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菅直人首相がきのう記者会見し、「脱原発」をめざす方針を明確にした。「将来は原発がない社会を実現する」と初めて言い切った。国策として進めてきた原発を計画的、段階的になくし[記事全文]
福島県南相馬市の畜産農家が出荷した牛11頭の肉から、国の暫定基準を超える放射性セシウムが検出された。この農家は、福島第一原発事故後の4月上旬まで屋外にあった稲わらをえさとして与えており、福島[記事全文]
菅直人首相がきのう記者会見し、「脱原発」をめざす方針を明確にした。「将来は原発がない社会を実現する」と初めて言い切った。
国策として進めてきた原発を計画的、段階的になくしていくという政策の大転換である。
私たちは13日付の社説特集で、20〜30年後をめどに「原発ゼロ社会」をつくろうと呼びかけた。首相は目標年次こそ示さなかったが方向性は同じだ。首相の方針を歓迎し、支持する。
退陣を表明した首相が、国の根幹となり、社会のあり方を決めるエネルギー政策の今後を方向づけていいのかという意見はあろう。
確かに最終目標として原発全廃に踏み切れるのか、何年かけて実現するのかといった点は、そう簡単に国民的な合意は得られまい。
だが、自然エネルギーを飛躍的に普及させ、原発への依存を減らしていく方針への異論は少ないはずだ。誰が首相であっても進めなければならない、焦眉(しょうび)の政治課題なのだ。
ただ、首相の今回の方針も、例によって内閣や民主党内の論議を積み重ねたものではない。脱原発の具体策を示したわけでもない。そのぶん、発言の唐突さは否めない。
民主党はかつて原子力を「過渡的エネルギー」としていたが、政権をとった一昨年の衆院選で原子力利用に「着実に取り組む」と方針を転換している。菅首相も原発依存を高める計画を閣議決定し、原発の海外輸出を成長戦略に位置づけていた。
こうした経緯を総括し、まず民主党としての考え方を明確にしなければ、首相発言は絵空事になりかねない。
自民党は過去の原子力政策を検証する特命委員会を設けて議論を始めている。電力業界や経済産業省とともに経済性を重視し、安全性を犠牲にしてこなかったか。真摯(しんし)な反省が不可欠だ。それなくして、新しい政策は説得力を持たないだろう。
エネルギー政策の転換を探る超党派の議員による勉強会も発足した。脱原発への機運は確実に高まっている。
だからこそ首相が交代した後も、この流れが変わらぬような道筋をつけてほしい。
最悪の原発事故が現実のものとなった以上、もはやスローガンを唱えるだけでなく、脱原発への具体的な手法と政策を真剣に検討しなければならない。
いまこそ、与野党を問わず、政治全体として脱原発という大目標を共有して、具体化へ走り出そう。
福島県南相馬市の畜産農家が出荷した牛11頭の肉から、国の暫定基準を超える放射性セシウムが検出された。この農家は、福島第一原発事故後の4月上旬まで屋外にあった稲わらをえさとして与えており、福島県はわらを食べた牛が内部被曝(ひばく)したと特定した。
牛が飼育された農場は緊急時避難準備区域にある。県は同区域から出荷されるすべての牛で体表の放射線量を測ってきた。ただ、えさの管理などは農家からの聞き取り調査にとどまり、解体処理後の肉も抽出調査していただけだった。
県は、計画的避難区域と緊急時避難準備区域の牛について、県内で処理した肉はすべて調べる「全頭検査」に乗り出す。県内の施設だけでは追いつかない恐れがある。県外で処理される分も含めてしっかり検査する体制を整え、消費者の不安を取り除いていきたい。
この農家が先に出荷していた6頭は、少なくとも12都道府県に流通し、3割は消費されていた。一定量を食べても健康に影響はないとされるが、追跡調査を続け、結果を公表していくことが必要だろう。
残念なのは、この農家が県の指導などを通じて、屋外のわらをえさにしてはいけないと認識していたことだ。原発事故後の混乱でえさが足りなくなり、やむなく与えたようだが、生産者としての責任感を欠いたと言わざるをえない。
放射性物質に汚染された食べ物から消費者を守るには、出荷前に検査し、安全だと確認できたものだけを流通させることが基本だ。暫定基準を超えたら出荷を停止し、その後は検査で一定の条件を満たせば出荷を再開する仕組みが定着しつつある。
とはいえ、コメや野菜、果物、魚、肉などすべてを検査することは不可能だ。検査機器が足りないし、手間やコストを考えると現実的ではない。このため、検査の実績や消費者の摂取量が多いものを参考に、対象や検査の実施地域を見直すやり方をとっている。
この仕組みの前提は、生産者がルールを守ることだ。国や自治体、生産者団体からの指示に基づき、放射能汚染を防ぐ手だてを尽くす。出荷停止が指示されたらきちんと守り、東京電力に補償を求める。
生産者も原発事故の被害者だけに、無念さや怒りが募るだろう。ただ、ルールを踏み外して消費者の不安を高めることになっては、関連する業界全体が損失を被る。苦境は続くが、あえて一層の自覚を求めたい。