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菅直人の「脱原発依存」会見と国民の危機感の希薄化
昨夕(7/13)、官邸で首相会見があり、菅直人の口から「原発に依存しない社会」の将来的方向性が発表された。社民党や共産党はこの声明を歓迎し、福島瑞穂などは「英断だ」と言って絶賛の態度を示している。しかし、小出裕章は、「パフォーマンスであり、期待できない」とコメントした。私の率直な感想は、菅直人の発言内容にも、またこれを歓迎している者たちにも、大きな違和感と抵抗感を覚えるものだ。なぜなら、今回の発言は脱原発ではなく、むしろ原発の維持を中長期的に保証しているように聞こえるからである。菅直人の発表も、それを歓迎する者たちも、次に来る地震と津波についての恐怖が何も頭の中にない。原発を単にエネルギー政策の範疇でのみ考えていて、国民生活の重大な脅威として認識できていない。原発事故について、福島の一回きりで終わったものだという前提と想定が無意識にある。そして、物理的に正視すれば、原発の再稼働を止めれば、来年4月の時点で全基停止となり、脱原発社会はゴールとなるのである。きわめて短期の課題であり目標なのだ。短期で到達できるものを、なぜ中長期の政策目標のように言わなくていけないのか。脱原発の意味が捻じ曲げられている不快感に憤らざるを得ない。それは、特に社民党や共産党に対してだ。今すぐ脱原発しなくてはならない理由は、事故から国民の生命と財産を守るためでである。危機感が薄れすぎているのではないか。


考えなければならない。1年前の今頃、広瀬隆は『原子炉時限爆弾』を書いていたのである。店頭に並んだのは8月26日。そのとき、誰が翌年3月の地震と事故を予想していただろう。しかし、広瀬隆らは顔面を蒼白にして惨事と破局を予言し、懸命に痛切に国民に警告を発していたのだ。原発を今すぐ止めろと。広瀬隆は「あとがき」でこう書いている。「本書を読まれた読者は、私が内心で原発震災を信じたくないと同じように、きっと、日本が破滅するという現実を、にわかには信じられないはずである。しかし、地震研究所員だった寺田寅彦が『天災は忘れた頃にやってくる』と言い残した警句の『忘れた頃』に、私たちはいるのだ。起こってしまってからでは、取り返しがつかない。私たちには、原発事故に関して、いかなる日々の生業の口実があっても、後悔があってはならない」(P.279)。われわれは、今、一人一人が1年前の広瀬隆にならなくてはいけないのではないか。原発をすぐに止めろと。全基即時停止せよと。1年前、こう主張することが、どれほど世間一般の常識において異端であり、極論であり、(寺島実郎や大宅映子や大越健介が言うように)「原理主義」の「感情論」であったことか。けれども、1年前に原発を止めていれば、福島で1-3号機が水素爆発することはなく、放射能の汚染も、周辺住民の避難も、食い止めることができた。

脱原発を10年後の未来の目標にして、その間に原発を稼働させれば、必ず10年の間にどこかに大きな地震が来る。東南海地震かもしれないし、日高沖地震かもしれない。日高沖地震の場合は、下北半島の東通が津波に襲われる。われわれは、次の地震と津波に対して、もっと恐怖しなくてはいけないのではないか。それが、自然に対して謙虚になるということではないのか。防災をしなくてはいけないのではないのか。エネルギー政策で原発を論じる前に、防災の論理で原発を考えるべきではないのか。今、事故から時間が経つほどに、原発事故の意義が矮小化されている感を否めない。広瀬隆や小出裕章は、この事故が起きるずっと前から、地震と津波による原発事故を予見し、その被害の甚大さと深刻さを訴え、反原発の市民運動を続けてきたのである。中傷と迫害を受けながら、不遇の身に甘んじて。彼らこそが主役になるべきで、彼らこそが国の原発政策を決定する前面に立つべきで、われわれは彼らの主張と方針に従うべきではないのか。漸次的な撤退などあり得ない。もし電力不足が生じるのなら、それは別の手段で解決策を講じるべきで、防災とは別次元の問題である。同じ土俵で論じられない。放射能汚染と電力不足とは天秤にかけられない問題で、命はエネルギーに代えられない。子どもを被曝から守るためには、石器時代に戻る選択でも厭えないはずだ。

責任をとれない者、責任をとらない者、責任をとる能力も意思もない者が、原発をすぐに止めることはできないと言い、稼働維持の正当性を言い、電力不足の神話を論っている。原発政策を推進し、原子力村と一体になって儲けてきた経団連と政治家が、脱原発にヒステリックな攻撃を仕掛けている。次に大事故が起きたとき、一体誰が責任をとるのか。私は不思議に思う。地球の裏側のドイツやイタリアで、福島の事故を目撃して恐怖におののき、原発の廃絶を決断したというのに、なぜ日本でこれほど議論に時間がかかるのか。残念なことに、原発維持派のプロパガンダは効を奏していて、「脱原発」を二つに割り、そのうちの大勢を漸次的撤退派にして、脱原発を10年後に延ばす結論を国民的合意のようにしてしまっている。全基即時停止派である広瀬隆や小出裕章を異端にする世論工作に成功している。今、政府(官僚)は原発を動かし続けるために、原発を国有化しようと策動をしている。その理由は、もし事故が起きたとき、民間企業の電力会社では賠償ができないからだと言う。そもそも、発想がおかしいのではないか。福島の次の事故が起きるという前提を、どうして原発政策において置くことができるのか。次の事故に対処するという考え方ができることが異常だ。二度目があるのか。二度目に賠償などできるのか。原発を即時停止することで、二度と惨禍が起きないようにするのが当然ではないか。

昨日(7/13)の菅直人の会見の中で、意味がある点があるとすれば、今夏のピーク時においても、冬においても、電力供給に不足の事態はないと言い、電力不足を理由にした年内の再稼働はない点を明確にしたことだ。無論、再稼働そのものがないと断言したわけではなく、1次評価(簡易テスト)で安全委が合格にすれば、4閣僚の合議で再稼働を認めると言っていて、再稼働阻止が決まったわけではないが、少なくとも、電力不足を煽り立てる経団連とマスコミ(日経・NHK)には打撃を与える会見となった。同時に、この会見は、全体として菅直人の支持率を押し上げる方向に作用するわけで、大越健介らのヒステリックな倒閣工作に釘を刺した政治の反撃と言える。原発に関しては、玄海の陣の後、大飯と泊の営業運転再開が次の焦点になり、先行きが不透明だが、官僚側の手口を見ると、中央で菅降ろしの包囲網を狭めつつ、北の方面を突破口に狙っている魂胆が窺える。村井嘉浩の女川、高橋はるみの泊、三村申吾の東通であり、寒冷地の冬の電力という口実である。菅直人が失脚した場合、北の電力会社が1次評価(簡易テスト)で「安全」を確認し、すぐに内閣と知事が許可を与え、北から順次再稼働というシナリオが見える。菅直人の方は、次は8/6に狙いを定め、ここでまた菅降ろしに反撃する一つの手を打つだろう。われわれができること、やらなければならないことは、再稼働を阻止する大規模なデモを打つことと、中央で脱原発の政治勢力を作る試みをすることである。

昨日(7/13)、2面を使った大型社説を掲げ、将来的な緩やかな脱原発を主張した朝日だが、今日の政界面の菅降ろしの記事を読むと、同じ新聞社の記者のものとは思えない。「辞任表明したまま政権にとどまり続ける首相の存在がかえって原発維持派を勢いづかせ、『脱原発』を妨げるという皮肉な構図だ」なとと書いている(2面)。前日の社説とは乖離した論調だ。この記事を書いた記者は、菅直人が辞めれば、「脱原発」の政策が前進すると言いたいのだろうか。記事は、まさに仙谷由人の胸中そのままの代弁で、菅直人を降ろしたい一心だけが伝わってくる。



by thessalonike5 | 2011-07-14 23:30 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(1)
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Commented at 2011-07-14 18:21 x
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