チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[28193] 混沌のおとしもの(そらのおとしもの カオスを幸せにしてェ)
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/05 02:29
ギシッ、キシッ、ギシ、キシッ、ギシッ、キシッ、キシッ、ギシッ。

歩く度に修復中の箇所が軋みを上げる、脳内にノイズが走る、全ての箇所が悲鳴をあげている。

両手に"愛のあかし"を大切に抱えて、行く当てもなくさ迷う、行く当て……おうちは何処だろう、あそこはおうちでは無かったのかな?

(わからない……いたい、おなかすいた、ごはん、いたい、おうちは何処にあるんだろう?――私におうちは無いのかな?)

「でも、おにいちゃんはおうちに帰りなさいって言ってた……明日遊んでくれるって」

ギシッ、キシッ、ギシ、キシッ、ギシッ、キシッ、キシッ、ギシッ。

軋む音は一向に止まない、いつになったら修復するのだろうか、確認する気も起こらず、目的地もわからないまま夕暮れの道を歩く。

胸の奥がズキズキと疼く『カオス――お前は、廃棄処分だ、もうこの世の何処にも、お前の帰る場所などあるものか』

疼くのは胸の奥の奥、軋むのは体のあらゆる場所、活動時間の少ない自分だが、このような異常な状態は起動して初めてだ。

「あう」

足が絡んで道路に転ぶ、真正面から地面に突入してしまった……しかし痛いのは胸の内で、ズキズキと今も疼いている。

『また明日遊んでやるからな!』『お前は廃棄処分だ』

『今日はもう遅いからな、お家に帰りな』『もうこの世の何処にも、お前の帰る場所などあるものか』

『よし!お前に愛を見せてやる!』『――――――――撃て』

思考が混濁としている、膨大な情報に処理が追いつかない、冷徹な眼をした長髪の青年と、優しい瞳をした少年の姿が交互に浮かんでは消えてゆく。

つい先程の事なのに、懐かしくすら感じてしまう。

「おうち…………わたしのおうち」

おうちは何処?このまま壊れて朽ちて、おうちもわからずに消えてしまうのだろうか?

愛はわかったのに、今度はおうちがわからない、世の中にはわからない事が沢山ある、そして困る、困ってしまう。

「――――わたしのおうち、無いの?」

酷く澱んだ感情が停滞した意識を後押しする、胸の奥の痛みは激しさを増して、ズキズキと悲鳴を上げながら出口を探している。

その度に"おにいちゃん"の優しい表情、撫でられた感覚、手を繋いで走った瞬間が思い出されて、さらに痛みは大きく広くなる。

「…………あ」

おうちが無いと、おにいちゃんにも会えない、だっておうちに帰って、明日また遊ぶと約束したから、それを自覚すると視界が霞んで来る。

センサーに異常は無い、なのに、瞳の奥の方からポロポロと見知らぬ何かが零れてくる、そんな機能は知らない、知りたくも無い?

「……ぁあ、あ、う、ああああああああああああああああああああああああああ」

――――あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん。

「ちみっ子?」

声がする。






家に帰った後、外から聞こえた"石焼きイモ"の声に導かれて全力疾走、無事に購入してポテポテと軽快な足取りで家路を急ぐ。

今日は色々とあった、吹っ飛んで公園の地面に突き刺さり、まあ、これはいつもの事か……で、変なちみっ子に出会った。

前にも会ったような気がする、登場シーンでいきなり猫を潰そうとしていたのは驚いた、猫は恨み深い、あのちみっ子が懐かれる事はもうないだろう。

夕暮れ時の橙色の世界はなんとも物悲しい、そう言えば、どうしてあんなにあのちみっ子が気になったんだろうか?

「…………ああ、そっか」

脳裏に過るのは初めて会った頃のイカロスの姿、浮世離れをした振る舞いと不器用な性格、そして何処かほっとけないような不思議な空気。

明日も遊ぼうと約束してしまった―――決してロリコンではないぞ、ロリコンはいかんぞ智樹、でも遊ぶ道具を沢山持っててやろう!

――――あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん。

「ん?」

――――あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん。

「子供の泣いてる声?」

声がする、辺りを見渡しても人影は無い、ぽりぽりと頭を掻きながら気のせいかなと思いつつ耳をすませてみる。

やはり声がする、しかも何処かで聞いた事のあるような声だ、まさか知り合いか?と思いつつも、自分の知り合いにこんな風に泣く人間はいない。

もしかして迷子か何かだろうか、焼き芋をモグモグと食べながら声のする方向に足を進める、既に橙色の空は黒く染まりつつある。

「…………っ」

中々、声の主が見つからない、次第に焦りの様なものが胸に芽生える、自分でもどうしてこんなに真剣になっているのかわからない。

だけど声の主を見つけない事には家に帰るわけにもいかない、街灯の光を頼りに眼を皿にして探す―――暫しの後、畑の小脇でうごうごと蠢く物体を発見する、黒い。

ゴキブリ?と失礼な言葉が一瞬浮かぶ、それから泣き声がする、時折鼻水を啜るかのような『ずずっ、ぐすん』と、急いで駆け寄る。

ボロボロの黒い布、フードに隠れて顔は見えない、それ以前に顔面から地面に突っ込んでいるから確認のしようがないが……直感でわかる、何より裸足、小さな足がすぐに連想させる。

「ちみっ子?」

確信と共に問いかける、その言葉を発した瞬間にボロボロのそれが大きくびくんと震える、ローブのあちこちは破れていて、所々焦げている。

フードで自分の顔を隠すようにしている手がふるふると小刻みに震える、膝を折って視線を合わせる、涙で濡れた紫色の瞳が呆然とこちらを見上げている。

「ど、どうしたんだよ?こんなにボロボロで、野良犬にでも襲われたか?け、怪我してんのか?」

「…………おにいちゃん?」

「とりあえず、俺ん家に来い!イカロスに手当てしてもらおう!ほら、立てるか?おんぶしてやっから」

「………おうち、わたしのおうち、私のおうち、無いの、無かったの、何処にも、この世界の何処にも、ますたーが言ってたの」

「マスターって、お前、もしかして」

ギシッ、キシッ、ギシ、キシッ、ギシッ、キシッ、キシッ、ギシッ、油が足りない機械が動作不良を起こすような音が全てを証明している。

思えば最初からおかしな少女だった、まるで常識を知らないと言うか、そんな彼女に最後に言ったのは『お家に帰りな』って一言。

それはあの非道のマスターの下へと帰れと言う事で、自分が気軽に発した言葉の重要性に気付いて体が震え、汗が吹き出る。

自然と体が動いた、頬に流れる熱いソレを無視して強く強く抱きしめる、人間の子供と変わらない、柔らかなその体を強く抱きしめる。

「……おにいちゃん、おうち」

「バカだっ!俺は……ごめん、ごめんなァァ、もっと早く気付いてやればよかったっ、わかっていたのにッ!お前のような奴の事は誰よりッ」

「あ」

「……俺の家に来い、俺がお前の"おうち"になってやるからっ、いつでも遊んでやるから………帰る場所が無いなんて、そんな悲しい事言わせないからっ」

「おにいちゃんが、カオス(私)のおうちなの?」

「ああ!今更、未確認生物が何人増えようが変わらないしなっ!だから、俺の家に来い、なっ?」

「ほんとうに?」

「ああ!」

「私のおうち、おにいちゃんの、あ、ぁ、ぁ、っああああああああああああああああ」

「ごめん、ごめんなァ」

――――インプリンティング(刷り込み)を開始します。

「へ?」





自分で歩くっ!と強い口調で言われたので手を繋いで星空の下を歩く、何がどうなってこうなってしまったのかはわからない。

じゃらりと重々しい音をたてる鎖が自分の右手からちみっ子――カオスに繋がっている、取り返しのつかない事になってしまった。

(いかんっ!いかんぞっ!……こんな事がイカロスにバレたら……って、俺もなんでイカロスに遠慮してんだ?)

そはらでも無く、ニンフでも無く、アストレア……はバカだから大丈夫か、取り合えず、どうしてかイカロスの悲しそうな顔が浮かんでしまう。

「ますたー?」

「んぁ!?な、なんだよ、いきなり」

「ますたーの事、おにいちゃんって……呼んでいい、ですか?」

「いや、無理に丁寧に喋らなくてもいいし、好きに呼べばいいけどなー、ゴキブリ桜井とかは勘弁な」

「あ」

「んー」

「え、えへへへ、でもますたーでいい」

「変な奴だなー、いや待てよ、っても他の三人に比べたらマシかも知れん」

嬉しそうに笑うカオス(名前を教えて貰った)の顔を見ていたらどうでもよくなって来た、イカロスのように危うい所もあるようだから、無理にインプリンティングを解かない方がいいだろう。

大事そうに抱えた上履きを見ながら、胸がポカポカとあたたかくなる、大事にしてやりたいとか、柄にでも無い事を思って気恥ずかしくなる、そしてイカロスの顔が浮かぶ。

「ぬがーーーーっ!なんでだーー!別に悪い事をしたわけでも無いのにっ!」

「?」

「ええい、ロリッ娘枠のニンフが浮かぶならまだしもっ!意味がわからんっ!ああ、あいつは身長が無くて胸がぺったんこなだけか?あはははははははは」

「ますたー、嬉しそう」(ニコニコ

「くっ」

「?」

「……癒されるぅーー、くっ、俺の周りの女子はどいつもこいつも真っ黒に汚れちまってるからな、その純真無垢な視線が……いいぜっ!」

「ますたー」

「くそ、甘やかしてしまいそうな俺がいる……この、このっ、このっ、愛い奴じゃ、愛い奴じゃ」

頭をグリグリと撫でてやる。

「ますたー、愛を、ありがとう」

これからが大変そうだ。



あとがき=どうも黒いメロンです、新刊の展開が話を盛り上げる為に必要だとわかっている……わかっているんだ!だけど我慢できねェ!で書いてしまいました。
普段は絶対2次は書かないのですが、今回はカッとなって一気に書いてしまいました、後悔も反省もしています、はい、こんな作品でも楽しんで貰えたら幸いです。
続きももしかしたらカっとなって書くかもしれません。




[28193] 01―ニンフとカオスの距離
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/06 05:52
私は電子戦用エンジェロイド・タイプβ・Nymph(ニンフ)

………マスターはいない、マスターになってくれると約束してくれた人はいる。

本当なら私がトモキの二番目のエンジェロイドになっているはずなのに、その予想は大きく外れてしまった。

「?」

ちゃぶ台の上のミカンをつんつんと突きながら首を傾げる少女、修道服のような特徴的な服装に短い手足、幼げな容貌、大きな紫色の瞳が印象的だ。

トモキは今は外出中、付いてくるな!と言われたのでその少女、第二世代エンジェロイド・タイプε・Chaos(カオス)は大人しく主の帰りを待っている。

トモキがボロボロのカオスを家に連れて帰ってから色々とあった、だけどトモキの必死の説得に結局は皆が納得、カオスは晴れてトモキのエンジェロイドとして認められた。

私としては色々と複雑な感情があったし、自分より先にトモキのエンジェロイドになったのがまさかカオスだとは!認めたく無いし、納得も出来ていない。

だけど、以前とは違って邪気を感じないカオスの行動に戸惑っているのも確かだ、トモキはトモキでカオスを普通の子供と同じように扱っている……私たちと同じように。

「……ますたー」

捨てられた子犬のような声、トモキが家に連れて帰ってからカオスはトモキにべったりだ、少しの間でも離れると所在無さげに空を見つめている。

その態度がますます私の心をかき乱すのだけど、でも、それを口にしたら駄目な気がする……トモキの優しさは分け隔てなく、誰にでもその手を差し伸べる、わかっている。

それがたまたまカオスに差し伸べられて、たまたまインプリンティングをして、たまたま同じ屋根の下で暮らすようになっただけ、なっただけだ。

パキッ。

テレビを見ながら煎餅を噛み砕く、醤油の風味が香ばしく、割とお気に入りだ―――その音にカオスがミカンを突くのを止めてこちらを見る。

大きく無垢な瞳、だけど、その瞳が醜悪に染まって自分を追い込んだ記憶を忘れはしない、あの時の痛みは永遠に消えやしない……大切な人の姿で罵られた最低の記憶。

それを成したのは目の前の少女なのに、不思議と怒りが込み上げて来ない、代わりに脳裏に過るのはトモキの服の裾をいつも握っているカオスの姿、自然、変な気持ちになる。

「な、なによ」

「ますたー」

「トモキならすぐに帰って来るわよ、どうせ、いつものように下らないものを買ってるんでしょう」

「ニンフおねぇさまは、ますたーを愛してるの?」

「なっ!?」

「?」

ちゃぶ台を挟んでの向かい側から、とてつもなく重々しい質問が発せられる、思えばカオスとまともに話すのは実はこれが初めてだ。

避けていたわけではないけれど……トモキにべったりなカオスに話す事なんて無いし、同じ屋根の下で暮らしていてもそれぞれの領域はあるものだ。

(な、なのにいきなりこの質問?………って、なんて眼でこっちを見てるのよ!)

ちょこんと行儀良く畳の上で正座をしながら、無垢な視線を浴びせてくる……その姿は何処かアルファーを彷彿とさせる、トモキにべったりな所もそっくりだ。

意外な事にアルファーはカオスを可愛がっているようだ、二人でスイカに水を上げたり、一緒に買い物に行ったりしているようだ、本当に意外。

そして今の状況の打開策は不明である。

「?」

先程から何度も小首を傾げる仕種をしている、基本的にカオスはトモキ以外に対してはこのような感じだ、トモキの近くにいる時は見た目相応の笑顔を見せるのに。

そこがアルファーとの最大の違いのように思える、前に会った時は能面のような印象だったのに、今は僅かながらに喜怒哀楽を表情で表現している。

カオスの戦闘能力・感情制御・電算能力の割合がどの程度なのかはわからないが、少なくともアルファーよりは感情制御の割合は多いように思える……実際はわからないけど……第二世代にはその制限がない可能性もある。

「あ、あのね、カオス、えーと」

「!」

とたたたたた、こちらが言葉を選んでいる内にカオスが恐ろしい速度で立ち上がり廊下の方へと駆けて行く、開きかけた口をバカのようにパクパクさせて、私は唖然としてしまう。

何事かと廊下に顔だけ出して見る、靴を脱いでいるトモキとその様子をじっと無言で見ているカオス、不思議、あるはずのない尻尾が見える……カオスのお尻に。

小さな尻尾をパタパタさせて主の言葉を待つ子犬のようだ、私や他の人物がそれをしたならトモキも嫌がるだろうけど、カオスに対しては甘い……何してたんだ?と
聞きながら頭を撫でている。

「……ニンフおねぇさまとお話してた」

「ふーん、おっぱいが無い者同士、気が合うのかもな」

「おむね?」

両手で胸をぺたぺたと押さえるカオスを見てため息を吐きだすトモキ、ぴきっと一瞬頭に血が昇ったけれど、ここで怒ったら認める事になってしまう。

なんとか怒りを抑えようと深呼吸。

「なにしてんだ?おまえ」

「きゃっ!?ちょ、ちょっと、いきなり目の前に立たないでよね!」

いつの間にか目の前に立っていたトモキに驚いてしまう、本人は不思議そうな顔をして……右手には本屋の袋、中身がどんな本なのか簡単に予測出来てしまうのが悲しい。

(……あ)

つい視線を下げてしまう、そこにはしっかりと繋がれたトモキとカオスの手、そこに視線が釘付けになってしまう。

本当なら、本当ならトモキは私のマスターになってくれていて、もしかしたら今その手を繋いでいるのが私だったかもしれないのに―――――嫌なものが胸の内でざわめく。

「な、なんだよ、一体」

「別に、何でも無いわよ!」

そう言って去ろうとする、どうしてか、その光景を見ているだけで機能停止に陥ってしまいそうで、汚いものに感情が支配されそうで。

「あっ、そーいやー、カオスの相手をしてくれてたんだってな、ありがとな」

「……っ」

こちらが逃げるより先にトモキが頭に手を伸ばして来る、ぽんぽんと、軽く叩くように撫でてくれる、それだけで"汚いもの"が全て何処かに消えてしまう。

感情の処理が追いつかない、撫でられる感覚にだけ意識が集中して、ああ、これが『愛』なのだとしたら、なんて不確かで危ういものなのだろう。

「やっぱり、"姉ちゃん"だな、っと、こんな事をしている場合では無いっ!―――――ウヒョ」

優しい表情が途端に崩壊して卑しい表情に、毎度の事ながらその代わり映えの早さに感心するけど……そんな事も気にならないくらい頭に撫でられた感触が残っている。

「後で遊んでやるからな!付いてくるなよ!……女子供には辿りつけない真実の桃源郷が俺を待っているんだ、ウヒョヒョヒョヒョ、晩飯出来たら呼べよー」

軽い足取りで階段を上がって行くトモキ、何故かその後ろを追うように下を向いたそはらが上って行く、背中に漆黒のオーラを纏っているのはいつものパターン。

そして廊下にはぽつーんと残されたカオスの姿、トモキの命令は絶対だ、エンジェロイドである限り、それは喜びであり、奉仕をする事は当たり前…………なのに。

何処か寂しそうに見えるのは何故だろう?

「……カオス」

「?……なぁに?」

「お菓子、食べる?」

トモキにマスターになって欲しい、自分より先にインプリンティング(刷り込み)をしたカオスが気に食わない、それでも、それでも。

「うん!」

笑ったカオスの姿を見て、"姉"として少しは余裕ぶって見ようと思ったのだ、本当に―――本当に、姉は大変だ。



[28193] 02―イカロスとカオスの鳥籠
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/07 18:47
私は戦略エンジェロイド・タイプα・Ikaros(イカロス)……………です。

マスターが既にインプリンティングを終えたカオスを連れて帰ってから、一週間が経過しました……。

マスターは私にカオスの世話をよろしくと仰られました……、マスターに自分以外のエンジェロイドがいる……どうしてか、胸が苦しくなる……。

……おかしいです。

「んーと、イカロスおねぇさま、これでいいの?」

「うん、大丈夫…………上手」

先日まで危なっかしい手付きだったのに、テンポ良く野菜を切るカオスを見て素直に感心する………料理をして見たいと言われた時は驚いたけど。

同じマスターに奉仕する存在として上手に付き合えたらと思う、最初は警戒したけど………インプリンティングを済ませているのだからそれも意味のない話。

(……それに、マスターからの御命令……)

軽い口調で頼まれたけど、それがどのような内容の命令であるかは関係無い……エンジェロイドはマスターに奉仕する存在…………私もカオスもそれは同じ。

今日のメニューはカレーとサラダ……特に指示をしなくてもカオスは自分に出来る事を見つけて手早くこなしてゆく…………少しだけ意外。

「ますたーは、カレーが好きなの?」

「…………うん、カレーが嫌いな男子はいない!って言ってた…………」

「そうなんだ」

「そう……」

灰汁を取りながら具材を煮る…………ここまで出来てしまえば二人である必要は無い…………カオスのエプロンを外してあげようと手招きをする…………不思議そうな表情。

仕方が無いのでこちらから近づいてエプロンを外してあげる、私もだけど……人に何かをされるのは慣れない……それは奉仕する存在であるエンジェロイドが奉仕をされる矛盾。

でも……マスターはそれを嫌う、いつでも私たちエンジェロイドに手を差し伸べてくれる……優しくしてくれる……その度に動力炉が激しく疼く、時には痛みすら覚えてしまう……。

―――トクン―――トクン―――トクン―――トクン―――トクン―――トクン―――今は大丈夫、マスターの事を考えるだけで鼓動が……でも心地よい感覚……です。

(………もしかしたら、同じマスターを持つカオスも…………)

マスター(鳥籠)の中に飼われている同じ小鳥として……カオスは踏み台の上からカレーの鍋をじーっと見つめている……その踏み台もマスターが用意してくれたもの。

「……カオス」

「なぁに?」

「あなたも…………マスターの事を考えると……動力炉がおかしくなるの?」

以前は逆の立場で、カオスに『愛』について問いかけられた、それに対して私は明確な答えを導き出せなかった…………そして今もそれが何なのかわからない。

自分と同じようにマスターのエンジェロイドになって、自分と同じようにマスターに救われて、自分と同じようにマスターに奉仕する存在…………ズキッ。

ズキッ――ズキッ――ズキッ―――突然の痛み、胸が苦しくなるような感覚に戸惑う、いつまで経っても慣れない不思議な痛み、何度点検しても動力炉に異常は見つからない。

「ますたー、ますたーは愛をくれたの」

「…………あなたは愛が何なのかわかったの?…………」

「うん」

「…………そう………」

「ますたーのことを考えると、おむねがドキドキして、ぎゅーってなる?」

「…………うん」

「じゃあ、イカロスおねぇさまもカオスといっしょなんだ!」

クスクス、嬉しそうにカオスが笑う、眼を細めて、心の底から楽しそうに…………感情制御の機能の乏しい私には絶対に無理な表情…………少しだけ羨ましく思う。

カオスのエプロンを畳みながら"愛"について考える、だけど、浮かぶのはマスターの様々な表情や沢山の思い出…………マスター、私の鳥籠、私とカオスの鳥籠――ズキッ。

(………………カオスが来てから、動力炉に痛みを感じる回数が多くなった……ような気がする)

だけど、それと同時にカオスがマスターにくっ付いているのを見て、柔らかなものが胸に芽生える―――愛を理解したいと叫んでいたカオスの表情が自分と重なる。

「うん…………多分、あなたと私は同じ」

同じマスターに奉仕するエンジェロイド…………あの人の喜ぶ顔を思うと何だって出来る、どんな事でもしてあげたいと望んでしまう………エンジェロイドとして?

それとは別のようなものに思えるし、同じようなものにも思える、恐ろしく不確かで、何度点検しても理解が出来ないもの………カオスはこれが愛だと言った……。

私はカオスのように確信は持てない……………きっとそれはカオスが見つけた答えで…………私の答えでは無いのだ…………どうしてだろう……そんな風に思える。

『自分の自由にしろ、なっ?』

マスターの言葉が思い出される、自由がなんなのか私にはわからないけど…………この答えを自分で見つける事が自由なのだと、少しだけそう思ってしまう、自由なんていらないのに。

くつくつと煮え立つ鍋の表面の灰汁を取りながらエンジェロイドには不相応な考えを働かせてしまう………カオスがずっと見つめているので、お玉を渡して見る。

「?」

「……こう」

カオスの手を包むように持って、一緒に灰汁を取る…………小さな手…………エンジェロイドの手、容易く生き物を殺せる手………マスターと良く繋いでいる、小さな手。

何度か一緒に灰汁を取る、要領を得たのか、じーっと鍋を見つめながら丁寧に灰汁を取り始める……………大きな紫色の瞳、私と同じ人工の瞳――――奉仕する者。

「ますたーはカレーが好き、イカロスおねぇさまは?」

「え…………」

「イカロスおねぇさまはなにが好き?」

くつくつくつ、まさかそんな質問が来るとは思わなかった、なので一瞬思考が停止してしまう…………やっぱりこの子は私たち第一世代と何かが違う…………。

………エンジェロイドでありながらマスター達に近いように思える……………だから、"愛"についても答えを出せたのだろうか?…………考える。

(好きなもの…………スイカ?)

改めて好きなものを問いかけられると悩んでしまう…………本来ならエンジェロイドに個人の趣向など許されないのだから、マスターが特別なのだ。

「…………あの」

「イカロスおねぇさまはますたーが好きなの?」

「ッ!?」

すき―――――すき―――――すき―――――マスターが好き?………背中の翼が広がりそうになる感覚、胸の奥が疼く………どうしてだろう、言葉が出て来ない。

マスターはマスターで、マスターはマスター(鳥籠)で…………私の全てを使って奉仕する存在、マスターの御命令を叶えるのが私の存在意義――なのに、好きかどうかなんて

……『私は………大好きなマスターを守るッ!!』……いつかの自分の言葉。

「私はますたーが好き」

「わ、私は…………」

「イカロスおねぇさま?そこは私と同じじゃないの?」

ドキドキと脈打つ胸、無垢な質問に答えは返せない…………そんな風に、何気なく問いかけるカオスの事が信じられず、ぷしゅーっと耳から煙が排出される。

――動力炉に異常は無いのに。

「…………………」

「ますたーだ!」

階段をトントンと下る音、その音にいち早く反応してお玉を私に渡してカオスが去ってゆく…………鍋を見るとしっかりと灰汁の取られた琥珀色のスープ……。

『ギャーーー!!トイレに入って来るなーーー!!!そこに直れ!!!イカロスと同じかお前はッ!』

『うん、ますたー』

『変な所だけイカロスと同じで、ったく、いいか?そもそもトイレってのは―――』

何処かで聞いたような会話、同じ?…………私とカオスが同じ………マスターの為に存在しているエンジェロイド、愛を知ろうとするエンジェロイド。

「…………同じ、かも」

答えはまだ、わからない。



[28193] 03―えろほんはきちんとべっどのしたに・カオスへん。
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/09 12:02
自室、周囲を警戒しながら何度も見回す、外ではスズメがちゅんちゅんと元気な声で鳴いている、いつもと変わらない休日の朝。

イカロスとニンフは外に買い物、アストレアは下のコタツでミカンを食べながら横になっている、そはらは家の用事で早朝から外出中なのは確認済み。

――時は来たッ!まさに絶好の機会、これ以上の機会などは無く、ここで行動に移さねば男が廃る、否ッ!桜井が…………桜井智樹が廃るッ!

思えばそれは昔からそはらによって阻止されて、未確認生物が来てからは律儀にも各々に順々に阻止されてしまった、その度に悲しい思いをした。

だけど、今日でその過去ともお別れであるッ、念の為と、もう一度部屋の中を注意深く見渡し、ついでとばかりに廊下にも顔を出し人がいない事を確認する。

(念には念を入れて、右ヨシっ!左ヨシっ!前方ヨシっ!後方ヨシっ!…………ウヒョ、いかんいかん、声を出すのは過去の経験からアウトだ)

誰もいない事を確認して大きく深呼吸、窓の向こうにいるスズメと眼が合うがキッと強く睨みつけるとペッと唾を吐き捨てて空へと消えて行く、最近のスズメは器用だ。

これで唯一の邪魔者もいなくなった、それではと焦る心を抑えながら畳の下に隠したそれをゆっくりと取り出す、茶色の包装紙に包まれた愛しいソレ、唯一の生き残り。

言うなればこいつは数々の戦いを潜り抜けた歴戦のつわもの、戦士の中の戦士、自然と背筋をピーンっと伸ばし、居住まいを正す……ビシッと愛すべき上官に敬礼をする。

「…………」

いつものように声を出す事はしない、全てが練りに練られた計画なのだ、僅かな油断が命取りになる事は過去の経験から学習している、人は進化するからこそ人なのだから。

震える右手を左手で押さえながら布団の上に置いたそいつにゆっくりと手を伸ばす、布団の上に置いたのは、初夜を意識しての事……初めてが畳の上だなんて無粋だろう?

ああ、長い道のりだった、しかし時間は限られている、ビリっ、包装紙の破ける音、それを少しずつ少しずつ脱がしてゆく、一気に破いてしまっては興奮が冷めてしまう、恥じらいこそが正義っ!

「…………オゥ♪」

『――エロ桃源郷――エロ過ぎて逆にエグい、君はこの刺激に耐えられるか?知っている?穴と棒の活用法』

タイトルからして聖書だとしか思えない神々しいオーラ、表紙はぷるんぷるんのけしからん胸を全面に押し出した20代の女性が微笑を浮かべながら牛タンを食べている。

舌とタン、舌と舌、まさかその角度から攻めてくるとは思わなかった、自然と瞳を閉じて瞑想する、空に雲が流れる事、夕焼けが綺麗な事、命が生まれる理由、今なら全てが理解出来るような気がする――――感謝。

なにか巨大な意志に導かれるような感覚、男が泣くのは見っとも無いが…………漢が泣くのには理由がある、そして俺は泣いている、まだ表紙を見ただけなのに!

こんな事では駄目だっ!!強い男になるんじゃなかったのか!表紙でこれ程のダメージなら、本体を見ればどれ程の威力なのだろうか?しかしここで逃げるわけにはいかない!

布団の上で寝かせた初夜を待つ"エロ本"を前に、何もしないだなんてそんな事はあり得ない!――――俺は絶対にこの戦いに勝って見せる、勝って平和を取り戻して見せる!俺のあそこの平和をな!――それでは、実食、一品目、いただきます。

「ますたー、なにしてるの?」



♯EX0『えろほんはきちんとべっどのしたに――カオスへん。』



――桜井智樹、一生の不覚、このパターンは考えていなかった、何故ならカオスはイカロスたちと一緒に外に買い物に行っていると勝手に思い込んでいたのだ。

イカロスへのカオスの懐きようは見ていて微笑ましいものがある、俺が近くにいない時はいつもイカロスの後ろをちょこまかと付いて回っている、なんとなく和む光景だ。

だから今日もそのパターンでイカロスの買い物に付いて行ったのだとばかし、しかもカオスの場合……その見た目の幼さも相まって近くにいるだけで何となく煩悩が委縮してしまう。

はぁー、自然とため息が…………ここ最近は学校の補習やら何やらで遊んでやれて無いように思える、怒る気も追い出す気も無く、エロ本を破いた包装紙に戻そうとする。

「ますたー、おんなの人が、はだかだったよ?」

はい、見られてましたね、流石に思考が一瞬停止する、こんなちみっ子に見せて良いものでは無くて、説明するのもあり得ない、しかしカオスは頬に人差し指を当てて『んーと』と何やら考えている。

同じ状況でイカロスは全てのエロ本を抹消して、ニンフは俺と一緒に年寄りになって軽くあの世に行きかけて、アストレアはエロ本になった……最後の一つだけおかしくね?

しかしろくでもない状況に追い込まれたのは全て同じ、そしてカオスはそいつらと同じ未確認生物(エンジェロイド)なので、俺が不幸な目にあう確率は高い。

「い、いや、これはだな」

「?…………くちびると、くちびる、くっ付けてた」

「あ、ああ、キスのことか」

「きす?」

「そうか、キスを知らないのか―――ふぅ、危ないページは見られなかったか」

「それ、あぶないの?………"ますたーの敵"?」

ゾクリとこちらの背筋の凍るような鋭利な笑みを浮かべるカオス、イカロスとは表現の仕方は別だけど、根底にあるのは同じもののように思える。

こいつもやっぱりエンジェロイドなんだなと、そう思ってしまう自分が嫌になる、こいつらは悪くない、こいつらを作った奴がこいつらをこんな風にしたんだ。

「敵じゃないから、そんな顔すんなっ」

軽く頭を小突く。

「え」

「ったく、やっぱりお前はイカロスにそっくりだなー、危ないつーか天然つーかな、いいか!何でもかんでも攻撃すりゃいいってもんじゃないからな!」

「……ますたー、きすは?」

「き、キスは、そのー、あれだ……何でもかんでもしていいもんじゃない……はず」

無垢な質問に答えてやる、なにしろ自分で撒いた種だ、情緒教育としてここはしっかりと教えてやった方がいいのかもしれない、他の奴らみたいに手遅れになる前に!

イカロス=天然。ニンフ=ツンツン。アストレア=バカ。のとんでもない布陣だからな、せめてこいつはと良く分からない親心が芽生えてしまう、これが父性ってやつなのか!?

「じゃあ、いつするの?」

「それはだな、えーと、ちょっと待てよ…………………そうだっ!好きな者同士が好きな時にするんだっ!」

我ながら完璧な答え、カオスは俺の言葉にぽかーんと口を開けて黙っている、布団の上で女の子座りをしている姿は人形のような印象……でもこいつは生きているしな。

俺の言葉が理解出来ないのか、カオスは何度も『んー』と小さな声で唸っている、すぐさまに言葉を理解して吸収するカオスにしては珍しい、少し難しかったか?

「ますたー」

「おう、なん………」

あまりに時間がかかっているので、取り合えずエロ本を何処かにまた隠そうと部屋の中を見回していたら、囁くような声で呼ばれる―――――俺は何も思わずに、呼ばれた方に振り向く。

そして眼前に広がるカオスの幼い顔、きめ細やかでシミ一つ無い肌、紫色の何かを憂うような特徴的な瞳、長い睫毛、小さな鼻に小さな口、唇の色彩は薄く……そこに釘付けになる。

―――チュッ、漫画で使われる擬音そのままのような音、俺は何が起こったのか理解出来ずに体を硬直させる、ミルクのような甘い香り、両頬に小さくてあたたかなものが触れている。

それはカオスの両手で、さらに言えば唇にはそれよりもあたたかいものが触れていて、頭にカーッと一気に血が昇る……そして、閉じた俺の唇の隙間を潜るように小さなものが侵入してくる。

(ち、ちょっと待て!)

イカロスの悲しそうな表情が過る、それだけで頭がさらに混乱してしまい、今の状況がさらにそれを後押しして波乱を巻き起こす、レロッと口内に侵入した小さくてあたたかくて粘着的なソレ、頬に固定されていた手は首にまわされていて、がっしりと固定されてしまった…………少なくとも、人間の力では振りほどけそうに無い。

やめてくれ、そう伝えたいのだが口内を絶え間なく、興味津津と言った具合に動きまわる小さな舌が邪魔をして言葉を吐きだせない、喋ろうとすればそれと絡み合ってしまう。

―――ちゅぽん、また漫画で使われるような効果音、そして現実的な唾液の橋がカーテンの隙間から差し込む太陽の光を受けてキラキラと透明に輝く、カオスはそれを袖でぐしぐしと拭う。

「これが"キス"」

「お、お、おおおおおおおおおおおおおお、おまえっ!」

「そうだよね、ますたー?」

クスクスと、自分がした事がこの世界ではどのような意味を持つか知らないままにカオスは笑う、その姿に怒る気力も失せて、ぺたんと布団に座り込んでしまう。

こんなちみっ子に"でぃーぷ"な方をされたのもショックだけど、少し気持ちいいと思ってしまった自分にさらにショック…………みんなの桜井智樹は汚されてしまった、ロリに。

「ますたー、すき」

そんな笑顔で言うなよ、くそっ―――取り合えず、この事はみんなに内緒だぞ!と強めの口調で言うと『うん』といつもの無表情で頷く、何だか妻のいない内に浮気をしている夫のような気持ちだ。

『マスター』

イカロスの顔が何度も浮かぶ、汗がダラダラと全身から流れるのはどうしてだろう?

「ますたー、キスも愛なの?」

俺は何も答えず、カオスの頭をもう一度軽く小突くのだった。

「?」



[28193] 04―カオス・嫉妬の芽生え
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/09 06:17
第二世代エンジェロイド・タイプε・Chaos(カオス)

従来のエンジェロイドには不可能だった夢を見る機能、さらには自己進化プログラム・Pandora(パンドラ)を搭載している。

それが私の性能(スペック)で私の生み出された最大の理由、だけどイカロスおねぇさまに一度負けちゃったから、それはもう意味がないのかな?

ますたーはカオスって呼んでいる、ますたーが呼んでくれるのが私のなまえで……それ以外の形式番号なんて私にとって意味を持たない。

このおうちに来てからは楽しい事ばかり、みんな優しい、おねぇさま達も、ますたーの"おともだち"もみんな優しくて、でもますたーが一番すき。

トクン――トクン――トクン――トクン――トクン――トクン――、ますたーの事を考えるだけでおむねの奥がぎゅーってして嬉しい気持ちになってしまう、ふしぎ。

ますたー、ますたー、ますたー、ますたー、ますたー、ますたー、私(カオス)のますたー(鳥籠)一緒にいると嬉しくて、離れていると苦しくなる、ふしぎな気持ち。

これが『愛』……ますたーが教えてくれた、誰も教えてくれなかった私の知りたかった答え、痛いのは愛じゃなくて、ますたーを想うとトクントクンと脈打つこれが愛。

ますたーが喜んでくれるのならなんでもしてあげたい、ますたーが笑ってくれるのなら痛いのだって平気、私はますたーの為に存在している、稼働している。

「んー」

ズズッ、お茶を飲みながらますたーは『しんぶん』を読んでいる、前にキスをした時はお顔を真っ赤にしていたけど、今はふつう…………幸せそうな穏やかな表情。

私はそんなますたーの背中に抱きつくようにして様子を注意深く観察する、おべんきょう、ますたーが何をすれば喜ぶのかを学習する……イカロスおねぇさまのように。

「…………ズズッ、ん?お茶がもう」

「!」

ますたーが言葉を言い終わらない内にちゃぶ台の上にある"きゅうす"に手を伸ばそうとする、だけど私がそれをしようと思った瞬間に、私よりも長い腕がそれに伸びる。

ごはんの後のお片付けの途中なのに、いつの間にかますたーの横にいて、右手で急須を持って、左手でふたのつまみを押さえながらますたーの湯呑にお茶を注ぐ。

こぽこぽこぽ、ますたーが『ん、サンキュー』と呟くとそのまま無言で立ちあがってまたお片付けへと、私はぽかーんとそれを見ているだけ―――どうしてだろう、ますたー。

私がしてあげたかったのに、私がありがとうと言ってもらいたかったのに、イカロスおねぇさまだけ――――――――ずるい、私ももっとますたーの愛がほしい。

「ますたー、ますたー!」

「んー、朝から元気だなオマエ…………元気がないよりはいいけどさ、ンだよ」

「んーと」

「な、なんだよ、早く言えよ」

「私、ますたーの愛がもっとほしいの、もっと沢山ますたーの愛がほしい」

「な、なんじゃそりゃ、そんな事を言われてもナー」

「…………ますたーにキス?」

「カオス、ちょっとそこに座りなさい」

「うん、ますたー」

がみがみがみがみ、ますたーが目の前で説教を始める、その一言一言を記憶しながら思考する―――ますたーはなにをすれば一番喜んでくれるの?

ますたーの表情はころころと良く変化する、笑ったり、泣いたり、怒ったり、その全ての記憶が私の中に保存されて、いちばん大事な情報として扱われる。

(怒っているますたー、私のますたー、私だけを見てくれる)

トクン、トクン、トクン、ますたーの言葉が耳に入る度に胸がぽかぽかとする、おひさまの光を浴びてまどろみの中にいるような…………もっと私だけを、カオスだけをみて?

イカロスおねぇさまのように初めは上手にできなくても、たくさん、沢山おべんきょうしてますたーの為にがんばるから、怒られているのに……うれしくなってしまう。

今のますたーには私だけしか映っていない、イカロスおねぇさまも、ニンフおねぇさまも、アストレアおねぇさまも映っていない、どうしてだろう?それが嬉しくておかしくなってしまいそう。

「コラッ、叱られているのに笑うんじゃない!」

コツン、頭を小突かれて、全然痛くないけど一応さすって見る、するとますたーは『ん、い、痛かったか?』と慌ててしまう……エンジェロイドがそんな事で痛がるはず無いのに。

「ったく、流石にアストレアの奴だって叱られている時は笑わねーぞ」

――ズキン、ますたーの口からアストレアおねぇさまの名前が出た途端に、私の胸の中で良くないモノが疼く、さっきまで、本当に少し前までますたーは私の事だけを見ていてくれたのに――アストレアおねぇさまはますたーのエンジェロイドじゃないのに。

「……アストレアおねぇさま」

「?どうかしたか?」

「アストレアおねぇさまは加速もすごい、近距離戦闘での破壊力も………すごい、でも―――距離を置いたら私の方がつよい、ますたーのエンジェロイドの私の方が」

「なに言ってんだお前?」

「?」

褒めてくれない、どうしてだろう?誰だって自分の持ち物の性能が優秀な方が嬉しいはずなのに――ほめて?ますたー。

「ハァ、ほら」

くいっと腕をひかれて、ますたーの体にすぽんと納まる、ますたーのしてくれる事なので抵抗する気も無く大人しく従う……お膝の上で、ますたーのお膝の上。

(……あ)

――トクン、ズキンでは無く、トクン……それだけで先程まで胸の中でモヤモヤしていた嫌なものが跡形も無く消えて行くのがわかる。

イカロスおねぇさまは一瞬だけ私たちの姿を見ると無表情のまま台所へと消えて行く、どうしてだろう、もっと見せたいような………見せつけたいような、なに、これ。

「お前ら(未確認生物)って、本当に面倒だなぁ」

「ますたー」

「未確認生物だろうがエンジェロイドだろうが、子供は子供らしくしてろよな、な?」

その言葉の意味はわからない、私はますたーのエンジェロイドで、ますたーの為に存在しているのに、子供らしくと言われても、こまる。

愛はますたーがくれたもの、おうちはますたーがくれたもの、ますたー…………まいますたー(私の鳥籠)

「まただ」

「ん?なんか言ったか?」

「また、愛が…………ますたーの愛がながれてくるの」

トクン―トクン―トクン―トクン…………私だけを見ててね?ますたー。



[28193] 05―アストレアとカオスの愛について
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/10 05:04
「え?」

コタツでみかんを食べながらゴロゴロしていた私はその質問が理解出来ずに、もう一度問いかける形になってしまった。

目の前には小さな幼女、カオスがみかんを突きながら首を傾げている、愛らしい仕種だけど、前の戦闘ではお互いを破壊するつもりだったし……変な気持ち。

イカロス先輩が助けに来てくれなかったら破壊されていたのは私なのかな?――そう考えると少し怖くなる、自分で決めた事を貫き通せないでこの世界から消滅する。

それはどんなに恐ろしい事なんだろう?――えーと、それでカオスは私に何て聞いたんだっけ?違う事を考えていたら質問の内容を忘れてしまった、質問された事は覚えているから決してバカじゃない!

「えーと、な、なんだっけ?」

「あっ……そうか、アストレアおねぇさまは戦闘能力と感情制御の割合がおおくて、第一世代だった」

「そ、そうだっけ?」

何だかモヤモヤする、バカにされたわけじゃないけど……カオス、アイツ(ともき)が私たちの知らない所で救って、私たちの知らない所でインプリンティングを済ませたエンジェロイド。

先輩たちはカオスに対して何だか余所余所しいけど、私は特に何も思わない、でもイカロス先輩では無いアイツのエンジェロイド――少しだけ、不思議な感じ。

あれだけ邪悪な笑みを浮かべて、禍々しい翼で空を駆けて、私を破壊しようとしたカオスだけど、アイツの前では大人しく無邪気に振る舞っている、命令を遂行するのがエンジェロイドの存在価値だけど、アイツが命令する事って本当に稀だろうし、だったらどうやって尽くせばいいんだろう?……む、難しい、イカロス先輩もカオスも大変だなーと呑気に思う。

もぐもぐもぐ、みかんを食べる、この家にはいつも何かしら食べ物が常備されている……例外の時もあるけど!だらーっと上半身をコタツの上に預けながらカオスの言葉に耳を傾ける。

この家のみんなはお買い物中、カオスはアイツにお留守番も覚えなきゃな!と言われてお留守番中、ついでにお前はカオスの姉なんだからしっかり面倒を見ろ!と言われた。

(姉………そうか、カオスは私より後に開発されたから、そう考えたら、何だか緊張してきちゃった……イカロス先輩のような振る舞いは絶対にムリだし、ニンフ先輩はちんちくりんだし)

ドキドキ――ドキドキ――ドキドキ、鼓動がはやくなる、ここは姉として先輩としてしっかりした所を見せないと!そう思うと途端にメラメラとやる気が溢れて来る、もぐもぐ。

もぐもぐもぐ、ミカンは美味しいし、やる気は溢れてくるし、こんな状態を何て言うんだっけ?―――――無敵?最強?……うーん、しっくりこない、ミカン美味しい!

「ますたー」

「あ、ああ、アイツの話だったわね!」

「うん」

コクリと素直に頷く、な、なによ……かわいいじゃない、サラサラと流れる金糸のような髪に近親感を覚える、しかしカオスってほんとうにアイツの事ばかりね。

いつもアイツの裾を握るか手を繋いでいるか背中にべったりと張り付いているか、正直言ってエンジェロイドの行動からはやや逸脱しているけど、それはカオスが決めた事なのかな?

『それもマスターの御命令って奴か?』――あの時、アイツは怒っていたと思う、私にはわからない何かに対して苛立っていた、そんなアイツの新しいエンジェロイド。

だからそれは意外におかしな事では無いのかもしれない、アイツの望むエンジェロイドはきっとカオスのように自由な振る舞いをする存在なのだろう、多分。

「ますたーの愛がほしいの」

「へ!?」

「アストレアおねぇさまは愛を知ったから、シナプスを裏切った」

「え、えーと」

「だからますたーの愛をもらうにはどうしたらいいのか、教えて?」

自分で鎖を切ったけど、それは果たして愛なんだろうか?その時にも同じ質問をされたけど、今のカオスはもっと切実に真摯に問いかけているような……気がする。

バカだもん!だからわからないと答えたはずだけど、今の状況でそれを口にしたら本当のバカになりそうだ、悩む、考えるのは苦手で難しい事は嫌いだけど、がんばる。

プスプス、頭から煙が上がる、アイツが好きなもの………『エロ本』しか浮かばないのは何故だろう、でも結局はいつもそれが原因で不幸になってるし。

「ど、どうしてそんな事を聞くの?」

「?…………わからないの?」

「わ、私、バカだもん」

結局はいつもと同じパターン、へにゃへにゃへにゃと体から力が抜ける、さっきまでの熱い気持ちは何処へやら、後輩にまで自分がバカである事を告白してしまった。

でもいいか、アイツ以外にバカって言われてもそんなに気にならないし……どうしてだろう?アイツがバカって言う度に、イラッてするし、ムカッてするけど……嫌じゃない。

アイツはいつでも真っすぐに私を見てくれる、だから素直にバカッて罵る、そして私もバカっ!て言って……あのやりとりは嫌いじゃない――トクン、あれ――トクン、なにこれ?

―――バカだからこの胸の高鳴りがなんなのかわからないの?

「ますたーは私をみてくれる、だれも教えてくれなかった愛を教えてくれた、ますたー、ますたーに私は愛をもらいたい!」

「で、でも、エンジェロイドは奉仕するのが存在目的だから、貰いっ放しっておかしくない?よ、よくわからないけど!」

「愛、私がますたーに愛を……あげるの?」

「た、多分、だってカオスがアイツから貰って一番嬉しかったのが"愛"なんでしょ?だったらアイツも……ともきも喜ぶんじゃない?」

「!!!!!」

パーーーッ、まるで花咲く様な笑顔だ、それを正面で見た私まで何となく嬉しくなってしまう、これはもしかして―――きちんと、後輩にアドバイスが出来た?

みかんの皮を積み上げながら、心の中で自分を褒めてあげる、ふ、ふふん、私だって少し本気を出せばアドバイスの一つや二つ……アイツがここにいないのが残念だ。

(いたら、自慢して、そ、それで……イカロス先輩みたいに、カオスみたいに、頭を撫でて貰って、あ、な、なに考えてるのよアストレア!別にそんなのして欲しくないし!)

「私、ますたーに愛をあげる、ますたーが私に愛をくれたように!ありがとう、アストレアおねぇさま!」

「ま、まぁね、後輩の悩みを聞いてあげるのは先輩として当然だし、私だってすこし本気を出せば……」

「ねぇ、アストレアおねぇさま」

「な、なによ」

「アストレアおねぇさまはますたーに、愛をあげないの?」

愛、誰が?……私がアイツに?理解するまでに時間がかかってしまう、それは私がバカだからでは無くて、その言葉があまりに意外だったから。

その言葉はアイツが私に語りかけてくれた言葉のように、ゆっくりと胸の奥に浸透して行く、どうして、アイツの言葉じゃないのに、こんなにも不思議な気持ちになるの?

「クスクスクス、でも、ますたーに最初に愛をあげるのは私」

愛らしくて危うくて、そんなカオスの言葉に私は何も言えない、頬が赤く染まってゆくのがわかる、プスプスと白い煙が頭から噴き出て、機能停止に陥ってしまいそう。

そんな事を考えた事すら無かった、考えようともしなかった―――コタツの中はあたたかいのに、冷や水をかけられたかのような驚き。

「ねぇ、アストレアおねぇさま?」

「し、知らないわよ、だって私―――――」

バカだもん。



[28193] 06―カオス・初めての表現
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/11 05:22
トイレの中は憩いの場、ここでなら浮世の出来事も忘れられる、穏やかな気持ちでいられる。

この家は人間より未確認生物が多い、イカロスとニンフは既に家族のようなものだし、入り浸っているアストレアも同様だ。

そして新参者のカオス―――――苦手なわけではないけど、小さなイカロスって感じかな?常識は無いけど従順って言うか、忠犬ポチって感じ。

だけど皆等しく常識が無い、この世界で最も常識人だと自負している俺は心労が蓄積されるばかり――『平和が一番』をモットーにする常識人ですよ?

新聞を読みながら朝の用事を済ます、力む、そして和む……しかしトイレにまでスイカを置いているのは世界でも我が家ぐらいだろうな、何がしたいんだあいつは。

カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ―――この既視感、新聞をたたみながら動くのを止めないドアノブに視線を移す、誰だ?またイカロスか……説教が足りなかったか?

『ますたー』

ドア越しのくぐもった声、幼女の声、どうして我が家の未確認生物は人がトイレをしている時に平然と話しかけてくるんだ、俺はやや大袈裟にため息を吐きだす。

「ンだよ、非常識とまではいかないけど、人がトイレをしている時に話しかけるなよ」

『?でもますたー、前にトイレに入ったらダメって、だから』

「はぁー、で、何か用か?」

返事は無く、代わりにシュッキン!と風を切るような不思議な音、あは、この音は以前にも聞き覚えがある、そはらがチョップで空を断つ音にそっくりだ。

そしてズルズルと目の前の扉が斜めに切断されズレてゆく、呆然とその光景を見つめていると扉の向こうにはニコニコと嬉しそうに笑うカオス、最近は表情も豊かになったように思えるけど、それとこれとは話が別だっ!

「カオスっ!」

「なぁに?」

「う」

イカロスと同じでまったく悪意が無いからついこちらも口ごもってしまう、しかも見た目がアレなのでさらに怒る気力が無くなると言うか………しかし躾はしっかりするのが桜井家の掟!

じーっと見つめる大きな紫色の瞳は俺の下半身に集中している、ん、これが不思議なのか?……だが、幼女に注目されてもまったく嬉しくない、そこに座りなさいと口にする。

すとんっ、そんな軽い音、カオスは正座しながらじーっと俺を見ている、な、なんだ?ご主人様が次に何をするんだろうと見つめる子犬の様な視線―――純真無垢な視線。

用を済ませた後のエチケットを済ませる……手洗いを済ませて、蓋を閉めて、やっぱり家族同士でもトイレでのマナーは大事だからな………下半身がすーすーするけど、今はズボンを履く事よりもカオスに説教しないとな!

「ったく、確かに俺はトイレに入って来るなと言ったけど!ドアを切断して良いとは一言も言ってないぞ!どんだけ非常識なんだお前は!」

「だめ……なの?」

「ダメだっ!用事がある時はまずはノック!」

「のっく」

「そうだ、ドアをこうやってゆっくり……はっ!?」

過去の映像が脳裏を過る、同じように説明をしたらイカロスは確かにノックを学習した、学習したけどエンジェロイドの力でドアを粉砕した上に『トイレをした後は流す』って俺の教えを守ってトイレに沈んだ俺をちゃんと流した……"大"でな!くそっ、二度も同じ失敗をしてたまるか!

「こうやって優しくノックするんだ、コンコンって、出来るだろ?」

「うん」

またドア、修理しないとなぁー、もはやドアとして機能していないそれをコンコンと叩いた後に、やってみ、と口にする、おずおずとカオスがドアを叩く、言われたとおりに優しく。

(……あんなに凄い力を持ってんのに、こんな事も説明してやらないとわからないんだよな……こいつら)

そう思うと不憫に感じてしまう、こいつらのマスターって奴はこいつらにどんな生活を強いていたのか―――考えただけで腸が煮えくりかえりそうになる、マスターってだけでこいつらの自由を奪うなんてありえない、だってこいつら……"女の子"なんだぜ?

――――――コンコン。

上手に出来たじゃないか、素直にそう思う、カオスは恐る恐る俺の顔を見る……叱られる前の子供の様な表情、ほら見ろ、やっぱり普通の小さな子供じゃねーか、優しい気持ちになる。

「おう!そうだ、それでいいんだぞ!」

今日はフードを被っていない、頭をガシガシと撫でてやるとサラサラとした金糸が指の間に流れる、イカロスやニンフもそうだけど、女の子の髪ってどうしてこんなに触り心地がいいんだろう?

(って、全部未確認生物じゃねーか、ま、女の子は女の子だけどさ)

「あっ、ますたー、えへへ」

「オゥ、笑ったな!このこのっ!」

素直な反応はカオスの持ち味だ、つい嬉しくなって何度も撫でてやる―――――何だか歳の離れた妹が出来た様な不思議な気持ち、あの時の悲しそうなカオスの顔が一瞬過って、二度とあんな顔をさせたくないと思う。

平和が一番、子供は子供らしく、それが俺のモットー、誰が相手でも譲らない、たまーに強制的に譲る羽目になるけど。

「!」

暫く頭を撫でてやってるとカオスが突然大きく目を見開いて俺を見つめる、さっきまでニコニコと子猫のように目を細めて喜んでいたのに、どうしたんだ?

「ますたー、すこし屈んで!」

「ああ、別にいいぞ?」

一瞬、前にキスをされた時の事を思いだすけど、あの時にちゃんと注意をしたから同じような事にはなるまい――カオスは賢い、俺が本当に嫌がる事は無意識で避ける傾向がある。

でもドアは切断するし、キスするし、トイレに入ってくるけどなー、それはカオスが常識を知らなかっただけで、これからゆっくりと覚えていけばいい、時間はたっぷりとある。

それにしても何をする気だ?

「優しく、こうかな?」

「!?」

頭を小さな何かがゆっくりと撫でてゆく、慈しむような優しい手つきで――カオスに頭を撫でられている、何をしてんだ!そう口に出したいのに、あまりに真剣なカオスの表情に何も言えない。

そして何より心地いい、こう、必死にしてくれてる感じと柔らかな手つき、しかし毎度の事ながらこいつらはやることが突然だな。

「ますたー」

「つーか、どうして俺の頭を撫でてるんだ?」

「………………あ!」

「お、おい」

「これも、あげるね!」

――――チュッ、軽快な音、額にあたたかい感触…………あれ?

「唇はダメってますたーが言ったから、ね?」

また一から説教しないと駄目みたいだ。



[28193] 07―ニンフとカオスとご飯粒
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/12 02:25
お菓子は美味しい、大好き、どれだけ食べても飽きないと言うか………こうやって自分の好きなものを好きと言えるのもトモキのお陰。

辛くて苦しい時にいつでも手を差し伸べてくれる、どうして一番苦しい時に傍にいてくれるの?――――どうしてそんな風に優しく笑えるの?

トモキ、トモキ、私はトモキのものになりたい、トモキはそれを嫌がるけど、自由に生きろって言うけど、私はトモキのエンジェロイドになりたい。

アルファーとカオスのように、トモキに繋がれて従順したい、けどそれはトモキの望んでいる事じゃなくて、私の望んでいる事で、これが自由ってことなの?

『だからお前は「自由」に生きていいんだよ…………ニンフ』―――優しくて穏やかな声、思い出すだけでドキドキする、ふしぎ、自由ってムズかしい。

きっとトモキがマスターになってくれて、私に命令をしてくれたら、こんな不思議な感情も消えてなくなるのかな?それは何だか嫌な気がする、モヤモヤする。

トモキ――トモキ。

「んー?どした?」

モグモグ……穏やかな表情で食事をしているトモキを見ていたら気付かれてしまった、私は慌てて視線を外す、ドキドキする。

「?」

すると今度は横に座っているカオスと視線が絡み合う、大きくて無垢な紫色の瞳、不思議そうに首を傾げた後に食事を再開する――食卓にカオスがいる風景も徐々に当たり前になりつつある。

アルファーはアルファーで無表情で丁寧に魚を食べている、とても綺麗に小骨の間まで取り分けて、デルターの場合は骨まで食べちゃうけど、これが個性ってやつ?

エンジェロイドは用途によって性能に大きな違いがあるけど、性格も『従順』である事以外は意外と多種多様である、マスターによってはその個性を嫌うけど――トモキは違う。

(トモキってどんな性格の娘が好きなんだろ?………アルファーやカオスのような性格がいいのかな?)

チラチラっとつい覗き見のようになってしまう、トモキはパジャマ姿にやや眠たげな表情でポリポリと漬物を食べながらテレビを見ている。

外ではちゅんちゅんとスズメが楽しげな声を出していて、恐らく今日も穏やかな一日になるのだろうなと呑気な事を考えてしまう。

「ますたー」

「んー?」

「ほっぺたにご飯ついてるよ?」

そう言ってカオスがトモキの頬に小さな腕を伸ばす、言われてみれば確かにトモキの頬にはご飯粒が付いている。

そしてまるで当たり前のようにカオスは人差し指でご飯粒をすくい上げる、こちらが何か言う前にぱくりとトモキの頬に付いていたご飯粒を口に入れてしまう。

「んー、サンキューな」

「うん♪」

トモキはまだ寝惚けているのかそれとも許容範囲の出来事なのかお礼を言ってまた食事を再開する、アルファーはその一部始終を見た後に味噌汁をずずっと―――――なんか、コワイ。

(ちょ、ちょっと!今のは流石に違うんじゃない?――それとも、トモキもあれぐらいは怒る事じゃないって思ってるの?!)

ドキドキドキドキ―――――だったら、私がしても怒らないんじゃない?それともカオスが幼いから大丈夫なの?――ど、どうなんだろう?

「マスター………反対側にも…………」

「んー」

「……………失礼します…………」

アルファーが今度は反対側に付いていたご飯粒をカオスと同じように人差し指ですくい上げる、トモキも先程と同じように気の抜けた返事でモグモグとご飯を食べている。

暫く指に付いたご飯粒を見つめるアルファー、頬が赤く染まって、薄緑色の瞳がトロンと濁っている……ど、どうするのよソレ?――――ぱく、あっ!?

「……………………!!!」

先程まで薄く染まっていた頬が一気に真っ赤に染まる、そして特徴的な耳からプシューーと白い煙が排出される、お、オーバーヒート?

システムにどれだけの過負荷がかかったんだろう?……羨ましい反面、少し怖くもある、けど……二人だけずるい、ずるいずるいずるいずるいずるいずるい!

(わ、私だってインプリンティングしてないけどトモキのエンジェロイドなんだからっ!や、やってやろうじゃない!)

見ればトモキの唇にご飯粒が付いている――唇!?え、ええええええと、頬っぺたじゃなくて唇、くちびる、くちびる、視線がそこに集中してしまう。

トモキの唇、あそこに手を伸ばして、アルファーやカオスのように何でも無いように、普通にすればいいのよ!か、簡単じゃない、頬っぺたが唇に変わっただけじゃない!

トクン――トクン――トクン――トクン――トクン、動力炉が不思議なリズムを刻む、トモキの事を考えるといつもコレだ、は、早くしないと二人に気付かれちゃう!

「と、トモキ、もう、まだ付いてるわよ?だ、だらしないんだから!」

「んー」

プルプルと震える手を伸ばす、自分でも驚くくらいに緊張している、恥ずかしい、

アルファーはいまだに空を見つめながらオーバーヒート状態、カオスはもぐもぐとご飯を食べながらテレビを見ている、機会は今しかない!

「んー、サンキュー」

「べ、別に!」

成功した!――トモキは寝惚けたままの顔で私を褒めてくれる!嬉しいっ!!褒められちゃった、もっともっと褒められたい。

でも今は自分の人差し指に付いたご飯粒をじーっと見つめる、これが……トモキの唇に触れていて、で、でも、捨てるのは勿体ないし!仕方ないんだから!

「っ!!」

「ニンフおねぇさま、お顔、まっかっかだよ?だいじょうぶ?」

「べ、べつに、なんでもないわよ!」

こんな事を思うのはダメ、まるでトモキのような変態だ、思ったらダメなのに……トモキの唇に触れていたもの。

ぱくっ―――――はぅ。

「やっぱり、まっかっか」

遠くでカオスの声が聞こえた、私もオーバーヒート中?―――電子戦用に特化された私が……ありえない。


ありえないんだから。



[28193] 08―えろほんはきちんとべっどのしたに・ロリへん。
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/12 10:44
どれだけの失敗を繰り返しただろうか?人は失敗を繰り返すと言うけれど、まさか我が身でそれを体験する羽目になるとは夢にも思わなかった。

エロ本消滅――老死――真っ二つ――幼女とヤバいキス、そのどれもが思い出す度に涙が溢れてくる凄惨な過去、そして涙がゆっくりと頬に零れ落ちて、悔しさで咽び泣くのだ。

ただ、思春期の男の子がエロ本を読みたいだけ、なんて真っ直ぐで純粋な想い、世界の平和を祈る無垢な少女の様な想い、しかしそのどれもが未確認生物やそはらの手で阻止された。

そはらの場合は言葉の通りに本当に手だけど、つーか、チョップですけど―――俺の体を真っ二つにする為に存在するんじゃないかって疑うぐらいの強烈なチョップ、今更だけど人か?

しかし今日は違う、前回の失敗を踏まえて、敢えて皆がいる平日の午後に作戦を決行する事に決めた!

イカロスは台所で晩飯の用意、ニンフはテレビを見ながらお菓子を食べている、アストレアはコタツで猫のように丸まっていて……前回の失敗の要因であるカオスはイカロスと一緒に料理中。

最近はサラダやみそ汁と言った簡単な物も作れるようになった、やっぱり小さなイカロスだなーと思う。

今日も上手に出来ていたら褒めてやらないとな、いや、上手に出来てなくても褒めるけどさ、いかんいかん、カオスにはつい甘くなってしまう自分がいる。

「フゥ、さて、時間は限られてるからな!」

先程本屋で購入したそいつ、見た瞬間にビビっと来たね、俺がこいつを求めている様にこいつも俺を求めてた、一目惚れとはまさにこの事を言うのだろう。

ビリっ、いつもこの瞬間は緊張する、子供じゃあるまいし慣れてもいいのだが、しかしいつまでも少年の心を忘れたくないのだ―――男はいつまでもガキの頃の気持ちを捨てれないんだ!

しかし限られた時間で用を足すってのは意外に興奮するもんだな、ヤバい、新たな性癖に目覚めそうだ、しかしそれは恥じる事ではない……そうやって人類は進化して来たのだから!

「………オゥ♪♪」

『――飛べ!エロイザーX!超爆エロいザー!――白銀の翼――発行・ナック出版社』

これを色モノと取るか出版社の本気と取るか、俺は後者を選んだ……長年の経験で培った観察眼がこれはとんでもない代物だと告げているのだ。

表紙は胸とあそこを星マークで隠した女性がにっこりと笑いながら女豹のポーズをしている、成程、タイトルも好戦的だが表紙のポーズも好戦的だとは恐れ入る。

しかしこの桜井智樹、桜井家の長子であり、桜井の名を継ぐ者、例え相手が凶悪な肉食獣と言えど一歩も下がるわけにはいかぬ!――俺だけの為じゃない、後の桜井の為に!

布団の上にそっと寝かせる、今日この時の為にシーツも洗いたてで真っ白で、僅かなお日様の匂いと清潔感溢れる洗剤の香り、ドキドキ、コイツ(エロ本)はお気に召してくれただろうか?

するとコイツがこくりと弱々しげに頷くのが見えた、そうか……お前もお日様の匂いが大好きなんだな、同じ気持ちでいてくれる事が嬉しくて自然と涙が溢れてくる。

涙の成分は海の成分と同じと言うけれど、今ここには涙と言う海とシーツと言う太陽があるわけで、生命が誕生した過程をそのままになぞっている事になる。

―――これが命、これが生命が生まれた理由なのか?何かしら大きな意志に導かれて、俺はゆっくりと布団の上で身を縮ませているそいつに手を伸ばす―――恐れる事は……何も無いよ?

さあ、生命の秘密を一緒に紐解こうぜ?………一ページ目を開いた瞬間に背後に気配が!

「…………………っっっ!」「…………ますたー?それ、なぁに?」



EX0.1『えろほんはきちんとべっどのしたに――ロリへん。』



最悪だー!最悪の布陣と言っても間違いではない、ニンフとカオスの組み合わせに俺は心の中で絶叫する、これがイカロスなら丸め込める、アストレアはバカだから誤魔化せる。

だけどニンフはそうは行かない、そしてさらにカオスも一緒とは……確実に面倒な事になるのがわかる、俺は一斉に吹き出る汗と体の震えを意識しながらゆっくりとニンフの顔を見る。

人間には無い鮮やかな青い髪、ツインテールが非常に良く似合っている(口にするのは照れる)瞳の色も同じで、海や空と言った物を連想させるぐらいに深く綺麗な色合いをしている。

細くて白い手足、華奢と呼ぶに相応しいソレ、今日は青色のワンピースの軽装で髪や瞳の色と合わさってとても良く似合っている………全てが青だけど、顔面だけは真っ赤デス。

カオスはカオスでニンフの後ろから俺をジーッと澱みの無い紫の瞳で見つめている、流れるような金糸、太陽の光を受けてキラキラと輝くそれを小さなお尻に届くまで伸ばしている。

瞳の色は深い菫色で特徴的な大きな瞳にとても似合っている、幼いながらも目鼻立ちがしっかりとしていて、西洋人形を思わせる愛らしい容姿をしている――ぱちくりと瞬き。

今日の服装はニンフと同じワンピース、色は濃い黒で……金色の髪と白い肌との対比が美しく、とても良く似合っている………こちらの表情はニンフと違って普通、興味だけがそこから読み取れる。

「へ、変態っ!またこんな本を買って!カオスの教育に悪いでしょうが!」

「ブハッ!?」

世界を狙えるんじゃないか?って見事な右ストレート、顔面にめり込んだんじゃね?と思った瞬間に景色が急速に変わる、ド派手な音と同時に部屋の壁にメリメリとめり込む。

「ますたー?」

そんな俺をツンツンと突くカオス、悪気はないんだろうけど思いっきり拳のめり込んだ箇所を突いているので激痛が走る、しかし、そんな事よりも俺は戦わなくてはいけない!

未確認生物第二号!ニンフとな!………壁にめり込んだ頭を必死で引き抜く、だいじょうぶだ、めり込む事には慣れているから…………泣きそうになるのを我慢して向き合う。

「ゴラァアアアアアアアア!!なにすんだァアアア!」

「くっ、そんな本の女なんか見なくたって!私たちがいるじゃない!」

「?……ますたー、女の子みたいの?」

顔を真っ赤にして怒鳴るニンフと不思議そうに首を傾げるカオス、どっちに答えたものかと思案する―――私たちってニンフとカオスの事か?

「お前たちみたいなガキンチョで興奮するかよっ!!俺は変態であっても犯罪者ではないわっ!」

「どの口で言ってんのよアンタ!女子更衣室に忍び込んだり盗聴したり……立派な犯罪じゃない!」

「未確認生物が何を言うかっ!俺が女子更衣室に忍び込むのは性欲の為なんかじゃない!もっと……もっと熱い理由だ!」

「ど、どんな理由よっ!言ってみなさい!」

「そこに女の裸があるからだっ!」

「さ、サイテー!!この変態っ!ヘンタイ!ヘンタイ!ヘンタイ!ヘンタイ!ヘンタイ!ヘンタイ!」

「ゲハッ!ブホッ!ガハッ!へブッ!?」

「ますたー?おんなのはだか……あ!」

電子戦用って嘘じゃね?――そう思える程に激しい連続パンチ、一つ一つが肉にめり込み骨が軋む。

いいパンチ持ってるじゃねーか……倒れない様にするのがやっとだ、ニンフはぜーはーと激しい呼吸をしながら倒れない俺を呆然と見つめている。

「へ、へへ、どうした?……終わりか?」

「ど、どうして倒れないのよ?!」

「―――――――この世界に、女の裸があるからだ」

ニンフがへにゃへにゃと腰が抜けたように畳に座りこむ、ふんっ、最初からそうしていれば良いものの……黙ってそこで見てるがいいわ、人類創世の神秘をな!

布団の上に置いてあるそいつは奇跡的に無事のようだ……やはり、運命が二人(一人と一冊)を離れさせないんだっ!

「ますたー!みて!」

「ん?カオスは一階に行って……な、さ……」

白、そしてピンク、端的に表現するならそうとしか言えない、高級な白磁の皿にサクランボが二つ載っているとでも言えばいいのか?――俺の思考を奪うには十分な出来事。

恥ずかしげも無く肩紐をずらしてニコニコと笑っている、本当に白い肌……こいつらが人工物だと言う事を改めて認識してしまう程に、綺麗な肌をしている。

膨らみ等はまったくない胸、白くて柔らかそうな肌、産毛すら無くて、ツルツルのプ二プ二である事は一目でわかる、それに胸には淡く小さなサクランボ……女の子だ。

恥ずかしい事に、俺はそれを"綺麗"だと思ってしまって、口を阿呆のようにポカーンと開いて見つめてしまう、カオスはただニコニコと笑うだけで羞恥の欠片も無い。

「か、か……カオス、しまいなさい!トモキも見ちゃダメっーーーーー!」

「う、後ろ向いてるからっ!!服を着させろ!」

「?ますたー、嬉しくないの?」

背中越しにカオスの悲しそうな声、そりゃ、確かに俺は女の裸は大好きだっ!――少女、女性、熟女、なんでも来いだっ!でも、幼女は流石にダメじゃね?

こんな事はあの世のじいちゃんに聞かなくてもわかる、し、しかし――真っ白だったなぁ、なんつーか、雪のようにって言葉がしっくる来るぐらいに。

「………トモちゃん?」

死神の声がする、背中越しに……ああ、そうか、そりゃ、こんな状況でお前が来ないわけないよなぁー、わかってましたよ?長い付き合いだし。

流石にこの裁きは受け入れよう、だってロリは犯罪だろ?

「流石にコレは許せないよね、トモちゃん?」

頭にめり込むチョップの感触を味わいながら、俺は深く目を閉じるのだった。

「ますたー、みて?」

「だ、ダメだって言ってるでしょう!」



[28193] 09―日和とカオスの出会い
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/13 01:11
穏やかな昼下がり、さっき畑で収穫したお野菜を持って桜井くんの家へと足を進める、今日は休日だけど……桜井くんは特に予定が無いと言っていた。

いつもお世話になっているお礼としてお野菜を上げようと思うんだけど、嫌いなお野菜ってあるのかな?事前に聞いておけばよかったと少し反省する。

彼の幸せを願って諦めた恋だけど、それでもやっぱり私は桜井くんが好き―――大好き、でも桜井くんには私より相応しい女性がいる、わかってしまった。

遠くから彼の姿を見ているだけで幸せだ、昔もそうだったもの、それに今は前より近くで気軽に話しかけられる……恋人がダメでもせめて友達として彼の近くにいたい。

こんな諦めの悪い女だって桜井くんは知ったらどう思うかな?――きっと優しい彼の事だ、何も言わずに変わらずに接してくれるのだろう……トクン―――トクン―――トクン。

そう、口では諦めると言ったけど、全然諦め切れていない、新大陸発見部を辞めたのだって単に自分の気持ちの整理がしたかったから――あの時のキスの情景が脳裏に過る。

思い出しただけで心臓(動力炉)が激しく脈打ち、顔が真っ赤に染まってしまう、あの時の自分の行動が信じられない、自分の何処にあんな勇気が眠っていたのだろう?

(…………きっとそれも、桜井くんがくれたモノです)

彼の優しさと元気は私にいつだって勇気をくれた、いつも騒ぎの中心にいて、いつも元気な桜井くん、その姿を想うだけで自分を少し変えられる気がした。

「あ」

色々と考えている内に桜井くんの家の前に着いてしまった、はたっと足を止めて自分の体を見下ろす……え、えっと、変な所は無いですよね?

おかしな所はないはずだけど、好きな人の前に立つのはいつだって緊張する、つい何度も自分の服装を確認してしまう。

「?」

チャイムを押してもまったく反応が無い、桜井くんの家は毎日が騒がしいのでチャイムの音に誰も気づかないなんて事は日常茶飯事だ。

少し失礼かなと思いつつお庭の方へ足を進める、返事が無い時は大体そこで桜井くんがみんなに追われたり叩かれてたりする、今日もそうなのかな?

エンジェロイドの皆さんは桜井くんの事が大好き、いつも桜井くんと楽しそうにはしゃいでいる、羨ましいと思う反面、それが桜井くんの魅力だと思う。

くすり、口に手を当てて笑ってしまう、エンジェロイドの皆さんは桜井くんと一緒にいる時は本当に幸せそう、嫉妬なんか無い、見ているだけで優しい気持ちになれるから。

それはきっと騒がしい弟たちの世話をしている時の気持ちと同じ、胸にあたたかなものが灯るような、そんな気持ち――――――あれ?

そこにはいつもの騒がしい光景は無く、風に靡く綺麗に干された洗濯物と一人の少女がいるだけ、高く広い青空を見つめながら縁側でサンダルを履いた足を遊ばせている。

鮮やかな金色の髪、大きくてまぁるい菫色の瞳、雪のように真っ白い肌、小さな鼻と小さな口、唇の色も色が薄くて………西洋人形のように愛らしい姿をしている。

日本人離れしたその容姿には黒いワンピースが良く似合っていて、私は素直に可愛いなぁと暫し見惚れてしまう、桜井くんの家で暮らすエンジェロイドの皆さんのように浮世離れした容姿だ。

(私も……エンジェロイドなんですよね)

あまりの無自覚さに自分で呆れながらゆっくりと彼女に近づく、彼女は何をするわけでもなく流れゆく白い雲を見つめている、私の事に気付いているのか気付いていないのか……視線はずっと宙に固定されたままだ。

「あ、あの」

「?…………おねぇさん、だぁれ?」

きょとん、本当にそんな感じで小首を傾げて問いかけられる、細くて白い首にサラサラと金糸のような髪が流れる……そこに注目して初めて気付く、じゃり、鎖の擦れる音。

愛らしい少女の首に痛々しい程に本格的な首輪が付けられている、それだけで理解してしまう、彼女が自分と同じように人間ではない存在だと、桜井くんのエンジェロイドでしょうか?

初めて見る子だ、こんなにも幼い姿をしたエンジェロイドを見るのも初めて、無垢な視線は変わらずにじーっとこちらを見つめている、可愛い………物凄く可愛いです。

(そ、そうだ、自己紹介をしないと!)

「私の名前は風音日和って言います、貴方のお名前は?」

「…………おしえてあげない」

少しショックです、でもいきなり名前を問いかけた自分に落ち度があるような気がする……初対面だし、どうしようと悩んでしまう、子供は好き、だから仲良くなりたい。

他の皆さんはお出かけ中なのかなと家の中を覗いてみる、案の定、誰かがいる気配は無くて、目の前の少女だけが退屈そうに空を見つめている、ま、負けません!

妙な使命感に後押しされて口を開く。

「あ、あの、どうしてお名前を教えて頂けないんでしょうか?」

「?……ますたーが知らない人にはお名前を教えたらダメって言ってた」

「ますたー、マスターって桜井くんの事ですよね?」

「うん」

お名前は教えてくれないのに他の受け答えは素直だ、きっと桜井くんに言われた約束だけを守っていて、それ以外には無頓着なんだろう。

マスターにしか興味を示さない、それはエンジェロイドとしては珍しく無くて、小さな彼女にとっては桜井くんだけが自分の世界なんだろう。

(でも、桜井くんの名前を聞いたら、少し嬉しそうに笑いました)

それは桜井くんがマスターとしてでは無くて、家族として彼女に接している証拠だ―――エンジェロイド、シナプスの製品。

きっとそんな事は桜井くんには関係なくて、彼の優しさは人間であろうがエンジェロイドであろうが等しく与えられる、私の好きになった人、私の恋した人。

『おぉ!!うまそーだな、このグリンピース!すげぇな!!風音が育てたのか?』

『必ず…………助けるから…………必ず助けるから……!!』

真っ直ぐな視線、真っ直ぐな言葉、真っ直ぐなココロ、そのどれもが恋しくて愛しくて、彼の事を考える度に、ああ、どうしようもなく私は彼が大好きなんだなと自覚する。

「おねぇさん…………私と同じ、エンジェロイド?」

「え、あ、は、はい」

もうすっかり違和感の無くなった私の翼を見ながら彼女が問う、軽くバサッと動かして見ると彼女は『ふーん』とだけ呟く、エンジェロイドと名乗るのは少しだけ抵抗がある。

でもこの体になったお陰で桜井くんと同じ世界で生活出来る、それだけは感謝している――――――それに気象操作の能力は農作業をするのにとても便利だ。

「お留守番をしているんですか?」

「うん、ますたーは練習って言ってた!」

「練習……ですか?」

「私がますたーにずっとくっ付いているからだって、どうして?」

「あ、あの」

「私はますたーと離れたくないのに、でもますたーの命令は絶対だから……ますたー」

しゅんと視線を下に向ける、見た目と同じ子供のよう仕種、ああ、桜井くんはこの子を大切にしていて、この子も桜井くんを大切に思っているんだ。

悲しそうに伏せた顔、きっとこの子は桜井くんに対する依存が強い――――だから、少しずつ、普通の子供のように、でもエンジェロイドだって女の子なんですよ?

好きな人には縛られたいって思う女の子もいるんです、私は彼女の横に座って頭を撫でてあげる、弟たちにしてあげるように、慈しみを込めて優しくゆっくりと。

「?」

「それじゃあ、桜井くん達が帰って来るまで"おねぇさん"とお話しましょうか?」

「うん…………いいよ?」



[28193] 10―カオス・ますたーの小鳥
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/13 10:37
①『今回のあらすじ』

②『例によって』

③『智樹がそこそこエロい事をするのですが』

④『悲しい事に』

⑤『カオスの好感度が半端無いので』

⑥『幼女とうふふふふふふ、きゃはっ』

⑦『するような下劣で犯罪臭極まる内容となっております』

⑧『今回"も"とにかくすいません―――――黒いメロン』

⑩『―――――ああ、幼女臭ェ』



『ますたーとくっつきむし』




「ん?カオス、こっちに来なさい!」

「うん、ますたー」

俺のお古のTシャツを着てぽけーっとテレビを見つめているカオスを呼ぶ、素直なものでトテトテとこちらに駆け寄って来る。

膝の上に置いて髪に手を触れる、枝毛一つ無い綺麗な金糸、上手に拭けていないのか水分をたっぷり含んでいてポタポタと水滴が零れる。

風呂上がりなわけだが……。

「…………ちゃんと拭かなきゃダメだぞっ?女の子なんだからなっ!」

「ますたーが大好きな?」

「お、おおぅ!そ、そうだ、俺が大好きな女の子なんだから、いつも清潔にしていないとな!…………ゴキブリと呼ばれている俺が言っても説得力ないよな、ハハ」

泣きそうになるのを堪えながら笑う、カオスは俺の体に背中を擦りつけるようにして動く、特に意味のないような動作、動物が自分の所有物に匂いを擦りつけるような動作だ。

俺はどうしたものかと悩むけど、カオスの精神がまだ幼い事を思って腹に両腕を回して抱いてやる、二人でぽけーっと下らないバラエティ番組を見ながらのんびりする。

「な、なにしてんのよあんた達!」

アイスを咥えたニンフがそんな俺達を見て呟く、しかし一日に良くそんなにも糖分を摂取出来るな、スタイルは変化しないし……胸にカロリーが行かない事が哀れすぎる。

せめて尻と太ももに行くようにと心の底から願う、グリグリと再度カオスが体を擦りつけて来る、ミルクの様な甘い匂いがしてぽわーーんとする、子供ってみんなこんなにいい匂いなのか?

「なにしてるって、見てわからんのか!暇を持て余している!」

「そうじゃなくて!か、カオスと……な、何してるの?」

「?……二人でテレビを見ているだけだぞ?一緒に見るか?」

「ッ!知らない!」

その小さな体の何処にそんな力があるのかどすんどすんと床を踏みつけながら去って行く、ど、どうして突然怒ったんだ?―――考えてもさっぱりわからん。

カオスはニコニコと嬉しそうに笑う、今日はカオスを置いてみんなで商店街に買い物に行った………カオスはいつも俺にべったりで、イカロスよりもその依存度は高い。

嫌なわけじゃないし迷惑なわけでもない、ただ、俺以外に関心を示さないカオスを見ていると少し不安になる――こいつはもう自由なんだ、自分の好きな事をすればいい。

そう言えば家に帰ると風音が楽しそうにカオスと話をしていた、どうやら野菜を持って来てくれたみたいで……暇を持て余しているカオスに付き合ってくれたみたいだ。

その時に変な事を言われたなー、『好きな人の近くにずっといたいのが女の子なんですよ?』……鬼気迫ると言うか、風音にしては珍しく怒っている様な感じを受けた。

「ますたー」

「どうした?」

「クスクス、ますたーが私を見てくれてる」

「?変な奴だな、この、うりうり」

頭を乱暴に撫でてやると嬉しそうに眼を細めて笑う、こいつの瞳は深い紫色、大きくてまぁるくてじーっと見つめられると思わず目を逸らしたくなる。

俺が他の誰かと話している時や遊んでいる時はその視線が特に強い様な気がする、やっぱり子供だからな!自分ともっと遊んで欲しいとかそんな事を思っているんだろうなー。

そう思うと、何だかムズムズと変な気持ちになる、これが妹に対する兄の気持ちって奴か?……しかしカオスのグリグリは段々と激しさを増してゆく、え、焚火でもする気か?

「…………マスター…………」

「んー、どうしたイカロス?」

ちゃぶ台の上の食器を取りに来たイカロスがぽつりと囁く、じーっと、カオスに似た真っ直ぐな視線、その視線は俺とカオスに向けられている。

カオスは先程のニンフに対してもだが、まったく会話に参加せずに俺に体を何度も擦りつけている、最初はヌクヌクとして気持ちよかったけど、今はむしろ熱い。

しかし柔らかいものが何度も体に触れると……つい『おっぱい』について考えてしまう、これがおっぱいだったら……俺の全身をおっぱいが包んでくれたら俺はどうなるのだろうか?

ふっ………考えても仕方のない事だ、おっぱいは沢山あるから素晴らしいんじゃない、女性に二つだけしか付いていないからレアなのだ、そんな事もわからない俺では無い。

「…………いえ………なんでもありません………」

それだけ言って逃げるように去って行く、何故か部屋の片隅でウトウトと眠っていたニワトリを抱いて――さっぱり意味がわからん、さっきからみんなの態度がおかしいなぁ。

自分の体を見下ろしてみるけどおかしな所はないし、一応、くんくんと腕を嗅いでみるが風呂上がりの石鹸の匂いしかしない。

「ますたー♪」

俺の膝に座ったままで体勢を入れ替えるカオス、股間の上をまだかたさの残る子供のお尻で強く押される―――何かおかしな感じだな、カオスは俺と向かい合わせになって笑う。

ニコニコと天真爛漫に笑う時もあればクスクスと小悪魔めいた笑みを浮かべる事もある、今は後者寄りだ、前にキスされた事を思い出して思わず身構えてしまう――あれはダメだっ!

二人の唇から伸びた唾液の橋、透明でキラキラと煌めいて、いかんいかん、桜井家の人間はロリには決して靡かない!!理由はおっぱいが無いからさ!………冗談、子供は子供。

「ほんと、カオスは俺にべったりだなぁ」

「ますたーと一緒にいる時がいちばん幸せ」

「そ、そうか」

「これが幸せでしょう?テレビでやってた」

学習能力の高いカオスは色々な言葉を覚えては俺に意味を問いかけてくる……しかし、今の状況が幸せがどうかだなんて俺にはわからない、だってそれはカオスが決める事だから。

首にするりと、白くて柔らかい腕が絡む、細い腕、俺を見上げるその顔は妙に大人びていて、思わずゴクリとのどが鳴る……すーっと細められる瞳、首に巻き付いた腕と合わさって蛇の様だと感じてしまう。

「ますたーだけが、カオス(私)のたいせつなもの」

「………………」

「ますたーしかいらない」

「…………お前」

「だから、私をみていてね?ますたー」

頬を寄せてくる、俺は避ける事も出来ずにそのぬくもりを受け入れる、あまりにこいつが不憫で、"こいつら"が不憫で……誰かに依存する事でしか自分を保てない。

こんなに幼い心を持っているのに自分のやりたい遊びの一つも見つけられない―――籠の中の小鳥。

「だいすきだよ?」

小さくて桃色の舌が俺の頬をぺろりと舐めた。



[28193] 11―カオス・ますたーの小鳥・カオス視点
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/14 06:03
テレビは情報が沢山、見ているだけで地上の様々な知識が与えられる―――――ニンフおねぇさまが好んで見るのもわかる、とても面白い。

お風呂上がり、ますたーと一緒の部屋でテレビを見る、ますたーは退屈そうに欠伸を噛み殺している、とても幼く見えて、胸がキュンってする、何度もチラチラと見てしまう。

「ん?カオス、こっちに来なさい!」

視線が合った瞬間、ますたーがそう言って私を呼ぶ、おいでおいでと手を動かす、私は嬉しくなって急ぎ足でますたーに駆け寄る……ぽたぽたと畳の上に水滴が落ちる。

今着ている服はますたーが小さい時に着ていた服、くんくんと嗅ぐとますたーの匂いがするような気がしてほんわかしてしまう……ますたーと一つになっている見たい。

「…………ちゃんと拭かなきゃダメだぞっ?女の子なんだからなっ!」

「ますたーが大好きな?」

「お、おおぅ!そ、そうだ、俺が大好きな女の子なんだから、いつも清潔にしていないとな!…………ゴキブリと呼ばれている俺が言っても説得力ないよな、ハハ」

ますたーは私の腕を掴んで引き寄せて、膝の上で抱きしめる、ますたーの力は私たちエンジェロイドからしたら微々たるものだけど、私はますたーに抗う術を持たない。

ぽすんと軽快な音、抱きしめられる――トクン――トクン――トクン――トクン――トクン――、ますたーの愛が私に伝わって来る、ますたーは自分の首にかけていたタオルで私の髪を丁寧に拭いてくれる……今度は失敗しないようにと心に決める。

そして何度か頭を撫でてくれる、ますたーに頭を撫でられると思考が白濁して、自分に異常があるのではないかと思うぐらいに胸の奥が激しく脈打つ。

私はそれを誤魔化すように何度もますたーの体に自分の体を擦りつける、ますたーに抱きしめられていると胸の奥がムズムズする、どうしてか勝手に体が動いてしまう。

さっきまで集中して見ていたテレビなんてすっかりどうでも良くなって、ますたーの体の感触に集中する………ますたーの体もトクントクンと静かに脈打っている。

(私とおなじ――――ますたーも私の愛を感じているの?)

だとしたら、そんなに嬉しい事は無い、ますたーに包まれてますたーの愛を感じれるなんて、まるで夢の様な話だ―――つい嬉しくなって体を擦りつける力を強くしてしまう。

ますたーは私のお腹に両腕をまわしてお人形のように抱きしめてくれる、私はますたーのお人形、ますたーだけのお人形、いつもこうやって触れていたいのに。

「な、なにしてんのよあんた達!」

のんびりとした時間、それを壊す様な甲高い声……ニンフおねぇさま、青いワンピースがとても可愛らしくて、でも今は何故かフルフルと細かく震えている、動作不良?

ニンフおねぇさまの事は好き、私に色んな事を教えてくれる―――愛をあげたいと思うぐらいに好き、でも今は何故かもやもやする……ますたーと二人っきりだったのに。

その不快な感情を誤魔化すようにもう一度ますたーに強く体を擦りつける、この服にますたーの匂いが染みついている様に、私の匂いをますたーに染みつかせたい。

これは、どんな感情?―――愛とはまた違う、"痛い"ともまた違う、なんだかモヤモヤとして形がなくて、心の奥底に沈殿してゆく。

「なにしてるって、見てわからんのか!暇を持て余している!」

「そうじゃなくて!か、カオスと……な、何してるの?」

「?……二人でテレビを見ているだけだぞ?一緒に見るか?」

「ッ!知らない!」

ますたーと少し言葉を交わしただけで去ってゆくニンフおねぇさま、ますたーは困った顔をしながらブツブツと愚痴を吐きだす、そしてきゅっともう一度強く抱きしめてくれる。

きっとますたーは無意識にしている事だけど、それが何より嬉しい、私はもっと嬉しくなってますたーに愛を伝える、体を擦りつけて『うー』と意味も無く唸ってしまう。

「…………マスター…………」

その声に体がピクリと反応する、イカロスおねぇさま……大好きなはずなのに、どうしてかまた心がモヤモヤとしてしまう、ますたーと二人だけでいたいのに。

二人っきりの世界を壊されたくない、純粋に思ってしまう、ますたーと二人っきりになれる事は滅多になくて、普段は意識しないのに――どうして今だけ考えてしまうんだろう?

「んー、どうしたイカロス?」

私以外の名前を呼ぶますたー、私以外のエンジェロイドの名前を呼ぶますたー……私と同じますたーのエンジェロイドであるイカロスおねぇさま。

考えれば考える程に体の奥底が疼く、その度に体を捻ってますたーに何度も体を擦りつけてしまう――迷惑かな?嫌がったりしないかな?……それでも止められない。

私だけをみて、ますたー。

「…………いえ………なんでもありません………」

そう言って去って行くイカロスおねぇさま、どうしてだろう、胸の内がスーッと軽くなる感覚、これでますたーと二人っきり、マスターと私だけの世界に元通り。

「ますたー♪」

ますたーの顔を正面で見たくなった、体を捻りながらますたーに向き直る……両足をますたーの腰に絡みつかせて、もっとしっかりくっ付く。

でもますたーの体は大きいから上手に出来ない、それでもしっかりと抱きついて、下から見上げるようにしてその顔を見つめる―――私のますたーの顔、どれだけ見ても飽きない。

――トクン――トクン――トクン――トクン――トクン――、まただ、また胸の奥が優しい音色を鳴らす、それはきっと私のますたーへの"愛"なんだ!

「ほんと、カオスは俺にべったりだなぁ」

「ますたーと一緒にいる時がいちばん幸せ」

事実を口にする、嬉しくて嬉しくてどうしようもない気持ち――それが幸せ?そうだとしたら、きっと今が私の幸せ、私はますたー(鳥籠)の中で幸せを感じる。

「そ、そうか」

「これが幸せでしょう?テレビでやってた」

うろたえたように言葉を口にするますたー、怯えた様な困った様な表情、ああ、不思議とますたーの首に腕を絡ませて笑う……この手はますたーを傷つける事も出来る。

だからゆっくりと丁寧に、優しく……大事なますたーを傷つけない様に絡みつかせるのだ―――ますたーの両目に私の姿が映る、ますたーに囚われている私。

(…………ますたー)

「ますたーだけが、カオス(私)のたいせつなもの」

だから視線を逸らさないで?

「ますたーしかいらない」

もっと私を見て、私だけを見て?―――イカロスおねぇさまでもニンフおねぇさまでもアストレアおねぇさまでも無くて、私だけを……ね?

「だから、私をみていてね?ますたー」

私はいつでもますたーを見ているから、どんなものからでもますたーを守るから、ますたーの為にこれからも稼働し続けるから。

頬を寄せる、ますたーの頬は少しかたい…………私とは違う、それでも寄せ合えば同じように感じられる、ますたー。

「だいすきだよ?」

ますたーの頬を自然と舐めて、私はそう呟いた―――だいすき、まいますたー(私の鳥籠)



[28193] 12―カオス・ますたーの死亡フラグ
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/14 11:20
こんにちは、智樹です、突然ですが―――――――ロリコン疑惑をかけられています。

見慣れた我が家の居間、いつの間にか新大陸発見部の第二の部室になりそうなその居間で、我が家の一員では無い人物が二人。

『守形英四郎』と『五月田根美香子』……新大陸バカと断末魔マニア……先輩と会長、どうして我が家にいるの?それは我が家の出入りが自由だから。

さらにいつものメンバーであるイカロス、ニンフ、カオス、そしてコタツでミカンを食べながら幸せそうな顔をしているアストレア、そはらも幸せそうにお茶を飲んでいる。

ちゃぶ台の方には先輩と会長、先輩は飢えを満たすように恐ろしい速度で口に食べ物を放り込んでいる、会長は眼を細めていやらしい笑みをしながら俺の方を見ている。

カオスは俺の背中にべったりと張り付いて、頬を何度も擦りつけてくる……その度に甘いミルクのような匂いがして、何だが変な気持ちになってしまう。

イカロスは忙しなく先輩に料理を運んでいる、さっきから台所と居間を何往復もしているが本人は苦では無いようだ、ニンフは煎餅を齧りながらテレビに釘付けだ。

この密集率は我が家ながら異常だと思うけど、いつものありふれた光景だ、最近はカオスも加わってさらに騒がしくなったけど――問題があるとすれば会長だ。

涼しげな容貌、見た目だけなら美少女なのに中身は暗黒物質よりも暗黒なのだ、ニコニコと笑っているけど、俺とカオスの状況を見て楽しんでいるに違いない。

「ねぇねぇ、桜井くん、カオスちゃんに抱きつかれて今どんな気持ちかしら?」

「…………別に、普通ですケド」

「ますたー、ぎゅーってしてあげるね?」

「ウフフフ、客観的に見たら完全に犯罪者ね、主観的に見ても犯罪者だけど~」

「…………」

「ますたー、ますたー、ますたー」

この状況はヤバい、みんなも何でも無い風を装いながら俺と会長の会話に聞き耳を立てている――カオスはカオスで空気を読まずに激しいスキンシップをしてくるし。

もしカオスとアレなキスをしたり頬を舐められた事がバレれば命が無い、命は助かっても確実に去勢される……『去勢…………しましょ?……』情景が完璧に想像出来るんですけど!

このままでは本当にヤバい、くそっ、味方はいないのか?……部屋を見回すと、ふと先輩と眼が合う、いつもと変わらない冷静な瞳、頼りになる佇まい、満腹で膨らんだお腹。

あんたどんだけ食べてんだよ!そう思いながらも視線を投げかける、助けてください―――俺はロリコンでは無い、だって幼女なんて触っても楽しくないんだぜ?ミルクのような匂いがするだけなんだ!あと柔らかい――ん?

「智樹」

カチャ、眼鏡を上げながら先輩がポツリと呟く、静謐な声、この声の持ち主があれ程の熱意を持って新大陸の発見を目指していると思うと少しだけ不思議だ。

もしかして、何かしらの打開策を授けてくれるのか?――遠くで聞こえる下らないワイドショーの音にかき消されて聞き逃したら大変だ、集中する。

「我が国では古くから幼児婚が一般に行われていた、時代は変われど人の心はそう簡単に変わらない、恥じる事ではない」

……駄目だ、使えねぇ、どの状況をみてそのアドバイスをしたのか問い詰めたい、けどここで聞き返すとさらに厄介な事になりそうだ。

俺は背中にカオスを張り付けたままで先輩のいる場所まで這いずり、茶を注いで上げる、ずずっ、眼鏡がキラリと光る、何処かしら満足そうだ。

「あら……桜井くんはカオスちゃんと結婚する気かしら~、会長、流石にそれはマズイと思うわ~」

「ぶはっ!?」

「ちょっとトモちゃん!それ本気!?」

「本気なわけあるかッッ!!会長も変な事言わないで下さいよ!!こいつら本気にしちゃうでしょうが!」

「…………マスター、結婚?……………」

「トモキ、小さい女の子が好きなの?――だ、だったら私も」

何故か色めき立つ未確認生物が二人、顔を真っ赤にしてチラチラとこちらを覗き見るニンフ、ぽーっとした表情で俺を見るイカロス――イカロスと結婚?

そう思った瞬間、どうしてか俺まで顔が真っ赤になってしまう、冗談だろう?あいつは未確認生物で背中に翼まであって天然で、でも料理は上手だよな?

(い、いかんいかん、変な考えに陥ってしまいそうだ、それよりも今は現状を打破しなければ!)

「あら、カオスちゃんはどうなのかしら?」

頬に手を当てて優しい笑みをする会長……何度も言うが心の中は果てしなくどす黒い、俺を言葉で追いこんで楽しんでいるのだ……俺の断末魔が三度の飯より好きな人だからな。

ダラダラと粘ついた嫌な汗が出てくる、カオスはそんな俺の汗も気にしないで何度も頬を寄せて『ますたー、汗すごいよ?』と、耳のすぐそばで喋るとくすぐったいぞ!

「けっこん、それ、なぁに?」

「好きな人とずっと一緒にいられる事よ~、カオスちゃんは桜井くんが大好きでしょう…………?」

「うん♪」

「桜井くんはどう?……カオスちゃんの事、好きかしら?」

ニコッ、天使の様な笑みでカオスに問いかける会長、悪魔だ、いや、悪魔なんて生ぬるい……この人は地獄の閻魔様だ、俺をロリコンに仕立て上げて、後で虐め抜くつもりだ!その笑顔が俺に向けられる。

ふと、カオスが『ますたー、私のこと、嫌いなの?』と不安そうな視線を――嫌いじゃない、妹の様に大切に思っている、あの時こいつを拾った時に俺は決めたんだ、こいつにもう悲しい顔をさせないと。

―――ロリコンではない、幼女ブラボーではない、だが、漢には逃げては行けない時がある。

『駄目なんじゃね?――――――流石にロリは、駄目なんじゃね?―――――』

瞳を閉じると偉大な先人の姿、ごめん、じいちゃん、俺……初めてじいちゃんと道を違えるよ、でも、それでいいんだ、ロリだって…………いつか成長するんジャナーイ?

エンジェロイドは成長しないんジャナーイ?

「お、俺は…………」

「ますたー?」

「…………マスター…………」

「―――トモキ?」

「ハイハイハイハイ!『けっこん』ってなんですか!!」

「…………智樹、また御代わりをしてもいいか?」(自分で盛ってる

「トモちゃん?」(阿修羅を背負いながら

え……最後の一人だけおかしいよな?眼を擦ってもう一度見るがそこには立派な阿修羅がいらっしゃる―――――返答によっては確実に黄泉路を歩く羽目になりそうだ。

しかしここでカオスを泣かせたら俺が自分で決めた決意を裏切る事になる、かと言って、誤魔化せるような状況では無い、会長めっ、厄介な質問をしやがって。

カオスの事は好きだ、しかし、巧みな話術で追いこまれた結果、ここで好きと答えると『結婚したい』って意味合いになってしまう、ええい、じいちゃん、俺はどうしたら?

『―――ロリと同性愛は――――認められないんじゃね?――浮気は仕方ないんじゃね?』

どさくさに紛れて自分を弁護するなんて素敵だぜじいちゃん!そんなじいちゃんの血を継ぐ俺は桜井の誇りを継ぐ者!!苦境の一つや二つ打破出来ないでどうするんだ?

「俺はどうせ最後の一線を越えるなら未確認生物全員と結婚する!!……ハハ、な、なーんちゃって………あれ、み、みなさん?」

ピシッ、空気が凍った、あれ―――冗談なんですけど、何か間違えた?

「ますたー、私と結婚したいの?」

カオス、少し黙ってなさい。



[28193] 13―空のマスターと従順な人形
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/14 20:23
気に食わない、玉座に腰掛けながらそんな事を思う、自分の思い通りに行かない事は全て等しく気に喰わない―――だが、それこそ生を実感できる。

故に地上に下ったエンジェロイド達を楽々と滅ぼせれる力(ZEUS)を持ちながらそれを行わない――それでは自分のエンジェロイドの開発技術が劣っていると自ら証明するのと同じだ。

だからそれを行わず、新たにエンジェロイドを開発して地上の蟲達へと仕向けるのだ、そうすれば退屈も潰せるし自尊心も保たれる、退屈はいけない、アレは心を腐らせる。

仮初の幸せに身を浸らせるシナプス人としての誇りを失った連中のように、その代表が鬱陶しいダイダロスだ、しかしエンジェロイドの開発技術に関してだけは認めてやってもいい。

「………退屈だ」

思うように開発が行かない、時間は有限では無く無限にある、それこそ退屈な時間の連鎖で構成された生が延々と続くわけだ―――――だからこそ、私を楽しませる玩具が必要なのだ。

さらりと首に纏わり付く髪すら鬱陶しく感じてしまう、どうしてだろう?ここ最近は苛立つ事も多いが生を実感する様な瞬間も多く感じる、きっとそれは自分を裏切ったエンジェロイド達のせいだ。

自分を裏切って地蟲(ダウナー)と生活を共にする、それこそ、嫌悪した同族と同じ事をしているでは無いか!まさか、人形までそのように堕落するとは呆れて何も言えない。

さぁ、次はどんなエンジェロイドを開発してやろうか?――夢を見る機能、水中戦闘用、そのどれもが既存のエンジェロイドには持ち得なかった機能。

それを容易く開発した自分の才に満足を覚えながらも、そのどれもが失敗に終わった事に強い不快感を覚える、しかし失敗とは『退屈』では無い、また新たに開発をしなければならない丁度良い理由付けになるのだ……また、退屈では無い理由が一つ出来た。

「マスター、ど、どうなさいました?」

「う、嬉しそうですね」

「ふんっ」

跪く二体の玩具、玉座からその声の持ち主であるソレを見下ろす、この玉座の位置と彼女たちのいる位置が明確な格差だ。

自分は彼女たち――ソレのマスターだ、玩具であり人形であり商品である存在、量産型でありながら中々の性能を保有しているのでそこそこに重宝している。

怯えたような媚び諂った笑み、それこそ彼女たちに相応しい、しかし、時にはそんな表情に飽きる事もある、そう言えば――サクライ・トモキのエンジェロイド達は表情が豊かだ。

本来は自分のエンジェロイドであった彼女たちは一度たりともそんな"笑顔"を見せてくれた事は無い、別にそれが悔しい訳ではない、ただの人形の表情だ、気にする事柄では無い。

「おい」

「「は、はい」」

高圧的な言葉を吐きだすと跪いていた二体が身を寄せ合うようにして震える、今まで自分のエンジェロイドでここまであからさまな態度をする者がいただろうか?

―――どう言えばいいのだろうか、怯えを素直に自分の前で晒すのは頂けない、しかし、不思議と咎める気にもならずに、ふむと……人心地がつく、気が抜けてしまった……怯えは甚振ってこそだ、そうじゃないと楽しくない。

要撃用エンジェロイド・タイプγ・Harpy(ハーピー)見た目はまったく同じ、金髪の方が姉で黒髪の方が妹―――――下らない知識だ、取るに足らない情報だ。

―――――武装は摂氏3000度の気化物体を秒速4kmで撃ち出す、超高熱体圧縮発射砲・Prometheus(プロメテウス)――そうだ、必要な情報はそれだけでいいのだ、私はどうしてしまった?

ここ最近は新型の開発に明け暮れていた、少し疲れたのだろうか?――瞳を閉じてこめかみを指で押す、退屈は最も嫌う所だが、疲労も同じだ、少し休んだ方が良いのだろうか。

「マスター、あの、体調が優れないのでしょうか?」

「だ、大丈夫ですか!」

「……問題無い、私の心配をするとは、いつの間にか偉い身分になったものだな」

「い、いえ!ただ………マスター、ここ最近、御休みを取っていませんし、少しでも体を横にした方が」

「そ、そうです!シナプスの警備は私たちに任せて御休みになってください!」

「――ん?」

ハーピーの顔を見下ろす、二人とも瞳を潤ませて、いつもはピーンっと立っている耳も心なしか元気が無さそうに垂れている様に見える――錯覚だ、そんな機能は搭載していない。

オロオロとしながら自分を見上げるハーピーを見ていると心の内に理解出来ない感情がわき起こる、くすぐったい様な、甘ったるい様な、気持ちの悪い感情――だが、悪くない。

この感情が何なのかわからない、酷くいけないような気がする、それに飲み込まれたら自分が自分で無くなる様な―――自分が自分で無くなったら"退屈"すら感じられないではないか。

「マスター、御無理はなさらずに」

「そ、そうです!新型のエンジェロイドなんか無くても私たちが空の女王(ウラヌス・クイーン)を!……ちょ、ちょっと怖いですけど!」(ガタガタ

「………はっ、お前たちで倒せれば私もこんなに苦労をしていない」

「「はぅ」」

「―――――少し疲れた、軽く横になろうと思うが、お前たちも添い寝ぐらい出来るだろう?」

「!」

「も、勿論です!」

「…………ふん、行くぞ」

素っ気ない言葉、玩具にはそれが相応しい――――寝室へと向かいながら、どうしてか……後ろを付いてくるハーピーの足音に耳を澄ますのだった。

「「マスター!!」」

不可解だ。



[28193] 14―カオス・わるいこ
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/15 11:15
新しい言葉を覚えた、けっこん、結婚―――素敵な言葉、ますたーと一緒になれる素敵な言葉、きっとそれは愛を表現する最大の手段で、私がますたーに一番してあげたい事。

それを目標にするんだ、そう決める、自分で決める………ますたーは『お前の好きなように、自由にしろ、な?』―――前にそう言ってくれた、だから私は自分で選んでそれを決める。

あの後、ますたーは逃げるようにして部屋を去っていた、その後ろを追う二つの影、私も追いたかったけどますたーの言った『結婚』について知る事が自分のやりたい事のように感じた。

……ますたーから離れてでも興味がある事なんて、少し不思議――ますたーのますたーもおうちに帰ったみたい。

ニンフおねぇさまが調べてくれてわかった、おとことおんな、女性と男性、それが結ばれて"一つ"になる事、ドキドキドキ―――――私とますたーが一つになれるの?

それはきっと私とますたーを結ぶこの鎖に匹敵するほどに凄いもので、ますたーはそれを私たちにくれると言った、おねぇさま達は顔を真っ赤にして混乱している。

それなのに私は自然と冷静だった、ますたー、それはいつくれるのかな?早く欲しいけど――さっきのますたーの様子からして簡単に貰える物では無さそうだ。

でもくれると言ってくれた、それだけで私の心はポカポカとあたたかくなる、だったらますたーがくれるまで待てばいい、それまではこの鎖が私とますたーを繋いでくれる。

残ったのは私たちエンジェロイドだけ、私たちに命令をしてくれるますたーはいない――寂しい、寂しい?――さっきまでますたーの体に触れて愛を感じていたのに。

ぎゅっと自分の体を抱きしめて縮こまる、ますたー、早く帰ってこないかな?――結婚についてもっと教えて?あの日、私に愛を教えてくれたように、ますたーの言葉なら何だって信じるよ?

「…………結婚…………」

イカロスおねぇさまの何処か呆然としたような声、イカロスおねぇさまには夢を見る機能は無いのにまるで夢を見る様なとろーんと濁った瞳、頬は薔薇色で体がフラフラとしている。

その横ではニンフおねぇさまがブツブツと何かを言いながらぱくぱくとお菓子を食べている『と、トモキがしたいんだったら、し、仕方ないわね!』――こっちも何処か嬉しそう、頬っぺたも赤い。

アストレアおねぇさまは"結婚"について説明された時から何も言わず同じように顔を赤くして畳に寝転んでいる―――どうしたんだろう?―――でも一番不思議なのが私。

その三人の姿を見ているとモヤモヤとする、さっきまで胸に溢れていた嬉しい気持ちが萎んでいって………代わりに、またあのいけないものがズキズキと騒ぎ出す。

きっとこれはいけないものだ、だって痛いのは愛じゃないもの、ズキズキと痛みにも似た何か―――これは愛なんかじゃない、いけないもの、酷く駄目なものだ。

私は畳の上で正座をしてますたーの帰りを待ちながら、きゅっと胸をおさえる、ますたーは大きいおむねが大好き、私には無い…………イカロスおねぇさまとアストレアおねぇさまはお胸が大きい―――ますたーは好き?

(ますたー………ますたー)

優しい笑顔、いつも私を撫でてくれる手、たまに抱きしめてくれて、その時は私はお人形のようにますたーに身を委ねるのだ、そう、だって私はますたーのお人形だもの。

ますたーだけの素敵な素敵なお人形、この鎖で繋がれて、あの人の為だったら何だってしてあげるの――それが私の存在価値だから、それが私の稼働し続けている意味だから。

『ちみっ子?』

『………俺の家に来い、俺がお前の"おうち"になってやるからっ、いつでも遊んでやるから………帰る場所が無いなんて、そんな悲しい事言わせないからっ』

『くそ、甘やかしてしまいそうな俺がいる……この、このっ、このっ、愛い奴じゃ、愛い奴じゃ』

『未確認生物だろうがエンジェロイドだろうが、子供は子供らしくしてろよな、な?』

『おう!そうだ、それでいいんだぞ!』

私の記憶の中には色んなますたーの姿がいっぱい、優しく笑っている表情、悲しそうな表情、とぼけている表情――――そのどれもが私の大切な大切な記憶、誰にもあげたくない私だけのもの。

そう、ますたーだけが私にとっては重要で、ますたー以外の事柄なんてどうだっていい、でもきっとそれを口にするとますたーは悲しそうな顔をして私を抱きしめるのだ。

どんなますたーの表情も大好きだけど、でも一番大好きなのは笑っている表情、それを見ると胸の奥がトクントクンと奇妙に脈打ち、嬉しくて嬉しくて飛び跳ねてしまいそうになる。

そう、私にはますたーしかいらない、ますたーのますたー達も優しい、でもますたーしかいらない、おねぇさま達も優しい、でも私はますたーしかいらないの!

―――いつでも触れていたい、いつでもますたーを感じていたい、それが結婚?それをしたらますたーは私だけのものになってくれるの?――私だけと結婚してほしいな。

私だけを見て欲しいな、エンジェロイドが思っても良い事なの?――ああ、ますたー、ますたーを思うだけで嬉しくなったり、嫌な気持ちになったり、これはなぁに?

以前に教えて貰った愛は単に優しい胸の響きで、ただ嬉しくて、ただ"幸せ"で、それだけだったのに――今はもっと複雑で理解できないものになっている、これも愛?

誰にもあげたくない、譲りたくないの―――ますたは私のますたー、私だけの―――――私だけの?―――ますたー、ごめんなさい、わるいこ、悪い子、カオス(私)は悪い子かもしれない。

だって大好きなおねぇさま達にもますたーを渡したくない、私だけを見ていて欲しい、おねぇさま達じゃなくて私だけを、私一人だけを、それはきっと悪い事、ますたーの嫌いな事。

きっとこれはますたーが近くにいないから、今、近くにいないから………こんな考えになっているんだ、こんな悪い事を考えてしまうんだ、だいじょうぶ、ますたーが戻ってきたらいつもの私に戻るはず、きっとそう。

ますたーのお人形の私に―――ますたーの道具である私に――――ますたーを一人占めしようと悪い事を考える私はいらない、だってそれは悪い子だもの、ね、ますたー。

とくん――ずきっ、甘い疼きと突き刺す様な痛み、こんなのは初めてだ、きっと悪い事を考えたから動力炉がおかしくなったんだ、きっとそれが原因だ――ごめんなさい。

「トモキ、遅いね」

ニンフおねぇさまの呟きに私はコクリと頷く。

(ますたーにまた抱きしめて貰おう、そうしたら……大丈夫)

そうしたら、このおかしな感情もきっと消えてくれる、きっと……ますたー。



[28193] 15―カオス・ますたーと雨
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/20 02:54
―――――しとしとぴっちゃん。

急に降り始めた雨、分厚く黒い雲が不機嫌にどよめきながら雨を降らす、空に沈殿したソレは去る気配も無い。

やがて大降りになり、先程までの可愛い雨の音は何処かへと消え去る、雲の上から誰かがバケツで水を振り撒いてるのかと思う程の豪雨。

水浸しになった地面を部屋の中から見つめながら―――ますたー、大丈夫かな、不安になる、まだ家には帰ってきていないから……探しに行こう。

「えーと………"傘"!」

玄関で頼りなく壁にもたれ掛っていた黒いソレを掴む、使い方は教わった………外に出る、あまりに激しい雨は視界を奪う程の密度で世界を支配している。

ぱちくりと目を瞬かせる、地上は不思議、純粋にそう思う―――ますたーに買ってもらったサンダルを履いて、戸惑う様にその世界に足を進める、あっ、傘を差さないと!

バンっ、形の変わったそれを『ふーん』と見つめる、これで空から降り注ぐ水滴を弾くわけだ、考えた人は偉いと思う反面、こんなに降っていると意味があるのかなと思う。

バン――バン――バン――バン――バン――、頼り無いと思ったソレは思いの外の強度で雨を遮る、音の響きが耳に気持ちいい、恐る恐る足を踏み出す。

(ますたーは別に迎えに来たらダメって言ってなかった…………しかられない?)

叱られるのは嫌だ、褒められたい、でも叱っている時のますたーは私だけしか見ていない、そう考えるとそれはそれで素晴らしい事のように思える、けど、やっぱり笑った顔が好き。

ぴちゃん、すっかり水に染められた地面は踏みしめると茶色い飛沫と共に弾ける、少しだけ楽しい、ぴちゃん――ぴちゃん――ぴちゃん――、何度か踏んでみる。

すっかり楽しくなってしまい、時間が経過する、いけないいけないと頭をふるふると、ますたーをお迎えしなくちゃ………キュイ、ますたーの生体反応を探る。

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ますたーの居場所が脳内の地図の上で点滅する、えーと、あの日、ますたーがますたーになったあの場所の近く、知っている場所で少しだけ安心。

足元が汚れてしまったけど、構わず足を踏み出す―――ますたー。






桜井智樹ここに死す、彼は英雄にして勇者、猛者にして強者、人にして夢―――――いい感じに地面にのめり込みながら思う、少しやりすぎじゃね?

今回は別にエロい事をしたわけでも無く、軽いジョークで場を和ませようとしただけだ、なのにそれを口にした途端、静寂にひびが入る音を確かに聞いた。

それは冬の朝方に子供たちが威勢良く割る凍った水たまりのように見事な音、ピシッ、過去の経験からあっち側で手を振るじいちゃんの姿が見えた―――――殺される前に逃走っ!

全力で駆けた、足が取れるんじゃないかって程の全力で、しかし敵は速かった――捕まった俺はチョップされ、木に吊るされ、チョップされ、スタンガンでビリビリされ、チョップされた。

そしてゆっくりと縄を外されて、スタンガンでびりびりされて、チョップされ、カイザーナックルでタコ殴りにされ、チョップされた、ふぅ、今回はまだまともだったな。

状況から考えてもっと凄まじい結果を予想していたが……何度も頭にチョップされたので地面に顔面がいい具合に沈没した、先程から抜こうともがいているが脱出は出来ていない。

しかも雨が降り始めた見たいで体に冷たいソレがこれでもかと当たる、泥濘に浸かった顔の感触も最悪だ、ふごー!ふごー!ふごー!声は出ないがくぐもった息を吐いて気合を入れる。

そう言えば去り際にそはらが変な事を言っていたな、『……………本当に、冗談なの?』―――――――いつものように何でもない捨て台詞だと思っていたが、妙に耳に残る言葉だった。

本当も何も、場を和ませようと適当に口にした冗談だ、そこまで深く考えて口にしたわけでは無い、寧ろ――――冗談としはあまりに嘘臭くてわかりやすい内容だ。

なのにこの扱いは酷い、そもそもどうして怒ったのかがわからん、そはらも会長も怒っていたと言うよりは呆れていた感じだったかも、しかし折檻の手は抜かない――悪魔め。

―――――しとしとぴっちゃん。

静かに降り注ぐ雨の音、やがて溜まった雫が限界を迎えて地面へと落ちる、最初はおだやかだったその音も徐々に激しさを増す、耳に馴染んだ音はただの激しく物が落ちる音になる。

ざぁあああああああああああああああああ、しかし抜け出せない、何処まで深くめり込んでいるんだ俺の顔、何処まで有り得ない威力なんだそはらチョップ、二つに感心する。

『ますたー、私と結婚したいの?』―――――ふと、そう言って首を傾げた幼い顔が浮かぶ、後でちゃんと説明してやらないとな、カオスは純粋だから下手に信じ込んでしまってさらに厄介な事になる可能性がある。

そこが可愛い所でもあるのだが、時折妙に大人びた発言をする、他の未確認生物――エンジェロイドには無い独特の表情、絡み付く蔦を連想させる様な危ない表情。

それをさせないためにもキチンとした教育をしなくては!何となく、あの表情は嫌いでは無いのだが、子供がしたら駄目な様な気がするのは何故だろう?

体に当たる冷たい水滴にブルブルと震えながら必死に身悶える、ええい、いつもなら簡単に抜け出せるのに今日は一段と深いな!それだけそはらチョップに気合が入っていたのだろう。

凍死――もしくは溺死、嫌な単語が頭を過る、このまま穴の中が水で浸かり切れば後者、例え水がこれ以上侵入して来なくても雨が降り続ければ凍死、いや……衰弱死か!

時々、俺って不死身なのか?と不安になる瞬間もあるけど、立派な人間だ、状況によってはあっさり死んでしまう、あいつ等(未確認生物)とは違うのだ――ヤバい!

ふぐぐぐぐぐぐぐぐ、何度も抜け出そうとするが見事に外れない、外れる気配すらしない、そんな事をしている内にも雨は激しさを増し、風も強くなる。

助けを呼ぼうにも声も出ない、その上、この時間帯でこの激しい雨と風、外を出歩いている人間は恐らく皆無だろう――夜の近付く気配と雨の音、流石に不安が段々と大きくなってゆく。

『……………マスター……………』

『―――――――――トモキ』

『ともき!』

『ますたー?』

どうしてだろう、四人の顔が順々に浮かんでは消える。

本当にどうしてかわからない、イカロスはあの時見せてくれた柔らかな笑顔、ニンフはやっと心の底から笑えたような優しげな表情、アストレアは能天気丸出しの100パーセントスマイル―――――そしてカオスの、上履きを履かせた時に見せた幼い笑い顔。

ああ、こいつ等………笑ったら、無敵だな―――可愛いじゃねーか、素直にそう思える、死に際に見る笑顔がこんなのだったら悔いは無いだろうなと思える程に綺麗な表情。

地面に顔面を沈めながら俺はどうしてこんな事を考えてるんだろう?状況からは笑えないはずなのに、急におかしくなってしまう、俺もあいつらの前でちゃんと笑えてんのかな?

むんず―――――――頭を何かに掴まれる、小さくて柔らかくてあたたかくて、何度も触れた経験のあるもの、カオスの小さな手、そして小さな手は万力のような強烈なソレでギリギリと―――痛いを通り越して逆に清々しいほどだ。

そして力任せに上へと引っ張る、こちらは言葉を発する事は出来ない状況―――――僅かな衝撃の後に広がるのは灰色をした雲の群れ、空を見た後に体が地面に打ち付けられる。

飛び散る水滴、いたたたたたっっ、しかし思ったよりも大丈夫、暫く目を閉じて唸る、そして気付く……自分の体に冷たい雨が当たる感触が無い事に、パンツまで水浸しになりながらも自分の上にある物の正体を見る。

「だいじょうぶ?ますたー」

「あっ」

「?―――寒そう」

大きな傘を差したカオスの姿、返事が無い事を不安に思ったのが腰を屈めて瞳を覗きこんで来る、紫色の大きな瞳、汚れを一切含まない見るだけで泣きたくなる様な無垢な瞳。

そこにあるのは純粋に主を心配する子犬の様な感情、良く見れば俺のように全身がびしょ濡れだ、いつもの修道服のようなソレはあちこちに泥が付着していて見る影も無い。

密かに撫で心地が良いなーと思っている金糸のような髪はあちこち縺れてしまっている、その髪を真っ白い肌に張り付けて………見ているだけで責め立てられている様な気持ちになる。

そうか、迎えに来てくれたのか――初めてだもんな、上手に傘を差せなくても当たり前だ、車か何かに水をかけられたのか?――怪我は無いか?怖く無かったか?

胸の内からどんどんと急激に感情が溢れて来る、それは優しげな波で、自然と顔が綻んでしまう――――ああ、可愛い奴なんだなこいつ、そう純粋に思ってしまう。

座り込んだ俺に小さな手が差しだされる、本当に小さな手……本当に小さな手のひら、紅葉のように愛らしいそれを掴むと思った以上に冷たい―――――『えへへ』と笑うカオス。

自然と、立ち上がりはせずに、それを引いて抱きしめる、スポン――小さくて幼い体は簡単に腕の中に納まる、そしてキュッと自分の感情を伝えるように強く抱きしめる。

傘が地面に落ちて風を受け気まぐれにくるくると転がる、何処が不機嫌そうに回るソレを無視してカオスの頬に頬を寄せてやる、ひんやりとした頬、一人でここまで頑張った証拠。

「ますたー、どうしたの?」

「ったく、一人で無茶しやがって―――でも、ありがとな」

「私、ますたーが心配だったの……………だから、"おうち"にかえろう?」

カオスも自ら頬を寄せてくる、トクンと愛しさが脈打つ―――――はぁ、本当に仕方のない奴だ、俺なんかの為に無茶をして、こんなに濡れてこんなに汚れて――本当に、俺のバカ。

嬉しそうにクスクスとカオスが笑う、雨に濡れるのも構わずにカオスが何度も頬を擦りつけてくる、小動物の仕種に気恥ずかしくなるが、今回ばかりは仕方が無い。

「ますたー、ますたー、ますたー♪」

「はいはい」

トントンと背中を叩いてやりながら抱きしめたまま立ち上がる、近くに転がっていた傘を手に取りゆっくりと歩き出す――カオスが頬を擦る度に甘い匂い、カオスの髪が皮膚に張り付くくすぐったさ。

「ますたー、寒い?」

「ああ、今は――あたたかいなぁ」



[28193] 16―カオス・ますたーと風邪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/25 16:00
ますたーが"風邪"を引いた―――きっと雨に濡れたせいだとみんなは言っていた、顔を真っ赤にしてゴホゴホと咳をしている、今日は学校をお休みしてお部屋で寝ている。

イカロスおねぇさまがお部屋に近づいたら駄目って言ってた、今、ますたーは苦しくて辛いから私たちと話す余裕が無いんだって―――ぽっかりと胸に穴が開いたような気分。

雨は激しさを増して降り注いでいる、昨日、ますたーのお迎えをした時よりももっと凄い、ザ―ザーザーザーザー、とても不機嫌そうに降り注ぐ――――――雨、ザーザーだ。

「…………ん…………」

「――――イカロスおねぇさま?」

しーっと、イカロスおねぇさまは人差し指で私の言葉を遮る、ますたーのお部屋の前、私はイカロスおねぇさまのエプロンの裾を握って部屋の中を覗き見る。

汗を沢山流して不規則に咳をするますたー、瞼を閉じたままで苦しそう……………『…………外で待ってて…………』―――イカロスおねぇさまはそれだけ言って扉を閉める。

ぽつーん、一人っきり、ますたーの苦しそうな顔が脳裏から離れない、イカロスおねぇさまはますたーの風邪が治るまで中で看病する見たい、私は看病のやり方を知らない。

一緒に居ても邪魔になるだけ、それはわかっているけど、それでもますたーの近くにいたい、もっと私が早くお迎えに行っていればこんな事にはならなかった?――ズキッ、ああ、痛い。

お胸の奥がズキズキっと激しく痛む、抱えきれない程の痛み、ますたーが痛い、ますたーが辛い、ますたーが苦しい、ますたー、不安が込み上げてくる、自分では無いのに、自分が感じる痛みよりも鋭利な痛み。

ますたーのお部屋の前で蹲る、膝を抱えて、それは感じた事の無い恐怖――ますたーが苦しんでいるって事実が私にとっては途轍もない恐怖、こわい、こわい、ますたー。

ズキズキズキッ――痛みは激しさを増す、ますたーの苦しそうに表情が何度も何度も頭の中に浮かんでは消える、外から聞こえる雨の音と合わさって不安をより増大させる。

「―――何やってんのよ、カオス?」

「!」

甲高い少女の声、顔を上げれば青いワンピースを着たニンフおねぇさまがお菓子を食べながらこちらを見下ろしている、やや呆れた表情――私はカタカタと震えながらそれを見上げる。

口を開いて―――――閉じる、何を口にしたいのか、何を伝えたいのか自分でもわからない、でも大きな不安が私の体を突き動かす、震える指でますたーのお部屋を指さす。

ニンフおねぇさまは『―――ああ』と納得したように頷く、それだけで私の中の何かが我慢の限界を迎えて、飛びつくようにニンフおねぇさまに抱き付く。

「きゃっ!?」

「ますたー、ますたー、ますたー、ますたー、ますたー、ますたー、ますたー、ますたー」

ニンフおねぇさまの腰に両手を回して想いを口にする、何度呼んでも不安は消えない、おかしい、ますたーって口にするだけでいつもは不安がスーッと消えてゆくのに。

今は逆に不安が大きくなる、口にしただけ思考が混濁としてゆく、ニンフおねぇさまの体は柔らかくて――ますたーと全然違う、ますたーの体はもっと硬くてゴツゴツとしてて――。

「はぁ、新しい末っ子は本当に手が掛かるわね―――――大丈夫、熱も下がったし、今日一日寝てたら治るってアルファーも言ってたわ」

「―――?」

「――泣いている事にも気付かないなんて、困った娘ね」

―――『おいで』そう言われて手を引かれて、ますたーと一緒にいるような優しい気持ちになる、不安は消えないけど、さっき見たいに鋭利な痛みは感じない。

不思議、とても―――不思議……階段を下りながら私はそう思った。







雨が止んだ――、安心したかのように虫の音が静かに響く、月の青白い光がカーテンの隙間から差し込んで部屋を優しい色で包む――熱も下がって、咳も出なくなった。

イカロスに大丈夫だから一人にしてくれと言って、それからずっと天井を見つめている、体に怠惰な火照りが残っている、眠気も合わさってゆったりとした時間が流れる。

ずっと看病をしてくれたイカロスに申し訳ない様な何とも言えない気持ち、今度お礼をしなきゃな―――――、少しだけ、一人で生活をしていた過去を思い出す、今は皆が心配してくれる。

うっすらと開いた目で見たのは扉の向こうから呆然とした顔でこちらを見つめるカオスの姿、ああ、そんなに心配しなくても――嫌なもんを見せちまったなと心の中で謝る。

カオス、愛を教えてと空虚な瞳で問いかけていた少女、それがまさか自分を心配してくれるようになるとは――成長?違う、初めて会った時から純粋で優しい心を持っていた。

カオスだけじゃない、他のエンジェロイドもみんな――だからこそ不憫に感じてしまう、だからこそどうにかしてやりたいと思う、自由に生きて欲しいと心の底から願う。

「――――難しいよな」

でも、それはきっと普通の生活の中で学んでゆく事だ、時間は幾らでもある、その間は幾らでも迷惑をかけていい、そりゃ、嫌気が差す時もあるけど、そんな不器用さも――はぁ。

これじゃあ、俺があいつ等の事を大好きみたいじゃないか!―――いや、決して嫌いなわけではないが、何故か微熱とは別の熱を感じて額を手で押さえる、なんだこりゃ?

―――――トントンっ。

ノックの音、あまりにたどたどしいそのノックには聞き覚えがある、俺が教えた――小さな手で優しく叩かれた音、カオスの顔が浮かぶ、朦朧とした意識の中で見た泣きそうな表情。

何だか胸の奥が嫌な感じに疼く、申し訳ない、すまない、お前は悪く無い、それらが一つになって自分を責め立てる、『――入っていいぞ~~』となるべく軽い口調で呼びかける。

トンっ、足音、布団に寝転んだままそちらを見つめる、黒いワンピースに真っ白い肌、青白い世界でその姿が鮮明に浮かび上がる――素足のまま、ゆっくりと近づいてくる。

表情は長い金髪に隠れて見え無い、布団の横にまで来ると膝を付いてこちらを見下ろす―――金糸の中に二つのアメシストが煌めいている、まるで宝石箱だな――陳腐な言葉。

「ますたー………ますたー」

「ったく、そんなに心配しなくても、ホラっ!こんなにピンピンだぞっ!」

空元気では無い、少しだけおどけてみせる――それでもカオスの表情に変化は無く、今にも泣きそうな表情だ――そんな表情を見るだけで胸が張り裂けそうになる。

そんな表情をさせているのが自分だと思うとさらに苦しくなって、うりゃ、気合を入れてカオスの腕を掴んで布団の中に引きずり込む、そしてぎゅーと抱きしめてやる。

カオスは幼く弱く脆い、だからしっかりと家族として愛情を伝えてやる、柔らかくて甘い匂いのする体――カオスは目をぱちくりとさせて驚いているようだ。

「???」

「風邪も治ったし、カオスの抱き心地はいいし――――――だから、そんな顔をするなよ、な?」

「―――ますたー」

「カオスは"良い女"だなぁ、俺をこんなに心配してくれて―――――あんがとな、本当に……」

「――――うん」

いつもの様に頬を寄せてくるカオス、少しは安心したようだ、安心したと同時に、何だか眠くなって来た………ふぁ。

だってこんなに柔らかくてあたたかいものが腕の中にあるんだ、仕方ないよな、俺の意思とは別に瞼がゆっくりと下がって来る。

「…………ますたー、大好き」

耳元で何度も呟かれる"大好き"が俺を眠りの世界へ誘うのだった。



[28193] 17―カオス・ますたーとまどろみ
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/01 11:42
甘い匂いがする、人工的では無い自然の匂い、例えるなら蜂蜜のようなミルクのような優しい匂い、嗅いでいるだけで幸せになれる"子供"の匂い。

目覚めたわけでは無く、薄っすらとした眠りの世界でそれを嗅ぐ、心地よい――しかも抱き締めている何かは柔らかくてあたたかい、匂いはそこから漂っている。

鼻を擦りつけるようにして胸いっぱいに吸い込む、何処か懐かしいようで、でもやっぱり過去にあまり嗅いだ事の無い匂い……最近はこれがいつも近くにあるような気がする。

まるで母親に甘えるように――自分の母親はアレだけど、かと言って幼い時に甘えさせてくれなかったわけでは無い、思い出を辿る、記憶にあるそれより柔らかくて頼り無い感触。

小さな胸に抱かれている――、目を開けなくてもわかる、慈しむように髪を撫でる小さな手の感触、プ二プ二としていて小さくて、そして優しい動き、気持ちいい。

強請るように唸ると『クスクス』と童女の声、鈴を転がすような可愛らしい声、それすらも眠気を誘う要因となって頭の中に入り込んで来る―――――――まどろみ、うとうと。

「ああ………気持ちいいなぁー」

自然と声が漏れる、自分の声なのに何故か他人のように聞こえる――我ながら覇気の無いだらしない声だと思う、そんな俺の声に気を良くしたのかぎゅーっとさらに強く頭を抱きしめられる。

甘い甘い匂いだ、ポカポカとあたたかくて、ずっとこの胸の中にいたいと思う、そして何となくその相手が誰なのか理解する、いつもなら恥ずかしくてすぐにでも離れるけど――不思議と今はそんな気持ちにならない。

風邪で体力を消耗したせいかそんな気力が無い……『ますたー………ますたー』――泣きそうな声がまだ忘れられない、どうも、"カオス"に俺は弱い、とことん弱い、守ってやらないと!って強く思う、なのにその対象に俺は甘えている。

自分自身でも不思議だ、カオスは幼くて小さいのに俺の情けない所も弱い所も受け入れてくれる、もしかしたらそれが好きなのかもしれない――カオスの事は好きだ、自覚はしている。

未確認生物はみんな弱くて脆くて優しい、カオスはその危うさが最もあるように思う、だからこそ甘えて来たり抱きついて来ても邪険に扱わない、素直に受け入れてしまう……これでは本当にロリコンじゃねーかと自分に悪態を吐く。

「……――ますたー!」

「んぁ」

「―――可愛い、凄く……」

何だか保護者としての大事な何かが砕かれたような折られたような根底から覆されたような―――――、しかし眠気の方が勝っているので何も反論出来ずに頬を薄い胸に寄せる――もっと胸があれば良いのにと少しだけ思う。

(―――カオスをその舞台に上げるのがそもそもの間違いだろう……)

ニンフなんて相手にならない程のロリ枠だからな、開発した奴も何を考えてこの容姿にしたのやら――しかし可愛いからいいや、別に……駄目だ、思考が曖昧で頭にお花畑が咲き誇っている。

あまり深く考えたら駄目、今の自分は相当駄目なような気がする、だから何も考えないでカオスに抱き付く、自分もカオスの小さな体に両手を回して"はふ"と息を吐く、何て良い抱き枕なんだっ!

普段の自分からは考えられない言葉が脳裏にスラスラと浮かび上がる、けど、恥ずかしさも無くカオスに甘える――んー眠い、とにかく眠い、そして抱きしめている体はふにふにしている。

ふにふに、体を擦りつける度に『クスクス』と心の底から楽しそうな声、こっちも嬉しくてカオスも嬉しくて、だったら何も気にする必要は無いなとさらに駄目な思考に陥る――駄目か?

「――――オゥ、カオスの抱き心地は、ムニャ、最高じゃのぅ」

「?――――――ますたー、いい子~いい子~♪…………うん、本当に可愛い、ああ、ますたー……」

どうしてだろうか、カオスの優しい声に少しだけ怖いものが……それが何なのかはわからない―――――どうして怖いと思うのか、それすら理解出来ない、いつもの幼い声なのに。

しかしやはり離れる気にはならない、ああ、どうしてなのか――単にカオスを抱いて眠るのが好きだから………とか?……なんだ、だったらこれからずっとそうすればいいじゃないか。

カオスも喜ぶだろうし、俺も嬉しい―――――何かを口にするのは億劫、だけどもう一度――これからずっと一緒に寝てくれ、そう口にする、ちゃんと言えたか?……「いいよ?」ああ、言えたようだ。

これからずっとこんなにも柔らかくて良い匂いのするカオスを抱いて寝れるのか――それはとてつもなく素晴らしい事のように思える……けど何故か少しだけ悪寒がする、風邪が治り切っていないのか?

「ますたー……ずっと、ぎゅーってしててあげるね……!」

今日も学校は休むつもりだ……望むところだ、しかしぎゅーって抱きしめられる度にインモラルな空気が部屋に漂っている気がする、しかし全ては"眠い"の一言で解決する。

こつんっ――今までずっと柔らかな感触に全てが支配されていたのに少しかたいものが額に当たる――ああ、カオスの額か?…………少しだけ目蓋を開いて確認する。

幸せそうに細められたアメシストの瞳、キラキラとしてとても綺麗だ――真っ白な肌に丸みを帯びた輪郭、金糸のような艶やかな髪……にっこりと笑うと途轍もなく愛らしい。

黒いワンピースの布は薄くて――直接その肌に触れているような錯覚を覚える、むにむに、ぷにぷに、とにかく柔らかい――子供特有の頼りなさ、そして素晴らしい抱き心地、ヌイグルミのようだ。

「ますたーを"風邪"から私がまもってあげる…………ますたーを苦しめるものからぜんぶ、ぜーんぶ、まもってあげるね?」

ああ、カオスに風邪についてちゃんと教えてあげないとな、ぐぅ。

ねむい。



[28193] 18―カオス・ますたーとまどろみ2―ロリを認めるか否か―
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/03 15:12
最近カオスの愛情と言うか依存と言うかその他諸々が爆発して生きるのが辛い、カオスに対して強く出れない俺はそれを甘んじて受け入れている。

いや、仕方なく――仕方なくだっ!風呂に入っている時に乱入して来ようがメシを食べてる時に『あーん』して来ようが寝る時は常に一緒………これは自己責任だっ!

寝惚けている時に変な事を口にしてしまった自分の責任………しかし、カオスはまだ小さいし、一緒に寝る事は問題無いはず、やっぱり断ろうとしたら泣きそうになったのはここだけの話。

そしてそれを見て前言撤回したのもここだけの話、子供の泣き顔は反則だ。

そんなカオスに影響されたのかイカロスやニンフたちも最近は妙に距離を縮めて接して来る―――――最初は説教していたけど、最近はやや諦め気味で好きにやらせている――説教をする頻度があまりに高くて疲れた。

今の俺は廃人のようなもの、説教が出来る元気な俺を取り戻す為に心を空っぽにして畳の上で寝転んでいる、イグサの匂いを胸一杯に吸い込みながら現実逃避、すげーだるい。

ちゅんちゅんちゅん、スズメの鳴き声と体に纏わり付く柔らかな感触、前者は問題なし、後者は問題大あり、どうしてこうなった――俺の右腕を枕にしてイカロス、俺の左腕を枕にしてニンフ。

そして上半身にべったり張り付いているのがカオス……カオスに至ってはもはや俺の掛け布団、ぬくぬく――だからどうしてこうなった!?

自分の記憶を必死で辿る、①朝起きる→②飯を食う→③休日なので暇を持て余し昼寝→④何か体が妙に重いナー→⑤起きる→⑥現状→⑦記憶を辿る→⑧思い出した!

蒸し暑いし柔らかいし寝難いし、そしていつの間にか慣れたし、だったら問題無いんじゃね?と思うけど客観的に見て問題しか無いのが現状だったりする、六つの瞳が俺を見つめている。

エメラルドとサファイアとアメシストの瞳、イカロスとニンフとカオスの視線……普通の人間には有り得ない色、人工的な色を持つ瞳に見つめられて落ち着かない、観察されているのか?

そわそわと体を捩じると柔らかいものが体に擦れる、ええい、思い切って説教をするか?そしてまたカロリーを消費して、ぜーはーと息を吐くのか?―――それって凄く憂鬱な展開だぜ?

取り合えず、今日は説教をしない、こいつらを相手にしない――穏やかな日常を過ごしたいのだ、無視――何がなんでも無視、例え体に三つの未確認生物が纏わり付こうが無視、徹底抗戦だっ!

「……………マスター……」

むにゅ、そんな擬音が相応しい感触が右側に……イカロス、お前はいい子だろ?こんな事をする奴じゃない――そして何て柔らかい感触だ、この世界にこんなに柔らかいものがあって良いのか?

――むにゅむにゅと意識的に当てられているソレに眩暈がする、ぐいぐいっと乱暴に押し付けられているのに凄く柔らかいんだっ!

柔らかい暴力とはこれ如何に!――そしてその反対側では逆の感触、少しかためのソレを乱暴に擦りつけて来る――かたさの中に少しだけ柔らかい感触、これが未成熟の果実か――。

「――――トモキ」

哀れになるぐらいイカロスとは違う感触、しかし意地らしいと言うか何と言うか、イカロスに対抗しようとしている心意気が素晴らしい――それに、少しだけプ二って擬音が……好みからは程遠いけど嫌いな感触では無い。

少しだけ、ほんの少しだけロリコンの気持ちがわかった気がする、しっかりしろ俺っ!

「…………クス」

最後の一つはここ最近一番親しい位置にある体温、親しいと言うか……夜中は抱き枕にして寝ているしな、そはらに何度かその現場を目撃されて真っ二つにされた、しかしカオスの幼い精神とこれまでの経緯を考慮してか最近は何も言って来ない。

俺も最初は抵抗があったけど、自分で言った事だし――何より、カオスが無邪気に喜んでいる姿を見ると無碍に出来ないつーか、抱いて寝るのを繰り返している内に当たり前になってしまった。

凄く駄目な方向に向かっている気がする、で、でも!――小さい妹と寝るのって普通だよな、だから大丈夫だ!

誰に説得しているのかわからないが――カオスの体は全てが柔らかい、ニコニコと笑いながら頬を擦りつけて来る、俺の頬に何度も何度も擦りつけて来て――はぁ、取り合えずため息。

こいつらは揃いも揃って何がしたいんだろうか、人の平穏な時間を邪魔して、しかし最近はこれもこれで"平和"なんじゃないかって思うようになって来た、未確認生物に振り回されて、一緒に飯を食べて、一緒にバカやって。

そして同じ屋根の下で生活して…………ずっと一人で暮らしていた俺には少し騒がしいけど、決して嫌なわけじゃない。

カオスが常に体に張り付いていようが、妙な感触で目覚めたらキスの嵐だったりとか、逆にカオスが体に張り付いて無いと違和感があるとか――それも嫌なわけじゃない!

『―――フ、それはもう立派なロリコンじゃ……ついに限界を壊して――その領域に』

じいちゃんっ!?――目蓋を閉じればそこには懐かしい面影、つーか、会いすぎて既に懐かしく無い面影っ!――じいちゃん、どうしてそんな顔をしているんだっ!

苦難の人生を刻み込んだような皺だらけの頬に一筋の涙が――深い年輪に水が染み込む様を見て息を飲む、どうしたんだじいちゃん……それは絶対に許されない事だろう?

同性愛と幼女愛は御法度のはず、桜井家の絶対の掟――どのような生き方を選んでも咎められることの無い桜井の唯一のルール、なのにどうしてそんな"嬉しそう"に笑うんだっ!?

『大丈夫じゃ…………"ホモ"は許されぬ、しかしロリは――――"イイ"男は"イイ"女を自分で育てる』

"イイ"男は"イイ"女を自分で育てる―――わからない、意味がわからないよじいちゃんっ!――どうして笑うんだ、そんなに清々しく朗らかにっ!俺の間違いを前みたいに指摘して正してくれよ!

じゃないと俺はおかしくなっちまう――現在進行形で幼女に顔面すりすりされてるんだっ!しかも甘い匂いときめ細かい肌がすべすべでプ二プ二でおっぱいに勝るとも劣らないんだっ!このままこの道を突き進むと俺が俺で無くなっちまう!

『なぁ……トモ坊――――――――――"ロリ"の性別は……何じゃ……?』

―――――――――――――――――――――――おんな。

『なら大丈夫さ、イイ男……!!』

それが茨の道だとわかっていても突き進むのが桜井家の人間、脈々と受け継がれる赤く濃い血、ゆっくりと消えてゆくじいちゃん――俺はどうなったんだ?妙に心が軽く感じる。

ああ、カオスに抱きつかれるのは最高だな――恥じる事は無い、最も尊敬する人が俺を認めてくれた、まどろみの中、段々と思考が澱んできた、真っ白い霧のようなものが頭の中心に纏わり付く。

「カオス――抱きしめて良いか?」

「?――いいよ」

言い終わるかどうかの微妙なラインで強く抱きしめる、むぎゅーっと、自分の意思でカオスに抱き付いたのは……思えば初めてかもしれない――ああ、でもこいつのマスターになった時も一度だけ抱きしめたか?

だけど今回のそれは意味合いが違う、論理の壁をぶち破ってしまった俺の突発的行動――だけどどうしてだろう、涙が止まらないぜ、ああ、カオスが子犬の様にペロペロと舌で涙を拭うがまったく止まる気配を見せない。

「―――じいちゃん、やっぱりロリは駄目じゃね?」

「ますたー、しょっぱい」

「――――バカ」

「…………マスター」

カオスにペロペロされてイカロスにナデナデされてニンフに頬を抓られて―――――ああ、こうやって自分が堕落していくのがわかる。

ヤバすぎる状況、さあ、眠りの世界に逃げる事にしよう。















起きたら金髪のバカが一人増えてました、下半身には抱き付くなっ!



[28193] IF―新婚シリーズ・ニンフ編
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/16 11:42
私は電子戦用エンジェロイド・タイプβ・Nymph(ニンフ)…………そして、サクライ・トモキのお嫁さん。

えーと、何処からどう説明したらいいか自分にもわからないけど、あれから色々と紆余曲折があって、インプリンティングをして、告白して、現状がある。

端的に言えばソレだけで、私がトモキが好きなように、トモキも私の事が好きになってくれた、それだけ―――と、トモキみたいな変態の相手は私じゃないと務まらないんだから!

結婚をしたと言っても、今までの生活がそう変化したわけでもない、と言うのも私は人間では無いし、トモキは未成年……絶対に曲げない口約束とでも言えば良いのだろうか?

でも私はトモキのお嫁さんだし、トモキは私の旦那様―――それに納得していない奴らも沢山いるけど、私たちは両想いなのだ、何も心配する事なんて無い。

それにトモキは一度決めた事を簡単に曲げる様な人じゃない、生涯で私だけを愛すると誓ってくれたのだから、私はそれを信じて良妻となるべく頑張るだけだっ!

くーくーくーと穏やかな寝息をたてるトモキ、布団の中で丸まる様に寝ている―――好きな人、涎を垂らして呑気な顔で穏やかな睡眠を楽しんでいる、可愛い……じゃない。

「と、トモキ、朝よ、起きなさい」

「……底辺×高さ÷2でパンツの面積がわかる、わかるはず………」

寝言?――寝言にしてはあまりに口調がしっかりしているし、しかも色々と間違えているし、何度か優しく体を押して呼びかけるけど起きる気配は無い。

たまに添い寝をしてあげたり、その――抱きしめられたり抱きしめて上げたりして寝る事もあるけど、今日は違う、私達以外の家族もいるし、それに……毎日するにはあまりに恥ずかしい。

カオスみたいに当たり前に出来るわけじゃない、私にだって恥ずかしいって感情はあるのだ、でもトモキは私のマスターで旦那様――命令してくれたらいいのに。

マスターって呼んでも嫌がるし、旦那様って呼んでも微妙な顔をする、結局は今まで通りにトモキって呼んでいるんだけど、一度でいいからマスターや旦那様って呼んで返事をして欲しいかな?

「んー?ニンフか?」

ぱちっ、開いた瞳が私を捉える、吸い込まれそうな瞳――大好きな瞳、いつもは様々な好奇心に揺れている瞳も寝起きでは何処か虚ろだ、年齢よりずっと幼く見える。

それか暫く虚空を見つめた後に――焦点が合ってゆく、それでもまだ眠そう、こんな姿を見るとまだまだトモキに寝てていいよと言いたくなる――トモキがやりたい事ならなんだって許してあげる。

「んー」

「あっ、ちょ、ちょっと」

腕を掴まれて引き寄せられる、マスターの望む事には抵抗出来ない様に自然と出来ている、私は寝惚けたトモキの腕に引かれてそのまま布団へと倒れ込む。

トモキは私の頭を抱え込むようにして抱きしめる、御丁寧に両足で私が逃げられない様に固定して―――に、逃げる気なんてないけど!――あっ、トモキの匂い。

キュンっと胸の奥と下半身が疼く感覚、ああ、駄目だ……私じゃトモキを満足に起こしてあげられる事も出来ない、だって、トモキに私は逆らえないんだもの。

マスター、旦那様……トモキは望むなら私は何だって許しちゃう、それはマスターの為に稼働するエンジェロイドとして?旦那さまを想うお嫁さんとして?

それの答えはわからなくていい、私はそんな事ではもう悩まない、だって、理由がなんであれ、私はトモキが、そ、その、大好きなんだから!――愛しているの、世界の誰よりも。

愛してる、その言葉はトモキの為だけにある、私の愛しいマスター、マスター、私にはマスターがいるんだ!自覚すると胸の奥がキュンキュンと騒がしくなる……ああ、トモキ。

「ニンフはおっぱいもお尻も残念だけど抱き心地はいいなァ~~、流石は俺の嫁だな、ウヒョヒョ」

「あ、当たり前でしょ!わ、私が一番トモキにぴったりなんだから!―――他の女の子を抱いてなんか無いでしょうね?」

「い、いや」

「むっ!」

少しは目が覚めたのか、強い口調で問いかけるとトモキが軽く震える、私は甘えるようにトモキの胸板に鼻先を擦りつけながら拗ねた様な態度を取ってしまう。

トモキの汗の匂い、少し鼻の奥がツーンとするような男性の匂い……どうしてだろう、決して良い匂いと言えないそれが私は大好きだ――きっとトモキが生きている事を実感させてくれるから。

「カオスでしょ?」

「――――に、ニンフさん?」(ダラダラ

「むぅうううううううう!!」

「イタタタタタッ!?ちょ、ちょっと待て!」

ぎゅーと抱きしめておでこで胸を何度も擦る、カオス、私とトモキが結婚してもまったく態度を変えずにトモキに抱きついたり、頭なでなでしてもらったりして!

それは全部、ぜーんぶ、私のものなのに、トモキは私のマスターで旦那様なのに、ずるい、ずるいずるいずるいずるいずるいずるい、私はずっとマスターがいなくてやっとトモキにマスターになってもらったのに!

――アルファーとカオスはずっとトモキがマスターで、私だけ出遅れて、だからもっとトモキに甘えたい、色んな事をしてあげたい。

トモキのエンジェロイドは他にもいるけど……トモキのお嫁さんは私だけなんだから!――――――命令されなくても、旦那様にしてあげたい事は沢山あるんだから。

「っ!」

「お、おいっ………ちょっ………やめ……」

起き上がりトモキのお腹の上に乗る――馬乗りになって見下ろす、何をするんだと、そう言いたそうな表情、不思議ね――ドキドキじゃなくて、ゾクゾクする、トモキの怯えた表情。

その表情が私の荒んだ心を洗い流すかのように癒してくれる、足でしっかりとトモキが逃げない様に、さっき私が逃げれない様にトモキがしたように、マスターを見下ろす?

エンジェロイドがマスターを……絶対にしてはいけない事、矛盾、小指を唇に当ててぞくぞくと背筋を駆ける何かに身を任せる――視界いっぱいに広がるトモキの顔、愛しい旦那様。

「――ん」

「ニン……」

少しカサついた唇の感触、ああ――乾燥しているそこを舌でチロチロと這うように舐める、トモキ――言う事を聞かない出来損ないのエンジェロイドでごめんね?

でもこれが私のしたい事なの、トモキが望んだ『お前のしたい事』―――――大好きだよ、想いをこめて口内を虐め抜く、トモキ、普段は"変態"なのに、私からしてあげると反応が弱いの。

それがさらに私の心を刺激して、不思議な感覚に陥りそうになる―――舌を絡ませようとしても、奥に引っ込んで、簡単には絡ませてくれない……私の舌、小さいのよね。

ぽーっとした思考、ぴちゃぴちゃと舌が楽しげに遊ぶ音、旦那様が喜んでくれているか確認する、トモキは顔を真っ赤にして強く瞳を閉じている―――もう、そっちから抱きついて来たのに。

このままではふやけてしまいそう、唇を離す、プルプルと震えるトモキの舌と私の舌の間に透明な橋が見える―――恥ずかしい、でもこれはアルファーにもカオスにも出来ない事なんだから。

私だけがトモキに許されている事、そう考えるだけで嬉しくなって"にやぁ"と顔がだらしなく歪んでしまう、トモキは小声で『よ、汚された、朝から未確認生物の嫁に汚された……』

しくしくと泣くトモキの姿、もう一度顔を寄せるとびくりと大きく震える、何もしないよ?――――その両目から零れる涙をチロチロと丁寧に舐めて上げる、しょっぱい、トモキの味。

あ、ヤバいかも。

「トモキ、トモキ、私はトモキのお嫁さんなんだから、いいでしょ?ねっ?」

――――キュイ。

嫌な音、さらに身を乗り出そうとした私の耳にその音が響く、ぞくり―――――扉、開けっ放しだったかしら?

――恐る恐る振り向くとそこにはアルファーとカオスが仲良く揃ってこちらを見ている、私の最大の敵、トモキと私の結婚を認めていない二人――トモキのエンジェロイド。

アルファーの赤い瞳―――え、赤?―――カオスはカオスで過去に私のトラウマを執拗に蹂躙した時の様に能面のような笑顔を張り付けている、怖いんだけど!

警告音、アラームが鳴りっぱなしの状況で、私はなるべく相手を刺激しない様に無理やり笑みの形を作りながら、二人に向き直る。

「え、えーと、アルファー?カオス?」

「…………マスターの部屋から巨大な敵性反応がしたから……………」

「ますたーのお部屋から敵性反応がしたから!」

―――――――これ以上は無理みたい、私はプーっと頬を膨らませるのだった、って敵って何よ!

お、お嫁さんなんだから!



[28193] IF―新婚シリーズ・アストレア編
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/19 01:14
『ハイハイハイハイ!"けっこん"ってなんですか!!』

そう呑気に口にしていたのがもう随分と昔のように感じる、まさか、我が身を持って経験する事になろうとは―――人生?って本当にわかんない。

初めに好きと口にしたのはどちらだっただろうか?―――私だったような気がする、私…………バカだからポロリとつい口にしちゃったんだっけ?

確かその時は顔をお互い真っ赤にして混乱して、いつもの"バーカ"の言い合いになって『バカだけど好きだもんっ!文句ある!?』ってキレちゃった。

自分の事ながら恥ずかしいと言うか何と言うか、それでアイツも私の事を意識するようになって、その後は割とトントン拍子だったかな?

ともきが私を好き、私もともきを好き、その前に立ちふさがる障壁は全て『どっせええええええい!!』と斬り伏せてきた、こう、物理的に!

ニンフ先輩は大丈夫、地味な嫌がらせはして来ても戦闘に関しては私より下、問題はイカロス先輩とカオス――だ、ダメだ、思い出すだけで震えが止まらない。

アレはダメ、何が駄目って距離を置かれての集中砲火、ここまで弱点がみんなにバレバレなのっておかしくない!?――カオスが無垢な笑顔でみんなに言いふらすからよ!でも、先輩たちは知っていたらしい――凹む。

どうして戦闘になったんだっけ??えーと、先輩やカオスたちなんていなくてもコイツは私が守るんだからっ!状況は覚えてないけどそんな事を口にした様な気がする――記憶力が弱いって不幸、覚えてるのはボコボコにされた記憶。

まったく容赦が無いんだからあの二人っ!流石はともきのエンジェロイドね――――良かった、ニンフ先輩のように翼をもがれなくて、がたがた、こ、怖かった~。

そんな先輩たちとの確執も越えて今がある、みんなは認めてくれていないけど結婚をしたのは確か、『今は口約束だけどな』と照れながら言ったアイツの顔が忘れられない。

忘れっぽい私なのに――アイツの表情や言葉だけは自然と忘れる事が無いのだ、不思議!

でもいつになったら先輩たちは私たちの事を認めてくれるんだろうか?――流石にちょっと意地悪が過ぎやしないかと思う、だって好きで好きなら問題ないもん!

そこに関してはニンフ先輩が地味に嫌だ………チクチクチク、小言や嫌味を言って来る時が―――ちんちくりんだけど好きだし、ともきが関係無い時の話題なら普段通りなのに、これが嫉妬って言うやつなのかな?

「…………何よ、ジロジロと見て」

「べっつに~、何でもありませんよ~」

「す、末っ子の癖にっ!」

「今はカオスがいるじゃないですか!」

ジロッ、前ならここで喧嘩に発展する所だったけど、今は違う、何せ私の太ももの上に熱い感触…………立ち上がったらコイツが起きちゃうし!

ニンフ先輩は私が突然黙りこんだ理由がわかったのかジト目になりながらお煎餅を齧る、じゅる、だ、大丈夫、私もここで暮らしているんだからいつでも食べれる。

それもこいつのお陰、畳の上に横になりながら私の太ももに頭を乗せて涎を垂らしながら呑気に寝ている、時折『オフッ、オフゥ~~~♪』と気持ち良さそうに身悶える。

その理由は私がこいつに膝枕をして耳掃除をしてあげてるから―――旦那の耳掃除はお嫁さんの仕事だって、なんだかわけわかんないけど、そう決まっているらしい。

―――最初は失敗もして痛がらせてしまった、でも今ではすっかり私の特技、気持ち良さそうに目を細めながら眠るともきの姿を見ていると嬉しくなってしまう。

お風呂上がりのともきに頼まれてやっているんだけど、ニンフ先輩の視線がちょっと痛い……………何度かボソリと『―――バカップル』って、バカップルってなんだろ?

「こ、こら、あんまり動いたらやりにくいでしょ!」

「オゥ♪♪アストレアの太ももはイイネ~、流石は俺のお嫁さんじゃのぅ~サイコウだネ~~、ヘヴンだネ~~!!」

「も、もぅ!仕方ないんだから、バーカ!」

昔とは違う、新愛と愛情を伝える為にその言葉を口にする、どうも、甘い響きになってしまうのは仕方が無い………動くと危ないのに言う事を聞かないんだから。

太ももに何度も顔を擦りつけて来てくすぐったい、でも言っても無駄なのはわかっているからそれ以上は何も言わない、うー、傷つけない様に気をつけないと。

ニンフ先輩は『―――ふん』と息を吐いて立ち上がる、顔を赤く染めて―――部屋を去る前にこちらをもう一度だけ見て、なんだか微妙な表情で睨みつける。

そんなニンフ先輩の背中を見つめつつ、悪い事をしたかなと少しだけ反省する、もしかして私はニンフ先輩にともきとの関係を見せつけたいの?――凄く不安になる、モヤモヤする。

自分が同じ事を目の前でされたら凄くやだもん、何だか嫌だな――ともきと触れあうのは楽しいけど、ニンフ先輩の事だって、その、凄く大切だ……悲しそうな顔は見たくない。

こうやって他人について考える事を教えてくれたのも"ともき"……それについては感謝してるけど、ともきといちゃいちゃするとニンフ先輩が悲しそうな顔をする――どうしたらいいの?

「うぅーーーーっ!」

「―――何か悩みでもあんのか?」

「え、あ」

「そんな顔してるぞ」

いつの間にか目を覚ましていたともき、私の大好きな黒い瞳が射抜くかのようにこちらを覗きこむ、ああ、この瞳だ―――――この瞳に惹かれて、裏切って、地上に下って、恋をしたんだ。

まるで何もかもを見透かしたかのような不思議な瞳、透明な視線が私の心を優しく撫でる、ともきに相談すればきっと全てが上手くいく、いつだってそうだった、いつも助けてくれた。

だけどこれは私が解決しないと駄目な問題、先輩たちから一番大切なものを取り上げたのは私なんだから、私はバカだけど、卑怯な事や逃げ出す事は絶対にしたくない。

だから何も言わない、多分、ともきは気付いている…………でも、女の子の気持ちには鈍感だし、どうなんだろう?――考えても意味が無い、そう、私の解決すべき事なのだから。

自由にするって事は、きっとこんなモヤモヤした不確かなものと向き合わないといけないって事なんだ、いつまでもコイツに頼っているわけにもいかない――だって夫婦だもん。

それはきっと同じ立ち位置って事、コイツに守られるだけじゃなくて、私がコイツを守るんだ――いつも自分の身の事なんて考えないで平気な顔をして現れて……失いたく無い。

コイツを失いたく無い、ともきを……だから私は強くならないといけないんだ、こんな事も自分で解決出来なかったら、きっとコイツを守れない、私はともきもニンフ先輩も………"自分"で守ると決めたのだから、この家のみんなの事が大好きだから。

「―――言えないなら仕方ないけどな、一人で抱え込むんじゃねーぞ、そ、その――俺はお前の恋人なんだから……バーカ」

照れたのか腕で自分の顔を隠すともき、ドキドキ―――いつもそう、いつもそうやって優しい言葉と優しい笑顔を私にくれる、バカな私にだってわかる、誰にも譲れないモノ。

髪を撫でる、くすぐったそうに戸惑うともき、さっきまであんなにいやらしい笑みをしていたのに、変なの――そんな表情をされると、私までおかしくなっちゃうじゃない――バカ。

どうしていつもそんなに優しいの?どうしてそんなに優しい顔をしてくれるの?――すき――すき――すき――すき――すき、大好き、アイシテル――――ずっと近くで笑っていて欲しい。

大きくなる顔、ともきの顔、恋人の顔――ああ、私が顔を寄せているんだ、こうしたいと思うから、自分でやりたい事、ともきに触れる事、ずっとみんなと一緒にいたいと願う事。

チュッ――キスをしたいと思う事。

「――――バーカ」

優しすぎるのよ、バカ。



[28193] IF―新婚シリーズ・カオス編
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/24 13:36
「あは!あははははは!浮気だ!!浮気だ!!浮気だ!!」

目の前には『エロ本』(エネミー)が幾つも置かれている、畳の上に積み上げられたソレを背中の翼を展開して切断する。

叩きつけるように何度も何度も、畳も破れ、本も破れ、部屋が衝撃でガタガタと震える、パラパラと天井から埃が落ちてくるが気にしない。

胸の中で燻っているのは激しい独占欲と燃え上がる様な嫉妬、ますたーは部屋の隅でガタガタと震えている、変なの―――もう少しで終わるから待っててね?

粉々になったそれをさらに細かく、視認出来ない程のサイズに分割する、いつものようにますたーに可愛がって貰おうと部屋に入ったら、ますたーは笑いながら本を読んでいた。

よっぽど集中しているのか、部屋に侵入した私の事なんて気付かないで熱心にページを捲る、後ろから覗きこめばそこには私じゃない"女の子"の裸、口元が三日月の形に歪むのがわかった。

昔はわからなかったけど――今はわかる、ますたーを惑わす悪いモノ、ますたーには私だけでいいのに、たかが紙の分際でこうもますたーを虜にする……怒りを覚えないはずが無い。

ますたーは私の『夫』なのだ、色々とあって、色々と触れあって、そして手に入れた、ますたーは私の容姿の事を気にして誰にも言わないけれど、私にだけは言ってくれた。

愛している――嬉しい、心が蕩けて動力炉が融解してしまいそう…………なのにこの状況、こいつのせいだ、こいつのせいだ、こいつのせいだ、こいつのせいだ、こいつの――。

ガタガタと顔面を蒼白にして震えるますたーも可愛い、愛しさで胸がきゅんきゅんと震える、子供っぽいパジャマと合わさって本当に子供みたい―――――――ああ、抱きしめてあげたい。

でも待っててね?―――こんなものがあったらますたーまた"浮気"しちゃうでしょ?だからますたーを惑わす様な悪い敵はますたーのエンジェロイドの私がちゃんと消してあげないと。

「ふぅ」

呼吸を整える、ますたーに『他にもあるでしょ?だして?』と言って出して貰った本の山、それは風化したように頼り無い粉へと変わって消える―――――――これだけなのかな?……えーと。

キュイ、同じ条件の物を検索する……ますたーは"浮気"をした時に嘘をつく事がある、だからこうやってちゃんと調べないとまた同じことを繰り返してしまう。

ますたーは悪く無い、ますたーが悪い事なんて一つも無い……でもますたーに近づく悪い存在は世界に溢れている、しっかり守ってあげないと――決意を新たに家屋内を全て調べる。

該当無し、私は安心して部屋の隅で震えているますたーに向き直る、瞳から大粒の涙を流しながら頭を抱えて震えている――ねぇ、ますたー、そんなに怖がらなくても大丈夫。

カオス(私)がますたーを害する事なんて絶対に無い、ますたーを害する存在を抹消することはあるけど…………『ま、待て!話を聞けカオスっ!』―――聞いているよ?

ますたーの口から出る言葉は一つ残らず記憶している、記憶領域が全てそれに支配されていると言っても良いぐらいに――ますたーに近づく、『ひぃ!?』―――私のますたー。

膝をついてその瞳を覗きこむ、汗でびっしょり、私は心が逸るのを自覚しながらもゆっくりと手を伸ばす、ますたーの涙を指で拭ってあげる、私はお嫁さんだもの、ますたーを綺麗にするのも私の仕事、でもますたーの涙は綺麗だから――矛盾?

ぺロ、指に付着した透明な雫を舐める、しょっぱくて、ますたーの味、背筋がゾクゾクと震えて胸の奥がきゅんきゅんと震える、自分の思考が白く染まってゆくのを感じる。

「ますたー、浮気はだめだよ?」

「わ、わかった、か、カオスさん?―――離れてくれないデスカ?」

「うん……!」

ますたーの御命令、それが嬉しくてますたーを解放してあげる、私が離れるとますたーは荒い息を吐きながら汗を拭う、どうしたんだろう?―――――あっ、そうだ!

また、ますたーが浮気をしないようにちゃんとますたーに"愛"をあげないと、それに、ますたーに愛をあげないと私の動力炉が破裂して壊れてしまいそう。

立ち上がって『あーあー、また床をこんなにしちまって』――頭をポリポリと掻いているますたー、トンっ、お腹に頭をぶつけて抱き付くと意外なほどに呆気無く倒れる。

布団の上に倒れ込んだますたーのお腹の上に乗る、目を大きく見開いて何かを口にしようとするますたー、また『離れて』と命令するのかな?――ますたーの命令は絶対だ。

だから命令なんてさせてあげない。

「クスッ」

「か………」

何も言わせない、私はますたーが何かを口にする前に、その唇を自身のソレで塞いでしまう、言葉を発しようとした舌を捕まえて、ますたーの舌を思うがままに味わいつくす。

奥の方へと何度も逃げようとするますたーの舌を捕えて離さない……絶対に離さない、ヌルヌルと粘着質なソレを歯で優しく噛んであげる、唇と唇の間に透明な気泡が溢れる。

自分の心が満たされるのを感じる、内股になりながらも何度も何度も舌を絡める、ますたーの涙で濡れた瞳には陶酔した私の表情、私の長い髪がますたーの顔を誰にも見せない様にとカーテンのように。

ますたーのこの表情は私だけのもの、ますたーは私だけのますたー、ますたー、ますたー、ますたー、ぴちゃぴちゃと私の短い舌がますたーの舌を蹂躙する。

苦しそうますたー、お鼻をぴくぴくさせて必死に呼吸をしながら――ますたーの力では私をどけるのは無理だもの、だから待っててね?……もっと、もっと、愛を、愛を、愛を!

ますたーが浮気をしないように丁寧に気持ちを込めて――ますたーの唾液の味、私の大好きな味、飢えを満たすかのようにそれをコクコクとのどに流し込む、クスクスクス、ますたーも同じように、ね?

愛で溺れさせてあげる、私しか見えないように―――ますたーは私をお嫁さんにしてくれると言った、"結婚"、私は姿を変化できるから―――でも本当の姿でますたーを愛したい。

「あふ……ちゅぱっ、クス、ますたー、私しか見えてない」

「か……オス、お……マエ」

激しい息遣い、ますたーの言葉を借りれば私は"嫉妬深い"らしい、昔はそう言った感情を表す言葉の多くがわからなかったけど、ますたーと一緒にいて多くを理解した。

愛=ますたーを大切に想う事、夢=ますたーと明日も明後日もずーっと未来も一緒にいたいと願う事、憎しみ=ますたーを傷つける存在に抱くドロドロとした破壊衝動。

嫉妬=ますたーを自分以外の存在に取られるんじゃないかって恐怖、心=ますたーを想う為の入れ物、ますたーだけに上げる私の大切な部品、ああ、全部、そう、ぜぇんぶ、ますたーなんだよ?―――誰にも渡さないんだから、クスクス。

「キスは気持ちいいもの、ますたーに愛情を伝えれるから――すごい、キスってすごいねますたー!」

ぜーはーと苦しそうに呻くますたーの首に腕を絡めてきゅーと抱き付く、ますたーのエンジェロイドになったあの日から大好きな事……ますたーの体温を感じれるから。

初めてしたのはいつだったかな?……『ねぇ、おにいちゃん!!私もっと愛が欲しい!!』――あの時、ますたーに初めて愛を教えて貰った時だ。

インプリンティングをしていなかったあの頃、ますたーがますたーじゃなくておにいちゃんだった頃、既に私はますたー(鳥籠)に捕えられていたのだ、ますたーだけの小鳥。

ますたーが望むなら何だってしてあげるよ?だから私を見ていて、他の"女の子"に笑いかけないで―――そんなますたーを見ていると頭がおかしくなってしまいそうになる。

流石に苦しそうなので舌を絡めるキスは止めて……啄ばむようにして頬にキスをする、だって私はますたーの小鳥、ますたー、ますたー、ますたー、ますたー♪

「うぅ…………育て方を―――――――間違えたっ!!なぜこうなった!夫婦云々も含めてっ!―――犯罪だろっ俺っ!」

「?」

ぶわっとまた涙を流すますたー、私はそれを見つめながら――また涙を舐め取らないとダメだなーと思うのだった。

ますたー♪



[28193] IF―新婚シリーズ・日和編
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/23 09:22
庭にある野菜畑、夏の日差しを受けた野菜たちが幸せそうに青々と己を主張している―――その一つ一つに丁寧に水を撒きながら汗を拭う。

自らの気象操作の能力を使って雨を降らすのも良いのだけど、何も知らない普通の人間であった頃と同じように如雨露を使って水を撒く事に安らぎを感じる。

ミーン―――ミーン――ミーン――ミーン……空の青さを歓迎するように蝉達が仲睦まじそうに合唱する、今年の夏は例年に無い程の厳しい暑さで、逆に清々しいものがある。

弟たちの世話をして、学校に通って、勉強をして、自分の家の畑の世話をして、さらにこの家の畑の世話もする――辛くないかと言われれば胸を張って辛くないと答えれる。

まだまだ手のかかる弟たちは騒がしくもあるけど大好きだし、学校でみんなと一緒にいるのも大好きだ………畑の野菜が育ってゆくのを見るのも大好き、全て自分の好きな事。

そしてこの畑、桜井くんの家のお庭の一部を借りて耕した真新しいソレ、いつも一緒にはいられない自分が彼の家族の一人なんだと主張する為に作った畑―――その、結婚の約束です。

『俺は―――風音が好きだ、風音がいい、風音じゃなけりゃ、その、嫌だ』

叶わぬモノと自覚していた恋だった、彼には自分より相応しい人がいると納得して諦めた恋だった―――けど、やはり、想いだけは捨て切れずにいた。

そしてそれは叶ってしまった、奇跡のような安易なモノでは無く、必然のように定められたモノでも無く……二人で紡いだ時がそれを叶えてくれたのだ、二度目の告白。

"彼女"に対して負い目はある、しかし彼女も彼の幸せを願って私に彼を任せてくれた―――優しい人だと思う、自分のように自分の幸せの為に彼を手に入れた人間とは大違いだ。

だからこそ自分は彼を幸せにする義務がある、彼の無垢な笑顔をいつまでも守ってあげたいと思うのだ、まるで自分は男の子のようだなと苦笑する、いつも無茶をする彼、このぐらいの心構えをしていないと守ってあげられない。

チャリ、首から伸びた鎖が音を立てる、彼は心の底から嫌がっていたけど、インプリンティングをしたのはこの畑と同じように唯の自分の我儘だ、彼と自分を繋ぐものがもっと欲しい――それが目に見える形なら尚更だ。

意外に独占欲が強いのか、それとも魅力的である彼が自分では無い誰かの所に行ってしまうのが怖いのか……考えてみるに、恐らくはその両方だろう―――――ふぅ、困った性格だ。

(――――桜井くんの重みにはなりたくないのに―――)

チリン、今度は鈴が凛とした音を立てる……この音のように純粋な心で彼に接したい、なのに付き合い始めてから出てくるのは独占欲と嫉妬ばかり、彼を諦めると決めたあの日が嘘のようだ。

何でもしてあげたいから自分の事を想って欲しい、私が彼を想うのと同じくらいの気持ちで――ああ、彼の笑顔を思い浮かべるだけで全てが満たされる、空の上から恋をしてしまった。

……何よりも恋焦がれた『夢』―――大好きだった、愛してしまった、本当は遠くから彼を見つめるだけの自分で満足だったのに。

「――――おお、中々立派になったもんだな!!」

「桜井くん」

「うっ、下の名前で呼べって言ってるのに、"日和"は意外と頭でっかちだな~!」

振り向けば眩しい笑顔、青いパジャマにサンダルを履いて――寝癖もそのままに私の作った畑を見てニコニコと笑う、今日は休日……パジャマ姿の彼にドキドキする。

今日は畑の世話だけして御暇するつもりだったのに、彼の笑顔を見ていると欲が疼く、もっと彼と一緒にいたい、もっと私を見て欲しい――自覚しているけど、大好きなのだ。

ふと視線を落とすと彼の裾をしっかりと握りしめている小さな手が目に入る、紅葉のように小さくて雪のように白い手、ああ、彼女も一緒なんだと少しだけ残念な気持ち。

「ますたー、お野菜好きなの?」

「新鮮な野菜は旨いからなっ~!」

「ふ~ん」

彼女は自分の主が他の事に興味があるのが不服なようだ、何処かつまらさそうに足を遊ばせている――カオスちゃん、桜井くんの二番目のエンジェロイド、桜井くんの事が大好きな女の子。

彼女はいつも桜井くんにべったりで………桜井くん以外には興味を示さない……初めはどうにかしてソレを直そうとしていたけど、最近は桜井くんも諦め気味のようだ。

金色の髪に紫色の瞳、今日は黒いワンピースに子供用サンダル、容姿はどうであれ普通の子供の格好、桜井くんは彼女を普通の子供として扱っている、それはとても凄い事。

「――――おねぇさんはますたーの喜ぶものがつくれるのね―――」

「え」

一瞬、首の辺りにチリっとした痛み、本当に一瞬の事………紫色の瞳が少しだけ悲しそうに細められる、きっと彼女はその小さな胸の内で悩んでいる――嫉妬、理解するには早い感情。

その姿に何処か愛しさを覚える、桜井くんはその表情に気付かずにピーマンを手に取りながら笑っている、敏感で鈍感、矛盾しているようだが彼を形容するのにこれ程に相応しい言葉は無い。

他の方々にはそれと無く認めて貰っている様な気が―――する、しかしこの子は頑なに自分を認めてくれない、自分の大切な主を奪った存在だと思っているのだろう――あながち間違いでは無いから困る。

そこはもう、自分が悪いのだと諦めて……彼女に好かれる努力を怠らない様にしよう。

「あ、あの、カオスちゃんはどんなお野菜が好きなんですか?……」

「?――、ますたーと一緒に食べるものは全部好き」

「はぅ!?」

想像以上に可愛い答え、彼女から桜井くんと一緒にいる時間を奪っていると思うと胸が痛い、覚悟はしていたけど――この子は私よりも純粋に桜井くんの事を大切に思っている。

罪悪感に胸が苛まれる、私には友達もいる、家族もいる、でもきっとこの子の世界には桜井くんしか存在していない……不憫で愛しくて申し訳なくて、私は俯いてしまう。

「―――カオス、イカロスがキュウリが足りないって言ってたから、これを持っててくれないか?―――――」

「!!!――命令?」

「はぁ、頼み事な」

「わかった!」

彼女はキュウリを一本だけ受け取ると元気に家へと駆けてゆく、足音でその姿を想像しながら――私は視線を上げれずに、ただ黙って俯く、自分の汚さを突き付けられた気分だ。

初めて会ったあの日から何一つ変わらない、彼女は桜井くんを純粋に慕っている、それに比べて自分はどうだ………打算的な考えで彼女に取り入ろうとした、最低だ――ぺちんっ。

額に僅かな痛み、恐る恐ると顔を上げる―――彼、桜井くんが呆れたように笑っている、どうして笑っているんですか?―――そう問いかけたいのに、声が出ない……でこぴんされました。

「まさか日和にこの台詞を言う事になるとはな――――"バーカ"」

「あ」

「―――――カオスは別に嫌がらせであんな台詞を言ったわけじゃねーぞ、むしろ、野菜を作るのが上手な日和に感心してたぞ?」

「で、でもそれは!――私がカオスちゃんから桜井くんを取り上げているのは本当ですし!わ、私がいけない子だから……」

「ああ、ウッセーな」

「!?」

彼の顔が急に広がる、息を飲む前に唇に熱い感触―――畑仕事で泥だらけで、お洒落の一つもしていない素の私、そんな私に大好きな彼の唇が重ねられる、はふと息を吐き出す。

真夏の太陽の下で―――蝉の音も雲が流れるのも全てが遠くに消えてゆく、彼の真っ赤に染まった顔と唇の感触だけが私の全てを支配する―――舌は、入れてはくれないんですね。

何処かほっとした気持ちとバクバクと激しく脈打つ胸、一瞬で永遠のような時間が終わり、彼の顔がゆっくりと離れてゆく、名残惜しいと思いながら……あ、桜井くんからしてくれた。

桜井くんからしてくれた初めてのキス―桜井くんからしてくれた初めてのキス―桜井くんからしてくれた初めてのキス―桜井くんからしてくれた初めてのキス――はう。

照れたように視線を逸らしながら桜井君が唇を腕で拭う、嫌がっているのでは無く単純に照れ隠し―――――――初心な姿が可愛らしい、キスをするのはいつも私で、彼はしてくれなかった。

みんなは彼をエッチって言うけど、私から見た彼は照れ屋で初心で優しい人。

「ひ、一人で勝手に下らない事で悩んだ御仕置きだっ!―――そ、その、カオスの事は……二人で考えればいいだろう!――もう一人で悩むんじゃねーぞ!」

それだけ言って家の方へ歩き出す桜井くん、首まで真っ赤―――ソレを見て私は思わず"くすっ"と笑ってしまう、心が軽くなる―――優しい人、私の大好きな人、いつも誰かの事をしっかりと見ている人。

ごめんね、カオスちゃん。

「私はやっぱり……桜井くんが好きなのです……」



[28193] IF―えろほんはきちんとべっどのしたに・おさななじみへん??
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/16 11:03
俺には幼馴染がいる、何だか違和感があるが―――幼馴染は幼馴染だし、例え暴力的であろうと性格が歪んでいようが暗黒物質が人型をしているような人間であろうが
その事実は変わらない。

しかしやっぱり違和感があるな―――どうしてだ?本当の幼馴染はもっとこう、おっぱいがでかくて暴力的で嫉妬深くて――あれ?やっぱり一緒じゃないか。

とにかく、その幼馴染に虐げられる日々の中でも、やはり人間は一時の安らぎを求めてしまう、それが俺の場合、たまたま『エロ本』だったって話だ、可愛いものだろ?

俺は家路を急ぎながら軽快なスキップをする、周囲の人間の視線は気にならない、俺はこれから自由へと旅立つのだ、こんな不自由な国とはおさらばだ!

だがしかし、ここで油断をすれば先にあるのは必然的な"死"である、何が気に食わないのか彼女は俺がエロ本を読む事を強く禁じている、禁じているつーか強制的にな!

住み慣れた我が家の中へと足を進めながらも警戒を怠らない、あの人は何処からでも現れるからな、小さい時はそりゃもう、妖怪じゃね?と思って口にして折檻されて痛くて殺されかけました。

ああ、思い出すだけで幼い日のトラウマが疼きだす、現在進行形でその関係は変わっていないので笑えない。

階段を上がる――少し時間を置いて下を見るが誰も付いてきていない、大丈夫、大丈夫なはずだ――入念な計画の末に辿り着いたこのチャンス、簡単に崩れはせんぞ!

確か今日は学校で、道徳の追試を受けているはず、何度も担当の教師に確認したから間違いない、確認つーか泣きついて何度も聞いた、俺の命に関わる大事な事だからな。

さて、自分の部屋に到着、いそいそと学生服を脱いでパジャマに着替える―――これは心を入れ替えるのに大事な事だ、これが俺に出来るエロ本に対する最大の礼儀。

ボタンを一つずつ丁寧にはめる、昨今の若者の様にボタンを一つ二つわざと外すとかそんな事はしない、こいつ(エロ本)に失礼だろ?―――――よし、これが俺の戦闘スタイルだ。

布団の上に置いたそいつ、包装紙と言う名のドレスを纏ったそいつ……そんなもので俺を誘惑しなくても、俺はお前の生まれたままの姿が見たいんだ――見せてくれるだろ?

ああ、ここに辿り着くまでどれだけの犠牲を払っただろうか?――いや、どれだけ俺が折檻されただろうか?どれもこれも尋常ではない折檻だった………もはや虐待だった。

しかしどんな物語でも最後はハッピーエンドなんだぜ?俺とこいつ(エロ本)のハッピーエンドはこの道の先にある、俺はモジモジと内股になりながらそいつに手を伸ばす。

ビリビリビリっ、ふっ、破れやすい服を着やがって、お前も本当は望んでいたんだろ?はやる心を抑えながらそれに目を向ける、こいつは初めてなんだ――男のエゴで傷つけるわけにはいかない。

「…………オゥ♪♪♪」

『――明日エロガンガー!逞しく今日も、と、とぶっ~~!!』

なんてタイトルだ、このタイトルをOKした奴は今から企画書を練り直せ!――だが俺は嫌いじゃない、このB級臭さを愛せるようになってこそ一人前の男と言うものだ。

洗練されたものだけが全てじゃない、これもこいつの個性なんだ…………本屋の店員は涙ながらに止めろと俺を引きとめたがそれはお前の限界であって俺の限界では無い。

お前がこいつを愛せるだけの器が無いだけだ、桜井家の血を引き継ぐ俺と言う存在を舐めて貰っては困る、名前に刻まれた"智"の一文字が俺に撤退を許さないのだ。

表紙はコテコテのコスプレをした女性がニッコリと微笑んでいる、30代前半と見た―――この年齢の女性がコスプレをして照れている、それだけで俺の心は激しく昂る。

30代って所がポイントだな……分別を知った女性が敢えてサブカルチャーに染まる、そこに倒錯的なエロさが発生するのだ!―――いかんいかん、まだ中身を見ても無いのに熱くなってしまった。

布団のシーツは家を出た時のままシワだらけ、これがいい、こいつにはこの状況が似合う…………そっと布団の上に寝かせて軽く瞑想―――相手はかなりの年上、かなりの手練。

だがしかし、そんな女性と経験して男は育ってゆくのだ、さあ、俺にその世界を見せてくれ、俺をこの歪んだ日常から連れ出してくれ、さあ、さあ、さあ!

「あら…………"智くん"は年上好きなのね」(ニコッ

ホラ死んだーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!



EX0.2『えろほんはきちんとべっどのしたに――へいこうせかいへん??』



死ぬ、それは予感では無く現実としてそこにある、年上は好きですよそりゃ、でもあんたはお呼びじゃない!―――――そう口に出来たらどんなに楽か、でも決して口にはしない。

交渉の余地はあるのか?背後から感じる圧倒的なプレッシャー、それはもはや質量を持って俺の両肩に重く圧し掛かって来る、振り向く事すら出来ずにカタカタと震える。

静まれ俺の体……過去のトラウマが脳裏に過る、撲殺!絞殺!毒殺!銃殺!圧殺!爆殺!惨殺!悩殺!、トラウマと言うか生々しい死の記憶、最後のだけごちそうさま。

ああ、見なくてもわかる……幼い時から刻まれた最悪の記憶、日記に書いていれば虐待の証拠として確実に勝てるんじゃね?でも負けるんじゃね?(物理的に)な記憶。

「智くん、どうしてこっちを見てくれないのかしら?……」

それは貴方が狼だから、でも、このまま振り向かないと状況もわからないまま殺される羽目になる、せめて最後の瞬間は自分の脳裏に刻みつけておきたい、俺は恐る恐る振り向く。

優しい声音、優しい表情、俺の通う中学校の生徒会長にして俺の幼馴染――俺を虐める事に妥協はせず、俺の断末魔が何よりも大好物、そして嫉妬深い――異常に嫉妬深い。

やや垂れ目がちな瞳と涼しげな容姿、口元はいつも笑みの形をしている――綺麗な黒髪と合わさって一目で良い所のお嬢様だとわかる、いや、色んな意味で良い所のお嬢様。

スリーサイズは上から83―56―80と凶悪である、だけど俺は何も感じない、彼女の見た目が美人だとかスリーサイズが素敵過ぎるとか!そんなものは関係ないのだ。

ただ怖い、マジで怖い、見上げると目は笑っていない、唇は笑みの形をしているのに瞳はゴミ虫を見るかのように冷たく細められている、き、凶器の類は持っていないようだ!

しかし油断はならない、尋常ではない握力で繰り出すアイアンクローで俺なんか一撃であの世逝きだ、まさに脳天締め、楽に死ねる………ふふっ。

何度それでじいちゃんに再会出来たか……むしろ再会しまくっているからありがたみが0だったりする。

「か、会長」

「……二人っきりの時の約束を忘れたのかしら~?いけない子ね――――」

「ヒィ!?」

ゴキブリの様な素早さで後ずさる、背中が部屋の壁に当たる…………トラウマ、俺の中で虎と馬が仲良く手を取り合ってダンスをしている、オオゥ、楽しそうだな、俺も混ぜてくれ。

現実逃避をしようにも目の前には圧倒的な現実があるわけで―――――そう、いつも、どんな時でも俺の前に立ち塞がる存在、五月田根・美香子(さつきたね・みかこ)

幼少期にある事が原因で孤独になった俺を助けてくれた人、それから暫くはこの人にべったりで、い、いつからこんなに歪んだ関係になったんだ?―――最初からじゃね?

いや、俺がエロい事に本格的に興味を持ち始めた頃からか、昔はただの優しい姉ちゃんって感じだったのに、今となってはただの宇宙覇者って感じだ、ニコニコ、笑っている。

「ねぇ、智くん?」

「み、"美香子姉ちゃん!"こ、これには海よりも深い理由があってだな!」

「あら、溺死が御希望かしら……………?」

「ち、違いマス」

カタカタと震える俺を見て心の底から楽しそうに笑う美香子姉ちゃん、学校では会長と呼んでいるけど二人っきりの時は昔の呼び名に戻さないと不機嫌になる。

美香子姉ちゃんの不機嫌=俺の死、その公式は脳裏に深々と刻まれている、ど、どうしてここにいるんだ―――?道徳の追試は?――国家の力を使ってでもこの人に道徳の追試を受けさせないと駄目だろっ!

「ふふ、可愛いわよ?――ガタガタ震えて、まるで子ウサギ」

「え、あ」

「が死ぬ前にする痙攣みたいで可愛いわ~~♪」

「ギャーーーーーーーーーーっ!?!?!?!」

ガタガタガタ、駄目だ、この人は駄目だ……なんか知らんが駄目だっ!そして俺の人生ももう駄目だっ!偉大な桜井の血はここで途絶える事になるんだっ!ごめん、じいちゃん!

頬をゆっくりと値踏みするかのように撫でられる、ああ、そう言えばこうやって優しく触れられるのは久しぶりだ…………本当に久しぶり、いつもはパンチやらキックだもんな。

優しい?――違和感、俺は恐る恐る目を開けて美香子姉ちゃんを見上げる、慈しむかのような、素の表情、幼い時に何度も俺を助けてくれた"姉ちゃん"の表情―――でもエロ本は部屋の隅でズタズタになっている。

ああ、そうですか、握力400kgもありますもんね、そりゃ、そんなの余裕ですよね~、またガタガタと震える。

「いつもそうやって怯えて、たまには甘えて欲しいものね…………」

「み、美香子姉ちゃん」

「フフ…………嫉妬しちゃったわね――」

間延び口調では無い時や素の表情の時はそれが本音、あああ、そう言えばここ最近―――色々とあって中々一緒にいてやれなかったな、美香子姉ちゃんの嫉妬深さはわかっているのに。

はぁーとため息を吐きだして俺は頬を撫でられる感覚に身を任せながら頭をポリポリと掻く、"恋人"では無い、言うなれば腐れ縁の"姉ちゃん"で……一人で生活をしている俺には唯一の"家族"だ。

こりゃ俺の負けだな――姉に勝てる弟はいない、姉弟の時点で姉が上、エロ本に関しては少し残念、いや、かなーり残念だけどあれぐらいで済んだのなら安いものだ。

「いい子、いい子」

「…………完全に子供扱いデスか」

昔、俺は人との距離の測り方を間違えて孤独になってしまった、友達はみんな親の言いつけで俺を避けるようになった―――辛かった、寂しくてどうにかなりそうだった。

そして美香子姉ちゃんがその事実を知って――――、一人残らずボコボコにした、泣いても許しを請うても俺のかつての友達を殴るのを止めなかった、鬼気迫る表情で拳を何度も振り上げていたらしい。

俺が駆け付けた時には公園で苦悶の声を上げながら横たわる旧友たちと、皮膚が破けてもそれでもまだ殴ろうとする美香子姉ちゃんを取り押さえようとする大人たちだった。

唖然とする俺を見て『あら、智くん』と何でもないように、いつもと変わらない笑顔を見せてくれて……結局、その後は美香子姉ちゃんの実家の力で有耶無耶になった。

今でもあの時の真実は聞けていない、幼い美香子姉ちゃんが退屈そうに説教される姿を見ながら俺は何も聞けずにいた―――――でも、その時から一番大切な人になった……頭を撫でられる。

「このまま撫で続ければ、智くんは将来ハゲるのかしら~?」

「そ、それは嫌だっ!」

「ウフフっ、ハゲと変態って二重苦で……誰とも結婚出来ないかしらね……?」

すーっと、顔を寄せられる……噛みつかれる!?あり得ない事を思いつつ身構える、この人の事だ、良い雰囲気から一気に地獄へ御招待って場合もあり得る!

きめ細やかな肌、雪の様に白い肌――昔と変わらない綺麗な肌、さらりと、美香子姉ちゃんの髪が俺の頬を撫でてくすぐったい――それに凄く良い匂いがする。

まるで獲物を狙う肉食獣の様に細められる瞳、悪戯っぽく、でも確固たる意志を持って―――ゆらゆらと、あの時、公園で見た美香子姉ちゃんの瞳と同じ色。

「その時は、責任を取って貰ってあげないと駄目かしら?、ねぇ、智くん――――」

チュッ、頬に熱い感覚、だけどそれは獲物を逃がさないと主張する獣の証だった――結論、どんなに甘い展開でも美香子姉ちゃんは怖い!

マジで!



[28193] IF―まさにこれこそ新大陸(TS要素あります、ご注意を)
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/16 15:26
①『今回のあらすじ』

②『例によって』

③『智樹がそこそこエロい事をするのですが』

④『悲しい事に』

⑤『作者のSAN値がヤバいので』

⑥『幼女とうふふふふふふ、きゃはっ』

⑦『するような下劣で犯罪臭極まる内容となっておりますし、え、そこをやるの?バカなの?死んじゃうの?と思われる方もいるでしょう』

⑧『今回"は"とにかくすいません―――――黒いメロン』

⑩『―――――ああ、幼女にすれば!――そう!逆転の技!』



『ともこがいるならえいしろうこもいてもいい――へいこうせかいへん??』



俺には幼馴染がいる、いや、何だろうこの既視感――つい最近も同じような自己紹介をしたような、気のせいか?

その人は変人であり奇人であり天才である、何をやらせても器用にこなすし、大体の事は一度見たら覚えてしまう、まったく羨ましい能力の持ち主だ。

全てが白で構成された少女で、俺にとっては一番近い存在、近すぎてたまに厄介に巻き込まれる事もしばしば――それを何処と無く楽しんでいる俺がいるから厄介だ。

そう、それが日曜の朝の6時にチャイムを鳴らされようが、腹が減ったと言われようが、三日分の食料を全て平らげられようが俺は楽しんでしまっている、残念な事に。

ズズッーー、その人のあまりの食べっぷりを見ていると食欲が逆に無くなってしまう、俺はげんなりとしながらもお茶を飲んで空腹を誤魔化す。

「――――どうした、俺の顔に何か付いているか?」

「いえ、つーか、未だに"俺"なんスね」

「?…………駄目なのか?」

きょとんと、そんな無垢な視線が俺を貫く、カチャッと眼鏡を指で上げながらお決まりのポーズ、ずっと昔から見慣れているのに何故か説教されているような妙な気分。

守形・英四郎(すがた・えいしろう)――名前はまんま男だが、見た目は愛らしい少女の姿をしている、愛らしい少女の姿をしているだけで中身はいい感じに発酵している。

出会いはいつだっただろう?取り合えず、最古の記憶にもその姿は刻まれている、物心が付いた頃にはこの人に手を引かれていた―――山や川に連れまわされたっけ。

コタツで向かい合いながら何もしない時間、何となく、俺は先輩の様子をチラチラと見てしまう――確か、変人だけど彼女にしたい人アンケート一位に輝いたとかもう一人の幼馴染が言っていた。

チラチラ――この人は妙に敏感だから、ついそんな見方をしてしまう、白銀のやや癖のある髪、特に手入れをしていないと本人は言っていたが妙に艶があり枝毛の一つも無い。

髪質はややかためで本人はあまり好きでは無いとか、櫛をする時に痛くて効率が悪いからだとか――それもまた本人らしい、その髪を腰まで伸ばして無造作に首の付け根のあたりで括っている。

顔は幼くて――童顔と言うにはあまりに幼い容姿、本人は栄養不足……環境のせいだと頑なに認めないけど一日に一度は我が家でバカ食いするから関係無くね?と俺は思っている。

眉は髪と同じ白銀でやや太め、それが本人の意固地さと意思の強さを表しているようだ、睫毛は長くて自然とくるんと上向きに――本人は何もしていないらしい、完璧かっ!

瞳は大きくてまるっぽいのだがまったく感情を映さないので少し怖いと下級生からに噂されている、長い付き合いの俺には何となくわかるんだけど……それで良い事なんてないしなぁ。

肌は病的なまでに真っ白だ、あんな生活をしているのにシミ一つ無い、労働や環境の辛さがまったく肌に影響を与えていないのだ―――――むしろ、年々良くなってきている様な気がする、白さに変化はないけど。

体は小さく、俺より年上とはとても思えない、身長は140無いんじゃないかな?―――いつの間にか俺の方が高くなっちまった、記憶の中のこの人はいつだって俺より大きかったのにな。

スリーサイズは測るのもアレなぐらいアレな体型、腕も足も細くて華奢だ、まるで人形の様だなと少し失礼な事を思ってしまう――だって真っ白なんだよ、人間味と言えば昔から変わらないその眼鏡だけ、サイズが大きいのか良くずり落ちそうになっている。

「――つーか、女の子が河原で自給自足のテント生活って流石に危ないと思うんスけど」

「…………問題無い」

カチャ、眼鏡をまた上げる――白く細い指、うーん、確かに美少女なんだけど少女過ぎるんだよなァー、それ以前に先輩に対しては"姉"って気持ちが強くて異性って感じがしない。

昔から変わらず、俺を強引に誘っては『新大陸』の発見に情熱を傾けている、俺は興味はそこまで無いけど………無表情の中に僅かに見える先輩のキラキラした感情が好きなのだ。

あれ?――それだと、先輩の事が好きって事になるじゃん、い、いかんいかん、幼女は駄目だ、でも先輩は見た目がアレだし……下手をすれば小学生の4年生ぐらいだし…………。

『――ロリは駄目じゃよ~―――でも、年齢が上なら……OKじゃね?――』

「!?」

いかんいかん、変なものが見えた、流石にソレは駄目だろうと自重する―――俺にとっては小さい頃から面倒を見てくれた姉みたいな人だぞ?――いや、逆に面倒を見てた気もするが!

もぐもぐもぐ、先輩は白い頬っぺたをリスの様に膨らませてご飯をガツガツ食べている、女の食い方じゃねぇ、『漬け物いります?』『――頂こう』―――冷蔵庫から漬物を持ってくる。

何とか頭を冷やそうとブンブンと頭を振る、朝方だから思考が麻痺しているのか?――先輩はコタツでヌクヌクとしている、幼げで真っ白い顔がややピンク色。

改めて見ると確かに可愛いと言えば可愛い、でも何処か浮世離れした可愛さだと思う、性格も変人のカテゴリーのど真ん中だし、ガツガツとご飯を食べる度に真っ白いポニーテールが尻尾の様にご機嫌に動く。

ひょこひょこ、先輩の前に漬け物の小鉢を置きながら…………ムズムズする。

「あの」

「―――んぐ、何だ?」

少し喉に詰まったみたいだ、そんな先輩の人間らしい部分を見ると余計に邪な気持ちが疼くのだ、ぴょこぴょこ、今も揺れている―――白銀の毛並みをした尻尾、昔は平気で触っていたなぁ。

先輩も特に嫌がりもしなかったし、でもそれは俺の主観だからな、もしかしたら迷惑をかけていたのかもしれない、幼い俺にとっては先輩がいるだけで嬉しくて、そんな事に気を使う余裕なんて無かった。

「…………髪、触っていいスか?」

「――――――――――別に、構わんが、ほら」

長いソレを手で掴んで無造作に差し出して来る、白い髪に白い肌、眼鏡が一瞬だけ光ったように見える―――――その奥にある大きくてまぁるい瞳、冷たい色、でも本当は優しい人。

文武両道、見た目は西洋人形を彷彿とさせる完璧さ、飽くなき情熱―――――俺の幼馴染のお姉さん、他にこの人を形容する言葉があるだろうか?――そんな事を思いながら髪に手を伸ばす。

さらり、確かにかためで癖っ毛だ、でも手に持った瞬間、気持ちの良いように指の間を流れる…………俺は座った先輩の後ろでやや屈みこむようにしながらその手触りを楽しむ。

サラサラサラ―――女の子の髪って男と全然違うんだなぁ、つか先輩以外の女性は絶対に触らせてくれないだろうし――もしかしたら生涯で触る唯一の女性の髪かもな。

そんな悲しい事を思う、ガツガツガツガツ、そんな俺の考えなんて無視するように先輩の箸は止まらない、俺が持ってきた漬け物は既に無くなっている――こんだけ食べても太らないんだな。

俺はパジャマ姿のまま朝っぱらから何をしているんだろう?ちなみに先輩は休日なのに制服だ、私服の類は一切持っていない、今度プレゼントでもして見ようかな、へ、変な意味じゃないぞ!――誰に言い訳しているんだ俺は!

ちらっと、スカートの隙間から覗く白い太もも、本人の言う通り発育不良で……ボリュームと言う点では残念だが――白くて柔らかそうだ、こんなに白いものなのか人間の肌って……。

「智樹は、他の女性にも平気でこんな事をするのか?」

「あのね、俺が同級生の女子たちに何て言われてるか知っているでしょう?ゴキブリですよ!ゴ・キ・ブ・リ!!

「―――ゴキブリ、世界に約4000種存在する昆虫の仲間、日本には南日本に50種近く存在している、その起源を辿れば3億年前の古生代石炭紀にまで遡り――」

「……で、新大陸の話に繋がるんスね」

「――そうだが?」

カチャ、また眼鏡を上げる、食事は済んだようだ……こんなに小さな体の何処にあれだけの量が……先輩の体の中にこそ新大陸があるんじゃね?でも口にしたから本気にするからなこの人。

立ちっ放しは疲れたので先輩を抱くようにして座る――別に幼馴染だし、これぐらいいいだろう、髪を手で遊びながら、先輩はまったく気にせずに何かしらのメモ帳を取り出してペンで何かを書いている。

―――どうせ、俺にはわからない事だろう――しかし、柔らかくて甘い匂いと、コタツのせいでややピンク色に染まった先輩の肌にドキドキする。

(自分でこんな体勢になっておきながら――俺はバカか!?)

バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、何故か頭の中で翼の生えた金髪の巨乳が俺を罵っている、ええい!良い乳しおって!けしからん!

なんとなく、何となく肩越しに先輩の胸を見る、ストーーン、膨らみは皆無っ!!―――――でも柔らかくて良い匂いなんだよなー、俺の存在なんか忘れたように先輩は熱心に作業をしている。

「智樹」

「はい?」

「――――痛いから、もっと丁寧に扱ってくれ」

「ああ、はいはい」

―――――この時間が嫌いじゃないから、俺は離れられないんだな、きっと。



[28193] IF―まさにこれこそ新大陸②(TS要素あります、ご注意を)
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/17 12:25
「――――――――好きです、付き合って下さい」

呼び出しに応じて校舎の裏へと足を進めた、そこには見知らぬ男子生徒の姿が―――この男が自分を呼びだしたのか、慣れた事だが気が滅入るのは仕方ない。

じゃりっ、地面を意識して強く踏みつけて相手を威嚇する、返事はせずにただじっと………自身の身長は低いので自然と見上げる形になってしまう。

樹木の葉が風に揺らめいて気持ち良さそうだと関係の無い事を思いながらもじーっと、思春期の男性特有の赤ら顔に僅かなニキビ、なのに髪は異常な程に清潔に固めている、スポーツでもしているのかがっちりとした体つきだ。

体格差で言えば3倍は軽いだろうな―――――心の中に僅かな嫌悪感のようなものがあるが、これもきっと思春期特有のものだろうと納得する、さらに意識して眼鏡を指でくいっとあげる。

これだけ威嚇をしても何も動じない、ただ、顔を真っ赤に染めてこちらを見つめている、真剣な想いが確かに伝わって来る、だけどそれは自分の心にまったく響かない。

そう、まったく響かないのだ―――――残念な事に、自分の心に火が灯るのは新大陸への想いのみ、ふと、それとは別に幼馴染の和らかな表情が浮かぶ、一緒にいると新大陸への想いを燃やしている時とはまったく別の熱を感じる。

あれは何なのだろうか?――幼い時からそれは変わらず、だから自分は彼に甘えてしまう、困った顔が見てみたいから。

(―――おかしなものだな、これでは俺がまるでマルキ・ド・サドのように道徳を踏み外した人間のようではないか)

自分の思考に呆れつつも、さて、どうやって断ろうかと思案する―――このパターンは面倒なパターンだ、相手の想いが真摯なだけに、中々に断り難い。

しかしどうして自分の様な存在に恋愛感情を持つのだろうか?ここは学び舎、思春期の異性が山ほどいるのだ、その中から自分を選ぶだなんて、良い趣味とは言えない。

己の容姿は自覚している、薄気味の悪い西洋人形……表現としてはこれが的確だろう、幼い時に同世代の男子に言われたその言葉を忘れた事は無い、生憎と記憶力は人一倍良いのだ。

そんな自分を『かわいい』と言ってくれたのは今よりもずっと幼い彼だった、可愛い、俺が…………あいつに腕利きの医者を紹介したら、本気で怒られたな……半日は口を聞いてくれなかった。

幼い俺にはそれが辛かった――智樹はああ見えて頑固な一面があるから、こうと決めた事は絶対に譲らない――そこは好ましく思っている、昨今の若者はすぐに自分の主張を変えるからな。

そう言っても自分も智樹も昨今の若者である事には変わりは無いが――どうしてだろう、今ここにあいつがいたらどんな顔をするだろうか?そんな風に思う。

中学に入学してからこのようなイベントは珍しく無い、恐らく自分だけでは無く多くの女性が同じような目に遭っているだろう、面倒な事なので早々に片づけたいのだが、中々に難解な敵だ。

周囲を警戒するがこの男子生徒以外の姿は無い、からかわれている心配も無さそうだ、だとすればやはり彼の告白は本物と言う事になる、いっその事、嘘だったらどれだけ楽だったか。

しかし自分が新大陸に情熱を傾けるように、どうしてか知らないが彼は自分へと情欲を向けている――口先のテクニックで煙に巻くのは失礼だ、長い沈黙の後、ゆっくりと口を開く。

彼はどうやら同級生のようだ、それならば敬語は必要あるまい―――幾つかの言葉を選んでゆっくりと文章に当て嵌めて行く、どうも……感情が前提にある会話は苦手だ。

「――――まずは、ありがとうと言えばいいのか」

「え、あ、は、はい」

俺の言葉に鼻息荒く頷く男子生徒、赤ら顔がさらに赤くなって、まるでリンゴのようだと現状には関係ない事を思う、そんなに嬉しそうな顔をされるとこれから口にしなければいけない事が言い難くなる。

しかし問題を先延ばししても自分にも彼にも利になる事は何一つ無い、それに今日から自分は智樹の家で生活するのだ。

その準備の為に早々にテントに戻りたいのだ―――、一度、テントで変質者に襲われた、自分の後を学校からずっと尾行していたらしいが、気付けなかったのは自分の落ち度だ。

俗に言うストーカーと言うやつだろうか?――物好きだなと感心しつつ股間を蹴り上げて苦悶にのた打ち回るそいつの顔面に石を打ちつけた、数度の抵抗の後に呆気無く気絶。

警察に突き出して、その後は何不自由なく生活していたのだがポロリと智樹の前でその事を口にしてしまった、自分としては軽い話題として口にしたのだが――その後は想像したくない。

兎も角、烈火の如く怒り狂った、その事を今まで自分に黙っていたことや、自分がそれに気付けなかった事、さらには無理やりにでも我が家に住ませておけば良かったと。

前者は俺を責めているが後者は全て自分を責めている、智樹は何も悪くないのに――おかしな奴だ。

俺としても可愛い弟の誘いでもあるし、それに一人の生活にも張り合いがなくて飽きていた所だ、自分は学友と呼べる存在がほぼいない、学校で話すのは智樹、それ以外の時間帯でも智樹。

なんだ、あいつ一色の生活ではないか、だったら今更同じ屋根の下で生活するのに何の抵抗があろうか―――それに、智樹といると変な気持ちになるが、楽しい。

変な気持ちと言うのは理解出来ない感情で、元来、感情と呼ばれる人間の生理現象に関してはそこまでの興味が無い、例え胸の奥がズキンと痛もうがトクンと脈打とうが生きるのには関係が無い――話が脱線してしまった、取り合えずは現状をどうにかしないとな―――――。

「しかし、すまないが俺には君と付き合えるような時間は存在しない――君にその時間を使うのなら、俺は自分の夢へとその時間を使いたい」

「………あ」

「――――すまない」

謝る事でしか想いを伝えられない、しかしそれは紛れも無い事実で、自分の胸の内を何一つ誤魔化さないで発した言葉――上手く伝わってくれると良いが。

視線を逸らさずにそれだけ口にする、彼はワナワナと大きく震えて、目尻に涙を溜める、自身に近い年齢の男子生徒が涙する姿なんて智樹以外では初めて見る。

あいつの場合、美香子に折檻されたり拷問されたり蹂躙されたりして滝のように涙を流すからな、たまに血の涙を流している事もあるし、本当に多彩な奴だ、見ていて飽きない。

「………い、いえ、俺の方こそすいません――あなたには、幼馴染がいるのに」

「―――ん?」

理解が出来なくてつい問う様な口調になってしまう、誰が誰?―――――会話の流れからして、俺と智樹が?――どうしてか、次に言うべき言葉が見つからない。

否定をするのは何か違うし、肯定をするのも無論違う、何も言うべき言葉が浮かばない――自分の姿は白塗りだと形容されるが、思考まで白く染まった覚えは無い。

恋人――になる、恋仲に、俺とあいつが?―――あいつとは腐れ縁で、おねしょをして泣いている姿すら知っている、一緒に風呂に入った事も何度もある、それは恋人では無く家族だろう?

俺はそう自覚しているし、あいつもきっとそう―――――なのに、ドキドキドドキ、まったく膨らみの無い自分の胸を押さえながら、激しく混乱する。

そんな事を言われたのは初めてだ、少し不思議そうな顔をして『し、失礼します』と足早に去って行く男子生徒、失恋をしたのだから当然だろう――――智樹。

「――――俺の、恋人だと――――智樹が?何の冗談だ…………」

トクントクントクン―――――――これは、なんだ?



『ともこがいるならえいしろうこもいてもいい――へいこうせかいへん??②』



荷物を纏めるのは比較的楽な作業だった、と言うのも随分前から少しずつ智樹の家へと荷物を移動していたのだ――後は基本的な生活品だけだ。

その残りの生活品を詰め込んだリュックを畳の上に置きながら……ここが今日から自分が生活する家かと実感する、昔から通い慣れた家、その間取りも癖も全て把握済みだ。

智樹はパジャマ姿で『まあ、適当に使ってください』とテレビを見ながら口にする―――もしかしたら、一生涯をここで過ごすかも知れないのに、軽い口調だ。

こうやって何でも抱え込んでしまうのはこいつの悪い癖だ、抱え込まれた俺が言える台詞では無いが、しかし、そうか――これではまるで新婚生活のようだな。

別に他意があるわけでは無い、若い男女が同じ屋根の下で生活するのだ、客観的に見ればこれは同棲とか新婚と言った単語で形容されるものだ――――嬉しくは無い。

ただ、おかしなものが胸の中でモヤモヤと渦巻いている―――――風呂は浴びてきた、あのドラム缶の始末はまた翌日だなと心の底で思う、自分の荷物は見事にこの部屋に溶け込んでいて……智樹に手を煩わせしまったなと少し反省する。

取り合えず、顔を洗いたいので洗面所まで移動する――眼鏡を外してぱしゃぱしゃと顔に水を打ち付ける、どうしてか、顔が熱いような気がして――何度もそれを繰り返す。

手慣れた動きでタオルを取り出して顔を拭く、清潔な匂い―――――鏡に映る自分の姿を確認する、やや癖のある硬質的な白い髪、指で触れて見るが何一つ女性を意識させない硬い髪。

少し太めの眉毛は一度も手入れをした事が無い………どちらかと言えば男のようだし、大きな瞳もただ大きいだけで愛嬌が無いと言うか、自分で言うのもアレだがあまりに無機質めいている。

髪の手入れもそこまで丁寧にしていない、生憎、枝毛などになる様な貧弱な髪質では無い――その髪を飾り気の無いリボンで首の付け根辺りで括っている―――まるで犬の尻尾のようだ。

肌は病的なまでに白い、体質的にそうなのか……太陽の下に長時間いても日焼けをしない、俺は化け物か?――血管が透けて見えるんじゃないかと思うぐらいの頼り無い白。

その白に染められている体も貧弱だ、女性らしい膨らみも潤いも何もない……身長はギリギリ140に届かない――これは自分だけのトップシークレットだ。

華奢で細くて女性らしい丸みも無い、こんな女を好んで告白するだなんて―――物好きが多くいるものだ、しかし、その想いの全てが理解出来なかった――自分は人では無いのだろうか?

好意はわかる、きっとそれは自分が智樹や美香子に持っている感情、なら恋は?――愛は?――自分と同世代の彼等が夢中になっているモノの正体がわからない、特に知りたいとも思わない。

居間へと戻ると智樹は畳の上で寝転んで――――――――少しウトウトしている、そのままでは風邪を引く、タオルケットを掛けてやりながら横に座る、無論正座だ。

テレビでは様々な人間がおもしろおかしく世間を茶化して笑っている、不快では無いが――特に見る理由も見当たらない、視線を下へと向ける、気持ち良さそうな智樹の寝顔。

人の事を童顔だとか公認ロリだとかからかうが自分だって童顔だろうに、幼い時からいつもすぐ横にあった近しい顔、家族よりも誰よりも近くにあった弟の顔。

身長を追い抜かれた時は本当にショックだった、まさか自分が……智樹は俺の身長を追い越した瞬間なんて覚えていないだろう……俺はそんな事を気にしないと思っているだろうが……弟に身長を抜かれる姉の気持ちはわかるまい。

「――――――生意気だな」

「んー、しぇんぱい」

「まったく……お前にはいつも驚かされるよ」

一緒に住みましょう!――それがどんな意味なのかわかっているのか?愛を知らず、恋を知らず、そんな自分ですら何となくわかってしまう―――お前は女殺しだな。

お前が俺に恋や愛と言った不確かなものを教えてくれるなら、受け入れてしまいそうな自分がいる、自分にそんなものが理解できるだろうか?――なぁ、智樹。

こうやって寝ていると、昔と変わらず幼い顔をしているのに、いつの間にか"性"に対してだけ貪欲になって、あの頃のお前は何処に行ってしまったんだ?変わった部分もあれば変わらない部分もある。

髪を撫でてやると俺のより随分と硬く感じて――少しは自分が女性であることを実感する、何度か撫でてやる―――――自分の手は小さくて、それだけで何処か物悲しい気持ちになる。

俺を女性として見るのは不可能だろう智樹、わかっているよ……そんな事ぐらい、それを残念とは思わないが、人にとって恋をする事が絶対なのだとしたら、俺はお前に恋をしたい。

知らない男は嫌だ、これから知り合うであろう男も嫌だ、いつでも真っすぐに俺を見てくれるお前なら――――きっと俺は素敵な恋とやらが出来るのだろう。

ああ、こうやって思う事が恋なのか?――お前が他の女性と話をしていたり、仲良くしている所を見ると胸の奥にモヤモヤとした黒いものが沈殿するんだ……これは何だ?

それは『新大陸』を夢見る時の気持ちとは正反対で、体の芯から冷めてゆくような寒々しい気持ち、どうしてだろうか、邪魔をしたくなる、お前とその女性の間に入ってまでも……ああ、わからない、いけない気持ちだ、これは人間の精神を大きく狂わせる。

「むにゃ、むにゃ、おっぱい……ウヒョ」

「―――――――――不思議だな、腹が立つ」

その"おっぱい"と言うのは確実に俺のものではない……俺のそれは決して"おっぱい"と呼べるようなものではない、敢えて言うならば胸板だ。

今は夢の中で俺では無い女の胸に抱かれているのだろうか?しかし現段階でこの胸だと考えると、これからの成長は望めそうにない……『それは現実の理論にすぎん』と強がる事も出来ない。

これからこの家で一緒に暮らしてゆくのだ、恋や愛と言った曖昧なものもいつかこの手で掴めるだろう、まだ見ぬ新大陸のように、俺は智樹の寝顔を見ながら誓う。

「その時は、お前も一緒に"恋"をしよう――智樹」

これは予感だ、きっと俺はお前にしか恋をしないし、お前しか愛せない――それに、掴めていないだけで既に愛しているのかもな。

俺は智樹に寄り添うように横になりながら、まだ見ぬ未来を夢想するのだった。



[28193] IF―新婚シリーズ・新大陸編(TS要素あります、ご注意を)
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/21 11:39
好意を持って、付き合い始め、弟から対等の存在へと変わり、そして結婚した(口約束)――ただ、過程を簡単に説明するだけならばこんなものだろうと思う。

自分ではまったく自覚が無かったが、俺は嫉妬深く依存心が強いようだ、自覚さえすればどうにか改善点が見つかるはずなのだが、根元が深くてどうにもならない、

何せ十数年ものだからな――熟成が進んでもはや腐り落ちている、女の嫉妬なんてそんなものだろう、弾けた柘榴のように卑しく汚らしい、ただどうにも出来ないだけだ。

「―――――――――と言うわけだ」

カチャ、いつものようにずり落ちそうになる眼鏡を指で上げて、世界でたった一人の愛する男にそう熱弁する、周囲のざわめきはどよめきになり、騒がしさはとどまる所を知らない。

俺はその愛する男の膝の上に座りながら呑気にペンを走らせる―――――やはり、もっと空気抵抗を考慮した設計に、しかし今から翼型を弄るのはいただけないな……さて、どうするか。

しかし五月蝿い、こちらの思考を遮るように歓声や怒声が絶えず聞こえる、いつからこの学校はこれ程までの無秩序を容認したのだろう?……憂うべき問題だな。

「あの、先輩」

「少し黙っていてくれないか?――周囲が騒がしくて構わん、お前にまで喋られたらますます思考が定まらない」

「いえ、あのですね」

ちょこん、形容するならそれが正解だろう、智樹の膝の上で小柄な我が身を丸めながら作業に没頭する―――――自分の体重は把握している、智樹はそこまで重さを感じてはいないだろう。

昼休み、浮かれ気味に智樹の教室へやって来た俺は同学年の女子に絡まれる智樹の姿を目の当たりにした、時折、智樹にちょっかいをかけている三人組だ――派手な印象の三人組。

正しく言えば智樹がちょっかいをかけて、逆にちょっかいをかけられると言えばいいか?――あれもある意味、友人としての形なのかもしれない、だが俺は許容出来なかった。

智樹は俺の事が好きと言ってくれたのだ、それを裏切る様にじゃれ付く姿を見せつけられて、こめかみの辺りでピキピキと血管が音を立てるのが聞こえた、どうしてか、苛々する。

きゃいきゃいと楽しげに騒ぐそこに向かうべく教室に足を踏み入れる、本当は遠目から姿を見るだけだったのに―――――――学園では俺達が付き合っている事は秘密だ、色々と知られたら面倒だからと俺から提案した。

その提案を自分でぶち壊すかのような行動。三人組の間を掻き分けるようにして間に入り込む、三人とも顔のつくりは整っている―――――それに、スタイルも女性らしい、ムカムカとさらに怒りがこみ上げる。

『す、守形先輩っっ、うわ~、お人形みたい、色しろ~い!』

『か、可愛い…………有り得ないぐらいに可愛いんだけどっ!』

『こ、こんなに近くで、初めて見たカモ?!ねえ?』

それらの言葉を無視するように鼻息荒く智樹の膝の上に乗る、臀部を押し付けるようにして――両足を横に出して、少しいじけた顔をしていた智樹を睨みつけた。

そして『こいつは俺と交際をしている――軽々しく声をかけるのは止めて欲しい』と口にして、それから現在に至る、ここまで来たら正直に口にした方がマシだろう。

自分の愛している男が他の女と会話をしているのを許す程に俺の心は広く無かったと言うわけだ、自分でも意外だが――成程、これが独占欲と嫉妬か、実に興味深い感情だ。

適正な年齢になったらさっさと結婚しないと駄目だな、そうしないと俺の精神が落ち着かん、智樹は自分がモテないと嘆いているが、単にこいつの良さがわかる異性が少ないだけだと思うが……敵が少ない事はありがたい。

計算をし終わって、んーと伸びをする、コキッコキッ、肩を鳴らしながらため息を吐く、この体は無駄に小さくて柔らかい癖に肩が凝るのだ……この体勢が駄目なのか?

「―――完了だ、我ながら良い結果が導き出せた」

「そりゃ、良かったデスね…………つーか先輩っ!なんスかこの体勢はっ!しかも付き合っている事を平気で言っちゃうし!俺の平和な学園生活がっ!」

カチャ。

「?―――そう怒鳴るな智樹、好いた男の声とはいえ、耳元でギャンギャン騒がれると流石にきつい、俺は普段の智樹の声の方が好きだぞ?」

「うっ」

「しかし、このクラスの浮かれようは何だ?…………集団恐慌状態に陥っているのか?本来、パニックと言う単語は個人の状態を示すのではなく集団の中で身を守るための乱衆行動を―――」

「……で、新大陸の話に繋がるんスね」

「――そうだが?」

いつものやり取り、幼い時から繰り返して来た他愛のないやり取り、それが妙に心を満たしてゆくのを感じる、周囲の視線はますます熱の込められたモノへと変わってゆく。

特に最初に智樹に絡んでいた三人はワナワナと震えながら同じようなフレーズを何度も叫んでいる、"有り得ない"―――――何が有り得ないのだろうか?この世に有り得ないことなど無いと言うのに――安易な言葉のチョイスだな。

「ゴキブリ桜井が空美中の白い妖精の異名を持つ守形先輩と付き合ってるなんて!有り得ない!有り得ないしっ!……こ、これは夢、そう、夢よ!」

―――――現実だぞ?いちいち指摘してやるのも面倒なので無視する、基本的に、下級生は苦手だ、話をするのも智樹だけだしな、幼い時からずっとだ。

しかし中学に入学してからは智樹の教室に行くのを止めた、理由としては思春期の男性と言うのは得てして照れ屋だからだ、智樹を辱めるのは俺としても不本意だ。

もう一人の姉的ポジションの幼馴染は平気で足を運んでいるらしいが、何度か自慢された――しかも俺と智樹の交際を現段階ではまったく認めていない、結婚なんて許しはしないだろう。

あいつもあいつで嫉妬深いからな、いつも笑顔を張り付けているが心の中は思った以上に乙女なのだ、俺も人の事は言えんが………しかし、弟のような存在とこんな関係になるとはな。

不満があるとすれば智樹が自分から俺に触れてくれない事、不服があるとすればまったく成長の兆しを見せないこの体の事……世の中は上手くいかないからこそ面白いが、これは流石に堪えるものがある。

「せ、先輩………あんまりお尻をもじもじさせないで下さい、お、オオゥ♪いや、その、これは……オオゥ♪♪」

最もベストな体勢を模索中、自然と自分のお尻を智樹の局部に擦りつける様な形になってしまう、俺の臀部は未発達なソレで大人の女性の様な柔らかさは皆無と言っても良い。

何と言えば良いのだろう?――自分で恥を晒す様な言葉になるが―――"かたい"――皮下脂肪が足りてないのだろうか、しかしこればかりはどうしようも無い、成長を祈るのみだ。

しかしお尻を擦りつける度に唸る智樹の顔は中々に愛らしい、トクン―――――トクン――――トクン―――、自然と胸の中が騒がしくなる、涎を垂らしてだらしのない顔をしている智樹。

多くの人間が智樹のこの顔を嫌っているようだが、俺としては悦に染まって幸せそうなこの表情も決して嫌いでは無い、寧ろ、好きと言っても過言では無いのかもしれない。

全肯定だな、智樹の全てが好きだ、全てが愛おしい、幼い時の智樹も現在の智樹も――そして恐らく未来の智樹も俺は愛している、それは理屈では説明できない絶対的な感情。

お尻を擦る度に嬉しそうに唸る智樹に胸の奥が"キュン"と縮こまる、ああ、こればかりはどうしようも無い――しかし、そうだな、結婚の約束をしたとはいえ、敵は多い。

俺達の触れ合いを見て顔を真っ赤にしてワナワナと震えている先程の三人組も、目を細めて凝視しているこのクラスの女生徒達も、俺から智樹を奪う可能性はあるのだ。

そう考えると不安が押し寄せる、140cmに届かない身長、幼い容姿、華奢で魅力に欠ける体つき―――――そして"新大陸"と智樹にしか強い興味を持てない精神の破綻性。

ああ、それでも譲れないものがある、智樹を誰かに取られるぐらいなら死んだ方がマシだ、そう思えるぐらいに依存している、恋をしている―――愛しているんだ。

「―――――見せつけてやるのもいいか、そうだろ?――――智樹」

学校指定のネクタイを掴んで、引き寄せる―――だらしなく、涎を垂らすその口を、閉じてやらないとな?

悲鳴と絶叫を聞きながら、俺は唇を重ねるのだった―――――少しだけ優越感が胸を支配していた。



[28193] IF―変態兄妹(TS要素あります、ご注意を)
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/26 04:22
俺には妹がいる、妹はおかしい、主に頭が―――誰に似たんだろうと思うけど、皆は口を揃えて『お前だ』と言う、いや、待て待て待て、妹が兄に似るって何かおかしくないか?

兎も角、俺の妹は頭の具合がおかしいのだ、そして両親は仕事で家に帰って来る事なんて滅多にない、自然、妹の世話は俺の役目だった――色々と問題はあるが可愛い妹だ。

彼氏が出来ようものなら断じて許さん、見た目だけは可愛くてぶりっ娘のこいつの事だ……目を離している内に彼氏の一人や二人出来てもおかしくない――油断ならない妹なのだ。

なので5時以降の外出は禁じているし、夜遊びなんてもってのほかだ、今日も制服のままで畳の上でゴロゴロしている妹を見ながら安心する―――――うん、ちゃんと帰って来てるな。

しかし太ももが丸見えだぞ、こいつの太ももだと思うと一気に萎えるが、太ももは太ももなわけだからな―――つい、舐めるような視線になっても仕方ないだろう。

「ん、兄さん、帰ってんだ?――」

俺のお気に入りのエロ本を読んでいた妹が顔を上げる、注意しようと思ったが今更な感じなので口を塞ぐ、『エロンの秘密――エロく淫らな兄妹が~―――』…………駄目だ、何も言えない。

エロ本のタイトルがヤバすぎて……我ながら危険なチョイスだ、しかもそれを妹に読まれるなんて、頭をポリポリと掻きながら横に座る、無言でエロ本を取り上げようとするが――白い指がエロ本にしっかりと食い込んでいる。

何度引っ張っても無駄、うぎぎぎぎぎぎぎ、妹も妹で顔を真っ赤にしてエロ本を離そうとはしない、はぁ、ため息と同時に手を離すと妹が後ろへと転ぶ、ゴンッ、頭を地面にぶつけて悶絶している。

さらにスカートの中身が丸見えになってしまって――白か、そこだけ清純を気取ろうとは俺の妹ながら――わかっている。

痛い痛いと恨み事を吐きながら睨みつけてくる妹を睨み返すが、バカバカしくなって止める、妹のこの視線に俺は弱い、妹が変態で女の子好きで男も好きで常に裸体を妄想している様なド変態でも俺にとってはやっぱり妹なのだ。

頭を軽くポンポンと叩いてやって油断した妹の手からエロ本を取り上げる、何だか不機嫌に唸っていたような気がするけど無視、自室にそれを戻して、そのまま台所に立ち寄って冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。

乳白色の液体がコップに満たされるのを見ながら思う、ああ、教育の仕方を間違えた。

だけど今更反省してももう遅い、諦めるしかない、居間に戻ると妹が涙目のまま体育座りをしてテレビを見ている――くすんくすんと鼻を啜る声、エロ本を取り上げられてここまで落ち込める女子は世界広しと言えど我が家の妹ぐらいであろう。

別に他意は無いが――そいつの目の前に牛乳を注いだコップを置いてやる、そしてもう一度頭をポンポンと叩く、特徴的な癖っ毛がぴょこぴょこ揺れる。

俺も同じような癖っ毛だけど、やっぱり遺伝だろうなー、母ちゃんにもあるし、妹の横に座り込んで顔を覗き見る、黒い瞳がうるうると揺れて水面のようだ。

頬は赤く染まって唇はきゅっと締まっている、美人と言うよりは可愛いって顔、でも知人は俺とそっくりだと言う、むぅ、納得出来ん!

「――すんすん」

「…………ほら、チーン」

ティッシュ箱を引き寄せて中から何枚か取り出す、小さくてピクピクしている鼻に無理やりティッシュを押し付けて促す、昔からこいつが泣いた後の後始末は俺の役目だった。

母ちゃんは仕事でいないし、父ちゃんも――そしたらこんな性格になってしまった、チーーンと鼻を噛む音を聞きながら少しだけ反省する、しかし可愛い妹である事は確かだ。

「―――ぐしゅ、おっぱいとくしゅう」

「………」

「おっぱいがいっぱい、おおきいおっぱい、めまぐるしい、おっぱいによるおっぱいのためのとくしゅう、がめんせましとおっぱい、まるいおっぱい、ぐしゅ」

「ほら、またチーン」

「くすん、くすん、にいさんのどあほう」

人のコレクションを勝手に読み漁っていながらとんでも無い台詞を吐きやがる、一度、用事で遅くなって家に帰った時に自室の方から『――ウヒョ!!ウヒョ!!ウヒョ!!』と何とも言えない声が聞こえた。

部屋を覗いてみるとエロ本に囲まれて狂喜乱舞しているこいつがいた、涎を振りまきながら蠢く姿を見てそっと扉を閉じた。

「"トモ子"―――女の子がこんなものを読むんじゃありません」

「"智樹"だけずる、イタッ!?」

「兄を呼び捨てにするな!ったく―――誰に似たんだか、この性格…………」

密かに叩き易いなーと思っている頭を叩く、多分、中身がほとんど詰まって無いからだな――そう思っていると突然、妹がガシッと抱きついてくる、腹に手を回して頭を腹にぐりぐりと擦りつけてくる。

牛乳を飲んだばかりなので少し苦しい、うぷっ、しかしエロい事に関しての説教が終わればそこは可愛い妹『うーうーうー』と何故か不機嫌に唸る柔らかい生き物の頭を撫でる。

普段は兄さんと呼んでいるのにたまに昔に戻って俺を呼び捨てにする、何度注意しても直らない――しかもたまーにこうやって抱きついてくるのだ、べ、別に妹だから変な気持ちは無いぞ!

本当に冗談では無く、俺の心によこしまな気持ちは一切無い、小さい時から面倒を見て来た存在、妹って言うよりは感覚的には娘に近いのかもなー、ぐりぐり、いたたたたたっ、しかも摩擦で熱い。

「―――――兄さん」

「んー」

「あんな本買わなくてもさ、私のおっぱい触ればいいじゃん!」

「―――――」

もみもみもみ、まあ、別に兄と妹だったら体の触れ合いぐらい普通だよな?まだ未発達の硬さの残るおっぱいを揉みながらテレビを見る―――スキンシップは大事だ。

スキンシップを疎かにすると不仲になる可能性も有り得る、なので俺は妹のおっぱいを揉む、僅かにしこりのようなものが――ウヒョ、ああ駄目だ、妹に対してソレは駄目だ。

なにせこれはスキンシップ、神聖な儀式、服の上から何度も何度も揉む、そう言えば俺が生まれて初めて揉んだ胸は妹だった、キスをしたのも妹だった、アレなキスをしたのも妹だった。

でもこれは何処の家庭でもやっている普通の事、あー、エロい彼女欲しいなぁー、もみもみ、もみもみもみもみ、妹が顔を真っ赤にしてあんあん喘いでいるがいつもの事だ。

「あん、あのね、私―――可愛い女の子も美形の男の子も好きだけど、兄さんが一番好きだよ?お、お嫁さんになりたいもん」

「ふーん、じゃあ結婚するかー」

「も、もう!――――うん♪」

やたら派手に騒ぎ立てるテレビの出演者を見ながら胸を揉む、小さい時から俺のお嫁さんになりたいって言ってたもんなー、結婚かー、そうしたらこの胸をいつでも揉めるわけか!

無茶苦茶大きいわけでもなく、俺の手に丁度馴染むこの胸を、だったら結婚してもいんじゃね?――何か間違っている気がするが、知らない男に可愛い妹をやるよりは100倍マシだろう。

ゆらり、陽炎のように景色が歪む――――――ああ、いつもトモ子とこの話をして、結婚するって言って、そして記憶が途絶えるのはこれが原因か、成程な。

胸を揉み続けながらトモ子の顔を見るとニッコリと死に際の素敵な笑顔、恐らく俺も同じように笑っている事だろう――――――ナイス……桜井。

「……兄妹揃って、何をやってるの?」

幽鬼のような声と気配、ああ、死んだ――――兄妹揃って仲良く。

ああ、ナイス桜井。

ナイス……俺。

もみもみ。



[28193] IF―病ニンフ(ダーク要素あり・ご注意を)
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/25 12:00
ずっと嫉妬していた――自分が徐々に変質してゆくのがわかった、きっと生体部品は腐り落ちて、それ以外は錆付いて―――――心はひび割れて歪(いびつ)になってしまった。

それに気付いた時にはもう遅かった、私の心は後戻り出来ない程に腐敗していて、そしてそれを受け入れている自分がいた。

アルファーは嫌い、トモキにとって特別で、初めてのエンジェロイド……いつも幸せそうにトモキの横にいて命令されて、ああ、羨ましいなんてものじゃなかったのよ?

カオスは嫌い、私の心をあれだけ傷つけて、自分はトモキに救われて、あまつさえ平然な顔をしてトモキをマスターにして、悔しい、許せるはずが無い――不良品め。

デルターは嫌い、まるで普通の友達のようにトモキに接して、一緒にバカをやって笑って――その時のトモキの笑顔は本当に嬉しそうで、低脳の分際でトモキに近づくな。

あああ、そんな事……考えたら駄目なのに、でも考えてしまう、もしトモキに最初に出会ったのが私で、マスターになってもらっていたら、有り得ない妄想に精神が支配される。

だってトモキは私のマスターになってくれるって言ったもの……でもそれはいつなの?いつになったら私のマスターになってくれるの?どんな命令でも聞くよ?――ねえ、ねえ。

アルファーやカオスのようにトモキのエンジェロイドにもなれない、デルターのように"自由"にトモキと接する事も出来ない…………私はなぁに?何の為にここにいるの?

好き――大好き――愛してる―――支配されたい、欲望と願望は肥大化する事を止めはしない、それはアルファーがトモキに説教されている時に、カオスがトモキに抱きついている時に、デルターがトモキと言い争いをしている時に、ああ。

黒く澱みながら成長していく、異常が無いか何度確かめても答えは同じ―――――異常ナシ。

ふふ、異常では無いんだ、だったらこれは正常で、何一つおかしい所は無いんだと自覚した、トモキを自分のものにしたいこのドロドロとした感情は間違いでは無いんだ!

ああ、トモキがマスターになってくれたら何でもしてあげる、Hな事も、残酷な事も、トモキが命令をしてくれるんだったらあの日の悪夢を何度再現してもいい、どんな生き物だって笑顔で殺してあげる。

――ガ、ガ、ガガっ、思考に砂嵐の様なノイズが混じる、なにかしら?―――どうだっていい、私にはトモキを想う気持ちだけがあればいい、他のモノは全ていらない。

黒く澱む感情を素直に受け入れたらこんなに心が軽くなるなんて、きっとこれもトモキのお陰ね♪――――いつだってトモキは私を助けてくれる、救ってくれる、優しくしてくれる。

じゃり、鎖の音が気持ちいい、目の前には感情を失って下を向くトモキの姿、いつもの学生服―――――いつものトモキ、でもそこに感情は無くて、ブツブツと何かを呟いている。

ジャミングにより急激に変質しているのはトモキも同じ、大事な所は変わらずに、でも私のマスターとして急激に書きかえられる情報、私を支配してくれるトモキに変わるんだ。

口からは透明な涎が嘘のようにダラダラと流れて、血の気を失った頬は病人のように青白い――もう少しの我慢だから、ごめんね、苦しめて―――トモキが抵抗するのが悪いんだよ?

アルファーとカオスはトモキに命令"させて"その機能を停止させている、デルターに関しては……後でトモキにアルファーとカオスに命令して貰って破壊させるか捕縛させればいい。

そしてみんなでトモキに仕えればいい、勿論、一番は私だけど―――――愛情を理解した私はトモキに偽りの愛情を植え付ける、このドロドロした黒い感情をそのままトモキの精神に書き加える。

キュイ―――終了まで残り27秒、そうすればトモキは私のマスターとして"稼働"するんだ、私と同じ、私はトモキのエンジェロイドとして稼働して、トモキは私のマスターとして稼働する。

こんなに嬉しい事は無い―――トモキの部屋、布団に寝かせた未来の主は苦しそうに何度も呻く、抵抗しても無駄なのに、そんな所も大好きだよ?――えへへ。

――書き込み完了。

「―――トモキ?」

口元に付いた唾液をハンカチで拭ってあげる、ちゃんと出来たはずだけど――ドキドキ、失敗は許されないもの、何度も計算をして導き出した最善の選択、これが自分で選んだ事。

トモキが教えてくれた"自由"―――目を覚まして、あっ。

「――――ニンフ?」

「とも」

いつもと変わらない優しげな声、喜びで抱きつこうとした瞬間……右手が振るわれる、ぱちんっ、軽い音――――ぶたれた、叩かれた、ジンジンと――頬が熱い。

何も言えずにペタンとお尻を地面に付けてしまう、何処か酷薄な笑みを浮かべたトモキがゆったりと上半身を持ち上げる、私を叩いた自分の右手をじーっと見つめてる。

今まで見た事のない表情、失敗?―――でもちゃんと私への"愛"を、あのドロドロとした感情を書き加えたのに?――失敗なの?それなのに……トモキに叩かれて、何故か、嬉しい。

「ふーん、良くわかんね―けど、エンジェロイドの癖に気安く触るなよな」

「あ」

「俺のモノだから俺がどう扱おうと勝手だろ、そのうざったい顔を止めろ、もっと媚び諂えよ、なあ、ニンフ」

ヘラヘラと、トモキが絶対に言わない事をトモキが口にしていて、それなのにパタパタと翼が喜びで小さく震える、主に従属して喜ぶ犬の尻尾のように。

どうして?――こうやってモノのように扱われて暴力を振るわれるのは恐怖だったはずなのに、なのに私――嬉しいって感じちゃってる、自然と額を地面に擦りつける。

「ああー、そう言えばインプリンティングをしてやらねーとな、ほら、さっさと済ませろよ」

「あっ、は、はい」

ジャリジャリと伸びゆく鎖を何処かで冷静な自分が見つめている、でも、喜び以外のモノは浮かんで来ない、ただ―――――道具のように扱われて見下される事に歓喜を覚える。

私の首から伸びたそれはしっかりとトモキ……マスターの右手に絡み付く、それと同時に今まで以上の忠誠心や依存心がしっかりと胸に刻まれる……『はぅ』息を吐く。

ああ、別に失敗じゃない――成功だ、これで私はトモキのエンジェロイドになれた、三日月の笑みをしながらニヤニヤと私の様子を見ているマスターに再度、頭を垂れる。

全然嫌じゃない――嬉しい、嬉しいよぉ。

「インプリンティング――完了しました、あの、そ、その」

「これでニンフは名実ともに俺のペットってわけだな、あはは、なあ?」

鎖を乱暴に引かれる――抵抗する事も敵わずにマスターの前でみっとも無くうつ伏せになる、立ち上がったトモキに見下されて乱暴に扱われて――キュンキュンと胸が疼く。

マスター(トモキ)に玩具のように扱われるのは本望だ、あああ、トモキ、マスター、段々と私の笑みも深くなる、頬が赤く染まる、ああ、もっと早くこうすれば良かった。

「可愛い犬には御褒美をやらないとな、ほら――舐めて良いぞ」

屈みこんだマスターが私の目の前に左手を差し出してくれる――少しささくれ立ったトモキの指が目に入る、マスターの目は楽しそうに細められていて、ニヤニヤと私を見ている。

ああ、御命令だ、マスターからの、世界で一番大切な愛しい人からの御命令、胸の奥と下半身に火が灯る様な感覚――思考は真っ白に染まって、それでも命令を実行する。

「……あ……む」

「うひょー、エロい、エロいなニンフは!――ほら、もっと丁寧に、媚びる様な目で――お前は俺のペットなんだから、いつでもご主人様に媚びてないと、駄目だぞ?」

「れ……ろ……――はい、マスター」

一つ一つの指を丁寧に舐めてゆく、少しだけしょっぱい、舌を絡めて、指がふやけてしまうまで何度も執拗に、止めろと言われるまで――四つん這いになりながら、本当に犬のようだ。

トモキに植え付けた"愛"はやっぱり正解、私だけを見て私だけで遊んでくれる、トモキが片方の手で何度も私の頭を撫でてくれる、それだけでトローンと意識が呆けてゆく。

「ああ、俺にはニンフしかいらないから、他のエンジェロイドは始末しておけよ」

始末――出来る、アルファーとカオスは機能を停止させているし、デルターはお人よしの性格を利用して隙をつけば簡単だ――本当に私だけのマスターになってくれるんだ!

感謝と敬意と愛情と依存心がぐゃぐちゃに蕩けて私の舌を突き動かす、マスターはまったく飽きていない――もう30分は経過したように思う、舌が少しだけ辛い。

「唾液がサラサラになって来たなぁ、あ、それと"マスター"って呼ぶの止めろよ、今まで通りに呼べ、そして今まで通り、俺の為だけに存在してろ、な?」

「とも……き、ちゅぱ、れろ………だいしゅき、しゅき、あいしてりゅの、ましゅたー、ましゅたー、ましゅたー」

「聞いてねーな」

視界も思考も狂ってゆく、自分が今、何をしているのかもわからない、背中の翼はパタパタとバカのように動いて、舌が硬直しそうになるのを無理やりに動かす。

苦しい、でもマスターが止めろって言って無い――トモキの命令ならどんなに苦しくても辛くても大丈夫、何だってしてあげる、私のマスター、私の鳥籠、私の――トモキ。

「ましゅたぁ」

「はは、"トモキ"だろ?」

キュポンと、淫らな音を立てて指が抜かれる、遠ざかるソレを名残惜しいと思いながら私は荒い息を吐く―――桃色に染まった思考をコントロール出来ない。

トモキは満足そうに頷きながらすっかりふやけた自分の指を見せつけるようにして舌で舐める、畳の上には唾液のシミが大きく広がっている――トモキが私の唾液を舐めてる。

ゾクゾクと、腰が震える――従属して支配される喜びがエンジェロイドの本能を刺激する、はっはっはっ――プライドなんかいらない、息を浅く吐きながら命令を待つ、犬のように。

「ニンフは俺の為なら何だってするんだ?」

「は、はい」

「その言葉使いも止めろ、で?」

「う、うん―――――トモキの為なら私は何だってするよ!どんな命令でも喜んで!だって私はトモキのエンジェロイドなんだから!」

「へぇ、じゃあ、俺がその翼が邪魔って言ったら?」

「すぐに千切るよ!ねえ、今した方がいい?」

「はは、冗談だよ、バーカ」

額を指で突かれる、命令じゃないんだ―――――トモキにもっと命令されたい、支配されたい、玩具のように扱われてボロボロになるまで遊ばれたい。

今まで溜めに溜めていた感情が激流のように溢れて来る、でも我儘は言わない―――それにきっとトモキは私に命令してくれる、だって私の"マスター"なんだもの!

トモキの歪んだ笑顔を見つめながら私はそう思う、鎖を引かれて抱き寄せられて、トモキの腕の中でドキドキと――ああ、幸せだぁ、本当に幸せすぎて頭がおかしくなってしまいそう!

「どんなHな事でもしていいんだよな?」

「うん!」

「でもニンフは幼児体型だしなぁ、だから、普通じゃない事をしちゃうかもな、さっき言ったように――翼を千切ったりな」

サラサラと、翼を撫でられる、主の要望に体が勝手に反応して翼が震える――トモキの舌が私の頬を何度も舐める、執拗に―――何度も何度も、それだけで私は骨抜き、はぅ。

何だってしてあげるよ?アルファーとカオスがしてあげれなかった事を全部、ぜぇーんぶ――それが私の存在意義、マスターの為ならどんな事もするエンジェロイド。

「ニンフは"自由"なんていらないもんな、なぁ―――ニンフ」

「はい、"マスター"!」

だって、鳥籠の中で貴方に飼われる事が私の幸せなんだから―――――布団の上で組み敷かれながら、私は幸せを噛みしめるのだった。



[28193] IF―病カオス(病ニンフの続きです)
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/27 11:03
ますたーがおかしくなった、きっとそれはニンフおねぇさまの仕業――でも私は変わらない、ますたーが変わっても私は変わらずに、ますたーが大好き、ますたーはますたーだから。

前みたいに柔らかい笑みを浮かべる事は無くなったけど、それでもますたーが笑ってくれると心が弾む、それが虫を見下すような冷たい瞳だとしても私は喜びで打ち震える。

ああ――ますたーが好き、ますたーが大好き、きっとこれは愛しているって感情、ますたーが変わっても何一つ変わらない不変なものとして私の中に存在している、永遠に変わらない。

ニンフおねぇさまはイカロスおねぇさまを"改造"している、機能を停止させて無抵抗な体を……ますたーの為により強力な兵器へと――私は何も思わない、ますたーを守るためだもの、何も感じない、だって当たり前だから。

だからニンフおねぇさまはイカロスおねぇさまに付きっきり、自然とますたーのお世話は私の役目になる――ますたーは私の体を抱きしめて笑う、酷薄な笑み、とても冷たい瞳。

サラサラと私の髪を指の隙間に流しながら本当に楽しそう…………それは私が過去に"おさかな"さんを虐めて感じていた様な感情だと思う、ますたー、ますたー、それでも大好き。

「カオスは可愛いなぁ、ふふ、どうした?――――ん?」

「ますたぁ」

「甘え上手、それはニンフより上だなぁ、媚びて、諂って、でも自然で……――好きだぞカオス」

「えへへ」

ますたーは何をするわけでも無く布団の上でゴロゴロと横になっている、私はますたーに抱かれながら全身をますたーに擦りつける―――――私の匂いをしみ込ませるように。

そして、ニンフおねぇさまはそれを嗅いで嫉妬するんだ、ますたーは嫉妬に歪んだニンフおねぇさまの顔が大好きだと笑う、ますたーが喜ぶと私も嬉しい、だからニンフおねぇさまにその役目を期待する。

―――だって私と同じますたーのエンジェロイドなんだから、それは当然の事。

私はますたーのペットなんだって――ますたーに可愛がってもらって、抱きしめられて、ますたーの敵を破壊する役目、ふーん、今までと変わらない、それはやっぱり当然の事。

ますたーも態々そんな命令をしなくてもいいのに、でも命令は嬉しい―――きゅーっと強くますたーに抱き付く、大切だと伝える為に、世界で一番好きだよって伝える為に。

――――――ガチャッ。

……扉が開く、私はそれを耳にしながらますたーの唇に唇を重ねる、何一つ変わらない、二人っきりの空間――そこにニンフおねぇさまが入って来ても関係無い。

ますたーの唇はかさついていて、少しひび割れをしている――ああ、痛い?だいじょうぶ?――気持ちを込めて舌を這わせる、優しい気持ちが胸を支配する――。

チラリとニンフおねぇさまの方を見る、顔を真っ赤にして全身を震わせて下唇を噛んでいる、ああ、これでまたますたーが喜んでくれる――――ニンフおねぇさま"ありがとう"。

くすくすくす、つい笑ってしまう、ますたーも気持ち良さそうに目を細めて舌を出して来る、絡み合うソレに強烈な視線、ニンフおねぇさまもしたいの?……ざんねん。

今はカオス(私)の番、それにニンフおねぇさまは自分がますたーの一番だと思っているけどそれはどうかな?――ますたーは私がますたーの一番になりたいって言ったら、『それも面白いな』と言ってた。

それだけ不安定な立ち位置なのに、いちばんいちばん――口にしても無駄なのに、ますたーは上半身を持ち上げてキスをしたままニンフおねぇさまの方を見る。

私はますたーの服が皺になる事も気にしないできゅっと掴む、胸元で服が乱れて、あはっ、笑う―――ますたーは両手で私の頭を抱えるようにして舌の動きを激しくする。

ぴちゃぴちゃ、その音が雨を連想させて面白い、ますたー、ますたー、最後に互いに強く吸いついて、離れる。

「――――と、トモキ」

「カオスのキスは気持ちいいなァ、ああ、ずっとしてたい」

「クスクス、ますたー、私もずっと、ずーっとしてたい」

「可愛い事を言うなぁ、あはは、うりうり」

頭を乱暴に撫でられる、それも気持ちいい、何とも言えない甘い感情が全身に広がる、甘くて粘着質で琥珀色の怠惰なソレ―――ますたーに遊ばれる喜び。

本当はずっとキスをしていたいんだけど、ニンフおねぇさまのせいでそれも中止、モヤモヤする――ますたーは私だけのますたーでいいのに、じゃま――――邪魔?

部屋に入って来ないニンフおねぇさま、ワンピースの裾をぎゅっと握って不安そうに体を小刻みに震わせている、ますたーの命令を待っているのかな?

「ニンフ、どうしたんだ?――そんな顔をして」

ますたーは見せつけるように、私の頬を舌で擦るようにして何度も舐める、唾液の匂い――自然と内股になりながらますたーの頬を私も舐める、気持ちいい、ニンフおねぇさまは瞬きもせずに凝視している、どうしたの?

「う、うん、トモキに言われたとおり、今日もアルファーを―――」

「そうか、偉いなぁ、ニンフは――それはカオスには出来ない事だもんな?」

「うん!」

確かにそれは私には出来ない、でも………ニンフおねぇさまや他のエンジェロイドを"食べたら"出来るようになるかも、それをますたーに言ったら『じゃあ、沢山食べないとな!』って言われた。

でもニンフおねぇさまは食べたら駄目だって――だからシナプスから送り込まれるエンジェロイドに期待している、はやくきて?たくさん食べてはやく大きくならなくちゃ。

そしてますたーに"愛"をあげるの、ずっとずっとずっと、ますたーが私以外のエンジェロイドはいらないって思うぐらいに、ニンフおねぇさまを不必要だって思うぐらいに。

(―――そして今よりもっともっと、ますたーに"愛"をあげるの、もっと…………もっと…………ますたー、ますたー、あいしてる)

だからニンフおねぇさまは邪魔なの―――――自分の考えに私は笑みを深くするのだった。




○あとがき

時間がないので今回はおまけ的な短いお話、感想の返信は今回は無しで!すいません!



[28193] IF―病アストレア・覚醒(病カオスの続きです)
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/06 12:23
襲撃された――奇襲、こちらの体勢が整う前に射程範囲外からの連続攻撃、意識が刈り取られる、木々が倒れ、水飛沫が上がり、大小のクレーターが地面に刻まれる。

いつものように呑気に空を見つめながら時間を潰してた、いつもの川岸、見慣れた風景が一瞬の内に壊される―――『aegis=L』を展開していてもこの執拗な攻撃の前には無意味だっただろう。

全身の異常を訴えて来るアラームに舌打ちをしながら膝をつく、反撃は不可能――では無い、自分の間合いに持ち込めば……状況と状態を見て、一度だけのチャンス――それ以上は体がもたない。

うつ伏せになり揺れる地面の上で機会を待つ、撃ちこんで来る攻撃の精度は低い、イカロス先輩と大違いだなと少し笑う、余裕は無い、けどここで破壊されるつもりは無い。

やがて攻撃が止む、このままここで機能停止した振りをしていれば敵機が確認しに来るだろう、その時が好機――来ないなら来ないで回復を待って再戦すればいい、そう思っていた。

目の前に"ソレ"が降り立つまでは!

「クスクスクス」

聞き慣れた声、ここ最近は親しみすら持っていた声、童女の声……異様な気配に顔を上げる、紫色の瞳に鋭利な翼、黒のワンピース、金糸のような髪、その全てが彼女を形作るパーツの一つだ。

それらを統合するとたった一つの可能性しか浮かばない……ああ、認めたくないんだ、私。

「どう――して」

「どうして?――――ますたーの御命令だよ?」

明るい声、天真爛漫な笑顔、アイツに救われてから見せるようになったその笑顔が今は何故か恐ろしく見える、ああ、本当に心の底から恐ろしい……私を攻撃したのが"カオス"だなんてっ。

だけどたった一つの言葉がそれを証明してしまっている、『ますたーの御命令』――それはカオスにとって絶対のもの、それを口にしたのだからこれは現実で真実なんだろう。

冗談じゃないと奥歯を噛みしめる、痛みと不調を訴えて来る体を無視してゆっくりと立ち上がる、川の水面に足先が触れるか触れないかの位置でぷかぷかと浮遊しているカオス。

攻撃する?――でも、一度は妹と認めてしまった、だから戦いたく無い……それが私の"自由"が決めた事、だから無い知恵を絞って必死に考える、どうすれば現状を打破出来るのか。

体の隅々から白い蒸気が上がる、油の足りてない機械の出す様な何かが軋む音、全てが異常――ああ、戦う戦わない以前に戦えないんだ、思ったよりもダメージが大きい。

ふらつきながら地面に膝をつく、駄目だ、カオスは不思議そうな顔をしながら頬に指を当てて『んーと』と何かを思案している、ますたーの御命令?それは何?……ああ、有り得ない。

じゃりじゃり、砂利を踏みしめて、何かが近づいてくる、認めたくないのに――足音で誰だかわかってしまう、自分はどれだけ"そいつ"が好きなんだろうと恐怖のようなものを感じてしまう。

カオスはそちらの方にふよふよと移動する、まるで私なんてどうでもいいように――興味の対象が一瞬で変わる、それも仕方が無いと認めている自分がいる。

「おお、ちゃんとボロボロになってるな!――煤けて、汚れて、傷だらけで、俺のイメージ通りの展開だ、ありがとな、カオス」

「ますたー」

「おおっと、ははは、カオスは俺を見ると急に抱きついて来るのな、可愛いぞ、俺の言う通りに動いて俺の言う通りに敵を破壊する――実に愛らしいな」

「?――ますたーのエンジェロイドだもの」

「そうだな、カオスは俺の命令なら"おねぇさま"だって平気で破壊するもんなー」

「うん」

ああ、聞くに堪えない会話、不愉快過ぎる会話――睨みつけるようにして見上げる、いつもの軽装にサンダル、そしていつもと違う"酷薄"な笑み、見下(みお)ろされる、違う、見下(くだ)されている。

ぞくり、こわい、こわい、こわいこわいこわいこわい、どうして?――カオスを目の前にした時よりも何倍も大きな恐怖が私を包む。

「ああ、そんな風に見るなよ、媚びろ、でもまあ――理由を教えてやらないとな、ニンフに頭の中を"書き換えられた"……理由にしては簡単だろ?バカなお前でもわかるぐらいにさ」

「――うそ」

「嘘じゃない、現実にお前はここで地面に突っ伏して、こんなにボロボロじゃないか、カオスを襲撃させた理由はなんか面白そうだったから、裏切られたエンジェロイドの顔は最高に笑えるからな」

いつかのように倒れた私に手を差し伸べる"ともき"―――――ニンフ先輩、どうしてこんな事を?――わからない、なにもかもがわからない、私がバカだからじゃなくて、あまりにも非現実過ぎる展開に思考が追いつかない。

ニヤニヤとした笑みを浮かべながら差し出された手を叩くっ、意外な顔をして手を引っ込めるともき。

「抵抗、するんだな」

「あ、当たり前よ!―――バーカ!」

悲しげな声の響きに胸の奥がズキッと痛む、だけど、全ての自由をくれたのはコイツだから……ニンフ先輩に支配されて自由を失ったコイツに屈したくない、なけなしのプライド。

自分を破壊するなら自由にすればいい、凄く悲しいけど、涙が溢れて止まらないけど――ニンフ先輩のバカ、私よりバカだったなんて!ああ、どうしてこんな事をしたんですか?

コイツはコイツのままで良かったのに、ともきはともきのままで良かったのに……私がバカでもそれぐらいはわかりますよ、ニンフ先輩のした事は絶対に間違いだってわかります。

「なら、秘密兵器だな」

「――――え」

「好きだぞアストレア――ああ、違うか、他の誰よりも、他のエンジェロイドよりも愛してる、ああ、俺のものにしたい、俺のエンジェロイドになってくれ」

―――――――まるで、私の願望をそのまま口にしたように、思考が白く染まる、そして桃色へと変わる、はふと意味の無い声が出てしまう……何度も頭の中に響くその言葉。

いけない、これはきっといけないものだ、蕩けそうになる表情、たったそれだけの言葉で私の根底に存在していた"自由"が粉々に砕かれてしまう、そして従属を促して来る。

「アストレアが俺のものになったら何だってしてあげるぞ?そして沢山"命令"してやる、たぁくさん、あはは、どうした、呆けた顔をして、バカっぽいぞ」

「とも……き、あの、そ、その、え?」

「じゃあ、最初の"命令"だ、インプリンティングしろ、アストレア」

抵抗しなきゃ、抵抗しないと――――――――――――――マスター?

「は、い……マスター」

「ははは、いい子だなアストレア」

どうして抵抗しないと駄目なんだっけ?――鎖が構築されるのを見つめながら桃色に染まった思考で私は思うのだった。

どうして?






チラシの裏にネタものを書きました、よければ見てやって下さいー。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.756122112274