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2011年7月10日3時1分

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縮む福島 県外避難3.6万人、失業4.6万人

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写真:辺見妙子さんが運営する託児所「青空幼児園たけの子」で、一人で遊ぶ「もーくん」=8日午前、福島市、林敏行撮影拡大辺見妙子さんが運営する託児所「青空幼児園たけの子」で、一人で遊ぶ「もーくん」=8日午前、福島市、林敏行撮影

図:福島第一原発と周辺自治体の地図拡大福島第一原発と周辺自治体の地図

 東京電力福島第一原子力発電所の事故収束が見えないなか、福島県では、放射能が将来への視界を曇らせ、「復興」への足取りを鈍らせている。

 現在、県外に約3万6千人が避難。農林水産業や工業、観光業などは大きな打撃を受けている。企業の倒産や流出も相次ぎ、震災後の3カ月余りで4万6千人が失業した。消費を控える傾向もうかがえる。

 東日本大震災から11日で4カ月。経済も生活も縮むなか、県民は苦難と向き合いながら暮らしている。 

 よく晴れた日中。福島市内の老人施設で、5歳の「もーくん」がお年寄りにおずおずと声をかけた。「一緒にカルタしませんか」。お年寄りとカルタや折り紙で遊んだもーくんはやがて、ここへ連れてきた辺見妙子さん(50)にくっついて離れなくなった。「外でぶらんこ乗りたい。悲しい」。そう言って、窓の外を眺めた。

 辺見さんは近くの自宅で託児所を開いている。原発事故の前は、雨でもカッパを着せて公園や山林に出かけていた。預かっていた子どもは5人。4月には8人に増える予定だった。

 事故後、子どもたちの家族は全国に避難した。預かる子どもはゼロに。5月の連休明け、北海道に避難していたもーくんが戻り、託児所を再開した。ただ、放射線が心配で室内保育に切り替えた。外に出るのは週2回にした。

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