東奔政走

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大震災政局にあえて指摘する日本の国家体制の4つの健全性

 ◇倉重篤郎(くらしげ・あつろう=毎日新聞専門編集委員)

 大震災と政局をどう語るか。菅直人首相がいつ辞めるなどという、ちっぽけな政局論争はどうでもいい。もっと前向きで、希望の持てるいい話はないのか、と聞かれることが多くなった。

 ウーム、と唸るのだが、ないわけではない。日本国憲法に沿って以下の4点を指摘したい。

 ◇鈍い政治の動きを補った天皇

 まずは、憲法第1条「天皇」だ。戦後の日本は、戦前の天皇制国家の反省から天皇を日本国と日本国民統合の象徴と位置付け直し、天皇家と皇統を維持してきた。今回の大震災での天皇ファミリーの活躍は、その戦後の日本の生き様が間違っていなかったことを教えてくれた。

 今でも3月16日に天皇が発したビデオメッセージは耳に残っている。極めてバランスの良い全国民への呼びかけであった。被災者を励まし、自衛隊、警察、消防、海上保安庁の現地部隊をねぎらう一方、各国元首から届いたお見舞いの電報の中に日本人の秩序ある助け合いの精神を称揚する論調の多いことを紹介、「被災者のこれからの苦難の日々を私たち皆が様々な形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います」と結んだ。

 被災から5日目。まだ余震におびえ、原発が次々に水素爆発し、どこまで被害が拡大するかもわからなかった不安の日々に、国民のすさんだ心を癒やし、まさにこれからの国民の進むべき道を示した、との印象を受けた人は多かったのではないか。

 その後の天皇ファミリーとして慰問活動も闊達なものがあった。天皇・皇后が3月30日、東京武道館に被災者を訪ねたのを皮切りに、皇太子・皇太子妃、秋篠宮・秋篠宮妃、常陸宮・常陸宮妃、寛仁親王、高円宮妃・承子女王とオールキャストできめ細かく被災地を巡回、被災者と膝を接して彼らの哀しみを聞き、慰めの言葉をかけ続けてきている。

 これをどう評価するか。一連の「雅子さま」「愛子さま」報道に傷ついた天皇家の名誉挽回といった解説もあるだろうが、筆者は戦後憲法の精神にふさわしい天皇家本来の仕事をしていただいた、と感じた。

 かつて中曽根康弘元首相が天皇制について、権力と権威の二重性に論及、時代とともに変わる世俗的政治権力に対し、天皇を不易の政治的権威と位置付け、その使い分けの効用を説いたことがあった。

 今回はその賢い使い分けがあった。時の政治権力そのものの動きが鈍かっただけに、天皇という権威が健全に動き、それを巧みに補った。

 次に憲法第9条「自衛隊」である。専守防衛に徹し戦後1回も戦争を戦ったことのない部隊が、この大震災では国民の生命、財産を守るために大車輪の活躍をした。何といっても10万人というかつてない規模のオペレーション、しかも陸、海、空自の初の統合運用をクリアし、2万人米軍の友だち作戦で日米安保を事実上、有事対応させた。

 戦後の国民の願いは何だったか。ジェノサイド、大空襲、原爆投下、飢えと人権抑圧をもたらした、あのような無謀な戦争には2度と手を染めたくない。抑止力としての戦争能力は一定程度必要としても、むしろ、天変地異や大災害で既成の秩序が混乱、あらゆる公共サービスが寸断された時に、自己完結機能を持った自衛隊に活躍してもらいたい。

 今回、自衛隊はこの国民の期待に高い士気とモラルをもって応えた。3・11からこの間、1万9286人を人命救助、2万3370人の医療支援に当たった。生活支援では、3万2985トンの給水を行い、471万人分の食事を配給し、21カ所で97万人に入浴のサービスを行った。ガソリン不足にも対処、ドラム缶にして6000本分の燃料を公的機関に補給した。この大災害で行方不明になった国民に対しては、海の底から瓦礫の隅々まで、下水の配管から縁の下まで徹底した捜索を展開し、9500人の遺体収容も行っている(いずれも7月1日現在の数字)。

 ◇首相の座を活用し尽くす

 3つ目に、憲法第67条「首相指名」である。この指名は「衆院で他のすべての案件に先立って行う」とされ、首相の地位の重さを最大限表現する条文となっている。小泉純一郎政権の後、首相はほぼ1年で交代、その座が軽くなって久しい。講和条約・日米安保を締結した吉田茂政権(7年2カ月)、沖縄返還を実現した佐藤栄作政権(7年8カ月)、国鉄民営化を断行した中曽根康弘政権(5年)と大きな政策の実現には政権としてそれなりの時間が必要だ。

 今後の日本政治の最大の課題は、首相に選ばれた人に最低でも衆院の1期4年、長ければ2期8年の政権任期を与えて、政治にしか解決できない問題に正面から粘り強く取り組んでもらうことだ。であるならば、菅首相の政権への執着は、単なる延命と切り捨てるのではなく、唯一無二の首相の座をぎりぎりまで活用し尽くす、という権力への誠実な態度ともいえるのではないか。「若い世代に引き継ぐ」とのメッセージには長期的に政権を担当できる体制に切り替えたい、という狙いがある。細野豪志原発担当相、平野達男復興相ら若手起用も深慮遠謀といえよう。

 4つ目は、憲法第83条から86条までにうたわれている「財政法定主義」である。

 日本の財政が約1000兆円、国内総生産(GDP)の2倍もの赤字を抱え込んでいるのは周知の事実だが、加えて、震災復興のため20兆~30兆円の新規財源が必要だと言われても、さらには持続可能な社会保障制度構築のため相当な増税が必要と指摘されても、国債マーケットが微動だにしない背景には何があるのか。

 答えは1つである。他国ではとてもありえない日本の強靱な増税余力にある。今回の震災でそれが明確になった。現在日本の消費税率は5%だから、20%前後の先進各国に比べ、15%(1%=2.5兆円)、37.5兆円程度の改善余力が見込める。財政法定主義の下、意図したものか、結果的にそうなったのかは別にして、この最後で最強の政策手段をどう使うか。日本経済を立て直すツールとしての消費税がクローズアップされることになろう。

 さて天皇、自衛隊、首相、財政は、日本の国家体制(国体)の背骨部分ともいえる。その背骨の健全性、ないしは健全化への胎動が、震災をきっかけに証明され、かつ観察された、と私はあえて言いたい。

2011年7月11日

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