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[28248] IS 史上最強の弟子イチカ (IS 史上最強の弟子ケンイチ クロス) 原作開始により板移動
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:bea3fd25
Date: 2011/07/06 12:04
プロローグ







「一夏ぁ!」

「ふぉふぉ、安心するといい、千冬ちゃんや」

「ちふゆ、ねぇ……」

弟の身を案じる少女に向け、老人が愛嬌のある表情を浮かべて安心させようとする。
その老人の手の中には千冬の弟、衰弱した様子の一夏が抱かれていた。

「いっくんに手を出した不届き者は、わしが皆懲らしめてやったからのう。怪我もないぞ。ただ、いろんなことがありすぎて疲れただけのようじゃ」

なんでもないことのように、陽気に言う老人。彼の名は風林寺隼人(ふうりんじ はやと)。無敵超人の異名を持つ、史上最強の生物。
風貌はそれに相応しく、二メートルを優に超える筋骨隆々の巨体。ただでさえ目立つ容姿なのに、それに拍車をかける長い金髪の髪と髭。
その姿は圧巻で、隼人の微笑みが妙なギャップを生み出していた。だけど千冬は隼人に怯えることなく、一夏を受け取り、抱き締めながらお礼を言う。

「ありがとうございます、本当にありがとうございます」

「なぁに、困った時はお互い様じゃよ。それにしてもよかったのかのう?いっくんが心配だったのはわかるが、今日は大事な試合だったのじゃろう?」

「そんなのはどうでもいいんです。一夏が無事だった、それだけで十分です」

「ふむ、お主は良い姉じゃの」

隼人は自身の顎鬚を撫でつつ、空いている手で千冬の頭をポンポンと叩いた。

「後はわしらに任せるといい。黒幕にはきっちりと落とし前を付けるからのう」

優しい笑顔でささやかれるその言葉。それは千冬にとってとても頼もしく、そしてとても恐ろしかった。


†††


「風林寺さんには、本当に頭が上がりません」

「気にするでない。何度もいっとるが、困った時はお互い様じゃ」

「ですが、いつもこちらが一方的に助けられてると思います」

「じゃから気にするでない。うちの者もいっくんのことを歓迎しとるからのう」

千冬と一夏の姉弟には両親が存在しない。幼い一夏と、当時高校生である千冬を残して突然失踪したのだ。
2人には頼れる親類もおらず、どうしたら良いのかわからなかった。そんな姉弟に向け、手を差し伸べてくれたのが隼人である。

「アパパパ~」

「アパチャイすげっ!」

「いちか、スピード上げるよ。しっかりつかまってるよ」

「うん!」

あらゆる武術を極めた者達が集う場所、梁山泊。
幼い一夏の姿はそこにあり、今は優しき巨人、アパチャイ・ホパチャイと遊んでいた。
隼人にも負けない巨体であり、褐色の肌と水色の髪をした青年。その風貌から恐れられることが多々あるが、彼の本質はとても優しく、子供や動物などには絶大な人気を誇っていた。
一夏を肩車して嬉しそうに走っている姿から想像できるように、彼は大の子供好きだ。そんな彼が裏の世界では『裏ムエタイ界の死神』などと呼ばれているのを誰が想像できるだろうか?

「それはそうとドイツはどうじゃった? 世界は広いからのう、何か新しい発見があったじゃろう? 今の千冬ちゃんはそんな顔をしておるぞ」

「……流石ですね」

隼人に指摘され、千冬は感心した。こうも見事に自身の心境の変化を突かれるとは思わなかったからだ。
千冬は今までドイツにいた。あの事件から既に1年以上の時間が経ち、既にIS操縦者の現役を引退している。

IS インフィニット・ストラトス
女性にしか扱えない、世界最強の兵器。
当初は宇宙空間での活動を想定して作られていたのだが、千冬の親友である篠ノ之 束(しののの たばね)が兵器として完成させた。
彼女1人でISの基礎理論を考案、実証し、全てのISのコアを造った天才科学者なのだが現在は失踪中であり、世界中が束の行方を追っているとのことだ。
束の親友だったために千冬はISの開発当初から関わっており、ISに関する知識や操縦技術は並みのパイロットよりも遥かに高い。しかも公式試合で負けたことがなく、大会で総合優勝を果たしたことからも誰もが認める世界最強のIS操縦者だった。
そんな彼女の突然の引退。よくよく考えれば、隼人じゃなくともなにかあったと勘ぐるのは当然かもしれない。

「最初は……借りを返すつもりで教官の話を受けました。ですが人に教えると言うことに意義を感じるようになり、その道に進んでみるのも面白いかと思っただけです」

「そうか……お主の決めたことじゃ。わしは応援するぞ」

「ありがとうございます」

「いっくんのことは任せなさい。血はつながっていなくとも、彼は既に家族のような存在じゃ。わしらがしっかりと面倒を見るから、安心するといい」

「はい」

縁側に腰掛け、お茶を飲みながら談笑を交わす隼人と千冬。
そんな2人に、背後から女性の声がかけられた。

「千冬……来て、たんだ」

「お久しぶりです、しぐれさん」

「ん……」

剣と兵器の申し子、香坂しぐれ。
ポニーテールのように髪を後ろで束ね、くノ一のような格好をした美女。
年齢不詳だが、見た目からして歳は千冬とあまり変わらないだろう。彼女もまた、梁山泊で暮らしている者の1人だった。

「しぐれや、『あいえす』とやらの整備は終わったのかの?」

「今……秋雨が仕上げをしてい、る」

「そうかそうか、秋雨君に任せとけば安心じゃのう」

剣と兵器の申し子であるがゆえに、また、梁山泊で唯一の女性の達人であるがゆえに、彼女もまたIS操縦者だった。
しかも公式では負けなしとされている千冬だが、非公式、訓練などではしぐれに手も足もでなかった。
千冬が誰もが認める世界最強のIS操縦者なら、香坂しぐれは正真正銘、世界最強のIS操縦者である。

「逆鬼、一気に発電してくれ」

「ったく、何で俺がこんなことを……」

ISにいくつものコードをつなぎ整備、調整をしている胴着の中年男性。
彼が哲学する柔術家こと岬越寺秋雨(こうえつじ あきさめ)。黒髪と口髭が特徴的で、隼人やアパチャイに比べるとスマートな身体つきだが、武術の達人なだけにとても鍛えられた肉体を持つ。
書、画、陶芸、彫刻のすべてを極めたと謳われる天才芸術家だが、その他にも医師免許などを所持しており、からくりや機械関連の知識にも精通している。まさに完璧超人。
そんな秋雨だからこそ、世界最先端の技術の結晶であるISの整備ができるというものだ。

そして、ISにつながったコードの先端、自転車のような発電機で電力を生み出している人物の名が逆鬼至緒(さかき しお)。
ケンカ100段の異名を持つ空手家。口調は乱暴で、頬から鼻にかけて横断する一文字の傷があり、素肌の上に革のジャケットと言ういかにも恐ろしい風貌をしているが、心根はとても優しい青年だった。

「相変わらず、秋雨君の発明は見事じゃのう。その発電機のおかげで、うちの家計は大助かりじゃわい」

「収入が不定期な分、逆鬼の体力は有り余ってますからね」

「うるせぇよ!」

逆鬼達のやり取りを見て、千冬は思わず笑みをこぼす。
平和な日常。両親がいなくとも、自分達姉弟を支えてくれる家族のような者達。
これが幸せなのだと噛み締めていると、あっさりとその考えは崩壊してしまった。

「久しぶりね、千冬ちゃん。相変わらず良い体してるね♪」

「……………」

あらゆる中国拳法の達人、馬剣星(ば けんせい)。
長身とはいえ女性である千冬よりも小さく、小柄な中年の中国人男性。長い口髭と眉毛が特徴的で、帽子とカンフー服を愛用している。
彼を一言で表すならエロ親父。美女を見ればセクハラ行為を働くため、千冬は馬のことを苦手としていた。

「ほ、れ……」

「ありがとうございます、しぐれさん」

「ちょ、ちょっと待つね! いくらなんでも真剣は洒落にならないね!!」

それでも最近は慣れてきたのか、馬に対する遠慮がない。
しぐれに渡された刀、真剣を受け取り、千冬はそれで馬に斬りかかる。
中国拳法の達人なだけあり、千冬の斬撃を紙一重でかわす馬だったが、その表情は引き攣っていた。

「アパパ、剣聖楽しそうよ」

「これ、アパチャイ。どこを見ればそう取れるね!?」

「千冬姉、頑張れ~」

「いっちゃん!? 頑張られたらおいちゃん死んじゃうね!」

その様子をケラケラと眺める一夏達。そんな彼らを制する少女の声が、梁山泊内に響き渡る。

「みなさ~ん、おやつの用意ができましたわ」

無敵超人風林寺隼人の孫娘、風林寺美羽(ふうりんじ みう)。
一夏と歳の変わらない、長い金髪の美少女。幼いながらも梁山泊の家事を一手に引き受ける才女だ。

「あ、美羽ちゃん、私も手伝おう」

「ありがとうございます。では、こちらを運んでいただけますか?」

馬を追いかけるのを中断した千冬は、手伝いを申し出る。
いつまでもこんな日々が続けばいいのにと思う、平和な毎日。だが物事に永遠なんてものは存在せず、日常とは些細な切欠で崩壊するものだった。

「これが、IS……」

「これこれ、勝手に触ったら……」

おやつを食べ終わった一夏が、秋雨の整備していたISに興味を持つ。
興味本位で触ることを咎める秋雨だったが、もう既に遅い。一夏は既にISに触れてしまった。
これはしぐれの専用機だったが、整備のために一時初期化していたのが原因だろう。そうでなくとも、まさかこのようなことになると誰が想像できただろうか?

「こ、これは……」

どんな原理かはわからないが、ISとは女性しか起動することができない兵器。男性では到底扱うことができない。
だが一夏は男性、男の子である。普通なら起動するはずがない。動くはずがなかった。
だと言うのに……

「ISが……起動した?」

ISの起動。動かせないはずの男が、ISを動かした。
これが日常の崩壊であり、世界を巻き込むことになろうとは、一体誰が想像しただろうか?



















あとがき
クララ一直線が終わり、勢いに任せて書いてしまった一発ネタ。
まさかまさかの史上最強の弟子ケンイチクロスです。うん、反省はしています。後悔もしています(汗
この作品を書こうと思った切欠は、長老ならISも倒せるんじゃね、と思った理由から。ってか、あの人普通に飛んでますよね、空。制空権なんてあの人の前じゃ無意味ですよね……
さらにはしぐれさんにIS。いや、だって、梁山泊の達人で唯一の女性ですし、剣と兵器の申し子だからISも例外じゃないかなぁ、って。違和感ないですかね?
ちなみに一夏と美羽は同い年です。必然的に兼一も同い年ですが、続くとしたら原作主人公とヒロインの出番がかなり少ないです。舞台はIS学園になりますから、出番はほぼ皆無です。
でもしぐれさん、彼女はIS学園に教師として入るのなんてどうかなと思ってますw

さて、なにやってたんでしょうね、俺。フォンフォン一直線の常連の読者の方がISのSS書いてると聞いて、SS読むには知識が要るからISのアニメ見て見事にはまったこのごろ。
アレはSS書きたくなっても仕方がないです。セシリアかわいいです、鈴かわいいです。
セシリアや鈴がヒロインで、強い一夏が書きたいと衝動的にやってしまいました。もう一度言います、反省はしている。後悔もしています。



[28248] BATTLE1 剣と兵器の申し子に弟子入り!?
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/06/24 01:06
「ボクの弟子にす……る」

「待ってくださいしぐれさん!そんないきなり……」

一夏がISを起動させ、梁山泊は騒々しい空気に包まれていた。

「まぁまぁ、落ち着くね千冬ちゃん。しぐれどんもいきなりすぎるね」

一夏を弟子にするというしぐれと、それを反対する千冬。言い争いを始めそうな2人を馬が仲裁し、仕切り直させた。

「しかし驚いたのう。本来、その『あいえす』というのは女性にしか動かせないんじゃろ?なのに何故、いっくんが動かすことができたのかのう?」

「私にもわかりかねます。ただひとつだけ言えることは、彼は世界中で唯一ISを動かせる男ということでしょう」

隼人と秋雨は驚きと共に感心し、一夏を見定めていた。
IS、世界最強と呼ばれる女性専用の兵器。例え武術を極めた達人でも、男性なら動かすことは不可能な代物だ。
それをどこにでもいるような普通の少年、一夏が起動させた。ならば彼に何かがあると思うのは当然だろう。

「あぱぱ、凄いよ一夏!」

「えへへ」

アパチャイは自分のことのように一夏を褒め称え、一夏は照れ臭そうに笑っている。
まるで他人事のようであり、とても客観的な反応だった。

「一夏! お前のことなんだぞ、もう少し真面目に……」

「だから落ち着くね、千冬ちゃん。いきなりのことでいっちゃんもどうしたらいいのかわからないのね」

馬の言っていることはもっともだった。自身が世界で唯一ISを動かせる男と言ったところで、別に何かが変わるわけではない。一夏は一夏であり、千冬の弟、梁山泊の仲間なのだから。
だが、このことが世間に知られればこれまでの生活ができなくなるのも事実。何せ、世界で唯一ISを動かせる男なのだ。世界各国の研究機関、またはその関係者が放っておかないだろう。

「幸い、このことを知っているのは我々梁山泊の身内の者だけだ。平穏な暮らしを望むというのなら、一夏君のことは内密にすべきだと思います」

「ふむ、そうすべきじゃろうな。もっとも、それはいっくんがどうしたいかによるがの」

「へ?」

話を降られた一夏は、間の抜けたような顔で呆然とする。
真剣な表情で問いかけてくる隼人の雰囲気に恐縮し、言いようのない緊張感を味わっていた。

「これまでどおり平穏な日々を望むか、それとも茨の道を歩むのか? それはお主の決断しだいじゃ」

「俺の、決断……」

場合によっては人生を左右するほどの決断。それを迫られた一夏は瞳を閉じ、真剣に思考を巡らせる。
世界で唯一ISを動かせるという事実。それを知った時はいまいち現実味を感じず、アパチャイに褒められるがままに喜んでいた。自分は特別な存在なんだと思い、表現のしようがない高揚感に包まれた。
だが、冷静になって考えてみると話は違ってくる。確かに一夏は特別な存在だ。それは否定のしようがない事実だろう。けど、そのことが知れ渡れば彼は日常を失ってしまう。
これまでどおりに梁山泊の者達と一緒に過ごすことができなくなり、研究付けの毎日を送ることになるかもしれない。流石に非人道的なことはされないだろうが、モルモット(実験動物)一歩手前の生活を送ることになるかもしれない。
そう考えると、喜んでばかりもいられなくなった。

「俺は……このままがいいです。梁山泊から離れたくないです」

だから、正直な気持ちを吐露する。男でISを動かせるというのはとても名誉なことだが、だからと言ってこの暮らしを失いたくはなかった。

「そうか、それがいっくんの決断じゃな」

隼人が微笑む。身内に向けられる、とても優しそうな笑みだった。
千冬も一安心したようで、安堵の息を吐く。

「残……念。弟子、欲しかった……な」

しぐれは残念そうに俯き、畳の上にのの字を書いていた。

「あ、いや、それはISについての話であって、別にしぐれさんに弟子入りするのが嫌だとかそういうわけじゃないですから」

「本当……?」

「はい。むしろしぐれさんほどの達人に剣を教えてもらえるなら教えて欲しいくらいです」

落ち込むしぐれに向け、一夏は彼女を気遣ってのフォローを入れる。
それが、地獄の始まりだということをまったく理解していなかった。

「じゃあ、教え……る」

「へ?」

「そうだな。私はISに関わるのは反対だが、しぐれさんに剣を教わるのは悪いことじゃないと思うぞ。お前も昔は剣道をしてたからな」

「ほう、ならいっくんはしぐれの弟子じゃな。剣の道は険しいぞ」

「しぐれズルいよ~。アパチャイも弟子欲しい!」

一夏を他所に進んでいく話。
しぐれのフォローのために言った言葉が、なぜか彼女に弟子入りする意として取られていた。

「え~と、今のは冗談で……」

「弟子……ふ、ふふ……一夏、これからは私のことを、師匠と呼……べ」

(しぐれさんが笑ってる!?)

普段はどんなことがあっても顔色ひとつ変えず、感情を表に出さないしぐれが確かに笑っていた。
香坂しぐれ、年齢不詳のスタイル抜群の美女。そんな彼女が笑う姿はとても美しく、そしてとても恐ろしかった。


†††


「ふ、ふふふ、ふははははっ! いっそ殺せェェェ!!」

「わっ!? 一体どうしたのよ、一夏」

「鈴~」

一夏は錯乱し、狂ったような悲鳴を上げた。
そんないきなり取り乱し始めた一夏に向け、一夏曰く『サード』幼馴染で中国人の凰鈴音(ファン リンイン)、通称鈴(リン)が心配そうに声をかけてきた。
これまた一夏曰く、ファースト幼馴染の篠ノ之箒(しののの ほうき)が家庭の事情で転校し、その後に仲良くなったのが鈴なのだ。ちなみにセカンド幼馴染は美羽だ。
一夏の悪友である五反田弾(ごたんだ だん)とも仲が良く、美羽も合わせて4人で一緒に遊んだりもしている。

「しぐれさんが無茶苦茶なんだよ……お前はあるか? 日本刀持った女性に1時間以上追い掛け回されたことなんて……………刃物怖い刃物怖い刃物怖い」

「な、なんか大変なのね……」

流されるがままにしぐれの弟子となった一夏は、毎日のようにトラウマを植えつけられる日々を送っていた。
そして、時折羨ましそうな視線を送ってくるアパチャイ。彼は一夏にムエタイを教えたいらしいが、それは謹んでご遠慮したい。
裏ムエタイ界の死神と呼ばれる彼の修行風景を見れば、その理由も理解できるだろう。

「何度死ぬ思いをしたか……今、こうして鈴と並んで帰宅しているのが俺の唯一の癒しだ」

「い、いい一夏!? えっと、あの……私も一夏と一緒に帰るのに悪い気はしないわ」

「そうか……ああ、腹減った。帰りに鈴の家によっていいか? 鈴の親父さんの酢豚と杏仁豆腐が食べたくなった」

「別にいいけど……一夏ってうちの酢豚好きよね」

「おう、アレは絶品だよな。もう毎日食べたいくらいに」

「そっか、そうなんだ……」

道中、いい雰囲気になる一夏と鈴。
鈴は頷きながら何かを考え、ある決意をした。

「じゃあね、一夏。私が料理がうまくなったら……」

「ん?」

「酢豚を毎日……」

「ラララ~! 一夏殿、奇遇ですね」

「あ、響」

「……………」

だが、鈴が言い切るより前に邪魔が入った。
歌いながらやってくる邪魔者、それは羽帽子と奇妙な服をした不気味な少年、九弦院響(くげんいん ひびき)。
彼は暇があれば歌って踊り、作曲などをしていた。その作曲に関しては類稀なる才能を持っており、将来的には音楽学校への進学が決まっているとか。
天才気質の少年だが、そんな彼を一言で表すなら変人である。

「本日はお日柄も良く、良い天気ですね。まるで私達の出会いを天がしゅくふ……」

「なんでいいところで出てくんのよぉ!!」

「ぐふぁ!?」

そんな響を、鈴は情け容赦なく殴り飛ばした。

「スフォルツァンド(特に強く)……良い一撃でした。今ので素敵なメロディーが舞い降りてきましたよ。ラララ~!」

「だからあんたは、殴られたのになんでそんなにピンピンしてるのよ!? この国じゃ邪魔をする奴は馬に蹴られて死ねって言うけど、あんたは馬にけられても平気そうね」

「ララララ~」

殴り飛ばされた響はやばい倒れ方をしたものの、すぐさま起き上がって作曲を始めていた。
羽帽子の羽の部分がペンとなり、懐から五線譜紙を取り出して曲を書き込んでいく。
彼から声をかけてきたというのにそれに熱中し、一夏と鈴の存在は忘れ去られていた。

「これは家で早速奏でてみたいですね~! では、一夏殿、鈴音氏。私はこれで失礼します。ラララ~!」

「………なにしに来たんだ?」

「こっちが聞きたいわよ!」

自由翻弄な響に呆気に取られ、一夏と鈴は同時にため息をついた。


†††


あれから暫くの時が経った。
響経由で知り合った新たな友人、千秋祐馬(ちあき ゆうま)と知り合ったり、鈴や弾と共に遊んだり、しぐれの修行によってまた新たなトラウマを刻まれたり……
楽しかったことや思い出したくない出来事などなど、いろいろなことがあった。本当にいろいろなことがあった……

「俺の癒しが、心のオアシスが、酢豚が……」

「もう、一夏。そんなにマジ泣きしないでよ……」

「だって、だって……」

その日常が崩壊する。梁山泊の修行でボロボロとなった一夏の心のよりどころ、鈴が所謂家庭の事情と言う奴で祖国に、中国に帰るというのだ。
それに一夏は本気で涙を流し、空港で鈴との別れを惜しんでいた。

「ホントにやめてったら……帰れなくなるじゃない」

「帰らないでくれよ、鈴」

「そういうわけにもいかないわよ……」

「俺と一緒に暮らそう。絶対に幸せにしてみせるから」

「え、ええっ!? ちょ、一夏! それってプロポ……」

「馬さんがそう言えば一発だって言ってたけど、これってどういう意味なんだ?」

「死ね!」

「ぐはっ……」

鈴の手加減なしのビンタが一夏に叩き込まれる。バチーンと乾いた良い音が響き、一夏の頬には鮮やかな紅葉の跡がついていた。

「な、なんで怒るんだよ?」

「うっさい馬鹿! 死ね、本当に死ね!!」

怒鳴り、口論を始めてしまう一夏と鈴。
周囲からは呆れたような視線や、どこか微笑ましそうな視線が投げかけられるが、2人にはそんなものを気にする余裕はなかった。

「まぁ、いいわ。一夏の病気は今に始まったことじゃないし……」

「俺はいたって健康だぞ」

「いいから黙れ」

これまでのやり取りで疲労し、鈴はがっくりと肩を落とす。
だが、その表情はにやけており、例え一夏が言葉の意味を理解していなくともとても嬉しそうだった。

「ねぇ、一夏」

「ん?」

だから、ちょっとだけ積極的になった。
一夏の背は標準だが、男なだけあって鈴よりも高い。鈴は背伸びし、一夏に顔を近づける。

「え……?」

呆気に取られた一夏は、状況を理解するのに少しばかりの時間を要した。
頬に触れる感触。柔らかくて温かいもの、鈴の唇。

「えへへ……」

「鈴……」

鈴は真っ赤な顔で照れ臭そうに笑い、一夏に言った。

「じゃあね、一夏。一時のさよならだけど、いつかきっと……」

「ああ……」

言い終わり、鈴は一夏に背を向ける。そのまま飛行機の登場口に向かって歩いていった。
鈴の笑顔を正面から見た一夏は未だに呆然としながら思う。鈴のこと、今まで一緒に遊んでいた良く知っているはずの鈴が、意外な一面を見せたような気がした。

(鈴って……笑うとあんなに可愛かったんだ)

胸が高鳴る。それと同時に締め付けられるような痛みが走った。
感じるのは喪失感。いて当然だった存在が、自分の前からいなくなる悲しみ。
一夏はなんとなく、鈴に口付けされた頬の部分に触れて気づいた。

「あれ……?」

濡れていた。瞳から一筋の雫が垂れ、一夏の顔を濡らしていた。一夏は泣いていたのだ。

「やはり、お友達がいなくなるのは寂しいですね。はい、一夏さん」

そんな一夏に、隣に立っていた少女がハンカチを手渡す。

「ああ、ありが……って、えええええっ!?」

「うわっ、びっくりした!」

それを受け取った一夏だが、気配なく隣に立っていた少女に今更ながらに気づき、悲鳴染みた声を上げてしまう。
その大声に、少女も吃驚したように声を上げた。

「いや、それはこっちの台詞……なにしてんだ美羽!? ってか、見てた?」

「はい、ばっちりと」

「……………」

少女、美羽は素敵な笑顔で一夏の言葉に同意する。
一夏は顔は火が吹き出そうなほどに熱くなった。

「いいですね、幼馴染というものは」

「いや、それを言うなら美羽と俺も幼馴染なんだけど……」

「あら、そうでしたわね。ならこの場合、なんと言うのでしょう?」

「知らない。で、なんで美羽がここにいるんだ?」

「お友達の見送りをするのは当然ですわ。もう挨拶はしましたし、場の空気を読んで今まで隠れていたんですの」

「そうだったのか……」

「もっとも、それ以外にもここにいる理由はありますが」

「え?」

美羽の言葉に、一夏が首をかしげた。

「いっくんや、どうやらお別れは済んだようじゃのう」

「長老……え、どうしてここに?」

そんな一夏に、梁山泊の長である隼人が声をかけた。いや、彼だけではない。

「けっ、見せ付けやがって」

「グッジョブね、いっちゃん。でも、さっきの台詞は頂けないね」

「若いのはいいねぇ」

「う……ん」

「アパパ~」

「逆鬼さん、馬さん、岬越寺さん、しぐれさん、アパチャイまで!?」

梁山泊の者達勢揃い。未だに状況を理解できていない一夏は、パクパクと口を動かして固まっていた。

「はい、これ。一夏さんの荷物ですわ」

「え、ええ……なにこれ? 今から旅行にでも行くようなこの大荷物は」

「ようなではなく、本当に行くんです。飛行機に乗って空の旅ですわ」

「えええっ!?」

状況がまったく理解できない。既に定められた決定事項に、一夏は驚きの声を上げる。

「ちょ、説明を! マジで理由を説明して」

「ふぉっふぉっふぉ、さぁ、ゆくぞ皆の衆」

梁山泊、日本を発つ。


†††


「セシリア・オルコット……ガキを始末するのに、なんでわざわざ俺達武器組がイギリスまで出向かなくちゃいけないんだ」

「そういうな。何でもその小娘は良いとこのお嬢ちゃんでな、事故で亡くなった両親の遺産をたんまりと持っているのよ。それが周りの親族達には面白くないらしくてな、我々『闇』に厄介ごとが回ってきたということだ」

「ふん、気にくわねぇ。反吐が出そうな仕事内容だな」

「依頼だから仕方がない。それにこの小娘、代表候補の腕前を持つIS操縦者らしいから結構楽しめるかもな」

「IS……か。世界最強の兵器ねぇ。確かに使うものが使えば強力だが、ガキには過ぎた玩具だ。それにわざわざ、相手の土俵で戦う必要もない」

「まぁ……始末さえしてくれるなら、方法は任せるさ」

「ああ」

事態が動き出す。ある少女に、強力な魔の手が迫っていた。

























あとがき
何故か続いたし(汗
ISに関しては今のところスルーしましたが、一夏は将来的にISに乗ります。っていうか、次かその次くらいにISに乗ります。
弟子入りに関しては今のところしぐれのみ。修行風景はカットしましたが、一夏はそれなりに辛い目に遭っているようで。将来的に修行風景は書きますのでご安心を。
さて、そんな俺はセカン党。いや、このSSの設定ではサード幼馴染なんですけど。でもセシリアも好きなこの気持ち。
ヒロインは鈴とセシリアのツートップで行くかも。そんなわけでフラグ、もとい接点を作るために一夏旅立ちます。後1,2話くらいオリジナルをやりますが、それから原作に突入する予定。闇が出てくるのは基本、このオリジナル部分だけですね。

それにしても一夏が誘拐されたのって中二の時? えっ……マジですか。
アニメしか見てなかったですから、俺……えっと、時間系列が、その……そこら辺は二次創作ということで割り切ってくれるとありがたいです(滝汗

矛盾点はありますが、これからも執筆頑張っていきますので応援のほどよろしくお願いします。



[28248] BATTLE2 イギリスへ!!
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/06/24 00:55
「ヂューヂュー!」

「不憫だな、闘忠丸(とうちゅうまる)……」

飛行機に乗るために行う手荷物検査にて。
一夏はゲージに入れられてしまったしぐれの友達、ネズミの闘忠丸に哀れみの視線を向ける。
いくら闘忠丸がしぐれの友達とはいえ、飛行機内に動物の持ち込みは許可されていない。

「それはそうとしぐれさん……あなた、そんなものを持ち込んで飛行機に乗るつもりだったんですか?」

「………」

当のしぐれ本人は、手荷物検査にてあらゆる持ち物を没収されていた。
刀、鎖鎌、苦無、手裏剣、釵、トンファー、毒等等。驚愕を通り越してむしろ感心するほどの危険物を持ち込み、一夏はおろか手荷物検査を行う係員を呆れさせていた。

「特別許可が出た。通せ」

「ええっ!?」

その代わり、慌てて駆けつけてきた空港のお偉いさんらしき人物が述べた一言が係員達を驚愕させる。
没収すべき危険物は全てしぐれに返却され、闘忠丸もゲージから出される。

「ふっ」

しぐれは涙目の闘忠丸を頭に乗せ、何事も無かったようにゲートをくぐっていった。

「特別許可って……何したんですかしぐれさん?」

「別に……僕は何もやってな……い」

特別許可という単語に一夏は疑問を抱いたが、しぐれはそれだけしか答えてくれなかった。
だけどなんとなく理解はできる。そんな特別な許可を出せるような存在となると、普段なら手も届かないような上層部の人間にしかありえないと。
一夏は知っていた。梁山泊には時折、各国のお偉いさんが訪れることを。そしておそらく、何か面倒そうなことが関係しているということを。

「……もしかして、これからかなり危険なところに行きます?」

「ふっ」

「誤魔化さないでください!?」

一夏の問いかけにしぐれは視線を逸らして笑みをこぼす。だが、その程度では一夏は誤魔化されなかった。
何せ命が懸かっているのだ。しぐれの襟首をつかみ、涙目で揺さぶる。

「まぁまぁ、落ち着きたまえ一夏君」

「岬越寺さん……」

秋雨が一夏を落ち着かせようと、その肩にポンと手を置いた。

「人間……生まれたら必ず死ぬんだ!! なに、それが遅いか早いかの違いだよ」

「っ!」

が、それは逆効果だった。一夏は秋雨の手を振り払い、脱兎のごとく駆け出す。
今しがた入ってきたゲートを目指し、全力で走った。

「ふっ」

もう一度しぐれが笑った。返ってきた鎖鎌を早速取り出し、それを一夏に向けて投げる。
分銅が鎖を伴ってぐるぐると巻きつき、一夏は一瞬で拘束される。後は成す術もなく、一夏はあっさりと引き戻された。

「俺はまだ死にたくない~! た、助け……助けて千冬姉ェェ!!」

「こら、静かにしないか。周りに変な目で見られるだろ」

泣き叫び、見っとも無くもここにはいない姉に助けを求める一夏。
それを咎める秋雨だったが、そんなことを気にする余裕はなかった。

「今更そんなこと気にしてるんですか!? そもそもこの組み合わせじゃ好奇の視線に晒されるのは当然でしょう!」

隼人、アパチャイ、逆鬼。この3人の巨漢だけでもかなり目立つ。それに加えて武器を所持したしぐれ、胴着姿の秋雨、カンフー服に帽子の馬は十分に目立ち、一夏の現状は更に拍車をかけていた。

「しぐれどんに秋雨どんも意地が悪いね。いっちゃん、なにもそんなに怯える必要はないね」

「馬さん……これって、本当にどういう状況なんですか?」

そろそろ収拾のつかなくなった状況を落ち着けるため、馬がフォローに回る。
しぐれの鎖鎌から解放された一夏は疑問の全てを馬に向けた。

「ちょっとした人助けね。いっちゃんも知ってのとおり、梁山泊にはたびたびお偉いさんやその関係者が訪れてくるね。そんな人達が持ってくるのは表沙汰にできない秘密裏の依頼がほとんど。もっともそれは梁山泊の貴重な収入源になるね」

「えっと、つまり……今回の旅行はその依頼のついでということですか?」

「そういうことね。あちらさんがおいちゃん達全員の旅費を出してくれるというから、どうせなら豪勢に観光をしようと思ってね。そうじゃなけりゃ、うちが海外旅行には行けないね」

「危険……じゃないですよね?」

「大丈夫ね……………多分」

「帰る! 俺、お家に帰るゥゥ!!」

「男は度胸ね。いっちゃん、覚悟を決めるね」

「いやだ~! 千冬姉ぇ! 鈴!!」

収拾を図ろうとした馬も失敗。一夏は取り乱し、再び叫びだす。
いい加減喧しくなってきたので、しぐれは筒のようなものを取り出して一夏に向ける。口にくわえ、軽く息を吹きかける。

「ぷっ」

「がっ……」

「流石しぐれどん、見事な腕前ね」

それは吹き矢。先端には眠り薬が塗ってあり、一夏の意識が沈んでゆく。
意識を失って立つことすらできない一夏の体を馬が支え、視線を後方へと向けた。

「やっぱり飛行機はいやよ! 簡便よぉお!!」

「今更暴れやがって! そもそもハンバーグ三週間で手を打ったはずだろうが!!」

「船がいいよ!」

「馬鹿、行くのはイギリスだぞ! 何日かかると思ってんだ!?」

そこでは飛行機に乗るのを前にして暴れるアパチャイと、それを取り押さえようとする逆鬼の姿があった。
実はアパチャイは飛行機恐怖症である。一時は美羽が毎晩夕食にアパチャイの好物であるハンバーグを出すということで落ち着きはしたものの、乗る直前になって再び駄々をこね始めた。

「しぐれどん、あっちも頼むね」

「うん……」

馬に促され、今度は吹き矢をアパチャイに向ける。そして一吹き。

「うっ……」

「命……中」

本来なら野性的な勘と並外れた反射神経で余裕で回避することのできるアパチャイだったが、逆鬼に取り押さえられているためにそうはいかなかった。
背中に吹き矢の矢が突き刺さり、動きを一瞬止める。が、それだけだった。

「いやよ、いやよ! 飛行機はいやよ!!」

「象も眠らせる薬……なのに」

呆れるほどのタフネスさで眠り薬が効かない。しぐれの眠り薬は一滴でインド象すら眠らせると言うのに、アパチャイの耐性はそれ以上だった。

「仕方がないのう。逆鬼君、秋雨君」

「はい、長老。ここは力技で……」

見るに見かねた隼人が袖をまくり、それに秋雨も続く。
逆鬼、隼人、秋雨。屈強な男3人でアパチャイをふんじばる。流石のアパチャイも3人だとどうしようもなく、悲痛な叫びを上げながら飛行機内に連行されていった。

「飛行機はいや、飛行機はいやよ!」

「いい加減大人しくしろ!」

「そうだよアパチャイ君。飛行機が落ちる確率は宝くじで一等が当たるより低いから安心したまえ」

「そうじゃよ。お前さんが機内で暴れたりしない限り大丈夫じゃから安心するといい」

「それ、洒落になってねぇな……」

騒々しく、騒がしく、梁山泊の面子はそんな感じで飛行機に乗り込んでいった。


†††


そんなこんなでイギリス。

「うまっ! ピザうまい!!」

「いっちゃん、ピザじゃなくてピッツァね」

「アパパ、ピッツァおいしいよ」

「ごめんなさい、世界一料理のまずい国なんて思っててごめんなさい」

「おい……しい」

「本当ですわ。ほっぺたが落ちてしまいそうです」

なんだかんだで一夏とアパチャイはイギリス旅行を満喫していた。
馬やしぐれと、美羽と共にイギリスが発祥の地とされるピザを頬張り、空きっ腹を埋めていく。飛行機内では機内食以外食べられなかったからだ。
アパチャイは飛行機を降りたらいつもの元気と食欲を取り戻し、一夏はイギリスに着いてしまったのでもはや開き直るしかなかった。
食費を含めた滞在費は依頼主持ちらしいので、とにかく食べた。自棄食いのように、いや、それは正真正銘の自棄食いだった。

「あ……そうだ、一夏。一応これを持ってお……け」

「へっ……?」

現実から逃避しようとする一夏だったが、それをしぐれは許してくれない。
思い出したようにあるものを取り出し、それを一夏の前に差し出した。

「ちょっ、これって刀ですか!? な、なんでこんな物騒なものを……」

「護身用だ。もしかしたらちょっと危険な目に遭うかもしれない……から」

「あははは……アパチャイ、次はシーフードピザを」

「アパ、限界まで食べ続けるよ。最後の晩餐よ!」

「アパチャイ……それ、洒落になってねぇ」

しぐれの物騒な言葉を聞き流し、さらに現実から目を背けようとする一夏だったが、アパチャイのあまりにも的を射た発言に現実へと戻されてしまった。
晩餐ではないが、これが一夏の最後の食事となりかねない可能性があった。

「ふっ、ただの刀じゃない……ぞ。知り合いの刀工がお前のために打ってくれた刀……だ。通常の刀とは刃と峰が逆になってい……る」

「へ……?」

しぐれに言われて、一夏は受け取った刀を少しだけ鞘から抜いてみる。
すると、しぐれの言葉通りこの刀は刃と峰が逆になった奇妙な刀だった。と言うか、これは……

「逆刃刀か!?」

正真正銘の逆刃刀。古流剣術飛天御剣流の使い手であり、人斬り抜刀斎と呼ばれた人物が不殺(ころさず)の剣士になった時に用いた刀。
一夏の愛読書であり、しぐれもたまに読んでいる漫画に出てきたものだ。その現物を前にし、一夏の頬が引き攣る。

「なんですかこれ!? 俺に不殺の剣士になれって言うんですか?」

「まぁ、そんなところ……だ。知ってるとは思うが、梁山泊の真髄は活人拳。人を殺すことをよしとはしな……い。それで刀剣を武器とする場合は峰打ちとなるわけだが、峰打ちと言うのは斬る時に峰と刃を逆にする高度な技……だ。実戦でそれを成すのはかなり難しい」

「確かにこの刀だと常に峰打ちになりますが……それなら木刀や竹光でもよくないですか?」

「その場合は、打ち合った時に相手の刀剣で得物ごと両断される……ぞ」

「もう帰りたい! 着いて早々ホームシックです! 千冬姉ぇ、リィィン!!」

相手が刀剣武器とした場合、木刀や竹光では強度に不安がある。それは理解できるが、そんな状況になるかもしれないという思いが一夏の平常心を蝕んでいた。

「不満……か?」

「いや、不満とか言う以前の問題です……」

「そうか……なら、一応もうひとつ用意した武器が……ある」

がっくりと肩を落とす一夏に向け、しぐれが新たな武器を取り出す。
それは大きな、あまりにも大きな鍵だった。どんな巨大な門を開けるのだろうと思うようなほどに巨大な鍵。だけどそれは剣、武器だった。

「き~ぶれ~……」

「逆刃刀がいいです! これがいいです!! それはやばい、なんかまずい気がする!」

しぐれがその剣の名称を言い切る前に一夏が抑止する。逆刃刀を握り締め、それが気に入ったような反応を見せることで誤魔化した。
何故なら全てしぐれに言わせたら非常にまずい気がしたからだ。主に版権的な問題で。

「そう……か。せっかく、この武器専用の衣装も用意したんだ……が」

「うわぁ……どっかで見たことあるような、真っ黒なコートですね」

「ピストルも……通さない」

性能は確かそうだったが、一夏は丁重に断りを入れた。
そして、再び現実から目を逸らす。

「アパチャイ、次はドミノピザにしよう……」

「アパパ」

この一時だけでも、現状を忘れたい一夏だった。



「ふむふむ、今回の依頼内容は彼女の護衛じゃな?」

「そういうことだ。なんでも名家のお嬢様で、遺産絡みのことで命を狙われているらしい」

「人の欲は深いものだね」

観光する一夏達とは打って変わり、依頼主によって用意されたホテル内で隼人、逆鬼、秋雨による3人で今回の依頼についての話し合いが行われていた。

「おそらく、今回の件には『闇』の武器組が出てくるだろうと言う事だ。達人級(マスタークラス)も何人かいるかもしれねぇ」

「ふむ、なら一応用心のために私も控えよう。逆鬼が交戦中でも、私が彼女を守るよ」

「わりぃな……しかし、よかったのかよ?」

「ん、なにがだね?」

念入りに計画を練っている中、逆鬼がふと秋雨に尋ねる。

「一夏を連れてきたことだ。それに美羽もだ。そりゃ、滞在費全額依頼主持ちだから旅行にちょうどいいとは思ったが、ちっと危なすぎはしねーか? 俺達の関係者ということで狙われるかもしれねーぜ」

「ほっほっ。逆鬼君は優しいのう」

「まったくですね」

「そんなんじゃねーよ!!」

純粋に一夏の心配をする逆鬼だったが、隼人と秋雨に冷やかされて声を荒らげる。
顔が赤く、とても気恥ずかしそうだった。それが更に隼人達の笑いを誘う。

「まぁ、なんじゃ。いっくんや美羽の方にはしぐれとアパチャイ、それに馬もついておるから大丈夫じゃよ」

「そうそう、例え軍隊が来ようと一夏君達に危害が及ぶ心配はないさ」

「そりゃ、わかってるけどよ……」

一夏達には梁山泊の豪傑が3人もついているのだ。例えどんな相手が来ようと撃退できる。
はぐれたり、迷子になったりしなければ大丈夫だろう。そう結論付ける。

「まぁ、何かあった時はあった時で、いつもの策でいけばよいじゃろう」

「そうですね、それがいいです」

「……だな」

隼人の言葉に逆鬼と秋雨が頷く。彼らの言う、いつもどおりの策とは……

「うむ! なりゆき任せ大作戦じゃ!!」

「なるようになるということですね」

「なんかあったら、その時にどうにかすればいいからな」

とても策とは呼べない、客観的過ぎる結論だった。
結論も出たので、話は仕事のものへと戻る。現在はホテルの部屋に滞在している3人だったが、これにはちゃんと意味があった。

「で、確かこの部屋に嬢ちゃんとボディガードが来るんだろ? そろそろ時間じゃないのか」

「確かに……これは少し気がかりだね」

梁山泊が護衛する少女は命を狙われているため、常に身を潜める場所を変えているらしい。
そのためにそう簡単には接触できず、このように待ち合わせをしているのだが……時間になっても相手が姿を現さない。

「どうやら……」

秋雨がポツリとつぶやく。違和感を感じる。それと同時に荒々しいものを五感が感じ取っていた。
隠す気など微塵もない殺意。秋雨だけではなく逆鬼や隼人も既に感じ取っており、椅子に腰掛けながらドアへと視線を向けた。

「情報が漏れていたらしい」

瞬間、ドアが突き破られる。ボロボロとなり、意味を成さなくなったドア板は無理やりはがされ、一人の男が室内に入ってきた。
その手にはトンファーが握られており、おそらくはそれでドアを破壊したのだろう。

「お前らが護衛の助っ人か? はっ、無駄なことを。どうせ俺に殺されるって言うのによ」

男は傲慢な口調で秋雨達を見下していた。それがどんなに無謀なことかすらも知らずに。

「おやおや、マナーがなっていないね。ドアを破壊するなんてノックが過激過ぎやしないかい?」

「はっ、悠長なことを。んなもん気にする余裕なんてテメェらにあるのか? ジジイに優男、それに人相の悪い男一人。全員この俺があの世に送ってやるよ」

「ふぉっふぉっ、なかなかに血気盛んな若者じゃわい」

「ああ、しかも達人級ときたもんだ。ちっとは楽しめそうだな」

隼人が笑う。逆鬼も笑う。達人級、確かに強力な相手だ。だが、それは一般人やせいぜい弟子や妙手級ならの話。
目の前の男など、梁山泊の豪傑達には眼中になかった。

「……舐めてんのか」

「滅相もない」

「ただ、青いなと思っただけじゃ」

「へへっ」

「やっぱり舐めているだろう! 殺す!!」

隼人達の言葉が男の癇に障る。青筋を浮かべた男は激情のままに突っ込んだ。
彼に与えられた任務は護衛の殺害。つまりは隼人達を殺すことであり、言葉を交わすよりも行動で示した方が早いと思ったからだ。
それにこれ以上の会話は億劫で、考えることすら面倒になったためにただ闇雲に突っ込んだ。それがどんなに愚かなことだろう?

「おせェ!」

「がふっ!?」

それを理解するのは逆鬼の拳が顔面に直撃し、意識を手放し、次に男が目覚める時のことだった。


†††


「……はぐれた」

織斑一夏は現在、迷子だった。トイレを探して席を立った時にしぐれ達とはぐれてしまい、一夏は内心でダラダラと汗を掻く。

「やばくないか、これマジで。こんな時に俺一人って……うわっ、どうしよう」

いまいち状況は理解できていないが、この場所はどうにも危険らしい。
少なくともしぐれが一夏に護身用の武器を渡すほどにだ。いくら逆刃刀とはいえ流石にそのままで持ち歩くわけにはいかず、今は刀袋に入れて持ち歩いている。

「とにかくホテルに戻らないと……道がごちゃごちゃしててわかりにくいな」

とりあえずは宿泊先のホテルに戻ろうと考える一夏。そこには隼人達がいるはずだ。
だが、そのホテルまでの道順がわからない。先ほども言ったが一夏は迷子である。

「誰かに道を聞けば……って、俺、あんまり英語得意じゃないんだけど。そもそもこの国の言語のイギリス英語ってなんだよ? 普通の英語じゃだめなのかよ。ああもうっ、こんな時に逆鬼さんか岬越寺さんがいれば……」

考え事をしながら一夏は歩いていく。彼は意識していないが、次第に人通りの少ない裏路地に向けてだ。
それがまさか、人生のターニングポイントになるなど一夏は思いもしなかった。

「とりあえず、話しかけてみないことには始まらないよな……うん。誰に声をかけよう? あ、あの子とかいいかな?」

裏路地で見つけた、1人の少女。他に人影もなく、歳も近そうだったからなんの警戒心も抱かずに一夏は声をかけた。
少女は鮮やかな金髪の長い髪を持ち、それを青のヘアバンドで止めている。それと同色の透き通るようなブルーの瞳。十人中十人が美少女と答える容姿の彼女に向け、一夏はなけなしの知識からひねり出した英語で話しかけた。

「え、エクスキューズミー……」

「だ、誰です!?」

話しかけられた少女は驚きの声を上げる。その反応に疑問を浮かべる一夏だったが、返ってきた流暢な日本語にほっと一息をつく。

「なんだ、日本語しゃべれるんですか。それは助かります。えっと、俺は織斑一夏と言うんですが、道を……」

「どなたか存じませんが、今はそれどころではないんです。早々にここから退散しなさい!」

「いや、そうしたいのは山々なんですが道が……」

道を尋ねようとする一夏だったが、少女は慌てた様子で遮る。
一夏としてもこんなところにいたくはなかったが、帰る道がわからないためにどうしようもない。
少女を宥め、もう一度訪ねようとする一夏だったが、

『ターゲットみ~っけ! これで僕が始末したら先生に褒められるぞ』

聞きなれない言語で、軽い感じの声がかけられてきた。

『あ、あなたは……』

「ん?」

その声の主に、少女も一夏が聞きなれない言語で話をする。おそらくはこれがこの国の言語なのだろう。一夏にはまったく理解できない。
2人は一夏を他所に、なんらかの会話をする。

『ちょろちょろ逃げ回ってさぁ、めんどうだからとっとと死んでくれない?』

『誰が死にますか。あなた方の思い通りになるとは思わないことですわ!』

声の主は男だ。一夏や少女とあまり都市の変わらない少年・その手にはトンファーが握られており、黒のコートを着ている。一瞬、先ほどしぐれが持っていたどこぞの機関員のような印象を受けたが、色は同じでもデザインが違っていた。

『虚勢張っちゃって、可愛いねぇ。でもさ、どうするの? いかに君が代表候補とはいえ、ISがないんじゃどこにでもいる普通の女の子だ。そんな君が僕に勝てると思っているの?』

『……………』

『確かにISができてから世界は変わった。今の時代、女尊男卑が当たり前なんだろうね。でも僕は思うんだよ、凄いのは女性ではなくISと言う兵器だ。けど、たかが500にも満たない兵器で女性全員が偉そうにするのは気に入らない。だから教えてあげるよ。兵器は、武器はISだけじゃないってことをね。攻守に優れたトンファーこそが最強なんだ!』

宣言と共に少年が少女に襲い掛かる。トンファーを振り回し、目にも止まらぬ速さで突っ込んだ。
獣のように荒々しく、雄々しい動き。振り回されるトンファーの一撃は強烈で、直撃すれば人間の頭部を粉砕するには十分だろう。
もっともそれは、攻撃が当たればの話だが。

「うおわっ!!」

『っ!?』

一夏が間に入り、トンファーの一撃を刀袋に入ったままの逆刃刀で受け止める。
あまりの威力に一夏自身が吹き飛びそうになったが、踏ん張ることによって耐え抜く。
トンファーという重量のある武器を逆刃刀で真正面から受け止めたことから強度による不安があったが、逆刃刀も一夏同様に無傷だった。

「なんだかんだでしぐれさんが用意してくれた武器。流石だな……鞘も鉄ごしらえらしいし」

『くっ、なんなんだよお前!? 何で僕の邪魔をする!!』

「英語? まぁ、どのみち外国語は中国語以外わかんないからどうでもいいけどさ、今、お前がなんて言ったのかは予想できるぞ。何で邪魔をしたのか、か?」

声を荒らげる少年に対し、一夏はあくまで冷静だった。
少女を少年から庇う位置に立ち、刀袋から逆刃刀を取り出しながら述べた。

「女の子を襲う暴漢を見かけたんだ。そりゃ助けるのが男として、いや、人として当然だろう。何がなんだか状況がさっぱり理解できないけど、邪魔をさせてもらうぞ」

「ちょっと待ちなさい! あなたには何も関係ないでしょう。早くここから離れなさい!!」

だが、一夏のとろうとした行動。それを拒否したのはよりにもよって命を狙われた少女だった。

「せっかく助けてやろうってのに、その言い方ってないだろう?」

「誰も頼んでませんわ!」

『なに言ってるのかわからないけどさ、いいよ。邪魔をするって言うなら君も一緒に殺す!』

けど、そんなこと少年にはどうでもよかった。邪魔者はまとめて処分する。そんな短絡的な思考で、今度は一夏に襲い掛かる。

「速いな。けど、その分直線的でわかりやすい」

獣のように荒々しく、雄々しい動き。だけどそれ故に素直で、動きを予測することは簡単だった。
一夏はステップを踏むように少年の動きを避ける。その場で更なるステップ。ダンスのように回転し、遠心力を載せた逆刃刀の一撃を少年の背中に放つ。

『がはっ……』

その一撃で勝負は決まる。少年は前のめりに地面に倒れ、ぴくぴくと痙攣していた。
逆刃刀だから切れず、死ぬことはないだろうと思うが油断はできない。こんな得物でも骨を砕くことは十分に可能であり、当たり所が悪ければ最悪死ぬ。
打った場所が頭部ではなく背中だったことからその心配はないだろうが、少年はしばらく起き上がることはないだろう。それほどまでに強烈で良い一撃が入ってしまった。

「あなた……まずいですわよ」

「まずいって何が?」

少年が一夏によって撃退された。だと言うのに少女はあまりにも思わしくない顔色をしている。
それを不審に思う一夏に対し、小序は悲痛な声を上げた。

「彼らに目を付けられてしまいますわ! ああ、なんてことでしょう。無関係の人を巻き込んでしまいましたわ」

「ちょ、落ち着け。彼らって誰だよ? お前を狙っている奴が他にもいるのか?」

取り乱す少女と、状況を整理しようとする一夏。その時に感じてしまった。背筋を震わせる、ぞわりとした感覚。
あまりにも強大で、強力な気配。冷や汗が止まらない。ガタガタと体が震え、一夏の感覚すべてが警告音を鳴らしている。

「おぃおぃ、マジかよ。あいつの弟子がやられたのか」

新たな男の声。日本語で、一夏にも意味を理解することができた。
けど、安心はできない。何故なら一夏が警戒しているのはこの男が原因だからだ。

「坊主、少しはできるみたいだな。だがそこまでだ、その女を置いてとっとと立ち去るなら見逃してやる。わかるだろう? 俺はそこで寝ているガキとは桁が違う。坊主が逆立ちしようと勝てない相手だ」

黒い髪とサングラス。いかつい表情には生々しい傷がいくつもあった。
その男の手には巨大な槍、ランスという武器が握られており、屈強な肉体はそれを難なく振り回すことが可能だろう。そんな男の姿を確認し、一夏は確信する。自分では絶対に勝てない相手だということを。
達人級。梁山泊の豪傑ほどではないだろうが、男は一夏がどう足掻いても手の届かない次元の存在だった。
まさに絶体絶命。緊張でカラカラになった喉を潤すためにごくりと生唾を飲み、この状況をどう打破するべきか思考を巡らせ、答えはすぐに出た。


†††


「アパ、カレーを食べてたらいつの間にか一夏がいなくなってるよ」

「なに、ホントね?」

一夏がいなくなっていることに気がつく馬達。
アパチャイはカレーを頬張り、馬は美しいイギリス人女性を見つけては声をかけていた。

「アパ、まずいよ。いや、カレーは美味しいよ。けどまずいよ」

「秋雨どん達になんて言えばいいね? くぅ、いっちゃんもいい年して迷子になるとは……」

その間に一夏の姿が消えており、馬とアパチャイは多少の焦りを見せる。
状況が状況なだけに、万が一という可能性もあるのだ。一夏と美羽のことを任されていたのに見失ったでは秋雨達に申し訳が立たない。

「だいじょう……ぶ」

「ふぇ?」

そんな2人に向け、しぐれがどこか得意げに言う。美羽はピザを口にしながら首をかしげていた。

「闘忠丸が一緒……だ。なにかあっても平気」

「そういうことね。なら大丈夫ね」

「アパパ」

織斑一夏、彼の命運は一匹のネズミが握っていた。



































あとがき
今回中にしぐれをISに乗せようと思ったけどそこまで進まなかった(
それはまぁ、次回になりそうですね。1,2話でまとめたかったオリジナルの話も3話くらいになりそう……それ以上延びることはないと思いますので、そこは安心してください。
さて、そんなこんなで今回はイギリスで一騒動。一夏、ある事件に巻き込まれております。それから未だに名前も出ていない少女。彼女が何者なのか?
まぁ、気づく人は気づくでしょうし、前回の更新の時に名前は著六と出ていますが。それにしてもなんだかセシリアの口調が難しい(汗
とあるの黒子と混合して大変です……キャラが違うのに何でだろう? アレか、お嬢口調だからか?

逆刃刀に関してはアレですね、ちょっと悪乗りしました。でも、一夏に人を殺させたくないのである意味ちょうどいいかなと思ってみたり。細かいことは作中でもしぐれが説明しているとおりです。
き~ぶれ~云々に関してはもろにネタ。版権の国が関連しているあのゲームです。一夏中の人とくればあの武器でしょうw
千冬姉のことをアクアとか呼んで頭を叩かれる一夏……なんとなく妄想してみましたw

さて、そろそろフォンフォン一直線を更新しなければと思うこのごろ。ネタはまだ浮かんでこないですがそろそろダンスパーティの話を書かないと。
雑談ですが、レギオス関連のSSに感想をくださる常連さんがチラシの裏でSSを書いてたんですよ。で、本編が完結したとのことなんでその他板に移行されたんですが、それなら俺もクララ一直線が完結した時に移行したらよかったなと思うこのごろ。
更新せずに移行させるのもどうかと思うので、短編的な内容を書いてみようかなと思っています。一応案としては深遊先生の漫画版にあったツェルニそっくりの子供の話。まぁ、アレです。明日辺りから執筆作業に入ろうと思うのであまり期待せずに待っていてください。
ISのSSと関係ない内容でしたが、これで失礼します。



[28248] BATTLE3 動
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/06/28 09:26
「戦略的撤退!」

「きゃあ!? ちょ、あなた! なにをするんですの!?」

「黙ってろ! 舌を噛むぞ」

達人級を前にし、一夏は逃走した。少女を抱えて脱兎のごとく逃げ出す。
いくら一夏がしぐれに剣術を教わっているとはいえ、達人級の武器使いに勝てるわけがなかった。戦えばほぼ確実に命を落とす。故に戦わない。達人級の恐ろしさは誰よりも理解しているつもりだ。

「なんでですの……あなたには何も関係ありませんのに」

「だから黙ってろ。そもそも、放っておけるわけないだろ」

達人級の男の狙いはこの少女のようだ。男はこの件に関わらないなら見逃すと言っている。言われたとおりにすれば一夏に危害が及ぶことはないだろう。
けど、それは少女を見捨てるということだ。たまたまこの騒動に遭遇しただけの一夏だったが、襲われている少女を放っておくことなどできなかった。

「事情は飲み込めないけど、俺がお前を守ってやるよ。奴には指一本触れさせない」

「……………」

一夏は走り続ける。少女を抱えたまま、常人では考えられない速度で疾走していた。
一般的に知られている百メートル走の世界記録。一夏はそれを人を抱えた状態で更新している。

「……せめて、この抱え方は何とかなりませんの?」

「これが一番抱えやすいんだよ」

現在、少女は一夏によって『横抱き』、通称お姫様抱っこをされていた。
両手はふさがれるが走りやすく、逃げるためにはこれ以上最適な抱き方はない。ただ、流石に逆刃刀まで持ってくる余裕はなく、その場に捨ててきてしまった。
せっかくしぐれが用意してくれたものだが、持っていても邪魔になるし、そもそも達人級相手に戦うことが無謀なのでこの選択に迷いはない。
今は逸早く、この場から退散するべきだ。人通りの多いところに出れば相手は目立つのを避けるだろう。もしくは梁山泊の者達に合流する。梁山泊の豪傑に勝てる存在などほぼ皆無だ。合流さえできれば一夏の勝ちだ。

「なるほど……いい判断だ」

「なっ!?」

が、その考えは真横から聞こえてきた声によって粉々に粉砕される。
声の主、一夏の真横を並走していたのはさっきの達人級の男。
いくら一夏が少女を抱えているとはいえ、世界記録を更新するほどの速度で走っているというのに、男は数十キロはありそうな得物を持って、涼しい顔を浮かべて走っていた。

「勝てないとみて、逃げに専念するか。少しでも軽く、そして走りやすくするために武器も捨てる。それにいい足腰をしている。確かに並みの者が相手なら十分に逃げ切ることができただろうな」

「くっ……」

「きゃっ!?」

加速。一夏は更に速度を上げ、アスリートを置き去りにする速度で走った。だがそれでも男は慌てず、不敵な笑みを浮かべてつぶやく。

「鬼ごっこか……やったのはガキのころ以来か? いいだろう、少しだけ付き合ってやるよ」

男も速度を上げた。捕まれば死のリアル鬼ごっこ。
一夏は生き残るために必死で走った。

「チュー」

それを見守る……一匹のネズミ。しぐれのペットである闘忠丸だ。
闘忠丸は裏路地にある建物の屋根に上り、どこからかロケット花火とマッチを取り出す。
とてもネズミとは思えない器用さでマッチを擦り、ロケット花火の導火線に点火する。
導火線が燃え尽き、火薬に火が引火した。笛のような音が響きロケット花火が打ち上げられ、遥か上空で『パァン』と乾いた音を立てる。

「……………」

それを離れた場所で見るものがあった。闘忠丸のご主人、剣と兵器の申し子、香坂しぐれ。

「アパチャイ……馬……みつけた」

梁山泊の豪傑達が動く。


†††


「ハァ、ハァ……ゲホッ、ゲホッ……撒いたか?」

達人級から逃げるために限界を超えて走った反動か、一夏は辛そうに咳き込んでいた。
ここはある廃墟の建物内部。人通りの多い場所に逃げれば如何に達人級とはいえ手を出せないだろうと踏んだが、それは男も十分に承知しているようだった。
一夏を人通りの多い場所に逃さないように回り込み、追い詰め、更に人気のない場所へと誘導していく。
逃げることができず、戦うことなどもってのほかな現状で体力の限界を迎えた一夏は身を隠すことを選択し、建物の中に身を隠していた。

「……で、一体どうゆう状況なんだ?」

「……………」

少女を助ける選択はしたものの、一夏は未だに状況を理解していない。
ただ放っておけなかったから、それだけの理由で少女を連れ出し、男から逃げていた。
自分に危害が及ぶかもしれなかった。相手は達人級だ。最悪死ぬかもしれない。それでも一夏に少女を見捨てる選択肢はない。
おそらく、梁山泊の者の誰もが一夏と同じで、少女を助けようとするだろうから。

「そういえば、まだ名前も聞いていなかったな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ。君は?」

とりあえずは状況の整理も必要だと考え、少女に状況の説明をしてもらうのは諦める。
未だに少女の名前を聞いていなかったことを思い出し、まずは軽い自己紹介を交わした。

「……セシリア、セシリア・オルコットですわ」

「そうか。セシリアって言うんだな。それにしても危なかったな。なんなんだよあいつら? いきなり襲い掛かってきやがって」

「彼らは『闇』ですわ」

「闇?」

闇という単語。その言葉の意味がわからず、一夏は首を傾げるだけだった。
そんな一夏に、セシリアは闇のことを説明する。

「簡単に言ってしまえば最低最悪の殺人集団ですわ。政財界に通じた者も多く、かなりの影響力を持っています。主に暗殺、諜報、誘拐、護衛、窃盗、傭兵派遣などの依頼を請負、遂行しているとか」

「マジ……映画とかじゃなくて、そんな組織が本当に存在するのかよ?」

「ええ……それであなたは、そんな組織である闇に関わってしまいましたわ」

「そうだよ! 思いっきり関わっちゃったよ!! うわっ、なにしてんだ俺!?」

トンファーを持った少年を倒し、ターゲットのセシリアを掻っ攫って逃げ出した。一夏はこれ以上ないほどに闇に関わってしまった。
達人級の男達、闇の狙いはセシリアらしいのでまた襲ってくることは確実だろう。関わってしまった一夏もまた、彼らに狙われるかもしれない。

「本当にあなたは余計なことをしましたわ。誰も助けてくれだなんて頼んでいませんのに」

「ははは、手厳しいな」

せめてもの虚勢で乾いた笑みを浮かべるが、一夏からは嫌な汗が止まらなかった。
どうやってこの状況を打破するべきか? 一夏は冷静に考え、あるものを取り出した。

「そうだ、電話だ!」

「警察にでも連絡する気ですの? 無駄ですわ」

携帯電話を取り出した一夏に、セシリアの冷たい声が響く。
なにもかも諦めたようで、感情を感じさせない声だった。

「先ほども言いましたが、闇は強大な力を持っていますわ。警察ごときに何かできるわけ……」

「違う違う。闇のことは知らないけど、俺だって達人級を警察が何とかできるなんて思ってねぇよ。達人級には達人級。今、その人達に連絡を……」

セシリアの疑問に返答し、一夏は携帯を操作する。アパチャイやしぐれは携帯を所持していなくとも、馬は持っているはずだ。それも最新型の物を。
だが耳元に当て、呼び出し音を聴いたところで、一夏の携帯は粉々に粉砕された。

「へっ、あ……俺の携帯が!!」

「いつから鬼ごっこがかくれんぼに変わったんだ?」

「っ!?」

それを成したのは達人級の男。気配を押し殺し、気づかれないように一夏とセシリアの元に接近した上で、あの巨大なランスで一夏の携帯のみを破壊していた。

「くそっ、俺の携帯が!」

「きゃあ!?」

悪態を吐き、一夏は再びセシリアを抱えて走り出す。
戦闘は無謀。故にこれしか手段がない。唯一の活路、梁山泊の者達への連絡手段は男によって断たれてしまった。
それでも一夏は考える、希望を見出す。この状況をどう打破すべきか?

「もう遊びには十分付き合ってやっただろう。終わりだ」

「あがっ、あ、ああああああっ!!」

「あう……」

だが、その僅かな希望すら摘まれてしまった。
ランスの先端が一夏の右足、太ももの辺りに突き刺さった。骨が断たれ、大量の血が流れる。倒れる一夏。投げ出されたセシリアは床を転がり、体を強打した。
こんな負傷をしたら、セシリアを抱えて走れるわけがない。

「っう……一体なにを、きゃあああっ!?」

一夏に抱えられていたセシリアは状況を理解することが遅れ、投げ出されたことに対する抗議をしようとしたところで状況を把握した。
足を押さえ、蹲る一夏。彼の右足は真っ赤に染まっていた。

「一般人がこっちの世界に足を突っ込むからそうなるんだ。高い授業料だと思いな、坊主」

男の嘲笑気味の言葉が耳を打つ。聞き分けのない子供を咎めるような声だった。
だけど状況はそれほど微笑ましいものではなく、緊迫し、重苦しい雰囲気が充満していた。

「さて、それじゃあとっととターゲットの始末を……ん?」

男は蹲ってる一夏の横を通り抜け、青白い顔をしているセシリアを始末しようと近づく。
男の接近に気づき、セシリアが『ひっ』と小さな悲鳴を上げた。けど、彼女には抵抗する術がない。
今ので腰が抜けてしまい、恐れの混じった表情で男を見ていることしかできなかった。
ならば何故、男はその足を止めたのか? それは、蹲っていた一夏が男の足をつかんだからだ。

「待て、よ……」

「おぃおぃ、タフだな。肉体的にも、精神的にも」

これほどの目に遭っても畏縮しない一夏に、男は感心する。
武術に多少の心得があるのなら対峙するまでもなく実力差を知り、臆してしまうことだろう。そんな中でも一夏は冷静な判断を下し、またこのように負傷しても諦める気配はなかった。
一夏は男を睨み殺すような視線で見つめ、問いかける。

「なんで、殺そうとする。セシリアが……なにをしたって言うんだ?」

「別に何もしてねぇよ。ただ、仕事だからやってるんだ」

「仕事……?」

「というか、事情を知らないのにあんなことをしたのか? 随分なお人好しだな、坊主。いいぜ、教えてやるよ」

いくら視線が鋭くともあの怪我ではまともに動けないだろうと判断し、油断し、男は一夏の問いに素直に答えた。

「こいつはある名門貴族のお嬢様だ。その上ISのイギリス代表候補生。そう聞くとなんの苦労もなく育った才色兼備のお嬢様だが、実はそれなりに苦労してるんだよ。両親を事故で亡くして莫大な遺産を継ぐことになる。それ目当てに親族が歩み寄ってきたが、このお嬢様は猛勉強の末にそれを守り通した。凄いな、素晴らしいことだ。が、それで面白くないのは遺産を手に入れられなかった親族達。歳若い小娘が遺産を独り占めするのが気に入らず、それを手に入れようと躍起になった。で、その中の誰かが言ったんだ。もしこのお嬢様が死ねば、遺産が自分達に回ってくるんじゃないかってね」

男は笑う。失笑をこぼし、嫌悪感に染まった表情だった。

「反吐が出そうな理由だろ? ったく、人間ってのはロクなもんじゃねぇ。どいつもこいつも欲望に塗れてやがる」

「ふざ……けるな。お前もそのロクでもない奴の一人じゃないのか!? 人殺しなんてやってる時点で!」

一夏の視線が更に鋭くなる。それを受けても男は飄々とし、軽い口調で答えた。

「ああ、そうだな。俺もロクでもない人間の一人だ、人殺しなんてやってる時点で。でも、そんなクソッタレなことが俺の仕事なんだよ」

「ぐうっ……」

男が一夏の手を蹴り払う。もはや遮るものは何もなく、男はセシリアと向き合った。

「ひ、あ……」

セシリアの表情が恐怖に引き攣っていた。いくら気丈に振舞おうと、いざ死を目の前にすると誰でも臆するものだ。それは彼女も例外ではない。
恐怖し、畏縮し、絶望し、さまざまな負の感情に彩られた表情を見せる。更に一夏の足から流れる大量の血液が、セシリアの恐怖心に拍車をかけていた。

「せめてもの情けだ。安らかな死を……」

男は別に、セシリア自身に恨みがあるわけではない。仕事だからやるが、罪悪感を感じないというわけではないのだ。
歳若い少女を手にかけるのは若干の抵抗がある。故に責めて、自分にできる範疇としてセシリアを苦しませないように、一撃で急所を断って殺そうとした。
振り上げられる凶器。それが振り下ろされる前に、一夏が立ち上がった。

「オオオオオオオオ!!」

「おぃおぃ、嘘だろ……」

立ち上がり、男に攻撃を仕掛ける。
拳だ。正拳突きなんて上等なものではなく、ただ力任せに殴りかかっただけ。故に達人級の男には容易く避けられてしまうものの、男が驚愕したのは別のところにあった。

「その怪我で立つのか? 普通立ち上がれないだろう。痛覚を感じていないのか?」

骨を断たれ、大量の血を流したというのに一夏は立ち上がった。
右足ががくがくと震え、膝が笑っている。先ほどの拳にだって力が乗っていなかった。それでも一夏は立っており、男を睨みつけている。

「くっ、はっ……ごほっ、カハァァァ」

咳き込みながらも息を整える。視線の鋭さと共に威圧感が増し、その姿には達人級の男も背筋に薄ら寒さを感じるほどだった。
そして、理解する。

「そうか、そういうことか! 坊主、お前は典型的な動のタイプなんだな?」

武術家には大きく分けて二つのタイプが存在する。
心を落ち着かせて闘争心を内に凝縮、冷静かつ計算ずくで戦う『静』のタイプと、感情を爆発させ、精神と肉体のリミッターを外して本能的に戦う『動』のタイプ。一夏は後者、典型的な動のタイプの武術家だということだ。
これらの属性に優劣の差があるわけではなく、個人の戦闘スタイルや性格的な向き不向きで決まる。
静は自身の実力を常に安定して発揮でき、力量が劣る相手との戦いで不覚を取ることは少ない。対して動はその時のテンション次第では実力以上の力を発揮できる場合もあり、時にはアドレナリンの多量分泌により痛みすら感じなくなる。今の一夏の状態がまさにそれだ。

「ウオラアアアアッ!!」

「ちぃっ!?」

獣のような咆哮と共にまたも一夏が殴りかかる。基本もなにもなっていない、力任せに振るっただけのただの打撃。
大振りで隙だらけ。そんな拳など、達人級の男なら簡単に避けられるはずだった。だが避けられない。

「速っ……」

拳が男の顔にかする。出鱈目なほどに速い拳。
一夏は肉体のリミッターをはずしているために、普段は無意識のうちにセーブされている力が解放された。
いわゆる火事場の馬鹿力状態。予想外の動きに不覚を取った男に、更なる一夏の追撃が加えられる。

「ウラア!」

「くっ……」

男の所有する武器はランス。必然的に攻撃方法は突きのみとなり、拳が繰り出されるほどに接近されれば思うように振り回すことができない。
再び飛び出す一夏の拳。今度はそれがクリーンヒットで顔面に当たり、男のサングラスが砕け散った。

「ぐぅ、坊主!」

「カヒュ……」

サングラスの破片で目元近くを切るも、男は怯まずにランスを振るった。
先端で突くのではなく、丸みを帯びた横で薙ぎ払うように振るう。左の脇腹にランスの一撃を受け、変な呼吸音を鳴らす一夏。だが、それだけ。それだけでランスの薙ぎ払いに耐え、左腕でがっしりとつかむ。ランスを押さえつけられたことによって身動きが取れない男に向け、右腕を振り上げた。

「香坂流、相剥ぎ斬り(あいはぎぎり)」

「ぐはぁ!!」

振り下ろす。手刀だ。刀を用いず、一夏は手刀で香坂流の剣技を再現してみせた。
刀を用いずに手で行ったために完全ではなく、練度もしぐれには遠く及ばない。それでも男にダメージを与えることはできたようで、男の肩口から腹部にかけて、衣服が刃物で切り裂かれたように破れている。晒される肌からは僅かに血すら滲んでいた。

「ウルアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

攻撃の手は未だに収まらない。怯んだ男に向け、一夏は更なる追撃を放っていく。
暴れるように荒々しく、怒涛の攻め。あまりの猛攻に流石の男も成す術がないようだ。

「いい加減に……」

少なくとも一夏はそう思っていた。

「しやがれえええええ!!」

男の怒りが爆発する。ほぼ密着状態では役に立たないランスを投げ捨て、一夏の拳をつかんだ。
振りほどこうとする一夏だったが男はそんな暇を与えず、拳を握ったまま投げ飛ばした。

「ごふぅ!!」

背中から壁に叩きつけられ、肺の中の空気を全て吐き出されてしまう一夏。痛みを感じずとも流石にこれには堪らず、息苦しそうな表情を見せる。

「末恐ろしいな、坊主。油断しすぎていいのをもらっちまった」

倒れこんだ一夏に警戒しつつ、男は冷静に先ほど投げ捨てたランスを拾い上げる。
サングラスが割れた時の目元の傷、手刀による切り傷、一夏の猛攻を受けたというのにそれ以外目立った外傷はなかった。

「が、基本がなっちゃいないな。なんだあれ? 剣以外素人か? せっかく筋がいいのに、無手の戦闘だとああもお粗末なんだな」

動として覚醒した一夏は確かに強かった。並外れた身体能力を披露し、思わず男が不覚を取ったほどにな。
だが、基礎がなっていない。一夏が師事していたのはしぐれだけであり、剣術以外の修行をまともにやったことはなかった。
無手の武術に関してはほぼ素人であり、高いだけの身体能力で暴れまわることしかできない。ましてや達人級に挑むこと自体が無謀である。

「く、そ……」

「おぃおぃ、もうやめとけ。それ以上やったら死ぬぞ」

尚も立ち上がろうとする一夏に、男は呆れたように言う。
アドレナリンの多量分泌によって痛みを感じなかった一夏だが、だからと言って無傷というわけではない。むしろ怪我をしても痛みを感じることができないという、大変危険な状態なのだ。
一夏の場合は元から右足を負傷しており、それを無理に動かしたので酷いことになっている。血が絶え間なく流れ続け、既に致死量一歩手前までに血液を失っていた。
痛みがどうこうという状態ではなく、意識が朦朧とし始めている。

「坊主、お前は生かしといてやるから安心しな。もう少し腕を上げて、また会う機会があったらその時は殺してやるよ」

「ま、待て……」

この場は生き残れそうだった。だが、安心も安堵もまったくできない。
今日、偶然であったばかりとはいえ、一夏は歳の近い少女が目の前で殺されるのを傍観できるタイプではない。放って置くことができない。
何とかして助けたいと思う。だが、これ以上は体が言うことを聞かなかった。

「むっ!?」

そんな時、ふと男の動きが止まった。一夏はなにもしていない。なにもしていないのに男が何かを感じ取り、その場に立ち止まった。

「どうやら、一匹ネズミがいるようだな」

「は?」

一夏には何のことだかわからない。が、男は冷静で、動きを止めた原因、腕に刺さったものを引き抜く。
それは爪楊枝ほどの大きさの槍。おそらくは、これを投擲したのだろう。

「暗器の類か? 毒は塗ってないみたいだがいい腕だ。俺に気配を悟らせないとはな。だが、もう隠れても意味はない。姿を現せ!」

男の言葉に答え、姿を現したもの。それは……

「ヂュッ」

「……………はぁ!?」

本物のネズミだった。この展開には、流石の男もポカーンと口を開けて固まってしまう。

「とう……ちゅうまる?」

「なんだ坊主。このネズミはお前のペットか?」

そのネズミの正体は闘忠丸。一夏のペットではなく、しぐれのペットで友達。
そして彼(?)がどうしてここにいるのかというと……

「弟子が世話になった……な」

「っ!?」

「しぐれ、さん……」

ご主人様をここに案内してきたからだ。

「おぃおぃ、おぃおぃおぃ……まったく気配を感じなかったぞ。何者だ、小娘……」

男と一夏の間、その場所に突如現れた気配と姿。剣と兵器の申し子、香坂しぐれ。
彼女の登場に、男は激しい動揺を見せる。

「アパ、大丈夫かよ、一夏」

「むっ、これはいかんね。急いで止血針を」

事態の変化はそれだけではない。更に2人、男が気配すら感じ取ることのできなかったものが現れる。
いつの間にか、気づいたらそこにいたのだ。達人級である男がこの3人の者の気配にまったく気づけなかった。そのことから考えられるのは一つだけ。

「達人級が3人? しかも坊主、お前の身内か? お前が一番なんなんだよ? 何者なんだ!?」

男の技量を遥かに超える存在。男は達人級ではあるが、達人としての格付けは下の方、相撲で例えるなら幕下だ。
だが、この3人は違う。男とは雲泥の差を持っている。遥か上位の存在、横綱とでも言うべきか?
男の第六感が先ほどから絶え間なく悲鳴を上げている。

「人は斬らぬと……誓った……が、一夏の敵だ。無事で済むと思う……な」

「まずいな、こりゃ……」

立場が逆転し、絶望的な状況に追いやられる男。
3人の達人級を相手にし、生き残れる可能性はほぼゼロといってもいいだろう。
今度は男がこの状況を、どう打破するべきか考える番だった。必死に考え、何か案をひねり出す。
この際ターゲットの始末を諦め、逃げ出すというのも手だ。だが、あの3人の達人から無事に逃げ出せるか?
そう考えていると次の瞬間、建物の屋根がものすごい音と共に吹き飛んだ。

「あらあら、まだ手間取っていたんですか? 相変わらずどんくさい」

「ちっ……余計なお世話だ」

現れたのは二十代後半ほどの女。彼女は見晴らしのよくなった上空で、クスクスと馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
目を見張るべきはその身に纏った武装。間違いなくあれが建物の屋根を跡形もなく吹き飛ばしたのだろう。
それはIS。女性にしか扱えない史上最強の兵器。

「無能なのに口だけは達者ですね。これだから男というものは」

女は女尊男卑を地で行くような性格で、言葉には男を馬鹿にした態度が十分に含まれていた。
それに対して男も忌々しそうに舌を打ったことから、この2人の仲は良くないらしい。
が、そんなことなど梁山泊の者には関係ない。男と女の仲などどうでもよいことだ。
ISは最強の兵器だ。故にそれを扱える女は自身がこの中では最強だと思っているようだが、それは違う。
彼女は知らない。武術を極めた者、達人の恐ろしさを。

「あいや~、今日はおいちゃんにとってラッキーデーね。是非とも縛札衣(ばくさつい)を使うね」

「アパチャイもやるよ。死んだ一夏の敵を取るよ」

「アパチャイ、俺、死んでないから……」

テンションの上がる馬と、意気込むアパチャイ。一夏はアパチャイの発言に突っ込みを入れる。
そんな中でしぐれだけ、真剣な面持ちで言葉を発する。

「妙……だな。お前達の狙いはあの子一人……なんだろう? それなのに達人級とIS操縦者まで出てくるとは……随分ご執心なんだ……な」

しぐれの感じた疑問。今回、イギリスに来たのは少女を、セシリアを保護するため。
セシリアを襲う組織は闇の武器組。セシリアがいくらIS操縦者で代表候補生とはいえ、現状はISを持たない少女に達人級だけではなく、武器組みに所属するIS操縦者までも出てくるのは予想外だった。

「別にそうでもないですよ。本来ならこの仕事は私が受ける予定だったんです。それなのに何の因果か、役立たずな男にも話が回ってましてね。だから仕事を譲ってあげたんです。その際にサービスとしてその子のブルー・ティアーズというISを点検中に掻っ攫ってきたのに、まだ始末できていなかったから私が自ら出てきたんですよ」

「なっ、あなたがわたくしのブルー・ティアーズを……」

「ええ、拝見しましたが良い機体でしたね。あんなものを使われたらこの男には荷が重いと思ってのサービスだったんですけど、こうも期待はずれだと呆れるしかありません」

「けっ……」

要は仲間割れのようなもの。同じ武器組とはいえ、使う武器によって不仲がある出し威。
ましてや女は高圧的な態度で男を馬鹿にしている。あれでは仲が悪くて当然だった。

「さて、おしゃべりは終わりにしましょうか。ここから先は私がやりますので、あなたは下がっていてください」

「……わかったよ」

女は男を下がらせる。素直に距離を取った男の姿を確認し、しぐれ達を見下したように言う。

「さて、あなた方は男ですが、せっかくの達人級とのことですからね。ここは私の弟子達に戦わせてみましょう」

いや、正確には馬とアパチャイをだ。余裕をかまし、そんなことを言う。
その宣言と共に、上空から更に2人の少女が降りてきた。量産型だが、ISに身を纏った十代半ばほどの少女。彼女達を馬とアパチャイに宛がうつもりなのだろう。
それが、どんなに無謀なことなのかも知らずに。

「いいねいいね、最高ね。全員おいちゃんが纏めて相手してあげるね」

「アパパパパ」

馬のテンションは鰻上りとなり、アパチャイは笑っていた。
そんな中、しぐれは冷静で、無表情で待機形態となっていた自身のISを起動させる。
しぐれの首飾りが光を発して形を変え、最強の兵器となった。
その名は黒影(こくえい)。その名の通り、黒一色のISだった。鎧のような装甲をしており、見た目どおりに強固な防御力を有している。
腰にはしぐれの愛刀、『刃金の真実』と呼ばれるものと酷似した刀が差されていた。

「馬、アパチャイ。あいつとそいつは……ボクの獲物だ。手を出す……な」

「あいや~、しぐれどんはいっちゃんをやられて随分お怒りのようね。わかったね、おいちゃんは弟子の女子(おなご)だけで我慢するね」

「オーケー牧場よ」

しぐれの言葉に頷く馬とアパチャイ。イギリスでの騒動を締めくくる戦闘が始まろうとしていた。






















あとがき
SSは難しい(汗
アニメしか見てない題材でオリジナル話をやるもんじゃないですね。よし、原作買おう。とりあえず明日か明後日辺りにブックオフに行ってきます。
さてさて、オリジナルのイギリス編は次回で終了。予定通りに終われそうでよかったです。
しかし一夏、生身なのに随分強くねぇ?
そこはしぐれの指導がよく、一夏自身にも才能があったというわけなんですが。まぁ、油断がほとんどですね。
剣以外に関して素人なのは仕様です。これから始まる一夏のサクセスストーリーw
次回、しぐれとアパチャイ、そして馬が大暴れ。縛札衣はロマンで、IS戦には最適なんだと思いますw
あ、ちなみに一夏が動のタイプの理由。先日SEEDを見て、砂漠の虎と呼ばれる敵がキラのことをバーサーカーみたいだと言ったことに由来しています。20話くらいまでみたんですが、SEEDに覚醒する瞬間ってかっこいいですよね。



[28248] BATTLE4 ふさわしい者
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/07/05 07:06
「は、ははは……」

圧倒的だった。あまりにも圧倒的過ぎてもはや笑いしか出て来ない。
達人級の男は乾いた笑みを浮かべ、目の前の光景に見入っていた。

「馬家 縛札衣(ばけ ばくさつい)!!」

「えっ……きゃああああああああ!?」

馬と相対した少女が悲鳴を上げる。何が起きたのかわからない。気が付いたら身に纏っていたISが解除され、さらにはその下に着ていたISスーツまでもが脱がされていた。
脱がされたISスーツは手足を拘束するように巻きついており、少女は身動きひとつ取ることができない。
羞恥心に顔を真っ赤にし、少女は泣き叫ぶことしかできなかった。

「武術と服には密接な関係があるね。中国拳法には袖を取る型が多くあり、柔術は和服を基本としてつくられ、ローマの格闘技では公平をきすため全裸で行われた。つまり、服を用いて無傷で制す……この技も活人拳の極みのひとつね!!」

真顔でもっともそうなことを言う馬。仮にそうだとしても、まさか実戦であんな技を使うとは思うまい。
それを成した馬に男は戦慄する。そして、ちらりと少女に視線を向けた。
まだ少女ゆえにこれからの成長に期待だが、晒された乳房がエロい。これは見事な眼福だった。

「イ~ヤバダバドウ~ッ!!」

「ごふっ!?」

男が少女に気を取られた一瞬、その間にもう片方の少女の方の決着も付いた。
シールドバリアー、絶対防御、なにそれ? 美味しいの?
アパチャイのパンチ。パンチパンチの連打。それだけだ、たったそれだけでISの防御が打ち破られた。
装甲は完全に破壊され、ISはもはや鉄屑と化している。ガラクタとなったものの流石はISといったところか、少女はかろうじて生きていた。目立った外傷は見当たらないが、ぴくぴくと痙攣し、完全に気を失っている。

(圧倒的過ぎるだろう……)

男も達人だ。ISは確かに強力な兵器だが、扱う者が並みの者なら互角以上にやりあう自身はある。そう思っているが、だからと言って馬とアパチャイに勝てる気はまったくしなかった。
達人級としてのプライドがあるが、そのプライドと自信が粉々に砕け散っていく音を聴いた気がした。

「ふっ……」

「な、なんで……」

しぐれと女との決着も付いた。これまた一瞬であり、到底戦闘なんて呼べるものではない。
一回の交錯、たったの一太刀によって女は敗れた。本当はもっと刀が振るわれたかもしれないが、男では一太刀にしか見えなかった。それほどまでにしぐれの剣速が早く、そして見事だった。
ISが両断される。細切れとなり、金属の破片が辺りに散らばった。それと同時に女のISスーツも細切れとなっており、布切れが宙を舞う。ISと衣服の切断。だと言うのに女には切り傷一つない。
ISと衣服のみを切断しただけであり、その上峰打ちを叩き込んだのだろう。しぐれの技量に男はただただ驚くばかり。

「は、ははっ……はははは」

もはや笑うしかなかった。女のことは気に入らなかったが、それでも実力は認めている。だからこそ冷静に状況を分析し、現状を理解する。
打つ手なし、お手上げ、詰み。こんな状況で任務を遂行できるわけがなく、だからと言って逃げることすら叶わない。逃げたとしてもこの3人が相手ならすぐに捕まってしまう。
男の命は風前の灯。彼の運命は、しぐれ達が握っていた。

「さて、次はお前の番……だ」

しぐれが刀を男に向けて宣言する。その威圧感に思わず発狂してしまいそうだ。
男はランスを構え、ポツリと言う。

「まぁ、なんだ。俺もなんだかんだで武人でね。背中晒して逃げるなんてことはしたくねぇ。もっとも逃げたところで、あんたらから逃げ切ることはできねぇだろうがな」

選んだ道は対峙。それがどれほど無謀なことかは理解している。だが、逃げることすらできないと言うのなら、せめて華々しく散ろう。そう決意して、男はしぐれと向かい合った。

「良い覚悟……だ。いくぞ」

しぐれが動く。男にはしぐれの体がISに溶け込み、同化したように思えた。
ISも武器。武器とは空手家の拳、ムエタイ家の膝、己の体の一部であるもの。それを武器使いの端くれとして理解している男だったが、しぐれのそれは次元が違った。

(ああ……勝てるわけねぇよ)

悟ると同時に、男の意識が闇へと沈んでいく。ランスは真っ二つに両断され、男の腹部に峰打ちが叩き込まれる。
胃液をぶちまけ、男はその場に崩れ落ちた。

「ははは……流石しぐれさん達。スゲーや」

一夏も笑う。自分の今までの苦労はなんだったのだろうと思い、改めて師との差を実感した。

「いや、あの……あれはそんな言葉で済まされるものですか? というかISを、世界最強の兵器を……殿方が素手で……」

セシリアは目の前の光景が信じられない様子だった。それも当然だろう。ISを素手で倒すなど誰が信じるだろうか。
だが、そんな規格外の者が存在するのも事実。それが達人なのだ。

「梁山泊に常識は通用しないんだよ……」

「りょう……ざんぱく?」

「そう……とっても頼りになる俺の家族だ」

子供が親の自慢をするように、一夏は笑っていた。笑い、意識が薄れていくことに気づかないほどに安らかな表情を浮かべている。

「ちょっと、あなた!? しっかりしなさい」

「血を失いすぎたね、これは。早いとこ輸血しないと大変なことになるね」

「アパ、アパチャイ一夏を病院に運ぶよ。それで万事休すよ」

「万事休すじゃ……まずい」

一夏の変貌に慌てふためく者達。武術の心得はあるものの、馬以外は医療に関する知識はなかった。
馬の行った止血針を刺すという行為も、所詮は応急処置。出血を抑えるだけであり、失った血は戻らない。
一夏は眠りに落ちるように目を閉じ、そのまま意識を失った。


†††


「ここは……?」

目を覚ました時一夏がいたのは、知らない天井の部屋だった。もっともここはイギリスなので、どこでも知らない部屋なのだが。
天井と同様、真っ白な壁とシーツ。一夏はベットに寝かされており、腕には点滴用のチューブが付いていた。おそらく、ここは病院なのだろう。

「目が覚めたかね?」

「秋雨……さん」

目覚めた一夏が最初に見た人物は秋雨。この病室には一夏の他に彼しかいなかった。
病室特有の殺風景な景色と相成ってか少し寂しげな印象を受ける。

「外傷は右足だけだね。骨が断たれているから暫くは絶対安静。しぐれとの修行も暫くは休みだ。それと出血が酷かったが、それについては既に輸血を済ませてある。馬の止血がなければ出血多量で死んでいるところだったよ」

「はぁ……そうなんですか。危なかったんですね」

「まったくだ」

死んでいたかもしれないと言うことに僅かな驚きを受けるが、それだけだった。いまいち実感がわかず、現実的に受け止めることができないからだ。
そんな一夏に、秋雨が呆れたように言う。

「さて、一夏君。君とはしっかりと話し合っておかねばならぬことがある」

「えっ?」

呆れてはいたが、秋雨の表情はいつになく真剣だった。ベットから起きられない状況だったが、思わず一夏の背筋が伸びる。
秋雨のその言葉に梁山泊の豪傑達、隼人、逆鬼、馬、しぐれ、アパチャイと全員が入ってきた。
皆堅苦しい表情で、中心にいる一夏を見つめている。

「織斑一夏」

その中を代表して、隼人が口を開いた。いつもはいっくんなどと茶目っ気たっぷりに一夏を呼ぶのに、今の言葉にそんな軽い感じは微塵もない。
畏まり、一夏のことをフルネームで呼んでいた。

「達人級を前に戦いを挑むとは何事じゃ!! 愚か者め!!」

「っ……!?」

ここが病室だと言うことも構わずに叫び声を上げる。
隼人に怒鳴られ、一夏はいろんな意味で驚きを感じていた。こんなことは初めてだ。いつもは飄々とし、豪快だがなんだかんだで優しい隼人が怒鳴り声を上げ、一夏を叱っている。
隼人に初めて起こられた一夏は体をびくりと震わせ、呆然としながら続けられる言葉を聞いた。

「たまたま生き延びたから良いものの、命を失う可能性がほぼ確実じゃったことは普段、わしらと生活しておるお主ならわかっていたはずじゃ!!」

確かに一夏は達人級の恐ろしさを嫌と言うほど理解している。
だから当初はセシリアを連れ、その場から逃げようとしていた。だが、逃げられる状況ではなかった。男はセシリアを狙っており、一夏が逃げれば彼女は殺されていただろう。そんな状況だったと、一夏は言おうとした。
だけど、憤怒する隼人を前にしてそう言うことができなかった。

「確実に死ぬとわかっていて立ち向かうのは自殺と変わらぬ!! 一夏、お主が死ぬことで悲しむ者が何人おると思う!?」

隼人の真剣な言葉が一夏を打つ。一夏は自分が、どれほどの心配をかけてしまったのか理解した。
もし、自分が死んだりしたら千冬が悲しむだろう。梁山泊の者達もだ。弾も涙くらいなら流してくれるかもしれない。鈴も泣いてくれるだろうか?
想像し、彼女なら悪態を吐きながらも泣きじゃくるだろうと結論付けた。鈴が泣く姿は、正直あまり見たくない。もう会えないかもしれない幼馴染のことを考え、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

「そのことを考え、しかと反省せよ」

延々と説教を受け、最後にそう締めくくって隼人達が病室を出て行く。
一夏は一人部屋に取り残され、思考を巡らせた。

(確かに達人級に挑んだのは無謀だった……けど、逃げられる状況じゃなかったんだよなぁ)

最初は逃げようとした。達人級相手に戦うのが無謀だなんて百も承知だからだ。
だが、足を負傷し、逃げられる状況ではなくなってしまった。

(セシリアを見捨てれば逃げられた? 冗談、そんな選択死んでもごめんだ)

今日であったばかりの赤の他人。それでも一夏にセシリアを見捨てるなんて選択肢は最初から存在しなかった。
自身の信念を貫き、死ぬのならそれも仕方ないと思っていた。

(でも、それだと……)

だが、もしそうなってしまったら隼人の言うとおり、何人もの人が悲しんだかもしれない。
一夏は知り合いに恵まれていることを実感し、怒られはしたものの梁山泊の優しさに感謝する。

(ああ、くそっ……わかんねぇよ!)

それでもあの状況で、セシリアを見捨てることが正しかったとは思えない。
頭を掻き毟り、一夏は唸っていた。そんな彼の病室に、再度人が訪れる。

「あの……失礼します」

「え、セシリア?」

「はい……」

部屋を訪れてきたのは、一夏が悩んでいる原因であるセシリア・オルコットその人。
ベットの側まで歩み寄り、申し訳なさそうに一夏に問いかけた。

「……お怪我の方は大丈夫ですか?」

「あ、ああ……まぁな。右足が動かせないのは辛いけど、もう痛みはないよ。治療が適切だったんだろうな」

「そうですの……」

セシリアは暗く、会話が弾まない。負い目のようなものを感じており、一夏のことを直視できないでいた。
それでも何とか言葉を紡ごうと、必死に発する言葉を探した。

「あの、その……申し訳ありませんでした」

そしてでてきたのが、謝罪の言葉。

「結果的に巻き込んでしまう形になって……このセシリア・オルコット一生の不覚ですわ」

発端は身内の陰謀。セシリアはそれに無関係な一夏を巻き込んでしまったことを申し訳なく思っていた。
さらに一夏がいなければ、自分はあの男によって殺されていただろう。一夏はセシリアにとって正真正銘の命の恩人だ。とても頭が上がらない。

「いや、一生の不覚って大げさな……それにセシリアが悪いわけじゃないだろう?」

「ですが……」

「あ~もう、暗い話は勘弁してくれ。ただでさえ、長老に怒られてヘコんでるんだ」

「それに関しても……申し訳ありませんでした」

その態度は一夏にとって気持ちの良いものではなかった。畏まられるのはどうも苦手だ。
この空気を一変するために隼人のことを引き合いに出す一夏だったが、一夏が怒られたのは自身が関係しているからだと余計に卑屈になってしまうセシリア。
一夏はボリボリと頭を掻き、深いため息を吐いた。

「あ~、だから……な。セシリアがなにも気にする必要はないって。怪我したのだって俺が至らないからで……」

「……………」

「まぁ、その、なんだ……俺はまだまだ未熟だけど、それでもさ、セシリアを守れてよかったよ」

「え……?」

「今の時代、確かに女尊男卑の世の中だけどさ、それとは関係ないって言うか、男が女を守るのは責務っていうか……要するに俺のくだらない意地の問題だけど、それでもセシリアを守れてよかったと思っている。だから、自分を責めないでくれ」

確かに隼人の言ったとおり、一夏は愚かなことをしたかもしれない。それでも、この選択が間違いだったとは思えない。
セシリアは助かった。その事実があれば、一夏は胸を張ることができる。だからいつまでもぐじぐじ、暗いままでいられるのは正直辛い。

「俺は……ん?」

「あ、うっ……」

「あれ、どうした? なんか顔が赤いぞ」

一夏は言葉を切ったところで、セシリアの異変に気づく。彼女の顔は赤かった。
発熱でもしたかのように顔が赤くなり、わたわたと慌てふためいているように見える。落ち着きがなく、その様子が一夏を心配させる。

「な、なんでもありませんわ!」

「そ、そうか……」

「お、思ったより元気そうで安心しましたわ。その……お体に障るでしょうからわたくしはこれで失礼いたします!」

「あ、ああ……」

「ではっ!」

セシリアは顔が赤いまま、慌てながら病室を出て行った。
理由をまったく把握できていない一夏に対し、今度は病室の扉ではなく窓側から声がかかってくる。

「前々から思っていましたが、一夏さんは女性の敵ですわね」

「人聞きが悪い。なんなんだよ美羽。ってか、ここ何階だけ?」

「5階ですわ」

「そうか……」

窓側から入ってきたのは美羽だ。その登場に特に驚くこともなく、むしろ呆れて、一夏は聞き捨てならない台詞に突っ込みを入れる。

「鈴ちゃんも大変ですわ」

「そこで鈴が出て来る意味がわからないんだが……あいつ、今頃は中国に着いてるんだよな。ちゃんとやっていけるかな?」

「ええ、きっと大丈夫ですわ。なんたって鈴ちゃんですもの」

中国に帰った鈴のことを思い、一夏は考え深い気持ちになる。
よく考えてみれば鈴と別れて、まだ数日と経っていない。昨日日本を発ったので、実質一日ほどだ。それなのにもう何ヶ月も、何年も離れ離れになった気持ちにさせられる。
いつも顔を合わせていた幼馴染がいなくなるのが、こんなにも違和感を生み出させるとは思わなかった。

「はぁ……酢豚食べたいなぁ」

「うふふ、今度作って差し上げますわ」

「ありがとう、美羽」

美羽の気遣いに一夏は微笑みを浮かべる。それに対して美羽も笑みを浮かべ、思い出したように言った。

「そうそう、先ほどのおじい様のお話ですが、あんまり気にしない方がいいですわよ!」

「へ……?」

「では」

「あ……」

それだけを言って、美羽は病室を出て行く。窓から飛び降りる姿を見て、内心では扉を使えと突っ込みを入れる。
美羽の言ったことを理解できない一夏は、ベットに横になりながら天井の染みを数えることにした。


†††


「ガハハハ!! しかし一夏の奴、よく頑張ったじゃねぇか。命を懸けて立ち向かうたぁてーしたもんだ」

「逆鬼どん、ここは病院ね。けど逆鬼どんが褒める気持ちもわかるね。いっちゃんはよくやったね」

病室の廊下、そこで愉快そうに笑う逆鬼。馬はそれを咎めるが、彼の表情もまた緩んでいた。

「命を賭して人を守る。まさに梁山泊にふさわしい行動じゃ!!」

「今夜は赤飯炊かな……きゃ」

一夏のことを怒鳴り飛ばした隼人も今では柔らかな笑みを浮かべ、褒め称えていた。
しぐれは無表情だったが、ほんの僅か、確かに笑っていた。

「おっと、そんなこと、彼の前では口が裂けても言ってはいけませんよ。ここにいる誰もが通った道とはいえ、褒めたら彼の死期を早めかねない」

秋雨が釘を刺すように注意する。だが、彼も内心では一夏の行動を喜んでいるのだろう。
これまた僅かだが、口元がほころんでいた。

「うわっはっは! 一夏は死なねーよ」

「そうよ、もしなんかあっても一夏はアパチャイが殺しても守るよ」

「殺しちゃ駄目だろう」

アパチャイまでも、みんながみんな笑っている。一夏の成長。それを自分のことのように心から喜んでいる。
だが、一夏のためを思ってか面と向かって褒めることができない。実力を過信することは大変危険だ。引き際を誤れば死ぬ危険性すらある。
だからここは心を鬼にし、一夏を叱ると言うのが梁山泊の者達の同意だった。

「へへ……いつの間にか……たくましくなりやがって……」

「なんね逆鬼どん、感動して泣いてるね?」

「アパパパ!!」

彼らは一夏のことを小さなころから知っている。そんな彼の成長に喜ぶなと言うのが無理な話であり、思わずホロリと涙を流してしまうほどだ。
逆鬼の涙腺が緩み、馬も逆鬼のことを指摘しているが、その瞳からは一筋の嬉し涙が溢れていた。

「うむ、一夏君は確かに成長した。たくましくもなったね。これもしぐれの指導の賜物だろう」

「え……へん」

秋雨の言葉にしぐれは胸を張る。が、続いて告げられた彼の言葉には顔を顰めた。

「だが、少々武器に頼りすぎる傾向があるね。剣技ばかりで、素手での戦闘は随分おろそかだ」

「む……」

「ここはそうだね……一夏君を徹底的に鍛えてみないかい?」

秋雨が笑う。優しい、死神のような笑顔だった。

「それはいいね。剣で戦い、時には柔術、拳法を使う達人……育て甲斐がありそうね」

「さらにムエタイも加えれば最強よ!」

馬が便乗し、アパチャイも乗り気だ。秋雨はあごに手を当て、考えるしぐさを取った。

「そうか、君は弟子を取ったことなかったっけ」

「そうよ、何事も経験よ」

「しかしアパチャイは手加減を知らないからね。一歩間違えばいっちゃんが死ぬね」

「アパ、『テカゲン』って何よ。日本語むずかしいよ!」

「アパチャイにだけはやらせちゃいけない気がしたね……もっとも、潰れたら所詮はそこまでと諦めはつくけどね」

今までの気遣いはなんだったのかという会話が平然と交わされる。悪巧みをするように計画を企て、彼らはとても楽しそうだった。

「一夏はボクの弟子……だい」

「しぐれどん、嫉妬かね? けど、いっちゃんのような才ある子を独り占めするのは少しずるいね」

「ふぉっふぉっふぉ、確かにいっくんは才能豊かじゃからな」

しぐれは嫉妬し、むくれているが、もしこれほどの達人達が一夏を鍛えたら凄いことになるだろう。
それを想像するだけで、本当に面白い。

「逆鬼どんも加わらんね? いっちゃんの改造計画」

「けっ、俺は弟子は取らねえ主義だ」

「なら仕方ないね」

逆鬼はどうも素直になれないようだ。馬はあっさりとその言葉を受け入れ、これからの修行の計画を立てる。

「一夏はボクの弟子……なんだい」

「そうだね、一夏君はしぐれの弟子だ。それに加えて少々、私達が面倒を見るだけだよ」

「腕が鳴るね」

織斑一夏。彼には知らぬ間に茨の道が用意されていた。


























あとがき
はい、プロローグと言うか第一部、セシリアにフラグ立ててIS学園入学前の一夏強化イベント完結です。一夏にIS使わせたかったけど機会がなかった!!
それにしぐれの弟子どころか、秋雨達による強化フラグが立ちました。一夏の命運は如何に!?
しかしこうなると、一夏が弟子一号で兼一が二号か……それはそれで面白そうですね。
兼一は今後、弾とかと一緒に出して行きたいと思います。もっとも基本は一夏と、IS学園に教師として参戦するしぐれメインとなりますが。
そしてヒロインは今のところ鈴とセシリア。なんかハーレムルート希望される声が多いですね……さて、どうしようか?
なんにせよ、次回からIS学園編です。それと同時にその他板に行こうかなと思ってみたり。
この作品もフォンフォン一直線などと同様によろしくお願いします。



[28248] BATTLE5 入学
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/07/06 20:54
(なんでこうなった……)

暫しの時が流れ、一夏は現在高校生。今日がその入学式であり、新しい世界の幕開けだった。
それ自体は別にいい。むしろ喜ぶべきことなのだろう。だが、一夏は素直に喜ぶことができないでいた。
何故なら、このクラスに男は一夏一人。残り二十九名は全員女だったからだ。

(弾に馬さんは羨ましがってたけどさ、これってめちゃくちゃ辛い……ってか、何で俺の席がこんな特等席なんだよ? いい注目の的じゃねぇか)

一夏は冷や汗をだらだらと流し、緊張していた。自意識過剰や思い上がりではなく、本当にこのクラス全員の視線を感じていたからだ。
その上一夏の席は真ん中の最前列。嫌でも目立つ場所であり、これが一夏の精神を蝕む原因のひとつでもあった。

(助けてくれ、箒……)

心の中で叫び、一夏は六年ぶりに会った幼馴染、篠ノ之箒に視線を向ける。が、彼女は救いを求めるような一夏の視線に対し、窓側に顔をそらすことで答えた。

(箒ィィ! あれっ、なんか怒ってない? 感動の再開のはずだよな!? 六年ぶりなのに……もしかして俺って嫌われてる?)

すごく憂鬱になってしまった。心が重たくなり、今にも挫けてしまいそうだ。。
それでも救いを求めて、一夏は今度は後ろの方の席に視線を向ける。一夏が後ろを向いたことで女子達の注目をさらに集めてしまったが、その先に目当ての人物はいた。
セシリア・オルコット。イギリスに行った時、ある騒動で出会った少女だ。
一夏の下宿している道場、梁山泊は彼女を保護することとなり、ごたごたが終わるまで匿ったことがあった。
その期間は一月にも満たなかったが、その短い間共に過ごした少女。付き合いは浅くとも、友と呼んでも遜色ない間柄だ。
そんなわけで一夏はセシリアに助けを求めた。が、彼女は曖昧な笑顔を浮かべて手を振るだけ。頑張れと励ましてくれているようだが、それ以上はしてくれなかった。
いや、できないというのが正しいのか。

「……くん。織斑一夏くんっ」

「は、はい!?」

何故なら今は自己紹介中だ。入学式初日、クラスメイト達はほぼ全員が初顔合わせ。故に自己紹介。
そんな中席を立ったり、面と向かって声をかけたりすることなどできるわけがない。
副担任の呼びかけに驚き、一夏は裏返った声で返事をしてしまう。その様子にくすくすと女子達の笑い声が聞こえてきた。

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

副担任の名は山田真耶。その山田先生がこちらの方が申し訳なくなるくらいにぺこぺこと頭を下げてきた。
身長はやや低めで、女生徒のそれとほとんど変わらない。服はサイズが合ってないのかだぼっとしており、眼鏡も大きめなためか少しずれている。
そのために見た目以上に小さく見え、生徒といわれても疑わないほどに幼い容姿をした女性だった。
若干頼りない印象を受けつつ、一夏は申し訳ない気持ちで返答した。

「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。絶対ですよ!」

がばっと顔を上げ、一夏の手を取り、熱心に詰め寄る山田先生。その行為でまたも注目を浴び、これ以上ない居心地の悪さを感じる一夏。
それでも何とか立ち直り、自己紹介しようと席を立つ。やはり何事も第一印象が大事だ。既に手遅れな気もするが……

(うっ……)

今まで以上に視線が集まるのを自覚する。一夏を見捨てた箒までもが横目で見ているのだから尚更だ。
別に上がり症ではなく、特に女子に苦手意識なんてものは持っていないが、このように視線が集中したらたじろぐのも無理はない。

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げ、完結に自己紹介を終える。だが、それだけではクラスメイト達は納得してくれそうになかった。
期待のこもった視線が一夏に向けられ、集中する。そこには無言の圧力があった。

(いかん、マズイ。このままだと『暗い奴』のレッテルを貼られてしまう)

このまま黙っているのは良くないと判断した一夏は、一度深呼吸をし、思い切って口を開いた。

「以上です」

がたたっ、と音を立て、思わずずっこける女子数名。その中にセシリアもいたのが印象的だった。

「あ、あのー……」

背後からかけられる、山田先生の悲しそうな声。
一夏に悪いことをしたと言う認識はないが、それを聴くとどうにも罪悪感が芽生えてしまう。
すると……

「いっ……!?」

パアンッ、と乾いた音が鳴り響き、一夏は自分の頭が叩かれたのだと理解する。
この叩き方、威力といい、角度といい、速度といい、一夏にとってとても身に覚えがある者の仕業だった。
一夏はおそるおそると振り返り、そこにいた者が予想通りの人物だと理解する。

「げぇっ、アクア!」

「ヴェン……って、なにをやらせる!!」

もう一度叩かれそうになる。一夏の頭を叩いたのは彼女が持っていた出席簿だ。それが一夏の頭に直撃する寸前、一夏は両の手で挟んで受け止めた。これぞ真剣白羽取り。

「ほう、少しはやるようになったな」

「へへっ」

向かい合う2人。一夏の正面にいたのは実姉、織斑千冬だった。
出席簿を受け止めた一夏に感心したそぶりを見せ、次にニヤリと獰猛そうな笑みを浮かべた。

「だが、甘い」

「えっ、ちょっと待って。それは……」

出席簿を持っていない、千冬の空いてる腕が一夏の頭部に伸びる。出席簿を抑えている一夏はその腕を払うことができないでいた。
顔面がつかまれる。そのまま力が込められた。

「あたたたた! ギブ、ギブアップ! ちょ、タンマ。マジでタンマァァ!!」

アイアンクロー。正式名称はブレーン・クロー。別名、束殺し。
戯れる姉弟の姿に、周囲が引いているのがわかる。横目で見てみると、セシリアも引き攣った笑みを浮かべていた。

「お、織斑先生……もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田先生。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

「……………」

山田先生の言葉に、千冬がやっと一夏を開放する。
自由になった一夏は力なく崩れ落ち、頭を痛そうに抑えていた。そんな彼には目もくれず、千冬はクラス全員に堂々と宣言した。

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

そんな千冬の発言に対する、クラスメイト達の返答は黄色い声。

「キャーーーーー! 千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!」

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」

「私、お姉様のためなら死ねます!」

きゃいきゃいと騒ぐ女子達。一夏は改めて千冬の人気の高さを知ったが、当の千冬はとても鬱陶しそうな表情をしていた。

「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」

「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

これには流石の一夏も引いた。このクラスにはMっ気のある変態が何人いるのだろうと本気で頭を抱える。
もっとも頭がいたいのは、先ほど千冬にやられたアイアンクローが原因だが。

「で? 挨拶も満足に出来んのか、お前は」

やっと女子達は落ち着きを取り戻し、千冬が一夏に手厳しい言葉を投げかけた。

「いや、千冬姉、俺は……」

再び出席簿が振り下ろされる。一夏は同じ轍は踏まない。今度は避けた。

「甘い!」

「なっ……」

一夏の避けた方向に、回り込むようにして出席簿が迫る。
この技を、この剣技を一夏は知っていた。あの宮本武蔵と並び称され、日本人なら誰もが知っている剣士、佐々木小次郎が得意とした必殺の剣技、燕返し。
避けることなど叶わず、一夏の顔面に出席簿が叩き込まれた。

「織斑先生と呼べ」

「ふぁい……おりむりゃへんへい(織斑先生)」

鼻を押さえ、一夏は痛そうに言う。そのやり取りが原因で、どうにもばれたらしい。

「え……? 織斑君って、あの千冬様の弟……?」

「それじゃあ。世界で唯一男手ISが使えるっていうのも、それが関係して……」

「ああっ、いいなぁっ。代わって欲しいなぁっ」

さて、今更だがどうして一夏がここ、『IS学園』にいるのか?
それは一夏が世界で唯一ISを使える男として認知されてしまったからだ。
あれはそう、今年の二月、受験シーズン真っ只中の時。その時はまだ、IS学園に通うなんてことは決まっていなかった。
学費が安く、就職率も高い私立藍越(あいえづ)学園を受けようと思っていた。なのに試験会場で迷ってしまい、何の因果かIS(あいえす)学園の試験場所に到着。そこでISを起動してしまい、世界で唯一ISを動かせる男としてここ、ISの操縦者育成を目的としたIS学園に入学させられてしまったのだ。
そのことを梁山泊の者達に話したら爆笑された。ドジだの間抜けだの言われ、存分に馬鹿にされた。
そんなこんなで一夏は現在、ここにいるわけなのだが……まさか姉である千冬がIS学園で教師をしているとは知らなかった。
おそらく隼人辺りは知っていたのだろうが、もしそうだったら別に教えてくれてもいいのにと内心でぼやく。

「さあ。SHR(ショートホームルーム)は終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」

なんだかんだで自己紹介も終わり、チャイムがSHRの終わりを告げる。
千冬の暴君のような発言に呆れつつ、一夏は小さなため息を吐いた。


†††


「これは辛い……」

「大丈夫ですか? 一夏さん」

「セシリアが普通に接してくれるのが唯一の救いだ……」

「まあ」

二時間目の授業が終わり、現在は休み時間。今日が入学式初日だと言うのに、IS学園では普通に授業が行われていた。
短縮とか、昼までなんて甘くはない。学内の案内などもなく、自分で地図を見ろと投げやりな状況だった。その分みっちりと授業が行われるので、一夏からすれば溜まったものではない。

「専門用語ばっかりでさ、まったくわかんねーよ! なにあれ、呪文!?」

「入学前に必読の参考書が届けられているのですが……まさかそれを捨てたとは思いませんでしたわ」

「はっはっは、酢豚こぼしてばっちくなったから古い電話帳と間違えて捨てた」

「威張ることじゃありませんわよ」

セシリアの呆れた視線が一夏に突き刺さる。だがそんなもの、今の一夏からすれば些細なものだ。
なぜなら常に、一夏には熱烈な視線が向けられていたからだ。動物園のパンダなんかはこんな感じなのだろう。
世界で唯一ISを使える男と言うのが珍しく、このクラスの者だけではなく、他のクラスの者、二、三年生先輩などが詰め掛けている。
そんな中、一夏曰くファースト幼馴染の箒が物凄い視線で睨んでいる気がするが、気のせいだと思いたかった。

「一夏さん、あの方に睨まれているようですが、何かしたんですの?」

「気のせいだと思いたかったのに……やっぱりあれか? 俺って箒に嫌われてるのか?」

思いたかったが、箒の視線に気づいたセシリアがそうはさせてくれなかった。
現実逃避すら許されない現状に、一夏は心身ともに参ってしまう。この状況を打破するためには、一刻も早く授業を再開して欲しかった。
そうすれば少なくとも、教室の外から視線を向ける他クラスの者、先輩方の視線から開放されるからだ。
そう思っていると、一夏の希望通りに休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「では一夏さん、また次の休み時間に」

「ああ」

セシリアは自分の席に戻り、廊下にいた者達も自分のクラスに戻っていく。
未だにクラス内の者からは視線を感じるもののだいぶマシになり、一夏はやっと一息ついた。

「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

二時間目は山田先生が教壇に立っていたのだが、今は一夏の姉、千冬が教壇に立っていた。

「ああ、その前に再来週行われるクラス代表戦に出る代表者を決めないといけないな」

ふと、千冬が思い出したように言う。だが、一夏にはそれが何のことなのかまったく理解できなかった。

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点ではたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間は変更がないからそのつもりで」

千冬の説明だとそういうことらしい。もっとも、男と言うだけでこの学園に入れられ、知識に乏しい一夏にはまったく関係のないことだが。
そんな彼にクラス長が勤まるわけがない。クラス長になった者はたぶん、面倒な仕事を押し付けられるのだろうと他人事のように考えていると……

「はいっ。織斑君を推薦します!」

そんな意見が上がった。

(え、なに? このクラスには織斑ってもう一人いるのか? そいつは奇遇だな)

「私もそれが良いと思いますー」

(おう、俺も俺以外がなるのなら誰でも……)

「では、候補者は織斑一夏……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

(ほうほう、織斑一夏ってこのクラスにはもう一人……ってそんなわけあるか!)

一夏は勢いよく立ち上がる。自分で自分を指差し、素っ頓狂な声を上げた。

「お、俺!?」

向けられる視線の一斉射撃。あまりにも無責任な期待の込められた眼差しが一夏に集中し、一夏は慌てふためいた。

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないのなら無投票いないなら無投票当選だぞ」

「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなものやらな……」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

「ぐっ……じゃ、じゃあ、俺はセシリアを推薦します!」

千冬は一夏に反論を許さなかった。ならば一夏は、セシリアを推薦してクラス長を押し付けることにした。

「流石一夏さん、よくわかってますわね」

得意げにセシリアが言う。こういったことは嫌いではなく、彼女も満更ではなさそうだった。
一夏はもう一押しすることにした。

「セシリアはイギリス代表候補生ですし、俺なんかよりよっぽど適任だと思います」

「ふむ、そうか。ならば多数決を取るとしよう。セシリア・オルコットが良いと思う者?」

「はいっ!」

千冬の言葉に一夏は、勢いよく手を上げて返事をする。だが、それだけだった。結果は一人。

「「……………」」

一夏とセシリアの表情が引き攣る。

「もはややるまでもないが、織斑一夏が良いと思う者?」

一斉に女子達の手が上がった。

「決定だな」

「なんでだよ!?」

「うるさい。静かにしろ」

「あがっ」

圧倒的多数。その結果に思わず絶叫を上げる一夏。
そんな彼に千冬の出席簿が叩き込まれ、パァンと乾いた音が教室内に響き渡った。


†††


「まぁ、前向きに考えよう。IS学園に入学して散々な目にあったけど、良いこともあった」

放課後。クラス長を務める羽目になり、肩を落とす一夏。セシリアはショックだったのか落ち込んでおり、元気がなかった。
彼女はプライドが高いので、ああも極端に差をつけられてしまっては仕方がないだろう。

「それは梁山泊(修行)から開放されたことだ! イェイェ~イ! あそこは人権がないからな、マジで……」

それよりも今、一夏の気分は有頂天だった。IS学園は全寮制。それは男である一夏も例外ではない。
それは梁山泊の非人道的な修行から解放されることを意味しており、一夏の足が浮き足立っても仕方のないことだった。
一夏の正式な師はしぐれただ一人。が、面白そうという理由で秋雨に基礎体力作り、そして柔術を仕込まれている。馬には内攻を鍛えられ、時には中国拳法を仕込まれていた。
その修行方法が問題であり、しぐれには主に恐怖を植えつけられる。秋雨はさまざまなトレーニング機材(からくり)を作り出し、それの実験台に一夏を使用する。馬は怪しげな漢方を一夏に飲ませたり。前に間違って秘伝の精力剤を飲まされた時は大変な目に遭った。
逆鬼は弟子を取らない主義らしいので指導を受けたことはなく、それでも時折羨ましそうな視線で見られてことがある。アパチャイはムエタイを教えようと躍起になっていたが、一度一夏が死に掛け、それ以来しぐれが一夏に教えるのを許可しなかった。
現在、アパチャイはてっかめんの練習中だとか。その前にまず、『手加減』と言う日本語を覚えて欲しいと思う。
なんにせよ、あのまま梁山泊にいればいつか命を失っていた。洒落や冗談ではなく、割と本気で。故にそれから開放される寮という存在は一夏にとってとても魅力的だった。
当初は急な話で一夏の部屋はまだ決まっておらず、一週間ほどは梁山泊からの通いとなっていたはずだが、副担任の山田先生の話では事情が事情なので部屋割りを無理やり変更したのだとか。政府のお達しとのことだ。
いきなりのことだったが梁山泊から解放されることが嬉しく、深く考えずに部屋へと向かう一夏。その手には山田先生から受け取ったルームキーを握っている。
そんなお気楽思考の一夏に、背後から声がかけられた。

「織斑」

「千ふ……織斑先生、なんですか?」

声をかけてきた人物は千冬だ。千冬姉と呼ぼうとし、再び出席簿が振り上げられたので慌てて呼び直す。
下ろされた出席簿を見て、一夏はほっと一息をついた。

「いや、なに。お前の荷物のことだ。着替えと携帯電話の充電器は私が用意してやったが、秋雨さんからお前宛に荷物が届いていてな。職員室に置いてあるから取りに来い」

「秋雨さんから……?」

話を聴き、嫌な予感しかしない。あの秋雨から、一体どんな荷物が届けられたというのだろう?

「それから、お前がIS学園に在籍している間は私がお前の修行を監視することになった。これまた秋雨さんから修行メニューをもらっている」

「ええっ!?」

「サボれると思ったか、愚か者め。それと休日には梁山泊に顔を出すようにとのことだ。良かったな、織斑」

梁山泊からは逃げられない。一夏にとって、秋雨は魔王のように思えた。
案外、的を射ているかもしれない……

「あ、荷物……って、千冬姉それだけしか持ってきてな……いたっ」

「織斑先生だ。ったく、いい加減慣れろ。荷物はそれだけあれば十分だろう」

結局、出席簿はまたも振り下ろされてしまった。
頭を押さえる一夏は恨めしそうに千冬を見つつ、自分の言いたいことを言う。

「いやいや、男にはそれ以外にも必要なものがありまして……その、なんというか……」

「お前の部屋にあったエロ本ならこの際に全部捨てたぞ」

「NOoooooo!!」

一夏は魂からの叫びを上げる。血涙を流す勢いで、心の底から叫んだ。

「馬さんの影響か? あの人の影響を受けると碌な大人にならないぞ。しかも中国人の貧乳ものとは趣味が悪い」

「俺の勝手だよね? ってか見たの、見たんだな千冬姉ぇ!?」

「弟のことを把握するのは姉の責務だ」

「そんなことは把握しないでいいから、マジで……」

場所も構わず、一夏は床に四つんばいになって落ち込む。馬経由で集めたお宝、それを処分されて相当ショックだったのだろう。

「じゃあ写真は!? 俺の部屋にあった中学の時の写真!」

それと同じくらい、いや、それ以上に大切なものを思い出して一夏は叫ぶ。
梁山泊の一夏の部屋に飾ってあった大切な写真のことだ。

「ああ、あれか? あれも捨てた」

「千冬姉ぇぇ!!」

その言葉に流石の一夏も激怒する。姉ということすら関係なく、胸倉をつかみかからんほどの勢いだ。

「まぁ、それは流石に冗談だがな」

もっともそれは冗談であり、千冬はあっさりとその写真を取り出した。
写真立てに入れられ、大事に保管されていた一枚の写真。それを目の前に差し出され、一夏は落ち着きを取り戻す。

「心臓に悪いよ……」

「すまんな、ちょっとからかい過ぎた」

冗談だったが、そんなことを言う千冬も珍しい。写真を受け取った一夏は大事にそれを仕舞った。

「ここでは先生だが、やはり姉としては焼けるものだ。そんなにその写真に写っている幼馴染が大事か?」

「関係ないじゃん……」

「まぁ、それはそうだがな」

千冬は小さく笑い、意地の悪そうな表情で一夏を見ていた。

「ただ、条件がある。お前の嫁になる者は私を倒すことが条件だ」

「ちょ、それなんて無理ゲーなんだよ! 俺の嫁になる奴大変だな……」

「そうだな。さて、私は会議があるのでこれで失礼する。荷物はちゃんと取りに来い」

「あ、ああ……」

一夏の突っ込みをさらりと受け流し、千冬は会議へと向かう。
取り残された一夏は、荷物を受け取るために職員室へと向かった。



「こ、これは……」

そして現在、その荷物を持って今度こそ部屋へと向かう。だが、その前に、届いた荷物についていろいろと突っ込みたかった。

「秋雨さんどんな感性してんだよ……まさかIS学園で『これ』を見る破目になるとは思わなかったぞ。ってか、これを部屋に運ぶって……夜に動き出しそうで怖いな」

秋雨から届けられ、一夏が運んでいる荷物。それは『投げられ地蔵グレート』。
両手を突き出し、胴着を着たお地蔵さんであり、投げ技の練習、筋トレに大いに役立つ万能の地蔵だった。
だが、それを運ぶ一夏の姿は異質だった。寮内で地蔵を運ぶ姿はシュールなんてものではなく、ドン引きするレベルのものだ。
秋雨はこの投げられ地蔵を用いて修行しろとのことらしいが、正直あまりこれを使う気にはなれない。なんというか恥ずかしい。
捨てたり、置き去りにしたい気持ちは山々だったが、もしそんなことをすればどんな制裁を受けるのかわかったものじゃない。一夏はいろいろと諦め、投げられ地蔵を部屋へと運ぶことにした。

「ここが俺の部屋か……」

やっと着いたのが1025室と書かれた部屋の前。
部屋番号を確認した一夏はキーを差し込むが、最初から開いてることに気がついた。

「無用心な……」

部屋に入り、内装を眺める。まず目に入ったのが大きめのベット二つ。
高級そうな家具がそろっており、下手なホテルなんかより上だった。流石はIS学園といったところか。

「うおっ、柔らけえ」

荷物を置き、投げられ地蔵を立て、千冬から受け取った写真立てを机の上に置いた一夏はベットにダイブする。
ふわふわ、もふもふした最高級の肌触り。これはきっと高価な羽毛布団なのだろう。

「誰かいるのか?」

その柔らかさを堪能していると、突然奥の方から声が聞こえてきた。シャワー室の方からだ。
全室にシャワーがあるとのことだったので、後から使おうと思っていた矢先のことだ。

「ん?」

そして、一夏は異変に気づく。既に人がいる? もしかして同室?
となると、ここはIS学園だ。すると生徒は女子しかいないわけで……

「ああ、同室になった者か。これから一年よろしく頼むぞ」

一夏の予想は当たった。シャワー室から出てきたのは、一人の女子。

「こんな格好ですまないな。シャワーを使っていた。私は篠ノ之……」

「箒……?」

「い、い、いちか……?」

その人物はファースト幼馴染の箒。シャワーを浴びていたために肌と髪が濡れており、バスタオル一枚で姿を現す。
止まる時間。無音の世界。一夏のIS学園初日は、波乱の幕開けだった。


























あとがき
はい、原作開始です。IS学園入学編!
箒の扱いがちとあれですが……セシリアと原作開始前に会ってますからね。そんなわけで決闘云々はカット、一夏のクラス長が早々に決定しました。
当初はしぐれを特別教員という形でIS学園に叩き込もうと思ってましたが、千冬姉云々ということでその予定を取りやめました。梁山泊の方々は休日やらのイベントの際、または闘忠丸などがボチボチ登場したりします。
それから一夏の師匠、しぐれ、秋雨、馬の3名のみです。逆鬼は弟子は取らない主義だと意地を張り、アパチャイは手加減が不可で一夏を教えることができません。やはりアパチャイ最初の弟子は兼一以外ありえませんので。
一夏も梁山泊の一番弟子と言うより、しぐれの一番弟子ですかね?
なんか、一夏の性格が原作と変わってる気がしますがそこは私用です。今回は千冬とのやり取りに力を入れてみましたがいかがだったでしょうか?
その辺りの感想をいただけると嬉しいです。


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