この情報社会によってチャリティなど様々な形での共有観をもてるようになっている
地震で被害が起きれば、そこに対する共有観による平均化を起こそうとチャリティや義援金など様々な方法で一体感が起きる
Twitterなど様々な情報手段は共有観を生みやすくしている
Twitterで見たのだが、情報に対する批判をしている方がたくさんいる
TVでの放映のリアリティさや過剰さを批判する
それは不謹慎だと言う
しかし、デメリットの極大化がチャリティや義援金などの救援活動を飛躍させている事を忘れてはならない
そして、メディアが起こすメリット肥大化デメリット極大化は当たり前の行動であることも忘れてはならない
SHOWをする時に、ヘアメイクや演出を過剰にするのは、なぜか
大衆の目に晒す物をよりわかりやすく、はっきり表現するためだ
大衆の目を意識すれば当たり前であることを忘れてはならない
そのなかで
果たして今ファッションには、何が出来るのか
節電や休業でないことは確かだ
ファッションの論理は
アイドル又、料理と酷似していると考える
料理の限りなくミニマルな至福
アイドルの笑顔におけるミニマルな至福
空腹時のオニギリの至福
に近い物である
限りなくミニマルな至福の連鎖
それが上を向く第一次定義であるとおもう
つまり、少なからず
レザーのようなハードさは、求めていない
限りなく温もりを帯びるルームウェアのような安心感を与えることが
今ファッションにできる最大であってミニマルな至福の提供であるとおもう
ファッションは、客観性から捉えれば感性という抽象性が強い
それは、着飾ることに多少の不謹慎性を考えずとも抽象性により、選択肢から滑落する可能性が多数に存在する
よりルームウェアに近い形での共有観の認識
服は、
より人に認識力を持たせやすい
共有観の認識とは
ファッションにおけるコンサバティブの認識である
それは言葉で言う認識力より遥かに優れている
レディーガガがしたリストバンドのような共有力をファッションとして見せること
例えば原宿のみんなが
pray for japanのTシャツを着て
歩いていたなら、
それは凄い共有力を生むし、持たせやすいし、見せやすい。
様々なブランドが
そのシンプルなTシャツをデザインは変えず、(フォントはok、色もOK)出せば
そして、着用を生めば、どれほど共有観を生めるだろう
より温もり力のある共有観を生む
これがファッションにおける今できることであると思う
mac
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