トップタイトル<教科書が教えない歴史>

林博史氏は
教科書検定審議会の意見聴取の
対象人物として適格か


藤岡信勝(自由主義史観研究会代表・拓殖大学教授)

◆林博史氏による論点のすりかえ

林博史氏は、「自虐史観」を推進する研究者の代表的な人物である。集団自決問題ではあらゆるところに顔を出し、丁度「従軍慰安婦」問題の時の吉見義明中央大学教授と同じ位置にあるといえばわかりやすいであろう。  

カタログ雑誌『通販生活』の11月号は、集団自決についての文科省による記述の修正について、「修正肯定派」として私が、「修正否定派」として林氏が登場した。編集者がインタビューした内容をまとめた記事である。その中で、林氏は、教科書検定で「軍の関与を否定する根拠として私の本を唯一の具体例として挙げたそうです」と言い、「驚くとともに、恣意的に参考資料を使っていることに怒りを覚えました」と語っている。  

では林氏はどのような根拠で文科省による教科書の「修正」を否定するのか。林氏は次のように語る。  
〈確かに私の本には「赤松隊長から自決せよという形の自決命令は出されていないと考えられる」(同書161頁)というような一文はあります。しかし、これは「集団自決」当日に「自決せよ」という軍命令が出ていなかったとみられるということを書いただけで、軍による強制がなかったということではありません〉

だが、これはひどいすりかえである。従来集団自決に軍命令があったと教科書に書かれてきたのは、『鉄の暴風』とそれを引き写した多数の出版物が、梅澤・赤松両隊長の「命令」を記述してきたからだ。それが、林氏の研究でも隊長命令がなかったとすれば、従来の教科書記述が修正されなければならないのは当然なのだ。だから、要するに、林氏はこのあとは、「隊長命令説」を引っ込めて、いろいろな理屈をつけて、日本軍が集団自決を「強制」したと言いつくろうだけなのである。林氏の発言を拾ってみよう。  

〈当日の部隊長命令の有無は、実はそれほど大事な問題ではありません〉〈いざとなったら死ぬことを日本軍によって住民が強制・誘導されていたことが「集団自決」問題の本質なのです〉 〈本質的な問題は、軍命の有無ではなくて、軍による強制・誘導だったのです〉

いいわけのオン・パレードである。では、その「軍による強制・誘導」とは何か。林氏は、次の四つの内容を挙げている。  

(1)捕虜になるのは恥だから自決せよと教育されていた。
(2)米軍につかまれば、男は戦車で轢き殺され、女は辱めを受けたうえでひどい殺され方をすると、米軍に対する恐怖を日本軍が煽っていた。
(3)捕虜になるのは裏切り者で、殺されて当然だという考え方を植え付けられていた。
(4)軍が玉砕する時は住民も一緒に死ぬという「軍官民共生共死」の意識がたたき込まれていた。

だが、これらは沖縄に限ったことではない。戦争末期には、多かれ少なかれ日本中がこういう意識を共有していた。だから、米軍が侵攻してくるという、沖縄と同じ条件が現出すれば、似たようなことが本土でも起こった可能性がある。また、これらの意識を植え付けたのは、何も日本軍だけではなく、学校や社会全体がそういう意識の情勢にあずかっている。新聞ならば朝日新聞あたりが最も「誘導」の責任があるだろう。ようするに、当時の時代風潮を日本軍にだけ責任を帰していこうとするのが、林氏の「軍の強制・誘導」説であるが、これは成り立たない。  


◆論破された林博史氏の「新説」


林博史氏は、以上のべてきたように、一方で、「隊長命令」は問題ではない、軍による日常的な教育や誘導が事の本質である、と問題をすりかえながら、他方では、やはり「軍命令」はあったとも言う。どっちなのか、はっきりさせてほしい、と言いたくなるが、「軍命令」の方は、林氏の発掘した史料で裏付けられていることになっている。発掘史料に基づく「新説」というわけである。  

林氏は、アメリカの公文書館で、沖縄を占領した米軍の歩兵第77師団砲兵隊による「慶良間列島作戦報告」という史料を発見した。この報告書は、1945年4月3日付けで、米軍上陸一週間後の日付である。その中に慶留間(げるま)島の住民への尋問で「3月21日に、日本兵が慶留間の住民に対して山中に隠れ、米軍が上陸してきた時には自決せよと命じたと繰り返し語っている」と記述されているという。沖縄タイムスはこれを2006年10月3日付けの一面トップで「米公文書に『軍命』」という見出しを付けて大々的に報道した。  

しかし、右の沖縄タイムスの紙面に掲載されている英文を見ると、林氏の翻訳は不正確であり、意図的でもあることがわかる。関連する原文は次の通りである。

Civilians, when interrogated, repeated that Japanese soldiers, on 21 March, had told the civilian population of Geruma to hide in the hills and comiit suicide when the Americans landed.

ここで林氏が「命令する」と解釈した単語は tell であって、「order」、「command」、「direct」、「instruct」のいずれでもないことに注意しなければならない。大阪地裁で係争中の「沖縄集団自決冤罪訴訟」において、被告・大江健三郎側代理人が今年1月19日の法廷に沖縄タイムスの右の記事を持ち込んだのに対し、3月30日の第8回口頭弁論で原告梅澤・赤松側代理人は、次のように反論した。  

〈本件の英文は、軍人によるものであり、この用語の使い分けについても当然理解した上で「tell」を用いているものと考えられる。軍隊の文書というものは、その性質上極めて用語の使い分けには厳しいものだからである。軍人が、民間人にたいする「軍命令」(command)は存在しないことが前提で(民間人は、軍の部下ではない)、より弱い意味で多義的な「tell」を敢えて使用している〉〈即ち、敢えて「tell 人 to 〜」の用法を使用している原文は、軍による自決命令の存在を否定することを示すものというべきなのである〉

林氏は、むしろ「軍命令」でないことが明らかな単語が使われていることをわざと無視して、あたかも「軍命令」があったかのように翻訳してみせたのだ。まともな学者のやることではない。  


◆「軍命令」と「日本兵」の正体


この種の議論には、そもそも「軍命令」とは何かという根本問題についての錯誤がある。「軍命令」とは、「最高司令官が軍の部下に与えるもの」である。この命題には二つの内容が含まれている。  

一つは、最高司令官(例えば座間味島の第一挺進隊ならば梅沢裕隊長がそれにあたる)だけが「軍命令」を出す権限をもった主体であって、それ以外の下士官などが何かを言ったとしても、それは「軍命令」とは無関係だということである。右の米軍文書で、「自決せよ」と言ったことになっているのは日本兵であり、将校(officer)ですらない。しかも、「日本兵」と訳されている語が原文では「Japanese soldiers」と複数形であることにも注目しておく必要がある。

もう一つは、軍が民間人に「軍命令」を与えることはあり得ないし、またその権限もないということである。右の原告側代理人の文書は「民間人は、軍の部下ではない」と書いているが、まさにその通りである。いずれにしても、米軍文書に書かれていることは「軍命令」とは無関係な話なのだ。

米軍文書に書かれた複数形の「日本兵」が本当に日本軍の正規の兵士であるかどうかも、ははなはだ疑わしい。というのは、慶良間諸島には当時、陸軍海上挺身隊という正規の部隊が駐留していたほかに、防衛隊という名の、地元住民からなる義勇兵が存在したからだ。  

帝国在郷軍人会沖縄支部は市町村の集落単位で住民男性を集め中隊を編成した。法令的な根拠はなく、中国戦線などから帰還した戦場経験者がリーダーシップをとった。村長、助役などの村の顔役が隊長を兼ねて行政と一体化していた。しかし、陸軍の正規部隊の構成員ではないから軍服・武器は支給されず、日常生活は家族と起居をともにしていた。軍と協力し、軍を補助する仕事をしていた防衛隊員は、武器をほしがり、みずから戦闘集団たらんとした。彼らは古い軍服を着用したり国民服を着たりしていた。米軍が撮影した写真を見ると、米軍が捕虜にした防衛隊員の中には、どてら姿の中年男性も写っているが、それにも soldier というキャプションがついている。女・子供という意味での一般住民からみれば、彼ら防衛隊員も「兵隊さん」であり、そう呼んでいたから米軍もそう訳したのであろう。結局、米軍が来襲した時、慶良間諸島には次の三種類の人々がいたことになる。

@日本陸軍海上挺進隊
A防衛隊
B一般住民

このうちBに属する一般住民が最も頻繁に接触していたのは、当然ながら村の住民でもあるAの防衛隊の人々で、彼らのことも、多分敬意を込めて「兵隊さん」と呼んでいた。それが@の日本軍兵士と混同される原因をなしている。

こういう全体としての事情をマスコミはよく知りながら、確信犯的に証言者の錯覚・混乱を利用して、日本軍の兵士が手榴弾を女・子供に手渡していたかのような情報操作をしている。私がこの間取材を受けたNHKのディレクターも琉球朝日放送のディレクターも、文科省検定結果発表後特別新しい住民の証言など出ていないことをよく知っていた。テレビ番組は自らのイデオロギーのために嘘をついて視聴者をだましているのである。

慶留間島の場合も、英文を素直に読みなおせば、そのトーンは防衛隊員である「兵隊さんたち」が、住民を山に隠れるよう誘導し、いざという時には自決することを言い含めていた、という場面が髣髴とする。だから、例えば次のように訳すべきであろう。  

「尋問に答えて住民は、日本の兵隊さんたちが3月21日、慶留間島の一般住民に、山に隠れなさいよ、そしてアメリカ軍が上陸したら自決しなさいよと言ったと繰り返し語った」

もちろん、慶留間島の例に限っていえば、右のように解釈することが最も自然であり合理的でもあるというだけであって、今の段階でこの「日本の兵隊さんたち」が@の日本軍なのかAの防衛隊なのか確定する材料はない。しかし、どちらに解釈したとしても、これを日本軍が住民に集団自決を強制した「軍命令」に仕立てあげるのは不可能である。

要するに林博史氏は、日本軍を悪逆非道に描き出すという目的のために、様々な材料を漁って、いろいろな細工をしているのだが、こういう人物が「沖縄戦の専門家」と称して教科書検定に意見を言うことは、いわば刑事犯人に裁判官の役目をさせ、判決を書かせるようなものである。少なくとも、こうした一方の側の人物だけの意見を聴取して教科書検定審議会が教科書会社の訂正申請を認める口実にすることは絶対に許されない。秦郁彦、中村あきら、曾野綾子の諸氏のように、沖縄集団自決について実績をもった見識ある学者・研究者・作家の意見を聞くべきである。

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