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日露戦争と言えば、日本軍がロシアに大勝し、朝鮮半島へのロシアの南下を防いだ戦いとして有名であり、乃木希典、東郷平八郎など不世出の軍人を輩出したことでも有名です。この戦争は後に道義的戦果として、アジアの披植民地民族に有色人種解放の希望を与えた事でも有名です。それは、日露戦争後、日本が白人国家からの独立を目指す運動家達を多数受け入れたことからも明らかです。多くの日本人達にとって日露戦争は評価し賛美されるべき戦争です。しかし、その実利的戦果といえば、南樺太割譲と南満鉄道の権益獲得、遼東半島の租借権の委譲ぐらいなもので、膨大な賠償金を期待していた国民の期待を裏切るものとなってしまいました。 あまりの成果のなさに怒った群衆は、代々木焼き討ち事件、外相小村寿太郎邸への投石事件を繰り返し、戒厳令まで敷かれたほどです。日露戦争の実質的成果などその程度のものでした。 しかし、国民は日露戦争勝利を誇りに思っています。
次に大東亜戦争についてその成果を考えてみましよう。
大東亜戦争で日本は所謂”敗戦国”と規定されましたから、領土の獲得もなく、更に賠償金まで取られる始末でした。 まあ、逆説的ではありますが、赤字部門だった朝鮮半島、千島列島、南樺太などを失い、身軽になったことが後の経済発展に貢献したかもしれません。 実質的成果はありませんでしたが、道義的戦果としては「アジア・アフリカの有色人種解放を成し遂げた」という大戦果がありました。 更に言わせてもらうと原爆使用(ドイツでは「アメリカのアウシュビッツと呼ばれている」)という残虐行為を白人国家米国の歴史の汚点として刻み込むことができたことも、逆説的な意味で道義的戦果とも考えられます。
さて、アジア解放、有色人種解放という巨大な道義的戦果を挙げた大東亜戦争と、たいした実利的戦果もなく、道義的戦果と言えば、アジア独立派に希望を与えただけの日露戦争を比較すれば、前者のほうが後者と比較する事すらおこがましいほどの大戦果であることは間違いありません。でも、日本人は日露戦争を賛美して、大東亜戦争を卑下します。ただの地域紛争に過ぎない日露戦争での戦死者数は4万6千名、一方、大東亜戦争の戦死者数は2百30万人、これだけの損害を出しながらも、日本はアジアを独立させました。日本人が誇るべきは日露戦争よりも、大東亜戦争なのです。それをしない日本人は世界でも希なほどお目出度い民族です。
最も滑稽なのは、日本人が馬鹿正直にも所謂”戦勝国”から押しつけられた敗戦・贖罪・懺悔史観に洗脳され、1955年のバンドン会議が開催された時点で”アジア解放”という戦争目的を達成し”戦勝国”へ転換した後も洗脳が解けないでいるということです。
父祖達が戦った有色人種解放戦争を誇りにするどころか、卑下・侮蔑してきた、昭和平成の日本人は、後世、子孫達から”我が国の歴史の中で最も軽蔑されるべき醜い日本人”として記録されることでしょう。
付記:
トヨタ叩きも、捕鯨反対運動、イルカ漁反対も、マグロ禁漁もすべて有色人種を解放した日本人に対する白人からの嫌がらせである。奴らへの対抗手段は奴らの言動は日本人に対する「人種差別」であることを国連、国際司法裁判所で声だかに訴え、自衛隊の護衛艦を調査捕鯨船に随伴させることである。当然、シーシェパードからの攻撃があった場合は応戦撃沈することである。オーストラリア海軍が出てきたら、インドネシア海軍と組んで撃沈してしまえ。アボリジニー虐殺への仕返しだ。


真夏の厚田海岸-2009
使用カメラ:FUJI GM670II
使用レンズ:FUJINON 1:3.5 90MM
使用フィルム:コダック エクタクローム ブロニー リバーサル
日露戦争と言えば、日本軍がロシアに大勝し、朝鮮半島へのロシアの南下を防いだ戦いとして有名であり、乃木希典、東郷平八郎など不世出の軍人を輩出したことでも有名です。この戦争は後に道義的戦果として、アジアの披植民地民族に有色人種解放の希望を与えた事でも有名です。それは、日露戦争後、日本が白人国家からの独立を目指す運動家達を多数受け入れたことからも明らかです。多くの日本人達にとって日露戦争は評価し賛美されるべき戦争です。しかし、その実利的戦果といえば、南樺太割譲と南満鉄道の権益獲得、遼東半島の租借権の委譲ぐらいなもので、膨大な賠償金を期待していた国民の期待を裏切るものとなってしまいました。 あまりの成果のなさに怒った群衆は、代々木焼き討ち事件、外相小村寿太郎邸への投石事件を繰り返し、戒厳令まで敷かれたほどです。日露戦争の実質的成果などその程度のものでした。 しかし、国民は日露戦争勝利を誇りに思っています。
次に大東亜戦争についてその成果を考えてみましよう。
大東亜戦争で日本は所謂”敗戦国”と規定されましたから、領土の獲得もなく、更に賠償金まで取られる始末でした。 まあ、逆説的ではありますが、赤字部門だった朝鮮半島、千島列島、南樺太などを失い、身軽になったことが後の経済発展に貢献したかもしれません。 実質的成果はありませんでしたが、道義的戦果としては「アジア・アフリカの有色人種解放を成し遂げた」という大戦果がありました。 更に言わせてもらうと原爆使用(ドイツでは「アメリカのアウシュビッツと呼ばれている」)という残虐行為を白人国家米国の歴史の汚点として刻み込むことができたことも、逆説的な意味で道義的戦果とも考えられます。
さて、アジア解放、有色人種解放という巨大な道義的戦果を挙げた大東亜戦争と、たいした実利的戦果もなく、道義的戦果と言えば、アジア独立派に希望を与えただけの日露戦争を比較すれば、前者のほうが後者と比較する事すらおこがましいほどの大戦果であることは間違いありません。でも、日本人は日露戦争を賛美して、大東亜戦争を卑下します。ただの地域紛争に過ぎない日露戦争での戦死者数は4万6千名、一方、大東亜戦争の戦死者数は2百30万人、これだけの損害を出しながらも、日本はアジアを独立させました。日本人が誇るべきは日露戦争よりも、大東亜戦争なのです。それをしない日本人は世界でも希なほどお目出度い民族です。
最も滑稽なのは、日本人が馬鹿正直にも所謂”戦勝国”から押しつけられた敗戦・贖罪・懺悔史観に洗脳され、1955年のバンドン会議が開催された時点で”アジア解放”という戦争目的を達成し”戦勝国”へ転換した後も洗脳が解けないでいるということです。
父祖達が戦った有色人種解放戦争を誇りにするどころか、卑下・侮蔑してきた、昭和平成の日本人は、後世、子孫達から”我が国の歴史の中で最も軽蔑されるべき醜い日本人”として記録されることでしょう。
付記:
トヨタ叩きも、捕鯨反対運動、イルカ漁反対も、マグロ禁漁もすべて有色人種を解放した日本人に対する白人からの嫌がらせである。奴らへの対抗手段は奴らの言動は日本人に対する「人種差別」であることを国連、国際司法裁判所で声だかに訴え、自衛隊の護衛艦を調査捕鯨船に随伴させることである。当然、シーシェパードからの攻撃があった場合は応戦撃沈することである。オーストラリア海軍が出てきたら、インドネシア海軍と組んで撃沈してしまえ。アボリジニー虐殺への仕返しだ。
真夏の厚田海岸-2009
使用カメラ:FUJI GM670II
使用レンズ:FUJINON 1:3.5 90MM
使用フィルム:コダック エクタクローム ブロニー リバーサル