無数の曳光焼夷弾の輝きが荒野を飾っている。
気化した重金属で作られた雲を切り裂いて戦場へ現れる七つの影は、レーダーが使用可能になると同時に無数のロケット砲へと点火した。
影の名はAH64、愛称はアパッチの名で親しまれる戦闘ヘリである。
陸を駆ける無数の鉄人や戦車が自身を確認し、戦域を少し下げるのを確認してから、敵陣の真上から無数の爆弾を投下して爆撃を開始する。
一トンを超える爆弾を大量に投下した後はそのまま戦域をフライパスしながら大きく弧を描いて旋廻。
「もう一度行くぞ。今度は後ろからだ」
「了解」
後部席にて操縦を担当する火浦は、前部席のガナーコックピットに座るアーチャーへと合図をかける。
後ろを取ると同時に地面を這いずる異形の怪物たちに七十ミリのロケット砲と三十ミリチェーンガンを浴びせかける。
砲火の轟音で聞こえないが、陸地ではきっと肉が弾ける気持ちのいい音が聞こえているだろう。
対空戦力を奪われた連中を一方的に叩けるのはヘリの特権だ。もっとも、ある意味では一番危険なところにいるのだが。
丁度そんな時、彼らの耳に取り付けられた無線から聞きなれた同僚の声が聞こえてきた。
『レーザー級の存在を確認、重レーザー級は確認できず。大凡20!』
ぶわっと火浦の額に脂を含んだ汗の珠が浮かぶ。
勘弁してくれ、と呟きながらヘリを前傾姿勢に傾け、高度を下げつつ速度を上げる。なるべく、他の六機のヘリとは別方向に。
無線から聞こえたレーザー級、という存在から、訓練校と実践で叩き込まれた技術をすべて用いて離れようとする。
それだけの存在なのだ。無線から聞こえる指揮車からの連絡を耳にしながら火浦の乗ったアパッチは重金属雲の中に潜り込む。
『撃・・・・・・きるか!?』
『生憎・・・切れだ。出現・・・・・・・・・マー・・・・・・・・・したので確認』
「データリンク・・・・・・駄目だ。雲が厚すぎる」
通信が途切れてきたが、最後の爆音だけは耳にくっきりと聞こえた。
くそ、と火浦は唇をかみ締めながら後方へと急ぐ。しかし、不幸というものは来てほしくないときこそ押し寄せるものだ。
もっとも、他人のではなく、自分の不幸を望む人間など本当にいるのなら見てみたいが。
レーダー回復の為に少しだけ高度を上げようとした瞬間、それは起こった。
「うおッ!?」
突然ヘリが制御を失った。
コンディションを確認する為に視界をコクピットに下げると、メインローターに取り付けられた羽が二枚破損している。
それから一瞬遅れて、じゃっ、と空気中の塵と重金属の雲を蒸発させる音が聞こえた。
「いかん、かすった!」
「立て直せるか?」
「無理だ、不時着させる。舌を噛むなよ!」
不時着時にヘリが横転したりプロペランドを潰したりしないようにと制動をかけようとする。
しかし、羽を半分毟られた鳥が飛んでいられないように、これ以上の飛行は不可能だった。
「来るッ!」
凄まじい衝撃。不時着、というよりも半ば墜落、といった感じだった。
むしろ、メインローターの羽を半分食い千切られてここまで衝撃を緩和できたのは操縦士である火浦の技量の高さ故だろう。
あるいは、自分は何をやっても死なない、というジンクスを信じた故の奇跡だったのかもしれない。
しかし、シートベルトを着けていて尚、墜落時に歪んだフレームに顔をぶつけてしまい、マスクごと左頬の皮膚を大きく削がれてしまった。
あまりの痛みに火浦の食いしばった口から苦悶の声と吐息が漏れる。
「はあッ・・・・・・はあッ・・・・・・アーチャー、無事か?」
紐の切れたマスクを力任せに外して頬を抑えると、ぬるりと手袋越しにぬめりを覚えた。
かなり派手に出血しているらしいが、応急手当をするにも今居る場所は前線だ。急ぎ脱出して撤退せねばなるまい。
頬の出血を意図的に無視しつつ、軽く体を動かしたところ、節々は痛むものの脱臼や骨折は無いようで、火浦は安堵を覚える。
しかし、みしりと音を立てて軋む首を前に向けた瞬間に軽く抱いていた安堵は霧散した。
「腕をやられたか・・・・・・生きてるな?薬は?」
「・・・・・・ああ・・・・・・駄目だ。抜けそうにない・・・・・・薬は、既に飲んだ。VKと、K2だ」
アーチャーの左腕は歪んだフレームと前部操縦席の隙間に挟まれて、ひしゃげているように見えた。
いつも冷静で涼しげな表情を崩さない男が額に汗して唇を噛み締めているのだから、相当に苦痛なのだろう。
直接声をかけて治療してやりたいところだが、墜落時に歪んだブラストシールドのせいで前部操縦席に手が届かない。
火浦は右手側の歪みの少ないドアを思い切り蹴破ると、ヘルメットに取り付けられたインカムの通信域を短距離用に切り替える。
既に後衛の近くまで来ている筈だ。重装備の機械化歩兵や救護班のひとつやふたついるだろう。
『機械化歩兵、救護班、いるか。今墜落したヘリに要救助者が取り残されてる。フレームに左腕を潰されて、重症だ。ポイントわかるやつ、すぐに来てくれ』
『了解。アイランド小隊をポイントB-05へ向かわせる』
後部座席の扉を引っ張っていると、近場に待機していた指揮車からすぐに返事が来た。
救急キットでもあれば治療してやりたいのだが、生憎扉が開かない以上どうしようもない。
自力で扉を開けるのを諦めて、応援に来てくれるらしい機械化歩兵に任せることにする。
『了解。感謝する』
言いながら火浦はヘリのプロペラントの様子を眺める。一番不時着時に気を使ったのは何よりもこいつだった。
ケロシン系統の、ストーブ用の灯油みたいな燃料を積んでいるわけだから、漏れ出したところに火花でも散ったら大変だ。
引火した瞬間に逃げる間もなく爆死してしまうだろう。もっとも、自分が死ぬ場面を想像したところで現実味が無い。
そんな益体もないことを考えながら視線を辺りに巡らせると、前線の方向から二匹の怪物が駆け足で近づいてくるのが見えた。
人よりでかくて二足歩行する翼と羽根のない鶏に、赤い目玉のいっぱいついた象の頭をすげかえたような、異形。闘士級とここでは呼称される化け物だ。
戦車が射ち漏らしたヤツだろうな、と思いながら、火浦はホルスターから拳銃を引き抜き、両手で構える。
距離は約百五十メートルあるかどうか、といったところ。安全装置を外して狙いをつけ、引き金を引いた。
「・・・・・・鼓膜・・・・・・?」
墜落した時から耳が少しおかしいせいか、銃声がよく聞こえなかった。遠雷のように響く砲火の音は聞こえるのだが。
どうやら特定の音域が聞き取りにくくなっているだけらしい。
しかし、十回引き金を引いて、七回当たったように見えた。一匹は既に動いていない。仕留めたように見える。
まだ一匹いるが、負傷したのか、先ほどよりスピードを落として近づいてくる。
しかし、じきに、五、六秒でこちらを射程圏に捉えるだろう。
火浦は予備の弾倉をジャケットから引っ張り出し、弾倉をつめ直そうと構えを解く。
「・・・・・・フウっ・・・・・・フウっ・・・・・・」
しかし、さっき切れた頬を触った時に指先が血で濡れたせいか、上手く銃から弾倉を引っ張り出せない。
少しだけ焦りながら手袋を脱ぎ、ようやく引き金に指をかける頃には闘士級はもう目の前に居た。
硫黄臭交じりの、独特の金属臭が鼻を刺す。
この臭いのもとの、彼らの体液は一体どういう味がするのだろう、と益体もない事を考えた。食ったら美味いのか、と。
そんなどうでもいいことを考えながら引き金を引いた瞬間、破れた鼓膜でも捉えられるほどの爆音が鳴り響き、闘士級の頭が吹き飛んだ。
『援護する・・・・・・って、遅いか。まあいい』
「助かった、感謝する。救援を頼んだ火浦曹長だ」
振り返ると、先ほど応援を要請した機械化歩兵がすぐ後ろに立っていた。
重機関銃を二門構え、腰に跳躍ユニットさえ着いたごつい姿はさながら小型の鉄人のようだ。
顔は見えないが、かなりいかつい低い声がインカムから聞こえる。
「アーチャー曹長はそこのヘリの後部座席だ。頼む」
『もう処置を始めている・・・・・・っと、曹長さんか。アイランド小隊隊長、戸川十郎軍曹であります』
「いや、緊急時だ。敬語とか、自己紹介はいい。とりあえず認識票だけ確認しておいてくれ」
『了解した』
ヘリの方へと目を向けると、既に扉を破ったヘリから運び出されたアーチャーが機械化歩兵に抱えられていた。
左腕を切断するようなことにはなっていないようだが、どうやら薬物で意識を失っているようだった。
もっとも、早いところ基地できちんとした手当てをせねば、後遺症が残るかもしれない。
『顔、結構派手にやったみたいだな・・・・・・あんたも乗れよ。傷の手当てをしてもらうんだな』
「ありがたい」
言いながら、アイランド小隊の後からついてきた救命車両に乗り込む。
ヘルメットを外すと、はがれ掛けた顔の皮と共に耳がぼろりと零れ落ちて、皮膚の切れ目でぶら下がった。
出血が尋常ではないと思ったが、こういうことだったか、と妙に冷静な思考を保っていた火浦だったが、無意識のうちに一言こぼした。
「耳が」
別に何か意味や意思がこめられた言葉ではなかったが、どうにも視界の隅でぶらぶらしている顔の皮と耳を見ていると、妙な気分になってくる。
触ってみるが、もうすでに神経が通っていないのか、痛みとか感触とかそういうのはなかった。
そんな火浦の様子をみた衛生兵は傷口に軽くゲル状の薬液を塗ると、とガーゼ、テープを手に、千切れた耳を傷口に当てるようにして押さえ付けた。
「うっ・・・・・・」
「我慢してください。まだくっつきますので」
酷い痛みだが、一応痛み止めの薬も飲まされたので、我慢できないほどではなかったが、どうにも気持ちが悪い。
痛み止めに含まれた睡眠薬の影響で眠くなってきた火浦はそのまま壁にもたれかかって寝息を立て始めた。
今にでも彼らの、人類の〝天敵〟が現れて彼らは殺されても不思議ではない。〝敵〟はそんな連中だ。
しかし、たった数十分のものに過ぎずとも、五時間以上の間戦闘と補給を繰り返していた彼には、沈み込むような、泥のような眠りだった。
五十分ほどの仮眠を取った火浦は最寄の司令部に帰還してすぐに、搬送されるアーチャーとともに仮設テントにいる軍医を尋ねた。
アーチャーは右半身に単純骨折を六ヶ所もやっているらしく、復帰には一ヶ月以上かかるそうだ。
それに比して火浦は、顔の傷とはいえ、命に直接かかわるではないらしい。感染症予防のものと耳と皮膚をくっつける薬だけ渡して火浦を追い出した。
べったりとしたゲル情の、というよりももっと粘度の高いピンク色のものを傷口に沿って塗布する。
祖母が使っていた入れ歯安定剤のようだ、と火浦は思いながら耳と皮膚をしっかり固定する。
大陸支援に来てからここ一年、大きな負傷もなかったからあまり野戦病院には縁が無かったが、自分以上の重傷者が大勢いることをようやく思い出した。
アーチャーどころではない、五体不満足にされてしまったものたちもグロス単位でいる。
少々気が緩んでいたようだ。唇をかみ締めて眠気を吹き飛ばすと装備を整え、直接の上官に指示を受けようと司令部へ向かった。
「駄目だ!後退せざるを得ない!」
「輸送ヘリは・・・・・・」
「物資は置いていく。それしかないだろう」
どうやら取り込み中のようだった。先ほどから通信が帰ってこないことを不審に思っていたが、余程やばい状況のようだ。
話の内容を聞く限り、物量に圧されて長く持ちそうにないらしい。いますぐ尻尾を巻いて逃げるべきだ、とのことだ。
ここの日本帝国支援部隊第二大隊司令部に死に体で帰ってきた衛士が正確な戦域データを持ってきた結果、地中から旅団規模の増援が現れたらしい。
あと三十分もしないうちに突撃級、人類の〝天敵〟の中でも最も足が速いヤツが到達するらしい。
火浦は再び出撃できないかと、少しでも敵の進撃を遅らせる為に予備機期待してハンガーへと駆け足で向かう。
すると、途中で忙しそうな様子の整備兵を見つける。
「アパッチ、予備機はあるか?」
「ねえよ!あんたがぶっこわしたので最後だ!他のは一機も戻ってきてねえ!・・・・・・撃震だけあっても、衛士が全滅だ・・・・・・」
七機居た航空支援部隊は全滅したらしい。しかも、生存者は火浦とアーチャーだけらしい。
同じ釜の飯を食った連中がもういないことを思い、一秒だけ火浦は目をつぶって黙祷をささげた。
しかし、今危機的の状況下に陥っているのは自分たちだけではない。中韓連合軍とともに陸地で戦っているはずの鉄人や戦車も同様だ。
彼らの多くはつい先日補充された新兵、ひよっこどもだった。
「ひよっこどもは」
「・・・・・・通信が取れない。CPがやられてるかもしれん」
整備兵は俯きながら首を横に振った。
要するに、救援どころか支援も満足に期待できないということだ。
敵はほぼ素通り。先ほど聞いたように甘く見積もって三十分で到達する。そうなれば虐殺の開始だ。
「・・・・・・」
火浦は口をへの字に結ぶと、毅然とした歩調である場所へと向かっていった。
「こいつは予備機か?」
ハンガーにて、整備兵たちが忙しく撤退準備を行っている中、火浦は顔見知りの整備兵に声をかける。
彼が見上げるは灰色の鉄人。昨日搬入された予備機であり、部隊章すら付けられていない代物。
前方投影面積は同サイズのものに比べて最大。装甲は戦車と同程度から劣る程度。最高速度や加速性能は戦闘機に及びもつかない。
人類の戦術に対しては最弱。しかし、人類の〝天敵〟に対する性能は最高を誇る、極めて異色の存在。
その人間が生身で行う戦術を、機械のより優れた挙動で、より高い馬力で行おうという狂気の産物。
F-4、日本帝国において〝撃震〟と呼称される戦術歩行戦闘機、略称、戦術機である。
人類の持てる技術の粋を尽くして製造された、最強の兵器である。
「あ?ああ。そうだよ・・・・・・って、強化装備なんて着てなにしてんだ」
強化装備、火浦が今身に着けている、身体にピッタリとフィットした対Gスーツのことだ。衛士強化装備。それが正式名称である。
火浦が見上げる戦術機に騎乗して〝天敵〟と戦う、人類の兵器の〝担い手〟を呼ぶ者は、彼らを衛士と呼ぶ。
人類の守り手。最高の兵器を扱う、最強の殺し屋。他の兵科の数倍以上の教育費を用いて育成される。
訓練兵ひとりひとりの適正を調べ、ふるいをかけられた中から選ばれた、英才教育の申し子。
火浦もかつてはその一人だった。
しかし、搬入される実機の数の問題から、戦術機以上の適正を持っていたヘリのパイロットとして転科したのだ。
かつては選ばれた者の中からさらにふるいにかけられたエリートしか乗れなかった兵器が、今では余剰している。
このような皮肉な状況は実戦経験を持つ前線指揮官の少なさ故の、日本帝国のひよっこ衛士の死亡率の高さ故だった。
もともと搬入される予定の機体数よりも多い数の衛士が居たというのに、余っている。これがどういうことか、その理由を火浦は一年間前線で見続けてきた。
ゆえに、火浦は告げる。
「おれが乗る。出させろ」
これは、不良たちの物語である。