・このSSはにじファン様にも投稿させて頂いています。
少女にとって、他人とは恐怖そのものだった。
必死に、自分なりに努力をしても適応出来ない自分を疎ましく思い、他人に受け入れてもらおうとする努力は無為に終わり、ついには他人全てに恐怖した。
少女の何が悪かったという訳ではない。ただ、ほんの少しだけ他人とは違うだけだったのだ。
だが、その僅かな躓きがみるみるうちに壁となって行った。
少女を囲む壁は高く、厚く。少女から足掻く気力を削り取って行く。
だが。
少女を受け入れないのが他人であるのなら、部屋で独りきりで泣く少女を受け入れるのも、また他人。
少女の壁を颯爽とぶち抜くのは、これまた少女。
彼女の名は、
「わたくしの名前はセシリア・オルコットですわ。貴方のお名前は何とおっしゃるの?」
まだ齢十にも満たない少女ではあるが、その魂はすでに高貴。
涙に沈む少女へと微笑みかけるセシリアの姿に人は慈愛を見るだろう。
人を信じられなくなっていた少女はセシリア・オルコットに希望を見た。
いや、希望という言葉ですら足りない。
「あ、あたくしは……」
これは、ある少女の愛の物語である。
それから数年後。
「あたくしキシリア・スチュアートの剣にかかって、死ぬがいいですわ! 織斑一夏ァァァァァァァァァっ!!」
「ちょっと待て!? 白目剥きながら、斬りかかってくんな! マジで怖い!」
IS学園クラス代表決定戦。
キシリア・スチュアートが駆る量産型IS『打金』は織斑一夏のワンオフ専用機『白式』を追い詰めていた。
機動性に劣る打金での巧妙なステップワークで白式を逃さない。
打金の標準装備である身の丈ほどある刀ではなく、更に巨大なツヴァイハンダー(両手持ちの西洋剣)を右手に一本。左手に一本。
セシリアより、僅かに短い金髪の縦ロールを振り乱しながら、荒ぶる竜巻の如き熾烈な猛攻。
血走った白目を剥き、狂乱の舞を踊り続けている。
だが、怒りと憎しみと嫉妬に狂いながらも白式を逃がさぬ間合いの潰し方は、IS搭乗時間が一時間にも満たない織斑一夏を苦しめる。
対する一夏と言えば、完全に気合い負け。ブレード一本しか無い近接戦闘特化型だと言うのに、キシリアに踏み込む素振りすら無く、必死の形相で防ぎ続ける。
だからと言って、一夏が特別に臆病だとは観客全員は思わなかった。
「死んで、畑の土におなりなさい!」
文章に起こせば、こうなるだろうが実際、キシリアは叫び過ぎて、
「じんでばだげのずじにおな゛りなざぁぁぁぁぁぁい゛!」
と、老婆が癇癪を起こして叫んでいるような嗄れた声。
うら若き少女が涎が飛び散らせながら暴れまわる姿は怒る闘牛の方がまだ可愛げがある。
関わりたくないタイプの人であった。
どうして、こんな状況となったのか。それは少し時間を遡らねばならないだろう。
キシリア・スチュアートとセシリア・オルコットはかなり似ている。
キシリアの方が僅かに髪が短い程度で顔ではなかなか見分けがつきにくい。
楚々とした所作は二人とも貴族の出らしい礼にかなったものである。
セシリアに憧れるキシリアは必死の思いでちょっとした仕草、表情、ファッションの全てを真似たからだ。
だが、セシリアとキシリアを間違える者はなかなかいない。
何故ならキシリアは大草原。セシリアはなかなかの二つの山を持っている。
つまり、キシリアの胸はぺたんというより、すとん。
欧州では巨大さよりも総合的なシルエットを大事にする以上、どちらが上とは言えないだろうが。
しかし、キシリアはセシリアと自分と比べれば確実にセシリアが上だと固く信じている。
と、いうよりもそんな愚論は語るまでもないと思っている。
それでも身に付ける物は常にセシリアよりワンランク下を維持。
セシリアに何かを言われたからではなく、キシリアにとって、それは至極当然の事なのだ。
―――天上におわす御方よりも神々しく、羽ばたく蝶より華麗なお姉様と同程度の物を身に付けるなど、あたくしがより惨めになってしまいますわ。
あたくしはお姉様の影であればいいのです。
それを真顔で言い切る女がキシリア・スチュアートである。
そして、憎き怨敵織斑一夏はキシリアが言う所の世が世なら女神として崇め奉つられていたであろう美姫セシリアに、
「ちょっとよろしくて?」
話しかけられるという彼のおがくずのような下らない人生の中で唯一、光輝くであろう栄誉に対し、
「へ?」
あろう事か間抜け面でとんまな返事を返したのである。
本来であれば即座に跪いて、
「この豚めに何かご用で御座いましょうか」
と答えるのがあるべき姿なのである。
それをあの男は、
「ギ、ギギ、ギギギギギギギギ…… キシャァァァァァァァァァァァァ!」
「え、何この声!?」
あらかじめ何かをやらかさないようからセシリアに待てと言い付けられたキシリアは必死に耐える。
周りの有象無象が騒いでいるが、キシリアにとってはどうでもいい事だ。
「まぁ、なんですの、そのお返事!? わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら!?」
―――こんな無礼な男に何とお優しいお姉様……!
キシリアはセシリアの宇宙の如き広大無比な広い器に涙した。
もし、世の凡愚共を救う弥勒菩薩がいたのならば、セシリアの姿をしていると再確認した。
「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」
キシリアは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の織斑一夏をを除かなければならぬと決意した。セシリアには男がわからぬ。キシリアは、セシリアの愛の僕である。常にセシリアの背後で近付く男達を排除してきた。だからこそセシリアには、人一倍に敏感であった。
―――お姉様は案外、ちょろいのですわ。
友人が少ないセシリアだが、その分懐に入った相手にはどこまでも優しい。
キシリアのように懐いて来る相手も突き放せはしない。
もし、一度、織斑一夏がセシリアの警戒を破り、内側へと入ってしまえば?
過去、オルコット家を強欲な連中から守るためにキシリア以外に心を開かなかった時期もあるセシリアだが、
―――お姉様はちょろいですから、心配ですわ。
今までは近付く男はキシリアが物理的に、社会的に、生物学的に叩き潰して来たが織斑一夏は世界初のISを動かせる男性である。
各国の諜報機関が二十四時間、完全に監視していて手が出せなかった。
もし、一夏が学園内で女性と「イタした」場合は全世界の国のリーダーに一時間以内に報告が入るだろう。
更に生徒会長更識楯無と対暗部用暗部『更識家』もなかなかの手練れである。キシリア単独で生徒会長と更識家を相手をするには少しばかり荷が重い。
そんな織斑一夏を始末してしまえば、キシリアだけではなくセシリアにまで迷惑がかかるだろう。
機会を待たねばならない。
「仕方のない事故だった」と受け取られるようなタイミングを待たなければならない。
キシリア・スチュアート、臥薪嘗胆の心意気である。
そして思ったよりも、その機会は早く訪れた。
「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」
この学園で織斑千冬を無視出来る者は何人いるだろうか。
凛として、清廉。現在、学園内踏まれたいランキング一位を独走し、史上最強の名に最も近いと噂されるIS乗りである。
名も実も兼ね備え、教壇に立つ彼女を平然と無視し、自らの思考に耽るような者は現在、一組の教室ではキシリア・スチュアートのみである。
何百、何千通りの織斑一夏を陥れる策を練り続ける彼女は見た目だけは模範的な生徒であるが、千冬の話は右耳から入って、左耳から抜けている。
ちなみに副担任の場合は全く耳にも入っていないのだから、まだマシな方だ。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出るクラス代表者を決めないといけないな」
その時、キシリアに電光が走った。
合法的に織斑一夏を抹殺出来る手段が。しかも、衆人環視の元での"事故"を起こせるチャンスが来たのだ。
だが、まだ待たなければならない。
「はい! 織斑くんを推薦します!」
キシリアの未来予測はこの先の展開を読み切った。
「私もそれがいいと思いますー」
「では候補者は織斑一夏…… 他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」
お姉様の素晴らしさを知らない愚民共がただの物珍しさで織斑一夏を推薦するのは"読み筋"だ。
そう、織斑一夏は次に、
「(へへえ、あっしのような豚が素晴らしきセシリア様を差し置いて、クラス代表者になれるはずないでゲス!と言う……!)」
「ち、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――」
「自薦他薦は問わないと言った。 他薦されたものに拒否権はない」
人間、誰にでも間違いはあるのだ。
だが、
「そのような選出は認められません!」
セシリアが机を叩いて、立ち上がるのはキシリアにとっては確定事項。
一夏を深く知らないせいで多少、間違えたがセシリアが次に何を言い出すかは全て読める。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。 それを物珍しいからと言って、極東の猿にされては困ります!」
ヒートアップして行くセシリアにさすがにかちんと来たのか、情けなく緩んでいた一夏の表情に少しずつ怒りが浮かぶ。
「(これは……不味いですわね。 お姉様はプライドの欠片もない相手はお嫌いですが、意地を見せる相手には……ちょろくなってしまいますわ!)」
罵倒され、情けなく笑っているような人間はキシリアも嫌いではあるが、セシリアは更にその思いが強い。
魑魅魍魎のような、金のためなら誇りを捨てる連中を相手にオルコット家を守るためIS操者になったくらいだ。逆に見事な矜持を見せた相手には賞賛を惜しまない。
下手な転び方をしてしまえば、キシリアにとって不味い事になるだろう。
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。 世界一不味い料理で何年覇者だよ」
正直、キシリアも一夏と同意見だが、セシリアにはこの言葉は許せないだろう。
セシリア・オルコットは誇り高き貴族だ。国を馬鹿にされて笑ってはいられない。
だから、
「なっ……「我が祖国を侮辱されては黙ってはいられません。決闘ですわ!」 ち、ちょっと、キシリアさん!?」
ここで割り込む。
キシリアが国のために怒った。そう思い、割り込んでも不興を買わないタイミングで。
「申し訳ありません、お姉様。 しかし、この男の暴言……許せませんわ!」
キシリアは何故、日本のオープンカフェはどうでもいいような景色しか見えない場所に作るのだろうと考えながら、立ち上がり、セシリアならこうするという動作で一夏を指差した。
「セ、セシリアが二人……? いや、パチリア?」
「最高の誉め言葉ですわね! しかし、あたくしは手加減しませんわよ!」
なかなかこの豚は見る目が有るではないか、とキシリアは一夏の評価を一段階上げた。
ただの排除対象から敵へ。この上手く回る口でセシリアを口説くつもりなのだろう。
「あれ、今、俺はいつ誉めたんだ? と、とにかく」
「織斑先生、よろしくて!?」
「あ、ああ、では勝負は一週間後、第三アリーナでだ」
一夏が今の千冬を見れば驚く事だろう。あの織斑千冬がキシリアに呑まれ、口を半開きにし、目を丸くしている。
完全に横から無理矢理に入って来たキシリアに主導権を奪われてしまったのだ。
「あたくしが勝ったら、お姉様がクラス代表ですわ。 もし、わざと手を抜いて負けるような事があれば去勢しますわよ」
「ああ、真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいないさ」
そう言い切った織斑一夏は表情を改めると、キシリアを真っ直ぐに見つめ返す。
「(不味いですわ…… こういうタイプの方、お姉様は好きですもの……!)」
セシリアを完全に決闘から排除するには成功したのだが、改めて怨敵織斑一夏の恐ろしさを思い知らされるキシリアだった。