混じっているのは浩一に対する少量の興味。そのせいかほんの少し、先程の威圧を烈風と証するならば、そよ風程度だけ威圧が減少する。
相も変わらず、耐性のない人間に極度の緊張を強いる空気の中。フードに隠れた口元が滑らかな音を発した。
「それで、先ほどのは貴方様の名前ではないのでしょう? あの、品性の欠片も存在しないような名前は、思考からなにから筋肉と鋼でできた武具屋のモノ。他者の名前を名乗る程度にわたくしを警戒しているのなら、さっさとわたくしに貴方様の名前をお教えくださいな」
「俺の名前、ね。だが、その前にあんたの名前を聞いていないな。いや、全く興味はないが、な」
すぅっ、と少女の雰囲気が鋭くなる。まるで刃のような気配が浩一の全身を包み込み、浩一の意識を屈服させようとする。
(さて。街中であるし、どうやら相手も短慮に実力行使はしないみたいだな。とりあえず、こっちは目的を果たしたが)
思考しながら、小さく呼吸法で精神を整える。少女は男たちから集中を外したし、これを機に誰を相手に喧嘩を売ったのか気づいた男たちが逃げてくれれば未だ違和感の残る目的は果たせる。そして、己は目の前の少女に無闇矢鱈と先程のように臆する必要はない。相手は浩一個人を見ている。単なる興味としての質問ではなく、浩一を見、名を問うのがその証拠だ。その上でなら、道化の振りをするのは逆効果。
無論、道化は相手が浩一を一背景として見ていた先ほどなら有効だった。しかし今は違う、個人として認識されてしまっている以上、道化の振りは侮辱として排除される可能性が高い。
そして、逆に今ならば浩一自身が自身を表に出して少女と相対することができること。それもまた、道化をやめたことで表れたひとつの事実。
震えぬ膝。道化は侍ではないし、侍もまた道化にはなり得ない。浩一がスキルを発揮するためには心得を発揮する気構えが必要だった。
だからこそ、道化の皮を捨てた浩一はここに立てている。無様に震えた己を思い、浩一は内心で嗤う。嗤いながら浩一は相手との会話でイニシアチブをとり、この場を有耶無耶にするか、更に時間を稼ぐかのどちらをも達成できるように会話を続けようと試みる。
「・・・・・・。女性に名を名乗らせるのはマナー違反ですわ」
「あいにく作法を知らなくてな」
数瞬、二人は互いを見つめあいながらお互いを嗤う。
片方は本来ならば楯突くこともできない相手へと言葉だけでも逆らっているという事実に。
片方は本来ならば楯突くこともさせない相手にイニシアチブを取られているという事実に。
お互いがお互いの腹を探り合う。相手の目的、相手の心情、相手の挙動、相手の感情。
この場では致死の刃は交わされず、凄絶な動作など必要とされない。にも関わらず、浩一にとってこの場の緊張感は、全力の肉体闘争と同程度の困難さを強要する。
故にか、当初は心情を思考で解釈した目的に従って動いていたはずの、浩一の中に、どうやってこの困難を乗り越えてやろうか、といった愉悦が浮かぶ。
(く、くはははは。言葉と言葉の争い。問答での致死を、世界で経験した者はそう多くはないだろうよ)
二人が視線を交わした。初対面、一切の交流がなかったはずの両者は、まるで長年連れ添った夫婦のように認識を交わしつつある。
少女の中では浩一から名前を聞き出すことを目的とした闘争へと。
浩一の中ではどうにかして少女が自身と背後の人間たちを有耶無耶にしてくれるかを。
(稼ぐべき時間は治安特課が来て場を収めるまでの間。この騒ぎで通報内容の変化は確実。んで、Sランク以上対応なら、4、5分といったところか?)
二人の視線が絡み合い、フード越しに少女が口を開こうとした瞬間。
「では、質問を変え「なんなんだ!! なんなんだぁ!! お前はッッ!!」・・・・・・」
両者の認識の中で、背景と化していた筈の人物が再起動を果たしていた。
黄金剣士連合のリーダーである男、背後にいる三人の男たち。合計四人のAランクの剣士たちは、己の得物、リッツヴァライ工房製Aランク黄金剣グライカリバーから手を離すことができない。修道服に身を包み、粗末なはずの杖を持った少女が故意に発散している威圧感のせいだ。
「お、おまえ、いや、あ、あなたは、だ、ダレなんだ、です、か・・・・・・」
男は全身から汗を流しながらたった一つ知るべきことを口にする。
相手の力量はわかっている。Aクラスでも中堅の自分達がこんな化け物に敵う道理はない。天地が逆転し、理も法則もなくなった世界でなら億が一、兆が一の確立でなら可能であるかもしれないが。そんな仮定に意味はない。
今ここで重要なのは、自分達が誰に喧嘩を売っているのかを知ること。
そうして後日、詫びを入れられる人物であるのかを知ることだ。後日があるなら、に限定されるが。
(だ、だ、だいじょ、大丈夫、だ。し、死ぬような、こ、ことは、な、ない、ここ、は、人、がい、いる、から)
男は震えながら自身を安心させるためだけの推察をする。思考が濁り、自身がさきほどまでにやっていたことは正確に思い出せるはずもなく。ただ無意味な思考を巡らせるしか、ない。
だが、と混乱しつつも一部で冷静だった思考が自身の考えを補足する。自分達が、そうだったが、低ランクを処罰する際に人目につくようなことをしない。きちんと人目につかない場所でやろうという意識がある。それは、高ランク者に絶対的な特権を与えることで学生の戦闘に対する意欲を上昇させるランク制度に、流石に殺人を許容するような特権までは与えられていないからだ。
だが、それも相手が事実上の貴種である四鳳八院と呼ばれる家名に連なる者であったならば別だ。生まれ持った特権と、培ってきた家名。その両方は時に暴力的なまでの差別を争ったものに与える。だからこそ、なんの後ろ盾もなく、正面から争うこともできない男たちは知らなければならなかったのだ。
「あなたたちは、本当に、わたくしの楽しみを奪うことが大好きなようですわね」
フードの下。隠れた顔が、疲れたような笑みを見せた。その視線が路上の片隅に一瞬、揺らぐ。が、そこまでだ。
「さぁ。お選びになってくださいな。・・・・・・酷く苦しむか。辛く苦しむかを」
スッ、と少女の杖が揺らされる。ゾクリ、とその仕草だけで数多の歴戦を経験した男達の背筋が震えた。
モンスターを殺害するために費やした半生が警告する。研鑽と努力と改造を続けた肉体が拒絶する。自分たちの目の前にいるものの不条理さを。自分達が何をしていたのかを。
そうだ、と。男は散り散りになった思考のまま考える。どうして気づかなかったのか。
目の前の少女は、最初から強者の態度をとっていた。一貫して、怯えていなかった。自分たちに貴種としての態度をとり続けていた。だから、執拗に読ませようとした空気を、読んでいなかったのは自分達のほうだ。
十のシェルターを持つこの学園都市すら五千人しかいないAランク。その上で、少女一人に対しての四人。あの男が現れたときは、Sランクとすら拮抗できると勘違いした認識が、正されていく。自分達は、前に立つことすら許されていない。
「しゃ、しゃざい、謝罪す、する。ゆ、ゆる、ゆる、ゆる、ゆるしッ」
黄金の鎧に包まれた体が萎縮し、少女に向けて膝をつき、謝罪を乞おうとした。が、身体が動かない。男達は愕然と自分の身体を見た。
「あ、あああああ、あああ、ああああ」
恐怖。その感情が身体を硬直させている。謝罪をしようとした体が、同時に黄金剣の柄から手を離していない。口からもれる言葉に真実が、伴わない。
「あ、あやまる。あやまるから、ゆ、ゆるし、許して、す、すまなかった。す、すまな、ち、ちが、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいッ!! ごめんなさいッッ!!」
自身よりも遥かに小柄な少女に男たちが膝をついて謝罪している。その光景を、誰もが笑って見れない。いや、緊張感から目を背けることすらできず、だけれど、瞳に哀れな者を見る感情を浮かばせ、ただ見ていた。
傍観者の利己主義。己が当事者でないから好きな目を向けられるそれが、男達に向けられる。
しかし、当事者たちはそんなもの。最初から気にもしていない。貴種なる少女はその傲慢から。男達は今を生きるため。
「あなたたちは、どうして謝ってるんですの? あなたの、その、生ゴミの詰まった空っぽとすら形容できない頭蓋は、わたくしになんのために、なにを謝罪するか。きちんと把握していますの?」
へ、と屈辱ではなく、恐怖のために瞳を潤ませていた男が少女を見上げた。フードの奥、深く、暗い蒼眼が男達を無感情に見つめ、男達は初めて相手が誰なのかに気づく。
蒼髪蒼眼の修道女。主君殺しの家系。二つ名よりも有名な通り名を持つ少女。
「あ、あんた。あ、あり、あり「お黙りなさい。わたくしとそこの殿方のやりとりを聞いていなかったのですか?」し、あ゛ぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛ッッッ!!!!!! う、ウデェ、おれ、おれの、うで、うでが、」
「あの方の前で、わたくしの名は、わたくしが、宣言します。それよりもようやく気づきましたわね。あなたたちが誰に、何を、どのような態度で、語っていたのかを」
濁、と男の腕から血が零れ落ちる。杖の先端から飛び出した刃が柄から手を離していなかった男の腕を鎧ごと切断したのだ。そうして男は気づく。強度的に強くないはずの隠し刃で、Aランクの耐久を誇る黄金鎧を腕ごと切断する杖。そんなものを持っている少女は、やっぱり、あの女だ。あの女に違いない、と。
(あ、あああああ、ああ、い、生き残れ、ない。こ、この、この、女からは、逃れ、逃れ、られない)
この、己のみを絶対とし、世界の理とする女からは。

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