つい火っとなって書いた。今は反省している。
カーサ・イ・ド・ブラッドは考える。人生とは本当に奇妙で数奇なモノである。
たとえば自分が貴族であること……それだけで上流の生活が保障される。
たとえば自分がメイジであること……それだけで頂上的な力を行使できる。
たとえば女であること……それだけで男に対して恐ろしい優位に立つことができる。
たとえば自分が赤ん坊であること……それだけで……すべてが他人任せになってしまう。
たとえば……自分がそんな存在である事こそ、カーサ・イ・ド・ブラッドとして、貴族としてメイジとして女性として赤ん坊とし存在していること。
それこそが『彼』にとって本当に奇妙で数奇なことである。
ハルキゲニアと呼ばれる世界、トリスティンと呼ばれる国。その一角にブラッド家は存在していた。
昔は中央政治にも発言力を持つ大貴族だったらしいが、数世代前の失敗でその座を追われ、今では歯牙無い地方貴族。
オーソドックスなプライドと伝統を愛するトリスティンの貴族らしい父親。
家と夫に忠実な良妻であり、なおかつ病弱で子宝に恵まれない母親。
父親以上に伝統と格式にこだわり、過去の栄光に縋って生きている祖父。
部下や使用人を数に入れなければ、その程度の小さな家庭。
その一家の長女として長女としてカーサは生まれる。
しかし待望の第一子でありながら、彼女はあまり祝福されなかった。
母親こそ難産の果てにようやく生まれた娘を可愛がっていたが、父と祖父は跡取りに相応しい男子で無いことに憤ったのだ。
それに加えてカーサ自身にも問題があったのである。はじめて彼女が言葉を発した時、笑った時のことだ。
「火火っ」
不気味と表現する他には無い笑い。聞いたことがない発音で、ニタリと口の端を釣り上げ自分を含んだ全てを見下げるような笑い。
それを聞いた母親は失神したし、父親は養育係を解任した。祖父に至っては秘密裏に葬ってしまうことさえ考えたほどだ。
もっともこれは数々の奇行のスタートに過ぎなかったのだが……
「カーサ様! 昼間からワインを飲まないでください!!」
「硬いこと言うなよ」
「キセルなんて二十年早い!!」
「本当はタバコが良いんだけどなぁ」
「町の賭博場に行くのも禁止です。弱いんですから」
「田舎の数少ない娯楽だっつうの」
「それと……メイドに色目を使うのは止めてください」
「火っとなってやった。後悔はしてない」
これはカーサが『五歳の時に』ブラッド家に仕えている執事とした会話である。
この会話を聞いて『この子は異常だ』と断じることができない人間など存在しない。
少なからず生まれながらにして問題を持つ子供は存在する。言葉がうまく喋れなかったり、上手に歩けなかったり。
それは人々の目に『大事な何かを持っていないから』だと判断される。故に奇異の目を向けられると同時に同情され、理解もある程度される。
だがカーサは違う。彼女は頭が良い。勉学にも熱心ではないが、必要以上の知恵を持っている。
ほかのどんな子供よりも早く立って歩いたし、言葉もすぐに話せるようになった。だが上記のような会話をする。
つまりカーサという人物は『酒を愛して、愛煙家。弱いけどギャンブルを嗜み、女性に色目を使う五歳の女児』なのである。
異常だ。
「他の子よりもちょっと進んでるだけ……そうよねぇ~カーサ?」
「あ~それは希望的観測だな、母上」
数少ない彼女の味方 母親はそう言って娘を擁護しては突き放される日々。
そんな人物が身内に居て、面白くないのはトリスティンの貴族の鏡である父と祖父だ。
折しも国王が隣国訪問からの帰途に訪問するという名誉ある日も迫っている。
これを機に昔の勢いを取り戻したいと企む腐敗貴族の鏡にとって、余りにも娘の存在は不快な要素。
部屋にでも押し込めておくか?とも考えるが、挨拶させない方がずっと無礼に当たるだろう。
王室にも娘が生まれたという報告は臣下の義務として行っているのだから。しかし陛下にあの『バケモノ』を会わせるのは家の終わりを意味する。
「いっそこれを機に消してしまうか?」
深夜にこっそりと行われたはずの父と祖父、二人だけの秘密の会合。
それを聞いていた少女が一人。暗闇で光るのは自作のタバコに火をつける魔法の炎。
「これに機に消す……か? そりゃあ~良い考えだ」
小さな明かりに照らされて、少女の顔が怪しく歪む。久し振りの『犯行』を前にして、子供らしからぬ愉悦が燃えていた。
次の日の早朝、ブラッドの屋敷で火事があった。失われた命は二つ、現当主と前当主。
夫人はパニックに陥り、臣下の貴族たちは誰もが自分の身の保身に必死になっているがゆえに、大きく問題視されなかったが……奇妙な火事だった。
被害は部屋一つ、当主の執務室だけ。壁一つ隔てた寝室で寝ていた夫人は気付かないほど静かな火事。
だが死者が二人も出ている。それなりに腕が立つ火のメイジが二人も焼け死んだのだ。
室内は調度品が原形を留めず崩れており、壁や床も黒コゲであるにもかかわらず、外から見ればまったくその事に気付かせない。
つまり二人が逃げる暇もなく最高の火力を生み出した後、瞬く間に消えたということになる。
「やっぱり不自然だ」
「あぁ……キセルやロウソクの不始末じゃない」
そんな話題が貴族・平民問わずに聞こえてくるのは仕方のないことだ。
「火の魔法と秘薬を使った暗殺では?」
「それだってあんな真似は不可能よ」
しかし真実を得る手段をだれも持っていない。つまりこれは迷宮入りの事件だった。
「何にせよ今は他にするべき事がある」
「後継ぎはどうするのか?」
国王陛下の訪問という大変名誉な事態も残念な事に間近に迫ってきているのだ。
辞退しようか?という意見も出たが、ただでさえ領主が火事で死ぬという不祥事。
それに加えて名誉ある仕事の辞退などした日には、どのような厳罰が待っているか分からない。
「普通に考えれば嫡子である……」
「カーサ様か? だがあの方は…「オレがどうかしたか?」…っ!!」
臣下だけで内密に交えていたはずの会合に現れた少女。本来ならば当事者でありながら、最もカヤの外に置かれるべき人物。
肉親の死を嘆いているべき彼女はズカズカと室内に入ってくると、どっかりと椅子の一つに腰をおろす。
「後継ぎはオレだ。成人までは母上を代理に立て、お前らの合議で領地を運営する」
すでに決定事項であるという態度でそれだけ宣言。もちろん臣下たちからは反論の声が上がる直前に……
「反対する奴……明朝には誰にも気付かれずに消し炭だ」
その少女の一言で誰もが先の不可解な事件の真相を理解し、そしてその真相を心の奥に仕舞い込んでしまった。
目の前の少女がやったのだ。二人の火のメイジを部屋一つだけを犠牲にして、一瞬で焼き殺すという偉業を。
異常なのは精神だけではなく、魔法の腕もということらしい。誰もが視線を辺りに向けて、頷いた。
すでに場の流れは決している。ここで反対とは言えない。それこそ燃やされるだろうし、声を大にすれば最悪の不祥事 親殺しが国王の耳にも届きかねない。
誰もが自分の身の保身を第一にした思考の結果……カーサ・イ・ド・ブラッド、古き名前を葛西善二郎という大犯罪者にして、中年オヤジ。
稀代の放火魔にして、新たなる血族の人差し指はこうして貴族であり地方領主としての地位を確立する。
これがカーサという誕生から数えて六年目の事。
物語はトリスティンの著名な魔法学院に彼女が入学するまでに飛ぶ……