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[26454] 【チラシの裏から】PERSONA4 PORTABLE~If the world~ (もしも番長が女だったら?)
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/07/13 02:04
●前書き

この作品は、アトラス(現Index)から発売されているPERSONA4が、もしもPSP用のP4Pになったら?
という発想の元に書かれています。
番長の性別が女性になった事による差異を、楽しんでいただけたらと思います。





2011年06月26日 チラ裏より移動しました。
2011年07月13日 『ボイドクエスト』投稿



[26454] 【習作】PERSONA4 PORTABLE~If the world~
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/03/10 10:05
――――人は見たい現実だけを見て、それが真実だと思い込む。

          そうした方が生きていく上で楽だから……
 
        上辺だけの情報を鵜呑みにして、本質を知ろうともしない。

   そんな中、真実を知ろうとする者達もまた、確かに存在しているのだ……




 それは一本の電話から始まった。
 どこか閑散とした印象を与える室内に響く電話の呼び鈴。
 その音に気付いた小学生くらいの少女が、見ていたテレビから視線を外して立ち上がると、音の発生源である電話へと近づき受話器を取る。

「はい、堂島です……お父さん? ちょっと待って下さい」

「菜々子、俺にか?」

 少女の声から、自身への電話だと気付いたどこか疲れた雰囲気を纏った男性が少女へと声を掛ける。

「……うん。神楽って女の人から」

 男性に声を掛けられた少女、堂島菜々子( どうじま ななこ )が保留状態にした受話器を男性へと手渡す。

「はい、もしもし」

遼太郎( りょうたろう )? 久しぶり、突然ですまないね』

「……姉さん、突然どうしたんですか?」

 どうやら、電話の相手は男性の姉のようである。
 少女は父である遼太郎へと受話器を渡すと、テレビのリモコンを操作して邪魔にならないようにボリュームを下げる。

『実はアンタに折り入って頼みがあってね……』

「また、突拍子のない頼み事じゃ無いでしょうね?」

 昔から、姉の頼み事に苦労させられていた遼太郎は警戒心を込めて訊ねる。

『あぁ……突拍子もないと言えばそうかもね。ウチの鏡の事なんだけどさ』

「何か問題にでも巻き込まれたんですか?」

『あぁ、違う違う。アンタ、刑事だからってすぐにそっち方面に考える癖、直した方が良いよ?』

 遼太郎の言葉に、苦笑気味な声で女性が諭す。
 その言葉に、尊敬する先輩刑事からも同じ事を言われた事がある遼太郎は、苦い表情になる。

「それじゃ、どうしたんですか?」

『実は旦那と私、急に海外へ転勤になってね……1年ほどウチの鏡を預かって欲しいのよ』

「ッ!? 姉さん、それは流石に急すぎるでしょう」

『解ってるわよ。本当は鏡も連れて行きたかったんだけどね、場所が場所だけに、ね……』

「どこなんです?」

 女性が示した行き先を聞き、遼太郎の表情が曇る。
 その場所は、昨年末から諸外国との軋轢により緊張状態が続いており、また日本に対して良い感情を持っていない事でも有名な場所でもある。

「……確かに、そんな場所に連れて行くのは問題だが、姉さん達が出張る必要があるんですか?」

『それを刑事であるアンタが言う? 私達が問題解決に適任だと認められたから行くんだよ』

 遼太郎の言葉に女性が力強く答える。
 確かに、これまでも様々な問題を解決するために各地を忙しく飛び回っていたのを知っているが、今回は1年は掛かると予測しているのだ。
 心配をしない方がどうかしている。

『それに、千里の事でアンタ、菜々子ちゃんに寂しい思いをさせてないかい?』

 その言葉に遼太郎は言葉に詰まる。
 確かに刑事という職業柄、家を空けることが多く、まだ幼い一人娘である菜々子に寂しい思いをさせているのは事実だ。

『そりゃ、鏡は受験で、私達は仕事の都合で千里の葬式に出られなかったけどさ、食事とか弁当とかで済ませてないかい?』

 女性の指摘に遼太郎は反論が出来なくなる。
 確かにその指摘の通り、食べ物はインスタントや出来合いの弁当で済ませているため、偏った食生活を送っているのは事実だ。
 そんな遼太郎の考えを読んでいるかのように、女性が言葉巧みに遼太郎の逃げ道を塞いでいく。

「……解りました。それで、いつからこっちに来る事になるんです?」

『転入の手続きもあるから、4月の11日頃になると思う』

「約、一月後ですか……それまでに部屋の用意をしておけば良いんですね?」

『そうしてもらえると助かるよ。荷物もそれ程は無いから、宅配便で前もって届けさせるよ』

「解りました。それと姉さん、向こうじゃ何が起こるか解らないですから、くれくれも安全には気をつけてくださいよ?」

『解っているよ。それじゃすまないけど、よろしく頼むよ』

 そう言って電話を終えた遼太郎へと、菜々子が視線を向けている。

「……誰か来るの?」

「あぁ、来月に親戚の子を預かることになった。お父さんのお姉さんの子だ」

「どんな人?」

「そう言えば、赤ん坊の頃に会ったきりだな……」

 菜々子の質問に遼太郎は困った表情になる。

「知らないの?」

「あぁ、スマン。姉さんに写真でも送ってもらうか……これじゃ、迎えに行っても誰か解らないしな」

 突然の事だったので、遼太郎もその事をすっかり失念してしまっていたようだ。
 とはいえ、あの姉の事だから既に写真を郵送している可能性も否定できないのだが。
 この電話が切っ掛けで堂島家が賑やかになる事を、この時の遼太郎は思ってもいなかったのだ。




――あの電話から一ヶ月後

 菜々子はこの日が来るのを待ち侘びていた。
 あの後で届いた手紙に同封されていた写真に写っていた親戚の姿は、ちょっと恐い感じがしたが悪い人には見えなかった。
 会ったらどんな事を話そうか? 
 自分と仲良くしてくれるだろうか?
 そんな期待と不安に胸を膨らませ、菜々子はこの一ヶ月を過ごしてきた。

『演歌界の若きプリンセス“柊みすず”さん。その柊さんと昨年、入籍したばかりの稲羽市市議会議員秘書の“生天目太郎”氏に……』

 テレビのニュースを見ていた堂島親子は、そろそろ待ち合わせの時間が近付いてきたのに気が付く。

「……あっ、そろそろ出る?」

「あぁ、そうだな」

 菜々子の言葉に答える遼太郎はテレビのリモコンを操作してテレビの電源を切る。

「菜々子、ちゃんとシートベルトをしたか?」

「うん、大丈夫だよ」

 家の戸締まりを確認し車に乗り込むと、助手席に座る菜々子に確認を取る。
 菜々子からの返事聞いた遼太郎は車のエンジンを掛けると、ゆっくりと車を発車させる。
 稲羽市は田舎のために車道を走る車の数が少ないが、遼太郎は制限速度を守り八十稲羽駅へと向かう。
 遼太郎が駐車場へと車を止めるている間に、駅へと電車が到着したようだ。
 エンジンを切り、車から降りて菜々子を伴い遼太郎は駅の入り口へと向かう。

「おーい、こっちだ」

 丁度、駅から出てきた人物が待ち合わせの相手だろう。
 写真で見たとおりの容姿をしている。
 呼び声に気付いた人物は、遼太郎の姿を確認すると荷物を背負い直して近付いてくる。
 目の前に来た人物に遼太郎は手を差し伸べ、それに気付いた相手も手を差し出して握手を交わす。

「おう、写真より美人だな。ようこそ、稲羽市へ。お前を預かる事になっている、堂島遼太郎だ」

 手を離し、遼太郎が自己紹介をする。

「ええと、お前のお袋さんの、弟だ。一応、挨拶しておかなきゃな」

神楽鏡( かぐら あきら )です、初めまして」

「はは、オムツ替えた事もあるんだがな……っと、女の子の前で言う事じゃないか」

 自身の失言に気付いた遼太郎は鏡に詫びる。
 鏡は別に気にした風でなく、遼太郎の後ろに隠れるように立っている菜々子に気付くと、そちらへと視線を向ける。
 その視線に気付いた菜々子が、おずおずと遼太郎の後ろから出てくる。

「こっちは娘の菜々子だ。ほれ、挨拶しろ」

「……にちは」

 遼太郎に言われ、恥ずかしそうに菜々子が鏡に挨拶をする。

「よろしくね、菜々子ちゃん」

 鏡はしゃがんで菜々子に視線を合わせると、そう言って菜々子へと手を差し出す。
 菜々子は恥ずかしそうにするが、おずおずと手を差し出して鏡の手を握る。

(綺麗な人だなぁ……)

 切れ長の瞳は蒼く澄んでいて、腰まで伸ばした髪は一括りに結ばれている。
 何より目を引くのは、今まで見た事がないアッシュブロンドの綺麗な髪が、特に強く菜々子の印象に残った。
 菜々子のその視線に気付いた鏡は、自身の髪を指さして『気になる?』と、菜々子に優しく問い掛ける。

「えっ? ……えっと、その」

「私のお父さんは外国の人でね、この髪はお父さん譲り」

 鏡の質問に戸惑う菜々子に軟らかく微笑んでそう、自身の髪の色について説明する。

「ま、立ち話も何だしな。そろそろ行くか?」

 遼太郎の言葉に鏡は立ち上がると、菜々子へと手を差し伸べる。

「菜々子ちゃん、手を繋ごうか?」

「うん!」

 鏡の言葉に菜々子が嬉しそうに差し出された手を握る。
 その様子に遼太郎は表情を綻ばせると、先に車へと向かう。
 鏡の荷物をトランクへと入れると、鏡は後部座席へと乗り込む。
 普段なら、菜々子は助手席に乗るのだが鏡と一緒にいたいのか、菜々子も後部座席へと共に乗り込んだ。
 菜々子の機嫌が良いので遼太郎は特に何も言うことはせず、二人が乗り込んだのを確認してから自身も車に乗り込む。

「二人とも、シートベルトはつけたか?」

 遼太郎の確認に二人が返事を返すの待って、遼太郎は車のエンジンを掛ける。
 ゆっくりと走り出した車は、行きと同じく制限速度を守り走っていく。

「ん? そろそろガソリンを入れないと拙いか……すまん、ガソリンを入れにちょっと寄り道するぞ」

 そう断ってから、遼太郎は途中で車道変更してガソリンスタンドへと向かう。
 稲羽市にある唯一のガソリンスタンド"MOEL石油"
 遼太郎が敷地内に車を乗り入れ停車すると、店員と思わしき制服を着た女性が出迎える。

「いらっしゃーせー」

 遼太郎は後部座席へと視線を向けると菜々子に話しかける。

「トイレ、一人で行けるか?」

「うん」

 遼太郎の言葉に頷いた菜々子はシートベルトを外すと、車から降りる。

「奧を左だよ……左ってわかる? お箸持たない方ね」

「わかるってば……」

 どこかからかうような口調で菜々子に話しかける店員に、菜々子は僅かに気分を害して答えてからトイレへと向かう。

「どこか、お出かけで?」

 そう遼太郎へ質問する店員の視線は最後に車を降りた鏡へと向けられている。

「いや、こいつを迎えに来ただけだ。都会から、今日越してきてな」

「へえ、都会からですか……」

「ついでに、満タン頼む。あ、レギュラーでな」

「ハイ、ありがとうございまーす」

 一瞬、探るような視線を向けてきた店員だったが、遼太郎の言葉に表情を笑みへと変え、明るく返事を返す。

「一服してくるか……」

 そう呟いて遼太郎は喫煙所へと移動する。
 遼太郎が遠ざかるのを確認してから、店員は鏡へと近付いてきた。

「きみ、高校生? 都会から来ると、何もないのに驚いたでしょ?」

 にこやかに話しかけてきているのだが、どこか奇妙な違和感を覚える。

「実際、退屈するかもね。高校の頃だと、友達のとこに行くか、バイトくらいだしさ」

 訝しげな視線を向ける鏡を気にする事なく、店員は肩をすくめて戯けてみせる。

「でさ、ウチ今、バイト募集してるんだ。女の子でも大丈夫だから、是非考えといてよ」

 そう言って手を差し出す店員に釣られて、鏡も手の差し出し握手を交わす。

「……!?」

 握手を交わした瞬間、鏡の背筋をぞわりとした感触が走る。
 表情を変える鏡に気付かず、店員はそのまま仕事へと戻っていく。
 ほんの一瞬の事だったが、先ほどの悪寒にも似た感触に疑問を感じていた鏡を、トイレから戻ってきた菜々子が見つめていた。

「……だいじょうぶ? 車よい? ぐあい、わるいみたい」

「長旅で疲れたのかな? 少し目眩もするし……」

 菜々子の言葉に鏡は、自身でも感じていなかった疲れが出たのかと思う。

「わたし、あの人ヤダ……」

「そう? 悪い人には見えないけど」

 自身の手を握ってきてそう呟く菜々子に鏡は答える。

「……あの人、なんだかオバケみたい」

 繋がる手から伝わる菜々子の震えに、鏡が安心させるように優しく頭を撫でる。
 菜々子は一瞬、驚いた表情を見せるが、すぐに笑顔になり震えも収まったようだ。
 それに会わせて、先ほど感じた悪寒に似た感じも和らいだようで先ほどよりか楽になっていた。

「どうも、ありがとうございまーす」

 給油が終わり、店員に見送られて車はガソリンスタンドを後にする。
 移動途中に寄った惣菜屋で夕食を購入してそのまま堂島宅へ。

「遠慮せずに上がってくれ」

「お世話になります」

 玄関を開け、先に入った遼太郎が鏡へと振り返り声を掛ける。
 その言葉に鏡が答えて中にはいると、先に中へと入っていた菜々子が、裏庭で干してある洗濯物を取り込んでいる最中だった。

「先に荷物を置いてきたらいい、階段を上がってすぐ左手の部屋だ」

 遼太郎に促され、鏡は荷物を部屋へと運び込む。
 階段を上がり、言われた通りに左手の部屋への引き戸を開けると、先に送っていた見慣れた家具が目に入る。
 鏡は鞄を部屋に多くと、階段を下りて居間へと移動する。

「おう、晩飯にしよう。手、洗ってこい」

「洗面所、こっちだよ」

 遼太郎が下りてきた鏡に声を掛け、菜々子が鏡の手を引いて洗面所へと案内する。




「じゃ、歓迎の一杯といくか」

 そう言って、遼太郎が一緒に買ってきた缶ジュースを掲げる。
 鏡と菜々子もそれに合わせるように缶ジュースを掲げてから一口飲む。

「しっかし、兄さんも姉貴も相変わらず仕事一筋だな……海外勤めだったか?」

 缶ジュースをちゃぶ台に置いた遼太郎が鏡に話しかける。

「1年限りとは言え親に振り回されて、こんなとこ来ちまって……子供も大変だ」

「いつもの事ですし、流石に海外にまで着いていけませんから」

 遼太郎の言葉に、鏡は苦笑混じりに答える。

「ま、ウチは俺と菜々子の二人だし、お前みたいのが居てくれると、俺も助かる」

 含みのある遼太郎の言葉に鏡が違和感を覚え、ふと視線を菜々子へと向ける。
 菜々子は二人の会話を大人しく聞いているようだが、その表情に僅かな翳りが見える。

「これからしばらくは家族同士だ。自分んちと思って気楽にやってくれ。」

「よろしくお願いします」

 鏡の疑問に気付かず遼太郎が言葉を続け、鏡もその事には触れずに返事を返す。

「さて……じゃ、メシにするか」

 堅苦しいのはこれで終わりだと、遼太郎がそういって弁当に箸を付けようとした所で携帯電話の呼び鈴が鳴る。

「たく……誰だ、こんな時に」

 苦い表情を浮かべた遼太郎が携帯電話を取りだして通話状態にする。

「……堂島だ」

 電話に出た遼太郎は表情を変えると立ち上がり、二人から離れた場所で電話を続ける。
 何やら問題が起きたらしく、重苦しい雰囲気を纏っている。

「酒飲まなくてアタリかよ……」

 通話を終えた遼太郎がそう呟き、鏡達へと視線を向ける。

「仕事でちょっと出てくる。急で悪いが、飯は二人で食ってくれ」

 その言葉に立ち上がる菜々子へと遼太郎は視線を向ける。

「帰りは……ちょっと分からん。菜々子、後は頼むぞ」

「……うん」

 遼太郎の言葉に気落ちした様子で答える菜々子。
 事情が解らない鏡は、そんな二人を見比べる。
 
「菜々子、外、雨だ。洗濯物どうした!?」

「いれたー!」

「……そうか、じゃ、行ってくる」

 そんなやり取りの後、少しして遼太郎が運転する車が出ていく音がする。
 菜々子は座り直すとリモコンを操作してテレビの電源を入れる。 
 テレビは天気予報だったらしく、明日一日は雨らしい。

「……いただきまーす」

 テレビから視線を外した菜々子はそう言って箸を付ける。

「菜々子ちゃん、お父さんの仕事って?」

 寂しそうな菜々子の様子に、鏡は気になったことを聞いてみる。

「しごと……ジケンのソウサとか。お父さん、けいじだから」

 菜々子の答えに、鏡は僅かに驚いた表情を見せる。
 仕事が多忙な両親を持つ鏡自身も幼い頃に感じた思い。
 遼太郎と二人きりの菜々子は、鏡よりも寂しい思いをしているのだろう。
 鏡がそんな事を考えていると、テレビでは稲羽市議秘書の不倫問題が取り上げられている。

「……ニュースつまんないね」

 そう言って菜々子がチャンネルを変えると、大手チェーン店“ジュネス”のCMが流れていた。

「エヴリディ・ヤングライフ! ジュネス!」

 ジュネスのCMを見た途端、菜々子が楽しそうにサビの部分を物真似する。
 先ほどの様子が嘘かと思えるほど楽しそうだ。
 そんな事を考えていた鏡に、菜々子が不思議そうな視線を向ける。

「……たべないの?」

「食べるよ。菜々子ちゃん、ジュネスが好きなの?」

「うん! ジュネス、大好き!」

 鏡の質問に嬉しそうに答える菜々子は、先ほどとは打って変わってジュネスの楽しいことを鏡に話し始める。
 楽しそうに語る菜々子に鏡は時折、質問を混ぜたりして主に菜々子の話を聞く側に回っている。
 菜々子も普段、食卓で話すことが少ないのだろう。鏡に話すことが楽しくて仕方がない様子だ。

「ごちそうさまでした」

 食事を終え、遼太郎の分をラップにして冷蔵庫にしまった菜々子は、食べた後のゴミの片付けを始める。

「菜々子ちゃんは偉いね」

「えっ、どうして?」

 鏡の言葉にキョトンとした表情で菜々子が答える。
 その様子に微笑ましさを感じた鏡は、菜々子がそうやって片付けなどの家事を行っている事を褒める。
 普段、そう言った事を言われ慣れていないのか、菜々子は顔を赤くして照れている。
 そんな他愛ないやり取りをしつつ二人でテレビを見ていると、いつの間にか時計の針は21時に差し掛かっていた。

「あ、こんな時間。菜々子ちゃん、一緒にお風呂に入る?」

「……いいの?」

 鏡の言葉に、菜々子が戸惑った様子で答える。

「菜々子ちゃんが嫌じゃなかったらね」

「はいるっ!」

 菜々子は鏡に即答すると、嬉しそうに入浴の準備を始める。
 その様子に鏡は、菜々子が普段からコミュニケーションに餓えているのではないかと考える。
 自身も幼い頃は一人で居ることが多かったが、両親のどちらかが鏡に寂しい思いをさせないように配慮をしていた。
 刑事である遼太郎と二人だけの菜々子は、自身よりも寂しい思いをしているのだろう。
 どことなく遠慮がちな菜々子の態度に、鏡は胸を痛める。

「おふろ、準備が出来たよ」

 少しして、準備が出来た事を確認してきた菜々子が鏡に伝える。

「それじゃ、着替えを取ってくるから、菜々子ちゃんも着替えを用意してね」

「うんっ!」

 二人はそれぞれ着替えを取りに行く。
 鏡は着替えと歯磨き用具を荷物から取り出すと、階段を下りて浴室へと向かう。
 脱衣所には先に菜々子が来ていて、鏡が来るのを待っていたようだ。

「お待たせ」

「ううん。あ、これ、バスタオル」

 鏡に答えた菜々子が、鏡の分のバスタオルを手渡す。
 菜々子の気配りに鏡は「ありがとう」と答えてバスタオルを受け取る。
 着替えを棚に並べて置き、二人は衣類を脱ぐと、洗濯カゴへと脱いだ衣類を入れ浴室へと入る。
 菜々子は初め鏡に対して照れていたが、鏡が変わらない態度で接していたため、次第に硬さが取れていく。
 身体の芯まで温まった二人はお風呂から上がると、水分を補給して二人仲良く歯を磨く。

「菜々子ちゃん、今日は私と一緒に眠る?」

 就寝前になって、鏡は自室へと戻ろうとする菜々子へと声を掛ける。

「いいの?」

「出来れば菜々子ちゃんとまだ、お話がしたいからね」

「うんっ!」

 鏡からの申し出に、菜々子が嬉しそうに頷くと自室から枕を持ってくる。
 二人は鏡の自室へと移動すると、布団を敷き中へと入る。
 鏡は菜々子から学校での事、友達や先生達の事などを聞き、自身も菜々子にせがまれるまま自身の事を話していく。

「…………お母……さ、ん……」

 話疲れた菜々子はいつしか眠りに落ちていた。

(やっぱり、寂しい思いをしているんだろうな……)

 鏡に寄り添って寝間着を掴む菜々子の寝言に、菜々子の寂しさを思う。
 1年という限られた期間だが、鏡は菜々子と接する時間を多く持とうと決意する。
 長旅の疲れが出てきたのか、考え事をしている内に眠たくなってくる。
 鏡は、菜々子の暖かい体温を感じながら、そのまま睡魔に身を任せて眠りにつくのであった。




後書き
筆者が執筆している、別作品の続きを書いている最中に思いついて書きました。
P4がPSPに移植されたら、こんな風になるのかな?
といった思いつきでこの作品は出来ています。




[26454] 転校生
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/04/15 21:58
――――それぞれの思いをよそに、歯車は回り始める

          紡がれる糸はまだ形を見せず

         しかし、異変はひっそりと忍び寄ってくる

     望むと望まざるとに関わらず、周りを巻き込んで……




 時間は少し遡る。
 雨脚が強くなる中、遼太郎が運転する車が向かった先は地元でも有名な天城屋旅館( あまぎやりょかん )という老舗の温泉宿だ。
 駐車場に車を駐め、遼太郎は傘をさして天城屋旅館へと移動する。

「あ、堂島さん。お疲れ様です!」

 遼太郎に気付いた青年が声を掛けてくる。おそらく同僚の刑事なのだろう。
 しかし、寝癖の付いた髪に曲がったネクタイが彼を警察官らしく見せていない。
 どちらかというと、冴えないサラリーマンと言った風だ。

「遅くなった。足立( あだち )、状況はどうなっている?」

「それが、付近を隈無く捜査しているのですが、この雨で思ったほどの成果が出ていなくて……」

 遼太郎から足立と呼ばれた青年がそう答える。

「そうか。それで、最後に目撃した人物から話は聞いているのか?」

「いえ、それはまだ。と言うか、居なくなった山野真由美( やまの まゆみ )と揉めたらしく、今は寝込んでいるそうです」

 遼太郎の問い掛けに、気まずそうに足立が答える。
 何でも酷く罵倒された事が原因で倒れたらしく、今は話が聞ける状態では無いらしい。

「そうか……それじゃ、署に通報してきた人物は?」

「あ、はい。その人物でしたら、あちらに」

 そう言って、足立がラウンジの一角を指さすと、そこには緊張で固くなっている和服姿の女性が居た。
 遼太郎は足立を伴うと、女性の元へと移動する。

「稲羽警察署の堂島です。署へ通報したのはあなたで間違いありませんね?」

 遼太郎は警察手帳を取り出し、女性に身分を明かして質問する。

「あ、はい。仲居をしている葛西( かさい )です」

 葛西と名乗った女性は遼太郎へと説明を行う。
 倒れた女将に代わり、夕食の準備が出来た事を伝えに客室に向かったところ返事が無く、不審に思い確認したところ姿が消えていたそうだ。
 外出の連絡もなく、荷物もそのまま置かれた状態で従業員が旅館内を探してみても見つける事が出来ず、稲羽署に通報したとの事。

「倒れた女将と揉めてたそうですが、何か心当たりは?」

「……女将さんに落ち度は特になかったと思います。ただ、最近のニュースのせいか、ちょっとした事でも癇癪を起こしていたので……」

 葛西は良い辛そうに遼太郎に話す。

「山野さんの宿泊していた部屋を見せて貰っても良いですか?」

「こちらになります」

 遼太郎の言葉に、葛西が山野真由美の宿泊していた部屋へと遼太郎と足立を案内する。
 案内された部屋は一人で泊まるには広すぎる部屋で、荷物が荒らされた様子もなく手がかりらしいものは見あたらない。
 その事がかえって不自然さを際だたせている。

「足立、念のため稲羽から出る国道と駅の方にも人を回せ。万が一の可能性もあり得る」

「解りました!」

 遼太郎の指示に、足立が慌てて部屋を出て行く。
 改めて室内を見渡した遼太郎は僅かだが違和感を覚えていた。

(荷物の状況からして、本人が出て行ったとは考えにくい。誘拐にしても、こんな田舎町だと目立ってしまう……)

 引っかかりを感じるも、これ以上は何も手がかりが得られそうもない。
 遼太郎も雨の中、山野真由美の捜索に加わるが雨の中という事もあって捜索は進まない。
 夜も遅くなり、二次遭難の可能性も出たため、捜索は翌日へと持ち越される事となった……




 鏡は奇妙な夢を見ていた。
 辺り一面が霧で覆われ、伸ばした手の先がハッキリと見えない。
 足下は赤い煉瓦のような物で出来た道で、どこかへと続いているようだ。
 その場に居ても仕方がないので、鏡は足下に気をつけながら先へと進んでみる。

『真実が知りたいって……?』

 足場の悪い道を移動する中、どこからともなく声が聞こえる。
 声の主が気にはなるが、鏡はそのまま道を進み続ける。

『それなら……捕まえてごらんよ……』

 どうやら、道の先から声が聞こえてきているようだ。
 そのまま進み続けると、目の前に四角い扉らしき物が現れる。
 鏡がそれに触れようと手を伸ばすと、中央から捻れるように開いていき、先へと進めるようになる。

『追いかけてくるのか……君か……ふふふ……やってごらんよ……』

 濃い霧の向こうに誰かが居る。
 しかし、その姿は確認できず発する声も中性的で性別の判断が付かない。
 鏡の手にはいつの間にか、一降りの刀が握られている。
 違和感を覚えるも、鏡の身体は自然と刀を振りかぶり、目の前の人物へと斬りかかる。

『へぇ……この霧の中なのに、少しは見えるみたいだね……』

 聞こえる声に反応するのか、鏡の身体は鏡の意志とは関係なく攻撃を続けている。

『なるほど……確かに、面白い素養だ……』

 目の前から聞こえる声は、鏡の様子に興味を覚えたのか、感心した様子で話し続ける。

『でも、簡単には捕まえられないよ……求めているものが“真実”なら、尚更ね……』

 その言葉が聞こえた直後、更に霧は濃くなり視界が悪くなる。
 それでも鏡の身体は刀を振りかぶり、目の前の人物に斬りかかる。

『誰だって、見たいものだけど、見たいように見る……』

 先ほどまで当たっていた攻撃は当たることなく、剣線が空を斬る。
 すると、鏡は刀を左手に持つと、右手を天へと掲げて何かを掴み取り自身へと引き寄せる。

――天から降り注ぐ落雷

 目の前の人物には当たらなかったようだが、目の前の人物は感嘆の声を上げた。

『いつか、また会えるのかな……こことは別の場所で……フフ、楽しみにしてるよ……』

 その声を最後に霧は更に深まり、鏡の意識も遠くなっていく……

「……うん」

 目が覚めると、目の前に穏やかな寝顔で眠っている菜々子の姿があった。

(……夢? 奇妙な夢だったな)

「……ん」

 鏡が起きた事により、菜々子も目を覚ましたようだ。

「菜々子ちゃん、おはよう」

「う、ん……おはよう、お姉ちゃん」

 寝ぼけ眼で鏡に挨拶する菜々子は、嬉しそうな照れ笑いを浮かべている。

「そろそろ起きて、朝ご飯を作ろうか」

「うん、菜々子も着替えてくるね」

 鏡の言葉に、菜々子は布団から抜け出すと自室へと着替えに戻る。
 部屋から出て行く菜々子を見届けた鏡も、寝間着を脱いで制服へと着替える。
 転校初日から遅刻をする訳には行かないので、鏡は手早く着替えを済まし、布団をたたむ。
 癖の付きにくい髪質なので、軽くブラッシングをするだけで綺麗にまとまる。
 身支度を調えた鏡は鞄を持ち、部屋から出ると居間へと移動する。

「あ、お姉ちゃん。ちょっと待ってね、朝ご飯、今用意するから」

 居間へと降りてきた鏡に菜々子が話しかけてくる。
 鏡は鞄を置くと、菜々子を手伝うために台所へと向かう。
 菜々子は冷蔵庫から卵とバターを取り出している。

「菜々子ちゃん、チーズとかはあるかな?」

「うん、あるよ。食べる?」

「じゃ、それを使ってチーズオムレツを作ってあげるね」

「オムレツ、作れるの!?」

 鏡の言葉に菜々子が驚きながら訊ねてくる。

「凝ったのでは無いけれどね。菜々子ちゃんはパンを焼いてくれる? その間に作っちゃうから」

「うん!」

 菜々子は嬉しそうに返事をすると、トースター器にパンを入れてタイマーをセットする。
 その間に鏡は冷蔵庫からもう一つ卵を取り出し、ボウルに割り入れる。
 菜箸で卵を溶き、ほどよく混ざり合ったところでフライパンにバターを溶かし入れ、全体に馴染んだところで卵を入れる。

「わぁ……!」

 その様子を見ていた菜々子は感嘆の声を上げる。
 菜々子の見ている前で鏡は、半熟状態になった卵にチーズを入れてフライパンを返して卵でチーズをくるんでいく。
 綺麗にくるまったところでひっくり返し、両面を綺麗に焼き上げる。
 焼き上がったオムレツを皿へと移し、同じ手順でもう一つを焼き上げる。

「はい、出来上がり。チーズが溶けて熱いから、火傷には気をつけてね」

「お姉ちゃん、すごーい!」

 出来上がったチーズオムレツを前に、菜々子が嬉しそうにはしゃぐ。
 チーズオムレツが出来上がる頃にはトーストも焼けていて、二人はテーブルに座ると「いただきます」と言って朝食を摂る。

「チーズオムレツ、美味しいね!」

 バターとチーズの塩味が利いたオムレツは、そのまま何もかけずに食べても美味しいものだった。
 菜々子は火傷に気をつけながら、美味しそうにオムレツを食べている。
 そんな様子に鏡は微笑ましさを感じつつ、自身も朝食を摂る。
 朝食を摂り終え食器を流しに付けて、鏡と菜々子は学校へと出かけることにする。
 戸締まりを済まし、二人仲良く登校する。
 雨のため手を繋ぐことは出来ないが、それでもどことなく菜々子は楽しそうだ。

「あと、この道、まっすぐだから」

 鮫川河川敷沿いの道を指さして、菜々子が鏡に学校への道を示す。
 見ると、数人の通学生が歩いているのでついて行けば大丈夫だろう。

「菜々子ちゃん、ありがとう」

「わたし、こっち。じゃあね、お姉ちゃん」

「うん、菜々子ちゃんも気をつけてね」

 菜々子は鏡に軽く手を振って、元来た道の交差点まで戻る。
 それを見届けてから、鏡は八十神高校へと向かう。
 学校前交差点に差し掛かった所で、背後から金属の軋む音が近づいてくる。
 鏡が視線をそちらに向けると、片手で自転車を漕いで来る男子生徒がふらふらと蛇行しながら近寄ってくる。
 ぶつからないように鏡が半歩脇にそれ、自転車が通り過ぎるのを待つ。

「よっ……とっ……とっとぉ……」

 自転車漕いでいる男子生徒は、崩れそうになる体勢を整えようとハンドルに視線を向けている。
 前方をちゃんと見ていなかったのだろう、そのままふらふらと道をそれ、自転車は電柱へと激突する。

「う……おごごごごご……」

 男子生徒は股間を押さえて悶絶している。
 鏡は一瞬、声をかけようかとも思ったのだが、見知らぬ相手だし不憫に思えたので、そっとしておく事にした。

(ここが今日から通う八十神高校……)

 校門へと続く坂道を上り、鏡は今日から通う校舎を見上げる。
 道の両脇に植えられた桜の木は、満開に咲き乱れており雨の中でも色鮮やかさを誇っている。
 鏡は来客用の入り口へと向かうと、そこで靴を履き替え職員室へと向かった。




――2年2組・教室

「ついてねえよなぁ……このクラスって、担任、諸岡だろ?」

「モロキンな……1年間、えんっえん、あのくそ長い説教きかされんのかよ……」

「ところでさ、この組、都会から転校生来るって話だよね」

 二人の男子生徒の会話に、女生徒が割り込む。

「え、ほんと? 男子? 女子?」

 二人の男子生徒の内、席に着いている方の男子生徒が、その話題に反応を示す。

「都会から転校生……って、前の花村みたいじゃん? ……あれ? なに朝から死んでんの?」

 その話を聞いていた、緑色のジャージを着たショートカットの女生徒がそう呟き、机に突っ伏している男子生徒に話しかける。

「や、ちょっと……頼むから放っていたげて……」

 ショートカットの女生徒に話し掛けられた男子生徒は、鏡がみた自転車に乗っていた男子生徒だ。
 彼は先ほど電柱にぶつかった時の痛みが引いておらず、苦しそうに言葉を返す。

「花村のやつ、どしたの?」

 ショートカットの女生徒は不可解といった表情で、前の席に座っている赤いカーディガンを着た女生徒に話し掛ける。

「さあ……?」

 赤いカーディガンを着た女生徒は、小首をかしげてショートカットの女生徒に答える。
 二人がそんな会話を交わしていると、教室の扉が開く音が聞こえる。
 教室に入ってきたのはおかっぱ頭で前歯が大きい中年の教師だ。
 鏡はその教師の後について教室へと入る。

「静かにしろー!」

 教卓に着いた教師が騒がしいクラスの生徒達を一喝する。

「今日から貴様らの担任になる諸岡だ! いいか、春だからといって恋愛だ、異性交遊だと浮ついてんじゃないぞ」

 教室全体を見渡して、諸岡が言葉を続ける。

「ワシの目の黒いうちは、貴様らには特に清く正しい学生生活を送ってもらうからな!」

 諸岡の言葉に生徒達は辟易した表情となる。

「あー、それからね。不本意ながら転校生を紹介する」

 そういって、諸岡が鏡を一瞥する。

「ただれた都会から、へんぴな地方都市に飛ばされてきた哀れな奴だ。いわば落ち武者だ、分かるな?」

 諸岡の言葉の端々に鏡を見下す感情が伺える。

「男子は色目を使われても誘惑などされんように! では神楽鏡。簡単に自己紹介しなさい」

「自己紹介の前に……先生、今の発言は私に対する人権差別ですか?」

「なにぃ……!」

 流石に腹に据えかねた鏡は半眼になって諸岡へと抗議する。
 その鏡の態度に、クラス中が戦慄する。

「先生の担当は倫理とお聞きしましたが、率先して生徒を貶めるのが先生の倫理ですか?」

「き、貴様ぁ……」

「何でしたら、校長先生や教育委員会に直接抗議をしに行きますが?」

 鏡は一歩も引かず諸岡の目を見て抗議する。

「くっ! 分かった、ワシが言い過ぎた。済まなかったな」

 渋々といった感じで諸岡が折れる。
 今ここで鏡に対して処罰を与えようものなら、間違いなく差し違える覚悟で反撃してくるだろう。
 先ほどの発言を無かった事にしようにも、クラスの生徒全員が証人となるので不可能だ。
 見た目に反した気性の激しさに、内心舌打ちながらも鏡に謝罪する。

「ありがとうございます。私も少し言い過ぎて申し訳ありませんでした」

 諸岡の本音を見抜いているが、鏡は感情を悟らせずに自身にも非があったと謝罪する。

「これから1年間、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」

 謝罪をした後、鏡は綺麗な笑みを浮かべて諸岡へと深々とお辞儀をする。

「あー、オホン。それでは、自己紹介をするように」

 先ほどまでとは豹変したかのような鏡の態度に、諸岡も毒気が抜かれた表情をして取り繕う。
 どことなく照れているようでもあり、その光景を見ていた生徒達は呆気に取られた表情をしている。

「神楽鏡です。家庭の事情で1年間ではありますが、よろしくお願いいたします」

 そんなクラスメイト達に鏡は簡単に自己紹介を済ませる。

「神楽の席だが……」

「センセー。転校生の席、ここでいいですかー?」

 ショートカットの女生徒が手を挙げて、開いている隣の席を指さす。

「あ? そうか。よし、お前の席はあそこだ」

 指示された席へと鏡は移動する。
 席に着くと、先ほどのショートカットの女生徒が鏡に小声で話し掛けてくる。

「君、怖いもの知らずだよねー、ビックリしたよ。大変だと思うけど、1年間、頑張ろ」

 そういって笑いかけてくれる女生徒に鏡はお礼を述べる。
 気がつくと、教室のあちこちでひそひそと話し声が聞こえてくる。

「かっわいそ、転校生。来ていきなり“モロ組”か……」

「目ェつけられると、停学とかリアルに食らうもんねぇ……」

「ま、私ら同じクラスだから一緒なんだけどね……」

「でも、さっきのやりとり、格好良くね?」

……お姉さま

 一部、不穏な発言が聞こえた気がしたが、周りの声から担任の諸岡が生徒達からどのように見られているのかが理解できた。

「静かにしろ、貴様ら! 出席を取るから折り目正しく返事しろ!」

 ざわつくクラスに諸岡が一喝する。
 幸先がよい出だしとは行かなかったが、新しい高校生活が始まった。




 今日は半日授業のため、午前中で授業も終わり、先ほど諸岡が授業終了を告げる。
 生徒達がそれぞれの予定に合わせて行動しようとしたところで、校内放送が入った。

『先生方にお知らせします。只今より、緊急職員会議を行いますので、至急、職員室までお戻りください』

 急な校内放送に生徒達がざわめき立つ。

『また全校生徒は各自教室に戻り、指示があるまで下校しないでください』

「うーむむ、いいか? 指示があるまで教室をでるなよ」

 校内放送が終了したところで、諸岡がクラス全体にそう言い置き職員室へと戻る。

「あいつ……マジしんどい」

 鏡の近くで辟易した女生徒の声がした。
 クラスメイト達が先ほどの校内放送は何だったのかと、それぞれが話し合っていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
 窓の近くにいた数名の男子生徒が窓に駆け寄る。

「なんか事件? すっげ近くね、サイレン?」

「クッソ、なんも見えね。なんだよ、この霧」

「最近、雨降った後とか、やけに出るよな」

 男子生徒が言うとおり、窓の外は濃い霧で覆われていて視界が塞がれている。

「そういや聞いた? 例の女子アナ。なんかパパラッチとかもいるって」

「ああ、山野真由美だろ? 商店街で見たやついるらしいぜ。てか、俺聞いたんだけどさ……」

 外が見えないため、サイレンへの関心を失った男子生徒達は別の噂話を始めたようだ。
 その内、驚きの声を上げた男子生徒が一人、鏡の右斜め前に座っている、赤いカーディガンを着た女生徒の元へとやってきた。

「あ、あのさ、天城。ちょっと訊きたい事あるんだけど……」

 話し掛ける男子生徒の表情は何かを期待しているようだ。

「天城んちの旅館にさ、山野アナが泊まってるって、マジ?」

「そういうの、答えられない」

 天城と呼ばれた女生徒は、男子生徒の方を見ようとはせずそう答える。

「あ、ああ、そりゃそっか」

 にべもなく断られた男子生徒は、気まずそうな表情で帰って行った。

「はーもう何コレ。いつまでかかんのかな」

 男子生徒が居なくなったかわりに、ショートカットの女生徒がやってきて呆れたように話し掛ける。

「さあね」

 先ほどとは打って変わって、和らいだ表情で天城が答える。

「放送鳴る前にソッコー帰ればよかった……」

 ショートカットの女生徒は心底悔しそうに話す。
 感情が顔に出やすいのか、表情がよく変わる。

「ね……そう言えばさ、前に話したやつ、やってみた?」

 その言葉に天城が小首をかしげて不可解そうな表情を見せる。

「ほら、雨の夜中に……ってやつ」

「あ、ごめん、やってない」

 言われた内容に合点がいったのか、天城はショートカットの女生徒に謝る。

「ハハ、いいって、当然だし」

 天城の謝罪に気にした風でなくショートカットの女生徒が答える。

「けど、隣の組の男子、“俺の運命の相手は山野アナだー!” とか叫んでたって」

 ショートカットの女生徒は、天城におかしそうに言葉を続ける。

『全校生徒にお知らせします。学区内で、事件が発生しました。通学路に警察官が動員されています』

 再び校内放送が入る。

『出来るだけ保護者の方と連絡を取り、落ち着いて、速やかに下校してください』

 その内容は突拍子もなく、現実味が薄い。

「事件!?」

 校内放送が終了すると、一人の男子生徒が興奮した様子で叫ぶ。
 にわかに騒がしくなる教室。
 見物しに行こうとする者、事件の内容を推理しだす者。
 反応は様々だが、共通していることは他人事で、イベントか何かだと思っていることか。

(菜々子ちゃん、大丈夫かな)

 菜々子への連絡手段が無い鏡は、菜々子の事が気になっていた。
 小学校だと、集団下校という形で他の保護者が守ってくれているとは思うのだが……

「あれ、帰り一人? よかったら、一緒に帰んない?」

 考え事をしている鏡に、ショートカットの女生徒が話し掛けてくる。

「そう言えば、自己紹介してなかったね。あたし、里中千枝ね。で、こっちは天城雪子ね」

 そう言って、千枝は赤いカーディガンを着た女生徒、天城雪子を紹介する。

「あ、初めまして……なんか、急でごめんね」

「のぁ、謝んないでよ。あたし失礼な人みたいじゃん。ちょっと話を聞きたいなーって、それだけだってば」

 二人は仲が良いのだろう。
 やりとりの中に、気さくな様子が伺える。

「HRで挨拶したけれど、改めて。神楽鏡です」

 互いに自己紹介を済ませ下校しようとしたところで、一人の男子生徒が近づいてくる。

「あ、えーと、里中……さん」

 そう話し掛けてくる男子生徒は、どことなく落ち着きが無い様子だ。

「これ、スゲー、面白かったです。技の繰り出しが流石の本場つーか……申し訳ない! 事故なんだ! バイト代入るまで待って!」

 そう言って、DVDのケースを突きつけるように千枝に渡した男子生徒は一目散に逃げ出すように去っていく。

「待てコラ! 貸したDVDに何した!」

 ドスの利いた声を上げ、男子生徒に追いついた千枝は容赦なく男子生徒を蹴り飛ばす。

「どわっ!」

 千枝に蹴り飛ばされた男子生徒は机にぶつかったのか、股間を押さえて悶絶している。

「なんで!? 信じられない! ヒビ入ってんじゃん……あたしの“成龍伝説”がぁぁぁ……」

 ケースの中身を確認した千枝は愕然とした表情になる。

「俺のも割れそう……つ、机のカドが、直に……」

「だ、大丈夫?」

 悶絶する男子生徒に気付いた雪子が声をかける。

「ああ、天城……心配してくれてんのか……」

 痛みを堪えながら男子生徒が弱々しく雪子に話し掛ける。

「いいよ、雪子。花村なんか、放っといて帰ろ」

 にべもなく千枝は雪子にそう言って、教室を出て行く。
 鏡はその光景に見覚えがあるなと思ったのだが、朝の人物と同一人物だとは気付かずそっとして千枝達の後について行った。

「キミさ、雪子だよね。こ、これからどっか、遊びに行かない?」

 千枝達と話しながら校門を出ようとしたところで、見知らぬ男子が近づいてきて雪子に声をかけてきた。
 着ている制服からすると、他校の生徒のようだ。
 
「え……だ、誰?」

 知らない人物らしく、雪子は突然声をかけられて戸惑っている。
 その様子に気付いた他の生徒達が集まり始め、人垣が出来つつあった。

「なにアイツ。どこのガッコ?」

「よりによって、天城狙いかよ。てか、普通は一人ん時に誘うだろ……」

 野次馬の中からそんな話し声が聞こえてくる。

「張り倒されるにオレ、リボンシトロン1本な」

「賭にならないって。“天城越え”の難易度、知らねえのか?」

 当人達をよそに、無責任な会話が飛び交う。
 周りの会話に堪えきれなくなったのか、声をかけてきた男子生徒が苛立たしげに雪子に詰め寄る。

「あ、あのさ、行くの? 行かないの? どっち?」

「い、行かない……」

「……ならいい!」

 薄気味悪げに答える雪子に男子生徒はそう答えると、走って去っていった。

「あ、あの人……何のようだったんだろ……」

「何の用って……デートのお誘いでしょ、どう見たって」

「え、そうなの……?」

 状況が飲み込めていなかったらしい雪子が千枝に訊ねると、呆れるように千枝が説明する。
 確かに状況だけ見ればそうなのだが、脈絡がなかったせいか雪子には“デートの誘い”という認識が無かったようだ。

「そうなのって……あーあ……」

 普段からそうなのだろう。千枝は『またか』といった様子で溜息をつく。

「まぁけど、あれは無いよねー。いきなり“雪子”って、怖すぎ」

 鏡も千枝の言葉に同意見だった。少なくともお互いに知り合いという様子ではなかった。
 おそらくは、相手の方が一方的に雪子の事を知っていたのだろう。

「よう天城、また悩める男子をフッたのか? まったく罪作りだな……俺も去年、バッサリ斬られたもんなあ」

 背後から軋んだ音を立てる自転車を押してきた、千枝から花村と呼ばれた男子生徒が声をかけてくる。

「別に、そんな事してないよ?」

 身に覚えのない雪子が花村にそう答える。

「え、マジで? じゃあ今度、一緒にどっか出かける?」

「……それは嫌だけど」

 その言葉に気をよくした花村が遊びに誘うが、困ったように雪子が断る。 

「僅かでも期待したオレがバカだったよ……つーか、お前ら、あんま転校生イジメんなよー」

 気落ちした花村が千枝達にそう言って自転車に乗って去っていく。
 その姿を見て、鏡は今朝見た人物と花村が同一人物だったと気付いた。
 どうやら、千枝のDVDが壊れたのは朝の事故が原因のようだ。

「話聞くだけだってば!」

「あ、あの、ごめんね。いきなり……」

 去っていく花村に千枝が怒鳴り返し、その様子に雪子が鏡に謝罪してくる。

「天城さんが悪い訳じゃないでしょ?」

「うん……ありがとう」

 鏡の言葉に雪子が微笑んでお礼を言う。

「ほら、もう行こ。なんか注目されてるし」

 さっきよりも集まってきた野次馬に気付いた千枝が二人に声をかけてくる。

「行こうか」

「そうだね」

 そう言って、二人は先に行く千枝を追いかける。




――帰り道。

 鏡は千枝に訊かれるままに、自身が稲羽に来た理由を簡単に説明する。

「そっか、親の仕事の都合なんだ。もっとシンドい理由かと思っちゃった。はは」

「そんなドラマみたいな展開、そうそう無いよ」

 千枝の言葉に鏡がそう答える。
 鏡の言葉に苦笑を浮かべた千枝は足を止め、周りを見渡す。

「ここ、ほんっと、なーんも無いでしょ? そこがいいトコでもあるんだけど、余所のヒトに言えるようなモンは全然……」

 自嘲気味に鏡に説明する千枝はそこまで言って、何かを思い出したのか言葉が一瞬とまる。

「あ、八十神山から採れる……何だっけ、染め物とか焼き物とか、ちょっと有名かな」

 そこまで話して、千枝は雪子の方へと振り返る。

「ああ、あと、雪子んちの“天城屋旅館”は普通に自慢の名所!」

「え、別に……ただ古いだけだよ」

 嬉しそうに語る千枝とは反対に、雪子はあまり嬉しそうではない。
 千枝の説明によると、雪子の実家は老舗の温泉旅館で“隠れ家温泉”として雑誌に紹介されているらしい。
 稲羽市の財政は天城屋旅館で保っているようで、雪子はその天城屋旅館の次期女将だとか。
 自慢げに説明する千枝とは裏腹に、雪子は自身の事をそう話されるのは良く思ってないようだ。

「ね、ところでさ。雪子って美人だと思わない? 神楽さんもだけど」

「そうだね。天城さんの綺麗な黒髪とか素敵だと思うよ」

 唐突にそんな事を訊ねてくる千枝に、鏡は思ったことを正直に話す。

「でしょ!」

「ちょっと、千枝。またそういう事……それを言うなら、神楽さんの髪だって」

 鏡の評価に我が事のように喜ぶ千枝に雪子が反論する。

「だよねぇ……染めているんじゃ無いよね? だったらモロキンが黙っていないし」

「私はハーフだからね、この髪は生まれつき。父が北欧系だから」

「確かに、腰の位置とか高いよね……」

 雪子の指摘に千枝が鏡に確認を取り、その説明に千枝がしげしげと鏡を見つめる。

「なんで私の周りは美人ばっかり何だろう……」

「里中さんだって、可愛らしいと思うけど?」

「えっ!? 私が可愛い!? いや、そんなこと全っ然、無いから!」

 呟く千枝に鏡が可愛いと褒めると、顔を真っ赤にして慌てて否定する。

「そうだね。千枝は可愛いよ」

 慌てた様子の千枝に、雪子が普段の仕返しとばかりに鏡と一緒になって褒める。

「二人とも、その辺で勘弁して……あたし、恥ずかし過ぎて死んじゃいそう……」

 普段聞くことの無かった褒め言葉に千枝が二人に降参する。

「あれ、何だろ」

 そんな他愛ないやりとりをしつつ歩いていると、千枝が前方に人集りを見つける。
 進行方向なのでそのまま近づいてみると、人集りの向こうに数台のパトカーが停まっており、警察官が道を封鎖していた。
 手前にいる主婦達の話では、その道の先で死体が発見されたらしく、その状況が異様だった事。
 第一発見者はたまたま早退した高校生で発見した死体はアンテナに引っ掛かっていたそうだ。

「さっきの校内放送ってこれの事……?」

「アンテナに引っ掛かってたって……どういう事なんだろう……」

「おい、ここで何してる」

 主婦達の話に驚く千枝達に声がかけられる。その声の主は遼太郎だった。

「たまたま通りすがっただけです」

「ああ……まあ、そうだろうな。ったく、あの校長……ここは通すなって言ったろうが……」

 鏡の答えに遼太郎は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

「……知り合い?」

「コイツの保護者の堂島だ。あー……まあその、仲良くしてやってくれ」

 鏡に訊ねる千枝に遼太郎が自己紹介をする。

「とにかく三人とも、ウロウロしてないでさっさと帰れ」

「叔父さん、菜々子ちゃんは?」

「ああ、小学校の方で集団下校して今は家にいる。すまないが、戻ったら菜々子の事を頼む」

 遼太郎の忠告に鏡は気になった事を訊ね、遼太郎がそう答える。
 その遼太郎の背後から、頼りなさそうな若い刑事が脇を走り抜け、田んぼの方へと向かい蹲って嘔吐する。

「足立! おめえはいつまで新米気分だ! 今すぐ本庁帰るか? あぁ!?」

「す……すいませ……うっぷ」

 遼太郎の叱責に、足立と呼ばれた若い刑事は返事を返そうとするが、顔色が悪く上手く返事が返せないようだ。

「たぁく……顔洗ってこい。すぐ地取り出るぞ!」

 そう言って仕事に戻る遼太郎の後を足立が追いかける。

「ねえ、雪子さ、ジュネスに寄って帰んの、またにしよっか……」

「うん……」

 事件に不安になった千枝が雪子にそう話し掛け、雪子もそれに同意する。

「じゃ、私達ここでね。明日から頑張ろ、神楽さん!」

「鏡」

「え?」

「私の事は名前の方で呼んで。そっちの方が慣れているから」

「うん、それじゃ、あたしの事も千枝って呼んで。雪子も名前で良いよね?」

「改めてよろしくね、鏡」

 鏡に別れを告げて帰ろうとする千枝に、鏡は名前で呼ぶように二人に頼む。
 二人も互いに名前で呼ぶことで合意して、千枝と雪子は帰って行った。
 帰って行く二人を見送った鏡は、先に帰っている菜々子の事が心配になり少し急いで帰宅する。

 転校初日に起こった奇怪な事件。

 この事件に深く関わる事になるとは、この時の鏡には想像もつかぬ事であった……



2011年03月14日 初投稿
2011年04月15日 誤字修正



[26454] マヨナカテレビ
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/04/15 21:59
――――その噂は、誰が言い始めたのかは解らない

         だけど、ほんの気まぐれで試した噂は本当で

       電源の入っていないテレビの中に人影を見た

   コレが夢でない事に気付いたのは、後になってからだったけど……




 その日も遼太郎は帰ってこなかった。
 不可解な事件なので、調査が難航しているのだろう。
 二人で見ていたテレビのニュースで、今日の事件の事が取り上げられていた。
 被害者は最近、稲羽市市議会議員秘書との不倫問題で知られるようになった山野真由美アナだ。
 心配する菜々子を鏡は慰めようとしたが、菜々子は刑事だから仕方がないと我慢している。
 その姿が逆に、菜々子の寂しさを思わせる。
 鏡は、そんな菜々子へ明日、ジュネスに買い物へ行かないかと提案する。

「ほんとっ! 一緒にジュネスに行く!!」

 冷蔵庫の中にある食材が心許なく、また菜々子への気晴らしになるかと思っての提案だったが思いの外、菜々子が喜ぶ。
 鏡は菜々子と携帯電話の番号とメールアドレスを交換し合うと明日、学校が終わったら一緒に買い物に行く事を約束する。

「それじゃ、菜々子ちゃん。明日、学校が終わったらメールで知らせてね。迎えに行くから」

「うんっ!」

 時間も遅くなったので、二人はお風呂に入り就寝する。
 鏡は明日の準備があって、まだ暫くは起きているので、今日の所は別々に眠る事になった。

「お休みなさい、お姉ちゃん」

「お休み、菜々子ちゃん」

 菜々子が部屋へと戻るのを見届けてから鏡も自室へと戻り、明日の準備をしてから就寝する。




――その日の深夜遅く

「足立、目撃者の事情聴取の調書が無いが、どこだ?」

「すいません! 今、持っていきます!!」

 稲羽警察署では、今日の事件に対する捜査に職員が慌ただしく追われていた。
 足立が遼太郎の言葉に、慌てた様子で調書を持っていく。

「うわっ!」

 余程と慌てていたのか机につまずき、足立が盛大に転ける。

「ったく、何やってんだおめえは……」

「……す、すいません」

 呆れた様子の遼太郎に足立は気まずそうに謝る。
 遼太郎は足立から調書を受け取ると内容を確認する。

小西早紀( こにし さき )稲羽高校の3年か……」

 被害者の第一発見者は、姪が通う高校の1学年上の先輩のようだ。
 体調が悪く、早退したところで被害者を発見。
 濃霧の中での事だったので、近くに人が居たかは解らないとの事。

「そう言えば、浮気相手の生天目太郎と妻の柊みすずのアリバイは取れたらしいですね」

 調書を読む遼太郎に足立が話し掛ける。

「鑑定結果から出た犯行時刻から逆算しても、二人には実行は不可能だからな……」

 足立の質問に遼太郎が答える。
 稲羽市は交通の便が良い土地でなく、移動するのに時間が掛かる。
 仮に被害者の山野真由美が消息を絶った理由が二人にあったとしても、アリバイのある時間までには戻ってこれないのだ。

「代理殺人の線はどうでしょうね?」

「それも考えられるが、不審者の目撃証言が無いからな」

 先日の通報で主要な交通機関は全て押さえてある。
 不振な人物が稲羽から出入りしたという事実が無く、犯人に繋がる情報が見つからないのが現状だ。
 その上、夜になってから情報提供と偽ったイタズラ電話が殺到しているのも捜査の妨げになっている。
 全部の電話がイタズラだと断言できないため、電話対応にも人が割かれて捜査への人手が足りない有様だ。

「またですか……」

 所内の電話が鳴り、足立が億劫そうに電話に出る。
 遼太郎はまだ目を通していない調書へと、再び目を通す作業に戻る。

「忙しいから切るよ。……じゃね」

 電話を切った足立が戻ってくる。

「またイタズラ電話でしたよ……変な番組に、殺された山野アナが出てたって」

 呆れたように足立がそう話す。

「その番組って、何だ?」

「堂島さん、どうせガセですよ。電源を入れていないテレビ画面に番組が映るって、あり得ないでしょ?」

 遼太郎の質問に足立がそう答える。
 確かに、電源が入っていないテレビで番組を見るのは不可能だ。
 だが、常識的に考えて当たり前な内容の話に、何故だか遼太郎は奇妙な引っかかりを覚えた。




――翌朝

「それじゃ、菜々子ちゃん。また後でね」

「うん。行ってきます、お姉ちゃん」

 通学路の分かれ道で菜々子と別れた鏡は、学校へと向かう。
 通学中、鏡の後ろから凄い速度で追い越していった自転車が、操作を誤りゴミ収集所へと盛大に突っ込む。
 その衝撃で、運転していた男子生徒が派手にゴミ箱に頭から嵌ってしまい、ゴロゴロと藻掻いている。

「だ、誰か……」

 流石に見かねたので、鏡は男子生徒を助け起こす。

「いやー、助かったわ。ありがとな! えっと……そうだ、転校生の神楽だったな。俺、花村陽介。よろしくな」

 鏡に助け起こされた陽介はそう言って鏡に礼を述べる。

「怪我は、無さそうね」

「あぁ、大丈夫だ。な、昨日の事件、知ってんだろ? “女子アナがアンテナに”ってやつ!」

 鏡の確認に陽介はそう答えると、先日の事件について鏡に訊ねてくる。

「知っているけど、取り敢えず学校へと向かわない?」

「っと、そうだったな。悪ぃ」

 鏡の指摘に陽介は謝ると、自転車を押して鏡と並んで通学する。

「あれ、なんかの見せしめとかかな? 事故な訳ないよな、あんなの。わざわざ屋根の上にぶら下げるとか、マトモじゃないよな」

「そうだとは思うけれど、警察に任せておく事じゃない?」

「まあ、そうなんだけどな。けど、気になるじゃないか?」

 興味深げに話す陽介に、鏡は正論で釘を刺す。
 確かに気にならないと言えば嘘になるが、敢えて自分から危険事に関わる必要はない。
 その事を陽介に説明すると、一応は納得したようだ。
 とはいえ、そう言った事に興味を示すのは男子特有の好奇心なのかも知れないと鏡は思った。




――放課後

 今日の授業も全て終わり、鏡は菜々子からメールが届いてないか確認する。
 どうやら菜々子も授業が終わったらしく、途中まで向かっているとの事だ。
 今から帰れば、丁度良いタイミングで菜々子と合流できそうなので、鏡は帰り支度を急いだ。

「どうよ、この町には、もう慣れた?」

 そんな鏡に陽介が声を掛けてくる。

「どうだろう。来たばかりで何とも言えないかな」

「たしかにそうか」

 鏡の返事に陽介が納得する。

「今朝助けてくれたお礼に、ここの名物の“ビフテキ”をおごるぜ。俺、安い店知ってるからさ」

「あたしには、お詫びとかそーゆーの、ないわけ? “成龍伝説”」

 二人の話を聞きつけた千枝が会話に混ざってくる。

「う……メシの話になると来るなお前……」

「雪子もどう? 一緒にオゴってもらお」

 陽介の話に聞く耳を持たず、千枝が雪子にも誘いの声を掛ける。

「いいよ、太っちゃうし。それに、家の手伝いあるから。それじゃ私、行くね」

 しかし、どことなく元気のない雪子はそう言って、千枝の誘いを断り下校する。

「仕方ないか。じゃ、あたし達も行こ」

「え、まじ二人分おごる流れ……?」

「ごめん。今から従妹の子とジュネスで買い物をする約束があるから、気持ちだけ受け取っておくよ」

 鏡がそう言って、陽介の誘いをやんわりと断る。

「ん? ジュネスに行くのか? それなら……」

 鏡の言葉に、陽介が何かを考える仕草を見せる。

「花村、どったの?」

 その様子に千枝が疑問顔で訊ねる。

「里中、二人分は流石に無理だから、ジュネスのフードコートで良いか?」

 陽介の言葉に千枝は話の意図を悟り『仕方がないなぁ』と陽介の申し出を受ける。
 二人のやりとりについて行けない鏡は不思議そうな表情を見せる。

「あ、悪ぃ。取り敢えず、従妹の子と合流しようぜ。理由は道すがら説明するから」

 そう言って、陽介も急いで帰り支度を始める。
 不思議がる鏡を余所に、二人は付いてくる気だ。
 ジュネスに向かうのなら断る理由もないので、鏡は二人の好きにさせる。
 菜々子との待合い場所に、鏡が知らない男女を連れてきた事に菜々子は驚いたが、鏡の説明を聞き、菜々子は嬉しそうになる。
 鏡と二人でジュネスに買い物に行くだけでも嬉しかったのだが、鏡の友達も増えた事で更に嬉しさに拍車を掛けたようだ。




「結構、買ったよな」

――ジュネス・フードコート

 菜々子と一緒に買い物を済ませた鏡達は、屋上にあるフードコートで陽介からおごって貰ったハンバーガーを食べていた。
 何でも、陽介の父親がジュネスの店長として半年前に稲羽に引っ越してきたそうだ。
 ここでなら多少のツケが利くらしく、陽介も内心安堵していた。
 もっとも、その分の費用は家の手伝いで支払う事になるのだが……

「ここってさ、出来てまだ半年くらいだけど、行かなくなったよねー、地元の商店街とか。店とか、どんどん潰れちゃって……あ」

「……別に、ここのせいだけって事ないだろ?」

 千枝の言葉に、多少不機嫌そうに陽介が答える。

「菜々子、ジュネス大好き!」

 そう言って、菜々子が満面の笑みを浮かべて陽介に話し掛ける。

「ありがとう、菜々子ちゃん」

 菜々子の無意識の気遣いに気付いた陽介がお礼を述べる。
 確かに、こんなに素直で良い子ならば、鏡が気に掛けるのも納得できる。
 それは陽介だけではなく、千枝も感じていた。

「あ……小西先輩じゃん。悪ぃ、ちょっと」

 そう言って、陽介が席を立ち、離れたテーブルに座る女性の方へと移動する。

「彼の恋人か何か?」

「はは、そうならいいんだけどね。小西早紀先輩。家は商店街の酒屋さん」

 鏡の質問に千枝が答える。

「お疲れッス。なんか元気ない?」

「おーす……今、やっと休憩。花ちゃんは? 友達連れて、自分ちの売り上げに貢献しているとこ? それとも両手に花でデート?」

「うわ、酷いなー。今朝助けて貰ったお礼を兼ねて、転校生の歓迎ッスよ」

 早紀の言葉に大げさに驚く素振りを見せて陽介が説明する。

「へえ、彼女がそうなんだ」

 そう言って早紀は席を立つと、鏡の方へとやってくる。

「キミが転校生? あ、私の事は聞いてる?」

「少しだけなら、先ほど千枝に聞いたところです」

 早紀の質問に鏡が正直に答える。

「そう言えば後輩の子から聞いたけど、モロキンをやり込めたんだって? 凄いよね」

「先輩、それくらいで勘弁してやってくださいよ」

 話し始めた早紀は鏡に対して色々と質問攻めにする。
 その様子に陽介が横から口を挟み、鏡はようやく質問攻めから解放される。

「ふうん、彼女が花ちゃんの好みのタイプ? 随分と気が利くじゃない」

「違いますって……ほら、先輩が変な事を言うから、菜々子ちゃんが睨んでいるじゃないですか」

 陽介の言葉に早紀が視線を向けると、鏡の隣に座っていた菜々子が二人に対して警戒するような視線を向けていた。

「あ……ごめんね。お姉ちゃんをいじめるつもりは無かったんだけど……」

「菜々子ちゃん、二人は私が皆と早く馴染めるように気を配ってくれたから、大丈夫だよ」

 早紀と鏡の言葉に、ようやく菜々子の態度が普段のそれに戻る。

「良い子だね。キミの妹?」

「従妹です」

「私の弟も、この子みたいに可愛げがあったらなぁ……」

 早紀がそうぼやいて菜々子を羨ましそうに見ている。

「あげませんよ?」

 菜々子の手を握って、鏡が早紀に宣言する。

「それは残念。さーて、こっちはもう休憩終わり。やれやれっと」

「……お姉ちゃん、大丈夫? なんだか、元気がないみたい」

 早紀の様子に何かを感じたのか、菜々子が心配そうな表情で問いかける。

「菜々子ちゃん、だっけ? ありがとう。ちょっと疲れただけ、お姉ちゃんは大丈夫だよ」

 菜々子の気遣いに早紀は表情を綻ばせると菜々子の頭を優しく撫でる。

「花ちゃん、友達少ないからさ、仲良くしてやってね。それじゃね」

 早紀はそう言い残すと仕事へと戻っていった。

「はは、人の事“気が利く”って、小西先輩の方がよっぽど気を遣ってるじゃんな?」

 苦笑気味な表情で、陽介が鏡達に話し掛ける。

「さっき言ってたけど。あの人、弟いるもんだから、俺の事も割とそんな扱いっていうか……」

「弟扱い、不満って事?……ふーん、分かった、やっぱそーいう事ネ」

 どことなく不満げに話す陽介に、千枝がにやりと人の悪い笑みを浮かべて話し掛ける。

「地元の老舗酒屋の娘と、デパート店長の息子。燃え上がる禁断の恋、的な」

「バッ! アホか、そんなんじゃねーよ。菜々子ちゃんの前でなに言ってだ」

「そんな悩める花村に、イイコト教えてあげる。“マヨナカテレビ”って知ってる?」

 陽介の抗議を右から左に聞き流し、千枝は話を続ける。
 千枝の説明によると、雨の日の午前0時に消えているテレビを一人で見ると、運命の相手が映るそうだ。

「なんだそりゃ? 何言い出すかと思えば……お前、よくそんな幼稚なネタで、いちいち盛り上がれんな」

「よ、幼稚って言った? 信じてないんでしょ!?」

「信じるわけねーだろが!」

「だったらさ、ちょうど今晩は雨だし、みんなでやってみようよ!」

「やってみようって……オメ、自分も見た事ねえのかよ! 久しぶりに、アホくさい話を聞いたぞ……」

 千枝の説明に、陽介は呆れ顔で反論する。
 菜々子にはその様子が楽しそうに見えたのか、ニコニコしている。

「とにかく、今晩ちゃんと試してみてよね」

 千枝が二人に念を押す。
 鏡も取り敢えず試してみるかと、マヨナカテレビの事を意識の片隅に留めておいた。




 陽介達と別れて菜々子と一緒に戻ってきた鏡は、買ってきた食材で晩ご飯の支度をする。
 菜々子も手伝うと言ってくれたので、鏡は菜々子と二人で晩ご飯を作る。
 遼太郎がいつ帰ってくるか分からないので、出来上がった晩ご飯を二人で食べていると、菜々子が気落ちした様子を見せていた。
 気になって連絡はあったのか聞いてみたところ、電話をすると言ってはいるが連絡は滅多に無いようだ。
 どういって慰めようかと鏡が考えていると、玄関が開く音が聞こえてきた。

「あっ、帰ってきた!」

 そう言って、嬉しそうな様子で菜々子が立ち上がると同時に、疲れた表情の遼太郎が居間にやってきた。

「やれやれ……ただいま。何か、変わり無かったか?」

「ない。帰ってくるの、おそい」

「悪い悪い……仕事が忙しいんだよ」

 菜々子の苦情に遼太郎は気まずそうに答える。

「お帰りなさい、叔父さん。晩ご飯はどうします?」

「ああ、食べてないからいただくよ……って、これ弁当じゃないな。わざわざ作ってくれたのか?」

 ちゃぶ台に並べられている晩ご飯を見て、遼太郎が鏡に訊ねる。

「ええ、出来合いの物では栄養が偏りますから」

「済まないな……菜々子、テレビ、ニュースにしてくれ」

 遼太郎に言われて、菜々子もまだ何か言いたそうな表情を見せるが、言われたとおりリモコンを操作してチャンネルを変える。
 チャンネルを変えるとニュースは丁度、先日起きた事件を取り上げていた。
 鏡は立ち上がると台所へと向かい、遼太郎の分の晩ご飯の準備をする。

『番組では、遺体発見者となった地元の学生に、独自にインタビューを行いました』

「ふぅ……第一発見者のインタビューだ? どこから掴んでんだ、まったく……」

 ニュースの内容に、遼太郎が辟易した様子でそう零す。

『最初に見た時、どう思いました? 死んでるって分かった? 顔は見た?』

 無遠慮なリポーターの質問に、取材されている女生徒は戸惑っている。
 その女生徒の声に聞き覚えがあった鏡は手を止め、テレビを見る。
 画面に映っているのは、今日ジュネスで会った早紀のようだ。

「お姉ちゃん、この人、今日ジュネスで会った人だよね?」

 菜々子も気付いたのか、鏡にそう話し掛けてくる。

「何だ、お前ら知り合いか?」

「顔見知りといった程度ですけれど……」

 遼太郎の質問に鏡が答え、支度の続きへと戻る。
 その間にインタビューは終わり、コメンテーターが話していた。

『全く、奇っ怪な事件ですね~、民家のアンテナに引っ掛けて、逆さに吊すってんだから……』

『犯行声明などは、出ていないようですが』

「イタズラ電話なら、殺到してるがな……」

 テレビのやりとりに遼太郎が突っ込みを入れる。
 捜査の進展が思わしくないのだろうか?
 その声には疲れが滲み出ていて、何だか眠そうだ。

『事件か事故かも分からないなんて、ったく、警察は血税で何遊んでるんだか……』

 コメンテーターは無責任な発言を繰り返している。
 このニュース番組はリポーターもそうだが、コメンテーターも報道する者としてどうかと言いたくなる。

「叔父さん、晩ご飯の支度が出来ましたから、手を洗ってきて……」

 鏡がそう言って遼太郎の方へと視線を向けると、遼太郎はソファで寝入っていた。

「菜々子ちゃん、毛布を取ってきてもらえる? 流石にそのままだと叔父さんが風邪を引いちゃうから」

「うんっ」

 菜々子はそう言って、寝室へと毛布を取りに行く。
 鏡は用意した遼太郎の晩ご飯にラップを掛け、起きた時にすぐに食べられるようにしておく。

「お姉ちゃん。毛布、持ってきたよ」

「ありがとう、菜々子ちゃん」

 菜々子から毛布を受け取った鏡は、それを遼太郎に掛ける。
 遼太郎は余程疲れているのか、少々の事では目を覚ます様子を見せないでいる。

「ご飯、冷めちゃわない内に食べようか?」

「うんっ」

 二人はせっかくの晩ご飯が冷めない内にと、ちゃぶ台について食べかけだった食事を再開する。
 鏡は食事中、菜々子から学校で今日あった事やジュネスでの事を聞き、自身も千枝や陽介達の事を話す。
 まだ菜々子とは会っていない雪子の事も話し、機会があったら紹介する事を約束する。
 食事を終え、二人で食器の後片付けを済ませると、一緒にお風呂へと入る。
 はしゃいで疲れたのか、お風呂の中でうつらうつらと船を漕ぐ菜々子が溺れないように気を配りながら自身も良く温まる。

「……おやすみなさぁい」

「お休みなさい」

 コシコシと瞼を擦りながら、眠たげに菜々子がそう言って自室へと戻る。
 遼太郎は今もソファで眠っており、起きる気配がない。
 鏡は先ほどラップした遼太郎の晩ご飯をちゃぶ台に置くと、メモ用紙に書き置きを残す。
 この様子だと、この食事は明日の朝食になりそうだ。
 書き置きを残した鏡も、千枝から言われた事を試すために自室へと戻る。
 外は天気予報通りの雨で、屋根に当たる雨音だけが聞こえてくる。
 静かな部屋で午前0時になるのを待つ。

(そんな訳ないか……)

 時計の針が午前0時を回るが、テレビの画面には自身の顔しか映らない。
 分かっていた事だけに、鏡は軽く笑うと自身も就寝しようとテレビから離れる。

――その瞬間

 テレビからノイズ音が聞こえだし、画面に何かが映る。
 怪現象に驚いた鏡は、引き寄せられるようにテレビの画面を見る。
 テレビに映っているのは稲羽高校の女生徒のようだ、

(これ、小西先輩……!?)

 確証は持てないが、テレビに映っているのはジュネスで会った早紀だと思われる人物。
 テレビに映るその人物は、何かから逃げるような仕草をしている。
 その様子に、鏡は咄嗟にテレビ画面に手を伸ばす。

「……ッ!?」

 テレビ画面に手が触れた瞬間、水の中に手を入れるように画面の中へと手が入っていく。
 鏡が驚いたのもつかの間、テレビの中の手が何かに引っ張られるように引き込まれていく。
 咄嗟にテレビ画面の縁を入れていない反対側の手で掴み、引きずり込まれないように抵抗する。
 抵抗の甲斐もあってか、引き込む力が消え、テレビ画面から手を抜く事が出来た。

(……今のは、何だったの?)

 あり得ない超常現象に答えが見いだせる訳もなく、鏡は不安を抱えて眠りについた。




――翌日

 クラスは先日の事件の噂話で持ちきりだった。
 昨日のニュース番組のせいで、第一発見者が早紀であったという噂も広がっているようだ。

「よ、よう。あのさ……や、その、大した事じゃないんだけど……実は俺、昨日、テレビで……」

 浮かない表情で、陽介が鏡に話し掛けてくる。
 ただならぬ様子に鏡が何かを言おうとしたが、それよりも早く陽介がその話題を打ち切ろうと言葉を濁す。

「花村ー、ウワサ聞いた?」

 そんな二人の声を掛けて千枝が傍へとやってくる。

「事件の第一発見者って、小西先輩らしいって」

「だから元気なかったのかな……今日、学校来てないっぽいし」

 そんな事を話す二人に、鏡は先日見たニュースで早紀が出ていた事を話す。

「何そのリポーター、最低……」

「……マジかよ」

 鏡の説明に、二人の表情が曇る。
 そんな三人のやりとりを余所に下校準備を済ませた雪子が席を立つ。

「あれ? 雪子、今日も家の手伝い?」

「今、ちょっと大変だから……ごめんね」

 疲れた様子で千枝に答えた雪子はそのまま下校する。

「なんか天城、今日とっくべつ、テンション低くね?」

「忙しそうだよね、最近……」

 陽介の言葉に千枝は小首をかしげて答える。

「ところでさ、昨日の夜……見た?」

「エッ……? や、まあその……お前はどうだったんだよ」

 おもむろに話題を変えてきた千枝に、陽介が若干動揺した様子で聞き返す。

「見た! 見えたんだって! 女の子! けど、運命の人が女って、どゆ事よ?」

 釈然としない表情で千枝が説明する。
 誰かまでは分からなかったらしいが、明らかに女の子で肩まで伸びたふわっとした髪に、八十神高校の制服を着ていたらしい。
 千枝の説明に陽介は驚いた表情を見せ、自分が見たのも同じ人物かも知れないと説明する。

「え、じゃ花村も結局見えたの!? しかも同じ子? 運命の相手が同じって事?」

「知るかよ……で、お前は見た?」

 呆れた表情で千枝に答えた陽介が鏡に聞いてくる。
 陽介の質問に、鏡は自分が見た人物は早紀で何かから逃げようとしていた事、その際にテレビの中に手が入った事を説明する。

「何かから逃げようとしている小西先輩ってのは気になるが、テレビに吸い込まれたってのはお前……」

 鏡の説明を聞いた陽介は、その状況で動揺したのか寝ぼけていたのかのどちらかだろうと、おどけた調子で話す。
 話の内容が内容だけに、事実でないと思いたいのだろう。

「けど夢にしても面白い話しだね、それ。テレビが小さくて助かった、なんて。もし大きかったら……」

 千枝も陽介と同じように鏡が寝ぼけていたのだろうと思ったが、そこでふと何かを思いついたのか、陽介へと視線を向ける。

「そう言えばウチ、テレビ大きいの買おうかって話してんだ」

「へぇ。今、地デジへの移行で買い換えすげー多いからな。なんなら、帰りに見てくか? ウチの店、品揃え強化月間だし」

「見てく、見てく! 親、家電疎いし、早く大画面でカンフー映画みたい!」

 陽介の言葉に、嬉しそうに千枝が荒ぶる鷹のポーズを取る。

「だいぶデカイのもまであるぜ。お前が楽に入れそうなのとかな、ははは」

 二人は鏡の話を全く信じていないようだ。
 鏡としても夢であると思うのだが、陽介の言う大きなテレビで、昨日の事が夢だったのかを試してみても良いかと考える。
 こうして、三人でジュネスへと寄り道する事となったのだが、菜々子も誘えば良かったと着いてから鏡は気が付いた。




――ジュネス・家電売り場

「でか! しかも高っ! こんなの、誰が買うの?」

「さあ……金持ちなんじゃん?」

 驚く千枝に呆れた様子で陽介が説明する。
 ジュネスでテレビを買う客は少ないらしく、この辺りには店員が配置されていないそうだ。
 その説明に千枝は呆れるが、ずっと見ていられるのは良い事かと思い直す。

「……やっぱ、入れるワケないよな」

「はは、寝オチ確定だね」

「大体、入るったって、今のテレビ薄型だから、裏に突き抜けちまうだろ……ってか、何の話してんだっつの!」

 二人は鏡の言葉を確かめようと大型テレビに触れてみるが当然、入れる訳もなく他愛ない会話を続けている。
 千枝からどんなテレビが欲しいのか聞いている陽介は、離れた場所の比較的値段の安いテレビを進める。
 だが、千枝からするとそれでも高いらしく、桁が一つ多くないかと騒いでいる。
 そんなやりとりをしている二人を余所に、鏡は目の前の大画面テレビに近づいてみる。
 確かに、これだけ大きければ中に入れるかも知れない。
 鏡は昨日の事が夢なのか確かめるべく、そっと画面に触れてみる。
 指先が画面に触れると、水面に触れたかのような波紋がテレビ画面に広がる。
 そのまま手を差し込んでみると、手首まで画面の中に入ってしまう。

「そういやさー、神楽。お前んちのテレビって……」

 そう言って鏡の方へ視線を向けた陽介の視界に、信じられない光景が映った。
 驚く陽介を不思議に思った千枝も鏡の方に視線を向け、同じように驚きで動きが固まる。

「あ、あいつの腕……刺さってない……?」

「うわ……えっとー、あれ……最新型? 新機能とか? ど、どんな機能?」

「ねーよッ!」

 二人はそう言うと、鏡の傍まで急いでやってくる。

「うそ……マジで刺さってんの!?」

「マジだ……ホントに刺さってる……すげーよ、どんなイリュージョンだよ!? で、どうなってんだ!? タネは!?」

 愕然とする二人を余所に、ひょっとすると全身も入るかも知れないと思った鏡は、頭も画面の中へと入れてみる。

「バ、バカよせって! 何してんだ、お前ー!!」

「す、すげぇー!!」

 テレビの中は空間が広がっていて相当に広そうだ。

「な、中って何!?」

「く、空間って何!?」

「ひ、広いって何!?」

「っていうか、何!?」

 鏡の説明にパニックになった二人が慌てふためく。

「客来る! 客、客!!」

 慌てる陽介の視界に、家電売り場に近づいてくる客の姿が映る。

「え!? ちょっ、ここに、半分テレビに刺さった人いんですけど!! ど、どうしよう!?」

 陽介の言葉で、更にパニックになった千枝がどうしたら良いのか分からず、陽介と共にあたふたと周りを意味もなく走り回る。
 そのまま走り回っていた陽介と千枝は、互いに衝突して結果的に鏡をテレビに押し込める格好となった。

「うわ、ちょ、まっ!!」

 陽介の叫びを最後に、鏡達はテレビの中へと落ちていったのだった……




2011年03月16日 初投稿
2011年04月15日 誤字修正



[26454] もう一人の自分
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/04/15 22:00
――――霧で覆われた世界はどこまでも広く

           どこに向かうべきかも分からない……

         それはまるで人生のようで

    先の見えない不安に押しつぶされそうになった




「何ここ……ジュネスのどっか……?」

「んな訳、ねえだろ。大体、俺達テレビから……つうか、コレ……何がどうなってんだ?」

 あまりの出来事に唖然とした様子で千枝が呟き、陽介が反論する。
 先ほどまでジュネスの家電売り場に居たはずの鏡達は、視界の悪い『どこか』に居た。
 周りは霧のようなモノで覆い隠されていて、数メートル先までしか見渡せない。

「皆、怪我は無い?」

「あたしは大丈夫」

「俺はケツに入れてた財布がダイレクトに……」

 鏡の確認に二人がそれぞれ答える。

「お、おいっ、お前ら、周りを見てみろ」

 陽介の言葉に改めて周りを見渡してみる。
 鉄柱に取り付けられた複数の照明が鏡達を照らしていて、まるでテレビのスタジオのような場所だ。

「これって……スタジオ? 凄い霧……じゃない、スモーク?」

 見た目の様子から、千枝が思った感想を呟く。

「こんな場所、ウチらの町にないよね……?」

「あるわけねーだろ……どうなってんだここ……やたら広そうだけど……」

 千枝の言うとおり、陽介達が知る限りこんな場所は稲羽市には存在しない。
 そもそも、テレビの中に世界があること自体が常識的に考えてあり得ない。

「どうすんの……?」

「周りを調べて、出口を探そう」

 千枝の言葉に鏡が答える。
 問題は、この場所に『落ちて』来た事だが……

「それは賛成なんだけど、あたしら……そう言や、どっから入ってきたの? 出れそうなトコ、無いんだけど!?」

「ちょ、そんなワケねーだろ! どどどーゆー事だよ!」

「知らんよ、あたしに聞かないでよ! やだ、もう帰る! 今すぐ帰るー!」

「だから、どっからだよ……!」

 周りを見渡してみても出口らしき場所がないため、千枝が動揺して癇癪を起こす。
 陽介も状況が分からず混乱しているのか、千枝に対して言葉が若干荒い。

「二人とも、落ち着いて! 入って来れたんだから、出口だってきっとあるはずよ」

「そ、そうだよな。入って来れたんだ、出口があるはずだよな。冷静に、冷静にな……」

 動揺する二人に鏡が冷静になるように話す。
 冷静さを失うことが、こういった場合には一番危険な事だからだ。
 鏡の言葉に、陽介も冷静になるように自分に言い聞かせる。

「とりあえず、出口を探すぞ」

「ここ、ホントに出口とかあんの……?」

 陽介の言葉に千枝が不安そうに訊ねる。

「空気が流れる音がしているから、どこかに繋がっているはずよ」

 千枝の言葉に鏡が答える。
 本音を言えば、鏡自身も自分たちが出られる場所が本当にあるのか自信がない。
 しかし、自分が弱音を吐いて二人をこれ以上不安がらせないためにも、大丈夫だという態度を取る必要があるのだ。
 諦める事が一番拙い事だというのを、身をもって知っているだけに。




 鏡達が手分けして出られそうな場所が無いか探してみたところ、空気が流れてくる場所を見つけ出すことが出来た。
 この場所にいても仕方がないので、三人で先へ進んでみる事にした。

「何だよ……こりゃ、どういう事だ……?」

「……うそ」

 目の前の光景に、陽介と千枝は唖然となる。
 鏡は初め、二人が唖然としている理由が分からなかったが、暫くしてその理由に気がついた。

「稲羽中央通り商店街……」

 稲羽市に初めて来た日、遼太郎が車のガソリンを給油する際に立ち寄った場所だ。
 鏡は移動する車内から見ただけだったが、陽介達の様子から間違いはないと思われる。

「あたし達、いつの間にか戻れてたって事?」

「だったら良かったんだけどな……ここがホントに商店街だったら、あんな空なワケないだろ」

 千枝の言葉を陽介が即座に否定する。
 周りは変わらず霧に覆われて視界が悪い上に、見上げた空は赤と黒の縞模様で構成されている。

「じゃあ、ここは一体どこなの?」

「そんなの、俺にも分からねぇよ」

「取り敢えず、この先も調べた方が良さそうね」

 戸惑う二人に鏡が話し掛ける。
 とはいえ、知っている場所に似た別の場所という異常な状況なので、周りの小さな異変にも気を配らなければならない。

「そう言や……ここが商店街だったら、この先は確か小西先輩の……」

 陽介はそう呟くと鏡達を置いて走り出す。

「ちょっと、花村! 勝手に行動しないでよっ!!」

 陽介の行動に慌てた千枝が、すぐさま後を追いかける。
 この霧の中ではぐれる事の危険を考え、鏡もすぐに二人の後を追いかける。
 幸い、前方を走る千枝の姿が見えるのと、途中の道を曲がること無く進んでいたので、はぐれずに追いつくことが出来た。

「やっぱり……ここ、先輩んちの酒屋だ」

 “コニシ酒店”と書かれた店の前で陽介がそう零す。

「花村……アンタ、勝手に行動しないでよ」

 陽介に追いついた千枝がそう言って、息を整える。
 少しして鏡も二人に追いつくと、目の前の店へと視線を向けた。

「ここは?」

「あぁ、ここは小西先輩の実家の酒屋なんだけど、何でこんな所に……」

 鏡の質問に陽介が答える。
 だが、先の実家がここにある理由は分からない。

『そんなこと無いっ!!』

 突然、店の中から叫び声が聞こえた。
 その声を聞いた瞬間、陽介が驚いた表情になる。

「この声、小西先輩だ!」

「嘘っ、何で!!」

 陽介の言葉に千枝も驚く。
 自分達と同じ境遇の者が存在していた事と、それが知っている人物である事の二重の驚き。

「今の声が小西先輩である場合とそうでない場合の可能性があるけれど、どうする?」

 驚いている二人に鏡が声を掛ける。
 実際に見て確認したわけではないので、両方の可能性を考えての質問だ。

「そうだな。二人はここで待っててくれ。俺が中の様子を見てくる」

「一人でなんて駄目だよ! あたし達も一緒に行くから」

「駄目だ。もし中にいるのが先輩でなくて、俺達に危害を加えるようなやつだったらどうすんだよ」

「その時は全員一緒に一目散に逃げる。小西先輩で何か問題があるなら全員で助ける。それならどう?」

 一人で様子を見に行くという陽介へ千枝がついて行くと主張するが、陽介は危険かも知れないからと断る。
 しかし、単独での行動が危険なのも確かなので、鏡が陽介に妥協案を出す。

「……解った。ったく、何でこう勇ましいお嬢さん達ばっかなのかねぇ」

 鏡の提案に陽介がおどけたようにそう言うが、内心では二人に感謝していた。

「それじゃ、中にいるヤツに気付かれないように慎重にな」

 陽介は二人に念を押すと足音を立てないように店内の様子を窺う。

「……っ!?」

 店内の様子を窺った陽介は、信じられない光景を目の当たりにする事となる。




――鏡達がこの世界に訪れるよりも更に前

(……ここは一体、どこなの?)

 早紀は、自らが置かれた状況に戸惑っていた。
 深い霧で周りがほとんど見えない状況。
 遺体を発見してしまった時と同じ状況に気が滅入ってくる。

 何故、自分がこのような場所にいるのか?
 理由は分からないが、自宅を出た辺りからの記憶が覚束ない状況にある。
 気がつくと、霧に包まれたどこかで自分は倒れていたようで、何故ここにいるのか? どうして倒れていたのか?
 その辺りの記憶が全くないという異常な状況に置かれていた。

(帰らなきゃ……)

 そう思い、視界の悪い中を彷徨っていると、奇妙な物体に声を掛けられた。

「キミはそこで何をしているクマ? ここは危険だから、早く元の世界に帰るクマ」

 それはズングリした物体だった。
 短い足は歩くたびに可愛らしい音を立て、まん丸の目は愛嬌がある。

「アンタこそ何よ……?」

 早紀は見た目は可愛らしいが得体の知れない物体に警戒心を顕わにする。

「クマはクマだよ? ココにひとりで住んでるクマ」

 クマと名乗る物体が早紀にそう話す。

「ココは人間が住むには良い所じゃ無いクマ。早く帰るクマよ」

 早紀は心配そうに話し掛けてくるクマに、自身がどこから来たのかが解らない事。
 どうやって帰れば良いのかが解らない事を説明する。

「それは困ったクマね……どこから入ってきたのか解らなかったら、元の場所に帰してあげられないクマよ……」

 早紀の説明に心底困った様子でクマが話す。
 何分、着ぐるみのような姿をしているのと、深い霧で表情がよく解らない。
 クマの説明によると、霧が晴れると“シャドウ”という存在が暴れて危険なのだそうだ。
 それまでに早紀を元の場所に帰してあげたいそうなのだが、早紀自身がどこから来たのかが解らない有様。
 仕方がないのでクマが普段、隠れているという場所まで早紀を連れて行く事となった。

「あ、そうだ。サキちゃん、コレを掛けておくクマ」

 そう言ってクマが早紀に手渡したのは、縁のない眼鏡。
 何でも、この眼鏡を掛けると霧を見通す事が出来るらしい。
 試しに眼鏡を掛けてみたところ、霧の無い開けた視界が広がった。

「……すごい!?」

「その眼鏡は、クマお手製の自信作クマ!」

 感嘆の声を上げる早紀にクマが得意げに話す。
 その様子が小さな子供が自慢する姿に見えたので、早紀はついクマの頭を撫でてクマを褒める。

(菜々子ちゃんって、言ったっけ? あの子が見たら喜びそうだな)

 早紀に撫でられて喜んでいるクマを見て、先日知り合った少女の事を思い出す。
 先ほどまで感じていた不安はいつの間にか消え、随分と落ち着いている事に早紀は気が付いた。
 よく解らない存在だが、クマは早紀の不安を晴らすには必要な存在のようだ。

「アレは何だクマ?」

 クマの案内で視界が良好になったこの場所を移動していると、何かを見つけたクマがそう呟く。
 それは早紀にとっては見慣れた風景、稲羽中央通り商店街だった。

「何で、商店街がこんな所に……?」

「サキちゃんの知っている場所クマか?」

「この先に私の家があるのだけど……」

「本当はここから離れた方がいい気がするクマ。けど、サキちゃんは疲れているようだから、少し休んだ方が良いクマね……」

 早紀の説明に、クマはこの場所から立ち去った方が安全だと考えるが、早紀の様子を見て考えを変える。
 幸い、まだ霧が晴れる事はないので、疲れた早紀を休ませてからでも大丈夫だろうとクマは判断する。
 早紀を休憩させるため、クマは早紀の実家がある場所へと移動する。

「サキちゃん、大丈夫クマか?」

 早紀の実家へと到着し、屋内で一休みしている早紀にクマが話し掛ける。

「うん、ちょっと疲れたけど大丈夫。食べ物とかあって助かったよ……」

 どういう理屈かは不明だが、本当の実家と同じく食べ物が置いてあったので、それらを食べてひとごこちを付いたところだ。
 クマの説明によると、ココにあるのはこの世界の現実と言う事だが、早紀にはさっぱり理解できない。
 ただ、飲食料がある事によって空腹を満たせた事実が大事だった。
 後は何とかして元の世界に帰るだけなのだが、未だに明確な手段は見いだせない。

(でも、このままこの世界でクマと一緒に居るのも悪くはないかもね……)

 打算無く自分を気遣ってくれるクマの存在に、早紀は心の隅で安堵している自分に気付く。
 自分を捨てて遠くへ行ってしまった人、ジュネスという大手のチェーン店が進出した事による実家の影響。
 その影響で日々、自分や弟に当たり散らす父に何も言わない母。
 何もかもが嫌だった。 この町から出てきたくて、時給の良いジュネスでバイトを始めたが、父親にはそれすらも感に障ったらしい。
 顔を合わせるたびに小言を言ってくる父親にウンザリしていた早紀からすると、この世界はまだ居心地が良かったのだ。


 視界が悪い事は、クマのくれた眼鏡が解消してくれた。
 後は、クマの言う“シャドウ”という存在から身を守ることが出来れば、このままこの世界にいても良いのでは無いかと思えてくる。

『本当に、それで嫌な事から逃げられると思ったの?』

「誰っ!?」

 突然の声に早紀は驚き、声の主を捜して周りを見渡すと、そこには信じられない人物が居た。

「……私!?」

「サ、サキちゃんが……二人……クマ?」

 声の主は驚く事に早紀自身だった。
 ただ、その表情はどこか歪さを感じさせ、金色の瞳がその印象に拍車を掛ける。

『この町を去ったあの人は私との約束を違え、あれから連絡の一つも寄越さない』

 それは認めたくない毒の言葉。

『花ちゃんだって、店長の息子だから相手をしてただけなのに、勝手に勘違いして盛り上がって……ほんと、ウザい……』

「そんなこと無いっ!!」

 確かに、そう思っていたところもあったが、それだけでは無かった。

『ジュネスなんてどうだっていいし、潰れそうなウチの店も、怒鳴る親も、何もかも全部、無くなればいいと思っているくせに……』

 目の前の早紀の一言一言が心を抉っていく。
 自分自身から言われる言葉が、身体から力を奪っていくような錯覚さえ覚える。

「……違う、私……そんな事、思ってない……」

『まだ誤魔化すんだ? 頑張っていないと、自分が惨めだと認めるしかないから頑張っていたんでしょ? 私には解る』

 目の前の早紀は勝ち誇った表情を浮かべて、早紀の心を砕いていく。

『私はアンタ、アンタの影……アンタの事は全てお見通しなんだから!』

「違うっ! そんなはず無い!!」

「サキちゃん、駄目クマ! すぐにここから逃げるクマ!!」

 目の前の早紀に心を砕かれそうになっている早紀にクマが慌てて声を掛ける。
 このままだと良くない事が起こる。
 何故だかクマにはその事がハッキリと感じ取れた。
 しかし、早紀にはクマの言葉は届いておらず、このまま心が砕かれるのを待つばかりの状況は、突然の声によって遮られた。

「小西先輩!!」

 聞き覚えのある声に、早紀が驚いて背後を振り返る。

「花、ちゃん……?」

 早紀の視線の先には、居るはずのない陽介の姿があった。




 陽介の視界に、信じられない光景が映っていた。

(小西先輩が、二人!?)

 霧のためにハッキリとは見えないが、間違いなく早紀が二人いる。
 ここからでは話し声が聞こえないため、どのようなやりとりをしているかは解らないが、あまり良くないように見える。
 早紀が二人いることも不可解だが、それよりも早紀の隣にいるズングリした物体が何よりも不可解だ。

(何でこんな所に着ぐるみが居るんだよ?)

 訳が分からず戸惑う陽介に、千枝と鏡がどうしたのかと問いかけようとする。

「違うっ! そんなはず無い!!」

「サキちゃん、駄目クマ! すぐにここから逃げるクマ!!」

 二人が陽介に問いかけるよりも早く、早紀の悲鳴に似た声を聞いた陽介はその場から飛び出していた。

「小西先輩!!」

「花、ちゃん……?」

 早紀はどういう訳かフレームレスの眼鏡を掛けていて、信じられないような表情で陽介を見ている。

「花村! アンタは勝手に飛び出して!! って、小西先輩が二人!?」

 そう言って、咄嗟に陽介を追って後ろから出てきた千枝も早紀が二人いる事に驚く。
 こうなっては隠れていても仕方がないと判断して、鏡もその後に付いてくる。

「およよ、他にもまだ人が居たー!?」

 ズングリした物体が陽介達を見て驚きの声を上げる。

『へえ、花ちゃんも居たんだ……』

「オマエは一体誰だ? 何で先輩と同じ姿をして居るんだ!」

 もう一人の早紀が、誰何する陽介に意外そうな視線を向ける。

『私は見ての通り“小西早紀”よ、花ちゃん』

 もう一人の早紀はゾクリとする笑みを浮かべて陽介に話し掛ける。

『私は小西早紀の“影”。そこにいる小西早紀の“本性”よ』

「違う! 私はそんな事、思ってない!!」

『まだ綺麗事を言い続けるの? 本心では花ちゃんの事だって“ウザい”って思っているくせに』

 もう一人の早紀が、歪んだ笑みを浮かべてそう告げる。

「俺の事が……ウ、ウザい……?」

『かわいそうな花ちゃん、あんなにも気に掛けてくれていたのに、想いが通じないなんて……』

 動揺する陽介に哀れみの視線を向けて、もう一人の早紀が言葉を続ける。

『でもね、私なら花ちゃんの事を受け入れてあげられるよ』

「……せ、んぱい?」

『私の為だけに尽くしてくれるなら、花ちゃんの望む事を全部してあげる。花ちゃんが望むなら私……』

 スカーフを解き胸元を見せて、もう一人の早紀が潤んだ視線を向け艶っぽい声で陽介に話し掛けてくる。

「止めて! アンタは、私じゃ無い!!」

 陽介を誘惑しようとするもう一人の早紀を否定する。

『何? 今、何か言った?』

 早紀を小馬鹿にするような様子で、もう一人の早紀が問いかける。

「アンタは、私じゃない! アンタなんか、私であるもんかっ!!」

『ふふふ、そうよ……私は“私”。私はもうアンタじゃない!』

 早紀の言葉に、もう一人の早紀が嘲笑をあげる。
 もう一人の早紀から黒い風が巻き上がり、その姿を覆い隠す。

「何よ、アレ!」

 急激な状況の変化に千枝が叫ぶ。
 黒い風が収まると、そこには艶めかしく蠢く髪を逆立たせ裸身を晒した異形の姿があった。

「先輩!?」

 異形が現れるのと同時に糸が切れた人形のように早紀がその場に崩れ落ちる。
 陽介は倒れている早紀の元へと駆け寄り、抱きかかえて安否を確認する。
 どうやら意識を失っているだけで、無事なようだ。

『我は影……真なる我……』

 そんな陽介に異形は憎しみの籠もった視線を向けてくる。

『花ちゃんはそいつが良いのね……だったら、たぁっぷりと可愛がって……天国へと逝かせてあげるわっ!』

 異形は逆立つ髪の一房を一閃すると陽介達を打ち据える。

「ぐあっ!」

「花村っ!!」

「サキちゃん!」

 気を失っている早紀への攻撃を咄嗟に庇った陽介が、早紀と共に千枝の傍まで吹き飛ばされる。
 慌てた千枝とズングリした物体は陽介の元へと駆け寄り、二人を助け起こそうとする。

「花村、大丈夫!?」

「俺は平気だ……けど、小西先輩が……」

 痛みを堪えて陽介が千枝に答える。

「皆、早くここから逃げるクマっ!」

 ズングリした物体がそんな二人に慌てたように話すが、気を失った早紀が居るために、陽介達はすぐに行動を起こせない。
 再度、陽介達に攻撃を加えようとした異形の顔面に酒瓶が投げ付けられる。

『がっ!?』

「皆、今の内に小西先輩を連れて逃げてっ!!」

 酒瓶を投げ付けたのは鏡だった。
 近くにあるケースから手当たり次第に酒瓶を取り出しては、異形へと投げ付け続けている。

『このっ……小娘がッ!!』

 何度も酒瓶をぶつけてくる鏡に切れた異形が、攻撃目標を鏡へと変更する。
 鏡は陽介達が逃げられるように異形の攻撃を引きつけつつ、陽介達から引き離していく。
 その間も、手近な酒瓶を投げ続け陽介達に意識が向かないように異形の意識を誘導する。

「花村、鏡がアイツを引き付けている間にあたし達は逃げるよ」

「里中っ、神楽を置いて逃げるワケにはいかねえだろ!」

「解ってる! けど、あたしらがこうしてたって邪魔にしかなんないって解ってんでしょ!!」

 千枝の言う通りだった。
 気を失っている早紀が居る限り、陽介達の移動速度はどうしても遅くなる。
 誰かが注意を引き付けて逃げる時間を稼がないとならない。

「ちっくしょう……」

 その事が痛いほど理解できるだけに、陽介の感じる悔しさは尋常じゃなかった。
 最近になって転校してきた女子を囮にしてしまった自分の不甲斐なさ。
 男は自分一人だというのに、何て情けない有様なのだと……

「ちょっと、そこの妙なアンタ! 小西先輩の知り合いみたいだけど、アンタも小西先輩を連れ出すのを手伝って!」

 陽介が悔いている間にも千枝がズングリした着ぐるみに話し掛ける。

「クマはアンタじゃ無くてクマクマ! サキちゃんを助ける手伝いはするクマから、早くここから逃げてあの子も助けるクマ!」

 クマと名乗った着ぐるみも手伝って、早紀を連れて陽介達は店から脱出する。
 その間にも、異形の注意を引き続けている鏡は商店街へと異形をおびき寄せている。




 鏡は先ほどから続く頭痛を堪えながら、異形の注意を引き続けていた。
 目の前の異形が現れた途端に襲われた頭痛。
 意識が散漫になりそうなところを我慢して、目の前の異形に集中し続けている。

――我は汝、汝は我……

 不意にどこからともなく声が聞こえてくる。

――汝、扉を開く者よ……

 その声に気を取られた隙をついて、異形の髪が鏡へと伸びてくる。
 異形の攻撃に対して反応が遅れた鏡の首に髪が絡み付く。

「あぐっ!?」

 髪は幾重にも首に巻き付き、鏡を締め付けてくる。

『つ・か・ま・え・たぁ……』

 鏡を捕らえた異形は加虐的な笑みを浮かべている。

『小娘……このまま、じわじわと嬲り殺しにしてあげるわっ!』

 締め付けられる苦しみの中で、鏡には先ほど聞こえた声が鮮明に聞こえ続けている。

――双眸を見開きて汝……今こそ発せよ!

 右手に何かを握りしめている感触がある。
 鏡はそれが何であるのか確かめられないまま、力強くそれを握りしめる。
 遠くなる意識の中で、鏡は無意識こう呟いてた。

――ペルソナ

 握りしめた右手から青白い炎が吹き出し、そのまま鏡の全身を炎が包む。

「鏡!?」

 その様子を遠くから見た千枝が驚きの声を上げる。

『ぎゃっ!?』

 鏡を包んだ炎が、締め付けていた髪を焼き切る。
 炎の熱に怯んだ異形の目の前で、炎に包まれた鏡から何かが出現する。

 それは黒い人型だった。
 手には柄が長く長刀を思わせる巨大なナイフ。
 足元は一本爪の下駄を思わせるブーツ。
 身に纏うは裾の長い黒の学ランで、長ランと呼ばれるものだ。
 襷を巻き、頭部には白い鉢巻き。
 長さは踝まで届くかと思われるほど長い。
 その姿は、いわゆる応援団の団員を思わせるものだった。

 鏡から現れた人型は手にした巨大なナイフで目の前の異形を一閃する。
 異形は咄嗟に後退して攻撃を避けるも、切っ先からは完全に逃れられずに胸元に赤い一筋の傷が付く。

『小娘! 殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる!!』

 異形は我を忘れて鏡へと攻撃を仕掛けるが、迫り来る髪は全て黒い人型に切り裂かれ鏡には掠りもしない。
 逆に、黒い人型の手にする巨大なナイフは異形を切り裂き、着実にダメージを与えていく。

『うぅ……せっかく自由になれたのに、また私は閉じ込められるの……?』

 異形の顔には絶望の表情が浮かんでいた。
 自身の攻撃はことごとく阻まれ、相手の攻撃は確実に自身を弱らせていく。

『嫌だ……嫌……イヤァァァァァッ!!』

 絶叫をあげ、鏡へと突進する異形に向かって、黒い人型は何も持たない左手を向ける。
 瞬間、上空から異形へと落雷が落ち、異形を感電させる。

『……助けて……たすけて、花ちゃん……』

 それが異形の最後の言葉になった。
 異形は、砂が崩れるように身体が崩壊していく。
 後に残ったのは、白い灰のような塊だ。
 それも、吹かれた風に運ばれ痕跡を消し去っていく。
 黒い人型は異形が消えるのと同時に、どこかへと消え去っていた。

「鏡!」

 黒い人型が消えると同時に、鏡もその場に崩れ落ちる。
 千枝は陽介とクマに早紀を任せると、鏡の元に駆け寄って助け起こす。

「鏡、大丈夫? それに、さっきのは一体なんなの、何をしたの!?」

「うん、疲れたけど大丈夫。さっきのはごめん、私にもよく解らない……」

 千枝の質問に鏡は困った表情で答える。

「解らないって……」

 鏡の答えに千枝が唖然となる。
 とはいえ、それ以上は訊ねられるような状態でない鏡の様子に、千枝も口ごもる。

「立てる?」

「ちょっと無理かも」

 そう答える鏡に、千枝が肩を貸して立ち上がらせる。
 千枝の肩を借りて陽介達の元へと鏡は移動する。

「小西先輩の様子は?」

「まだ、気を失ったままだ。それよりも、お前の方こそ大丈夫なのか?」

 早紀の容態を聞いてくる鏡に、陽介が呆れたように答える。

「私の方は疲れているだけ。少し休んだら動けるよ」

「ところで、キミ達はどこからやってきたクマ?」

 陽介に答える鏡にズングリした物体、クマが話し掛けてくる。

「つか、お前はいったい何だ?」

「クマはクマクマ。ここに一人で住んでるクマよ」

 陽介の質問に、クマと早紀と同じ説明をする。

「ここに一人で住んでるって……じゃ、ここからの出口とか知ってんの?」

「入ってきた場所が解るならそこから帰してあげられるクマ。サキちゃんはどこから入ったか解らなくて困ってたクマよ」

 そう言って、クマは陽介達に早紀と出会った経緯を説明する。

「最近、誰かがココに人を放り込むから、クマ、迷惑してるクマよ」

「人を放り込む?」

 クマの言葉に鏡が首をかしげる。
 自分達は事故でこの世界へと入ってしまったが、どうやら早紀は自分達と違って誰かに入れられたようだ。
 鏡はクマへ自分達がこの世界に来た経緯を話し、出口を探していたことを伝える。

「クマ、センセイの凄さに感動したクマ! あんな凄い力を隠してたなんて……この世界に入って来れたのも納得クマ!」

「センセイ?」

「って、鏡のこと?」

 クマの言葉に鏡と千枝が顔を見合わせる。
 どうやら、先ほどの出来事でクマは鏡の事を尊敬しているようだ。

「ま、知りたい事とか色々あるけれど先輩の事もあるし、まずは元の場所まで戻ってクマにこの世界から出して貰わないとな」

「っと、そうだったクマ。サキちゃんの事が心配だから早くここから帰った方が良いクマ」

「じゃ、元の場所に戻らないとね」

 鏡達はクマと共に最初にいた場所へと戻る事にした。
 気を失ったままの早紀は、陽介が負ぶって行く事となった。
 鏡はクマと状況の確認をしあっている間に体力がある程度回復したのか、自分の足で立って歩けるほどに回復していた。




 クマを連れて、最初の場所へと鏡達が戻ってくると、クマはスタジオの真ん中辺りをつま先で軽く叩く。
 そうすると、その場所に建てに積み上げられた赤いテレビが現れた。

「んだこりゃ!?」

「テ、テレビ……!? どうなってんの!?」

 突然の出来事に、陽介と千枝が呆気にとられた表情で驚いている。

「さ、ここから元の世界に帰れるクマ。長くこの世界にいると危険だから、早く帰るクマ!」

 そう言って、クマは陽介達を現れたテレビの中に押し込める。

「い、いきなりなに!? わ、ちょっ……無理だって!」

「お、押すなって! 先輩が落ちるだろ!!」

 押し込められた陽介達を見て、鏡は押し込まれないように自分からテレビの中へと入る。
 テレビに入ると、目の前の風景が捻れて上下の感覚が解らなくなる。
 浮遊感が暫く続くと不意に目の前が明るくなり、目の前が真っ白になる。

「あれ、ここって……」

「戻って来た……のか?」

 気が付くとそこはジュネスの家電売り場だった。

『ただいまより、1階お総菜売り場にて、恒例のタイムサービスを行います』

 千枝と陽介が唖然とする中、タームサービスを行う店内放送が流れる。

「げっ、もうそんな時間かよ!」

「結構長く居たんだ……」

「それよりも、小西先輩の様子はどう?」

 驚く二人に鏡が早紀の様子を訊ねる。
 鏡の質問に陽介は慌てて早紀の様子を確かめる。

「駄目だ、まだ気を失ったままだ。どうしたら……」

「取り敢えず、ジュネスの外に連れて行って救急車を呼ぼう」

 早紀の意識が戻らない事に動揺する陽介に鏡がそう話す。
 ジュネスの中で倒れていたと説明するには、それまでの状況を説明しないとならない。
 しかし、テレビの中で襲われましたと説明したところで誰も信じてはくれないだろう。
 だったら、ジュネスの外で倒れていた事にして余計な説明を省いた方が良いと鏡が二人に説明する。

「確かに、俺だって自分の目で見てなかったら、テレビの中の世界なんて信じられないよな」

「そうだね。私もそれで良いと思う。それじゃ、小西先輩を連れて行こう」

 鏡の説明に納得した二人はそう言って、人目に付かないように三人で早紀をジュネスの外へと連れて行く。
 外はまだ雨が降り続いているため、ジュネスから少し離れた屋根のある場所へと移動して、鏡が電話から救急車を呼ぶ。
 千枝と陽介には、事情説明は自分一人でする方が都合が良いからと二人を帰らせた。
 一緒に居るという陽介には、ジュネスの事があるので拙いと説得したところ、不本意ながらも納得してくれた。


 救急車を待つ間に、鏡は遼太郎へと帰りが遅くなるので、夕飯を先に食べておいて欲しいと連絡を入れた。

『解った。それで、その先輩の様子は大丈夫なのか?』

「気を失っているので何とも。済みませんが、叔父さんの方から小西先輩の自宅へと連絡をお願いしても良いですか?」

『そうだな、解った。向こうへは俺から連絡を入れておく。すまんが病院まで付き添ってやっててくれ』

「はい、解りました。それでは、連絡の方はお願いします」

 そう言って鏡は携帯電話をしまい救急車の到着を待つ。
 ほどなくして到着した救急車で、早紀と共に稲羽市立病院へと移動する。
 遼太郎から連絡を受けて、鏡が到着した少し後になってから早紀の家族がやってきた。
 早紀の家族は受付で早紀の病室を聞き、鏡に気付く事なく病室へと向かう。

「鏡」

 早紀の家族が到着したので、病院を後にしようと思っていた矢先に鏡に声が掛けられる。

「叔父さん?」

 鏡に声を掛けてきたのは遼太郎だった。

「大変だったな。先輩の家族はもう到着しているのか?」

「はい、先ほどそれらしい家族がやってきました」

「そうか。お前も大変だったな」

 遼太郎はそう言って、鏡に労いの言葉を掛ける。

「菜々子ちゃんは?」

「あぁ、菜々子もお前を迎えに行くと言っていたが、時間も遅いからな、休ませてきた」

「済みません、菜々子ちゃんにまで心配を掛けましたね」

「まぁ、事が事だけに仕方が無いだろう。それよりもお前、メシは済ませたか?」

 菜々子に心配を掛けた事を気にする鏡に、遼太郎がそう訊ねる。

「まだですけれど……クシュン!」

「風邪か? いかんな新しい環境で疲れがたまってるんだろう。帰ったら薬を飲んで早く休んだ方が良いな」

 鏡の様子に遼太郎が心配げな表情でそう話す。
 車で迎えに来たそうなので、鏡は遼太郎と一緒に駐車場へと移動して車に乗り込む。

「なぁ、鏡。実はな、お前が見つけた小西早紀なんだが……」

 車を出して暫くして、遼太郎が言いにくそうに鏡に話し掛ける。

「実は行方が分からないと連絡があってな、うちの連中が探していたんだ」

 その言葉に鏡が驚く。

「すまんが、見つけたときの状況を教えてくれんか? 覚えているだけで良い」

 鏡は遼太郎にクラスメイトと共にジュネスの家電売り場にテレビを見に行った事、その帰りに早紀を見つけたと説明する。
 ただし、テレビの中の世界や早紀がその中で襲われていた事を省いてだ。

「そうか……偶然見つけただけか。すまんな困らせるような事を聞いて」

 説明を聞いた遼太郎が鏡にそう話す。
 鏡の説明を聞く限りだと、小西早紀は何かの事件に巻き込まれた可能性がある。
 しかし、今聞いた話だけでは確証が持てないので、早紀の意識が戻ったら事情聴取をしないとならないなと、遼太郎は考える。
 降りしきる雨のように、何ともスッキリしない事だと遼太郎は憂鬱な思いになるのだった。




2011年03月19日 初投稿
2011年04月15日 誤字修正



[26454] ベルベットルーム
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/06/04 08:48
――――少女はペルソナという力に目覚めた

     しかし、その使い方を少女は未だ知らず

       自身の力に戸惑いを隠せない

   それでも、運命の糸は静かにただ紡がれていく




 鏡達が霧の世界で早紀を救い出した翌日。
 帰宅してから軽く食事を摂り、薬を飲んで早く休んだので翌朝には鏡の体調は元に戻っていた。
 いつも通りに目を覚まし、身支度を調えて居間に降りると遼太郎が出掛けるところだった。

「起きたか、身体の方は大丈夫か?」

「おはようございます。薬のおかげで大丈夫です」

「そうか。お前が昨日見つけた小西早紀だが……今朝方、目が覚めたそうだ」

 その事で連絡があり、今から事情聴取に向かうと遼太郎は話す。
 明日には面会も可能だから、良かったら顔を出してやれと言って遼太郎は出掛けていった。

「お姉ちゃん、この間ジュネスであったお姉ちゃん、入院したの?」

 菜々子が心配そうに鏡に訊ねる。
 本当の事が言えない鏡は『大丈夫だよ』と、菜々子に安心するように言うしかなかった。
 それでも、鏡の言葉を信じた菜々子は安心した表情を鏡に見せる。

「菜々子ちゃん、明日は土曜日だから、学校が終わってから皆でお見舞いに行こうか?」

「うんっ」

 そんな菜々子に鏡は早紀のお見舞いに一緒に行こうと誘い、菜々子は嬉しそうに頷く。
 朝食は昨晩に調理が出来なかったので、冷蔵庫に残っている食材を使いトーストとスクランブルエッグを作った。
 二人で朝食を摂り、食器を片付けてから分かれ道まで一緒に登校する。

「それじゃ、行ってらっしゃい、菜々子ちゃん」

「行ってきます、お姉ちゃん!」

 いつもの分かれ道で菜々子と別れた鏡は学校へと向かう。
 途中、前方を見覚えのある姿が歩いていたので、鏡は歩く速度を速めて声を掛ける。

「おはよう、千枝。雪子と一緒じゃないの?」

「あ、おはよう鏡。雪子は家の手伝いで昼から登校するって」

 鏡の質問に答える千枝はどことなく元気が無さそうに見える。

「千枝、疲れているようだけど、昨日の事が原因?」

「ま、ね。小西先輩の事も気になってたし……ていうか、鏡は何とも無さそうね」

「実はちょっと風邪気味で、薬でマシになっているだけだから」

 普段と変わらない様子の鏡に千枝が感心した表情を見せるが、鏡は正直に体調が思わしくなかった事を話す。
 千枝が感心したのは、先日の異常な体験にもかかわらず普段通りの様子である事だったのだが、鏡は微妙に勘違いをしている。
 鏡があの時、たった一人だけ異形に反応して行動を起こせたのは、こんな所に理由があるのかも知れないと千枝は思った。

「おはよう、神楽。あれから先輩はどうなった?」

 鏡と千枝が教室に到着すると、陽介が先に来ていて鏡を待っていた。
 当然というか、早紀の事が心配だったのだろう。
 鏡は陽介に遼太郎から今朝方になって目を覚ました事、今日は事情聴取があるので明日、皆で見舞いに行かないかと誘う。
 陽介は鏡と一緒に行く事を約束し、千枝は早紀とそれほど付き合いがある訳ではないからと遠慮する。

「先輩が目を覚ましたのは良いが、昨日の事を先輩が話していると思うか?」

「小西先輩には悪いけれど、話しても信じてもらえないと思う」

 陽介の質問に鏡はそう答える。鏡達が同じ事を証言すれば状況は変わるかも知れないが、鏡個人としては話す気は無い。
 意識を失っていた状態で搬送された為、早紀がテレビの中での出来事を話しても、信じてもらえない可能性の方が高いのだ。

「それに、テレビの中で自分自身に襲われましたって話せないんじゃないかな?」

「確かに、正気を疑われるのがオチか……」

 鏡の説明に陽介が納得する。
 テレビの中の世界には、鏡が居れば入る事が出来るだろうが、もう一人の早紀は先日の一件で存在しないのだ。
 事実を証明する手段が無いので、説明のしようがない。
 鏡自身、その事を理解しているのだろう。陽介も自身が鏡の立場だったら、自身も同じような行動を取るだろうと思った。

「お前ら! 早く席に着け! HRはもう始まっているんだぞ!!」

 そんな遣り取りをしていると、諸岡が教室に入ってきてクラスメイト達に怒鳴り散らす。
 内容が内容だけに、話の続きは放課後に持ち越される事となる。
 HRで諸岡から雪子が家の事情で欠席するとの連絡があった。
 千枝は昼から出てくると聞いていたそうだが、事件があったせいで実家の方が忙しいのだろう。
 最近、疲れ気味な様子を見せていただけに、千枝は雪子の事を心配していた。




「なあ、神楽。悪いんだが、もう一度あの世界に連れて行ってくれないか?」

「ちょっ、花村!」

――放課後

 陽介の言葉に千枝が驚く。
 千枝が驚くのも無理はない。あの世界は命に関わるような危険な場所なのだ。
 そんな場所にまた行こうなど、正気の沙汰とは思えない。

「あんな危険な場所、もう行かない方が良いって!」

「里中、お前の言う事も分かるけど、どうしても確かめたい事があるんだ」

「それはクマと名乗った着ぐるみが話していた事?」

 反対する千枝へそう話す陽介に、鏡は自身も思う事があったので訊ねてみる。
 鏡の問いに陽介は、自身と同じ疑問を鏡も持っている事に気付く。

「神楽も気付いてたのか? あのクマってヤツ“誰かがココに人を放り込む”って言ったんだ」

 鏡も感じていた疑問。
 それは陽介が言うように、早紀意外にも誰かがあの世界に迷い込んだ事があるという事だ。
 自分達は事故であの世界に迷い込んだが、早紀はクマの言う放り込まれた側だろう。
 しかし、早紀だけならあのような言い方はしない。
 早紀以外にも放り込まれた人物が居るから、クマは“迷惑している”と言ったのだ。

「神楽、マヨナカテレビに映っていたのは小西先輩だと、お前は言ったよな? だとすると、思い当たる事があるんだ」

「遺体で発見された山野アナ?」

「えっ! それ、どういう事?」

 陽介と鏡の遣り取りについて行けない千枝が二人に訊ねる。
 混乱している千枝に、陽介はマヨナカテレビで山野アナを見たという生徒が居た事。
 その後になって遺体が発見された事をあげ、早紀と同じようにあの世界に山野アナが入っていたかも知れない可能性を示す。

「そんな、偶然じゃないの?」

「あんな世界がある以上、偶然で片付ける訳にはいかないと思う」

 千枝の言葉を鏡が否定する。
 陽介も鏡に同意し、もしもマヨナカテレビに映った人物があの世界に居るとしたら、それは凄く危険な事である。
 実際、鏡達もクマが元の世界に帰してくれなかったら、一体どうなっていたのか見当も付かない。

「だったら、余計にあの世界に行く事なんて無いじゃん!」

 二人の説明に千枝が反論する。
 わざわざ危険な場所に好きこのんで行く必要なんてどこにもないのだ。
 だが、千枝の言葉は鏡の『クマは小西先輩の事を心配している』という言葉で強く反対が出来なくなった。
 確かに、怪しい存在ではあるが早紀の事を心配していたのは紛れもない事実だ。
 
「それに、クマの言い方からすると、入り口と出口は同じ場所で繋がっているはずだ」

 そうでなければ、クマが“入ってきた場所が解るならそこから帰してあげられる”とは言わないだろう。
 その上、クマは鏡の事を“センセイ”といって尊敬しているようなので、自分達に悪いようにはしないと思われる。

「解った。あんた達二人だと心配だから、あたしも行く」

「悪いけど千枝には他に頼みたい事があるの」

 千枝の提案に鏡が待ったを掛ける。

「あたしに頼みって、何?」

「今日、雪子が学校を休んだでしょ? 様子を見に行って欲しいのよ」

 千枝の質問に鏡が答える。

「確かに、ここん所の天城の様子、ただごとじゃ無さそうだったしな」

 陽介も鏡に同意する。
 ここの所、雪子は家の手伝いでかなり疲れているようだった。
 親友である千枝が顔を見せてあげれば、少しは元気になるのではないか。
 鏡はそう千枝に説明する。

「……解った。確かに、最近の雪子シンドそうだったし、これからちょっと行ってくる」

「雪子によろしく言っておいて」

 鏡の説明に千枝は頷くと鏡達と別れて天城屋旅館へと向かう。
 千枝を見送った鏡と陽介はそのままジュネスへと向かい、テレビの中の世界へと再び移動する。




 テレビの中に入ると、先日と同じ場所に出る事が出来た。
 どうやら、場所と場所が繋がっているのは正しかったようだ。

「センセイ!?」

 近くに居たのか、二人に気付いたクマがやってくる。

「何でまた来たクマ。ココは本当に危険なんだクマよ!」

 鏡達を心配してクマがそう、まくし立てる。

「小西先輩の事、心配していたでしょ? だからその事を教えに来たのよ」

「まぁ、その他にお前に聞きたい事もあるんだかな」

「サキちゃん、無事クマか!?」

 やはり早紀の事を心配していたのだろう。鏡の言葉にクマは食いつかんばかりに早紀の事を聞いてきた。
 鏡はクマに意識が回復した事と明日、皆でお見舞いに行く事を話した。

「そっか。サキちゃん、意識が戻ったクマね、本当に良かった……」

 早紀の無事を知らされたクマは嬉しさに涙ぐんでいた。
 こうして見てみると、クマは優しい心の持ち主なのだろう。

「安心しているトコ悪いんだが、小西先輩より先に、この世界に誰かが来なかったか教えて欲しいんだ」

 そう言って、陽介は先日のクマの発言から思い至った事を説明する。

「確かに、サキちゃんより先に誰かが来ていた気配は感じていたクマ。けど、霧が晴れたところでその気配は消えたクマよ」

 陽介の言葉にクマはそう答える。

「霧が晴れたら消えた?」

「霧が晴れると、シャドウはひどく暴れるクマ。センセイのように力を持っているなら別だけど、力のない人間はシャドウに勝てないクマ」

「って、事は何か? この世界に霧が晴れるまで居たらヤバイって事か?」

「だから、この前クマは早く帰れって言ったクマ」

 陽介の質問にクマがそう答える。

「それじゃ、霧が出る日に死体が見つかったのって、まさか……」

「霧が出る日に死体? そっちで霧が出る日は、こっちだと、霧が晴れるクマよ」

 鏡の言葉にクマがそう答える。
 やはり、山野アナはこちらの世界に来ていたのかも知れない。

「だったら、その気配はどこから感じたのかは解る?」

「それなら解るクマよ」

「その場所へ俺達を案内してくれないか? 確かめたい事があるんだ」

 鏡に答えたクマへ陽介が頼み込む。
 クマは少し考える素振りを見せると、鏡へと視線を向けた。

「案内しても良いけど、センセイ達にクマも一つお願いしたいクマ」

「お願い?」

 クマが言うには、誰かがこの世界に人を放り込む事によって、この世界はめちゃくちゃになるそうだ。
 放り込まれた人も危険だし、静かに暮らしたいクマも迷惑なので、犯人を見つけ出して止めさせて欲しいという。
 その依頼に陽介は困惑する。鏡は少し考えると、クマの依頼を受ける事にした。

「そうか……小西先輩をこの世界に放り込んだ犯人は、俺達でないと見つけられないんだよな」

 自分達の世界の誰かが犯人なのは間違いない。
 クマのような目立つ存在が自分達の世界で犯人捜しをした所で、不審者と見なされて警察のお世話になるのが関の山だ。
 その上、テレビの中の世界など、誰も信じてはくれないだろう。
 そうなると、自分達で犯人を見つけ出すしか方法はない。互いの利益が一致した所で互いに自己紹介を済ませる。

「センセイ達を案内する前に、二人とも、これを掛けるクマ」

 そう言ってクマが二人に渡してきたのは眼鏡だった。

「それを付けていれば、この世界でも霧に視界を邪魔される事が無いクマよ」

 クマに言われて、半信半疑で眼鏡を掛けた二人は視界が良好になった事に驚く。

「うお、すげえ……この間と視界が全然違う。そうか、小西先輩が掛けていた眼鏡も、コレと同じ物なんだな」

「そうクマよ。クマの自信作クマ!」

「って、お前の手作りかよ!」

 自慢げに話すクマに、陽介は反射的に突っ込みを入れる。
 鏡も口には出さなかったが、あの手で作ったのかと意外そうな表情でクマを見ていた。

「それがあれば、霧の中を進むのに役に立つクマ。これから案内するから、付いてくるクマ」

 そう言って、クマは二人を先より前にこの世界に来た人物が居たところへと案内する。




 クマに案内されてたどり着いた場所は、見ているだけで気が滅入るような部屋だった。
 部屋の壁一面には、顔を切り抜かれたポスターが貼られており、恨みの深さが窺い知れる。

「なんだ、この部屋……何で貼ってあるポスター全部、顔が切り抜かれているんだ」

 あまりの薄気味悪さに、陽介が身震いする。

「このポスター、家電売り場に貼られていた柊みすずのポスターじゃない?」

「そう言われてみれば……確かに、柊みすずのポスターだな」

 鏡の指摘に、陽介もジュネスの家電売り場に貼られているポスターと同じ物だと気付く。

「それに、この椅子とロープ……あからさまに拙い配置だよな……」

 陽介が言うとおり、部屋の梁に掛けられたロープの先はスカーフで輪っかが作られており、その下には椅子が置かれている。
 どう見ても、首つり自殺をするために用意した物にしか見えない。

『憎い……』

「何だ、クマ!?」

 どこからともなく女性の声が聞こえてくる。

『あんなにも尽くしてくれていたあの人を、売れたら捨てたくせに……取られそうになった途端、局に圧力を掛けて来るなんて……』

「お、おい、これって」

 恨みの籠もった声に陽介が動揺する。
 その声は、柊みすずに対する山野真由美の呪詛だった。
 人気が出た事をきっかけに、夫を顧みなくなった事。
 温和しいが、誠実で思いやりのある生天目太郎との関係を知り、マスコミを使い彼を追いつめた事。
 さらには自分が勤める局にまで圧力を掛け、全ての番組から降板させられた事。
 諸々の恨み辛みが込められたその声は、聞いているだけで寒気がしてくる。

「よっぽど、柊みすずに対する恨みが強かったんだな……」

「けど、生天目太郎って人に対する想いは本物だったのね」

 陽介の言葉に鏡がそう答える。
 恨みに綴られた言葉だったが、最後に聞こえた『あの人に会いたい』という言葉だけは恋い焦がれる少女のようだった。
 少なくても柊みすずの仕打ちに対して、生天目太郎の事を恨む事なく逆に全てを無くした彼を気遣ってさえいた。

「ただ、これでハッキリしたな。山野真由美も、この世界に来ていたんだ」

 どういう理屈かは解らないが、マヨナカテレビに映った人間はこの世界に来ているようだ。
 しかし、そうなると誰がマヨナカテレビに二人を映したのかが解らない。
 クマの説明だと、この世界にはクマとシャドウしか居ないという。
 先日のもう一人の早紀がシャドウという物らしい。
 ただ、人の形をしたシャドウはクマも初めて見たそうだ。

『まったく……こんな世界にまで来て“探偵ごっこ”か?』

「誰だっ!?」

 背後から聞こえた声に驚いた陽介が振り返って誰何すると、そこには金色の瞳をした陽介が立っていた。

「お、俺が……もう一人!?」

『ま、何もないウザい日常を変えてくれるかもって、ワクワクしてんだから、しょうがねえか?』

 もう一人の陽介は、歪んだ笑みを浮かべて話し続ける。

『小西先輩をこの世界に放り込んだ“犯人を捕まえる”って、らしい口実も出来たしな』

「違うっ! 俺はそんな事を思ってない!」

『今さら何を言ってやがる。あわよくば、その女のように特別な力に目覚めて、ヒーローになれるかもって期待してんだよなぁ?』

 否定する陽介を、もう一人の陽介が追いつめていく。
 見たくなかった自分の姿を突きつけられて、陽介は正常な判断が出来なくなっている。

「お前なんか知らない……お前なんか……お前なんか……」

「ペルソナ!」

 もう一人の自分を否定しようとした陽介よりも早く、鏡がペルソナを召喚する。
 鏡の意志に従い現れた黒い人型が放つ、電撃系攻撃スキル【ジオ】がもう一人の陽介に命中する。

『ぐあっ!?』

 ジオの直撃を受け、もう一人の陽介は一時的に身体の自由が利かなくなる。
 崩れ落ちるもう一人の陽介に鏡が近づいてくる。

「黙って聞いていれば、好き勝手言って……」

『この、あまぁ……!』

 憎々しげに鏡を見上げるもう一人の陽介に、鏡は冷たい視線を向ける。

「彼があなたの言う思いを抱いて、何が悪いの?」

『な……ん、だとぉ……!?』

「それでも、小西先輩の事を想って行動を起こした彼を、あなたが否定できるの?」

「っ!?」

 鏡の言葉にもう一人の陽介ばかりか、陽介も驚く。
 見たくない自分を否定しようとした陽介と違って、鏡はもう一人の陽介をも肯定しようとする。
 そんな鏡の姿を見て、陽介は先ほどまで感じていた焦燥が無くなっている事に気付いた。

「確かに、俺の中にお前の言うような思いがあった。けど……小西先輩の事は紛れもない俺の本心だ!」

『う……あ……』

「みっともねーから、認めたくなかった……けど、全部ひっくるめて、俺だって事だな。ちくしょう……自分と向き合うってムズいな」

 陽介は、もう一人の自分を真っ直ぐ見ると、噛み締めるように宣言する。

「認めてやるよ。お前は俺で、俺はお前だ」

『…………』

 陽介の言葉に、もう一人の陽介が穏やかな表情になると、青い粒子となってその姿が変化する。
 その姿は赤いマフラーをなびかせ、手には手裏剣のような物を持った人型だった。
 姿が変化した人型は、再び青い粒子を発するとカードへと姿を変え、陽介の身体に吸い込まれるように消えていく。

「これが俺の“ペルソナ”……」

 陽介はそう呟くと、その場に座り込んでしまう。

「ヨースケ、大丈夫クマか?」

「ああ、なんか急に疲れが押し寄せてきたが、大丈夫だ。神楽、ありがとうな、こんな俺を肯定してくれて」

 クマに答えた陽介が、鏡に視線を向けて礼を述べる。 

「にしても、神楽ってモロキンに噛みついた時から思ってたけど、容赦ねーのな」

「そうかもね」

 呆れたように話す陽介に、鏡は綺麗な笑みを浮かべて答える。
 その答えに『さらっと肯定したよ、この人は』と陽介は若干、引きつった笑みを浮かべる。
 知りたい事も解り陽介も疲れているようなので、今日の所は引き上げる事にした。
 クマの案内で元の場所に戻ってきた鏡達は、またクマに会いに来る事を約束して元の世界へと戻る。
 情報の整理は陽介がかなり疲れているようなので、後日改めて行うことを約束し、それぞれ帰宅する事にした。


 雨が降り続ける帰り道の河川敷で、鏡は和服姿の雪子と出会った。
 珍しそうに和服を見る鏡に、雪子は家のお使いで今は少し休憩をしてるのだと説明する。

「鏡は買い物の帰り?」

 鏡の持つ買い物袋見て雪子が訊ねる。

「うん、今日の晩ご飯の食材」

 鏡が料理を作れると知って、雪子は羨望のまなざしを向ける。
 何でも手伝いで失敗して以来、厨房に立たせてもらえないのだそうだ。
 
「そう言えば、千枝に私の様子を見てきて欲しいって頼んでくれたんだよね。ごめんね、心配掛けて」

「大変だとは思うけれど、無理はしない方が良いよ?」

 鏡の気遣いに雪子がお礼を述べるが、やはり無理をしているように鏡には見える。
 雪子も自覚はしているのだろうが、今は自分が頑張らないと駄目だからと鏡に話す。

「あ……そろそろ戻らなきゃ。板長と明日の打ち合わせしないと。ウチの旅館、私がいないと全然ダメだから」

 そう言って雪子は小さく笑う。
 その様子はどこか自嘲的にも見え、雪子の多忙ぶりを窺わせる。

「……えと、また学校でね」

 心配そうな鏡の様子に気付いた雪子が、そう言って逃げるように帰って行く。
 その様子に、このまま体調を崩さなければ良いのだがと鏡は思う。

「おかえりなさい」

「ただいま、菜々子ちゃん。今日はハンバーグで良いかな?」

「うんっ!」

 帰宅すると、遼太郎はまだ戻ってきてないようで、菜々子が一人でテレビを見ていた。
 鏡は買って来た食材を取り出すと手を洗い、菜々子と一緒に晩ご飯の準備をする。
 一緒に食事の準備をするのが楽しいのか、ここの所は菜々子も積極的に鏡の手伝いをしてくれる。
 出来合いの物ではなくて、一から作るハンバーグに菜々子は楽しそうだ。
 今日のメニューは、煮込みハンバーグとコーンスープだ。


 遼太郎は今日も遅いようなので、菜々子と二人で晩ご飯を摂り、遼太郎の分は暖めるとすぐに食べられるように用意しておく。
 食べ終えた食器を洗って、菜々子とテレビを見ているとテレビのニュースで山野アナの事件の続報が流れていた。
 ニュースによると、未だに犯人の目撃情報は無く、捜査は難航していると報じられる。
 遼太郎を心配する菜々子を慰めていると、ニュースは雪子の実家である“天城屋旅館”の事を報道していた。

『えー、事件後、女将が一線を退き、今はこちら、一人娘の雪子さんが代わりを務めています』

 テレビには、帰りしなに出会った和服姿の雪子が映っていた。
 鏡は菜々子に、テレビに映っているのが以前に話した雪子であることを教える。
 その間にも、雪子は無遠慮なリポーターからのセクハラ紛いのインタビューを受けて困惑していた。

「……雪子お姉ちゃん、かわいそう」

 インタビューに困る雪子を見て、菜々子がそう零す。
 鏡も菜々子に同意見で、本当にこの番組のスタッフは大丈夫なのかと不安になる。
 時間も遅くなったので、鏡は菜々子とお風呂に、入り上がった後で菜々子の髪を乾かしてあげる。
 髪を乾かす間、菜々子は眠そうにしていたので、乾かし終えてすぐに菜々子を休ませた。


 菜々子が眠った事を確認して、鏡も自室へと戻り0時になるのを待つ。
 今日も雨なので、マヨナカテレビに何かが映るかも知れないからだ。
 本当なら、何も映らない方が良いのだが念の為に確認する事は必要だ。

――時計の針が午前0時を過ぎる

 電源の入ってないテレビに、またしても映像が映る。
 どうやら、条件さえ揃えば何度でも見られるようだ。
 画面に映っている人物は女性のようで、和服を着ているように見える。
 どことなく、和服を着た雪子のようにも見えるが、画像がハッキリしておらず確証が持てない。


 鏡はふと、マヨナカテレビの映像に手を入れたらどうなるのか疑問に思った。
 ひょっとすると、映っている人物に触れる事が出来るかも知れない。
 疑問を確かめるべく、鏡はテレビに触れてみる。

「っ!?」

 しかし、画面に手を入れた瞬間、映像は消えてしまい触れる事は出来なかった。
 期待はしていなかったが、そう簡単には行かない事に僅かな失望を感じる。
 取り敢えず、明日になったら今見た事を陽介と話した方が良さそうだ。
 そう思い、鏡は今日の所は眠る事にして布団に入り就寝する。




 不思議な夢を見た。
 そこは青で統一された車の中のような場所で、目の前には鷲鼻の老紳士がソファに座りテーブルに肘をついている。
 その隣には、ウェーブがかったプラチナブロンドの髪を青いカチューシャで留めた理知的な美女が座っていた。
 驚く鏡に、目の前の老紳士“イゴール”が夢の中にてお呼び立てしたのだと説明する。

「ようこそ、ベルベットルームへ。また、お会いできましたな」

「ここは、何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋……」

 イゴールの言葉を継いで、鏡に説明する美女は確か“マーガレット”と名乗っていたか。
 鏡は、稲羽市に向かう電車の中で見た夢を思い出す。
 夢の中で鏡はイゴールに、近く契約を果たし再び“ベルベットルーム”に訪れる事になるだろうと言われた。
 その言葉通り、鏡は今こうしてベルベットルームへと訪れている。

「これをお持ちなさい」

 そう言って、イゴールが鏡に青い鍵を手渡す。
 それは“契約者の鍵”と呼ばれる物で、ベルベットルームの客人である証だとイゴールが説明する。
 以後、鏡はベルベットルームの客人として、イゴール達の手助けを受ける事が出来るという。
 その事に対する対価はただ一つ。“契約”に従い、自身の選択に相応の責任を持つことのみ。
 イゴールからの説明に鏡が頷くと、満足そうに頷いたイゴールが鏡に説明を続ける。

 ペルソナとは、様々な困難と相対するため自らを鎧う“覚悟の仮面”であること。
 そして鏡のペルソナ能力は“ワイルド”と呼ばれる特別なもので、空っぽに過ぎないが無限の可能性を秘めている。
 言わば、数字のゼロのようなもの。何ものでもないが、何にでもなれる可能性を秘めた力……

「ペルソナ能力は“心”を御する力……“心”とは“絆”によって満ちるもの」

「絆……?」

 他者と関わる事で“コミュニティ”を築き、絆を深める事によってペルソナ能力が伸びる。
 イゴールはそう説明し、鏡だけのコミュニティを築くように勧める。

「それだけでなく、コミュニティはお客様を真実の光で照らす、輝かしい道標ともなってゆくでしょう」

「貴女に覚醒した“ワイルド”の力は何処へ向かう事になるのか……ご一緒に、旅をして参りましょう……フフ」

 マーガレットが説明を補足し、イゴールは鏡の力の行く末を見届けるため、共にゆく事を申し出る。

「では、再び見えます時まで……ごきげんよう」

 イゴールのその言葉を最後に鏡の意識は遠のき、今度こそ本当に眠りにつくのだった。




2011年03月23日 初投稿
2011年04月15日 誤字修正
2011年06月04日 誤字修正



[26454] 雪子姫の城
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/04/15 22:02
――――再びマヨナカテレビに映った彼女の姿

   その姿は普段の彼女とはあまりにもかけ離れている

       普段の彼女とテレビの中の彼女

     どちらが本当の彼女なのだろうか……?




 事件の捜査が難航しているのか、翌朝になっても遼太郎は帰ってこなかった。
 鏡が心配する菜々子を気遣うも逆に、刑事だから仕方がないと返されて胸を痛める。
 二人で朝食を摂り、いつものように分かれ道で別れてから暫く歩いていると後ろから陽介に呼び止められた。

「よっ、おはよーさん。昨日の夜中の、見たろ?」

 自転車から降りた陽介が声を潜めて鏡に問いかける。
 陽介にも誰が映ったのかまでは分からなかったらしく、早紀の見舞いに行った後で様子を見に行かないかと誘われた。

「そうしたいけど、菜々子ちゃんを連れて行くのは拙いと思う」

「そっか、菜々子ちゃんも来るんだったな。よし、クマからは俺が話を聞いておくから、姉御は菜々子ちゃんと買い物をしておいてくれ」

「姉御?」

 鏡は陽介の“姉御”という言葉に呆気にとられた表情になる。
 その様子に陽介は笑って、お嬢というより姉御ってイメージだからと昨日の件を引き合いに出して説明する。
 些か釈然としないモノを感じるが、陽介がそう呼びたいのならそれで良いかと、鏡は好きに呼ばせる事にした。

「また誰かが放り込まれたんだとしたら、やっぱ、マジでいるのかもな、“犯人”……」

 憤りを感じた様子で陽介が話す。
 被害者が死ぬ直接の原因はテレビの中での出来事だが、あの世界を凶器として使っている人物を許せないと陽介は言う。
 それは鏡も同じ気持ちで、陽介は鏡に自分達で犯人を絶対見つけようと意気込む。
 警察では“人をテレビに入れてる殺人犯”を捕まえる事は不可能だ。
 あの後、ペルソナを得た陽介も鏡のようにテレビに入れないか試したところ、入れるようになったと言う。

「けど、テレビに入るのも、ペルソナも、姉御が最初にやってのけたんだよな……」

 警察に頼れない以上、テレビに入れる自分達が犯人を見つけ出すしか無い。
 陽介は、鏡とならこの事件を解決出来そうな気がすると晴れ晴れとした表情で話す。
 その瞬間、鏡の脳裏に声が響き渡る。

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


 汝、“魔術師”のペルソナを生み出せし時

  我ら、更なる力の祝福を与えん……

 陽介との絆に呼応するように、“心”の力が高まるのを感じる。
 おそらく、コレがイゴールの言っていた“コミュニティ”なのだろう。

「おっと、このままだと遅刻しちまうな、行こうぜ姉御」

 陽介に言われて鏡達は学校へと急ぐ。
 教室に着いて、陽介とマヨナカテレビとテレビの中の世界について考察していると千枝が登校してきた。
 ただ、心なしか思い詰めたような表情をしており、様子がおかしい。
 千枝は教室を見渡し鏡達を見つけた途端、駆け寄ってくる。

「里中、慌ててどうした?」

「ねぇ、雪子、まだ来てない?」

「今日はまだ見てないけど?」

 不審に思った陽介が千枝に話し掛ける。
 千枝は雪子が来ていないか訊ねるが、今日はまだ陽介も鏡も雪子の姿は見ていない。
 鏡の答えに千枝の表情が青ざめてくる。

「ウソ……どうしよう……ねえ、あれってやっぱホントなの?」

「何のこと?」

「その……マヨナカテレビに映った人は“向こう側”と関係してるってヤツ」

「ああ、今ちょうどその話をしててさ、小西先輩の見舞いの帰りに確かめに行こうかって」

「昨日、映ってたの……雪子だと思う」

 その言葉に陽介と鏡は驚く。
 千枝の説明によると、あの和服は旅館でよく着ているのと似ていて、先日のインタビューでも着ていたという。
 言われてみて、鏡もマヨナカテレビに映っていた女性の着ていた和服が、雪子の着ていた物に似ている事に気付く。

「心配だったから夜中にメールしたんだけど、返事こなくて……でも、夕方頃にかけた時は、今日は学校来るって言ってたから……」

「分かったから、落ち着けって。で、メールの返事はまだ無いのか?」

 陽介の質問に千枝は頷く。
 鏡は向こうの世界で得た情報をかいつまんで千枝に伝える。
 その説明で千枝は、雪子が向こうの世界に入れられたのかと不安になる。

「分かんねーけど、そう言う事なら、とにかく天城の無事を確かめんのが先だろ。里中、天城に電話!」

 陽介の言葉に千枝が雪子の携帯に電話をするが、留守電になっていて繋がらないという。

「旅館が忙しくて、その手伝いをしている可能性は?」

「そっか、それなら携帯に出られないかも……旅館の方にかけてみる」

 鏡に言われて千枝が天城屋旅館へと電話をかける。
 電話が繋がった瞬間、千枝の表情が明るくなった。どうやら雪子が出たらしい。
 少し話をして、後でメールを入れるからと言って千枝は携帯を切る。

「急に団体さんが入って、手伝わなきゃいけなくなったって。それで、明日もずっと旅館の方にいるって」

 二人にそう説明する千枝は、心底ほっとした表情だ。

「……って、二人が変な事言うから要らない心配しちゃったじゃん!」

「わ、悪かったって……けど俺らも、そう思いたくなる訳があんだよ」

「……どんな?」

 千枝の疑問に、マヨナカテレビに映った人物は“向こうの世界に居るのではないか”と推測していた事を話す。
 推測の理由は“テレビの中に居るからテレビに映るのではないか”というものだ。
 しかし、雪子は未だ現実にいる事によって、推測に見落としがないか検討の余地があるとも説明する。

「ともかく、先輩の見舞いが終わったらジュネスに集合な」

「それじゃ、お見舞いが済んだらメールして。あ、鏡はあたしの携帯の番号知らなかったか」

「そういや、俺も姉御の番号知らないな。何かあった時に困るから今の内に交換しておくか」

 そう言って、鏡達はお互いの携帯番号とメールアドレスを交換する。
 これで緊急時にも連絡を取る事が可能だ。
 そうしている内に諸岡がやってきてHRが始まった。




 放課後。
 菜々子と待ち合わせをしていた鏡と陽介は、稲羽市立病院へと向かう。
 途中、お見舞いの品にお菓子の詰め合わせを購入して早紀の病室前までやってきた。
 病室の扉をノックすると、妙齢の女性が病室から現れた。

「はい、どちら様?」

「小西先輩の後輩で神楽と申します。先輩のお見舞いに来たのですが宜しいですか?」

「ああ……貴女が早紀を見つけてくれた子ね! どうぞ、入ってちょうだい。ただ……」

 鏡が早紀の恩人である事を知った女性が鏡達を招き入れるが、何故か言葉の最後は良いよどんんだ。
 その様子に引っかかりを覚えたが、取り敢えずは病室へと入る。

「早紀、あなたを見つけてくれた後輩の神楽さんよ」

 鏡達が病室に入ると、ベッドから身を起こした早紀が鏡達を見ていた。
 ただ、その表情はどこか戸惑っているようにも見える。

「先輩、身体の調子はどうッスか?」

 軽く手を挙げて陽介が早紀へと話し掛けるが、早紀は訝しげな表情で陽介を見ている。
 普段と違う早紀の姿に戸惑う陽介へ、申し訳なさそうな表情で早紀が謝る。

「ごめんね。キミが誰か、今の私には分からないの」

 その言葉に陽介達は驚く。その姿を見て、女性が陽介達に説明をする。
 稲羽市立病院に輸送された早紀が意識を取り戻して診察を受けたところ、過去1年位の記憶が失われている事が分かった。
 そのため、その間に知り合った相手の事を含めて記憶と現実との齟齬を確認するため暫くの間は入院の必要があるとの事だ。

「そんな……」

 早紀が記憶を失っていた事実に陽介は愕然とする。
 鏡と菜々子は知り合ってまだ日も浅いので、それほどの問題は無かったが、菜々子は悲しそうな表情をしていた。

「そっちのあなたもごめんね。恩人なのに覚えていなくて」

「いいえ、気にしないでください。それよりも先輩、記憶の方は回復の見込みはあるのですか?」

「診断では何かのきっかけで思い出すかもって言われたけど、微妙だね。でも、全部を忘れた訳じゃないから、まだ大丈夫だよ」

 そう言って早紀は平気だというが、どことなく無理をしているようにも見える。
 その事に鏡は気付かないふりをして、改めて自分達の自己紹介を行う。
 早紀は菜々子が気に入ったのか、何かと菜々子を気にかけており、菜々子から色々と話を聞いている。
 菜々子も早紀を気遣ってか、早紀に負担をかけないよう、早紀の傍で学校での事や鏡とご飯の準備をした時の事などを話す。


 陽介が自己紹介した時に付き添いの女性が僅かに驚いた表情になる。それを見て、陽介は当然の反応かと思った。
 付き添いの女性は早紀の母親で、陽介がジュネスの店長の息子だと知っている様子を見せたからだ。
 ただ、陽介が思っていたような拒絶の様子は見せていない。
 恩人である鏡の手前なのか、気にしていないのかは解らないが、それが陽介には有り難かった。

「それでは、長居をするのも申し訳ないですから、私達はそろそろお暇しますね」

 お見舞いの品を渡し暫く話をしたところで、鏡はそう言って病室を後にしようとする。

「ちょっと待って。良かったら、また来てくださいね。花村君も、お家の事は気にせず来て頂戴」

 帰ろうとする鏡達を呼び止め、早紀の母親がそう話し掛けてくる。
 その言葉に陽介は驚いた表情を見せるが、すぐに表情を綻ばせてその申し出に嬉しそうに頷いた。
 とはいえ、独りだと気まずいので皆と一緒に来ると照れ隠し気味に話していたが。




 帰り道。
 ジュネスへと向かう中、鏡と陽介は複雑な気分だった。
 二人は早紀からあの世界にいた経緯を聞いて犯人へと繋がる情報が得られるのではないかと考えていた。
 しかし、早紀の記憶が失われるという予想外の事態でそれも叶わなくなった。
 こうなると予定通りにクマから話を聞いて、向こうの世界の状況を知る必要がますます高まった。

「ジュネスに付く頃にはタイムセールに入っているな。今日はカボチャと鰆がお勧めで狙い目だぜ」

 菜々子と買い物に行く鏡に陽介が今日のお勧めを教える。
 鏡が買い物に行っている間に陽介と千枝がクマに話を聞きに行く手筈となっており、千枝に連絡済みだ。
 ジュネスに到着して陽介と別れた鏡は、菜々子と一緒に買い物へと向かう。

「お姉ちゃん、今日は何を作るの?」

「そうだね。お勧めは鰆とカボチャって話だったから、鰆ときのこでホイル焼きを作って、カボチャの煮付けとおみそ汁かな」

 献立を聞いてくる菜々子に、鏡が陽介から聞いたお勧め食材を使ったレシピを挙げる。
 みそ汁の具はオーソドックスに豆腐とワカメにしようかとレシピを頭の中で煮詰めていく。
 デザートにはカボチャのプリンでも作ろうかと、レシピを決めた鏡は菜々子と一緒に必要な食材を取りに行く。

「菜々子ちゃん、おーっす!」

 買い物を済ませて待ち合わせ場所のフードコートに行くと、千枝が鏡達を出迎える。
 離れた場所でテーブルに着いている陽介は、どうしたのか表情をしかめて右手を押さえている。

「あ、千枝お姉ちゃん!」

 千枝に気付いた菜々子の表情が明るくなる。
 鏡達と合流した千枝は、鏡の手にする買い物袋を見て献立は何かを訊ねてくる。
 千枝の質問に今日の献立とデザートにカボチャのプリンを作ろうと思っている事を話すと、千枝と菜々子は驚いた表情になった。

「鏡、デザートとかも作れんの!?」

「お姉ちゃん、すごーい!」

 二人の尊敬のまなざしに鏡は苦笑を浮かべ、覚えたら簡単に作れるよと話す。
 陽介の待つテーブルに着いた鏡達は買い物袋をテーブルに置く。

「菜々子ちゃん、一緒に皆の分のジュースを買いに行こうか?」

「うんっ」

 千枝がそう言って菜々子と一緒にジュースを買いに行く。

「クマから何か話は聞けた? というか、右手、どうかしたの?」

「ああ、これな。クマのヤツに思いっきり噛まれた」

 鏡の問いかけに、陽介がさすっていた右手を鏡に見せる。見ると見事な歯形が付いており、かなり痛そうだ。
 痛む手をさすりながら陽介は、鏡達が買い物に行っていた間に聞いたクマからの情報を伝える。
 今の時点で向こうの世界には誰も入ってきてはいないらしい。
 それでも千枝は雪子の事が気になるのでこの後で気をつけるように言いに行くらしい。
 土日は旅館が忙しく、一人で出歩く事は無いとは思うが、気をつけるに超した事は無い。

「ただいま、コーラで良かったよね?」

 暫くして、買い出しに行っていた千枝達が戻ってくる。
 小腹が空いていたのか、千枝はコーラだけでなくハンバーガーも購入しているようだ。

「菜々子ちゃんにも何か奢ってあげようかと思ったけど、鏡達は帰ったらご飯なんだよね?」

「そういや、前から気になってたんだが、神楽が飯を作っているのか?」

 千枝の言葉を聞いて、陽介が気になっていた事を鏡に訊ねる。

「菜々子ちゃんにも手伝って貰っているから、私だけって訳じゃないよ」

 菜々子から手渡されたコーラを一口飲んで鏡が答える。
 鏡が堂島家に来てからは、作れるときは鏡が台所に立ってご飯を作るようになった。
 出来合いの物はどうしても栄養が偏る上、野菜とかも不足がちになるので、菜々子の成長も考えての事だ。
 遼太郎も、初めて鏡が作った料理を見て『そこまでしなくても良い』と言ってくれたが、先の説明で納得させている。
 菜々子の成長に関しては言っていないが、遼太郎も気付いていたのか『済まんな』と一言だけ鏡にお礼を述べていた。

「お姉ちゃんのご飯、美味しいから菜々子大好き!」

 そう言って、菜々子は満面の笑みを浮かべて鏡の腕にしがみつく。
 本当の姉妹のような様子に、千枝と陽介は表情を綻ばせる。
 鏡も菜々子に慕われるのが嬉しいのか、空いている方の手で菜々子の頭を撫でる。

「そっちも準備があるだろうから、そろそろ帰らないと拙いな」

 時計を確認した陽介がそう話す。
 千枝も天城屋旅館に向かう時間を考えると、そろそろ出ないと拙そうだ。

「今日も雨だから、念のため今夜も確認な」

 菜々子の手前、マヨナカテレビの事を話せないので曖昧な言い方で二人に説明する。
 鏡と千枝もその事は解っているので、陽介の言葉に頷くだけにとどめた。
 バス停まで千枝を見送りに行き、自転車で来ている陽介も先に自宅へと帰る。




 菜々子と仲良く戻った鏡は帰宅すると手を洗い、買い物袋から使わない食材を冷蔵のに入れると晩ご飯の支度を始める。
 カボチャはあらかじめレンジで温める事によって柔らかくして切りやすい状態にする。
 鰆は切り身で買ってきたので、アルミホイルに他の具材と一緒に入れて身がパサパサにならないように少量の料理酒を入れる。

「お姉ちゃん、カボチャの種を綺麗にしているけれど、どうして?」

 途中、鏡が取り除いたカボチャの種を洗っているのを見て菜々子が不思議そうに訊ねる。

「カボチャの種にはね、栄養が沢山入っていて料理にも使えるんだよ」

 カボチャの種は栄養価かが高く、南瓜仁という生薬にもなっている。
 とはいえ、殻を剥くまで中身がどれだけ詰まっているのか解らないので、磨り潰してソースにしようかと鏡は考える。
 鏡の説明に目を丸くした菜々子の様子に、母親からこの話を聞いた時の自分も、きっとこんな表情をしていたんだろうなと思う。


 カボチャの煮付けが一番時間が掛かるので、それに合わせて他の分の調理を進めながらプリンの準備もする。
 煮付け用とは別に取っておいたカボチャで下拵えを済まし、菜々子と一緒に作業を進める。
 デザート作りが初めてだった菜々子は楽しそうにカボチャの裏ごしを行っていた。


 料理が出来る頃にはプリンも冷蔵庫に入れ、後は1時間ほど冷やせば完成だ。
 遼太郎は今日も遅くなると連絡があったので、菜々子と二人で晩ご飯を食べる。
 ご飯を食べ終えた鏡達は、食器を洗い終わるとクイズ番組を二人で見る。
 菜々子と一緒に番組で出題されたクイズに答えていく。

「菜々子ちゃん、そろそろお風呂に入って眠らないと駄目だよ」

 明日が日曜日とはいえ、菜々子くらいの年の子が夜更かしするのはあまり良くない。
 菜々子は鏡の言葉に頷くと、テレビの電源を切って自室へ着替えを取りに行く。
 鏡も用事がない時は菜々子と一緒にお風呂にはいるので、自室へと着替えを取りに行く。
 二人でお風呂に入り上がった後、菜々子を寝かし付けた鏡はマヨナカテレビを確認するために自室へと戻る。




――同じ頃

 雨の降りしきる中、山野真由美の遺体発見現場では、遼太郎達が更なる手掛かりを見つけるべく捜査を続けていた。
 しかし、ここ数日の雨のせいもあり、捜査は難航しているのが現状だ。

「やっぱこれ以上は出なそうスね。犯人に直接つながる物証は無しか……」

 透明なビニール傘を差した足立が現場で指揮を執る遼太郎に話し掛ける。

「まだ殺しと決まった訳じゃない」

「殺しですよ絶対! あんな遺体、事故死な訳ないですって!」

「……まあな」

 事件か事故かすら判断が付いていない状況ではあるが、足立が言うとおり事件と見る方が筋が通る。
 遼太郎自身も事件であると見ているが、それすら特定する証拠が掴めない事が捜査を更に難航させている。
 事件当初、三角関係のもつれによるものと見られたが、海外公演中の柊みすずのアリバイは固く通話記録も残っている。
 そもそも、愛人問題がメディアに出たのは柊みすず本人が会見で暴露したからだ。
 柊みすず本人が犯人だとして、自身に疑いが向くような発表はしないだろう。


 生天目太郎にしても、揺さぶりをかけてみたが何も不審な点は見られなかった。
 スキャンダルで最近町に戻ってきてはいるが、事件当時は市外の議員事務所に詰めていた事は裏が取れている。
 山野真由美が死んだ日も泊まり込みで作業していたという証言も取れている。

「おまけに山野の方にも、失踪前後に生天目と接触した形跡は全く無いときてる……」

「この事件で騒がれたせいで、生天目のヤツ、秘書をクビになってますからねぇ」

 おそらく、関係者の中で一番の被害者は生天目太郎本人だろう。

「それにしても、小西早紀から証言が得られなかったのは予想外でしたね」

「まさか、ここ1年の記憶を無くしているとはな……」

 遺体発見者である小西早紀が行方不明になったと連絡があって、山野真由美の死が事件である可能性が高くなった。
 口封じのために攫われたのでないかと思われたからだ。

「小西早紀を発見したのって、堂島さんの姪御さんなんですよね?」

「あぁ、家の都合で預かる事になってな。あいつの証言で一つおかしな点があるんだ」

「おかしな点?」

 鏡からの証言で、小西早紀は傘を持っておらず雨にも濡れていない事が解った。
 たまたま雨が止んでいた時に移動した可能性も否定は出来ないが、雨の中で傘を持たずに出歩くのはあり得ない。

「えっ!? それって……」

「あぁ、小西早紀はその場に放置された可能性があるという事だ」

 そうなると、消去法で事故では無く事件絡みと見た方が良いだろう。
 犯人の動機や目的は不明だが、何かしらの意図があって小西早紀を攫ったと見るべきだろう。

「それじゃ、小西早紀を攫った犯人は用済みになったから解放した、という事ですか?」

「まぁ、その辺も含めて、今はガイ者まわりをしつこく洗うしかねえか……犯人……町の人間だな」

「おっ、出ましたね、刑事の勘!」

 遼太郎の呟きに、足立が楽しそうに話す。
 危機感の無いその様子に、遼太郎が足立を睨み付ける。
 睨まれた足立は自身の失言に気付き、慌てて居住まいを正す。

「ったく、戻ったらもう一度ガイ者まわりを洗い直すぞ!」

「はいっ!」

 そう言って捜査に戻る遼太郎はふと、菜々子の事を思った。
 仕事の関係で家を空ける事が多く、随分と寂しい思いをさせて来たが、今は鏡が傍にいる。
 それだけでも随分と助けられているのだが、食事の用意や家事までしてくれている。
 実の親の自分より、鏡の方が余程と親らしい。ひょっとすると、その辺りも含めて、姉は鏡をこちらの預けたのかも知れない。
 この年にもなっても姉に気遣われている自身を不甲斐なく思う。
 一刻も早く事件を解決して、家族でゆっくり過ごせるよう努力するほか無いと遼太郎は気持ちを引き締めた。




――午前0時

 マヨナカテレビにまたしても映像が映る。

「こ~んばんわ~♪」

 しかし、テレビに映ったその内容に、鏡は自身が見ているものが何かを理解するまで、一瞬の間があった。

「えっ~と、今日は私“天城雪子”がナンパ、“逆ナン”に挑戦してみたいと思いま~す」

 ドレスを着た雪子がマイクを持ってリポーターのように振る舞っている。
 よく見ると、画面の右下には『女子高生女将 突撃逆ナン大作戦!!』とご丁寧にタイトルまで書かれている。
 どこかのバラエティ番組のような構成に、性格が豹変したかのような雪子の立ち居振る舞い。
 画面に映る雪子が、楽しそうに古城の中へと去って行った姿を最後に映像が終了する。
 少しして、鏡の携帯電話から着信音が鳴る。画面を見ると千枝からだ。

『ねぇ、今の何!? 逆ナンとかって雪子、性格が全然違うし……変な古城に入って行っちゃうし……あたし、どうしたら……』

「千枝、落ち着いて。まずは雪子に連絡して安否の確認」

『そ、そうだね! 雪子に連絡しないと……花村の方には』

「彼には私から連絡するから、明日、朝一でジュネスに集合。良いわね?」

『わ、解った。それじゃ明日ね!』

 慌てる千枝を宥めて、雪子の安否を確認するように伝えて電話を切った鏡はすぐさま陽介へと連絡を入れる。
 ワンコールで出た陽介に、鏡は先ほど千枝から電話があった事、雪子の安否の確認を頼んだ事を伝える。

『解った、ともかく明日の朝一でジュネスに集合して、里中から話を聞かないとな』

「うん、それじゃ、また明日ジュネスで」

 陽介との電話を終えた鏡は、明日に備えて早めに眠る事にする。
 本当ならば今すぐにでも出向きたいところだが、今はジュネスの営業時間ではない。
 はやる気持ちを抑えて鏡は就寝することにした。




 翌朝になり、早くに目が覚めた鏡は身支度を調えると居間へと降りる。

「あ、おはよ、お姉ちゃん」

「おはよう。菜々子ちゃん、早起きだね」

「お父さん、早おきだったから、いっしょにおきた。かえり、おそいって」

 居間には菜々子が一人でジュースを飲んでおり、遼太郎は今日も早くから捜査に出掛けたようだ。
 これで鏡まで出掛けると、菜々子が一人で留守番をする事になる。
 とはいえ、菜々子をジュネスに連れて行く訳にもいかないので、鏡はどうしたものかと考える。

「出掛けるの? るすばん、できるから」

 菜々子がそう言って、鏡に大丈夫だと伝える。
 リモコンを操作してテレビの電源を入れると、ちょうど天気予報が流れており、今日の稲羽市は快晴だそうだ。

「晴れだって。せんたくもの、ほそうっと」

「ごめんね、菜々子ちゃん。お昼はこの間のハンバーグを冷凍してあるから、レンジで温めてね」

「うん、行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

 後ろ髪を引かれる思いで菜々子を残し、鏡はジュネスへと向かう。
 ジュネスへと到着した鏡はフードコートで陽介と千枝がやってくるのを待つ。
 暫くして陽介が後ろ手に何かを隠し持ってやってきた。

「わり、お待たせ。バックヤードから、いーもの見っけてきたから。見てみ、どーすかコレ!」

 そう言って、陽介が後ろに隠していた物を鏡に見せる。
 それは模造刀と鉈だった。

「いくら“ペルソナ”があるからって、武器も無しじゃ心許ないからな」

 そう言って、陽介はそれらを構えてポーズを決めてみせる。

「挙動不審の少年を発見。刃物を複数所持し、近くにいる少女の前で振り回しており、至急応援求む」

 その様子を巡回中だった警察官が発見し、無線で応援を呼ぶ。
 その声が聞こえた陽介は、ギクリとして慌てて背後に模造刀を隠すも警察官に見つかっているため、意味がない。
 警察官は急ぎ足で鏡達の傍までやってくると、鏡を背に庇うように陽介の前に立ちはだかる。

「は……? あ、や、ちょっ……いや、いやいやいや、何でもないッスよ。コレ別に、万引きとかじゃなくて……」

 慌てた陽介が支離滅裂な言葉を発して、警察官に言い訳をする。
 警察官に庇われた鏡は溜息を一つ付くと陽介の傍に近寄り、頭を軽く叩く。

「って!?」

「お騒がせして申し訳ありません。彼、演劇の役作りに夢中になってしまって、ついこんな事を……」

 陽介を叩いた鏡は神妙そうな表情を作ると、警察官に向かって深々と頭を下げる。
 その様子に呆気にとられた警察官に、鏡の説明は続く。

「私、稲羽警察署勤務の堂島遼太郎の姪で、神楽鏡と申します」

「えっ? 堂島刑事の姪御さん?」

 鏡の自己紹介に驚く警察官へ、遼太郎から常々危険な事はするなと言われていたにも関わらず、騒ぎを起こしてしまった事。
 その上、クラスメイトのこのような行動を止める事が出来なかった自身の不備を謝罪する。

「最近の事件でお忙しいところ、軽挙妄動な騒ぎを起こして本当に申し訳ありません。ほら、あなたもちゃんと謝る!」

 そう言って、陽介の頭を掴み警察官に自身共々、頭を下げる。
 呆気にとられた陽介は鏡のなすがままに頭を下げて謝罪する。

「あぁ、解ったから二人とも顔を上げて。堂島刑事に君のような姪御さんが居たとはね」

 警察官は鏡の態度に毒気が抜かれたのか、先ほどとは違って態度が軟化している。

「反省しているようだし、今回は不問にするけど、役作りに夢中になるのも程々にしなさい。良いね?」

「はい、ありがとうございます。お仕事の邪魔をして本当に申し訳ありませんでした」

「すんませんでした!」

 呆れたように二人に注意する警察官に鏡達は再び謝罪する。
 不問にするとは言われたが、流石に凶器を携帯するのは問題があるとの事で押収されてしまった。

「全く、気持ちは分かるけれど、軽挙妄動は控えてね?」

「面目ない……」

 警察官が立ち去ったのを確認してから、鏡が陽介に抗議する。
 鏡の抗議に様子は項垂れて、テーブルに突っ伏したままだ。

「あ、居た! って、どうかしたの?」

 遅れてやってきた千枝が、様子のおかしい陽介を指さして鏡に訊ねる。

「それは後で説明するから。それより、雪子は?」

「それなんだけど。携帯に何度かけても繋がらなくて……家行ってみたら、雪子、ホントに居なくなっちゃってて……!」

「そうか……やはり向こうに行くしかないようね」

 千枝の説明に思案顔になった鏡はそう言うも、装備も無しにあの世界に行くのは危険すぎる。
 鏡は千枝に先ほどの出来事を話し、せめて防具だけでもどこかで手に入らないか二人に訊ねる。

「武器……? あたし、知ってるよ!」

 千枝の言葉に鏡と陽介は驚く。
 驚く二人に「一緒に来て」と言って千枝が向かった場所は、稲羽中央通り商店街にある“だいだら.”という店だ。

「ほら、ココ!」

「な……何屋?」

 陽介が唖然とした表情で千枝に訊ねる。
 そうなるのも無理はない。店内の至る所に、武器や防具が所狭しと並べられているのだ。
 千枝の説明によると、金属製品を扱っている工房との事だが、銃刀法違反でよく訴えられないものだと鏡は思った。
 しかし、この店ならあの世界で身を守る装備を調達する事が可能なのは間違いがない。
 二人に付いて行く気の千枝に、陽介が思い留めるように説得する。
 陽介の説得に千枝は雪子の命に関わるので絶対に行くと癇癪を起こす。

「里中、真面目に言ってんだ。“向こう”の事、色々分かんないだろ! 忠告聞けないなら、来ないで待ってろ!」

「どうしても行く気なら、せめて身体を守れる防具だけここで用意して」

 陽介の言葉を継いで鏡も千枝を説得する。
 二人の真剣な様子に、千枝も渋々とながら頷き防具を選ぶ。

「なあ、姉御。俺の分も見立ててくれないか? 今のところ戦力的に切り札はそっちだし姉御の戦いやすい方が良いと思う」

 そう言って、陽介は鏡に5千円を手渡す。鏡は自分の手持ちと合わせて何が購入できるか商品を見る。
 千枝は早々に会計を済ませてしまい、鏡が買い終わるのを待っている。
 商品を見てみると、値段的に武器か防具どちらか一つしか購入できない事が分かった。
 鏡は少し考えてからまずは身を守る事を優先するべく鎖帷子を2つ購入する。

「後はどうやってジュネスに持ち込むかだな……」

「制服着ちゃえば良くない? 上から。結構分かんないと思うよ」

「それしかないか……んじゃさ、一旦解散して準備しようぜ。セールが始まる前に入れれば見つかる事はないだろうから」

 陽介の提案で一度着替えてから後でフードコートに集合となった鏡達はだいらだ.を後にする。
 今回は制服で何とか誤魔化せれば良いが、本格的に持ち込む方法を考えないと拙そうだ。
 陽介達と別れ着替えに戻ろうと歩き出した鏡のすぐ傍に、突如として青く光る扉が現れる。
 鏡以外には見えていないのか、誰もその不可思議な扉に意識が向かないようだ。

『ついに始まりますな……では、しばしお時間を拝借すると致しましょうか……』

 脳裏に響く声に呼応するかのように“契約者の鍵”が光を放ち始める。
 その光が鏡の視界を覆い尽くすと、どこかで扉が開く音が聞こえた。

「お待ちしておりました」

 気が付くと、ベルベットルームに鏡は招待されていた。

「貴女に訪れる災難……それは既に、人の命を奪い取りながら迫りつつある……ですが、貴女は既に、抗うための“力”をお持ちだ」

 そう言って、イゴールは“ペルソナ”を使いこなす時が訪れた事を鏡に告げる。
 鏡のペルソナ能力は“ワイルド”。正しく心を育めば、どんな試練とも戦い得る“切り札”となる力らしい。
 イゴール達の役割は、一人で複数のペルソナを使い分ける事が出来る鏡の“新たなペルソナ”を生み出す事。
 複数のペルソナを合体させる事により、新たなペルソナを誕生させる事が出来るらしい。

「敵を倒した時、貴女には見える筈だ……自分の得た“可能性の芽”が、手札としてね」

 イゴールが説明を終えると、次はマーガレットが自身の持つ書物を鏡に見せる。

「右手に見えますのは“ペルソナ全書”でございます」

 ペルソナ全書とは、鏡が所持しているペルソナを登録する事によって、登録した状態のペルソナをいつでも引き出せる書物だ。
 引き出すためには相応の金銭が必要となるので利用は考えて行わなくてはならなさそうだ。

「次にお目にかかります時は、貴女は、自らここを訪れる事になるでしょう。では、その時まで。ごきげんよう」

 イゴールの言葉を最後に、鏡の意識が遠くなる。気が付くと、鏡は先ほど現れた扉の前に立っていた。
 長い時間ベルベットルームに居たと思ったが、時計を確認したところ時間は経過していないようだ。
 鏡は急いで帰宅すると、制服に着替える。
 鎖帷子を装備しようとしたが、流石に上に制服は着る事が出来ないので、大きめの鞄に入れてジュネスへと持っていく事にする。
 制服に着替えた鏡を菜々子が不思議そうに見ていたが、流石に今は気にしている余裕はない。
 菜々子にはまだ用事があるので、お腹が空いたら先にご飯を食べていても良いからと言ってジュネスへと向かう。
 出来る事なら、夕飯までには帰宅して菜々子を安心させたいと鏡は思う。



 フードコートに到着すると、陽介と千枝が先に来ていて鏡の到着を待っていた。

「制服、日曜だから、ちょっと目立つな。タイムセールはまだだから、今なら気付かれずに向こうに行けるぜ」

「千枝、止めても無駄だと思うから、連れて行くけれど、無理だけは絶対しない事。約束できる?」

「……分かった」

 向こうの世界の危険性を理解していない千枝に、鏡が念を押して忠告する。
 千枝は二人と違いペルソナ能力を宿していない。そのため、千枝が一番危険なのだ。
 向こうの世界では、千枝は自分達の後ろでクマと共に居る方が良いかも知れない。
 一抹の不安を抱いたまま鏡達は向こう側の世界に移動する。

「わ、ホントにあん時のクマ……」

「センセイ? なんで、その子まで連れてきたクマ? こっちの世界は危険だってクマは言ったはずクマ」

 クマに驚く千枝の姿を見たクマが鏡に訊ねる。

「ウッサイ! そんな事より昨日ここに誰か来たでしょ?」

「なんと! クマより鼻が利く子がいるクマ!? お名前、何クマ?」

「お、お名前? ……千枝だけど。それはいいから、その“誰か”の事を教えてよ!」

 クマの説明によると、陽介達と話した少し後で誰かの気配を感じるようになったそうだ。
 誰かまではクマは見ていないので解らないが、気配の感じる方向は解るらしい。

「あっちね……皆、準備はいい?」

 千枝の確認に、鏡と陽介が共に頷く。
 二人が頷くのを確認した千枝は、クマが示した方角へと一人飛び出していく。
 鏡と陽介は慌てて千枝の後を追い、更にその後をクマが追いかける。
 暫く移動すると眼前に聳え立つ古城の姿が見えてきた。

「何ここ……お城!? もしかして、昨日の番組に映ってたの、ここなのかな?」

「あの真夜中の不思議な番組はホントに誰かが撮ってんじゃないんだな?」

「バングミ……? 知らないクマよ。何かの原因で、この世界が見えちゃってるかも知れないクマ」

 千枝の言葉に訝しむ陽介へクマが説明する。
 この世界にはクマとシャドウしか居ないので、“誰かが撮ってる”と言うのはあり得ない。
 初めから、この世界はこういう世界だとクマが説明するも、陽介達にはそれが良く理解できていない。
 しかし、考えようによっては鏡達も自分達の世界について正しく説明出来ない事と同じなのかも知れない。
 それに、マヨナカテレビをクマは見た事がないので知っている事なのかすら解らないだろう。

「て言うか、ホントにただこの世界が見えてるだけなの? 最初に例のテレビに映ったの、雪子が居なくなる前だよ?」

「確かに、普段の天城が“逆ナン”なんて絶対言わないよな……」

「あれ、雪子のシャドウじゃないかな?」

 鏡の一言に陽介が驚く。確かに以前の自分や早紀に起こった事が雪子にも起こったのだとしたら辻褄があう。
 そうすると、あの番組は雪子自身に原因があるのかも知れない。

「ワケ分かんないけど、雪子、このお城の中に居るの?」

「聞いてる限り、間違いないクマね」

「ここに雪子が……あたし、先に行くから!」

 クマの言葉を聞くや否や、千枝はそう言って一人飛び出して城の中へと入って行ってしまう。
 突然の千枝の行動に陽介は慌てて呼び止めるも、既に千枝の姿は無い。

「あ……! お城の中はシャドウがいっぱいクマ……オンナノコひとりは危ないカモ……」

「な、マジかよ! それ先に言えよ! くそ、里中を追うぞ!」

 城の中からシャドウの気配を察知したクマの言葉に、陽介が慌ててそう言って鏡の方へと視線を向ける。
 鏡へと視線を向けた瞬間、陽介の背筋に冷や汗が流れた。今まで見た事がない鏡の冷たい表情。
 なまじ、整った顔立ちをしているだけに感情を消した鏡の表情は冷たく鬼気迫るものがある。

「あ、姉御?」

「千枝……あの馬鹿」

 鏡達の忠告と約束を無視して勝手な行動を取った千枝に、鏡が本気で怒ったようだ。
 陽介は、激昂しない怒りがこれほどまでに居心地が悪いものかと思い知らされた。
 これならまだ当たり散らされる方が遙かにマシだと、この時の陽介は思った。

「千枝を追いかけましょう……」

「あ、ああ。了解だ。そうだ、何もないよりはマシだからコイツを持っていってくれ」

 鏡の雰囲気に飲まれた陽介はそう言うとゴルフクラブを鏡に手渡した。
 見ると、陽介自身もモンキーレンチを二つ持っている。
 陽介からゴルフクラブを受け取った鏡はクラブのヘッドを右下になるように構える。

「あ、センセイに言っておく事があるクマ。クマ、戦う事が出来ないから少し離れた所からセンセイ達をバックアップするクマよ」

「ま、確かにお前はどう見ても戦いに向いて無さそうな見た目だもんな」

 クマの言葉に陽介が呆れように話す。戦う力があるのなら、シャドウ達から逃げ隠れるような事は無いのだから、当然とも言える。

「それじゃ、サポートの方はお願いするわ」

「任せるクマ! それからこれを持って行くと良いクマ!」

 クマはそう言うと鏡に“地返しの玉”、“白桃の実”、“ソウルドロップ”という名のアイテムを渡す。
 それぞれの見た目は琥珀色の玉に桃、そして薄水色の飴である。
 これらは回復用の道具らしく、千枝を追いかける道すがらそれぞれに付いて説明するとクマは言う。
 確かに、先に古城へと入って行った千枝を追いかけねばならないので、このままここに居る訳にはいかない。
 鏡達は持ち込んだ装備を確認すると、千枝を追いかけて古城へと入って行くのであった。




2011年04月02日 初投稿
2011年04月15日 誤字修正



[26454] 秘めた思い
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/06/04 08:51
――――自分にないモノを彼女は持っていた

  けど、こんな価値のない自分を彼女は頼ってくれる

        その事に、暗い喜びを覚えていた醜い自分……

       あたしは、そんな事実から必死に目を背けていたのだ




 独断専行した千枝を追って鏡達も城の中へと突入する。
 城の中は通路の真ん中に金糸で縁取られた赤い絨毯が敷かれ、床はチェス盤模様の大理石で出来ている。

「チエチャンは、まだそんなに遠くには行ってないクマ」

「あいつ、ひとりで先走りやがって……くそっ、行こうぜ!」

 少し離れた所から周囲を探るクマからの情報に、陽介がもどかしげに話す。
 鏡としても早く千枝に追いつきたいが、城内に居るシャドウから不意打ちを受ける恐れがあるので闇雲には動けない。
 幸い、クマが早い段階でシャドウの接近を察知してくれるので、本当の意味での不意打ちを受ける心配は無い。
 鏡達は慎重に城の中を進んでいく。

「シャドウがセンセイ達に気付いて凶暴になってるクマ。シャドウより先にこちらから攻撃を仕掛けるクマ!」

 通路を進むと、シャドウが行く手を塞ぐように浮遊している。
 幸い、鏡達に対して背を向けている形になっているため気付いていない。
 鏡は足音を立てないようにシャドウに近づくと、手にしたゴルフクラブを振りかぶりって一気にシャドウへと振り下ろす。

『敵、一体! 倒すクマ!』

「頼むぜ、ペルソナッ!」

 頭上に現れた青く輝くカードを、陽介は右手に持ったモンキーレンチで掬い上げるようにして砕いてペルソナを召喚する。
 陽介の意志に応じて現れた“ジライヤ”が、疾風系攻撃スキル【ガル】でシャドウに攻撃する。
 その攻撃に怯んだシャドウへと、鏡は一気に間合いを詰めてゴルフクラブを振り下ろす。

『勝利クマー!』

 その一撃が決め手となり、シャドウは消滅する。
 シャドウが消滅した瞬間、鏡の目の前に数枚のカードの姿が見えた。
 実際に目の前にあるのではなく、どうやら鏡にしか見えていないようだ。
 おそらくはコレがイゴールの言っていた“可能性の芽”なのだろう。
 鏡は意識を集中してカードの内の一枚を引き抜く。

――我は汝……

――汝は我……

――我は汝の心の海より出でしもの

――人の傍にて目に映らぬ“ピクシー”なり……

 引き抜いたカードには、背に昆虫の羽を持った少女の姿が描かれている。
 イゴールの言っていたペルソナカードだろうか?
 心の中に、新たな仮面が増えた事を鏡は感じ取った。

「何とかなったな」

 初めての戦闘に緊張していた陽介が肩の力を抜いてそう零す。
 陽介にとっての初めての戦闘は、さしたる危険もなく終わらせる事が出来た。
 実際に戦闘をしてみて分かった事だが、クマは鏡達がシャドウに対しておこなった攻撃を逐一覚えておく事が出来るようだ。
 そのため、初見で判明した有効な攻撃や通用しない攻撃も、次回からはクマが教えてくれるので戦闘に集中が出来る。
 鏡達はその後も何度かシャドウと戦闘を行いながら城内を探索する。しかし、千枝の姿を未だ見つけることが出来ないでいる。

「……里中、マジで大丈夫か? 今ので何度目のシャドウだよ」

 シャドウとの戦闘を終えた陽介が少し疲れた様子を見せる。

「シャドウは私達を優先して襲い掛かって来てるのかも知れないね」

『センセイの言う通りクマ。チエチャンはセンセイ達と違ってペルソナが使えないから、シャドウ達は見向きもしてないクマよ』

 どうやらシャドウは鏡達を脅威と捉えているようで、そのおかげで千枝にはシャドウの意識が向いていないようだ。
 それでも千枝が独りでいるには危険な事は変わらないので、鏡達は千枝との合流を急ぐ。
 探索を続けていると、上へと続く階段を発見した。鏡達は、シャドウが居ない事を確認して階段を上る。

『赤が似合うねって……』

 突如として、城内に声が響き渡る。

「この声……天城!?」

『私、雪子って名前が嫌いだった……雪なんて、冷たくて、すぐ溶けちゃう……儚くて、意味のないもの……』

 どこから聞こえてくるのかは分からないが、城内に響き渡る雪子の声には自嘲めいた様子が伺える。

『でも私にはピッタリよね……旅館の跡継ぎって以外に価値の無い私には……』

「おい、コレってあの時聞こえた山野アナの声と同じなんじゃねえか?」

 以前の時と同じような状況に、陽介は焦る。
 あの時は、声が途切れた後に陽介のシャドウが現れた。
 その時の事を考えると、今度は千枝のシャドウが現れるのではないか?
 確信にも似た予感に鏡達は先を急ぐ。

『だけど、千枝だけが言ってくれた。雪子には赤が似合うねって……千枝だけが……私に意味をくれた……』

 急ぐ鏡達を余所に、雪子の声は続く。
 自分に無いものを持つ千枝を羨ましく思いながらも、そんな価値が自分には無いという諦めの思い……
 いつしか雪子の声は聞こえなくなっており、千枝の安否が気に掛かる。
 階段を上り通路を進んだ先には、精緻な金のレリーフが施された重厚な扉が行く手を塞いでいる。

『チエチャンはこの部屋の中に隠れているクマ!』

「急ごうぜ、姉御!」

 鏡は意を決して目の前の扉を押し開ける。
 部屋の中には二人の千枝が向かい合って対立していた。

『ふふ、だから雪子はトモダチ……手放せない……雪子が大事……』

「そんなっ……あたしは、ちゃんと、雪子を……」

『うふふ……今まで通り、見ないフリであたしを抑え付けるんだ?』

 二人の千枝は口論をしていて、鏡達には気が付いていないようだ。
 鏡達から見える金色の瞳をした千枝は、悦楽に歪んだ表情を見せていて余裕の態度を取っている。
 それに引き替え、鏡達に背を見せている千枝は明らかに動揺して狼狽えている事が解る。

『けど、ここでは違うよ。いずれ“その時”が来たら、残るのは……あたし。いいよね? あたしも、アンタなんだから!』

「黙れ!! アンタなんか……」

「よせっ! 里中!!」

「や……やだ、来ないで! 見ないでぇ!!」

 陽介の声に、鏡達が駆けつけてきた事に気付いた千枝が半狂乱になって叫ぶ。

『あたしが……何?』

 もう一人の千枝が嘲笑混じりに千枝へと問いかける。
 その問いかけに平常心を失っている千枝が反射的にもう一人の自分へと叫ぶ。

「アンタなんか、あたしじゃない!!」

 千枝の叫び声を嗤笑すると、もう一人の千枝から黒い風が巻き起こる。
 黒い風が晴れると、それぞれを肩車で支えている三名の女生徒を椅子のように扱う黄色いボンテージをまとった異形が現れた。
 三名の女生徒にそれぞれ付けられた首輪には鎖が繋がれており、先端は黄色い異形の右手に握られている。
 左手には先端に分銅の付いた鞭を持ち、鏡達を上から見下ろしている。

『我は影……真なる我……なにアンタら? ホンモノさんを庇い立てする気? だったら、痛い目見てもらっちゃうよ!』

 地面に広がる黒髪が、異形の感情に合わせて触手のように蠢いている。

「うるせえ! 大人しくしやがれ! 里中……ちっとの辛抱だからな……」

『さぁて……そんな簡単に行くかしら!!?』

「答えは、その身で知りなさい! 来なさいっ、イザナギ!!」

 鏡が掲げる右手の上に現れた、カードを握りつぶすと同時にペルソナ“イザナギ”が現れる。
 イザナギが手にした長刀のようなモノを真横に振り払うと、異形の身体を光が包む。
 補助スキルの【ラクンダ】が異形の防御力を低下させる。

「行け、ジライヤ!」

 すかさず陽介がジライヤを召喚して疾風系スキル【ガル】で異形を攻撃する。
 ジライヤの放った【ガル】が命中すると、弱点属性だったようで体勢を崩して大きな隙が出来た。

「行くぜっ、姉御!」

 その隙を逃さず陽介が鏡に声を掛ける。
 二人はそれぞれの武器を振りかぶり、動きの止まっている異形へと襲い掛かる。
 総攻撃を受けた異形は大ダメージを受けるも未だ健在で、すぐさま体勢を立て直す。

『キャハハ、ダサ、目がマジじゃん! けど……まだまだこっからだよ!!』

 異形はそう言うと手にした鞭を叩き付けて、自身に緑に輝く壁のようなものを纏う。
 鏡は再びイザナギを召喚すると電撃系スキル【ジオ】を放つ。
 続いて陽介が再び異形の体勢を崩そうと【ガル】を放つが、ダメージを与えただけで体勢を崩すまでには至らない。

『さっきの障壁で疾風属性の弱点を打ち消してるクマ!』

 クマの言葉に陽介は【ガル】の使用は控え、ここぞと言う時に使えるように戦い方を考える。

『喰らえっ!』

「遅いっ!」

 異形が手にした鞭を一閃して陽介を攻撃するが、紙一重で陽介がその攻撃を避ける。
 鏡は異形が攻撃した鞭を引くのにタイミングを合わせて、ゴルフクラブで攻撃を仕掛ける。

「……?」

 気のせいか、異形は今攻撃してきた鏡ではなく陽介の方に意識が向いているように感じられた。
 僅かな違和感に鏡は戸惑いながらも異形から距離を取り、反撃に備える。
 鏡が異形から離れるタイミングに合わせて、陽介も両手に持ったモンキーレンチで攻撃を仕掛けるとすぐに距離を取る。

『……跪け!』

 異形が鞭を一閃して、電撃系範囲スキル【マハジオ】で鏡達を攻撃する。
 放射状に放たれた電撃の直撃を受けた陽介は体勢を崩してしまう。

『ウジ虫がっ!!』

「ぐあっ!?」

 異形の蠢く黒髪が無数の刃と化して陽介に襲い掛かる。
 体勢を崩した陽介は躱す事が出来ずに全ての攻撃を受けて気絶してしまう。

『うゎゎ、強烈クマ! 大丈夫クマ?』

 気絶した陽介に驚くクマの声を聞いた鏡は、左手を眼前に翳して意識を集中する。
 仮面を付け替えるイメージで翳した左手を動かすと同時に、鏡の意識が“イザナギ”から“ピクシー”へと切り替わった。

「ピクシー!」

 鏡の意志に応じて背に昆虫の羽を持つ少女が現れる。ピクシーは陽介の傍まで移動すると、右手を横薙ぎに振り払う。
 回復スキル【ディア】の柔らかい光が陽介の身体を包み込み、傷を癒していく。

「助かったぜ、姉御」

 気絶から回復した陽介はジライヤを召喚して異形に突撃を掛ける。

『アンタらバカじゃないの!? なんでそこまでしてホンモン庇うの!? あんな薄汚い女!!』

「友達だからに決まっているでしょ。それに、一面だけを見てそれが千枝の全てだと“あなた”が言うな!」

『ッ!?』

 憎々しげに叫ぶ異形にペルソナをイザナギに切り替えた鏡が言い放ち【ジオ】で攻撃する。

「そういうこった。お前だって、里中の一面なんだろうが!」

 異形を包んでいた障壁が消えるのを見逃さなかった陽介が、鏡の言葉に一瞬動揺した異形へと【ガル】を放つ。
 再び体勢を崩した異形へと、鏡達は再び総攻撃を仕掛けた。

『っ……バカにしないでよ……アンタらなんか……アンタらなんかぁ……!!』

 そう言って、異形は再び障壁を纏う。
 障壁はどうやら長くは持たないようなので無理な攻撃は仕掛けず、鏡と陽介は体力に気を配りながら異形の隙を窺う。
 何度目かの攻防を続けていると、またしても異形の意識が陽介へと向いているのを鏡は感じた。
 先ほどと同じく鏡を無視したかのような様子に、異形へと攻撃を仕掛けようとする陽介へ鏡は咄嗟に叫ぶ。

「陽介! 防御!!」

 鏡の叫び声に、陽介は慌てて異形から距離を取り身を守る。

『泣き喚けッ!!』

 カウンターになるよう放たれた異形の【マハジオ】は、寸前の所で防御した陽介の体勢を崩すには至らなかった。
 逆に、思惑の外れたその攻撃後に障壁が解除されて隙が出来た異形へと、ジライヤの放つ【ガル】がカウンターとなる。

「これで最後だッ!!」

 三度目の総攻撃が決め手となり、異形は力尽きて崩れ落ちる。
 異形が倒れたのを確認した鏡達は座り込む千枝の元へと向かう。

「里中、大丈夫か!?」

 座り込む千枝へと陽介は声を掛け、手を取って立ち上がらせる。

「さっきのは……」

 そう呟く千枝の前に、大人しくなったもう一人の千枝が静かに佇み千枝を見ている。

「何よ……急に黙っちゃって……勝手な事ばっかり……」

 先ほどとは違って何も言ってこないもう一人の自分に、千枝は弱々しく文句を言う。

「よせ、里中」

「だ、だって……」

 陽介の言葉に、千枝は言い淀む。
 もう一人の自分に言われた言葉。その言葉は、とても認められるものでは無い。

「皆、色々な顔があって、その一面だけが全てじゃないでしょ?」

「みんな……?」

「姉御の言う通りだ。俺もあったんだ、同じような事。だから解るし……その……誰だってさ、あるって、こういう一面……」

 鏡と陽介の言葉に、千枝は俯くと少し考えてもう一人の自身へと向き合う。

「アンタは……あたしの中にいたもう一人のあたし……って事ね……ずっと見ない振りしてきた、どーしようもない、あたし……」

 もう一人の千枝は、静かに千枝の言葉を聞いている。

「でも、あたしはアンタで、アンタはあたし、なんだよね……」

 その言葉にもう一人の千枝は静かに頷く。
 認めたくない自分。でも、それは自身の中に確かに存在していて目を背けても何の解決にはならない。
 その事に気付いた千枝に呼応するかのように、もう一人の千枝は青い粒子になるとその姿を変える。
 両端が刃の薙刀を持った武者を思わせる黄色い人型。その姿はカードに変じると、千枝の中へと吸い込まれるように消えていく。

「あ……あたし……その、あんなだけど……でも、雪子の事、好きなのは嘘じゃないから……」

 鏡達に、自分自身の見たくない姿を見られた千枝が困惑気味にそう話す。

「バーカ。そんなの、分かってるっつの」

 そんな千枝に陽介がおどけたように話す。
 陽介の言葉に、はにかんだ笑みを浮かべた千枝は気が緩んだのか、その場に崩れ落ちる。
 その様子に慌てた陽介が千枝を気遣うが、千枝はちょっと疲れただけだが平気と答える。

「平気、じゃねーだろどう見ても……それに多分、お前……俺達と同じ“力”、使えるようになってるはずだ」

 陽介の言葉に千枝は唖然とした表情を見せる。陽介は視線を鏡に向けると、これからどうするかを訊ねた。
 鏡は千枝の様子から、これ以上は危険だと判断して今日は引き上げようと陽介に伝える。
 陽介も鏡の意見に賛成で、千枝を休ませるべきだと同意する。
 
「か、勝手に決めないでよ! あたし、まだ……行けるんだから……」

 二人の言葉に反発した千枝はそう言って立ち上がろうとするが、身体に力が入らないのか上手く立ち上がる事が出来ない。
 そんな千枝の様子にクマが慌てて千枝の前に回り込むと、無理しちゃ嫌だと懇願する。
 陽介も雪子を助け出すためにも、ペルソナが使えるようになった千枝の力が必要で、今は回復するべきだと説得する。
 それでも千枝は、先ほど聞こえた雪子の声が彼女の本心なら伝える事があると頭を振る。

「……なら、それを伝えるためにも、まずキミが元気になるクマ!」

 クマはそう言って雪子は普通の人なので、ココにいる影には襲われないと説明する。
 襲うのは霧が晴れる日で、それは現実世界では霧が出る日だと陽介がクマの説明を引き継ぐ。
 霧は大体、雨の後に出るが、ここ数日は晴れ続きですぐに雨が降る様子はない。
 なので、一度引き返して体勢を整え、天気予報を確認してから出直しても大丈夫だと陽介は話す。

「でも……だからって……やっぱり、ここまで来て引き返せないよ! 雪子が居るのに! 一人で……怖い思いしてるのに!」

 それでも千枝は陽介に食って掛かる。

「……千枝」

 鏡は不意に千枝に声を掛ける。千枝が鏡の方へと振り返ると、鏡は抜き手を見せずに千枝の頬を力一杯叩いた。

「ッ!?」

 千枝は一瞬、何が起こったのか理解が追いつかなかったが頬の痛みで鏡に叩かれた事を理解する。

「鏡……何をっ!?」

 鏡に抗議の声を上げようとした千枝は、見た事がない鏡の冷たい視線に硬直する。

「千枝、ここに来る前に約束したよね? 無理だけは絶対しないって……」

「……うっ」

「約束を守る気が無いのなら、今ここで叩きのめして連れ帰るけど、どっちが良い?」

「あ、姉御……」

 感情の籠もらない平坦な声に、氷のように冷たい瞳。
 怒鳴る訳でもなく淡々と話す鏡の姿に怒りのほどを知り、千枝と陽介は背筋に冷たいものを感じた。

「雪子の居る所まで、この先どれだけ進めば良いのか、千枝は分かっているの?」

「そ、それは……」

「それに、この先にもっと強い敵が出てくるかも知れない。なのに、無理してやられたら、他の誰が天城を助けてやれんだよ!」

「それとも千枝は無理して命を落として、雪子を助けた時に『雪子を助ける為に千枝が死にました』って言わせる気?」

 鏡と陽介の言葉に千枝は何一つ反論できない。
 鏡との約束を破ったのは自分。勝手な行動を取って、二人を危険な目に遭わせたのも自分。
 その上、今も我が儘を言って二人を危険な目に遭わそうとしている……

「……解った」

 千枝は力なく項垂れてそう呟く。
 そんな千枝にクマが自分の頭を手摺り代わりにして千枝を立ち上がらせる。

「二人とも……さっきは、ごめんね。一人で、勝手に突っ走っちゃって……」

「……次からは気をつけてくれたら良いよ」

「気にしてねえよ。天城は必ず俺達で助ける……だろ?」

「……うん!」

 千枝の謝罪に対照的ではあるが、二人はそれを受け入れる。
 ひとまず体勢を立て直すべく、三人はクマの案内で入ってきた広場へと戻る。
 運良くシャドウ達に襲われる事なく広場に戻ってくると、千枝が疲れた様子を見せていた。

「なんか……この前、入った時より疲れた……頭もガンガンするし……花村達、平気なの?」

「私達は眼鏡があるから平気だけど」

「あ、そか。お前、眼鏡してないな」

「あ……そういえ、眼鏡してんね。目、悪かったっけ?」

「お前……どんだけテンパってたんだよ……」

 どこかずれた反応を返す千枝に陽介が呆れ顔になる。

「クマ、千枝の分の眼鏡は有る?」

「じゃんじゃじゃ~ん。チエチャンにも用意してあるクマ。はい、チエチャンの」

 鏡の問い掛けに、どこかの青い猫型ロボットのような言い方で答えたクマが、千枝に眼鏡を手渡す。
 クマから手渡された眼鏡を掛けた千枝は、良好になった視界に驚きの声を上げる。

「うわっ、何コレ、すげー! 霧が全然無いみたい!」

「あるなら、早く出してやれっつの」

 呆れた表情でクマに文句を言う陽介にクマが憤慨する。
 しかし、一人で飛び出した千枝の事を考えると、渡している暇があったかは微妙なところだ。

「なるほど、そう言う事なんだ。モヤモヤん中、どやって進むのかと思ったよ。ね、これ貰ってもいい?」

「モチのロンクマ!」

 千枝の問い掛けにクマが嬉しそうに返事を返す。

「今日のところは、仕方ないけど……でもこれで、リベンジ出来そう! 二人とも、勝手に行ったりしないでよ!?」

「それを千枝が言う?」

「……うっ」

 鏡の突っ込みに千枝が絶句する。確かに、勝手な行動をした自分が言っても、説得力が皆無だと思う。

「んじゃ約束だ、俺ら全員の約束。“一人では行かないこと”……危険だからな」

 そう言って、陽介が二人に話し掛ける。皆で力を合わせないと、事件解決どころか雪子を救出する事も出来ない。
 陽介の言葉に千枝も賛成する。陽介は明日から、放課後はもちろん、学校の無い日も出来るだけここに来るよう提案する。
 その上で、陽介は鏡に自分達のリーダーを務めて貰えないかと頼み込む。
 最初に、ペルソナやテレビに入れる力を手に入れた事と、戦う力がこの面子の中で一番なのがその理由だ。

「それに、俺はほら、参謀向き? 頭良い人のポジションでさ」

「あたしも賛成かな。鏡なら冷静だし、なんか安心」

「……解った。引き受けるよ」

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、“愚者”のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 鏡の脳裏に声が響く。どうやらコミュニティは個人だけでなく、団体に対しても発生するらしい。

「よし、とにかく今日は休んで、明日からに備えようぜ。まずは天気予報の確認、忘れんなよ? 雨が続くとヤバイからな」

 陽介の言葉に千枝と鏡が頷く。
 持ってきた装備は、このまま広場に置いていきクマがそれらを管理する事にして、鏡達は元の世界へと戻る。
 疲れがピークの千枝は早々に帰宅して、鏡は陽介に今日のお勧めを聞いて、夕飯の食材を買い足してから帰宅する。




 夕食前に帰宅できた鏡は服を着替えると、冷凍庫に保存しておいたハンバーグ用のソースを作り始める。
 ソースは二種類で、先日洗って乾かしたカボチャの種を煎って磨り潰し味付けしたスープで伸ばしたソース。
 もう片方は、タマネギとニンニクを加えたトマトソースだ。
 茹でたパスタに両面をしっかり焼いたハンバーグを乗せ、二種類のソースを掛ける。
 それに、ジュネスで買い足した食材で作ったシーザーサラダで、野菜が不足気味にならないようにする。

「ただいま」

 晩ご飯の支度が出来た頃に遼太郎が帰ってきた。

「おかえりなさい!」

「叔父さん、今日は遅いって聞いてましたけど?」

「ああ、その筈だったんだがな。早く上がる事が出来てな」

「それじゃ、叔父さんの分もすぐに作りますね」

 鏡はそう言うと冷凍庫からハンバーグを取り出し、パスタを茹でている間にハンバーグを焼き上げる。
 遼太郎の分を作り終えた鏡はそれらをちゃぶ台に並べ、久しぶりに三人で晩ご飯を食べる。

「なあ、ちょっといいか? お前……妙な事に首突っ込んだりしてないよな?」

 食べる手を止め、少し考える素振りを見せた遼太郎が鏡に話し掛ける。

「妙な事?」

「うちの署のヤツから聞いたんだが、お前のクラスメイトが馬鹿やって、補導され掛けたんだって?」

 訝しげに訊ねる鏡に、遼太郎がジュネスであった事を訊ねる。

「すみません。最近騒がしくなっているところに騒動を起こして。彼にはあの後でしっかり釘を刺しましたから」

「こっちは、お前を預かる身なんだ。大丈夫だとは思うが、おかしな事には首を突っ込むなよ……いいな」

「……どしたの? ケンカしてるの?」

 二人のやりとりに、不安そうに菜々子が訊ねる。

「いや……ケンカじゃない」

「ケーサツじゃないよ、ここ……」

「大丈夫よ、菜々子ちゃん。叔父さんは私の事を心配してくれているだけだから」

 言い淀む遼太郎に釘を刺す菜々子に、鏡がそう話して菜々子を安心させる。

『気象情報です。西からの高気圧の影響で、この先しばらくは、春らしい晴れ間の覗くひが続くでしょう』

「このおねえさんが、お天気きめるんでしょ?」

 天気予報を見ていた菜々子がそんな事を訊ねてくる。
 その言葉に、遼太郎と鏡は不思議そうな表情になる。

「だって、おねえさんが“はれ”って言うと、いっつもはれるよ」

「いや、お姉さんが決めてる訳じゃなくてな……」

 菜々子の質問に何と答えれば良いか悩んだ遼太郎は『……まあいい』と言葉を濁すに留めた。
 遼太郎の様子に菜々子は小首を傾げると、テレビへと視線を戻した。




 晩ご飯を食べ終え、鏡と一緒に食器を洗う菜々子を見て、遼太郎にはその姿が実の姉妹のように見えた。
 男手一つの上、仕事で家を空けがちな自分では、あんなにも楽しそうな菜々子の表情は引き出せなかっただろう。
 年相応に振る舞う菜々子の姿に、自身の不甲斐なさを見せつけられる思いだ。
 とはいえ、不器用な自分では上手く菜々子と接する自信がない。
 もどかしい思いを仕舞い込み、遼太郎は読み掛けの新聞へと視線を戻す。
 食器を洗い終える頃には菜々子がお風呂に入る時間になっていたので、遼太郎に断って鏡は菜々子と一緒にお風呂へと入る。
 流石にあちらの世界での疲れが溜まっていたのか、お湯に浸かると身体の強張りが解けていくのを感じた。

「お姉ちゃん、疲れてるの?」

「うん、今日は忙しかったから、ちょっとだけ疲れているかも」

 疲れは少しあるが、鏡は菜々子が今日一日をどのように過ごしていたのかを聞き、スキンシップを楽しむ。
 菜々子も鏡が疲れている事を気遣っていたが、鏡が普段通りの姿を見せているので楽しそうに今日の出来事を話す。
 体の芯まで温まってお風呂から上がり、水分を補給すると菜々子は眠そうに目を擦っていた。

「菜々子、もう遅い。そろそろ寝なさい」

「はぁ~い。おやすみなさぁい」

 遼太郎の言葉に、うつらうつらしながら返事を返した菜々子が自室へと戻る。

「それじゃ、叔父さん。私も休みますね、お休みなさい」

「ああ、お休み。それと、飯時の事は悪かった」

 遼太郎の謝罪に鏡は「気にしてませんから」と答えて自室へと戻る。
 鏡の事を心配しているからだと解っているし、実際の所は危険な事に首を突っ込んでいるので、申し訳ないとも思っている。
 自室へと戻った鏡は、明日の準備をすると布団へと入る。
 瞼を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきて、鏡の意識は眠りへと落ちるのであった。




2011年04月06日 初投稿
2011年06月04日 誤字修正



[26454] 籠の鳥 【前編】
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/06/04 08:52
――――ここから逃げ出したかった

   そう願っても、自分の力ではそれも叶わない

        だから少女は願う……

     自分を連れ出してくれる王子様を




 千枝の影を倒した翌日。
 教室で授業の準備をしている鏡に登校してきた陽介が話し掛けてくる。

「おはよーさん。里中のヤツ、大丈夫かな。昨日は色々ありすぎたし、元気になってりゃいいけど……」

「千枝はそこまで弱くはないよ。昨日だって、自分の影をちゃんと受け入れる事が出来たのだから」

 千枝を心配する陽介に鏡がそう答える。
 そんな事を話していると、教室のドアが開き、千枝が登校してきた。
 千枝は鏡達に気が付くと真っ直ぐ鏡達の元へとやってくる。

「あ、おはよ」

「おはよう、眠れた?」

「うん。結局、朝まで爆睡。……その、昨日は色々ありがと」

 鏡の質問に答えた千枝がばつの悪そうな表情で礼を述べる。
 訝しむ二人に、千枝は自身の本音やら見られたくない姿を見られて複雑な心境だと説明する。
 その事を気にしている千枝に陽介は「気にするなと」宥めたところ、千枝が気になっていた事を陽介に問い掛ける。

「確か花村も、あたしみたいになったんだよね? 花村ん時はどんなだったわけ?」

「え? あー、何ていうか……」

 千枝の問い掛けに陽介は何とも気まずそうな表情になる。

「やっぱり、言い辛い?」

「……いや、俺の場合は……姉御が問答無用で、ペルソナ使って叩きのめした」

 自分と同じで陽介も言い辛い事情があると思っていた千枝は、予想の斜め上を行く陽介の言葉に唖然となる。

「その上、もう一人の俺に説教までかまして大人しくさせちまったしな……」

「鏡って凄いというか怖いというか……」

 唖然とした視線を向けてくる二人に、鏡は素知らぬ顔をしている。

「鏡の事はとにかく、今は雪子を助けるのが一番重要だよね。あたしもやるから。仲間はずれとか、絶対無しだよ?」

「当たり前だ」

「期待しているよ」

 千枝の言葉に陽介と鏡がそれぞれ答える。
 鏡達がそうやって話していると予鈴がなり、トイレを済ませていない陽介が慌てて教室を出て行く。

「ね、あのさ。えっと……昨日はごめん。それと、あ、ありがとね。助けてくれて……」

 陽介が居なくなった事を確認してから千枝が鏡に話し掛ける。

「花村も、頼れるんだけどさ……けど、鏡は不思議っていうか、なんか、頼れそうな気がするんだよね……」

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、“戦車”のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 鏡の脳裏に声が響く。それと同時に、心に暖かい力が満ちるのを鏡は感じた。

「雨が降ったら、その後の霧に注意……だったよね。その前に、絶対助け出そう!」

「その為には力を付けないとね。千枝、無理だけは駄目だからね?」

「解ってるよ、昨日みたいな事はもうしない。約束するよ」

 鏡に釘を刺された千枝は、昨日の事で懲りたのか、真面目な表情で鏡に約束する。
 暫くして陽介も教室に戻ってくる。
 今日の一限目は英語なのだが、体育担当の教師が人が居ないので掛け持ちで担当するそうだ。
 当人は海外経験があると言っているが、一週間のツアー旅行という辺りに一抹の不安を覚える。




――放課後

 多少思うところがあるものの、どうにか一日の授業が無事終了した。
 千枝と陽介は、これからすぐにでも雪子を救出するために向こうの世界に行こうと鏡を誘う。
 鏡はそんな二人に、準備があるから先にジュネスに向かうよう言うと、自身は稲羽中央通り商店街へと向かった。


 稲羽中央通り商店街で鏡が向かった先は“四六商店”という雑貨屋だ。
 この間、クマから貰った“地返しの玉”と同じ物が置いてあるのを偶然見かけて気になっていたのだ。

「いらっしゃい。おや、見かけないお嬢ちゃんだね」

 店内に入ると蝦蟇を思わせる女将が鏡に声を掛ける。

「こんにちは。最近こちらに超してきましたから。それよりも、一つお聞きしたい事があるのですが、宜しいですか?」

 そう言って、鏡は店内にある地返しの玉を手に取り女将に見せ、地返しの玉であるかを確認する。
 女将の説明では商品は確かに地返しの玉といい、効果も鏡がクマから聞いたものと同じ内容だった。
 もっとも、女将に言わせればそんな効果は眉唾物で、どちらかというとインテリア用に購入していく客がほとんどだという。
 女将はそう言ってはいるが、鏡には手にした地返しの玉には確かな力がある事が感じられた。


 どういった経緯でこの店に入荷されているかは解らないが、他にも向こうの世界で役立ちそうな道具がいくつか置いてある。
 鏡は商品を見て回ると“傷薬”と“どくだみ茶”をそれぞれ二つずつ購入した。
 その際に“カエレール”という気になる商品があったのだが、手持ちが苦しくなるので今回は見送る事にした。
 何でも、見知らぬ場所に行って迷った時に使えば元の場所に戻れる商品らしい。
 女将は『道に迷わないためのお守り』みたいな物だと言って笑っていたが、何かしらの力を鏡は感じている。

「まいどあり、良かったらまた来て頂戴ね」

 買い物を済ませた鏡はそのままジュネスへと向かう。
 フードコートでは陽介と千枝が鏡の到着を待っており、やってきた鏡に手招きする。

「ああ、そう言えば、四六商店にそんな物が売ってあったね」

 鏡から四六商店での話を聞いた千枝がそんな感想を述べる。
 何でも昔から売っているらしく、千枝は綺麗な石だな程度の認識しか無かったらしい。

「って、武器屋に道具屋ってロープレかっての。とはいえ、あっちで探索するには助かるのも事実だよな……」

 呆れたように陽介は話すが実際問題として、そう言った物が現実世界で入手出来る事のメリットは大きい。
 予算の都合は当然あるが『備えあれば憂いなし』との言葉もある通り、身を守る保険になるからだ。
 疑問は尽きないが、その事は脇に置いて鏡達は雪子を救出するために向こうの世界へと移動する。




 いつもの広場ではクマが鏡達がやってくるのを待っていて、鏡達の姿を見るや嬉しそうな様子を見せる。

「あ、キター! ねえねえ何して遊ぶクマ?」

「あのね、雪子を助けなきゃなんないんだから、遊んでる場合じゃ無いでしょ!」

 クマの言葉に間髪入れずに千枝が突っ込む。
 確かにその通りなので、クマは鏡達を再び古城へと案内する。

「あ、そだ! センセイこれを持っていくクマ」

 古城へと入ろうとする鏡を呼び止めてクマが手渡してきた物は四六商店で見た“カエレール”だった。

「歩いて帰るのが辛くなったら、それを使って戻ってくるクマ」

「ありがとう」

 どうやら、四六商店で売られているカエレールの曰くは正しいようだ。
 とはいえ、今は考えていても仕方がないので鏡達は古城へと探索に向かう。

「何だよ、どういうこった?」

 古城に入り、まず最初に異変に気付いたのは陽介だった。

「この前と通路が違う……」

「えっ、そうなの!?」

 鏡の言葉に、前回は眼鏡が無く余裕もなかった千枝が驚く。

「センセイ、ちょっといい?」

 目の前の光景に戸惑う鏡へクマが話し掛けてくる。
 何でも、この前と違ってやっかいな場所になっているそうだ。
 歩いた場所は覚えておくので、鏡達も迷わないようにとクマが注意を促す。


 確かに以前の時と違い、赤い絨毯等の調度品は同じだが内部の構造が変わっている。
 鏡達はシャドウからの不意打ちを警戒して城内を移動する。


 探索中、何度かシャドウと戦闘をする事となったが千枝の参戦で以前より楽になっている。
 カンフー映画が好きだと公言する、千枝の攻撃方法は蹴り技が主体で、軽快な動きでシャドウを翻弄している。
 千枝のペルソナ“トモエ”も格闘技を好む千枝の性格を反映して攻撃力を上げる補助スキル【タルカジャ】を使う事が出来る。
 シャドウを退けつつも、三人はようやく上へと上がる階段を発見して慎重に上の階へと移動する。

「この辺は変わってないな……」

 階段を上った先はこの間と同じ作りになっていた。
 通路の先には閉ざされた扉があり、鏡達が扉へと近寄ると、クマから扉の向こう側に誰かが居るとの連絡が入る。
 鏡達は慎重に扉を開けると中へとはいる。扉の向こうはこの間と同じ広いホールで、反対側の扉の前に人影を発見した。

「雪子……?」

「天城! 無事か!?」

 鏡達に背を向けている人物は、マヨナカテレビに映ったドレス姿の雪子だった。
 千枝と陽介がそれぞれ声を掛けるが、雪子は鏡達に背を向けたままその場に佇んでいる。

「やっと見つけたのに……雪子、何か変……」

 不安げに千枝が話すのと同時に、どこからともなく雪子へとスポットライトが当たる。

『うふふ……ふふ、あはははは!』

 スポットライトを当てられた雪子が突然笑い出すと、鏡達へと振り返り驚いた表情を見せる。

『あらぁ? サプライズゲスト? どんな風に絡んでくれるの? んふふ、盛り上がって参りましたっ!』

 鏡達に気付いた雪子は嬉しそうな表情になると、マイクを手にリポーターのような仕草を見せる。
 よく見ると、雪子の瞳は金色で雪子本人では無い事が解る。

『さてさて、私は引き続き、王子様探し! 一体どこに居るのでしょう? こう広いと、期待も高まる反面、なっかなか見つかりませんね~!』

 身体をくねらせ雪子は楽しそうな様子で、この霧で隠れんぼをしている王子様を捕まえると意気込む。
 その直後、雪子の頭上にテロップのような文字が現れる。

    やらせナシ! 雪子姫、
    白馬の王子様 さがし!

 テロップが出た瞬間、周りから盛大な歓声が巻き起こる。

「な……何だよ、コレ!?」

「雪子じゃない……あんた……誰!?」

『うふふ、なーに言ってるの? 私は雪子……雪子は私』

「違う! あんた、まさか……本物の雪子はどこ!?」

 雪子の言葉に、ようやく千枝も目の前の雪子の瞳の色が違う事に気付く。
 千枝がもう一人の雪子に詰問すると、周りからまた歓声が聞こえてくる。
 しかし、先ほどの歓声とは違いブーイングに近い歓声だ。
 その歓声を聞いたクマは、シャドウが騒ぎ出したと鏡達に注意を促す。

『それじゃ、再突撃、行ってきます! うふ、王子様、首を洗って待ってろヨ!』

 もう一人の雪子はそう言うと、鏡達に背を向けて反対側の扉へと向かい、そのまま扉から出て行ってしまう。
 慌てた千枝がそれを追いかけようとするが、鏡からの制止の声を聞いて踏み留まる。もう少しでこの間の二の舞になるところだ。

「今の雪子、どういう事なの!? まさか、あれ……」

「もう一人の雪子、でしょうね」

「俺らん時と同じってか……」

「でも、デタラメに騒いでいた訳じゃ無いクマ」

「どういう事?」

 鏡の質問にクマは、本物の雪子が何かを伝えようとしていて、この古城そのものが雪子に関係していると説明する。
 雪子が何を伝えたいのかは解らないが、今はもう一人の雪子を追いかけるしか無さそうだ。
 鏡達はもう一人の雪子が出て行った扉へと向かうと、先へと進む。


 扉の先は短い通路が続き、その先は上の階へと続く階段だった。鏡達は先ほどと同じく、周りを警戒しながら階段を上る。
 階段を上り上の階へと到着すると、どこからともなく声が聞こえてくる。

『もうすぐ王子様が私を迎えに来てくれます。ふふ……私はいつまでもお待ちしております……いつまでも、いつまでも……』

 クマが言うには声は聞こえるが、この辺は鏡達とシャドウの気配しか無いらしい。鏡達は引き続き周囲を警戒しながら先へと進む。
 その後、四階では客を出迎える雪子の声が聞こえ、五階では鏡達が王子様なら自分を解き放ってくれるはずだという声が聞こえた。
 この階にもう一人の雪子の気配があるとの事なので、より慎重に探索を進める鏡達。


 右手にある最初の扉を開け先へと進むと、不意に身体が浮き上がる感覚が鏡達を襲う。
 何事かと思い、辺りを窺うと周りの風景が変わっている事に気付く。不審に思うも確証が得られず先へと進む。
 どうやら扉の近くに来ると浮遊感が起こるらしく、場所が移動しているように思われる。


 鏡は扉の近くまで移動すると、陽介と千枝にその場で待つように指示を出す。
 そして、鏡は自分一人で扉の前まで近づくと、陽介達の目の前から鏡の姿が掻き消える。

「姉御!?」

 後ろの方から聞こえてくる陽介の声に、鏡はそちらの方へ移動する。
 通路の角を曲がった先に二人が居て、鏡の姿に驚き駆け寄ろうと扉の前に足を踏み出した瞬間、陽介達の姿が鏡の前から消え失せる。

「何だ!?」

「な、何コレ!?」

 鏡の背後から二人の声が聞こえてくる。鏡は二人の傍へと移動すると、今の事で思いついた可能性を二人に説明する。

「なるほど……扉の前辺りで、一つ向こう側の通路へと飛ばされちまってた訳だな」

 鏡の説明に陽介が感心した様子でそう零す。どうやら、入りたい扉に近づくには一度ワープした場所から戻ってくるしか無いようだ。
 取り敢えず、先ほどの扉まで戻り部屋の中を確認したところ、金色の宝箱が置かれてあり、それをシャドウが守っているようだ。
 探索中に何度か見かけたのだが、金色の宝箱は専用の鍵がないと開かないらしく現在は手持ちに鍵がない状態だ。
 仕方がないので、部屋の中には入らず先へと進む事にする。


 先ほど飛ばされた場所の傍にある扉に近寄り次の扉の傍まで飛ばされる。戻ってきて扉を調べると鍵が掛かってい開かなかった。
 鏡達は更に先へと移動して次の扉へと戻ってくる。

『扉の向こうに誰かの気配……この匂いは、あのオンナノコだクマ!』

 クマの言葉を頼りに扉を開けて中へ入ると、部屋の中央にもう一人の雪子と、巨大な馬に跨った騎士の姿をしたシャドウが居た。

『うふふ……王子様なら、こんな衛兵に負けるはずなんてありませんよね?』

 もう一人の雪子がそう言って、挑戦的な視線を鏡達に向けてくる。
 その言葉を合図に、騎士の姿をしたシャドウが鏡達に襲い掛かってくる。

 “征服の騎士”と言う名のシャドウは左手に構えたランスを勢いよく陽介へと突き出す。
 咄嗟に両手に持ったモンキーレンチでガードするも、勢いは殺しきれずに後方へと押し込まれる。

「イザナギっ、ラクンダ!」

 補助系スキル【ラクンダ】で鏡が征服の騎士の防御力を下げると千枝が自身へと【タルカジャ】を使って攻撃力を引き上げる。
 陽介は先ほどの一撃で受けたダメージが無視できないので【ディア】で自身の傷を癒す。
 征服の騎士は千枝へと標的を変え、先ほどと同じくランスで攻撃するも、千枝がギリギリまで引き付けてサイドステップで回避する。

「頼むぜ、ペルソナ!」

 陽介はジライヤを召喚して征服の騎士へ【ガル】で攻撃するも、これまで戦ったシャドウとは違い、あまりダメージを与えてはいないようだ。
 鏡もイザナギを召喚して【ジオ】で攻撃を加えるが陽介の時と同じく効果があまり無いように見える。

「守って……トモエ!」

 千枝が眼前に現れたカードを後ろ回し蹴りで砕き召喚したトモエが、手にした双頭の薙刀で征服の騎士に斬りかかる。
 しかし、相手の防御力が高いのか、魔法に比べて物理攻撃の方がダメージが小さいようだ。

「固い……!」

『そのシャドウは物理攻撃に耐性を持っているクマ! 攻撃するなら魔法の方がいいクマ!!』

 千枝の攻撃で征服の騎士の特性が判明したため、クマが鏡達に情報を伝える。
 その間にも、征服の騎士は千枝へと攻撃を加えるが、その攻撃を千枝はことごとく躱していく。

「千枝! 私と陽介にもタルカジャをお願い!」

 千枝が攻撃を躱した隙をついて【ジオ】で攻撃した鏡が指示を出す。
 すかさず陽介も【ガル】で征服の騎士を攻撃して、着実にダメージを与えていく。


 鏡の指示に従って千枝がまず初めに鏡に【タルカジャ】を使う。
 陽介は自身に【スクカジャ】を使用して身軽になると、征服の騎士の注意を引き付ける。
 征服の騎士は陽介の思惑通り、陽介へと注意が向いたところに鏡が【タルカジャ】で威力を増幅した【ジオ】で攻撃する。
 続いて千枝は【タルカジャ】を陽介に使用すると丁度、自身へと使用した【タルカジャ】の効果が切れた。


 征服の騎士との攻防は続く。補助系スキルを用いて自分達を強化して、征服の騎士の防御力を下げる。
 地道な戦いだが、着実に征服の騎士へのダメージは蓄積し、初めの頃と比べて目に見えて弱ってきたのが解る。
 対する鏡達も、拾ったり持ち込んだりした回復薬を使い続けて互角の戦いを続ける。

「来てっ! ペルソナ!!」

 互いに消耗した戦いも、千枝の放った氷結系スキル【ブフ】により征服の騎士は倒された。
 征服の騎士が消滅したのを確認して室内を見渡すと、いつの間にかもう一人の雪子の姿が見えなくなっている。

『うふふ……あなたが本当の王子様なら、きっとまたお会いできるでしょう』

 どこからともなくもう一人の雪子の声が聞こえる。

『私は所詮、囚われの身……ここから出ることなど叶わないのだから……うふふふふ……』

『気配が消えたクマ……あっ! センセイ達、大丈夫だったかクマ? きっと先は長いぞ。無理しちゃダメだクマ!』

 確かに、クマの言う通りだ。先ほどの戦闘で回復薬も半分以上を消費してしまっている。
 今日の所は、この辺りが引き時かと鏡は判断する。取り敢えず、部屋から出ようとした所で、部屋の中心に何かが落ちている事に気付く。
 気になった鏡は部屋の中央に移動すると、落ちている物を拾い上げた。

「姉御?」

「それ……ガラスの鍵?」

 陽介が訝しげに問い掛け千枝が鏡が拾った物を見てそう零す。
 それは、ガラスで出来た鍵だった。そう言えば、鍵の掛かった扉があったが、この鍵で開くのだろうか?

「多分、鍵の掛かっていた扉の鍵だとは思うけれど、今日の所は引き上げた方が良さそうね」

 疑問ではあるが、今の状況だとあまり無理をする訳にもいかないので、日を改めて確かめる事にする。
 鏡達はクマと合流して“カエレール”を使って古城を後にした。

「さよならバイバイ、また来てクマー」
 
 クマの案内で広場まで戻ってきた鏡達は、寂しそうに鏡達に手を振るクマと別れて現実の世界へと戻る。




 鏡達がジュネスの家電売り場に戻ってくると、タイムセールの館内放送が流れていた。

「向こうで結構な時間を過ごしていたと思ったけど、そうでも無かったんだな……」

「ひょっとすると、時間の流れが向こうでは違うのかも知れないね」

 自身の体感との違和感に首を傾げる陽介へ鏡がそう話す。
 その言葉に不思議そうな表情をする千枝と陽介に、鏡は仮説だがと前置きをして説明する。
 初めて向こうの世界に行った時と、今回の時で出てきた時間はほぼ同じだが過ごした時間に差がある事。

 この事実を前提条件として考えられる可能性。
 自分達のように世界を行き来出来る者は差異を認識できるため、違和感としてその差異を感じている可能性。
 雪子を救出して本人に聞かないと解らないが、力を持たない者が向こうの世界で感じる体感時間にも違いがある可能性。

「そうか、あっちはテレビん中っていうあり得ない世界だから、こっちと同じように時間が流れている保証なんて何処にも無いよな……」

 鏡の説明を聞き、自分達の常識が向こうの世界で、どれだけ通用するのか解っていない事に陽介は気付く。
 自分達が時間を共有しているのも、同じタイミングで向こうに行っているのか、同じテレビから入っているからなのかも確証が無い。
 流石に、確かめるにはリスクが大きすぎて試そうとは思わないが。

「それって、今向こうにいる雪子が感じている時間がこっちと違うと言うこと?」

「今はまだ、その可能性があるって話だよ千枝。こればかりは、雪子を助け出してから彼女に聞かないと解らないから」

 二人の話を今ひとつ理解出来ていない千枝の質問に鏡が答える。
 向こう側の時間がこちらと比べて緩やかに進んでいるのなら、向こう側にいる雪子の体感時間はそれほど進んでいない可能性が高い。
 とはいえ、楽観できる事でもないので、早く救出するに超した事はない。


 しかし、今回の探索で今使っている装備の性能が心許なくなっている事が判明したので、その辺りも何とかしなければならない。
 幸いな事に、だいだら.の親父が話していたアートの素材になりそうな物が多数拾えたので、持っていけば何か作って貰えるかも知れない。
 その上、奇妙な事なのだかシャドウとの戦闘後に、何故かこちらの世界での貨幣が手に入る事が分かった。
 この貨幣が本物かどうか怪しいところなのだが、見た感じでは本物のように見える。
 試しに拾った紙幣を両替機で両替したところ、問題なく両替をする事が出来た。
 問題はあると思うが、装備の調達などは必要なので、仕方がないと鏡達の認識は一致している。

「今回拾った素材をだいだら.に持ち込みたいのだけど、手伝って貰える?」

「そうだな、俺達の装備も今のままじゃ拙いからな」

「それじゃ、今から行こっか?」

 鏡の言葉に二人がそれぞれ返して、拾った素材を分担してだいだら.へと向かう。


 だいだら.で鏡達が持ち寄った素材を見た親父が目の色を変える。これだけの量があれば装備をいくつか作れるそうだ。
 手持ちの素材を全部売り払う事で約三万円ほどの収入になり、明日仕上がる装備の金額次第では全員分の装備が新調出来そうだ。
 鏡達は親父にまた明日来ると告げてだいだら.を後にする。

「それじゃ、また明日な」

「二人とも、お疲れ」

 そう言って帰って行く二人を見送った後、鏡はだいだら.の隣にある“丸久豆腐店”へと足を運ぶ。

「いらっしゃい。おや珍しい、別嬪なお嬢さんが来てくれるなんて」

「こんにちは。絹ごし豆腐と木綿豆腐を頂きたいのですけれど、一丁はどれくらいの量ですか?」

 店内に入った鏡を素朴な感じがする老婆が出迎えてくれる。
 鏡は豆腐一丁の量が地域で変わるのでまずはそれを確認してから購入する数を決める事にした。

「ウチだと、一丁はこれぐらいだよ」

 そう言って鏡に豆腐を一つ掬って見せる。スーパーなどで売られている豆腐より若干大きめのようだ。
 鏡は冷ややっこ用に絹ごし豆腐三丁と、味噌汁用に木綿豆腐を二丁購入する。
 今晩のおかずは冷ややっこと味噌汁、冷蔵庫に残ってある野菜と肉で野菜炒めを作ろうと考える。

「まいどあり。また来て頂戴ね」

 老婆に見送られ、丸久豆腐店を後にした鏡は帰宅すると、出迎えてくれた菜々子と共に、今日も一緒に晩ご飯の準備をする。
 購入してきた豆腐は、ジュネスで購入する豆腐よりも味がしっかりしていて、それでいて崩れにくい。
 菜々子にも好評だったので豆腐は今後、丸久豆腐店で購入する事に鏡は決めた。


 食べ終えた食器を二人で片付け、仲良くテレビを見ながら菜々子からその日にあった出来事を聞く。
 鏡が堂島家に来てからの日常となった風景。菜々子も鏡と話す事が楽しくて仕方がないのか、その表情は明るい。
 いつものようにテレビを見終わると、二人でお風呂に入ってから菜々子を寝かし付ける。
 鏡は自室へ戻る前に遼太郎へのメモを書き残す。


 叔父さんへ

 お仕事お疲れ様です。
 今日のおかずは冷ややっこと野菜炒めです。
 野菜炒めと味噌汁は温めてから食べて下さいね。

 菜々子ちゃんは普段通りですが、少し寂しそうにして
 ました。

 お仕事が忙しいとは思いますが、気に掛けてあげて
 下さい。

                              鏡


 書き終えたメモをサイドボードに貼ってから自室へと戻る。
 明日の準備をしてから布団へと入り目を閉じて、今日の事を思い返す。

 古城の中で聞こえてきた雪子の声。
 囚われの自分に対する諦観と、それでも現状から逃げ出したいという想い。
 雪子が抱えている想いの深さは解らないが、その辺りがあの古城を形造っているのではないか?
 漠然とだが、そんな事を思っていると疲れのためか、鏡の意識はすぐに深い眠りへと落ちるのであった。




2011年04月09日 初投稿
2011年06月04日 誤字修正



[26454] 籠の鳥 【後編】
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/06/04 08:54
――――少女はただ待っていた

    自分を連れ出してくれる王子様を……

       けれど、王子様は現れず

  代わりに現れたのは、王子様のようなお姫様だった




 その日も遅くに帰宅した遼太郎は、サイドボードに貼られていた鏡からのメモを読んだ。
 鏡が堂島家に来てから、帰宅の遅い遼太郎への連絡手段として購入した物だ。


 メモには主に晩ご飯のメニューと、その日にあった事を簡単に纏めた事。そして、菜々子の事。
 不在がちな自分に対して気を遣ってか、鏡は菜々子の事で印象深い事があればメモに書き記している。
 このメモのおかげで、菜々子がその日をどう過ごしていたかを知る事が出来、以前よりも明るくなってきた事が伺える。

(これも姉さんの思惑の内、何だろうなぁ……)

 遼太郎の姉である凜は、実の弟である遼太郎から見ても、捉え所のない不思議な雰囲気を持っていた。
 まるで、自身には見えない何かを見ているようで超然とした人物だった。
 どこを見ているのか解らないようで、その実は全てを見渡しているかのような立ち居振る舞い。


 結婚してからは、義兄と共に多忙な毎日を送っており、今回も海外出張で日本人にとっては危険な地域へと赴いている。
 義兄と共に姉が所属している葛葉商事は、巨大なコングロマリットと呼ばれる複合企業体で、様々な業種の企業が傘下に収まっている。
 姉は主に折衝に関わる部署に居るらしく義兄共々、一所に留まる事は希だ。
 娘である鏡も、そんな両親の都合で転校が多く苦労をしているはずなのだが、あの真っ直ぐな性格は感心するほか無い。
 それだけ、自分と違って鏡の事を姉夫婦は気に掛けているのだろう。

(俺がしっかり菜々子と向き合っていないのが悪いんだろうな……)

 解ってはいるが、菜々子の事は全て亡くなった妻の千里に任せっきりだったので、どう接すれば良いのか解らないのだ。

(このままじゃ駄目、何だろうな)

 原因が解明できない不可解な事件が起こり、稲羽市は現在、決して安全とは言い切れない状況となっている。
 菜々子だけでなく姪である鏡にだって、いつ危険が忍び寄ってくるかも解らない。
 問題を先送りにして取り返しの付かない事が起こってからでは遅い。幸い、今は鏡が自分と菜々子の橋渡し的な存在になっている。
 一度、鏡とも折を見て話してみるべきだろう。
 もっとも、鏡は同性でないので上手く話せるかは微妙な所ではあるのだが。
 埒のない事を考えながらも、遼太郎は鏡が作ってくれていた食事を温めなおすと遅い食事を摂るのであった。




 翌朝。
 身支度を調えた所で携帯電話から呼び出し音が鳴り響く。ディスプレイを見ると“マーガレット”と表示されていた。
 マーガレットという名に心当たりが一つしかない鏡は内心、驚くも携帯電話を通話状態にする。

『……もしもし。ふいにお呼び止めして済みません。過日、ベルベットルームにてお会いしました、マーガレットでございます』

 マーガレットは、大切な忠告を忘れていたため鏡に連絡してきたとの事だ。
 友人を救出する事は崇高な事ではあるが、それだけでは人は真に満たされる事は無い。
 コミュニティがもたらす絆もペルソナの力を高める大きな源ゆえ、日々を無為に急がず鏡の信じる歩調を大切にするように。
 鏡にそう伝えて、マーガレットは電話を終えた。
 確かに、それだけに囚われると殺伐とした日々を過ごすだけになりかねない。
 鏡はマーガレットからの忠告を胸の留め置き、いつものように居間へと降りていく。


 遼太郎は朝早くから出掛けたようで、サイドボードには遼太郎から食事が美味かったとの簡素なメモが残されていた。
 不器用ながらも律儀な遼太郎のメモに、鏡は表情を綻ばせると朝食の準備をする。
 少し遅れて起きてきた菜々子に食器の準備などを手伝って貰い、二人で朝食を摂り、いつも通り途中まで二人で登校する。


 菜々子と別れて登校していると、前を歩く上級生と思われる二人の女生徒の会話が聞こえてきた。
 何でも今日から運動部に入部できるらしい。話している女生徒は受験生なので、合格祈願に行く神社を選ぶ方が大事だという。
 稲羽中央通り商店街にも神社はあるそうだが、寂れている上に何かが住み着いているという噂もあるらしい。
 その日の授業は特に変わった事もなく放課後を迎え、鏡達は先日の約束通りだいだら.へと向かう。

「おう、お前達か。ちょうど良いところに来たな、我ながら納得のアートになったぜ」

 そう言って、奥から親父が取り出してきたのは飾り気のない両刃の長剣と、小振りで一組の長細い菱形の両刃を持つ苦無と呼ばれる物。
 そして、汚れ一つ無くポケットが複数付いた白いベストで、それぞれ“ロングソード”、“苦無”、“ケプラーベスト”というそうだ。
 これら三点を購入すると、先日売り払った素材の売価と同じくらいの金額になる。
 シャドウ達と戦った際に入手した分のお金がある程度あるので、これら三点の装備を購入しても問題は無さそうだ。
 鏡達はこれら三点の装備を購入してロングソードは鏡が、苦無は陽介がそれぞれ使う事にする。
 ケプラーベストは武器を新調出来なかった千枝が装備する事となる。

「コイツはおまけだ、お前らには必要だろう?」

 そう言って親父が鏡達に差し出したのは、武器を持ち運びするための入れ物だった。
 鏡が渡された物は一見すると楽器を入れるためのケースで、陽介が渡された物は目立たないアタッシュケースだ。

「親父っさん、助かるぜ!」

「何、お前らはワシのアートを悪用するようには見えんからな。存分に使ってやってくれ!」

 親父から渡された入れ物にそれぞれ収納する。入れ物に収納する事によって、そのまま持ち歩くよりも目立たなくなった。
 千枝のケプラーベストはそのまま着ても違和感が無く、気になるようなら畳んでリュックサックに入れてしまえば良い。
 だいだら.を後にした鏡達は、四六商店で回復薬やカエレールを補充してからジュネスへと向かう。今日こそ雪子を助け出すために。




 向こう側の世界へと移動した鏡達は、クマの案内で三度古城へと訪れる。

「あ、そだ。センセイ、この前の時に到達した階から入る事が出来るけど、どうするクマ?」

 クマの言葉に鏡達は驚く。何でも、入るたびに変わる内部の地形は覚え直さないとならないが、到達した階層へは送り出す事が可能らしい。
 どういった原理で出来るかはクマ自身も知らないそうだが、出来るというのであれば大幅に時間を短縮する事が可能だ。
 鏡達は新調した装備の具合を確認すると、クマと共に五階へと移動する。


 五階は以前の時と同じ構造をしていたが、扉の前で瞬間移動させられる事は無くなっていた。
 前回、鍵の掛かっていた扉でガラスの鍵を使用したところ、予想通り扉を開く事が出来た。
 扉の中は次の階へと続く階段が部屋の奥にあり、それ以外はめぼしい物が無い。
 この部屋の反対側にあたる部屋はまだ確認していなかったので、念のために確認しに向かう。


 この部屋も鍵が掛かっており、ガラスの鍵を使って扉を開く。鍵を開けると同時にガラスの鍵は砕けてしまったが、扉を開く事は出来た。
 部屋の中には宝箱が一つ、無造作に置かれており、中には鍵が三個入っていた。
 折角だからと、シャドウが守る金色の宝箱を開けに前回見送った部屋へと移動する。


 中にいたシャドウは前回戦った征服の騎士と比較して戦いやすい相手だった。
 鏡のイザナギが【ジオ】を使い全てのシャドウを転倒させて、総攻撃を仕掛ける事であっけなく戦闘は終了する。
 鍵を使い開いた金の宝箱からは、戦う事に特化した飾り気のないドレスが出てきた。
 布と思わしき素材で出来ているが、触ってみるとひんやりしている。
 クマが言うには、どうやら火炎系の攻撃を回避しやすくする効果があるらしい。

「それなら、里中がコレを装備して、姉御が里中の使っているケプラーベストを着た方が良くないか?」

 クマの説明を聞いた陽介がそう提案する。何でも、女の子より先に男の自分が防御を固めるのは気が引けるらしい。
 鏡としては、戦闘で相手の注意を引き付ける役割をする陽介の方が必要だと思うのだが、ここは素直に陽介の意見に従った。
 これでも、女の子として相応の扱いを受けて嬉しくない訳は無いからだ。


 全ての部屋を調べ終えた鏡達は、階段を上がり六階へと移動する。
 六階に上がると、またしても声が聞こえてきた。それは以前、雪子がテレビで取材された時の様子だった。
 テレビで放映された時と違うのは、リポーターの不躾なインタビューに対する雪子の内心が聞こえた事か。
 それは、雪子の悲鳴だった。老舗旅館の次期女将という姿でしか、周りは自分を認識してくれない。
 誰も“天城雪子”としての自分を見てくれない。何もかもがウンザリだと雪子の声は震えていた。

「雪子……」

 親友の誰にも打ち明けられない悲鳴に、千枝の胸は痛む。自分と一緒に居るときの雪子はそんな様子を微塵も見せなかった。
 雪子の思いに全く気付いていなかった自分は親友失格だ……

「千枝、思い詰めないで。悔やむのは雪子を助け出した後よ」

「そうだぜ。まだ手遅れじゃないんだ。俺達で天城を助け出してやろうぜ」

「鏡……花村……うん、ありがとう」

 二人の言葉に、千枝が気持ちを切り替えて頷く。今は落ち込んでいる時ではない。
 後悔するのも雪子に謝るのも、全ては雪子を助け出してからだ。
 気持ちを切り替えた千枝の様子を確認した鏡は、上の階への階段を捜すべく探索を再開する。

「うわっ!? む、虫!?」

 探索中に遭遇したシャドウの姿を見た千枝が突如、叫び声を上げる。
 その叫び声に鏡と陽介が千枝の方へと視線を向けると、顔面蒼白になり後ずさっている千枝の姿が二人の目に映る。

「やだやだやだ! あんなのと戦えないっ!!」

 千枝が半狂乱になって嫌がるシャドウは、王冠を戴き金の縁取りの施された深紅のカブトムシのようなシャドウである。
 鏡はペルソナを“アプサラス”に切り替えると、回復スキル【メパトラ】を千枝に使う。

「千枝、落ち着いた? 近づきたくないのなら、ブフで攻撃してくれるだけでも良いから動きを止めないで!」

「わ、解った!」

 メパトラの効果で落ち着きを取り戻した千枝は、鏡の指示に従い【ブフ】を使う。

『敵、ダウン! チエチャン、さすが!』

 どうやら【ブフ】は弱点属性だったらしく、千枝は次々とシャドウをダウンさせていく。

「おっ、もしかして、今がチャンス?」

「千枝、行ける?」

「だ、大丈夫!」

 千枝に確認を取った鏡は皆で総攻撃を掛ける。
 この攻撃でシャドウは全滅。シャドウが居なくなった事で千枝は力なくしゃがみ込んだ。

「まさか、里中が昆虫嫌いだったとはな……」

「大丈夫、千枝?」

「何とかね……」

 二人の言葉に千枝は弱々しく返事を返す。
 鏡としては、雪子のいる場所へ辿り着くまでクマと行動を共にさせたいのだが、これにも問題がある。
 シャドウは鏡達ペルソナ使いを標的にしているので、千枝の方へシャドウが向かうと、千枝一人で戦う事になるのだ。
 そのため千枝には申し訳ないが、このまま頑張って貰うしかない。


 この階層から現れた昆虫型シャドウ“熱甲蟲”との幾度かの戦闘で、千枝の疲労は普段以上になっている。
 最初の時と比べると取り乱す事は無くなったが、やはり苦手なものはそう簡単には克服できないのだろう。
 何とか上の階への階段を見つけ出し、鏡達は上の階へと移動する。

『王子様はまだ来ないの?』

 他の階でも聞こえてきた雪子の声。
 誰も自分の事を知らない場所へと連れ去ってくれる王子様を、待ち望む雪子の声。

『近いクマ! この先にいるクマ!』

 クマからの情報を頼りに、鏡達は先へと進む。六階以上から出没するシャドウは、一筋縄ではいかない相手だった。
 特定の攻撃しか効かなかったり、攻撃を反射もしくは吸収して回復するなどこれまでとは比較にならない手強さだ。


 そんな中、金色の宝箱から“ケプラーベスト”と“火伏せの符”を入手できたのは幸いだった。
 ケプラーベストを陽介が装備する事で生存率がより高まり、火伏せの符を千枝が装備する事で火炎系の攻撃をより回避しやすくなった。
 上の階への階段を見つける頃には、鏡達のペルソナも古城に入った当初に比べて、かなりの成長を遂げていた。


 階段を上ると二階と同じように通路の先に扉がある。
 扉の前に鏡達が辿り着くと、クマから雪子の気配を感じるとの連絡が入った。
 鏡達は回復アイテムを使い体調を整えると、扉を開き中へと進む。




 扉の向こうは謁見の間を思わせる広い部屋で、扉の正面奥は階段状になっており、最上段には玉座がある。
 玉座の前にはドレス姿のもう一人の雪子が眼下で座り込んでいる和服姿の雪子を見下ろしていた。

「雪子!!」

 雪子の姿を確認した千枝が叫ぶ。

「やっぱりだ……天城が二人!」

 予想通り、ドレス姿の雪子は抑圧され制御を失い現れたもう一人の雪子だった。
 鏡達は雪子を助けるべく、二人の元へと駆け寄る。

『あら? あららららら~ぁ?』

 鏡達に気が付いたもう一人の雪子が驚きの声を上げる。

『やっだもう! 王子様が、三人も! もしかしてぇ、途中で来たサプライズゲストの三人さん? いや~ん、ちゃんと見とけば良かったぁ!』

 身をよじりながらもう一人の雪子が嬉しそうに話す。
 もう一人の雪子は媚びるように鏡達へと、自身を誰も知らないどこか遠くへ連れ出してくれるように懇願する。
 王子様ならばそれが可能であるだろうからと。

「むっほ? これが噂の“逆ナン”クマ!?」

「三人の王子って……まさか、あたしと鏡も入ってるワケ……?」

「……多分、そうなんだろうな」

 もう一人の雪子の言葉に興奮するクマと、発言の内容に呆然とする千枝と陽介。
 鏡はややウンザリした表情で眼鏡の位置を直している。

『千枝……ふふ、そうよ。アタシの王子様……いつだってアタシをリードしてくれる……千枝は強い、王子様……王子様“だった”』

「だった……?」

 もう一人の雪子の言葉に唖然となる千枝に、表情を険しくしたもう一人の雪子が叫ぶ。
 千枝では自分を連れ出す事も助け出す事は出来ない。その言葉に千枝は何も言えなくなる。

「や、やめて……」

 疲労が蓄積して弱っている雪子が弱々しく声を上げる。
 そんな雪子へもう一人の雪子が斬りつけるように、老舗旅館や女将修行といった束縛がまっぴらだと叫ぶ。
 たまたまここに生まれただけで、死ぬまで生き方が全部決められている。そんな自身の境遇が嫌で仕方がないのだと。

「そんなこと、ない……」

 そう否定する雪子に、もう一人の雪子は言葉を続ける。
 ここではない、どこか遠くに行きたい。一人では何も何も出来ないから、誰かに連れ出して欲しい。
 希望もなく、出て行く勇気も無い。だから自分は、いつか王子様が自分に気付いて連れ出してくれるのを待っている。
 もう一人の雪子は、それが“天城雪子”の本音だと語る。

「ち、ちが……」

「よせ、言うなッ!」

 受け入れがたい言葉に雪子が否定の声を上げようとする。
 陽介が慌てて制止しようとするが、それよりも早く雪子はもう一人の自分を否定する。

「違う! あなたなんか……私じゃない!」

『うふふふふふふ! いいわぁ、力が漲ってくるぅ! そんなにしたら、アタシ……』

 雪子の否定の言葉が、もう一人の雪子を頸木から解き放つ。
 嘲笑を上げるもう一人の雪子を黒い風が覆う。風が収まると、天井から巨大なシャンデリアが落ちてくる。
 シャンデリアの上部には鳥籠があり、深紅の鳥の姿をした異形が中に居る。
 落ちてきた衝撃に煽られた雪子がその場に倒れ伏す。その様子に千枝が慌てるが異形を挟んだ反対側なので近づく事が出来ない。

「雪子、もういいよ……待ってて!! 今、助けてあげる!!」

 千枝は雪子へ視線を向けそう言うと、異形へと視線を移し身構える。

「クマは離れてバックアップ! 皆、雪子を助けるよ!」

 千枝の言葉を引き継ぐように鏡が宣言する。鏡の言葉に従い、クマは鏡達から距離を取りバックアップの体制に入る。
 鏡達は互いに距離を取って、雪子の影を包囲するように位置取りをしてそれぞれ身構える。

『我は影……真なる我……さあ、王子様……楽しくダンスを踊りましょう? ンフフフフ……』

「待ってて、雪子……あたしが全部受け止めてあげる!」

『あらホントぉ……? じゃ私も、ガッツリ本気でぶつかってあげる!!』

 鏡はペルソナを“フォルネウス”に切り替えると千枝に補助系スキル【タルカジャ】を使用する。
 次に陽介が同じく千枝に補助系スキルの【スクカジャ】を使い、これで千枝の攻撃力と行動力を底上げされる。

「来てっ、トモエ!」

 召喚されたトモエが下から掬い上げるようにして、雪子の影を手にした薙刀で切り上げる。

『んふふ、まだまだよ。もぉっと強さを見せてちょうだい! いらっしゃい……アタシの王子様……ンフフフフ……』

 雪子の影がそう言うと傍らにスポットライトが当てられ、王冠を戴き金髪で赤い服を来たこぢんまりとしたシャドウが現れる。
 鏡達は現れたシャドウに構わずに雪子の影を攻撃するも、回復系スキルの【ディアラマ】でシャドウが雪子の影を回復させる。

「くそ、あのシャドウ地味にウゼエぞ!」

 鏡は再びフォルネウスを召喚すると補助系スキル【ラクンダ】でシャドウの防御力を下げる。
 陽介も鏡の意図を読み取りジライヤを召喚して【ソニックパンチ】でシャドウを攻撃する。

「来てっ、喰らえ!!」

 千枝が氷結系スキル【マハブフ】を使い雪子の影とシャドウの両方に攻撃する。
 氷結系が弱点属性だったのか、シャドウが体勢を崩し転倒する。この機を逃さず、千枝は再び【マハブフ】で攻撃してシャドウを気絶させる。
 その様子に慌てた雪子の影がシャドウへと障壁を張る。おそらく、氷結系の弱点を補ったのだろう。

「フォルネウス!」

 鏡は弱点が打ち消されたとしても、【ラクンダ】で防御力が落ちている今が好機と見て、千枝と同じく【ブフ】でシャドウを攻撃する。

「行け、ジライヤ!」

 続いて陽介が【ソニックパンチ】で追撃を掛け、千枝が再び【マハブフ】で攻撃を仕掛けてようやくシャドウを倒す事が出来た。

『王子さまっ! 王子さまっ!』

 シャドウが消滅した事で取り乱した雪子の影は、再びシャドウを召喚しようとするも、再びシャドウが現れる事は無かった。

『なんで……なんで来てくれないの……』

『誰も来ないクマ! この隙を狙うクマ!』

 雪子の影が動揺している今がチャンスだとクマが鏡達に言う。
 この好機を逃さないよう、鏡は攻め急がずに【ラクンダ】で雪子の影の防御力を落とし、確実にダメージを与えられるようにする。
 陽介と千枝がそれぞれ攻撃するも、後一押しが足りず倒しきる事が出来ない。

『目障りよっ!』

 動揺から立ち直れていない雪子の影が羽を振るうと、周囲を火炎が薙ぎ払っていく。
 鏡と陽介は咄嗟にガードするも、ダメージを防ぎきれず軽い火傷を負う。千枝は装備の恩恵もあり、無事に回避したようだ。


 一進一退の攻防が続くも、数で上回っている鏡達が徐々に雪子の影を追いつめていく。

「雪子……これで、最後よっ!」

 千枝の渾身の一蹴りが決め手となって、ついに雪子の影は力尽きる。
 力尽きた雪子の影は元のドレスを着た雪子の姿となり、その場に静かに佇んでいる。

「う……」

「雪子!! 大丈夫? 怪我は無い……!?」

 気を失っていた雪子の元へと千枝は駆け寄ると、雪子の安否を確認する。
 意識を取り戻した雪子は、千枝に手を引かれて立ち上がるともう一人の自分の姿を見て、身体を強ばらせる。

「私、あんな事……」

「わかってるさ。天城、お前だけじゃねーよ」

「誰にでも、他人や自分でさえ見たくない姿はあるよ」

 気落ちする雪子を陽介と鏡が慰める。

「雪子……ごめんね」

 そんな雪子に千枝が泣きながら謝る。自分の事ばかり考えていて、友達なのに雪子の悩みに気付かなかった事を。
 自分にないモノを持っている雪子が羨ましくて、何も無い自分がずっと不安で心細かった事……
 だから、そんな雪子に頼られていたかった。本当は自分が雪子を頼っていた事を。

「あたし、一人じゃ全然ダメ……鏡や花村にも、いっぱい迷惑かけちゃったし……雪子いないと……あたし、全然、分かんないよ……」

「千枝……私も、千枝の事、見えてなかった……自分が逃げる事ばっかりで」

 雪子は千枝にそう言うと、もう一人の自分の傍まで移動する。

「逃げたい……誰かに救って欲しい……そうね……確かに、私の気持ち。あなたは、私だね……」

 その言葉にもう一人の雪子は頷くと、青い光となってその身を変じさせる。
 両手に花片を思わせるショールのようなモノを持った、チアガールを彷彿とさせる姿を持ったペルソナ。
 雪子のペルソナ“コノハナサクヤ”は、再び青い光の粒子となるとカードへと姿を変え、雪子の身体へと吸い込まれるように消えていく。
 コノハナサクヤが消えると、雪子は崩れ落ちるようにその場に膝をつく。

「雪子!!」

「天城、大丈夫か?」

「うん、少し、疲れたみたい……みんな……助けに来てくれたのね」

「当たり前でしょ」

 千枝と陽介が雪子を気遣い、雪子が皆が助けに来てくれた事にお礼を述べる。
 雪子が無事だった事に千枝と陽介は安堵の表情を浮かべる。

「んで、キミをココに放り込んだのは誰クマ?」

「え……あたな、誰……? て言うか……何?」

「クマはクマクマ。で、放り込んだのは誰クマか?」

 クマが雪子に肝心な事を訊ねるが、雪子はクマの姿を見て唖然としている。
 改めてクマが訊ねるも、雪子自身は良く覚えてはおらず、誰かに呼ばれたような気がするも記憶が朧気で誰かは分からないという。
 クマはその事に気落ちするも、雪子をこの世界へと放り込んだ誰かが居る事はハッキリとした。

「取り敢えず、雪子を早く外に連れ出しましょう」

「そうだね、雪子、辛そうだし……」

「っと、そうだったな。悪ぃ」

 鏡達はカエレールを古城を後にする。クマに広場まで案内された鏡達が元の世界に帰ろうとすると、クマが寂しそうに引き留める。
 しかし、雪子が改めてお礼を言いに来るからとクマの頭を撫でた途端に機嫌を直す辺り、クマもかなり現金だ。




 元の世界に戻ってきた鏡達は、フードコートで雪子を休憩させる。
 千枝は雪子が怪我をしていないか心配しているが、雪子は疲れているだけだと千枝に話す。

「天城が山野アナと同じ手口で、その……殺され掛けたってのは、間違いないよな」

「未遂で言えば、小西先輩もそうなるね」

 陽介の言葉に鏡が付け加える。その上で、陽介は雪子が抑え付けていた思いが向こうで現実になったのでないかと推理する。
 その言葉に、クマも同じような事を言っていたと、千枝が話す。

「あー駄目だ。ますます分っかんね。犯人って、一体どんなヤツなんだ?」

「陽介、取り敢えず今日は雪子を送り届けましょう」

「そうだね、難しい話はまた今度にしよ? 雪子、早く休ませた方が良いし、あたし、家まで送ってくからさ」

「あ、そうだよな……悪い。天城の疲れ、ハンパじゃないもんな」

「それじゃ、千枝、頼める?」

「うん、任せて!」

 鏡に自信を持って答えた千枝は、雪子を気遣いながらフードコートから去っていく。
 それを見送った後で陽介が鏡に話し掛けてくる。

「詳しい話は、まず天城が元気になってからだな」

「そうね。私達も今日はゆっくり休みましょう」

 そう言って、二人もフードコートを後にする。
 鏡は今日の晩ご飯の食材を購入しに、食費売り場に寄り道すると陽介に伝える。
 陽介は疲れている上に、この後で家事までこなす鏡を心配して買い物に付き合う事にする。


 流石に手の込んだ料理は厳しいので、今日の献立はカレーだ。
 買い物を終えると、陽介は鏡を気遣って堂島家まで荷物を持ちを買って出る。
 流石にそこまで気を遣わせるのは悪いと鏡は断ったが、自分は帰ったら食事の用意とかしないで済むから構わないと押し切られた。

「それじゃ、姉御。また明日な」

「えぇ、送ってくれてありがとう」

 鏡のお礼に照れ笑いを浮かべた陽介は、自転車に乗って帰って行った。
 それを見送った鏡が堂島家に戻ると、菜々子がいつものように嬉しそうに出迎えてくれた。
 菜々子の笑顔に癒された鏡は手を洗い着替えると、菜々子と一緒に晩ご飯の準備に取りかかる。
 今日の献立がカレーと聞いて、菜々子は喜び、いつにも増して手伝いに力が入る。


 煮込んで形が崩れる事を見越して、大きめに切った具材を軽く炒めてから置いてあった圧力鍋で煮込んでいく。
 隠し味に、シナモンとインスタントコーヒーを入れて味に深みを持たせる。
 その上でタマネギの摺り下ろしも入れて辛さを抑え、菜々子に食べやすい辛さに味を調整する。
 カレーが出来上がる頃になって、遼太郎が帰ってきた。
 見ると、遼太郎は頼りなさそうな風貌の青年を連れてきている。
 見覚えのあるその姿に、鏡は山野アナの遺体発見現場に居た若い刑事である事を思い出した。

「お、おかえり」

 見知らぬ人物の姿に、菜々子が緊張した様子で遼太郎に声を掛ける。

「こんちゃっすー」

「珍しく上がりが一緒になったんでな。送りがてら連れてきた」

「どーも、この春から、堂島さんにこき使われてる、足立です」

 遼太郎が連れてきた若い刑事、足立が軽いノリで自己紹介をする。
 足立の自己紹介に遼太郎は「これでも遠慮してんだぞ」と言われるも「冗談キツいッスよ!」と取り合わない。
 ある意味で肝が据わっているとも取れる態度だが、今ひとつ頼りなさそうな印象が強い。
 しかし、鏡は足立のその調子の良さに違和感を覚える。何というか、態とらしく感じられるのだ。

「おわっと、そうだ! 君、確か天城雪子さんのクラスメイトだよね? 天城さん、無事に見つかったからさ! 皆にも知らせてあげてよ!」

「雪子が無事に見つかった?」

 怪訝な表情で答える鏡の様子に、足立は自身の失言に気付き気まずそうな表情になる。

「ああ、お前のクラスメイトの天城雪子な、数日前から行方不明になっていたんだ」

 学校の方には家の手伝いで休んでいる事になっていたので、遼太郎は足立の失言に内心、頭を抱えて鏡に説明する。

「問題が全てクリアって訳じゃないんだけどね。さっき訊ねた帰りなんだけど、天城さん、居ない間の事、覚えてないんだってさ」

 遼太郎の思いに気付かない足立は、鏡達に捜査内情を次々に話していく。
 あまりにも軽々しく内情を話す足立を遼太郎が殴りつける。

「イタっ!」

「バカ野郎、要らん事を言うな!」

「……叔父さん、守秘義務って言葉、警察には無いんですか?」

「いや、すまんが、今聞いた事は全部忘れてくれ……」

 鏡の心配そうな視線に居たたまれなくなった遼太郎がそう話す。

「す、すいません……」

 流石に足立も、余計な事を喋りすぎたと自覚して、済まなさそうに遼太郎に謝る。

「おなかすいた」

 遼太郎達の会話を理解できていない菜々子が不満を述べる。その言葉に、遼太郎も同意する。
 鏡は二人に手を洗うように言うと、菜々子と一緒にカレーをよそっていく。

「あ、そうだ。叔父さん、同僚の方を連れてくるのは良いですが、事前に連絡は下さいね?」

 今日の献立がカレーでなかったら、足立の分の食事を今から作る事になるところだったという鏡の言葉に、遼太郎は自身の失態を知る。

「すまん。つい、今までの癖で出前を取れば良いと考えていた」

 鏡が来てから食事は鏡が作るようになっても、習慣はそうそう抜けるものではない。
 とはいえ、折角作ってくれた食事が無駄になるのは流石に問題なので、遼太郎はその辺りの事は改めようと決意する。

「へぇ……これ、鏡ちゃんと菜々子ちゃんが作ったんだ」

 カレーを美味しそうに食べながら、足立が感心したように話す。
 菜々子が食べやすいように辛さを抑えているが、味にコクと深みがあるので、遼太郎達にも物足りなさを感じさせる事はない。

「堂島さん、こんな美味しいご飯が食べられるのなら、仕事の疲れも吹き飛ぶでしょ?」

「そうだな」

 楽しそうに聞いてくる足立に遼太郎がそう答える。
 久しぶりに賑やかな団らんを過ごせて菜々子も終始、嬉しそうな表情を見せている。

「それじゃ、コイツを送ってくるから戸締まりは頼むぞ」

「いや~美味しかったよ、ごちそうさま」

 そう言って、遼太郎が足立を車で送りに出掛ける。足立は鏡達に嬉しそうな笑みを見せてお礼を述べていく。
 遼太郎達を見送ってから、玄関の戸締まりをして食べ終えた食器を菜々子と二人で洗い終え、いつものように二人で入浴する。
 久しぶりの団らんで機嫌の良い菜々子は、鏡に皆で食べたご飯が楽しかった事を伝える。
 鏡もこういった賑やかな食事は久しぶりだったので、菜々子と同意見だ。


 お風呂から上がり、いつものように菜々子を寝かし付けてから鏡も自室へと戻る。
 布団を敷き、中に入って目を閉じる。
 雪子を救出する事は出来たが、未だに犯人に繋がる情報は無い。今は雪子が回復するのをまって、今後の事を皆と相談しなければ。
 そんな事を考えながら、鏡は眠りに付くのであった。




2011年04月13日 初投稿



[26454] コミュニティ
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/04/16 16:45
――――戦う事が全てじゃない

       他者との関わりもまた大切な事

     “絆”は目に見えないものであるけれど

   人が生きていく上で必要なモノなのだから……




 雪子を救出してから二日後。
 千枝の話だと、明日には学校に出てくる事が出来るらしい。
 その事を鏡達に伝えている時の千枝は本当に嬉しそうな表情で語っていて、鏡達もつい嬉しくなる。


 千枝は今日も学校が終わってから雪子の所へ顔を出すそうだ。
 陽介もジュネスでバイトと言う名の家事手伝いだとかで、放課後は急いで帰っていった。


 転校してきて初めて迎える一人の放課後。
 鏡は運動部の部活募集が始まっていた事を思いだし、折角だからと見学に向かう。
 体育館では女子バレー部が、グラウンドでは女子テニス部がそれぞれ部活動を行っているようだ。
 両方を見学してみて、活気があるように見えたテニス部へと鏡は入部する事に決める。
 入部手続きのため、近くにいた部員に声を掛けてみる。

「ん? ひょっとして、入部希望の人?」

 そう言って、鏡を珍しそうに見ている少し気の強そうな女生徒に、鏡は入部の意志を伝える。
 鏡の言葉に女生徒は嬉しそうになると、一年の部員を呼んでファイルを持ってこさせる。

「じゃ、この用紙にクラスと氏名を書いて……へぇ、神楽さんって言うんだ。噂の転校生が入部してくれて嬉しいよ」

「……噂?」

 訝しげな表情を見せる鏡に女生徒は、転校初日にモロキンに噛みついた怖いもの知らずの転校生の噂を話す。
 どうやら鏡が思っている以上に、転校初日の出来事は学校中に知れ渡っているようだ。

「実をいうと、私も気になっていたんだ。あのモロキンを言い負かした転校生が。あ、私は同じ二年の五十嵐紫( いがらし ゆかり )。よろしくね」

 自分ばかりが話していた事に気付いた紫が自己紹介をする。
 その屈託のない様子がどことなく千枝に似ていて、鏡の表情が綻ぶ。
 今日は入部初日という事で軽く流す程度の運動だったが、鏡の身体能力の高さに紫が目を丸くする。

「ね、神楽さんって本当にテニスをするのは、今日が初めてなの?」

「そうだけど?」

 紫の質問に不思議そうな表情で鏡が答える。その言葉に、いつの間にか集まってきていた他の部員達から歓声が沸き起こる。
 所々で聞こえてくる声の中に『これで今年は月高に勝てる!』などといった奇妙な単語が混ざっていた。

「はいはい、皆。嬉しいの解るけど、落ち着こうね!」

 紫が手を叩きながら他の部員達を静めていく。状況の飲み込めない鏡に紫は苦笑を浮かべると、騒ぎの理由を鏡に説明する。
 何でも二年ほど前から“月光館学園高等部”の女子テニス部と、対校試合を毎年行っているらしい。
 接戦するほど両校の実力は拮抗しているそうなのだが、去年は惜しくも敗れたらしい。
 そのため、今年は雪辱を果たすべく部員一同やる気を出しているのだそうだ。

「部長! これで今年は月高のウザイ顧問を黙らせる事が出来ますね!!」

「部長?」

「あ、神楽さんにまだ言ってなかったか。うちの学校は三年でなく二年が部長を務める事になってて、私が今年の部長なの」

 下級生と思わしき部員から部長と呼ばれた紫が、不思議そうに自分を見る鏡にそう説明する。

「向こうの子達は皆、良い子なんだけど、顧問の“叶”ってのが嫌なヤツでね。ろくにテニスの事を知らないくせに、好き勝手言ってくるんだよ」

 先方の顧問はどうやら部活動より勝ち負けにしか拘ってないらしく、去年は皆の前で暴言を吐いたらしい。
 その暴言を受け、こちらの顧問である生物担当の“柏木”教師がおかしなやる気を出したらしく『打倒! 月高!』が今年のスローガンらしい。
 実際に見た事がない下級生達も、上級生達から何度も聞かされているのか、叶という顧問に対する認識は一致しているようだ。
 紫が言うには柏木も叶と同じく部活動には関心が無い方だが、負けるのが我慢ならない性格らしい。


 互いに問題を抱えた顧問を持つ者の連帯感もあって、月高の女子テニス部の皆とは仲が良いそうだ。
 交流会は夏休みに入った最初の週に行われ、今年は七月最後の週末に行われるとの事。

「私達も頑張るけど、神楽さんにも期待するよ」

「あ、出来れば名前の方で呼んで。そっちの方が慣れてるから」

「そう? じゃ、私も紫って呼んで」

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、“剛毅”のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 鏡の脳裏に声が響くと共に、心の中を暖かいモノが満たしていく。
 今日の部活動を終えた鏡は、紫と一緒に帰宅する。
 丸久豆腐店に買い出しに行く事を紫に話した所、商店街の近くに住んでいるので途中まで一緒に帰ろうという話になったのが理由だ。

「へぇ、鏡がいつもご飯の用意をしているんだ。面倒じゃないの?」

「そうでも無いよ。従妹の菜々子ちゃんが手伝ってくれるから、逆に楽しいし」

「家の弟も、鏡の従妹の子みたいに可愛げがあればなぁ……」

 鏡からの話を聞いて、心底羨ましそうに紫が話す。
 紫には菜々子と同い年の弟が居るらしく、いつも生意気な事ばかりを言って困っているのだとか。
 互いの事を話しながら、丸久豆腐店に到着した二人は一緒に店内へと入る。

「あら、紫ちゃん、いらっしゃい。そちらのお嬢さんも、また来てくれて嬉しいよ」

「こんにちは、今日は友達の付き添いで来ちゃった」

「こんにちは。この間、こちらでいただいた豆腐が美味しかったので、また買いに来ました」

 鏡の言葉に老婆は『そうかい、そうかい』と表情を綻ばしている。
 今日は豆腐ハンバーグを作る予定なので、木綿豆腐を三丁ほど購入する。

「鏡ちゃんも紫ちゃんも、また来ておくれね」

 老婆に見送られ、丸久豆腐店を後にした鏡達は商店街北側へと移動する。
 総菜大学前の道を進めば紫の自宅があるらしく、鏡もその道を通って帰るからだ。

「げっ、姉ちゃんだ」

 総菜大学の前を歩いていた男の子が鏡達見るなり、そう零す。
 その声を耳ざとく聞きつけた紫は男の子の側まで一気に近づくと、男の子の耳たぶを摘み上げる。

「痛いっ! 姉ちゃん、痛い、痛いって!!」

「武、今あんた私を見て『げっ』って言ったわよね? どういうつもりかなぁ?」

 男の子の耳たぶを摘み上げて低い声でそう話す紫は、その実、目が笑っている。
 おそらくこういう遣り取りはいつもの事なのだろう。
 鏡の予測通り、男の子がすぐに根を上げ紫に謝ると、満足そうな表情で男の子の耳たぶを放す。

「鏡、これがさっき話した弟の( たける )。武、こっちは姉ちゃんの友達の鏡ね」

「武君、私は神楽鏡。よろしくね」

 鏡はしゃがんで武と目線を合わせると自己紹介をする。

「五十嵐武、よ、よろしく」

 鏡の行動にしどろもどろになりながらも武は鏡に答える。
 その様子に紫は『いっちょ前に照れてんじゃ無いわよ』と、武をからかう。
 からかわれた武は顔を赤くして紫に抗議するが、形勢は不利なので機嫌を損ねてどこかへ行ってしまった。

「紫、流石にからかい過ぎじゃないの?」

「大丈夫、あれくらいで参るようなヤワな弟じゃないわよ」

 鏡の言葉に紫は自信を持って答える。あれも一つのコミュニケーションの取り方なんだなと気付いた鏡は、苦笑気味になる。
 紫と別れ、鏡はそのまま真っ直ぐに堂島家に戻る。帰宅すると菜々子がいつものように笑顔で鏡を出迎えてくれる。
 今日の献立は豆腐ハンバーグにオムライス、そして野菜スープだ。

 鏡が器用にオムライスを卵でとじる様子を菜々子が目を丸くして見ている。
 流石に、菜々子が降るにはフライパンが大きすぎるので、こういった作業は鏡が行っている。
 とはいえ、やりたそうな視線を菜々子が向けているので、だいだら.の親父に相談してみようかと鏡は考える。
 親父の主旨に反するかも知れないが、相談する価値はあると思う。


 いつものように菜々子と過ごし、互いに今日あった事を話し合う。
 鏡がテニス部に入った事を聞いた菜々子は、我が事のように喜んでくれた。
 話し足りないのか、菜々子が今日は鏡と一緒に寝たいと言ってきたので、鏡は久しぶりに菜々子と一緒に眠る事にする。
 最近になって、菜々子も自分の友達の事を鏡に話すようになってきて、菜々子の話しからその様子が思い浮かべるようになってきた。
 楽しそうに語る姿を見て、鏡は嬉しくなる。出会った当初に比べて、菜々子の表情が生き生きとしているからだ。


 話疲れて眠ってしまった菜々子の寝顔を見て、鏡は表情を綻ばす。
 一人っ子だった鏡にとって、菜々子の存在は本当の妹にも等しいほど大切な存在になっている。
 稲羽市で起こっているテレビを使った連続殺人未遂は、本当の意味ではまだ解決していない。
 犯人を捕まえない限り、今後もテレビの中に放り込まれる被害者が出てくる可能性がまだ残っているのだ。
 その被害者に菜々子がならないとも限らない。目の前で穏やかに眠る少女の平穏を守るためにも早く犯人を見つけ出さないと。
 鏡は改めてそう思い、眠りに付くのであった。





 翌日。
 いつものように途中まで菜々子と一緒に登校した鏡が学校に到着すると、雪子が校門前で立っていた。

「あ、お、おはよ」

「身体の方はもう大丈夫?」

「う、うん……今日から学校、来るから……よ、宜しくね。なんか、みんなに、すごく迷惑かけちゃったよね。ごめんね……」

「雪子のせいじゃないでしょ。それと『ごめん』じゃ、無いと思うよ?」

「そうか、“ありがとう”だよね」

 鏡の言葉に雪子の表情が明るくなる。雪子と教室へ向かう中、女将である母親が職場復帰をしたと雪子が話す。
 仲居さん達もすごく協力してくれて、以前よりも上手く回っているそうだ。
 その様子を見て、雪子は今まで自分一人が頑張らないと駄目だと無理をしていたと感じたらしい。
 肩の荷が下りたのか、今では自分の事を冷静に考えられるようになったと雪子は語る。

「で、でも、なんか恥ずかしいな……」

 向こうの世界で、鏡達に自分自身でさえ見たくないと思った事を見られた事を思い出し、雪子が顔を赤らめる。
 そんな雪子に、鏡は気にする事はないと話す。誰にでも見たくない姿や見せたくない姿はあるのだからと。

「雪子ー!」

 雪子と話しながら歩いていると、後ろから千枝の呼び声が聞こえてくる。二人は足を止め、千枝が追いつくのを待つ。
 鏡達に追いついた千枝は、嬉しそうな表情で雪子が復帰した事を喜んでおり、雪子も久しぶりの千枝との会話を楽しんでいる。
 三人が教室に着くと、先に来ていた陽介が三人に気付き、軽く手を挙げている。

「三人ともおはようさん。天城も無事に出てこれて良かったな」

「花村君も、あの時はありがとう」

「気にすんなって。それよりも放課後、これまでの事を皆で話し合いたいんだが、良いか?」

 雪子が復帰してきたので、陽介が三人に提案する。
 もちろん、三人に異存は無いので放課後、校舎屋上で話し合う事を取り決める。
 予鈴が鳴り、鏡達はそれぞれ自分の席へと戻り、一限目の準備を始める。




――放課後

 雪子がカップ麺を持って遅れてやってくる。

「お待たせ。千枝はおそばの方だよね」

 雪子が手に持っているのは“赤いきつね”と“緑のたぬき”で有名なカップ麺だ。
 カップ麺から漂う香りに、千枝は嬉しそうな表情を見せる。

「部活前のこの一杯の為に生きてるね、うん。これ、あとどんくらい待ち?」

「全然、まだよ」

 千枝の言葉に雪子が若干呆れ気味で答える。

「で、なんだっけ……あ、雪子に事情を聞くんだったよね」

「なぁ、天城さ、ヤな事ムリに思い出さす気は無いんだけど……改めて、聞かせて欲しいんだ」

 本来の目的を思い出した千枝の言葉を引き継いで、陽介が雪子に訊ねる。
 攫われた時の事は何も覚えていないのかと。
 陽介の言葉に雪子は表情を曇らせて、時間が経つ程よく分からなくなってきたと話す。
 ただ、玄関のチャイムが鳴って、誰かに呼ばれたような気がすると説明する。
 もっとも、その後に気付いた時には古城の中だったそうだ。
 申し訳なさそうに話す雪子に、千枝が『謝らなくて良い』と雪子を慰める。

「けど、やっぱその来客ってのが犯人?」

「どうだろうな……もしそうなら相当大胆だぜ。玄関からピンポーンなんてさ」

「警察の方でも目撃者を捜しているはずだけど、今のところ、該当者は見つかって無いようね」

 千枝と陽介の言葉に鏡がそう付け加える。
 犯人はかなり用心深いのだろう、すぐに身元が割れるような姿では出歩かないだろうからと、陽介は推測する。


 陽介の推測に、千枝が犯人の目的は何なのだろうかと疑問を述べる。
 流石に理由は犯人しか分からないが、一つだけハッキリした事がある。
 人が次々と“向こう”に行っているのは偶然でなく、こちら側に居る誰かが攫ってテレビに放り込んでいるのだ。
 これは間違いなく“殺人”だ。

「あ、そうだ、言ってなかったな」

 そう言って陽介は千枝と雪子に、鏡と二人で犯人を挙げる事にした事を伝える。
 正直な所、この事件を警察が解決するには無理があるが、自分達には“力”があるので大丈夫だと語る。

「とはいえ、犯人を見つけて証拠を掴んだら、警察に通報するのが一番だけどね」

 事態を軽く考えている節のある陽介に鏡が釘を刺す。特殊な“力”を持っているとはいえ、自分達は一介の学生に過ぎない。
 犯人を逮捕するには、警察の力がどうしても必要なのだ。

「あたしもやるからね! あんな場所に、人を放り込むなんてさ。も、絶対ブチのめす!」

 千枝の言葉に少し考える素振りを見せた雪子は、鏡に視線を向けると自分も手伝うと申し出る。
 どうしてこのような事が起きているのかを知りたい。
 自分が誰かに殺したいほど憎まれているのだとしたら、それを知らないといけない。もう、自分から逃げたくはないからと。

「おっし! じゃあ、全員で協力して、犯人を見つけてやろーぜ!」

 雪子の言葉に陽介が力強く宣言する。

      我は汝……、汝は我……

      汝、絆の力を深めたり……


  絆を深めるは即ち、まことを知る一歩なり


   汝、“愚者”のペルソナを生み出せし時

     我ら、更なる力の祝福を与えん

 鏡の脳裏に声が響き、心を力が満たしていく。

「でも、そうやって犯人捜す? 今んとこ、手掛かり無しだよね」

「狙われたの、私で三人目だけど、これで終わりなのかな? もし、次に狙われる人の見当が付くなら、先回りできない?」

「先回りか……なるほどな、いいかも。じゃあ、今までの被害者の共通点を挙げてみようぜ」

 陽介はそう言うと、被害者の名前を挙げていく。

 一人目、女子アナの“山野真由美”
 二人目、先輩である“小西早紀”
 三人目、クラスメイトの“天城雪子”

 三人に共通するのは、いずれも女性である事。
 その事実に千枝は憤慨する。

「後、これは? “二人目以降の被害者も、一人目に関係している”」

「あ、そっか、雪子も小西先輩も、山野アナと接点があった……」

 二人の言葉に雪子が、“山野アナの事件と関わりのあった女の人”が狙われる条件なのかと話す。
 今の状況だと、そう考えるのが筋だと思われると陽介は言う。


 そして次にもし、誰かが居なくなるとすると“マヨナカテレビ”に映る可能性が高い事。
 一番重要なのは、当人が居なくなる前に映る事だ。

「まるで、これから“誘拐します”って予告をしてるようね」

「あれが何なのかは分かんないけど、今は当てにするしかないな」

 鏡の言葉を引き継いで陽介がそう話す。
 今の時点で、次を予測する手掛かりは“マヨナカテレビ”しか無さそうだ。
 鏡達は天気予報を確認して、雨の夜に忘れずにテレビを確認する事で意見を一致させる。

「ところでソレ、もう出来てんじゃね?」

 陽介がカップ麺に視線を向けて千枝達に話す。
 言われて気付いた二人が蓋を剥がし、カップ麺を食べ始める。

「な、先生、ヒトクチ! 取り敢えず、ヒトクチ味見!」

「陽介、流石にそれはどうかと思うんだけど?」

 千枝にねだる陽介に鏡が半眼になって突っ込む。

「だってよ、姉御、あんな美味そうな香りがしたら食べたくなるじゃねえかっ」

「……間接キスがしたいのなら止めないけど?」

 鏡のその一言で、陽介と千枝が硬直する。

「あぁ……流石にそれは拙いよな……うん。里中、悪い、今のは聞かなかった事にしてくれ」

「う……うん」

 陽介の言葉に千枝が歯切れの悪い返事を返す。
 気のせいか、どことなく顔が赤くなっているようにも見える。

「取り敢えず、クマから雪子の眼鏡を貰いに、ジュネスへ移動した方が良さそうね」

 千枝達が食べ終わるのを待って、鏡達はジュネスへと移動する。
 小腹が空いたという陽介の言葉に、フードコートで軽く何かを食べてからクマに会いに行く事にする。
 ついでだからと、先ほどの話の続きをしようという事になった。

「でさ、さっきの話だけど、結局、犯人ってどんなヤツなんだろ?」

「山野アナだけ見れば、動機は恨みっぽいよな。不倫相手の奥さんとかさ」

 しかし、実際の所は柊みすずにはアリバイがあり、そもそも不倫の情報をリークしたのは柊みすず本人だ。
 千枝からの指摘に陽介は驚くと、二件目となる早紀の件を挙げる。早紀は一件目の死体発見者で、犯人が同じなら口封じの可能性がある。
 陽介もその可能性を考慮しているのだが、犯人はテレビに入れただけで警察に捕まるほどの証拠があるとは思えない。
 それに、早紀はここ一年の記憶を失っているので、証拠があったとしても今ではもう真相は闇の中だ。
 そうやって皆で考え込んでいると、鏡の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。

「しっかし、田舎は退屈そうだと思ってたら、信じられない事ばっかだなぁ……おっと、新メニュー発見伝」

「……足立さん?」

「鏡、知り合い?」

 足立も鏡の声に気付いたのか、鏡達の側へとやってくる。

「あれ、堂島さんトコの鏡ちゃん……? あはは……えっと、そうだ、ちょうど良かった、うん」

 気まずそうな表情になった足立が、今日は定時で遼太郎が上がれそうなので、菜々子にも伝えて欲しいと言ってくる。

「……足立さん、叔父さんにはサボっていた事は言いませんから、そんなに挙動不審にならないで下さい」

「あ、あはははは……鏡ちゃん、厳しいなぁ。ども、足立です。堂島さんの部下……ていうか相棒ね」

 鏡の指摘に苦笑いを浮かべた足立は、陽介達に気付いて自己紹介をする。

「お仕事、大変そーっすね?」

「え、ああ、世間は面白がってるみたいだけど、僕らはそういう訳にもいかないからね」

 陽介の言葉に、困った表情で足立が答える。
 そんな足立に千枝が、事件はやはり恨みによるものなのかと訊ねる。
 千枝の指摘に足立はその辺も踏まえて捜査はしているが、今のところは有力な情報は得られていないと話す。
 その上、遺体の第一発見者である早紀が誘拐された事や記憶を無くしてしまった事も陽介達に吐露する。

「……足立さん、守秘義務」

「あっと、また喋りすぎ? い、今の内緒ね……まあ、犯人は警察が必ず捕まえるから。それじゃ!」

 冷めた目で指摘する鏡の視線に居たたまれなくなった足立は、逃げるように去っていく。
 その様子に、千枝が確かにあれでは警察には任せてられないなと話す。
 陽介の食事も終わったので、鏡達はクマに会いに向こう側へと移動する。




 自分の意志で初めて訪れたテレビの中の様子に、雪子が驚きの声を上げる。
 あの時はよく分からず周りをじっくり観察する心のゆとりも無かったので、あの時とはまた違った印象を受ける。
 鏡達が来た事に気付いたクマが、可愛らしい足音を立てて鏡達に近づいてきた。

「あの時のクマさん……夢じゃなかったんだ」

「ユキチャン元気? クマね、ユキチャンとの約束守って、いいクマにしてた」

「そっか、えらいえらい」

「ま、まあ、このクマきちの為にも、犯人を見つけようって事になってさ」

 若干引き気味の陽介の説明に、雪子はクマに自分も手伝う事になった事を伝える。
 鏡はクマに雪子の分の眼鏡が有るかを訊ねたところ、ちゃんと用意しているとクマは答える。
 雪子がクマから手渡された眼鏡はツーブリッジのナイロールタイプで、赤いフレームが雪子のイメージに合っている。
 手渡された眼鏡を掛けると、周りの霧が全くないクリアな視界が広がる。

「ところでさ、なんでそんなに眼鏡を持ってるワケ?」

「……クマの手作りなんだと」

 ふとした疑問をクマに聞いた千枝に陽介が答え、その説明に初めてその事実を知った陽介と似たような反応を千枝が返す。
 クマはこの世界に長く住んでいるため、快適に過ごす工夫は怠らないのだという。
 そして、クマの場合は眼がレンズで出来ているためクマ自身には眼鏡が必要ないとの事。

「ていうか、その手で良くこれだけのモンが作れるよな」

「失敬な! クマは、凄く器用クマよ! 見るクマ! 指先がこんなに動いてる!」

 そう言って、陽介にクマは自分の指先を見せつけるが、手の先端は微妙に動いていてサッパリ分からない。

「分からんわ!」

 あまりの微妙さに、陽介がクマを突き飛ばす。その衝撃でクマから落ちた物を雪子が拾い上げる。
 クマはそれを“ちょっぴり失敗した眼鏡”というが、思いの外、雪子の琴線に触れたのか、雪子が嬉しそうにその眼鏡に付け替える。

「ちょ、ちょっと雪子?」

「あはは、どう?」

 反応に困る千枝に、雪子が嬉しそうに聞いてくる。
 それは、パーティグッズで使われる鼻付き眼鏡だった。
 レンズは渦巻き状態になっており、どう見ても使い物になるようには見えない。
 とはいえ、雪子には好評で気に入ったのかと訊ねるクマに、鼻ガードが付いているので、これが良いと雪子はクマに言う。

「おやめなさい!」

「クマったなー、それ、本物のレンズ入ってないクマよ。こんな事なら、ちゃんと用意しておけば良かったクマ」

 千枝とクマの言葉に、雪子は心底残念そうな声を上げてその眼鏡を外す。
 そして、外した眼鏡を次は千枝の番だと言って手渡す。眼鏡を受け取った千枝は仕方がないなとばかりに眼鏡を取り替える。

「う……ぷぷっ! あはは、あははっはっはっはっは!」

 眼鏡を取り替えた千枝を見て、雪子が笑いの壺に嵌ったのか突然、お腹を抱えて笑い出す。

「あ、天城さん……?」

「千枝、雪子って笑い上戸?」

「うん、雪子の大爆笑……あたしの前以外では無いと思っていたのに……」

 唖然とする陽介。雪子を指さして鏡が千枝に確認を取ると、呆れたように千枝が肯定する。
 その間も雪子は笑い続けている。

「こんな眼鏡じゃ、捜査になんねーっしょ!? てゆーか、どう考えたって鼻はウケ狙いじゃん!」

 千枝の指摘に、クマは皆が自分を置いていくので、暇すぎてこんな事になるのだと憤慨する。

「ま、まあでも、天城が元気出たみたいで良かったよ、うん……」

 何とも微妙な表情で陽介がそうフォローするも、雪子は笑い続けて苦しそうだ。
 鏡は千枝に取り敢えず鼻眼鏡を外して、元の眼鏡に換えるように勧める。
 その指示に従った千枝が元の眼鏡に交換しても雪子は笑いが収まらず、それからしばらくの間ずっと笑い続ける事になった。


 雪子にもシャドウとの実戦を経験させようと陽介が提案するが、雪子の装備が無い為だいだら.へと向かう。
 ついでだからと、この間の雪子救出の際に入手した素材も持ち込む事となった。
 持ち込んだ素材で防具が幾つか作れるそうなので、防具は後日改めて購入する事として、今回は“能扇”を購入すだけに留める。

「親父さん、一つ相談が有るのですが」

「何でぇ、言ってみな」

 折角なので、鏡は菜々子用の調理器具が作れないか、親父に相談してみる。

「なるほどなぁ、何て感心する嬢ちゃんだ。よし、分かった。ちょうど良い素材が残っているから、作ってやろう!」

「ありがとうございます」

 鏡の説明を聞いた親父は、子供ながらに手伝いをしたいという菜々子の気持ちを汲んで快く引き受ける。
 必要な要素は“軽くて丈夫”そして“子供が使って安全な物”である。ある意味、矛盾する課題に親父のやる気が漲ってくる。
 今から作業に取り掛かり、明日には仕上げておくからと親父が言うので、鏡達はだいだら.を後にする。

「それにしても、本当に菜々子ちゃんは良い子だねぇ」

 先ほどの話を聞いた千枝が、感心した様子で鏡に話し掛ける。
 食べる事が専門の千枝からすると、小学生で家事の手伝いをする菜々子はそれだけで尊敬の対象になる。
 雪子も千枝の意見に同意らしく、まだ会った事のない菜々子に会うのが楽しみだと話す。

「そうだな、今度みんなで菜々子ちゃんと一緒に遊ぶってのも悪くないな」

 陽介の提案に皆が頷く。クマに会わせるのが一番、菜々子の喜びそうな事だと思われるが、流石にテレビの中へは連れて行けない。
 ジュネスが好きだと菜々子は言っているので、皆の都合が合えばジュネスのフードコートで何か食べるのも良いだろう。

「それじゃ、私はこれで。また明日ね」

 そう言って、雪子は天城屋旅館行きのバスに乗って帰って行った。
 千枝もこのまま帰宅するそうなので、今日の所はここで解散する事となった。


 今日の献立は冷蔵庫に入っている鶏肉と卵で親子丼でも作ろうかと鏡は考える。
 一緒に味噌汁も作ろうと思い、鏡は丸久豆腐店に今日も寄って帰る事にした。
 昨日に引き続き豆腐を買いに来た鏡に店のおばあちゃんは『おまけよ』といって、嬉しそうにがんもどきをサービスしてくれた。
 鏡は貰ったがんもどきで、甘めの味付けをした煮物を献立に加える事にする。


 菜々子用の調理道具の目処も立ったし、これで菜々子が喜んでくれたら良いなと思い、鏡は帰路につく。
 遼太郎も今日は定時に帰ってくるそうなので、賑やかな晩ご飯になりそうだと、鏡は表情を綻ばせるのであった。




2011年04月16日 初投稿



[26454] 【幕間】 菜々子の調理道具
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/05/20 15:14
 薄暗い工房の中で、轟々と炎が燃えさかる音が鳴り響く。
 室内の温度は真夏のそれよりも暑く、炎の前に陣取り中に入れた鉄の焼け具合を見る親父の顔から、滝のように汗が流れ落ちる。
 火床の中で真っ赤に焼けた鉄の状態を見極め、取り出してはハンマーで叩き、叩いてはまた火にくべる作業を繰り返す。
 単調な作業だが、この作業を疎かにすると全てが台無しになる大切な作業だ。
 一分の手抜きも許されない素材との真剣勝負。
 だいだら.の親父はこれまで以上に集中して作業を続ける。


 事の始まりは、自身のアートを買い求めてくれる一人の少女からの相談だった。

「小さい子供でも扱える調理道具は作れますか?」

 話を聞いてみると、調理の手伝いをしてくれる従妹に調理の楽しさを教えてあげたいと言う。
 そのためには、子供でも楽に使える道具が欲しいと言うのは理にかなった話だ。
 道具は使ってこそ価値がある。その信念の元、様々なアートを作ってきたが子供にも使えるアートは作った事がない。
 それは、道具を使いこなせないからと言う理由があるのだが、子供でも安全に使えるアートが一つくらいあっても良いのではないか?
 相談してきた少女は自身のアートを悪用するような者ではないので、従妹に間違った使い方を教える事もないだろう。


 それに、話に聞くその従妹の健気さもアートを作ろうと思った理由の一つだ。
 今時、そんな風に気を配る子供が果たして何人いる事か。
 快くその依頼を引き受けると、早速工房に籠もって作業を開始する。


 幼い子供が使う事が前提なので、重くなく取り扱いが楽なのが第一の条件として挙げられる。
 そして、安全性も確保しなければならない。それは、ある意味で矛盾した性質を持った道具。
 職人としての腕の見せ所であると共に、今後作られるアートにも有用な技術の開拓。
 思わぬ所で新しい可能性を見出す機会に巡り会えた事に、親父の気持ちは高まる。


 手始めに包丁から作る事にする。
 子供が使うとなると、落とした時などに危険が及ばぬよう、刃先は丸くして刺さり難くしなければならない。
 かといって切れ味が悪いと無駄な力が必要になり怪我をする確率が高くなる。
 素材を吟味した結果、“金属の布”を芯鉄にして“しなやかな金属”を皮鉄に用いる事にする。


 まず始めに“金属の布”を棒状に丸めて燃えさかる火床にくべ、真っ赤に熱してから叩いて芯鉄を作る。
 出来上がった芯鉄は土に入れ粗熱を取った後、水に入れて冷ます。
 普通の素材だと固くなってしまうのだが、この素材はその心配がないので作業短縮にも繋がり効率がよい。
 続いて熱した“しなやかな金属”を叩いて伸ばし折り返す。この作業を繰り返す事十五回。
 そうして出来上がった皮鉄を折り曲げ、芯鉄を挟めるように形を整える。


 皮鉄の中心に芯鉄が綺麗に入るよう調整すると、再度火床に入れて熱しては叩き、また熱しては叩くを繰り返す。
 こうして芯鉄と皮鉄を完全に圧着させると共に、包丁の形へと仕上げていく。
 柄の部分になるところに“力の鉄糸”を幾重にも巻き付け火にくべると、全体に溶け込んでいく。
 包丁の形が出来上がると一度冷まし、全面に水で溶いた砥粉や焼き土を塗って乾燥させる。


 乾燥した後、火床で加熱して頃合いを見て取り出し水に入れて急激に冷やす。
 普通の素材だと硬い反面、非常に脆い状態になるのだが“しなやかな金属”を使った場合はその限りではない。
 しかし、焼き戻しという低温で熱した油に入れて熱して空気中で自然冷却を行う事で、更なる粘り強さを持たせる事が出来るのだ。
 残す作業は研磨による刃付けと仕上げなので、冷めるのを待って次はフライパンを作る。


 使用する素材は“金属の受皿”と“軽鉄”、そして“力の鉄糸”だ。
 まず始めに“軽鉄”を火床で熱して棒状に鍛え上げ柄の部分を作る。
 それと同時に火床で熱していた“金属の受皿”を叩いて鍛え上げると同時にフライパンの形に加工する。
 加工が終了すると先ほどの“軽鉄”を取り出し、フライパン本体の縁に先端を引っ掛け叩いて圧着させる。
 出来上がったフライパンは、液状に溶かした“力の鉄糸”でコーティングを施す。
 最後に“硬い角”で持ち手を作り、柄に装着すればフライパンは完成だ。


 冷やしていた包丁の状態を見て、研ぎの作業へと入る。
 研ぐ際に、摩擦熱で強度にムラが出たり歪んだりしないように、冷水を掛け流しながら丁寧に研いでいく。
 目の粗い砥石で研ぎ始め、徐々に目の細かい砥石へと使う砥石を交換していく。
 研がれていく事で、無骨だった刃に輝きが現れる。
 フライパンと同じく“硬い角”で柄を作り、滑り止めに紐状にした“魔術のクロス”を巻き付ける。
 巻き付けた“魔術のクロス”を濡らし、バーナーで軽くあぶると、使い込まれたかのような手に馴染む柄が出来上がる。

「こっちの方も仕上げておくか……」

 そう呟いて、だいだら.の親父はフライパンに油を入れると火床に翳し、全体に油が馴染ませる。
 全体に油が馴染んだところで火から下ろし余分な油を捨てると“ヒゲ繊維”でフライパンに擦り込むように油を拭き取る。
 そのまま裏面も軽く拭き、油を薄く塗りつける。
 作業を終えると、フライパンを梱包する。
 包丁の方は“硬い角”から削りだした鞘に入れて、こちらも梱包する。


 一連の作業を終えると、今度は本来の作業であるアートの作成に入る。
 鏡達から買い取った素材の一つ“青銅の馬具”でメタルジャケットを“魔術のクロス”でまじないローブ、二種類の防具を作り出す。
 武器の方は“金属の布”と“金属の受け皿”から居合刀と南蛮具足を、“毒々しい花”から毒塗りの苦無を作り出した。
 作業を終える頃には夜明けに差し掛かる頃合いになっていた。
 鏡達が引き取りに来るまでには時間があるので、取り敢えず仮眠を取る事にする。




 仮眠から目が覚め、店を開けて暫くすると鏡達がやって来た。

「親父さん、お願いしていた物はどうですか?」

「おう、久々に良い物を作らせてもらったぜ」

 鏡の質問に親父は会心の笑みを浮かべると仕上げた包丁を取り出して鏡に見せる。
 鞘から抜き出し、鏡達に出来映えを見せる。名刀の如き吸い込まれるような包丁の本体に、鏡達は目を奪われる。
 落とした時に刺さらないようにと、丸く仕上げた刃先。
 日本刀の柄のような拵えは手に馴染み、長く握っていても疲れにくい作りになっている。
 種別としては万能包丁に該当するこの包丁は、その気になれば石をも切る事が可能だと鏡に説明する。

「使っていて、切れ味が悪くなってきたら持ってこい。研いでやるからな」

 親父はそう言うと、包丁を鞘に納めて梱包する。
 次に梱包した状態のフライパンを取り出すと、鏡に手渡す。

「えっ!? これって……」

 手にしたフライパンは見た目に反して物凄く軽い。
 しかし、用意された秤で重さを量ると普通のフライパン並の重さである。
 不思議がる鏡達に親父は得意げな笑みを浮かべると、種明かしをする。
 このフライパンは用いた素材の特性で、持つ者の力を増加させる効果がある。
 結果、フライパン自体の重さはそのままでも、体感的には軽く感じるのだという。

「包丁の方にも程度は違うが同じ効果がある。これなら小さい子供でも楽に扱う事が出来るだろう」

 そう言って、親父は『大事に使ってくれ』といって鏡にそれらを渡す。
 鏡が代金を訊ねると、これらを作る際に使った方法で新しいアートのアイデアが出来たので不要だと答える。
 たまには違う物を作るのも新しい発見があり、今回は良い経験をさせて貰ったと満足そうな笑みを浮かべている。
 そういう事ならと、鏡は有難く頂戴する事にする。これで、菜々子も調理をする際に楽になるだろう。


 それらを受け取った後は、新しく出来たアートを見せてもらい、メタルジャケットと居合刀、南蛮具足を購入する。
 今の手持ちだとまじないローブはまだ購入出来ないので、予算が出来るまで雪子にはメタルジャケットを着てもらう事にする。
 鏡達の防具もその際に新調できれば新調する方向で予定を立てる。


 代金を支払い、居合刀は刀袋に入れ、南蛮具足はリュックに入れる。
 メタルジャケットはそのまま着ていっても大丈夫そうだが、雪子は念のために千枝のリュックに一緒に入れてもらう。
 鏡達はジュネスへと移動すると、雪子の実戦経験も兼ねて購入した装備の使い勝手を試す事にする。

「センセイ、良いところに来てくれたクマよ!」

 クマの説明によると、雪子が居た古城からシャドウの強い気配を感じるそうだ。
 犯人とは関係がないが、このままだとこの世界が騒がしくなるので鏡達に元凶を取り除いて欲しいそうだ。
 元々、シャドウとの戦闘を行いに訪れたので、鏡達にも異存はない。
 クマの頼みを引き受けると古城へと向こう事にする。


 この際、クマは古城の場所が解らなくなってしまい鏡達を案内する事が出来ないという。
 雪子と千枝なら場所を覚えているはずなので、二人に案内して貰って欲しいとクマは鏡に話す。
 その事を二人に説明すると、出来ることならあまり訪れたくは無いのだが、シャドウの件が気になるので案内を引き受けてくれた。
 二人の案内で古城へと辿り着いた鏡達は、雪子が居た部屋にシャドウの強い気配を感じるというクマの言葉に従い、最上階を目指す。


 最上階までは問題なくシャドウと戦う事が出来た。
 雪子の参加で攻撃方法の幅が広がったのが大きな恩恵をもたらしている。
 一気に最上階まで到達できた鏡達は扉の前で装備や自分達の状態を確認する。
 疲労もそれほどはなく精神力も充実している。


 鏡達は互いに頷きあうと扉を開けて大広間へと入る。
 玉座の前に居たのは“ぽじてぶキング”を大きくしたような可愛らしい外見をしたシャドウだ。
 しかし、見た目とは裏腹に鏡達は苦戦を強いられる事になる。
 見た目は同じでも、特性が“ぽじてぶキング”とはまるで違い、物理攻撃主体で攻撃してくる。
 その上、攻撃力も恐ろしく高く、最初の一撃で陽介が瀕死直前まで追い込まれるほどだ。

「おいで……コノハナサクヤ!」

 すかさず雪子が回復スキル【ディア】で回復するも全快とまでは行かず、鏡もペルソナを付け替えて回復に専念する。
 鏡は一端、全員に防御を指示するとペルソナを交換して補助スキル【タルンダ】でシャドウの攻撃力を下げる。
 その後、陽介達が攻撃している間に再度ペルソナを交換して【ラクンダ】で防御力を下げる。
 直後に仕掛けた攻撃で、疾風属性は無効化され火炎属性は吸収される事が判明する。

「雪子は回復に専念! 陽介はシャドウの注意を引き付けて!」

 厄介な特性を持つシャドウに対して、鏡は二人に指示を出し千枝を主体に攻撃を加えていく。
 鏡は常にシャドウの攻撃力を下げる事に気を配り、隙を見て自身も攻撃に加わる。
 陽介は【スクカジャ】や【ディア】を状況にあわせて使い分け、身軽さを生かしてシャドウの注意を引き付ける。
 時間は掛かるが、確実にシャドウを倒すために無理をしないで攻撃をし続ける。


 陽介が注意を引いた所で、千枝がシャドウの背後に回り込み攻撃を仕掛ける。
 シャドウの注意が千枝に向くと、今度は雪子が直接攻撃で注意をそらす。
 互いが位置を変えてシャドウの注意をそらしながらも、他の面々の補助に回れるよう気を配る。


 シャドウは思い通りに行動が出来ない事に苛立ったのか動きを止め、奇妙な間が出来る。
 その様子に嫌な予感を覚えた鏡が全員に防御の指示を出す。
 直後、シャドウは手にした王錫を激しく振り回して暴れ回る。
 気を抜くと、防御の上からでも叩き潰されそうな攻撃が続く。
 防御が間に合ったおかげで、雪子が使った全体回復スキル【メディア】で体力がほぼ全快に近い状態まで回復する。


 先ほどの攻撃で力を使い果たしたのか、シャドウの動きが目に見えて鈍っている。
 この機会を見逃さず、鏡達も一気に勝負を決めるべく波状攻撃を仕掛ける。

「これで……最後だッ!!」

 シャドウの動きが止まった隙を逃さず、トモエの【脳天落とし】がシャドウの王冠ごと一刀両断する。
 力尽きたシャドウが霧散すると、辺りは静寂に包まれる。
 玉座の辺りに以前には見掛けなかった箱が置いてあり、調べてみたところ中には孔雀の羽をあしらった扇が入っていた。
 この扇は、どうやら装備をすると精神力を高める効果があるようで、雪子がさっそく使う事にする。
 他にめぼしい物も無く、シャドウ達も大人しくなったようなのでクマと合流して鏡達は古城を後にする。


 クマと別れて元の世界に帰ってきた鏡が、思い出したかのように陽介達にゴールデンウィークの予定を訊ねる。
 雪子は家の手伝いがあったのだが、山野アナの事件でキャンセルが入り、夜だけ手伝う事になっているそうだ。
 陽介と千枝は特に用事は入っていないらしく、陽介は夜からジュネスの手伝いがあるかも知れないと話している。
 皆の予定を聞いた鏡は、遼太郎がゴールデンウィークに休暇が取れそうなので、良かったら一緒に遊ばないかと誘う。

「や、俺達は別に構わないけれど、良いのか?」

 陽介の疑問に鏡は事件があると遼太郎は戻らなければならないので、稲羽からは離れられない事。
 皆が居れば菜々子も喜んでくれる事を挙げて、都合が付くようなら一緒に過ごして欲しいとお願いする。
 その言葉に、菜々子とは機会があれば一緒に遊んであげたいと思っていた陽介達も良い機会だと快く了承してくれる。

「だったら、ウチで一泊したら良いよ。ちょうどキャンセルが入って部屋は空いてるし、堂島さんなら、お母さんも面識があるから」

 雪子のお誘いに、帰ったら遼太郎に訊ねてみてそれから連絡すると鏡は答える。
 それだったら、久しぶりに雪子の部屋に泊まりに行こうかなと千枝も思案顔になる。
 千枝の言葉に雪子もゆっくり話すのも随分とご無沙汰しているから泊まりに来たらいいよと答える。
 こうして、ゴールデンウィークの予定を計画した鏡達は、都合の確認のためにそれぞれ帰宅する事にする。


 鏡はいつものようにジュネスで買い物をすませてから帰宅する。
 今日の献立は大根と挽肉の煮物に味噌汁とじゃがいものおひたしだ。

「お姉ちゃん、おかえりなさい!」

「ただいま。今日は菜々子ちゃんにお土産があるよ」

 そう言って、鏡が特注の包丁とフライパンを菜々子に見せる。

「包丁とフライパン?」

「うん、菜々子ちゃん用に作ってもらったんだよ」

 自分専用という鏡の言葉に、菜々子が満面の笑みを浮かべて喜びを表している。
 喜ぶ菜々子に、今日からは専用の調理器具を使うようにして少し難しい調理方法も教える事を伝える。
 その言葉に神妙な表情を見せる菜々子へ、最初は食材の切り方から教えるねと鏡は優しく微笑む。


 これまでは乱切りくらいしか菜々子に頼めなかったのだが、今回は基本の“かつら剥き”を教える事にする。
 大根を菜々子が持ちやすい大きさに切ってから、まずはお手本を見せる。
 これまでは、ただ見せていただけだが、今回は切り方のコツや注意点を説明しながらの作業だ。

「最初は当たりを付けてから練習しようね」

 いきなりは難しいので、大根の切り口に十字の切り込みを入れ、中心に爪楊枝を刺す。
 これを目印に丸く切れるように菜々子が練習をする。
 今日の目標はかつら剥きを覚える事なので、他の作業は菜々子に教えながら鏡が行う。
 元々、鏡の手伝いをしていただけあって菜々子の飲み込みは早く、最後の方になると一度で丸く切れるようになっていた。
 とはいえ、目印が無いとまだ綺麗には剥けないので今後も練習を続ければすぐにでも剥けるようになれそうだ。


 かつら剥きした大根を乱切りにすると、鍋に調味料を合わせた出汁と挽肉、生姜と一緒に入れて一混ぜする。
 落とし蓋をして中火で煮ている間に、今度はじゃがいものおひたしの準備をする。
 じゃがいもは千切りにして、その作業の間に菜々子に出汁の準備をして貰う。
 菜々子と入れ替わるようにして、三つ葉をさっと茹でて続いてじゃがいもを茹でる。
 茹ですぎると萎びてしまうので、シャキッとした歯ごたえがあるうちに上げて湯を切り出汁とあわせる。


 おひたしに味を馴染ませる間に、今度は味噌汁の準備を始め煮物の状態も確認する。
 味噌汁の具はワカメと、先ほどとは別に用意した大根とじゃがいもだ。
 鏡はふと、今日の献立だとフライパンを使わない事に気付き、せっかくだからと炒り卵を献立に加える事にする。
 一見するとスクランブルエッグと似ているが、こちらはパラッとするまで火を通すのが違いだ。
 菜々子はフライパンの軽さに驚きを見せるが、使いやすいと好評だったのでだいだら.の親父が聞けば喜んでくれるだろう。


 煮物も水溶き片栗粉でとろみを付けて、しばらく置いて煮含ませれば完成だ。
 全ての調理が終わる頃に遼太郎も帰宅したので、料理を並べて皆で晩ご飯にする。
 菜々子は遼太郎に鏡から新しい調理道具を貰って、かつら剥きを教えて貰った事などを嬉しそうに話す。

「鏡、それは幾らしたんだ? その分の代金を渡さないと」

 そう言って鏡に代金を渡そうとする遼太郎に、鏡は代金は要らない事を伝えられたと説明する。
 その説明に遼太郎は考える素振りを見せるが、職人の拘りなのだろうと納得する事にしてお礼だけは伝えてくれと鏡に頼む。

「そう言えば、叔父さん。雪子から今度のゴールデンウィークに天城屋旅館に泊まらないかって話が出たんですが」

 食後のお茶を飲みながら、鏡が遼太郎に話を持ちかける。
 休暇が取れそうだと遼太郎が話した際、どうせなら鏡の友人も誘えばいいと遼太郎から話があった。
 それでクラスメイトを誘った所、雪子から話が出たと鏡は説明する。
 予約は大丈夫なのかという遼太郎の確認に、キャンセルが出たからと事件については触れずに話す。

「それじゃ、すまんがお言葉に甘えさせて貰おうか。連絡の方は頼めるか?」

 遼太郎の言葉に鏡は頷き、後で雪子に連絡を入れると話す。宿泊は五月四日の予定だ。
 鏡は菜々子とお風呂に入る前にメールで雪子に連絡を入れる。
 お風呂から上がり、菜々子を寝かし付けてメールの返信を確認したところ、雪子から『こちらの方も大丈夫だ』と連絡が入っていた。
 遼太郎にその事を連絡してから、鏡は自室へと戻ると当日の予定を考える。


 天城屋旅館に泊まるとなると、近場の渓流でバーベキューが妥当なところか?
 ご飯に関しては飯ごう炊さんでなく、最初からおにぎりを作って行けば片付けの手間も省ける。
 色々と考えている自分に気付いた鏡は、皆で遊ぶ事を楽しみにしていたんだなと苦笑して眠りにつく。
 当日に菜々子と一緒に作る献立を考えながら。




2011年05月20日 初投稿



[26454] ゴールデンウィーク
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/04/22 15:50
――――つかの間の平穏

          それがいつまでも続けばいいと思う

      ささやかな願いは無惨にも踏みにじられ

                 新たな脅威が忍び寄ってくる……




 雪子が復帰して今後の方針も決まり、鏡達は雨の日のテレビに注意しつつ普段通りの生活を続ける。
 だいだら.で新しい装備も購入して、雪子の実戦経験も兼ねて装備の仕上がり具合を確認したりと、必要な事もこなしていく。
 現実世界での生活とテレビの中での活動。二つの世界での活動にも、そろそろ慣れてきた五月の初め。

「菜々子ちゃん、準備は出来た?」

「うん!」

 鏡の問い掛けに菜々子が嬉しそうな声で答える。
 ゴールデンウィークに遼太郎が休暇を取れたため、今日は皆で一泊の予定でお出かけをする事となった。
 とはいえ、急な事件が入る可能性もある為に稲羽市から離れる訳にもいかないので、鮫川上流で川遊びだ。
 この話を陽介達にも伝えたところ、その日は皆の都合が空いていたので陽介達とは現地集合での待ち合わせとなっている。

「お前達、忘れ物は無いな?」

 先に外で準備を済ませていた遼太郎が二人に確認を取る。
 遼太郎の確認に二人はそれぞれ大丈夫と答え、車に乗り込む。

「二人とも、シートベルトはしたな? それじゃ、出発するぞ」

 鏡達がシートベルトをした事を確認して遼太郎は車を発車させる。
 バックミラー越しに遼太郎が後ろの様子を見ると、菜々子が満面の笑みを浮かべて鏡と楽しそうに話している。
 仕事が忙しいために、菜々子に寂しい思いを度々させていただけに、明るい表情を見られて遼太郎も内心では嬉しい。


 先日も今日のために鏡と一緒になってお弁当を作っていたのだが、その姿に感慨深いものを感じた。
 もっとも、今日の昼は皆でバーベキューの予定なので、おにぎりや卵焼きといった簡単なものだ。
 それでも菜々子がフライパンで卵焼きを作る姿は見ていて微笑ましいし、嬉しく思う。


 見慣れない調理器具が幾つかあったが、何でも菜々子用に鏡が伝手を頼りに特注したらしい。
 その分の費用を出すと遼太郎は鏡に言ったのだが、作った職人が『良い物を作らせてもらった』と費用は不要だと言ったらしい。
 どう見ても手の込んだ一品物なのだが、職人の拘りという物なのだろう。
 気は引けるが、そう言われてしまっては無理に費用を渡すという訳にもいかない。
 遼太郎は職人に宜しく言っておいてくれと鏡に頼むに留める事にした。




「よっ、姉御。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 遼太郎達が到着して暫くすると、陽介達も連れだってやってきた。

「鏡、誘ってくれてアリガトね!」

「堂島さん、その節はお世話になりました」

 遼太郎と菜々子、それぞれが初対面の相手に自己紹介をすませる。
 陽介と千枝は遼太郎と、雪子は菜々子とだ。鏡のクラスメイトである陽介達に、遼太郎と菜々子も気さくに応じている。

「さてと、久々だからあまり期待はするなよ?」

 そう言って、遼太郎が用意した釣り竿を手に渓流釣りへと向かう。
 釣りは初経験だという陽介も、遼太郎と共に挑戦してみる事となり一緒に向かう。


 鏡達はその間、バーベキューの準備に取り掛かるのだが、ここで一つの問題が発覚した。
 千枝と雪子は料理が苦手で経験もあまりないそうだ。
 そのため、鏡は二人に遼太郎達が釣り上げてくる予定の魚を焼くため、枯れ枝集めや大きめな石を集めてくるように指示を出す。
 鏡は菜々子と共にグリルの準備や、焼き串に食材を通す作業を行う。

「釣りってハマると結構、楽しいんだな」

「久々だったが、これだけあれば食べる分には足りるだろう」

 あらかたの準備が終わる頃になって遼太郎達が釣りから戻ってきた。
 釣れたのは“源氏鮎”と“コハクヤマメ”に“稲羽マス”で、源氏鮎が八尾、コハクヤマメと稲羽マスがそれぞれ三尾だ。
 遼太郎達が釣り上げてきた魚の内、鏡が手際よく源氏鮎を省いた分の魚から内臓を抜き取る。

「お魚さん、かわいそう……」

「菜々子ちゃん、私達はこうやって沢山の命を貰って生きているの。だから、好き嫌いせずに食べてあげないとね」

 表情を曇らせる菜々子を鏡が諭す。鏡の言葉に菜々子は何かを感じ取ったのか、神妙な表情で頷いた。
 普段スーパーなどで目にするのはすでに処理がされた食材だ。
 そのため、こういった機会は菜々子にはまだ早いかも知れないが、大切な事を学んでくれたらと鏡は思う。

「そうだな。食事の前に『いただきます』と言うのは食材などに対する感謝の言葉でもあるからな」

 そう話しながら遼太郎が菜々子の頭を撫でる。
 菜々子はくすぐったそうなしているが、表情は嬉しそうだ。

『いただきます』

 食事の準備も整い、順番に焼けていく食材を前に皆で唱和してから焼けている物から順次食べていく。
 魚の方は、まだ少し焼き上がるのに時間が掛かるので、取り敢えずはバーベキューの方からだ。

「この肉、うんめぇ~!」

「千枝、そんなにがっつかないで。恥ずかしい」

 肉が好きだと公言して憚らない千枝が喜色満面の表情で肉ばかりを食べている。
 そんな千枝の様子に、雪子が恥ずかしそうにしながら千枝を窘める。

「そうだぜ、里中。野菜もちゃんと食っとけよ」

「ウッサイ、花村! 言われなくてもちゃんと食べるよ」

 からかうように話す陽介に、千枝が噛みつかんばかりの勢いで言い返す。
 その様子に菜々子は嬉しそうな表情で鏡に『大勢で食べるご飯はおいしいね』と話す。

 遼太郎も肩の力を抜いた食事は久方ぶりになる。
 この間の足立との食事は、同僚の手前と言うのもあって少し構えている部分があったが、今回はそれが全くない。

「そう言えば、叔父さん。色々と忙しいと思うのですが、よく休暇が取れましたね?」

 鏡はふと、疑問に思っていた事を遼太郎に尋ねる。

「ああ、それなんだが、足立の奴がな」

 何でも足立が遼太郎は働き過ぎだから、こんな時くらい菜々子ちゃんを構ってやって下さいと言ってきたそうだ。
 他の署員も、今扱っている事件の量なら遼太郎が居なくても何とか出来ると後押しする。
 申し訳ないとは思うが、せっかくの好意なので素直にそれに甘える事にしたのだという。

「へぇ、あの刑事さん、頼りなさそうに見えたんだけど、良いトコあるじゃん」

「何だ、お前達、足立と顔見知りか?」

「ええ、この間ジュネスで鏡達と寄り道してた時に偶然」

「……千枝、それ内緒にするって」

「あっ!?」

 この間の事は遼太郎には話さないと鏡が言っていた事を思い出し、千枝が自身の失言に気付いて気まずそうな表情になる。

「ったく、あの野郎……」

 遼太郎は千枝と雪子のやりとりで、大まかな事情を把握すると呆れた表情になる。
 足立と約束した鏡の手前、後でその事を問いつめる訳にもいかないので、今後はもう少し厳しく行こうと遼太郎は決意する。


 こうしてみると鏡のクラスメイト達は皆、個性的ではあるが鏡とは仲良くしているようだ。
 慣れない環境で、上手くやっているのか気にはなっていたが、この様子だと大丈夫だと遼太郎は思う。
 鏡と菜々子が作ったおにぎりや卵焼きも好評で、焼き上がった魚もおいしく皆で残さず綺麗に食べ終える。


 食事を終え、鏡と遼太郎が後片付けをしている間、陽介達が菜々子と一緒に川遊びをしている。
 ゴミを分別して用意しておいたゴミ袋へそれぞれ纏め、火の始末も念入りに行う。

「鏡、こっちはもう良いからお前も皆と遊んできたらどうだ?」

 遼太郎の言葉に鏡はもう少ししてからと、気になる言い方で答えてくる。
 気になったので理由を聞いてみると、鏡は自分以外の人とも菜々子が接する時間が欲しいのだと答える。
 本当なら、菜々子と同世代の子らと一緒に遊べたら理想なのだがと、表情を少し曇らせて鏡は話す。

「菜々子ちゃんは私に懐いてくれていて、それはとても嬉しいのですが、私に依存するようになったら駄目ですから」

 一年間という期限があるため、鏡としては菜々子が自分に依存するようになるのは避けたいのだという。
 ずっと一緒に居られたら話は別なのだがと、鏡は苦笑気味に話す。
 自分が居なくなった後も、菜々子が以前のように寂しい思いをしなくて済むように。
 他の人との繋がりを沢山持って欲しい。コミュニティという存在を知った鏡が、自身の経験を踏まえて考えた事だ。


 人との絆が増えれば、それだけ菜々子の心は満たされていく。
 そうする事で自身が居なくなった後も菜々子は寂しい思いをする事がないだろう。
 自身の勝手な思い込みかもしれないが、それが菜々子の為になると鏡は思っている。

「そうか、本当にお前にはいくら感謝をしても足りんな。ありがとう、鏡」

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、“法王”のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 鏡の脳裏に声が響く。
 それと共に、鏡の心を暖かい力が満たして行く。

「それじゃ、私もそろそろ行ってきますね」

「おう、楽しんで来い」

 鏡を見送った遼太郎は片付けた荷物を車にしまうと、軽く仮眠を取る事にした。
 解決していない事件もまだ残っており、実の所はゆっくり休めていなかったのだ。


 菜々子達に合流した鏡は、皆と辺りを散策したり川の流れに手を浸したりして休日を楽しむ。
 陽介達も菜々子に危険が及ばないように注意しつつ皆で菜々子を可愛がる。


 日が暮れ始めるまで遊んだ鏡達は、今日の宿泊先の天城屋旅館に向かう前に近くのバス停まで陽介を見送る。
 陽介を見送ると、遼太郎の車で鏡達は天城屋旅館へと向かう。

「いらっしゃいませ、堂島様ですね? 天城屋旅館にようこそ」

 そう言って遼太郎達を出迎えてくれたのは雪子の母親だ。
 雪子が年を取って貫禄が付けば、こんな感じなるだろうと思わせる和風美人だ。

「ただいま、お母さん。すぐに着替えて手伝うね」

 雪子はそう言うと、鏡達にまた後でねといって急いで着替えへと向かう。

「貴女が神楽さん? 雪子がお世話になっているようで、これからも娘と仲良くして下さいね」

 雪子の母親は鏡にそう言うと頭を下げる。

「小母さん、あたしも呼んで貰っちゃって、本当に大丈夫?」

「気にしないで、千枝ちゃんには雪子の事で本当に心配を掛けたからね。今日くらいはゆっくりして行きなさいね」

 食事の用意が出来るまでまだ時間があるらしいので、遼太郎は先に入浴をすませに出て行く。
 残った鏡達は千枝が雪子から借りてきたカードゲームで遊ぶ事にしたようだ。

「うわっ、また菜々子ちゃんの一人勝ちが」

 そう言って、千枝がお手上げとばかりに降参する。

「千枝、思っている事が表情に出過ぎ」

 そんな千枝に鏡が敗因を指摘する。良くも悪くも千枝は素直な所があるので、表情にすぐに出てしまうのだ。
 それ以外にも、菜々子自身が勘が良く物覚えも良いのであっという間にゲームの特性を掴んでしまっているのも要因だ。
 そうやって楽しんでいる内に遼太郎が風呂から戻ってくる。

「おかえりなさい!」

「叔父さん、結構ゆっくりしてきましたね」

「ああ、久しぶりにのんびりと出来たよ」

「ここの温泉は本当に良いからね」

 遼太郎の言葉に千枝が嬉しそうにそう話す。子供の頃から親しんで来ただけに、我が事のように思えるのだろう。

「失礼します。お客様、お食事の用意が出来ましたのでお知らせに来ました」

 そう言って、和服姿の雪子が呼びに来る。
 雪子の和服姿に菜々子が素直な賞賛を寄せると、雪子は顔を赤らめて菜々子にお礼を述べる。
 これまでも色々な利用者から褒められた事はあるが、菜々子のように含みのない素直な賞賛は初めてで柄にもなく照れてしまう。

「雪子、あたしらん前でまで他人行儀にしなくても良いじゃん」

「千枝、公私混同は流石に駄目だからね?」

 千枝の言葉に雪子が苦笑を浮かべて答える。
 雪子の案内で鏡達が連れられてきた場所は割と広い広間で、他の宿泊客も幾人か食事を摂っている。
 しかし、部屋の広さに比べると人数が若干少ないようにも見える。


 雪子の説明によると、山野アナの事件のせいで予約のキャンセルが何件か出た影響らしい。
 そのため、鏡達の宿泊の予約が取れたのだと言う。
 千枝が晩ご飯を一緒に食べる事が出来るのはその理由と合わせて、雪子が失踪していた間、心配を掛けていた事に対する気遣いらしい。
 雪子が居なくなって動揺していた母親に、千枝が毎日連絡を入れて励ましていたのだとか。

「何か、改めてそう言われると照れちゃうね」

 そう言って、千枝は顔を赤らめる。

「取り敢えず、座って。冷めない内に食べないと勿体ないよ」

 雪子に促され、鏡達は食卓に着く。
 今日の献立は季節の食材を使った会席料理で、遼太郎以外は未成年のため、食前酒の代わりに果汁のジュースが出されている。
 そのため、遼太郎だけは別に酒を出されており鏡が遼太郎の杯に酒を注ぐ。


 料理はどれも細やかな気配りで作られており、食べるのが勿体ないくらいだ。
 千枝の方は、気にせず出される食事を美味しそうに食べているので鏡も料理を食べる事にする。
 料理を食べながら鏡は遼太郎の杯が空くと酌をする。その様子を見ていた菜々子も、自分もすると言って遼太郎の杯に酒を注ぐ。

「堂島さん、両手に花ですね」

 その様子を見た千枝がそう話す。気恥ずかしくもあるが嬉しくもあるので、遼太郎は苦笑を浮かべるに留めている。
 食事も終える頃になると、雪子も手伝いが終わりだというので、鏡達は雪子と共に露天風呂へと向かう。

「うわ、前から思っていたけど鏡ってスタイル良いね」

 そう言って、千枝が鏡の身体を感心したように眺めている。

「千枝、あんまりそうやって見つめられると恥ずかしいのだけど?」

「ああ、ごめん。でもさ、雪子もそう思わない?」

「そうね、腰の位置も高いし、ちょっと羨ましいかも」

 鏡の言葉に千枝は謝るが、全然懲りていないらしく雪子に同意を求める。
 雪子も鏡の身体を見て千枝の意見に同意するので、鏡は何だか気恥ずかしくなってくる。

「わぁ、広いね!」

 露天風呂を見た菜々子が感嘆の声を上げる。
 確かに菜々子が言うように、露天風呂は広々としていて外の景色の眺めも良い。
 鏡はまず、いつものように菜々子の背中を流してあげる。

「鏡、いつもそうやっているの?」

「そうね、一緒にお風呂に入る時はいつもかも」

「ふぅん。ね、雪子、背中流してあげようか?」

「えっ!? い、いいよ。恥ずかしいし」

「え~、折角なんだしさ、いいじゃん」

 恥ずかしがる雪子に千枝が不服そうな表情になる。
 結局、雪子は千枝に押し切られて背中を流される事になるのだが、自分だけだと悔しいからと、雪子も千枝の背中を流す事にする。
 何だかんだ言って仲の良い二人の姿に鏡は表情を綻ばす。


 身体を洗い終えて、湯船に浸かり満点の星空を眺めながら鏡達はとりとめのない話に興じる。
 今日の事、これまでの事。そして、これからの事。
 千枝と雪子は鏡が稲羽に来てくれて、菜々子とも友達になれた事が素直に嬉しいと話し、鏡も同じだと答える。
 菜々子は今までと違った賑やかな生活が楽しくて仕方がないのか、皆の事が大好きだと話す。

「また今度、機会があったら皆で一緒にこうしたいね」

 夜空を眺めて鏡がそう零す。その意見に千枝と雪子も賛成で、またこうした機会を持とうと約束する。
 ふと、菜々子が静かな事に気付いた鏡が視線を菜々子へと向けると、今日は遊び疲れたのかうつらうつらと船を漕いでいる。

「菜々子ちゃん、疲れちゃったのね」

「そうだね、今日は結構はしゃいでいたからね」

 そんな菜々子の姿に雪子と千枝が微笑ましそうに話す。
 鏡は菜々子を揺り起こすと、そろそろお風呂から上がろうと声を掛ける。
 菜々子は鏡の言葉に頷くとお風呂から上がり、鏡に手を引かれて脱衣所へと向かう。

「何か、あの二人を見ていると本当の姉妹に見えるよね」

 脱衣所へと向かう鏡達を見て千枝が雪子にそう話す。
 菜々子とはこっちに来て初めて会ったと鏡は二人に話していたが、とてもそんな風には見えない。
 それだけ菜々子が鏡に懐いているという事なのだろうが、鏡も色々と菜々子の事を気に掛けているのだろう。
 少なくとも、あの世界で自分達を助けるために自ら危険に身を置くような人物なのだから。

「千枝達はまだ入っている?」

「いや、あたしらも出るよ」

 鏡の言葉に答えて千枝と雪子もそれぞれ上がって脱衣所へと向かう。
 千枝は雪子の部屋に泊まるというので、鏡は二人に『おやすみなさいと』挨拶して菜々子と部屋へと戻る。

「戻ったか、友達はどうした?」

「千枝は雪子の部屋に泊まるそうです」

 部屋に戻ると、新聞を読んでいた遼太郎が視線を鏡に向けて問い掛ける。
 少し早いが、菜々子が眠そうにしているので、今日はもう休もうかとう事となり、菜々子を寝かし付けるために布団を敷くことにする。

「鏡、俺の布団はもう少し離した方が良くないか?」

 敷かれた布団を見て遼太郎が鏡へと声を掛ける。見ると布団は隣り合うように敷かれている。

「菜々子ちゃんが真ん中で、川の字になって眠るのって、良いと思いませんか?」

 戸惑う遼太郎に鏡が事も無げに話す。確かに、菜々子は喜びそうだが、年頃の娘がそれで良いのかと遼太郎は思う。
 鏡は別に遼太郎が自信に対して淫らな事をする訳がないと解っているので、遼太郎ほど気にはしていないようだ。
 その説明に遼太郎は苦笑いを浮かべると、諦めて鏡の好きなようにさせる。
 部屋の奥から鏡、菜々子、遼太郎の並びでそれぞれ布団へと入る。

「それじゃ、電気を消すぞ」

「はい。叔父さん、お休みなさい」

 菜々子は先に布団の中でぐっすりと眠っているため返事がない。
 明かりが消され、目を閉じた鏡は今日一日の事を振り返り、またこうした機会があれば良いなと思いながら眠りにつく。




 翌日になり、朝食を摂った鏡達は天城屋旅館を後にする。
 千枝も帰ると言うので、稲羽中央通り商店街まで遼太郎の車で送る事にした。
 帰宅すると同時に遼太郎へと連絡があり、車からゴミだけ出して遼太郎はすぐに出掛けていった。
 何でも重機によるATM盗難の容疑者が見つかったので、それの応援らしい。


 遼太郎を見送った鏡達はゴミを収集所へと出すと、お茶を入れて一服する。

「お姉ちゃん。旅行、楽しかったね!」

「機会があれば、千枝や雪子達とまた一緒にお風呂に入ろうね」

 先日の雪子達との約束を菜々子に話すと、菜々子は嬉しそうに屈託のない笑顔を鏡に見せて喜ぶ。

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、“正義”のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 先日と同じく鏡の脳裏に声が響く。
 コミュニティが築かれるたびに、鏡の心を暖かい力が満たしていく。
 これまで聞こえてきた声は“愚者”、“魔術師”、“法王”、“戦車”、“正義”、“剛毅”とタロットの大アルカナだ。
 ペルソナの属性もタロットに準じているので、最大でそれだけの数があるのかもしれない。

「お姉ちゃん、どうかした?」

「ううん、何でもないよ。今日のお昼と晩ご飯、何か食べたいものはある?」

 心配そうに聞いてくる菜々子に鏡が食べたい物のリクエストを訊ねる。
 鏡の質問に菜々子は丸久豆腐店の豆腐が食べたいと答えたので、折角だからと菜々子と一緒に買い物に出掛ける事にする。
 まずはジュネスへと出向き、フードコートで昼食と摂った後で野菜と合い挽き肉を購入して、丸久豆腐店へと移動する。
 丸久豆腐店に立ち寄った鏡達を店主のシズが嬉しそうに出迎える。

「鏡ちゃん、いらっしゃい。おや、今日は可愛らしいお嬢ちゃんも一緒だね。鏡ちゃんのご家族?」

「こんにちは、この子は従妹の菜々子ちゃんです。菜々子ちゃん、この人があの豆腐を作っているシズおばあちゃんだよ」

 鏡の紹介に、菜々子は行儀良く自己紹介をする。その様子にシズは相好を崩して菜々子の頭を優しく撫でる。
 菜々子のリクエストである豆腐以外に、いなり寿司を作るのに必要な油揚げを注文する。
 鏡の注文にシズは、時間があるのなら今から作って出来立てを渡すけれどどうするかと訊ねてくる。
 時間の余裕は充分なので、折角だからと鏡はシズに今から作ってもらう事にした。


 菜々子は油揚げをどうやって作るのか興味があるようで、鏡は出来れば菜々子に作るところを見せて欲しいとお願いする。
 鏡の申し出をシズは快く受けて、油で火傷をしないように菜々子を少し離れた場所に立たせて、油揚げを作り始める。
 待っている間、鏡達にシズはお茶とお茶請けに大福を勧め、鏡達は好意に甘えてそれらを食す。
 

 菜々子の見ている前で薄く切った硬めの豆腐を、しっかりと水切りして低温の油で揚げ、次に高温の油で二度揚げする。
 こんがりときつね色に揚げられ出来上がった油揚げを、菜々子は物珍しそうに見ている。
 シズは鏡にいなり寿司の他にも油揚げで作れる料理のレシピを教える。
 教えて貰ったレシピを応用すれば、今日購入した食材でも作れる献立を思いついた鏡はシズにお礼を述べる。

「鏡ちゃんの役に立てよ良かったよ。そうだ、鏡ちゃんに一つお願いしても良いかね?」

 シズのお願いとは、近所にある辰姫神社に住んでいる狐に油揚げを届けて欲しいという内容だ。
 その狐は頭が凄く良いらしく、人に迷惑を掛ける事はしないのだという。
 ただ、妙に金銭に目がないらしく、自販機のおつり受けなどをこまめに調べて回っているのだとか。


 話しを聞く限りではかなり怪しい気もするが、商店街の皆からは好かれているそうだ。
 菜々子がその狐を見てみたいと言ったので、鏡はシズのお願いを聞きて菜々子と共に辰姫神社へと向かう。

「きつねさん、いるかな?」

「境内にある鳥居の所に置いておけば大丈夫と言っていたから、取り敢えず行ってみましょうか」

 シズから渡された油揚げを持って鏡は菜々子と共に辰姫神社へと向かう。
 神社の境内は手入れが行き届いて無く、閑散とした有様を見せている。
 境内に入ってから二人の様子を窺う気配を感じた。
 気にはなったが、こちらに対して害意があるようではないので、その気配を無視して頼まれた油揚げを鳥居の奥にあるご神体に供える。
 すると、拝殿の上から何かが飛び降りて鏡達の前に姿を表す。

「わぁっ! きつねさんだ!」

 それは目つきの悪い狐だった。ハート柄の前掛けを付けており、元々はどこかで飼われていたのかも知れない。
 狐は口に絵馬をくわえており、鏡にそれを取れと言いたそうにしている。
 鏡が近づいても狐は逃げる素振りは見せず、差し出された鏡の手に絵馬を落とす。

「お姉ちゃん、それは?」

「絵馬のようだけど、これって……」

 渡された絵馬を見ると子供が書いたと思われる字で“おじいちゃんの足がよくなりますように  けいた”と書かれていた。
 絵馬の裏には“珍しい形の葉っぱ”が貼り付いていて、何か意味があるのかも知れない。
 何かの気配に気付いた狐が慌ててその場から姿を消すと、一人の老人が境内にやってきた。

「あンれまー、珍しいね。お嬢ちゃん達みたいな若い子が来なさるとは」

 鏡達の姿を物珍しそうな目で見る老人は、この神社に誰も住んでおらず、自分が時々手入れをしているのだという。
 ただ、最近は足が痛くてそれもままならず、孫の圭太とも遊びに行けないと嘆いている。
 ひょっとすると、この絵馬を書いた子が老人の孫なのかも知れない。
 そんな事を考えていると、老人は鏡が手にする絵馬に貼り付いた葉っぱを見て驚きの声を上げる。


 老人の驚く声に理由を尋ねてみると、この葉っぱは昔から湿布にはこれが一番と言われていたらしい。
 しかし、この辺りの山ではもう取れないと思われていたらしく、良く見つけたなと酷く感心している。

「た、頼む、その葉っぱを儂に譲っとくれっ!!」

 断る理由も無いので、鏡は葉っぱを老人に手渡す。
 老人は、鏡から手渡された葉っぱを足に貼り付けると驚嘆の声を上げる。
 先ほどとはまるで別人のように元気になった老人が、鏡に感謝する。

「こりゃ、巡り会わせて下さったお社様にも、たんと感謝せにゃいかんのー!」

 そう言って老人は物凄い勢いで拝殿へと向かい、お賽銭を入れるとそのままの勢いで帰って行く。
 あまりの事に鏡は唖然としてしまう。

「おじいさん、元気になって良かったね!」

 ただ、菜々子は老人が元気になった事を素直に喜んでおり、その様子に鏡も気を取り直す。
 老人が境内から立ち去ると、隠れていた狐が出てきて、鏡達を嬉しそうに見ている。
 狐は鏡達から離れ、賽銭箱をのぞき込むと後ろ足で立ち上がり、満足そうに一声鳴いてみせる。
 どうやらシズの言っていた通り、この狐はかなり賢いようだ。


 賽銭箱を確認した狐は鏡の前まで戻ってくると、尻尾をパタパタと振りながら鏡を見上げてくる。
 どうやら気に入られてしまったようだ。

「きつねさん、可愛いね」

 そう言って菜々子が狐に手を伸ばすと、嫌がる素振りを見せずに狐は菜々子に頭を撫でさせる。
 ふかふかとしたその感触に、菜々子が満面の笑みを浮かべて嬉しそうにしている。

「あ、そうだ。きつねさん、おばあちゃんからあぶらあげを貰ってきたんだよ」

 菜々子はシズから頼まれていた事を思い出し、ご神体へと供えた油揚げを取ってくる。
 手にした油揚げを狐の前に差し出すと、狐は器用にくわえて食べ始めた。

「おいしい?」

 菜々子の言葉に狐は嬉しそうに一声鳴いて答える。
 油揚げを食べ終えた狐は、拝殿の裏の方へと姿を消したかと思うと、すぐに鏡達の前へと戻ってくる。
 見ると先ほど老人に渡した物と同じ葉っぱを何枚もくわえている。何かを訴えようとしている狐との間に絆の芽生えを感じる。

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、“隠者”のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 鏡が感じたように、いつもの声が脳裏に響く。
 ひょっとすると、向こうの世界での探索に力になってくれるかも知れない。
 そんな事を考えていると、狐は賽銭箱の前に移動して何やらアピールしてくる。
 どうやら手伝ってはくれるようだが、相応の代価が必要のようだ。


 そろそろ日も暮れそうなので、鏡達は狐に別れを告げて家へと帰る。
 家にたどり着くまでの間、菜々子は狐との事を嬉しそうに鏡に話し続ける。
 鏡も試験前の良い気分転換になったと菜々子との会話を楽しむ。


 家に帰るといつものように菜々子と一緒に晩ご飯の準備に取り掛かる。
 今日の献立は、いなり寿司と冷ややっこに味噌汁、そして合い挽き肉のそぼろ炒めだ。
 合い挽き肉のそぼろ炒めは甘辛く味付けして、サニーレタスに巻いて食べる予定だ。
 それとは別に、油抜きをした油揚げに、そぼろと野菜を詰めて包み焼きを作る。


 応援に出向いていた遼太郎も早くに戻ってきたので、三人で晩ご飯を食べて菜々子と入浴を済ませる。
 試験前なので、就寝する前に予習を行う。学習内容の差は、こちらに来る前と大差が無かったので心配するほどではない。
 後は試験で普段通りの実力を出せれば、今回は良い成績が狙えそうだ。
 一通りの予習をすませ、鏡は眠りにつく。




 連休も明けて試験前の残り数日。
 千枝が付け焼き刃で鏡や雪子に勉強を教えてくれと慌てる事もあったが、鏡と雪子は問題なく試験に臨めそうだ。
 陽介と千枝は試験前から憂鬱な空気を漂わせているが、頑張れと言うほか無い。


 試験期間中の張りつめた空気も、最終日になると和らいだものになる。
 全ての試験が終わり、生徒達はそれぞれ開放感を味わっている。

「やーっと終わったなー」

 ほっとした様子で話す陽介に、千枝が噛みついてくる。
 どうやら雪子と試験の答え合わせをしているようだ。
 しかし、二人のやりとりを見るに千枝の結果は惨憺たる結果のようだ。

「ね、鏡。“太陽系で最も高い山”って何にした?」

「オリンポス山って書いたけど?」

「あ、私と一緒だ」

 鏡と雪子のやりとりに千枝が悲鳴を上げる。どうやら現国だけでなく地学も駄目なようだ。
 陽介はそんなやりとりを見ながら、試験結果が張り出されるのが楽しみだと憂鬱そうに話す。

「聞いた? テレビ局が来てたってよ」

 聞こえてきたクラスメイトの言葉に鏡達が驚く。
 しかし、怪死事件の事では無く幹線道路を走っている暴走族の取材だそうだ。

「暴走族?」

 不思議そうにする雪子に、千枝と陽介が騒音が酷い事を話す。
 何でもメンバーには八十神高校の生徒も含まれているそうで、去年まで凄かったと噂される生徒が一年に居るらしい。

「中学ん時に伝説作ったって、ウチの店員が言ってたっけ。けど……暴走族だっけな……?」

「で、伝説って?」

「それ多分、雪子が考えているのとは違うと思うけど……」

 陽介の言葉に瞳を輝かせる雪子に千枝が呆れたように突っ込みを入れる。

「とはいえ、取材来てたって言うのなら、明日辺りにでも放送されそうだな……」

「また、妙に曲解した内容になりそうね」

 陽介の言葉に鏡がそう答える。
 どうにもこちらで流れるニュースは、事実とは無関係な内容でも、視聴率が取れれば良いと思っている節がある。
 早紀や雪子のインタビューなどが良い例だ。その上、個人のプライバシーにも配慮しないので、鏡は正直なところ快くは思っていない。
 鏡の懸念は、翌日に的中する事となる。

『静かな町を脅かす暴走行為を、誇らしげに見せつける少年達……そのリーダー格の少年が、突然、カメラに向かって襲い掛かった!』

『てめーら、何しに来やがった! 見世モンじゃねーぞ、コラァ!!』

「この声……あいつ、まだやってんのか……」

 テレビに映った少年の声に聞き覚えのある遼太郎がそう零す。
 顔にモザイクを掛けてはいるが、声がそのままでは解る人には解ってしまう。

「お父さん、しりあい?」

 菜々子の質問に遼太郎は困ったような表情を見せて説明する。

「“巽完二( たつみかんじ )”……ケンカが得意で、たかだか中三でこの辺の暴走族をシメてた問題児だ」

 何でも、騒音が酷くて母親が眠れないからと言う理由で、付近一帯の暴走族を潰して回っていたのだという。
 動機はともかく、暴れ過ぎが原因で母親が頭を下げる事になりかねないと、遼太郎は心配する。
 鏡の懸念通り、今回も事実確認もせずに報道しているらしい。その上、声はそのまま流しているので、顔を隠している意味が全くない。

「あ、あした雨だって。下にお天気出てる。せんたくもの、中だね」

 菜々子の言う通り、画面の下に小さく明日の天気が出ている。
 このまま雨が続けばマヨナカテレビに何かが映るかも知れない。
 明日、学校で皆と話し合うのが良さそうだ。


 翌日になると、予報通りに雨が降ってきた。

「じゃあ今夜は、例のテレビを確認しないとな」

「何も映らなければいいけど……」

 陽介の言葉に雪子が不安そうに答える。
 確かにそれが一番なのだが、犯人に繋がるヒントでも見えればと陽介は話す。
 陽介の言う通り、今の時点ではマヨナカテレビしか手掛かりがない。
 映って欲しくはないが手掛かりは欲しい。相反する思いにもどかしさが募る。

――深夜

 時計の針が零時を指す。
 マヨナカテレビには雪子の心配を裏切るように朧気ながら人影が映る。
 その姿から映っている人物は男子高校生のように見える。
 どこかで見たような気がするが、誰かはハッキリとは解らない。


 これまでの予測とは違う姿に戸惑う鏡をよそに、映像は消えてしまう。
 映像が消えて少しして、陽介から電話が掛かってきた。

「姉御、さっきの見たか? 映ってたの、男だよな? けど人相までは分からなかったし……明日、みんなで詳しい事を話そうぜ!」

「うん、解った。また明日、お休みなさい」

 そう言って電話を切り、鏡は布団へと入る。
 マヨナカテレビに映ってしまった以上、次はあの人影が攫われる可能性がある。
 手遅れになる前に、犯人へと繋がる手掛かりが得られれば良いのだが。
 鏡はそう思って眠りにつくのであった。




2011年04月22日 初投稿



[26454] 迷走
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/04/29 10:02
――――誰も自分の事を理解してくれない

  どうせ無理なのだから、理解されたいとも思わない

    けれど、自分を理解してくれる人が現れたら

            自分は変わる事が出来るのだろうか?




 翌日になり、テレビに映った人物について鏡達はジュネスのフードコートに集まって話し合う事となった。

「えー、それでは稲羽市連続誘拐殺人事件、特別捜査会議を始めます」

「ながっ!」

 神妙そうな表情で宣言する陽介に、千枝が突っ込む。

「あ、じゃあここは、特別捜査本部?」

 一人、目を輝かせて訊ねる雪子に陽介が嬉しそうに同意し、千枝も名称にどこか惹かれるものがあるようだ。

「皆、本題はそこじゃないから脱線しないの」

「おっと、そうだったな。すまない、姉御」

 鏡の指摘に陽介は気を取り直すと、昨日の夜に映った人影について、何か気付いた事がないか皆に訊ねる。
 全員、人影が映っていたのは確認できたが、高校生くらいの男性が映っていた事しか分かっていない。
 雪子は、先日見たテレビの様子に、自身もそういう風に映っていたのかと驚いているようだ。

「あれ、でも待って。被害者の共通点って、“一件目の事件に関係する女性”……じゃなかったっけ?」

「だと思ったんだけどな……」

 雪子の指摘に陽介が困った表情を見せる。とはいえ、まだ誰かはハッキリとはしていない。
 男性のように見えて、実は女性である可能性はまだ否定できないのだ。

 雪子が事件に遭った時は、その直後から映像がハッキリと解るようになり、バラエティーみたいな内容になった。
 クマの言うように、向こう側でのもう一人の雪子が“見えていた”と考えられる。
 その事から、不鮮明にテレビに映った人物は、まだ向こう側に“入れられていない”可能性が高い。


 誰なのかさえ特定できれば、被害に遭う前に先回りが出来るかも知れない。
 上手くいけば、犯人が誰なのかも一気に判明する可能性もある。

「けど、まず誰か分かんない事にはな……悔しいけど、取り敢えずもう一晩くらい様子を見てみるしかないな……」

「オホンッ……えー、って事はつまり、ワタシの推理が正しければ……」

 悔しそうに話す陽介の言葉を継いで千枝が話し出す。
 推理と言ってはいるが、その実は現状で判明している事実と先ほど陽介が言った事と同じ内容だ。
 その事を呆れながら陽介が指摘すると、千枝は顔を赤くして陽介に食って掛かる。
 そんな二人のやりとりに、笑いにツボに入ったらしい雪子がお腹を抱えて笑い転げている。

「なるほどな……天城って、実はこういう感じか……」

「つか、映ったあの男の子、どっかで見た気がすんだよねー。それも、つい最近……」

「あ、里中も思うか? そーなんだよ、実は俺も昨日から考えてたんだけどさ……」

 二人の言葉に、鏡も改めて昨日テレビに映った人物の様子を思い出す。
 威嚇するような姿勢でこちら側を向いている人影。

「……巽、完二?」

「姉御?」

 鏡の呟きに、訝しげな表情で訊ねる陽介に、この間の特番で報道された人物、“巽完二”ではないかと話す。
 特番の事を話された陽介と千枝は、引っ掛かっていた疑問が解けたようで互いに顔を見合わせて驚いている。

「確かに、言われて思い出した! あの特番だよ!」

「鏡の言うとおり、あの特番に映っていた彼だよ!」

 しかし、二人はすぐに表情を曇らせる。

「けどよ、見るからに絡みにくそうだよな」

「この前の特番見たけど、すっげー怖い人なんじゃないの……?」

「暴走族の番組? 私も見たよ。あの子、小さい時はあんな風じゃなかったけどな……」

「雪子、彼の事を知ってんの?」

 驚く千枝に雪子は今では話さなくなったが、完二の実家である染物屋は昔から天城屋旅館にお土産品を卸しているのだと説明する。
 その関係もあり、今でも完二の母親とはたまに話しているそうだ。

「これから、染物屋さんに行ってみる? 話しくらいは聞けるかもしれないし」

「そうだね。最近、なんか変わった事は無いかとか。本人に直でコンタクトすんのは怖いけど、流石に自分ちの店先なら暴れないっしょ」

「千枝、それなんだけど」

 鏡は千枝達に遼太郎から聞いた巽完二の事を話す。

「母親が安眠できるように付近一帯の族を潰すって、どんだけだよ……」

「というか、良い子じゃん」

 話を聞いた陽介達の“巽完二”に関する認識が改まる。
 特番を見た限りだと粗野で乱暴者としか見えなかったが、実際は暴走族を潰していた側だったとは。
 テレビ報道による思い込みの怖さが垣間見えた思いだ。

「……見た目で判断されるのは正直、嫌な物だよ」

 そう言って、鏡は表情を僅かに曇らせる。ハーフである鏡の言葉に、陽介達は掛ける言葉が思いつかない。
 転校初日に見せた鏡の態度も、自衛のため身につけた方法なのかも知れない。

「取り敢えず、今から染物屋さんに行きましょうか」

 陽介達の様子から、自身の失言に気付いた鏡が表情を戻してそう話す。
 いつもの鏡の姿に陽介達も、これ以上この話題については触れないようにして鏡の言葉に頷く。




 雪子に連れられてやってきたのは、辰姫神社の側にある“巽屋”だ。
 この店も天城屋旅館と同じく古くからある染物屋で、丁寧に染め上げて作られた品々は旅行客からも好評を得ている。
 しかし、店主が亡くなり夫人が跡を継いでからは、以前ほどの数を作れなくなっているそうだ。

「こんにちは」

「あら、雪ちゃん。いらっしゃい」

 そう言って雪子達を出迎えたのは、縁なし眼鏡を掛けた和服姿の婦人で、年の頃は三十代半ばから四十代と言ったところか。
 落ち着いた雰囲気で、雪子に向ける表情は優しげだ。

「雪ちゃん、相変わらず綺麗ねぇ。お母さんの若い頃に似てきたわよ。今日はどうしたのかしら? お友達とお買い物」

「あ、いえ、その……」

「初めまして。雪子のクラスメイトの神楽鏡といいます。完二君はご在宅ですか?」

 言い淀む雪子の後ろから、鏡が声を掛ける。

「……ウチの完二が、また何かやらかしました?」

 鏡の質問に、婦人がまたかといった表情を見せる。鏡はそうではなく、完二に聞きたい事があったので訪ねてきた旨を伝える。
 息子のトラブル絡みでないと分かったため、婦人は少しばかり安堵の表情を見せて、今は不在である事を話す。

「あの子ったら、いつものようにふらっと出掛けてしまって、せっかく来てくれたのに、ごめんね」

「いえ、お気になさらずに。私達の方こそ、急に押しかけてきて申し訳ありません」

 婦人と鏡が話している間、手持無沙汰だった陽介が店内を見て回る。
 落ち着いた色合いで染め上げられている生地やそれを使った商品を見ていると、一つだけ違和感のあるスカーフが目に付いた。

「なぁ、姉御。このスカーフに見覚えがないか?」

 陽介の言葉に鏡がスカーフへと視線を向ける。
 言われてみると、確かに見覚えのあるスカーフだ。
 鏡はどこで見た物だったのか記憶を辿っていく。

「これ、山野アナの物と同じスカーフだ……」

「ッ!? あの顔無しポスターの部屋か!」

 鏡の言葉に、陽介も向こうの世界で見た時の事を思い出す。

「あなた達、山野さんとお知り合い?」

 婦人の言葉に言い淀む陽介に代わり、鏡が偶然見かけた山野アナが着けていたのをたまたま目撃したと話す。
 鏡の説明に納得した婦人が説明するには、元々は山野アナが男女用セットで頼んだオーダーメイドの品だそうだ。
 だが、片方しか要らないと言われたため、仕方なく店頭で売りに出しているのだという。

「ヤバイよ……最初の事件と関係あるじゃん……どうしよう……」

 事件との関連性がある事が解り、千枝が陽介に不安な表情を向ける。
 困惑する陽介達の姿を見て、鏡はふと違和感を覚えた。
 陽介達が話していると、呼び鈴が鳴る音がして、荷物を届けに来た宅配便の呼び声が聞こえてくる。

「ごめんなさい、ちょっと外すわね」

「いえ、完二君もご不在ですし、これ以上の長居ご迷惑ですから、今日の所は失礼いたしますね」

「おばさん、また今度ね」

「そう? じゃあ、お母さんにもよろしくね」

 婦人の言葉に鏡と雪子がそう答え、巽屋を後にする。

「ここもやっぱり、最初の事件と繋がっている……けど、たかがスカーフだろ? そんなんで狙うか?」

 店の外に出て、陽介がそう呟く。
 確かに接点はあったが、殺害しようとするには動機が弱すぎる。

「けどさ、例の“共通点”……母親の方なら該当してるよね? 一件目の山野アナの関係者で、女性ってヤツ」

「でも、テレビに映っていたのは、息子の完二の方だよな……どういうことだ?」

 千枝と陽介が考え込んでいると、雪子が自身の時と状況が似ていると話す。
 山野真由美に直接対応していたのは女将である雪子の母親だ。
 けれど、攫われたのは娘である雪子だった。その事を踏まえると、完二が狙われるのも説明が付く。

「ちょっと待って。私達、何か重大な思い違いをしているかも知れない」

 鏡の言葉に、三人が訝しげな表情を向ける。

「姉御? 思い違いって、どういう事だ?」

 陽介の質問に、鏡が先ほどから気になっていた違和感について説明する。
 遺体の第一発見者である早紀が、証拠隠滅のために向こう側の世界に放り込まれた事。これは、動機としては正しいだろう。
 しかし、雪子や完二には命を狙われるような山野真由美との接点が無い。
 雪子の方は多少の接点はあったかも知れないが、殺害するというのなら、それこそ母親である女将や婦人が狙われる方が自然だ。

「確かに、小西先輩の時と状況が違いすぎるな」

 鏡の指摘に、陽介が早紀とは違っている事を理解する。

「けど、恨みとかの線だったら?」

「私自身が恨まれていた可能性は否定しないけれど、山野アナに対する恨みだったら、彼女を殺害している時点で終わってないかな?」

 千枝の指摘に雪子がそう答えるも、自身が恨まれていないとは言い切れないので、今ひとつ歯切れが悪い。

「私達が小西先輩を助け出したのって、千枝に教えて貰ったマヨナカテレビを見た翌日だったよね?」

「そうそう。姉御が“テレビに入った”って言って、ジュネスに確かめに行った時だったな」

「そういや、同じくらいだったっけ? 小西先輩が山野アナの遺体発見者だって噂されていたのも」

「あれ? 小西先輩が遺体の第一発見者って噂、どうして流れたんだっけ?」

「前日に報道されたインタビューだったよな、確か。顔と声をぼかしてても、丸分かりだったし」

 鏡の確認に答える二人へ雪子が訊ね、陽介がそれに答える。
 そのやりとりを聞いていた鏡は、もう一つの共通点を見つけ出した。

「雪子が攫われたのって、山野アナが宿泊した旅館の次期女将って内容で報道された後だよね?」

「そうだけど……それがどうかしたの?」

「……被害者の共通点」

 不思議そうな表情で肯定した雪子に、鏡がそう呟く。
 その呟きに陽介達が互いの顔を見合わせる中、鏡は一連の事件の共通点として、誘拐される前に報道されていた事を告げる。

 不倫関係を報道された“山野真由美”
 遺体の第一発見者として報道された“小西早紀”
 被害者の宿泊先で次期女将だと報道された“天城雪子”
 二日前に暴走族の一人として報道された“巽完二”

 完二以外は山野真由美の事件の関係者としての面が強く、全て女性である事も重なったので共通点だと思っていた。
 けれど、実際に接点があったのは雪子と完二の母親で、二人が狙われる理由としては動機が不十分だ。
 その事と比較すると、それぞれが報道された事を共通点として見た方が説明が付く。
 三人とも間違いなくテレビで報道されているのだ。

「じゃ、なにか。テレビに報道されたから狙われたって事か?」

「何よそれ、テレビで報道されたら誰でも良かったって事?」

 鏡の推測に陽介と千枝が憤る。雪子は自身が狙われた理由の理不尽さに言葉も出ない。
 しかし、この事で新たに分かった事がある。一連の報道は稲羽市のローカル放送だ。
 犯人は間違いなく稲羽市に在住する誰かである事がこれでハッキリした。

「そうか、少なくとも犯人はこの町のニュースを見ている事は間違いなんだよな」

 鏡の説明に、陽介達も意識を切り替える。
 犯人を特定する直接的な手掛かりではないが、これから狙われる可能性がある人物は特定する事が容易にはなった。

「後は、彼に注意するように話しが出来れば良いのだけれど……」

「あれ……完二君だ」

 雪子の言葉に鏡が視線を向けると、色素の薄い髪をオールバックにした強面の少年がこちらの方へ歩いてくる。
 テレビで見た時に感じた、他者を寄せ付けない雰囲気を纏ったその姿に、鏡は威嚇するハリネズミの姿を連想させた。

「こんにちは、巽完二君だよね?」

「あん? 誰だアンタ?」

 見覚えのない相手に声を掛けられた完二は、鏡に訝しげな視線を向ける。
 陽介達が後ろで心配げに見守る中、鏡は簡単に自己紹介をすると完二に会いに来た事を告げた。

「は? アンタがオレに何の用があるっていうんだ?」

「最近、身の回りで変わった事とかなかった? 不振な人物を見た、でも良いけれど」

 鏡の質問に完二は考える素振りを見せると、最近になってまた暴走族が騒がしくなって来た事を語る。

「この間、テレビで報道されたやつだね。叔父さんから聞いたのだけど、お母さんの為なんですってね」

「あぁッ!? ちげーよ! 誰があんなババァの為なんか……」

 完二の怒鳴り声に身を竦ませる陽介達とは違い、鏡は完二が照れ隠しのために怒鳴っている事に気付き、根は優しいのだと理解する。
 鏡は表情を綻ばせると完二に理由はともあれ、やりすぎるとお母さんに迷惑が及ぶ可能性があると、叔父が心配していたと告げる。

「叔父って、誰だよ?」

「稲羽署に勤務している堂島刑事だけど、知らない?」

 鏡の言葉に完二は以前、一人だけ自分の事を真っ直ぐ見て説教をしてきた刑事を思い出す。
 容姿のせいもあり、他の刑事達が暴走族を潰して回っていた自分を連中と一括りに見ていた中、ただ一人だけ違う目で見ていた相手。

『お袋さんの為なのは良いが、お前が暴れすぎた結果、お袋さんが周りに頭を下げる事になるかも知れないって、解っているのか?』

 あの時に言われた言葉は今でも覚えている。
 当時は何を言っているんだと反発したが、結果的に母親が周りに頭を下げる事になったため、それ以後は暴れるのを控える事にした。
 最近になって、また暴走行為が目立ち始めたので、毎晩のように潰しに出歩くようになった。
 テレビ局に報道されたのは、そんな時だ。

「ったく、あの親父はまだ人の事を心配してやがんのかよ……」

 苦笑いを浮かべる完二に、鏡は何者かが完二に対して危害を加えようとしている可能性があるので、気をつけるようにと警告する。
 あちこちから恨みを買っている完二は、鏡の話を自身に対して報復しようとしている相手が居るんだな程度に捉えた。

「アンタもつくづくお人好しだな。見ず知らずのオレなんかに、わざわざ警告しに来るなんてよ」

「同じ学校に通う親孝行の後輩を心配するのは、そんなに変かな?」

 鏡の言葉に、完二は唖然とした表情を向ける。
 目の前の人物は、自分の事を何とも思っていないのだろうか?
 強面である事を自覚しているだけに、大抵の相手は自分を見ると及び腰になる。なのに、この人物はそういった様子を全く見せない。
 そこまで考えて、完二はある事に気付いた。
 目の前の人物はどう見ても日本人には見えないので、容姿に対する先入観が無いのかも知れない。
 ひょっとすると、目立つ容姿をしている分、自分よりも偏見に晒されていた可能性すらある。

「アンタ、オレが怖くないのか?」

 つい、口をついて出た質問に鏡は不思議そうな表情を見せて、完二の事を全く知らなかったら怖かったかも知れないねと答える。
 しかし、遼太郎から経緯を聞いていたし見た目では人となりは解らないので、そもそも怖がる必要が無いと鏡は笑って話す。

「取り敢えず、その事を伝えたかっただけだから。ごめんね、時間を取らせて」

「いや……そりゃ、良いんだがよ。わざわざ、ウチまで来てくれたようだし……」

 自身に対して身構える事なく話し掛けてくる鏡に、完二はやりづらそうに答える。

「それじゃ、またね」

 鏡はそう言って完二に別れを告げると、陽介達の元へと戻りその場を後にする。
 完二は鏡達を見送ると、そのまま家へと入っていった。

「姉御、いきなりアイツに話し掛けるなんて、驚かさないでくれよ」

 巽屋から離れ、総菜大学の前辺りに来たところで陽介が疲れたような表情で話し掛ける。
 噂に聞いていた通りの威圧感があっただけに、鏡の事が心配だったようだ。

「彼自身に警告する必要もあったし、それに彼は見た目と違って、根は素直だと思うよ」

 完二と実際に話してみて、話しに聞くほど粗野で乱暴者で無い事が実感できた。
 他人に対して身構えている部分はあるが、話しはちゃんと聞いていた。
 それに、いきなり乱暴を働きかけて来たりはしなかったので、聞いていた噂は誇張されている可能性が高い。
 見た目で損をしていると言っても良いだろう。


 今日の所は警告する事も出来たので、翌日にまた様子を見に来る事にして解散する事となった。
 鏡は晩ご飯の食材を買いに行くために陽介と共にジュネスへと向かい、雪子は千枝の家へと出掛けるそうだ。
 何でも、千枝の家で飼っている犬に会いに行くのだとか。


 今日の献立は揚げ物にしようと決めて、鏡は陽介に今日のお勧めを訊ねながらジュネスへと向かう。
 勧められた食材から、揚げ物に出来そうな物を選んで献立を考えていく。
 豚肉が一押しだと陽介が言うので、豚カツをメインにコロッケと味噌汁に和え物を作ろうと決めていく。
 豚カツの付け合わせには、キャベツの千切りと大根おろし辺りが良いかと献立を考えている鏡に、陽介が声を掛ける。

「何か姉御、すげー楽しそうだな」

 陽介の言葉に、鏡は作った物を美味しいと言って食べてもらえるのは嬉しいからねと答える。
 ゴールデンウィークの時に料理を食べてた時の鏡達の表情を思い出し、なるほどと納得する。
 美味しいと言われた菜々子ちゃんも、今の鏡と同じような表情をしてたっけと、陽介はその時の事を思い返した。
 ジュネスへと到着し、鏡は買い物へ陽介はバイトへと向かう。
 鏡と別れ、自身も誰かに喜んで貰えるような事が出来ないものかと陽介は考える。
 自分自身に出来る事。漠然とだが、そんな事を考えながら陽介はバイトへと向かうのだった。




 翌日。
 目の前に立つ人物に、完二は戸惑いを隠せずにいた。
 いつものように帰宅したところ、見知らぬ小柄な少年に声を掛けられたのだ。

「はぁ? 変わった事がなかったか、だ? おめえも妙な事を聞いてくるんだな」

「……も? 僕以外にも誰かが君を訪ねて来たんですか?」

「あぁ、オレはあちこちで恨みを買っているからな。誰かが報復に来るかもしれねえって、心配したお人好しだ」

 完二の言葉に少年は、その人物は知り合いなのかと訊ねてくる。
 その言葉に完二は同じ高校に通っている先輩らしいが、会ったのは昨日が初めてだと答える。
 少年は完二の言葉にしばし考える素振りを見せると、詳しい話しを聞きたいのだが都合は大丈夫かと訊ねる。
 家の手伝いがあるので今日は無理だと完二が答えると、それならば明日は大丈夫かと聞いてくる。

「あ、明日なら別にいいけどよ……何でオレに関わろうとするんだ?」

「君に興味があってね。学校へは?」

「あ? 学校? も、もちろん行ってっけど……」

 少年は、それならば明日の放課後に、校門前まで迎えに行くと告げて去っていく。
 完二は少年の去った方角を見て、戸惑ったような表情になる。

「きょ、興味って言ったか、アイツ……? 男のアイツと、男のオレ……オレに……興味……?」

 少年の目的が解らない完二は、少年の自身に対する興味が一体どのようなものか悩みつつ、自宅へと帰る。
 自宅に戻り、手伝いの内容を確認した完二はそのまま作業へと入る。
 天城屋に卸す巾着袋の数が僅かに足りないらしく、仮縫いは済んでいるので本縫いを手伝って欲しいとの事だ。
 完二は不平を零しながらも、丁寧な作業で巾着袋を仕上げていく。

「こんにちは」

 幾つか仕上げ終わった所で、店へと誰かが来たようだ。

「ッ!?」

 何気なく視線を向けて完二は絶句する。
 そこに立っていたのは昨日、自身に警告をしにやってきた物好きな先輩だ。
 その隣には、天城屋の一人娘である雪子が付き添っていて、その後ろには知らない男女がいる。

「あら、雪ちゃん。わざわざ引き取りに来てくれたの? 申し訳ないのだけど、数がまだ揃ってなくてもう少し待って貰っても良いかしら?」

 店の奥から出てきた完二の母親がそう言って雪子に謝る。

「いえ、約束の時間よりも私の方が早く着いたので、気にしないで」

 謝られた雪子の方が逆に慌ててしまう。
 鏡は完二の手元にある巾着袋に視線を向けると、完二が作ったのかを訊ねる。

「んだよ、男がこういったのを作ったら悪いのかよっ!」

「悪いなんて言ってないけれど? むしろ丁寧に作ってあって、凄いなって思っただけよ」

 睨み付けてくる完二に、鏡は心底心外そうな表情を見せて答える。
 鏡の言葉に唖然とする完二に、職人と呼ばれる人達には性別の差など関係なく、そんな理由で貶める方がどうかしていると説明する。
 そもそも性別でどうこう言うのなら、料理人は全て女性で肉体労働をする者は全て男性なのかと、鏡が逆に完二へと問い掛ける。

「男だからとか、女だからとか、そんな事は関係ないんじゃないのかな?」

 その言葉に完二は驚いた表情を見せる。
 確かに、男性の料理人は数多く存在しているし、女性でも体力勝負の仕事をしている者は居る。


 鏡の言うとおり、性別を理由にどうこう言うのは誇りを持って仕事をしている彼ら、彼女らを侮辱する事だ。
 そんな当たり前の事を、鏡に言われるまで気付かなかった自身を情けなく思う。
 これまで、そんな風に言われた事がなかった完二は、鏡に対して畏敬に似た感情を抱く。


 もっと前に鏡のような人物と出会っていたのなら。そんな考えが頭を過ぎるが、それはただの無い物ねだりだ。
 完二はそんな自身の弱さに自嘲して、残りの作業へと戻る。
 鏡は完二の作業する手元を見て、ふと思いついたように機会があったら作り方を教えて欲しいと完二に頼んでみる。

「はぁッ!? いきなり何を言いやがんだ!」

 意外な申し出に完二が取り乱すが、鏡は涼しい顔で同居している従妹に作ってあげたら喜んでくれそうだからと、楽しそうに話す。
 何とも調子の狂う相手だと思いつつも、完二は暇があったら教えてやると、ぶっきらぼうな様子で鏡に約束する。
 その言葉に鏡は嬉しそうな表情を見せてお礼を述べると、完二はそっぽを向いて作業へと専念する。

「雪ちゃん、お待たせ。これで全部だから」

 出来上がった巾着袋を箱に詰めて完二の母親が雪子へ手渡す。
 それを受け取った雪子が、支払いはいつものようにと話して、鏡達と共に店を後にする。
 鏡達が居なくなった店内で、完二の母親が『良い先輩ね』と話すと、完二はそっぽを向いて『ただ物好きじゃねえのか』とはぐらかす。
 そんな素直でない息子の様子に、完二の母親はただ微笑むだけだった。




「取り敢えず、今日の所はまだ無事なようだな」

 巽屋から離れた場所で陽介がそう話す。
 先日、もう一度マヨナカテレビで確認したところ、まだ不鮮明だが完二の姿が映っていたので、心配して様子を見に来たのだ。

「けど、この間より昨日の方が画面が鮮明だったから、気は抜けないよね」

 雪子の心配はもっともで、今のところは無事だが、犯人をどうにかした訳ではない。
 まだまだ気が抜けない状態に、不安が隠しきれない。

「けど、彼があんな風に裁縫が得意って、ちょっと意外だったな」

「確かに、人は見掛けによらないって事だな」

「千枝、そういう言い方はあまり感心しないよ? 『女なのに、料理が出来ないなんて意外だ』なんて言われたら嫌でしょ?」

 鏡の言葉に、千枝は確かにそんな風に言われたら嫌だなと思う。
 千枝としては純粋に驚いただけなのだが、その言葉を聞いた相手がどう受け取るかは、当人にしか解らない。
 うっかり、そう言った失言をしないように気をつけないと駄目だなと千枝は思った。

「明日も様子を見に来た方が良さそうだが、どうする?」

「様子を見に来たとしても、三日もお店に顔を出すのは拙いから、明日は店の外で張り込んだ方が良くない?」

 陽介の言葉に千枝が答える。

「そうだね、今日はウチの用事のついでにって口実もあったけど、流石に連日って訳にもいかないし……」

 雪子の言葉にどうするか皆で考えた結果、辰姫神社の物陰から巽屋を張り込む事に決まった。
 しかし、この張り込みの計画は、結果として無駄に終わる事となる。


 翌日の放課後になり、鏡達は辰姫神社から巽屋の様子を窺うも、張り込んでいる間に完二が帰宅する事は無かった。
 菜々子を長く一人にする訳にもいかず、晩ご飯の準備もしなければならない鏡が一番に帰り、次いで実家の手伝いのある雪子が帰宅する。
 同じく、ジュネスでの手伝いがある陽介も戻らなければならないとなると、千枝一人で張り込みをする訳にはいかなくなる。
 この辺りが学生という身分の限界だろう。警察のように人員を動員して、昼夜問わず張り込むの事は不可能だ。


 菜々子を寝かし付けて鏡が自室へと戻ると同時に、携帯電話の着信音が鳴る。
 相手は雪子からだ。

「あ、もしもし? 天城ですけど。遅くにごめんね。今、大丈夫?」

「平気だけれど、どうかした?」

「あのね、完二君、家に居ないんだって!」

 旅館の所用ついでに巽屋に電話をして完二の母親と話したところ、完二がどこかへ出掛けたまま帰ってきていないのだという。
 よくある事だと完二の母親は話していたそうだが、あまり良くない状況だ。

「……鏡はどう思う?」

「心配だね。今晩は雨だし、マヨナカテレビに何か映るかも知れない」

「そうだね。完二君に本当に何か起きたのか、見れば分かるかも」

「雪子は千枝に連絡して。陽介には私の方から連絡するから」

「うん、分かった。それじゃ、また明日」

 雪子との電話を終え、鏡はすぐさま陽介へと電話を入れる。
 話を聞いた陽介は、マヨナカテレビを確認した後で連絡を入れると言って電話を切る。
 マヨナカテレビが映るまで、あと少し。




 日付が変わると同時に、鮮明な画面がテレビに映し出される。

『皆様……こんばんは。”ハッテン、ボクの町!”のお時間どえす』

 テレビに映っているのは間違いなく完二の姿だ。
 しかし、テレビに映るその姿は、ふんどし一枚という怪しすぎる格好で、何故か顔を赤らめている。

『一体、ボクは、というかボクの体は、どうなっちゃうんでしょうか!? それでは、突・入、してきまぁす!』

 鏡が唖然としている間にも映像は進み、完二が画面の奥へと去って行ったところでマヨナカテレビは消えてしまった。
 映像が消えると同時に、携帯電話の着信音が鳴る。
 携帯電話を通話状態にすると、動揺した陽介の声が聞こえてきた。

『お、お、おい! おいおいおい!!』

「陽介、気持ちは解るけれど、落ち着いて」

『いや、だってあれはねえだろ!?』

 陽介の言いたい事も解るが、問題はそこではない。
 鮮明に映ったという事は、完二は”向こう側の世界”にいると見て間違いがないだろう。
 鏡の説明に、陽介も気持ちを切り替える。

「確かに姉御の言うとおりだ。しっかし、“崇高な愛を求める施設”? 何の事かさっぱり分っかんねー!」

 陽介は苛立たしげに話すが、今ここで考えても仕方がない。
 明日、全員でどうするかを考えるという事に決め鏡は電話を切る。
 今日の所は明日に備え早く休む事にして、鏡は布団に入り眠りにつく。
 雪子の時と同じように、一刻も早く完二を救い出すために。




2011年04月29日 初投稿



[26454] 熱気立つ大浴場
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/06/14 22:12
――――非現実的な事件

 一見あり得ない事でも、必ずどこかに答えはある

  それを見付け出すのは自分だと信じていた

    何も知らない子供だとも気付かずに……




 稲羽警察署の一室で、遼太郎と足立が目の前の人物と打ち合わせを行っていた。
 その人物は、一見すると警察関係者には見えない小柄な少年で、紺色の帽子に同色のダブルコートを着ている。
 先日、巽屋へ完二を訊ねてきた少年だ。

「つまり、小西早紀さんは発見された状況から、犯人が解放したと警察では見ている訳ですね?」

「ああ。不明な点がまだ残ってはいるが、その可能性が一番高いと見ている。白鐘( しろがね )には別の考えがあるのか?」

「可能性の話ですが、第三者が小西早紀さんを助け出したのかも知れません」

「えっ!? 直斗君、第三者って?」

「例えば……小西早紀さんを発見した人物、とか」

 少年、“白鐘直斗”の仮説に遼太郎と足立が気まずそうな表情になり、その様子に直斗が訝しげな視線を向ける。

「白鐘。お前にはまだ言ってなかったが、小西早紀の発見者な。そいつは俺の姪なんだよ」

 そう言って遼太郎は直斗に、早紀を発見した時点での鏡は稲羽市に来て日も浅く、互いに顔見知り程度だったと説明する。
 そのため、誘拐された早紀を助け出す可能性より、逃げ出したか解放された早紀を発見した可能性の方が高いと付け加えた。

「そうですか……出来れば一度、その人と会わせてはもらえませんか? 本人から直接、話を伺いたいので」

 直斗の申し出に遼太郎は複雑な心境だ。鏡は稲羽市に来てまだ一月ちょっとで、事件の捜査などの厄介事には巻き込みたくはない。
 しかし、鏡からの証言で直斗が違った視点で推論を立てる事が出来るかも知れない。
 鏡が小西早紀を救出したかも知れないと、先ほど直斗が言ったように。

「……解った。鏡には俺から話をしておく。都合の良い日を聞いたら連絡するが、白鐘の方の都合は?」

「僕の方は問題はありません。姪御さんを危険に巻き込みたくない所、無理を言って申し訳ありません」

 そう言って、直斗が遼太郎に頭を下げる。先ほどの遼太郎の間から、心中を察したのだろう。
 直斗の気遣いに遼太郎は苦笑いを浮かべると、携帯電話を操作して鏡へとメールを送信する。




 鏡達はクマから情報を得るためにジュネスへとやってきた。
 相変わらず人が居ないテレビ売り場から向こう側の世界へと移動する。

「おいクマ、こっちに誰か入ったろ?」

 陽介がクマに声を掛けると、クマは元気の無さそうな声で居るみたいと認める。
 不確かなクマの発言に千枝が場所を聞いてみるが、居場所が分からないという。

「クマさん、何か悩み事でもあるの?」

 雪子の問い掛けに、クマは最近になって自分が何者で、この世界にいつから居るのかが気になっていると答える。
 元々、この世界の住人でない鏡達にはその悩みに答える事は出来ない。
 陽介はどうせ着ぐるみで中身が無いのだろうから、考えるだけ無駄だといってわざと怒らせようとするも、クマはそれにあっさり同意する。

「なんか……けっこう深刻?」

 その様子に千枝が困った表情を見せる。
 この世界は、どこまでの広さがあるのかが分からないため、闇雲に歩き回る訳にはいかない。
 唯一、この世界の住人であるクマが分からないとどうにもならないのだ。
 陽介がその事をクマに話すと、完二に関するヒントがあれば何とかなるかも知れないとクマが返す。

「具体的には?」

「カンジクンの“人柄”を感じるような、なんかそういうヒントが欲しいクマよ……」

「私達が知っている事と言えば、ガラの悪いところもあるけれど、母親思いな良い子だって事くらいよね……」

「センセイ、他にはないクマか?」

 これだけでは情報としてはまだ足りないらしく、クマが他にも知っている事がないか訊ねてくる。
 それに対して、雪子が完二の事を知っている人物に訊いてみれば良いのではないかと提案する。
 鏡達は完二の情報を集めるために一度、元の世界へと戻る。

「それじゃ、手分けして完二の情報を集めよう」

 陽介の言葉に頷くと、鏡達はそれぞれ完二についての情報集めへと繰り出す。
 ジュネスを出て、まずはどこから調べようかと鏡が考えていると、携帯電話にメールの着信を示す電子音が鳴る。
 携帯電話を取り出し差出人を確認すると、それは遼太郎からのメールだった。
 内容を確認すると、早紀を見付けた時の状況を聞きたい人物がいるので、都合が良いときに会ってくれないかといった主旨のメールだ。


 鏡は携帯電話を操作して、明日の放課後なら大丈夫だと遼太郎に返信する。
 今でも早紀は記憶が戻らず、犯人に着いての手掛かりが得られていない。
 とはいえ、日常生活を過ごす分にはそれほどの支障が出ていないため、先月の下旬辺りから登校してきている。
 何度か陽介に付き添い見舞いに行っていたので、最近ではそれなりに話す間柄になり、早紀からは『鏡ちゃん』と呼ばれている。


 どんな人物が話を聞きたいと言ってきたのか気にはなるが、今は完二の情報を集めなければならない。
 鏡は気持ちを切り替えると、まずは完二の母親に話を聞こうと巽屋へと向かう。

「あら、いらっしゃい」

 鏡が巽屋に到着すると、店の前に佇んでいた完二の母親が鏡に声を掛けてきた。
 完二の母親に挨拶を返した鏡は雪子から聞いたと前置きをして、完二からその後、連絡が入るなり帰宅するなりしたかを訊ねる。

「まったく、どこに遊びに行ってるのかしら。いつもそう。……そう言えば、あなた達以外にも、小柄な男の子が完二の事を聞きに来たのよね」

 先日、鏡達が訪ねてくる少し前に小柄な少年が完二に会いに来ていたそうだ。
 完二が帰宅する前だったらしく、少年は少し話をしてから帰ったらしい。
 念のため、鏡はその少年の特徴を聞くと巽屋を後にする。


 先ほど聞いた少年が何かを知っている可能性があるので、鏡は携帯電話を取り出すと陽介達にメールでその事を伝える。
 メールには、少年の特徴と完二について調べていたようなので、犯人に繋がっている可能性があること。
 接触した際はやりとりに気をつけるように注意を促す。
 メールを送信して暫くすると、陽介達から了承の返信が返ってくる。
 それらを確認した鏡は、引き続き完二についての情報を集めに戻る。


 その後、完二についての話を聞いて回ってみたところ、この間の報道の影響か、完二に対する人々の印象はほとんど同じだった。
 どれも昔は優しく可愛かったのに、今では不良になってしまい、母親が可愛そうだと。
 ただ一人、丸久豆腐店のシズだけが完二の行動の理由を知っていたらしく、見た目で誤解されて不憫だと嘆いていた。
 日も沈み始め、これ以上は情報を集め続ける事が出来なくなったので、鏡達は今日の所は引き上げる事にする。
 その際、鏡は遼太郎からの用件を話し、明日は情報集めに参加が出来ない事を陽介達に伝える。

「なあ、姉御。大丈夫なのか?」

 鏡の話を聞いた陽介が、警察が鏡を疑っているのではないかと心配する。
 陽介の心配に、鏡はメールの内容から当時の状況を知らない人物が話を聞きたいようだから大丈夫だと、安心させるように話す。

「それに、向こう側の事は話せないのだから、以前にした説明をするだけよ」

「それもそうか。“テレビの中の世界”なんて言われても信じられないだろうからな」

 鏡の言葉に陽介が頷く。何かあったらメールで連絡するからと、今日の所はそれぞれ帰宅する事となった。




 翌日の放課後。
 鏡は早めに帰宅して、菜々子と共に四人分の晩ご飯を作る。
 当初は稲羽署に出向く事になると思っていたのだが、遼太郎が気を配ってくれたのか、堂島家に連れてくるとの事だ。
 今日の献立はトマトクリームのパスタにチキンの香草焼き、野菜サラダとコンソメスープだ。
 特注の調理器具のおかげもあり、今ではちょっとした手の込んだ調理位なら、菜々子にも手伝う事が出来るようになっている。
 鏡が稲羽に来てから、ほぼ毎日のように手伝っていた結果だ。

「ただいま」

 晩ご飯の支度が済むのと同じ頃に、遼太郎が帰宅する。
 鏡の予想とは違い、遼太郎が連れてきたのは帽子を被った小柄な少年だった。

(……この子、ひょっとして)

「鏡、コイツがお前に話を聞きたいと言っていた“白鐘直斗”だ」

「初めまして、堂島さん達に協力している白鐘直斗です」

 直斗の自己紹介に、鏡も簡単に自己紹介を済ませる。

「取り敢えず、料理が冷める前に食べませんか?」

 せっかく作った料理が冷めては勿体ないからと、鏡の言葉に遼太郎達は頷き洗面所へと手を洗いに向かう。

「この料理は、神楽さんがお一人で?」

「いいえ。菜々子ちゃんにも手伝ってもらって二人で作ってます」

「そうですか。菜々子ちゃんは料理が上手なんだね」

 直斗の賞賛に、菜々子は照れながらも嬉しそうだ。
 料理を食べ終え、食器を菜々子と一緒に片付けた鏡は、直斗を伴い自室へと移動する。
 幼い菜々子に事件の話を聞かせる訳にはいかないからだ。

「お邪魔します」

 鏡の自室へと招かれた直斗がそう言って室内に入る。
 直斗に適当に座るように促し、自身は直斗の向かい側に座る。
 下から持ってきたお茶を淹れて互いの前に置き、鏡は直斗に何を聞きたいのかを訊ねる。


 直斗からの質問は、遼太郎に話した内容よりも細かい所までに及んだ。
 早紀を発見した当時、不信な車両もしくは人物は居なかったか?
 発見した時の早紀の様子に、何か異常は感じられなかったか?
 鏡は直斗の質問に答えながら、自身へと向けられる視線に対して、感じた事を直斗に問い掛ける。

「白鐘君。私に対して探るような視線を向けていると言う事は、私の事を疑っていると認識して良いのかな?」

 鏡の言葉に直斗の表情が僅かに変わる。

「気を付けていたつもりなのですが……どうして、そう思われたのですか?」

「こんな容姿をしているからね。他人から色々な視線を向けられていた、と言ったら解ってもらえるかな?」

 言外に肯定した直斗の質問に鏡が答える。
 その答えから、直斗は鏡がこれまでにどのような経験をしていたのかを察して、鏡に謝罪する。
 その上で、探偵という職業柄、こうして一つずつ可能性を潰していく事が真実へと至る道なのだと鏡に説明する。

「とはいえ、貴女に不快な思いをさせた事への言い訳にはなりませんね。本当に済みませんでした」

 直斗の謝罪に鏡は気にしていないと告げ、発見者である自分を疑うのも仕方がない事だと理解を示す。
 鏡の言葉に直斗は当初、早紀を見付けた人物は男性だと思っていた事を白状する。

「神楽さんが特殊な技能でも持ってない限り、誘拐をするような犯人から、小西早紀さんを助け出す事は不可能ですからね」

(凄い子ね、推論だけで核心の一歩手前まで来ている……)

 直斗の勘の良さに感心しながらも、鏡はそれを表情に出さないで直斗の言葉に同意する。
 鏡から聞きたい事を全て聞き終えた直斗に、今度は鏡が気になっていた事を訊ねる。

「白鐘君、私からも一つ聞きたい事があるのだけれど、良いかな?」

「何でしょうか?」

「巽完二って男の子を知っている?」

 鏡の質問に、直斗が僅かばかりの驚きを見せる。
 その様子から、鏡は直斗が完二に会いに来た人物である事を確信する。

「二日ほど前に会いましたが、彼がどうかしたのですか?」

 直斗の質問に、鏡は完二が現在行方不明であり、完二と交わした約束があるため突然、居なくなる事は考えられない事。
 最後に会ったと思われる人物が直斗で、何か気付いた事があるのではないかと思った事を話す。

「貴女は何故、そこまで彼の事を気に掛けるのですか?」

「母親思いの後輩を心配する事って、そんなにおかしな事かな? それに、私には彼と交わした約束がある」

 鏡の言葉に納得した直斗は、自身が完二と会った時の様子を話す。
 最近の事を聞いたら何か様子が変だったので、感じたまま“変な人”だねと言ったら、直斗が驚くほど顔色を変えた事。
 それを踏まえると、普段の振る舞いも少し不自然に感じたそうだ。
 確証はないが、何か“コンプレックスを抱えている”のかも知れないと、直斗はそう言葉を締める。


 直斗からの証言で、クマが必要としているヒントが揃ったかも知れない。
 時計を見ると、かなり遅い時間なので、直斗はそろそろお暇すると鏡に話す。
 居間に降りてきた二人に、遼太郎がもう話は良いのかと確認を取る。

「ええ、知りたい事は聞けましたので、僕はそろそろお暇する事にします」

「そうか、もう遅いから俺が送っていこう。鏡、戸締まりと菜々子の事を頼む」

 直斗の言葉に遼太郎はそう答えると、鏡に後の事を任せて直斗を車で送るために出掛けていった。
 戸締まりをした鏡は、眠そうにしている菜々子をお風呂に入れると寝かし付ける。
 今日は直斗と話していたため、菜々子と話す時間が少なくなってしまったが、菜々子に夜更かしをさせる訳にはいかない。
 残念そうにしている菜々子に鏡は、明日は一緒に眠る事を約束して、自身も明日に備えて早めに休む事にする。




 翌日、クマへと報告する前にフードコートに集まった鏡達の傍らに、居るはずのない生き物が居た。
 その生き物は辰姫神社で知り合った狐で、鏡の傍らに当然といった様子でちょこんと座っている。

「わっ、なんか居る! き、狐!? いつの間に……」

「おわっ、こいつ……一体どっから入ったんだ!?」

「あ、この前掛け……確か、神社で見掛けた事があるような……」

 驚く千枝と陽介に雪子がそう話す。
 鏡は陽介達に狐と知り合った経緯を話し、自分達の力になってくれるかも知れないと説明する。

「いや、姉御を疑う訳じゃないが、見返りに金を欲しがっているって……?」

 呆れ半分、感心半分で話す陽介の言葉を肯定するように、狐が一声鳴いてみせる。

「何だよ、こいつ……まるでこっちの話を分かってるみたいなリアクションだな……」

 陽介の言葉に狐はまた一声鳴いてみせると、雪子が自分達の事を本当に分かっているのかもと話す。
 よくよく考えたら、警備の人にも気付かれずにココまで着いてきただけでも大したものだ。

「さっきの話だけど、“回復”っていうの、私達ほんとに助かる話かもって思わない?」

 雪子の言葉に狐は自信ありげに鳴くと、鏡の方へと視線を向ける。
 結局、追い返す訳にも行かないので、鏡達は向こう側の世界に狐を連れて行く事にする。
 その決断に満足したのか、狐は嬉しそうに尻尾をパタパタと左右に振っていた。


 鏡達に連れられてきた狐の姿に、クマは驚きながら狐を見つめている。
 そんなクマに、鏡は直斗から聞いた完二の様子を説明する。

「ふむふむ、母親思いでコンプレックスを抱えている……おっ、なんか居たクマ! 当たりの予感! これか! これですか!?」

 どうやら完二の居場所を見付ける事に成功したらしい。鏡達はクマの案内で完二のいる場所へと案内される。
 その場所はロッカーがいくつも並んだ脱衣所のような所で、その上かなり蒸し暑い。
 今までと違う霧はまるで湯気のようで、その証拠に眼鏡が曇ってしまう。
 鏡達が状況に戸惑っていると、どこからともなく怪しげな音楽が鳴り響く。

『僕の可愛い子猫ちゃん……』

『ああ、何て逞しい筋肉なんだ……』

『怖がる事は無いんだよ……さ、力を抜いて……』

 怪しげな音楽に乗せて聞こえてくるのは、ダンディな男の声と優男風の声。
 その声に陽介は顔を青ざめさせて後ずさる。

「ちょ、ちょっと待て! い、行きたくねぇぞ、俺!」

 怯えたように話す陽介から視線をクマへと移すと、雪子が完二が本当にココに居るのかを確認する。
 雪子の確認にクマは間違いないと断言する。元々この世界は入った人物の心を元に構築されるのだ。
 だとすると、この場所は完二の心が生み出したものと見て間違いは無いだろう。
 正直に言うと入りたくはない場所だが、完二を見捨てる訳にはいかないので、鏡達は覚悟を決めて探索へと向かう。


 大浴場としか表現できない内部には、『男子専用』と書かれた垂れ幕がいくつも掛けられている。
 現れるシャドウも石炭のような姿をしたモノに、太った警察官のような姿をしたモノと、古城の時とは違い手強さも全く違う。


 しかし、雪子が探索メンバーに加わった事で疾風、氷結、火炎と鏡以外で三つの属性の攻撃手段が確保できた。
 これに元々鏡が持っていた電撃属性を加えると、鏡が補う属性が減った分の負担がかなり軽減されている。
 この恩恵もあって、手強いシャドウ達を相手にしているにも関わらず、古城の時よりも探索の効率は上がっているのだ。

『およ、この気配……もしかしてカンジクンか……?』

 三階層目を探索している最中に、クマからアナウンスが入る。
 どうやら目の前の扉の向こう側に完二本人か、もう一人の完二が居るようだ。
 鏡達は不意打ちを受けないように気を配りながら扉の向こう側へと移動する。
 扉の向こう側には、ふんどし一枚姿の完二が鏡達に背を向けて立っている。

「やっと見付けた!」

「完二!!」

 千枝と陽介の声に気付いた、もう一人の完二が鏡達の方へと振り返ると、頭上からスポットライトが当てられる。

『ウッホッホ、これはこれは。ご注目ありがとうございまぁす!』

 スポットライトに照らされたもう一人の完二は、顔を赤らめながら実況を行っている。

『さあ、ついに潜入しちゃった、ボク完二。あ・や・し・い・熱帯天国からお送りしていまぁす』

 唖然とする鏡達をよそに、もう一人の完二の実況は続く。

『汗から立ち上る湯気みたいで、ん~、ムネがビンビンしちゃいますねぇ』

 そう話すもう一人の完二の頭上に、古城で見たのと同じようなテロップが現れる。


     女人禁制!
     入!?
            汗だく熱帯天国!



 テロップが現れると同時に、辺りから歓声が沸き上がる。
 その歓声は古城で聞いた時よりも大きい。

「ヤバイ……これはヤバイ。いろんな意味で……」

 目の前の状況に、陽介は今にもこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。

「確か雪子ん時も、ノリとしてはこんなだったよね……」

「う、うそ……こんなじゃないよ……」

 千枝の言葉に雪子が慌てて否定する。
 再び起こる歓声。その様子はまるで……

「番組を見ている、観客の歓声みたいね」

 鏡の言葉に、千枝がこの状況が見られているのだとしたら、完二に対して余計な伝説が増えそうだと気の毒そうに話す。
 マヨナカテレビを見ている普通の人は鏡達と違い、本人と抑圧されたもう一人の自分の区別が付かない。
 そう言った意味では、もう一人の自分が話した事は正しい。同じ存在が二人も居るとは誰も思わないのだから。

『それでは、更なる愛の高みを目指して、もっと奥まで、突・入! はりきって……行くぜコラアァァ!』

 最後の一言だけドスを利かせたもう一人の完二が、鏡達に構わず先へと行ってしまう。
 目の前の光景に唖然としていた鏡達も気を取り直すと、急いでもう一人の完二の後を追う。

『お……男には……男には、プライドってもんがあるんだよ……へへっ、俺はぜってえ負けねえぞ……』

 五階層目に到着すると、弱々しい完二の声が聞こえてきた。
 声の様子から完二はまだ無事だと思われるが、あまりゆっくりもしていられない。
 しかし、度重なる連戦と蒸し暑さで、鏡達の体力はかなり消耗している。
 そのため、鏡達はいちど引き返すと入り口で狐の回復を受ける事にする。


 狐の要求する治療費は、鏡達の予想を超えてかなりの高額で、手持ちの大半が無くなってしまう金額だった。
 鏡は少し考えると、“サラスヴァティ”の持つ回復スキル【メディア】で全員の体力を全快させてから、改めて狐に回復を頼んでみる。
 どうやら、狐の請求する治療費は体力と精神力の消耗具合に比例しているらしく、一万円弱まで値が下がっていた。
 鏡達は狐に回復して貰うと、再び探索へと向かう。狐の手助けは探索する上で心強い味方となってくれる。
 もっとも、請求される金額が安くないので、そう何度も頼めないのが玉に瑕だ。

『ハイ! そこのナイスなボーイ! キミもボクと同じく更なる高みを目指しているのかい?』

 探索を続けていると、どこからともなくもう一人の完二の声が聞こえてくる。

「ナイスなボーイって……お、俺の事か!? 違うぞっ! 俺達は完二を助けに来ただけだぞ!!」

『ヒュー! ボクを求めてるって? そうなのかい? 嬉しいこと言ってくれるじゃない!』

 もう一人の完二の質問を否定した陽介の言葉に、もう一人の完二は嬉しそうに話し続ける。

『それじゃあ、とびっきりのモノを用意しなきゃ! 次に会うのが、とても楽しみだ! じゃあ、またね!』

 そう言ったきり、もう一人の完二の声は聞こえなくなる。

「なぁ、姉御。俺、もう帰っても良いよな……?」

 虚ろな表情を鏡に見せて陽介が話し掛ける。
 陽介が逃げ出したいと思う気持ちは理解できるが、ここは陽介には諦めて貰うしかない。

「は、花村が危なくなったら、あたし達が守ってあげるから、頑張ろう?」

「……本当か? 本当に守ってくれるのかっ!? 約束だぞ、絶対だかんな!」

 千枝の言葉に、陽介が剣幕を浮かべて詰め寄る。
 あまりの様子に千枝が若干引きつった表情になるが、流石に陽介を責める訳にはいかないだろう。

「陽介、辛いだろうけれど私達を信じて。一刻も早く彼を救い出そう」

 鏡に諭されて、陽介も何とか平静を取り戻す。
 ココでごねていても仕方がない事は陽介にも理解できている。
 陽介は得体の知れない恐怖を我慢しつつ、探索へと復帰する。


 探索を続ける内に、これまでとは比べものにならない、異常な熱気を漂わせる扉を発見する。
 どうやら、この先に何かが待ち構えているようだ。
 鏡達は気持ちを引き締めると、扉を開けて先へと進む。

『ようこそ、男の世界へ!』

 そこに待ち構えていたのは、もう一人の完二の身長の三倍はあろうかと思われるレスラーのような姿をしたシャドウだ。
 そのシャドウの足下でもう一人の完二が実況を続けている。

『突然のナイスボーイの参入で、会場もヒートアーップ! ナイスカミングなボーイとの出会いを祝し、今宵は特別なステージを用意しました!』

「お……おい、まさか……」

『時間無制限一本勝負! 果たして最後に立ってるのはどちらだ? さあ、熱き血潮をぶちまけておくれ!』

 陽介の不安は的中し、巨大なシャドウが鏡達へと襲い掛かってくる。
 まず始めにシャドウが力を溜め込み、意識を集中する。

「皆! 相手との身長差がありすぎるから、自分で攻撃をする時は一撃離脱を心がけて!」

 鏡の指示に全員が頷くと、陽介がまずは補助スキルの【スクカジャ】で自身の運動性を高める。
 続いて鏡が二本の剣を持つペルソナ“ラクシャーサ”を召喚して、物理攻撃スキル【キルラッシュ】で複数回の攻撃を仕掛ける。
 全ての攻撃が当たっているにも関わらず、シャドウは悠然とその場に立っている。
 これまで戦ったシャドウとは段違いの頑健さだ。

「来て! トモエ!!」

 それを見た千枝が【タルカジャ】で一番攻撃力のある鏡の火力を底上げする。

「おいで……コノハナサクヤ!」

 雪子の召喚したチアリーダーのような姿をした異形“コノハナサクヤ”が放つ【アギラオ】がシャドウの体を焼く。
 炎に包まれたシャドウはそのままの状態で、陽介に向かって丸太のような太い腕を振り下ろす。
 陽介は、向かってくるシャドウ側へと咄嗟に前転してその攻撃を躱すと、起きあがりざまにシャドウの足を切りつけ、その場から離脱する。

「危ねぇっ! あんなの喰らったら、ひとたまりもないぞ!」

 陽介の背筋に冷や汗が流れる。頭上から振り下ろされる丸太のような太い腕が直撃したら、一撃で命を落としかねない。
 鏡達はシャドウとの距離に気を配りながら、ペルソナでの攻撃を主軸にシャドウと渡り合う。
 どうやら、シャドウは陽介に狙いを定めているらしく、鏡達の事など眼中に無いかのように執拗に陽介を狙い続ける。
 陽介はその事実を逆手に取り、自身は回避に専念して鏡達がシャドウの背後から攻撃できるように互いの立ち位置を調整する。


 何度か陽介が直撃を受けそうになるも、紙一重で陽介は回避し続ける。
 それによって消耗した体力は、雪子が回復して鏡と千枝が全力でシャドウへと攻撃を続ける。
 何度攻撃を当てようと怯みもしないシャドウに、心が挫けそうになる。


 それでも、負ける訳にはいかないと心を奮い立たせて、鏡達はもてる全ての力を振り絞り、限界までペルソナを使い続ける。
 気が遠くなるほどの攻防の末、遂にシャドウを倒す事に成功すると、陽介はその場に座り込んでしまう。

「花村、生きてる?」

「今回はマジ、死ぬかと思った……」

 座り込む陽介を気遣った千枝が声を掛けると、陽介は軽く手を振ってそう答える。
 一撃でも当たれば、命を落とすかも知れない攻撃に晒され続けていたのだから、無理もないだろう。
 雪子が念のために【ディア】で陽介の体力を回復させる。
 鏡は、シャドウが先ほどまでいた場所に光るモノを見付けたので、それを確かめるためにその場へと向かう。
 光るモノの正体はどうやら鍵のようだ。古めかしいアルミの鍵をポケットに仕舞うと、鏡は陽介達にまだ行けるか確認を取る。

「あたしや雪子はまだ何とかなるけれど、流石に花村は拙くない?」

「俺の方は回復して貰ったらまだ何とかなるが、流石に今の俺達の回復を狐に頼んだら、洒落になんねえ金額を請求されそうだな……」

 千枝と陽介の言うように、狐に回復を頼めば探索の続行は可能だと思われるが、費用が足りるかどうかが分からない。
 取り敢えず、上の階に上がってから“カエレール”で戻る事にして鏡達は上への階段を捜す。
 幸い、この階層は複雑な構造をしておらず、上への階段はすぐに見つけ出す事ができた。
 鏡達は上の階へと移動すると、クマと合流して“カエレール”で入り口へと戻る。


 入り口で待っていた狐を連れ、鏡達はクマの案内で広場へと戻る。
 今回の探索で得たシャドウの素材は後日、だいだら.へと持ち込み新調できる装備が出来れば新調する事にする。
 流石に、今回のように一撃で命の危険をもたらす相手が居ると解って、準備を疎かにする訳にはいかない。


 明日も引き続き探索をするべきなのかも知れないが、流石に今日の疲労を考えると、それは避けた方が賢明だ。
 鏡は、明日は探索はせずにだいだら.に素材を持ち込み、装備を新調してから探索を再開する事に決める。
 幸い、暫くは霧が出るような雨続きとなる天気ではないので、準備を万端に整える事が出来そうだ。
 鏡の決定に陽介達も異論はなく、体調を万全に整える事に決め、それぞれ帰宅する事にする。


 帰宅した鏡はいつものように菜々子と晩ご飯を作り、二人で食べる。
 遼太郎は帰りが遅いそうなので戸締まりをして、早めに入浴を済ませると、先日の約束通り菜々子と一緒に眠るため、自室へと向かう。
 とはいえ、眠る時間にはまだ早いので、昨日の分を取り戻すかのように、菜々子が鏡に話し掛けてくる。
 鏡も菜々子にせがまれるまま、学校であった出来事を話す。


 話し疲れた菜々子はいつの間にか眠ってしまい、穏やかな寝息を立てている。
 そんな菜々子の様子に鏡は微笑むと、疲れた身体を休めるために自身も眠りにつく。
 装備を新調するの大事だが、新たなペルソナを生み出すために、ベルベットルームへ足を運ばなければ。
 今後の事を考えながら、鏡の意識は眠りへと落ちるのであった。




2011年05月05日 初投稿
2011年06月04日 誤字修正
2011年06月14日 タグのエラー修正



[26454] 男らしさ、女らしさ
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/05/10 18:55
――――今までは、ただ怯えていただけだった

      誰も自分を理解してくれないと諦めていた

         けれども、あの女性( ひと )は違った

        素直になって良いのだと、初めて言ってくれたのだ……



 五月にしては異様な蒸し暑さに、完二の意識が覚醒する。
 ハッキリしない頭で周りを見渡すが、濃い霧か湯気のせいで周りがよく見えない。

「……どこだ、ここ?」

 全く見覚えのない場所に、完二は唖然とする。
 地面は板張りになっているようで、香りからすると檜なのかも知れない。
 本来なら良い香りなのだが、こう濃密だと逆にむせかえりそうになる。その原因は完二のすぐ側にある木の囲いだった。
 囲いの中には焼けた石が多数入っており、それに水が掛けられ蒸気となっていたのだ。

「って、ここはサウナか何かなのかよ」

 こんな場所、稲羽では見た覚えがない。似たような場所なら天城屋旅館が該当しそうだが、あまりにも規模が違いすぎる。
 状況がサッパリ分からないが、こんな所でじっとしていても仕方がない。完二は出口を探しに、取り敢えず移動する事にする。


 すぐに出口に辿り着けるかと思っていたが、完二の予想に反して、この場所はかなりの広さがあるようだ。
 その上、まとわりつくような蒸気で服が貼り付いて気持ちが悪い。
 視界の悪い大浴場を彷徨っていると、上へと続く階段を発見した。
 その前に鍵の掛かった扉も発見していたのだが、鍵を持っていないためその先へと進めず、仕方がないので階段を上る事にする。


 どのくらい歩き続けただろうか? 視界が悪く手を伸ばした状態で指先が朧気にしか見えない状態は、精神的に疲労する。
 それに加えて、まとわりつくような熱気が体力を磨り減らしていくので、感じる疲労具合は相当なモノになる。

「お……男には……男には、プライドってもんがあるんだよ……へへっ、俺はぜってえ負けねえぞ……」

 どこかも分からない場所にたった一人で居る事の孤独。視界が悪く蒸し暑い状況による精神的、肉体的な疲労。
 いっそ錯乱してしまえば、どれだけ気が楽だろうか。
 そんな誘惑に駆られそうになるが、男らしくない醜態だけは晒すまいと何度も踏み留まりながら完二は出口を捜す。

「……ッ!?」

 意識が朦朧とする中、視界の隅に動く人影を見付けた。その人影はどこかを目指しているのか、すぐに視界から消えてしまった。

「おいっ! ちょっと待て!!」

 完二は慌てて、その人影を呼び止め追いかける。
 この場所について知っているかも知れないし、目覚めてから初めて見付けた人影だ。
 逃がしてなるものかと、完二は意識を集中して人影を追いかける。
 人影は、いくつもの扉をくぐり先へ先へと進んでいく。こんなにも視界が悪いというのに、迷うことなく先へと進む。
 それはつまり、あの人影はここの構造を知り尽くしているという証拠だ。

「っ! 逃がしてたまるかよっ!!」

 いくつもの扉をくぐり、階段を上り完二は人影を追いかける。
 人影を追いかけていると、これまでとは違う様子の場所に出た。左右が階段状になっており、扉まで真っ直ぐな作りになっている。
 目の前の扉以外に抜け道などは一切無いので、人影はこの扉の向こう側に居るのだろう。
 完二は覚悟を決めると、扉を開けて中へと入る。


 扉の向こう側は広間になっており、扉から奥にある舞台まで赤い絨毯が続いている。
 舞台の上に立つ人影は完二に背を向けていて誰だか分からないが、ふんどし一枚の姿は怪しいとしか言いようがない。

「おい、そこのお前!」

 完二が舞台の上に立つ人影に声を掛ける。

「ッ!? お、オレ……だと!?」

 完二の声に振り返った人物の姿を見て、完二は驚きのあまり絶句する。
 目尻が下がり表情は違うのだが、確かに目の前にいる人物は完二自身である。

「お前……一体、何モンだっ!」

『ボクはキミ、巽完二さ。ようこそ“崇高な愛を求める施設”へ!』

 完二の誰何にもう一人の完二が答える。
 その言葉に、完二は訝しげな視線をもう一人の完二に向ける。

『そう、ココはキミの心の願望が作り出した世界! 女なんか必要としない安らぎの場所!!』

「ココが……オレの望んだ世界だと……?」

『もうやめようよ、嘘つくの。人を騙すのも、自分を騙すのも、嫌いだろ?』

 もう一人の完二の言葉が毒となって完二の心に染み込んでくる。

「完二!」

 突然、背後の扉が開いて複数の人影が広間に入ってくる。
 完二が驚いて背後を振り返ると、そこには見知った顔と奇妙な着ぐるみの姿があった。

「アンタら、何で……!?」

 驚く完二とは対照的に、もう一人の完二の表情が歪んでいく。

『女は嫌いだ……気持ち悪いモノみたいにボクを見て、変人、変人ってさ……』

 鏡達を憎々しげに睨み付けて、もう一人の完二は心の奥底に溜め込んでいた不満をぶちまける。
 裁縫好きなんて気持ち悪い。絵を描くなんて似合わない。“男のくせに”と、自分の容姿で決めつけられ、何度も否定され続けてきた鬱積。
 もう一人の完二は言う。“男らしい”って何だと。

『女は、怖いよなぁ……そうだ、男がいい……男のくせにって、言わないしな』

「ざっ……けんな! テメェ、人と同じ顔してフザけやがって……!」

 もう一人の完二の言葉に、完二が激昂する。
 そんな完二にもう一人の完二は、女は全て自分を認めてくれない、理解してくれないと語る。
 その言葉に、完二は背後にいる鏡の事を思い出す。初めて自分の事を認めてくれた女性だ。


 確かに、これまでは自分の事を認めてくれる女性は居なかった。
 容姿と好みが合わないからと謂われ続け、その反動で容姿に合うように喧嘩に明け暮れ、族を潰すような事までもした。
 そんな自分に鏡は何と言った?

『男だからとか、女だからとか、そんな事は関係ないんじゃないのかな?』

 その言葉を完二は鮮明に思い出す。
 目の前にいるもう一人の自分は、鏡に出会う前の自分だ。

『キミはボク……ボクはキミだよ……分かってるだろ……?』

「拙いっ! 完二!!」

 もう一人の完二の言葉に、陽介が慌てて完二がもう一人の自分を否定しないように制止しようとする。
 それよりも早く、完二は陽介達の想像とは違う行動を起こす。

「歯ァ、食いしばれっ! オラァ!!」

 完二は、もう一人の自分に飛び掛かると腰の入った右ストレートを叩き込む。
 勢いの乗った渾身の一撃は、もう一人の完二を一回転させて舞台に叩き付けるほどの威力があった。
 もう一人の完二は舞台の上に倒れたまま、完二に『どうして?』と問い掛けるような視線を向ける。

「確かにテメェは昔のオレだ。だがな、今のオレじゃねぇ! テメェがオレだって言うんなら、あの人の言った事を覚えているはずだ!」

 完二は、倒れたままのもう一人の自分を睨み付けて、一気に捲し立てる。
 目の前で倒れている自分は、誰からも理解されなかった自分の姿だ。
 本当は受け入れて欲しいのに、その気持ちを押し殺して、周りに牙を向けていた自分自身。
 しかし、今の完二は違う。
 男や女と言った“小さなしがらみ”に縛られていた自分は、あの人の言葉で目が覚めたのだ。

「……オラ、立てよ。オレと同じツラ下げてんだ……ちっとボコられたくらいで沈むほど、ヤワじゃねえだろ?」

 その言葉に、もう一人の完二が立ち上がる。

「テメェもオレなら、あの人の言った事を思い出しやがれ。認めてやるよ、テメェはオレで、オレはテメェだよ……クソッタレが!」

 もう一人の完二はその言葉に頷くと、青く光る粒子となってその姿を転じさせる。
 それは黒地に骸骨の模様が施された巨大な異形だ。
 稲光を模した剣をを持った異形は、再び青く光る粒子に包まれるとカードの姿になり完二の体に吸い込まれるように消えていく。
 気が緩んだのか、その場に倒れる完二に慌てた鏡達が側へと駆け寄る。

「完二、大丈夫か!?」

 どうやら意識を失っているだけのようだが、このままという訳にもいかないので、完二を元の世界へと連れて帰る事にする。
 元の世界に戻る頃には完二も意識を取り戻したが、疲労のせいで座り込んだままグッタリしている。

「完二君……大丈夫?」

 その様子を心配した雪子が声を掛け、完二はそれに強がって見せるが自力で立ち上がる事が出来ないでいる。
 陽介が手を貸し完二を立ち上がらせると、完二は鏡達を見渡して、さっきの出来事について訊ねてくる。
 その質問に鏡は、完二の体調が良くなった時に話すからと、今は早く休むように促す。

「俺、こいつ送ってくわ。“その辺で適当に拾った”で通るだろ。こいつの場合」

 陽介はそう言うと、完二を連れて家電売り場を後にする。
 鏡は今晩の食材を購入してから帰る予定なので、千枝と雪子も先に帰宅する事にする。
 夏も間近に控え気温もそろそろ高くなってきたので、今日の献立は冷しゃぶサラダに炊き込みご飯に決める。
 冷しゃぶの煮汁はタレや味噌汁を作るのに使えるので、汁物はそちらから作ることにする。
 必要な食材を購入して、食後のデザートにとリンゴも一緒に購入していく。




 買い物を終えて堂島家に帰宅すると、珍しい事に遼太郎が先に帰宅していた。

「ただいま戻りました。叔父さんが先に帰宅しているって珍しいですね」

 鏡の言葉に遼太郎は『そうだな』と苦笑い気味に答える。
 遼太郎が先に戻ってきていたので、鏡は遼太郎に日本酒を少し使っても良いかと訊ねる。
 訝しげな視線を向けてくる遼太郎に、鏡は冷しゃぶの肉を茹でる際の臭みを消すのに使いたいと説明して許可を貰う。
 下拵えと肉を茹でる作業を鏡が、炊き込みご飯の準備を菜々子がそれぞれ分担する。


 たっぷりの野菜の上に乗せられた冷しゃぶに、甘めに味付けしたゴマだれを掛ける。
 遼太郎には少し甘すぎるので、辛めに作った別のタレを取り皿に入れて遼太郎の前に置く。
 煮汁の残りから作られた味噌汁の具は、冷凍して保存しておいた丸久豆腐店で購入した油揚げの残りと大根にワカメだ。
 炊き込みご飯の具は山菜と椎茸で、薄めの味付けにしている。


 出来上がった料理を並べ終わると『いただきますと』唱和してから食べ始める。
 黙々と箸を進めていた遼太郎が、箸を止めて鏡の方へと視線を向ける。

「そうだ、言ってなかったな」

 そう言って、遼太郎は捜索願いが出されていた完二が無事に見つかったと鏡に伝える。
 遼太郎の言葉に鏡は僅かに表情を変えると、完二の様子はどうだったのかと訊ねる。
 その質問に明日、確認も兼ねて事情を聞きに行く予定だと遼太郎は答えると、少し迷ってから鏡に気になっている事を訊ねる。

「それとな……お前が巽屋に訪れていた事を白鐘に聞いたんだが、何か用事か? 学生が立ち寄るような店じゃないからな」

 そう言って、遼太郎は探るような視線を鏡に向ける。
 鏡は気付かぬ振りで雪子の付き添いで訪れた事。その時に完二と知り合い、巾着の作り方を教えて貰う約束を交わした事を説明する。
 その説明に遼太郎は、巽屋の卸し先が天城屋旅館であった事を思い出す。

「まあいい。ただ、危ない事に関わるなよ。いいな?」

 その言葉に申し訳ないと思いつつも表情を変えずに鏡は頷く。
 二人の様子に菜々子が訝しげな視線を向けて『またケンカ?』と訊ねる。
 その質問に遼太郎は気まずそうな表情で否定をして、食事を再開する。


 食事を終え、いつものように菜々子と食器の後片付けを済ました鏡に、遼太郎が声を掛ける。
 遼太郎は脇に置いてあった封筒を取り出すと、試験で上位に入ったご褒美だとそれを鏡に手渡す。
 それを聞いた菜々子も『お姉ちゃん、すごいね!』と、我が事のように喜び、鏡は気恥ずかしさを感じるのであった。




――翌日

 遼太郎は足立を伴って“巽屋”に出向いていた。
 完二から事情聴取を行うためだ。
 本来ならば、もう少し日を空けて聴取を行いたい所だが山野真由美の事件の事もあり、今は少しでも手掛かりが欲しい所だ。
 そのため、完二の体調を気遣う余裕が無く申し訳ないと思いつつも、遼太郎達は完二から話を聞く事にする。


 しかし、結果的に進展のある情報を得る事は出来なかった。
 脱水症状を起こしかけた状態で発見された影響か、証言の至る所で要領を得ない答えが返ってきたのだ。
 医者の見立てでは、脱水症による意識障害の可能性が指摘されたが、それでも説明の付かない事がある。
 完二の証言にあった“巨大なサウナのような場所”だ。
 稲羽市にそんな施設はなく、何か別の事と勘違いしているのかも知れない。

「どういう事だ、こりゃ……」

「堂島さん、何か気になる事でも?」

 巽屋を後にして、稲羽署に戻る車内で呟いた遼太郎の言葉に足立が怪訝な視線を向ける。

「小西先ほどでは無いが、捜索願いが出された天城雪子と巽完二も記憶障害が出ている。こりゃ、何かの偶然か?」

 遼太郎は一連の失踪に奇妙な共通点を見付ける。
 三人とも、失踪した前後の足取りが全く分からない事。失踪中の記憶が定かでない事。
 そして……

(何故か、この三人に鏡が関わっている形跡がある。三度も続くと、偶然の一言で片付けられなくなるが……どういう事だ?)

 自分の姪が関わっている可能性に、遼太郎の勘が警鐘を鳴らす。
 たまたま、鏡の知り合いが失踪事件を起こしたと見た方が筋は通るのだが、何かが引っ掛かる。

「堂島さん、いくら何でも考えすぎじゃないですか? しっかりしてますけど、鏡ちゃんは一介の高校生ですよ?」

「ま、確かにそうなんだがな……」

 足立の言葉に遼太郎も同意する。
 年齢よりもしっかりしているが、鏡はまだ子供だ。
 直斗と違い事件に首を突っ込んで、どうこう出来る訳がない。
 刑事として疑って掛かる癖がそう思わせているのだろう。

「鏡ちゃんはキツイ所がありますけど、将来は良いお嫁さんになれるんじゃないですかね?」

「……足立。お前、鏡に手を出す気じゃ無いだろうな?」

「や、やだなぁ! 堂島さん、一般論を言っただけですって! そんな怖い顔で睨まないでくださいよっ」

 一段トーンを落とした遼太郎の声に、足立が慌てて否定する。
 遼太郎の様子はまるで、娘を取られまいとする父親のそれと変わらない。
 その事に気付いていない遼太郎は、ひとしきり足立に釘を刺すと稲羽署へと向けて車を走らせ続ける。




 数日が過ぎ、完二もようやく学校へと復帰する事が出来た。
 放課後、完二は鏡達との待ち合わせ場所である校舎屋上へと向かう。
 屋上には鏡達が先に到着しており、完二が来るのを持っていた。

「う……うぃース!」

 気まずそうな様子で完二が鏡達に挨拶をしてくる。
 その様子に微笑ましさを感じた千枝が『意外に可愛いとこがあるじゃん』と感想を述べる。

「私達、教えて欲しい事があるの」

 雪子がそう言って、どういった経緯で向こう側の世界に送られたのかを訊ねる。
 完二の説明によると、雪子にお土産を渡した後で部屋で休んでいたところ、誰かが来たような気がすると話す。
 その言葉に、陽介がそれが誰だったか覚えてないかと訊ねるも、そんな気がしただけかも知れないと、困惑気味に完二は答える。

「あと思い出す事っつや……なんか変な、真っ黒な入り口みてえのとか……」

 完二は記憶を辿りながら話すも、気が付いたら向こう側で倒れていた事くらいしか覚えていないという。
 雪子が完二の言葉に自分も似たようなモノを見たような気がして、それはテレビだったのではないかと訊ねる。
 言われてみればそうかも知れないと、完二の言葉もあやふやだったが雪子は何かが気に掛かるようだ。

「警察には、何か訊かれたか?」

 陽介の質問に完二は今と似たような説明をしたが首を傾げていたと話す。
 その説明に鏡達が互いの顔を見合わせていると、完二が鏡達に探偵みたいな事をしているのかと訊ねる。
 そんな所だと陽介が話すと、完二は自身もその中に加えてくれと願い出る。
 酷い目にあったのが“誰かの仕業”だと言うのなら、十倍にして返さないと気が済まないというのが理由だ。
 完二らしい理由ではあったが、仲間が増える事には異論はない。
 陽介がどうするか訊ねてきたので、遊びではないと釘を刺して完二の参加を認める。

「あざっス! 巽完二、先輩らのためにも、命張るっス! 面倒みてやってほしっス!」

     我は汝……、汝は我……

     汝、絆の力を深めたり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、“愚者”のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 鏡の脳裏に声が響くと共に、心に暖かい力が満ちてくる。

「意気込みは買うけど、命を粗末に扱うような真似だけは駄目よ?」

 完二の言葉に鏡が釘を刺す。
 その言葉に完二は、男である自分が鏡達を守らないと駄目だというが、鏡は“全員が無事である事”が一番大切だと答える。

「私も女の子だから、そう言って貰うと嬉しいけれど、それで誰かが犠牲になるのは絶対嫌よ」

 鏡の言葉に、完二は誰かを守って自分が倒れても良いという考えが自己満足である事に気付かされる。
 もし自分が鏡達を守って命を落としたら、その事で鏡達は一生消えない傷を背負う事になる。
 自分より先に息子が死んだとなれば、母親も一生悲しみに暮れて生きて行かなくてはならなくなる。
 その事に気付いた完二は、表情を引き締めると鏡に対して深々と頭を下げる。

「ウッス! 姐さんの言葉、この巽完二、肝に銘じて自分の命を粗末に扱うような真似は、決してしないっス!!」

 完二の言葉に鏡が一瞬、唖然とした表情になる。
 そんな鏡に陽介が『姉御は男より“漢らしい”所があるかならなぁ』と、苦笑い気味に話す。

「ま、それは置いておくとして。仲間が増えたお祝いに……」

「“特別捜査本部”行く?」

「それ、まだ言ってんだ……」

 嬉しそうに話す陽介と雪子の会話に、千枝が力なく突っ込みを入れる。
 話の見えない完二は困惑気味だ。


 完二を連れてジュネスのフードコートへ向かった鏡達は、完二の歓迎会を兼ねてビフテキを奢る。
 美味そうに食べる完二に陽介はこれまでの事を説明するが、ちゃんと聞いているか怪しいところだ。
 念のために確認すると、やはり聞いていなかったらしく『テレビを使った殺人なら、撲殺で決まりスね』と見当違いな事を話す。
 その言葉に陽介は呆れ返り、千枝が向こう側に行けば分かると話す。

「けど、犯人の手口、雪子ん時と同じだったね」

 思い出したかのように、千枝がそう話を切り出す。
 犯行の手口は全く同じで、誘拐してからテレビに入れる。単純なだけに防ぐ方法が難しい。
 人海戦術が使えないのでどうしても後手に回ってしまうのは仕方が無い事ではあるが、どうにか犯人に繋がる情報が欲しい所だ。
 そんな事を話していると、近くのテーブルで談笑する男子生徒の話し声が聞こえて来た。


 どうやらマヨナカテレビに関する噂話のようで、次に誰が映るのかが楽しみだと話している。
 その内、片方の男子生徒が完二が映ると思っていたと語るが、噂話が一人歩きしているせいで、暴走族上がりだと思われている。

「次は誰と思ったって?」

 その言葉に、完二がドスの利いた声で男子生徒達を威嚇する。
 睨み付ける完二に恐れをなした男子生徒達は蜘蛛の子を攣らすようにその場から逃げ去る。
 他人事だと思っている無責任な当事者達に、やりきれない思いが募る。

「今回の事で、鏡の読みが当たったみたいだね」

「だな。姉御の言う通り、テレビで報道された人物が狙われている。けど、これで動機がますます解らなくなったな」

 雪子の言葉に陽介が同意するも、狙われる動機が全く見えてこない。

「ね、さっきの子達が話してたのって、マヨナカテレビの事だよね」

「あの様子だと、かなりの人数が見ているかも知れないね」

 千枝の疑問に鏡が答える。

「ね、あの映像って……犯人も見てるんだよね?」

「だろうな、きっとどっかで面白がっ……まさか、楽しんでるって事か!?」

 雪子の言葉に陽介が驚きの声を上げる。
 何故テレビで報道された人物なのか疑問だったが、それならば説明が付く。
 テレビで報道され、注目を浴びた人物を向こう側へと放り込み、その後の姿をマヨナカテレビで見て楽しむ。
 それが動機だとしたら、被害者は注目を浴びれば誰でも良いという事だ。

「んじゃ、オレが狙われたのも、あの番組で報道されたからって事っスか? 犯人、テレビ局の人間じゃねえんスか?」

 完二の言葉に鏡達が絶句する。完二の言う通り、その可能性も考えられるのだ。
 だが、それだとあまりにもリスクが高すぎる。
 その上、テレビ局の内部に犯人が居るとなると、鏡達では手が出せない。

「警察の方では、この事に気付いていないのかな?」

 千枝の言葉に、鏡が一人だけその事に気付いている可能性のある人物を思い出す。
 鏡に話を聞きに来た“白鐘直斗”だ。その事を鏡は皆に説明する。

「警察に協力する少年探偵……ね」

 鏡の説明に陽介が意外そうな表情で話す。
 自分達のような能力は持っていないようだが、推理だけで鏡達と同じ考えに辿り着いているだけでも、彼の能力の高さが伺える。

「そういやアイツ、オレに対して“興味がある”って言ってたっスけど、オレが報道されたから、なんスかね?」

 おそらくはそうなのだろう。
 早紀は記憶を失っているため、鏡から事情を聞きに来たし、雪子については警察で情報を得ているだろう。
 ただ一人、事件に遭う前の完二に前もって接触してきた所をみると、直斗もテレビで報道される事を疑っていると見て良いと思う。

「だとしたら、警察には彼からテレビの事が伝わるかも知れないね」

「それに、犯人にはまだ辿り着けないけれど、皆は私や完二君、小西先輩を救ってくれた。大丈夫、私達なら犯人に辿り着けるよ」

 千枝の言葉を引き継いで、雪子がそう語る。
 取り敢えず、ニュースで誰かが話題になる事と雨の日のテレビのチェックを欠かさないように取り決める。
 今のところ出来る事と言えばそれだけだが、狙われる人物が早く特定出来れば、犯人に対して先回りが出来る確率が上がるのだ。

「っと、そろそろクマの所に完二の眼鏡を貰いに行くか」

 時計を見た陽介がそう切り出す。
 その言葉に完二が慌てて残りのビフテキを平らげる。
 完二が食べ終わってから、鏡達はクマに会いに向こう側へと移動する。

「あー……言われてみりゃ、居たような……クマだったのか……つーか、何で“クマ”?」

「知らん」

 クマをしげしげと見ながら話す完二に、陽介が即答する。

「クマも知らん。ずっと悩んでるの」

 そう話すクマの姿が完二の琴線に触れたのか、触っても良いかと訊ねるもクマに素気なく断られる。
 そんな二人のやりとりに、笑いを堪えきれない雪子に毒気を抜かれた完二が、雪子も攫われた事を確認する。
 その質問に答え辛そうにしている雪子に、完二はしつこく訊ね続けると雪子が抜き手を見せずに完二の頬を引っ叩く。

「あ、ごめん……スナップ効いちゃった……今度からは、もっと、優しくするから……」

 痛む頬を押さえて、雪子の言葉に何かを期待する完二達をみて、千枝が呆れ返っている。

「そうそう、カンジが仲間になった記念に、クマからこれをプレゼントするクマ!」

「お、これだな、例の眼鏡」

 そう言って、手渡された眼鏡を見て完二が首を傾げる。そんな完二に雪子は早く眼鏡を掛けるように促す。
 自身の眼鏡だけ、他のと違う事に釈然としない完二に雪子が更に促してくるので、完二は仕方なくその眼鏡を掛ける。

「に、似合う……うぷぷ……ぷぷ……あはははは!」

 それは、いつかの鼻眼鏡だった。
 鼻眼鏡姿の完二に雪子が笑いのツボに嵌り、お腹を抱えて笑い転げる。
 クマが説明するにはちゃんとした眼鏡があるのに、雪子がこれにしようと言って聞かなかったとか。
 その説明に完二はキレて鼻眼鏡を投げ捨てる。

「よこせオラっ!」

 そう言ってクマが持っていたもう片方の眼鏡を奪って掛けるも、それはまたしても鼻眼鏡だった。
 再び鼻眼鏡姿となった完二に雪子の笑いが更に酷くなる。

「スペアの方を奪われたクマ……カンジ、実は好きね、ソレ?」

 その言葉に、千枝も笑いを堪えきれなくなって笑い出す。
 完二は無言で鼻眼鏡を外すと、それを遠くへと投げ捨てる。
 ようやくクマから手渡された本来の眼鏡はグラサン仕様になっていて、完二にとても似合っていた。
 しかし、先ほどまでの事もあって皆に笑われた完二は、いつか仕返しをしてやると意気込む


 ひとしきり笑った後、鏡達は完二に戦闘を経験させるために再び大浴場へと向かう。
 完二のペルソナ“タケミカヅチ”は見た目の通り力強さに特化したペルソナで、物理的な火力は随一だ。
 今日の所は大体の感覚を掴む事が目的なので、少し戦闘をしてすぐに引き上げる。

「あれが“ペルソナ”……オレ達のペルソナは一つなのに、姐さんは幾つも使えるんスね」

 広場に戻ってきて、完二がそんな感想を述べる。

「そういや姉御は俺達と違って、最初からテレビに入れたし、ペルソナも最初っから使えてたよな」

「そう言えば鏡って、あまり裏表がありそうな性格じゃ無いよね」

 陽介の言葉を継いで千枝がそう話す。
 完二が『何か“コツ”でもあるんですか?』と訊ねるが、こればかりは鏡にも答えようがない。
 意図しているのではなく、最初から出来てしまっているので説明が出来ないのだ。
 その事を正直に説明すると、ペルソナはつくづく不可思議な存在だなと陽介が感慨深げに話す。


 確かに、よくよく考えると“ペルソナ”や“テレビに入る能力”など、解らない事だらけだ。
 解らないものでも、この事件を解決するためには必要な力なので、力を磨く事を疎かにするつもりはない。
 鏡達はクマに別れを告げると元の世界へと戻り、いつものように鏡は買い物、陽介はバイトへと向かう。
 雪子はバスで帰るので、途中まで帰り道が同じ千枝を完二が護衛する形で途中まで送って行く事となる。
 もっとも、千枝に護衛が必要かどうかは意見の分かれる所ではあるが。


 陽介から今日のお勧めを聞いた鏡は、その食材から今日の献立を考える。
 塩鮭がお勧めという事なので、今日の献立は塩鮭のロールキャベツに、ちくわとアスパラのピリ辛炒め。
 小松菜と油揚げの味噌汁だ。
 ロールキャベツはコンソメとトマト煮を使い、甘めのトマトスープ仕立てにして、ピリ辛炒めとバランスを取る事にする。


 必要な食材を購入して帰宅した鏡は、いつものように菜々子と一緒に調理を始める。
 鏡は菜々子と料理をする事を楽しみながら、ささやかな幸せを味わうのであった。




2011年05月10日 初投稿



[26454] 林間学校
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/05/14 17:33
――――いつの頃からか、本当の自分が見えなくなった

      演じる事は好きだけど、これは違うと声がする

        『これは本当の自分じゃない』って……

       だから私は、素顔の自分を捜そうと思ったんだ




 それは、千枝の一言が切っ掛けだった。

「ね、明日の林間学校の“飯ごう炊さん”だけど、“カレー”で良いよね? 人気ナンバーワンの国民食」

 食べかけの肉サンドを飲み込んで、千枝がそんな提案を出してくる。
 六月の中旬、一泊予定で林間学校といえば聞こえは良いが、“若者の心に郷土愛を育てる”という名目のゴミ拾いだそうだ。
 その事を聞いた陽介の落胆ぶりは相当なものだったのは記憶に新しい。

「ラーメンとカレーで迷ったんだけど、ラーメンじゃ、ちょっと浮くと思って」

 雪子の言葉に陽介が『ラーメンは無いだろ』と速攻で突っ込みを入れたが、それに関しては鏡も同意見だ。
 対してカレーは基本的に切った具材を煮込むだけなので、余程の事がない限り失敗しない定番メニューだ。

「でさ、今日の帰りに材料を買いに行かない?」

 鏡自身はいつものようにジュネスへ買い出しに寄り道しているので、千枝の提案に異存はない。
 陽介も今日はジュネスでの手伝いが無く、雪子も実家の手伝いは無いそうなので、千枝の提案に賛成する。

「カレーって、何入ってたっけ?」

「にんじん、じゃがいも、玉ねぎ……ピーマン、舞茸に……ふきのとう?」

「ふきのとう……と“ふき”って一緒?」

 千枝の質問に雪子が具材を挙げていくが、後半の具材は明らかにおかしい。

「ふきのとうは、ふきの花の“つぼみ”で、ふきは葉っぱの方。それと、ふきのとうはカレーに入れないから」

 二人のやりとりに軽い眩暈を覚えた鏡が訂正する。
 そもそも“ふきのとう”は山地でも四月頃までしか採れないので、すでに旬は過ぎている。
 鏡の説明に二人が感心するのとは対照的に、陽介の表情は曇っている。

「なあ、姉御。材料の買い出しん時は、この二人の手綱をしっかり握っていてくれよな?」

 懇願するように鏡に頼み込む陽介に対して、千枝と雪子が抗議する。
 とはいえ、見当違いの食材を挙げてきた時点で、陽介は二人の抗議を受け付けるつもりは毛頭無いようだ。
 鏡は陽介達を宥めると、具材にリクエストがあるかを確認する。
 陽介は真っ先に鏡に任せると言ってリクエストは無し。それよりも、二人がおかしな具材を使わないように見張ってくれとの事だ。
 千枝と雪子は実際の食材を見てから決めたいと、意見は保留だ。
 鏡としては、料理が苦手な千枝と雪子でも作れそうな材料にする方が良いだろうと、表情には出さずに具材をピックアップしていく。




――放課後

 ジュネスへと到着した早々、陽介は用事があるので先に食品売り場に向かってくれと言って、どこかに行ってしまった。
 仕方がないので、鏡達は食品売り場へと移動する。

「……ねー、千枝。カレーに片栗粉って使うよね?」

「……? そ、そりゃ、使うんじゃん?」

「使わないと、とろみつかないよね。じゃあ片栗粉と……小麦粉もいるかな」

 食材を前に、雪子と千枝の見当外れな会話が鏡の耳に聞こえてくる。
 その、あまりの見当違いぶりに鏡は溜息をつくと、二人の耳たぶを軽くつねる。

「二人とも、カレーのルーから作るなら小麦粉は使うけれど、トウガラシやキムチ、コショウは使わないから」

 鏡に耳たぶをつねられた二人が抗議をするよりも早く、一段階トーンを落とした声で鏡が二人に説明する。
 心なしか目が据わっていて、その様子に二人は息をのむ。

「それから、千枝……隠し味にコーヒー牛乳は駄目だからね?」

「あ、鏡、目が怖い……」

 鬼気迫る鏡の様子に、千枝の表情が青ざめる。
 鏡は二人に簡単な説明を交えながら材料を選んでいくも、鏡の様子にのまれた二人の頭に全く入らなかった。
 遅れて合流した陽介が見たのは、買い物を終わらせた鏡と疲れ果てた様子の千枝と雪子の姿だった。
 その様子に陽介は鏡に事情を聞こうかと思ったのだが、何やら普段と様子の違う鏡の姿に断念する事にする。
 触らぬ神に何てやらだ。


 飯ごう炊さん用の食材は、陽介が預かる事となった。
 鏡に言わせると、雪子と千枝がおかしな具材を紛れ込まさないためだとか。
 その言葉に陽介は二人が疲れ果てた様子でいる理由を垣間見て、材料を預かる事を引き受ける。
 鏡自身が今晩の食材を持っているのも快く引き受けた理由の一つだ。

「それじゃ、姉御、また明日な。里中と天城も今日の所は、ゆっくり休んだ方が良いぜ」

 陽介の言葉に千枝と雪子が力なく頷いてそれぞれ帰って行く。
 鏡も明日は不在になるため、今日と明日の分の食事を作っておく必要があるとの事で急いで帰っていった。

「さてと、それじゃ俺も帰るとするか。にしても、かなり買い込んでないか、これ?」

 預かった食材を見て、陽介がそんな感想を述べる。
 料理をしない陽介からすると量が多く見えるのだが、煮込み料理は目減りする分それほど多い訳ではない。
 良くは解らないが、鏡に任せておけば大丈夫だろうと、あっさり結論づけて陽介は食材を持って帰宅する。


 帰宅した鏡は菜々子と一緒に晩ご飯の支度と、明日の分のご飯の準備を進めていく。
 今晩の献立はカボチャのクリームシチューと野菜サラダ、鮭のムニエルだ。
 シチューはそのまま明日も食べることが出来るので、ハンバーグとポテトサラダを追加分として作っておく。
 ハンバーグは以前と同じように、具材を混ぜ合わせて冷蔵庫で寝かしておき明日、好きな大きさに作れるようにしておく。
 シチューとポテトサラダ用のじゃがいもを先に煮込み、その間に野菜サラダの準備を進める。


 二人で作業を分担しているため、効率よく作業が進む中、菜々子と今日の出来事について楽しそうに二人で語らう。
 茹で上がったじゃがいもをマッシャーで手早く潰し粗熱が取れたところで他の材料と混ぜ合わせていく。
 その作業を菜々子に任せている間に鏡は鮭のムニエルを作っていく。


 シチューが出来上がるタイミングでムニエルを完成させると器に盛りつけてちゃぶ台に並べていく。
 水気のある具材を入れるとポテトサラダが水っぽくなるので、それらの具材は入れずに冷蔵庫に入れて保存しておく。
 タイミング良く遼太郎も帰宅したため三人で食卓を囲み、鏡は遼太郎に明日の晩ご飯の準備が出来ている事を伝える。
 一日くらいなら総菜を買って来るなりしても良かったのにと遼太郎は言うが、鏡は家計簿的には作った方が良いからと言い切る。
 菜々子も鏡の影響か、最近では家計簿を鏡と一緒に付けるようになり、以前にも増してしっかりした様子を見せるようになった。




 林間学校は、八十神高校から徒歩で一時間もしない山中で行われる。
 名目とは異なり、その実態は山中のゴミ拾いのため、一部の生徒は体調不良という名のサボタージュで参加人数は少ない。
 そのため、一人辺りの作業が増える結果となり参加した生徒のやる気を削ぐという悪循環に陥っている。


 鏡は陽介と共に一年生の手伝いを行っていた。
 放置された古い切り株の除去が作業の内容なのだが、陽介以外は全て女子である。
 しかも、鏡と陽介以外は全て一年生なので、この作業を割り振った人物がいかに考え無しで決めたのかが窺い知れる。

「うぃース」

 どうやって切り株を除去しようか考えているところに、完二が通りかかった。
 完二の姿に一年生達が怯えた様子を見せ、完二を傷つけたがいつもの事だと完二は割り切った。
 陽介が完二に自身の作業はどうしたのかを訊ねたところ、他の一年が怯えてしまい作業にならないため抜け出してきたのだという。
 それならばと、鏡は完二に自分達の作業を手伝って欲しいと頼む。


 完二としては鏡の頼みを断る気は毛頭無いのだが、自分に怯える一年生を気に掛ける。
 心配する完二をよそに、鏡は大丈夫だからと笑って一年生達に話し掛ける。

「彼、見た感じは怖いけど、優しいから怖がらなくても大丈夫。早く作業を終わらせちゃいましょ」

 鏡の説明に完二が抗議をするが、顔を赤くして抗議する姿が一年生達の琴線に触れたらしい。
 ひそひそと『やだ、けっこう可愛くない?』などと完二に対する印象が変わっていく。
 それに対して完二が怒鳴ろうとするも、鏡に機先を制されてそれも上手く行かない。


 どうにも不利を悟った完二は諦めて鏡の指示に従って早く作業を終わらせようとする。
 ぶっきらぼうだが、一年の女子に対する気遣いを見せる完二に一年生達の好感度が上がっていく。
 完二は陽介と共に、てこの原理で地面から掘り出した切り株の邪魔になる部分を器用に切り落とすと、ロープで縛って運び易くする。

「これなら、オメえら全員で引っ張れば運べるから後は任せて大丈夫だよな?」

 完二の確認に一年生達がコクコクと頷いている。
 注意深く見れば、一部の子は顔を僅かに赤らめている。

「そんじゃ、姐さん。オレはそろそろ戻るっスね」

「うん、手伝ってくれてありがとう。あ、良かったら後で私達の班に来て。お礼に御馳走するから」

「ほんとっスか!? あざっス! この巽完二、必ず姐さんの所に行くっス!」

 完二はそう言うと、嬉しそうにその場を後にする。
 そんな完二の様子に一年生達は唖然とした表情を見せる。

「ね、結構可愛いところがあるでしょ?」

 鏡の言葉に一年生達は楽しそうに同意する。
 これまで他人を寄せ付けない雰囲気を纏っていたため、怖くて近づけなかったが、意外な一面を見た。
 ひょっとすると、普通に話し掛けても大丈夫なのかも? 一年生達はそんな事を考える。

「あ、彼は女子に慣れてないから、話し掛ける時は注意してね?」

 思い出したかのように一年生達に忠告する鏡の言葉に、一年生達は声を揃えて『はーい、解りましたぁ!』と返事を返す。
 切り株を所定の場所に運ぶためにその場を去った一年生達を見送った後で、陽介が呆れたように鏡に話し掛ける。

「姉御、流石にありゃ、やり過ぎじゃねえか? あの様子だと、完二の奴がおもちゃにされねえか?」

「それで彼が周りと関わりを持つようになれば、誤解も解けていくと思わない?」

 陽介の言葉に鏡がそう返す。
 確かに、完二は見た目で損をしている部分が多く、実際に接してみれば義理堅く良い奴だと言う事がよく解る。
 今回の事で完二が周りと馴染めるようになれば、それだけ完二に対する偏見は少なくなっていくだろう。
 もっとも、そんな事を完二に話そうものなら『余計なお世話だ!』と怒鳴られそうだが。


 作業を終え、夕食時になると鏡は千枝と雪子と共にカレーを作り始める。
 学校側が用意した米を雪子に研いでもらい、その間に鏡は千枝と一緒に材料を切っていく。
 千枝の包丁を持つ手つきが危なっかしいので、鏡はピーラーを手渡して、そちらで皮むきをして貰う事にする。
 包丁で器用に皮をむく鏡の手並みに感心する千枝も、ピーラーで面白いように皮がむける事で楽しそうにしている。

「鏡、お米はこれくらいで良いかな?」

 雪子が飯ごうを持ってきて鏡に確認を取る。中身を確認した鏡はOKを出すと水で溶いて泥状にしたクレンザーを飯ごうに塗りつける。
 その様子を不思議そうに見ている雪子達に、鏡はこうした方が後で洗うのが楽なのだと説明する。
 飯ごうを火に掛け出来上がりを待つ間にカレーの方も手際よく作っていく。
 途中、千枝が持参した肉を生のまま、煮込んでいる最中の鍋に入れようとしたため、鏡にたっぷりと絞られる一幕もあった。
 その肉は別に調理してカレーのトッピングにする事で対処したが、千枝の肉好きもここまで来たら筋金入りと言えよう。


 鏡に呼ばれた完二も出来上がる頃にやってきたので、蒸らした飯ごうからご飯をよそい、出来上がったカレーをかけていく。
 テーブルで待っている完二達の前にカレーを並べて鏡達もテーブルに着く。
 皆で『いただきます』と唱和してから食べ始める。
 薄く切って飴色になるまで火を通した玉ねぎの甘みなどが隠し味となって、辛さはあるが口当たりの良い出来となっている。
 それとは別にくし形に切った玉ねぎも入っており、かなり手が込んだ作りが陽介達には好評だった。

「昨日見た分じゃ、もっとあるかと思ったけど、そうでも無かったんだな」

「煮込んで溶けてしまった分もあるからね」

 陽介の感想に鏡がそう答える。
 最初に火を通す事によって、形が崩れないようにしたモノと煮込む過程でスープにするモノで味わいと食べ応えを両立させる。
 ちょっとした手間でここまで変わるのかと、千枝と雪子も驚いている。
 それなりの量は作ったのだが、食べ盛りの完二もいる事で残さず綺麗に食べ尽くす事が出来た。
 使った飯ごうなど、後片付けを済ませると男女別々のテントへと別れる。
 鏡は千枝と雪子と一緒に割り当てられたテントへと向かう。

「あ、鏡。お疲れ」

 割り当てられたテントには、先に来ていた同じテニス部の紫が鏡に声をかける。
 紫と初対面の千枝と雪子に鏡が紫を紹介する。

「鏡と同じテニス部の人なんだ。あたし、里中千枝。で、こっちが天城雪子ね」

「よろしく」

「こちらこそ、よろしく。噂の三人と一緒のテントで嬉しいよ」

 紫の言葉に鏡達が互いに顔を見合わせる。
 その様子に、紫は『知らないんだ?』と、鏡達が八十神高校でも最近、噂に上っている事を話す。
 鏡自身は転校初日にモロキンを言い負かした事で噂になり、千枝と雪子は以前から校内で人気があると噂になっていたらしい。
 千枝は雪子が人気のある事を知ってはいたが、まさか自分もそうだとは思ってなかったらしく激しく驚いている。
 雪子自身はそう言った噂話に感心が無かったので、それほどまでとは思ってなかったらしい。


 三人で一緒に居ることが多く、それぞれが方向性の違う綺麗どころと言う事で、本人達の知らない所で噂は広がっているそうだ。
 ある意味、寝耳に水だったので鏡達はその噂に驚いていた。
 あまりにも噂話に無頓着な鏡達に紫は多少は呆れるも、だからこそ噂になっているのだなと納得する。


 雪子はその容姿から男子生徒に人気が高く、千枝も活発さで雪子と男子の人気を二分している。
 鏡は雪子達ほどではないが男子生徒に人気があるも、下級生の女子からの人気が圧倒的に高いそうだ。
 その立ち居振る舞いから“格好良いお姉さま”というのが鏡の評価らしい。

「確かに、鏡って格好良いってイメージだよね」

 紫の説明に、千枝が納得する。鏡自身、自分が可愛いというタイプではない自覚があるので、苦笑気味だ。
 そんなやりとりもあってか、紫と千枝は割と早く意気投合して楽しそうに色々な話に花を咲かしている。
 千枝に引っ張られる形で雪子も話に混ざり、主に聞き手役で二人の話に相づちを打ったりしているが、本人は割と楽しそうだ。
 鏡は楽しそうに話す皆の様子に表情を綻ばせると、自身も会話に混ざるのであった。




 一方、その頃。
 陽介も割り当てられたテントへと到着していた。

「よう、花村。お前が一緒だったのか」

 そう言って陽介に声を掛けてきたのは陽介とは違った方向のイケメンでバスケ部の一条康( いちじょう こう )だ。

「花村が一緒だと、気を遣わなくて済むな」

 そう言ってきたのは一条の親友でサッカー部の長瀬大輔( ながせ だいすけ )。二人は八十神高校でも女子の人気が高い人物だ。

「へへ、俺もお前達が一緒なら気が楽でいいや」

 二人の言葉に陽介も嬉しそうに話す。
 陽介が稲羽市に越してきて最初に出来た男友達はこの二人で、一緒に遊びに行く仲だ。
 最近は事件の解決に力を注いでいるので、付き合いが減ってはいるが、この二人はそう言った小さな事を気にする性格ではない。
 一条は奥へと詰めると、陽介の座る場所を作ってそこに座るように促す。

「そう言えば花村。お前んトコの班、お前以外は全員が女子なんだって? 羨ましいよな」

 そう言って一条が陽介をからかってくる。
 言われてみて陽介も、客観的に見れば羨ましがられる組み合わせだなと気が付く。

「女だらけだと逆に気疲れしないか?」

「いや、姉御が居るからそう言ったのは無いな」

 長瀬の言葉に陽介がそう答える。千枝や雪子だけだったら、色々と身構えて気疲れをしてそうだが、不思議と鏡の存在でそれはない。
 落ち着いた雰囲気や向こう側でのリーダーシップで、自然と自分達を纏めているからかも知れない。
 陽介の『姉御』と言う言葉に一条達が首を傾げると、陽介が鏡の事だと説明する。

「ああ、転校生の神楽さんか。転校初日にモロキンを黙らせたんだって? 確かに、姉御は言い得てるかもな」

 陽介の説明に一条が感心したように頷く。
 一条と長瀬は鏡と面識がないので、どのような人物か噂でしか聞いた事が無く、遠目から見た印象でしか鏡の事を知らない。
 そのせいか、二人の鏡に対するイメージは男勝りで気が強い人物像になっている。

「にしても、本当に羨ましいな。お前、里中さん達の手料理を食えたんだろ? 俺達なんてヤロー共で作った大味なカレーだぜ」

 一条が心底、羨ましいと言った様子で陽介に話し掛ける。
 そればかりか旅館の一人娘である雪子も一緒なのだ。よほどと良い物を食えたんだろうと、一条は陽介に詰め寄る。

「いや、悪いんだけど里中と天城は料理が出来ないぜ。ありゃ、ほとんど全部が姉御の手料理だ」

 そう言って、陽介が一条に鏡が普段から家事をこなしている事を説明する。
 その説明に一条達は意外そうな表情を見せる。


 そんな事を話していると、完二が陽介達のテントに訪れた。
 何でも、一年のテントは自分が居る事でお通夜みたいに静まりかえっているため、居心地が悪いのだという。
 そのままサボって帰ろうかとも思ったが、出席日数の関係でそれも出来ないそうだ。
 仕方がないので、陽介の居るテントに来たと完二が説明すると、一条達は構わないと快く完二を迎えてくれた。


 噂と違う完二の様子に驚きはしたが、一条達もそれぞれ抱えている問題があり、他人事のように思えなかったのだ。
 実際に話してみると、完二は上下の関係に義理堅くちゃんと付き合えば、それに応じた態度を取る。
 意外な事に女子が苦手らしく、同じ女子が苦手な長瀬とは妙に馬があったようだ。


 陽介が今日の出来事を二人に話すと、完二が慌てて陽介を止めようとするが、一条がそんな完二を素直に褒める。
 長瀬も同じく完二の行動は褒められて良いもので、恥じる必要は無いと話す。
 そんな二人の言葉に、完二もすんなりと二人に打ち解ける事が出来た。
 鏡達と知り合ってからというもの、自分の周りが変わってきている事を、完二は実感せずにはいられなかった。



――翌日

 午前中で現地解散となり、紫や一条、長瀬が先に帰った中、陽介に連れられ鏡達は滝の見下ろせる場所まで連れられてきた。
 他には誰も来てないらしく滝が流れ落ちる音しか聞こえてこない。

「取り敢えず、泳がねえか?」

 陽介の言葉に鏡達が驚く。完二は怠いからと、速攻で断る。
 千枝も水着を持ってきていないから無理だと断るが、陽介が嬉しそうに隠し持っていた水着を取り出す。
 それも何故か三着も。
 あまりの用意周到さに千枝と雪子が唖然とする中でただ一人、鏡が陽介に冷静に突っ込む。

「……陽介、水着のサイズってどうやって調べたのかな?」

「そりゃ、知り合いの店員に頼んで調べて貰っ……あ」

 鏡の質問に答えた陽介が自身の失言に気付いて顔色を変える。
 その様子から、鏡達はどうやって陽介が自分達の水着のサイズを調べたのかを理解する。
 一週間ほど前に、陽介の頼みで水着についてのアンケートをジュネスで書かされたのだが、どうやらそれらしい。
 アンケートにあったスリーサイズの記入欄に違和感を覚えたが、相手が女性の店員だったのでそのまま書き込んでしまった。
 まさか、自分達のサイズを調べるためだけにそこまでするとは流石に思わないだろう。

「は・な・む・ら……言い残す事は何かある?」

 完全に据わった目で千枝が陽介に話し掛ける。じりじりと間合いを詰める様子に陽介の背中に冷や汗が流れる。
 雪子も平坦な声で『山の水はまだ冷たいだろうな……』と助けるつもりは毛頭無いようだ。
 自分を突き落とそうとする千枝達に、陽介は唯一の助けになりそうな鏡に視線を向ける。

「ね、陽介。因果応報、悪因悪果って言葉、知ってる?」

 鏡はにっこり笑って陽介にそう話すが、目が全く笑っていない。完二も鏡達の雰囲気に呑まれているようで、助けは期待できない。
 陽介は即座に三人に平謝りをして許しを請うも、三人は意地の悪い笑みを浮かべて陽介を突き落とそうと距離を詰める。

「なんてね」

 これまでかと陽介が諦め目を閉じたところで、そんな声が聞こえてくる。
 おそるおそる目を開けると、鏡達は陽介から少し離れた場所で呆れた様子を見せていた。

「全く、その行動力をもっと別な事に使いなさいよねっ」

 そんな千枝の言葉に鏡と雪子が頷いている。
 今の時期はまだ水が冷たいので、水遊びは真夏になってからが良いだろうと雪子が話す。
 鏡も、どうせなら菜々子と一緒の方が良いのでまたの機会にしてくれるようにと言う。
 その言葉に陽介も、菜々子を仲間外れにするのは確かに問題だと思い、今回は諦める事にする。


 とはいえ、せっかく用意した水着なのでと鏡達に用意した水着を手渡す。
 それらの水着は、アンケートに答えた結果の物らしく、それぞれの好みに合ったものだった。
 くれるという事なので、一緒に水遊びに行く事を約束に鏡達は受け取る事にした。

「いやー、その水着を着てくれるのが今から楽しみだ!」

「陽介、それ微妙にセクハラだから」

 嬉しそうに話す陽介に、鏡が間髪入れずに指摘する。
 千枝達も陽介に対して心底呆れた様子で白い緯線を向けてくる。

「俺が悪かった! だから、そんな可愛そうな動物を見るような目で俺を見ないでくれ!」

 居たたまれなくなった陽介が鏡達に懇願する。
 こんな事なら里中に蹴られる方が遙かにマシだ、陽介はそう思い鏡達に全面降伏する。
 そんな陽介の様子に、完二は鏡達に逆らわない方が良いと痛感する。




 陽介達と別れて丸久豆腐店に買い出しに寄ろうとした鏡は途中まで完二と一緒に商店街を目指す。
 道すがら、鏡は完二に今回の林間学校での感想を聞いてみた。
 完二は鏡に、これまでと違って自分の周りが変わってきているようだと、感じたままを答える。
 昨日、作業を終えて鏡達と別れた後に女子生徒達からお礼を言われた事。
 陽介のテントに逃げ込んだ際に知り合った、一条と長瀬が気さくに接してくれた事。

「長瀬先輩もオレと同じように女が苦手だそうで、ついつい話しこんじまったっスよ」

 そう話す完二の表情は明るく、嬉しそうだ。

「これも全部、姐さんのおかげっス。ほんと、感謝しても仕切れねえっス!」

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


 汝、“皇帝”のペルソナを生み出せし時

  我ら、更なる力の祝福を与えん……

 完二との間に芽生えた絆が、鏡の心に力を与える。
 鏡は完二のお礼に、自分の力でなく完二自身の行動の結果なのだからお礼は要らないよと話す。
 その言葉に完二は『器のデカイ人だ』と鏡が謙遜しているのだと思い込む。
 完二にそのように思われているとはつゆ知らず、鏡は丸久豆腐店の前で完二と別れると、店内へと入る。

「……いらっしゃい」

 そう言って鏡を出迎えたのは、年若い少女だった。
 年の頃は鏡の一つ下くらいだろうか?
 その少女は鏡をまじまじと見つめている。

「えっと、シズおばあちゃんは?」

 見慣れない少女に戸惑いつつも鏡は少女に訊ねる。
 少女の話では、奥で明日の仕込みの準備をしているそうだ。

「あら、鏡ちゃん、いらっしゃい」

 店の奥からシズが戻ってきて鏡に声を掛ける。
 不思議そうにしている鏡に、シズが少女の事を紹介する。

「そう言えば、鏡ちゃんは初対面だったよね。この子は私の孫の“りせ”だよ。りせ、この子が話していた鏡ちゃんだよ」

「初めまして、“久慈川りせ”です」

 自己紹介するりせに鏡も自己紹介を済ませると、シズに『可愛いお孫さんですね』と思ったことを話す。
 そんな鏡を怪訝な表情のりせが見つめている。
 その様子に鏡が不思議そうな表情を見せると、りせは『やっぱり、テレビの私と雰囲気が違うのね』と自嘲的に呟く。


 りせの言葉に対して首を傾げる鏡に、シズが孫娘のりせがテレビタレントの“久慈川りせ”であると話す。
 その説明で、先ほどのりせの言葉の意味が解った鏡は申し訳なさそうにりせに謝る。

「いいよ、別に。テレビに出ている私は本当の私じゃないから……」

「ううん、そうじゃ無くて、私はテレビをあまり見ないから、タレントとかよく知らないの」

「……えっ!?」

 鏡の言葉にりせは驚いた表情を見せる。
 テレビで演じている自分と違うから気付かなかったと思っていたが、目の前の人物はアイドル“久慈川りせ”を知らないという。
 つまり、先ほどの褒め言葉はアイドル“久慈川りせ”に対するお世辞ではなく、ただの“りせ”への褒め言葉という事になる。
 その事実に気付いたりせは先ほどまでとは違って、嬉しそうな表情で鏡の事を見つめている。

「その制服、八十神高校のですよね?」

「そうだけど、りせちゃんも?」

「はいっ! 今度、一年に編入するんです。よろしくお願いしますね、先輩!」

 りせは鏡にそう言うと、花が咲いたような笑みを浮かべる。
 鏡もりせに微笑み返すと、木綿豆腐とがんもどきを購入して丸久豆腐店を後にする。

「お姉ちゃん、おかえりなさい!」

 鏡が帰宅すると、菜々子が嬉しそうに駆け寄ってくる。

「ただいま、菜々子ちゃん。何か変わった事は無かった?」

 鏡の質問に菜々子は変わった事は特にはないが、鏡がいなくてつまんなかったと答える。
 そんな菜々子の頭を優しく撫でていつものように菜々子と晩ご飯の準備をする。
 今日の献立は、林間学校の行く前に作ったシチューの残りと木綿豆腐の豆腐ステーキにがんもどきの餡かけだ。


 鏡は菜々子にも餡かけ用の餡を作れるように、作り方を教える。
 餡にとろみを付けるため片栗粉をそのまま使うのではなく、水溶き片栗粉を先に作る。
 水で溶いた片栗粉の不思議な触感に、菜々子は楽しそうにしている。
 料理が出来上がる頃には遼太郎も帰宅して、三人で晩ご飯を食べる。


 食事を摂り終え食器を片付けてから菜々子とお風呂に入る。
 鏡は菜々子に、明日の日曜日に一緒にジュネスへ買い物に行こうと誘うと、菜々子は嬉しそうに承諾する。


 お風呂から上がった菜々子は遼太郎に明日、鏡と一緒にジュネスに買い物に行く事を嬉しそうに話す。
 鏡は遼太郎に何か買ってくるものが無いか訊ねるが、特に欲しいものが無いので鏡に任せるそうだ。
 ただ、自分の買い物は無いが菜々子に夏服を見繕ってくれと言って、遼太郎は鏡に買い物の代金を渡す。
 代金を受け取った鏡は、後で千枝達にメールで都合が合いそうなら、一緒に菜々子の夏服を見繕って貰おうと考える。


 菜々子を寝かし付け、自室へと戻った鏡は千枝と雪子にメールを送る。
 暫くしてからメールの返信が届き、二人とも予定が空いているので大丈夫との事。
 鏡は再度、メールで待ち合わせの時間を連絡して二人からの確認を得た後に就寝する。




 翌日になって鏡が居間に降りてくると、出掛ける準備を済ました菜々子が鏡を待っていた。

「お姉ちゃん、早くジュネスに行こう!」

 菜々子は待ちきれない様子で鏡に話し掛けてくる。
 そんな菜々子の様子に鏡は微笑ましさを感じると菜々子と手を繋いでジュネスへと向かう。

「鏡、菜々子ちゃん、おーっす!」

 二人がジュネスに到着すると、先に来ていた千枝が二人に気付いて声を掛けてくる。

「千枝お姉ちゃん、おはよう!」

「おはよう、千枝。雪子は?」

「次のバスで来るはずだよ」

 鏡が千枝と話していると、バスが到着して雪子がバスから降りてくる。

「おはよう、みんな。菜々子ちゃん、久しぶり」

「雪子お姉ちゃん、おはよう!」

 バスから降りてきた雪子がそう言って菜々子の頭を撫でる。
 菜々子はくすぐったそうにしているが嫌がる素振りを見せず、むしろ嬉しそうだ。
 鏡達はジュネスへと移動する中、菜々子の夏服に付いてどんなのが良いのか話し合う。
 実際の所は、菜々子の希望と売られている商品を見てからだが、どんな服が菜々子に似合うかを話すだけでも三人は楽しそうだ。

「あれ、姉御達じゃねーか。っと、菜々子ちゃんも一緒なのか」

 手押し車に荷物を載せて運んでいた陽介が、鏡達に気付いて声を掛ける。
 珍しい組み合わせだなと話す陽介に、今日は菜々子の夏服を買いに来たのだと説明する。

「菜々子ちゃんの服か。それなら確か、今日から子供服の専門店で新作の発売だったはずだから、行ってみたらどうだ?」

 陽介の勧めもあって、鏡達は子供服の専門店へと向かう。
 そこには、可愛らしいデザインの物から少し背伸びしたデザインの物と豊富な種類の服が売られていた。
 しっかりとした作りと凝ったデザインの割には、手頃な値段設定がされている。
 何でも、“手頃な価格で子供達にもお洒落を”がこの店のモットーなのだとか。


 鏡達は菜々子の希望を聞いてみるも、菜々子自身がこれだけ豊富な種類の服をみた事が無くよく解らないそうだ。
 そのため、鏡達は気軽に着られる普段着用と、ちょっとしたお出かけ用の服を選ぶ事にする。
 鏡は自分達、素人だけの考えよりもプロの意見も参考にしようと、店員を捉まえてアドバイスを貰う事にする。
 年の頃は二十代前半の、気さくな感じがする店員を捉まえた鏡達は事情を説明すると、店員は快く引き受けてくれた。


 店員は、菜々子から好きな色や動きやすい方が好みかを聞くと、何点かの服を見繕って鏡達からも意見を聞く。
 その中から鏡達三人が数点の服を選び、菜々子に選んで貰う。
 菜々子自身、服を選ぶという経験が少ないようで戸惑いを見せたので、実際に試着してみる事にする。


 そうして選んだ服は、動きやすいワンピースだが、胸元にフリルが着いていて可愛らしさを備えた物。
 スカート部分が緩やかなフリルになっており、同系色のベストが立体的なシルエットを作るお洒落な物。
 これら二点の服を購入する事にした。その際に、店員がサービスだと両方の服に合うコサージュを付けてくれた。
 淡い色合いのコサージュは、両方の服に自然と馴染む出来映えでそれでいてアクセントが効いている。


 その分の費用も出すと申し出るも、それならば今後ともご贔屓にと言って断られてしまった。
 そういう事ならと、素直に受け取る事にして店員にお礼を述べる。
 菜々子もその事でお礼を言うと、その姿が琴線に触れたのか、店員が嬉しそうに菜々子の頭を撫でてくれた。


 店を後にする際に店員から名刺をもらった鏡が、内容を確認して驚く。
 気さくな感じがして他の店員と変わらないように見えたのだが、この店の店長だったのだ。
 驚く鏡達を見てカラカラと笑ったその女性は、堅苦しいのが嫌いだからと鏡達に説明する。

「買い物でなくても顔を見せに来て頂戴ね」

 そう言って、鏡達は見送られて店を後にする。
 菜々子の服を買い終えてフードコートで昼食を摂った鏡達は先ほどの店でのやりとりで話に花を咲かす。
 よもや自分達が捉まえた相手が店長だとは思ってもなかったので、本当に驚いた。


 昼食を終えてジュネスの店内を見て回る間、菜々子は終始ご機嫌だった。
 その様子に鏡達の表情も綻び、見ていて嬉しくなる。
 いつもならタイムセールを狙って買い物をするのだが、今回は菜々子の新しい服がある。
 そのため、今日は早めに買い物を済ませる事にして夕方になる前に千枝達と別れる事にする。

「それじゃ、鏡。あたし達はもうちょっとジュネスを見てから帰るね」

「また明日、学校でね」

「二人とも、今日はありがとう」

「千枝お姉ちゃん、雪子お姉ちゃん、バイバイ」

 二人と別れて菜々子と帰宅した鏡は、菜々子に買ってきた服を部屋へと持って行かせてから晩ご飯の準備に取り掛かる。
 今日の献立は叉焼を使った酢豚に炒飯、エビチリだ。
 昨日に続き、今日も遼太郎が定時上がりだったので、テレビのワイドショー番組を見ながら晩ご飯を食べる。

『……以上、当プロ“久慈川りせ”休業に関します、本人よりのコメントでした』

 番組では、先日知り合ったりせの休業に関する報道が流れていた。
 テレビに映るりせの表情は先日あった時とは違い、どことなく疲れた感じを見せている。

『休業後は親族の家で静養との噂ですが、確か稲羽市ですよね、山野アナが殺害された!』

 芸能記者の質問にりせが戸惑った様子を見せている。
 そんなりせをよそに、芸能記者は質問を浴びせ続けた。

『えー、以上で記者会見を終わります! はい、道開けてください!』

 あまりにも無遠慮な質問に、所属事務所の代表が会見を打ち切る。

「りせちゃん、テレビやめちゃうの?」

 心配そうに菜々子が聞いてくる。
 それについて遼太郎は答えようがないが、面倒な野次馬が増えそうだと憂鬱そうに話す。

「久慈川りせ……か。何も無いのが取り柄だったような田舎町が、今年はエラく騒がしいな……」

 そう話す遼太郎の表情は、何か気に掛かる事があるように鏡には見えた。




2011年05月14日 初投稿



[26454] 虚構と偶像
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/05/26 16:13
――――それは、ほんの気まぐれだった

          知り合いから聞いた噂話……

        雨の日の真夜中に映る、不思議な映像

   そこに、自分でない自分が映るとは思わなかったけど




 りせの記者会見が報道された翌日。
 稲羽警察署では異例の通達が行われていた。

「中央通り商店街の交通整理、ですか?」

「マスコミが久慈川りせの個人情報をバラしたおかげで、昨日の夜中から違法駐車をするバカ共が出ているらしい」

 困惑気味に訊ねる足立に、遼太郎が呆れたように説明する。
 今のところは深刻な問題にまでは発展してはいないが、近日中には問題になるだろうと見ている。

「確かに、あの辺は道幅に余裕がないし、駐車場もありませんよね」

「そう言う事だ。交通課も人が足りている訳じゃないからな」

 稲羽署は規模が小さいため、慢性的な人手不足に悩まされている。
 山野真由美の事件もあり、どこも余裕がない状態だ。
 ここに来て、現役アイドルを見に来る野次馬に対応しないとならないため、人の手が確実に足りなくなってくる。
 問題ばかりが増える一方で、遼太郎達の気苦労は絶えない。

「それにな……この間、白鐘の奴が気になる事を言っていたしな」

「直斗君がですか?」

 以前、鏡に話を聞きに来た直斗を送る途中、直斗は遼太郎にある共通点を指摘した。
 それは、山野真由美の事件から続く奇妙な共通点だ。

 小西早紀、天城雪子、巽完二。

 最初の二人は山野真由美の事件の関係者としての面が注目されたが、完二についてはその限りではない。
 しかし、失踪直前に全員がマスコミによって報道されていたという共通点を直斗は遼太郎に指摘した。
 犯人は山野真由美の事件関係者だから狙ったのではなく、マスコミに報道されたから狙ったのだとしたら?
 それが事実なら、捜査の前提条件から変わってくる。

「それって、被害者の周辺を捜査しても犯人に繋がる手掛かりが掴めないって事ですか!?」

「そう言う事だ。もっとも、上の方はその事を認めたくないようだがな」

 直斗の指摘を認めようとしない思惑を思い、遼太郎がウンザリした様子で足立に答える。
 上の連中が直斗の意見を認めようとしない理由。
 それは、子供に指摘された事が正しかったと認める事による面子の心配だ。
 下らない事だと遼太郎は思う。


 事件を早期に解決したいのなら、面子を気にしている場合では無いというのに。
 直斗も直斗で馬鹿正直に意見を述べるために、上の方からは煙たがられるという悪循環だ。
 もっとも、子供である直斗にその辺を考慮しろと言う方が無理な相談だ。
 警察側が大人の対応をすれば良いのだが、どちらも子供じみているとしか言いようがない。

「確かに、直斗君も意固地になっている所がありますからねぇ……子供だから仕方がないのかも知れませんが」

 遼太郎の説明に、足立が納得した様子でそう話す。

「そのくせ、困ったときだけ泣きつくんだから、白鐘からしたら一言でも言いたくなるだろうよ」

 人の事は言えないが、不器用な生き方しかできない直斗の事が気に掛かる。
 鏡と同じ年頃なのかも知れないが、あの年であんな生き方をしていたら、いつか壊れてしまうのではないか?
 そんな心配に遼太郎は駆られる。

(それに、白鐘が最後に言った言葉が気に掛かる……)

 遼太郎は足立には話さなかった直斗の一言を思い出す。
 自宅まで送っていく車内で直斗が遼太郎に話した気がかりな内容。

『神楽さんは僕と同じく事件の被害者は皆、失踪前にテレビで報道されていると言う共通点に気付いていると思いますよ』

 直斗は鏡の事を、油断のならない人物だと遼太郎に話した。
 気のせいだと思いたいが、これまでに失踪した人物全てに鏡は関わりがある。
 事件に関与する理由も動機も無いので、偶然だと思うが刑事という職業柄、偶然という要素は排除していかなければならない。
 そうして考えると、遼太郎の刑事の勘が違和感を訴えてくる。

(全く、刑事というのは因果な商売だな。世話になっている鏡を疑わないとならないなんてな……)

 刑事という仕事に誇りを持ってはいるが、身内にも疑惑の目を向けなければならない事に僅かばかりのやりきれなさを感じる。
 遼太郎は、自身の取り越し苦労で済めばいいと願わずには居られなかった。




 何やら学校中が騒がしい。
 クラスメイト達がそわそわしている様子に、登校してきた鏡は内心で首を傾げていた。

「そう言えば、鏡は昨日のニュースは見た? "久慈川りせ・電撃休業"ってやつ」

 先に登校して陽介達と話していた千枝が鏡に訊ねてくる。
 どうやら人気が急上昇している最中での休業宣言に、疑問を感じているようだ。
 千枝の疑問に陽介が『アイドルは色々と大変なんだろうよ』と答えるが、微妙に普段と様子が違う。
 どうやら陽介はりせのファンらしく、それが微妙な態度になって現れているようだ。

「けど、昨日のニュースでりせちゃんの個人情報が暴露されたから、犯人に狙われる可能性があると思うよ」

「姉御、りせは別に昨日今日テレビに出た訳じゃないじゃん。考えすぎなんじゃねーの?」

 鏡の言葉に陽介がそう答えるが、これまでの状況から可能性が高い事を指摘する。
 そもそも、山野真由美も昨日今日テレビに出た訳ではないのだ。
 報道された事が犯行の動機だとしたら、無視する事は出来ない。
 取り敢えずは、雨の日にテレビを確認してりせが映るかどうかを確認するより他がない。
 誰も映らない事が一番なのだが、犯人が捕まっていない以上は安心は出来ない。

 鏡は、帰りにでもりせの様子を見に行った方が良いのかも知れないと内心で思った。
 りせの事を陽介達に話そうかとも思ったが、まだ犯人に狙われたとは限らない。
 先日のニュースで見た疲れた表情のりせの姿も、陽介達に話す事を躊躇わせた理由なのかも知れない。
 テレビで見た疲れた様子のりせと、先日の明るい様子のりせ。どちらも同じ"りせ"なのに、雰囲気が正反対だ。
 その事が、鏡の心に気掛かりとして残された。




 いつものようにジュネスへと買い物に来た鏡は、店の前で見知った人の姿を見付けた。
 その人物は周りに対して気を配っているような様子で、見ようによっては不審者のようにも見える。

「こんにちは、りせちゃんも買い物?」

 鏡の声に、その人物は目に見えて驚いてみせる。
 不審者のような様子を見せていたりせは、声を掛けてきた相手が鏡だと知って、安堵の表情を浮かべる。

「先輩じゃないですか、驚いて損しちゃった」

 そう言ったりせは先ほどとは違い、リラックスした様子で鏡に話し掛ける。
 そんなりせに、鏡は先ほどのりせの様子が不審者のようだった事を指摘する。
 鏡の指摘にりせは軽くショックを受けたようだが、すぐに気を取り直すとジュネスを見に来た事を鏡に話す。

「何か、久しぶりに帰ってきたら商店街が寂しくなってて、皆がジュネスのせいだって噂してたから、気になって来たんです」

 そう言って、りせは悪戯が見つかった子供のような仕草を見せる。
 その仕草が年相応の可愛らしいものに見えたので、鏡は表情を綻ばす。

「先輩こそ、ジュネスにお買い物ですか?」

 りせの質問に鏡は、晩ご飯の食材を買いによく来ている事を説明すると、りせが尊敬の眼差しを向けてくる。
 その様子が千枝や雪子が見せた様子に似ていたので料理が苦手なのかと訊ねてみる。
 鏡の質問にりせは、苦手じゃないが辛い味付けが好みなので、何でも辛くしてしまうと正直に答える。

「好みは仕方がないけれど、何でも辛くしたんじゃ食材の味を殺しちゃうよ?」

 そう言って、鏡は豆腐料理を例えに辛さしか味を感じないのなら、違う種類の豆腐をちゃんと味わえるか訊ねる。
 鏡の質問にりせは、辛さが勝ると豆腐の微妙な味の違いは確かに分からなくなると納得する。

「先輩って不思議。私のおばあちゃんと同じように、豆腐で例え話をしてくれるなんて」

 そう言って、りせは祖母に言われた言葉を思い出す。
 その言葉に鏡は『そうなんだ?』と答えるだけで、何と言われたのか詮索してくる様子もない。
 そんな所も祖母に似ていて、りせは鏡に対して親近感が沸いてきた。

「ね、先輩。昨日、私の休業のニュースは見た?」

 りせの唐突な質問に鏡は頷く。

「先輩もおばあちゃんと同じで、詮索しないんだね。どうして?」

「気にはなるけど、りせちゃんのプライベートだからね。私に聞いて欲しいのなら聞くけれど、無理に訊ねる気はないよ」

 その言葉にりせは驚いた表情を見せると、それはすぐに嬉しそうな表情へと変わる。

「先輩、お買い物に私も一緒に行っても良いですか?」

 突然の申し出に驚くも、断る理由も無いので鏡はりせと一緒に買い物に行く事にする。
 鏡からの許可を貰ったりせは喜んで、鏡の腕に自分の腕を絡めて甘えたような仕草を見せる。
 りせの行動に鏡は驚くも、嬉しそうな様子にりせの好きにさせておく。
 嫌がる素振りを見せない鏡に、りせは少し残念そうな表情を見せる。

「ちょっと残念。先輩が男の子だったら絶対、私が恋人に立候補したんだけどなぁ」

 りせの言葉に鏡は、自分が男の子でりせと恋人同士になっていた可能性の世界があるかも知れないねと、笑って答える。
 その言葉に不思議そうな表情を見せるりせに、鏡は"平行世界"という概念を説明する。

「あ、それ知ってる。漫画とかで見たけど、そうか……私が先輩の彼女になっている世界もあるかも知れないんだね」

 りせは嬉しそうに話すと、買い物が終わるまで終始上機嫌で楽しそうに過ごしていた。
 鏡はりせと一緒に買い物を済ませると、そのまま家まで送る事にした。

「先輩は事情が違うけれど、他の人は誰も私の事に気付かなかったな……」

 帰る道すがら、りせがそんな事を呟く。

「テレビの中の私は作られた私だから、本当の私には誰も気付いてくれない」

「直接の関わりが無ければ、他の人の事には感心が無いのかも知れないね」

 寂しそうに話すりせに鏡がそう答える。
 その言葉にりせは「そうかも知れないね」と呟くと、鏡の腕を取る。

「先輩はアイドルの私を知らないから、きっと先輩の目に映る私は、本当の私なんだと思う」

 りせは不安な様子で鏡に訊ねる。自分の姿が鏡の目にはどう映っているのかを。

「私には、今のりせちゃんが寂しい思いを我慢している女の子に見えるよ」

 鏡の言葉にりせは、今の自分が寂しいと感じているのかと他人事のように感じられた。
 事務所の言う通りに自分を作り、虚構で塗り固められた偶像の自分。
 いつの頃からか、自分自身までを欺き続けて、どれが本当の自分なのか分からなくなった。


 隣を歩くアイドルの自分を知らない彼女()には、本当の自分の姿しか映らないだろう。
 今のりせに一番欲しかった存在。鏡との出会いはりせにとって得難い出会いとなった。

「私、先輩と出会えて良かった」

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、"恋愛"のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 いつもの声が鏡の脳裏に響く。
 鏡はりせの言葉に、自分もりせと友達になれて嬉しいと伝える。
 その言葉にりせは驚いた表情を見せると、同世代の友達が出来た事が嬉しいと話す。
 何でも、芸能界には同世代の友達よりも遙かに年上の知り合いの方が多いのだそうだ。

「それじゃ、先輩。送ってくれてありがとう。今度はお豆腐を買いに来てくださいね」

 丸久豆腐店に到着すると、りせがそうお礼を述べて店の中へと入っていく。
 りせと別れた鏡はそのまま堂島家へと帰宅する。
 嬉しそうに鏡を出迎えてくれる菜々子を見て、りせの事をもう一人の妹のように思っていた事に気付く。
 機会があれば、菜々子をりせと引き合わせてあげたいと、鏡は漠然と考えた。




――翌日

 一日中、天気予報の通り雨になったため、陽介達と話し合いテレビの確認を行う事にする。
 テレビに映し出された人影は、水着を着たりせのように見える。
 これまでとは違い、膝に手を当て前屈みな姿勢で何故か胸や太ももばかりが映し出されている。
 画面が消えると同時に、携帯電話の着信音が鳴り、鏡は通話ボタンを押して電話に出る。

「もしもし姉御! 今の見たか!? 今のどう見ても"久慈川りせ"だろ!」

 興奮気味に話す陽介を落ち着かせて、鏡もそう見えた事を伝える。
 同意する鏡の言葉に陽介は、明日"丸久豆腐店"に様子を見に行こうと提案する。


 朝から学校ではりせの噂で持ち切りになっていた。
 放課後になって、鏡達の教室に来た完二を交えてこれからの事を話し合う。

「丸久さん、すごい人だかりだって」

 天城屋旅館に勤めている従業員から聞いた話として雪子がそう話す。
 その言葉に、先日映った人物が本当にりせなのか半信半疑な千枝が疑問を述べる。

「間違いねえって!」

 陽介はそう言うと、テレビに映った人物の体つきを根拠に力説する。

「……なんで、あたし見んのよ」

 力説しながら千枝を上から下まで見た陽介に千枝が不機嫌そうに話す。
 千枝の指摘に慌てた陽介が、唐突に完二に同意を求める。
 もっとも、完二は芸能人とかには興味が無いようで、鏡達がりせに会いに行くのなら暇だから着いていくと気乗りしない様子だ。
 千枝と雪子は用事があるため、何かあったら携帯電話に連絡するように頼んで帰宅する。

「じゃ、俺らも行くか。言っとっけど、俺らは野次馬じゃなくて捜査だ、捜査」

 どこか言い訳じみた様子で陽介が力説する。
 大義名分を掲げる陽介に多少呆れながらも、りせの事が気になるので特に何も言わずに移動する事にする。





 商店街は普段の様子とは違い、車の行き来が多く人も多い。
 丸久豆腐店の前には、りせを一目見ようと集まった野次馬達が人垣を作っている。
 その場に車で乗り入れようとする者が居るせいか、丸久豆腐店の前では誘導棒を手に交通整理をする足立の姿があった。

「足立さん、交通課の応援ですか?」

「鏡ちゃんか。いやぁ……野次馬が次々車で押しかけて、商店街の真ん中で止まろうとするからさぁ。人手不足で駆り出されちゃって……」

 鏡にそう答えた足立は疲れ果てた様子だ。
 何でも交代しているとは言え、朝からずっとらしく流石に疲れているようだ。
 そんな足立に鏡は労いの言葉を掛ける。

「はい、失礼、ちょっと道空けて……おーい、足立!」

 そう言って、人垣から遼太郎が外へと出てくる。

「誘導の方はどうなった……って、鏡か? こんな所で何してる」

 鏡達に気付いた遼太郎が探るような視線を向けてくる。

「今日のおかずに豆腐を買いに来たのですけれど、凄い人だかりですね」

「あぁ、そうか。家で食ってる豆腐はこの店のだったな……また、間の悪い時に買いに来たもんだな」

 鏡の答えに、遼太郎が呆れたように話す。

「見ての通り、こんな状況だ。面倒事に巻き込まれないよう気をつけるんだぞ?」

 鏡は遼太郎の忠告に素直に頷くと、今日は定時で上がれるのかを確認する。
 遼太郎は少し遅くなるかも知れないので、その時には連絡を入れると答え、足立と共に交代のため引き上げていった。
 鏡達は遼太郎達が引き上げた後で、どうやって人垣を抜けて店内に移動するかを考える。

「んだよ、婆さんだけで"りせちー"居ねえじゃん……」

 人垣の中の誰が言ったのか、その言葉を切っ掛けに野次馬達がそれぞれ帰って行く。
 野次馬達が居なくなったところで、あからさまに陽介が落胆する。

「陽介、目的を間違えてない? 人垣も無くなったし、行くよ」

 呆れた様子で鏡はそう言うと、店内へと移動する。

「こんにちは、シズおばあちゃん。大変だったね」

「鏡ちゃん、いらっしゃい。本当、テレビのせいで商店街の皆様に迷惑を掛けてしまったよ……」

 鏡の言葉に、シズが申し訳なさそうに話す。

「おばあちゃん、私のせいでごめんね。店番変わるから休んで……って、先輩! 来てくれたんだ!」

 そう言って、店の奥から出てきたりせが鏡に気付くと嬉しそうな表情で鏡の側へとやってくる。
 りせの祖母は鏡達しか店内に居ないので、後の事をりせに任せて店の奥へと休みに行く。
 鏡に対して親しげな様子を見せるりせに、陽介達は呆気に取られた様子を見せる。

「姉御、りせちーと知り合いなのか?」

「少し前にね。話して無くてごめんね」

 唖然とする陽介に鏡は謝ると、りせに今日は災難だったねと話し掛ける。
 その言葉に、りせは自分の事より祖母や商店街に迷惑を掛けた事の方が申し訳ないと、気落ちした様子で話す。
 実際の所は個人情報を暴露したマスコミが悪いのだが、それでもりせにとっては気になるのだろう。

「仲良くしてるところ悪いけどさ、"真夜中に映るテレビ"の事って知ってる? 深夜番組とかじゃなくて……」

「……昨日の夜のやつ? "マヨナカテレビ"だっけ」

 鏡達のやりとりに割り込んだ陽介の言葉にりせが答える。
 りせの言葉からすると自身も実際に昨日のテレビを見ていたようで、その事実に陽介は驚く。
 知り合いから噂を聞いた事があったらしく、たまたま噂を試してみたそうだ。

「でも、昨日映ってたの、私じゃないから。あの髪型で水着撮った事ない。それに、胸が」

 その言葉に怪訝そうな表情を見せる陽介へ、りせはテレビに映っていた人物ほど胸がないと表情をひそめて話す。

「あー、言われてみれば……」

「……陽介、それはちょっと酷いんじゃない?」

 呆れたように指摘する鏡の言葉に、陽介が慌ててりせに謝る。
 りせは鏡達にマヨナカテレビに映っているのは何なのかを訊ねる。

「詳しくは私達も解らないけれど、テレビで報道された後であのテレビに映ると、誘拐される可能性があるの」

「嘘、じゃないよね。先輩は嘘をつくような人じゃないから……私の事を心配してくれたんだ?」

 鏡に心配された事が嬉しかったのか、そう言ってりせは表情を綻ばせる。
 そんなりせに鏡は、警察の方でもその可能性を考えているかも知れないからと話す。
 その上で、今日交通整理に来ていた堂島と言う刑事が自身の叔父で、りせに対して後で警告しに来るかも知れないと話す。

「叔父さんに、先輩達の事を知られたら困るの?」

 鏡の説明に鏡達が独自で調べている事を察したりせが鏡に訊ねる。

「本当は、叔父さん達に任せるのが一番なのだけどね。友達が巻き込まれたから、少しでも自分達に出来る事をやりたいの」

「解った、先輩達の事は話さないでおくね」

 りせに対して警戒するように伝えることが出来た鏡は、今晩のおかずにと生湯葉と絹ごし豆腐と油揚げを買っていく。
 鏡の購入した内容に興味を引かれたりせが、献立は何にするのかを訊ねてくる。
 今日の献立は、生ハムと青シソの生湯葉巻きと冷ややっこに味噌汁の予定だと答える。
 薬味は菜々子が食べられるか次第でワサビか梅肉にするつもりだ。
 それを聞いたりせも、機会があったら同じメニューを作ってみようかなと思案顔だ。

「それじゃ先輩、また来てくださいね」

 そう言って名残惜しそうなりせに別れを告げて丸久豆腐店を後にする。
 その際に警告してくれたお礼だと、陽介と完二にも豆腐を一丁ずつ持たせてくれた。

「にしても、姉御がりせと知り合いだったとはね……」

 巽屋の近くまで移動した所で陽介がそう零す。
 そんな陽介に鏡はりせとの出会いの経緯と、りせが騒がしくされるのを好まないと思ったので話さなかった事を謝罪する。

「先輩の言う通りッスね。こんな風に騒がしくされたんじゃ、確かに良い気はしねえな」

「それよりも、当人に出会う前はりせの事を全く知らなかった姉御に驚きだよ」

 鏡の説明に納得する完二とは対照的に、鏡が知り合うまでアイドル"久慈川りせ"を知らなかった事に驚いている。

「ま、それは置いておいて。今晩も雨のようだから、テレビのチェックを忘れないようにな」

 陽介の言葉に鏡達が頷く。
 鏡と陽介は完二に別れを告げ、それぞれ帰宅する。
 帰宅した鏡は、菜々子にワサビと梅肉を食べる事が出来るかを確認して、菜々子の分は梅肉を薬味にする事にする。
 菜々子は初めて見た生湯葉に興味深そうな視線を向けていたが、出来上がった生ハム巻きを見て手巻き寿司のようだと話す。


 鏡が帰宅して菜々子と晩ご飯を作っていた時と同じ頃。
 遼太郎が足立を伴って再び、丸久豆腐店に訪れていた。

「……ひとまず騒ぎは収まったみたいなんで、自分ら、取り敢えずこれで。今後も騒がしいようなら、署まで連絡下さい」

 豆腐を購入した足立がりせにそう話す。
 その言葉に頷くりせに、遼太郎が断りを入れて幾つか質問を行う。
 山野真由美の事件の他に、報道されてはいないが奇妙な事件が続いているため、身の回りに不審者を見なかったか?
 この質問に対して、普段からマスコミ達に騒がれているりせはいつも通りだと答える。
 その答えに遼太郎は、りせの立場だと聞くだけ無駄な質問だったと考える。


 引き続き、休業した理由や学校はどこに通うのかを訊ねると、不機嫌そうな様子を見せたがそれぞれの質問にりせは答える。
 休業の理由は疲れたからで、学校は近いから八十神高校の予定だと。

「脅かすつもりは無いんだが……貴女には、これまでの被害者と幾つか共通点がある。だから、その……」

 言い辛そうにする遼太郎にりせは、自分が狙われる可能性があるのですねと訊ねる。
 その言葉に足立は驚いたような表情を見せるが、さっきの遼太郎の話しぶりからそう考えるの妥当だとりせは話す。
 遼太郎は落ち着いて受け答えをするりせに違和感を覚えたが、身辺には注意して何かあったら連絡をしてくれとりせに話す。

「最後に、これは私的な質問なんだが、うちの姪がここでよく豆腐を買っているんだが、知っているかな?」

 そう言って、遼太郎は鏡の身体的特徴を挙げてりせに訊ねる。
 その質問にりせは鏡とは面識があるが、知り合うまでは"久慈川りせ"を知らなかった事を話す。

「アイドルじゃない自分しか知らない先輩は、私にとっては貴重な存在です」

 最後にそう言って、りせはテレビで見せるような笑顔を遼太郎達に向ける。
 その表情に見とれる足立を連れ、遼太郎は丸久豆腐店を後にする。

「それにしても以外でしたね。鏡ちゃんがアイドル"久慈川りせ"を知らないなんて」

 店から少し離れたところで足立がそう話す。
 遼太郎も意外に思ったが、鏡はあまりテレビを見るような性格をしてない事に気付く。
 どちらかというと娘の菜々子が見たい番組を一緒に見るくらいで、自分で何かの番組を見ている姿を見た事がない。
 もっとも、仕事の関係で長く共にいる訳ではないのだが。

「何か引っ掛かるんだよな……」

 具体的にどこがとは言えないが、先ほどのりせとのやりとりに、遼太郎の刑事の勘が警鐘を鳴らす。

「彼女が落ち着いているからですか? マスコミ相手にしてるんだし、自分達にも冷静に対応出来ても不思議じゃないですよ」

「だと思うんだがなぁ……」

 気のせいだと話す足立に、遼太郎は釈然としないものを感じつつもそう答える。
 早紀から連続して一時行方不明になった事件が三件。
 学校関係者の捜査も思わしくなく、何も出てきてはいない。
 その状況に県警が介入してくる事を危惧する足立へ、遼太郎がそんな心配の暇があるなら捜査を続けろと釘を刺す。



 遼太郎が帰宅したのは、定時上がりよりも少し遅くなった時間だが、三人で一緒に晩ご飯を食べることが出来た。

「……鏡。お前、久慈川りせと話していて、何か気になる事は無かったか?」

 食事中、遼太郎がそんな質問を鏡に向けてくる。
 その質問にりせと知り合って日が浅いので、よく解らないが疲れている様子が気にはなったと答える。
 逆に鏡から気になる事でもあったのかを訊ねられた遼太郎は、今日の商店街での様子で心配に思ったからと言葉を濁す。

「お父さん達、りせちゃんに会ったの!?」

 二人のやりとりに、菜々子が驚いて訊ねてくる。

「今度、一緒にりせちゃんに会いに行こうね」

「うんっ! 絶対だよ!!」

 そんな菜々子に鏡がそう約束すると、凄く嬉しそうな様子で菜々子が鏡に念を押す。


――その日の深夜

 またしてもマヨナカテレビに人影が映る。
 以前と同じく水着姿で胸や腰が強調された内容だが、今回は表情が鮮明に映っていた。
 その人物はやはり"りせ"だが、本人からは否定されている。
 そうなると、今映っているりせは抑圧されたもう一人のりせの可能性があるが、当人はまだこちら側に居るはずだ。
 画面が消えると同時に、陽介から携帯電話に連絡が入る。

「映ってたの、"久慈川りせ"で当たりだったな! けど、これまでと同じく当人じゃ無いようだな。本人が否定してたし」

 陽介の言葉に鏡は同意するも、ハッキリとテレビに映ってしまった事に対する対策を明日、皆で話し合う事にする。
 今日の遼太郎達の様子で、警察の方でも動いている可能性があるから注意が必要だと念を押す。

「そうだな、俺達が疑われて動きが取れなくなったらマズイからな。それじゃ姉御、また明日な!」

 そう言って、陽介は電話を切り、鏡も明日に備えて早めに休む事にする。
 今度こそ犯人を見つけ出すのだと決意して。




2011年05月25日 初投稿
2011年05月26日 本文修正



[26454] 特出し劇場丸久座
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/06/11 01:37
――――その人の話を聞かされた時、どんな人なのか興味が沸いた

        知り合ったその人は、作られた私を知らないという

             私にとってヒーローみたいな人

       本当の意味で、ヒーローだったとは思わなかったけれど




 再びりせがマヨナカテレビに映った翌日の放課後。
 鏡達はジュネスのフードコートに集まって先日の事を話し合う。

「昨日のマヨナカテレビだけど、久慈川りせで間違いないな。なんつっても顔映ったし」

 そう話す陽介が、丸久豆腐店を朝方チラっと覗いたら店にりせがいた事を付け加える。
 その事から、マヨナカテレビでバラエティ番組のような映像が映るのは、本人が向こう側へ入った後と見て間違いは無さそうだ。
 以前、被害者自身がバラエティを生み出しているかも知れないと話しあった事があるが、それに対して千枝が疑問を挙げる。
 マヨナカテレビ自体に被害者が映るのは、向こう側に入る前からだ。

「事前に必ず映るって考えると、まるで“予告”みたいだよな……」

 陽介の言葉に千枝が、犯行予告だとして誰に対して、何の為に行っているのかを訊ねる。
 その質問に犯人に訊けと、自身も考えが纏まっていない陽介が答える。

「結果的に、予告に見えている……っていう可能性はない?」

 二人の話を聞いていた雪子がそう呟く。
 どういう事かと訊ねる千枝に、雪子は被害者の心の中が映るなら、犯人の心の中も映るのかも知れないと思ったそうだ。

「誰かを狙ってる心の内が、見えちゃうのかなって」

 雪子のその言葉に、鏡は何か引っ掛かるものを感じる。
 マヨナカテレビに映るのは、被害者自身の抑圧された自我であるのは間違いない。
 それはつまり“心の中”の思いを映し出されているという事に他ならない。

「心の内が映るのなら、別に犯人でない可能性だってあるよね」

「おい、姉御。そりゃ、どういう事だ?」

 鏡の呟きに陽介が驚いた表情を向けて訊ねてくる。

「陽介、りせちゃんに会った時の事を覚えている?」

 鏡の質問に陽介が怪訝な表情を見せつつも頷く。
 確か、あの時のりせはマヨナカテレビに映っているのは自分ではないと話していた。
 あの髪型で水着を撮った事はなく、その上……

「あっ!?」

 鏡の言いたい事を理解した陽介が驚きの声を上げる。
 千枝と雪子がその声に何事かと訊ねる。

「確か、あの時りせはテレビに映っている自分ほど“胸がない”って言ってたよな!」

 その言葉に千枝が『大きな声でそんな事を言うな!』と陽介を叱る。
 そんな二人を宥めてから、鏡は感じていた引っかかりについて皆に話す。
 自身の抑圧された自我がマヨナカテレビに映るとして、りせが昨日のように自身の胸や腰を強調したがるとは思えない。
 そうなると、失踪前にテレビに映っている姿は本人でなく、別の誰かの思惑か心の内という事になる。

「そうか、犯人の狙いは報道された人間なんだから、犯行予告をする必要は全く無いって訳か」

「それどころか、報道された人間でなく“マヨナカテレビに映った人物”を狙っている可能性が出てきたよ」

「えっ? 報道されたからマヨナカテレビに映るんでしょ? だったら、報道された人間を狙っているんじゃないの?」

 陽介と鏡の会話に、不思議そうな表情で千枝が訊ねてくる。
 確かに報道された人間がマヨナカテレビに映るので、千枝の言い分は正しい。
 しかし、報道番組を犯人が必ず見ている訳ではないのだ。
 それと比べ、マヨナカテレビは雨の日の午前零時には、必ず見る事が出来る。


 鏡の説明に、陽介達が意外な盲点だった事に気付く。
 確かに、報道番組は必ず誰かが報道される訳ではないが、マヨナカテレビは条件が合えば何度でも見る事が出来る。
 手間を考えるなら、報道番組を全て確認するよりもそちらの方が確実だ。

「けど、そうなるとマヨナカテレビってのがますます解らなくなってきたな……」

 疑問が一つ解けたところで新たな疑問が浮上する。
 結局の所、マヨナカテレビがどういった理由で映るのかが解らない限り、本質的な解決には繋がらないのかも知れない。

「てゆーか、完二君、ついて来てる? さっきから、ひとっ言も喋ってないけど?」

 鏡達が話す中、静かだった感じに千枝が声を掛ける。
 どうやら完二にはこの手の話は苦手らしく、半分眠っていたようだ。
 そんな完二に呆れながらも、千枝は向こう側の世界はいったい何だろうと疑問を述べる。
 クマの説明からしても“たぶん”が多く、要領を得ない。

「そもそも犯人は、なんで人をテレビに入れるのかな?」

 雪子が素朴な疑問を述べる。
 その疑問に対して陽介は、殺害目的で行っているのは間違いないと話す。
 手口がテレビなのは、警察で立証が出来ないからではないか?

「取り敢えず、動機は犯人を捕まえてから直接聞けば良いとして、今ハッキリしているのは、りせが危ないって事だ」

 陽介の言葉に千枝がまた張り込みをするのかと、驚きながら訊ねる。
 そんな千枝に、今度こそ犯人に先回りしようと陽介は意気込むが鏡が釘を刺す。

「陽介、警察の方でもりせちゃんの周辺を警戒しているから、軽率な行動は控えてね」

 以前、ジュネスで補導されそうになった経験があるだけに、鏡の言葉に陽介が頷く。
 犯人を捕まえるために行動する自分達が目立って、警察に目を付けられると問題だ。
 自分達の行動が、結果として犯行を手助けするような形になるのだけは避けたい。
 ここは下手に張り込みをするよりも、鏡が顔見知りなのを利用して、直接りせに会いに行った方が良いかも知れない。
 まずは丸久豆腐店へと向かう事にする。




 鏡達が丸久豆腐店に到着すると、店の前に足立が居るのを見付けた。

「足立さん、お疲れ様です。今日も交通整理ですか?」

「あ、鏡ちゃんか。今日は堂島さんの指示で聞き込み捜査さ。交通整理は昨日だけで十分だよ」

 昨日の事を思い出したのか、足立は少しばかり虚ろな表情で話す。

「って、そう言う鏡ちゃんは友達と連れだって買い物?」

「いえ、昨日の今日ですから、りせちゃんの様子を見に来たんです」

 そう答える鏡に足立が訝しげな視線を向ける。
 その視線に鏡はりせとは友達なので、昨日のような事になっていないか心配して来たと説明する。

「そうなんだ、僕もあれから変わりがないか確認したいから、一緒に行ってもいいかな?」

 鏡の説明に納得した足立が同行を求めてくる。
 特に断る理由もないし、現職の刑事が一緒なら何かあった時に都合が良いので快く了承する。

「先日はどうも、稲羽署の足立です。その後、特に変わった事はありませんか?」

 訪れた鏡達を出迎えたりせに、足立がその後の様子についてを訊ねる。
 りせの話によると、先日の交通整理の効果か、あの後で違法駐車をする者もいなくなったそうだ。
 鏡もひとまず安心したが、表で待っていた千枝が慌てた様子で店内に駆け込んできた事で、状況が一変する。


 電信柱へとよじ登る不審者を発見したという千枝の言葉に、鏡達は急ぎ表へと出る。
 そこには千枝の言うとおり、背にリュックを背負い双眼鏡を首から掛けた不審者がいた。
 不審者は電信柱から急ぎ降りると、鏡達に背を向けて一目散に逃げ出す。

「待ちやがれッ!」

「待って! 他にも居るかも知れないから、完二君はこのまま店内に残ってりせちゃんを守って!」

 急ぎ追いかけようとする完二に、鏡がそう言ってりせを残して全員で追いかけないようにする。
 単独でなく、複数で誘拐している可能性があるからだ。
 鏡の言葉に完二はりせを守るために店内へと移動する。


 陽介と足立を先頭に、鏡達が不審者を追いかける。
 不審者は車道まで逃げるも、車の行き来があり道路を渡ることが出来ない。
 そのため、足を止めたところで陽介と足立が不審者へと追いつく。

「く、来るな! と、飛び込むぞ! 僕が車に轢かれても、いーのか!?」

 追いつめられた不審者は冷静さを失ったまま、そんな事を口走る。

「だっ、駄目だよ! 被疑者が大怪我したら、警察の責任問われていっぱい怒られ……あ」

 現時点ではまだ“容疑者”である不審者に対して、足立が余計な一言を話す。
 その言葉に不審者は、自身が飛び込まれたくなければ、これ以上の追跡はするなと鏡達を脅しに掛かる。

「……車に撥ねられるのが、どれだけ痛いか知っているの?」

 呆れた様子で鏡が不審者に話し掛ける。
 その言葉に唖然とする不審者に、鏡は淡々と車に撥ねられた時の状況について説明をしていく。
 あまりにも具体的で痛々しい鏡の説明に、不審者の表情が青ざめていく。

「それでも、まだ車道に飛び込むと言うの?」

 冷ややかに見つめながら話し掛ける鏡の言葉に、不審者は背後の車道と鏡を交互に見比べる。

「大人しくしやがれッ、ゴラァ!!」

 その隙をついて不審者を取り押さえたのは、ガソリンスタンドから回り込んできた完二だった。
 取り押さえられた状態で自身の事を善良な一市民といい、鏡達に抗議する不審者。

「善良な一市民が、電信柱によじ登ったりはしないでしょ……」

 不審者の抗議に、呆れたように千枝が突っ込みを入れる。
 千枝の指摘に対して不審者は、りせの事が好きで部屋とかを見たいと思い、荷物は全部カメラだと白状する。
 どちらにしても犯罪行為には違いがないので、足立がこのまま不審者を署に連行すると話す。

「話は署で聞こうか……くー! この台詞、言ってみたかった!」

 足立の言葉に不審者は、日本には“盗撮罪”は無いので連行は無効だと開き直る。
 しかし、鏡がストーカー行為は“ストーカー規制法”に抵触すると不審者の言い分を切り捨てる。
 鏡の指摘に硬直する不審者に、足立が手錠を掛けようとする。

「足立さん、手錠はまだ駄目!」

 鏡が慌てて足立に待ったを掛ける。
 今の状況は、本来なら任意同行の段階なので、手錠を掛けるのは後々で問題が出る事になる。
 不審者は気付いていないようだが、足立は鏡の様子で気付いたらしい。
 取り出した手錠を仕舞うと鏡達にお礼を述べてから、不審者をそのまま署に連れて行く。

「おい、完二。何でりせの側に居るはずのお前がここに居るんだよ?」

 陽介の質問に、完二がりせに言われて来たのだという。
 りせは自分は店から出ないから、鏡達を手伝って欲しいと完二に言ったそうだ。
 自分の事で鏡が怪我をするのが嫌なのだと。
 完二もりせと同じで、男の自分が矢面に立つべきだと思っていたので、りせの言葉に素直に従う事にした。

「ま、犯人も捕まったようだし、これで終わったって事だよな」

「えと……もしかして、事件解決しちゃった? うわは、マジで!?」

 りせの心遣いもあって、完二の行動に対して文句は言えない。
 陽介と千枝の言葉の通り、これで一連の事件が終わったのなら、これ以上の心配をする必要も無いだろう。
 りせに、犯人が無事捕まった事を知らせに行こうという事になり、丸久豆腐店へと戻る。
 店に戻るとシズが店番をしており、りせの姿が見えない。

「いらっしゃい、鏡ちゃん。お豆腐かい?」

「こんにちは。シズおばあちゃん、りせちゃんは?」

 鏡の質問にシズは、りせは出掛けたみたいだと告げる。
 驚く鏡達に、りせはたまに黙って出て行く事があり、色々とあって疲れているようだから許してやって欲しいと話す。

「黙って……出てった? 完二、りせは店から出ないって言ったんだよな?」

 シズの言葉に唖然とした表情で、陽介が完二に確認を取る。
 完二は陽介の確認に「間違いない」とりせは店から出ないと約束した事を話す。
 雪子は心配そうな表情で付近を捜した方が良くないかと提案する。
 その言葉に、鏡達は手分けをして商店街へとりせを探しに行く。

「居ない、そっちは?」

 暫くして、丸久豆腐店の前に集合した鏡達はりせを見つけ出せたか確認を取り合う。
 近所の住人に聞いて回った雪子が言うには、誰もりせの姿を見ていないという。
 不審者を追いかけた僅かな時間で、姿を消したりせの安否が気に掛かる。

「くそっ! この時間じゃジュネスに戻ってクマに確認取る間がねえか」

 日が暮れてきたため、今からジュネスの家電売り場に行くと目立ってしまう。
 悔しがる陽介に完二が今夜は雨なので、りせの無事を信じてマヨナカテレビを確認するしかないと話す。
 りせの無事を願う鏡達の思いは、その日のマヨナカテレビで裏切られる事になる。

『マルキュン! りせチーズ! みなさーん、今晩は、久慈川りせです!』

 鮮明な画像でテレビに映っているのは、金色の水着を着て胸や腰を強調するもう一人のりせだ。
 テレビの中のもう一人のりせは、進級して“女子高生アイドル”にレベルアップした記念企画を行うという。
 その内容を聞いた鏡は、テレビの中のもう一人のりせの言葉に唖然とする。
 映像が消えると共に陽介から携帯電話に連絡が入る。

『姉御! み、み、見たよな、りせちー! す、すとりっぷとかって、マジか!?』

 聞こえてくる陽介の声は興奮しており、鏡は陽介に落ち着くように宥める。
 鏡の言葉に我に返った陽介は、結果的にりせの誘拐を防げなかった事を後悔する。
 そんな陽介に鏡は、今は向こう側の世界に出向いて、一刻も早くりせを救出するしかないと話す。

「そうだな。りせを救い出して、今回の失敗を謝らないとな。とにかく、明日な!』

 そう言って陽介は鏡との通話を終える。
 菜々子にも、りせと会わせる約束をしているのだ。
 その約束のためにも、りせを早く救出するために鏡も早めに休む事にする。




 翌日の放課後、向こう側の世界へとりせを探しにやって来た鏡達は、様子のおかしいクマの姿を見た。
 こちら側の世界に暫く来なかった事で、クマが独りでいる事に寂しさを覚えていたようだ。
 それに加え、完二救出の時から索敵能力が衰え始めた自分は、鏡達に必要とされない存在なのだと思い込んでいる。
 そんなクマを千枝と雪子が撫でて慰めると、クマはいつか“逆ナン”をしても良いか二人に訊ねる。
 千枝は快く了承するも、雪子は逆に“逆ナン”ネタは封印しないか訊ねる。

「それよか、確かめてー事あるんだよ! 今、こっちどーなってる?」

 そう言って、陽介がクマにりせが来ていないか訊ねるも、誰かが居るような気がするが場所は分からないと話す。
 完二の時のように、りせの人柄について分かる情報があれば、探し出せるかも知れないとクマは話す。
 鏡はりせとのやりとりを思い出してみる。
 初めて出会った時の、“アイドル”であるりせを知らないという鏡に対する好意的な態度。
 誰も“作られた”自分しか見ておらず、本当の自分には気付いてくれない話していた姿。

「なるほど……クマと同じね。繊細でセンチメンタルなタイプね」

 鏡から聞いたりせの人物像に、自分と同じように“本当の自分”を捜している事を知ったクマが意識を集中する。
 少しして、クマはりせの居場所を見つけ出すことに成功したようだ。
 クマの案内で、鏡達はりせのいる場所へと移動する。


 その場所は最初暗くて周りがよく見えなかったのだが、明かりがつくと劇場である事が判明した。
 陽介が興奮した様子で温泉街につきものの施設かと話すと、雪子がそれに同意する。
 その直後、雪子は慌てて天城屋旅館にはその施設は無いと否定する。

「姐さん、今回は俺を連れて行ってくれ!」

 りせの救出メンバーを選ぶ時に、そう言って完二が鏡に立候補する。
 先日、鏡に言われた通りにりせの側に居れば、りせの誘拐を防げたかも知れないと悔いているのだろう。
 そんな完二の思いを汲んで、陽介が自分の代わりに完二をメンバーに加えるように鏡へ話す。
 鏡も完二の気持ちを理解しているので、探索メンバーに完二を加えると探索へと乗り出す。


 この場所に現れるシャドウは電撃属性に弱点を持つモノが多く、逆に疾風属性に対して耐性を持つモノが多い。
 完二のペルソナ“タケミカヅチ”と新たに生み出した鏡のペルソナ“クイーンメイプ”を主軸に探索を続けていく。

『ファンのみんな~! 来てくれて、ありがとう~ぉ!』

 ようやく見付けたもう一人のりせが、マイクを手に鏡達に話し掛けてくる。
 これまでの時と同じように、もう一人のりせの頭上にテロップが現れる。


      マルキュン真夏の夢特番!
     丸ごと一本、
           りせちー特出し
                    SP!


「お、オレも、あんな風だったんか……?」

 初めて見る、自分以外のもう一人の自分による光景に完二は絶句する。

「うあ、ざわざわ声、今回スゴい……なんか気持ち悪くなってきた……」

 これまで以上にない歓声に千枝が表情を曇らせる。
 陽介はこの光景を誰かが見ているのだとしたら、早く何とかしなければならないと危機感を募らせる。

『じゃあ、ファンのみんな! チャンネルはそのまま! ホントの私……よ~く見て! マルキュン!』

 そう言って、もう一人のりせは奥へと向かい走り去ってしまう。
 鏡達は急いでもう一人のりせの後を追いかける。




 鏡達がもう一人のりせと遭遇していた頃。
 見知らぬ場所で気が付いたりせは途方に暮れていた。
 自分は確か祖母の豆腐屋にいて、不審者を追いかけていった鏡達を待っていたはずだ。
 それなのに何故、このような見知らぬ場所で目を覚ます事になったのか?
 気を失う前の事をりせは思い出してみようとする。


 鏡の事が心配で、完二と呼ばれていた少年を送り出してから、店から出ないように鏡達の帰りを待っていた所までは思い出せる。
 しかし、その後の事を思い出そうとすると、頭の中に霧がかかったかのように記憶が朧気でハッキリとしない。
 ひょっとすると、鏡が危惧していたように共犯者が居て、自分は誘拐されたのではないか?
 そう考えた方が筋は通っているように思う、

(じゃ、私は先輩の気遣いを無駄にしたって事!?)

 自分が誘拐されないように鏡達は行動していたというのに、狙われている当人がそれを台無しにした事に、りせの心が痛む。
 せっかく、アイドルでない自分を見てくれる人と知り合えたのに。
 ただのりせとして心配までしてくれたのに……

「ここから、帰らなきゃ……」

 今頃、鏡達は自分の事を心配しているだろう。
 ひょっとすると、居なくなった自分を捜しているかも知れない。
 りせは、霧が深く視界が悪い場所に独りでいる心細さを心の隅へと追いやると、ここから抜け出す事を考える。
 入れられたという事は、出る方法が必ずあるはずだ。
 りせは心の中で『私は大丈夫』と、仕事の時と同じように気持ちを切り替える。
 今の自分は、昔のいじめられていた頃とは違うのだ。
 気持ちを奮い起こして、りせは出口を求めて移動を開始する。
 無事な姿を、一刻も早く鏡に見せるために。




 もう一人のりせを追いかけて探索を続ける鏡達は、五階に到達した辺りから苦戦を強いられるようになっていた。
 これまでのシャドウとは違い、攻撃属性を反射してくるタイプが増えてきたのだ。
 そのため、初見の相手には威力の弱い攻撃で様子を見てから戦うようになり、行動に無駄が増えてくる。
 メンバーの中で一番消耗しているのは鏡だ。
 ワイルドという複数のペルソナを使い分ける事が出来る鏡は、他のメンバーよりもペルソナを使う回数が多い。
 そのため、他の誰よりも精神的な疲労が多く、リーダーとして判断を下す責任がそれに拍車を掛ける。

『センセイ、無茶は駄目クマ! 危ないと思ったら、引き返す事も大事クマ!』

 心配するクマに鏡は大丈夫だと答える。
 疲労は確かにあるが、行動に支障が出るほどではない。
 それよりも、もう一人の妹のように思えるりせの安否が気にかかる。
 そんな風に思える自分に鏡は、古城で独断専行を行った千枝の事は言えないなと心の中で苦笑する。

『うれしい! ホントに来てくれたんだ! でも、やっぱりちょっと恥ずかしいからぁ……電気、消すね!』

 七階に到達すると、もう一人のりせの声が聞こえてくる。
 その言葉通り、周りが暗くなり、少し先までしか見えなくなってしまう。

『これはキケン! センセイ、慎重に進むクマ!』

 クマの忠告通り、鏡達はシャドウから先制されないように慎重に進んでいく。
 これまでとは違い、見通しの悪い状況では無闇に先へ進むのは危険だ。
 反射や吸収といった特性を持ったシャドウ達がいる中で、初見の相手から先制される事が、今の時点では最も危険だ。
 鏡達は周囲を警戒すると、慎重に先へと進んでいく。

『この先に進むには、封印を解く鍵を捜さなくては駄目クマ』

 階段から続く通路の先に、何かの力で封印されている場所を鏡達は発見した。
 クマの言葉に従い、封印を解除するための鍵を求めて、七階をくまなく調べる事にする。

『キャハハハハハ!! 見て! ほら、あたしを見て!』

 七階の奥にある部屋の中に、巨大な白蛇を従えたもう一人のりせが待ち構えていた。
 巨大な白蛇は、もう一人のりせの声に合わせて鏡達に襲い掛かる。
 先手は大型シャドウで【淀んだ空気】で状態異常の定着率を上げてくる。
 鏡はフォルネウスを召喚すると補助系スキル【ラクンダ】で大型シャドウの防御力を低下させる。
 続いて千枝と完二が、それぞれのペルソナの物理攻撃スキルで攻撃を加え、雪子のコノハナサクヤが【アギラオ】を放つ。

「今がチャンスよ! 準備はいい?」

 ダウンした大型シャドウの隙を見逃さず、雪子の号令の元、鏡達は総攻撃を仕掛ける。
 火炎属性が弱点だと判明したため、鏡もペルソナをカハクに変更すると、雪子と同じく【アギラオ】で再び総攻撃を仕掛ける。
 大型シャドウの攻撃で状態異常になるも、千枝と完二がそれぞれアイテムを用いて回復させていく。
 鏡と雪子は攻撃の要となって、ひたすら【アギラオ】で総攻撃の機会を作る。
 幾度目かの総攻撃で、ようやく大型シャドウは力尽き消滅する。

『おぉ! 明るくなった! やったね、センセイ! これで安心して先に進めるクマ!』

 クマの言う通り、周囲の明るさが戻り行動しやすくなる。
 部屋を調べてみると、部屋の一番奥に宝箱が置かれているのを発見した。
 中には味方全体の体力と精神力を回復する事が出来る【ソーマ】が一つ入っていた。
 鏡はソーマを回収すると、封印されていた場所まで引き返す。


 どうやら巨大な白蛇のシャドウが鍵だったらしく、封印されてた場所は先へと進む事が出来るようになっていた。
 仕切りのカーテンを開けて進むと、そこは階段がある小部屋で特に目を引くようなものは無い。
 それでも鏡達は、シャドウから襲われないように周囲を警戒しながら先へと進む。




 進んでいる道が正しいのか分からない中、りせは心細さを我慢して先へと進み続ける。
 その間、りせが思い出すのはアイドルになる前の自分の事と、稲羽に来てからの事だった。
 今の自分とは違い、昔のりせはどちらかといえば地味な性格をしていた。
 容姿が整っていた事もあり、周りの男子生徒から好奇な視線を向けられるのは日常的な事だった。
 その事を同性の同級生達は調子に乗っていると云い、謂われのないイジメに遭うという悪循環にりせの心は傷ついていた。


 そんなりせにとって転機となったのは、家族が勝手に出したオーディションの申し込み書だった。
 家族な勝手な行動に憤りを感じはしたが、今の自分を変える切っ掛けになればいいと受けてみたオーディション。
 見事、そのオーディションで優勝したりせはアイドルとしてデビューする事となる。


 アイドルになったりせの環境は一変した。
 それまで自分をいじめていたクラスメイト達は、手の平を返したように自分に好意的になり、いじめられる事は無くなった。
 見知らぬ他の人達も、親しげに自分に声を掛けてくれるようになった。
 その代わり、誰も本当の自分では無く売るためにキャラ付けされた“りせちー”しか見ていない事に気付かされた。
 そんな作られた“りせちー”も、誰かの救いにはなっていた。


 定期的にファンレターをくれる女の子。
 会った事もないその子のファンレターは、“りせちー”でいる事に疲れを感じるりせにとって救いだった。
 昔の自分と同じように、いじめられていると書いてあったファンレター。
 その子は“りせちー”が頑張っている姿を見て、自分も頑張れると心の内を打ち明けてくれた。
 アイドルを休業したりせは、その子の事が気になった。

――彼女の思いを裏切るような形でアイドルを休業した自分

 あの子は今頃、どう思っているのだろう?
 幻滅させたかも知れない。
 機会があればいつか、実際に会ってアイドルを休業した事を謝りたい。

 そして……

 アイドルとしての自分を知らないと言ってくれた彼女。
 光の加減で銀色にも見える綺麗な髪を持つ先輩。
 皆の中心に居るその人は、“りせちー”でない自分しか知らない貴重な存在だ。


 もしも彼女が同性でなかったら、自分は間違いなく好きになっていただろう。
 そんな風に思える、不思議な魅力を持った人物。
 自分にとって、頼りになる姉のような人。
 そんな彼女に心配を掛けた事も、ちゃんと謝りたい。
 その為にも自分は、ここから無事に帰らなければならない。
 記憶にある鏡の姿を支えに、りせは出口を目指して進んでいく。




 シャドウ達との戦闘を繰り返し、九階に到達した鏡達にりせの声が聞こえてくる。

『そうだなぁ……今の仕事は……ウン、とっても充実してるかな』

 インタビューに答えるように語るりせの声は明るい。

『小さい頃からずっと憧れていたから、今は毎日がとても楽しいよ!』

 その声を聞いたクマも、鏡達と一緒に居て今がとても充実していると話す。
 この階層になると、現れるシャドウの強さも更に厳しくなってくる。
 消耗が激しくなってきた鏡達は一旦、入り口まで戻る。
 鏡のペルソナ“ネコショウグン”の【メディラマ】で体力を回復させると、狐に料金を払い、消耗した精神力を回復してもらう。

「姐さん、雑魚共に構っていたんじゃ、身が持たねえぜ。ここは、一気に先へと進んだ方が良いんじゃねえか?」

 狐に回復して貰った鏡に、完二がそう提案する。
 完二の言う通り、ここのシャドウ達は一筋縄ではいかない強敵ばかりだ。
 無駄な戦闘は避けて先へと進む方が効率は良いように思える。

「シャドウ達をやり過ごすのは良いけれど、挟み打ちにされたんじゃ、もっと厳しくならない?」

 完二の提案に千枝が疑問を述べる。
 確かに、挟み打ちにされると連続して戦う事になり危険は跳ね上がる。
 そうならないためには、クマのナビゲーションの正確さが重要になってくる。
 不思議な事に、シャドウはある一定の距離は追いかけてくるが、それ以上の距離になると戻るという性質がある。
 その辺りも利用できれば、完二の言う通りにシャドウをやり過ごして先へと進めるかも知れない。

「クマ、これまで以上にナビゲーションの精度が求められるけど、お願いできる?」

「任せるクマ!」

 鏡の言葉にクマがやる気を見せる。
 方針が決まった鏡達はりせを見付けるために再び探索へと向かう。

『理想の男性は……うーん……やさしくて清潔感がある人かな?』

 クマの指示でシャドウ達をやり過ごした鏡達は十階へと到達する。
 十階に到達して聞こえてきたりせの声は、理想の男性像についての内容だった。
 容姿よりも中身が大切だと語るりせの声に、中身のないクマは何やら思うところがあるようだった。
 クマと一緒に行動している陽介は、そんなクマに集中を途切れさせないように注意する。
 自分達がここで上手く立ち回れるかは、クマの力に掛かっているのだと、クマの存在が重要なのだと付け足して。

『センセイ! 次の左右に分かれた通路の右にシャドウの反応クマ! 左にシャドウは居ないから、一気に駆け抜けるクマ!』

 陽介に自分の存在が重要だと言われたクマは更にやる気を見せて鏡達をナビゲートする。
 力は衰えてきているが、鏡達をサポートできるのは自分しか居ない。
 その思いがクマの意識を集中させる。

『その先を右に曲がった先の部屋が階段クマ! 背後からシャドウの反応! 急ぐクマ!』

 切羽詰まったクマの指示に従い、鏡達は移動する速度を上げて階段のある部屋へと駆け込む。
 階段を上った先はすぐに仕切りになっており、どうやらここが最上階のようだ。

『……多分、この先にリセって子が……ちょっと自信ないクマ』

 頼り無げなクマの言葉を信じて、鏡達は仕切りの向こう側へと移動する。

――鏡達が最上階に辿り着く少し前

 視界の悪い中、階段を上り先へと進んだりせが辿り着いた部屋はどこかの会場のような場所だった。
 部屋の中央には舞台があり、舞台中央にはポールが立っている。
 ポールの側に人らしき姿が見えるが、視界が悪く誰かは解らない。
 りせはその人物が自分をここへと連れ込んだ犯人かも知れないので、注意深く近寄っていく。

『いらしゃい、遅かったわね? もう一人の“アタシ”』

「……ッ!?」

 そう言ってりせに話し掛けてきたのは、マヨナカテレビに映っていた水着を着た自分自身だった。
 信じられない光景に、りせの心がざわめく。

『せっかく、あの人が護衛を残してくれたのに、それを“ふい”にしちゃうなんてバカな女』

 嘲笑を浮かべたもう一人のりせが、そう言ってりせの行動を非難する。
 全く同じ事を考えていたりせは、もう一人の自分の言葉を否定できない。

『アイドルから逃げてきた場所で、“本当の自分”を見てくれる人だったのに、きっとあの人は幻滅しているだろうね』

 もう一人の自分の言葉が、りせの心に突き刺さる。
 それは、今のりせにとって考えたくはない事。
 やっと出会えた“本当の自分”を見てくれる人。
 ひょっとすると、この先もう出会えない貴重な存在。
 もう一人の自分の言葉に、りせの心は折られそうになる。

「りせちゃんっ!」

 不安と絶望が押し寄せる中でりせの耳に届いた声は、一番聞きたかった人の声だった。
 声のする方へ視線を向けると、そこには視界の悪い中でもハッキリと解る、綺麗な髪を持つ人の姿が見えた。

「……せ、んぱい?」

 その姿はまるで、漫画に出てくるヒーローのようだった。



2011年06月03日 初投稿
2011年06月11日 本文構成を修正



[26454] 覚醒する力と新たな目覚め
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/06/11 01:24
――――自分が何者なのか、今まで気にした事がなかった

         そこにある自分が自分だったから

    少女達との出会いで、自分が何者なのかを知りたくなった

     たとえ、それが見つからない答えだったとしても……




 その部屋の中央には舞台があり、さらに中心にポールが立っている。
 ポールの前には水着姿のりせが立っており、その傍らには本物のリセが膝をついて座り込んでいる。

「りせちゃんっ!」

「……せ、んぱい?」

 その声に振り返ったりせが、鏡の姿に驚いた表情を見せる。
 鏡達に気付いたもう一人のりせは甲高い笑い声を上げると、自身が今見られている事に喜びを表す。
 もう一人の自身の姿に、りせは止めるように懇願するも、もう一人のりせは鏡達に官能的な仕草を見せつける。

『ほら見なさい、もっと見なさいよ! ゲーノージンのりせなんかじゃない! ここにいる、このあたしを見るのよ!』

 もう一人のりせは語る。
 望んでないキャラ作りをして、心にもない笑顔を浮かべる事への不満。
 作られた”りせちー”などという存在は、この世には存在しない事。

『あたしは、あたしよぉぉぉ! ほらぁ、あたしを見なさいよぉぉぉ!』

「わ、たし……そんなこと……」

 もう一人の自身の言葉に、りせは弱々しくかぶりを振って否定する。

『さーて、お待ちかね。今から脱ぐわよぉぉ! 丸裸のあたしを、焼きつけなァ!』

 その言葉にりせは耳を塞いで、もう一人の自分を否定する。
 千枝が制止するよりも早く、否定されたもう一人のりせは歓喜の声を上げる。

『これで! あたしわぁ、あたしィィッ!!』

 もう一人のりせを覆うように現れた黒い霧が晴れると、極彩色に彩られた裸身の異形が現れる。
 顔の部分はアンテナのようになっており、ポールに足を絡めて逆さ吊りのような姿勢でゆらゆらと蠢いている。

『さあ、お待ちかね、モロ見せタ~イム。フフフ……特等席のお客さんには……メチャキッツーいのを特別サービスよッ!』

「オレが姐さんの指示に従っていれば、こんな事にはならなかったんだ。ここはオレが、絶対に食い止めてやる!」

 そう言って完二は鉄板を持つ手に力を込める。
 防げたはずのりせの誘拐を台無しにしたケジメを付けるために、完二は自身に気合いを入れる。
 鏡達はそれぞれ異形を取り囲むように位置取りをすると、鏡が【ラクンダ】で異形の防御力を低下させる。
 続いて千枝が【タルカジャ】を完二に使い、攻撃力を底上げする。

「来い! タケミカヅチ!」

 タケミカヅチが放つ【電撃ブースタ】で威力が上がった【ジオンガ】は、【タルカジャ】の効果で更に威力が上がっている。
 空気中に放電現象を起こしながら、異形へと降り注ぐ落雷。
 異形はその攻撃をまともに受けたにもかかわらず、怯む様子が無い。
 千枝と完二を攻撃の軸に鏡が補助を、雪子が回復に専念する。

『なによ……こんだけぶたれて、まだ不満なワケ? ゼータクはお客……じゃ……いっそ死になさい!!』

 倒れない鏡達に業を煮やした異形はそう言うと、鏡達の周囲に正方形の光る枠を出現させる。
 枠が現れたのは僅かな時間だったが、クマが慌てた様子で先ほどの光る枠は情報解析型の攻撃だと鏡達に警告する。
 クマの警告通り、鏡達の攻撃は全て見切られ異形に当たる気配が無い。
 鏡はペルソナを“ティターニア”から“インキュバス”に切り替えると【アギラオ】で異形へと攻撃を仕掛ける。

『……ッ!? 解析結果と違う攻撃!?』

 鏡の変貌に異形は驚くが、それも僅かの事で再び鏡を解析する。
 解析終了と共に放たれた異形からの攻撃は、後方で支援していたクマ以外の全員を吹き飛ばす。

「こんな所で……倒れてる場合じゃ……」

 あまりの衝撃に完二は立ち上がろうとするが、体が思うように動かない。
 千枝と雪子は、互いに地に伏せないように支え合うのが精一杯で、次の攻撃を受け止められそうにない。

「嘘だろ……こんな……」

 直撃を受けた陽介は、大の字になって地に倒れて指先にかすかな力を込める事すら出来ない。
 ただ一人、攻撃を受ける瞬間にペルソナを付け替えた鏡だけが、手にした剣を杖の代わりにして立ち上がろうとする。

『何で、あの女のためにそこまでするの? アイドルの“りせちー”だからって、そこまでする理由なんて無いじゃない!』

「……だから」

 今にも力尽きそうになる体に歯を食いしばり、鏡は小さく呟く。

「……アイドルだからとか、関係ない。友達だから……りせちゃんを助けるの、絶対に!」

 鏡の目はまだ諦めておらず、異形を射抜くように見つめる。

『なによ……アンタの目、気に入らない……そんなにあの女が大切なら、一緒に死ねば良いじゃない!』

「ダメクマ!! し、死ぬとか絶対ダメクマよ!!」

 異形が再び攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、クマが鏡達の前に飛び出して皆を守るように両手を広げる。
 この世界で初めて出会った、自分と向き合ってくれる存在。
 シャドウ達とは違い、意思疎通が出来る相手。
 頻繁にこちらの世界へ訪れてはくれないが、それでも自分の事を仲間だと言ってくれた。
 りせを救うために自分の力が必要だと、力が衰えた自分を励ましてくれた。
 そんな鏡達が、自分を残して居なくなる?

「クマはもう独りぼっちになるのは嫌クマよ! センセイ達はクマが絶対に守るクマ!」

 そう叫ぶクマの体から、金色の渦が巻き起こる。
 口うるさいが周りの事を気に掛け、自分も励ましてくれたヨースケ。
 互いの事を大切に思い合っているチエちゃん、ユキちゃん。
 怖いところがあるけれど、義理堅く真っ直ぐなカンジ。
 そんな皆の中心に居て、何者か解らない自分に対しても、変わらぬ態度で接してくれるセンセイ。
 
『……!? 何この反応、凄い高エネルギー……これ、あのヘンなヤツ!? 突っ込んで来る気!?』

 驚く異形に向けて、クマが特攻を仕掛ける。
 轟音と共に、眩いばかりの閃光が辺りを包む。
 閃光が消えて鏡達の視力が回復すると、紙のようにペラペラになり煤けたクマの姿が目に映った。

「クマ!! バカが……無茶しやがって……」

 倒れるクマに駆け寄った完二がクマにそう話し掛ける。

「クマ……みんなの役に立てたクマか……?」

 クマの言葉に陽介が自分達の命の恩人だとクマに答える。
 その答えを聞いたクマは、独りぼっちは嫌だからと話して立ち上がると、今の自身の状況に愕然となる。
 自慢の毛並みは見るも無惨に煤けて輝きを失い、体も紙のように平らになっている。
 あまりの状況に嘆くクマの姿に、陽介は取り敢えず死ぬような事はないと結論づけると、鏡達と共にりせの安否を確認しに行く。

「りせちゃん!」

「……先輩? ごめん……なさい……私のせいで……」

 倒れるりせを助け起こした鏡に、りせが小さく謝る。
 鏡は謝るりせに無理はしなくて良いと声を掛けると、りせはそんな言葉を掛けられたのはいつ以来だろうと呟く。
 アイドルになって、周りに気を配り多忙なスケジュールをこなしていた日々。
 その間、誰も自分にそんな言葉なんて掛けてくれなかった。
 りせは鏡から離れると、もう一人の自分に歩み寄り、手を取って立ち上がらせる。

「ごめん……今まで、辛かったね」

 そう言って、りせはもう一人の自分に語りかける。
 自分の一部なのに今まで否定してきた事。
 どの顔が“本当の自分”かを捜していたのでは“本当の自分”なんて、どこにも無い事を。

「本当の自分なんて……無い……?」

 りせの言葉に、クマが呆然とした様子で呟く。

「あなたも……私も……テレビの中の“りせちー”だって……私から生まれた、全部……“私”」

 その言葉に頷いたもう一人のりせは青く輝く粒子になると、その姿を白いドレスを纏った異形へと変じさせる。
 ペルソナ“ヒミコ”は再び青く輝く粒子になると、カードの姿に変わり、りせの身体へと吸い込まれるように消えていく。
 粒子が消えると同時に、りせは崩れ落ちるように倒れ込む。
 鏡はとっさにりせを支えると、大丈夫か訊ねる。

「うん、ちょっと疲れただけ。大丈夫だよ、先輩。助けに来てくれて、ありがとう……」

 そう言って、りせは鏡にはにかんだ笑みを向ける。
 りせに肩を貸し、早く元の世界へと連れて帰ろうと振り返った鏡達の視界に、呆然とした様子のクマの姿が映る。

「本当の自分なんて……いない……?」

 様子のおかしいクマを心配して近付こうとする完二を、りせが制止する。

『本当? 自分? ククク……実に愚かだ……』

 そんな低い声が聞こえると共に、クマの背後に異様な雰囲気を纏ったもう一人のクマの姿が現れる。

『真実など、得る事は不可能だ……真実は常に、霧に隠されている』

 そう言って、もう一人のクマは真実を求める事の無意味さを語る。
 何を言っているのか解らないと抗議するクマに、もう一人のクマは残酷な真実を告げる。

『失われた記憶など、お前には初めから無い。何かを忘れているとすれば、それは“その事”自体に過ぎない』

 その言葉に、クマはそんな事は嘘だと弱々しく抗議する。

『なら、言ってやろうか。お前の正体は、どうせただの……』

「やめろって言ってるクマー!!」

 もう一人のクマを黙らせようとクマは体当たりを仕掛けるが、逆に弾き飛ばされ地面に倒れてしまう。
 
『お前達も同じだ……真実など捜すから、辛い目に遭う……』

 もう一人のクマは鏡達に視線を向けると、深い霧に包まれたこの世界でどうやって真実を捜し出すのかと、嘲るように訊ねる。
 その質問に鏡は、捜さなければ見つけ出す事など到底出来ないと答える。

『では、一つ真実を教えてやろう……お前達はココで死ぬ。知ろうとしたが故に、何も知り得ぬままな……』

 そう言ったもう一人のクマから黒い霧が沸き起こる。
 その様子に陽介はクマのサポートなしでどうやって戦えば良いのかと表情を歪ませる。

「……大丈夫、構えて。私は多分、倒れてるその子の代わりが出来るから……!」

 そう宣言するりせの言葉に鏡達は驚く。
 今ならハッキリと解る。
 自分の得た力と、その使い方を。

「今度は、私が先輩達を助けてあげる!」

 そう言ったりせの背後に“ヒミコ”が現れ、手にしたバイザーをりせに被せる。
 助けてくれた皆を、今度は自分が守るのだと決意を表すかのように。

『我は影……真なる我……お前達の好きな“真実”を与えよう……ここで死ぬという、逃れ得ぬ定めをな!』

 黒い霧が晴れると、そこには顔の左半分が欠けた巨大なクマの姿があった。
 欠けた顔の向こうは漆黒の闇になっており、不気味に光る目だけが浮かんで見える。
 深い穴から這い出しそうな態勢で、穴の縁に掛かる手の指先は鋭利な刃物を思わせる爪だ。

「こんな不気味なのが……あのとぼけたクマ君の中に?」

 あまりにも違いすぎるクマの姿に、千枝が唖然とした表情でそう話す。
 見た目の様子と違い、クマはずっと自分という存在に悩んでいたのだろう。

『愚かしい隣人ども! さあ、末期は潔くするものだ!』

 そう話し掛けるクマの影に、先手は鏡が【ラクンダ】で防御力を下げる。
 続いて千枝が【アサルトダイブ】を、完二が【キルラッシュ】でクマの影を攻撃する。
 雪子は先ほどの戦闘で負ったダメージを、“ソーマ”を使い完全回復させる。
 クマの影は【マハラクンダ】で鏡達の防御力を下げてくる。

「ネコショウグン!」

 鏡はペルソナを“フォルネウス”から“ネコショウグン”へと交換すると、【マハタルカジャ】で皆の攻撃力を上昇させる。
 先ほどの【ラクンダ】の効果もあり、千枝と完二のクマの影へと与えるダメージが先ほどよりも高くなる。

「おいで……コノハナサクヤ!」

 雪子が召喚したコノハナサクヤの【アギラオ】がクマの影を焼くも、元の見た目もあって効果が出ているのか判別しにくい。
 クマの影は両手を上げると【コンセントレイト】を使い精神を集中する。
 鏡は皆に防御の指示を出すと、相手の出方を見る事にする。
 威力を上昇させたからには、次の攻撃がクマの影の主軸となる攻撃である可能性が高いからだ。
 鏡の判断が的中し、クマの影が放つ【マハブフーラ】で雪子の弱点を突かれる事もなく、受けたダメージも大きくない。
 それでも、念のためにと鏡がネコショウグンの【メディラマ】で先ほどのダメージを全快させる。

「雪子! 相手は貴女と相性が悪いから、大技の予兆があれば防御して!」

 雪子にそう指示を出した鏡は、攻撃の主軸を千枝と完二に任せて自身はサポートを主体にしていく。
 先ほどの【マハタルカジャ】の効果がまだ残っているので、鏡は【ジオンガ】で攻撃を仕掛ける。
 ネコショウグンの放つジオンガは、【電撃ブースタ】の効果もあり、攻守共に行動が可能だ。

 千枝と完二は魔法よりも物理系の攻撃の方が性分に合っているので、魔法は一切使わずに攻撃を続ける。
 雪子は回復を鏡に任せ、自身も攻撃へ意識を専念するも相性が悪い相手なので、動向に注意する。

『無駄な事はやめろ。抗っても、何も見えはしない……』

 攻防を続ける中、クマの影がそう言うと、身を乗り出し左手を高く掲げる。
 掲げられた左手に中心が黒く歪んだまがまがしい光が集まる。

『この感じ……攻撃が来るよ、防御して!』

 りせの指示に、鏡達は防御の姿勢を取る。
 その直後、クマの影は身体を後ろに捻ると、遠心力を付けた横薙ぎの攻撃を鏡達に仕掛けてくる。
 防御の上からでも威力ある攻撃に、鏡達は数メートル後退させられる。
 りせの指示がなかったら、今の一撃で全滅していたかも知れない。


 鏡達は体勢を立て直すと、再びクマの影へと攻撃を仕掛ける。
 幾度となく攻防を繰り広げていくと、一定のパターンで攻撃してくる事が判明した。
 大きな攻撃をする前には必ず前兆があり、それに気をつけていれば被害は最小限で抑えられる。
 致命傷を避けつつ攻撃を続けていくと、クマの影の目が形を保てなくなり歪んでくる。


 形勢が不利になると、クマの影は【愚者のささやき】というペルソナ能力を封じる攻撃を仕掛けてくる。
 この攻撃に対しては“うがい薬”で対処して、常にペルソナによる攻撃が続けられるように行動していく。

「いい加減、大人しくしやがれ!」

 完二の召喚したタケミカヅチの攻撃が決め手となり、遂にクマの影は力尽きて消滅する。
 それと共に倒れていたクマも気が付いたのか、ゆっくりと立ち上がる。
 しかし、身体が紙のように平らなので、ゆらゆらと頼り無げだ。

「あれは、クマさんの一面なの……?」

 雪子の言葉に、千枝がクマにも押さえ込んでいた心があった事に驚いている。
 クマは背後に立つ、元の姿に戻ったもう一人の自分へと向き直る。

「クマ……クマは、自分が何者か分からないクマ……」

 もう一人のクマに、クマはこれまで抱えていた想いを吐露する。
 自分が何者かである答えなど、言われた通り無いのかも知れない。
 けれど、自分は今ココに居て、確かにココで生きているのだと。

「クマは一人じゃないでしょう?」

 鏡の言葉に、クマが驚いた表情を見せる。
 もう自分は一人で悩まなくて良いのかと訊ねると、陽介が仕方がないから一緒に捜してやると話す。
 雪子も、この世界を探っていけばクマの事も何か分かるかも知れないと陽介の言葉を継ぐ。
 その言葉に、クマは自分は果報者だと感極まったように話す。

 そんなクマに呼応するかのように、もう一人のクマはその姿を変える。
 青い粒子が巻き起こり、ミサイルを担いだズングリした姿のペルソナ“キントキドウジ”がその姿を現す。
 キントキドウジはその姿をカードに変じると、クマに吸い込まれるように消えていく。

「これ、クマの……ペルソナ?」

「それ……凄い力、感じるよ……良かったね、クマ……」

 唖然とするクマに、りせが弱々しく話すと、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
 この世界に居ることで疲れがピークに達している状態での戦闘。
 その疲れが一気に押し寄せてきたのだろう。
 千枝と雪子がりせを支えると、広場へと移動する。

「りせちゃん、大丈夫? もうちょっとで外だからね」

 りせの体調を心配する雪子に、自分の事よりクマの方が心配だと話す。

「……お前、大丈夫か? オレら、戻んなきゃなんねえけど……」

 完二の言葉にクマは暫く一人にして欲しいと話す。
 自慢の毛並みもカサカサで、探索能力も低下して迷惑を掛けた事。
 毛が生え替わるまで、一人で激しくトレーニングに励むと鏡達に宣言する。
 意気込みは解るのだが、紙のように薄い見た目が言葉の重みを台無しにしている。
 どう言葉を掛ければ良いのか解らない鏡達に、完二がクマの気の済むようにさせるべきだと話す。

「じゃあ、りせちゃんは、私と千枝で送って行くね」

 完二の言うとおりにして、雪子はりせを千枝と一緒に送っていくと皆に話す。
 その言葉に陽介が、今はゆっくり休ませて話を聞くのはその後で良いと雪子達に任せる事にする。

「帰る方向が一緒だから、オレが先輩達を護衛するッス」

 そう話す完二に鏡は三人の事を任せると、嬉しそうに任せてくれと答える。
 陽介達が先に元の世界に戻った後で、最後に帰ろうとする鏡にクマが話し掛ける。
 以前にも話した事だが、鏡の力には特別なものを感じる事。
 それと同じように、自分にも自分にしかできない役目があるように思うとクマは話す。
 その為にも、自分は強くならなければならないと、クマは想いを鏡に伝える。

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、“星”のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 鏡の脳裏にいつもの声が聞こえる。
 それと共に、鏡の心を力が満たしていく。
 鏡はクマに別れを告げると、元の世界へと戻る。




 元の世界に戻ると、鏡の携帯電話に一件のメールが着信していた。
 差出人は遼太郎だ。
 内容は足立を連れて帰るので、四人分の晩ご飯を用意しておいて欲しいとの事。
 何でも給料日前で金が無く、キャベツで数日を過ごすと聞いて放っておけなくなったらしい。
 そんな食生活では刑事という職業柄、いざという時に不安が残る。
 メールを確認した鏡は、すぐさま体力がつく献立を考える。


 豚肉が安いので、生姜焼きをメインに豚肉と梅干しの炒飯と、溶き卵のとろみスープを作ることにする。
 必要な食材を購入して帰宅した鏡は、菜々子に足立が来る事を伝える。
 鏡の説明に、菜々子も足立の食生活が心配になったのか、量を多めにしたおかずを足立の分にして並べていく。

「お邪魔します」

 遼太郎に連れてこられた足立は、恐縮そうに鏡にお礼を述べる。
 そんな足立に鏡は、食生活に不自由しないように計画的にお金を使ってくださいねと釘を刺す。

「あ、はははは。相変わらず、鏡ちゃんは手厳しいなぁ……」

 そんな鏡の言葉に、足立は苦笑いを浮かべている。
 とはいえ、そんな姿も出された食事を食べるまでで、美味しそうに出された食事を足立は食べている。

「おい、足立。お前、明日は俺と同じく非番だろう? 今日は泊まっていけ」

 遼太郎からの申し出に驚く足立に『どうせ帰っても一人なんだろう、気にするな』と、遼太郎は久しぶりに飲み明かそうと話す。
 とはいえ、菜々子の前で飲み明かす訳にはいかないので、菜々子が寝た後になるだろう。

「そんな訳だから鏡。すまないが、今日は菜々子と一緒に寝てくれるか?」

 遼太郎からの申し出に鏡は快く了承する。
 菜々子自身も、鏡と久しぶりに一緒に眠れる事を喜んでいる。
 鏡は菜々子と共に入浴を済ませると、簡単な酒のつまみを作ってから菜々子の待つ自室へと戻る。
 自室へと鏡が戻るのを見送った遼太郎は、足立と共に缶ビールを空けていく。

「堂島さん、急にどうしたんですか? 僕に泊まっていけだなんて」

 ほろ酔い気分になってきた所で、足立が遼太郎に訊ねる。
 そんな足立に遼太郎は自分の相棒として、足立の体調管理が心配になったからだとぶっきらぼうに答える。
 不器用な遼太郎なりに、足立の事を気に掛けているのだろう。

「……なぁ、足立ぃ。お前は何で刑事になろうと思った?」

 缶ビールを飲み尽くし、日本酒も呑んで酔った遼太郎が足立にそう話し掛ける。

「俺はな……この町が好きだ。そして、菜々子や鏡……大切な者が安全に過ごせるようにと、この職を選んだ……」

 しかし、最愛の妻をひき逃げで殺された遼太郎は、今も独自にその犯人を追いかけている。
 他の職員からそれとなく話を聞いていた足立は、黙って遼太郎の話の続きを聞く。
 思いとは裏腹に、不可解な事件が起こり犯人は未だ特定することすら出来ない。
 誘拐されたと思わしき被害者も皆、誘拐前後の記憶が不確かで、決め手となる証言を得る事が出来ない。
 その状況がひき逃げ犯の事と重なり、遼太郎の心を重くしているのだろう。


 見つかった久慈川りせからも、これまでの被害者と同じく、誘拐前後の記憶が不確かだとの証言を得た。
 取り返しのつかない事件にまでは発展していないが、いつまでもこのままで良い訳ではない。
 菜々子や鏡が安心して暮らせるように、何としても犯人を検挙するぞと酔いつぶれながら話す遼太郎。
 足立は酔いつぶれた遼太郎を自室へと連れて行き布団に寝かせると、客間に用意されていた布団を敷いて自分も眠る事にする。

「……堂島さん。僕は、あなたみたいな立派な動機で、刑事という職を選んだんじゃ無いんですよ……」

 天井を見上げ、足立は誰に話す訳でもなく呟く。
 足立の目に、遼太郎の姿は眩く見える。
 自分の為ではなく、他人の安全の為に刑事という職を選んだんだという遼太郎。
 不器用ながらも気の良い人物である事は、菜々子の姿を見れば解る。
 春先に訪れた鏡も手厳しい事を遠慮なしに言ってくるが、堂島家における彼女の貢献度は並大抵ではない。
 らしくもない考えに、自分もかなり酔いが回っているなと苦笑して、足立は眠りにつく。




 翌朝になり、菜々子と共に居間に降りてきた鏡は、遼太郎達が空けた缶ビールの空き缶をゴミ袋へと纏める。
 菜々子と共に朝食を作り、自分達の分とは別に遼太郎達の分の朝食も用意する。
 鏡達の朝食はパン食だが、遼太郎達の朝食はご飯と味噌汁でおかずは焼き魚だ。
 それと、アルコールが残っている可能性もあるので、スポーツドリンクも用意しておく。
 菜々子と朝食を摂り終えた鏡は、メモをサイドボードに貼ると、菜々子と共に学校へと登校する。


 いつもの分かれ道で菜々子と別れた鏡は、少し先を歩く千枝と雪子の姿を発見すると声を掛けて、二人にりせの様子を訊ねる。
 二人の説明によるとりせの体調はそれほど酷くなく、暫く安静にしておけばすぐに回復する見込みだそうだ。
 それよりも、りせを丸久豆腐店に送った際に、遼太郎と足立が丸久豆腐店に訪れていた事に驚いたと二人は語る。
 何でも不審者は一連の誘拐犯ではなく、りせの熱狂的なファンであった事が解ったらしく、その事をりせに伝えに来たそうだ。
 それとは別に、行方不明になったりせが一連の誘拐犯に攫われた可能性も、考慮に入っていたようだと雪子が説明する。

「鏡の叔父さんさ、あたし達にも話を聞いてきたんだけど、足立って刑事とは全く違って本当に“刑事”って感じだね」

 雪子の言葉を継いで、千枝が遼太郎に抱いた感想を鏡に伝える。
 足立は頼りなさそうな様子が目立つが、遼太郎は逆に頼りがいがありそうに見えたという。
 そんな所が鏡に似ていると千枝に言われて、鏡は少し照れたような笑みを浮かべる。

「けど、堂島さんが一つ気になる質問をしていたね。りせちゃんを見付けた時に“鏡が一緒に居なかったか?”って」

「私と千枝だけだったって、説明したけれど、鏡は何か聞かれなかった?」

 心配そうに訊ねてくる雪子に、特にそう言った事は訊ねられなかったと鏡は答える。
 その答えに、雪子は鏡が関わっていないと聞いた遼太郎が、どこか安心した様子を見せていた事を伝える。


 きっと、これまでの失踪者達と何かしら接点があった鏡の事を心配していたのだろう。
 雪子の話を聞いて、鏡は遼太郎に対して申し訳ない気持ちになる。
 学生という立場である自分達は、ペルソナという特殊な力を持ってはいても、全てに対処が出来る訳ではない。
 遼太郎達、警察のような組織だった行動が出来る訳でもなく、学業という本来のやるべき事もある。

 テレビの中という、特殊な環境での行動は自分達にしか出来ないが、現実世界では遼太郎達の方が頼りになるだろう。
 いつかは遼太郎に真実を話して、自分達の事を手助けして貰う必要性が出てくるのではないか?
 漠然とだが、鏡はそんな事を考えながら、千枝達と学校へと移動する。
 今はまだ、遼太郎達に真実を伝える事は出来ないとしても、いつかは……




2011年06月11日 初投稿



[26454] 齟齬と違和感  6月22日 お知らせ追加
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/06/22 09:39
――――自分自身は問題がないと思っていた

        けれども、周りはそうは思ってなかった

      距離感を計りかねているような態度に私は

    普通に接してくれた彼女達に、無性に会いたくなった




 りせを救出してから数日が経った。
 向こう側での疲労は思いのほか重かったようで、しばらくの間は安静が必要だと診断されたらしい。
 今は自宅で静養中で、しばらくの間はシズが一人で店の面倒を見ることになるそうだ。
 その為、以前のように店を休む事が増えるらしく、りせの見舞いに来た鏡にシズが申し訳なさそうに謝罪をしていた。
 ただ、前日に連絡を入れさえすれば、鏡が必要とする分は店が休みでも販売するからねとシズが話す。
 これには逆に、鏡がそこまでシズに無理はさせられないと慌てる一幕があった。


 そんな事もあり、いつしか月は七月に変わったある日のこと。
 鮫川河川敷にある休息所で、早紀は降りしきる雨を物憂げに見つめていた。
 春先に記憶を失うという災難に遭うも、日常生活を送る分には問題が無く、早紀自身も大丈夫だと思っていた。
 けれども、周りがそんな早紀に対して必要以上に気を遣うために、最近は学校に行くのも憂鬱になっていた。


 今日も学校をには行かず、降りしきる雨をぼんやりと眺める早紀は、入院中の事を思い返す。
 入院当初はクラスメイト達が様子を見に来てくれたのだが、一度来たきりで続けて見舞いに来る者は皆無だった。
 唯一の例外は、自分を助けてくれた下級生の少女とその従妹。
 そして、彼女達と一緒に来てくれた彼だけだ。


 稲羽市に出来た大型チェーン店“ジュネス”の影響で、客足が遠退いた商店街は今では閑散とした様相を見せている。
 商店街の一部の人々は、口々にジュネスの事を悪く言ってはいるが、早紀にはとてもそうは思えなかった。
 確かに、切っ掛けはジュネスの出店だろう。
 けれども、それはあくまでも切っ掛けに過ぎず、客足が遠退いたのは顧客の要望に商店街が応えられなかった結果だと思う。
 古くから酒屋を営んでいた実家も、ジュネスの事を悪く言うだけで、打開するための方法を考えようとはしない。


 記憶を失う前の自分はジュネスでバイトをしていたのだという。
 理由は思い出せないが、何かしら思うところがあったのかも知れない。
 退院してからジュネスを見に行ったが、これならば商店街の客足が遠退くのも納得だ。
 規模が違うこともそうだが、品揃えの良さと最新の流行物を扱っているだけあって若い客が多い。
 それだけでなく、ジュネス自体が一つのテーマパークのようなもので、家族連れの姿も多く活気がある。


 商店街のように、地元住民との身内のような関係も悪くはないが、どうしても閉鎖的な関係になってしまう。
 そうなると、ジュネスのように多種多様の客層を得ることは難しいだろう。
 詰まるところ、早いか遅いかの違いだけで商店街から客足が遠退くことは、避けようのない状況なのだと思う。

「小西先輩?」

 そんな事を考えていた早紀に声が掛けられる。
 驚いてそちらの方へ視線を向けると、自分の恩人である鏡がこちらへと歩いてくる。
 手にはジュネスの買い物袋を提げており、ジュネスからの買い物帰りのようだ。

「鏡ちゃんか、ジュネスでお買い物の帰り?」

 表情を綻ばせた早紀が鏡に訊ねる。
 その質問に、今日の晩ご飯の材料だと答えた鏡は僅かに表情を曇らせる。
 鏡の表情の変化に気付いた早紀が怪訝そうな表情になると、鏡は早紀に体調が優れないのかと訊ねる。
 その質問に驚く早紀に、鏡は学校で早紀の姿を見なかった事と、今の早紀が疲れた様子を見せている事を挙げる。

「……鏡ちゃん。今、時間は大丈夫?」

「今日は生物を購入してないので、大丈夫ですよ」

 鏡の答えに、早紀は苦笑を浮かべる。
 確かに生物を持ったままだと今の季節は傷めてしまう事になっていただろう。
 早紀は鏡にお礼を述べると、最近の早紀を取り巻く周囲の状況に疲れた事を話す。

 記憶を失った自分に対して、周囲が腫れ物を触るような態度で接してくる事。
 早紀が発見された場所がジュネスのそばだった事もあり、父親のジュネス嫌いに拍車が掛かった事。
 クラスメイト達が、早紀に対してよそよそしい態度を取るようになった事。
 これらの事が、早紀の心を重くしている原因になっているのだという。

「皆、私の事を気遣ってくれているの解るのだけどね……」

 そう言って、早紀は疲れた笑みを見せる。
 見舞いに来てくれた時も、退院して復学した時も、変わらぬ態度で接してくれていたのは鏡と陽介だけだと早紀は語る。

「花ちゃんは鏡ちゃんと違って、少しだけ今の私に対して戸惑った様子は見せているけれどね」

 そう話す早紀は、それでも他の人達よりは気疲れをしないけどねと、小さく笑う。
 きっと、早紀に近しい人ほど接し方が解らないのだろう。
 鏡のように初対面に近かった者ほど、記憶を無くす前と今の早紀への違和感が無いのだろう。
 そう話す鏡に、早紀は『そうかも知れないね』と同意する。

「でもね、正直に話すと気遣われ続けると息が詰まっちゃう……」

 そう話す早紀はどこか悲しげだ。
 そんな早紀に鏡は、自分で良ければ話し相手くらいにはなりますよと話す。

「嬉しい事を言ってくれるね。でも、鏡ちゃんが男の子だったら、口説き文句に聞こえるよ?」

 その言葉に鏡が一瞬、呆気に取られた表情になる。
 意外な鏡の反応に、早紀は小さく笑うと『鏡ちゃんでも、そういう表情をするんだ』と、思った事を話す。


 自分よりも年下な筈なのに、落ち着いた雰囲気で頼りがいがある不思議な少女。
 男の子だったら、さぞかし女子から人気が出ていたのでは無いだろうか?
 そんな“もしも”な事を考える早紀は、鏡が来る前より楽しそうな表情を見せている。
 早紀は鏡からの申し出に、お互いの携帯電話の番号とメールアドレスを交換する。


 そう言えば、自分の携帯電話のアドレスに、彼の連絡先が登録されている事を思い出す。
 彼はジュネス店長の息子で、実質的なバイトリーダーの立場にいるらしい。
 一番最後に見舞いに来た、仲の良い二人組の友達が話していた事を思い出す。
 彼女達の話しぶりでは、彼の事を良く思っていない事が伺えた。


 鏡と一緒に見舞いに来た彼の姿と、彼女達の話す彼との姿には違和感がある。
 印象は人によって違うので、彼女達にはそういう風に彼の姿が映っているのだろう。

「それじゃ、何かあったら連絡してくださいね」

 そう話す鏡に早紀は笑みを浮かべて、今晩にでもメールを出すねと話す。

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


  汝、“刑死者”のペルソナを生み出せし時

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 鏡の脳裏にいつもの声が響く。
 それと共に自身の心を暖かい力が満たしていく感覚。

「鏡ちゃん、そろそろ戻らなくても大丈夫? 引き留めた私がいうのも何だけど」

 早紀の言葉に時計を確認すると、そろそろ戻らなくてはならない時間だった。
 鏡は早紀に別れを告げると、足早に帰宅する。
 その姿を見送った早紀も、遅くならないうちに自分も帰宅するべく河川敷を後にする。


 帰宅した鏡は菜々子と一緒に、野菜サラダのパスタを作る。
 前日に購入した豚肉を冷しゃぶ風にしてパスタの具のすると、茹でて氷水で冷やして水を切ったパスタと一緒に野菜に混ぜる。
 ソースは、醤油に大根おろしを混ぜた和風のサッパリしたモノを掛ける。
 遼太郎の分には疲労回復を兼ねて梅肉の磨り潰したモノも混ぜている。
 いつものように、菜々子とお風呂に入り寝かし付けた鏡は、資料整理をしている遼太郎に挨拶してから自室へと戻る。


 夜の天気予報で、今夜半から朝にかけて霧が出ると言っていたので、マヨナカテレビを確認することにする。
 確認したマヨナカテレビには、りせを無事に救出できたので誰も映る事は無かった。
 その事に安堵した鏡は、早紀から届いたメールに返信を返すと布団に入り就寝する。
 犯人の手掛かりは未だ掴めないが、被害者を出す事を阻止できただけでも良しとしておくべきか。
 そんな事を考えながら鏡は眠りにつく。
 翌朝になって、その思いが裏切られる事になるとは思いもせずに……




 携帯電話の着信音に起こされた鏡は、ディスプレイに表示されている名前を確認する。
 千枝からの電話のようで、鏡は通話状態にして電話に出る。
 電話の向こう側の千枝はかなり取り乱していて、その様子に鏡が眉をひそめる。

『商店街のはずれで、し、死体が見つかったって!』

 落ち着くように宥めた鏡に、千枝がそれどころじゃないと驚くべき内容を伝えてきた。
 その内容に鏡は衝撃を受ける。
 りせは無事に救出したはずだ。
 その後、りせが再び攫われたといった話も聞いていない。
 千枝はジュネスで待っているから、急いで来るようにと鏡に伝えると通話を終える。
 鏡も急いで服を着替えると、菜々子に出掛ける事を伝えてから急いでジュネスへと向かう。


 ジュネスのフードコートに鏡が到着すると、先に来ていた千枝が鏡に気付いて声を掛けてくる。
 千枝の他には雪子と完二が先に到着していて、陽介は現場を見に行っているとの事だ。
 少しすると、慌てた様子で陽介が走り寄ってくる。

「……やっぱ、殺人だ。死体、アパートの屋上の手摺りに、逆さにぶら下がってたって……」

 走ってきたため、息が上がった状態で陽介が皆に状況を報告する。
 その言葉に雪子が気落ちして項垂れる。

「それよか、大変なんだよ!!」

 そう言って、陽介はさらに衝撃的な事を鏡達に伝える。
 被害者は鏡達の担任である諸岡だと、陽介は話す。
 その言葉に動揺する千枝に、陽介はクラスメイトに見たやつが居て、間違いないと話す。

「んだよコレ……狙われんのは、テレビ出た奴じゃねえのかよ」

 そう言って、完二は諸岡がマヨナカテレビにも普通のテレビにも出ていなかったと話す。
 完二の言葉に、千枝が色々と解ったような気がしただけで、全部ただの偶然だったのでは無いかと気落ちした様子を見せる。
 雪子も本当はマヨナカテレビも関係が無いのかもと動揺した様子で話す。

「やっぱり……警察も捕まえらんない犯人を俺らで、なんて……無理だったのか?」

「……まだ諦めるのは早いよ」

 陽介の言葉に、鏡が考える素振りを見せながらそう話す。

「姐さんの言うとおりだぜ! そもそも、警察にゃ無理だろうって始めたんじゃねえスか」

 そう言って、完二が自分達がココで諦めたら犯人が野放しになり捕まえる事が完全に不可能になると告げる。

「取り敢えず、事が事だけにクマに“向こう側”に誰か居なかったか聞かないとな」

 暫く一人にしておいて欲しいとクマは言っていたが、状況を確認する為には向こう側に行くしかない。
 鏡達は陽介の言葉に頷くと、家電売り場へと移動する。

「あれ、店員さんがいる」

 千枝の言うとおり、珍しく家電売り場に男女の店員が居て、何やら話し込んでいる。
 不思議に思った陽介が店員に事情を聞くために話し掛ける事にした。

「おつかれっす。何かあったんスか?」

 陽介に店員達は困惑した様子で、売り場に“妙な着ぐるみ”が居るのだが、店長から何か聞いていないかと陽介に訊ねる。
 名前を聞いてみたところ“熊田”と答えていたと女性の店員が陽介に告げる。
 陽介は自分の方で確認するからと店員達に告げると、店員達は陽介に後を任せて持ち場へと戻る。

「熊田……?」

 訝しげる陽介が考え込んでいると、何気なく視線を移動させた千枝が驚きの声を上げる。
 千枝の指さす方向に鏡達も視線を向けると、マッサージチェアに腰掛けて楽しんでいるクマの姿があった。

「おおーう。なかなか、ツボにクるクマねー」

 すっかりリラックスした様子で、クマがマッサージを堪能している。

「お、おまっ……何でココに……」

 驚いた陽介がクマに問いつめると、こちら側に興味が出たので出てきたとクマは暢気に話す。
 元々、出ることは可能だったのだが、出るという発想が無かっただけなのだとか。
 ただ、出てきたのはいいが行くあてが在るわけでもなく、戻るのも勿体ないので皆の事を待っていたそうだ。

「あ、さっきお名前訊かれたから、“クマだ”って言っといたクマよ」

「それで、“熊田”なのね……」

 クマの言葉に、千枝が呆れた様子で呟く。

「そうだ、訊きたい事あるの!」

 クマの雰囲気に呆気に取られていた雪子が、向こう側に誰か入ってなかったかクマに訊ねる。
 雪子の質問にクマは霧が晴れるまで向こう側に居たが、誰も来なかったと雪子に答える。


 その答えに陽介が改めて確認するが、向こうに誰も居なくて寂しくなったからこっちに来たとクマが不機嫌になる。
 それでも信じず訊ねる陽介に、クマは最近の自分は落ち目なので信じてくれなくても良いと拗ねてみせる。
 そんなクマに鏡は信じていると告げると、クマは手の平を返したかのように機嫌を直す。
 クマの言うとおり、マヨナカテレビには誰も映らなかったのだから、向こう側に諸岡は入ってはいないのだろう。

 そんな鏡達に、どこかに連れて行って欲しいとクマが話す。
 呆れた完二が例えば何処に行きたいんだと訊ねると、クマは眼鏡を取り出してりせに渡して欲しいと鏡に手渡す。
 クマが言うには、これからはりせがクマ達をバックアップしてくれるので、自身は皆と一緒に前線で戦うと告げる。

「戦ってよし、守ってよし、笑顔もよしの“クマ・スペック2”! 参上クマ! 今ここに、新たなクマ伝説が幕を開けるのだー!!」

「伝説……おおー」

 クマの伝説発言に雪子が感動した様子を見せる。

      我は汝……、汝は我……

      汝、絆の力を深めたり……


  絆を深めるは即ち、まことを知る一歩なり


   汝、“愚者”のペルソナを生み出せし時

     我ら、更なる力の祝福を与えん

 鏡の脳裏に響く声。
 それと共に鏡の心を暖かな力が満たしていく。
 気が付くと、いつの間にか周りを小さな子供や女性客が取り囲んでいる。

「やばい、人目引いてる……クマお前、のびのび騒ぎ過ぎなんだよ! と、とにかく、移動だ!」

 そう言って、陽介はクマを連れてフードコートへと移動する。
 フードコートのいつもの場所でもう一度クマに“向こう側”に誰も来なかった事を確認する。
 陽介の確認に誰も来ていないと、改めてクマが答える。
 マヨナカテレビに映らず、クマも誰も来ていないと話す。
 その事から、諸岡はそもそもテレビには入れられていない事だけは確かなようだ。

「なら、こっちで殺されたって事? 何で犯人、モロキンだけテレビに入れなかったんだろ?」

 釈然としない様子で、千枝が疑問を述べる。

「テレビに入れるという発想が、元々無かっただけかも知れないね」

「それって、テレビに入れても殺せないって思ったから?」

 鏡の答えに、自分達が続けて三人も助け出したから、宗旨替えをしたのではないかと雪子が考えを述べる。
 雪子の言葉に、千枝と完二が可能性としてありえると同意を示す。

「そうじゃなくて、“模倣犯”の可能性を私は考えているの」

「姉御、そりゃどういう事だ?」

 鏡の言葉に、陽介が驚いた様子見せる。
 まだ推測の域を出ていないがと断ると、鏡は今回の事件にコレまでとは違和感がある事を挙げる。
 山野真由美は別にして、以降の被害者は狙われる事に関する共通点がテレビで報道されただけである点。
 その事を前提にして考えると、今回の事件には明確な殺意を感じると鏡は陽介達に話す。

「つまり、これまでは話題に上がった人物を狙ったが、今回は明らかに、モロキンだけを狙った犯行だと姉御は言いたいのか?」

 陽介の言葉に鏡が『確証はまだ無いけれど』と答える。

「手掛かり要るよね……りせちゃん、そろそろ話が聞けないかな?」

「そうだな……それに期待するしかねーや」

 千枝の言葉に、陽介がこれからりせに会いに行って話を聞くしかないと話す。

「ハァ~、それにしても暑っクマー……取ろ」

 それまで大人しくしていたクマが、炎天下の日差しの中で暑さに耐えかねてそう呟く。
 クマの言葉に陽介は慌ててクマの頭を抑え付ける。
 子供達も見ている中で、中身のない着ぐるみの姿を見せればトラウマを残しかねない。
 そんな陽介に、クマは逆ナンするために中身のあるクマになったと自慢気に話す。


 確かに、中身が無かったら暑さを感じる事は無いはずだ。
 訝しげにクマを見る鏡達の目の前で、暑さに耐えきれなくなったクマが限界だと言って首元のファスナーを開ける。
 中から出てきたのは金髪碧眼の美少年で、唖然とする鏡達の目の前でクマが缶ジュースを美味しそうに飲み干す。


 喉を潤したクマが、千枝と雪子に何か着る物を持っていないかと訊ねてきた。
 何でも生まれたままの姿なのだとか。
 クマの言葉に、顔を赤くした千枝が慌ててクマの着る物を買いに行こうと、雪子と店内に移動しようとする。

「千枝、ちょっと待って」

 鏡は千枝を呼び止めると、向こう側での活動資金から数枚のお札を取り出して千枝に手渡す。
 これで上限を決めて、クマの着る物を購入するように指示を出す。
 品揃えは豊富だが、それに比例して値段も色々なので上限を決めておかないと、予算が足りなくなる可能性が高い。
 鏡の指示に千枝と雪子は頷くと、改めてクマの着る物を買いに店内へと移動する。

「アイツが……クマ? 空っぽじゃなくなったって……中に“ニンゲン”生えてきたってのか?」

「どんだけ、あり得ない生きモンだよ……」

 フードコートから出て行ったクマを見送った完二と陽介が、それぞれ唖然とした様子でそれぞれの感想を述べる。
 とはいえ、“向こう側”というあり得ない世界の住人であるクマを、こちら側の常識で判断するのが間違いなのかも知れない。
 それに、こちら側で出歩くのなら、着ぐるみの姿よりも人目に付かなくて済むという利点もある。
 取り敢えず、クマの衣類は千枝達に任せるとして、鏡達は先に商店街へと向かう。



 千枝達を待つ間、四六商店で氷菓子を購入した陽介と完二は美味しそうに食べながら千枝達が来るのを待つ。
 鏡は二人とは違い、飲み物で喉を潤している。

「ごめん、遅くなった……」

 そう言って合流してきた千枝は、雪子と共に何処か疲れた様子だ
 そんな二人の後ろから、胸元の開いたドレスシャツを着た美少年が現れた。
 胸には造花だが深紅の薔薇を差しており、その様子は王子様と言っても過言ではない。

「のぁ……! ク……クマか、お前?」

「イッエース、ザッツライト。イカガデスカ?」

 唖然とした表情で美少年に訊ねる陽介に、美少年=クマが爽やかな笑顔を浮かべて答える。
 その様子に、鏡は見違えたと思ったことを述べる。

「あたしもビックリだけどさー。間違いなくあのクマ君だから」

 千枝が言うには、見た目は美少年だが中身は着ぐるみの時のクマのままらしい。
 見る物全部が新鮮なため、大騒ぎで大変だったと千枝は話す。
 そう話す千枝の言葉に項垂れるクマを雪子が慰める。

「まったく……大人しくしてりゃ、見た目は可愛いのに」

 雪子に慰められた途端、元気になったクマに千枝が呆れた様子で感想を述べる。
 千枝の言う通り、黙っていたらその見た目で女性から注目されるだろう。
 しかし、中身が着ぐるみの時のままだと、見た目とのギャップに引かれる可能性が高そうだ。
 クマを丸久豆腐店に連れて行くと、話が拗れそうだと思った陽介は、財布から千円札を取り出すと完二に手渡す。

「完二、これで好きなだけアイス買って、クマと分けろ。俺達、ちょっと豆腐屋行って来るから。ここで大人しくしてろよ」

 突然の事に完二が貰うわけにはいかないと抗議する。
 そんな完二に、陽介はリニューアルしたクマの歓迎だからと笑って話す。
 その代わり、騒ぎを起こさないようにクマの様子をちゃんと見るように完二に言い含める。

「お~、どーしたの花村、急に“先輩”じゃん」

「アホ、豆腐屋にクマの奴を連れて行ったら騒がしくなるだけだろうが」

 千枝が陽介をからかうも、そう言って千枝の言葉をバッサリ切り捨てる。
 陽介の言葉にクマが落ち込むが、完二の『ホームランバー食いに行くぞ』の一言で立ち直る。
 嬉しそうに完二に突いていくクマを見送ると、鏡達はりせに会いに丸久豆腐店へと向かう。

「おや……やっぱり来ましたね」

 そう言って、丸久豆腐店に到着した鏡達に声を掛けてきたのは以前、鏡に話を聞きに来た直斗だった。

「白鐘君、お久しぶり」

 久しぶりに会った直斗に、鏡が笑顔で話し掛ける。
 鏡から話には聞いていたが初めて見る直斗の姿に、陽介達は驚きを隠せない。

「この間はありがとうございました。今度は、久慈川りせを懐柔ですか?」

「懐柔って……?」

 直斗の発言に千枝が呆然と呟く。

「白鐘君、職業柄なのは仕方がないと思うけれど、友達に会いに来ることを“懐柔”とは言わないと思うよ?」

「そのようですね。失礼、後ろの方々は初対面でしたね。僕は白鐘直斗。例の殺人事件について調べています」

 鏡の言葉に直斗は冷静に初対面の陽介達に自己紹介を済ませる。
 直斗は鏡の方へと視線を戻すと、意見を聞かせてくださいと願い出る。

「被害者の諸岡金四郎さん……皆さんの通う学校の先生ですよね」

「うん。付け加えるなら、私達の担任だった人だよ」

 直斗の確認に鏡が情報を付け加える。
 その言葉に直斗は表情を僅かに曇らせるが、質問を続ける。
 誘拐された小西早紀と同じ学校の人間であるが、重要な点はそこではなく、もっと重要な点がおかしいと直斗は語る。

「この人……“テレビ報道された人”じゃないんです。どういう事でしょうね?」

 続く直斗の言葉に陽介達は驚く。
 以前、鏡が語っていたように目の前の人物は、限られた情報だけで真実の近くまで辿り着いている。
 その事に驚きを隠せない陽介達とは違い、鏡は冷静に直斗に答えを返す。

「白鐘君も、“その可能性”を考慮に入れているんでしょう?」

「……やはり貴女は、油断のならない人ですね」

 鏡の主語のない答えに、直斗は感心した様子を見せる。
 以前に鏡と話したときに感じた思いは、間違いでは無かった。
 それが確認できただけでも、直斗にとっては大きな収穫だった。

「僕は事件を一刻も早く解決したい。皆さんの事、注目していますよ。それじゃ、いずれまた」

 そう言って、立ち去ろうとする直斗を鏡が呼び止める。
 訝しげに鏡を見る直斗に、『また今度、機会があったらご飯を食べに来て』と、鏡は誘いの言葉を掛ける。
 その言葉に直斗は一瞬、呆気に取られた表情を見せるが、すぐに気を取り直し『機会があれば是非に』と、申し出を受ける。
 約束を取り付けてその場を去った直斗を見送った鏡に、陽介が理由を訊ねる。
 陽介の疑問に、鏡はりせの件で自分達ではどうにも出来ない事があると告げる。

「私達だと叔父さん達には直接言えない事でも、白鐘君を通せば、伝えられる事があるんじゃないかなって思ったの」

 鏡の説明に陽介は驚くと共に納得もする。
 確かに“ペルソナ”という特別な力を持ってはいても、自分達はそれ以外では無力な学生だ。
 警察のように組織だって捜査を行うことも、被害者と思わしき人物を警護することが出来ない。
 しかし、直斗が自分達に協力してくれるのであれば、違った方向から事件に対してアプローチが出来るかも知れない。

「なるほどな。あの白鐘って奴が万が一の保険になるかも知れないと、姉御は考えているんだな?」

「どのみち、私達の事を疑っているのだから、味方に着いてもらう方が良いでしょう?」

 陽介の言葉に鏡がそう答える。
 鏡の強かな言葉に感心半分、呆れ半分でいると背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「あ……いらっしゃい。先輩、この間はお見舞いに来てくれたのに、会えなくてごめんね」

「いいのよ。それよりも、身体の方はもう大丈夫?」

「うん、もうすっかり。そうだ……今、少し時間いい?」

 体調を気遣う鏡にりせは回復した事を告げると、そう言って鏡達に話したい事があるからと、辰姫神社へと移動する。
 辰姫神社へと移動する道すがら、店で待っていた間の事をりせに確認する。
 りせも店で鏡達の帰りを待っていた事は覚えているが、それ以後の記憶が曖昧で気付いたら向こう側に居たとのだと話す。

「さっき、お店の前で白鐘君に会ったのだけど、何度か来ているの?」

「数回、位かな? 事件のこと、色々と訊かれた。でも“向こうの世界”の事は話してない。無駄だと思ったし」

 鏡達の事も訊ねられたそうだが、適当にはぐらかしたそうだ。
 自分を助けてくれたのは千枝と雪子で、鏡は稲羽に来てすぐに知り合った大切な友人だと。
 りせの言うように、向こう側の事を話したところで信じられるような話では無いので仕方がないだろう。

「あの……その……」

 言い淀むりせに、千枝がどうしたのか訊ねる。
 りせは千枝の質問に、態度を急に明るくして助けてく入れた事にお礼を述べる。
 その姿はテレビの中での“りせちー”そのもので、ファンである陽介の琴線に触れたようだ。

「あー、今やっとホンモンって実感した。確かに“りせちー”だ」

 陽介の言葉に、りせは最近疲れていて少し暗かった事を挙げ、喋り方が変ではないかと訊ねてくる。
 とはいえ、世間的には明るい感じの方がりせの“普通”なのかも知れないと困惑した様子で話す。
 演じ続けたせいで、どの辺が“地”の自分なのかが解らなくなってきてるのだとりせは説明する。
 りせの説明に、千枝と雪子はその時々で様子は変わるし、人には色々な顔があると気にしない方が良いと話す。

「そうだ、アレ渡さなきゃ。クマ眼鏡。あ、渡さなきゃって言うか、えっと……」

 言い淀む千枝の様子に、りせは鏡へ自分の手助けがないと困るか訊ねる。
 その言葉に、鏡はりせを危険に巻き込む事になるのが心苦しいと正直に話すが、りせ自身は気にしていないようだ。

「気にしないで、先輩。私を助けてくれた皆を、今度が私が助ける番だから」

 そう話すりせに、鏡がクマから預かっていた眼鏡を手渡す。

「それ、一応、仲間の証って言うか……」

 陽介の言葉を継いで、鏡が眼鏡の効果をりせに説明する。
 鏡の説明にりせは、向こう側の世界で鏡達が眼鏡を掛けていた事を思い出す。

「ありがと、先輩。これで仲間、だよね」

      我は汝……、汝は我……

      汝、絆の力を深めたり……


  絆を深めるは即ち、まことを知る一歩なり


   汝、“愚者”のペルソナを生み出せし時

     我ら、更なる力の祝福を与えん

 嬉しそうなりせの言葉に唱和するように、鏡の脳裏にいつもの声が聞こえてくる。
 りせは鏡達に、明日から自分も八十神高校に通う事を告げると、まだ友達が居ないから仲良くしてよとお願いする。

「けど、こんな時期に転入って大変だな。事件とか、モロキンとか……」

 それにテストもと話して、陽介は自分の発言に落ち込む。
 そんな陽介に、怪物相手に死にかけた事に比べたらどうともないと笑ってりせが話す。
 言われてみれば確かに命の危険に比べたら、テストはそう大変でないように思えてくる。

「うーす、調子どうスか?」

 遅れてやって来た完二に、りせが話が済んだ事を伝える。
 そのまま、甘えるように鏡の腕を取るりせに完二が呆れた視線を向ける。

「お前、姐さんの前だと本当に態度が変わるんだな」

「あなたも先輩達と同じハチ校生? 明日から、私もだから、よろしくね」

 りせの言葉に、完二が唖然としてりせの学年を訊いてくる。
 そんな完二に陽介が自分達の事を先輩と呼ぶのだから、完二と同じ学年だろうと突っ込む。

「そういやクマはどうした、クマは」

 完二と一緒にいたはずのクマの姿が見えない事を訊ねる陽介に、完二が向こうで五本目のホームランバーを食べていると告げる。
 これからクマはどうするのかと訊ねる完二に、陽介が仕方がないので自分が連れて帰るかと、諦観した様子で話す。
 事件は不可解な様相を見せ始め、犯人に繋がる情報は未だに得られない。
 けれども、新たな仲間を迎えた事は鏡達にとって心強い事だ。
 諦めなければ、きっと答えに辿り着ける。
 今はそれを信じて、正しいと思った道を進むだけだ。




2011年06月19日 初投稿


2011年06月22日
●お知らせ
気が付けば投稿数が20話になっていましたので、次回の投稿より『その他版』へと移動しようかと思います。



[26454] 思いがけない進展
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/06/26 09:41
――――彼女との違いを知りたいと思った

     望むモノを持った彼女と持たざる自分

   比較する事に意味が無いとは解ってはいても

      その答えが知りたいと願った……



「容疑者が特定できた?」

 その報告を聞いた直斗は、自分の聞き間違いではないかと訊ね返した。

「うん、これまで何の情報も見つからなかったのが嘘みたいだよ」

 そう言って、直斗にその事を伝えた足立がどこか安心したような表情で話す。

「それで、容疑者は一体?」

 直斗の質問に足立は気まずそうな表情になると、相手は高校生の“少年”なので、直斗に名前を教える訳にはいかないと説明する。
 確かに、容疑者が未成年者という事ならば、それ以上の情報を自分が聞く訳にはいかない。
 とはいえ、今回の事件にはおかしな点があるため、素直に引き下がる事も出来ない。


 今回の事件は最初の事件と違い、被害者の死因がハッキリしている。
 遺体を見せしめのように放置している点は同じだが、これまで独自に調べた内容と明らかに食い違う点がある。


 その事を遼太郎をはじめ他の者達にも伝えたのだが、事件解決を急いでいるように思われる。
 今回の事件が、模倣犯によるモノである可能性を指摘するも、誰も直斗の指摘に取り合おうとはしない。
 唯一、その可能性を考慮していたのは遼太郎だけだ。
 けれども、遼太郎も上からの指示には逆らえないらしく、指示には従う様子である。
 まずは、容疑者である少年の身柄を確保する事が先決だとばかりに、直斗の言い分を聞き流しているのが現状だ。


 いつもと同じ状況に、直斗は握りしめた拳に力を込める。
 必要とされる時にだけ意見を求められ、必要が無くなると手の平を返したように、『子供だから』といわれ続けてきた。
 今回も、最後には『子供には解らない』と、直斗の訴えは聞き入れられる事はなかった。
 幼い頃から読み親しんできた小説に出てくる、探偵のような頼りにされる存在。
 幼い頃から憧れ続けた存在に、いつのなったらなれるのか?


 ふと、直斗は最近知り合った彼女の事を思い出す。
 女性でありながら、皆の中心にいて頼りにされている一つ年上の人。
 自分と同じく、この事件の共通点を見抜いている油断のならない人物。
 初めて会ったのは、山野真由美の遺体発見者で失踪していた小西早紀を発見した状況を聞きに、堂島家に訪れた時。
 想像していた人物とは違ったが、人物像としては想像していたものから、そう外れたモノではなかった。


 二回目に出会ったのは、失踪して発見された久慈川りせに話を聞きに行った帰り。
 外出中でりせに会う事は出来なかったが、代わりに彼女と話せた事によって、自身が思っていた通り油断のならない相手だと確信した。
 彼女を筆頭に、自分には知り得ていない情報を持っていると思われる人物達。
 世間には報道されていないが、小西早紀に続いて数名が、“報道直後に失踪する”という共通した自体に遭遇している。
 しかも、失踪前後に関する記憶が欠落しているという共通点までもが一緒だ。


 何かの訳で死を免れたのか、彼、もしくは彼女らの内の誰かが犯人なのか?
 殺された山野真由美と多少といえども接点を持っているので、偶然という言葉で片付けるのも早計に思える。
 そう言えば、彼女達はいつものようにジュネスのフードコートに集まっているのだろうか?
 稲羽署を後にした直斗は、特に目的も無くジュネスへと足を運んだ。

「モロキンのためにも、あたし達に出来る事、やるしかないよ!」

 フードコートに到着した直斗の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
 思った通り、彼女達はフードコートに集まっていたようで、見慣れない顔ぶれも混じっている。
 どうやら事件について話し合っているらしく、事件解決のために行動を起こそうと話しているようだ。

「その必要はありません」

 直斗は、考えるよりも早くそう声を掛けて鏡達の元へと近寄る。

「オ、オメェ……」

 以前、話を聞いた完二が驚いた表情で直斗を見ている。

「諸岡さんについての調査は、もう必要ありません」

 直斗の言葉に驚く鏡達に、直斗は容疑者が固まった事を伝える。
 容疑者が誰なのかを訊ねてきた千枝に、自身も聞かされていないが高校生の“少年”である事を伝える。
 証言も得られたらしく、警察もよほどの確信を持っている事も合わせて伝える。

「逮捕は時間の問題かも知れません。無事解決となれば、またここも、元通り、ひなびた田舎町に戻りますね」

「容疑者は……高校生……そうか……で、お前は何しに来たんだ?」

 直斗の言葉に驚きつつも、陽介は何の目的で直斗がここに訪れたのかを訊ねる。
 その質問に直斗は、鏡達の“遊び”も間もなく終わりになるかも知れない事を伝えようと思ったと、思ってもいない説明をする。

「遊び……? 遊びはそっちじゃないの?」

「……!?」

「探偵だか何だか知らないけど、あなたは、ただ謎を解いているだけしょ?」

 直斗の説明に、りせが静かな怒りを滲ませて反論する。
 ほとんど接点もなかった自分の為に、命の危険を冒してまで助けに来てくれた鏡達。
 そんな鏡達の行動を“遊び”という一言で片付けられる事が、りせには我慢がならなかった。

「私達の何を解ってるの?……そっちの方が、全然遊びよ」

 りせの言葉を継いで陽介も直斗に反論する。
 自分達の知り合いが誘拐された事。
 そして、大切な約束を交わしている事。

「遊び……か。確かに、そうかも知れませんね……」

 自嘲気味に話す直斗に陽介が、容疑者が固まったのでお払い箱になったのかと皮肉るように話す。
 陽介の皮肉に探偵は元々、逮捕に関わる事もなく、事件に対して特別な感情も無いと直斗は語る。

「ただ……必用な時にしか興味を持たれないというのは……確かに寂しい事ですね。もう、慣れましたけど……」

 そう語る直斗は何処か辛そうな様子を押し殺しているように見える。

「陽介、そういう言い方は無いと思うよ。白鐘君にだって色々と思うところ、感じる事があるのだから」

 鏡はつい、直斗を庇うように陽介を窘める。
 警察という大人の社会に、自分よりも年下の直斗が関わっている。
 嫌な事、辛い事、自分達には考えつかないような苦労をしているはずだ。
 そんな直斗を自分達が笑って良い事ではない。
 鏡の言葉に、陽介はバツの悪い表情を浮かべて直斗に謝る。
 直斗は『気にしていないから』と、陽介に気にする必用は無いと告げる。

「……じゃ、もう行きます」

 これ以上、ここに居る用事もないので、直斗はそう言ってフードコートを後にする。
 その胸の奥に、小さな棘を刺したまま……




 もう誰も、自分をバカにする事は出来ない。
 下らない言い掛かりで自分を退学にしたあの教師も、憎まれ口を叩く事はもう出来ない。
 口先だけで何も出来ない連中とは違うんだ……


 降りしきる雨は血を洗い流し、その後で発生した濃い霧が自分の姿を覆い隠してくれた。
 これは天啓なんだと、自分だけが理解できた。
 誰も出来ない事を自分が行う。

――自分は運命に選ばれた勇者なのだ

 だから誰も、自分を裁く事はおろか、見つけ出す事も出来ない。
 だって、運命に選ばれたのだから。


 事件の事が報道された。


 誰も、自分が手を下した事に気付かない。
 誰も、自分が運命に選ばれた勇者である事を知らない。

 誰も

 誰も……

 誰も……?

 ……誰も気付いていない?

 凄い事を為した自分の事を誰も知らない?

 事件の事を噂する者達が増えてきた。
 皆、それぞれが勝手に犯人像を作り上げ、面白おかしく話している。
 誰一人、正しい犯人像を思い描く事が出来ず、噂が一人歩きを始めている。
 勝手に見た気になって、勝手に知った気になっている。
 誰一人、事実に辿り着く事すら出来ずに、好き勝手な噂話が続いている。


 最近、ちゃんと眠る事が出来なくなった。
 眠るといつも決まって、同じ夢を見る。
 真っ赤な世界と、断末魔の呻き声。


 繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し……




 事件の報道があってから、周りの様子が少し変わってきた。
 最初の事件から日が経っていた事もあり、もう事件は起こらないと思われていた矢先に起こった二件目の事件。
 テレビでは新たな事件に付いての報道が増え、無責任なコメンテーターの発言が、余計な不安を煽る。
 その報道を見た菜々子が不安がったため、鏡は菜々子を安心させるため、その日は菜々子と一緒に眠る事にする。


 諸岡が亡くなった事により、鏡達のクラスの担任を、テニス部の顧問を受け持つ柏木が担当する事となった。
 担当初日に諸岡に対して黙祷を促した柏木は、クラスの全員が黙祷を終えると教卓に腰掛けていた。
 扇情的に男子生徒を挑発しようとするその様子は、とても教師とは思えない姿で、諸岡と並んで生徒達からは倦厭されている。
 どうにも自身の美貌を信じて疑っていないらしく、転校してきたりせに対して激しく敵意を剥き出しにしている。
 もっとも、りせ自身は柏木の事を歯牙にも掛けていないようだが。


 諸岡が亡くなったとはいえ、試験期間に変更はなく準備期間中のクラブ活動も休止である。
 千枝と陽介はそれぞれ、試験に対してすでに辟易した様子を見せており、放課後に皆で試験勉強をする事となった。
 場所はジュネスのフードコートで、同じく試験に対して暗澹たる思いを抱いている完二とりせも参加する。
 朝から振っていた雨も午後には止み、適度に過ごしやすくなった中での試験勉強。
 鏡と雪子が皆を教える側にまわり、雪子が千枝と陽介の二年生組を、鏡がりせと完二の一年生組の面倒を見る。

「やっと終わった……」

 試験勉強を終えた陽介が、テーブルに突っ伏して終わった事に安堵している。
 千枝達も陽介と似たような状況で、それぞれが疲れた様子を見せている。

「皆、お疲れ様。アイスを買ってきたから、皆で食べましょう」

 雪子と一緒にフードコートでアイスを買ってきた鏡が、陽介達に冷えたアイスを手渡していく。
 アイスを受け取った陽介達は、アイスの仄かな甘さに試験勉強の疲れが癒されたようで、先ほどよりも表情に元気が出てきている。

「私、こんな風に皆で勉強をする事が出来るなんて、思っても無かった」

 アイスを食べながら、そんな事をりせが話す。
 アイドルになってからは多忙な日々を送っていたため、同年代の友達作る暇さえもなく、今の状況が夢のように感じられる。
 これも鏡と出会った事による影響なのかと思うと、りせにとって鏡の存在は本当に大きなもので、どれだけ感謝しても足りないほどだ。


 りせと同じく完二もまた、新しい環境に戸惑いを感じつつも、以前よりも充実した日々を過ごしている。
 林間学校での一件以来、完二に話し掛けてくる女生徒が増えてきた。
 ぶっきらぼうに返答を返すその姿が女生徒達の琴線に触れたのか、一部の女生徒達からは“可愛い”との評判を得ている。
 もっとも、当人が知れば激昂しそうではあるが、知らぬが仏とはこの事をいうのだろう。
 鏡からの忠告もあり、女生徒達も完二との距離の取り方に気を配っている部分も完二が気付かない原因かも知れない。
 相変わらず、鏡達以外の女生徒には落ち着きのない態度を見せる完二だが、女生徒達の方ではそれほど気にはしていない様子だ。




 試験準備期間も終わり、試験本番を迎えた鏡達。
 鏡と雪子は普段通りの安定した状態で試験に挑み、千枝と陽介は以前よりマシな状態で試験を迎えられたようだ。


 鏡達が試験に取り込んでいる間。
 稲羽署では捜査の状況に問題が発生していた。

「何? 容疑者の足取りが途絶えただと?」

 先ほど容疑者の身辺を調査していた担当官から、容疑者の少年が消息不明になったとの連絡が入った。
 テレビで報道されてから、少年の身辺を捜査して事件に関与しているとの証言も得られた矢先での失踪。
 警察の動きを察知して姿を眩ませたのかとも思われたが、稲羽市から出た形跡がない。
 少年が通う学校でも数日前から休学していたようだ。


 そのため、少年の行方が分からなくなった事に対して稲羽署内に緊張が走る。
 以前、直斗から指摘された“テレビ報道された人物が誘拐される”という推理に、状況が一致するからだ。
 まさかの容疑者失踪に稲羽署内は慌ただしくなる。

「念のために主要な交通機関は全てチェックして、駅の方へも人を回せ!」

 上からの指示に遼太郎達が慌ただしく署を後にする。

「足立、二手に分かれて容疑者の行きそうな場所を探そう。俺は駅の方を見てくる」

「解りました! 僕はジュネスで逃走用の買い出しをしていないか調べに行きますね!」

 そう言って、遼太郎と足立は二手に分かれる。
 割ける人員を総動員しての少年の捜索。
 捜索の甲斐無く、少年の足取りはいぜんとして掴めない。


 試験最終日を迎え、鏡はテストの結果にかなりの手応えを感じていた。
 千枝はいつものように雪子と試験の答案内容の確認を行っているが、状況は芳しくはないようだ。
 そんな千枝を陽介がからかう中、りせと完二が鏡達の教室にやってくる。

「うーっス……」

「お疲れ様……じゃないや、こんにちは……」

 二人とも疲れた様子を見せており、試験の手応えはあまり良くないようだ。
 陽介がその事を突っ込むと、りせは英語が出来なくても、いざとなったら通訳でも何でも付けると、顔を真っ赤にして陽介に噛みつく。
 その直後に、りせは甘えた様子で鏡にテストの調子を聞いてくる。
 完二はりせの変わり身の早さに辟易した様子を見せているが、恐らくクラスメイト相手に猫を被るりせの姿を見ているためだろう。
 りせの質問に鏡は手応えは十分だと答えると、りせは鏡に羨望の眼差しを向けてくる。

「も、いースよ、テストの話は……それより、事件の方どうなってんスか?」

 ウンザリした様子で完二が鏡達に事件の状況を聞いてくる。
 完二の質問に、陽介が久しぶりに“特捜本部”に集まるかと提案する。


 ジュネスのフードコートに集まった鏡達は、容疑者が固まった事に困惑を隠せない。
 超常現象による殺人に対し、自分達にしか解決できないと気負っていた事が原因だ。
 ただ、まだ犯人が逮捕された訳ではないので楽観は出来ない。
 結局は情報待ちで、今の鏡達には出来る事が無いのが現状だ。

「ったく、容疑者上がったのはいいけど、どこ行ったんだか……こっちはもう、クタクタだっての……」

 そんな鏡達の耳に聞き覚えのある足立の声が聞こえてくる。
 足立の呟きの内容に陽介達は驚いた様子を見せる中でただ一人、鏡だけが呆れた様子を見せている。

「足立さん、また守秘義務を……」

「おわっと!? 鏡ちゃん? ひょっとして、今の話を聞いてた?」

 呆れた様子で話す鏡に、足立は引きつった表情で確認を取ってくる。
 そんな足立に鏡は不用心すぎると釘を刺すと、足立は慌てて事件は解決に向かっているから、何の心配も要らないと取り繕う。
 そのまま逃げるようにフードコートを立ち去った足立に対して、陽介が頼り無いなと正直に思った事を話す。
 足立の話しぶりからすると、警察の方ですでに手配が掛かっているのなら、自分達の出る幕は無さそうだ。

「そ、そうだ。テストで分かんとこがあったんだけど」

 沈んだ雰囲気を察したりせが、そんな風に鏡達に試験の問題で分からなかった部分を聞いてくる。

「あぁ、それはホルムアルデヒドの事ね」

「そうなんだ、私“酢酸”にしちゃった。……って、そっか、お酢なワケ無いよね」

 質問に答える鏡にりせが尊敬の眼差しを向けてくるが、鏡からすると長い問題文を覚えているりせの方が凄いと思う。
 鏡と同じ思いだったのか、陽介が呆れたように『長い問題を覚えている方が凄いんじゃないか?』と呆れ半分でりせに話し掛ける。
 どうやら、りせにとっては台本を覚えるのと同じで暗記に関しては問題は無いようだ。

「勉強を教えて貰うのだったら、せっかくだから異性の先輩に訊きたいけれど、鏡先輩や雪子先輩の方が出来そうなんだよね」

 りせの何気ない一言に、陽介が落ち込む。
 確かに、勉強は学年でもトップクラスの二人と比べたら見劣りするが、面と向かっていわれると、少々キツイものがある。

「そう言えば、クマ君って、どうしてんのかな?」

 これ以上、勉強の話をしたくない千枝が話題を変えて陽介に訊ねる。

「あ、そっか。それの連絡すんの忘れてた。ほれ、あそこ」

 そう言って陽介が指さした先に、風船を持った着ぐるみ姿のクマが子供達に風船を配っている。
 鏡達に気付いたクマが、こちらの方へと手を振っている。

「住み込みで働かせる事にしました。マスコット」

「あーむしろ着せたんスね。逆転の発想だ」

 陽介の言葉に完二が感心したように話す。
 子供達に囲まれているクマは、見事にまわりに馴染んでおり、違和感がない。
 陽介が言うには、“向こう側”に帰るのが嫌だというので、仕方なく実家に下宿させる事にしたそうだ。
 両親へは、家庭の事情で日本に一人で留学してきた留学生と説明したらしい。


 意外な事に陽介の父親と馬が合い、その人懐っこい性格で母親からにも気に入られたのが下宿できた要因らしい。
 当面の生活費は陽介が立て替える事にして、愛らしい着ぐるみ姿でジュネスのマスコットして働く事になったとか。

「……暇だから、からかってくッかな」

 そう言う陽介に真っ先に千枝が同意して、完二がふかふかのクマに触れないかと話す。
 雪子は無言で陽介達よりも早く席を立ちクマの方へと向かう。
 鏡も遅れてクマの元へと向かおうとしたところ、りせに呼び止められる。

「先輩。私、先輩達に出会えて本当に良かったと思ってる」

 学校にも慣れきたので、これからはもっと色々と遊びに行きたいとりせは話す。
 鏡の従妹である菜々子にも会いたいし、これまで出来なかった事を沢山やってみたいとりせは楽しそうに語る。
 ただ、知名度があるため一人じゃ不安なので、鏡達に色々と手伝って欲しいとりせは頼み込む。
 そんなりせの申し出を、鏡は快く引き受ける。
 まずは、りせの大ファンである菜々子と引き合わせる事から始めようかと提案すると、りせは嬉しそうに頷いてみせる。
 ちょうど明日は日曜日なので、丸久豆腐店に豆腐を買いに菜々子と訪れる約束をりせと交わす。

      我は汝……、汝は我……

      汝、絆の力を深めたり……


  絆を深めるは即ち、まことを知る一歩なり


   汝、“恋愛”のペルソナを生み出せし時

     我ら、更なる力の祝福を与えん

 脳裏に聞こえてくるいつもの声。
 また少し、鏡の心を暖かい力が満たしていく。

「私達も、クマイジりに行きましょ。クーマー。おーい!」

 そう言って、りせは鏡の腕を取ってクマの所へと向かう。
 子供達に囲まれたクマは、陽介達にからかわれながらも、充実した様子を見せている。
 ひとしきりクマをからかった後で、鏡はいつものように晩ご飯の買い出しをしてから堂島家へと帰宅する。


 帰宅した鏡は、菜々子と料理を作っている最中にりせが菜々子に会いたがっていた事を伝える。
 明日、一緒にりせに会いに行こうと話す鏡に、菜々子は嬉々とした様子を見せる。
 りせと会える事がよほど嬉しいのか、その日は眠るまでずっと機嫌が良かった菜々子の様子に、鏡の表情も綻ぶ。
 明日に備えて鏡も早めに眠るため、自室へと戻る。


 翌日になり、りせと会える事を楽しみにしていた菜々子と共に、鏡は丸久豆腐店へと向かう。
 菜々子は以前、鏡達と購入したよそ行きのワンピースを着ておめかししている。
 よほどとりせと会える事が嬉しいのだろう。
 何度も鏡に自分の格好がおかしくないか訊ねてくる姿に、鏡は大丈夫だと笑顔で答える。

「いらっしゃい。初めまして、菜々子ちゃん」

 丸久豆腐店を訪れた鏡達をりせが笑顔で出迎える。
 あこがれのりせに会えた事に菜々子の機嫌は上々で、りせも初めて会う菜々子の愛らしさに表情を綻ばせる。
 シズもおめかしした菜々子を可愛いとりせと共に褒めると、菜々子は顔を真っ赤にして照れるが、その表情は嬉しそうだ。

「私にとっては先輩はお姉ちゃんみたいな存在だけど、菜々子ちゃんは妹って感じだよね」

「えっ!? りせちゃんが、菜々子のお姉ちゃんになるのっ!?」

 りせと菜々子、二人の話題が鏡の事になったおり、りせの発言に菜々子が驚いた表情を見せる。
 そんな菜々子にりせは『本当のお姉ちゃんだと思ってくれて良いからね』と、笑顔で菜々子に話す。

「うんっ! りせ、お姉ちゃん」

 りせの言葉に、菜々子がはにかんだ笑顔でりせを“お姉ちゃん”と呼ぶ。
 その姿がりせの琴線に触れたのか、菜々子を頬摺りせんとばかりに抱きしめる。
 突然の事に菜々子は驚くが、嫌がる素振りは見せず、逆に菜々子の方からもりせを抱きしめる。

「おやまぁ、りせのあんな嬉しそうな表情、鏡ちゃんの事を話す時以外で初めて見たよ」

 二人の様子を見ていたシズがそう言って表情を綻ばせる。
 稲羽に戻ってきた頃のりせは本当に疲れた様子を見せていたが、鏡と知り合い明るい表情を見せるようになってきた。
 本当に、鏡になんど礼を言っても足りないくらいだとシズは思う。
 シズにとっても、鏡と菜々子はりせと同じく自分にとって大切な孫のように思える。

「それじゃ、先輩。また明日、学校でね」

 楽しい一時も過ぎ、そろそろ戻らなくてはならない時間になり、鏡と菜々子は豆腐を購入して丸久豆腐店を後にする。
 今日の献立は、先日の晩ご飯の材料と一緒に購入してきた挽肉ときくらげも使って、辛さを抑えた麻婆豆腐を作る事にする。
 そのまま食べても、ご飯に掛けて麻婆丼にしても大丈夫なように多少、汁を多めに作る。
 連日の捜査で疲れている遼太郎も、今日は早くに戻る事が出来たため、久しぶりに三人で食卓を囲む。

「それでね、りせちゃんが菜々子のお姉ちゃんになってくれるって言ったんだよ!」

 菜々子は嬉しそうに、今日あった事を遼太郎へと伝える。
 遼太郎も、そうやって嬉しそうに話す菜々子の話に相づちを打ち、鏡へと視線を向けると礼を述べる。
 鏡が来てから、菜々子の世界は確実に広がっている。
 クラスメイト達も皆、気の良い者達でゴールデンウィークでの様子を見る限り、皆が菜々子の事を気に掛けているようだ。


 明るく笑う菜々子の笑顔を見ると、一刻も早く容疑者の少年を見つけ出さなければならないと、遼太郎は思いを強くする。
 未だに少年の足取りは掴めず、消息が不明だ。
 しかし、稲羽からは出ていないのは確かでこれまで起こった失踪事件を思わせる。


 全ての事件に少年が関わっているかは不明だが、少なくとも鏡の担任を殺害した件については証拠が集まっている。
 犯行の動機も複数の証言が得られ、明確に少年が被害者に対して害意を抱いていた事は明らかだ。
 これ以上の被害者を出す事は元より、少年にこれ以上の罪を負わせる訳にはいかない。
 少年自身のためにも、一刻も早く身柄を確保しなければ。
 菜々子や鏡が安心して暮らせる町に、一刻も早く戻すために。




 週が明け、期末試験の結果が張り出された。
 鏡は前回の中間試験よりも更に成績を上げており、雪子も同じく成績を上げている。
 千枝と陽介は雪子の教えもあり、何とか追試を免れる事には成功している。
 鏡に教わった手前、りせと完二も追試という不名誉な結果だけは出すまいと必死に頑張った結果、千枝達と同じく追試は免れた。
 全員、無事に追試を免れて夏休みを迎えられる記念だと、ジュネスのフードコートに集まる。

「そういや、明日は雨のようだから、念のためにマヨナカテレビのチェックはしておこうぜ」

 一息ついたところで、陽介がそう切り出す。
 警察が動いているとはいえ、犯人はテレビの中へ人を放り込む事が出来る相手だ。
 一筋縄では行かない可能性がある。
 そう話す陽介の言葉に、鏡達は頷く。
 ニュースでも捜査状況についての発表はなく、未だ気を抜けない状況だ。
 何も映らなければ良いのだが……
 鏡達の心配は現実の物となる。


 翌日の深夜になり、マヨナカテレビに鮮明な映像が映し出された。
 壁を背にして立つ少年の姿。
 その表情には覇気が無く、暗い瞳をした少年だ。

『みんな、僕のこと見てるつもりなんだろ? みんな、僕の事をしってるつもりなんだろ?』

 ぼそぼそと抑揚のない声で少年は淡々と語る。
 それなら、自分を捕まえてみろと、映像の少年が呟いた所で映像は途絶えた。
 映像が消えてすぐに携帯電話に着信音が鳴る。
 相手は陽介からで、鏡は携帯電話を通話状態にして電話に出る。

『おい、見たか!? 今の誰だ? 俺、知らねえよ……ニュースや特番で見掛けたか?』

 そう話す陽介の後ろから、陽介を呼ぶクマの声が聞こえる。

『……っと、あー分かった、うるせーな! 悪ィ、クマに代わるわ』

『センセー! クマクマー!』

 陽介と代わったクマは鏡に、映像に映った人物の抑圧された思いに向こうの世界が呼応して映像が映し出されているという。
 そして、先ほど映像に映った少年は多分、向こうの世界に入っているとクマは説明する。
 どうするのか訊ねるクマに、鏡はまずは皆で集まって対策を考えようと話す。
 冷静な鏡の判断に感激したクマの後ろから、陽介がいつもなら事前映るのはハッキリしない映像だろうと声を荒げる。

「陽介、ひょっとしたら今さっき映った少年が警察に手配されている子じゃないかな?」

 クマと代わった陽介に鏡はそう話す。
 陽介もその可能性を考えたが、今は結論を急ぎすぎていると判断する。
 明日から夏休みなので、ジュネスにすぐに集まって、結論を出すのはその時だと陽介は鏡に話す。
 陽介との電話を終えると、すぐさま携帯電話に着信音が鳴る。
 相手は千枝からで、鏡は再び携帯電話を通話状態にして電話に出る。

『あ、やっと掛かった! 花村もずっと電話中で……』

 千枝の言葉に、鏡は先ほどまで陽介と話していた事を説明して、クマも交えた話の内容を伝える。
 鏡の説明に千枝も、先ほど雪子と鏡達と同じ可能性を話していた事を告げ、明日すぐに集合しようと話す。
 千枝との通話を終え、携帯電話をしまった鏡は布団へと入ると目を閉じ今後の事を考える。
 これまでと違い、最初から鮮明に映し出されたマヨナカテレビ。
 相手はすでに向こう側に居るという。
 解らない事だらけだが、皆で考えればきっと打開策を見付ける事が出来る。
 明日へと備えて、鏡は眠りにつくのであった。




2011年06月26日 初投稿



[26454] ボイドクエスト
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb
Date: 2011/07/13 02:24
――――煩わしい日常に、自分の事を認めない連中

  自分達は何も出来ないクセに、人の事を陰で馬鹿にして……

         あんな奴等とは違う事を

      ハッキリと連中に知らしめてやるんだ




 マヨナカテレビに映像が映った翌日。
 鏡達はジュネスのフードコートに集まって、先日の事を話し合っていた。
 りせとクマは向こう側に誰か居ないかを確認しに行っているため、今はこの場には居ない。

「いきなり顔までハッキリ映っていたから、気になって千枝に電話したの」

 そう言って話を切り出した雪子が言うには、昨日テレビに映った人物が“犯人”なのではないかという疑問。
 その事は、先日の陽介との電話で鏡達も感じていた疑問だ。
 直斗から聞いた話では、容疑者は“高校生の少年”で、諸岡の件で足がつき指名手配中らしい。
 そして、昨日のテレビでの自身を捕まえてみろという挑発と取れる発言。
 鏡達の話について行けない完二に、陽介は例え話を聞かせる。


 何かの切っ掛けで“向こう側”へと入れる力を得た少年。
 その少年は、何かの動機から命を奪う目的で人を次々とテレビに放り込んでいく。
 別の世界という、警察には証明できない手段による犯行ならば、足がつかないだろうとの判断からだ。
 ところが、最初の時より以降は誰も命を落とす事がなくなる。
 仕方なく諸岡の時だけは、直接手を下すと指名手配をされる結果になり、少年には逃げ場が無い。

「あ……もしかして、逃げ込むために自分から“あっち”へ行ったって事スか?」

 陽介の例えを聞いて、ようやく完二にも状況が飲み込めたようだ。
 感心した完二は『先輩、意外と頭いっスね!』と、褒めているのか貶しているのか解らない感想を述べる。

「テレビに映った人を狙った理由はよく分からないけれど、諸岡先生にだけは、本当に恨みがあったのかも」

 そう言って、雪子が足のつく覚悟までして殺害を実行した事を理由に挙げる。
 テレビが全く関係してなかった理由も、それならば一応の説明が付く。
 しかし、そう言った雪子自身も今ひとつ自信がある訳では無さそうだ。

「けどさ、自分から向こう側へ行って帰ってこれるのかな?」

 雪子達の話を聞いていた千枝がそんな疑問を零す。
 向こう側から戻ってくるには、クマの力が必要だ。
 現在、そのクマはこちら側で生活しているため、自分達が向こう側へと出向かない限り戻ってくる事は不可能と言っても良い。

「ま、追いつめられた結果ヤケを起こして、向こう側に行った可能性が高いよな」

 千枝の疑問に陽介がそう答える。
 それに、雪子や完二はともかく、“芸能人であるりせ”が死んでいない事は犯人も知っているはずだ。
 少なくとも、向こう側から“出てくる”方法があると思って入った可能性もある。

「彼が一連の事件、全ての犯人だったとしたらね」

 それまで陽介達の話を聞いていた鏡が、陽介達とは違った考えを話す。

「姉御、そりゃ、どういう……」

 陽介が鏡に訊ねようとしたところで、向こう側から戻ってきたりせが鏡達の元へと駆け寄ってくる。
 りせが戻ってきた事で、陽介は鏡への質問を後にして向こう側の様子をりせに訊ねる。
 誰かが中に居ることだけは間違いないそうだが、情報が少なすぎて居場所が特定できないとりせは説明する。
 クマはまだ、向こう側で捜しているそうだ。

「そういや、さっきは途中だったが、アイツが一連の事件全ての犯人だったらって、どういう意味だ?」

 陽介が鏡に、先ほど聞きそびれた質問をする。
 その質問に鏡は、幾つかの疑問点を挙げる。

 彼が犯人だとして、誰にも目撃された様子がない事。
 雪子達を攫ってから、短時間で向こう側へと送った方法。

「一番の疑問は、彼が不意打ちにしても、完二君を攫えるとは思えない事ね」

 もっとも、雪子達も攫えるようには思えないと、鏡は陽介達に説明する。
 鏡の説明を聞いた陽介も、先日見たテレビでの少年の様子に鏡の疑問ももっともだと納得する。
 少なくとも、腕っ節で完二に敵うようには到底見えない。

「そういや、あの白鐘ってヤツと話していた時に、『その可能性を考慮に』とかって言ったよな?」

 陽介の確認に鏡は直斗も自分と同じように、現在指名手配されている少年は模倣犯の可能性を考慮に入れている事を話す。
 テレビに入れる事を断念したのではなく、元々そのような手段がある事を知らないだけなのではないか?
 殺意はあったかも知れないが、自身が掴まるリスクを冒してまで殺害するとは考えられない。

「とはいえ、向こう側に居る彼から話を聞いてみない事には、本当の事は分からないのだけどね」

 現時点では推測の域を出ていないが、そう考えた方が辻褄が合うと鏡は話す。
 少年から事実を聞き出さない限り、何も分からない事には変わらない。
 現時点では、少年の名前すら分かっていない状況だ。
 向こう側での捜索はクマに任せ、鏡達は少年が誰なのかを確かめるべく手分けして情報を集める事にする。

「ったく、これまで通り簡単にはいかないか、流石に……」

 暑さに辟易した様子で、陽介が呟く。
 これまでと違い、情報を集める事は困難だった。
 雪子や完二、りせの時と違って、互いに面識がある相手でない事が主な原因だ。
 予想はしていたが、それ以上の状況に鏡達は悩まされる事となる。
 この日は特に情報らしい情報を得る事が出来なかったが、翌日以降も情報集めを続ける事にして、それぞれ帰宅する。


 いつものように、ジュネスへと買い出しに向かう鏡の携帯電話に、メールの着信音が鳴る。
 差出人は遼太郎からで、今日は稲羽署に泊まり込みになるそうだ。
 そのため、着替えを取りに足立を連れていったん戻って来るそうなので、足立の分の晩ご飯も用意してくれとの事。
 メールを確認し終えた鏡は、ピリ辛風に味付けした豚の生姜焼きをメインに、茄子とオクラの澄まし汁を作ることに決める。
 暑さで食欲が低下している可能性もあるので、食欲が出るように梅干しの炊き込みご飯も献立に加える。


 必要な食材を購入した鏡は帰宅すると、いつものように菜々子に手伝ってもらい準備を進めていく。
 ある程度の準備が出来ると、菜々子に遼太郎の着替えを用意してもらい、その間に自分は料理の仕上げに取り掛かる。
 料理が出来上がる頃になって、足立を連れた遼太郎が帰宅する。

「急な頼みをしてすまないな」

「大丈夫ですよ、手間は変わらないですから」

 そう言って謝る遼太郎に鏡は笑顔で答えると、二人に手を洗ってくるように伝える。
 それほど時間に余裕がない遼太郎達は、鏡の言葉に従い手を洗いに行く。

「暑さで食欲が落ちていたけど、これだと幾らでも食べられますね!」

 炎天下の中での捜査に疲れ気味だった足立がそう言って、嬉しそうに出された料理を平らげていく。
 遼太郎も口には出さないが、少し疲れた様子を見せている辺り、捜査は難航しているのだろう。

「その様子だと、捜査は難航しているようですね。忙しいとは思いますけれど、ちゃんと食事は摂って下さいね?」

「そうなんだよ。容疑者が商店街でバイトしてたって情報を掴んだから、そっちも調べているんだけど、手掛かりが無くてね……」

「足立っ、要らん事を話すなっていつも言っているだろう!」

 鏡の言葉に口を滑らした足立を遼太郎が叱責する。
 遼太郎の言葉に、自分がまた余計な事を言った事に気付いた足立はバツの悪そうな表情になる。

「……鏡、すまんが今コイツが言った事は忘れてくれ」

 疲れた様子で話す遼太郎に、鏡は内心では申し訳なく思いつつも頷いてみせる。
 食事を摂り終え菜々子から着替えを手渡された遼太郎は、後の事を鏡に任せ、足立を連れて稲羽署へと戻る。


 戸締まりをして、いつものように菜々子と入浴をすませて寝かし付けた鏡は、陽介達にメールを送信する。
 メールには少年の事は一切書かず、『調べ事の目処が付いたので、明日いつもの場所で』とだけ書き込む。
 これは、事件について関わっているという証拠を残さないための配慮だ。
 遼太郎に同意した手前、あからさまに少年の事を書く訳にはいかない。
 もっとも、これが詭弁である事を鏡自身も重々理解はしているのだが……




 翌日になって、ジュネスのフードコートに集まった陽介達に、鏡は足立から得た情報を話す。
 鏡の説明に、陽介は何とも言えない困惑した表情を見せる。

「なぁ、姉御。情報が手に入ったのは良いんだが、足立って刑事、そんなんで大丈夫なのか?」

 陽介の懸念に対して、鏡自身も大丈夫だと断言できる自信は持てなかった。
 遼太郎が側に居れば大丈夫だとは思うのだが、彼個人だと口を滑らす確率が高いと思われる。
 とはいえ、足立の失言で必要な情報を入手できたのだから、文句を言えば罰が当たるだろう。
 取り敢えず、足立の事は脇に置いて、少年がバイトをしていたという商店街の店を探さなくてはならない。


 丸久豆腐店と巽屋は除外して、残りの店舗である“四目内堂書店”、“だいだら.”、“四六商店”、“愛屋”、“総菜大学”。
 ガソリンスタンドも春先には募集をしていたようだが、すぐに募集を締め切っていたそうなので、これも除外して良いだろう。
 聞き込みに向いていない完二と、今も向こう側を探っているクマを除いた残りで、それぞれの店舗に聞き込みへ向かう事にする。


 鏡が向かった先は“総菜大学”で、都合良く他の客の姿は無い。
 暇そうにしている店員に、鏡は以前に学生がバイトをしていなかったかを訊ねてみる。
 店員は鏡の質問に表情を変えると、声をひそめて雇っていたが、すぐに根を上げて辞めてしまったと鏡に話す。
 暗い性格で挨拶も出来ないし、全く話そうともしなかったらしい。


 以前バイトをしていた子が、中学の同級生だと話していたそうなので、その子から聞いた方が良いとも言われた。
 なんでも、その辺りで時々見掛けるそうで、金髪にしているから目立つだろうと教えられた。
 聞き込みを終え、陽介達と合流した鏡は先ほど聞いた話を皆に伝える。

「この辺をうろついている金髪の少年か……」

 鏡の話を聞いた陽介がそう呟く。
 時々という事なので、今から捜して見つかる可能性は低いように思われる。

「ね、彼の事なんじゃないかな?」

 どうやって金髪の少年を見付けるか思案していると、千枝がそう言って指を差す。
 千枝が指さした方を見ると、確かに金髪の少年がこちらに向かって歩いている。
 鏡達は金髪の少年を呼び止めると、総菜大学での事を話す。

「なに、アンタら例の“やらかした少年”の写真が見たいの?」

 鏡達の話を聞いた金髪の少年は、ニヤニヤと底意地の悪そうな表情を見せると、得意気に一枚の写真を取り出す。
 その写真には一人の制服姿の少年が写っており、その姿は間違いなくマヨナカテレビに映っていた少年だった。
 少年の名前だろうか? 写真の下には、“久保美津雄”と書かれている。

「コイツ、退学にさせられた腹いせにやっちまったって話だぜ」

 そう言って、金髪の少年は写真の少年と同じ高校に通っている友達から聞いた話だといって色々な事を話してくれた。
 中学の時から変わらず、思い込みが激しく自己中心的な所がある事。
 人付き合いが悪く、協調性に欠ける事。
 ひとしきり少年の事を話した後で、『いつかはやるんじゃないかと思っていた』と、愉快そうに言い残して金髪の少年は去っていった。
 鏡達はひとまず向こう側に移動して、これまでの情報を纏める事にする。

「マヨナカテレビに映ってたの、アイツで間違いないな」

「あの子……ウチの店に来たことある……偵察してたって事?」

 陽介の言葉に、りせが先ほどの少年について思い出した事を話す。
 豆腐を売っていたりせに、“暴走族、困るでしょ?”と話し掛けてきて、延々と悪口を言っていたそうだ。
 りせの話で、先ほど聞いた話の通りの思い込みが激しい人物である事が伺える。
 あしらい方は慣れていたが、色々と疲れていたので無視していたのが原因で自分は攫われたのかなと、りせは呟く。

「あ……? や、オレ、ゾクじゃねえっつの! ハァ……あのクソ番組のトバッチリかよ……」

 ウンザリとした表情で完二がそう話す。
 久保が犯人だとすると、間違いなく自分は特番のトバッチリで狙われた事になる。
 それが切っ掛けで鏡達と知り合えた訳だが、釈然としないものを感じるが……

「思い出した、アイツだ!」

 何やら考え込んでいた千枝が突然そう叫ぶ。

「鏡が転校してきた日、いきなり告ってきたじゃん!」

 千枝の言葉に、陽介も当時の事を思い出す。
 確か、下校時の校門前でいきなり“雪子”と呼びつけてきた少年だ。
 あんな僅かな事なのに、良く覚えていたなと感心する陽介に、千枝は話し掛けてきたのは初めてだが、雪子の周りによく居たと話す。
 振られた腹いせに雪子を攫ったのかと憤慨する千枝に、振ってないけどと雪子が困惑気味に答える。

「こんだけ動機が揃ったんじゃ、姉御の推測は外れっぽいよな」

 陽介の言う通り、これだけ動機が揃うと全ての事件の犯人である可能性が高くなってくる。
 しかし、鏡は未だに久保が真犯人である事に疑問を感じずにはいられない。
 総菜大学での仕事に、すぐに根を上げて辞めるような人物が不意打ちとは言え、完二を攫う事が出来るとは到底思えないのだ。
 その事を話すと、確かに完二をどうこう出来るとは思えないが、動機が揃っている分、後は本人に直接聞くしかないと陽介は答える。

「方角、分かるか?」

 陽介の問い掛けに、りせはヒミコを召喚すると改めて久保の居場所を探し出す。

「居た……見付けたよ!」

 りせの案内で訪れた場所は、レトロなゲームを思わせる場所だった。


        → GAME START 


          CONTINUE


 入り口と思わしき場所の上部に、ゲームのスタート画面と思わしき文字が浮かんでいる。
 唖然とする千枝に、陽介は捕まえてみろと言ってたくらいだから、ゲーム感覚なんだろうとウンザリした様子で話す。

「鏡……私、知りたい。何であんな事をしたのか」

 雪子が鏡にそう言って、自分が狙われた理由を知るために探索組に加えて欲しいと願い出る。
 同じ理由で完二も探索組に加え、最後の一人は前線に加わったクマだ。
 準備を済ませた鏡達は、久保を見つけ出すために探索へと乗り出す。




 中へと入ると、ドット画のような古城を思わせる内装に、いかにもゲームといった印象を感じる。
 探索へと乗り出そうとした鏡達の眼前にまたしても文字が浮かび上がる。
 その文字は、“ぼうけんをはじめる”と“ぼうけんをやめる”と書かれており、カーソルが勝手に動き“ぼうけんをはじめる”を選択する。
 続いて、“なまえをいれてください”と文字が現れ、これも勝手に“ミツオ”と入力される。

『えっ!? 何これ? ゲーム開始って事!? 何かムカつくー!』

 一連の流れにりせが癇癪を起こす。
 確かに、人を馬鹿にしたような状況に鏡も内心では、あまりいい気がしていない。
 これが自分達を怒らせる事で判断力を鈍らせるための罠だとしたら、油断は出来ない。
 どこかに罠が仕掛けられている可能性もあるので、冷静に行動するように心がける。


 現れるシャドウもどことなくゲームを思わせる見た目だが、見た目に反してこれまでのシャドウより強く簡単には倒せない。
 それぞれの弱点属性にも違いがあるが、状況に合わせて的確に相手の弱点を突くように、鏡は行動を指示していく。
 現れるシャドウ達を退けながら探索を続けていく鏡達。
 ようやく見付けた階段で上の階へと移動すると、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてくる。

『わあっはっはっはっ! くさった ミカンの ぶんざいで ワシに はむかうとは いい どきょうだ!』

 諸岡を思わせる声が途絶えると、“ミツオは いしきを うしなった……”という文字が現れる。

『えっ!? ウソ……どういうこと?』

 状況からすると返り討ちに遭ったと思わしき内容に、りせが戸惑いの声を上げる。
 りせが戸惑うのももっともで、状況通りだとゲームオーバーになっている筈なのだ。
 しかし、状況は解らなくとも先へと進むしかないので、気を取り直して鏡達は先へと進む。

『おはよう。ゆうべは よく ねむってた みたいね。パトカーの おとが あんなに すごかったのに きづかないで ねてるんだから』

 再び聞こえてきた声は女性の声で、おそらく久保の母親と思われる。
 話の内容からすると、山野アナか諸岡の事件のどちらかだろう。
 これまでは自身の心の内を伝えようとしていたのに対して、ココでは久保自身の思いは伝わってこない。
 まるで、自身に対して感心がなく、他人の事ばかりを気にしているように思える。

『何だか狭いフロアだね』

 りせの言う通り、三階はすぐに行き止まりになる十字路で、先ほど上がってきた階段以外は全て行き止まりである。
 しかし、この場所がゲームをモチーフにしている事を考えると、通路の先に隠し扉があっても不思議ではない。
 周囲を警戒しつつも鏡達は行き止まりを調べに移動する。

『あれ、さっきと場所が変わってる……』

 左手側の行き止まりに到着すると同時に、鏡達の身体に浮遊感が感じられた。
 浮遊感が消えると、りせの言う先ほどとは似ているが違う場所へと移動したようだ。
 その証拠に、通路の中央にはシャドウが現れており、ゆったりと浮遊している。
 通路が狭い上に、どの場所へ繋がっているのかが解らないため、鏡達はシャドウに先制攻撃を仕掛けていく。


 相手は黒蛇の姿をしたシャドウで、以前に戦った白蛇の姿をしたシャドウを思い出させる。
 白蛇の姿をしたシャドウは火炎属性が弱点だったので、試しに鏡はペルソナをカハクへ変更すると、【アギラオ】で攻撃してみる。
 ダメージは与えているようだが、どうやら弱点では無さそうだ。

「ペルクマァー! そいやっ!!」

 クマが召喚したキントキドウジが放つ【ブフーラ】が黒蛇のシャドウに命中した直後、黒蛇のシャドウは地面に墜落する。
 どうやらこのシャドウは氷結系が弱点のようで、クマは残りのシャドウも次々に墜落させていく。

「今がチャンス! いっせいの攻撃クマ!」

 クマの号令に合わせて、鏡達がシャドウへと一斉攻撃を仕掛ける。
 これが決め手となり、シャドウ達は全て消滅する。
 他にシャドウが居ないかを確認してから、改めて探索を再開する。


 どうやら、先に進むと元には戻れない一方通行の仕組みになっているらしく、似たような形の通路が複数存在しているようだ。
 移動した先に必ずシャドウがいる訳ではないが、戦闘を強いられ徐々に消耗させられるのは、心理的に負担になる。
 戻る分の余力も残しておかなければならないので、無理をして先に進み続ける訳にもいかない。
 幸い、りせが皆の体調を把握しているので最悪の事態になる事は無いと思うが、気が抜けない状態が続く。


 途中の小部屋で宝箱の鍵を回収した鏡達は、ようやく上へと続く階段を発見する。
 階段を上ると、またしても宙に文字が浮かび上がる。

 じょしアナが あらわれた!

 どうする?

 鏡達の目の前で、文字は現れては消えていく。
 入り口での時と同じく、鏡達の意志とは無関係に選択されていく。
 選ばれた選択肢は“たたかう”で、“じょしアナ”を倒したミツオがレベルアップした事を告げる文字が現れる。

 たのしさが 4 アップした!

 むなしさが 1 アップした!

『そんな……殺したのもゲーム感覚だったって事?』

 震える声でりせがそう呟く。
 これが事実なら、自分達もゲーム感覚で誘拐されて殺され掛けた事になる。
 そんな理不尽な理由に、りせは絶対に許さないと怒りを顕わにする。

「りせちゃん、気持ちは解るけど、感情的になって周りが見えなくなるのは駄目だからね?」

『あっ、そうだね。私がしっかりしてないと、先輩達が安心して先に進めないよね』

 鏡の指摘に、りせはすぐに気持ちを切り替える。
 この切り替えの早さが、芸能界を渡り歩いてきたりせの強みだろう。
 気を取り直したりせのナビゲーションに従い、鏡達は探索を続ける。

『チガウ……』

 六階に上がってきたところで、今度は抑揚のない虚ろな声が聞こえてくる。

『チガウ……チガウ……チガ……チ……チガ……チガガ……チガガウ……チガウウ……チガ……ガガガガガガガガガガガガガ』

 虚ろな声は徐々に支離滅裂な音の羅列となり、最後は絶叫となってそのまま途絶える。

『えっ!? こ、今度は何? 壊れた……の?』

 これまでとの違いに、りせが不安な様子で話す。
 鏡も今まで見てきた様子と違う事に戸惑いが隠せない。
 罪の意識に苛まれたとも受け取れるが、何かが引っ掛かる。
 奇妙な違和感を覚えるも、それがどこかがハッキリしないので、考えるのは後にして探索を続ける事にする。


 探索を続けていて気が付いた事だが、扉の前にある壁に掛けられたレリーフで、扉の先がどうなっているのかが判断できる。
 蝋燭のレリーフならその扉の先は通路で、盾のレリーフは行き止まりの小部屋。
 剣のレリーフは階段のある部屋を示しているので、蝋燭と剣のレリーフを目印に先へと進む。

『扉の向こうに何か居るよ! 準備はいい?』

 レリーフのない扉の前で、鏡達にりせからの警告が入る。
 これまでからすると明らかに異質な扉に、鏡達は気を引き締めて中へと進む。
 扉の先で鏡達を待ち構えていたのは、黒い手の姿をしたシャドウで、鏡達の姿を確認すると先制攻撃を仕掛けてきた。
 先手を取ったシャドウが指を鳴らすと、どこからともなく白い手の姿をしたシャドウが現れる。
 鏡はペルソナをカハクからティターニアに変更すると、他の皆が使えない疾風属性の攻撃スキル【マハガル】で様子を見る事にする。

『弱点にヒット! 先輩、その調子!』

 黒い手の姿をしたシャドウにはあまり効果は無かったが、白い手の姿をしたシャドウは弱点属性だったようだ。
 鏡は再び【マハガル】で攻撃を仕掛けると、白い手のシャドウはその攻撃で気絶状態となった。
 気絶しているチャンスを逃さないように、鏡は皆に白い手のシャドウから倒すように指示を出す。
 鏡の指示に従い、完二が【ジオンガ】でクマが【ブフーラ】でそれぞれ攻撃を仕掛ける。
 二人の攻撃で白い手のシャドウが消滅すると、雪子が黒い手のシャドウへと【アギラオ】で攻撃を仕掛ける。


 メンバー中、魔法の力が一番強い雪子の攻撃を受けても、黒い手のシャドウは全く怯んだ様子を見せない。
 それどころか、黒い手のシャドウは再び指を鳴らすと、白い手のシャドウを召喚する。

『こいつ何!? 敵が増えたよ!』

 どうやら、このシャドウは自分だけだと仲間を呼ぶ性質を持っているようだ。
 鏡は再び【マハガル】で白い手のシャドウを気絶させると、黒い手のシャドウへと攻撃を集中させるように指示を変更する。
 白い手のシャドウを倒すだけなら、威力の高い【ガルーラ】で攻撃するべきだが、何度も召喚されたらこちらが疲弊してしまう。
 そのため、敢えて威力の弱い攻撃で足止めをして、その間に黒い手のシャドウを倒す算段だ。


 白い手のシャドウが気絶から復活する度に【マハガル】で気絶させ、僅かでも黒い手のシャドウへとダメージを与えていく。
 鏡以外は皆、黒いシャドウへと攻撃を集中させ、相手の攻撃で受けたダメージはクマと鏡が回復させていく。
 本来なら、魔法の威力の高い雪子が回復すれば良いのだが、今回は火力の主軸なので攻撃に専念してもらう。
 一撃の威力は低くとも、ダメージは確実に蓄積されていく。


 鏡達の度重なる攻撃に、黒い手のシャドウから動きの精細さが無くなっていく。
 この機を逃さず、鏡も威力の高い攻撃スキルで黒い手のシャドウへと攻撃を仕掛ける。

「これで、お仕舞いよ!」

 黒い手のシャドウが攻撃をミスして転倒した隙を逃さず、雪子の号令の元、総攻撃を仕掛ける。
 この攻撃で、ようやく全てのシャドウ達を倒す事が出来たものの、鏡達の消耗も激しい戦いだった。
 体力には余裕はあるが、精神力が枯渇寸前の所まで消耗していて、これ以上の探索続行に支障をきたすレベルだ。

『ふぅ……お疲れ様! 先輩、大丈夫? あまり無理はしないでね』

 りせの労いの言葉を聞きながら、取り敢えずこの先に何かがないかを確認するために鏡達は先へと進む。
 先へと進んだ先には青い宝箱が置かれており、中から“くらやみのたま”と言う名の漆黒の球体を入手した。
 何に使う物かは解らないが、あんな番人を用意してまで守っていた物だ。重要な役割があるに違いない。
 取り敢えず、上へと上がってからカエレールで戻る事にする。

『わあっはっはっはっ! くさった ミカンの ぶんざいで ワシに はむかうとは いい どきょうだ!』

 八階に上がると、再び諸岡の声が聞こえてきた。


 諸岡が あらわれた!

 どうする?


 何故か諸岡の名前だけが漢字で現れている。
 鏡がその事に違和感を覚えていると、これまでとは違う選択肢が宙に現れる。


 →ころす

  にげる


 現れた選択肢に驚く鏡の前で、現れたテキストは勝手に先へと続いていく。


 ミツオの こうげき!

 諸岡を 殺した。


 ミツオは レベルアップした!


 ちゅうもくどが 16 アップした!

 わだいせいが 17 アップした!

 かっこよさが 3 アップした!


『なに、これ……! 注目とか、話題とか……信じらんない! 格好いいとか、何よそれ!』

 憤慨するりせとは対照的に、鏡は先ほどのテキストだけがこれまでとは違い、明確に害意を表していた事が引っ掛かった。
 これまでは一度も漢字が使われなかったのに対し、ココでのテキストだけが他とは区別されている。
 それだけ、この事については明確な意志を感じ取る事が出来る。
 改めて、この少年が関わっているのは諸岡殺しのみだと思えてくる。
 とはいえ、雪子達の事件にも関与している可能性も否定できないので、本人から話を聞くほか無い事には変わりがない。
 これまでの様子から、まともに話が通じる状態であるかは疑問が残るところではあるが……


 それはともかく、鏡達の消耗も激しいので、りせ達と合流して“カエレール”で戻る事にする。
 狐に回復してもらう手もあるが、流石に今回の消耗分を回復させるには資金が心許なさ過ぎる。
 少年の身柄を確保する事が目的ではあるが、鏡達自身の安全を蔑ろにしてまで優先すべき事でもない。


 今日の所はいったん戻り体調を万全の状態にしてから、改めて少年の身柄を確保するべきだ。
 こちら側の世界で行動できるのは自分達だけだ。
 その自分達が倒れるような事だけはあってはならない。
 逸る気持ちを抑えて、鏡達は元の世界へと戻る。
 少年の居場所までどれだけなのかは解らないが、少なくとも向こう側の世界から少年が自力で戻れない事だけが幸いだ。
 今は身体を休めて、次こそは少年の身柄を確保するのだと、鏡達は気持ちを一つにする。




2011年07月13日 初投稿


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