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まぁ、刀夜の決意って言っても元々は復讐心でしたし……それを志に変えていくのはやはり渋いオジサンの仕事だと思うのですよ。
第20話 尚も御国の護り神





 ――― 織斑千冬 ―――


 千冬は不愉快だった。


 勿論、原因はエカテリーナの事だ。エカテリーナが現れて一日しか経っていないが、千冬の周囲は大きく変わりつつあった。特に一夏だ。一夏は刀夜と同じくらいエカテリーナを信用していた。いや、懐いていると言っても良い。《泰山》を製作した事と、白式の整備で細かな設定を変えて一夏が更に運用しやすい様に微調整したからだろう。それは学園の整備科の教師たちも唸る程の腕前だったらしい。


「一体、何だ……あの女は」


 個人的な感情もあったのでエカテリーナの事は徹底的に調べた。


 だが、何も出てこない。


 いや、出てこないという言い方は情報の扱い方に関しての言葉ではないかもしれない。しかし、出てこないのだ。刀夜もほとんど出てこなかったが、少なくともアフリカで傭兵をしていて、それなりに目立っていたという事は掴めた。


 エカテリーナに関しては過去が無いのだ。


 ある一定の時期以降から刀夜の背後を護る狙撃兵として活躍していた。だが、それ以前の過去が全くないのだ。スラブ系であることは見ればわかるのでアフリカ生まれという訳ではないはずだ。ロシアや東欧を中心に調べたがエカテリーナという女性は存在していないのだ。


 ――あの束ですら調べられなかったのだ……どんな隠蔽をしたのか……


 “天災”もどれだけ調べても過去がないエカテリーナに興味を持ったようだが、直ぐに他の喪に興味は逸れるだろう。故に分かる事はないだろう。


「気に入らないな……」


 昼下がりの食堂で一人コーヒーを飲む千冬。女子生徒一同が見れば感嘆の息を漏らすであろう姿だが、授業中なので生とはおろか教師すらいない。


「あら? 珍しい。織斑センセ、授業はいいのかしら?」


 その言葉に背後を振り向くと“女帝”が立っていた。


 相変わらずのゴスロリ服に白衣を纏った姿は遠目からでも目立つ。エカテリーナ襲来から一日しか経っていないが、もはやその姿は定番となりつつあった。生徒の間では何故か人気があるのだ。そして、その事も千冬を不愉快にさせる要因の一つだった。


「ちょっといいかしら? 話があるんだけど」

「私には無いな」


 席を立とうとしたを千冬をエカテリーナが呼び止めた。返した声と態度は硬くなり、エカテリーナの言葉を無視するように千冬は席を立つ。

 元々、千冬は基本的に人前では可能な限り教師の表情と態度をしており、一夏などのごく一部の人間以外の前では安易に自分の本来の姿を見せないようにしている。

 だが、の千冬の声には殺気すら含まれていた。何せエカテリーナは刀夜との距離が異様に近い。それは物理的にも精神的にも一目瞭然なほどに。刀夜が気になる千冬としては、それが凄まじく気に入らない。


「貴女に無くても、私にはあるのよ」


 今の千冬は不機嫌故に全身から殺気とも言える威圧感を滲み出している。大抵の人間は声をかけるどころか逃げ出すだろう。むしろ、刀夜なら近くに居たら全力で逃げるかもしれない。


 しかし、エカテリーナは両の瞳で千冬を真正面から見据えた。


「――――黙って座りなさい、ブリュンヒルデ」


  そうして千冬は、刀夜の過去の一端を知ることになる。















  ――― 天城刀夜 ―――



 “戦乙女”と“女帝”が角を突き合わせていた頃、刀夜は横須賀の埠頭に立っていた。


 遠くには海上自衛隊が有する横須賀基地がはっきりと見える。海上自衛隊だけでなくアメリカ海軍の艦艇も数多く停泊している。その眺めは正に壮観の一言に尽きた。

 ISに主役の座を奪われて尚、ここまで勇ましい姿を顕現し続ける戦船たちに刀夜は感動した。

 人ですら、ISの圧倒的戦闘能力を知り、戦うことなくその意志を折られてしまうと言うのに、目の前の戦船たちは、未だ我らは御国の護り神なりや、と蒼海に示し続けているようだった。


「護国の盾、イージス艦隊……未だ健在なり、と言ったところか」

「ふん、間違っておるぞ若造。今ではあの人形どもの補助戦力に過ぎぬよ」


 和服を着て厳めしい顔で釣り糸を垂らす老人が自嘲の笑みを浮かべる。

 確かにと、刀夜も影のある笑みで同意する。

 遠くで岸壁から離れつつある、一見すると空母の様なシルエットを持つ護衛艦ひゅうがも計画当初は対潜ヘリを集中運用するはずだったが、ISの出現以降、大規模な改装を受けてISの母艦として運用されている。


「半世紀前……日ノ本を護るため散っていた若桜たちに靖国で何と詫びればよいか……」


 刀夜は嘆く老人の横に腰を下ろす。その老人は高齢にも関わらず、均等のとれた体格をしており、一廉の武士であることを伺わせた。何よりもその眼光は、幾多の将兵の上に立つ男のものだ。


「神州日ノ本の国体護持を長きに渡って務めた貴官に心よりの敬意を」

「今は、死に損なった老将に過ぎぬ。だが……覚えていてくれた者がいる事は嬉しく思うぞ」


 老人は絶対の安心感を与えるような深い笑みを浮かべる。厳しくあり、同時に優しくもある。この老人が多くの将兵に慕われていた事は明白だ。厳しさも優しさも人の上に立つ者にはなくてはならないものであった。


「土方壮一郎……自衛艦隊司令官……力を御貸し戴きたい」

「“元” 自衛艦隊司令官だ」


 自衛艦隊司令官とは、海上自衛隊の主戦力である自衛艦隊の指揮官で、防衛大臣の指揮監督を受け、自衛艦隊の隊務を統括する役職だ。嘗ての日本海軍の役職で例えるならば、東郷平八郎や山本五十六などが歴任した連合艦隊司令長官とでも言うべき地位だ。

 老人――土方は、刀夜の顔を鋭い視線で射抜く。真意を探っているであろうその視線に刀夜も正面から応じる。何時までそうしていたかは分らない。だが、土方がつまらなそうに釣り糸に視線を戻し、リールを巻き上げる。


 水しぶきと共に小アジが一匹釣り上げられた。


 黙ったまま土方は小アジを横のバケツに入れ、単縦陣を組んで横須賀軍港から出撃する三隻の《むらさめ》型護衛艦を指し示す。


「若造、貴様はあれをどう見る?」


 刀夜は、見事な単縦陣です、と答えようと思ったが、そんな単純な意味ではないだろうと被りを振る。

 自衛隊に対しての刀夜の評価は低かった。装備に関しては世界最高水準であり、対空、対潜能力に関しては五指に入るのは間違いない。だが、人員とドクトリンに関して言えば呆れ果てて者も言えないほどだ。同じ国防を目的とする癖に背広組は制服組を無駄に貶めたがるし、ドクトリンに限って言えば、しなくとも良い政府の弱腰姿勢を反映させすぎて作成した兵器や、能動的防御の美名の元に国土の防衛すらできなくなるほど人員を削っている。

 だからこそ、そんな組織に進んで入隊しようとする者達は高い志を持っているのだろう。


 ならば答えは決まっている。


「百戦錬磨の新兵と、それに釣り合わない将校の集団です」


 思えば何と歪な集団だと思う。だが、それ故に多くの烈士が生まれる。


「ほぅ……そこまで見切るか、天城刀夜」


 優しさと厳しさを併せ持った表情で刀夜を見つめる。それは孫を見る祖父のようでもあり、生徒を見る教師のようでもあった。


 ――俺の事を知ってるのか。まぁ、俺も一夏も有名人だからな。


 ISに乗れる二人しかないない男の存在は今でもあらゆるメディアが報じている。街中で顔を見られないように刀夜は黒いサングラスを掛けているが、それでもIS学園の周囲では記者の目を誤魔化すのに一苦労だ。ある意味、記者とは諜報機関の間諜より鋭い勘を持っている。


「若造……海面を見てみろ」


 一瞬、虚を突かれた刀夜は逡巡せずに足元の海面を見下ろす。


 そこに写っているのは自分の顔だった。


 憔悴した表情の自分だ。何と覇気のない表情をしていることか。



 揺らぐ決意。



 原因は分かっている。織斑千冬との出会いだ。


 気高く有ろうとするその姿。だが、それでいて傷付いた自分を抱き締めた時のあの温かさ。それは、エカテリーナが時折みせるものとはまた違う優しさ……母親の温かさを知らない刀夜にはとても心地よいものだった。あれほどの事をしておいて尚、自分を慈しむような態度を取ってくれる千冬に刀夜は言いようもない感情を感じたのだ。


 別に恋人という事でもない……千冬も、刀夜に好意を確たる形で示した訳ではない。

 それは良く分らない関係だった。

 だが、溺れていきそうなほど心地よいものでもあった。

 そして同時に怖かった。あの優しさを純粋に恐れた。


 あの優しさは自分のI女尊男卑に対する戦意まで溶かしてしまうのではないかと思えた。いっそこの関係に溺れてしまってもいいのではないかと、思えた自分が心の内に確かにいたのだ。それは刀夜を何よりも恐れさせた。


「海は人の心を映し出す鏡だ……海は偽らん。ただ、水漬く(みずくかばね)を迎え入れるだけだ……若造、貴様は立ち止まる気か?」 


 土方の言葉は刀夜の心身に重く圧し掛かる。全てを見透かしたような言葉。だが、その言葉は自分がそうなった事に対する後悔かも知れない。それほどに目の前で静かに釣り糸を垂らす老人の人生は複雑にして報われないものだった。



「気を付けろ若造。引き摺りこまれるぞ……絶望という名の海にな……」



 土方壮一郎。


 それは、歴代の自衛艦隊司令官の中でも飛び抜けた才覚を持っている海上自衛官だった。
 毎年開催されている太平洋合同演習(リムパック演習)では2006年に、演習とは言え初めて米原子力空母に一撃を入れた軍人として世界の海軍から注目された。だが、ISの登場以降、その名将に活躍の場はなかった。土方が徹底してISを軍事力として扱う事を認めなかったからだ。自らの旗艦でもあった《ひゅうが》をIS母艦にするという決定が政府からなされた際も、断固として拒否し、その際に懲戒免職となった。


 何故、そこまでISを否定するのか。


 口先だけでも許容してやれば戦船に乗り続けることができたのに。教え子たちに時たま出会い、思い出を語りささやかな老後を楽しめたかもしれない。そんな輝かしい可能性を捨ててまで何故抗ったのか。


「儂は自分の意志を貫いた……いや、今でも貫き続けておるぞ」

「ISを否定することを、か?」


 そこは刀夜と同じだ。ISという兵器によって間接的に多くの戦友と……そして何よりも恩師を失った悲しみは決して拭えないだろう。だが、少なくとも世界の何処かで戦い続ける幾多の戦士たちの為にISだけは後世に残さないようにせねばならない。


「IS? あんな人形なぞどうでもよい」

「ッ! それは!」


 興味がないと言わんばかりにISという言葉を一刀の元に斬って捨てた土方は笑う。それは初めて見る弱弱しい笑みだった。


「よく最近の男はISという分かりやすい象徴を憎む……だがな、そんなことはどうでもいい……問題なのは、子供が……本来、護るべき者達が戦場にいることが当然になってしまうことだ」


 刀夜はその言葉に気付いた。


 刀夜は戦場で戦う少女をよく見た事がある。エカテリーナもそうだし、扶桑技研にも傭兵をしていた戦友の中には二十歳にも満たない少女が多数いる。

 それは、刀夜にとって普通の事だ。だが、先進国である日本の人間である土方には異質な考えでしかないのだ。土方にとって世界中の戦場にいる戦う子供たちは、人類の罪だと考えているのだろう。普通であれば、ISがなければ緩やかに平和な時代が到来しただろう。人類は待つだけで戦う子供がいないまで行かなくとも……少なくとも大きく減らすことはできたのだ。


 それをISが否定した。


 年頃の少女が……自分と孫ほど歳の離れた乙女に戦争に行ってこい……そんな事を言うようでは国に未来などない。子供たちこそが国の礎なのだ。

 貴様、行って死んでこい。それはとある海軍中将が言った言葉だ。そしてその言葉の後には、これは既に命令の限界を超えている、だった。そして今、世界はそれを遠まわしに許容しようとしている。


「真に憂うべきは、年頃の乙女……子供たちが戦争に参加する可能性を国が認めてしまう事だ。……それでは……それではッ! あの半世紀前の忌々しい戦争と同じではないか‼」


 そんな世界はあってはならない。子供たちが戦う事が当然の世界などあってはならないのだ。現実として刀夜たちのように戦っている子供は存在する。だが、それは認められた存在ではないのだ。

 一度、認めてしまえば世界はそれが当然だと思ってしまうだろう。弱者であることが罪であったとうに時代は終わったのだ。際限なく弱者を生み出す体制には終止符を打たなければならない。


 “天災”がそれを聞けば嗤うだろう。


 世界が平等であったことなど有史以来、一度もないのだから。


「貴様は、そんな顔で何を成す気だ? それではどのような事を言われても協力してやる気にはなれんぞ」


 土方は刀夜が何故目の前に現れたのか理解しているのだ。それは名将としての勘なのか、事前に何らかの情報を得ていたのかは分らない。だが、迂遠な言い方を続けているという事はおそらく前者なのだろう。


「そしてな、こんな現状になりつつあるのは世界や儂ら……男にも責任があるのだ」

「責任……か」


「男は本質的に打たれ弱い。心を刀の刃に例えるならば、鋭く鍛え上げられ切れ味もいい。だが、一度折れたらそこで終わりだ。そう簡単に打ち直す事なんてできはしない」


 それは相手を斬る事のみを追求した刃だ。圧倒的な切れ味を持つが故にその刀身には柔軟性がなく折れやすい。男の強さとは、同時に脆さを合わせ持っているのだ。


「対する女は刀身が強い。男よりも打たれ強い。刃が(こぼ)れても不屈の闘志に支えられた刀身が残っていて、折れる事のない心構えでこんな不甲斐ない男どもを支えている」

 それは戦野での持久性のみを追求した刀身だ。確かに男たるの刃に比べて切れ味は劣るだろう。女の強さとは、刃が(こぼ)れても尚、戦闘能力を維持し続ける事ができることだ。


「……」


 土方の言いたいことは分かる。

 エカテリーナも悲観論を吐いても決して諦める事はなかった。それは“鬼才”であり“女帝”であるが故かと思っていたが、実際は女だからこそだったのかもしれない。戦場では男でも女でも死ぬときは死ぬ。そんな過酷な戦野で、身体的に劣る女が小銃片手に戦うには男以上のハンデがあるはずだ。アフリカの戦場に女が男に対して優位に立てる条件など何一つないのだ。女尊男卑もISもない。だからこそんな地獄で男の横に立って、男と同じように戦う女たちは美しくも気高い。


「認めます……女は強い……」


 エカテリーナも千冬も心身ともに強く、気高い女性だった。


 刀夜は純粋に土方に敬意を抱いた。

 自分の感情を抜きにして正確に物事を見る事の出来る瞳と事実を受け止めることができる意志。そして何よりも自らの理想を断じて曲げないその決意。


「最近の男は情けない。主義や主張……口先ばかりで、行動で成そうとする者や、先陣を切って背中で語ろうとする者は居らん。政治家を見ていれば嫌でもわかる。男は負けたら負けっぱなしだ。何時からこうなってしまったのかは分らん。だが、ISの出現は一つの転換期であったのは確かだ」


 確かに昨今の政治家たちの惰弱ぶりは目に余る。土方の言葉を借りれば、それではあの戦争で若桜たちに死を強要しておいて、自らは死に損なった愚将どもにすら劣る、とさえ言い切れるほどに酷い。

 女尊男卑も元はと言えば、IS出現時にその優位性の確保のみを追求し、女性優位の極端な政策を取ったのが原因だ。それま間違いなく政治家たちが無のだったからに他ならない。


「民主主義とは衆愚政治です。……ですが大多数がそれなりの幸せを手に入れるには不特定多数の素人が政治に介入するしかない……知人にそう聞きました」


 知人とは無論、エカテリーナのことだ。

 全てに於いて万能とも思えるエカテリーナですら最良の政治体制は分らないと断言していた。


「その知人は懸命だな……善良な専制政治か、劣悪な民主共和制か……どちらが良いとは一概には言えんからな」


 専制君主制では皇帝など高位の個人に権力が集中してしまう。その為、皇帝が狂気に犯されたり、付与となると権力者達の基盤が崩れて混乱が生じる。無論、悪い事ばかりではない。専制君主制の利点は大胆な人材の抜擢が可能だと言う点だ。それを考えれば専制君主制とは暴君などが出る危険性はあるものの、弾力性と奇抜性に富んだ政治体制だと言えなくもない。

 一方の民主共和制は個人に権力が集中する事はなかった。個人の感情に左右された混乱が生じる事も暴君が出る事もない。その反面、専制君主制に於ける大胆な人材の抜擢は民主共和制では期待できない。安定性は有るが大胆さは欠けるのだ。

 結局はそれぞれの政治制度を有効活用できる人材がいるかどうかだろう。その人材を育成できるかどうか……それこそが国家の興廃に重要な事なのかも知れない。故に土方は将来へと無限の可能性を持つ若者や子供たちを護ろうとするのだろう。


「……下らんことを喋ったな……今の貴様に言っても何も変わりはせんのにな……」

「“今”の貴様です……か」


 それはこれから先に期待するという事なのか。或いはただの言葉の綾なのか……刀夜には分らない。そもそも、戦場という世界の縮図の中にいた刀夜でさえ、目の前の土方の送ってきた人生には敵わないという事だろう。


 刀夜はその姿に嘗ての恩師の面影を見た。


「どうすれば貴官の信頼を得られますか?」

「ふん、正面から聞く奴があるか、馬鹿者が。……まぁ、だがお前に足りんのは一言で言えば傲慢さだ」


 土方はできの悪い生徒を見るかのような目で刀夜を見る。勿論、学校などマドモにいった事もない刀夜にはその瞳に宿る感情に気付けなかったが。


「傲慢さ……世界を変えるのに必要とは思いますが、必要以上に前面に押し出すのはマイナスでしかないです」

「ははははっ! マイナスか、そうだな確かにマイナスだ。しかし……世界を相手にするのであれば天上天下唯我独尊と言われるほど傲慢でなければならん」


 その言葉を納得できない訳ではない。いつの時代も世界を動かすのは傲慢と暴力……そして個人の強い感情だ。


「今のままでは世界の相手にすら成らんぞ? 世界は本質的に自らに強く反発する者に対して動く。しかし、それに勝利したからこそ多くの者達が納得する」


 正しい。反論できないほど正しい事実だ。

 カエサル曰く、人は見たいものしか見ないのだ。

 だからこそ刀夜は一度世界と戦って目に見える大きな勝利を得て見せて、不特定多数の者達に嫌でも目に見える力を見せつけねばならない。


「まずは世界に敵と認められるほど傲慢でなければならん。元より世界は人の意志など相手にすらせんのだ」

「傲慢になれ天城刀夜……世界が貴様を憎むくらいに、な」


 笑う土方に刀夜は顔を顰めた。


 ――それは俺に狂えと言っているのか? いや、そもそも俺は“死神”なんだ。人の法にも世界にも従ってやる必要なんかねぇんだ。



「では、いずれ……何処かの戦場で」


 まだ俺は、老将を率いるに値する男ではない。

 刀夜は黙って釣り糸を垂らす土方に敬礼を捧げる。傭兵に敬礼など不要だが、真に尊敬に値する武士に応じる方法を刀夜はこれしか知らなかった。


「……ふん……まぁ、良かろう。貴様が、真に世界と向き合えると判断した時は、貴様の旗の下に馳せ参じてやろう……男を磨け、若造」


「はい!」



 刀夜は戦闘服の裾を翻す。


 もっと強く。もっと気高く。もっと男であれ。


 刀夜は実は大した意志など持っていなかった。持っていたのはただの復讐心。意志を強く持とうとしても、実際に持っていたわけではない。本当は意志を持っている様に見せる為、今まで積み上げていた力を振りかざしているだけだったのだ。

「負けだ……俺は強くなりますよ土方先生」

 刀夜はその場を後にする。





 がしっ。





「がしっ?」


 掴まれた右肩の手を見て、刀夜は背後を振り向く。

 そこにいたのは鬼だった。いや、言ってしまうと土方なのだが、何故か形容し難い雰囲気を漂わせていた。強いて言うなれば、TVドラマで孫を言葉攻めにして楽しんでいる祖父のような顔だ。


「まぁ、俺の家で小アジでも食って行け。……若造の話も聞きたいしな」

「俺は話す事なんてねぇぞ……!」


 思わず地の言葉遣いが出たが、それは本能的な恐れからだった。


「まぁ、オマエほどの男は今の日ノ本にそうは居らん。アフリカで戦っていたとTVでは言っていたぞ? ISを恨む気持ちは誰にも負けんはずだ……だが、それを揺るがすほどの事が起こった……相違ないな?」

「あ、ああ、そうだ……ってなに言わすんだ!」

「女だな。女だろう。女に違いない。儂も昔は下半身を中心に暴れん坊将軍……もとい暴れん坊提督であったからな。女は男を狂わせるぞ。なに、儂が為になる経験談を語ってやる。ついてこい、若造」


 無駄に鋭い考察の土方。原子力空母に一撃を入れたのも腹立たしいほどに頷ける。


 刀夜の顔を素早くヘッドロックした土方は、小アジの入ったポリバケツと釣り棹を片手に刀夜を連行するのだった。


 次の日、二日酔いで学園に朝帰りした刀夜に二人の女性の鉄拳が待っていたのは言うまでもない。
















感想プリーズ。

徐々に復讐心が志に変わっていきます。次回はエカテリーナが刀夜の過去を語っちゃいます。……しかし、20話にして未だ鈴すら登場していないとは……ラウラとシャルが俺を呼んでいる!


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