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[27897] 【習作】BETAさんの憂鬱【世界観ぶち壊し注意!】
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/06/19 20:27
初めまして、trytypeと申します。

様々な作品に触れさせて頂いて、我慢が出来なくなり投稿させて頂きました。
初投稿ですので、至らぬ点、多々在ることと存じますが、宜しくお願い致します。

-諸注意-

1.本作はMuv-Luvの二次小説を装った自慰小説です。
  原作の世界観は微塵も在りませんので、耐性の無い方はご注意ください。

2.作者の知識は“SF=すこし不思議”程度です。
  作中には荒唐無稽な描写が多く存在しますので、ご了承ください。

3.遅筆な上、現実が厳しくなりますと更新が不定期となります、ごめんなさい。


以上をご理解頂いた上で、御笑覧頂けますと幸いです。



[27897] 第1話 始まらない始まり
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/05/20 23:26
古来よりその地域の住人は被害妄想の強い人種だった。
常に大国の隣にいた故か、常に二番煎じの文化を持ってきたというコンプレックスからか、今となっては知る者は居ないし、知ろうとする者も居ない。
ただ確かなことは、彼らの妄想は際限なく膨らみ続け、その結果、極東に位置する寸土は世界でも屈指の科学力と戦力を有する地域となり、今まさに世界が彼らの妄想していた相手によって侵略されているという事実だ。


-この星に奴等が来たことは我々にとってこの上ない不幸だ。
            だが、奴等も不幸だ、この星には彼らが居るのだから。-
                  米極東軍総指揮官 ロバート・ベンソン大将

奴等と人類の邂逅は、先に起きた大戦の傷が癒え、新たな戦争の準備が始まった頃だった。
人類の最終戦争を告げる滅亡時計なんてジョークと皮肉の産物が世界中のワイドショーを賑わして居た所、奴等は無遠慮に、無造作にやって来た。
世界中の政府高官は思った、これで楽が出来る。
誰から見ても遠慮なく攻撃できる相手、人類にとっての絶対悪。
そんな明確な敵が居ると言うことは、国家運営において非常に都合がいいことだ。
生活が向上しないのは奴等が居るせい、税金が高いのも奴等が居るせい。
全ての憎悪を受け止めてくれる都合のいい存在、それが奴等…BETAだった。
無論、その姿勢に危機感を覚える者も多く居たが、そうした意見は滅亡時計と同じくスリルを題材にした娯楽程度にしか受け取られなかった。
この時、為政者達は気づいていなかった、兵器とBETAではたとえ結果が同じであっても、その性質が全く異なると言う点を。
程なく彼らの意見は証明される事となる。
制御出来ない、予測のつかない破壊がユーラシアのほぼ全てを飲み込み、人類の多くが明確な滅亡の足音を漸く理解したその頃、ついにBETAは彼らと出会う。
ユーラシアの最東端、弓状火山列島、その国は大日本国と名乗っていた。

それはBETAが現れてから幾度と無く、大陸のあらゆる場所で繰り広げられていた光景だった。
黒煙と閃光を共に飛び散る醜悪な肉塊、地表に落ちた欠片が紫色のグロテスクな体液を撒き散らし、色を塗り替えた傍からまた爆風に吹き飛ばされる。
圧倒的な物量を背景とした際限の無い消耗戦。
数え切れぬ戦場を飲み込み、人種、性別、年齢一切の区別なく命を奪い取ってきたBETAの戦法。
しかし、この戦場に至っては決定的な差異が存在した。
「いっけぇぇ!チェェスト!バァァァーンッ!!」
暑苦しい絶叫に呼応して戦場に陣取っていた巨人…否、人を模したロボットの胸が赤熱、素早く前方に照射され一瞬で数百のBETAが文字通り蒸発する。
しかし蒸発した連中は幸運な部類だ。射線上から運悪く外れてしまったBETAは瞬間的に過熱され衝撃波となった空気によってズタズタ引き裂かれ、のた打ち回っている。
そんな連中を戦闘能力を失ったモノに興味が無いとばかりに無視をして、ロボットは次の獲物に向けて突っ込んでいく。
「甘いぞ!ゲットォッ!ハルッバァァト!!」
その横では物理学者が見たら卒倒しそうな馬鹿でかい自称ハルバートを振り回している別のロボットが、その見た目の豪快さ通りの威力を発揮し、周囲のBETAを一切の区別無く肉塊に変えていく。
その四肢は屠った夥しい数のBETAによって染め上げられ、元の色が判別できないほどだ。
圧倒的な物量に対峙する、圧倒的な力の蹂躙。
それこそがこの戦場を他の戦場と異ならせている根源だった。
『こちら築城基地所属5121戦術装甲歩兵小隊です、これより貴隊の支援を開始します』
事務的な声と同時に、2体の暴力によって広げられた傷口に人影が飛び込んで行く。
先の2体から見れば大人と子供以上のサイズ差があるその人影は、その大きさに相応しく圧倒的な暴力は持ち合わせていない。
だが、それを補うほどに素早く、そして何より数が居る。
一瞬で蒸発させるような力は無い、一撃で粉砕する力も無い、しかし明確な殺傷能力を秘めた火線を巧みに組み合わせ、見る間に傷口を広げていく。
たとえるならば爆発と暴風、それは形こそ違えど、等しく蹂躙と呼ぶべき現象で、幾千、幾万の人類が望んだ人類がBETAを打ち倒す光景だった。

地球防衛軍宣言、後にそう呼ばれる宣言がなされたのは今からほんの10年前、先代の帝によるものだった。
度重なる被害妄想が雪だるま式に膨れあがった結果、他国の学者から“1000年の時代差を感じる”とまで呆れられた科学技術を獲得していた大日本であったが、それが人類に向けられる事は無かった。
既に彼らの被害妄想は人類を飛び越えて相手が宇宙人になっていたからである。
“敵対する気が無いのなら、余計に刺激することは無い”
経済に興味を示さず、また、進んで勢力を広げようとしないその姿勢は他国首脳にとって奇怪ではあったが、都合のいい存在であった。
だが事態は1973年のオリジナルハイヴ飛来により大きく動く。
BETAの侵攻により大幅に戦力を減じた人類は、形骸化した国連以外の新たな力を欲したのである。
だが、その要求は既得権を持つ人間にとっては恐怖でしかなかった。
そして人々は自らを守るために有形無形の妨害を開始する、たとえそれが多くの人命を犠牲にすると理解していても。
そして1989年、4度目の国連主導によるハイヴ攻略が失敗に終わった翌日、全ての障害を押しのけてついに宣言は発せられ、日本軍はその名を地球防衛軍へと変えると、好き勝手に、なんの断りも無く、一方的にBETA侵攻地域への支援を開始したのである。


長い夢を見ていたように思う、幾千、幾万、数え切れないほどの俺が、数え切れないほどの人生を歩む。
足掻いて、もがいて、必死で拾おうとして、抱きしめて、取りこぼして。
そんな膨大な情報の奔流の先、漸くたどり着いた場所の記憶。
…そう、こいつは夢なんかじゃない、荒唐無稽でファンタジーでSFで、けれど紛れも無い現実として俺が体験した記憶。
「ありがとうな、俺、やっと救えたよ」
色々考えたけど、素直にそれだけ口にした、だから無駄ではなかったと、何一つ無駄ではなかったのだと精一杯の気持ちをこめる。
ちくり、と胸が痛み、思わず苦笑した。
「俺って、こんなに強欲だったか?」
彼女は救われた、それが俺の望まない形でも。
そして俺は因果から解放された、その答えに納得していなくても。
そんな気持ちが膨れ上がって、俺の中の何かが叫んでいる。
良いのかと、こんな終わりを受け入れるのかと。
…そうだ、そうだよな。
俺が呆れるほど繰り返してきた世界の答えが、あんなものでいいはずが無い。
励まされ、導かれ、肩を並べ、そして確かに愛を誓った彼女達の結末が、あんな形なんて認めない。
「そうだ、認めない、…認めねぇぞこんな終わりは!聞こえてるか純夏ぁ!俺はっ!断じてっ!!こんな終わりを認めないって言ってんだぁ!!」
居るかなんて知らない、聞こえているかなんて考えない。
ただ、ただ思いをぶつける事だけを考える。
頭の中がそれだけに塗りつぶされて、世界と俺との境界が曖昧になる。
最後に感じたのは眩しい白とその中で苦笑する誰か、見えなくても分かる、永遠を超えてまで辿り着いた彼女が分からないはずが無い。
もう聞こえなくなったはずの耳に届いた言葉は、うれしそうで、そしてすこし呆れが混じっていた。
――もう、本当にワガママだね、タケルちゃんは――


目を覚ましたら見知らぬ天井…なんてことはなく、いつも通りの俺の部屋の天井が視界に入った。
「…帰って…来た?」
帰ってきた、そう理解した瞬間、急速に意識が覚醒する。
無意識に出た言葉、けれどその意味は重大だ、帰ってきたと認識する俺は、記憶を失っていないということなのだから。
「と、とにかく確認…」
人は、自らの望みが叶った時、喜びよりも戸惑いを覚えることがある。
そしてそんな場合において注意力が散漫になることは、けして少なくないはずだ。
だからこの後起こった事はあくまで事故であり、俺の意思とは無関係であることを強く主張したい。
“むにゅり”
「うんっ…」
起き上がるためにベッドについた左手に、明らかに違う、しかし確かに覚えのある感触が帰ってくる、ついでに悩ましげな吐息まで。
「んん?…ふふ、タケル。こんなに早くから求められるのは驚いたが、夫婦なればそれも良しか、そなたの愛、受け止めようぞ?」
涙が出るほど聞きたかった筈の声なのに、多分に含まれた艶っぽさが色々と台無しにしている。
「な、なな、ななな、め、めめ、めいめい」
戸惑いから混乱にシフトした脳みそは、言語野の働きを阻害し、行動にも影響を及ぼす。
だからこれは不幸な事故が事故を呼んだと、酌量の余地を求めたい。
“ふにゅり”
「ぁあん」
思わず仰け反り、後ろについた右手に、またしても覚えのある感触が帰ってくる。声についても記憶がある、その記憶が混乱に拍車を掛けるのだが。
「タケルさま…このような時間から求められるのは恥ずかしゅうございますが、夫の思いに答えることも、良き妻の条件ですわ」
聞き覚えのある、しかし全く想像していなかった類の色を含んだ声に体が完全に固まる。
成る程、声も出ないとはこういう事か。
「タケル?」
「タケル様?」
動きを止めた俺を不思議に思ってか、二人は身を起こして近づいてきた、着崩れた襦袢の胸元から青少年には致死量の肌色が視界に飛び込む。
その光景に息を詰まらせていたほんの数秒後には、前後から姉妹に抱きしめられた。
やめて!タケルのHPはとっくに0よ!!
「あ、あの…め、冥夜?」
「なんだ…タケル?」
しっかりと伝わってくる温もりと、幸せそうに零される言葉に全てを投げ出したくなるが、必死にこらえて疑問を口にする。
「いや、なんで俺のベッドに?…しかも殿下まで――」
居るんだ。と続けようとしたが、最後まで言い切る前に背中からの衝撃に(あの押し付けっぷりは衝撃と表現しても問題ないだろう)体が固まる。
「…タケル様、殿下だなんて、なんて他人行儀な…悠陽は、悠陽は悲しゅうございます」
「い、いや、あの――」
「確かにお休みになられている殿方の臥所に入り込むなど、はしたないと思われましても仕方がありません…顔も見たくないと仰いますならもう二度と参りません…けれど、けれどせめてもう一度だけ、悠陽とお呼び頂けませんか?」
そう言って全身で悲しみと好意を伝えて下さる悠陽殿下、もうHPどころかSAN値まで減り始めて暴走寸前ですよ?
「あ、あの、でん…」
ああ、効果音で喋るのを許してほしい、今殿下って言おうとしたらぎゅって力が込められた、そう、ぎゅって、なに、この可愛い生物。
「……ゆ、悠陽」
笑顔に変わる事を花が咲いたようにって表現する場合もある、今、顔から数センチの所で体験しました。
もう駄目です。
自分の体とは思えないほど緩慢な動きで手が挙がる…おいまて、何してる、冷静になるんだ。
脳の奴が何か言っているけれど、頚椎から下は絶賛反乱中のため当然無視。
あとほんの数センチで再度あの感触にたどり着く、そう思った瞬間、確かに俺は聞いた…気がする。
――サービスタイム、しゅ~りょ~――
次に起こったことを簡潔に述べさせて頂きます。
勢い良くドアが開き、見慣れた女性(被疑者S嬢)が室内に侵入。
室内の様子を目視確認、被害者T君を見つけました。
この時T君の右手は、同衾していた女性Y嬢の胸より数センチのところに位置していました。
S嬢、一瞬硬直するも、状況を理解(T君の供述では誤解となっている)し、神速でベッド脇まで移動。
防御・発声の隙すら与えずに神速を超えた神速の右を発動、T君の顎を的確に捉え、仕留めました。
ええ、あれで良くザクロにならなかったものです、人間とは存外頑丈に出来ているものですね。
~一部始終を視認していた某付き人M女史の証言~



[27897] 第2話 締まらない始まり
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/05/29 23:42
「酷いよ、不潔だよ、信じられないよ…」
ドア越しの廊下から呪詛のような言葉が漏れてくる。
愛した女性の声と言う事実が、俺の気力をガリガリ削っていく。
あれから何とか回復した俺は全員に退出頂き、誰も居なくなったことを確認した後、盛大にため息をついた。
追い出しながら色々と部屋の中を確認した俺は、今はっきり言って混乱している。
時計の日付は10月22日、かばんの中に放り込まれていた生徒手帳を見る限り、白陵は存在し俺も生徒として在校、ついでに今年は2001年だと判った。
「どういうことだよ…」
悠陽がいる以上、最初の世界では無い。だが窓から見た景色は荒涼とした瓦礫なんかではなく、見慣れていた町並み。
もちろん純夏の家もあって、激震が倒れこんだりもしていない。
あんなに帰りたかった平和な世界。
無限の俺が望みながら辿り着けなかった場所に居ると言うのに、ちっとも嬉しくない、どころか悔しさや怒りで叫び出さないよう抑えているくらいだ。
だって覚悟を決めたんだ。もう一度地獄に戻ることになっても、彼女達を救えるなら構わないと。
「…こう言うのも、裏切られたって言うのかな?」
全てが終わってしまったような徒労感に襲われながら、機械的に服を着替える。
不貞腐れてもう一度眠ってしまおうかとも考えたが、追い出した彼女達を何時までも待たせているのは不義理だろう。
「…悪い、待たせた」
「「「タケル(ちゃん)(様)?」」」
着替え終わって出て行くと、心配そうな視線が注がれた。…なにやってんだ俺は。
「いやぁ~、死ぬかと思ったぜ!純夏ぁ…貴様また腕を上げよったな!!」
そう言って笑いながら純夏の頭を強めに撫でる。
「う、うぅ~…こ、こんなことじゃ誤魔化されないよ!タケルちゃん!」
一瞬呆けた顔をした後、頬を膨らませながらにらみ返してくる。その姿は精一杯威嚇しているげっ歯類を想像させて、本来の目的は達成できていない。
「はっはっは、ほら、さっさと降りて飯食おうぜ、学校に遅れちまう」
「もー、だれのせいだよぉ」
恨み言を言ってはいるものの、最早先ほどの重い空気も此方を心配した視線もない。
旨くは無いがなんとか誤魔化せたことに安堵しつつ、部屋を出る前に誓った事をもう一度思い返す。
たとえどんな世界でも、彼女達を守る。
そう、この世界にBETAが居なくても、俺が成すべきことには何も変わりはない。
そう考えれば落胆も、不貞腐れている時間もない。何しろ前の世界では戦えさえすれば守れたかもしれないが、この世界はそんなに単純じゃ無いのだから。
…その覚悟はほんの数分で見事に打ち砕かれることになる。

純和風な朝食の並ぶダイニングには、久しぶりに見るメイド姿の三バカがいた。
「「「あ、タケル様、おはよーございます!」」」
「おう、おはよ」
あっちの世界での記憶の方が多いせいか、フランクな口調に内心少し動揺しながらも挨拶を返した。どうにもまだ、上手く切り替えられていないみたいだ。
「おお、今日も美味そうだなー」
当たり障りのない事を言いながらTVをつける。
「ああー、行儀悪いんだー」
「いいだろー、朝の占いくら…い…」
少しでも情報を得ようと視線を送ったTVには、信じられない光景が写っていた。
一杯に映し出された醜悪な肉塊と、嫌悪感を誘う紫色の体液、俺以外の全員が思わず顔を顰め、俺は呆然とその映像に見入っていた。
前の世界では見慣れた光景、けれど、どういうことだ。
「BETA?」
「うむ、先日北九州に上陸したもののようだな」
「やはりおぞましい出で立ちですね…」
「ううー、食事時にこういうのはカンベンだよー」
画面を見た反応も、嫌悪感こそ在るものの未知の何かを見た風ではなく、有り体に言えば凄惨な事故現場や、死体が散乱する戦場を見てしまったといった感触だ。
「…みんな、結構冷静だな」
「ん?まあ、確かに近くまで来ていると言うことには恐怖を感じるが…な、姉上」
「ええ、世界を見れば更なる困難の渦中に居られる方々もいらっしゃるのですから」
「あはは、それに怖がりすぎても意味がないって言ったのはタケルちゃんだよー」
求めていた回答とは違ったが、おかげでここに居る全員がBETAを既に当たり前のモノとして受け入れていること、そして侵略を受けている国がありそうだと言うことが判った。
「タケル様、そろそろお食事を取られた方がよろしいかと存じますが」
会話が途切れたところを見計らって月詠さんが声をかけてくる、時計はそろそろ7時半を指すところ。前の世界と同じなら、そろそろ余裕の無い時間帯になる。
「ありがとうございます月詠さん、さて、ありがたく頂くとしますか」
「うー、さっきのが頭から離れないよー」
「ほれ、さっさと食えよ、置いてくぞ?」
「まったく…愛が足りないよ…」
「あ?なんか言ったか」
「なんでもない!!」
鼻息も荒く朝食をかき込み始めたのでそれ以上は聞けず、その後は大した会話もなく食事が終わり登校となった。
「いってきます」
「行ってらっしゃいませ」
「「「ませー」」」
月詠さんと3バカに見送られ、久しぶりの通学路を歩く。当たり前のように車が行き交い、学生や通勤する大人達を見ていると、あのニュースは何かの勘違いだったんじゃないかと思えてくる。
「…情報が足りなすぎる」
時間をかけたいが、BETAの存在と日付からすれば楽観はできない。そうとなれば、やるべき事は一つだった。
(俺たちがいて、白陵があって…貴方がここに居ないなんて事ありませんよね、先生)
そんな事を考えながら坂の上を見上げた。

教室は記憶の中そのままで、その得難い光景の中には当然のように彼女達も含まれていた。
「白銀が遅刻しないなんて珍しいわね、今日は雨かしら?」
「小言言わないと気が済まないのかよ、委員長」
「…ちっす」
「朝からマイペースだな、綾峰」
「あはは、タケルは人のこと言えないんじゃないかなぁ~」
「その言葉はそのまま返すぜぇ、美琴ぉ」
「け、喧嘩はだめですよー」
「スキンシップ、スキンシップ、タマ」
「あっははは、元気だねぇシロガネラバーズは」
「柏木…一回話し合う必要がありそうだな?」
いろんな感情がごちゃ混ぜになって、普段の白銀武を演じるのに精一杯になる。そこに止めの人物が現れた時点で俺は教室を飛び出していた。相当変な行動だが、いきなり号泣する姿を見られるよりは、まあマシだろう。
「ふー…やべぇやべぇ」
空き教室に入ると腰が砕け、涙が止まらなくなった。
けれどそれは不快じゃなくて、涙が出る度に喜びがふくらむ様な不思議な感覚だった。
「はは、…後でまりもちゃんに謝らないとな」
突然飛び出した俺に今頃慌てているかもしれない。
「またお世話になります、でも今度は守ってみせます、まりもちゃん」
だから後五分だけ、時間をください。

「もう、何処に行ってたのよ白銀くん!」
「あはは、すいません、急にトイレに行きたくなって」
「もう!小学生じゃないんだから」
「はい、スンマセンでした、まりもちゃん」
「…はあ、もう来年からは許せないんだから、今のうちに正しておきなさい」
「…了解です」
席に付くと純夏がからかって来たが、まりもちゃんの言葉に新しい疑問を抱えた俺は曖昧な返事しか出来なかった。

(なんだよこの授業…)
HRが終わり、当たり前のように1限が始まったが、その内容は余りにも異常だった。
今の俺は、ループの記憶を持っている。その中には戦術機の設計知識なんかもあったりして、正直そこらの大学生どころか研究者とだって肩を並べられるくらいの学力がある。
だというのに、おそらく物理と思われる授業の内容にはついて行くのがやっとだ。
…いや、訂正しよう、半分も理解出来ない。
(二足歩行機械の制御機構の話か?なんでこんな話を高校でするんだよ?)
疑問に答えてくれる奴は居ないどころか皆当たり前に授業を受けている。
(つまり、これが普通の授業?いったいどうなってんだよ…)
その後の授業も同じ調子で進み、結局理解出来たのは国語と英語くらいだった。
昼休みに入り、慌ただしく昼食を取ると、直ぐに俺は物理準備室へと向かう。
先生の食事を邪魔するなど、あまり良い未来が想像出来ないが、背に腹は替えられない。準備室の前に立ち、意を決してドアを叩く。
ノックに対し、気怠そうに帰ってきた声は、間違い無く先生の声だった。
「食事中に来るなんて良い度胸じゃない…白銀、いったい何の用よ、アタシには用は無いわよ」
「すいません夕呼先生。でも先生しか頼れそうな人が居ないんです」
俺の言葉に先生が面白そうに目を細め、唇をつり上げる。
「珍しいじゃない、まりもじゃなく私なの?」
「…ええ、まりもちゃんじゃ、多分対処しきれない話になります」
「…いいわ、話してみなさい」
どこから話すべきか迷っていると、益々笑みを深めた先生が促してきた。
「いいから全部話しなさい、これでも先生よ」
「…判りました、じゃあ、早速ですが…俺が別の世界の白銀武だと言ったら、先生信じてくれますか」
「…詳しく話しなさい」
笑みを消し、真剣な顔になった先生に、これまでの経緯を語ることになった。
最初の世界、繰り返したBETAの世界、…そしてそこでの結末と、今日この世界にやってきたこと。
荒唐無稽と言える内容を先生は始終真剣な表情で聞き続け、話し終わるとソファにゆっくりと体を預け、大きくため息をついた。そしてほんの少しだけ視線を向けると苦笑を作り話しかけてきた。
「…確かに、まりもじゃ荷が重い内容ね」
「…信じてくれるんですか?」
「科学者っていうのは筋金入りのリアリストでもあるのよ、起こった現象を否定するような奴は居ないわ…私を含めてね」
「ありがとうございます」
遠回しの肯定を聞き、素直に頭を下げる。
「まあ、先生だしね。で、何が知りたいのよ」
「この世界の事が」
「範囲が広すぎるわよ。そうね、もう昼休みも終わるし放課後また来なさい」
「…わかりました、失礼します」
時計を見れば昼休みは後10分ほどしか残っていなかった。正直勉強なんてしている気分では無いのだが、先生にだって立場がある。我慢して部屋から出ようとしたところで、先生が声をかけてきた。
「そんなに思い詰めなくて良いわよ白銀、アタシが保証してあげる」
その言葉に、笑みを返したつもりだが、あまり自信は無かった。

放課後になると、一緒に帰ろうとする純夏たちに詫びながら物理室に向かった。
ノックをして入室、そこで思いがけない人物と出会うことになる。
「失礼します、夕呼先生…って、え!?」
「来たわね白銀、ってどうしたのよ?」
「…なんで、なんで霞がここに居るんです?」
その言葉に先生が笑みを深くする。
「この子の名前が言えるなんて、どうやら本当みたいね」
「何を言ってるんです?」
「この子は、今日ここで社霞になったの、つまり別の世界の情報でもなければ今のは知り得ない情報だわ。本当は別の目的で来て貰ったんだけど、手間が省けたわね」
「…リーディングですか」
どのループでも霞を縛った力につい嫌悪感がでてしまう。
「そんなことまで知ってるのね、でもこの子は」
「わかってます、霞は良い子ですよ…でも霞が居るって事は」
「ええ、今ユーラシア大陸の殆どはBETAによって制圧されて居るわ、特にソ連と中国は壊滅的と言って良いほどの状態ね」
「じゃ、じゃあこのままじゃ人類は…」
震えそうになる声を必死で押さえて絞り出す。けれどその声に対し、先生は苦笑を帰しながら言葉を紡いだ。
「その事なんだけど…白銀、この世界はそこまで追い詰められていないのよ」
一瞬、先生が何を言ったのか理解が出来なかった。
すると今度こそ笑みを浮かべ、先生がこちらに語りかけてくる。
「ねえ白銀、あんた地球防衛軍って知ってる?」



[27897] 第3話 始まりの終わり
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/06/05 00:06
「地球…防衛軍?」

発した言葉に更に笑みを深くした先生が続ける。

「そう、地球圏からのBETA駆逐を目的として発足した軍」

「国連軍じゃないんですか?」

「やってることはほぼ一緒よ、加盟国以外救わないなんてケチ臭いことはしないけどね、おまけにノーギャラ」

「それは、何というか…まるで正義の味方ですね」

頬の筋肉が痙攣するのを感じる。

「まあ、実体は日本軍だからクレームも多いけどね、勝手に領土侵犯して好き勝手暴れて帰って行くし」

衝撃的な事実をさらりとこぼす。

「ちょ、ちょっと待って下さい、地球防衛軍って日本軍なんですか!?」

「正確にはちょっと違うけど概ねその認識で間違い無いわ」

そう言ってコーヒーを入れながら、愉快そうに先生は話を続ける。

「ねえ、白銀、あんた今日の授業どう思った?」

突然の質問に鼻白むが素直に答える。

「言語関係はともかく、理系科目は半分も理解出来ませんでした」

「素直で宜しい」

「でもそれが何なんです?」

「もしあんたが今日の授業を異常と感じたならそれは正しい反応なのよ、この世界でもね」

「答えになってません」

少し語気が強くなったのは許して欲しい所だ。

「せっかちね、つまり、あんたの知識はこの世界でも高い水準にあるの、でもそのあんたがついて行けない知識を当然として日本は教育している」

それは…つまり。

「世界と日本では技術に1000年の開きがある。なんて言われてる、でもこれは開示されている部分の話、しっかり検証すれば…そうね2000年分くらいは離れているんじゃない?」

目眩のする話だ。2000年なんて言ったら弓矢と機関銃の差があるって事になる。

しかも先生の言葉をそのまま理解すれば、この世界にも戦術機はあって、他の国はそのレベルで戦っているということだ。

…戦術機が弓矢レベル?一体日本はどれだけの戦力を有しているっていうんだ。

「分かり易い所で言えば…そうね、今朝のニュースの九州に上陸しようとしたBETA、旅団規模だったそうだけど、それを撃退したのは2機の大型機を含む6機の人型兵器よ」

なんだそれは。

「た、たった6機?」

戦術機なら大隊規模だって止められない数だ。

「判って貰えたみたいね、これが思い詰めなくても良い理由よ」

「…あの、だとしたら何でこんなに人類は追い詰められてるんです?」

「それこそ簡単な理由だわ、日本にこれ以上力を付けて欲しくない人達が居るからよ。それも大勢ね」

「なっ!?」

「中国なんて凄かったわよ、鉄原にハイヴが出来てもまだ内政干渉を理由に介入を拒否したくらいだしね」

お目出度いとしか言いようのない内容に今度こそ絶句する。

…考えてみればあれだけ追い詰められている状況でもまとまれ無かった人類だ。より余裕のある状況なら、もっと欲をかきたくなったのかもしれない。

「人の命が掛かってるって言うのに」

「一番値打ちがあるけど、一番値引きが効くのも命よ、特に知らない誰かの命なんて安いモノだわ」

そう言ってコーヒーを飲む先生を見ながら思わず苦笑が漏れる。怜悧なフリをして、分かり易い一般論で武装して、小難しい話術で煙に巻いて。でも、本当は誰よりも情が深くて、誰も見捨てられない人。天才だからと嘯いて、100人も1人も両方救って血反吐を吐き、それでも尚前へ進む人、それが香月夕呼という人だ。

「とは言っても、そんな理屈は何処かの熱っ苦しい連中には通用しないのよね。手当たり次第救助しまくって保護してたから」

おかげで居留地がそこかしこに出来たわ、などとさらりと重大なことを喋る。

「つ、連れ帰ってるんですか?それって…」

「もちろん本人達の意志よ。何しろ救助しているのは国から放棄されてBETAの勢力内になってる所だもの、留まってもBETAのエサになるだけよ」

「問題にならないんですか?」

「もちろん問題になったわよ?犯罪国家なんて呼ばれたりもしたわね」

そこまで言って可笑しそうに笑う、こんなに良く笑う先生を見るのは最初の世界以来だ。

「だったらって難民返還しようとしたら、“被害者への補償を要求する”とか言って物資やら資金やらの提供を要求してくるんだもの。流石に政府も腹を立ててね」

ついに堪えきれなくなったのか体を折り曲げて肩を振るわせ始める先生。

「“貴国の申し立てている拉致被害者は、現地に於いて我が国への亡命を希望した者であり、既に我が国での国籍を獲得した国民である。この際の言質につては全員分が記録されており、国際法廷への提出の用意がある。即ち貴国の問題としている拉致事態が事実無根であり、我が国としては当発言に対し遺憾の意を表明すると共に、断固とした態度で臨むものである”ですって」

「…それはまた、随分強気に出ましたね」

「まあ、援助してもどうせ武器だなんだに変えちゃって、当の被害者にはなんの補償も無いでしょうからね、実際一回見捨てているくらいだし。おまけにホントに書類一枚で難民を国民として受け入れちゃったから日本政府は聖人扱い、他の避難民居留地からもどんどん人が入ってきてね。日本は今やアメリカも真っ青の多民族国家よ」

そう言って、空になったマグカップをひらひらと振るう。言われてみれば学園内にも結構な人数の外国人が居た気がする。

「大体こんなところかしら?」

「ありがとうございます先生、おかげで少しはこの世界のことが判りました」

「別に良いわ、アタシも面白い話聞けたしね」

「…その上で相談なんですが、俺はどうするべきでしょう」

自分で言っておいて何とも情けない発言だが、どうしようもない。ここまで状況が変わってしまっている以上、未来の知識が役に立つとは思えないし、軍人になるのも難しいだろう。まあ、後者は彼女達が戦場に居ないのだから、無理になる必要は無いだろうが。

「思うところはあるでしょうけど教師としてなら一言、素直に学生やってなさい」

その言葉に止めを刺された形で準備室から退出すると、少し肩が軽くなっている気がした。

もしかすると俺は覚悟に縛られすぎていたのかもしれない。確かにBETAは居るけれど、望まれないのに無理に戦う必要は無いし、今朝考えた通り戦う以外の守り方だってあるはずだ。

「まずは、授業について行けるようになることか?」

なんとも間の抜けた結論に苦笑を漏らしながら、俺は鞄を取りに教室へと向かった。

…この時の俺はまだ、自分という存在を正しく認識していなかった。だから、あのループの中で“戦う”という因果がどれほど色濃く、自らと不可分になっていたかを全く考えていなかった。




「随分かかったな、なにかあったのか?タケル」

「駄目だよタケルちゃん、退学になっちゃうよ?」

「あら、そうなりましても我が御剣家が責任をもってお世話をさせて頂きますから問題ありませんわ、タケル様」

「…お前達が俺のことをどう思っているか良くわかる台詞だな。別に問題なんか起こしてね―よ、ちょっと夕呼先生に用事があっただけだ」

教室に入るとそんな声が掛かってきた。どうやら待っていてくれたらしい。

「先に帰っててくれて良かったのに、月詠さんも心配してるんじゃないか?」

「遅くなる事は連絡したゆえ問題無い、しかし神宮司教諭ではなく香月教諭とは、本当に何も無いのかタケル?」

「授業でわからねー所聞いてただけだよ。まったく、散々いびられたんだからそっとしといてくれ。」

「む、そうか、許すがよい」

「珍しー、タケルちゃんが勉強してる」

「うるせーよ、ほら、帰ろうぜ」

すこし不機嫌そうな声を作り、帰宅を促すとそれ以上の追求は無くなった。

取り留めのない話をしながら校舎を出ると、不意に冥夜と悠陽の携帯が鳴り響いた。

「…姉上!」

「ええ、タケル様、鑑さん申し訳ありませんが急用が出来ましたので、本日はお暇させて頂きます」

「お、おい、いきなり何だよ」

「すまぬなタケル、今宵は帰れぬゆえ食事は取ってくれて構わぬ。ああ、月詠に準備はさせてあるから…」

「そんな事聞いてねぇよ、急用ってなんだよ」

「そ、それは」

「冥夜」

言い淀む冥夜を牽制する様に悠陽が声をかける。

「重ね重ね申し訳ありませんタケル様、家の方で少々問題がありまして、至急戻って欲しいとの事なのです、離れますのは悠陽も寂しゅうございますが、どうかお許し下さいませ」

困った笑顔を向けて謝る悠陽、言っている内容は判りやすくて疑問の余地もない、ただの高校生だった俺ならあっさり騙されて見送っただろう。

「…嘘が下手すぎるぜ悠陽、それじゃ重要な事を隠してますって言ってるようなもんだ」

僅かに息をのむ気配が二人から伝わってくる、疑念は確信に変わった。

「そ、そのタケル」

苦しそうに言い訳をしようとする冥夜に意地の悪い笑みを返す。

「まあ、行けば判ることだし、説明はいらないぜ?」

「「それは駄目だ(です)!」」

「…つまり、連れて行きたくないくらい危険な用事ってことだな?」

彼女達の立場に今の発言を考えれば、想像出来る内容はそう多くない。更に言葉を続けようとしたところで、あの懐かしい滅茶苦茶長いリムジンが目の前に滑り込んできた。

「遅くなりまして申し訳ありませんお嬢様、お迎えに上がりました」

そう言いながら運転手の一文字さんが二人を乗せてさっさとドアを閉めようとする。そのそつない動きは、流石御剣家の使用人と褒めたいところだが、今は障害でしかない。

「…なんのつもりだ、白銀武?」

閉めようとしたドアに強引に割り込み邪魔をする、殺気すら孕んだ視線を受けるが正面からにらみ返した。俺の中の俺たちが、ここで引けば後悔すると告げている。ならば恐れるべきはここで行動を起こさないことだ。

「一緒にいきます、乗せて下さい」

「「タケル(様)!!」」

「俺はお前らの絶対運命で天命な相手なんだろ、だとしたらお前らの問題は俺の問題だ」

「しかし、それは――」

「じゃあ冥夜、お前は俺が危険な場所に行くって判っても一人で送り出せるんだな?」

「そ、それは出来ぬ」

「悠陽は?」

「たとえどの様な場所でありましょうとも、お側に居りましょう」

二人の答えに笑いを返す。

「おいおい、お前達は自分に出来ないことを俺に押しつけるのか?そりゃ卑怯じゃないか…と言うわけで一文字さん、俺も連れてって下さい、お願いします」

「俺はただの運転手だ、それを決めるのは俺じゃない…が、一々主の言葉を待たなければ動けない木偶でもない。乗れ、白銀武、時間が惜しい」

主である二人に視線を送った一文字さんがそう言ってドアを開いてくれる。

「有り難うございます!」

精一杯の感謝を込めて礼を言い車内に飛び込んだら、なぜか純夏までついてきた。

「お、おい、何してんだよ純夏!?」

「だ、だってタケルちゃん危ないことするんでしょ?だったら私も行く!」

「遊びじゃ無いんだぞ!直ぐ降りろ…って一文字さん発車しないで!ストップストップ!こいつ降ろすから!!」

「わ、私だってタケルちゃんが危ない所に行くなら一人で行かせないもん!」

そう言いきって強い意志を宿した瞳で睨んでくる。その目が綺麗だなんて場違いなことを考えていると、周囲から笑い声が上がった。

「そなたの負けだタケル、こうまで言われては鑑を置いていくわけにはいくまい」

「ここまで堂々と宣言されては、受けて立たぬ訳にはまいりません、共に参りましょう、鑑さん」

その言葉を聞き、思わずため息をついてしまう。決定権をもつ二人が折れた以上、ここで俺が騒いでも無駄だろう。そもそも発端は俺が乗り込んだことにあるのだから、ごねて最悪、俺まで降ろされては適わない。

(いいさ、近くに居るって事は、それだけ守りやすいとも考えられる…そう、何があっても俺が守れば良いだけだ)

そう覚悟を決めたところで、俺は残った疑問を片付ける為に口を開いた。

「それで、一体何処に向かってるんだ?」



[27897] 第4話 新しい力
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/07/09 00:01
「横須賀の防衛軍基地?」

「はい、先程連絡が入りまして、九州にBETAが再上陸する可能性があると」

「それと二人が呼び出されるのって何の関係があるの?」

「…横須賀基地には我が財閥が開発した新型の巨人機がある」

「…私と冥夜はその巨人機のパイロットなのです」

「っつ、まさか九州を防衛した機体って!?」

聞いた瞬間思わず叫んでしまった、脳裏には先生の言葉が蘇り背筋が冷たくなる。

「耳が早いなタケル。しかしハズレだ、あそこに行ったのは光科学研のマジンダーと」

「早男研究所のゲットチームですわね」

どのループでも聞いたことのない名前に改めて今回の荒唐無稽さを実感しながら、少しだけ安堵しかけ、あわてて思い直す。前回は違うとしても招集が掛かっている以上、今回は出撃するかもしれないって事だ。

「そう怖い顔をするなタケル、私達はあくまで保険だ。ここからでは少し九州は遠いしな」

「……」

これは思っていたよりも悪い状況だ。今はともかく、今後戦局が悪化したりすれば二人だって前線に出ることになるだろう。今のんびり学生をやっていたら、万一が起きた時に俺は指をくわえて見ているしか無くなってしまう。それは良くない、非常に良くない。

「…なあ、その巨人機さ、…俺も乗れないか?」

「「無理だ(ですわ)」」

俺のその言葉に、二人は一瞬惚けた顔をしたが直ぐに険しい顔になると声を合わせて否定した。
当然の反応だろう、俺だって逆の立場なら間違い無く止める。

「無茶を言ってるのは判ってるつもりだ。…でもお前達が危険な目に遭ってる時に何も出来ないなんて、俺が俺を許せないんだよ」

「タケル…」

「だから、頼む。俺も一緒に戦わせてくれ」

そう言って頭を下げる。

「一つ、お聞かせください。戦場に立とうと思われるのは私達と共に戦う為ですか?」

重くなった空気を振るわせたのは悠陽だった。穏やかとも取れる口調だったが、顔を上げ交えた視線は真剣そのものだ。

「それも理由の一つだ」

「他にも理由が?」

「ああ、俺は…守りたいんだ。みんなを守りたい、お前達も、まりもちゃんも、委員長も、綾峰も、タマも、美琴も…純夏だって」

「タケル様が成さなくとも、誰かが成してくれましょう」

「かもしれない、けれどそれが出来なかった時に、俺は後悔したくない」

これは俺の確かな思い、だがそれだけが本当じゃない。悠陽は真剣に聞いてきたのだから俺も全てを伝えなければならないだろう。

「それにさ、自信がないんだよ。万一そんなことがあった時に、守れなかったその誰かを恨まずに居られる自信なんてさ…」

そこまで聞くと、悠陽は深いため息をついて、何処か諦めた瞳になり言葉を紡いだ。

「…承知いたしました、タケル様」

「あ、姉上!」

「冥夜、タケル様は本気です。言葉での制止は無意味でしょう」

「で、ですが…」

「判っています…タケル様、巨人機の搭乗者候補生は多く居ります。口添えはさせて頂きますが、乗らせるまでは補償いたしかねます」

「…つまり、実力を示せって事か」

「皆タケル様と同じ志を持ち日夜励んでいる者たちばかりです。その者達を差し置いて乗せろと言うのですから」

「わかった、それだけして貰えるなら充分さ」

そう口にしたのを見計らったように車が停止し、ドアが開いた。

「お疲れ様でございますお嬢様。申し訳ありませんがこちらへ…あら?タケル様?」

深々と頭を下げていた女性は、月詠さんによく似ていた。しかも向こうは俺を知っているらしい。

「ご苦労様です真耶さん、少々事情があって来て頂いたのです。私達は宜しいですからタケル様と鑑さんを案内してくださいな」

「…かしこまりました、ではお二人ともこちらへ」

そう言って真耶さんは歩き出してしまう。冥夜と悠陽も足早に去っていってしまった。

「タ、タケルちゃん」

皆の軍人を彷彿とさせる動きに気圧された純夏が袖を引っ張ってくる。まあ、いきなりあんな話をされて、突然違った態度を取られれば普通はこうなるだろう。

「ま、ここにいても仕方ないな。ほら、純夏いくぞ」

そう言って真耶さんの後を追うと、純夏も慌ててついてきた。
その気配を感じながら、それとなく周囲を確認する。前の世界の横浜基地に港湾施設を継ぎ足したような基地は疎らに人影はあるが、警戒態勢に入っているとは思えないくらい静かだ。

「何か?」

こちらの戸惑いを悟ったのか足を止めて真耶さんが振り向いた。

「あ、いや、随分静かなんだなって思って。ほら、戦闘前の基地って騒がしいイメージがあったもんですから」

「この基地は準警戒態勢で戦闘配備になっておりますのはお嬢様方だけですから」

そう言うとまた歩き始める。真那さんと違って取っ付きにくい雰囲気はあるけれど、結構いい人かもしれない。
その後は大した会話もなく、少し大きめの建物に案内された。…つかこれ、指揮所じゃないか?
そんな疑問は直ぐ正解であると判明するが、そんな事はお構いなし管制室まで案内すると何事もないように真耶さんが告げてきた。

「では、こちらで少々お待ちください」

それだけ言うと真耶さん自身も手近なオペレーターシートに座って何やらデータの確認を始めてしまった。

「あうぅぅ、タ、タケルちゃぁぁん」

もの凄いアウェー感に泣き出す一歩手前の純夏。
正直俺もこの雰囲気は厳しいが、それよりもモニターに映し出された光景に見入っていた。
白浜付近に上陸しようとするBETAが次々にミンチに変えられていく。その結果だけ見れば以前の世界でも目にした光景だ。
けれどその光景を生み出している存在が余りにも異質すぎた。

「す、すげぇ…」

戦術機よりも遥かに大きくより人に近い姿をした機体が2機、多分あれがマジンダーとゲットチームとか言う奴らなんだろう。
その2機から引切り無しに火線が発せられ浜辺に上がろうとするBETAに浴びせられ、その場所から次々と大爆発が起こっている。

『こちらアイアン2、400ミリの残弾が20%を切った。友軍の展開状況は?』

「CPよりアイアン2、友軍展開率は90%、残り360秒で完了予定」

『アイアン2了解だ、聞こえたな二人とも、そろそろ切り込むぞ』

『慌てる何とかはもらいが少ないぞ、弾』

『ちまちま撃つのは性にあわねぇ、さっさと突っ込もうぜ弾!』

今までの当たり前を根底から覆すような発言がスピーカーから聞こえてくる。その声はまるでスポ根マンガの主人公の様に闘志に溢れながらもどこか爽やかさを感じさせる声だった。
はっきり言って戦場で交わされているとは思えない。

『オイオイ、俺の分も残しておいてくれよ?弾さん、神保さん、矢車さん』

まるでゲーム感覚のような台詞に一瞬意識が飛びかけた。か、感覚が違いすぎる。

「なんか、…ゲームしてるみたい」

「思っていてもそう言うことは口にするな」

一応窘めながらモニタを見直すと先程よりも酷い光景が飛び込んできた。

「わ、わ、タケルちゃん、ど真ん中で暴れてるよ、うわー…スプラッタだよぅ」

先程よりも海岸線に接近した2機は純夏の言葉通り、BETAのど真ん中で大暴れしている。
突っ込んできた突撃級を蹴り飛ばすなどかわいい方で、ぶん殴って絶命させた後(信じられないことに外殻を拳で突き破っていた)放り投げて他の小型種を潰す。
這い上がろうとするタンク級を踏みつぶし、なおも上がってきた奴は握りつぶす。
殴り掛かってきた要撃級など前腕をもぎ取られて、自らの腕で殴り殺される始末だ。
その暴虐の限りを尽くす様は、海外でも有名な某怪獣王を連想させた。

『そんな攻撃じゃぁマジンダーはびくともしないぜ!!』

『ゲットロボを甘く見るなよ!!』

搭乗者もハイになって来ているのか、時折喚声を上げながら更に激しく機体を操る。

『CPよりアイアン1・2へ全部隊展開終了、これより掃討に移行します』

そんな虐殺を受けているBETAに対して更なる追い打ちがかかった。
画面に飛び込んで来たのは、先程の2機から比べれば遥かに小さい人型、もしかしたら戦術機よりも小さいかもしれない。その姿は戦術機に比べずんぐりとしていて、より陸戦兵器としての無骨さを纏わせている。
しかし、その姿に反し動きは軽快で戦域に包囲網を信じられない速度で構築していく。

『全機、兵装自由、教育してやれ』

隊長らしき人の言葉を皮切りに濃密な火線が次々とBETAを屠る、最早なすすべ無く後退を始めるBETAだったが、最後に盛大なお見送りが待っていた。

『こいつでトドメだ!チェストバーン!!』

『合わせるぞ!ゲットビィィム!!』

叫び声と同時に2機が光線をBETAの軍団に照射、直後盛大なキノコ雲を発生させながら、文字通りBETAが消滅した。

「こ、光学兵器…」

これが、この世界の戦い方。信じられない思いに、俺は呆然とモニターを見続けた。




「随分と衝撃を受けたようだな、タケル」

指揮所の中で固まっていた俺は搭乗待機の解けた二人が連れ出されて、基地の食堂で少し遅い夕食を食べていた。

「ああ」

「凄かったよぉ!もうどがーんってして、ずどーんってなってメメタァって感じだもん!」

興奮した純夏は食事もそこそこに感動を伝えている、それはどうなんだと言う表現ではあるが。

「なあ、巨人機は他にもあるのか?」

「うむ、今は欧州に行っているスラッシュボットチームとブキョウ3、カムチャッカに出ているトランスVに内村研で調整中のコネクト5、それに我々のライデンが2機で稼働状態にあるのは全部で8機だな」

「凄いな、それだけあればハイヴの攻略も出来るんじゃないか?」

「現在その為の母艦が完熟訓練中ですわ、一ヶ月後には派遣されている機体を再編して鉄原ハイヴを攻略予定です」

「あー、確かに普通の空母じゃ運用出来ないよな」

つまり速ければ一ヶ月後に二人はハイヴ攻略に参加するということか。

「…それでタケル、あれを見ても思いは変わらぬか?」

「ああ、むしろ強くなったくらいだ」

見た限り巨人機はBETAに対して圧倒的な力を示している。だがそれは、常に最も過酷な戦線に投入され、その中でも一番危険な任務を任されるだろう。
どんなに強力な機体であっても、搭乗者である人間は疲弊するし、機体の故障だって無縁じゃないはずだ。
前の世界で強力な機体に乗りながらもそうした“ありふれた不幸”で死んだ連中を嫌と言うほど見てきた俺にとって、あの映像は不安を取り除くには力不足だった。
そんな俺の言葉を聞いた冥夜は目を瞑りしばし悩んで居たが、一度大きくため息をつくとこちらを見据え話し始めた。

「…わかった、そなたの強情は今に始まったことでは無いしな、私も口添えしよう。だが、条件は付けさせて貰う。」

「ああ、実力を示せってやつだろう?」

「そうだ、条件は…三日で巨人機で走れるようになってもらう」

その言葉に悠陽は顔を顰め、純夏は惚けた顔をしていた。癪な話だが俺も間違い無く惚けた顔だろう。

「走るだけか?」

「ああ、走れるだけでいい、ただし三日以内にな」

「判った、後でやっぱり変えるとかはナシだぜ?」

「安心するがよい、御剣の名にかけて誓おう、その代わり出来なければ今後一切協力はせん、よいな?」

「ああ、それでいい」

「では月詠達に伝えてくるゆえ、しばし待つがよい」

言うが速いか冥夜は立ち上がり食堂から出て行ってしまった。こっちに居る…真耶さんと話すなら悠陽かと思ったが、当の悠陽は少し困った表情で残っている。

「悠陽は行かなくていいのか?」

「あの子が率先して動いたと言うことは、私に伝えさせる為でしょうから」

意味深な台詞の後に小さなため息をつく。

「…もしかして、あの条件はかなり厳しいのか?」

「候補生の大半は2週間で歩くのがやっとです」

「に、二週間?」

「専用に調整されました私達でも、普通に歩くまで一週間、満足に走るには一ヶ月かかりました」

なるほど、それは随分な条件だ。身のこなしからすればこの世界の冥夜も、前の世界の冥夜と同様に身体的な才能に恵まれている。その彼女ですら一ヶ月かかった内容を三日でこなせとは。

「なあ、二人は乗り始めてどのくらいになるんだ?」

「開発段階まで含めればおよそ一年になります」

「ならちょうど良い…いや、温い条件だよ。俺は一ヶ月で戦える様にならなきゃいけないからな」

その言葉を聞いた悠陽は暫し目を丸くしていたが、やがて耐えきれなくなったのか、肩を振るわせ遂には涙を浮かべながら笑い始めた。純夏の方はあきれた顔でこちらを見ている。

「流石はタケル様ですわ」

「ってゆーかその自信はどこから来るのさ」

「純夏は俺のバルシャーノンテクを知らないからな!もうあれだ、神レベル?」

「ゲームかよ!」

「あらあら、それでしたらコクピットを筐体に変えませんと、どのくらいかかるかしら」

「いやボケだから!そんなところで技術と時間の無駄遣いしなくていいから!」

「やっぱり根拠も何もないんじゃん。ねえ無理は止しなよ、タケルちゃん」

「言ったろ、俺は守りたい人達を守る力が欲しいんだ。その為にこれは必要な事なんだよ」

もちろん自信なんてない。だけどやりたいことがあって、その為に成すべき事ならばどんな事をしたって乗り越える。
おまけに今の俺は前の世界の俺たちがついている。だったらどんな困難だって乗り越えてみせる。
…今度こそ最良をつかみ取る為に。

「でも…やっぱり心配だよ…」

「ん?何か言ったか、純夏」

「うー、全然気付いてないし…」

「ふむ、あの程度では折れぬか。ふふ、流石は我が絶対運命の半身と喜ぶべきか、戦場に立つことを悲しむべきか」

騒いでいるとそんな事を言いながら冥夜が真耶さんを連れて戻ってきた。その姿を見た純夏がとんでも無いことを言い出した。

「ねえ!御剣さん!!私にもそのテスト受けさせて!!」

「か、鑑、馬鹿を申すな。いくらなんでも…」

当惑して明確に拒絶出来ない冥夜に詰め寄る純夏に、意外なところから援護が飛んだ。

「宜しいのではありませんか?」

「月詠!?」

「最終的な量産を検討するならば、全く経験の無い操縦者のデータもサンプリングの価値はあります。男性はタケル様、女性を鑑様にお願いできれば一度に取れますし効率も宜しいかと」

「そんな状況になったら巨人機量産してる余裕なんて無いでしょう…」

「では、タケル様も申し訳ありませんが今回のお話は無かった事に…」

「データって貴重ですよね。うん、無駄なデータなんて存在しないよ」

あっさりと言葉を翻した俺に、ため息をつきながら冥夜はしっかりと告げてきた。

「では、二日後の放課後、横田のラボで試験だ。覚悟しておくがよい」



[27897] 第5話 ライトスタッフ
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/07/01 17:27
「今日は随分と機嫌が良いのね?悪い物でも食べたの?」

「本気で何か嫌味を言わないと気が済まないのか?委員長」

昼飯の準備をしていると、探るような声音で委員長が近づいてきた。
昨日はあれから純夏と二人で家に送られた。冥夜と悠陽は一応待機と言うことで基地に残って、今日はまだ来ていない。

「でも、本当にどうしたのタケル?昨日はあんなに難しそうな顔してたのに」

「そんな顔してたか?…まあ、ちょっと前から欲しかった物が手に入りそうでさ」

「それで、ずっとにこにこしてたんですかぁ」

「…まだまだケツの青いガキですよ」

「うっせ、物欲ってのは永遠に失せないモチベーションの源なんだよ」

「モノより思い出?」

「あはは、疑問系じゃなきゃ良い言葉だったねぇ」

そんな事を言いながら、みんなが集まってくる。

「そして鑑さんは憂鬱な顔、何かあったの?」

「う、うえ!?なな、な、なににもないないよ?」

(((((うそだー!!!!)))))

露骨に動揺している純夏にみんなの注目が移り、俺は冷や汗をかく。何とかフォローしようとする俺を救ったのは、冥夜と悠陽だった。

「む、鑑を追い詰めて何をしておるのだ?」

「あらあら、何か新しい遊びでしょうか?私達も仲間に入れて下さいませ」

「良いところに来た、いや、昨日の件でまだ純夏が不満顔でさ」

「…ほう(あら)?」

二人の目が少し細くなる。

「でもアレを買うのはやっぱり二人に協力して貰わないとさ、二人からも言ってやってくれよ」

「…ふむ、そうだな。鑑よ、気持ちは判らなくもないが、我らもこの勝負負けるわけには行かぬのでな、全力を尽くさせて貰う」

「ってことは、御剣さん達は白銀君がほしがっているものをを知ってるんだ?」

「えー、なにかな?ねえ教えてよ冥夜さん、悠陽さん」

「ふふ、残念だが教えられぬ。この勝負の相手は鑑だけでなくそなたらも相手ゆえな。」

「手に入れられる可能性は低いでしょうが、出し抜かれますのは本意ではありませんゆえ」

「しょ、勝負って何よ、私は別に白銀の事なんて…」

「…素直じゃないね」

「あ、綾峰!あんたね!!」

こうして何時もの流れにはぐらかされて昼休みは終わり、あっという間に放課後。
訓練をしないとこんなに体力に余裕があるんだな、なんて事を考えていたら、昨日と同じ3人が集まってきた。

「では、タケル帰るとしよう」

「参りましょう、タケル様」

「おう、帰るか」

下校して暫く皆無言で歩き、人通りの少なくなったあたりで漸く冥夜が口を開いた。

「まったく、注意した次の日にあれとは、肝が冷えたぞ」

「ああ、悪い。それと合わせてくれてサンキュな」

その言葉に少し顔を笑みに崩すと、冥夜が続けた。

「よい、このような事も約束の内であろう」

「これだけは最低限守って頂けませんと、乗せるどころではありませんから」

昨日別れ際に約束したのは、自分たちが巨人機に関わりがあることを秘密にすると言うことだった。
なんでも、巨人機の海外活動が本格化したあたりから、その関係者の誘拐、拉致未遂事件が頻発したらしい。そのため今では箝口令が敷かれ候補生ですらその内容を家族に知らせることも出来ないほどだ。

「俺はともかく…純夏、お前大丈夫か?」

「ううー」

昼のことを思い出したのか自信の無い顔でこちらを恨めしそうに見てきた。

「…どうしても難しいようでしたら、記憶を消去いたしますが?」

「え、え、あの悠陽さん!?」

突然不穏な事を口にする悠陽に顔を引きつらせる純夏、しかし悠陽はいたって真剣な表情で言葉を続ける。

「私は本気ですよ、この話は生命の危険に関係のある話です。守れなかったときに、失われた命を前に後悔をしても遅いのです」

「で、でも…」

「前例が無いわけではありません。候補生の中にも友人にそのような処置をした者も居ります」

そこまで言われると、純夏は覚悟を決めた表情になり。悠陽をにらみ返した。

「大丈夫だよ。私だって、適当な気持ちであんな事言った訳じゃないもの。…ちゃんと守ってみせるよ」

その言葉を聞くと悠陽は少し目尻を下げ、笑みを作った。

「ならば、その言葉全力でお守り下さい。その姿を私は信ずる糧とさせて頂きます」

その言葉を最後に緊張した空気は解けて、お気楽な学生に戻った俺たちは授業内容などを話のタネに帰宅した。




明けて10月24日、ここ二日と対して変わらない生活を過ごした俺は、放課後冥夜と悠陽に純夏と連れられて、都内へと向かっていた。

「流石に緊張してきたか?タケル」

意地の悪い笑みを浮かべながら冥夜が口を開いた。

「ああ、まさか情報を全く貰えないとは思わなかったからな」

「何、一月で並ぶなどと豪語したからな、少し困らせてやろうと思ってな」

「ええ、この程度は簡単に乗り越えて貰いませんと」

悠陽まで笑いながら告げてくる。

「了解、びっくりさせてやるから覚悟しとけよ」

横田の研究所は随分と広く、研究所と呼ぶに相応しく幾つもの施設が建ち並んでいた。

「なあ、本当にここでやるのか?」

どう見ても戦術機すら満足に動かせるスペースの無い敷地を見てそんなことを呟く。

「ん?ああ、地上は一般研究施設だからな。巨人機関係は地下だ」

当たり前の調子で信じられないことを言いながら施設の中に入っていく。
それを追いながら、一昨日もこんな感じだったな、なんて場違いな事を考えていた。

「…思ったより普通だ」

「当たり前であろう、一体どんな想像をしていたのだ」

「なんか、アニメに出てくる様な人工知能付きのロボットが居たり、妙に広い司令室があったりとか」

「そういう研究所もありますが、私どもの研究所はこのような普通の場所ばかりですね」

「やっぱりあるのか…いや、残念そうに言うべき所ではないと思うぞ?」

そんな他愛ないやりとりをしつつエレベーターに乗り込んだ、冥夜がパネルに手をかざしその後何やら操作を始めた。

「ん?ああ、セキュリティの問題でな、地下には専用のIDが必要なのだ…よし、もう済んだ」

そう言って今度は階数の入力をしたが…気のせいだろうか、今数字が三桁だったようだが。

「な、なあ、冥夜。ここって地下どのくらいまであるんだ?」

「たしか400階ほどだったと記憶しているが」

「よ…」

「当然だろう、ここでは巨人機の訓練をしているのだぞ?最低限の三次元機動は確保できるだけのスペースが無くては困る」

「掘り返した土砂は人工島やメガフロートの材料にしていますからご安心下さい」

なんだか見当違いのフォローが入ったが、そんな心配で絶句しているわけでは当然無い。
そんな俺の気持ちなどお構いなしにエレベーターは降りていき、似つかわしくないレトロな電子音で到着を告げた。

「ひっろーい!!」

「すげぇ…」

俺と純夏が入りこんだ演習場は街がそのまま再現されているという、信じられない光景だった。

「シミュレーターだからうまくいかない、などとごねられん様に特別に実機の使用許可を取っておいた。覚悟は良いな?」

「ああ、願ったりだ」

「うむ、ではついて参れ、更衣室に案内しよう」

「パイロットスーツまで使わせてくれるのか?」

「…着ないで乗っても構わぬが、確実に全身複雑骨折だぞ?」

「…ご厚意ありがたくお受けします」

そういって更衣室について行くと、ビニールのかけられた真新しいスーツと思わしき物が近くのベンチに置かれていた。

「では姉上?」

「はい、恨みっこは無しですよ?」

そう言うと猛然とジャンケンを始める二人、4回目で悠陽が飛び上がり、冥夜が崩れ落ちた。

「ではタケル様、悠陽が着替えを手伝わせて頂きます♪」

「…はあ。…なんだ、その、鑑。女子更衣室はこっちだ、ついてくるがよい」

「ちょ、冥夜さん!?落ち込むのは判るけどそんな投げやりにならないでよぅ!?」

「ん?ああ、すまぬ聞いていなかった、何か申したか?」

「…なんでもないです」

純夏までがっくりと肩を落として更衣室から出て行ってしまった。すこし呆然としてしまっていたら、悠陽が嬉しそうにビニールを破きスーツを取り出し始めた。

「って、いや悠陽、マズイだろ!?」

「あら、そう仰られてもお一人で着るのは少々時間が掛かるかと存じます、その点私でしたら普段から着慣れておりますし、限りある時間を有効に使わねばならないタケル様のご助力になるかと、ええ、決して疚しい気持ちなどまったく、微塵も、ございません」

凄みのある笑顔で一気にまくし立てる悠陽。

「だ、だけど…」

「タケル様、これは軍事訓練です、羞恥心はお捨て下さい」

仰っている言葉を表情と気配が裏切っていますよ、悠陽さん?

「…わかった、宜しく頼む」

とは言うものの、軍事訓練を出されては諦めるしかない。スイッチを切り替えて軍人として振る舞うと、悠陽は少し怪訝そうな顔をしたが直ぐに準備に取りかかってくれた。
着替え終わるまでの記憶は…まあ、彼女の名誉と俺の尊厳の為に脳の奥深くに封印しておこう。


「…ほう、なかなか様になって居るではないか、タケル」

「そうか?あんまり実感はないけど」

着替え終わり演習場で待っていると、俺と同じような格好の純夏を連れて冥夜が戻ってきた。
衛士の強化装備になれた俺からすると、そのパイロットスーツは随分ごつくて、どちらかと言えば虚飾をそぎ落とし体にフィットする甲冑の様だった。

「では次はそなたらの乗る巨人機を紹介しよう」

その言葉に反応するように馬鹿でかいリフトの扉が開き、中から濃緑色に塗られた巨人が進み出て、俺たちの前で静かに膝をついた。
圧倒されている俺たちを横目に胸元のコクピットが開くと、中から小柄な黒人らしき姿のパイロットが降りてくる。

「失礼します、機体の移動任務、完了いたしました!」

近づいてくると、小柄な理由がわかった、りりしい顔つきだが女の子だったのだ。

「うむ、世話になった。ここからは私達でやるから大丈夫だ」

「はっ!失礼します!!」

綺麗な敬礼をすると踵を返して帰ろうとする、途中目があった俺と純夏をもの凄い形相で睨んでいたが。

「こ、怖かったぁ」

「だからって俺の後ろに隠れるなよ。彼女は?」

「候補生総代、つまり本来ならアレに乗るはずだった人間だ」

「…それは、睨まれても仕方ないな」

「はい、彼女はネパール出身で、格闘戦にも長けた良い衛士だったそうです、亡命してきた際にこちらからスカウトしたくらいですから」

「…ただの優れたパイロットじゃ、納得してくれなそうだなぁ」

そう言って彼女が運んできてくれた巨人を見上げる。
設計思想が根本から異なるからだろう。その形状は今まで見てきたどの戦術機にも似ていない。そもそもその形は、人型としては随分と前後に厚みがあり、特に大きな大腿部と両肩が目を引いた。

「御剣重工製、00式巨人機“雷電”(ライデン)、その一号機だ。…細かい説明は後にしよう、もう我慢出来ないようだからな」

そう言ってコクピットへの移動を促してくる冥夜。返事もそぞろに俺は機体に近づき、先程彼女が使っていた昇降用のワイヤーリフトを使いコクピットへ入り込み、そして絶句した。

『どうだ?ライデンのコクピットは?』

装備していたヘッドセットから冥夜の嬉しそうな声が聞こえる。そりゃそうだろう。
コクピットの中には操縦桿もシートも無く、出来損ないの人体模型のフレームらしき物が鎮座しているだけなのだ。

「こ、こりゃいったいなんだ?」

『ライデンでは複雑な人体の操作を表現する為にマスタースレイブシステムを採用しています。目の前にあるのは接続ユニットですわ』

今度は嬉しそうに悠陽が告げてくる。

「ま、マスタースレイブ?」

言葉くらいは聞いたことがある。確か戦術機のご先祖様のハーディマンとかいう兵器に使われていた技術だ。

「なんだってそんな旧式の制御システムを」

『先程姉上が言ったとおりだ。他にも幾つか候補はあったが、どれも量産するにはちと金がかかりすぎてな』

『BDIなども検討したのですけれど…却下されてしまいました』

「これは、やられたな」

操縦であれば何とかなると、正直楽観していたところがあった。今までの経験が全く通じないシステム、しかしこれなら少なくとも動かすことは出来るはずだ。

「要は、体を動かす感覚で動かせばいいってことだ…問題無い」

自分に言い聞かせるように呟きながらユニットにスーツを接続する。

『準備は良いか?タケル』

「大丈夫だ、問題無い」

『では、始めよう』

通信が切れると次々と目の前にポップアップウインドウが開き機体が起動状態に書き換えられていく。少し緊張が増すのを自覚した俺は力を抜いて起動に備えた。
だがこの時俺は自分自身の致命的なミスに最後まで気付かなかった、それは候補生総代のささやかな嫌がらせだったのだが、初心者の俺は理解できるわけもなく思い切りひっかかってしまった。
そう、確かに俺はどんな動作にも反応するつもりで待っていた、ただしコクピット内で立った状態で。
片膝をついていたライデンはマスタースレイブシステムの送ってくる信号に迅速に答え、全速で直立の姿勢を取ろうとした。
その結果機体は思い切り浮かび上がり天井に激突、その後盛大な砂埃と共に床へ叩きつけられた。
俺はと言えば、最初のジャンプでブラックアウトしており、気がついたときには機外に引きずり出されていたから、その後の彼女たちの言葉は聞いていなかった。

「…姉上、これは失敗でしょうか」

「そうですわね、始末書で済めば良いですが」



[27897] 第6話 力を得ると言うこと
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/07/08 22:43
「…ちゃん、…タ…ケルちゃ、…タケルちゃん!!」

ぼんやりとした視界一杯に、見慣れた幼なじみの顔が広がっている。…何がどうなった?
確か俺はライデンに乗り込んで…。

「気がついたか、タケル。気分は悪くないか?痛む所は?」

「私達がお判りになりますか?吐き気はございませんか?」

「だいじょうぶ…つか、なにが」

少しふらつく頭を振って意識を覚醒させる。視界がはっきりしてくると、どうやら医務室らしい場所に居ることに気がついた。

「許すがよい、そなたの乗ったライデンは細工がされておってな」

苦々しい顔で冥夜が説明してくれた。
何でも動作パラメータがパイロットの姿勢を最優先に追随する用に設定されていた上、スーツへの耐Gフィードバック設定が最低に落とされていたらしい。
本来ならこんなふざけた設定になっているはずが無いのだが、今回は偶然悪意ある第三者が弄れる隙があった為にこんな事になってしまった。
ちなみにその悪意ある第三者は、先程から部屋の隅で正座させられている。ご丁寧に首に“反省しています”と書かれたプラカードまで下げて。

「さて、被害者も起きたことだし、改めて続きといこう。…覚悟は良いな?」

「ひぃっ」

冥夜の冷えた声に、正座していた犯人は短い悲鳴を上げる。

「…タケル様が鍛えていらっしゃいましたから大事になりませんでしたが…怪我人が出てもおかしくない状況でしてよ?」

「ひぃぃぃ!」

全身から、私、怒っていますよ?という気配を発しながら近寄る悠陽に、情けない声を上げながら後ずさる犯人、と言っても元から部屋の隅にいたので10センチも動かないうちに壁に行動を阻まれてしまったが。

「「申し開きはあるか(ございますか)?」」

気の毒に…なんて眺めていたら、その犯人と目があった。その途端涙目でこちらを睨んでくる犯人、なんだよ、俺が悪いみたいじゃないか。…いや、悪いのか。

「あー、二人とも、もういいよ。俺は怪我しなかったし、あ、でも施設とかに被害が出たか?」

「あそこは演習場ゆえ、それは問題ではない」

「はい、問題は候補生総代が私怨であのような行いをしたことです」

その意見に被害者としては感謝すべきなのだろうが、それを求めるのは、些か酷だと思う俺も居た。
亡命してきたところでスカウトされた。つまり彼女は祖国を失い、それを取り返せるかもしれない力を掴みかけて、その矢先に横やりを入れられたのだ。
これが優秀な戦術機乗りだとか、武道の達人だとかだったら彼女もこんな事はしなかっただろう。でも現れたのは俺みたいなただの学生、もちろん俺自身は前の世界の影響で肉体も強くなっているから額面通りの性能では無いが、それを証明する事も無く乗ろうとしたのだから、反感も相当のものだっただろう。
それを考えれば彼女を責めるのは、理屈は合っていても道理に反する様に思えた。

「でもさ、気付かなかった俺たちの落ち度でもあるだろ」

「しかし…」

「彼女のやったことは褒められた事じゃない、けれどそれは思いの強さの証明でもあるだろ?…だから、今回は痛み分けってことで良いと思うんだ。俺の行為が彼女の思いに泥を塗ったのは事実なんだから」

「…被害者にそこまで言われては、こちらとしても引き下がらぬ訳にはいくまい」

「はい、…ただし、今後このような事は絶対に許容致しませんので、お心に留め置いてください」

「…はい」

「うっし、じゃあこの話はお終いな。演習場に戻ろうぜ」

小さく返事をしたのを確認し、息を吸い込んで務めて明るい口調で切り出す。どのくらい寝ていたかは判らないが、元から少ない時間だ、正直一秒だって惜しい。

「タケル、まだ乗る気なのか?」

「当然、こんくらいで諦める位なら最初から頼まねえって!」

「……」

「冥夜、諦めも肝心です。ですがタケル様?明日の事を考えますと今日はお休みになった方が宜しいのでは?居眠りなどしていますと神宮司教諭に叱られてしまいますわ」

「うぇ?いや、今日から三日間は籠もりっきりでやらせて貰おうと思ったんだけど?」

「いかん、学生の本分は学問だ。それに突然三日も学校を休んで理由をなんとするつもりだ?」

「おいおい、実質一日半かよ、急にハードル上がったなぁ」

「勝手に休めるなどと考えておった其方の落ち度だ」

「んじゃ、ますますのんびりしてる訳にはいかなくなったな。ほら戻ろうぜ」

そう言って部屋から出ようとすると、先程から黙っていた彼女が近づいてきた。

「その、礼は言わねぇ。アンタはそれだけのことをしたとアタシは思ってる。…けど、アタシもやり過ぎた、ごめん」

気まずさと恥ずかしさが入り交じった表情で、視線を合わせずに告げてくる彼女に思わず苦笑しながら、自然と言葉を返していた。

「お互い様って事だな。…それじゃあ、俺も済まなかった。でも俺も本気なんだ、それだけは信じて欲しい」

その言葉に少し呆けた顔になった彼女と視線が交わる。ほんの少し見つめ合うと彼女はニヤリと笑い、俺の胸を小突いてきた。

「お前、変な奴だけど、良い奴だな。名前は?」

「タケルだ。白銀武」

「タケル…、アタシはタリサ、タリサ・マナンダルだ、よろしくな」

「ああ、よろしく」

そういって握手を交わして入り口まで移動すると、タリサは屈託のない笑顔を浮かべて俺を見送ってくれた。
わかり合えた事にちょっとした充足感を感じながら廊下に出た俺を待って居たのは、目からハイライトを消した三人だった。

「目を離して無くてもこれだよ…(ボソ)」

「手当たり次第にも程があろう…(ボソ)」

「…監視体制の強化と、より高度なアピールが必要ですわね(ボソ)」

「さ、さあ、行こうか!?」

「「「ふんっ!」」」

俺の言葉に明後日の方向を向くと足早に移動を初めてしまう三人、俺は慌てて後を追った。
…すごい気になる言葉を聞いた気がするが、今はライデンに乗ることに集中しよう。うん、決して問題を見なかったフリをするとか、先送りにしたとかではない、ないんだからな!?
…結局、機嫌を悪くした二人からアドバイスも貰えず、訓練自体は明け方まで粘ったものの、立っているだけで精一杯と言うところで一日目が終わることになった。



「ふぬっ…こ、この…とうぁっ!」

怪しい踊りを踊る俺に釣られて、同じく怪しい踊りを踊るライデン。
二日目の訓練も大したアドバイスを貰う事も出来ず、既に二時間以上こんな調子だ。

「うわっと…そ、そっちじゃねぇっ!」

危うく倒れそうになったのを何とか踏みとどまり、元の姿勢に戻ろうとするが反動が大きすぎて今度は逆方向に倒れ出す。…戦術機なら機体側が勝手に補正してくれて立っていることになんて気を遣う必要すらなかったのに。

(こ、こんなんで戦闘に耐えられるのかよ?欠陥機体じゃねぇの!?)

余計なことを考えたのがまずかったのか、バランスを完全に崩したライデンが盛大な音と共にぶっ倒れた。本日通算10回目だ。

『タケル様、少し休憩に致しましょう』

小さなため息の混じった悠陽の声を聞き、俺も少しため息をつくとその言葉に同意した。


「なあ、タケルって運動音痴?」

何故か訓練に付き合ってくれているタリサがジト目になりながらそんな事を言ってきた。ちなみに冥夜は自分の機体の調整が有るとかで今日は一緒に居ない。純夏もこの二日は俺が乗りっぱなしになるから自宅待機だ(本人はついて来たそうだったが、いつでも一緒に行動していると怪しまれると言うことで却下された)。

「そんな事は無い…と思う」

俺の体は前の世界から引き継がれているので、少なくとも一般兵士並には体が出来上がっている。今だって体力的には問題無く続けられるのだが。

「問題はそこではないと?」

悠陽の言葉に頷く。多分あのまま続ければ他の奴よりも長く乗れるだけ早い期間で扱えるようにはなるだろう。
しかしそれでは今の俺には遅すぎる。…だから必要なのだ、劇的に変化を迎える為の情報が。

「なんて言うか、挙動が掴みづらいんだよ、自分の体とは全然違って」

「当たり前だろ?ライデンの格好を思い出してみろよ」

そう言われて、さっきまで乗っていた機体を思い出す。

「…でかいな」

「そこじゃねぇよ…ったく、いいか?ライデンは人体の動作を極限まで再現出来るが、ライデンそのものは人体と同じじゃねえ。」

「ウェイトバランスは極力似せてありますが、レイアウト上どうしても動力や推進器を積み込んだ背面に重量は傾きますし、末端部位では人体とはかなり違う重量比になっています」

面倒そうにしながらも得意げに解説しようとしたタリサの言葉を継いで悠陽が説明してくれた。

「…つまり、俺の自覚している体のバランスと機体のバランスの齟齬が原因?」

「…普通は段階をもって体を慣らしていくんだけどな」

それを言われると辛い。

「ちなみにどうやって慣らすんだ?」

そう聞くとタリサがジャケットをまくり上げ背中を見せてきた。そこには明らかに重りとしての価値しか無さそうな物体がベルトで固定されている。

「こいつに違和感を感じなくなるまでだな」

ニヤリと笑うタリサに笑顔のままで視線をそらす悠陽。

「…そんなんあるなら先にくれよ!」

「へあ?」

俺の言葉が理解出来なかったのかタリサが間抜けな声を出す。

「…いや、だからさ?それ付ければライデンに近いバランスになるんだろ?ならそれ付けて乗ればいいじゃん」

「は?お前馬鹿なの?こんなクソ重たいもん付けて乗ってたら速攻でバテるっつーの」

「大丈夫だ、そこは気合いで何とかする。幸い体力には自信あるしな」

不適な笑みを浮かべる俺に呆れた視線を投げたあと、どうするべきか悠陽に視線を送るタリサ。その視線を受けた悠陽は沈痛そうな顔で口を開いた。

「知れば躊躇いなくそう言われると思いましたので隠しておりましたのに、…仕方有りませんね」

「助かる。有り難う悠陽。タリサ、悪いけど有るところまで案内してくれないか?」

「しょ、しょうがねぇな、教えてやるよ」

そう言って部屋を出ようとする俺達に釘を刺すように悠陽が言葉をかけてきた。

「ですがタケル様、これはあくまで補助輪と同じです。それを付けて走れたとしても、誰の納得も得られないことは承知おき下さい」

その言葉に黙って頷くと、俺はタリサの後を追った。



『…変態だ』

更衣室で早速ウェイトを付けてバランスを確認した後、ライデンに乗り込むと、驚くほどスムーズに動かせた。もっともその為に全身に50キロ近いウェイトを付けたものだから相当に動きは鈍くなっているが。

「って、変態ってどういう事だよ、タリサ」

『いくらバランスが判りやすくなったって…お前まだ二日目だろ?そんなマトモに、いやそれ以前になんでお前兵士の動きが出来るんだよ!?』

歩兵訓練の動きを思い出しながら機体を動かしていたのが気になったらしい。すこし冷たいものが背筋を通ることを理解しながら、適当な言い訳を並べる。

「見よう見まねだよ。軍人さんにそう言って貰えるなんて、結構サマになってるんだな」

『ああ、もう!やっぱ変態じゃねーか!!』

感覚が合致しさえすれば、成る程このマスタースレイブシステムというのは実に思い通りに動いてくれる。感覚的には乗るよりも着ると言った方がしっくりくる、操縦系統は遊びが全くないのは、操縦のタイムラグなんてあったら思ったように動けないからだろう、自分の体を動かすのに一々間があったらそれこそストレスになる。

(パイロット経験者には不評だろうけど…これはひょっとしたら)

複雑さをそぎ落とした上に搭乗者の身体能力に依存する性能、つまりこいつは歩兵をターゲットにパイロットを獲得する事を考えたシステムなんじゃないだろうか。

「量産を謳うだけはあるって事か?」

調子に乗ってシャドーを始める俺を見てタリサだけでなく悠陽まで絶句していたようだが気にしない。折角付けた補助輪だ、目一杯活用させて貰おう。

「悠陽、もう少し無茶な動きがしたいんだが、いいか?」

「え、ええ、かまいません」

了解を得た俺は、自分の想像を形にするべく四肢を動かした。思いついたのは前の世界でXM3によって成した3次元機動、それを巨人機で再現出来ないかと考えた。
それと言うのも、先日見た映像で衝撃的な活躍をしていた巨人機だったが、その動きはあまりにも直線的でお世辞にも効率的とは思えなかったからだ。
装甲に対する絶対の自信からなのか“避ける”という行為をあの2機は殆ど取らず、移動もまっすぐに突っ込んでいた。すこし飛び上がったり、ステップでも入れてやれば早く動けるのにそれをしない。もしあれが、巨人機共通のセオリーなら、冥夜や悠陽もあんな無茶苦茶な戦い方を何度もすることになる。ほんの数秒が生死を分けうる場所での行為だからこそ、そんな無用なリスクを効率で上書きしてやりたくなったのだ。

(明日までにこのウェイトも外さなきゃだからな、多少の無茶は目を瞑って貰うぜ?)

そんな訳で益々動きを激しくする俺の耳に、二人の悲鳴を押し殺した沈黙が何度も響くといった光景が、深夜まで続けられ、二人の懇願に近い提案によって休憩となった。

「うっし、大分慣れたし、そろそろ外してみるか?」

前の世界での経験のお陰もあって、体のバランスも大分理解出来た俺は少しぐったりしている二人にそう声をかけた。

「お、お前ってマッチョだったんだな」

「逞しい殿方は素敵ですが、私も些か不安になってまいりました…」

(…ハイポート走、滅茶苦茶やったもんなぁ、人類で一番やったんじゃないか?)

「男の子だかんな、鍛えてんだよ。…と、んじゃ、もう一回乗ってくるわ」

スポーツドリンクとチョコバーを食いきった俺は、そう言って更衣室へ向かった。



「昨日は随分と楽しんだようだな、タケル?」

運命の日、今後の人生を左右する日であっても等しく時間は流れ、その瞬間を迎えることになる。

「おう、ちょっと調子に乗りすぎたけどな」

何とかコツを掴んだ俺は体に刻みつける為、朝ぎりぎりまで訓練していた俺は、遅刻、居眠りのコンボを繰り出し、まりもちゃんを涙目にさせていた。

「ふふ、この様な日でも其方は変わらぬな」

「ああ、今日も振り返れば当たり前の一日になってる予定だからな」

三日目、たった二日しか着ていないはずなのに、もう愛着の湧き始めたパイロットスーツに着替え、そんな軽口を返した。

「…準備は整ったか?」

「バッチリだ」

「繰り返し言っておくが、ライデンを今日中に走らせる事が出来なければ諦めて貰うぞ?」

「大丈夫だ、そんな未来は存在しねえ」

その言葉に真剣な表情を向けてくる冥夜を、不適な笑みで見つめ返した。

「そうか、ならば最早言葉は無用だな。…始めよう」


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