フェオの月の第二週。
暖かな陽射しのもとで、色とりどりに咲き乱れる花の道を私は歩いていた。
「~~~~~~♪」
行き先は今月から入学することになる魔法学院。
歩きながら口ずさむ歌は、ちょっとハルケギニアでは聞きなれない曲。
私が前世と呼ぶ21世紀の日本で、よく口ずさんでいたお気に入りのもの。
リリアーヌ・ド・フレイブル。それが今世での私のお名前だ。
親しい人からは「リリア」と名前を縮めて呼ばれる。
容姿の方は、金髪碧眼のスラリとした美少女さんなのは、もはやお約束。
物語の主人公的な意味で。
代々治める領地がゲルマニアにほど近いためか、金髪さんなのは地理的にも妥当なのですけどね。
腰辺りまでに伸ばしたストレートロングなヘアスタイルは完全に私の好みです。
髪の長い女の子は可愛い。
誰がそんなことを言い出したのかは知らないが、うざったい、手入に時間かかる、常に髪型が気になるなどなど中々大変。
手入れの仕方は、香料と石鹸で洗った後に、艶出しのため生卵を少々。
洗い終わったら、香りにも気を使い、香水を少々振り掛けます。
これで一日のうちの結構な時間を無駄にしていますが、如何お思いでしょうか。
あ、そうそう。
自己紹介をする際、物語的には、前世のことを語り、神様との邂逅なんかも話すべきなのだけど、いらないですよね。
前世世界の日本人なんて、ビックチャンスに乏しいから人生平凡だし、それ以前に黒歴史が多いし。
私のケースでは神様の邂逅なんてなかったし。(ここわりと重要)
タコさんでもいいからあってみたかったにょー。
「俺、卒業したら海外旅行に行くんだ。今、円高だし少々タカられてもきっとお得だよ!」
生前、友人に死亡フラグ気味にそう語ったのですが、一生懸命貯めた飛行機の切符は、人生の片道切符になりました。
異世界へようこそ。海へ墜落してこんにちわしちゃったんです。
オーシャニックとか書いてある飛行機には乗るべきではありません。
行き先が変な島でなかったのだけが救いだった気がしますけど。
私が転生した世界はハルケギニア。人によっては憧れですよね。
ルイズたんにクンカクンカできると。
でも、あんまし期待しない方がいいですよ。
そっちの世界と比べて娯楽水準滅茶苦茶低いですから。
文化(笑)が大好きな身としては、中々生き辛い生活環境です。
こっちの娯楽といえば一に交接、二にまぐわい、三にせくろす……以下略。
実に原始的。生々しい。ケダモノどもめ、そんなに穴に入れるのが楽しいか!
いくらそっちの世界でも、もう少しマシでしょと思うかもしれない。
少子化社会の原因の一部は、せくろす以外の娯楽が発達してきた故の悲劇なのです。
逆に言えば、せくろすくらいしか娯楽がなければ、せくろすに皆集中するわけで。
「戦いは数だぜ、兄貴」
国家の活力を考えると、この言葉は真理です。
耳の痛い話ですね。元気な社会という意味では、こっちの世界の方が健全ともいえます。
でもそっちの世界の方が私はいいです。
野郎ならともかく、女の子で楽しめるかっ! というのが自論なんですけど。
ボテ腹でらめぇ~とかいって腰振っていろというのは、何やら欲望に正直で魅力的な提案のようにも思えますが、女性は、出産時に子供共々死んじゃうケースも多いので。
魔法に頼っている分、こっちの世界では医療技術の発展も大幅に遅れていますから。
エカテ帝みたいな毎晩違う男を臥所に入れていた高貴なるビッチの例もあるけど、活字ジャンキーが、そんな極端な性に走る時点で、前提からして色々と間違っていると思います。
私が欲しいのは娯楽の代替ではなくて、面白い作品な訳で。
「ちょっと、いい加減に無視するのやめなさいよっ!」
後方からそんな叫び声がしたかと思うと、私が二時間かけて手入れした髪に、土まみれの靴がぶつけられました。
「ねえ、聞いているの!」
そろそろ、物語風切り出しごっこをやめて、あげることにする。
そして私の足元に落っこちた小ぶりの靴を拾い上げ、返答を返した。
「聞いているよ」
見れば、ピンクブロンドの従姉妹殿が、片手にトランクケースを持ってケンケンしてこちらに近寄ってくる姿が映る。
お前らのルイズたんこと、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢です。
「先にいかないでよリリア! 身長差というものを考えなさいよ! 歩幅が違うから、貴女があわせてくれないと、私はどんどん離されるのよ!」
と、愛しの従姉妹殿は実にお怒りのご様子だった。やれやれと少しだけ戻るかと考える。優しいですよね私。二時間かけた髪が台無しになっているというのに。
「……」
その前に、靴はルイズとは反対方向に投げてやりました。
「きゃあああああ! 何やっているのよ馬鹿ぁぁぁ! 早く拾ってきなさいよぉぉぉ!」
「遅いのはそっちだし、やって良いことと悪いことがあるでしょうがっ!」
とてとてと、桃色ブロンドの少女のとこまで私は戻る。
いわずと知れた原作『ゼロの使い魔』の主人公ちゃんを、身長差を利用して……とは言っても10センチ前後ですが、頭をぽんぽん叩いて仕返しをします。
「やめなさい、物凄くむかつくわ」
「荷物は持ってあげますから、けんけんして靴をとってきましょうね~」
「~~~!」
けんけん。けんけん。あ、こけた。
こういっちゃなんだが、お前らの憧れのルイズは面倒臭い奴なんです。
私の家ド・フレイブル伯爵家は、ルイズの家、ラ・ヴァリエール公爵家の領地から北に位置する沿岸部周辺に領地を持っている。
ラ・ヴァリエール家が、ゲルマニアのツェルプストー家と代々争ってきたのは、原作1巻で触れられていた記述なのでご存知かと思う。
ド・フレイブル伯爵家は、ラ・ヴァリエール公爵家にそうした戦時の際には度々支援を行っている。
同じトリステイン貴族として、頑張っていきましょうね(キリッ
……なんていうのは表向きの理由で、ラ・ヴァリエールの領地をゲルマニアに併呑される展開はなんとしても避けたいというのが本音だったりします。
いってしまえば、シールド、盾。あるいは壁。
万が一、国境沿いの領地にでもなってしまえば、軍事費を余計に割かなければならなくなるし、伯爵家の本拠地があるアムステルの港街での経済活動が安心して行えなくなるダブルパンチの大きなダメージを受ける訳です。
ウチハヴァリエールサンノメイユウダヨと嘯いて協力するのは、長い目を見ればうちの利益につながる。
こうした観点から私達は、先祖代々仲良くやってきました。
家同士が仲良くなると、当然のことながら、一緒に快楽と情熱……苦楽を共有しましょうよと、一族間の血のやりとりが始まる。
少し前だと、ルイズの父であるラ・ヴァリエール公爵の妹に該当する私の母親のクリスティーヌが、ド・フレイブル家に嫁いできています。
父のオリヴィエも、祖母がヴァリエール出身で、私は母と父方の曾祖母からラ・ヴァリエールの血が混ざっていることになります。
ぶっちゃけ本家の人たちよりも濃そうなのですが。
そのためか、嵐のメイジの家系と呼ばれたド・フレイブルも、今ではラ・ヴァリエール一門みたいな扱いを受けていて、微妙な軋轢が生まれていたり。
うちは独自の伝統と、方針があるのに、何故ヴァリエール公爵と、マザリーニ枢機卿のいがみ合いに参加せねばならぬみたいな感じですねっ。
経済都市かかえていますので、中央の情勢にはわりと過敏なんですよ。
「リリアの馬鹿、どこまで私を舐めくされば気が済むのよ」
転んで泥だらけになったせいか、ルイズはけんけんをやめて、普通に歩いて靴を拾い上げてきたようだった。
鬼のような形相でこちらへやってくる従姉妹殿。怖いです。
「はい、トランク」
ルイズから預かっていた荷物を差し出す。
「持っていなさいよ。こうでもして貰わなくちゃ割にあわないわ!」
一つ5キロ以上。流石にふたつ持つのはきつい。
何より優雅でない。
ルイズの召使いみたいで嫌だし。
「大体、せっかく確保した馬車に乗るの拒否したのはルイズじゃん。あれしか残っていなかったのにさ」
と少し前の、私達のような家柄の良い子女が歩いているそもそもの原因に触れることにした。
ルイズは気難しい。私たちは、都市郊外にある学院へ向かうため馬車に乗り、学院最寄の街に到着すると、お店で一緒にお昼ご飯を食べた。
ここまではよかった。
食事を終えて、馬車駅に戻ると馬車が消えていた。
別に盗まれた訳ではなく、街に設置してある駅から別の駅に客を乗せる形で商売が成り立っているため、降りてしまえば契約は切れる。
実際賃金を支払って、よろしければ食事が終わった後も乗せてくれ程度のニュアンスで頼んでおいた。
私たちが昼食をとっている間に別の客が来たのだろう。
見事にいなくなり、数時間ほど待たされることになった。
考えてみてほしい。食事時が終われば、わざわざ街に降りる奴がどれくらいいるだろうか。学園まではあと10キロ程度と聞いている。
あと一息だ。用もなければ一気に目指そうと考えるだろう。
その後来た馬車は、客を乗せたまま綺麗に街をスルーしていった。
一時間が経過し、ルイズが痺れを切らした頃、待っていた馬車が来たのだけれど。
駆けていくルイズ。やれやれと私も少しだけ期待混じりに後に続く。
「すいませんね。先ほどまで乗っていたお客さんが用を足したらすぐ戻ってくるといっておりやしたので、精算せずに待っているんですよ」
私たちの場合とは違って随分義理堅い運転主だなと感心したのだが、馬車の中がお菓子の包み紙で散らばっており、鞄も置いてあった。
というか、途中で漏らしかけたのだろう。ピーの香りがほのかに鼻腔をくすぐり、不快な気分にさせられた。
これじゃあ運転主も、新しい客を乗せるわけにはいかないだろうなと苦笑していたところ、その客とやらがスッキリとした顔で戻ってくる。
同じ年くらいの少年だ。
肥満体質のようで少々臭いがきつい。
ルイズが眉を潜めるのが端からみていてわかる。私は私で数歩後ろへ離れた。
百合の香りが、スメルに変わってしまうのは美少女的にあってはならないことと思ったのだ。
「ん、どうしたの。この人たち?」
少年は私達に気がつくと、気さくに挨拶をし、運転手から事情を聞きだしているようだった。
「うん、そういうことなら乗っていいよ。目的地も一緒みたいだしね」
そう快い対応を見せてくれたのだが。
回想終了。ルイズさんの結論はこうです。
「あの豚が乗った馬車に乗るなんてありえないわよ。何かにやにやしていて気持ち悪かったし。あんなの馬車じゃないわ。豚小屋よ」
私はう○こ馬車だと思いましたが。
「大体、あんな臭い奴と一緒にいたら、今着ている服のみならず、鞄の中のものにまで匂いが移りそうで嫌だったわ」
ですよねー。基本的に同じ意見なのですが、たまには良識めいたことを言ってみる。
「酷いよね、ルイズは。同じ様なことを彼に言ったら泣いていたじゃないですか。馬車の運転手が気まずそうに出発してしまうし。人の善意を無碍にするものじゃないと思うよ」
「じゃあ、あんた乗りたかったの?」
「……断るにしても、もう少し言葉を選ぶべきだったと思うよ。これからあの人含めて共同生活送ることになるんだしさ」
「アンタだって、乗りたくないんじゃない」
「~~~♪」
「ふんっ、何よ。いい子ぶりやがって。馬鹿じゃないの」
鼻で哂うルイズさん。
その後は二十分くらい経っても待ちぼうけ。
それで我慢できなくなったのか、鞄もってつかつかと歩き出して、止めたのだけど。
曰く、このまま待っていれば夜になっちゃうわ。最初からこうしていればもう着いているわよだとさ。
ルイズはろくに魔法を使えないし、特殊な戦闘術を持っているわけでもないので、街道で賊などにでくわせば、対処するのは私なのだとわかっているのだろうか。
わかってないんだろうなぁ。ルイズだし。
私がルイズから離れて、歌っていたのはこのような事情から。
歌っている無防備な馬鹿と、むすっとして用心深く歩いている少女なら、まずは私の方を狙ってくるだろう。
少女の方は見るからにひ弱そうだから後にして、馬鹿(私)が警戒する前に無力化し、それからルイズをゆっくり対処する。
どうしようもないロリコンが相手でもない限りそう期待できるのではないかと思う。
勿論、一緒に歩かされていてイラッ☆ と来ていたのが理由の七割を占めるけど。
私だって気を悪くすれば、一人でいたくもなる。
「きっとルイズがあのぶたさ……ぽっちゃりな少年に酷いことを言った罰なんだよ、これは」
そういって従姉妹を言葉で苛めてうさ晴らしをする。
「何よ、文句でもあるわけ。そんなに嫌だったら一人でいけばいいじゃないっ!」
「はぁ」
これだ。だから心配なんだって。いくら面倒臭い従姉妹だとは思っていても、幼少の頃からそこそこお付き合いがあり、肉親でもある以上人並みには安否を気遣うだろう。
この子、本気で一人で歩いて大丈夫とか思ってないよね?
「人それぞれ価値観違うんだしさ、もうルイズはそれでいいよ。歩いているだけだと暇だから歌でも歌わせておいてよ」
わかっていないだろうなぁ。
指摘したらしたらで癇癪起こすのも、長い付き合いだからよく分かる。
この面倒くさいのは「あんたの心配なんていらないわよ、私だってメイジなのだからね」とかいってあえて困難な道を選ぶ子だ。
説明しても事態が面倒くさくなるので、説明はしない。
面倒臭い子には扱いの注意が必要だ。
「何よ、私と一緒じゃ嫌だって言うの」
ね。これだよ。相手にせず、私は私のペースで歩き、そして歌う。
「~~~♪」
「リリアは、やっぱしエレお姉さまとも、ちい姉さまとも違うわね。なんていうか私に冷たい」
変におっせっかい役の脇役とかになって、ルイズとその使い魔・才人の大冒険なんかに付き合いたくないし。
思うんだけど、好感度上げすぎたら、来年あたり強制参加な気がするんだ本編に。
私は面倒くさいことさせられる、いなくても多分ハッピーエンド。
本編汚すなとか、前世世界からクレームがやってくる。手伝うだなんて誰特よ。
「リリアなら、私に協力してくれるよね」
なんて期待に満ちた目で頼まれたら私はきっと断れない。
ぶっちゃけ、親友ポジの私が何で手伝わないの的な目で見られるのは嫌だ。
だから、付かず離れず我関せずの立ち位置で仲良くやっていくのが大事だと思う。
「これでも十分友好的なんだけどな」
結局、歩きながらルイズの話に付き合ってあげるあたり、私は甘い。
「……どこがよ。私の姉二人に比べたら、リリアなんて氷の様よ」
俯きながらそんなことをいってくる。
「だって、同じ年だし、お姉さんぶるのは必要なときだけでいいんじゃないかな」
そういってやった。
「ずるい。そんなんだからド・フレイブルの連中は虎の威を借る狐なんて言われるのよ」
「狐ねえ。褒め言葉だと思うけど。勿論したたかって意味でね。正直、伯爵家としては頑張っている方だと思うようち」
マザリーニ枢機卿が執政を取るようになってから、王家は中央集権化を狙っており、地方の土地持ち貴族なんてのは格好の餌食になりやすいんだよね。
時代の流れといいますか。同じことやって、お隣のアルビオンは反乱起こっているのだけど。
いずれにしても貴族たちは、機を見てうまく立ち回る能力が求められるようになっている。
王につくか、徒党を組んで反乱するかの。
うまくいけば少しだけ領地や地位が増える。失敗すれば改易。
ハイリスクローリターンなんていうとっても嫌な時代。
父オリヴィエは戦場でも、政治でもそれなりに立ち回り、中央の人間への取り入り方も上手かったため、我が家はうまく生き残る一方で、狐と蔑まれることが多かった。
「父はどこ吹く風とばかりに、したたかであることは美徳なりとか私の目の前で語っていたいたけれど」
「何よ、領内の平民が頑張っているだけじゃない」
私の余裕な返答にルイズはそう切り返す。
負け惜しみのように聞こえるけど、まあそれも一つの事実。
アムステルという良港を本拠地に構え、財源が豊かなのは、彼らの頑張りのおかげだ。
私の無理を聞いてくれて本当に感謝している。
「一緒に感謝しましょうね」
「?」
反面、そうして集まった財は、ヴァリエール公爵を中心とした対ゲルマニア防衛ラインに投入されているのですから。
「っ」
ようやくルイズは自分のいった言葉の意味を理解したのだろう。顔が真っ赤になっていた。
「お互いやめましょう。身内のことであれこれいうのはね」
「まったくね」
馬車が来なかったことから始まったイライラ感はある程度収まったようだった。
元々、私が怒られる筋合でもないのだけど。
それからしばらく歩いていると、学園の方から馬車がきたので呼び止めて運んでもらった。
私達を見捨て、別の客に乗り換えた運転主殿だったので、少々気まずかった。
桃色髪ちゃんはぶつぶつと文句たれてはいたが、鞄を持ちながら歩くのは相当辛かったようで乗せてもらうこと自体には異論はなかった様。
面倒臭い奴は隣にいる桃色髪だけで十分だろうと思うので、寛容になって必要なことだけ言葉として紡ぐことにする。
「料金下げてくださいね。下げてくれますよね。下げてくれないのですか? 下げてくれないと、私の髪の毛が土まみれになったのは貴方のせいにしますよ」
「ひっ、おゆるしを。おゆるしを」
割引どころかタダにしてくれるそうです。いい人だ、また利用させてもらおうか。
……冗談ですよ、テヘッ☆ 散々脅した後に、ちゃんと料金支払いました。
「私」はですけど。
こうして、私達がこれから暮らすことになるトリステイン魔法学院の前に降り立ったのだった。
<2>
私ことリリアンヌ・ド・フレイブルは思わず溜息をこぼした。
自分の不幸さ加減について。
父、オリヴィエ・ド・フレイブル伯爵は、私の住むトリステイン王国にて智勇兼備の良将と評され、北東部の対ゲルマニア防衛ラインの一翼を担う重要な人物だったのだが、家庭を顧みない人だった。
その結果いい感じに家庭崩壊を引き起こしていた。
詳細は、父がまた外で平民との子を作ったとか、母の病みぐあいが進行したとか色々とあるが、私も身内の恥をおいそれと公言したくはないのでこの辺で止めておく。
そんな悲しい家庭の事情から、ついつい現実逃避をしたくなるのだけれど、残念なことにこの世界の娯楽といったら、ギシアンくらいしかない。
良き文学作品は、紙が貴重であるため手に入れにくいし、飯にも不満がある。
味は悪くないのだが、輸送機能が未発達な都合上、代わり映えのしないメニューでローテーションを組まれていた。
具体的には私は魚よりも鳥獣の類の肉を好んでいるのに、港町だけに毎日魚料理なんていう悲惨なメニュー。
あと衛生面も水浴びと身体を拭くのが基本。そもそも毎日風呂に入る風習がないとか実際に住んでみると生活環境の劣悪さが残念。
はっきり言おう。私が不幸だと言いたいのは、文化(笑)と独自のライフスタイルに慣れ親しんだ21世紀の日本人がこの世界に住むのはお勧めしない。
あの快適な生活に比べたらこっちの世界なんて……貴族でも機能面の観点から考えれば、元の世界の庶民の生活レベル以下だよ。
あ、未満でないのであしからず。
原作でのファンタジー世界ならでの独自感と、それほど不便に感じない環境は、登場する町が国の最大都市でもある王都トリスタニアや、貴族の子弟が通う王立魔法学院であるから。そして作者であるノボル氏が面白おかしく書いてくれていることに気づこう。
ルイズたんを始めとしたヒロイン達を、原作知識を駆使して攻略できるなんて幻想もってたらきっと絶望する。
私の場合は、それ以前の問題だったけど。
うん、それとなく流しているけど女の子なんだよね。今世の私。
誰得といったシチュなんだけど、こちらとしても男の方で生まれたかったよ!
ルイズは才人に譲るにしても、シエスタあたりなら、父親から受け継いだであろうすけこまし能力を駆使して優しく攻略するくらいの楽しみはあったのに。
もうね、貴族の女の子なんて悲惨だよ。
基本的に結婚相手は親が決め、どこに嫁ぐかは、その時々の家の政治的立場が大きく左右される。
場合によっては相手の家と婚姻関係を結べば利益があると判断されたら、日本のザ・グレート暗愚☆一条兼定みたいな、酒色に溺れて諌言した筆頭家老を手打ちにしちゃう様な無能貴族が相手になるという可能性も余裕であるということ。
あ、でもこれ一条家滅ぼした大名側の言い分なんだけどね。
あと王命でくっつけられる可能性もあるかもね。
国王派陣営の強化目当てで、国王の佞臣とかに……。
うう。考えたくもない。
おまけに私は今のところ唯一の嫡出子。アムステルなんていうおいしい都市がついてくることを考えると、結婚したいという相手はいくらでもいるだろう。
ついでに父は家庭を顧みないけど、智勇兼備の良将と評される能力に応じた野心の大きさも持っていた。二つ名が黒水のオリヴィエ。他にはフレイブルの狐などなど。
甲斐の虎とか、越後の龍とかそんなノリです。狐といえば、某スレで大人気の鮭様こと出羽の狐、最上義光なんかが思い浮かびますね。
うちのも腹黒いですが、松永久秀とか、宇喜多直家みたいな方向です。
何と言いますか。仁義なきANSATU? 皆さん、父がお茶を出したら逃げましょう。
うん。こんな人だし、私たち親子への愛情の希薄さ見れば、間違えなく出世の道具に使われるだろうね。
こんな状況だから私がやるべきことはある程度絞られていた。
自立して反抗するか。自立してから逃げるか。自立して父を暗殺するか。大人しく受け入れるか。その時が来たら自害するかの五択くらいである。
つまり何をするにしても「自立」が先決ということです。
私は、まだまだ私は子供なのだから。
後先考えずに家出なんかしても、のたれ死ぬか、怪しいお店の商品になる他ないだろう。
今の時期に逃亡するのは論外だ。
少なくとも学校へ通う期間であるこの3年のうちに、一区切りつける必要がある。
学生期間中に強引に縁談を進めてくる可能性もあるだろうが、粘りに粘って、双方妥協する形で婚約へ持ち込み、卒業後の自立と同時に即反故にしてやればいい。
自立には、単独で反故に出来るだけ社会的な力を持つという意味が込められている。
小娘にそれが出来るのかといえば、中々に過酷な道だが、やらねばならない。
「どうしたのリリア。また物思いに耽って」
一通り荷物と宛がわれた部屋を確認すると、私はルイズと一緒に食堂で夕食を食べていた。
本当にこのかまってちゃんは。落ち着いてご飯も食べさせてくれないのか。
「おいしいね、ここの料理」
晩御飯のメニューは、若鶏の蒸し焼きと、バターをふんだんに使ったパン。
それに上質な豚肉や玉葱などが入ったスープ。
何よりも良いのが、比較的内陸地にある学園なので、魚料理が少ないということ。
格段に魚料理の割合が減ることは実に喜ばしい展開だ。
「そ、そう? 実家のものと比べると何だか安っぽいわ」
これだから公爵家は。まあうちと比べても、材質的な面で多少は落ちるけど、魚料理じゃないのが喜ばしいじゃないか。
スープを口に含んで味を楽しむ。
「そんなに不味いのド・フレイブルの料理は」
「いや、料理人は良く頑張っているよ。代々伯爵家に仕える一族だけあって料理の研究に余念がないし。ただ、魚料理が苦手なんだ」
「難儀ね。港町ばかりじゃない。貴女の領地って」
「本当に残念。まあ、位置的には文句ないんだけどね」
古代から文明が栄えるのは、川、海問わず沿岸部と、平野にあることだ。
ド・フレイブルの領地は平地にあり、沿岸部にありとまさに理想的な条件を満たしている。
魚料理が嫌いだからって他所へ行こうなんて考えは私は起こらない。
ルイズとの夕食を済ませると、女子寮のある火の塔へと向かった。
塔の部屋割りは、学園側が決めている。基本的には家格で割り振るのだが、「寄付」の多い学生には良い部屋を。貧しき学生にはしょぼい部屋をあてがう体制になっているのは公然の秘密。
まったく腐ってやがるが、抗議するほど暇でもない。
そこそこ快適に暮らせる部屋をもらえれば私個人としては文句はないからね。
ルイズは一番上等な部類の部屋のようだった。
20畳分くらい。全ての部屋を同じ間取りにすると、火の塔だけではとてもじゃないが収納できないため、ごく一部に限られたVIPルームだったりする。
ちなみに底辺は4畳半の2人部屋。
私の方は3階のはしっこ。8畳間だが、東側に窓があり日当たりがよく、風通しも良い部屋だ。
伯爵家の娘が暮らす家格として広さ的に悪すぎず、嫌味にならない程度のちょうど良い空間。
父も勿論「寄付」には惜しみなかったが、私自身でこの部屋を所望して学園側にかけあってみました。
事前に下調べをした結果、知り得る限りではこの部屋が最適と判断したのです。
……格好つけましたが、母が学生時代使っていた部屋だそうです。
家格の高い貴族の子弟は広い部屋を求めるけど、元日本人の私このぐらいの空間が丁度いい。
そして、部屋の空間をフルに活用することに頭を使うのを好むクチだ。
見た目の派手さよりも、機能的に使う。我ながらセコいなとは思ったが、自室は中々居心地がよさそうだった。まだ備えつきの家具しかなかったが。
部屋に戻ると、ベッドに飛び込んで目を瞑る。
正直長旅に疲れた。風呂に入って汗を流したいところだが、学期前であるためか公共浴場の開放は2日に一度になっているそうで、今日は入れないそうだ。
汗と埃で悪臭とベトベトする感触がなんとも不快だったが、ひとまずは目を瞑ることにした。