北沢杏子のWeb連載

58回 私と性教育――なぜ?に答える 2008年12月

 

スウェーデンの性教育報告 そのU   教師の創意工夫による高校の性教育実践


  先月の「スウェーデンの性教育報告 そのT」で、私は1970年代の、あの熱い性教育推進期は、いまや停滞してしまったかのように感じた――と書きました。RFSU(スウェーデン性教育協会)の性教育指導案作成主任ハンス・オールソン氏に訊くと、「確かに性教育への教師たちの情熱は冷めている感がある」。その理由として「現在のケータイ、ネット、ゲーム世代の子どもたちの持つ過激な性情報に対応できない無力感がある」と答えました。例えば、小学校5年生から「先生、アナルセックスってなーに?」「どうして、そういうことをする必要があるの?」と質問されても答えられない……など。
 オールソン氏は「これは世界的な傾向と思われるが、だからこそ、新しい形で再出発する必要がある。“子どもの権利条約”を基本に、いじめ、セクハラ、性差別、人種差別、障害児・者差別、異宗教・異文化への理解、中絶や同姓婚への法的知識など、“社会と性”について徹底的に性教育で指導しなければならない」と力説しました。
 スウェーデンには現在、イラン、イラクのクルド族、トルコ、旧ユーゴスラビア等の外国籍移民の生徒が増えており、地域によっては、クラスの60〜70%が外国籍の子どもだといいます。上記の人種差別、異宗教・異文化への理解を性教育指導書に加えなければならない理由はそこにあるのでしょう。こうした社会の変化に対応すべく「教師は幅広い知識と認識が求められる。政府教育局は法改正してでも、教師を再教育しなければならない」と。

 Farsta高校のトミー・エーリックソン氏は、国語と心理学の先生ですが、RFSU指定の教職員指導の責任者の1人でもあります。彼は秋の学期に2日間、6校の性教育担当の教師に指導案を提供し、4週間後に授業参観。6ヵ月後に受講した教師たちを集めて、結果報告と評価を行なっているとか。教師たちが持ち寄る相談は、ネットによる男女交際の危険性、同じくネットによるポルノ情報の悪影響、ケータイ料金による負債などで、日本も同じだと思いました。ただ、この国の特徴は、イラン、イラクからの戦争難民家庭の子どもが少なくないので、「戦争はなぜ起こるのか」も、性教育に組み込んでいるということです。

 オールソン先生独自の授業内容を見せてもらいましたが、そのユニークさにびっくり。私もこのアイデアを頂いて実践してみたいと思いました。生徒が架空の主人公の氏名・性別を書き入れ、その人生を辿るという性教育です。
第1章:出生 生物の教科書48〜53頁を読み、初めは0.06mmだった主人公(精子)が卵子に向かって泳いでいき、受精して胎児となり生まれる。注意点“私は……”を使った文章で、他の精子と競争して泳いでいったときの気持ち、子宮の中での居心地、生まれてきたときの驚きなどを空想豊かに書くこと。
第2章:変化 主人公は思春期となり、からだの上にも心の上にも大きな変化が起こる。教科書の54〜55頁を読み、二次性徴の急激な変化と周囲の人びと(友人・兄弟姉妹・両親)は、主人公にどう対応したか?初恋の相手へのアプローチは?などを書く。
第3章:誘惑 主人公はドラッグを勧められ、それを試そうとしている。教科書の56〜59頁を読み、主人公がドラッグの誘いを受けるか、拒否するか、その心理を記述せよ。

 紙幅の都合で、このあとは簡単に記しますが、第4章:成人後の生活、仕事、結婚。第5章:快適な老後の生活(これについては、私のHP北沢杏子の月替りメッセージ「安心して老いることのできる国スウェーデン」(2008年12月掲載)」参照)、第6章:終末となっています。
 最後の6章では、主人公が息を引き取るところから始まります。テキストの注には、「死後に何が起こるか?教科書の61頁“死について”を読み、いま、きみ(あなた)はどう思っているかを書け。空想を働かせよ。これは正しい“答え”はないんだよ」と記されています。

 いま16〜18歳の生徒たちが80年生きたとして、21世紀の終末はどうなっているでしょうか?この地球は?環境は?戦争や紛争は?人類は、その知恵を十分に使って平和に貢献できているでしょうか?高校生でなくても、私たちも考えたいテーマですね!


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