何げなくケータイに取り込んでおいたお気に入りの美女画像。ヘアが写っているわけでもない。ごくありふれた水着のカット。ある日、その画像の入ったケータイを紛失してしまった。弱っていると、警察から連絡が。誰かが拾って、交番に届けてくれたんだ。よかったあ―。喜んで警察に受け取りにいくと、ケータイは返してもらえず、なぜかその場でタイホ! なぜだ!?
そんな悲劇を招きかねない法律が今国会に上程される。
「児童ポルノ禁止法の改正案です。この改正案が通過すると、すでに摘発対象となっている製造・販売・譲渡に加え、ただ持っているだけの『単純所持』行為も罰せられることになります。PCや携帯を操作している間に、知らないサイトに飛ばされてしまうのはよくあること。そこに児童ポルノ画像があった場合、PCならHDなどにデータが残ります。『単純所持』罪だから、それだけで処罰の対象となるのです。児童ポルノ画像が含まれたスパムメールを送りつけられても同じですね」(フリージャーナリストの西島博之氏)
児童ポルノを製造・販売するなら、摘発も当然だが……。
「別に犯罪を起こしたわけではないのに、個人で所持しているだけで罪になるというのはやりすぎだし、問題だと思います」(西島氏)
さらに、もっとまずいことがある。
「一番の問題はこの改正案にある児童ポルノの定義、対象があいまいすぎるということです」
そう指摘するのはフリージャーナリストの渋井哲也氏だ。例えば、2条3項に児童ポルノの定義としてこんな条文がある。
〈衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの〉
渋井氏が続ける。
「この定義では18歳未満の水着や半袖、半ズボンもNG、児童ポルノになってしまう。メイド服やブルマーで興奮する人だっている。これでは警察の恣意的な捜査を許してしまいかねません。加えて、かつては合法だったが、改正案通過後に違法となるものはどうなるのか? 女優の宮沢りえさんがヘアヌード写真集を撮影したのは17歳のときといわれてますが、発刊当時の1991年は合法の扱いです。しかし、改正案通過後はこの写真集を持っている人は法律違反になってしまう。誰の家にも、探せばこうしたものはあるはずです」
なるほど。いつ、誰がロリコン犯罪野郎と非難されてもおかしくないわけだ。こんな状況が続けばどうなるか? 冤罪の増加を心配するのは山下幸夫弁護士だ。
例えば、児童ポルノ単純所持が禁じられているアメリカで、2007年2月、テンプル大学の学生の家へFBI(米連邦捜査局)が踏み込み、「単純所持」で逮捕されるという事件があった。学生のパソコンのHDに外陰部をさらした少女のサムネイルが残っていたためだ。しかし、こうしたサムネイルは迷惑メールの添付ファイルやウェブページを閲覧した際のキャッシュに、たまたま児童ポルノ画像があれば自動生成されてしまうもの。つまり、この学生は無実の可能性があったのだ。
「アメリカは日本よりもまだ児童ポルノをしっかり定義しています。しかしそれでも、このような冤罪の疑いのある摘発が起きているのです。ましてや、定義のあいまいな日本では確実に冤罪が起きることでしょう」(山下氏)
前出の西島氏もうなずく。
「数年前、オタク狩りと称して警視庁が秋葉原で通行人に片っ端から職質をかけるということがありました。それでカッターナイフなどを所持していたオタクを次々と軽犯罪法違反で逮捕したのです。警察官には職質のノルマがある。『単純所持』罪ができれば、警察はオタクのケータイを片っ端から調べて、それらしき映像を見つけては逮捕するかもしれません」
警察サマがどんどん権力を肥大化させるってことか?
「児童ポルノは痴漢罪と同じで、一度逮捕されたら、その後に無実とわかっても社会的に抹殺されてしまう。『単純所持』罪を利用すれば、警察は恣意的な法運用で都合の悪い人間に無言の圧力をかけることができるようになる。警察の権力は大幅に強化されるでしょうね」(前出・渋井氏)
それだけではない。将来はおとり捜査のような違法スレスレの手法も導入されるかもしれない。前出の山下弁護士が警告する。
「アメリカではすでにFBIが児童ポルノ摘発でおとり捜査を活用しています。まずFBIが児童ポルノサイトを開設する。そしてサムネイル画像とダウンロードできるリンクを設定する。あとはここをクリックした人物の住所、氏名を割り出して逮捕するという寸法です。日本では薬物捜査以外におとり捜査は認められていない。その対象をなんとか拡大したいというのが警察の本音です。この改正案が成立すれば、児童ポルノ摘発がおとり捜査の対象になる危険性は十分にある。注意が必要です」
それにしても、こんなヤバイ改正案を政治家たちは本当に通過させるつもりなのか? この改正案はもともと08年に当時与党だった自民党と公明党がつくったモノだ。これに09年、民主党が前記の2条3項の削除を求めるなどの協議の後、「単純所持」行為に1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金を科す形で合意の運びとなった。
ところが、09年夏の衆院解散で一転、廃案となった。つまり今、児童ポルノの単純所持が禁じられてないのは、単なる政局の結果にすぎないのだ。2年の時を経て亡霊のようによみがえったゾンビ法案。今回、とうとう可決されてしまうのか?
民主党の検討チームは、今回は2年前と状況が違うとして対案の提出を決めている。即座に成立はなさそうな状況だ。それでも注意が必要だと前出の渋井氏は言う。
「民主党は過去に歩み寄った経緯がありますし、女性を中心に単純所持禁止へ意欲的な議員も多い。それに、反対派の中心人物は枝野さんですが、彼は今、菅内閣の官房長官で、党内の議論に口を出しづらい。今後どうなるか、予断を許さない状況です」
児童ポルノ禁止法改正案にはもうひとつ重大な懸念がある。それは付則の2条でマンガ、アニメなど、二次元コンテンツも「調査研究を推進する」と、わざわざクギを刺していることだ。
「これはまさしく、東京都の青少年健全育成条例にある二次元規制です。アニメ、マンガのキャラクターは実在せず、性被害に遭う児童はいない。にもかかわらず、二次元コンテンツを児童ポルノの対象にするようになれば、名作アニメやマンガも裸が描かれているというだけで、二度と見られなくなる恐れがある。それは文化を抹殺するということにほかなりません」(前出・山下氏)
こんな法改正、絶対に許してはいけない!