――――人は見たい現実だけを見て、それが真実だと思い込む。
そうした方が生きていく上で楽だから……
上辺だけの情報を鵜呑みにして、本質を知ろうともしない。
そんな中、真実を知ろうとする者達もまた、確かに存在しているのだ……
それは一本の電話から始まった。
どこか閑散とした印象を与える室内に響く電話の呼び鈴。
その音に気付いた小学生くらいの少女が、見ていたテレビから視線を外して立ち上がると、音の発生源である電話へと近づき受話器を取る。
「はい、堂島です……お父さん? ちょっと待って下さい」
「菜々子、俺にか?」
少女の声から、自身への電話だと気付いたどこか疲れた雰囲気を纏った男性が少女へと声を掛ける。
「……うん。神楽って女の人から」
男性に声を掛けられた少女、堂島菜々子が保留状態にした受話器を男性へと手渡す。
「はい、もしもし」
『遼太郎? 久しぶり、突然ですまないね』
「……姉さん、突然どうしたんですか?」
どうやら、電話の相手は男性の姉のようである。
少女は父である遼太郎へと受話器を渡すと、テレビのリモコンを操作して邪魔にならないようにボリュームを下げる。
『実はアンタに折り入って頼みがあってね……』
「また、突拍子のない頼み事じゃ無いでしょうね?」
昔から、姉の頼み事に苦労させられていた遼太郎は警戒心を込めて訊ねる。
『あぁ……突拍子もないと言えばそうかもね。ウチの鏡の事なんだけどさ』
「何か問題にでも巻き込まれたんですか?」
『あぁ、違う違う。アンタ、刑事だからってすぐにそっち方面に考える癖、直した方が良いよ?』
遼太郎の言葉に、苦笑気味な声で女性が諭す。
その言葉に、尊敬する先輩刑事からも同じ事を言われた事がある遼太郎は、苦い表情になる。
「それじゃ、どうしたんですか?」
『実は旦那と私、急に海外へ転勤になってね……1年ほどウチの鏡を預かって欲しいのよ』
「ッ!? 姉さん、それは流石に急すぎるでしょう」
『解ってるわよ。本当は鏡も連れて行きたかったんだけどね、場所が場所だけに、ね……』
「どこなんです?」
女性が示した行き先を聞き、遼太郎の表情が曇る。
その場所は、昨年末から諸外国との軋轢により緊張状態が続いており、また日本に対して良い感情を持っていない事でも有名な場所でもある。
「……確かに、そんな場所に連れて行くのは問題だが、姉さん達が出張る必要があるんですか?」
『それを刑事であるアンタが言う? 私達が問題解決に適任だと認められたから行くんだよ』
遼太郎の言葉に女性が力強く答える。
確かに、これまでも様々な問題を解決するために各地を忙しく飛び回っていたのを知っているが、今回は1年は掛かると予測しているのだ。
心配をしない方がどうかしている。
『それに、千里の事でアンタ、菜々子ちゃんに寂しい思いをさせてないかい?』
その言葉に遼太郎は言葉に詰まる。
確かに刑事という職業柄、家を空けることが多く、まだ幼い一人娘である菜々子に寂しい思いをさせているのは事実だ。
『そりゃ、鏡は受験で、私達は仕事の都合で千里の葬式に出られなかったけどさ、食事とか弁当とかで済ませてないかい?』
女性の指摘に遼太郎は反論が出来なくなる。
確かにその指摘の通り、食べ物はインスタントや出来合いの弁当で済ませているため、偏った食生活を送っているのは事実だ。
そんな遼太郎の考えを読んでいるかのように、女性が言葉巧みに遼太郎の逃げ道を塞いでいく。
「……解りました。それで、いつからこっちに来る事になるんです?」
『転入の手続きもあるから、4月の11日頃になると思う』
「約、一月後ですか……それまでに部屋の用意をしておけば良いんですね?」
『そうしてもらえると助かるよ。荷物もそれ程は無いから、宅配便で前もって届けさせるよ』
「解りました。それと姉さん、向こうじゃ何が起こるか解らないですから、くれくれも安全には気をつけてくださいよ?」
『解っているよ。それじゃすまないけど、よろしく頼むよ』
そう言って電話を終えた遼太郎へと、菜々子が視線を向けている。
「……誰か来るの?」
「あぁ、来月に親戚の子を預かることになった。お父さんのお姉さんの子だ」
「どんな人?」
「そう言えば、赤ん坊の頃に会ったきりだな……」
菜々子の質問に遼太郎は困った表情になる。
「知らないの?」
「あぁ、スマン。姉さんに写真でも送ってもらうか……これじゃ、迎えに行っても誰か解らないしな」
突然の事だったので、遼太郎もその事をすっかり失念してしまっていたようだ。
とはいえ、あの姉の事だから既に写真を郵送している可能性も否定できないのだが。
この電話が切っ掛けで堂島家が賑やかになる事を、この時の遼太郎は思ってもいなかったのだ。
――あの電話から一ヶ月後
菜々子はこの日が来るのを待ち侘びていた。
あの後で届いた手紙に同封されていた写真に写っていた親戚の姿は、ちょっと恐い感じがしたが悪い人には見えなかった。
会ったらどんな事を話そうか?
自分と仲良くしてくれるだろうか?
そんな期待と不安に胸を膨らませ、菜々子はこの一ヶ月を過ごしてきた。
『演歌界の若きプリンセス“柊みすず”さん。その柊さんと昨年、入籍したばかりの稲羽市市議会議員秘書の“生天目太郎”氏に……』
テレビのニュースを見ていた堂島親子は、そろそろ待ち合わせの時間が近付いてきたのに気が付く。
「……あっ、そろそろ出る?」
「あぁ、そうだな」
菜々子の言葉に答える遼太郎はテレビのリモコンを操作してテレビの電源を切る。
「菜々子、ちゃんとシートベルトをしたか?」
「うん、大丈夫だよ」
家の戸締まりを確認し車に乗り込むと、助手席に座る菜々子に確認を取る。
菜々子からの返事聞いた遼太郎は車のエンジンを掛けると、ゆっくりと車を発車させる。
稲羽市は田舎のために車道を走る車の数が少ないが、遼太郎は制限速度を守り八十稲羽駅へと向かう。
遼太郎が駐車場へと車を止めるている間に、駅へと電車が到着したようだ。
エンジンを切り、車から降りて菜々子を伴い遼太郎は駅の入り口へと向かう。
「おーい、こっちだ」
丁度、駅から出てきた人物が待ち合わせの相手だろう。
写真で見たとおりの容姿をしている。
呼び声に気付いた人物は、遼太郎の姿を確認すると荷物を背負い直して近付いてくる。
目の前に来た人物に遼太郎は手を差し伸べ、それに気付いた相手も手を差し出して握手を交わす。
「おう、写真より美人だな。ようこそ、稲羽市へ。お前を預かる事になっている、堂島遼太郎だ」
手を離し、遼太郎が自己紹介をする。
「ええと、お前のお袋さんの、弟だ。一応、挨拶しておかなきゃな」
「神楽鏡です、初めまして」
「はは、オムツ替えた事もあるんだがな……っと、女の子の前で言う事じゃないか」
自身の失言に気付いた遼太郎は鏡に詫びる。
鏡は別に気にした風でなく、遼太郎の後ろに隠れるように立っている菜々子に気付くと、そちらへと視線を向ける。
その視線に気付いた菜々子が、おずおずと遼太郎の後ろから出てくる。
「こっちは娘の菜々子だ。ほれ、挨拶しろ」
「……にちは」
遼太郎に言われ、恥ずかしそうに菜々子が鏡に挨拶をする。
「よろしくね、菜々子ちゃん」
鏡はしゃがんで菜々子に視線を合わせると、そう言って菜々子へと手を差し出す。
菜々子は恥ずかしそうにするが、おずおずと手を差し出して鏡の手を握る。
(綺麗な人だなぁ……)
切れ長の瞳は蒼く澄んでいて、腰まで伸ばした髪は一括りに結ばれている。
何より目を引くのは、今まで見た事がないアッシュブロンドの綺麗な髪が、特に強く菜々子の印象に残った。
菜々子のその視線に気付いた鏡は、自身の髪を指さして『気になる?』と、菜々子に優しく問い掛ける。
「えっ? ……えっと、その」
「私のお父さんは外国の人でね、この髪はお父さん譲り」
鏡の質問に戸惑う菜々子に軟らかく微笑んでそう、自身の髪の色について説明する。
「ま、立ち話も何だしな。そろそろ行くか?」
遼太郎の言葉に鏡は立ち上がると、菜々子へと手を差し伸べる。
「菜々子ちゃん、手を繋ごうか?」
「うん!」
鏡の言葉に菜々子が嬉しそうに差し出された手を握る。
その様子に遼太郎は表情を綻ばせると、先に車へと向かう。
鏡の荷物をトランクへと入れると、鏡は後部座席へと乗り込む。
普段なら、菜々子は助手席に乗るのだが鏡と一緒にいたいのか、菜々子も後部座席へと共に乗り込んだ。
菜々子の機嫌が良いので遼太郎は特に何も言うことはせず、二人が乗り込んだのを確認してから自身も車に乗り込む。
「二人とも、シートベルトはつけたか?」
遼太郎の確認に二人が返事を返すの待って、遼太郎は車のエンジンを掛ける。
ゆっくりと走り出した車は、行きと同じく制限速度を守り走っていく。
「ん? そろそろガソリンを入れないと拙いか……すまん、ガソリンを入れにちょっと寄り道するぞ」
そう断ってから、遼太郎は途中で車道変更してガソリンスタンドへと向かう。
稲羽市にある唯一のガソリンスタンド"MOEL石油"
遼太郎が敷地内に車を乗り入れ停車すると、店員と思わしき制服を着た女性が出迎える。
「いらっしゃーせー」
遼太郎は後部座席へと視線を向けると菜々子に話しかける。
「トイレ、一人で行けるか?」
「うん」
遼太郎の言葉に頷いた菜々子はシートベルトを外すと、車から降りる。
「奧を左だよ……左ってわかる? お箸持たない方ね」
「わかるってば……」
どこかからかうような口調で菜々子に話しかける店員に、菜々子は僅かに気分を害して答えてからトイレへと向かう。
「どこか、お出かけで?」
そう遼太郎へ質問する店員の視線は最後に車を降りた鏡へと向けられている。
「いや、こいつを迎えに来ただけだ。都会から、今日越してきてな」
「へえ、都会からですか……」
「ついでに、満タン頼む。あ、レギュラーでな」
「ハイ、ありがとうございまーす」
一瞬、探るような視線を向けてきた店員だったが、遼太郎の言葉に表情を笑みへと変え、明るく返事を返す。
「一服してくるか……」
そう呟いて遼太郎は喫煙所へと移動する。
遼太郎が遠ざかるのを確認してから、店員は鏡へと近付いてきた。
「きみ、高校生? 都会から来ると、何もないのに驚いたでしょ?」
にこやかに話しかけてきているのだが、どこか奇妙な違和感を覚える。
「実際、退屈するかもね。高校の頃だと、友達のとこに行くか、バイトくらいだしさ」
訝しげな視線を向ける鏡を気にする事なく、店員は肩をすくめて戯けてみせる。
「でさ、ウチ今、バイト募集してるんだ。女の子でも大丈夫だから、是非考えといてよ」
そう言って手を差し出す店員に釣られて、鏡も手の差し出し握手を交わす。
「……!?」
握手を交わした瞬間、鏡の背筋をぞわりとした感触が走る。
表情を変える鏡に気付かず、店員はそのまま仕事へと戻っていく。
ほんの一瞬の事だったが、先ほどの悪寒にも似た感触に疑問を感じていた鏡を、トイレから戻ってきた菜々子が見つめていた。
「……だいじょうぶ? 車よい? ぐあい、わるいみたい」
「長旅で疲れたのかな? 少し目眩もするし……」
菜々子の言葉に鏡は、自身でも感じていなかった疲れが出たのかと思う。
「わたし、あの人ヤダ……」
「そう? 悪い人には見えないけど」
自身の手を握ってきてそう呟く菜々子に鏡は答える。
「……あの人、なんだかオバケみたい」
繋がる手から伝わる菜々子の震えに、鏡が安心させるように優しく頭を撫でる。
菜々子は一瞬、驚いた表情を見せるが、すぐに笑顔になり震えも収まったようだ。
それに会わせて、先ほど感じた悪寒に似た感じも和らいだようで先ほどよりか楽になっていた。
「どうも、ありがとうございまーす」
給油が終わり、店員に見送られて車はガソリンスタンドを後にする。
移動途中に寄った惣菜屋で夕食を購入してそのまま堂島宅へ。
「遠慮せずに上がってくれ」
「お世話になります」
玄関を開け、先に入った遼太郎が鏡へと振り返り声を掛ける。
その言葉に鏡が答えて中にはいると、先に中へと入っていた菜々子が、裏庭で干してある洗濯物を取り込んでいる最中だった。
「先に荷物を置いてきたらいい、階段を上がってすぐ左手の部屋だ」
遼太郎に促され、鏡は荷物を部屋へと運び込む。
階段を上がり、言われた通りに左手の部屋への引き戸を開けると、先に送っていた見慣れた家具が目に入る。
鏡は鞄を部屋に多くと、階段を下りて居間へと移動する。
「おう、晩飯にしよう。手、洗ってこい」
「洗面所、こっちだよ」
遼太郎が下りてきた鏡に声を掛け、菜々子が鏡の手を引いて洗面所へと案内する。
「じゃ、歓迎の一杯といくか」
そう言って、遼太郎が一緒に買ってきた缶ジュースを掲げる。
鏡と菜々子もそれに合わせるように缶ジュースを掲げてから一口飲む。
「しっかし、兄さんも姉貴も相変わらず仕事一筋だな……海外勤めだったか?」
缶ジュースをちゃぶ台に置いた遼太郎が鏡に話しかける。
「1年限りとは言え親に振り回されて、こんなとこ来ちまって……子供も大変だ」
「いつもの事ですし、流石に海外にまで着いていけませんから」
遼太郎の言葉に、鏡は苦笑混じりに答える。
「ま、ウチは俺と菜々子の二人だし、お前みたいのが居てくれると、俺も助かる」
含みのある遼太郎の言葉に鏡が違和感を覚え、ふと視線を菜々子へと向ける。
菜々子は二人の会話を大人しく聞いているようだが、その表情に僅かな翳りが見える。
「これからしばらくは家族同士だ。自分んちと思って気楽にやってくれ。」
「よろしくお願いします」
鏡の疑問に気付かず遼太郎が言葉を続け、鏡もその事には触れずに返事を返す。
「さて……じゃ、メシにするか」
堅苦しいのはこれで終わりだと、遼太郎がそういって弁当に箸を付けようとした所で携帯電話の呼び鈴が鳴る。
「たく……誰だ、こんな時に」
苦い表情を浮かべた遼太郎が携帯電話を取りだして通話状態にする。
「……堂島だ」
電話に出た遼太郎は表情を変えると立ち上がり、二人から離れた場所で電話を続ける。
何やら問題が起きたらしく、重苦しい雰囲気を纏っている。
「酒飲まなくてアタリかよ……」
通話を終えた遼太郎がそう呟き、鏡達へと視線を向ける。
「仕事でちょっと出てくる。急で悪いが、飯は二人で食ってくれ」
その言葉に立ち上がる菜々子へと遼太郎は視線を向ける。
「帰りは……ちょっと分からん。菜々子、後は頼むぞ」
「……うん」
遼太郎の言葉に気落ちした様子で答える菜々子。
事情が解らない鏡は、そんな二人を見比べる。
「菜々子、外、雨だ。洗濯物どうした!?」
「いれたー!」
「……そうか、じゃ、行ってくる」
そんなやり取りの後、少しして遼太郎が運転する車が出ていく音がする。
菜々子は座り直すとリモコンを操作してテレビの電源を入れる。
テレビは天気予報だったらしく、明日一日は雨らしい。
「……いただきまーす」
テレビから視線を外した菜々子はそう言って箸を付ける。
「菜々子ちゃん、お父さんの仕事って?」
寂しそうな菜々子の様子に、鏡は気になったことを聞いてみる。
「しごと……ジケンのソウサとか。お父さん、けいじだから」
菜々子の答えに、鏡は僅かに驚いた表情を見せる。
仕事が多忙な両親を持つ鏡自身も幼い頃に感じた思い。
遼太郎と二人きりの菜々子は、鏡よりも寂しい思いをしているのだろう。
鏡がそんな事を考えていると、テレビでは稲羽市議秘書の不倫問題が取り上げられている。
「……ニュースつまんないね」
そう言って菜々子がチャンネルを変えると、大手チェーン店“ジュネス”のCMが流れていた。
「エヴリディ・ヤングライフ! ジュネス!」
ジュネスのCMを見た途端、菜々子が楽しそうにサビの部分を物真似する。
先ほどの様子が嘘かと思えるほど楽しそうだ。
そんな事を考えていた鏡に、菜々子が不思議そうな視線を向ける。
「……たべないの?」
「食べるよ。菜々子ちゃん、ジュネスが好きなの?」
「うん! ジュネス、大好き!」
鏡の質問に嬉しそうに答える菜々子は、先ほどとは打って変わってジュネスの楽しいことを鏡に話し始める。
楽しそうに語る菜々子に鏡は時折、質問を混ぜたりして主に菜々子の話を聞く側に回っている。
菜々子も普段、食卓で話すことが少ないのだろう。鏡に話すことが楽しくて仕方がない様子だ。
「ごちそうさまでした」
食事を終え、遼太郎の分をラップにして冷蔵庫にしまった菜々子は、食べた後のゴミの片付けを始める。
「菜々子ちゃんは偉いね」
「えっ、どうして?」
鏡の言葉にキョトンとした表情で菜々子が答える。
その様子に微笑ましさを感じた鏡は、菜々子がそうやって片付けなどの家事を行っている事を褒める。
普段、そう言った事を言われ慣れていないのか、菜々子は顔を赤くして照れている。
そんな他愛ないやり取りをしつつ二人でテレビを見ていると、いつの間にか時計の針は21時に差し掛かっていた。
「あ、こんな時間。菜々子ちゃん、一緒にお風呂に入る?」
「……いいの?」
鏡の言葉に、菜々子が戸惑った様子で答える。
「菜々子ちゃんが嫌じゃなかったらね」
「はいるっ!」
菜々子は鏡に即答すると、嬉しそうに入浴の準備を始める。
その様子に鏡は、菜々子が普段からコミュニケーションに餓えているのではないかと考える。
自身も幼い頃は一人で居ることが多かったが、両親のどちらかが鏡に寂しい思いをさせないように配慮をしていた。
刑事である遼太郎と二人だけの菜々子は、自身よりも寂しい思いをしているのだろう。
どことなく遠慮がちな菜々子の態度に、鏡は胸を痛める。
「おふろ、準備が出来たよ」
少しして、準備が出来た事を確認してきた菜々子が鏡に伝える。
「それじゃ、着替えを取ってくるから、菜々子ちゃんも着替えを用意してね」
「うんっ!」
二人はそれぞれ着替えを取りに行く。
鏡は着替えと歯磨き用具を荷物から取り出すと、階段を下りて浴室へと向かう。
脱衣所には先に菜々子が来ていて、鏡が来るのを待っていたようだ。
「お待たせ」
「ううん。あ、これ、バスタオル」
鏡に答えた菜々子が、鏡の分のバスタオルを手渡す。
菜々子の気配りに鏡は「ありがとう」と答えてバスタオルを受け取る。
着替えを棚に並べて置き、二人は衣類を脱ぐと、洗濯カゴへと脱いだ衣類を入れ浴室へと入る。
菜々子は初め鏡に対して照れていたが、鏡が変わらない態度で接していたため、次第に硬さが取れていく。
身体の芯まで温まった二人はお風呂から上がると、水分を補給して二人仲良く歯を磨く。
「菜々子ちゃん、今日は私と一緒に眠る?」
就寝前になって、鏡は自室へと戻ろうとする菜々子へと声を掛ける。
「いいの?」
「出来れば菜々子ちゃんとまだ、お話がしたいからね」
「うんっ!」
鏡からの申し出に、菜々子が嬉しそうに頷くと自室から枕を持ってくる。
二人は鏡の自室へと移動すると、布団を敷き中へと入る。
鏡は菜々子から学校での事、友達や先生達の事などを聞き、自身も菜々子にせがまれるまま自身の事を話していく。
「…………お母……さ、ん……」
話疲れた菜々子はいつしか眠りに落ちていた。
(やっぱり、寂しい思いをしているんだろうな……)
鏡に寄り添って寝間着を掴む菜々子の寝言に、菜々子の寂しさを思う。
1年という限られた期間だが、鏡は菜々子と接する時間を多く持とうと決意する。
長旅の疲れが出てきたのか、考え事をしている内に眠たくなってくる。
鏡は、菜々子の暖かい体温を感じながら、そのまま睡魔に身を任せて眠りにつくのであった。
後書き
筆者が執筆している、別作品の続きを書いている最中に思いついて書きました。
P4がPSPに移植されたら、こんな風になるのかな?
といった思いつきでこの作品は出来ています。