「戦勝国は日本だった」のブログ

太平洋戦争の勝者はアジア解放という戦争目的を達成した日本であり、植民地を全て失った白人列強ではありません。この観点に立つと戦後歴史の矛盾点が全て解決できます。

2010年04月

戦勝国論へ至る経緯(4)

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 第二次大戦の敗戦国の中で日本だけが戦後経済的発展を遂げたと言うとすぐこういう反論が来ます。
「西ドイツも発展したではないか」と。しかし、日本と西ドイツでは根本的に異なります。西ドイツは戦前の日本とは違い、もともと、技術先進国であると同時に欧州では英国、フランスと並ぶ経済大国でした、それに比べて日本は欧米諸国に比べて経済規模は小さく、軍事力のみが拮抗してる状態で、しかも軍事技術と言えばその殆どが欧米からのコピー品でした。実は零戦のエンジンは米国から戦前にライセンスを導入して国産化したもの、20mm機関砲は欧州(確かスイスエリコン社)から導入したものです。
 
 戦後の西ドイツ経済の勃興は英仏蘭との比較の中で、相対的に西ドイツが伸びたと言うことではないでしょうか。いや、伸びたと言うよりも、植民地経済に頼っていた戦勝国が植民地を失うと同時に没落して、西ドイツ経済が相対的に浮上したと言うことでしょう。ドイツは元々植民地を殆ど持っておらず、それがヒトラーがのさばる原因にも成りましたが、皮肉なことに植民地経済に頼らなかったと言う戦前の経済体質が、戦後の”相対的な興隆”に繋がったと考えられますし,アジアアフリカ各国の独立により、日本と同様に自由貿易を獲得し、本来の勤勉な国民性と高度な生産技術が相まって発展したとも考えられます。

 戦前、オランダはその国家経済の六割を蘭領ジャワからの収入に頼ってました。石油メジャー”ロイヤルダッチシェル”という会社はオランダハーグに本拠を置きますが、この会社こそオランダによるインドネシア収奪の実行部隊でした。彼等はジャワ人を奴隷以下に扱い、収奪していました。それ廃除したのが日本軍でした。結果、オランダはチューリップと風車の国に没落しました。英国はその経済規模の三割をインドに頼っていました。インドを失った英国は昔日の面影今はなし、60年代ボルネオ、ニューギニア、セレベスの領有を巡ってインドネシア軍と戦いましたが、戦いに破れ、全アジアから撤退と成りました。収入源であったスエズ運河もエジプトに取られました。今じゃ、自慢できるものと言えば王室とロック歌手のみの国と成り果ててまったのです。可哀想に!

 日本軍によるアジア解放は欧州ではドイツの相対的興隆と、加盟国の増加による国連の活性化を実現しました。今日BRICSが経済発展しているのは、独立の起爆剤と成った、帝国陸海軍と、戦後日本政府が行った膨大な経済援助のおかげです。


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戦勝国論へ至る経緯(3)



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 著者が「戦勝国論へ至る経緯」を書き進めている理由は、安濃の「戦勝国論」
が決して、ぽっと出のアイデアだったり、単なる思いつきでは無いことを皆さんに知って欲しいからです。それでは前ブログからの続きです。

 1992年夏、私はロシア極東、東シベリアを旅しました。目的は宗谷海峡架橋構想の現地調査でした。当時のロシアはソ連邦が崩壊した直後であり、混乱の極みに在りました。ハバロフスクの空港に降り立った時、目に入ったのは、全長4キロ以上もありそうなコンクリート製(核攻撃に強い)の滑走路と、横一列にずらりと並べられた数十機もの銀色に光ったソ連製旅客機でした。私はこの航空機の列を見て、「さすがに航空大国ロシアはすごい」と驚愕したものです。しかし、後で判明したことなのですが、これらの飛行機は故障して飛べない飛行機で、解体処分する予算もなく、部品取り用として放置してあったのです、同じ光景はシベリア・ヤク-ツクの飛行場でも目撃しました。また、コンクリート製のエプロンはコンクリートが剥がれたまま修理もされていませんでした。ヤクーツクのホテルにはベッドが無く、係員が折りたたみベッドを持ってきました。夜になると、子供が「母親を買ってくれ」とホテルの各部屋を回っていました。
 馬小屋のような空港ターミナルビルには手荷物検査用のレントゲン装置風のベニヤ板で囲った箱があり、私はフィルム入りのカメラの検査を拒否したら、通訳が「大丈夫だから」と無理矢理係官にカメラを渡してしまいました。あとで通訳に聴くと、あの箱は只のベニヤの箱で中にレントゲン装置は入っていないというのです。医療用レントゲンも満足にないのに、空港になんかあるはず無いというのです。ハバロフスクからモスクワへ朝の便で飛ぶ予定だった、東大の教授グループが昼過ぎにホテルへ戻ってきました。理由を聞くと、燃料供給会社が現金購入を要求して、アエロフーロートと揉めたあげく、イルクーツクまで飛ぶ分の燃料しか給油して貰えず、結局、モスクワ行きを諦めて戻って来たのだというのです。戦勝国であったはずの、ソビエトロシアが何故ここまで貧乏になったのか、

 ソビエトまで没落したと成ると、戦後、戦勝国はすべて経済的に凋落して、敗戦国の日本が驚異的経済発展を遂げたと言うことになります?
何故だろう?これが戦勝国論へ辿り着く糸口と成りました。(つづく)



日本戦勝国論研究会は「日本は本当に敗戦国だったのか、それとも実質的には戦勝国だったのか」を研究する会です。先月、発足したばかりで規約も会費もありません。これから会の体制を整えていこうと考えております。加入申し込みはFAXでお願いします。

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1992年7月末  東シベリア ヤクーツク(サハ州サハ)のレナ河畔で仲間達と
右から二人目が著者

コメント受付停止について

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 コメントの方で盛り上がるのはよいのですが、このブログの趣旨は戦勝国論を多面的に研究しようと言うことであり、左翼と右翼の罵りあいや、反日左翼による、おざなり陳腐な敗戦史観を喧伝する場所ではありません。

 というわけで、これ以上不毛な議論が続くなら、頭を冷やさせるために、当面、コメント受付の停止を考えています。
また、反日左翼からの、ありきたりで型どおりの敗戦史観に基づいたコメントは検討価値なき、過去の遺物として削除いたします。

              日本戦勝国論研究会 代表      安濃 豊

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戦勝国論へ至る経緯(2)

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札幌中島公園の秋
使用カメラ:コンタックス139 クオーツ
使用レンズ:ツアイス ディスタゴン35MM
使用フィルム:FUJI VELVIA



 議論が白熱してますね。これは良いことです。日本戦勝国論がこんなに議論されたことはありませんから。

 二等兵から、「戦勝国からの反発を考えれば、『戦勝国に勝る日本』程度の表現がよいのでは」という指摘がありました。これに対する私の反論です。

 私は科学者であります。科学者の仕事は「真理の追求」です、そこに政治的配慮を差し挟む余地はありません。政治的配慮とは政治家が行えばよいのであり、科学者がするべきことではありません。私は論理的に思考すれば「戦争目的を達成したのは日本であり連合国ではない、クラウゼビッツの定義によれば日本が戦勝国となる」と言ってるのです。降伏文書だとか平和条約の文面などは紙切れに過ぎなく、歴史の本流が紙切れに左右されることはないと言ってるのです。中世の時代宗教裁判所がガリレオに天動説が正しいと誓約書に書かせても、「それでも、地球は動いている」のです。
二等兵の思考をガリレオに例えれば「地球は時々動いているけど、止まっている方が多い」と言わせるに等しいことです。文化系脳には困ったものです。

 また、地蔵からは「安濃の目的は日本人が持つ過度の贖罪意識の軽減が目的である」との指摘がありましたが、これも違います。私の目的は科学的真理の追求であって、その結果として贖罪意識が一掃されるなら、其れはよいことだと言ってるのです。勘違いされないようにお願いしたい。本当に文化系脳には困ったものです。真理追究と政治敵配慮を分離できず、団子になっちゃうのですね。

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前ブログから続く

 米国滞在で特に感じたことは米国経済の中に於ける日本経済の重さです。トヨタ、ソニー、ホンダなど日本企業なしではアメリカ経済は回っていかないように見受けられました。戦前は米国の経済規模に対して20分の1から10分の1にすぎなかった日本の経済規模が3分の2まで拡大していたのです。当時クレールへ清水建設から派遣されてきた研究者がこう言ってました。「清水の総売上はカナダの国家予算より大きい」敗戦国のゼネコンの売り上げが、戦勝国であり、資源に優れた戦勝国カナダの国家予算より大きいというのです。更にもう一つ、米国行には大韓航空を利用しましたがJFK(ニューヨーク、ケネディ空港)に到着したのは、深夜2時で、もうイエローキャブはなく、雲助タクシーしか拾えませんでした。不自由な深夜到着便しか持たない大韓航空に対して、日本のJAL、ANAの時刻表を見直すと深夜にJFKに到着する便など在りませんでした。こんな処にも国力の差が出るのだと言うことを痛感したわけです。

敗戦国である日本が何故驚異的発展をしたのか?米国以外の連合国は何故経済的に没落したのか?米国も何故日本に対して相対的に凋落してしまったのか?

これが第2の疑問となりました。(つづく)


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戦勝国論へ至る経緯(1)

 反日左翼の「奥さん、夏厨房(もしかして外国人、帰化人、日教組かも)」痛いところを突かれて弁明に必死ですな。自ら左翼のアキレス腱は日本戦勝国論であることを証明してくれてます。反日左翼をを駆除するため下のバナーをクリックして下さい。
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 私は1971年北大理類に入学してすぐに旧民社党系の学生組織である民主社会主義学生同盟に加入、北海道支部長と全国副委員長を務めておりました。当時北大には後に京都大学に移られた木村汎先生がスラブ研究所におられ、木村先生は学術団体「民主社会主義研究会」の会員でもあったため、毎月先生を囲んで研究会を行っておりました。

 また、当時は、毎月、中央公論、文藝春秋、正論、諸君、軍事研究の各雑誌を読破しておりました。毎月著名な言論人が登場し論議に花を咲かせていました。カール、フオン、クラウゼビッツの戦争論もこの頃知りました。「戦争とは外交の一手段である」、「戦勝国とは戦争目的を達成し国のことである」と言う記述が印象的でした。当時、特に記憶に残る言論人は故村松剛さんです。村松先生は日本悪者史観・敗戦贖罪懺悔史観を次のように喝破されていました。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」「敗戦贖罪懺悔・日本悪者史観など官軍(GHQ)が捏造して賊軍に押しつけたもので、嘘、出鱈目に過ぎない」

 私も全く同感でしたが、敗戦・贖罪・懺悔史観が嘘、出鱈目であれば一体何が真実であるのかという疑問が残っておりました。そして、1985年8月,北海道開発局(国土交通省所管の国の機関で、道庁とは関係有りません)を辞して、米陸軍寒地理工学研究所(通称:クレール、米国東部、ニューハンプシャー州ハノーバー)へ吹雪風洞技術と模型理論を伝授するため渡米いたしました。

 「一体何が真実だったのか?」という疑問が解けるきっかけを作ったのは米軍研究所での滞在研究です。元日本人である台湾人老科学者に会いました。この台湾人は私の雪氷学の恩師である故黒岩大介北大低温研所長がクレールで滞在研究していた頃の同僚で、その縁で私を可愛がってくれました。彼は日本が所謂”敗戦”した後、治安が乱れた台湾を逃れて米国に渡ったそうです。彼は「日本統治時代の台湾は平和で良かった、学問も自由に出来た」と語っていました。1987年、クレールから帰国後、今度は火星表面の砂嵐の研究のためアイオワ州立大学航空宇宙工学科(アイオワ州エームズ)に赴きました。共同研究者であるアイバーセン教授はNASA勤務時代、世界最初の火星探査衛星バイキング1号、2号計画を主導した人物です。アイオワ大学の同室に韓国人研究者のパーク君がいました。彼はソウルで繰り返される反日学生デモを見て、「卒業しても就職先がない学生達が憂さ晴らしにデモをやってるだけですよ」と語り、彼の父は「日本統治時代の方が余程良かった」と語っていたそうです。上記台湾人も韓国人も故国には縁のない米国籍を持つ人物ですから、日本による統治について客観的に語ることが出来ます。台湾、半島を搾取したという日本の左翼マスコミによる宣伝が大嘘であったことがばれてしまいました。(つづく)


佐藤守氏のブログです。日本兵がいかにアジア解放に邁進したかが書かれています。httpのhの処をクリックしてそのまま右に移動しますと矢印が現れます。今度はその矢印をクリックして下さい。
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/




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