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「ハイッ!」の宮尾すすむさん死去…77歳 (2/2ページ)

2011.7.14 05:06
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「ハイッ!」の宮尾すすむさん死去…77歳

「ハイッ」のポーズを決める在りし日の宮尾すすむさん。一般人宅を訪ねる人気テレビ企画の先駆者として活躍した【フォト】

  • 息子の山口雅史が会見で、父譲りの「ハイッ!」を披露。もとは宮尾さんが生番組で残り時間が余った時、苦し紛れにしたギャグだという=東京・六本木(撮影・千村安雄)

 画面に登場する時、顔の前で両手を交差させた後、ギョロ目で「ハイッ!」。オールドファンには懐かしいギャグは、もう見られなくなってしまった。所属事務所社長でタレントの長男、山口雅史(35)が13日夜、都内で会見。「父からスパルタで教えてもらいました」と「ハイッ!」のポーズを披露し、継承する決意を見せた。

 雅史によると、宮尾さんは6月中旬に「食べ物がノドに詰まる」と訴え入院。精密検査で末期の食道がんが見つかり、余命3カ月と診断された。雅史がCS放送のプロレス番組で司会をしていた今月11日に宮尾さんは容体が急変。急いで駆けつけた雅史夫妻に看取られ、息を引き取った。

 「父には感謝の思いしかありません」と雅史。「実は『結婚したい女性がいる』と父に打ち明け婚姻届を出したのは、入院直前の5月なんです。父は『よかったね』と喜んでくれました。仕事では『ちゃんと準備して現場では楽しめ』とか、たくさん教わりました」と唇をかみしめた。

 宮尾さんは1960年代に鹿児島県から上京後、70年代にテレビ番組のリポーターに。一躍その名を高めたのは、テレビ朝日系「モーニングショー」で81年1月から始まった「ああ日本の社長」。全国の社長宅を訪れ、独特の腰の低さで成功談や苦労話を引き出した。一時中断も平成をまたいで16年間続き、テレビ番組が一般人宅を訪れる先駆けとなった。

 持論は「自分は本来、恥ずかしがり屋。でも、一生懸命やれば恥ずかしさは消える」−。カメラが回ると早口でまくしたてる話法で、高いテンションを保ち視聴者を引きつけた。「約600人の社長さんに会いました。成功する人は他人と同じことをやらない」としみじみ語ったこともある。

 その経験を元に講演でも活躍したが、94年に愛妻の明美さん(享年46)を脳出血で失ってからは病気がちに。ストレスと疲労から、明美さんの四十九日法要の日に腸捻転で手術をしたほか、2001年には前立腺肥大の手術を受けた。07年には急性硬膜下血腫も患った。

 最後の仕事は1、2年前、雅史と一緒に務めた鹿児島県人会の司会で、最近は重い腰痛もあり仕事からは遠ざかっていた。晩年、「自分の生きがいは女房だった」と話していた宮尾さん。今ごろは天国で愛妻の隣に、笑顔で寄り添っているに違いない。

(紙面から)



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