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[27923] 続・殺戮のハヤたん-地獄の魔法少年-(オリキャラチート主人公視点・まどか☆マギカ二次創作SS)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/30 19:49
※一部、残酷描写がございます。そういうのに抵抗がある方は、ご遠慮ください。



はじめまして。闇憑という者でございます。
年甲斐もなく、まどか☆マギカにハマって、慣れぬ二次創作に手を出しました。

なお、タイトルに『続』と入ってますが、このタイトルそのものが、ニトロ作品のパロディなので、前編はございません。悪しからず。


一応、野郎のオリ主視点での、ワルプルギスの夜までの闘いを描こうと思っております。
設定は、なるたけ原作に準拠していますが、かなり弄ってる部分もありますので、そういうのが嫌な御方は、ご遠慮ください。
当然、ネタばれ前提なので、原作をみていない御方は、バレ覚悟でなければご遠慮ください。


あと、多分、萌えとかそーいったの、作者はあまり理解してません。ぶっちゃけ、何も考えずに書いています。残酷描写も多々ありますし、あくまで闇憑視点でのキャラ解釈なので、一度でも不愉快だと思われた方は、続けて読む必要はございません。


私が描く『地獄』にお付き合い出来る方のみ、お願いします。


テーマは『杏子の罪』と『アンチQB』。そして『アンチ魔法少女』といった所でしょうか?
そのため、杏子ファンには絶対オススメしません!! マジで引き返した方がいいです。彼女は酷い目に遭います。
というか、この話は主人公の一人称視点なので、彼女は完全な悪役です。理屈では納得できても、恐らく感情が納得できないでしょう。


この二次創作の物語は、基本的に主人公含め、頭の悪い人間だけで構成されており、頭の悪い人たちで作る世界になっています。
これはそういう世界を想定して書かれております。原作との設定の矛盾もある程度まかり通ってます。




繰り返しになりますが。『地獄から来たと思しき主人公と、お付き合いいただける方のみ』おねがいします。それ以外の御方は、こちらで回れ右で、ブラウザの『戻る』をクリックし、他の方々の傑作に走る事を、お勧めします。







※現在、感想掲示板のほうに、荒らし目的の方が多数沸いております。こと、作者に対して、粘着質なストーカー的な方もおります。
闇憑個人の迂闊さもありますが、最早、制御不能な『魔女の釜の底』状態ですので、感想の投稿には、十分な注意をお願いします。














OK……後悔、しないでくださいね。



推奨BGM:アンパンマンのマーチ、ぼくパヤたん一章、二章。



[27923] 第一話:「もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 06:22
「おっと、失礼」

 ドンッ、と。ぶつかった少女に、頭を下げる。

「あ、いえ……こちらこそすいません」
「いや、すまなかった。急いでんだ。悪い!」

 そう言って、俺は走り出した。
 ……気付かれる前に、決着をつけねばならない。
 繁華街の路地に駆けこんで、先ほど、ぶつかった時に少女から掏り盗ったモノ――ソウルジェムを、クルミ割り機に挟みこむ。

 パキィィィィィン!!

 澄んだ音と共に手の中でソウルジェムが砕け散って、俺はようやっと安堵の息をついた。 

『おいっ!! おいっ、ひみか!?』
『どうしたんだよ、おい!?』
『救急車っ! 救急車呼んでーっ!!』

 一〇〇メートル程離れた場所で、少女が倒れたまま動かなくなっていたのを確認すると、俺は変装の中年男性の覆面を剥ぎ棄てて、その場を立ち去った。



 世の中には、悪魔と呼ぶべき生き物が存在する。
 嘘はつかない。ただし、真実全ては絶対に語らない。
 そいつは、他人の弱みに付け込みながら、そういった詐術じみた手法で人を陥れる。
 その悪魔の『ターゲット』は、小中学生から、高校生くらいまでの少女たち。
 愛くるしい容姿で近づき、奇跡を餌に少女に『契約』を迫り……何も知らない少女を自覚の無いままゾンビへと変え、そして最終的に化け物へと変える。
 キュゥべえとか名乗るフザケたそいつらが、ドコから来たかは俺も知らん。本人は宇宙がどーとか言ってるが、正味、それは俺の知ったこっちゃない。
 ただ、俺が知るそいつらは、殺しても殺しても際限なく現れては、少女たちの周囲を徘徊し、言葉巧みに契約を迫る、厄介極まりない生き物だという事だ。

 ……ああ、違和感を感じたかもしれないが、俺は男だ。
 私立見滝原高校一年。御剣 颯太(みつるぎ はやた)。
 まごう事無き、れっきとした男だが、『彼ら』キュゥべえとは無関係ってワケじゃあない。
 何しろ、その『契約』の犠牲者が、身内に二人も居るのだから。
 その犠牲者は姉さん。そして、俺の妹。
 そのうち、姉さんはこの世には居ない。いや……多分、あの世にも居ない。
 そうとしか言いようの無い末路を辿っている。

 じゃあ、残った妹は、というと……『ココ』に居る。
 俺が首から提げた、緑色に輝くソウルジェム。これが『妹』だ。
 ……OK、念のため言っておくが、俺の妹は生きている。体も無事だ。そして、俺の頭も狂ってるワケじゃあない(と、思いたい)。
 例の悪魔と『契約』を済ませた少女は、ソウルジェムという形で『魂』をこのちっぽけな石ころの中に封じ込められる。そして、人間としての肉体は、外付けのハードディスク以外の意味を持たないモノとなってしまう。
 つまり……ソウルジェムさえ無事ならば、肉体がどんなに痛もうが、あっというまに再生出来てしまうのだ。

 俺が、契約した彼女たちを『ゾンビ』と言ったのは、このためだ。
 撃っても斬っても殴っても死なない。手足や脳天をショットガンで吹っ飛ばそうが、お構いなしだ。
 それでいて、個人差はあるものの、少女の外見からは想像もつかない、超人的な身体能力を獲得する。
 多分、生身の人間の俺では、正面から戦っても絶対に太刀打ちできないだろう。
 本人たち曰く『魔法少女』だそうだが……まあ、外面的、能力的には間違っちゃいない。中身は果てしなくゾンビだが。

 ただ、この状態なら、まだ可愛い方だ。
 問題は、その一歩先。
 俺の姉さんが陥った……化け物としての姿。
 例の『魔法少女』が戦い続ける表向きの理由に、『魔女』と呼ばれる化け物退治がある。
 自分の結界というか異世界というか……まあ、そんな場所に人を引きずり込んで弄んだ末に殺す、化け物。
 その化け物退治を繰り返している内に、自らも『魔女』という名の化け物に成り果てる。
 どうも、これは今のところ、変えようがない運命らしい。まったく、良く出来たシステムだ、としか言いようが無い。

 まあ、そのへんは兎も角、とりあえず、俺が『妹』――のソウルジェムを持ち歩いてる理由に話を戻そう。
 ぶっちゃけて言うならば、『俺が魔女や魔法少女と戦うため』である。
 ……そう、魔女だ。
 超人的な体力と、物理法則をひっくり返す魔法を扱う『魔法少女』を以ってして、はじめて倒す事ができる相手。
 故に、だだの一般的な人間が、太刀打ちできる訳が無い……と、いうワケでは、実は必ずしも無かったりする。とはいえど、そこには『魔法少女』の力を借りねばならない理由も、少なからず存在する。

 例えば……ドコに魔女が居るのか、という探索。
 いかに魔女を倒す武器を携えていようとも、見つけられなければ意味が無い。そして、ソウルジェムは魔女の居場所を示すレーダーの役割を果たしてくれる。
 これが一番目の理由。

 さらに……

「……ようやっと、お出ましか」
 薄く笑いながら、俺は『ソウルジェムから武器を取り出した』。

 そう、これが二番目の理由。
 『妹』のソウルジェムが持つ『四次元ポケット』としての機能もまた、魔女と対峙するに当たって、限りなく重宝するモノだ。
 しかも、今、取りだしたのは、本来ならば車載して持ち運ぶようなオートマチックグレネードランチャーで、持ち歩くには到底向かない代物。それを、ベルトで肩から提げて両手持ちで構える。

 更に、ベルト方式で連なった40mmグレネード弾の弾帯は、そのままソウルジェムの四次元ポケットの中まで連なったまま、『ジェムと一緒の淡い緑の光を放っていた』。
 これが三番目の理由、『魔力付与』。
 既存の銃器や爆発物の単純攻撃では、魔女や魔法少女相手には効果が薄いが、ある程度の媒介としての魔力を加える事により、近代兵器でもかなり有効な打撃を与える事が出来るようになる。
 それでいて、魔力の消費量は、同等の破壊力を魔力のみで再現した場合より、応用性は劣るものの明らかにコストパフォーマンスに優れる。

 飛行機の操縦桿のような引き金を引き、反動で暴れ回るオートマチックグレネードランチャーを、両腕……というより体全体で必死に抑え込みながら、使い魔の群れを異形の魔女ごと、爆炎と業火の海に叩きこむ!
 『ポンッ』というより『ボンッ』といった感じの発砲音が連続し、その発砲音を風景ごと塗りつぶす程に強烈な、40ミリグレネード弾の爆撃と轟音によって、何もさせずに使い魔ごと魔女が叩きのめされて行く。
 そして……

『ギャヒイイイイイイ!!!』

 と。断末魔の悲鳴をあげて、姿を現そうとしていた『魔女』が、その姿を見せる前に結界ごと消滅。

「っ……ふぅ……」

 冷や汗と共に、俺はソウルジェムに、オートマチックグレネードランチャーを収納。
 一方的な殺戮。
 そう。『何されるか分からない相手ならば、何かをする前に何もさせず葬り去る』事が、人間が、魔女や魔法少女に対抗するための唯一の手段である。
 実際のところは、本気で紙一重だ。
 まあ……本気でヤバくなった時のための最終手段も無いワケではないが、それは後で。



 魔女の残骸……グリーフシードを回収し、手元のソウルジェムの汚れを取り去りながら、俺はコレをどう扱うべきか考えていた。
 魔力の消耗が極端に少なくて済む、この方法は、もう一つの大きなメリットを抱えている。
 即ち……

「……デコイにするか」

 それは魔法少女をおびき寄せる手段が増える、という事。
 この魔女の残骸……グリーフシードは、魔力の使用によって濁っていくソウルジェムを、綺麗に保つ効能を持つ。ソウルジェムが綺麗であればあるほど、個人の戦闘能力は増し、逆に濁れば果てしなく堕ちていく。
 故に、連中にとっては、喉から手が出るほど欲しいもの。
 時刻は9時。

「時間的にもう一戦、イケるな……」

 トラップを仕掛けた町ハズレの廃ビル……二束三文で買い取った建物に向かって、俺は歩き出した。


 ズッ……ズズズズズ……ズッーン!!!!

「……殺った、か?」

 建物が内側に沈み込むように、綺麗に『消滅』する。
 俗に『内破工法』と呼ばれるビルの解体技術で、崩落のエネルギーそのものを内側に集約させ、周囲に破片を撒き散らさずにビルを破壊する解体工法だ。故に……金銭的な費用対効果を度外視すれば、普通の爆弾を用いたブービートラップより、効果的である。
 とはいえど。
 確実に、ターゲットにした魔法少女が入ったのを確認して、起爆スイッチを入れたのだが、安心はできない。
 一応、消耗していた魔法少女を狙い、公衆電話で誘い出して罠にかけたのだが、弱っていたとしても『ビルごと吹っ飛ばした程度では』アテにはならない。
 対物ライフル――バレットM82A1に備え付けた、暗視用の狙撃用スコープを覗き込みながら、崩壊した建物を観察。
 ……居た。
 案の定、瓦礫をはねのけて現れた魔法少女が、最後のトラップをくぐり抜けたと思いこんだ、安堵した表情でソウルジェムを取り出し、餌にしたグリーフシードに当てる。
 その瞬間を……狙い撃つ!

 ドンッ!!

 遥か500メートル彼方からの狙撃。
 スコープの中に、一瞬、黒い点……12.7x99mm NATO弾が現れ……

 ボン!

 グリーフシードとソウルジェム、そして魔法少女の上半身。全て、まとめて消し飛んだ。



「本日の成果:魔法少女二匹、魔女一匹……と」

 本日のハントの成果を、ノートに記録。

 ……トータルスコア:魔法少女23匹、魔女(含、使い魔)51匹。
 ……グリーフシード:残14+1。



「お兄ちゃん、お帰り♪」

 見滝原の中心部より、やや外れた郊外。
 新興住宅地の一戸建てにある、我が家の扉を開けて出てきたのは、俺の妹、御剣 沙紀(みつるぎ さき)だ。

「おう、ただいま。体は平気か?」
「うん、大丈夫!」
「そうか……良かった」

 そう言って、俺は沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。

「……お兄ちゃん。怪我してる」
「ん? ああ……これか」

 腰……というかわき腹のところに作った傷。どうも、何かの拍子に引っかけたらしい。
 今まで、痛みらしい痛みは無かったが、触られて自覚する。

「どーって事ぁないさ。放っときゃ治る」
「ダメだよ、お兄ちゃん!」

 そう言って、沙紀は俺の傷に手を当てる。

「ダメだ沙紀! 『それは無駄遣いしちゃダメだ!』」

 強い口調で沙紀を叱り飛ばし、手をひっこめさせた。

「うーっ……」
「……大丈夫だよ、沙紀。救急箱取ってきてくれ。消毒してガーゼを当てよう」
「……うん」

 そう言って、玄関口からリビングに消えた沙紀の姿に、溜息をつく。
 俺の妹、御剣沙紀は、魔法少女としてあまりにも優しく、故に、あまりにも『魔法少女』の世界に向かない存在だった。
 『弱い』わけではない。魔力の総量は、ハッキリ言ってそこらの魔法少女の比ではないだろう。
 だが、沙紀には攻撃手段が無かった。
 魔法少女が、魔女と対峙し、狩るために手にする武器。それは、時に銃であり、剣であり、槍であり……まあ、諸々ある。
 だが、彼女には何もなかった。
 本当に、何も持ってないのである。
 『癒しの力』……いわゆる、回復の魔法に関しては、群を抜いている。
 骨折や四肢の切断どころか、心臓を始めとした内臓器官をぶち抜かれても、脳を吹っ飛ばされた即死でさえなければ、復活させる事は可能だ。その上、どんな病気もたちどころに治せ、しかもそれは、自分だけではなく、他の人間や動物、魔法少女にまで適応が可能なのである。
 ……だが、それだけ。それだけでしかない。
 要するに……単独で戦闘を挑むのに、極端なまでに向かない存在なのだ。
 かといって、彼女を別の戦闘向けの魔法少女と組ませる、というのも論外だ。
 一度、それをやって、沙紀を便利な薬箱扱いした挙句、ソウルジェムが真っ黒になる寸前まで酷使しようとした馬鹿が居た。無論、そいつは俺がこの手で『吹き飛ばして』やったが。
 以来、沙紀の相棒は俺一人である。

 で、何故、俺が沙紀の相棒として働けるか、というと……俺の姉もまた魔法少女であり、共に闘ってきたからだ。
 ……もっとも、その頃とは戦闘スタイルを大きく変えてはいるが、戦闘担当だった事に変わりはない。
 魔法少女の力を借り、戦闘を代行する人間。効率よく魔力を消費してグリーフシードを効率よく獲得する魔法少女の相棒(マスコット)。
 それが俺。ただの人間である、御剣 颯太(みつるぎ はやた)の正体だ。

「お兄ちゃん、薬箱もってきたよ」
「おう、ありがとうな。あ、あとテキーラもってきてくれ」
「……う、うん」

 アドレナリンが効いてたため、あまり意識していなかったが、わき腹の傷は結構深かった。命には差し障らないが、放っておける程のモノでもない。
 沙紀が持ってきてくれた、芋虫入りのテキーラを口に含み、ブッ、と吹きかける。
 薬箱に入ってるのは、ヨモギの粉末をベースにした、オリジナルの薬膏。そいつをべちゃっ、と張り付けて、ガーゼで保護。傷ごと胴に包帯を巻いて、一丁上がりだ。

「お兄ちゃん……やっぱり……」
「ダメだ、沙紀」

 俺は、首を軽く横に振るう。

「いつも言ってるだろ。『お兄ちゃんは無敵だ』、って。
 だから、沙紀は、お兄ちゃんが本当にピンチのピンチに陥った時にしか、手を出しちゃダメなんだよ?」
「……じゃあ、どうして怪我して帰ってくるの?」
「ん? 喧嘩するのに、無傷ってワケには行かないからさ。殴られたら、殴った拳が痛むだろ? つまりは、そう言う事だ」
「……鉄砲、いっぱい持ってるのに?」
「相手だって、鉄砲より怖い物を一杯振りまわしてくるのは、沙紀も知ってるだろ? でも、お兄ちゃんはちゃんと勝って帰ってきてるじゃないか」
「……うー……」

 いじけそうになる沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。

「ありがとう。感謝してるよ。沙紀。
 だから、もっと自分を大事にしてくれ……本当に。もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」
「うん……ごめんね、お兄ちゃん。私……私」
「泣くな。大丈夫。お兄ちゃんは、ずっとずっと、大丈夫だから。
 じゃ、ご飯にしようか? デザートは新作だぞ」
「えっ、新作♪」

 目を輝かせる妹の現金さに救われながらも、俺は安堵していた。

「ああ、もうシーズンだから、紫陽花に挑戦してみた。
 その代り、ちゃんとお野菜やサラダも残さず食べるんだぞ!?」
「うっ……はーい……」
 妹の頭を撫でつけ、俺は台所へと足を向けた。

 本日の料理:適当にデッチアゲた酢豚、中華風卵スープ、水菜のサラダ、ご飯
 デザート:練り切りで作った紫陽花



[27923] 第二話:「マズった」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 06:27
「……マズった」

 絶句しながら、お菓子の世界に放り込まれた俺は、自分のミスを歯噛みしていた。
 
 何度も言うようだが、俺の戦闘方法は、至極単純。
 『仕掛けて嵌める』か『全火力での先手必勝』。それが全てであり、それ以外は……基本的に、無い。
 故に、こういった突発的なトラブルに巻き込まれ、先手を取られた場合、採り得る選択肢は一つしかない。
 即ち、撤退。
 だが、逃げる間もなく、俺は結界の中に取り込まれてしまった。

「洋菓子か……クリームは苦手なんだがな」

 昔、バタークリームの極端に甘ったるくて脂っこい代物に、仁丹みたいな紅い粒を乗せたケーキを食べて、気分が悪くなった事を思い出して、思わず胸が焼けた。
 アレは本当に最悪だった。
 ま、それは兎も角。
 問題は、目の前に浮いている、魔女だった。

「お菓子の世界……ヘンゼルとグレーテルにあったのは、お菓子の家か。お菓子の魔女……お菓子、ねぇ」

 と、思い出す。確か、ソウルジェムの中に『アレ』があったハズ!

「……時間稼ぎくらいには、なって欲しいが……」

 軽く、お菓子だらけの地面に手をつけて静電気を散らすと、俺はソウルジェムの中から、『お菓子』になるモノを取り出した。

「ちょっと待ってろ。お菓子を作ってあげるからねー」

 手でそれを念入りに捏ね、練り切り菓子の要領で形を手早く整えると、ヘタに見立てた『スティック』を突き刺してリンゴの完成。
 そいつを魔女に放り投げる。……案の定、喰いついた。

「ちょっと待っててなー♪ はい、ミカンだぞー、メロンだぞー、スイカだぞー」

 どんどん造形は雑になって、一個の量も大きくなって行くが……味が甘ければ、もう何でもいいらしい。早く食わせろ、とばかりに、使い魔や魔女が催促していく。さもなきゃお前ごと取って食うぞ、と言わんばかりだ。
 ……しっかし、つくづく作り手として喰わせ甲斐の無い輩だ。食べる前に、視覚的に愛でるセンスってモンに欠いてるらしい。
 やがて……手持ちの『塑材』が尽きた時。
 事態は、更に、最悪の方向へと傾いた。

「そこの人、もう大丈夫よ!」

 バンッ!! と……魔女に『銃弾』が直撃する。
 だが、俺の使っているようなアサルトライフルやハンドガンなどではない。
 レトロで古風な、凝った彫金のマスケット銃。
 それを無数に展開するのは……金髪縦ロールの、まごう事無き、『魔法少女』!

 さっ、最悪だ! 顔を……素顔を見られた!?

「はっ、はい!」

 お、落ち着け、俺……顔はバレたが、俺は現時点で、魔女の結界に囚われた被害者Aだ。

「お兄さん! こっちこっち!」
「急いで!」

 声をかけられ、振りかえると……お菓子の山の物陰から、例の魔法少女の連れてきたと思しき、少女が二人。
 こっちは……一般人か!?

「ど、ど、どうなって……っていうか、君らは!?」
「えっと、ですね……そのー」
「私たち、魔法少女の体験ツアーってものをやってまして……」
「たっ、体験……ツアー!?」

 思わず絶句してしまう俺だが、彼女たちの肩口に乗った生き物に、納得してしまう。
 キュゥべえ。
 俺の姉さん。そして沙紀を、修羅地獄へと叩きこんだ、悪魔。

 ……そうか、そう言う事か。またテメェは、何かやらかしやがったな?

 一瞬、目を合わせるが、彼もまた『営業中』なのか、こちらを知らぬものとして扱っていた。

 ……まあ、そりゃそうだ。
 そして、彼女たちには悪いが、俺もまた他所の魔法少女に顔を覚えられた状況下で、彼女たちに色々ぶちまける程、迂闊でもない。
 彼女のような、見るからに『正義の』魔法少女にとって、俺みたいなのは絶対相容れない存在だからだ。
 せいぜい……

「やっ、やめといた方がいい! みんな……ロクな事にならんぞ!」
「大丈夫ですよぉ~!」
「私たちには、マミさんがついてますから♪」

 この程度の忠告くらいだ。
 と、派手な轟音を轟かせて、マスケット銃が乱舞する。
 そう、乱舞。
 無数に展開した、一発限りのマスケット銃を、乱射して魔女を追いつめる彼女の姿は、手練と呼ぶにふさわしい手際と流麗さを兼ね備えていた。
 圧倒的な火力での攻勢による、制圧。
 マミ……巴、マミ! そうだ、思い出した!
 魔法少女の中でも、最古参のベテランじゃねぇか! 見滝原でも、有数の魔女多発地帯を縄張りにする、ベテラン魔法少女!
 それに気付いた俺は、彼女を仕留めるプランを、半ば無意識の内に働かせていた。

 結論。
 正面からの攻勢による制圧は、絶対無理。
 だが、仕留めるなら……あの魔女に『仕掛け』をシコタマ喰わせた今ならば、あるいは一石二鳥を狙い得るか?

 無造作な足取りで、マスケット銃を叩きのめした魔女につきつける魔法少女。
 至近距離……今っ!!

 俺は、伏せると同時に、懐の中の起爆スイッチを押す。
 俺が、お菓子の魔女に食べさせたのは、C-4。俗に言うプラスチック爆弾。ニトロセルロースの入ったソレは独特な甘さがあり、ガムのように噛んで食べる事も出来る(少し毒性があるので、喰い過ぎると中毒になるが)。形も和菓子の練り切りのように自由自在。ちなみに、差しこんだスティックは、電波で起爆するタイプの起爆信管だ。
 その総重量、実に20キロ! やりようによっては、小さなビル一つ吹っ飛ばしてお釣りがくる量である。

 ズゴォォォォォォォン!!

 巨大なキノコ雲があがる程、強烈な閃光と爆音が、お菓子の世界の中に轟く。
 ……殺った、か!?

「ッ!!」
「マミさん!」

「……っ……大丈夫よ! 危ないところだったけど。自爆とは、やってくれるわね……」

 ……しまった。仕留め損ねたか!
 思った以上に、魔女の内側が分厚かったらしい。
 それに、よくよく考えたら、純粋な爆発物だけでダメージを与える事も難しい。せめて、時間があればベアリングでも混ぜたものを……っ!!

 OK、落ち着け。クールになろう。
 俺は、被害者Aを装い、撤退する。彼女たちの印象に残らず、この場から撤退する。

 ふと見ると、ダメージを受けて太巻きみたいに化けた魔女が苦痛にのたうつ一方、マスケット銃を構えた魔法少女は、先ほどの大胆な火力を叩きつける速攻から、慎重な戦闘スタイルへと変更していた。
 恐らく、彼女程のベテランが、もう不覚をとる事は無いだろう。俺が、魔女も魔法少女も仕留めるチャンスは、この段階では失われた。

「……逃げ道は……」

 ふと、あったお菓子の扉。彼女たちが入ってきた方向に目を向ける。
 彼女たちは、ツアーと称して『やってきた』。ならば……出口はこっちの可能性が高い。

「あっ、ちょっ!」
「ひいいいいいいいっ!!」

 被害者を装い、哀れっぽい悲鳴をあげて、駆け出しながら逃げる。
 いや、実際、敗北という意味では、最悪から三番目である。
 魔法少女は仕留められず、魔女も倒し切れず、そして消耗したプラスチック爆弾という装備に……沙紀の魔力。
 だが、今は逃げるしかない。沙紀には詫びる以外、方法は無い。

「ティロ・フィナーレ!!」

 巴マミの決め技と共に、魔女の結界が薄れ、消え失せていく。現実と結界の狭間の世界を、俺は全力で逃げ出していた。



 この時……もう少し、慎重に、俺は行動するべきだったかもしれない。
 例えば、退路とか。痕跡の消去とか、その他諸々。そして……あの白い悪魔の動向を。



「お兄……ちゃん?」
「よう、ただいま、沙紀」

 何とか。
 一応、タクシーを捕まえ、ランダムに道順を辿り、見滝原郊外の自宅に帰ってきたのは、10時過ぎだった。

「すまん。お兄ちゃん、負けちゃった」
「ううん、いいの。だって、お兄ちゃんが帰ってきてくれたんだもん」
「……ごめんな。お兄ちゃん、今日はちっとも無敵じゃないや」
「知ってるよ。
 でも、お兄ちゃんは、絶対生きて帰ってきてくれるじゃない。
 だから、今日は罰ゲームで許してあげる♪」
「……そりゃあ、魔女と戦うより怖いな。どんな罰ゲームだい? 沙紀」
「いつも、お兄ちゃんが頑張ってる時、私一人で寝てるから……今日は晩御飯食べたら、朝まで、一緒に寝て欲しいの。鉄砲のお手入れ、後回しにして」
「っ! ……んっ、分かった! じゃあ、晩御飯、作ろうか。今日はハンバーグだぞ♪」
「お兄ちゃん! デザートは!?」
「冷蔵庫に作っておいた、竹ようかんがあっただろ。あれだ」
「やったー♪」

 ああ、救われてるな……と、この時は思ってた。

 だが……石鹸で念入りに手を洗い、刻んだハンバーグのタネを捏ねる内に、何か……目の前がかすんできた。
 ……何なんだろうな。
 将来、和菓子屋さんになりたいって……そう思って、必死になって独学で勉強して、姉さんや妹に食わせるお菓子を作るための材料を捏ねるハズだった手で……俺、プラスチック爆弾を捏ねてたんだぜ?
 よく、映画や漫画なんかである、レンガみたいなプラスチック爆弾の塊に起爆信管を刺しただけでは、爆弾は上手く起爆しない。あれは本来、ある程度捏ねないと上手く爆発しないモノなのだし、ついでに信管を刺す前に静電気を地面に流さないと、信管に電流が流れて誤爆する可能性がある。

 ……そんな事なんて……知りたくも無かった。

 ただ、練り切りの水加減とかアンコを作る小豆の種類や砂糖の配分とかのほうが俺には重要で、それが上手く行けば、姉さんも妹も……いや、父さんも母さんも、『美味しい』と笑ってくれたのだ。
 でも……俺の作った和菓子を『美味しい』と言って笑ってくれるのは、もう妹の沙紀だけになっちまった。しかも……妹は、ゾンビ同然で化け物を抱えた体だ。
 治る望みは……今のところ、無い。
 また、もし、俺が死んだら、戦う牙をもたない沙紀は、真っ先に誰かの都合で、魔女という名の化け物にされちまうだろう。
 それに、仮に、俺が生きてたとしても……沙紀がもし、うっかり魔女になっちまったら?
 そうなった時に、俺は……

「お兄ちゃん? どっか痛いの?」
「……何でも無い。何でも無いよ、沙紀。お皿、出しておいてくれないか?」

 無理に作った笑顔を作ると、ちょっぴりしょっぱくなったハンバーグのタネをまとめ上げ、フライパンに油を引き、火にかける。
 忘れよう。今を大切にしよう。今を積み上げなければ、未来なんてモノは来ない。
 ……たとえ、積み上げる俺の手が、どんな血塗られていようとも。

 ……本日の成果:なし
 ……トータルスコア:魔法少女23匹、魔女(含、使い魔)51匹。
 ……グリーフシード:残13+1。

 本日の料理:ハンバーグ&付け合わせのニンジンやインゲンのソテー、味噌汁、ご飯
 デザート:竹ヨウカン



[27923] 第三話:「…………………………いっそ、殺せ…………………………」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 06:39
「おっ……てっ……めぇ!」

 今日も一人、魔法少女を仕留める。
 ……今回は馬鹿で助かった。

「……人間、ナめ過ぎだぜ。魔法少女」

 腹に大穴を空け、顔面を吹き飛ばされた魔法少女が、地面に倒れ伏して痙攣する中、ソウルジェムを踏み砕く。

「……もしもし。そう、俺……ああ、ボディ一つ。10代の少女だ。場所は見滝原のハズレにある●×ビル。そう、屋上だ。
 鍵は空けておく。早めにカタをつけてくれ。振り込みはいつもの口座、な」

 いつもの『処理業者』に連絡。ケータイで入金。後始末をつける。

「っ……チッ! 何なんだチクショウ!」

 『魔法少女』が増えるペースが早すぎる。一体何なんだ、これは。
 グリーフシードを手にするために、魔法少女は狩り場としての縄張りを主張する。
 それは、俺……というか、沙紀も、一緒だ。が……俺の主張方法は、無論、普通とは若干異なる。
 警告は無し。
 ただ、ちょっかいを出した魔法少女が『地上から消えて無くなる』。
 『フェイスレス』『シリアルキラー』『アサシン』『ジャック・ザ・リッパー』……様々な過激な異名が、魔法少女たちの中で、噂になっているらしい。御蔭で、ウチの縄張りは『見滝原のサルガッソー』扱いだとか。

 ……無理も無い。
 彼女たちの大半は、自分がゾンビにされた事も。そして最終的に魔女という化け物になる事も知らない。
 だが、俺からすれば、彼女たちは魔女予備軍である。可能な限り化け物になる前に狩り取るに限る。
 俺が戦い続ける限り、魔女も魔法少女も少なくて済む。
 そう……


 全てのキュゥべえを滅する事が出来なければ。沙紀以外の全ての魔法少女と魔女を、狩るしかない。


 魔法少女というのは、素質や素養の問題らしい。
 誰もが契約すれば成れるわけではない。
 ただ、無限にいる、あの悪魔、キュゥべえが片っ端から契約を望んでも、魔法少女の数は一定以上は増えない事を考えると、実はそれほど人口比の割合で考えれば、問題はないんじゃなかろうか? しかも、魔法少女になれるのは、10代~20代まで。
 そうなれば、自ずと狩るべき人数も相手も絞る事が出来る。

「……にしても、異常だぜ」

 ビルの階段を下りながら、俺は一人、ごちる。

 今月に入って、これで5人目。いずれも、ルーキーと言っていい新人だ。
 無論、タダの新人に後れをとる俺では無い……と、言いたいが、戦闘能力そのものは新人以下な俺にとって、一瞬の油断が死という最悪の結果に繋がる事に、変わりはない。
 ……今日はもう、店じまいだな。
 『妹』のソウルジェムの濁りをグリーフシードで消しながら、俺は天を仰ぐ。
 魔力は兎も角、武器弾薬を使いこみ過ぎた。特に、例のお菓子の魔女相手に、C-4を使い過ぎたのは痛い。
 ……また『仕入れ』に行かないとなぁ。はぁ……


 そして、その日の夜。運命が流転を始めた。


 ピーンポーン♪

「……?」

 それは、妹と取っていた、夕食の団欒の時だった。
 ……ちなみに本日のメニューは、カレーライス。元、海上自衛隊のコックだった知り合いに、レシピを教えてもらった秘伝の代物だ。

「……宅急便かな?」

 玄関からのチャイムに、俺は玄関に繋がった監視カメラとマイクの映像を覗き……絶句した。

「っ!!」

 そこに居たのは、この間、お菓子の魔女と戦っていた金髪縦ロールの魔法少女、巴マミ。
 しかも、『変身済みの姿』だった。つまり、やる気だと言う事。
 さらに……

「沙紀!」
「動かないで」
「おーっと、動くなぁ!」

 気がつくと。
 黒い髪の少女に、蒼い髪の少女が、それぞれ俺と沙紀に銃と剣を突き付けていた。
 黒い髪のほうは知らないが、蒼い髪の少女には見覚えがある。……この間の一般人の片割れ……魔法少女の体験ツアーとか言ってた。
 ……ああ、なっちまったのかよ……魔法少女に。ってことは、彼女はルーキーだな。

「……キュゥべえの言う事が大当たり、とはね」
「ここが、あの、『顔無しの魔法凶女』の家、か」

 魔法少女が二人。
 さらに、黄色い紐のようなモノが、鍵穴やドアの隙間から伸びて、我が家の玄関の鍵を開け、巴マミが入って来る。

「夜分遅く、食事中に失礼しますわね」

 優雅に靴を脱いで揃え、礼儀正しく上がって来る。ただし……その両手に、マスケット銃を携えたまま。

「……お兄ちゃん?」
「大丈夫。大丈夫だ、沙紀」

 引きつった笑顔を向ける。
 ……とはいえど。
 状況的に、かなり『詰み』な事は事実だ。
 何より問題なのは……この黒髪の少女が『いつの間に、俺に銃をつきつけたのか』。全く認識出来なかった。
 立ち姿や雰囲気で分かる。
 巴マミも相当の手錬だが、一番ヤバいのは、この黒髪の少女だ、と。
 問題なのは……彼女の『何』がヤバいのか。俺が理解できないという事。

「……頼む。妹から剣を引いてくれ」
「それは無理。
 魔女も魔法少女も見境なしに、爆殺、狙撃、当たり前の、正体不明の暗殺魔法少女を前に、油断出来るワケがないよ」
「……俺はどうなってもいい。妹から剣を引いてくれ!」
「あー、もしかして、お兄さんは知らないのか? あんたの妹が、魔法少女をやってるのって……」
「違う! ……やってるのは俺だ。俺に恨みがあるのなら、俺を殺せ!」

『へ?』

 その言葉に、全員の目が点になった。

「何か、複雑な事情が、おありのようですわね?」

 そう言うと、巴マミが細長いリボンで、俺と沙紀を拘束。

「……とりあえず、お話をお聞かせ願えませんか?」



「魔法少女じゃないのに……魔女と戦ってた、ってぇ!?」
「何て、無謀な……」
「確かに、不可能ではない。けど……限りなく綱渡りな事をしてるのね、御剣颯太」

 三者三様の反応を示しながらも、俺はとりあえず、自分が今までしてきた事『だけ』は話した。

「……しっかし分っかんないなー。どうして、あたしら、魔法少女を戦う前に倒せたんだ?」
「コツがあるのさ」
「コツ?」
「……お前らが今、俺たちにやってる事だよ。奇襲、暗殺、恐喝、利益誘導。その道のエキスパートたるキュゥべえの存在を失念していた、俺のミスだ」

 キュゥべえ。インキュベーター。
 その、全にして一、一にして全という概念を、具現化したような悪魔。
 情報が漏れたとするならば、恐らく奴らからとしか考えられない。
 俺は、彼らを見かけるたびに、駆除してきた。その結果、少なくとも俺の家の周囲には、キュゥべえは現れない程度には、なっている。無限に存在する彼らだが、体を吹っ飛ばされ続けるのは、あまり気分のいい話じゃないらしい。
 後はまあ……根競べの世界の話である。
 それが、マズかった。キュゥべえの動向を、把握し損ねた。

「それは、魔法少女の戦い方ではありません。ただのテロリスト……いえ、殺し屋ですわ」

 巴マミが、非難めいた目線を向けてくる。

「……そうだな。で、何か問題があるのか?」
「大アリです! あなたは確かに、魔法少女を狩る事には長けているかもしれない! でも、話を聞く限り、あなたは魔女を狩る事に、決して長けているワケじゃない! あなたの活動は、魔女を跳梁させて、世界に絶望を撒き散らし続けてるのと等価だわ!
 いいえ、なまじな魔女よりもタチが悪い! あなたは……最低だわ!」
「……じゃあ、聞くがな、ベテラン。その『魔女』ってのは、どっから来るか、知ってんのかい?」
「魔女が……どこから? それは、未熟な使い魔が人を襲って、成長して……」
「まあ、確かにそーいうケースも無いわけじゃない。だが、俺が懸念して、恐れているのは、もうひとつのケースだ」

 真実を口にし、相手の動揺を誘おうとした、その時だった。

「待ちなさい、御剣颯太!」

 黒髪の少女が、俺に向かって叫んだ。

「……何だ。アンタは知ってんだな?」
「御剣颯太……あなたは、魔法少女の真実を知って、なお妹を庇うの?」
「庇うさ。俺に残された、たった一人の身内だからな。そんで、沙紀もそれを知って、俺に全部を預けてくれてる」
「……いずれ、『その時』が来るのを、あなたは知っていて、なお?」
「もしかしたら、将来。妹は魔法少女を辞められる……かもしれない。そんな都合のいい奇跡が、見つかる……かもしれない。
 タダの人間だって、未来に無い物ねだりをするくらい、許されるだろうよ」
「……そう」

 絶望的ではある。だが……俺は足掻くのを、やめるつもりはない。
 どんな血まみれになろうが。どんな罪を背負おうが。

「あなたは……未来を信じてるのね」
「……それ以外に、信じられるモンがあるんなら、お目にかかりテェよ」

 皮肉に笑いながら、俺は天を仰ぐ。

「……なんだよ、おい? 魔法少女の真実って、何なんだよ、転校生」

 困惑しながら、問いかけてくる蒼い髪の少女に、俺が答えてやる。

「知らねーほーがいいぞ、ルーキー。少なくとも、それを知って、自殺した魔法少女を、俺は三人知ってる」
「じっ、自殺!?」
「死ぬしか無かったんだろ? まっ、賢明な判断だ」
「何。一体……何なんだよ? おい! 転校生! あんたも黙ってないで何とか言えよ! 気味が悪いぞ!」
「しょーがねぇな、じゃあ、教えてやるよ……」

 ふと。

 ルーキーに問われて、黙り込む黒髪の少女の睨みつけるような目線に気付き……次の瞬間、俺は何とかオブラートに包もうと、必死に頭を巡らせ始めた。ここで彼女たちに暴発されたら、沙紀の命が危険だという事に、今更ながら気付いたからだ。
 ……馬鹿だ、俺は。『いつもの手口』と状況が違うんだった!!
 特に、蒼色の髪の毛のルーキーはヤバい。
 キュゥべえに騙されてるとも知らず、希望に満ちた目を輝かせて、この修羅の世界に入って来る新人が、絶望という奈落に堕ちる瞬間が最も危険なのだ。
 そんな自分の迂闊さに気付いて、考えに考え、出てきた言葉は……

「あー、『汝が久しく虚淵を見入るとき、虚淵もまた汝を見入るのである』……だったっけか?」
「何だよそれ!? ワケが分かんないよ!」
「えっと……何か聞いたような……?」
「……知りたきゃ、どっかのパソコンでググってみな。ヒントは与えた」

 ギリギリの冷や汗を、内心ダクダクたらしながら、俺はやり取りを交わす。
 こちらは捕虜の状態だ。暴れ回られちゃ、困る。

「……で、どうするつもりなんだ。俺らを……殺すのか?」

 その問いに、巴マミが、何か閃いたようにつぶやいた。

「そう、ですわね。魔法少女としての魔力の源を砕かせてもらうのが、一番手早いと思うのですけど」

 げっ!!

「ダメだっ! それは……それだけはダメだっ!!」
「殺すわけではありませんわ。ただ、魔法が使えなくなるだけ……相応の罰でしょ?」
「おっ、おまっ、お前、自分が何を言ってるか、分かって無いのか!? 」
「安心なさい。これは魔法少女の世界の話。殺し屋には関係の無い話ですわ」

 にこやかに冷たく微笑む、巴マミ。だがその目は、明らかに『分かって無い』。

「やめろっ! やめてくれっ……殺すなら、俺を殺せっ!!」
「何も、あなたの妹さんを、殺すワケではありませんよ?」
「バカヤロウ! お前は何も分かってねぇ! 死んじまうんだよ!!」
「……どういう、事ですの?」

 ようやっと、彼女の手にした、マスケット銃が下がる。

「……OK、落ち着いて聞いてくれ」

 ……さあ、どうする!?
 真実全てをぶちまけるには、ルーキーが居る上に、俺も妹も拘束されている以上、この場では危険極まりない。
 とりあえず、嘘はつかない事を前提に、話せる範囲で何とか誤魔化すしかない。

「……妹は、重い心臓病だった。それを、キュゥべえが救った。そこまではイイな!?」 
「……つまり、彼女は魔法少女となる事で、生かされてる。そう言いたいんですの?」
「解釈は好きにしろ。兎も角、そいつを砕かれるのは、妹の命にかかわるんだ。
 だから頼む……やめてくれ。殺すなら、俺を殺してくれ!」

 金髪の少女と、俺の目線が交わり……降参したように、彼女が溜息をついた。

「……ふう。しょうがないですね。でも、魔法少女として彼女が戦えば、それで済む話では?」
「さっきも話しただろう? 出来ないんだよ、沙紀は。
 戦闘能力……というより、攻撃能力が著しく欠如していてな。
 誰かのサポートに回れば確かに有能なんだろうが、そのサポートしてる相手に、奴隷扱いで裏切られるのを繰り返してる。だから俺が、戦うしかないんだ」
「なる、ほど。『見滝原のバミューダ・トライアングル』を縄張りにする、正体不明のアサシン魔法少女の正体は、そういう事だったのですか……業が深いですわね。本当、どうしたものやら」

 深々と溜息をつく、金髪の少女。

「なんだか、あたしたちが悪役みたいな立場になっちゃったなー……ああ、そうだ! この子にさ、あたしたちの仲間になってもらってさ! このお兄ちゃんは殺し屋休業って事で!」

 脳天気な意見を放つ蒼髪のルーキーに、俺は全力でガンを飛ばす。

「夕飯時に鉄砲と刀振りまわして人の家に踏み込んできたテメェらの、ドコのナニを信用して俺の大事な妹を預けろってんだヨ?」
「そりゃアンタの自業自得じゃないの?」
「だとしても、俺の妹にゃ戦闘能力が無いんだ! 性格的にも、能力的にもな。そんで……テメーらに裏切られたら?
 ……言っておくが、勝手に拉致るよーな真似したら、俺はテメーらを『狩る』ぜ……」
「うっ……たっ、立場分かってんのか、こんにゃろう! マミさんに芋虫にされてる今のアンタに、何が出来るんだよ!」
「じゃあ、今の内に殺しておけよ。でないと、後悔すんぜ?」
「んぐぅ……こ、この頑固なシスコン兄貴めぇぇぇぇぇ! 私たちは『正義の味方』だっつってんのに!」
「そりゃ御苦労さん。で、この頑固な悪党を前に、正義の味方さんはどうするつもりだい?」

 拳を握りしめて苛立つルーキー。
 と……

「ふ……ふふふふふふ、ふふふふふふふふふふのふー。お、に、い、さ、ん♪ そんなクチ利いて、いいのかなぁ?」

 唐突に。何か、邪悪な笑顔を浮かべる、ルーキー。
 その魔法少女らしからぬイビルスマイルに……最初、俺は呆れ果ててた。

「なんだ、拷問か? 拷問なのか? 好きにしろよ。ただし、妹に指一本でも触れたら……」
「まっさかー♪ 私たちは『正義』の魔法少女なんだから、拷問なんてするわけないじゃなーい♪」

 ニッコニッコと楽しそうな表情を浮かべる蒼髪のルーキーに……初めて俺は、果てしない程の嫌な予感を覚えた。
 ……何だ? 何を考えてる、このアマ!?

「マミさん! 彼をしっかり押さえててくださいね! あと、五月蠅かったら口も塞いじゃってください!」
「え!? え、ええ……さやかさん、一体、何を?」

 戸惑う巴マミ。見ると、黒髪のほうも、何やら戸惑っている。
 そして……

「これより、正義の名のもとに、シスコンお兄ちゃんの秘蔵本と武器を全部押収しまーす!!」
 
 高らかなる声で、死刑宣告が、ルーキーの口から飛び出しやがった!

「ぶーっ!!!!!!!! ちょっ、ちょっ……ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!」
「あの物騒な鉄砲とかと一緒にー、あーんな本とかー、こーんな本とかー♪ こう、お兄ちゃんお気に入りのー、青少年にふどーとくな書物を、妹さんの目の前で朗読しちゃおうかなー、と♪ あるんだろー? ンー?」
「ちょっ、そっ……ソンナモノはっ……無いっ!!」
「ほっほーん? そう言い切りますか?」

 と……

「ねえ、沙紀ちゃん、って言ったっけ?」
「……ぅん……」
「このお家にさ、お兄ちゃんしか入っちゃイケナイ場所とかー? 開けちゃダメって言われてる場所とか、教えてくれない?」
「ふぇ……だめだよぉ! お兄ちゃん、危ない鉄砲とか爆弾、いっぱい持ってるんだから! うっかり触ったら、爆発しちゃうよ!」
「大丈夫大丈夫! このほむらお姉ちゃんが、危ない鉄砲とか爆弾とかの扱いには慣れてるから、爆発させたりはしないよ」
「……ぅぅぅー? ほんと?」
「だっ、やめろ馬鹿! マジでトラップとか仕掛けてあるんだから! 家ごと吹っ飛んじまう!」

 などと、最後のハッタリをカマしてみるのだが……

「はっはーん♪ そこに秘蔵のアイテムがあるワケですなー? OKOK、ほむら先生、危険物対策は、よろしくお願いしまーす♪」
「問題無いわ、行きましょう。魔女と戦って生き延びた、彼の所有する武器に興味がある。巴マミ、引き続き、彼の拘束をよろしくね」
「はいはーい♪ じゃ、沙紀ちゃん、お兄ちゃんの秘密のお部屋に、お姉ちゃんたちと一緒に行こうか?」
「うん♪ お兄ちゃん、ごめんね。ホントは、ちょっとお兄ちゃんの秘密のお部屋に、入りたかったの♪」
「待てぇぇぇぇぇ! やめろーっ!! やめてぇぇぇぇぇお願いぃぃぃぃぃマイシスタァァァァァプリィイィイィイイズッッッッッ!!!!!」

 俺がもし魔法少女だったら、イッパツで魔女化しかねない程の、絶望的な魂の絶叫も虚しく。 


「うわっ……うわぁ……何これぇ?」
「へぇ……殿方って、このようなモノがお好きなのですね?」
「……お兄ちゃんって、こーいう女の人が好きだったんだー?」
「…………(ちらっと一瞥した後に、武器庫の物色に戻る)」


「…………………………いっそ、殺せ…………………………」



 ……その日。俺の人生は、色々と終わった……

 ……本日の成果:魔法少女1匹。魔女2匹。
 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。
 ……グリーフシード:残14+1。

 本日の料理:日本式海軍カレー、マンゴージュース。
 デザート:……俺の血の涙。



[27923] 第四話:「待って! 報酬ならある」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 14:38
「おっ、お兄ちゃん……その……怒ってる?」

 全てが『終わった』翌日の朝。

「……沙紀? それは、誰の、何に対してって意味で、言ってるんだい?」
「え、えっと、その……お兄ちゃん、笑顔が何か、怖いよ……」
「ふふふふふ、やだなぁ、沙紀。お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ……ふふふふふふふ」

 自分でも自覚するくらい、虚ろに壊れた笑顔を浮かべてる俺。
 正直な話、色々な意味で昨日は、洒落にならなかった。
 精神的な意味では、沙紀も含めた、巴マミとルーキーの三人の魔法少女だったが、物質的、金銭的、戦力的な意味で最悪だったのが、あの黒髪の魔法少女だ。
 持ち主の俺の目の前で、『コマンドー』の映画に出てきたシュワルツェネッガーよろしく、オートマチックグレネードランチャーやら、対物ライフルやら、四連装ロケットランチャーその他諸々を、銃弾や砲弾含め、自分のソウルジェムの中に『お値段100%offセール』して行きやがったのである。
 『ブルドーザーで強行突入しなかっただけ、マシだと思いなさい』って……あンのクソアマぁぁぁぁぁ!!
 おかげで、ちょっとピンチだった俺の家の武器庫は、『最後の切り札』を除いて本格的にスッテンテンになってしまった。
 ……本当は、今すぐ沙紀と一緒に一週間くらいかけて海外に買い物に行きたいのだが、俺や沙紀自身の学校の授業等があり、そうも行かない。……とりあえず、ノートの中の『殺ス魔法少女』リストの二番目に登録しておく事にして、溜飲を下げておく。(一番目は勿論、あのルーキーに決まってる!!)。

「はい、出来たよ。目玉焼きとトースト。あとミルクね……ふふふふふふ」

 爽やかに虚ろな笑顔のまま、朝食を作る。
 と……

「うっ……うぇぇぇぇぇ、お兄ちゃん、ごめんなさい!!」
「何を謝る事があるんだい? 沙紀? あの時、ああしなかったらお兄ちゃんも沙紀も、殺されてたんだぞ?」

 そう。
 あの時、ギリギリの駆け引きで、俺も沙紀も生き延びる事が出来た。
 というか、むしろ、あの黒髪の少女。
 何を考えていたのかは知らないが、目線で俺に、惨劇を回避するためのシグナルを送って寄こした。
 ……ほんとに、マジでナニ考えてやがる?
 答えが分からない、読めない。だが、一応、少なくとも、三人とも俺を殺したくは無かったらしい。
 ……その点だけは、感謝しないといかんなぁ。
 とはいえ、無論、コマンドー買いという名の窃盗とは別だ! 絶対に弁償させてやる!!

「ごめんなさい! もう二度とお部屋のぞきません! だから元のお兄ちゃんに戻ってー!」
「はぁー……はいはいはいはい。分かった分かった。二度としちゃダメだぞ?」

 流石に、悪ふざけが過ぎたらしい。
 軽く頭を撫でて、椅子に座ると、まず牛乳を口に含み……。

「ごめんね。お兄ちゃん。
 私、お兄ちゃんの好きな、金髪で目が青くて、おっぱいの大きな女の子になるから……」
「ブーッ!!」

 つうこんの いちげき!
 みつるぎ はやたは 9999の せいしんてき ダメージを うけた。

「うわ、きちゃないよ、お兄ちゃん……って、お兄ちゃんがまた壊れたーっ!!」
「ウケケケケケケケケケケケケケケ……」

 結局、その日、どうにか自立駆動が可能な程に精神的再建を果たせたのは、妹を小学校に送って、高校の門をくぐってからだった。


 少年再建中……少年再建中……
 休み時間に、教室で突っ伏しながら、俺は精神的再建を続行していた。

「どーした、ハヤたん?」
「いや、そのね……俺の部屋に、知り合いの女の子が無理矢理乗り込んできてね。
 ンで、イキナリ奇襲でふんじばられて、『エロ本を探せーっ!!』って……妹も一緒になって……後はお察し。
 ……女って、オッカネェよ……」

 とりあえず、肝心のキモはボカして、昨日の出来事を、学校の友人に話した。

「あー、ご愁傷様。
 ……ところでさー、ハヤたん♪」
「ごめん。部活の助っ人も、また今度……」
「うー……じゃあさ、助っ人じゃなくて、名前だけでいいから、正式にウチの部に入部してくれよー。勿体ないよ、その体力」

 高校の体力測定で、結構良い成績を取ってしまったためか、俺は各方面の部活動に、引っ張りだこだった。
 とはいえ……

「勘弁してくれよぉ。妹の面倒見ないといけねーんだし、俺、奨学生だからテストの成績も絡んでくるんだ。悪いけど、部活とか無理」
「……ったく。これだからシスコンは」
「シスコンで何が悪い? ……いや、ちょっと悪いかもだけど、沙紀にはまだ俺が必要なんだ」
「汚名の自覚があるならさ、ほら、ウチの陸上部の入部届けにサインしてよ。幽霊でもいいからさ」
「くどいっての……どこのキュゥべえだよ、テメェ」
「え?」
「いや、何でも無い。ちょっと便所」

 とりあえず、トイレに向かい、用を足す。
 ……因みに、ソウルジェムを持ってない今の状態では、俺にキュゥべえは見えない。
 俺が魔女や魔法少女を狩れるのは、あくまで、沙紀の力を借りているからこそなのだ。

「……部活、か」

 叶うならば、茶道部に入りたかったなぁ……お茶の作法とか、ちょっと知りたかった。
 そんな事を考えていた時の事だった。

『御剣 颯太』
「!?」

 あの黒髪の魔法少女からのテレパシー。

『放課後、話があるわ』
『話の前に、武器返ぇせよ?』

 ……返事は無かった。



「……さて、と」

 放課後、俺は近所のスーパーへと足を向ける。目指すは、タイムセールの野菜コーナー。
 そこへと向かう途中に、豚バラのロースをゲットしつつ、タイムセールのキャベツも確保。

「ああ、お醤油が切れてたんだった」

 醤油を買い物かごに放り込み、レジに。
 ネギのはみ出した買い物袋を抱え、家路を急ぐ。
 ……呼び出し? 当然無視だ!(キッパリ)

 だが……

「あ、お……お帰りなさい、お兄ちゃん」

 玄関を開けた沙紀が、何やら戸惑った表情で出迎えて来る。

「あの……昨日のお姉ちゃんが……」

 ふと、玄関を見ると、見知らぬ靴が一足。

「待たせて貰ったわ、御剣颯太」
「てめぇ! 他人の家で勝手に何してやがった!」

 リビングのソファーに居たのは、昨日の黒髪の魔法少女だった。

「心配しないで。彼女に危害を加えるつもりはないわ。ただ、あなたに話があったから」
「話の前に、武器返せよ」
「妹より、武器が大事?」
「………………」

 沈黙。
 で、結局、折れざるを得ないのは……

「何だよ。用件ってのは?」

 もう、どう逆さにふるっても、圧倒的に不利な状況に、溜息をついた。

「二週間後、ワルプルギスの夜が、この町に来る」
「!!?」

 冗談、にしても趣味の悪い話だ。
 ワルプルギスの夜。その正体は知らない。
 知っているのは、災厄としか言いようのない、ド級の化け物魔女だという事。それを俺は『身を以って』体験していた。

「どうやら、知っているようね?」
「……まあな。知ってるよ。よーっく、な」
「どこまで?」
「さてね」

 と、

「はい、どーぞ」

 沙紀の奴が、俺と黒髪の少女の分の、お茶を淹れて持ってきた。

「沙紀……こーいう勝手に上がり込むよーな奴には、茶を出さなくていいぞ」
「いちおう、お客さんなんでしょ? お客さんには、お茶を出すもんだ、って言ってたじゃない」

 そう言うと、冷蔵庫の中から、栗鹿子を二つ取り出してくる。

「おいおい、沙紀、もうソレで最後だぞ?」
「うん、美味しかったから、お客さんにも食べてもらいたいの。だから、また作って。お願い♪」

 その『お願い』の裏に込められた意味を知らない程、俺も沙紀も、自分の置かれた立場を知らないわけではない。

「……しょうがねぇな」
「うん。約束だよ! 絶対に!」
「あい、よ」

 交わされる日常の約束。それは、俺と沙紀を修羅から引き戻すための、心の命綱だ。

「で、何でお前が、ワルプルギスの夜が出るなんて知ってんだ?」
「その前に、何であなたが、ワルプルギスの夜を知っているの?」
「……チッ、さっきから尋問じみてんな、オイ?」
「そうね。『あなたと出会うのは初めて』だから。
 魔法少女でも魔女でもなく、魔法少女の力を借りてるとはいえ『ただの人間が魔女を狩る』なんて、想像の外だった。
 しかも、魔法少女の秘密を知って、なお、それに抗おうとする。
 そんなイレギュラーに興味を持つのは、当然じゃない?」
「別に、大した話じゃねーよ。
 一生モンのビョーキやケガ抱えて頑張ってる人間や、それを支えてる身内なんて、世の中にゃゴマンと居る。
 それがまあ、ちょっぴり特殊でやる事がアレなだけで、心構えは似たようなモンだよ」
「……強いわね」
「よせよ、魔法少女。幾らおだてたって、出せるのは、今出てる茶と茶菓子までだ。
 で、用件はワルプルギスの話だけか? その情報が確定なら、妹を連れて見滝原から逃げるだけなんだが?」

 予め、予防線を張っておいたというのに、彼女は真っ直ぐに俺の目をみて、堂々と言い切った。

「御剣颯太……ワルプルギスの夜を倒すのに、協力してほしい」 

 こいつは……馬鹿か?

「馬鹿だろ、お前? なーんも知らねーで無茶ぬかしゃあがって……」
「知ってるわ。ワルプルギスの夜が、どれほど手ごわい存在かくらい」
「お前はアレと戦った事がネェから、そんな事ぬかせるんだ!」

 だんっ! と……
 テーブルを叩いて、叫ぶ。

「あるわ。何度も」
「ドコでだよ!? っつか何度も!?」

 ワルプルギスの夜。
 通常とは違う、身を隠す結界すら必要としない魔女は、人間には災害による自然現象として観測される。
 つまり、『どこに現れたか』という事が、明確に記録として残るのだ。

「っ! ……それは……」
「話になんねぇな。
 まあ……忠告はありがとうよ。どっか沖縄あたりにでも、旅行チケットを取って行くわ」
「待って! 奪った武器は帰す! だから」
「ワルプルギスの夜相手に、そんなモンが屁の突っ張りにもなるか。まあ……逃げたほうが賢明だぜ。あんなの」

 と……

「待って! 報酬ならある!」
「ほぉ? 俺の命と妹の命。纏めて天秤の片方に乗せて、なお吊り合いそうな報酬かよ? どんなんだ? ん?
 試しに言ってみろや?」
「これよ」

 そう言って、彼女が、自分のソウルジェムの中から取り出したのは……金髪でボインボインの18歳未満閲覧禁止の、写真集!! しかも何十冊も!!

「この程度なら、まだ幾らでもある。……お願い、協力を」
「出てけーっ!!!!! 一人で、ワルプルギスの夜の歯車に轢き潰されて、死ねーっ!!」

 反射的に茶をぶっかけて、怒鳴りつける。
 テーブルひっくり返して叩きつけなかったのは、自分の作った茶菓子に対する、俺のギリギリ残った理性だ。

「……男ってこういうのが好きなのではないの?」
「色々クリティカルで斬新な条件なのは認めるが、少なくとも、命のかかった話の席でカマしていいジョークじゃねぇよ!!
 オラ、とっとと出てけっ! 二度と来んじゃねーっ!」
「ごめんなさい! 悪かったわ! 癇に障ったのなら謝る! でも、あなたの協力がどうしても必要なの!
 ……お願い……私の知らない要素のあなたが、チャンスの一つに成りうるかもしれないの」

 いきなり、泣き始めた黒髪の少女に、俺は途方に暮れてしまった。

「……何言ってんだか、分かんねぇけどよ。
 『協力しろ』っつわれて『ハイソーデスカ』なんて言える案件じゃねーだろ?
 まして、一方的に尋問じみた脅しカマして協力しろとか……どーかしてるぜ、お前? ちったぁ頭冷やしてから出直したほうが、いいんじゃね?」
「……っ………っぅ………」

 が……何やら、泣きながらチラチラと妹のほう、見てやがりますよ、このアマっ!

 案の定、

「あー、お兄ちゃん、女の子を泣かしたー! ダメだよー! 女の子泣かしちゃー!」

 ……ですよねー? でも甘い!!

「うん。お兄ちゃん、今、ものすごーく怒ってるから泣かせたんだ。
 沙紀、あっち行ってなさい。昨日から、お兄ちゃん、とってもとっても怒ってるから、怖いぞー」
「は、はーい!!」

 獰猛な笑顔で、沙紀に笑いかけると……びくっとなって沙紀は逃げて行った。

「で、嘘泣きまでして、気は済んだか?」
「……手ごわいわね、御剣颯太」
「当たり前だ。
 名前も名乗んないで、涙一つで超ド級の厄ネタに巻き込もうなんて性悪根性の持ち主に、見せる隙があると思うのか?
 一応、一家の主だぞ、俺!」

 この色々と人を舐めくさった魔法少女。本当に油断がならない。

「……暁美ほむら」
「あ?」
「ごめんなさい。名乗って無かったわね、私の名前。
 暁美ほむら、よ。
 ……じゃあ、最後に聞かせてほしいんだけど。あなたはドコで、ワルプルギスの夜と戦ったの?」
「あまり、言いたく無いし、思い出したくも無いな」
「なら、ドコで戦ったかは、私も語る必要はないわね」
「……………」
「………」

 とりあえず、思考を巡らせる。
 目の前の魔法少女が、相当な手錬なのは間違いが無い。その彼女が俺に協力してほしい、というのも、事実なのだろう。
 でなければ、とっくに妹も俺も殺されてる。
 昨日の『正義の味方』を自称したルーキーや巴マミとは違い、彼女はそんな甘いもんじゃない。
 その手錬の魔法少女が、俺みたいな外道働きのイレギュラーにすら協力を要請する。つまり、ワルプルギスの夜が見滝原に来るというのは、情報源がドコかは兎も角、彼女の中で確定的な事実なのだろう。

「……やっぱり逃げたほうがいい気がしてきたぜ」

 考えれば考えるほど、ヤヴァ過ぎる。
 そう思っていたのだが、とーとー業を煮やしたのか、彼女は最後の切り札を切ってきた。

「そう、どうしても逃げると言うのなら……あなたの詳しい情報を、逐一キュゥべえに流してみようかしら?」
「っ! ……テメェ!」

 俺の家の周りにキュゥべえが居ないのは、根気よく徹底的にゴキブリ退治を繰り返し続けてたからに過ぎない。
 何より、奴は魔法少女にした人間の後の事に関しては、グリーフシードさえ回収出来れば、最初の死にやすいルーキーの内は兎も角、成長した後は基本ほったらかしだ。
 ……無論、俺の『魔女も魔法少女も狩り尽くす』営業妨害や、俺が抱える『魔女の窯』に腹を立てたのか、何度か俺らを退治に『正義』の魔法少女を送り込んできたのだが、それもキッチリ罠に嵌めて撃退し続け、最近はメッキリと減っている。
 彼らにとって、ソウルジェムがグリーフシードに変わる前に殺されては、元も子も無いからだ。
 『殺す割に合わない相手』。
 そうキュゥべえが判断したからこそ、俺も沙紀も、普通の生活を送れるのである。
 今回、あえてそれを送り込んできたのは……俺が油断し、彼女たちが相当以上の手錬で、しかもパーティを組み、不覚が有り得ないと思ったからこそだろう。

「あなたが安寧を得られるのは、必死でココの縄張りを、暗殺という得体のしれない恐怖で守ってきたからに過ぎない。
 だけど、キュゥべえはドコにでも居る。そして、逃げ続けるのならば、四六時中、彼らにそそのかされた『正義』の魔法少女に、逃亡先で命を狙われる事になる。
 そんな生活……送ってみたい?」
「こんの、クソアマ……っ!!」
「私は、あなた以上に手段を選ぶつもりは無いわ。だからワルプルギスの夜を倒すのに、協力してちょうだい」

 チェック・メイトである。
 ……クソッ!!

「……一つ聞かせろ。暁美ほむら。
 ドコでワルプルギスの夜が、二週間後に来るなんて、情報を手に入れた?」
「その前に、あなたはドコで、ワルプルギスの夜と戦って、生き延びられたの?」
「OK、平行線を繰り返しても意味が無ぇ、交換条件だ。互いの情報交換で、どーよ?」
「………………あと一つ、付け加えていい?」
「何だ?」
「タオル、貸してくれないかしら?」
「……武器、返してくれるか?」

 その言葉に、はぁ、と彼女は溜息をつき。

「分かったわよ、もう」
「OK、交渉成立だ」

 俺は、台所にあったタオルを、投げてよこした。



[27923] 第五話:「お前は、信じるかい?」(修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/12 13:42
「……これは?」

 武器庫に残っていた、一振りの刀。
 姿形は白鞘の日本刀だが、それを『日本刀』と呼んだ日には、日本刀コレクターの皆さんから盛大なお怒りを買う事になるだろう。
 何しろ……

「昔の俺の武器。名刀『虎徹』だ。興味があるなら、抜いてみ?」
「……ええ」

 そう言って、鞘から抜いて出てきた刀身には、マトモな刃紋が無かった。名刀どころか、どちらかというと刀の形をしてるだけで、作業用の包丁のようにギラついた刃物……そんな代物だ。

「どうだ?」
「よくは知らないけど、虎徹って……こんな刀? 噂に名刀だって聞いたけど、何というか、美しさというか品が無いわ?」
「正解。こいつはな、虎徹は虎徹でも『兗州(えんしゅう)虎徹』さ。スプリング刀って、聞いた事ないか?」
「……ごめんなさい。日本刀に詳しいわけじゃなくて」
「自動車の廃材のリーフスプリングを、刀の形に叩き伸ばしてデッチアゲた代物だよ。玉鋼で作る流麗な日本刀とはワケが違う。
 だが、俺が戦ってきた中で、こいつが一番、折れず、曲がらず、よく斬れた。
 考えても見りゃ、トン単位の車体を十年以上支え続けながら、柔軟性を失わない自動車バネを材料に叩きあげたワケだからな。そりゃあ鉄の素性がデキを左右する日本刀にすりゃ、『武器としては』出来がいいモンになるのは当然なワケさ」
「……で、この刀が何か?」

 鞘におさめて返された日本刀を手に、俺は彼女の目を覗きこむ。

「暁美ほむらが『魔法少女』なように……御剣颯太が『魔法少年』だったとしたら、お前は信じるかい?」
「否定する要素は無いけど、肯定するには突飛に過ぎるわ。そもそも、あなたはキュゥべえと契約したわけじゃない。ううん、出来るわけがない」
「その通り、俺はキュゥべえと契約したわけじゃない。契約相手は俺の姉さんだ。
 魔法少女になった姉さんは、沙紀程じゃなかったがドンくささが抜けず、一人で戦うのには向いてなかった。で、それを知った俺は、半ば押しかけ助っ人で戦い始めた。こう見えて剣道とか剣術に一時期ハマってたから、姉さんの力を借り受ける形で、俺は『魔法少年』をやる事になったワケだ。
 かくして、魔法少女『御剣冴子』の欠かせぬ相棒(マスコット)として、魔法少年『御剣颯太』が生まれた。この刀は、その時に振りまわしていた『最初の魔法のステッキ』ってワケだ。……ああ、ちゃんと衣装も変化したんだぜ。笑っちまうかもしれんが」
「……」
「最初、姉さんから与えられる力は、無尽蔵のモノだと無邪気に思い込んでた俺は、ヒーロー気取りでカッコイイ衣装と、魔力を付与した日本刀で前に出て戦い続けた。痛みすらも姉さんが肩代わりしてるとは知らずにね。
 で、ある時、それが分かって、俺は魔女とのガチンコの斬り合いから、今のスタイルに武器を切り替えた。
 ……姉さんは残念がってたが、背に腹は変えられない。お金はあったから、海外に行っては武器弾薬を仕入れては、姉さんのソウルジェムにしまい込んで持ち帰って。必要に応じて、その都度、魔力を付与した武器を渡してもらった。衣装も、使う魔力が勿体ないって言って、強化程度に留めてもらった。
 そんで、200×年。●●県某市。
 本来、縄張りを守るべき魔法少女たち全員、命惜しさに手に負えないと逃げ出す中。姉さんと俺と、たった二人で、ワルプルギスの夜に挑んだ。
 みんなのために……ってな。
 結果は……まあ、お察し。無残なモンだったよ。
 何一つ守り切れず、ワルプルギスの夜が暴れ終えるまで、死に物狂いでお互い逃げ回るダケだった。はっきり言って結果だけ見れば、戦おうが戦うまいが一緒。
 だがまあ、なんとか二人、生き延びる事は出来た。
 そう思った時に……姉さんに……限界がきた」
「……魔女化」
「そう。姉さんは魔女になり……俺は僅かに魔力が残っていた武器弾薬全てを叩きこんで……姉さんを殺した」

 そう言うと、俺は未使用のグリーフシードを一個、テーブルに置く。

「これが……あなたの?」
「『姉さんだったモノ』だ。
 で、ズタボロになった俺を、心臓病を患って入院してたハズの沙紀が、無邪気に家で笑いながら迎えてくれたわけだよ。
 キュゥべえと一緒に『魔法少女』になって、な。……流石に目の前が真っ暗になって絶叫したよ。
 かくして、俺は今度は沙紀を相棒に、新たな伝説を作る羽目になった。『正体不明の暗殺魔法少女』の、な」
「……立ち入り難い事を聞いたわね」
「別に、キュゥべえの回りにゃよくある話だろ?
 あ、因みに、ソウルジェムを砕けば死ぬっての知ったのは、姉さんが魔女化した後の暗殺時代な。『魔力の源』だから壊せば何とかなるかな、って思ってたら魔力どころか魂丸ごとだったとはね。
 まあ……あの悪辣な悪魔のする事だから、特にどーとは思わなかったけど、そういうものだって知ってからは、魔法少女を狩る効率だけは、格段に上がったっけ」
「……そう」

 少し長い話を話し終え、俺は一呼吸置くと、暁美ほむらに問いかける。

「で、こっちのネタは話した。今度はお前さんの番だぜ」
「待って。もう一つ聞かせてほしいの。……あなたのお姉さんが、契約に当たって願った奇跡は、何?」
「そいつぁ話す条件に入ってねぇな。話すとしたら、お前のも話せよ?」
「分かった。構わないわ。それも含めてあなたに話す。だから教えて?」

 何というか。
 自らも省みず、とことん彼女は俺のデリケートな部分に、踏み込む覚悟らしい。
 暫し、躊躇った末に、俺は、口を開いた。

「……金だよ。超大金。1000億くらいかな?」
「沙紀さんの心臓病の、手術費用?」
「違う。それもあるにはあるが、それなら直接治してくれって願うだろ。……あー、もーっ!! どこまで突っ込んでくる気だよ!?」
「噛み合わない。
 みんなのためにワルプルギスの夜に挑むような女性が、お金なんて俗っぽい理由で魔法少女になるとは、とても思えない」
「お前、お金を馬鹿にすんなよ!! 殺スぞ!?
 ……まあいい。もう面倒だ。話してやるよ。
 親父とオフクロが、どこぞの新興宗教だか何だかにハマってな……そこの教会にえっらい寄付金とか突っ込んじゃったんだよ。
 挙句の果てに、沙紀が心臓病でぶっ倒れるわ、その教祖様と家族が狂って首吊ったのを後追いして親父もお袋も死んじまうわ、身に覚えのない借金取りはやって来るわ、家は売る羽目になるわ……そんな諸々を解決するために、姉さんはキュゥべぇと契約して大金を手にしたわけだ。
 ドンくさい姉さんだっけど、一回しか使えない奇跡にかけるにしちゃあ、なかなか気の利いて冴えた使い方したと思うぜ? どんな腕利きの傭兵になろうが、資金潤沢なPMC(民間軍事会社)に入社しようが、そんな大金、稼げるわけねーんだしな」
「……ごめんなさい」
「謝るなら、おまえさんのほうの情報提供で誠意を示してくれ。
 あと、武器弾薬とか返せな? 一応、姉さんの金で買ったモンなんだから」
「……分かったわ。使ってない分は、返す」
「さあ、俺が話せる事は全部話した! 今度はお前の番だぜ、暁美ほむら!」

 そう言って、話を振る。
 暫く黙っていた彼女は、やがて、意を決して口を開いた。

「……私は、時間遡行者よ」
「じかん……そこーしゃ?」

 耳慣れない言葉に、首をかしげる。

「時を繰り返す者。ちょっと、難しい概念かもしれないけど」
「……すまん、詳しく説明を頼む」
「そうね。『時をかける少女』って知ってる? あるいは……少しマイナーになるけど『All You Need Is Kill』とか」
「……!!
 OK、何となくわかった。お前さんは『繰り返し』の世界の住人なんだな!?」

 ピンッ、と来やすい概念の作品を言われ、何となく概要が掴める。
 ……こういう時、馬鹿で助かったと自分でも思う。

「……そういう事。もう何度も何度も繰り返してるの。ワルプルギスの夜と闘うまでの日々を」
「それがまた、どうして俺なんぞに……待て、繰り返してるのだとして『あなたと出会うのは初めて』っつったな?」
「ええ、そうよ。
 幾度繰り返したか数えるのも馬鹿らしい程の世界の中で、初めてあなたが私の前に現れた。
 おそらく、本来あなたは綱渡りな戦いの末にとっくに死んでいるか、見滝原を離れているか……ともかく、私たちとは本来関わらない存在だった。
 あなたが今、ここで生きてる確立は、巴マミと美樹さやか、それに佐倉杏子と全員揃ってワルプルギスの夜との戦いまで生き延びる確率の、千分の一以下かしら?」
「……まあ、そうだろうなぁ?」

 魔女にせよ、魔法少女相手にせよ、とにかく綱渡りの闘いを繰り返してきたのだ。ついでに言うなら、全くドジを踏まなかったワケじゃない。この間のシャルロット戦のように『悪運』としか言いようのない事も、それなりにあった。
 故に。もういっぺんやり直せ、って言われても、やりとおす自信は、無い。

 ……って……オイ待て。今、聞き捨てならない名前が混ざって無かったか? まあいい、突っ込むのは、後だ。

「あー、とりあえず、巴マミとか、今名前挙げた連中は、全員死ぬのか?」
「ええ。でも、運命がねじ曲がったとしか思えない。
 巴マミは、あの段階と状況だと、シャルロットに喰い殺される末路を辿るハズだったのに、何故か生き延びた」
「あー……多分、それ、俺が直接原因を作ったと思う。C-4たらふく喰わせて、奴ごと巴マミと纏めて葬るつもりだったのに、失敗したから」
「そう。私が全く予想できない、あなたというファクターが生き延びた結果、運命がねじ曲がった。
 だから、これは何かのチャンスじゃないのかと、私は思っている」

 ……とりあえず、運命だとか、時間遡行だとかなんて、マユツバもんの話の真偽は別として。
 彼女が俺に対して、協力的な理由は、何となく理解は出来た。

「……んー、じゃあさ、ワルプルギスの夜を倒す事に、なんでお前さんは拘るんだい?
 この町から逃げるって事は、考えなかったのか?」
「逃げるわけには行かないのよ。そんな事をしたら、それこそまどかはキュゥべえと契約してしまう」
「まどか?」
「鹿目まどか。……最強の魔法少女の素養を持つ少女よ。ワルプルギスの夜すら比にならない程に、強力な」
「……あー、なるほど。つまり、最悪の魔女の元、ってことな? そいつを予め殺しておくって事は?」

 次の瞬間。
 壮絶な殺気と共に、気付くとデザートイーグルの銃口が、俺の額につきつけられた。
 ……相変わらず、コマ落としにしか見えねぇ。気がつくと、脳天に銃口だ。
 一体何なんだよ、こいつの能力?

「御剣颯太。あなただけじゃない、あんたの大切な妹まで、くびり殺されたくなければ、二度とそんな口を開かない事ね。
 増して、実行しようという気配を見せただけでも……私はあなたを殺すわ」
「OK、落ち着け。あんたの地雷はよーっく分かった。
 だから銃口を下ろせ。一応、話し合いの席なんだろ?
 ……お互い、地雷持ちの爆弾抱えた、大切な人ってのは居るもんだしな」
「っ………」

 何とか銃口を下ろしてくれる。と、同時に、目の前の少女に、奇妙なシンパシーを、俺は感じていた。親近感、と言ったほうがいいかもしれない。
 ……まあ、逆の立場だったら、俺も同じ事をしただろうしな。

「要するに。その……鹿目まどかって子を生かしたまま、かつ、魔法少女にならないように誘導し、かつ、ワルプルギスの夜との闘いを超えないといけない。そういうワケだな?」
「……そうよ。この町は、彼女の日常。彼女が笑って過ごせるこの見滝原を、魔法少女や魔女の倫理で壊させるわけにはいかない」
「無理難題だぜ! 作戦目標っつか設定が多すぎる!
 そもそも、そんな素質を持った少女をキュゥべえが見逃してくれるワケが無いし、あの悪魔の勧誘を何とか乗り切ったとしても、その上でワルプルギスの夜とガチンコで勝てってほーが………………………待て」

 と……そこで、気がついた。
 無理難題と呼ぶのもヌルい、難しすぎる無謀な作戦目標。
 普通は絶対破綻するミッションを、もし『成立させ得る願望』があるとするならば?
 それこそ、時間遡行でリトライを繰り返すくらいしか手は無いだろう。テレビゲームでセーブとロードを繰り返すみたいに。
 少なくとも、それ以外に、俺は手を思いつけなかった。

「あんた……本当に、時間を戻って、繰り返してきたのか?
 もし、あんたの言ってる事が本当だとしたら……どれだけの回数『繰り返した』んだ?」
「……忘れたわ。もう」

 倦み疲れた表情でサラッとつぶやく彼女に、俺は絶句する。
 そりゃそーだ。
 TVゲームだって、クリアする事に夢中になる奴はいても、最初の数回だけならともかく、何十、何百と繰り返したセーブとロードの回数を測る奴は、余程の暇人しかいない。
 彼女にとって肝心なのは、繰り返した数ではなく『結果』しか無い。つまりは……一回や二回では、ありえない数を、繰り返しているのだろう。
 俺は溜息をついて、確認を続ける。 

「その、鹿目まどか。……そいつがキーなんだな?」
「……そうよ」
「彼女を救いたいのか?」
「そのために、私は魔法少女になった。
 彼女がキュゥべえに騙される事なく、笑って過ごせる日常を守るために」
「……分かった。じゃあ、最後に……ってわけじゃねぇが、この話題の最後に聞かせてくれ。
 その鹿目まどか。彼女はお前にとって『何』なんだ? 親? 兄妹? 親戚?」

 その質問に、彼女は初めて俺から目をそらした。

「彼女は、私の大切な……人よ」
「具体的に言えよ。身内か? それとも、何かの恩人か?
 悪いが、ソコをショージキに語ってくんなきゃあ、あんたの動機の、肝心のキモが見えてこねぇんだよ」

 沈黙。
 そして……

「……大切な……本当の友達よ」
「ダチ公かヨ。そんなデカい奇跡の対価としちゃ安いゼ」

 遠い目をして、俺は溜息をついた。
 友達。
 思えば、魔法少年をやって以降、あまり出来なかった気がする。
 第一、両親が死んで家族を守るだけで精一杯だった俺に、友達なんぞ作る余裕も無かった。

「っ……あなたに、何が……」
「だが、うらやましいな」
「え?」
「俺にゃ、家族っきゃ居なかった。親父とオフクロが首くくった後は、姉さんと妹を守るだけで、精一杯だった。
 ……本当のダチなんざ、作る余裕も、出来るワケも無かった。
 そう、俺には家族しか居なかったんだ。
 その家族を……姉さんを、ワルプルギスの夜は、魔女にして俺に殺させやがった!!」

 そう言うと、久々に……久々に、心の底から、笑った。
 『正義のヒーロー』を気取ってた頃の、あの高揚感と同時に、沸き上がるドス黒い復讐心。
 コイツと組めれば『ワルプルギスの夜』を倒せるかもしれない。
 使う機会も無く死蔵していた、ワルプルギスの夜を倒すために揃えた武器や、対ワルプルギスの夜のために編み出した技を、思う存分、恨みと共に叩きつける事が出来る!

 ……そのために、ちょっと肝心な事を聞きそびれたが、まあいい。

「ぃよぉし! 手伝ったろうじゃねぇか! アンタのダチ公をキュゥべえから守る云々は正味どーでもいいが、ワルプルギスの夜はキッチリブチのめす……のは、いいんだが。
 余計な事かもしれねーが、アンタは、そっから先はどーするつもりなんだ?」
「……え?」
「イレギュラーなんだろ、俺は? あんたにとっても、俺はやり直しの利かない存在なワケだ?
 で、仮に俺が手伝って、ワルプルギスの夜を倒せたとして、なんかの事件や事故で、また彼女がキュゥべえに丸めこまれたら、どーすんだ? 一生、影から面倒みんのか? それともまた、俺抜きでやり直すつもりなのか?」
「それは……その覚悟はあるわ。彼女のためならば!」
「よし。ならその証明に、お前を抱かせろ」

 その言葉に、彼女が石化する。

「は? だっ、だっ……」
「お前とSEXさせろ、っつってんだ」
「……おっ、おっ……あ、あ、あ、あんた!?」

 おーおーおーおーおー、面白ぇなぁ♪
 せいぜい、秘密の小部屋漁られた鬱憤を晴らさせて貰いますか。

「んじゃショーガネェ、その鹿目まどかを今から殺しに行こう」
「ちょっ!!」
「最悪の魔女の元を殺し、ワルプルギスからはトンズラをコく。そーすりゃ、俺も妹も安泰で、大口の契約を逃したキュゥべえも悔しがる!
 ほれ見ろ、俺的にゃバンバンザイだ♪」
「っ……御剣颯太!!」

 次の瞬間、またデザートイーグルが『コマ落とし』で眉間の前に出てくる。

「あんたが……あんたがそこまで最低なゲスだとは思わなかった!!」
「うっわ、マジかよ! ガチで時間止めてんのかぁ……すげーなあんた!
 ……こりゃ、時間を逆戻りしてるってのは、本当っぽいな」
「!」

 今度こそ、驚愕する彼女。
 ……いや、びっくりしてんのは俺のほーなんスけど。分かったって、そう簡単に対処しようの無い能力だし。
 ってーか、俺みたいな小物に、そんなスーパー能力乱発すんなよ?

「何の、事かしら?」
「……案外、分かりやすいツラしてんな。損だぜ、それ。
 っつーか、あんた繰り返し過ぎて想定外に脆くなってんじゃね?
 それとも元からそーなのかは知らねーけど、全部知ってるつもりで行動してっから、全く想定外の知らない事に、どう対処していいか分かんないとか?」
「だから何だというの? この状況を、理解できないのかしら?」
「あー、よせ。銃を下ろしてくれ。試してマジで悪かった。
 その……鹿目まどかさんの事までハッタリに使ったのは、マジ謝る。この通りだ。それに、あんたの能力が分かったからって、今すぐパッと、思いついた対処のしようがあるわけじゃねえ。
 あと、抱かせろ云々より前の言葉には、嘘もハッタリも無ぇよ……ワルプルギスの夜倒して、あんたのダチ公救うんだろ。妹の身に可能な限り危害が絡まないようにするなら、俺に手伝える限りは手伝ってやるよ。姉さんの敵だしな」
「私に、あんたみたいなゲスを信じろ、というの?」
「悪かった。本当に悪かったよ。ただ、あんたがあまりにも手札見せてくれないから、俺としては試さざるを得なくなってよ。
 知ってんだろ? ワルプルギスの夜を相手にするからにゃあ、ハンパじゃ挑めねぇ。勝てそうにないなら尻尾巻いて逃げて、次の機会を待ったほうが賢明ってモンだ」

 俺の説明の間も、彼女がつきつけた銃口はブレない。

「……一つだけ、聞かせなさい。何故、私の能力が分かったの?」
「あ? ……気付いてねぇのか、もしかして?」
「答えなさい。でなければ、あなたはココで殺すわ」
「……OKOK、種明かしはシンプル。お前さんの真後ろにある、あの時計だよ。
 あんたの動きが、俺には『コマ落とし』としか認識できなかった。そういう状況に俺が陥る理由は、三つに一つ。
 『俺の認識そのものを、催眠術か何かで誤魔化してる』か、さもなくば『超速度か何かで誤魔化してるか』、さもなくば本当に『時間丸ごと止めている』か、の三択だ。
 で、ウチのあの時計、秒針がゆっくり移動しながら60秒で回るタイプだろ? あの時計の秒針見ながら、お前さんがいつ銃口を突き付けてくるか、測ってた」
「……それが、どういう意味があるというの?」
「おいおいおい、俺みたいな馬鹿でも分かるトリックだぜ? あー、それとも初めて見破られて、パニックで頭が回らねぇとかか?
 いいか? もし催眠術だったとしたら、俺個人の認識がすっ飛ぶワケだから、秒針の認識は連続しねぇ。二秒の次が四秒、って感じで……例え一秒以内の停止でも、微妙に秒針の動きの認識がトんで、ズレるハズだ。だが、お前さんに銃を突きつけられた瞬間も、連続して秒針は回り続けてた。
 そして、俺は実は、目にはちょいと自信がある。生身でも高速型の魔法少女の動きが、凝視してれば辛うじて影くらいは見えるような気がするかなー……って程度には、な。だがそれも無い。
 つまり……かなーり信じがたいが、『お前さんが時を止めた世界の中で動ける』以外の答えは、ありえねぇのさ」

 とりあえず、かるーく名探偵気分で説明してみせたが、彼女は憎々しげに俺を睨んだまま、銃を下げてくれない。
 ……やばい、完全に地雷踏んだか!?

「……喰えない奴」
「そりゃ、人外のバケモン相手に、生身で妹守りながら必死に生きてきたんだ。幾ら俺がアホでバカに生まれついた小物だからって、この程度の浅知恵は回るようにゃなるんだよ。
 っつか、本気で頭イイ奴にかかると、多分、初見で見抜かれるし、『時を止める』なんて超能力、あてずっぽうで当てて来る奴は多そうだから気をつけたほうがいい。あまりチャラつかさないほうがいいぜ」
「あなたが喋らなければいい。永遠に口を閉ざして……」
「いいのか? 色々とお膳立てが台無しになるぜ? あんたにとっても、俺にとっても、これはチャンスなんだぜ?」

 沈黙。
 やがて……

「……ふぅ」

 溜息と共に、銃が下がる。……やれやれ、おっかねー女だなー、おい。
 で……ふと、時計をもう一度見直し、俺は真っ青になった。
 もう八時を回って、九時に近くなってる。

「……おなかすいた、お兄ちゃん。まだ怒ってる?」
「やっべえぇぇぇぇぇ! 沙紀、ごめん。すぐ作るからな、晩御飯!」

 エプロンを装備して、キッチンに立つ。今日は豚の生姜焼きとみそ汁とご飯だ。
 何とか気合を入れれば、二〇分もかからないで出来上がる!

 と……

「そうね、抱いても、いいわよ……」

 明らかに確信犯、かつ小悪魔的なスマイルを浮かべ、暁美ほむらが迫ってきやがった。

「ぶーっ!!」
「お兄ちゃん、抱くって?」
「沙紀っ、耳をふさいでなさい!!
 悪かった、悪かった! 沙紀の前でそーいう事すんなぁあああああああああっ!!」

 起伏が無い体型は、俺的マイナスポイントとはいえ、少なくとも、外見だけは濡れた黒髪の、美少女と言っていい外見である。
 そんなのに迫られたら、妹があらぬ誤解をしかねない。

「冷たい事言わないで、ねぇ。私が繰り返してきた中で、初めてあったオ・ト・コ・ナ・ノ♪」
「テメェ! その鹿目まどかとやらの前で、同じ事を言って見せろよ?!」

 沈黙。やがて……

「セクハラには気をつけなさい『魔法少年』。愚か者相手に、私は手段を選ぶつもりは無いわ」
「テメェが抜かすなぁああああああああああああああああっ! あと手段は選べええええええっ!!」

 しれっ、と元の調子に戻りやがって。
 これじゃ俺がバカみてーじゃねーか、まったく。……いや、馬鹿なんだけどよ。

「おら、とっとと、そこの栗鹿子喰ったら出てけ。俺と沙紀の二人分しか晩飯は無ぇぞ!
 それともオメーを俺らの晩飯にしたろか!? 見滝原のサルガッソー舐めんなよ!?」
「お茶が無いわね」
「っ……沙紀、もう一杯淹れてやれ」
「はーい」

 そして、俺は豚の生姜焼きに取り掛かる。本当は、スライスの豚肉をショウガダレに漬けておきたかったのだが、それもパス。
 味噌汁と同時並行で、何とか20分以内にデッチアゲた。
 で……

「……なんだ、まだ居たのか? メシは二人分しかネーぞ!」
「……いえ。お菓子、美味しかったわ。じゃあね」
「おう、用がすんだら、トットと出てけ出てけ! あと、部屋に武器返しておけよ!
 ……ああ、それと。どうやって来たかは知らんが、念のため帰りは『地面を歩いて帰れ』」

 立ちあがった暁美ほむらの腹がキュルキュルと鳴ってるのをガン無視して、俺と沙紀は遅れてしまった夕食に取り掛かった。

 ……本日の成果:なし。
 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。
 ……グリーフシード:残14+1。

 本日の料理:豚の生姜焼き、味噌汁、ご飯。
 デザート:なし(栗鹿子、消滅)。



[27923] 第六話:「一人ぼっちは、寂しいんだもん」(微修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/30 19:48
「……だめっ!! 絶対、魔法少女になっちゃ!」

 登校途中に、そんな声を聞いて振り向く。

「……巴、マミ?」

 通学路の途中で、何か、血相を変えた表情の巴マミが、例のルーキーとその友人に、真剣な顔で迫ってた。
 見ると、必死になって魔法少女になるのを止めているらしい。そして、何やら真剣な顔でルーキーに頭を下げ……こっちの目線に、気付かれた。

 その、何やら思いつめた表情に、俺は悟る。

 ……あー、こりゃ、あの馬鹿ネタヒントで、うすうす何か感づいたか?

 ま、彼女が絶望して魔女になろーが、ソウルジェム砕いて自殺しようが、俺が知った事ではない。ワルプルギスの夜相手に、彼女くらいのベテランが居れば心強いのだが、正味、魔法少女の真実を知った程度でブレるようなメンタルの持ち主なんぞ、はっきり言っていらない。
 あの絶望的な相手と戦ってる最中に、精神的に折れられて計算狂ったら、どーしょーもないからだ。最悪……というか、あの暁美ほむらと二人だけで挑む事になるのは、ほぼ確定だろう。
 折れぬ執念と、生き抜く図太さ、そして綿密に取られた対策。その全てをもってして、初めてワルプルギスの夜に対する勝機が見いだせる。そのどれか一要素でも欠けたのなら、とっとと逃げるが正解だ。
 そして、俺は、奴に再び挑む。……っつーか、挑まざるを得ない。
 なら、足手まといは邪魔になるだけである。

「……さあて、どーすっかなー?」

 あの暁美ほむらの時間停止の能力、俺の持ってる武器、火力。そして『切り札』……先程の巴マミの存在なんぞ、綺麗サッパリと頭から追い出して、様々な要素を勘案しながら、俺は学校へと足を向けていた。



「……おい、ハヤたん。ニュースだニュース!?」

 放課後。先に教室を出たはずのクラスの友人が、わざわざ教室に戻ってきて、開口一番。

「ん? なんだよ?」
「なんかさ、校門の所で、すげー綺麗な子が待ってんの! 見滝原中の制服で、モデルでもやってんじゃねーかっつーくれーの美人! 誰待ってんだろうな、あれ!」

 見滝原中で、モデル並みの美人さん? ……暁美ほむら、か?
 ……嫌な予感がする。
 何か、とてつもなーく。どこぞのそげぶ的に『不幸だーっ!!』とか言いたくなるような。
 あの女、何か厄介事を俺にまた持ち込んできやがったんじゃねーだろーな!?

「えーっと、それって、黒くて長い髪の毛の、無愛想な感じの子?」
「そうじゃねーよ、金髪縦ロールで、胸が大きくてさ! 襟章からして中三じゃねーのかな」
「あー、あれ、巴マミさんだよ。俺、見滝原中出身だから知ってる。結構有名人。すげー頭もイイんだよ」
「っかーっ! 俺らとイッコ下でアレかよ! ウチのクラスの女子共とマジ戦闘力が違うぜ。俺のスカウターが、そう言っている!」

 はい、俺、リアルに死んだー。
 とりあえず、向こうは『正義』を張り続けた最強クラスの魔法少女。
 こっちは外道と非道を繰り返してきた小悪党。加えて武器弾薬ソウルジェム一切なし。
 つまり、世紀末的死亡フラグな死兆星は、俺の頭上にバッチリ輝いていやがるぜ。ヒャッハー!

「じゃ、俺、先に帰るわ」
「何だよ、一緒に見に行かねーの?」
「遠慮しておく。例によって俺は妹の世話で忙しいし、例によってスーパーのタイムセールに間に合わせないといかんのだ」
「はぁー、シスコン兄ちゃんよー……少しは自分のために、青春つかってみたらどーだ? 高一で枯れ過ぎだぞ」
「そんな余裕、俺にゃあ無ぇよ。じゃーなー」

 さて。
 どーやって逃げ出すか。
 モヒカン革ベストで、バギーに乗ってマサカリ片手にヒャッハーとか言いながら逃げ出したい気分なのだが、あいにく、学校にそんなものは持ってきてない。
 ……一応、俺の縄張りの中なので、武器庫は各所にあるが、ソウルジェムも無いし、彼女程のベテラン相手では、即興的に安易な作戦で不意を突くのは無理だろう。
 あの圧倒的な火力を前に、俺が小細工を弄する暇や余裕を、与えてくれるとは思えない。
 加えて、彼女の武器は飛び道具だ。あのマスケットの射程が、どの程度かは知らないが、少なくとも破壊力から言って対物ライフルは超えそうだ。となれば、彼女からおおよそ1キロ以内は、キル・ゾーンの真っただ中と考えてもいい。
 とりあえず、ケータイを利用して地図を検索。学校を裏口から抜けて、直線ルートを回避しつつ遮蔽物を利用した逃げ道を探す。
 ……よし、このルートならば、逃げ切れる……かもしれん。ついでに、スーパーの中を突っ切る形で通らせて貰って、夕飯の買い物もできる。

「……さて、と。頑張りますか」



 そして……

「ごきげんよう」

 学生かばんと、徳用ピーマンとニンジンの詰まったスーパーの袋を手に、俺は呆然と立ち尽くす。
 はい、アッサリと見つかってしまいました。
 ってか、結構、複雑なルートを辿って、スーパーの中を、『ちょっとストーカーに追われてるっぽいんで、裏口から出ていいですか?』って言って、突っ切って逃げてきたというのに。
 自分の家の一歩手前で、確保されてしまいました。

「……どーも。で、どんな御用で?」
「この間の、『虚淵』がどうとかという、ジョークについて。
 あれ、元はニーチェですね? 『wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.(汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである)』。
 ……ところで、『虚淵』って何ですか?」
「日本に数多住まう八百万の神々の中でも、最も邪悪な神の一人で、恐怖と絶望と絶叫の物語を描かせたら、右に出る者のない筆神様です。
 信者を公言すると色々と人格的なナニかをSUN(正気度)チェックされる程に邪悪な存在ですが、その魔性に魅入られて密かに信仰する者も少なくありません」

 ……実は、俺もその一人だったりします。というのは内緒だ。

「……ま、まあ、いいでしょう。
 重要なのはその前の一節。『Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.(怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ)』
 あの場面で、私たち、魔法少女に投げかけるには、あまりにも重い意味の一言です。だから、あなたはオブラートに包んで次の一節を、更にパロディにして弄って口にした。違いますか?」
「……頭いいですね、原語でサラッと出るなんて。尊敬しますよ」
「からかわないでください。
 あの状況で、あなたのような言葉をとっさに出せるセンスは、私にはありません」
「最強無敵の『正義の味方』からすりゃ、俺はタダの小悪党ですからね。
 生き意地汚く悪足掻いてきたんで、余計な小知恵も回るってダケの話ですよ。で、本題は何ですか?」

 その言葉に、彼女が真剣な目を向けて来る。

「……あなたが知る、私たち魔法少女の秘密。教えて頂けませんか?」
「暁美ほむらに、尋ねればいい。彼女も知ってる」
「学校で何度も訪ねたのですが、教えていただけませんでした。そして、あなたに聞け、と」

 ……ちょっ! あの女っ、丸投げすんじゃねーよ!! 戦闘能力とか考えろよ! こっちは生身の人間なんだぞ!
 もし彼女がトチ狂って、暴れ回られたとしたら、今の俺には打つ手が無い。
 経験上、『正義のため』だとか『世界のため』だとかで頑張ってきたタイプの魔法少女ほど、この話を聞かせて足元から価値観崩壊して、発狂するケースが多いのだ。……まあ、その分、隙が突きやすくなるのは事実なんだが。

「……自殺した三人、ってのは嘘じゃないですよ? その死に様、全部語って聞かせましょうか?」
「構いませんわ。私の願った奇跡……何だと思います?」
「おいおい! 魔法少女の願った奇跡に踏み込むほど、俺は野暮じゃねぇぞ?」
「いえ、そう込み入った理由じゃありませんわ。『……死にたく無かった』それだけなんです」
「あー……そっか」

 事故か何かかな、とは、容易に推察がついた。実は、魔法少女になるのに、意外と多いケースだったりするのだ。
 このあたりに、あの悪魔の悪辣さが垣間見えるのだが……

「だから『死ぬしかない』なんて考えたりはしません♪ 安心してください」
「じゃあ……もし、あなたが。これまで戦ってきた『正義の味方』の存在意義を否定される事になったとしても?」
「っ……それは……」

 躊躇して迷う彼女に、俺は一つの推論を下した。

「察するに……あんた多分『サバイバーズ・ギルト』なんじゃねーのか? 結構多いんだ、そーいう『願い』で生き残った魔法少女に」
「サバイバーズ・ギルト?」
「大きな災害や事故なんかで、『自分だけが生き残ってしまった。自分だけ助かってしまった』人間が、それを『罪』と認識する意識。
 そのために、意味も無く自分を罰しようとしたり、あるいは極端な『正義』や過剰なボランティアに突っ走る。
 でも、どれだけ人を救おうが助けようが、心理的に本人はその地獄から逃げられないで、心身をすり減らして益々泥沼にはまっていく……そんな心理を『サバイバーズ・ギルト』っつーんだそーだ。
 思い当たる節、無いか?」
「……………」

 なんか、彼女の顔面が蒼白だが……まあ、正味、俺の知ったこっちゃ無い。
 問題は、俺がこの場をどう上手く切り抜けるか、だ。

「だから、もし、俺が口にする言葉が、仮にお前さんの『正義』を否定する内容だったとして、お前さん、それを受け入れられるのかい?」
「っ! ……うっ、受け入れるわ! 大丈夫……大丈夫よ!」
「そうかい……じゃあ、例えば、あなたへの加害者は、別の誰かの被害者だった。それとも知らずに、あなたは正義の味方として一方的に戦ってきたとしたら?」
「『怪物』とは、そういう意味ですか? あなたは魔法少女と魔女の真実を知って……っ!!」

 次の瞬間、巴マミの顔面は蒼白から土色気になり、足元をぐらつかせた。

「まっ……さ…か……」

 気付かれたか。まあ、ショーガナイ。

「すまないが、もういいか? 俺、沙紀の晩飯を作らないといけないんだ。肉じゃがは味を染み込ませのるに手間がかかるんでな」
「あなたは……じゃあ、沙紀さんは!」
「とっくに知ってるよ。ついでに姉さんは『もうなっちまった』」
「……ぁ……ぁ……」

 ガクガクと震える彼女を余計に刺激しないよう、限りなく普通に歩いて、俺は家の中へと入っていった。

「……お兄ちゃん?」
「沙紀、ソウルジェムをまわしてくれ! 彼女は『なっちまう』かもしれん」

 俺の言葉に、沙紀も真剣な表情を返すと、自らのソウルジェムを躊躇なく俺に手渡した。
 ロケーション的に、俺の家の前ってのは最悪だが、まあ、今まで無かったワケじゃない。
 俺は、手早く武器を整える。
 とりあえず、沙紀のソウルジェムから取りだした、パイファー・ツェリスカ……象狩り用の600ニトロ・エクスプレス弾を使用する、世界最大サイズの拳銃を握り締める。(マニアの人は、この銃が『拳銃かどーか』って定義については、後回しにしてくれ。少なくとも俺は『拳銃』として使ってるのだから)。
 理想を言うならば、ソウルジェムがグリーフシード化する直前に砕くのが、一番、抵抗が無くて楽なのだ。

 が……

 ピンポーン。

「!?」

 玄関のチャイムが鳴る。……玄関カメラを見ると、案の定、巴マミだ。
 唇も真っ青で、驚愕に体は揺れているが、それでも真剣な目線と表情で、カメラを見ている。

「……なんだ!? 魔女になるなら、出来れば他所でやれ!?」
「いえ……少し、お訪ね……いえ、答えて頂きたい事があります。入れていただけませんか?」
「……」

 さて、どうしたものか?
 理想を言うのなら、この場で問答無用で射殺すべき最大のチャンスなのだが、あいにくワルプルギスの夜戦が控えている。
 ……豆腐メンタル……ってワケでも、存外無さそうだ。
 その辺は、流石ベテラン。前の三人は、事実を知って、全員発狂して周囲を巻き込み自殺してしまったし。
 ただ、いつ崩れてもおかしくない状況なのは、事実。
 ……とりあえず、試してみて、発狂しても即ぶっ殺せるようにしておこう。

「ソウルジェムを出しな」
「え?」
「ソウルジェムを出しておいてくれ。何時でも砕ける状態にしてもらわなきゃ、家に入れるわけにはいかん」
「それは!」
「無理ならいい。俺が、お前さんの質問に答える義理は無い!
 こっちは、魔法少女の力を借りられるとしても生身なんだ。魔法少女を狩った事は確かに何度もあるが、エース中のエースな『正義の味方』相手じゃ、こっちの手管がどんだけ通じるかも分からん!」

 断られるだろう。
 それを前提に、俺は交渉を組み立てた。だが……

「!?」

 無造作に。
 自らの魔力の証である、ソウルジェムを手の中に出現させる巴マミ。
 ……馬鹿か!? こいつ!?
 俺がどんな悪党か、知ってるだろうに!
 『見滝原のサルガッソーの主』の悪名は、ある意味、好戦派で知られる佐倉杏子よりも酷い。むしろ残虐さではそれを遥かに上回る。
 佐倉杏子と違うのは、彼女が他へと積極的な攻勢に出て縄張りを広げるのに対し、俺は自分が決めた縄張りを徹底的に堅守しているという……逆を言えば、それだけなのだ。まあ、領土を広げられない理由というのは、幾つもあるのだが。
 それは兎も角。

「お願いします! 私は……私は、あなたの答えが知りたい!」

 どうも、彼女は諦める気配が無い。

「……入れ」

 扉を開けると、油断なくパイファーを、彼女の右手のソウルジェムに向ける。
 だが……ぽん、と。
 無造作に、彼女は自分のソウルジェムを、俺に手渡したのだ。

「……あんた、馬鹿だぜ?」

 そう言ってソウルジェムを受け取ると、俺は今度は銃口を彼女に向ける。
 だが、彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。

「『見滝原のサルガッソーの主』だって、俺の事、知ってたはずだろ?」
「はい」
「なんで、ソウルジェムを俺に預けやがる!? ……言っておくが、これ割られたら魔力を失うとか、甘いもんじゃネェんだぜ?
 っていうか、魔力を失ったとしても、俺はあんたを見逃すほど、甘い人間じゃネェって知ってんだろ!」
「やはり、このソウルジェムそのものに、何か秘密があるのですね? キュゥべえに聞いても、はぐらかすばかりでした」

 やっぱりか、あの宇宙悪魔め……

「そりゃ、あいつははぐらかすだろーさ。絶望を回収して回る悪魔だもん。
 っつーか、絶望ってのは落差の問題で、会社の社長がいきなり平社員に降格されるのと、元から平社員だった人間。社長は絶望するだろーが、元から平社員なら絶望のしようもねー。
 あんたは、俺の言葉を知って『ヤバイ予感』ってもんに囚われながら、俺に聞きに来た。
 『何かあるかも』、『嫌な予感がする』、『お化けが出るかも』……そーいう人間ってのはな、実は答えの予感予想をしてるから、予想の範囲内なら、ある程度耐えられるし、耐えられそうに無いと判断すれば、その場から逃げだす。
 どっちにしろ、恐怖に対しての防衛本能が働くんだ。で、そんな防衛本能でガードが働いてる状態じゃ、アンタや俺みたいな、それなりに修羅場くぐってきた人間は堕とせないしな」
「絶望を回収して回る……悪魔、ですか?」
「まあな。
 あいつは、人間がぶっ壊れる最高の瞬間を狙って、絶望の種明かしをするんだ。
 よく『人間の感情が理解できない』とか言ってるが、『どういう刺激に対してどういう人間がどういう反応を人間が示すか』って統計の結果だけはしっかり蓄積されていやがるから、大体、どんな瞬間にどんな人間の中の絶望の針が振り切れる……つまり、魔女になるか、ってのは、分かってるんだよ。
 原子力の実際のシステムはどういうモノか知らなくても、原子力発電で日々電気の恩恵を受けているように。あいつは人間を、『よく分かんないけど、宇宙を伸ばす便利なエネルギー元』って見てるんだぜ?」
「そう……ですか。あの、魔女に……私も、なるのですか?」

 今すぐ堕ちそうな顔をしてる彼女に、俺は力強くうなずいた。

「なる。いずれは。
 次の瞬間かもしれない。明日かもしれない。来週かもしれない。そして……100年後かもしれない。1000年後かもしれない。
 何しろ、魔法少女が魔女になるまで、どんな人間が、どんな風にどんだけ生きたか、なんて魔法少女の来歴その他全部、それこそキュゥべえに聞くっきゃねぇんだが……そんなデータ、多分、あいつ出してくんなさそうだし、出したとしても恣意的で作為的なデータしか出さないだろ。
 契約1日で魔女になった記録とか、悲惨な死に様ばっかした連中をサンプルとして出したり、な。……俺が殺った記録出せば、何も知らんお前さんは、絶望するかもだが。
 兎も角、まあ、見た所、イイカンジに濁ってても、そこそこソウルジェムが綺麗だから、このままでも戦わなければ十日くらいは持つんじゃね? つまるとこ、お前さんの寿命なんて、俺の知ったこっちゃねーって事だ」

 ぽかーん、と。
 巴マミは俺の説明に、完全に呆けてしまった。

「あ、あの……じゃあ、沙紀さんのは?」
「ん、一緒だよ。沙紀がいつ死ぬか、魔女になるか。
 ……まあ、考えたらマジに泣きたくなるけどさ。俺が泣いたって沙紀の寿命が延びるわけでなし。
 泣くなら魔女になった沙紀を殺した後か、沙紀が魔女になる直前に殺す時か、死んだ後にするよ。他人事だもん」
「たっ、他人事!? でも……あの」

 俺の言葉に、巴マミが理解できない、って表情を浮かべる。
 無理も無い。俺のブラコンっぷりは、自分でもどうかしてる、ってレベルだしな。
 それをして『他人事』と言い切られては、ワケが分からないかもしれん。

「そう。だって俺が魔女になるワケじゃない。魔女になるのは沙紀で、それは沙紀自身が抱える絶望だ。沙紀のために戦う事は出来ても、根本的に向かい合わなきゃならんのは沙紀自身だ。
 そりゃ愛してるさ。たった一人の身内だ。命を賭けて戦えるか、って言われりゃ意地でも戦うさ。そのために、必死にもなる。
 でもな、結局、最後に、自分の命をどう使うか、ってのは自分自身が決めるっきゃねーんだ。
 俺は小悪党だからな。張れる命や時間のチップの量も限られてる。スッちまうの覚悟の上で『沙紀の人生』にチップ張ってんだ。スッちまうより張らないほーが後悔する博打だって分かってるからな。
 そして、その上で。
 俺が命を賭けた博打に対して、『沙紀自身はそれを俺に感謝する必要性は、全くない』と、俺は思ってる」
「なっ!」
「沙紀が俺に感謝の言葉を返すのは、『感謝されて嬉しがる俺を、沙紀自身が見たいから』だ、と俺は理解している。
 その程度にゃ、お互いがお互いを理解してる……あー、つもり、ではある。多分。……まあ、なんつーか。そんなわけで、ウチの兄妹は、ワリとそんな感じの勝手モンの兄妹なんだよ」
「……それが、あなたたち兄妹の倫理で、哲学……なのですか?」
「哲学なんて上等なモンじゃねーって。『テメーの命』っつーチップを、どう配分してどう博打にかけるかなんて、誰もが考えてるこったろ?
 例えば、あんたは『正義の味方』やってたワケだが、その『正義の味方』ってカンバンに、テメーの命のチップを、どんだけ賭けるかなんてのは、それこそあんた次第だ。
 つまり、どう足掻こうが、人生なんて博打の連続なんだよ……まあ、『キュゥべえ』に賭けて一発逆転ってのは、絶対お勧めしないな。オッズが高すぎる」

 と……

「お姉ちゃん、魔女になるの?」

 奥からやってきた沙紀が、じーっ、と巴マミを見つめる。

「……そうみたい」
「私もなるかもしれないの。でもね、お兄ちゃんが泣きながら約束してくれたの。
 怖くなって、『魔女になりたくない』って言ったら、魔女になる前にソウルジェム壊してくれる、って。あと『魔女になっても生きたい』って言ったら、『好きにしろ、でも、お兄ちゃんは沙紀に殺されるつもりは無い』だって」
「!! ソウルジェムを壊したら、魔女にならなくて……済むの?」
「……うん。魔女になる前に、苦しまず死ねるの」
「っ!!!!!」
「お兄ちゃんがね……たまーにやるよ。ソウルジェムを狙って、沙紀を殺そうとした魔法少女を殺していくの。
 私は殴ったり叩いたり殺したりなんて怖くてできないし、お兄ちゃんにも本当はやめてほしいけど……でもね、お兄ちゃんが、大好きなの。美味しい和菓子とか食べさせてくれるし、悪い事すると時々怒るし、怖いけど、普段は優しいから。
 だから、最後の最後まで、ずーっとお兄ちゃんと一緒に居たいの。
 そう言ったら、『じゃあ、ずっと沙紀で居るように、最後が来ないように、お兄ちゃんがんばる』って。ずっと頑張ってくれてるの。
 だから、最後にどっちにするかは、最後の時に決めようと思ってるの」

 次の瞬間、巴マミが、その場に泣き崩れた。
 その頭を、沙紀が抱きしめて、撫でる。

「っ………っ………」
「死んじゃうのも、魔女になるのも、怖いよね……でも『魔法少女』って大変だけど、お兄ちゃんみたいに、回りの人間も大変なんだよ?」
「……私……周りに誰も居ない……私だけ、キュゥべえに助けてって……死にたくないって……なんで、なんであの時……パパと、ママを……」
「じゃあ、魔女になる?」
「それも嫌!」
「じゃあ、魔女にならずに死なないように、お姉ちゃんもがんばらないと。
 はい、がんばれー♪」
「っ…………!!」

 声に成らない嗚咽と共に……巴マミのソウルジェムの濁りが、僅かながら薄れて行く気がした。

「お姉ちゃん、私、頭撫でてあげるくらいしか、出来ないけど……がんばって。もう私は『正義の味方』にはなれないけど、同じ『魔法少女』だから、応援してる」
「……ごめんね。ごめんね……少し……もう少し、このままで……」

 やがて、ひとしきり泣きやんだ後。
 彼女は、俺を見据えて、言い切った。

「私は、死にたくない。魔女になりたくもない。
 でも……魔女に親しい人が好き勝手されるのも、親しい人が魔女にされるのも、自分が魔女になるのも、我慢ならない!」
「んー、それがお前さんの答え?」
「私が叶えた願いなんて……最初からあったのよ。
 死にたくない。
 それを思い出せば、『自分自身も含めた魔女』に、その……あなたたち、悪党流に言うなら『喧嘩売りながら』生きてやろうかな、って……覚悟、決めちゃった」

 気がつくと……ソウルジェムの濁りは、ほとんど消えて無くなっていた。

「あっ、そ。んじゃあさ、超ド級の魔女が、暫くしたら来るっぽいんだけど、一緒に喧嘩、売りに行く?」
「超ド級?」
「ワルプルギスの夜」

 俺の言葉に、マミが絶句する。
 が……次の瞬間、不敵極まる笑いを浮かべ……

「いいわ。乗った! その喧嘩、一緒に売りに行きましょう!」
「よし、契約成立!」

 その言葉と共に、ぽん、と彼女に、ソウルジェムを返す。

「やー、良かった!
 戦力になりそうに無いなら、後腐れが出る前に、早々にブッ壊そうかと思ってたんだ、お前のソウルジェム♪」
「……は?」
「『全ての魔女に喧嘩売る』覚悟キメたんだろ? 二言は無いな?」

 イビルスマイルを浮かべて嗤う俺に、暫し、その言葉の意味を彼女が理解する間が空き……

「あっ、あっ、あっ……あなたって人はっ!! 何考えてるんですか!!
 これじゃ、あなたもキュゥべえと一緒じゃないの!! っていうか、本気で壊す気だったでしょう!?」
「有効な手段だからな。使わせて貰った。っていうか、古参のベテラン魔法少女なんて、そうそう殺るチャンス無いし。
 ワルプルギスの夜が来ないんだったら、寝言吐いてる間に壊してたさ」

 蒼くなったり紅くなったり、なんか複雑な表情で、巴マミが俺を見ていた。

「だって、沙紀以外の魔法少女なんて、大概邪魔だし、魔女になるまえに殺したほうが手早いかなー、っつーか、悪党なんて何時裏切るか知れないんだから、気をつけたほうがいいって言ったろ。
 ああ、あとはー……お前さん程の大物が死んじゃうと、後継の縄張り争いで、このへん戦国時代になりかねないから、少し躊躇はあったか。特に、佐倉杏子とは、あまり関わり合いになりたくないしな。
 まー、ワルプルギスの夜戦をどー超えるかなんて相談もこれからだがな。どー戦えばいいのか、見当もつかん相手だし」

 と、立ち直ったのか。元々の回転の良い頭を働かせたマミが、俺に釘を刺しに来た。

「待った! 一つ聞かせて。あなたのような自己と妹の保身にしか興味の無い悪党が、何でワルプルギスの夜に挑むなんて言い出したの?」
「暁美ほむらに脅された。色々と、な……まったく、アイツこそヒデェ悪党だと思わないか!?」

 俺の言葉に、巴マミがとうとう引きつった顔を浮かべた。

「は、は、ははははは……あなた……ワケが分からないわ。
 何? すると私に色々答えてくれたのは、ワルプルギスの夜と、私を戦わせるためだけに?」
「言ったろ。悪党なんざ、信用すんなってね。ある意味、俺もキュゥべえも同類だしな。
 安心しろ。ワルプルギスの夜と戦うまでは、俺は逃げらんないんだから。コトの真偽を疑うなら、暁美ほむらに聞いてみな」
「是非、そうさせてもらいますわ。まったく……」

 と……

「お姉ちゃん、あがって。お茶とお菓子が入ったよー」
「おい! 沙紀、お前が楽しみにしてたカルカンじゃねーか。いいのか?」
「いいじゃないのー。お姉ちゃんと、こー……もっと、『魔法少女』として、腹を割って話がしたいのー」
「沙紀! 必要以上に慣れ合うと、コイツが魔女ンなった時に『引っ張られる』ぞ!」
「いいじゃない。一人ぼっちは、寂しいんだもん」
「……チッ! だ、そうだ。どーする?」

 パイファーをソウルジェムにしまいこんで沙紀に返すと、巴マミに俺は問いかけた。

「是非」
「あ、お兄ちゃん。お姉ちゃんの分の晩御飯も、おねがーい! 出来たら、今晩泊まってってもらおうよー」
「なっ! おっ! 沙紀!」
「マミお姉ちゃんと、いっぱいお話ししたいのー!」
「…………………好きにしろ! ああ、巴の。分かってると思うが、うちの妹に危害を加えたら」
「もとから『見滝原のサルガッソー』を、敵に回すつもりは無いわ。……結構、怖かったんだからね。ここまで来るの」



[27923] 第七話:「頼む! 沙紀のダチになってやってくれ! この通りだ!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 16:18
 姦しい、とはこの事であろう。
 俺が立つキッチンとは反対のリビングで、沙紀と巴マミが、何やら、野郎にゃついていけない他愛も無い内容の話を、おおはしゃぎで交わしてやがる。
 で、こんな時、手持無沙汰な男たる俺に出来る事は、給仕に徹するくらいだ。ただ……柄にもなく嬉しそうな沙紀の表情と言葉は、ついぞ俺が最近見た事の無い、笑顔だった。

「……」

 気を取り直し、冷めた蒸し機の中を見ると、カルカンはもう二切れ分。
 ……まあ、一応、客人だしな。
 漆塗りの皿に乗せて、追加のカルカンを持っていく。

「ほれ、茶菓子の追加だ」
「あの、これ、どういう名前のお菓子なんですか?」
「……不味いか?」
「いえ、すごく美味しくて。これを、あなたが?」
「カルカン。鹿児島の郷土菓子だよ。山芋と上新粉、砂糖と卵と水で作る、シンプルな代物だ。誰でも作れる」

 そう言うと、急須に茶を追加してやる。

「お兄ちゃん、他にもいっぱい和菓子の作り方、知ってるんだよー。将来、和菓子屋さんになるんだ、って」
「それで、この腕前?
 ……ちょっと、趣味の領域超えてるわ」
「趣味だよ。プロは多分、冗談以外でこんなモン作んねー。
 材料費考えたら、一個あたり相場の倍に設定しても採算取れるワケねーからな。店が潰れちまうよ」

 技術と味の向上のため、コストパフォーマンス無視で、ひたすら理想を追求した趣味の代物である。金銭を得るための『売り物』という概念からは外れてるのだ。

「じゃ、今から飯作るが。……喰ってくな?」
「え、ええ……頂きます」
「了解。三人分なんて、久方ぶりだな」

 さて、本日のメインメニューはチンジャオロース。肉じゃがの予定だったが、煮込んで味を染みさせる時間が足りなくなったので、また後日にした。
 ピーマン嫌いだとかニンジン嫌いだとかぬかす沙紀だが、そのへん俺は一切の容赦も遠慮も無い。食いもんの好き嫌いは、絶対に許さん、と常日頃から躾けてあるのだ。
 ジャージャーと中華鍋の中で油の弾ける音の背後。沙紀と巴マミとの、野郎が付け入る隙一切無い女子トークは続いてる。
 ……よし。
 あとは、中華風の卵スープと、ご飯で、完成。

「飯だぞ」

 ガールズトークに割り込むように、カンカン、と中華鍋を叩き、でかい皿にチンジャオロースを盛り、各人の取り皿を出して、スープ、ご飯と配膳する。
 で……案の定、肉ばっか取ろうとする沙紀の器に、キッチリと野菜を押しこむ。

「やーっ!! ピーマンやー!!」
「だめだ。食え」
「ううううう、お兄ちゃんのいぢわるー」
「何とでも言え」

 と。

「そうよ、沙紀ちゃん。好き嫌いはしちゃダメよ?
 こんな美味しい料理とお菓子が作れるお兄ちゃん、貴重なんだから」
「うううううー、マミお姉ちゃんまでー!」
「食え」

 俺と巴マミの二人がかりで、追いつめられた沙紀が、とうとう涙目で叫び出す。

「お兄ちゃんの鬼ー! 悪魔ー! 魔女ー!」
「何とでもいえ。あと、一応男なんだから魔女は無いだろ、魔女は」
「うーっ! じゃあ、じゃあ……お兄ちゃんなんか、30超えるまで童貞で魔法使いになっちゃえばいいんだー!!」
「ぶーっ!!」

 卵スープを吹き戻しかけ、俺は絶句する。

「さっ、沙紀! どこでそんな言葉憶えてきやがった!!」
「えっと……忘れた♪ ところで『童貞』って、なに?」
「…………………魔女でも魔法使いでもいいから、とにかく喰えっ!」

 真っ白になりかけた食卓の空気を強引にチンジャオロースに引き戻し、俺は沙紀の器に追撃の一杯を盛りつけた。



 食事後のまったりした空気の中。あいも変わらず、巴マミと沙紀は、俺が皿洗いと片付けに勤しむ中、女子トークを交わしてやがった。……正味、ついていけん。
 そして……

「ん、もう時間ね。そろそろ、お暇しようかしら」
「えーっ、もっとお話ししてよー。泊まってこーよー」
「そうね。でももう帰らないと。縄張りの巡回があるの」
「……むー」

 その言葉に、沙紀も不承不承うなずくと、玄関口で、見送りに来る。
 
「じゃあねー、お姉ちゃん」

 その沙紀の、さびしそうな顔を見て……俺は、一つの覚悟を決めた。

「待った。お前さんの縄張りまで、送る」
「え? じゃあ……」

 沙紀が、慌ててソウルジェムを手にするが……

「いい。ちょっとそこまで行ってくるだけだ」
「……お兄ちゃん?」

 この魔法少女が最も活発に活動する時間に、ソウルジェムを手にせず、外に出るなど自殺行為だ。
 まして、隣に居るのは、俺のような悪党の天敵。その天敵相手に、俺は……ええいっ! 沙紀のためだっ!

「……絶対、帰ってきてね」
「安心しろ。お兄ちゃんは無敵だ♪」

 頭を撫でて、俺は玄関の扉を開けた。



「……で、沙紀さんに聞かせられない話が、私にあるのでしょう?
 しかも、ソウルジェムも武器もない、丸腰で」
「ああ」

 玄関を出て、道を歩きながら。
 俺と巴マミは、言葉を交わす。

「もし……『正義の魔法少女』として、皆殺しの『暗殺魔法少女』を狩りに縄張りに来るようならば、俺はお前に対して容赦する事が出来ネェ。最強相手に、最弱にそんな余裕もあるわけがない。全力で、殺しに行くしかない」
「……そうね」

 対、ワルプルギスの夜戦に向けての同盟は組めたが、本来、敵対する立場な事実に、変わりは無いのだ。
 闘いが終わって生き延びた段階で、彼女と俺はまた敵対する事になる。
 だが……

「ただな……沙紀のあんな楽しそうなツラ見たの、久方ぶりだったよ。アイツが魔法少女になってからは、ついぞ見た事が無い。
 つくづく思い知ったよ。
 俺は沙紀のために戦う『兄貴』にはなれても、『友人』にだきゃあ、なる事が出来ネェんだ。ってな……
 ……そんでな。『御剣沙紀の友人』ならば、俺ん家に迎える事にゃ、吝かじゃねぇ」

 さあ、勝負ドコだ。
 俺は、その場で向き直ると、両手を地面について、頭を下げる。

「頼む! 沙紀のダチになってやってくれ! この通りだ!!」

 勢い余って、ごんっ、とアスファルトに頭ぶつけて痛いが、この際それは問題ではない。
 暫しの沈黙。そして……

「……ぷっ……ふふふふふ、ははははは!」
「っ!!」

 ダメ、か! ……ああ、死んだな。

「ああ、あなたは本当に、沙紀さんにとって『無敵のお兄さん』なんですわね。
 ……一つ、条件があります」
「……なんだ?」

 そう言うと、彼女が俺の目を見て、一言。

「私が、魔女になりそうになったら、ソウルジェムを砕いて、殺してもらえますか?
 また、もし、それが間に合わなくて魔女になったら、私を殺してもらえますか?」
「……手段問わずの、奇襲、暗殺込みで良ければ」
「OK、契約成立です♪」

 にこやかに微笑む彼女。

「ああ、それと……妹さんが心配なのは分かりますが、過保護なのは、ね。
 心配しなくても、とっくに沙紀さんと私は、友達ですわよ♪」
「……え?」

 にこにこと、悪党から一本取った、って顔をしていやがる『正義の味方』。
 まったく……

「そういえば、あんた。暁美ほむらや、あのルーキーと一緒に、どうやって俺の家を知って、やってきた?」
「キュゥべえからの情報です。それが……何か?」
「……ああ、やっぱり。奴ら相手なら、しょうがないか」

 あの無限に湧き出す最悪悪魔が、俺の縄張りに入ってきたという意味は……

「まっ、この辺からなら大丈夫だろ。じゃあな?」
「待ってください。今、あなたは丸腰なんでしょ? もし、今、他の魔法少女が狩りに来たら」
「安心しろ。ココをドコだと思ってやがる? キュゥべえに潰された分も、もう『8割がた回復したしな』」

 と……

 ズドーン!! という、遠雷のような轟音が、あたりに響いた。

「おー、早速、馬鹿が気取って引っかかったな」
「何……ですの?」
「何、かんたんな事だ。電信柱と電線に細工してな。
 架空線の6千ボルトを踏み抜いたら、感電するよーに細工してあるんだ」

 その言葉に、巴マミが蒼白な表情になる。

「……なんだ、知らなかったか?
 電線ってのは、当然電気が通ってるんだぜ? 家庭用の供給電力は100ボルトだが、電信柱の一番上を通ってる電線は、6千ボルト級の高圧電流だ。そいつをトランスで変換して各家庭に供給してんだぞ?
 無論、漏電しないように何重にも防護してあるし、大体ショートしても1秒かそこらでシステム的にストップがかかるが、それでも普通の人間ならほぼ死に至るか、重度の障害が残るか。踏み抜いたのが魔法少女でも、ボロ雑巾で暫く動けネェ。
 あーあー、しかし感電だけで済むはずが、ご近所停電までいってるとこ見ると、全力でショートさせやがったな。こりゃ、電力会社がやってくるから、また仕掛けを弄りなおさんといかんわ」
「まさか……」

 笑いながら、俺は彼女に言う。

「電線、電柱の上、家の屋根の上……『魔法少女が通りそうな道』には、殆ど仕掛けがしてあるからな。
 ……言っただろ? 『魔法少女としてやって来るならば消すが、沙紀の友人としてなら歓迎する』って、な。
 どうやってウチ来たか知らんが、運が良かったなお前さん。トラップを知らずに、正解ルートを辿ってたのかも知れんぜ?」

 これが、経験だけは無駄に積んできた弱者たる俺の戦い方であり……まあ、逆を言えば、それだけなのだ。
 俺が縄張りを広げられない理由の一つが、このためである。
 キュゥべえによる強行偵察を警戒しながら、トラップの維持管理が出来るのは、この小さな縄張りだけで限界なのだ。
 その証拠に、先日、あの三人に押し込まれた後に調べたら、大量のキュゥべえがトラップに引っかかっていやがった。恐らく、物量を利用して無理矢理トラップを蹂躙、解除し、三人を突破させたのだろう。
 その結果、翌日に暁美ほむらの侵入を、アッサリ許してしまっている。『潰されるのは勿体ない』と奴らは言うが、『リスクに見合うのならば幾らでも死んでも良い』というわけだ。
 まったく……あの悪魔、実にタチが悪い事、この上ない。
 ……とりあえず、必死になって8割がたはトラップを回復させはしたが……またキュゥべえとのいたちごっこなんだろーなー。

「この場所が『見滝原のサルガッソー』とか呼ばれてる理由も、あなたが『魔法少女の天敵』と言われてる意味も、よく分かりましたわ。沙紀さんの友人としてではなく、一人の魔法少女としても……あなたとは敵対したくはないですわね。正直」
「最強にそこまで言われるたぁ、光栄だが、あいにく俺は沙紀の事で手一杯な、タダの『普通の男』だよ。
 ンじゃあ、な、『沙紀の友達』。俺は今から哀れな『魔法少女』を狩りに行く」

 そう言うと、俺は巴マミに別れを告げ、家路へと向かった。


 ……本日の成果:なし(沙紀の友達一人、追加)。
 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。
 ……グリーフシード:残14+1。

 本日の料理:チンジャオロース、中華風卵スープ、ご飯。
 デザート:なし(カルカン、消滅)。



[27923] 幕間『元ネタパロディ集』(注:キャラ崩壊
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 16:31
 これより先、狂った楽屋ネタというか、キャラ的ネタ元のパロディが続きます。
 作品世界とか価値観とかシリアスな空気とか、いろんなもんが完膚無きまでぶっ壊される恐れがありますので、そういうおフザケが嫌な御方は、パスして読み飛ばしても全く問題ありません。



















 OK……後悔しないでくださいね。
 多分……わけがわからないよ?



















 CM 


 ナーイスバディとノーバディ!! 
 イカすブロンド、男と駆ける!!
 ティロ・フィナーレ乱れ撃ち!!
 知恵と、度胸と、根性で、あのデカブツ(ワルプルギスの夜)を受け止めろ!!
 木曜闇憑プラス『続・殺戮のハヤたん-地獄の魔法少年-』
 死地月二十死地日、発売予定!

 野郎主役で、萌えは無し!!
 ほむほむを見たら、泥棒と思えっ!!


 CM終わり


















 荒れ果てた荒野の中。かつて存在したビル群の残骸にすがりつくように、無数のバラックが立ち並ぶ。
 そこは、『町』と呼ぶにしても、余りにも荒み過ぎていた。
 無造作に打ち棄てられた死体や、あるいは死体になりつつある者を前にしても、人々は何の意識もなく通り過ぎる。
 血痕や暴力の痕跡は、それが何かの障害でない限り放置され、消される事も無い。

 わきわきマスコット村。

 山田中王朝が支配する、『セイント☆まほー王国』の中に数多存在するマスコット自治区の中でも、最も荒み、危険な場所として知られるスラム街だ。
 その村の一角の飲み屋で、コーヒー牛乳をちびり、ちびりと飲むマスコットが一人。
 歴戦の傷と深い皺。それに鋭い眼光のそのマスコット――ハヤたんは、ただ無言で猪口を傾けていた。
 と、そこへ……

「兄ぃっ! ハヤたんの兄ぃっ! たっ、たっ、たっ、大変だーっ!!」
「……五月蠅ぇよ、ピルル。静かにしろぃ。何があった?」
「せっ、セイント☆まほー王国の軍勢が、村の周囲に!」

 このところ、過激さを増しているスラムの掃討作戦。
 王国のトップである王女の地位が代替わりしてからの、過激なテロリスト弾圧作戦の矛先が、このわきわきマスコット村にも向けられたのだ。
 が……

「慌てんじゃネェ。連中の目的は、多分、俺だ。
 そして……」
「久しいな、ハヤたん。相も変わらずの無頼か」

 『セイント☆まほー王国』の王女たる、絢爛な衣装。
 この国の絶対専制君主にして女王『山田中ふにえ』が、その存在感に比してはあまりにも不釣り合いな、アバラ家の扉を開けて入ってきた。

「これはこれは、ふにえ様。
 このようなむさ苦しい所に……ああ、申し遅れましたが、女王としての即位、おめでとうございまする」
「ふん! ……余に仕えたマスコットとしての栄達栄華に背を向け、セイント☆まほー王国マスコット教導隊の指揮官の地位も捨てて、このような場所でくすぶるとはな」
「お言葉ですが、女王陛下。この無頼は生来のもの。
 かつて、あなた様が、まだ一介の魔法少女で後継候補の一人で在った頃の事を、忘れたわけではありますまい?」
「忘れてはおらぬ。『雲』のハヤたん……魔法少女として、貴様をお供にするのには、文字通り骨が折れたわ。
 だからこそ、また、こうして余自らが、足を運んだのだ」

 その言葉に目を細め、遠い目でこたえるハヤたん。

「お懐かしぅございますなぁ。あれはもう、何年……いや、十何年前の事か。
 私との戦いの中で会得された対軍関節技『プリンセス☆ローリングクレイドル』の威力。御身の威光と共に鳴り響いておりますぞ」
「ふん、今にして思えば、壮大な無駄であったわ。
 先日も、単騎反政府ゲリラの基地に乗りこみ、頭目を締め上げたのだが、秒間七千回転程度で骨格どころか肉片になってしもうてな。
 仮にも、元魔法少女としてパンチラシーンのファンサービスこそ忘れぬツモリではあるが、それ以前に技を最後まで決め終える前に『無くなってしまう』相手ばかりでは、意味の無い技というもの」
「一介の魔法少女の頃であったのなら兎も角、今の陛下の御力で全力を出されては、耐えられる者などおりますまい。あの当時ですら、私で在ったからこそ耐え抜けたようなモノ。
 ……思い出しますなぁ。秒間一万六千回転で、全てを蹂躙する肉車輪となり、かつて王国一の繁華街であった、このわきわきマスコット村を壊滅させた事を」
「ふっ。最大威力のナパームストレッチから始め、V-MAXの領域まで耐え抜けたのは、ハヤたん。今までそなただけよ」

 ハヤたんの耳には、潮騒の如く今も残る。
 砕ける全身の骨格、すり減る肉の感触。そして『AAAALalalalalaie!!』と叫ぶ、目の前の王女……かつての魔法少女の、王気溢れる蛮声が。

「して。用向きは?
 何も、かつての己のマスコットと昔話をするために、女王となられた御身自らが、このようなむさ苦しい場所に足を運ばれたワケではありますまい?」

 先を促すハヤたんに、絶対専制君主ふにえが、とうとう本題を切りだした。

「……ハヤたん。
 うぬは、近頃、魔法少女たちを震え上がらせている『キュゥべえ』なる存在を知っているか?」
「噂程度には。
 なんでも、魔法少女に契約を迫り、絶望と奈落へと堕としめるペテン師。……噂によると、かの暗黒筆神、虚淵の眷族とか」
「うむ。どう思う、ハヤたん?」
「はてさて……かの偉大なる神々に連なる者に対し、一介の無頼マスコットたる私が、どうこう言う余地などありませぬな」
「……では、そなたがキュゥべえで在ったとして、余を魔法少女にしようとは思うか?」
「思いませんな。そもそも、元より『魔法少女』な存在を、さらに魔法少女にしようなどとは」
「用向きは、それよ」

 怪訝な顔で、かつての主を見つめるハヤたんに、ふにえが続ける。

「ハヤたん。元、魔法少女として命ずる。
 かの世界に赴き、キュゥべえに誑かされた魔法少女たちに、生き抜く修羅を叩きこめぃっ!!」
「っ!! バカな……確かにキュゥべえは虚淵の眷族かもしれませぬ!
 しかし犠牲者の魔法少女は、全て天帝うめの生み出せし萌えキャラたち! 我々の如き外道修羅道を征く者とは、根本の構造が違いまする! 星を軽く撃砕する砲撃冥王ならば兎も角……」
「構わぬ。誰かに救われたいなどと望む甘えた心根を断ち切り、己自身を救う事を憶えねば、かの暗黒神に連なる存在の食い物にされ続けるだけよ。どのみち、遅かれ早かれ壊されるのなら、早い方が良かろう」
「世界が……いや、全てが崩壊しますぞ!?」
「安心せい。貴様が赴くのは、かのキュゥべえがはびこる、無数の並行世界の一つ。
 一個や二個壊れたところで、問題など生じぬ。それで一つでも結果を出せれば、上々よ」

 その言葉に、ハヤたんが凄絶な笑みを浮かべて、嗤う。

「……死地、でございますな」
「苦労をかける」
「それだけではございませんでしょう?
 最近、反山田中フニエ体制運動が、形を作り始めてまする。
 私を無頼にして野に置くと、いつその旗頭にされるか……」
「ふっ、読んでおったか」
「読めませぬからなぁ。私が、私自身をも。
 次にどこで何をやらかすやら」

 どこか楽しそうに遠い目をするハヤたんに、この冷酷な絶対専制君主が、また薄く嗤った。

「では、その『雲』の動きを縛るとしようではないか」

 そう言うと、トテトテと一人の少女がやってくる。

「ハヤたん♪ 久しぶり!」
「こっ、これは! サキ姫殿下! 何故ここに……はっ! ふにえ様、まさかっ!!」

 かつて自分になつき、また憎からず思い、可愛がっていた少女の姿に、驚愕するハヤたん。
 その二人に、更にふにえが冷酷に告げる!

「連れて行けい! 我が末娘も、そろそろ『魔法少女』としての修行の時期よ」
「……かっ、かの虚淵の眷族がはびこる修羅地獄に、あえて叩きこむとおおせか!?」
「それを乗り越えられぬのならば、我が血族に連なる者とは言えぬ!」

 きっぱりと言い切る絶対専制君主。
 かつて、マスコットとして使えた主の姿に、ハヤたんは戦慄した。

「それに、こうでもせねば『雲』の動きを縛る事など不可能よ。のう、ハヤたん?」
「……はっ、ははぁっ!」

 平服するハヤたん。せざるを得ない。
 と、同時に、自分が魔法少女のマスコットとしての本懐を遂げたのだ、という思い。そして、また新たなるマスコットとしての任地に、胸が躍るのを抑えきれなかった。
 ……それが、自らの命を捨てねばならぬ、死地と知って、なお。無頼を気取る彼もまた、真の『マスコット』であった。

「征けぃ! ハヤたん!
 立ちふさがる全てを薙ぎ倒し、かの地に赴き、豆腐メンタルな魔法少女たちに、修羅の心得を叩きこめぃっ!」
「はっ!! これより、ハヤ・リビングストン、サキ姫殿下と共に人間として転生し、任地に赴かせていただきます!」
「うむ。侍従長のサエコが先に行っておる。先任の下士官として、存分に使いこなすがよい!
 ……ふっ。かつての魔法少女からの、余の芳心。存分に受け取るが良いわ、くはははははははは!!!」

 ばさりっ、とマントを翻し、扉から出て行くふにえの姿を、ハヤたんは姿が見えなくなるまで平伏しながら見送っていた。

 ……芳心っつーか、ぜってーありがた迷惑だろーなー、多分……とか思いながらも。



[27923] 第八話:「今宵の虎徹は『正義』に餓えているらしい」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 09:50
「……なんだ?」

 何かこう、キュゥべえよりもっと理不尽な、意味不明でワケの分かんない夢を見た気がする。

「……漫画の見過ぎだな。まったく」

 とりあえず昨日、悶絶して動けなくなってた魔法少女の一人を『魔女の窯』に放り込んで処理した後。
 緊張疲れから、泥のように眠ってしまったのだ。

 ……怖かった。今思い出すだけで怖い。最強クラス相手に丸腰ですよ、俺?
 殺されたって、おかしくなかったんだし。
 思い出すと、本当に背筋が凍る。こんな小悪党のドコに、あんなクソ度胸があったのやら。

「っていうか、暁美ほむらの奴、完全にウチに丸投げしやがって……ん?」

 待った?
 もし、仮に。奴が本当に、時間遡行者だったとして?

 ……ひょっとして『なんべん繰り返しても、手に負えない』から、俺に丸投げした可能性は無いか!?

 あいつは、俺の事を『初めての事』とか言ってた。
 つまり、俺の存在や行動、動向は、彼女にとって予習出来ない存在だった……んだろう。かなりの不確定要素なハズだ。
 あれやこれや突っ込んで聞いてきたのは、多分、二週目の周回で、俺に遭遇した時のためだとして……

「あっ、あっ、あっ……あの女っ! まさか!!」

 自分がトンでもない死地に居た可能性に、顔面が更に蒼白になる。
 魔法少女の真実を知って、耐え抜ける人間なんてそうはいない。つまり、巴マミも狂乱して自決したり魔女になったりする可能性だって、間違いなくあったハズなのだ。むしろ、この推論が正しいならば、その可能性はかなり高い!
 ぶっちゃけて言うならば『運が良かっただけ』……冗談ではない!!

「……沙紀。頼みがあるんだが、今日、学校休んでくれないか?」
「ふへ?」

 コトの真偽を問い詰める覚悟を決めると、俺は、普段あまり使わない武装――『切り札』をチョイスし、沙紀のソウルジェムを手に家を飛び出した。



「……で? わざわざ沙紀さんの学校を休ませて、テレパシー使って、こんな所に呼び出すなんて、何の御用?」

 『甘味所』の暖簾がかかった、ごく小じんまりした店舗の奥。
 茶室にも使えそうな小さな個室で、俺は暁美ほむらと対峙していた。

「お前、巴マミが爆弾だって知ってやがったな?」
「ええ。それが?」
「知ってて俺の家に送り込んだ」
「私の所で暴発されても、迷惑だもの。当然でしょ?」

 ……この言葉だけでも、同盟破棄の理由には成り得るのだが、問題はそこではない。

「違う。お前は『100%暴発されるよりも、未知数の可能性に賭けた』。俺個人のリスクは省みずに」
「……………」

 彼女が繰り返しの住人ならば、これから起こり得る厄介事を、影から俺に押しつけ続ける事も、不可能じゃないのだ。
 何しろ、俺という不確定要素があるとはいえ、未来に起こった事をある程度知っているわけだから。

「……前、お前言ってたよな? 『巴マミは、あの段階と状況だと、シャルロットに喰い殺される末路を辿るハズだったのに、何故か生き延びた』って」
「ええ、それがあなたが変えた未来……」
「違う! ネックはソコじゃねぇ。『あの段階と状況』って事は……もしかして……いや、当然ながら『他の段階と他の状況で』彼女が暴発したりする事も、あんた知ってたんじゃねぇのか?」

 俺の突っ込みに、彼女はさらっと答える。

「……答える必要は無いわね」
「YES、って答えてるよーなモンだぜ、テメェ……」

 睨みつける。もうそれ以外出来ない。

「はぁ……あなたは、どうしてこう厄介な事に、いつも気づくのかしら。
 御剣颯太、あなた、鋭すぎるわ」
「厄介なのはテメェだボケ! 未来知識持ってて時間止められる魔法少女なんて、俺からすりゃ反則もイイトコだ!
 はぁ……ベラベラ自分の経歴、喋るんじゃなかった」

 お互いに、深々と溜息をつく。

「……殺すか? 鹿目まどか」
「殺しましょうか? 御剣沙紀」
『デスヨネー?』

 お互いにハモってさらに溜息。
 まったくもって、厄介きわまる相手に絡まれたモノである。

「……っていうかさ。俺がお前さんの不確定要素だとして。
 巴マミが暴発して俺や沙紀が殺された後の事って、考えてたの?」

 と、途端に目を潤ませて、俺の右手を両手で掴み、さらに斜め四十五度な上目遣いで。

「あなたなら出来ると信じてたの♪ 私の運命の人♪」
「……本当は、おめー、死んだら死んだでしょーがないとか考えてたろ?」
「……やっぱり鋭いわ、あなた」

 この女っ!!
 マジで鹿目まどか以外、眼中に無ぇ。っつーか無さ過ぎる!!

「一個だけ……一個だけ約束しろ、暁美ほむら! 無断で俺を試すな!
 お前にとっちゃあ、繰り返しの何回かにしか過ぎないかもしれんが、俺にとっちゃ人生一度っきりなんだよ!
 ……でないと、マジでテメェをどうにかせにゃならん」
「どうにか、って? 例えば?」

 ほう。そう来ますか?
 余程、自分の時を止める能力に、自信があるらしい。……その幻想(おもいあがり)を、ブチ殺させて貰うとしよう。

「んー、そうだな。例えば、お前さん、『何秒で』時を止められる?」
「意味が分からないわね。『何秒止められるか』ではなく『何秒で止められるか』って?」
「いや。こゆ事」

 カチッ!
 暁美ほむらの目の前に、コルトS・A・Aの拳銃……型ライターが出現する。しかも銃口から『火がついて』。
 ……言っておくが、俺は時を止めたりはしていない。

「っ!!」
「お前さんの能力、かなり凶悪だけど『お前さん自身が認識して起動させるっぽい』からタイムラグがあるね。
 何かの動きや害意とか、そーいったのにオート的な反射で反応するワケじゃない。その反応見る限り、0コンマ1秒台ならギリギリ何とかなると見た。あとは、ソウルジェムをスポット・バースト・ショットで狙い撃てばいい。
 こーいった反射神経の世界じゃ、あんた『並み』なんじゃね?」

 そう。俺がやった事は、単純。
 純粋な技量による、早撃ち。
 それだけだ。

「あとは狙撃かなー? 殺気を消して初弾必中を心掛ければ、まあ何とか……」
「……OK、分かった。悪かったわ。今後、あなたに無断で勝手に試したりはしない。
 これでいい?」
「ん。ギスついてるたぁいえ、これでも一応、同盟関係なんだ。お互い、有意義なモノにしたいね。
 それに、ワルプルギスの夜は、俺にとって姉さんの敵でもある。倒せるなら倒しておくに越した事は無いし、今の縄張りを俺は気にいってるんだ」
「佐倉杏子と、巴マミに挟まれた、この猫の額のような縄張りが?」
「ま、ね。いろいろと動けない理由もあるし。学校とかね」
 そう言うと、俺は口をつぐむ。
「……例えば、他にどんな?」
「答える理由は無い……んだが特別だ。
 まあ、簡単に言うなら、『最弱』が生き延びるため、あそこらを対魔法少女用のトラップゾーンにしてる、って事。
 お前らがあの時踏みこめたのは、キュゥべえが物量でトラップを踏み潰して、道を拓いたお陰なんだぜ?」
「なるほど、ね……ん? 待って。インキュベーターが、何故、私に協力をしたのかしら?」
「お前に協力した、っつーより、お前以上にあいつに俺が嫌われてっからだろ。
 見かけりゃ念入りにゴキブリ退治とかやってるし、グリーフシードになる前にソウルジェム壊したりしてるわけだし」

 本当は、もっと根本的にキュゥべえに嫌われる要因があるのだが、それは今、この場で言いだす義理は無い。
 ……と、いうか。『魔法少女最悪の秘密を知った上で』、かつ『コレ』がバレたとするなら同盟関係の破棄に繋がりかねない。

「それじゃ、行きましょうか。イレギュラー」
「? ドコにヨ?」
「運命を変えに、よ」
「早速かよ、おい!? ちょっ! あんみつまだ喰い終わってネェんだぞ! 少し待てねぇのか」
「待てない」
「……チッ!」

 ちと行儀が悪いが、仕方ない。
 ザッコザッコと一気にあんみつを流し込むと、さくらんぼ咥えながら勘定を済ませ、俺は暁美ほむらの後を追った。




「……ここは?」

 巴マミの縄張りにある、裏路地。
 そこに響く剣撃の音に、俺は気付く。

「ここが分岐点よ」
「ちょっ!」

 説明一切をすっ飛ばして突っ走る彼女に、俺も追いすがる。

「説明しろ! 一体、何だってんだ!」
「ここで、美樹さやかと佐倉杏子が戦う事になる」
「……で?」
「その場に、鹿目まどかとキュゥべえが居る」
「あー、はいはい、なるほどね!」

 魔法少女同士の喧嘩となりゃ、命がけのバトルだ。
 そんな修羅場に、一般人とキュゥべえが居合わせりゃあ、起こる結果は一つだけ。

 って……

『弱い人間を魔女が喰う。その魔女をあたしたちが喰う。これが当たり前のルールでしょ?
 そういう強さの順番なんだから』
『あんたは……』

 この声は、佐倉杏子と……あの時のルーキーか!

 撃発の音が、近くなる。
 ……まずいな。
 さらに轟音。剣撃の音。戦闘の音が激しくなる……近い!

「えっ? ちょっ!」

 俺は、ソウルジェムを握り、軽く身体能力を強化すると、暁美ほむらを『抜き去って』突っ走る!!

「言って聞かせて分かんねぇ。殴って聞かせて分かんねぇ。なら……殺しちゃうしかないよね!」
「同感だ!」

 その台詞に心から同意しつつ、ソウルジェムからパイファーを抜くと、俺は容赦なく紅い影に向けて発砲した。
 一発、二発、三発。なかなかの反射神経と敏捷性でいずれも象狩り用の銃弾は当たらず、最後は槍で弾かれる。

「っ!! 誰だ!」
「弱い人間を魔女が喰う。その魔女を魔法少女が喰う、とか言ってたな?
 ……じゃあ、その魔法少女は誰に喰われるか。お前、知ってんのかよ?」
「あ? テメェ、何者だ?」
「さあな。みんな色々勝手な事言ってるから、どー名乗っていいのか自分でも分かんねーが……とりあえず有名どころで、こう言えばいいか?
 『フェイスレス』と。
 なあ、神父・佐倉の娘さんヨォっ!!」
「っ! テメェが……『顔無しの魔法凶女』……いや、女ですら無かったとは驚きだ。
 ……で、一体、何の用だ?」
「あー、いや。用っつー程のモンでもねぇンだけどよ。なんつーか、成り行きでな。
 それに、まあ……あまり顔を合わせたくなかったんだがイイ機会だしな。『いつかは』って思ってた」

 俺の腹の中に蠢く、黒い衝動。
 ……ああ、分かってる。
 八つ当たりなのは知っているのだが、どうも抑えようがない。悪いのは、こいつの親父であって、娘に罪は無いと知ってはいるのだが。

「なんつーか、佐倉杏子の噂はイロイロ聞いてたからよ。今のお前さんに、前々から一言いいたかったんだ。
 今のお前さんの行状を見て、『正しい教え』を説いてた、お前の親父さんが、どう思うかねぇ?」
「っ!! テメェ……何であたしの親父を知ってやがる!」
「直接ではないが、よーく知ってるさ。色々と、な。
 もっとも、テメェがウチの家族の事を知ってるとも、思っちゃいねぇがな。
 だから、悪ぃがコッチの手札は伏せさせてもらうぜ」
「……上等だ。人間! 魔女以外を喰う趣味は無いが、アンタは別だ。
 その伏せてる手札一切合財、色々知ってそうな事を、洗いざらい吐いてもらうぜっ!」
「そーかよ」

 殺るか。
 俺が、『切り札』を切る覚悟を決めた、その時だった。

「何……割り込んでんだよ!」
「!?」

 ふらつく足で、剣を杖に立ち上がる、ルーキー。

「ヒョゥ、気合い見せてんなー」
「あんたは、しゃしゃり出るな! これは、魔法少女の問題だっ!」

 かなり重度の負傷だったハズだが、気がつくと相当治癒している。
 ……なるほど。姉さんや沙紀に近いタイプだな。それでいて能力的に、回復や支援に特化したピーキーな二人に対し、剣での攻撃力もあるバランス型、か。サバイビリティの高さを見るに、そこそこ優秀な魔法少女の素質はあるようだ。
 ……無論、精神面や経験不足を除けば、だが。

「OK、確かにご指名は、このルーキーのほうが先だからな。
 順番は守るぜ」
「はっ、行儀がいいじゃねぇか。オーライ、すぐ片づけてやるよ!」
「舐めるなぁ!!」

 背後で、再び始まる剣撃の交差。
 と。

「そんな! お願い! さやかちゃんもう戦えないよぉ!」
「お嬢ちゃん、黙ってな。戦うって決めたのは、アイツだ」

 戦場から隔離された結界に居たのは、この間のツアーの女の子――多分、彼女が、鹿目まどか。
 そして、その肩口にいるキュゥべえ。

「久しぶりだね、御剣颯太。あのシャルロッテの時以来だね」
「あまり口を開くな、キュゥべえ。テメェと話をしてると、虫酸が走る」
「おやおや、『魔女の窯』なんてモノを運用してる君こそ、全ての魔法少女たちにとって憎むべき敵じゃないのかい?」
「知るかよ。それに、アレを使われて一番困ってるのは、キュゥべえ。テメェだろ?
 ……どうも最近、魔法少女が量産されちゃあ、俺の家に押しかけてきやがる。大方、テメェの差し金じゃねぇのか?」
「その少女たちを、悪辣な手口で、ことごとく殺して回ってるのは君じゃないか? 全く、困ったもんだよ」
「知るかボケ。降りかかる火の粉は、こっちで勝手に払うに決まってんだろ」
「やれやれ。君の行為は、僕たちインキュベーターの使命である、宇宙のエントロピーを伸ばす行為を阻害していると、何故理解できないんだい? わけがわからないよ」
「知らないのか? 人間なんて身勝手なモンなんだぜ? 散々、魔法少女の願い事をかなえてるテメェなら、よーく分かってンだろ?」
「お兄さん……さやかちゃんを助けに来てくれたんじゃないの?」

 うるんだ目で鹿目まどかは、俺を見上げながら問う。

「ん? あー、どーだっていい。アイツにゃ、俺のエロ本漁られた恨みもあるしな」
「えっ、エロ……本!?」
「それより見てみなよ。佐倉杏子相手に健闘してんじゃねぇか。イイガッツしてんぜ、あの女」

 踏み込みはデタラメ、握刀も素人丸出し、構えも姿勢も滅茶苦茶。完全にド素人の剣筋だが、その攻防の中で時折見せるクソ度胸は、見事、としか言いようが無い。
 もっとも、実力差は歴然だった。
 斬り憶えが前提の魔法少女の戦いは、ソウルジェムのコンディション+実戦経験=実力である。
 素人にしてはそこそこヤルが、あの佐倉杏子相手じゃ、分が悪すぎる。

「お願い、助けてよぉ! さやかちゃんを助けて!」
「じゃあ、あっちの佐倉杏子は殺していいか?」
「えっ……そっ、それは……喧嘩でしょ!?」
「お前は、あれが喧嘩に見えるのか?
 それに、悪いがあの女は、俺の敵……の、関係者なんだ。やるなら殺すし、向こうもそのつもりで来るだろ」
「そんな! ……やだよぅ、こんなの、嫌ぁ!」

 泣き崩れる鹿目まどか。

 ……本当に、優しい子なんだな。
 ……チッ!!

「ねえ、まど……」
「黙れキュゥべえ!
 ……なあ、お嬢ちゃん。他人に願い事する時は、慎重に言葉を選ぶもんだぜ。
 お前は『あのルーキーを助けたい?』だけなのか? それとも『この闘いを止めて欲しい』のか? どっちだ!?」
「止めて! おねがい! 止めてぇ!!」
「OK、期間限定の『正義のヒーロー』との契約成立だ! 後で缶ジュースの一杯も奢れよ!」

 そういって、立ちあがった直後。

「がはっ!!」
「さやかちゃん!!」

 とうとう、壁に叩きつけられたルーキーが、その場でズルズルと崩れ落ちる。

「さあ、オードブルは終わり。そこそこ楽しめたよ。
 もっとも、メインディッシュのほうが、歯ごたえが無さそうだけどねぇ!」

 大蛇の如く、槍を多節棍にして振りまわす佐倉杏子を見据えながら、俺はルーキーに声をかけた。

「ったく……オイオイ、だらしねぇなぁ正義のヒーロー。『俺の後輩』がこんなザマたぁ情けなくて涙が出てくるぜ」
「っ……う……?」
「情けねぇ後輩に手本だきゃあ見せてやる。期間限定、出血大サービスだ。
 よく見ておけ。魔法少女相手の『剣での闘い』ってのは……こうやるんだ!!」

 そう言って、俺は沙紀のソウルジェムを、しっかりと握りしめる。
 ただし、引き出す物は、武器だけではない!
 魔力。
 こつこつと節約して魔女を狩り、その挙句『魔女の窯』まで運用し、沙紀の命のために、貯め込んだモノ。
 それを、今。俺は身に纏う!

 袖口に、山形のダンダラ模様が白く染め抜かれた、沙紀のシンボルカラーである緑の羽織。鼠色の袴と足袋。
 羽織の結び目に輝く、沙紀のソウルジェム。
 そして、手にするは『兗州(えんしゅう)虎徹』

 かつての『正義の相棒(マスコット)』の衣装を身にまとい、俺は佐倉杏子の前に立つ。

『なっ!!』

 俺が『変身』してのけた不意を突いて、速攻!
 展開していた多節棍の関節に、俺は強化した兗州虎徹を走らせる。

 一つ、二つ、三つ、四つ!

「くっ!!」

 関節を切断されて分解した槍を再構築しながら、大きく飛び退く佐倉杏子。
 だが、それを見逃す程、俺も甘く無い!

「いぃぃぃぃああああああっ!!」

 飛び退く速度よりも早く追いつき、心臓、喉、眉間。必殺の三段突きを叩きこみ、吹き飛ばす。

「悪いなぁ、佐倉の娘。
 久方ぶりで、今宵の虎徹は『正義』に餓えているらしい」

 たたみかけるように、速攻、速攻、速攻! 相手の反応と反射の先を行き、斬って、斬って、斬りまくる!

「っ……このぉっ!!」

 薙ぎ払うような、槍の重い一撃を回避しつつ、俺は大きく飛び退いた。

「相手が本気出す前に、全力でトコトン痛い目見せる。
 ……喧嘩の基本、よく覚えときな、後輩」
「っ……てめぇ!」
「止せよ。実力差が分からん程、間抜けでも無いだろ?」

 先程の三段突きにしても、その後の速攻にしても。
 俺はいつでも急所を貫いて佐倉の命を取る事は出来た。何より、ソウルジェムに一閃。それで事は足りる。
 それをしなかったのは……後ろに居る少女との約束だ。

「行きな。『今なら』見逃してやる」
「……目撃者皆殺しの殺し屋が、どういう風の吹きまわしだよ」
「言っただろう? 今の俺は、期間限定の『正義のヒーロー』なんだよ。
 それに、テメェごときハナっから敵じゃあネェんだ。こちとら二週間後に大物退治が控えてて、ザコのドンパチに構う余裕はネェんだよ」
「っ……! あたしを……ザコだと! ……クソッ! 憶えてやがれっ!!」

 そのまま、捨て台詞で跳躍を繰り返して撤退する、佐倉杏子。
 ……一瞬、そのまま追撃して、背中から斬ってやるべきか、という衝動に駆られたところを、ぐっとこらえる。
 何より、長時間の『変身』は、沙紀への負担が大きい。
 俺は彼女が去ったのを確認し、早々に『変身』を解く。そして……

「あ、あの……ありがとうございました」
「おう」

 頭を下げる鹿目まどかを無視し、俺はルーキーに手を差し出す。

「……立てるか?」
「は……はい」

 そういって、手を取った彼女を立たせ……俺は、ルーキーの頬を、思いっきり張り倒した。

「さやかちゃん!」
「おい、ルーキー。テメェ、今、何で殴られたか、分かるか?」
「……えっ……あ?」

 困惑する彼女に、俺は怒りを叩きつける。

「何で、一般人の彼女がココに居る? お前の言う正義ってのは、無力な素人を殺し合いに巻き込むのが正義か!? あの佐倉杏子ですら、彼女を巻き込まないように隔離したぞ!」
「っ!!」
「それとも、『自分ひとりで何とかなる』とでも思ったのか?
 お前自身が自分の事を、無敵だの最強だの思いこむのは勝手だがな! 『どうにもならなかった』時に『どうするか』すら考え付かないオメデタイお脳で、安っぽく正義のヒーローを語るんじゃねぇよ!」

 うつむいて、言葉を無くすルーキーに、俺はさらに言葉をつづけた。

「別に、お前がどんな理由でどんな正義を掲げようが、正味知ったこっちゃ無いが……自分の実力くらいは、正確に把握しろよ?
 でないと、『正義』なんて綺麗ゴトの看板どころか、ホントに大切なモンまで無くす事になるぜ?」
「ごめん……な、さい」
「謝る相手が違うだろーが!!」

 さらに、俺はルーキーの頬を張り倒す。

「お前が今、一番謝らないといけねぇのは、誰だ!?
 そんな事も言われないと分かんねぇ程、ユルんだオツムしかしてネェか!?」

 愕然とする彼女に、溜息をつきながら、俺は鹿目まどかを指さす。

「まず、最初に、彼女に謝ンのが筋だろーが!」
「……っ!」
「いいか、よーっく聞け!
 『正義』なんてモンは、名乗ろうと思えば誰だって名乗れる!
 口先だけの正しい事なんてのは、誰だって言える!
 『正義の味方』のカンバンってのはそういう『綺麗ゴト』の代名詞だがなぁ、だからっつって、テメェのそんなユルんだオツムと認識で考えられるほど、浅くも軽くもねぇんだよ!!
 ……そんな事も、巴マミから教わらなかったのか? あ?」
「……ごめん、なさい!」
「やっちまった事に対して、頭下げて『ゴメン』しか言えねぇんなら『正義』なんて名乗るんじゃねぇよ!! 甘えてんじゃねぇ!!」

 さらに、一発。

「……なあ、ルーキー。結局、何がしたかったんだ?
 本当に『正義の味方』がやりたかったのか? それとも『友達の前でカッコつけたかった』のか?
 カッコつけるだけなら奇跡や魔法なんぞ無くても、他に幾らでもやりようがあるぜ? その足りないオツムで、よーっく考えな?
 ……魔法や奇跡で直接起こしたことは、同じモンで元に戻せるかもだがな。それが引き金になって『起こっちまった事』ってのは、魔法や奇跡じゃどーにもなんねーんだぜ?」
「っ……っ……!!」

 うつむいて、言葉も無く涙を流す彼女に、俺は背を向ける。
 ……ああクソッ! 胸糞悪ぃ!!

「あばよ。もー二度と合う事もねーと願いてぇ!」

 佐倉杏子、キュゥべえ、そして『何も考えてない正義の味方』。
 俺的にムカつくモン三拍子のジャックポットを前にして怒り狂いながら、俺はトットと路地裏を後にした。……色々と『ヤッちまった』と、内心、後悔に悶絶しながら。



[27923] 第九話:「私を、弟子にしてください! 師匠!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/24 03:00
「……佐倉杏子の事、何故、黙ってたの?」

 路地裏を後にした直後。背後から暁美ほむらに声を掛けられた。

「聞かれなかったからな」
「っ……彼女は、戦力になるわ」
「だろうな。で? ワルプルギスの夜との戦いに、引きこむってか?」
「……ええ。そのつもりよ」
「あっ、そ。好きにすれば?」

 その言葉に、暁美ほむらが瞠目する。

「……あなたは、佐倉杏子を憎んでいるのではないの?」
「憎む、っつーか……『好きにはなれない』ってだけだよ。
 悪いのはアイツの親父さんでアイツ自身じゃねー。それでもまあ文字通り『神父憎けりゃロザリオまで』って奴だ。
 ンでもって、アイツがそれなり以上の戦力になる、ってぇのもまた事実。
 まあ……『ムカつく』程度だし、仲良くはやれねぇけど……実力は折り紙つきだし、引きこむならそっちで勝手にやってくんな」
「……彼女の家族の事は」
「知ってる。っつーか、前にテメーに話しただろうが」

 単純明快な彼女にしては、妙に歯切れの悪い物言い。
 ……何なんだよ?

「あなたは、彼女の願いを知らないのね?」
「前に言わなかったか? 魔法少女の願いに踏み込むほど野暮じゃない、って。
 ……まあ、奴の荒れっぷりからして、大方の推察はつくが、な」
「どんな?」
「……おまえ、時間遡行者なんだろ? アイツと知り合いだったなら、答えを直接知ってんじゃねぇのか?」
「いえ、あなたの推論を聞きたいの」

 ……はぁ。

「毎度毎度、ヨォ。おめー、人の頭の中探って、二週目の対策か? 俺の人生の予習ってか!?」
「……っ! ごめんなさい」
「……まあいいさ。
 今日はムカつくもん三拍子でジャックポットされて、チと怒り狂ってるって事にしておいてやるよ。『二週目の俺の人生』なんて、今の俺の人生にゃ、知ったこっちゃねーしな。
 ……ご立派な神父様に、荒れた娘。『正しい事』なんてファンタジーに生きてるパパンに『私はそんなイイ子じゃない』ってトコだったんじゃねーの? 大方、『自分の本当の姿』をパパンとか家族に理解してもらいたいってあたりか?
 ンで『理解しちまった』パパン以下、家族は自分の『理想の娘』とのギャップに耐え切れず、発狂、無理心中。
 どーしょーもなくなった娘っ子は、さらに荒れ始めた……そのへんじゃね? 前から結構、万引きとかで掴まってたみたいだし」
「……当たらずとも、遠からず、だわ」

 まっ、大方、そんな所だろう。
 俺は、深くは追求せず、苛立ちをぶつけ続ける。

「大体、親ってさ、自分の息子や娘にファンタジー見過ぎるからなぁ。
 それが悪いとは言わねぇっけどよ……ウチみてーな頭空っぽで自分で何も考えネェくせに、子供を自分の所有物みたいに思ってるボーダー障害な親ってのは、ホントに性質(タチ)が悪ぃんだよ。
 世の中ナニが悪いって、自分が不幸を撒き散らしてるのも理解しねーで幸せそうなツラしてる奴らの中でも、その不幸を撒き散らし過ぎて自分も不幸になってるくせに、本人が幸せいっぱいのツラしてんのがマジ一番最悪なんだぜ?
 あの教会の『正しい教え』にハマったウチが、どんな末路辿ったか……無理心中に巻き込まれかけて、冴子姉さんや沙紀を守って木刀持って家の二階に立て籠って、階段からお袋蹴り落とした時のツラがよ、マジで『わけがわからないよ』って顔してんだぜ?
 も、どーしょーもねーヨ……あーあーあ! なーんでアソコで『正義の味方』なんて名乗っちまったかなぁ! クソッ、クソッ!」

 八つ当たりのついでに、交通標識に蹴りをぶちくれる。
 ゴィィィィィン、と音を立てて、派手にひん曲がった。

「……口先だけで正しい事だったら、誰にだって言える。宇宙のエントロピーがどーだとか、そんなキュゥべえみたいな人間にだきゃあ、俺はなりたくない。
 テメェでしっかりテメェの正義考えて、そいつに体張って気合い入れて……考えて考えて血を流しながら、姉ちゃんと一緒に『魔法少年』やって。ンで、ついたオチが、沙紀にキュゥべえだ。
 マジでザマァ無ぇってのにヨ……馬鹿だぜ、俺……正義なんてカンバン、二束三文にしかなりゃしねぇって、知ってんのに」
「それでも、あなたは……正義を信じてるのね?」

 暁美ほむらの言葉に、俺は思わず足を止めた。

「……どっかの誰か。
 俺より頭がよくて、俺より喧嘩が上手くて、俺より強い、キュゥべえなんぞに騙されない。
 そんな奴がヨ、『正義の味方』やって世界を救ってくれりゃあ、少しは俺も救われるんじゃネェかな、って……少なくとも、俺が認めたそいつが、指さして俺の事を見下して『馬っ鹿じゃねぇの、ハッハッハ』って、腹抱えて笑ってもらえるだけでいい……
 なのに、やって来るのは、キュゥべえに騙された自称『正義の味方』な魔法少女しか来ねぇんだぜ? 泣けるぜマジで。
 ……まあ、神様拝むよーなモンだよ。
 それこそ宇宙の物理法則を直接弄れるよーなバケモンじゃねー限り不可能な、無理難題なのは、承知してんのさ」

 自分でも嫌になるほど、擦り切れた笑顔で振り向く。

「……仲間に引き入れるなら、早めに頼む。
 顔見られてるし、多分、あいつ学校に行ってないだろ? 登下校中や授業中に襲撃されたら、ちょっと俺は手の打ちようが無い」

 魔法少女たちの安全保障条約……つまり、『学校』という日常の縛りが、彼女には通用しない。
 おまけに、巴マミに匹敵する、エース・オブ・エース。
 そんな相手に、切り札見せて顔を見られて見逃して……今日の俺は、本当に愚か者としか、言いようがない。

「悪いな、今日は御開きだ。ウチ帰って沙紀の飯でも作るとするわ……今日の俺は、とことんオカシくなってる。
 くそ……調子狂ってんぜ」

 そう言って、俺は歩き出す。

「待って! キュゥべえが言ってた『魔女の窯』……あれは、何?」
「悪いが、そこまでベラベラ喋るほど狂っちゃいねーよ。バーカ」

 捨て台詞を残して、俺はいつものスーパーへと足を向けた。



「……さて、困ったぞ、っと」

 セールの品物を眺めながら、俺は頭を悩ませていた。

「ジャガイモが特売か……時間的に肉じゃがにはいいんだが……」

 問題は、ジャガイモが既に家にあるという事だ。買って悪くしても困るしなぁ……

 結局、グリーンピースを買い足し、あとは家用の洗剤やせっけんを買いものカゴに放り込む。
 ……明日は家帰ったら掃除だな。

 と……

 RRRRRR

「あん? 誰だよ?」

 見覚えの無い電話番号が、ケータイにかかってきて俺は通話ボタンを押す。

『もしもし! 颯太さん!!』
「……巴さんか? 一体どうした?」

 電話の主は、巴マミだった。

『沙紀ちゃんが……沙紀ちゃんが、廊下で死んでる!!』
「死んでねぇよ。落ち着け! 沙紀は『ここに居る』……っつーか、勝手に家の中上がったのかよ?」
『え、いや……その』
「大丈夫だから。分かったよ、すぐ戻るからそこに居ろ! あと少し落ち着け、な!」

 しょうがねぇ、ダッシュで家に帰るとすっか。
 会計を済ませ、スーパーの袋を下げながらダッシュで家の玄関まで走る。
 と……

『うひゃああああああ!!』

 俺の家から、巴マミの素っ頓狂な声が聞こえてきた。
 ……あー、何となく、予想がついたが……そりゃ、死人がひょっこり起きれば、びっくりするか。

「はい、ただいまーっと」
「はっ、はっ、はっ、颯太さん!? 沙紀ちゃんが、沙紀ちゃんが!?」

 なんかパニックになって涙目な巴マミに、満面の笑顔の沙紀がしがみついてる。

「なーんもおかしい所は無ぇよ。ほれ、ただいま!」
「お帰り、お兄ちゃん。えへへへへー♪ 狙った通り、起きたらマミお姉ちゃんが居たー♪」

 そう言って、沙紀にソウルジェムを手渡す。

「あの、あの、あの……一体、何が……?」

 いちいち説明して行かねばならない面倒を考え、俺はちょっと頭を抱える。

「…………んー、まあ……とりあえず、よ。晩飯に肉じゃが、食ってくか?」



「……つまり、私たち魔法少女の元の肉体っていうのは、外付けの装置に過ぎない、と?」
「そう。だからソウルジェムを砕かれたら、体そのもののコントロールを失う。また、距離にして100メートル前後もソウルジェムから離れると、肉体の操作が出来なくなるんだ。
 それと引き換えに、魂と最も相性の良い元の肉体には、超人じみた能力を発揮できるような機能が備わるし、心臓や脳髄吹っ飛ばされても、再生が可能になると。だから、ソウルジェムってのは魔法少女にとって唯一の急所だな。
 もっとも、再生する端からふっ飛ばして行けば、いずれ肉体の再生のために魔力が枯渇して死ぬ羽目になるし、脳なんかの複雑な内臓器官は再生に手間がかかるから、よほどの超回復力持ってない限りアウトだったりもするけど」

 ジャッコジャッコとフライパンでジャガイモやニンジンその他を炒めつつ、玉ねぎや肉など汁気の出るものは、隣のコンロで鍋で炒める。

「ついでに言うと、沙紀の能力の恐ろしい所は、そこでな。
 普通の魔法少女なら死亡しててもおかしくない負傷まで、元通りに直せちまう。
 死人を蘇らせるまでは行かないが、戦闘を前提とした場合、これほど頼もしいモノは無いだろ?」
「ええ、そうですわね」
「だが、本人にしてみりゃ、災難に過ぎん。結局それは負傷という『他人のツケを肩代わりする能力』でしか無いんだ。
 戦闘を前提とする魔法少女が、この能力に目をつけないワケが無い。そして、沙紀自身は前線で戦う能力を有さない。
 だから、誰と組んでも、結局トラブルが頻発するんだ。『魔女と戦って苦しいのは私たちなんだ。コソコソしてた分、もっと気合を入れて治療しやがれ』ってな……自分が負った戦闘の傷だって事を棚に上げて、よ」

 つま楊枝で、炒めたニンジンとじゃがいもの火の通り具合を確認。隣のなべに、ざっと放り込む。

「……分かる気が、します」
「うん。だから、沙紀と組むと、みんな無謀になるんだ。『ちょっとやそっとなら大丈夫だろう』って具合に。
 そして、その無謀のツケは全て、沙紀が払う事になる。……払いきれるうちはいいんだが、だんだんと大胆になってハードルが跳ね上がってくんだ。
 そして、しまいには役立たず呼ばわりされてポイ。ポイした側の彼女たちは、沙紀の治療に慣れて無謀な攻撃を繰り返し、魔女に殺される。最後のその瞬間になって、初めて沙紀のありがたさに気付くわけだ。
 結局……沙紀は魔法少女として『誰かのための力』しか持ってないのに、『俺以外の誰とも組む事が出来ない』のさ」
「……酷い」
「おっと、『私が組む』とか言い出すなよ? あんたは沙紀の友達だ。だからこそ『その関係を壊したくない』。
 ……以前、何度かあったんだよ。そーいうパターンが。オチは全部、手ひどいモンさ。前も話したが、最悪、薬箱扱いだ」

 だし汁、醤油、酒、みりん、砂糖。計量して、それらを混ぜ合わせたモノを、一気に鍋に注ぎ込むと、火勢を強める。

「あと、悪いが、暁美ほむらにこの事は話すな。奴なら沙紀の首根っこ捕まえて、無理矢理戦場に連れてきかねん。
 あいつはワルプルギスの夜との戦いに固執し過ぎてる。勝つためなら何でもやるタイプってのは、逆に何しでかすか分からんからな。……だから、俺が沙紀の代わりに、修羅場に立つ必要があるのさ」

 そう言って、俺は冷蔵庫を開ける。
 ……あー、お菓子がそろそろ無くなってきたなぁ、と。

「颯太さん。ケーキはお嫌いですか?」
「え? いや、嫌いって程じゃないが……」
「では、ティーセットお借りしますね」
「あ、ああ……」

 そういって、彼女が紅茶を淹れ始める。……紅茶の作法は知らないけど、結構本格派っぽいな。

 キッチンに充満する肉じゃがの匂いと、リビングの紅茶の香りのコントラストを嗅ぎながら、鍋に浮いたアク取りの作業に入る。
 こまめに浮いたアクをすくって捨て、最後に中蓋を落とす。あとは、暫く煮込んだ後に、火を落として染みるまで放っておきゃいい。メシ時にはいい具合になってんだろ。
 中火に落とし、15分ほどにタイマーを設定。これで完了。

「そういえば、気になってたんだが。『沙紀が廊下で死んでた』とか、言ったな?」
「え、ええ。玄関の戸が開いてて、気になって……失礼かと思ったのですが、泥棒でも入ったかと思いまして。
 そしたら、廊下で沙紀さんが倒れてたので、慌てて颯太さんに電話を」

 巴マミの説明した、殺人事件チックなシチュエーションに、俺は沙紀を睨みつける

「……沙紀? お前、確かに布団で寝てたよな? いつも通り『死んでる』体がなるべく痛まないよう、氷枕たっぷりのエアコン最低温度に設定して?」
「うっ、その……おトイレに」
「トイレなら、いつもオムツ穿いてるよなぁ? 『死んだ』瞬間に『垂れ流し』になるかもしれないからってんで?」

 さて、人の死の瞬間に直面した事の無い方々のために説明すると。
 人間の体というのは、普段、基本的に筋肉で動いているワケなのだが、死の瞬間に全身の筋肉がユルんでしまうのだ。それは、人間が通常、死ぬ間際まで無意識レベルで絞めている筋肉……肛門だとか、尿道だとかの排泄関係の筋肉も、例外ではない。
 そのため、人によっては『腹の中にたまってる物体』を、死の瞬間に排泄口からぶちまけてしまう事が、ままあるのである。

「で、だ。
 俺はしっかり鍵を閉めて、家を出た。にも関わらず、鍵は開いており、本来ありえない廊下で沙紀が倒れていた。
 ……さて、出てくる結論は、一個だけなんだが……沙紀よ、お兄ちゃんと巴お姉ちゃんに言うべき事は、何かね?」
 
 ニコニコと怖い笑顔で問い詰めると、沙紀が目線をそらす。

「……ううう、何の事でしょーか、さいばんちょー。しつもんのいとがわかりません」
「『狙った通り』とか言ってたわよねぇ? 沙紀ちゃん?」

 これまた、巴マミが紅茶を淹れながら、ニコやかに問い詰めてくる。

「わたくし、きおくにございません……すべてひしょのやったことでございます」
「そう、じゃあ、沙紀ちゃんにはケーキ無しね♪」

 ニコやかに微笑む巴マミが取りだしたケーキ。
 紅茶とセットで、実に美味しそうだ。

「ケーキに紅茶、ねぇ……ほう、中々にオツな味だな?」
「あら、喜んで頂けるなら、嬉しいですわ」
「いや、昔、バタークリームゴッテリで仁丹みたいなサクランボもどきの乗ったケーキを、1ホール近く一人で喰わされた事があってな。
 二切れで目まいがする程吐き気がしたもんだが、こんなケーキなら幾らでも入りそうだ。
 あと、スポーツドリンク代わりの甘ったるいペットボトルの紅茶しか飲んだ事ないが、こういう風に茶葉の風味をストレートで味わうのも『アリ』だな」
「気にいって頂けて、何よりですわ。
 あと、沙紀ちゃんのケーキが余ってますから、頂いちゃいましょう♪」

 緑茶と和菓子が定番だった我が家において、滅多にお目にかかれない、甘味の変化球。
 それらの誘惑を前にして……

「うわあああああん! ごめんなさーい!! 沙紀が鍵開けてマミお姉ちゃんを迎える準備して、布団に戻ろうとしたら間に合わなくってー!!」
『……やっぱりか』

 深々と溜息をついたあと、巴マミと一緒になって、沙紀をひざ詰め説教の刑に処しつつ、肉じゃがの染み具合を確認していると……

 ピンポーン……

「あ?」

 ケーキと紅茶で腹を膨らせていたものの、時間を見るともう夜の八時になっていた。
 ……こんな時間に、誰が何の用だよ?
 また、キュゥべえからの刺客か?

「沙紀」
「うん」

 意識を日常から戦闘モードに切り替え、俺は沙紀からソウルジェムを受け取る。

「……!!??」

 そして、玄関のカメラに映ったのは、何やら思いつめた表情の、先程のルーキーに、鹿目まどか。

「……何の用だ?」
「あ、あの……助けてもらった、お礼に……約束のジュース」

 鹿目まどかの手には、500ml入りのコーラの缶があった。
 どうも、律儀に届けようとしたらしい。

「ああ、そうかい。律儀に届けてくれたんだな。ありがとうよ」

 とりあえず、ソウルジェムを手の中に隠しながら、ルーキーを警戒しつつ玄関の扉を開ける。
 と……

「おっ、お願いします! 御剣颯太……さん!」

 唐突に、先程のルーキーが、鹿目まどかを押しのけて、俺の前に土下座を始めやがった。
 ……な、何だよ、おい!?

「私を、弟子にしてください! 師匠!!」
「いっ……えっ!? はぁあああああ!?」

 自分でも素っ頓狂な声が、夜のご近所に響き渡った。



[27923] 第十話:「魔法少女は、何で強いと思う?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 09:51
「えっと、その……なんだ。わけがわかんないんだが? どゆ事?」
「だっ、だから……私を、弟子にしてください!」

 頭を下げ続けるルーキーの姿に、俺はもう呆然とするしか無かった。
 ……いや、マジで。ワケが分からないよ。

「あー……その、あのさ? とりあえず、俺がどういう奴だか、分かってる? お前ら魔法少女に対する、殺し屋みたいなもんだよ?」
「……っ!! 分かって……いる、つもりです!」
「んじゃ、今、この場で……と、言いたいんだが」

 俺は、隣に立つ、鹿目まどかに目をやる。

 ……『一般人』を巻き込んで、修羅場を演じるのは、なぁ……

 それは、俺が絶対口にする事の無い、最後の一線のモラル。
 『魔法少女』や『魔女』は幾らでも殺すが、それでも俺は『普通の人間』を、直接この手にかけた事は無い(間に合わなかった、とか不慮の事故はあるが)。
 無論、それを口にするつもりは無く、誰からも理解される事は無い自己満足とは、分かってはいる。第一、『人間』を馬鹿にしきった『魔法少女』たち相手に、口にしたら舐められる。

「まあ、何だ。とりあえず『彼女と一緒に』今日は帰って、少し頭冷やしな。時間、考えろよ」
「嫌です! 弟子にしてください!」
「さ、さやかちゃん、御剣さん、困ってるよ」

 慌ててなだめに入る鹿目まどか。
 だが、眼中にないとばかりに土下座したまま俺を見上げ続けるルーキー。

「あー……まさか本当に、実は俺が今でも『正義の味方』だとか、思ってんじゃないだろうな?
 言わなかったか? その場限りの『期間限定だ』って」
「期間延長してください!」
「馬鹿かテメェは! とっとと帰れ! こちとら『正義の味方』はとっくに廃業してんだ!」
「営業再開してください!」
「なんでテメェら魔法少女のために、俺が『正義の味方』をまたやらなきゃなんねーんだ! こちとら妹の事で、手一杯なんだよ!」
「そこを何とか!」
「どうにもならねぇよ、馬鹿野郎!!」

 と……

「……なんで……なんで、あんな強くてかっこいいアンタが、『正義の味方』を廃業しちゃったんだよ!!」
「っ!! 帰ぇれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 絶叫すると、俺は家の中にとって返し、塩を入れた調味料入れをひっつかむと、玄関に突進し、おもいっきりルーキーの顔面にぶちまけた。

「……今の俺は、気が立ってる。一般人の前だからって、マジで何するか分かんネェぞ!
 おら、塩ぶっかけられてる内に帰れっ! 次はなにぶちまけてほしい!? 醤油か!? 砂糖か!? それとも油ぶっかけられて、火ぃつけられてぇか!? ウチにある好きなモン選ばせてやる!」
「さやかちゃん! だめだよ! 御剣さん、本当に怒ってる!」
「っ!! ……また、来ます」
「おう。今度は一人で来いや、遠慮なく殺してやるからよ、ルーキー! ……ここは魔法少女の死地なんだって忘れんなよ?」

 と……その時だった。

「待って!」
「!?」

 奥から出てきたのは、巴マミだった。

「まっ、マミ……さん!? なんでこんな所に!?」
「それはこっちの台詞よ。ココには絶対近づいちゃダメ、ってあなたに教えたわよね? 『魔法少女が御剣颯太を相手にするのは、危険すぎる』って。……正直、ここに来れただけでも奇跡だと思ってるわ。
 それに、あなたは私の弟子じゃなかったかしら?」
「っ……そっ、それは……」
「なんだ、巴マミの弟子なんじゃねーか。かけ持ちする気だったのかよ?」

 もうなんというか……何も考えてないにも程がある行動に、怒りを通り越して呆れ返ってしまった。
 バカだ、こいつ。真性の大馬鹿だ。⑨クラスの超馬鹿だ。

「うっ、うっ、うっ……うええええええええええええええええええええ!!!!!」
「ちょっ、ピーピー泣くなよ! ……あーっ、うっとーしー! どーしろってんだチクショウ!」
「すいません。颯太さん。すぐ連れて帰りますので」
「おう、とっとと……いや、待て!」

 ここで返した場合、巴マミまで俺の『切り札』を知る事になる。今のところ……恐らく、ワルプルギスの夜戦までは比較的安全とはいえ、正義の味方なんていつ俺の敵に回るか、知れたもんじゃない。
 かなり危険だが……

「……こいつの口から、『切り札』が漏れられても困る。話をすんならウチでやりな」

 結局、俺は彼女たちを家の中に入れる事になった。


 家のリビングは、えっらくギッスギスしい空気に包まれていた。

「……で、何で颯太さんの弟子なんて考えたの?」
「……私とまどかが……その……魔女退治してる時に……紅い、槍をもった魔法少女が来て……」
「佐倉杏子、な」

 とりあえずの俺の補足説明に、巴マミが納得する。

「っ! おおよその事情は分かったわ。で、あの子が来たときに、たまたま居合わせた颯太さんが……待って? 正義の味方?」
「そいつぁトップシークレットだ。……まあ、正直、ムカつくモン山ほど見て、気が立っててな。うっかりコイツの前で、『切り札』切っちまったんだよ。
 で、このザマだ」
「えっと……ごめんなさい。颯太さんを苛立たせたモノ、って?」
「佐倉杏子、キュゥべえ、そんで『何も知らずに何も考えてない正義の味方』だ。
 俺が『この世』で嫌いなモンが、三つ揃ってジャックポットしやがってな。まあ、憂さ晴らしだよ」

 ……『あの世』まで含めりゃ、もっと殺すほど文句言いたい相手はいるが、な……

「……なるほど。具体的には分からないけど、そこでの颯太さんの戦い方を見て、彼女が弟子入りを志願した、と?」
「どーもそーらしい。なあ、こいつ、どんだけ馬鹿なの? 死ぬの?」
「……そうね、迂闊に過ぎるわ。少し反省してもらう必要も、ありそうね」

 と、

「うん、そうだと思う。特に、お兄ちゃん」
「うっ……」

 気付くと、沙紀の奴がジト目でこっちを睨んでた。

「うっかり『切り札』切っちゃったって……」
「だっ、わっ、悪かった! だからシーッ! この場ではシーッ!」
「……で、今度はどこを怪我したの?」
「してない! 一太刀も浴びてない! 速攻でカタはつけたから、魔力も殆ど使ってない!」
「嘘! お兄ちゃん、大けがしても私にずっと黙ってるじゃない!」

 わたわたと慌てて釈明するが、前科が前科なだけに、信じてくれない妹様。

「見せなさい!」
「わーっ、こらーっ!! 待て! 沙紀! 服を脱がそうとするな!」
「手遅れになったら大変でしょー!!」
「無い! 無い! 怪我なんてしてないー!! わかった、わかった、見せる! 見せるから、ちょっと待て!」

 とりあえず、一呼吸入れて、溜息をつく。

「……あー、ルーキー。お前、俺に弟子になりたいとか、言ってたな?」
「はい」

 その言葉に、俺は彼女に問いかける。

「なあ、魔法少女は、何で強いと思う?」
「えっ、えっと……それは……な、何ででしょう?」

 迷うルーキー。

「それが答えだ。『何でか』なんて考える必要が無いくらい、もともと強いからだよ」
「そんな身も蓋も無い」
「じゃあ、その魔法少女を狩る魔法少年は、どうやって強くなっていくと思う?」
「……?」
「こういう事だよ」

 そう言って、俺は上半身の服を脱ぐ。

『っ!!!!!』

「……驚いたか?」

 俺の首から下。路線図のように無数の傷痕が走る俺の体を見て、沙紀以外の全員が絶句した。

「これでもまだ、マシなほうだ。沙紀が居てくれるからな。
 手足がブッ千切れかけたりした事も、何度かある。片目を潰された事も、な。
 そういう致命的な傷は、流石に沙紀に治してもらうしかないが……それでも俺は『沙紀に治療なんか、させたくはない!』」
「……お兄ちゃん、私の力を借りて戦う時、ほとんど生身で戦ってるの。
 魔法少女の体って、戦うために痛くない体になるし、お兄ちゃんもそうなれるハズなのに、なってくれないの。
 絶対に痛くて、苦しくて、死にそうなくらい辛いハズなのに……」
「えっ、じゃあ……私……」
「ルーキー、『お前があの戦い方をして、本来、どんだけの痛みを伴うか』を、キュゥべえに聞いてみな。多分、死にたくなるぜ」

 かつての己の過ち。
 何も知らず、姉にどんな負担をかけていたかを知って、俺は刀で戦う事をやめた。
 『痛くない』『大丈夫だから』『私は魔法少女だから』
 そう真剣に言ってくれた姉だが、その姉が『感じている』ダメージと『実際のダメージ』のギャップも、また凄まじいモノだったのだ。

 故に。
 俺は沙紀に頼み、あえて『魔法少年』の姿で戦う時も、『痛みの軽減』を生身の人間並みに落として戦っている。
 だが、何故かは知らねども。
 痛みを消さない事によって、反射神経というか皮膚感覚というか第六感じみたセンスは、戦うごとにどんどんと冴え渡っていき、ついには、どんな魔法少女も追いつけない領域の『速さ』を手に入れる事が出来た。
 言わば、時速200キロ300キロで突っ走る自転車のような、著しく攻撃に偏ったピーキーな能力。一発でも被弾すれば大ダメージは免れない。
 故に、魔女であれ、魔法少女であれ、俺の闘いでのカタのつけ方は『速攻』以外にありえないのだ。『敵が本気を出す前に、とことん痛い目を見せる』というのは、逆を言えばそれが俺の戦い方の『全て』でしか無く。
 だからこそ、安易に乱用出来る力ではない。

「ルーキー。お前がどういう理由で戦うのかは、俺は知らん。『人間の痛み』を消した魔法少女の戦い方も、また、いいだろうさ。
 だけどな、俺はこう考えてる。『人間、痛い思いをしなけりゃ憶えない』ってな」
「あっ……あ……」
「魔女や魔法少女相手の闘いで受ける傷が、どれだけ痛いかを『俺はよく知ってる』。
 そして、それが、所詮人間でしかない俺の戦い方だ。人間やめたお前らにゃ無理だ。諦めな」

 そう言って、上を着ようとし……

「下は?」
「……え?」

 じろり、と睨む妹様。

「ズボンも!」
「ちょっ、ちょっ、待て! 待て! ここじゃマズい!」
「うるさーい! 左足に大穴あけて笑いながら帰ってきたお兄ちゃんなんか、信じられるかー!」
「わかった! わかった! 脱衣所行こう! 脱衣所! みんな見てる!!」
「パンツの中までチェックするからね!」
「だーっ!! やーめーてー!! それだけはセクシャルハラスメントー!!」
「うるさーい! お兄ちゃんなら、『ピー』潰されても笑ってそうだもん!」
「無理! それは流石に無理だから!! ……すまん、ちょっと席を外させてくれ」

 そう言って、席を外し、風呂場の脱衣所に連行される俺。

 ……少年診察中……少年診察中……

 ……診察完了。

「……あー、ごほん! まあ……そういうワケだ」

 何かこう、真っ白に生ぬるくなった空気の中。とりあえず咳払いをして、椅子に戻る。

「今日のところは、全員帰ぇんな。ただ、これだけは覚えておいてくれ。
 ……魔法少年の強さ、なんて……イイもんじゃねぇんだよ」



[27923] 第十一話:「……くそ、くら、え」(微修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/03 00:29
 全員が帰った後。
 沙紀にソウルジェムを返し、俺は天井を向いて、溜息をついた。

「正義の味方、か……」

 数多の魔法少女を手にかけ、それ以上に魔女を殺し、あまつさえ、秘密を知りつつ『魔女の釜』を運用する。
 希望を振り撒く魔法少女を、絶望に堕としめ、それをさらに踏みにじる俺には、最早、それを語る資格は無い。
 ワルプルギスの夜への協力だって、本音は姉さんを殺した事に対する復讐だ。
 実のところ、そのための対ワルプルギス用装備すら用意してあり、『いつかは』とは思ってはいたのだ。無論、そんな装備は普段の魔女や魔法少女退治では、オーバーキルもいいところなので、運用する事は無いのだが……

「……調子狂ってんぜ、俺」

 あの超絶馬鹿ルーキーの事を思い出す。
 ……きっと、俺の『魔法少女殺し』の現場を、見た事が無いから、あんな事が言えたのだろう。
 もし、その手管の現場を知れば、誰もが嫌悪の目線を隠さないハズだし、弟子がどーだなんて戯けた事を抜かす余地など、絶対に無かっただろう。

「はやいところ、捨てるべきなのかもなぁ」

 手の中にある『兗州(えんしゅう)虎徹』……自動車のリーフスプリングを鍛え抜いた刃は、ある意味、俺自身でもあった。
 元はただの平凡な、自動車のパーツ。それを刃と成し、鍛え抜き、闘うための牙と成った。
 『ただの少年』を『正義の味方』へと変えた、『最初の魔法のステッキ』。

 だが、もう普段は二度と振るうまい、と誓った武装でもある。

 現実を知り、痛みを知り、秘密を知り……魔女や魔法少女に接近戦を挑む意味を知ってからは、ついぞ握る機会の減った武装。
 これを握って出た理由も、ただ、自分の中で一番の『最速』を成し得る武器だから。
 そう、本来、暁美ほむらの『時を止める能力』に対して、振るう予定だったのだ。
 ガンアクションに反応出来なければ、それでよし。反応出来て、それを超えた時点で『次』に振るう……予定だったのだ。

 だが、思う。
 扱うべき武器を変更し、どんな非道卑劣な攻撃方法を会得しようと。
 自分の中での『最速』の技は、結局、この『兗州(えんしゅう)虎徹』を介してしか、振るう事は出来なかったのだ。
 破壊力に関しては、これを上回る武器は幾らでも手に入れた。だが、俺自身が会得した『速さ』を最大限に引き出せる武器は、結局この『大切なものを守るために』最初に握った武器以外に、無かったのだ。

 ……もし、仮に。

 魔法少年や少女の武器に、『思い』が宿るとしたら。
 そう思うと、俺は、元来、ただの自動車パーツで役割を終えるべきだった、この哀れな鋼の刃に対して、俺は何がしかの責任を取るべきなんじゃなかろうか?

「……馬鹿馬鹿しい」

 妄想を振り払う。道具は道具。それ以外に無い。
 そう、そのはずなのに……結局俺は、この刀を手放す事が、出来ないのだ。
 と……

「!?」

 ふと、窓の外に紅い影を見かけたような気がした……と、思った瞬間だった。

「っぐああああああああっ!!」

 ガラスをカチ割って右肩に刺さった槍に吹き飛ばされ、俺の体はキッチンにまで叩きつけられた。

「いよぉ、先程はどーも、『正義の味方』!」

 何故? と、思ったが……考えてみれば、向こうにはキュゥべえがいる。
 そして、手錬の魔法少女であるならば。戦闘は一度きりのモノではないと自覚しているハズなのだ。
 罠にかかった所が無いところを見ると、おそらくは尾行……誰だ? もしかして、俺か?

「さっきのアマちゃんたちが、あんたの縄張りに入るのを見て、おっかなびっくり、つけてみたらビンゴだ。
 ……あんたのトラップ、噂程のモンじゃなかったねぇ」
「っ! 不……覚!」

 俺のトラップは、対魔法少女用に特化してある。逆を言えば……普段、人が歩くルートを通れば、トラップに引っかかる事は無い。
 つまり……魔法少女が魔法少女を尾行すれば罠にかかるだろうが、人間が人間を尾行すれば、ほぼ罠にかかる事は無いのだ。

「お兄ちゃん!」
「来るな、沙紀!」
「へぇ、あれがアンタの妹ちゃん? ずいぶんと可愛いねぇ」
「……っ! 妹に……手を出すな!」
「へぇ、そう?  『相手が本気を出す前に、とことん痛い思いをさせる』だっけか?
 ……キュゥべえから聞いたぜ。あんた、妹のソウルジェムで『変身』してるんだって? そんな『借り物』で正義名乗って、楽しいのか?」
「っ!!!」
「あたしらを……魔法少女ナメてんじゃねぇ! 殺し屋!」

 ガンッ!!
 ふみしだかれる顔面と、抉られる肩の痛みに気が遠くなりかける。

 ……は、はは、ザマぁない……一度でも正義気取って酔った、悪党の最後なんて、こんな……もの……か。

「おいおい、オネンネにゃまだ早いよ。あんたが知ってる事、全部洗いざらい、吐いてもらわなきゃいけないんだから。
 ……痛かったんだぜぇ、あんたの攻撃。今でも痛むんだ!」
「……知ってどーすんだよ? 全部個人的な恨みだぜ?」
「あんたはあたしの家族の事まで持ち出した。……人間、触っちゃいけない痛みってモンがあるの、知ってるか?」
「知ってるよ。よーっく……な」
「だったら話は早えぇ。よいしょ!」

 ぶっこ抜かれる槍。右肩に激痛が走り、意識が遠のく。

「よっ!」

 バキッ、と……今度は左足を折られた。

「っ……ぁ………」
「へぇ、がんばるじゃん、人間にしては」
「……こっ、…っ…殺し屋……なめんなよ、魔法少女」

 激痛の連発に、意識が遠のきそうになる。
 だが、耐えられる。まだ……まだ……

「なあ、喋っちまえよ。あんた、あたしにどんな恨みがあったんだ?」
「……くそ、くら、え」

 ごきん!
 今度は、左肩を砕かれる。

「はー、ホンッと頑張るねー……なに、身内の魔法少女でもあたしにやられたとか?」
「きき、てぇ……か? テメェの……」

 だめだ。
 激痛の限界点を超えて、肉体のブレーカーという名前の意識が、トんでしまいつつある。

「あたしの何だってんだよ、ほらチャッキリ喋れ!」

 ガンガンと殴られて、口の中が血まみれになる。
 そして……突発的に訪れた限界。

 俺の意識は、闇へと落ちる。

「……起きろよ、おら!」

 再度の激痛に覚醒。
 だが、もうロクに喋る事も出来ない。

「……チッ……おい、お前、回復魔法の使い手なんだってな?
 しゃべれる程度に治せ!」

 やめろ。
 それだけは……それだけは……

「う、うん……」

 そう言って、沙紀の手が、俺の口元に触れる。

「っ……ぅ……ぐ……!!」

 苦悶に歪む沙紀。
 沙紀の能力は、癒し。だが……自分以外への癒しに関して、その対価は、タダではないのだ。
 沙紀の場合、まずは相手の傷を『自分に移す』のである。故に、痛みも、傷の深さも、被害者と共有する事になる。そして、その後に、魔法少女としての治癒力で自分自身を治すのだ。
 そして……沙紀が他の魔法少女と、絶対に相いれない理由が、そこにある。
 魔法少女の負った負傷は、本人が自覚するよりも深い。だが、沙紀はその深さを人間並みにダイレクトに感じ取ってしまうのだ。
 魔法少女本人にとって『なんて事無い』負傷でも、沙紀にとっては重傷に等しい。
 無論、痛みは一時的なモノだ。だが……沙紀と相手の魔法少女との認識は、『痛み』の認識から、ことごとくズレて行く事になる。
 他人のために尽くし、他人の『痛み』を誰より理解するが故に、他人に絶対に理解してもらえない。相手を知れば知るほど、誤解を深めていってしまい、最後は孤独にならざるをえない、癒しの使い手。
 それが、御剣沙紀の、孤独の最大の理由。
 
 故に……人間である俺が、絶対守らねばならない、魔法少女。

「沙紀……」

 ようやっと、口が聞ける程度に回復するが、涙が止まらない。
 俺の拷問のような激痛を、彼女に与えてしまっているのだ。

「へ、平気だよ、お兄ちゃんは……もっと痛いんだから……あうっ!!」
「邪魔だよ、ガキ! ドラマの時間は終わりだ」

 そうだ、その通りだ。
 この紅い悪魔の言うとおり。
 戦闘は続行中だ……圧倒的不利な中の舌戦は、何度も経験がある。
 気取って折れてる場合じゃないだろ、俺!!
 頭を回せ、裏をかけ、心の隙を突け。正義なんて幻想は犬に食わせろ!
 とことん人間に徹し、魔法少女の裏をかけっ!

「ワルプルギスの夜……」
「あ?」

 絶望的な中。一縷の望みを賭けて、俺は反撃の『口火』を切った。



[27923] 第十二話:「ゆっくり休んで……お兄ちゃん」(修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/03 00:31
「ワルプルギスの夜。そいつが……二週間後、この町に、来る」
「はぁ? なにタワゴト言ってんだ!?」

 意味が分からない、といった風な表情。

「だからよ……おめぇの事なんて、ホントはどーでも良かったんだよ。でも、なぁ……」
「でも、何だよ!
 っていうか、ワルプルギスの夜だってぇ!? そんな与太を、あたしが真に受けるとでも思ってんのか、殺し屋が!」
「……巴マミ……見なかったか?」
「あ?」
「なんだ、チェックしてなかったのか……打ち合わせだよ。ワルプルギスの夜を、どう撃退するかの、な」
「テメェ、嘘ついてんじゃねぇだろーな?」
「嘘は言ってねぇ……でなけりゃ……あんな正義の味方が……俺みたいな外道と、手を組む理由が無い」
「……っ!! 情報の出所はドコだ?」
「暁美ほむら……探してみろ。黒髪の魔法少女」
「……オーライ。で、あんたがあたしに絡んだ因縁、一体何なんだ?」

 さあ、本番だ。

「八つ当たりさ、ただの。御剣、って名前……憶えが無いか?」
「御剣? どの御剣さんだよ?」
「御剣爽太、御剣茜……俺の父さんと母さんだよ」
「あいにくと知らねぇな」
「そうかい……お前さんの親父さんにしてみりゃ、イイ金づるだったと思うんだがな」
「……………っ! 信者の……いつも来てた、あの夫婦! それが、どうしたってんだよ!」
「死んだんだよ。お前さんの親父さんたちのの自殺の後追いでよ……俺と、姉さんと、妹まで無理心中に巻き込みかけて。
 『神父憎けりゃロザリオまで』じゃねぇけどよ。だからお前さん見かけて、カッとなって八つ当たっちまった。
 だから、筋を違えたのは、俺のほうだ。お前さんは悪くは……」

 と……

 彼女の顔面が、蒼白になっていった。……なんだ、おい?

「嘘だ……」
「は?」
「嘘ついてんじゃねぇ!! テメェ、マジで殺スぞ!!」
「嘘じゃねぇよ!!」

 思わず怒鳴り返す。

「最初、魔法少女になって死んじまった姉さんを助けるために、俺が魔法少年やってたんだよ。ンで、今は沙紀を助けて……って、おい!」

 襟首を掴まれ、無理矢理持ち上げられ……

「嘘だぁ!!」

 振りまわされ、今度はリビングの壁に叩きつけられる!

「がっ……はっ!! お、おい……お前……何」
「殺し屋風情が、テキトーな事ぬかしてんじゃねえ!!」

 おかしい。
 ドコで俺は彼女の地雷を踏んだのだ?
 なんにしろ、この激昂っぷりでは会話が通じそうにない。……くっそ、ダメか!

「お兄ちゃん!」
「死ねぇ!!」

 バンッ!!

「そこまでよ! 佐倉杏子!」

 槍の切っ先が、俺の心臓を貫く寸前。
 銃弾がそれをはじいてのける。

「巴マミ……はっ! 正義の味方のアマちゃんが、こんなトコに何の用さ?」
「それはこっちの台詞よ。
 私の縄張りで、私の弟子にチョッカイ出して……タダで済むと思ってるんじゃないでしょうね!?」
「へっ、せせこましい事言いやがって。誰がアソコがあんたのモンだって決めたってんだよ?」
「私よ。何か文句でも?」
「はっ、大アリだぜ。こちとら魔女が少なくて、美味しい狩り場に餓えてるんだ。ちったぁおすそ分けして欲しいもんだね」
「お断りね。少なくとも……魔女どころか『人間風情に』不覚を取るような魔法少女が、私の狩り場でやって行けるわけが無いわ」

 さらっと言った言葉に、佐倉杏子の顔が紅潮する。

「っ!! てっ……てっ、テメェ!!」

 ふと、俺の方を凄い形相で睨んで来たので、軽く中指おっ立てて答える。
 ……バレてんだよ、バーカ、と……

「で? 今度は本人の家に押しかけて、お礼参り? 『恥の上塗り』って言葉、知ってらっしゃる?」
「っ……!」

 と、不意に巴マミが、見下したような目線と、口調を変える。

「佐倉さん……あなた、魔法少女に向いてないんじゃないかしらぁ? 引退をお勧めするわぁ。
 常々おっしゃってましたわよねぇ? 魔女が人間を食べて、魔法少女が魔女を食べる、って……じゃあ、その人間に負けた貴女は、なんなのかしらぁ? しかも、ボコボコにされて、見逃してもらったんでしたっけぇ?
 お可哀想に、同じ魔法少女として、ご同情申し上げますわぁ。ホーッホッホッホッホ♪」

 ……何というか。
 縦ロールの金髪で、お嬢様口調で佐倉杏子を挑発する巴マミの姿は、似合いすぎてて怖かった。
 そして……

「……殺ス!」

 挑発に怒り狂った、佐倉杏子の槍の切っ先が、彼女に向けられる中。

「やってみなさい! ……言っておきますけど、今夜の私、美味しいご飯を食べ損ねて、少々気が立ってますの」

 それに一喝して答える巴マミ。

 なんというか。
 猛牛の如く怒り狂う佐倉杏子の殺気を、燃え盛る紅蓮の業火だとするならば、今の巴マミの殺気は高温のバーナーの蒼い炎だ。
 一見、涼しげな蒼だが、その実はどんな炎よりも熱く、鉄をも溶かし斬る激しさを秘める。
 そんな殺気が、並べられたマスケットの銃口から覗いている。

「っ……ぐ……ぬ……クソッ! 憶えてろ!」

 今夜、この場では勝てない。
 そう悟った佐倉杏子は、捨て台詞を残して、再度撤退していった。

「……まさか、こんな外道に、騎兵隊が来るとは、思わなかったぜ……」
「あら? 私は沙紀さんの友人ですわ。だからちゃんと『地面を走って』ここまで来ましたわよ?」
「ははは、そいつは良かった。罠を元に戻す手間が省ける。っていうか、すごいタイミングだったな、狙ったのか?」
「ええ。ですから颯太さん」

 にっこりと微笑みながら、巴マミが言い放つ。

「あなたの縄張り、『魔女の釜』ごと、わたしにくださいね?」

 俺の顔面が、蒼白になった。

「どこで……それを?」
「キュゥべえに聞きました。安心してください。あなたを責めるつもりも、『魔女の釜』を破棄しろ、ともいいません。
 ただ、私の保護下に入ってもらう。それだけです」
「お前、あれが何か……知って……」
「ええ。でも、致し方ありません……正直、あまり気分は良くありませんが」
「……選択肢は無い、か。クソ」

 嘆息する俺に、巴マミが実にいい笑顔で笑いやがる。

「ですから、約束守って……『最後の時』は、私のソウルジェムを砕いて、殺してくださいね? 颯太さん」

 そんな笑顔を見ながら……俺は、自分の意識が、まただんだんと遠のいて行くのを、感じていた。



「……お?」

 意外な事に。
 目が覚めたら、病院だった。

「沙紀? ……痛っ……」

 全身を覆う痛みに、意識が急激に引き戻される。

 ……ああ、最近、こんな重傷、負ってなかったからなぁ……

 沙紀自身が移される痛みの限界点を超えた場合、『残り』は自力で治すしかないのだ。
 今回の場合、怪我の個所が幾つもあった事が、ネックになったか。

 ……だけど、骨折は治ってるし、主要な腱は動く。
 おおよそ、筋肉痛と打撲状態か……安静にして、おおよそ問題無く動けるまで、全治三日、って所か。

「ふへ……あ、お兄ちゃん、気付いた」
「ああ、沙紀。……ごめんな!」
「ううん……ごめんね。治しきれなかった」
「無理しなくていい。これだけで十二分だ」

 で、あの後、どうなったかと沙紀に聞くと。
 とりあえず、乱闘の後かたずけもそこそこに、俺を治した後、救急車を呼んだらしい。俺の負傷の原因は、喧嘩……という事になっている。
 ……まあ、間違いではない。

「で、ここは?」
「見滝原の総合病院だよ。ほら、私も昔、お世話になった」
「ああ、そうか……病棟が違うのか」

 見覚えの無い景色だが、良く見ると名札プレートの部分だとか、細かいパーツに共通項目を見いだせる。

「とりあえず、暫く、また寝かせてくれ……なんだか、猛烈に眠い」
「うん。ゆっくり休んで……お兄ちゃん」



[27923] 第十三話:「……俺、知ーらね、っと♪」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 02:56
 巴マミが、俺の縄張りを保護下に置いた、という情報は、魔法少女たちの世界にそれなり以上の衝撃を与えたらしい。

『あの正義の味方のベテランが、『顔無しの殺し屋』と手を組んだ』
『一体どういう事だ?』

 と。
 中には、俺の身柄引き渡しを要求してくる魔法少女も相当居たそうだが、彼女はそれを突っぱねたらしい。
 曰く。『佐倉さんに一度は勝ってくれたのが役に立ったわ』と……

 まず、その『顔無しの殺し屋』が人間だという事。
 その人間が、一度は佐倉杏子すら退けた事。
 そして、その縄張りの中に入ってきた、魔法少女のみを獲物にしている事実。
 巴マミ自身も『運よくソフトな接触が出来たに過ぎない』と説明し、『殺す事は出来ても、勝てる気がしない』と。

 そして……

『魔女という怪物と戦い続ける私たちは、私たち自身が怪物にならないように心がけねばならない。
 魔女も魔法少女も、人間にとっては基準を逸脱した、怪物でしか無いのよ』
『正義のために、人間のために戦い続けてると、あなたは言えるの? 言えるのならば、彼女の行動も理解できるハズよ。
 彼女は身の回りの『怪物』の存在を知って、自分と周囲の安全を守るために戦っているに過ぎない、タダの人間よ』
『もし、あなたがグリーフシードのためだけに魔女を狩り続けるのなら、人間にとってはあなたも魔女と同等の存在でしか無いのよ。
 恨む気持ちは分かるけど、彼女をそっとしておいてあげて』

 ってな具合に説得。
 それでも納得しない、人間舐めた魔法少女たちには、

『それじゃあ、直接決闘してみる?
 あの武闘派の最右翼、佐倉杏子を一度は叩きのめした『人間』と、真剣に命の取り合いを。
 言っておくけど、彼女は顔を見た相手は、身の安全のために確実に殺している……というか、それ以外の方法が取れないの。佐倉杏子だからこそ、逃げられたようなモノ。
 『それでも良い』というのなら、立会人は引き受けるわ。
 もっとも、彼女は手ごわいわよ。魔女はともかく、魔法少女という存在を知り尽くしてる。少なくとも、私は闘いたくはないわ』

 と、実にいい笑顔で話を振った結果、誰もが沈黙せざるを得なくなったらしい。
 武闘派の最右翼佐倉杏子を退け、穏健派の実力者巴マミに『闘いたくない』と言わしめる、顔も得体も知れない『人間』の実力者。『見滝原のサルガッソー』の『顔の無い殺し屋伝説』に、新たな伝説が加わる事によって、俺の……というか、巴マミの保護下にある、俺の縄張りに入って来る魔法少女は、激減したそうな。

 ……実際は、最弱の人間に過ぎないんだが、なぁ……

 あと、災難だったのは、面子丸潰れな佐倉杏子だが……まあ、その辺は諦めてもらおう、としか言いようが無い。
 一部では『人間に負けたの? プッ』な扱いになっちゃったとか。日ごろ、実力派を気取ってただけに、かなり評判的に致命傷っぽく、広げ過ぎた縄張りに、他の魔法少女からチョッカイ出されて大変な目にあってるらしい。
 ……俺、知ーらね、っと♪

 魔女に対する狩りも、俺が巴マミのパートナーとして動く事を約束した事によって、ある程度の解決を見る。
 何しろ、彼女の狩り場は、ベテラン以外には死地としかいえない魔女多発地帯だ。そもそも、そこをソロで守ってるって事自体が、彼女の実力が半端ではない事を示している。
 ……俺としては、正直、魔法少女の闘いについていけるかどうか、不安過ぎるのだが。俺は俺のやり方があるし、噛み合うかどうかは……実戦で試してみないと、分からない。



 で……その実戦の前日。

「んっ、よーやっと明日、退院、か」

 体が治ったところで、調子を確かめるために病院を散策中。
 ふと……

「バイオリン?」

 屋上に通じる階段からバイオリンの音が聞こえ、俺は足を止める。
 誰かの独演会だろうか?
 正直、芸術方面に疎い俺に、曲のタイトルや演奏の技巧の凄さなどは分からない。……が、何となく『いい曲だな』とは、素人の俺にも分かる演奏だ。
 必然的に、俺はオーディエンスの一人として、足を屋上へと向ける事に。
 演奏を妨げないように、静かに屋上の扉を開けると……一人の入院服の、俺とそう年齢の変わらない少年が、バイオリンを手に演奏しており、その周囲を大人たちが囲んでいた。
 そして……

「っ!」

 思わず絶句してしまう。あの時の、超絶馬鹿ルーキー!!
 だが、彼女も曲に聞き惚れており、こちらには気付いていない。
 なんとか声を押し殺して、扉を静かに閉じる。

 ……ヤヴぇ……どーしたもんか。

 とりあえず、逃げる事を考え、階段を下りる。顔を合わせたら、厄介な事になりかねない。
 まず、速攻で退院の手続きを取って、この病院から逃げ出しながら、沙紀と合流して……

「あ、お兄ちゃん♪ こんな所に居たー!」
「ぶっ!! 沙紀、おま、何……しーっ、しーっ!!」

 と……
 背後の屋上の扉が静かに開き、例のルーキーがにこにこと笑いながら、こちらを手招きしていた。

 ……神様、何なんッスか、この盛大なトラップ?



 パチパチパチパチパチ……

 演奏者の少年に拍手を送るが、俺はもう正味、曲を楽しむ心理状態じゃなくなっていた。
 幸い、ソウルジェムは沙紀自身が近くにいる事によって、確保できているが……いつ戦闘になるか、というと分からない。
 と……

「……あの、もしかして……上条、恭介先輩、ですか?」

 沙紀の奴が、おずおずと演奏者の人に問いかける。

「え? あ、うん……君は?」
「やっぱり! 私、ファンだったんです!」

 ぶっ!

 ……ちょ、ちょ、ちょっと待て!?
 そーいえば、沙紀が一時期、みょーにクラシックとか聞いてた気がしたが、彼が原因だったんか!?

「おい、沙紀。いきなり迷惑だぞ!
 あー、その……何だ。
 俺ぁ音楽とか芸術とかって、よく分かんないガサツ者だが……『良い演奏』だった、ってのは分かった。すげぇな、あんた」
「あ、ありがとうございます。その……さやかの友達、ですか?」
「いや、友達っつーか、知った顔っつーか……ちょっと、ね」

 とりあえず、どう説明していいのか分からず、目線をそらす。

「あー、私とまどかがね、悪い不良に絡まれてる所を、助けてくれた人。すっごいカッコイイ剣術使いなんだよ」

 ルーキーの説明に、とりあえず話をあわせておく。……まあ、大体間違ってない。

「そうなんですか。ありがとうございます。……剣術、ですか?」
「いや、まあ……助けたっつーよりも、彼女たちに絡んでる相手にムカついて、こっちが勝手にキレて暴れただけだよ。大した事じゃねーんだ。お嬢ちゃんたちの事は、正味ついでだった」
「いえ、それでも親友を助けて頂いた事に、変わりはありませんから……ええっと……」
「あー、御剣。御剣颯太。こいつが妹の、御剣沙紀。俺も知らなかったが、どうやらあんたのファンだったらしい」
「はい、御剣さん。ありがとうございました」

 折り目正しく、俺に頭を下げるところを見ると、本当にイイトコのお坊ちゃんらしい。
 だが……少なくとも俺は、人として、一個の男として、彼を舐めてみる事は出来なかった。
 下らない自論だとは思うのだが。
 芸術にしても娯楽にしても、イチゲンの素人を虜にしてこそのモノじゃないかと、俺は思ってる。
 無論、玄人向けを否定するつもりは無いが、彼の演奏はクラシックというジャンルに、素人を引っ張りこめるだけの魅力がある事は、事実だと思った。
 そして、そういうスキルの持ち主は、得てして自分に厳しい努力家でありながらも、他人が自分をどう見てるかをしっかり理解出来るタイプなのでは……と思ってる。

 ンで……そういうタイプは、経験上、敵に回すと結構怖かったりするのだ。

 他者の視点を理解できるという事は、他人の思考を読めるという事。インキュベーターたちの理詰めの怖さとは、また別の、人間の非合理で衝動的な行動をも読み取って、先手が打てたりするワケである。
 これは怖い。かなり怖いスキルである。

 まあ……とりあえず、頭の隅っこに、この『ルーキー』への恫喝手段としてのストックに入れておく、として。

「……まあ、とりあえず。明日の退院前に、イイモン聞かせてもらったよ。
 じゃあな……って、おい、沙紀!」
「お兄ちゃん、先に病室行ってて」

 目をキラキラさせながら、その場から離れようとしない沙紀。……いや、お前がおらんとソウルジェムが……

「あー、とりあえず、病室、戻りましょうか? 続きはそこで」

 ルーキーの言葉に、俺も不承不承うなずいた。



[27923] 第十四話:「……どうしてこうなった?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 12:51
「……どうしてこうなった?」

 上条恭介の病室は、驚く事に、俺の入院してた部屋の隣だった。

 ……神様、神様……何なんですか、この嫌過ぎる状況。

 ってか、たった三日とはいえ、このルーキーに寝込みを襲われていた可能性を考えると、背筋に嫌なモノが止まらない。だって、正味、何しでかすか分かんないんだもん。馬鹿過ぎて。

 で、沙紀は俺にソウルジェムを預けると、上条氏の部屋に入って、あれやこれやマシンガントークで彼を責め立てていて……

「おい沙紀、少しは遠慮しろよ!」
「うーっ、だーってぇ!!」

 なんというか、アイドルを前にした少女の目線に慣れてないのか、戸惑う上条恭介。

「いえ、お構いなく。……元気でいい妹さんですね」
「あ? ああ……まあ、見ての通り、最近、ワガママになって、ちょっと手を焼いてるんだ。
 初対面の人間だって自覚が無いらしくて……いや、ほんと申し訳ない」
「うー、だって、見滝原小学校の頃から、ファンクラブがあったんだよ?」
「あははは、恭介、モテモテだねー♪ こんな小さい子供に」

 と、

「ごめん、恭介。ちょっと彼女の相手してあげてて。私、彼と話があるから」
「さやか? ……ん、わかった」

 ルーキーの言葉に、あっさりと承諾する上条恭介。

「おっ、おい! ちょっ、迷惑じゃありませんか?」
「大丈夫ですよ。それに、僕のバイオリンのファンを、無碍に出来るワケないじゃないですか。
 じゃあ、大事な妹さん、暫くあずからせていただきますね?」

 いや、もう。何というか、出来た御仁だ。

「いや、ほんと、申し訳ない! この馬鹿が迷惑かけるようでしたら、頭ひっぱたいてやって結構ですから!」
「ぶーっ、馬鹿はお兄ちゃんじゃない!」
「うるっせぇ! 上条さんに迷惑かけんじゃねぇぞ!」

 軽く沙紀の脳天に拳骨を降らせると、回りがクスクスと笑い始める。

「じゃ、あんたの病室で、話。しましょうか?」
「……ほいよ」



「……で、話って何だ? また弟子入り志願とかヌカすんじゃなかろうな?」

 ベッドに腰掛けながら、俺は枕元の2リットルのペットボトルと、紙カップを二つ、取り出す。

「ううん、その話はもう無し。
 っていうか、弟子志願の資格すら無い、って分かっちゃった。……本当に死ぬかと思った」
「……ああ、例の? キュゥべえに確認取ったんだ?」

 ジュースを注ぎながら、とりあえず片方のコップを手渡す。

「うん、あんな痛い思いしながら、あんたは前に出て戦ってたんだね。息つく暇も無い、あんなすごい速攻にも、ちゃんと理由があったんだ……」
「まあな。
 反撃受けたら大ダメージ必至だからな……一発でも反撃受けたら、動きが大幅に落ちるだろうし。
 ……自分で言うのも何だが、まるでゼロ戦みたいな戦い方だしな。いざとなりゃ自爆特攻覚悟完了、ってか」

 軽くおちゃらける俺に、彼女がコップを受け取ると、ジュースを口にして言葉を切りだす。

「キュゥべえがね、言ってたよ。『痛みを消す方法は無いわけじゃないけど、動きが鈍くなるからおすすめしない』って。
 その言葉を聞いて、ピンと来たんだ。
 あれだけ痛い思いをしながら、必死になって前に出て戦ってきたあんただからこそ、あれだけの早さで技を振るう事が出来たんだ、って。
 ……私には、無理だよ」

 そのまま、うつむいて黙り込んでしまう、ルーキー。

「ねぇ……私に、正義の味方って、無理なのかな?」
「まあ、馬鹿には向かないんじゃない? 俺やお前みたいな」
「そんな事ない!」

 叫ぶ彼女が、俺を見据える。

「あんたが正義の味方をやめちゃって、殺し屋みたいな事をしてるのは知ってる。
 でもさ……あの場所で、佐倉杏子相手に立ちふさがって、あたしに説教したあんたは、間違いなく正義の味方だったんだ!」
「……あの場限りの事だろ? 判断早えぇよ」
「違う! 私たちが押しかけて、沙紀ちゃんを人質にとった、あの時のあんたの目。
 『俺を殺せ』って言った時、あんたは……ほっとしてた!」
「……は?」

 わけの分からない事を言い出すルーキーに、俺は首をかしげる。

「あんたさ、魔法少女を殺したくなんて、なかったんじゃないのか?」
「ばっ、馬鹿言え! 俺はこの手で、何十人も」
「知ってる。話だけだけどさ。
 でもさ……あんた、あの時、泣いてるように見えたんだ。『終わりにしたい。もうやめたい』って」
「俺がやめたら……」
「だから、あんた自身はどうなのさ? 沙紀ちゃんとか抜きに。
 ……あんたは魔法少女を殺して、楽しいのか?」
「『楽しい』っつったら、どうすんだよ?」
「嘘だよ。あんたは人殺しを楽しめる人間じゃない……何となく、分かるんだよ。そういうの」

 っ!!
 俺は、心の中で、このルーキーに対する評価を変更した。彼女は馬鹿だ。馬鹿だが、カンだけは妙に鋭いタイプ。
 こういうタイプは、色々と厄介なのだ。
 理詰めで行動してるこっちの意図を、変な所で見抜いて答えだけ先に出してくるから、怖い。ほとんどの場合は何でもないが、俺みたいなタイプが一発逆転を喰らう可能性が高いのも、このタイプだ。

「チッ……勝手に勘違いしてろよ。だがな、人の頭の中を量ろうってんなら、理屈で考えないと痛い目を見るぜ?」
「理屈なら、あるよ。
 ……あんたの説教。あれ、本気で怒ってた。
 人間、嘘じゃ怒れないよ。怒ってる時の言葉って、大体本音じゃないか」
「……………………どうだかなぁ?」
「きっと、あんたは……物凄く苦いモン飲んで、いっぱい痛い思いをして、『正義』なんて名乗れなくなっちゃったんだ。
 私の痛みなんて、比にならないくらい、いっぱいいっぱい、痛い思いや、悲しい思いをして」
「テキトーな事ぬかして、知った風な口、利いてんじゃねぇよ」
「……ごめん」

 ……なんというか。あんな短い間に色々と見透かされたのは、初めてだ。
 
「おい、ルーキー。お前がもし、まだ正義の味方を志すんなら、一言、忠告しておく。
 カンだけを頼りに、悪党を信じるな。俺みたいな連中は、何も考えてない自信満々な正義の裏をかく事には長けてる。
 あと、『正義の味方』を辞めた人間の再就職先ってのは、大概が『悪党』だって事も憶えておけ」
「そうやって、忠告してくれるだけ、あんたは優しいんじゃないのか?」
「そうか? お前、俺が出したジュース。俺が口をつける前にあっさり飲んだろ?」

 笑いながら言う俺の言葉に、彼女の顔面が蒼白になる。

「……!!」
「安心しろよ。毒なんて入っちゃいねぇ。
 そもそも、魔法少女に毒はあまり効かない事が多いし、癒しの力が強ければ尚更だ」

 そういって、俺は自分の分のジュースに口をつけた。

「だがな、そのユルさと甘さは、致命的な隙になるぞ。気をつけな。
 所詮、俺の正義なんてのも、借り物だしな」
「……借り物?」
「俺は、沙紀の力が無ければ、魔法少女相手なら兎も角、魔女相手には何も出来ん、ただの男だ。
 だが、お前のその力は、代価を払って得た自前のモンだ。だったらお前自身が、好きなように好きにすりゃいい。
 ……ほんとは、俺がアソコで四の五の抜かす余地なんて、無かったんだよ」
「違う」
「違わねーよ。魔法少年と魔法少女。どっちがヒデェ目に遭ってるかっつったら、魔法少女のほうだ。
 何しろ俺は、沙紀を割り切って見捨てさえすりゃあ、普通の生活に戻る事は出来るんだ。
 それが出来る程、器用に出来ちゃいねぇだけで、本来は魔法少女の世界に首突っ込む必要性なんて、俺個人には殆ど無ぇんだよ」
「……あんたは、そうやって、正義に絶望してきたのか?」
「よせよ……俺の動機なんて、今更、家族大事と復讐くらいなモンだ。
 大量虐殺が罷り通るよーなご立派な動機じゃねーし、『正義の味方』なんてモンは、とっくに犬に食わせたさ」

 と……その時だった。

「かっ、上条さん! わたしと付き合ってください!」

『ぶーっ!!』

 隣室から響いた沙紀の叫び声に、俺とルーキーが二人揃って、ジュースを吹きだした。



[27923] 第十五話:「後悔、したくなかったの」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/30 09:02
「えっ、えっ、えっとぉ……」

 流石に、引きつった顔を浮かべて戸惑う上条氏に、きらきらした目のまま迫る沙紀。
 そして……

「こン大馬鹿モンがーっ!!」

 隣の病室からダッシュで駆けよると、手加減抜きの拳骨を、沙紀の脳天に落とした。

「いったー!!」
「なーに初対面の相手に、いきなし愛の告白しとるかーっ!! 相手の迷惑考えんかーい!!」
「うにゅううううう、だってぇ……」
「だってもヘチマもあるかい! お前、見て分からんのか!
 言っておくが、お兄ちゃんは『他人の彼氏』を略奪するよーな性悪女に、育てた覚えはないぞ!!」

『え!?』
『は?』

 今度は、石化するルーキーと上条氏。……なんか、お互いに気まずい表情で顔を合わせてる。
 ……マテマテマテマテ? なんだ、その微妙な反応。

「あ……あの、すいません。勘違いだったら申し訳ないのですが……その、お二人は、いわゆる恋人という関係では……」
「いっ、いっ、いえ! 私たち、ただの幼馴染なんです。生まれた時から、ずっと一緒で、いるのが当たり前ーみたいな」
「そ、そうです。ねぇ、さやか」
「う、うん! あは、あははは……」

 何というか。
 もうイイ雰囲気な感じの仲だったので、てっきりそーいうモノなのかと思っていたのだが。
 どうやら、何か俺は盛大な勘違いをしていたらしい。

 と、

「つまり……私が今、上条さんに告白しても、何の問題も無いって事ですね!」
「大アリじゃボケぇぇぇぇぇ!!」

 再び目を輝かせ始めた沙紀の脳天に、本気拳骨、第二弾が直撃!

「うにゃああああああ!! 痛い、本気で痛いよお兄ちゃん!」
「痛いのはお前の行動パターンじゃあああああ! なんで初対面の相手に告白とかするかなー!?」
「うう、だって、お兄ちゃんが教えてくれたじゃない! 『物事なんでも先手必勝、肉斬らせる前に相手の骨を斬れ』って……」
「そりゃ、ウチの剣術の流儀であって、愛の告白に応用していいモンじゃねーよ! あと『敵を知り、己を知った上で』って前提条件を忘れてんぞ!
 ……すいません、すいません。こんな『己を知らない』馬鹿な妹で、ほんと申し訳ない!! よーく言って聞かせますので」

 もうペッコンペッコンと、米つきバッタの如く、頭を下げざるをえない。

「は、は、ははは、中々、豪快な剣の流儀ですね」

 上条氏の引きつった顔に、俺は頬をかきながら。

「いや、剣術の流儀というよりも、どっちかというとコレは師匠の教えてくれた、喧嘩芸の部分が大きくて」
「喧嘩……芸、ですか? えっと、どんなモノなんです?」
「あー、いや、その……俺に剣術の基本を教えてくれた師匠はトンでもない人でしてね。超の字がつく実戦派だったモノだから、よくチンピラ相手に喧嘩売ったりとかもしてたんですよ。
 で、格闘技なんかと違って、実戦の喧嘩では、最初の一撃を全力でぶちかます事が、一番重要なんだって教わりまして。
 実際、複数相手じゃない限り、素手でも一対一なら、一発イイのが入れば終わっちゃうんですよ。仮に一撃で倒せなくても、怯んだ所をボコボコにして行くという……そういったダーティな小技や心得を、師匠が『喧嘩芸』って言って、剣術とは別に俺に叩きこんでくれまして。
 ……すいません、ホント、物騒な話ばかりで」
「い、いえ……なかなか貴重なお話だと、おもいます」

 もー、完全にドン引いた上条氏の表情に、俺も泣きたくなる。
 ……あああああ、完全にチンピラだと思われたぁぁぁぁぁ、いや、間違ってないけどさぁ。

「は、ははははは、そ、そう言って頂けると助かります。
 じゃあ、私らはこれで……こらっ、沙紀! 行くぞ!」
「やぁー! お兄ちゃんの馬鹿ー! 今がチャンスなのにー!」
「いい加減にしねぇか! 『引き際』ってモンも教えただろうが!」
「みにゃああああああああああ!! まだだ! まだ終わらぬよーっ!」
「やかましい! お前と付き合う男は、俺より喧嘩が強い男だけじゃーい!!」
「そんなのお兄ちゃん言ってなかったじゃなーい!」
「今、俺がこの場で決めたわ! このウスラトンチキが!
 ……どうも、ホント、お騒がせいたしました! 失礼しゃっす!」

 そう言って、みゃーみゃーと泣き叫ぶ沙紀の耳を引っ張って、ぐいぐいと連れだす。
 あああああああ、忘れてもらいてぇ、この天然兄妹漫才……色んな意味で!!



「……………」
「………」

 夕暮れ時を過ぎて、窓の外が宵闇に落ちかける。
 入院見舞の退出時間が迫る中。
 俺と沙紀は、自分の病室で顔を背けながら、それでも離れられないでいた。

「なあ」
「ねえ」

 ようやっと、切り出そうと思ったタイミングまで、かぶってしまい、さらに気まずくなる。
 結局……

「……沙紀からいいよ」
「う、うん……あのね、後悔、したくなかったの」

 その言葉に、俺は胸を締め付けられる。

「自分でも、無茶苦茶だって、分かってるから。
 それに、お兄ちゃんだけじゃなくて、もし仮に……上条さんまでが『魔法少年』になったら、多分、もう私、耐えられない……」
「そうかい」

 そう言って、俺は沙紀の頭を撫でた。

「お前は、スッて後悔しない博打を選んだんだな?」
「……うん。一応、迷惑かもだったけど、気持ちは伝えられたし。
 それにお兄ちゃんも、いつも言ってるじゃない。『私は私、お兄ちゃんはお兄ちゃん。『自分』と『他人』の境目は、ハッキリさせろ』って。
 私は上条さんが好きだけど、上条さんは私の事なんて知らないんだから、無謀だってのは分かってたの。それに……『最悪』を考えちゃうと」
「馬鹿。そのために、俺がいるんだろうが……」
「うん……分かってる。だから、お兄ちゃん信じてるよ。私が魔女になっても、私を殺してくれるって」
「……ん、約束する」

 と……

 がしゃん! と……花瓶の落ちる音が、廊下に響く。

「っ!!」

 振り返ると、さっきのルーキーが俺の病室の入り口に居た。

「ど……どういう……事?」

 しまった! 聞かれたか!
 自分の迂闊さを、思いっきり呪うが、時すでに遅しだ。

「ねえっ! 魔女になる、って……どういう事なの!」
「沙紀……」
「……う、うん」

 とりあえず、まず聞くべき事は一つ。

「……聞いたのか?」
「顔、出しづらくて……それより、どういう意味なの!? 殺して、とか……何かおかしいよ、あんたたち!」

 さて、どうしたものか

「ルーキー、その花瓶片付けたら、屋上行こうか。あまり、他人を巻き込みたくない」



[27923] 第十六話:「そうやってな、人間は夢見て幸せに死んで行くんだ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/31 05:06
「……さて、と、ルーキー。とりあえず最初に言っておくが」

 屋上にあがって、沙紀を庇いながら。
 俺はルーキーに向かって口を開くと、それを遮って彼女が返してきた。

「その前に、その……ルーキーって言い方、やめてほしいな。私には、美樹さやかって名前が、ちゃんとあるんだ」
「……オーライ、美樹さやか。最初に言っておくが、質問の内容によっちゃ、俺はお前の命を貰わなきゃいかん。
 コトは慎重に問え」

 殺気を消さず、威圧するように。
 静かな、しかし優しい言葉で、俺は、ルーキー……美樹さやかに問いかける。

「いっ、命!?」
「情報、ってのはな、そういうモンなんだ。
 知っちまったが最後、恨みは無いが……って事もある。
 ……本来、俺の切り札を見てるお前を、生かしておいてるのだって、『出血サービス』の内なんだぜ?
 まあ、さっきの出来事は、お前にとって、気の毒だったたぁ思う」
「……………」
「だから、命が惜しいのなら、黙ってこの場から逃げ出すのが一番だ。今ならば、俺はお前を追わねぇ。
 美樹さやか。お前が俺を知ったように、俺もお前を知り過ぎた。いくら俺が殺し屋だからってな、仮にも一度は弟子になんて志願してきた相手と、命の取り合いを好きこのんでしたいとは、思わねぇんだよ」
「……あっ、あたしは……」

 戸惑い、迷うルーキー……もとい、美樹さやかに、俺は続けて、可能な限り、優しく、囁いた。

「なあ、逃げちまえよ。耳をふさいで、聞かなかった事にして、全てを忘れるんだ。
 そんでな……借り物の力で、正義の味方を気取ってた、馬鹿なチンピラの事も、ついでに忘れちまえ。
 巴マミの下で、がんばって行きゃあ、いつかは真っ当な正義のヒーローになれるかもしれねぇぜ?」
「嫌だ!!」

 絶叫する、美樹さやか。

「忘れるもんか! あんたは……私にとって、あの時のアンタは、本当の正義のヒーローだったんだ!
 馬鹿な私には想像もつかない、酷い目と、痛い思いと、苦い思いを振り切って、ただ『正義の味方の魔法少女』に酔ってただけの私に、あんたは誰かのために戦う、ホントウの『正義のヒーロー』ってモノを、私に示してくれたんだ!」

 こっ、こっ、この……超絶馬鹿女っ!!!

「バカヤロウ! ありゃあ、おめーのタメなんかじゃねぇ! 全部俺の勝手でやった事だ!
 一度でも正義を気取った悪党の末路が、どうなるかなんて、お前知ってんのか! 何で俺が入院してたと思ってる!」
「っ……それでも……私は……」
「それが現実なんだよ! 認めろよ!
 俺は、妹と手前が大事なだけの、タダの男だ。
 そんな小悪党が、『正義』なんてモンに一時の怒りにまかせて酔って、佐倉杏子に逆撃の夜襲喰らって、殺される寸前までイッたのが、今の俺のザマだぞ!
 挙句、巴マミに全部の縄張りを預ける羽目になっちまった……俺の縄張りの『最大の秘密』ごとな。クソッタレ!」
「……その秘密とやらも、『言えない事』なの?」
「ああ。きっとお前が聞いたら、怒り狂うぜ? だから言えないし、そもそも、言う意味もない……まあ、今のままのお前なら、キュゥべえに教えてもらえるんじゃないか? 『お前を俺に、けしかけるために』、な」
「なんでキュゥべえが、あたしをアンタに、けしかけるような事をするのさ!」
「その秘密が、キュゥべえにとって凄く都合が悪いからさ。
 俺の縄張りに送り込まれてくる『正義の味方』ってのは、大概、そんな口車に乗せられた、哀れなルーキー連中だよ。
 ベテランクラスだったら、俺がやってる『秘密』の意味を知って、逆に自分で利用しようとするから、あんまり強いのはやってこないのさ」
「……嘘だ」
「嘘じゃねぇよ。キュゥべえに俺の事聞いてみ? 多分、ボロッカスに俺の事言うぜ。
 ンでな『騙されちゃだめだよ、さかや。彼は典型的な詐欺師で、殺し屋なんだ。気を許しちゃダメだ』とか言いだすハズだぜ。……まぁ、間違っちゃイネェが、な♪」

 とりあえず。
 さっきの内緒話から、話の話題をズラす事には成功したが……ちょいと泥沼っぽいな、こりゃ。

「だからよ……忘れちまえ。そして、巴マミの所に行きな。
 ほら、政治家の皆さんも言ってんだろ? 『わたくし、記憶にございません。すべてキュゥべえのやった事でございます』って、な……」
「ふざけないで!!」
「ふざけてねぇよ。それがお前のためだ。
 知らなくていい事は知らないほうがいい。そうやってな、人間は夢見て幸せに死んで行くんだ。
 苦ぇモン知って、無念抱えながら死んでいくのはな……辛ぇぞ……」

 と……

「……だったら……」

 いきなり、ソウルジェムを取り出し、変身する美樹さやか。
 ……ま、まさか!?

「だったら、力づくでもアンタから全部、直接、秘密を聞きだしてやる!」
「ッ! ……こンの、バカヤロウがあああああ!!」

 こうなった以上、手加減は出来ない。
 沙紀のソウルジェムを手に、俺も変身。手にするのは『兗州虎徹』……と……

「っつぇええああああああああっ!!」
「っ!!??」

 変身のタイムラグを突かれ、はるか外の間合いから、ゴルフスイングのように振りかぶった美樹さやかの剣が、屋上のコンクリートの床を、抉るように救いあげ……

 ガゴォォォォォッ!!

「ぐあっ!!」

 散弾のように飛散した礫片が、俺と沙紀めがけて降り注ぐ!
 しまった! ……迂闊、迂闊だ、俺の馬鹿……いや、病室に置き去りにして、直接人質に取られるよりかはマシか!

「やっぱりだね、師匠……普通の魔法少女だったら、こんな攻撃、屁でもない。
 でも、あんたは脆い。その速さと引き換えに、極端に脆いんだ!」

 左肩に刺さった破片が、じくじくと痛みを増していく。
 剣道でも剣術でも、両手で刀を振るう場合、軸となるのは左腕である。その左腕が今の一撃で殺されてしまったのだ。
 沙紀を庇いながらも、かつてないピンチに俺は絶句していた。

「この期に及んで、『師匠』かよ……馬鹿じゃねぇの、お前?」
「うるさい! あたしがアンタを認めてるんだ! だから……だから、あんたもわたしを認めて、話してくれたっていいじゃないか!」
「……そうかい。
 じゃあよ、古今東西、こういう時、師匠ってのはこー言うモンらしいぜ? 『つけあがるな、この馬鹿弟子がっ!!』ってな!」
「っ……この……馬鹿あああああっ!!」

 振りかぶって、再度の礫片の雨を向ける美樹さやか!
 兗州虎徹を捨てて、右手で沙紀を抱え、ダッシュで逃げながら礫片の雨を回避!

「っ、逃がすかぁっ!!」
「逃げるに決まってんだろタコ!」

 全速力で無事な右手で沙紀を抱えながら、ビルからビルの間を跳躍し、壁面を疾走しながら逃走しつつ。
 俺はどうやって、自分の縄張りまで逃げるかを、計算に入れていた。そこで罠にかけてしまえば、圧倒的な地の利が……

「げっ!!」

 見滝原大橋のアーチ上のてっぺんに、仁王立ちで陣取る、美樹さやかの姿に絶句。
 ……言っておくが、幅200メートル以上もある川を渡らねば、俺の縄張りまでは行けず。別ルートではもっと先回りされている可能性が高い!

「どうだぁっ! 師匠の縄張りになんか、逃がしたりはしないよーだ!」
「……甘ぇよ……」

 そう呟くと、俺は数百メートル離れたビルの屋上で沙紀を下ろすと、ソウルジェムから対物ライフル――バレットM82A1を取りだした。
 奴のソウルジェムを精密狙撃してる時間も余力も無い。破壊力で肉体ごとふっ飛ばす!!

「っ!! ちょっ、師匠! 鉄砲なんて反則、反則!」
「それがどうしたぁっ!」

 ビルの屋上の落下防止柵に、銃身を乗せた依託で安定させ、右手一つで対物ライフルを片手連続射撃!

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」

 両手持ちじゃなかった事と、傷の痛みで狙いが僅かに逸れた結果、辛うじて直撃は回避したものの、銃弾自体の衝撃波で吹き飛ばされた美樹さやかが、橋のアーチから足を滑らせて、川に転落。

「馬鹿が!」

 嘯きながらソウルジェムにバレットM82A1を収納しつつ、俺は沙紀を右手で抱え、ダッシュで橋の上のアーチを駆け抜ける。ここを抜ければ、あと少しで自分の縄張りだ。
 と……

「舐めるなあああああっ!」
「うお、しつこ!」

 アーチの真上に居る俺を狙い、一直線に刀の切っ先を向けて跳躍してくる美樹さやかの一撃を、俺は加速する事で回避し……

『そこまでよ!!』

 俺の足元と、美樹さやかの持つ剣に打ち込まれた銃弾。

 遥か彼方からのテレパシー……二キロほど先のビルの屋上で、巴マミが両手に二丁のマスケット銃を構え、それぞれの銃口で俺と美樹さやかを狙っていた。



[27923] 第十七話:「……私って、ほんと馬鹿……」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/04 00:21
『……………』

 とあるビルの屋上。
 俺と美樹さやかは、二人してコンクリートの床に正座で黄色いリボンで捕縛されていた。

「で、一体全体、私の縄張りで、私が巡回中に、魔法少女と魔法少年が乱闘事件を起こすなんて、どういう事なの?」

 額にカンシャク筋を浮かべた巴マミが、実にイイ笑顔で迫って来る。

「……すまねぇ、俺のミスだ。
 コイツに沙紀との内緒話を聞かれてな、はぐらかそうとしたら、いきなり襲われた」
「内緒話?」

 俺の言葉に、目線で美樹さやかに話を振る。

「魔女になるとか、沙紀ちゃんを殺すのって……師匠が」
「師匠じゃネェっつってんだろ?」
「ごっ、ごめん! でも……放っておけなくて。
 そんで、問い詰めても、『殺すぞ』って脅されたり、適当にはぐらかして答えられて……カッとなって……」
「カッとなって、沙紀ごと俺に向かって土●閃カマしたんだよな……『沙紀ごと巻き込んで』」
「あぅぅぅぅぅ……」

 ちなみに、現在、沙紀が俺の左肩を治療中である。
 ……相当に痛いハズなのだが、隙を見せようとせずに黙って治療してるあたり、沙紀の奴が妙に修羅場慣れし始めてて、怖い。

「それで、右手一本で沙紀さんを庇いつつ、美樹さんから逃げ回りながら反撃していた、と?」
「……まあ、そんな所だ」

 ようやく治療を終えた沙紀が、脂汗を拭うと、ちょこん、と俺の隣で正座を始める。

「……まず、美樹さん?」
「はい」
「あなた、本当に死にたいの?」
「え?」
「彼は『殺し屋』だって知ってるでしょ? 殺すと言う言葉に、遊びも冗談も無いのよ?
 あなた、殺される寸前だった事を、自覚なさい」
「……でも」

 いいよどむ美樹さやかに、巴マミは言い切る。

「いい事? 今回、あなたは本当に運が良かった。
 奇襲が成功し、更に、彼に沙紀ちゃんというハンデがあったからこそ、あなたは今、こうして生きてられるのよ?」
「うっ……そ、それは……」
「ワルプルギスの夜が来るまでは、確かに彼との同盟関係は有効よ。だからこそ、私も彼の縄張りを保護下に置く事にメリットを見出してる。
 でもね、『魔法少女』としては、決して後ろを見せていい関係じゃないの。私だって、いつ寝首を掻かれるか、知れたもんじゃないわ」
「そんな……」
「確かに、彼個人は、いわゆる『イイ人』かもしれない。
 でも、それと『魔法少年』としての行動規範は別の問題なのよ? 『必要があれば』彼は躊躇なくその刃を『魔法少女』に向ける。彼自身が言うとおり、今の彼は、『正義の味方』とは程遠い存在だって、自覚なさい」
「………」
「納得できない? ならば、今、この場で、沙紀ちゃんを私が保護したうえで、もう一度、彼と立ち会ってみる?
 ……今度こそ、確実に殺されるわよ、美樹さん」
「……いえ、無理です……」

 蒼白な表情で、自分が居た死地を悟ったらしい。
 ……まあ、正直、危なかったのはコッチのほうだったのだが。

「で、颯太さん」
「はい」
「あなたらしくない迂闊さですね。一体、何が?」
「……すまねぇ、純粋に俺のドジだ。色々動揺しててな」

 はぁ……と、溜息をつかれる。

「もしかしたら、あなた自身、気付いてらっしゃるのかもしれませんけど。
 ……『魔法少年』に向いてないのかもしれません」
「……かもな」

 ああ、分かってんだよ。
 ……カッとなりやすい所とか、変に甘いトコとか、人が良すぎるってのは。
 そもそも、首突っ込まなくてもいい殺し合いに、意地張って首突っ込んで、挙句、大量殺人をやってる時点で、俺はどこかがオカしいのだろう。
 先程の美樹さやかの質問に明言出来なかったのは、決して誤魔化しや嘘だけではない。

「ならば、話は早いわ」

 そう言うと、巴マミが紙束を一つ、取りだした。

「これは?」
「あなたが殺してきた『魔法少女』の関係者からの手紙。当然、差出人は全員『魔法少女』よ」

 っ……!!

「『直接、顔を合わせられないなら』って事でね……私が預かってきたの。当然、逆探知なんかの魔法は、かかってないわ」
「……俺に、どうしろってんだ?」
「どうもしないわ。ただ……」

 悲しそうな、憐れむような目で、巴マミは俺を見る。

「もし、返事が書きたいのならば、私が彼女たちに届けます。ただ、それだけ」
「……っ!!」

 目の前の紙束が、一瞬で100キロのバーベルに変化したような。
 そんな重さを前にして、思わず目がくらんだ。

「颯太さん。『今なら間に合う』なんて、気休めを言うつもりはありません。
 あなたは私たち並みの魔法少女より、遥かに重い星のめぐりのもとにいるのかもしれません。
 でも、だからこそ……これ以上、余計な荷物を背負う事は、もう必要ないのではないですか?」

 暗に、引退をほのめかされ、俺は……

「……好きこのんで背負いこんだモン、今更下ろせるかよ」
「そうですか……」

 沈鬱な表情になる巴マミ。
 ……チッ!

「すまねぇが、ちょっと解いてくれねぇか? その手紙の束、貸してくれ」
「はい」

 リボンが解かれ、手渡される手紙の束。
 それに俺は……握りつぶすと、ポケットから取り出したライターで火をつけた。

「っ!」
「ちょっ! あんた!」
「好きこのんで死にに来た奴の恨み節なんか、コッチの知ったこっちゃねーんだよ……
 巴マミ。伝えてくんな。『手紙は全部、燃やしました』ってよ……」

 燃え上がる紙束をグシャグシャに握りしめたまま。

「な、分かったろ。俺は本来、『こういう奴なんだよ』……だからさ、変に首突っ込んでも、良い事ぁ無ぇぞ」
「……下手な嘘はやめなよ、師匠」
「あ?」
「手、燃えてるよ」

 っ……!!!

「……知るかよ、ボケ!! めんどくせぇ!!」

 握りしめた燃えカスを、叩きつける。
 ……指摘されて気付いてからやってきやがった火傷の痛みに、内心、悶絶していたり。
 くそっ、くそっ、クソッ!! こいつらと関わってから、マジで厄日続きだ……クソッ!!

「大体、今更、俺に、ナニを書けってんだ!? 『彼女は勇敢だった』とでも書けってか!?
 こっちは殺したくもネェのに、ホイホイホイホイキュゥべぇの口車に乗って、俺を殺しに来た『正義の味方』に、殺されてろってのか!?
 ザケんじゃねぇ!
 こちとら生きるだけで必死なダタの人間だってのに、ご大層な奇跡と魔法で武装して襲いかかって来るテメェら魔法少女相手に、何をどう手加減しろってんだチクショウ!!」

 叫ぶ。もう、どうにもならなかった。どうにも止まらなかった。

「大体、なんなんだよ! 奇跡だ!? 魔法だ!?
 そんなモン、俺自身、一度だって頼んじゃいねぇってのに、なんだって俺の目の前に、キュゥべえに夢叶えるだけ叶えた後の『残骸』みたいな連中が、正義ヅラして勝手に沸きやがんだ!
 テメェらの願いは、ホントに『正義の味方』だったンかよ! 別のテキトーな夢見て、その『ついで』の安っぽい正義ヅラのしたり顔で現れやがった挙句、奇跡と魔法で俺や沙紀を殺しに来やがって!
 俺がどんな思いで毎晩毎晩、殺した馬鹿共の悪夢にうなされながら、布団の中で寝てると思ってやがる!
 そんな……そんな馬鹿な連中の事なんぞ、俺の知った事かってンだよおおおおおおおおおおっ!!」

 何もかもが、どうでもいい。
 もう、限界だった。

「俺は、奇跡も魔法も頼んじゃいない! 俺の願いは、そんなご大層なモンは必要じゃねぇ!
 父さんと、母さんと、姉さんと、沙紀と! 家族全員、笑って暮らせる家さえありゃあ、それ以上のモンなんて望んじゃいなかった! 剣術だって、最初はイザって時に誰かを守れれば、って思ってただけだ!
 だってのに……だってのに『正しい教え』なんぞにハマって、めちゃくちゃになった家族を救うために魔法少女になった姉さんを守るため、必死になって剣術に磨きかけて、銃の扱い憶えて、爆弾の作り方知って……姉さんが魔女になった後、ぼろぼろになった挙句の果てに、沙紀まで魔法少女になっちまって……
 俺に、俺に、他にどうしろってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
 家族全部見捨てて、独りで生きてけなんて、そんな滅茶苦茶な話があってたまっかよ!!
 俺がやれる事は人殺しだって何だって、やるに決まってんだろ!! 沙紀は家族なんだよ、ちくしょおおおおおおおおおっ!!」

「し、師匠……」
 絶句する美樹さやかに、俺は言葉を向けた。

「……ちょうどいいや。聞きたがってた事、教えてやるよ。
 『魔女』ってのはな、基本的に、魔法少女の『なれの果て』なんだよ。魔力使い過ぎて真っ黒になったソウルジェムから魔女が生まれ、魔法少女は死ぬ。
 コイツはな、どーにもなんねぇ病気みてーなモンなのさ。おめーら全員、沙紀まで含めて、化け物予備軍なんだよ」
「嘘……」
「嘘ついてどーすんだよ……言っただろ? 『苦ぇ現実知って死ぬより、幸せに夢見て死んで行け』って……。
 俺ぁ、どんな願いをテメーがしたか知らねーけどよ、今ならまだ、夢見て死ねるんだぜ、お前」
「そんな……嘘……嘘だって言ってよ! ねえ!」

 それに答えず、俺は沙紀のソウルジェムから、パイファーを抜いた。

「慈悲だ。苦ぇ現実知る前に殺してやるよ……馬鹿弟子が」
「嫌だ……あたし……まだ、告白もしてない……嫌だよ……死にたくない」
「諦めな。魔法少女になっちまった時点で、もー、どーにもなんねーのさ。
 奇跡も魔法も、タダじゃねーんだよ」
「助けて……助けて、恭介ぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「待ちなさい!!」

 マスケットを俺に向ける巴マミに、俺は喰ってかかる。

「止めるんじゃねぇ! テメェから殺すぞ!」
「構わないわ。でも順番は守って」

 そう言うと、巴マミは、美樹さやかを拘束していたリボンを解く。

「美樹さん。何も知らなかった、馬鹿な私を許してとは言わない。だから、あなたは私のソウルジェムを砕いて、私を殺す権利がある」
「ま、マミさん……?」
「でもね、一つだけ。一つだけ、お願いがあるの。
 私を殺した後、私の後を継いで、私の縄張りにいる普通の人たちを、魔女から守って闘って欲しいの。
 そして、『ワルプルギスの夜』という強大な魔女と、私の代わりに闘ってほしい。
 それを約束してくれるのならば、私は今、この場であなたに殺されたって、構わない」
「マミさん……嘘……じゃ、ないんだね?」
「ごめんなさい! 本当に……ごめんなさい!!
 これが、今の私が、美樹さんにできる精一杯。……ごめんね……本当に、酷い先輩よね……」

 泣きじゃくる巴マミに、呆然としたまま、美樹さやかが問う。

「……じゃあ、なんで……なんで魔女と戦えるんですか……?
 あの化け物と、私たち、一緒なんでしょ!?」
「魔女は人を襲うからよ。
 そして、魔女を倒せるのは魔法少女しかいない。
 だから、私たち魔法少女が一体でも多く、魔女と戦って葬って行くしか無いのよ」
「そんな……そんなのって無いよ……酷いよ! こんなのあんまりだよ!!
 こんな……こんな化け物の体で、恭介に抱きしめてなんて言えないよぉ!! キスしてなんて、言えないよぉっ!!」

 泣き叫ぶ美樹さやか。
 と……

「ふざけないでよ!!」

 バシッ!! と……沙紀の平手打ちが、美樹さやかに決まる。

「あんたは……あんたはまだマシよ! 私はどうなるの!
 戦えない魔法少女で、お兄ちゃんが居なければどうにもならない! 自分でグリーフシードを集める事だって、出来やしない!
 『魔法少年』が絶対必要な『魔法少女』が、家族以外の好きな男の人とキスなんて出来ると思うの!? 抱きしめてなんて頼めると思うの!?
 それとも、上条さんに『魔法少年』になってくれって、頼めって言うの!? お兄ちゃんみたいに、ボロボロになるまで戦って! って頼めっていうの!?
 そんなの……そんなの耐えられるワケ無いじゃない!
 お兄ちゃんのボロボロになった体見たでしょう!? あれが『魔法少年』の現実なんだよ! お兄ちゃんにだってそんな事してほしく無いってのに、この上、上条さんまでそうなっちゃったら、私、どうなっちゃうか分かんないわよ!!」
「うっ……う……そんな……そんな……」
「そうよ! 私だって上条さんが好き! でも、絶対にキスしてなんて頼めない! 抱きしめてなんて頼めない! お兄ちゃんだって……お兄ちゃんだって……本当は……本当は……
 だから、本当に化け物になる前に、気持ちだけは伝えたかった! 魔女になったら、気持ちを伝えるどころじゃないのよ!」
「っ!!」
「あんたは何!? だらだらだらだら幼馴染のままズルズル気持ちも伝えられなくて、ぬるま湯みたいにウジウジウジウジ!
 冗談じゃないわよ! 魔法少女に好きな人が出来たら、時間なんて無いのよ! キスでも何でも、人間で居られるうちに、やっておく以外に無いじゃないの! 今のあんたは、キスだって出来るし、抱きしめてだってもらえるし、そのもっと先の事だってシテもらえるんだよ!? 伝染る病気じゃないんだから!!」

 キレ倒して涙を流しながら、美樹さやかに絶叫する沙紀。
 そして……

「……行って来い……」
「え?」
「いますぐ告白してこい! この馬鹿弟子がーっ!!」

 そのまま、文字通り、美樹さやかの尻を沙紀が蹴飛ばしやがった。

「ば、馬鹿弟子って」
「うるさい! 私はお兄ちゃんとワンセットなんだから、あんたは私の弟子だーっ!!」
「ちょい待て! 俺は許可してねぇ!」
「うるさーい!! とにかく上条さんに告白してこんかー!!」
「はいいいいいいいいっ!!」

 ガーッ、と口から火を吐くよーな勢いで、暴れ倒す沙紀に、飛び上がって駆けだす美樹さやか。
 ……もー、メッチャクチャである。

「……すまん。なんかもー……疲れた。
 巴さん、今日のトコは解散で、イイッスか?」
「そ、そうね……うん、そうしましょっか」

 なんか、お互い、ドンヨリとした目で見合いながら、納得しあう。
 と、ふーっ、ふーっ、と……涙目で猫みたいに肩を怒らせていた沙紀が、なんか、遠い目でぽつりとつぶやいた。

「なんで恋敵に塩送ってるんだろ……私って、ほんと馬鹿……」

 なんか、後悔してるっぽい風につぶやく沙紀の言葉に、俺は暫し頭を巡らし……

「あー、沙紀。
 その……かっこいい馬鹿なら、いいんじゃないか?」
「うるさーい!!」

 キレキレ暴走中の妹様に、火傷した手に蹴りを喰らいました。……痛ぇ……



[27923] 第十八話:「……ひょっとして、褒めてんのか?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/05 22:30
「……よぉ、久方ぶりだな」

 色々と疲れ果てて、なんとか病室に戻り、ベッドに入ろうとした時。
 不意に窓に現れた、暁美ほむらに、俺は声をかけた。

「あなた、一体全体、佐倉杏子に何をしたの?」
「何を……っていうか、何かされたのは、コッチのほうなんだが?」
「ええ、佐倉杏子に、逆撃を喰らわされた……それは知っているわ。
 でも、あなたはその時、佐倉杏子に何をしたの?」
「……何だよ。あいつがどーかしたのか?」

 その質問に、暁美ほむらが、首を横に振りながら。

「今の彼女は、滅茶苦茶よ。
 縄張りにちょっかいを出してきた魔法少女を、殺人寸前まで痛めつけたり。かと思ったら、無気力にお菓子をドカ喰いしたり。
 ……正直、あんな彼女、見た事が無いわ。あの調子じゃ、早晩、魔女になりかねない」
「単にワガママ娘が、本性現したんじゃねーの?」
「違う。本来、私は佐倉杏子を軸にパーティを編成して、ワルプルギスの夜との戦いを組む事を想定していた。
 そして、巴マミという嬉しい誤算を経て、勝ち目のある闘いになると思っていた。
 だというのに……これでは、佐倉杏子と巴マミの立場が入れ替わっただけで、状況的には全く変わらないじゃない!」
「いや、そんな苦情を俺に言われてもなぁ……」

 実際、トンと憶えが無いのだから、しょーがない。

「とすると、巴マミかしら? 確か、彼女があなたを助けたそうね?」
「ああ、まあ……俺の縄張り全部と引き換えに、な。
 ついでに、俺も沙紀も、巴マミの保護下。首根っこ抑えられちまった」
「……あなたが言ってた『魔女の釜』も?」

 チッ!

「さあな、そこまで話す義理はネェ」

 とぼける俺だが、暁美ほむらは俺の目を見て、淡々と話し始めた。

「ずっと疑問だったの。
 あなたの縄張りは、そう広く無い。狩れる魔女の数も知れている。
 だというのに、沙紀さんのソウルジェムは、綺麗な色をしていた。あまつさえ、あなたに魔力を貸し与えて『魔法少年』に変身までさせる事が出来た。
 そして……『あなたは自分の縄張りで、使い魔まで魔女を一切、見逃していない』」
「……なんで分かるんだよ」
「佐倉杏子が言ってたでしょ。人間を魔女が喰う。そして魔女を魔法少女が喰う。
 そのために、佐倉杏子は、使い魔を見逃しさえしていた……だというのに、あなたの縄張りには、一切、使い魔の気配すらない」
「…………」
「殺し屋と言われるあなただけど、『人間』の倫理はしっかり守っている。
 恐らくあなたは、魔法少女や魔女の世界の倫理に、ただの人間が巻き込まれる事を、極端に嫌っている。魔法少女だけが引っかかるように仕掛けられたトラップの数々が、それを証明しているわ」
「……だったら、何だってんだよ?」
「そして、あなたにはもう一つ。全てに優先される、最大の倫理がある。
 『沙紀さんを守る』……私が鹿目まどかを守るように、あなたが沙紀さんを守り通すためには、グリーフシードが絶対必要。
 だというのに、使い魔の気配すらない、狩り場として機能してるとは言い難い縄張り。
 さらに、縄張りやあなたの周囲に、ほぼ一切存在しない、インキュベーター。
 そこから導き出せる答えは一つ。
 
 ………あなた、『魔女を飼っている』わね?」

 ……くそっ!!

「穢れを吸いきったグリーフシードは、孵化して魔女になる。だけど、その魔女を退治すれば、また綺麗なグリーフシードが手に入る。
 恐らく、あなたは安全に魔女を処理できる、何らかのシステムを構築している。
 それが……『魔女の釜』」
「……ご名答。イイカンしてるぜ、暁美ほむら」
「インキュベーターが、何故、新人の魔法少女ばかりをさし向けるかが、ようやっと理解できた。
 何も知らない魔法少女たちにとって、魔女を飼い慣らし、魔法少女を狩る存在なんて、邪悪以外の何物でもない。逆に、佐倉杏子のようなベテランは、その有用性を理解出来てしまう。
 結果、佐倉杏子クラスのベテランが、大挙して押し寄せる事も無く。あなたは暗殺魔法少女の伝説を広めることに成功した。
 発想が、狩猟ではなく牧畜に近いその方法。宇宙のエントロピーを維持するために、グリーフシードを集めるインキュベーターにとって、確かにあなたは敵対者だわ」
「そして俺は、今度こそ本当に、全ての魔法少女の敵として、認識されかねない。
 魔女になりかけた魔法少女を、文字通り『魔女の釜』の中に突き落とす役割なワケだから、な」
「ええ。魔女が魔法少女の成れの果てだと知れたら、あなたのやっている事は、死者への冒涜以外の何者でもない。
 仮に、真実を知ったとしたら……いえ、真実を知ればこそ、多分、魔法少女たちは、あなたを許せなくなる」
「……巴マミは、許したぜ」

 その言葉に、暁美ほむらの目が、おおきく開かれる。

「まさか、彼女が!?」
「愉快じゃないけど、仕方ない。そう言って、納得してくれた」
「ありえないわ。彼女の性格からして……」
「あいつと暗殺契約結んでんだよ。死ぬ間際に、ソウルジェム砕く、ってな。
 だから釜ン中に蹴り落とされる事は無い、って思ってんじゃね?」
「それで……納得が行ったわ、御剣颯太。あなたは、本当のイレギュラーだったのね」
「……だから何なんだよ? そりゃあ?」

 向こうで勝手に納得されて、俺は説明を求めた。

「私の知る巴マミだったら、そんな事に納得はしなかった。いいえ、魔女化の事実にすら、耐え切れなかった。
 だというのに、この時間軸であなたと関わった巴マミは、短期間で超足的な人間的成長を遂げている。
 いわゆる、『悪』と言われる要素も飲み下し、その上で自分の正義を貫く強さ。あなたたち二人を、『魔女の釜』ごと、縄張りの保護下に置いた事なんか、その典型例。
 そのキッカケを与えたのは……御剣颯太、あなたよ?」
「俺がぁ? どっちかっつと、沙紀じゃねーのか?」

 あの時、泣きじゃくる巴マミを受け止めたのは、沙紀である。
 正味、俺はあの時、殺すつもりですら居たのだ。何より、C-4でシャルロットと纏めて爆殺しようとしたのは、間違いが無い。

「二人で一つの魔法少女……いえ、魔法少年という概念で行動するあなたたちは……もしかしたら、この世界の希望に成り得るのかもしれないわね」
「よせよ。俺はただ、妹かわいさに大量虐殺してる殺し屋だぜ? どっちかつと、絶望を撒き散らしてる側のほーだ」
「だからよ。
 誰かの幸せを祈った分、誰かを呪わずにはいられない。
 逆を言えば……巨大な絶望を撒き散らすあなたこそが、大きな希望をもたらす事が出来るのかもしれない」
「はっ、馬鹿ぬかせよ! どこの宗教だよ、それ?
 っつーか、今俺が、一番祈ってんのは沙紀の幸せだけで、後はぶっちゃけどーだっていーんだぞ?」
「時を繰り返してきた者の言葉よ。安い賛辞と一緒にしないで」

 その言葉に、俺は目が点になった。

「……ひょっとして、褒めてんのか?」
「悪い? これでも感謝してるのよ。一応……私が、最初に魔法少女になった時の、先輩だったんだから」

 そう言って、暫し、考え込む彼女。

「危険かもしれないけど、あなたが……いえ、あなたと沙紀さんが居るというファクターさえあれば、大丈夫かもしれない。
 巴マミを軸に、対ワルプルギスの夜戦のシナリオを構築しましょう。
 佐倉杏子を何とか説得して、脇に据える形なら、なんとかなるかもしれない」
「いや、フツーはそう考えるだろ?」

 ベテランで、安定感あって、清濁併せ飲む器量を持ちつつ、人間のために戦う穏健派の魔法少女。
 実力はあっても、過激派で人を人とも思わない佐倉杏子とは、エラい違いである。というか、実力は認めても、正味アイツとは組みたくない。
 奴は徹底的に『魔法少女』の倫理で行動し続けているのだ。
 無論、それは目の前の暁美ほむらもそうだが、彼女の場合は、鹿目まどかというストッパーが居る。

 が、奴は……佐倉杏子は、正味、糸の切れたタコのようなものだ。『人間』の立場としては、危険極まりない魔法少女である。

「だから、普通じゃないのよ、私にとって、この世界は。
 そもそも、『魔女の釜』なんてモノを運用しよう、なんて発想が出てこなかったわ。
 教えて、一体、どこからそんな発想が出たの?」
「……どうしてそこまで教え無きゃならねーんだ?」
「無論、対ワルプルギスの夜戦に、よ。
 グリーフシードの供給が無限にあれば、私たち魔法少女が、常に闘い続ける事も、不可能じゃない」

 やっぱりこいつも魔法少女か。
 ……こいつは、この『魔女の釜』がもたらす、災厄の可能性について、全く考えていない!!

「……なら、話せねぇな……コイツは、超ド級の厄ネタでもあるんだ」
「システム的に、不安定だ、って事?」
「そいつもある。これが完璧に機能すりゃあ、縄張りなんて、そもそも必要無ぇからな。
 つまり、こいつはまだ、不完全な代物なのさ。
 ……だが、俺が危惧してんのは、佐倉杏子みたいなナンデモアリの武闘派に、こいつが渡った時、人間側にどんな災厄が降りかかるか、知れたもんじゃねーからだ」
「っ!! 彼女は、本来そんな子じゃ」
「本来もクソも、やってきた事はそーいうこったろーが! 人間の俺から見て、信用がねーんだよ。
 よし、もうひとつ、お前が絶望しそうな事を教えてやる。
 ……このシステムを利用したとしても、エネルギーってのは熱量保存の法則がある。原子炉の核燃料みたいなもんで、グリーフシードの再利用にも、多分限度ってモンが来るだろう。結局、インキュベーターが魔法少女を生み出して行くシステムそのものは、変えられない。
 そんでな……最大の問題は、俺はインキュベーターと敵対しているが、このシステムを上手く使えば、奴らと共存すら可能だって事だ」
「っ! そんな……事が!?」
「ああ、可能だぞ。あいつと一緒になって、魔法の力で正義の味方のカンバン掲げて、人助けしながら人間にこう囁けばいい。
『キュゥべえと契約して、私みたいな魔法少女になってよ』……ってな。そんで、魔女になった魔法少女を、『魔女の釜』に蹴り落とすんだ。グリーフシードの稼ぎは適当に折半。上手く行けば、永遠の若さを保ったまま、何百年、何千年でも生きられるだろうな」
「っっっっっっっ!!!!!!!!!!!」

 絶句する彼女。
 無理も無い。繰り返している中で、インキュベーターのおぞましさは、嫌というほど知ってるのだろう。
 そして、ただ望みをかなえて生きるためだけに、彼らと同等の存在に成り果てた己の姿を、しっかり幻視してしまったに違いない。

「化け物って意味じゃねぇ。ある意味で、本当の『魔女』の完成だよ……正直な、巴マミにこの事を話したのは、あいつの悪辣なトラップだと思ってる。
 巴マミの願いは……お前さんなら、話すまでも無ぇな?」
「生きる事……それそのものが、罪と成り得るシステムが『魔女の釜』……なんて事!!」
「このシステムな、グリーフシードの総取りを考えてるキュゥべえからしても面白くないし、人間である俺の立場からしても、迂闊に公開できやしねぇ。うっかりしたら、魔法少女に人類が滅ぼされちまう。
 結局、情報を公開する事も出来ず、奴を相手に暗闘を繰り返す以外に、手が無ぇのさ。
 で、だ。暁美ほむら。それを知った上で……お前はまだ、コイツについて詳細とか深く聞いてみたいか?」
「……ごめんなさい。これは……私たち、魔法少女が知るべきシステムじゃなかった。
 魔女化のほうが、まだマシだわ!」
「お前がそう言ってくれるのは嬉しいんだがな……お前は、知っちまったんだぜ?」
「見損なわないで!!」

 絶叫する暁美ほむら。

「私は……私は、魔法少女なんか関係ない!! まどかと一緒に友達として、過ごしたいだけよ!」
「……OK、そいつにかけたお前の執念が担保だ。鹿目まどかが魔法少女になった段階で……俺は、お前を殺すぜ。少なくとも、魔法少女にならなけりゃあ、寿命ってモンがあるからな」
「構わないわ。是非そうしてちょうだい。むしろ、私からお願いするわ、御剣颯太」
「オーライ。俺は沙紀と一緒に、生きれる限り生きる。お前は秘密を口外しない。OK?」

 そう言うと、彼女は皮肉っぽく微笑んだ。

「OK、あなたを信じるわ」
「おいおい、殺し屋のナニをさ?」
「その、生き意地汚なさと、執念深さと、狡猾さを、よ。
 あなたがどんな過激な生き方をしようが、まどかが寿命を迎えるよりも、あなたと沙紀ちゃんのほうが長生きしそうだわ」

 ……俺を、何だと思ってるんだろーか、この女は。

「……言ってくれるぜ、この悪党が」
「あら、悪党はあなたでしょ?」
「おめーの執念にゃ、負けるよ、この時間遡行者が」



[27923] 第十九話:「なに、魔法少年から、魔法少女へのタダの苦情だよ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/06 19:26
「一つ、確認させて欲しいの」

 暫しの沈黙の後。
 暁美ほむらは、当然の疑問を口にした。

「もし、あなたが……その魔女の釜を利用して、あなた自身が言ったような行為に走らないという保障は、どこにあるの?」
「いい質問だな。暁美ほむら」
「茶化さないで。お互いに、知ってはならない秘密を知ったようなモノよ。真剣になるのは、当たり前だわ」
「まず、一個目の理由。
 俺は、心の底からキュゥべえを……インキュベーターを心の底から憎んでいる、って事。
 エントロピーがどーだか知らねぇが、テメーの汚ねぇケツの尻拭いを人間様になすりつけていやがる時点で、仏ッ殺死モンだぜ。
 次に、人間のルールを逸脱して、魔法少女の力で気安く悪事を働くような、ガキじみた発想の持ち主が、とことん嫌いだって事さ。
 魔法少女の『願い』ってのは、万人共通の願望でもある。だが、そいつを盾に、他人にどれだけ好き勝手、迷惑かけても構わない、って事にゃあ、ならねーだろ?
 まっ、俺自身、人殺しだから、言ってる事が倫理的に破綻してんのは分かってるんだけど、な……それでも、どうも魔法少女の行動ってのは、馬鹿な俺よりも考えなしに行動するよーなウルトラ馬鹿が多すぎて、手に負えネェ。
 そんな連中相手に、無限のエネルギーなんぞ与える気にぁなれねぇなぁ……佐倉杏子あたりなんざぁ、はっきり言やぁ、とっとと魔女に化けてもらったほーが、世のため人のためなんじゃねーかとすら、俺は思ってる。
 曲がりなりにも理性を持って悪事を働いてる分、ある意味余計に始末に悪いぜ」
「……佐倉杏子のくだりは兎も角、大筋では同感だわ」

 あっさりと言い切る、暁美ほむら。
 だが……俺は、一つの事実をつきつけるために、彼女に話を振った。

「あのさ、お前……子供の遊びの万引きで、潰れた本屋の話って知ってるか?」
「?」
「いや、店で売ってる本や漫画ってのは利益率が薄くてな。一冊盗まれるだけでも、書店のオッサンオバチャンは大変な目に遭うんだ。
 お前、知ってるか?」
「私は、本屋で万引きなんてした憶えは無いわ」
「そうか?
 じゃあ、聞くがな。ご近所にある、陸上自衛隊の見滝原駐屯地……知ってるか?」
「っ!! ……何が、言いたいの?」
「なに、魔法少年から、魔法少女へのタダの苦情だよ。
 自衛隊って組織はヨ、えっらい窮屈な組織でなー。訓練で使った弾の数と空薬莢が一個足りないだけで、部隊総出で、その空薬莢を探しに回るような組織なんだ。銃の排莢口に袋をかぶせて空薬莢が漏れないようにしてるわ、銃本体の部品を落とさないために銃をガムテープでぐるぐる巻きにしたり、涙ぐましい努力を、自衛官さんたちはしておられる。
 まあ、平和な日本で、脳ボケた五月蠅い市民様を納得させるためには、そういう風にならざるを得ないわけだな。
 いつ、その銃口が悪用されるか、知れたもんじゃない、と。……その市民様を守るために、彼らが必死になってるってのによ。
 で、二週間前だったかそこらだったか……『大量の銃火器が、自衛隊駐屯地から消失した』。ついでに、近くにある米軍基地からもさ。
 内容がヤヴァ過ぎて広報こそされちゃいないが、部隊の中じゃ大騒ぎ。そして、俺の目の前には『銃火器を使う、珍しい魔法少女』が一人。
 盗まれた銃器類は、具体的には……」
「もういいわ。で、何が言いたいわけ? 同盟の解消?」
「タダの苦情だ、っつってんだろ? 最後まで聞け。
 だがな、珍しい事に……そんだけの騒動があって、自衛官たちは誰も処分されなかった。誰もクビにならず、責任を取る事もなく、そんな事実は無かった事になった。最初は、ヤバ過ぎて誰も処分出来なかったのかな、と思ったが……どうやら、変な所から妙な圧力がかかったらしい。『奇跡的に』、な……」
「……だから、何が言いたいの?」
「一週間前、間抜けにもトラップに引っかかった、俺の縄張りにやってきた魔法少女はな……『見滝原駐屯地に所属する自衛官の娘さん』だったんだよ」
「っ!!!!!」

 俺の言葉に、目の前の魔法少女が絶句する。

「おめーなら、分かるだろ? ……魔法や奇跡で直接起こしたことは、同じモンで元に戻せるかもだがな。それが引き金になって『起こっちまった事』ってのは、魔法や奇跡じゃ、どーにもなんねーんだぜ?」
「私に、彼女に償え、というの?」
「馬鹿言うなよ。おめーは対ワルプルギスの夜のための、決定的な切り札だ。
 それに、彼女を罠に嵌めたのは俺だし、殺したのも俺だ。魔法少女の尻拭いをすんのは、決まってマスコットの仕事だって、相場がきまってんだから。
 だからな、お前に行くのは俺からの苦情っつータダのアドバイスだ。お前は安心して、鹿目まどかを救う事に、集中すりゃあいい。
 ただな……キュゥべえに……インキュベーターに付け入られるような、哀れな魔法少女を増やすような真似だけは、なるべくしてくれるな。
 俺からの願いは、そんだけだよ」
「……承ったわ。
 ただ、一つ聞かせて。
 あなたが使う銃器は、一体どこから? ヤクザからでも買ってるの?」
「モノにもよるが、日本のヤクザに出回るような玩具じゃ、大して役に立たねーよ。
 原則は、ソウルジェムに収納しての密輸。購入先は海外の色々、複数のルートがある。
 日本じゃ違法でも、海外じゃ合法って武器は、銃器以外にもゴマンとあるし、特に、場所によっては特注の武器なんかも作ってくれるしな。
 もっとも……日本円で購入可能で、領収書が必要じゃない武器商人に限られちまうのが難点なんだけどな。日本円がハードカレンシー(国際通貨)である事に、マジで感謝してるよ」
「領収書?」

 なーんも分かって無い暁美ほむらに、俺が頭を抱えて溜息をつく。

「……あのなぁ、俺の姉さんが残してくれたお金は『日本円』なんだぜ? しかも、ちょっと洒落にならない一地方都市の年間予算に匹敵する、大金だ。
 そんなもん考えなしにドルに変えて、バカスカ海外で使ってたら、『恐怖の存在』がやって来ちまうだろうが!! ぶっちゃけ、佐倉杏子よりもお前よりも、ある意味ワルプルギスの夜よりも、オッカネェ連中だよ!」
「歴戦の魔法少年をも怯えさせる存在って、一体、なんだというの?」
「税務署だよ!!」

 暫し。
 ポカーンとした表情で、暁美ほむらが呆然となる。

「……なんだよ。あいつらマジおっかねーんだぞ! 拾得物扱いの姉さんのお金にだって、税金かけよーとして行きやがるんだ。俺が生活の維持のための資金洗浄に、どんだけ苦労してっと思ってんだよ!!」
「あー、その……苦労してるのね、あなたも」
「アッタリマエだろ! 都合のいい奇跡なんて、この世にゃ存在しねーんだよ!
 いくら大金持ってたって、出所不明だったりしたら、尚更扱いが難しくなるんだよ。
 ……時々思うんだ。姉さんがもっと別な願いしてたら、俺は魔法少年続ける事も、無かったんじゃネェかな、って。
 どんな理由があろうとも、魔法少女になる『願い』に、現金を願うのはオススメできるモンじゃねぇなぁ……と」

 ……あかん、ちょっと……涙出てきた。
 
 というか、真剣に頭が痛い問題だったりするのだ。これ……
 魔法少年、御剣颯太にとって、大きな力の源である姉さんの遺産だが、同時にそれは呼び寄せたくも無い宿敵に、監視の目を向けられる事になる。
 いや、ほんと……ガチでマルサに踏み込まれた時は、どうしようかと思いました。

 だって、考えても見よう。億単位の現金の世界って、マジで人殺しが出来ちゃう世界だったりするのだ。
 遺産目当てや保険金目当ての殺人なんて、ミステリーやサスペンスの世界では定石中の定石の動機だし、俺の家が破滅したのも、結局はお金の問題でもある。
 そして、迂闊に銀行にも預ける事の出来ない、桁はずれの大金を手にしてしまった俺が、『自称』親戚に嗅ぎつけられないようにするために、どんだけ苦労した事か。そのへんの意味では、父さんや母さんの最後の行動や日ごろの行状に、逆に感謝せざるを得ない。
 何しろ、新興宗教にハマって無理心中を図った末に残された三人兄妹。どこだって面倒なんか、見たくないのだ。

「ま、そんなわけでな。お前がこないだ、俺の武器庫でコマンドー買いしてってマジギレてた理由、分かってくれたか?」
「え、ええ……その……悪かったわ」
「おう。で……だ。
 こっからが取引の時間だ。
 ワルプルギスの夜が来るタイムリミットまでに、一度、海外で武器弾薬を補給する日を、既に決めている。時間が無いから、東南アジアあたりで仕入れる事になりそうだが、いい口入屋を知ってる。
 そん時に、お前が必要とする銃器や弾を、ついでに買ってきてもいい。ただし、条件がある」
「お金なら無いわよ。それとも……私に、銀行に窃盗に入れとでも?」
「アホか? お前は誰よりヤバいモン握ってんじゃねぇか」
「?」
「未来の情報だよ。これから起こり得る事、起こってきた事。お前さんが気付いた事でもいい。
 そこン所の折り合いつけて、お前さんは俺を通じて武器を手に入れる。……どうだ?」

 俺の振った取引の話に気付いたのか、彼女が深々と溜息をついた。

「御剣颯太……さっきの自衛官の娘さんの話は」
「うん、嘘♪ でも、結構リアルだったろ?
 まー、実際はヤヴァ過ぎて沈黙状態ってところだよ。処分なんかしたら、事が公になるからな。
 俺から供給された武器を手にしたら、早めに返しておきな。あと、使った弾とか……までは憶えて無さそうだな、お前」
「カートン単位で持ち出してるから、その分はそちらで揃えてもらおうかしら。
 にしても……ほんと、喰えないわね、あなた」
「言っただろ。ワルプルギスの夜を倒すまでは、俺と、おめーは、協力関係なんだ。
 お前さんは視野は狭いが、馬鹿じゃねぇ。少なくとも今の取引で、俺の嘘の意味に気付けただけ、佐倉杏子や美樹さやかよっかマシな取引相手だ。
 慣れ合えとは言わねーけどよ、ソコん所までは、もちつもたれつで行こうぜ」
「了解したわ、御剣颯太」

 そう言って苦笑いしながら差しだされた暁美ほむらの手をとり、俺は彼女と固く、握手を交わした。



[27923] 第二十話:「まさか……あなたの考え過ぎよ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/08 04:25
「さって、と……すまねぇが、早速知りてぇ事がある。美樹さやかについてだ」
「彼女の事? まだ、何で?」
「彼女も、対ワルプルギスの夜戦の、こちら側の駒になってもらう。今さっき、おもいついた」

 俺の言葉に、暁美ほむらは首を振った。

「あなたらしからぬ、非合理な判断ね。
 彼女は所詮、新人よ。素質はあっても不安定で暴走しやすい以上、ワルプルギスの夜相手の戦力には成り得ないわ」
「勘違いすんじゃねぇ。何も、直接、ワルプルギスの夜に、直接ぶつけようってんじゃ無ぇヨ。
 あいつの役目はな、対ワルプルギスの夜戦における『鹿目まどかと、その身内の護衛』だ」

 俺の言葉に、暁美ほむらの目が見開かれる。

「どんな計画を練っていたとしても、不測の事態ってモンは起こり得る。
 そン時に、魔法少女の真実を知ってて、かつ、鹿目まどかに近く、かつ、彼女を護り得る人材、っつーと……アイツしか思いつかなかったんだ」
「なるほど……え、待って!? 真実を……知った?」
「ああ、ついさっき、な」

 そう言って、俺は先程の出来事をテキトーに端折りながら暁美ほむらに話し……。

「あ、あなたって……いえ、あなたたちって、本当に、何者なの?」
「知るかボケ。こっちが聞きてぇよ。
 ……まぁ、アイツは馬鹿で間抜けで脇が全く見えちゃいないが、カンも筋もいい。やりようによっちゃ化ける可能性も否定は出来ネェ……恐ろしい事にな。
 とりあえず、ざっと今、俺が考えてるのは、お前、巴マミ、佐倉杏子をワルプルギスの夜にぶつけ、俺個人は遊撃、もしくは要撃に回り、美樹さやかは鹿目まどかの護衛っつーシフトだ」
「FWにベテラン魔法少女三人、MFがあなた、美樹さやかがDFって事、ね?
 ……待って、あなた自身の仕事は具体的には?」
「だから、要撃だよ。快速と銃器の射程を活かしながら、ワルプルギスの夜が展開する使い魔たちを排除して、お前ら攻撃組がワルプルギスの夜相手に専念できるような、サポートだ。
 時々こっちからもワルプルギスの夜にカマす事は考えておくが、基本あまりアテにしないでおいてくれ」

 俺の提案に、暁美ほむらは意外そうな表情を浮かべる。

「あなたの事だから、ワルプルギスの夜に、イの一番につっかかると思ってたんだけど」
「本当は、そうしてぇ所なんだが、こっちはこっちで辛くてな。
 悪いが、最前線で支え続ける程の防御力が、俺には無い。一発被弾したらアウトだし、ましてワルプルギスの夜の一撃なんて食らったら、即、人生終了なんだ。
 つまり……美樹さやかとは別の意味で、俺の戦闘能力ってのは不安定なんだよ。
 ……ってわけなんだが。どうだ、ざっとだがプランに異存は?」
「なるほど、だから要撃に回る、と……了解したわ、基本方針は、それで行きましょう。細かい作戦のツメは後日って事で。
 とりあえず、美樹さやかの情報ね?」
「おう。とりあえず、アイツに告白させる事までは何とか決意させたが、相手がいる事だからな。
 そのへんの未来情報……いや、何でもいい。とりあえずお前さん、知ってる事を教えてくれないか?」
「そう、ね……彼女は正直、私とは相性が悪いわ。半端な正義感で暴走して、魔女化する運命を繰り返してるように見える。
 魔法少女になった段階で、魔女になる事を誰よりも宿命づけられてるような、そんな子よ」
「だろうなぁ」

 何も考えないで、俺に土下座して弟子志願してきたりとか。ハンパに感が鋭くて他人の地雷を踏みに来るところとか。
 正味、佐倉杏子よりかは良識を備えている分、好感が持てるが、魔法少女という存在には一番向いてないんじゃないかとも思う。

「まあ、アイツがワルプルギスの夜まで持ってくれりゃ、あとは魔女になろうが天使になろうが、俺は知らん。
 重要なのは、あいつが『鹿目まどか』を守れる戦力として機能し得る状態で、ワルプルギスの夜の闘いを迎えるって事だ」

 と……
 
「……ありがとう。まどかに気を使ってくれて」
「勘違いすんな。
 鹿目まどかってのは、ワルプルギスの夜を超える、最悪の魔女の元ネタなんだろ? そいつを修羅場でQBが見逃すとも思えん。
 巴マミみたいに、『選択の余地が無い状況に追い込まれて契約しました。ドッカーン』なんて事態が、一番ヤベェ。
 ……本当は、俺的には殺しておきたいくらいではあるんだが……ああ、分かってる分かってる! そんな目で見んな! 俺もタダの一般人は、殺したくなんてネェんだよ! だからこんな無茶な作戦に付き合ってんじゃねーか!」

 ものすげぇ殺気だった目線で睨まれて、俺は両手をあげる。

「……一応、その言葉は信じておいてあげるわ。
 で、美樹さやかの情報だったわね?」
「おう。……正味、魔法少女の願いなんて踏み込みたくないんだが、こればっかりは仕方無ぇ。
 っつーか、アイツの願いって、色恋沙汰に絡んだモンなんじゃねぇのか? 『恭介ぇ』とか叫んでたから……彼がらみとか?」
「ご明察よ。上条恭介の左腕が、交通事故で動かなくなっていたのは知っている?」
「あっちゃー、マジかよ!?」

 俺はその段階で、頭を抱えた。

「目的と手段がゼンゼンズレてやがる……あいつ、ひょっとして願いをかなえる時に、自分の本心に気付いてなかったとかってんじゃねーだろーな?」
「と、言うより……見てられなかったんでしょうね。過激な程のリハビリを繰り返して努力しても、治らないと宣言されてたから」

 最悪である。これ以上無いくらいに、最悪の未来しか見えない。

「……あのバカ、男のプライドとか、分かってんのかな?」
「プライド?」
「女はドーだか知らんが、男にゃあな、誰しも踏みこまれたくない領分ってモンがある。
 例えば、彼にとっちゃバイオリンだったりとか。俺にとっちゃ和菓子作りだったりとか。こう、なんつーのかな……己が己で在るために依ってるモンってのは、ある意味、手前ぇの命よっか大切なモンだったりするんだよ。
 もしうっかり、上条恭介が、その事を知っちまったら……最悪の結果に、なりかねんぞ」
「最悪の結果?」
「バイオリンを捨てるかもな」
「まさか……」

 笑い飛ばす暁美ほむらだが、俺は真剣にその可能性を考えていた。
 はっきり言って、上条恭介のバイオリンのスキルは、素人の俺から見たって『ホンモノ』である。そこに積んできた研鑽や自負は、一見草食系な外面からは見えないだろうが、恐らくは誰よりも激しいモノだったに違いない。
 交通事故で動かない腕を、必死に治そうとしていたのは、その表れだろう。
 そこに、美樹さやかが『私が魔法少女になってまで、あんたを救ったんだ、だから私と付き合え!』なんて、恩着せがましく迫ったとしたら?
 幾ら幼馴染だとはいえ、彼のプライドは一瞬で崩壊してしまうだろう。あとは双方、破局まっしぐらである。

 まして、美樹さやかと上条恭介は『近過ぎる』のだ。
 近過ぎるが故に、お互いに『見えているつもり』になって、全然見えてない心の死角に気付かずに、互いに互いの地雷を踏んでしまう。
 美樹さやかが魔法少女になったのも、恐らく上条恭介自身が踏んだ、彼女の地雷が原因だろう。
 そして、近過ぎる関係であればあるほど、『他人』と『自分』の境目というのは、極端に曖昧になっていき、しまいには、他人を『自分に属するモノ』として扱ってしまう。
 いわゆる、ボーダー障害という奴である。
 この障害の厄介な所は、『他人が指摘するまで、自覚症状が絶無』だという事だ。
 いわゆる、パワハラや児童虐待なんぞはこれに当たるケースが多い。部下を好きに使って何が悪い、息子や娘は自分の『モノだ』、という奴である。例をあげるなら、一家無理心中を図った、ウチの両親が正にソレだし、正直……俺も、沙紀に対して、そう思ってるんじゃないかと危惧している部分は、ある。むしろ、その症状があると思って、意識して行動している……つもりだ。

 それに、美樹さやかと上条恭介の場合は幼馴染という関係だが、あそこまで接近しておきながら色恋沙汰に発展して無い時点で、おそらくそのへんの境界は、彼女や彼自身、かなり曖昧になってるのでは無かろうか?
 だとするなら、彼女が自覚も無く上条恭介の(そして自分自身の)爆弾を握っているのは、限りなく危険である。

「……改めて思ったぜ。彼女の爆弾度は、巴マミなんぞ比じゃねぇな……」
「でも、大丈夫だと思うわ。彼女の恋敵は大人しいし、筋を通す子だったし」

 ちょっと待てぇい!?
 さらに聞き捨てなら無いファクターが出てきて、俺は絶句する。

「おいおいおいおい! この上、恋敵までいるのかよ!! アレか、ウチの妹みたいに、ファンだったとか!?」
「いいえ、志筑仁美っていう子よ。まどかとさやかのクラスメイトで、仲良し三人組の一人」
「うわ、何? 美樹さやか自身の親友で? んで彼女の恋敵? 最悪のパターンじゃねぇか!」

 ……うちの妹といい、あんたドンだけモテるんだ、上条さんよぉ!?

「すまねぇ、その志筑仁美とやらの情報をくれ。最悪は回避してぇ」
「そうは言ってもね……私の知る限りだと、彼女は美樹さやかにしっかりと恋敵だと宣言した上で、彼女に一日の猶予を与えているわ。お嬢様育ちで気は弱いけど、しっかり筋は通す子よ。
 そして、聞く限り、あなた……というか、御剣沙紀が、文字通り美樹さやかの尻を蹴飛ばした事で、彼女は彼との関係を前に進める決心が出来ている。
 だから、問題は起こり得ないと思うわ」

 そう言う暁美ほむらだが、何かが引っかかる。

「……なあ、あんたが経験した時間軸での美樹さやかは、その『一日の猶予』を無駄にして、上条恭介を取られた結果、魔女になってんのか?」
「ええ、そうよ」
「……その、なんだ。俺がこんな事を言うのも何なんだが。
 女って生き物は、自分の感情的な打算を、理屈で糊塗すんのが、ひじょーに上手い生き物だと思ってんだ。
 で、な……その志筑仁美、だっけか?
 そいつ、もしかして……『美樹さやかが一日の猶予じゃ告白に持ち込めないであろう脆さを、見切った上で賭けに出てたんじゃないのか?』」

 俺の推論に、暁美ほむらが何処か呆れた目で見返してきた。

「まさか……あなたの考え過ぎよ」
「いや、だといいんだがな。
 あの馬鹿は顔に出やすい。まして志筑仁美は、彼女と仲良しトリオで組んできた仲だ。
 もし、仮に俺の推論が当たってたとしたら、彼女は美樹さやかの変化に、敏感に気付くだろう。そうなった時の、志筑仁美の行動パターンが、はっきり言って読めねぇ。
 黙って下向いてくれてる大人しい子だったらイイんだが……もし『筋を通しても勝ち目が無い』って悟った瞬間に、破れかぶれになって『筋も友情もかなぐり捨てて』前に出るタイプだったりしたら、今の美樹さやかにとって厄介すぎんぞ」

 何というか。美樹さやか自身、盛大な爆弾だが、周囲も爆弾だらけである。
 ぶっちゃけ、ボンバーマンで爆弾四方に囲まれちゃってる状態だ。

 ……どーしろってんだ、こんなん!?

 正味、全てを放り出して、鹿目まどかの護衛に、別に相応しい人材を探すべきかと考えたが、自分も含めて彼女のガードの適任は、美樹さやか以外みつからなかった。強いて言うなら巴マミだが、彼女は彼女で最前線での役割がある以上、論外である。
 ワルプルギスの夜戦を乗り越えるには、戦闘云々とは別に、キュゥべえの動向を抑えるために彼女の存在が必須である以上、この爆弾解体作業は放棄が出来ないらしい。

「……そうね。それとなく監視はしてみるけど、期待はしないでちょうだい。私、学校ではまどかたちと、そんな近しい関係じゃないの。
 それに、恐らくはそんな事にはならないとは思うわ」
「おいおい、頼むぜ。俺だって明日、登校しないといけねーんだ。一応、奨学生だから病欠が多いのは困るんだ。
 それに、幾ら未来知識があるアンタだからって、不確定要素の俺がいる状況下、甘すぎる目算で行動してたら命取りになりかねんぜ?」
「……あれだけのお金持ちが、何で奨学生なんて……いえ、そうね、ごめんなさい」

 暁美ほむらが、気付いたように言う。
 『お金』は、確かに強力な力ではあるが、だからこそ『無制限』では無い。
 事に、強力すぎる……つまり、多額の現金程、その動向には意図しない者たちの監視の目が、付きまとうのである。
 俺が税務署を『恐怖の存在』と表現したのは、別に冗談でも何でもないのだ。

「それは兎も角、流石にそれは、あなたの考え過ぎよ。志筑仁美は、典型的な大人しいくて臆病なお嬢様タイプの子よ」
「……そういうタイプって、俺的にはかなり怖いんだがな。
 大人しいって事は、周囲に真意を悟られ難いって事だし。臆病ってのは、それだけ慎重にコトを進めるタイプだって事だ。
 ンで、お嬢様ってのは世間を知らねぇ分、一度火がついたらトコトンまで暴走する可能性を秘めている。
 想像以上に、厄介かもしんねぇぜ?」
「……まあ、確かに。
 上条恭介に、美樹さやかが告白するに当たって、最後の障害は志筑仁美な事に、変わりは無いわね。
 それとなく、気を使っておくわ。でも、あまり期待しないで頂戴」

 アテになりそーにない言葉に、俺は嫌な予感が止まらない。
 あえていうなら、いつ時計が狂ってタイマーがゼロになるか分からない、不安定な時限爆弾の解体作業をさせられてる気分。
 コードを切るべきは、赤か、黒か。それとも『切る事』そのものが間違いで別回答が存在するのか。
 答えがマジで出てこない。

「……とりあえずこっちは最悪に備えて、『魔女の釜』から何個かグリーフシードを用意しておく。
 魔女化の前に、説得の時間くらいは確保しておきてぇ……無理なら見捨てざるを得ないが」
「だから、あなたの考え過ぎよ」
「考え過ぎて悪い事でも無いだろ?
 ……よし、マジになれねーなら賭けでもしようぜ。志筑仁美が暴走するに、グリーフシード一個。どうだ?」
「はぁ……余程、気になるのね、弟子の事が」
「弟子ちゃうわい! ……どーだ、乗るか、時間遡行者?」
「OK、では彼女は沈黙を守るに……栗鹿子一つね」

 ……は?

「……えっと、何か、聞き間違えたと思うんだが」
「あなたの和菓子よ。とても美味しかったわ。それに、分の良い賭けだと思ってるし、ね」
「っ!! ……おだてても、何も出ねぇゾ。
 それに……あー、やっぱ、それじゃ賭けが釣り合わねぇ。分かったよ。和菓子はお前が勝った時、オマケでつけてやる。
 それでいいな?」
「了解したわ、イレギュラー。……自らベットを跳ね上げたのは、あなたよ?」
「それでコトが収まるんなら、安いモンさ。スッて悔いの無い博打ってのは、保険って意味もあるしな」



[27923] 第二十一話:「『もう手遅れな』俺が、全部やってやる!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/08 04:26
「さて、後は……何があったか? とりあえず、俺からはこれくらいか?」

 と……思った時に、今度は逆に暁美ほむらから切りだしてきた。

「待って。私からも一つ聞きたいの。御剣沙紀さんの事よ」
「沙紀の? ……お前に話せる事は、可能な限り話したハズなんだが?」
「ええ。その上で、疑問を持たざるを得ない事に、気付いたの。『彼女は本当に戦う事が、出来ないのかしら?』」
「!?」

 意外な方向の質問に、俺は戸惑った。

「無理だよ。あいつは回復以外にとり得が無い。しかもその能力は強力だが……実は洒落に成らないリスクが存在してる」
「リスク?」
「共感能力が強すぎて、他人の痛みをダイレクトに感じ取っちまうらしいんだ。魔法少女の戦闘の負傷は、自前の魔力で治せるが、その傷の深さに対して、痛みそのものが軽減されているモノだって、知ってるか?」
「……心当たりが、あるわ」
「だろ? あいつは自分も他人も治せるが、他人を治す場合、深さに比例した傷の痛みをモロに感じ取っちまう。
 それも含めて、魔法少女と共闘する事ができないんだ」
「そう。でも、私が疑問に思ったのは、それとは別の問題。
 『彼女は本当に、闘うためのスキルを他に持っていないのか』って事よ」

 は?
 彼女は一体、何を言ってるのだろうか?

「例えば、あなた。ソウルジェムに武器を収納しているわよね?」
「ああ? 姉さんもそうだったし、沙紀もそうなんじゃないのか?」
「姉さんも? ……ごめんなさい。少しこう言うのも何なんだけど。あなたの姉妹が、少し特殊なのだと思って欲しいの」
「……は?」

 今まで、疑問にすら思ったことの無い事を指摘されて、俺は首をかしげる。

「そもそも、私もそうだけど、あなたの戦い方は、基本、『実在の武器に魔力を付与して、魔女と闘う』事に尽きるわ。
 そして、これが重要なんだけど。『武器を収納する能力は、魔法少女全てが持ち合わせているワケでは無い』という事よ」
「!? ちょっと待て! 美樹さやかや巴マミを例に挙げるまでもネェ。じゃあ、お前ら魔法少女は、あれだけの武装を、どっから出してるんだ!?」
「基本は、魔力によって『創り出されている』モノよ。そして、作りだした武器は、原則使い捨て。巴マミの戦闘スタイルを思い出してくれれば、より的確かしら?」
「……あっ!」

 あの大量のマスケットを展開し、一発撃っては捨てるスタイル。
 そりゃそうだ、アレだけの大量のマスケット、沙紀のソウルジェムにすら入り切るわけがない。
 さらに、暁美ほむらが決定的な言葉を吐いた。

「そもそも、武器さえあれば戦えるのなら、沙紀さんが拳銃でもバズーカでも扱って、闘えばいい。
 つまり、あなたが戦う必然性が、どこにも無い、という事なのよ」

 ぐらり、と……俺の足元が揺らいだ。
 じゃあ……俺は……何のために?

「無論、沙紀さんが性格的に戦闘に向いていないというのは、分かる気がするわ。
 はっきり言って、彼女が魔法少女になった姿は見た事が無いけど、戦闘者としては限りなく不安定で不向きな事もわかる。
 でも……『全く戦えない』とは、私には到底思えないの」
「……沙紀が、俺に嘘をついてる、って事、か?」
「ええ。あなたは沙紀さんを守るつもりで戦っているのかもしれないけど、実際は沙紀さんに上手く利用されているのかもしれない。
 ……実の妹を、疑いたくは無いでしょうけど」
「いっ、いや、続けてくれ。気付いて、知っちまった以上、後戻りは出来ねぇ」
「そう。じゃあ、続けるわ。
 まず、この収納能力……私の場合は、『時間と空間』の概念から生まれたモノよ。
 だというのに、沙紀さんの能力は『癒しの祈り』……能力的に噛み合わない、全く別系統のモノなのよ」
「……つまり……沙紀の能力ってのは」
「謎よ。些細な疑問かもしれないけど、私にはどうしても、引っかかったの」
「謎、ねぇ……」

 実のところ。
 その言葉に、逆に得心が行ってる俺が居たり。

「いや、暁美ほむら。その収納能力について、俺には心当たりがある」
「どんな?」
「姉さんの能力。そして、沙紀も未熟ながらそれを持っている。……『檻』だよ」
「『檻』?」
「魔女を永久的に封じ込める、『檻』の能力……恐らく、その概念から派生した、収納能力なんじゃねぇのかな?」
「待って! ということは、魔女の釜の正体って!」
「御剣沙紀。あと過去には御剣冴子……この二人のみが成し得る概念、と言い換えてもいいかもな。
 他にも色々と小細工が山ほどあるが、基本、沙紀が存在しなければ『魔女の釜』は成立し得ないと言ってもいい」
「それで……」
「なんというか……姉さんと沙紀は、能力的に似ていながら、魔力の総量と能力の性能が、完全に真逆なんだ。
 効率的な癒しの力と、魔女を封じる『檻』の能力は、断然姉さんだった。
 ただし『檻』の能力は強力であっても『それだけ』なんだ。
 最初の頃の姉さんは『檻』に捉えた魔女を、金属バットで延々と半日殴り続けて、ようやっと倒すような、そんな有様でな。
 で、ある時、見るに見かねた俺が、魔法少年をやる事になった、と」
「待って。逆を言えば……彼女は、魔女を封じる『檻』を、半日展開し続けたって、事?」
「うん、この能力の面白いところは、一度発動して、魔力として消費してしまえば、あとは半永久的に魔女を捕え続ける事が可能だ、って事。普通の魔法少女の能力とは、ちょっと違うんだ。
 お前さんの時間停止は強力だが……多分、そんな長く続くモンじゃないだろ?」
「なるほど、個体限定の時間停止と考えるべき……かしら?」
「時間が止まってるわけじゃないけど、身動きとれないって意味じゃ一緒だな。
 何かを保護する、何かを守るってのは……言い換えれば、何かに囚われるってのと一緒だしな。そういう意味で、癒しの概念とは相反しないモノだと思うぜ?」
「なるほど……ん、待って。沙紀さんも持ってる、って言ったわよね?」
「ああ、だが、沙紀の場合は、とても戦闘になんか使えるモノじゃない。
 姉さんの場合だって『檻』を展開するのに5秒かかった。戦闘中の5秒ってのは、洒落にならない長さだって、お前、わかるよな? 
 そして、沙紀の場合は、それがもっと長い上に、魔力消費の効率も極端に悪い。およそ、一分かかる上に、グリーフシードを三つも使わなきゃいかん。それでいて『檻』そのものの性能は姉さんとさして変わらない。
 とてもじゃないが、戦闘で使い物になる能力じゃないよ。俺自身、確かに『檻』も沙紀の能力だったなーって、忘れてたくらいだからな」

 いや、ホントに。だって、普段絶対使わないし、昔、展開した檻は、そのまんま放置だったし。

「……ごめんなさい。そうすると……ますます、妙な事に気付いたんだけど」

 さらに、暁美ほむらが問いかけて来る。

「沙紀さん個人の魔力の総量は、かなり高い。それは分かる。
 だというのに、他人には使い物にならない癒しの力、戦闘には使い物にならない『檻』の能力……どうしてこうも、半端で未熟な能力しか、持ち合わせていないのかしら?」
「それはもう、そういうモンだと思うしか無ぇんじゃないか?」
「……そう、だといいんだけど。あの魔力の量の持ち主からして、もっと何かが隠されてるような気がするのよ。はっきり言って、素質『だけ』なら佐倉杏子レベルよ、彼女。それを、全く活かすための能力を持ってない、っていうのが、どうも……ね。
 それに、姉妹だからって能力が似かよる事はあっても、『同系統でほぼ同じ』というのは、ちょっと似すぎてる気もするの」
「んー……考え過ぎだと思うけどなぁ。単に、姉妹だから似た能力になってる。それでいいんじゃね?
 ドンくささは二人ともどっこいどっこいだし」
「そう、だといいんだけど……」

 とはいえど。
 暁美ほむらの言葉に、俺は一筋の光明を見出していた。

「まあ、助かったよ。暁美ほむら。
 これで、俺も魔法少年から引退の道筋が見えた」
「え?」

 俺の言葉に、暁美ほむらがキョトン、とした顔になる。

「沙紀に、俺の持てる技術の、全てを教え込む。そして……沙紀が一人で戦えるようになった段階で、俺は、敵として狙ってるハズの魔法少女たちに、殺されてやろうと思う」
「っ!!」
「……限界なんだよ。もう。状況に流されながら、自己責任で誰かのために魔女や魔法少女を殺し続けるのは……。
 正直な、もう誰が敵で誰が味方なのか、分かんなくなってきててな……『魔法少女なら誰だって殺したい』って状態に、なりつつあるんだ。そのうち、沙紀まで手にかけかねない。毎晩毎晩、爆弾や狙撃でふっ飛ばした魔法少女の悪夢に、心がボロボロになりつつあるのが、自分でも分かってるんだ。
 だから、最後の一線を超えて、本気で俺自身が狂っちまう前に……御剣颯太という魔法少女の死神は、人生に幕を引かなきゃいけないと、俺は思ってる。いや、思ってるというより……願ってすらいるんだ」
「あなたは!」
「家族可愛さに大量殺人やってのけた、殺人鬼の末路なんて、そんなもんだろ?
 ただ、今はダメだ。
 ワルプルギスの夜を相手にしなきゃいけないし、沙紀はまだ戦えない。御剣颯太は、まだ死ぬわけにはいかない。……もしかしたら、ワルプルギスの夜との戦いで、死んじまうかもしれないが……まあ、その時はその時。魔法少女たちは喜ぶだろ。
 キュゥべえが喜びそうなのはムカつくが……沙紀ならば、魔女の釜を上手く扱ってくれる。そう、俺は信じてる」
「沙紀さんが?」
「あいつもな、俺と同じで。いや、俺以上にキュゥべえを憎んでる。だから、さっき話したインキュベーターと組むような問題は、無いと信じてる。
 そんで、いつか……あの宇宙野郎の仕掛けた、この悪辣な魔法少女と魔女のシステムを、根本からひっくり返してくれると思ってる。いや、沙紀自身は無理でも、あいつ自身が選んだ後継者なり仲間なりが、何とかしてくれる。してもらいたい。
 ……キュゥべえを魂の底から憎む魔法少女や魔法少年が居る限り、『魔女の釜』は希望にすら成り得るんだ……」
「……あなたは、妹を」
「信じてるよ♪ 信じるって事はさ、騙されても構わない、って事だろ? 人生、スッて悔いのない博打をしろ、ってのは俺のポリシーでな。……ま、騙してたのか、ビビってたのか、ムカつかないワケじゃないけどさ。そんなのは些細な問題だ。
 あのクソッタレのインキュベーターと戦い続ける者が、誰でもいい。俺の後に続いてくれるのならば……俺は安心して、死んでいける。安心して、後を託せる。そのためなら、幾らでも汚名を被るし、憎んでくれたって構わない。大量虐殺だって、後に続く連中が出来ないってんなら『もう手遅れな』俺が、全部やってやる!
 それが、俺が必死に守り続けた妹だったとしたら……最高じゃないか」

 やばい。涙が……止まらない。
 だが、俺は今度こそ、心から。
 暁美ほむらの手を取って、膝を突いて、祈るように感謝の言葉を捧げた。

「ありがとう、暁美ほむら……お前が指摘してくれなければ、俺はずっと、この地獄で迷子のままだったかもしれない。
 終点が見えなかったこの地獄に、お前は終着駅の存在を、教えてくれたんだ……ありがとう……ありがとう」

 あとは……言葉が出なかった。
 ただひたすらに……俺は、彼女の手を取って、泣き続けていた。



[27923] 第二十二話:「……あなたは最悪よ、御剣颯太!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/07 07:27
「……すまねぇ。ちょっと……落ち着かせてくれ。かっこ悪い所、見せた」

 全く。
 今日は、なんて日だろうか。一日に二度も、ボダ泣きして……しかも、魔法少女の前で。

「ああ、くそっ!!」

 ぶびーっ!! と鼻水をティッシュでかんで、涙をぬぐう。

「道半ば、道半ば! 気ぃ引き締めて! ……よし!!」

 引退……『死』という希望は見えた。
 あとは後進……沙紀に、後を託せるだけのモノを伝え、俺はワルプルギスの夜への復讐に前進するのみだ。
 そう思うと、綺麗さっぱり。『いつもの俺』に戻る事が出来た。

「……すまん。取り乱しちまった。悪ぃな」
「いえ……その……あなたの意外な『願い』を知った気がしたわ」
「あ? こないだも言っただローが?
 俺みてーなどーんなクソ野郎の馬鹿なチンピラだってヨ、未来に希望を託して祈るくらいは、誰だってやってる話じゃねーの?
 家族大事で、ンで未来を信じて足を進めるってなぁ、魔法少女だけの特権ってワケじゃあんめぇヨ?」

 ゲッゲッゲッゲッゲ、といつもの調子で笑ってやると、暁美ほむらは溜息をついた。

「……」
「……あ? ンだヨ? 溜息なんぞついて……」
「いえ……いつもどおりに戻って、ある意味、安心したわ」
「気持ちの切り替えの速さってなぁ、生き延びるアタリマエの秘訣だろーが?
 っつーかヨ、野郎がウジウジ泣いてたって、誰だって助けちゃくれねーんだから、気合い入れて足踏ん張って前進むしかねーだろーが。おめーもそーだろ?」
「……そうね、その通りだわ」
「おうよ! おめーが知ってるかは知らねーが、ボダ泣きの泣きっ面晒しながら、パンツ一丁、いや、フルチンになったって前に進めるよーな、根性据えた奴が、世の中回してってるんだぜ?
 以前、インキュベーターが反抗的な俺を説得するために、ご大層にインチキ臭ぇ『人間様の歴史』なんてモン見せやがったんだけどヨ。連中が、何様だかこちとら知ったこっちゃねーが、奇跡も魔法も無くたって、人間前にゃ進めンだ。
 あいつらが居なけりゃ、人類は穴倉ン中で暮らしてたなんて寝言、嘘っパチもいいトコだって俺は思ってる!」
「あなたは……」
「人間やめちまったアンタら魔法少女に言うのも何だけどヨ。
 人間は、スゲェぜ?
 俺の剣の師匠もそーだし、PMCで訓練してくれた教官も、武器を買い付けてる武器商人たちも、俺が心の中で尊敬する和菓子屋の店長もヨ。俺も知らねぇまだ見ぬ誰かだって、人間が人間活かすために、必死ンなって世の中みんな頑張ってんだ。
 ぶっちゃけ、神様ヅラした宇宙人の寝言なんぞ、どんな真実だろーが、そいつらの言葉に比べりゃ軽すぎンだよ。
 言葉ってなぁ、タダじゃねぇ。そいつが背負ったモンに比例して、キッチリと重みってモンが出て来る。無論、間違いもある。過ちだってある。だが、そいつ全部ひっくるめて、それは吐いた人間が背負ってきたモンが、きっちり上乗ってンのさ。
 だから俺ぁ、アンタが時間遡行者だっつー言葉を、信じる事が出来たんだぜ」

 自覚できる程にハイんなって口走る俺に、暁美ほむらが目を見開く。

「……何だヨ?
 高一の俺が言えた義理じゃぁねえが、その年齢とナリで、女がそんな思いつめたツラぁしてりゃあ、なんかヤベーモン背負ってンじゃねーかって推察くらいはつくっつの。アンタは他の魔法少女とは、面構えが違ったしな。
 まー、理屈は突拍子もネェけっどヨ。……ま、理屈通りの連中ばっか相手してきたワケじゃねー、むしろ非常識の部類ばっかが喧嘩相手だったからな」
「あなたが柔軟な人間で、助かったわ」
「まー。確証を得たのは、あの佐倉杏子との遭遇戦だったけど。
 それまでは半信半疑ではあったし、あくまで仮定の行動だったんだが……ま、そのへんはどーだっていーや。
 俺にとって重要なのは、ワルプルギスの夜への復讐。そンために、佐倉杏子を引っ張り込む必要性があるのも、理解はしてんのさ」
「それよ。あなた、本当に彼女に、何をしたの?」
「何、っつわれてもなぁ……強いて言うなら、ソウルジェム持ってない状態で急襲受けて、気をそらすために色々喋ったダケなんだけど」
「色々?」
「ワルプルギスの夜の話とか、あと、俺が何でアイツ恨んでるか、とか……あ、そーいや、俺の事情をアイツに話したとたん、アイツいきなりブチギレちまってなー。
 ま、八つ当たりだってのがムカついたんじゃねーか、とは思うんだが……にしても、尋常じゃねぇキレようだったしなぁ」
「っ!!」

 考えても答えの出ない俺に対して、何か得心が行ったかのような、暁美ほむらの表情。

「……心当たり、あるんだな?」
「ええ。でも、あなたに教える事が出来ない情報よ」
「んー、それは……同盟関係を破棄しても、か?」
「ええ。最悪の事態を招きかねない情報を、私は今、知ってしまった」

 なんか、蒼白な表情でもったいつける暁美ほむらに、俺は首をかしげた。

「……なーにが最悪なんだか知らねっけど、ワルプルギスの夜に喧嘩売る以上に、最悪のネタって、あんのか?」
「あるわ。ある意味、あなたの握っている『魔女の釜』に匹敵する情報よ」
「っ……オーライ、分かった。お前さんがそこまで言うなら、そいつは聞かないでおいてやる。
 元々俺は、カッとなって馬鹿やる性質の人間だからな。正味、佐倉杏子本人を前にして、冷静に殺せるか自信が無かったんだ」

 そう。それが、俺が佐倉杏子を嫌いながらも、避け続けてた理由。
 佐倉杏子自身が手錬の魔法少女である以上、戦闘者としては超の字のつく存在である。
 そして、俺はそういう魔法少女に対して、一切舐めた感情は持ち合わせていない。こっちは最弱の存在なのだから。
 だが……『俺の復讐』という要素で動いた場合、自分で自分の感情を、どこまで制御できるか分からない。むしろ、あの時のように、成り行き任せで暴走して、馬鹿をやってしまう可能性が高い。
 俺が立てたプランで、自分を員数外の要撃ポジションに置いたのも、それが理由の一端でもある。

「ま、それは兎も角、引き続き佐倉杏子関係は、お前さんに任せるしかない。俺がノコノコ顔を出そうモンなら、お互いに殺し合いに発展しかねねぇからな。
 ……まあ、ムカつく度の優先順位からして、佐倉杏子はワルプルギスの夜よりかは、遥かに下だ。復讐の順番を違えるつもりは無ぇから安心してくれ。仕事はこなすさ」
「そう願いたいわ」
「任せろよ。っつーか、そーでも無けりゃ、元々、魔法少女と組んだりなんぞ、するわきゃ無かったんだしな。
 毒を食らわば佐倉杏子まで、だ……やれる所まで、トコトンやんなきゃ、ワルプルギスの夜にゃ、対抗できるワケがねぇ」
「……あなたにとって、彼女は毒以下って事?」
「それ以外の何が?」

 俺の言葉に、頭痛じみた表情で頭を抱える暁美ほむら。
 ……無理も無い。
 御剣颯太と佐倉杏子。これ以上無い、水と油な相性の組み合わせを御しながら、ワルプルギスの夜を相手にしつつ、かつ鹿目まどかを守りながら、この闘いを越えねばならないからだ。
 正味、俺が彼女の立場だったら、放棄していたかもしれない。
 だからこそ、俺は真剣な目で、彼女に語りかけた。

「お前も知ってんだろ? ワルプルギスの夜が現れた街の有様を。
 人間が建物ごとミンチんなってヨ。ブチブチと人間が、まるで梱包材のエアクッション潰すみてーに轢き潰されてく、あン時の絶叫がヨ……俺ぁ、今でも耳に残って離れねぇンだ。
 しかも、そいつはフツーの人間にゃ『災害』としか認識出来ねぇ。
 アイツの元がどんな魔法少女だったンかなんざぁ、コッチの知ったこっちゃ無ぇっけどヨ。……ソイツが、あのクソッタレのインキュベーターが持ち込んだ『汚ェクソ』だって事だきゃあ間違いがネェだろうが?
 そんで、その『汚ェクソ』から、必死に逃げ回るしか出来なかった自分がな……こんなクサレ悪党になっちまった今でも、俺ぁ我慢ならねぇのさ」
「……降りるつもりは無い、って事ね?」
「少なくとも、お前さんがワルプルギスの夜に挑むという事実を以ってすれば、一縷の勝機はある。
 あいつは姉さんの敵であり、俺自身の敵でもある。そんで、スッて悔いのない博打になりそーだから、俺はお前さんに張ってるんだ。
 だからまぁ……あのワガママ女の説得は大変だとは思うが、がんばってくれ。仮に、作戦会議でツラを合わせたとしても『こちらから手は出さない』くらいの自制心は、持ってるからさ」
「手を出さなくても、無駄な挑発はやめてちょうだい。彼女は今、かなりナーバスになってるわ。
 だから……あなたの悪辣な理性と、復讐心にかけて、誓ってちょうだい。無駄な挑発とちょっかいは出さない、と」
「……オーライ。可能な限り、自制はするさ」

 諸手をあげて、降伏の意思を示す。
 ……まあ、何とかやってみる、か。

「さて、話はまぁ……こんなトコか?」
「そうね。とりあえず、細かいツメの協議は、佐倉杏子を引き入れてからにしましょう」
「おいおい、気が早いぜ。美樹さやかの一件を、お前、忘れてんじゃネェだろーな?」
「……ふぅ。だから、あなたの考え過ぎよ」
「順番として考えろって言ってんだ。
 最悪、佐倉杏子が居なくても、美樹さやかさえ確保できていれば、ワルプルギスの夜から、彼女が鹿目まどかを守りながら逃げ回る事だって、不可能じゃあるめぇ?」
「!?」

 その発想は無かった、と言わんばかりに、暁美ほむらの目が開かれる。

「『闘う』ってのは、何も相手を倒す事に固執するばかりが全てじゃねぇ。敵から『逃げる』って事だって、十分に戦闘行動なんだ。でなけりゃ、俺は今、この場に立って息をしているワケが無ぇ。
 ……俺の剣の師匠に『正心』って教わったんだがな。
 個人の正義で戦う上で『正しい事』ってのは、ただ一つ。『目的を達成する』という事なんだ。
 アンタにとっても、鹿目まどかを守る事が『正しい事』な以上、『ワルプルギスの夜を倒す』ってのは二番目の目標なハズだ。そーいう意味でも、な……俺は、佐倉杏子よりも、美樹さやかの確保のほうが、先だと思っている」
「なるほど、ね」
「ついでに言わせて貰うなら、彼女は最悪の魔女のモトなワケだ? ……ワルプルギスの夜よりも、最悪ってのは、ちょっと想像のケタが追いつかないんだが……まあ、兎も角、そのへんはお前さんを信じるとして、だ。アレより最悪な事態になっちまったら、誰だって本格的にお手上げだろ?
 そうならないためにも『美樹さやかの確保』ってのは、この喧嘩を始める上での必須条件だ。
 お前さんはワルプルギスの夜に『勝てる喧嘩』を目指してるのかもしれないが、不確定要素な要件が重なりまくったような、今回のケースの場合、ワルプルギスの夜に『負けない喧嘩』をする事のほうが、より重要だと、俺は思う。
 最悪中の最悪のケースでも、俺もお前も佐倉杏子も巴マミも全員戦死したとしても、鹿目まどかと御剣沙紀、そしてついでに美樹さやかは生き残る。
 無論、誰ひとり死ぬつもりで戦う気は無いだろうが、保険はかけておくに越したことは無い。
 ……どうだ、間違ってるか?」
「貴重な意見と、受け止めておくわ。でも、本当に期待しないで頂戴。
 時間遡行者として言わせて貰うけど、彼女は本当に私と相性が悪いの。……あなたと佐倉杏子よりは、マシかもしれないけど」

 はぁ……そう来ましたか。

「オーライ。んじゃ、互いが互いの苦手な相手を、何とかする、って事で。
 俺は美樹さやか担当、お前さんは佐倉杏子担当。これでOK?」
「了解したわ。でも……本当に大丈夫? 彼女もあなたとは相性が悪そうだけど」
「佐倉杏子よりかは、ナンボかマシに人間の話の通じる相手だ。少なくとも『不可能』ってワケじゃねぇ。
 ……暴走気味の地雷魔ってのが、難点だけどヨ。きっと通信簿に『人の話をよく聞きましょう』とか、書かれたりするタイプだと見たが、どうだろうなー?」

 と……

「案外、あなたもそう書かれてたんじゃないの?」
「……よく分かってんじゃねぇか」

 かつての、『正義の味方』を気取ってた己を思い出し……ふと、それが美樹さやかとダブってしまい、内心、悶絶してしまった。
 ……俺は、あそこまでバカじゃなかった……と、思いたい。思いたい俺がいる。

「一つ、いいかしら?」
「何だヨ?」
「彼女を弟子にしようとしない理由って、現実的な部分だけじゃなくて……もしかして、昔の自分を見ているようだから?」
「うるせぇヨ!!
 ……あー、かもなー。それに似てんだよ……あいつのソウルジェムの色がヨ、冴子姐さんの色に」
「色?」
「……魔法少年の衣装の色ってのはな、デザインはともかく、力を借り受ける魔法少女の『色』になるんだよ」

 つまりは……そーいう事である。
 というか、あの新撰組をモチーフにした衣装も、冴子姐さんのソウルジェムの色に合わせたからなのだ。

「なるほど、ね。
 ならばなおのこと、美樹さやかへの説得の適任者は、あなたしかいないわ」
「……今更ながら言わせてもらうが、荷が重いなぁ……」

 深々と、溜息をつく。つかざるを得ない。
 あの四方爆弾に囲まれたボンバーマン女の、爆弾解体作業。
 想像するだけで、気が遠くなる。

「期待してるわ、イレギュラー。
 ……それと、賭けの事は忘れちゃダメよ」
「そっちこそ。……で、行くのかい?」
「ええ、もう話す事は無さそうだし。あなたからは?」
「……いや、俺も特には。あ、そうだ」

 そう言って、俺はメモ書きにペンを走らせる。

「ほい、俺のケータイの番号だ。
 自前でソウルジェム持ってるわけじゃねぇから、テレパシーなんぞよりも、よっぽど確実に繋がるぜ」
「ありがとう。助かるわ」

 そう言うと、彼女は窓から出て行こうとし……ふと、足を止めた。

「今、気付いたのだけど。あなた、『武器を買い付ける』と言ったわね」
「ああ?」
「その武器の出所は、どこから?」

 ……チッ……

「……ホントは、もう少し時間をかけて真っ当な武器商人と接触したかったんだが、あいにくとワルプルギスの夜が来るまでに時間が無ぇ。
 ダークサイドの話になるが、東南アジアの物騒なマーケットで、闇商人から買い付けるしか、あるめぇよ」
「……それによって、彼らに泣かされた少女たちが、魔法少女になる可能性を、あなたは考えているの?」
「安心しろ。そーやって増えた分まで、俺がキッチリ消してやるさ」
「っ!! あなたはっ!!」

 激昂する暁美ほむらに、俺は指を立てて睨みつける。

「……ひとつ、お前は勘違いをしてる。
 俺は魔法少女殺しの常習犯だ。だからこそ、『テメェのケツはテメェで拭く』のは当然の話だ。
 俺がムカついたのは『自覚も無いまま他人にケツを拭かせるよーなマネをすんな』ってダケの話であって、『ケツから垂れたクソの量を比べたい』なんて下らネェ事は、これっぽっちも言ってねぇ」
「っ……!!」
「言ったろ? 俺は人殺しの外道だって、な……その外道と手ぇ組んだ以上、そのへんの覚悟だきゃあ、しておくんだな」

 そう言って、俺はベッドに横になろうとし……

「一つ、聞かせなさい。自衛官の娘さんの話。『嘘だ』って言ったわね?」
「ああ、そうだけど?」

 俺の言葉に、彼女が真剣な目で迫って来る。

「あなたの言葉の、何が『嘘』だったか……説明して頂戴、イレギュラー」

 ……チッ!!

「答える義理は、無い気がすんだがなぁ……」
「義務はあると思うわ、イレギュラー。
 言っておくけど、武器を返した段階で露見するような、安易な嘘を、あなたがつく事は無いとは、信じたいのだけど?」

 ……あー、そう来るかぁ……

 はぁ……と、溜息をついて、一言。

「……何も、わざわざ自分でソウルジェム濁らせるよーな事を、ほじくり返す事もあんめーのに。
 おめーも馬鹿だなー」
「っ!! あっ、あっ……あなたはっ!!」
「……軽蔑したか?」

 その言葉に、彼女は俺の病院服の襟首を掴んで、捩りあげる。

「これまで、数えるのも馬鹿らしいほどの時を繰り返してきた私だけど、インキュベーターよりおぞましい存在を見たのは、初めてだわ! いえ、暗殺なんかの実力行使も視野に入れている分、尚更タチが悪い!
 ……あなたは最悪よ、御剣颯太!!」
「……やっと気付いたのかよ。
 でなけりゃ魔女の釜を運用して、あんな宇宙妖怪と、喧嘩なんか出来るかよ」
「っ!! ……っ!!」
「『He who fights with monsters might take care lest he thereby become a monster(怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ)』。
 そういう意味で、な。俺はもー魔女と一緒で、とっくにモンスターなのさ。
 だから、マトモな人間の心が残ってるうちに、俺は復讐を成し遂げて、後に全てを託して、死んで行きてぇんだヨ。
 ……ああ、安心しろ。ワルプルギスの夜との戦いで、特攻しようってんじゃねぇ。あのドンくさい沙紀に俺の技を伝えるには、圧倒的にまだまだ時間が足りねぇからな。
 そういう意味で、お前が信じる生き意地汚さは、まだまだ健在だぜ?」

 今すぐ殺したい。
 そう目線で訴えて葛藤する暁美ほむらを見据えながら、俺は言い切る。

「……人間、舐めるなよ、時間遡行者。
 人間はな、必要とあらば、インキュベーターなんぞ目じゃねぇ程に、ドス黒くなれるモンなんだヨ。
 第一、俺の力を必要として、同盟を持ちかけたのは、そっちだろーが?」
「……今、私は自分の判断に対して、迷っているわ。本当に正しかったかどうか、これほど迷った事は無い!」
「正しいかどうかじゃねー、必要かどーかで考えろよ? そーやって闘って来たんだろ? 俺も、そして、お前も……よ」
「っ!!」
「『正義なんざ犬に食わせた』……そんなツラしてたお前さんだからこそ、俺とやってけるって信じてたんだがなぁ。
 ま、見込み違いだったら、謝るわ。それなら、こっちはこっちで、勝手にお前さんのワルプルギスの夜との戦いに、乱入させてもらうだけだよ。……どーする、時間遡行者?」

 沈黙。やがて……

「……今の私には、あなたの力と経験、そして『視点』が必要だわ。御剣颯太」
「いい答えだ。カーネギー名語録に載せたいくらいだな」
「茶化さないで!
 ……本当にあなたは……喰えないわ」

 そう言うと、暁美ほむらは、病室の窓から消えていった。



[27923] 幕間「魔術師(バカ)とニンジャと魔法少年」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/15 03:50
 例によって、シリアスに作ってきた空気に、私自信が耐えられませんでした。


 ので、このへんで、物語とは一切関係の無い、『幕間』を入れさせてもらいます。
 本編のシリアスな空気とロジックが好みの御方は、この先、無意味な、腹筋狙いの馬鹿話が続いて、雰囲気ブチコワシになるのが確実なので、見ないようにお願いします。
 こちらの話は読まずとも、全く支障なく本編は続いていきます。



 この幕間の与太話は、邪悪なる筆神様こと、虚淵玄御大がノベライズ化した『ブラック・ラグーン』の『シェイターネ・バーディ』、並びに『罪深き魔術師たちの哀歌』のキャラを、本家『ブラック・ラグーン』の巻末漫画とミックスさせてデッチアゲた、悪質極まりないパロディとなっております。……二次創作か三次創作なのかは、ちょっと微妙なラインなのですが……セルフパロのパロディって、どうなるんだろ?
 






 が、勿論、『魔法少年』と『魔法少女』という世界観はハズしておりません。












 ……はい、ここまで説明して、嫌な予感がした方は、ここで引き返しましょう。
 今ならまだ間に合います。











 OK……後悔しないでくださいね。
 多分……わけがわからないよ?













「……ここは、ドコだ?」

 気がつくと、立っていた場所は何処かの波止場だった。
 ……タイあたりだろうか? 俺が銃器を買い付けに来るマーケットに、近い雰囲気がある。
 巨大な岩が、湾内にそそり立つ中、夕日が沈みつつある風景。

「げっ! っていうか、服っ!!」

 今更ながらに、俺は今の自分の服装に気付く。
 なんと、戦闘時の魔法少年姿……緑色のダンダラ羽織に『兗州(えんしゅう)虎徹』を携えた、いつものスタイルである。

「やばいな、ソウルジェムの中に武器は……武器……」

 無い。銃弾一発も、残って無かった。お金はあったけど。

「じ、冗談だろ……」

 状況的に、冷や汗が止まらない。
 そりゃあ、剣術に自信はある。
 あるが『兗州(えんしゅう)虎徹』での戦闘は、あくまで奥の手なのだ。銃器を使って倒せる相手ならば面倒は無いし、それに越したことは無い。
 快速を誇る俺だが、何も常時接近戦を挑みたい、というワケではないのだ。
 と……

「ラジカール☆レヴィちゃーん♪ 参っっっ上っっっ!
 突発的かつ唐突なイベントで悪いけど、御剣颯太クン、君にお願いがあるの!」

 ひらひらとフリルのついた衣装。パフのついた袖部分。パステルカラーを基調にしたその姿は、確かに魔法少女のモノだ。
 が……露出した首筋から右ひじにかけてのトライバル柄のタトゥだとか、手に嵌めてるのが銃器を扱うためのグローブとか。
 ガワの部分は兎も角、明らかに『魔法』の概念で喧嘩する気の無い姿に、もー、ヤヴァ気な雰囲気が、ぷんっぷんである。正味、暁美ほむらよりヤヴァい予感がしてならない。

「…………………お家に帰らせてもらいます」
「君に、このヘストン・ワールドを救ってもらいたいの! ラジカル☆レヴィちゃん、一生のお願い!!」
「ご自分でどうぞ。私は自分の妹の面倒が忙しいので、帰らせていただきます」

 関わってはならない。
 本能がそう告げている。
 第一、魔法少女という存在と関わって、個人的にロクな目に遭った記憶が無い。
 冴子姐さんや沙紀然り。暁美ほむら然りである。
 そして、目の前に存在するのは、一見しただけでも、どー考えてもそれらの上を行く厄ネタを抱えた『魔法少女』。
 関わり合いになろうとするほーが、頭オカシイ。

 が……壮絶な殺気を感じ、俺はとっさに『兗州(えんしゅう)虎徹』を抜刀。
 振り向きざまに、飛んできた銃弾を一刀両断し、油断なく構える。

「なっ……何すんだ、アンタ!!」
「んもぉ、颯太君のイ☆ケ☆ズ♪
 にしても、面白い事するねぇ……アンタで二人目だよ」

 ぞっとなる深淵を瞳にのぞかせながら、何故かべレッタの二丁拳銃を抜いて、迫って来る『ラジカル☆レヴィ』。

 ……やばい。
 闘うとか闘わないとか以前に、存在そのものに関わりたくない。
 俺の本能が、そう告げている。

「きっ、気に行ってもらえたのなら嬉しいよ……帰っていい?」
「そう言うなよ。なぁ、もういっぺん……『ソイツ』を見せてくれよ。なぁ」
「たっ、短気は良くないと思うよ。それに、願い事があるんじゃなかったっけ?」
「あっ、そうだった☆♪ テヘ、レヴィちゃん失敗♪」

 とりあえず、緊張をほぐす事は出来たが、彼女の指はトリガーにかかったまま。
 ……殺る気だ……こいつ、返答次第で、マジで殺る気だっ!!

「……で、何だ? ダークタワーからお姫様救いたいなら、自分で行ったほうが早いんじゃないか?」
「あのね、今、ヘストンワールドでは、深刻な病気が流行ってるの。
 亀になっちゃう魔法の毒が入ったピザを食べて発症する、ニンジャタートル・シンドロームって病気でね。そのピザを作って配ってる悪い魔術師とニンジャを捕まえてほしいの!」
「……ご自分でどうぞ。私は見滝原に帰らせてもらいます。ってか喰うなよ、ピザ」

 バキューン!! 斬!!

「っ……はぁっ……はぁっ……あんた、なぁ! 気軽に人に銃口向けて発砲すんなよ!!」

 本日、二度めの銃弾斬りをカマしつつ、俺は絶叫した。

「ラジカル☆レヴィ一生のお願い☆
 御剣颯太君! 君に、このヘストンワールドの運命を預けます!」
「勝手に預けんなよ、オイ! 話聞けって!!」

 バキューン!! 斬!! バキューン!! 斬!!

「お願い♪」
「へ、ヘストンワールドってなぁ、こんな世界なのか?」
「うん、銃が一杯あってもね、銃が人を殺すんじゃなくて、人が人を殺す世界だから、争いごとも家族争議も無い、平和な世界だったの♪ それが、悪い魔術師とニンジャの魔の手が迫ってから、みんながピザを貪る亀になっちゃって、レヴィちゃん困ってるの。
 だからお願い、御剣颯太君! 魔法少女のマスコットとして、このヘストンワールドを救ってほしいの!」
「フツーは魔法少女自身が世界を救うモンだろーが!? マスコットはあくまでお伴だろーよ!!」
「だってメンドクサイんだもーん♪」

 ぶっちゃけやがったよ、この女。

「……あー、とりあえずな、暁美ほむらって魔法少女に頼め。彼女が一番の適任だ」
「彼女はあなたが適任だって言ってたけど?」

 ちょっ、ふざけんなあの女ーっ! お前だって一応、世界に希望振り撒く魔法少女だろーが!
 っつーか、マスコットに自分の仕事丸投げする魔法少女なんて、お前ら纏めて前代未聞だーっ!!

「そういうワケで、がんばって悪い魔術師とニンジャを捕まえてね! 御剣颯太君♪」
「……あの、ですから妹の面倒があるので、お断りしたいのですが……」

 バキューン!! 斬!! バキューン!! 斬!! バキューン!! 斬!!

「大丈夫、君ならできるヨ♪」
「……ドコの虫姫様でつか、アンタは……」
「さあ、いざ!! ポン刀一丁で、弾幕祭りのヘストンワールドへっ!!」
「おい話聞けーっ!! 嫌ぁぁぁぁぁっ、殺ス弾幕で真・火蜂なケ●ヴ仕様は無理ぃぃぃぃぃっ!! せめてパターン化可能な芸術弾幕の東●にしてぇぇぇぇぇっ!! っていうか、武器も無しに日本刀一丁で無茶言うなぁあああああっ!」
「ンもー、ワガママだなー。お金、持ってる?」
「……に、日本円なら……」

 先程、ソウルジェムを探った時に、札束だけは何故かあったと記憶している。

「よーし! じゃあ、まずは武器の調達に行こー♪」
「いや、だから俺、見滝原に帰るって……おわ、放して、放してぇえええええええっ!
 カンベンしてください! お金払いますからお家に帰してぇぇぇぇぇ!」

 むんず、と、妖しいステッキから伸びた手にトッ掴まえられた俺は、ラジカル☆レヴィに引っ張られ、俺はヘストンワールドの深淵へと連行されてしまった。



「リリカール☆チアシスター♪ エダちゃん参上!!」

 ……何というか。
 もーこれ以上、根本的に関わり合いになりたくない存在に、ワラワラと湧き出された俺は、本格的に頭痛が止まらなくなっていた。
 目の前の鋭角なグラサンかけた……何というか、尼僧服とチアリーダーを足して、魔法少女という要素で割ったような、曰く説明し難い衣装を着た存在に、教会で出迎えられているこの状況。
 もう、正直、おなかいっぱいである。

「あの、もう、お家に返して……」
「エダちゃーん、日本からのブルジョワ様に、武器売ってあげてー♪ ……あ、紹介料に20%ね」
「あははは☆ざけんじゃねーぞ♪ この万年生理不順♪ 5%に決まってんだろタコ」
「15%」
「7.5%」
『……OK、10%って事で』

 なんか俺無視して、勝手に納得してるし。

「そんじゃ、日本からのお坊ちゃん、入って入って♪」
「いや、その……俺、『教会』とは相性が悪いんスけど」

 佐倉杏子とか、佐倉杏子とか、佐倉杏子とか……まあ、そんな感じで。

「まあまあ……ウチのボスがお待ちかねだよ」
「……はぁ?」
 
 もうなんか脳みそが膿んでドロドロになった気分で、俺は教会の扉をくぐる。
 そして……そこで、俺は、悪夢の存在を目にする事になる。

「おやおや、わざわざ日本からなんて。ロック以外の日本人なんて、珍しいお客さんも在ったモンだねぇ……
 ようこそ、マジ狩る☆バイオレンス教会へ。ここのボスの『プリティ☆ビッグシスター』ヨランダだよ」

 その……何というか。
 今までも描写に困る存在が多数現れたが、コイツは極めつけだった。
 っていうか……80はイッてる、海賊じみたアイパッチつけた婆様が、シスター風の肌もあらわな魔法少女の衣装で、しかも『プリティ』って、何じゃそりゃああああああああああああああっ!!!

「うぉっぷっ!! しっ、失礼っ!!!」

 くるりと後ろを向いてダッシュで外に出ると、花壇の隅っこに向かって四つん這いになって下を向く。
 ……ごめんなさい。おなかいっぱい通り越してガチでゲロ出ました。ヘストンワールドさん、もう勘弁してください!!

「おやおや、悪かったね坊ちゃん。確かにこの年齢で色々無理があるとは分かってるんだけど、ヘストン・ワールドじゃ魔法少女の衣装は正装なんだよ。
 ……しょうがないね、リカルド、ちょっとおいで」
「ひっ、しっ、シスター、そっ、それは、それだけは勘弁を、シスター……ひいいいっ!」
「我慢しな。金づるの機嫌を損ねちゃいけないよ」

 なんか哀れっぽい悲鳴をあげて、ヒスパニック系の神父見習いが連れてこられる。
 そして……

 ぶちゅるるるるるるるる……

「ひいいいいいいっ!!」

 なんというか……アイパッチの婆様な魔法少女にキスをされた神父見習いが、哀れっぽい悲鳴をあげてミイラになっていくと同時に、だんだんと件の婆様の肉体年齢が、若返っていく姿は……ホントーになんかイカンものを見てる気がして、だんだん現実逃避に全開で拍車がかかってきた。
 っていうか、ドコの豪●寺一族だよ、この婆様っ!!

 やがて『じゅるるっ……ポンッ♪』 ってな音を立てて、ミイラになった神父見習いを退場させた後に残ったのは……

「ふぅ……どうだい? これなら多少、見れたモンだろ?」
「……いえ、その……別の意味で、目のやり場が……」

 その……BBAな魔法少女から、魔法少女なBBA(ボインボイン姐御)にクラスチェンジ(しかも金髪)って……。
 何となく、『魔女の釜』をキュゥべえと一緒に悪用し続けて、『真の魔女』と化しながらン百年生きた巴マミの姿って、こんな感じになっちゃうのかなー、とか連想してしまい、内心悶絶していると、彼女……BBA(ボインボイン姐御)なプリティ☆ビッグシスター・ヨランダから、話を切りだしてくれた。

「で、日本から来たお坊ちゃん。武器が欲しいんだって?」
「っ……あ、そうです」

 そうだ、武器だ。武器が無いと、始まらない。
 俺は意識を切り替えて、言葉を切りだす。

「大口径のリボルバーが欲しいんです。パイファー・ツェリスカが理想ですが、無ければトーラス・レイジングブルのモデル500かS&WのM500を。デザート・イーグルやオートマグなんかのオート系はパスしてください。
 あとはオートマチックグレネードランチャー、それと調整済みスコープつきの対物ライフル。C-4と起爆信管、あとクレイモア地雷。手提げ式のガトリング砲なんかがあるとありがたいですが、無ければブローニングM2重機関銃あたりを手提げで使えるように。
 あと、使い捨てのM72と、RPG-7と弾頭を……あ、当然、全ての武器の弾は、ありったけを用意して頂きたい」

 俺の注文に、リリカル☆チアシスターことエダ女史が胡乱な眼で突っ込む。 

「ヘイヘイ、買い込むなぁ兄ちゃん。
 それに、大口径リボルバーかよ、トンだ見栄っ張りだね」
「確実に発砲できるからね。弾詰まり(ジャム)は無いし……見栄や酔狂でのチョイスじゃない、俺の流儀だ」

 そう。俺がリボルバーにこだわってるのは、いくつか理由がある。

 まず、オート特有の弾詰まりの事故が有り得ず、どんな変則的な体勢からも発砲可能な事(映画でよくある、銃を寝かせての横撃ちは、オートの場合、弾詰まりの元である)。
 そして、俺の拳銃での戦闘スタイルが『瞬間勝負』と『精密射撃』である以上、多人数の魔法少女相手を想定せず(大勢で来たら罠で分断するのが前提)、リボルバーの玉数で通常は足りてしまう事(あの場で避けた上に、弾いてまでのけた佐倉杏子の腕前は、実際大したもんだ。奇襲が成功しなければ、正味、危なかった)。
 そして、単純な単発での『精密度』はオートだが、『破壊力』では同サイズのフレームではリボルバーに軍配が挙がる事。
 幾ら俺がガンマンとしては暁美ほむらを上回る技量だとしても(その証拠に、デザートイーグルって銃のチョイスからして彼女の手のサイズに全く噛み合ってない。まあ、彼女の場合は恐らく時間停止で弾を叩きこむスタイルだろうから、銃手としての技量は問題になってなかったのだろう。『撃てて使えればそれでいい』という奴だ)、ソウルジェムだけを戦闘の攻防の最中に、拳銃で精密狙撃ってのは難しい。一発目に強烈な一撃を見舞って動きを止めた所を、二発目でソウルジェムを吹き飛ばすのが、通常、最も効率的だ。(暁美ほむらに言ったような、精密射撃も『不可能』ではない。あくまで『難しい』レベルだ)。

 ……まあ、一番の理由は、単発の破壊力が目当てだってのは否定しない。
 美樹さやかや冴子姉さん、沙紀のような『癒しの祈り』を使う魔法少女相手だと、9パラ(9ミリパラベラム弾)程度じゃソウルジェムをクリティカルショットしない限り、通じない場合が結構あるのだ。
 そして、オートで弾をばら撒かねばならない状況になる前にケリをつけるのが、俺の拳銃でのスタイルである。というか、そんな状況になったら拳銃に拘らず、別の武器(サブマシンガンあたり)を、ソウルジェムから取り出してケリをつけるほうが良い。
 拳銃はあくまで、拳銃なのだ。……メンテナンスも比較的楽だし。(無論、オート系の拳銃が使えないわけではない。単に魔法少女を相手にする上での、俺なりの戦闘スタイルの問題、とだけ重ねて言っておく)。

「ふむ……またトンでもないモノと量を注文するモンだね?」
「モノは? 揃えられますか?」
「その前に、金を見せてもらわない事には、答えられないよ」
「では、私も金は見せられません」

 BBA(ボインボイン姐御)なプリティ☆ビッグシスター・ヨランダと、交錯する視線。
 このへんのやり取りは、武器商人相手に慣れたモンだ。

「……イチゲンの日本人のワリに、とんだワガママ坊やだね。いいさ『出来る』とだけ」
「今すぐに? この場で?」
「厳しいねぇ、坊やも。そちらは?」
「恐らく、払えます……日本円で良ければ」

 とりあえず、億単位の金は常時、いざって時のために入ってるし。何とかなるんじゃないかな、と。

「……ふぅ。リボルバー以外のモノは、用意できるよ。
 ただ、このヘストンワールドで、リボルバーを使う人間は意外と少なくてね。弾は200発ほどあるんだが、今はこんなモノしかない」

 そう言って、プリティ☆ビッグシスター・ヨランダ(ボインボイン姐御)が取りだしたのは、スタームルガー・スーパーブラックホーク。俗に『黒い鷹』と呼ばれる拳銃で、デザイン元のコルトSAA譲りのクイックドローの早さと44マグナム弾を使う破壊力のバランスが取れた、逸品である。
 むしろ、魔法少女相手の実用性という意味で、文句は無い、が……

「……この銃把についた血痕は?」
「ああ、そいつはね、『ガンマン気取りのクソ袋』から巻き上げたモンなのさ。その時、ラジカル☆レヴィちゃんに、銃ごと腕を吹っ飛ばされてね。
 今頃、ロア……もとい、ヘストンワールドの湾内で、カニの餌になってるから、安心おし」
「なるほど……失礼。よろしいですか?」

 どうぞ、と目線で進められ、俺は『黒の鷹』を手にとる。
 弾が入って無いかをチェック。その上で、各部のパーツをチェック。さらに、ガンアクションを幾つか。
 ……文句ない。
 パイファー・ツェリスカを使い続けてる俺には軽すぎるくらいだが、むしろその分扱いやすさは遥かに上。
 威力そのものは、600ニトロ・エクスプレス弾を使うパイファー・ツェリスカの十分の一以下の44マグナム弾だが、そこは『速さ』と『精密さ』と他の銃器で勝負すればいい。
 シングルアクションなのも、この際、最速を目指すなら『アリ』である。
 
「うん、気に入りました。で、お値段は如何程?」
「そうだね、ヘストン$との相場がこんなものだから……これくらいかねぇ?」

 提示された金額は、予想を僅かに超えていた。

「……日本円とはいえ、一括の即金で買い上げるので、もうすこし割り引けませんかね?」
「おやおや、本当にこの場で現金で払う気かい? 坊や?」
「ええ、今、この場。即金で」
「気風がいいね、坊や。気にいったよ。用意してみせな。そうすりゃ今の値段から二割引きで売ってあげるよ」
「では……」

 そう言うと、俺はその場でソウルジェムから取り出した札束を、積み重ね始める。
 ポカーンとする、『ラジカル☆レヴィ』や『リリカル☆チアシスター』エダを他所に、悠然と構えている『プリティ☆ビッグシスター』ヨランダ(ボインボイン姐御)。

「これで、おおよそ二割引き価格、といった所ですが? いかがか?」
「結構、交渉成立だよ。エダ、彼を武器庫に案内してやんな」
「……はっ、はい! シスター!!」

 と……その時だった。

 シュイイイイン!! とか言わせて全身を光らせながら、BBA(ボインボイン姐御)の姿から、元のリアルBBAな魔法老婆(!?)に戻っていく『プリティ☆ビッグシスター』ヨランダ。
 何度も言うが、80超えた老婆(しかも海賊じみたアイパッチつけた)の魔法少女姿なんぞ、俺は見たくない!!

「あらあら、もう時間かい。
 しょうがないねぇ……リカルドの奴も、最近枯れ始めちゃってねぇ。うんと精のつくモン喰わせてるハズなんだけど。
 そうそう、お得意さんになってくれたお礼だ。あたしゃ紅茶に目が無いんだが、あんたも一杯どうだい?」
「イエ、エンリョシテオキマスデス!! ハイ!!」

 もー目線を合わさないようにして、俺は『リリカル☆チアシスター』エダを促して、とっとと教会の外へと逃亡した。
 ……神の家なんてトンデモネェ、佐倉杏子すら生ぬるい魔女が棲む場所を『教会』と呼ぶのだ。そんな感じで『教会』という存在の中身を知った俺は、生涯二度と近寄るまい、と固く心に誓っていた。



「で……その、悪い魔術師とニンジャってのは、ドコにいるんだ?」

 とりあえず、買い取った武器をソウルジェムに収納し終え、俺はラジカル☆レヴィに問いかける。

「んっとねー、ニンジャは兎も角『魔術師』は、大概高い所にいるよ? 馬鹿だから。」
「……高い所、ねぇ……ん?」

 高い所、高い所……ひょっとして……

「なあ、その魔術師やニンジャとっ捕まえるのって、『生死不問(デッド・オア・アライブ)』?」
「勿論♪」

 その頼もしい言葉に、俺は一つの策を思いつく。……多分、引っかかってくれると思うんだが、大丈夫だろうか?
 とりあえず、この場所から見上げて……ここ、あそこ、んと……あっちあたりか?
 ソウルジェムから、買ったばかりのC-4やクレイモア地雷を取り出し、随所に仕掛け終えて……パパッと完了、と。

「何やってんの?」
「……いや、何。
 馬鹿を狩るのって、いつもの事だったなー、って。そういえば」

 そう。魔法少女の力を過信し、かつ、暗殺者としての俺の凶名を警戒すればするほど、俺が普段、自分の縄張りに仕掛けたような魔法少女専用トラップは、有効と成り得るのである。
 『暗殺魔法少女』伝説の凶名は、伊達ではないのだ。……色々な意味で。

「だから、君が適任だったんだよ♪」
「……是非、お断りしたかったなぁ……」

 色々な意味で、涙が止まらない。

「それは兎も角……で、ニンジャはドコにいるんだ?」
「それが、分からないのよー。ニンジャってくらいだし、目立たないのー」
「……まあ、無駄に目立つニンジャが居たら、お目にかかりたいし」

 忍びの極意は、基本、周囲に溶け込む事。
 そして、戦闘は非常時の一手段でしかなく、目的を達するために原則、『逃げる』事を前提としている。火遁、水遁、土遁etc。皆、文字に『遁走』の遁の字が入っているのは、伊達ではない。
 ……このデタラメ極まるヘストンワールドで、どの程度、俺のリアル知識が通用するかは兎も角。
 俺の剣術の師匠の教えは、技術的には剣術であっても、それを扱うための『心得』は、喧嘩芸含めて忍術に近い代物だったし、そのへんは、なーんとなくは理解できるのだ(あまつさえ『正心』の理屈は、そのまんま忍者のモノだと知った時、愕然とした記憶がある……習ったのは、剣術なハズなんだがなー……)。
 そういう意味で、ニンジャ相手のやりにくさというのは、想像できるだけに渋い顔にならざるを得ない。
 何しろ、向こうは逃げ回って毒ピザ撒いてりゃいいわけで、コッチはそれを追いかけねばならないのだ。しかも、俺の精神衛生的に、可及的速やかに、このヘストンワールドから撤退する必要がある以上、時間が無いのはこちら側である。

 ……っつーか、繁華街の街中を二足歩行で歩く、人間サイズの亀が闊歩してる時点で色々限界だよ! 助けて姉さん!!

「一応、さんごーかいも、モスクワ宿も動いてるんだけどねー。姐御なんか、ツインテールにトリコロール・カラーの衣装まで用意して、『なの』とか語尾につけはじめたし。
 ……姐御の馬鹿、ヘストンワールドをひっくり返すつもりかよ」
「……OK、こんなイカレた世界がどーなろーが俺の知ったこっちゃないが、その『姐御ちゃん』とやらにゃ絶対関わっちゃなんねーのは、よーく分かったわ」

 何というか、自然に火傷顔な砲撃冥王の姿を幻視出来てしまい、俺は悶絶し、決心する。
 一刻も早く、そのニンジャとやらを見つけねばならない。
 でないと、色んな意味で恐怖の存在と相対した時に、自我を保てるか自信が無い。タダでさえ、この狂い切ったシチュエーションに、色んなモノが本格的な限界に達してるというのに。

「んー、今晩は泊まりねー。頼んだ手前、ウチの事務所に来てよ。
 今の時間なら、電話番にロックが居るハズだから。日本人同士、話も弾むかもよ」
「……是非、そうさせてもらうよ」



「ドーモドーモ、ロクロー・オカジマデス」
「………………………」

 にほん……じん?

 そこに居た、露骨に妖しすぎる生物に、俺は首をかしげた。
 ……このヘストンワールドじゃあ、こんな珍妙な生き物を『日本人』と認識しているのだろーか?
 ぶっとい首筋と張りつめた筋肉を、リクルートなワイシャツにはち切れんばかりに押し込めた末に妖しすぎる柄のネクタイを締め、首から上を白粉とセロテープでつり上げた歌舞伎メイクに七三分けにした頭髪。トドメに碧眼で、眉毛やワイシャツから覗く胸毛は金髪ときたものだ。

 ……違う。これ絶対日本人ちゃう。

 曲がりなりにも日本人の端くれに連なる者として『彼が日本人だ』などという主張は、全世界の日本人……否、数多の多次元宇宙に存在する、日本人という人種全ての名誉にかけて、断固として拒否せねばならない。

「す、すんません。その……確認を取りたいのですが、彼はホントーに日本人なんでしょーか? こちらのヘストン・ワールドでは、日本人ってそーいう生き物って事になってるんでしょーか?」
「やっだー、御剣颯太♪ どこからどー見ても、君たち日本人そのまんまじゃなーい♪」
「………………」

 ペッコンペッコンとお辞儀をするスタイルが、また妖しすぎる。
 というか……

「一つ、聞きますが。こちらのロックって方は……何か、武道とか格闘術とかの達人でございましょーか?」
「え? 彼は鉄火場でのドンパチは、カラッキシよ? 銃だってマトモに撃てないんだから」
「……左様ですか」

 はい、この情報で偽物確定。
 歩き方、重心の配分、立ち姿。
 ドコをどー逆さに振るって見ても、鍛錬を積んだ『素人では有り得ない達人のソレ』が丸出しです。

 ……つまり、

「ニンジャみーっけっ!!」

 『兗州虎徹』を抜刀し、自称ロクロー氏に斬りつける。
 が……

「……ほぉ?」

 魔法少年化した、銃弾すら斬って捨てる俺の居合いを避けられた人間は、魔法少女も含めて、そーは居ない。

「むぅ……ヘストンワールドに、若年ながらこれほどの手錬が居ようとは。
 しかも忍術発祥の地、日本の出身のサムライとお見受けするが、如何か?」

 いつの間にか着替えたのか、忍者装束に化けた自称ロクロー氏。
 ……なんというか、避けられただけでも屈辱だってのに、余裕カマして早着替えまでしてのけるとは。
 もっとも、正味、俺の居合いを避けてのけた時点で、俺は彼を舐めてかかる気は、サラサラ無くなっていた。

「……さぁ、な!」

 さらに、クイックドローでソウルジェムから『黒い鷹』を抜き、発砲! スポット・バースト・ショットでターゲットを捕えるが……

「っ!?」

 三発を発射した所で銃に嫌な感触が走り、俺は四発目のトリガーを引く前に指を止める。見ると銃のレンコン部分に、何か液体のついた吹き矢が刺さっていた。……ってか、ニトロセルロース!?

「クソッ!! 待ちやがれってんデェ!!」

 『黒い鷹』を放棄して兗州虎徹を掴みなおすと、俺は遁走する忍者の後を追い、窓から跳躍。
 好都合だ。トラップに追いつめて仕留めるのは、俺の十八番だ。

 が……

「今宵、仔細あって……」

 ピッ!!
 何か、トラップのイイ位置に馬鹿っぽいスカした人影が居たので、とりあえず奴の足元のC-4を遠隔起爆。更に、吹き飛んだ先のクレイモアを一発、二発起爆……チッ、人間の原型、保ってやがる。

「おい、ラジカル☆レヴィ! あの馬鹿がもしかして例の『悪い魔術師』か?」
「……仕掛け爆弾で吹き飛ばした後で、敵かどうか確認とるなんて、アンタもヘストンワールド向きの神経してるわね」
「ンな事ぁフツーに誰もがやってる事だろーが! 奴の確保頼む、俺は例のニンジャを追う!」

 『ないない、フツー無い』と手を振るラジカル☆レヴィを無視して、俺は再びニンジャを追う。
 ……くそっ、何て速さ。流石ニンジャ! 仕掛けの起爆に気を取られて、距離を離され過ぎた。
 だが、俺も負けてられない。
 曲線的な速さは兎も角、直線ならば俺が上と見た。なら……

「っだりゃああああああっ!!」

 ビルの上を跳躍し、路地を駆け抜ける忍者を追いつめる(今回のトラップの起爆システムは、あくまで俺自身の遠隔起爆のみなので、問題は無い)。
 下を走るニンジャに対し、上を走る俺。そして……

「追いつめたぜ……」

 肩口に、対人用のTBG-7V弾頭を装填したRPG-7を構えながら、俺は路地に追いつめた忍者を睨みつける。
 ……悪いな。恨みは無いが、とりあえず死ね。

 照準、発砲。

 発射筒から尾を引いて走る、市街地戦用の対人弾頭。
 半径10m以内を爆圧と高熱で焼き尽くす事を目的としたサーモバリック弾頭の前では、仮にボディアーマーを着ていたとしても、全くの無意味である。
 しかも、避けるにしても点で捕える銃弾とは違う、範囲攻撃!

 が……

「チッ……路地に追いつめられて、あれを回避するかよ」
「……サムライとしてだけではなく、ガンマンとしても中々の腕前。感服つかまつった」

 ビルの壁面を反射跳躍を繰り返しながら、爆風を回避しつつ、アッサリとビルの屋上に立つ俺の前に現れたニンジャに対し、俺はRPG-7の発射筒を放棄して兗州虎徹を構える。
 ……ここへ来て『黒い鷹』の脱落が痛い。火力重視で、接近戦用の武器のバックアップが足りなかったか……クソ。

「なあ、アンタ何者だ?」
「我、姿なき影故に、名乗る名もまた無し……と、言いたいところであるが。
 同じ『魔法少年』ならば、名乗るべきであろう」
「!!?」

 なん……だと……!?

「とぅっ!!」

 跳躍と同時に、ニンジャが『変身』。そして……

「真剣狩ル☆デスシャドー!! シャドー☆ファルコン、推参っ!!」

 なんというか……基本の忍者ルックは変わらないのだが、肩口の装甲が般若のお面だったりとか、明らかに日本文化を曲解して舐め腐ったニンジャの姿に、俺は今度こそ頭を抱えた。
 ……ってか、股間に天狗のお面ってのは、いろいろな意味で日本舐め過ぎだと思う。

「………………か、帰りテェ……見滝原に帰りたい」

 色んな意味で、己の存在意義に蹴りを喰らった気分になり、頭痛が増して行くが……何にせよ、この日本文化舐めてフザケ倒した生物(ナマモノ)が、容易ならざる敵という事実に、変わりは無い。
 ……っつーか、既に、この存在そのものが徹底的に悪ふざけたニンジャ相手に、一応、剣術を収めて和菓子職人を目指してた我が身としては、色んな意味で容赦する気が失せていた。

 気合を入れ直し、俺は兗州虎徹を構える。
 対して、奴も背負った刀を抜く。……いや、刀じゃない。あれ……ジェラルミン刀?
 いわゆる、模造刀であり、俺のスプリング刀とは別の意味で、日本刀とは認められない代物だ。
 それは兎も角。

「!!?」

 それは、およそ有り得ない構えだった。
 握刀が違う、姿勢が違う、重心が違う。実戦を前提に考えた場合、何もかもが有り得ない構え方だった。
 強いて言うなら、剣劇や時代劇の殺陣(たて)に近いが、アレだってここまで不可解な構えはするまい。
 だが、その構えに一切の『迷い』が無い。武器が模造刀だとしても、ハッタリの産物で無い事だけは、まざまざと見てとれる。

「……そう、かい」

 ならば、俺が応じるべき答えは一つ。

 この刃を握った時、常に、そう闘ってきた。常にそう、挑んできた。
 ならば『それ』で答え続けるまで。

 俺は兗州虎徹を鞘に収め、『居合い』の構えを取った。
 これが俺の全力最速。相手が『何か』をする前に片手一刀で斬って捨てる。
 どんな不可解な動きをしようが、どんな幻惑があろうが、最速の前に意味は無い。

 空気が極限まで張り詰める。
 互いに、刹那の一閃を持っているだけに、動けない。
 ゆるり、と……含み足での間合いの攻防が続く。呼気ひとつ、足の指ひとつ、油断する事の出来ない『空間』が、周囲に構築されていく。

 ……そんな、緊迫感あふれる世界の中……

「ОСТАНОВИТЕСЬ(動くな)なの!!」
『!?』

 振り返ると、はるか彼方。
 そこに……『この世界で絶対関わっちゃイケナイ存在』が、居た。

「見つけた……人間を亀に変えるピザを撒き散らす、邪悪な魔法少年!」

 ツインテールに火傷顔の、トリコロール・カラーでロシアな軍服を来た、色々混ぜ過ぎちゃってヤヴぁ過ぎる存在が、手にした魔法の杖の筒先を『俺たちに』向かって向けていた。
 ……って、ちょっ……おまっ!!

 言い訳ひとつ口にする間もあらばこそ。
 星を軽く撃砕する閃光が、俺とニンジャを飲み込んでいった。





「うわあああああああああああああっ! ……はっ、はっ、はっ……?」

 何だろうか?
 何か……内容は思い出せないが、とてつもなく理不尽で滅茶苦茶で出鱈目な夢を見た気がする。
 ……どんな内容だったっけ……か?

「……ま、夢見が悪いのは、いつもの事か」

 何しろ、吹き飛ばした魔法少女の姿に、毎晩のように悪夢にうなされているのだ。
 ちょっとぐらい変な夢を見ても、不思議は無い。
 むしろ、夢の内容を憶えていないだけ、今回は幸せかもしれない。
 ……いや……本当、ゾンビさながらで動く魔法少女の姿って、トラウマモノですよ。そんな姿が、何度夢に出てきた事か。

 時間を見ると、午前五時。まだ朝食にも早い時間だ。
 と……

「……誰か、いるのか?」

 個室で誰も居ない病室のハズだが、『何か』が居るような気配を感じ……

「気のせい、か? ……ううっ、もよおしてきたな」

 人間にとって性別問わず万人共通の、朝の生理現象。トイレに入って用を足し、病室に戻ってみると、何故か空いてる窓。

 ……ありゃ。暁美ほむらが出て行った後に、窓、閉め忘れたっぽいな。……ん?

 気付くと、ベッドの下。
 足元になんか、妙にオドロオドロしくレタリングされた『O.M.C』のロゴのついた、玩具のクナイが転がっていた。

「子供の玩具……誰かの落し物かな?」

 とりあえず、それについて深く追求する気は無く。
 俺はソレを、叫び声を聞きつけて見回りに来たナースさんに、落し物として届けると、綺麗さっぱり忘れ去って、開けっぱなしの病室の窓を閉めた。



[27923] 第二十三話:「これで……昨日の演奏分、って所かな?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/17 04:56
「ふっ!!」

 気合いを入れて、兗州虎徹を振り抜く。
 午前五時半過ぎ。
 まだ日も昇りきらぬ内から、いつもの夢見の悪さで目が覚めてしまった俺は、病院の屋上で鍛錬……剣術の型稽古に勤しんでいた。

 朝、寝ぼけた頭が働き始め、ふと、何か忘れてるなー、と考え込み……美樹さやかとのドンパチをした時に、愛刀の『兗州虎徹』を、病院の屋上に放棄したまんまだった事を思い出したのだ。
 一応、予備の刀が家に数本あるとはいえ(実用される日本刀=消耗品)、今の一振りは、もう長い事使い続けてる一刀であり、結構、愛着もある。
 幸い、目立たない隅っこに転がっていったのと、ライトの無い屋上の暗闇に紛れたのか、美樹さやかの土竜●で駆けつけたであろう方々も見落としたらしく。(そもそも、ハンマーで抉ったような痕では、何があったかすら理解不能だったろう)。
 別の場所に転がっていた鞘も回収し、朝飯の時間まで、病室に戻ってベッドで寝て過ごすのも無駄が多かろうと思い、こうして型稽古に励んでいるのである。
 とはいっても、俺の剣術に厳密な『型』は無い。元の流儀流派のスタイルが、魔女や魔法少女相手の斬り憶えによって崩れ、それをオリジナルとして再構築し直したモノであり、どちらかというと『身体の動作確認』に近いモノがある。
 想定した相手に対し、イメージ通りに体が動くか? その動きに無駄は無いか? 心に迷いは無いか?
 真剣に考え、確認しながら動き……やがて、無心になる。
 意思とか思考を超えて、反応をする体。
 思考を置き去りにする肉体の動きは、しかしその分、どんどん無駄が削ぎ落とされ、鋭く早く、変化していく。
 最初は、太極拳のようにゆったりしていた、確認のための切っ先の動きは、だんだんと仮想敵を相手にしたように激しさを増して行き……

 ガタッ!!

「あ……」
「っ!? ……アンタ……参ったなぁ」

 屋上に現れた人影……松葉杖をついた上条恭介の姿に、俺は暫し、戸惑いを隠せなかった。



「その……御剣さん、本当に、剣術使いだったんですね」
「いや、その……まあ、うん。そんなのを、ちょっと……ね。信じちゃもらえなかったかもしれないけど」

 白鞘におさめた刀を肩に立てかけながら、屋上の縁の段差に腰かけて。
 俺は上条恭介氏と、他愛ない話をしていた。

「なんつーか、かっこ悪い所、見せちゃったなぁ。お前さんみたいにバイオリンでも弾けりゃ、様になってたんだろうけど」
「いえ、そんな事無いです。
 むしろその……すいません、気に障ったのなら謝りますが、その……すごく、綺麗だったんです。御剣さんの動きが」
「!? ……俺の、剣が?」
「はい。……失礼ですが、その『御剣』って名字からして、家に伝わる剣術とか、そういったのですか?」
「いや、ウチはそういう家じゃない。親父はタダのサラリーマンだったし、オフクロは専業主婦で、どこにでもある、フツーの家だった。
 剣術は……その、昔、俺が姉さんや沙紀と一緒に不良に絡まれてた所を、たまたま通りがかったお師匠様が、気まぐれで叩きのめしてね。その場で押しかけ弟子みたいな勢いで、お師匠様に頭下げて、無理矢理入門して習ったモンなのさ」

 ……はい。ぢつは俺も、美樹さやかを笑えなかったりします。
 今思うと、小学生四年生にして、トンでもない弟子だったなーと我ながら思ったり。っつーか、よく師匠も、ヤ●ザに喧嘩売るような物騒な剣術に、小学生を入門許可したよなー。

「しかも、もう師匠の教えてくれた型とは、かなり離れて崩れちまってる。
 ……まあ、そういう意味じゃ『御剣流』と言えなくもないけど、正味グダグダな代物だよ。結局、お師匠様からは、目録どころか切り紙一つ貰ってないし」
「目録? 切り紙?」
「あー、その……剣術の段位を示す証、かな? ほら『免許皆伝』とか、よく言うだろ?
 えっと、『免許皆伝』を最高位として、『免許』『中伝』『初伝』『目録』『切り紙』……雑なうろ覚えだから間違ってるかもだが、確かこんな順番で『修行を収めましたよ』って証明を、お師匠様がくれるわけなんだけど、結局、そこまで長い間、師事出来たワケじゃないから、教えは受けても『切り紙』すら貰ってないんだよ、俺」
「その……『お師匠様』が、道場とか辞めてしまわれたんですか?」
「いや、お師匠様の寿命。
 六十近いアル中ジジィだったんだけど、死ぬ間際まで最強だったんじゃないかって思わせるほど、スゲェ強い人でね。で、ある日、いつものよーに、束収(月謝)のお酒持って家に訪ねていったら、ポックリ死んでた。
 俺の知る限り、最強の剣客にしては、呆気ない最後だったよ」

 今思いなおせば。色々遊ばれてたというか……剣術の稽古を通じて、遊んでもらっていたのかもしれない。
 それに修行そのものはキッツかったが、決して師匠の言葉は嘘もごまかしも無かった。……酒には完全に溺れてたけど。

「……凄い人だったんですね」
「凄いというか、滅茶苦茶な人だったよ、本当に。
 アル中で酔ってヤクザやチンピラに喧嘩売るのはアタリマエ。それでボコボコにしては逃げ出しちゃうんだから。
 警察に追い回された事だって、一度や二度じゃないしなー……今までよく捕まらなかったモノだよ」
「あは、あははははは……」

 イイトコのお坊ちゃんな上条氏には、想像もつかない世界の話に、引きつった笑いが止まらないらしい。

「それより、その……何でこんな時間に、屋上に? 今日、退院なんだろ、お前さんも?」
「ええ。それで、ちょっと……目が覚めたので、今まで居た場所を、見て回りたくて」
「……ああ、この屋上は、あんたの復活演奏の場所だったからな」
「えっ、ええ……それもありますが……その……死のうと、思った場所でもありますから」
「っ!!」

 上条恭介の言葉に、俺は口をつぐむ。

「みっともない八つ当たりでね。僕、さやかを傷つけちゃったんです。
 分かってたんです。この左腕は、もうどうにもならないって……だっていうのに、それを受け止めきれなくて、かっとなって……」
「……いや、すまねぇな。立ち入り難い事を、聞いた」
「いえ、いいんです。御剣さんなら、信じてますから。むしろ、聞いてもらいたくって。
 バイオリンは弾けない、幼馴染は傷つける。そんな情けない自分に、もう何もかもがどうでもよくなって、死のうとして……結局、出来なかったんです。怖くなって」
「当たり前だよ。誰だって、死ぬのは怖い。俺も怖い。それは真実だ」

 俺の脳裏に、巴マミの姿が浮かび上がる。
 彼女の願い……死にたくない、という言葉は、確かに万人共通の真実だ。

「……御剣さんでも、ですか?」
「いや、怖いって。
 でも……死ぬのも怖いんだが、殺すのも結構、怖いんだぜ」
「っ!! 御剣さんは……その……人を、殺したのですか?」
「俺の両親。
 姉さんと妹と俺と、家族全員で無理心中をしようとしてね……木刀打ち込んで、階段から蹴り落とした。
 そんで、結局色々あって、姉さんも無理が祟って、一年……もうすぐ二年になるかな? 死んじまった。
 ……俺が殺したようなモノさ」
「……すいません」
「気にしなさんな。もう慣れた話さ……まあ、気安く喋ろうって気になる内容じゃないけど、あんたなら、な。
 っていうか……お前さん、生きてて良かったじゃないか。左腕、治ったんだろ?」
「え、ええ。そうなんです。さやかが『奇跡も、魔法も、あるんだよ』って言って……そしたら、本当に、奇跡が起きちゃったんですよ。
 また、バイオリンが弾けるって……そう思うと、あの時、死ななくて良かった、って……」
「なるほど、ね……。
 だからよ、生きててよかったじゃないか。お前さんがもし死んじまったら、奇跡どころか、幼馴染傷つけたまま、謝る事すらも出来なかったんだぜ?」
「っ!! それは……そうですね、その通りです」

 ふと……俺は、純粋に、この上条恭介という男を、知りたくなり、質問をぶつけてみた。

「あのさ……その……アーティストのお前さんに言うのも何だっつーか。……その、物凄く無礼な質問をさせて貰いたいんだが、いいか?」
「? ……ええ、どうぞ」
「その、何だ……バイオリンってのは、二本の腕が無いと、弾けないモノなのか?」
「は?」

 何を言っているのだ、という目で見られ、俺は恥ずかしさに目線をそらす。

「いや、随分前に、路上で大道芸人のオッサンが、バイオリン……だと思うんだが、アレってサイズによって呼び方変わるらしいけど……まあ、多分、バイオリンだと思うんだ。
 そいつをな、左腕と右足で弾いてたんだ」
「右足で!?」
「ああ、そのオッサン、右腕が無くてな。
 だが、すげぇ器用に足で弾いてて、曲も陽気でみんなノリノリで、お捻り投げてた。……まあ、ああいう場所だからサクラも居たんだろうけど。俺は素直に感心して聞いてて、一緒にお捻り投げた。
 ……いや、すまない。大道芸とあんたの芸術を一緒にするのは、ものすごく悪いと思ってるんだが……そのオッサン、ノリノリでお捻り投げる観客を見て、すげぇ嬉しそうだったんだよ。ああ、この人、バイオリンが本当に好きなんだなー、って感じで。上手いとか下手とかじゃなくて、本当にそう思わせる演奏だったんだ。
 勿論、それ以外に生計(たっき)の道が無かったってのもあるんだろうけどな……
 で、そんなのをふと思い出して……お前さんにとって、バイオリンって、一体、何なのかな、って。
 本当に『好きでやってる』のか、それとも『それ以外に道が無いから』やっているのか……いや、無礼なのは分かってるんだが、もし良かったら、本当のトコ、俺に聞かせちゃくれねぇか?」

 俺の質問に、上条恭介は珍しく口ごもる。

「……ごめんなさい。考えた事もありませんでした。
 ただ、バイオリンと一緒に過ごしてきた時間が、さやかと同じくらい長かったので……あるのが当たり前みたいに思ってたんです。だから、自暴自棄になっちゃって……」
「そうか。いや、本気で無礼な質問をした。すまない、許してくれ」

 そう言って、俺はその場で上条恭介に頭を下げた。

「いっ、いえ! その……こちらこそ、御剣さんに言われるまで、考えてもいなかった事に気付かせてもらいました。
 腕が治った今だからこそ、改めて考え直してみます。
 そして、もし、答えが出せたら……お答えしたいと思います」
「そうか……いや、本当に、気に障ったんなら、謝るしかない話だからな。……ああ、そうだ」

 ふと、おもいついた事を、俺は実行してみる気になった。

「昨日の演奏。お前さんへの『お捻り』がマダだった」
「えっ、そんな……」
「まあ、なんだ。俺の『大道芸』を、ちょっと見てってくれよ」

 そう言うと、俺はポケットの財布から、五百円硬貨を取り出すと、白鞘を抜き放つ。

「よっく、見ててくれ?」

 切っ先を返して、垂直に立てた刃の上に、縦に五百円硬貨を乗せる。
 慎重に硬貨から手を放し……五百円硬貨が、兗州虎徹の上に垂直に立つ。

「わっ……凄い……」

 上条氏の言葉。
 だが、本命はココから……

「破ぁっ!」

 気合一閃。
 一気に引き斬られた五百円硬貨が『二枚になって』地面に落ちる。

「……!?」
「これで……昨日の演奏分、って所かな? 上条さん」

 『二枚』になった五百円硬貨を、呆然とする彼の手に握らせる。

「……さて、そろそろ飯時か。
 立てるかい、上条さん。良かったら、肩、貸すぜ?」
「い、いえ……っていうか、上条さんって……御剣さんの方が、年上じゃないですか」
「年齢は関係ねぇよ。お前さんが凄い人だからさ。尊敬すらしてんだぜ?」
「っ……その、ありがとう、ございます。御剣、さん」
「おう。じゃ、あの不味い病院食と、最後の闘いに行こうじゃないか。『腹が減っては戦は出来ぬ』ってな」
「あ、あははは、確かにあれは不味いですよね」

 お互いに、ちょっと引きつった笑顔を浮かべながら、俺と上条恭介は、病院の食堂へと向かっていった。



[27923] 第二十四話:「未来なんて誰にも分かるもんかい!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/17 17:05
「……さぁって、と」

 退院と同時に、俺は見滝原高校の制服に着替え、学校へと直接足を向ける。
 本当は、一日休む事も出来たのだが、授業の遅れは取り戻さねばならないし、喧嘩で休んでる事になってるので、学校の諸先生方にも言い訳をせねばならない。
 というか、暴漢に襲われ、妹を守って負傷という筋書きには、なってるが……果たして通じるか否か。
 もっとも……一番気になる『美樹さやか爆弾解体計画』については、見滝原中学校に居る内は暁美ほむら任せである。
 志筑仁美に関して、彼女が楽観視し過ぎてるのが不安要素だが……まあ、それについては、もう俺が言ってどーこーなる問題では無い以上、何事も起こらない事を祈って開き直るしかない。
 授業が終わるのを待って、放課後、とりあえず沙紀と合流してソウルジェムを確保、後、美樹さやかと接触。それとなく色々と忠告しつつ、上条恭介ともどもイイ雰囲気の場所に誘導する……予定ではある。

 雑なのは分かってるが、一日で考え付くことなんて、こんなもんでしかない。

 ……そういえば、沙紀の奴は、大丈夫だろうか?
 
 ぶっちゃけるならば、沙紀の奴は料理が出来ない。
 というか、御剣家の女性は、オフクロ以外、家事技能が壊滅的だったりするのだ。
 死んだ姉さんや沙紀にキッチンを預けると、謎の爆発や閃光や毒ガスが発生するので(とりあえず、洗剤や洗濯機で米洗おうとするのは止めてほしい。幾ら注意しても直さないのはどうかと思う)、俺が家事不能な事態に陥った時のために、米軍はじめ、各国の野戦食料(レーション)……いわゆる『ミリメシ』を非常食代わりに、幾つか。他にカップラーメンも常時用意してあるくらいである。

 ……沙紀が俺の怪我に五月蠅く言うのは『そういう事態に陥った時の、自分の食生活』を見越して心配してるのだと、最近思うようになってきてしまったのだが、どうだろうか?。

 まあ、缶詰やレトルトパウチ開けて食べる程度ならば、沙紀の奴も失敗しないで食事にありつく事は出来る……ハズ、で、ある。多分……おそらくは、何とか……なる、と思うんだが……いかん、だんだんマジで不安になってきちまった!!(そのくらい壊滅的なのだ。沙紀に、適温での茶の淹れ方を教え込むのに、どんだけ苦労した事か)。

 ……帰ったら、ちゃんと料理作ってやらんとな……幾らなんでもミリメシやカップ麺連打ってのは、成長期の子供によろしくない。

 そんな事を考えながら、俺は三日ぶりに、学校の校門をくぐった。



「……まあ、妹さんを守るためだったというのは分かるが、君は奨学生だっていう自分の立場は、理解しているかね?」
「はい、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」

 放課後。
 担任教師の目線に、俺はひたすら平身低頭で答える。答えざるを得ない。

「それと、御剣君。君、夜の街を、出歩いたりしていないかね?」
「っ……あの……妹を寝かしつけた後に……その、分かってるんですけど、外に出たくなって。
 家の事とか、全部、私がやってると、どうしても夜遅くなって。
 でも、一人で外の空気とか吸いたくなって……つい」
「……まあ、君の家の事情は、我々も理解しているよ。
 新興宗教にハマった両親に先立たれて、その借金を偶然当てた宝くじで補填して、その遺産で君たち兄妹が生きている事もね。そんな状況でもグレずに真面目に生きて、誰より優秀な成績を残してる君だからこそ、我々は君を奨学生として迎え入れてるわけだ。
 だからね、御剣君。問題を起こすような行動だけは、してくれるな。
 我々としても、君ほどに文武両道に優れた学生を、暴力沙汰で失うのは勿体ないと思っているのだから。
 ……分かってくれるね?」
「はい、申し訳ありませんでした! ……ですが、その……」

 俺の表情に、担任の先生が柔らかく微笑む。

「分かってる。
 君の年齢で、そこまで大変な事情を背負っているんだ。多少の夜歩きくらいは、先生個人は大目に見てあげるつもりだ。
 だからこそ、トラブルにならんよう慎重に行動したまえ。……君なら出来るだろう?
 今回みたいに何かあった場合、先生の一存だけでは庇い切れない事も、たくさんあるんだから」
「はい! ありがとうございます! 本当に、ご迷惑をおかけしました! 申し訳ありませんでした!」

 人の良い担任教師の言葉に、俺は真剣に感謝の言葉を述べる。

「うん、うん……ところで、御剣君。
 部活動には、本当に興味が無いのかね?」
「あ、その……無い事も、無いのですが……やっぱり家が……」
「うん。だから、その辺の事情を考慮してもらえる部活動ならば、入る事も可能なんじゃないかな?
 今、君に必要なのは、同年代で汗を流し合うような友人たちだと思うのだが」
「はぁ、考えておきますが……その、私が入りたいと思ってるのって、運動系ではないので」
「ほう、文科系? あれだけスポーツ万能な君が?」
「はい、茶道部です」

 俺の言葉に、担任の先生が石化する。……よほど俺を体育会系人間だと思ってたのか?

「えっと……いや、すまん。スポーツ万能で闊達な君個人のイメージから、ちょっと外れててな」
「あの、将来、和菓子屋さんになりたいって思ってて……本当は中学卒業して、弟子入りしようとしたお店があったんです。
 そしたら『弟子になりたいなら、高校出て専門くらいは行かんと絶対許さん』って、店長に怒鳴られちゃいまして」

 ちなみに、その店が暁美ほむらとの密会に使ってた甘味処だったりするのは、本当にどーでもいー話。

「そういう意味で、自分の趣味で作った和菓子とか食べてくれる人とかに、感想聞きたいなって……あと、茶道の作法とか、学んでみたいな、と」
「なるほど。
 正直、君の成績がこのまま維持出来るのだったら、ドコの大学でも引っ張りダコだろうが……それは、君自身にとって、全く意味が無い事なのかな?」
「いえ、意味が無いわけでは……評価して頂けるのは嬉しいのですが、和菓子職人は私個人の夢でもありますので」
「ふむ。じゃあ、夢に向かって頑張りたまえ。
 それと……君の希望は私の胸にしまっておいてあげるよ。迂闊にバレたら奨学生の資格を失うかもしれんから、普段は適当にごまかしておきなさい。
 あと、茶道部の顧問の先生には、話を通しておいてあげよう。挨拶をして、余裕が出来たら足を運んでみなさい」
「っ……ありがとう、ございます!!」

 再度、俺は深々と頭を下げる。……いかん、ちょっと涙出てきた。
 ……本当に、俺は周囲の人間に恵まれているんだな、と。理解が出来た。

 と……

「!?」

 無粋なケータイの発信音に、俺は憮然となった。
 すぐ、ケータイを切って、再度先生に頭を下げる

「すいません。失礼しました」
「いや、何……時々、思いつめた顔をしてる、君を見てると……ね。
 余計なおせっかいかもしれんが、頑張りたまえ。御剣君」
「はいっ! ありがとうございます!!」

 再度、頭を下げ、俺は先生の前から退出し。

「失礼しました!!」

 一礼し、職員室から立ち去った。

 さてと……さっきの無粋な電話は、沙紀からだろうか?
 恐らく、晩飯のリクエストだろう。

「……誰だヨ?」

 知らないケータイの番号に戸惑いながらも、俺はリダイヤルのボタンを押す。

「……もしもし? どちらさんで?」
『何故電話を切ったの、御剣颯太』

 無機質な中にも、どこか切迫した声で電話口の向こうにいたのは、暁美ほむらだった。

「……何だよ、おまえかよ。ショーガネーだろーが、職員室で説教喰らってたんだから」
『そんな事はどうだっていいわ。
 ……いい、落ち着いて聞いて。
 『私は栗鹿子を食べそこなった』わ、イレギュラー』
「……っ!!」

 その言葉の意味するところは……つまり……

「何でお前、抑えとかなかったんだ! 馬鹿野郎っ!!」
『ありえないからよ。こんな事になるワケが無いかった……志筑仁美は、本当に大人しい子だったハズなのよ。
 本当に、ワケが分からないわ!』
「馬鹿かオメーは!! オメーにとって、俺っつーイレギュラーが存在してんだぞ!?
 それに、志筑仁美本人は、お前の知識そのまんまだったとしても、俺の妹が美樹さやかの尻を蹴飛ばしたように、『志筑仁美の尻を蹴飛ばした存在』が、どっかに居たって不思議じゃねぇだろ!?」
『これも、あなたのせいだって言うの!?』
「知った事かよっ! 俺だって俺自身がオメーの未来知識に、どんな風にどー干渉しちゃってんのかなんて、ワケ分かんねーよ!!」

 時間遡行者とそのイレギュラーが、ケータイ越しにギャーギャーわめく、他人には意味不明なやり取りを交わしつつ。
 俺は下駄箱から靴を放り出して履き換えながら、ケータイに向かってどなり散らす。

「とりあえず止めろ! 何としてでも止めろ!! ヤバいにも程があり過ぎるぞ!!」
『……それが……』

 と……電話越しに、女性二人が声をハモらせて『すっこんでろ!!』と叫ぶ声が聞こえた。
 
『……こんな調子で、二人ともヒートアップし過ぎちゃって……私には無理だわ』
「何とかしろよ! 見滝原中学での面倒は、オメーの領分だろ!」
『美樹さやかの担当はあなたでしょう。何で彼女がこうなるまで放っておいたの?
 昨日の段階で告白させてればよかったじゃないの!』
「こっちも疲れ果てて、今日から取り掛かる予定だったんだよ、馬鹿っ!!」

 電話越しの醜い責任のなすり合いに加え、電話の向こうからも聞くに耐えないやり取りが、微かに聞こえてくる。
 ……ヤバい、完全にヒートアップしてんぞ、あの馬鹿ルーキー!
 爆弾解体どころか、導火線に完全に火がついちまってる状態。嫌過ぎるのを通り越して泣けてきた。

「とっ、ともかく、俺が沙紀と合流してからそっちに行く! 魔女の釜にとりに行く余裕は無いから、お前は最悪に備えてグリーフシードを用意しておいてくれ!」
『そんな時間は無い、いますぐ来て。
 最悪、彼女が魔女化した時のバックアップは私がする。賭けの負けも倍払う。だからおねがい!』
「ソウルジェムも無しに、俺に死ねってェのかヨ!? バカぬかすな!」
『こうなってしまった以上、インキュベーター並みの悪知恵と口先を持つ、あなたが頼りよ。何とか彼女たちを丸めこんで。
 ……おねがい、助けてイレギュラー。『まどかを守れる彼女を救えるのが』あなたしか居ないの』
「っ! ―――――分かった! いざって時はマジでフォロー頼む!! ……期待はすんな、俺も全くもって自信が無い!
 ……で、場所はドコだ!」
『見滝原中学の裏手。急いで、人が集まりつつある』

 最悪である。
 ソウルジェム無し、武器なし、防具なし。そんな状況下、火のついた魔法少女という爆弾の解体作業に、口先一つの徒手空拳で挑め、と!?
 しかも、フォローに回るのは、色々な意味で信用ならない魔法少女と来たモノだ。

 だが、やらねば破滅あるのみだ。
 正直、鹿目まどかを護衛できる存在を考え続けてきたが、結局、美樹さやか以外に適任が居なかったのが現状である。
 何より……志筑仁美と美樹さやかが、上条恭介をめぐって争っているこの状況そのものが、鹿目まどか自身にとって最悪と言っていいシチュエーション。
 それこそ、インキュベーターにとって、付け込み放題ボーナスタイムだ。

「……死ぬかもな。は、は、ははははは……」

 少なくとも、鹿目まどかが暁美ほむらの言うような『最悪の魔女の素』だった場合、この状況ですら、世界の破滅の引き金に指がかかっている状態である。まして、美樹さやかが魔女化したりした日には、鹿目まどかがどういう行動に出るか?

 ……正直、色々と考えたくない……っていうか、これ、本当に俺を抹殺するための、暁美ほむらの罠じゃあるまいな?

 が、すぐに『それは無い』と打ち消す。

 彼女にとって『鹿目まどかを守る』というのが最重要目標な事に変わりは無いだろう。で、『鹿目まどかを守る護衛の確保』が今回の目的である以上、本当にこの事態は突発的な事故のような状況なのだろう。
 でなければ、あんな余裕綽綽で、分の狂ったグリーフシードの賭けに、乗ったりするワケが無い。

 つまり……俺は『誰も知らない未来に挑戦せねばならない』という事なのか?

「はっ! 上等じゃねぇか!! 未来なんて誰にも分かるもんか!!」

 ヤケクソ気味に……俺は、暁美ほむらの持ちこんだ博打にBETする覚悟を決め、校門を抜けて見滝原中学に向けて走り出した。



[27923] 第二十五話:「……ぐしゃっ……」(微修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/18 20:28
「ぜっ、ぜっ、ぜっ……くそ、走るとなると、結構距離がありやがるな!」

 魔法少年の時ならいざ知らず。
 今の俺は、タダの生身の人間である。
 ……というか……

「最悪、俺が居ることで、ワルプルギスの夜が来る事そのものが、変わったりとかしてねぇだろうな?」

 そんな都合のいい事を夢想しかけ……首を横に振り、打ち消す。
 個人的に、希望的観測で行動して、良い目を見た例が無い。むしろ、暁美ほむらが言う、二週間後とは逆のパターン……一週間後とかになってる可能性だって、無きにしも非ずなのだ。
 それに、幾ら俺がイレギュラー(らしい)だからって、天災と同等の代物の因果を弄れるとも思えない。
 とりあえず、遅かれ早かれ、見滝原にワルプルギスの夜が来る事を前提に、行動を始めておくほうが賢明である。
 何より……魔女を狩るほうが、場合によっては魔法少女を狩るよりも面倒だったりする場合が、結構あるのだ。
 全ての魔法少女は、弱点――ソウルジェムを持っている。
 が、魔女にはそれが無い。ただひたすらに、銃火器の火力でゴリ押すしか、魔女相手にはどうにもならなかったりするのだ。……一応、魔女にも弱点は存在するが、個体差が激しく、いちいち調べるよりも爆弾やロケットで吹き飛ばしたほうが、手っ取り早いケースが多いし。

「……くそっ、喉が渇いてきた」

 落ち着け。落ち着け俺。
 ……とりあえず、ジュースでも飲んで、気を静めるんだ。
 実際、5キロくらい全力で走った直後に計算問題を解こうとしても、人間、グダグダな答えしか出ないモノである。(疑うのなら試してみるといい。余程身体頑健な人間でも、疲労は思考を鈍らせる)
 今、俺が暁美ほむらに求められてるのは、あの馬鹿を丸めこめるクールさと思考、そして口先だ。慌てて駆けつけて自分が事態をグダグダにさせては、全く意味がない。

 言い争う声は、かなり近い。もう一歩のところ。
 だが、この場合、慌てて駆けつけても不審がられるだけ。
 とりあえず……んー、この手しか無いか。

「さて、少しは頭冷やしてくれるとイイんだ……が」

 そう呟いて、俺は近くにあった自動販売機から、炭酸のジュースを『三本』買った。



「遅いじゃない」

 案の定、咎めるような暁美ほむらの言葉に、俺はあえて、いつもの笑いを浮かべてやった。
 ……ちょっと引きつってるかもしれんが。

「悪ぃな、『小道具』の準備に手間取った」
「……小道具? そのジュースが?」
「上手く行くかは、お慰み、だ。……いざって時ぁ、フォロー頼むぜ」

 そう言うと、俺は炭酸ジュースの一つに口をつけて二口で半分ほど飲みほし、ポケットに捻じ込む。

「ゲーふっ……っと! さて、行きますか」

 残り二本。炭酸のジュースを手に、言い争う二人に迫る。もう、掴みあい寸前っていう感じで、間にいる上条恭介も、おろおろするばかりだ。
 ……まあ、無理も無い。いきなり愛の告白が二連発。そして女同士が修羅場じゃ、俺だってどうしていいか分からん。

 だから……俺は『念入りに振った炭酸飲料の缶』のプルタブを、二人に向けてこじ開けた。

「ぶあっ、ひゃあああああああっ!! な、なっ!?」
「きゃあああああああ!!! な、何ですの!?」
「おい、お嬢ちゃんたち。
 ……コイツでちったぁ頭冷やせ。上条さん、困ってんじゃねぇか」
「御剣さん!」

 何か、意外な救い主を見るような目線を、上条さんが俺に向けて来る。……まあ、気持ちは分かる。
 そして……

「おぅ! オメェら、見世物じゃねぇんだ!! 他人(ひと)の色恋沙汰、出歯亀してんじゃねぇ!!
 失せやがれってんだ、ガァッ!!」

 気合を入れて、一睨み&一喝し、一時的に人を追い払う。

「……すまねぇな、上条さん。ちょっと買い物ついでに通りかかったんだが、見るに見かねちまって、よ。
 特に、馬鹿弟子まで迷惑かけやがって……余計な事たぁ思ったんだが、流石に、な」
「ありがとうございま、え……で、弟子? ……さやかが?」
「なっ! 都合よく弟子にしないでよ!」
「志願してきたのはおめーだろーが? ……あー、そいつについては、また後で。
 とりあえずな、お嬢ちゃん二人とも。
 お前ら、自分の気持ちを告白するのは結構だが、告白相手の『上条さん本人ほっぱらかして』言い合いってなぁ、どういう了見なんだ? まして、こんな騒げば人目につきそうな場所で、愛の修羅場か? そんで『最終的に誰が迷惑するか』考えてやってんのか?」
『あっ……!』

 蒼白な表情になる、志筑仁美と美樹さやか。

「分かったみてぇだな?
 とりあえず、二人とも……グダグダ言うようなら、もっぺんコイツで頭冷やすか?」

 プルタブを開けた、缶ジュースを両手に掲げ、二人の頭の上にもってこうとし……

「いっ、いえ……結構です」
「おっ、落ち着きました、はい、師匠!」
「そっか。なら飲め」

 そう言って、二人に強引に手渡した。

「とりあえず、俺ぁワザワザ、他人の色恋沙汰に首突っ込みたいなんっつー野暮は思わねーが、尊敬するダチに迷惑かけるよーな真似だきゃ見過ごせなくてな。
 で、三人とも。
 今、選択肢としちゃあ、二つある。
 これから続けて、人気の無い場所で、腹割った話しを続けるか。さもなくば、上条さんに返事を待ってもらうか。
 ……どっちにする?
 ああ、上条さんが、この場で答えを出せるってんなら、話は別だけど?」

 話を振ると、上条さんがプルプルと首を横に振っている。
 ……うん、気持ちは分かる。

「っ……とりあえず、場所は変えましょう。話を続けるかどうかは、ともかく」
「そうだな、それがいい」

 と……そんな具合に話がまとまりかけた、その時だった。

 『とりあえず、助かったみたいね』
 『……テレパシーはなるべく使うな。不審がられる。長話の場合はケータイを鳴らせ』

 暁美ほむらのテレパシーに、とりあえず思考だけで返す。

 と……

 『……暁美ほむら? ひょっとして……あんたが師匠を呼んだのか?』
 『そうよ、あなたのために、ね。迷惑だったかしら?』

 ちょっ! お前らっ!! テレパシーだけでやり取りすんな! これだから魔法少女ってぇのは!!

「おい! 行くぞ、馬鹿弟子! 河岸変えて話し合いの続きだ!」

 そう言ったのだが……何故か、わなわなと肩を振るわせ始める美樹さやか。

「そうか……こうなるの、狙ってたんだね。仁美……師匠も……暁美ほむらも」

 いかん! カンの良さが、完全に裏目に出てる。というか、視野狭窄状態だーっ!!

「ちょっ、馬鹿かテメェは? こうならないためにコッチは必死になって丸腰で」
「嘘だっ!! 人殺しの言う事なんか、信じられるもんかっ!!」
「っ!!」

 思わず。一瞬、押し黙ってしまう。
 それが、致命的だった。

「さやかっ!!」

 次の瞬間。
 ばしっ!! と……上条さんが、左手で美樹さやかの頬を張り倒した。

「謝れ!」
「なっ……!?」
「御剣さんに謝れ! さやか!」

 呆然となる美樹さやかに、真剣な表情で迫る、上条さん。

「恭……介? なん……で」
「彼は……彼は、僕の尊敬する人だ! その彼の傷を抉るような事を言うな! 謝れ!」
「っ!! ……そうか……あんたは……あんたは、恭介まで丸めこんだんだな! この悪党!!」
「違う! おい! 二人とも落ち着け!
 俺が人殺しだろうが、どう言われようが気にしちゃいない!
 俺は、お前らが三人、腹割って落ち着いて話し合えって、言いに来ただけだ!」
「御剣さん……いえ、話し合う必要は、ありません!
 今、答えが出ました!」

 そう言うと、上条恭介は、志筑仁美の手を取った。

「志筑さん。僕は君を選びます!」
『っ!!』

 最悪である。最悪のパターンだ!

「おい、違う! 上条さん、俺が人殺しなのは本当の事だ!
 彼女を責める謂れはコレッポッチも無い! 考え直せ!」
「いえ、考えるまでもありません。
 ……さやか。今度という今度は、君を見損なったよ!
 本当に心配して駆けつけてくれた御剣さんの心を、平気で傷つけるような人と、付き合えるわけがない!」
「そんな……違う……あたしは、ただ、恭介が……騙されてるよ、恭介」
「いい加減にしないか、さやか!
 早く御剣さんに謝るんだ! 今、間違ってるのは君のほうだ!」
「っ……なんで……なんでよ! なんで仁美も、師匠も、暁美ほむらも、あたしの邪魔をするんだ!
 恭介が……恭介の事が一番好きなのは、あたしなのに!!」
「さやかっ!!」

 再度の平手打ち。
 しかも『左手』……それが、決定打だったんだろう。

「どうして……どうしてあたしが、恭介の『左手』でぶたれなきゃならないの? 『この手を直したのは、あたしなのに』っ!!」
「っ!!!!!!」

 最悪だ。最悪中の最悪のパターンに、陥ろうとしている!!

「おいっ、やめっ!!」
「うるさい!!」

 その場で、いきなり『変身』した美樹さやかの姿に、志筑仁美も上条恭介も、呆然となる。

「さっ、さやか……その姿は?」
「驚いたでしょう! これがいまのあたし! 恭介の腕を治してもらうために、インキュベーターに奇跡を願った、あたしの姿だよ!」
「そっ……そんな……」
「だから、仁美なんか見ないで! 人殺しなんかに騙されないで! あたしだけ見てよ! 恭介!」

 と……下を向いて、両腕を震わせ始める上条さん。

「さやか……この左腕は、君が治したのかい?」
「そうだよ! だから……」
「誰が……治してなんて、君に頼んだ?」
「……え?」
「僕の尊敬する人を、人殺し呼ばわりして侮辱するような奴に! 治してもらう理由なんてない!!」
「おいっ! やめろ! 俺が人殺しなのは本当の事なんだし、彼女は間違っちゃいない!
 それに、お前が八つ当たりで彼女を追いこんだ結果なんじゃないのか! だとしたら、彼女の気持ちも考えてやれよ!」
「……ええ、彼女は間違ってません。八つ当たりして、さやかを追いこんだのは僕です。
 さやか、ありがとう。
 そしてごめん。そんなになるまで、君を追いこんだのは、僕だ。その事は素直に、君に謝るし、感謝もする。
 でも……だからと言って、さっきの言葉は許せないよ。
 だから、取り消して、御剣さんに謝罪してくれ! お願いだから!」
「違う! 恭介は騙されてるんだ! みんなみんな、よってたかって、あたしと恭介を騙そうとしてるんだよ!」
「……そうか。どうしても取り消さないって言うんだね。
 だったら、要らないよ、こんな『間違った左腕』」

 ……おい、まさか……!?

「御剣さん。『腕が無くてもバイオリンは弾ける』って……教えてくれましたよね?」
「ちょっ、待てっ! お前、何考えてやがる! 馬鹿な真似はやめろ!」
「だったら、これが答えです……うああああああああああっ!!」
「やめろーっ!!」

 止める暇もあらばこそ。
 上条恭介は、傍らにあった木の幹に、自らの左腕を叩きつけた。

 ……ぐしゃっ……

 なんて……こった。
 俺が考えていた以上の最悪の事態に、どうしていいか分からず。
 悶絶する上条恭介を前に、蒼白な表情の志筑仁美と美樹さやかと共に、俺は立ちつくしてしまった。



[27923] 第二十六話:「忘れてください!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/18 23:20
「単純骨折ですから……全治、二か月って所、ですな。神経に異常はありません」

 タクシーを拾い、見滝原総合病院へと担ぎ込まれた上条恭介の診察結果に、その場に居た全員が、ひとまず胸をなでおろした。
 考えてもみれば。
 一流のボクサーですら、余程のハードパンチャーで無い限り、自分の腕を完全に壊すなんて不可能なワケで。
 まして、上条恭介の細腕……しかも松葉づえついた病みあがりでは、いくら固い木の幹に叩きつけたとはいえ、自分で自分の腕を、一撃で完全損壊するパワーなんて、出せっこ無かったのである。
 ……派手な音がしたから、本気で焦ったけど……多分、木の幹の腐った部分か何かが、潰れた音だったのだろう。
 が……

「先生、僕の左腕を、本当に『使えなく』するには、どうすればいいんでしょうか?」
『っ!!』

 その言葉に、俺を含めた美樹さやか、志筑仁美、全員が、絶句した。

「上条さん! いい加減にしねぇか! あんたの腕にゃ、あんただけの夢が乗ってるんじゃねぇんだぞ!」
「っ……それでも……僕は……」
「俺はどうだっていいっつってんだろ! 早まって馬鹿な真似して、これ以上、手前ぇの女を、泣かせんじゃねぇ!!
 そのほうが、よっぽどあんたが情けなく思えるぜ……頼むよ。俺を失望させねぇでくれ」
「……すいません。かっとなって……」

 と……

「ごめんなさい……師匠」
「あ?」
「本当は……師匠があそこに顔を出す理由なんて、ドコにも無かったのに。
 転校生に……暁美ほむらに、全部の事情聞いて……あたし……あたし……師匠にも酷い事言っちゃって」
「気にしてねぇよ。本当の話なんだから!」
「でも……」
「気に病むな! そんなヌルい神経してねぇよ!
 それより、上条さん。あんた本当に、どうしちまったんだ!? バイオリンは、あんたの夢じゃなかったのか?」
「いえ、夢を捨てるつもりは……ただ、足でもバイオリンが弾けるなら、遠回りになるだけだし、いいかな、って。
 ……本当に、さやかに謝ってもらいたくて」
「バカヤロウ!!」

 俺は怒りの余り、上条恭介の襟首を掴んで捩りあげた。

「男にとって夢ってなぁな! 一生涯を最短距離突っ走る事に費やして『そこ』に至れるかどーかって代物なんだ!
 それを『ちょっと寄り道すりゃいいや』みたいなノリで、何テメェは寝言ほざいてやがる!」
「すっ、すいません!」
「あんたのバイオリンは、そんじょそこらの大道芸と一緒にしていいモンなのか! その程度の夢しか、上条恭介は持っちゃいねぇのか!!
 だったら、あんたに人生に博打張った、あんたの両親や美樹さやかや他の連中は、一体どーすりゃいいんだ!
 ……俺が話した大道芸のオッサンはな、『それ以外に道が無かった』から、そうしてるだけであって、好きこのんで足でバイオリン弾いてるワケじゃねぇんだよ!!
 あんたのバイオリンは、心の底から好きでやってる『夢』なんだろう!? 今の自分に満足できなくて、ずっとずっと前に進むための『夢』なんだろう!?
 だったら、ナメた事を抜かしてやがるんじゃねぇ!!
 ……頼むよ……アンタは、その『夢』に向かって、まっさらな道を真っ当に歩いてくれよ! 俺みたいな外道の言葉に迷わないでくれよ……頼むぜ、上条恭介!!」
「っ……………すいま……せん!」
「っ……チッ!!」

 迂闊に過ぎた己の失策に、頭を抱えざるを得ない。本当に、どうしたモノやら。

「あー……その、取り込み中のとこすまんが、とりあえず、入院の手続きは取ったほうがいいと思う。
 上条君、とりあえず様子見でもう一週間ほど、入院してもらう事になるが、ご両親に連絡を取っていいかね?」
「……はい」

 結局……その場でお開きになり、俺は上条恭介の両親が来るまでの間、入院の手続きと費用を肩代わりする事になった。



「師匠……」

 上条恭介の両親へのあいさつと、謝罪。それに事情説明(無論、暁美ほむら関係の事は除いて)を終えた後。
 閉鎖された病院のロビーで、自動販売機から買ったパックジュースを啜っていると、美樹さやかが完全に憔悴した表情で現れた。

「あたし……何でこんな魔法少女の体になっちゃったのかな」

 その答えを知るだけに。
 俺は口にするのが躊躇われた。

「その答えより、ソウルジェムを見せてみろ。相当濁ってるハズだぞ。
 暁美ほむらから博打で巻き上げた分があるから、使いな」
「……うん」

 グリーフシードを二つ、美樹さやかに向かって放る。
 案の定、真っ黒になりかけたソウルジェムは、グリーフシード一個では浄化し切れず、二個とも使う事になった。

「……あのさ、今回の事で、恭介が分かんなくなっちゃった。
 何でも知ってるつもりだったのに……何でかな。どうして、こんな風になっちゃったのかな?」
「……」

 その答えもまた、俺は大よその推察がつく。
 だが、内容の残酷さを知るだけに、またしても口にするのが躊躇われた。

「……師匠。男の人って、何考えて生きてるの?」
「さあな? 男だからって、全部が全部、他人の生き方を理解できるワケじゃねぇ……が。
 少なくとも、俺は上条恭介のバイオリンに、感動できるモノを感じてた。
 だからこそ、彼がソイツを捨てる……というか『遠回り』してまで、お前さんに『謝って欲しいって』思った事は、少なくとも軽い意味じゃなかったんだろうな、ってのは分かるぜ」
「……っ!!」
「要するに……多分、お前も、上条恭介も、近過ぎたんじゃないか? ほれ、こんな風に」

 そう言うと、俺は美樹さやかの両目の前に、ペンを横にしてつきつける。

「こんな風に近過ぎるとさ、ペンの両端が見えないだろ? こんな感じで、よ」
「そっか……近過ぎたんだね、あたしと恭介って……だから、見えてるつもりで、見えてないモノが一杯あったんだ。
 ……だったらさ、師匠なら分かるよね? なんで……なんであたしは、恭介に振られちゃったの?」
「それを知って、どうするんだ? 今、病室で彼の世話をしてる志筑仁美の間に、今のお前が割り込むのか?」
「っ!! それは……」

 ……チッ!!

「なあ。こう考えられないか?
 上条恭介は『自分の夢を遠回りしてまで』お前に俺に謝罪してほしかった。
 そのくらい、『あの時の美樹さやか』が許せなかった……彼にとっても、お前さんは近過ぎたんだよ。
 自分が当たり前のように思ってる事に対して、拒否反応を示すような事をゴリ押されたら、そりゃあ怒る。ましてそれが、身近すぎるくらい身近な人間であれば、なおさらだ。
 ……お前と上条恭介は、もう恋人って関係には成れないかもしれないが、だからと言って、幼馴染でずっと過ごしてきた関係まで御破算になったワケじゃない、と俺は思うぜ?」
「あたしに……今のあたしに、それで満足しろって言うの?」
「……じゃあ、聞くが。
 お前は、上条恭介の幸せを祈ってるのか? それとも、自分が幸せになりたいのか? どっちだ?」
「っ!! ……それは……」

 自らの『祈り』と、自らの願望のギャップを自覚するに至り。
 彼女は、ようやっと自分の失敗を悟るに至ったのだろう。

「巴マミは……あの女は、少なくとも自分を救った上で、他人を救い続けてるぜ」
「……え?」
「俺があいつを尊敬すらしてるのは、な。
 魔法少女なんて好き勝手出来る体になってなお、誰かのために常に闘おうとしてる、その心意気だ。
 しかも、誰かさんみたいに他人に尻を拭かすなんて真似はしねぇ。テメェのケツはテメェで拭きながら、トコトンまで現実見据えて、しかも、魔法少女の真実を知って、なお、だ。
 ……はっきり言おう。男として、あいつを知ってから、俺はあいつに惚れてる……あー、色恋沙汰じゃなくてな。尊敬って意味だ! 勘違いすんなよ。
 あんな生き方が出来る奴、男にだって、そうは居ねぇよ。実力云々以前に、家族可愛さに大量虐殺やってる俺なんかが、敵う相手じゃあない」
「っ……そっか、師匠、マミさんに気があるのか」
「馬鹿ぬかしてんじゃねぇ! 言葉の綾だ綾っ! 敬意って意味だよ!
 で、お前はどうなんだ? 無理なら、その魔法少女の力を使っちまえばいい。志筑仁美をこっそり殺してしまえば、上条恭介はモノに出来るだろうよ」
「っ!! そっ……それは……」

 そうだろう。だからこそ、俺は、そうならないために、自らの傷を告白する。

「だが……なあ、一言だけ。
 俺から、魔法少女のお前らに、言わせてもらいたい事があるんだ。
 こんな事言うと、お前ら魔法少女が怒るかもしれないから、あまり口にしたくないんだが……『魔女になれるお前らが、時々羨ましくなる』んだ」
「っ!! ……どういう、意味ですか?」

 睨むように問いかけて来る美樹さやかに、俺は静かに口を開く。

「お前も知っての通り、俺は人殺しだ。魔法少女相手に、大量虐殺をやってる。
 そんでな……殺した魔法少女が、毎晩毎晩、夢に出て来るんだよ。いや、魔法少女だけじゃねー。魔女や、目の前で救えなかった、その犠牲者も一緒になって。夢の中で、一緒になって追いつめに来るんだ。
 こう見えて、睡眠薬や精神安定剤を飲んでも、正味、どうにもならねぇくらい、精神的に追い詰められてるのさ。
 多分……キッカケがあれば、麻薬とか危ないクスリに手を出し始めるのも、時間の問題だと思う」
「そっ、そんな!!」
「『人を殺す』ってのは、少なくとも、俺にとってそういう事なんだ……どんな事情があれ、殺した側に一生涯、その感触と責任ってのがついてまわる。
 それはな……もうどんなに洗っても落ちない、頑固なシミみたいなモンなのさ。お前ら魔法少女だったら、多分、ソウルジェムにずっと消えない『穢れ』って形で、残っちまうんじゃねぇか?
 だからな……本当に『何の感情も無く、機械みたいに人を殺し続けられる』魔女って存在になれるお前らが、時々、羨ましくなったりするんだ」
「っ……!! 師匠……あんたはそこまで追い詰められて、何で……」

 自覚するほど、壊れた笑いを浮かべながら、俺は美樹さやかに答える。

「沙紀のために、降りられないからさ。
 ……でもよ、最近、ちょっと事情が変わってきた。
 暁美ほむらに聞いたんだが、『沙紀が闘えるかもしれない』って事が、分かったんだ。
 だからな……沙紀の奴が、闘えるようになったら……俺は、安心して、どこかの誰かに殺されてやる事が、出来そうなんだ」
「そんな!」
「何だったら、お前でもいい。正義の味方の鮮烈なデビューに、悪の限りを尽くした殺し屋を打ち果たす。
 ……名前が轟くぜ、正義のヒーローの」
「違う! 師匠……あんたは間違ってる!」
「そうだよ。『誰かのために』なんて大義名分で魔法少女を手にかけた時点で、俺は間違っちまったのさ。
 だからな……もう手直しする事も、後戻りなんて事も、出来やしない。
 だけどよ、お前は……美樹さやかの手は、まだ綺麗なままじゃねぇか?
 だったら、尊敬する誰かを目指して『最初の祈り』に向かって、魔女になるまで精一杯生きてみろよ? 他人にきっちり胸張って生きれるように、最後の最後まで生きてみようと思えよ?
 そんでな……借り物の力で外道働きしてた、俺の事なんぞ、忘れちまえ。
 志筑仁美を殺したら、お前自身がお前を咎めるかもだが、俺を殺しても、お前を咎める奴は、どこにだって居ない。その必要だって無いんだぜ?」
「違う! あんたは、どうしようもなく追いつめられて、魔法少女を殺してたんだろ? だったら仕方ないじゃないか!」
「どんな理由があれ、人殺しは人殺しなんだよ。
 それに、本当に全員が全員、俺が殺す必要があったのかなんて、俺自身にも、もう分かんなくなってきちまってんだ。そのくらい、俺は魔法少女を手にかけて殺してきてるのさ」

 涙を流しながら。俺は美樹さやかに言う。

「なあ、美樹さやか。
 『誰かのために闘う』『誰かのために祈る』って、お前さんの祈りそのものは、間違っちゃいねぇ。
 みんな誰しも、そんな風に『誰かのために』毎日闘って生きてる。子供や赤ん坊ですら『親のために』って、良い子を演じてたりもするくらいだ。
 だがな、それらは全部、基本的に『自分で自分を救ってから』って前提条件がつくんだ。自分を救えなければ、結局、誰かに尻を拭ってもらうしかなくなっちまうガキでしか無いんだ。
 人間はな、強く無ければ生きられない。優しく無ければ生きる資格が無い。
 前に、俺はお前らを『化け物予備軍』って言っちまったけどよ。……本当は、俺のほうこそ、とっくに『生きる資格』を無くして、それでも未練たらしく執念深くしがみついてる、ゾンビみてーなモンなんだよ」
「……」

 下を向いて、うつむく美樹さやか。
 ……さて、と。

「なあ、美樹さやか。お前にとって、今、上条恭介の面倒を見てる志筑仁美ってのは、そんなに我慢ならない女なのか?
 上条恭介にまとわりついて、色々ムシって滅茶苦茶にしながら、男の股の上で腰振るしか能の無い、どーしょーもないアバズレの豚女(ビッチ)なのか?
  ……あ、いや、すまん……まあ、その、お嬢ちゃんに、言い方悪かった」
「……いえ。
 仁美は……いい子だよ。でも、恭介を取られるなんて、思ってもいなかったから……かっとなって」
「だったら、謝って来い。上条恭介と、志筑仁美に。
 そんで、あいつらに『カッコイイ美樹さやか』を見せてやれ! 『あたしは正義の魔法少女やってます』って……堂々と、全部を説明して!
 お前の祈りは! お前の闘いは! 誰に対したって、何一つ、恥じ入る所なんざねぇんだ!
 そんでな、お前を振った、上条恭介を後悔させてやれ! それが今のお前に出来る、上条恭介と志筑仁美に対する、唯一の復讐だ!」
「師匠……『カッコイイ私』……って?」
「おめー、自分のツラとキャラ見てモノ言えよ?
 どう考えて逆さに振るったって、志筑仁美みてーな『乙女チックに恋する乙女』なんてキャラなんぞ、マジでガラじゃねぇ。
 っつーか、そこン所じゃどーやったって志筑仁美に太刀打ち出来ねぇんだから、いっそトコトンまで『カッコイイ』女になっちまえよ! 俺が尊敬する、巴マミみてぇによ!」


 と……

「っ……ぷっ……」
「しっ、沙紀ちゃん……」

 ふと……誰も居ないハズの人気の無いロビーの隅っこ。廊下に続く死角の部分の人影に気づき、俺は絶句する。

『!!!???』

 まっ、まっ……ま、さ、か……

「お、お前ら……何時から……っていうか、何でこんな所に!?」

 ロビーの死角に近寄ってみると、案の定、そこに沙紀と巴マミの姿がっ!!

「いえ、その……暁美ほむらさんから、事情を聞いて。
 さやかさんが暴走した時のための保険役を、引き継ぎ交代したんです。さっき……そしたら……その……」
「忘れてください!!」

 真剣な目で、俺は巴マミに迫る。

「は、颯太さん!?」
「記憶から、一切合財、抹消してください! あれはタダの説得のための方便です! OK!?」
「はっ、はい! 分かりました!」

 と……

「そっかー、お兄ちゃんにも春が来たんだー」
「ちがーう!! っていうか、純粋に、敬意って問題だっ!!
 ……あああああああああ、お前ら、何笑ってんだ! バカヤロー!! 言葉の意味とか文脈とか読めよ! そんな色気とかそーいう話じゃなくてだなぁ!!」

 真っ赤になって絶叫する俺の事なんぞ、意にも介さず。
 沙紀と美樹さやかの奴は、ゲラゲラと春が来ただの指さして笑いやがった。

 ……ドチクショウ……暁美ほむらの奴! 後でグリーフシード余計に払わせてやる!!



[27923] 第二十七話:「だから私は『御剣詐欺』に育っちゃったんじゃないの!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/19 10:46
「上条さん、すまねぇな。ちょっと大事な話があるんだ」

 上条恭介の病室に入ったのは、もう退室時間も過ぎてからだったが、それでも志筑仁美は上条恭介に付添ったままだった。……いいのだろうか、彼女もイイトコのお嬢様じゃなかったっけか?

「御剣さん……」
「美樹さやかの事について、だ」
「さやかの……?」
「本人が言いにくそうだから、俺が代言を預かってるんだが……どうする? 彼女の命にかかわる話なんだが」
「!?」

 俺の言葉に、上条恭介と志筑仁美が姿勢を糺した。

「さやかの、命、ですか……伺いましょう。御剣さん」

 と……

「ごめん、師匠!! やっぱり、自分で話す!」
『!?』

 ガラッ、と……病室の扉を開けて、入ってきた美樹さやかの姿は、魔法少女のソレだった。

「さっ、さやか……?」
「あのね、恭介。
 今からあたしが話すのは、突拍子もない話かもしれないけど、本当の事なんだ」

 そう言って、彼女は自ら、上条恭介に自分自身の身の上を話し始めた。
 魔女との事。魔法少女の事。その祈りについて。そして……魔法少女の真実まで。

「……そんな! じゃあ、さやかは!」
「うん。いずれ私も、魔女になっちゃう。もうね、これは変えようのない、運命みたいなモノなんだ」
「そんな……そんな事も知らずに……僕は……」

 今更ながらに。
 愕然とした上条恭介の顔色は、蒼白を通り越していた。

「さやか! 僕は……」
「ストップ!
 恭介。あたしはね、あなたのバイオリン、好きだよ。
 だから、あたしのために左手を使ってひっぱたくなんて、本気であたしに怒ってくれたんだね?
 ……ありがとう。確かに、あの場所で間違ってたのは、あたしだった。師匠にも、ちゃんと謝った。
 そんで……ごめんね、恭介。あたし、何も恭介の事、分かって無かった。見てられないからって、恭介の腕は、恭介のモノだもんね。本当に、余計なおせっかい、しちゃったみたい。
 ごめんね」
「違う! さやか! 違うんだ! 僕は……」
「だからね、恭介の腕が無事……ってわけでもないけど。ちゃんと治る事に、ほっとしてるの。
 それで、あたしは満足だよ。後悔なんて、あるわけない。
 ……だから仁美。恭介の事、よろしくね?」
「そんな……私……そんなつもりじゃ」

 同じように、愕然とした志筑仁美に、美樹さやかが笑いかける。

「いいんだよ! 誰かを守るために、あたしは魔法少女になったんだから!
 これからは、あたしが魔女から仁美も、恭介も、みんなを守ってあげるんだから!
 恭介に振り向いて欲しいなんてワガママ、もう言わない。子供じゃないんだから。……だから、時々、バイオリン聞かせて欲しいな。それだけは、お願いして、いいかな?」
「さやか……っ!!」

 戸惑い、言葉も無く、うつむく上条恭介。
 ……やがて、一つの決心をしたように、顔を上げる。

「さやか。もしよかったら、貰って欲しいモノがあるんだ」

 そう言って、上条恭介が取りだしたのは……あれは、確か……

「僕が生まれて初めて、オーディエンスから貰ったモノだ。
 この五百円玉の『半分』を、『さやかがくれた、僕の左腕の証明に』、貰ってくれないか?」

『っ!?』

 上条恭介の申し出に、その場に居た全員が凍りつく。

「上条恭介は、志筑仁美のモノだけど。『上条恭介のバイオリン』は、さやかの……美樹さやかのモノだ。
 ……志筑さん。ごめん。今の僕には、こんな答えしか出せないんだ。
 ……不誠実だとは分かってる。本当にごめん」
「ううん。いいよ、上……恭介さん。さやかさんになら、その権利、あるから」
「……恭介……っ!!」

 ベッドに腰かける上条恭介に跪くように。
 美樹さやかはその場に泣き崩れながら、『半分』の五百円玉を押し戴くように受け取った。

 あたかもそれは。
 『騎士』が王に対し、永遠の忠誠を誓うように。
 上条恭介のバイオリンに、美樹さやかは魔法少女としての『永遠』を誓ったのだろう。

「……はぁ……」

 溜息が出る。何とか……これで、何とかなった、の、だろうか? 成り行き任せにも程がある、ヒヤヒヤの綱渡りだったが……
 さて、と……沙紀と一緒に、暁美ほむらをとっちめに行かねば。
 ……っと?

「沙紀?」

 ひょっこりと顔を覗かせた沙紀の姿に、何か嫌~な予感がしてきた。何かを企んでる時の沙紀の笑顔は、色々とそのヤバい雰囲気で……実際、突拍子もない事を考えてたりするのだ。

「か・み・じょ・う・さ・ん♪」
「あっ、やっ……やあ、沙紀ちゃん」

 どーも、例の一件の告白騒ぎ以降、苦手のタネになりつつあるらしい沙紀の姿に、やや退いて構える上条さん。

「おい、沙紀! 何考えてる!?」
「え? 『確実に勝てそうな博打』が目の前にあるじゃない♪」

 っ……まさかっ!!

「沙紀! おまえ、まさか癒しの力で上条さんの左腕を……」
「うん。治してあげるから、その五百円玉の半割れ、私にも欲しいなーって……」

『なっ!!』

 と……沙紀の奴までが、珍しく『変身』してのける。

「御剣さん。見ての通り、私も魔法少女です。そして、御剣さんのバイオリンの、大ファンです!
 だから、もう一度。二度めの奇跡の代わりに、その五百円玉の半分、私にもください!」
「こン、おバカーっ!!」

 本気拳骨、第三弾。沙紀の脳天に、全力全開で拳骨を叩きこんだ。

「うにゃーっ! 痛ーっ!!」
「馬鹿かテメェはっ!! いつからお前は自分の能力で、そんなインキュベーター並みに泥棒猫みたいな真似するようになりやがった! お兄ちゃんは悲しいぞ!!」
「だってだってだってぇーっ!! 癒しの力なんて、私はお兄ちゃんに散々使ってんのに、美樹さんは一回だけで上条さんからあんなモノ貰って……ずるいずるいずるーい!!」
「アホかこのトンチキがーっ!! 欲しけりゃ幾らでも俺が作ってやるから、この場は諦めろーっ!」
「えっ、あれお兄ちゃんが作ったの!?」
「そーだよ、文句あっか!?」
「そんじゃいらな……あ、でも上条さんのモノなら欲しいー……ううううう、あの五百円玉の薄切りスライスが、これほど悩ましいモノとはー。っていうか、お兄ちゃん、日ごろからお金大事にしろって」
「やかましい! 黙れーっ!!」

 もー、兄妹漫才で色んなモンが、ぶち壊しである。
 ……ほんと、沙紀についての教育方針、真剣に考えた方がよさそうだ。

 と……

「ぷっ……はっはっはっはっは! いいじゃない、恭介! この子にも、残り、あげちゃいなよ?」

 美樹さやかが、指さして笑っていた。

「さっ、さやか?」
「あたしはさ、この半分をくれるって言ってくれた時の、恭介の気持ちだけで十分だよ。
 それに、恭介が早く怪我を治して、バイオリンを弾けるようになるほうが、大事でしょ?」
「ほっ、本当に……いいのかい? だって……奇跡も魔法も、タダじゃないんだろ?」
「いいっていいって、あたしはこれで十分なんだから、あとは恭介自身の怪我を治すほうが、先決だよ!
 だから恭介、あたしに遠慮なんかしないで、渡しちゃいな!」

 もう、気風の良い笑顔で、バシバシと上条恭介の背中をたたく、美樹さやか。
 ……『カッコイイ女になれ』ってアドバイスはしたけど、ここまで割り切れって教えた憶えは無いんだがなぁ……

「……あー、ごほんっ! はい、沙紀ちゃん」
「わーい! ありがとうございます、上条さんっ!」

 そう言うと、癒しの力を発動させ、上条恭介の左手を治して行く沙紀。そして……完治まで、ほぼ十秒。
 ……苦痛に顔を歪めないようになったあたり、本当に修羅場慣れし始めやがった。
 ……この自分の能力を餌に博打に出るクソ度胸といい、インキュベーター並みの悪辣さといい、ほんっと誰に似たんだか。

「はい、治りましたよー♪ やったー、上条さんから、貰った貰ったーっ♪ 上条さんの左腕、あたしもゲットー♪」
「……沙紀、あのさ、言いにくい事を言わせてもらうが」

 ふと、ある事実に気付き……ごほん、と咳払いをして、俺は『沙紀の仕掛けた詐欺の理屈』をひっくり返しにかかった。

「コインて裏表あるの、知ってるか?」
「………?」
「……つまりな、そのコインのスライスは、元は一緒でも『美樹さやかが持ってるモノ』とは別の意味を持つモノだって事だ。
 沙紀の持ってるのは、さしずめ……とろけるチーズを剥いた後のセロファンって所だな……OK?」

 俺の分かりやすくも曲解じみた解釈に、沙紀の顔が凍りつき、周囲の面子がポカーンとした後、クスクスと笑い始める。

「美樹さん、交換してっ!!」
「やだ」

 流石に、拒否する美樹さやか。
 その周囲の表情に、愕然とした沙紀は、そのまま涙目になる。

「にゃあああ、ひどいよ、こんなのあんまりだよ!! これはインキュベーターの陰謀じゃよーっ!! ぎゃわーっ!!」
「どこのモテモテ国王様だよ! おめーが勝手に自爆したんだろーが!!」

 というか、自爆するような解釈を、俺が後付けで付与したんだけどね。
 流石に、こんなインキュベーター並みに詐欺まがいで悪辣な行為を、兄として見過ごすわけには行かないし。
 ……マジで誰に似たんだろーか、ほんっと……

「は、ははは……ごめんね、沙紀ちゃん。
 でも、感謝はしてる。本当だよ。だから……三番目に、僕のバイオリンを聞きにきてほしいな」

 こーんな悪辣な罠を仕掛けた沙紀に対しても、ちゃんと三番目のポジションを用意してあげる上条さん。
 ……いや、ほんと出来た人だよ。マジデ。

「うっ、うっ、うっ……うにゃあああああああああああ!! 『日本じゃ三番目』とか、なによそれーっ! 二番目ですらないなんて、嫌ーっ!!
 ……はっ! ……っていうか、お兄ちゃんが、余計な事を言わなければ!」
「やかましい! おめーがインキュベーター並みの悪さをしようとしたから、止めただけじゃーい!!」

 本気拳骨、第四弾。

「沙紀! いつも言ってるだろ、『博打に負けても後悔しない! 張るなら悔いのない博打を張れ!!』って。
 『確実に勝てそうな博打』だからって、ホイホイ乗ったおめーの負けだよ、沙紀! 後悔するより反省しやがれ!!
 さもないと今度からおめー、上条さんに御剣沙紀じゃなくて『御剣詐欺』って呼ばれるようになっちまうぞ!」
「うっ、うっ、うにゅううううううう……」
「っ……たく! ほんっとーに誰に似たんだか! お兄ちゃんは、インキュベーターを手本に育てなんて、言った覚え無いぞ」

 と……

「私がこんな育ち方したのは、お兄ちゃんが原因じゃない」
「なっ!? おめー、言うに事欠いて!!」
「私知ってるんだよ! 魔法少女に追いつめられた時、土壇場で口先一つで逆に相手を破滅に追い込んだりしてるの!
 さっきの美樹さんに対しての言葉だって、殆ど計算ずくで、どこまで本気だったか分かったもんじゃないじゃない!
 お兄ちゃんって、本当にインキュベーター並みの『口先の魔術師』なんだから!」
「ばっ、よせっ! 上条さんが見てる! みんな見てるんだから!!」

 っていうか、俺か!? 俺のせいなのか!?
 いっ、いや、俺は少なくとも、一般人に対してココまで悪辣かつ露骨な馬鹿はやってない! やってない……はず、多分。

「っ……くっくっくっく」
「ぷっ……はははは」
「は、はははははは」
「う、あ……いや、その……ほんとごめんなさい、はい、すんません!!」

 沙紀の頭を拳骨でひっぱたきつつ。俺はひたすらに、頭を下げ続ける。

 ……あ、そういえば。ひとつ、重大な事を忘れてた。

「……あー、そうだ。美樹さやか」
「はい? 何でしょうか、師匠?」
「うん。あのな、とりあえず、成り行きとはいえ、正式に『御剣流』に入門を許可した上で、な……美樹さやか。お前は『破門』だ」

 俺の言った言葉に、凍りつく美樹さやか。

「……は? 破門?」
「つまり、もう弟子でも何でもないって事。『だから、俺はお前に剣術を教える事はない』……以上だ!」

 はっきりと筋を通した上で。
 おれはきっぱりと言い切る。

「なっ、なっ……何よそれぇっ!! どうしてあたしが破門なんですか!」
「あー? 理由を言えば納得するのかー? ンじゃ『お前さんのソウルジェムの色が気に入らない』とでも言っておくかねー?」
「っ……あ、あんた、ハナっから剣術教えるつもりなんて、無かったのねっ!!
 最初っから、あたしを説得するためだけに……」
「あったりまえだろーが、このトンチキ! 俺が気安くホイホイ教えるわきゃねーだろーがタコ!」
「っ……っくーっ!! こっ、この詐欺師! ペテン師! いかさま師! インキュベーター! 御剣詐欺!」
「あー? 何とでも言いたまへ、元弟子♪」

 へらへら笑いながら、耳をほぢほぢしてると……

「お兄ちゃん……だから私が『御剣詐欺』に育っちゃったって、分かってやってる?」
「詐欺なもんかよ?
 かなりな部分、成り行き任せだったとはいえ、美樹さやか救って、上条さんとも何とか丸くおさまって。後は、俺みたいな外道から悪影響受けないように、関係をバッサリ断てば完璧じゃねーか?
 ……それより沙紀! おめーも俺を騙してたんだろーが?」
「うっ!!」

 俺の言葉に、沙紀の奴が押し黙る。

「沙紀のソウルジェムの収納能力を以ってすれば、『俺みたいに』、既存の武器に魔力を付与する事で、闘う事は可能なんだろ?
 ……もうこれ以上は、我慢ならん。この兄が、お前に、キッチリと炊事洗濯から戦闘技術まで。我が身のスキルの全てを叩きこんでやるから、覚悟しやがれ!!」

 沙紀の脳天にアイアンクローをかまして持ち上げながら、ギラリ、と笑う。
 ……が……

「あっ、あの……おっ、お兄ちゃん……わ、分かった! 悪かった。だから、放して。放して」
「………本当に分かったんだな? あ!?」
「うん、分かった、分かったから!!」

 ぽいっ、と……沙紀を手放す。

「さっ、行くぞ、沙紀! もうココに用は無ぇ!」
「待った、お兄ちゃん! まだ『用は終わって無い』!」
「……あん?」

 気付くと……沙紀の奴が、また例の悪辣な笑顔を浮かべてやがった。
 ……なんだ? 俺は……何か見落としてたのか?

「ごめんね。お兄ちゃん……確かに私、お兄ちゃんに甘え過ぎてた」
「よく分かってんじゃねぇか」
「うん。お兄ちゃんの訓練は、ちゃんと受ける」
「おう、ミッチリしごいてやるから、覚悟しとけよ?」
「うん、だから『美樹さやかさんと一緒に』、あたしをしごいてね!!」

『!!!!!!!!?????????』
 そ、そ、そ、そう来たかっ!?
 予想だにしなかった沙紀の言葉に、俺はパニックになった。

「私、まず最初に剣術教えて欲しいなぁー、お兄ちゃん♪」
「がっ、ぐっ、がっ……ちょ、ちょっと待て、沙紀!! お前、何を言ってるのか、分かってんのか!? 今までお前が、他の魔法少女たちにどんな目に」
「だって、美樹さんだって癒しの祈りの使い手なんでしょ? だったら自分の傷は自分で治せるわけじゃない?」
「……あっ!」

 そ、そう来たか?
 さらに、沙紀の追いうちがかかる。

「それに、『私がお兄ちゃんの技をマスターしないと』、お兄ちゃんはいつまでも引退出来ないんだよね?
 あと、いざとなったら、美樹さんにお兄ちゃんから習った事、全部私が教えて行けばいいんだし」
「ちょっ、ちょっと待てぇぇぇぇぇい!! お前、本気で何考えてやがる!!」
「私は本気だよ、お兄ちゃん!
 『私に全てを伝える』条件に、美樹さやかさんにも剣術を教える事! これが絶対条件!」

 はっ、嵌められた……沙紀に……沙紀の奴にっ!!
 ……そんな、馬鹿な……

「私、知ってるよ! お兄ちゃんだって、元々は『正義の味方』だったんだから! だから、美樹さんに教えられる事なんて、いっぱいあるハズだよ!」
「そっ、それとコレとは別問題だっ! 今の俺は」
「だったら反面教師にでもしてもらえばいいじゃない! マミお姉ちゃんだっているんだから、二人で美樹さんを教え込んでかけ持ちさせれば、お兄ちゃんみたいに道を間違う事だって無いよ!」
「なんだそりゃあ? 滅茶苦茶だぞ、お前!!」
「滅茶苦茶上等だよ!
 お兄ちゃんだってよくやってるじゃない、こんな事!! だから私は『御剣詐欺』に育っちゃったんじゃないの!」
「っ……………」
「お兄ちゃん……私、正義の魔法少女として頑張る美樹さんを見てる、上条さんの笑顔が見たいなぁ~♪」


 生まれて初めて。
 おれは沙紀にチェックメイトを喰らった事を、悟った。

「……………あー、その……美樹、さやか……さん」
「何でしょうか、元師匠?」

 にこやかに『イイ笑顔』で笑う、美樹さやかに対し、俺は頭を下げる。

「えっと、その……破門をとくから、戻ってきてください」
「頭の角度が足りないなぁ~。っていうか、御剣さんって背が高いから、頭が高い気がするなぁ~♪」
「……もっ、もっ……戻って、きてください。おねがい……しま、す」

 屈辱の土下座を、俺は美樹さやかにする事になり……結局、俺は、自分の一番の望みを叶えるために、美樹さやかを弟子にする羽目になってしまった。

「あ、手を抜いて美樹さんにだけインチキ教え無いようにね? ちゃんと私と美樹さんで、教えてくれた内容、相互チェックするから。あと、最初にお兄ちゃんから習うのは『剣術だけ』だからね♪」
「っ!! おっ……おま……」
「弟子同士がお互いに高め合うのは、当然でしょ? ね、『師匠』。
 あ、当然、病室の外にいる、マミお姉ちゃんが証人ね♪ 変な事したら、マスケットの弾が飛んでくると思ったほうがいいよ?」

 さらに、極太の釘までブスリ、と刺されてしまった。
 ……チクショウ!
 どこで……どこで俺は、沙紀の教育方針、間違えちまったんだろうか……とーほーほー。



[27923] 第二十八話:「……奇跡も、魔法も、クソッタレだぜ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/19 22:52

「いっ、一応、昨日の一件は、何とか解決したと言っておく。
 いっ……いや、解決したというよりは、全く俺の理解を超えていたのだが……あっ、ありのまま、昨日、起こった事を話すぜ?
 『俺は美樹さやかを説得しようとしてたら、いつの間にか巴マミに愛の告白をして、美樹さやかを剣の弟子に育てる事になった』
 ……何を言ってるのか分かんネェと思うが、俺も何がどうなったのか分からなかった。
 頭がどうにかなりそうだった……因果律だとかご都合主義だとか、そんなチャチなモンじゃあ断じてねぇ。
 もっと恐ろしい『御剣詐欺』の片鱗を、味わい続ける羽目になったぜ」

 翌日。
 例によって、DIO様……もとい、暁美ほむらと甘味処で密会する事になり、俺はポルナレフ顔で昨日の状況説明をする事になった。

「……ごめんなさい。学校で巴マミに聞いても、私が外れてからの昨日の一件がよく分からないから、あなたに聞きたかったんだけど……どういう事?」
「いや、その……何からどう具体的に説明するべきなのか、本当に俺自身、いまだに混乱しててな。
 とりあえず、美樹さやかの魔女化は無くなったと思っていい以上、当初の目標は達成したんだが、余計なモンまで山ほどついてくる事になっちまったんだ」
「あなた程の人を混乱させるって……本当に一体、何があったの?」
「OK、とりあえず、俺も自分自身の整理を兼ねて説明するわ。
 ……まず、お前は何時、巴マミと俺の護衛を交代したんだ?」
「上条恭介が入院して、あなたが入院手続きを取っている最中よ。あなたに負け分のグリーフシードを渡した後、佐倉杏子の説得にどうしても行かなければならなくて。彼女が現れるポイントがあるのよ」

 ……これである。
 暁美ほむらは、余程、佐倉杏子の事を買っているのだろう。

「……まあ、それはお前さんの分担だから、文句は言わねぇが、一言、『護衛を巴マミに引き継いだ』って言ってくれりゃあ、あの事態は避けられたんだ。
 まず、美樹さやかを説得するのに、巴マミをダシに使った。それはいいな?」
「ええ」
「その時にな……その……言葉の取りようによっては、巴マミへの愛の告白に聞こえかねない言葉を、俺が吐いちまったんだ。間違って、言葉の綾で。
 それをな、巴マミが聞いてたんだよ……無論、そんなつもりは無かったんだ」

 本気で悶絶しながら頭を抱える俺に、暁美ほむらが、何かどんよりとした目で俺を見ていた。

「……………災難だったわね」
「災難で済むか、馬鹿っ!! おめーのせーで、向こうも変な目で見るようになっちまったんだぞ!!」

 涙目で叫ぶ俺に、暁美ほむらは軽くこめかみに手を当てて一言。

「がんばりなさい」
「ふざけんな! 確かに彼女は沙紀の友達だが、こっちは『殺し屋』で、向こうは『正義の味方』だぞ!?
 何時、殺し合う関係になっちまうか分からん、危うい協力関係だってのに、これから、どんなツラで顔合わせて行けばいいんだ!!」
「……なったらなったで、悩まずに、いつものように殺すのでは無いの?」
「それが出来れば、苦労は無ぇんだよ!!
 ……人をゴルゴ13みたいに言いやがって……俺は魔女になっちまえば幾らでも人殺しが出来る、化け物予備軍なお前らと違って、生身の人間なんだぞ! そんな風に割り切れりゃ苦労ネェんだよ!」
「っ!!」

 俺の言葉に、暁美ほむらが一瞬、殺気立つ。

「……すまん。言い過ぎた。俺が悪かった」
「いえ……そうね。御剣颯太、あなたの悪辣さや精神力と、超人的な技能に、私も目がくらんでたわ」
「……どういう事だよ?」
「あなたも、本来は一介の高校一年生の男子に過ぎない、って事。
 巴マミや、美樹さやかと一緒に、ね」
「あー、そいや、アンタはエターナルに時間を繰り返し続けてるんだっけな。そら俺なんかより物腰が落ち着くのは、当たり前か。
 ……なあ、一つ興味が出たんだが、元々『繰り返す前』のアンタって、どんな奴だったんだ?」
「……知ってどうするというの?」
「いや、ただの好奇心。話す気が無いなら忘れてくれ」
「それが賢明ね。意味の無い詮索は、死を招くわよ」
「オーライ。
 で、どこまで話したっけか……そう、で、だ。上条恭介と美樹さやかが、和解するに当たって、上条恭介と美樹さやかの間でバイオリンに関する約束を交わしたんだが、そこに沙紀の奴が割り込んでな。
 そっからがもう、色々とグダグダで……どう説明していいのやら」

 本気で頭を抱える俺。

 ……あああ、沙紀、沙紀……お前はいつから……いや、インキュベーター相手にしようってのに、あの手管は頼もしいんだけど、ちょっと頼もしすぎるっつーか、やり過ぎだろうというか」
「独り言を言われても、意味が分からないわよ。イレギュラー」
「……ああ、すまん。その……まず、沙紀の奴が上条恭介が今回負った怪我を治す代わりに、美樹さやかのポジションに割り込もうとしたんだな。それは俺が、言葉尻を捕えた詐欺でひっくり返して何とか防いだんだが、後が悪かった。
 ……お前も知ってるだろ。お前さんに気付かせて貰った、今の俺の『本当の願い』」

 何しろ、こいつの前で大泣きしてしまったのだ。……今思うと、あれ含めて恥ずかしすぎる。

「ええ。沙紀さんを闘えるように育てたら、死にたい、って」
「ああ。そしたらな……沙紀の奴が『美樹さやかと一緒に修行させてくれないとヤダ』とか抜かしてな」
「……は?」
「『頑張る美樹さやかを見てる、上条恭介の笑顔が見たい』ンだと……滅茶苦茶だよ、ホント……
 確かに、美樹さやか自身が癒しの使い手だから、沙紀と組んでも問題は無い。
 だが、今度は美樹さやか自身に沙紀と組むメリットが無いだろ? 彼女が沙紀自身と組む理由が、無い以上、何時どうなるかなんて知れたもんじゃない。
 ……俺が『殺し屋』なのは、お前も知ってんだろうし、あいつは筋もカンもイイが、正味、今の段階じゃソイツに振りまわされてるだけのタダの馬鹿だ。
 俺自身が沙紀と組むメリットだとしても『俺の本当の手管』を知って、何時、敵に回るかなんて知れたもんじゃねーんだよ。
 そんな奴に、一部とはいえ自分のキリング・スキルを教え込むなんて……敵に武器渡すような真似、出来るわけねーじゃねーか」

 悶絶する俺に、暁美ほむらが溜息をつく。

「御剣颯太。
 とりあえず、状況の報告をありがとう。あとはそちらで何とかしなさい」
「……助けてくれない?」

 答えは分かり切ってるのに、思わず縋ってしまう。それほどに、今、俺は追いつめられていた。

「その義理も義務も無いわ」
「だよなぁ……あ、そういえば。佐倉杏子のほうは、どうなったんだ?」

 俺の問いかけに、今度は暁美ほむらが溜息をつく。

「手ごたえ無し。完全に殻に籠っちゃってるわ……余程、あなたと組むのが、嫌みたい」
「なんだそりゃあ?
 ……っていうか、今、気付いちまったんだが……その……なんだ。
 お前は、この喧嘩……降りる事は、無いんだよな?」

 何しろ、美樹さやかの確保に成功した以上、鹿目まどかを守る事に関しては、ほぼ達成されたと言っていい。
 つまり、暁美ほむら本人が、ワルプルギスの夜に挑む理由は、これっぽっちも無くなってしまったのだ。
 が……

「いいえ。むしろ、確信してるわ。
 ここでワルプルギスの夜を倒さない限り、まどかは常に最悪の魔女に変わる可能性が高い、と。
 ……イレギュラー。今思ったんだけど、あなたの言葉は『他人を変える』可能性を秘めているんじゃないかしら?」
「……は?」
「洗脳、とまでは行かないけど。何がしかの感銘なり感動なりを、他人に与える力を、あなたは知らずに使ってないかしら?」
「……なんだよ、それ?」
「いえ、その……上条恭介と、あなた、病院で親しくなったんでしょう?」
「まあ、な。
 ……ん、ちょっと待て!? 俺が彼と話をした事で『彼自身が変わった事』によって運命が変わって、それが美樹さやかの運命も変える事に繋がったとか、ってんじゃねぇだろうな?」
「可能性としては、十分にあるわ。
 ……あなた、自分がどんなに想定外の存在か、自覚してないの?」

 真剣な目で問いかけて来る、暁美ほむらに、俺は鼻で笑い飛ばした。

「馬鹿馬鹿しい。俺はタダの男だぞ?」
「その『タダの男』が、上条恭介に認められると思う? 『あなたの尊敬する』上条恭介に」

 痛い所を突かれ、俺は押し黙る。

「……要するに『朱に交われば』……って事か?」
「朱というより猛毒ね。扱いの難しい、劇薬に近い存在よ、あなたは。
 それだけに、効果も劇的に現れる。良きにつけ、悪しきにつけ。
 はっきり言いましょう。あなたの『生き方』そのものが滅茶苦茶だからこそ、引きつけられる人は引きつけられ、そして自分自身と運命を変えて行く。
 巴マミもそう。美樹さやかもそう。上条恭介もそう。私だって、もしかしたら何かが変わってしまったかもしれない。『魔法少女の運命すらをも変えかねない』。
 そんな可能性を、あなたはもしかしたら、秘めているんじゃないかしら?」
「人を化け物みたいに言いやがって……」
「無論、それを拒否する人もいる。佐倉杏子のような。
 それで、もしあなたが、そういった『運命の破壊者』としての素質を持つとしたら、あるいは……あなたは、インキュベーターの仕掛けた、この魔女と魔法少女の法則に、終止符を打てる存在なのかもしれない」
「……おいおい、勘弁してくれよ。
 おだてたって、俺は必至に生きてるだけの人間なんだぜ? 正直、インキュベーターが魔法少女を量産していく事に関しては、お手上げなんだ。
 それに、ダチがダチに影響与えるなんて、ごく普通の人間の営みじゃねーか? 何で俺だけがそんな、時間遡行者様に特別視されるよーな、ご大層なモンになんなきゃなんねーんだよ?」
「その影響が、あなたの場合激しすぎるのよ。
 魔法少女と接触した場合、あなたは相手に、死をもたらす。
 でも『そこを乗り越えた存在』は?
 巴マミも、美樹さやかも。私の知る限り、とっくに死ぬか、魔女化している存在だった。だというのに、彼女たちは生きている。
 ……感情丸出しでペテンを使ってでも、なりふり構わず生きる事に突き進む。そんなあなただからこそ、死や魔女化に怯える魔法少女たちにとって、あなたが眩しく思えるんじゃないかしら?」
「……俺は、そんな人間じゃあ無い。俺の本当の願いは」
「それも含めて、よ、イレギュラー。
 魔法少女という規格外の超人の世界に『人間のまま』首を突っ込み続けてる、あなただからこそ『魔法少女たちが人間として失ってしまった『何か』』を伝える事が、出来るんじゃないかしら?」
「っ……!」

 自分自身、思っても居なかった自分の可能性を指摘され、俺は戸惑う。

「……何を言ってるのか……わけがわかんねぇよ」
「そうね。私も、可能性を口にしたに過ぎないわ。
 だからこそ、御剣颯太、あなたには期待しているの。
 あなた自身がどう思おうが、どんな人物であろうが、どんな動機でワルプルギスの夜に挑もうが。もうかなり、私が知る歴史とは良きにつけ、悪しきにつけ狂ってきてしまっている。
 それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からないけど、私はそれを一つの可能性と捕えている。
 だからこそ、楽観視はできない。まどかを守る存在として、美樹さやかを確保出来たのは僥倖だけど、それだけでまどかが最悪の魔女になる可能性を排除し切れたワケじゃないと、私は考えているわ」
「……なるほど、ね。それが、お前さんが佐倉杏子に拘る理由か」

 深々と、溜息をつく。
 なるほど、ワルプルギスの夜相手に、保険はかけてかけ過ぎるって事は無い、って意味か。

「もう一つ。
 あなたは、佐倉杏子という人物像を、誤解しているわ」
「……あ?」
「ひとつ、聞くわ。御剣颯太。
 あなたの姉が、もし、お金以外の願いで魔法少女になっていたとしたら?」
「ん? そりゃ、働いてたんじゃないか? バイトでも何でもして」
「そうね。
 そして、行きつく先は、佐倉杏子のような存在だったと思うわ。恐らく、今とは違う形で、あなたは何らかの悪事に手を染めてたんじゃないかしら?」
「……っ!! 俺はアイツとは違う!!」
「本当に、そう断言できるの? 妹を守るために、あらゆる技能に精通して、あまつさえ魔法少女の大量虐殺までしてのけた、あなたよ? 手っ取り早く、魔法少女の妹を守るためにヤクザになったりした所で、おかしくないわ」
「っ!!!」

 有り得たかもしれない、己の別の未来の可能性を示唆され、俺は絶句した。

「巴マミもそう。
 彼女も、あなたも『遺産』というお金のバックボーンがあったからこそ、学生として日常の生活に適応できている。
 でも、佐倉杏子は?
 ……彼女には、魔法少女の力しか無いのよ。
 生きるために犯罪に走るのは、あなたが魔法少女を殺すよりも、やむを得ない理由だと言えるわ」
「……だとしても、俺は、アイツの虫が好かねぇ。
 『殺し屋』の俺が言うのも何だが……弱肉強食の理屈『だけ』で、世の中押し通ろうとするなんて、間違ってる!
 しかも、一方的に、弱いモンを喰いモノにして生きるほど、俺は堕ちちゃいねぇ! それじゃ魔女と一緒じゃねぇか!」

 そう。俺の相手は、常に、俺より強い存在。魔女も、魔法少女も。
 『誰かのために』それを倒す事で、生き抜いてきたのは……罪の意識とは別に、確かに自負として、あった。

「分かってる。あなたがどれだけ『人間としての日常』を、大切にしているか。
 でもね、佐倉杏子と組む上で、これだけは分かって頂戴。
 彼女には、状況的にそれ以外の生き方が、許されなかった……あなたが魔法少女を殺し続けたように、彼女も、犯罪に走るしか、手が無かったのよ。
 そして、私は……本来の彼女が、どれだけ優しくて、面倒見の良い子か、知っているわ。
 ……偏見かもしれないけど、あなたと佐倉杏子は、どこか似ているのよ」
「ふざけんな!」

 『アレ』と一緒にされて、思わず絶叫してしまい……俺は、返す言葉を失った。
 己自身の気性と性格を、冷静に判断して……暁美ほむらの指摘は『的外れ』とは言い切れないモノだったからだ。

「……じゃあよ。
 佐倉杏子や、俺みたいな奇跡と魔法を使った『犯罪者』は……誰に裁いてもらえばいいんだよ……」
「誰も裁けやしないわ。だから私たちは魔法少女で、あなたは魔法少年なのよ」

 その言葉の重さに、俺は改めて、己の罪業の重さを自覚する羽目になる。
 誰も裁けない存在というのは、つまり……誰にも許してもらえない、という事なのだ、と。
 なら俺は……本気で『死ぬために、生きるしかない』。

「……奇跡も、魔法も、クソッタレだぜ」
「そうね。でもそれが無ければ、魔女を狩る事は出来ない」

 必要悪。暗に、そういってのけた暁美ほむらに、俺は天を仰いだ。

「未来に祈るか……全てのインキュベーターが、この世から消えますように、っと」
「そうね。あなたなら……いえ、あなたと沙紀ちゃんなら、それが出来るかもしれないわ」

 とりあえず、冷めきってしまった栗ぜんざいを口に運ぶ。
 ……程良い餡の甘味と栗の風味が広がるが、それでも罪の苦さは打ち消せはしなかった。



[27923] 第二十九話:「……『借り』ねぇ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/21 19:13
「……ひょっとして。お前……」

 栗ぜんざいを飲みほして、気を落ち着けた後。

「俺と佐倉杏子の『爆弾処理』をしようとしていたのか?」

 大よそ、鹿目まどかの事以外、クール通り越してロボみたいな反応しか返さない魔法少女にしては、あまりに『らしからぬ』感情に訴えた『説得』に、俺は首をかしげる。

「悪い? こうでもしないと、ワルプルギスの夜が来るまでに、あなたと佐倉杏子が暴発しかねないわ」
「……チッ! あー、あんがとヨ」

 イラつきながら、俺は、次にソバガキを注文する。

「……ごめんなさい。
 でも、どこか、あなたが佐倉杏子と重なって見えたのは事実……っ! 悪かったわ」

 思いっきり睨みつけてテーブルを叩き、俺は暁美ほむらを黙らせた。

「仮定の理屈はナンボでも抜かして構わねぇが……今の俺は、今のアイツとは違う。
 犯した罪の軽重は兎も角、『自分のためダケ』に魔法使って犯罪を犯し続けてる魔法少女と一緒にされちゃ、コッチが迷惑なんだヨ……
 二度は言わねぇ。アイツと一緒にすんじゃねぇヨ」
「ごめんなさい。悪かったわ」

 頭を下げる、暁美ほむらに、俺は再度舌打ち。

「……まあ、お前の言わんとする所も、分からネェワケじゃねぇよ。
 『もし』の話なんて、あんま好きじゃねぇから、考えた事も無かったがな……そうだな、俺は本当に『運が良かった』。
 それは理解出来るぜ」
「それだけ理解できるならば、私が『らしからぬ』説得をしている意味も、分かるでしょう?」
「……分かったよ。しつけぇなぁ……こっちからは喧嘩売らない。
 向こうがどー絡んでくるかは、知らないがな」
「多分、それは無いと思うわ。彼女は、あなたに対して負い目がある。
 ……だから、御剣颯太。あなたの名前を使わせて貰えないかしら?」
「……あ?」

 切りだした言葉に、俺は首をかしげた。

「言ったでしょう、彼女は本来、優しい子だった、って。
 佐倉神父の下で、それなりに豊かに暮らしてきた自分の生活が、あなたの一家の破滅を前提に成り立っていた事に、負い目を感じているのよ。
 だから、あなたを襲撃した時に、それを否定したくて激昂した。そして、今、殻に籠ってしまったのよ」
「アイツが? そんなタマかぁ?」
「その証拠に、再度の襲撃は無いでしょ?
 一つ、言うけど。
 巴マミが抑えてる程度で、彼女があなたへの再襲撃を諦めるような魔法少女だと、あなたは思ってる?」
「……………つまり、何か?
 俺が一言『ワルプルギスの夜を退治するのを、手伝ってくれ』って言えば、佐倉杏子はそれに従ってくれる、ってのか?」

 あまりにも突拍子もない提案と内容に、俺は首をかしげる。

「ホントにそんなモンで、通じるのかよ?
 ……いや、目的を達するためだったら、そんな事の許可なんぞ、幾らでも出すがよ。結果はちゃんと、出してくれよな?
 確かに、どたばた騒ぎは起こしたものの、お前……佐倉杏子の説得に関しては、失敗続きなんだぜ?」
「ありがとう、御剣颯太。この事は、借りにしておくわ」
「……おう」

 嫌に素直で気味が悪ぃが……しかも『借り』とまで言ってのけやがった。
 ……この鉄血女が、名前を貸した程度で、素直に『借り』だってぇ? ホントは、何か裏があるんじゃねぇのか?

「……あ、すまん。ちょっと……その、なんだ」
「?」
「いや、本当に、佐倉杏子を説得するため『だけ』なんだな? 俺の名前を使う目的は?」
「それが何か?」
「いや……なに。忘れてくれ。下らない勘ぐりだ。
 どうも、インキュベーターなんて相手してっと、コトを疑ってかかる癖がついちまってヨ。
 『殺し屋』の俺の凶名なんざぁ、脅し以外に使い道が思いつかないが、考えても見りゃ、アンタにその必要は無いもんな」
「っ……そうね。失敗続きの挙句、あなたの名前を借りるのだから、『借り』になるのは当然でしょ?」
「あ、なるほどね」

 彼女なりに筋を通した、ってワケか。納得。

「そんじゃ、ついでに、メッセンジャーを頼むぜ。
 『俺は、家族の……姉さんの敵が、討ちたいだけだ』ってな……。
 『復讐』っつー俺の動機も立場もハッキリさせとけば、佐倉杏子としても、お前さんとしても動きやすいだろ?」
「……承ったわ」

 その言葉を聞いて、俺は、湯飲みの中のソバガキを餡子と箸で練りあげた塊を、口に運んだ。



「……『借り』ねぇ」

 普段、密会の時の俺持ちの費用すらも、『ここは私が』と言って払っていった暁美ほむらの行動に、俺は首をかしげつつも。
 とりあえず、俺はスーパーで買い物をして、家路を急ぐ事にした。

 ……今晩は、とりあえず、こないだ喰い損ねた肉じゃがだな。佐倉杏子に吹っ飛ばされた時、キッチンにぶちまけちまったからなぁ……

 と、

「……」

 何か、嫌な予感がする。
 家の中に、こう……決定的な、ヤな予感を感じ、俺は玄関を開ける前に、足を止めた。

「……丸腰で行動するのは、暫く控えたほうがいいかもな」

 上着の下に、ハンドガンくらいは仕込んでおくべきかもしれない。
 その場合、単純にソウルジェムへのクリティカルショットを狙うべきだから、精度重視でリボルバーよりオート……Cz75あたりがよさそうだ。ダブルカラアムで、あれだけグリップも握りやすい銃は無いし。あるいはP210かP220あたり……か?

 ……さて、この時間なら、沙紀が家に居るハズだ、が?

 とりあえず、ケータイを鳴らして、沙紀に確認。

『あっ、お兄ちゃん♪』
「よう、沙紀……家の中に、誰がいる?」

 ここの段階で、沙紀の答え方によって、状況が変わって来る。
 無論、受け答えのやり取りは暗号だが……

『誰も居ないよ♪ 問題無いから帰ってきてー♪』
「そっか、ならいい」

 幸い、俺の錯覚だったようだ。
 玄関を開けて……!!??

 そこに、見慣れない『女物の靴』が一揃い……『魔法少女』!? まさか!

「沙紀っ!!」

 靴も脱がずに、俺はリビングに飛び込み……

「あら、お邪魔してますわ、颯太さん♪」
「えへへー♪」

 ニヤニヤ笑いを浮かべる沙紀と、優雅に紅茶を嗜む、巴マミの姿が、そこに在った。

「って、どうしたの、お兄ちゃん。靴履きっぱなしで……」
「沙紀。ちょっとこっちおいで?」

 なんというか。我ながら、お寺の仏像さんみたいな笑顔を浮かべて、沙紀をくいくい、っと手招きする。

「な、なんかお兄ちゃんが怖いんだけど……あ、ひょっとして、マミお姉ちゃんが来てて黙ってたの、怒ってる?」
「……いいからいらっしゃい? ちょっとこっちに?」
「いいじゃない、お兄ちゃんの愛の」

 次の瞬間。
 反射的に俺はキッチンの包丁をひっつかむと、手裏剣術の要領で、沙紀が座ってるソファーの背もたれの部分に投げつけた。

「沙紀。コッチにいらっしゃい」
「おっ、お兄ちゃん……本気で怒ってる?」

 顔の左わきにブッ刺さった包丁に、冷や汗をかきながら沙紀が絶句。

「当たり前じゃあっ! いいか、あのコールサインは遊びでお前とやり取りしてるワケじゃねぇんだ!
 『敵じゃない来客』って事ならば、それ相応のやり取りをするって取り決めだっただろうが! 本当に殺されたら、どうすんだ!?」
「うっ……だ、だって……『マミお姉ちゃんが来た』とかって言ったら、お兄ちゃん逃げちゃいそうだったんだもん」
「遊ぶなっつってんだ! 馬鹿っ!」
「あっ、あの……颯太さん、私、お邪魔、でしたか?」

 うろたえる巴マミの姿に、俺は説明していく。

「いえ、そうじゃなくて……沙紀の奴が、ケータイで確認したってのに、来客のコールサインを出さずに不意打ちさせた事に、怒ってるんです。
 ……ごく稀にね。魔法少女に、家の中で待ち伏せされてる事とか、あったりするんですよ」

 そう。
 対魔法少女のトラップを仕掛けてきた俺だが、それは絶対ではない。
 中には、俺の家に到達して、奇襲や待ち伏せを仕掛けて来る魔法少女も、暁美ほむらも含めて、全く居なかったワケではないのだ。……数は奴含めて、三度程だが。

「巴さん。アンタは沙紀の客なんだから、堂々としていていい。
 それに、魔法少女たち相手に、『殺し屋』の俺を庇ってくれてる事も、感謝していますから、遠慮なんてする必要は無いですよ」
「あとねー、マミお姉ちゃんに、お兄ちゃんが入院中のご飯、作ってもらってたのー♪」

 衝撃の発言に、俺はうろたえる。

「なっ!!?? おまえ、非常食のミリメシはどうした!?」
「米軍レーション不味いから、嫌ー」
「おっ、お前なぁっ! どこまで巴さんに迷惑かけりゃ気が済むんだ!!」

 タダでさえ、巴マミの保護下にはいる事によって、色々とメリットを享受しているのだ。
 その上に実生活の面倒までなんて……

「いやっ、本当に申し訳ない! 巴さん! 詫びに飯でも食べて行ってくだせぇ!」
「えー、マミお姉ちゃんのビーフシチュー、また食べたいなぁ……」
「や・か・ま・し・い!!」

 とうとうブチギレた俺は、靴を玄関に放り投げると、むんず、と沙紀の首筋をひっつかんで、ソファーからつまみあげる。

「昨日の一件といい、今日のコレといい、お前最近、本気で兄ちゃんナメてんだろ?
 もう勘弁ならん! 徹底的にとっちめてやる!!」
「やーっ!! 暴力反対ーっ!」
「やかましい!!」

 そう言って、隣の部屋に移動。本気拳骨連打の末に、ジャーマンスープレックスで沙紀を沈黙させる。
 ……いちおう、畳の上だし、魔法少女だから死にはすまい。多分。

「……あ、相変わらず、仲の良い兄妹ですね」
「昨日の一件でもそうですが、最近、ほんと生意気になってきましてね……まったく、誰に似たんだか」
「…………………」

 何か言いたそうな巴マミだったが、それは無視する。
 ……少なくとも、俺のせいではない! きっとインキュベーターの仕業だ!!(断言

「それより、飯、喰っていきますか? こないだ喰わせ損ねた、肉じゃがなんですけど」
「是非、喜んで♪」



「……そういえば、肉じゃがって料理の由来、知ってます?」

 例によって、汁気が出るものを鍋に、ニンジンやジャガイモ等は別々に炒めながら、俺は巴マミに問いかけた。

「え? いえ……」
「昔ね。日本の明治時代に、帝国海軍の高官が、軍制度を学ぶために、イギリスに留学したんですよ。
 その時に振る舞われたビーフシチューに彼はえらく感激して、お抱えのコックに『これと同じものを再現しなさい。部下に振る舞うために』って、指示を出したんですね。
 ところが、そのお抱えコックってのも当然、明治の日本人。
 ワインもドミグラスソースも、存在そのものを知らないわけですよ。
 それでも、軍組織の上官命令である以上、そのお抱えコックは『ビーフシチュー』を作る事に、挑戦せざるを得なかったんです」
「……つまり、ワインもドミグラスソースも無しに、ビーフシチューを作れ、と?
 で、どうしたんですか、そのコックさん?」
「その高官から聞いた材料を元に、必死になって工夫したそうです。醤油やみりん、その他諸々を使って、期待にこたえようと何とかかんとか、悪戦苦闘して。そして、苦心惨憺の末に、出来上がったのが『肉じゃが』ってワケです。
 ちなみにその高官は、後々、戦争で大手柄を立てて、世界的な名提督にまでのしあがるんですがね……それは料理とは関係ない、どうでもいい話」
「名提督、ですか? 誰です、それ?」
「アドミラブル・トーゴー。東郷平八郎元帥、その人だそうです」

 鍋に、フライパンでいためたニンジンやジャガイモを投入。調味料やだし汁の諸々を入れて、火を強める。

「まあ……偶然とはいえ、こんな形で、ビーフシチューのお返しが出来るのも、何かな、って思って」
「……なるほど。
 そういえば、カレーライスが、日本の海軍の食事だとは、何かで……」
「ああ、レシピ教えてもらってるから作れますよ。本物の海軍カレー」
「え?」
「もっとも、カレーが一般に普及したのは、海軍じゃなくて陸軍が原因なんですけどね。
 海軍は専任の給養員……専任コックがいるんですけど、陸軍は持ち回りですから兵士みんながコックなんです。
 ……その分、レシピも単純化してて、誰でも楽に作れるわけで、それが、カレーが普及した原因なんじゃないかなぁ? 戦争に負ける前は、男はみんな徴兵制度で軍隊に行ってましたからね」
「……颯太さんて、意外な知識をお持ちですね」
「割と有名な話ですよ」

 そう言いながら、俺はアク取りの作業に没頭する。

「以前ね、キュゥべえ……インキュベーターが、俺の前に現れた時。『人間の歴史に、如何に自分や魔法少女が関わってきたか』なんて偉そうな事を、奴が垂れてのけたんですけどね……
 この肉じゃが作ってのけたコックみたいに、奇跡や魔法が無ければ達成出来ないような無茶苦茶な事だって、創意工夫で何とかかんとか、美味いモノが作れるわけですよ。
 勿論、肉じゃがは肉じゃがで、ビーフシチューじゃない。でも、ビーフシチューとは別に、美味しいモンに仕上がっちまえば、それはそれでアリなんじゃないかな、って。
 だから……俺は、奴が言ってた、『インキュベーターが居なければ、人類は今でも穴倉で暮らしてた』なんて言葉、これっぽっちも信じてないんですよ。いや、穴倉で暮らしてたとしても、穴倉の中に電気が通ってたりとか、それなりに発展してたんじゃないかな、って」

 アク取りをしながら、鍋に集中しつつ。
 そんな他愛も無い事をボヤいていると、

「……颯太さんは……」
「え?」
「いえ、今、わかりました。颯太さんが信じてるのは、奇跡でも魔法でもなくて『人間』なんですね」
「……まあ、ね。言い方はアレですけど。奇跡や魔法を望むのだって、結局のところ『人間』じゃないですか。
 俺の場合は、『奇跡や魔法』じゃなくて、そこに『努力と根性』って言葉が入るんですけどね。だから俺は、佐倉杏子みたいな魔法少女が嫌いだし、インキュベーターはもっと嫌いなんです。
 ……宇宙人が人間様に、何偉そうな寝言垂れてんだ、ってね♪」
「くす……なるほど」
「まぁ……知っての通り、実際には、奇跡や魔法から逃げ回りながら、がたがた震えつつ必至になってるだけの雑魚なんですけどね……っと。ん、アク取りはこんなもんか……」

 中蓋を落とし、あとは煮込むだけ。

「手伝いましょうか?」
「いや、座っててください。あんたは客人だ。それに、沙紀に飯を食わせてもらった礼もある」
「あ……あれはその……見るに見かねて……」

 その言葉に、嫌な予感が……

「まさか……巴さんにイイトコ見せようと『沙紀が、料理しようと』しませんでしたか?」

 その言葉に、巴マミが真剣な表情で、ぽつりと。

「……魔法少女を殺せる毒って……台所で作れちゃうんですね」
「絶対口にしてはいけません。魔法少女でも一口で致死量です! 癒しの力が無いなら、なおさらだ!」
「ええ、身をもって理解しました!」

 真剣な目で、お互いがお互いを理解しあう瞬間、というのは……こういう時だからこそかもしれない。

『……ぶっ……』

 お互いに、なんかおかしくて吹きだしてしまい……

「あ……失礼」
「いえ……こちらこそ」

 目を合わせないようにして、とりあえずコンロのほうに目線を戻す。あとは味噌汁と……もずくがあったな。

「……三日、いや、四日立たないだけで、久方ぶりな気がするなぁ」
「え?」
「いや、キッチンに立つのが、いつもの事だったんでね。
 ……考えてみれば、沙紀の奴を、過保護にし過ぎたかも知れん。家の事は、全部俺がやっちゃってたから」
「そうですか? 私は、颯太さんの背中を見て、逞しく育ってると思いますけど?」
「自分に出来もしない事を『出来る』と主張してる段階じゃ、タダの餓鬼ですよ。『その意気や良し』ですけどね……
 それに、俺が言うのも何ですが……時に詭弁は必要でも、詭弁を弄するだけの人間は信用されませんし。
 どこかで実績と実力を示さないと、人は人に信用してもらえませんから。そういう意味で、沙紀の奴は、まだまだです」
「……そして、沙紀ちゃんがあなたに認められたら。颯太さん、あなたは死ぬつもりなんですね?」

 ぴたり、と……味噌汁を作る手が止まる。

「昨日のあれは忘れてください、と言ったはずですよ? 所詮、美樹さやかを説得するための方便です」

 味噌汁を作る手を、再び動かす。

「方便ではあっても、真実でしょう? 彼女のカンの鋭さは、颯太さんも知っているはずです。
 あなたの言葉は、キュゥべえと一緒で、全てを語る事は殆どない。でも……口にした言葉は、ほぼ真実。だからこそ、あなたは彼女を説得出来たのだと、私は思ってます」
「……買い被り過ぎです。成り行き任せのグダグダで、上手く行ったに過ぎない。冷や汗通り越して、肝が冷えました。
 それに『自ら死ぬ』つもりはありません。『殺される』んですよ。恨みを買った、どこかの誰かに」
「……それは、自殺と何が違うのですか?」
「復讐の連鎖が、俺で止まります。
 ……俺が生きてる限り、俺を恨む魔法少女は増える。そして負の力に囚われて、魔女になる魔法少女が増えやすくなる。
 『復讐』を原動力に出来るのはね、『希望』を振り撒く魔法少女には出来ない、人間だけの特権なんですよ」
「……『復讐』、ですか? 何に対しての?」
「ワルプルギスの夜。……話してませんでしたっけ? 俺の姉の敵です」
「初耳です」
「……そうですか。なら、対ワルプルギスの夜への同盟関係の強化のために、話すのもいいかもしれません」

 それから、俺は暁美ほむらに話した内容と、ほぼ同じものを巴マミに話した。

「……まあ、そんなところですかね。
 さて、肉じゃがもいい具合だし、味噌汁も出来た……あ、もずくは大丈夫ですか?」
「ええ、沙紀ちゃんの『料理』に比べたら、もう何もこわくありません」

 そう言って、にっこり笑う巴マミの笑顔は……なんというか、非常に魅力的だった。



[27923] 第三十話:「決まりですね。颯太さん、よろしくお願いします」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/23 05:46

「……いま、思ったんだけどさ」

 肉じゃがとみそ汁と、適当にきゅうりとトマトを切ったサラダを並べて、飯をパクつきながら。
 ふと、沙紀がこんな事を漏らした。

「お兄ちゃんって、魔法少女の相棒(マスコット)というより、魔法少女の『メシ使い』だよね」
「何だよ、唐突に?」

 沙紀の奴が、何かむくれた表情で、食卓をみつめていた。

「……別に。どうせ私の料理は、デス料理ですよーだ」
「むしろ、俺としては、何をどうやったら、生でも人間に食用可能な食材が、魔法少女すら絶死に至らしめる毒物に変化するのか、毎回毎回、問い詰めたい所なんだが?」
「しょうがないじゃない、レシピ通りに作ってるのに、化けちゃうんだもん」
「OK、とりあえずお前はまず、米を洗剤で洗う所からやめろ。……というか、料理のレシピを『毒自介錯(どくじかいしゃく)』すんな」
「……だって、書いてある意味から推測すると、あーなっちゃうんだもん」
「余計な推測とかアレンジとかせずに、素直に作れよ」
「作ってるもん! 作ってるつもりだもん!」 

 と、本人が言っても、出来るのが『アレ』なのである。
 ……魔女にでも喰わせれば、それなりに効果的な兵器に転用出来るんじゃないかと、マジで考えた事があるくらいだし。以前、巴マミが闘って俺がC-4喰わせて吹っ飛ばしたシャルロットあたり、沙紀の料理喰わせれば一発でコロッっと逝きそうだよなぁ……

「そんで、いつか上条さんに、手作りのお弁当とか食べてもらうつもりだもん!!」
「……とりあえず、誰が作ったかは正体バレないようにしておけ? 狂ったファンの毒殺宣言にしか聞こえないから。
 あ、巴さん。お代わり、どーする?」
「あ、では頂戴します」

 とりあえず、実に美味そうに食べてくれる巴マミの姿に、作った者としては嬉しいのだが……

「……………やっぱり、魔法少女の『メシ使い』だ……………」
「何か言ったか?」
「別に!!」

 終始、何か拗ねた表情の沙紀の機嫌が、食事中に戻る事は無かった。



「……………」

 とはいえど。
 飯喰った後の洗い物をしてる時は、やっぱり野郎立ち入り禁止のガールズトークになるわけで。

 ……まあ、好都合だ。向こうは向こうで遊んでてもらう間、こっちはやる事やってしまおう。

 洗い物を終えると、俺は、買い求めていた見滝原の地図を取り出して、ラインを引き始める。 ……ん、とりあえず、俺の縄張りは、こんなものか。

「巴さん。話しこんでる所、すまん。ちょっといいかい?」
「はい、何でしょうか?」
「あんたの縄張りってのは、大体、どこからどの辺なんだ?
 すまないが、ちょっと書きこんで欲しいんだ」

 テーブルに地図を広げ、巴マミに問いかけると、俺はペンを渡した。

「えっと……ここから、このあたりですね」
「この射線部分は?」
「このへんは、佐倉杏子との境目で、緩衝帯です。
 ……縄張りの境目を、ハッキリさせたくない部分ですね」
「いいのか、それで?」
「ええ、こちら側に食い込んで来なければ、それでいいかと。彼女も結構、苦労してるみたいですし。
 それに、颯太さんの縄張りが私の保護下に入った事で、彼女を追い詰め過ぎても、危険ですから」
「なるほど。その辺の判断は、尊重しますよ、っと」

 その地図をもとに、ルートを書きこんで行く。

「……大体、こんな所か、な?」
「あの、何を?」
「単純な勢力図の把握。ここから、効率的な巡回ルートを割り出してみた。
 ……しかし、巴さん、本当に腕利きなんだな。俺の縄張りと併せても、結構広範囲になっちまった。
 普段、あんたどーやって魔女狩るための探索に回ってるんだ?」
「え、普通に……足で地道に」

 俺は、その言葉に頭を抱え……改めて、巴マミがエース・オブ・エースの称号にふさわしい実力の持ち主だと知った。

「すげぇな……俺、普段、自分の縄張り、効率重視でバイクで回ってるんですけど?」
「え!?」

 はい。
 奨学生が二輪乗りまわしてるなんて、学校にバレると色々マズいので、表向き結構隠してるのですが。
 実は普通自動二輪の免許は、ちゃーんと持ってるのである(御剣颯太『十六歳』です)。

「沙紀のソウルジェムを、落ちないように専用に作ったスロットに嵌めこんで。んで、魔女が近そうならバイク止めて降りて。あとは足で……あーそいえば、一度だけ、バイク乗ったまま魔女の結界にとりこまれて、買ったばかりの愛車を魔女に特攻させる羽目になった事、あったなぁ」

 アレは大変だった。完全に全損しちゃったので、保険使うかどうか本気で迷ったっけ。
 しかも、バス路線からも外れた人気の無い山奥に近い場所な以上、美味しく無さ過ぎて誰も縄張りとしてない場所だったし(たまたま偶然、巡回ついでの慣らし運転で遠出をした時に、巻き込まれたのだ。この時に沙紀のソウルジェム持ってなかったら、どうなってた事か)。
 ……結局、事情説明出来るわけもないので保険は使わず、新車に買い替える羽目になるわ、帰りはバスの起点まで15キロくらい歩く事になった後、始発に乗って家に帰る羽目になるわ、家に帰った途端、沙紀と一緒に、即、学校直行する羽目になるわ、散々だった。

 ……おまけに、バイクって登録だの何だのあるから、書類面倒なんだよなぁ……密輸した武器と違って、金銭的に誤魔化すのも一苦労なのである。

「まあ……そうだよな。巴さんだって中学三年だから、バイクでの巡回は考えてみりゃあ、無理があるか。
 それに、魔法少女の姿で飛びまわったりするほうが、効率良さそうだしなぁ」
「いっ、いえ、考えてもいませんでした。……そっか、バイクって手があったんだ」
「いや、運転免許は原付でも高校一年からだし。
 それに、見滝原高校って、原則バイク禁止で……ちょっとお目こぼし状態で使わせてもらってるから、あまり派手に乗りまわせないんですよ」

 仮にも、イイトコの私立高校である見滝原高校で、どこぞの珍走団よろしく、夜の校舎の窓ガラス撃砕しながら突っ走ろうモンなら、即、退学である。……一応、学校じゃ、家庭の事情を抱えた成績優秀の苦学生って事で、通ってるわけだし。

 と、

「颯太さん。
 もしよかったら、颯太さんのバイクに一緒に乗せてもらえませんか? 私の縄張りの巡回に使わせてください」
「ぶっ! ちょっ! あ、あの……巴さん?」

 い、いや、その……バイクで二人乗り(タンデム)って事は……その、ねぇ?
 中学三年生らしからぬ戦闘力を誇る、巴マミの胸から目をそらし、俺は取り繕う。

「や、やめといたほうがいい。バイクで二人乗りは……あー、その、後部に座ってる人間のほうが、疲れるんだ。
 魔女と闘う前に疲れてちゃあ、話にならんだろ? それに、後ろの人も乗りなれないと、転倒しちゃうから」
「大丈夫です。それに、慣れておいて損は無さそうですので、是非お願いします。
 ……そうだ、この間言っていた、お互いに共同戦線を張るための魔女狩り。美樹さんの一件で流れてましたが、今晩、出かけませんか?」
「は!? い、いや、巡回ルートの策定が、まだ検討終わって無いんだ。ざっとデッチアゲただけだし、これからちょっと絞り込んで考えないと。
 それに、暁美ほむらが居ないと、対ワルプルギスの夜戦の、確認の意味が無いだろ?」
「見た所、このルートで問題は無さそうです。あとは実際に回って確認しましょう。ビルの高い所とか、地図から分からない死角も多そうですし。
 それに、ワルプルギスの夜の闘いが終わっても、私と颯太さんが生き残れば、保護下の関係は有効ですから、全くの無意味ってわけではありませんよ」
「あー……じゃあ、その場合、美樹さやかを加えないと、意味が無いんじゃないか?
 というか、それ考えると、バイクに三人乗りは無茶だぞ? 警察に捕まっちまう」
「どちらにしても、とりあえず、美樹さんの師匠として、颯太さんがどれほど闘えるのか、どういう戦い方をするのかも、予め確認はしておきたいのですが?」

 何でしょうか? このチェックメイトっぷり全開な状況は?

「まあ……殺し屋の闘い方なんて、あんま気持ちのいいモンじゃないですよ? それに、基本は魔力付与で強化した武器を、振りまわしてるだけですし。
 それに、125ccのバイクですから二人乗りするには、パワーが……」

 と……

「あれ、お兄ちゃん? 400ccじゃなかったっけ?
 『カタナ』って名前とデザインが気に入った、とか、ニコニコ笑いながらバイク洗ってたよね?」
「そうなの、沙紀ちゃん?」
「うん。バイク壊して帰って来た時のお兄ちゃん、血の涙流して『俺の400cc水冷のカタナがーっ!』とか叫んでたから、憶えてる」

 沙紀……どうしてお兄ちゃんの退路を、ぶった切るような真似するかなぁ?

「あー……でもでも、確か、新しいのは250ccだったよーな。あれでもパワー不足……」
「直前に中古の出モノが出た、って言って、喜んで400ccのに飛びついてたじゃない。イイ買い物したーって」
「……あー、だっけか? あ、そいや、ヘルメットが無かったんじゃ無いか? バイクにノーヘルはマズい……」
「あたしが使ってたのがあったじゃない♪ マミお姉ちゃんに貸してあげる」

 必死に空っとぼける俺だが、ふと見てみると……沙紀の目に、例の邪悪な光がっ!!
 ……こっ、こやつ……全部分かってやっておるというのか!?
 あっ、侮り難し、『御剣詐欺』!! この兄を……兄を、ここまで追い詰めようとは!!

「決まりですね。颯太さん、よろしくお願いします」
「いっ、いや、沙紀を寝かしつけないと」
「うん、いつも通り『先に寝て』待ってるね♪」
「が、学校の勉強はやってるのか、沙紀? 宿題は?」
「こないだ、満点とってきたじゃない。それに、いつも宿題は休み時間の内に、終わらせてるもん」
「……明日の朝ごはんの仕込みが……」
「パンと牛乳でいいよ? 帰りにコンビニでよろしく♪」

 はい、昨日に続いて、二度めのチェックメイト。

 かくて……俺は、魔法少女と『普段とは別の意味で』の闘いをしながら、魔女を狩りに行く事になった。



[27923] 第三十一話:「……しかし、本当、おかしな成り行きですわね」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/25 10:40
 ッバン!!!

 対物ライフルとマスケット銃の一閃が、使い魔を蹴散らす。それで、異形の空間は消え去り、元に戻る。

「これほど、使い魔を見逃してたなんて……思いもしませんでした」

 元に戻った、裏路地の中。
 当初、その……なんだ。ライダースーツ越しの背中に当たる胸の感触に、色々戸惑いを憶えていたのだが。
 いざ、使い魔と遭遇し続けると、そんなモノは二の次になって意識から締め出されていった。(プロテクト仕込んでるってのも大きかった)
 必要な事を、必要に応じ、対応する。自分の中の『何か』が、御剣颯太を一個の戦闘機械に変えていくのが、認識できた。

「……まあ、良い事か悪い事かは、微妙な所ですけどね」
「使い魔を成長させて、魔女にする趣味は、私にはありませんよ?」

 ちなみに、巴マミはともかく、俺はフルフェイスのヘルメットで、バイザーを下ろしたまま。『顔無しの殺し屋』を演じるのに、必要な格好だったりもするので、この姿は気に入ってたりするのだ。
 無論、ライダースーツの中は薄手の防弾・防刃装備で固めてあり、見た目が少しゴツくなって体格を誤魔化すのに一役買ってる。正味、この姿のほうが魔法少年スタイルよりも防御力『だけ』なら、高かったりするのだ(逆を言えば、普段それだけ貧弱な紙装甲だとも言える)
 無論、いざという時には変装用の服を用意しておき、バイクをソウルジェムに収納して、電車やバスで逃走したりもできるわけで(沙紀のソウルジェムを利用した、バイク→電車(バス)→バイクという、尾行撒きの逃走パターンは俺の十八番だ。人ごみを利用すれば、探索系の魔法を使わない限り、魔法少女でもまず追いつけず、見失う)

「当然。そんな外道な事する奴と、俺が組むわけが無い」
「ですわね」

 少なくとも。俺は俺の縄張りで、魔女の釜の中以外に、使い魔や魔女の存在を許した憶えは無い。

「……しかし、本当、おかしな成り行きですわね。
 『見滝原のサルガッソー』の中は、魔女が跳梁する私の縄張りよりも恐ろしい魔女多発地帯だ、なんて噂もあったくらいですのに。実際ふたを開けてみれば、私の縄張りよりも、よほどその……『清潔』だったなんて」
「人間……に限らず、魔法少女もそーですけど。
 『敵』と認識したら、大体全部、一緒くたですからねー。
 だから、敵を分析するってのは重要なんですよ。誰を敵に回し、誰を優先的に狩り、誰を生かすか。それによって効率が全然違ってくる。
 ……まあ、噂に関しては、インキュベーターが、俺と魔女を同列視するような誤誘導情報でも流したんでしょ。それに、巴さんもそうですが、何度か俺の縄張りに踏み込んだでしょ?」
「え、ええ……おっかなびっくりでしたが……正直、得体が知れなさすぎるので、引き返しました。魔女多発地帯どころか、使い魔の影も形も無かった事が、逆に不気味でしたし、一般の方々に被害は無さそうでしたから」
「ベテランは、『魔女の釜』を知らない限り『ここは狩り場として美味しく無い』って判断しますからね。
 不気味な殺し屋の噂が立つ、狩り場として成立しない縄張り……正義感だけで動くルーキーなら、狩ればよし。ベテランは得体の知れない凶刃に怯えながら、維持する価値の無い縄張りって事なワケで。
 だからこそ、使い魔含めて綺麗に『掃除する』必要があったわけです。そして、この方法の問題は……『正義感で動くベテラン』が、近くに居た事が、一番の恐怖だったんです」

 フルフェイスのマイク越しでは分かるまいが。俺は皮肉気に頬をゆがめてみせていた。

「それって、ひょっとして……」
「あなたの事ですよ。巴さん……佐倉杏子は、利己的で現実主義で、ある意味分かりやすい。……度が過ぎてると思いますが。
 ですが、『正義の味方』が俺のやっている事を知ったら? あなた自身がベテランだからこそ、インキュベーターに都合の悪い『魔女の釜』の情報は止まっていたんでしょうけど、一番、俺を積極的に殺しに来る可能性が高いのは、あなただった」
「なる、ほど……」
「だからね、俺は今回の成り行きに、ある程度感謝してますよ。
 ……もっとも、今度は、佐倉杏子が恐怖ですけど」
「何故? ……あっ!」
「そう。奴に俺の正体がバレた事が、最悪なんですよ……正味、あれは俺の暴走です。
 ……ジャックポットが『四つ』も重なっちまったのが、俺の不運でした」
「四つ? 以前、確か三つ、って」
「四つ目は……『魔法少女や魔女の闘いに巻き込まれた、一般被害者の涙』ですかね」

 そう。
 本来なら、俺はあの段階で、佐倉杏子を殺して無ければならなかったのだ。無論、かっとなって暴走はしたが、そこでフォローするための暗殺や殺害の手段だって、視野に入れていたし、その勝算だって(かなり博打だったが『スッって悔い無し』だし)あったのだ。
 ……だというのに、博打で拾った勝ちを捨てさせたのは……何も知らない、優しい彼女の涙と叫び。それだけだ(ついでに、美樹さやかへの説教は100%八つ当たりである)。

「『正義の味方』のあなただから明かしますよ。他の魔法少女には絶対言わないでください。
 特に、暁美ほむらあたりには舐められる。この世界、舐められたら終わりだってのは、巴さん。あなたなら知ってるはずだし」
「はい、分かりました。
 それに、私も颯太さんの名前を利用させて頂いてるのですから、おあいこです」
「俺の、名前を?」

 その言葉に、俺は首をかしげる。
 正義の魔法少女と、問答無用の暗殺者、どう考えても利用する意味を見いだせないのだが……

「やっぱりね……『正義の味方』って、どうしても、綺麗ごとにしか聞こえないじゃないですか?
 ですので、あなたの事情を伏せた上で『我が身と家族を守るために、魔女も魔法少女も狩る一般女性』という事で、少しずつ情報を流してるんです」

 それは知っている。というか、今気づいたのだが……

「俺、いつの間に『女』になってたんですか?」
「魔法少女たちの固定観念を利用させて貰いました。魔法少女=魔女を狩る存在=女性。
 キュゥべえの情報操作に対する、ささやかな反抗です」
「九割本当で、一割の欺瞞情報混ぜ込んだのか。うわー……案外あんたもエグい事すんな」

 キュゥべえの情報を信じるなら、俺が男だと分かるだろう。だが、巴マミを信じるならば、俺は女性という事になる。
 キュゥべえと同じくらい、正義の味方の看板を通してきた、巴マミだからこそ、通じる手管とも言える。

「それでか。俺を恨む魔法少女たちにしてみれば、ターゲットの選別に混乱するワケだ」
「ええ。そんな風に颯太さんの正体を隠した上で……私は、目に余る魔法少女に、こう言ってるんですよ。
 『私はあなたを責める事はしないし、その資格も無いけど、我が身と家族を守るために魔法少女を狩る事に長けた彼女に、『この事』を話したらどうなるかしら?』って。文句言われても『『人間』の立場で判断するのは彼女であって、私では無いわ』ってね♪」
「ぶっ!!」

 そ、それはアレか? ロシア式に言うなら『お医者さんを送ってあげましょう』って事か!?
 俺が、放射性物質持った注射器持って、魔法少女にプスッと? アリエネー!!

「効果てきめん。真っ青になって、震えあがった魔法少女も居ましたね」
「……ほ、ホント、エグい事すんな、あんた……」
「ええ、ですから、私と組んで動く時は、なるべくその姿でお願いしますね。
 プロテクトその他で体型が分かりにくいので……『男性並みの体格の、大柄な女性』って事に、なってますので」
「……………よーやるわ、ほんと。あんたも。
 あ、でも佐倉杏子!」
「問題ありませんわ。彼女があなたに負けた事で、評判と信用落としてますから。
 それに、彼女は基本的に、誰かと組んで行動するタイプではありませんし」

 さらっと笑顔を浮かべる、巴マミ。
 ……いや、ほんと。昔の彼女もヤバいと思ったが、今の彼女は別の意味で敵に回したくない存在だわ。

「……っていうか、いいのかよ? 巴さん、あんたまで恨みを買う事になるぜ?」
「あら? 私、こう見えて、この世界ではそれなりに実力派でとおってるんですよ?
 それに、『正義の味方』なんて、煙たがられる存在だっていうのは、分かってますから♪」
「今更、って事かい?」
「ええ、そういう事です♪」

 ニッコリと笑ってのける巴マミに、俺は呆れ返るやら感心するやら。

「……でも、本当に不思議ですわね。正直、あなたと噛み合うワケが無いと思っていたのに」
「想像もつかない利害の一致、って事ですか」

 ふと……俺は、ある事を思いついて、沙紀のソウルジェムから、録音リコーダーを取りだした。

「それは?」
「……なに、更なる情報のかく乱、って奴ですよ。あなたが協力してくれるなら、こっちも、ってね」

 そう言うと、俺はヘルメットの中のボイスチェンジャーを弄り、女性の声に切り替える。


『あ、あ……こんにちは。
 私の名前は、御剣冴子。『元』魔法少女だった女……そう、あなたたちが噂している、『顔無しの魔法凶女』本人です。
 20××年、××市。
 たまたま弟と共に居合わせた私は、そこでワルプルギスの夜と遭遇し、闘い、破れました。
 そして、私は、魔法少女としての力を全て失うと同時に、魔法少女という存在の恐るべき真実を知りました。申し訳ありませんが、その内容については、ここで迂闊に触れる事はできません。
 見滝原に戻った私は、キュゥべえも、弟も、妹すらも欺き、『御剣冴子』という人間を死んだ事にして、その『真実』と闘い続けました。キュゥべえ……インキュベーターにとって、魔法少女に知られると都合の悪い『真実』を相手に。
 その過程で、『真相』を知らない、数多の魔法少女を、やむを得ず手にかける事になってしまいました。弟の名前を利用し、彼を囮に迷惑もかけてしまいました。その事は、悔やんでも悔やみきれませんし、詫びても詫び切れるものではないと、知っています。
 ……正直、あの手紙は、堪えました。恐ろしくて、今でも目を通せておらず……いえ、誤魔化すのはやめましょう。罪の恐ろしさに耐え切れず、捨ててしまいました。本当に、申し訳ありません、怖かったんです。
 
 ですが、これだけは伝えたい。
 キュゥべえ……インキュベーターを疑ってみてください。彼は嘘は言いません。ですが、真実全てを自ら語る事は、決して無いのです。
 人が人を騙すのに、必ずしも嘘を言う必要はありません。
 都合の悪い真実を伏せて、契約を迫る。それも立派な詐欺のテクニックです。そして、数多の魔法少女は、無条件にインキュベーターを信じ、その本性を見抜けないでいます。
 私は、この真実を伝えたいのですが、同時に、その真実を知った者がどうなるか……キュゥべえの話や、魔法少女たちの噂で私の行動を知るのならば、それが理解できると思います。
 それほどに恐ろしい『真実』が、魔法少女には隠されているのです。
 きっと、キュゥべえは、あなたが真実を知った時、こう言うでしょう。『隠してなんかいないよ。聞かれなかったから答えなかっただけ』と。

 たまたま偶然、私は巴マミさんと遭遇し、彼女と行動を共にする事になりました。彼女は、その『真実』を知りながらも、それに耐え抜き、正義の魔法少女を貫く事を、私に誓ってくれました。
 だからこそ、私は彼女と行動を共にする事ができるのです。それが、理由の全て……とはいいませんが、大部分です。

 ……最後に、私は、奇跡も魔法も失った、『元』魔法少女の人間として、全ての経験と実力を駆使して、この『真実』に抗い続けるつもりです。その過程で、何も知らずに私の前に立ちふさがるのでしたら、容赦なく全ての『経験』を駆使して『排除』します。
 奇跡も、魔法も……言い方が悪いですが、『クソクラエ』なんですよ。今の私は。ですので、私の前に立とうとしないでください。私を疑い、探る前に、まずキュゥべえを疑ってみてください。以上です』


 ぶつっ……と、録音スイッチを切ると、ボイスチェンジャーを元に戻し、それを巴マミに放って手渡す。

「と、まあ、こんな感じで……他所の魔法少女がつっかかってきたら、コイツ聞かせてやりな♪」
「……颯太さんも、よくやりますわね……」

 そう、魔法少女の大部分は、インキュベーターに騙されて、俺に突っかかって来るに過ぎない。
 だが、もし。魔法少女自身に、インキュベーターに疑いの目を向ける事が出来たならば?
 俺が『女である』という情報に説得力を持たせる『嘘』を混ぜ、かつインキュベーターの真実をも混ぜ込んだこの情報を前にしては、流石のインキュベーターも、黙らざるを得ないだろう。
 何しろ、この情報の『嘘』の部分を暴いていけば暴いていくほど、インキュベーターにとって都合の悪い真実が露見していくのだから。御剣冴子が『実際に死んでる』とインキュベーターが主張しても、『どういう死に方をしたか』という事はインキュベーターが絶対口にできる情報ではないし『魔法少女を辞められるのかどうか』なんて話も、迂闊に口に出来るわけがない。

 必要ならば幾らでも嘘がつける人間と、嘘がつけないインキュベーター。その違いを逆手にとれば、こんなもんである。

「なに、冴子姉さんダマして魔法少女にした挙句、俺や沙紀まで、こんな無間地獄に落としてくれたんだ。
 こんくらいの反撃したってバチは当たるめぇし、あんたに迷惑かけてばっかじゃあな……」
「……なるほど。颯太さんって、沙紀ちゃんが教えてくれた通りですね」
「あ?」

 笑いながら、彼女は言う。

「『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。
 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』
 あなたは、『御剣沙紀』という魔法少女にとってのナイト……いえ、剣術を使うとの事でしたので『サムライ』って所ですわね?」
「……チッ!! 沙紀の奴……人の誓いまでベラベラと。
 あと、騎士や侍とは違います。彼らには主君に仕えると同時に、騎士や武士としての矜持があるけど、今の俺には、そんなものは無いですから。一緒にしたら、彼らに失礼ですよ」
「あら? ならば何でしょうか?」
「……忍、が、一番近い、かな? あるいは、幕末の『新撰組』のような」

 言ってて恥ずかしくなるが。……あの衣装にした時、何も知らなかったんだって。

「新撰組、ですか?」
「一般的なイメージだと、池田屋事件で名を上げたヒーローですが。
 俺が見た所、情報戦と剣術……隘路や屋内なんかのCQC(クロース・クォーターズ・コンバット)に長けた、暗殺や抹殺の汚れ仕事を請け負う傭兵集団ですからね。特殊技術をもって非正規戦闘をする忍者や特殊部隊と、符号する所が多いんですよ。意外と。
 ……そんな彼らの矜持って、ドコにあったのかな、って。時々考えちゃいますね」

 沙紀を守るために、魔法少女殺しという非道に手を染めてしまった自分自身の所業。
 ……最初は、相手をゾンビと思う事で対処しようとしてきた。最早、人間ではない『残骸』だと。だから、必要以上に深く関わろうとは思わなかった。何を言おうが、何を述べようが、沙紀以外のそれはゾンビの戯言、と。

 だが……

 『沙紀を救う』。そして『インキュベーターを倒す』。……今思うと、俺は相当に無茶な二面作戦を行ってきていたのだろう。
 しかも、そこに加えて『ワルプルギスの夜を倒す』事まで加わってしまった上に、暁美ほむらとの協力関係上、状況によっては、この間の美樹さやかのように『鹿目まどかを救う』ためのミッションが、加わる可能性が出る。
 こうなった以上、他の魔法少女と関わらざるを得ない。否応なく。

 ……ああ、分かってる。それが俺自身に、良しにつけ悪しきにつけ、なんかしらの影響を与えているんだろう、という事も。
 暁美ほむらに『あなたの言葉は人を変えて行く』といわれたが、俺自身がむしろ、魔法少女たちとの接触や出会いで変わって行ってる部分は、この短い期間で、多分……結構、あると思う。
 何より決定的だったのは……あの『手紙』だ。あれは、本当に効いた。否応なく、自分が人殺しなのだと自覚せざるを得なくなった。そして、暁美ほむらが教えてくれた、最後の希望。守るべき者が、俺の遺志を継ぐ可能性を教えられ、俺は本気で涙を流した。
 ……まあ、その過程で、ヘンなモン(美樹さやか)までくっついてきてしまったんだけど。

「しかしほんと、沙紀の奴、あんな事を言う子じゃなかったのに……本気でインキュベーターに誑かされてるんじゃないだろうな?」
「それは、颯太さんの思い込みではありませんか?」

 巴マミの指摘に、俺は首をかしげる。

「俺の?」
「短い間ですが。
 私が知る限り、御剣沙紀という魔法少女は、能力的にはともかく、決して大人しいだけじゃ無い、魔法少女でしたわよ」
「……あー」

 沙紀の奴が、はしゃいでいた表情を思い出す。更に、上条恭介に手段を選ばず迫る強引さ。
 思えば、片鱗は以前からあったような気がする。

「きっと、あなたが変わったからこそ、沙紀ちゃんも安心してあなたに甘えるようになったんじゃないですか?」
「俺が? 変わった?」
「以前のギラギラと張りつめながら、沙紀ちゃんにだけ笑顔を見せるあなたを見ていては、沙紀ちゃんは安心して甘えるなんて、出来なかったのではないかと。だから、ずっと『御剣颯太が理想とする、大人しい妹』を演じてきた。
 美樹さんの事にしても、彼女なりのワガママなんじゃないかと思います」
「……………買い被り過ぎですよ。俺は、殆ど何にも、変わっちゃ居ない。ただの、人殺しです」
「自分を『人殺し』と言うようになったのも、最近ですわね?」
「……………」

 痛い所をつかれまくり、俺は黙る。

「だからこそ、颯太さん。自分の命を粗末には扱わないでください。
 あなたは時々……自分の命を賭ける事と、命を投げ捨てる事を混同してる節があります。あなたも言うような『スッて悔いのない博打』ならば、それも仕方ないのかもしれません。
 ですが……沙紀ちゃんは、颯太さん。あなたの背中を見て、育っているんですよ?」
「……俺、あんな悪辣じゃないんだけどなー。
 もっとこう、優しくてまじめでイイ子に育ってほしかったのに、どこで育て方間違えたんだろ」
「それは颯太さんの幻想ですわね♪
 今の沙紀さんを、ありのまま見てあげる事です。……でないと、美樹さんのような事になってしまいますわよ?」
「! ……肝に銘じときます」

 そうだ。
 俺と沙紀の関係は、美樹さやかと上条さんなんかとは、比べ物にならないくらい『近過ぎる』のだ。
 ……知らず、俺は沙紀との『境界』を曖昧にしてしまっていたのだな。……くそ!

「ありがとうございます、巴さん。
 理屈じゃ分かっちゃいても、実際にはやっぱり、そう割り切れるもんじゃないですね……他人との『境界』なんて、誰かから言われないと分からないものだな」
「そういう事です」
「……帰ったら、少し沙紀に優しくしてやるか。それじゃ次に……あっ!!」

 肝心な事を思い出し、俺は絶句した。
 ……参ったな、チクショウ。何で忘れてたんだ、俺は?

「と、巴さん……この二人乗りでの巡回方法、ダメだわ」
「え、何故?」
「……道交法でね。自動二輪は免許取ってから一年経たないと、後ろに人は乗せちゃいけないんですよ」
「え!?」
「肝心過ぎる事、忘れてたわ! あああああ、俺の馬鹿っ!! バイク乗りなら当たり前に知って無きゃいけない事なのに」

 きっと、追いつめられ過ぎてパニックになってしまった事が敗因だろう。バカバカバカバカ、俺の馬鹿っ!!

「ど、どうしましょう?」
「あー、こういう道交法違反ってのは、原則、現行犯が前提だから、今夜の事は黙ってる事にして。この方法での魔女狩りは、暫く諦めて、別な手を考えましょう。
 とりあえず、夜も遅いし、警察に捕まる前に、今夜は撤収しません?」
「そ、そうですね……じゃあ、えっと……一年後、また後ろに乗せてもらえます?」
「一年? そしたら、巴さん、自前でバイク買ったほうがいいですよ?」

 何しろ、十六歳になっちまえば、原付でも何でも運転免許は取れるのである。彼女程の技量があるのならば、一人で狩りに回ったほうが早い。

「いっ、いえ、そっ、その……免許とか、バイクとか、買うお金が……」
「あっ、そっか!!」

 考えてもみれば。彼女だって、独り暮らしなのだ。
 むしろ、経済的に狂ったほど余裕のある、我が御剣家のほうがオカしいのである。 

「分かりました。一年後、このシートの後ろに、って事で」
「はい。約束してくださいね、颯太さん」

 何故かにっこりと笑う巴マミの笑顔に、眩しさを感じながら。
 とりあえず、その日の『狩り』は、ここでお開きになった。



[27923] 第三十二話:「だから、地獄に落ちる馬鹿な俺の行動を……せめて、天国で笑ってください」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/26 08:41
『佐倉杏子の説得に成功したわ』

 翌朝。
 早めの時間に朝食を採ってる時にケータイにかかってきた、無遠慮なコールの第一声に、俺は溜息をついて、気を取り直しこたえる。

「ご苦労さん。上首尾じゃねぇか?」
『ええ。でも、極力彼女は、あなたと接触したくないみたい。重要な作戦会議と決戦の時以外は、顔を出す事は無いわ』
「ン、そのほーが賢明だね。俺としても精神衛生上、そのほーがありがてぇワ」
『そうね。私も、あなたたちの暴発に、無駄に気を揉まなくて済むわ』

 皮肉るような口調に、流石にカチンと来る。

「……なんだヨ。そこまで酷いか、俺?」
『ええ。少なくとも私は、あの一件まで、残酷ではあっても陽気で度胸もあり、理知的な行動が出来る冷静な人物と、あなたを評価していたわ。
 なのに、あなたは佐倉杏子絡みだと、途端に理性を無くして感情任せの突拍子もない行動に出る。あなたが入院したと知った時は、本当に焦ったわ』
「悪かったな。誤解させて。っつーか、最初に言ってただろうが? ただの復讐心で動いてるチンピラの小悪党だって」
『そのチンピラの小悪党に振りまわされる、私の立場は?』
「ご愁傷様。鹿目まどかちゃんのために、がーんばーってねー♪ ヒャッハー♪」

 買い込んだパンを、牛乳で飲み下しながら、完全に他人事の口調で空っとぼける。

『……………本当に、あなたは喰えないわ』

 ブツッ!! つーっ、つーっ、つーっ……

「へっ、ざまー見さらせ、ケッケッケッケッケ♪」
「……お兄ちゃん? 暁美ほむらさんから?」
「おうよ。ま、アイツはアイツで苦労してやがっかンな……決戦前に栗鹿子でも作って、持ってってやるか。
 ……それより沙紀。唐突で悪いが、今晩から海外に、武器と弾薬の調達の『買い物』に行く。帰りは明後日だ。飯食ったら用意だけはしておけ」
「うん、わかった!」

 明日は土曜日と日曜日である。授業も半ドンで休みを取る分には問題ない。
 ……一応、保護観察者への書類の提出とか、理由はくっつけておく必要があるが。

「……ああ、一応、連絡だけはしておかにゃいかんな」

 そう呟くと、俺は再度、暁美ほむらにコールを押す。

『……何の用?』
「武器と弾薬の買いだしの件だ。
 放課後、速攻で沙紀と合流後、電車に乗って都内まで出て、成田からの深夜便で東南アジアのブラックマーケットに向けて出立すっからヨ。明後日の日曜日、夕方には見滝原に帰る予定だ。
 一応、この間あった時に買いだしリストは受け取って、注文も出してあるが……追加のアイテムは無ぇか? 緊急で確保できる保障は無いが、買えそうなら買ってきてやる」
『……特には無いわ。
 けど、もしあなたが気になったモノがあったのなら、見繕ってお願い』
「お任せかよ、おい」

 意外な言葉に、俺は戸惑う。

『少なくとも、対魔女、対ワルプルギスの夜に関しての兵器の知識は、あなたのほうが上だと思っているわ』
「闘ってる回数はお前のほうが上だろうが? その買い被りの根拠は?」
『あなたの武器庫。自衛隊や米軍の装備では、見た事も無い武装が幾つも並んでいた。中には、どう扱えばいいのか分からないモノも。あれらを駆使して魔女や魔法少女と戦い抜いてきた、あなたの『戦闘知識』を信じるわ』
「……なる、ほど。オーライ。とりあえず、お前、RPG-7は……持ってるワケ無ぇか。
 あれ米軍も自衛隊も装備して無いし」
『何本か持ってるわ、それが?』
「おいおい、どこから仕入れたんだよ? ヤクザとか過激派のアジトからパクったのか? ……まあいい、そのへんはどうでもいいよ。ヤクザの武器なんて、どーせロクな使い方されないしな。それは返せとは言わねーって。
 だから、とりあえず追加の発射筒を幾つか。それと、PG-7VR弾頭と、対使い魔のためにTBG-7V弾頭を買いこんでく予定だ。俺の分も含めてな」
『?』
「あー……それぞれ、爆発反応装甲(ERA)をぶち抜くために開発されたタンデム弾頭と、熱圧式で着弾してから広範囲に被害をもたらすサーモバリック弾頭だ。
 タンデム弾頭のほうは対ワルプルギスの夜用だ。
 俺が以前戦った時、通常のHEAT弾頭単発じゃ屁でも無かったから、単発の貫通力と破壊力を上げる。装甲貫通力は、通常弾頭の倍以上。……それでも気休めにしかならんかもだがな。
 サーモバリック弾頭のほうは、着弾したら広範囲に爆風と爆圧を撒き散らすモノだと思ってくれ。主に使い道は使い魔の排除だ。……接近戦型の佐倉杏子を巻き込むなよ?
 それぞれ、普通のRPGの弾頭と形状が全然違うから、現物見れば憶えやすいと思う。使い方は一緒だしな」
『……了解したわ。そのへんも含めて、今回の買いだしの武装のチョイスは、あなたに一任するわ』
「あい、よ。可能な限り善処するぜぇー、ほーむたん♪ ケッケッケッケッケ♪」

 ぶつっ、と一方的にからかい、電話を切る。……ざまぁ♪
 さて、と。

「……ごほん!!」

 沙紀から聞いた、ケータイの番号をプッシュ。

『もしもし?』
「あ、もしもし。朝早く失礼します。巴さん、ですよね?」
『え、颯太さん?』
「昨日はどうも。俺の迂闊でした、申し訳ない」
『いっ、いえ、こちらこそ素人考えで。……それで、どんな御用でしょうか?』
「えっとですね、今日の夕方から明後日の夕方まで、俺と沙紀は見滝原を出て都心から成田経由で、海外にワルプルギスの夜を倒すための武器弾薬の調達に行く予定なんです。
 それのご報告をと思いまして……申し訳ない。この所のドタバタで、報告を忘れてまして」
『あ、いえ……お気になさらず。
 そうですもんね、颯太さん、どこであんな武器を手に入れてるのかと思いました』
「あははは、安心してください。どっかの誰かさんみたいに、自衛隊や米軍基地からパクってるワケじゃありませんから♪
 外国とはいえ、ちゃんとお金出して買ってますから、安心してください。
 ……やってる事は、密輸なんですけどね。泥棒して、誰かが盗まれた責任取らされてクビが飛ぶよりは、と思いまして」

 ははははは、と虚ろな笑いを浮かべてみる。
 と、

『あ、あの……颯太さんて、実は大金持ちだとか?』
「姉さんの『祈り』が『大金』だったんですよ。昨日話した通り、家の事情を解決するために……ね」
『っ……すいません』
「いえいえ、お気になさらず。
 そういうワケで、申し訳ありませんが、俺の縄張りとか、迂闊に踏み込んだ馬鹿共の面倒、引き続きお願いしたく。あと、できれば馬鹿弟子にもお伝えください」
『あ、はい、承りました』
「はい、では失礼します」

 ぶつっ、と電話を切る。

「……ふぅ」

 知らずに何故か、緊張して汗が出てた。……何なんだろうな。
 と、

「……………」
「なんだよ、沙紀?」
「別に。それより、昨日、『巴さん』と、どうだったの?」
「……何だよ。妙に絡むじゃねぇか、沙紀? 『マミお姉ちゃん』とは、何も無かったよ」
「ほんとに?」
「ああ、ホントだよ。っていうか……お前にヘルメット買って、ほこり被ってる理由、忘れてたよ」

 いや、ホントに。……何でだろうなぁ?

「あー……そっかー。バイク買ってから、結構浮かれてたもんね、お兄ちゃん」
「……何が言いたい?」
「べっつにー♪」
「忘れてたダケだっつの! その証拠に、途中で警察に捕まる前に、狩りを切り上げて来たわっ! お前のマミお姉ちゃんに聞いてみろ!」
「はーいはーい♪」
「っ……とっとと飯食って、買いだしの支度しやがれっ!!」

 ガンッ!! とテーブルを叩いて、俺は沙紀を怒鳴り付けた。



 見滝原から、新幹線を使い上野まで。そこから、成田エクスプレスで空港に向かう途中。
 俺と沙紀は上野駅を降りて、少々寄り道をした。
 上野近辺は鴬谷にかけて、寛永寺を筆頭に、無数の小さな寺や墓所が存在している。
 その駅からほど近い、小さな寺が管理する墓所の一角に、御剣家代々の墓があった。
 ……そう、元々ウチの家は、東京都内でも下町出身の江戸っ子の家系で、父さんの仕事の都合で、俺が小学校3年の頃に見滝原に引っ越したのだ。(だから、ウチのお盆は『早盆で七月』だったり。世間じゃ『八月にお盆』と言われても、ぴんと来なかったんだよなぁ)。

「父さん、母さん……沙紀も、こんなに大きくなりました。
 姉さんや俺は、そっちに行けないかもしれないけど、何とか頑張ってます」

 夕暮れを通り越して、夜になりかける時間。
 かつて、『姉さんだった』グリーフシードを、墓石の前に線香と共に置きながら、俺と沙紀は手を合わせる。

 今でも、思い出す。あの時の狂った父さんと母さんの顔……それでもなお、俺を育ててくれた恩は、忘れては居ない。
 忘れられる、わけがない。だって……家族なんだから。

「だから、地獄に落ちる馬鹿な俺の行動を……せめて、天国で笑ってください。それで、あの時の事とは、おあいこです。
 ごめんなさい……それじゃ、行ってきます! 父さん、母さん!
 ……行くぞ、沙紀!」
「うん!」

 力強くうなずく沙紀に、眩しさを感じながら……俺は、その逞しさに『己の全てを精算できる』時が近い事を感じつつ、上野駅へと引き返し、成田エクスプレスへと二人で飛び乗った。



[27923] 幕間:「~ミッドナイト・ティー・パーティ~ 御剣沙紀の三度の博打」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/26 23:06
 深夜。
 二階で寝てる、お兄ちゃんの寝息と、悪夢にうなされるいつもの寝言を聞きながら、私……御剣沙紀は、布団から起き上がった。

(……ごめんね、お兄ちゃん)

 私は、忍び足で玄関の靴を取ってくると、ベランダの扉の鍵を静かに開け、魔法少女の姿に変身し、外に飛び出した。
 一歩間違えれば。
 私は冗談では無く、裏切りとしてお兄ちゃんに殺されるだろう。
 もしくは、マミお姉ちゃん、美樹さんに裏切られれば。あるいは、目標地点のマミお姉ちゃんの家に辿り着く途中で、魔女なり、他の魔法少女に不意を打たれれば、それまでだ。
 
 だが、行かねばならない。
 行って、全てを説明して、協力してもらわねば『お兄ちゃんを、死の希望から救う』なんて、出来はしない。

 そう、これは博打。『魔法少女』たる御剣沙紀が、例え命をスッてしまったとしても張らねばならない博打。

 『魔法少年(つかわれる者)を使う魔法少女(つかう者)は、魔法少年(つかわれる者)より先に、死ぬ覚悟を持たねばならない』

 かつて、お姉ちゃん……御剣冴子に、そう教わった、魔法少年を使う上での、魔法少女の心得。
 それが魔法少年……お兄ちゃんを使いながら、共に生き永らえ続けた上での、私の覚悟。
 だからこそ、私は絶対に、お兄ちゃんを救わねばならない……例え、お兄ちゃんに裏切りと謗られて殺される事になったとしても、私は、お兄ちゃんの『死』という間違った希望から、お兄ちゃんを救わねばならないのだ。
 でなければ、魔法少女として私が生きる意味も、生きてきた意味も、無くなってしまう!
 だって……たった一人、この世に残された『人間』の家族なんだから。



『表情を変えないで。特にお兄ちゃんに悟られないで』

 上条さんの病室で。
 私は『美樹さんを弟子にして』宣言でショックを受けてパニックになり、呆然としてるお兄ちゃんに気付かれないよう、マミお姉ちゃんと美樹さんにテレパシーを送る。
 この状態なら、魔法少女の内緒話を、お兄ちゃんに聞かれる心配は、無い。

『『魔法少女だけ』の、大事な話があります……今夜、どこか、三人で落ちあえる場所、ありませんか?』
『……沙紀ちゃん?』
『顔色を変えないで、マミお姉ちゃん! 特に、お兄ちゃんに感づかれたら終わりよ! 今のお兄ちゃんは放心状態だけど、それでも、こういう所は凄く鋭いんだから!』
『分かりました。では、夜、私の家に。
 でも……大丈夫ですか? 私が迎えに』
『ダメ! お兄ちゃんには、絶対気付かれちゃいけない話だから!
 何とか私が、夜、家から抜け出して、マミお姉ちゃんの家に行きます!』
『危険です! あなたは戦えないんですよ!』
『百も承知! それでもやらなきゃいけない事なの!
 ……お兄ちゃんが寝た隙を見計らって、家を出る。睡眠剤とか精神安定剤とか飲んで寝てるから、多分、大丈夫……だと、思う』
『思う?』
『薬を飲んで寝てても、他の魔法少女の『殺気』とか『気配』に気付いて、起きちゃうみたいなの。
 魔法少女の夜襲受けた時に、私が寝てる間に私のソウルジェム使って『戦闘』したりとかもあったみたい。だから『迎えに』とかは、本当に危ないから来ないで』
『うわ……本当に達人なんだ、師匠。ねぇねぇ』
『以上、通信終わり!』

 余計な話に発展する前に、私はテレパシーを打ち切る。
 美樹さんとのおしゃべりは、私が今夜打つ『最初の賭け』に勝つまで、封印だ。
 もっとも……その『最初の賭け』すらが、五分五分なのだが。



「じゃあ、ね」
「おう、また、な……」

 見滝原総合病院からお兄ちゃんと二人で出た時は、もう夜中に近かった。
 私の苦し紛れの言葉にショックを受けたのか、本当に『どうしてこうなった』という表情で、ふらふらと歩くお兄ちゃん。

 ……無理も無い。

 というか、私のほうが、今度の事はショックだった。
 最初は、お兄ちゃんの言うとおり、美樹さんを説得するための方便なのかと思っていたが、お兄ちゃんはあの時、本気で涙を流していた。
 思えば、お兄ちゃんは必要な嘘はつくけど、無意味な嘘はつかない人だ。さらに、苦し紛れに吐いた私の無茶苦茶な提案を、目を白黒させながらも、無理矢理泥を飲むように飲みこんだ事で、それは確信に変わる。

 ……お兄ちゃんは『お兄ちゃんが気付いた方法で』私が闘えるようになったら、本当に死ぬつもりなのだ。

 そして、それを吹き込んだのは、お兄ちゃんの言葉にもあった、あの時間遡行者。

 ……暁美ほむら……あなた、本当に余計な事をしてくれた!!
 無論、私も、このままではいけないとは、分かってはいた。けど、だからと言って、精神的に追いつめられてるお兄ちゃんに用意した『希望』としては最悪だ! あんた、私のお兄ちゃんに、なんて事をしてくれたの!!

 ……OK、この場に居ない魔法少女に愚痴っても仕方ない。
 むしろ、このピンチは、積極的にチャンスに換えるべきだ。幸い、状況が以前とは違う!
 何より、『死』という絶望と、『復讐』という妄執に向かってとはいえ、お兄ちゃん自身が『自分のために』積極的な活動に出てる事そのものが、私にとっては凄く稀有な状況なのだ。

 ……だが、私はそのために、今晩、幾つの鋼の命を用意して、BETし続けねばならないのだろうか?
 気が遠くなる。
 闘う事が出来ない、我が身が恨めしい。
 だが、泣き言を言ってなど、いられない。
 私が成し得る技能と知識と魂、全てを動員して、私はこの『賭け』に挑まねばならないのだ。
 何故なら私は……『魔法少年』御剣颯太の妹であり、『魔法少女』でもある御剣沙紀だからだ!!



「っ……はっ、はっ……」

 身体強化の能力をもってしても、私はか弱い。
 限界まで鍛え抜いた人間で、生身のお兄ちゃんに、殴り合いのケンカで負けてしまうくらいだ。

「あと、少し……」

 時刻は、もうすぐ深夜0時。魔女や魔法少女が跳梁する時間。
 さて、ここまで来て。
 目の前に、二本の道。片方は遠回りだが、マミお姉ちゃんの縄張りの中を通る、安全な道。
 もうひとつは、佐倉杏子とマミお姉ちゃんの『緩衝帯』になっている場所。最速最短で、マミお姉ちゃんの所に行ける。
 どちらを選ぶかって? 当然、今の私には『是非も無し』!!
 そう決心して、最短ルートの選ぶ。
 だが、閉店間際のゲームセンターの前を通り過ぎようとし……私はそこで、ゲームセンターから出てきた『最悪』と遭遇してしまった。

『っ!!!!!』

 顔をあわせ、お互いに絶句する。
 佐倉杏子。なんて……こと。

「きっ、奇遇ね……」

 OK、落ち着け私。まだ慌てるような時間じゃ無い。
 人気の多い通りで、ドンパチやるほど彼女も非常識ではあるまい。

「……何やってんだ、お前。こんな人通りの多い場所で『そんな格好』で?」
「へ? ……っ!!」

 今更ながらに……私は『魔法少女の格好のまま人気のある路上を突っ走り続けてた』事に気付き、真っ赤になった。
 だっ……だが、引かぬ、媚びぬ、省みぬ!! 私は御剣沙紀だ、バカヤロー!! お兄ちゃんの温もりのためなら、この身朽ち果てても構わぬわっ!!

「いっ、行かなきゃいけない所が、あるのよ!」
「こんな時間に、その格好で、か?」
「そうよ、悪い!?」

 真剣な目で、睨みつける。もうそれしか出来ない。
 足が震える。手が震える。それでも、目線だけは外すわけにはいかない。
 『喧嘩の基本にして極意』として、お兄ちゃんからガンのつけかたは教わってるのだ! ……やると、みんな可愛いって笑うけど。

「どこだよ?」
「あんたには関係ない!」
「……そうかよ」

 そう言うと、彼女は口にしていたクレープを、私に差しだした。

「喰うかい?」



「……ここらへんで、いいな?」

 結局。マミお姉ちゃんの家の近くまで、佐倉杏子は送ってくれた。

「とりあえず。ありがとう、って言っておく。
 でも、どういう風の吹きまわし?」
「……別に……あたしの敵は、御剣颯太で、あんたじゃない」
「お兄ちゃんの敵ならば、私はあなたの敵だよ?」
「……なんだ、今、ここでやるつもりか?」
「っ!! ……………」

 お互いに睨みつける。そんな中、目をそらしたのは……意外にも、佐倉杏子のほうだった。

「何にピリピリしてんのか知らないけど、無駄に命を捨てるのと、必要があって命を張るのとは違うよ。
 ……そんな事も、あんたのお兄ちゃんは教えてくんなかったのかい? 無茶もほどほどにしな、ガキ」
「……忠告、感謝するわ」

 そうだ、冷静に。冷静にならないと。交渉の鉄則は『くーる・あず・きゅーく』ってお兄ちゃん言ってた。
 ……どんな単語の綴りかは知らないけど。

「別に、あたしは……あんたら兄妹に、感謝なんてされる筋は、無いんだよ……」

 それだけ言うと、佐倉杏子は何もせず、黙って立ち去って行った。



「ごめんなさい、遅くなっちゃった!!」
「いえ、お待ちしていましたわ」

 マミお姉ちゃんが、紅茶とケーキで迎えてくれる。

 と、

「沙紀ちゃん。いえ、御剣沙紀師匠。さっきは、ありがとうございました!」

 深々と頭を下げる美樹さんに、私は手を横に振った。

「ううん、感謝なんてするいわれは無いの。むしろ、私の方が美樹さんを利用しちゃったんだから」
「……ほへ?」
「お兄ちゃんが、本気かどうかの確認。
 ……美樹さんも、聞いたでしょ? お兄ちゃんが『死ねるかもしれない』って言葉」
「え? あれって、私を説得するための、方便じゃ無かったの?」

 ……はぁ……

「あのさ、美樹さん。
 もしあの言葉が、全部が全部、方便だとしたら、私の説得程度で、『あのお兄ちゃんが』美樹さんの入門を許可……というか、破門を解いたりすると思う?」
『……………!!!!!』
「お兄ちゃんはね、必要な嘘ならいくらでもつくけど。だからこそ『必要のない嘘はつかない人』だよ?」
「じゃあ、あの説得は……」
「ほとんど、本気で本音だと思う。少なくとも私はそう感じた。
 それにお兄ちゃん、美樹さんの事を『感だけは鋭くて論理通り越して嘘を見抜いてくる、やりにくい馬鹿』って言ってたから、極力嘘は混ぜてないと思う。
 ……だから、美樹さんの一件で最終確認したの。お兄ちゃんは……『私に戦い方を教えたら死ぬつもりだ』って」
「そんな!!」

 いきり立つ、美樹さんを、私は片手で制する。

「本当に……追いつめられてるのか、師匠は」
「お兄ちゃん、人前では、どんな辛くてもあの馬鹿笑いしかしない人だし。泣きだすなんて、よっぽどの事だよ
 私だって……お兄ちゃんが泣いてるのなんて、殆ど見た事が無いし」
「っ……何とか、ならないのかよ!」

 拳を叩きつける美樹さんに、私は冷静に告げる。

「……昔、私が魔女の真実を知って、自棄になってた時、お兄ちゃん、言ってた。
 『俺はお前の魔法少年だ。 タラワだろうがアラモだろうが、守ってやる自信はある!
 でもな、くたばりたくてたまらねぇ奴は、どんなにしたって守りようがネェんだよ、このアンポンタン!!』って……襟首掴まれて大激怒されたの。
 ……悲しいけど。今のお兄ちゃんは、その時の私とは、全く逆の立場に陥っちゃってる。
 そして……私じゃお兄ちゃんを救えない。せいぜい、お兄ちゃんの修行を不真面目に聞いて、ダラダラと時間を稼ぐくらい」

 と。

「沙紀さん。その……言い方は悪いのですけど。
 『あの』颯太さんが、生きる事すら辛いって言っている以上、私たちには、もう、どうしようも無いのではありませんか?」

 マミお姉ちゃんの言葉に、私は溜息をついた。

「……分かって無い。マミお姉ちゃんも、全くもってお兄ちゃんを分かって無い!
 お兄ちゃんは、超人でもスーパーマンでも魔法少女でもない! 本質的には『ただの高校一年生の男の子』なんだよ!?
 だからこそ、背負いこんだ殺人の罪に苦しむのは当たり前だし、それに潰されようとしているのも普通の事!
 そこで重要なのは……それでも『誰かと共に生きたい』って、お兄ちゃん自身に望ませる事!」
「『誰か?』ですか……しかし、彼程の人を支え得る人なんて、それこそ沙紀さんくらいしか」

 はぁ……

「いい、お兄ちゃんが周囲の大人を馬鹿にして、私と二人で暮らしているのは、なまじ『何でも出来ちゃう』からなの。究極の実力主義者と言ってもいいくらい、お兄ちゃんは『実績と実力と行動だけ』でしか、他人を判断しない。
 大人が年齢『ダケ』を傘に着た、上から目線の忠告なんてのは最悪だし、まして、口先で『何かを成した』なら兎も角、口先だけの人間は、どんな老人や政治家だろうが絶っっっっっ対に信用しない。
 ……時々、お兄ちゃんに『社会ではどーだ』なんて言う大人がいても、そもそも『社会』なんて人間が集団で生活してる『世界』は、世の中無数に存在するんだから、忠告してる人間と受ける側の『社会』がズレてたら全く意味が無いのに、それを棚に上げて自分目線で『世間を知りなさい』なんて偉そうに言ったって、子供で、まして魔法少女の世界に首突っ込んでるお兄ちゃんに、通じるワケが無い。
 だからこそ、お兄ちゃんは『バイオリンの実力を示した』上条さんを『男』と認めて、敬意をもって友人として付き合いたい、って接してきたの。……少なくとも、お兄ちゃんがバイオリンを弾いたとしても、上条さん以上のバイオリン奏者には成り得ないからよ」

「うへぇ……つまり、恭介並みで、かつ、あの万能人間とジャンルが被らない達人じゃないと、忠告を聞き入れて救う事は、無理って事か?」

「基本、そう。
 しかも、庇護対象になっちゃったら最後、それは『下』の意見としか受け取らない。ある程度はワガママの形で聞いてはくれても、最終的な意思決定に影響は及ぼす事は無い。
 だから、私は無理だし、美樹さんも弟子志願で論外。暁美ほむらは、そもそもこの状況を作った元凶。生活のためでも魔法の力で悪さを繰り返すような佐倉杏子は、お兄ちゃんの目線からすれば超論外。
 お兄ちゃんに信用される、実績と実力、そして行動力の持ち主。……マミお姉ちゃん。私の知る限り、お兄ちゃんを救えるのは、あなたしかいないの!」
「わっ、私が!? 颯太さんを?」
「お兄ちゃん本人が言ってたでしょ? 病院で!
 誰かを守る『正義の味方』に挫折して、魔法少女殺しに手を染め続けたお兄ちゃんだからこそ、『正義の味方』を貫き続けてる、マミお姉ちゃんが眩しいんだ、って!
 ……おねがい! 滅茶苦茶なのは百も承知! 筋が通らないのは分かってる!
 だけど、マミお姉ちゃん、お兄ちゃんを救って欲しいの! お願い!!」

 そう言って、私はマミお姉ちゃんに、土下座した。

「っ……分かりました。出来るかどうかは分からないけど、頑張ってみるわ、沙紀ちゃん」
「本当!? ありがとう!!」

 言うと思った。言ってくれると思った。
 だが……『私の二番目の賭け』は、ここからが本番なのだ。

「それと……ごめんね。
 私、今、マミお姉ちゃんを、『御剣詐欺』にかけた」
「え?」
「まず、お兄ちゃんを救う上で重要なのは。『颯太お兄ちゃんに、絶対に恋しちゃだめ』って事」
『……は?』

 首をかしげる二人に、私は『お兄ちゃんの知らない、お兄ちゃんの罪』を話す。

「昔、ね……私が、別の魔法少女たちのグループに、何度か所属していたのは、知ってる?」
「え、ええ。そこで、酷い目に遭ったって」
「そう。その原因はね……実は、お兄ちゃんにも、あったの」

『へ?』

「お兄ちゃん、背が高いし、顔もそこそこイイし。真面目で優しいし、陽気じゃない?
 料理も上手で、和菓子作りが得意で、それでいてナンパじゃなくて一途だし」
「……ま、まあ」
「殺し屋、って実態知らなければ、確かに……ガラは悪いけど」
「ガラが悪いのは、あれは、魔法少女に対しての威嚇のポーズだよ。特に警戒してる相手にはね。普段はとっても大人しいし優しいんだよ?
 お兄ちゃんは、私の能力『だけ』が原因って思ってるみたいだけど……実際は、お兄ちゃん自身をめぐってのトラブルも、結構あったの。中には、本気で惚れこんじゃった子も居てね……その子が一番、私に辛く当たってた」
『!?』
「そして、そんな風に、私が苛められてる事を知ったお兄ちゃんが、何度忠告しても、そのたびに問題は抉れていって……結局、そのグループの魔法少女全員を、お兄ちゃんは手にかけざるを、得なくなっちゃったの。
 中には、殺される直前に愛の告白をした子も居たんだけど、お兄ちゃんは『ただのその場しのぎの命乞い』としか、受け取らなかった。それくらい、私自身が酷い事になっちゃって。
 ……思えば、あの時から、お兄ちゃんは、本格的に壊れ始めていたんだと思う。
 『魔女の釜』を開発したのも、その頃だったから……あとはもう、刺客として送られてくる『正義の味方』も加わってグチャクチャ。『暗殺魔法少女伝説』の完成だよ」
「そんな……」
「この話。絶対お兄ちゃんにしないで! そんな事を知ったら、ますます自分で自分を追いつめちゃうから!」

 こくこく、と二人とも頷く。
 特に、美樹さんは真剣だ。

「あたし、今なら分かるわ……物凄く。その師匠に殺された魔法少女たちの気持ちが」
「恋は盲目……ですか」

 溜息を突く、マミお姉ちゃん。

「一応、マミお姉ちゃんは、私と友人だからって事で、御剣家の敷居を跨がせているけど。
 それが無くなったら、お兄ちゃんの行動は容赦が無くなると思って」
「分かりました。でも、それだけじゃないですわよね?」
「勿論。
 次に、お兄ちゃんを救うために関わり合うって事は、『お兄ちゃんが認める対等、もしくは上の関係』って事。
 これが、マミお姉ちゃんを選んだ、もうひとつの理由」

 私の言葉に、マミお姉ちゃんが首をかしげる。

「つまり……縄張りを保護下に置いてる、今の状況が、最適って事ですか?」
「うん、でも、もうひと押し。
 颯太お兄ちゃんとマミお姉ちゃんの協力関係……理想を言うなら、利害を一致させて、お互いを認め合って、背中を預け合う仲になって欲しいの。
 慣れ合いじゃない、信頼と信用、って意味で『助け合う』関係じゃないとダメ。美樹さんは痛感してるかもだけど、決して『救ってあげる』とか『救いたい』って一方的な関係じゃ、お兄ちゃんはその手を絶対に払っちゃう」

 と……

「なんか、物凄く思い当たるというかさ……ひょっとして、あたしが恭介に振られたのって、師匠のせい?」
「どうかな? 上条さんはお兄ちゃんが認めた人だもん。
 お兄ちゃんとどっか似た性質があったとしたって、おかしくないよ?」
「うーん……釈然としないけど、まあ、分かる気がする。確かに、一方的に助けられるって、癪だもんね」

 そう言って、美樹さんは納得してくれた。

「それでね、お兄ちゃんが『魔法少年』をやるにあたって、私に誓った言葉を教えてあげる。
 『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。
 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』
 そして、現時点で、私以外で颯太お兄ちゃんの『信頼』を、今、一番得ているのは……マミお姉ちゃんが、今のところトップよ」

 ちなみに、最下位は、勿論、ブッチギリで佐倉杏子。
 ……まあ、それは仕方ないだろう。彼女の日ごろの行動が行動だ。

「……なる、ほど。
 つまり、颯太さんが魔法少年で在る限り、魔法少女との約束は破る事はない、という意味ですわね?」
「お兄ちゃんに信頼されていれば、って条件がつくけどね。
 ……言っておくけど『裏切られた』とお兄ちゃんが認識した時の行動は……妹の私でも、背筋が凍ってソウルジェムが濁るような、凄まじいモノだよ。
 勿論、一度、本格的な信用を得たら、そう簡単には見限らない甘さもあるけど」
「なる、ほど……」

 と、美樹さんが、おずおずと手を上げた。

「あの、さ。一つ、疑問に思ったんだけど、いいかな?」
「何?」
「師匠を救えるのが、マミさんだとして。
 逆にさ? マミさんに師匠が惚れちゃったら、どうなるのかな?」
「……………へ?」

 想像だにして無かった質問に、私は目が点になった。

「……美樹さん、もう一度。りぴーと・わんすもあ」
「だからさ、マミさんに師匠が惚れちゃったら? あの時は言葉の綾だ、って言ってたけど。
 可能性としては、低いもんじゃないんじゃない?」
「その場合は……その場合は……どうなるんだろう? っていうか、どうなっちゃうんだろう?」

 少なくとも。
 恋愛沙汰にウツツを抜かすお兄ちゃんの姿なんぞ、銀河の彼方の出来事としか思えない。
 あの朴念仁のお兄ちゃんが、家族以外の誰かに恋愛するなんて、考えてもいなかった。

「本気で分かんない……考えてもいなかったし、想像の銀河の外だった。
 っていうか……『男の人』って、どうやったら女の人を好きになるんだろう?」
「いや『どうやって好きになるか』じゃなくて。『好きになったらどうなるか』って意味なんだけど」
「……えっと、えっと……もしかしたら、なんだけど。
 うっかりすると、魔法少年、やめてくれるかもしれない」

 私の言葉に、二人が『は?』って顔になる。

「お兄ちゃんが、魔法少年やるに当たって、『正心』ってのを掲げてるんだけど。
 その中の禁止事項に、酒と、欲、色……つまり、色恋沙汰は禁止っていう部分かあるのね。
 それを自分から破っちゃうわけだから……」
「そっか、自分の中のルールを破る、って事は」
「うん。でも、可能性の問題だし、本気でどうなるかなんて分かんない。
 ……もしかしたら、マミお姉ちゃんの魔法少年になっちゃうかもしれない。本当にごめん、分かんないとしか、答えようがない。
 というか、そんなお兄ちゃん、想像の外だった」

 と、私の言葉に、美樹さんとマミお姉ちゃんが、笑いだす。

「……何?」
「なんかさ、沙紀ちゃん。今、『お兄ちゃん取られちゃうー!!』って顔してたよ?」
「そうですわね」
「!!!!!」

 指摘されて。ようやっと分かってしまった。

「……わ、私、ブラコンだったのかな?」
『何をいまさら』
「うっ、嘘だーっ!! だってお兄ちゃん、最近足臭いし、ごろごろしてる時だらしないし、ピーマン山盛りとかやるし、拳骨いっぱい降らせるし、最近はオシオキにプロレス技とか使って来るんだよ!?」
「その全部含めて『お兄ちゃん大好き』って言ってるように聞こえますけど?」
「そっ、そんな……」

 否定したい。だが、否定できない自分が居る。

「わ、私がブラコンだったなんて……そんな、馬鹿な……」
「そもそもさー、ブラコンじゃなければ、『お兄ちゃん助けて』なんて、マミさんに頼むわけないと思うんだけど?」

 愕然とする私に、美樹さんまでが追い打ちをかけてくる。
 もう私は、その場にがっくりと膝を突いて、カーペットを見るしか無かった。

「つまり、ブラコン妹を適度にあしらいつつ? 師匠……お兄ちゃんと良好な協力関係を保ち? かつ、師匠を死の願望から救える人物?
 マミさんしかいないじゃない、やっぱり」
「……大任ね。私に務まるかしら?」

 と、アッサリと美樹さんが答える。

「案外、普通に勤まりそうだと思うんだけど、マミさん。以前、師匠の武器庫漁った時の、エッチな本とか見たでしょ?」
「えっ!? あれ?」
「うん。外見は、負けてないし。あとは、蒼いカラーコンタクトでもつけて、そのおっぱい強調して迫ってみたら?」
『美樹さん!!!』

 思わず、私はマミお姉ちゃんと一緒に、叫んでしまった。

「っ……ははははは、ほらね?
 『お兄ちゃんキャラ』をターゲットにする上での、最大の障害である『ブラコン妹』が、既にこっち側の味方なんだよ? というか、カモが葱背負ってやってきたみたいなモンじゃない。
 あとは、いかに師匠を攻略するか、って所じゃないの?」
『っ!!』

 美樹さんの指摘は、なんというか……岡目八目と言うべきか。
 流石、恋愛がらみで魔法少女になった末に、魔女化の真実を知ってなお、魔法少女な人の言う事は、違う!

「そうか……それしか、お兄ちゃんを救う手が無いのなら。
 マミお姉ちゃん、改めて、よろしくお願いします! 私も、サポートしますから! お兄ちゃんに好きなだけ、色仕掛けしてアタックしてあげてください!」
「はっ、はい……」

 こうして……私は『二つ目の賭け』に勝った事を、悟った。



「さて、と……問題は、ここから、私が『どんな理由をつけて』どうやって帰るか、ね」
「え? 私が送りましょうか?」
「言ったでしょ? これは極秘会談。そして、私が外に出た事に『お兄ちゃんはとっくに気がついてる』」

 その言葉に、マミお姉ちゃんが一笑に伏そうとする。

「まさか……寝てたんでしょ? まだ二時ですわよ?」
「甘い! お兄ちゃんが私が居ない事に、気付かないわけがない!
 きっと、玄関口で『鬼いちゃん』と化して、仁王立ちしてるに決まってるんだから!」
「買い被りすぎじゃない? 幾ら師匠でも……」

 美樹さんの言葉に、私は深刻に沈痛な表情で。

「私のイタズラや秘密ってね……最終的に、お兄ちゃんにバレなかった事、無いの」
『……………』
「つまり、『戦えない魔法少女が、夜中、家を脱走して何をしていたか』って理由が必要なの。この極秘会談を、徹底的に誤魔化すための。
 だから何か……何か、無いかな!」

 と……

「あのさ、沙紀ちゃん? 『魔法少女』っていうんじゃなくて『御剣沙紀のワガママ』って事なら、幾らでも理由つけられない?」
「ほへ?」
「例えば……夜中、どうしてもアイスが食べたくなった、とか」
「アイスかぁ……でも、分かんないなぁ。
 お家の冷蔵庫、基本的に中が分からないから、迂闊には……」

 と……マミさんの家の外。
 焼き芋屋さんの車が、営業を終えて、突っ走って行くのが見えた。

『あれだーっ!!』



「……で? 窓の外から見えた焼き芋屋さんの車を追って? 巴マミの縄張りまで行っちゃった、と?」

 玄関先で腕を組んで、仁王立ちしている『鬼いちゃん』が、私の抱える焼き芋の袋を見ながら。
 私は舌を出して、謝ってみた。

「てへ♪ ごめんなさい」
「こっ……のっ……大馬鹿モンがああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

 怒髪天をついた『鬼いちゃん』の拳骨が、私の脳天を直撃し……私は『三つ目の賭け』に勝った事を、悟った。

「ごっ、ごめんなさい。二度としませーん!!」
「あったりまえじゃあああああああっ!!」

 ……でも痛いです、手加減してください……などという泣き事は『鬼いちゃん』は、聞いてくれませんでした。
 あううううう……『魔法少年を使う』って、楽じゃない。



[27923] 幕間:「魔法少年の作り方 その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/07 01:16
「はっ、颯太……」
「お兄ちゃん?」
「……はっ、はっ、はっ……」

 家の外で大雨の降る中。
 家の中では、階段の下で動かなくなった、父さんと母さん。
 その僕の後ろで、沙紀と姉さんが、怯えながら抱き合って立ちすくんでいた。

「うっ……うええええええええっ!!」

 木刀を放り出し、僕はその場で胃の中のモノを、全て吐きだした。

 この日。
 僕は、家族を守るために学んでいたハズの剣で、父さんと母さんを殺した。



「怖かったんです……死ぬのが……怖くて……」

 警察で涙を流しながら、僕は全ての事情を説明した。
 父さんと母さんが、新興宗教にハマって、家が傾くほどの多額の寄付をしていた事。
 その新興宗教の教祖様が、発狂し、首を吊った事によって、後追い自殺の一家無理心中をしようとしたのを、習っていた剣術で、父さんと母さんを殺して、沙紀と姉さんを守った事。 
 警察の人は、僕に同情してくれて、カウンセラーの人を寄こしてくれた。
 家庭裁判所でも、姉さんや沙紀の証言から正当防衛は立証され、僕は無罪になった。
 でも、僕の手には……父さんと母さんを、殺してしまった剣の感触は、しっかりと残ってしまった。



 父さんと母さんに連れられ、最初、その教会に連れて行かれた姉さんと僕と沙紀だったが……正直、僕は、その言葉を聞いても納得が出来なかった。
 確かに、そこの神父様が言ってた事は、立派だった。筋道も通り、間違った事は何一つ無い。
 でも……だからこそ『何かが間違ってる』。そこまで考えた時に、一つの結論に思い至った。

 ……ああ、要するに。
 『正しすぎて、胡散臭い』のだ。
 数学の数式のように、論理立てて説明されるからこそ、納得が行く人は納得してしまうのだろう。
 だがそれは、あたかも新聞やニュースやその他、情報媒体から切り抜かれた情報を、繋ぎ合せて綺麗に纏め上げたような。そんな『血が通わない言葉だけの理屈』なのだという印象を、僕は、その神父様の言葉から受け取った。

 だからこそ『変だよ』という違和感を口にした時、沙紀と姉さんは納得してくれたけど……結局、僕は父さんと母さんに、とても怒られたので、あえて僕は黙ってた。



 『正しい事ほど、疑ってかかれ。自分の頭で考えろ。まして、胡散臭い大人は、よく疑え』というのは、僕に剣を教えてくれた師匠の言葉だった。
 姉さんや妹と一緒に不良に絡まれてた所を助けてもらい(後で知ったのだが、酔ってムカついたので暴れただけだとか)、その場で弟子入りを志願したのだが……はっきり言って、あの人の行動は滅茶苦茶だった。
 『頭にヤのつく自由業』の人に喧嘩を売り、チンピラを叩きのめし、大酒をカッ喰らい、飲む、打つ、買うの三拍子。
 はっきり言って『悪い大人の典型例』と言うべき存在だった。
 ご立派な神父様とは対極の存在。
 始終、煙管を咥え、妖しい丸眼鏡をかけた、はっきり言って胡散臭いオッサンとしか言いようが無い、常時酔っ払いスメル全開の怪人物。

 だけど、その『剣』は本物だった。

 剣道の真似事をしていた僕だけど、そんなルール化されたスポーツではない。
 本物の実戦がどういうものか。それを生き延びるにはどう闘うべきか。
 師匠の教えは『剣』という一点にのみ、全くの嘘が無かった。否、最早、『剣術』という枠からも外れたモノだったと言っていい。
 何しろ、『鉄砲があれば鉄砲を使え』という、宮本武蔵の『五輪の書』を、地で行くような剣術だったのだ。
 柔術、喧嘩術、投擲術。その他諸々エトセトラ……今思えば、小学四年生から中学一年までの間、本当に、よく辞めなかったもんだと思っている。というか、僕が剣術を辞めない事に、師匠のほうが気を良くして、だんだんエスカレートしていったんじゃなかろうか?

『お前に剣を教えるだけで、美味い酒が飲めるからな。優秀な馬鹿弟子が貢いでくれる酒ほど、美味いモンは無いわい、かっかっか』

 などと笑いながら、師匠に剣を習いに行くたびに束収(月謝)として持っていった、一升瓶の日本酒を傾けながら、師匠は笑っていた。



 で。
 そんな風に、四年間、剣を習っていた師匠も、一ヶ月前に、ポックリと死んでしまった。
 ボロアパートの畳の上で、最初はいつも通り寝ているのかと思ったが、苦しんだ様子も無く、ストン、と……死んでいた。
 師匠は、全く身寄りのない人だったハズなのだが、姉さんや父さん母さんと相談をして『僕が喪主として葬式をする』と言った途端に、日本の各地から、色んな人が葬儀に参列してくれた。
 ……まあ、集まってくれた人の顔ぶれは、色々と推して知るべしなのだが。ボコボコにされた『頭にヤのつく自由業』の方々から、飲み屋のおっちゃん、ママさん、その他諸々が大部分だったが、中には、警察の偉い人だとか、剣術家だとか、政治家とその秘書だとか。刀鍛冶の刀匠という人まで居たし、現役の自衛官……しかも習志野のレンジャー部隊で隊長をやってるって人まで居たのだから、驚きだ。

『人間とタバコの価値は、煙になってみるまで分からない』

 師匠の言葉だったが、まさにそれを体現してるとしか言いようのない、参列者の顔ぶれだった。
 中には、剣術家の人に『御剣颯太、良い名前だね。西方さん最後の弟子、早熟の天才児の噂は聞いてるよ。どうだい、ウチの道場に来ないか』などと誘われたが……流石に、丁重にお断りした。

『……本当に、何者だったんですか、師匠って?』

 などと参列者の方々に問いかけても、周囲の人たちの評価もまた、メチャクチャだった。
 ある老剣士の人は『ワシが殺すべき終生のライバルだったんじゃ』などと泣きだし、ある人は『借金の貸主じゃい!』といきり立ち、ある人は『私と将来を誓った人だったの』だとか……もう評価がバラバラで『何者』という括りでは捕えようが無かった。
 ただ、一つ。
 はっきり分かったのは『デタラメに喧嘩と剣術が強くて、滅茶苦茶な行動を取り続けてた酔っ払いの人』という結論。
 ……結局、今まで通りで、何も分からずじまいで、とりあえず『ああはなるまい』という決意だけは、変わらなかった。



 さて。
 そんな僕たち兄妹だったが、最初にまず、変な借金取りがやってきた。
 法外な金額で、見滝原に住み続けるなんて、まず不可能で、家と土地を売るしかない。
 そもそも、こっちに来たのだって、父さんの仕事の都合だし、僕たち三人兄妹に見滝原に住み続ける理由なんて、ドコにも無かった。
 だが……父さんの親戚の荒川の伯父さんも、柴又のおばさんも。母さんのほうの、江戸川のオバチャンや、御徒町の親戚も、僕たち兄妹の受け入れには、渋い顔をしていた。

 ……無理も無い。

 父さんや母さんの説得のために、伯父さんや叔母さんたちが、わざわざ東京から見滝原まで来て、どれだけ万言を費やしても、父さんと母さんは意見を変えなかった。
 その挙句の果てに無理心中をして、姉さんと、僕と、沙紀の面倒を見せられるなんて……虫がよすぎるにも程がある話しだ。

 さらに、悪い事が重なる。

 沙紀の奴が、心臓病で倒れたのだ。
 手術には漠大な費用がかかり、どんなに治療しても後遺症は残るだろう、という事だ。
 そして……

『お金が……お金がありさえすれば、いいんですね!?』

 お医者さんの説明に、冴子姉さんが、真剣な顔をしてうなずいていた。



『アオい羽根の共同募金にお願いします~』

 道端で募金箱を抱える、裕福そうな子供たちの姿に、僕は殺意を抱いていた。
 ……その呑気な顔で抱えてる箱の中を奪って、借金の返済に充てるべきではないか? ボランティアだの何だのの下らない自己満足なんかより、本気で苦しんでる僕たち兄妹こそが、その施しを受けるべきなんじゃないのか?
 師匠から習ったのは、剣術だけではなく、体術も含まれる。素手でも、今、この場でこいつら全員を血の海に沈め、募金箱を奪って逃走する事は、ワケの無い話しだった。
 だが……

『おめーなぁ? 自分がどんな金持ちだろうが、不幸な身の上だろうが、それを理由に『他人を不幸にしていい権利』があると思うなよ? そーいう事すっとな、まず最初に自分自身がドンドン不幸になって行くんだぜ? 俺みてーに』

 酔っ払いながらの師匠の言葉が、耳の中を駆け巡り、僕はそれを思い止まる。
 ……思えば、方便とはいえ、師匠が言ってる事そのものは、間違っちゃいない事が、多かった……気がする……たぶん。行動はデタラメだったけど。

「っ……うあああああああああああああああっ!!」

 ヤケクソになり、僕は壁に拳を叩きつける。
 誰かを不幸になんてしたくない! でも、誰かを不幸にしないと生きて行けない!
 世界はとことん不条理だ。都合のよい奇跡も、魔法も、この世にありはしない。
 そして、僕たちのような一家は、世間にはどこにでもある話なのだ。そんな事をしたって、僕は犯罪者になるだけで、誰も同情なんかはしてくれない。

 きっと、僕も、沙紀も、姉さんも。バラバラになって暮らす事になるだろう。
 『兄妹三人一緒に』なんて経済的余裕のある家なんて、そもそもウチの親戚には誰ひとりとしていない(そもそも、ウチの一族は、みんなそんな裕福ではない)。
 まして、沙紀のような重度の病気を抱えた子供の面倒を見れる家など……あるわけがない!

「……どうすりゃ、いいんだよ!」

 膝を突いて、涙を流していると……気付くと、女の人が立っていた。

「どうした、少年。そんな所でピーピー泣いて」

 スーツをばりっと着こなした、キャリアウーマン風の女の人が、僕より年下の女の子を連れて立っていた。

「……襲おうと、思っちゃったんです。あいつらを。でも、出来なくって」

 募金箱を抱えて、呑気に募金を呼び掛ける彼らを見ながら、僕は彼女に説明した。

「穏やかじゃ無いな。何があった?」

 思わず。僕は、その女の人に、事情を話した。……師匠の言葉で思い止まった事まで。

「そうか……立派だぞ、少年。あんたの師匠は、立派な人だったんだな」
「立派な人じゃないですよ。本当に……酔っ払いです。ただの」
「何を言う、少年! 例え酔っ払いのタワゴトでも、今、君を止めたのは、間違いなくその師匠の言葉だ!
 その自殺した偉そうなナントカっていう神父様よりも、君にふさわしいのは、その師匠だったんじゃないのか?」
「っ!!」
「いいか、少年。『誰かを導く』っていうのは、物凄く責任が伴うんだ。
 そんでね、そのお師匠様は、少なくとも、どんな窮地に追い込まれても、無意味に他人を傷つけない『君』という立派な弟子を育てたんだ。
 だったら、師匠に恥じない生き方を、してみろ! 師匠の言葉を『酔っ払いのタワゴト』にするか、それとも『道を示す教え』にするかは、君の行動次第だ!」

 力強い女の人の言葉に、僕は涙を流しながら、恥じ入る。
 ……そうか。僕は……ただ、師匠に剣を教えてもらってたんじゃないんだな。
 と、その女の人は懐の財布から、一万円札を取り出して、僕に押し付けた。

「っ……あっ、あの……」
「それで、美味しいモンでも兄妹三人で食べて、落ち着いてよーっく考え直しな。君なら出来るハズだ!
 ……いくよ、まどか」
「うん、ママ。ばいばい、おにいちゃん」
「あっ……あっ……バイ、バイ……」

 膝を突いて涙を流しながら。
 僕はその人のくれた一万円札を両手で握りしめて、祈るように膝を突き、涙を流し続けた。



「よし!!」

 僕は、その足で家に帰った。
 そうだ。ピーピー泣いていても、現実は変わらない。だったら、現実を変えるように行動するまでだ。
 差し当たって、親戚を訪ね歩き、沙紀の面倒を見てくれる家を探そう。僕は、住み込みでアルバイト出来る場所を探すべきだろう。それならば、見滝原でも東京でも、どこでも構わない。そして、最後に姉さんの事を、別の親戚に頼むべきだ。
 そう考えていたが……

「!?」

 なんだろうか? 家が……何かおかしい。
 見滝原が開発される前からあった、二階建ての古くて狭いオンボロ中古の一軒家(というか、元は倉庫)である我が家の一階部分が、おもいっきり膨らんでいるよう……な?

「ただい……うわあああああああああああああああああっ!!」

 玄関を開けた瞬間、何かが雪崩てきて、僕はそれに巻き込まれた。
 それが……一万円札の束だと知った時は、本気で呆然となったし、それが家の奥まで続いてる状態なのを知って、本気で何かこう……狂った冗談を見ている気分になった。

 ……まさか? まさか? もしかして、『僕の家がお金に占領されちゃっている』のか!?

 今にもテレビ局が『どっきりカメラ』なんてカンバンを出して、やってきそうだが……今日び、テレビ局だって、こんな我が家みたいな不幸のどん底を、物笑いの種にしようとは思わないだろう。
 何しろ、ありふれ過ぎて、視聴者からクレームがつく事、間違いなしなのだから。……新聞もテレビも、彼らはいつだって風見鶏のイイカゲンな事しか言わないのは、よーく分かってるし(そもそも、ニュース番組に『スポンサー(出資者)』とかって言ってる時点で、スポンサーに不利な情報を、流すわけがない)。

 と……

「たーすーけーてー、はーやーたー」
「ちょっ……姉さん! 何!? 何なんだよ、これーっ!?」

 『お金は大切に』などと教わってきたが、最早、細かい事を言ってる状態ではない。
 福沢諭吉の海を泳ぎながら、何とかかんとか居間だった場所に辿り着くと、札束に埋もれた姉さんが、逆さまになってジダジダとあがいていた。……スカートが開きっぱなしのパンツ丸出しで。

「って……何なんだよ、その格好!!」

 どうにかこうにか。
 家の外まで引っ張り出した姉さんの姿は……その、スカイブルーを基調とした、ヒラヒラのついたチアリーダーのような『魔法少女』としか言いようのない姿だった。

「えへへ、ビックリした?」
「ビックリした、じゃないよ!? 本当に何なんだよ、これ!?」
「いや、その……一千億は、流石に多すぎたかなー、って。一兆円って頼んだんだけど、大体一千億くらいしか、私個人の『因果の量』が足りなかったみたい」
「『因果』? 何言ってるのさ、姉さん!? ワケが分からないよ!!」

 とりあえず、夜中だった事が幸いして、我が家の玄関の前の札束雪崩を目撃される事は無かったが、それでも放置していい問題ではない。

「とっ、とりあえず、二階は大丈夫なの?」
「うっ、うん! そこまではいってない! ソウルジェムに収納し切れなくて、溢れた分だから」
「そうる? まあいいよ、とりあえず、この玄関閉じて、溢れた札束を袋にでも入れて、二階に担ぎこもう!!」

 そう言って、僕は倉庫から、清掃に使うビニール袋を持ってきて、札束をソコに放り込みはじめる。パンパンになった袋は、結局雪崩た分だけでも、十個くらい出来た。
 ……本当に、何かが狂ってる気がしてきたが、細かい事を気にしてはいられない。

「梯子、取って来るね」
「ううん、大丈夫……お姉ちゃんに任せて! とう!!」
「!!?」

 一万円札の札束の入ったビニール袋を担いで、サンタクロースよろしくジャンプで二階のベランダまで飛ぶ姉さん。
 ……な、なにがあったんだ!? 姉さん、本当に!?

 が……

「あ、あれ、ちょっ、袋、袋が破ける!! たーすーけーてー、はーやーたー!」
「わああああ、抑えて! 下を抑えて姉さん! 今あがる!」

 結局。
 どうにかこうにか、お札を撒き散らさずに、玄関の雪崩た札束を、朝までに二階に回収できたのは、本当に幸運だったと思った。



「……つまり? キュゥべえと契約して、魔法少女になった、と?」
「うん、そう! そんでね、悪い魔女を懲らしめるの!」

 家の二階。僕の部屋で、姉さんの話を聞いていると、どうも胡散臭い。
 宇宙がどうだとか、エントロピーがどうだとか。だが、つまるところ……

「姉さん、それってさ、傭兵契約じゃないのか?」

 どうも、僕にはアフガンだの何だのの物騒な紛争地帯で活躍する、傭兵……今では企業化してPMC(民間軍事会社)だとかって呼称になってるが、そういったモノにしか思えなかった。

「ま、まあ……そうとも言えるような言えないような」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 何で姉さんがそんな事をしなきゃ行けないのさ!
 っていうか、僕に指摘されて、今、気付いただろ!?」
「だっ、大丈夫よ、多分! だって、私、『魔法少女』なんだから! さっきも見たでしょ?」
「やめてよ、姉さん! だからって、こんな大金、必要無いよ!」

 少なくとも。玄関で雪崩を起こして二階に回収した分だけで、借金返して、沙紀の治療費賄えてしまうだろう。
 それほどの大金である。

「あのね、願い事は一回だけ、って決まってるみたいなの? だから、思いっきりふっかけちゃったんだけど……一兆円は無理だったみたいなのね。ぎりぎり一千億だ、って……キュゥべえが言ってた」
「そんな、命に値段つけるような事をしなくたって、いいじゃないか!」
「だって、勿体ないじゃない? 一回しか頼めないんだったら、借金返しただけなんて物凄くもったいなくて。
 それに、他に方法なんて、私思いつかなくって……」
「……だからって、アレは無いと思うよ……」

 階段の下。完全に福沢諭吉で埋まった一階部分を前に、僕は頭を抱えていた。
 もう、何というか……はっきり言って、一億や二億どころではない狂った桁の福沢諭吉の札束の量に、見てて気持ちが悪くなっていた。
 ……さっきの女の人がくれた一万円札で涙した事が、馬鹿みたいに思えてくる。ホント、何なんだろうか?
 奇跡も魔法も存在するのは理解したが、目の前に展開する光景が、気持ち悪過ぎて不気味ですらある。

 と……

「ううん、実はね……ソウルジェムに『入り切らなかった』分が、アレなの……」
「……は?」
「これのあと数倍くらいかな? ソウルジェムの中に『お金』あったりするんだよね。一千億の札束って具体的にどんなだか、考えてもいなかったわ」

 その言葉に、僕は本気で目をまわして、その場に倒れ込んだ。



「んっ……うん、分かったよ。とりあえず姉さん。その……下のお札は、『四次元ポケット』に入り切らないんだね?」
「うん、そうなの。もういっぱいいっぱいになっちゃって。だから、どうしよう、颯太?」
「どうしよう、っつってもなぁ……」

 真剣に考え込む。
 とりあえず……

「借金取りの人たちには、こっちから出向いてお金返そう? んで、沙紀の病院の費用を、持ってこうよ」
「そ、そうね。そうしましょう。でも……お金に占領されちゃったのって、どうすればいいのかな?」
「……とりあえず、父さんや母さんの遺産、って事にすれば、いいんじゃ……いや、ダメだ!!」
「え?」
「親戚だよ。
 遺産って、確か継ぐときにオープンにしなきゃいけないから、親戚中が群がって来ちゃうよ!」
「……こんだけあるんだし、ちょっとくらい、あげちゃえば」
「ダメだよ! あいつら、毟るだけ毟っても、満足しないよ!」

 何だかんだと。
 貧乏な一家に暮らしてきたので、親戚づきあいの大切さはよく分かるのだが。
 それだけに、彼らが金銭にからんだ時の薄情さと獰猛さも、とてもよく身にしみて分かってるのだ。
 父さんがサラリーマンをやってた我が家は、これでも『比較的』裕福なほうだったので、盆暮れ正月のたびに、親戚の無心をかわすのに苦労してたのである。

「坂本のおじさん、確かパチンコ狂いだし。三角のおじさんは、何か工場が借金だとかって話、聞いてる。
 ハゲタカみたいに探られて『もっとないかもっとないか』ってされるのがオチだよ!」
「どっ、どっ、どっ……どうしよう、颯太」
「こんな大金……銀行に預けても、不審がられるだけだよなぁ。それに、確か、銀行預金って一千万までしか、預金って保障してくれなかったハズ」
「えっ、そうなの!?」
「うん。昔はともかく、今はそうなっているらしい。
 それに、銀行って確か、税務署の目が光ってるから確実にバレちゃうよ、こんなの」
「……落としものって事で、届け出るとか……」
「竹藪に三億円とかって桁じゃないよ、これ……ソウルジェムから溢れた分だけでも、どう見ても百億以上はあるんじゃないのか!?
 そんな事したら大騒ぎだし、そもそもそれじゃ遺産相続の時と一緒で、親戚がタカりに来る事間違いなしだ」

 頭を抱えて悩む。

「……いっそ、燃やしちゃうのも手かなぁ?」
「颯太、流石にそれは勿体なさ過ぎるよ」
「うん、そうだよねぇ……でも、本当にどうしよう?」

 だんだんと、名案に思えてきてしまったが……流石に、姉さんが命と引き換えに得た金を、燃やすなんて事は、出来なかった。

「……とりあえず、庭に穴掘ってタンス預金でもするとか。
 んで、どうしても余っちゃった分は、児童養護施設にでも匿名で寄付するくらいかなぁ?」
「庭ねぇ……でも」

 目の前にある、猫の額みたいな小さな庭。
 どう考えても、百億以上の現金が収まり切るようには見えない。
 ふと……

「……いっそ、買っちゃおうか?」
「買っちゃう、って?」
「新しい家。
 現金が隠せそうな……そうだ、地下に金庫みたいなデカい倉庫を作っちゃおう。隠し金庫みたいな感じで!
 魔法少女の秘密基地っぽいの!」
「おお、ハヤたん名案っ! それで行きましょう!」



 で……
 沙紀の入院費用と、借金を全て返済し終えた僕と姉さんは、建築メーカーと不動産屋めぐりをする事になった。
 で、『こんな風な家を建てたいんです』と、色んな建築メーカーの人たちに聞いて回った結果、特殊な建築に携わる準ゼネコンの業者様を紹介された。
 彼らに、僕らが概略を説明すると、彼ら技術者が目を白黒させて問いかけてきた。

「君たち、予算が……」
「ここにあります!」

 どん、と。スーツケース一杯の札束を前に、ゼネコンのおっちゃんたちの目が変わった。

「要するに……本当に『秘密基地』が作りたいだけなんだね?」
「はい! これは手付金です。予算は幾らくらいになりますか?」
「……どういう風に作るかにも、よるなぁ」
「と、いうと?」
「つまり、一切を極秘のまま進めたいのなら、おおよそ機密保持含めて五十億はかかるけど、建物そのものを作るだけなら」
『極秘でお願いします!』

 問答無用の選択に、ゼネコンのおっちゃんが、再度、目を白黒させていた。

「……つまり、君たちはその、我々に『秘密基地ごっこ』に付き合えっていうのかい?」
「ごっこじゃありません、真剣(マジ)です!!」

 僕は真剣に、彼らの目を見る。
 そして……

「っ……ぷっ……くっくっくっくっく、はっはっはっはっは! 秘密基地か。そうかそうか!
 いよぉし、オジサンたちが手伝ってやる! 久しぶりにガキの頃、ダンボールで作った秘密基地を思い出させてもらったよ!
 ただし、前金だ。オジサンたちも生活がかかってる。文句は無いな?」
『ありません!』
「いい覚悟だ、坊主共! ここまで大人を本気にさせるガキなんて、バブルの頃以来、久方ぶりだっ!!
 おい、設計屋どもを集めろ! この気前のいいクライアント様の素案を、現実的に練り直すぞ!!」
「……あと、すいません、このお金の出所は」
「分かってる! そのへんもオジサンたちに任せな……ゼネコンの建築屋を舐めんなよ?」

 獰猛に笑うオジサンたちの、師匠に通じる『悪い大人の笑顔』に頼もしさを感じながら。
 僕と姉さんは、新たな新居が手に入った事を、素直に喜んでいた。



「ここが……僕たちの家、かぁ」

 上辺だけは、一見、何でも無い、普通の広めの一軒家。
 だが、地下には巨大な隠し金庫。しかも二重になっており、上の金庫が発見されたとしても、下の金庫のカムフラージュになるという、徹底っぷりである。
 さらに、家に敵がやってきた時の戦闘を想定して、家の中の構造その他も、巧みに居住者有利になるようになっている。
 ガラスも防弾だったり、防災設備も整ってたり……至れり尽くせりだ。

「本当に出来ちゃうんだなぁ、『魔法少女の秘密基地』って……」
「お金って偉大だよねぇ……」

 結局、あと十億ほど追加で取られちゃったけど、ここで安全が買えるなら、安いもんだった。
 ……何か金銭感覚が、完全に僕と姉さんの中で、修正不可能な程に狂ってしまった気がするが、とりあえず気のせいという事にしておいて。

「とりあえず、家具とか入れようよ。元の家にあったのとかさ。リヤカーでも借りて」
「そうね。颯太と二人で頑張れば、何とかなるでしょ」

 と……

 ピンポーン。

『すいません。国税局の者ですが……』
『!!!!!!!』

 顔面蒼白で、僕と姉さんは顔を見合わせた。
 ……全然大丈夫じゃないじゃないか、ゼネコンのおっちゃーん!!



 結局。
 たまたま落ちて拾った大金を使って、借金を返済して云々の話しを、何とか口裏をあわせて話したものの(ついでに、『名目上』の保護者の親戚には話さないでください、確実に巻き上げられて、使いこまれると懇願し)。
 やっぱり不審の目はガッツリと向けられてしまい……

「……君たち。とりあえず、未成年で事情が事情だし、任意同行にも応じてくれたから今回は見逃すけどね。本来、国税はそんなに甘く無いよ。
 こんな大金の出所は、警察もきっちり調べるから、結果が出たら、また任意で同行してもらう事になる。いいね? あと君たちの前の家にあったお金は、警察で拾得物として扱わせて貰うよ」
『……はい』

 ガッツリと税務署で絞りあげられた後、僕と姉さんは解放される事になった。(……後に、これも本気で温情判決だったと知る事になるが、それは別の話。本当に国税は甘くありませんでした)。

「……ど、どうしよう、颯太」
「お、落ち着こう。税金の申告とか、システム回りをちゃんと憶えるんだ。必ず不備や穴があるハズだから。
 それと、資金洗浄の手段も憶えないと!」
「し、資金洗浄って?」
「聞いた事があるんだ。
 ヤクザとかそういった、アンダーグラウンドの人たちが、麻薬とか武器とかで得た表沙汰に出来ないお金を、『表』に出すための方法があるって」
「はっ、颯太!?」

 ヤバげな表情の姉さんに、僕も引きつった顔で答える。

「とりあえず、姉さんのお金は、まず表沙汰に出来ないんだから、そういう手段を憶えないと! あと、税金対策!」
「……でっ、出来るの!?」
「やるしかないだろう!? 借金返して治療費払うくらいならともかく、これじゃお金使うだけで犯罪者だよ!
 『魔法少女の最初の敵は、魔女でも何でもなくて税務署でした』なんて……前代未聞だよ、こんなの」

 本気の涙目になりながら。
 僕は、必死になって、家族のためにどうするべきか、どうやればいいのか、頭を巡らせていた。



「…………………颯太、大丈夫?」
「うん、頭ぷしゅーって感じ」

 必至になって、ネットで情報を集めながら検索し、師匠の葬式に出てた『頭にヤのつく自由業』の方々にも連絡を取り、何とかかんとか、資金洗浄の手法をマスターしたものの。
 より一層、税務署からの監視の目はキッツくなってしまった。
 そのため、大金をかけた家に住みながらも、僕ら姉弟の生活は、以前と変わらない質素なモノに戻っていた。
 ……もともと、周囲の家から浮く事を嫌い、外側は一般向けの家になっているので問題は無い。お金は金庫の中の隠し金庫をメインに、姉さんのソウルジェムの中にも分散保管して、万が一、調査とかされた場合にも備えてある。

 ……『魔法少女の秘密基地』というより、『海賊の財宝隠し』状態になってきてしまったのは、気のせいだろうか? やましい部分は一切ないが、説明不可能なお金(しかも桁が狂った大金)って時点で、もう不信感バリバリである。

「……昔、○サの女、って映画、あったよね……」
「いっそ、魔法少女の私を本尊に、宗教でもやってみましょうか? ……いろいろ嫌だけど」
「あー、それねー、やめといたほうがいい。
 宗教団体は運営に税金はかからないけど、そこで働く人に払う給料には、しっかり税金かかるから」

 いの一番に調べたのだが。
 どうも、日本の寺社仏閣の神主なり、お坊さんなりも、ちゃーんと個人で税金を払っているようなのである。
 お寺(神社)=会社。お坊さん(神主)=社員と考えると、わかりやすい。お寺(会社)に税金はかからないが、そのお坊さん(社員)には、税金がかかるのだ。
 さらに調べてみると、大概のお寺は個人の持ち物ではなく『宗派』の持ち物であり、決して個人の所有物ではない。先祖代々、その寺で暮らしてる一族と言えど、子供なり家族なりが寺を継ぐ気が無いのなら、出て行かねばならないそうな。
 よく、『ベンツ乗りまわしてるお坊さん』なんて話があるが、殆どは貧乏で宗教だけでは食べて行けず副業を持ち、そーいう人はほんのごく一握りだとか。(なんとなく、漫画家や小説家や声優とかみたいだなー、とか思ってしまったのは、僕だけだろうか?)
 これを調べれば調べるほど……佐倉神父の手際と手管の良さが、よーっくわかってきてしまう。破門を喰らってなお、説法だけで人を集めたその技量は、宗教家としては確かに成功した部類なのだろう。

「確かに、説得力『は』あったもんなー。なのに、何で狂って自殺しちゃったんだろ?」
「さあ、知らないわよ……」

 そう。説得力はあっても、僕ら姉弟が納得できなかっただけで。実際、佐倉神父のペテンの『実力』は、大したもんだった。
 ……そりゃ、父さんや母さんは丸めこまれるか。
 通販番組のダイエットサプリだとか。何やかんやに手を出し、インチキ臭い政治家の寝言に耳を傾けちゃう。一度、乗馬マシンが欲しいと言いだしたので、僕は即座に『あれって、沙紀が公園で跨って喜んでるバネのお馬さんと何が違うの?』とツッコミをかけて、ようやっと正気を取り戻したくらいだ。
 こう、何というか。偉そうな空気だとか正しそうな雰囲気に、物凄く弱かったのだ。ウチの両親は。

 だからこそ、僕がしっかりしなくては行けない思っていたのだが……まあ、結果はあの体たらくである。
 そして、姉さんが魔法少女なんて傭兵契約を結んで、狂った大金を手にしたために。今度は、僕が姉さんのフォローをしなくてはいけなくなってしまった。
 ……どうしてこうなった!?

「颯太……どうしたの?」
「ううん、何でも無い。資金管理は任せて、姉さん!」

 そうだ。僕が今生きて、姉さんと共に暮らせているのは、姉さんのお陰なんだ。
 だからこそ、こんな苦労なんて苦労のうちに入るもんか。だから……

「じゃ、今晩わたしが料理を……」
「僕が作るからっ!!」

 決死の形相で『死にいたる料理』を回避するべく、僕は知恵熱が浮いた頭で、キッチンに突進して行った。



「……姉さん?」

 夜遅く。
 帰ってこない姉さんを心配して、外に出る。
 本当は護身用に木刀でも持ってくるべきだったが、あれ以来、トラウマになって剣が握れなくなってしまったのだ。
 ……まあ、徒手空拳でも、何とかなるだろう。多分。

「姉さーん、姉さーん、どこー!?」

 探し回りながら、家の周囲を探し回る。
 ……たった三人、残った家族。絶対に失いたくない。
 しかも、魔法少女なんて傭兵と一緒の、危険な仕事じゃないか!
 どんだけお金があって、あったかい布団で寝れるようになったって、姉さんが帰ってこない生活なんて、何の意味も無い!

「姉さー……ん?」

 ふと……自分の周囲の『世界』が、変わって行くのが理解できた。

「なっ、なんだよこれ……」

 世界、というより、空間。全てが異形へと変わって行く。
 ……そんな中……

「やぁっ、とぉっ、よいしょーっ!!」
「……………姉さん?」

 そこに居た姉さんは、過剰装飾された金属バットを手に、檻のようなモノをひっぱたいていた。
 ……正確には、檻を透過してバットが振るわれてるので、『檻の中の生き物』と言うべきか?

「なっ、何やってんの!?」
「えっ、颯太!? どうしてこんな所に!?」
「姉さんがいつまでも帰ってこないから心配したんだよ! それに、これは『何』!?」
「何って……魔女退治」
「魔女……これが、魔女?」

 どう見ても、檻の中の生き物は『怪物』です。本当にありがとうございました。
 ……じゃなくって!

「って、いつまで叩き続けてるのさ!?」
「えっと、夕方から……ずっと」
「……つまり、何? 延々と半日叩き続けてた、の!?」
「う、うん。実は、お姉ちゃん、そんな攻撃能力は高く無いんだ。
 『檻』の中に一度捕まえちゃえば、どんな魔女も使い魔まで反撃できなくなっちゃうんだけど、倒すのに手間取っちゃって」

 姉さんの話を聞くと。
 どうも、姉さんの能力は『癒しの力』と『魔女の捕獲』に特化し過ぎていて、攻撃能力が絶無に等しいようなのだ。
 だから、捕まえた『魔女』は、魔力を付与した金属バットをぶんぶんと振りまわして、叩きつけるしかないらしい。

「つまり、このバットを使えば、僕でも倒せるわけだね? ……貸して」
「えっ、ちょっ、颯太!」
「いいから、貸して!」

 そう言って、僕は金属バットを正眼に構え……反射的に、その場で膝を突いて、ゲロを吐いた。

「颯太!」
「っ……うえええっ!! 大丈夫! 大丈夫だ、姉さん!!」

 そうだ。ゲロなんて吐いてる場合じゃない! 何のために僕は、あの酔っ払いの師匠から剣を学んだんだ!

「僕は……僕は、沙紀と姉さんを守るんだあああああっ!!」

 気合いと共に振り下ろした金属バットが、魔女を一撃で四散させた。

「……すごい。颯太、今、なにやったの!?」
「何、って……師匠に教わった通り、正しく『剣』を振り下ろしただけだよ」

 剣術の基本動作。
 振り上げ、振り下ろす、面打ち。
 正しく力を込め、正しく振り下ろす。ただそれだけの事。

「あれだけ叩きつけても堪えなかったのに、颯太の一発で何で……」
「……さあ? 僕が剣士だからじゃないの?
 それより、姉さん。姉さん、『魔法少女』なんだよね!?」
「え、うん、そうよ」
「だったら、僕も闘う! 魔法少女……いや、魔法少年! そう、僕を姉さんの魔法少年にしてよ!」
「えっ、えっ……えええええ!?」

 目を白黒させる姉さんの手をしっかりと握ったまま。
 僕は姉さんに真剣な目で迫っていた。



「っ! くそっ、また折れた!!」

 『魔力付与』で、僕が姉さんの魔法少年となって、一か月が経っていた。
 とりあえず、武器として日本刀が欲しいと思って、美術商やら何やらをめぐったのだが、どうも買う日本刀が、あっさりと折れてしまうのだ。正宗だとか、菊一文字だとか……鑑定書つきの日本刀は、実戦ではモノの役に立たなかった。
 ……こんな調子で使い捨てで刀を買い続けたんじゃ、また税務署が来ちゃう。

「使い方が悪いのかなぁ……いや、でも師匠言ってたっけ。日本刀で『斬れる』人間の数は、限りがある、って。
 あとは撲殺にしかならないとか……」

 新撰組をイメージした『魔法少年』の衣装で、僕は溜息をつきながら、刀をおさめる。
 ……よく斬れる刀って、何なんだろう……
 そういえば、TVで某仮面ライダーの人が『リアル斬鉄剣』なるモノを振りまわしていた。……流石にアレは、特注の品物だって言ってたけど、他に手は無いのだろうか?

「あっ、そういえば!」

 師匠の葬式に、刀鍛冶の人が居たっけ。
 あの人に、聞いてみよう!



「ん? そりゃあ折れるよ。日本刀ってのは、TVやアニメなんかじゃカッコよく描かれるけど、本当は繊細な武器なんだ」

 とりあえず、魔女の事を伏せて『怪獣退治に日本刀を使ったら?』という質問を、刀鍛冶の人に聞いてみた返事が、それだった。

「あとねぇ、日本刀ってのは、今じゃ『美術品』なんだ。どちらかというと造形美が優先されるから、実戦刀なんて殆ど残って無い。
 今、残っているのは……虎徹くらいじゃないかなぁ?」
「えっ、虎徹ですか? こう、今宵の虎徹は、血に飢えているとか何とかの」
「あっはっは、司馬遼太郎だね。
 近藤勇が振りまわしてた刀は偽物だったらしいけど、『虎徹』を作った人は実戦用の刀を多く作った事で有名なんだよ。ただし、偽物も多く出回ってるから、真贋の鑑定は困難を極めるんだけどね。『虎徹を見たら、偽物と思え』ってくらいで」
「……そうですか」

 溜息をつき、頭を下げる。
 ……だめだ、僕には日本刀の真贋なんて、使ってみなきゃ分かるもんじゃない。
 ……と、

「怪獣退治用の、実戦刀、か。君は、宇宙人と喧嘩でもするつもりなのかい?」
「怪獣かどうかはともかく、その……『実戦向けの一振り』が欲しい、って思う事があったのは、事実です」
「そうか……西方さんの弟子だもんな、君は。だったら、ちょっと待っていてくれ」

 そう言うと、刀鍛冶の人は、奥に引っ込むと……何やら、白鞘を手に、戻ってきた。

「抜いてみたまえ」
「……はい」

 そう言って、作法通り布を咥えて、抜いた刀は……その、何というか。限りなく無骨な『刃物』であった。
 間違っても日本刀とは呼べない、繊細さも何も無い工業機械のような刃。

「なっ、何なんですか、これ?」
「それは君の師匠が、ウチに内緒で注文した刀なんだよ。
 颯太君、普通、日本刀はどう作るかって知ってるかい?」
「えっ!? それは……こう、刀用の玉鋼の鉄片を組んで、固い鉄と柔らかい鉄を混ぜて繰り返し叩いて……」

 一般的な日本刀の製造イメージを語る。
 詳しく知っているわけじゃないが、仮にも刀剣を扱う剣士ならば、一般的な知識の範疇である。

「そう、それが一般的な、日本刀の概念だ。
 無論、ボクも刀鍛冶としては、その技術を否定するモンじゃないんだけどね……それは本来『素材として劣る鉄を、組み合わせる事によって』良い刀にするための方法なんだ」
「っ!?」

 一般的な日本刀の製造概念を、根底からひっくり返す言葉に、僕は仰天した。

「つまり、最初から『日本刀として最高の素材の鉄』を使えば、そんな細かい技術は必要ない。むしろ邪魔ですらあるんだ。
 『和鋼、折返し鍛錬、心鉄構造』……君の師匠は『技に拘らない』刀鍛冶が居ないって、嘆いていてね。それで、ボクの所に来て、こう言ったんだ。
 『本物の虎徹』を作ってくれ、って……」
「師匠が……」
「そもそも、君たちが一般的に認識してる『日本刀の作り方』というのは、ボクから言わせれば、実は長い日本刀の歴史の中で、ほんの一手法に過ぎないんだよ。現実に良鉄だけを使った一枚鍛えの名刀も存在してるしね。
 ……まあ、やむを得ない事情もあるんだけどね。日本は法治国家だから『武器を作る』事には、大幅に制限がかかる。だから、先人たちは日本刀を『美術品』として後世に残そうとしたわけで、だから、君が思うような一般的に広まった繊細な技術だけが、もてはやされるようになっちゃったんだ。
 だから、その過程で『本当の実戦刀』を作る人たちは、途絶えていってしまった……帝国陸軍ならともかく、今の自衛隊だって儀仗用の刀は刃の無い模造品だし、実戦を闘う部隊で日本刀を扱う理由は絶無と言っていいからね」
「そんな歴史があったんですか」

 納得である。
 そりゃあ、人殺ししか使い道のない刀なんて、今の日本じゃ作る意味が無い。
 むしろ危険ですらある。

「君は、西方さんの弟子だったね。だったら、こういう刀を欲しがるようになるのも、無理は無いよ」
「っ……僕は、その……」
「分かってる。家族を守るために、両親を、殺した君だしね」

 っ!!

「君は、憶えてないかい? 君の葬儀にも顔を出したじゃないか」
「……すいません。あの時はもう……頭が真っ白で」
「分かってるよ。君が、それをどれほど後悔しているのか。
 それを理由に、剣を捨てた君が、再び剣を……しかも実戦刀を握ろうというんだ。ハンパな覚悟じゃないんだろう?
 そして、そんな君だからこそ、西方さんが頼んだ、この刀を受け取る権利は、あると思う。
 西方さんの言葉、憶えているかい? 『我が剣の道は?』」
「……我が剣の道は、天道の恐るべきを知らざれば、凡そ、『鬼の道』に近し。
 故に無道が為に振るわず。己が心・技・体、ことごとく道具であること、戒心あるべし」
「よく、言えました。
 その言葉の意味を、よく理解できる君だからこそ、この刀を受け取る権利は、あると思う」

 にっこりと笑う、刀鍛冶の人に、僕は本気で頭を下げた。

「……ありがたく、頂戴します」
「ああ、それと。
 それは、日本刀といっても、実は法令違反の代物だ。なるたけ見つからないようにな。
 ……そうだな、戦争中の祖父の遺品だ、とでも言っておけば、警察も取りあげられるだけで、深くは追求するまいよ。
 あと、折れたり取り上げられたりした時は、言ってくれ。代わりを作ってあげよう」
「っ……肝に、銘じておきます。おいくらですか?」
「安心したまえ。素材は幾らでもあるんだし、ボクも技術的興味で作ってるモノだから共犯だし、タダでいいよ」
「……へ、いいんですか?」

 話を聞くと、何かこう……オリハルコンのような貴重な鉄を使ってるんじゃないか、と思ったのだが。

「その刀の名前は、『兗州(えんしゅう)虎徹』。素材は廃材自動車の、リーフスプリングだ」
「じ、自動車部品!?」
「トン単位の車体を、何千キロ何万キロも走りながら支える『鉄』だよ? しかも、折れず、曲がらず! 日本刀の性能が要求する『鉄』としては、実は最高級クラスなんだ。
 僕はそれを、素延べの一枚鍛えで叩きあげたに過ぎないしね。もっとも……そのぶん『焼き』の入れ方は、なまじな日本刀よりも難しいんだ。本当、『素材を活かす』ってのは、難しいよ」
「……はぁ」

 もう一度、抜いてみる。
 気品とは無縁の、刃紋すら無く、インチキ臭く、安っぽくギラギラ光る刃物は、何と無く師匠を思い起こさせた。



 ……結論から言うと。
 外面は安っぽくても、この刀は『ホンモノ』だった。
 魔力を付与して、魔女を斬って、斬って、斬りまくっても、折れないし、曲がらないし、それでいて斬り続けられる。
 歯こぼれ一つ、しやしない。

「まさに、師匠だよなぁ……これ」
「どうしたの、颯太?」

 とりあえず、普段は姉さんのソウルジェムにしまっておいてもらいながら。
 僕は、この『兗州(えんしゅう)虎徹』を、魔女相手に、振るい続けていた。

 僕ら姉弟の闘い方も、ちゃんと確立されてきた。
 僕が囮になって最前線で闘い、その隙に姉さんが魔女を『檻』で捕獲。然る後に、僕がトドメを刺す。
 定石的だが、それだけにかなり効果的だった。
 最悪、姉さんの出番が無くても、並みの魔女なら、僕一人で何とか出来るようになっていったし。

「ん? なんでもない。『今宵の虎徹は、正義に餓えておるわ』なんちゃって♪」
「『兗州(えんしゅう)虎徹』だっけ? 凄い刀ね。それ」
「……刀のほうより、僕の腕前を褒めてほしいなー」

 むくれる僕を、姉さんが頭を撫でてくれる。

「はいはい、颯太には感謝してるわよ。ホント」
「ほんとにー?」
「そうじゃない。だって、小さいとはいえ縄張りを持てたのだって、颯太のお陰だもん」

 さて、魔法少女というのは、魔女を狩る事によって生じる義務のようなモノがある。
 魔女を倒して手に入るグリーフシードというモノを手に入れないと、魔法少女は魔法を使う事が出来なくなってしまうのだ。
 そのため、魔法少女たちは魔女を狩るための『狩り場』という縄張りを主張する。
 だが、姉さんの能力は『魔女を捕える』事に特化し過ぎていて、魔法少女を捕える事が出来ないのだ。

 そのため、魔法少女相手の戦闘のオハチは、全部僕に回って来る事になった。もっとも、ただの魔法少年である僕が、どれほど闘えるかなんて知れている。
 そのため、縄張りは、我が家を中心に、ごくささやかなモノに留まっており、正に『ご町内の魔法少女』状態である。
 だが……

「そういえば、佐倉……杏子だっけ? 僕たちより魔法少女やってる子」
「ああ、あの神父の娘さん?
 ……怖いよねぇ……万引きとか無断宿泊とか、使い魔見逃して、縄張りの人間殺させたりとか」
「うん、流石にね。
 僕としても、ああいう子には負けたくないけど……でも、今は無理だなぁ」

 そう、神父佐倉の娘さんの話しは、縄張りが近いので聞いてはいたのだが……はっきり言おう。今の僕や姉さんでは、勝ち目なんて無かった。
 第一、向こうの獲物は槍で、僕の武器は剣だ。
 剣道三倍段の法則は有名だが、実は槍に対抗するのには剣の三倍の実力が必要だという話も、聞いた事がある。
 もっと、もっと、僕が剣で修行を積んで……いや、剣に拘る必要はないのか。生き延びれば勝ちだと師匠も言ってたし。

「……罠とか、仕掛けておく必要があるね」
「え?」
「魔法少女だけが専門に引っかかるトラップ! 何とか、考えてみようよ!?
 そうだ、魔法少女がカッコつける電信柱の上とかの電線利用したりとかさ。地形と地理を利用して、なんとか工夫するんだ!」

 こうして、僕は必至になって、縄張りに罠を仕掛ける事になった。
 ……今思えば、これが『見滝原のサルガッソー伝説』の、始まりだった。



 やって来る魔法少女を片っ端から正体見せずに罠にかけて撃退し続けながら、魔女を狩りつつ、資金管理をして税務署の目を誤魔化し、日々の食事を用意しつつ、勉強をがんばる。……その過程で、罠に使う電気工学だの何だの『ちょっと奇妙な知識』を色々会得してしまったが、そのお陰で、学校の成績そのものがウナギ登りになり、このままならば私立の高校の推薦も貰えそうだ、という話まで出た。

 ……人間、追いつめられて必至になれば、何とかなっちゃうモンである。運が良かったとか、周りに助けられたってのはあるけど……やっぱり、努力と根性って大切だ。
 諦めたらそこで試合終了ですよね、安○先生!!

 そんな、奇妙に充実した日々を送りながら、僕は沙紀の病室に見舞いに来ていた。

「沙紀。大丈夫?」
「……あ、お兄ちゃん?」

 病室に入ると、僕は自分で作った和菓子の箱を手渡した。

「ほら、沙紀の好きな奴、作ってきたぞ……見つからないうちに、こっそり食べちまえ」
「ありがとう、お兄ちゃん♪」

 笑顔を浮かべて、僕の作る和菓子を食べてくれる沙紀に……本当は僕自身が救われていた。

 ……和菓子職人になりたい。みんなが食べれば笑ってくれるような和菓子を作りたい。

 笑顔を『守る』剣と。笑顔を『作る』和菓子作りと。
 必死になって両立させながら、両輪を回そうとする僕を、師匠は鼻で笑いながら『どっちかにしろ』と言っていたが。
 僕は『出来る限りやりたい! どっちも半端なんて嫌だ!』と叫び……結局、師匠も根負けして、唐辛子入りのみたらし団子を、酒のツマミに食べてくれたくらいである。

 『ほんと、お前はよく出来た馬鹿弟子だよ』

 などと、呆れ果てていたっけ……。

 と……

「……っ!?」

 不意に。
 病室が、否、世界が歪みはじめる。
 しまった、魔女が……ここに!?

「沙紀っ!!」

 姉さんも、ソウルジェムも、何の武器も無い状況……否っ!!
 僕はペットボトルのジュースをタオルにかけ、即席の鞭を作る。さらに、見舞い用の果物バケットからナイフを抜く。
 『あらゆるモノを武器として扱い、生き抜け』という師匠の教えは、僕の中で生き続けてる。
 それが……師匠の『剣術』。

「なっ、何……お兄ちゃん……何なの?」
「大丈夫だ……お兄ちゃんが守ってやるから」

 生き抜く。
 とことん、諦めない。
 絶望しない、嘆かない、立ちすくまない。
 泣いたって、誰も助けてくれはしない。
 だったら、僕が、泣いてる誰かを、助ける側に回ってやるんだ! あの時の、女の人みたいに!

「僕は……僕は、正義の魔法少年だっ!!」

 そして……僕は、無力の現実を知る。
 魔女どころか、使い魔にすら追いつめられ、僕と沙紀はピンチに陥った。
 果物ナイフはへし折れ、タオルの鞭はボロボロになり、拳や足は、傷まみれだ。
 それでも……なお!

「諦めるもんかぁっ!! チクショーッ!!」

 家族を……沙紀を、姉さんを、これ以上、不条理な事で無くすなら、僕が死んだ方がマシだっ!!
 せめて、沙紀を、沙紀だけは、生かして……

 と……

「はっ、颯太を……颯太をいじめるなあああああああああああっ!!」
「なっ!?」
「お姉ちゃん!?」

 唐突に現れたお姉ちゃんが、僕の『兗州(えんしゅう)虎徹』を出鱈目に振りまわし、使い魔を蹴散らしながら魔女に迫る!!
 助けに来てくれた……のはいいが、はっきり言って、滅茶苦茶だ。
 魔法少女の膂力に頼った剣筋に、むしろ『兗州(えんしゅう)虎徹』のほうがよく折れないモノだと、感心する程のデタラメ剣法。
 当然……

「姉さん!」

 無数の攻撃が、姉さんに突き刺さる。だが……

「痛くない! 痛くない! 痛いの痛いのとんでけーっ!! うああああああああああああっ!!」
「っっっっっっ!!!???」

 それは、あたかも。
 はたから見て居れば、暴走するゾンビが、刀を振りまわして突進するような姿だった。
 痛いとか、痛くないとか、そんな問題ではない。肉体そのものが損壊しているのに、それを無理矢理修復しながら、突進して行っているのだ。
 確かに、姉さんは癒しの力を持っていた。だが……これは異常だ!

「ああああああああああっ!!」
「姉さん、姉さんやめて! もう魔女は死んでる、死んでるよ!!」
「ああああ……あ……あ……颯……太、沙紀。大丈夫、だった?」

 血ダルマになりながら、姉さんが僕たちに微笑む。
 その傷が、みるみる治って行く姿に……はじめて、僕は、この『魔法少女』という存在そのものに、違和感を抱いた。
 ……おかしい。何かが根本的に、おかしい!

「姉さんこそ、大丈夫なの!? おかしいよ、変だよ!」
「あ、ん……颯太。大丈夫よ。魔法少女はね、痛みなんて簡単に消せるんだから」
「間違ってるよ! 体が痛いってのは、そこが壊れてるってシグナルなんだよ!? それを無視して、あそこまで暴走できちゃうなんて……こんなの絶対おかしいよ!?」
「だって、ずっと颯太のダメージも、私が肩代わりしてきたんだもん。今更……」
「……待って、姉さん? 今、なんて言った?」

 僕の問いかけに、姉さんはしまった、という顔で目をそらす。

「だって……颯太が頑張る必要なんて、本当は無いんだから。せめてこのくらいは」
「ふざけないでよ! 僕は姉さんを助けるためにやってるんだ!」
「それほど痛いモノじゃないの。安心して、颯太。
 それに、颯太の動きって綺麗だから、ほとんど攻撃喰らってないし。保険みたいなものよ」
「それでも、何回かに一回は、不規則な魔女の攻撃を読めなくて、不意を打たれちゃってる……そうか、そういう事だったのか」
「……颯太。
 お姉ちゃん、正義の剣を振るう颯太の姿、好きよ?」
「好きとか嫌いとかの問題じゃない! これは、姉さんの命にかかわる話だっ!」

 今更ながらに……僕は、姉さんに守られていた事を悟る。
 馬鹿だ……僕は、努力して守る側に回っていた気になっていただけの、馬鹿だっ!

「……姉さん。もうすぐ、学校、夏休みだよね?」
「颯太?」

 決心と共に、僕は……姉さんに、ある事を告げた。



「GoGoGo!!」

 アメリカ、某所。
 とある民間軍事会社の訓練施設の中に、僕は、居た。
 大金を積み、訓練を受ける。
 インストラクターのおじさんたちは、流暢に英語を話して、日本円で大金を積む僕を前に、目を白黒させながらも一ヶ月間で教え込める、全てをレクチャーしてくれた。
 ライフル、ショットガン、ハンドガン、グレネードランチャー。更に、爆薬の取り扱いまで。
 一か月で学べる限りの、ありとあらゆる武器のレクチャーを、僕は受けた。

「ヘイ、ハヤタ。グッドだ」
「サンキュー、ミスターロバート」

 握手をかわそうとした白人の彼が、小手返しを仕掛けて来るのを……僕は、師匠から教わった柔術で、返し、答える。

「ははは、全く、これで13歳とはなぁ……末恐ろしいぜ」
「ありがとうございます。ミスターロバート」

 投げ落とした彼を立ち上がらせながら、僕は彼から引き続き、銃器のレクチャーを受ける。
 インストラクターの人たちは、最初、東洋人で子供の僕を馬鹿にしていたが……すぐに真剣に教えてくれるようになった。

「ハヤタ、またワンホールかい?」
「はい。でも、その……僕、オートよりもリボルバーのほうが好きですね」
「ガンマン気取りか? 多弾倉のオートのほうが、実戦じゃ有利だぞ」
「いえ、その……見ててください」

 そう言って、リボルバーを抜き、発砲。
 次に、オートを抜き、発砲。

「……ほら、リボルバーのほうが、何でか一発目が早いんです」
「大した差には思えんがなぁ……恐らく、グリップの問題だろう?」
「グリップ?」
「ハヤタ、君の手のサイズはまだ、発展途上なんだ。だから、並列弾倉(ダブルカラアム)の銃の握り込みが甘いんだろう。
 もう少し大きくなったら、オートの銃も扱いやすくなるようになるよ」
「はぁ、そうですか。もっとすぐ大きくならないかなぁ」

 溜息をつく。こればかりは仕方ない。努力と根性で、どうにかなる問題じゃないからだ。
 と……

「なあ、ハヤタ。こんな事を聞くのもなんだが……君は、何を生き急ごうとしているんだい?」
「家族を守りたいんです」
「平和なニホンでか?」
「はい。どうしても、必要な技術なんです」
「……いまいち分からんが……ハヤタ、うちはテロリストを養成するキャンプじゃないんだぞ?」
「とんでもない! 僕はテロリストなんかじゃありません」

 そう言い切る僕だが、ロバートさんは真剣な目で、僕を見ていた。

「……なあ、ハヤタ。
 最初、俺たちは、馬鹿な日本人のガキが、適当に興味本位で技術を習いに来たと思っていた。
 だから、普通に接してきた。つまり……訓練を厳しくすれば、金を置いて逃げ出すだろう、って。
 だが、お前の執念と才能は異常だ。もう一週間たつが、一か月で教えられる内容は、とっくに教え尽くしてお前はモノにしちまった。
 新記録どころじゃない。お前が天才なのは、この訓練施設の全員が知っている。
 だからこそな……ハヤタ。お前は一体、何者なんだ? どこかの国の、テロリストじゃないのか?
 みんな、疑い始めてるんだ」

 その言葉に、僕は下を向きながら……

「……すいません。
 僕はむしろ、テロリストじゃなくて……どちらかというと、テロリストを狩る側の人間なんです」
「カウンター・テロの人間だったのかい? 日本政府が? 君みたいなボーイを使って!?」
「政府は関係ありません。たまたま……たまたま、知ってしまったんです。
 そして、知ってしまったからには、見て見ぬふりが出来なかった。それだけなんです!」
「それだけで……お前は、大金を積んで、ここに来たってのかい?」
「はい! だから、もし、一週間で終わってしまったのだとしたら……もっと教えてください! 一か月まで、あと三週間あります!
 信じて頂けるのでしたら、もっと僕をしごいて、姉さんや沙紀を守るために、力を貸してください!」
「……とんだワガママ坊やだな」

 ロバートさんは、溜息をついた。

「なあ、ハヤタ。俺はお前を教えるに当たって標的をカボチャだと思え、と教えてきた。
 だがな……それは、テロリストに銃を向ける上での心得なんだ」
「はい、剣術を教えてくれた師匠も、そんな事いってました」
「そうだな。だがな、お前はまだ若い。幼いと言ってもいい。
 だからこそ、もうひとつ。
 『お前が銃口を向けようと決意するまでは』そいつは人間なんだ、って事も……どっかの片隅に憶えておいてくれ。
 そして、『それが分からない内は』、お前は人に銃を向けるべきじゃない。
 さもないと……苦しんで死ぬ事になるぞ、お前自身が」
「……はい、分かりました」

 父さんと母さんを殺したあの時。
 僕の体は、殆ど無意識に動いていた。
 だからこそ、ロバートさんの言葉の意味は、僕の心に、よくしみ込んだ。



「ただいま、沙紀!!」

 訓練でがっつり日焼けした僕を、沙紀は姉さんと一緒に喜んで迎えてくれた。
 さらに、姉さんとアメリカで仕入れた武器弾薬は、金庫のほうに収納出来た。

 とりあえず、税金関係でマルサの人が来ても、見つからないようになっているのは、ゼネコンのおっちゃんたちに感謝である。……何しろ、沙紀や姉さんにも言うに言えない、アメリカで仕入れた日本だと十八歳未満閲覧禁止の書物まで、収納できたのだから。

 つくづく、僕の周囲には、根性の悪い、でも暖かい大人たちに恵まれてるな、と思った。少なくとも、お金だけ奪って行こうとする大人とは違って、こう……何というか、全員が『自分を救いながら誰かのために』生きているのである。
 努力して、頑張って、金銭という対価を払えば、少なくとも彼らは、僕みたいな子供を真剣に見てくれる。師匠も、ゼネコンのおっちゃんも、訓練所のロバートさんも。
 『大人』って、こういう人たちの事を言うのだろうな、と……何となく思った。
 だからこそ……

『で、ですねぇ、政府の対応がですねぇ……』

 病室においてあるTVのコメンテーターの言葉に、不愉快を催して、僕はチャンネルを変えた。
 上から目線で偉そうな事グダグダ言うなら、まず自分から何かやってみろってんだ!

 あの佐倉神父にムカついてた理由も、今なら何と無く理解できた。
 彼は、口先だけで何もしちゃいなかった。
 彼の言葉は正しいかもしれない。じゃあ、その正しい言葉のために、あの神父様は、何を汗を流して血を流して実行したというのだ?
 挙句、佐倉杏子のような、世間に迷惑かけまくる魔法少女を生んで、何が『世界を救う正しい教え』だ……もし姉さんや沙紀が同じような事したら、僕はぶん殴ってでも止めるだろう。
 そんな、家族すら救えない奴に『世界を救う正しい事』なんて、口にする資格は無い!

 などと思っても、既に彼は佐倉杏子以外、一家心中で石の下だし。
 ついでに、僕だって父さんと母さんを殺してしまっているのだし……他に方法は、無かったのかと、今でも苦悩したりするが……結局、やっぱりどうにもならないものは、どうにもならないのだろう。

 と。

「お兄ちゃん? 大きくなった?」
「おう、アメリカ人のメシって、すげぇんだよ……量が半端ないからなー」

 というか、夜中に日本食が恋しくなって、厨房に忍び込んで料理作ってたら、いつの間にか訓練所のコックにスカウトされてしまったし。
 ……僕はケイシー・ライバックじゃないってのに、まったく……

「もう大丈夫だからな。沙紀も、姉さんも、僕がちゃんと守ってやる!!
 今日から、沙紀のお兄ちゃんは無敵だぞ」

 力瘤を叩いて、僕は沙紀の頭を撫でた。



 僕が戦い方を変えた事。さらに、魔女を狩る効率も、姉さんが一年前にとったペーパーのバイクの免許を使う決心をした事で、格段に効率があがっていた。
 ……何でも、頑張る僕を見てて、何か無いかと思ったらしい。
 ドンくさい姉さんにしては、きびきびと動かすバイクの後部座席に座りながら、最初、僕は面食らった。

「姉さん、最初、合宿で免許取った時、『私にはやっぱ乗り続けるの無理だ』とか、言ってなかったっけ?」
「あら、颯太が教えてくれたんじゃない? 『頑張れば何とかなる』って。颯太が訓練してる間、私だって遊んでたわけじゃないのよ?」
「むう、姉さんが大人だ」
「あら、私は御剣颯太のお姉さんなんだから、当然でしょ」

 さらっと微笑む姉さん。
 と……

「颯太、近いよ!」
「うん!」

 魔女の結界の中を、姉さんのバイクが使い魔を蹴散らして疾走しながら、僕は姉さんのソウルジェムから渡されたショットガンを、手にする。
 10番ゲージ……自動車のエンジンをぶち抜き、大型の猛獣すらも仕留めるスラッグ弾が、魔女を直撃。更に発砲、発砲、発砲。

「次っ!」

 続いて、アサルトライフル! SR-25……7.62mmNATO弾をバラまく。
 僕が発砲するその間も、姉さんは魔法少女の姿で、バイクを動かす手を緩めない。

 姉弟がバイクと共に一体となって、姉さんが魔力を付与したバイクで機動力を駆使しながら、僕が銃火器を連発。探索もバイクがある事によって、より効率的に巡回が可能。
 これが、今の僕たち姉弟の戦闘スタイルだった。

 そして響く、魔女の断末魔。落とされるグリーフシード。

「……ほんと、効率は良くなったわね。魔女も多いし、グリーフシード集め放題だわ。
 こんなご近所の、小さな縄張りなのに」
「感心してる場合じゃないよ、姉さん。魔女が多いって事は……」
「それだけ、犠牲者も増える、か……うん、『ご町内の魔法少女』として、頑張らないとね!」
「まあ、そうだけど……それ以上に、敵の魔法少女を、引きよせかねないって意味なんだけど」
「そん時は、私がこう言えばいいんじゃないの? 『たーすーけーてー、はーやーたー!』って」
「姉さん! ……全くもぉ」

 何というか。
 魔女を狩る事に関しては執念を見せても、魔法少女同士の諍いにはとんと興味を示さない姉さんに、僕は呆れ果てた。

「だってさ。私と颯太がいなくなっても、この縄張りの魔女たちを綺麗にしてくれるんだよ? それなら歓迎すべきじゃない」
「姉さんさぁ? 自分が生き延びるためのグリーフシード集めくらい、考えようよ?
 それに、僕らより戦闘に長けてるわけじゃないかもしれないし、佐倉杏子みたいな魔法少女に渡ったら最悪だろ?」
「だって、そんな魔法少女、颯太君が許さないでしょ?」
「感情的なモノと、実力は全く別だ、って言ってるの。今の僕でも、佐倉杏子を倒せるかどうかは……2:8だね」
「8が颯太?」
「2が僕だよ! 8が佐倉杏子! しかも、トラップまみれの『僕らの縄張りの中で』っていう前提条件付き!
 ……正直、強くなればなるほど、魔法少女の強さって、底が知れないなって思えてくるよ」
「あら、お姉ちゃんも魔法少女だよ?」
「お姉ちゃんは対魔女支援特化型だからでしょ? ……単純に戦闘型の魔法少女は、ほんと怖いよ」

 偽らざる事実である。
 過去、何度か縄張りを狙って遭遇した魔法少女の動きが、本当にありえない動きをしてくるから恐ろしい。
 ……まあ、素人技丸出しで突っ込んでくるのは、色々とありがたいんだけど、僕自身の体の動きが、現実の武道武術やマーシャルアーツの枠にとらわれちゃっているからこそ、その枠を超えた動きに、対処が困難だったりする場面も多々あったりするのだ。
 要するに……

「実戦不足、か……」

 溜息をつきながら、僕は天を仰いだ。



「旅行に行きましょう♪」

 そんな風に闘いを続けてた、ある日。
 姉さんが僕に、突拍子もない事を言った。

「え、どこにさ? ……都内?」
「違うわよ、温泉。当たったのよ! ほら」

 そういって、チケットをひらひらさせる姉さん。
 ……いいのかなぁ?

「沙紀の面倒とか、気にしようよ? 最近、良くなってきたんだろ?
 旅行より、そろそろ退院の手続きとか、取るべきじゃないのか?」

 と……

「んふふふ、そうね。旅行から帰ったら、そうしましょ」
「……何か企んでるでしょ、姉さん?」
「あら、私は何も考えてないわよ? ほほほほほ」

 あからさまに何か企んでる風だったが……まあいい、引っかかってあげるのも、僕の務めだ。

「で、どこに行くの?」
「●●県某市。温泉街で有名なアソコ」
「はいはい、あそこねー」

 何の気なしに返事をした僕だったが……そこが、姉さんの死地になるとは。そして、あの悲劇の引き金になるとは、この時、思ってもいなかったのである。



「……何事?」

 宿について、暫くのんびりしていた僕は、異様な気配を感じて絶句した。

「颯太!」
「姉さん、どうした!?」

 いつもの服に着替えた姉さんは、その姿のまま僕に迫ってきた。

「キュゥべえに聞いたの! ワルプルギスの夜っていう、超巨大な魔女が出るんですって!」
「なんだって!?」
「私が聞いた限り、最悪の魔女、よ。今すぐ戦闘準備!」
「了解……あ、でも武装が!」
「今ある武器で、何とかして! お願い、颯太!」
「……くっ! 敵は待っちゃくれねぇ、ってか、上等だ!」

 と……

「お客さん、逃げてください!!」
「!?」

 この旅館の娘さんで、仲居さんをしている女の子が、部屋の扉を開けて現れる。
 というか……

「ソウルジェム……あんた、魔法少女なのか!?」
「えっ!? あなたたちは、一体何者なんです!?」
「いや、ただの客なんだけど……姉さん」
「うん!」

 そう言って、変身する姉さん。

「すごい偶然なんだけど。
 私も、魔法少女なの。このへん一体の魔法少女を集めて、ワルプルギスの夜を食いとめましょう! 私も颯太も協力します!」
「無理です……縄張りとして美味しく無いこのへんには、魔法少女は私くらいしかいないんです!
 だから、可能な限り、街の人たちを避難をさせて、この街から、撤退する事にしました」
「ちょっと待てよ! お前、まだ諦めるのは早いだろ!」
「人間の、まして、他所者のあなたには関係ありません! 逃げてください!」
「魔法少女や魔法少年が、そう簡単に魔女相手に背中見せて逃げられるかよ! 姉さん!」
「うん、颯太!」

 そう言って、姉さんに変身させてもらう。

「……あなたは!? いえ、あなたたちは、何者なんですか!?」
「通りすがりの、魔法少女と魔法少年だ! アバヨ!」

 そう言って、僕と姉さんは、外に駆け出した。



「っ!! こっ……こいつぁ……」
「は、颯太……」

 まず、その存在感に、威圧され、圧倒される。
 ……甘かった。誤算だった。僕も、姉さんも、逃げるべきだった。
 これは、十分な下準備も無しに挑んでいい相手ではない。今すぐ逃げるべきだ。

 だが……

「颯太、喰いとめましょう」
「姉さん、無茶だ!」
「魔女の捕獲は、私の十八番よ。私が捕まえる、そして逃げ遅れた人たちを、颯太が逃がして!
 ……お願い、私の魔法少年! 逃げ遅れた街の人たちを救って!」
「……いつもの通り、ってワケか! しょうがない、やるだけやるさ!!」

 そして……絶望的な撤退戦が始まった。
 姉さんの『檻』をぶち壊しては、暴れ回るワルプルギスの夜。はっきり言って、そこらの魔女とは桁が違ってた。

「っ……くそおおおっ!!」 

 目の前でワルプルギスの夜に潰されて行く人たちに、歯噛みと涙を流しながら、それでも俺はRPG-7のHEAT弾頭をぶっ放し続ける。
 モンロー効果によって、300ミリの鋼板を穿ち抜くロケット弾の直撃を喰らいながらも、全く効果が無い。
 救えない。
 誰ひとりとして、僕は救えない。
 何が正義の味方だ、何が魔法少年だ。

「っ……」

 何度目かの姉さんの『檻』に囚われて、ぶち破るまでの僅かな時間。
 泣いていた一人の男の子を掻っ攫い、僕は、比較的安全な所まで運んだ。

「後ろを向くな! 走れっ!! 坊主っ!!」

 尻を蹴飛ばし、追い立てる。
 結局、何十人、何百人と見捨てて、助けられたのは一人。
 それが、御剣颯太と、御剣冴子のコンビの限界だった。

 ガキィィィィィッ!! と……轟音と共に、何度目か……姉さんの『檻』が壊れる。

「颯太!」
「行かせねぇ……これ以上、行かせてたまるかぁぁぁぁぁ!!」

 姉さんから渡されたアーウェン37……暴徒鎮圧用の連発式グレネードランチャーの引き金を引き、炸裂弾を連発しながら、僕は絶叫と共に、ワルプルギスの夜相手に、絶望的な撤退戦闘を姉さんと戦い抜いた。



「姉さん……大丈夫?」
「颯太……生きてる?」

 ありとあらゆるモノが破壊し尽くされた中で。
 僕と姉さんは、大の字に横たわりながら、それでも互いの無事を笑いあっていた。

「結局、滅茶苦茶になっちゃったね……」
「逃げとけばよかったな……ホント。骨折り損だよ……」

 耳の奥には、助けられなかった人達の絶叫と悲鳴、そして人体が物理的に潰れる断末魔の音。
 ……正直、心が折れそうだった。だが。

「姉さん、生きてて、良かった」
「うん、颯太も生きてて、よかった……あぐぅっ!!!」

 唐突に。
 苦しみ出した姉さんが、ソウルジェムに収めてあった武器やお金を撒き散らし、その場でごろごろと転がり始める。

「なっ、どっ、どうしたの、姉さん!!」
「わっ、わかんない……颯太……逃げて……わかんないけど……何か……あっ、ぐ……ああああああああああああああああああっ!!!」
「姉さん、姉さん、しっかりしてよ! 姉さんっ!!」
「っああっ、ぐああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 そして……黒い閃光が、姉さんのソウルジェムからほとばしり、黒い煙のような『何か』を生み出し始める。
 ……いや、それは、よく、見覚えのある……

「……魔女……まさか!!」

 考えるより先に。
 僕は、姉さんが撒き散らしたRPG-7の発射筒を手に、転がってたHEAT弾頭をセットしていた。
 意思より先に。
 訓練を受けた体は、反射的に動いて、RPG-7を構える。
 照準の先には、何か、燃え立つ業火のような車輪の中心に、人間の顔をのぞかせた魔女の姿。

「ちくしょう!! 姉さんを苦しめたのはお前かっ!!」

 戦闘続行。
 僕は散らばった武器弾薬を全て、その魔女に叩きこむが……その魔女の攻撃は狡猾で、僕を攻撃しながらも『落ちてる武器を狙うかのように』車輪で引き潰されていった。
 なんというか……『僕の闘い方を、知ってるような』強敵だった。
 だが……最後に拾ったのは、奇しくも……

「トドメだあっ!!」

 最初の魔法少年だった頃の武器。
 『兗州(えんしゅう)虎徹』の一撃を最後に、魔女はグリーフシードを残して、消滅した。

「もう大丈夫だよ。姉さん……姉さん?」

 既に……姉さんは、動かなくなっていた。
 服も、普段着に変化しており……魔法少女の姿では、なくなっていた。
 いや、それは人間ですら無い。人間であったという物体。
 ワルプルギスの夜が暴れた後に残っていた『モノ』と同じ存在……つまり……死体。

「……冗談はやめてくれよ。
 魔女は倒しただろう? ワルプルギスの夜からだって、逃げられただろう!?
 なのに……なのに、何で死んじゃうんだよ!!」

 と……

『何を言ってるんだい、御剣颯太。君のお姉さんは、今、君が殺しちゃったじゃないか?』
「……キュゥ、べえ? なんで見えるんだよ? 僕は今、ソウルジェムを持ってないんだぞ?」

 この騒動の元凶。
 妖怪じみた物言いに胡散臭さを感じ、俺は姉さんと一緒にいるときも、極力こいつを近づけなかった。

『今回は、特別に君にも見えるように調整したのさ。大事な話があるからね』
「大事な話、だと?」
『うん。不思議なんだけどね。
 君の抱え込む『因果の総量』は、君が『魔法少年』を始めてから今日まで、ずっと原因不明の増大の一途をたどっているんだ』
「因果、だと? ……そういや、姉さんが言ってた『エントロピー』って、何だよ?」
『君たち人類が持つ感情エネルギーの熱量、と言ってもいいかな。
 僕たちインキュベーターは、その熱量を回収することで、宇宙の死を延ばそうとしているのさ』
「宇宙の死? ……ああ、熱量保存の法則かよ。 『宇宙が死ぬ』ってのは、冷えて動かなくなるって意味か?
 そいつを回避するために、『人間の感情』ってモンが必要だって事か?
 ……だったら、何だってんだよ?」
『うん。君の背負った因果の総量を省みるに、僕らとしては、特例として君と契約したいと思ってるんだ』
「……契約、だと?」
『うん。僕と契約して、魔法少年になってよ?』

 脳天気な笑顔……否、こいつは表情を変えることはない。
 ただ、角度の問題でそう見えるだけ。だからこそ。

「……一つ聞かせろよ。『姉さんを俺が殺した』って……何なんだよ?」
「正確には、『魔女になった君のお姉さんを、君が殺した』って事かな?
 そんな事より、僕と契約を」
「……説明しろ。キュゥべえ。どういう理屈だ!?」

 はらわたが煮える。ヘドが出そうになる。だが……ここは、あえて血は腹に留め、頭には上らせてはいけない。
 少なくとも『コイツを相手にしている時は』そうしてはいけない。直感的に、そう思っていた。

「今の君には、無意味な事だよ。共に宇宙の未来を見据えて、僕と契約すべきだ。
 君が望めば、死んでしまった君の姉さんだって帰って来ると思うよ?」

 その言葉に、一瞬、揺れる。だが……

「契約には説明の義務があるぞ、キュゥべえ」

 漠然と、思っていた。
 魔法少女には……コイツには、何か人間とは別の、おぞましい理屈が存在している、と。
 それは……あたかも佐倉神父の胡散臭さであり、TVで肩書だけで偉そうな事を言うコメント屋以外仕事の無い大学教授や、インチキ臭いダイエット商品の通販番組と同列の匂い。
 『ペテン屋』……俺がそう呼ぶ、自分にだけ都合よく、無知な者を騙して嘲笑い、己の利益のためだけに奔走する者。
 某漫画的に言うなら……『吐き気のする悪の匂い』。

『……ふぅ。
 君としても、これはチャンスなのになぁ。僕らインキュベーターが……』
「『説明をしろ』と……俺は言ったんだが? 聞こえてないのか?」
『了解、分かったよ。魔法少女が、ソウルジェムの穢れを限界までため込んだ時、それは魔女を生み出すんだ』
「つまり、あれは……俺が殺した魔女は、姉さんだったってのか!?」
『正確には、『御剣冴子が生み出した魔女』って所だけど……まあ、その解釈で大きな間違いはないよ』
「っ!!!!!!!」

 煮えくりかえる腸が沸点を超え、俺は……『キレ』た。
 消す。
 こいつは……インキュベーターは『消す』。ありとあらゆる手段を用いても。障害となる存在全てを排除し、『コイツを消す』。
 そのためには、俺自身も何も、世界がどうなろうが、構うものか。
 自分でも『壊れた』と自覚する程の、うすら笑いを浮かべ、俺はインキュベーターに向き直る。

『……どうやら、冷静になってくれたようだね。御剣颯太』
「ああ。確かにな……『冷静にはなったよ』。
 そんでな……願いも、今、決まった」
『そうかい? さあ、御剣颯太。有史以来、初の魔法少年の誕生だ!
 君の願いは、僕らインキュベーターとしても実に興味深いモノだよ』
「ああ、そうかい? じゃあ、聞いて驚くな?
 俺の願いはな……『全てのインキュベーターを消し去りたい。過去、未来、宇宙。ありとあらゆる並行世界の時間軸や異次元その他全て含めて! それら世界に、お前らインキュベーターが存在していたという、歴史的事実の後欠片も無く、全てだっ!!』」
『!!!???』

 流石に、一瞬、パニックになるインキュベーター。

「どうした? 宇宙がどーだとか偉そうな寝言をのたまう割には、自分自身に災難が降りかかってみりゃ、尻ごみか?
 叶えてみせろよ? やってみせろよ? 宇宙のためだどーだなんて、他人嵌めながら笑って寝言ヌカすんだったら、まず手前ぇから先に死んで見せるくらいの覚悟見せろやぁっ!」
『御剣颯太、君の願いは、途方も無さ過ぎる。それは僕らインキュベーターに対する反逆どころじゃない、因果律そのものに対する反逆だ!』
「知った事かよボケ。第一テメーら何様だよ?
 ああ、確かに姉さんはおめーと傭兵契約みてーな事を結んだよ! そんで大金手にして、俺も沙紀も救われたよ!
 傭兵の仕事ってのは『死ぬ事まで含まれる』以上、どんな死に様さらそうが、そりゃ自業自得ってモンだ! 『二束三文の端金で、好きこのんで鉄火場に首突っ込む』連中に、ジュネーブ条約は適用されねぇからな。そういう意味じゃ、姉さんの死に方は『死に方としちゃあ間違っちゃいねぇ』よ!
 ……でもな、それをお前は一言でも口にしたか?
 契約に当たる前に、まず必要事項の説明ってモンがあるべきなんじゃねぇのか?
 それをしないってのはな、人間の間じゃ詐欺って言うんだよ!」
『酷い言い方だね、御剣颯太。僕はちゃんと『魔女を倒す魔法少女』をしてほしい、って説明したよ?
 第一、僕らインキュベーターが、人類の商習慣にまで付き合う義理は無いよ?』
「そんじゃなおさら、テメーらのそれは、人間の視点じゃ『契約』たぁ言わねぇよ。詐欺っつーんだ詐欺!」
『……少なくとも、僕らは君ら人類に対して、家畜よりは誠意を持って接しているつもりなんだけどね』
「家畜……だと?」

 腸が煮える。それが頭を余計にクールに回す。

「本音はソコじゃねぇか。テメーは要するに、俺や姉さん含めた人間様全部舐めてんだよ。ふざけんじゃねぇ!」
「何を言うんだい。人類がこれだけ発展してきたのは、僕らインキュベーターが居たからこそなんだ。
 僕らと人類は、共存と共栄の関係なんだ。
 見せてあげるよ。僕らインキュベーターが、魔法少女と作り上げてきた、『人類の歴史』を……」

 そう言って……俺は、インキュベーターと魔法少女の歴史を見せられる。
 驚いた事に、ありとあらゆる場所で……インキュベーターと魔法少女が、歴史に関わっていた。
 だが……

『……どうだい、御剣颯太。
 あの状況で、僕らを驚かせる程の提案をする、君ほどの知性の持ち主なら、僕らインキュベーターが人類と共に発展してきた意味を、理解できるだろう?
 君なら分かるはずだ。必要な犠牲というのは、どこにだって産まれてしまうという事を』
「ああ、理解はしたぜ? だからこそ、『俺の願いは変わらない!』」
『!?』
「お前の語った歴史は、確かに一面の真実なのかもしれん! お前の言ってる事が嘘かどうかはともかく、人間は身勝手でワガママで滅茶苦茶な生き物だ。
 だが、お前が語って見せたのは『魔法少女の視点』の歴史であって、人類全ての歴史じゃねぇ!
 ……いいか、よーっく聞けインキュベーター!
 魔法少女が……『女』が魔法と祈りで『奇跡』を起こすってんならなぁ!
 魔法少年は……『男』はなぁ、努力と根性で『奇跡』を起こして見せンだよ!!」

 それは、俺の叫び。
 ……俺が今まで、姉さんと共に闘い抜いた、俺の魂の叫びだった。

『僕と契約しなければ、君はただの人間のままだよ? それは現実的な判断じゃない』
「その人間様に『寄生してる寄生虫』が、偉そうな寝言吐いてんじゃねぇよ!
 ……それに、ちゃーんと俺は、願いを言ったはずだぜ?
 『全てのインキュベーターを消し去りたい。過去、未来、宇宙。ありとあらゆる並行世界の時間軸や異次元その他全て含めて! お前らインキュベーターが存在していたという、歴史的事実の後欠片も無く、全てだっ!!』」
『……仮に、君がそんな願いをかなえたとしたら、人類は穴倉で生活する事に……』
「なるわけねぇだろ?
 ……男ナメてんじゃねぇよ!
 誰かを守るために生きて、必死んなって闘ってる男を、舐めてんじゃねぇよ!
 ……たしかに、世界は今と変わっちまうかもしんねぇ……だが『それだけ』だ!
 男が女子供を守って汗水流して働いて血ぃ流すのは、人間様が北京原人やってた頃からゼッテェ変わんネェ理屈なんだよ!
 そいつを忘れない限り……誰かを守るって思いがある限り、男ならいくらだって奇跡なんざぁ引っ張り込んで来れるんだ!
 ……知ってっか? 人間の遺伝子はヨ、男の方が生まれる確率高いんだぜ? つまり、生物学的に男の仕事ってのは『誰かを守って死ぬ事』までハナッから含まれてるんだ! 『必要な犠牲』なんて、とっくに自前で用意されてんだよ!
 人間様はな……人類はなぁ『女だけでも男だけでも出来ちゃイネェ』んだよ!! 一方的にモノ見て寝言クレてんじゃねぇ!!」
『……御剣颯太……君は……本当に、何者なんだい?』
「ダタの男だよ、馬鹿野郎。家族ひとつ満足に守り切れない……タダの男だ!
 ……消えな、インキュベーター。
 そいつを叶えるつもりが無い限り、テメーに用は無ぇ……沙紀にも、誰にも……少なくとも、俺の身の回りに、二度と近づくな!! ……ああ、お前が『宇宙のために、全インキュベーターと引き換えに、俺と道連れで構わない』ってんなら、上等だ。俺が……『魔法少年たる御剣颯太』が、地獄の底まで、お前らインキュベーター共と、いっっっくらでも付き合ってやンぜ?」
『……わかったよ。人も来たし今は消える。
 でも、二度と近づかないって保障は無理だけどね。君が察した通り、魔法少女が居る以上、僕らはどこにでもいる。
 ……本当に、人間は……ワケが分からないよ』

 そして……インキュベーターは俺の前から、立ち去っていった。
 ……後には……

「姉さん……姉さん……うわああああああああああああああああああああああああっ!!」

 姉さんの亡骸……そして、グリーフシードを握りしめ。俺は絶叫した。

「おい、生存者がいたぞ!」
「奇跡だ……」

 そして……警察や消防、自衛隊の人たちが、僕たちを取り囲む。

「こっちは……」
「無理だ、既に」
「触るなぁ!!
 ……闘ったんだ! 姉さんは俺と必至に闘ったんだ!
 後からノコノコやってきたお前らに、姉さんに触る権利なんてねぇ! 触るなぁ! 姉さんに触るなあああああああああああああ!!」
「落ち着け! 坊や!」
「こんな大けがで……凄い力だ……鎮静剤っ!」
「はいっ!!」

 大勢の大人に取り押さえられ。
 首筋に走った痛みと共に、俺は意識を手放した。



「……………」

 被災地の病院で。
 俺はベッドの中で目を覚ました。
 ……手の中には、『姉さんだったモノ』のグリーフシード。
 それと……

「気付いたようね……それ、幾らはがそうとしても、握り込み過ぎて、はなしてくれなかったのよ」
「なんで僕の刀が、ここにあるんですか?」

 立てかけてある『兗州(えんしゅう)虎徹』……間違い無く、俺の愛刀だった。

「警察の人が、持ってきてくれたの。……御剣颯太君。君って、一部の人には有名人みたいね?
 『西方慶二郎、最後の弟子』……彼の晩年を救った天才少年剣士だって、絶賛してたわよ?」
「……師匠の事、知ってるんですか?」
「私は知らないわ? 警察の人に聞いて」

 そう言って、看護婦さんは、立ち去っていった。



「あなたたちは……」

 翌日、やってきたのは……警察の人、それと、自衛隊の人に、消防の人。
 いずれも、師匠の葬式で、見た事のある人たちだった。

「御剣君。
 君は……君とお姉さんは、たまたま居合わせた災害現場で、必死になって救助をしていたそうだね?」
「……どうして、それを?」
「彼がね、どうしても、君に会いたいって……彼の証言の特徴や、被害状況からピンと来たんだ」

 そう言って、俺の前に現れたのは……あの時、尻を蹴飛ばした、小学生以下の男の子。

「……あの……ありがとう、ございました」
「っ!!!!!!」

 違う。彼に感謝される筋合いはない。

「違うんだ、ぼうや。
 俺が……俺が、本当に守りたかったのは……姉さんだったハズなんだ。
 ……だから、間違ってるんだよ……こんなの、絶対おかしいんだよ!」
「御剣君……」

 歯を食いしばる。警察の人に、色々、師匠の事とか、聞きたい事はあった。
 だが……

「皆さん……行ってください」
「御剣君?」
「まだ、被災地で生きてるかもしれない人は、いるはずだ!
 俺はこのとおりのザマです。でも、皆さんは動けます! だから……一人でも多く『生きれるかもしれない』人を助けてくれよ!
 ……それが、姉さんの望みでしたから……お願いします!」
「っ……君は……!!」
「動いてくれよ! 今、動けない俺なんかに構うより、もっと苦しんでる人を助けてくれよ!
 皆さん、自衛官で、警察官で、消防の人だろーが!? 後からでも何でもいい! 助けてくれよ、助けてやってくれよ! 頼むよ……取り返しがつかないなら『取り返しがつくモノくらい』救ってくれよ……頼むよ……お願いだよ……見捨てて行ってくれ……救いたかったモノを救えなかった俺なんて……」

 俺の言葉に、全員が敬礼をし、そして部屋を去っていく。

 それが……俺が、『正義の味方』として吐きだした、最後の言葉だった。



「……申請書、か……」

 何でも。
 俺が、姉さんのボディーガードみたいな事をしてた事は、バレてたらしく。
 さらに、師匠のネットワークから、例の刀鍛冶の人のところまで、警察にバレ。……でも、『西方さんなら仕方ない』みたいなノリで、特別な使用許可をもらえる推薦書とかを出したそーな。
 ……無論、警察にある程度協力する(刃物を使った実験等)事が、前提になってしまったが、まあ、ささいな問題だ。

 ……本当に、何者だったんだろうか、師匠?
 後で知った警察の人曰く、『恩も恨みも買いまくってる人』だったそうだが。……まあ、『悪い大人』だった事は、間違いは無いしなぁ。

「さて、と……」

 見滝原に帰る、電車の中。
 姉さんの骨壷とグリーフシード、それに諸々の荷物を抱えながら、俺は電車から流れる光景を、呆然とながめていた。

「『正義の味方』なんて、廃業だな……」

 少なくとも。
 魔女と魔法少女の理屈を知って以降。俺はこんな世界に、積極的に関わる気は、失せていた。
 理由も無い。その動機も無い。
 きっと、インキュベーターは、哀れな魔法少女を量産するつもりなんだろうが……正味、俺には『どうでもよかった』。
 ただ、残された沙紀と、俺と……二人で静かに暮らせれば、それでいい。
 奇跡も魔法も、クソクラエだった。
 幸い、姉さんが残してくれた遺産の殆どは、金庫の中だ。
 ただの御剣颯太として……今度こそ、剣の世界から身を引き、和菓子を作って、沙紀の笑顔だけのために生きよう。
 穏やかに、二人で暮らす。沙紀のために、どうしても必要な時だけ、俺が剣を握ればいい。

『見滝原~見滝原~』

 駅を降りる。
 荷物を抱えながら、痛む体を何とか動かして……限界を悟り、俺はタクシーを駅前で拾う。

「……!?」

 家に、だれかいる。
 不審に思い、玄関を開けると……

「お帰り、お兄ちゃん♪」
「さっ、沙紀?」

 そこに、予想だにしない、沙紀の姿があった。
 そして……

「あのね……えいっ♪」

 恐ろしい事に……沙紀は、その場で『変身』してのけた。

「えへへー、お兄ちゃん! 私も、お姉ちゃんと一緒の、『魔法少女になったの♪』
 お姉ちゃんの事は、残念だったけど……今度から、私がお姉ちゃんの代わりに……お兄ちゃん?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」



 どうやら、正義の味方を辞める事は出来たとしても。……魔法少年は……終われそうに、無かった。



[27923] 幕間:「ボーイ・ミーツ・ボーイ……上条恭介の場合 その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/04 08:52
 豪快な人だな。

 最初に、僕……上条恭介が、御剣颯太という人物に抱いた印象は、そんな感じだった。
 ただ、彼自身、自分の事を『芸術と縁の無い無骨者』と言っていたが、少なくとも話をした印象では、僕のバイオリンを『分からない』人では無さそうだな、ということ。
 ……少なくとも、僕を『バイオリンの天才少年』などと褒めそやし、何も知らず訳知り顔で近づいてくる大人たちとは、確かに違って。
 その目には、確かに『僕のバイオリンに対する』本当の敬意が浮かんでいた。

 おそらく、彼自身の言動と口調から察するに、粗野ではあっても感性そのものが鈍いわけではない。
 きっと、彼の人生の中で、楽器や音楽に触れる機会が無かっただけなのだろう。もし、彼が、彼自身の感性をもってバイオリニストを目指したら、意外とイイ線まで行くのではないか?

 そう思えたからこそ。
 また、さやかとその友人を、窮地から救ってくれた恩もあり。
 こうして僕は、僕のファンだという、彼の妹のマシンガントークに付き合い……

「上条さん、私と付き合ってください!!」
「……え!?」

 ……流石に、付き合いきれそうに、無かった。



 結局、彼はこっちが恐縮しそうな程の勢いで、その場で妹を叱りつけて拳骨を降らせ……ついでに、僕の直観が、そう外れたモノでは無いという経歴の話まで漏らし、僕の前を固辞していった。
 ……多分、苦労してる人なんだろうな。あの妹さんの事含めて、色々と。
 言葉の端々に滲む印象は、どちらかというと僕の周囲に居る父さんや母さんも含めた大人たちとは違い……そう、何というか、昔、小学校の頃の社会科見学で、仕事場を説明をしてくれた工場のオジサンたちに近いモノがあった。
 それだけに……少々、『勿体ないな』という思いがあった。きっと、僕と近しい年齢ではあっても、僕とは遥かに違う厳しい環境に生きてきた人なのだろう。
 ……それだけに。
 彼の人生を否定するつもりは無いものの、彼の『感性』は未熟ながら一個のバイオリニストとして、『惜しい』と不遜ながら思ってしまった。
 少なくとも、僕は……彼は元々『真っ直ぐに人を見る事が出来る人』だと思った。
 だが、環境が悪かったのか星の巡りが悪かったのか。彼は楽器や音楽のような『自分を表現する手段』とは巡り合う事も無く、あそこまで行ってしまったのではないか?

「悪い人じゃ、無いと思うんだけどなぁ」
「うん……結構、いい人、だと思うんだけどね……」

 病室で、さやかが何か、影のある顔をしていた。

「ん? どうしたんだい、さやか」
「あのね、さっき不良に絡まれた話って、結局、調子に乗ってた、あたしが原因だったりするの。
 そこを、あの人が救ってくれたんだけど……『何考えてんだ』って、思いっきり怒られちゃって顔ひっぱたかれちゃって」
「そりゃあ、怒られるよ。アタリマエじゃないか」

 先程の、妹さんに対しての御剣さんの説教を思い出す。
 彼は、言葉よりも行動で示すタイプなのだろう。だからこそ、誰よりも厳しく映るのに違いない。
 ……少なくとも、僕が事故で入院するまで、僕の身の回りに近寄ってきた、上辺だけ礼儀正しい『大人』とは違う。ちゃんと男らしく筋を通す、本当に真面目な人なんだろうな、とは思った。

「……うん。そうだよね。
 でもさ、それまで、あの人の事、悪い噂しか聞いてなかったから……ちょっと迷ってんだ。
 ねえ、恭介。あなたは、彼の事……どう思った?」
「誤解はされやすいのかもしれないけど。多分、さやかは間違ってないと思うよ?」

 僕とさやかは、幼馴染だからこそ。
 こうして、共通する見解もまた、多いのかもしれない。

「……うん、そうだね。
 あのさ、ちょっと……無理かもしれないけど、あの人に頼みごとがあってさ。
 さっき、ちょっとその話したんだけど……もういっぺん、謝って、お願いして来ようかって思うんだ」
「うん、行っておいで。多分、本気で頭を下げてお願いすれば、話を聞いてくれない人じゃないと思うから。
 ……さやかが彼に、何をお願いするのか知らないけど、断るなら断るなりの理由も、ちゃんとあるだろうし」
「あははははは、恭介ってさ、やっぱバイオリンとかやってるからかな? 芸術肌でカンとか鋭いよね」
「そう……かな?」
「そうだよ。
 大人しい顔して、さらっと本質を突いた、ドキッとするような事、たまに言うじゃない。
 大人たちや男友達の前では、大人しく猫かぶってるけどさ。
 ……なのに、なんで……」
「?」
「……ううん、何でも無い、行ってくるね! あ、ついでに花瓶の水、かえてくるよ」

 ふと。
 僕はそこで、さやかに助け舟を出す事にした。

「だったら、この花瓶と花、御剣さんの病室に持っていってあげて。
 そんで『気にして無い』って、伝えてくれないかな?」
「あ、うん。……ありがと、恭介」

 そう言って、さやかは僕の病室から、花瓶を持って、出ていった。



 そして……

 ガシャン!!

「……さやか?」

 何かが落ちて、割れれる音。
 僕が何とかベッドから身を起こし、松葉杖をつきながら、病室の外に出ると……案の定、御剣さんの妹とさやかが、割れた花瓶の掃除をしていた。

「さやかぁ……」

 僕は溜息をついた。

「あっ、ごっ、ごめんね、恭介。手をすべらしちゃった……」
「おい、ナースセンターからモップ借りてきた……あ、さっきはどうも、すンませんでした、お見苦しい所を」

 そこにモップを持ってやってくる、御剣さん。
 まったく……

「手伝いますよ」

 そそっかしいさやかに割れモノを持たせてしまった責任感から、そう名乗り出たが……

「いや、結構です。ってぇか、その体じゃ無理ですって。それに、すぐ片づけますんで」
「うん。ちょっと恭介はどいてて」

 そう言って、さやかと御剣さんは、割れた花瓶と花を、手際良く片づけて行く。……というか、御剣さんの手際は、どこか手慣れた感じがした。
 ……きっと、あの妹さんが、料理の皿とか割っちゃったりしてるのを、片づけたりしてるんだろうなぁ……
 さやかと比べても、片づけの手際の悪い妹さんと見比べて、何と無くそんな光景が脳裡に浮かんだ。

「すいません。さやかがご迷惑を」
「いや、なに、こっちのほうこそ、ウチの沙紀が迷惑かけまして」

 何となく、奇妙なシンパシーを感じながらも、彼らが……さやかも沙紀ちゃんも含めて、どこか思いつめた表情をしてるのは、気のせいだろうか?

「さて、と。
 すんません。こいつとちょいと話があるので……貸してもらってよろしいですかね?」
「さやかと? ええ、彼女も御剣さんに、話があったそうなので、よろしくお願いします。
 ……あ、モップ。ナースセンターに帰しておきましょうか?」
「えっ……いや、その体で」

 彼が、辞退しようとした時。

「恭介。お願い」

 真剣な表情で、さやかが僕に、立て懸けて置いたモップを、押し付けてきた。
 ……余程、大切な内容らしい。

「うん、わかったよ、さやか。
 ……じゃあ、御剣さん。これ、僕が返しておきますね」

 そう言って、杖をついてないほうの手で、モップをしっかり握る。……きっとこうでもしないと、彼は僕を気遣ってしまうだろうから。

「……すいません。お手数おかけします。
 行くぞ、沙紀」
「うん」

 そう言って御剣さんは僕に頭を下げて。
 ……さやかも含めた三人は、屋上へと上がっていった。



 ドカン!!

「!?」

 ナースセンターにモップを返している間。
 屋上から、ハンマーを岩に叩きつけたような音が聞こえ、僕も含めて敏感な何人かが、上……天井を向く。

 ドカン!!

 間を開けて、さらに、もう一発。
 患者の人たちはみんな、結局気にも留めないが、何人かのナースの人が、懐中電灯を手に階段を上がっていった。

「……何が、あったんでしょうか?」
「さあ? 今、見に行ってますけど……隕石でも落ちたみたいな音でしたね?」

 そういえば、御剣さん、病室に戻っているのだろうか?
 少し話をしてみたいと思ったのだが、病室にもおらず、屋上を見に行った看護婦さんたちに見つかった様子も無い。
 ……という事は、まだ屋上に隠れて……いや、ひょっとして、別の非常階段あたりから逃げたのかな?

「……変な事に、なってなければいいけど……」

 かっとなったさやかは、時々、僕も予想のつかない行動に出るからなぁ。……御剣さんに、また、迷惑かけてなければいいのだが。



「……ふわぁぁぁぁぁ……」

 翌朝。
 何かの悲鳴を聞いたような気がして、やけに早く目が覚めてしまった僕は、ふと気になって、隣の御剣さんの病室へと向かった。
 ……やっぱり居ない。でも……昨日の夜に戻ってはいたみたいだな。
 起きぬけに乱れたままのベッドの様子からして、僕より早く起きて、病室から抜け出したのだろう。
 恐らく、病院内のどこかに居るはずだ。

「……今日で、退院、か」

 長かったような、短かったような、入院生活。
 おそらく、二度とココに来る事は無いだろう。……そう願いたい。
 だからこそ、僕は朝食を取って退院するまでの時間を、無駄にするべきではないと思い、病院の記憶を留めておくべく、散策する事にした。



「……?」

 微かに聞こえた風斬り音に、僕は足を止める。
 おそらくは、誰も気づかない。
 バイオリニストの『耳』を持つ僕だからこそ気付けた音……否、『音』というより、違和感といってもいいレベルの気配。
 そんなモノに気付いて、僕は屋上へと足を向ける。

「ふっ!」

 そこに……一心不乱に、刀を振りまわす、御剣さんの姿が在った。
 僕には、武術や武道の事はよく分からないが……恐らく、型稽古、という奴ではないだろうか?
 その振るう剣の先に、僕はしっかりと御剣さんがイメージする『敵』を認識できた。だからこそ、ダンサーのような流麗さとは裏腹に、それが、完全に『実戦』に即したモノだと理解できてしまった。
 何故なら、そこには敵に対しての、一切の無駄が無いからだ。
 僕はバイオリニストのサガで、思わず彼の剣の動きを『どんな曲に例えるべきか』、無意識に頭の中の楽譜を探していた。
 無数の楽譜、無数の音色。僕が演奏可能な、あるいは聞いた、もしくは知る限りのクラシックの曲が、数多、脳裏を駆け巡り……愕然となる。

 『彼の動きは、僕が見聞きし、体験した、数多の歴史に洗練されたクラシックの曲の中の、どれにも該当しなかった』。

 クラシック、つまり『古典』というのは、人間が数多の時間をかけて洗練してきたモノの『原点』だと、僕は思っている。つまり……『原点』を、組み合わせて発展させて行けば、何がしかの現代の曲に至る、言わば原材料に等しい。
 確かに、彼にも『原点』と言うべき部分はあるのだろう。僕よりも優秀なバイオリニストの人ならば、彼の動きを『例える』事は可能かもしれない。
 だが、僕には出来ない。少なくとも、その技量は、今の僕には持ち合せてはいなかった。
 あえて言うならば『御剣颯太は御剣颯太』。そうとしか、今の僕には、彼の動きを、今の僕には表現のしようが無かった。

 と……

 ガタッ!!

「あ……」
「っ!? ……アンタ……参ったなぁ」

 うっかり立てた物音に、御剣さんが困惑したような目で、僕を見ていた。



 最初に、日本刀を病院に持ち込んだ事を口止めするように、懇願された後。

「その……御剣さん、本当に、剣術使いだったんですね」
「いや、その……まあ、うん。そんなのを、ちょっと……ね。信じちゃもらえなかったかもしれないけど」

 松葉杖を肩に立てかけながら、屋上の縁の段差に腰かけて。
 僕は御剣さんと、ようやく二人だけで話をする事が出来た。

「なんつーか、かっこ悪い所、見せちゃったなぁ。お前さんみたいにバイオリンでも弾けりゃ、様になってたんだろうけど」

 物凄く照れた顔で恥じらう御剣さんに、僕はそれを否定した。

「いえ、そんな事無いです。
 むしろその……すいません、気に障ったのなら謝りますが、その……すごく、綺麗だったんです。御剣さんの動きが」
「!? ……俺の、剣が?」
「はい。……失礼ですが、その『御剣』って名字からして、家に伝わる剣術とか、そういったのですか?」

 とりあえず、素直に思った事をぶつけてみるが、彼は苦笑して、手を横に振った。

「いや、ウチはそういう家じゃない。親父はタダのサラリーマンだったし、オフクロは専業主婦で、どこにでもある、フツーの家だった。
 剣術は……その、昔、俺が姉さんや沙紀と一緒に不良に絡まれてた所を、たまたま通りがかったお師匠様が、気まぐれで叩きのめしてね。その場で押しかけ弟子みたいな勢いで、お師匠様に頭下げて、無理矢理入門して習ったモンなのさ。
 しかも、もう師匠の教えてくれた型とは、かなり離れて崩れちまってる。
 ……まあ、そういう意味じゃ『御剣流』と言えなくもないけど、正味グダグダな代物だよ。結局、お師匠様からは、目録どころか切り紙一つ貰ってないし」
「目録? 切り紙?」
「あー、その……剣術の段位を示す証、かな? ほら『免許皆伝』とか、よく言うだろ?
 えっと、『免許皆伝』を最高位として、『免許』『中伝』『初伝』『目録』『切り紙』……雑なうろ覚えだから間違ってるかもだが、確かこんな順番で『修行を収めましたよ』って証明を、お師匠様がくれるわけなんだけど、結局、そこまで長い間、師事出来たワケじゃないから、教えは受けても『切り紙』すら貰ってないんだよ、俺」

 あれで『未熟だ』と謙遜する御剣さんに、僕は更に問いかける。

「その……『お師匠様』が、道場とか辞めてしまわれたんですか?」
「いや、お師匠様の寿命。
 六十近いアル中ジジィだったんだけど、死ぬ間際まで最強だったんじゃないかって思わせるほど、スゲェ強い人でね。で、ある日、いつものよーに、束収(月謝)のお酒持って家に訪ねていったら、ポックリ死んでた。
 俺の知る限り、最強の剣客にしては、呆気ない最後だったよ」
「……凄い人だったんですね」

 『死ぬ寸前まで最強だった剣士』という言葉に、僕は素直に感心した。
 ……あまり、言いたくは無いのだが。バイオリン……に限らず、クラシックの世界にも、『あそこまで衰えたのなら、後進に道を譲って引退すべきなのに』と、みんなに思われても、意地汚く過去の栄光に縋って居座り続ける、正に『老害』としか言いようのない大御所が、居ないわけではないのだ。

「凄いというか、滅茶苦茶な人だったよ、本当に。
 アル中で酔ってヤクザやチンピラに喧嘩売るのはアタリマエ。それでボコボコにしては逃げ出しちゃうんだから。
 警察に追い回された事だって、一度や二度じゃないしなー……今までよく捕まらなかったモノだよ」
「あは、あははははは……」

 苦いモノを思い出したような御剣さんの表情と話の内容に、流石に引きつり笑いしか出てこない。

 ……少なくとも、僕には想像もつかない、摩訶不思議アドベンチャーな世界だという事がよく分かった以上、彼の師匠に対する評価は、ちょっと考え直すべきかも。
 と、同時に。
 彼が、どこと無く『兄貴肌』な部分を備えてる理由が、分かった気がした。

 ……やっぱり、色々苦労しているイイ人だったんだな。

「それより、その……何でこんな時間に、屋上に? 今日、退院なんだろ、お前さんも?」
「ええ。それで、ちょっと……目が覚めたので、今まで居た場所を、見て回りたくて」
「……ああ、この屋上は、あんたの復活演奏の場所だったからな」

 爽やかに笑ってみせる彼の、尊敬の目に……僕は、急に恥じらいを憶えた。
 今にして思うと、同年代で、本当に敬意を持てる友人が、少なかったからか。あるいは、彼に傷を告白して甘えたかったからなのか。 
 ……多分、両方だろう。

「えっ、ええ……それもありますが……その……死のうと、思った場所でもありますから」
「っ!!」

 びっくりした表情で、彼は僕を見る。

「みっともない八つ当たりでね。僕、さやかを傷つけちゃったんです。
 分かってたんです。この左腕は、もうどうにもならないって……だっていうのに、それを受け止めきれなくて、かっとなって……」
「……いや、すまねぇな。立ち入り難い事を、聞いた」
「いえ、いいんです。御剣さんなら、信じてますから。むしろ、聞いてもらいたくって。
 バイオリンは弾けない、幼馴染は傷つける。そんな情けない自分に、もう何もかもがどうでもよくなって、死のうとして……結局、出来なかったんです。怖くなって」
「当たり前だよ。誰だって、死ぬのは怖い。俺も怖い。それは真実だ」

 真っ直ぐに、力強く。
 御剣さんは、僕の迷いを払うように、笑顔でそう勇気づけてくれた。
 だが……

「……御剣さんでも、ですか?」
「いや、怖いって。
 でも……死ぬのも怖いんだが、殺すのも結構、怖いんだぜ」

 その後に続いた言葉に、僕は衝撃を受ける。
 ……そうだ。彼の剣は、『誰かの命を絶つ』ためのモノだからこそ、あの美しさは成り立っていた。言わば『剣を使った殺人の機能美』と言ってもいい。
 ならば、彼は……本当に、殺人者という事になる。
 だが、僕にはどうしても。彼に『人殺し』のイメージを重ねて見る事が出来なかった。

「っ!! 御剣さんは……その……人を、殺したのですか?」
「俺の両親。
 姉さんと妹と俺と、家族全員で無理心中をしようとしてね……木刀打ち込んで、階段から蹴り落とした。
 そんで、結局色々あって、姉さんも無理が祟って、一年……もうすぐ二年になるかな? 死んじまった。
 ……俺が殺したようなモノさ」

 淡々と笑顔のまま語る御剣さんの言葉には、それでも、どうしようもない後悔と、自責の念の影が滲んでいた。

 ……迂闊だった。
 今の今まで、僕は、自分が、とんでもない不幸な身の上だと、思い込んでいた。
 だが、僕なんかとは比べ物にならない傷を、御剣さんは負っていたのだ。
 それでいて、彼は笑っていた。作り笑いでも何でも、勤めて明るく振る舞おうとして、僕を気遣っていたのだ。

「……すいません」

 それしか言えず。僕は恥じ入るように、目をそらす。
 まず不可能だろうが、もし……もし仮に、僕のバイオリンが他人を死に追いやったとしたら、僕はそれに耐えられるだろうか?
 ……多分、僕には無理だ。だが、御剣さんは、それを超えてなお剣を握り続け、あそこまで至ったのだ。

 ……敵わない。
 素直に、僕は、そう思った。

「気にしなさんな。もう慣れた話さ……まあ、気安く喋ろうって気になる内容じゃないけど、あんたなら、な。
 っていうか……お前さん、生きてて良かったじゃないか。左腕、治ったんだろ?」

 迂闊な事を口にしてしまった、と思ったのか。彼は僕の体の事に話題を変えてくれた。

「え、ええ。そうなんです。さやかが『奇跡も、魔法も、あるんだよ』って言って……そしたら、本当に、奇跡が起きちゃったんですよ。
 また、バイオリンが弾けるって……そう思うと、あの時、死ななくて良かった、って……」
「なるほど、ね……。
 だからよ、生きててよかったじゃないか。お前さんがもし死んじまったら、奇跡どころか、幼馴染傷つけたまま、謝る事すらも出来なかったんだぜ?」
「っ!! それは……そうですね、その通りです」

 言葉は単純に。
 それでも、力強く、僕を笑顔で励ましてくれる、御剣さん。
 
 ふと……僕の尊敬する先生のバイオリンを思い出す。
 簡単な曲、誰でも弾ける曲を、先生は熱心に繰り返していた。その音色は、恐らく、同じバイオリンで弾いたとしても、僕なんかが敵うモノではなかった。
 積み上げた鍛錬。それは、単純な曲ほど大きく出る。
 技巧で誤魔化す事の出来ない、シンプルな力強さが、彼の言葉にあった。
 だからこそ……

「あのさ……その……アーティストのお前さんに言うのも何だっつーか。……その、物凄く無礼な質問をさせて貰いたいんだが、いいか?」
「? ……ええ、どうぞ」

 完全に遠慮した様子で、問いかけて来る御剣さんの質問に、僕は興味を抱いた。

「その、何だ……バイオリンってのは、二本の腕が無いと、弾けないモノなのか?」
「は?」

 御剣さんが、最初、何を言っているのか。
 僕は、理解が出来なかった。

「いや、随分前に、路上で大道芸人のオッサンが、バイオリン……だと思うんだが、アレってサイズによって呼び方変わるらしいけど……まあ、多分、バイオリンだと思うんだ。
 そいつをな、左腕と右足で弾いてたんだ」
「右足で!?」

 確かに。
 体に障害を負って、それでも楽器を嗜む人たちの演奏集団があるとは、聞いた事があった。
 ……それを今まで失念するほど、僕自身に余裕が無くなっていたのだろう。

「ああ、そのオッサン、右腕が無くてな。
 だが、すげぇ器用に足で弾いてて、曲も陽気でみんなノリノリで、お捻り投げてた。……まあ、ああいう場所だからサクラも居たんだろうけど。俺は素直に感心して聞いてて、一緒にお捻り投げた。
 ……いや、すまない。大道芸とあんたの芸術を一緒にするのは、ものすごく悪いと思ってるんだが……そのオッサン、ノリノリでお捻り投げる観客を見て、すげぇ嬉しそうだったんだよ。ああ、この人、バイオリンが本当に好きなんだなー、って感じで。上手いとか下手とかじゃなくて、本当にそう思わせる演奏だったんだ。
 勿論、それ以外に生計(たっき)の道が無かったってのもあるんだろうけどな……
 で、そんなのをふと思い出して……お前さんにとって、バイオリンって、一体、何なのかな、って。
 本当に『好きでやってる』のか、それとも『それ以外に道が無いから』やっているのか……いや、無礼なのは分かってるんだが、もし良かったら、本当のトコ、俺に聞かせちゃくれねぇか?」
「!!!???」

 遠慮しがちな目で、僕に問いかけて来る御剣さん。

 だが、その質問の意図と内容は……僕の察した限り、今まで習い続けてきた、どのバイオリンの先生よりもなお、厳しいモノだった。

 つまり……上条恭介は『本当にバイオリンが好きで、バイオリンを弾いているのか』。それとも『バイオリン以外に芸の無い、世界の狭い愚か者なのか』?
 いや、もっと言うならば……御剣さんは、こうとすら問いたかったのかもしれない。
 『おまえは、回りにチヤホヤされたいからバイオリンを弾いてるのか?』と。
 ……おそらくは、本当の意図は、こんな所だったんじゃないだろうか?
 
 あの言いまわしですら。
 少なくとも、彼の辿った人生の片鱗を垣間見るに、完全に僕に遠慮しての問いかけだったのだろう。
 彼の厳しさに垣間見て触れた僕には、何と無くそれを察する事が出来た。

 だからこそ……

「……ごめんなさい。考えた事もありませんでした。
 ただ、バイオリンと一緒に過ごしてきた時間が、さやかと同じくらい長かったので……あるのが当たり前みたいに思ってたんです。だから、自暴自棄になっちゃって……」

 僕は……彼に対して、嘘をついてしまった。
 ……恥ずかしい。
 バイオリニストとして以前に、男として。
 僕は本当に、甘えづくしな自分に、恥ずかしさを憶えていた。

「そうか。いや、本気で無礼な質問をした。すまない、許してくれ」

 そう言って、御剣さんは僕に頭を下げた。

「いっ、いえ! その……こちらこそ、御剣さんに言われるまで、考えてもいなかった事に気付かせてもらいました。
 腕が治った今だからこそ、改めて考え直してみます。
 そして、もし、答えが出せたら……お答えしたいと思います」

 ……むしろ。
 僕が彼に、頭を下げたい気分だった。
 そうだ。今からでも、遅く無い。
 そう在るように……少なくとも、バイオリン以外の部分でも、御剣さんに認めてもらえるように。
 男らしく、しっかりと生きてみよう。僕なりに、僕が出来る事なりに。

「そうか……いや、本当に、気に障ったんなら、謝るしかない話だからな。
 ……ああ、そうだ」

 恐縮する僕に気遣ったのか。
 さらに御剣さんが、話題を変えてくれた。

「昨日の演奏、お前さんへの『お捻り』がマダだった」
「えっ、そんな……」
「まあ、なんだ。俺の『大道芸』を、ちょっと見てってくれよ」

 そう言って、御剣さんは日本刀を抜いた。

「よっく、見ててくれ?」

 そう言うと、その刃の上に、五百円硬貨を垂直に立ててのける。
 ……凄いバランス感覚だ。

「わっ……凄い……」

 素直に感心した、その瞬間。

「破ぁっ!!」
「!?」

 気合いの声と共に、その……信じがたいモノを、僕は目にする事になる。
 最初、刃物が動いた事によって、五百円硬貨が落ちたのだと思った。だが……『なんで二枚、落ちているのだろうか?』。
 御剣さんが立てた硬貨は、一枚だけだったはずなのに……まさか……

「……!?」
「これで……昨日の演奏分、って所かな? 上条さん」

 恐ろしい事に。信じがたい事に。
 手に握らされた五百円硬貨は、『二枚の薄切りスライス』になっていた。
 手品の類では無い事は、僕にだって分かる。つまり……刃物の上に乗ってた硬貨を、彼は『二枚に下ろした』のだ。
 僕自身。
 目の前で見せられなければ、こんな事は冗談やトリックだろうと笑ってしまう。漫画の中のような出来ごとに、呆然となってしまった。

「さて、そろそろ飯時か。
 立てるかい、上条さん。良かったら、肩、貸すぜ?」
「い、いえ……っていうか、上条さんって……御剣さんの方が、年上じゃないですか」
「年齢は関係ねぇよ。お前さんが凄い人だからさ。尊敬すらしてんだぜ?」

 尊敬って……僕は、そんな……

「っ……その、ありがとう、ございます。御剣、さん」
「おう。じゃ、あの不味い病院食と、最後の闘いに行こうじゃないか。『腹が減っては戦は出来ぬ』ってな」
「あ、あははは、確かにあれは不味いですよね」

 お互いに、ちょっと引きつった笑顔を浮かべながら。僕と御剣さんは、病院の食堂へと向かっていった。



[27923] 第三十三話:「そうか……読めてきたぞ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/05 00:13
「……ぶはぁ!」

 税関を抜け、成田国際空港のターミナルに出た俺と沙紀は、ようやっと一息ついた。
 ……流石に、何回もやっている事とはいえど、検査員の目線は結構怖かったりする。
 特に、今回の仕入れは武器弾薬の量が尋常じゃなかったりするから、見つかったりしたら洒落にならない。
 よく、麻薬入りのトランクに現地ですり替えられて、何も知らない旅行者が運び屋として持ちこんじゃいました……なんて理屈が通るような量でもないし。
 第一、こっちは確信犯でやってるわけで、いろいろやましい分ドキドキものだ。

「……にしても。トンでもないモン、現地で見つけちまったよなぁ……」

 さらに、短い時間ながら回ってきた現地のブラックマーケットで『ありえない代物』を見つけてしまい、思わずその場で全て一式、買い取ってきてしまった。
 ……きっと、裏でトンデモネェ事になってんじゃねぇかと思うのだが……まあ、何にせよ『暁美ほむらにとっては』僥倖だろう。
 しっかし……現地で試射した限りだが、確かに『アレ』はイイモノだった。扱いやすく、取り回しも楽。正に、日本人のための装備とも言えよう。……扱いやすさ優先で、暁美ほむらが愛用してた(であろう)理由も、分かる気がする。

「さって、と……空港土産でも買って行かんとなぁ」

 何しろ、現地では、かなりバタバタな強行軍だったのだ。帰りの飛行機に乗るまで、土産物どころでは無かったし。

「……誰に?」
「っ!?」

 ふと、漏らした言葉に、沙紀がニヤニヤと笑っている。

「巴さんだよ。縄張りの面倒、見てもらってんだ。義理を欠かすわけにゃ行かんだろ? あと、学校の先生とかだな。休んじまって迷惑かけてんだし」
「美樹さんとか、暁美ほむらさんとかは?」
「なんであいつらに、わざわざ金使わにゃならんのだ?」
「んじゃ、上条さん♪」
「……あー、確かに上条さんは、重要だな」

 とはいえど。
 元々、都内に住んでいた我が身としては『東京土産』と言われても何を持っていけばいいのやら、サッパリ分からないのである(成田は千葉だけど、空港内の土産物屋は大体似たようなもんだ)。
 一応、元々住んでた場所に行けば、某所の駄菓子屋にある、物珍しい一風変わったアイスクリーム(というより、アイスシャーベット?)とかあるが、時間的にそんな穴場的な所に寄る余裕も無く。
 かといって、『おのぼりさん』目当て丸出しの、自称『東京土産』や『東京名物』なる代物に手を出す気にもなれず(いや、中身は大概そう悪いモノじゃないんだけど、何も知らない悪徳セールスに引っかかったみたいで、元地元民として土産にするにはシャクなのだ)。
 ……結局、無難に、テナント出店している老舗のセンベイを買い求めた。

「何でもあるって、何も無いってのと、ある意味一緒だよなぁ……」
「でも、地方色丸出しで、特産品『しか』無いのよりは、マシなんじゃない? 昔、行った某所の××とか、ドコ某の××とか、地元向けの商店街まで、特産品一色に染まってて、気持ち悪かったじゃない」
「そうか? その『それしか無い』縛りの中から生まれた、突拍子もない発想のモンこそが、土産物のネタじゃないの?」

 地方旅行に出かけた時によく見かける。
 一般人には想像もつかない用法で地元の特産品を軸に据えて作られた、明らかに突拍子もない発想の商品とか。
 そういった、開発者の発想のネジがどこか狂った産物というのは、俺は実は大好きだったりするのだ。
 ……無論、買う以上は、胃の中に入って後に残らないという事が、大前提だが。我が家に後々まで残るようなガラクタを持ちこむ余裕、無いし。(こういう発想が抜け切らないあたり、生活空間そのものが極度に限られた貧乏都民の発想かもしれないなぁ……と、見滝原に引っ越して自覚するようになった。何しろ俺が小学三年で引っ越すまでは、1DKのアパートで親子五人川の字になって身を寄せ合うように毎日寝てたし)。

「それに、そこから生まれたモノが、スタンダードに化ける可能性だって、無きにしも非ずだろ?
 サツマイモとかを使ったケーキあたりなんて、確かそーだったんじゃなかったっけか?」
「んー、あれはメジャーとマイナーの中間くらいじゃない? 美味しいのは認めるけど、まだまだ認知度からいえば低いよ」
「一般的に認知はされてんだから、もう十分メジャーだろ? 見滝原のデパ地下にだって、専門店、あったハズだし」

 などと、沙紀と、武器調達のたびに交わされる『旅行の土産物論』を語り合いながら。上野駅へと向かう成田エクスプレスに乗りこむ。
 そこから先は、見滝原までは新幹線。と……大宮につく前に、沙紀がケータイを弄り始める。

「……沙紀? 誰にメールだ?」
「えへへ、秘密♪」

 これである。

 ……最近、やけに『御剣詐欺』に引っかかるようになってきたので、我が妹ながら油断が出来ない。
 っつか、マジでほんっとーに、誰に似たんだろうか!? 最近、本性現してきやがった、この悪辣な妹は?
 これでは、もし仮に魔法少女を辞められたとしても、嫁の貰い手が存在するのだろうか?
 上条さんに向けた、あのアプローチからしても、きっと旦那を尻に敷きまくるに違いない。そんで、逃げられるか、はたまた旦那が俺に泣きついてくるか。

 ……いかん、これは本気でイカンぞ……マジで!

 俺が計画した『御剣沙紀、大和撫子計画』では、現段階で男を立てるおしとやかさを備えているハズが、どうしてこうなった!?

「くっ……これも、インキュベーターの陰謀かっ! あの口先の魔術師めっ!
 沙紀を魔法少女にするだけでは飽き足らず、人格までネヂネヂ曲げて魔女化を促進させようというのかっ!」

 俺の脳裏に、美樹さやかよろしく、旦那にフられて魔女化する沙紀の構図が脳裏に浮かび上がる。
 正味、あそこで啖呵を切ってのけた上条さん程の男は、そうはおるまい。だとするなら、現実的にソコソコの野郎での妥協が在り得るわけだが………いかん! これはイカンぞ、兄としてっ! 親代わりとしてっ!
 沙紀の破滅だけは、何としてでも回避せねばっ!

「……………馬鹿兄……………」
「なんか言ったか、沙紀?」
「ううん、何でも♪ えへへへへへー♪」

 ふと、嫌な予感を憶える。
 沙紀の目の邪悪な光……『御剣詐欺』にかけようとしている、沙紀の前兆。

「沙紀。お前、ナニを考えている?」
「ん? イイコト♪」
「……………………お前、さっき、誰にメールしてたんだ?」
「マミお姉ちゃん♪」

 嫌な予感がする。
 果てしなく、嫌な予感。

「……どんな内容を?」
「理由も無くプライバシーに首突っ込むのは、良くないと思うよ?」
「いや、何かこう……俺の命に関わりそうな予感がするんだが?」
「確証が無いのなら、調査を拒否します」
「くっ……」

 これである。
 最近、本当に生意気になってきた。巴マミとあってからか? いや、それ以前も前兆のようなモノはあったし……やはり、インキュベーターの陰謀と考えるのが、順当であろう!
 悶々と悩み続ける俺だが、結局、沙紀の陰謀がどんなモノなのか結論が出無いまま。
 電車は見滝原駅のホームへと、滑り込もうとしていた。



「さってっと……」

 帰ってきた段階で、暁美ほむらと連絡を取って、武器の選定をせねばならない。
 とりあえず、金が勿体ないがタクシーでも拾って、自宅へと帰るべきか……あ。

「晩飯、どうしよう?」

 既に、夕方を超えて八時を回っていた。
 駅のコンコースを沙紀と歩きながら、とりあえず。

「沙紀、何が食べたい?」
「んっとねー……マミお姉ちゃんと一緒に、どっかレストランに食べに行きたい♪」
「……はぁ?」

 何故、そこで巴マミが出て来……!!??

「えっ!?」

 駅の改札口で、ニコニコと手を振る、巴マミの姿がそこに在った。



「……………」
「………」

 とりあえず、駅のそばのファミレスに入り。
 適当にメニューを選び、注文すると。

「そっ、その……待ってて、くれたんッスね。ああ、これ、空港土産ッス。
 現地じゃバタバタしてて、土産買う余裕なくて申し訳ないんですが」
「あっ、どうも……」

 とりあえず、袋の中の土産物を、巴マミに手渡す。
 ……と。

「ドリンク、入れて来るね。マミお姉ちゃんは何がいい?」
「……あ、紅茶系があれば……」
「了解。お兄ちゃんはいつもどおり、コーラね」
「ああ」

 そう言って、スタスタと沙紀が去っていってしまう。

 ……気まずい。
 ガールズトーク全開な沙紀と違い、巴マミとは、そもそも、こういう普段接する場での、共通する話題そのものが無い。
 というか、やけに沙紀の奴が静かで、間が持たないのだ。
 差し当たって……

「そういえば、縄張りはどうでした? 俺らが居ない間、変わった事は?」
「いえ、特には……あ、一件だけ、颯太さんの縄張りに来た魔法少女が居ましたが、居ないとわかると去って行きました」
「ほう、俺の? 巴さんにじゃなくて?」
「ええ。見かけて警告したのですが、無視されまして……逃げて行ったので放置しましたが」

 中々に洒落に成らない情報を耳にし、俺は首をかしげる。

「……それは古参、新人?」
「新人です。
 名前は知りませんが……以前、魔法少女の力で、その……違法薬物の売買に手を染めてた子でして。
 見るに見かねて、以前『颯太さんの名前を使って』警告したんですが、その時も舌打ちして去って行きました。
 海賊みたいな帽子を被った……メアリー・リードって感じの魔法少女でしたね」
「罠にかかった様子は?」
「ありませんでした。ただ、争うつもりは無いようでしたので」
「……そうですか」

 何か、嫌な予感がした。
 ……そう。

「偵察行動、の可能性が高いですね」
「偵察、ですか?」
「襲撃の下準備、って事です。
 巴さん。あなたが俺の縄張りを保護下に置いたって状況にある以上、俺への苦情なり連絡なりは、まず巴さんに行くのがスジだ。
 そのほうが、安全だし、第一、俺の縄張りの危険さは、魔法少女たちに知れ渡ってる。だっていうのに、何故、『彼女は俺の縄張りに直接足を踏み入れた』のです?」
「っ!?」
「……確かに、新人だから何も知らずに突っ込んだ、って可能性はありますが。
 それならば、巴さんの警告を無視した理由が分からない……ワルプルギスの夜を前に何ですが、警戒は厳にしておいたほうが良さそうですね」
「まさか! 新人が、私の保護下にある縄張りに、ちょっかいを出そうというのですか?」
「心当たりはあるのでしょう? 巴さんも、俺も。
 ……まして、魔法少女の力で、コナツマもうなんて尋常じゃありません。
 その魔法少女がプッシャー(売人)だとしても、上にはおそらく大人……ヤクザが絡んでますね」
「どうやら、相当大きな話になりそうですわね」
「まったく! 大概は、俺がツブしたハズなんだがなぁ……」
「……え?」
「忘れてください。寝言です。……ですが、どうやら本格的に『俺向き』な喧嘩みたいですね……」

 おそらく……以前、師匠や俺が供給ルート潰したせいで、見滝原の街での末端価格がハネたのだろう。あるいは、プッシャー狩りに業を煮やした組が動いたか。
 だが、俺の知る限り、ノミ屋や金貸し、建設、建築関係で喰ってるヤクザは居ても、積極的にこの見滝原でコナを撒くような組は……ああ居たなぁ、一か所。

「射太興業……確か、あそこは○○系の組筋で、見滝原に入ってきたはいいけど、結局、開発利権にありつけなかった組ですからね。
 しかも、威嚇じゃない、本気の武闘派だからこそ、他のヤクザとは別の意味でアブない連中ですよ」
「と、おっしゃいますと?」
「警察の締め付けの厳しい昨今じゃ、ヤクザはむしろ経済活動重視に変わってきてます。
 抗争だの何だののドンパチは、正直『割に合わない』んですよ。そりゃ、自衛用の武装くらいはすると思いますが、せいぜいトカレフレベルが限度。まあ、どんな問題がこじれても、事務所のガラス割りと指積めくらいがせいぜいだと思います。
 そんな中で、あえて武闘派を気取る連中ってのは……まあ、言い方は悪いですが、脳筋仕様がイク所までイッちゃってるとしか思えませんね。きっと、事務所の中に、マジで武器とか隠してるんじゃないかなぁ? ……警察に踏みこまれたら、イッパツだろうに。
 それに、ココら見滝原一帯は、言わば政府肝いりでの開発のモデル地区でもあります。そこでコナ撒いてるなんて知れたら、警察やマ取りが本気でツブしにかかるでしょう」

 と……

「……颯太さん。それをひっくり返す力として、『魔法少女』が使われているとしたら?」
「!?」
「仮定、なんですけど。
 最近、新しい魔法少女のグループが出来つつあるらしいのですが。どうも、その新人の子が中心になっているそうなんです……そう、確か……そう、思い出しました、『斜太チカ』!」
「おいおいおいおい!! そりゃ最悪じゃねーか!! っていうか『斜太』って名字からして、組長の娘とかじゃねーだろうな!?」

 インキュベーターが、何も知らない少女を食い物にするように、ヤクザが何も知らない子供を食い物にする。
 正味、俺は一般人に対しては迷惑をかけるつもりは無いが、ヤクザ……それも『カタギを守る』のではなく『カタギを喰いものにする』ような類のヤクザに対しては、全く遠慮するつもりは無いし、その必要も無い……と、師匠から教わってる。

 ……実際に、師匠が嬉々として埋めてるの、手伝ったりしたしなぁ……

「しかし、撒くにしても、ブツはどんな代物なんだろうなぁ……恐らく、調達そのものは一番手軽な覚せい剤系だと思うんですが、種類によって色々対処が変わって来るからなぁ」
「と、おっしゃいますと?」
「ドラッグにも、合法と非合法がありましてね。
 合法のほうだって、かなり危険なモノは一杯あるんですけど、そういうのって、法規制すると別用途で不都合が出るから規制されないだけで、ドラッグとして使うと非合法のモノよりも危険だったりするケースも、ままあるんですよ。
 アンパン……シンナーなんかは、その典型例ですね。あれは、お手軽に思われてますが、実はかなり危険なんです。グラム当たりの中毒性はともかく、吸引量そのものが大きく取れちゃうから、ハマると一気に人間がボロボロになっていきます。
 そういう風に『合法だから大丈夫』って思いこんで、どっぷり嵌ってボロボロにってのが、最近のドラッグ中毒の大概のパターンですね。
 しかも、その場合、法的に締め上げるって事が、困難なんですよ」
「魔法少女と違法薬物……本当に最悪の組み合わせですわね」
「まったくだ。
 タダでさえグリーフシード不足で魔女化寸前の魔法少女なんて、グリーフシード欲しさに何でもやりますからね。
 マジで末期の薬物中毒患者と変わんな……あっ、しっ、失礼しました!」
「いっ、いえ……お気になさらず」

 と……

「そうか……読めてきたぞ」
「え?」
「最悪ですが。新人でも、魔法少女を『手っ取り早く』強くする方法があります」
「……どんな、方法で?」

 俺が、真剣な目で、巴さんを見る。

「ドラッグですよ。精神的にハイにして、自分は無敵だと思いこませる。
 思いや感情をエネルギーにする魔法少女にとっては、これほど効率のいい手段は無い。
 感情を生み出すエンドルフィンだって何だって、基本は脳内麻薬なんですから、『外付けで足しちゃった』ほうが、より効率的だ!」
「まさかっ! そんな事が!」
「ドラッグってのは、そういうモノなんですよ。脳内麻薬の足りないぶん、あるいは、それを作りだす中枢に作用して、『多幸感なり何なりの感情』を人工的に作り出す。
 勿論、そんな事すりゃ破滅一直線です。使ってる魔力だって暴走状態だろうし、ドラッグが無ければ、何も出来ない人間になっていく……いや、普通の人間より魔法少女の場合、遥かに最悪の末路を辿る事になる」

 例え、麻薬でボロボロになった体を治すにしても、それには魔力が要る。そして、魔力を確保するためには、グリーフシードが要る。
 結局、彼女たちが破滅する末路は変わらない。むしろ、加速度的に、それは増して行くだろう。

「……どうやら、ワルプルギスの夜よりも前に、私たちが動くしかないかもしれませんわね」
「まったく……どうしたもんかね」

 と……

「沙紀?」

 ドリンクを取りに行った、沙紀の姿が見えない事に気付き……俺は、顔面が蒼白になった。



[27923] 第三十四話:「誰かが、赦してくれるンならね……それも良かったんでしょーや」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/05 20:11
「っ……沙紀……沙紀……くそぉおおおおおっ!!」

 結局、沙紀はどこにもおらず。
 さらに、店の監視カメラには、ぐったりした沙紀を浚う『海賊帽を被った』少女の映像が残っていた事から。
 コトは決定的になった。

 甘かった。
 舐めていた。
 魔法少女を、侮り過ぎていた。
 巴マミの保護下に入った事で、状況を甘く見過ぎていた。

「沙紀ちゃん……まさか本当に……
 魔法少女が、魔法少女を誘拐だなんて……どうやら、本当に甘く見過ぎていたみたいですわね」
「っ!! くそっ!」

 舌打ちする。
 落ち着け。
 冷静になれ。
 クール・アズ・キュークだ!
 こういう時に、吠えてもはじまらない。
 土壇場は何度もある、修羅場は何度もある。冷静に、計算を回せ。
 魔法少女相手の喧嘩じゃ『俺』には『それ』以外に無いだろう? 血がはらわたでどれほど煮えても、頭だけはクールに回せ! そうしなけりゃあ、生き延びられない!

 我が、心、技、体、ことごとく沙紀が為の道具也!!

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前……喝!!」
「っ! ……颯太、さん?」

 久方ぶりに。
 俺は冷静になるために、あえて心の中で切り続けてた早九字を、印を切りながら声に出して切る。
 逆を言えば……それが必要になるくらい、パニックになっていた。

「……一度、俺の家に戻りましょう。
 とりあえず、馬鹿弟子と暁美ほむらに連絡を取るのがベスト、か?
 連中の目的は……いえ、おそらく多分、十中八九、インキュベーターが噛んでるハズ!」
「まさか!」
「あいつは目的のためなら手段を選ばない! そして『そういう魔法少女』とはトコトン相性がいい! ……例えば、『覚せい剤を使って、他の魔法少女を手下に使い潰す』ような魔法少女とか! 『使い魔を放置して、アカの他人を殺させて回るような』魔法少女とか!」
「っ……颯太さん。私は何度か、彼女と接触していますが、佐倉杏子はそういう子では」
「分かるもんか!
 使い魔見逃して、一般人殺させるようなアイツは信じられん! あいつにとって『他人は虫けら』なんだ! まして、どんな正義の味方だって、人間追いつめられりゃ何だってやっちまう! ……今の、俺みたいに!
 ……もしかしたら……その『斜太チカ』って奴と、佐倉杏子がツルんだ可能性だって、俺には完全否定出来ねぇ……」
「そんな!」
「にしても、インキュベーターの目的が、俺の抹殺だとして、それに嬉々として協力した魔法少女の目的は、何だ!?
 相当の悪党にせよ……だからこそ、巴マミと御剣颯太を『同時に敵に回してなお』誘拐なんて賭けに出る要素は、一体何だ!?
 そもそも、沙紀を誘拐するって事のほうが、おかしい。普通は『人間』の俺を、直接狙うハズだ。確かに、沙紀はハグレていたとはいえ、魔法少女だ。それを狙った理由は!?
 クソッ、クソッ……不確定要素の疑問だらけだぜ、クソォォォォォ!!」

 ファミレスの駐車場の壁を蹴飛ばし……俺は、ようやく再び、落ち着いた。

「……とりあえず、美樹さやかと暁美ほむら。
 この二人の『確定要素』だけは、可能な限り集めて、コトを解決して行きましょう!
 巴さんすいません……こんな、魔法少女殺しの外道の身で、頼めた筋ではありません。しかも、散々世話になっておいて、何ですが……『借りイチ』です。協力してください!」
「わかりました。でも、『借り』はいりません」
「え?」
「私は、御剣颯太と御剣沙紀を、保護下に置いた魔法少女です。
 元はと言えば、あの段階で迂闊にも『颯太さんの名前を使った』警告だけで済ませていた、私の責任もあります。
 それに、沙紀ちゃんは私の『友達』ですから」
「……すんません、ありがとうございます」

 そう言うと、俺は、巴さんに、本気で……深々と頭を下げた。



 魔法少女による、魔法少女の誘拐。ならば、メッセンジャーの役割を果たすのは、奴しかいない。
 一にして全。全にして一の存在。
 ……インキュベーター。

「インキュベーター。率直に聞く。
 お前の目的が『俺の排除』なのは分かっている。だが、連中の要求は……沙紀を拉致った連中の目的と要求は、何だ?」

 俺の家の居間で。
 巴マミ、美樹さやか、暁美ほむら、御剣颯太。
 その四人に囲まれて、ひっ捕まえられた一匹のインキュベーターを、馬鹿弟子のソウルジェムで、見えるようにしてもらいながら、俺は奴を尋問していた。

『ん? 僕も彼女たちも、特に要求は無いよ』
「……目的が、沙紀自身だった、って事か?」
『そうだよ』

 なるほど。
 沙紀が居なければ、俺はタダの男でしかない。
 ぶっちゃけるなら、俺が彼ら魔法少女……ひいてはインキュベーターに抗い続けて居られるのは、沙紀が一番の理由であり、強みなのだ。
 仮に、もし沙紀が死んでしまえば、インキュベーターが俺を殺す理由すら無くなってしまう。
 ……だが……腑に落ちない。
 インキュベーターの目的は、それでいいだろう。
 だが、それで動く魔法少女たちに、沙紀を必要とする動機が分からない。
 『殺し屋』の御剣颯太と、『正義のエース・オブ・エース』巴マミを敵に回してなお、彼女が……彼女たちが、沙紀を誘拐なんてハイリスクを犯して動く動機。
 考えろ……沙紀の価値、沙紀は本当に無力……待て……そうか、そういう事か!!

「魔法少女連中の目当ては……『魔女の釜』かっ!!」
『っ!!』

 美樹さやかを除いた全員が、その場で戦慄する。

『……御剣颯太、君は相変わらず鋭いね。
 感情という精神疾患を有しながら、その知性を保ち続けるなんて……本当に勿体ない存在だよ。
 だからこそ、原因不明とはいえ、その無駄にため込んだ『因果』を、一刻も早く、僕らとの共存と宇宙のために使うべきなのに』
「俺が仮に、怒りにまかせてココを出たとしても、俺は連中に殺されるだけだ。そして、奴らの本拠地には、ドラッグに狂った魔法少女が、わんさと待ち構えてる、って寸法か!?」
『そうだよ。とりあえず、ここに居る魔法少女三人だけじゃ、まず勝てないだろうしね。
 ……しかし、居るものだね。魔女と魔法少女の事実を知って、なお自分から『魔女の釜』を求めるような魔法少女って……佐倉杏子よりも稀有な存在だよ。
 ……有史以来、初めてじゃないかな? 新人であそこまで割り切れた魔法少女って』
「そりゃ、あいつらも元は人間だからな。外道なんざ、ドコにだっているのさ。特に、俺みてぇな……な。
 ……一応、聞いておく。連中の溜まり場は、ドコだ!?」
『郊外にある、潰れた『ウロブチボウル』だよ。言っておくけど、本当に今の君たちに勝ち目は……』
「そうかい」

 コルトS・A・Aを発砲。
 インキュベーターは四散し、沈黙した。

 ……そうか、そうか……そこまで俺を……沙紀を、殺したいか!? そんな宇宙のナンチャラなご大層な大義名分のために、俺ら兄妹が、そんなに邪魔か、インキュベーター!!

「くっそぉぉぉぉぉ! 魔法少女だからって、ここまで何でもアリかよ! 誘拐なんて、人間のやる事かよ!」
「そうだよ、馬鹿弟子、よく覚えときな。俺だって魔法少女を狩るために、家族をネタにして脅したりは、してきてンだよ。
 ……この状況は、自業自得なのさ」
「っ!? しっ、師匠?」

 絶句する、美樹さやか。だが……

「でも、あなたはそれを一度も実行した事が無い。違う?」
『!?』

 暁美ほむらの言葉に、俺は絶句する。
 この中で、一番油断のならない相手に、最大のウィークポイントを、知られてしまったのだ。

「あなたは、魔法少女に対して、魔法少女の家族を恫喝や脅しの手段としては用いるけど、それを『実際に実行する事は絶対にない』。
 ……まどかの一件で、それに気付いたわ……」
「……いつからそんな、寝言を述べられるようになった?」
「最初は、佐倉杏子の一件。そして、病室であなたと会話している内容。
 決定的だったのは、美樹さやかを救うために、あなた自身が危機的状況下で命を賭けて奔走した事そのもの。『鹿目まどかという一般人を、救うために』。
 あなたは……『魔法少女や魔女相手に手段は選ばない』けど、それ以外の『人間の被害者』が増える事を極端に嫌っている」
「……チッ! 勝手に思っていやがれ!」
「……ごめんなさい。だからこそ、佐倉杏子とあなたが相容れる事は、無いのね。
 ……確かに、あなたと彼女は違ったわ」
「勝手に思ってろっつってんだ、タコが! 俺は、ただの人殺しだっ!」
「……ごめんなさい」

 頭を下げる、暁美ほむら。
 さて、この状況下。俺に出来る事は何だろうか?

『沙紀を救う』

 それは至上命題だが、インキュベーターの目的は俺に『諦めさせる』事ではなかろうか?
 つまり、極力、俺の抱え込んだ『膨大な因果』とやらを、いつか利用できる可能性を維持しつつ。暴発したらしたで、利用価値の無い俺を今度こそ抹殺する。
 沙紀についても『魔女の釜』を、進んで利用するような外道魔法少女を確保出来た事により、協力関係を維持できる。もちろん、沙紀が『檻』を作った後は用済みだ。……『魔女の釜』の怖さというのは、実は、そこにもあったりする。

「師匠! 行きましょう!」
「タコがっ! ド新人のテメェが突っ込んで何になる!
 ……いいか、今度の喧嘩は攻守トコロが変わっちまった。
 俺は今まで、この縄張りを利用して『沙紀と我が身を守る』だけで良かったが、今度は俺らの側が『敵の罠に突っ込まなきゃ』行かん!
 軽率に特攻かけた所で、犬死にがオチだ!」
「師匠! だったら、このまま指咥えて見て居るんですか!」
「ざけんじゃねぇ! こン中で一番、ハラワタ煮えてンのが誰だと思っていやがる!!」
「っ……すいませ……あ」

 と……
 唐突に、美樹さやかがつぶやく。

「師匠。つまり、今の状況は、こういう事ですよね?」
「!?」

 そう言って、美樹さやかが、冷蔵庫のホワイトボードを持ってきて、書き書きと始める。



『こちら側の戦力』

 ベテラン魔法少女×二人
 新人魔法少女×一人
 人間×一人



「ほう、よく分析できてんじゃねぇか……馬鹿な新人なりに、筋がいいぞ、お前」
「えへへ、褒められた」
「タコ、褒めてネェ! こんな事ぁココに居る全員、分かってンだ!」

 そう。だからこそ、巴マミも、暁美ほむらも、迂闊な事が言えないのだ。
 さらに、未来知識を持つ、暁美ほむらが沈黙を保ったままだという事は、おそらく……これは、彼女にとって『俺が存在する事によって発生した、イレギュラー』なのだろう。
 だから、迂闊な事が言えないのだ。

「で、ですね……この状況を、ひっくり返せれば、いいんですよね!?」
「ああ、どうすんだよ!? ド素人の寝言でも、こんな状況だ。一応、聞いてやる。
 だがな……迂闊な事ヌカしたら、ドツきまわしてから、ペプシで浣腸してやんぞ!? 空気読めよ!?」
「こうするんです」

 と……美樹さやかは、白板消しで、新人魔法少女と人間×一の部分を消し……



『こちら側の戦力』

 ベテラン魔法少女×二人
 悪辣極悪非道な、魔法少女狩り専門の超ベテラン魔法少年×一人
 死体×一人



『!!!!!?????』

 全員、絶句する。つまり……

「あたしには『経験が足りない』。師匠には『魔法少女の力が足りない』。
 これなら、キュゥべえも、誘拐犯も、計算が狂うハズです!」
「おっ……お前……正気か!?」
「構いません! あたしは……師匠を信じます!!」

 こっ……の……馬鹿は……

「タコ野郎! お前、迂闊に他人を信じるなって!」
「沙紀ちゃんを救いたいんです!」
「っ……てめぇは……」
「師匠、あたしに言いましたよね?
 『カッコイイ女になれ』って……今のあたしって、結構、かっこよくありません?」
「あれは」
「方便でも何でもいい!
 ……あたしは誓ったんだ! 守るって! みんなを守るって! 知ってる限りの人を守るって!
 でも、あたしには経験が足りない……何もかもが足りない! だから『それを持ってる人に、命を預けるん』です!」
「っ……こっ……この……この馬鹿弟子がっ!! お前は、お前みたいな底抜けの大バカ者は、見た事がネェ!!
 破門だっ! 今度こそテメェは破門だっ!!」
「破門しても構いません! ……使ってください、あたしの命!」
「っ!!!!!」

 と……

「颯太さん。論じている時間はありませんわ。
 それに、美樹さんは『スッて悔いのない博打』として、あなたに賭けたんですよ?」

 巴マミの言葉に、俺は絶句する。

「……そもそも、出来るかどうかが分からねぇ……
 多分……感覚的なモンなんだが、魔法少女と魔法少年と、相性ってモンがあると思うんだ。俺と沙紀や冴子姉さんは、たまたま偶然、相性が良かった。
 ……血縁だし、ずっと仲は良かったからな。
 だが、美樹さやか。お前とはアカの他人だ。そいつに成功出来なければ、意味がない」
「なら、今すぐ試すべきです!」

 そう言って、美樹さやかが俺に、自分のソウルジェムを押しつける。

「さあっ、師匠!!」
「……どうなるか、本当に分からんのだぞ! 最悪、暴発とかもあり得るんだ!」
「構いません!
 ……沙紀さんや、師匠が、とんでもない博打打ちだって、あたし、知ってますから。
 あなたの弟子で、正義の味方が、これくらいの博打張れなくてどうするんですか!」
「……知らんぞ、本当に!!」

 そう言って、俺は……美樹さやかのソウルジェムから、魔力を借り受ける。

「っ……!!」

 いつもとは勝手の違う、魔力の波長。
 だが……結果は……

「成功だっ! やった!」
「まだだ! お前、ソウルジェムに『武器はどれだけ入る』?」
「……え?」

 そう、俺は……この一件に関して、敵に全くの容赦をするつもりが無かった。
 対、ワルプルギスの夜戦に向けた装備まで、全部引っ張り出してやる心算だったのだが……

「……だめだ、銃弾一つ入らねぇ……沙紀や姉さんとお前とでは、タイプが全然違うんだ」

 と……

「つまり、手で持ち歩ける範囲の『最強装備』は、一つは持って行けるって事ね」

 暁美ほむらが、手にして持ってきたのは……『兗州(えんしゅう)虎徹』。

 奇しくも。

 俺が、『最初に手にした魔法のステッキ』を……そう、『誰かを守る』そう誓った時の武器を手に。
 さらに……姉さんソックリなソウルジェムの色に染まった『浅黄色のダンダラ羽織』。
 ……出来すぎだろ、これ?

「決まりね。行きましょう」

 巴マミの言葉で、全てが決定した。



 タクシーを呼び、俺は暁美ほむらと、巴マミと一緒に、郊外のウロブチボウルまで走らせてもらっていた。
 誰も、言葉を発さない。
 そんな中……

「巴さん。……その……今更なんだが」

 沈黙を保ち、精神集中のために聞いてた音楽のイヤホンを外し。
 俺は、ふと浮かんだ疑問を、巴マミに、あらためて問いなおす。

「……あんたの……肩入れする理由が、分からねぇ」

 暁美ほむらは、分かる。武器弾薬は、沙紀が持ってるわけだし。
 美樹さやかも、まあ……分かる。あれは馬鹿だって事で結論が出た。
 だが……巴マミは? 動機の面で、正義だけで闘い続けてる彼女が、こうして死地にまで共にしてくれる理由が。
 俺には、理解が出来なかった。

「颯太さん……あなたは、いえ、沙紀さんも『ここに居ていい』人間じゃない。そう思ったんです。
 普通に生きて行くべき人が、そう生きられないなんて、間違ってます」

 巴マミの言葉に……俺は、天を仰いだ。

「確かに……誰かが、赦してくれるンならね……それも良かったんでしょーや。
 『誰かが赦して、くれるンなら』……ね」

 そうだ。
 もう今更。俺は、引き返せない場所にいる。
 ならば……

「ところで、あなたが音楽を聞くなんて、珍しいわね?」
「……どっかのバイオリニストの影響でな。とりあえず『気になった』音楽を買ってみたんだ」
「へえ、どんな曲ですか?」

 沈黙で過ごすのも嫌だったので、俺は話を振ってきた暁美ほむらと巴マミに、それぞれイヤホンを寄こして曲を再生する。

『っ!!!???』

 途端、しかめっ面に変わる二人。……やっぱ、女の子にギターウ○フはハード過ぎたか。
 『環七フィー○ー』が漏れるイヤホンを耳にねじ込みながら、俺は再度、沈黙と集中の世界に閉じこもった。



「で、どうするの、御剣颯太。あなたの事だから、プランはあるのでしょ?」
「沙紀っつー人質が居なけりゃ、建物ごとRPG-7でふっ飛ばす所なんだが……まあ、これしかないな」

 タクシーを返した後。
 山の中にポツンと存在する、ウロブチボウルの廃墟の前で、暁美ほむらが俺に『兗州(えんしゅう)虎徹』を手渡し、問いかける。

「手管は単純。
 俺と巴マミが、ド正面から仕掛けて暴れ回り、お前が時間停止の能力で裏からケツを持つ。
 沙紀を見つけたら、即、確保して帰還するなり、隠れるなりしてくれ。足手まといを抱えての戦闘は、流石にお前でも無理があるだろ?
 俺らもヤバくなったら逃げる……連絡はテレパシーで随時。期待してんぞ」

 結局。
 こんな特攻じみた作戦しか、思いつかなかった。それくらい、今の俺は……追いつめられていたのだ。
 時間さえあれば、もっとましな手はあったかもしれないが、これはもう仕方ない。
 はっきり言って、『沙紀が折れるまで』の、時間との勝負なのだ。

「分かったわ。私は裏から回った方が良さそうね。……巴マミとの連携は?」
「ノープロブレム。多分、こいつも俺も……『そういう風に、出来ている』」

 漠然と、以前組んだカンと相性から、そう答え。
 ……俺と巴マミは『変身』を終え、『魔法少女のダークタワー』に、足を踏み入れた。



[27923] 第三十五話:「さあ、小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いキメる覚悟完了、OK!?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/07 10:53
「……巴さん。
  あんたは……人を殺した事は、あるか?」

 おそらく。
 巴マミにとって、初めてであろう殺人の舞台。
 それを前に、俺は彼女に問いかけて……それに気付く。
  『せめて叶うならば……この恩人にだけは、魔法少女の帰り血を、浴びせたくは無い』と……気付いた。気付いて……しまったのだ。

 ……くそっ、迷うな……迷える状況じゃねぇだろ!

「それが……それのみが、彼女たちを救うのならば。
 だから、なるべく『そうならないためにも』颯太さん、あえて言わせてもらいます。
 『私が仕掛けたら、私に任せてもらえませんか』?」
「何をする気だ?」

 俺の問いに、彼女が……心なしか、引きつったように微笑む。

「魔法少年に教わったやり方です……通じるかどうかは分かりませんが、あなたなら合わせてくれると、信じてます」
「……買い被られたモンだな、俺も」
「ええ」

 そう言うと、彼女は、今度こそ。引きつりの消えた笑顔で、俺に微笑んだ。

「颯太さん。
 あなたという『殺し屋』が背中に居てくれれば、私は、『私自身の魔女』に怯える必要が無いのですよ。
 だからもう……何も怖くありません!」
「了解……『手並みを拝見』だ。正義の味方」

 暁美ほむらも動いているだろう。
 というか、正味、本命は彼女である。隙を見て、時間停止している間に、沙紀を奪還する。
 然る後、俺と巴マミは、逃走する。

 ……本当は、俺一人で行くべきだったか……

 機動力をメインに考えた場合、巴マミは『並み』である。
 彼女の強みは、マスケット銃による射程と精度と、独自の銃撃術。
 特攻は出来るが……撤退は難しい。最悪、俺が背負って撤退する羽目になるだろう。

「……颯太さん……」
「おう」

 元ボウリング場のレーンへの入り口に立つ、気の抜けた見張りをしている三人の魔法少女の姿に……俺と巴マミが、疾走。

「ガッ!?」
「ゴッ!?」

 俺は白鞘の柄頭で。巴マミは、マスケット銃の銃床で。
 それぞれ、ふっ飛ばしながら、骨格を容赦なく砕き、更に……

「ふっ!」

 何が起こったのか分からない、といった風情の表情のまま、思いっきり俺に蹴り飛ばされた魔法少女が、見張りをしていた扉ごと吹っ飛んで、レーンのある遊技場のホールへと転がっていく。

 と……

「お……兄……ちゃん?」

 そこには。
 異様に目をギラつかせた、十人以上の魔法少女たちと共に居た、海賊帽を被った、ルビー色のソウルジェムの、メアリー・リードと言った風情の魔法少女。
 そして、その後ろの、かつて、ボウリングシューズなんかの貸出カウンターだったと思しき場所に。
 口の端から、涎を虚ろに溢しながら全身を震わせ……それでも癒しの力を駆使して、意思の光を決して消すまいと、目で訴え、抵抗する、沙紀の姿が在った。

 ……明らかな、薬物の過剰摂取(オーバードース)の症状……そうか……『漬ける』つもりだったのか!
 沙紀を……俺の、大切な妹を……シャブなんぞに漬けてまで、そんなにしてまで『魔女の釜』が欲しいか、テメェらっ!
 アカの他人を踏みにじる事に、そこまで恥じらいが無いか!

 一緒だ……こいつら……佐倉杏子やキュゥべえと一緒だっ!!
 ハラワタの中の血が、一瞬で沸点に達して、血が頭に上り……俺は、彼女たちを誰ひとり生かして帰すつもりが、無くなっていた。
 そう。『キレ』た……『キレ』て……冷めた。

 こいつら全員……十万億土、踏ませてやる!!

「……へぇ? 本当に来るモンなんだね? ほんと、分っかんないなぁ……よっぽど、この妹が、大事なんだ?
 ……マジ、ムカつく……」
「テメェ、どっかで見たツラだな……」

 どこだろうか?
 案外……身近に居たような……

「はっ、そうだろうね。不登校のアタシを、アンタが憶えてないのも、当然か。
 品行方正、成績学年トップ、爽やかスポーツマンで、何気に喧嘩も強くて男らしくて、校内のワルからも一目置かれて、クラスの女の子たちにキャーキャー言われて……その裏で『魔法少女の殺し屋』なんてやってる、御剣颯太王子様にはさぁ!」
「……何だヨソレ?」

 意外な事に。どうやら、彼女は俺のクラスメイトだったらしい。

 だが、少なくとも。
 俺の身の回りには、油断ならない魔法少女や、暴走する馬鹿のような魔法少女や、とても世話になってる魔法少女や、とても世話している魔法少女はいるが。
 クラスの女子に、キャーキャー言われた憶えなんぞ、これっぽっちも無い。ラブレター一つ、貰った事なんぞ無いし。

「……っ!! そういう所が……まあ、当然か。
 アンタにとっちゃ、全部、全部、全部、妹を守るための『偽りの仮面』だもんね! それに騙されてる連中になんて、興味なんか持てるワケが無いか!」
「何、他人に向かって、身に憶えの無い寝言ヌカしてんだか知らネェけどヨ……それが、ドコでどんな風になりゃあ、俺の妹を拉致ってシャブに漬ける話に繋がるのかは、トンっと分かんねぇヨ。
 まあ……このオトシマエだけは、つけさせてもらうぜ、斜太チカ!!」

 そう言って、俺は……『兗州(えんしゅう)虎徹』の鯉口を切る。

「はっ! 魔法少年の衣装か? それ、全部ハッタリだろう? 色まで変えて!
 キュゥべえから聞いたぜ! あんた……妹からの借り物の力で、闘い続けてるんだって!?
 それで人殺しまでしておいて、『妹のため』なんて、よく言えるな! この偽善者! 殺人鬼!」
「何とでも言えよ。
 テメェみたいな外道に分かってもらおうとは、コレッポッチも思わねぇし。テメェみたいな、外道の泣き事や寝言に付き合うほど、こっちも暇じゃねぇんだよ」
「っ…………いいさ、アタシは『魔女の釜』を手に入れる……それで、ずっと『あたしの願い』を叶え続けるんだ!!」
「そういう奴には、なおさら『渡せねぇ』んだよ! 『魔女の釜(こいつ)』はなぁっ!!」

 一色即発。
 その、正に撃発の刹那……

「待ちなさい!」
「あ!? なんだよ……この間の『正義の味方』じゃねぇか……」
「これを聞きなさい」

 そう言って、巴マミが取りだしたのは……

『あ、あ……こんにちは。
 私の名前は、御剣冴子。『元』魔法少女だった女……そう、あなたたちが噂している、『顔無しの魔法凶女』本人です』

 以前、俺が作った、あの録音テープだった。

「っ!?」
「分かる? 颯太さんはね、元々、『姉』の復讐に巻き込まれた、被害者なのよ。
 妹を使って魔法少女を狩っている事も、『魔女の釜』を運用している事も、本意では無いわ! やむにやまれぬ、苦肉の策よ!」
「そっ……そんな!」

 なんというか……ココで、コレを持ちだす根性が、流石、巴マミである。
 ハッタリにも程があるっつーか……スゲェ度胸だ。

「斜太チカ! あなたは知っているはずよ! 魔女と魔法少女の理屈を! インキュベーターのおぞましさを!」
「うっ、嘘だ……! デタラメだ! キュゥべえを騙せるわけがない! だってアイツは……それに、魔法少女は」
「それを可能にする程の、『腕利き』よ、彼女は。そして、彼女は『偶発的に』魔法少女を辞める事が出来た!
 ……本当に、奇跡的に、ね……」
「そ、そんな事が……」
「あったのよ。現に。死より辛い目に遭いながらね!
 でも、それは、彼女の『闘いの終わりを』意味しなかった。
 正義感の強かった彼女は、『魔法少女を何とか救いたい』と、活動を始めたわ。
 でもね、インキュベーターの情報戦の前に、ことごとく敗れて行って、最後に見滝原に残った、自分の家族を盾に、闘い続ける以外に無かったの。その過程で、彼女も、颯太さんも。確かに多くの魔法少女を手にかけたわ。
 そして……斜太チカ! あなたなら、分かるハズよ。『彼女がどんな決意で、再び魔法少女になって、御剣颯太に力を貸すようになったか』」

 ……あ、なるほど。そこでそう来るか、巴マミ!!
 よし、面白ぇ! その前振り、引き受けた!

「っ!! ……嘘だ……だったら、コイツの姉貴自身が、前に出て来るハズだろう!」
「俺の姉さんはな……元々、沙紀よりも『檻』の能力に特化した、後方支援型の魔法少女だったんだよ。
 だから『影で動く事』に長けるようになっちまったんだ!
 そして、『檻』の能力は、沙紀にも受け継がれてた。同じ血が流れて居るからな」
「嘘だ……嘘だ……!」
「……じゃあ、見せてやるよ」

 そう言って、俺は自分の財布から……昔、魔法少女と魔法少年の姿で姉さんと撮影した、色あせたスナップ写真を取り出す。
 ……いや、人生、ナニが切り札になるか、分かんねぇな……

「っ……色が……あんた……」
「魔法少年の服の色は、な……『力を分け与える魔法少女のソウルジェムの色になる』
 ……つまりは、そういう事なんだよ。直接的な戦闘能力は、俺の方が上だったからな。
 もっとも、再契約の反動からか、殆ど能力なんか残っちゃいねぇし、ロクに身動きも取れねぇ……お陰で『魔法少年が必要な魔法少女が』増えちまったよ」
「っ!!!!!」

 完全に、動揺する斜太チカ。
 その動揺は、むしろ、手下の魔法少女のほうが、大きい。
 さもありなん。どうせ、彼女たちは殺し屋退治だとかで狩り集められたのだろうし。そこで、自分たちの『正義』を完全否定されるような状況に、なってしまったのだから。

「さあ、覚悟はいいな!?
 俺は……姉さんのためにも、沙紀のためにも! この闘いに負けるわけには行かないんだ!」
「……違う……違うんだ……あたしは……そんなつもりじゃなくて……」
「ウッセェ!!
 テメェみてぇな、他人を食いモンに覚せい剤に漬けて、言うこと聞かそうなんて外道に、負けるワケにゃ行かねぇんだよコッチは!」

 と……ココで。
 やっぱり、という声が混ざった、手下からの避難の眼差しが、斜太チカに突き刺さる。

「あんた……キュゥべえから貰った『魔法の粉』なんて言って、あたしたちを騙してたのね!」
「……そうか、道理でダルいと思った……」
「なんて……事……」
「あたしたち……あんたに……いや、キュゥべえにすら、騙されていたっていうの!?」

 動揺する手下たち。好機は……今しかない!!

「っ!!」

 全力で疾走し……俺は、海賊帽の真ん中にある、斜太チカのソウルジェムに向かって、抜刀!

「ぐあっ!!」
「っ……チッ!」

 微かに外れ、俺は彼女の右目を含めた、顔の右半分を斬り裂くにとどまる。
 ……意外と反応がイイ。単純な素質だけでも、彼女は相当だな。美樹さやか並みか、それ以上かもしれん。

「くそっ! 本当にハッタリじゃねぇのか……チクショウ!
 ……おい、お前ら! やっちまえ! 『正義』みせろや、オラァ!!」
「でっ、でも!」
「馬鹿言わないでよ!」
「今更、後に退くとかヌカしてんじゃねぇ! こいつも、こいつの姉貴も、殺し屋がアンタら見逃してくれると思ってんのか!
 後で魔法のコナでもグリーフシードでも、幾らでもクレてやる! オラ、ダッシュだーっ!」

 その言葉に、再度動揺する手下の魔法少女たち。
 ……上等である、斜太チカ。
 ハッタリ勝負で、今の俺と巴マミとの組み合わせに、勝てると思うなよ?

「そうか……そんなにお前ら『好きこのんで』俺に皆殺しに遭いたいんだな? そんなに俺の、刀が見てぇってんなら……十万億土、仲良く踏むかコラぁ!?」
「そうよ! 彼女はあんたらの事なんて何とも思っちゃいない人でなしよ! さあ、『どっちに正義があるか』! あんたたち自身が考えなさい!! それでも闘うっていうなら、颯太さんとあたしと、ここでみんな一緒に死ぬしかないのよ!」

 狂気を見せる俺、正義を見せる巴マミ。
 実にいいコンビで、周囲をペースに巻き込んで行く。

 ……御剣詐欺って言われるのも、しょーがないかもなぁ……

「どっ、どうするのよ……どうする?」
「わっ……私は……」
「そ、そんなつもりじゃ……こんな事になるなんて、思わなくて!」
「だって、あんた……本当に殺したんでしょう!?」

 その問いかけに、俺は笑って答えてやる。

「ああ、殺したよ! 好きでも何でもなく殺したよ! いっぱい殺したよ! 今でも殺した奴らが夢に出てきやがるよ!
 『何も知らなかった』、『あたしは知らない』。そう言って、みんな死んで行ったよ! ……だから今更、『十人そこら増えようが』俺にとっちゃ、もうどーでもいい話しなんだよ!
 ……言っておくがな……俺は、無理心中図ろうとした父さんと母さんを、姉さんと妹を守るために殺してる、人殺しなんだぜ!?
 姉さんが『魔法少年』なんてやる前から、俺はデフォで人殺しなんだよ!!」

『っ!!』

 完全に、パニックになる手下共。
 そして……

「ひっ……ひいいいいいっ!!」

 恐らく……一番、脆い魔法少女なのだろう。
 この状況に耐え切れなくなった、彼女のソウルジェムが、真っ黒に染まっていき……

「っ……がっ……ぎぐぐぐあがあああああああああああああああっ!!」
「チッ……始まっちまったか!」

 魔女として実体化した瞬間。即座に、俺の斬撃と、巴マミのマスケットが、炸裂。沈黙させる。
 後に残ったのは、グリーフシードが一個。
 ……ふう。雑魚でよかった。

「……何」
「一体……何があったっていうの?」
「リカ……リカ……あっ、あんたたち、リカに何をしたの!?」
「俺は何もしてねぇよ。普通に『魔法少女が魔女に化けただけ』だ」

 さらっと。事実だけを、端的に言ってのける。

「魔……女に……何、どういう……事?」
「見ただろう。そのまんまだよ。『魔法少女は、いずれ魔女に化ける』んだ!
 お前らが日ごろ使ってる、グリーフシードってのは、基本的に誰かの魔法少女のソウルジェムの『なれの果て』なんだよ!
 ついでに言うとな。覚せい剤なり何なり使えば、確かに『強くはなれる』。だけど、魔力も暴走状態、感情も不安定。一気に魔女に近づく、破滅の一本道だ!
 ンで『そんな連中を放り込んで、自分だけ助かる』ために、『魔女の釜』ってのはあるんだよ! それが、俺も姉さんも、徒党を組まなかった一番の理由で、姉さんがキュゥべえに抗い続けてる一番の理由だ!
 ……俺だって、好きこのんで『魔女の釜』を運用してるワケじゃねぇんだよ!」

『!!!!!』

 今度こそ。
 彼女たちは、自分が『斜太チカの魔女の釜の餌にされる』と、理解できたらしい。

「あっ、あっ……あんたはぁぁぁぁぁ!!」

 ガァン!!

 次の瞬間。斜太チカは、自分に向かってきたかつての手下の、ソウルジェムを狙って、ピストル……巴マミの扱うマスケットを短く切り詰めたような、ソレを発砲した。
 ばったりと……それだけで、彼女は倒れ伏す。

「ったく……あたしとした事が、迂闊だったぜ。
 正義の味方気取ってお上品に澄ましたツラして……この土壇場で、あんたらトンだ喧嘩芸見せてくれるねぇ、巴マミ!」
「喧嘩芸? 何の事かしら?」
「知らねぇか? 誰に教わったんだか知らねぇが……上等だよ。
 元々、あたし一人でやってきたんだ……あたしはあたしが欲しいモンのために、やってきてんだ……今更『誰が何人死のうが』、関係ねぇ! 『あたしの邪魔する奴らは』全員、ブッ殺してやる!」

 そう言うと、彼女はドリトスを飲むように、ざらざらとポケットからドラッグを口にする。

「っ……テメェで……」

 ドラッグのバイヤーが、ドラッグに手を出す。
 破滅の典型的パターンだ

「っく……くっ……カカカカカぁああああああっ!!」
「っ……!!」
「なんて……魔力!」

 元々の素質もあるんだろう……これは、迂闊な魔女より危険だ。
 だが、逆に好都合。
 この状況下、彼女は周囲全てを敵に回してしまっている。

 が……

「っ!? 沙紀っ!」

 カウンターの中の沙紀を担ぐようにひっ浚うと、斜太チカはその場から逃走する。
 ……チクショウ、暁美ほむらは何やってんだ!?

「ヒャッハー!! ちゃっちゃとついてこいよっ、オラァ!!」
「テメェ、待ちやがれ!」

 フリントロック式のピストルを、使い捨てるように発砲しながら逃げる斜太チカ。
 そして……

 ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ!!

 無造作な銃声。
 奴がホールから抜けて、階段を下りた目の前に。
 デザートイーグル50AEを構えた暁美ほむらが、斜太チカに向かって発砲したのだ。

「ぐぁっ……何……マジモンの……チャカだと!?」
「……ストライクよ」

 さらに発砲。
 斜太チカの眉間に、銃弾が叩きこまれる。

「……もう大丈夫よ」

 などとドヤ顔で格好つけてるが、余程慌てていたのだろう。
 暁美ほむらの体には、ガムテープのようなモノだとか。あまつさえ左足は虎バサミみたいなモノにまで、噛みつかれたままだった。
 ……あ、なるほど。遅れてきたのはそういう事ね。そりゃ時間停止でどーにかなるモンじゃないわ。

 と……

「あ……け……」
「危ねぇっ!」

 復活した斜太チカが、カトラスを振りかぶって、暁美ほむらに襲いかかる。
 それを、紙一重で回避する、暁美ほむら。

「ぐあああああああああああああああ!!」
「くっ……なんて魔力とパワー……もう復活するなんて!」
「逃げろ、暁美ほむら! 沙紀を頼む!」
「分かったわ!」

 そう言って、暁美ほむらの姿が消える。……きっと、時間停止の能力を使う事を、ギリギリまで躊躇っていたのだろう。
 ……チッ、もったいつけやがって!

「くっそ……どこに消えやがっ……そこか、待てぇぇぇぇぇ!」
「くっ、行かせな……!」

 マスケットを構える巴マミを、俺は制する。

「よせっ! あいつの魔力は暴走状態だ!
 そんで、幾らアイツでも、徹底的に『逃げ』に回った暁美ほむらを捕まえられるとは、俺には思えネェ。
 だから、ある程度、魔力そのものが枯渇する自滅を待って、慎重に追いつめるべきだぜ」

 そして、テレパシーで暁美ほむらに、その旨を伝える。

『そういうわけで、お前の役割を変更する! 沙紀を保護しながら餌にして、あいつの鼻っ面の前で踊って、引っかき回す事だ。
 ……出来るな?』
『御剣颯太……一言言っていい?』
『なんだ?』
『私に、大岩に追い回される、インディ・ジョーンズになれって言うの?』
『知るかよ! 無理だと思ったら適当に逃げろ! お前も実戦派なら、そのくらいの呼吸は分かるだろ!? ……まあ、お前があんなのに掴まるワケが無いだろーしな』
『っ……了解したわ。でも、私が殺したほうが早いんだけど』
『お前は『魔法少女殺し』を、した事があるのか? 
 何で、あの時『ソウルジェムを即、狙わなかった』? ……直接手を汚すのは、俺の仕事だぜ』
『!! ……ありがとう。御剣颯太』
『舐めてんじゃネェぞ、てめぇらぁぁぁぁぁぁぁぁ!! うおおおおおお!!』

 俺たちのテレパシーに割り込んで、雄叫びをあげる斜太チカ。
 と……

「颯太さん……沙紀ちゃんだけでも、逃がすべきでは?」
「いや、逆だ。
 アイツは『魔女の釜』を諦めねぇ……ココでケリをつけなきゃ後が面倒な事になる!
 こいつらみてぇに『何も知らなかった』で通そうとするド素人集めて、また同じ事をやらかすぜ?」

 『びくっ』と……その場に生き残った全員が、怯えたような目で、俺と巴マミを見上げて来る。

「っ……!! そう、ですわね」
「ああ。だから……巴さん、『奴も含めて、ここにいる全員、俺が始末をつける』。
 アンタは手を汚さなくていい」
「っ!! そんな!」
「……頼むわ」

 そう言って。
 目線で『あわせてくれ』とだけ……テレパシーで悟られる事も無いように。

「……そうね。
 颯太さんと、そのお姉さんの事を考えたら……あなたたちは全員、この場で死んでもらうしかないかもしれないわね」
「そんな……」
「私たち、本当に知らなかったんです!」
「騙されたんです! 信じてください!」

 そう懇願する彼女たちに、俺は笑いながら。

「ああそうだな。そこん所だけは信じてやるよ。
 お前らは!
 騙されて、魔法少女になって。
 騙されて、覚せい剤に手を出して。
 騙されて、俺の妹を誘拐して。
 騙されて、俺の妹をシャブ漬にしようとして。
 騙されて、俺と妹を殺そうとして!
 そんなお前らが騙された結果、俺の姉さんが犠牲になって!
 で、次はお前ら『何に』騙されて俺を襲うつもりだ!?」

『っ!!』

 全員が答えられなくなる。答えられるワケが無い。

「悪いけどな。
 俺の縄張りに踏み込んだ連中も『そんな奴ら』ばっかだったよ……そんで、騙されまくったお前らは、最終的に『ブギーマン』にでも化けて、家族や友達を食う事になるわけだ!
 『騙されたんです、ごめんなさい』。それで済めば、世の中、警察も魔法少女も魔法少年も要らねぇんだよ!
 ……そんでな、そーいう連中を『魔法少年をやる前から』殺しまくってきた俺にはな? もーアカの他人のテメーらなんぞに、一片の同情の余地も沸かねぇんだよ……」

 うすら笑いを浮かべて、慎重に追い詰める。
 ……何しろ、十人以上の魔法少女全員に暴発されたら、危険なのはコッチだし。

「っ……そんな……そんな!!」
「嫌だ……嫌ぁ! 助けて、ママ!!」
「やだよ……こんなの酷いよ! あんまりだよ!」
「酷いのはドッチだ!! 正義だ奇跡だ魔法だ何だと気取って! テメェらがやってきた事をもういっぺん振り返ってみろ!
 お前らがやってきた事はな! 未成年者略取、拉致監禁、薬事法違反、どこをどう逆さに振るった所で、犯罪者なんだよ!」

 自分を思いっきり棚にあげて、とりあえず叫ぶ。
 ……俺の場合は、殺人と、武器密輸だもんなぁ……結構ヘビーだわ……

「じゃあ……じゃあ、あんたは正当防衛だって、言いたいの!? あんたがあたしの友達を殺した事に、何の罪もないっていうの!」
「話きいてねぇのか? 最初から、俺は『人殺しだ』って言ってんじゃねぇか!
 どっかの誰かさんにダマされた、父さんも母さんも含めて! 俺自身と大切な妹を……『家族を殺しに来た連中から家族を守るために』殺し続けた『タダの人殺し』だっつってんだよ!!
 ……だから、お前らを殺す事に、もーなんも感じたりしねぇ……もう家族を無くす事以外『何も怖くねぇ』んだよ、俺は……」

 改めて。
 彼女たちは、愕然となる。
 誰を敵に回してしまったか。自分が何をしてしまったか。
 それを、ようやっと悟ったのだろう。自分が『終わり』を目の前にしているという事実に。

「さあ、小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いキメる覚悟完了、OK!?」
「ひっ……ひっ……」
「いっ、いっ、嫌ぁぁぁぁぁっ!」

 完全に腰が抜けてる魔法少女たちに、俺は『高々と刃を振りかぶり』……

 ガキィィィン!!

 振り下ろした刃を、横合いから差しだされたマスケットで『止める』。

「テメェ……」
「逃げなさい、あなたたち!!」

 巴マミの言葉に、全員が救いの目を見るように、戸惑う。

「あ、あんた……なんで」
「勘違いしないで! 『正義の味方として』ここで颯太さんに、人殺しの罪を重ねさせたくないだけよ!
 ……いいこと、二度と彼に関わらないでちょうだい!」
「止めるなあ! こいつら殺さんと、また殺しに来るぞ!」
「ここは私が喰いとめるわ! だからあなたたち、逃げなさい!
 そして、絶対に二度と、彼や妹たちに関わらないで!」

 そして始まる、剣劇の乱舞と、銃撃の交差……豪快に、そして『派手に』銃弾と刃が交差する。

「ひっ……ひいいいいいいいっ!!」
「きゃああああああああああああっ!!」

 そして、全員が。
 尻に帆をかけて逃げ出すのに、そう手間はかからなかった。
 そして、誰も居なくなった後………

「……こんなもんで、いいかい? 『正義の味方』さんよ?」
「ええ、御苦労様。『殺し屋』さん」

 溜息をつく。
 ……まったく……

「正義の味方に『合わせる』のも、楽じゃねぇなぁ……」
「流石に、私の前では、ね……それに、あの状況なら颯太さん。本気で殺せてたでしょ?」
「当たり前じゃねぇか。殺る気満々だったんだぜ? こっちは」
「……そうかしら?」
「どういう意味だよ!」
「いいえ。別に……」

 微笑む巴マミに、俺は憮然としながらも。

「……しっかし……あいつら、本当に大丈夫かな?
 麻薬中毒の依存症は本気で強烈だから、幾ら魔法少女の魔力で治せるっつったって、また手を出すんじゃねぇのか?」

 むしろ『魔力で治せるからこそ』、また安易に手を出しそうで、怖い。
 ……ま、依存症になって暴走して魔女化しようが狩るだけか。そこまでは俺の知った義理ではない。

「それが問題よね……全く。斜太チカも、とんでもない事をしてくれたわ」
「まったくだ……」

 と……

『御剣颯太。そろそろよ……斜太チカのソウルジェムが、良い感じに濁り始めてる』
『了解。今すぐ、『建物の中の』安全な場所に逃げながら、沙紀を確保してくれ』
『!! ……分かったわ』
『くそぉおぉぉぉぉぉ、テメェら、テレパシーでやりたい放題してんじゃねぇ!! ふざけんなぁぁぁぁぁ!!』

 さて、と……
 俺は、壁に斜めにぶら下がっていた、ボウリング場の地図を見ながら、確認する。

「二手に分かれて、回廊を回って……こんな感じで、最終的にはココ。
 ……多分、元はプールか何かだったんだろうな? このへんで落ち合おう。
 ただ……巴さん。『この騒動のケリそのものは、俺の流儀で』カタをつけさせてくれ」

 それは、斜太チカを殺すという意思表示。
 それを……巴マミは、了解しした。

「……分かりました。私が見つけた場合、このプールまで誘導します」
「頼むぜ……相棒」

 そう言って、俺と巴マミは、回廊を歩き始めた。



「颯太さん。……お望み通り、連れて来ました」

 結局、俺は奴とは出あわず。
 巴マミが、斜太チカを、さびれて水の無いプールの、プールサイドに連れて来る形になった。

「っ……ぜっ……はっ……はぁ……目が、右目が痛ぇ……チクショウ、面白くネェ……ムカツクんだよ、テメェら。
 ……妹なら居ねぇよー? あたしがアイツ撃って捕まえて、シャブ追加しちゃったから。
 ほら、用済んだろ? ちゃっちゃと家に帰って、残った老い先短い姉ちゃん相手に、得意な料理でもしてなよ?」

 ボロボロになりながら、俺の前に現れた斜太チカの言葉に、俺は内心、せせら笑う。

「オメェのよーなド汚ぇ悪党が『人質も連れずに』、俺や『正義の味方』の目の前に、自分から現れるワケが無ぇ……そうだろ?」

 ハッタリが安いんだよ、クソ袋が……

「っ……ふざけんじゃねぇ……あたしは……あたしはただ……アンタが」

 その言葉をさえぎるように。
 俺は、『兗州(えんしゅう)虎徹』を手に、居合いの構えを取る。

「好きなように……『抜いて』みな」
「っ!!」

 この期に及んで、言葉は無意味。
 そう、示し……彼女も、両手を下げて、構える。

 刹那。

 魔法少女特有の、変則的なクイックドローで、彼女は右手でフリントロックのピストルを抜き……

 キィィィン!

『!?』

 その銃弾を、俺は『斬って』捨て、更に一歩踏み込んで反対側で抜いたピストルだけを『銃身ごと』斬って捨てると、詰め過ぎた間合いにあわせて刃を翻し……彼女のソウルジェムを、柄頭で砕きながら、枯れたプールの中まで吹っ飛ばした。

「おめぇみてぇな外道の死に方にゃあ生温いが……警察がいるからな。『証拠』が残せねぇんだヨ……」

 人間の姿に戻った、斜太チカを見下ろしながら。俺はそう嘯いた。
 そう。
 本音は、死体を『兗州(えんしゅう)虎徹』で微塵に刻んでも、なお飽き足りないが。
 そこは、ぐっと我慢である。

 今夜、この場で死んだのは三人。
 薬物反応は、死体からも出るだろうから、結局、全員、クスリの過剰摂取(オーバードース)や過剰反応で死亡……そういう筋書きだ。暁美ほむらが撃っちゃったのは、ちょっと焦ったけど。
 まあ、その傷は魔法少女やってる段階で治ってたみたいだし、弾も体からこぼれて適当な場所に転がってそうだし、問題は無かろう。

「……と、いう筋書きで。
 沙紀の誘拐の事は伏せて、連中に口裏合わせるように、頼めねぇかな? 巴さん?
 なに、主犯を斜太チカって事にすりゃあ、警察も納得してくれるしな……魔法少女の力で体を治して『何も知らない一回目だったんだ』って事にすれば、厳重注意くらいじゃねぇの? 多分」
「承ったわ。でも……」

 彼女の言いたい事は、分かる。
 彼女を殺しても、次が現れかねない。麻薬や覚せい剤の問題は、『存在する事そのもの』が、罪の引き金なのだ。
 だから……

「安心していい。……少なくとも、斜太興業の連中は『確実に不幸になる』から♪」
「はっ、颯太さん?」
「あのさぁ、巴さん……『俺や師匠みたいな人種を怒らせた、斜太興業みたいな外道が』、どういう末路を辿っていくと、思う?
 くっくっくっくっく……ひーさーしーぶーりーだーなー、師匠の真似事なんて……くっくっくっくっく!!」

 ニッコリと微笑みながら。
 俺は、斜太チカの事なんぞ綺麗さっぱり忘れて、その大元である斜太興業の連中を、『どう料理してくれようか』と……まさに、キッチンに極上の和菓子の素材を迎えたのと、同じような思いで、思考を巡らせていた。



[27923] 第三十六話:「ねぇ、お兄ちゃん? ……私ね、お兄ちゃんに、感謝してるんだよ?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/08 18:43
「もしもし、御剣です。朝早く、失礼します」
『おお、どうしたね? ……君が、学校じゃなくて、直接かけて来るとは、珍しい』

 朝六時。
 電話口に出た、寝ぼけ声の担任に、俺は、ケータイ越しにでも頭を下げる。

「その、沙紀の奴が法事で都内に出たついでに風邪もらってきちゃいまして。まあ、今のところ、そんな酷くは無いんですが……すいません!! 一日……今日、一日だけ、おねがいします!
 ある程度は沙紀自身も、自分で出来るように躾けてますので、今日を超せれば何とかなると思うので」
『ん、分かった。忌引きの日数を、一日増やしておくよ。課題とレポート、ちゃんと提出したまえ』
「すいません。ありがとうございます!!」

 嘘をついてる罪悪感というか……まあ、そんな感じで。
 とりあえず、沙紀の通ってる小学校にも、こんな感じで連絡を後で取る事にして、と。

「さぁってと……大丈夫か? 手伝おうか?」
「……結構よ」

 思いっきりトラップに引っかかったガムテープだの粘着剤だのを、巴マミと沙紀にひっぺがしてもらいながら(流石に、トラバサミは逃げる途中で外したらしい)。
 暁美ほむらは、鉄面皮のまま、憮然とした表情で俺に答えた。

「無様な所を見せたわね。イレギュラー。『次』は上手くやるわ……」
「タコ! 『次』なんてあってたまるか!」
「っ!! ……ごめんなさい」
「まあ、しょうがねぇよ……お前にとっても、想定外だったんだろ、この騒動?」
「それどころか、『斜太チカ』って魔法少女そのものが、私の知らない存在だったわ」
「だろうな。お前さんは普通、罠に引っかかりようが無いもんなぁ……」

 繰り返しやってりゃあ、罠の位置なんて引っかかる道理もない。
 時間遡行者にとって、確立的に引っかかるようなトラップなんて、無意味に等しい。
 ……例外は、俺みたいな『最初の一回目』以外は。

「……!」
「何か、気付いたのか?」
「いえ……何でも無いわ」

 と……

「暁美さん。顔のテープ、はがすわよ」
「マミお姉ちゃん、そっち持って。
 ……あ、お兄ちゃんゴメン。ちょっとこれベッタリ張り付いてガンコだから、暁美さんの頭、押さえててくれない?」
「ショウガネェな……いいな? 押さえるぞ」
「わかったわ」

 彼女の承諾を得て、俺は暁美ほむらの頭を押さえこむ。

『せーのっ!!!』

 そう言って、息を合わせて、暁美ほむらに絡んだテープを剥がして行くのだが……
 さて、考えてみましょう。
 クールな鉄面女気取った魔法少女の顔面が、テープ芸でびろーんと伸びた『福笑い』状態で、崩れて行くその構図を。

「……ブッ!! ……くっくっくっくっく!!」
「っ……お兄ちゃん……笑っちゃ……彼女も女の子……ックックック!」
「ごめん、暁美さん……ちょっとごめん……力が抜ける」
「………………『次』は無いわ」

 鉄面皮で憮然とした表情はそのままに。でもどこか腐った表情で。暁美ほむらはつぶやいた。



「っ……はっ!!」
「よぉ……気付いたか?」

 暁美ほむらの『テープ芸』を堪能して……危うく、射殺されそうになりながら、何とか見られる程度に綺麗にすると、再びケータイでタクシーを呼び、巴マミと暁美ほむらと沙紀を連れて、俺の家に帰った後。

 いつもは、沙紀を寝かせてる、エアコンガンガン&氷枕全開の専用布団の中で、美樹さやかは、目を覚ました。

 ……流石に、沙紀ほどソウルジェムと肉体が分離されている状態に慣れてはおらず、元の肉体との同調に手間どったが。

「……勝ったんですね、師匠」
「ああ、助かった。
 御剣沙紀の兄貴として、礼を言う。この通りだ……ありがとう」

 そう言って、俺は美樹さやかに頭を下げた。

「そんな……弟子として当たり前の事です」

 その言葉に、俺は……

「……うむ。そうか。
 ならば、『師として』言わせてもらおう…………くぉの馬鹿弟子があああああああああああああっ!!!!!」

 そう言って……思いっきり拳骨を振りかぶり、美樹さやかの脳天に落とした!!

「うにゃああああああああああああっ!! しっ、しっ、師匠!?」
「悪党を簡単に信用するな! 無駄に格好つけて命を危険にさらすな! 命を張ることと、命を投げ捨てる事とは違う!
 ……いいか、お前が今夜、カマした博打は、正直『命を投げ捨ててるも同然』の所業だ!
 勝算なんて、ゼロから1%に上がった程度のレベルに過ぎん! そして、そんな確立に命を賭けるのは『博打』とは言わん!
 ただの自殺行為で愚かな蛮勇で、無謀に過ぎん! お前はあの段階で、勝算が無いと思って逃げるべきだったんだ!
 ……今回は本当に、本当に、本当に!! 『たまたま運が良かったダケ』だと思え!!
 いいか、『俺の弟子』を名乗りたいのなら、絶対に二度と、こんな『命を投げ捨てるような真似』はすんじゃねぇ!!」
「はっ、はっ、はいいいいいいいいいいい!?」

 襟首掴んで、ガックンガックンガックンとしながら……ふと、馬鹿らしくなった。
 ……クソ! 殺すかもしれない相手に、何言ってんだ俺は……

「わっ、わかってます……でも……」
「でも? 何だ!? 申し開きがあンなら、言ってみろぃ!?」
「マミさんと師匠の、ハッタリ全開のやり取り、かっこよかったです。あんな大勢の敵相手に、大ウソ信じ込ませる啖呵を切って。
 ……やっぱ、ベテランの魔法少女や魔法少年って、凄いなぁ……って」

『……え!?』

 その場に居た、全員……沙紀以外、絶句した表情で(沙紀は『しまった』といった顔で)、美樹さやかを見る。

 ……ちょっと待て? 美樹さやかは、ここで死体になっていたハズじゃないのか?

「ま、待て? お前……何を言ってるんだ?」
「え、えっとですね、その……夢、みたいな状態だったんですけど。見えちゃったんです。師匠が『魔法少年』になった直後から、かな?
 特に、師匠が、斜太チカの銃弾とピストル、真っ二つに斬ってソウルジェム砕く所とか……凄く、シビレました!!
 あと、ああいった、こう……『土壇場で光るベテランの凄み』っていうのかな? 師匠とかマミさんとか二人とも、状況の判断が凄く的確で、ただ『殴り合いに強い』ってワケじゃなくて。
 あたしも、あんな風に強くなりたいな、って、本当、思いました!」
「……おそらく……『魔力の同調』の結果だと思うわ。
 『魔法少年』の肉体……この場合、御剣颯太の体を、美樹さやかのソウルジェムが、擬似的な肉体として誤認識してしまった結果ね。
 勿論、肉体の主導権は御剣颯太にあっても、美樹さやかの魂まで死んでいるわけでは無いから、そういう現象だって起こり得るハズよ」

 暁美ほむらの解説に、俺は愕然となる。
 ……待て? するってぇと? 沙紀の奴は?
 俺が『魔法少年になって、ドンパチやってきた』全てを、見てきているというのか?

「道理で……
 小学生にしては、恐ろしい程の精神的なタフさを、沙紀ちゃんが持っているハズだわ。
 颯太さんの闘いを『一番間近で』見続けてきたのなら、嫌でも鍛え上げられるハズだもの……」

 巴マミの言葉に、俺が顔面蒼白になる。

「……沙ぁ紀ぃいいいいい、何で言わなかったぁっ!!」

 襟首ひっつかんで、沙紀を問い詰める。

「だって……お兄ちゃんがそれ知ったら『今まで魔法少女にやってきた、あんな事やこんな事』出来た?」
「うぐっ!!」

 今でも思い出す。
 魔法少女たち相手に、口先一つで破滅に追いやったり、他人には迂闊に言うに言えない、キリング・スキルの手管含めた諸々を……

「だからね、お兄ちゃん。私は……魔法少女『御剣沙紀』は、魔法少年『御剣颯太』の『妹』なんだよ♪」

 ニッコリと、邪悪に輝く瞳で俺に微笑む沙紀。
 ……つまり、俺は……沙紀の奴に、今の今までずっと『御剣詐欺』にかけられていた、って事なの……か!? ……猫を被って、大人しい顔して……そんな、馬鹿な! 俺の妹がそんなに邪悪なワケが無い!!
 
「っ!!!!! いっ、陰謀だっ! こ、これはインキュベーターの陰謀じゃよ、ぎゃわーっ!!」
「ドコのモテモテ国王様よ! 諦めなさい! お兄ちゃんの『御剣沙紀 大和撫子計画』なんて、最初っから破綻してるのよ!」
「嘘だーっ!! 俺は信じネェーっ!! 絶対インキュベーターの仕業だーっ!!」
「諦めなさい、お兄ちゃん! 真実は常に一つって、名探偵も言ってるでしょ! 今更、こんな性格、矯正のしようなんて無いわよ!!
 安心して、ちゃんとお兄ちゃんに習って『猫の被り方』だって憶えたんだから。ちゃんと魔法少女辞められたら、上条さん騙してでも捕まえて、お兄ちゃんの前に連れて来るわよ!
 ……あ、言っておくけど、美樹さん。
 今回は、話を聞く限り、マミお姉ちゃんが居たからこそ『カッコイイ』闘い方してたんだと思うけど。
 『お兄ちゃんだけで本気になった』時の喧嘩は、もっとエグくてド汚いわよ!? 多分、弟子になりたいとか絶対言えないと思う、本当に!! あたしだって最初、あの『優しいお兄ちゃんが』って信じられなかったし、本気でトイレで吐いちゃったもの!」
「沙紀ぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!!
 ……くっ、くそぉっ! これは絶対に、絶対に、インキュベーターの陰謀だっ! あいつが、沙紀の性格をココまでひん曲げちまったんだ!!」

 と……

「いい加減、現実認めようよ、お兄ちゃん。
 あ、それじゃ魔法少女三人に聞きました。
 私こと、御剣沙紀が、『御剣詐欺』をマスターしたのは、お兄ちゃんのせいだと思う人、手を上げて!」

 などと、その場に居た三人に、話を振りやがる沙紀。

「はい! 間違いなく沙紀ちゃんは師匠の妹だと思われます!」、と手を上げる美樹さやか。
「議論の余地すら無いわね」と、手を上げる暁美ほむら。
「流石のキュゥべえも、陰謀を差しはさむ余地すらありませんわね」と、巴マミまで……

「っ……そんな……そんな……」

 愕然となり、その場に膝をつく。

「沙紀は……沙紀にだけは『人の道』を真っ当に歩んで、真っ当な幸せを掴んでもらう……俺はそのために、そのためだけに、今日の今日まで、生きてきたってのに……」

 頭を抱え、悶絶。
 流石に、こんな事を知ってしまっては、沙紀のソウルジェムを使って闘い続けるなんて、出来るわけがない。

 ……と。

「ねぇ、お兄ちゃん? ……私ね、お兄ちゃんに、感謝してるんだよ?
 美味しいご飯作ってくれて、必死になって魔女や魔法少女と戦って、あんな酷い悪夢にうなされながら、自分の事だっておろそかにしない。お姉ちゃんの遺産を必死になって管理して、誰よりも頑張って……やりたくもないのに、あんな酷い事して。本当は泣いてるんだ、って。
 だからね……何も言えなかった。今みたいなワガママなんて、言うに言えなかったの」
「……沙紀……お前……」

 『以前のギラギラと張りつめながら、沙紀ちゃんにだけ笑顔を見せるあなたを見ていては、沙紀ちゃんは安心して甘えるなんて、出来なかったのではないかと』

 あの時の、巴マミの言葉が頭をよぎる。

「お兄ちゃん、ありがとう……だからね、私、いつ死んでもいいの。
 魔法少年、やめたければ、やめていいよ?」
「ダメだっ! 沙紀! お前は! お前だけは!」
「じゃあさ、今日みたいに、さ。他のみんなを……魔法少女を、信じてあげて。
 美樹さんや、暁美さんや、マミお姉ちゃんや……特にさ。マミお姉ちゃん来てから、お兄ちゃん変わったよ。
 もちろん、インキュベーターが後ろに居るわけだから、全部が全部、無条件で信じるわけじゃないけどさ……それでも、魔法少女全部を敵視するのは、もうイイと思うんだ」
「っ!!」
「……大丈夫だよ。お兄ちゃんが一緒に居てくれるなら。私、もう何も、怖くないから。
 だって、約束してくれたじゃない。最後の最後、魔女になる前に、ソウルジェムを壊してくれる、って」
「沙紀……お前は……」
「だってさ。『あのくらいで折れてたら』御剣颯太の妹が、勤まるワケ無いじゃない!
 それに、今はマミお姉ちゃんの庇護下なんだし、斜太チカの一件で、真相がバレまくっちゃった状態じゃない。
 ……たぶん、安易に騙されて、お兄ちゃん襲ってくる魔法少女は、減っていくと思うよ?」

 と……

「御剣颯太。ひとつ、聞きたいんだけど」
「……何?」
「斜太チカから私が逃げ回ってた時でも、結構な数の魔法少女が居たと思うわ。
 正直、巴マミと二人でも、苦戦は免れなかったと思うのに、死体は二つだけ。そして、他の面々は、闘いもせずに逃げ出した。
 一体、どういう事なの?」

 暁美ほむらの質問に、俺は、あの状況を答えてやる。

「ん? 単純だよ。『兵は脆道なり』『兵を攻めるは下策、心を攻めるは上策』……孫子の兵法って、知ってる?」
「……どういう事?」
「えっとな、『魔法少女』っつっても、あの場に居たのは、斜太チカや佐倉杏子やアンタ並みに割り切った奴らばかりじゃねぇ。
 基本的に『正義の味方』で『自分自身が絶対正しい』って思いこんだ連中が、シャブ嗅がされて軽くイッちってる程度の……そんな連中だったんだよ。
 しかも『圧倒的優位な状況だった』って事が、逆に災いした。『考える余裕』ってモンが出来ちまうからな。
 それが、まず最初に、巴さんと俺とがカマしたハッタリで、連中の『自分自身の立場が正義だ』って、大前提が崩壊しちまった。
 さらに、斜太チカは、グリーフシードとシャブをちらつかせて士気を鼓舞しようとしたけど、それを、俺と巴さんがキレ倒してのける事で、全員の中に『自分は死にたくない』って心理を働かせて、全体の動きを封じたんだ。『誰かが行くだろう。自分はその後ろについていけばいい』ってな。
 誰だって、好きこのんで『優位な状況で、死にたくなんてない』『自分だけは安全圏に居たい』。烏合の衆の心理ってそんなもんなのさ。
 だから、暴走族なんかは、そういう状況で突っ込んで行く切り込み専門の『特攻隊』ってのが居たりするし、インターネットの掲示板を、目的を持って組織的に荒らす場合、最低一人は『先頭切って場を荒らす粘着屋』がいるわけで……もし、最悪の予測として、斜太チカが佐倉杏子と組んで、どっちかが特攻役でつっかけてきたとしたら、俺たちの命は無かったな。

 まあ、仮定の話はともかく。

 ンで、トドメになったのは……まあ、相手の自滅なんだが……魔女化しちまった魔法少女が出ちまった事だな。これが決定打だった。シャブつまんで暴走状態だったのに、立て続けに起こった状況の変化に、パニックになっちまったのがマズかったんだろーなー……。
 そこで、俺が魔女の釜の種明かしをして、斜太チカは完全に孤立。……沙紀を拉致られちまった時は、マジで焦ったけど、お前さんが本当にベストタイミングで現れたのが、運がよかった。そして、お前さんに頼んだ仕事通り、斜太チカは自滅していったって寸法だ。

 あとは、指揮官と、正義を失って、さらに魔女化の事実でパニックになった烏合の衆の魔法少女たちに、俺が追い込みをかけた。
 『殺してやる』って……な。
 ……正直な話、『魔女化の事実』なんぞよりも、目の前に『日本刀引っ提げた、殺意バリバリの殺人鬼』に迫られるほうが、よっぽど恐ろしいだろ? 少なくとも、『魔女化』なんてのは『いつか』の話しだけど、『目の前の殺人鬼』は、今、即、目の前に迫った死だからな。
 そんで、もう戦闘能力……というより『戦闘意欲』って言うべきか? そんなもんなんて、欠片も無くなっちまった連中は、腰を抜かしてあとずさる羽目になって……殺すつもりで振り下ろした刃物を、巴マミが受け止めて『逃げなさい!!』って言った。

 ……正味、彼女がココまで合わせてくれるとは、俺も思ってなかったんだが……この『逃げなさい!!』って言葉が、最後のキーワードだな。
 そんな風に追い詰められた人間は、普通、窮鼠猫を噛むで暴れまわるんだが、そこに具体的な逃げ道を与えると、そっちに走っちまうんだ……本音言えば、その逃げ道にトラップ仕掛けておきたかったんだが、まあ、時間も無かったし、仕方ない。
 後は、消耗し尽くした、斜太チカを、俺がバッサリと処分。
 死体は適当に近場に並べて……あとは巴さんが、逃げた魔法少女たちに連絡を取っておけばいい。……『多分、死人出てるから、警察来るよ』って。
 ンで、巴さんに話したとおり『全部を斜太チカにおっ被せちまえばイインジャネ?』『魔力で体を治して、一回目だったって事にして嘘泣きでも何でもすりゃあいい』って、彼女たちに囁けば……もー彼女たちは、心理的に巴さんに逆らえんな。
 何しろ、うっかりすりゃ彼女たち、自分たちが『正義の味方』どころか『間違って殺人未遂&誘拐&覚せい剤使っていた上に、正当防衛を盾にとった殺人鬼に殺されかけた』ところを、『巴さんが救ってくれた&後始末までつけてくれた』って事になるわけで。
 ……まあ、恩を忘れて、生意気な事を言い始めたら、『あの時の殺し屋さんが来るわよ?』『警察に行きましょうか?』って囁けば、大体黙るだろ?」

 とりあえず、斜太チカが主犯なのは間違いないので、きっちりと全ての罪を背負って冥土に逝ってもらいましょう。……それに、この件に関しては、俺の復讐はまだ終わっていないし。

「ああ、そうそう。ついでに、俺からの伝言で、こう付け加えといてくれると、助かる。
 『誘拐の事実は黙っててやるけど、今度、俺の縄張りにチョッカイかけてきたら、それ含めて警察に垂れこんじゃうぞ』って。……いくら魔法少女だから、っつったって家族も居るだろうし、学校もあるだろうしな。
 佐倉杏子や巴さんや俺みたいなみたいな『天涯孤独』ってばかりでもあるめーし、中には祈った奇跡の才能だけで『飯食ってます』って奴とかには、警察絡みは致命傷だろうし……」

 ふと、そこで、重大な事に気付く。

「……お前ら……家は、どうやって誤魔化して出てきた?」
「私は、元々独り暮らしよ」
「あ、私も」

 ふと……顔面蒼白な、美樹さやかを見る。

「お前……『何て言って、家を出た?』」
「あっ、えっ……えっとぉ……慌ててたから、黙って……」
「くぉの馬鹿弟子がああああああっ!! っていうか、お前ら学校はどうしたーっ! 連絡取ったんかい!?」

 『あっ』、って顔になる、沙紀以外の魔法少女全員。特に、美樹さやかは蒼白である。

「……とりあえず、沙紀。お前、いいわけになれ。
 あー、筋書きとしては、巴さん経由で沙紀が大熱出して寝込んでたのを知ったお前が、あの裏路地での恩を返すために、必死になって夜中コンビニとか走り回った、って事でOK!? 関係を疑われたら、鹿目まどかに連絡してもらえ!」
「あっ、ありがとうございます、師匠!」
「もし、ご両親に文句言われたら、俺が矢面に立ってやる!
 すんませんでした、ごめんなさい。っつって頭下げまくるから! 
 ただし、俺は基本は追い返そうとしてた、って事で。泥はお前自身が被る覚悟はしておけ!」
「はい! ……流石、師匠です。よくそんな筋書き、とっさにおもいつきますね」
「タコ弟子が!! こんな事、何度も通じる手じゃネェんだぞ! だから、日ごろの信用って、大事なんだ! 
 とりあえず……『二度と俺のところに来させない』くらいは、両親に怒られると思っておけ!」
「っ! そんな……」
「アタリマエじゃあああああ! 俺がお前の親だったら、俺の家に怒鳴りこみに行くわぁっ!!」

 最悪の事態に、頭を抱える俺。
 ……いや、非情呼集かけたのは、確かに俺だけどさぁ。もっとこう、何というか、イイワケの一つ二つ、用意してから来ようよ。

「なるほど。
 巴マミと御剣颯太……理想的な『飴』と『鞭』ね。勉強になったわ」
「『飴』と『鞭』というより、どっちかと言うと『菩薩』と『修羅』だよね……」
「……聞こえてンぞ、テメェら」

 ジト目で睨む俺の言葉を、馬耳東風で聞き流す、沙紀と暁美ほむら。
 と……

「……あ、もしもし、お母さん?
 ごめん! うん、実はね……」

 などと、俺の筋に沿った言い分けをしていく美樹さやか。
 そして……

「代わってくれって……」
「おう」

 ごきゅり、と唾を飲み込み、ひとつ深呼吸。

「もしもし、お電話代わりました。御剣と申します。
 ……その、今度の事は、こちらの不徳の致すところで、本当に申し訳ありませんでした!」
『いいえ。ウチの子が、勝手にやって、そちらこそご迷惑じゃございませんでしたか?』
「いえ! ご迷惑だなんて。ただ、その……『親御さんが心配するから帰れ』って言ったんですけど……」
『大丈夫、分かってますわ。それに御剣さん、さやかの剣術の先生なんでしょ?』

 ……は?

「えっ、いえ! 剣術っつっても、師匠からロクすっぽ切り紙すら貰えなかった腕前なんですよ! 彼女たちが絡まれて助けたのも、たまたまなんです!」
『夫から聞きましたわ。西方慶二郎先生の、最後のお弟子さんと聞きましたけど?』

 ぶーっ!! なんでそこで師匠が出て来るーっ!?

「しっ、『師匠を御存じの御方』なんですか?」
『ええ……まあ。夫が聞くには『凄い人』だったとか。『自分は直接会った事は無いけど、噂は聞いている』とか……』
「はっ、はぁ……その、私の腕前は、とんと師匠に及ばないモノでして……」
『ええ、分かっております。
 ですが、今回の事もそうですが、うちのさやかは無鉄砲な所がありまして。
 どうか、そういう部分まで、御剣さんに鍛え直して頂けませんでしょうか?』

 はっ、はいいいいいい!? なんでそうなる!?

『この間も、その……さやかの幼馴染の恭介君と、仁美さんと、トラブルになったでしょう?
 その時に、割り込んで止めようとしてくださって、その上、恭介君をタクシーで病院にまで連れて行ってくださった上に、入院手続きまでして、費用の立て替えまでしてくださったとか?』
「あっ、いえ、あれはただ本当に成り行きで! しかも、止めるべき所を止め切れなかった自分の不徳の致すところでして!」
『御謙遜なさらずとも。
 お若くて正義感が強くても、さやかと違って、ちゃんと脇が見えていらっしゃるお方だと、上条さん……恭介君の御父上と感心してましたのよ?
 それに、見滝原高校の奨学生でいらっしゃるとか?』
「……は、はぁ、まあ……その、でもですね、我が家は両親不在なので、少々問題が……」
『大丈夫ですわよ。さやかは、良い人と悪い人を見抜く目は、持ってますから。
 その程度には、娘を信用していますのよ?
 それに、家に連絡するように、って言ったの、多分、御剣さんでしょ?』
「はぁ、まあ……寝込んだ妹を前に、色々と慌ててたんですけど。
 朝になって、冷静になって問いただしてみたら、連絡せずに出てきたって言ったので、思わず怒鳴りつけちゃいまして」

 ついでに、おっかさん……アンタ、自分の娘を、殺人鬼の弟子にしようとしてますぜー……などとは、思っても言えず。

『やっぱり、しっかりした人じゃないですか。
 あ、さやかに代わってもらえますか?』
「……はい」

 ……何だろうか?
 何か、とんでもない追いつめられ方をしてしまった、気がする。
 あえて言うなら、『御剣詐欺』に引っ掛かったような……そんな前兆。

「うん……うん、分かった! うん、今日一日だけね……大丈夫、OKは貰ってるから。了解!」

 そう言って、電話をぶつっ、と着る美樹さやか。

「師匠。両親から入門の許可、もらっちゃいました!」
「……いや、疑おうよ。疑問に思おうよ。しかも自分の娘を、野郎に弟子入りとか……ドーなってんのよ、お前さん家」
「大丈夫! 師匠はマミさんしか見てないからって、父さんと母さんに言ってあるから♪」
「ぶーっ!! なっ、なっ、なんじゃそりゃあああああああああああっ!!」

 思わず噴き出す俺に、さらに美樹さやかが追い打ちをかける。

「ついでに『失恋した責任、とってもらう』って事になってますから、問題ありません!」
「ちょっと待てえええええええええええええええええええっ!!
 っていうか、お前の両親、噂程度でも『師匠を知ってる』って、何者なんだ!」
「え? ウチ? ふつーの家だよ?」
「フツーの家ぇ?
 ……今、思ったんだけど、フツーの家って……どこと比べて?」
「え? 恭介や仁美の家と比べて。大体まどかと一緒くらいかな?」

 頭痛がした。
 そもそも、師匠の存在を知ってるって時点で、ある程度の社会的地位があるか『そういう業界』の御人である。
 ……っていうか、幼少の頃からバイオリンの英才教育が出来るような家や、習いごと全開な御家柄のおぜうさまの家と比べちゃあ、ドコの家だろうが『普通の家』だよ! 見滝原に引っ越してきた直後の我が家なんて、その基準じゃ『貧乏』の部類に入っちまうし、都内に暮らしてる親戚たちは『赤貧』になっちまうよ!

 どーやら、上条恭介や、志筑仁美ほどではないにしろ。
 彼女も、世間一般の範疇からは、十分に『おぜうさま』の御家柄らしい(そもそも、見滝原中って段階で私立だし)。……そーでなけりゃ、彼女が彼らと関わる事も無かったんじゃなかろーか?

「……どっ、どうしてこうなった!?」

 なんか、洒落にならない追いつめられ方をされてしまった気がして、俺は絶句する。
 ……今になって、ようやっと。この『爆弾娘』の本領を垣間見てしまった気がした。
 あえて言うならそう……『天然御剣詐欺機能搭載型』? 無自覚に、他人を追いつめて行くタイプ?

 ……ヤヴェエ………本気でヤヴァ過ぎるんじゃねぇか、これ!?

 脳天気にニコニコと笑う美樹さやかの笑顔を見て、俺は戦慄していた。 



[27923] 第三十七話:「泣いたり笑ったり出来なくしてやるぞ♪」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/12 21:14
「……で、どうしてこうなった?」

 我が家のソファーだの何だので、思いっきり寝こける魔法少女共(含む、沙紀)。

 あの後。
 とりあえず、昨日からメシがマダだった事を思い出した俺が、冷蔵庫の残りで、適当にデッチアゲた飯を全員に振る舞った直後。
 まず、沙紀の奴がコックリコックリとフネを漕ぎ始め。続いて、『寝て構わんぞ』の言葉に巴マミと暁美ほむらが寝入り初め。ンで最後に美樹さやかも『あたしもー』、と、呑気に寝てしまったのである。
 ……考えてもみれば、昨日から戦闘と緊張の連続で、寝てない状態のままで、空腹を満たした瞬間である。
 寝ないほうが、おかしい。
 まして、沙紀の奴は、旅行帰り→拉致→帰還の強行軍だ。

 とはいえ、一応、俺……魔法少女の殺し屋で、しかも野郎なんですけどね?

 まあ、俺は、文字通りの修羅場開けの徹夜なんて『慣れてるし』。
 それに、『最優先で』やらなきゃならん事がある。

「……さってっと」

 まずは、警察の知り合いに電話。

「……あ、もしもし、永江さんですか? ご無沙汰してます、御剣です」
『おお、御剣君か。元気だったか?』
「ええ。それで、永江さんを見込んでですね。
 斜太興業絡みの事で、ちょっと一般人から匿名のタレコミって事で、お耳に入れたい事があるんですが」
『ほう、どんなだ?』
「えっとですね。……昨日、沙紀が誘拐されまして」
『なんだと!?』
「いえ、それは、相手が指定してきた場所に行って、力ずくで奪還したんですよ』
『奪還、って……君は!』
「時間が無かったんです!
 ……連中がクスリキメてるって噂は知ってたんで、沙紀が『漬け』られる前に、取り返す必要があったんですよ!
 本当に、時間との勝負だったんです。警察に通報してる余裕も無くて」
『そうか……いや、そういう状況だったら仕方なかったのかも知れんが、二度とそんな軽率な事はしてはダメだよ!?』
「はい。ですけど、それだけじゃないんです。
 その……沙紀をさらった斜太チカとか初め、俺の知る限り三人、クスリのオーバードースで死んでるんです」
『なん……だと!?』
「すいません! 間に合わなかったんです……沙紀を助ける事で、精一杯で」
『いや、君に責任は無いよ。
 ……よく知らせてくれた、後は任せたまえ。場所は?』
「いえ、話は終わってません、永江さん!
 その場に居た少女たち、全員、仲間が死んだの見て逃げちゃったんですけど……話を聞く限り、彼女たちは、本当に何も知らなかったみたいなんです」
『っ! ……だとしてもなぁ……薬物使用に誘拐って、重犯罪どころじゃないぞ!?』
「永江さん。沙紀をさらった主犯は斜太チカです。そして彼女は死んじゃってるんですよ。
 ……流石に、何も知らなった彼女たちに、共同責任を負わせるのも気の毒なんで、厳重注意に済ませてもらえませんか!?」
『……』
「お願いします! でなければ、場所、教えられません!!」
『罪を憎んで、人を憎まず、か。相変わらず君らしいね……分かった。任せたまえ。
 斜太興業については、マルボウにも話を通しておくよ』
『ありがとうございます。場所は、郊外の潰れたウロブチボウルです』


 ブツッ。
 さて。次に、使い捨てのプリペイド式のケータイに換えて、ボイスチェンジャーを使って、と……

「……あ、もしもし。○○組の親分さんですか?
 お宅が杯下ろした、斜太興業さんの事で、ちょいと耳に入れたい事が……」
『いい加減、悪ふざけはやめや。御剣のボンじゃろ、お前?
 このケータイの電話番号知ってて、素性隠してワシに繋ぎつけてくる奴なんぞ、一人しかおらんわい』
「……相変わらず、怖い人ですね、親分さん」
『当たり前じゃ。おのれの師匠にゃ、散々、『痛い目もイイ目も』見せられとるんじゃい』
「ですよね……『師匠に関わって生きてられた』ヤクザって、親分さんくらいですもんね」
『おだてたって、何も出ぇへんぞ。
 ……で、今度は何の用じゃい、御剣のボン。師匠と違ってオノレとの取引は、そう悪いモンばっかやなかったしな』
「斜太興業の事です」
『……おう、あのチンピラ共の事か、何じゃい?』
「連中がサバいたシャブで、死人が出たんですよ。そっからケーサツが動いてます」
『なんじゃい、そんな事かい……もちっと気の利いた話をもってこんか』
「親分さん、本音吐きましょうよ。
 今日び、ロクに稼ぎの無い武闘派なんて、使いどころ無くて困ってたんでしょ?
 挙句、アシがつくような雑なやり方で、カタギにシャブ捌いてサツに目ぇつけられるような馬鹿共ですぜ? 破門すんのに、イイ口実じゃねぇですかい?」
『……話が見えネェな。お前さんのメリットは何だ』
「その馬鹿共がね、こっちの身内を拉致ってシャブに『漬け』ようとしてくれたんですよ。
 証拠は、斜太の親分の娘のチカが、シャブのキメ過ぎて死体で転がってます。あと、ツマむ加減知らなくて逝っちまったカタギが二人……まあ、誘拐なんてトラブルのネタ、残すわけにゃいきませんから、その辺は垂れこんだサツに、伏せてますけど。
 けど、『確実にサツの捜査が斜太興業に入る』のは事実ですぜ。そこから、ドコまで芋づる式に上に登って行くかまでは、ちょいとコッチじゃ判りかねますがね」
『……そうかい、御剣のボン。
 つまりは、『斜太の連中への復讐』って事かい?』
「幾ら俺がカタギだからってね……だからこそ、『筋は通しておきたい』んですよ。親分さん」
『分かった。サツの動きはこっちで裏を取るから、それが確認取れたら、連中を破門にする。
 ……いっそ、『赤札』つけてやってもいいかもな。あの馬鹿共、『誰に喧嘩売ったか』分かっちゃいねぇだろうし』
「流石、親分、分かってらっしゃる! ……それじゃ、失礼します!」
『おう。だがな、御剣のボンよ。おめーとこんな話をするたびに何度も繰り返すがな……カタギがヤクザ、舐めとったら、あかんでぇ?』
「そいつはもう、肝に銘じておきます。じゃ、失礼します!」

 そう言って、ケータイを切る。……あー、マジ、おっかなかった。
 正直、背筋が凍るどころじゃない。『奴ら』は俺なんぞ及びもつかない『実戦心理術』の達人なのだから。しかも、『何してくるか分からない』という意味では、絶対敵に回したくないのだ。
 いや、やるしかないなら、腹括ってヤルだけなんだけどさ。少なくとも、斜太興業みたいに、こっちに害が来ない限り、あまり積極的に敵に回したくはない。
 っつーか、怖いの通り越して面倒過ぎるし。マジで。
 
 と、まぁ……とりあえず、こんな具合に『かるーく不幸になってもらう』下地は作っておいて、と♪

「さってっと。『本格的に』不幸になって貰いましょうか」

 とりあえず、斜太興業を『襲う』ための計画と道具を用意せね……ば?

 ふと。
 寝入ってる暁美ほむらの表情。それと、さっきのテープ芸に……何かこう『どこかで彼女を見たんじゃないか?』という既視感が、頭をよぎった。
 あれは、そう。確か、沙紀を入院させた、病院で……

「……………」

 変装用に使う、フレームの四角い素通しの眼鏡を持ってきて、彼女に近づけ……

「何をしようとしたの?」
「……なんだ、起きてんじゃねぇか」

 って事は……

「馬鹿弟子共。お前ら全員、揃って俺を試そうとしやがったな? 大方、沙紀あたりがテレパシーで連絡取ったろ?」
「……う、バレました?」

 引きつった顔で起きて来る、美樹さやか。

「ったく! 沙紀や巴さんならともかく、お前が寝る理由が無ぇからな……。
 それより、暁美ほむら。
 なんかさ……俺、お前をどこかで見た気がするんだ」
「気のせいよ」
「いや、多分、気のせいじゃネェ。確認させてもらいたいんだが」
「不要よ」
「……まあいいや。じゃ、写真取らせてくんね?」

 そういうと、俺はケータイを取り出して、暁美ほむらの顔に向ける。

「何故?」
「違和感を放っておけネェんだよ。どうも気になって気になって、仕方ねぇんだ」

 カシャリ。

「ちょっとパソコンに画像落として、加工してみるわ。
 ……多分……」
「はぁ……貸しなさい、その眼鏡」

 そう言って、暁美ほむらが、四角いフレームの眼鏡をかけ、更に髪の毛をみつあみに……って。

「これでいい?」
「あーっ、やっぱり! 前に沙紀の病室の隣に、入院した子だーっ!!」
「ほへ?」

 呆然とする美樹さやかを放っておいて、俺は納得するやら呆れるやら。

「どーも雰囲気とかイメージが、ゼンッゼン噛み合わなかったっつーか。
 あの挨拶しても目ぇ背けてた、気弱な眼鏡っ子がドコをどーやったら……あー、でも、退院は沙紀のほうが早かったから、お前さんは沙紀が魔法少女になって退院した後に、魔法少女になったのか?」
「この時間軸的には、そうなるわね。
 正確には、あなたと会ったのは、『私が何度か繰り返した、入退院のうちの一回』に、当たるけど」
「そーっか、そーっか! あの眼鏡でおさげの気弱っ子が……くっくっくっくっくっくっく、あはははははははははは! いや、スゲェスゲェ! 幾ら、女が化けるっつったって、化け過ぎっつーか『劇的ビフォー→アフター』だよ! マジで奇跡も魔法もあるとは知ってたけどよ! こんな奇跡や魔法なんて、見た事ねぇよ、あーっはっはっはっはっは!!
 ……ってーか、あんた、ひょっとして……くっくっく……こっちには気付いてた?」
「気付いたのは、あなたが佐倉杏子に襲われて入院した後よ……正直、あなたも面影すら無かったし」
「そーっか、そーっか! なーんだ一言言ってくれりゃ……ぶっ……だめだ、すまん、マジ腹筋崩壊……あっはっはっはっはっはっは!! 腹が、腹が痛ぇ……お前が、あの眼鏡っ子だったって……アリエネェー! あっはっはっはっは!!」

 完全に腹筋崩壊して笑い転げる俺を、暁美ほむらが射殺したそうな目で俺を睨み続けていたが、最早、関係無い。
 何しろ、こっちは向こうの過去の弱みを握ったのである。
 後は色々とこれをネタに……

 ゴッ!

 ……後頭部に衝撃を感じ、俺の意識は闇へと落ちた。



「んっ……んー? ……おい、なんだよこれ?」

 気がつくと。俺の体は黄色いリボンで拘束されていた。
 って……

「とっ、とっ、とっ、巴さん!? っていうか、お前ら、何やってやがる!?」
「んー? 御剣颯太師匠の、成長ダイアリー観察?」

 ニヨニヨしながら、馬鹿弟子が……いや、『魔法少女共(含む、沙紀)』が、車座になってテーブルでめくっているのは……あろうことか、俺の幼少期のアルバム!!

「うわー、なんか師匠の子供の頃の周りの風景って、本当に『東京の下町』って感じ。こち亀みたい」
「へぇ、ここらへんから、見滝原時代になるのねー」
「……うわ、これがお姉さんと師匠?
 っていうか、師匠、今と目つきも髪形も全然違う! 髪の毛もスポーツ刈りっぽく短いし、なんかこう、目がキラキラしてて真っ直ぐで、本当に二人とも『魔法少女』と『魔法少年』って感じ!」
「そうね……私もあまり言えないけど、ドコをどうやったら、こんな純真そうな少年が、ここまで悪辣な生き物になるのかしら?
 これこそ本当に、『劇的ビフォー→アフター』だわ」
「うーん、環境の変化って、恐ろしいなぁ。
 っていうか、煙管咥えたこの人が師匠の師匠? なんかホントにこう……うさんくさーいオッサン、って感じで、今現在の師匠に通じるものがある気がする」
「おい、やめろてめーらーっ! 一体なんなんだーっ!」

 流石に過去の恥を晒されて、ジダジダと暴れるも。

「え、だってお兄ちゃん。暁美さんを、色々脅すつもりだったんでしょ?」

 にっこり微笑む沙紀に、俺は目をそらしながら。

「!! ……ソンナコトハナイヨ」
「するんです。お兄ちゃんは。『魔法少女相手には容赦なく』。
 だから、しっかりお兄ちゃんの弱みもオープンにしておかないと、信頼関係にヒビが入るでしょ?」
「いや、巴さんや馬鹿弟子ならともかく、これ無理だから! 油断とか信頼とか、無条件で出来るわけねーだろ!」
「安心なさい。私はこの事は誰にも言うつもりは無いわ。
 そう。誰にも、ね……」

 なんというか。『にまぁ』っといった感じの悪辣な笑顔。魔法少女らしからぬイビルスマイルに、俺は戦慄した。
 ……こっ、このアマっ!

「私たち、ワルプルギスの夜を超えるまでは、『対等の同盟関係』よね?」

 そう言って俺の肩を、ポム、と叩く暁美ほむら。
 ……チクショウ。どうしてこうなった!?



「……あー、その……師匠、機嫌治して」
「颯太さん、その……悪気は無かったんです」
「オマエラナンカ、ゼッコウダ……」

 体育座りで凹んでる俺を他所に、暁美ほむらが俺の後ろで、沙紀から銃器を受け取っていた。
 と……

「御剣颯太……その、一つ聞きたいんだけど、不可解なモノが出てきたんだけど。『これは何?』」

 そう言って、暁美ほむらが示したのは……八九式自動小銃。そう、『自衛隊の制式装備』である。
 そして、自衛隊の装備品というのは、普通、一般に流布することは決してない。自衛隊用のレーションの類も、あれは原則『民間の紹介用』に作られたモノで、自衛隊員が現役で食べているモノとは、若干違う。
 まして、武器類は国産品が多く、海外に流出するのも、よっぽど特異な例がなければありえないのだ。

「ん? むしろそれが何かってのは、お前のほうがよく理解出来るんじゃないのか?」
「いえ、だからよ。『何で私が見慣れた装備が、海外で武器を調達しに行った、御剣沙紀のソウルジェムから出てきたのかしら?』」
「それなんだがなぁ……俺も本当に不可解なんだが、おそらく、こういう事なんじゃねぇかと思うんだ」

 そう言って、俺の推論を述べる。

「あのへんに、確か一年くらい前、PKOだか何だかで、自衛隊が行っただろ? テレビでニュースになったじゃねぇか?」
「ええ。それが? まさか、彼らが置いてったって事?」
「置いてったっつーのはアリエネェよ。何度も言うが、自衛隊ってのは武器の管理に凄く厳しい。それは現地でも変わらない。
 つまり……『武器を放棄せざるをえない状況に陥った、隊員が居た』って考えるのが、妥当なんじゃねぇのかな?」
「……どういう事?」
「考えたくもネェんだが……例えば、だぞ?
 自衛隊員が、現地で武装勢力に拉致された。そして、密かに日本政府と交渉でもした。
 その結果がどーなったかまでは知らんが、とりあえずその隊員さんが武装したまま換金……もとい、監禁されてたとは、考えにくい。
 当然、隊員さんの武装や装備は、解除された。そして、そういう装備品は、普通、証拠品なんだが、下っぱが金に困ってマーケットに流しちゃったとか、考えられないかな?」
『……………』
 
 俺の推論に、魔法少女たちの顔色が変わって行く。

「そっ、その隊員さん、どうなっちゃったのかな?」
「さあ? 殺されたか、それとも日本に帰れたか。それは分からんよ。
 何れにせよ、海外派兵中にそんな事実があったとしたら大問題だ。自衛隊の上層部のクビがいくつ素っ飛ぶか、知れたもんじゃネェ。
 まあ……なんだ。俺の推論が、どこまで当たってるかどうかまで分かったもんじゃないが……トドのつまり、こいつは恐らく『日本政府が絶対表沙汰に絶対出来ない、自衛隊の装備品』だと思ってくれ。
 そういう意味で、暁美ほむら。
 お前が使うのが、一番ふさわしい装備だと思う」
「まあ、使わせて貰うけど……どうしてそんな装備品を買ってきてしまったの? あなたの嫌う、厄介事のタネじゃない?」
「『闇市場に自衛隊の武器が流通してます』なんてバレたほうが、色々世間様的に最悪だろうが?
 それに、少なくともお前が使う限りは、もしかしたら死んでるかもしれない自衛官さんの供養にもなるかもしれんしな。
 いずれにせよ、放っておくよりも、俺が買っちまったほうが悪い結果にはならんと思ったから、買ってきたんだよ」
「……………」
「あ? 何だよ?
 ……言っておくがな、窃盗っつー方法で自衛隊に忍び込んだお前は、褒められた義理じゃねぇが、ワルプルギスの夜に喧嘩売るっつー事そのものに関しちゃあ、俺はお前を評価してんだぜ?
 そして、目の前には『お前が扱い慣れた、好きに使って構わない装備』がある。
 だったら使ってやれよ。こいつをワルプルギスの夜に、ぶちかましてやれよ。
 ……多分、だけどさ。自衛隊の人だって、特殊部隊とかが表沙汰にゃ出来ない喧嘩してる事だって、いっぱいあると思うぜ? 俺らみてーに。
 でもな、それでも俺は、自衛官さんとか、警官とか、消防士さんとか、結構信じてるんだ。
 ……俺が最初に、ワルプルギスの夜と遭遇した時、ボロボロになって入院した俺を見舞いに来てくれた彼らは……俺が『正義の味方』として最後に吐いた言葉に従って、黙って俺を見捨てて、職務に戻ってくれた。
 そんで、俺が救えなかった大勢の人を救ってくれたから、俺は『彼ら』を信じられるんだ。
 お前が自衛隊からパクってきた装備ってのは。そんでお前が今持ってる武器ってのはな。『そういう人たちが扱う』モンなんだよ」
「っ……私は、まどかが」
「構やしねぇヨ。結果論だけでいい。
 『お前がワルプルギスの夜に挑む覚悟を決めたんだったら』お前にそれを扱う資格は、あると思うぜ?
 『鹿目まどかを守る』事で世界を救い、そして『ワルプルギスの夜を潰す』事で、みんなを救う。『正義の味方』なんて、なりたくてなれるモンじゃねぇし、本当は望んでなるべきじゃない。
 それを俺は、痛いほど味わったからこそ、お前にゃ頑張ってもらいてぇんだよ。
 いや、お前だけじゃねぇ、馬鹿弟子も、巴さんも、俺も、『個人的な動機が、結果的に世界を救う』っていうのは、なかなか無い状況なんだぜ?」
『!?』

 俺の言葉に、全員がハッとなる。

「復讐鬼、ダチのため、魔女が気に食わない、格好つけたい。
 見ろ? 俺ら全員、ワルプルギスの夜に挑む動機が、見事にバラバラじゃねーか?
 でもな、それでいいんだよ。
 そんな『色んな動機や価値観を持った人間が、個人個人で判断してなお全員が『悪』と見做した』存在だからこそ、退治する意味があり、多様な価値観を持ちながら、なお結束できるのさ。
 それが結局、最終的な『人間』の強みなんじゃねぇの?」

 と……

「……なんか、やっぱ師匠だな、うん」
「何だよ? おい」

 きらきらした目で、俺を見る、美樹さやか。

「ついていきます! 私! 師匠に!」
「おお、そうか♪ 丁度よかった!
 今からちょうど、沙紀のソウルジェム借りて、行く所があったんだ!」
「どこですか!? 魔女退治?」
「ん? 斜太興業へのカチコミ♪」

 俺の言葉に、美樹さやかの目が点になり……そして、顔面が蒼白になる。

「あ、あの、ヤクザの事務所に……カチコミって?」
「なーに、魔法少女なんだから、正体隠して殴りこめば、軽い軽い。俺だって『生身のまま中学一年生で』通った道だぞ」
「ちっ、中学一年で、って……あの、もしもし」
「懐かしいなぁ……師匠に、腹にダイナマイト巻かされて、日本刀一本でヤクザの事務所に特攻させられたっけ」
「ちょっ!! あの、もしもし、師匠!?」
「なーに、魔法少女ならトカレフで弾かれた程度じゃ、死にはすめぇ? 安心しろ、お前に腹マイトやれとまでは言わねぇよ」
「いや、それは断固拒否します! っていうか、魔法少女の力を一般人に使わないって……」
「あー? 魔女だろうが魔法少女だろうがヤクザだろうが、カタギに迷惑かけるクズ共に、そんな遠慮を、俺がすると思ってるのかね?」

 最早、酸欠の金魚みたいに口をパクパク言わせる美樹さやか。

「わ、悪い人だ……悪い人がここにいる……魔法少女の力を借りながら、人格破綻してて、キュゥべえ並みの言いくるめ能力を持つ、品行方正な優等生の皮を被った、超危険人物が!!」
「今更遅いぞ、馬鹿弟子が!
 それに、俺の弟子を名乗るんだったら、ヤクザの事務所くらいでビビってちゃあ勤まらんぞぉ? ゲッゲッゲッゲッゲ♪
 さあ、『御剣流剣法』の実地訓練の始まりだっ!!」
「いっ、いっ……嫌ああああああああああああああああああっ! 助けてマミさーん!! 沙紀ちゃーん!! 恭介ーっ!!」

 と……

「頑張ってー、美樹さーん♪ お兄ちゃんの弟子なら、そのくらい普通だよー」
「……あ、あの……流石に」
「ダメ、マミお姉ちゃん。美樹さんが選んだ道なんだから、今更撤回させるのはどうかと思うよ?
 それに、美樹さんはお兄ちゃんとマミお姉ちゃんの弟子でしょ?
 なら、ここは救うための『菩薩』の出番じゃなくて、千尋の谷に突き落とす『修羅』の出番だと思うよ」
「っ……そうね。颯太さん」
「なんじゃい?」
「彼女をよろしくお願いします」
「任せろ! 魔女相手の喧嘩じゃねぇから『死にはしない事は』保障してやる。……学校の立場とかの『それ以外』の部分に関しては、コイツ次第だがな……グケケケケケケ♪」
「嫌あああああっ!! スパルタンにも程がありますってば、師匠ーっ!」
「わっはっは、泣いたり笑ったり出来なくしてやるぞ♪」

 泣き叫ぶ美樹さやかをふんじばって、用意を整えると、俺は彼女ごと荷物をバイクに乗せて、斜太興業へと突っ走らせた。



 追記:

 翌日の新聞

『……通報を受けて現場に急行した警官隊は、そこで斜太興業が入っていたビルそのものが崩壊した瓦礫の上に、全員、命に別条は無いものの重傷を負った組員たちが並べられているのを発見。更に、麻薬や覚せい剤、銃器の全ての証拠が、彼ら組員たちと共に並べられていた。
 警察の取り調べに対し、組員全員『魔法少女が……』という謎の言葉を発するのみで、監視カメラのテープその他、映像記録全てが瓦礫の中に埋もれており、警察ではこれら一連の『恐るべき所業』を成し遂げた者について調査を進めると共に、目撃者、ならびに関係者の捜索にあたっている』



[27923] 第三十八話:「……なんか、最近、余裕が出てきてから、自分の根性がネジ曲がって悪くなっていった気がするなぁ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/13 08:26

「ただいまー、っと♪」

 とりあえず、斜太興業の連中全員を、美樹さやかの実地研修を兼ねて『不幸にしてあげた』後。
 美樹さやかに『俺の家まで自分の足でランニング。ただし、今からダッシュで逃げないと警察に捕まるぞ。あ、魔法少女の力は当然、抜きでな♪』と言い含めて、帰った頃には夕方になっていた。
 無論、途中で食材の買い出しも忘れない。
 今夜は麻婆豆腐と春雨スープ。米も買い足しておいた。……何しろ、晩飯の人数が、最悪五人って事もありうるわけだし。

「あら、お帰りなさい、颯太さん。……美樹さんは?」
「斜太興業からランニング中。もーすぐ着くんじゃないか? 俺、寄り道して帰って来たし」

 と……

「しっ、しっ、しっ……しぃぃぃぃぃしょぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 汗だくになった美樹さやかが、我が家の玄関口に到着。……言いつけたとおり、律儀に生身の体で走ってきたらしい。

「……おお、いい記録だな。生身でも結構運動神経あるじゃねぇか?」
「まっ、まっ、魔法少女にヤクザを襲わせるなんて、何考えてるんですか!?」
「ヤクザが魔法少女使って襲って来たんだから、しょうがねーじゃねーか。おめーがやらなきゃ、巴さんと一緒に、俺らがやってたさ」
「そっ、そっ、それじゃ何であたしだけで!? っていうか、師匠は何やってたんですか!?」
「そりゃお前の実地訓練のために決まってんじゃねぇか。あと、俺はお前が暴れてる間に、ビルに爆薬仕掛ける必要があったからな。
 ……念のため、ビルの設計図持って『計算済み』だった事が、役に立ったぜ」
「……へ?」
「火薬使った内破工法の計算って、すげー面倒でさー。俺でも酷いと一週間くらいかかっちゃうんだよ。
 んで『こんなこともあろうかと』市内のヤクザ屋さんたちの組事務所とか、組長の住まいとかの設計図、こっそり手に入れて『計算だけ先にしておいてある』んだよねー。爆薬仕掛ける『ダケ』なら二時間かかんないし」
「……………!!!!! あ、あの、それ、それって……」
「ん? 勿論、ウチにちょっかい出してきたら、C-4使って『内破式で周りに迷惑がかからないように』吹っ飛ばすために決まってんじゃん。
 まあ、その気になれば、確かに見滝原全部のヤクザ壊滅とかできるんだけどさー。あいつらどーせインキュベーターみたいに、潰しても潰しても沸いてくるから、しょーがなく対症療法で『カタギに害の無い連中だけを』生かしておく事にしてるんだよねー。面倒くさいし。
 あとは、撮影テープの消去だろ? 武器や麻薬の証拠の確保だろ? その他諸々痕跡の抹消と……まあ、お前がヤクザ相手に『正義の味方』が出来るようなフォローを、色々と、な」
「な、何よそれ……わけがわかんない」
「それが分からないから、お前は『脇が見えてない』って言われるんだよ」

 もう、酸欠の金魚みたいに、口をパクパクさせる美樹さやか。

「じっ、じゃあ、何で……帰りの、最後のランニングは!? 行きみたいに、バイク乗せてくれればよかったのに!」
「ん? 本当は、免許取って一年以内は法律違反だから。行きの時は非常事態って事で……捕まらない自信、あったし。
 あと、体鍛えるのは精神を鍛える一番の手っ取り早い方法だからな。万能じゃないし個人差はあるけど『確実に効果が現れる』のは間違いが無いからね」
「かっ、体を、鍛えるためって……」
「それより、どうだった? 『初めて魔法少女の力で、死んでも構わない一般人を、ぶん殴った感想』は?」
「っ!! しっ、死んでも構わないって!!」
「そーだよ? あいつら一般人を食い物にして、『自分たちだけ食物連鎖の上に立った気分で』のうのうと生きてる連中だよ? なら『食い物にされる覚悟』くらいは、あって然るべきじゃね?」
「っ……そっ、それは……」

 戸惑う美樹さやかに、俺は笑う。

「怖かっただろ? 『自分が振るった力で、相手が死んじゃう』のが?」
「当たり前じゃない! 『死んだらどうしよう』って、凄く怖かったんだから!!」
「それでいいんだよ。それが普通なんだ」
「っ!!」

 俺の言葉に、絶句する美樹さやか。

「……分かるか?
 お前ら『魔法少女が握っちまった力』ってのは『そういう事が可能な力だ』って事が。
 今回は、俺がちゃーんと『死んでも構わない、お手軽骨付き生肉サンドバッグ』を用意してやったからいいけど、魔女も、敵対する魔法少女も、『元々は人間だった』んだぜ?」
「っ!! ……そっ、それは……」
「力は『使いこなす』モンで、振りまわされるモンじゃねぇ。今のお前なら、分かるはずだ。……まあ、俺もあまり言えた義理じゃねぇんだけど、それを中学二年の、しかも女が握っちまう事に、そもそもの間違いがあるんだよ。
 第一、フツーだったら、ヤクザの事務所に単身放り込まれたら『自分の命の心配だけで、何も分かんなくなっちまう』。それを『相手が死んだらどうしよう』なんて、考えられる余裕が出来ちゃう時点で、どっかオカシイんだよ」
「……」

 沈黙と共に、うつむく馬鹿弟子の肩を、俺はポン、と叩いた。

「まっ、誰も『殺さなかった』のは、正義の味方志望としちゃあ、上出来だ。正味、ヒスの一つ二つ起こして、死人こさえるかと思ってたんだが、中々見どころがあるじゃねぇか」
「あっ、あたしが殺してたら……どうするつもりだったの?」
「ん? どーもなんねーよ? 死んだも当然の連中だし。生きてたとしても、あいつら破門だろうから」
「破門?」
「赤札回るかもとか言ってたから、多分ヤクザの世界でも生きちゃ行けねぇだろうなー、今後」
「赤札?」

 なーんにも分かって無い馬鹿弟子に、俺は説明してやる。

「んっとねー、ヤクザが何で、犯罪を犯せると思う?」
「えっと……それが『仕事』だから?」
「仕事だって刑務所に行くのは誰でも嫌なんだよ。でも、ヤクザやる以上、どうしても行かなきゃいかん事もある。
 そのためにな、刑務所に行ってる間のヤクザの家族の面倒や出所後の仕事ってのは、そのヤクザの組織が面倒を見る事になってんだ」
「……はぁ?」
「そういう事情があるから、ヤクザはヤクザ専用の刑務所ってのがあるんだよ。一般の犯罪者とは、別に、隔離されて収容されるんだ。
 『罪を犯す事が仕事ならば、それを保障するシステム』ってのが、裏社会にだって、ちゃーんとあるわけだな」
「……………まさか? 師匠?」
「うん、その梯子も、ちゃーんと外しておいた♪
 しかも『赤札』ってのはねー、『ヤクザの世界に今後一切立ち入り禁止』っていう意味でもあるんだよ。どこのヤクザ組織にだって、二度と拾ってもらえません、って意味でね。
 たーいへんだろーなー……出所しても誰も保障してくれない。しかも、ヤクザしかやってこなかった人間が、真っ当にカタギとして生活するには『元・犯罪者』って肩書は重すぎる。
 ……そんでね、俺は妹をシャブ漬けにしようとした連中に対して『そんな程度で笑って許す程』人間出来てるワケじゃないんだよ」
「っ!!」

 ようやっとこの段階で……馬鹿弟子は、俺の目が『昨日からゼンゼン笑ってない事に』、気付いたらしい。

「刑務所内のイジメってさー……ものすごーく陰湿らしいんだよねー。
 しかも『ヤクザが一杯入ってる』刑務所に『ヤクザの世界にヤクザとして認められない』連中が、そこに行くわけじゃない? 何人、新人イビリに耐え抜いて、首吊らないで刑期勤めあげて出所できるかなー? それとも、刑務の作業中に『不幸な事故』に遭うか。
 まっ、何れにせよ斜太興業の連中が『幸せになれる』可能性は、魔法少女辞められるよりも望み薄だと思うけどね。案外、お前に殺されてた方が、あいつらにとって『幸せ』だったんじゃねぇの?」
「おっ、鬼だ……鬼師匠だ……」

 ガクガクブルブルと、玄関先で震えはじめた馬鹿弟子に、俺は溜息をついた。

「まっ……問題は、この方法がインキュベーターには通じない、って事なんだよなぁ……まったく、困ったもんだよ」

 と……

「颯太さーん。ご飯作っておきましたよー。ウチから食材もってきました」

 ふと、気付く。
 キッチンからのいい匂いに……あれは、グラタンか何かだろうか?

「えっ! ちょっ、巴さん、悪いですってば! っていうか、食材買ってきちゃったのに!」
「えへへー、マミお姉ちゃんの料理ー♪ たーのしみだなー」
「くぉら、沙紀! 遠慮しやがれ!
 ……いつもほんと、すんませんね、巴さん」

 と……

 ピンポーン

「……あん?」

 玄関先のチャイムの音に、俺は覗き穴から外を見る。……と。

「……鹿目、まどか?」

 そこに、真剣な顔の、鹿目まどかが立っていた。



『……………』

 何故か、上座に座る鹿目まどかに、俺も含めたその場に居た全員、目が合わせられなかった。
 無理もない。
 彼女は、『魔法少女の世界』に、絶対関わらせちゃいけない存在だからだ。
 だからこそ……

「御剣さん。いえ、さやかちゃん、マミさん、ほむらちゃん……『今日、なんでみんな、学校休んだの?』」
「っ……それは……」

 暁美ほむらが、目をそらす。
 言えない。彼女に、言えるわけがない。

「さやかちゃんのママから聞いた。御剣さんに……『何か』あったんでしょう?
 マミさんから聞いてる。
 魔法少女の世界って、物凄く危険で、危なくて、怖い所だ、って。
 だから、大した願いも望みも無い私は、魔法少女になっちゃいけない。絶対になるな。だから私、キュゥべえと契約しなかった……でもね。私、『そういう魔法少女が必要なんだ』って事も知ってる。
 だから教えて! 今日、一体、何があったの!? 学校を休んでまで、一体みんな何をしていたの!?」

 その言葉に、俺は、鹿目まどかに両手をついて、頭を下げる。

「すまない。俺の責任だ!」
「御剣……さん?」
「……実は……ああ、その前に。
 お前さんは、自分自身の事を、知っているのか? 『最強の魔法少女の素質』って奴を」
「え? ええ……キュゥべえに、聞いたけど」
「じゃあ、『魔女と魔法少女の真実』は、知らないのか?」

 その言葉に、巴さんと暁美ほむらがいきりたつ。

「颯太さん!?」「御剣颯太!」
「ここまで来た以上、彼女も知るべきだ!
 ……下手に隠しごとが通じるタイプじゃねぇよ、彼女は。
 この馬鹿弟子と一緒で、何も知らないまま正義感だけで突っ走っちまうタイプだ」

 そして、俺は彼女に、語り始める。魔女と魔法少女の真実、インキュベーターがどういう存在か、そして、昨日の一連の事件の顛末を。

「っ……そんな……そんな! じゃあ、さやかちゃんは! マミさんは! ほむらちゃんも! ……沙紀ちゃんまで?」
「そうだよ。だから俺たちは、お前をそういう世界から遠ざけようとしたんだ。
 俺は構わん。好きこのんで、沙紀を守っているだけだからな。
 だが……」
「私が……じゃあ、私が魔法少女になるから、みんなを!」
「最後まで聞けぇっ!! キュゥべえの狙いは『それなんだよ』!!」
「っ!?」

 彼女の肩を掴み、俺はゆさぶる。

「いいか? お前が最強の魔法少女になれるのは、どういう理屈か理由かまでは、俺も奴も知らん。
 だがな? 『最強の魔法少女になれる』って事は『最悪の魔女になっちまう』って事なんだ。分かるか?
 『お前が魔女になったら、誰の手にも負えない存在になっちまう』んだよ……ワルプルギスの夜より最悪って事は……ウッカリしたら、地球全部、まとめて吹っ飛んじまうような魔女になるのかもな」
「そんな……そんなの、やってみなけりゃわからないじゃない!」

 そう来るだろう。そうだろう。
 彼女なら、そう言うと思った。だから……

「じゃあ、聞こう! お前、兄弟はいるか?」
「……弟が一人、います」
「じゃあ、仮に『お前が最弱の魔法少女になっちまった』としたら? ……ここにいる沙紀みたいな『家族の助けを借りないと、生きる事すら出来ない存在』になっちまったら?
 お前、自分の弟を、『魔法少年』にしたいっていうのか!? 見ただろ、俺の体を!」
「っ!! ……そっ、それは……」
「分かるか? 魔法少女になるっていうのは『そうなっちまう可能性だって』秘めているんだぞ?
 ……確かに、お前は最強になれるかもしれない。でも、その『最強になったツケ』は?
 はっきり言おう。
 お前のパパも、ママも、この場に居る魔法少女や魔法少年全員が力を合わせたとしても、『そのツケは、誰も肩代わりして払ってやる事が、出来ねぇ』んだよ」
「っ……………そんな……」

 絶句し、うつむく鹿目まどか。

「正直、お前さんみたいなタイプは、俺は嫌いじゃねぇよ。『誰かを救いたい』って思うのは、間違っちゃいねぇ。
 だがそれはな、『テメェのケツをテメェで拭いてから』っていう前提条件がつくんだ。
 基本的なトコのテメェのケツを拭けて、初めて『誰かを救う』事を、人間は赦されるんだ」
「っ……っ……でも、でも、こんなのって……」
「感情的に、カッとなって、救えもしないモンまで救おうと手を差し伸べちまう。俺も何度か憶えがあるよ。
 でもな……結果は全部全部全部、無残なモンだった。
 お前もあの場に居ただろう? ここに居る馬鹿弟子を救ったツケに、俺は危うく殺されかけて、短い時間とはいえ入院する羽目になった。
 いや……正直、あれから佐倉杏子に、命を狙われ続けてる状態だっていっても、過言じゃねぇんだ」
「そんな!」
「そういうもんなんだよ。自分を救えない奴が、他人を救おうとすると『そうなっちまうんだ』!!
 だからな……無謀な行動を取るな。キュゥべえの言葉に耳を貸すな。お前がキュゥべえと契約しちまったら『みんなが努力してきた事が無駄になっちまう』んだよ。
 上条さんの一件、聞いただろ? 彼も、一時の感情で、危うくバイオリンを捨てるところだったんだ。そいつに至るような与太話を振っちまた事をな、俺は今でも後悔してるし、彼に幾ら頭を下げたって下げ足りねぇンだよ……」
「っ……………」
「冷静になれ。
 お前がもし、本当に『誰かのために他人を救いたい』って思うなら、まずは一時の激情に身を任せるんじゃなくて、冷静になるんだ。
 自分の行動が、誰に迷惑をかけているか、誰かを困らせて居ないか。まずは冷静に、一歩引いて考えるんだ。
 ……勿論、人間は神様じゃねぇ。俺だって完璧じゃねーから、色んな人を泣かせたり、迷惑かけたりしながら生きてる。むしろ、誰にも迷惑かけないで、人間は生きて行けるもんじゃねぇ。
 でもな、少なくとも……俺の剣の師匠の言葉なんだが『どんな幸せだろうが、どんな不幸な身の上だろうが、他人に迷惑をかけて不幸にする権利なんて無い。それを無視すると、自分だけじゃなくて周りまで不幸になって行く』んだ。
 お前は……『誰かを救いたいと願って、その誰かを不幸にしたいのか』? そこまで救いようのない馬鹿なのか?」
「っ! ……私……私、誰かの助けになれると思ってた。だから、いざって時は、魔法少女になるつもりだった。
 でも……」
「そのな、『いざって時』を来させないために。みんなみんな、世間のみんなは、お前のパパもママも、自衛隊も、警察官も、消防士さんも、魔法少女や魔法少年も、頑張ってるんだ。
 そういう時に現れる『正義のヒーロー』になりたいってのはな……言い換えれば『正義のヒーローが居なければ、どーしょーもない状況』を、望んでいるに等しいんだ。
 だからお前は、『いざって時を来させないために』頑張るべきなんだ。本当は『正義のヒーロー』なんて居ちゃいけない。悲惨な事になる前に、まずその元を断っておくのが、一番のベストなんだよ。
 ……分かるな? お前は今、その『ヒーローが必要な最悪の元』を、自分で抱え込んじまってると自覚すべきなんだ」
「……はい……わかりました」
「頼むぜ。お前がキュゥべえと契約しちまったら……俺も、沙紀も、馬鹿弟子も、巴さんも、何より……コイツが悲しむ」
「……え?」

 そう言って、俺は暁美ほむらに、話を振った。

「どーする? お膳立ては整えたぞ? 胸の内吐きだすなら、今の内だが?」
「御剣颯太……あなたは!」
「この場でダマテン決めこみてぇなら、好きにしな。後は知らねぇヨ。
 ただ『そのほーがいーかなー』って思っただけだ」
「っ……」

 沈黙。やがて……

「御剣颯太」
「あンだヨ?」

 恨み節でも聞かされるのか。と思ったのだが……

「ありがとう」

 その言葉に、思わず。

「キモッ! ……キャラに会わねー」
「……やっぱりあなたは最悪だわ」
「おうヨ、それそれ! 今のオメーにゃ、その無愛想ヅラが一番お似合いだぜ。なぁ、みつあみ眼鏡のほーむたん♪」
「そうね。『たーすーけーてーはーやーたー』でしたっけ?」

 ……くそ! やりにくくなっちまった。

「あ、あの……仲、悪いの? 二人とも」
『最悪ですが、何か?』
「………………」

 冷や汗を流しながら、鹿目まどかは引きつった笑顔を浮かべていた。



「……時間、遡行者……」
「へぇ……それで、ワルプルギスの夜が来るのを、知ってたんだ」

 暁美ほむらの説明に、周囲が納得したかのように頷いてる。

「そして、私が繰り返し続けた中で……初めて現れた存在。それが、魔法少年……御剣颯太と、御剣沙紀。
 この二人は、この時間軸において、完全な特異点なのよ。」
「……って事になってるらしい。だが、あながち嘘じゃねぇと思うんだな、これが」
「どういう事?」
「最初に接触した頃、こいつは結構な部分、俺に先回りする形で色んな手を打ってきていた。巴さんとの接触なんかは、そうだな。
 だが、俺が存在し続けた事で、徐々にこいつの知ってる歴史と違ってきたらしくてな。……こいつの視点からすれば『狂ってきた』とも言えるらしいが。
 その象徴とも言えるのが、昨日の斜太チカの騒ぎなんだが、こいつは斜太チカの存在を、全く知らなかったハズなんだ」
「と、いうと?」
「時間遡行者様が、あんな間抜けなトラップに引っかかると思うか?
 『あらかじめ知ってれば』あんなのは避けられるんだし、そもそも沙紀が誘拐される前にフォローに入ればいい」
「……なるほど」

 納得したように、うなずく、暁美ほむらを除いた、沙紀と、鹿目まどかと馬鹿弟子と巴さん。

 と、

「ちょっと待って。御剣颯太。つまり、私の未来知識と武器の取引は……」
「有効だよ、まだ。『使えるかも知れネェ』だろ?
 情報なんて、そんなもんなんだよ。数集めて総合的に判断下して行かなきゃいかん。
 一つの情報源を鵜呑みにすんのは危険だし、元々、俺っつーイレギュラーがいるのに、お前さんの知識に全部当てこむワケが無いだろ? それに、美樹さやかに関しては、お前の情報が無ければ動きようが無かったのも、間違いない事実だしな。
 さらに、ワルプルギスの夜相手の戦力アップにもつながる、とくれば、俺が損するのなんて時間と金くらい。結構痛いけど、まあ、許容範囲だよ」
「っ……本当に、あなたは……喰えない奴」
「おめーのほーが、俺にゃ喰えないんだけどね……」

 少なくとも。
 時間止めるなんて反則技能を持った魔法少女なんて、俺は知らないし見た事も無い。
 その気になれば、彼女は俺を殺せるのだし。だから、俺も彼女を殺す手段が無いわけではない、と示さないとやってられないし、ついでに利害関係を一致させていかないと、彼女は容赦なく俺を処分に来るだろう。
 そして、それを踏まえた上で……俺は彼女をからかって『遊んでいる』のである。

 だって、こんなスリルのある遊び、他に……遊び、か……そんな余裕、無かったもんなぁ。今まで。

「……なんか、最近、余裕が出てきてから、自分の根性がネジ曲がって悪くなっていった気がするなぁ」
『元からだと思います』

 その場に居た魔法少女全員が、声をそろえてピシャリ、と俺に向かって、言い切った。


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